連載コラム

[ 2010.2.8 ]

金融機関の市場系業務の高度化への対応〜証券会社のホールセール分野と銀行の市場リスク管理を中心として
[第7回] 銀行の市場リスク管理(3):内部リスク管理

金融ソリューション本部 市場リスク第1グループ 木村豪一
金融ソリューション本部 市場リスク第2グループ 伊藤祐志

Basel II(自己資本比率規制)強化やIFRS対応といった規制が大きく変化する中で、国際競争力を高め内部リスク管理(以下、内部管理)を高度化していくには、迅速に変化に対応できる体制作りが必須条件である。複雑・広範囲化した内部リスク管理業務はシステムなしには難しいため、金融機関は外部のシステム開発ベンダを活用することが必須となってきている。しかし、業務の複雑化とIT技術の進化に伴い、システム開発フェーズが高度化のボトルネックとなってしまうリスクが増大してきている。前回のコラムでは市場リスク管理システム像について記述したが、本コラムでは、市場リスクの内部管理業務について整理し、その高度化のためのシステム開発面での課題と解決方法について考えてみたい。

Basel IIの第1の柱(最低所要自己資本)では、トレーディング勘定と為替・コモディティのみが市場リスクの対象となっている。しかし、内部管理を行うにはトレーディング勘定とは桁違いのポジションをもつバンキング勘定についても考える必要がある。Basel IIの第2の柱(金融機関の自己管理と監督上の検証)において、バンキング勘定の金利リスクが対象になっているものの、下表にあるように規制に比べ内部管理を考える観点は多岐にわたる。また、リスク管理では危機の未然防止と危機対応が大切であるが、VaRによる配枠管理で予期せぬ損失を未然に防止し、損失限度額を設定することで損失発生時にその損失を限定的にするようにする運用も内部管理上は重要である。市場で時価が観察されるという意味で、市場リスクに関連したリスクカテゴリをみると、保有株式リスク(※1)も銀行経営上大きなテーマだ。このように、市場リスクに関連した内部管理対象は非常に広範囲にわたっている。

内部管理の手法は確立されたものではなく、時代とともに変化することが求められている。2008年1月フランス銀行大手ソシエテジェネラルにおいて、トレーダーの不正取引により49億ユーロもの巨額損失事件が起きた。2008年度にスイス史上最大の赤字決算となったスイス金融大手UBSは2008年4月に成長部門とされたDRCM(※2)に対する牽制ができていなかったとする内容のレポートを公表している。このように、更なる牽制機能の向上が内部管理では求められている。一方、Basel II強化のテーマのひとつである自己資本の質向上を背景に、邦銀では大型増資が相次いでいる。しかし、国際競争力を高め、自己資本の質を向上させるには、増資だけでなく邦銀が弱いとされる収益性の向上による内部留保の蓄積が求められる。このように牽制を強化しつつ収益性を向上させるには、迅速に内部管理を高度化していく体制作りが不可欠である。

図1 市場リスク管理を見る観点の多様性(その1)
市場リスク管理を見る観点の多様性(その1)
図2 市場リスク管理を見る観点の多様性(その2)
市場リスク管理を見る観点の多様性(その2)
(図クリックで拡大します)

上記で見たように、内部管理は広範囲・高度化しているため、システムによる管理が必要である。システム開発には外部リソースの有効活用が必須であるが、内部管理業務の複雑化のためベンダへの要求水準は極めて高くなってきている。そのため、迅速に内部管理を高度化してくにあたり、システム開発フェーズが高度化のボトルネックとなってしまうリスクが増大してきている。金融機関内部における企画から運用までの体制がもっとも大切であることに変わりはないが、変更が容易なシステムの設計や要望に迅速な対応ができるベンダの主力人材の不足は致命的な問題となる。設計の悪さは保守コストやシステム品質だけでなく運用効率(※3)にも跳ね返ってくるからだ。以前のシステム開発は、業務をシステムに置き換えるだけの業務効率化・正確性向上のものであった。この場合、問題が発生した場合に大量に人材を投入できる体力のある大手ベンダにシステム開発を依頼するのが安心であった。しかし、複雑化した業務に対し、迅速に、最適なIT技術を適用していくには、ベンダ選定の基準として人材の質とその継続性が重要な要素となってきていることはいうまでもない。

では、そのようなベンダは存在しているのだろうか。おそらく少なくなってきているというのがユーザの実感だろう。これは、必ずしもベンダの能力が低下しているというのが原因ではないと考える。内部管理業務もIT技術も変化が激しいが、変化が激しいということは陳腐化が激しいということである。つまり、業務と技術をスムーズに橋渡しすることができていないため、ユーザの期待する水準を満たせなくなってきているのだ。よって、ベンダ選定基準も重要だが、ユーザに対し業務の言葉でIT技術を、ベンダに対しITの言葉で業務を伝えることの重要性が高まっている。

われわれは市場リスク管理システムの開発において、業務と技術の橋渡しを行うとともに、迅速かつ柔軟な対応を常に心がけてきた。とくにVaRのような指標は数多くのステップの積み上げで算出されるため、数値算出の全体像の把握とそこに適用する技術で品質やパフォーマンスは大きく変わってくる。われわれはこれからも全体像を捉え迅速かつ柔軟な対応で、内部管理の高度化をサポートしていきたい。

※1: 銀行は5%ルールにより一般事業会社の株式保有を制限されているが、メインバンク制を背景に多額の株式を保有してきた。しかし、2008年の邦銀が赤字決算となった原因は、信用コストの増加もそうだが、保有株式の減損・売却損によるところが大きい。また、IFRS対応では包括利益として保有株式の時価評価が求められるようになるため、決算に与える影響が大きくなる。このような状況は、保有残高を減らしリスク管理を強化するインセンティブとなるだろう。
※2:Dillon Read Capital Management.
※3:たとえば、市場リスク管理システムは情報(分析)系システムとしてのウェイトが高いため、データは加工しないでユーザが内容を理解できる(非正規化された)状態で格納されることが重要である。しかし、システム的な意味できれいな(正規化された)状態でされているとユーザとしては扱い難い。データ設計という意味だけでなく、ロジック設計も重要だ。高度化のためには様々なパターンでのシミュレーションが必要だが、計算速度が遅ければそれだけ高度化が遅れてしまう。
本連載コラムのテーマ一覧
第1回はじめに
第2回証券会社の市場系システム(1):高速処理への要求
第3回証券会社の市場系システム(2):グリッド技術
第4回証券会社の市場系システム(3):システム連携とイベント処理
第5回銀行の市場リスク管理(1):役割と展望
第6回銀行の市場リスク管理(2):業務とシステム
第7回銀行の市場リスク管理(3):内部リスク管理(本稿)
第8回銀行の市場リスク管理(4):規制
第9回アクセラレータ技術と金融分野への応用(1):アクセラレータ技術の概要
第10回アクセラレータ技術と金融分野への応用(2):検証結果と有効性
第11回アクセラレータ技術と金融分野への応用(3):プロジェクトへの適用と今後の展望

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