ところが、もはやそれがSFではなくなっているのが現代医学の最先端だ。
ありとあらゆる病気が治っていく
てのひらから取り出したひとつの細胞があったとする。その細胞に特別な4つの遺伝子を注入すると、皮膚にも、髪の毛にも、精子にも、卵子にも、ありとあらゆるものに変化していく。
細胞を分化させる技術がすでに「発見」されており、そうやって様々なものに分化していく細胞を「iPS細胞」と言う。医学的に最重要な発見としてよく知られるようになっている言葉だ。
iPS細胞はinduced pluripotent stem cell(人工多能性幹細胞)の略だ。
人工多能性幹細胞などと言うと、よけいに分からなくなるので私は単に iPS細胞という言い方でしか覚えられないが、そういう細胞があって、現在多くの検証がなされているということに畏怖を感じない人はいないと思う。
- その人から細胞を採取する
- 4つの遺伝子を導入する
- 細胞が分化していく
- それを移植して病気を治す
導入する4つの遺伝子を見つけたというのもすごいが、それを導入する方法が分かったのも、実際にマウスで実証されたというのもすごい。
これは医学を根底から変えて、ありとあらゆる難病を治す画期的なものである。
髪を失って若さを失った人たちでも、iPS細胞で毛根の組織が再生できれば、また髪を取り戻すことができる。
やけどで皮膚を失った人に、iPS細胞で作った皮膚を移植できれば、また元に戻ることができる。
手足を失った人に、iPS細胞で作った手足が移植できれば、また元に戻ることができる。
神経が切断されて動けなくなった人たちの神経をiPS細胞で再生できれば、また動けるようになる。
病気で機能を失った臓器をiPS細胞で再生できれば、また健康を取り戻すことができる。
不妊も、糖尿病も、肝臓病も、そういったものがすべて iPS細胞で治療できる時代も来るかもしれない。
これらの荒唐無稽で、かつ夢のような「再生治療」は、実用化するのはまだまだずっと先の話になるのだろうが、うまくいけば今まで不可能だったことができるようになる可能性が高い。
本当にできるのかどうかは分からないが、できれば人間社会のあり方すら変化していくことになるだろう。
もう男は要らなくなる技術
2011年8月6日、京都大学の斎藤通紀教授らの研究グループが、マウスのiPS細胞から分化させた生殖細胞をもとに精子を作り、子孫を産み出すことに成功したというのがニュースになっている。
これを読んで私がふと思ったことがある。
細胞から精子を作り出すことが成功した。そして、その精子は実際に子孫を産み出すことができることが証明された。これがこのニュースのポイントだ。
それであれば、精子を作る「男」は必要なくなったのかもしれない。
女性は子供が欲しいと思えば見も知らぬ男と結婚しなくても、iPS細胞で、自分が一番よく知っている自分自身の細胞を精子にして自分の卵子と結合させればいい。
そうなった場合は、セックスも必要なくなる。
今まで子供を作るには男の精子が必要だった。しかし、これからiPS細胞で精子を作ればいい。
もちろん、男のほうも自分の細胞から卵子を作って自分の精子と掛け合せれば受精卵が作れるところまでは同じだ。しかし、男は子宮を持っていないので女性がいらなくなるわけではない。しかし、女はもう男がいらない。
あるいは、これは同性愛・同性同士の結婚にもひとつの新しい形を提供するかもしれない。
男と男が結婚した場合は、どちらかが細胞を提供してそれを卵子にしてもらい、一方の男の精子と受精させれば、彼らの間(男同士の夫婦の間)でも子供ができる。代理出産をしてもらうために、第三者の女性の子宮が必要になるが、不可能ではない。
女と女の結婚の場合でも、どちらかが提供した細胞を精子にしてもらえば、女性同士の結婚で彼女たちの間で子供ができる。
まだまだ将来の技術
もちろん、iPS細胞は再生医学に重要な役割を果たすものだから、男がいるとかいらないという問題の技術ではない。
そして、この最先端医学は同性愛を促進させる意図とはまったく何の関係もない。
そういった捉え方は非常に問題があるのは自分でも認める。
ただ、自分の細胞から精子でも卵子でも作れるというのは、今までにない状況を作り出すこともあることに私は非常に深い興味を覚えた。
他にも私の気がつかない多くの「新現象」も生まれそうだと思う。
優等学的な問題も生まれるかもしれないし、分化が意外な方向に進むと、キメラの変種のような問題も出てくるかもしれない。
人間社会が面白い状況になりそうだ。
現実的には倫理の問題もあれば、iPS細胞をヒトに応用するまでには多くの壁があるのだと思う。
細胞を分化させることは成功しているが、もちろんその過程でガンが発生したり、奇形が発生することもまた報告されている。
また、分化したものが途中で分化をやめて元に戻る危険性はどうなのかという部分もあるらしい。
これらをどこまでコントロールできるかが課題になっているのと、ヒトとマウスでは構造が違うので本当にヒトでも問題ないのかというところにもまた別の課題が生まれている。
こういった問題点を回避する研究もなされており、効果も上がっているのだという。しかし、ヒトに応用するまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
昔のように単純な世界ではなくなった
私自身は、こういった技術は早く実用化される方向で進んで欲しいと思う。
それはもちろん利己的なもので、自分の身体がもはやボロボロになりつつあることを自覚していることからに他ならない。
今後、私が重篤な状況になったとき、あるいはまたもや事故に巻き込まれてしまったとき、あるいは何らかの病気に見舞われたとき、iPS細胞が自分を救うかもしれない。
特に長生きをしたいとは思わないのだが、放浪できなくなるまで身体がボロボロになるのは先延ばしにしたい。
あるいは私の知っている女性の重い怪我もまた、iPS細胞が実用化されたら治癒ができると信じている。
彼女は今、右半身が動かなくなって絶望の中にある。iPS細胞の技術が彼女を救う可能性は充分にある。
人間は他人を殺す原爆や中性子爆弾のような兵器のような技術も発展させてきているが、同時にiPS細胞のように人間を助ける切実な技術も同時に発展させている。
どちらも普通に考えれば荒唐無稽でしかありえないところにまで行き着いていて、昔のように単純な世界ではなくなってきている。
それは人類にとって良いことなのか悪いことなのかの結論は、長い時間をかけて判断が下されることになる。
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