連載コラム

[ 2010.2.15 ]

金融機関の市場系業務の高度化への対応〜証券会社のホールセール分野と銀行の市場リスク管理を中心として
[第8回] 銀行の市場リスク管理(4):規制

金融ソリューション本部 市場リスク第2グループ 伊藤祐志
金融ソリューション本部 市場リスク第1グループ 金山和功

前回までの「銀行市場リスク管理」のコラムにおいて、幾度か規制に関する話題が出てきた。今一度、これまでの規制の経緯と現状を踏まえた今後について整理したい。その上で、本コラムでは高速計算の必要性とその技術動向を見ることで、次回からの「アクセラレータ技術と金融分野への応用」へとつなげたい。

BIS規制(バーゼル合意)はバブル崩壊前の1988年7月に、当時G10の中央銀行・金融当局からなるバーゼル監督委員会(BCBS、Basel Committee on Banking Supervision)により「自己資本の測定と基準に関する国際的統一化」として公表され、本邦では1993年3月末より適用された。BIS規制上の自己資本比率は会計用語で用いられるものとは異なり、分母をリスクアセットとしている。1996年1月、リスクアセットの対象が信用リスクだけだったものに市場リスクも対象とする「マーケット・リスクを自己資本合意の対象に含めるための改定」が公表され、本邦では1998年3月末より適用された。全行画一的な指標であったが、市場リスクに関しては内部モデルの使用が認められるようになり、各行で単純な比較が難しくなっていった。このころからVaRによるリスク管理が本格化していった。2004年6月には「自己資本の測定と基準に関する国際的統一化:改訂された枠組」(以下、Basel II )が公表され、本邦では2007年3月末より適用(※1)されている。Basel II は3つの柱からなる、自己資本比率規制だけにとどまらない包括的な内容となっている。市場リスクアセットの計測に関する変更点はないが、銀行バランスシートの大きなウェイトを占めるバンキング勘定において、金利リスクに関する規制(アウトライヤー規制)が追加されるなど、対象範囲は拡大している。このように、8年おきに大きく枠組みが変わってきた(図表「BIS規制の歴史と今後」を参照)。

図表 BIS規制の歴史と今後
図表 BIS規制の歴史と今後
(図クリックで拡大します)

最近では、サブプライム〜リーマンショックを背景に規制に関する議論が活発である。2007年8月のパリバショック以降、とくに2008年3月に主要国監督当局会合(SSG、 Senior. Supervisors Group)からリスク管理報告書が公表されて以降、金融安定化フォーラム(※2)(FSF、Financial Stability Forum)、国際金融協会(IIF、 Institute of International Finance)などの主要国の中央銀行、金融当局や銀行の集まりによって、様々な提言がなされてきた。2009年7月には、「バーゼル II の枠組みの強化」に関する最終文書が、12月には、「銀行セクターの強靭性の強化」のためのたたき台(市中協議文書)が公表され、規制として具体化されてきているものもある。グローバルな対応だけでなく、最近(2010年2月7日現在)では米国の「ボルカー・ルール」が市場をにぎやかしているが、欧州における金融規制改革案や英における「ターナー・レビュー」や「ウォーカー・レビュー」、本邦では「金融・資本市場に係る制度整備について」など個別の地域でも議論が活発である。

これらの中に述べられている内容には報酬制限などの業務上の制限も含まれるが、データ整備やモデルの高度化が求められるものが多い(図表「規制強化/実務高度化に向けて試算が必要なテーマ」を参照)。その重要なテーマのひとつにストレス・テストがある。一口にストレス・テストと言っても、今回の金融・経済危機の発端となった証券化商品のプライシングのような個別商品に関するものから、流動性リスクのように個別金融機関だけでなく市場全体に関するものまである。ここでは、個別金融機関の市場リスクに関するものを考えてみよう。

図表 規制強化/実務高度化に向けて試算が必要なテーマ
図表 規制強化/実務高度化に向けて試算が必要なテーマ
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一般に、市場リスクはリスクカテゴリー間で考えると信用リスクやオペレーショナルリスクのような他のリスクに比べると、歴史の長さやデータの整備度合いから手法が進んでいると言われている。しかし、VaRによるリスク管理が完成されたものでないことは今回の金融・経済危機からよく分かる(※3)。VaRによるリスク管理の限界としてリスク量の過小評価(ファットテイル性)(※4) が指摘されるが、ストレス・テストによって補完することがより強く求められるようになってきている。具体的には、100日に1回超過する水準(信頼水準99%)をたとえば1000日に1回の水準(信頼水準99.9%)に引き上げる、VaRで使用されているものより長い期間のデータを使用する(※5)、どのリスクファクタがどの範囲までなら損失許容範囲かを調べるリバース・ストレス・テストを行う等が考えられる。ただし、このようなストレス・テストのリスク管理へ組み込みは確立されている状態とは言えないため、様々なパターンによりシミュレーションを行っていくことが必要となる。確立されたとしても、現在と比べ大量のデータによる大幅な計算量の増加が容易に推測できる。

上記のようなストレス・テストの例に限らず規制が高度化する状況において、現状のシステムで計算している以上の大量計算を必要とする試算作業が必要になっている。しかし、必ずしもシステム化する必要はなく、即時性が求められる。このような問題に対して、われわれはパフォーマンスチューニングなどの高度なIT技術をベースに、クオンツ業務支援という形で試算・検証支援サポートを行ってきた。以降のコラムで見るGPUなどのアクセラレータ技術はひとつの選択肢だが、技術的な環境は整いつつある。一方、これらの技術を応用したクオンツ人材や分析環境の整備となると、まだまだ今後の課題という状況ではないだろうか。

これまで規制の変化に伴う大量計算の必要性を見てきたが、高速化のための技術が大きく変化してきている。これはスーパーコンピュータ(スパコン)のコモディティ化ともいえる。ムーアの法則にしたがって成長してきたCPUも熱問題からクロック数が頭打ちとなり、2005年ごろから複数処理を同時に実行可能なマルチコア化の流れが本格化している。マルチコアの流れだけでなく、Intelが2011年に予定しているAVX(Intel Advanced Vector eXtentions)は1命令で複数処理を行うベクトル化の流れを示している。クロック数が増加していた時代は、CPUを取り替えるだけで高速化ができた。しかし今後は、マルチコア化ではマルチスレッドを、ベクトル化ではSIMD演算をプログラミングレベルで対応しないと効果が得られなくなることを意味する。このように、クオンツ人材には業務側からだけでなく、IT技術側からもプログラミング能力の高度化が求められてきている。われわれは、このような技術動向を常にウォッチし適用可能性を探りながら、高度なプログラム実装力をもとに今後も効率的な試算・検証支援をサポートしていきたい。

※1:信用リスクアセットの計測に内部格付手法を用いている銀行(IRB行)は2008年3月末より適用。
※2:現在の金融安定理事会(FSB、Financial Stability Board)。
※3:たとえば、極端な例ではあるが、スイス金融大手UBSにおける2008年のアニュアルレポートによると、市場リスクの内部モデルによるバック・テスティング結果(損失がVaRを超過した回数)が2008年は50回であったとある。1年を250営業日と考えると、5日に1回損失がVaRを超えたことになる。VaRの前提は100日に1回超過することが期待される水準(信頼水準99%)であることを考えると、VaRによるリスク管理が機能していなかったことがよく分かる。
※4:データ不足や数学的に取り扱いやすい(たとえば、正規分布などの)前提をおくことが原因。
※5:VaRで使用される過去データは観測期間と呼ばれ、世界の主要行の観測期間は1〜5年程度である。
本連載コラムのテーマ一覧
第1回はじめに
第2回証券会社の市場系システム(1):高速処理への要求
第3回証券会社の市場系システム(2):グリッド技術
第4回証券会社の市場系システム(3):システム連携とイベント処理
第5回銀行の市場リスク管理(1):役割と展望
第6回銀行の市場リスク管理(2):業務とシステム
第7回銀行の市場リスク管理(3):内部リスク管理
第8回銀行の市場リスク管理(4):規制(本稿)
第9回アクセラレータ技術と金融分野への応用(1):アクセラレータ技術の概要
第10回アクセラレータ技術と金融分野への応用(2):検証結果と有効性
第11回アクセラレータ技術と金融分野への応用(3):プロジェクトへの適用と今後の展望

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