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[26763] 【ネタ】スクライア一の超天才にして、超問題児(リリカルなのは×遊戯王)
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/03/28 07:14




夜。辺りが暗闇に閉ざされ、明かりもないその場所にその人達は居た。

「……うぅ………」

「くぅ……げっほ、げっほ……み、皆…だ、大丈夫か?」

「あ……あぁ………なんとか………」

傷つき、体中が埃まみれになった人達が地面へと座っている。

「とはいっても……」

一人の男性が辺りを見渡す。

「俺達以外は、少しばかり洒落にならないな……」

視線の先には同じように傷つき、倒れている人達。
皆、男と同じような服装をしていた。

「ああ、そうだな」

その意見には賛成だ。
自分を含め、他数名は怪我を負っているとはいえ動けないほどではない。
しかし、倒れている皆には、今持っている治療具では心もとない。
リーダー格の男は立ち上がり、動ける他数人へと指令を出す。

「リック!ガッツ!二人とも、急いでキャンプ地に戻って救援を呼んできてくれ!残った皆は怪我人の応急処置だ!」

任せておけ。
呼ばれた男性達は胸を叩き、急いで救援を呼びに行った。
残った人達。比較的軽症な人は怪我人を運び、怪我の治療などに廻る。

「それにしても、酷いな。これは」

「ああ……全く!この遺跡に、こんなトラップがあるなんて聞いてないぞ!」

忌々しそうに口を歪めた男性の後ろには、ある建物がそびえ建っていた。
城の様に高く天を貫く建物。
壁の表面に描かれた訳の解らない文字の羅列。今ではほとんど見られない石で出来た外観。
古代遺跡。その言葉が良く似合う。

「仕方ないだろ。遺跡発掘には事故はつきものだっての」

どーどー、と怒り狂うを仲間を静める。が、そんな事でこの怒りを収まりそうにない。

「んな事言ってもよぉ!今回の発掘は新顔達に経験を積ませる意味で、比較的安全で調査済みの遺跡を選んだはずだろ!なのに、あんな……」

怒る男性の瞳には、一部分だけが明らかに不自然に陥没した個所が映った。
今回の発掘には、そこまで成果を期待してなかった。
新しく入ったメンバー達に、実際に遺跡とはどんなものか。それを教えるために、既にほとんど調査された遺跡を選んだからだ。
それがまさか、こんな大怪我を負うトラップがあるとは男は考えもしなかった。
が、これは仕方ない。
遺跡というのは過去の人物達が残した遺物。
中には安全な物もあるが、意外なトラップが隠されている物も存在するのは事実。
今回もそう。
既に調査されていたとはいえ、その意外なトラップに運悪く引っ掛かっただけ。
だけなのだが、男性は納得がいかないようにイラついていた。
矛先をぶつけたいのに、そのぶつける物が無い。
男性のイライラはますます高まっていく。

(まぁ、仕方ないか)

いくら遺跡発掘に不慮の事故が付き物とはいえ、感情まで制御は出来るものではない。
しかも今回は、比較的安全と事前に聞いていた。
男性が怒るのも頷ける。

「ぼやくな、ぼやくな。皆が無事だっただけ、良かったじゃねぇか」

これだけの大事故。怪我人が居るとはいえ、死者は出ていない。
それだけでも喜ぼう。
怪我人の応急措置も終わり、メンバーの中に安心が生まれた。
先程まで指揮していたリーダー格の男も、緊張の糸が切れたように地面へと座る。
後は救援を待つだけだ。それまで皆の安全を確保しなくては。
リーダー格の男は体を休めながらも、周りに気を張っていた。

「あ、あの……」

「うん?ああ、アルスか。どうした?」

声をかけてきたのは、一人の子供だった。
まだ幼く、10歳前後の子供。体も未発達で、小さく弱弱しい。
彼もまた、今回の遺跡発掘のメンバーに加わった者だ。
とはいっても、まだまだ経験が足らないので精々お手伝い程度だったが。

「どうしたんだ?何か用か?」

リーダー格の男は問いかけるが、アルスは答えない。
あっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロ、と視線を動かしている。
何か隠している。
言いたいのに、言いだせない。口を開いても、すぐさま閉じてしまう。
このままでは埒が明かないと察し、リーダー格の男は少し強い口調で問い詰めた。

「うぅ……じ、実は……」

観念し、アルスは面を下げながら白状し始めた。

「その……足りないんです。……一人だけ………一人だけ足りないんです!!」

一人だけ足りない。この言葉の意味を、リーダー格の男は直ぐ理解した。
焦りながら、急いでメンバーの確認をする。
一人、二人、三人、と数えていくが、メンバーは全員この場に揃っていた。
可笑しい。
アルスの発言を信じるならば、誰か一人が居ない事になる。
先程の救援に呼びに行かせた二人を除いても、この場にいるメンバーと事前に確認したメンバーの数は合っている。
遺跡発掘前に散々確認した自分が言うのだ。間違いない。

「アルス、安心しろ。皆無事だ」

初めて不足な事態に陥って混乱したものだと思い、リーダー格の男性はアルスを安心させようと優しく頭を撫で始めた。
だが、間違っているのはリーダー格の男性だった。
確かに正式なメンバーは、全員無事だった。正式なメンバーは。

「ち、違うんです。俺が言ってるのは、そうじゃなくて……」

不安げに瞳を揺らし続けるアルス。
幾らなんてもこれは様子が可笑しすぎる。
他のメンバーもその事を察知したのか、周りに集まってきた。

「ユーノが……ユーノが居ないんです!何処を探しても、居ないんです!」

口から発せられた言葉は、空気を伝わり周りの大人達にその意味を正確に伝えた。

「ユーノって……ユーーーーノぉ!!」

驚愕の声でリーダー格の男が叫んだと同時に、周りの大人達も一斉にざわつき始めた。

「何であいつが……確か、あいつはまだ4歳だぞ!それが何で!?」

彼らの一族は遺跡などの古代文明の遺跡などの発掘を生業としているが、流石に4歳児を現場に連れてこようとは思わない。
それが何故、こんな所に居るのか。
疑問を抱きながらも、大人達はざわついていた。

「俺が……俺がいけないんです」

混乱している大人達に、アルスは事情を説明し始めた。
懺悔するかのように、唇を強く噛みながら。

「あいつ、ずっと勉強していて……早く発掘に加わりたいからって……ずっとずっと勉強していて……」

声は何時のまにか涙声になっていた。

「頑張りたいからって……ひっぐ…皆の役にたちたいから…えっぐ、頑張って……今回の発掘についてきたいって……安全だから…あっぐっぐっ……だから、だから俺」

途中からほとんど泣いていて、上手く言葉が伝わらなかった。
が、もう十分だ。
リーダー格の男は再びアルスの頭を優しく撫で始めた。

「男が泣くな。泣いていたって、何も変わらんぞ」

強く、でも確かな優しさを込めて話しかける。

「アルス、ユーノは今回の発掘についてきたいと言った。そして、お前がコッソリと連れてきた。そうだな?」

コクン、と頷くアルス。

「俺達が避難した場所にユーノの姿が無い。そうだな?」

再びコクン、とアルスは頷いた。
自分の責任を感じているのか、目からは大粒の涙が流れ出ている。
安心しろ。そう伝えるように、リーダー格の男は強く頭を撫で続けた。
同時に、周りの他のメンバーに目で伝える。
今回の発掘は途中までは本当に安全だった。遺跡内の地図も、皆が持っている。
迷子になった可能性は限りなく低い。
と、なるとユーノが居なくなった原因は一つしかない。
トラップに巻き込まれた時、皆からはぐれた。
急いでお互いの状態と、今所持している装備の確認をする。

「どうだ?そっちは?」

「ダメだ。水や救急箱はあるけど、これじゃあ……そっちは?」

「こっちもダメだ。魔力も使えるほど残ってないし、怪我してる奴らにこれ以上無理をさせる訳にもいかない」

動ける大人全員が確認するが、あまり乏しくない。
装備も、遺跡の罠に巻き込まれた時にほとんど失ってしまった。
魔力自体も、逃げる時や怪我人の治療でほとんど0に近い。

(ダメだな、こりゃ。こんな状態でもう一回遺跡の中に入っても、二次災害の恐れがある。救援部隊が来るまで、待つしかないか)

今の状態では、それが正しい判断だ。下手に助けに行っても、此方が遭難してしまったら本末転倒。
救援が来るまで待つしかない。
けれど、今あそこに自分達の一族の子供が、たった一人で取り残されている。
食料も水も無く、頼れる大人が一人も居ないあの暗く閉鎖された場所で。
直ぐ助けに行きたい衝動を抑えて、リーダー格の男は遺跡を睨みつけていた。
その時、自分の右手から微かな振動が伝わってきた事に気付いた。

「……ぅ……あぁ」

気になり見てみると、アルスが震えていた。
顔を青くし、瞳は不安そうに揺れ続けている。
子供は時として、場の空気を敏感に感じ取る。
アルスもまた、この不安が漂っている空気を感じ取ったのだろう。
しかも、その原因はユーノを連れてきた自分にある。

(俺の……俺のせいで。俺がユーノ連れてきたせいで!)

罪悪感は、ますますアルスを追いつめていき、深い深い底なしの水の中に引きずり込もうとするが――

「心配すんじゃねぇ」

その声によって、引っ張り上げられた。

「え?」

力強く、此方を安心させる様な優しい声。
声に導かれ、アルスが視線をあげていく。
笑っていた。
自分の頭を撫でながら、リーダー格の男は不安など一切感じさせない笑顔を浮かべていた。

「ユーノは大丈夫だ。お前と同じ、スクライアの一族なんだから」

アルスの目線に合わせ、彼の不安を吹き飛ばす。

「安心しろ、ユーノは俺達が必ず助け出して見せる!それとも、俺が信じられないか?」

「ち、違います!でも、ユーノは俺のせいで……」

「あははははっ……まぁ確かに、今回の事は褒められた事じゃないけど、それは俺も同じだ。
族長に今回の指揮を任せられながら、皆を危険な目に合わせちまったんだからな。
でもな、ここで泣きごとを言っても何も始まらない。今は自分に出来る事をするんだ!俺も、お前もな」

涙を拭いさり、アルスは答えを伝える。

「……んっぐ……はい!」

力強い声に目。もはや先程まで不安のどん底にいた少年の姿は、何処にも無かった。
よし!、とリーダー格の男はアルスの頭を髪が崩れるぐらい強く撫でた。
子供の自分でも、何か役に立つ事が出来るはずだ。
アルスは自分に言い聞かせ、自分から率先して手伝えることを探し始めた。

「しかしもまぁ、お前がユーノを連れてくるなんてな。こんな事をするのは、もう一人の兄貴分かと思ったが」

彼らスクライア一族の中には捨て子など、親が居ない子供も居る。
無論、そんな事でその子を蔑にする輩は一族の中には居ない。
皆家族。
今日生まれた赤ん坊も、アルスも、族長も、この場に居る全員が自分にとっての親兄弟。
蔑にするわけが無い。
行方不明になっているユーノもそうだ。
特に彼を可愛がっていたのは目の前のアルスだ。その関係は普通の兄弟と言っても過言ではない。
そう、“アルス”は。
問題なのはもう一人の兄貴分。こいつは正直普通ではない。
確かに一族の子供達には何気に好かれたりしてるが、自分の目から見てると変な影響を受けないか心配である。
一族のほとんどの大人がそう思うほど、問題児なのだ。

「あはははは……あいつの場合、張り付けにしてでも置いてくると思いますよ。基本的に団体行動よりも、一人で動く方が好きですから。
連れてきたらきたで、真っ先に放って何処かに向かうじゃないんですかね」

アルスもリーダー格の男の心情を察したのか、苦笑いを浮かべた。

「いや、流石にそれは無いだろ」

「……普段のあいつを見てもですか?」

「……………すまん。リアルに想像できた」

本当に直ぐ想像できた。高笑いをあげながら、去っていくあいつの姿が。
呆れながらも、その想像を消すため頭を振る。
子供。
今の性格は仕方ないとして、もう少し普通の子供になってもらいたいものだ。
淡い希望を抱くが、それも無理だろう。
あいつが普通の子供になる場面など、想像できない。
はぁ~、と溜め息を吐きながらリーダー格の男性は歩き出した。
残ったアルスは一人考える。
先程も話題にあがった“あいつ”。
自分の幼馴染で、よく小さい頃は振り回された。というより、振り回された思い出しかない。
子供らしい遊びなど一切した記憶は無かった。
傲慢で、強引で、自由奔放。今だって一族のキャンプ地には居ない。
またどこかでに一人で旅してるのだろう。
そんなちょっと……いや、かなり性格に問題があるが、正直こういう時は是非とも居てほしい。
特にこんなトラップが隠されている遺跡の探索の時には。

「早く帰ってこいよ。俺達の弟分のピンチだぞ」

空へと問いかけるが、こんな事をしても無駄だ。
無い物を強請っても仕方ない。
アルスは歩き出し、怪我人の様子を窺おうとした。

――シャリ

突然、後ろから何か音が聞こえた。
野生の動物だろうか。
アルスは気になり、その歩を止め耳を澄ます。
シャリ、シャリ、と軽快な音が鳴り響く。よくよく聞いてみれば、何かを咀嚼する音まで聞こえた。
誰かが何かを食べている。しかし、一体誰が。
今この場に居るメンバーは全員自分の視界に映っている。
違う。
初めに浮かんだ可能性を切り捨て、次の可能性を思い浮かべる。
救援部隊。いや、それも無い。
いくらなんでも早すぎるし、仲間の危機だというのに呑気に物を食べている奴なんか一族には居ない。
では、この音の正体は何なのか。
警戒しながら、アルスは一気に振り向き音の正体を確かめた。


暗いせいで良く見えないが、誰かが此方に歩いてくる。
アルスは目を凝らしながら、その影の正体を確かめようとする。
此方に近付いてくるたびに、土や草を踏み締める音が鳴り響いた。
徐々に、その影の姿が見えてきた。
後ろに居たのは、一人の子供だった。
その手に持っている果物。先程の音の正体はこれだったのだろう。
同年代の子供よりも高い身長。
遺跡発掘で鍛えられた自分などよりも、より鍛えられた肉体。
碌な手入れをしていない、ボサボサに跳ね上がった白髪の髪の毛。
まだ少しだけ肌寒いというのに、限りなく軽装に近く、自分達の一族では先ず見る事が無い赤いジャケット姿。
そして何より、あの目。
凶悪なまでに釣り上がり、自分に出来ない事など無い絶対の自信を含んだ目。
こんな子供、自分の知る限りではたった一人しか居ない。

「よぉ、どうしたアルス?しけた面しやがってぇ」

この声に、このふてぶてしい態度。
まだ顔はハッキリと見えていないが、既にこの時点でアルスにはこの人物が誰か解った。
月明かりに照らされ、その子供の顔が暗闇の中に浮かぶ。
同時にアルスはその子供の名を叫んだ。

「お前は、バクラ!!」

月明かりに照らされた暗闇の中。
自分の幼馴染――バクラ・スクライアが笑っていた。










ちょっと息抜きに書いてみました。



[26763] スクライアの異端児!その名はバクラ!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/04/03 10:19




閉鎖。
この場所を一言で表すならば、その言葉が一番適した表現である。
空も、雲も、太陽の光も、届かない。
吹きぬける爽やかな風も感じない。
土や若葉、生命の鼓動を一切感じさせない。
暗闇に閉ざされ、一点の光すらも届かない。
感じるのは、埃にまみれた空気だけ。

「……ぅ………んぅ」

外との繋がりを遮断されたその空間で、彼――ユーノ・スクライアは目を覚ました。




目を開けたと言うのに、光は瞳に入らない。
何処までも続く暗闇が広がっていた。

「ぼ、僕……」

不安げに辺りを見渡すユーノ。
地面に手をつき、立ち上がろうとした時に自分の体の異変に気付いた。
痛い。体中が重い鈍器にでも殴られてたような衝撃が走った。
耐えきれず、顔を顰めて地面に倒れてまま悶えてしまう。
息がつまりそうな激痛に耐え続ける。
そうして痛みに耐えていると、徐々にだが痛みが引いてきた。
まだ完全に引いたわけではないが、少し動くには問題ない。
目もだんだんと暗闇に慣れてきた。
体の痛みに耐えながら、ユーノは立ち上がり改めて辺りを見渡す。
暗くてよく見えないが、向こうには散乱した瓦礫の山が見えた。
後ろを振り向いて見るが、後ろも同じように瓦礫が散乱している。
右も左も同じ。
空気の中に感じる埃っぽさが、物凄く嫌だった。
何故自分がこんなとこ所に居るのだろうか。
自分自身に問いかけるが、思い出せない。
それ以前にまともな思考能力が、今の彼にはなかった。
目が覚めたら周りは瓦礫の山に囲まれた暗闇の中。体中に走る強烈な痛み。
まだ幼子であるユーノの心に恐怖を植え付け、思考能力を奪うには十分すぎた。
しかし、そんな彼でもたった一つだけ理解できる物があった。
この暗闇の中には誰も居ない。
何時も助けてくれる人も、遊んでくれる人も、勉強を教えてくれた人も。
誰も居ない。たった一人ぼっちでこの暗闇の中に取り残された。

「……うっぐ」

悲しみと孤独。それら全てに耐えられるほど幼いユーノの心は強くなかった。
泣いてはいけない。
奥歯を強く噛みしめ、必死で涙を流さないように我慢する。
が、それは所詮やせ我慢だった。
目の前に広がる闇。響くのは自分の声だけ。誰も居ない孤独感。
恐怖はさらに巨大な波となり、遂にはユーノの目から大きな粒が流れ始めた。

「ひっぐあぁ……すんぅ……あ…だ、誰かぁ……助けて……あっぐぅ」

助けを求めるが、変化はない。自分の声が狭い空間に反響しだんだんと小さくなって消えた。
悲痛に染まった声と助けを求める声。
閉鎖された暗闇に、暫く反響していた。
それがますますユーノの恐怖を増大さる。
恐怖から肉体を守るように体を丸め、地面に座り込みながら涙を流し続けた。

――……ン

「……え?」

暗闇の中、自分の啜り泣く声だけが聞こえていたが、その音の中に別の音が混じった。
気のせい。いや、気のせいじゃない。
確かに聞こえる。
何かを削り取る様な、鈍い音が自分の耳を鳴らしていた。

「な、何?……」

ユーノは震えながら辺りを警戒する。
音は段々と大きく、ハッキリと聞こえてきた。
怖い。
行き成り暗闇の中に響いた、正体不明の音に恐怖を覚えるユーノ。
しかも、その音は自分へと近付いてくる。
逃げなきゃ。怪我を負い、満足に動かせない体を必死に使い此処から離れようとする。
が、こんな閉鎖された場所で遠くに行けるはずも無く、直ぐ瓦礫の壁に阻まれてしまった。
ドーン、ドーン、と音は絶え間なく聞こえ、もう嫌でも聞こえるほど近くに来た。
そして、爆発音と共に砂煙が舞い瓦礫の山の一角が崩れ去った。
襲い掛かる砂煙が目に入らないよう腕で防ぐ。
瞬間、視界が塞がれた自分の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。

「中々えげつねぇトラップだ。外見は此処以外特に変化は見られないってのに、中はほとんどが陥没。
部屋も通路もほとんどが瓦礫の山とかし、ご丁寧にも退路を防ぐようにして造られている。
レオンの野郎が指揮官じゃなかったら、今頃スクライアの発掘隊は全滅してたかもな」

この声。ずっと慣れ親しんできた声。
ユーノは信じられなかった。
声の持ち主は、一週間前に一族から旅だったばかり。
こんな所に居るはずが無い。
でも、それじゃあこの声は誰だ。
砂煙が晴れたのを見計らって、ユーノはその人物を見つめた。

「しっかしもまぁ、此処までメチャクチャにするとは。
城ってのは王の権力を象徴する物だが、どうやらここの王様は、余程敵国に自分の権力を踏みにじられたくなかったようだ。
へっ!敵に奪われるぐらいなら自分もろとも心中する、と言った所か」

瞳に映った人物。
自分とは違う褐色肌。
子供にしては鍛えこまれた肉体。
ボサボサに跳ね上がった白い髪の毛。
マントの様に体を覆う赤いジャケット。
砂煙が完全に晴れ、その人物の顔も明らかになった。

「よぉ、ユーノ。生きてるか?」

この顔――間違いないこの人は!

「ば、バクラ兄さん!」

瓦礫の山を突き破って現れたのは同じスクライアの一族。
アルスと同様に幼いころから自分の兄貴分だった人――バクラ・スクライアだった。

「うぅっぐ……バクラ兄さーーん!!」

孤独感と絶望感から解放された歓喜に、ユーノは嬉し涙を流しながらバクラに飛びついた。
今正に兄と弟の美しい兄弟図が完成――

「よっと」

「ぶばわっ!」

することはなかった。
ユーノの感激の飛びつきを、バクラは受け止める事は愚か自分から避けた。
それはもう盛大に。掠りもさせず。一切の戸惑いすらも見せずに。
自然の法則に従い、そのまま瓦礫の山に突っ込むユーノ。しかも、顔面から。
痛い。
硬い岩の塊というのもあるが、それ以上にブレーキも受けみも取れずに突っ込んだのは耐えきれなかった。
地面に蹲り、顔を抑えながら涙を流すユーノ。
子供らしい柔肌が、今は赤く腫れてとても痛々しい物になっていた。

「涙と鼻水でクシャクシャになった顔で飛びつくな。服が汚れちまうだろう」

てめー本当に兄貴分か!
この場の現状を見て、100人中100人が思う感想だろう。
自分を頼って飛びついてきた弟の期待を裏切るだけでなく、この薄情な態度。
何処からどう見ても兄と弟の構図には見えない。

「うぅ~~……に、兄さん~…わっぷ!」

痛みに耐えながら兄貴分の方を振り返ったら、行き成り柔らかい何かを押し付けられた。
何だろう。
疑問に思い、その柔らかい何かを顔から剥がし確認してみると、普通のハンカチだった。
別に特別な物ではなく、市販で売られている様な極々普通のハンカチ。

「とりあえず、それで顔でも拭け。男が何時までも泣きじゃくんじゃねぇ」

少しだけ……いや、かなり粗暴だが確かに目の前で泣いている小さな男の子を気遣う態度が見えた。

「う、うん」

言われた通りに涙と鼻水を拭うユーノ。
ハンカチを返そうとするが、洗ってから返せ、というバクラの言い分に従い懐にしまった。
頭に何かが置かれる。
ゴツゴツとした、でも暗闇の中では感じる事が無い暖かい。

「バクラ兄さん……」

見てみると、バクラが自分の頭に手を置いていた。

「頑張ったじゃねぇか、ユーノ」

先程までと同じく粗暴な態度だが、その表情には確かに優しさが込められていた。




古代遺跡。歴史を物語り、後世に伝えていく建造物。
しかし、今はその面影はほとんど見えず無残な瓦礫の山に変わり果てていた。
ユーノを背中に背負い、その中を歩いていくバクラ。

「チッ!足場が悪いったらありはしねぇぜ」

瓦礫の上を通路代わりにして外を目指すが、やはり大小の岩が滅茶苦茶に散乱した上は歩きにくかった。
怪我を負った背中のユーノになるべく衝撃を与えず、静かに迅速に出口を目指す。
その背中で、ユーノは一人安心感を得ていた。
暖かい。
一人で暗闇の中に取り残されるよりも、他人が居るだけでこんなにも胸が安らぐんだ。
兄の肩に置いた手には自然と力が入っていた。まるで幼子が父親に背中に甘えるように。
が、それはユーノに安心という光を与えると同時に闇を与えた。
役立たず。
考える力が戻ってきたおかげで、色々と思い出してきた。
もう一人の兄貴分であるアルスに、無理言って今回の発掘に連れてきてもらった事を。
彼、ユーノ・スクライアには本当の両親というものが居ない。
偶然聞いてしまった事実。だが、特にそれを気にしていた訳ではない。
全くショックではないと言えば嘘になるが、生みの親よりも育ての親。
会ってみたいと考えた事はあったが、ユーノにとって家族とはスクライアの一族だった。
だからこそ、早く役に立ちたかった。
本当の子供ではない自分に此処まで優しくしてくれた一族の皆のために。
必死に勉強して、早く収入を得て、少しでも皆に楽してもらいたい。
頑張って、頑張って、頑張った。
そんな時である、今回の発掘の話しを聞いたのは。
古代遺跡の発掘。それも既にほとんどが調査された古代遺跡。
これだと思った。
幼いとはいえ、これなら自分にも何か出来ると思った。
早速、今回の現場指揮官であるレオンに頼み込んだが、結果はNo。
それならばと、族長にも頼み込んだが、やはりダメだった。
薄々とだが感じていた。
まだ幼い自分には安全とはいえ遺跡に発掘に連れてってもらえるわけがない事を。
そして、一族の皆は自分の心配するからこそダメだと言ってるのだと言う事を。
とても幼子とは思えない頭を持つ彼には解っていた。
でも、それでも我慢できなかった。
今まで必死に勉強してきたのだ!自分にだって何か出来るはず!
注意されて、はいそうですか、と納得できるほどユーノの想いは弱くなかった。

『アルス兄さん!お願いします、僕も連れてって下さい!』

『連れてって……あの遺跡の発掘にか?』

『はい!』

『いや、そんな事言っても………』

『お願いします!僕、絶対足手まといにはなりませんから!』

『うぅ……』

『アルス兄さん……』

『うぅぅーー……あーもう!解った!解ったからそんな泣きそうな顔するな!』

『本当ですか!?』

『ああ。けれど、今回は見学だけだ!解ったな!』

今思い出せば笑える話だ。
自分の兄貴分であるアルスに無理言って内緒に連れてきてもらったというのに、その結果がこれ。
手伝いが出来なかった事自体は、立場上仕方ない。
が、ただ見学してただけだと言うのに遺跡の中に取り残された。
足手まとい。
散々自分で言っておきながら、一族のために何かする事は愚か、自分の身を守る事すらも出来なかった。
ギリッ。自然とユーノは口元を歪ませていた。
一体自分は何をしていた!折角無理言って連れてきた貰ったのに、ただ迷惑をかけただけじゃないか!
ユーノは自分で自分を責め続けた。

「ねぇ、バクラ兄さん。僕って、やっぱりダメなのかな……」

瓦礫が散乱した遺跡の中、踏み締める音を聞きながらユーノはそっと胸の内を吐きだした。

「早く皆の役に立ちたいと思ったのに……優しくしてくれた皆の手伝いをしたかったのに……」

子供だから仕方ない。確かにその通りだ。
体も経験も未熟なのだ。皆の役に立てなくても、誰も責めたりはしない。
でも、ユーノには我慢できなかった。

「僕ぅ………僕ぅ……」

暗闇の中に響く声は、何時の間にか涙声になっていた。

「早くアルス兄さんやバクラ兄さんみたく……ぐぅ…すん…早く…皆の……」

アルス・スクライアとバクラ・スクライア。
二人とも年の近い兄弟で、特に親しかった人物。
同時に、自分とは違いスクライアの皆のために働いていた人物。
アルスはまだまだ荒い所はあるが、同年代にしては筋も良くかなり優秀な部類に入る。
知識も申し分なく、後は経験を積ませれば立派な一人前になるだろう。
そして、もう一人の兄貴分。バクラ。
この人は正直凄いとしか言えない。
僅か7歳にして未開の遺跡を制覇しただけでなく、次々と難攻不落の遺跡を発掘してスクライアの一族に貢献した。
どちらも昔から自分の側に居てくれた親しい人。でも、自分とは違い一族のために働いていた人。
凄いと尊敬の念を抱くのと同時に、悔しかった。早くこの人達に追い付きたいと思った。

「迷惑をかけたくなかったのにぅ……僕、どうすれば……ぅ」

自分は一族のために働けるのだろうか。
今日みたいに迷惑をかけないように出来るのだろうか。
果たして自分が一人前になる日は来るのだろうか。
心の中に存在する不安全てを吐露したユーノ。
こんな事を言ったのは、もしかしたら答えが欲しかったのかもしれない。
心の不安を吹き飛ばしてくれる答えが。
ユーノは静かに涙を流しながら、自分の兄の答えを待った。
答えを待つ……待つ……待つ……待って待って待ち続ける。

「?」

何時まで経っても兄から答えは返って来ない。それだけでなく、揺り籠の様に揺れていた体も今は止まっている。
怪訝に思い、ユーノはバクラの様子を確認すると――

「あの場所、何か変だな」

(ぜ、全然聞いてない!)

ガーーーン!!
盛大にショックを受けるユーノ。
自分の兄は話しなど聞いておらず、遺跡のある一角をジッと見つめてた。
先程の自分の独白は何だったのだろうか。悲しみとは別の意味での涙が流れ始めた。
そんな弟の心情などお構いなしに、この凶悪な兄は怪我を負っている弟を放り出し遺跡の壁を調べ始めた。
唯一の救いは負担をかけないよう静かに下ろした事だろう。
腐っても兄。何気にユーノを気遣うバクラだった。

(一体どう言う事だ?)

バクラが調べている遺跡の壁。
他の所は陥没し、滅茶苦茶になっていると言うのに此処だけが綺麗な状態で残っていた。
足元には小さな石が転がっているが、周りから零れ落ちた石だろう。
この場所自体には何の被害も無い。
可笑しい。これだけの大惨事なのに何も被害が無いのは変だ。
より注意して、バクラは調べる。

(……この壁、他の所とは少しだけ違うな。使っている石その物が違うのか?)

懐からナイフを取り出し、壁の一部を抉り取ったバクラはその違和感に気付いた。

(やはりな。見た目はほとんど変わらないが、使われている石は他の所よりも遥かに脆い)

砕けた石の欠片を見て笑みを浮かべるバクラ。
続いて小型の探査機を取り出してある事を調べ始める。

(見た目はただの岩だってのに、此処を調べ始めた途端に機械がバグっちまいやがった。
ただの壁……って訳じゃなさそうだな)

「あの……バクラ兄さん?」

壁を見つめたまま動かないバクラを気にかけ、声をかけるユーノ。
次の瞬間、ビックリ仰天の光景が目に入ってきた。

「ふんッ!」

「って、バクラ兄さーーーーーーーーーん!」

気合の籠った声と共に、バクラは目の前の壁を殴り壊した。
ガラガラと呆気なく崩れさる壁。

「何してるんですか!?遺跡を壊しちゃダメだよ!」

「うるせぇー!どうせもう壊れちまったんだから、この程度別に問題ねぇ!」

あ、確かにそうかも。と一瞬でも思ってしまった自分が恨めしい。

「おら!さっさと行くぞ!」

「い、行くって……何処に?」

「いいから黙ってついてこい」

有無を言わさずに再びバクラの背中に背負われるユーノ。
そのまま先程壊した壁の元へと来た。

(あ、階段)

バクラの影になって気付かなかったけど、壁の先には石で造られた階段が地下に続いていた。
暗くて先は見えない。どうやらそれなりに深いようだ。
明かりをつけようと、バクラはジャケットの中からライトを取り出すが、肝心の明かりがつかない。
カチ、カチ、とどんなにスイッチを入れても全くの反応なし。

(チッ!探査機だけでなく、電気を使った物は全部おじゃんか)

ならば仕方ない。少々原始的な方法だが、やはり遺跡にはこの方法が一番だ。
バクラはライトを仕舞い、代わりに松明を取り出して火をつけた。
赤く揺らめく光が暗闇に閉ざされた階段を照らす。

「行くぞ、ユーノ」

「う、うん」

言われるがままにユーノはおとなしくバクラの肩を攫み、地下へと潜っていった。




「ねぇ、バクラ兄さん。この階段って、一体何処に続いているのかな?」

何処までも続く階段。暗闇に閉ざされたその場所は、まるで生き物が大きな口を開いているようだった。

「ユーノ。お前、この遺跡が何なのかは知ってるな?」

自分の問いには答えず、逆に問いかけられた。

「う、うん。この世界に昔栄えたクルカ王朝の王様が住んでいた城でしょう?」

「なら、そのクルカ王朝の特徴を言えるか?」

「えっと……確か、小国で魔法文明は低かったけど、周りは自然に囲まれた豊かな国で、自分達に恵みを与えてくれる自然が敵国の侵攻を防ぐ防壁にもなっていた国でしょう。
でも、次第に戦火が広がる中で600年前に滅んだ王朝。
最大の特徴は、その並外れた技術力。特に物を造る事に関しては今でも通用するほどの比較的高い技術力を持っていた国……で、合ってるよね?」

「ああ、やるじゃねぇか」

褒められ照れるユーノだが、バクラはお世辞で言ってるわけではない。
4歳。そんな幼い年で此処まで知識がついているなら大したものだ。

「それで、それがどうしたの?バクラ兄さん?」

先程の問いに何か意味があったのだろうか。
ユーノは気になり、答えを聞いた。
一呼吸置いて、バクラの口が開かれる。

「ユーノ、もしお前が王様だったら国を動かすのに権力と人材。後は何が必要だ?」

バクラの口から発せられたのは、答えではなくまたもや問いだった。

「え~~と……」

何故そんな事を聞くのか気になったが、とりあえず答えようとユーノは答えを模索する。
自分が王様だったら、権力と人材と後に必要なのは……

「う~ん…っと……食べ物?」

「……プッ……クククッ…ハハハハハハッ!!」

自分なりに考えた答えだったが、どうやら違ったようで笑われてしまった。
そんなに笑わなくてもいいじゃないか、と頬を膨らませバクラの肩を強く攫む。

「フフフッ……怒んな、怒んな。お前の考えも、あながち間違ってるわけじゃあねぇんだからよぉ」

どんな人間でも、生きていく限りは食料が必要だ。
ユーノの答えも、完全に間違ってるとは言い切れない。
しかし、国を動かすという点ではそれ以上に必要な物がある。

「何なの、それって?」

知的好奇心が刺激され、声を弾ませるユーノ。

「まぁ、待ってろ。答えはもう直ぐ解る。クククッ、俺様の感が告げてるぜ。この先に答えがある、ってな」

バクラはその問いには答えず、只管地下へと潜っていった。




――途中に立っていた何体もの石造の目が妖しく光った事に気付かずに……




階段を下りて行った先に待っていたのは、酷くヒンヤリトした地下室だった。
木箱。
丁寧に左右の台に収納された物が、薄暗い中でも確認できるだけでかなりの数がある。
隠されてるように壁の中にあった階段、その先にあった地下室に謎の木箱。
ユーノの好奇心の色はますます強くなっていく。
待っていろ。
バクラは適当な場所にユーノを降ろし、近くの木箱に近付いていった。

「ユーノ、よーく見てな!これがさっきの答えだ!」

足を振り上げ、一気に振り下ろし木箱を打ち壊した。
ジャラジャラ。
甲高い音が響き、木箱の中から小さな物が幾つも流れ落ちてきた。
何だろう。気になる、目を細めてその小さな物の正体を確かめようとするユーノ。
暗いから見えないけど、小さくて丸い。円形状の何か。
その内の一枚が地面を転がり、自分の足元に転がってきた。
拾い上げ、バクラの松明の光を頼りに正体を確かめる。

「これって……」

翼が生えた獣の様な生き物が彫られた丸いコイン。
こんな玩具みたいな物が何で隠されるようにして。
疑問に思うが、近くで見てその正体の重要性に気がついた。

「……もしかして、ゴールド!」

古い遺跡などを探索してると時々意外な宝物が見つかる。
金塊や宝石、その他の貴重品など。
見間違いかと思ったが、確かに昔スクライアの人達に見せてもらった金塊と目の前のコインはそっくりだった。

「ほぉ、流石スクライアの一族だ。ガキとはいえ、見分ける目を持っているな」

「バクラ兄さん、答えって……これ?」

「ああそうさ。国を動かすのに大事な物。それは権力と人材。そして、最後の一つが金……財力だ」

零れ落ちる金のコインの山を見ながら、バクラはポツリポツリと語り始めた。

「そもそもこの遺跡の話しを聞いた時から可笑しいとは思っていたんだ。
絶対の権力者である王の城だってぇのに、明らかに見つかる金銀財宝のお宝が少なすぎる。
見つかるのは、古い文献や昔の人間が使っていた生活用品ばかり。
敵国が攻め入る前に王族がお宝全部を持ち逃げしたなら、話しは別だが……戦乱の中、そんな時間があったとは思えねぇ」

コインが積み重なり山となった中から一枚のコインを持ちあげる。

「こいつに刻まれている生き物……確か、ドルクガとかいう昔この世界に居た生き物だ。
その他の生物を圧倒する力と大空を駆け抜ける姿からついた別名が――大空の支配者。
よくある話だが、王様ってのは街が見下ろせるぐらい高ぇ城を建てる。そうする事で自分の絶対権力を示すためだ。
この広い次元世界でも、その考えは基本的に変わんねぇのか、こいつみたいに空や太陽などに関係する物を家の紋章などの刻む奴らも決して少なくはねぇ。
恐らく、クルカ王朝の王様もこの大空の支配者と恐れられたドルクガの姿を自分の財宝に刻む事で、自らの権力を誇示したかったんだろうよぉ」

器用に手でコインを弄り回しながら、口元を釣りあげるバクラ。
宝を手に入れられた事を純粋に喜んでいた。
一方のユーノは純粋の驚いていた。
それは金貨を発見した事もあるが、目の前の人がそれを見つけた事にだ。
凄い。
こんな大惨事の中で新しい発見をした自分の兄貴分を尊敬の眼差しで見つめていた。
自分が放り出された事など忘れて。
やはりスクライア。発掘に関しては彼にもその血が立派に流れているようだ。

(なるほど。敵から宝物を守るために此処に隠したのか……あれ?)

ふとある疑問が浮かび上がってきた。
この遺跡はほとんど調査された遺跡。部屋も通路も、調べ尽くした。
可笑しい。
罠は仕方ないとして、この部屋が今まで発見されなかったのには納得がいかない。
600年前。壁に隠されていたとはいえ、今では技術も進んで探索も随分と楽になった。
おまけに自分達には魔法がある。
遺跡発掘を生業とするスクライア一族。探索用の魔法を使わせれば右に出る者は居ない。
進んだ技術力と精錬された魔法。
隠し部屋の一つや二つ発見するのは簡単なはず。
一体何故今まで発見されなかったのか。
興味が沸き、ユーノはバクラへと問いかけた。

「こいつを見てみろ」

その問いに対し、バクラは小型の探査機を投げ渡した。
慌てて受け取るユーノ。変化には直ぐ気付いた。
画面が乱れている。
ナビ機能も全てがダメ。どの機能も完全に狂っていた。

「言っておくが、それは故障じゃないぜ。一応俺もスクライアの定期検査は受けてるんでね」

「え?……それじゃあ、なんで?」

「その答えは……周りを見てみな」

急いで辺りを見渡すユーノ
地下室。
現代の様な特殊な材料では造られておらず、普通の石で造られていた。
見た目だけは。
疑惑の色を強くしているユーノに、バクラは辺りの壁を松明で照らしながら謎解きを始めた。

「四方八方を囲む壁、地下へと続く階段、そしてこの部屋を隠していた壁。
見た目だけは周りに使われている石と似ているが、中身は全くの別物だ」

壁に手を当て、その事実を伝える。

「ユーノ。てめぇなら知ってるよな、自然の中には大気中の魔力素を大量に含んだ鉱物ができる事を」

「う、うん。自然界の中には本当に極希だけど、そういった鉱物はできるよ。
見た目は普通の岩の物もあれば、綺麗な宝石の様な物もある貴重品で、昔はその鉱物を王様の献上品にした国もあったって前に本で読んだ事ある……ッ!!」

自分で言ってる途中に、ある事に気付いたユーノは目を見開いた。

「もしかして、これ全部が!!?」

彼に答えるようにバクラはさらに口元を釣りあげた。

「そうさ、この地下室全てがその鉱物で造られているのさ!」

壁から手を離し、ユーノの方に近付きながら謎解きの続きを話しだす。

「とはいっても、かなり出来は悪いみたいだがな。
その手の市場に出しても、二束三文にはならねぇ粗悪品だ。
だが、数は力なり。これだけの量でお宝を隠しちまえば、鉱物が放つ微弱は魔力の波が探索魔法を乱してお宝を守ってくれるというわけだ」

ユーノから小型の探査機を受け取るバクラ。

「機械が狂っちまいやがったのは、その微弱な波が機械にも影響を与えたからだろうよぉ。
もっとも、これは偶然の産物だろうがな。
まさかクルカ王朝の奴らも未来に造られる最新の探査機まで誤魔化せるとは思ってもいなかっただろうよぉ。
偶然にも鉱物が放つ波が微弱な妨害電波となり、この探査機までも狂わしたおかげで今日まで発見されなかった。
差し詰め幻のお宝、と言った所か」

空いた口が塞がらないとは、この事を言うのだろう。
凄い、凄すぎる!
今まで発見されなかった重要な遺物を見つけただけでも凄いのに、その謎まで解明するなんて。
しかも、それを見つけたのが自分と同じ一族で兄貴分。
自分の事の様にユーノは興奮していた。

「ね、ねぇ!それじゃあ、何で此処に隠したままにしてたの!」

興奮冷めないまま質問を投げかけるユーノ。
その表情は、まるで小さな子供が親に昔話を強請るように輝いていた。

「さぁな。木箱に入っていた事から察するに、直ぐ持ち運べるようにはしてたみたいだが……」

再び金貨へと近付き、しゃがんで一枚のコインを持ちあげた。

「おおかた、クルカの最後の王が敵国に滅ぼされる寸前に、誰かに託すために隠していたんだろうよぉ。
何時の日か、自分達の栄光を取り戻すための軍資金とするためにな」

コインを指で弾くと同時に立ち上がり、落ちてきたコインを手中に収めた。

「これで全てが納得いく。あれだけのトラップが発動したってぇのに、この部屋を隠していた壁を含めた周りには罅一つ入ってなかった。
万が一にも壁が壊れないようにな。
元々この部屋は城が建てられた時からあった宝物庫か何かだと思うが……流石にそこまでは解らねぇ。
けど、この木箱の数を見る限りでは壁を取り付けたのは恐らく後からだろう。
城の中の見取り図とトラップの被害を計算して造ったのには褒めてやるが……結局、その努力も水の泡。
トラップが発動する前に、滅んじまいやがった。
敵国の兵士も、まさか城の壁の中にお宝が隠されているとは夢にも思わなかっただろうな。
此処を見つけられるのは、この部屋の秘密を聞いたものか……」

顔半分を振り向き、ユーノを見つめる。
笑み。
歯が見えるほど、バクラは凶悪な笑みを浮かべていた。

「……盗賊だ」

その時のバクラは何処か何時もと様子が違った。




全ての木箱の中身を確かめたが、全てがクルカ王朝の金貨だった。
国を立て直す。
それだけの大事を為すための資金なだけあって、全部を今の金額に換算すると莫大な金額になる。

「さてと、そろそろ行くか」

「うん!早くキャンプに戻って、皆に知らせなきゃね!」

「あぁ?なーに寝ぼけた事を言ってんだ、この金貨は全部俺様が頂くんだよ!」

「あ、そうか!ごめん、バクラ兄さーーーーーーーーーーーーーん!!?」

本日二度目の絶叫。
うるせぇ、と耳を塞ぎながら顔を顰めるバクラ。
が、ユーノの驚きは当たり前である。

「い、頂くって!兄さん、それって泥棒じゃあ……」

「へっ!何言ってやがる、こいつの持ち主は今から600年前に死んじまったんだぜ。
今さらそいつの子孫を探して、渡すってのか?
はっ!冗談じゃねぇ!
こいつは俺様が見つけた物だ!発見者である俺が貰うのに、何の問題がある!?」

いや、確かに一理あるけど……何かが違う。絶対間違っている。
バクラの説得を試みるユーノだが、お宝を目の前にして水を得た魚の様に喜ぶ彼を説得するには戦力不足だった。
ウキウキ気分で着ていたジャケットを金貨へと被せる。
次にジャケットを取り払った時、山の様に積み上げられていた金貨は全て消えていた。
物が消えるマジック。
そのタネはバクラが来ている赤いジャケットにある。
ロストロギア。
管理局で管理している過去の遺産で、異種のオーパーツの様な物。
今の科学技術でも解き明かされない物で、中には世界の滅ぼす危険な物まで含まれている。
とはいっても、全部が全部危険なわけじゃない。
中には比較手安全な物もあり、正規のオークションなどでも取引され、ちゃんとした手続きをとれば個人でも所有できる。
バクラの身につけている赤いジャケットもその中に入る物。

『盗賊の羽衣』

ある世界で暴れ回った伝説の盗賊が身につけていた、かなり曰くつきの品物。
しかし、能力自体は曰くつきの割にはかなりショボイ。
ただ物を中に仕舞っていられるだけ。
しかも、人間や生き物は仕舞う事は出来ず、入る量にも限りがある。
一応ジャケット自体にもかなりの防御力があるが、それでも並のバリアジャケットよりも少し上なだけ。
外から衝撃を受ければダメージも負うし、下手したら中に仕舞ってる物まで壊れる危険性もある。
以上の事を踏まえて、このロストロギアに効果はほとんどが普通の魔導師でも再現できる。
唯一の利点は、持ち運びが軽くなる便利な保存庫と言う事だけだ。
これで危険物に指定する方が難しい。
案の定というか、必然というか、直ぐコレクターの手に周り、様々な経緯を得てスクライアの族長の手に廻ってきた。
そして、そこからバクラの手へと渡った。

「さてと、これで全部だな」

全ての金貨を仕舞い終わった。外見上には変化は見られず、質量も感じない。
ある意味、こういう事をする人にはとてつもなく強い味方である。
盗賊の羽衣。何故その名で呼ばれてるのか、少し解ったユーノであった。

「よし!ずらかるぞ、ユーノ!」

(うぅぅーー……すっかり口調が泥棒みたくなってる……)

兄の代わり様に心の中で号泣するユーノ。
頑張れ!強く生きろ!

「あー……そう言えばお前、言ってたな」

心の中でそっと泣いていたら、原因である本人に話しかけられた。
まだ何かあるのか。
ユーノは恐る恐る耳を傾けた。

「自分が一族の役に立ってない……って」

(あ……話し、聞いてくれていたんだ)

すっかり忘れていた(色々ありすぎて)が、ちゃんとバクラが自分の話しを聞いてくれていた事に喜ぶユーノ。

「まぁ、俺から言わせてもらえば……」

ゴクリ。自然と生唾を飲み込んでいた。
期待と不安が入り交ざる視線で自分を見つけるユーノに対して、バクラは――

「お前……全く役に立ってないから」

超ドストレート!一切の変化球なしの真っ向勝負!!

「ぐわぁ!」

ユーノのライフポイントに大ダメージ!!




「第一今回だってアルスの甘ったれ野郎に無理言って連れてきた貰ったまでは良いが、発掘に直接加わった訳じゃねぇし」

「あうぅ……」


「トラップに巻き込まれたら巻き込まれたで、自分の身一つも守れねぇで、役に立つどころか逆に余計な世話をかけてるし」

「いうぅ!」


「助けてに来たら来たで、怪我をして動けない。文字通りのお荷物状態だし」

「うがぁ!!」




燃え尽きた……真っ白に燃え尽きた。
バクラのダイレクトアタック(という名の言葉攻め)はユーノライフポイント(精神力)を全て奪い去った。
止めて、もうユーノのライフポイントは0よ!、と止めてくれるヒロインは残念ながらこの場には居ない。

「ひっぐ…やっぱり僕、ダメな奴なんだ……ううぐ」

膝を抱え込み、涙を流し続けるユーノ。

「同情するぜ」

「ひっぐ……あっぐ……え?」

声をかけられ面をあげるが――

「お前が役に立たない事には」

「あうぅ!」

再び面を下げ、滝の様に涙を流し続けた。
気のせいか、背中に巨大な影の様な物まで憑き始めた。
全体にジメッとした嫌な空気が漂い始める。

(チッ!めんどくせぇーな)

こんな幼い子供に止めを刺したのは、一体どこの誰だ。
是非とも鏡を持ってきてほしい物である。

「ほら、さっさと乗れ!」

イラつくように声を荒げ、背中に乗るように指示するがユーノは無視。
えっぐ、えっぐ、と次から次へと零れ落ちてくる涙を拭っていた。
さっさと乗れ、置いていくぞ。
どんなに声をかけても反応なし。一向に泣きやまなかった。
額に青筋を浮かべるバクラ。
ユーノ、泣き続ける。泣く、泣く、泣く……泣き続ける。
ブチッ。
大人げなく(まだ子供だが)、バクラの中で何かが切れた。

「いい加減にしろ!何時までも泣いてんじゃねぇ!」

「ぎゃッ!!」

泣いているユーノに拳骨の追加攻撃。
ゆっくりと頭の中に浸透し、痛みが広がっていく。

「ぅぅ~~」

頭を押さえ、悶え続けるユーノ。
その頭には立派なタンコブが出来上がっていた。
酷い。
これは幾らなんでも理不尽すぎるのではないか。
恨めしい視線をバクラに向けるが、その事を後悔した。
鬼の様な形相。実際にそんな物があるなら、目の前の人の事を言うのだろう。
自分を見下す冷たい視線。イラだち歪んだ表情。
怖い、怖すぎる。

「あわ…あわわわ……」

恐怖で涙が流れるだけでなく、体も震えだした。

「たく……たかが4歳児のガキが。てめぇが役に立たねぇのは当たり前だ!
技術も知識も未熟の分際で、一端の口聞くんじゃねぇ!」

「ひぅ……で、でも……」

「でももくそもあるか!そんな役に立ちたいなら、さっさと技術を身につけて遺跡の一つや二つ発掘して見せろ!
そうすりゃぁ、一族の奴らもてめぇを一人前と認めるだろうよぉ!」

何時までもウダウダと泣きじゃくっているユーノを無理やり背中に乗せ、出口へと歩いていく。
コツーン、コツーン、と階段を踏み締める音が響く中に幼い子供の泣き声が混じる。
うるさい。
背中に背負ってる分、直ぐ後ろから泣き声が聞こえるのは鬱陶しかった。
一体どうしたものか。バクラは一人階段を昇りながら考える。
黙らせること自体は簡単だ。自慢ではないが、相手の口を閉ざす方法なら幾つも思い付く。
が、それをやると根本的な解決にはならない。
こいつの悩みは自分が一族の役に立ってない事を悔やんでいる事だ。

(ケッ!4歳のガキが何を悩んでんだが)

本当にそう思う。
一族のために役に立とうとするのは良いが、もう少し大人になってからでも問題ない。
実際、スクライアの一族で早い人で8~9歳、遅い人で12~14歳が遺跡発掘のメンバーになる年齢だ。
中にはバクラの様な例外もいるが、流石に4歳児で一人前になった奴などいない。
精神年齢が高いと言うか、責任感が強いと言うか。
このクソ真面目な4歳児の悩みを解決しようと、バクラは上手い言葉を考える。
が、言い慰めの言葉やアドバイスが思い浮かばない。
弱った。
バクラはどちらかとえ言えば常に最前線で動いている方が性に合ってるタイプ。
こんな風に誰かのために教える先生のような仕事は、幼馴染であるアルスの方が性に合っている。
考えていても埒が明かない。
バクラは思った通りの言葉をユーノに伝えた。

「はぁー……ユーノ、黙って俺の話しを聞け」

まだ言葉の端には硬さが残っているが、先程と比べると随分と柔らかくなった。
ユーノもその事に気付いたのか、耳を傾ける余裕ができた。

「一応勘違いしないように言っておくが、俺が同情したり役に立たないって言ったのは“今”のてめぇに対してだ。
“未来”のてめぇまで否定するつもりはねぇ」

「未来の……僕?」

「そうだ。第一4歳のガキがんな難しい事を考えるんじゃねぇ!
一人前になりたかったら、今はただ知識と技を磨く事に専念しろ!」

「でも……どうやって………」

幼いとはいえ、自分なりに今まで必死に頑張ってきた。
その結果が今回の結果だ。
ユーノ自信をなくすには十分すぎる結果だった。

「へっ!そんなの簡単だ」

バクラは一呼吸置き、自分が最も得意とする方法を伝えた。

「盗め」

「ぬ……盗む?」

先程みたいに金貨を。

「おい、今何か変な事考えただろ?」

「あ……あはははは………」

流石バクラ。鋭い勘をしている。
ユーノは感心しながらも、渇いた笑いをあげるしかなかった。
はぁ~、と一つため息をついた後、バクラは再び口を開く。

「俺が盗めっていてるのは、他人の技だ。
俺のだっていい、アルスのだっていい、レオンや爺さんのだっていい。
他人の技術だろうと知識だろうと、盗んで自分の物にしちまえばそれはもうてめぇの物だ。
誰が何と言うとものな」

所々に棘があるが、それは弟に対して出来る兄としてのアドバイスだった。

「それが嫌だってぇんなら、俺は何も言わねぇ。てめぇの好きにしな。
だけど、これだけは言わせてもらうぞ」

立ち止まり、バクラはその言葉をユーノへと伝えた。

「何時までも泣いているような奴が、一端の口を聞ける日が来る事はねぇ。絶対にだ」

再びバクラは出口に向かって歩き出した。
もう口は開かない。沈黙が場を支配していた。

(バクラ兄さん……)

頼もしい兄の背中を見ながた、ユーノは先程の言葉を意味を考えていた。
盗む。
本来なら卑下すべき行為だが、それはある意味で的を射ている。
どんな天才児でも、自分一人だけで力を完成させる事は出来ない。
先人達から受け継がれてきた知恵と技術が必要だ。
バクラがそこまで考えていあんな事を言ったのか、それはユーノにも解らない。
でも、兄との距離が縮まったみたいで少し嬉しかった。








想像ですけど、盗賊王バクラって普通の幸せな村に生まれていたら皆の兄貴分になっていたと思います。(ガキ大将的な)

闇バクラはあれだけど……



[26763] 石像×盗賊=ジェットコースター
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/04/08 09:46
巨大な城の様な古代遺跡を見つめる一人の子供。
10歳前後の子供で、髪の毛は鮮やかなライトブルー。
月明かりに照らされ綺麗に輝いていた。
肌の色はバクラとは真逆の白色で、肉体もそこそこ鍛えてはあるが、やはりバクラと比べると弱弱しく見えてしまう。
顔つきも、まだ幼さが残る物だった。
アルス・スクライア。
今現在、遺跡に取り残されたユーノの兄貴分にして、その救出に向かったバクラの幼馴染でもある。

「遅い……何やってんだ、バクラの奴?」

つい勢いに任せてユーノの救出を頼んだが、今さらになって心配になってきた。
奴の性格は自分がよく知っている。
性格は確かに少し問題があるが、遺跡の発掘能力に関しては既に一流の腕に至ってる事は。
バクラが救出に向かった時間を考えると、そろそろ出てきてもいいはず。
なのに、未だに全く気配なし。
普通だったら二次災害にでもあったと心配するが、生憎とアルスにその心配は全くない。
少なくても、この程度の遺跡でバクラに何かあったなどあり得ないからだ。

「まさか……あいつッ!」

ある事を思いつき、目を見開くアルス。

「いや、大丈夫だ。散々言い聞かせたんだから、あいつだって解っているはずだ。……解っている…よな?。………本当に大丈夫かな?」

自分が思いついた可能性。
大丈夫だと思いたいが、大丈夫だと言いきれない。
何しろ、遺跡内に入ってるのはバクラ一人なのだ。
止める人が誰も居ない状態で、あいつがやりそうな事が次から次に頭に浮かぶ。
怖い、怖すぎる。

(うぅ……やっぱり俺もついていった方がよかったんじゃ。いやでも、魔力がほとんど残ってない俺が行った所で……いやいや、でも!)

行きたいのに、行けない。
ジレンマの板挟みになって頭を抱えながら悶えるアルス。
そんなアルスに、近付く人影があった。

「どうしたアルス?そんな芋虫みたいに地面に這いつくばって?」

怪訝な表情でアルスに問いかける一人の成人男性。
髪は短くカットされた黒髪。肌はバクラと同じく褐色肌。
服の上からでも解るほど立派に鍛えられた筋骨隆々の体。
何処となくオヤジ臭いが、まだまだ若い一人の男性。
レオン・スクライア。
バクラ、アルス、ユーノ達と同じくスクライアの一族にして、今回の現場指揮官を任せられて人物である。

「あ……レ、レオンさん」

声をかけられ、漸く今の自分がどんな格好でいるのか気付いた。
恥ずかしい。
顔を赤くしながら、急いで立ち上がり服に着いた砂を払い落とす。

「い、何時からそこに……」

「『遅い……何やってんだ、バクラの奴?』……って、所からだ」

「……つまり、最初から居たって事ですか………」

だったら声ぐらいかけてくれてもいいのではないか。
それとも、あの時の自分は声をかける事を躊躇するぐらいの奇行だったのか。
顔を茹でタコの様に赤くしているアルスを微笑ましく思いながら、レオンはその隣に立ち同じように古代遺跡を見上げる。

「まぁ……お前の気持ちは解るよ」

苦笑いを浮かべながらも、アルスの心配には同意する。
実際、自分自身のその場面を何度か見た事あるのだから。
心配。
レオンも何処となく不安になってきた。
バクラのトラップ回避能力は子供ながら一族の中でもトップクラス。
まだ何か罠が残っているかもしれない遺跡。力に余裕があり、尚且つユーノの状況。
早めに救助した方がいいのは、決して間違いではない。
そして、その救助にバクラを向かわせたのも決して間違い……ではないと信じたい。

「レオンさん……どう思います?」

「…………大丈夫だろう」

「何で10秒間も考えたんですか!?というか、そんな自信なさげな声で言われても逆に心配ですよ!」

不安を取り払うどころか、逆にますます不安が高まったアルスだった。
月明かりに照らされた遺跡。
まだバクラ達の姿は見えない。

((大丈夫かな………))

心配になり、アルスとレオンは心の中でその人物の名を呟いた。

((ユーノの奴……))

バクラの事など、全く心配していない二人だった。









「はっっっくしょん!!ズズゥー……あぁー」

「風邪?」

「解らねぇ。解らなねぇが、今物凄くムカついた」








クルカ王朝の城。
暗闇に閉ざされた隠し階段を一段、一段、と昇り出口に向かって行くバクラとユーノ。
金貨。
救出だけのつもりだったが、思わぬお宝に巡り合えた。
しかも、それが自分が好きな黄金で造られているのだ。
バクラの機嫌は正に鰻登り状態。
さて、後は背中のお荷物を届けるだけだ。
石で造られて階段を一段、一段、と昇りさっさとこの古臭い遺跡から出ようとするバクラ。
が、階段の半分ほどまで来た時にある違和感に気付いた。

「……うん?」

歩を止め、辺りを見渡す。
少しヒンヤリトした空気の中に混じる、肌に感じるこの視線。
何かいる。
この古代遺跡に今居るのは自分達二人だけのはず。
それなのに、自分ともユーノとも違う、別の何かの気配をバクラは感じ取っていた。
辺りに神経を研ぎ澄ませ、階段を昇っていく。
その間にも、やはりこの違和感は消えなかった。
まるで誰かに監視でもされている様な、嫌な感じだ。
気分が良くない。
再びバクラは立ち止まり、この違和感の正体を確かめようよ辺りを見渡した。
前も後ろも光が無い暗闇。松明に照らされ、自分の影がユラユラと蠢いていた。
上は特に何も無い、下は特殊な鉱物で造られた階段。
そして、左右には何体かの石像。
人の姿を象った石像が並べられていた。
まさか、この石像が。
一瞬だけある考えが頭を過るが、直ぐ笑い飛ばした。

(ふんッ!バカバカしい)

幾らなんでもそれは無いだろう。
人の姿を象っているとはいえ、所詮はただの岩の塊。
視線を感じたとしても、それは気のせいだ。
石造から視線を外し、再び階段を昇って出口へと向かおうとする。

「ッ!!」

その時、バクラの脳裏に幾つものキーワードが浮かびその歩を止めさせた。
ここは600年も前の古代遺跡。
クルカ王朝は魔法文明が低かったとはいえ、全く無かったわけではない。
自分達の財宝を隠していた地下室。
そして、クルカの最大の特徴である並外れた技術力。
まさか!
バラバラのピースが一つになった時、バクラは驚愕の表情を見せた。
瞬間、前方から黒い塊が自分とユーノ目掛けて襲い掛かってきた。

「チッ!」

「うわッ!なに!?」

バクラは舌打ちを打ちながら、ユーノは驚きながら、後方に下がりそれを避けた。
再び襲い掛かってくる黒い塊。
今度は左右から同時に襲い掛かってきた。

「ユーノ!しっかり捕まってろ!」

危険を感じ取ったバクラは、背中のユーノに落ちないよう指示する。
ユーノも危険を感じ取ったのか、より一層捕まってる左右の手に力を込めた。
そのまま一気に駆けだすバクラ。
ユラユラと松明の火に照らされる石の段を一気に駆けおり、先程の地下室へと戻ってきた。
はぁーはぁー、と少しだけ荒れた呼吸を整えて入り口を睨みつける。

「バクラ兄さん!今のは!?」

「なーに、少しばかり古臭ぇこの城の住人が俺達を出向かてくれただけだ」

それは何、と正体を聞く前に変化は訪れた。
音。
自分達が降りてきた階段から、何かを削り取る様な音と地響きが聞こえてきた。
音と地響きは次第に大きくなっていく。
怖い。
正体不明の音にユーノはバクラの背中にしっかりと捕まった。
瞬間、大人一人分が入れる入り口を打つ壊して巨大な影が地下室に降り立った。
軽く二メートルは超える巨体。太い腕に足。あれで殴られてでもしたら、骨など簡単にバラバラに砕け散るだろう。
だが、驚く事はそれだけじゃない。
その影、松明の光に照らされたその顔と体は人間の物ではなかった。

「兄さん、あれって!?」

「ああ、こんな古い遺跡には設置されてると思ったが……なるほど、玉座よりもこのお宝を守る番人として活用するか」

バクラは赤い炎に照らされたその影の正体を言葉に出す。

「間違いねぇ、動く石像――ゴーレムだ」

ゴーレム。
特殊な加工と技術を施した石像に、魔力を通して動かす古代の魔導兵器の一種。
その運用性の悪さから、今では使われる事が無く、このような古代文明の遺跡に時々見かけられる。
正に古代の忘れもの。

「ケッ!今では博物館でしか見られねぇ物が動くとはな……持って帰って売り飛ばせば金になるぞ」

「で、でも!バクラ兄さん、可笑しくない!?」

余裕あるバクラと違い、ユーノはある事が気になっていた。

「クルカ王朝は600年も前に滅んだんだよ!その時の魔導兵器が今さら動くなんて!」

ゴーレムを動かすのは、あくまでも使用者の魔力。
魔導師が滅んだこの城で、600年も経った今動くなどとても信じられなかった。

「別に全く無いとは言い切れねぇ。
ゴーレムが兵器として扱われていたのは、魔力が続く限り何時までも戦える性質からだ。
例え何年、何十年経とうとも、魔力が体を動かす限り戦い続ける、正に戦うためだけに造られた兵士。
並外れた技術を持っていたクルカの奴らにとってみれば、うってつけの兵士だっただろうよぉ。それこそ、研究に研究を重ねるほどのな」

しかし、まさか600年も経った今でも動けるゴーレムを造れるとはバクラも想像しなかった。
クルカ王朝。
あれだけ精巧な金貨。遺跡のトラップ。そして、目の前のゴーレム。
その時代ではあり得ないほどの技術を持っていた国というのは、どうやら本当らしい。
もし、今でも存在していればさぞかし名高い国へと成長していただろう。
クルカの技術力を純粋に絶賛したバクラは、直ぐ目の前の戦況を分析し始めた。

(さてと、どうするか)

見た所、相手は6体。本気でやれば、勝てない事は無い。
が、曲りなりにも巨大な石の塊。
自分はともかく、怪我を負ったユーノに攻撃が当たれば無事では済まない。
おまけに、此処は狭い地下室。
巨体を生かして隅に追い詰められてしまったら、少々厄介だ。
万が一の可能性も考えて、この場で戦闘するのは得策ではない。
となると、残りは一つ。
中央突破!
背中の荷物を大切に背負い、バクラは一気に駆けだした。
松明を入り口に向かって投げる。
同時に、ゴーレムは侵入者を排除しようとその剛腕を振り上げた。
石で出来た腕が一気に振り下ろされる。
が、バクラに恐怖は無い。寧ろ、その顔には笑みが浮かんでいた。

「クククッ!おら、脇がガラ空きだ!」

一気に加速し、バクラはゴーレム達の間をすり抜け地下室の出口に辿り着いた。
無反応。
バクラの素早さに対応できず、ゴーレムはただ立っているだけだった。
木偶の坊が。
心の中で嘲笑いながら、バクラは先程投げた松明をキャッチし一気に階段を駆け上っていく。
地下室の入り口、若しくは階段の中に一体でも居ればバクラのこの策は成功しなかった。
しかし、階段にもゴーレムは一体も存在せず、簡単に突破できた。

(へッ!所詮は石の塊、知能がなけらりゃ、ただの木偶の坊だ!)

これがゴーレムが後々の時代に伝わる事がなかった理由。
特殊な技術を使ったとはいえ、元はただの岩。
知能も何も無い。戦略も自分達では立てられない。
それを補うのは術者である魔導師なのだが、一度に何体ものゴーレムを従えさせるとどうしても動きが単調に、鈍くなってしまう。
おまけに、あのゴーレム達は自立で侵入者を排除するタイプ。
魔導師の指揮も無く、新たな魔力を込められわけではない。
動きがさらに鈍く、遅くなるのは必然だった。
今の様にデバイスなどの完成した補助器が無かった時代。
無論、インテリジェントデバイスなどのAIもない。
自分達の知恵と技術と魔力だけで、あれだけのゴーレムを造れたのは大したものだ。
もしもの話し。
例えデバイスがあったとしても、今の時代では使われる事は絶対にないだろう。
あの程度の岩、並の魔導師でも十分破壊できる。
魔力を持たない、普通の人間でも落ち着いて対処すれば簡単に避けられる動きだ。
総合的に見ても、あんな石の塊に魔力を喰わせるよりも自分で戦った方が遥かに利口である。
もしくは、AIでも積み込んだロボット一体を造る方が役に立つ。
長い年月を得ても動けるのには素直に称賛するが、肝心の知恵を補う魔導師が居ないのでは意味が無い。
バクラ達はあっという間に階段を昇り切ってしまった。
所々に欠けて空いた穴から月明かりが差し込み、よりハッキリと道を指し示す。
もう松明は必要ない。
バクラは松明を投げ捨て、遺跡内の瓦礫を睨みつけた。

(確かエリア2-Dは瓦礫により塞がれていたな。だったら、エリア4-Cから廻った方が妥当か)

瞬時に今の遺跡内で最も出口に近い道順を導き出したバクラ。
見た限り、ゴーレム達はまだ上がってくる様子はない。
少し遠回りになるが、これなら十分逃げ切れる距離だ。
捕まってろ、ユーノ。
背中のユーノを落とさないようしっかりと背負い、バクラは一気に駆けだそうとした。

「!!?なにッ!」

が、前方から襲い掛かってきた黒い塊に塞がれてしまった。
前のめりになり、倒れるようにしてその塊を避け正体を確かめる。
黒い塊。
自分の進路を防ぐようにして佇んでいたのは、地下で見たゴーレムと同じ物だった。

「ばかなッ!」

一瞬、地下の奴らに廻り込まれたと思ったが、違う。
目の前のゴーレムは、地下に奴らとは少しだけ造りが違った。

(チッ!六体だけじゃなかったのか……)

新たな邪魔者の出現に口を歪めるバクラ。
目の前のゴーレムの動きに注意しながら、神経を研ぎ澄ます。
僅かだが、地下からではない別の所から此方に向かってくる音が響いている。

(……なるほど。クルカの奴らは相当このお宝を大事にしてたようだ。
万が一にも自分達以外が金貨を持ちだした時は、魔導兵器のゴーレムが侵入者を排除する。
しかも、この様子から察するに城にはかなりの数のゴーレムと安置されていると見た方が良いな)

バクラの視線の先。そこには既に何体もの巨大な影が集まり始めていた。
戦闘力ならば自分の方が上だが、多勢に無勢。
一人ならまだしも、荷物を背負った状態で戦闘を開始するのは得策ではない。
やはり、ここはいち早く外に出た方がいい。

「ユーノ!俺の肩をしっかり攫め!死んでも離すんじゃねぇぞぉ!!」

「う、うん!」

今まで以上に強く命令するバクラ。
ユーノも危険を感じとり、今まで以上にバクラの肩を強く攫んだ。
閃光。
黒い塊を避け、瓦礫で閉ざされた道なき道を一つの風が吹き抜けていった。
バクラはさらにスピードを速める。
瓦礫の上を俊敏に駆け抜け、隙間を通り、時には上に飛び越えていく身軽さ。
その姿は正に盗賊。
判断能力・身体能力。全てにおいて完成された姿がそこにはあった。
遺跡内を駆け抜け、バクラはある出口近くのエリアまで到達した。
このエリアを抜ければ、後は出口まで一直線。
さいわいな事に、この通路は左右に支えてた柱が丈夫だったのか、ほとんど落盤は起こしていない。
はぁー、と軽く息を整えて、バクラは再び走り出した。
が、そこに再び進路を阻むかのようにしてゴーレムが壁を突き破って現れた。

「チッ!」

イラだち、口元を歪めながらもバクラは後ろに飛び退く。
しかし、ここで予期せぬ事態が起こってしまった。
バクラが避けたゴーレムの剛腕。それが柱の一柱を倒してしまった。
ただでさへ微妙なバランスで落盤を免れていたエリア。
その内の大事な柱が壊れてしまった。
連鎖反応。
次から次へと、小石が天井から落ちてくる。
残った柱にも、重さに耐えられなくなったのか少しづづ罅が入る。
危険。
バクラは急いでもと来た道を戻りだした。
瞬間、遂に柱は砕け巨大な石の塊がバクラ達の居るエリアを襲った。

「石の塊如きがぁ……余計な事すんじゃねぇ!!」

命こそは助かったが、目の前の石の塊が余計な事をしなければ此処か抜け出せた。
イラだつ。
怒りをぶつけるように、バクラは足へと魔力を込めゴーレムの頭を蹴り砕いた。

「へッ!ざまぁねぇな!」

頭が無くなり倒れたゴーレムを見下すバクラ。だが、それも次の瞬間に驚愕の表情に変わった。

「ッ!!」

立ち上がった。頭部が無くなったはずのゴーレムが、何事も無いように立ち上がったのだ。
可笑しい。
此処のゴーレムは600年間魔力を込められなかったはず。
魔導師が側にいるならともかく、今のこいつらに先程の攻撃で十分だ。
何故立ち上がる事が出来る。
目の前の光景の驚愕していたバクラだったが、ゴーレムの体にある物を見つけその秘密が解った。

「あれは……」

先程蹴り砕いたゴーレムの頭部。
切断された様な綺麗な断面図には、ゴーレムの体に使われている石とは違う別の石が組み込められていた。
地下室と同じ、魔力素を大量に含んだ鉱物。
そういう事か。
これで何故600年間も経った今でも、このゴーレムが動くのか理解した。
コア。
粗悪品とは言え、元々は自然の魔力素を含んだ鉱物。
これぐらいの石の塊を動かすには十分だ。

「クルカ王朝の奴らめ、いい仕事しやがるぜぇ」

本当にいい仕事をする。バクラの様な人間にとってみれば、天敵と言ってもいいだろう。
ゴーレムの攻撃を避けながら、近くの階段を駆け上っていく。
先程のルートがダメだとするならば、次は此方のルートだ。
急いて次のルートに向かうバクラだったが、それも無駄だった。
落盤。
どうやら奴らにとっては主の城だろうとお構いなし。
かなり暴れ回り、ただでさへ傷んだ遺跡がどんどん崩れていく。
おまけに、奴らには此方の動きが解るようで次から次へと進路を防ぐように現れる。

「チッ!うるせぇ、蝿どもだ」

「バクラ兄さん、あれは蝿じゃなくて石だよ」

「いいんだよ!物の例えだ、物の例え!」

余裕があるのか、それとも無いのか。
かなり微笑ましい会話をする二人。
そうしてる間にも、目の前にはゴーレムが出現した。
ああ、本当にうざい。
イラだつ衝動を必死に抑え、バクラは遺跡の中を駆けていく。

(……この先……しまった!この先は!)

長い階段を昇っている最中に、バクラは自分が重大なミスをしてるのに気付いた。
だが、もう遅い。
ゴーレム達から逃げてる内に追い詰められた先。
階段を昇り、出たその先には――

「チッ!」

「そ、そんな……」

バクラは口を歪め、ユーノは絶望の表情で、目の前の光景を見つめていた。
階段を昇った先に待っていたのは外の世界。
本来なら嬉しいが、今のこの状況ではとても喜べない。
高い。高すぎる。
下に見える黒い木々。吹き荒れる突風。
冷たい風が自分の前髪を揺らす中、バクラは落ちないように下を覗き込む。
見た所、どうやら今居るのは城のほぼ天辺近く。
下手なビルよりも遥かに高い場所へと追い詰められてしまった。

(そういやぁ、脱出するための通路にやけにタイミング良くゴーレム達が現れたな。
まさか、クルカの奴ら……此処に追い詰める事も計算して配置を考えたのか)

だとすると、中々の策士だ。
遺跡のトラップ。ゴーレム。そして最後のこの詰め。
流石に一筋縄ではいかないか。

「に、兄さん!!」

「ッ……んだよ!髪を引っ張るな!」

焦った様な声でバクラの髪を引っ張るユーノ。
顔半分を後ろに向けると、昇ってきた階段から通る隙間が無いほどの大量のゴーレムが此方に向かってきた。

(さて、どうするか)

今自分が置かれている状況、ユーノ、ゴーレム、全ての情報を頭に入れ打開策を考える。
飛行魔法は使えない。
衝撃をなるべく殺し、且つ下へと辿り着く方法。
バクラは再び前を向く。
直ぐ側に夜空が見え、その遥か下に黒い木々と地面が見える。
視線を下に、城の外面へと向ける。

(ボロくなってるが、所々に引っ掛けられる出っ張りや足場となるテラスがあるな。
斜面はほば直角だが、行けないほどじゃねぇ)

「あ、あの~……バクラ兄さん。何を考えてるの?」

下を向いたまま考え込むバクラの様子に、何かを感じ取りユーノは恐る恐る問いかけた。
問いには答えず、此方を振り向くバクラ。
笑っていた。口元を釣りあげ、怖すぎるほどの笑みを浮かべていた。
ゾクリ。
ユーノの体に、一人で取り残された時以上の恐怖が走った。

(何ッ!!何を考えているの!!?)

未来予知を持ってるわけでもないし、相手との腹の探り合いも経験した訳ではない。
だが、この時のユーノにはこれから起こる恐ろしい未来を感じられた。

「ユーノ……お前、ジェットコースターに乗った事はあるか?」

「じ、ジェットコースター?……う、うぅん。ないよ」

そういった娯楽施設に連れて行った貰った事はあるが、自分はまだ4歳。
流石に絶叫系の年齢制限には引っ掛かった。

「そうか……なら、俺が今から最高のジェットコースターに乗せてやるよ。
一生の思い出になるぐらいのな。クククッ……」

バクラの体から魔力の光が漏れ出す。
黒。
夜よりも深く、どす黒い魔力光が体を渦巻く。
やがて魔力は姿を変えある魔法を発動させる。
バインド。
バクラとユーノの体を強く結び、簡単には外れない強固な鎖となる。

(なんで、バインドが……)

疑問に思うが、背中から見える外の景色を見てある考えが浮かんだ。
自分達が今居る場所。
直ぐ側に外があり、自分はバクラと体を繋がられている。
バインドは捕獲魔法で、そうやすやすと切れるものではない。
そして、先程のジェットコースター発言。
ガタガタ。
ユーノの体が小刻みに震えだした。
知ってしまったからだ。これから起こる事を。
この時だけは、自分の頭を恨んだ。
何故、これから起こる恐ろしい未来を察知してしまったのか。
でも、まだ決まった訳じゃない。
もしかしたら、自分の気のせいかもしれない。
僅かな希望に縋ろうとするが、その希望も次の瞬間には見事なまでに粉々に砕けてしまった。

「バクラ兄さん、あの……ッ!!に、兄さん!なんでそっちに行くの!?そっちは外だよ!危ないよ!」

ギャーギャー騒ぐユーノ。
自分の脳裏に浮かんだ未来を変えようと必死だが、もう遅い。
バクラは外を見下ろし――

「ユーノ……歯ぁ喰いしばれぇ!」

一気に飛び降りた。





数分前の外。
一人のスクライアのメンバーが、双眼鏡でその姿を確認した。

「……あ、あれは……ッ!レオンさん、バクラです!バクラの奴が居ました!」

歓喜の声をあげる男。
急いで他のメンバーも、彼が指し示す方向を双眼鏡で覗く。
遺跡のほぼ天辺にポッカリト空いた穴。
そこに佇む、白い髪の毛に赤いジャケットの人影。
間違いない。バクラだ。

「バクラ!……よかった~、ユーノの奴も無事だ………」

アルスも二人の無事を確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
良かった。本当に無事で良かった。
和やかなムードが辺りを包む。が、一人レオンだけが納得がいかないように眉を曲げていた。

「可笑しい」

「え?何がですか、レオンさん?二人ともちゃんと無事ですよ」

「いや、俺が言ってるのはそうじゃなくて……なんでバクラの奴、あんな所に居るんだ?」

言われて初めて気付いた。
先程までは無事な事に喜んでいたが、改めてみれば確かに可笑しい。
出口を目指すなら、必然的に下に来るはず。
バクラは飛行魔法は使えなかったはずだから、あんな高い所にいるのは変だ。
疑問に思うアルスだが、よくよく見ればバクラ達の様子も可笑しい事に気付いた。

「何やってんだ、バクラの奴?」

先程からやけに後ろを気にしている。バクラだけでなく、ユーノも。
後ろに何かあるのか。だとしたら、一体何が。
双眼鏡を調整し、確かめようとするが、ここからでは見えない。
そうこうしてる内に、向こうでは変化が訪れていた。
魔力光。
暗い夜空に、さらに黒い光が漏れ出した。
記憶が浮かび上がる。
今よりも小さかった頃、バクラとほんのお遊びでやった魔法の練習。
しかし、自分にとっては遊びではなく軽くトラウマになりかけた。

「あいつ、行くな……」

「ええ、あの顔は絶対行きますね」

「そういや、アルスはあれを直に体験したんだっけ?」

「はい。あの時ほど、怖い思いをしたのは今までありませんでしたよ。そりゃもう、二度とやられないように急いで飛行魔法を覚えましたから」

双眼鏡を覗きながら話すアルスとレオン。
その予想は的中していた。




「ユーノ……歯ぁ喰いしばれぇ!」

「いぃぃぃーーやああぁぁーーーーだぁあぁあああーーーーー!!!」




「あ……やっぱり行った」

「良く行けますよね、本当に。いくら魔法の補助があるとはいえ、飛行魔法も使わないであんな高い所から飛び降りれるなんて」

「まぁ、昔から高い所は特に苦手じゃないからな。よく肝を冷やされたし。もう、あいつの中じゃロープなしのバンジージャンプは普通なんだろ」

「普通ですか………」




「ヒャハハハハハハハハハハハハッ!!」

「いやあぁーーー!!許してえええぇーーーー!!」




「……あれが普通なんですか?大人も真っ青な高さをほぼ直下降で飛び降りながら、高笑いをあげていくのが?
俺としては後ろで泣き叫んでいるユーノの方が、当たり前の反応だと思いますけど」

「それは言わんでくれ……疲れる」

ほぼ諦めの境地に至り、頭を抱えるレオンであった。




ほぼ直角に降りて……というより、落ちていく問題の二人組。
バクラは相変わらず余裕の笑みを浮かべてるが、ユーノはそうもいかない。
吹き抜ける風、肉体にかかるG、そして流れるように過ぎ去っていく光景。
断言しよう。
ジェットコースターなど生易しい!
本当の恐怖という物を体験していた。

「ああぁぁーーー死ぬ!死んじゃううぅーーー!!」

泣き叫びながら、風を切っていくユーノ。
流れ出た涙も直ぐ吹き飛んでしまうほどのGが襲う。
嫌だ、もう嫌だよ!
許しを請うが、そんな事は無駄だ。
非情。
どんなに願っても、スピードは緩まない。
寧ろ、さらにユーノを恐怖に導く事が起こった。
ある程度まで落ちると、バクラが足へと魔力を込め始めた。
淡い黒い光に包まれる両足。
それを城の表面に擦る。
ズザザー、と城を削り落しながら徐々にスピードを緩めていく。
衝撃の軽減。
しかし、これではまだまだ。
空かさずバクラは、バインドを形成し城の出っ張りに引っ掛けた。
空中ブランコ。
バインドを縄変わりにして、見事なまでの空中回転をこなすバクラ。
それも一回に二回だけじゃない。
城の外面を利用したスピードの軽減。
バインドの応用、テラスなどの足場、そして時には壁走りなど。
一流の曲芸師も真っ青な身軽さで、徐々に落下時の衝撃を殺していくが――

「いやああぁぁーーーー!回転!グルグル!僕変だよ、変すぎる!ああぁーー空と地面が真っ逆さまあぁーーー!!!」

ユーノにとっては怖い以外の何物でもない。
グルグル。
脳が揺さぶられ、もはや自分で何を言ってるのか解らないほど混乱していた。

(……そろそろか)

ある程度の高さまで来た。
今のスピードなら落下時の衝撃はさほどではない。
城の外面を蹴り、バクラは着地体勢に入った。
再び魔力が渦巻く。
今度のはバインドとは違う。いや、それ所か一般の魔導師では見られない魔法。
死霊。
本当にそんな物が存在するのか疑うが、この光景を見る限りでは信じられそうだ。
バクラの魔力の光から生まれた白い煙。
人と似ているが決して人の物ではない顔。
この世の恨みを嘆く様な悲しい声。
不気味。
何体もの死霊がバクラの体に渦巻き、闇の中にその姿を蠢かせていた。

「行け!死霊ども!」

号令に従い、その死霊達はバクラの体を離れ地面の集まる。
一体、二体、三体、とドンドン集まっていき、遂には人間一人を簡単に包む巨大な塊へと変化する。
死霊の盾。
バクラの得意とする防御魔法の一つ。
あの城の天辺からでは衝撃を完全に殺せなかったが、この程度の高さなら大丈夫だ。
ここに来るまでにかなり衝撃を殺した。
万が一にも、自分にもユーノにも怪我はない。
器用にバクラはその死霊の盾に上に着地し、地面に辿り着いた。
僅かに視界が揺れたが、それだけだ。
計算通り、自分にもユーノにもほとんど被害はなかったが――

「ふぅ~、漸く到着だぜ。……ユーノ。……???ユーノ?」

「はにゃほにゃへら~~」

既にユーノは目を回し、気絶していた。







かなり大騒動が幕を閉じ、無事?スクライアのキャンプへと戻ってきた一向。
怪我人の治療も終わり、各々それぞれの時間を過ごしていた。

「……あぅ……怖かった……うっぐ……ゴーレムが来て…空を飛んで……ビューンて回って…地面が上で空が下で……うぅ…怖かったよ~」

「うんうん、怖かったよな。よしよし、大丈夫だぞユーノ。此処は安全だから」

泣きじゃくるユーノをあやすアルス。
他の手が空いている大人達も集まり、同じようにユーノあやす。
余程怖い目にあったのだろう。
幼い顔を歪め、目は真っ赤に染まっていた。
気持ちはよく解る。
バクラのあれ。
昔自分も体験したが、あれは怖すぎる。
飛行魔法も絶叫系マシーンにも慣れてないユーノにとっては、正に地獄だっただろう。
トラウマにならないか心配だ。そうならないよう、今は心のケアをしてあげよう。
よしよし、よしよし。
ユーノの頭を撫で続け、アルスは当の問題児の方を見つめた。

「よくやったぞ、バクラ」

「へッ!当然だ。一体誰に向かって言ってんだ?」

今回の救出で活躍したバクラを労うレオン。
本当によくやった。
暫く遺跡内での話しに花を咲かせる両者。

「さて、思い出話はこれぐらいにして……」

コホン、と一つ咳払いをして話しの流れを変える。

「お前、あの遺跡の中で何をしていた?」

目を細くし、バクラを問い詰める。
先程までの和やかな空気と違い、少しだけピリピリとした空気が辺りに漂う。
例えるなら、それは刑事が犯人を問い詰める事情聴取に似ていた。

「何言ってんだ、レオン?遂にボケたか?まだ25でそれはないだろ」

普段と変わらない粗暴な態度だが、バクラも空気の変化に気付き僅かだが身構えた。
挑発には乗らない。乗ってしまったら、自分が知らない所で有耶無耶にされるのは目に見えている。
レオンは心を落ち着かせ、さらに強く問い詰める。

「生憎と俺はまだまだ若い。それで、何をやっていた?バクラ」

「だからぁ~、言ってんだろ、ユーノの救出に向かってたって」

レオンがわざわざこんな事を問い詰めるのは、ちゃんとした理由がある。
目の前の男、バクラ。
まだまだ子供だが、その実力と才能は一族の中では飛び抜けて優秀だ。
この年齢で、数々の遺跡の発掘に貢献した事からも窺える。
だからこそ、怪しい。
こいつの腕を持ってすれば、ユーノの救出にあれだけの時間はかからない。
それにこの態度。
小さい頃からバクラの面倒を見てきたレオンには解る。
何か隠している。
今までもこういう事は度々あったが、その全ての共通してる事柄がある。
金銀財宝。
遺跡発掘の時にコッソリと宝を見つけ、自分の懐に仕舞っていたのだ。
別にそれがダメとは言わない。
宝を見つけた場合、発見者にも貰える権利があるのだから。
しかし、それはちゃんとした機関に話しを通してからでないと違法になってしまう。
ましてスクライアの一族。
部族単位で動いている限り、勝手な行動は許されない。
吐け!コラッ!
しらねぇ。
どんなに問い詰めても、バクラは様子に変化なし。
埒が明かない。
レオンはユーノ達をあやしている大人達に目を向け、ある指令を出す。

――頼むぞ

――了解!

アイコンタクトで会話した大人達は、イソイソとある準備をする。
何処からか取り出したパイプ椅子に机。そして、ちょこんと置かれたライト。
刑事の取り調べ室。
これを見たほとんどの人間が思う感想だ。

「ユーノ……ネタは上がってるんだ。素直に言って、早く楽になろうぜ」

優しく丁寧に問い詰める。

「え、え~~っと……」

既に泣きやんだユーノだが、今は困惑気味だ。
当然と言えば当然であるが。

「さぁ、君が証言するんだ。バクラが遺跡で何をやっていたのか」

(ど、どうしよう……)

素直に言うべきか、それとも言わざるべきか。
迷うユーノ。
兄の味方か、それとも法律の味方か。
板挟みになり、う~ん、う~ん、と頭を悩ます。
ならば此方も切り札を出そう。
再び何処からか取り出したラジカセ。
ポチっとスイッチを入れ、ある曲を流し始める。

――♪~♪~♪~

懐かしくも何処か切ない、まるで故郷を思い出す哀愁に滲んだメロディ。

「うぅ……」

ユーノの心の針が動いた。後少しだ。

「まぁ、これでも喰って元気を出せや」

目の前に置かれた一つの丼。
蓋が開けられ、中から食欲をそそる匂いがユーノの鼻孔を刺激する。
そう、これこそが最終秘密兵器。
取り調べで、最初に思い浮かべる食べ物No1!
カツ丼!
ボリュームたっぷり、お値段も手ごろで人気の食べ物である。
ユーノの針――遂に振り切れた。

「ひっぐ……ゴメンナサイ。刑事さん、素直にお話しします」

「泣くな、お前は何も悪くないんだ」

自分がしてしまった罪の重さに涙を流しながら、ユーノは静かに語り始めた。




「俺が言うのなんだけどぉ、あれでいいのか?……つーか、今日の晩飯はカツか?」

「いいんだよ、ベタな方が解りやすいんだから。……ああ、カツはトンカツとチキンカツがあるから好きな方を選べ」

「そういうもんか?……トンカツの肉は?ロース?ヒレ?」

「そういうもんなんだよ。……ロースだ」

「良く解んねぇぜ。……トンカツで頼む」

「お前はもう少しテレビでも見ろ、金や宝石ばかり見てないで。……解った、トンカツだな」




で、色々あり遂にバクラの悪事が暴かれた。

(誰もあれにはツッコまねぇのかよ!)

ツッコンではいけない。お約束にあれこれ言うのはルール違反なのだ。

「……まぁ、気持ちは解るが。コホンッ。
とにかく……これで、もう言い逃れは出来ないぞ。
バクラ!お前はまたやったのか!?遺跡内で何か見つけた時は、ちゃんと報告しろと何時も何時も言ってるだろ!
世界全ての、皆の貴重な遺産なんだぞ!」

「うるせぇー!報告したら俺の取り分が少なくなるだろ!」

そこだけは譲れず、必死に抵抗を試みるバクラ。
だが、年の功なのか、それとも小さい頃から世話になって来た人には敵わないのか、結局言い負かされた。

(やけに素直だな)

何時もはもっと必死に抵抗するが、今回はすんなりと認めた。
更生したのか。いや、そんははずはない。
少なくても、こいつがお説教如きで更生するなどあり得ない。
怪訝な表情でバクラを見つめるレオン。
何かあるとは思うが、その何かが解らない。

「たく……あんな古臭い石の塊を発掘してまで、無関係な人間に見せて何が楽しんだか……」

ぶつくさと文句を言いながら、ジャケットの中から金貨を取り出す準備を始める。

「どうせ、発掘するらよぉ……」

ニヤリ。歯が見えるほど口元を釣りあげるバクラ。

「こっちのお宝の方が、遥かに楽しいぜぇ!!ヒャハハハハハハハハッ!!!」

そのまま豪快に金貨を撒き散らした。
ジャラジャラ。
スクライアのキャンプ地に突然現れた黄金の絨毯。その中に佇み高笑いをあげる子供。
大変教育には悪い光景である。

「こいつはぁ~~」

ヒャハハハ、とバクラの笑い声をBGMに頭をかかるレオン。
頭が痛い。
本格的に再教育を考え始めた。

「……それはとりあえず置いといて。……バクラ、族長とおばば様が呼んでいたぞ。早く行ってこい」

「爺さんと婆さんが?……解った」

言われた通り、族長たちのテントへと向かうバクラ。金貨を撒き散らしながら。

「はぁ~~……俺、育て方間違えたのかな?」

「大丈夫だよ、レオン。お前は間違ってはいねぇよ」

バクラの事について悩むレオンに一人の男性が声をかけた。

「そうか?」

「そうだよ、実際あいつも変わったよ。昔に比べて、俺達に心を開くようになったし」

「……そうだな」

レオンは表情を険しくしながら、去っていくバクラの後ろ姿を見つめた。
酷かった。
昔のバクラは今のバクラよりも似ても似つかなかった。
今でもハッキリとその姿は思い出される。
そう考えると、今のバクラがどれだけマシになったのかが解る。
レオンの表情に再び笑顔が戻ろうとしたが――




「おらぁ、ガキども!受けて取れぇ!」

「うわー!」

「綺麗……ありがとう、バクラお兄ちゃん!」

「あうー」




「………なぁ、ユーノと同じぐらいの年齢の子供達から、赤ん坊までに金貨をばら撒くのは、正しい育て方なのか?」

「えぇーと……うん。間違ってないぞ!ほ、ほら!あいつも兄としての自覚が芽生えてきたという事だし」




「おらおら、バクラ様のお通りだ!道を開けな!」




「………なぁ、あんな事を堂々という10歳児ってのは、普通なのか?」

「……だ、大丈夫だ!個性……そう個性だ!個性は大事にしなくちゃな!うんうん!」




「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」




「………なぁ、テンションが高まってあんな笑い声を上げる子供「すまん、レオン。それ以上、言わないでくれ!」……そうか………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「はぁ~~~~~~~」

本日何度目になるか解らない頭痛を味わうレオンだった。






キャンプ地の中で比較的大きく立派なテント。

「何の用だ?バナックの爺さんにチェルシーの婆さん」

粗暴な態度を崩さないまま、勝手に入り込んで勝手に座り込むバクラ。

「お主なぁ~……もうちょっと、目上の者を敬う心遣いはないのか?一応、ワシはこの一族の族長じゃぞ」

出え迎えたかなり高齢の二人。
スクライアの族長とおばば様。
二人とも、この一族の皆にとっては小さい頃からお世話になった親である。

「ケッ!何かと思えば、お説教か。生憎と、さっきレオンの奴に散々小言を言われたんでね。話し相手が欲しいなら、他の奴を当たりなぁ」

(相変わらず可愛げのない子供じゃな)

一応これでもマシになった方である。
前まではジジイ、ババア、と態度だけでなく口も悪かった。
今でもかなり悪いが、改善された方である。
が、後少しだけ可愛くなってほしい物である。
別に優等生になれとは言わんが、少しだけなら罰は当たらない。
心の中で愚痴るが、今はそんな事で呼んだのではない。
口に咥えていたキセルを吸い、一服した後に族長は要件を伝えた。

「なにやら、随分と騒がしかったのぉ~、また何かやったのか?」

「世間話はいいから、さっさと要件を伝えな」

変わらず乱暴な口調。無論、足も崩し相手を敬う態度など一切見せてない。

「お主は……まぁよい。ゴホンッ。バクラ……聖王教会を知っているな?」

「ああ、昔の聖王とかいう王様を崇めている古臭ぇ宗教組織だろ。
たく、とっくの昔に死んじまった王様を未だに祀って何が楽しんだか……俺には理解にかねるね」

この際、バクラの聖王教会の評価は置いといて。

「実はな、ワシの古い友人から実に面白い話を聞いてな」

族長の白髪に隠された瞳がバクラを射抜いた。

「ほんの少し前の話だが、ベルカの領地から古い遺跡が見つかってな。
調べてみると、どうやら昔のお偉いさんの墓だったらしく、少しばかりニュースにもなったぞ」

「ほぅ、そいつは知らなかった。ベルカの奴らにも、そんな習慣があったとはな」

本当に初めて聞いた様に声を漏らすバクラ。

「あそこは昔から各世界と関わりがあったからな。中には他世界の習慣に馴染んだ者や変わり者が居ても可笑しくはあるまい」

ふぅー、とキセルを咥え一服する。

「それで、ここからが本題なのじゃが。
その墓が一体誰のものなのか調べるために調査団が調査に向かった所、どういうわけか中の様子が発見した時より滅茶苦茶になってるのに気付いた。
より詳しく調べてみると、どうやら墓の中に隠されていた侵入者避けの罠が発動したそうだ」

「まぁ、そのお偉いさんが誰かはしらねぇが、そりゃ自分が眠っている所を邪魔されるのはムシャクシャするだろうよぉ」

「しかし、調査団は今此処に来たばかり、罠が発動する訳がない。となると、誰かが調査団よりも墓内に入ったと言う事。
そして、調査団が奥に入って見ると、古い石碑や碑文はそのままだったが、ある一か所だけ、まるで何かが根こそぎ無くなった様な跡が見つかったそうじゃ。
墓荒らしにあったと、結構な騒ぎになったぞ」

「へー、世の中には悪い奴もいるもんだなぁ」

「そうじゃのー、道は違えど、同じ技術を使う者同士。そんな奴を懲らしめるためには、一体どうしたらいいのか頭を悩ますのぉ」

「全くだ」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「フォフォフォフォッ」

「フフフフッ」

もはや言葉は不要。解らないなら、体で解らせるまで。




――READY FIGHT!!










「族長、おばば様、バクラ、食事の用意ができましたから皆で……」

食事に呼びに来たスクライアの女性だったが、中の光景を見て言葉を失った。
何故なら――




「この、罰当たりもんがぁぁぁーーー!!!」




中では壮絶な戦いの火蓋が切って落とされていたからだ。







さぁ、始まりました!
バクラ・スクライア、10歳とバナック・スクライア71歳。
年齢差、61歳という異色のバトル。
一体どんな展開を見せてくれるのか楽しみです!

「やったのか!?またやったんじゃな!?
吐け、今すぐ吐け!
ベルカの領地で何を盗んだぁぁーー!!?」

咆哮をあげながらのバナック選手の先制攻撃、ヘッドロック!
これは凄い。
とても71歳の高齢とは思えない動きで、見事バクラ選手の頭部を捉えています!

「るせぇークソジジイ!死んだ人間にお宝を与えてどうする!?
俺様が使ってやった方が、お宝も遥かに喜ぶだろうよぉ!!」

ここでバクラ選手の返し技!
相手を倒し、腕挫十字固!
高齢且つ自分の一族の族長だろうと容赦ない攻撃を仕掛ける様は、正にスクライアのダーティーファイター!
さぁバナック選手、ギブアップか!?
いや、流石スクライアの族長!若い者には負けていません!
バクラ選手の技を解き、これは――

「クソジジイとは何じゃ!恩師に対して、その口の聞き方は!
お主……今日はやけに早く説教が終わったと思ったら、それが理由だったのか!!?」

足4の字固め!足4の字固めです!
別名、フィギュアフォー・レッグロックと呼ばれるこの技。
年の差を感じさせず、いとも簡単にバクラ選手にかけられるのには長年の経験からでしょうか!
苦しんでいます、バクラ選手!
顔を歪めながら、地面を叩く姿はさながら陸に上げられた魚のようです!

「てめぇの何処が恩師だ!言ってみろ!何か俺に教えたのか!?言っておくが、俺の技術は全部他人から自分で盗んだ物だ!!」

おおぉっと、しかし、流石若いバクラ選手!
コブラツイストでの逆襲だ!
これは痛い、苦痛の表情を浮かべていますバナック選手!
やはり年には勝てないのか?バクラの選手のパワフルな戦い方にはついていけないようです!




「えっと……族長、バクラ。ご飯なんだけど」

暫く呆けていたが、漸く再起動を果たした女性。
なんとかバクラ達を食事に連れて行こうとするが、向こうは無視。
ドカ、バコ、など生々しい音が響いていた。

「放っておけ、放っておけ、あやつらのあれは何時もの事だ」

「あ、おばば様。……本当に放っておいていいんですか?」

「構わん。どうせその内、勝手に食べるでしょうよ。ささ、行こう、行こう」

最後までバクラ達の事を気にかけていたが、あれを止められる自信は女性にはなかった。
言われた通り、おばば様だけを連れて食事に向かった。









バクラ・スクライア。
僅か10歳にして数々の遺跡を制覇した異端児。
その類まれない頭脳と洞察眼。そして、才能は正にスクライア始まって以来の天才児。
しかし――


「このジジイが、さっさと引退でもして、俺に族長の座を譲れ!」

「やかましい!己に族長の座など開け渡したら、発掘団ではなく盗掘団になってしまうは!!」

「……………」

「……………」

「んな訳ねぇだろ!ちゃんと、皆を導いて立派に遺跡を発掘してやるぜ!」

「ちょっと待て!なんじゃ、今の間は!?今の数秒間の間はなんじゃ!!?」

「さて、飯でも食いに行くか」

「誤魔化すな。このスクライアの始まって以来の超問題児が!!」

「うるせーぇ!俺は才能が有り余ってんだよぉ!」


同時に、スクライア始まって以来の問題児である。













ちなみに、バクラが見つけた金貨はベルカの謝罪金として全て没収されました。
勿論、墓の中のお宝も全部返却され、結局バクラの元には一円も残りませんでしたとさ。
めでたし、めでたし。




「チッ!面白くねぇぜ」

「自業自得じゃ、大バカもん」







なんとなく、遺跡内だとこれはお約束かな~と思いました。

バクラのイメージ

年下からは兄貴分として慕われ、年上からは手のかかる悪ガキ。
同年代からは悪友みたいなイメージで書いています。



[26763] 壮絶火炎地獄!暗黒火炎龍!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/04/19 12:02



え~と、初めまして。アルス・スクライアと言います。
突然ですが、少しだけ俺の話しを聞いて下さい。
自分は、今年で10歳になります。
バクラも俺と同じ10歳です。
所謂、幼馴染という奴で、昔から色々と付き合わされました。
そりゃ、本当に色々やられましたよ。
前回ユーノが味わった紐なしバンジーや、模擬戦での新技特訓。
許可なしに遺跡の探索、見つけた貴重品、特に黄金は全部自分の懐に仕舞ったりもしました。
勿論、これは不正行為です。
その後にレオンさんや族長にバレて没収されるのは、もはやスクライアの名物みたいになっています。
まぁ、それでもなんだかんだ言って何割かはバクラの懐に入りますから、少しだけ羨ましいですけど。
他にもやった事で一番インパクトが大きかったのは、黄金風呂。
風呂の浴槽を黄金を削って造った砂金で埋め尽くし、その中を泳いだりしてたのには思わず飛び蹴りを入れてしまいました。
とまぁ、結構人生の間違った道を体験したけど、何気に楽しくもあった。
今思い出しても、いい笑い話になりますからね。
けれど、そのたびに寿命が縮まる様な思いをするのは勘弁してほしい。
今だって――

「なんでマグマの波なんかに追われてるんだあぁぁあぁーーーー!!!」

「叫んでないで、早く走りやがれ!」

「うわーーん、バクラのバカーー!!」

「うるせぇー!てめぇーもなんだかんだ言ってついてきたじゃねぇか!!」

寿命どころか、命を奪われそうな事態に陥っています。




切っ掛けは……そう、つい数日前に遡る。




「遺跡調査の依頼……ですか?」

その日、アルスはバクラと共にスクライアの族長であるバナックの元に呼ばれていた。

「そう、ワシの古い友人で、今はある企業のお偉いさんからをやってる人からの依頼でな。所有する土地の中にある、古代遺跡を調査してほしい……とな」

キセルを咥え、白い煙を吐き出す。
モクモクと宙を漂い、消えていった。

「お主らも知っての通り、ワシらスクライアは主に遺跡発掘を生業としておる。
古代の貴重な遺産、そこに居るバクラが大好きな黄金を含めた昔の王や貴族の遺産、さらにはロストロギアの発掘まで。
ワシらの貴重な収入源となっておる」

再びキセルを咥え、一服した後に口を開くバナック。

「時には管理局や各世界の政府機関だけでなく、個人や企業からの依頼を受ける事もあるのは、お主らも知っておろう?」

「はい。遺跡の調査や発掘を請け負い、依頼金を受け取る仕事の事ですよね。何度か連れて行って貰った事があります」

「スクライア一族といやぁ、既に次元世界にその名が知れ渡っている。
下手な奴らに頼むよりも、俺達に頼んだ方が依頼人にとっちゃ有益だろうからな」

アルスとバクラは、それぞれバナックの質問に答えた。
よろしい。
満足げに頷き、バナックは二人の前に紙媒体の資料を差し出す。

「今回の依頼……お前達二人で行ってくるがよい」

差し出された資料には、時間と日時、依頼主の名前など事細かなデーターが書かれていた。
つまり、こういう事だ。
この資料に書かれている依頼主が、遺跡調査の依頼をスクライアに申し込んだ。
その遺跡調査を、アルスとバクラの二人に頼んでいるのだ。
何故此処に自分達が呼ばれたのか、納得したアルス。
だが、やはり一つだけ気になる事があった。

「あの……何で俺とバクラの二人だけなんですか?レオンさんや、他の皆は?」

普通、遺跡の発掘や調査にはチームで行う事が鉄則だ。
中には例外も居るが(主に自分の隣で胡坐をかいている奴の様に)、流石に二人での調査はキツすぎる。

「なぁに、大丈夫じゃて。調査と言っても、そこまで本格的な物ではない。
お主たち二人だけでも、十分こなせる仕事だ。詳しい事は、その資料に書いておる。後で各自見ておくように」

説明を聞いたが、やはり納得できない。
一応資料を確認するアルス。
スクライアの皆を信用しないわけじゃないが、何事にも手違いという物はある。
今回の依頼がどんなものか、その概要だけにでもざっと目を通した。

(……なるほどね、確かに簡単だ)

バナックが言った通り、今回の依頼は本当に簡単だった。
これなら自分とバクラの二人だけでも十分こなせる。
が、やはりまだアルスの疑問は解けておらず、自然と疑惑の視線をバナックに投げつけていた。

「納得ができない。そう言いたそうじゃな」

「……えっと……まぁ、はい」

アルスとバクラ。
この二人は、子供ながら一族の中でも優秀な部類に入る。
贔屓目に見えても、それは間違いない。
しかし、いくら優秀でも自分達(隣の男は既にある分野に置いて超一流の腕を持ってるが)はまだ半人前なのだ。
個人や企業の個人的依頼ともなれば、それだけ報酬も望めるが、同時にリスクも大きい。
もし、失敗でもしたらスクライアの名に汚点が付く事となる。
プロフェッショナル。
このような依頼を請け負えるのは、ある意味プロの仲間入りをした証拠なのだ。
一族の代表として仕事を受けると思うと、どうしても体が強張ってしまう。
自分達はまだ早すぎる。失敗でもしたら一族の恥だ。プロの仲間入りなど出来るはずがない。
一つの不安が浮かぶたびにもう一つの不安が浮かび、激流の如くアルスの心を襲った。

(うぅ……プレッシャーという名の重りが肩に~~)

重い。本当に重い。
重さに負け、影を背負いながら面を下げるアルス。
ドロ~ン、とでも聞こえそうなほど重苦しい空気が体を包みこんだ。

「ふぅ~やれやれ…………アルス!」

「ッ!は、はい!」

力強く名前を呼ばれ、声が裏がえるほど慌てて返事をするアルス。

「ワシは適当にお主達を指名したのではない。お主達なら今回の仕事をこなせると判断したからこそ指名したのだ。もうちっと、自信を持て」

呆れながらも、その声には相手を気遣う族長――一族の親としての優しさが込められていた。

「だいたいお主は少々卑屈すぎる。バクラの様になれ、とまでは言わんが、後ちょっとだけでも自分自身の技術と知恵を信じたらどうだ?
長年この一族を見てきたワシの目から見たら、お主の腕はもう十分だ。贔屓目なしにしてもな。
後は経験と実績。
それさへ積めば、外の世界でも十分通用するぞ」

ニッコリと笑うバナック。

「確か、お主の将来の夢は学校の先生になって考古学の楽しさを子供達に伝えたい、じゃったな?」

「あ……はい」

自分の夢を語られ、若干顔を赤くするアルス。

「良い夢ではないか。じゃが、どんなに立派な夢を掲げても最初の一歩を踏み出さなければ、それは一生夢のままじゃ。
今回の仕事で、その一歩を踏み出してこい」

バナックの言葉を聞いて、アルスは一人考える。
先生。
小さい頃に一族の人達が自分にそうしたように、自分も他の人達にこの楽しさを伝えたいと思った。
知識だけでも先生になる事は出来るが、やはりこういう事は直に体験した事を伝えたい。

(もしかして、族長はそのためにこの仕事を!?)

慌てて様子を窺うが、バナックはただ笑っているだけでその真意は攫めない。
でも、この仕事は確かに自分が一人前に、何よりも夢を叶える第一歩としてはこれ以上ないほど好都合だ。
受けよう。
アルスは姿勢を正し、バナックの了承の返事をしようとしたが――

「解りました!この仕事「断る」……そう、断らせてもらいまs…っておいいいぃぃぃ!!」

隣に座っていた超問題児に出端を挫かれた。

「何で断るんだよ!これ以上ないいい仕事だろ!報酬だって、依頼内容のわりには物凄く良いし!」

資料をバクラの目前に突きつけ、依頼の内容と報酬の部分を指差して説明する。
確かにアルスの言う通り、今回の仕事が美味しい事はバクラも認める。
しかし――

「……ふぅ、こんなはした金なら古い遺跡でも発掘しちまえば簡単に手に入る。受けるだけ時間の無駄だ」

バクラにとってはこれもまた事実なのだ。
時間や手間が掛るかもしれないが、古い遺跡に隠された金銀財宝を見つける。
若しくは、貴重な文化遺産でも発見した方が遥かに有益である。
そして、バクラにはそれを実現できるほどの腕と経験があった。
こんな仕事を受けてはした金を貰うなら、新しいお宝の情報を得た方が彼にとっては時間の有効活用だ。

(ああ、そういえばこいつはこういう奴だったな)

今さらながら幼馴染の在り方を見て、頭を抱えるアルス。
昔からそうだが、バクラは自分達と違って考古学には興味がない様に見える。
全く無いとは言えないが、どちらかいえばトレジャーハンターの在り方に近いのだろう。
さて、この問題児を説得する良い方法はないものか。
必死で考えるアルスだが、全く説得方法が思いつかない。
前提条件として、こいつを動かすには何か興味がある、若しくは金になる物があるのが必須だ。
金は――あまり期待しない方がいい。
となれば、興味がある物だが、此方も正直期待できない。
それ以前に自分もまだ詳しい事は聞いてないのだ。今回調査する遺跡の事も。
説得不可能。
バクラは立ち上がり、テントから出て行こうとした。

「そんじゃ、俺は忙しいんでね。なーに、アルスてめぇの腕なら一人でも十分だ」

一応褒めているのだろうけど、あまり嬉しくない。
仮にも幼馴染。
小さい頃からずっと一緒に育った存在を、こうも簡単に見捨てる行為。
アルスの心が少しだけ寒くなったのは、決して気のせいではない。
はぁ~と溜め息をつき、ほぼ諦めムードのアルス。
仕方ない。やる気がない奴を連れてっても、色々と問題が起こるだけだ。
ここは族長に新しい代役でも立てて貰おうか、と考えた矢先にバナックが口を開いた。

「そうか、バクラは乗り気ではないか。なら仕方がない、他の誰かに行ってもらうしかないのぉ~」

バクラにも聞こえるように、わざとらしく演技がかった声。

(何、一体?)

明らかに様子が変なバナックを、アルスは怪訝そうに見つめていた。
普段のバナックなら、バカモーン!の一言でも飛んでくるはず。
バクラも可笑しい事に気付き、不思議そうに眉を曲げていた。

「……そうか、ならその代役さんによろしく」

少しだけ動きを止めていたバクラだったが、直ぐ再起動しテントから出て行こうとする。
ニヤリ。
バナックの口元が、悪戯でも思いついた悪ガキの様に釣り上がった。

「第52管理世界……モスニューチュ遺跡」

ピタリ。バクラの動きが完全に止まった。

「今回の遺跡調査の依頼、向こうさんは遺跡内で見つけて貴重品は全てスクライアに寄付してくれると言っておるんだが……」

ピクピク。聞き耳を立てるバクラ。

「そうか、バクラは嫌か。そうか、そうか。それではこの仕事はアルスと他のだr「詳しく話しを聞こうか、爺さん」……おぉ!やる気になったか」

いつの間にかバクラがバナックの前に移動して、話しを聞く体勢になっていた。

(心変り早!!)

その様子を見て、アルスは人知れず心の中でツッコミを入れた。




第52管理世界。
人の手がほとんど入っていない、何処か古代を思わせる大自然に囲まれたこの世界に一画に、その屋敷は建っていた。

「ほへ~~……凄い豪邸」

客室に案内されたバクラとアルス。
バクラは何時も通りだが、アルスはソファーに座りながら驚きのあまり感嘆の声を漏らした。
土地の広さ、建物の豪華さ。
この客室に案内される前に見た如何にも高そうな壺や絵画やインテリアの数々。
客室と使われているこの部屋だって、下手なマンションよりも広い。
シャンデリアや、今自分が座っているソファーもかなりの高級品だ。
そして、出されたお茶にお菓子。

(お茶の方は何か解らないけど、このお菓子ってかなりの高級品だよね。
よくセレブの人達にも人気があるお店ってテレビでも紹介されてるし、中々手に入らない事でも有名な)

そんな物を客とはいえ、自分達みたいな子供に出す。
大富豪。
本当に本物っているんだな、というのがアルスの感想だった。

「ふあぁ~~ん……チッ!おせぇーな、何してやがんだ」

「お前、よくこんな所でもあくびしてそんな態度を取れるよな」

これほどなまでの大豪邸だと言うのに、バクラには緊張感の欠片も無かった。
何時も通りの自然体のままでソファーにもたれかかり寛いでいた。
緊張感が解かれる。
あまりの大豪邸に少々気持ちが圧されていたアルスだったが、何時も通りの光景を見て少しだけ肩の力が抜けた。

「ふぅ~……それじゃあ、依頼人が来るまでに今回の依頼のおさらいでもしておくか?」

「……そうだな、他にやる事もねぇし。………ガブッ」

「……バクラ、お前さ……もう少しありがたみを持って食べらないの?これ、相当高いお菓子だよ」

「へふにいいはふぉ(別にいいだろぉ)、ゴクン。……どうせ俺達に出された物なんだからよ」

バクラは何処に行ってもバクラだった。
超が付く高級品お菓子の袋を乱暴にあけ、恐らく高級品のお茶も何の躊躇も無く飲んだ。
豪胆というか、無法者というか。
アルスが呆れていた隣で、バクラの空気が変わる。
仕事モード。
流石に遺跡発掘に経験は自分よりも上なだけあって、一瞬で思考を切り替えた。
感心しながらも、アルスもそれを見習い思考を切り替えて資料を取り出す。

「今回の依頼者は、第6管理世界の大企業ブライアント社の会長にして創設者――ゴルド・ブライアントさんだ。
ブライアントさんは僅か一代にして次元世界トップクラスの大企業を築き上げた仕事人で、第6管理世界の重役や管理局の方にもかなり知り合いが多いみたいだからな。
決して失礼がないように」

「爺さんだけでなく、お前もか。たく、んな心配すんじゃねぇ」

此処に来る前に散々良い聞かされていた事を今さら言われ、不機嫌になるバクラ。

「それが心配なんだよ!もし失礼があったりでもしたら、スクライアの皆にも迷惑がかかるかもしれないんだぞ!」

アルスの心配は、何も間違いではない。
ブライアント社。
その影響力は次元世界に広く渡っている。
事実上この世界で最も力がある組織の管理局にも、スポンサーとしてかなりの投資をしているとの事。
いくらスクライアの一族とはいえ、もしもの事があったら面倒な事になるのは目に見えている。
良いか!絶対おとなしくしてろよ!
解ったよ。
無理やりにでもバクラを大人しくさせる。
一族の皆が居ない今、自分がしっかりしなくては。
自分自身に気合を入れ直したアルス。
メラメラ、と背景に炎が見えるほど燃えていた。

「しかし……一体何で、そのお偉いさんはこんな辺境世界に住んでんだ?確か此処は無人世界のはずだろ?」

「ああ、それは……あれだよ、あれ」

バクラの疑問に対して、アルスは外の建物を指差した。

「あの大きな建物。病院なんだけど、そこの管理をしてるのがブライアントさんらしい。
俺も実際に見たわけじゃないから確かじゃないけど、ブライアントさんは数年前から持病を患ったらしいんだ。
年だってかなりの高齢みたいだし、若い時は本当に働き詰めだったらしいからな。
余生を静かな所で暮らしたい。
そして、自分と同じような人達にも人の手が入ってない自然の中で治療に専念してもらいたい、って要望からあの病院を創設したらしいぞ。
詳しい事はまだ研究中だから解ってないみたいだけど、この世界の空気や水、植物とかには人間の治癒能力を高めたり、気持ちを落ち着かせたりする。
比較的効果が高いセラピー効果があるみたいだから、各世界の医療機関ではお手上げの重病患者も結構入院してるって、前にニュースでやってた」

「ほぉ。……思い出したぜ。
そういやぁ、昔レオンの野郎が言ってたな。
5年ほど前に、管理局を含め、各世界の政府機関を相手に無人世界の土地権を得ようとした大企業が居たって。
色々法的手続きなどでゴタゴタしたが、遂に2年前に手に入れ、ちょっとしたニュースにもなってたな。
なるほど、あのお硬ぇ管理局が無人世界とは言え土地権を認めたのか解ったぜ。
次元世界で最大の勢力を誇ってる管理局だが、所詮は人間。
各世界の政府機関と協力しても、管理しきれる世界などたかがしれている」

「相変わらずの辛口だよな。お前の管理局に対しての評価は」

仮にも世界最高の組織である管理局。此処まで辛口を吐ける人間は、中々いないだろう。しかも子供で。

「だが事実だろ。
実際、違法魔導師の取り締まり、ロストロギアの回収、さらには貴重な文化遺産や動物達の保護、自然災害の救助隊など。
こんな事してらりゃ、人手不足になるのは当たり前だっつぅの。
まぁこの際、奴らの評価どうでもいいとして……ブライアント社。
これだけの大企業ともなれば、個人契約をしている傭兵もそれなりに居るはずだ。
非常事態には互いに協力して事に当たれる。最新の設備を施した拠点のおまけつきでな。
それに、この世界の土地権を認めたのはあくまでも病院創設のため、謂わば次元世界に住む皆様のためって言う大義名分もありやがる。
下手にゴチャゴチャと各世界で議論するよりも、ブライアント社に土地権を認めて、外面を良くした方が自分達にとっても次元世界にとっても遥かにマシだと考えたんだろうよぉ。
ケッ!こんなめんどくさい、金をかかる様な事までして健康を手に入れた何が良いんだが……俺には解らねぇぜ」

昔から言いたい事はズケズケと言うタイプだったが、流石にこれにはアルスも引いた。
確かにそういう見方も出来なくないが、それでもブライアント社が創設した病院のおかげで助かった人も大勢居る。
管理局や各世界の政府機関が協力したからこそ、助かった命が多いのも事実。
それを此処までボロクソに言えるとは。
スクライア一の問題児。その名は伊達ではない。
注意しよう。
アルスは立ち上がって、バクラの口の悪さを注意しようとしたが――




「ははははっ、噂通り中々面白い子だね」




ドクンッ!
心臓が一気に跳ね上がり、喉まで出かかっていた言葉を呑みこんでしまった。
気のせいだと思いたい。でも、バクラの様子がそれを肯定してくれない。
自分を後ろにジッと見つめているバクラ。それは即ち、後ろに何かが居ると言う事。
ゴクリ。
生唾を飲み込みながら、アルスはゆっくりと、まるで壊れたブリキのおもちゃの様に後ろを振り向いた。
振り向いた視線の先、一人の老人が車椅子に乗りながら此方を見つめていた。
気の優しそうな人で、何処となく気品を漂わせる。かなり高齢の男性で、恐らく自分達の族長と同じぐらいだろう。
そして、その顔は事前に渡された資料でも確認していた。

「ご、ゴルド・ブライアントさああぁぁーーーーんんんんぅぅぅ!!」

今回の依頼者――ゴルド・ブライアントが静かに微笑んでいた。

(え!?なんで此処に居るの!!?
というか聞かれた!今の聞かれた!?
NOOOOooooooーーーーーーーーーーー!!!
どうする、どうするの俺!
俺の責任!?バクラを止められなかった俺の責任なのか!!
今のが聞かれていたとすると……ヤバイ!完全にヤバイ!!
最低でも族長からの厳重注意。最悪……侮辱罪で逮捕。十歳で、管理局のお世話になるの?
い、嫌だああああぁぁーーーーー!!!
この年で人生の履歴に黒星が付くなんてーーー!!
就職の時どうすんの!?先生って犯罪者でもなれるの!?どうするの俺!?俺どうするの!!?)

アルス・スクライア――暴走モード突入。

「君、ここまでで良いよ」

「畏まりました」

一人だけ完全に外の世界から遮断された中で、ゴルドは付き人を帰らせ、車椅子を操作しバクラ達に近付いてきた。
必然的に思考がまともな状態にあるバクラが対応する事となる。

「初めまして、今回の依頼を頼んだゴルド・ブライアントと言います」

「バクラ・スクライアだ。そして……」




「あbな@おwmぽ@c、げぶ@pvんれうばmwあをいvねbめp@、あ@bねあprgkm@おいんびs」




「あっちで訳の解らねぇ文字の羅列を吐いてる青髪野郎が、アルス・スクライアだ」

立ち上がり、自分とアルスの自己紹介をする。
言葉遣いは悪いが、そこは仕事モード。
何時もの様な刺がない分、かなりマシだ。
よろしく、とにこやかに手を差し出し握手を求めてくるゴルド。
バクラも同様に手を差し出し、握手をした。

「ッ!!」

瞬間、バクラは驚愕の表情を見せた。
目の前のいるのはただの老人。
体を弱弱しく、生命の火もその気になれば簡単に吹き飛ばせる相手。
でも、その肉体から感じるこの力は本物だ。

(ほぉ、この爺さん。ただの者じゃねぇとは思っていたが、まさかここまでの物を持っているとはな)

バクラの鼻は、目の前の老人からその匂いを正確に嗅ぎ取っていた。
王の才能。
人の上に立つ事に相応しい力をゴルドは持っていた。
なるほど。
ブライアント社。あれだけの大企業を一代で築き上げたというのは、ただ単に運が良かっただけではないようだ。

「爺さん、さっき俺の事を噂通りとか言ってたな。どういう意味だ?」

「私とバナックが友人だと言う事は聞いてるね?
実は君達が来る前に、彼から少しだけ話しを聞いていたんだよ。
一人は特に問題がない優等生だが、もう一人は超が付くほどの問題児。
口も悪ければ態度も悪い、目つきも悪く、自由気ままな異端児、お前何で管理局に捕まらないの、みたいな奴が行くからどうかよろしく、ってね」

「へッ!バナックの爺さんらしいぜ」

「ははははっ、彼も君に似て昔から言いたい事は言うタイプだったからね。
健康に何故ここまでお金を使うのか解らない、か。
まぁ、君達みたいな若い子から見たら、確かにここまで大金をつぎ込んで健康を手に入れるのは変かと思うかもしれないけど。
健康は大事だよ、特に私みたいな年寄りにはね。そうだね……君が好きな物が、私にとっての健康かな」

「……そうかい」

まるで孫と祖父の様な、和やかに会話する両者。

(え、何?この和やかな空気?)

一方のアルスは、ただ純粋に目の前の光景に驚いていた。
先程のバクラの暴言。
長い付き合いである自分でさへ引いたのだ。赤の他人が聞いたら、怒りを買っても可笑しくはない。
なのに、ゴルドは全くと言っていいほど怒っていない。
寧ろ、友好的な笑みを浮かべながらバクラと握手をしていた。

「君がアルス君だね。よろしく」

今度は自分の方に手を差し出してきた。勿論、相変わらずの優しそうな笑み付きで。

「あ……は、はい!此方こそよろしくお願いします!!」

慌てて握手をするアルス。余程慌てていたのか、両手でゴルドの手を握っていた。

「ごめんね、こんな車椅子の上からで」

「い、いえ!とんでもありません!!寧ろ謝りたいのは此方の方です!
あ、あの……さっきの事は………」

不安げに瞳を揺らしながら問いかけるアルス。
それに対し、ゴルドは孫でもあやすかのように優しく声をかけた。

「ははははっ。大丈夫、誰かに告げ口をしたりはしないよ。
あの年頃の子は、あれぐらい元気があった方がいいからね。
さぁ、今回の依頼について詳しく話すから、ソファーに腰掛けて」

「は、はい!!」

アルスは元気に返事をしながら、バクラは無言のままソファーへと座った。
柔らかい感触を感じながら、アルスは一人だけ歓喜に包まれていた。

(い、良い人だぁーー!この人、本当にいい人だ!)

あれだけの暴言を吐いたと言うのに、この器の広さ。
良かった。これで履歴に黒星が付く事はない。
族長、ありがとうございます!こんな良い人を紹介してくれて!
背中に天使でも舞い降りたかのような光に包まれるアルス。
実際には彼には責任問題も何も無いが、それに気付けないほど混乱していた。
その混乱が解け、尚且つ心配事も解決したのだ。さぞかし嬉しかっただろう。

(ふぅ~ん。なるほど、この子達がバナックが言っていた)

バクラとアルス。
二人を見つめながら、ゴルドは静かに口を開いた。


――次の日の早朝


ゴルドの屋敷と病院から遠く離れた森の中に、その遺跡はヒッソリと建っていた。
モスニューチュ遺跡。
今回、調査依頼が出された遺跡にバクラとアルスの二人は訪れていた。

「一応、周りの調査はしたけど……結局、ここしか入れる場所はないな」

「だから言っただろ、無駄な事してねぇでさっさと入っちまえばよかったんだ」

目の前にポッカリと開いた黒い穴を見つめながら不機嫌そうに呟くバクラ。

「あのな~……今回の依頼はあくまでも調査だぞ!調査!たく、本当に解ってるのか」

バクラの言動に不安を覚えながらも、アルスは機材を入れたカバンの中からライトを取り出し遺跡の中に入っていく。
見た所、前のクルカの遺跡とは違い地下へと続いて行くタイプの様だ。
真っ暗な黒い穴へと続く階段を降りていく二人。
そんな中、バクラの顔には先程までの不機嫌さが無くなっていた。
笑み。
普段は見せない様な、歓喜の笑みを浮かべていた。

(本当に嬉しそうだよな、バクラの奴)

嬉しそうなバクラの様子を見つめながら、アルスは前もって調べていた知識を引っ張りだした。
この広い次元世界には、時として文明が滅ぶ世界も決して珍しくはない。
戦争、ロストロギアの暴走、はたまた自然災害など、その理由は様々。
今アルス達が居るこの世界、第52管理世界もそうだ。
元々は有人世界で魔法文明も栄えていたようだが、何かの原因で文明が滅び無人世界になった。
そして、文明が滅ぶと言う事は人が居なくなると言う事。
管理局はそんな世界の危険なロストロギアを回収しているが、生憎とこの世界からはそんな物は見つからなかった。
その代わり、ある噂がこの世界には流れている。
宝。
よくある話だが、既に文明が滅んだ世界にはとんでもない価値を秘めているお宝が眠っていると噂される事がある。
金銀財宝から、絶対にありないお宝の噂まで。
無論、中にはデマな情報も混じってるが、火の無い所には煙は立たない。
実際に発見される事も結構な確率であるのだ。
モスニューチュ遺跡。
発見された文献によると、昔この世界の有力者が建てた遺跡。
同時に、その有力者が宝を隠した場所として噂される遺跡。
要するに、バクラの目的は依頼金ではなくこの遺跡に隠されたお宝なのだ。
あの時、一度断った仕事を受けたのもこれで納得がいく。
自分が探そうと思っていた遺跡の名前が、たまたまあがったから素直に依頼を受けたのだ。

(まぁ、俺としてはバクラがやる気になってくれたのは嬉しいけど……本当に宝なんかあるのかな?)

正直、アルスからしたら噂のお宝は胡散臭いデマ情報にしか聞こえない。
様々が噂が飛び交うが、要約するとほとんどが以下の様な内容になる。
曰く、この遺跡を制覇した者には巨万の富よりも価値がある物が手に入る。
と、何処にでもある様な噂。
そして、だいたいが空振り。実際にはお宝の影も形も無い、良くあるデマ話。

「なぁバクラ。この遺跡に、本当にそんな宝なんか隠されているのか?俺としては、どう見てもデマだと思うんだけど……」

「さぁな」

「さ、さぁなってお前……」

カクッ、と前のめりになるアルス。
目の前の男は、確たる証拠も無く宝を見つけようとしてるのだ。

「別に俺にとっては、見つかろぉが、見つからなかろぉが、正直どっちでもいいんだよぉ。
見つかったら見つかったで、俺様の懐に入れるだけ。
見つからなかったら、お宝の噂が流れている遺跡から此処の名前を消去するだけだ」

「……もしかして、お前が時々スクライアのキャンプ地から居なくなるのって」

「ああ、お宝の調査と情報を得に行っている。……なんか、文句あっか?」

「いや、別に無いけどさ……何と言うか、才能の無駄遣いというか。
お前さ、その才能を何年もかけて本気で発掘に使おうとは思わないの?
そう……例えば、こう……失われた遺産を発見して、学会に発表して歴史に名を残すとかさ?」

学問に関わる人間全員とまではいかないが、やはり一つの道を極めた者としては誰かに認められたい物である。
アルスも同じ。
自分の知識を誰かに教えるのと同時に、それを認められたいとは心の何処かでは望んでいた。
バクラの腕ならば、世界に通じる発見をする事も可能だと思っての発言だったが――

「はッ!冗談じゃねぇ、ただ古いだけしか価値がない石の塊なんかを何で何年もかかって発掘しなきゃならねぇ?
どうせ同じ古い物を見つけるならぁ、何時まで経っても輝きを失わねぇ黄金の方が、俺様にとっては遥かに魅力的に見えるね!」

どうやらこの男は、本当に興味がないようだ。

「……さよですか」

他人から見たら異常、でも本人達からしたら何時もと同じ会話を交わしながら進んで行く。
階段を降り、長い通路を抜けると、広い部屋に出た。
地下なのにドーム状に造られた部屋。広さもかなりの物だ。
ライトで辺りを照らすと、幾つかの通路へと枝分かれしている。
どうやら此処をから違う部屋へと続いているようだ。

「さてと、どの通路から調べるか」

「何処からだっていいだろ。どうせ危険さへ見つけれりゃぁ、この仕事は達成なんだからよぉ」

「そうだけさ。結構依頼金貰ってるんだから、ちゃんと調べようよ」

バクラの言い分はもっともだが、アルスは乗り気ではない。
今回の依頼。
このモスニューチュ遺跡内の調査。
それも本格的な物ではなく、ただ危険があるかどうかの調査と大まかな全体像を調べるだけ。
この場合の危険とは、罠の有無を調べるだけではない。
危険な現地生物の住処になってるか、落盤の危険性など。
調査の妨げになる様な物があるかどうかを見つけるのが、今回の依頼なのだ。
確かに未開の地などには、本格的に調査する前に先遣隊として軽く調査する事はある。
が、今回のはそれよりも簡単且つ簡素なのだ。
ただ危険な物を、それも複数ではなく一つでも見つければそこで終了。
安全だった場合でも、完全に調査するのではなく、だいたいの全体像を攫めればそれでいい。
例えばの話し、入り口の地盤が緩んでいたらそこでこの依頼は終わり。
自分達は報告に戻り、依頼料金を受け取るだけ。
それなのに、この額。
普通の相場の軽く4~5倍はある。
ちゃんとした機材と少しでも知識があれば誰でも出来る仕事。
何故そんな物をわざわざスクライア、それも此処までの金額を出したのか気になるが、ゴルドは自分達の腕を買ってこの仕事を任せたのだ。
信頼には答えたい、何より此処までの金額を出してくれているのだから、それなりの成果をあげたい。
しっかりやれよ!仕事なんだから!
真面目な幼馴染に呆れながらも、バクラは急いで調査の準備を始める。
体から魔力の光が漏れ出し、その中から不気味な死霊達が現れた。

「行け!死霊ども!」

号令に従い、死霊達は白い線を描きながら遺跡内へと散っていく。
レアスキル。
一般的に、通常の魔法とは違う特別な力を指す総称。
バクラの死霊もその中に区別される能力。

『ネクロマンサー』


科学が進んだミッドチルダでも、お化けや幽霊。
所謂、オカルトという分野は存在している。
しかしそれは、あくまでも存在してるだけで明確に幽霊の正体を証明した者は居ない。
寧ろ、ミッドチルダでは幽霊を信じてない人間の方が多いだろう。
そんな中で、バクラのこのスキルは異物だった。
壁や天井など、障害物を透き通り煙の様に消え去る。
魔法の中でも似たような事は出来るが、それでもバクラのそれは異様すぎる
まるで、映画や漫画の中でしか見た事がない本物の幽霊の様な死霊達。
今現在も詳しい事は何一つ解っていない。
管理局のデーターにも無いこの能力は、正に未知に能力だった。




――そして、バクラの生まれ故郷を探す数少ない手掛かりでもある。




広い部屋に佇み、死霊達から送られてくる映像を見つめるバクラ。
意識の共有。
死霊達が見つめる光景は、そのままバクラの脳裏へと送られてくる。
何かの動物の住処になっていないか調べるバクラ。
こうしてはいられない。
アルスも調査に乗り出すため、いそいそと準備を始めた。

「よし!それじゃあ、こっちもやるか!」

自分自身に喝を入れ、右手に巻き付けた腕輪を見るアルス。
デバイス。
シンプルなデザインで、青空の様な鮮やかな色の石が取り付けられていた。宝石と見間違うほど美しい。

「ナレッジ!セットアップ!」

体を包み込む海の様に深い青。
腕輪の形状から杖の形状に変化する。
先端に取り付けらえたアクアマリンの様に綺麗な石が魔力を受けて綺麗に輝いていた。
体を包んだ光は、民族衣装を元にしたバリアジャケットに変化しアルスの体を優しく包んだ。

「って、わざわざ叫ばなくても出来るんだけど、やっぱり言った方が雰囲気でるよね。やる気も上がるし」

独り言を言いながら(当然バクラは無視)、アルスは杖を構え精神集中を始めた。

(この間のクルカの城では酷い目にあったからな。今回は油断しないようにしないと。……よし、魔力の消費は大きいけどこれでいくか!)

足元にミッドチルダ式の魔法陣を浮かぶ。アルスは術式を組み合わせ魔法を発動させる。

「A!B!C!D!E!F!」

叫ぶと同時に、周りに魔力を宿した六つの球体が形成された。

「Search……Go!」

アルスの号令に従い、六つの球体は部屋全体へと飛び散った。

「相変わらず、面白味がねぇ魔法だな」

死霊達を使い遺跡の調査をしていたバクラが話しかけてきた。
魔法を維持したまま、アルスはそちらへと目を向ける。

「短くコマンドを唱え、その最後に術のトリガーを引く。
シンプルって言葉がこれほど似合う魔法も中々ねぇだろうな。
デバイスもデバイスで、名前がナレッジ。つまり、Knowledge――知識。何の捻りもねぇ、単純な名前だ。
まぁ、ガリ勉のお前にお似合いだがな」

「別にいいだろ。俺は誰かさんと違って、早さと使いやすさを最優先にしてるんだから。
後、デバイス云々は持っていないお前には言われたくないよ」

バカにした様なバクラの口調に、不機嫌になるアルス。

「おいおい、俺は褒めてるんだぜぇ。
スクライアの探知魔法と広域探索魔法の複合。
ストレージデバイスであれだけ使えこなせりゃ、大したもんだ」

「お褒めのお言葉頂きありがとうございます。でもな、どうせ褒めるならもう少しだけ言葉の棘を取れよ。正直、全然嬉しくないから」

互いに軽口をたたきながらも、確実に遺跡内を探っていく両者。

(思ってたよりも広いな……ここは、特に異常はねぇ。アルス!調べ終わったら次の通路を右に行け!)

(了解!
……この部屋は……よし、大丈夫だな。地盤もしっかりしてるし、落盤の危険も無い。
詳しい事はちゃんとした装備で調べなくちゃ解らないけど、特に問題ないだろ。
かなり昔の遺跡だけど、ここまで綺麗な状態で残されているのは結構珍しいな。……っと、感心してる場合じゃない。
次はこっちの通路を調べるか)

それぞれの能力をフルに使いながら、一つ、二つ区分されたエリアを調査していく。
思っていたよりも広かったが、それほど大規模な遺跡ではなかった。
だいたいの全体像を攫むぐらいならそれほど時間はかからず、昼前にはスッカリと終わった。
グー。
ちょうど昼時、結構動きまわったから腹も空いたし、疲れた。
お昼御飯と昼休みを兼ねて、バクラ達は遺跡を後にした。
眩しい太陽が出迎えてくれる。
スクライアの発掘で暗い所に潜るのは慣れているが、やはり人間。
青空の下、気持ちがいい所でご飯を食べたい物である。

「えっと……此処はこうで、こっちは特に問題なし。この通路から、この部屋に繋がっていて……っと」

バリアジャケットを解除して、実際に調べた内容を、大まかだけど紙へと書き写していく。
その隣では、既にバクラがゴルドの屋敷のコックに作って貰った弁当を掻きこんでいた。
が、アルスは気にしない。この程度、何時もの事なのだ。

「うぅ~ん……一応、大まかな調査は終わったけど。本当にこれだけで、あんな大金貰っちゃっていいのかな?
サーチ系の魔法の熟練者なら、直ぐ終わる簡単な仕事なのに……」

未だに唸ってるアルス。
果たしてこの仕事で、ここまでの依頼金を貰っていいものだろうか。
悩みに悩むが、その時、彼のお腹が飯を寄越せと訴えてきた。
今はこの虫を静めるとしよう。
アルスはお茶の用意をしながら、バクラへと手を差し出した。

「バクラ、俺にも弁当をくれ」

保存に便利なバクラのロストロギア、盗賊の羽衣。
自分のバックは機材で埋まってるため、自分の分もそちらに入れてもらっていたのだ。

「???」

何時まで経っても弁当を渡されない。
可笑しいと思いながら、アルスがバクラの様子を窺うと――

「あぁー」

自分の弁当を極自然に、一切の悪びれる様子を見せずに食べようとしている問題児の姿が映った。

「って!己は何故俺のベーグルサンドを喰おうとしてるんだああぁぁーーー!!!」

疾風迅雷!アルスの飛び蹴り炸裂!!

「ぐはっ!」

完全な不意打ち。
人は食事の時は警戒心が薄れると言うが、正にその通り。
顔面を蹴られ、バクラは吹き飛んだ。
中に舞うベーグルサンド。
空かさず口でキャッチするアルス。
その一連の様は、オリンピックなら10点満点を貰えるほど華麗な動きだった。
余程の鍛練を積んだのだろう。

「つぅ~~……何しやがんだ!?」

「何しやがんだ、じゃない!!何勝手に人の弁当を喰おうとしてるんだよ!自分のを喰え!自分のを!!」

「もう、喰っちまったよ。……あれぐらいじゃ、腹の虫が収まらねぇ」

ちなみに、バクラの弁当は軽く成人男性並のボリューム満点、お腹一杯の満腹弁当だった。
これだけ食べても、立派に引き締まった肉体を保てるのだ。
女性にとっては、羨ましいの一言である。

「だったら、キャロリーメイトを喰え!何時も非常用食品として常備してるだろ!それで腹が一杯にならなかったら、帰るまで我慢してろ!」

まるで、手のかかる子供を叱る様な母親状態のアルス。
納得してるのか、それともしてないのか。
バクラは不貞腐れながらも、盗賊の羽衣からキャロリーメイト(チョコ味)を取り出し、パリポリと食べ始めた。
たく、とブツクサと文句を言いながらアルスはベーグルサンドに齧り付く。
美味しい。
豊潤な味わいが口の中一杯に広がり、先程までの怒りの波が一気に静まった。
流石超一流企業の会長、雇っているコックも超一流である。
昼食終了。
食後のお茶を飲みながら、一息休憩を入れる。

「ふぅ~~……いい天気~」

「てめぇはジジイか」

「やかましい。全身刃物だらけの様な男と常日頃から一緒に居れば、こんな平和な一時は貴重な時間なんだよ」

仲がいいのか、悪いのか。喧嘩してるのか、じゃれあってるのか。
そんな午後を過ごしていった。

「さて、遺跡内の地図も纏めたし、帰るか。ちょっとまだ依頼金を貰うのには抵抗あるけど、とにかく戻って報告しよう」

そそくさと、慣れた手つきで荷物を片づけ、別々の方向に歩いて行く二人。

「……………」

「……………」

もう一度言うが“別々の方向”にである。


――ブチッ!


「おぉーーのぉーーれぇーーはあぁ~~……そんなにも団体行動が嫌なのかぁああぁ~~ああぁーー?」

紅く妖しく光る目。青白い肌。頭に生えた二本の角。大きく引き裂かれた口。巨大な牙。背中に生えた真っ黒な翼。背後の揺らめく獄炎。
アルス――悪魔モード突入。

「……とにかく、落ち着け。半分悪魔化してんぞ、お前」

バクラが引くぐらい人外の姿へと変貌を遂げるアルス。
珍しく幼馴染を窘める構図が逆になった瞬間であった。
閑話休題。
元に戻ったアルスは、早速バクラへと問い詰める。

「何で、お前は遺跡の中にもう一度行こうとしてんだよ。もうほとんど調査は終わったんだから、さっさと報告に行くぞ」

「報告なら、一人でも十分だ。アルス、てめぇ一人で行け。俺は……」

遺跡の入り口を見つめ、薄く笑うバクラ。
ああ、そういえばそうだった。
すっかり忘れていたが、こいつにとっては調査は序で本当の狙いは遺跡に隠されているお宝だった。
思い出して頭を抱えるアルス。

「はぁ~~……お前は。まぁ、別に依頼者が遺跡の中の物は全てスクライアに提供してくれるからいいけど。
正直、今回は完全に外れだろ。お前が好きそうなお宝なんか、一つも見つからかなかったぞ」

バクラの死霊と自分の探索魔法。
この程度の規模の遺跡なら、この二つの能力を使えば十分に調べられる。
この間のクルカの古代遺跡みたいに隠し部屋が隠されている可能性は否定できないが、それでも何一つ反応がないのだ。
恐らく九割方は、今回の噂はデマだろう。
早く帰ろうと急かすが、バクラは遺跡の入り口から目を離そうとはしなかった。

「まぁ待て。まだ完全にデマだと決めつけるのは早いぜ。クククッ……」

アルスが書いた地図の一部を見ながら、バクラは歓喜の笑みを浮かべた。




暗い、太陽の日が届かない遺跡の奥を歩いて行く“二つ”の光。

「なんで、てめぇまでついてくんだ?さっさと、あの爺さんに報告に行くんじゃなかったのかよぉ?」

「お前一人で行かせたりでもして、何かしでかしたりでもしたらそれこそ大問題だろ?
べ、別にお前が心配でついてきたんじゃないんだからな!あくまでも、遺跡が心配でついてきたんだから!」

一瞬だけ時が止まった。

「……………止めろ、気持ち悪ぃ」

バクラ・スクライア10歳。言いたい事はハッキリと言う元気な子。

「ごめん。ネタでやってみたけど、これは正直ないわー」

アルス・スクライア10歳。自分が悪いと思った素直に謝れる良い子。
二人が目指すのは遺跡の中で最も深いエリア。
最深部。
宝を隠すなら、一番人の手が届かない場所に隠すのはセオリーだが、やはりアルスには信じられない。
この間のクルカの古代遺跡の事を反省して、より注意して調べた。
他の魔法ならまだしも、サーチ系の魔法なら自分も自信はある。
実際に目で見たわけじゃないから確実とは言えないが、それでも何かしらの反応はあるはず。
なのに、全くの反応なし。
宝が隠されているのは、ほとんど絶望的と見てもいいだろう。
それに、もう一つだけ気になる事がある。
第52管理世界。
魔法文明が存在したこの世界に建てられたモスニューチュ遺跡。
もし、本当にこの世界の有権者が建てた遺跡だとするなら。
そして、その有権者が巨万の富よりも価値がある宝を本当に隠したとするなら。
侵入者避けの罠や仕掛けの一つや二つあってもいいはず。
なのに、此処に来るまでにはそんな仕掛けなど無かった。
勿論、自分がサーチした時も反応なし。
本当に隠し部屋や宝なんてあるのかな。
アルスが疑問に思い始めた時、彼はその異変に気付いた。

「……なぁ、バクラ。何かさ、暑くない?」

気のせいではない。
地下に行けば行くほど、出口付近よりも確実に暑くなっている。
汗がベトつく。呼吸が荒れる。
まるで、サウナの中にでも入っているようだ。

「そんなにあちぃなら、バリアジャケットでも着てろ」

「……いや、俺が言ってるのはそうじゃなくて、何でこんなにも暑くなってるのかって話し」

そう言いながらも、アルスはちゃんとバリアジャケットを着込んでいた。
物理的な衝撃だけでなく、熱さや寒さからも体を守ってくれる便利な防護服。
熱さが和らいだ所で、アルスは再び話題を振った。

「ふぅ~……っで?何で遺跡の中がこんなにも暑くなってるわけ?お前、何か知ってるんじゃないの?」

サウナ風呂状態の遺跡の話題を振った後、アルスはさらに気になっていた事を問いかける。

「後、お前……その恰好で暑くないの?」

バクラの格好は何時も通りの軽装だ。
風通しが良いとはいえ、この暑さ。
気分が参っても可笑しくはないが、バクラは汗こそ掻いてるが至って平然としていた。

「てめぇとは出来が違ぇんだ。この程度の暑さで参るほど、軟な鍛え方はしてねぇ」

声の感じからすると、強がりではなく本当に大丈夫なようだ。
昔から熱さには強かったが、まさかこの暑さに耐えられるとは。
また幼馴染の意外な一面が見れた。
そうこうしてる内に、バクラ達は遺跡の最深部に辿り着いた。

「あれって……」

最深部には見慣れた一体の死霊が飛びまわっていた。

「お前、まだ調べていたのかよ」

「ああ。あの死霊から、面白い情報が送られてきたんでね」

死霊に近付くバクラ。
主の気配を感じ取ったのか、体に渦巻く死霊。
犬がじゃれあってるようにも見えるが、決してそんな和やかな光景ではない。
不気味。
この言葉が似合う光景も中々ないだろう。
バクラの体から離れ、死霊は遺跡の床下へと消えていく。
瞬間、バクラにある映像が送られてきた。
満足げに口元を釣りあげ、早速準備に入る。
魔力光が漏れ、バクラの体を包みこんだ。
召喚魔法。
ほとんど使い手が居ない事から、レアスキル並の魔法と認定されるほどの貴重な魔法。
そして、バクラが最も得意とする魔法。
だが、ネクロマンサーと同様にバクラが使う召喚魔法は普通とは違う。
どの魔法にも言えることだが、ランクが高い魔法を使う時は普通術者の足元に魔法陣が浮かび上がる。
そうする事によって魔法の発動を助ける、一種の補助器の様な役割を果たすためだ。
勿論、召喚魔法の様な大掛かりな魔法を使うとすれば、足元には魔法陣が浮かび上がるのが普通だ。
だが、バクラにはそれがない。
魔法陣の補助なしでも、召喚魔法を行使できる。
いや、召喚魔法だけでなく、ほとんどの魔法でもバクラは魔法陣が浮かび上がる事はない。
果たしてそれがバクラの才能なのか、それとも体質なのか。
それは解らない。
ただ、解っている事は一つ。

「よし、行くぞ!」

バクラが召喚する僕は、とんでもない力を秘めているモンスターであるという事。

「死霊騎士デスカリバー・ナイト!召喚!!」

バクラから召喚されたモンスター。
大型の馬に乗る、人の影。だが、それは決して人間とは言えない者。
巨大な剣と不気味な盾、そして鎧に身を包んだその姿は騎士と言われても納得がいく。
顔さへ普通の人間だったなら。
その騎士の顔は普通の人間の物ではなく、肉も血も皮も無い、不気味な骨のみで形成された骸骨の様な風貌だった。
死霊騎士。
正にその名が示す通り、死霊が鎧を着込んでいるようだ。

「相変わらず、不思議だよな。お前のその召喚魔法」

召喚された僕が不気味なのは本人の趣味だからいいとして。
やはり魔法陣もデバイスの補助もなしで、召喚魔法を使えるのは純粋に凄いと思う。
初めて管理局に検査に行った時、向こうの人も驚いていたぐらいだった。
というか、もう少しだけでも召喚する僕をマトモな物に出来ないものだろうか。
死霊騎士デスカリバー・ナイト。
こいつを含めて、バクラが召喚する僕は皆怖すぎる。
何も知らない人で気が小さい人なら、気を失うほどだ。
このままいったら、こいつ……一族以外で友達できないんじゃね。
バクラの人付き合いを心配するアルス。

「やれ!デスカリバー・ナイト!」

心配する幼馴染の傍らで、バクラは早速僕に命令を出していた。
地面を指差しながら、攻撃対象を定めるバクラ。
主に言われた通り、デスカリバー・ナイトは床に剣を突き立て、破壊した。

「何してんのぉおぉーー!バクラああぁーーー!!!」

ビックリ仰天。
床を壊す奇怪な行動もそうだが、遺跡を壊した行動にアルスは目が飛び出るほど驚いていた。

「……とにかく、下を見な」

この程度で驚いている幼馴染に呆れながらも、バクラは下を見るよう指差す。
言われた通り、下を――正確にはバクラが開けた穴を覗きこむアルス。
異常には直ぐ気付いた。
真っ赤なドロドロとした海。噎せ返りそうな高温。
マグマ。
自分の骨など簡単に溶かすほどの高温の海が、地下には広がっていた。
なるほど、道理で地下に行けば行くほど熱くなるはずだ。
暑さの原因を理解したアルス。同時に、自分の爪の甘さも理解した。
地下のマグマ。
今はまだ何ともないが、万が一にも活性化して一気に爆発したりでもしたら……どうなるかは子供でも解る。
この間のクルカの事でも散々な目にあったというのに、危うく今回の依頼も失敗する所だった。
甘かった。
罠や落盤の危険を調べてるだけで、地下までには注意して目を向けていなかった。
落ち込むアルス。だが、何時までもこうしてるわけにはいかない。
反省は大事だが、それは後でも出来る。
今はゴルドにこの事を知らせて、注意を投げかけるのが先だ。
早速戻ろうとしたアルスだったが――

「さぁ、早く戻ってこの事を知らせな……何してんの?お前?」

バクラの行動を見て固まった。
スクライアの防護服。
盗賊の羽衣から出して、バリアジャケットと同じように熱さや寒さなどに強い防護服を着込んでいた。
下はマグマ。そこを見つめ笑みを浮かべるバクラ。そして熱さに強い防護服。
行く気だ……この子、マグマの中に行く気だよ。
理解した瞬間、アルスの体に戦慄が走った。
確かに無茶な事をする奴だったが、まさかここまでの奴とは。
幼馴染の無謀なまでの行動に頭を抱えるアルス。
とにかく、流石に黙ってマグマに潜っていくのを見てるわけにはいかない。

「おい、バクラ。いくらなんでもそれは……盗賊の羽衣とスクライアの防護服は確かに防御面ではかなりの物だけど。
マグマの中に潜ったりでもしたら、流石に……」

アルスの説得に対して、良く見ろ、と再び地下を指差すバクラ。

「???……あっ」

先程はマグマのインパクトにすっかり目を奪われていたが、良く見ればマグマを裂くように岩の道が続いていた。
それも自然の岩ではない。
綺麗にカットされ、明らかに人工的に造られた岩が、何処かへと続く道を造っていた。
気になり、急いでサーチャーを飛ばし確認する。
近くに寄ってみたが、やはり自然の岩ではない。確実に人工的に造られた岩だ。
サーチを発動し、道に沿って全体像を確認するアルス。
かなり長く、一本道の通路。出口にはやはり人工的に造られた石段があり、何処かへと続いているようだ。
アルスの脳裏に浮かぶ今回の噂。
絶対にあるはずがないと豪語していたが、これを見た限りでは簡単に否定出来そうにはない。
隠されていた地下へと続く道。そして、マグマの中に存在する明らかな人工の岩。
バカバカしい、と決してただのデマ話と笑い飛ばせなくなった。

「さぁて……依頼主の爺さんの望み通り、遺跡の調査に向かうとするか」

「一応ツッコンでおくけど、マグマなんて言う超ド級の危険エリアを見つけた時点でこの仕事は達成だからな。……って、おい!」

自分の話しなど無視して、バクラはさっさと飛び降りた。

「あぁーーもうー!」

放ってはおけず、アルスも同じようにマグマの通路へと飛び降りた。
真っ赤なドロドロな海を真っ二つに分ける黒い道。
バクラは死霊を使って、アルスは飛行魔法を使って上手くその道に降り立つ。

「なんだ、結局ついてきたんか」

「お前一人行かせたら、色々と心配だからな。保護者は必要だろ?」

「とか言って、本当はてめぇもお宝の正体が気になるんだろぉ?」

「うっ……」

図星。
わざわざマグマに中に道を造ってまで隠そうとするお宝。それも巨万の富よりも価値があるという。
アルスの知的好奇心が刺激される。
金銭的価値よりも、純粋にそのお宝を見てみたいと思った。
凄まじい高温の中を歩いて行く二人。
お宝の正体について軽く会話しながらも、常に辺りを警戒する。
バクラはデスカリバー・ナイトを直ぐ動かせるように。
アルスは直ぐ魔法を発動できるようにデバイスを握り締めていた。
だからだろう――

「「ッ!!」」

その危険にいち早く気付けたのは。

「な、なんだ!?」

突如石の道が揺れ出した。
地震。いや、違う。地震ではなく、周りのマグマが暴れだし石の道を揺らしているのだ。
ゴゴゴゴゴゴッ。
真っ赤な獣が暴れ回り、容赦なくその牙を向く。
炎が立ち込める。
マグマは、生き物の様にその肉体を唸らせ、石の道を呑みこむほどの巨大な炎の壁となった。

「な……なななななな」

自然の法則という法則を無視した目の前の光景に言葉が出ないアルス。

「なんなんだよぉおおぉぉーーーー!!!」

「とにかく、走れ!!」

炎の壁が襲い掛かると同時に、バクラとアルスの逃走劇は始まった。





――冒頭に戻る。




背後から迫ってくる赤い化け物から必死に逃げるバクラとアルス。
バリアジャケットに防護服とはいえ、所詮は人の手で造った物。
あんな自然の猛威に呑みこまれでもしたら、流石に耐えられない。
どうする。
アルスは走りながら、打開策を考える。
飛行魔法。
ダメだ。炎の壁は天井まで全てを焼き尽くす勢いでその牙を向いている。飛行魔法では避けれない。
転移魔法。
これも不可能。完全な瞬間移動ならまだしも、あの炎を動きからして、魔法を発動させる前に呑みこまれてしまう。
防御魔法。
少しの間なら耐えられるが、次から次へと襲い掛かってくるマグマの猛攻には耐えきれない。
となると、残りは――

「アルス!お前の魔法であれの表面を削れ!その後に、俺様のデスカリバー・ナイトで一気にたたっ切る!」

「あうぅー……やっぱり、それしかないか」

攻撃で突破するのみ!
1、2、3。タイミングを合わせ、アルスとバクラは振り向き迎撃体勢に入った。

(後ろ全ての視界を覆うマグマの壁……避けきる事は不可能だし、防御してもマグマの波に呑みこまれたら、流石に俺達の防御魔法では心もとない。
下手して、左右の海の中に落ちてしまったらそれこそアウトだ。
この通路を覆うようにして襲ってくる壁の部分。そこを上手く二つに切り裂けばなんとかなるか。
……よし!あの三か所を攻撃する!)

ピンポイントを見極め、アルスは急いで術式を組み立てる。

「A!B!C!」

左上、右上、下。逆三角形を描くように、青い球体が現れた。

「shot!」

瞬間、三つの球体は弾かれたように飛び出しマグマの壁へと呑みこまれていった。
無論、この程度でマグマの猛攻を止められるとは思っていない。
自分の役割は、あくまでも壁の装甲を脆く、最後の一撃の道を作る事なのだから。
後は――

「バクラッ!」

隣の仲間に任せるだけだ。

「デスカリバー・ナイト!」

バクラ達の前に佇み、馬上で剣を構えるデスカリバー・ナイト。
主であるバクラの体が光る。
同時に、デスカリバー・ナイトの体も淡い光に包まれた。

「殺れ!!」

剣を振り上げ、一気に振り下ろした。
一閃。
アルスが攻撃した箇所と一寸の狂いも無く放った斬撃は、見事に切り裂いた。

「ふぅ~~……助かった~~」

二つに引き裂かれ、マグマの中に霧散していったのを見て汗を拭うアルス。
だが、まだ安心してはいけない。
左右を睨みつけているバクラの目が、それを証明している。

「油断すんじゃねぇぞ、アルス!」

「解ってるよ」

アルスは自らの相棒を握り締め、バクラと同じく辺りを警戒し始めた。
マグマの壁。自然災害ならば、自分達も此処まで警戒をせずさっさと逃げている。
だが、あれが本当に自然災害だったのか、と聞かれれば答えはNoだ。
あんな現象、自然の物では絶対にあり得ない。
それにこの感じ。何か凶暴な獣を前にした様に、肌がピリピリとする感覚。
何か居る。
人工的にあの現象を起こした何かが、このマグマエリアに。
嫌な気分だ。
辺り一帯はマグマの海。まるで獣の腹の中にでも収まった様な気分だ。
汗が流れ、頬を伝わり地面へと零れ落ちた。

「ッ!!アルス!」

「shot!」

青い魔法弾がマグマの中に溶け込んでいく。
瞬間、何かの地響きの様な悲鳴が聞こえた。
ビンゴ。
自分が放った魔法弾は、どうやら上手く相手を捉えたようだ。
さて、何が出てくるのか。
バクラとアルスは、互いに身構えてマグマの睨みつけていた。
炎が立ち昇る。
高く昇った炎は、ウネウネと意思でも持ってるかのように動き、その姿を露わにした。

「……なに………これ?」

今まで色々な本を読んできた。
現地生物の危険性を知るために、動物図鑑や昔の古代生物の図鑑も読んで、知識を身につけてきた。
だが、目の前の『それ』は自分の知識には存在しない生き物だった。
いや、果たしてこれを生き物と言っていいのだろうか。
マグマの中に平然と潜り込み、体が燃え盛る炎のみで構成され、何か得体の知れない黒い淡いオーラで身を包んだ、目の前の『それ』。
これではまるで――

「“暗黒火炎龍”……と、言った所か」

そう――炎の龍。正にその名が相応しい龍が、目の前でその巨体を唸らせていた。

「暗黒火炎龍……お前!あの龍を知ってるのか!?」

「知らねぇよ。咄嗟に出た名前がそれだっただけだ」

体を形作る炎に龍の姿。そして体を包む、黒い闇の様なオーラ。
暗黒火炎龍。
確かにバクラが言う通り、その名が相応しい。

「あの炎の塊が何者かは知らねぇが……解っている事が一つだけあるぞ」

瞬間、暗黒火炎龍は咆哮をあげながら自分達に襲い掛かってきた。

「奴は、俺達の敵だって事だ」









暗黒火炎竜。
星4/闇属性/ドラゴン族/攻1500/守1250の融合モンスターです。
まぁ、炎の属性でも種族でもないんですけど、どう見てもカードの絵柄は炎そのものなので、今回のような登場になりました。

本当は一話で纏めるつもりだったんですけど、思ったよりも長くなったので分けます。
後半は……何時ものように遅くなるかもしれませんが、なるべく早く投稿します。

バクラとアルスの関係は、こんな未来もあったんじゃないかな~と思いまして。
実際、あのまま何もなかったら、盗賊王バクラも仲間と行動してたと思いますから。(まぁ、原作だと確実に墓荒らしになるでしょうけど)



[26763] 雷の悪魔!デーモンの召喚!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/04/24 14:12
プルルップルルッpガチャッ

「もしもし、ゴルド?久しぶりじゃの~…え、ワシが誰かって?
なんじゃ、冷たいのぉ。ワシじゃよ、ワシ。ほれほれ、ワシだって。ワシワシ!」

「あはははっ……バナック、冗談でもそういう事は止めてよね。といか、わざわざこのためだけに音声回線を使ったの?」

「む?なんじゃ、相変わらず真面目で、ノリが悪いの。せっかく、友人を心配してワシが実践してやったというのに。
最近ではこういう手口の詐欺が増えてるみたいだから気をつけるのじゃぞ。
特にお前さんは、超が付くほどの一流企業の会長さんなんじゃから」

「心配してくれてありがとう。でもね、流石にまだそんな手口に引っ掛かるほどボケてないよ。君と同じでね」

「フォフォフォ、そうかそうか。さて、思い出話でもしたいどころじゃが……本題に入らせてもらうぞ」

ゴホンッ、とバナックは一つ咳払いをして要件を伝える。

「どうじゃ?ワシの所の若造二人の様子は?あ奴らの技能を考えても、そろそろ帰ってくる頃だろ思うのじゃが……あ~そういえばバクラにはお宝の噂で釣ったんだった。
おおかた、何時もの様に宝探しでもして、アルスもそれに付き合わせておるのだろう。
何か危険な事にはなっておらぬか?」

「う~~ん……そうだねぇ~」

ゴルドは自分の直ぐ近くに浮かんでいたモニターを見つめ――




『のわああぁぁあぁーーー!!火、火ぃぃぃーー!』

『チッ!クソがッ!!』




「……今正に、その危険なピンチの真っただ中にいるかな」

静かにその事実を伝えた。



モスニューチュ遺跡。
地下遺跡のさらに地下。そこのマグマエリアでは、今正に命の闘争が行われていた。

「死霊の盾!」

「shield!」

バクラは死霊達を終結させ、アルスは前方にシールドを張り、暗黒火炎龍の灼熱の炎を防いだ。

「くぅ……」

「……うぅ……あつぅ」

非殺傷設定など組みこまれていない、純粋な殺意が込められたエネルギー攻撃。
周りの高温と相まって、バリアジャケットでも防護服でも耐えきれない熱が襲う。
十秒間、炎の波に呑まれていたが、やがて霧散した。
ホッとしたのも束の間。
暗黒火炎龍は、今度はその炎に包まれた巨体を唸らせてバクラとアルスに突撃してきた。
不味い。
狭い通路から飛び退いて避ける二人だが、周りはマグマの海。
このまま落ちてしまったら一巻の終わりだ。
急いで術式を組み立て、飛行魔法を発動させるアルス。
空中に逃れ、マグマの中に落ちるのは防げた。
バクラは大丈夫だろうか。
飛行魔法が使えない幼馴染を心配するが、心配無用だった。
閉鎖され、真っ赤に染まったエリア。その宙に浮かぶ白い靄の塊。
死霊を足場にして、バクラとデスカリバー・ナイトは自分と同じくマグマの中に落ちるのを免れていた。

「チッ!……やはり、こいつらじゃこれが限界か」

死霊達は重さに耐えられず、直ぐバラバラに散ってしまった。
直前に踏み台にして大きく跳躍し、元の石の道に戻るバクラとデスカリバー・ナイト。

「ッ!!っ~~!!」

熱い。
暗黒火炎龍が通った後の道は焼け焦げて、焼け石の様に真っ赤に染まっていた。
特殊な加工をした靴を履いてなければ、今頃自分の足は手術が必要なほどの大火傷を負っていただろう。

「まるで鉄板の上で焼かれる魚の気分だぜ」

熱さに顔を歪めながら、バクラは目の前の邪魔物を睨みつける。
攻撃を失敗したと悟ったのか、暗黒火炎龍はマグマの中に潜っていった。
マグマの中を平然と泳ぐ暗黒火炎龍。
この石の道の状態から察するに、奴の体は炎、それも凄まじいまでのエネルギーで覆われていると考えた方が妥当だろう。
そして、自分達に不意打ちをした時のマグマの壁に攻撃が終わると同時に素早くその中に逃げ込む戦術。
どうやら奴は、このマグマを最大限に利用した攻撃を得意とするみたいだ。
テリトリー。
自分達にはあくまでも人間。このマグマの中に落ちてしまったら流石に無事では済まない。
逆に奴は、マグマの中でも生きていくことが出来る。
絶対的不利。
厄介な所に迷い込んでしまった。

「アルスの野郎、どうせならサーチの時の気付いておけよな」

自分の事を棚に上げてアルスを責めるバクラ。
暗黒火炎龍の攻撃。
マグマの中から飛び出し、自分達に照準を定めて炎を吐いてきた。

「デスカリバー・ナイト!」

主を守るように、前へと進み出てその盾で防御する。
同時にバクラも死霊達を終結させ、自分達を包み込むようにバリアを張った。
炎の波に呑みこまれるが、防御成功。
数体の死霊は焼き払われたが、自分と攻撃の要であるデスカリバー・ナイトにはダメージはなかった。

「死霊ども!奴を捕えろ!」

空かさず、死霊達を散らせ暗黒火炎龍を動きを封じようとする。
だが、早さで言えば向こうの方が一枚上手だった。
マグマの中に逃げこまれ、捕獲に失敗してしまう。
いくらバクラの目とはいえ、流石にマグマの中まで見通す事は出来ない。

「クソがッ!……どこに行きやがった!?」

自分が佇んでいる石の道。その左右に存在する真っ赤な海。
一体何処から来るのか。
消えた所か、それとも右か左か、いやもしかしたら逆から襲ってくるのか。
ありとあらゆる可能性がバクラの脳裏に浮かび、彼を焦らせる。
焦りは禁物。
姿なき狩人に対しての対策は慣れているのだ。焦る必要はない。
自分自身に言い聞かせ、焦る気持ちを鎮静化させる。
冷静に暗黒火炎龍に対しての策を考え始めた。

(今までの奴の攻撃から察するに、攻撃のタイプは“炎”。
それが魔法によるものなのか、純粋なエネルギー攻撃なのかは解らねぇが、どちらにせよ厄介な事には変わりねぇ。
閉鎖され、俺が立っていられるのはこの狭い通路だけ。逃げ切れる可能性はほぼ0に近い。
比率にして9:1。ほとんどが奴が得意とするテリトリー内。
マグマの中に逃げ込まれたら、此方も追う手段はねぇ……ならぁ!)

大きく目を見開き、その瞳でマグマを射抜いた。

『バクラ!大丈夫か!?』

突然頭に声が響いてきた。
どうやらアルスが心配して、此方の様子を窺ってきたようだ。
ちょうどいい。
バクラも念話を繋げ、自分の策を告げる。

『アルス。貴様確か、設置型のトラップバインドを使えたな』

『そんな事よりも大丈夫なのかよ!さっき炎に呑みこまれたけど』

『言ったはずだ、この程度で参るほど軟な鍛えた方はしてねぇ。それよりも使えるのか、どうなんだよ!』

『あ……ああ、使えるけど』

『なら、てめぇもこっちに来て周りを囲むようにバインドを設置しろ』

『周りを?……ッ!そ、そうか!……でも、それだとバインドの耐久度はかなり落ちるぞ』

『安心しな、俺の死霊と合わせれば奴の動きを封じるには十分だ。その後に、俺様のデスカリバー・ナイトで一気に殺る』

『……解った』

策を察したアルスは、バクラの頭上で魔法の術式を組み立て始めた。

「よし!A!B!C!D!E!F!G!H!I!J!K!」

周りに浮かび上がる11個の魔法陣は、空気に溶けるように消えていった。
バインドの設置は完了。次は自分の番だ。
死霊達に何時でも動けるように命令するバクラ。
あぁー、とこの世の物とは思えない不気味な声で返事をし、死霊達はバクラの体の周りに渦巻き始めた。

(さぁ来やがれ、直ぐ闇の世界に送ってやるぜ。クククッ……)

バクラの策。それは難しい事など一切ない、シンプルな策。
待ち伏せ。
奴はマグマを最大限に利用して、奇襲と防御を同時にこなしている。
だが、奴が自分達を狙うのには変わりない。
ならば、下手に動きまわるよりも事前に察知できる攻撃に罠を仕掛ける方が、魔力も体力も消費が少なくて済む。
地上と空中から、右と左のマグマの海を見つめ、暗黒火炎龍の奇襲に備えた。

「ッ!来た!!」

マグマの火柱を立て、襲い掛かってくる暗黒火炎龍。
人間よりも遥かに巨大な炎の龍が襲い掛かってくるのは、それだけで圧巻の一言に尽きた。
トラップバインドと暗黒火炎龍が接触する。
瞬間、宙に魔法陣が浮かび上がり一本の青い縄が炎に巻き付いた。

「よし、成功だ!」

上手く罠が発動した事に喜びながらも、アルスは続けて術式を組み立て発動する。

「追加!A!B!C!D!F!G!H!I!J!K!Bind!」

Eバインドに続け、他の魔法陣からも同じように青い縄が伸び、暗黒火炎龍の体を拘束した。
その巨体を唸らせ、バインドを無理やりにでも引き千切ろうとする。
逃がしはしない。
空かさずバクラも、死霊達を差し向けて暗黒火炎龍の体を拘束した。
青い縄と白い靄に完全に囲まれ、身動きを封じられてしまう。
チャンス。
この気を逃さず、バクラは一気に勝負を決めようとした。

「デスカリバー・ナイト!」

馬を操り、大きく跳躍するデスカリバー・ナイト。
狙うのは首。
この龍が生き物なのか、それとも何かの突然変異で生まれた特殊な生物なのかは解らない。
が、首を切り落とされて無事で済む者はいない。
例え無事だったとしても、相当なダメージは負うはずだ。
剣を振り上げる。
バインドと死霊で拘束されて暗黒火炎龍の首目掛けて、デスカリバー・ナイトは一気に剣を振り下ろした。
勝った。
奴は未だに拘束され、身動きは出来ない。
仮に奴がバインドと死霊を引き千切ったとしても、既に剣は振り下ろされた。
逃げる前にデスカリバー・ナイトの剣が、正確にその首を捉える。
自らの勝利を確信するバクラ。
だが次の瞬間、その期待は裏切られた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

「ッ!!」

「うぅ……な、なんて声をあげるんだよ。まるで人間の泣き声をそのまま大きくしたようだ」

突如として響き渡った、暗黒火炎龍の咆哮。
今までも泣き声らしい物があげていたが、先程の咆哮は今までと違って異様だった。
人の声。
大きさはあり得ないほど高かったが、まるで人間の声の様に聞こえた。
思わず顔を顰め、耳を塞いでしまう。
だが、驚くのはそれだけではなかった。

「ッ!!なにッ!」

「そんなのありッ!」

暗黒火炎龍の咆哮に反応するかのように巨大な火柱が立ち上った。
火柱は強固な炎の壁となり、デスカリバー・ナイトの剣を弾き返す。
そして、そのまま暗黒火炎龍の体を包み込み、バインドと死霊達を一気に焼き払った。
反撃。
炎で構成された口を開き、熱量を帯びたエネルギーの塊を創り出す。
球体はドンドン巨大化していき、遂には一メートルを超す巨大な炎の球が出来た。
放たれる、赤い光線。
体勢を崩されたデスカリバー・ナイトは避ける事も防ぐ事も出来ず、炎に呑みこまれ焼き尽くされた。

「バカな……俺様のデスカリバー・ナイトが、たったの一撃で………」

焼け落ちた鎧の欠片を見つめながら、呆然とするバクラ。
死霊騎士デスカリバー・ナイト。
自分が無条件で召喚できる僕の中では、トップクラスの力を持っていた僕。
それがまさか、たったの一撃で殺られるとは考えもしなかった。

「ッ!!ぐああぁぁーー!!」

呆然としいたバクラだったが、突然膝をつき胸を抑えながら苦しみだした。

「バクラ!一体どうs…ッ!!そうか、お前の召喚魔法はそうだったな」

バクラの召喚魔法が異質とされる原因は、その召喚方法や僕の能力だけではない。
術者と僕のライフライン。
召喚された僕の力は確かに強大だ。だが、その分リスクがある。
僕であるモンスターが倒された時、術者であるバクラもダメージを負う。
今の所、原因は不明だが、バクラと僕が見えない線で繋がってるのは目の前の光景が証明している。
この魔法は相手を圧倒できると同時に、自分自身を傷つける、正に諸刃の剣なのだ。

「待ってろ、今回復を……」

近寄り、バクラに回復魔法をかけようとしたが――

「ッ!そんな、二撃目だと!早すぎる!!」

暗黒火炎龍は、既に次の攻撃態勢に入っていた。
先程デスカリバー・ナイトを焼き払ったのと同じ、巨大な炎の塊。
普通、強力な攻撃を行うは必ずタメが必要。
魔法を使える者も、使えない者も、それは基本変わらず必殺の一撃の前には間が出来る。
だが、暗黒火炎龍にはそれがない。
間など作らず、先程と同じ攻撃を行おうとしている。
一体何故、奴はここまで早く攻撃に移れる。
疑問に感じていたアルスだったが、その疑問は直ぐ解けた。
暗黒火炎龍の下半身、普通の龍で言えば尾の部分にあたる所。
マグマと同化して見ずらいが、目を凝らして見れば周囲のマグマが吸収されるように尾を通して暗黒火炎龍の炎の体に吸い込まれていった。

(まさかッ!……この龍、マグマを自分の体に取り組みエネルギーに変換できるのか!?)

もしそうだとしたら、ここは正に奴にとってのテリトリー。
無限ではないが、自分達二人を焼き尽くすには十分すぎるほどの供給源が辺りには満ちている。
魔導師でいうならば、とてつもなく濃度が高い魔力素の中に居るような物だ。
驚き戦いているアルスに容赦なく放たれる炎の波。
人間の骨など簡単に焼き尽くすほどの熱量を持ったそれは、真っ直ぐ自分達に向かってきた。
速い。
その炎は、飛行魔法でも防御魔法でも防げないほど迅速に襲ってきた。

(不味い……)

迫りくる炎を見て、完璧な防御は不可能と悟ったアルス。
ダメでもいい。せめて、少しでも炎を威力を軽減できれば。
杖を前方に掲げ、ダメージを負う覚悟でシールドを発動させようとしたその時――

「ッ!!」

自分と炎の間に、誰かが割って入ってきた。
ボサボサの白い髪の毛、赤いジャケット姿。
この後ろ姿を持って、この場で自分以外に動ける人間は一人しか居ない。
その人物が誰か理解した瞬間、炎の波が自分達を呑みこんだ。
目を瞑り、防御の体勢のままやり過ごすアルス。
やがて、炎の波は通り過ぎたのを感じ取り、ゆっくりと目を開けた。

「うぅ……」

熱こそは感じたが、体には火傷も酷いダメージも無い。
それはバリアジャケットのおかげでもあるが、それ以上に目の前の人物がほとんどの炎を被ってくれたおかげだ。
急いで自分を庇ってくれた人物の様子を窺うアルス。
自慢のジャケットは焼け焦げ、ほとんどボロボロとなっている。
周りに死霊が渦巻いている事から、恐らく事前に防御し炎を幾らか防いだのだろう。
しかし、それでも完全に防ぎきれなかったようで、プスプスと体から煙が立ち込めていた。
後ろからは見えないが、この様子では火傷も負っているだろう。
でも、無事だった。
倒れる事も膝をつく事も無く、目の前の人物はその勇ましい姿を地面に佇ませていた。

「バ……あっ」

容態を窺おうとしたアルスだったが、ある事に気付き止めた。
アルスを庇った人物――バクラ。
ボロボロに焼け焦がれ、その褐色肌にも火傷を負っている。
急いで回復魔法を唱えたいが、生憎と当の本人が放つ空気が治療行為を拒んでいた。

「クックックックックックッ……」

これだけのダメージを負ったというのに、バクラは笑っていた。
口元を釣りあげ、歪んだ表情で暗黒火炎龍を見つめていた。
彼の心を埋め尽くすのは怒り。
自分を傷つけた事もそうだが、何よりも目の前の龍は一番やってはいけない事をやってしまった。
焼け焦がれ、今では見る影ないほどボロ布状態になってしまったロストロギア――盗賊の羽衣。
能力自体はまだ生きてるが、それでも外見は前とは違い、とてつもなくみすぼらしい物になってしまった。
バクラが最も嫌う事、それは自分が気にいってる物を他者に盗られる事。
奴はそれをやってしまった。
ぶち殺す!
怒りのオーラが立ち込め、彼の怒りに答えるように周りの死霊達もざわめき始めた。

「アルス!今から生贄召喚を行う!それまで奴の攻撃を防げ!」

生贄召喚。
これもまたバクラの召喚魔法が、他の召喚に比べ異様とされる理由。
バクラは召喚した僕を生贄に捧げる事によって、さらに強力な僕を呼びだす事が出来る。
生贄とは言っても、本当に命を捧げる訳ではない。
ある程度時間が経てば、再びバクラから召喚する事が可能だ。
この事から察するに、バクラの召喚は生き物を呼びだすのではなく、魔力をモンスターの姿に変えて操っていると言った方が的確だ。

「生贄召喚って……大丈夫か?あれって確か、一度召喚してから生贄に捧げるまで少しばかりのタイムラグがあるはずだろ?」

「だから、その間てめぇが俺様の盾になって、奴の攻撃を防げ」

「いや、防ぐって……あの炎、結構強力なんだけど」

「やれ」

「……はい」

有無を言わさぬバクラの命令に渋々従うアルス。
壁役は正直言って嫌だが、仕方ない。
自分の魔法でも暗黒火炎龍を倒す方法がある事にはあるが、それでも確実ではない。
現状の戦力から考えても、バクラの生贄召喚の方が確実にこの難局を打開できる。
そして何より、怖い。
今のバクラは導火線に火が付いた爆弾の様に、ただ目の前の敵を粉砕する事のみを考えていた。
苦労人の様に深いため息をつき、アルスは前衛に廻る。
前衛が後衛が入れ変わった所で、バクラは早速準備に入った。

「アース・バウンド・スピリットを召喚!」

地面の中から人間に似た何かの手と顔が出現する。
地縛霊。
生き物を何処かに引きずり込もうと、不気味に手招きをしていた。
第一段階終了。
後は少しだけ時間を置き、更なる上級モンスターを呼びだすだけだ。
アルスの見つめるバクラ。
任せておけ。
そう言わんばかりに、アルスは頷いてみせた。

「さてと……今度は俺の番か」

前方を向き、相手の動きに集中するアルス。
暗黒火炎龍も新たな敵が増えたのと感じ取ったのか、再び攻撃態勢に入った。
マグマが尾を通し、体の中に吸収されていく。
エネルギーが全身を駆け廻り、力の鼓動が脈打つ。
口先一点へと集中していき、巨大なエネルギーの塊として体外へと放出した。

(ワンパターンの攻撃で助かった……これなら!!)

この技は何度も見てきた。
対策も既に出来上がっている。
杖を構え、術式を組み立て、魔力を解放し、魔法として発動させる。

「A!B!C!shield!」

前方に現れる三枚の青い壁。
青と赤。一つは守り、一つは破壊の力が鬩ぎ合う。
一枚目のシールドは呆気なく突破された。
二枚目は少しばかり耐えたが、やはり破壊される。
三枚目のシールドと炎の波が鬩ぎ合っていた。

(くっ!……俺の魔法は速射性と誘導性を高めた分、出力に問題がある。
あの炎を止めるには、三枚では足りなかったか。だけど!)

足らないなら、再び足すまでだ!

「追加!D!E!F!shield!」

再び現れる三枚の青いシールド。
三枚目が破壊されたと同時に、四枚目のシールドが炎を押し返す。
暫くの均衡の後、他のシールドと同様に破壊されたが、炎を威力は確実に弱っている。
五枚目を打ち破ろうとする炎。
エネルギーの波が鼓動する。だが、流石に押しきれないのか、炎が霧散し徐々に小さくなっていった。
それでも最後の力を振り絞り、遂に五枚目のシールドを打ち破った。
しかし、その先に待っているのは六枚目のシールド。
五枚のシールドを打ち破った暗黒火炎龍の炎だが、流石に六枚目は破れず、炎は宙へと霧散して消えた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

悲鳴の様な咆哮をあげる暗黒火炎龍。
マグマを吸い上げ、再び炎を放とうとするが――

「遅い!A!B!C!D!shot!」

速さで言えば、アルスの方が格段に上だった。
放たれた四つの魔法弾。
ABの二つは暗黒火炎龍の顔を、Cは体を、Dは尾を正確に撃ち抜いていった。
威力は小さく、さほど決定的なダメージはない。
だが、攻撃の邪魔をし、牽制させるにはこれで十分だ。

「クククッ……よくやった、アルス」

準備完了。
後はこの怒りを奴にぶつけるだけだ。

「アース・バウンド・スピリットを生贄に……」

地の底から響く様な呻き声をあげながら、白い魂の様な球体へと変化する。
球体は天井まで昇っていき、突如として現れた渦の中に吸い込まれていく。
渦はさらに巨大に広がっていき、天井の一画を覆い隠した。
雷。
周りの渦が放電を始め、中心から巨大な何かが舞い降りた。
その身長は、人間などよりも遥かに高く。
その体は、骨や筋肉に似た物だけで構成され。
その顔は、人間とはかけ離れた人ならざる者。

「来やがれぇ!デーモンの召喚!!」

悪魔――デーモンの召喚がその姿を現した。

「……何度見ても、やっぱり凄いよな」

目の間に現れたデーモンの召喚に戦慄を覚えるアルス。
デーモン。即ち、悪魔。
風貌もそうだが、何よりもこの力。
味方とは解っていても、全身を駆け巡る寒気、肌を刺す様な威圧感。
昔から何度か見た事があるが、やはりあまり慣れなかった。

「デーモンの攻撃!!」

主の命に従い、力を解放する。
力の波が体に渦巻き、そのエネルギーを雷へと変換させた。
バチバチ、と体の周りに雷を帯びるデーモン。
そこから発する力は、暗黒火炎龍のそれを遥かに超えている。
このままでは危険と察知し、マグマの中に逃げ込もうとするが――

「逃がすな、死霊ども!!」

死霊達の壁に阻まれ、不可能だった。
動きが止まる暗黒火炎龍。
拘束が直ぐ解けてしまうが、既に攻撃態勢に入ったデーモンにはその僅かな時間で十分だった。
拳を暗黒火炎龍へと向け、親指を立てる。
そのまま拳を反転させ――

「ムウト――死ね」

死のメッセージを送った。

「魔降雷ッ!」

放たれる幾つもの雷。
それら全ては、迅速に襲い掛かり、相手の体を犯し尽くした。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

今までにないほどの苦痛の声。
苦しみ暴れるが、そんな事ではデーモンの魔降雷からは逃れられない。
幾つもの雷の道が体を駆け抜け、全てを破壊した。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

抵抗空しく、暗黒火炎龍は断末魔の悲鳴をあげながらマグマの中に沈んでいった。




地下のマグマエリアの奥にあった石段。
暗黒火炎龍に守られるようにして造られていた階段を、バクラとアルスの二人は昇っていた。

「たく……お前について来るとやっぱりこれだ」

「てめぇもお宝の正体が気になってついてきたくせしやがって、チャゴチャと文句なんか言うんじゃねぇ」

「確かについてきたけどな……俺はちゃんと止めた。お前解ってるの?俺とお前は、今チームを組んでるの。
お前に何かあったら、俺の責任にもなるし、一族の皆を心配するんだからな。……実際に、物凄い者が居たし」

「ふんっ!……にしても、アルス。よく小便をチビらなかったな。昔は俺の肩につかまって、ガタガタ震えていたお前が」

「(ブチッ!)……ええぇ!ええぇ!!慣れましたよ!もう、あの程度のピンチには慣れましたよ!!
昔から何処かの誰かさんに付き合わされて、魔獣から追いかけられたり!怪鳥に連れ去られたり!酷い時は龍種の巣の中に侵入したり!!
もうね、管理局の武装隊も真っ青な体験をしましたからね!!」

先程までの連係プレーは何処に行ったのやら。
互いに喧嘩腰になり、汚い言葉の応酬をしながら階段を昇っていく。

「それにしても……長いな、この階段」

先程の戦闘と、今昇っている長い階段にウンザリするように呟くアルス。
思わず立ち止まって休もうとするが――

「だらしねぇな。鍛え方がたらねぇんだよ、てめぇは」

カチン。
バクラのその言葉に対抗心に火が付き、一気に駆け上った。
どうだ。
自慢げに鼻を鳴らしながら、下から昇ってくるバクラを見下す。
カチン。
同じようにバクラの対抗心に火がついた。
跳躍するように石段を駆け昇り、一気にアルスを追い越した。
二人の心に同時にある感情が生まれる。
こいつには負けられない!
疲れている体に鞭打って、長い石段を一気に駆け昇っていった。
なんだかんだ言って、仲が良い二人であった。

「ぜぇぜぇぜぇぜぇ………」

「はぁはぁはぁはぁ………」

流石のスクライアの一族も、あの戦闘の後の階段駆け昇りは辛かった。
互いに膝に手をつき、息を整える二人。
そうしていると、徐々に心臓の音は静まっていき、呼吸も安定してきた。
ふぅ~、と軽く深呼吸し、苦労して辿り着いた最深部を見渡す。
一方通行の狭い通路に、その先には行き止まりの壁があるだけ。
それ以外は何も無い。酷く殺風景だ。
辺りを見渡しながら、壁へと近付く二人。
暗くて見えなかったが、壁に近付くとそこに刻まれていた物に気付いた。
幾つもの線が重なり合った、何かの紋章。
如何にもこの中にありますよ、と宣伝してるようだ。
身体強化の魔法をかけるバクラ。
拳へと魔力を込め、一気に壁を殴り壊した。

「さぁて……お宝とご対面と行くか」

ワクワク。
子供心ながら(子供らしいかどうかは別として)、胸が躍るバクラ。
口では何だかんだ言っても、アルスも気になるのか目を輝かせながら壁の先を見つめた。

「……………」

「……………」

彼らの心情を表すなら、何これ、である。
曰く、この遺跡を制覇した者には巨万の富よりも価値がある物が手に入る。
噂通りなら、この先には巨万の富よりも価値があるお宝があるという事になる。
その宝は一体何なのか。
金銀財宝なのか、宝石の山なのか、昔の王様の王冠なのか、それとも何かのロストロギアなのか。
何にせよ、普通は何か“物”があると考えるのが普通だ。
しかし――

「アルス……俺の目が可笑しくなったのか?」

「いや、大丈夫だ……俺にも外にしか見えない」

壁の先に待っていたのは、宝なのではなく青空が広がる外の景色だった。
眩しい太陽が、閉鎖された地下に居た二人の体を包みこむ。
かなり高い場所で、吹き抜ける突風が体を揺らした。
下には青々とした木々に囲まれた森が見え、遠くまで一望できる。
察するに、どうやらあの石段は何処かの山をくり抜いて造った通路へと繋がっていたようだ。
なるほど、道理であんなバカの様に長い階段だった訳だ。
階段の長さには納得したが、この結果には納得できない。
バクラの表情が、一目で解るほど不機嫌に歪んでいく。

「おい……まさか、『此処にたどりつくまでの困難に打ち勝つ勇気と知恵が宝だ!』なんて、今時三流の作家でも書かねぇような、下らねぇ落ちじゃねぇだろうな」

もしそうだとしたら本当に爆発してしまうかもしれない。

「……どうやら、違うみたいだぞ」

爆発して被害が出るのは御免なので、アルスはバクラにその存在を伝える。
なんだ、と不機嫌なまま振り向くバクラ。
見てみると、行き止まりになっていた壁の直ぐ近くに、訳の解らない文字の羅列が刻んであった。
古代文字。
それも、この世界がまだ有人世界だった頃に描かれた特殊な文字だ。
バクラも教養を学んで、一応ある程度の古代文字は読めるが、流石に他世界の文字までは読めなかった。

「それじゃあ、こいつの出番といきますか」

古代文字を見ながら眉を曲げているバクラの隣で、アルスはいそいそと持ってきた荷物の中から機材を取り出した。

「はいはい、バクラ退いて~……え~、先ずはこれで壁に刻まれた文字をスキャンして、取り込んだ画像をノートパソコンに送って。
そして最後に、パソコンにダウンロードしていたこの世界の古代文字翻訳ソフトにかけて、暫くお待ちくださ~いっと」

「……前々から思っていたんだが、何でんな物で翻訳なんか出来るんだ?」

「何でって言われても、そういう機械だから。というかさお前、パソコンとか学ぶ気ないの?
デバイスは……まぁ、別にお前の好みだからいいとして、最低でも電子機械を一通り自由に使えこなせるようにしておかないと、後で苦労するよ」

「いいんだよ、俺は自分の足で動く方が性に合っている」

「いや、行動派って……今時お前みたいなアナログ人間の方が珍しいぞ。まぁ、自分の技術と経験だけで遺跡発掘が出来るのは、正直羨ましいけど」

「俺から言わせらぁ、そんな物を自由自在に使いこなせるてめぇの方が羨ましいっての」

とか言ってる間にも、文字の翻訳は終わりパソコン画面上に翻訳された文面が映し出された。

「なんて書いてあるんだ?」

急かすバクラを落ち着かせ、アルスはゆっくりと文字を読みあげた。

「え~と……『我が守護獣を破り此処に辿り着きし者、ここから見える全ての光景を与えよう』……だってさ」

短く、簡潔にそれだけが書いてあった。
訳が解らない。
そう言いたそうに、バクラは眉を曲げていた。
アルスも同じ気持ちなのか、何とも言えない怪訝な表情で古代文字を見つめている。
何時までもこうして固まってるわけにはいかない。
二人は互いの知恵を振り絞って謎解きを始めた。

「“守護獣”ってのは、あの炎を塊の事だな」

「多分、そうだろうな。此処に来る前に、それらしい者はあれしか居なかったし。って事は……“ここらか見える全ての光景”って」

バクラとアルスは同時に広大な大地が続く外を見つめた。

「この光景で間違いねぇな。……だが、何でそんな物を」

文字の意味自体は解ったが、何故そんな物が宝なのか解らない。
再び怪訝な表情で外の景色を見つめるバクラ。
その時、あ、とアルスが何かを思い出したように呟いた。

「そういえば……此処の遺跡ってこの世界に住んでいた有権者が建てたって、噂だったよな。と言う事は……」

漸く完璧に理解した。
守護獣とは、暗黒火炎龍。全ての光景とは、此処から見える全ての景色。
そして、噂にあった遺跡を制覇した者とは、暗黒火炎龍を倒しこの場に辿り着いた者を指す。
これらの点と、この遺跡を有権者――つまり、権力がある人間が建てた点を結べば、おのずと答えは見えてくる。
遺跡を制覇した者には、この世界の土地――森や川や山など、ここから見える土地全てを渡す。
それこそが、巨万の富よりも価値がある宝だと言う事だ。

「ざけんなよぉ!」

低く、怒に染まった唸り声をあげながら壁を殴りつけるバクラ。
罅割れた壁が、彼の怒りを示していた。
此処に書かれている古代文字が本当だとするなら、この遺跡建てた有権者と言うのはかなりの権力を持っていたのだろう。
もしかしたら、王様だったのかもしれない。
昔の人間にとって、王とは現人神そのもの。
命令は絶対。
本当に土地を貰えるなら、確かに巨万の富よりも価値があっただろう。此処が有人世界ならば。
既に文明が滅んだこんな世界では、貰った所でほとんど価値は無い。
いや、それ所か貰うなど絶対に不可能だ。
既にこの世界はブライアント社に土地権が認められている。
その後ろには管理局と各世界の政府機関が控えているのだ。
昔の人間が残した遺言と、今現在の企業のトップクラスに立つブライアント社。
おまけに病院創設のためと、結果的に次元世界に人々に役に立っている。
どちらに分があるかは、子供でも解る。
無駄足。
あれだけ苦労したというのに、何も得る物はなかった。

「ま、いいじゃないか!なんだかんだ言って未開の遺跡を制覇したんだし、珍しい龍も見れたんだから。
もしかしたら、新種発見で俺達の名前が付けられるかもしれないぞ!」

自分が求める様な宝がなかったのは確かに残念だが、遺跡を制覇しただけでも満足だ。
一応のフォローのつもりで幼馴染を窘めるが――

「んな事はどうだっていいんだよぉ!!」

バクラにとってみれば、遺跡を制覇した事も、新種を発見した事など、どうでもいいのだ。
彼にとって大切なのは、結果。
そこに行き着くまでの過程が結果と見合うかどうかが重要なのだ。
名よりも実。
それがバクラの主義であり、今回の結果には満足しなかったのも事実なのだ。
どーどー。やんわりと窘めるアルス。
こういう時は、下手に正論を言うよりもこのような慰め方が一番効果がある。
バクラも、何時までも唸っていても無駄だと判断したのか、怒りの矛先を収めた。
流石幼馴染。
スクライアの問題児を扱い方を知っているアルスだった。

「それにしても……変わった人だよな、こんな遺言を残すなんて」

話題を変える意味でも、アルスは自分が気になっていた事を問いかけた。
変わっている。
各世界の文明が違うのだから、そう感じるのは辺り前かもしれないが、実際に見ると本当に変だ。
此処に書かれている遺言が本当だとするなら、この遺跡を建てた人はかなりの権力を持っていたという事になる。
権力者。
普通ならば、その子供や血族が後を継ぐのが常識だ。

「変わってる……か」

アルスの問いに対して、バクラは少し硬い声で答え始めた。

「俺から言わせりゃ、ただてめぇの権力を誇示したかっただけにしか見えねぇな」

「…………バクラ?」

漸くアルスも、バクラの様子が可笑しい事に気付いた。
不機嫌。
宝が見つからなかった時とは違う色の感情を顔に宿していた。

「見な」

顎で外を指し、景色を見るように諭すバクラ。

「此処から見える景色……あの森も大地も山も、全てがそいつの物だったんだろうよぉ。
なら聞くが、何故そいつはこれほどまでの広大な大地をてめぇの物に出来たんだ?
……簡単だ。そいつが権力を持っていやがったからだ。
ただ玉座に座っているだけで、これだけの物を手に入れられる。民衆共も、王に対して何も言わずにそれを受け入れていやがる……イラつくぜぇ」

険悪感。感情のまま悪口雑言を吐きだすバクラ。
昔からそうだ。
バクラはあまり、権力者に対して良い感情を備えていない。
寧ろ、その逆に険悪感を抱いていた。
何度かこの性格を直そうとしたのだが、結局無駄。
誰が何と言うとも、この険悪感だけは取り除かれる事はなかった。
一体何故、ここまで権力者に険悪感を示してるのかは解らない。
原因を突き止めるにも、バクラには記憶がないのだから手の打ちようがない。
5歳。
初めてバクラがスクライアの一族に拾われて以後。
両親や故郷を探したのだが、未だに何の手がかりも攫めていない。
それ以前の記憶も、本人には全くと言っていいほどなかった。

「だが、俺は違う。玉座に座ってふんぞり返るしか能がねぇ、腰ぬけ野郎どもとはな!」

険悪感を振り払い、笑みを浮かべるバクラ。

「管理局じゃ、俺の事を盗賊と罵ってるようだが……」

盗賊。管理局でもバクラの事をそう呼ぶ人間は決して少なくはない。
勿論、銀行を襲ったり、誰かの物を盗むなどの犯罪行為はしていない。
が、墓荒らしまがいな事や遺跡の宝を全て持ち去る事から、そう呼ばれているのだ。
しかも、その噂に尾ヒレが付いてある事無い事、悪い噂が流れている。
そのせいか、バクラはあまり管理局からは良い印象を持たれていない。
別にそれに不満を抱いてはいない。
自業自得だし、何よりも不思議と自分が盗賊と呼ばれるのは当たり前だと思っていた。
しかし、たった一つだけ不満がある。

「喜んでその名を受け入れてやるよ。正し!盗賊は盗賊でもただの盗賊じゃねぇ。
王権も、森も、大地も、ここから見える全ての光景を手に入れられる王の中の王!盗賊王だ!!」

普通の人間なら精神状態を疑う様な言葉。
人から軽蔑される異名で呼ばれても、それを受け入れ、尚且つ自分の事を盗賊王など名乗る。
他人から見たら病院に行け、と言いたくなるが、何故かアルスにはバクラにはその名前が似合っていると思った。

「盗賊王ってな……まぁ、お前が良いなら別に良いけど、あまり人前でそういう事は言うなよ。
で、その盗賊王様は何を盗むんですか?」

ほんの冗談のつもりで問いかけたアルスだったが、次のバクラの発言は想像を遥かに超えていた。

「へッ!そんなの決まってる!」

アルスの方に向き直り、絶対の自信を込めた声で盗む物を答えた。

「国を盗むんだよ」

「そう国を……って、国いいぃぃーーー!!?」

思わず叫んでしまったアルス。
冗談、いや冗談ではない。少なくても目の前の幼馴染は本気で言っている。

「国って……お前な、いくらなんでもそれは無理だろ、絶対」

これはアルスだけでなく、ほとんどの人間が抱く感想だろう。
国を手に入れる。
今時こんな夢物語、大人は勿論、子供でも言わない。

「不可能じゃねぇ。実際、あの爺さんだってこの世界を手に入れているじゃねぇか。
だったら、俺様にだって手に入れられるはずだ!」

確かにブライアント社はこの世界の土地権を認められいる。
が、それはあくまでも認められているだけだ。
実際には管理局を始めとした各世界の政府に制約を受け、完全に独立しているとは言い難い。
次元世界トップクラスの企業であるブライアント社でもこれなのだ。
たかがスクライアの子供風情に、そんな大事を成し遂げられるはずがない。
と、ほとんどの人が口を揃えて言うだろう。
でも――

「俺に付いてきな、アルス!そうすりゃ、てめぇにも最高の景色を拝ませてやるぜ!
いや、てめぇだけじゃねぇ!一族全員に、管理・管理外世界の区別をつけず、自由に発掘できるようにしてやるよぉ!
このバクラ様がな!ハハハハハハハハハッ!!」

不思議とアルスには目の前の男が、本当にその夢物語を叶えそうに聞こえた。




少しの間休憩していたが、何時までも此処に居る訳にはいかない。
仕事の報告も残ってるし、何よりも此処には自分が求めていた宝がないのだ。
こんな所にはもう用はない。
時間を短縮させるため、バクラは自分が開けた穴から外へと飛び降りた。

「管理・管理外世界の区別をつけずに自由に発掘……か」

残ったアルスは、一人で先程のバクラの発言を考えていた。
管理局では違法魔導師などの区別のため、基本的に他世界に行く時は正式な手続きをとならくてはならない。
スクライアとて例外ではない。
遺跡発掘のためとはいえ、管理世界に向かうにはその世界の政府や管理局に許可をとる必要がある。
管理世界でも此処まで厳しいのだ。
基本的に不干渉の管理外世界に発掘に向かうとなれば、余程の理由がない限り不可能だ。

「でも……もし本当に、そんな事が出来れば楽しいだろうな」

管理世界のアルスだって、時々管理外世界の遺跡などに興味を惹かれる事はある。
正直言って、自分もバクラの様に自由に発掘できたら良いな、と考えた事は一度や二度ではない。
もし、自由に発掘できたら。自分もバクラも、一族の皆で自由に旅が出来たとしたら。
少なくても、退屈する事がない毎日を過ごせそうだ。

「まぁ、期待してないで待ってるよ」

自分の冷静な部分が訴えている。
バクラの夢は、これから先永遠に叶う事はないだろう、と。
でも、それでも少しだけ……本当に少しだけ期待を抱いたアルスだった。






(にしても……)

帰り道。
無事に下に辿り着いたバクラ達は、森の中を通ってゴルドの屋敷を目指していた。
その途中、バクラは振り向き自分達が降りてきた山を見つめていた。

(あの龍……似ていやがったな)

地下で出会った暗黒火炎龍。
姿も能力も違うが、何故か自分が従えさせているモンスターと似た感じがした。
あくまでも感じだったので、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。
しかし、それでも幾つか奇妙な点が見られる。
先ず初めに名前。
暗黒火炎龍という名前に相応しい姿をしていたが、何故その名で自分が読んだのか解らない。
他に思いつきそうな名前など幾つもあるのに。
ただあの時、咄嗟に浮かんだ名前がそれだった。
そして、あの龍の姿。
スクライアの一族に連れられて、小さい頃から各世界を廻ってきたが、あんな龍見た事がなかった。
そもそも、あれは本当に生き物だったのか。
全身を凄まじい高温の炎で身を包み、まるで意思を持ってるかのように動く生き物。
こんな珍しい生き物なら図鑑に載っても可笑しくはない。
なのに、自分にもアルスにもそんな情報はなかった。
気持ち悪い。
何かを思い出しそうだが、思い出せない。
胸から何かが込み上げ、喉元まで出かかってるのに、肝心の『何か』が足りない。
バクラは歯痒い気持ちを振り払うかのように、乱暴に草を踏み締めた。






バクラ達が去った、マグマのエリア。
誰も居なくなり、蠢くマグマの音が響き渡っていた。

――ガラガラッ

突然、側面の壁が音を立てながら崩れ落ちた。
ポチャポチャ、と欠けた岩がマグマの中に落ちていく。
石板。
壁の中には、何も描かれていない一枚の巨大な石板が収められていた。
ピシッ。
誰も触れてないと言うというのに、突然罅が入る。
ピシッ、ピシッ。
罅はドンドン大きくなっていき、石板全体に入った。
そして、遂に石板は罅に耐えられず、バラバラに砕け散ってしまった…………






プルルップルルッpガチャッ

「もしもし、ワシじゃが」

「申し訳ありませんが、この電話は回線は『ワシ』と名乗る方に対して繋がっておりません。
またのご連絡をお待ちしております」

「ゴルド、お主な……あぁ~~待て待て!前のアレはワシが悪かったから、本気で切ろうとするな!」

「あはははっ。冗談だよ、バナック」

(お主がやると冗談には聞こえんのじゃ)

「何か言ったかな?」

「いや、何でもない。それよりも……どうじゃった?お主の目から見て、ワシの所の若造二人は?」

「う~~ん……そうだね……」

ゴルドは目を瞑り、彼ら二人の姿を思い浮かべた。
一呼吸置いて、ゴルドは目を開きバナックに結果を伝える。

「合格だよ。凄いね、二人とも。とても10歳とは思えないよ」

「そうかそうか、合格か!」

一瞬で解るほど、バナックは声を弾ませた。

「アルス君は経験こそ足りず、少しだけ荒い所もあるけど、魔法の完成度も知識も、何より熱意が凄いね。これからきっと大きく伸びるよ。
昔の君にソックリだね」

うんうん、とご機嫌なまま頷くバナック。

「そして、バクラ君は……」

バクラ。スクライアの問題児の名前が出て、僅かに体を強張らせるバナック。

「彼は優秀なんてものじゃないよ。ハッキリ言って、異常過ぎる。
噂に聞いていたレアスキルや召喚魔法もそうだけど、何よりもあの度胸に判断力。
あの領域まで達するには、かなりの修練が必要なはず。
ただ遺跡発掘をしていだけじゃあ、絶対に身につかないよ。
一体彼は何者なんだい?」

「何者ねぇ~~」

長い白い髭を弄りながら、バナックはハッキリと自分の答えを伝えた。

「なぁ~に、ワシら一族の超問題児じゃよ」

言ってる言葉自体は悪いが、その声の裏には親愛の情が込められた、優しい声だった。

「ふふふっ、そうだね、なら仕方ないか。……しかし、わざわざ私に今回の様な事を頼む必要があったの?
あの二人がこれから先、一人前として通用するかどうかのテストだなんて。君がやればよかったんじゃ?」

「何を言っておる、こういう事に関してはお主の方がワシより慣れているであろう?
それに、お主を信頼してるからこそ、今回のテストを頼んだんじゃ。そうでなければ、最初からこのような事は頼まん」

「全く君は……昔から変わってないんだね」

「お互い様だろ。所で、話しは変わるのじゃが……あの炎の龍はお主が用意したものか?」

「いや、違うよ。私もその事を言おうとしてたんだ。
今回のテストに、私はあの遺跡を利用した。勿論、今までほとんど調査されていないから、もしもの時はわが社自慢の腕ききを救出に向かわせるつもりでね。
でもまさか、あんなとんでもない龍が住んでいるとは思わなかったよ。
慌てて、大部隊を向かわせようとしたぐらいだからね。まぁ、結局は無駄になったけど」

「うぅ~ん……お主の差し金で無いとするなら、やはり自然に生まれた龍?じゃが、あんな生き物が生まれる事などあるのか?」

「それは解らないけど、少なくてもただの龍って訳じゃなさそうだ。一応私も、気になるから調べてみるよ。
……っと、御免。そろそろ検査の時間だから、切るね」

「おおぉ、そうか。すまんな、忙しい所時間を割いてもらって」

通信終了。
お互い別れの挨拶を交わしながら、通信回線を切った。

「ふぅ~……合格か。どれ、あの二人に祝いの言葉でもかけてやろうかのぉ」

バクラとアルス。
二人の元気な姿を思い浮かべながら、バナックはテントの外へと出て行った。







~~ネタ~~

「よし……行け!デーモンの召喚!十万ボルt「ちょっと待てええぇぇーーーー!!!」…んだよ、アルス!邪魔すんじゃねぇ!!」

「攻撃名違うし、作品自体も違うから!」

「問題ねぇ!声優繋がりだ!!」

「メタ発言!!というか、居ないよ!あんなピ○チュウ!
もっと可愛いから!こう、クリっとした目に赤いほっぺがチュームポイントの可愛いくて小さい電気ネズミだから!!
なにあれ!?
身長は人間よりも遥かにでかいし、可愛くないし、寧ろ怖い!嫌だよ!骨と筋肉だけで、皮も血も流れてないピ○チュウなんて!
絶対に人気者になれないし、下手したら子供達にトラウマ植え付けるぞ!」

「うるせぇな!CVもないくせに、つっかかるんじゃねぇ!!」

「(ムカッ!)……あ、あるもん。俺だって、CVぐらいあるもん!!」

「ほぉ、ならぁ今ここで喋ってみろ」

「わ、解った……コホンッ。………………クククッ、遊戯今度は俺が相手だ」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

ブチッ!

「ざけんじゃねぇ!!それは俺の第一作の方の声だろうが!第一、てめぇ遊戯を知らねぇだろう!!」

「い、いいじゃん!だいたいな、お前ずるいんだよ!
柏倉○とむさんに、井上○さんに、松本○香さん。
三人にも声をあてられて……う、羨ましくなんかないもん!ただ、俺にも一人ぐらいついてくれてもいいじゃんと思っただけだもん!!」

「当たり前だぁ!てめぇはオリキャラなんだから、CVがつくことは永年にねぇ!!」

「言っちゃう!それ言っちゃう!!うわああぁーーん、バクラのバカー!!
自分だって活躍したのは、最後の方だけじゃん!しかも、砂になって退場するなんて、散々思わせぶりな活躍しておいて呆気ない最後を遂げたくせに!!」

「てめぇ……俺に喧嘩売ってるのか?上等だぁ!その喧嘩買ってやる!!行け、デーモン!!」

「○トシ風の口調で言うなああああぁぁーーーー!!!!」

ちなみに、闇○トシというジャンルもあるので、あながち間違ってはいない。










え~~……色々言いたいことはあると思いますが、なによりデーモンの召喚。
原作だと遊戯のモンスターですけど、悪魔族だし、バクラも使っても可笑しくはないと思いまして。なにより、一番お世話になったカードですからね。
一体の生贄で攻撃力2500。
お世話になったのは、絶対自分だけじゃないはずです!
それに、悪魔族で一番印象に残ってるのは、やはりデーモンの召喚ですから。
まぁ、最後のネタをやりたかったのも少しだけ入っていますが……

では、また次回頑張ります。



[26763] スクライアの休日
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/04/24 13:56





スクライア一族。
古代遺産の発掘~時にはロストロギアの発掘まで、遺跡発掘を生業としている流浪の一族。
基本的に、彼らは各世界の遺跡を発掘するため旅を続けている。が、年がら年中旅を続ける訳ではない。
時には骨休みも必要なのは、何処の世界でも同じだ。
今回のお話は、そんなスクライアのある家族の休日から始まる。





ミッドチルダのとある住宅街。
特に大きくも無く、小さくも無く、一家が住むには十分な一軒家。
その二階。
子供部屋でバクラは目を覚ました。

「ふああぁ~~ん……ああぁーーくそぉー」

相当寝起きが悪いのか、かなり不機嫌だ。
大きな欠伸をしながら、ボリボリと頭を掻く。
まだ霞みがかかった目で辺りを見渡すと、時計の針は既に7時を過ぎていた。
そろそろ起きるか。
布団を跳ね除け、ベットから出ようとするバクラ。

「!!つぅ~~!!」

その時、彼の体の節々に痛みが走った。
顰めっ面になり、痛みを発した箇所を抑える。
どうやら、昨日寝た時に変な寝方をしたのか、寝違えたようだ。
ちくしょう。
自業自得ながら、怒りをぶつける矛先がない事に不機嫌さを増すバクラ。
とりあえず、顔でも洗ってスッキリするか。
タンクトップに寝巻用の薄い半ズボン。
一人暮らしの男性の様な格好のままベットから抜け出る。
階段を降り、一階へ。そんなに長くない廊下を渡り、洗面所へと向かう。
ボサボサに何時もより跳ね上がった髪の毛を鏡で見ながら、先ずは歯を磨き始めた。

「じぐじょぉー、ばのグゾジュウが」(ちくしょぉー、あのクソ竜が)

真っ白な髭を泡立てながら、バクラはこの間の遺跡発掘の事を思い出していた。
盗賊の羽衣。
能力は勿論、バクラ自身はこのロストロギアのデザインを気にいっていた。
それをダメにされただけでなく、肝心のお宝も今では価値がない下らない物だったのだ。
バクラの機嫌は、只今急降下中。
おまけに朝の寝起きも相まって、さらに倍率ドンッ!
さらにさらに、寝違えて体の節々が痛く倍率ドンッ!ドンッ!
それはもう、子供が一目見たら泣き叫びそうなほど、洗面台の周りを重苦しいオーラが包みこむほど不機嫌だった。

「あら~?バクラ君、起きたの~?」

声をかけるなオーラを放出しているバクラに、勇敢にも随分と間延びした声で名前を呼び掛ける人が居た。
鏡越しでその人物の姿を確認する。
かなり若く、下手したら10代と間違えられるほどの女性。
ぽやぽや、という表現が似合いそうなバクラと真逆の顔付。
でも、バクラよりも年上で十歳以上離れているこの家の住人。
髪はウェーブがかかった、ピンク色のロングヘアー。
全体的に暖かな空気に包まれ、優しいお姉さん、という言葉がよく似合う。
片手に持ったお玉が容姿と相まって、家庭的なほんわりとする空気が辺りを包みこんだ。
その威力はバクラの不機嫌なオーラを吹き飛ばし、一瞬でこの場を和ませるほどの威力を持っていた。

「おはよう」

「うっす」

片や優しそうな、癒し系オーラ全快のお姉さん。
片や目つきが怖い・口が悪い・粗暴な振る舞いが当たり前、な見事なまでの三連コンボが決まった、お前本当に子供、と疑いたくなるような風貌を持つ男の“子”。
そう、あくまでもバクラは男の“子”なのだ。
同年代の平均よりも遥かに身長が高くとも。
見事なまでに鍛えられた大胸筋や割れた腹筋を持っていようとも。
自分自身で盗賊王と宣言しようとも。
バクラはれっきとした男の“子”で“10歳児”なのだ。
ちゃんと住民票にも登録されているし、スクライアの皆がそれを証明するのだから間違いない。
間違いないのだが、容姿のせいかどうしても年上(老けてるともいう)に見えてしまう。
家庭的な若い女性と、そんな風貌を持つ子供が話してる様は、何処となく変な感じた。

「アルス君はまだおねむ?困ったわ~そろそろ朝ごはんなのに……」

お玉を片手に、その女性は本当に困ったように眉を曲げていた。
可愛い。
見た目や言動のせいか、大人の女性と言うよりも何処となく子供っぽい仕種だ。

「あ!そうだ!」

名案が思い付いたと言わんばかりに、ポンッと手を叩く女性。

「バクラ君、アルス君を起こしてきてくれる~?何時もはバクラ君が起こされているんだし、そのお礼に……ね?」

力が抜ける柔らかい声に眩しい太陽の様な笑顔。
最後に首を傾げたのがチュームポイントとなって見事なコンボを決めていた。
普通の男性ならその仕草にコロッといってしまうが、生憎とバクラにそんなコンボは効かない。
特に動揺もせず、歯を磨いていた。
というより、この女性は何と無駄な時間を費やしているのだろうか。
相手はスクライアの問題児、バクラ・スクライア。
傲慢・強引・自由気まま。
とてもじゃないが人の言う事を聞く人間であるはずが――

「……ばかった」(解った)

なんと、予想に反しバクラは素直に言う事を聞いた!

「お願いね~」

笑顔で間延びした声でお礼を言い、女性は台所へと戻った。

「シャカシャカシャカ……ガラガラガラッ、ぺッ!……ッ!つぅ~……いってぇな」

激痛ではない僅かな傷み。
それでも時々体に走るのは正直鬱陶しい。
コキコキッ。
軽く肩を慣らしながら、洗面台の引き出しからタオルを取り出す。
手で受け皿を作り、冷たい水で顔を洗う。
サッパリ爽快。
ぼやけていた視界が一気にクリアになった。

「ふぅ~、さぁて……さっさとアルスでも起こして、朝飯でも喰うか」

先程の女性に言われた通り、アルスを起こし二階へと向かうバクラ。
途中、女性の鼻歌に混じって良い匂いが彼の鼻孔を掠めた。
グー。
生き物とは不思議だ。
昨日、あれほどたらふく食べたというのに、もう次の日には腹が空いてしまう。
早くこの腹の虫を静めてやるとするか。
バクラの足取りが自然と速くなった。

「あ……バクラ兄さん、おはよ~う」

パジャマ姿のユーノが挨拶をしてきた。
ゴシゴシと目を擦る姿は、何処となく小動物を思わせる。
ショタ+可愛い+上目づかい。
などという、一部の人にはとてつもない破壊力を生むコンボだ。
注意点として、見た目は女の子にも見えるが、これでも立派な男の子なのであしからず。

「うっす」

言葉短しに挨拶を交わし、階段を昇っていく。
子供部屋。
先程まで自分が寝ていた部屋の扉を開ける。

「くーかーくーかー」

同居人の静かな寝息が聞こえた。
二段ベット。
上はバクラが使い、下はアルスが使っているのだ。

「起きな」

乱暴にアルスを起こそうとするバクラだが、一向に反応なし。
当の本人は幸せそうに夢の中に旅立っていた。

「おい!さっさと起きろ!」

目の前の男を起こさなくては朝ご飯にありつけない苛立ちから自然と声が大きくなっていた。
しかし、やはりアルスに起きる気配は全くない。
布団を剥ぎとる。
普通此処まですれば大抵の人間は起きるが、アルスは起きない。
どうやらかなり深い眠りについているようだ。

「めんどくせぇな」

アルスの容姿は正直かなり整っている。
鮮やかなライトブルーの髪に、白い肌。
年上に可愛がられる弟タイプと言った所だろう。
肌蹴たパジャマの間から鎖骨が何気にセクシー。
ユーノの時と同じく、その手の人から見たら生唾物の光景だ。
が、当然の如くバクラにそんな趣味があるはずも無く、拳を硬く握りしめ大きく振り上げ――

「さっさと起きやがれぇ!!」

一気にアルスの腹へと落とした。
さて、ここで魔導師について少しだけ説明しよう。
魔導師とは絵本で言うならば、魔法使いの事だ。
魔法使いとは魔法を使う事が出来る人間を指す。
勿論、アルスもその魔導師であるのだから魔法を使える。
しかし、いくら魔法を使えるとはいっても流石に寝ている間は普通の人間と同じだ。
身体強化も防御魔法もかかってはいない。
つまり、何がいいたいかと言うと――

「~~~!!あぁ~~~!!あっご…!……!!うがぁ~~!!!」

そんな所に拳を、しかも腹に撃ち込まれたら物凄く痛い。

「漸く起きたか。さっさと来な、飯が食えねぇだろうが」

目の前で悶絶する幼馴染を見ても、バクラには一切の罪悪感はない。
淡々と要求だけ告げて、俺には関係ないぜ、と言わんばかりに部屋から出て行こうとした。
しかし、当然のことながらアルスは、はいそうですか、と許せるものではない。

「ちょっっっっっっと待たんかああぁぁーーーいいいぃ!!!」

怒号と共に、アルスはベットから弾かれたように飛び出てバクラに襲い掛かった。
残念だが、その攻撃は読めている。
後ろから襲い掛かってくる飛び蹴りを避けるバクラ。
そのままアルスは部屋の外に向かい、壁を蹴って止まった。

「朝っぱらから騒がしいんだよ、てめぇは」

100人中100人が口を揃えてバクラが悪いというこの状況。
なのに、まるでお前朝からご近所の皆さんに迷惑かけるな、とアルスの方が悪いと言ってるような態度。
ブチッ!
アルスの方から何かが切れる音が聞こえたのは、決して気のせいではなかった。

「だあぁ~~れえぇ~~のおぉ~~せえぇ~~いいぃ~~だと思ってるんだ!!」

「誰のせいだ?」

「お前だ!そこに居るお前!髪の手入れも碌にしてなくて、殺戮者みたいな凶暴な目をして、名前が“バ”で始まって“ラ”で終わる人!!」

第一次朝の戦争勃発。

「たくっ、うっせーな……起きねぇお前が悪いんだよ」

「あんな起こし方があるか!何、アレ!?
寝ている無防備な相手のお腹を握り締めた拳で殴る起こし方って!!?世界中探したって、こんな起こし方する人はいないよ!」

「解らねーぞ、次元世界を隅々まで探せば実際に居るかもしれねぇじゃねぇか」

「屁理屈はいい!今の議論は、何故そんな起こし方を俺にするかって話し!?
もっとこうさ、優しく起こそうとは思わないの!!?せめて体を軽く揺らすぐらいに留めておくとか出来ないの!!?」

朝の不機嫌な所に一方的に怒鳴られたせいか、バクラの不機嫌パラメーターはさらに上昇した。(もっとも、それはほとんど自業自得だが)

「チッ!いちいちつっかかんじゃねぇよ!」

「誰のせい!誰のせいなの!?俺だってお前が大人しくしてれば、こんな風に怒ったりはしないよ!!ねぇ解ってるの!?」

「あー……解った解った、解ったからさっさと道を開けな」

100%解っていない。
早く朝ご飯を食べたい一心で道を開けるよう要求するバクラ。
アルスの頬が一目でわかるほど、ピクッピクッ、と痙攣を始めた。

「嫌だ!」

「あぁ?」

「お前が謝るまで、退いてやんない!」

バクラを通さないように、部屋の入り口で仁王立ちをする。
こんな事をしたら、自分も朝ご飯にはありつけないかもしれない。
でも、それでも男には時として譲れない物があるのだ。
アルスは今、その譲れない物のために戦う事を決意した。
まぁ、要するに相手が謝るまで絶対に許さないと言う事である。
普段は大人っぽいアルスだが、流石に怒っているのか子供らしく頑固な面を見せた。

「退け」

「嫌だ。先ずは謝れ」

バクラがどんなに退くよう言っても、アルスは一向に拒否。
頑固して道を譲ろうとはしなかった。
右に移動する。アルスも同じように右に移動した。
ならば左。しかし、またもやアルスも左に移動して出口を塞がれてしまう。
右、左、右、左、右、左……………………ブチッ!
バクラの不機嫌パラメーター遂にMAX。

「さっさと退きやがれぇ!喰いモンにありつけねぇだろうがぁ!」

「逆切れ!?逆切れなの!!?訳わかんないから!」

訳が解らない。確かにその通りだ。
確実にバクラが悪いのだが、残念ながら不機嫌MAX状態の彼にはそんな常識はない。
退かないなら、無理やり退かすまで。
足腰に力を入れ、アルスよりも鍛え抜かれた肉体をフルに利用し、無理やりにでも突破しようとする。

「そっちがその気なら……俺だってやってやる!」

体当たりを仕掛けてきたバクラを見て、アルスにも火がついた。
自慢の頭をフル回転させ、一番有効的な技を導き出す。
体格なら自分よりも相手の方が遥かに上。
まともにぶつかれば、負けるのは目に見えている。
ならば、とアルスはバクラが迫って来たと同時に屈み込んで一気に体勢を低くした。
そしてタイミングを完璧に合わせ、バクラの足払いを仕掛け体勢を崩した。

「ッ!!」

タイミングの合わせ方、そして一連の流れる動き。
全てにおいて完璧だった。
反応が遅れ、宙へと舞うバクラ。そこにさらに追撃を仕掛ける。

「はぁッ!」

丹田へと力を込め、足を踏みしめて重心を定め、一気に突き上げるように腹部へと掌底を撃ち込んだ。

「ぐふっ!」

肺から空気が漏れ、部屋の中へと押し戻されるバクラ。
ゲホッ、ゲホッ、と咳払いをしながら腹部を抑えた。

「げふ……あぁっがっふ……フフフッ……よぉ、何時の間にこんな技を身に付けたんだ?」

「族長やレオンさんに、時々稽古をつけて貰っていたんだよ。
いざという時にある程度の格闘戦も出来るようにな。体力も鍛えられるし。
もうお前に、肉弾戦で一方的に負けることはない。成長してるのは、お前だけじゃないないんだよ!」

「クックックッ……ヒョロヒョロのモヤシだったガキが……中々楽しませてくれるじゃねぇか」

「ガキっていうけどな、お前も俺と同じ年だ。体格や顔が明らかに年齢にそぐわないのは認めるけどな」

互いに言葉を交わしながらも、ジリジリと相手との距離を縮ませていく。
カチカチ。
時計の針が時を刻む音が聞こえるほど、この場は静まり返っていた。
目と目が合う。
同時に二人は悟った。
この男には言葉では通じない。拳だけが唯一通じるものだと。
ならば、その拳で語ろうではないか。
同時に駆けだすバクラとアルス。
互いに信念を込めた拳を振り上たその時――

「なぁに!朝っぱらから、物語の最後に主人公とライバルが激突する様な場面をやっとるんだ!己らはッ!!」

「がっぐ!」

「うが!」

レオンの拳骨により、強制的に止められた二人だった。




朝の食卓。
普通だったら一日の初めのエネルギーを取り入れ、家族と談話する楽しい場面。
しかし、この家族の食卓の空気は少しだけギスギスしていた。

「……………」

「……………」

無言のまま朝ご飯を食べ進めるバクラとアルス。
その頭には立派なタンコブが出来ていた。
朝の食卓に漂う不穏な空気の原因は、言わずとも知れたこの二人である。
確かにあの時の自分達は止めるには、あの方法が一番だった。
それは納得できる。
近所の迷惑も考えて、少しばかりお灸を添えるのも頷ける。
が、やはり完全に納得は出来ていないのか、二人とも仏頂面のまま朝ご飯を食べていた。
しかも、席が隣同士。
互いが放つピリピリとした空気が混ざり合い、二倍にも三倍にも空気の濃度を高めていた。

「レオンさん、ケチャップを取って下さい」

「ああ、解った。……ほれ」

「ありがとうございます」

一方、バクラ達の席の対面では実に和やかなムードが漂っていた。
レオンに取ってもらったケチャップをウィンナーにかけるユーノ。
二人とも、こんなギスギスした空気の直ぐ側に居るというのに、何処も変わった様子はない。
何事も無いように、まるで親子の様な会話を交わしながら朝食を食べていた。

「あ、このドレッシング美味しい」

「本当だ。これお前のオリジナル?」

「はい、そうですよ~。今回のは今までの中で一番の自身作なんですよ」

右にバクラ、アルス。左にユーノ、レオン。その間に挟まる形で、先程のピンク髪の女性が座っていた。
変わらずニコニコ顔で、自分が作ったドレッシングが好評だったのに素直に喜んでいる。
やはりユーノ達と同じく、バクラ達の事は特に気にしていない。
右はギスギス、左+上はほんわか。
他人から見たら、何この家族!、とツッコミを入れられそうだ。

「……………!!」

「……え~と、マーガリn!」

トーストを片手に取ったバクラとアルス。
マーガリンでもつけようかと思ったが、二人とも全く同じタイミングで手を伸ばした。
肝心のマーガリンは一つしかない。
必然的に二人は取り合う形になってしまった。

「バクラ~…手、退けてくれない?マーガリン、つけられないんだけど?」

「てめぇが退けな。俺の方が速かった」

「いーや、俺の方が一秒速かった」

「ケッ!寝言言ってんじゃねぇよ、俺の方が二秒も速かったぜ」

「間違えた、三秒だった」

「おっと、いけねぇ。二と四を間違えていた」

第二次朝の戦争勃発。

「お前、甘いの好きだっただろ~?わざわざマーガリンじゃなくてもいいじゃん。ほら、チョコレートでもつけて食べてろよ。
その真っ黒な思考で埋め尽くされた脳には、同じように黒い糖分がお似合いだぞ」

「ならぁ、てめぇみてぇな、少しでも力を入れればグチャグチャになっちまう様な軟な脳には、イチゴジャムがお似合いだ。
ほら、ちょうど色も人間の頭を潰した時と似てるぜ」

笑顔。しかし、決して目は笑ってはいない。
言葉こそは柔らかいが、とてつもなくドクドクしい真っ黒な感情を込めて、言葉のキャッチボールをする。
バチバチ、と火花が飛び散るほど互いの顔を睨みつける両者。
朝の決着がつかなかった分も合わさり、さらに険悪なムードになる。
離せ。
てめぇこそ離せ。
お互いに目で言い合ってる内に、二人の手はマーガリンから離れて自然に組み合っていた。
メキメキ、とでも聞こえそうなほどお互いの手に力を入れ、爪を喰い込ませる。
そして、二人のリミッターが一気に爆発しようとしたその時――

「はい、どうぞ~」

同時に、二人の目の前にマーガリンが塗られたトーストが差し出された。

「……あ、あぁ」

「…えっと……ありがとうございます」

トーストを差し出したのは、この中での紅一点である女性。
ニコニコ。

突然目の前に目的の物を差し出されたのと、怒るのがバカバカしくなるほどの笑顔を見せつけられ、すっかり毒気が抜けてしまう二人。
間の抜けた顔のまま受け取り、トーストを齧りだした。

「二人とも~、元気なのはお姉さんも嬉しいけど、あんまり元気すぎるのも困るな~。皆仲良く……ね♪」

「……チッ……解ったよ」

「すいません……」

バクラは舌打ちを打ちながら、アルスは肩を落としながら、二人とも納得してくれた。
朝の食卓。
険悪なムードが取り除かれ、普通の家族へと戻る。
良かった、と心底安心したように女性はその様子を笑顔で見つめていた。


スクライア一族は基本的に遺跡発掘を生業としている。
そのためか、小さい頃から影響を受けた子供達はほとんどが一族に残り遺跡の発掘を生業とする。
しかし、人の夢は千差万別。
中には一族を抜け、アルスが目指す先生の様に外へと就職する者も居る。
特にそれを止めはしない。
寧ろ今の時代だと、若い内に外へと出て様々な経験を積んだ方がいいというのが一族の方針だ。
それでも、ほとんどが一族に戻ってくるのだから、皆にもスクライアの血が流れている証拠だろう。
学校なり、就職なり、外へと向かえば当然出会いもある。
友達から恩師、さらには恋仲になり夫婦になる者まで。
実際、スクライアの中には外から嫁、または婿に来た人。若しくは、外に嫁いだ人もいる。
このピンク髪の女性もそう。
アンナ・L・スクライア。
名前から解る通り、一族以外からスクライアに嫁いできた女性である。
ちなみに、結婚相手はレオン。
この家の家族構成は、レオン、アンナ、バクラ、アルス、ユーノ、の計五人。
その中で、血が繋がっているのは誰一人としていない。
レオンとアンナは他人同士が結婚したため当然だが、他の三人には親はそれぞれ別にいる。
しかし、バクラは捨て子、ユーノもそうだ。
本当の親の手掛かりは、今まで一切攫めていない。
唯一アルスだけはちゃんとしたスクライアの親が居たが、小さい頃に事故で二人とも亡くなってしまった。
そこで引き取ったのが、レオンとアンナの二人だ。
血こそ繋がってはいないが、普通の家族の様に良好な関係を築けている。
スクライアの人が遊びに来た時は特に驚いていた。
あのバクラでさへ素直に言う事を聞いているのだ。驚くのも無理はない。


外から嫁いできた人やユーノみたいな子供もそうだが、基本的にこのような人達はあまりスクライアのキャンプ地に長く留まらない。
子供は遊びに来るまでならいいが、流石に発掘には連れていけない。
危ないし、何よりも学校だってある。
科学や魔法技術が進んだミッドチルダだが、子供の教育方針は他の世界とほとんど基本は変わらない。
スクライアのキャンプ地から直接通うよりも、次元世界のちゃんとした生活設備が整っている所で暮らした方が色々と都合がいいのだ。
ユーノ自身はまだ学校には通ってはいないが、それでもまだ4歳児。
発掘に加わるのはまだまだ早過ぎだし、長旅をしてると如何しても疲れ果ててしまう。
そんな時は、家に帰ってゆっくりと休んで貰った方がいい。
大人達も、羽を休める家庭がある方がホッとする。
羽を休める場所が一族の中にあろうとも、外にあろうとも、それは変わらないのだ。
もっとも、ユーノの場合は見た目と反して中々タフで、週4~5はスクライアのキャンプ地に泊るのだから、ほとんど一族のキャンプ地で育ってるようなものだが。
そして、アンナの様に外から嫁いできた人。
勿論、外から来たといって蔑にする人は一族の中には居ない。
居ないのだが、なにぶん小さい頃から一族で育った人と一族以外の人では基本的な体力は違う。
科学が進んである程度便利になったとはいえ、やはりミッドチルダなどで育った人には中々キツイ物がある。
一族に食事を作りに行ったり、家事全般も手伝う事はあるが、流石に長い間旅をしてると体調が崩れてしまう事も少なからずあった。
だったら、自分は帰ってくる場所を守ろうというのがアンナの考えだ。




朝食終わり。
アンナは台所で、皿洗いをしていた。

「バクラく~ん、お皿持ってきてくれる」

「……ほらよ」

「ありがとう♪」

仏頂面ながらちゃんと皿を持って来てくれたバクラに、お礼を言うアンナ。
割れないように皿を置き、バクラは部屋へと帰っていった。

「……………」

「うん?どうした、ユーノ?ボーっとして」

「いえ……なんか、バクラ兄さんが当たり前な事をやってると、凄く不思議な感じがして」

「あぁー……まぁ、そうだろうな」

その意見には100%同意だ。
バクラの事を表面上しか知らない人間が見たら、確かにあの場面は驚くだろう。
管理局で噂されている盗賊という名の侮蔑の称号。
そんな人間が、あんなか弱い女性の言う事を聞くなんて。
母は強し。
昔から言われてきた事だが、バクラとアンナの関係を見てると本当の様に思える。
実際、何故かアンナの言う事だけは昔から素直に聞いていた。
アンナはスクライアの中で、バクラの手綱を握れる数少ない人物なのだ。

「あ~あ~、せめてその半分でも、俺の言う事を聞いてくれないもんかな~」

ぶつくさと文句を言いながら、新聞を読み始めるレオン。
一応まだ若いのだが、見た目は同年代と比べるとどうしても老けて見える。
要するに、オヤジ臭い。

「おい……今、なんか変な事考えただろ?」

「あ……あははははっ」(流石バクラ兄さんの育ての親。同じくらい鋭い)

こうして、バクラ達一家の朝は過ぎていった。




午後。
昼食も終わり、各々好きな時間を過ごしていた。
レオンは仕事関係で管理局へと出向き。
アンナは掃除、 バクラとアルスは部屋に籠って何かをしていた。
そして、ユーノは一人で読書に勤しんでいた。

「古代において、旧ミッドチルダ、古代ベルカ問わず質量兵器が主に兵器として使用されていた。
しかし、その危険性故に今ではほとんど使われておらず、許可された極一部にしか使用は認められていない。
今のミッドチルダ、及び管理世界ではクリーンなエネルギーである魔法が主に使用されている……」

訂正。もはや読者ではなく、ほとんど勉強だ。

「えっと……これって?」

読み進んでいくと、自分の知識では理解しきれない文面に辿り着いた。
こういう時はアルス兄さんに頼もう。
ユーノは本を脇へと抱え、アルス達が居る二階の子供部屋に向かう。
コンコン。
扉を叩き、声をかける。

「兄さん、入っていい?」

「ユーノか?いいぞー」

アルスのお許しが出た所で、扉を開け中へと入る。
自分の兄二人は、それぞれの机に向かって何かをしていた。

「アルス兄さん、ちょっと教えてほしい所があるんだけど」

本を差し出しながら、先程の場所を指差す。
良いぞ。
アルスは弟のお願いを快く聞いてくれた。

「ちょっと待ってろ。今すぐ片付けるから」

机の上の片づけを始めるアルス。
教科書やら、専門書など、ユーノから見ても難しそうな本が並んでいた。
どうやら、アルスも何かの勉強をしていたようだ。

(バクラ兄さんは、何をしてるのかな?)

気になり、もう一人の兄の方を見つめた。

「バクラ兄さん、何をしてる……って、うわ凄!」

思わず声に出して叫んでしまった。
バクラの机の上。
そこには、黄金で造られた腕輪やネックレス、宝石が散りばらまれた装飾品の数々、その他諸々。
一目で解るほどのお宝が、所狭しと並んでいた。

「あん?……あぁ、なんだユーノか」

今初めてユーノの存在に気付いたバクラ。
手に握られている如何にも高そうなネックレスとルーペ。
察するに、お宝の鑑定に集中して、ユーノが入ってきた事に気付かなかったようだ。

「兄さん……どうしたのそれ?」

「……あいつを見な」

唖然としながら問いかけてくる弟に対し、バクラはある場所を指差した。
部屋の隅のハンガーに掛けられた一枚のボロ布。
ほとんど見る影はないが、間違いない。
あの赤いジャケットは、バクラが好んで着ていたロストロギア――盗賊の羽衣だ。

「見ての通りさ。あの炎の龍のおかげで、俺様の盗賊の羽衣があんな姿になっちまったからな。
新しく仕立て直すためには、専門の店に頼むしかねぇ」

「で、今は店に頼む前に、自分が回収したお宝を取り出して、鑑定をしていたってわけ」

バクラの言葉を、片づけが終わったアルスが引き継ぐ。

「というかお前な、そういう事はちゃんとした人に頼めよ。わざわざこんな所でやんないで」

「うるせぇな、仕方ねぇだろ。今月の収穫は足りねぇし、爺さんとベルカの奴らのおかげでクルカの金貨を全部持っていかれちまったんだから。
……チッ!今思い出しても、面白くねぇ!」

「いや、持っていかれたって……あれはお前が全面的に悪いだろ、普通に考えて」

半目でバクラの背中を見つめるアルス。
ベルカの墓荒らし事件。
下手したら犯罪者になる所を、謝罪金で済ませてくれたのだ。
感謝すべきなのはこっちなのに、この態度。
こいつ、将来管理局に捕まるんじゃね。
今さらだが、幼馴染の行く末を心配したアルスだった。

「うわ~~」

兄の心配など、なんのその。
ユーノはただ純粋に目の前の宝に目を奪われ、感嘆の声を漏らしていた。
綺麗。
細部に渡るまで丁寧に造られ、職人技を感じさせる装飾品。
キラキラと金色に輝く黄金。
七色の輝きを発する、色とりどりの宝石。
それら全ての輝きは、4歳児のユーノにとっては見た事がない、魅力的な色に見えた。
金銭的価値など無視し、純粋に綺麗と褒めるユーノ。
この千分の一でもいいから、是非とも兄にも純粋な心を取り戻して欲しい物である。
恐らく、というか絶対に無理だろうが。

「しかしもまぁ、本当によく集めたよな」

経緯はどうあれ、此処まで集められたその技能には純粋に称賛する。

「一体どれぐらいの価値があるんだ?」

何気なく質問したアルスだったが、バクラの答えは自分の遥か上を行っていた。

「別に大した程じゃねぇ。ざっと見積もっても、30億ぐらいの価値しかねぇよ」

ピキーーーーーン。
固まった、それはもう盛大に固まった。
今この男は何と言った。三十億?ははははっ、そんなバカな。
否定したい。しかし、目の前のお宝を見る限り否定できそうにもない。
実際、バクラが鑑定してるお宝の中には、本にも載っている様な古代王家の紋章が刻まれている物が幾つかあった。
本来の黄金や宝石の価値。それに文化的価値を含めれば、確かにそれぐらいの値段はするかもしれない。
30億。
つまり、3000000000。
うわ~すごーい!0が九つもある。

「「って、えええええええええええええええぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」」

見事にハモった兄弟二人。

「ッ!!んだよ、うっせーなぁ」

あまりの大音量に顔を顰め耳を防ぐバクラ。
鼓膜が痛い。それほどの声だった。
近所迷惑と思われるかもしれないが、アルス達の驚きは当たり前である。
30億。
これがどれほどの価値があるのか、単純な算数を出来る者なら理解できる。
しかも、それを持っているのが直ぐ目の前の親しい人物だったのだ。
寧ろこれで驚かない方がどうかしてる。

「さ、さささささっ、三十億って!」

「す、凄い!凄いよバクラ兄さん!」

アルスは戦慄を覚えながら、ユーノはただ純粋に目を輝かせながら、バクラを見つめていた。

「……どうした?そんな顔して?」

「そんな顔ってな……こんな顔にもなるわ!」

自分がどんな顔をしてるのかは見えないが、簡単に想像はつく。
それだけ、バクラのカミングアウトは衝撃的だったのだ。

「お前、何時の間にそんなに貯めていたんだよ!ま、まさか!?……やったんじゃないだろうな?」

「残念だが、してねぇよ。つぅーか、したくてもできねぇんだよ。どんなに精巧に隠しても、必ずジジイやレオンにはバレやがるんだからな」

どうやら、墓荒らしや盗み、不正の所持はしてないようだ。
良かった。ホッと一息をつくアルス。

「だったら、何でそんなに貯められたんだよ」

アルスの質問に、バクラは眉を曲げた。

「あぁ?当たり前だろ。俺様は7歳のガキの頃から発掘に加わってるんだぜ。この程度、集められて当然だ。
寧ろ、これだけの時間を使って、たったこれだけしか集められなかった自分が不甲斐無いぜ。クソがッ!」

単純に計算する。
年収1000千万の人がいたとしよう。
普通に考えても、これだけ貰えれば十分にエリートと呼ばれるほどの稼ぎだ。
バクラが7歳の頃から集めたとして。
もう直ぐ11歳の誕生日を迎える事を計算に入れても、約4年間。
4年で年収1000万の人は、4000万のお金を稼いだ事になる。
それに比べ、バクラは4年間で30億。
一年間で、7億5000万を稼いでる計算になる。
これだけ稼いでも本人は自分の事を不甲斐無いという。
しかも、嫌みで言ってるのではなく、本当にまだまだ満足できていないのだ。
盗賊王。
確かにこいつなら、そう呼ばれても不思議ではないかもしれない。

(不甲斐無いって……それだけ稼げば、もう十分だろ。というか、少しだけ羨ましい)

全世界の人間の気持ちを代弁したアルスだった。

閑話休題

色々と衝撃的な事実が判明したが、とりあえず落ち着きを取り戻したアルスとユーノ。
当初の目的通り、アルスに勉強を教えて貰っていた。

「つまり、古代ベルカの戦乱を治めたのが、今の聖王教会の信仰の対象となっている聖王と呼ばれるベルカの王様。
その最大の特徴は、カイゼル・ファルベと呼ばれる虹色の魔力光。
この特殊な魔力光は、今のミッドチルダ式の魔導師にもベルカ式の騎士にもみられない現象で、聖王の血統にしかみられない現象だったそうだ」

「へぇ~、でも、何で虹色?」

「う~ん、そこら辺はまだ詳しい事は解ってないけど。一説によるとだな、虹色って一般的に赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色を指すだろ?」

「うん」

「その全ての色は、他の魔導師の魔力光の元となる色。つまり、聖王はその全ての魔力光を持つという事になる。
魔力光ってのはその人の本質を現す色とも、魂の色とも言われてるからな。
その全ての魔力光を合わせ持つ、虹色の魔力光を持つ聖王こそがこの世の支配者、って要するに自分こそがこの世界の神様だと宣言したかったそうだ。
まぁ、事実は解らないけどな。実際、虹色に当てはまらない色を持つ魔導師が直ぐ近くに居るし。
多分、昔の人の宗教的概念を利用して、統治をスムーズにするためにこんな噂を流したんじゃないかな」

「へ~、そうなんだ」

弟に勉強を教える兄。一般的に極ありふれた光景だ。

「……うん?……チッ、肝心のサファイアに傷がついてやがる。そういやぁ、こいつを見つけた時に変な獣に襲われたな。
あの時は機嫌が良かったから見逃したが、やはり殺っておくべきだったか。
まぁ、今さらそんな事言ってもしゃあねぇ。
幸い、王家の紋章は無事だ。クライアントとの交渉しだいで、どうとでもなる。……さて、次は」

此方も極ありふれた(本人達にとっては)光景だ。
バクラ、アルス、ユーノ。
三人の兄弟の午後は、こうして過ぎていった。




夜。
どんなに騒がしい日でも、必ず終わりは訪れる。
バクラ達は皆で集まり、夕食を食べていた。

「はい、それじゃあ……いただきま~す」

アンナの掛け声により、一斉に食事を開始する一同。
今日のメインディッシュはステーキ。
それも、アンナが皆に力を付けて貰おうと考えたのか、かなり上等な物だ。
鉄板の上で肉汁が跳ねるジュー、という音が何とも食欲をそそる。
しかし、アルスはナイフもフォークも取らず、唖然としながら目の前の物を見つめていた。

「あら~?どうしたの、アルス君?お肉、嫌いだった?」

何時までも食べようとしないアルスが心配になり、問いかけるアンナ。

「いえ……嫌いじゃないですけど。……アンナさん、これって」

アルスは唖然としたまま、目の前で山積みされているそれを指差した。

「あ~……ふふふっ、実はね。今日、近くのお菓子屋さんで特売をやってたの。
アルス君もバクラ君もシュークリーム大好きだったでしょ。
だから、お姉さん奮発しちゃった♪」

「奮発したって……買いすぎでしょ、これは」

テーブルの中央に並べられた三枚の大皿。
その全てに、甘くて美味しそうなシュークリームが山の様に積み上げられていた。
確かにシュークリームは自分も大好きだが、流石にこれは少し引いた。
とはいっても、大好きなのには変わりないので一つ取って食べるアルス。

「ハム……うん、やっぱり美味しい」

甘く、上品な味わいが口の中一杯に広がった。
頬を緩ませながら、パクパクと食べ進めるアルス。

「アム……ハムハム」

ユーノも同じく、一つだけ手に取り食べ始めた。
まだ小さい口では一度にほうばる事は出来ず、少しづづ食べ進める。
可愛い。
小動物が食べている様で、物凄く微笑ましかった。

「あなたもどうですか~?」

「いや、俺はいい。甘い物は苦手だし」

「そうですか~、折角買ってきたのに~」

ションボリと肩を落とし、落ち込むアンナ。
そんな姿に罪悪感を感じたのか、レオンは急いで口を開いた。

「あ~、解った解った。それじゃあ、一つだけ貰うよ」

「はい、どうぞ♪」

先程の落ち込み様な何処にいったのやら。
一瞬で笑顔に戻り、レオンに手渡した後、自分も食べ始めた。
そして、バクラは――

「ガツガツ、ガツガツ」

此方は他と違い、一心不乱にシュークリームを掻き込んでいた。

「お前な……もう少しお淑やかなに喰えよ。というか、シュークリームでガツガツって」

「モグモグ…ゴックン……うるせぇな、どう喰おうが俺様の勝手だろ」

シュークリームを掻き込むのを止め、今度はフォークを持つバクラ。
ステーキの中心にフォークを突き立てる。
そのまま、ソースが付いた肉の塊を持ち上げ――

「はっぐん!」

ナイフで切る事無く、豪快に噛みつく引き千切った。

「汚なッ!!」

当然、そんな事をすれば隣に居るアルスにソースが飛び散る。
慌てて回避するアルス。
バクラに非難を送るが、完全無視。口の中の肉の塊を歯で噛み千切っていた。

「モグモグ……血が足りねぇ」

「あら~?もしかして、焼き過ぎちゃった?」

「ああ、レアよりもミディアムに近い。気をつけろ、アンナ」

「……うぅ、御免ね~。バクラ君」

(いや、アンナさん!違うでしょ、先ずは注意しなくちゃ!)

あまりにも微笑ましすぎるやり取りに、思わずツッコミを入れるアルス。
バクラの蛮行を止める神は居ないのか。
絶望し頭を抱えたその時、再びアンナの口が開いた。

「だから~、バクラ君も食べ方には気をつけようね~。お姉さんも、これから気をつけるから……ね?」

「…………チッ!解ったよ」

相変わらずアンナには弱いらしい。
素直にステーキを鉄板の上に降ろし、今度はナイフで切って食べ始めた。



「ふふふふふっ」

「うん?どうした、アンナ。そんなに嬉しそうにして」

「え?……ふふふっ、人の縁って不思議だな~と思いまして」

優しい瞳で目の前の家族の姿を見つめるアンナ。

「はっぐ」

「って、バクラ!それ、俺の!!」

「モグモグ…ゴックン。ふぅ~、別にいいだろ。たかだか、一個のシュークリームでガタガタ騒ぐんじゃねぇ」

「一個ってな、チョコレートのはそれが最後だったんだぞ!確かに朝、チョコレートを喰えって言ったけど、何もこんな時に実行しなくていいじゃんか!!
というか、それ!後の楽しみに俺の皿に乗せていた奴じゃん!盗るなよ!!」

「隙を見せた、てめぇが悪い」

「くうぅぅ……あ、朝だけじゃなく夜までえぇ。うぅ……い、今すぐ魔力弾を放ちたい自分が居る。し、静まれ。静まるんだ、俺の右腕よぉ」

「あ、あの。アルス兄さん、良かったこれ食べて。僕、もうお腹一杯になっちゃったし」

「ユ~ノ~、お前はなんて優しんだ。是非ともその心を忘れず、真っ直ぐな子に育ってくれよ」

「はっぐ!」

「「あっ」」

「モグモグ…ゴックン……ぷは~、喰った喰った」

「(ブチッ!)……おぉ~~のぉ~~れぇ~~はぁ~~そんなにまでして、俺に喧嘩を売りたいのか?だったら……望み通り、買ってやるよッ!!」

「ひぃ!アルス兄さんが、悪魔化してる!?」

「クククッ……ちょうどいい。腹ごらしに相手をしてやる」

「あうぅ~、バクラ兄さんもすっかりその気になっちゃってるし……」

「アルスッ!!」

「バクラッ!!」

「うわ~ん!二人とも~、喧嘩はダメー!」

騒がしくも、何処か暖かいやり取りを見つめるアンナ。

「バクラ君は最初、私達に心を開かなかったのに、今ではこんなにも感情を表に出してくれる。
アルス君もユーノ君もそう。
普段は大人っぽいのに、この家に居る時は普通の子供と同じ。
皆、本当の家族の様に振舞っている。
性格も、考え方も、話し方も、生まれた場所も、皆違う他人なのに、こんなにもお互いの本音をぶつけられる。
うふふふっ、あの子たちを見てると、人の縁って本当に不思議ですね」

「そうだな。でも、“あの子達”じゃないだろ」

「え?」

夫の意外な言葉にレオンの方を振り向くアンナ。

「“俺達も”だろ」

笑顔で告げるレオンの言葉にアンナは一瞬呆けた後――

「はい、そうですね♪」

眩しいほどの笑顔で答えた。




こうして、スクライアのある家族の休日は過ぎていった…………









難しい……前回までは、発掘やバトルがあったので盗賊王らしさを考えるのは苦にならなかったんですが。
今回の様に日常風景だと、盗賊王バクラの喋り方とか過ごし方とかが想像できない。
違和感はなかったでしょうか?

スクライアって、発掘がない時はどうしてるんでしょね?
まさか、一年発掘作業をしてるんですかね?
それとも、あの世界は転送魔法があるぐらいだから、専用の装置でも持っていて普段はミッドチルダの家なんかに帰ってるんですかね?
詳しい資料がないので、勝手に想像しました。
変な所があれば、教えて下さい。

オリキャラとバクラの関係ですけど……バクラって、年上の優しいほんわかお姉さんに弱いと思いません?
いえ、作者の勝手な想像ですけど、何となくそんな感じがしまして。

最後に、シュークリーム。
物凄く違和感がありますが、一応宿主である獏良了の好きな食べ物がそれですから。
なので、盗賊王が好きな食べ物はシュークリームとステーキとさせていただきます。
ステーキは、アニメのあの場面が衝撃的だったので。



[26763] 楽しい楽しい魔法教室!……楽しいか、これ?
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/05/09 10:55

「はいは~い、皆ー始めるよ~!」

パンパン、と手を叩き皆の注目を集めながら始める合図をするアルス。

「「「「「「は~~い!!」」」」」」

元気に返事をしながら、一斉にアルスへと注目する子供達。
6人。
その中には当然、ユーノの姿もあった。

「えっと……それじゃあ、先ずは自己紹介から」

「アルスお兄ちゃ~ん。僕達、皆アルスお兄ちゃんのお名前知ってるよ?」

天真爛漫。
純粋に問いかけてくる子供に、アルスは苦笑いを浮かべた。

「あはははっ……まぁ、こういう事は形が大事だから、先ずは……ね?」

「ふ~~ん、先生って変なの~」

「え~、それでは……改めまして、コホン」

一つ咳払いをして、アルスは再び自己紹介を始めた。

「今日の皆の先生を務めさせていただきます、アルス・スクライアと申します。皆、よろしく」

丁寧にお辞儀をするアルス。
わー、パチパチ。
子供達の暖かい拍手が出迎えてくれた。


今日は学校を始め、全国的にお休み。
外へと就職した人や、子育てのため離れていた人も、懐かしき故郷へと遊びに来たのだ。
しかし、大人達は話してるだけでも楽しいが、遊び盛りの子供達はそうではない。
案の定、直ぐ同年代で集まり遊び始めた。
そうすると、必然的に子供達の面倒をみる人が必要となってくる。
アルス登場。
年が近い・しっかりしてる・面倒見がいいの三拍子が揃ったアルスが抜擢された。
最初の方は皆、走り回ったり、ちょっとした道具を使った、体を使う遊びをしていた。
が、途中から学校に通っている一人の子供がアルスに魔法の事を教えてほしいとおねだりした。
そこからはもう大変。
興味が惹かれたのか、自分も自分も、と次から次へとおねだりをしてくる。
先生役のアルスは一人しか居ない。
ちょっとした争奪戦にも発展したぐらいだ。
はいはい、皆仲良くね。
自慢のスキルを生かし、一瞬で子供達を纏めたアルス。
その後に提案したのが、今行っている魔法講座だ。
自分が専攻する考古学とは違うが、ある程度の魔法理論は魔法学校で習っている。
少しだけなら自分にも教えられるし、何よりも楽しい。
夢は先生。
こうして子供達に何かを教えるというのが、とてつもなく楽しかった。

「それじゃあ、先ずは簡単な魔法の説明から始めますね」

そう言って、黒板にチョークで魔法と板書する。
ちなみに、アルスは黒板派。
今ではほとんどが映像機器などで描写されるが、アルス自身はこうやって自分で書く方がスタイルに合っていた。

「皆も知っての通り、この世界の魔法とは、おとぎ話によく出てくる様な何も無い所から建物やお菓子など出現させたりする物とは違い。
自分で組み込んだプログラムを特定のトリガーで発動させる、技術を必要とする科学に近い。ここまでは良いね?」

目線を子供達に合わせ確認すると、皆は一斉に頷いた。
よろしい。
黒板に振り返り、なるべく解り易い文章を考え板書していく。

「そして、この魔法を使える人を魔導師と呼びます」

黒板に魔導師と書き足し、そこから二本の線を板書し、それぞれの先にミットチルダ式、ベルカ式と書き加えた。

「今現在の魔導師が使う魔法には、主にミッドチルダ式とベルカ式の二つのタイプがあります。
ミッドチルダ式とは、皆が知ってる時空管理局のほとんどの魔導師が使用し、現在最も多く使われている体系で。
主な特徴は、攻撃だけでなく回復や補助などといった、ありとあらゆる場面に対応できる汎用性……つまり、事故や災害など色々な場面で活躍できる魔法体系がミットチルダ式と呼ばれています」

流石先生を目指すだけの事はあり、難しい言葉は解り易く教えた。

「そして、もう一つの魔法体系がベルカ式と呼ばれるタイプです。
此方はミッド式とは違い、人との戦いに重点を置いて進化してきた魔法体系で、魔法自体もミッド式が射撃や砲撃、補助や回復などを使えるのに対して。
ベルカ式は、主に体の力をあげたり、足を速くしたり、デバイスの攻撃力を増幅させる、身体強化系の魔法が多く、一対一の戦いでは敵なしとまで呼ばれていました。
デバイスもそれに合わせ、剣や槍などと言った武器の形をとるアームドデバイスが主に使われています。
しかし、残念ながらベルカ末期にはその使い手はほとんど居なくなり、今では純粋なベルカ式の使い手は本当に極少数となってしまいました。
ちなみに、純粋なベルカ系統の魔法――これを古代ベルカ式と呼ぶんだけど、先ほども言った通り今ではほとんど使い手が居ない事からレアスキルに認定されています。
今使われているベルカ式の魔法はその古代ベルカ式とは違い、ミッドチルダ式魔法をベースに古代ベルカ式魔法を再現した近代ベルカ式と言います」

ベルカ式の下に、新しく古代ベルカ式と近代ベルカ式を書き足した。

「古代ベルカ式。近代ベルカ式。先程のベルカ式魔法の特徴と合わせ、この二つの違いも覚えておきましょう」

「「「「「「はーーーい!」」」」」」

元気に返事した子供達に、アルスは満足そうに頷いた。
授業を続ける。
デバイスについて、魔法の種類について、その他諸々。
子供達にも解り易いように、かなり砕いて説明した。

(そろそろ、飽きちゃったかな?)

ある程度時間が過ぎてくると、子供達にも変化が訪れた。
未だに興味津々に目を輝かせているグループと、飽きたのかソワソワし始めるグループ。
最初は皆興味があったが、そこは子供。
個性が解り易い。
魔法に対しては基本的な部分は教えた。
より詳しく学ぶかどうかは、後は本人達の意思次第だ。
この辺でお開きにしよう。
パンパン、と手を叩きアルスは子供達の注目を集めた。

「はいは~い。それじゃあ、アルス先生の魔法講座はこれにて終了で~す」

終わりの合図をした時の反応も様々だ。
えー、と残念がる子。
やっと終わった、と肩の力を抜く子。
ふぁ~ん、と既に飽きて眠たそうに欠伸をする子。
たった6人でもこれだ。
将来。
先生になった時に何十人のも子供達を引き受けたら、一体どんな個性を持つ子供達が集まるのだろうか。

(まぁ、流石にバクラみたいな奴はいないだろうけど)

幼馴染の姿を思い浮かべるアルス。
あの凶悪な目に、年上を全く敬わない粗暴な態度。
他には居ないと思うが、世界は広い。
もし、バクラの性格をそのままコピーしたような子がいたら。
そして、その子が自分に生徒になったりでもしたら。
たぶん、ストレスの溜まりすぎで入院するだろう。
冗談ではなく、本気で。

(うぅ……リアルに考えてしまった)

鮮明にその場面を想像してしまったアルス。
若干顔を青くし、胸を抑えた。

「???……どうしたの、アルス兄さん?」

突然胸を抑えた出したアルスを心配し、声をかけるユーノ。
いかん、いかん。
生徒に心配をかけるなど、先生として以ての外。
スーハー、スーハー。
新鮮な空気を吸い込み、胸のしこりを取り除く。

「ふぅ~……コホンッ、それじゃあ最後に何か質問がある人はいますか?」

気を取り直して、先生らしく子供達に問いかけるアルス。
はい。
元気に手を挙げたのはユーノ。

「はい、それじゃあユーノ。何?」

「えっと。質問じゃなくてお願いなんだけど……折角だからアルス兄さんの魔法が見たいなって」

恐る恐るお願いをするユーノ。

「あ、僕も見たーい!」

「私も私もー!」

ユーノのお願いを皮切りに、他の子供達も次々に手を挙げてお願いをする。
しょうがないな。
そう言いたそうに苦笑を浮かべるアルスだが、やはり兄弟達が可愛いのか快く引き受けた。

「解った。それじゃあ何が見たい?何でも言って。流石におとぎ話の魔法とかは無理だけど、ミッド式の魔法は一通り使えるから」

ドーンと来い、と言わんばかりに胸を張る。
実際、アルスは魔導師としてもかなり優秀な部類に入る。
砲撃、射撃、防御、捕獲、結界、その他諸々。
何でもござれだ。
あれにしようか、これにしようか。
頭を捻って、実践してもらう魔法を考え始める子供達。
懐かしいな。
昔は自分もこうやって、レオンを始めとした大人達に見せてと迫った物だ。

「う~~ん、と……あ、はいッ!」

微笑ましく子供達を眺めていたら、一人の女の子が元気に手を挙げた。

「私、小さな動物さんに変身する魔法が見たい!……えっと……名前は」

「トランスフォーム?」

「そう、それ!」

ユーノの答えに、天真爛漫な笑みを浮かべる女の子。

(ああ、あれか)

スクライア一族には、古代遺跡の中でも動きやすいように小回りが効く小動物に変身する魔法を身につけてる者が多い。
勿論、アルスも使えるが、まさかそれを要求されるとは思ってもいなかった。
てっきり、この年代の子供はカッコ良くて派手な砲撃魔法、若しくは飛行魔法を要求されると考えていた。
それがまさか、変身魔法とは。

(まぁ、女の子だからね。男の子とはやっぱり違うだろう)

ウンウン、と自分自身を納得させ子供達に声をかける。

「はい、それじゃあ最初は変身魔法からという事で」

そう言った時の反応も、各々違った。
頼んだ女の子は、当然のことながら笑顔で喜んでいる。
まぁいいか、と特に希望がなかった子はそのまま何も言わず自分を見つめてくる。
そして、変身魔法以外に希望があった子。
この子は、正直面白くない。
先に言われ、自分の希望が通らなかったのだ。
当然と言えば当然だ。
不満な視線を此方に投げ掛ける子供。ジト~、とでも聞こえそうなほど見つけきた。

「はぁ~……後で他のも見せてあげるから、今は女の子に譲ってあげよう。ね?」

優しく、丁寧に言うアルス。
男の子と視線を合わせる辺り、流石に年下の扱いには慣れていた。
兄貴分にそう言われてしまったら、納得するしかない。
うん。
渋々とだが、確かに頷いてくれた。

「よし、いい子だ」

優しく男の子に言葉をかけた後、アルスは立ち上がり意識を集中させる。
思い浮かべるのは、先程リクエストされた変身魔法。
一族が得意にしてるだけの事はあり、デバイスの補助なしでも十分に使える。
淡い光に包まれるアルス。
子供達からはその姿が見えなくなった。
そして、次に光が晴れた時――

「ふぅ~……なんか久しぶりに、この姿になった様な気がするな」

そこには、アルスの髪の毛と同じ、鮮やかな鮮やかなライトブルーの体毛に包まれた一匹のフェレットが居た。

「えっと、というわけでこれが俺達スクライア一族が得意とする変身m「アルスお兄ちゃん、可愛い~~!!」…キュ、キュウー!」

変身魔法の説明をしようとしたアルスだったが、振り向いた瞬間に何かが自分目掛けて襲い掛かってきた。
可愛い、可愛い、と連呼し自分を抱きしめる人物。
先程の女の子だ。
可愛いは正義。そして、女の子が可愛い物に弱いのも世の摂理。
必然的にアルスのフェレット姿は、女の子のハートをガッチリと攫んでしまった。

「キュウー!」

気にいってくれるのは嬉しいが、正直アルスからしたら早く離してほしい。
苦しい。
ギュッと抱きしめてくるものだから、息がつまりそうになる。
離して、と言葉に出したいが、それは叶わない。
ならば実力行使で、とも思ったがガッチリと捕まれ脱出も不可能だった。
動物の様に叫び続けるアルス。
そんなアルスなどお構いなしに、女の子は一心不乱に抱きしめ、頬ずりをしていた。

(助けて!)

唯一動かせる目で、他の子供達に助けを求めるが――

(((((無理!)))))

返ってきたのは、自分にとっては冷酷は答えだった。
可愛い物に目を奪われた女の子は止められない。
幼くして、世の摂理を知ってる子供達だった。




一方、此方はスクライアのテントの中。
バクラは一人、ご機嫌だった。

「漸く、直ったぜ」

嬉しそうに、それを撫でるバクラ。
盗賊の羽衣。
前の遺跡探索の時、暗黒火炎龍の攻撃によりボロボロの布にされしまった。
しかし、今日遂に仕立屋に頼んでいたのが届いたのだ。
勿論、中に物を仕舞っておけるロストロギアの能力も健在。
自分が気にいってる服と能力が帰ってきた事に、バクラの機嫌は急上昇。
しかも、それだけじゃない。
赤いコート。
前までは、赤いジャケットだった盗賊の羽衣が、今はロングコートになって返ってきた。
別にジャケットが嫌いというわけではない。
だが、バクラとしては此方のデザインの方がシックリきた。
仕立て屋の人が自分の希望通りの直してくれた事により、さらに機嫌上昇率UP!

「……うん?」

新・盗賊の羽衣を羽織ると、外から何人もの声が聞こえてきた。
一体を何を騒いでいる。
気になり、バクラはコートを翻して外へと出た。
眩しい太陽に照らされる中、一か所に集まる見た事がある子供達。

(ああ。そういやぁ、外に出ていた奴らが休みだからガキを連れて来ていたな)

納得したバクラ。
ちょうど暇を持て余していた所だ。
バクラは何気なく、子供達の所へと歩みだした。




一方、此方は再びアルス達。

「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……」

漸く子供の抱擁から解放されたアルスは、息を整えていた。

「ごめんなさい、アルスお兄ちゃん」

「だ、大丈夫……これぐらい、鍛えてあるから」

落ち込む女の子に大丈夫だと言っておく。
流石、皆の兄貴分。
慕ってくれる年下には優しかった。
ふぅ~~。
軽く息を吐き、新鮮な空気を吸い込んで再び子供達に向き直った。

「そ、それじゃあ、次は何の魔法を……」

子供達にリクエストを聞くアルスだが、次の瞬間――

「ギュウッ!」

「「「「「「あっ」」」」」」

誰かに踏まれた。

「よぉ、ガキども。久しぶりじゃねぇか」

自分の頭上から聞こえてくるこの声。
踏まれて顔を上げられないが、アルスにはこの声に人物の正体は直ぐに解った。
機嫌が好さそうに声が弾んでいるのは気になるが、何にせよこの声を持つ奴はあいつしか居ない。

「どうした?んな、呆けた顔をしやがって」

フェレット形態のアルスを踏みつけたのは、言わずと知れてこの人。
スクライアの問題児にして、自らを盗賊王と豪語する人物。
バクラ・スクライアである。

「バクラ兄さん……その、下」

代表としてユーノが答えた。
ユーノの言葉に追随する様に、他の子供達も一斉に下を指差した。

「下?」

そういえば、何か柔らかい物を踏んだ。
一体何を。
バクラは気になり、自分の足元に視線を向けると――

「ぎゅ…ギュゥー」

踏みつぶされ、呻き声をあげる青いフェレットが居た。
青いフェレット。そして、この気配。
バクラには、その正体が直ぐ攫めた。

「何してんだ、アルス?そんな潰れたカエルみてぇになりやがって」

「キュウウゥゥッーーーーーーー!!!!

首根っこを攫んで持ち上げた瞬間、バクラへと襲い掛かるアルス。
しかし、残念だながら今の姿はフェレット。
リーチが足らず、ただ手足をジタバタさせるだけに終わってしまった。

「……うっせぇな。キュウキュウ泣き叫ぶんじゃねぇ」

「誰のせいだ!?誰の!!?」

泣き声に顰め面になるバクラに対して、アルスはその小さな体では想像できないほどの怒号をあげた。

「前の休日だけじゃなく、今日までぇぇ~~……くぅ~バクラ!!」

「なんだよぉ?」

「そのシレっとした態度、もっと改められないの!?
先ずは何か言う事があるでしょ!?俺、お前に踏まれたんだぞ!
もうね、凄いよ!上から押し潰されて、なんか決して出ちゃいけない物が出そうだったよ!!」

筋骨隆々、跳ね上がった白髪、赤いロングコート。
そんな子供らしくない子供に攻め寄る人語を喋る青いフェレット。
傍から見たら、物凄くシュールな光景だ。
謝れ、とバクラへと要求するアルス。
一応、その言い分には正論はある。
しかし、今回に関してはバクラにも言い分があった。

「何時までも騒ぐんじゃねぇよ。第一、てめぇがフェレットになってそんな所に居るのが悪いんだろうが」

「うっ」

一理あるバクラの言い分に、言葉を詰まらせてしまうアルス。
フェレットという生き物はかなり小さい。不注意で踏んでしまう事だってある。
そんな物に変身していたのだ。
アルスにも全く責任が無いとは言い切れない。
言い切れないが、相手はあのバクラ。
常日頃からの理不尽な扱いに、今の様に全く謝る気がないこの態度。
流石のアルスも、納得が出来ずにバクラを睨みつけていた。
険悪なムードが漂う両者。
前回の休日の再現の如く、火花を撒き散らせる。

「だ、ダメーー!!」

火花を散らす二人の間に、先程の女の子が割って入ってきた。

「ひっぐ…ふたりとも~…うぐ……喧嘩はダメ~」

魔法をリクエストした自分にも責任があると感じてるのか、泣きながら二人の喧嘩を止めようと必死だ。

「……………」

「えっと……」

二人にとって、これは本気の喧嘩ではない。
何時ものじゃれあいの様なものなのだ。
それがまさか、こんな事になるとは思っていなかった。
間の抜けた顔のまま泣いている女の子を見つめるバクラとアルス。
良く見れば、二人の関係に慣れているユーノ以外の子供も、女の子と同じように心配そうに此方を見つめていた。

「……チッ!……悪かったよ、アルス」

「あ……あぁ。俺こそ、言いすぎた。ゴメン」

どんなに口が悪くても、スクライアの一族。
小さい頃から一緒だった弟・妹の“喧嘩はダメオーラ”には弱いお兄ちゃん二人だった。




誤解が解けた所で、アルスは人間の姿に戻り魔法の実践を続けた。

「何で俺まで、てめぇに付き合わなくちゃいけないけねぇんだ」

「やかましい。さっきの詫びとして、子供達に魔法でも見せてやれ。召喚魔法なんてレアな魔法、中々お目にかかれないんだから」

隣でブツクサと文句を言ってるバクラを戒め、アルスは子供達に向き直った。

「はーい!それじゃあ、今からアルス先生とバクラ先生が魔法を見せるから、皆それぞれの先生の所に別れてー」

子供達の数はちょうど6人。
効率を考え、3人3人に分けた。

「アルスお兄ちゃん。次は何の魔法を見せてくれるの?」

「それじゃあ、次はね……」

アルスの所に集まったのは、ユーノと女の子、そして比較的大人しい男の子だった。

「おーす!バクラ兄!元気か!?」

「相変わらず、てめぇらは元気だけが取り柄だな」

一方、バクラの方に集まったのは皆元気で活発な男の子達だった。
この辺でも、二人の違いがよく解る。
差し詰め、お兄さんと兄貴と言った所だろう。
アルスは勉強などを教えてくれる優しいお兄さん。
バクラは元気な子供達を纏めて遊んでくれる兄貴。
集まってくる子供達も、自然とそれに似たり寄ったりだった。

「はぁ~……しゃあねぇな。どうせ暇だったし、やるか。
おら、ガキども!俺様が魔法を見せてやるから、さっさとリクエストでも何でもしな」

恐らく、リクエストされるのは召喚魔法だろう。
自分でも理解してるが、バクラの召喚魔法は他に類を見ないかなり珍しい物だ。
早速召喚準備に入るバクラ。
しかし、子供達のリクエストは自分の予想とは違っていた。

「う~んっとね~……俺、バクラ兄の変身魔法が見たい!」

「……あぁ?」

一瞬聞き間違いかと思ったが、聞き間違いではない。
俺も、俺も、と他の子供達も変身魔法が見たいとリクエストしてきた。

「一応聞いておくが、変身魔法ってのは、さっきのアルスが見せた奴でいいんだろう?」

「「「うん!」」」

「んな物見て、面白いか?」

「いやー、面白いというか、折角だからバクラ兄のフェレットも見たいなって」

だんだんと真意が攫めてきた。
要するに、この子供達は変身魔法そのものよりも、バクラのフェレット姿が見たいのだ。
なるほど。
アルスのフェレット姿は何となく想像できるが、バクラのは正直想像できない。
何時もは凶悪なこの兄が、あの可愛いフェレット姿になったのなら、一体どんな姿になるのか。
好奇心旺盛の子供なら、怖いもの見たさで変身魔法をリクエストするのは納得できる。

「解った。そんなもんでいいなら、いくらでも見せてやるよ」

少し拍子抜けだが、バクラは言われた通り、変身魔法の準備に入った。
アルスと同様、淡い光に包まれるバクラ。
ワクワク。
子供達は、目を輝かせながら見つめた。
光が晴れた時、それは目の前に佇んでいた。
それの全長は、小さなフェレットとは似ても似つかない10メートルの巨体を誇っており。
それの目は、一瞬で相手の戦意を奪い去るほどの紅き眼光を放っており。
それの体毛は、人間を貫く鋭利な刃物の様に尖っていた。

「ほら、これで満足か?」

その声を発する口は、龍の鱗すらも簡単に引き裂くほどの牙が見えた。




一言で言うと――光が晴れたら、なんか体中の毛が鋭利に尖っていて物凄く怖い紅い目をしている体長10メートルぐらいの白いフェレットがいました。




「んなフェレットが居てたまるかあああぁぁーーーーー!!!!」

スパーーーン!
何処からか取り出したハリセンで、もはや化け物クラスの白いフェレットにアルスは勇猛果敢にもツッコミ入れた。


「アルスお兄ちゃん。あのハリセン、何処から出したんだろう?」

「確か、昔クラナガンに遊びに行った時に、ビックリ玩具が売ってるお店で見つけたって、言ってた。
バクラ兄さんの常識外れの行動を止めるのには、ちょうど良いからって」

「へぇ~~」


兄弟達が会話をしてる傍らで、アルスは巨大なフェレットへと変身したバクラに攻め寄っていた。

「なんだよ!?そのフェレット!!
居ないから!全次元世界を探しても、全長10メートルを超して、紅く凶暴な目つきをして、体毛が刃物の様に尖っていて、龍種もバリバリと食べそうなフェレットなんか絶対居ないから!!
というか、それフェレットじゃなくてもう化け物クラス!!」

一度に喋ったせいか、アルスは息切れを起こした。

「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

「お前……頭大丈夫か?」

珍しくアルスの心配をするバクラ。
誰のせいだ!
声に出して言いたかったが、生憎と今の自分は声を出せる様な状態ではない。
急いで息を整える。
本日何度目になるか解らない深呼吸を繰り返して、アルスはバクラに苦言を申した。

「お前さ、確かに魔法を見せてやれって言ったけど、もう少し普通の魔法を見せてやれよ。バインドでも、お得意の召喚魔法でもいいから」

「普通だろ?」

「いや、絶対普通じゃないから!」

こんな変身魔法が世の常識になったら、魔法=危険物の指定を受ける。絶対に。

「管理局の皆さんにアンケート取ってみろ!100%俺勝つ自信あるから!!実際見てみろよ!お前がそんな物に変身したせいで、皆怖がってるじゃn……」


「うわ~~」

「すげ~~」

「バクラ兄……カッコイイ」


「……………」

「俺には、喜んでいる様に見えるがな」

(くぅ……ああ、そうだった。このぐらいの子は、ちょっと怖いぐらいのモンスターの方がカッコよく見えるんだった)

非常に納得しがたい事だが、子供、特に男の子はそうだ。
○○モンスター。
こういう響きに弱いのは、可愛い物に目を奪われる女の子と同じ世の摂理なのか。
理不尽な世の中に、アルスは頭を抱えた。

「……うぅ……負けるな。負けるな俺。そうだ!此処で俺が退いたら、一体誰が次元世界の常識を守るんだ!!
頑張れ俺!俺頑張れ!明日という名の光を攫むため、今こそ立ち上がれ!!」

余程疲れたのだろう。
もはや、何を言ってるのか解らないアルスだった。
それでも現実逃避する事無く、バクラに対して注意出来たのは流石だ。

「とりあえず……バクラ、その変身魔法を解け。ぶっちゃけ、俺は怖いから」

目の前で此方を見下ろす、巨大なモンスター。(決して、フェレットでは無い。絶対無いったら無い!)
紅い眼光と口の間に見える鋭い牙は、それだけで人間の恐怖心を煽る。
解った。
子供達も喜んだし、特にこの姿でいる意味はないので、バクラは言われた通りに変身魔法を解いた。

「はぁ~~……良いか?今度からはせめて、教科書に載ってるような普通の魔法を見せてやれよ」

疲れたように溜め息をついた後、アルスはユーノ達の方に戻っていった。

「教科書ねぇ~」

教科書に載っている様な魔法と言われても、バクラにはピンとこない。
自分はほとんど独学で魔法を身につけた様なもの。
ちゃんとした学校で習ったわけではない。

「そういやぁ……」

何かを思い出したのか、バクラは盗賊の羽衣の中に手を入れた。


魔法に悩んでいるバクラとは違い、アルス達の方は順調だった。

「これが相手の動きを止め、空間に固定する魔法。通称、バインドと呼ばれるタイプの捕獲魔法です」

再び先生モードになったアルス。
目の前の何も無い空間に、青い輪を出現させ固定した。

「バインドはこの輪の他にも、鎖、縄など、対象を捕獲する形をとる物がほとんどです。
さわらに詳しく分けると、捕獲する相手に直接バインドを仕掛けるタイプと、特定の範囲に設置して相手を捕獲するタイプがあります」

先生らしく、丁寧に解り易く教えた。
バクラは大丈夫かな。
心配になり、チラッと横目で様子を窺う。

「先ずは、これがバインドだ。まぁ、相手を縛っておく魔法の縄だと思え」

良かった。今度は普通の魔法を教えていた。
黒い縄状のバインドを形成し、子供達に見せるバクラ。
言葉遣いには多少の問題があるが、子供達が特に気にしてないのだから良しとしよう。
ホッと胸を撫で下ろしながら、ユーノ達の講義に集中しようとするアルスだが――

「それじゃあ、今からこいつを使った絞殺術でも 「なんちゅうもんを子供に教えようとしてるんじゃあああぁぁーーー!!!」 ぐっふ!」

とんでもない爆弾発言に、弓で弾かれたようにハリセンで頭を引っ叩いた。

「バカか!バカなんだな!!バカ以外の何物でもない!!!
何で相手を捕獲するバインドが、絞殺術なんてとんでもない殺人魔法になるんだよ!!?
えぇ!?言ってみろ!言え!!今すぐ、その口で、言ってみろ!!!」

盗賊の羽衣を攫み、ガックンガックン、とバクラを揺らし続ける。

「うるせぇな……てめぇが教科書に載ってるような魔法って言ったんだろうが」

「ああ言ったよ!でもな、そんな物が教科書に載ってるかあああぁぁーーー!!
どんな教科書に載ってるんだ!?さぁ出せ!今すぐ出せ!!」

「ほらよ」

激怒してるアルスとは違い、バクラは冷静にそれを突きだした。

「……せ……世界の暗殺魔法……素人でも出来る丁寧な解説付き…………」

目を点としながら、目の前に出された物騒な本のタイトルを読み上げるアルス。
ゴックン。
生唾を呑み込み、恐る恐るその本のページを開いた。

「36ページ……バインド応用編。
皆も知ってるバインド。普通は敵の動きを止める物だけの捕獲魔法。
しかし、ここで紹介するのはただのバインドではなく、バインドを使った攻撃魔法です。
先ずはバインドを自由に、鞭でも操るかのように使えこなせるのが第一段階。それぐらい使えこなせなければ話しになりません。
では、第一段階を済んだ人は、それを敵の首や体の関節に掛けましょう。
正し!此処で注意するのは、広く浅くではなく、狭く深くバインドを仕掛ける!ここがポイントになります。
対象を捕獲するバインドですが、相手の首などを強烈に締め上げると、あ~ら不思議。
捕獲魔法のバインドが、そのまま相手を絞殺する事が出来る攻撃魔法に早変わり!!
さらに、上級者ともなるとそれだけで相手の首をスッパーンと引き千切れたりします。もう、スッパーンとね」

決して子供が見てはいけないけない、ドロドロな内容が書かれた文章を読み進める。

「バインドの応用編……上級者向け。
先程のバインド応用編のさらに上級技で、身の毛もよだつような残酷で残忍な暗殺術を此処では紹介しましょう。
最初に、バインドを細く丈夫な縄にします。糸ぐらいの細さと人間の肉を引き裂くほどの強度があれば十分です。
魔力を安定させたら、それを殺したい相手の体内へと侵入させます。
そして、下の図の様に相手の体内に十分に侵入したら、手頃な臓器に引っ掛けクイっと引っ張ります。
すると、あ~ら不思議。
肉の鎧に守られた臓器が、簡単に引っ張り出せます。さらに上級者になると、血液の流れに沿って相手の体中をズタズタに引き裂く事も可能です」

本を持ってるアルスの手が、小刻みに震えだした。

「だから言っただろ?教科書に載ってるってよ」

瞬間、アルスは閃光の様に弾けた。

「こんなのがあぁーー!!」

その脚を大地に突きつけ、構える。

「教科書でええぇぇーーー!!」

大きく振りかぶり、空へと照準を定める。

「あってたまるかああぁぁーーーー!!!」

今までに無い、渾身の力を込めて空へと投げた。

「ナレッジ!」

空かさずデバイスを発動させ、その杖先を本へと向ける。
エリアサーチ開始。
対象の直線上に、生命反応なし。
よし!
ナレッジの杖先に、ミッドチルダ式の青い魔法陣が浮かび上がった。

「純粋魔力攻撃設定解除!burster!」

放たれた青い砲撃は、一直に伸び見事に本を焼き尽くした。
目標、完全に消滅。

「はぁはぁはぁはぁ……」

肩を揺らしながら、息を整えるアルス。
面を上げる。
目標が完全に消えた事を確認する。
アルスの顔は一仕事終えた様に輝いた。
ありがとうアルス!君のおかげで、魔法世界の秩序は守られた!!

「何してやがんだ、アルスの奴?」

その勢いで、是非とも此方の問題児の思考もなんとかしてほしい。
先程の本に載ってるような内容の魔法を教えられたら、色々と魔法世界の秩序が崩壊する所だった。
しかし、バクラにはアルス達の考えの方が解らない。
敵を倒すためにより強力な力を身につけるのが悪いのか、が彼の考えなのだ。

「……まぁ。バインドがダメってんなら。他の奴を見せるか」

幼馴染の心配など、完全無視。
バクラは近くに落ちていた手頃な石を拾った。

「魔法にはな、ただ単に自分の力を上げるだけじゃなく、自分以外の奴の力を上げられる補助魔法ってのがある。
今からやる奴は、その応用だ」

子供達に解説をした後、先程拾った石に魔力を込めた。

「てめぇらが今見てる通り、補助魔法を完璧に極めちまえばこんな風に無機物にだろうと、自身の魔力を込めるのは可能だ」

先程までは何処にでもあった普通の石。
それが今は、バクラの魔力光と同じく黒く、不気味に輝いていた。

「さてと、そんじゃあこいつの威力を見せてやりてぇが……」

何か獲物が居ないかと探すバクラ。
キョロキョロ。
辺りを捜索してると、手頃な獲物を見つけた。
ニヤリ。
それを見つけた瞬間、バクラの表情に凶悪な笑みが張り付いた。


スクライアのキャンプ地の中心。
折り畳み式のテーブルセットに、バナックは腰掛けていた。

「ふぅ~~……全く、女三人も寄ればなんとやらと言うが、何故チェルシーまであの場に参加できるんじゃ?
あ奴もワシと同じぐらいの年だろうに」

遊びに来てくれたのは良いが、やはり自分は年なのか。
若い人、特に女性の話題にはついていけなかった。

「まぁ良い。ワシも最近は騒がしいのは苦手になってきたからのぉ~。やはり、年か」

ボンヤリと空を眺めながらお茶を啜るバナック。
その時――

「ぶばッ!!」

隕石でも衝突したかのような轟音と共に、後頭部に凄まじい衝撃が走った。


「って、族長おおおぉぉーーーー!!!」

バクラが投げた先程の石に、見事後頭部を撃ち抜かれたバナック。

「とまぁ……これぐらいの威力はある。敵に襲われたなら、相手をぶっ殺すつもりで投げろ」

アルスや他の子供達がざわついている事など、バクラは特に気にしてなかった。

「お前はー!なんて事をしでかしてるんだ!!?」

「うるせぇぞ、アルス。耳元で叫ぶんじゃねぇ。たかだか爺さんの頭に石を投げただけだろ」

「十分、とんでもない事をしてるだろがああぁーー!!」

ただ空を見つめていたかなりの高齢者に向かって、魔力で強化した石を、しかも後頭部目掛けて投げる。
アルスの叫びたくなる気持ちがよく解る。

「フォフォフォ、よいよいアルス」

「あ……族長」

あまりのバクラの蛮行に注意していたら、当の本人であるバナックが此方に向かって歩いてきた。
その頭に、見事なタンコブを作って。

「だ、大丈夫ですか!?待って下さい、今すぐ回復を」

「なぁ~に、大丈夫じゃて。これぐらで参るほど、軟な鍛え方はしておらん」

回復魔法をかけようとするアルスを、やんわりと手で制するバナック。
自分の頭にぶつかった石を持ち、犯人に近付いていった。

「これを投げたのは……お主じゃな、バクラ?」

「ああ、そうだ。なにか、文句があっか?えぇ、爺さん?」

謝罪をする気など、一切なしのバクラ。
スクライア一の超問題児の名は伊達ではなかった。

「そうか、そうか。して、何故ワシに向かって投げたんじゃ?」

声は穏やか、しかし目には何時もの優しさは籠っておらず、ドス黒い殺気を放っていた。

「見ての通りさ。ガキ達は魔法を見たいって言ったんでね。兄貴分として、見せてやってた所だ。
魔法は知識だけじゃなく、実際に見せた方が良いんだろぉ?なぁ、爺さん?クククッ……」

「そうじゃの~、よく昔ワシが教えた事を覚えていた。偉いぞ」

バクラが投げた石を目の前に差し出すバナック。

「つまり、お主は魔法の威力を試すため、わざわざワシを標的にしたという事だな?岩や木ではなく、このワシを」

「その通りだぜ、爺さん。木や岩みてねぇな動かねぇ物よりも、実際に動く物を標的にした方が、よりリアルに魔法の威力が伝わるだろ?
一応言っておくが、俺は何も爺さんに当てるつもりはなかったんだぜ。
爺さんなら避けられるし、例え当たったとしても無事だろうという確信があったんだからな」

「そうか、お主はワシを信用してお茶を呑んでいた、このか弱い老いぼれに魔力で強化した石を投げたのか」

バキッ!
バナックが握っていた石が、粉々に砕け散った。

「ああ。一族特有の、美しい信頼ってものじゃねぇか」

口では良い事を言ってるが、その顔には歪んだお面を被っていた。

「……………」

「……………」

無言で見つめ合う両者。

「フォフォフォフォッ」

「フフフフッ」

もはや言葉は不要。戦いの火蓋は切って落とされたのだから。




――READY FIGHT!!






「ぬおおおぉぉーーー!バクラ、そこへ直れ!久々に、ワシ自らお仕置きをくれてやる!!」

前回に引き続きまして、スクライアの族長、バナック・スクライアと。
スクライアの超問題児、バクラ・スクライアの一戦であります!!
早速準備に入った、バナック選手!
得意の強化魔法をかけて、先程までのか弱い老人の面影など一切ない、服を破り捨て筋肉の鎧に身を包みました!!


「族長のあれってさ、一応強化魔法なんだよね?アルスお兄ちゃん?」

「一応な。昔から身体強化系の魔法を極め続けて来たら、いつの間にか出来るようになっていたそうだ。
もうとっくの昔に魔力が衰えても可笑しくない年齢なのに、未だにあれだけの魔法が使えるんだから。本当、凄いよ」

「ふ~~ん……でも、なんかあの姿を見てると誰かを思い出す様な。
……えっと。クマ仙人じゃなくて、セミ仙人!……でもなくて……う~~ん。……あっ!○仙人!
あれ、どうして臥せ字なの?肝心の部分が見えないよ」

「大人の事情って奴じゃないの?」

「え~~、大人ってずるい。いっその事、バナックお爺ちゃんが○め○め波でも使ってくれれば、一瞬で解るのに~」

「お前ら……頼むから、そんな危険な会話をするのは止めてくれ」


何やら会場で問題が発生しましたが……コホンッ。
さぁ、どういった試合展開になるか?先制攻撃は、おっと!バナック選手、決死のヘッドバット攻撃!
玉砕戦法に出ました。
その巨体に押され、バクラ選手ダウン!

「ぐぅ……相変わらず、すげぇ威力だ。本当に年よりかよ。……デスカリバー・ナイト!!」

流石若いバクラ選手、まだまだ余力を残しております。
得意の召喚魔法でモンスターを呼びよせ、臨戦態勢に入りました!

「まだやる気か?今から謝れば、許してやらない事も無いぞ」

「ケッ!寝言は寝てからいいな。ちょうどいい機会だ、今日こそどちらが本当の強者か……その身に刻んでやるよぉ!!」

互いに相手の出方を窺っております。此処から一体どんな戦法が繰り出されるの……おおぉっと!
バクラ選手、早速デスカリバー・ナイトを仕掛けました!
馬上で巨大な剣を振り上げ、一気にバナック選手を追いつめます!

「ふんっ!甘いはああぁぁーーー!!」

しかし、凄いバナック選手!
剣を避けるどころか、勇猛果敢に飛び込み、その巨木の様な剛腕で、デスカリバー・ナイトもろとも打ち砕きました!
信じられません!

「ぐぅ……」

苦しみます、バクラ選手。ですが、此処は相手との拳と拳とぶつけ合う闘技会場!相手は待ってくれない!
バナック選手がここぞとばかりに攻めます!
さぁ、このまま終わってしまうのか!?どうだ、バクラ選手!!

「チッ!……死霊ども、やれ!!」

まだ負けていない!
追いつめられても、闘志の炎を絶やしてはおりません!

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!」

ですがやはり、身体強化をかけたバック選手には、ただの死霊達では心もとないのか。
呆気なく砕け散ってしまいました!!
が、バクラ選手は既に距離を取り、体勢を整えております!
流石、盗賊王と名乗るだけの事はあり、その身軽さは一族ナンバーワンです!

「ジジイいいいぃーー!!」

「バクラあああぁーー!!」

お互いの名前を叫びながら、再び激突する両者!
一体これから先、どのような結末を迎えるのでしょうか!!?




「いい加減にしな!二人とも!!」

「がっぐ!」

「むぎゃ!」




なんと……ここで、第三者、バナック選手の奥さんであり、一族の皆からおばば様と慕われている。
チェルシー・スクライア70歳の登場です。
燃える様な試合展開をしていた両者ですが、チェルシーさんに頭を捕まれそのまま叩きつけられ、ダブルノックアウト!
思わぬ試合展開になりました。






「たく……久しぶりに会いに来てくれた子達とお茶を呑んでいたら……バクラ!バナック!
二人とも、こんな所で何をやってんだ!?そんなに暴れたいなら、もっと遠くでやりな!」

「別にワシは暴れたくて、暴れていた訳じゃ……」

「あぁ!?」

「……すいません」

「へッ!情けねぇ爺さんだ」

「バクラ、お前もお前だ!そこまで元気が有り余ってるなら、レオン達の発掘の手伝いでもしておいで!」

「断わ……」

「ああぁ!!?」

「……考えておくぜ」

地面に正座を強要され、チェルシーに説教されるバクラとバナック。

「たく……爺さん。あんた、よくこんな凶暴な女の結婚したな」

「う……うむ、昔はもっとお淑やかだったんじゃが……」

「なんか言ったかい?」

「「いや、何も」」

「……まぁいいけどさ。だいたいね、あんた達はもう少し他人の迷惑を考えて…………」

それから暫くの間、チェルシーにお説教されるバクラとバナックであった。











「はーい、今日の教訓。“魔法を人に向けて撃つのは止めましょう”!はい、繰り返して」

「「「「「「“魔法を人に向けて撃つのは止めましょう”」」」」」」

「良く出来ました。皆はああならないように、魔法の使用と注意に気をつけて、正しく使いましょうね」

「「「「「「はーーい!」」」」」」












バクラがただの悪ガキみたいになってる。
まぁ、それを意識して描いたんですけど……ちゃんと描けているか心配です。
というわけで、前回に引き続きバクラの日常風景でした。

次回はバクラの過去、スクライアに引き取られた話です。お楽しみに。



[26763] 誕生日の意味 前編 
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/05/02 20:43



誕生日。
一般的に自分が生まれた日。そして、生まれた事を祝う記念日。
家族、友達、同僚、恋人。
深い繋がりがある人、全員が自分の生まれた事を祝ってくれる。
此処、スクライアでも今正にその誕生会が開かれようとしていた。




「誰かー!テーブルもう一つこっちに持ってきてー!」

「ねぇ、これぐらいでいいかな?しょっぱすぎない?」

「皿が足りないよ!」

「ほらそこ!つまみ食いはしない!」

あっちへドタドタ、こっちへバタバタ。
今日の誕生会のために、師走の如く駆けまわるスクライアの一族。
朝から皆揃って働き詰めだった。

「誕生日という物は、一年に一回必ずやってくる。
そんな日ぐらい、一族皆で揃って無礼講というのが、代々のスクライアの習わしじゃが……」

皆が働いて騒がしい中、比較的静かなテントの中。
険しい視線で、バナックは目の前の人物を見つめた。

「お主は無礼講すぎるぞ!もう少し、態度を改めたらどうじゃ!!」

ビシッと、咥えていたキセルである人物を指しお説教をするバナック。
バナックの視線の先に座っている五人の人影。
内、四人。
レオン、アンナ、アルス、ユーノ。
この四人は、ちゃんと姿勢を正して族長であるバナックの話しを聞いていた。
しかし、最後の一人は話しなど全く聞いていなかった。
寧ろ、さっさと無駄話を終わらせろジジイ、とでも言いたそうに反抗的な視線を送り続けていた。
その最後の一人とは、当然――

「さっき自分で無礼講って言ったばかりじゃねぇか。えぇ?バナックの爺さん」

スクライアの超天才にして、超問題児。バクラ・スクライアである。

「だいたいなぁ、もう聞き飽きてんだよ。
毎年毎年、年一つを取るごとに家の奴らを集めて、ありがた~いお言葉を貰うだけ。
俺としちゃ、言葉よりも形に残る物の方が良いね。若しくは、普段なら決して喰えねぇ御馳走とかよ」

族長の前だというのに、完全に足を崩し、粗暴な態度と言葉遣いのバクラ。
この男にとってありがたいお言葉など、仏の道に入っていない人が聞く念仏(つまり、ほとんど意味がない)の様なものなのだ。

「こら、バクラ!すいません、族長」

あまにも問題がある態度に、レオンはバクラの頭を無理やり下げてバナックに謝罪した。

「……ふぅ~、よい。そ奴のそれが簡単に直るなら、ワシとて苦労はせんわい」

離せよ、とバクラがレオンの手を振りほどいているのを見つめながら、バナックはほぼ諦めたように溜め息を漏らした。
昔からこうだ。
どんなに自分やレオンが言っても、この態度だけは一向に直らなかった。
管理局でも、盗賊だの色々悪い噂が流れている始末。
もはや、個性を通り越して問題になっている。
一族の中でなら良いが、外の世界ではそうもいかない。
せめて、外に行く時だけでも直らない物だろうか。

(まぁ、これでも昔に比べたら遥かに改善した方じゃがな)

一服しながら、バナックは記憶を掘り起こす様に目を瞑った。




一人の子供が此方を見つめている。
まだ幼く、5歳前後の子供。
辺りに漂う、明確な死の臭い。
目と目が合う。
虚無感を漂わせる瞳の中に、確かに存在する『それ』。
子供は『それ』を含んだ瞳で此方を射抜き、口を開いた。


『ムウト』




「おい、爺さん。一体どうした?急に黙って?」

意識が戻される。
見れば、声をかけたバクラを含み、皆怪訝そうに此方を見つめていた。

「おぉ、すまん、すまん。ちと、ボーッとしておった」

大丈夫ですか、と心配してくるアルスとユーノ。
お体の調子でも悪いんですか、と体を気遣ってくれるアンナ。
少し休んだ方が、と休憩を勧めてくれるレオン。
遂にボケたのか、と全く心配などしてこないバクラ。
皆の心遣い(約一名全く違うが)に感謝しながら、バナックは大丈夫だと言った。

「えぇ……ゴホンッ、まぁ色々と言いたい事はあるが、とりあえず最初にこれだけは言っておかねばな」

ニッコリ笑顔。
優しい笑みを浮かべながら、バナックはバクラとアルスにその言葉を伝えた。

「アルス、バクラ、11歳の誕生日おめでとう」

「おめでとう、アルス、バクラ」

「おめでと~、アルス君、バクラ君」

「兄さん、おめでとうございます」

族長の祝いの言葉を皮切りに、周りの家族も二人の誕生日を祝福した。



バクラとアルスは本日の主役。
二人は誕生会が始まるまで、大人しく待ってるように言われた。
唯一アルスは、自分も何か手伝いましょうか、と尋ねた。
しかし、そこでバクラが待ったをかけた。
曰く、てめぇはバカか?何で俺達の誕生日なのに、本人が準備しなけりゃいけねぇんだ。
言葉遣いこそは悪かったが、ある意味事実なので、一族の大人達もやんわりとアルスの提案を断った。

「うん?何やってんだ、アンナ?」

皆と同じように誕生会の準備をしていたレオンは、ふとアンナがテントの隅に座り込んでるのに気付いた。

「うふふふ、こ~れ」

笑顔のまま差し出してきた一冊の本。
アルバム。
自分達一家の思い出が詰まった本を、アンナは嬉しそうに眺めていた。

「へ~、懐かしいな」

「でしょ~、私もさっき見つけて、つい懐かしくなっちゃった」

皆には悪いが、少しだけ休憩をさせて貰おう。

「おぉ、これって去年の誕生日の奴か。相変わらず、ふてぶてしい顔をしてるな」

「こっちは皆で遊園地に行った時の写真ね。わぁ~、ユーノ君小さーい。まだ二歳の時だったもんね」

夫婦仲良く、アルバムの写真を見つめながら思い出に浸る。
ページを捲る。
バクラが初めて遺跡発掘に加わった時の写真。
アルスが魔法学校に入学した時の写真。
ユーノがハイハイから初めて歩いた時の写真。
様々な思い出が二人の脳裏に浮かんでいく。

「……………」

「どうしたの、あなた?」

「いや、ちょっとな……」

急に様子が可笑しくなった夫に、首を傾げるアンナ。
一枚の写真。
レオンが眺めていた写真を、アンナも見つめた。

「あっ」

小さく、アンナの口から声が漏れた。
その写真に映っている人物。
まだユーノが家に来る前、自分とレオン。そして、アルスとバクラが映っていた。
しかし、その写真には他の写真とは明らかに違う所がある。
無表情。
他の写真には、ふてぶてしかったり、怒っていたり、機嫌が悪かったり、時々笑っていたり。
あまり良い表情とは言えないが、それでもまだ何かの感情が込められていた。
だが、その写真に映っているバクラの顔には感情など浮かんでおらず、ほぼ無表情だった。

「……思い出すな」

「ええ、あの子がまだ一族に来たばかりの頃でしたね」

「あの時は、本当に手を焼かされた。でも、まさかこの時の俺も、この写真の様になるとは思ってもいなかっただろうな」

「ふふふっ、そうですか~?私はあの日から、今の様な関係になると思ってましたよ。
あの日……バクラ君が初めて私達の家族になった日から」

暖かく優しい瞳で、アンナとレオンはその写真を見つめた。




――約6年前

レオンが19歳、アンナが17歳だった、まだ結婚前の頃。
その子は、自分達の前に現れた。




新しい遺跡発掘のために、キャンプ地を移したスクライア。
その中に、まだ若いレオンの姿があった。

「本当に大丈夫か?無理してついてこなくても良かったんだぞ?」

目の前の女性を心配して、声をかけた。

「大丈夫ですよ~、私だって何時かこの一族のお仲間になるんですから」

変わりない姿に声。
未来、レオンの妻となるアンナである。

「でもよぉ~」

「何だ、レオン。もう新婚さん気分かよ」

心配するレオンを茶化す様に、同僚が二人の会話の中に入ってきた。

「おーおー!まだ結婚前だってのに、熱いねぇ~お二人さん」

「ヒュー♪ヒュー♪」

「全く、こんな綺麗な人捕まえて。どうやって騙したんだい?憎いよ~この~」

次々に集まる同僚達も、二人に祝福という名の茶化しを入れていく。

「か、からかうな!」

流石にこれは恥ずかしい。
レオンは顔を赤くしながら、同僚達に一喝を入れる。
そんな中、アンナは相変わらず嬉しそうに笑みを浮かべていた。
やはり女性。
愛する男性との仲を祝福されるのは、喜ばしい事だ。

「ほれほれ、あまり苛めてやるな」

「あ……族長。ご苦労様です」

バナックとチェルシー。
一族の長とおばば様が来た事に、皆は佇まいを直した。

「あぁー、よいよい。さっきみたいに、楽な姿勢のままで構わん」

全員に軽く挨拶をしながら、アンナへと近付いてくバナック。

「貴方が、今度家のレオンと結婚する予定のアンナさんじゃな?ワシはこのスクライアの族長を務めているバナックと申す」

「私は、チェルシー。家のレオンをお願いしますね」

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。
この度、レオン・スクライア様と添い遂げる事となった、アンナ・ランフォードと申します。
まだまだ妻としての経験も知恵も足らず、皆様にご迷惑をおかけすると思いますが、どうか一つよろしくお願いします」

お互いに頭を下げ、自己紹介をした。

「フォフォフォ、これはよく出来た嫁さんだ。レオン、良い人に巡り合えたの」

レオンの方を見つめ、アンナを褒めるバナック。
照れる。
顔を赤くしながらも、自分の選んだ人が褒められたのは嬉しいのか、レオンは嬉しそうに微笑んでいた。

「しかし、噂通りのベッビンさんじゃの~、ワシが後50年若ければ放ってはおけぬわい」

「ほぉ~、それはどういう意味だい?バナック?」

先程と打って変わって、隣からとてつもなく黒い感情に染まった声が聞こえた。
不味い。
タラーン、と背中に冷や汗をかきながらも、バナックは平静を装った。

「それはそれとして……よく来て下さった、アンナさん。ワシらスクライアは、貴方を歓迎しますぞ」

((((誤魔化したな))))

流石スクライアの一族。
心の中でツッコム時も、ピッタリ同じタイミングだった。

閑話休題。

元から明るい性格なのか、アンナは人見知りせずに直ぐ皆と打ち解けた。
よろしくお願いします。
こちらこそ。
アンナがスクライアの人達と挨拶を交わしていると――

「アンナさん!」

一人の子供が、大人達の間から飛び出し此方に駆けよってきた。
まだ小さく、ライトブルーの髪の毛が特徴で、賢そうな顔付き。
アルス。
この時のアルスは既にレオンに引き取られ、アンナとも交流があり慕っていたのだ。

「あら~、アルス君。こんにちは」

「こんにちは!」

駆けよってきたアルスを優しく迎え入れるアンナ。
未来の光景と同じく、この時から既に家族としての絆が出来上がっていた。

「それで、式は何時上げるのじゃ?レオン」

「う~~ん……すいません、まだ具体的には決まってないんですよ」

「決まって無いって、どうしたんだ?お前らのラブラブっぷりなら、今すぐ結婚しても可笑しくないだろ。
結婚資金の心配か?だったら俺達が貸してやるぞ」

「そうですよ、レオンさん」

「いや、そうじゃないんだ。向こうの実家の方が少し忙しいらしくて、まだ具体的に決められないんだよ。
こっちもこっちで、色々と忙しいからな。まぁ、この遺跡発掘の仕事が一段落したら、式場を決めるつもりだ」

レオンはスクライアの男性陣に囲まれ。

「皆さん、よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。解らない事があったら、何でも聞いておくれよ」

「そうそう、なんたっておばば様はスクライアの女性の最年長で、生き字引みたもんだから」

「ほぉ、それはつまり、私が年を取ってるって事かい?私はまだ若いよ!」

「い、嫌ですよ、おばば様。ほんの可愛い冗談じゃないですか」

「うふふふ。皆さん、楽しい方ですね」

「えぇ。明るいのが、この一族の特徴みたいなもんですから。
あ、私はリーナと言います。貴方と同じ、この一族の嫁いできた者ですから、何か解らない事があったら遠慮なく聞いて下さい。
とは言っても、此処の人達は皆良い人だから、すぐ慣れると思いますけど」

「はい。ありがとうございます」

アンナは女性陣に囲まれ、スクライアの初めての一時を過ごしていった。


さて、ここからが今回の物語が始まる。


挨拶もそこそこに、スクライアの皆は遺跡発掘前にアンナの歓迎会を開く事となった。

「うん?」

歓迎会の準備をしてる最中、一人の男性が顔を上げた。
あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。
何かを探す様に、首を動かしている。

「どうした?」

不審に思った同僚が尋ねる。

「いやさ……何か、音が聞こえなかったか?」

「音?」

男性に言われ、同僚は耳を澄ましてみる。
しかし、何も聞こえない。
聞こえるのは一族の話し声と、歓迎会の準備をしてる音だけだった。

「動物か何かじゃないの?」

この近くには森があり、小動物も何匹か居る。
何かの音が聞こえても、不思議ではない。

「いや、動物というか……こう、木々を薙ぎ倒す様な音というか……」

男性が同僚にその不審な音の説明をしていた、その時――



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」




断末魔の様な、一族全員に聞こえるほどの何かの叫び声が聞こえた。

「ッ!!」

「な、何だ!?」

思わず息を呑む男性と同僚。

「早く女性と子供を避難されるのじゃ!」

こんな時でもいち早く動けるのは、流石この一族の長。
バナックの指令に、呆けていた他の皆も意識を取り戻した。
女性と子供達を避難させる。
もしもの時のために、直ぐ近くの街に連絡を取れるように準備し。
レオンを始めとした男性は、デバイスを起動させて先程の声が聞こえた方を睨みつけた。

「……どう思います、族長?」

「さぁのぉ~、この辺には大型の動物が住んでいなかったはずじゃが……山から降りてきたのか、何にせよ気をつけるのじゃぞ、皆」

「はい。というか、族長は避難しなくて良いんですか?此処は俺達に任せてくれても良いんですよ」

「フォフォフォ、心配するでない。まだまだ、お主たちよりも腕は上じゃ」

「それは発掘の腕ですか?それとも、荒事に関してですか?」

軽口を叩けるのは、信頼の証。
時々旅をしてる最中に野生の動物に襲われるのには、既に慣れていた。
臨戦態勢。
女性や子供が避難を終えたのを確認し、レオン達は森の方を警戒する。
一分、二分、三分。
暫く辺りを警戒していたが、何かが襲ってくる気配はない。

「どうやら、ワシらがお目当てのようではないようじゃな」

「そうみたいですね」

警戒を解く。
ピリピリとして空気が霧散し、ホッと一息。
避難していた女性や子供も安心し、先程の暖かい空気に戻った。
そんな中、バナックは未だに森の方を見つめていた。
声。
この辺に住んでいる小型の動物の物ではない。
もっと奥、人があまり入らない山奥。
そこに住んでいる大型動物の物と似ていた。

(まぁ、ワシの勘違いという事も考えられが……一応な)

もし勘違いだったら、危険が及ぶのは自分達だ。
一族の長として、それは絶対に避けなければいけない。

「あぁ。済まぬが、誰かサーチで森を調べてくれんか」

近くの男性達に頼むバナック。
それでは私が。
一人の男性が前に出て、サーチを開始した。

「……うん?」

「???……どうした?」

「いえ……その……」

怪訝そうに眉を曲げた男性を見て、バナックも不思議そうに眉を曲げた。

「先程からサーチャーを飛ばしてるのですが、どのサーチャーからも正確なデーターが送られてこないのです。まるで何かに妨害されている様に……」

意識を集中させサーチを続ける男性だが、やはりダメ。
どんなにサーチャーを飛ばしても、結果は同じ。
何も解らなかった。
サーチの魔法を妨害する物。
男性は健康その物だし、魔力の問題ではない。
何か自然の力が働いたとも思えない。
とすれば、残るのは一つ。
人為的妨害。
そして、魔法を妨害出来るのは自分達と同じ魔導師しか居ない。

「どうします、族長?管理局にでも連絡しますか?」

自分と同じ答えに辿り着いたのか、レオンを始め他の皆もバナックの指示を待っている。

「ふむ……そうじゃの」

先程の声に、サーチを妨害する何か。
この二つが関わっているにしろ、しないにしろ、十中八九魔導師が関わっている可能性は高い。
だが、一体何故こんな所に魔導師が居る。
それも、わざわざサーチの妨害までして。
気になる物と言えば、もう一つ。
先程の断末魔の様な悲鳴。
この辺はエサも豊富だし、山奥にしか住んでいない様な大型生物が、無理に降りてくるとも考えにくい。
何にせよ、このままただ佇んでいる訳にはいかない。
バナックはレオン達に振り向き、それぞれに指示を出した。

「よいか。今からワシとレオン、リックとガッツは、先程の声の正体を確かめに行く」

「ワシって……族長!」

「解っておる。そこまで深追いはせん。直ぐ帰ってくるつもりじゃ」

自分を心配してくれる男性に心の中で感謝しながら、バナックやんわりと制した。
族長自らが出向く。
本当なら止めたいが、ここに居るメンバーを見る限りではそれが一番効率が良い。
バナック。
長い間スクライアの一族で生まれ育った事はあり、その経験と勘は一族の中でも最も優れている。
身体能力も、正直60歳を過ぎた高齢とは思えないほどの動きだ。
滅多なことではくたばらない人。
それが一族全員の評価だ。

「残りの者はワシらが戻るまで、皆の事を頼む。後、一応管理局と近くの街にも連絡を入れる準備をしておいてくれ。
もし、保護指定を受けている動物だったら、流石にワシらではどうにもならぬからの」

残りのメンバーの目を見て、指示を出すバナック。
解りました。
その目を真っ直ぐ見て、残りのメンバーは頷いた。

「それでは、行くとするか」

レオン、リック、ガッツ。
三人を伴って、バナック達は森の中に入っていった。



緑に包まれた森。
まだ昼前という事もあり、かなり明るい。
だが、明るいにも関わらず、森の中は不気味だ。
静かだ、静かすぎるのだ。
先程の様な森全体に響く様な声は聞こえず、今は辺りを静寂が包んでいる。
鳥や他の小動物の気配も感じない。
まるで森全体が死に絶えたように静まり返っていた。

「どう思いますか、族長?」

自分達の草木を踏み締める音だけが響く中。
先程の声とサーチを妨害する物について、レオンが問いかけた。

「うむ。まぁ、考えられる妥当な線としては、野生の動物に襲われた魔導師が、魔法で撃退した。という所かの」

答えるバナックだが、何か確証があるわけではない。
実際、腑に落ちない点がある。
自分の考え通りに、魔導師が動物を撃退したのならあの声の説明はつく。
しかし、もう一つのサーチを妨害する理由が見えてこない。
遭難者なら逆に助けを求めてくるはずなのに。

「若しくは……」

「違法魔導師……という事ですか?」

バナックの言葉を、辺りを警戒していたリックが受け継いだ。
違法魔導師。
その名の通り、法に反し魔法を使う魔導師の総称。
もし、違法魔導師がこの辺に潜んでいるなら、サーチの妨害も頷ける。
が、やはり理由としては弱すぎる。
ここら一帯は自分達スクライアが移動する前に、安全は確認した。
その調査から逃れたとしても、わざわざサーチの妨害などするのだろうか。
管理局から逃げるなら管理外世界に行くのがセオリーだし、逃げているなら無駄な魔力を使わずそのまま息を潜めていた方が遥かに賢明だ。
情報が少なすぎる。
大型動物なのか、違法魔導師なのか。
確かめない事には何も始まらない。
そのために、族長であるバナックがわざわざ出向いたのだ。

「どうじゃ、リック?サーチには何か反応はあったか?」

暫く森の中を進み、バナックはサーチを展開していたリックに問いかけた。

「……う~ん」

唸りながら、眉を曲げるリック。

「さっきよりは、正確なデーターが送られてくるようにはなりましたけど……やっぱり、何かに邪魔されてますね」

どうやら、あまり進展はないようだ。
自信なさげに、鬱蒼とした茂みに隠された森の奥を指差すリック。

「何となくですけど……この先に、何かが居る様な気はするんですけど……」

「フォフォフォ。そうか、そうか。それでは行くとするか」

何の疑いもせず、リックが指さした方へと歩き出すバナック。

「あの……気がするだけで、絶対とは言い切れない……というか、間違ってる方の可能性が高いと思います」

「そう心配せんで良い。どうせ何も情報は無いのじゃ。
このまま何の当ても無くさ迷い歩くよりも、お主の魔法を信じた方が遥かにマシだ」

あくまでも気がするだけ。絶対の確証など無い。
しかし、このまま歩き廻っていても仕方ないのも事実。
ならば、一族の人間を信用した方が利口である。
バナック達は、茂み掻き分けて森の奥へと進んで行った。




草や枝を踏み締めて進んだ先、少し開けた場所。
それを見た瞬間、バナック達は我が目を疑った。

――何だ、これは?

レオンもリックもガッツも。
様々な経験を積んできたバナックでさへも。
皆同じように唖然としながら、目の前のそれを見つめていた。
視線の先に倒れている、木々の数々。
恐らく、この木がスクライアの男性が聞いた何かが倒れる様な音なのだろう。
血を流し倒れている、クマの様な大型動物。
バナックが予想した通り、ここら辺の山奥に住んでいる動物だった。
夥しい血液が緑色の草を紅く染めている。
人間よりも巨大な体はピクリとも動かない。
絶命。
状況から察するに、この大型動物があの森の木々を倒し、死ぬ寸前にあんな大きな断末魔の悲鳴を上げたのだろう。
だが、バナック達が驚いているのはそんな事ではない。
木々が倒れているのも、大型動物が死んでいるのにも確かに驚いた。
しかし、そんな事など些細な事だと認識させる者がそこには居た。

「……子供?」

誰が呟いたのは解らない、蚊の無く様な小さな声。
だが、他に皆にその事実を伝えるには十分すぎるほど大きかった。
大型動物の死体。
その近くには、まだ幼く、アルスと同じぐらいの一人の子供がいた。
いや、居たというのはこの場合正しい表現ではない。
喰らっていたのだ。
幼い子供が、服も着ておらず真っ裸の姿で、大型動物の肉を血塗れになりながら一心不乱に喰らっていたのだ。

「ガツガツ……ガツガツ」

歯を突き立てるごとに、紅い血が噴き出しその子供の体を真っ赤に染め上げる。
それでも、子供に気にした様子はない。
再び、火を通してもいない生肉に齧り付き、引き千切る。
それからは繰り返し。
肉を引き千切り、咀嚼し、呑みこむ、そして再び肉を引き千切る。
捕食。そう、目の前光景は正に捕食。
獲物を捕らえた肉食動物の様に、目の前の肉を胃袋へと押し込んでいた。

「何だよ……これ………」

誰に問いかけるわけでもなく、レオンは言葉を漏らした。
こんな森でただ一人、服も着ないで、動物の生肉に齧り付く子供。
普通などではない、異常な光景。
人間は突然の出来事には反応できない。
“大丈夫”や“何があったの”、と優しい言葉をかけられず、バナック達は佇んでいた。

「な……なぁ。お前、何やってんだ?」

いち早く意識を取り戻したレオンは、その子供に近付き声をかける。
アルス。
同年代の子供を引き取ってるレオンには、目の前の光景が許せなかった。

「ガツガツ……………」

捕食を止め、ゆっくりと振り向く子供。
顔が露わになる。
動物の血でグッショリと濡れた髪の毛。
前髪はほとんど紅く染まってるが、他の所はまだ白いままだった。
ここら辺では見かけない褐色肌。
顔に飛び散った血の跡と、口から垂れる真っ赤な唾液が、酷く不気味だった。
そして何よりも、目。
見た所、アルスと同じくらいの5歳前後。
それぐらいの子供の大半は、毎日目を輝かしている。
アルスなど、新しい発見や知識を身につけた時は、とても喜んだものだ。
だが、目の前の子には光など一切なかった。
いや、正確には何も感情が浮かんでいなかった。
喜怒哀楽。
全ての感情が欠如した、酷く冷たい二つの眼が自分を射抜いている。

(何だよ……何でそんな目をしてるんだよ!)

ギリッ。自分でも解るほど奥歯を噛みしめるレオン。
気味が悪いだとか、何故こんな事をするのだとか。
そんな感情よりも早く、レオンにはある感情が浮かび上がった。
許せない。
この子がどんな生活をしてたのか、家庭の事情など、そんな物は自分には解らない。
けれど、少なくても此処にこの子がいるという事は、必ず親が居たはずだ。
まだこんな幼い子供、それもこんな生活をさせている親がとてつもなく許せなかった。
冷静に、冷静に。
怖がらせないよう、煮えたぎった感情を奥へとしまう。
見れば、まだ子供は此方をただ見つめていた。

「坊主、お前名前は?っと、他人に尋ねる時は、先ずは自分からが礼儀だよな。
俺の名前はレオン・スクライア。スクライアって知ってるか?遺跡発掘を生業をしている一族。結構その手じゃ有名なんだけど」

怖がらせないよう、優しい声音で話しかけながら目線を合わせようとするレオン。
瞬間、子供の目にある感情が宿った。
全ての光を塗りつぶすほどの、深い闇。
永遠の先が見えない闇の中に蠢く憎悪を帯びた『それ』。

「ッ!!い、いかん!レオン、直ぐ離れるのじゃ!!」

『それ』に気付いたバナックは、急いで声をあげる。
突然大声を上げた族長を疑問に思い、振り向くレオン。
それがいけなかった。

「ッ!がぁあ!!」

突然、鉛を撃ち込まれた様な衝撃が腹部に響いた。
痛い。呼吸が上手く出来ず、苦しくなる。
昼飯喰って来なくて良かった。
激しい痛みの中、レオンはそんな事を考えた。

「レオンッ!!」

「チッ!」

何かに押される様に、後方へと押し飛ばされるレオン。
不味い。
急いでリックとガッツは体勢を整え、レオンを優しく受け止めた。

「……うぅ……ごっふげっふ……あぁっが!」

「だ、大丈夫か!?待って、今すぐ回復を!」

せき込むレオンを心配しながら、急いで回復魔法をかける。
リック達がレオンの治療を行っている最中、バナックは目の前の子供を見つめていた。
突き出された拳。
疑う余地など無い。
この子供がレオンを殴り飛ばしたのだ。
まだ5歳前後ぐらいの子供が、並の成人男性よりも鍛え抜かれた肉体を持つレオンを。
信じられない。
確かに身体強化の魔法を使えば、子供でも大人を突き飛ばす事は可能だ。
しかし、見た所目の前の子供はデバイスを使った様子はない。
まだ幼く、しかもデバイスの補助なしで、ここまでの魔法を使える事が信じられなかった。
さらに信じられない事が間の前で起こる。

「ッ!!こ、これは!?」

幼い子供の体に渦巻く、白い靄の様なもの。
人に似た顔を持ち、不気味な呻き声を上げる。
テレビや映画などでしか見る事がない、幽霊の様な物が子供の体に渦巻いていた。


彼らは知らない。
それが未来に置いて、ネクロマンサーと呼ばれるレアスキルであるという事を。
この時の彼らは、まだ知らなかった。


「え……何だよ、あれ」

「私に聞かれても……」

漸くレオンの治療に集中していたリック達も気付いた。
目の前で渦巻く、死霊達。
異常な光景。
魔法が当たり前の世界で生まれ育った彼らにしてみれば、目の前の光景は異常だった。
こちらを見つめる子供。
その目には、変わらず『それ』が宿っていた。

「「ッ!!」」

『それ』を帯びた目で見つめられた瞬間、リックとガッツは息を呑んだ。
無感情の中にも、確かに存在する『それ』。
先程はレオンに隠されて気付かなかったが、自分達を標的にされ漸く正体が攫めた。
殺意。
全てを破壊し、相手の命を刈り取る、冷たい純粋な殺意が満ちていた。
硬直するリックとガッツ。
今まで色々な遺跡を発掘してきた。
時には凶暴な野獣に襲われる事も、少なからずあった。
だが、目の前の殺意はそんな生易しい物ではない。
もっと深く、もっとドス黒い。
それこそ、大の大人達を硬直させるほどの闇を放っていた。
こちらを射抜く子供。
冷たい殺意を放つ目で獲物を見定め、ある言葉を口にする。

「ムウト」

小さく、ただ3文字だけ紡がれたその言葉。
意味は解らなかった。
でも、身に近付く危険を本能だけが感じていた。

『―――――――ッ!!』


人間の物とは違う、この世の物とは思えない不気味な声を上げながらこちらに襲い掛かってくる死霊。
動けない。
一般の魔法とは明らかに逸脱する死霊に、先程の殺意に満ちた目。
それを見たリックとガッツは、咄嗟の判断が出来なかった。
このままでは不味い。
長年の経験から、バナックは子供が放つ死霊達が危険と感じ取った。
急いで、自らの肉体に身体強化の魔法をかけるバナック。

「はああぁぁーーッ!!」

高齢とは思えないほどの動きで、魔力を帯びた拳を振るう。
襲い掛かってくる死霊。
その全てを撃ち落とした。
デバイスがないとはいえ、長年慣れ親しんできたこの肉体。
魔力も全盛期に比べれば衰えてはいるが、この程度の力しか持たない死霊を撃ち落とす事は可能だった。

「……………」

子供の表情に変化はない。
相変わらず無表情だった。
攻撃が失敗しても、臆することなく次の攻撃の準備に入った。
そうはさせない。
地面を強く蹴り、一気に子供との距離を詰めるバナック。

「ッ!!」

流石にこれには驚いたのか、僅かだか目を見開く子供。
だが、それも一瞬。
直ぐ無表情に戻り、先程のレオンと同じくその拳を振るった。

「フォフォフォ、甘いの」

「ッ!!」

フェイントも何も無い、直線的な攻撃。
バナックからして見れば、ただの力が強いだけのパンチでしかない。
見極め、避ける事など簡単だった。
怪我をさせないよう、拳ではなく掌底で子供の腹部を撃ち抜く。

「ぐっふ」

小さく、声を漏らしながら子供は気絶した。

「ふぅ~~……全く、とんでもない子供じゃな」

一仕事終えた様に、額の汗を拭うバナック。

「族長、大丈夫ですか!?」

漸く動けるようになったリック達は、レオンに肩を貸しながらバナックへと近付いた。

「心配せんでも良い。ワシなら大丈夫じゃよ。それよりも、レオン。怪我ないか?」

「え、えぇ。まだ痛みますけど、動けないほどではありません」

リック達の肩を離れ、大丈夫だという事をアピールするレオン。
良かった。
安心したバナックは、続いて腕の中で気絶する子供を見つめた。
こうして見ると、本当に小さい。
血塗れで裸でなければ、そこら辺で走り回っている元気な子供と変わりない。
何故、こんな子がこんな所に、しかも一人で。

「族長……その、その子はどうするんですか?」

子供の事を考えていたら、レオンが心配そうに声をかけてきた。

「ふむ……レオンを始め、ワシらに危害を加えようとしたのは事実」

僅かに肩を振るわせるレオン。
それを知ってか、知らずか、バナックは安心させるように笑みを浮かべた。

「しかし、この場に放っておいては世の義理人情に反するのも事実」

「ッ!そ、それじゃあ!」

「うむ。とりあえず、キャンプに連れて帰ろう。どうやら、かなり腹を空かしてるみたいだし。
流石に裸で血塗れと言うのは可哀想じゃからな」

気絶した子供を背負おうとするバナック。
そこに、レオンが待ったをかけた。
曰く、自分が連れて行きます。との事だ。
リックやガッツは怪我をしてるのだから無理するな、と止めようとする。
しかし、それでもレオンは頑固に譲らなかった。

「それでは、お主に頼むとするかの。ワシも、さっきの魔法でちと疲れたし」

「はいッ!」

子供を受け取り、レオンは優しく背中に背負った。
それでは早く帰るとするか。
バナックの言葉に従い、レオン達は森を後にした。









結構長くなったので、前後編に分けます。

と言うかわけで、バクラの過去編が始まりまでした。
過去編と言っても、次で終わりです。長編にはなりません。

では次の後編(何時になるか解りませんけど)をお楽しみに。



[26763] 誕生日の意味 中編
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/05/09 10:53
*先ずはお詫びを。

前回、あとがきに今回で終わると明記しましたが、書いていく内にどんどん長くなってしまいました。
今はまだ執筆中ですが、間を空けるのもなんなので区切りのいい所で投稿します。
では本編をどうぞ!






新たな遺跡発掘のために、この世界に移動したスクライアの一族。
そのキャンプ地。
中心に佇み、苛立つ感情を一切隠さない一人の高齢の女性。
チェルシー。
バナックのお嫁さんにして、一族の皆からおばば様と慕われる女性である。

「全く、バナックの奴め自分が私達の長だって事を自覚してるのか?」

バナック達が入っていった森を見つめながら呟く。
口では責めてるが、その言葉の裏には確かな愛情が籠っていた。

「まぁ、昔から結構行動派だったし、後ろでビビって縮こまってる様な玉無しよりも遥かにマシだけど。はぁ~……これも、惚れた弱みって奴かね~」

いやー参ったねー。
そう言いたそうに、チェルシーは頭を掻いた。
どんなに年を取っていても女性。
愛する男性を信じるのは、若い乙女とは変わりない。

「おばば様、族長達が帰ってきました!」

「ッ!そ、そうかい。ご苦労様」

報告に来てくれた男性に、平成を装いながら返事をする。
危なかった。
自分とバナックが夫婦なのは一族全員が知ってるし、今さら呆けてる所を見られても別に気にする事も出ない。
しかし、しかしだ!
やはり恥ずかしい。
アンナの様に皆からあれこれ言われるのは、正直苦手だ。
冷静に、深呼吸して。
焦りを沈下させ、何時もの自分に戻ろうとする。
よし、完了!
何時もの自分に戻ったチェルシーは、進んでバナック達を出迎えた。

「バナック!あんた……ッ!!」

今回の事は特に怒ったりはしてない。
実際、自分がバナックの立場だったら同じ事をするからだ。
だから、妻として、一族を代表としてほんのちょっとの苦言を呈するつもりだった。
しかし、喉まで出かかっていた言葉は、それを見た瞬間に呑みこんでしまった。
レオンの背中。
そこに背負われる、血塗れの裸の子供。
異物。
出迎えた一族の皆も、自分と同じように唖然としながらその子供を見つめていた。

「……どうしたんだい?その子は?」

「ちょっとな……チェルシー、済まぬが風呂と服、後食事の準備をしてくれ」

チェルシーは、それ以上何も言わなかった。
ただ一言、解った、とだけ言い周りの皆に声をかけて風呂の準備に向かった。
夫婦。
言葉に出さなくても、チェルシーにはバナックの気持ちが伝わった。
この辺は、流石長年付き添ってきたパートナーと言った所だろう。
それから、一族に皆には当然、拾ってきた子供の事を聞かれた。
が、バナックは後で纏めて話す、とだけ言い残し自分のテントへと消えていった。


そして、夜。


バナック、チェルシー。
族長とおばば様を中心に、一族の皆は一つのテントに集まっていた。
今日の森での出来事を皆に話すためだ。

「……と、言う訳じゃ。ふぅ~、いやー参った参った。
ほんの様子見のつもりが、久しぶりに魔法を使ってしまったわい。フォフォフォフォ」

実際は命を狙われたのに、バナックに気にした様子はない。
まるで、今日の晩御飯はなにかの、とでも言いたそうに平然と笑っていた。
大型動物の生肉を喰らっていた事、周りに親らしき人物がいなかった事、自分達が襲われた事。
包み隠さず、バナック達は一族の皆に説明した。
それぞれの反応。
中には自分達の一族が襲われたと聞いて顔を顰める者もいたが、全員少なからず子供に同情していた。
家族も居ず、たった一人で森に住み、動物の生肉を喰らう。
悲惨な人生。
直接的に子供に対して憎悪を抱く者は、流石に居なかった。

「……あの……それで、あの子はどうするんですか?」

一人の男性が手を挙げる。
リック。
あの森に居た内の一人が、バナックにこれからの子供に身柄に対して質問した。

「……お主は、どうするべきだと思う?リック?」

逆に問い返されたリック。
挙げた手を下し、視線をさ迷わせる。
暫く何かを考えていたが、やがて視線をバナックに合わせその重い口を開いた。

「私は、管理局に引き取ってもらうべきだと思います」

一度言葉を区切るリック。
これか先を言うべきか、言わざるべきか。
迷っているリックを、バナックの視線が射抜いた。
嘘をつくな。そう語っている。
リックは観念したように、再び口を開いた。

「その……あの子は危険すぎます。此処に置いておくべきではないかと」

「ッ!リック!お前!!」

危険。普通ではない、危害を与えるだけの物を指す言葉。
リックの発言は、あんな幼い子供をその危険と同じだと言ってるのだ。
思わず攫みかかってしまうガッツ。

「私だって……私だって、こんな事言いたくないさ!でも……」

胸倉を攫まれながらも、リックは臆さず反論する。
彼は別に、子供を邪険にしてるわけではない。
ちゃんとした理由があってこその、発言だった。

「ガッツ、君だって見ただろ?あの子の凶暴さを。此処に集まってる人の中にも、実際に怪我をした人だって居るんだ」

そう言いながら、リックは辺りを見渡す。
釣られるように、ガッツも辺りを見渡した。
視線の先に集まる一族の皆。
ほとんどが無傷な状態だが、中にはそうでない者もいる。
切り傷や絆創膏、酷い物になると包帯を巻いている怪我人も座っていた。




あの子供がこのキャンプに来てから。
先ず行ったのは、風呂に入れる事だった。
体に付着した血や泥。
全てを丁寧に、綺麗を洗い落した。
次は服。
流石にこんな幼い子供の裸にうろたえる女性は居ないが、裸のままは可哀想だ。
幸い、同じ年頃の子の服があり、直ぐ準備が出来た。
そして、ベットに寝かせ暫くした後。
ゆっくりと布団を退けながら、その子は目を覚ました。

『あ、良かった~。大丈夫?何処か痛い所はない?』

近くで診ていた女性が問いかける。
子供は何も言わない。
黙って、此方を見てるだけ。

『どうしたの?……あっ、ご飯食べる?』

自分達が助けた子供。
その子から最初に向けられたのは、ありがとう、という感謝の言葉では無く。
此処は何処、という現状に対しての疑問でも無く。
純粋なまでの殺意だった。

『え?……な、何!?』

突然、子供の周りに現れた死霊。
初めて見る現象に、女性は驚き後退った。
狙いを定める。
怯える女性に向かって、子供は一切の容赦なく、死霊を放った。
そこから、少しばかりの騒動が起こった。
女性の悲鳴を聞きつけ、集まるスクライアの一族。
何とか子供を止めようとするが、全てが無駄。
どんなに話しかけても、こちらの話しなど一切聞かずに子供は暴れ回った。




「今は大人しくしてるけど、また何時暴れ出すか解らないんだよ」

暴れていた子供は、何とかバインドで拘束した。
バインドを無理やり引き千切ろうとしていたが、何重にもかけられたバインドはそうやすやすと壊れるものではない。
次第に疲れ、大人しくなる。
今の内にと、子供に食事を与え腹を満たさせた。
これは、あの捕食の様子を見ていたリックが提案したものだ。
相当腹が空いていたらしく、与えられた食事に一気に喰らい付く。
そうして腹が一杯になると、先程まで暴れていたのが嘘のように大人しくなった。
腹を満たせば動物は大人しくなると言うが、正にそうだ。
動物。
本能のままに相手を捕食し、暴れる、正に動物の様な子供だった。

「私達は良いさ。いざという時は、あの子を取り押さえられるからね。
でも、此処にはリンカーコアを持たない人や子供もいるんだよ!もし、またあの子が暴れ出した時に……」

苦虫を噛み潰したように、表情を歪めるリック。
そこから先は言わなくても解る。
ガッツもリックが言おうとした事を察し、手を離した。

「……悪い、リック。少し頭に血が昇っていた」

「別に良いよ。実際に私が言ってる事は、あんな幼い子供を危険って言ってる様な物だから」

お互いに謝罪するリックとガッツ。

「二人とも、仲直りしたなら大人しく座りな。皆の迷惑だよ」

「「……はい」」

チェルシーに言われ、再び座り込むリックとガッツ。
この場での喧嘩は収まったが、まだ肝心の問題が残っている。
さて、どうしたものか。
バナックはキセルを咥え、一服しながら自分達が拾った子供の事を考えていた。

(まぁ、リックの考えはもっともだからのぉ~)

冷たいかもしれないが、現状ではリックの言い分が正論だ。
あの殺意。
一体どんな苦痛を味わえば、あんな幼い子供があれほどの殺意を抱けるのだろうか。
気になるが、それを調べるのは管理局だ。
管理局ならあの子の保護も出来るし、暴れても直ぐ取り押さえられる。
親だって探す事が出来るし、一族の事も考えたら預けるのがベストだ。

(じゃが……果たして、それであの子が幸せになれるのじゃろうか?)

バナックが懸念していたのはそれだった。
子供の殺意。
あれは生半可な物ではない。全てを恨み、憎しみ、破壊する様な目。
どんな環境で生きてきたのか解らないが、あれは異常過ぎる。
感情の欠如。殺意に満ちた目。そして、まだ幼くしてデバイスの補助なしであれだけの魔法を使う腕。
時空管理局。
一族の安全と、あの子の事も考えたら、そこに預けるのが一番の方法。
そうすれば、あの子の身の周りの安全も確保できる。
体の安全は。
問題なのは心。精神の面だ。
この数時間で、子供の内面はある程度把握できた。
自分以外の物、全てが敵。
今大人しくしてるのは、スクライアが敵対する意思がないと感じたのか。
それとも、自分に食料を与えてくれる都合の良い奴らと感じてるのか。
どちらにせよ、また暴れ出す可能性があるのは事実だ。
そんな子を、時空管理局に預けたらどうなる?
妥当な線としては更生プログラムを受け、まともな人間にするのが普通だ。
が、あの子が本当にそれで更生できるのだろうか。
少なくても、バナックには首を縦に振る事が出来なかった。
冷たい目。
長年に生きてきた自分でさへも見た事がない、憎しみの塊。
あれを取り除くとなると、相当の時間と労力。
そして何よりも、あの子を想いやる気持ち――家族の様な深い愛情が必要になってくるだろう。
管理局は慈善団体ではない。れっきとした治安組織。
それも次元世界などという、とんでもない広い世界を守る組織だ。
一人の子供に24時間、そこまで深く関わってるわけにもいかない。
もし、また暴れ出したとしたら。そして、その力で無関係な人を傷つけたとしたら。
子供とはいえ、管理局も黙ってはいない。
仮に里親が見つかったとしても、そこで上手くやっていけるのだろうか。
そもそも、親自体が見つかるのだろうか。
施設に預けられた時、そこに居る皆と上手くやっていけるのだろうか。
殺意を完全に取り除き、普通の子供の様に笑える事が出来るのか。
様々な推測が次から次へと溢れ、バナックの思考を埋め尽くす。

(ふぅ~~……全く、こういう時は長としての仕事を投げ出したくなるわい。本当に)

思わず心の中で愚痴ってしまうバナック。
別に管理局を信じでいないわけではない。寧ろ、その姿勢は信じるに値する物だ。
しかし、この問題は別だ。
組織人としてではなく、あの子を受け入れてくれる場所。
何処かの施設に預けるぐらいなら、ここで引き取ってあげてもいいと思う。

(とは言っても、今回は今までの悪ガキや捨て子と訳が違うしの~)

敵と定めた人間、それも助けた相手に対してまで危害を加えようとする子供。
そんなのを預かるのは、余程の物好きしか居ない。
一族の安全を考えたら、そんな物好きになるのは愚の骨頂。
それに、自分達はスクライアで孤児院ではない。
子供を引き取る義務も義理も無いのだ。
しかし、どうしてもあの子の目が脳裏にこびり付いてしまう。
悩み続けるバナック。
まだ時計の針が半分も過ぎてないが、彼には長い時間が経ったように感じた。

(やはり、ここは管理局か)

悩みに悩んだ末、答えは出た。
正直此処で引き取ってあげたいが、一族の長としての答えを出したバナック。
目の前の一族の皆に、その答えを伝えようと口を開こうとした時――

「あの~、ちょっとよろしいですか?」

静まり返っていたテントの中に響く、気の抜けそうなのんびりとした声。
一斉に注目するスクライアの皆。
アンナ。
今日初めてスクライアに訪れた女性が、手を挙げていた。

「私に、任せくれませんか?」

皆の注目など特に気にした様子はなく、再び口を開くアンナ。

「任せてくれって……あの子をか?」

「はい、そうです」

ニッコリ笑顔で答えるアンナ。
この大人しそうな女性が、あの凶暴な子供を引き取る。
リンカーコアも持たない、何処にでも居る様な普通の女性が。
無理だ。
テントに集まっていた皆の答えは直ぐに出た。

「……何故じゃ、アンナさん?何故、貴方はあの子を引き取ろうと思ったのじゃ?」

皆の疑問を代弁するように、バナックが問いかける。
その真意を見逃さないよう、鋭い視線で射抜きながら。
真剣。
アンナは先程までの笑みを潜め、真っ直ぐバナックの目を見つめた。

「寂しいじゃないですか」

「さ、寂しい?」

「はい」

変わらずの笑顔、しかしその目に秘めた想いは強く本物だった。

「折角出会えたのに、このままさよならなんて寂しすぎますよ。親御さんが居ないなら、私があの子の母親になります」

寂しい。
たったそれだけの理由で、この女性はあの凶暴な子供を引き取ろうとしているのだ。
嘘をついている。
思わず疑ってしまった人もいたが、嘘ではない。
確かに、この人は自分の意思であの子の母親になると言っているのだ。

「俺も、アンナの意見には賛成です」

「レオン……お主もか」

皆の注目が集まる中、アンナの隣に座っていたレオンも手を挙げて発言した。

「上手く言えないんですけど……あの坊主、放っておけないというか、目が離せないというか。
その……どうせ施設とかに預けるぐらいなら、俺達に任せてはくれませんでしょうか?」

夫だからだとか、そんな責任から来るものではない。
心の底から、レオンもあの子を引き取ろうとしている。
あの子供の、憎悪の塊を取り除こうとしているのだ。
バナック個人からして見れば、この申し入れは願ったり叶ったりしたもの。
自分だって、あの子供を放っておけなかったのは事実。
だが、一族の皆を危険な目にあわせる訳にはいかないのも、また事実。
考えた結果、バナックは二人の瞳を射抜きながら、その真意を測る事に決めた。

「ふーむ。じゃが、あの子は我らに危害を加え、一族の者にも手を出そうとした。
もし、再びあの子が暴れ出した時、お前達は責任を取れるのか?見ず知らずのあの子の責任を?」

声こそは変わらないが、その言葉の裏に隠された物はとてつもなく重い。
人間一人を引き取る。それも、一族の者に怪我を負わせた子供をだ。
それがどれほど大変な事か解ってるのか。
遠まわしに、バナックは二人に問いかけた。

「「はい!」」

一切の迷いを見せない、真っ直ぐな瞳。
本気。
バナックは白旗を挙げるように、溜め息を吐いた。

「ふぅ~~……解った。そこまで言うのなら、お主らの好きにするがよい」

険しい表情を潜め、呆れながらも何処か優しい苦笑を浮かべるバナック。
レオンとアンナの表情は、お許しが出た事に喜び一色に染まる。
一瞬顔の筋肉が緩むが、それも次のバナックの言葉で一気に引き締まった。

「正し!期限を設けさせて貰おう」

再び鋭い視線で二人を射抜くバナック。

「一か月じゃ。一ヶ月間の間に、あの子の攻撃的な性格が直り、普通に暮らすのに何の問題が無くなったのなら、ここで引き取ろう。
しかし、もし今回の様に暴れ回るようならば、ワシらの手には負えん。大人しく管理局に任せる事。よいな?」

これはバナックが出来る、最大限の譲歩だった。
自分だって施設に預けるぐらいなら、ここで引き取ってあげたい。
しかし、自分はこの一族の長。
何よりも考えるのは、皆の安全と生活なのだ。

「解りました。では一ヶ月の間、俺達であの子の面倒を見ます」

「バナックさん、ありがとうございます」

二人はそれぞれバナックに了承の返事をした。

「うむうむ。皆もそれで良いな?」

満足そうに頷いていたバナックは、続いて周りの皆に確認する。
リックを始め、何人かは渋っていたが一か月ぐらいならと納得した。
なんだかんだ言っても、皆バナックと同じ。
幼い子供を放ってはおけないスクライアの一族だった。



皆が去ったテントの中。

「ふぅ~~……あぁー、何か変に疲れたのう。全く、ずるいぞ。あれで断ったら、ワシが悪者みたいではないか」

「いじけるな、いじけるな」

「別にワシはいじけてなど……」

「ふふふっ、二人ともいい子じゃないか。昔の誰かさんにソックリだよ。本当に」

「……昔の?」

「ああ。あれは……そう、だいたい50年ほど前だったかね。
強化魔法が得意などっかの誰かさんが、今日のあの子達と同じように皆の反対を押し切って行く当てのない子供を拾ったけね~。
まだ毛の生えた青臭いガキにも関わらず、四苦八苦しながら子育てをしていたよ。いやー、懐かしい~懐かしい~」

「チェルシー……年を考えろ」

「おや、これは心外な。私はまだまだ若いよ」

軽口を叩きながらも、何処か暖かなやり取りをする老夫婦だった。




一方、外では早速アンナ達が行動に出ていた。

「一か月か……長いようで、短いな」

「じゃあ、早速あの子の所に行かなくちゃ」

直ぐ子供の所へ向かおうとするアンナを、レオンは肩を攫んで止めた。

「おいおい。行くっていっても、下手したら逆に溝が深まるだけだぞ」

「でも~、このままジッとしていても、何も始まりませんよ?」

どちらの言い分も正論だ。
あの子供に下手に近付いたら、余計仲が悪くなってしまう。
かと言って、このままジッとしていたらバナックが設けた期限など直ぐ過ぎてしまう。
話し合うアンナとレオン。
結果、とにかく話して話してあの子の事を知らなければ先には進めない。
アンナとレオンは、子供が居るテントに向かった。
スクライアのテントは、普通にキャンプに使う様な簡素な物とは違う。
魔法文明の恩恵、進んだ科学技術。
それら全てを受け、遺跡発掘のために流浪の旅をするため下手なマンションよりも装備が充実している。
中が広い事は勿論、ベットや風呂、さらにはキッチンまで。
ちゃんとした家やホテルなどには負けるが、それでも人間が住むには十分すぎるほどの豪華さだ。
その中の一つ。
物が散乱し、他のテントよりも一回り小さいテントの中。
拾われた子供は、特に何かする訳でも無く、ベットに腰がけていた。

「……………」

何も喋らない、何もしない。
ただそこに居るだけ。
目に光は宿っておらず、表情にも何も宿っていない。
広いテントを包み込む静寂。
住居だというのに、何の音もしない。
本当に人が住んでいるのか疑う様な光景だ。

「こんばんは~」

「おーい、坊主。起きてるか?」

静かだったテントの中に、今初めて人の声が響いた。

「って、うわ~……ひでぇーな。こりゃ」

「そうですね。後でお片付けをしなくちゃ」

部屋の惨状を見ながら、近付いくアンナとレオン。
子供が振り向く。
訪問者が来たというのに、その表情には相変わらず変化はない。
無表情のまま突然の訪問者を見つめていた。

「初めまして、かな。私の名前は、アンナっていうの。よろしくね~」

「俺の事は覚えているか?レオンだぞ。レ・オ・ン」

先ずは自己紹介を始めない事には何も始まらない。
優しく声をかけ、なるべく怖がらせないよう、様子を見ながら近づいていく。

「えっと……君のお名前を、お姉さんに教えてくれると嬉しいな」

「……………」

アンナの質問に、子供は答えない。
ただジッと見つめているだけ。
不気味。
あの森でも感じたが、幼い子供が無表情で見つめるのは何処か変な感じだ。
それでもアンナ達は話し続けた。
何が好きなの、欲しい物はある、嫌いな食べ物は、映画とか好き、発掘に興味無いか、魔法を使えるなんて凄いな。
返答無しでも、とにかく色々話しかける。
決して、親やあの場所に一人で居た事は聞かない。
その辺の事情は二人とも察している。
今大切なのは、この子の心を開く事。
視線を合わせながら、二人は話し続けた。

「ねぇ、喉渇いていない?ジュースでも持ってこようか?」

返答らしい返答がない事に、アンナはめげなかった。
優しく、怖がらせないように問いかける。
瞬間――

「ッ!!」

何かがアンナの腹部を撃ち抜いた。

「アンナッ!」

慌てて倒れそうになるアンナを受け止めるレオン。

「うっぅ………」

腹部を押さえ、小さく呻き声を洩らしながらアンナは苦しんでいた。
急いで子供の方を確認するレオン。
見れば、森で見た時と同じ死霊が、一体だけ子供の周りを飛んでいた。
黒い光が子供の体を包み込む。
一体、二体、三体。
次から次へと死霊が生まれ、自分達目掛けて襲い掛かってきた。

「落ち着け!俺達はお前に危害を加えたりはしない!!」

アンナを抱きかかえながら、レオンはバリアタイプの魔法で死霊達を防ぐ。
脆い。
死霊はその煙の様な見た目通りに、それ程力は無かった。
並の人間からしたら脅威だが、魔導師からしてみればそこまで威力は無い。
しかも、バリアで弾けば直ぐ消えてしまう。
ある程度の魔法を使える者なら、簡単に防げた。

「くぅ……だから、少し落ち着けって。なぁ?俺達はお前をイジメたりはしないから」

攻撃こそは簡単に防げるが、肝心の話しが出来ない。
一体が霧散する。しかし、直ぐまた別の死霊がバリアに突撃してくる。
無限ループ。
どんなに説得しても無駄。聞く耳なし。
返ってくるのは言葉ではなく、死霊による攻撃だけだった。

「ダメか。仕方ねぇ、一度撤退だ」

バリアを張りながら、レオンはアンナを抱きかかえてテントから出ていく。
同時に、子供の攻撃は終わった。
静寂。
アンナ達が来る前の同じ静けさが部屋に戻る。
子供に変化はない。
息を切らす事も、罪悪感も浮かべず、何の感情も宿していない瞳で部屋の中を見つめた。

「はぁはぁ……解っていたが、こうも人の話しを聞かないとは。アンナ、大丈夫か?」

「えぇ。私なら、大丈夫ですよ」

お礼を言いながら立ち上がるアンナ。
無理をしてる様子はない、どうやら本当に大丈夫のようだ。
良かった。
ホッと胸を撫で下ろしながら、アンナ達はテントの外でこれから対策を考える。

「さてと……どうする?一筋縄ではいきそうにないぞ」

「そうですね~」

互いに知恵を振り絞りながら、対策を考える。
先程の自分達の話し方や態度に、何か問題はなかった。
それでもあれだ。
下手したら、余計に仲がこじれてしまう。

「う~~ん……あっ!」

何か思いついたのか、アンナが両手を叩いた。

「何だ?何か思いついたのか?」

「はい、とっても良い方法を思いつきましたよ」

レオンにその方法を伝えるアンナ。
その方法を聞いた瞬間、レオンの顔が誰にでも解るほど曇った。
本当にそんな事で上手くいくのかな。
一抹の不安を覚えるが、自分には何の方法も思い付かない。
此処はアンナに任せてみよう。
それから直ぐ、アンナはある物を持って再び子供の所に訪れていた。

「もう一回、こんばんは~」

先程襲われたというのに、アンナに変化はない。
恐怖も無ければ、険悪感も。
ニコニコ。
何時もの笑顔を浮かべながら、子供に近付いていった。
再び死霊を放とうとする子供。
しかし、アンナが持ってる物を見た瞬間、無感情だった子供の表情に僅かな変化が訪れた。
ボーッと、ただただアンナが持ってるそれを見続ける子供。
放とうとしていた死霊も霧散し、完全に敵対心が無くなっていた。
今の内。
アンナは近付き、子供の目の前にそれを差し出した。

「は~い、夕ご飯ですよ~」

目の前に出された食事。
パン、シチュー、鶏肉のソテー、サラダ、フルーツゼリー。
血生臭い動物の生肉よりも、遥かに人間らしい豪華な食事だ。

(本当にあれで上手くいくか~)

心配そうに、テントの隙間から中の様子を窺うレオン。
アンナが思いついた作戦。
その名も、海老で鯛を釣る作戦!
難しい事を抜きで簡潔に説明するなら、食事で気を引こうという物だ。

(確かに前はそれで上手くいったけど……そう何度も)

「ガツガツ!!」

(上手くいったーーー!!?)

予想に反し、アンナの作戦は成功した。

「うふふふっ、美味しい?」

「ガツガツガツガツ!!」

相変わらず返答しないのは変わりないが、それでも先程までとは違う。
アンナが側に居るのに、今度は何もしない。
食事が終わる。
子供は特に何かするわけでもなく、アンナの方を見つめていた。

「はい、お粗末まさでした」

食器をトレイに乗せ、アンナはテントから出ていく。

「おい、良いのかよ。折角大人しくなったのに」

「良いんですよ~。あなたも見たでしょう?
多分、あの子は無理に話しかけてもきっと何も話しません。
先ずは、その冷たく閉じている心を、えいッ、て開けてあげませんと」

「……そのための、メシか」

「はい。本当なら一杯お話をしたいですけど、今の様子では無理みたいですからね。
少し続、少し続、私達が味方だって教えてあげないと」

「はぁ~……こりゃ、思ったよりも骨が折れるな」

こうしてアンナ達の戦いは始まった。



最初の内は、やはりというかそこまで上手くはいかなかった。
毎日話しかけても、返答は無いどころか攻撃される始末。
アンナやレオン以外が入っても、待ってるのは死霊達の歓迎だった。
攻撃が弱く、怪我人が出てないのが唯一の救いだが、コミュニケーションなど一つも取っていない。
頭を悩ますスクライアの一族。
アンナ達に任せたとはいえ、やはり彼らも幼い子供は気に掛けていた。
一体どうしたものか。
皆が悩んでいるのは尻目に、アンナ達は諦めず食事を持っていきながら、毎日話しかけた。
そうやって何回か繰り返してると、徐々に子供にも変化が出てきた。
無言・無表情なのは変わりないが、テントに誰かが入っても攻撃をしなくなったのだ。
前までは食事を持っていく時以外は攻撃したのに。
喜ぶアンナ達。
早速話しかけてみたが、流石にそこまでの変化はなく、相変わらずの無回答だった。
しかし、確実に変化は訪れている。
攻撃しなくなったという事は、少なくても自分達を敵と見なくなったという事。
焦らず、まだ期限は残っている。
何時も通りに、子供に話しかけていこう。
幸い、近くに寄っても攻撃しなくなったおかげで、食事の時以外でも話しかける事が出来るようになった。
とはいっても、下手に刺激すると死霊を差し向けられるので注意しなくてはならない。
レオンが手を離せない時はアンナが、アンナが手を離せない時はレオンが。
それぞれ子供に話しかけ続けた。
そんなある日、さらに大きな変化が子供に訪れた。

「うん?……あれは」

最初に気付いたのは一人の男性だった。
子供のテントに入る小さな人影。
ライトブルーの髪を持つ、まだ幼い子供が問題のテントに入って行った。

「もしかして、アルス!」

気付いた瞬間、男性は急いでテントへと向かう。
確かにあの子供の攻撃的な性格は少し緩和されたが、まだ完璧じゃない。
もしもの事もある。
駆けより、男性は中の様子を窺った。

「ねぇ、美味しい?これ、シュークリームって言うんだよ」

「ガツガツ」

意外や意外。
子供はアルスを邪険に扱わず、アルスが持ってきたシュークリームを一緒に食べていた。

「……えっと……何これ?」

目の前の光景が信じられず、思わず疑問の声を漏らす男性。
友達同士がオヤツを食べる。
極ありふれた光景で、これが本来の子供の姿なのだ。
が、どうしても先に攻撃的なイメージが来てしまう。
目の前の現実を受け入れるのに少し時間が掛った男性だった。
再起動。
暫く呆けていたが、漸く意識を取り戻す。
早速、男性はアルスに此処で何をしていたのか聞いてみた。
話によると、どうやらアルス自体は何度か此処を訪れて子供に話しかけていたそうだ。
なるほど。
これだけの騒ぎになれば、子供でも気が付く。
特にアルスの場合、自分の親代わりであるレオン達が何度もこのテントを訪れているのだ。
気付かない方が、無理な話だろう。

「アルス、とにかく此処を出よう。ほら、その子も迷惑してるから」

納得した所で男性はアルスを連れてテントから出ようとする。
自分だって出来れば目の前の子供に笑って貰いたい。
しかし、何度も何度も話しかけているアンナ達でさへ、未だに一言も口を聞いてくれないのだ。
男性にどうにか出来る訳もないし、アルスに怪我を負わせてしまったらそれこそ大問題になる。
しかし、アルスは男性の心配をよそにこう答えた。

「え、何でですか?俺達兄弟になるんですよ。今の内に仲良くなった方が良いじゃないですか!」

怪我をするだとか危険だとか、そんな感情を一切感じさせず、アルスは純粋に答えた。
兄弟。
もしレオン達がこの子供を引き取れば、当然レオンに引き取られたアルスとも兄弟関係になる。
どうせ兄弟になるなら、今の内に仲良くなりたい。
アルスは子供と遊ぼうと話しかけ続けた。

「俺アルス!君の名前は?

何で喋らないの?笑いなよ、ほら!二ィー!

ねぇねぇ見て、これ俺のデバイス!お父さんが使ってたやつを貰ったんだ!名前はナレッジ!!」

手振り身振り、何度も話しかけるアルス。
当然、子供から返事はない。
時々アルスに視線を合わせるが、直ぐ下を向いたり、上を向いたり、視線をさ迷わせる。
無言なのには変わりないが、それでも誰かを近くに置いても攻撃しなくなった。
今だってアルスが近くで喋ってるのに、特に気にした様子はない。
無反応。
返事をされないら、大抵の人間はそこで諦める。
しかし、アルスはアンナ達と同じように、無視されても話しかけ続けた。

「はぁ~~……レオン、血は繋がってないけど頑固さと諦めの悪さなら、アルスはお前にソックリだよ」

男性は、諦めと苦笑が入り混じった溜め息を吐いた。
それから暫く、男性はテントの中に残りアルス達を見守っていた。
子供二人。
決して友達とも兄弟とも見えないやり取りだったが、男性には何処かこのやり取りが似合っていると感じた。

「あれ?どうした、こんな所に突っ立って?」

「……見てみな、レオン」

「???」

様子を見に来たレオンに、前を見るよう諭す男性。
視線を向けると、アルスと子供が一緒にベットに座って話していた。
正しくはアルスが一方的に話しかけているだけだが、それでも同年代の子供と一緒に居る場面を見たのはこれが始めてだ。
良い傾向。
願わくば、このまま同年代の友達を持つ事で変わってくれると助かる。
が、やはり世の中というのは上手くいかない。
それ以上大きな進展はなく、遂にバナックが設けた期限まで残り一週間となってしまった。




夜。
レオンは一人、キャンプ地の近くの丘に来ていた。

「はぁ~……もう一週間かよ。本当に早かったな」

悩みの原因は言うまでも無い。
行き成り攻撃はされなくなったが、相変わらずの無表情・無言。
もう三週間にもなるのに、一言も喋らなかった。
途中からアルスが遊ぼうと話しかけた事で、かなり変わったとは思う。
実際に攻撃もしなくなったし、時々話しを聞いてるような素振りも見せた。
しかし、それだけだ。
コミュニケーションらしい物は一切ない。
社会生活を営む上で、それは大変な問題となる。
攻撃的な性格自体は緩和したが、人と付き合えないようではダメだ。

「はぁ~~~~……どうすりゃ、良いんだよ」

もう一回、今度は先程よりも深いため息をついた。

「月を長めにきたら、悩む若人一人……といったとこからのぉ~」

「あ、族長」

声をかけられ後ろを振り向くと、バナックが悩む息子を元気づける様な笑みを浮かべながら佇んでいた。




スクライアのキャンプ地のテント。
テーブルに突っ伏しながら、アンナは悩んでいた。

「はぁ~……どうしたら、もっと心を開いてくれるのかしら」

結婚を誓いあった同士。
以心伝心の如く、レオンと同じ事で悩み、同じように溜め息を吐いていた。

「折角、アルス君ともお友達になれそうなのに……はぁ~~~~」

もし、あの子が心を開いてくれたら、きっとアルスと仲良くなるだろう。
そして、他の皆とも。
しかし、そのための肝心な物が足りない。
どうしたものか。
机に突っ伏しながら、アンナは再び溜め息を吐いた。

「ほら、良い若いもんが何時までも溜め息なんか吐くんじゃないよ。幸せが逃げちまうだろ」

「……チェルシーさん」

声をかけられ面を上げると、チェルシーが年頃の娘を持つ母親の様に苦笑を浮かべていた。




どこっらせと、バナックは座っているレオンの隣に腰を下した。

「随分と手こずってるようじゃな」

「ええ、まぁ。……あの族長」

「期限を延ばすのはダメじゃよ。約束だからの」

「……そうですか」

意を決してレオンは提案したが、その前にバナックにバッサリと切り捨てられてしまった。
解っていたが、こうもハッキリと言われると正直凹む。

「族長、今のままでも此処に置いて上げることは出来ないのですか?」

ガックリと肩を落としながらも、レオンは問いかけた。
実際、攻撃的な性格はほぼ緩和してきている。
まだ感情の欠如があるが、それは今後直していけばいい。

「ふむ……確かに、お主の言う通り。ワシの目から見ても、三週間前とは比べられぬほど大人しくはなった」

バナックの答えにレオンの顔が喜びに染まるが――

「じゃが、まだ問題があるのも事実」

期待とは全く逆の答えに、再び表情に影を落とした。

「お主の気持ちは解らんでもないが……まだ、あの子が危険であることには変わりない。
謂わば、何時爆発するか解らぬ時限爆弾の様な物じゃ。
酷な事かもしれんが、そんな子供を一族に置いておくのは安全とは言い切れぬ。
それに、ワシらにワシらの生活がある。何時までもあの子に構っていては、ワシらの生活に支障をきたす。
一か月の期限は、それを計算した上での譲歩じゃった」

「……………」

「すまぬな」

無言で俯いてるレオンに、バナックが謝罪をした。

「本当なら此処に置いてあげたいとは思うが、先ほども言った通りワシらにも自分の生活がある。
子供一人のために、その生活を投げ出すわけにはいかぬのじゃ」

「……いえ、いいんですよ。元々、あの子を預かろうと言いだしたのは俺達の我儘だったんですから。族長が謝る事はありません」

「………そうか」

会話が途切れる。
雑音が消え、虫の鳴き声が聞こえた。
今日は満月。
月明かりに照らされた草原は、まるで虫達のコンサート会場のようだ。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

レオンとバナック。
二人は黙って、虫達が奏でるメロディーに耳を傾けていた。

「のぅ、レオン。一つだけ聞いても良いか?」

ふと、バナックは虫達のメロディーを破り、沈黙に閉ざされた口を開いた。

「何故、お主はそこまであの子の事を気に掛けるのだ?」




テントの中。チェルシーは同席し、アンナの相談に乗っていた。

「本当に後ちょっとなんです~。後ちょっとで、あの子の心を開けそうなのに……」

「そのちょっとが、果てしなく長い道のりって訳ね」

少しばかりの疲労感を漂わせるチェルシーの返答に、アンナは黙って頷いた。
疲れる。
肉体ではなく、精神的に。
実際、チェルシーの目から見ても子供はかなり変わった。
が、後一歩の所で行き留まってる。
第三者の目から見たら、もどかしさを感じた。

(全く見ていて、歯痒い気分になるよ。もっとこうさ~、一気に行けないもんかね~。……無理か、私が話しかけてもレオン達と同じような反応だったし)

見ていても苛立つし、自分が何も出来ないのも苛立つ。
チェルシーの精神的疲れは、ますます溜まっていく。
いけない、いけない。
アンナ達だって此処三週間、ずっとあの子に関わってきたのだ。
若い子が頑張ってるのに、おばばである自分がめげてどうする。
自分自身に喝を入れ、チェルシーは再びアンナの相談に耳を傾けた。

「はぁ~~……本当に一体どうすれば、私達に心を開いてくれるのでしょうね」

思わず弱音を吐いてしまうアンナ。
見た目と違ってしっかりしてるが、まだ17歳。
流石に疲れが溜まっているようだ。
しかし、それでも見ず知らずの子供を心配してるのだから、本当に良く出来た人だ。
ふと疑問が浮かび上がる。

「ねぇ、アンナさん。一つ聞いてもいいかい?」

チェルシーは自分が抱いた疑問を、直接アンナに投げかけた。

「何で、そこまであの子を気に掛けるんだい?」




目の前に居る一人の男性・一人の女性。
人柄も良く、しっかりしてる。
身内である事を差し引いても、人間として良く出来た人だ。
だが、やはり気になる。
自分達に心を開く気がない子供の面倒を見るのは、かなりの苦労を有する。
おまけに、最初は問答無用で危害を加えようとした子供。
いくらなんでも、良い人だけでは理由としては弱すぎる。

――何故、貴方はそこまであの子を気に掛けるのですか?

バナックとチェルシーは、同じ意味の質問を当の本人達に投げ掛けた。

「簡単です、族長……」

「チェルシーさん、それはですね……」

レオンとアンナ。
それぞれ別の場所、別の人間に同じように答えた。

「「あいつ(あの子)が悲しい目をしていたからですよ」」




悲しい目をしている。
それが目の前の人の答えだった。

「それは、どういう意味じゃ?」

バナックは真意を問いただすため、レオンの方を見つめ口を開いた。

「あいつ……昔のアルスと同じ目をしてました」

「アルスと?」

「えぇ。一年前、先輩達が亡くなった時と同じ目を」

アルスの両親は、レオンにとってはお世話になった先輩達だった。
仲良くさせて貰い、今でもその姿は鮮明に思い出せる。
それが一年ほど前、二人とも事故で亡くなってしまった。
当然自分を含めたスクライアの皆は悲しんだが、何よりも悲しんだのは息子であるアルスだ。
酷かった。
毎日毎日、形見であるナレッジを抱きしめて泣き続けていた。
レオンを始めとした、スクライアの皆が側に居なければ今頃どうなっていたか解らない。

「あいつの目は、先輩達が亡くなった時のアルスと同じ、何か大切な物を失った悲しい目……いや、アルスよりも、もっと深く、黒い悲しみに包まれた目でした。
自分を守るため、他人を平気で傷つけてしまうほどの」

あの子供がどんな人生を送ってきたのか、それは自分にも解らない。
ハッキリしてるのは、あの子がたった一人で森の中に居たという事だけだ。
誰も助けてくれない、誰の温もりも感じない、たった一人で生きていくしかない。
それは一体どれほどの地獄だったのだろうか。
レオンには想像もつかない。
でも、これだけはハッキリと解る。
この子をこのまま放っておいたら、きっと取り返しのつかない事になる。
後悔し、自分自身を許せなくなってしまう。
そう感じた時、自然と手を挙げていた。
愛する女性が自分と同じように手を挙げたのは、正直嬉しかった。

「だから、放っておけないんですよ。
この世界にはもっと楽しい事がある、他人と友達になるのも悪くないって教えてあげたいんですよ」

自分の胸の内を吐き出すよう、レオンはバナックに答えた。





「悲しい目をしてる……か」

チェルシーはアンナが言った事を反芻する様に呟いた。

「はい。悲しくて、悲しくて、今にも張り裂けちゃいそう。
疲れて弱り果てた心を守るには、相手を傷つけるしかなかった。そうする事でしか、自分の身を守る事が出来なかった」

自分自身の事の様に、子供の事を想うアンナ。
聖母。
まるで伝説に語られている様な優しき女性の姿が、そこにはあった。

「でも、そんなの寂しいじゃないですか!」

先程までの優しさを潜め、感情を爆発させるアンナ。

「折角この世界に生まれたのに、誰かを憎むだけしか出来ないなんて、あまりにも寂しすぎますよ!!」

あの子供が何故それほどの殺意を持ってるのか、一体何を恨んでいるのか。
それは自分にも解らない。
けれど、たった一つだけ解っている物がある。
自分はあの子の生き方を肯定する訳にはいかない。
他人の生き方を否定する。
傲慢とも自分でも思うし、自分自身でも何を言ってるんだとも思う。
でも、それでもアンナには許せなかった。
まだ幼くして、誰かを傷つける事しか出来ない生き方なんて。
気付いたら、自然と手を挙げていた。
人間一人の生き方を変えるなんて、そんな事出来ないかもしれない。
他人の本質自体を変えることなんて以ての外。
しかし、誰かを愛する事の喜びを教えるぐらいなら自分にだって出来る。
自分がレオンを愛したように。
隣で愛する男性が自分と同じ考えだったのは、正直嬉しかった。

「あの子がどんな人生を送って来たのかは解りません。でも、せめて此処に居る時ぐらいは普通の子供の様に笑って欲しい。それだけです」

レオンと同じく、アンナは自らの胸の内を吐きだした。




満月の夜。
静かな夜風が吹く中、二人の若者に同じ答えを聞いた老夫婦。
その想いは本物。
ならば、自分はスクライアの長として応援しようではないか。

「そうか……あい解った!ワシから皆に、もう少しだけあの子を此処に置くよう説得しておこう」

「解ったよ、アンナさん。貴方がそこまで頑張るというのなら、私達も頑張らないとね。私から皆に、もう少しだけあの子を此処に置くよう、頼んでみるよ」

此処に置く、つまりあの子の悲しみを取り除く期間が延びたという事。

「え?……ほ、本当ですか!?族長!」

レオンも――

「おばば様……ありがとうございます!」

アンナも、同じように喜んだ。





ふとした切っ掛けで出会った、悲しい目をした子供。
二人の想いは同じ。
この子に笑って欲しい。人を愛する喜びを解ってほしい。
だけど、時間は無限ではない。
残酷に、自分達の努力を嘲笑うかの様に進んでいく。
もうダメか。
諦めの色が見えたその時、再び希望の光は照らされた。
まだ時間がある。
時間があるなら、何とか出来るかもしれない。
いや、何とかするのだ!
アンナとレオン。
二人はそれぞれ、自分達の一族の先駆者にお礼を言い、歩き出した。
あの子の悲しみを晴らすため、あの子に笑って欲しい。
希望を胸に、あの子に会いに行こうとしたその時――




「うわああぁぁぁああぁぁあーーーーー!!!!」




希望を塗り潰す、絶望の声が聞こえた。









中編でした。急いで後編を仕上げます!



[26763] 誕生日の意味 後編
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/05/20 17:47





レオンとアンナがそれぞれバナックとチェルシーに自らの想いを告白していた、一方その頃。




「もう!少しぐらい話してくれてもいいじゃんか!?」

スクライアのキャンプ地で、アルスは一人怒っていた。
頬を膨らませ、苛立ちを抑えず、如何にも怒っていますよ、と表に感情を爆発させるアルス。
原因はアンナ達と同じ、あの子供の事。
今日まで何度も何度も話しかけた。
にも関わらず、未だに会話らしい会話は0。
友達とも兄弟とも取れない、微妙な関係のままズルズルと今日まで来てしまった。
苛立つ。
会話が出来ない事もそうだが、もう一つアルスには許せない事があった。
レオンとアンナ。
自分が慕う二人にあれだけ構って貰ってるのに、一言も喋らない。
その事実が余計アルスの苛立ちに拍車をかける。
別に二人に構って貰えないから寂しい訳ではない。
少しばかりの嫉妬はあるが、それでも毎日二人には会ってるし、一族の皆に面倒を見て貰っている。
寂しいとまでは感じなかった。
寧ろ、嬉しい感情の方が彼の心を埋め尽くしていた。
兄弟。
昔からスクライアの年長の人達に可愛がって貰ったが、年が近い兄弟は居なかった。
見た所、あの子供も自分と同じくらい。
友達に兄弟が居るのが羨ましかったアルスにとっては、自分の弟が出来るのはとてつも心が躍った。
しかし、それも初めの頃だけ。
時間が過ぎていく内に、ほとんど熱は冷めてしまった。
今のアルスを突き動かしてるのは、嬉しさというよりも使命感。


――絶対話させてやる!!


アルスだって薄々とだがあの子供が普通ではない事には気付いていた。
幼いわりには聡明な彼の事。
難しい事情という物は、何となくだが感じ取れていたのだ。
だがしかし、やはり納得できない物がある。
どんなに精神年齢が高くても、所詮は子供。
流石にアンナやレオン達の様に、我慢する事は出来なかった。

「今日こそ話す!というか、無理やりにでも口を開かせる!
もうね、手加減しない!えぇ、手加減しないもん!手加減してたまるか!!」

色々と滅茶苦茶な言葉の羅列を吐くが、その言葉には確かに相手を気遣う優しさが込められていた。
ドカドカ。
少しばかりの土煙を撒き散らしながら、子供のテントへと向かうアルス。

「入るよ!」

返事は無くても、躊躇などしない。
強盗の様にテントへと侵入し、一気にベットまで距離を詰める。
今日は逃がさない、とでも言いたそうに腕を組んで仁王立ちで子供を見つめた。

「人に名前を尋ねる時は、先ずは自分から。俺はアルス!アルス・スクライア!!君の名前は!?」

初志貫徹。
意地でも喋らそうと、大声で自分の自己紹介を始めた。
テントに響き渡る声。
確実に相手の耳へと伝わっただろうに、返答は無い。
一応人が来た事は認識してるのか、アルスを見つめてはいた。
が、それだけ。
他に自分からはアクションを起こそうとはしない。
アルスの質問は続く。
好きな物、嫌いな物、趣味、とりあえず何でもいいから問いかけるが――

「……………」

惚れ惚れするほどの無言で、何も喋りはしなかった。

「はぁ~~~……あぁーーもう!!何でそうやって何時も黙ってるの!!?」

プッツン、といい加減アルスも切れた。
何時も会う時は、こうやって自分が話すだけ。返答は無し。
流石に我慢しきれず、目の前の子供に感情をぶつけてしまった。

「レオンさんやアンナさんの時もそう!何時も何時も喋らないで、ご飯を食べているだけ!!
何でさ!?
そうやって喋らないでいると……本当に一人ぼっちになっちゃうよ!それでもいいの!!?」

過去、アルスはその寂しさを嫌というほど味わった。
両親の死。
何時も何時も側に居た人が、何の前触れも無く急に居なくなる。
ポッカリと心に大きな穴が空いた様な虚無感に襲われ、自分の中の何かが冷たくなっていくのを感じた。
毎日毎日、話しかけてくれる皆にも今目の前に居る子供の様に返答などせず、泣き続けていた。
一人ぼっち。
正にその言葉が似合う。
あの時の自分は、誰にも耳を貸さず、自分の殻に閉じこもっていた。
その時は、それが正しいと思っていたが、今思い返すとやはり寂しくて悲しい。
目の前の子に、同じような悲しさは味わってほしくない。
優しい彼なりに、目の前の子供をどうにかしようと思っていた。




もし、これが未来の彼らなら、こんな事にはならなかっただろう。
精々、少しばかりのじゃれあいをして終わり。
特にどちらも謝る事無く、また何時もの様に一緒に過ごす。
それが未来の彼らの姿だった。


だが――


「へ?……な、何!?」


今の彼らには、それだけの絆は出来ていなかった。




初めのそれに気付いたのは、子供がベットから立ち上がった時だった。
漸く自分から反応してくれた事に、表情を明るくさせるアルス。
だが、それも本当に一瞬、子供の顔を見つめる刹那の間だけだった。
何も言わず、こちらを見つめる子供。
目が合った瞬間、アルスの体を何かが駆け抜けていく。
とてつもなく寒く、とてつもなく嫌な感じの『何か』。
喜びの感情を一気に消し去る、決して日常では味わう事が無い物。
殺意。
子供はアルスに純粋な冷たい殺意を向けていた。

「どう……したの?ねぇ……聞こえている?」

後退りながらも、子供に話しかけられたのはそれだけ彼が優しい証拠だろう。
だが、今の子供にはそんな優しさなど理解できなかった。
殺意を込めてアルスを射抜く子供。
原因は先程のアルスの言動にあった。
険悪感。
そこまでの物ではないが、先程のアルスは確かに子供の姿勢が許せなかった。
何時までの喋らず、自分の殻に籠る姿勢が。
だからこそ、遂感情を爆発させてしまった。
まだ人の心が理解しきれていない子供に向かって、否定的な感情を。
相手を想いやる言葉でも、今の子供には優しさは伝わらない。
全く、逆の物が伝わっていた。
敵意。
本来、まともな思考を持つ人間ならば頭を疑うだろう。
自分を想ってくれた発言を敵意と感じるなんて。
その優しさに気付けなくても、精々相手の事を口煩く思うだけで、敵意等という黒い感情は抱かない。
しかし、子供にはまともな思考という物が無かった。
此処に来て、様々な人間が自分に会いに来た。
その中には、僅かとはいえこの『感じ』を持つ物は居たが、全員追い払った。
罪悪感は無い。
敵に容赦はしない。まして慈悲をかけるなど以ての外。
それが彼にとってのルールであった。
目の前のアルスから、久しぶりに向けられた自分を否定する明確なこの『感じ』。
この『感じ』を持つ物は、今まで自分に危害を加える物しか居なかった。
危害を加える者。即ち、目の前の居るのは敵。
自分に害を与える存在は排除するのみ。
アルスを敵と認識した子供。
自らのルールに従い排除しようと力を解放した時、ある光景が頭を過った。


『こんにちは!俺、アルスって言うんだ!よろしくね!』

何が楽しいのか、笑顔で自分に話しかけてくる。正直、鬱陶しかった。

『ねぇねぇ、一緒にオヤツ食べよ』

シュークリームとかいう、甘い食べ物を持ってきた。他の食事も上手いが、特にこれは上手いと思った。

『えっと……あはははっ、やっぱ難しいは。これ』

ボードゲームとかいう奴を持ってきた。一緒に遊ぼ、とあまりにもしつこいので、適当に遊んでやった。


此処、スクライアに来てアルスと過ごした日々。
映画の様に次から次へと脳裏に浮かんでいく。
鬱陶しいとも思ったが、それ以外の『何か』が子供の中で生まれようとしていた。
それは、あの森で一人で過ごしていた時には決して味わえなかった物。
子供がそれに気付いていのなら、アルスに敵意など抱かなかっただろう。
レオンとアンナ、そしてアルス。
煩くて、鬱陶しい、いちいち何かを話し食事を持ってくるだけの存在。
しかし、不思議と追い払おうとは思わなかった。
自分にとって邪魔ならば、食事だけを貰って追い払えばいい。
だが、それをしなかった。
子供は気付かなかった。
此処で過ごす内に、自分の内面に大きな変化が訪れていた事に。
永遠の氷。
決して溶ける事がない氷に覆われていた心。
だが、此処で過ごしていく内に彼は人の暖かさに触れた。
少し続ではあるが、その暖かさは確実に彼の氷を溶かし、もう少しで氷に囚われた彼の心は解放されるはずだった。
タイミングが悪かったとしか言えない。
もし、アルスが今日行動を起こさなければ。
もし、レオンやアンナがこの場に居れば。
もし、子供が自分の心の変化に素直に気づいていれば。
こんな事にはならなかったのかもしれない。
だが、それはあくまでも、もしもの話し。
時は待ってくれない。
どんなに願っても、針は動いていく。

「……………」

無言のまま、殺意の籠った目で相手を見据え、人差し指を怯えるアルスに向けた。


『えへへっ!ねっねっ、遊ぼ!!』


「ッ!!」

一瞬、再び脳裏にアルスとの日々が過る。
映るのはこの部屋の光景。
何が楽しいのか、自分に笑いかけてくるアルス。
そして、その近くでただ座っている自分。

――何だ、これは?

この時、子供は初めて自分自身の感情に疑問を抱いた。
今まで味わった事がない、変な気持ち。
でも、決して嫌ではない。不思議な気持ち。
自分で答えを模索するが、まだ子供にはこの正体不明の感情が何かは解らなかった。
関係無い。
先程の疑問を、記憶の奥へと押し込んでしまう。
心の変化を素直に受け止められなかった子供。
故に、ここに来る前と同じ規準でしか判断を決められなかった。


「ムウト」


恩を仇で返す。
この光景を表すには、的確な言葉だ。


「うわああぁぁぁああぁぁあーーーーー!!!!」


子供は今まで世話になっていた人間に、一切の躊躇も容赦も無く、死霊を差し向けた。




タンスやベットが倒れ、ボロボロになり果てたテント。
足元には花瓶の欠片が落ちて、宙には細かな埃が舞い上がっていた。

「……………」

無言のまま、子供は目の前を見つめる。
表情に変わりは無いが、その目は信じられない物を見る様に驚き見開いていた。

「あわ……わわわわっ」

生きていたのだ。
床に座り込み、情けなく涙を流しながらも、体には一切の傷を負わず、アルスは生きていのだ。
あり得ない。
先程の攻撃は殺すつもりでやった。
何の力も持たないアルスが生きている事など、絶対に不可能。
動揺を隠せない子供。
瞳を揺らし、怯えるアルスを見つめていた。


――何故、殺せなかった?


レオンとかいう人間の様に魔法で防いだ。
違う。
目の前で怯えている奴には、そんな力は無かった。
誰かが助けに入った。
それも違う。
此処には自分達以外は誰もいない。
第三者が助けに入るなど、絶対に不可能。


では、何故こいつは生きている?


――何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故?


自分自身に問いかけるが、答えは返ってこない。
彼は気付かなかった。
閉ざされた心の中に生まれかけた、今までの自分に決してなかった『それ』の正体に。

「ひぃ……あぅ………」

小さく声を漏らしながら、震える人間。
涙を流しながら、自分を見上げている。
再び、先程と同じ訳の解らない感情が生まれた。
瞳を揺らしながら、アルスを見つめる。
しかし、直ぐその感情を冷たい氷で覆うってしまう。
攻撃が失敗したなら、再び攻撃するまで。
死霊達を呼びよせ、再び攻撃を放とうとしたその時――

「ダメえええぇぇーーーー!!!」

自分にとって、アルスと同じく此処での付き合いがもっとも長い人物が間に割り込んだ。



「今の声……ッ!!」

椅子から立ち上がり、アンナは声が聞こえた方向を見つめた。
先程響いた悲鳴の様な声。
姿も見えず、確かな証拠があるわけでもない。
だが、アンナにはこの声の持ち主が誰か、直ぐ解った。

「ちょっと、アンナさん!」

チェルシーが名前を呼んでるが、今はそれ所ではない。
急いで駆けだし、あの子供が居るテントへと向かう。

「はぁはぁはぁはぁ」

息を切らしながら、まるで何かに導かれる様にテントへと走るアンナ。
途中で見かけたスクライアの人は、先程の悲鳴の出所が解らないのか、辺りを見渡していた。
そんな光景が流れていくのを見ながら、アンナは足を止めない。
嫌な予感がする。
とてつもなく、嫌な予感が。
アンナは言葉に出来ない何かに突き動かされ、子供が寝泊りをしているテントに着いた。

「あぅ……く……あぁ」

体を小刻みに震わせ、怯えながら地面に座り込んでいるアルス。
その前方に佇み、冷たい視線で見下す子供。
ドクンッ!
息が乱れるのは別に、アンナの心臓が高鳴った。

「……ダメ」

死霊が出現し、殺意を込めた攻撃がアルスへと放たれる。

「ダメ……ダメ!」

このまま死霊達がアルスに襲い掛かったら、待っているのは死。
希望も何も無い、ただ暗いだけの未来。
そんなのは、絶対に許せない!
気付いた時、既にアンナはテントの中に入っていた。

「ダメえええぇぇーーーー!!!」

未来を変えるため、アンナは自分の身を気にせず死霊達の前に飛び出た。
ギュッと目を瞑り、衝撃に耐えようとする。
前の時よりも死霊の数は多い。
痛いだろうな。
ボンヤリと、そんな事を考えながらもアンナは逃げない。
後ろで怯えいてるアルスを守ろうと、必死に逃げたい恐怖に耐えた。

「………???」

何時まで経っても、衝撃がこない。
可笑しい。
疑問に思いながら、アンナはゆっくりと目を開いた。
先ず、視界に入ったのは子供の姿。
続いて、自分の目の前で止まっている死霊。
動かず、宙に固定されていた。
やがて、死霊達は皆霧散し空気に溶ける様に消えていった。

「……はぁ~……あ、アルス君ッ!」

自分の身よりもアルスの身を心配し、容態を窺うアンナ。

「大丈夫!?怪我は無い!?」

怪我をしてないか心配だったが、どうやら大丈夫なようだ。
涙を流し眼を赤くしてるが、体には特には外傷はなかった。
良かった。
肺の空気を一気に吐き出し、肩の力を抜くアンナ。
安心感に包まれるが、直ぐ表情を引き締めて子供に向き直った。

「ねぇ、何でこんな事をしたのかな?」

何時もの様に優しい声だが、その瞳には確かに怒りの感情が浮かんでいた。
目の前の子供の事情はある程度察している。
しかし、だからと言ってこれを許すわけにはいかない。
昔から色々と付き合い、慕ってくれたアルス。
流石のアンナも黙って見過ごせなかった。
それに、子供の事もある。
漸く攻撃的な性格が直ってきたのに、また誰かを傷つけてしまったらこれまでの努力が水の泡。
下手したら管理局を巻き込んでの大問題になる恐れがある。

「ダメだよ、こんな事しちゃ。ほら、アルス君に謝ろう?ごめんなさい、て。ねっ?」

人としての常識や優しさを教えようと、アンナは優しく言葉をかけ続けた。

「……………」

子供は何も言わない。
ただ何も言わず、先程のアルスの時と同じように瞳を揺らしながらアンナを見つめていた。
疑問が胸の中に渦巻く。
何故、こいつが助けた。
何故、自分の敵を庇う。
何故、この『感じ』を含んだ瞳で自分を見つめる。
アルス、そしてアンナ。
此処での暮らしで暖かな温もりを与えてくれた二人が、自分を否定している。
その事実に、子供は先程よりも大きな動揺を見せた。
少しでも……本当に少しでも、子供に歩み寄る気持ちがあれば。
解り合おうとする気持ちがあれば、直ぐ自分の心の中に生まれた『それ』に気付けていた。
だが、アンナの出現は子供に『それ』の正体を教える事は出来なかった。
寧ろ、さらに状況を悪化させた。

「きゃっ!」

霧散したはずの死霊が、再び宙へと漂う。
不気味な呻き声を辺りに響かせながら、アンナ達の周りを飛び交った。
許せない。
最初から敵と解ってる人間が自分を否定しても、対して心に傷は付かない。
だが、これが親しい人間なら別。
誰だって親や恋人、さらには友達などに裏切られたら深い傷が付く。
子供もそれと同じ気持ちを味わっていた。
しかしそれは、裏を返せばそれだけ目の前に居る二人の事を想っていた証拠。
徐々に芽を出し始めた心。
もう少し花を咲かせるはずだったそれを、子供は自分から刈り取ってしまった。
敵を庇うなら、そいつも敵。
アンナをアルスと同じく敵と認識し、さらに死霊を放つ。
白いドーム。
放たれた死霊は何体も集まり、アンナ達をドーム状に包み込んだ。
手元が狂うなら、絶対に外さない攻撃をすればいいだけ。
もう逃げ場はない。
敵を排除しようと、子供はアンナ達を包みこんだ死霊達を一気に差し向けた。

「何をしてるんだっ!!」

しかし、再び邪魔物が現れた。
アンナとアルスを包み込む、淡い光の膜。
この光には覚えがる。
あのレオンとかいう人間が放っていた光だ。

「大丈夫か!?アンナ、アルス!」

予想通り、アンナとアルスを守る様にレオンが二人の前に立塞がった。
衝突。
力が弱く脆い死霊は、レオンのバリアに弾かれる。
攻撃失敗。
死霊達は四方時八方に飛び散り、テントの骨組や壁、全てを壊しながら煙の様に消えた。
夜空が露わになり、冷たく心地が良い風が体を揺らす。
テントが崩れ落ちるけたましい音には、流石に皆も気付きこちらを見つめた。
対峙する子供とレオン。
お互いを睨み、一挙一動に警戒する。

「おい、坊主……アンナ達に何をしようとしていた?」

先に口を開いのは、レオンだった。
低く、確かな怒りを込めて目の前の子供を射抜く。
アンナと同じく、目の前の子供の事情はある程度察している。
自分から話した訳ではないが、絶望に染まった冷たい目が全てを語っていた。
その目に暖かさを与えてあげたい。
今まで、自分とアンナはそのために頑張ってきたのだ。
しかし、レオンもアンナと同じく、自分の大切な人を傷つけられようとしたのは見過ごせない。
まして、小さなアルスまで巻き込まれたのなれば、流石のレオンも黙っていられなかった。

「アルスがお前に何かしたのか?なら、親代わりの俺から謝る。
けれど、いくら何でも此処までする事はないだろ?
なぁ、前に言った通り俺達はお前をイジメたりはしなから。約束する!
だから、お前も謝ろうぜ。
人を傷つけるのは、とっても悪い事なんだから。なっ?」

普通の子供なら、ここで怒鳴ったり、最悪叩いたりしても自分がやった事を悪い事だと教える。
が、目の前の子供は普通ではない。
恐らく、怒られるという事が何なのかよく解らないのだろう。
いや、下手したら自分がやった事を悪いと認識してないのかもしれない。
そんな子供に、下手に怒るのは得策ではない。
怒鳴り散らすのも、逆効果。
ここは自分で自分がやった事を解ってもらうしかない。
先ずは“悪い”という事を教えようと、言葉をかけ続けた。

「……………」

子供はアンナの時と同じく、何も言わずにレオンを見つめていた。
声自体は聞こえている。
が、その意味は理解できない。いや、理解しようとしない。
彼はレオンの言葉の意味を理解できるほどの余裕が無かった。
また敵に回った。
スクライアで過ごした時間がもっとも長い奴が、また。
辺りを見渡す。
集まったスクライアの皆も、レオン達と同じ『感じ』を含んだ目で自分を見つめていた。


――ああ、そうか……


「こんな時まで黙ってるつもりか……って、おい!」


――漸く、解った


「ちょっと待てよ!何処に行くんだッ!」


――此処に居る奴らは、全員自分を否定している。最初から、此処に居るべきではなかったのだ


自分自身に心の変化に気付けなかった子供。
レオンの説得など無視し、踵を返して森へと消えていった。
事故。そう、小さな偶然が重なり合っただけの結果。
それがこれだ。
子供は自分から闇へと帰って行く。
もう少しで攫めるはずだった光を自分から手放して。




「レオンさん、アンナさん、アルス君、大丈夫!?」

「誰か医者!」

「いや、落ち着けよ。怪我は特にしてないんだから、わざわざ呼ぶ必要無いって」

「こりゃ酷いな。タンスなんかボロボロ。使いモンになんねぇぞ」

子供が去ったスクライアのキャンプ地では、大人達が騒がしく動いていた。
レオン達の容態を心配する者。
アルスに回復魔法をかけようとする者。
壊れたテントの片づけを行う者。
皆、率先して仕事を見つけ、働いていた。

(あの子……大丈夫かな)

皆がせっせと動いている中、一人だけ森の方を見つめる女性が居た。
被害者であるアンナだ。
初めはアルスやレオンの容態を心配したが、二人とも怪我を負わず元気な姿だった。
良かった、と一息つくアンナ。
安心した後、続いて気になったのは自分の事ではなく、あの子供の事だった。

(あの目……本当に悲しかった)

去って行く瞬間、一瞬見えたそれ。
寂しくて冷たい、何の光も暖かさも無い目。
生きているのを疑うほどの寂しい目をしていた。
何で、そんな目をしてるの。
思わず問いかけようとしたが、既に子供の姿は無かった。

「このまま一人にしたら……あの子、本当に一人ぼっちになっちゃう」

心配そうに、不安げな瞳で森を見つめ子供の安否を心配するアンナ。
彼女だって人間。
嫌な事をされたら怒ったりする。
しかし、どうしてもあの子供の目が脳裏に浮かんでしまう。
家族が居て、友達が居て、愛する人が居る。
自分とは真逆の、一人ぼっちの目。
このまま放っておいたら、あの子は本当に一人になってしまう。
ずっと一人で、誰の助けも無く生きていく事になる。
そんなの納得できない。
けれど、あの子はアルスを傷つけようとした。
危険人物である事は、誰の目から見ても明らか。
普通に考えたら、自分達は手を引いて管理局に任せた方が賢明な判断だ。
子供を追うべきか、追わざるべきか。
板挟みになり悩み続けるアンナ。
だが、愛する男性の言葉で直ぐその悩みは解けた。

「行ってこい、アンナ」

「……え?」

突然、レオンに声をかけられ唖然とするアンナ。

「あいつが気になるんだろ?なら、行ってこい。アルスは俺が診てるから」

「……でも、あなた」

「はははっ……まぁ、そりゃな。こんな事をしちまったんだから、今さら此処に戻すなんて無理かもしれない。
俺だって、アルスやお前を傷つけようとした奴を許すほどお人よしじゃないさ。
でも、どうしても気になっちまうんだよ。あいつの……あの、寂しくて冷たい目が」

ポリポリと、ばつが悪そうに頬を掻くレオン。

「俺は人に教えるって事は苦手みたいだな。悪いって事をあいつに教えられなかったし……はぁ~、これが遺跡に関しての知識なら。
っと、愚痴っても仕方ないか。
……アンナ、あいつがやった事は悪い事だ。じゃあ、悪い事をしたら先ずは何をする?」

優しい笑みを浮かべ、レオンはアンナへと問いかける。
ああ、やっぱりこの人は自分の夫だ。
夫との絆を感じながらアンナも笑みを浮かべ、その問いに対しての答えを出した。

「決まってます。先ずは、ごめんさいって謝らくちゃいけませんよね~」

「そうだな……なら、あいつを取れ戻してアルスや皆に謝らせなくちゃな」

「はい、そうですね♪」

もう少しで攫めるはずだった光を、自分から手放した子供。
誰の手も届かない、深い深い闇に帰ろうとした。
でも、まだ間に合う。
あの子の心に光を宿す事は出来る。
アンナは決意を秘めた目で森を一見した後、地面を蹴って走り出した

「ちょっと、アンナさん!」

途中で誰かか止めようとしたが、アンナは止まらない。
迷いを見せず、早く連れて帰ろうと森に消えていった。




森へと入ったアンナは、早速あの子供を呼びながら探し始めた。

「ねぇー!何処に居るのー!?」

小型のライトを片手に、辺りを捜索する。
子供の足を考えても、ここら辺に居てもいいはずだが影すら見えない。
草むらを掻き分けて探す。居ない。
木の裏を探す。居ない。
木の上もライトで照らす。やはり居ない。
四つん這いでハイハイしたり、大声で叫んだり、時にはアリの巣穴など。
見渡す限りの場所を(最後のは絶対にあり得ないが)探したが、何処にも居なかった。

(もっと、奥に行っちゃったのかな?)

アンナはライトを片手に、森の奥に入って行く。
夜の森。
幾つもの木々が並び立ち、月明かりを遮っている。
巨大な黒い口を開き、まるで獲物がかかるのを待ち構えているようだ。
少し怖い。
一応明かりは持っているが、ライトが一つだけ。
近くにスクライアのキャンプ地があるとはいえ、夜の森はやはり不気味で気味が悪い。
それでも、アンナは果敢に進んで行く。
こんな森に、あの子を取り残すわけにはいかない。
まだ、やり直せるだ。
暗い所よりも、明るい所が楽しくて一杯笑えるという事を教えた上げなくては。
草木を踏み締めて、森の捜索を続けた。

「何処~」

結構進んだが、未だに影も形も無い。
疲れた。
額の汗を拭い、アンナは立ち止まる。
自分は正直、レオン達の様に体力は無い。
精々が平均にいくか、いかないかほどの体力だ。
それに、アンナはミッドチルダの住宅街の育ち。
険しい山道ではないが、自然の森の中を歩くのは少々辛かった。

「はぁ~……本当に何処に行っちゃったのかしら?……え~と……あぁーもう!お名前も聞いてないから、なんて呼べばいいのか解らないよ~」

暗い森の中で、思わず愚痴ってしまうアンナ。
今日まで色々話しかけたが、何も喋ってくれなかった。
当然、名前など知らない。
困った。
子供を呼ぶ時も困るし、あの子と仲良くなれないのが悲しい。
愚痴っても仕方ない。
先ずはあの子を見つけなくては。

「よし、頑張ろう!!」

自分自身に気合を入れ、暗い気持ちを吹き飛ばす。
疲れを感じさせない表情で森を見つめ、一歩を踏み出そうとしたその時――




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」




暗く、数メートル先すら見えない森に突如響き渡った声。
相手の芯を凍りつかせ、動けなくするほどの怒号。
静かな森だというのに、先程の声が聞こえた瞬間、小さな命達が一斉にざわつき始めた様に感じられた。

「今の声……ッ!!」

アンナには先程の声に聞き覚えがあった。
三週間前。
問題の子供を拾った時に響き渡った大型動物の物と同じ声。
何故こんな所に。
一瞬、疑問が生まれるが、今はそんなの関係無い。
レオン達に教えて貰った情報。
あの種の大型動物は滅多なことでは声を出さない。
出すのは、仲間に居場所を教える時と相手を威嚇するだけ。

(……もしかして!)

ある可能性が脳裏に浮かび、目を見開く。
急いで地面を蹴り、声が聞こえた方にアンナは駆け出した。
お世辞にも整ってるとは言えない獣道を駆け、邪魔な草や枝に押しのける。
時々、足を取られこけそうになるが、何とか抜け出す事に成功した。
森の一画の開けた場所。
前は巨大な木々に塞がれ、後ろは急な崖となっている。
月明かりを遮る木々は無く、スポットライトに照らされた舞台の様に輝いていた。
舞台に上がるのは複数の役者。
一人は当の本人である、幼い子供。
そして、他の役者は――

「グルルルルッ!」

あの日、子供が喰らっていた物と同種の大型動物。
三匹が、その鋭い眼光で子供の小さな体を射抜いていた。

「そんな……何でこんな森の中に、三匹も」

普通、この種の大型動物は山奥に住んでいて滅多なことでは山に降りてこない。
一匹なら群れから離れたと考えられるが、三匹も一緒に森へと降りてくる事は何て無いはず。
エサの不足、縄張りを変えた、若しくは仲間の仇。
なんにせよ、このままでは危ない。
アンナは子供を助けようとしたが、体が竦んで一歩が踏み出せなかった。

(なんで……なんで動けないの!?)

動け、動け、動け。
心の中で何度も繰り返しながら足を動かそうとするが、自分の意思とは反して全く動けなかった。
自分だって痛いのは嫌だ。
子供の死霊の攻撃も痛くて怖かったが、隣には頼れるレオンが何時も側に居てくれた。
しかし、此処には居ない。
たった一人で、あの子を助けなくてはならないのだ。
獣から感じる殺気。
肉体も大きく、口から見える牙は人間の肉など簡単に噛み千切ってしまうだろう。
恐怖で体が強張るアンナ。
何とかしたくても、肝心の体が動かない。
目の前の光景をただ見つけるだけしか出来ない自分に、情けなさを覚え顔を歪ませる。
アンナの心配など彼らには関係ない。
牙を剥き出しにし、大型動物の一体が子供に襲い掛かった。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」

大気を振るわせ、人間の言葉では理解できない怒号を上げて一気に子供に突進する。
危ない。
ギュッと目を瞑るアンナ。
直後、何かが砕ける音が響いた。

「くぅぅ……ん」

恐る恐る目を開き、どうなったのか確認する。
子供は――無事だった。
何処も怪我をしておらず、平然と何時もの無表情のまま佇んでいた。
子供の視線の先。
先程突進した大型動物が、木にぶつかって止まっていた。
はぁ~、と肺の空気を吐き出し、安心感に包まれるアンナ。
だが、それも一瞬。
再び子供に襲い掛かった大型動物を見て、安心感など一気に吹き飛んでしまった。
小さな子供に襲い掛かる大型動物達。
その巨体に突進されただけで、幼い子供の骨など簡単にバラバラに砕け散ってしまう。
爪や牙などに捕まったりでもしたら、それこそ一巻の終わりだ。
早く、誰かを連れて来なきゃ!
幾分か冷静になった頭で結論出したアンナ。
情けないことだが、自分にはこの状況を打破するだけの力は無い。
誰かに来て貰わなくては。

(動いて!お願いだから動いて!早くしないとあの子は!!)

目前で今正に襲い掛かれている子供。
大型動物の巨大な腕が振るわれる。
殺られる。
魔法を使えるとはいえ、まだまだ5歳前後の子供。
この攻撃はかわせないと思った。
しかし、アンナはまだ子供の事を理解してなかった。

「……え?」

目の前の現実が信じられず、思わずに間抜けな声を漏らしてしまう。

「嘘。避けてる」

自然界に住む動物は、厳しい自然の中で生き抜くために人間よりも遥かに優れた身体能力を誇っている。
人間よりも遥かに強い力、頑丈な体、肉を引き裂く爪に牙。
それに速さ。
強靭な筋肉から生み出される速さは、人間など簡単に捉えてしまう。
小さな子供なら尚更。
しかし、目の前の白髪の子供は違った。
一切の恐怖も迷いも感じさせず、ヒョイヒョイと攻撃をかわしていた。
小さな体を上手く使い、巨体を誇る相手との距離を一定に保ちながらかわし続ける。
凄い。
お世辞にも発達していない肉体。
魔法は使えるみたいだが、素人の自分の目から見ても解るほどの荒々しさ。
それにも関わらず、子供の体には掠りもしない。
相手の動きを見切り、地形を完璧に把握し、無駄のない動きで確実に相手の攻撃を避ける。
洞察力に技術力。
魔法以外の、人間が本来持てる力を上手く使っている。
大型動物の動きが単調だとしても、まだ5歳前後の子供がこれほどの動きを出来るのは異常だ。
こんな時だというのに、アンナは思わず感心してしまった。

「……………」

眉一つ動かさず、子供は攻撃を避け続ける。
腕を振るうなら、屈んで避け。
牙を剥き出しにするなら、後ろに退いて避け。
巨体で押し潰そうとするなら、上に飛んで避ける。
相手は三体とはいえ、連携もとらずただ我武者羅に目の前の敵を排除しようとするのみ。
普通の人間ならば、それだけでも脅威。
だが、子供は並の人間ではない。
力任せの攻撃など、特に何の障害にもならなかった。
そうして、大型動物の攻撃を避け続けていると、子供に変化が訪れた。
周りに現れる死霊。
虫を見下すかのような冷たい目。
空気の中に混じる、濃密な死の臭い。
彼にとって、敵には容赦などしない。
自分に敵意を抱く者は、全員殺す。
鋭い眼で相手を見定めた、死霊を放とうとした。
が――

「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」

再び響き渡る獣の咆哮。

「ッ!!」

「えっ!?」

気付いた時、子供は何かに弾き飛ばされていた。
咄嗟に、周りに漂っていた死霊達を盾にして助かったが、質量の重さまでは殺せない。
自分の体は車にでもはねられた様に、宙へと飛んでいく。
何故、自分は宙に飛んでいるのだろうか。
その疑問の答えを、アンナは知っていた。

「三匹だけじゃ無かったの」

目の前で小さく唸り声を上げる“四匹”の獣
子供が攻撃しようとした瞬間、茂みの中から同種の大型動物が飛び出してきた。
完全な不意打ち。
流石の子供も感知しきれず、その大型動物の突進をまともに受けてしまった。
呆けるアンナだが、直ぐ自分を取り戻す。
弾き飛ばされた子供。その先には、崖が待ちかまえていた。

「危ないッ!!」

大型動物達を刺激するかもしれない。
自分自身が狙われるかもしれない。
でも、アンナはあの子を放ってはおけなかった。
恐怖を振り払い、駆けだすアンナ。
タッタッタッタッ。
何時もなら直ぐ走りきれる距離だというのに、この時はとても長く感じられた。

(お願い、届いて!!)

地面を強く蹴り、子供へと手を伸ばす。
もう既に、子供の体は崖の上まで来ていた。
このままでは自分も落ちてしまう。
引っ張り上げるのは不可能だ。

「くっ!」

何も出来ない自分、子供を助けられなかった自分。
そんな自分に苛立ち、口を歪める。

(せめて、この子だけでも!)

体に感じる刹那の浮遊感。
続いて感じる、重力に引っ張れる感覚。
アンナは、子供だけでも守ろうと体を丸め、自らの体を盾にするように子供を抱きかかえた。
瞬間、子供とアンナが崖から滑り落ちていった。




何かを抱きかかえている。
体がやけに痛い。
脳が揺さぶられ、頭がフラフラする。

「つぅ……ううぅ~ん」

痛みに顔を歪めながら、アンナは起き上がった。

「私……」

夢でも見てるかのように呆けていたが、辺りの木々を見つめて自分が何をしていのか思い出した。

「ッ!!あの子はッ!」

急いで自分自身が抱きかかえた子供の様子を窺う。
無事だった。
少しばかりの切り傷はあるが、体にはこれといった外傷はない。
何時もの無表情で、胸の中から自分を見つめていた。

「良かった~~……大丈夫?何処か痛い所は無い?」

本日何度目になるか解らない。
恐らく、自分の人生において、今日ほど寿命が縮まる様な思いをしたのはこれが初めてだ。

(でも、何で私達助かったのかしら?)

自分達は確かに、崖から落ちた。
体は痛いが、それにしても崖から落ちたにしては軽傷だ。
動けないほどでもないし、脳もしっかり機能している。
少し気になり、アンナは自分達が落ちてきた崖の方を見つめた。

「……あっ」

何の装備もないと、昇るのにはかなりの重労働になるほどの高さ。
しかし、表面には岩や木々はほとんど生えておらず、全体には柔らかい草が生えていた。
なるほど。
人間が落ちたら確かに危ないが、表面に生えている草がクッションになり、それほど大怪我を負わなかった。
小石などで肌を切られたが、ゴツゴツとした岩や尖っている枝にぶつかるよりは遥かにマシだ。

(もし、大きな岩があったら)

今さらながら、自分がかなり大胆な行動をしていたのに気付いた。
想像通り、これが硬い岩が剥き出しになった崖だったら。
よそう。
自分達は助かったのだ。
ならば、今はその事を喜ぼう。
アンナは子供へと視線を戻し、その頭を優しく撫で始めた。

「もう、大丈夫ですよ~。は~い、怖くな~い、怖くな~い」

泣き叫ぶ赤ん坊をあやす様に、優しく、優しく、子供の頭を撫で続けた。



一方、子供は不思議な感覚に陥っていた。
最初に感じたのは疑問。
目の前に居る、アンナとかいう人間。
こいつは自分の敵だったはず。
敵意を解いた。いや、そんなはずはない。
自分はあのアルスという人間を殺そうとした。
殺そうとした相手をそう簡単には許せるはずがない。
敵は殺す。
自分にとってはそれが世界の常識であり、絶対のルールだった。

――なら何故、目の前の人間はそのルールに従わない?

――何故、こいつは敵を助ける様な事をした?

――何故……


「どうしたの?何処か痛い?あっ、何処か怪我でもしたの!!?」


――何故、こいつは自分の体を心配せず他人を気にかけている?




気付いた時、子供は自分から行動を起こしていた。

「おい……」

「えっ?」

真っ直ぐアンナを見つめ、自分から問いかける。

「なんで、てめぇはそこまでして俺に関わろうとする?」

自分の中に生まれた疑問の答えを探そうと、初めて口を開いた。




(今……誰が喋ったの?)

アンナは最初、誰が喋ったのは解らなかった。
自分ではないし、周りには誰もいない。
空耳かとも、頭を打って耳がどうかしたのかとも思った。
無理もない。
今まで散々話しかけ、一緒に過ごしたのに一言も喋らなかった。
その子供が自分から話しかけてきたのだ。
理解するまで時間がかかってしまっても、不思議ではない。

「え……?んぅ……あぁっと?」

まだ理解しきれてないのか、意味不明の言葉を吐きながら首を傾げるアンナ。
早くしろ。
子供はそんなアンナのノロノロとした態度に苛立ち、急かす様に再び口を開いた。

「おい、早くk「きゃーーー!!喋った!喋ったよ~~~!!」……」

瞬間、何か柔らかい物が自分の顔を覆い、出かかっていた言葉はより大きな声で掻き消された。

「良かった~。もう、お姉さん病気か何かだと思っちゃったよ。
ねぇねぇ、お名前なんて言うの!?
好きな物は!?嫌いな物は!?趣味は!?あの、フワフワした煙みたいな魔法なに!!?」

狂喜乱舞のアンナ。
今まで散々溜めこんできた物を一気に吐き出す様に、子供へと問いかけた。
うるさい。
耳元で叫ばれ、不機嫌になる子供。
とりあえず、黙らせるため頭突きをくらわした。

「あぅ~~」

おでこを抑えながら、若干涙目になるアンナ。
大変可愛らしいが、子供にはそんなの関係ない。
大人しくさせ、改めて疑問を問いかけた。

「答えろ。何でてめぇは、敵であるはずの俺を、そこまで構う」

乱暴な口調。敬う事など知らず、アンナへと問いかける。
生意気。
あまり褒められたものではないが、少なくても自分から初めて感情を引き出してくれた。

「何でって……そんなの、決まってるじゃない」

アンナは嬉しさを噛みしめながら、子供の問いに答え始めた。

「家族を助けるのは、当たり前でしょ?」

表面上だけの言葉ではない。心の底からの答えだった。

「……家族」

「そう、家族」

優しく、子供を抱きしめる。愛おしく、本当の母の様に。

「ねぇ、こうしてると貴方はどんな気持ちになる?」

「…………肉の塊があって邪魔だ」

ちなみに、アンナはそこそこ胸がある。
必然的に子供の顔はアンナの胸に埋まってしまう。
ある意味、男性からしたら羨ましい光景だが、生憎と子供にはそんな感情は無い。
ただ、邪魔な柔らかい肉の塊があるようにしか思えなかった。

「ふふふふふっ」

特に気にした様子はなく、アンナは笑う。
可笑しそうに、嬉しそうに、笑いながら再び子供を抱きしめた。

「ふふふっ……じゃあ、こうやって抱きしめられて、心の中はどう思う?」

慈愛の笑みを浮かべながら、再び子供へと問いかけた。

「心?……何だそれは?」

「え?う~~ん……そうだね~」

意外な質問を投げかけられ、頭を悩ますアンナ。
考えていると、何か上手い例えが思いついたのか、表情を輝かせた。

「例えば、君がご飯を食べる時、何か暖かい気持ちにならない。
こう、ポ~ウって、明るく楽しい気持ちに?」

明るくて、楽しい気持ち。
子供は俯きながら、あのスクライアで食べた食事を思い出す。
上手かった。
暖かくて、美味しい食事。
あんな物を食べたのは、本当に初めてだった。

「……なる」

ボソリと小さく答えた子供に、ますます笑顔になるアンナ。

「それが心。
楽しい時や嬉しい時は明るい気持ちになって、悲しい時は暗くなる。今の貴方はどっち?」

再び問いかけられ、考える子供。
不思議だ。
今までアンナの言う事など聞かなかったのに、今はすんなりと聞いてしまう。
子供は考える。今の自分の心を。
アンナに抱きしめられ、目の前には邪魔な肉の塊がある。
少しばかり息苦しくて、とてもじゃないが快適な環境とは言えない。
でも、暖かい。
美味しい食べ物を食べた時は、また別の暖かさが心を満たす。
今初めて、子供は真の安らかを得た様に、その暖かさに身を預けた。



夜の森。
本当の親子の様に、女性は子供を抱きかかえ、子供は女性の暖かさに身を預ける。
月明かりに照らされた様は、伝説に伝えられている様な聖母が子供を抱きかかえる、幻想的な光景だった。




こうして、闇へと帰ろうとしていた子供は救われた。
そして現代。
彼らがどうなったかというと――




「ふんっ!」

「ッ!!」

――ガキイィン

「バ~ク~ラ~く~ん、何で俺の肉にフォークを向けるのかな~?」

「てめぇみてぇなヒョロヒョロした体に、その肉は悪いだろう?俺様が喰ってやろうってんだ。ありがたく思いな」

「わざわざお気遣いありがとう。でも、余計な御世話だ。自分のだけを喰ってろ。このダメ弟」

「弟?……クククッ、ならその可愛い弟に譲るのが、普通じゃねぇのか?えぇ?クソ兄貴」

「お前は、可愛いって言葉を辞書で調べろ」

「てめぇは、兄貴って意味を良く調べな。たかが、戸籍上で上になっただけで兄貴面すんじゃねぇよ」

「なんだと!」

「あぁ!」

――バチバチ

「兄さ~ん……って、うわ凄!フォークで鍔迫り合いをしてる!
しかも、地面が陥没するほど力を入れてるし。あれ、本当に普通のフォーク?……っじゃなくって!
兄さん、喧嘩しちゃだめ。ほら、皆の迷惑になっちゃうよ!!」

「あぁ、ユーノ。放っておけ、放っておけ。これは何時もの事なんだから」

「何時もの事って、レオンさん」

「まぁ、お前の気持ちは解るが、落ち着いて周りを見て見ろ」

「???……あ、誰も気にしてない」

「そういう事。いちいち誕生日が来るごとに構っていたら、こっちが疲れるぜ。はぁ~~」

「あらあら~仕方ない子達ね~」

「アンナ。俺は時々、お前が羨ましくなるよ」

「うふふふっ、そうですか~?はいはーい、二人とも~。今日は二人の誕生日なんだから、仲良くしましょうね~」




騒がしくて、お互いに感情をぶつけて喧嘩もする。
しかし、そこには確かな絆の繋がりがあった。





誕生日。
一般的に自分が生まれた日。そして、生まれた事を祝う記念日。
家族、友達、同僚、恋人。
深い繋がりがある人、全員が自分の生まれた事を祝ってくれる。
そして――




――ねぇ君、お名前は?

――……………バクラ

――バクラ君か~。良いお名前だね。バクラ君。君は何処から来たの?

――知らねぇ。

――知らないって……お父さんやお母さんのお名前は?

――お父さん?お母さん?なんだ、そいつは?

――……えっと、お名前以外で何か知ってる事無い?

――……………あぁ。

――そうか……ねぇ、お誕生日って知ってる………訳ないよね。

――コクコク

――じゃあさ、先ずは君のお誕生日から始めようか。ちょうど、お姉さんが知ってる子がもう直ぐ誕生日を迎えるの。

――???

――うふふふっ。その子、兄弟を欲しがっていたから、きっと喜んでくれるわ。バクラ君も、仲良くなれるから。ね♪




子供――バクラは初めてスクライアの家族となった日でもある。








バクラの過去編、終了です。
強引かとも思いましたが、バクラの場合、ちょっと強引にいかないと心を開いてくれそうにはありませんから。

原作の場合、仕方ないとはいえ、誰か一人でもバクラを受け入れてくれる人がいれば、もっと違った未来があったのかもしれませんね。

というわけで、次回からは現代の話に戻ります。
そして、いよいよユーノ以外の原作キャラが登場します。
お楽しみに。




[26763] ドキドキ!健康診断!!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/07/16 09:43



基本的にどの世界でも始まりの季節。
所謂、入学・就職シーズンと言う物はある。
新しく学校に通う人。
一年進学する人。
卒業し、自分の道に進む人。
入学の準備を始める親や引越しの準備をする人、等々。
この時期は、本当に皆が皆忙しい。
そしてこの時期、ほとんどの学校や企業で設けられている、ある物がある。
仕事や勉強も、これが第一に大事だ。
それは――


「なんで毎年毎年、わざわざクラナガンまで健康診断を受けに行かなきゃなんねぇんだ」


健康診断である。




ミッドチルダの首都、クラナガン。
時空管理局地上本部がある首都へと続く道で、バクラは車の中で不満を漏らしていた。

「仕方ないだろ、一応決まりなんだから」

「そうだぞ、バクラ。遺跡発掘でも、健康第一。何か異常がないか、ちゃんと診て貰わないと」

「バクラ兄さん、ちゃんと受けよう」

レオン・アルス・ユーノが、それぞれ不満を漏らすバクラを窘める。
が、そんなありきたりな言葉では納得できない。
三人に窘められても、バクラは未だに不機嫌そうに口を尖らせていた。

「だったら、近くの人間ドックでもいいだろ。たくっ、車でどれだけかかると思ってんだ」

「文句を言うな。クラナガンでちゃんと診て貰った方が良いだろ?それに、お前達の魔導師検査もあるんだから」

「ケッ!義務でもないのに、わざわざクラナガンまで運転していくとは。レオンお父様には、毎年毎年頭が下がります」

健康診断だけなら、確かに家の近くの医療機関などでも出来る。
が、魔導師検査となると少し装備に頼りがいがない。
健康診断にしても、クラナガンの最新設備の方がやはり安全・安心できる。
健康第一。
子供達の健康と魔導師検査の手間を考えたら、どうしてもミッドチルダの首都であるクラナガンに向かった方がいいのだ。
しかし、バクラ達が住んでいる家から、首都クラナガンまで結構な距離がある。
おまけに、今日の移動はレールウェイではなく自家用車。
時間もかかるし、渋滞にも巻き込まれる。
無駄な時間を過ごす。
バクラの機嫌はただいま降下中。

「第一、俺様は健康だ。受ける必要なんかねぇよ」

これもまた、バクラが不機嫌な理由。
実際、バクラは此処数年で病気らしい病気にかかった事はなかった。
風邪が流行った時も、一人だけピンピン。
どんなに疲れた時でも、一晩休めば完全回復。
今日だって特に何処か悪いとは感じない。
健康その物の状態で、窮屈な車の中に押し込まれて首都クラナガンまで行くのだ。
ドライブなど趣味ではないバクラにとっては、楽しくもなければ面白くもない。
どうせ行くなら、古い遺跡発掘(と言う名の宝探し)をしていた方が、遥かに有意義な時間だ。

「そう言わないの、バクラ君」

不機嫌なバクラに対して、今度は助手席のアンナが窘め始めた。

「最近、色んな病気が流行ってるでしょ~。この間見たテレビでも、ただの風邪だと思っていのたが実はとんでもない病気で、そのまま死んじゃった人もいるのよ。
怖いわね~。
お姉さんは嫌だな。バクラ君にアルス君、ユーノ君がそんな病気で死んじゃうのは。
だからね、ちゃんと健康診断は受けよう。ねっ?」

「まぁ、お前の気持ちは解らないでもないけど、とりあえずは受けようぜ。健康診断書はあって役に立つ事はっても、邪魔になる事は無いぞ」

アンナに続き、レオンもやんわりと窘めた。

「……解ったよ」

渋々とだが、どうやら納得してくれたようだ。
相変わらずの仏頂面で、後部座席の背もたれに背中を預ける。
毎年、嫌がっていても必ず連れていく。
バクラの手綱を此処まで握れる人は、世界広しといえどもこの二人を置いていない。(アンナの方がレベルは高いが)

「ふあぁ~~ん」

余程暇なのか、バクラは欠伸をしながら何気なく外の景色を眺め始めた。
高いビルが通りすぎ、親子連れが通りすぎ、幾つかの店が通りすぎ、そして再びビルが通りすぎる。
暇だ。
隣ではアルスやユーノが何か話してるが、バクラにとっては暇以外の何物でもない。

「レオン。まだか」

窓の景色からレオンへと視線を向け、クラナガンまでの時間を尋ねる。

「もう少し待て、後20分ぐらいで着くから。ちょっと、今日は混んでるな」

運転しながら答えるレオン。
20分、この狭い車の中で過ごさなくてはならない。
嫌になる。
そう言いたそうに、とバクラは溜め息を吐いた。

「だいたい、何で車なんかで行くんだ?レールウェイで行けばいいじゃねぇか」

何時渋滞するか解らない車で来るよりも、公共交通機関の方が早い。
混んでいた場合は、より窮屈な空間に閉じ込められるが、それを差し引いても車で来るよりは暇な時間は短縮できる。
わざわざ車できた理由が気になったバクラ。

「それはね~、こーれ♪」

ウキウキ気分で、アンナがバクラの疑問の答えを差し出してきた。

「こいつは……」

差し出されたのは、一枚の紙。
正し、ただの真っ白な紙ではなく、カラフルな色でデカデカとある文字が書かれていた。

「春のキャンペーン。紳士・婦人服、共に最大30%引き。こいつが目当てか」

主婦の強い味方。俗に言う、広告チラシである。

「だってぇ~、バクラ君もアルス君も11歳になったし、ユーノ君も5歳になったんだもの。新しい服も必要でしょ。
私だって、たまにはお買い物したいもの」

「おいおい、俺は無視かよ」

「あら~、そんな訳ないじゃないですか。ちゃ~んとあなたのも買いますよ」

バクラ、アルスは誕生日を迎えて11歳、今年で12歳。
ユーノは5歳、今年で6歳となる。
この頃の子供は、かなり成長が早い。
服だって直ぐ着れなくなってしまう。
なるほど。
子供三人にレオンとアンナ、計五人。
服を買えばかさばる。他の買いだしもするとなると、かなりの荷物の量になるだろう。
レールウェイなどで帰れるより、車に積んで帰った方が遥かに楽が出来るという物だ。
品揃いも、クラナガンの方が遥かに上だろう。
クラナガンまで行くのは、どうやらただ健康診断と魔導師検査だけが目的ではないらしい。
納得したバクラ。
ふと視線を上げ、前方の助手席を見る。
テンションが上がっているアンナ。
相当楽しみなのか、何時よりもニコニコ笑顔だ。

「女ってのは不思議だよな。何で、こんな時には異様にテンションが上がるんだか」

「それが女性って物だ。いい加減、お前もその辺は察しろ」

「そうだよ、バクラ兄さん。男は黙って女を受け入れる。それが良い男の条件だって、族長も言ってた」

「ケッ!下らねぇ」

「お前な~……何時かお嫁さん貰った時、そんな態度だと直ぐ離婚だぞ。今の内に態度を改めろよな。
後、ユーノ。それ、幾つか間違った知識が入ってるから」

「え、そうなの!?」

「あぁ。まぁ、夫婦の関係なんて家庭によって違うから何とも言えないけど。たぶん族長達を参考にすると、将来尻に敷かれるぞ」

「へ~~」

「女ってのは、一度甘やかすと付け上がるからな。一発ぶん殴って、言う事なりなんなり聞かせちまえ」

「いや、それはそれで色々と問題があるだろ」

なんとも年不相応な会話を交わす後部座席の三人兄弟。

「お前ら、頼むからもう少し子供らしい会話をしろよな」

レオンの頭が痛くなったのは、決して運転に疲れたからではない。




漸く着いた、首都クラナガン。
バクラ達が住んでいる所も結構発展してる方だが、やはり首都と言うだけあり人も車も多い。
車から降り、バクラは肩をコキコキ。
背中を伸ばし、漸く窮屈な車から解放された。

「そんじゃ、頼むな」

「はいよ~」

駐車場を貸してくれたクラナガンの友人にお礼を言いながら、レオンも運転疲れから解放される。
さて、さっさと健康診断を終わらせて、買い物でもするか。
レオンとアンナは子供達を纏めて歩き出した。




この時期、所謂入学・就職シーズンには各医療機関などで健康診断が盛んに行われている。
魔法・科学技術が進み便利になったとはいえ、ミッドチルダの人も人間であることには変わりない。
やはり自分の健康は大事にしなくては。
もっとも、バクラは――

「てめぇの体なんだから、どう使おうがそいつ自身の勝手だ。体が壊れたなら、全部そいつの自己責任だっつぅの」

と、全然心配してないが。
この時期、クラナガンで行われているのは健康診断だけではない。
管理局が行っている、ある検査がある。
魔導師の検査。
魔導師の源であるリンカーコアは先天的に生まるのがほとんどだ。
しかし、何事にも絶対は無い。
実際、後天的にリンカーコアが生まれた例も、極希だが存在する。
ほとんどの人はまともな人間だが、いつの世にも便利な力を悪用する者が居るのは人間の悲しい性だ。
もし犯罪が起こった時、この検査の過去のデータを洗えばある程度の情報を攫める。
事件解決に貢献した事も、決して少なくない。
犯罪防止のためと、今存在する魔導師の正確な数を調べるのも、この検査の目的だ。
国民調査ならぬ、魔導師調査と言った所だろう。
あわよくば、優秀な魔導師をスカウトしたいという思惑も入っている。
魔導師の調査も出来、スカウトも出来るかもしれない、正に一石二鳥だ。


なにはともあれ、目的地には着いた。
これで健康診断を受けられる。
受付を終わらせ、バクラ達はそれぞれの検査が行われている部屋へと入って行った。


――身長

「はい、え~と……身長は、160.2㎝。へぇ~最近の子は発育が良いのね~」

「あの、一応言っておきますけどそれを11歳の平均にしないでくださいね」

「わぁ~、いいなーバクラ兄さん。僕なんか、全然伸びてないのに」


――体重

「体重……56.2。君、本当に11歳?かなりのヘビー級な体格と体重だね」

「字が見えねぇのか、てめぇは?」

「て、てめぇ……って」

「あははははっ。ささ、バクラ。次行こ、次!ほら、ユーノも!」

「う、うん。えっと、ゴメンナサイ!」

「んだよ、押すんじゃねぇ」

「このバカ!あんな喧嘩口調で睨んだら誰だって引くわ!」


――視力検査

「右、左、左、上、下、右」

「さ、左右とも6.0!……スクライアの子って皆こんなに目が良いの?」

「いえ、こいつだけ例外です」

「スクライアでも、そこまで目の良い人はバクラ兄さん以外居ません」


今日は休日だが、どうやら健康診断を受けるている人はほとんど居ないようだ。
思ったよりも早く終わった。

「ユーノ君もそんなに大きくなったのね~。どれどれ~」

「あ、アンナさん」

「わぁ、やっぱり重い。男の子って、こんなに早く成長しちゃうのよね」

真っ赤に照れるユーノを抱っこしながら、アンナは嬉しくも何処か寂しそうにしていた。
母親。
息子の成長は嬉しいが、直ぐ自分の手から飛び立つと思うと、やはり悲しい様だ。

「へぇ~、160㎝越えか。13か4ぐらいのデカサだな」

「身長なんかあっても、宝探しには大して役にたたねぇよ。まぁ、家の誰かさんみたいに“チビ”よりはマシだがな」

「ぐくくくぅぅ……な、何で毎日牛乳飲んでるのに~。……うぅ~、平均よりは高いのに敗北感が~」

バクラは笑みを浮かべ勝利を噛みしめ、アルスは敗北感に包まれ、レオンはそんな様子をヤレヤレと見つめていた。
健康診断終了。
残りは、魔導師検査だけだ。

「さぁて、さっさと行って終わらすぞ」

やけに嬉しそうなバクラ。
声も何処となく、弾んでいる。

「バクラ兄さん、凄く嬉しそうだね。そんなに魔導師検査が楽しみなのかな?」

ユーノも、何時もと違う兄の姿に気付き首を傾げていた。

「あぁ、まぁな。そりゃ、楽しいだろうよ。合法的に管理局員を相手に出来る、ストレス解消法になるんだから」

「えっ?ストレス解消法?」

もう一人の兄の説明に、再び首を傾げるユーノ。
ストレス解消法。
意味自体は知ってるが、それを魔導師検査で行う。
理解できず、ますます首を傾げるユーノ。

「……そういえばユーノは、あいつの検査を見てなかったな。……あんまし見ても、面白くないけど」

不吉な言葉を漏らすアルスの傍らで、バクラはめんどくさそうに辺りを見つめていた。
通りすぎる車。
見た所、タクシーは通っていない。
このまま此処に居ても、恐らく捕まらないだろう。

「歩いて行くのは面倒だな……出でよ、デスカリバー・ナイト!」

デスカリバー・ナイトを足代わりに召喚しようとするバクラだが――

「止めんかああぁぁーーー!!」

「ぐふっ!」

アルスのハリセンにより、召喚を失敗してしまった。


「出た!アルス兄さんのツッコミハリセン!」

「すげぇ~、良く反応出来たな。俺達が全然気付かなかったのに。下手なアスリートよりも、反応速度早いぞ。しかも、右脚を軸に回転数を上げてるし」

「まぁまぁ、二人とも仲よしね~」


家族達が感心(約一名違うが)してる傍らで、アルスはバクラへと攻め寄っていた。

「市街地での魔法の使用は原則的に禁止!何度言ったら解るんだ!えぇ!?また管理局の皆さんに迷惑をかけたいんか!?」

ちなみに、バクラは昔市街地で召喚魔法を無断で使ったため、管理局から厳重注意を受けた事がある。
理由は簡単。
歩いて帰るのは面倒だったから。

「行くぞ!どうせ、何時もの“あれ”をすんだろ?だったら早く何時もの所に行って、さっさと済ませて貰うぞ!」

身長と体重から見れば明らかにバクラが兄。
しかし、この場面を見る限りアルスの方が本当の兄に相応しい。
違反を犯そうとした弟の首根っこを攫み、ズルズルと引っ張りながら検査が行われている部署へと向かおうとする。

「あ、ちょっと待て。アルス」

が、レオンに呼び止められてしまった。
何ですか、とバクラの首根っこを攫みながら振り返るアルス。
見れば、レオンは一枚の紙を困った様に見つめていた。

「俺達が毎年行ってる所、どうやら今年はやってないみたいだぞ」

魔導師検査は毎年決まった部隊でしか行われていない。
魔力の検査だけなら、ちゃんとした設備があれば出来る。
しかし、バクラが毎年行う“あれ”をやるとするなら、管理局の部隊に行くしかない。
毎年、レオン一家は此処の医療機関にお世話になっている。
必然的に、一番近い部署に魔導師検査を行く事になるのだが、どうやら今年はその部署では検査は行われてないらしい。

「えぇ~、そんな~」

では、何処に行けばいいのか。
アルスは目で問いかけた。

「今さら言うんじゃねぇ。そんなんだから、普段の生活もだらしねぇんだ」

バクラはバクラで、遠慮せず思いっきり責め立てる。

「うぐっ……ちょっと待ってろ」

反論したいが、これは親である自分の責任なので反論できない。
グッと堪えて、レオンは検査が行われている場所が記された紙を見つめながら、一番の近い場所を教えた。

「え~と…………結構遠いけど、ここなら管理局の地上本部が一番近いな。タクシーでも拾うか」




時空管理局地上本部。
ミッドチルダの中央区画に存在する、文字通りの管理局地上部隊の総本山。
ビル群にそびえ立つ超高層タワーは、正に圧巻の一言に尽きる。
受付の女性。
エルザ・コラール(24)。
独身。彼氏居ない歴も年齢と同じ、24年。
最近、お肌の張りが無くなって来たのが悩み。
ちなみに、化粧が濃い。

「勝手に人のプロフィールを後悔するなッ!後、余計なお世話よッ!」

「ッ!せ、先輩。どうしたんですか、急に?」

「いえ、ゴメンナサイ。なんか、物凄く失礼な事を言われた様な気がして」

コホン、と咳払いをしながら佇まいを直すエルザ。
不幸中の幸いに、気付いたのは隣に居る後輩だけ。
自分の失態を見られる事はなかった。

「はぁ……それにしても、今年は魔導師検査を受ける方が多いですね。豊作って奴ですか~」

「言っておくけど、その中の全員が管理局に勤めるわけじゃないんだからね。あまり期待はしない方がいいわよ」

「それはそうですけど。でも、何でその人達ってわざわざ検査を受けにくるんですかね?
健康診断は管理局でも民間企業でも就職する時には必要だけど、魔導師検査は法律で決めってない、本人の任意なのに」

「さぁね。大方、自分自身に箔でも付けたいんでしょ。
要は顔や身長とかと同じよ。資格みたいな認められたものではないけど、ないよりもあった方が良い、ってね。
後は……そうね。
“私はこれほどの魔力を持ってます。でも、この企業に魅力を感じたので管理局のお誘いを断って此処を選びました”って、面接なんかの話題にも使うんじゃないの?
ミッドでは民間企業とはいえ、高ランク魔導師に対してはそれなりに待遇を良くしてる所も最近では増えてるからね」

「へぇ~。流石先輩!私よりも長く生きてるだけの事はありますね!」

「……あんた、自分で何を言ってるか理解している?」

「勿論!先輩は物知りだ!って事ですよね?」

「……はぁ~。いいわよ、もう」(この子、こんなに天然だったかしら?)

後輩の天然ぶりに、思わず頭を抱えるエルザ。

「あっ!でも、管理局に属さないでもお金を貰える、嘱託魔導師みたいな職業もあるんですよね。
え~と、名前は……ふ、ふふふ……フリーマーケット?」

「フリーランス。昔で言う傭兵の事よ。今ではそれから転じて、魔法を使って色々な仕事をこなす。まぁ、簡単に言えば何でも屋みたいなものね。
嘱託魔導師みたいに難しい試験に合格する必要もないし、今でも次元世界を探せば結構な数が居るらしいわよ」

「さっすが先輩!私よりも「それはもういい!」…そうですか」

これ以上長くきている=老けているとは言われたくないので、強制的に黙らせた。
沈黙。
失礼な事を言われたが、本人に自覚がないのだから注意しても仕方ない。
というか、口に出したら自分が老けていると認めてしまうようで嫌だ。

(はぁ~……やっぱり若い子の肌は良いわね。瑞々しくて)

黙りながら、後輩の肌をジッと見つめるエルザ。
本人からしたら、別に取って食おうというつもりはない。
しかし、見つめられている後輩は別だ。
無言で見つめてくる先輩。しかも、時々嫉妬の様な妬みの感情が自分の肌を射抜く。
自分が見つめられている原因を知らない後輩にとっては、居心地の良いものではない。

「あははははっ……せ、先輩!この間は合コンはどうでしたか!?誰か良い人は見つかりました?」

この重い空気に耐えられなくなり、話題を振った後輩だったが――


――ヒュウウゥー


「あ……あれ?」

状況はさらに悪化した。
明るくしようと自分なりに気を使ったが、今から数秒前の過去に戻ってその自分を止めたい。
重い……重すぎる。
空気が重くのしかかり、エルザの背中には誰が見ても一目で解るほどの黒い影が背負われている。
暖かい室内だというのに、何処からともなく北風が吹いてきた。
明るいなどとんでもない。
全く逆の暗黒世界が目の前には広がっていた。

「何よぉ……何よ何よぉ。私の何がいけないのよ。料理は……確かに得意な方じゃないけど、スタイルには自信もあるし。
女性だけが家事をする時代なんてとっくに過ぎたんだから、少しは融通を効かせなさいよね。これだから最近の男は……うぅっぐ」

影を背負い、俯きながらブツブツと恨みに似た言葉の羅列を吐き出す。
気のせいだろうか。
エルザが口を開くたびに、口から黒い瘴気の様な物が吐き出された。

(あぁ……また失敗したんですね)

だから彼氏居ない歴=年齢なんだ、とは決して言わない。
言ってしまったら本当の意味で止めを刺してしまうから。

「えっと……せ、先輩!その……ふ、フリーランスの人達って、何で管理局に入らないんでしょうね!?
自分で色々と準備するよりも、管理局の装備を使った方が安く済みますし、保険だって下りるから物凄く便利なのに。
是非、聡明な先輩にご教授願いたいです!!」

自分の先輩を元気づけようと、あえて道化を演じる後輩の女性。
これで自分が原因でなければ、さぞかし良い後輩として人気が出ただろう。
ブツブツと言葉の羅列を吐くのを止め、面を上げるエルザ。

「ヒィ!」

怖い。
黒く、恨みに染まった二つの目に睨まれるのは、自分の体を震わせるのは十分すぎた。
逃げてはいけない。
自分自身に言い聞かせ、真っ直ぐエルザの目を見つめ返す。
お前ら、受付嬢としての自覚ある?
是非とも誰かにツッコミを入れてほしい光景だ。

「……ふぅ~~~、いいわよ。わざわざ気を使ってくれなくて」

暫く見つめ合っていたが、突然エルザが疲れの全ての吐き出す様に溜め息をついた。

「気を使うだなんて、そんな」

「そのわざとらしい笑顔がダメだって言ってるの」

「うっ。ガックシ」

今度は逆に、後輩の女性がガックリと肩を落とした。
フフフッ。
そんな様子をみて、クスクスと笑うエルザ。
結果的に、傷つけもしたがどうやら元気づけも出来た様だ。

「ほらシャキッとしなさい。受付嬢は優雅に美しく。それが鉄則よ」

「さっきまでは先輩が暗~いオーラを出してたくせに」

「細かい事は気にしな~い、気にしな~い。さっさと仕事に戻りましょう」

「はい……でも、先輩」

「何?どうしたの?」

何かを戸惑ってる後輩。
気になり、エルザは問いかけた。

「さっきの質問……教えてくれませんか?」

「さっきの?」

「はい。ほら、私って根が真面目じゃないですか。一度気になると、夜も眠れなくなっちゃうんですよ」

真面目かどうかは置いといて。

「あんた、良くそんなんでこの仕事に就けたわね」

半目で後輩を見つめるエルザ。
本当に不思議だ。
こんなポケ~とした人が、管理局の事務を務めてるなんて。

「そこは、ほら。私、まだまだ若くて可愛いじゃないですか。この間も、貴方の笑顔は癒されますって褒められたんですよ~」

両手をほっぺに当て、可愛らしくて首を傾げる後輩。
ムカッ!
一瞬だか、本気で殺意が芽生えた。

(抑えて抑えて。冷静に冷静に)

念仏の様に繰り返し、何とか平静を保つエルザ。

「ふぅ~……そうね。昔、聞いた話だけど……」(早く教えて、さっさと仕事に戻ろう。下手に注意してうるさくせがまれたら厄介だし)

本当に誰もいなくて良かった。




「あの、すいません」

「はい。ご用件は?」

先程まで全然仕事に集中してなかったが、この辺は流石だ。
二人とも、受付に人が来たら直ぐ笑顔で対応していた。

「ふぅ~~」

先程の笑顔から一転、顔の筋肉を柔らかくする。
受け付けは会社の顔とも言うが、流石に一日中笑顔というのは疲れる。
来客対応から電話の対応まで。
一日中張りつめていたら、それこすストレスが溜まりに溜まる。
来客が居ない時ぐらい、肩の力を抜いても罰は当たらないだろう。

「はい、はい。では、後日改めて。はい、それでは失礼します。……ふぅ~」

隣で電話対応をし終えた後輩も、肩の力を抜いて背もたれに倒れ込んだ。

「なんか急に忙しくなりましたね、先輩」

「この時間帯は仕方ないわよ。おまけに、今日は魔導師検査が行われてるし。ほら、休憩終わり。仕事、仕事」

「はーい」

少しばかりの休憩を挿み、再び仕事に戻る二人。

(ふ~ん。豊作とは言ったけど、本当に今年は多いわね~)

何気なく端末を開き、魔導師検査を結果を閲覧するエルザ。

(地上本部の今日だけで、Eランクが306人。Dランクが236人。Cランクが142人。Bランクが47人。Aランクが……やっぱり少ない。15人しか居ないわ。
流石に、この時点でAAランクやAAAランクは居ないか。
確か、どっかの部隊では居たみたいだけど……そうポンポンと、湧水みたいに出てきたら管理局も苦労しないわね。
まぁ、Bランク以上もあればほとんどの部署でも十分通じるから、あまり贅沢は言えないか。
さぁて、一体この中の何人が陸に入ってくれるやら)

事務員とはいえ、彼女も管理局員。
自分の所属する組織に入るかもしれない若い芽は気になる。

「先輩。先輩って、確か前は違う陸上部隊に居たんですよね?」

何の前触れもなく、後輩が話しかけてきた。
モニターを消し、応答する。

「ええ、そうよ。それがどうしたの?」

何故そんな事を聞くのか気になったが、特に隠す事でもないので素直に答えた。

「じゃあ、“あの子”とも顔を合わせてたんですか?」

「あの子?」

「ほら、あの子ですよ。管理局でも少し有名な、毎年必ず先輩が勤めてた部隊に魔導師検査を受けに来たっていうスクライアの「言わないで!」……えっと、先輩?」

あの子の名前を言おうとしたが、エルザが急に声を荒げて自分の発言を遮った。

「だから、「言わないで!」…」

「スクライアn「言うな!」……」

「とうぞk「仕事に戻りましょう!!」……はい」

遂に根負けし、話しを中断して仕事に戻る後輩。
チラリ、と横目でエルザの様子を窺う。
エルザは二日酔いの痛みに耐える様に、頭を抱えて唸っていた。

(思い出したくもないわ!あの生意気なガキの事なんて!!)

局員としてはかなりの問題発言だが、心の中での言葉なので大目に見るとしよう。
先程後輩の話題にあがった“あの子”。
名前は聞かなかったが、それでも自分には解る。
何しろ、エルザは去年までその子供と毎年毎年顔を合わせていたのだ。
そして、必ず“あれ”をやり、余計な仕事を増やす。正に自分にとっては疫病神その者。

(あいつのせいで、あの日は合コンに行けなかった。くぅ~~、いい男が揃ってたのに。今思い出してら、だんだん腹が立ってきたわ!)

拳を硬く握り締め、ワナワナと震わすエルザ。
相当ご立腹の様だ。

「あの……その人、具合でも悪いんですか?」

「あ、あははははっ。き、気にしないでください。直ぐ治まりますから」

「はぁ?」

親切で気にかけてくれた来客を誤魔化す後輩。
受付嬢としての仕事を忘れるほど、嫌な思い出のようだ。

「先輩、先輩。どうしたんですか?」

小声でそれとなく注意を諭すエルザ。
いけない、いけない。
今は仕事中だと忘れて、遂感情的になってしまった。
自重しなくては。

「ゴメンサナイ。ちょっと、頭がフラッして」

「大丈夫ですか?医者に行った方が」

「ううん、大丈夫よ。本当に少しだけフラッとしただけだから」

心配してくれる後輩にお礼を言いながら、自分が元気である事をアピールする。
そもそも、自分は何を心配する必要がある。
此処は前の部隊とは違う。
もう、あの子供に会う事も二度とないのだ。
ならば、過去の事は水に流して未来に生きようではないか。
自分自身に言い聞かせ、仕事戻ろうとするエルザ。
その時――

「ッ!!……な、何!?この寒気は!!?」

突如として、自分の体に走った寒気。
体の奥底から何かが自分に訴えている。虫が全身を這いずり回る様な、嫌な感覚。季節的には暖かいのに、まるで極寒の氷河期の中に居るようだ。
両手で体を抱きかかえ、その寒さに耐えようとする。
が、どんなに強く体を抱きしめても寒気は取れなかった。

「まさかッ!!」

寒気の原因に、ある心当たりが浮かんだ。
目を見開き、冷や汗を流す。
どうやら、本人にとってはかなり喜ばしくない事の様だ。

「ははははっ、まさかね。だって、スクライアの皆さんは既に済ませたって聞いたし、わざわざあの子が二回もクラナガンまで足を運ぶ事なんてないよね。
第一、此処は地上本部。前に居た所とは結構離れてるんだから」

ウンウン、と自分自身を納得させる女性。

「お願いします」

「あ、はーい。何のご……よ…う」

声をかけられ、受付嬢らしく笑みを浮かべるが、その表情は直ぐ固まった。
目の前に居る一人の成人男性。
短くカットされた黒髪に、褐色肌。
レオンである。
エルザはレオンの姿を見つめながら、信じられない物を見るかの様に眼を揺らしていた。

「な、何で……」

レオンの姿を見ながら、ワナワナと震えるエルザ。
レオンもレオンで、受付のエルザをジーッと見つめていた。

「あぁ!」

やがて、何か心当たりが思いついたのか、レオンは小さく声をあげた。

「どうもお久しぶりです。また、お会いましたね」

毎年毎年、クラナガンに健康診断を受けに行く、レオン一家。
その時、自分達の受付をしてくれるのは目の前のエルザだった。
去年も、その前も、その前も、どういうわけか決まった様に受付にはエルザが居る。
不思議な縁。
どうもどうも、とレオンは御辞儀をして挨拶をした。

「あ、貴方が居るという事は……ッ!!」

目の前で挨拶を交わされてるのに、答えない。
受付嬢としてはかなり問題がある行為だが、生憎と今のエルザには自分の姿を客観的に見れる余裕がなかった。
レオン・スクライア。
毎年会ってるだけの事はあり、既にエルザの方もその顔を覚えていた。
いう、覚えたよ言うより、覚えざるを得なかった。
毎年必ず自分の前に現れる、先程の後輩の話題にもあがった子供。
親がいると言う事は、子供も此処に居るという事。
瞳を揺らしながらも、急いで辺りを確認するエルザ。
右、左、上、下、あちらこちらに視線をさ迷わせ、ある一点で止まった。
挨拶を交わしているレオンの後ろ。
白髪の子供とライトブルーの髪を持つ子供が話していた。

「チッ!検査を受けるにしても、もっと空いている日を選べよな。わざわざ休日なんかに来るんじゃねぇよ」

「誰のせいで、休日に来るはめになったと思ってるんだ」

「誰のせいだ?」

「お前のせいだろ!スクライアの皆で受けようって決めた日に、どっかにフラフラ行ったりするから俺達だけ受けられなかったんじゃないか!
おかげで、皆とは別々の日に受ける事になるし……あぁ、もう!少しは責任を感じろよな!」

何やら言い合いをしてるが、そんな事は関係ない。
エルザの視線に留まる、白髪の子供。
発達した肉体に、凶悪に釣り上がった目、そしてトレードマークの赤い衣。
間違いない。あいつは!!

「と、盗賊バクラああぁあぁーーーー!!!」

時空管理局地上本部に、エルザの叫び声が響き渡った。




盗賊バクラ。
この名は、管理局でもかなり有名である。
僅か10歳前後にして、その卓越した罠抜けや潜入の技術で数々の遺跡を制覇し、根こそぎ宝を盗む。
本人の粗暴な態度と相まって、ついた別名が盗賊だ。
もっとも、本人は特に否定しておらず、色々間違った解釈が出回っている訳だが。

例1

「盗賊バクラ?……あぁ、あれでしょ。某大国の金庫を襲って、一夜にして財政破綻させたって言う」

例2

「えっと、その目は睨んだ相手を石にし、その手は人間の心臓を盗み取り、その衣は今まで葬った人の血で真っ赤に染まっている。
その周りには常に死んだ人の霊魂が漂い、死んでも解放される事は無く、一生こき使われる運命。……うぅ、考えたら怖くなってきた」

例3

「知っています!あの、何処かのお姫様の心を盗んだ盗賊さんの事ですよね!一国の姫と盗賊の禁断の恋。あぁ~ロマンチック~~」

等と言う、かなりの尾ヒレをつけて、もはや化け物クラスの噂が流れている。(もっとも、例3は絶対全く天変地異が起こってもあり得ないだろうが)
勿論、これを信じている管理局員は居ない。
と言うより、居たら居たでとっくの昔に危険人物の指定を受けている。
精々、友達や酒の席で話すネタ程度だ。
しかし、全く嘘とは言い切れない。
噂ほどではないとはいえ、実際に色々と問題がある場面に遭遇した者もいる。
エルザの、ある意味でその被害受けた一人。
毎年、必ずと言っていいほどバクラと顔を合わせる。
前の部隊から移動したというのに、どういうわけかバクラが自分の所へと来てしまう。
呪い。
ミッドチルダではあまり信じられていない、オカルト現象を本気で信じたエルザだった。




「な、何で……此処に」

ビックリ仰天。
安心しきった所へと本人が直々に訪れる。
エルザの驚きは無理もない。

「えっ?」

「あぁん?」

アルスとバクラも気付き(あれだけ叫ばれれば嫌でも気付く)、エルザを見つめる。

「あぁ!受付の。どうも、今年から地上本部の勤めになったんですか?」

「ほら、ユーノ君も御挨拶。こんにちは~」

「はい。こんにちは!」

「いや~、不思議な縁って本当にあるんですね。まさか、今年もしかも別の場所でも貴方と出会うなんて。
正直助かりましたよ、此処で検査を受けるのは初めてですから。顔見知りが居て良かった~」

アルス、アンナ、ユーノ、レオン。
四人とも顔見知りのエルザが受付に居ると知って、何ともアットホームな挨拶を交わす。
そして、問題のバクラは――

「なんだぁ?結婚結婚とかほざいてたくせに、まだ寿退社してなかったのか?フッ、化粧が濃すぎるから、男に逃げられるんだよ」

期待通り、オーバーSランク級の発言をかました。しかも鼻で笑い飛ばすおまけ付きで。

「こらバクラ!すいません、相変わらずおバカな息子で」

バクラの頭を下げさせながら、残った左手を後頭部に回し、ペコペコと頭を下げるレオン。
勿論、バクラの頭を下げさせる事も忘れない。

「いえ、大丈夫です。相変わらず、元気なお子さんですね。私も将来、そんな子を産みたいものです」

「相手が居ねぇのにか?」

「コラッ!」

再び問題発言をしようとしたバクラを強制的に黙らせる。

「おほほほほっ、本当に元気なお子さんですね。バクラ君、久しぶり~。また会えて嬉しいわ」(キッームカつく!!何であんたみたいなガキに、そんな事言われなきゃいけないのよ!その口、針で縫い付けるぞコラッ!)

「さっきは、俺の事を盗賊と罵って、明らかに嫌そうな顔をしたが?」

「え!本当?……あっ!たぶん、ちょっと頭が痛かったから、そう見えちゃったのね。これからは気をつけるわ」(あっっったりまえでしょ!あんたみたいなクソ生意気で可愛げのないガキ、職場じゃなかったら声なんかかけないわよ!!)

流石プロだ。
心の中はドロドロな思考だが、表面上は笑顔で対応している。

(落ち着け、落ち着くのよエルザ。こんな子供に相手にみっともない所を見せたら、美人で優しいで通ってきた私の像が崩れてしまう。
それに、この生意気な子供は口調はどうあれ、私達が守るべき市民。……認めたくないけど。
管理局員である私が、万が一にも暴言を吐いたらそれこそ給料に差し支えるし……下手したら、クビ。良くて左遷)

それだけは絶対に嫌なので、エルザはニッコリと笑み浮かべて対応する。

「バクラ君、今日は家族みんなでお出かけ?良いわね~」(何でわざわざ地上本部なんかに来るのよ!さっさと帰れ!!)

「てめぇはバカか?何で俺様が、こんなバカでかいだけで何の面白味もねぇ所に足を運ばなきゃいけねぇ。
こんな所に来るぐらいなら、そこら辺の公園で昼寝でもしてた方が遥かにマシだ」

「あははは、そうだよね。お昼寝は気持ちいものね~。じゃあ、何しに来たのかな?」(本当に何で来るのよ!昼寝したいなら、さっさと出てけ!しッ、しッ!)

「魔導師検査を受けにきたは良いが、お前が前に居た部隊が今年は検査をやってなかったんでね。
おかげで、わざわざこんな所に来るはめになっちまった訳だ」

「そうか、ゴメンナサイ」(そう言えばすっかり忘れてたけど、今年から検査を行う部署が変わるって言ってたわね。チッ!上層部め、余計な事しやがって!)

表面から見たら生意気な子供にも寛大なお姉さん。しかし、その心の中を覗いたら物凄くドロドロとした物が見えてくる。

(やっぱり凄いよな、あの人。バクラの口の悪さにも、怒らず対応するんだから)

(良かった~。バクラ君もあの人なら安心して任せられるわ~)

(へぇー、凄いなー。大抵の人はバクラ兄さんの初めて会ったら怒るのに。あの人、全然怒ってない)

(ふぅ~。全くヒヤヒヤさせてくれるぜ。謝るこっちの身にもなれよな。でもまぁ、あの人なら大丈夫か)

当然の事ながら、レオン達にはエルザの心の中は見えてないので、上手い具合にバクラの相手をしてるようにしか見えない。
さて、此処で両者の行き違いについて説明しよう。
このエルザと言う女性は、内心はどうあれ仕事に関しては優秀だ。
心を抉る様なバクラの悪口雑言にも耐え、表面上は丁寧で優しいお姉さんを演じてる事からも窺える。
ある意味、自分の理想像を壊したくない意地っ張りな性格とも取れるが、それでもバクラ達にも毛の先ほども勘付かせないのだから流石だとしか言えない。
しかし、まさかそれが自分の不幸を呼び寄せてるとは思いもしないだろう。
バクラと初めて出会った人が抱くほとんどの感想が、生意気な子供。
この一言に尽きる。
言いたい事はハッキリと言い、言葉を選ばない。
おまけに本人に悪気が全く無いのだから、余計性質が悪い。さらにさらに、相手の傷を抉り、その傷口に塩を塗る様な容赦ない言葉の羅列。
大人の対応をする人もいるが、そこは人間。
流石に我慢しきれず、プッツンと逝ってしまう人も居る。
そのたびにレオン達が謝りに行くのだが、エルザだけは違った。
バクラにどんな事を言われようとも、ずっと笑顔で大人の対応をしていた。
要するに――


エルザ

自分の理想像を壊したくない+給料カットや左遷をしたくない→必然的にバクラに対しても優しいお姉さんとして接しなくてはいけない

レオン達

良い人だ→その姿を見て、この人は大丈夫だと判断→バクラを任せられる


――とまぁ、お互いにお互いを勘違いしてるという事である。




「うぅ……疲れた。心臓が痛い」

バクラ達に魔導師検査の案内をし、姿が見えなくなった所で一気に疲労が襲ってきた。
突っ伏しながら、顔を青ざめるエルザ。
恐らく、最近肌の張りが悪いのはこれも原因の一つだろう。

「へぇ~、あの子が噂の盗賊バクラか~。結構、可愛い子ですね」

「……あんた、目の検査でもしてきなさい。それが嫌だったら、コンタクトか眼鏡をつけなさい」

「えぇ~~、先輩酷い。私、視力は両方とも1.2です!」

「だったら、ミッドチルダの最新設備が整った病院で脳検査でもして貰いなさい」

かなり酷い言いようだが、その意見には概ね同意である。
アルスとユーノ。
この二人なら、可愛いと言われても納得できる。
見た目もそうだが、礼儀も正しいのだから。
しかし、バクラは別だ。
何処がどんな風に可愛いのか是非とも問い詰めたいが、生憎と今はそんな気力は残っていない。
エルザは青ざめたまま、何とか体を起こす。
しかし、直ぐまた突っ伏してしまった。

(うぅ~、何かあの子と会うと体力の全てを持っていかれる様な気がする。ストレスはお肌に悪いのに~。
というか、何で親は何もしないのよ!愛のある体罰だって時には必要なのよ!)

それは貴方が無駄な意地を張るからです。
と、言える人は残念ながらこの場には存在しない。

「そんなにあの子の事が嫌いなんですか?」

ストレスに悩んでいたら、隣の後輩が話しかけてきた。

「き……らいな訳ないじゃない!私が子供相手にそんな」

最後の気力を振り絞って、優しくて寛大な大人を演じるが――

「先輩……無理はしなくていいんですよ」

どうやら、後輩にはばれていたようだ。

「もう、先輩の裏の顔は解ってますから!」

「裏の顔って……あんたね」

「うふふふっ。先輩、あんな風にわざとらしい口調になるのは、大抵無理してる時ですから。バレバレですよ。
あ、でもこの場合、裏の顔じゃなくてそのままの素顔って事になるんですかね?」

「……ふぅ~~、もういいわ」

遂に完全に仮面が剥がれた。
心底疲れた様に、エルザは溜め息を吐く。
いけない。
このままでは、仕事に差し支えてしまう。
気合を入れなくては。

「はぁ~。まぁ、どうせ何時もみたいにこの……後……」

此処にきて、漸くエルザはある事に気付いた。

(ちょっと待って。去年までは確かに私も駆り出された。でも、此処は地上本部。当然、前の部隊よりも人手が多いわよね)

その事実に気付いたエルザは、口元が釣り上げるほど笑みを浮かべた。

「うふふふっ。そうよ。毎年毎年、私まで駆り出されるから忘れていたけど、わざわざ私まで後始末をする必要はないのよ。
いや寧ろ、それが普通じゃない!
そう、そう。……うふふふふっあははははははっ!!!」

感極まり、声に出して笑いだすエルザ。

「先輩!ちょっと、静かにして下さい。恥ずかしいですよ!」

此処は地上本部の受付。
コソコソ話ならまだしも、流石にこんな大声で笑えば誰でも気付く。
恥ずかしい。
エルザを止めようとする後輩だが、余程嬉しいのか一向に笑いを止めようとはしなかった。

「だ~めだ。……他人のふりしよう。あら?」

諦めた後輩は、ふとある物に気付いた。

「通信?一体誰から?」

端末を操作し、その通信を開いた。



一方、エルザに場所を聞いたバクラ達。
早速、魔導師検査を受けていた。

「それじゃあ、私は此処で待ってますから。皆、また後でね~」

アンナはリンカーコアがないので、大人しく待つ事にした。


レオン――


「あなた、どうでした?」

「どうもこうも。去年と同じ、Bランクだ。俺はもう年だからな。これ以上、魔力は下がる事はっても上がる事は無い」

「そうですか。それじゃあ、目標はバナックさんみたいに生涯現役!ですね」

「いや、無理。あの人が異常なだけで、普通は70も過ぎたらあそこまで魔法は使えないからな」


ユーノ――


「ユーノ君もBランク?ふふっ、お父さんと同じね~」

「あぁ。しかも、まだ5歳で成長途上だからな。このままいけば、Aランクには届くそうだ」

「う、うん」

「……どうした?嬉しくないのか?」

「いえ、そんな事は無いんですけど……兄さん達に比べると、それって凄いのかな?って思いまして」

「あぁ……まぁ、あいつらはあいつらだからな。あまり気にするな。……それで、どうするんだ?将来、管理局にでも勤めるか?」

「うーん……まだ、解りません」

「そうか」

「あなた。ユーノ君はまだ5歳なんですから」

「そうだな。ま!気長に自分がやりたい事を見つけな。ユーノ」

「はい!」


アルス――


「AAランク!へぇ~、君凄いね。ねっ!ねっ!良かったら今から士官学校に入ってみない?」

「はははっ、遠慮しておきます。これでも教師って夢がありますから。それに、管理局の魔導師の強さは魔力の多さでは決まりませんよ」

「それはそうだけど。そこは、ほら。鍛え方次第でエース級にもなれるよ。まぁ、良かったら幾つかパンフレット渡すから、暇な時にでも見て」

「はい、ありがとうございます」(本当は毎年毎年貰ってるんだけど、この様子じゃ断れないよな)


バクラ――


「……えっと……うんと………」

「おい、女」

「はいっ!」

「なんで何も喋らねぇ?さっさと結果を言え」

「は、はい!…………です」

「あぁ!?聞き取れねぇ、もっとでかい声で言え!」

「ヒィ!ごめんさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!ちゃんと言いますから、人間バーベキューにしないで下さい!

「はぁ?」

「ひっぐ……えっと、ぅん……貴方のランクはAです。ひっぐ……」

「ケッ!端っからそう言えよな!」(何泣いてやがる?地上本部は変な奴が多いぜ)

(うぅ…怖かった、食べられるかと思った。すん……何でこの子を逮捕しないのぉ。犠牲者が増えてからじゃ遅いのよ!
バクラ・スクライア。
見た目は人間その物だが、その正体は人間の皮を被った悪魔。好物は人間を串刺しにし、断末魔の悲鳴をスパイスに丸焼きにした人間を食べる事。
くぅ、負けないわ!例え他の皆は騙せても、私は騙せないんだから!いざとなったら、私一人でも……)

「おい」

「ヒヤアアアァァーーー!!ごめんさいごめなんさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんさいごめなんさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「なんなんだ、この女は?」

人が多くなれば、とてつもなく下らない噂でも一人ぐらい信じる人は居る。
この女性はバクラの噂(それも化け物クラスの噂)を本気で信じているようだ。
ご愁傷様。



なにはともあれ、全員無事?に検査を済ませた。
集まるバクラ達。
暫くの談笑の後、レオンがある話題を切り出した。

「所で、バクラ。今年も、“あれ”を受けるのか?」

(あれ?)

急に話しの腰を折ったレオンの“あれ”に首を傾げるユーノ。

「当たり前だ。でなけりゃ、こんな所までわざわざ足を運んだりはしねぇよ」

答えるバクラ。
アルスも、アンナも、レオンが言う“あれ”の正体を知ってるのか、特に気にした様子は無い。

(“あれ”って……一体何?)

唯一、レオン達の中で“あれ”の正体を知らないユーノは首を傾げるしかない。
そう言えば、此処来る前にアルスがストレス解消と言っていた。

「ねぇ、レオンさん。“あれ”って一体何ですか?」

やはり気になるので、ユーノはレオンへと問いかけた。

「うん?……あぁ、そう言えばユーノは知らなかったな。
魔導師検査に連れてきたのは去年からだったし、その時はアンナと一緒に健康診断の方を受けていたからな」

話から察するに、バクラは去年も“あれ”をやっていたようだ。
自分が見てないという事は、少なくても医療機関ではなく、管理局内で何かをやる様だ。
では、一体何を。
ユーノ疑問はますます強くなっていく。

「うーん……やっぱり、気になるか?」

「はい、それはまぁ……」

元々探求心の強いユーノの事。
“あれ”の正体は、やはり気になる
それに、家族全員が知っていて、自分だけ知らないのは嫌だ。
レオンもその事に気付いたのか、困った様に頭を掻いていた。

(正直言うと、あまり見せたくないな。でも、この様子だと嫌でも付いてきそうだし。それに、ユーノは常日頃からバクラの行動を見てるからな~……今さらか)

少しの間悩んだ後、レオンは結論を出した。

「それじゃあ、折角だから一緒に見学でもするか。まぁ、あまり面白い物ではないと思うけど……」

一人でブツブツと呟き、ほぼ何かを諦めた様な表情のレオン。
行くぞ。
レオンはユーノに“あれ”の正体を教えながら、バクラ達と共にある場所を目指した。




魔力検査、魔導師適性検査、リンカーコア検査、さらにはシンプルに魔導師検査。
言葉は数々あるが、要はリンカーコアを持つ人の魔力を測る検査の事だ。
検査自体は、そう難しい物ではない。
直ぐ終わる、簡単な検査だ。
管理局ではこの検査とは別に、希望者のみが受けられるあるサービスがある。
実技訓練プログラム。
正し、訓練とはいっても正式な訓練校の物と比べると優しい。
謂わば、訓練校に入る前に今の自分の魔導師としての実力を測る、お試しプログラム。
正式な訓練ではないため、教える人は一般的な捜査官が多い。
時々、教官等のプロが行う事もあるが、それは本当に極希だ。
お試し訓練の様な扱いだが、仮にも訓練校で行う物の元となる実技訓練。
中々バカに出来る物ではない。
民間企業が自社の魅力を知ってもらうために開くのが企業説明会。
差し詰めこれは、管理局の魅力を知って貰って入局を諭す、管理局説明会とでも言った所だろう。



「で、それは良いとして……何で受付の私が、あのガキのオペレーターを務めなくちゃいけないのよ」

不機嫌そうに呟きながら、エルザは目の前の男性を見つめた、いや睨んだ。

「仕方ないだろ。あのバクラに、一番慣れてるのはお前なんだから」

飄々と受け答えする一人の男性。
管理局の制服に身を包んでいる。怪我でもしたのか、その右腕には白い包帯が巻き付けられていた。
レナード・ベネリ(25)。
エルザとは同期で、去年まで彼女が勤めていた部隊の所属。
つまり、バクラが毎年検査を受けに行っていた部隊の管理局員。
酒に酔い、階段を踏み外した拍子に右腕を骨折してしまう、うっかり屋さん。

「余計な御世話だッ!仕方ないだろ、男には男の付き合いって物があるんだからッ!」

「……誰に言ってんのよ、あんた?」

「いや、すまん。誰かに何か言われた様な気がして」

「ふーん」

「と言うか、先輩もさっき同じことしましたからね」

隣の席からエルザへとツッコミを入れる一人の女性。
先程、エルザ共に受付に居た後輩の女性だ。

「所で、さっきから気になっていたけど……何で貴方まで、わざわざ付いてくるの?受付の方は?」

「だって、見たいじゃないですか。噂の盗賊バクラの召喚魔法。一体どんなものなのか、やっぱり気になりますよね!
あ、受付の方は心配しないでください。ちゃんと、他の先輩に変わって貰いましたから」

「……貴方、オペレーターの資格なんか持ってたっけ?」

「あ~!その目は疑っていますね。大丈夫です!実際に経験した事もありますから!!」

ドンと私に任せなさい、と言わんばかりに胸を叩く後輩の女性。
どうやら、局員としての義務よりも自分の好奇心の方が強い様だ。
ミーハーな奴め。
エルザは心の中でそう呟いた後、再びレナードへと向き直った。

「まぁ、ちゃんと許可が出てるなら私がどうこう言う事じゃないけど。……それよりも、レナード。何であんたが此処に居るのよ」

局内通信で呼び出されて来てみれば、そこに居たのは去年まで自分が居た部隊の同僚だった。
嫌な予感がする。
部隊はどうしたとか、何故此処に居るのだろか。
色々気になったが、自分の身の方が大切。
訴えてくる動物的感に従い、その場で180度回転して帰ろうとしたが、ちょっと待てと肩を攫まれた。
片腕が使えないとはいえ、現場で働いているバリバリ現役のレナードに勝てるはずもなく、足を止められてしまうエルザ。
一瞬、セクハラとでも叫んで逃げようかと思ったが、流石に同僚にそれをするのは可哀想だ。
なんだかんだ言って、同じ苦労を共にした仲間。
とりあえず、話しだけでも聞こうと今に至る。

「自分の部隊はどうしたの?首になった……って訳じゃなさそうね」

「当たり前だ。もし首になっていたら、今頃管理局の制服なんか着てないってぇの」

それもそうだ。

「じゃあ、何で地上本部なんかに居るのよ?」

「あぁ。それはな「ゲディル二尉から地上本部のヘルプを頼まれました!」……まぁ、そういうわけだ」

説明をしている途中に、誰かがレナードの声を遮った。

「お久しぶりです!エルザ先輩!」

エルザに向かって礼儀正しく敬礼する一人の管理局員。
まだ若く、十代の男性。何処となく幼さが残る顔付だ。
この男性には見覚えがある。
レナードと同じ部隊、つまり自分が前に所属していた部隊に居た管理局員だ。
人見知りをせず、皆とも直ぐ打ち解けるタイプ。
実際、自分とも名前を呼び合うほど親しくなった。

「あら、貴方居たの?久しぶり、元気してた?」

久しぶりの旧友の再開を喜ぶエルザ。
悪い子ではないが、性格や見た目のせいか、異性としては認識出来ない。
可愛い弟と言った所だろう。
恋愛対象でもないし、既に自分の事は知ってるのでわざわざ仮面を被る必要はない。
近付いて事情を詳しく説明してくれる後輩の男性。
時々、レナードも捕捉を入れながら事情を説明した。

「ふ~ん、要するにあんたらは暇してるなら未来の後輩たちのために一肌脱いて来い、って言われた訳ね」

再びレナードへと向き直るエルザ。

「ああ。正確には家の隊長からだけどな。俺とこいつを含めて、他にも何人か来てる。後で会って来いよ、皆も喜ぶぞ」

「えぇ、時間があったらね。にしても、部隊長自らがね~。この時期は新米も入って来てるのに、わざわざ地上本部まで出向くとは。相変わらず暇な部隊だこと」

「暇って言うな。他の所に人員を回せるだけ、優秀って事だ」

エッヘン、と胸を張るレナード。
人材不足の管理局で、同じ地上部隊とはいえ人員を回せるのは、それだけ余裕がある証拠だ。
しかし、エルザの目が語っている。

――何を見栄張ってるんだか。

確かに、レナードが所属している部隊は全地上部隊の中でも検挙率はトップクラスだ。
検挙率“だけ”を見れば。
実際は、ただ犯罪件数が他の管轄よりも圧倒的に低いだけ。
大きな事件等、此処数十年起こっていない。
ある程度の事件を解決していれば、必然的に検挙率は高くなる。
それでも、ほとんどの事件を解決してミッドチルダでも比較的治安の良い街作りを行っているのだから、あながちレナードの言葉も嘘ではない。

(まぁ、暇な部隊って所は嘘とは言い切れないけどね)

前の同僚達を思い出したのか、エルザは何処か懐かしそうに笑みを浮かべていた。

「と言うわけだから、頼む!同僚のよしみで、あいつのオペレーターを引き受けてくれ!」

骨折をしていない左手でお願いのポーズをするレナード。
ニッコリ。
エルザは気持ちの良いほどの笑顔を浮かべて――

「全力でお断りさせてもらうわ♪」

これまた気持ちの良いほどの断りっぷりを見せた。

「って、ちょっと待てよ!」

全く、全然、これっぽちも迷いを見せず。
自分には関係ないわよ、と言わんばかりに出ていこうとするエルザを何とか止めた。

「同じ釜の飯を喰った仲だろ!少しは迷えよ!」

仲間、確かにそれは認める。
目の前の男、レナードとはそれなりに良い関係を築けていたとは思う。
恋人としてではなく、友として。
出来るけ力になってあげたいとも思う。
しかし、これだけは別問題だ。

「嫌よ。折角地上本部の勤めになったのに、何であの子の面倒をみなくちゃいけないの?第一、私はオペレーターじゃないわよ」

不機嫌な顔から一転、鼻高々自信満々に胸を張るエルザ。

「そりゃまぁ。顔も良くて、人柄も良い。スタイルも抜群。書類整理から電話対応まで完璧。
学者にも引けを取らない博識の頭脳を持ち、そこら辺に居る下手なオペレーターよりもより優秀で針の穴ほどのミスも起こさない。
才色兼備、完全無欠、もう欠点を探す方が難しい私を直々に指名するのは、解らない事もないけどね」

キラキラと辺りを輝かすほどの自信に満ち溢れているエルザ。
後光が見えたのは、決して気のせいではない。

「そこまで言ってない。言ってない。……妖怪見栄っ張り女」

首を横に振りながら、ボソリ、と小さく呟いたレナードだったが――

「何か言ったぁ!レナードぉ!?」

バッチリと聞こえていたようだ。

「あはははっ。いや、なに。エルザは綺麗で頭も良くて、誰もが羨む才色兼備の女性で、子供にも優しい。本当に良く出来た女性だな~って思って」

怒りの形相を浮かべるエルザに対して、レナードは冷や汗をかきながら誰がどう見てもわざとらしいお世辞を捲し立てる。
煽て作戦開始。
前に同じ職場で働いていたの事だけあって、エルザの性格は良く知っている。
こういう時は下手にお願いするよりも、一度煽てて気分をよくした方が良い。
レナードは思いつく限りのお世辞を言い続けた。

((あんなので上手くいくわけないじゃなですか))

二人の様子を何処か冷めた目で見つめる後輩組。
実際、レナードのお世辞は自分達の目から見ても一目で解るほどのわざとらしいお世辞だ。
こんなバレバレのお世辞に引っ掛かる人など居るわけが――

「あら?まぁ、それほどでもあるわよ~」

((居た――ーー!!!))

見事にシンクロした後輩二人組。
わざとらしいお世辞だというのに、エルザは満更でもない様に髪の毛を掻き上げていた。

「そ!だから、その美人で優しい、子供にも大人気のエルザお姉さんに是非とも今回のオペレーターを務めて貰いたいのですよ、はい」

手をモミモミ。あくまで卑屈な態度をとり続け、ご機嫌を窺うレナード。
上手くいった。
心の中で笑いながら改めて頼み込んだが――

「い・や♪」

またもや気持ちの良いほどの断りっぷりを見せた。
光り輝く笑顔が、何処か憎らしい。

「何だよ、ケチッ!仮にも同じ苦労を共にした仲間だろ!」

悲しい事も嬉しい事も、共に分かち合った仲間。
それが頭を下げてるのに、一向に首を縦に振ろうとはしない。
いや、それどころ一㎜の迷いも見せないこの態度。
レナードも頭に血が昇ってきたようだ。

「こんなにも頼んでるんだから、引き受けてくれても良いだろ!」

「うるさいわねッ!嫌ったら嫌よ!だいたい、何で私がわざわざやんなくちゃいけないの?
此処は地上本部なんだから、他にも一杯オペレーターの資格を持ってる人は居るでしょ。その人に頼みなさいよ!」

「頼めたらとっくの昔に頼んどるわ!頼めないから、あいつの行動に慣れたお前に頼んでるんだろ!
考えても見ろよ?初めてあの盗賊バクラの戦いを見る人が、咄嗟の判断を出来ると思うか?
また一年前みたいになったら、それこそ大惨事だぞ。おまけに地上本部で」

「うぅ……確かに」

余程リアルに想像したのだろうか。
顔を青くしながら、エルザは同意を示した。



先輩二人組が話している傍らで、後輩二人組も仲よさそうに話していた。

「一年前って……何かあったんですか?なんかエルザ先輩、物凄く疲れた表情になっていますけど。
具体的には、30前後の主婦が子供を連れてデパートのバーゲンセールに行き、食料やら服やらの争奪戦を終えてた後。
途中で見つけたおもちゃ屋で子供が駄々をこね、何とか連れて帰ってこれたけど、体力の限界。
さぁ寝ようかな、って思った時に子供が遊んでとうるさくて、結局眠れなくて旦那さんを迎えるために夕食の準備をして、もう体力も気力もクタクタ。
今度こそは、と体を休めようと思った時に子供が学校からの配布されたプリントを忘れいて、夜遅くに渡される。
プリントには明日までに○○をお家の人に作って下さいと書かれていて、強制的に作らざるをえなかった。
体力の限界、さらにそこからの体力の消耗と何とか頑張ってきた気力も尽き。
もう少しで休めるって時に止めを刺された。そんな人に、今の先輩って似てるんですよね」

「……なんでそんなに具体的なのかは気になりますけど……一年前か。ちょうど、俺が管理局に入ったばかりの頃だな」

二人ともあまり人見知りはしない性格なのか、直ぐ打ち解けた様だ。

「実際に見たのは一年前のあれだけでしたから、その前に起こったやつは人伝に聞いた話しになりますけど……」

後輩の男性は静かにバクラについて語りだした。
そもそも、事の始まりは四年前に遡る。
四年前、つまりバクラが七歳。数え年で八歳の時に初めてこの検査を受けに来た。
当初から色々と発言には問題はあったが、エルザもレナードも今の様に危険人物扱いはしていなかった。
精々、生意気な子供だな~、ぐらいの認識だったが、ある事件を境にその認識を改める。

「このプログラムの目的って、少しでも人材を得るためだって事は知ってますよね?」

「はい。学校に入学する前の人には、基本的な魔法の用途などを説明する講座を開いたり。
皆さんが気になっている給料や保険の説明会も兼ねて。
後、実技訓練は訓練校ではこんな訓練を行いますよ~、っと教えるのと、管理局の仕事はこれぐらい大変だから頑張れ、って気合を入れる目的もありますよね。
魔導師としての実力も測れるおまけ付きだし」

「まぁ、中には厳しいからと止めちゃう人もいますけどね。四年前、あのバクラって子は、局員との一対一の模擬戦を希望したそうなんです」

射撃訓練、回避訓練、迎撃訓練、その他諸々。
無料で受けられるわりには、かなり充実している。
模擬戦。
その名の通り、実戦を想定した魔導師同士の訓練。

「模擬戦って……そんな項目、ありましたっけ?原則的には、余程の理由がない限り民間人との実戦を想定した戦闘は禁止されていますよね?」

「えぇ。でも、訓練校のアンケートとかで今の自分のレベルが、正規の管理局員と比べてどれぐらいの差があるのか知りたいって希望者が居たみたいで。
民間人の場合だと嘱託魔導師の試験とか、そう言った学校に入学でもしないと魔導師としての実力は解りませんから。
だったらいっその事、管理局員との模擬戦を設けたらどうかって導入したみたいです。
勝った人はそれだけで自信が付くし、負けてもその悔しさをバネに成長できるからって、それなりに成果は上げているみたいですよ」

「ほえぇ~。上の方でも、色々と工夫はしてるんですね」

「それはそうでしょう。万年お悩みの人材不足が近年になっても解消できない上に、最近では民間の方でも色々と待遇が良い企業も増えてきてるし。
少しでも良い人材を得たいってのは、民間も管理局も変わりませんから、こんな地味な所でも気を使わないとこれからの人材闘争に勝てないんじゃないんですかね?」

ため息を吐きながら、やれやれ、といった感じで男性は肩を竦めた。

「とは言っても、折角導入したこの模擬戦のプログラムってほとんど希望者は居なかったみたいですよ。
仮にも訓練校でちゃんとした訓練を受けた卒業生が相手ですからね~。
余程の自信がある人か、若しくは既に管理局に入る事を決めている人で腕試しをしたい人以外は受ける人は居なかったみたいで。
まぁそれでも、年に何人かは居るみたいですけど、それにしたって管理局全体の規模から見たら極少数ですから。
貴方が知らないのは、無理もないですよ」

いくら魔力の量自体が多くても、戦いの技術に関しては正式な管理局員の方に分がある。
武装隊ではない並の捜査官でも、ただの素人風情の魔導師なら簡単に打ちのめせる。
そのせいか、ほとんど模擬戦を希望する人はいない。
自分に自信があるか、無謀者か、それとも自分の実力を把握しきれない者か。
何にせよ、極一部の人間しか希望者は居なかった。
バクラもその中の一人。
言動はどうあれ、見た目は完璧な子供。
魔力も、今と比べて低かった。
当時の管理局員からすれば、小さな子供が背伸びをしてるようにしか映らなかっただろう。

「どうしたものか悩んでいたそうですけど、結局受ける事にしたそうです。でも……」

怪我をしない事を前提に、模擬戦を受けた管理局員。
子供だから大丈夫、少しだけ先輩としての貫禄と胸を貸すだけ。
この認識が不味かった。
結果だけ言えば、バクラの圧勝。
召喚魔法とネクロマンサー。
二つのレアスキルを駆使したバクラに、担当の捜査官は見事なまでに敗北した。

「へぇ~、その時から既に強かったんですね。あれ?でも、それって特に問題ないんじゃあ。
模擬戦で負けたからって、別に給料に差し支えるわけでもないし……もしかして、イジメですか?
あんな子供に負けて情けないって言われ続け、靴や物を隠されたり、皆が飲み会に誘われた時一人ぼっちで、遂に耐え続けられなくなって管理局を止めたとか!?」

「いや違いますよ!どんだけ家の部隊は鬼なんですか!?そんな子供じみた陰険なイジメをする人なんか居ないですよ!」

とんでもない事を言い出したので、急いで手を振りながら否定する。

「ですよね~。じゃあ、先輩達は何であそこまであの子の事を警戒してるんですか?」

「あ、はい。えっと……その模擬戦が終わった…というよりも、決着がついた直ぐ後の事らしいんですけど……踏みつけたそうですよ」

「……はい?踏みつけた?」

今一男性の言ってる事が理解できず、女性は首を傾げた。

「えぇ。その担当していた捜査官の人を、バリアジャケットも解除され倒れ伏した上から、喉元をバクラ君が思いっきり踏みつけて。
それでその人、三か月の入院をしたそうなんです」

「三か月って……えぇーーー!!」

流石にこれには驚き、後輩の女性も驚愕の表情を見せた。
三か月。
仮にも訓練校を卒業した管理局員にこれだけの怪我を負わせた。
しかも、模擬戦で。相手が弱り果てた所に、さらに追撃を加えて。
暴虐且つ無慈悲な仕打ち。
危険人物と言われても仕方ない。

「三か月の大怪我を……それで先輩達、あんなにも警戒してるんですね」

神妙な面持ちで納得する女性。
盗賊バクラ。
以前からその噂を聞いていたが、まさかそんなとんでもない事をしていたとは。

「あのー……怪我は負わせていませんよ。と言うか、そんな大怪我を負わせていたら流石に注意だけじゃ済まされません」

女性の勘違いを否定する様に、男性は手を横に振りながら口を開いた。

「え?……でも、さっき」

「ですから、その話にはまだ続きがあるんですよ」

何とも言えない微妙な表情で、頬を掻きながら男性は続きを話しだす。

「その担当した捜査官なんですけど、特に怪我はありませんでした。喉元を踏みつけられたけど、声も出るし、痛みもなかったから特に問題はなかったんだけど……」

それでは何が問題だったのか。
女性は目線で問いかけた。

「問題なのは、肉体面よりも精神面なんですよね」

「精神面?」

「えぇ、そうです。バクラ君、相手を踏みつけながら虫を見る様な冷たい視線で見下しながら、こう言ったみたいですよ。

『クククッ。どうした、えぇ?世界の平和を守る管理局様が、これで終わりか?ケッ!情けねぇなぁ!!
こんなんで犯罪者どもの取り締まりを行うだと?笑わせんじゃねぇ!
……そういやぁ、此処に来る前に小耳に挿んだんだが……お前、既婚者らしいな?
ヘッ!何時くたばるか解らねぇ旦那を持つとは、てめぇのかみさんもガキも大変だな!クククッヒャハハハハハハハハハハハッ!!!』

って、実際はこれよりも酷い罵倒を高笑いをあげながら一切の慈悲も言葉も選ばずに一方的に罵り続けたそうです」

男性から説明を受け、女性の顔は見るからに引いていた。

「うわ~~、それは流石に引きますね。でも、武装隊じゃない普通の警備隊なんだからそこまで強さを求めなくても……と言うかそれでメンタル面がやられちゃったんですか?
その人、訓練校でちゃんとしたプログラムを受けたんですよね?流石に三か月も入院する事は……」

「その人、今は出世して別の部隊に居るんですけど。かなりのマイホームパパとして有名だったみたいなんですよ。
けれど、前日に奥さんと喧嘩しちゃったらしくて……奥さんと普段から目に入れても痛くないって豪語していた娘さんも家から出ていっちゃったみたいなんです。
それでも、何とか気力を振り絞って仕事をこなしていたんですけど……バクラ君の傷に塩を塗る様な罵倒には、流石に耐えられなかったみたい」

バリアジャケットが解け、無防備な相手の喉を踏みつけ、さらには留めの一言。
本人は知ってか、それとも偶然か。
どちらにせよ、その人が一番に言われたくない事を容赦せず心に突き刺すしたのは事実。
しかも、当の本人は楽しそうに高笑いを上げながらと来たもんだ。
なるほど。
確かに、エルザやレナードが要注意人物として指定するのが痛いほど解る。

「ちなみに、その捜査官の治療と後始末を行うのにレナードさんとエルザさん駆り出されたらしくて、この時から既にバクラ君を危険人物として認定したみたい」

それから一年後。
再びバクラは同じ部隊を訪れて模擬戦を希望した。
その時に受けたのが、レナード。
結果はまたもや惨敗。
被害は、バクラのモンスターによる総攻撃で訓練場の一部破損と担当したレナードの負傷。
バクラ八歳。数え年で九歳の時であった。
次の年。
バクラが数え年で10歳。
案の定というか、再び模擬戦を申し込むバクラ。
この年になると、流石に部隊どころか管理局でも少しばかりの有名人になっていた。
勿論、レナード達の部隊ではそれ以上に。
情けないかもしれないが、この年の模擬戦には高年組は誰も受けようとは思わなかった。
と言うより、受けたくなかった。
二年前は精神的に追い詰め、一年前は訓練場の破損と担当の負傷。
これだけの事を一切の罪悪感もなく行ったのだ。
バクラの戦闘を間近で見てきた、彼らの受けたくない気持ちも良く解る。
しかし、その中でレナードだけは自ら率先してバクラの模擬戦を受けた。
理由は簡単。悔しいからだ。
確かにバクラは、召喚魔法とネクロマンサーというレアスキルを持っている。
実力だけを見れば、そこら辺に居る下手な違法魔導師よりも上だ。
いや、贔屓目なしにしても、戦闘力は既に武装隊よりも上だろう。
だがしかし、それでも納得できない物がある。
仮にも自分は管理局員。
このまま負けっぱなしってのは、やはり悔しかった。

「レナードさんって結構負けず嫌いなんですね」

「先輩も男ですから。流石に年齢が一桁の子供に負けたのは、かなり堪えたみたいです。それで、先輩の再戦の結果なんですけど――」

結果だけを言えば、見事に惨敗。
前年度よりも魔力が多くなり、さらに技を磨いたバクラには及ばなかった。
技量だけを見れば、決してレナードが遅れを取っていた訳ではない。
しかし、バクラから召喚される多才の能力を持つモンスターの軍団。
中には初めてお目にかかるモンスターも居た。
突然消えたり、増えたり、地面の中に潜ったり。
もはや、モンスター個人だけでもレアスキル並の能力を持つ者も複数存在した。
それら全ての猛攻を、初見で見切れるほどの眼力をレナードは持ち合わせていなかった。

「でも、この年の模擬戦はある意味で家の部隊の勝ちですね」

たった二年とはいえ、これだけの被害を与えた超問題児。
今年の被害はどれだけの物か。
半ば諦めかけていたが、この年だけは良い意味でその予想は裏切られた。
レナードの体力と気力。そして何よりも、負けたくない一心から生み出されるやる気。
それら全てはバクラの猛攻を跳ね返し、結果的には惨敗したが訓練場にも本人にも大した怪我はなかった。
即ち、実質的な被害は0。

「まぁ、普通はそれが当たり前なんですけどね。さっきも言った通り、もう既に家の部隊ではバクラ君は第一級危険人物と認識されていましたから。
その被害を最小限に留められたんですから、一応の面目躍如だったみたいです。でも、問題は次の年、つまり去年が少し……と言うか、かなり厄介な大惨事が起こったんですよね」

去年。
もはや恒例の様になったバクラの模擬戦。
この年の模擬戦を受けたのもレナードだった。
前の年では互角に戦えた。
バクラもレナードも、あくまで訓練用のパワーに収めていたとはいえ、それは事実。
今年こそ必ず勝ってやる!
10歳の子供には対してかなり大人げないが、バクラ自身が既に子供扱いできる強さではないので誰も気にする事は無かった。

「で!で!結果はどうだったんですか!?」

噂のバクラの話しに興味があるのか、目を輝かせながら男性へと尋ねる女性。
管理局の制服に身を包んでいるが、まだ若いせいかどう見ても学生のようだ。

「それがぜーんぜん。勝つ気はあったんでしょうけど、前年度よりもさらに魔力と技を磨いたバクラ君には敵わなかったみたいです」

「なんだ……そうなんですか」

先程の表情から一転、ゲンナリとする女性。
結果の解りきってる試合ほどつまらない物は無い。
鮮やかな逆転劇を期待したのだが、生憎と期待はずれだった。

「で!で!続きは!?」

またもや表情が一転。再び目を輝かせながら、続きを諭す。

「あははははっ……野次馬根性があるって、よく言われません?」

何度も何度もコロコロと、まるで百面相の様に表情を変える女性に苦笑いを浮かべる。
コホン。
とりあえず、一つ咳払いをして話しの波を作った。

「まぁ、相変わらず先輩が負け越したのは別に問題は無いんですけど……問題はその被害なんですよね」

「それでそれで!?何があったんですか!!?」

再び目を輝かせ、早く早く!、とでも言いたそうに急かす女性。
ドードー。
そんなに早くは喋れないので、幾分か間を置いて男性は口を開いた。

「去年、自分はレナード先輩と同じ部隊に入り、初めてバクラ君と出会ったんですけど……」

彼が局入りした去年。
既に盗賊バクラの噂は多少ながら耳にしていた。
傍若無人を絵にした様な子供。
その子供が毎年自分が所属した部隊に来ると聞いた時は、正直不安でしょうがなかった。
他人の苦労なら笑い話になるが、自分がそれを味わうのは御免蒙りたい。
一体どんな子が来るのか。
不安で一杯だったが、以外にも会ってみると普通の子供だった。

「それもそうですよね。
普通に考えたら全長2メートルを超して、全身には肌を削った様な荒々しい傷があって、口から人間の魂を丸呑みにする。
なんて子供、居るはずがないですよね!」

「ですよね~、私もさっき初めて出会った時に思わず可愛いって言っちゃったし。
顔を削り取られて、骸骨が服着てるような子供なんて居るはず無いですよね!」

この際、二人がどんな噂を聞いたのかは置いといて。
初めてバクラを見た後輩の男性。
口の悪さや、やけに態度がでかい子供だったが、噂ほど酷い物ではなかった。
生意気な子供であるのは変わりないが、それでも風貌だけは噂よりも遥かにマシだろう。
“風貌”だけは。
噂と言う物は、何か元となる物がなければ立つ事は無い。
直ぐ様男性は、その元となった物を知る事となる。
合計三回となるバクラとの模擬戦。
この年は、またもやレナードの負け。
それまでなら、何時もと同じだった。
また負けか。
ガッカリしながらも、明日から頑張ろうと意気込むはずだった。
しかし――

「いや~、あの時は本当にビックリしましたよ。何しろ、一日とはいえ部隊が機能停止状態になりましたから」

「そうですか~。機能停止……って!ええぇーーー!!」

何でもない様に語る男性の言葉に、思わず叫んでしまった女性。
機能停止。
一体どういう事なのか、詳しく問いただした。

「えっとですね……簡単に言えば、バクラ君が放ったモンスターの総攻撃で家の部隊のデーターが全部吹き飛んでしまって。
あ!でも勘違いしないでください。外部持ち出し不可の機密データーは無事でしたから。
けど、その日の活動報告や魔導師検査を受けにきた人のデーターやら何やらまで、バックアップを含めた全てのデーター、数日分まで含めて見事なまでに吹き飛んでしまいまして。
いや~、あの時は本当に参りましたよ。
まさか管理局員になって、初めて行う大仕事がデーターの復旧だなんて。こんなの、訓練校でも学びませんでしたよ。あはははっ!」

「それはそうでしょ。そんな例、今まで聞いた事無い……って違うでしょ!!」

空気を切る音と共に手を振りかざす女性。
おお、見事なノリツッコミ!
楽しそうに笑っている男性を後目に、女性は事の重大さに漸く気付いた。
管理局でも民間企業でも関係なく、情報は大切。
例え数日とはいえ、一つの部隊の活動報告全てが吹き飛んだ。
下手したら、部隊全員が連帯責任を負わせられるほどの大惨事だ。

「大丈夫だったんですか!?それって、上の方にバレたりでもしたら物凄く危ないんじゃあ……」

「そりゃそうですよ。流石に首を切られる事は無いかも知れませんけど……それでも、本部の上層部に漏れたりでもしたらただでは済みません。
実際、自分も諦めムードだったし……」

漸く入局したと思ったら、直ぐこんな大惨事に出会ってしまった。
不味い。
まだ入ったばかりで平の自分にはそれほど責任は無いかもしれない。
しかし、それでも0とは言い切れない。
部隊に入って一か月もしないで減俸、なんて事もある。
人間、本当に絶望する目の前が真っ暗になると言うが、まさか自分がそれを体験するとは思わなかった。
が、捨てる神あれば拾う神あり。
部隊の皆が一丸となって、データーを復旧したおかげで何とか事なきを得た。
特にエルザは凄かった、と男性は語る。
恐らく、彼女の活躍無しではたった一日で復旧させるのは不可能だっただろう。

「へぇ~、先輩ってそんなに優秀だったんですね。知らなかった」

「うん、エルザ先輩は正直自分の目から見ても凄いですよ。
オペレーターもそうですけど、ヘリのパイロットとしてのライセンスも持ってますし、車もA級ライセンスだそうです。
他にも会計士、通信士など、あ!後資格を持ってるわけじゃないですけど、デバイスマスターとしても十分通用するほどの技量を持ってるそうですよ。
この間、知り合いの人が言ってました。
本人は才色兼備って豪語してますけど、あながち嘘じゃないのが凄いですよね~。見た目だけは確かに美人の類に入りますし。如何にも仕事が出来る女性って感じで」

「そうですよね。先輩、スタイルや見た目だけは結構上の方にいきますからね~」

安易に中身の方は問題があると言ってるのだが、その辺は御愛嬌である。
ちなみに、この日がエルザが楽しみにしていた合コンの日だったのだが、バクラのせいで徹夜明けでデーターを復旧する作業に取り掛かった。
当然、合コンなど行けるはずもない。
前々から要注意人物だったが、この事件のせいでエルザの中のバクラの株は底辺にまで下がってしまったのは余談だ。

「う~~ん。でも、何で先輩ってそれを生かした仕事に就かないんだろう?
その気になれば、管理局でももっと良いポジションに就けて、エリートコースに行けるのに……」

「あれじゃないですか?受付嬢の仕事をしてた方が、良い人に巡り合える可能性も顔を覚えられる可能性が高いから」

「あぁ~!」

妙に納得した女性だった。




バクラ達はまだ到着していない。
レナードは未だにエルザの説得中。
暇を持て余した後輩二人組は、談話を楽しんでいた。

「レナードさんも先輩も、全然譲る気ありませんね~」

「それはそうでしょ。漸くバクラ君から解放されたと思ったら、今年も顔を合わせちゃったし、案の定というか希望してるのは模擬戦だし」

一枚の紙を見つめる男性。
希望用紙。
予め書いて貰ったが、やはりというか今年もバクラは模擬戦の項目に丸をつけていた。

「あぁ~あぁ~。去年のあの事件で、漸く上の方に魔導師検査を受ける部隊を変える様に説得したのに。
まさか、地上本部、それもヘルプで来た俺達に担当が当たるなんて……なんか、物凄く奇妙な縁だな~」

漸く解放されたと思ったら、今年は別の部隊でバクラと顔を合わせ。
しかも、その担当がヘルプに来た自分達に当たったのだ。
ウンザリ。
ブツブツと小言を言いながら、何処か疲れた表情で肩を落とした。

「上の方で思い出しましたけど……」

「え?何ですか?」

何かを聞きたそうにしている女性の言葉に、男性は視線を向けた。

「その、バクラ君。何も言われなかったんですか?そこまですると、流石に子供だからでは許されるとは思えないんですけど……」

女性が言ってるのはもっともな事だ。
捜査官を精神的に追い詰め三か月の入院。
訓練場の破損と担当捜査官の負傷。
極めつけは、データー情報の消失。
此処までの大事件を起こせば、注意だけでは済まされるはずがない。
何か処罰があったのか。
女性は問いかけた。

「処罰ですか?……え~っとっと、確か~…………」

コツコツ、と記憶を引っ張り出す様に人差し指で頭を叩く男性。

「自分が入る前の人伝に聞いた話なので、確かじゃないですけど……」

前置きで断りを入れ、話しだした。

「最初の事件、捜査官をボロボロにした奴ですけど、特にお咎めは無しだったそうです。
厳重注意はありましたけど、それだけで、拘束されたりはしませんでした。
というのも、実はその被害を受けた捜査官自身がバクラ君と和解……要するに示談ですね。
それをやったおかげで、バクラ君も特に罪に問われる事は無かったそうです。
ちなみに、この時の病院医療費は全てバクラ君側が支払い、それとは別に払われたのが800万相当の指輪だったそうで」

「そうですか、800万……はいいぃーー!!800万!!?」

予想を遥かに上に行く金額に叫んでしまう女性。
気持ちは解らないでもない。

「えぇ、何で!?現物支給!!?普通は現金じゃあ……あぁそうか。確かミッドだと、ちゃんとした鑑定書が付いているなら物品でも良かったんだ。
……って、呑気に法律の解説なんてしてる場合じゃない!!
800万って、下手な管理局員の年収よりも多い大金じゃないですか!というか、それで許されるんですか!!?普通、部隊長とかから何か言われるんじゃあ!!?」

「あぁ。まぁ、そう思いますよね。
でも、この模擬戦……というか、このプログラムって訓練中に何か事故が起きた場合は担当した捜査官の責任になるみたい。
普通に考えれば、これを受ける人って訓練校にも通っていない、魔法の使い方も下手な、文字通りのド素人の人が受ける物ですから、当然と言えば当然ですけどね。
中には魔法学校の卒業者もいるそうですけど、それでも正式な訓練を受けた管理局員の方が一枚上手ですから。
まさかその中に模擬戦を、しかもあれだけ捜査官をボコボコに出来る子供が来る何て“普通は”予想できませんよ。
それに、担当した捜査官の人は特に怒ってなかったみたいですよ。
というのも、入院してた時に、どうやらこの話を聞きつけた奥さんが娘さんを連れてお見舞いに来たそうで。
そこからはもう絵に描いた様な仲直りの早さ、“お前ら本当に喧嘩別れしたの?”って言うぐらいのラブラブっぷりを見せたそうです。
結果的に、この事が切っ掛けで一家の危機は去ったし、バクラ君も一応の謝罪の形も見せて、何よりもまだ小さい子供でしたから。
大人の貫禄って奴を見せて、お咎めは無しだったそうです」

「そうなんですか~……でも、親御さんも相当大変だったでしょうに。800万て、養育費とかも考えたら、相当の出費ですよ」

800万。
ミッドの平均収入から考えても、相当な負担だ。
それを、自分の子供とはいえ何のためらいもなく払う。
良い親御さんだ。
女性は見た事もないバクラの親に尊敬の念を抱いた。

「あの………一応言っておきますけど、その指輪ってバクラ君の個人財産ですよ」

「…………………………………へ?」

認識するまでにかなりの時間がかかった。

「個人財産って……つまり、バクラ君の物って事ですよね?」

「はい。彼、スクライアの生まれだそうですから。小さい頃から遺跡発掘で発掘した遺産とかを、自分の懐に仕舞ってウハウハの状態だそうですよ」

「へぇ~」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

暫くの間。

「バクラ君って、その時何歳でしたっけ?」

「七歳、数え年で八歳です」

「へぇ~、七歳………管理局員の平均年収って、いくらでしたっけ?」

「それぞれの部署や部隊、勤続年数によって違いますけど、だいたい500万~700万ぐらいじゃないですか?
もっと上……所謂、エリート・キャリア組なら俺よりも年下で、もっと貰っている人はいますけど、だいたい普通の陸士部隊だとこれぐらいが妥当だと思いますよ」

「へぇ~そうですか~。つまり、バクラ君って汗水垂らして一年間、真面目に働いた管理局員よりも収入は上なんですね~」

「えぇ、そうなりますよね。七歳で、それだけの収入は得ていたって事になりますね」

「七歳で」

「はい、七歳で」

再び訪れる沈黙。今度のは、先程よりも長い沈黙が二人を包んだ。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

まだ続く。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

まだまだ続いた。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……今日は、いい天気ですね~。こんな日は、ピクニックに行きたいな~」

何かを悟った様な、仏の如く女性の顔が輝いていた。

(うん、解りますよ、その気持ち。自分も始めて聞いた時は、真面目に仕事をするのがバカバカしくなって、もう二度とその話題は話したくありませんでしたから。
だから良いんですよ、思いっきり夢の世界に旅立って下さい。なぁに、症状は一時的な軽い物なので、直ぐ帰って来れますよ)

心の中で女性の心情に大いに同意する男性。
その目に薄っすらと浮かんだ雫は、果たして何の意味があったのか。
それを知る者は、当の本人にしか解らないのであった。




「それで、その後はどうなったんですか?流石に次の年からは……」

話題、再起動。
表情は元に戻り、先程の何かを悟った光は一切に見えない。
げに恐ろしきかな、野次馬根性。
中々タフである。
復活を遂げた女性は、再び話しの続きを男性に諭した。

「えぇ、流石に訓練場が破損した時は、皆さんも黙っていられなかったみたい。だけど……」

バクラのモンスター総攻撃による訓練場の破損。
かなりの大問題だが、これも事件性は無し。
本人による故意ならまだしも、実際にバクラに訓練場を壊すつもりはなかった。
納得しがたい事だが、それは事実。
バクラがやったのは、あくまでも模擬戦の相手に対しての攻撃。
結局、この件に関しては事故として扱われた。
その次のデーター喪失に関しても同じ。
偶発的な事故。
正式な事件として扱われず、部隊内で処理された。

「職務怠慢って言葉の意味……知ってますか?」

「気持ちは解らないでもないですけど、実際問題仕方ないですよ。
そりゃあ、事前に調べられたかどうかと言われればそうですけど……訓練場を破損させた時のバクラ君って、確か魔力はCランクぐらいだったような」

記憶が曖昧なのか、語尾が小さくなった。

「ともかく、管理局内でも平均的な魔力しか持ってなかったそうです。
そんな子が、いくら地上本部の防壁には劣ってるとはいえ、それなりの強度を誇っている訓練場を破損させる事が出来るなんて。
こんなの、誰も予測できませんよ。AAAランクとかSランク級の魔導師ならともかく」

「でも、その子が召喚魔法を使えるのは事前に知っていたんですよね?なら、普通に対応できたんじゃあ?」

「そうは言いますけど……召喚魔法ってどれぐらいの威力があるか知ってますか?」

男性からの切り返しを受けて、女性は納得したように頷いた。
召喚魔法。
その概要や特徴なら説明する事は簡単だ。
街の中の図書館に行っても簡単に調べられる。
しかし、それがどれほどの威力を持ってるか、と問われれば答えるのは難しい。
次元世界の平和を守る管理局とはいえ、召喚魔法を扱える魔導師の数は少ない。
そのせいか、知識の上では知っていても、それが魔導師ランクで言えばどれほどの破壊力を秘めてるのか。
知ってる人間は限られてくる。
おまけに、バクラはスクライアの生まれ。
広い次元世界には召喚魔法を扱う一族が居るが、バクラはその一族の生まれではない。
召喚師と有名な一族ならまだしも、発掘関係で有名なスクライアにそんな強力な召喚師が居るなど。
一体、誰が予測できるだろうか。

「事前に調べなかったのだから、職務怠慢って言われても仕方ないですけど……やっぱり年齢と魔力ランクの低さがね~。
正式な訓練を受けたならまだしも、何処の訓練校にも属してない所を見るとほとんど自己流で戦い方を学んだみたいだし。
三年目のレナード先輩との模擬戦で、一般の陸士部隊員でも互角に戦える事も証明しちゃって。
訓練場の破損とデーター消失も、本当に偶発的な事故だったみたいだし。全く責任がないとは言い切れないけど、厳しい罰則を下すには色々と不十分だったみたい。
それに、部隊長とか上の人達としてはこの事はあまり世間に知られたくなかったんじゃないですか?」

「え?……それはどういう意味ですか?」

興味深い事を聞いた。
女性は問いかけながらも、一語一句を聞き逃さないように耳を済ませる。
管理局員ではなく、新聞記者とかの方が天職じゃないのか。
と、思ったのは男性一人だけの秘密だ。

「う~~~ん……まぁいいか」

少しの間悩んでいたが、隠す事でもないと判断したのか、一回深呼吸して男性は語りだした。

「地上部隊……というか、管理局全体に言える事なんですけど。ほら、所属する部隊や部署によって縄張り意識ってあるじゃないですか?」

確認を求める男性の言葉に、女性は頷いて見せた。
実際、管理局内でも自分の管轄、所謂縄張り意識を持ってる部隊や部署は少なくない。
これは何も管理局に限った話ではなく、ほとんどの世界の警察などの治安組織に言える事だ。

「家の部隊……給料泥棒だとか、甘ちゃんの集まりだとか、予算の無駄遣いとか、一部の人達に陰口を叩かれてるらしいんですよね」

先程までの元気一杯な表情から一転、暗くてドンヨリとした表情になる男性。

「そりゃあ、家の管轄は他の所よりも犯罪件数が少ないし、大きな事件も起こらないで喰い逃げや万引き、時々違法魔導師や強盗事件が発生するだけで、比較的軽犯罪しか起こってないのは事実ですよ!
他の激務をこなしている部隊の人達から見たら、そんなので自分達と同じ給料を貰って面白くないってのも解らなくもないですよ!
でもさ、だからって此処まで言う!?
これでも結構市民の皆さんからは評判良いし、犯罪が起こらない平和な街造りを心掛けてるんです!
寧ろ犯罪が起こらない方が良いに決まってるでしょ!
それなのにこの言いよう……酷いと思いません!!?」

「え……えぇ。そりゃあ、まぁそうですよね」

今度は暗く沈んだ表情ではなく、怒りの形相を露わにして女性に攻め寄る男性。
所属部隊の陰口を叩かれるのは、あまり気持ちの良い物ではない。
苛立つ。
本人は隠してるつもりだろうが、やはり若いせいかどうしても表情や言葉の節々に感情が出てしまう。

「……で、一部とはいえそんな陰口を叩かれてるもんだから、部隊としてはバクラ君に負けたって事実をあまり明るみに出したくないんですよ。
部隊長からして見れば、そんなのが他の部隊にバレたら恥以外の何物でもないし、自分達の様な下の者だって同じです。
いくら召喚魔法やレアスキルと持ってたからって、年齢一桁、自分達と大差ない魔力ランクの子供に負けた。
そんな事が明るみに出たら、市民の皆さんの不安を煽るだろうし、部隊の面子やこれから入ってくる人達のモチベーションだって下がるでしょ?
自分だって何となくやる気が出ないですよ。子供にも一方的に打ちのめされて、そんな陰口を叩かれてる部隊なんて。
後は、所謂管理局員としての誇示って奴ですか?
相手にするのが嫌なら、バクラ君を出入り禁止にすれば万事解決ですけど、それだと正式な訓練を受けたわけではないバクラ君に負けを認めたって事になりますからね。
流石にそれは悔しいんじゃないんですか?」

「へぇ~なるほど、そんな理由があったんですか~」

管理局員としての誇示。
そんなの物を示すぐらいなら、仕事をしろと思うかも知れないが、こればかりは感情の問題だ。
相手を敬うならまだしも、バクラの話しを聞く限りでは相手の事を敬うなど絶対にないだろう。
苦労して管理局員になった彼らにだっ誇りという物はある。
バクラに負けを認めるのは、その誇りにかけて絶対に認めるわけにはいかないのだろう。

(あぁ、だからか)

ふと、女性の脳裏にある事が浮かんだ。
盗賊バクラの噂。
一部では、人間の肉と魂を喰らう文字通りの化け物。
一部では、この世の財宝全てを盗むまで欲望は止まらない暴君。
また一部では、霊界から来た死の使者。
様々な噂が入り乱れ、どれが本当なのか解らない。
当然だ。
もし、男性の言う通りならバクラという人物像は全てその部隊の人間しか知らない事になる。
それでいて、様々な問題ある行動だけが部隊の外にも漏れ始めた。
噂は噂を呼び、尾びれはドンドンと大きくなる。
何故こんなにも噂、それも全く違う噂が流れてるのか気になったが、それが理由だったのか。
なるほど、なるほど。
女性は納得したように、何度も頷いていた。

「えぇ。……全部俺の一人予想ですけど」

「そうですか、一人予想……って、オイ!!」

ビシッ!長年連れ添った相方にツッコミを入れるが如く、気持ちの良い風を切る音と共に男性にツッコミを入れた女性だった。




で、それからどうなったかと言うと――




「たくっ……解ったわよ!やればいいんでしょ!やれば!!」

結局、レナードに言い負かされ今回のオペレーターを担当する事となったエルザ。
ああ、自分はやはりバクラの呪いから逃れられないのか。
絶望に染まった表情で、天を仰いだ。

「あ!それじゃあ、先輩。私はこれで失礼しま~す」

先程までは野次馬根性むき出しだったが、流石にバクラのハチャメチャな行動に危機感を覚えたのか。
部屋から出ていこうとする後輩の女性。
しかし――

「逃がさないわよ!こうなったら一蓮托生。貴方も付き合いなさい!」

エルザにガッチリと拘束され不可能だった。
道連れ。
こうなったら一人でも多くに自分の苦労を解らせてやる。
そんな~、と涙目の後輩を無理やりにでも椅子に座らせた。

「っで、私達がオペレーターを務めるからいいとして、肝心の相手は誰がするのよ?」

何時もバクラの相手をするのは、目の前の男――レナード。
しかし、今回は右腕を骨折するという大怪我を負っている。
片腕を使えないというのは、相手にかなりのアドバンテージを与えてしまう。
相手があのバクラなら尚更だ。

「流石に今年は相手は出来ないな。こんなんじゃあ……なぁ」

何処か悔しそうに顔を歪めながら右腕を摩るレナード。
25にもなったが、やはり心の何処かではバクラに負けっぱなしなのは悔しいようだ。

「まぁ、妥当な判断ね。となると、相手は………」

後輩の男性へと視線を移すエルザ。

「……………」

「……………」

レナードと後輩の女性も、同じように男性へと注目した。

「……………」

無言のままその視線を受け続ける後輩の男性。
右を向く、当然のことながら誰もいない。
続いて左、無論此方にも誰もいない。
では、三人の視線は誰に向いているのか。
答えは簡単だった。

「へ?……俺、ですか?」

漸く気付いたように、目をまん丸にしながら自分自身を指差す。
まさか自分がバクラの相手をするとは、思ってもいなかったようだ。

「仕方ないだろ?他の皆には皆の仕事があるし、俺はこんな状態だ。この場でまともに動けるのはお前しか居ない。ほら、早く準備しろ」

後輩の男性にデバイスの準備をするように諭すが――

「嫌です!」

返ってきたのは否定の意を示す返事だった。

「嫌って……お前な」

呆れたように後輩を見つめるレナードだが、彼の気持ちも解らないでもない。
実際にバクラの戦闘を、一年だけとはいえ自分自身の目で見た彼にとっては、相手にしたくないだろう。
おまけに、前年度以前の対戦成績を知っている。
自分から腹の空いた獣の巣穴に飛び込んで行くバカはいない。
まして、自分の部隊で第一級危険人物に指定されている人物の相手など以ての外だ。
が、世の中には納得できない事が必ずある。
確かにミッドチルダでは、早い人で年齢一桁で収入を得てる人もいる。
管理局員でも、自分より年下で強い人は幾らでも居る。
しかし、しかしだ!
このままバクラに負けを認めていいのだろうか!?
いや、いいはずがない!
自分達は管理局員。
その誇りにかけて、絶対に認めるわけにはいかない!!
少し……というか、かなりの個人的な思惑が入っているが、
此処だけは譲るわけにはいかない。
男としても、管理局員としても。
あんな礼儀の“れ”の字も知らない子供に負けるわけにはいかないのだ。

「気持ちは解るが、今直ぐに回せる人員はお「嫌です!」……くぅ」

何とか説得しようとしたレナードだったが、後輩の男性からの返事は変わる事無かった。
最悪、上官命令でも出すぞ。
そう思ったレナードだったが、後輩の男性の目を見た瞬間押し黙ってしまった。
真剣な目。
真っ直ぐで一点の曇りもない眼で、自分を見つめていた。

「自分は!」

レナードを目を真っ直ぐ見つめながら、男性は自らの心の内を吐露する。

「自分は少しでも市民の皆さんの役に立ちたい思いから、時空管理局に入りました!
では、時空管理局の役目とは何でしょうか?
市民を傷つける事?違います!市民を守る事にあります!!
そんな管理局員である自分が、市民を傷つける事なんて出来ません!
先輩達の気持ちも解ります。これが正式に受理された物だってのも解ります。
ですが!やはり自分は、例え模擬戦とはいえ守るべき市民と戦いたくありません!!」

自分は管理局員。
その自分が、市民を傷つけることなんて出来るはずがない。
後輩の男性は、自分の気持ちを包み隠さずレナードへと伝えた。

「お前……」

感激したように、後輩を見つめるレナード。
管理局員として大切な事を教えてくれた後輩に感謝してるのだろう。
俺が間違っていた!
いえ、いいんです先輩。一緒にこれからも頑張りましょう!
先輩と後輩。
年の差を超えた友情が、今正に完成――




「……で、本音は?」



――する事は、残念ながら永遠になかった。
疑惑の視線。
先程の感激など一切感じさせず、レナードは後輩をジーと見つめ続けた。
半目で、訝る様に、無言のまま真っ直ぐ。

「な、何の事ですか~。自分は管理局員として、当然の事を言ったまでですよ~」

先程までの真摯な態度は何処にいったのやら。
言葉に詰まり、目が泳ぎ始めた。




「あ、目が泳いでいる」

「本当ね。目がイワシになって泳いでるわ」

『魚』に『弱い』と書いて、『鰯』である。




「ですからね、自分としましてはあんな小さい子に暴力を振るうのは大変不服に思うわけであるのでございますよ、はい」

「ほ~う」

「ほ、ほら!管理局員としてのイメージって優しくて頼りになるお兄さん、お姉さんって感じじゃないですか?
実際に広報写真に乗せている人も、そんな感じの人だし。
やっぱり、そのイメージを崩すのはどうかと思うんですよね。うん、うん」

「ほ~う、ほ~う」

「えっと……うんと…………あ!先輩、前に近くのスーパーで出会いましたよね!?
あの時連れていた子、親戚の子供なんですけど、ちょうどバクラ君と同じぐらいの年なんです。
いや~、俺って結構面倒見が良い事で親戚の間でも有名ですから、小さな子供を傷つけること何て出来ないんですよね!」

「ほぅ、ほぅ、ほ~~~~~う!!」

冷や汗を掻き、目をあちらこちらにさ迷わせる後輩の男性。
怪しい……怪しすぎる。
レナードは、情緒不安定な後輩を半目のまま見つめ続けた。
見つめて、見つめて、見つめ続ける。
後輩が何か言ってるが、それら全てを無視して見つめ続けた。
そのたびに無言の圧力が増す。

「いや、ですからね……」

後輩――目を泳がせ、冷や汗を掻きながら思いつく限りの言い訳を並べる。

「……………」

レナード――半目で無言のまま見つめ続け、時々訝る様に声を発する。

「……うぅ……だって、だってぇ」

ピシピシッ。
レナードの目線(という名の攻撃)を受けた男性の防衛線に罅が入り、目元に涙が溜まり始めた。
罅はさらに広がり、容赦なく防衛線を傷つける。
そして遂に――

「お化け怖いの!お化けええぇぇええぇぇええーーーー!!!」

ダムが決壊したように、一気に男性の目から滝の様に涙が流れ出した。




「あの人、お化けが苦手なんですか?」

「……あぁ、そう言えば一年前の模擬戦を見た後、何かやけにソワソワしていたわね。ふ~~ん、お化けダメなんだ」

「以外って言えば以外ですね。さっきバクラ君の話しをしてた時は、特に何ともなかったのに」

「そこはほら、あれじゃない?話すだけなら大丈夫だけど、実際に実物を見るのはダメって奴」

「あぁ~!なるほど」




お化け怖い、怖い、と泣き叫んでいる後輩を見つめながら、レナードは頭を抱えていた。

「お化け怖いって……お前な」

まさかこんな理由だとは思わなかった。
精々、バクラの強さに戦いている物だと思っていた。
それが、お化けが怖いからだとは。
確かにバクラの使用する召喚魔法もネクロマンサーも、一見すると幽霊やお化け。
所謂オカルトと呼ばれる部類に入る姿と能力を持っている。
怖いと言えば怖いが、仮にも管理局員で後輩の男性は年齢的にも大人だ。
お前、その年になってもまだ怖いのか。
思わず呆れてしまったレナードだった。

「だぁぁーー!泣くな!お前も管理局の一員なら、仕事をまっとうしろ!ほら、行くぞ!」

首根っこを攫み、泣き叫んでいる後輩の男性を無理やりにでも連れていこうとするレナード。
そうはさせるか。
男性は体を丸め、まるで子供が駄々をこねる様に地面にピッタリとくっついて離れなかった。

「嫌ですー!お化けは怖いのおぉぉーーー!!」

「お前は男として恥ずかしくないのか!?たかがお化け如きに、そんな子供みたいに泣き叫ぶな!」

「自分はまだ16歳です!世界が違えば、まだまだ法的には少年とみなされる年であります!」

「此処はミッドチルダだ!16、今年で17歳になるなら十分大人として通じる!それ以前に、お前はちゃんとした職に就いているだろが!!」

「うぅ……ひっぐ、だいたいですね!先輩、そうやって権力を使って下の者を無理やり従わせて楽しいんですか!?しまいには職権濫用で訴えますよ!?」

「己には管理局員としての誇りがないのか!?あんな礼儀も知らない子供に、このまま全面降伏したらそれこそ末代までの恥だぞ!
それに、あのバクラはまだ11歳だ。今の内に目上に対しての礼儀を教えてか無いと、後で苦労するかもしれないだろ?
大人として、子供にはちゃんとして道を示さないとな。というわけだから、お前も大人としてバクラに礼儀という物を教えて来い!!」

「うわあぁーーん!!先輩の鬼!悪魔!ヒト○マン!!」

「それを言うなら人手なしだ!というか、ヒト○マンって懐かしいなおい。後、今はプライベートじゃないんだから階級の陸曹で呼べ!陸曹で!」

「ならベネリ陸曹!まだ二等陸士である自分には無理です!他の人に頼みましょう!!
アーレ先輩やバルべ先輩は!二人とも俺よりも腕は上ですよ!この際、べルムでいいですよ!!」

「アーレ一等陸士は他の希望者の担当、バルべ一等陸士はちびっこ魔法講座の担当、お前と同期のべルム二等陸士は来年時に訓練校を受ける人達のための相談役に向かっている」

「ぐくぅぅ……じゃあ、この際先輩の知り合いでもいいでしょ!ルーニさんは!?チェルオルネさんは!?コロンさんは!?」

「ルーニ一等陸尉は既に部隊内でも責任ある立場。こんな事で呼び出すなど以ての外。
チェルオルネ三等陸尉も同じ。
コロン陸曹に至っては、去年から育児休暇を取って子育てに専念している。復帰するのは少なくても、来年度からだ!
というか、全員違う部隊の所属だろう!今から連絡して呼び出すなんて、無理だ!!」

「えっと……じゃあ、ドナートさんやガットさんを……」

「部隊や部署どころか、所属自体が違う!わざわざ本局所属の奴をこんな事で呼び出せるか!?」

「先輩のおバカ!なんでもっと友達を作っておかないんですか!?友達百人は常識でしょ!!?」

「これでも管理局内では知り合いは多いわ!それから、そう言った上官に対しての発言は控えろよ。下手したら首を切られるぞ。さぁて、それじゃあ……逝こうか」

「字が違う!絶対間違っている!」

「いい加減、お前も男なら腹を決めろ!」

「嫌だああぁー!犯されるううぅうぅぅうーー!!滅茶苦茶にされて、散々体を弄ばれた後、ゴミ屑みたいにポイって捨てるつもりなんだ!!
うぅ、お父さんお母さん、妹のナナリーに弟のリオン、それから犬のサンパルーパ、ゴメン……お兄ちゃん、もう家には帰れないかも。うぅっぐ、うわーーん!!」

「誤解を招く様な発言をするな!!」

世界を守る管理局員。しかし、この二人の姿からはそんな大層な物を想像する事は出来ない。
玩具を買ってと駄々をこねる子供と、無理やりにでも引っ張っていこうとする母親。
何とも微笑ましい構図だ。(本人達にとっては、微笑ましくも何ともないが)




「ずずぅー……うえ~。折角淹れて貰って悪いけど、この“リョクチャ”って私の舌には合わないみたい」

「そうですか、私は結構好きなんですけどね~。残念です」

いつの間にか用意した湯呑でお茶を啜るエルザと後輩の女性。
殺伐とした雰囲気など一切ない、凄まじくアットホームな光景だ。




一室に集まる、四人の人影。
内、二人の女性はお茶をしながら談話を楽しみ。
男性二人は、取っ組み合いにも似たドタバタ劇を繰り返していた。
まぁ要するに、先程から全くの進展なしなのである。

「ぐくぅ……」

「ふぅーふぅー」

何とか地面から引っ剥がし、扉の前までに連れてくる事には成功した。
後はこの扉を潜り、訓練場へと連れていくだけ。
しかし、後輩の男性はまだ負けるかと言わんばかりに、出口の縁にしがみ付いて最後の抵抗を見せていた。

「ぐぎぎぎぃ……己は小判鮫か!何時までそこにひっついているつもりだ!?」

「そ、そういう先輩こそ、片腕だけで成人男性を引っ張る事が出来るなんて。ひでんマシンで“かいりき”でも覚えたんですか?」

「そのネタはもういい。早く行くぞ」

攫んでいる男性の首根っこを引っ張り、連れていこうとする。
が、やはり男性は出口の縁にしがみ付いて一向に離れようとはしなかった。
さらに力を入れ、歯を食いしばる。
今度は片足を引っ張り引きずっていこうとしたが、これも失敗。
男性は両手で出口の縁を攫み、宙づり状態になっても抵抗した。

「だああぁ!いい加減にしろ!仕事なんだから、割り切れ!」

何時まで経っても一向に離そうとしない。
上官であるはずの自分の命令も、一切無視。
苛立ちを含んだ声で、レナードは怒号を飛ばした。

「仕事って言いますけどね、部下にだって仕事を選ぶ権利はあるはずです。
だいたい、何で俺達ヘルプ組が地上本部まで来てあの子の担当をしなくちゃいけないんですか!!?」

そこまで言って、急に大人しくなる男性。
何か思う所があるのだろうか、ブツブツと独り言を言い始めた。

「そうですよ……可笑しい、可笑しすぎる!
先輩!これはきっと誰かの陰謀です!何処かでバクラ君の模擬戦データーを見た人が、俺達が慌てふためく様子を見て楽しんでるんです!
ちくしょう~、上層部め。家の部隊が陰口を叩かれるのも、予算が少ないのも、出世できないのも、皆お偉いさん方のせいだ!!
先輩、一緒にストライキ起こしましょう!たった二人でも、戦い続ければ何時かきっと勝てます!!」

真剣な眼差しに表情。
顔だけ見れば、立派な好青年だ。
片足を引っ張られてなければ、もっと見栄えただろう。

「模擬戦のデーターは本部に送られるし、その気になれば誰でも閲覧できる。
家の部隊が陰口を叩かれるのは否定できないが、それは下の奴らだ。上からはちゃんと評価を貰って、表彰も何度かされている。
予算は多くもなければ、少なくもない。一つの部隊を動かすには、十分だ。
出世できないのは、お前の努力が足りないから。もっと大きな仕事を受けたいなら、先ずは小さな事を一人前に出来る様にしろ。
たった二人でストライキを起こしても、直ぐ鎮圧されるのがオチ。そもそも、管理局では基本的にストライキは禁止されている。
そんな事をすれば、強制的にクビだ」

滅茶苦茶な理論を一つ一つ、冷静に論破した。
押し黙ってしまう後輩の男性。
流石に若さと勢いだけで押し切れるほど、レナードも甘くなかったようだ。

「くぅぅ……な、何を弱気になってるんですか!?そんなんだから、何時まで経っても陸曹止まりなんですよ!」

「何でお前がバクラの模擬戦を受けるのと、俺の出世が関わるんだ?」

「うっぐ」

至極尤もご意見を返され、遂に白旗を上げる。
全面降伏。ガックリと項垂れる男性。
今の内だ。
レナードは一気に引っ剥がそうとするが――

「はぐっ!!」

ガッシリと出口の縁を攫み、さらには口で噛みついた男性を引っ剥がすのは不可能だった。

「お前は犬か!?そんな所に噛みつくな!!」

「ひゃぁひゃぁ……おひゃけをふぁいへにゆふふぁいなら、ほふぇふひゃい」(はぁはぁ……お化けを相手にするぐらいなら、これぐらい)

「結局それか!」

散々言い訳を並べていたくせに、結局最後はバクラと模擬戦をしたくないに辿り着く。
はぁ~、と思わず溜め息を吐いたレナードだった。

(にしても、此処まで嫌がるとは。流石に可哀想になってきたな)

上官の命令を無視し、此処までの抵抗を見せる。
そんなにまでお化けが怖いのだろうか。
それとも、バクラ自身が怖いのか。
どちらにせよ、本当に怖がってるのが伝わってきた。
止めようか。
一瞬でもそんな考えが浮かぶが、直ぐ頭を横に振ってその考えを消し去った。
このまま自分達がバクラの前から逃げたらどうなるか、そんなのは決まっている。

『あぁ?世界を守る法の番人である管理局様が、たかが一人の魔導師に逃げるだと?
ヒャハハハハハハハハハハハ!!!
こいつは傑作だ!そんな腑抜け野郎でも管理局員になれるならぁ、そこら辺に居る蟻でもなれるなぁ。
……いや、まだ自分の体の数倍の質量を持つ物体を運べるんだ。蟻の方が遥かにマシだ。こいつは失礼したな、蟻に。
クククッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!』

などという、まるで鬼の首を取ったかのように喜び、罵倒を浴びせられるだろう。
基本的に管理局に興味がないバクラがそんな事を言うか疑問だが、可能性が0ではない所が怖い。

(ぬぐぐぐぅ……なんかムカついてきた!)

管理局とはいえ、市民から苦情を寄せられる事は決して珍しくない。
中には滅茶苦茶な苦情で、時にはストレスの溜まりすぎで入院する人も見た事はある。
だが、バクラはある意味でその苦情を上回っていた。
悪意という言葉をそのまま形にした様な人物。
そこから発せられる言葉は、容赦なく人間の心を傷つけ、苛立たせる。
絶対逃げてたまるか!
目の奥に闘士の炎を宿したレナードは、自然と後輩の足を握った左手に力を込めていた。

「痛い、痛い!先輩、それ冗談にならないほど痛いですって!つーか折れる!今、足の骨がミシミシって軋んだ!!」

「行くぞ!そして、絶対あのバクラの鼻を明かしてやれ!でなければお前……来月、給料30%カットだ」

「遂に職権濫用!!うわ~~ん!先輩の悪魔!!」

「悪魔……なら、悪魔だってかまわねぇ。悪魔は悪魔らしく、正々堂々真正面から相手を倒す!!」

「火に油!余計に闘志が燃え上がった!?」

正々堂々と正面から戦うのって、悪魔なのかな。
ボンヤリと頭の隅でそんな事を考える。
余裕がある様に見えるが、実際はそうでもない。
レナードに引っ張り続けられて、手がプルプルと震え始めた。
限界。
本当に腕、若しくは足が折れてしまうかもしれない。
いっその事、模擬戦にワザと負けて被害を最小限にしようか。

(嫌、ダメだ。あのバクラ君が、そんな事で納得するとは思えない。第一、先輩達だって見てるんだ。
手を抜いている事がバレたら、超ウルトラスペシャルハードコースな訓練プログラムを組みこまれそう。
かと言って、バクラ君とあのお化けは相手にしたくないし。うぅ~どうすれば……)

別にレナードは悪い先輩というわけではない。
仕事だって真面目だし、部下の面倒も良く見てくれる。
しかし、変な所で負けず嫌いなのはたまに傷だ。

「ぐぐくぅ……先輩、いい加減に諦めて下さいよ!」

「黙れぇえ……っぎぎ。お、お前がそこを離したら、俺だってこんな事はしない!」

模擬戦を回避したい一心で、最後の抵抗を試みる。

「だ、だいたいですね。こんなプログラムを組む事自体が間違ってるんです。
成果を上げてるって言っても、未だに人材不足は解消されてないし。
第一、元から管理局に入りたいと思ってる人は、自分でも自主練習なりなんなりやってますよ。
俺達だって決して暇じゃないんですから、わざわざ出向く必要なんかないですって!」

腕を震わせながらも、渾身の力で上半身を部屋の中に戻す事に成功した後輩の男性。

「なら、上の方に報告でもしておけ。でもな、今年はもう実地するって決まってるんだ。手当は出てるんだから、しっかりと仕事はこなせ」

が、再びレナードに引っ張られ元の状態に戻ってしまった。

「手当が出るって言いますけどね、先輩ですら付いて行くのがやっとの相手でしょう。無理ですよ、俺じゃあ!絶対怪我しますって!
こんな学校で無料で受けられる交通安全の様な仕事で怪我するなんて、割に合いません!!」

今度はレナードに強く引っ張られ、片腕が外れてしまう。

「大丈夫だ。お前の腕は既にBランククラスはある。もっと自信を持て!当たって砕けろ!」

しかし、後輩の男性も負けずに再び均衡状態に戻す。

「砕けちゃダメでしょ!砕けちゃ!」

「物の例えだ!安心しろ、いざとなったら俺が割って入る!………腕の一本でも折れたらな」

「んな事で安心できるか、このボケ上官!!」

「お前、そんな事を他の部隊で言ったら本当に減俸処分をくらうかもしれないぞ」

「うっぐ……すいません」

先輩の忠告に従い、素直に謝る。
こんな時でも扉にしがみ付けるのは、もはや執念だ。

「でも、俺は嫌ですよぉ~。そもそも、このプログラムの目的って少しでも管理局の人材を得るためでしょ!
あのバクラ君、管理局に入るなんて微塵も考えてませんよ!絶対ストレス解消法か何かと勘違いしてますって!!」




「ばっっっっっくしょん!」

「また風邪?バクラ兄さん」

「あらあら~大丈夫?風邪薬でも買ってこようか?」

「だから言っただろ、健康診断は受けていた方が良いって。だいたいお前は、何時も何時も薄着だからそんな目に合うんだ」

「……あの~、前方に居た俺に唾が掛ったのは無視ですか?」

「ズゥー……なんだ、アルス?お前、そんな趣味があったのか?」

「こんな超が三つも四つも付く特殊な性癖なぞ、一切これっぽちもないわあぁぁーーー!!」




何気に感が鋭い後輩の男性だったが、バクラ打倒に燃えているレナードの耳にそんな願いは聞き入れて貰えるはずもなかった。
いい加減諦めろ。
嫌です。
お互いに時々言葉を交わしながらも、腕に力を入れる。
かれこれ十分近くはこの状態だ。

「はぁ~……貴方達、何時までもそうやってるつもり?いい加減にしなさいよね」

流石に見兼ねたエルザが、早く決めるように諭す。

「「こいつ(先輩)が離すまで!!」」

見事なまでにシンクロした男二人組。
何だかんだ言っても、やはり彼らは上官と部下だ。
説得不可能。
諦めの表情を浮かべながら、勝手にしなさいとでも言いたそうに二人から離れていくエルザ。
決めるなら早く決めてほしい物だ。
そんなエルザの願いとは裏腹に、二人は未だに言い争っている。
“はい”と言えば“いいえ”、“いいえ”と言えば“はい”。
一向に決まる様子は無い。
はぁ~、と呆れたようにエルザは長い溜め息を付く。

(ちょっと、そろそろ時間も迫ってるんだから。いい加減にしなさいよね)

魔導師検査も終わる時間だ。
バクラ達もそろそろ来る。
仕方ない。
もう一回注意して、それでも駄目なら他の担当官にヘルプでも頼もう。
エルザは二人を見据え、再び口を開こうとしたその時――




「何をしているんだ?」



自分達とは違う、第三者の声が聞こえた。




「「……えっ?」」

二人揃って疑問の声を上げる男性二人。
先程聞こえた声。
声の感じからして、間違いなく男性。
しかし、一体誰が。
自分達を除いて此処に居るのは、エルザ達だけのはず。
女性にあんな声が出せるはずがない。
疑問に思いながらも、レナードは先程の声を正体を確かめるために後ろを振り向いた。
視線の先に佇む一人の人影。
予想した通り、その人は男性だった。
そこは特に問題ではない。
男か女など、ここでは重要な問題ではないのだから。
問題なのはそこに佇んでいた人物だ。

「ッ!!な、なんで!!?」

予想外の人物の登場に慌ててしまい、うっかりと後輩の足を握っていた左手を離してしまった。

「のわッ!!?」

先程まで、レナードは後輩を引っ張り出すため体重を後ろに預けていた。
その状態で手を離せば、当然だが後ろに全体重が集中する事になる。
案の定、レナードは後ろに転び背中と頭を強打した。

「つぅ~~、ってって~」

咄嗟に骨折した右腕を庇う事には成功したが、流石に左腕だけでは受け身をとる事は不可能だった。
じんわりと波紋が拡がる様に、背中と後頭部に痛みが拡がっていく。
情けない。
仮にも管理局員である自分が、こんな体たらくとは。
痛みで表情を歪めてるレナードに、先程の人影が近付き手を差し向けた。

「大丈夫か?」

心配そうな声。本当にレナードの身を心配してるようだ。
瞬間、倒れていたレナードは弓にでも弾かれた様に立ち上がる。

「はっ!ご心配をおかけしてすいません!!自分は大丈夫であります!!」

背中と後頭部を強打したというのに、一切の痛みを感じさせず、姿勢を正して敬礼をする。
どうやらレナードにとって、目の前の人物は上にあたる人物のようだ。

「そうか、ならいいんだが」

「はっ!……あの、一つ聞いてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「今日って、確か休暇を取っていたはずじゃあ」

「あぁ。少し気になる事があったんでな。
個人的理由で地上本部に訪れていたのだが、聞き覚えがある声に導かれて様子を見に来れば……」

「……うぅ、すいません。お恥ずかしい所をお見せしました」

恥ずかしさのあまりに赤くするレナード。
やれやれ。
男性は、その様子を何処か微笑ましい様子で見つめていた。




「はぁはぁはぁはぁはぁ……た、助かった」

レナードが手を離したおかげで、脱出に成功した後輩の男性。
鼓動が早く、脈打つ心臓。
汗を全身に掻きながら、肺一杯に深呼吸し気持ちを落ち着かせる。

「レナードさんって、あんな人とも知り合いだったんですか?」

四つん這いで荒く息を吐き出している男性は無視。
それよりも後輩の女性の興味を引くのは、今レナードと話している人物。
自分の地上本部に勤めてきたが、こんな近くで見た事など無かった。

「えぇ、そうよ。あいつ、結構顔は広い方だからね。
時たま休日とかに、他の部隊の管理局とかが訪ねてくるのも珍しくはなかったわ。
あの人の場合は、管理局に入る前から個人的付き合いがあったらしいけど」

「個人的付き合い?」

「あぁーなんでも、レナード先輩のご実家の近くに、昔住んでいた事があったらしいっす」

いつの間にか復活した後輩の男性が、同じ後輩の女性の疑問に答え始めた。

「管理局に入る前は、色々と教えて貰ったり、入局した後もプライベートでの付き合いで何度か会っていたそうですよ」

「へぇ~そうなんですか~」

納得した女性は再びレナードと話題になってる人物を見つめる。
男性も同じように見つめるが、その瞳はレナードではなくその男性に注がれていた。
今の自分の状況。
このままだといずれは自分がバクラの相手を勤める事になる。
しかし、わざわざ自分ではなくても、要はレナードが納得する人物なら誰でもいいのだ。
それが例え担当官ではなくても、自分達よりも上の階級の人だろうと。
同じ管理局員なら、この際誰でもいい。

「……………」

無言のまま、レナードと話している男性を見つめる。
最優先事項は自分の身を如何に守るか。
男性はその答えを求める。
カタカタ、とでも聞こえそうなほど、男性の脳は凄まじく回転を始めた。

「……………」

キュピーン。
男性の瞳が妖しく光ったのは、決して気のせいではなかった。




特に何か特徴があるわけでもない、殺風景な部屋。
その中央に、バクラは一人不機嫌そうに佇んでいた。
魔導師検査が終わり、案内されたのがこの部屋。
何時もの様に模擬戦(という名の、ストレス解消法)を行う事に歓喜していた。
しかし、何時まで経っても担当官が来ない。
バクラの機嫌、只今降下中。

「クソがぁ……さっさと生贄の一人でも出せよな」

不機嫌そうに口を歪めながら、バクラは入り口の扉を睨みつけていた。

「大丈夫かな、バクラの奴?」

一方、此方は見学をしてるアルス達一向。
このプログラムはあくまでも人材獲得のために開かれている物。
保護者の見学も許されているのだ。

「大丈夫……だとは思う。あれだけ言い聞かせたんだから、今年は何も問題がない……はずだ」

アルスの呟きに、何処か不安げな答えを返すレオン。
頑張れ、と呑気にバクラを応援しているアンナとユーノとは違い、レオンとアルスの二人は心配そうにバクラを見つめていた。
決してバクラの身を心配をしてるわけではない。
心配なのは、担当する管理局員と備品だ。
四年前、担当官をボコボコにした時は、流石に黙って見過ごせずキツク叱った。
一応、その効果はあった。
現に、次の年のレナードとの模擬戦では、前年度よりも被害は少なかった。
担当官に対しては。
まさか訓練場を破損させるとは思いもせず、キツク問いただした所――

『お前が言った通り、管理局の奴には去年ほど怪我をさせてねぇし、そもそも訓練場を壊すなとは一言も言ってなかっただろうが』

――という、屁理屈な答えが返ってきた。

(普通、あそこまで言ったら解るだろ)

いくら常識が欠けていたとはいえ、あそこまでキツク言えば、直接言葉に出さなくても間接的には解るはずだ。
しかし、此処で忘れてはいけない。
バクラは普通の子供ではないという事を。
備品を壊さない、担当官に必要以上の攻撃をしない、反則技は禁止、急所の攻撃は禁止。
など、翌年から事細かに教える様になったのは、もはや我が家の行事の一つだ。
今年もそう。
模擬戦が始まる前に、あれほど言い聞かせたんだから何も事故は起こらないはず。
はずなのだが、どうしてもバクラの常識外れな行動を見てると心配だ。

「はぁ~~、何か胃が痛くなってきた」

「あら、あなた。大丈夫?飲み物でも買ってきましょうか?」

深いため息をついたレナードに気付き、アンナは心配そうに声をかけた。

「いや、大丈夫だ。あいつが今年は大人しくなってくれればな」

「まぁまぁ……あなた、バクラ君だってそんな悪い子じゃないんですから、きっと解ってますよ」

「だと言いんだけど……」(子供は自由に伸び伸びと、やりたい事をやらせるのが家の方針だけど。う~~ん、来年から教育方針を変えようかな?)

割と本気でバクラの教育方針を考えたレオンであった。

「それに、バクラ君も管理局のお仕事に興味を持って将来管理局に勤めるかもしれませんよ!」

「いや、それは絶対にない」

100%、命と全財産を賭けても、そんな日は来る事は無いだろう。永遠に。




一方、此方は再びバクラ。

「おせぇ……何時まで待たせるつもりだ」

時間的に考えても、そろそろ来ても良い頃だ。
しかし、未だに扉は閉まったまま。
此方から催促にでも行くか。
バクラが一歩踏み出そうとした時、漸く重い扉が開いた。

「漸くお出ましか……さてと、去年まではあのレナードとかいう管理局員だったが、部隊は違うしな。一体誰だ?」

普段ならあまり人の名前を覚えようとしないバクラだが、流石にレナードの事を覚えていたようだ。
その人物が、まさヘルプに来てまで自分の担当になってる事など、夢にも思わなかっただろう。
目を細める。
次第に、今回の担当官の姿がハッキリと見えてきた。
意外。
今年の担当官の姿を見たバクラは目を僅かに見開いた。
このプログラムは本格的な物ではないお試し扱いのせいか、担当するのは若い並の捜査官が担当する事が多い。
去年のレナード達の部隊でもそうだった。
しかし、今目の前の居る人物は違う。
年の頃は、恐らく30代~40代にかけて、それなりに年はとっている一人の男性。
着込んだバリアジャケットの上からでも解るほどに鍛え上げられた肉体。
それも、ただ鍛えている訳ではない。
相手を倒すために鍛え上げられた肉体。
そこら辺のジムに通っただけでは、決して作る事が出来ない、正に戦うための体。
それに、何と言ってもこの雰囲気。
対峙してるだけで、肌に伝わる感覚。まるで精錬された刃を、直接突きつけられた様だ。
今こうして一歩一歩近付いてくるが、撃ち込む隙という物がない。

(ほぅ……かなりの大物の様だな)

バクラは理解した。理論的ではなく、ほぼ直感で。
目の前の人物は、今まで戦ってきたどんな人や獣よりも強い。

「クククッ……貴様、名前は?」

思わぬ収穫に笑みを浮かべながら、バクラは男性に名前を尋ねた。

「初めまして。今回、君の担当となったゼスト・グランガイツだ」

彼――ゼストは、バクラに自分の名を静かに告げた。



「うぅ~……うぅ~~」

「レナード先輩……トイレはそこを出て左に行き、突き当たりを右に行った所にありますよ」

「違うわ!」

レナードが唸ってるのは、決してトイレを我慢している訳ではない。
キッと後輩を睨みつけ、拳を震わせながら悔しそうに口を開く。

「ただでさへ家の部隊はバクラに負け越してるってのに、遂にはゼストさんに、しかも休暇中に助けを求めるなんてえぇ……」

「あぁ。つまり、自分の不甲斐無さに怒ってるわけですね。うんうん、まぁ気持ちは解らないもないですけど、今回は諦めましょう。
あのゼストさんも乗り気だったし、その優しさに甘えさせて貰いましょうよ!」

先程までお化けは嫌だと泣き叫んでいた後輩の男性。
今は、まるで地獄に仏の言葉を実体化させた様に表情を輝かせていた。

「何処の誰だ?ワンワン泣き叫びながら、ゼストさんに懇願したのは?」

ゼストの姿を見た後輩の男性に、ある天啓が舞い降りた。
バクラは模擬戦を望んでいる。それならば、より強い相手の方が良いに決まっている。
よし、此処は懇願してバクラ君の相手を変わって貰おう!
思い立ったら吉日。
後輩の男性は、泣き叫びながらもゼストに懇願した。

「たくっ!なんなんだ、あの地面に頭を擦りつける情けない姿は!!?」

「失礼な!あれは土下座と言って、ある世界では最上級のお願いを表した行為なんです!」

「胸を張って偉そうに威張るな!結局お前は、逃げたかっただけじゃないか!!」

「逃げたのではありません!戦略的撤退と仰って下さい!!
もし今度、バクラ君と手合わせする機会があったら俺が相手をしますよ!」

「……その言葉、本当だろうな?」

「えぇ。……その時、俺が最低でもオーバーSランクに成長していたら」

それはつまり、バクラとの模擬戦は永遠にやりたくないという事。
実際に男性の年齢とリンカーコアの成長を見れば、将来的に見てもそんな強大な魔力を持てない事は誰だって解る。

「よぉーーし!そこまで言うなら、将来のバクラとの戦いに備えて俺が一年間の超ウルトラスペシャルハードコース訓練プログラムを組みこんでやる!」

そんな、と泣き叫ぶ後輩だが、これは当たり前だ。
あれだけの情けない姿を見せたのだから、肉体面と精神面。
同時に鍛えなくては、これから先にもしもの事があったら苦労をするのは当の本人だ。
心を鬼にすると決めたレナードは、後輩をから離れエルザ達に近付いていった。
モニター。
宙に浮かぶ鮮明な画像には、自分にとっての宿敵であるバクラと自分の憧れでもあるゼストが映っていた。

「はぁ~~~~~~」

「頼むから、私の側で幸せが逃げるほどの溜め息を吐くのは止めてくれる。鬱陶しいから」

心底鬱陶しそうに眉を曲げるエルザ。
悪い。
短く謝った後、レナードは再びモニターに注目した。

「情けないぜ。本来なら休暇中のはずのゼストさんにこんな事頼むなんて。
ゼストさんでもゼストさんで、良く引き受けてくれたな。普通だったら情けないって一喝されても不思議じゃないぞ」

「そりゃあ、あんな物を見せられたら断る方も断りにくいわよ」

管理局の制服に身を包んだ良い年齢の男性が目の前で泣き叫びながら恥も外聞もなく土下座で懇願してくる。
正直、エルザ達は軽く引いていた。
それを直接目の前でやられたのだ。しかも、自分に向かって。
ゼストの心境は、余程の物だっただろう。

「それにしても、ゼストさん良く休暇なんか取れましたね。首都防衛隊の隊長さんって、簡単に休みなんか取れないはずじゃあ」

エルザのサポートを務める事になった後輩の女性は疑問の声を上げた。
首都防衛隊隊長。
それがゼスト・グランガイツの役職名だ。
古代ベルカ式の使い手にして、S+ランクの技量の持ち主。
正にストライカーと言っても過言ではない人物。
そんな人物がバクラの相手を直々に相手にする事も数万分の一の確率(要は奇跡に近い)なのだが、後輩の女性はそれよりも何故そんな大層な人物が休暇を取れるのか気になった。
隊長や責任者。
管理局でも労働法に従い、定期的な休みという物はある。
しかし、首都防衛隊隊長ともなれば簡単には休みなど取れないはず。
まして、それがエースと言っても良いほどの魔導師なら尚更だ。

「あぁ、その事か。ほら、去年の暮にクラナガンで違法魔導師の一斉検挙があっただろ?」

「去年の暮……あぁ、ありました!あの犯罪者組織、『赤鷹』が捕まった時の奴ですよね!?」

赤鷹。
ミッドチルダを含め、管理・管理外世界問わずに犯罪に手を染めた違法魔導師の集団。
リーダー格である男の腕に、赤い鷹の刺青が入っている事からそう名付けれた。
構成メンバーは20人と決して多くないが、問題なのはその強さだ。
全員が全員魔導師で構成され、ほとんどがAランク超え。
中にはAAAランクを超える魔導師が3人も居た。
正に少数精鋭の魔導師組織。
管理局でも全力をあげて捜査したが、雲隠れの如く姿を隠し、今の今まで一人も捕まらなかった。
しかし、それも去年まで。
アジトを突き止めた管理局により、遂には一斉検挙に成功した。

「その時、ゼストさんもその場に居たらしいのだが、赤鷹の連中の一人が自分もろとも周囲を吹っ飛ばそうとしたらしいんだ」

「吹っ飛すって……それって、自爆ですか!?」

「あぁ。たぶん、追いつめられて自棄になったんだろう。魔力を暴走させて自爆をはかったそうだが、失敗に終わり、取り押さえられたそうだ。
犯人にも命に別状は無く、事件は万事解決だったんだが、その時にゼストさんが大きな怪我を負ったらしくてな。
聞いた話によると、自爆しようとした犯人を無理やり取り押さえた時に負った怪我だそうだ。まぁ、名誉の負傷って奴だな。
それから暫く病院に入院していたけど、今年の2月ぐらいに無事退院できたんだ」

「そう言えば、あんたも時々お見舞いに行くって言ってたわね」

「当たり前だろ。小さい頃から世話になってるんだから、見舞いの一つにも行かないようじゃあ失礼だ」

当たり前の様にエルザに答えを返すレナード。
再び事情を説明するため、口を開いた。

「それで、退院した後は直ぐ現場に復帰したんだけど、これがなぁ~」

困った様にレナードは頭を掻いた。

「怪我自体は治っていたし、医者も心配ないって言ったんだけど。流石に行き成りの現場復帰は無理だったみたいで、部下の人達からも常々休暇を取る様に言われていたみたいだ。
本人も本人で自分の体の事は解っていたみたいだけど……あの人、自分には厳しく部下にも厳しくを素で行く様な人だから」

「あぁ!それは何となく解ります。なんか、如何にもって感じの人ですよね。
えぇっと……そう、あの人みたいな人を武人って言うんですよね!」

後輩の女性の言葉にレナードは苦笑を浮かべる。

「ははははっ、武人か。正にあの人を表すにはピッタリの表現だ!
まぁ、そんな性格だから人一倍責任感が強くて、直ぐに現場復帰をしたそうだが。周りの皆から見れば、やはり心配だったらしい。
休め、休め、って耳にタコが出来るぐらい言われていたそうだ。
部下や上から言われたんじゃあ、ゼストさんも無視するわけにはいかなく。暫くの間纏まった休みを貰ったそうだぞ」

「へぇ~そうだったんですか。あれ?でも、そんな大変な重労働をこなしていたんじゃあ、バクラ君との模擬戦を止めにしてベットに横になっていた方が良いんじゃあ」

ゼストの身を心配した女性の発言だったが、レナードは特に心配した様子は無かった。

「大丈夫。休みを取ったと言っても、昨日今日に取ったわけじゃないんだから、無理をしなければ大丈夫だよ」

「そうね、無理をしなければね」

“無理”という所を強調するエルザの言葉に、怪訝な目線を送るレナード。

「なんだエルザ。お前はゼストさんがバクラに負けるって言うのか?流石にそれは「無いと言いきれる?」…………」

有無を言わさぬエルザの発言に、思わず黙ってしまう。
バクラとゼスト。
この二人が戦い、どちらが勝つかと聞かれれば、当然ゼストが勝つと断言できる。
首都防衛隊の隊長にして、ストライカー級の魔導師。
その強さは自分が良く理解している。
しかし、絶対にゼストが完勝するかと聞かれれば、簡単に首を縦に振れない。
盗賊バクラ。
正直言って、こいつは強い。
認めたくないが、強さの一点だけを見れば数年後にはストライカー級になっても可笑しくないぐらいだ。
それも、ただの強さではない。
自分達とは全く異なる、異種の強さ。
常識という常識が通じない、非常識の塊。
今さながら、心配になってきた。
万が一にもゼストが負けるわけ無いと思うが、もし何かあったのなら急いで駆けつけよう。
レナードは僅かばかりの不安の色を宿した瞳で、モニターに映る二人を眺めた。






俯きながら、ブツブツとバクラはゼストの名を繰り返していた。

「ゼスト、ゼスト……何処かで聞いたな」

記憶の海へと沈んで行く。
キーワードを元に、自分が求める答えを探り出す。
やがて、ある情報が引っ張り出された。

「思い出した。去年の暮れに違法魔導師の一斉検挙に活躍した首都防衛隊の隊長……そいつの名前が、確かゼスト・グランガイツとかいったな。ほぉ」

相手があの首都防衛隊の隊長と知って、バクラの顔に歪んだお面が装着される。

「クククッ、わざわざ隊長様自らがお相手して下さるとは、俺の株もそれだけ上がったって事ですかな?
それとも、管理局はこんな子供相手に隊長クラスが駆り出されるほど暇人の集まりって事なのかぁ?」

挑発的に、口元を釣り上げゼストに言葉を投げかける。

「おかげさまでな。次代の優秀な子達が同じ旗の元に集まってくれたおかげで、十年前に比べて余裕が出来た。こうして、このような場に出れるぐらいにはな」

「……そうかい」

やり難い相手だ。
バクラそっと心の中で舌打ちを打った。
挑発には一切反応せず、常に此方を意識している。
気の乱れもなく、落ち着いた姿勢。
首都防衛隊隊長という肩書は、どうやら嘘ではないようだ。
ゼストの頭から爪先を注意深く観察していたバクラは、さらに笑みを深めた。

(まぁ、俺様にとっちゃ相手が誰だろうと変わりねぇ。全員、ぶっ潰して今日のイライラを解消させてもらうぞ)

魔導師、騎士、その他の武術の達人。
極める道は違えど、同じ戦いの技術を極めた者同士。
戦い甲斐がある相手と対峙した時は、少なからずの昂揚感は覚える。
例えそれが、魔力を持っていようとも、持って無かろうとも。
しかし、自分は違う。
この盗賊王――バクラは。
自分が求めてるのは強い相手と戦う事の喜びではなく、相手を完膚なきまでに叩きのめした時の昂揚感。
それこそが自分が求める物だ。
殺戮者。
アルスに時々言われてるが、こう考えるとつくづくその名が相応しいと思う。
相手が誰であろうと構わない。
自分は盗賊王。
この世に盗めない物は無い。
財宝だろうと、国だろうと、戦いの運命だろうと。
根こそぎ全てを奪ってやる。
僅かばかりの狂気を含んだ瞳で、バクラはゼストを射抜いた。

(……なるほど、確かに普通の子供ではないな)

同じく、バクラの事を観察していたゼストは静かに心の中で呟く。
今回、自分がこの場に来たのは本当に偶然だった。
用事を済ませ、帰ろうとした時に聞こえてきた知り合いの声。
疑問に思い足を向けた所、今回の模擬戦が成り立った。
盗賊バクラ。
以前からその名はレナード経由で色々を聞かされていた。
管理局内でも、少なからずその名に関しての噂は様々流れ、無論ゼストの耳にも届いていた。
別に、その噂事態を信じていた訳ではない。
だが、ある一か所だけは今現実の物として、自分の前に佇んでいる。
異常。
少なくても、自分は自分自身の強さに誇りと自信を持っている。
それこそ、並の人間が対峙したりでもしたら、自分の空気に呑まれるだろう。
しかし、目の前の子供は違う。
恐れるどころか、寧ろ楽しそうに此方を見据えてきた。
少し興味が出た。
噂通りの物なのか、それともただの強がりなのか。

「……………」

無言のまま、ゼストを自身の槍型のデバイスを構える。
同じく、バクラも腰を落とし戦闘態勢に入った。

『あ~~ゴホン!え~、それでは今回の模擬戦の説明をさせて貰います』

今にも飛びだしそうな二人を抑える様に、宙にモニターが出現した。
エルザ。
嫌々ながらも、レナードに頼まれてバクラと担当となった幸薄な女性である。

『制限時間は10分間。相手が負けを認める、此方側がこれ以上戦闘続行は不可能と判断した時点では終了とさせて貰います』

ニコニコ、優しそうな笑顔。でも、何処から黒い笑みを浮かべながらエルザはバクラへと振り向く。

『バクラ君。解ってるとは思うけど、前の部隊の様な事をしちゃダメだよ。お姉さんとのお約束、ね♪』

「気持ち悪ぃ事してねぇで、さっさと始めろ」

こんな時でも、バクラの暴言は健在。
鬱陶しそうにエルザを睨んだ後、早く始める様に諭した。
本当にムカつくガキだ。
心の中でバクラを罵倒するエルザだが、表面上は変わらずのニコニコ笑顔。
此処まで来ると、もはやプロの演劇でも通用するほどだ。

『……ゼスト隊長には、ハンデとして魔力をAランクにまで制限、さらにカートリッジシステムも使用不可とさせて貰います』

ルール説明の続きを聞いて、不機嫌になったのは他でもないバクラだ。
魔力の制限。
これは仕方ない。自分とゼストとの間では、かなりのランクの差があるのだ。
しかし、もう一つのカートリッジシステムの使用不可。
これには納得が出来ない。
カートリッジスステム。
ベルカ式の魔法にみられる特徴で、瞬間的に爆発的な魔力を得るシステム。
術者に負担がかかるなど、デメリットはあるが、一対一の戦いで敵なしとまで言われたベルカ式にとっては、正に最後の一撃必殺の技。
それを封印されている状態で、自分と戦う。

(チッ!随分と、舐められた物だぜ)

バクラにだって、力に対しての誇示という物は持っている。
ゼストの様な騎士やレナードの様な管理局としての誇示とは違うが、その本質は同じ。
カートリッジシステムの封印は、ベルカ式に騎士にとってはかなりの戦力ダウンだ。
舐められている。
バクラの表情が、誰にでも解るほど歪んだ。
が、それも一瞬。
再び黒い感情を含んだ瞳で、ゼストを睨みつけた。
ハンデ。ならば、そのハンデを後悔させるほどの地獄を見せてやろう。

『最後に、これだけは言わせて貰います』

ルールの説明を終えた(バクラはほとんど聞いていなかった)エルザは、最後に一言付け足した。

『こ・れ・は!あくまでも魔導師としの実力を測る、お試しコース!決して怪我や部品を壊さないように!!解りましたか!!?』

全ての言葉を強調し、二人に(実質上一人に)注意をするエルザ。
流石に去年までの問題児の行為には、根を持っていたようだ。

「了承した」

「解ったから、早く始めな!」

二人とも、それぞれエルザに了承の返事をした。
本当に解ってるんでしょうね。
バクラの返事に一抹の不安を覚えながらも、エルザは開始の合図を宣言した。

『それでは、二人とも準備して下さい。……始め!!』

瞬間、対峙した二人は同時に行動を超した。

「ふっ!」

「召喚!ネクロソルジャー!!」

バクラとゼスト。
盗賊王と騎士。
相反する二人の戦いが、今火蓋を切って落とされてた。







――裏で燃える管理局員達


「遂に始まったか」

「えぇ、そうね。……ねぇレナード、どっちが勝つと思う?」

「決まってる。ゼストさんだ」

「あら、迷いも見せず即答。それだけ自信があるの?」

「当然だ。確かにバクラの強さには光る物、所謂天賦の才ってものがある。今はAランクだけど、リンカーコアの成長具合から見て将来的にはAAAランクにも成長するかもしれない。けれど、今はあの人の方が上だ。そう簡単に負けるはずはない」

「ふ~~ん……だったら賭ける?」

「賭け?」

「そう。そうねぇ、今晩には仕事も終わるから……晩御飯でも賭けない?」

「……慎め。仮にも管理局員が、こんな事で賭けごとなど」

「あらぁ~自信が無いのぉ?ふっ、そんな度胸もないから、あんたの部下も臆病者になるのよ」

「(カチン!)……よぉーし、そこまで言うならやってやる。ミッドチルダ中央区画、首都クラナガン!
そこのてんぷら屋『かまてん』!三本の特上エビ天重でどうじゃああぁぁあーー!!!」

「その話、乗ったああぁぁーー!!」

龍虎相搏つ。
背中に巨大な龍と虎の闘気を乗せた両者は、正面から相手を見据えた。
全ては勝利のため、特上エビ天重というなの栄光を攫むために。





「ずぅ~~、ふわぁー。あぁー、何か落ち着く」

「気にいりました、それ?」

「はい、このリョクチャって物凄く美味しいですね。後で担当に人に頼んで、家の部隊でも出して貰おう」

「ふふっ、それじゃあその時は私が美味しいお茶っ葉が手に入るお店を紹介しますね」

「あ、お願いします」




「ゼストさーん!頑張って下さい!」

「バクラ、今初めて貴方の事を心の底から応援するわ!!」

「平和って良いな~」

「そうですね~私達がゆっくりできるのも、先輩の様な偉大な先駆者が頑張ってくれたおかげです~」

先輩組みと後輩組で、かなりの温度差がある人達であった。
















忙しくて更新できない事って、本当にあるんですね。

と言うわけで、久しぶりの更新です。
約一ヵ月間、待たせた分だけで文量を多くしようと思ったら、とんでもない文字数になってしまった。これって大丈夫なのか?

展開的に、かなり無理やりな所がありますけど、どうしてもやりたかったんです!

バクラVSゼスト

次回はバトルオンリーになる予定です。遊戯王のモンスターもドンドン登場します。

お楽しみに。



[26763] 盗賊王VS騎士――前哨戦
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/07/16 09:43


ゼストは地面を蹴り、長年共に戦ってきた自慢の相棒を。
バクラは、自身がもっとも得意とする召喚魔法で。
目の前の敵を殲滅するべく、矛を向けた。

(驚いたな。噂通り、少し妙な召喚魔法だ)

バクラから召喚されたモンスター。
ネクロソルジャー。
体は小さく、子供ぐらいの大きさ。
手にはライフル銃とサーベルの様な物を持っている。
格好は奇妙で、何処かの軍隊の様な格好だ。
顔は血色が良い人間のそれとは違い、暖かさなど微塵も感じさせない造られた人形。
そう、正に小さな人形が目の前に佇んでいた。
ギョロ、と此方を射抜く瞳が、とてつもなく不気味だ
しかし、ゼストが驚いているのはそんな事ではない。
以前から聞いていたバクラに対しての噂。
魔法陣が浮かばない。
初めそれを聞いた時は、正直何を言ってるんだと思った。
どのような魔法でも、必ず補助器の役割を果たす魔法陣が浮かび上がるもの。
まして、召喚魔法などという大掛かりな魔法なら尚更だ。
実際、自分の知り合いが使用する召喚魔法がそうだ。
小さな物から巨大な物まで、何を召喚するにせよデバイスと魔法陣の補助を必要とする。
だが、実際に見たバクラの魔法にはそれが無い。
黒い魔力光が僅かに光ったと思ったら、次の瞬間にはネクロソルジャーが佇んでいた。
絶対にデバイス等の補助が必要かと言えば、そうではない。
が、これは少し変わっている。
僅かに目を見開き、驚愕の表情を見せるゼスト。

「ふんっ!」

しかし、それも一瞬。
直ぐ表情を引き締め、狙いを定める。
対象はバクラの前に佇む、ネクロソルジャー。
見た所、大した力は持ってそうに無い。
今まで培ってきた経験から解る。
この槍を振り下ろせば、目の前の障害は簡単に排除できるだろう。
ゼストは槍の柄を強く握り締め、渾身の力を込めて振り下ろした。

(なんだ?これは……)

始めに感じたのは疑問。
槍に引き裂かれ、光の粒子となり宙へと消えるネクロソルジャー。
攻撃は成功したが、問題なのはそこじゃない。
軽い……軽すぎるのだ。
普通、どんな物体でも切り裂けばある程度の質量を感じる。
それが例え、子供の様に小さい人形でも。
しかし、槍を伝わってきた感触は、まるでアイスやプリンの様な柔らかい物を切り裂くかのような軽い物だった。

(一体どういう事だ?)

疑問を覚えながら、ゼストは地面を駆け抜けながらもバクラの様子を窺う。

「クククッ」

自分の僕が倒されたというのに、バクラには何の戸惑いもない。
寧ろ、嬉しそうに笑っていた。
不気味。
自分の配下を倒され、目の前には何時でも臨戦態勢に入れる敵が迫ってる。
それなのに、ただ笑みを浮かべ、余裕すら感じさせるバクラ。
様々な犯罪者と対峙してきたゼストでさへも、その笑みには酷く不気味な物を感じた。
地面を蹴る。
この間合いなら、間違いなく一撃を当てる自信がある。
ベルカ式。
ミットチルダ式とは違い、純粋な対人戦闘に特化して進化してきた体系。
バクラの余裕は気になるが、何が来ても全てを切り捨てる。
ゼストはそのまま勢いを緩めず、一気にバクラへと迫った。
しかし――

「ッ!!」

瞳に迫る銀色の刃物。
危険。
戦士としての直感が警告を鳴らす。
反射的に、ゼストはその場から飛び退いた。

「これは!?」

自分を攻撃した犯人の姿。
手に持ったライフルにサーベル、奇妙な兵隊の様な格好に、不気味な人形の顔付。
間違いない。
あれは先程、確かに自分がこの手で倒したはずのネクロソルジャーだ。

「クククッ……どうしましたぁ、騎士様?まるで幽霊でも見た様な顔になって」

驚愕してるゼストの、バクラは挑発気味に声をかける。
事実、彼は驚いていた。
目の前に佇み、その不気味な瞳で此方を射抜くネクロソルジャー。
何処を見ても、先程自分が倒したネクロソルジャーと変わらない。

――仕留め損なった?

いや、そんなはずはない。
あの時、確かに自分は手応えを感じていた。
万に一つも、仕留め損なうわけがない。

――幻術?

相手を惑わす魔法なら、自分が斬り捨てたのは幻。
それならば、目の前のネクロソルジャーが存在してるのは納得がいく。
しかし、何かが違う。
口では上手く説明できないが、その予想は違うと今まで培ってきた経験が訴えていた。

――新たに召喚された?

新しくバクラに召喚されたなら納得がいくが、それにしても可笑しな個所がある。
最初にネクロソルジャーを倒してから、自分はバクラから目を離さなかったはず。
いくら魔法陣やデバイスを使わないとはいえ、魔力光なりアクションなり。
少なくても、魔力の流れは感じる事が出来るはず。
しかし、あの時のバクラにそんな様子は無かった。
不敵な笑みで、自分を見つめていただけだった。
では、今目の前に居るネクロソルジャーは一体何処から湧いて出てきたのか。
ゼストの頭の中を、幾つもの疑問が駆け巡る。

「かかってこねぇならぁ……こっちから行かせて貰うぜ!行け、ネクロソルジャー!」

バクラの号令に従い、ギギ、ギギっと何かが擦れる様な音を立てながらゼストに襲い掛かるネクロソルジャー。
小さな人形が刃物を振りかざして走る姿は、それだけでも不気味だ。

(考えてても仕方ない。此処はもう一度奴に挑み、その真意を確かめる!)

再び槍を構え直し、迎撃態勢に入る。
一閃。
やはり、ネクロソルジャーは防御面では優れておらず、最初のネクロソルジャーと同様に簡単に切り裂かれた。
真っ二つに引き裂かれる、上半身と下半身に分かれる。
その様子を、バクラは可笑しそうに眺めていた。

「ッ!!」

瞬間、ゼストはある事に気付いた。
切り裂かれたネクロソルジャーの体が、一瞬だけ不気味な光に包まれる。
やがてそれは、二つに分かれた。
二つの人型の光。
一つは先程ゼストに切り裂かれた物。そのまま光の粒子となり、宙へと溶けていく。
しかし、もう一つの光はそのまま人型を保ち、その光が晴れると――

「こ、これは……」

先程と同じく、姿形が変わらないネクロソルジャーが佇んでいた。

「ヒャハハハハハハハッ!おいおい、そう驚くなよ。そいつが、ネクロソルジャーの特殊能力なんだからよぉ!」

「特殊……能力」

唖然としたまま、バクラへと視線を移す。

「そうさ。てめぇなら知ってんだろ、俺様の噂をよぉ。
“盗賊バクラが従えるモンスター達は、奇妙な能力を持っている”ってな」

脳から引っ張り出される情報。
確かに管理局で流れている噂には、バクラのモンスターには奇妙な効果を持つ物も居ると聞いた事がる。

「このネクロソルジャーも、その内の一体さ」

得意げに腕を組みながら、バクラは話し始めた。

「実際に切り結んだてめぇなら解ると思うが、こいつは防御力という防御力がねぇ、ほとんど0に近い。
そして、攻撃力もまた皆無。人間を傷つける殺傷能力なんか、米粒ほどの威力も無い。
Eランクの最下級魔導師は勿論、そこら辺に歩いてる一般人にも勝てるかどうかさへ怪しい、文字通り戦力しては何の役にもたたねぇ木偶人形さ。
だが、その代わりにある特殊能力があるんだよ。
そしてそいつは、貴様のある行動によって発動する」

「俺の……行動」

唖然としたままのゼストを、バクラは歪んだ瞳で射抜く。

「そう……ゼスト・グランガイツ!てめぇの攻撃その物が、こいつの特殊能力の発動トリガーだ!」

組んでいた腕を外し、歪んだ笑みを浮かべながらゼストを指差した。

「魔法を発動させるのにも、その引き金となるトリガーが必要なのはてめぇも知ってるだろう」

掌を掲げて、再び説明の続きを話し出す。

「こいつはてめぇが自分に対して攻撃を行ったと判断した瞬間、その体を増殖させ新たなネクロソルジャーを生む。
つまり、貴様の槍が振り下ろされたその瞬間、トリガーが発動し、もう一体のネクロソルジャーを生み出していたという事だ。
例え、それがどれほどの小さな攻撃だろうとも、こいつらはオートで判断し増え続け。
どんなに破壊されようとも、自らの体を分身させ永久に戦いのフィールドに残り続ける。
そいつが兵隊人形――ネクロソルジャーの特殊能力だ!!」

なるほど。
道理で初めに切ったはずのネクロソルジャーが、何もしないで復活していた訳だ。
いや、この場合は復活ではなく新しいネクロソルジャーが生み出された、と言い換えた方が的確だ。

「そうそう、序に教えてやるよ。
俺様はモンスターが倒された時、どういうわけか自身の体にも、望んでもいないダメージが通っちまう。
従えるモンスター共が強力になればなるほど、体に通るダメージが大きくなる」

変だ。
自分は既に、ネクロソルジャーを二体倒した。
もし、バクラの話しが本当なら痛がる素振りの一つも見せるはずだ。
しかし、バクラに特に変わった様子は無い。
怪訝な表情で見つめてくるゼストを嘲笑うかのように、バクラを口元を釣り上げた。

「だがぁ、特殊能力で生み出されたネクロソルジャーなら話は別だ。
こいつらが何体倒されようとも、最後の一体が倒されるまで俺様にはダメージは無い。
モンスター共を倒して、俺様の体力を0にしようと考えていたなら、さっさとその作戦を変えるのをお薦めするぜぇ」

もっとも、例え最後の一体を倒して全滅させても、攻撃・守備共に0のこいつのダメージはさほどでもないがな。
挑発的な笑みを浮かべ、バクラは心の中でそっと呟いた。

「心遣いには感謝しよう。だが、生憎とその心配は無用だ」

「ほぉ……流石騎士様。敵は正々堂々、その槍で打ち倒す、と言った所か」

感心する様に息を漏らすバクラの目線の先で、ゼストは槍型のデバイスを構え、その切っ先を向けていた。
騎士。
その武と誇りにかけて、その様な臆病者が取る策など不要。
相手を倒し、勝利をもぎ取るまで。
ゼストは槍を構えたまま、注意深くバクラ達を観察し始めた。

(此方の攻撃がトリガーとなって増え続ける僕……か。しかし、防御は頼りなく、また早さも攻撃もそこまで脅威にはならない)

幻術なのか、それともバクラが言った通りに本当にモンスター自身の能力なのか。
どちらにせよ、自分にとってはそこまで脅威にはならない。
能力の面では、使いようによっては確かに厄介な事になる。
しかしこの能力は、裏を返せば自分が攻撃をしなければ何時まで経っても一体しか存在しないという事。
刃を潜め、術者の背後に回り込んで必殺の一撃を加えるなど容易い。
だが――

(気になる。あの不敵な笑みが)

真っ直ぐ此方を射抜く二つの眼、自らの勝利を確信している様な笑み。
今さながら、レナードが言っていた事が痛いほど解る。
非常識の塊。
自分達の常識で測るのは、どうやらここまでにした方が良い。
そうでないと、負けるのは恐らく自分だ。
幻術の類である事も頭に入れ、より本腰を入れなくては。

「すぅ~~は~~」

軽く深呼吸し、体に酸素を回す。
相手を見据え、猛禽類の如く鋭き眼でバクラを射抜く。

「クククッ……漸くその気になったか。いいぜぇ、そのでなけりゃぁわざわざクラナガンまで足を運んだ意味がねぇってもんだ。
死霊騎士デスカリバー・ナイト召喚!」

魔力の光から、ゼストと同じく騎士の名を持つモンスターが召喚された。




「前哨戦は此処まで、といった所か」

「そうね」

モニターを見つめながら、レナードとエルザは呟く。
死霊騎士デスカリバー・ナイト。
こいつが出てきたという事は、バクラも本格的に攻めるだろう。

(けれど、まだまだ勝負は序盤戦か)

先程までの攻防は、本当にただの前哨戦。
お互いの実力の内を探るための、ほんの小競り合いでしかなかった。
その証拠に、ゼストもバクラも互いに手の内をほとんど見せていない。

「ほえぇ~~。噂では聞いてたけど、本当にデバイスも魔法陣も使わないんですね。ビックリしました」

モニターに映る二人の緊張感を吹き飛ばすほどの、のんびりとした声が近くから聞こえた。
見てみると、エルザのサポート役である後輩の女性は、宙のモニターを見つめながら固まっていた。
目を見開き、口を大きく開きっぱなしになっている。
自分が間抜けな表情になってるのに気付かないほど、バクラ達の試合に夢中なようだ。

(まぁ、気持ちも解らないでもないな。実際に俺も見た時は、正直目を疑ったし)

簡易魔法ならまだしも、召喚魔法を魔法陣もデバイスの補助もなしに使いこなす。
思えば、あの時から非常識の塊だった。
レナードは昔を懐かしみながら、バクラ達の戦いを見守った。
で、彼の部下であり、お化けが怖いと泣き叫んでいた後輩の男性は――

(うぅ~~……俺、ホラー映画とかダメ)

目を背け、部屋の隅で丸まっていた。
本当にオカルトの類はダメだったようだ。




馬上で自分にその矛先を向けてくる騎士。
死霊騎士デスカリバー・ナイト。
姿形は不気味だが、主の命に忠実に従い、敵を倒そうとする姿は騎士を連想させる。

「死霊騎士……」

「気にいってくれたか?同じ騎士同士、相手には申し分ない……行け!」

王の命に従い、馬を操り敵を排除するために動きだす騎士。
迅速に地面を駆け抜け、ゼストへと迫る。
速い。
同じバクラの僕だというのに、ネクロソルジャーとは段違いの速さだ。
しかし、それはあくまでもネクロソルジャーと比べての速さ。
自分にとっては、そこまで脅威にはならない。
ゼストはその場で構え、デスカリバー・ナイトを迎撃する体勢に入った。
ダッダッダッ。
馬の蹄が硬い地面を蹴りながら、真っ直ぐ此方に向かってくる。
突進はかなりの破壊力を生むだろうが、この程度自分の部下の拳の方が何倍も上だ。

「はぁ!」

気合一閃。
二つの影が重なり合った瞬間、ゼストは馬もろとも騎士を一刀両断に切り裂こうと、槍を振り下ろした。
タイミングは完璧。
このまま攻撃が成功すれば、バクラのデスカリバー・ナイトをいとも簡単に切り裂くだろう。
しかし、彼はある事を見逃していた。
バクラのモンスターは、一体ではないという事を。

「ッ!!」

何時の間に居たのだろうか。
騎士と騎士の一騎打ち。
その間に割って入ってきた、小さな黒い影。
ネクロソルジャー。
ゼストが振り下ろした槍は、ネクロソルジャーの体を捉える。
トリガー発動。
再び分身するネクロソルジャー。
一体は光の粒子となり消え、残ったもう一体はそのままゼストに向かって攻撃をしてきた。
銀色の刃。
顔目掛けて飛んできたそれを、反射的に避けるゼスト。
回避は成功。
しかし、少し……ほんの少しだけ、ゼストはデスカリバー・ナイトから意識を反らしてしまった。

「デスカリバー・ナイト!」

そして、この男にはその僅かな時間で十分だった。
バクラが名を叫んだん瞬間、デスカリバー・ナイトは馬を操り高く跳躍する。
対象を失った槍は虚しく宙で円を描き、地面に落ちた。
相手を倒すどころか、背後を取られてしまったゼスト。
蹄の音が聞こえる。
背中に感じる殺気。空気を切り裂き自分に迫る凶器。

「くぅ!」

風を切り裂く豪快な音と共に、ゼストは振り向き際に槍を振り払う。
火花が散る。
直ぐ後ろの迫っていたデスカリバー・ナイト。
馬上で振り下ろした刃とゼストの槍がぶつかり合い、周囲の空気を震わした。

(チッ!
あれだけの短時間でデスカリバー・ナイトの攻撃リーチを計算し、目には頼らず空気の流れと殺気から攻撃箇所を導き出す。
ストライカー級の魔導師……いや、奴は騎士だったな。
お高く纏っていやがるが……なるほど、確かに実力はそんのそこら中の魔導師では相手にもなんねぇ)

奇襲が失敗した事に舌打ちを打つバクラ。
同時に、ゼストの戦士としての実力の高さを改めて評価した。
攻撃が失敗に終わったデスカリバー・ナイト。
ゼストと切り結んだ後、そのまま地面を駆け抜けバクラの隣に佇んだ。
ネクロソルジャーも、同じように主であるバクラの隣に佇む。

「……なるほど。だから、そのモンスターを召喚したという事か」

バクラ達を見つめながら、何かを悟った様子のゼスト。

「ほぉ、結構頭も回るじゃねぇか」

ゼストが何を悟ったのか、それはバクラにも解った。

「このネクロソルジャーはさっきも言った通り、攻撃も防御もゴミほどの物しかねぇ。けれどなぁ」

一度言葉を区切り、バクラはネクロソルジャーの首を攫んで持ち上げた。

「見ての通り、物体としては存在してる。ほらよ」

自分で確かめな、そう言いたそうにネクロソルジャーをゼストに向かって投げる。
勢いよく此方に飛んでくるネクロソルジャー。
ゼストは拳を握り、目前に迫った人形の頬を殴り飛ばした。
無論、これも攻撃として判断される。
トリガー発動。
殴られた瞬間に二体に分身する。
一体は衝撃で宙を舞いながら消え、残った一体は先程と同じようにバクラの隣に佇んだ。
軽い。
どうやら、バクラが言っていた防御面でも攻撃面でも0というのは本当のようだ。
正直、あれが100体襲ってきても難なく対応できる。
正に戦力外。攻撃にも防御にも使えない。
しかし、使いようによってはもっとも戦いたくない相手になる。
確かにネクロソルジャー自体は脆いが、先程殴ったこの手には確かな重さが伝わっていた。
即ち、物体としては存在している。

「人間の集中力って物は、時としてとんでもねぇぐらい研ぎ澄まされる。
まして、騎士として普段から自分を鍛えているてめぇなら、その集中力は武器となりとてつもないほどの技を生み出すはずだ」

得意げに話しだすバクラ。先程ゼストが何を悟ったのか、その内容を話し始めた。

「だがなぁ、人間の集中力ってのは結構簡単に途切れちまう。
例えば髪の毛。適当に幾つか摘まんで引っ張りゃぁ、集中力なんか簡単に途切れる。
まぁ鍛え方次第では、直ぐに元の状態に戻す事も可能と言えば可能だが――」

「全意識を向けていた対象からは一瞬だが意識が外れる。一秒間にも満たない、ほんの僅かな間。
しかし、相手よりも攻撃権の先制を獲得するには十分な間だ」

引き継いだゼストの言葉に、バクラは笑みを浮かべた。

「クククッ、ご名答。人間ってのは、良く出来た生き物だよな。
急所に攻撃が迫れば、咄嗟に体が反応してくれる。だが同時に、不便な生き物でもある。
突然視界の前を塞がれれば、どんな奴でも一瞬だが意識が霧散しちまう。こんな風にな」

ネクロソルジャーの体を自分の目の前、ちょうど視界に映るゼストが見えなくなるように持ち上げる。

「貴様の言う通り、ネクロソルジャーが意識を反らせるのは僅かな時間だけ。
鍛えに鍛え上げた、一流の戦士であるお前には体しか障害にはならねぇ。
並の相手なら、体勢を立て直した後のカウンターで十分に倒せる。
だが、俺様は並ではない。
たった一瞬の隙でも、てめぇに攻撃を加えることは可能だ」

一見すると地味な戦法だが、これが中々鬱陶しい。
ネクロソルジャー自身の力は、確かに大したこと無く、直ぐ倒せる相手。
だが、攻撃の要であるデスカリバー・ナイト。そして、彼らの目であるバクラ。
この二人が加わった時、厄介な戦法へと進化する。
攻撃を受けた瞬間に分身し、半永久的に消滅する事がないネクロソルジャー。
攻撃・防御・速さ、全てにおいてバランスが良い死霊騎士デスカリバー・ナイト。
相手を動きを完璧に見極め、攻撃を察知する事が出来るバクラの洞察眼。

(少しだけ、厄介だな)

ネクロソルジャーの分身能力。
単体ではほとんど役に立たないが、徒党を組むと鬱陶しい事この上ない。
おまけに、ベルカ式はあくまでも対人戦闘に特化した魔法体系。
射撃や砲撃、広域攻撃魔法もあるにはあるが、やはりベルカ式の神髄は一刀両断の一撃必殺にある。
正にベルカ式にとってみれば、ネクロソルジャーの能力は天敵に近い。

「さぁて、そろそろ俺も本格的に攻めさせてもらうぞ」

持ち上げていたネクロソルジャーを地面に下ろす。
バクラの体から黒い魔力光が漏れ、周囲に充満し始めた。

「ゴブリンゾンビ!アンデット・ウォーリアー!ゲルニア!三体同時召喚!!!」

バクラから新たに召喚されるモンスター。
一体は、剣を持ち骸骨の様な模様を体の表面に刻む不気味なモンスター。
一体は、肉も皮もない骸骨が鎧と剣と盾を装備したモンスター。
一体は、巨大な爪を持ち骨と筋肉だけで構成された様なモンスター。

「これは……」

人間、誰もは生理的に嫌な物は受け付けないもの。
心身ともに鍛え上げたゼストといえども、それは変わらない。
表面上に出さないだけでも流石だが、心の内では思わず顔を顰めていた。
バクラのモンスター軍団。
その全てが不気味で、ゾンビやアンデットを想わせる姿。
ホラー映画も真っ青な地獄絵図だ。
今なら、あの陸士の子の気持ちが解る。
確かにこれは、あまり相手にしたくない敵だ。

「やれ」

たった一言、紡がれた命令。
咆哮を上げる。
主の命に従い、モンスター達は一斉にゼストに襲い掛かった。




横から飛んでくる斬撃。
急所を的確に狙う刃。
押し潰そうとしてくる巨大な影。
それら全てが、自分を倒すためだけに一丸となって襲ってくる。
ゴブリンゾンビの攻撃。
首を狙って横一線に振るわれる剣を、槍の柄でいなして回避する。
空かさず追撃を加えるゲルニア。
巨大な爪が自分の体を引き裂こうと、振るわれる。
この程度の攻撃、どうという事は無い。
ゼストは冷静に、自分の槍の切っ先でゲルニアの爪を上に弾いた。
体勢を崩し、ボディががら空きになるゲルニア。
今攻撃を受けたら、防御の術は無い。
そして、一流の戦士であるゼストがその隙を見逃すはずがなかった。

「ふっ!」

放たれる神速の槍。
引きの速さから、攻撃に移るまで、その一連の動きには完成された武の形があった。
しかし、それも無駄。

「くっ!」

攻撃の瞬間に割り込んできた骸骨の戦士。
アンデット・ウォーリア―。
黒い二つの目が自分を射抜くのには、正直不気味の一言としか感想が浮かばない。
盾を構える。
ピシッ。
手に伝わる僅かな感触。
自分が振るった槍は、アンデット・ウォーリアーの盾に罅を入れただけに終わった。
勿論、ゲルニアにもアンデット・ウォーリアーにもダメージは無い。
攻撃は失敗に終わる。今度は此方の番だ。
既に体勢を整えたゲルニア。そして、助けに入ったアンデット・ウォーリアー。
二体同時に爪と剣を振りかざし、襲い掛かってきた。

(動きはそれほどでもないか。先ずは、一体を打ち倒し、続いてもう一体を打ち倒す!)

鎧を着た骸骨と不気味なモンスター。
気色悪いの一言に尽きる光景だが、冷静に対処すればそれほどの敵でも無い。
最初にアンデット・ウォーリアー、続いてゲルニアを斬る。
ゼストは槍を構えて迎撃態勢に入るが、此処で再び邪魔物が襲ってきた。

「ッ!!」

二体の間から飛び出してくるネクロソルジャー。
攻撃・守備共に役に立たない戦力外だが、纏わりつかれると正直邪魔だ。
想像して欲しい。
子供と同じぐらいの大きさの人形。
それが体に纏わりつかれ、周りには凶器を携えたモンスター達が自分を狙っている。
危険。
直ぐ様ゼストは、構えを解いてネクロソルジャーを殴り飛ばす。
しかし、再び分身するネクロソルジャー。
ならばと、分身したばかりのネクロソルジャーを蹴り飛ばす。
時間差にして、ほとんど0。一秒も経っていない、僅かな時間。
だが、これも無駄だった。
ネクロソルジャーの能力発動条件は、相手の攻撃。
どんなに速く攻撃しても、直ぐ分身してしまう。
新たなに生まれるネクロソルジャー。
分身を利用し、そのまま自分との距離を詰めて顔に張り付いてきた。
視界が塞がれる。
危険と感じたゼストは、顔に張り付いたネクロソルジャーを直ぐ様剥がしにかかる。
攻撃力0。
力も弱く、直ぐ剥がす事は出来た。
が――

「ッ!!」

既に目前には二体のモンスターの凶器が迫っていた。
柄を攫み、槍を払う。
防御成功。
モンスターを倒す事は出来なかったが、攻撃を防ぐことには成功した。
爪と剣を弾き飛ばされる。
ゲルニアとアンデット・ウォーリアーの動きが止まっている内に、ゼストは一度体勢を立て直すため地面を蹴り後退した。
しかし、その先にも既にモンスターの魔の手が回っていた。

「これは!!」

地面に映る巨大な影。
上を見上げる。
そこには、馬を操り死霊の騎士の姿があった。
再び地面を蹴り、回避するゼスト。
一瞬の間の後――

――ドスン!

地面を揺らす衝撃と共に、デスカリバー・ナイトの巨大な馬がその蹄を地面に下ろした。
危なかった。
馬という生き物は、思ったよりも巨大だ。
人間の身長を遥かに超え、さらに魔力の補助。
そこから生み出される破壊力は、並の魔導師よりも破壊力は上だ。
まともにくらったら、ひとたまりもない。
安心したかのように息を吐くゼスト。
しかし、回避した先にはまたもやバクラのモンスター、ゴブリンゾンビは既に待ちかまえていた。

「くぅッ!」

振り下ろした巨大な剣を槍で防御するゼスト。
ギギギッ。
火花を散らしながら、力に任せて押し返した。
仕切り直し。
互いに距離を開け、睨み合いながら出方を窺うゼストとバクラのモンスター軍団。

(……凄いな)

相手の様子を窺いながらも、ゼストは心の中で称賛した。
正直、バクラ達のモンスターはそれほど強力な攻撃力を秘めていない。
デスカリバー・ナイトはそこそこ脅威だが、他は皆無。
精々Dランク、贔屓目に見たとしてもCランクの下位クラスの魔導師に勝てるかどうかほどの力しかない。
しかし、一体一体が弱くても、徒党を組めば力を何倍にも高める。
それは人間も同じ。
違うのは、その全ての命令を一人の人間が出しているという事。
上手い。
こうも簡単に複数のモンスター達を従えさせ、的確な指示を送る。
相手を追いつめ、その命を的確に刈り取る。
しかも、それを行っているのはまだ11歳の子供。
ゼストは純粋にその技量に感心していた。

「……………」

無言のまま、ゼストは槍を構える。
同時に、再びモンスター達も一丸となって襲い掛かった。





一方、離れた所でモンスター達を操っているバクラは、怪訝な表情でゼスト達の戦闘を見つめていた。

(可笑しい……あの野郎、何をそんなにてこずっていやがる?)

バクラは自分の眼力には自信を持っている。
モンスター達の統制も完璧だ。
だが、いくらなんでもてこずりすぎではないか?
ネクロソルジャー、デスカリバー・ナイト、ゴブリンゾンビ、アンデット・ウォーリアー、ゲルニア。
並の魔導師なら、この五体でも十分倒せる。
しかし、目の前で戦っているのは並ではない。
仮にも首都防衛隊の隊長にして、ストライカー級の魔導師。
魔力とカートリッジシステムの制限というハンデを受けても、今まで培った経験と技は健在なはずだ。
例えばネクロソルジャー。
能力は確かに厄介だが、そこまで手を焼くほどでもない。
防御魔法の一つでも張って、強行突破すれば、倒す事は不可能でも術者である自分には簡単に接近できる。
いくら対人戦闘に特化してきたベルカ式とは言え、全く防御魔法が使えないとは考えにくい。
まして、相手はあのゼスト・グランガイツ。
モンスターの包囲網を突破するほどの突進力が無いとも思えない。

(それとも、俺の見込み違いか)

目には自信を持っていたが、自分だってミスをする事はある。
もし、そうだとしたらガッカリだ。
期待外れの相手に過度な期待をしてしまった。
忌々しそうに、苛立ちを隠さず口を歪めるバクラ。
しかし、それも次の瞬間には驚愕の表情に変わる。

「ッ!!」

最初に気付いたのは、モンスター達の主であるバクラ。
首元がチリチリする。魔力の波が乱気流を生み出す。刃となり容赦なく牙を向ける。
危険危険危険危険危険危険……
常に頭の中で危険信号を鳴らしている。

「不味い……てめぇら戻れ!!」

意識の共有で声に出さずともモンスター達には命令を出せる。
しかし、バクラは焦った様にわざわざ声に出して命令を出した。
そうせざるを得ないほど、彼は焦っていた。
バクラのモンスターも主に言われた通り、攻撃を止めようとするがもう遅い。
放った攻撃は止まらず、ゼストに振り下ろされた。
重心を定め、左足を前に突き出し、自身の槍を横に構える。
魔法陣。
足元に山吹色のベルカ式の陣が浮かんだと同時に、ゼストの槍に魔力の渦が生み出された。
渦はさらに大きく、鋭く、全てを呑みこみ、破壊する刃となる。
そして――

「はあぁぁ!!」

横一線。
ゼストが槍を払った瞬間、渦巻いた魔力は真空の刃となってバクラのモンスターを達を呑みこんだ。

「ぐくぅぅうぅ!!」

離れている自分の所にさえも、暴風が襲ってくる。
腕で目を庇うバクラ。
暫く自分の体を風が駆け抜けた後、漸く治まった。

「うぅ……こ、こいつは!!」

それは正に風の傷跡。
自分が召喚したモンスター五体。
分身能力を持つネクロソルジャーを含め、全てが全滅していた。
そして――

「……………」

傷跡の中心に佇む、一人の男。
槍を携え、見た者全ての戦意を奪い去る眼光。
鬼神。
誰が言ったか知らないが、もし本当にそんな物が居るとするなら、目の前の人物の様な人の事を言うのだろう。
バクラは一瞬、背中に冷たい物を感じた。

「ッ!ぐああぁぁああぁぁあ!!」

唖然としながら佇んでいたバクラだが、突如体に走った痛みに胸を抑える。
五体のモンスターが全滅。
その分のダメージも、モンスターのライフラインを通してバクラに伝わった。

「……驚いたな。君は本当に召喚獣と繋がっているのか」

本人の口から直接聞いたが、正直ゼストには信じられなかった。
術者と僕のライフライン。
そんな召喚術、今の今まで聞いた事も見た事もなかった。
だが、なるほど。そういう事なら納得がいく。
強力な力を持ったモンスター。それも複数を従えさせられる。
強大な力には、必ず何かしらのリスクが付くと言うが、バクラにとってのリスクとはモンスターとのライフラインなのだろう。
正に、諸刃の剣。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」

何とか痛みを抑え、新鮮な空気を全身に回す。
汗まみれになったバクラの顔が、そのダメージの大きさを物語っていた。

「て、てめぇ……今まで手を抜いていやがったな?」

息を整え終えたバクラは、ゼストを睨みつけながら問いかけた。

「……あぁ。もし、それで君が不快な思いをしたのなら謝罪しよう」

ゼストを肯定の返事を返しながら、バクラへと謝罪した。
手加減。
自分の腕に自信を持っている相手にとっては、敵から情けをかけられるのは屈辱以外の何物でもない。

「だが、此方には君の召喚術に関してのデーターがほとんどなかったのでね。失礼ながら、どれほどの物か確かめさせて貰った」

正直、ゼストの手にかかればバクラのモンスター軍団は直ぐ倒す事は可能だった。
だが、バクラの召喚術は自分が知ってる物と比べると異様。
一体どれほどの力を秘めてるのか。
見極めるために、ある程度の力量を測る必要があった。

「君が召喚したネクロソルジャー。あれは確かに厄介な能力の持ち主だ。
どんなに速く攻撃しても、此方の攻撃その物が能力の発動トリガーとなってしまうため、無限に分身を続ける。
倒すには、元から居たネクロソルジャーと分身して生まれたネクロソルジャー。
その二体を同時に倒さなくてはならない。
主に近接戦闘を得意とするベルカ式にとってみれば、正に天敵に近い。
いや、例え砲撃や射撃を得意とするミッドチルダ式にとっても厄介な相手だ。
単純な砲撃魔法でも、一直線上に放ってしまったら分身を終えたネクロソルジャーには攻撃は届かない。
例え届いたとしても、同時に呑みこみ、二体同時に倒せるほどの極大の砲撃魔法でなくてならない。
射撃も同時に、それも分身体が出現するポイントを見極めて放つのは、並のコントロールでは不可能。
しかし――」

ゼストは一度言葉を区切り、自身の槍で地面を叩いた。

「この様に広域型の攻撃魔法ならば、最小限の力で一気に滅する事も可能だ」

地面に等間隔に並んだ傷跡。
ゼストの前面に集中しており、三mほどの半形、小さな傷を合わせたら約五mほどの半径を描いていた。

(……この男、やはり戦い慣れしてやがる。
俺様が説明したとはいえ、初めて見るネクロソルジャーの能力の特徴を見極めただけでなく。
極最小限の力で最も効率が良い技を選択し、モンスター共をぶちのめしやがった。おまけに、後半戦に備えて余力を残していやがる)

よくよく見れば、ゼストの息は全く乱れていない。
その事からも、彼の余裕が窺える。
なるほど、どうやら舐めていたのは自分の方だった。
ゼスト・グランガイツ。
管理局のストライカー級の騎士にして、首都防衛隊の隊長。
その実力だけは認めよう、まだまだ本気で無い事も。
だが――

「へッ!倒そうと思えば、何時でも倒せたって訳か。クククッ、中々楽しませてくれるじゃねぇか」

それは自分とて同じ。
ダメージは通ったが、まだまだ此方も余力を残し、尚且つ切り札も出していない。
バクラは変わらずの不敵な笑みで、ゼストを睨みつけた。

「ほぉ、流石だ。これぐらいでは、闘志を失わないか」

モンスターを倒し、バクラにもダメージが通ったのは本当だろう。
しかし、瞳の中に宿る闘志は未だに衰えていない。
ゼストも槍を構え直し、再び戦闘態勢に入った。
睨み合う両者。
お互いの一挙一動を見つめる。
もはや、互いに小手調べは不要。
此処からが本物の戦いになる事は、実際に戦場に立っている両者が良く理解している。
これから先、ほんの少しにミスが命取りとなる。
バクラとゼスト。
互いに相手の出方を窺い、全神経を相手に集中させていた。

「……………」

「……………」

静寂が辺りを包み込む。
先程の激戦が嘘のようだ。
今聞こえるのは、お互いの息遣いだけ。
それだけ二人は神経を研ぎ澄まさせていた。
一瞬の隙。
少しでも手を抜いたら、やられるのは自分だ。

「…………ッ!!」

動いたのはゼスト。
先程とは段違いのスピードで、バクラへと迫る。

(遠距離ではなく、てめぇが得意とする近距離戦闘を選んだか)

鬼神の如き強さを誇る騎士。

(ならぁ、此方もあんたに相応しい場所へと案内してやるよ。騎士の名に相応しい、闘技場へとな……クククッ)

ならば、それ相応の歓迎をしようではないか。
バクラはある術式を組み立て、魔力を解放させる。

「結界魔法!『暗黒の扉』発動!!」

瞬間、世界が暗転した。




気付いた時、ゼストはそこに立っていた。

「……此処は?」

警戒しながら、ゼストを現状を確かめるため辺りを見渡した。
管理局内の訓練場では無い、暗闇に閉ざされた空間。
他な何も無く、ただ黒いだけの空間が永遠と続いている。
下を見る。
黒い空間の中に、まるで暗闇を裂くようにして存在する白い一本道。
人一人が通るのには十分だが、二人が並行して歩くのは難しい。
それ以外は何も無い。何処かの異空間の中に押し込められた様だ。
一体何故自分はこんな所に。
疑問に思っているゼストの耳に、不気味な笑い声が響いてきた。

「ヒャハハハハハハッ!ようこそ騎士様、歓迎するぜ」

白い一本道の向こう側から歩いてくる、一人の人影。
ボサボサに跳ね上がった髪の毛に、赤いロングコートが特徴の人物。
バクラ・スクライア。
先程まで自分が相手をしていた子供が、不敵な笑みを浮かべながら近づいてきた。

「これは、君がやったのか?」

数歩手前に立ち止まったバクラに対して、ゼストは焦ることなく冷静に問いかけた。
こんな時でも冷静さを失わないのは流石だ。

「あぁそうだ。こいつは俺様のオリジナル結界魔法、暗黒の扉だ。
さぁて、そんじゃあこいつの中でのルールを説明させてもらうぞ」

「ルール?」

「なぁに、そう心配すんじゃねぇ。別にてめぇだけが不利益を被る理不尽な物ではなく、ちゃんとした公平なルールだ」

白い一本道で対峙しながら、バクラはそのルールについて説明を始めた。

「見ての通り、この暗黒の扉は四方八方が特殊な空間に包まれた閉鎖空間。
無論、こいつはそう簡単には砕けるもんじゃねぇ」

試にと、バクラは魔力を込めた拳で暗闇を殴る。
ドン、と何かを殴る様な音は響いたが、暗闇自身には何も変化はない。
先程バクラが込めた魔力の威力から計算しても、彼の言う通りそうやすやすと壊れる物ではないようだ。

「とまぁ、見ての通りさ。ちなみに言っておくが、この上の方も同じような空間に包まれている。
飛行魔法で飛んだとしても、出口は見えてはこねぇぞ。
この空間からの唯一の出口は――」

親指を立てて、バクラは自分の後ろを指差す。
先程は気付かなかったが、その先にはボンヤリとだが何かの姿が確認できた。
目を細め、その正体を確かめるゼスト。
扉。
奇妙な模様が刻まれ、中央には青い球が取り付けられている。
暗闇の中に佇むその姿は、何処となく不気味だ。

「そして――」

今度は人差し指で、自分の後ろを指差した。
釣られる様に後ろを見る。
そこには、先程と同じ造りの扉が暗闇の中に佇んでいた。
違うのは、中央に取りつけられた球が赤い事だ。

「俺と貴様の後ろの存在する二枚の扉。そいつがこの空間から脱出するための、唯一の出口。
その出口に辿り着くためには、この白い一本道を通るしかねぇって事だ」

コンコン、と足の爪先で白い道を軽く叩くバクラ。

「そうそう、この暗黒の扉は発動時に自分のエリアの扉……つまり、俺様なら後ろの青い扉。てめぇなら赤い扉、そいつが自分のエリアの扉だ。
自分のエリアの扉からの脱出は不可能。敵側のエリアにある扉でしか、この空間から抜け出す方法は無い」

段々とバクラが何をしようとしてるのか見えてきた。
お互いの後ろには、自分達の脱出口である扉。
周りは閉鎖され、自分達はこの白い一本道を通らなくてはならない。
狭い道は人一人が通るのが限界。
敵側のエリアに近付くという事は、必然的にその敵と鉢合わせする事になる。
それが指し示す答えは――

「そうだ。ゼスト・グランガイツ!てめぇにこの場で、一対一の一騎打ちを申し込む!!」

狂気を含んだ瞳でゼストを射抜きながら、バクラは高らかに一騎打ちの申し込みを宣言した。
盗賊の羽衣を翻し、右手を横に突き出すバクラ。
魔力光。
突き出した右手に黒い魔力が渦巻きだしたのを見て、ゼストは警戒態勢に入った。
そんな様子のゼストをバクラは面白そうに眺め、まぁ見てろとだけいい構わず魔力を操る。

「ッ!!こ、これは!?」

それに気付くのは容易だった。
バクラの右手に集まった魔力。グニャグニャと形を変え始めた。
魔力自体を操るのは、そう難しい物ではない。
というより、それぐらい完璧に出来なければ魔導師としては三流もいい所だ。
射撃訓練の際も、自分の魔力弾を自由自在に操る訓練方があるくらいだ。
だが、バクラのはそんなレベルではない。
粘土。そう、まるで粘土を捏ね回すかのように自由に形を変えている。
あり得ない。
どれだけコントロールに自信がある者でも、あれだけ精密にコントロールするなど不可能だ。
上手いだとか、下手だとか、そんな次元のレベルではない。
文字通り、天賦の才能だ。

「俺様の得物は、この『デーモンの斧』だ!」

黒い魔力光は、その姿をある物へと変貌を遂げる。
大柄なはずのバクラでさえも小さく見える斧。
刃の部分は分厚く、人間など簡単に押し潰してしまいそうな重力感を誇り。
人間の顔に似た不気味な装飾品が取り付けられている。
デーモンの斧。
正に、悪魔を連想させる不気味な斧だ。

「さぁて、どうします?騎士様?」

巨大なデーモンの斧を、まるでそこら辺に落ちている木の棒を、しかも片手で軽く持ち上げるバクラ。
自分の肩にデーモンの斧を置きながら、ゼストへと話しかけた。

「このバクラ・スクライアの一騎打ち。受けてはくれませんか?……それとも」

ニヤリと笑みを浮かべ、挑発気味に声のトーンを上げる。

「おめおめと敵を前にして逃げますか?まさか誇り高きベルカの騎士様ともあろうお方が、そんな臆病者の様な事はしないですよね?
クククッ、確かに俺様が言ってる事が全てとは限らない。
もしかしたら、わざわざ敵陣の扉ではなく自分の扉からも脱出は可能かもしれない。
確かめてみますか?無様に敵に後ろ姿を見せて」

それは完全なる挑発。
一対一の戦いから逃げる。
しかも、相手から一騎打ちを申し込まれて。
それは自分の誇りを傷つけるのと等しい不様な行動だ。
さぁどうする。
バクラがゼストを射抜く、答えを求める。
既に、ゼストの答えは決まっていた。

「……良いだろう。その一騎打ち、受けよう」

足腰に力を入れ、ゼストは槍を構えた。
正直、バクラが何を考えているのか解らない。
ベルカ式。
一対一なら敵なしとまで言われた魔法体系に、しかも逃げ場がないこんな狭い空間で一騎打ちを申し込む。
正気を疑う様な提案だ。
相当自分の腕に自信があるのか。それとも、何かの罠か。
この暗黒の扉だって、本当にバクラが言った通りの仕掛けなのか解らない。
もしかしたら、自分側のエリアの扉で脱出可能かもしれない。
例え脱出できなくも、自分の腕なら一点集中突破で結界を壊す事も可能かもしれない。
しかしそれは、相手からの一騎打ちを断るという事。
ゼストだって管理局員である前に、自分の武に自信を持っている一人の男。
その誇りにかけて、逃げる様な真似だけはしたくない。
デーモンの斧を掲げる敵を、その眼光で射抜いた。




――そうだ、それでいい。自らの誇りにかけて、無様に逃げる様な真似だけはしたくない。難儀な物だなぁ、えぇ?
  暫くは貴様が最も得意とする土俵で戦ってやる。俺様の準備が整うまでな。クククッ……





「あれ?」

「どうしたの?何かあった?」

「いえ……別に大したことじゃあ」

声をかけてくれたエルザに返答する後輩の女性。
エルザは特に気にする事もないのか、自分の仕事に戻る。
後輩の女性も同じく仕事に戻るが、何か変だ。
眉を曲げて、しきりに画面を見つめている。
カタカタ。
端末を操作し、自分の目前にバクラ達が戦っている訓練場の映像を映し出した。

(可笑しいな~。さっき確かに、変な煙みたいな物が一瞬だけ横切ったんだけど……気のせいかな?)

首を傾げ、後輩の女性は頭に?マークを浮かべていた。








ゼスト隊長、弱くね?って思った人。見ての通り、手を抜いて戦ってました。

というわけで、盗賊王と騎士の戦いはお互いに小手調べを終えた状態です。
わざわざ騎士であるゼストに一騎打ちを申し込んだバクラ。
しかし、何かを狙っているよう。
その狙いは何なのか!?
次回をお楽しみに。


以下、遊戯王解説。(なお、参考は原作遊戯王と遊戯王カードWikiより)

――ネクロソルジャー

原作でバクラが使った攻撃力・守備力共に0の効果モンスター。
能力は相手のスタンバイフェイズにフィールド上にこのモンスターが居れば、もう一体のネクロソルジャーが出現するというもの。
此処では、相手の攻撃と同時に一体分身するという能力になっています。
相手が攻撃した瞬間に増えてしまうため、単純な射撃や砲撃では倒しきれない、近接戦闘を得意とするベルカ式にとってみれば厄介な相手。(特に三期のスバルの様なタイプにとっては、倒す事は難しい)
攻撃も守備も0のため、ほとんど戦力としては役に立たない。他のモンスターを徒党を組んで、相手の意識を反らしたり攻撃の邪魔をするサポート役。
まぁ、簡単に言えばぷよ○よのおじゃま○よ的な存在。地味に嫌だ。

――デスカリバー・ナイト

攻撃力1900・守備力1800でバランスが良いモンスター。しかし、ゼストと比べると一歩劣ってしまう。

――ゴブリンゾンビ、アンデット・ウォーリアー、ゲルニア

アンデット・ウォーリアー以外は原作でバクラが使用したアンデット族のモンスター。
実力は低く、手加減していたゼストと切り結べる程度(だって攻撃力がそれぞれ1100、1200、1300しかないもの)
並の相手ならともなく、相手が悪かった。

――暗黒の扉

互いのプレイヤーは自分のバトルフェイズにモンスター一体でしか攻撃できなくする、永続魔法。
此処では、結界魔法の一種。
狭い通路に閉じ込められるため、下手な砲撃や広域攻撃魔法が使えない。
原作の効果通り、一対一の戦いに持ち込ませるための魔法。

――デーモンの斧

モンスター一体の攻撃力を1000ポイントアップさせる装備魔法。
バクラは自分の魔力の形を変えて、武器として使用した。
選んだ理由は、バクラの『破壊』のイメージにピッタリだったから。
何となく斧って、斬るというよりも相手を叩き潰し破壊するイメージの方が強くありません?





[26763] 盗賊王VS騎士――決着
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/07/16 09:53


殺風景な訓練場にポツンと建てられた二枚の扉。
アルス達は暇そうにその扉を眺めていた。

「ふあぁ~~ん……うぅーん!あぁ~あぁ~、暇だな~」

保護者の待合室。
欠伸をしながら背伸びをし、アルスは肩をコキコキ。
特に何かするわけでも無く、ボーッと二枚の扉を眺める。
バクラが発動させた結界魔法――暗黒の扉。
初めて見る人は何をしてるのか解らないだろうが、昔から付き合ってきた自分達にはアレがどんな効果を持ってるのか解る。
一対一の闘技場。
相手と決着がつくまで、文字通りの血肉が沸き躍る戦いを演じる。
肉体同士の技の競い合いは、それだけで見てる人間の興奮を誘う。
しかし、アルス達は興奮もしなければ応援もする気になれない。
というのも、この暗黒の扉。
本人達は特殊な空間に包まれ、外部との繋がりを切断されてしまうため、外からは中の様子が見れない。
要するに、暇だ。

「喉、渇いたな。今の内にジュースでも買ってこよう……ユーノ、一緒に行くか?」

「はーい。レオンさんもアンナさんも何か飲みます?」

「お、気が効くな。それじゃあ、俺はコーヒーで」

「私はアセロラジュースが良いな。無かったら、アルス君達に任せるわ」

二人から要望を聞いたユーノは、格闘技の試合を見物するために連れてこられた子供の様に、アルスと共に近くの自動販売機へと向かった。





何処までも続く暗闇。
一寸の光も差さない、闇の闘技場。
演武を演じるのは、一人の盗賊と一人の騎士。
影が動く。火花が散る。剣戟の音が闘技場を支配する。

「くぅ!」

「ヒャハハハハハハハッ!どうした、騎士さんよぉ!」

デーモンの斧。
巨大な斧から繰り出される猛攻を、後退しながらゼストは上手くいなしていた。

(凄い……この年で、これほどの戦い方が出来るものなのか)

斧の武器としての特性は何なのか。
それは一にも二にも、その重量級のパワーにある。
相手の武器も鎧も、全てを叩き潰し破壊する。
それが斧の最大にして、最強の攻撃方法だ。
攻撃は最大の防御。
目の前の光景は、それを現実の物にしている。
一撃一撃が、必殺技と言っても過言ではないほどの威力。
まともに受けてしまったら、例え騎士甲冑の上からでも無事では済まない。
かといって、槍で防ぐ訳にはいかない。
槍と斧。
どちらにパワーがあるかは、一目瞭然。
魔力の上で同格のAランクならば、後は武器の特製と本人の腕で勝敗の優劣は決まる。
悔しいが、自分の槍ではバクラのデーモンの斧を防ぐには役不足だ。
現に、今こうして槍でいなすだけでも振動が柄から伝わり、自分の手や腕を痺れさせている。
おまけに、此処は暗黒の扉で造られた閉鎖空間。
横に逃げる事が出来ず、必然的に前か後ろに進むしかない。
回避可能な場所が限られているこの場で、バクラの様な重量級の武器はその力を最大限に引き出す事が出来る。
勿論、ゼストとてその事は百も承知だった。
小回りが効く訓練場ならともかく、この様な閉鎖空間ではバクラの武器に理がある事ぐらいは。
しかし、それを差し引いても彼には自信があった。
自惚れでもなければ慢心でも無い。
長年最前線で戦い抜いてきた彼にとってみれば、斧の猛攻をかわしバクラに必殺の一撃を加えることなど可能だった。
だが、現状はどうだ。
今押されてるのは、間違いなく自分。優勢に戦ってるのはバクラだ。
理由は簡単。
バクラは本当の意味で非常識な相手だった。
速い……速すぎるのだ。
普通、武器にはそれぞれに合った型という物が存在している。
その型は使い手によって千差万別だが、根本の部分は同じだ。
デーモンの斧。
大きさは並の斧よりも遥かに巨大だが、斧である事には変わりない。
此処まで巨大な重量級の武器なら、一撃の威力は高くなるが、その攻撃の動作は遅くなるはずだ。
だが、バクラにはそれが無い。
まるで木の棒でも振り回すかのように、片手で自由自在に斧を使いこなしている。
さらにもう一つ。
斧の武器としての弱点をカバーする物をバクラは持っている。

「おらぁ!脇ががら空きだぜぇ!」

左から右へと、横一線に振るわれる斧を槍で構え防御の型をとるゼスト。
鬩ぎ合う両者の武器。
火花を散らしながら、バクラはゼストの槍もろともその体を押し潰そうとする。
パワー勝負では不利。
いち早く決断し、ゼストはそのまま力を受け止めずに、真上へと受け流した。
暗闇の中、自分の頭上を過ぎていく巨大な刃。
本来なら、此処が最もバクラの隙が出来る場所。
いくら棒の様に軽く振り回してるとはいえ、得物が斧である限り振り抜いた後に僅かばかりの間が生じる。
デーモンの斧を引き戻すまでの間。
これこそが、重量級の武器の弱点。
しかし――

「ふんっ!」

「くっ!」

バクラは受け流されても、その力を殺さず逆に利用し、遠心力を加えた回し蹴りを放ってきた。
咄嗟に左腕で防御するゼスト。
受け止めた瞬間、重い一撃が騎士甲冑の上から内部へと伝わる。
デーモンの斧ほどのパワーは無いが、人一人を気絶させるには十分だ。

「クククッ」

攻撃が受け止められても、バクラに焦った様子は無い。
寧ろその顔には、嬉しそうに笑みが張り付いていた。
受け止められた足を軸に、体を捻る。
並の人間では決して真似できない、常識外れの型。
魔力を込め、相手の頭を刈り取る凶器とし、ゼストの側頭部目掛けて残った片方の足で蹴りを放つ。

「ッ!!」

空気を切り裂きながら迫ってくる凶器。
ゼストは頭を後方に下げる事により、回避に成功した。
舌打ちを打つバクラ。
自らも体勢を立て直そうと、一度後方に下がった。
暗黒の扉の中、狭い通路で睨み合う両者。
一呼吸の間。
再び激突する。
ゼストは突きで攻めたてるが、バクラはその巨大な斧を盾代わりにして防いだ。
今度は此方の番だ。
その巨大な刃を利用し、ゼストの槍を弾く。
同時に、魔力を込めた足を振り上げ、ゼストの顎を狙った。
瞳に映る、不気味な黒い塊。
威力は先程受けた蹴りで立証済み。

「ふんっ!」

無理やり体のギアを上げ、バクラの蹴りを自身の足を振り上げて叩き落とした。
そのまま槍を引き戻し、バクラとの距離を一気に詰めようとする。
0距離。
槍もそうだが、デーモンの斧はそれ以上に体に密着されたら武器としては役に立たない。
一でバクラの体勢を崩し、二で止めを刺す。
全身のバネを使って、バクラへと迫るゼストだが、自分の武器の弱点を知るのは扱う本人ならば初歩の知識。
近付くゼストよりもさらに速く、バクラは斧を縦一閃に振り下ろした。
上段から下段への振り下ろし。
斧の中で、最も破壊力を生み出す攻撃。
このまま踏み込んでは危険。
ゼストの前方にベルカ式の魔法陣が浮かび、バクラの攻撃を弾き返した。

「ほぉ、ベルカにも防御魔法があるとは聞いていたが……中々硬ぇシールドじゃねぇか」

後方に弾き返されたバクラは、目の前で輝くベルカ式のシールドを見つめて褒めたたえる。
アルスやバナックから色々と聞いていたが、思ったよりも硬い。
だが、同じAランクの魔力から造られたシールド。
打ち破り、相手を叩き潰す事など赤子の手を捻る様な物。
得物を狙う猛獣の如く、バクラはゼストを射抜いた。

(……強いな。この子)

一方、ゼストはバクラの技量に驚愕していた。
戦況を見極め、相手の動きを察知し、効果的な攻撃を繰り出す洞察眼。
召喚師でありながら、此処まで近接戦闘をこなせる技量。
そして何より、その型を突き破った非常識さ。
デーモンの斧として武器の弱点を逆に利用し、カバーするため体術を扱う。
一つの物でダメなら、それを補う別の物を持ってくればいい。
言葉にするのは簡単だが、これは非常に難しい事だ。
それを難なくこなしてるだけでも十分だというのに、この型破りの戦い方。
正道と邪道。
ゼストが扱う武の型が、長年の戦闘技術の昇華の末に生まれた正道とするなら、バクラの戦い方は邪道。
どの武の型にも当てはまらない、正に殻破りの戦い方。
それ故、見切るのは難しい。
だが、ある程度目は慣れてきた。
後は決定的な隙を見つけ、一気に叩く。
バクラと同じく、ゼストは猛獣の如く裂けた眼で睨みつけた。
再び激突する両者。
暴風の如く繰り出される、バクラの凶器。
一撃一撃、全てが相手の急所を的確に狙う。
パワーに押され、後退するゼスト。
小回りが効かないはずの武器を軽々と振り回し、相手を追いつめる。
やはり、この狭い場所ではバクラの方に地の利があった。

「ッ!!くっ!」

しかし、徐々にだが二人の経験の差が出てきた。
相手の防御。そして攻撃までも、全てを粉砕してきたバクラのデーモンの斧。
その圧倒的パワーでゼストを追いつめていた。
だが、その立場も今は逆転していた。
反撃を許さず、放たれる神速の槍。
自分が反撃に移る前に的確に放たれ、此方の攻撃が全て潰されていく。
もはや、バクラの動きは完全にゼストに先読みをされていた。

「チッ!」

放たれる突き。
デーモンの斧を盾代わりにしようとするが、間に合わない。
自分の頬を、ゼストの槍が掠めていくのを感じた。

「舐めるなあぁ!!」

咆哮を上げ、デーモンの斧を構える。
黒い魔力光が輝き、力の底上げを行う。
烈風の如き撃を纏い、相手を破壊するために振り払った。

「ッ!!」

横一線に薙ぎ払われたデーモンの斧。
しかし、その切っ先はゼストを捉える事無く、虚しく宙を斬り裂くだけだった。

「超重量級の武器を軽々と扱うその技術。そして、相手の動きを見極め、120%自分の有利な戦況へと運ぶ洞察眼。どちらも見事としか言いようが無い」

自分の隣、ちょうど振り払ったデーモンの斧の方から声が聞こえてきた。
唖然としたまま、バクラは首を動かす。

「また、重量級の武器の弱点を体術で補い、相手を翻弄するスピードと合わせた不規則な動きから繰り出される攻撃。流石に初見で見切るのは難しいだろう」

振り払ったデーモンの斧。その切っ先に、先程まで自分の目の前に居たゼストが堂々と佇んでいた。

「だが、どれだけ技術が素晴らしかろうと、武器の特製まで変わるわけではない。
デーモンの斧は確かに凄まじい破壊力を秘めた武器だが、その巨大さゆえにどうしても攻撃の幅が限られてくる」

槍を構え、臨戦態勢に入るゼスト。

「即ち、振り下ろすか薙ぎ払うか」

デーモンの斧を足場にバクラの上を取った。

「至極、読みやすいッ!!」

瞬間、渾身の力を込められた一撃がバクラの後頭部目掛けて振り下ろされた。

「ぐあぁ!!!」

頭部から伝わる、重い衝撃。
耐えきれず、叫び声を上げながらバクラは暗黒の扉の中を吹き飛んでいく。
一回転、二回転。
何度か視界が回った後、地面を滑りながら漸く止まった。

「はぁはぁはぁはぁはぁ……チッ!」

忌々しく舌打ちを打ちながら、バクラは立ち上がる。
冗談ではなく、今の一撃は効いた。
攻撃を放った後に出来る僅かな隙。
そこに振り下ろされた必殺の一撃。
目の前がチカチカし、一瞬だが意識が飛びそうになってしまった。
負けるわけにはいかない。
無理やり意識を繋ぎ止め、尋常ではない汗を掻きながらも、バクラは殺気の籠った目でゼストを睨みつけた。

「……痛みという物を感じ無いのか、君は?」

先程の一撃は、相手の意識を刈り取るつもりで放った本気の一撃だった。
にも関わらず、バクラは自分から立ち上がり、未だに戦意を失っていない。
見事。
武の型は滅茶苦茶だが、その技術力と衰えない闘志にゼストは尊敬の念を抱いた。
ならば、自分もそれに答えようではないか。
再び体勢を整え、バクラに自らの相棒の切っ先を向けるゼスト。

「はぁはぁはぁ……フッ……クククッ」

当然、薄く笑みを浮かべながら、笑いだすバクラ。
追いつめられながら、何処か余裕のある笑い声は不気味の一言に尽きる。
ゼストもその笑みに何かを感じ取り、一挙一動に注意を向ける。

「クククッ……なるほどぉ、ストライカー級の騎士か。舐めていたぜ。まさか、此処まで追い詰められるとはなぁ」

狂気を含んだ瞳で、ゼストを睨みつけるバクラ。
一瞬、その気迫に圧されたゼストだが、直ぐ体勢を立て直し、槍を構えて突撃する。
この先、バクラに体勢を立て直させるのは危険。
この一撃で一気に勝負を決める。

(ゼスト・グランガイツ。認めてやるよ、貴様の実力はな。正直、近接戦闘では今の俺じゃあ到底勝ち目はねぇ)

迫ってくるゼストを視界に収めながらも、バクラは余裕の態度を崩さなかった。

(だがなぁ、覚えておきな。騎士の騎士の戦い方があるように、盗賊には盗賊の戦術ってもんがあるんだ)

「はあぁぁあぁあ!!」

上段から、下段へと。
振り下ろされたゼストの槍は、バクラの体を真っ二つに引き裂いた。
そう、“真っ二つ”に。

「ッ!!」

ゼストは驚愕の表情見せるが、それも仕方ない。
非殺傷設定。
相手を殺す事無く、戦闘不能にする技術。
勿論、ゼストも殺すつもりはなかった。
それが真っ二つなどという、殺人者も真っ青な事態が起こったのだ。
管理局以前に、人としての道を踏み外してしまっている。
しかし、ゼストが驚いているのはそんな事ではない。

(手応えが……無い)

肉の塊は思っていたよりも硬く、丈夫だ。
真っ二つにされれば、当然手応えを感じる。
だが、バクラにはそれが無かった。
ネクロソルジャーどころの話ではない。
本当に、空気でも切り裂いたかのように手応えが無さ過ぎなのだ。
唖然とするゼスト。
その変化に気付くのに、少しばかり遅れてしまった。

「なッ!こ、これは!!?」

引き裂かれたバクラの体が、不気味な光に包まれ、グニャリと変化する。
光はそのまま小さく凝縮していき、次に光が晴れた時にはそこにはバクラの姿は無かった。
変わりに居たのは、『スカ』と書かれた紙を持つ、角が生えた奇妙な生き物だった。




――引っ掛かったな




瞳孔が開く。心臓が跳ね上がる。脳が危険信号を鳴らす。

「アース・バウンド・スピリット!騎士様を案内してやりな!」

主の命に従い、地面から現れる不気味なモンスター。

「ッ!!し、しまった!」

抜けだそうとするゼストだが、時既に遅し。
地縛霊の奇襲を受け、体を拘束されてしまった。

「死霊が渦巻く、新たなステージへとな!!」

その言葉を最後に、ゼストは地縛霊に地面へと引きずり込まれた。




気付いた時、ゼストは元の訓練場に佇んでいた。
視界が暗転したら、別の場所に佇んでいる。
デジャビュを覚えながら、ゼストはこの場へと導いた相手を見据えた。

「クククッ」

不気味な笑みを浮かべながら、暗黒の扉を潜り抜け此方に歩いてくるバクラ。
同時に、役目を終えた暗黒の扉は宙へと溶ける様に消えていった。

「転移魔法……ではないようだな」

「あぁ、こいつに貴様の体を運ばせただけだ」

コンコン、とバクラが足の爪先で床を叩くと、地面から地縛霊が姿を現した。

「このアース・バウンド・スピリットは、こうして床の中を移動できる。いや、床や壁づたいにしか移動できない、と言った方が正確だな。
空中に逃れたら攻撃の手段はねぇが、地面の上に立っているなら床からの奇襲は可能だ。
相手の体を引きづり込み、地面を通して別の場所に運ぶ事もな」

話から察するに、自分はあの地縛霊によって暗黒の扉から元の訓練所へと運ばれた様だ。

「………二つだけ聞きたい事がある」

ある事が気になり、質問を投げかけるゼスト。
良いぜ。
バクラの了承の返事を聞き、ゼストは気になっている二つの事を質問した。

「一つ、確かあの結界魔法は扉を潜らない限り、外へは出られなかったのでは?」

一つ目の質問を問いかけるゼストに、バクラは可笑しそうに笑みを浮かべた。

「クククッ……確かに貴様の言う通り、暗黒の扉内でのルールは絶対。発動させた俺でも、そのルールに縛られ行動は制限される。
だが、暗黒の扉の効果が及ぶ範囲は地上と空中、地下まではその効果は及ばない」

バクラの説明を聞いて、ゼストは地縛霊に目を向ける。
人間の顔と手の様な物だけが地面から湧き出ているモンスター。
どうやら本当に地面から出る事は不可能のようだ。

「……二つ、あの結界内での最後の攻撃の時、一体どうやってかわした?」

理解したゼストは、二つ目の質問を投げかける。
この二つ目の質問こそ、彼が最も疑問を抱いた物だった。
あの最後の攻撃の時。
自分の槍は確実にバクラを捉えたはずだった。
しかし、実際に捉えたのは奇妙な生き物と手応えが無かったバクラの残像。

「あぁ、あれか。そいつは、こいつの能力だ」

疑問を投げかけるゼストに対し、バクラは自分の肩を指差した。
釣られる様にして、バクラの肩を見つめるゼスト。
体が小さく、青紫色の何か。
あの時、一瞬だけ見えた奇妙な生き物が乗っていた。

「このスカゴブリンは、攻撃も防御も弱ぇ雑魚モンスターだ。
だけどな、俺様の身代わりを造り出すって言う、少し厄介な能力を持ってるんだよ」

キシシ、とスカゴブリンがバクラの肩の上でバカにするように笑った。

「あの時、てめぇの攻撃が当たるその瞬間……俺様はこいつを召喚して、俺様自身の体と、こいつが造り出した俺様の分身を入れ替えた。
そして、攻撃が命中し、消えていく分身にてめぇの目が奪われている内に、俺は新たにアース・バウンド・スピリットを召喚したという事だ。
理解できましたか?騎士様ぁ?」

一応敬語は使っているが、それが形だけ物なのは誰が聞いても一目瞭然だ。
寧ろ、敬語自身が相手を侮辱してるようにしか聞こえない。
挑発には乗らない。
穏やかな海の如く、ゼストはバクラを見据えていた。

「一つだけ、どうしても納得できない事がある……君は一体、どのタイミング新しくそのモンスターを召喚した?」

地縛霊を召喚したのは、恐らく自分がバクラの分身に気を取られていた間だろう。
しかし、その前のスカゴブリン。
こいつを召喚したタイミングが解らない。
暗黒の扉内では、ゼストはバクラの意識を集中させていた。
もし、何かをしようとするなら直ぐ解るはず。
自分に気取られずに、一体どのような方法で召喚したのか、ゼストは疑問を抱いた。

「……ゼストさんよぉ。あんた、俺様のモンスター達を見て、何か気付く事は無いか?」

質問をしたら、逆に質問を返された。
一瞬だけムッとするが、此処で何か言っても仕方ない。
思考を切り替え、ゼストはバクラのモンスター達の特徴を思い出す。
ネクロソルジャー、デスカリバー・ナイト、ゴブリンゾンビ、アンデット・ウォーリアー、ゲルニア、スカゴブリン、地縛霊。
今までバクラの召喚してきたモンスター。
その全てに共通する特徴と言えば――

「そう……まるで映画に出てくる悪魔やアンデット、所謂オカルトを連想させる姿形だろう?」

バクラの口から、モンスター達の特徴が語られた。
沈黙。
ゼストも同じ答えに辿り着いたので、特に何も喋らずに答えの続きを待った。

「見ての通り、俺様が召喚するモンスターのほとんどは悪魔やアンデットの姿をモチーフにしたオカルトモンスターだ。
なら聞くが、そんな奴らが一度やられたからといって、そのまま大人しく成仏すると思うか?」

歯が見えるほど、口元を釣り上げるバクラ。

「残念だが、違う。俺様のオカルトモンスターの中には、死んで初めてその能力を発揮するモンスターもいるのよぉ。こんな風になぁ!」

バクラの隣に、人間の大人ほどの真っ黒な球体が浮かび上がった。

「ッ!!」

球体の中から現れる、巨大な爪を持った不気味なモンスター。
ゲルニア。
自分が葬ったモンスターが、魔力を使用せずに再びの戦いの場に召喚されたのだ。

(あり得ない……こんな事が、現実にあるのか?)

短い時間だが、バクラの非常識を嫌というほど理解した。
そんなゼストでも、先程の光景は信じられず、目を見開き驚愕の表情を見せていた。
魔力を使用しない。
魔導師として、魔法を使用する際には必ず魔力を用いる。
初歩の初歩とでもいうべき魔法でも、それは変わらない。
どんなに魔力のコントロールに優れていても、魔力を使用せずにモンスターを召喚できるなど、絶対にあり得ないのだ。

「ヒャハハハハハッ!流石の首都防衛隊の隊長さんも、こいつの能力には驚いたようだな!」

驚愕してるゼストに、バクラは得意げに話しだした。

「このゲルニアは、相手に倒されたから一定の時間が過ぎた後、再びフィールド上に舞い戻るのさ!
殺された不死のゾンビが、再び蘇るようにな。おまけに、俺様の魔力は喰われない。クククッ、正に再生能力を持った不死のモンスターだ」

恐らく、自分の人生に置いてこれほど出鱈目な事が同じ日に、しかも一人に人間の手によって起こされた事など無かっただろう。
未知の召喚魔法。
型破りの近接戦闘術。
そして止めは、死んでも尚その能力を発動できるモンスター。
今なら、管理局に流れている出鱈目の噂を本気で信じてしまいそうだ。

「貴様がゲルニアと共に倒したゴブリンゾンビ、こいつにもある特殊能力が秘められている」

未だに驚愕してるゼストに、バクラはスカゴブリンを召喚した種明かしを始めた。

「ゴブリンゾンビが葬りさられた時、こいつの体を構成する魔力の残骸は空気中には霧散せず、俺様の体へと吸収される。
その残骸を使って、新たなモンスターを召喚可能とさせるのがゴブリンゾンビの特殊能力だ。
ゲルニアと違うのは、こいつ自身は再生能力を持った不死のモンスターだが、ゴブリンゾンビはあくまでもその残骸を使用して別のモンスターを召喚可能とさせる能力。
召喚スピードや使用する魔力の量を削減できるメリットはあるが、残骸から生み出されるモンスターはこいつの様にレベルの低い、雑魚しか召喚できねぇ」

未だに肩の上で笑っているスカゴブリンを指差すバクラ。

「もっとも、俺のオカルトモンスター達は厄介な能力を持つ亡者どもが多いんでね。雑魚だろうと、関係ねぇんだよ」

バクラの説明が終わり、ゼストは頭の中で整理する。
ゴブリンゾンビ。
このモンスターの魔力の残骸を使用して、新たにモンスターを召喚可能とする能力。
通常召喚と違うのは、魔力の残骸があるため使用魔力量と召喚するスピードが速くなるという事。
スカゴブリン。
察するに、このモンスターはゴブリンゾンビの能力を活用して召喚されたのだろう。
道理で、自分が気付かない間に召喚されていたはずだ。
ただでさへ魔法陣が浮かばないのに、さらに召喚スピードを速めた召喚術。
事前にモンスターの能力を知って無ければ、察知するのは中々難しい。

「さぁて……謎解きが終わった所で、そろそろ始めようか。時間も迫ってきてる事だしな」

闘気を漲らせ、バクラとゴブリンゾンビは臨戦態勢に入った。
ゼストもその闘気に当てられ、槍を構える。
流石に一級の戦士だけの事はあり、思考を切り替えるのが早い。
バクラとゼスト。
お互いに動かず、静寂が辺りを包みこんだ。





「静かね」

「あぁ。二人とも、相手の能力の大体は把握できはずだからな。恐らく、互いに勝負に出るタイミングを計ってるんだろう」




「ゴックン……何だろう。何かあの二人を見てると、変に力が入っちゃう」

「気にするな、ユーノ。それは男なら、誰もが持つ物だ」

「男なら?」

「あぁ。……一流の格闘家の試合を見てる時の様に起こる、一種の興奮剤みたいな物だ」




観客達が見守る中、最初に動いたのはバクラだった。

「行け、ゲルニア!」

「■■■■■■■■■ッ!!」

命令が下ると同時に、ゼストへと突進するゲルニア。
今度は負けない。そう言わんばかりに、咆哮を上げる。
しかし、ゼストとて最前線の死線を潜り抜けてきた騎士。
一度破った相手の攻撃など、手に取るように見切れた。

「■■■■■■■ッ!■■■■■■■■■■■ッ!!!」

振り下ろされた爪。
難なくゼストに避けられたゲルニアだが、諦めた様子はない。
何度も、何度も、防がれようとも避けられようとも、獣の様な狂った咆哮を上げながら、その巨大な爪を振るい続けた。
誰が見ても実力の差は明らか。
それでも主の命に従い、敵を葬り去ろうとする闘志は認めよう。
だが――

「甘いッ!」

柄でゲルニアの攻撃を受け止め、そのまま流れる様に側面と潜り込む。
ゲルニアは自身の体重に押され、前のめりになる。
体勢は崩した。
空かさずゼストは、槍を横一線に振るい止めを刺そうとする。
もはや、ゲルニアに防ぐ術はない。
誰もがそう思った。

「スピリット・バーンッ!」

この声が聞こえるまでは。





「……………」

一体今日は、何回視界が暗転するのだろうか。
ゼストは訓練場に倒れ伏しながら、そんな事を考えていた。
無言のまま立ち上がる。
目の前には、変わらず不敵な笑みを浮かべているバクラと無傷のゲルニアが佇んでいた。

(一体、何が起きた……)

あの時、ゲルニアに自分の槍が迫った時。
何かが自分の腹部を撃ち抜いた。
鈍器で殴られた様な、決して軽くない衝撃。
その原因不明の攻撃を受け、体勢を崩してしまった。
一瞬の間。
既に体勢を整えたゲルニアに、逆に吹き飛ばされて地面の上を転がる破目になった。

(体に特に支障はない。まだ戦闘続行は可能だが………さっきのは一体?)

体は何ともないが、気になるのはあの原因不明の衝撃。
初めはバクラによる魔法弾か何かと思ったが、違う。
相手が自分と同格の相手ならまだしも、格下の相手に魔力弾の接近に気付かないほど気が削がれる事は無い。
同じように、バクラのモンスターの可能性も低い。

――新たな能力を持つモンスターを召喚したのだろうか?

――自分が葬ったモンスター達の中に、ゴブリンゾンビやゲルニアの様に何か特別な能力を持つモンスターが居たのだろうか?

――モンスターとは関係なく、バクラ自身にまだ何か隠された能力でもあるのだろうか?

様々な疑問が浮かび上がるが、どれも真意に欠ける。

「休んでる暇があるのか?俺様のゲルニアは既に動き始めてるぜ」

思考を断ち切るように、バクラの声が耳を鳴らした。
同時に、自分に向かってゲルニアが迫ってくる気配も。

(正体不明の衝撃は気になるが、今は此方の方が先決か)

地面を蹴り、ゲルニアを迎え撃つゼスト。
大きく上段に構え、一気に振り下ろそうとした。
しかし――

「がぁッ!」

再び、振り下ろす前にあの謎の衝撃が体に走った。
しかも、今度は背中から。
ゲルニアの攻撃。
隙だらけになったゼストに、その爪を突きたてながら突進する。
回避不可能、魔法による防御も間に合わない。
ゼストは咄嗟に左腕で防御し、ダメージを最小限に留めた。

「くぅ……またか」

ゲルニアの攻撃に押され、後方に吹き飛ぶゼスト。
ズザザー。
足の裏と訓練所の床が擦れる音を聞きながら、急いで辺りを見渡す。
右、左、上、下、背後。
注意深く観察するが、自分を襲った襲撃者の姿は無かった。
相手は待ってくれない。
未だに模索しているゼストに向かって、ゲルニアは容赦なくその凶器を振るう。
先程の事も踏まえて、あの謎の衝撃が襲ってくるのは自分がゲルニアに攻撃した時。
十中八九、バクラが何かを仕掛けてるのは間違いない。
しかし、その何かが解らない。
近接戦闘に慣れたベルカの騎士とはいえ、姿も気配も感じさせない攻撃を防ぐ事は出来なかった。

(仕方ない。大掛かりな魔力の使用は出来るだけ避けたいが……ふんっ!)

ゼストの足元に浮かび上がるベルカ式の魔法陣。
放つのは、バクラのモンスター軍を全滅させた広域攻撃魔法。
姿無き攻撃の正体は不明だが、自分の体に触れるという事は、そこに何かが存在している事は間違いない。
その何か諸共、全てを吹き飛ばす。
魔力の波が渦巻き、真空の刃を生み出した。
襲い掛かってくるゲルニア。
タイミングを見計り、一気に解き放とうとするが――

「ッ!!」

動けない。
いざ放とうとした時、体が全く動けない事にゼストは気付いた。
まるでバインドに縛られたかのように、槍を握り締めた手も足も、体全ての動きが封じられている。
一体何故。
疑問を感じながら、動かせる首を下に向け自分の体を確認する。

「なッ!?」

自分の体に巻きつく、白い靄の様な物。
全てに人の顔を削り取った様な物が張り付き、不気味な呻き声を上げている。
死霊。
バクラのレアスキルによって生む出された亡者共が、何体も密集して体の動きを妨害していた。
目を見開き、一瞬呆然とするゼスト。
だが、直ぐ我に帰り脱出を試みる。
しかし――

「がぁッ!」

それよりも前に、自分の胸をゲルニアの爪が貫いた。
訓練場の天井を見上げながら、水平に吹き飛ぶゼスト。
やがて背中に固い衝撃が走ると同時に、体に巻き付いた死霊達は離れていった。

「くぅ……はぁはぁはぁ」

急いで立ち上がり、状況を確認する。
体まだ大丈夫。
ゲルニアの一撃はそれほど強力ではなく、騎士甲冑でも十分防げた。
しかし、余裕があるわけではない。
攻撃力が弱いとはいえ、無防備への一撃は流石に効いた。
何度も何度も受け続けたら、本気で危ない。
ゼストは追撃を警戒し、より神経を研ぎ澄ませ、目の前のそれに注意を向ける。

「――ッ!――――ッ」

人間の声では無い声を発する、人の顔を持つ死霊。
体を持たず、何かを訴える様な声が響き渡る。
右、左へとさ迷いながら、宙に白い線を描く。
やがて死霊達は、スーとまるで煙の様に音も無く消え去った。

「き、消えたッ!?」

何の前触れもなく消えた死霊を探すゼスト。
辺りを見渡して見るが、姿どころか気配の一つも攫めなかった。

(どういう事だ?……まさか、アレがッ!)

バクラの情報は、以前から噂で聞いていた。
その中には勿論、世界でも少数の人間しか使えないレアスキルの情報も入っていた。
ネクロマンサー。
死霊を操り、相手を亡き物にする能力。

(だが、あの様に姿を消す事など可能なのか?)

嫌でも疑惑の視線を強くしてしまうゼスト。
それだけバクラの能力は前代未聞だった。
確かに、姿を消すだけの魔法なら既に存在している。
しかし、それでもあそこまで精巧に、且つ目の前で一切の気配も感じさせずに消えるなど不可能に近い。
正に、神隠し。

「おいおい、一体何回その間抜け面をすりゃ気が済むんだ?えぇ、騎士様よぉ?」

ゼストの心情を知ってか知らずか、バクラは変わらずの笑みを造りながら声をあげた。

「仮にも管理局にお勤めになっているてめぇなら知ってるだろぉ?
レアスキルってのは、従来の魔法では再現不可能な特殊なスキルだ。俺様の死霊共もな」

バクラの体の周りに複数の死霊が現れ、体に渦巻き始めた。

「こいつらにも、俺様のオカルトモンスターと同様に、少しばかり厄介な能力を持ってんるんだよ。
そう、今正にてめぇが味わっている、姿無き狩人。それがこいつらの能力だ」

主の命令に従うように、死霊達はバクラの体から離れ空気に溶ける様に消えていった。

「どんな人間でも、物を見るには目に頼るしかねぇが、中には相手の気配だけでだいたいの動きを察知できる野郎もいる。
だが、それも相手に気配があって初めて為せる達人技だ。
生憎と、こいつらの気配なんてものは人間が感じ取れるほど濃い物ではないんでね。
そんな奴らが、姿を消して襲い掛かってきたりでもすりゃ、どんな人間でも攻撃を避ける事は出来ない。
そいつが例え、一流の戦士でもな」

「……………」

バクラの説明に耳を傾けながら、ゼストは気付かれないように相棒のデバイスを握り締めて、サーチを行おうとしていた。
気配を感じさせず、一方的に相手を攻撃できる伏兵。
戦闘に置いて、此処まで厄介な物は無い。
何処から襲ってくるのか、どう防御すればいいのか。
肉体だけでなく精神的負荷もかかり、判断能力を鈍らせる。
焦ってはいけない。
焦りは気を乱し、決定的な隙を生む。
最優先にすべきは、相手の動きを察知する事。
高ぶった心臓を静め、焦りを沈下させる。
ゼストは細心の注意を払いながら、サーチを行ったが――

(ッ!!……反応が…無いだと!?)

自分のサーチには、一体の反応も無かった。
あり得ない。
一瞬見ただけだが、死霊の数はかなりの物だった。
あれだけの死霊を一度に操れば、少しだけでもその尻尾は攫めるはず。
だが、実際の反応は0。
気配も何も攫めなかった。

「クククッ……無駄無駄。そいつらは俺様の任意で、探知型の魔法を妨害する事が出来るのさ。いくらやろうとも、死霊共の姿を捕える事は不可能だぜ」

その時である。再びゼストの背中に重い衝撃が走った。

「がぁ!」

周りには気を張っていたが、やはり気配が攫めなかった。

「ほ~ら、言わんこっちゃねぇ」

衝撃で倒れたゼストを見下しながら、バクラは笑みを浮かべる。
慈悲など一切感じさせない笑み。
獲物を追いつめ、狩りを楽しんでいる肉食獣の様だ。
ゼストは何とか立ち上がるも、今度は腹部に衝撃が走った。

「っう!」

容赦なく、死霊の攻撃は続く。

「スピリット・バーンッ!」

顔、胸、頭、腹、太股、足、背中……全身に衝撃が走り、そのたびに視界が揺ぐ。

「ゲルニアの攻撃ッ!」

何度でも何度でも。
防御も魔法を使う暇を与えず、一方的な蹂躙が続いた。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」

どれぐらい時間が経っただろうか。
死霊とゲルニアの連携攻撃が終わり、ゼストは片膝をついて呼吸を荒げていた。
ボロボロに所々剥がれ落ちた騎士甲冑。
顔には疲労の色が見え、余裕が無い事を物語っていた。

「ほぉ、結構粘るじゃねぇか。普通あれだけ攻撃を受けりゃぁ、いくら一級の魔導師とはいえどもとっくに意識がぶっ飛んでるってのによぉ」

褒めたたえるバクラだが、その表情は相変わらず狩りを楽しむ獣のそれだ。
しかし、ゼストに諦めの色は見えない。
真っ直ぐバクラの瞳を射抜き、未だにその眼は猛禽類の様に鋭かった。

(……こいつ、この状況でまだ俺様に勝つ気でいやがるな)

瞳の奥に見えたそれ。
あれは間違いない。
自分の勝利を信じた光だ。
バクラとゼスト。
ダメージはどちらにもあるが、戦況を見てもバクラの方が有利なのは明らか。
にも関わらず、未だにゼストは諦めていなかった。
称賛。
普段は他人を褒めないバクラだが、その諦めの悪さと戦いの腕だけは純粋に褒めたたえた。

(はぁはぁ……何とか持ちこたえられたが、このままでは危険だな)

一方、ゼストは今の危機的状況を打開するための策を張り巡らせていた。
何度も何度も攻撃を受けて解ったが、やはり気配が攫めない。
行き成り現れて消えていく。その繰り返しだった。
唯一の救いは一体一体の攻撃力は低く、それほど体にダメージが無かった事だ。
だが、それも蓄積していけば戦闘不能にさせるには十分なダメージとなる。
おまけに、ゲルニアの攻撃も受け続けているのだ。
体に蓄積したダメージは相当な物。
何とかしなくては。
ゼストはバクラの様子を窺いながら思考を張り巡らせる。
その時、ふとある疑問が浮かぶ上がってきた。

――そもそも、バクラは何時こうも多くの死霊を忍ばせる事が出来た?

少なくても、自分があの子から視線を外したのは数回だけ。
時間に直しても、とてもではないがこの様な精密な罠を張れるとは思えない。
一体何時、バクラは死霊を解き放った。

「気になるか?」

「ッ!!」

自分の考えを見透かすが如く、バクラが声をかけてきた。

「クククッ……いいぜ、教えてやるよ」

絶対的勝者。
余裕の態度を見せたバクラは、ある種明かしを始めた。

「そもそも、こいつらの迷彩能力は一瞬で出来る物じゃねぇ。ある程度時間をかけて、周りの景色に溶け込ませる必要がある。
その間、こいつらが攻撃を受ければ当然姿を消すことなんかざできねぇし、まして、一対一の戦いでお前ほどの戦士がその姿を見逃すはずが無い。
だがなぁ、あったんだよ。てめぇの意識を俺様だけに集中させ、尚且つ死霊達の姿を確認させない方法が」

「……まさか………」

「そうだ。
暗黒の扉。あれは周りの空間に別の空間を出現させる結界魔法。外からは中の様子は見れねぇし、その逆も同じだ。
クククッ、もう解るよな?
俺様はあの時、暗黒の扉の中に入る前に死霊共を元の訓練場に放っていた。
暗黒の扉内で貴様の土俵に合わせている間に、その死霊共を忍ばせる事が出来たという事だ」

この子供は、一体どれだけ先を読んでいるのだろうか。
最初に敵の実力を測り、暗黒の扉内に閉じ込め、止めの死霊達による罠。
此方に気取られず、自分の能力をフルに活用する。
それも、管理局員でも無い、こんな子供が。
恐ろしいほどの戦闘センス。
ゼストは背中に、冷たい物が流れるのを感じた。

「さてと……そろそろ終わりにするか。感謝しな!その死霊地獄から、解放してやるぜ!」

勝負に出るバクラ。
黒い魔力が渦巻き、近くに佇んでいたゲルニアの体を包みこんだ。

「ゲルニアを生贄に、死霊伯爵を召喚ッ!!」

瞬間、ゲルニアはその体を媒体に新たな上級モンスターを呼び寄せた。
体は人間の大人と変わらないほどの身長。
纏っている服は礼装に近い物で、手にはレイピアの形状に近い剣を握り締めている。
見た目的には人間に近いが、やはり顔は死霊その物。
肌も人間の様に暖かみのある物ではなく、冷たい青い色。

(ッ!……不味い)

生贄召喚を初めて見たのには驚いたが、今はそんな事どうでもいい。
死霊伯爵から感じる力。
確実にゲルニアを上回っている。
この状況で相手にするのは、得策ではない。
しかし、距離を取ろうにも周りには死霊達の伏兵が潜んでいる。
まるで籠に捕らえられた鳥だ。
逃げる事も出来ず、ただ処刑人の刃が振り下ろされるだけの哀れな存在。

(もっとも、鳥は鳥でもただの鳥ではないがな)

ゼストはバクラに気付かれる事無く、口元を釣り上げた。

「やれッ!死霊伯爵ッ!!」

全身のバネを使い、ゼストへと迫る死霊伯爵。
速い。
どうやらパワーだけでなく、身体能力その物が下級モンスターよりも優れているようだ。

「むんッ!」

ゼストの足元にベルカ式の魔法陣が浮かび上がる。
飛行魔法を発動させ、空中に逃れようとした。
しかし――

「ッく!!」

やはりバクラの包囲網は完璧だった。
魔法を発動させる前に潰し、完全に動きを止める。
空中に逃れる前に、ゼストの体は死霊に拘束されてしまった。
笑みを浮かべるバクラ。
網にかかった獲物を仕留めようと、その凶器を振りかざした。

「死霊伯爵の攻撃ッ!!」

命令に従い、地面を蹴って宙へと舞う死霊伯爵。

「怨念の剣―ナイト・レイド!!」

空中で剣を構え、拘束されたゼストへと容赦なく振り下ろした。

「!!ぐあああぁあぁああぁあぁあッ!!!」

今までにない斬撃。
ネクロソルジャーは勿論、ゴブリンゾンビ、アンデット・ウォーリアー、ゲルニア。
デスカリバー・ナイトすらも上回る一撃を、防御も出来ずに受けてしまった。
体の機能が停止する。
山彦の様に痛みが反響する。
手足の感覚が無くなり、視界がぼやける。
決まった。
保護者組も管理局組も、この戦いを見守っていた人誰もが勝負は終わったと思った。
拘束され、防御も出来ずに受けた重い一撃。
ピクリとも動かないゼスト。
バクラの勝利だろうと、誰もが予測した。
だが、その予想は見事に裏切られる事になる。
死霊伯爵の攻撃をまともに受けたゼスト。
決して軽くなく、今まで蓄積されたダメージと合わせたら、とてもではないが動けそうにない。
しかし、笑っていた。
こんな不利な状況だというのに、ゼストの顔には笑みが浮かんでいた。

「ッ!!」

一呼吸の刹那。
ゼストの体に魔力が渦巻き、細胞を活性化させる。
死霊の拘束を無理やり引き千切り、槍を強く握り締める。
同時に地面を蹴り、攻撃が終わったばかりの死霊伯爵を、頭上から振り下ろし一刀両断に切り裂いた。

「■■■■■■■ッ!」

声にならない断末魔の悲鳴を上げながら消えていく死霊伯爵。
同時に、バクラの体にもダメージが通った。

「ッ!あぁがあぁあああぁがあぁあッ!!」

上級モンスターの消滅。
そのダメージは、下級モンスターが倒された時とは比べ物にならないほどの激痛をバクラの体に与える。
死霊伯爵が切り裂かれた個所と同じ所を抑え、バクラは膝を落としてしまう。
まだまだ攻撃は終わらない。
ゼストはさらに体をブーストさせ、一気にバクラへと迫る。
ソニックブームからの突き。
音速を乗せた一撃を、バクラ目掛けて放つ。

「くッ!アース・バウンド・スピリットッ!」

激痛が走ってる中でも、冷静な判断を下せるの流石だ。
地面から這い出て、主を庇うように防御の体勢を取る地縛霊。
攻撃力こそは低いが、防御力で言えばかなりの物だ。
並の攻撃では突破できない。
しかし、忘れてはいけない。
今目の前に居るのは、決して並のレベルではない事を。
地縛霊が立塞がっても、ゼストは攻撃の手を緩めない。
寧ろ、さらに速く、さらに鋭く研ぎ澄ませ、必殺の突きを放った。
矛と盾。
二つの力がぶつかる。結果は直ぐ出た。
いとも簡単に地縛霊の体を貫くゼスト。
残念だが地縛霊の防御力では、彼の攻撃を防ぐ事は不可能だった。
追撃。
地縛霊を貫いたスピードのまま、バクラへと迫り――

「がぁ!!」

彼の胸に、必殺の一撃を放った。




先程までの激闘が嘘の様に静まりかえる訓練場。
佇むのは勝者――ゼスト。
そして、地に伏すのは敗者――バクラ。

「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

あの体勢から反撃は厳しかった。
ゼストは新鮮な空気を吸い込みながら、倒れ伏したバクラを見つめる。
上級モンスターを倒されたダメージ、そして先程放った必殺の一撃。
今の状況を見ても、誰もがゼストが勝者だと思うだろう。
だが、当の本人であるゼストは未だにその闘志を静めていない。
倒れたバクラを見つめ、内なる闘志を燃やしていた。

「……うっぅ…あァ…………くうぅ」

案の定というか、バクラは自分の一撃をくらっても立ち上がった。
苦しそうに呻き声をあげながらも、自分の力だけで立ち上がったのだ。

「ぐぅあぁ……ゲッホゲホ!うがっく!」

流石に先程のゼストの一撃は効いたのか、何度も何度も咳き込み、唾液が口の中ら絶え間なく零れ落ちている。

「はぁはぁはぁ……て…てめぇ…………」

漸く息が整ったのか、乱暴だが言葉らしい言葉を出せる様になった。

「……驚いたな。今の一撃は本気で放ったつもりだったのだが……君の頑丈さは称賛に値するよ」

「ケッ!笑わせんじゃねぇ!俺様はそんじょそこらのモヤシっ子と違うんでね」

互いに軽口を叩き合うが、心の中では相手の非常識さに驚いていた。
特にバクラの驚きは今日一番強い。
肉を切らせて骨を切る。
言葉にするのは簡単だが、まさか自分がやられるとは思いもしなかった。

(くぐ……うぅ…はぁはぁ。流石にダメージがでかいな)

ゼストから視線をずらし、彼の後方を見つめるバクラ。

(チッ!今の攻撃で、死霊共の姿を隠せなくなったか)

何も無い宙に、ポツリポツリと現れ始めた死霊達。
姿を隠す迷彩能力は便利だが、あくまでも操ってるのはバクラ自身。
規定外のダメージは彼の集中力を乱し、コントロールを疎かにする。
先程のゼストの一撃は、十分すぎるほどの効果をもたらしていた。
無駄。
このまま死霊共を解き放っていても余計な魔力を喰うと判断したバクラは、自分の体に戻した。
一体、二体、三体。
全ての死霊がバクラの体に消えていく。
その様は、死霊達が人間に憑りつく様で、不気味としか思えない。
さて、これからどうするか。
バクラは目の前に肩を揺らすゼストを睨みつけた。

「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

ゼスト自身もダメージは決して軽くない。
バクラの罠、そして先程の死霊伯爵の一撃。
魔導師とはいえ、気絶しても可笑しくないぐらいのダメージを負っていた。
あの時、咄嗟に思いついた策。
それは相手の必殺の一撃の後に出来る隙をつき、術者であるバクラを倒す。
乱暴な策だが、あの状況を打破するためにはバクラを出し抜く位の策ではならなかった。
賭け。
一撃でバクラを倒せるか、それとも耐えきるか。
勝負に出たが、結果は見ての通り失敗。
自分の本気の反撃を、バクラは耐え抜いた。
しかし、無駄ではない。
バクラ自身にも、かなりのダメージが蓄積している。
後一撃。
まともに入れば、勝てる。
お互いに既に見切った。
この勝負、恐らく次の一撃で決まる。
重い。
二人の闘気がぶつかり合い、空気が鉛の様に重くなったと錯覚する。

「「ッ!!」」

全くの同じタイミングで、同時に駆ける両者。
バクラは拳に魔力を込め、ゼストは相棒のデバイスで迎え撃つ。
縦一閃に振り払われるゼストの槍。
風を切り裂きながら迫るそれを、バクラは自慢の目で見切り、左手を盾変わりにして横に弾いた。
予想以上の激痛に顔を顰めるが、直ぐ狙いを定める。
残った右手で拳を握り、ゼストの顎を打つ。
行動は読めている。
いち早くゼストは首をずらし、バクラの拳を回避する事に成功した。
ヒュン、と風切り音が耳を鳴らすのを感じる。
しかし、避けられるのはバクラの計算の内。
避けられた右拳を解き、素早くゼストの肩を攫んだ。
驚くゼストを尻目に、肩を攫んだ右手に力を入れる。
自慢の身軽さを生かして、ゼストの肩を力点にバクラは空中で鮮やかに一回転して背後に回った。
盗賊。
単純な身軽さなら、バクラの方が上だった。
これから先、一撃が勝敗を左右する。
即ち、どちらが先制の攻撃権を得るかが勝敗のカギを握る。
槍を引き、臨戦体制のまま振り向くゼスト。
最初に体勢を整えたのは――ゼストだった。
後ろを取られても、何とかいち早く体勢を整える事が出来た。
だが、攻撃権の先手を取るには遅すぎた。

「スカゴブリンを生贄に、デーモンを召喚ッ!!」

何処かに隠れていたのだろうか。
唐突に現れたスカゴブリンが、バクラの体から離れて宙へ飛び出す。
黒い光に包まれ、姿を変えた。
現れるのは雷の悪魔――デーモンの召喚。
その勇ましい姿で、此方を見下ろしていた。

「ッ!!」

危険危険危険危険危険危険……
感覚で解る。あのモンスターは、今までのモンスターとは比べ物にならないほどの力を秘めている。
悔しそうに口元を歪めるゼスト。
常に最前線で戦ってきた彼には解ってしまった。
今の自分に、あのモンスターを倒すだけの力は無い。
負けを認めて臨戦態勢を解こうとするが、その時ある事に気付いた。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

デーモンの召喚の肩に乗っかっているバクラ。
遠目に見ても、かなり衰弱している。
ゼストの胸に希望が生まれた。
ダメージの蓄積は、恐らく自分と五分五分と言った所だろう。
その状態で、これほどの召喚を行えば身体にかかる負荷も相当な物。
行けるか。
槍を握り締め直して、ゼストはバクラの様子を窺う。
罠かもしれないが、あのデーモンの召喚の攻撃が放たれれば最早自分の敗北は火を見るより明らか。
ならば、玉砕覚悟でこの一撃にかける。

「はああぁああぁぁぁああぁあぁぁあッ!!!!」

恐怖や疲労を吹き飛ばすかのように、咆哮をあげるゼスト。
ダンッ。
残った力の全てを使い、ゼストは駆けだす。
跳躍し、山の様に聳え立つデーモンの召喚の肩まで飛び立った。

「貰ったッ!!」

狙うのはただ一点。
バクラ。
残った全ての魔力を叩き込もうと、渾身の力で槍を振り下ろした。




――ニヤリ




悪魔の笑い声が鳴り響いた。

「デーモン!戻れ!!」

突風を発生させながら、デーモンの召喚は光の粒子となって消えた。
宙に漂う魔力の粒子。
その全てが空気中に霧散する事無く、バクラの体の周りに集まり始めた。
魔力はその濃度を高め、バクラの体を満たす。
そして、光は巨大な球体へと変化した。

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」』

瞬間、地の底から響く様な声と共に球体の中ら何かが飛び出してきた。





この戦いを見守っていた保護者組も管理局組も、二人の戦いに魅せられていた。
一級を極めた者同士の戦い。
自然と彼らの興奮を煽り、目を奪っていた。
しかし、今は別の意味で目を奪われていた。
缶ジュースを飲んでいたアルスなんかは、思わず缶を落としてしまうほどだ。
オペレーターを務めていたエルザも、見守っていたレナードも、口をアングリと開けて呆然としている。
レオンも、ユーノも、アンナも、後輩の男性と女性も、この戦いを見守っていた全ての人が衝撃の光景に目を奪われていた。
その衝撃の光景とは――

『一体何時、俺様がデーモンを切り札にすると言った!?えぇ、騎士様よぉ!!』

体中の毛が鋭利に尖っていて物凄く怖い紅い目をしている体長10メートルぐらいの白いフェレットが、ゼストの体をその巨大な右手で握り締めていた光景である。




「なんじゃそりゃあああぁああぁぁああぁーーーーーー!!!!!」

最初にリアクションをしたのはアルス。
流石にバクラと長年付き合ってきたおかげで、多少の耐性は出来ていた。
右手に持たハリセンは、恐らくもう既にクセとなっているのだろう。
今すぐツッコミを入れたい衝動を抑えている。

「…………あれってさ、もしかして」

「もしかしなくても、俺達スクライアの変身魔法だろう。たくっ、なんちゅう使い方をしてるんだ」

「あれって、こんな使い方も出来たんですか?」

「出来るか!あれの本来の使い方は、高所や狭所などの人間の姿では調査しにくい場所に入るための小動物に変身する魔法だ!
決して、あんな凶悪な魔法ではない!!ユーノ!」

「は、はいいぃっ!」

「いいか、あいつの発掘の腕は真似してもいい。でも、あいつのあの非常識さだけは真似するな!解った!?」

「はいぃぃっ!」(というか真似したくても、僕絶対出来ないよ)

アルスに続いて、他に皆も再起動した。

「まぁまぁ……可愛いフェレットさんね~」

(((可愛いのか!!?)))

アンナは何処までいってもアンナであった。





一方、此方は管理局組。

「不味いなぁ。あの拘束からじゃあ、流石のゼストさんでも……」

「レナード。あんた随分と冷静ね」

「今さらあいつの事で騒いでも仕方ないだろ。騒ぐ方が疲れる」

「それもそうね……」

慣れた先輩組は、極まて冷静だった。

「わっ!わっ!凄い!イタチですよ!巨大なイタチ!!」

「う~~ん……」

「あれ?どうしました、急に唸って。というか、あれは平気なんですか?」

「あ、えぇ。お化けじゃなかったら大丈夫です。それよりも、気になる事があるんですよね」

「気になる事?」

「えぇ。実はあのバクラ君って、ミッドチルダを征服するために送られた野菜の名がつくばかりの戦闘民族の一人じゃないかと考えていたんですよ」

「あぁ!あの満月を見れば大きなお猿さんになって、戦闘力を10倍に引き上げる戦闘民族ですね!」

「はい、凶暴さも似てますし……ただ、バクラって名前のもとになった野菜がどうしても思いつかないんですよね。う~ん」

「バクラですか。ば、ば、ば、……ダメだ。確かに思いつかない」

「「う~~ん」」

慣れていない後輩組は、どうでもいい事で頭を悩ませていた。





皆が注目してるなど完全無視。
巨大なフェレットに変身したバクラは、高笑いをあげながら捕まえた獲物を見下ろしてた。
傍から見ると、今からお食事タイムに入るようにしか見えない。

『クククッ!残念だったな。デーモンの攻撃を警戒して、賭けに出た判断力。そして、ボロボロの体でも足掻こうとする執念は褒めてやるが……』

「ぐああぁあ!!」

『此処までだ!』

巨大な手に握り締められ、ゼストは叫び声をあげる。
ギチギチ。
筋肉が圧迫され、骨が軋む音が鳴り響く。

『ヒャハハハハハッ!苦しいか?苦しいに決まってるよなぁ!?
ミッドチルダ式のバリアジャケットも、ベルカ式の騎士甲冑も基本は同じ。
共に耐熱・耐寒性に優れ、ある程度の物理的衝撃を和らげる鎧。
だがぁ、純粋な圧迫による攻撃だけは防ぎようが無い。
まぁ、ある程度までなら騎士甲冑が肉体に残るダメージを軽減してくれるが――』

「――ッ!あっがぁあああーーぁあー!!」

『俺様との戦いでボロボロになった騎士甲冑で、果たして何処まで耐えられるかな?』

子供は時として、残酷な一面を覗かせる。
例としては、虫が一番いい例だ。
小さいとはいえ、立派な命。
しかし、まだ善悪の区別がつかない子供は、その命は容赦なく刈り取る。一切の罪悪感も無く。
今のバクラは正にそれだ。
目の前で苦しむ人間の虫ケラの様に見下し、苦しむ様子を楽しんでいる。

「くぅ………あぁ」

飛びそうになる意識を繋ぎ止めながら、ゼストは自分のデバイスを握り締めた。

『おっと、そうはさせねぇぜ。死霊共!』

巨大なフェレットに変身しようとも、レアスキルは健在。
バクラは複数の死霊を召喚し、ゼストのデバイスを奪い取った。
危険。
ボロボロになったゼストにこの状況をどうにか出来るとは思えないが、念には念をだ。
最後の希望を摘み取ったバクラは、さらにゼストの体を締め上げた。

「あああが!あぁあ!ーッーーぁああくああぁあっがーーッ!!!」

『フハハハハッ!このまま握り潰してやる!』

残った左手も使い、両手で容赦なく握り潰す。
騎士甲冑の所々が剥がれ落ち、装甲を脆くする。
体を構成する全てが圧迫され、悲鳴をあげた。

『ククククッハハハハハハハハハッハハハハハハハッ!!!』

訓練場には、ただ一人の殺戮者の声が響き渡るだけだった。

「くぅあぁ!っぐ」

『無駄無駄!いくら足掻こうとも、もうてめぇの負けは覆せねぇ事実なんだよ!』

苦しみながらも、未だに自分の両手の中で足掻こうとするゼストを嘲笑うバクラ。
デバイスを奪われ、心身共に疲れ果て、魔力も限界。
絶望。
バクラにとっては、ゼストの足掻く様子はとてつもなく滑稽に見えた。

「……ふ……ふふふふっ」

『あぁ?』

突然笑いだしたゼストに、バクラは怪訝な表情で見つめた。

『なんだぁ、やられ過ぎて頭のネジでも飛んだのか?』

「いや……ただ、ふっと昔を思い出したたんだよ。
まだ半人前で、役に立たなかった自分。そして、友と共に自らの武を極め続けた鍛練の日々をね」

『へッ!何かと思えば、下らねぇ昔話か』

「あぁ。あの時の俺は、まだ弱く、まともな力は無かった。だが――」

瞬間、魔力が鼓動を始めた。

「意地だけは人並み以上にあったんでね。その意地、通させてもらうぞ!」

小さかった魔力は大きく、濃度を高めながらゼストの体を包みこんだ。

『ほぉ、こいつは驚いた。まだそこまで魔力を保有してたのか。
だが、一体どうするんだ?デバイスは俺様の手の中。いくら魔力を持っていても、貴様らはデバイスの補助が無ければ大した魔法は使えないんだろ?』

余裕の態度をみせるバクラだが、それは当然である。
バクラ自身が異常なだけで、普通の魔導師はデバイスの補助が無ければ大掛かりな魔法を行使できない。
少なくても、彼はデバイスの補助無しで行使できる魔法で、自分の手の中から逃すつもりはない。
絶対的有利。
何を怖がる必要がある。

「確かに君の言う通り、デバイスの補助が無ければ使える魔法は限られてくる。
君の様に自由自在に扱える魔導師など、世界を探しても極少数だろう。
だが、これは生憎と複雑なプログラムを用いないんでね。今の状態でも、十分発動できる」

何かを決意した様な瞳でバクラを睨むゼスト。
彼の言葉に答える様に、魔力の光は巨大な波となって押し寄せた。

『こいつは……ッ!てめぇ!!』

その危険性に気付くバクラだが、もう遅い。

「はあぁッああぁぁッあぁああああぁああぁぁああああッ!!!」

けたまましい咆哮と共に、辺りを眩い光が包んだ。




バクラはゆっくりと空中を漂う。
変身形態を保てないほど魔力が枯渇し、人間の姿へと戻る。
動けない。
体に蓄積したダメージは、自分から全ての機能を奪い去っていた。

(ちくしょう……)

僅かに動かせる視線で、同じように宙を泳いでいる人物の姿を確認する。
既にボロ布状態になった騎士甲冑。
向こうも自分と同じように、既に動く力は無かった。

(自爆だと、ふざけた真似をしやがって)

ゼストが取った方法は、何も難しい物ではなかった。
魔力の暴走。
制御せず、ただ単に魔力を力任せに外へと解き放っただけ。
凝縮した魔力が一気に爆発すれば、脅威の爆弾へと変貌する。
勿論、自分自身も含めて。
諸刃の剣。
勝ちはしなかったが、負けもしなかった。

――ドスン

お互いの体が床に落ちるのと同時に、制限時間終了のベルが鳴った。




「えっと……これって」

「お二人とも、どうみても気絶してますよね」

「という事は……」

「……引き分けね」




バクラVSゼスト――10分間の激闘の後、ダブルノックアウト。








今回で決着がつきました。

バクラ頑丈すぎね?って思うかもしれませんけど、本編でもオベリスクの攻撃を受けてまともに立っていたりしましたから、結構タフだったのでないかと。
ゼストも本編で、体に鞭を打って頑張ってたし。

能力をベラベラ喋ったりするのは……まぁ、遊戯王的なお約束(読者への説明)という事で。

それでは今回の遊戯王解説↓(遊戯王カードWiki より)



――偽物の罠+スカゴブリン

偽物の罠の効果は

『自分フィールド上に存在する罠カードを破壊する魔法・罠・効果モンスターの効果を
相手が発動した時に発動する事ができる。
このカードを代わりに破壊し、他の自分の罠カードは破壊されない。
セットされたカードが破壊される場合、そのカードを全てめくって確認する』

が、本来の効果です。
しかし、此処ではコナミのゲーム作品の『遊☆戯☆王 真デュエルモンスターズ 封印されし記憶』の効果↓を使用させて貰っています。

『相手モンスターの攻撃を無効化する』

また、偽物の罠に描かれているイラストには、スカゴブリンが描かれています。
なので、スカゴブリンが偽物の罠(真DM版)の効果を発動できるモンスターとして登場させました。

ちなみに、本来のスカゴブリンは星1/闇属性/悪魔族/攻 400/守 400の通常モンスターです。

――アース・バウンド・スピリット(地縛霊)

星4/地属性/悪魔族/攻 500/守2000の通常モンスター。

『闘いに敗れた兵士たちの魂が一つになった怨霊。この地に足を踏み入れた者を地中に引きずり込もうとする』

イラストや説明文を見る限りでは、地面や壁の中を進めそうなので今回の様な能力を持っています。
これから先も、効果モンスターでは無くてもイラストや説明文で連想できそうな能力は、そのモンスター自身が持っている能力とします。

例、翼が生えている、空を飛べる、といったようにです。

――ゲルニア

前回からの登場。

OCG効果――『フィールド上に表側表示で存在するこのカードが、相手のカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、次の自分のスタンバイフェイズ時に自分フィールド上に特殊召喚する。』

此処では、一定の時間が過ぎれば元のフィールドの魔力を使用しないで召喚できる。不死のモンスター。

――ゴブリンゾンビ

同じく前回からの登場。

OCG効果――『このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
      このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから守備力1200以下のアンデット族モンスター1体を手札に加える』

今回使用したのは二つ目の効果を参考にした召喚方法です。
手札に加えるは、召喚スピードを速くし、使用魔力を削減するメリットがあります。
まぁ、スカゴブリンは悪魔族なんですけど……ゴメンナサイ。どうしても偽物の罠とスカゴブリンのコンボを描きたかったんです。

――スピリット・バーン(邪霊破)

原作においての、ダーク・ネクロフィアが倒された際に出現する霊魂による攻撃。

此処では死霊達の不可視攻撃名として使用しました。

――死霊伯爵

星5/闇属性/悪魔族/攻2000/守 700の通常モンスター。

ゼストに大ダメージを与えるも、カウンター攻撃でやられる。



以上、新しいモンスター達の解説でした。それでは次回!











七つの球を集めると願いを叶えてくれる龍が出現する漫画?







大好きですけど、何か?





[26763] それぞれの決意
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/08/05 19:30



地上本部のとある医務室。

「ふぅ~~……ああやって叱られるのは、何時以来だ?」

ベットの上で上半身だけを起こし、ゼストは何処か疲れたように呟く。

「頼んだ俺が言うのもなんですけど……あんな事をすれば、エルザにああ言われても仕方ないですよ」

ベットの近く。
レナードは備え付けの椅子に座りながら、申し訳なさそうに項垂れていた。
原因は、つい数十分前に遡る。
バクラとの模擬戦で引き分けたゼストだが、流石に体に蓄積したダメージは大きかった。
無論、対戦相手であるバクラも同じ。
二人とも意識を失って、気絶したぐらいだ。
早速、医務室に運ばれた二人。
ゼストが目を覚ましたら、既にバクラの姿はなく、変わりにレナードとエルザの姿があった。
まだボーっとする頭でも、何となく状況を理解したゼスト。
バクラの容態が気になって訊いてみた所、既に目覚めて医務室から出ていったとの事だった。
凄まじい回復力だな。
そんな感想を抱いていると、バクラが自分の家族であるスクライアの人達を伴って訪ねてきた。
少しばかり騒がしくなる医務室。
二三言葉を交わした後、バクラ達は帰っていった。
今日は疲れた。
久しぶりに感じる疲労感を癒そうと、ゼストがベットに背を預けていると、エルザが此方に歩み寄ってきた。
何か用か。
不思議そうにゼストが見つめていると――




『貴方は管理局内で殺し合いでもしたいんですか?』




「確かレナード、お前の同期だったな。中々シッカリした人だ」

「ああ言うのはシッカリというより、キツイって言うんですよ」

お互いに笑い合う二人だが、ゼストの表情は何処か優れない。
今でなら笑い話になるが、模擬戦で疲れた後にエルザの注意(ほとんどお説教)を受けたのは、中々にキツイ。
もっとも、それだけの事をした自覚はあったゼストには反論等許されず、黙って聞いているしかなかった。
最後の攻撃。
魔力を制御せずに、力任せに相手と自分を巻き込む自爆。
本来なら、この魔法は危険極まりない技として、管理局では禁止されている。
ベルカ式のカートリッジシステム以上に、術者の体にかかる負荷と危険性が高いためだ。
今回、ゼスト自身が無事だったのは、彼の魔力コントロールが上手かったとしか言いようがない。
現にゼストにも、バクラにも、魔力によるダメージはあったが、体その物には大した外傷はなかった。
終わりよければ全てよし。
しかし、エルザは黙っている訳にはいかない。
嫌々引き受けたオペレーター。
超問題児のバクラだけでなく、管理局所属のゼストもあんな危険極まりない行為をしたのだ。
一言注意でもしなければ、気が収まりそうにない。
ゼストもその事は承知していたので、大人しくエルザの説教を黙って聞いていたのだが、やはり模擬戦の疲れも残っている。
正直、疲れた。

「そう言うな。今時、あそこまで言える人は中々居ない。特に上官に対してな」

「まぁ、そりゃそうですけどね。バクラに対しても、目覚めた直後に叱っていたし。お面を被ったまま……」

最後の一言だけゼストには聞こえなかったが、特に気にする事でも無いので、追及はしなかった。
ちなみに、バクラが出ていったのは、エルザの小言が五月蝿かったからである。

「それじゃあ、ゼストさん。俺は戻ります。本当に、今回はすみませんでした」

「構わん。あれは、俺の本意で受けたのだ。お前が謝る事ではない」

「それでもです。そうだ!どうでしょう?後で、飲みに行きません?勿論、俺が奢ります……いえ、奢らせて下さい!そうでないと、俺の立場がありませんよ。
元はと言えば、家の部下が言いだした事なんですから」

「……そうか。なら、お言葉に甘えさせてもらおうか」

暫く談笑をしていた二人だが、レナードにはまだ仕事が残っている。
最後に軽く言葉を交わし、出口へと歩いて行くレナード。
扉の前でもう一度ゼストに振り向き、敬礼をした後、自分の仕事へと戻って行った。

「……ふぅ~~」

誰も居なくなった医務室。
ベットに沈み、軽く息を吐く。
静かだ。
外で何百、何千という人達が忙しなく働いているのが嘘の様に、この空間は静寂が包んでいる。
ゼストは何も喋らない。
天井だけを眺め、静寂の揺り籠に身を任せていた。

『ヒャハハハハハハッ!』

ふと脳裏に蘇った光景。
静寂を破り、平穏を破壊するかのような殺戮者の笑い声。
瞳に宿るのは、何処までも深い、ただ相手を破壊するだけの狂気。

「全く……本当に出鱈目な子だった」

何気なく出た言葉だが、バクラを表すには言い得て妙な言葉だ。
召喚術とネクロマンサー、二つのレアスキル級の能力。
モンスター達は、それぞれの個々で特別な能力を持ち、中には常識など通じないモンスターも存在する。
対人戦闘に特化したベルカ式、それも一流の騎士であるゼストと、ハンデありとはいえ互角以上の戦いを見せた近接戦闘術。
そして、卓越した判断力と決断力。
本人自身は粗暴であるが、自分を追いつめるほどの戦略に長けていた。
常識に当てはまらない、非常識の塊というのは、あの子の様な人間を言うのだろう。

「……非常識か。ふっ、俺が言えた事ではないな」

自嘲気味に、ゼストは薄く笑った。
少なくても、自爆魔法を使おうとした自分が言えることではない。

「……………」

ゼストは無言のまま、ベットから抜け出る。
バクラよりも遅いが、体は回復した。
もう十分に動ける。
立ち上がり、その場で肩や腕、体の節々の調子を確かめ始めた。
良好。
ダメージは大きかったが、体には特に外傷はなかった。
ふとゼストは、自分の右手中指にはめられた待機状態のデバイスに目をやる。
あれだけの激戦に耐えてくれた、頼もしい相棒。
その相棒を見ながら、ゼストはバクラとの戦いを再び思い出した。
凄かった。
此処数年で、あそこまで自分を追いつめた魔導師はそう居ない。
ハンデがあったとはいえ、自分をあそこまで追い詰めた魔導師は。
あの最後の自爆。
ゼストだって、それが禁止されているとは解っていた。
解っていたが、それを頭で理解する余裕が無いほど追いつめられていた。
肉体的にも、精神的にも。
ああ、本当に何時以来だろうか。
管理局だとか、民間人だとか、そんな事関係なく一人の男、一人の戦士として意地を通したくなったのは。
少なくても、あの時感じた高鳴りは、首都防衛隊の隊長に任命されてからは感じた事はない。
それだけ、バクラとの模擬戦は凄まじいまでの物だった。

(しかし、だからこそ恐ろしいな。あの子の力は)

改めて思う。
バクラの戦い方、あれはまともではない。
表面上もそうだが、内面も決して普通の人間の物ではなかった。
狂気を含んだ目に、ただ相手を破壊するだけの振るわれる凶器。
治世の世を乱す、破壊者。
自分達管理局とは、相反する存在。
今日初めて出会った子供にこんな感想を抱くのはどうかと思うが、ゼストはそう感じた。
バクラが纏っている空気は、例えるなら。
油と水、若しくはハブとマングース、はたまた未来の脱げば速くなる某執務官と狂気のマッドサイエンティスト。
要するに、自分達とは全くの逆の位置に存在する物だ。
決して交わる事が無い、相反する者同士。
通りで、あれだけの腕を持ちながら管理局にスカウトされないはずだ。
故に、恐ろしい。
レナードから聞かされた情報。
バクラは、デバイスを使用せずに自分と戦っていた。
解っていた事だが、実際に目の当たりにするとその非常識さが手に取るように解る。
もはや、驚きを通り越して呆れた。呆れ果てた。
もしもの話し。
あの才能と能力、全てが自分達の敵に廻ったらどうなるだろうか。
何気なく浮かんだ問いを、ゼストは自分の中で反芻させた。
僅か11歳であの力。
天才と言えばそれまで。
しかし、実際に戦ったゼストにはそれ以上に危険な『何か』を感じた。
無論、ゼストとて今回の模擬戦は力を抑えていた。
リミッターを外せば、今以上の戦闘力を発揮する事は出来る。
首都防衛隊隊長。
その名にかけても、今回の様な遅れをとる事はない。
だが、今回のはあくまでも模擬戦。
つまり、予めお互いが同意したルールが定められた闘技場で戦っていた。
これがルール無用の戦いになった時。
果たして自分はあの子に勝てるのだろうか。
無傷で取り押さえる事が可能か。
そう問われれば、直ぐ首を縦に振る事は難しい。
バクラの戦い方は、相手を倒すではなく、斃す戦い方。
ルールに縛られず、相手を斃す戦いをした時、一体どれだけの被害が出るのだろうか。

「……ふふふ、何を考えているんだ。俺は」

自分自身の中に生まれた疑問を、笑いながら否定するゼスト。
バクラの空気に間近で感じたせいか、どうしてもネガティブな方向に考えてしまう。
ある意味、初めて出会った人間にこんな考えをさせるのは、才能の一種だ。

「どうも年をとると、変に心配症になってしまうな。大丈夫だ。あの人達が居る限り、あの子も道を外す事はないだろう」

何処か暖かな笑みを浮かべながら、ゼストはつい数十分前の光景を思い出す。



数十分前、自分がまだ目覚めて間もない頃。
出ていったはずのバクラが、自分の保護者達を連れて医務室に戻ってきた。
しかも、当の本人であるバクラは不機嫌そうに顔を顰め、態度も不貞腐れている印象を受けた。
見た所、戻ってきたくて戻ってきたようではないようだ。
一体どうした。
ゼストが問いかけようとしたが、その前にその中の一人。
保護者の男性が前に進み出て――

「すいません!家の子がご迷惑をかけて。お怪我は大丈夫ですか?」

バクラの頭を手で無理やり下げながら、自分も頭を下げてきた。



(あの時は本当に驚いた。あのバクラという少年も、あんな顔を出来るんだな)

バクラの保護者――レオン達が来たのは言うまでもない。
巨大フェレットに握り潰されるという、前代未聞の被害を受けたゼストに謝りに来たのだ。
あれには困った。
今回のは特にどちらにも責任はない。
いや寧ろ、管理局員である自分の方が責任は重いのだ。
しかし、仮にも体長10メートルぐらいの白いフェレットに押し潰される。
そして、それを実行してるのが自分の息子なのだ。
親御さんとしては、自責の念に駆られただろう。
下手に何か言うよりも、謝罪を受け取って、お互いに水に流した方が良い。
ゼストはレオンの謝罪を受け取り、此方からもバクラと家族に対して謝罪をした。

「ケッ!だから言ったんだ。わざわざ謝罪に来る必要なんかねぇよ。そこに居る騎士様だって、仕事で飯を食ってるんだからよ」

「そういう問題じゃない!気持ちの問題だ!たくっ……あんな魔法、何時覚えたんだ」

「あなた、その辺で。バクラ君もほら、おじさんに“ありがとう”て言おう。ね?」

「いいか、ユーノ。世の中は持ちつ持たれつ、ありがとうの精神で出来ているんだ。決して、ああならないように」

「あ、あはははっ。たぶん、大丈夫だよアルス兄さん。なりたくても、絶対になれないから」

ふてぶてしい態度に、年上を敬う様子がないのは相変わらず。
しかし、纏っている空気は自分が感じた冷たい物ではなく、暖かな物。
家族。
見た目も性格もバラバラだが、そこには確かな絆が見えた。
人間は、光と闇を行き来している。
そのバランスは常に一定を保っているが、ふとした切っ掛けで道を踏み外し、闇へと墜ちる人間も存在する。
レオンにアンナ、アルスやユーノ。
この人達がバクラの光となって支えてくれる限り、彼も道を踏み外す事はないだろう。




「……………」

一人っきりになり、ゼストはある事を考えていた。
いや、この場合は嫌でも脳裏が支配される、とでも言い換えた方が的確だ。
放たれる凶器。モンスターの統制。能力の活用。
全てにおいて、同年代どころか管理局の魔導師のそれを上回っている。
魔力を抜きにしたら、ほとんど自分と同等。

(同等か……)

ふふ、と嬉しさや悲しさや、そして悔しさ。ありとあらゆる感情を混ぜ合わせた様な笑みを浮かべる。
確かに、バクラの技量は凄まじい物だ。
それこそ、自分と同等……そう、総合的な技量はほとんど自分と同じなのだ。
まだ11歳の成長途上の子供が、首都防衛隊隊長である自分と。

(これから先、恐らく後数年もすれば俺も確実に追い抜かれるな)

待機状態のデバイスを掲げ、槍型の通常フォルムへと展開させる。
その場で軽く構え、振るう。
ブンッ。
空気を裂く豪快な音。これだけでも、並の大人を気絶させるには十分すぎるほどの威力を誇る。
しかし、並では通用しない。
優れた魔導師は、兵器と同等。
以前何処かで聞いた事だが、それはある意味で的を射ている。
街を、人を、平和を、破壊し殲滅させるには十分すぎるほどの力を持つ兵器。
それと対抗するためには、同等の力を持たなくてはならない。
並ではダメなのだ。

「…………少し、本格的に鍛え直すか」

更なる高みを目指す一人の男の決意が、静かに医務室に木霊した。




戦場。
そこは正に、奪い、奪われる戦場だった。
他者に優しさなど不要。
此処では一瞬の隙が命取りとなる。
飢えた獣が放つ熱気は、さながら真夏の熱気を連想させる。
その戦場の名は――


「何で俺達が、荷物持ちなんかやらなきゃいけねぇんだ」

「そう、文句を言うな。俺達の服とかも買って貰ってるんだから。それとも、お前があそこに飛び込んで行くか?」

「うは~うぅ~~」


バーゲンセール。


一通りの用事を済ませたバクラ達一家は、早速買い物に来ていた。
先陣を切るのは、唯一の紅一点――アンナ。
というか、アンナ以外の男組は全員荷物持ちに回っていた。

「うお~うはぁ~~」

ユーノも荷物持ちを手伝っていたのだが、まだまだ小さな体。
比較的軽い物でも、上手くバランスがとれずにフラフラ。

「大丈夫か、ユーノ?俺が持つ?」

見兼ねたアルスが、優しく声をかける。

「うぅ~。だ、大丈夫です~」

小さいとはいえ、そこは男の子。
意地にでもなってるのか、アルスの提案を拒否した。
が、やはりバランスを取ることが難しいのか、足元が覚束なかった。
微笑ましいな。
アルスはニコニコと、癒し十分の光景を見た後、今度はもう一人の弟に目をやる。

「こっちはこっちで、別の意味で凄いな。お前、良く持てるよな、それ」

「だったら代われ」

「嫌だ。俺も両手に荷物を一杯持ってるんだから、これ以上は無理」

これを見ろ、と言わんばかりに両手に提げた袋の山を掲げる。
アルスの身長からすれば、それだけでも十分凄いが、一番凄いのはバクラだ。
高い。とにかく高い。
何段にも積み重なられた、丁寧に包装された箱の山。
軽く見積もっても、3m以上はある。
それをバランスよく保てているのだ。
流石盗賊王。
変な所で、常日頃鍛えているバランス力が役に立つ。
バクラのバランス力に感心しながら、アルスは再び戦場へと目を向けた。

「アンナさん。良くあそこに真正面から入っていけるよ」

つくづく母親の強さという物を実感する。
いや、この場合は女性の強さなのか。
どちらにせよ、自分には無理だ。
あんな風に獲物(服)を狙い、犇めき合っている場所に飛び込むなんて。
うん、絶対無理だ。例えるなら、羊が狼の群れに飛び込んで行くくらい、無謀だ。

「どうでもいいけどよぉ……あの女共は、何で他の奴ら直接的な攻撃をしねぇで、押し合ってるだけなんだ?」

「そこはほら、暗黙のルールがあるから」

「そうか?」

「そうそう……多分」

「というか攻撃って、そんな発想が出るのはバクラ兄さんだけだよ」

とか言ってる間に、アンナは戦利品を得て戻ってきた。
一体このポケ~としてる女性の何処に、あの人の山を跳ね除けるだけの力があるか疑問だ。
よいしょ、よいしょ。
荷物を抱えながらバクラ達に近付いてくると――

「バクラ君、パ~ス!」

極自然に、バクラの方へと戦利品を投げるアンナ。

「……………」

そして、これまた極自然に投げたれた戦利品をバランスよく積み上げるバクラ。
わーパチパチ!
思わず店員を含めた周りの人が拍手を送るぐらい、鮮やかな曲芸だった。

「おい、アンナ。これで終わりか?」

バランスを保ちながら、アンナへと問いかける。
いい加減にしろ。
言葉には出さずとも、不機嫌そうに歪んだ眉がそう言っていた。

「まだまだ。えっと、今ので私の買い物も済んだから、残ってるのはユーノ君の子供服に……あ!確かこの前、リーナさんの弟さんの所にお子さんが出来たんだった!
お祝いの品を持っていかなくちゃね~。後は……そうそう、テオルドさんの所へのお返しもまだだった。
よし!先ずはユーノ君の買い物を済ませて、それから残りの買い物をすませちゃおう!」

レッツゴー!
そんな擬音が聞こえるぐらい、ウキウキ気分でアンナは子供服売り場へと向かう。

「……………アルス」

「何も言うな。少なくても、俺達には黙ってついて行くしか選択肢はないんだ」

何か言おうとしたバクラの言葉を、無理やり遮るアルス。
その顔は、何かを悟った仏の様に神々しかった。

「チッ!こんな時に、レオンの野郎は何処に行きやがったんだ!?」

此処には居ない一家の大黒柱に文句を言いながら、バクラ達はアンナの後へと続いた。




バクラ達が買い物を楽しんでいるデパートから、そう遠くない一軒家。
自分の家族とは行動せず、レオンはこの一軒家に訪れていた。

「相変わらずのゴーストハウスだな。クリフ……お前、少しは掃除をしようとは思わないのか?」

かなり失礼な事を言ってるが、家の惨状を見る限りレオンの気持ちが良く解る。
玄関までは、まぁ良しとしよう。
電気料金やガス料金の明細書が放りっぱなしだったが、そんなのは些細な事だ。
床のあっちこっちに捨てられたビールの空き缶。
中身がまだ入っているスナック菓子の袋に、炊事なんて面倒くさいと言わんばかりのカップラーメンの山。
これだけで、クリフの食生活の偏りが見えてくる。
さらには、雑誌やら専門書やら、もはや整理整頓という言葉に喧嘩を売る様に、ごちゃ混ぜになって床に散らばっている。
さらにさらに、止めを言わんばかりにカーテンも窓も閉め切って、暗いし空気の流れが悪い。
異臭が漂う。
最初に一歩踏み入れた時、悪臭に逃げ出したくなったほどだ。
生活臭と言えば聞こえはいいが、とんでもない。
人間が生活する環境ではない、今にもお化けが出そうな惨状が広がっていた。

「家に入って最初の言葉がそれですかー。クリフさん、君の友人さんとしてとっても悲しいなー」

ボサボサの髪に、しわくちゃのシャッツ。
何日も剃って無いのか、顎には無精髭が生えている。
私ダメ人間ですよ、とでも言いたそうな風貌だ。
クリフ。
レオンの友人にして、この家の家主である。

「言いたくもなるわ。なんだよ、このありさまは?」

「気付いたらこうなってた」

「いや気付いたらって……はぁ~~」

あっけらかんと言い放つクリフに、溜め息をつくレオンであった。

「とにかく、窓ぐらい開けろ。濁ってるぞ此処の空気」

最初から家に居るクリフにとっては何て事はないが、外から来たレオンにとってはこの空気は耐えがたい。
散らかった床。
僅かなスペースが空いている個所に、上手く飛び移り、漸く窓際に辿り着く。

(何で窓際に辿り着くのに、此処まで苦労しなくちゃいけないんだ)

心の中で文句を言いながら、このどんよりとした空気を何とかしようとカーテンに手をかける。
シャッ、ガラガラ。
閉め切っていたカーテンと窓を全て開ける。
新鮮な空気と太陽の光が、暗くどんよりとした部屋に燦々と降り注いだ。

「うぎゃあぁあぁーーー!!目がぁー!光がぁあーー!!」

「己はドラキュラか!?何で太陽の光で苦しむんだ!!?」

日光を受けて苦しんでいる友人に、思わずツッコミを入れてしまったレオンであった。


閑話休題


「いやー、半年ぶりの日光って結構キツイね。なんか色々な物が溶けそうになっちゃった」

サングラスを付けて、参った参った、と頭を掻くクリフ。

「俺は半年間も外に出ていないお前に、驚きを隠せないんだが」

幾分か片付けが終わった客室。(あまりにも汚すぎるので、とにかく目立ったゴミを片付けた)
非衛生、非人間的な生活を繰り返しているクリフを、レオンは白い目で見据えた。

「む?失礼な。外に出なかったんじゃなくて、出られなかったんだよ。こちとら、お前みたいに外での仕事なんか一切の皆無、完全デスクワークなんだから」

「はぁ~……そっちの仕事にまで口出しするつもりはないが、頼むから衛生面や食生活の改善をしてくれ。
このままだと、『一人暮らしの男性、孤独死』なんて一面が、新聞を飾りそうで怖いわ」

「心配ないって。その時は、枕元にでもお前との思い出を記した日記でも置いておくから。見つかったら美談として扱われるぞ、やったね!」

「止めろよな。美談どころか、俺が変に疑われる」

どうでもいい雑談を交わしながら、ふとクリフの様子を窺う。
日光が差し込む室内。
明るくなった事により、より明確にクリフの姿が瞳に映る。
ボサボサのくすんだ茶髪の髪の毛、無精髭、そしてやせ細った体に、血色が悪い肌。

(青瓢箪って言葉が、此処までマッチする人間もそうそう居ねぇぞ)

本当に半年間も日光を浴びて無かったもかもしれない。
いや、もしかしたら日光を浴びて無いのは半年間で、外出は一年以上もしてないのかもしれない。
先程雑談で交わした、『一人暮らしの男性、孤独死』、何て一面が本当に新聞を飾りそうだ。
正直、物凄く怖い。

「なになに?心配?大丈夫だって!ちゃんとサプリメントはとってるから!」

「そういう問題じゃないと、俺は思うが……」

半目でクリフを見据えるが、本人は変わらずのマイペースぶりだ。

(はぁ~、こんな如何にもダメ人間って感じの奴が、元ミッドチルダ中央技術開発局のエリートだったんだからな~。世の中ってのは、解らないもんだぜ)

今でこそこんな生活を送ってるが、クリフは元々ミッドの中央技術開発局に勤めていた経歴を持つ。
しかも、ただ勤めていた訳じゃない。
若くして確かな実績を残した、所謂エリートと呼ばれる人間だった。
それがつい二年前、自分の夢のために技術開発局を辞職。
あの時は大変だったな、とレオンは昔を思い返した。
ちなみに、クリフがわざわざエリートコースを蹴って選んだ夢とは――

「そうそう、レオン。俺が新たしく造ったゲームでも買わない?今ならお安くしておくよ」

自分の力で全次元世界最大のゲーム会社を作りあげる事である。
そして、自分自身は最高のゲームクリエイターとして君臨する事を目指している。

「……………」

「うん?何、その可哀想な物を見るような白い目は?」

「いや、そのな……ちなみに、そのゲームの内容は?」

「おぉ!興味持った!この新作、『キラキラ☆クエスト』は自信作の一つだよ!
えっとね、主人公は普通の学園の生徒だけど、実は剣と魔法の異世界――レクシアのバランティア大国の血を引く王子様。母親は王位継承者だったのだ!
魔王復活を阻止するために、母親の故郷の世界に行くんだけど、結局は魔王が復活しちゃって、仲間と一緒に魔王を退治するために冒険に出る!
っと、此処まではよくある様なRPG。でも、この『キラキラ☆クエスト』は従来の様なRPGとは違うだよ!
なんと、主人公の現実世界の父親は、実は遥か宇宙の彼方にある惑星――科学の星ソリッド星から地球に亡命した最後の王族の生き残り!
ソリッド星は悪の大臣に支配され、最強最悪の兵器を開発しようとしている。
今正に、全宇宙の危機。
魔王を討伐を果たした主人公は、今度は父の故郷を取り戻すため、世界の平和を守るために異世界で知り合った仲間と共に宇宙の彼方を目指す!
しかし、敵の最新兵器が装備されたロボットには、異世界の魔法すら通じない。
圧倒的戦力差に苦戦を強いられる主人公達。
危機的状況で主人公が取った方法は、自らの体を再生能力を持つ吸血鬼、そして敵のロボットに対抗するためサイボークになる道を選ぶ事だった。
人としての肉体を捨てる主人公。止めてと説得しようとする仲間達。
それでも主人公は、世界を守るため人としての体を捨て、巨大ロボ――ギルダンに乗り込み一人戦いに身を投じる。
愛と勇気と希望!感動と友情と根性!そしてファンタジーとSFが合わさった、今世紀最大のk「大人しく技術開発局に戻れ!」む?なんだよ、人が折角丁寧に説明してるのに。
なんか文句でもある?この『キラキラ☆クエスト』に?」

「色々と言いたい事はあるけど……絶対に売れないぞ、そのゲーム」

「なに!?そんなはず無いだろ!ちゃんと主人公はイケメンにしてるし、ヒロインとのイベントも完璧だ。
仲間との友情、いがみ合っていた敵との共闘フラグ、そして悪には悪の正義がある!
この王道に一体何の不満があるんだ!」

「大ありだっての!第一、何でファンタジーの途中にSFが絡んでくるんだよ!世界観からして可笑しいだろ!
主人公も主人公で、吸血鬼だったり、サイボークだったり、止めは巨大ロボのパイロットか!
最初の二つですらもツッコミどころ満載なのに、ロボは一体何処から出てきた!!」

「巨大ロボ――ギルダンは動かすためには、パイロットの命を対価にしなければいけない。
例え動かせたとしても、起動時に常時肉体にかかるGで、並の人間では綿菓子を潰す様に、簡単にペシャンコになってしまう、危険極まりないロボ。
主人公が吸血鬼になったのは、不死の能力で命を守るため。
サイボーク化したのは、肉体にかかるGに耐えるため。
ほら、何処も問題ないじゃないか?」

「設定の問題じゃない。お前の作品は、根本から間違ってるぞ」

「ムカッ!なんだよ、さっきから文句ばっかり言って!素人のお前に、このゲームの素晴らしさが解るのかよ!!?」

「ゲームを買うほとんどの人は素人だ!!」

バクラといい、目の前のクリフといい。
自分の周りに居る天才は、何処かズレている奴らばかりだ。
少しだけ、レオンは頭が痛くなった。

「って、こんな話しをしに来たんじゃなかった」

ついクリフのペースに乗せられていたが、自分は此処に雑談を交わしに来たんじゃない。
いけない、いけない。
首を二三回ほど振って、思考を戻す。
レオンは真っ直ぐクリフを見据え、本題を切りだした。

「クリフ」

「うん、なに?やっぱり欲しいの?」

「そうじゃない。ゲームの話しは置いといて……何か進展はあったのか?」

真剣な眼差し。
クリフもゲームソフトを置いて、真摯に対応する。

「あぁ、あの件ね。此処じゃあなんだから、こっちに来て」

自分に付いてくるように言い、部屋を出ていこうとするクリフ。
解った。
レオンは了承の返事をし、大人しくクリフに付いて行った。
それなりの広さを持つ一軒家の中を歩いて行く。
一か所だけ、明らかに他の部屋と雰囲気が違う扉の前に立つ。

『指紋認証……確認しました』

機械的な声が響き渡る。
その後に、声帯、眼球、ID、パスワードの確認。

「何度見ても凄いよな、このセキリティは」

「当然!大切な仕事場だからね。大銀行並の厳重なセキリティに、戦艦の砲撃にも耐えられる強度、侵入者撃退用の催涙ガスにレーザー光線!
泥棒が入り込む隙は無い、完全無敵のシェルター……いや寧ろ、要塞!」

「その情熱を、少しでもライフスタイルの改善に注げよな」

思うわず出たレオンの本音に反応せず、クリフはドンドン奥へと進んで行く。
地下への階段。
本人が要塞と豪語してるが、あながち間違いではない。
正に此処は、敵からの攻撃を防ぐための要塞だ。
本当に凄い、と感心しながらクリフの後に続くレオン。
コツーン、コツーン。
階段を下りていく音だけが響く。
再び目の前に現れる扉。
指紋認証、声帯、眼球。そして、先程とは違うIDにパスワード。

(此処まで厳重にするか?たかだか仕事部屋で)

感心を通り越し、少し呆れながら付いて行くと、やがて広い部屋に辿り着いた。
広さはそれほどでもないが、恐らく、ほとんどの費用はこの部屋にかけているのだろう。
本棚にギッシリと詰められたゲーム雑誌や、自分でも解らない何かの専門書。
そして何より、部屋一杯に並べられた機械の山。
パソコンやら何やらなら自分でも解るが、あまり見た事が無い物も幾つか混じっている。
こういう所を見ると、本当に技術開発局に勤めていたと感じるから、不思議だ。

「今さらだけど……お前って、本当に技術開発局に勤めていたんだな」

「本当に今さらだな。貯金全てをはたいて改造したこの部屋を見て、自分に自信が無くなったの?
大丈夫だって!レオン、お前の所にも凄い稼いでいる子が居るじゃない!老後になったら、その子に何処か高級リゾート地に別荘でも買って貰えば?」

「ははははっ、考えておくよ。……ジジイになるまで、あいつらが俺の所に居たらな」

寂しそうに、表情に影を差しながら呟くレオン。
それは、子供が親離れする事を悲しんでいるのではなく、もっと別の何かを悲しんでいるようだった。

「……こっち」

クリフは深く追求しない。
解っているからだ。レオンが何に対して悲しんでいるか、解っているからこそ何も言わない。
自分に出来るのは、結果を伝えるだけ。
椅子へと座り、クリフはカタカタと端末を操作しだした。

「頼まれていた、あのバクラって子とユーノって子の両親の捜索の件だけど……結果は見ての通りさ」

バクラとユーノの本当の両親。
レオンがクリフに頼んでいた件は、この両親の捜索だった。
元とはいえ、ミッドチルダ中央技術開発局に勤めた経歴を持つクリフ。
その人脈と情報網さへ使えば、少ない手掛かりでも見つかるかもしれない。
一抹の希望をかけ、クリフへと託した結果は――

「これって……」

「そう!見ての通り、ほとんど進展なし!」

どうやら、あまり進展は無かったようだ。
目の前の宙に浮かぶ、鮮明なモニター画像。
そこにはデカデカと、『進展なし!』、と描かれていた。

「いや、進展なしって。そんな胸を張られて言われても……」

「とか何とか言って、本当には安心してるんじゃないの?」

「うぅッ!」

図星を当てられ、思わず息を呑むレオン。
実際、彼は安心していた。
まだあのバクラとユーノの二人が、自分の子供として居てくれる。
親として、子供が側に居てくれるのは嬉しい。
しかし、二人の本当の両親の事を考えると、どうしても素直に喜べない。
レオンは複雑そうに、宙のモニターを見つめていた。

「お~お~、レオンもお父さんなんだね~。クリフさん、感心だよ~」

「だったらお前も早く嫁さんでも貰って、この生活を改善しろ」

からかい口調のクリフに対して、レオンは僅かに頬を赤らめながら答えた。

「それよりも、クリフ。本当になんも手掛かりは見つからなかったのかよ?」

これ以上からかわれたくない。
レオンは再び話題を、両親捜しの件に戻した。

「うん、進展なし。まぁ、多少はあったと言えばあったけど……聞く?ほぼ時間の無駄だよ」

「あぁ。頼む、聞かせてくれ。どんな小さな手掛かりでも良いから」

了解。
クリフは再び目の前の端末を弄り、情報をモニターへと映した。

「それじゃあ、先ずはユーノって子からの情報ね」

モニター上に映る、訳の解らない文字や図の羅列。

「これがこの子のDNA情報。知っての通り、DNAってのはその人の遺伝子情報を保存した、まぁ簡単に言っちゃえばその人だけが持つID番号みたいなものさ。
当然、同じ番号を持つ人間は居ない。この情報を元にして、親子鑑別をすれば一発で解る、人間の体の便利機能」

「だったら、何で見つからないんだよ?管理局の方にも捜査を頼んだけど、未だに連絡は来ないぞ」

「そりゃあそうでしょ」

カタカタ。端末を操作し、今度は別のモニター画面が宙に浮かんだ。
莫大な数のデーター。

「見ての通り、これが今現在発見され登録されている管理世界の数。そして、こっちが管理外世界の数」

管理世界を赤文字で、管理外世界を青文字で、それぞれ解り易く表した。

「DNA鑑定ってのは、確かに便利な技術さ。でも、それによる親子の識別は、子供と親、両方の遺伝子情報があって初めて出来るものなんだよ。
勿論、このミッドチルダを含めて、幾つかの世界では健康診断なり何なり、機会があれば個人情報を保存している国もある。
でも、人口全ての遺伝子情報を保有してるかと言えば、そうではない。
例えば、地方の病院なんかだと、わざわざ国に遺伝子情報を提出する義務が無い世界も幾つかあるし。
そもそも、DNA検査何かを義務付けられていない国もかなりの数がある。というか、国民にDNA検査を義務付けている国の方が少ないよ。
中には個人で経営してる診療所も結構あるから、そういった所で両親が健康診断とか受けていたら、DNA情報を見つけることはほぼ絶望的とみても良い。
まぁ、一つの世界だけなら何年か調べ上げれば、両親の手掛かりを探す事は可能かもしれないけど、これが複数の世界となると話しは違ってくる」

クリフが一度言葉を区切ると、モニター上の
画面が変わり、幾つもの球体が映し出されていた。

「今さら言う事じゃないかもしれないけど、俺達の世界には今自分が住んでいる世界とは違う、文明が発達した世界が幾つも存在している」

画面上の球体に、それぞれの管理世界の名前が浮かび上がった。

「当然、ミッドチルダを含めた最先端の技術を持つ世界では、経済だけでなく医療関係も物凄く発達してるよ。
けれど、さっきも言った通りにそれぞれの世界では医療に対して義務やら法が違うから、全人口のDNA情報を得るのはかなり難しい。
無論、その中でピンポイントで特定の人物のDNA情報を見つけるとなると、さらに難易度は上がる。
どれぐらいかと言えば、そうだな……RPGゲームで、装備も回復アイテムも持たないままで、ラスボスの魔王と一騎打ちをするぐらい無謀かな。
あ、勿論裏技とかそういったズルなしでね」

「……それが、何であいつらの両親を捜索する件と関わってくるんだ?」

「俺の例えはスルーですか……まぁ、いいけど」

特にツッコミ待ちではないので、クリフは話しを進める。
カタカタと再び端末を操作し、モニター上の画面が何かを表す数字に変わった。

「これが去年のミッドチルダ全体での行方不明者、及び捨て子の総人数。そして――」

端末を操作し、モニター上の画面の数字が変わった。
今度のは、先程の数字よりも遥かに大きい。

「これが管理世界全体での行方不明者と捨て子の人数の合計。パッと見で解るけど、全部を総計したらとんでもない数字になる」

解るよね、と確認をしてきたのでレオンは頷いた。

「とまぁ、見ての通り。
年間これだけの届けが出てるんだ。管理局だって、西へ東への大忙し。
正直、5年以上も経って何の連絡も来ないなら諦めた様が良い。
それだけの時間があっても、調べられなかったって事だからね。まぁ、だからこそ個人的に俺に頼んだんだろうけど――

一度言葉を区切り、再び端末の操作をするクリフ。
バクラとユーノ。
当の本人である二人のデーターが、モニターに映し出された。

「これだよこれ!
バクラって子も、ユーノって子も、自分の生まれ故郷を示す持物を何も持ってなかった!これが痛いよ!
何の手掛かりもなしに、この広い次元世界で両親を探す。こんなの、雲を攫む様は話しさ」

「バクラは……まぁ、確かに何も身につけて無かったけど、ユーノの方はどうなんだ?
あいつを拾った時に着ていたベビー服は、何かの手掛かりにならないのか?」

「あぁ。これね」

ピッ、とクリフが端末のボタンを押すと、モニター上に赤ん坊用の小さなベビー服が映し出された。
水色を基調としたベビー服。
間違いなく、ユーノを拾った時に彼が着ていた物だ。

「これについては、管理局でも早い段階で何処で販売された物か、特定できたよ」

「ちょっと待て!そんなの俺は聞いてないぞ!」

「落ち着きなって。管理局がお前に知らせてないのは、それなりの訳があるって事」

カタカタ、カタカタ。
クリフの端末を弄る音が、機械の光で照らされた部屋に響き渡る。

「これがそのベビー服が売りだされていた店。
場所は第4管理世界『カルナログ』、マントルトのセントバーニア地方、トマロンっていう小さな町さ。
メーカーに問い合わせた所、此処で売られていたのは間違いないよ」

「だったら、この町にユーノの親御さんが住んでるのか!?」

手掛かりが見つかるかもしれない。
自然とレオンの声は荒くなっていた。

「話しは最後まで聞く。世の中、そんなトントン拍子に事が上手く運べば誰も苦労はしないよ」

熱くなっているレオンに対して、此方は氷の如く冷静に答えた。

「見て」

短く、それだけ言って目の前のモニターを見る様に諭すクリフ。
言われた通り、レオンが目を向けると、そこには『新暦55年10月~12月』と映し出されていた。

「なんだ、これ?」

「このベビー服が買われたと予測される年号と月」

「ふ~ん……うん?ちょっと待てよ」

ある事に気付き、レオンは思考の海へと潜っていく。
ユーノの年齢は今年で6歳。これは成長の具合から見ても、絶対に間違いない数字だ。
そして、今は新暦の62年。
つまり、逆算するとユーノが生まれた年は新暦の56年になる。
合わない。
ユーノを拾った時の生後から逆算しても、新暦55年に生まれているはずが無いのだ。

「気付いた?つまりはそう言う事」

声をかけられ、思考の海から引っ張り上げられる。
どうやらクリフも、自分と同じ答えに辿り着いていたようだ。

「新暦55年に買われたベビー服が、新暦56年に生まれたはずの子に着せられていた。
此処から導き出される答えは、主に二つ。
一つ、このユーノ君の両親が友人から貰ったプレゼント、若しくはお爺ちゃんお婆ちゃんが孫のために用意していた物、要するに生まれる以前に予め用意していたケース。
二つ、ユーノ君が生まれてから、御両親が友人か誰か知り合い、要するに他人から譲って貰った物。
以上の二つの可能性が考えられる。
まぁ、どちらにせよあまり関係ないけどね」

「……どういう事だ?」

「さっき言ったでしょ、管理局もこの事は早い段階で特定出来たって。
地元の警察に連絡して、聞きこみ調査なんかもしたみたいだけど、手掛かりは0。
引っ越したのか、それともたまたま通りすぎた序に買ったのか。
まぁ、聞きこみしても町の人が誰も知らないとなると、少なくてもユーノ君が生まれてから、常日頃町に住んでいた人じゃない。
ベビー服も、特に珍しい物ではなく一般で販売されている、リーズナブルな物だしね~。
お孫さんが生まれるために、お爺ちゃんお婆ちゃんが用意したものなのか。
友人から譲って貰ったものなのか。
はたまた御両親が、子供が生まれるために予め買っていた物なのか。
なんにせよ、一体誰が買ったものなのか、その特定ができなければ話しにならないよ」

ちなみに、とクリフは続ける。

「大きな病院とかも当たってみたけど、あの子達のデーターは無し。地方とか、それなりの規模も同じ結果。
あの子達に関する情報は、一切無しだったよ。この様子だと、下手したら自宅出産なんてケースも考えられるね」

嫌になる。
そう言いたそうに、クリフは重いため息をついた。
さらに、と付け加え、椅子の背もたれに背を預けながら再び重い口を開く。

「そもそも、この子達が一体どういった経緯でお前に拾われたのか。それすらもレオン、自分でも解らないんでしょ?
親に捨てられたのか、はたまた偶発的な事故で両親と離れ離れになったのか。
そもそも、親は今も生きてるのか。
それすらも解らないようじゃあ、正直両親は愚か、生まれた場所や地域。うぅん、下手したら生まれた世界すらも特定できないかもよ」

今の段階では推測にすぎないが、実際の可能性は0ではない。
何か生まれ故郷を示す持ち物も無い。
本人達の記憶も、全くの役に立たない。
捨て子なのか、事故に巻き込まれたのか、親は死んでるのか生きてるのか、それすらも今の所解っていない。
唯一の手掛かりは、本人達の持つDNA情報だけ。
これだって、この広い管理世界の中から特定の人物だけを見つけるとなると、相当の時間と苦労を有する。
管理局でも見つけれられないとなると、正直生まれた世界を特定するだけでも何年かかるか解らない。
クリフは一語一句誤魔化さず、淡々とレオンにその事実を告げた。

「……そうか」

絞り出すような、か細い声で呟くレオン。
落胆。
レオンだって、バクラとユーノの両親を探す事がどれだけ難しい事なのか解っていた。
解ってはいたが、実際に無理だと言われると、やはり辛い物がある。

(さぁて、どうしようかな?ちょっとダメージが大きいみたいだし)

落胆した様子をレオンをチラッと横目で見つめながら、クリフは迷っていた。
ユーノの件もそうだが、まだバクラの件が残っている。
そして恐らく、このバクラの件はユーノ以上に深刻な問題だろう。
しかし、それでも自分は報告しなければいけない。
それが自分の仕事なんだから。
思考を断ち切り、クリフは再び端末を弄り始めた。

「落胆してる所悪いけど、レオン。もう一人の子の方も報告させて貰うよ」

「……うん?あぁ、悪い。続けてくれ」

先程までの影を潜め、続きを諭してくれるレオン。
こういった前向きな姿勢は、話し側としても助かる。
カタカタ。
お互いに無言を貫き、クリフが端末を操作する音だけが響いた。

「こっちのバクラって子の方だけど……」

言葉を区切り、回転椅子を回転させ此方を振り向くクリフ。

「お前の性格上、あーだこーだ言うよりも、ハッキリ言った方が良いと思うから、俺もハッキリ言うよ」

青白い肌、ボサボサの髪、ホームレスにしか見えない風貌。
しかし、その眼差しは真剣そのものだった。
レオンも真っ直ぐ見つめ、一語一句聞き逃さないように耳を傾ける。

「このバクラって子の両親……うぅん。故郷を探すのは、諦めた方が良い」

レオンに向かって、ハッキリとその事実を告げた。

「……どういう事だ?」

ユーノの時は、両親や故郷を特定するのは難しいが、可能性は0では無かった。
しかし、バクラの時はハッキリと無理だと言った。
一体どういう事なのか。
レオンはクリフに問いかけた。

「理由は……これだ」

端末のボタンを押すと同時に、新しいモニターがレオンの目の前に浮かんだ。
バクラを中心に、右に管理世界、左に管理外世界の文字が映され、中央にはバクラに重なるようにデカデカ?マークが映し出されていた。

「何だよ、これ?」

今一画像の意味が解らず、レオンは意味を尋ねた。

「見て解らない?」

「解らないから尋ねているんだろ?」

「ふぅ~~……まぁつまりだ。この子は管理世界の生まれじゃない、管理外世界の出身の可能性も出てきたって事」

「はぁ?」

レオンからして見れば、正に『はぁ?』である。
管理外世界。
その名の通り、管理世界には組み込まれていない次元世界の総称。
文化基準も、経済も、医療も、その他諸々、全てにバラツキがある。
魔法技術もそう。
中には全く、魔法を持たない世界も決して珍しくはない。
当然、その様な世界は次元と次元の間を行き来する、次元航行などといった技術を持たない。
可笑しい。
仮にバクラが事故、若しくは捨てられたと仮定しよう。
この場合、レオンがバクラを見つけた場所が問題だ。
レオンがバクラを見つけたのは、管理世界。
益々もって可笑しい。
クリフの言う通りに、バクラが管理外世界の出身なら、次元航行を持たない管理外世界の住人が管理世界に来る事は絶対に不可能。
可能性があるとすれば一つ。
管理外世界の中でも、魔法文明が存在し、比較的高い技術を持つ世界。
この世界の住人が、バクラの親ならば納得がいく。
しかし、理由としては弱い。
高い技術を持ちながら、管理世界に組み込まれていない。
それは即ち、管理世界との国交を拒んでいるという事。
わざわざ子供一人のために、国交すらもしていない世界に来るだろうか。

「まぁ、普通はそう思うだろうね。“普通”ならね」

普通、という言葉を強調するあたり、何か訳がありそうだ。

「俺だって、何も出鱈目でこんな事を言ってるわけじゃない。ちゃんとした根拠があってこそ、言ってるんだ」

レオンの方へと振り向き、クリフは人差し指を立てた。

「根拠その一、この子の初期の生活その物。
これは俺じゃなくて、実際に間近で見てきたレオン、君が良く知ってるはずだよ」

初期のバクラ。
あれは酷かった。
近付く物を攻撃し、腹を満たせば大人しくなる。
正に獣の様な生活と性格だった。

「服も着ておらず、一人で森の中で狩りを行っていた。これだけでも異常だけど、今回注目するのはそこじゃない。
このバクラって子、テレビとか電灯とか、そういった電化製品に触れた時は必ずビックリしていたんだよね?
まるで初めて見たり、触れたりしたように」

初めて出会った時、バクラは感情が欠落していた。
が、徐々に感情を表に見せる様になってくると、クリフの言った通りに何かに触れると必ず驚いた表情になっていた。
それは電化製品にとどまらず、食料や日常に関わる物、さらには消耗品まで。
順応も早かったが、それは間違いない。

「それがどうしたんだよ?知ってるだろ、あいつには記憶が無いんだぞ。周りに見える全てが初めて見る物。驚いたりしても特に不思議じゃないだろ?」

「ところがどっこい。人間の記憶力ってのは、結構バカに出来ない物なんだよ。
確かに記憶は喪失してるみたいだけど、完全にデリートされたわけじゃない。
僅かに、その奥底には自分自身が暮らした記憶が残っているはず。
仮に、全ての記憶が完全にデリートされたなら、それこそ赤ん坊の状態に自立した動きなんかは出来ないはずだ。
少なくても、出会った頃にある程度の言語を話せたとするなら、記憶の全てが消え去ったとは考えにくい。
問題は、日常生活をするのに問題無いぐらいの記憶を持っていながら、周りに物を知らなかったという事。
テレビなりパソコンなり、その物自体の名前を忘れても、それがどういった物なのか、その使い方だけは覚えているはずだ。
管理世界でも、ジャングルの奥地に代々住んでる様な部族とかなら、テレビとかの電化製品が無くても仕方ないかもしれないけど。
流石に日常で使う物に驚くのは可笑しすぎるでしょ?
一応確認するけど、あの子を拾った時、年齢は5~6歳程度だったんだよね?」

「あぁ、一応検査して貰ったけどそれぐらいで間違いない。今は物凄く成長してるけどな」

「そう……まぁ、彼の成長ぶりは置いといて。
そこら辺に居る5~6歳の子供に、この部屋の中にある物の名前を適当に聞いてみな?
流石に専門的な名前は知らなくても、パソコン、最悪でも何かの機械だとは答えられるよ。
それすらも答えられたいようだと、少なくても、あの子の周りには俺達の生活で当たり前に使われている物が無かったという事。
つまり、文明レベルが低い管理外世界の出身が高いという事だよ」

今の管理世界で、レオン達が当たり前の様に使っている物が周りに無い、というのは少し可笑しすぎる。
絶対とは言えないが、それでも日常品ぐらいの名前は知っていてもいいはずだ。
管理外世界。
未だに文明レベルが、原始的な世界もある。
進化していても、管理世界の様に物が充実していないのがほとんどだ。
今この部屋にある、一般人でも買える様な物でも。
管理外世界の文明レベルが低い世界の人間から見れば、目を見開くほどの文明の産物だ。
バクラが文明レベルが低い管理外世界の出身なら、周りの日常品にすらも驚きを見せたのは納得が出来る。
しかし――

「それだけで、あいつが管理外世界の出身だって決めつけるのは、早過ぎないか?」

レオンはクリフの説明に納得していなかった。
それはあまりにも突拍子すぎるのもあるが、クリフの説明には決定的な穴があったからだ。

「そもそも、そんな文明レベルが低い世界だと、次元航行それすらも無いだろ」

文明レベルが低いとなると、当然次元と次元の間を行き来できる技術など持っているはずが無い。
これについては、どう説明するつもりだ。
レオンは疑惑の視線を、クリフに投げつけた。

「……次元震って、知ってるよね?」

疑惑の視線を受けながら、短く、それだけを問いかけた。

「あぁ、そりゃあ知ってるよ」

今さら何を言ってるんだ、当たり前の様に答えるレオン。
次元震。
管理世界に住んでいる者なら、ある程度の教養を学べば嫌でも耳に付く言葉だ。

「次元震、その名の通り次元間で起こる災害。酷い物になると、軽く一つの世界を滅ぼせるレベルの次元災害となる。
旧暦時代に起こった次元災害は、その猛威を振るい、幾つもの世界を滅ぼした。正に世界レベルでの大災害」

端末を弄り、目の前には再び新しいモニターが現れた。
人形と黒い穴。
一体何なのか、とレオンは怪訝な表情でモニターを見つめた。

「勿論、そんな世界レベルの次元災害なんてそうそう起こる物じゃないさ。
けれど、何かの切っ掛けで小さな次元震が自然に起こる事は稀にある。
そして、時々だけどその次元震によって偶然開いた次元の裂け目へ……要は次元の穴だね。
その中に人間が巻き込まれる場合もある。
時空管理局の局員が、任務中にその穴に落ちて行方不明になるって話しも、歴史の紐を解いて行けば幾つかあるほどだからね」

モニター上の人形が、黒い穴へと吸い込まれた。
映像が変わる。
人形が黒い穴の中を進んで行く様子が映し出されていた。

「次元震によって空いた穴、虚数空間。何処に繋がってるのか、何処に続いているのか、誰にも解らない。
現段階で解っているのは、次元の穴に巻き込まれた人間は、この虚数空間に落ちてそのまま帰ってこれなくなるというのが最も有力な説かな。
だけどね、前例があるわけじゃないけど、次元震に巻き込まれても生還出来るケースが、理論上では存在するよ」

カタカタと機械音が鳴ると、モニター上の真っ黒な映像の中に、ポッカリと白い穴が現れた。

「さっきも言った通り、次元震、若しくは次元断層は次元レベルでの災害。
小さな物でも次元航行を乱し、近隣世界へと地震等の災害をもたらす。
つまりそれは、複数の別々の次元に同じ災害が同時に起こっているという事になる。
次元の穴へと吸い込まれた人間が、上手く虚数空間を免れ、次元航路の波に乗って且つ別の次元に穴が開けば――」

モニター上の人形が、白い穴へと吸い込まれていった。

「御覧の通り、自分が住んでいた世界とは別の世界に出口が開いて、その穴から生還出来る確率もある。
かなり低い可能性だけど、それでも理論上は可能だ。
無論、管理外世界の人間が次元震で開いた次元の穴に落ちて、管理世界に放り出される事もね」

「おい、それじゃあ!」

クリフが何を言うとしてるのか、レオンにも理解できた。

「そう、バクラ君もこのケースじゃないかと予測されるって事。そして、これが俺の根拠の二つ目さ」

再びモニター上の画面が変わり、ある映像が映し出された。

「これは……」

鬱蒼と茂った森。忘れるはずが無い。
そこに映し出されたのは、バクラと出会った森だった。

「あの日、君がこのバクラって子と出会った日から、つい二日前。この周囲の町で、奇妙な現象が起こった」

「奇妙な現象?」

「うん。この森を囲むようにして点在する町全てが、突然停電を起こしたんだ。電気の供給も問題なく、雷も落ちて無かったのにね。
これだけじゃない。
地震も起きて無いのに、水槽の水が揺れたり。飼っていたペットの犬や猫が、まるで何かに脅える様に吠え始めたり。
周りの町全てに、そんな奇妙な現象が起きたんだ。
地元の警察も複数の場所で同時に起こったこの現象について、何か事件性が無いか調べた。
でも特に被害はないし、この現象が続いたのはたった10~15秒の僅かな時間だけ。
不思議には思ったけど、特に気にする事じゃないと直ぐ忘れさられたよ。
まぁ、その判断は正しいな。俺だって、君からこの両親捜索の件を受けて無ければ、世の中不思議な事もあるもんだな~、ぐらいで特に興味も持たなかったもの」

モニター上の画面が変わる。
今度は森を中心に置き、その周りに小さな光の点が幾つも囲んでいた。

「図を見ての通り、この奇妙な現象が起きたのはこの森を中心とした周りの町だけ。この時間、他の町には一切の影響は無かった」

クルリ。
勢いよく回転椅子を回し、此方を振り向いたクリフ。

「これは完全な予測で、何か確証があるわけじゃないけど……この時起こったのは、比較的小さな次元震じゃないかと俺は思ってるんだ。
人間が感じられないほど、小さな次元震。
けれど、実際に次元震が起こった場所では停電などが起こったというケースが幾つか存在する。
それに、犬や猫、大人しかったペットなんかが急に慌ただしくなった事実。
ほら、テレビでも良くやってるでしょ?犬や猫などといった動物は、地震等の災害の前には急に慌ただしくなるって。
あれは決して間違いじゃないよ。犬や猫に留まらず、動物ってのは人間に無い危険を察知する能力がずば抜けて優れているからね。
それは次元震でも変わらないと、俺は考えている」

「つまり、バクラは管理外世界の何処かの世界から、その次元の穴を通って、あの森に落ちたって事か?」

「そう言う事。まぁ、これ自体は本人の記憶が無いからね。真実は闇の中。でも、俺はそう考えているよ。
そして、あの子が管理外世界の住人だという根拠、その三」

三本指を掲げ、クリフは口を開いた。

「あの子が使っている言葉……『ムウト』の三文字だ」

端末に向き直り、再びクリフは端末を操作しだした。

「この広い次元世界、国が違えば言語も違ってくる。さらに言えば宗教、部族、はたまた個人の家など、極限られた世界にしか通用しない言語も数多く存在する。方言って奴だ」

ピコピコ、と端末の操作し続ける。

――『ムウト』

バクラが拾った時から、唯一使った言葉を検索にかけ始めた。
暫くお待ちください。
目の前のモニターには、その文字だけが映っていた。

「この『ムウト』って言葉は、俺も聞いた事が無い。お前だってそうでしょ?」

「あぁ。俺も最初、何を言ってるのか解らなかった。本人に聞いてみても、何故その言葉を使ってるのか解らないだそうだ」

以前、バクラにその言葉の意味を問いただした事はあった。
結果はバクラ本人にも解らない。
ただ何となく使っているという、なんじゃあそりゃあ、と言いたくなる結果だった。
解っている事は一つ。
このムウトという言葉は、日常ではあまり使わない。
バクラが、狩りなどで何かに止めを刺す時にその言葉を発するという事だけ。

「ふむふむ、本人も解らないと。それを聞いて、俺は確信した。
恐らく、この『ムウト』って言葉は、バクラ君の両親やその周りで使われていた言葉の一つだと思う。
人間の赤ん坊は、親や周りの話し声なんかを聞いて言葉を学習するからね」

「という事は、この『ムウト』って言葉が使われている地方を見つければ!」

「そう、この子が生まれただいたいの場所を特定できるって事」

レオンの表情に光が宿る。
漸くバクラのご両親の手掛かりが見つかるかもしれない。
そう考えると、自然と表情が和らいだ。
しかし、彼は忘れていた。
クリフが事前に言った、故郷を探すのは諦めた方が良い、という言葉を。

「はぁ~~……レオン、俺は確かに故郷を特定できるって言ったけど、絶対とは言ってないよ」

友人を落胆させたくないが、これは本人が望んだ事。
クリフは、残酷な現実をモニター上へと映し出した。

「今検索をかけソフト、現在管理世界で使われている言語のほとんど、方言なども含めた全ての言葉を収めたソフトなんだよな~。
一体どういった経緯で、こんな物を売りだそうと思ったのか。制作者の意図が解らないよ。こんな物が売れるのに、俺のゲームが売れないのは可笑しいぞ!」

(……少なくても、その開発者の人もあんな滅茶苦茶なゲームを売り出そうとしてるお前だけには言われたくないだろうよ)

レオンは心の中でそっと呟いた。
口に出して言わないのは、変に余計な時間を使いたくないからだ。

「まぁ、そのおかげで調査は進んだんだけどね……いや、この場合は調査の打ち切りって言った方が良いかな」

検索終了。モニターへと映し出された結果は――

「御覧の通り……現在発見されている管理世界、全ての言語に『ムウト』何て言葉は存在しない」

NO DATA――即ち、該当データー無し。

「……………」

レオンは何も言わず、ただ目の前の現実を見つめていた。
クリフほどの頭脳は持ち合わせて無いが、レオンだって決して頭の回転が悪いわけではない。
寧ろ早い方だ。
故に、嫌でも彼はその事実に気付いてしまった。

「該当する箇所が無いって事は……つまり!」

「そう。唯一と言っていい手掛かりも、実際には何の役にも立たなかったという事、これまた残念な結果に終わったってわけさ」

ムウト。
バクラの故郷との結びつきが強かった、数少ない手掛かり。
独特の言葉が使われている地域を見つければ、捜査の範囲を絞る事が出来た。
しかし、今現在の管理世界で『ムウト』という言葉が使われている地域は存在しない。
この情報は間違いない、と見ていいだろう。
クリフ。
ライフスタイルは滅茶苦茶だが、仕事は真面目にこなす奴だ。
そいつが、管理世界にはバクラと繋がりがありそうな地域は無いと断定した。
即ち、バクラの故郷は管理世界ではなく、管理外世界の可能性が高くなったという事。
レオンの脳裏に浮かぶ、最初の方に見せられた莫大な数の管理・管理外世界のデーター。
管理世界でも相当の数があるのに、管理外世界を含めればその数は計り知れない物になる。
その中から、バクラの両親を探す。
これがどれだけ難しい事なのか、子供でも解る。
さらに言えば、管理外世界にはまだ戸籍などが整っていない世界も、数多く存在する。
本人の記憶は無し、手掛かりという手掛かりも無い。
もし本当に、バクラが管理外世界の出身なら、今の状況で彼の故郷や両親を探すのは絶望的。
広大な砂漠の中から、小さな米粒を見つけろと言っている様な物だ。

「なぁ……それじゃあ、あいつのレアスキルや召喚術は、何かの手掛かりにはならなかったのか?」

バクラのレアスキル、『ネクロマンサー』。
そして、召喚術。
どちらもこの次元世界においては、極めて珍しい魔法だ。
レオンは一抹の希望をかけて、クリフへと問いかけるが――

「ならなかったよ。管理局でも自分の所のデーターベースを調べてみたいだけど、検索ヒット数は0。
召喚術はともかく、ネクロマンサーっていうレアスキルの方も前例が無いという事は、先天的に生まれた能力の可能性が高い。
代々血筋などで伝わって来たならともかく、生まれつきの能力だとするなら、故郷を探す手掛かりには……まぁ、ならない事も無いけど、やっぱり手掛かりとしては弱すぎるな。
そこら辺に歩いている人達にだって、レアスキルが生まれる可能性は低いけど必ずしも0ではないんだから」

その希望も、無残に摘み取られた。

「……そうか」

電子音が耳を鳴らす中、レオンの声が静かに木霊した。




「っと、もうこんな時間か……」

ふと目に入ってきたデジタル時計。
思ったよりも長く居座ってしまった。
バクラ達には適当に言い訳したが、流石にそろそろ帰らないと不味い。
レオンはクリフに向き直り、軽く手をあげて別れの挨拶をした。

「それじゃあ、クリフ。俺はそろそろ行くから。また何か解ったら知らせてくれ」

笑いながら軽い挨拶を交わす。

「……………」

挨拶をしたが、クリフは何も答えない。
ただジーと、信じられないように此方を見つめていた。

「うん?なんだよ、何か用か?」

気になり、問いかけるクリフ。

「いや……普通さ、こういう場合ってもっと落ち込むものかと思っていたから。やけに回復が早いな~って思って」

「あぁ……まぁな」

所々歯切れが悪い声で、頬を掻きながら話し始めた。

「ほら、俺ってそっち関係の知識っててんでダメだろ?正直、俺が手伝っても邪魔になるだけだし、お前に任せた方が成果も大きいしな。
要するに、適材適所って事だ。素人の俺があーだこーだ言っても、しょうがないだろ?」

レオンだって悔しい事は悔しい。
しかし、自分が手伝った所でクリフの邪魔になるだけ。
足が自分なら、情報はクリフ。
下手に手伝おうとするよりも、委任する方が遥かに効率が良くなる。

「……それってさ、俺に放り投げって事?」

「はははっ、まぁそんな所だ。これでも信頼してるんだからな。頼むぞ、未来の天才ゲームクリエイター」

「うわ~、清々しいまでのお世辞どうもありがとう~」

しらけた目。棒読みセリフ。無感情な声。
どう見ても友人のやり取りには見えないが、これが彼らの何時もの光景の様だ。

「っと、本当に帰らないと俺だけ置いてかれるぞ。クリフ、そんじゃあまた後で!」

急いで元来た階段を昇ろうと、一歩を踏み出そうとするレオンだが――

「ねぇ、レオン。一つ聞いても良い?」

次の一言で、その足を止めてしまった。

「何でそこまでして、あの子達の両親を探そうとするの?」




「……………」

「……………」

レオンは振り向かない。ただ黙っているだけ。
クリフも何も言わない。立ち止まっているレオンを見つめているだけ。
静寂。
先程までお互いに軽口を叩きあっていた二人が、今は嘘の様に黙り込んだ。
そんな中、先に静寂を破ったのはクリフだった。

「俺は奥さんも、子供も居ないから良くわかんないけど、家族ってものがどんな物なのかぐらいは解る。
俺だって、人並みに幸せの家で両親と暮らしてきたんだから。
少なくても、そんな俺の目から見てもお前達が上手くいっていないとは思えない。
うぅん、あのバクラって生意気な子も、お前や奥さんのアンナさんの言う事だけは、渋々とだが聞いているんだ。
家族としては、結構上手くいってると思うよ。……だからこそ、気になるんだ。
お前が、何でそこまでして自分の息子の様に可愛がっている、あの子達の両親を探そうとするのか……」

クリフはさらに言葉を紡ぐ。

「お前だって馬鹿じゃあないんだから、解るでしょ?あの子達の両親達が見つかったら、それが何を意味するのか?」

もし、バクラとユーノの本当の両親が見つかったら。
色々と問題になる事は目に見えている。
最悪の場合は、レオン達から離れ離れになる可能性もあるのだ。
即ち、別れ。

「今の今まで放っておいた両親に、一言文句でも言いたいのか?
だったら止めた方が良い。
……それは子供達に余計な混乱しかもたらさない。
捨てられたにしても、事故にしても、今の今まで放っておいた見ず知らずの人間が、『貴方は私の子供よ』って言って来たらどう思う?
世の中、何でもかんでも知っちゃうのは、必ずしも良い結果を及ぼすとは限らない。
中には知らない方が、幸せな事もある。あの子達は、このまま自分のルーツを知らない方が“幸せ”なんじゃないの?」

幸せ。
何気ない一言だったが、レオンの肩には重く圧し掛かった。

「自分がよかれと思って行う善意が、必ずしも相手にとっての+とは限らない。
寧ろ、悪意のない善意ほど辛い物はない、という人間も居るぐらいだ。
ハッキリ言うと、今回のお前も、この悪意の無い善意になるぞ。
バクラ君もユーノ君も、元の両親は気になったとしても、探すのはあの子達の意思が決めるもの。
お前が手伝うのは、それからでも遅くはないんじゃないか?」

それに、とクリフはさらに付け加える。

「向こう側の両親だって、下手な詮索は望んでいないと思うよ。
仮にだ、あの子達が捨て子だったとしよう。
子供をゴミみたいに捨てる親ってのは、残念ながら少なからず存在する。
もし、あの子達の両親がその部類に入る場合、会わせた所で互いに気まずい思いをするだけだ。
その他の理由、例えば望まぬ妊娠などで止むなく捨てるしかなかった場合でも、良い結果を生むとは思えない。
下手に見つけ出すのは、お互いにとって-の結果にしかならないんじゃないのか?……それにだ――」

レオンの返答が無くても、クリフは自分の考えを言葉にして出す。
黙っているよりも、素直に話す方が友人とその子供達のためだからだ。

「ユーノ君の方はともかく、バクラ君の方はこのままお前の子供として暮らした方が幸せだと、俺は断言するぞ」

憶測ではなく、クリフは断言した。

「考えてもみな?服も着ないで、大型の動物に臆することなくその命を奪う。
性格は穏やかとは言えず、寧ろ攻撃的な性格。
これだけでも、まともな親に育てられたとは思えない。
そして、決定的なのはあの子が持つ異常なまでの技術の高さだ。
あの年で天才的な発掘技術……いや、あれはどちらかと言うと盗賊の技術に近い。
そんな物、とてもではないが普通の子供が身につけているとは思えない。
人間の子供が知能が発達した時、先ず真似をするのは周りの大人の行動を真似する。
という事はだ、あの子の故郷、少なくてもあの子の周りの社会では、その技術が当たり前だった可能性が高い。
無論、これは俺の完全な推測で何か証拠があるわけじゃない。
けれど、あの攻撃的な性格と盗賊のそれに近い技術、これを持ってるのは確かな事実だ」

バクラは確かに普通の子供ではない。
天才的な才能もそうだが、何よりもあの攻撃的な性格。
破壊。
規律を、世の秩序を、人間の命すらも破壊する。
まともな両親に育てられたとは、とてもではないがクリフには考えられなかった。

――このまま両親達を探して、バクラとユーノが幸せになるのだろうか

――今のままの方が幸せではないのか

――自分の幸せを棒に振ってまで、両親の捜索を続けるのは何故なのか

クリフはレオンへと、静かに問いかけた。

「……………」

問いに対して、レオンは答えない。
沈黙。
静かに佇み、その場から動こうとはしなかった。
一秒、二秒、三秒、と時間の針だけが時を刻んでいく。
部屋には二人の息遣いすらも聞こえず、機械的な電子音が支配していた。

「別に……そんなの正直、解らねぇよ」

時間にして数秒間の間。
レオンはポツリポツリと、自分の胸の内を吐きだし始めた。

「俺があいつらの御両親を探すのは、あいつらのタメじゃ無い。いや、確かにあいつらのタメでもあるが、それ以上に俺の我儘かな」

「……やっぱり、あの子達の両親に一言文句でも言いたいの?」

「はははっ、まぁそれも少しはあるな。……けれど、それ以上に知りたいのは、何であいつらが御両親と離れ離れになったのか、その原因を知りたいんだよ」

哀愁を帯びた声音で続きを話すレオン。

「俺さ、正直結婚して夫婦になるなんて考えた事も無かったし、まして自分が親になる何て想像もしてなかったんだ」

「そりゃあそうでしょ。一体何時夫婦になり、何時親になるか、そんな人生の設計を立てている人なんて、そうそう居ないよ」

レオンの言い分に同意を示すクリフ。

「それでさ、その……あいつらと過ごしていく内に、何か楽しくなったというか、嬉しくなったというか。
上手く言えないんだけど……俺があいつらと過ごすのが、自然な事の様に思えてきてさ」

気恥ずかしさと嬉しさ、両方の感情を混ぜ合わせた話すレオン。

「一種の親心って奴?」

「そんな大層な物かどうか解らないけど……俺はあいつらと一緒に居たいと思う。
何時か独立して俺の手から巣立っていくにしても、それまでは一緒に暮らして、良い事をした時は褒める、悪い事をした時は叱っていきたい」

「……益々理解できないんだけど。レオン、お前ってさ今は幸せなんだよね?」

幸せの形は人それぞれ。
美味しい物を食べる、好きな人と一緒に居る、趣味に没頭できる。
形は千差万別だが、レオンは第三者のクリフの目から見ても、十分幸せの部類に入る。
しかし、それはアンナ、アルス、バクラ、ユーノ。この人達が居てこそ成り立つ幸せだ。
理解不能。
御両親を探し出し、もし子供の返還を求められた場合、下手したらバクラもユーノも居なくなる可能性があるのだ。
即ち、幸せの崩壊。
自分からその崩壊の手助けをしているレオンの行動が、クリフには理解できなかった。

「だからこそだ……幸せだからこそ、あいつらの御両親を探さなくちゃいけないんだよ」

再び哀愁を帯びた声音で、レオンは話し始めた。

「俺自身は、今の生活に幸せを感じている。アンナが居て、アルスが居て、バクラが居て、ユーノが居る。
そんな当たり前の生活が、俺はとてつもなく嬉しい。だから、この当たり前が崩れ去った御両親の気持はどんな物だと思う?」

もし、クリフが言ったようにダメな親なら、文句を言わせずこのまま自分の所で引き取る。
当然だ。
今さら出てきて、何を言ってるんだ!ふざけるな!、と怒鳴り散らすかもしれない。
だが、これが事故だった場合は話しが違ってくる。
何かの事故により、離れ離れになった親子。
クリフの言った様な、次元震による事故だった場合は、ほぼ親と子供が再び会合するのは絶望的とみてもいい。
アンナ、アルス、バクラ、ユーノ。
このうちの誰かが、そんな事故に巻き込まれて自分と離れ離れになってしまったらどうだろうか。
勿論、血眼になってでも探すだろう。だが見つからなかった時、襲ってくるのは言いようの知れない喪失感に絶望、そして悲しさ。
生きてるのか、死んでいるのか、ちゃんとご飯を食べているのか、健康に暮らせているのか。
それらの情報が一切自分の所に入ってこないで、毎日を過ごす。
それは一種の拷問と言ってもいい。
バクラやユーノ御両親がそんな気持ちを味わっていると思うと、どうしても気が気でないのだ。

「ふ~ん……でも、それってあくまでも事故による場合だったらでしょ?
さっき俺が言ったように、子供をゴミみたいに捨てる親とか、望まぬ妊娠で自分の意思で子供を捨てた親とかなら、どうするの?」

「その時は、話しあうさ。向こうにだって何か訳があったのかもしれないからな。
話しあって、バクラとユーノを託せないと判断した時は、俺の所で預かる。そして、託せると判断した時は――」

「あの子達が望めば、元のご両親へと親権を還す」

振り向かないまま、レオンはコクリと頷いた。
漸くクリフにも理解できた。
要するに、目の前の男はお人よしなのだ。
自分の子供、そして相手の両親。
どちらの心情を想うからこその、判断なのだ。
クリフは呆れる様に、溜め息を吐いた。

「まぁ、お前がそれで良いなら部外者の俺がどうこう言う事じゃないけどさ……本当に良いのか?後悔しない?」

自分の幸せを崩すかもしれないのに、本当にこのまま両親の捜索を続けるのか。
最終確認の意味で、クリフは問いかけた。

「寂しくないかって聞かれたら、やっぱり寂しいな」

絞り出すかのような声。察するにこの気持ちは本当の物だろう。

「けれど、あいつらがそれを望むなら……故郷に帰る事を望むなら、俺は胸を張って送り出したい。それに――」

此処で初めてレオンは振り向いた。
父親。
暖かくも優しい笑みを、レオンは浮かべていた。

「あいつらが……バクラとユーノが、“バクラ・スクライア”そして“ユーノ・スクライア”として過ごした日々は決して偽物なんかじゃないからな。
その最高の置き土産があるなら、俺には十分だ」




熱い。体が熱い。
全身の毛穴が開き、汗が絶え間なく零れ落ちてくる。
プシュ~、と蒸気が噴き出して体が溶けそうだ。

「ぬがああぁぁああぁぁぁあぁーーーーッ!!!!」

奇声を上げながら、クリフはあっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロ。
所狭しと、仕事部屋を転がり回っていた。

「痒い痒い痒い痒いーー!!全身が痒いいぃぃいいぃーーー!!
何!?『最高の置き土産あるなら、俺には十分だ』って!爽やかな笑顔で、フレッシュさ抜群!!
うあぁあぁあーー!!聞いているこっちが恥ずかしい!眩しい!暗い巣穴に引き籠っている俺には、眩しすぎるうぅぅーー!!
つーか本当に痒い!頭が痒い!腕が痒い!腹が痒い!背中が痒い!全身が痒い!!
寧ろ溶ける!俺溶けて無くなっちゃう!誰か助けて!溶ける溶ける溶ける、本当に溶けるうぅぅーー!!!」

「だあぁあぁーーー!うるせぇ!何度も何度も叫ぶな!こっちが恥ずかしくなるわッ!!」

自分の発言がどんな物だったのか思い出し、今さながら恥ずかしさが込み上げてきた。
顔を真っ赤にし、床を転げ回るクリフを無理やり止めるレオン。

「あぁあっがーー!ぬがあぁああ!!死ぬ、死んじゃううぅうーー!!」

「シャカシャカシャカシャカ暴れるな!お前はゴキブリか!?」

「だったら人の頭を踏むな!」

「そうでもしないと止まらないだろうが!!」

恥ずかしさを紛わす意味でも、レオンはさらに脚に力を込める。
その際に、うがぁっと呻き声が聞こえたが気にしない。
寧ろさらに力を込めて、行動を完全に封じる。
沈下。
暫くして漸く落ち着き、レオンもクリフも息を整え始めた。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……生で聞く臭いセリフが、ここまでの破壊力を生むとは。恐ろしい」

「それはこっちのセリフだ!……お前、研究目的でよく他社のゲームをやってるんだろ?」

「あーダメダメ、二次元に聞く臭いセリフと実際に聞く臭いセリフは完全に別物だ。
お前だって、ドラマや映画のセリフを実際に目の前で言われると、何とも言えない変な気恥ずかしさを覚えるだろ?あの感覚と同じだ」

パンパン、と服に付着した埃を払いながら立ち上がるクリフ。
元からボサボサだった髪の毛がさらに滅茶苦茶になり、青白い肌は掻き毟られて赤くなっている。
本当にかなりのダメージを負ったようだ。

「ゴホンッ!とりあえず、まぁそうい事だから後は頼むぞ!」

物凄く気まずくて、恥ずかしい。
咳払いをし、レオンはさっさとこの空間から逃れようとする。

「はいはーい!って言いたい所だけど、これ以上の細かな調査となると何時になるか解らないぞ」

「何時だって構わねぇよ。そこまで無理をして、お前が体を壊しちまったら悪いしな」

「そう思うなら、何かお礼をしようよ思わないの?無料で頑張っているクリフさんにさ?
具体的には、俺が開発したゲームソフトをスクライアの子供達に買っていって上げるとかさ?」

「……解った。後で何処か居酒屋にでも行って、俺が好きな物全部奢ってやる」

「いや、だからね。俺としては自分のゲームが売れる方が嬉しいわけで」

「やかましい。少しは外に出て、日光を浴びろ!」

「えぇ~、やだやだ~~。クリフさん、人に会うのが怖い~」

「……あの僅かな手掛かりで、此処まで調べられる情報網を持ってる奴のセリフじゃないぞ。それ」

「クリフさん、外に出るのが怖い~」

「大丈夫だ。そんな事を言える間は、対人恐怖症でも何でもない。とにかく、後で迎えに来るから、ちゃんと家に居ろよ…って、わざわざ忠告しなくても大丈夫か」

最後にお互いに軽口を叩き合い、今度こそレオンは帰っていく。
地下室の階段を昇り、クリフの家の中へ。
仕事部屋はそれなりに綺麗だったが、やはり居間は汚い。
お礼を兼ねて、後で掃除にでも来てやるか。
レオンはそんな事を考えながら、外へと出ていった。

「うわぁ、眩しッ!たったあれだけの時間、地下に居ただけでも此処まで眩しいのか」

太陽の光を思わず手で遮ってしまう。
パチパチ。
何度か瞬きを繰り返し、徐々に目を慣らしていくと、何時もの様に目を開けられるようになった。

(あいつ……このまま外に出したら、本当に溶けるかもしれないぞ)

一瞬そんな事を考え、外に連れ出すのを止めようとするレオン。
しかし、このままのライフスタイルを繰り返していけば、廃人になるのは火を見るよりも明らか。
うん、やはり友達として無理やりにでも外へと連れ出そう。

「さて、早く帰るか。待たせちゃ悪いしな」

レオンは歩き出し、愛する家族が居るデパートに向かった。
それほど遠くない道のり。
目的地には直ぐ着いた。
さて、あいつらは何処に居るのか。
デパートの一階でアンナ達に連絡を入れようとするが、それは必要ないと直ぐ解った。
此方に向かって歩いてくる、巨大な山。
軽く5mほどの高さはあるが、全くバランスを崩さずに歩いてくる。

(あぁ、荷物持ちにされたのか)

若干顔を引き攣らせながら、その山の下へと目を向けるレオン。
紙袋を幾つか持った女性が一人に、同じ様に荷物を持つ子供が二人、そして荷物の山に隠れて見えない誰か。
もうこの時点で解る。
向こうも自分に気付いたのか、軽く手を振ってきた。

「あら、あなた。もう友達との用事は済ませたんですか?」

女性――自分が愛した妻が話しかけてきた。

「あぁ……それにしても、凄いよな。この荷物。少し買いすぎじゃないのか、アンナ?」

「えっと……やっぱりそう思う?うぅ~、安売りだったからついつい買いすぎちゃった」

反省。頭を項垂れ、軽く影を背負うアンナ。
変わらないな。
レオンはそんな様子を、微笑ましく見つめていた。

「お前ら、悪かったな。荷物持ちなんかやらせちゃ……ってッ!」

子供達に謝罪をしようともったら、幾つもの箱と紙袋が自分目掛けて飛んできた。
危険。
スクライアで鍛えた自慢の身体能力を活かし、何とか荷物をキャッチするレオン。
しかし、バランスは保てず、そのまま尻もちをついてしまった。

「ってぇ~~」

荷物埋もれながら、軽く尻を摩るレオン。

「大丈夫?あなた」

「あぁ大丈夫、大丈夫、これぐらい何て事無いよ」

心配してくれるアンナにお礼を言いながら、立ち上がる。
さて、先程の荷物の山は一体誰が飛ばしたのだろうか。
レオンは犯人を探し始めるが、既に犯人は特定できていた。

アンナ――違う。自分の近くに居たのだから、あんな風に荷物を投げられるはずが無い

アルス、ユーノ――これも違う。この二人がそんな事をするはずが無い

という事は、消極的に考えても、残るのは一人しか居ない――

「バクラ!お前はなんて事するんだ!?」

犯人――バクラへと向かって、怒号をあげた。

「ふんっ!」

お叱りなぞなんのその。
軽く鼻を鳴らして、謝る気など一切無かった。

「てめぇの物と自分の女の物ぐらい、自分で持ちやがれ」

「へぇ?」

一瞬訳が解らなかったが、荷物の山を見て納得した。
女性物と男性物、どちらも子供用の物ではなく大人用の物だ。
この場合、事情を知らなかった子供達に見ればサボって何処かに行っていたようにしか思わないだろう。
悪い。
一言だけ謝り、レオンは散らばった荷物を両手に抱えた。

「たくッ!こちとらめんどくせぇ荷物持ちなんかやらされたってぇのによぉ。レオン、腹が減った!今日の晩飯はてめぇが奢れ!」

粗暴な態度を崩さず、親である自分にすらも乱暴な口調で命令してくるバクラ。

「こらッ、バクラ!せめて外だけでは、その口調は止めろって言ってるだろ!というか、行き成り投げんなよ。折角買った新品が、汚れちゃうだろ!」

弟の問題ある態度を叱り、我が家で一番シッカリした長男であるアルス。

「バクラ兄さん、流石に今のは僕もどうかと思うけど……」

少しだけ頼りないが、根は真面目で心優しいユーノ。

「あらあら、仕方ない子ね~」

何時もニコニコ笑顔で、子供達の優しいお母さんであり、自分にとっては愛する妻であるアンナ。


ああ、そうだ。これが何時もの光景だ。
アンナが居て、アルスが居て、バクラが居て、ユーノが居る。
これこそが、自分にとっての幸せの形だ。
何時か来るかもしれない別れの時。
バクラやユーノだけでなく、アルスも独立したら自分の元を去るかもしれない。
けれど――

「ふぅ~~……解った!それじゃあ、今日の夕飯は俺が奢ろう!何が喰いたい?」

今だけは……その時が来るまで、この家族達と共に過ごしていこう。
レオンは決意を新たに、何時もの光景へと帰っていった。








――どうでもいい管理局員の決意


「びええぇーーん!エルザせんばあぁあーーいいいぃぃ!!」

「ちょ、何!?どうしたの!!?」

今日の報告書を纏めていたら、行き成り後輩の男性が飛び込んできた。
しかも、大粒の涙を流し鼻水を垂らしながら。
ただ事ではない雰囲気に、エルザを手伝っていた後輩の女性も目を見開き、男性を見つめた。

「うわぁあーーん!先輩がぁ、レナード先輩があぁあー!!」

「あぁ、もう!どうしたの、レナードがどうかしたの?」

正直、仕事の邪魔をするなと放り出したいが、この状態の後輩にそれをするのは可哀想だ。
何があったのか、優しく宥めながら訳を問いただす。
すると、徐々にだが男性の口から言葉らしい言葉が出た。

「レナード先輩が一年でスペシャルな実家のお母さんがコースを行うバクラ君がお父さんに会えなくなるから対策としてハードに挨拶しておけってーー!!」

(いや、全然解りませんから!!)

訂正、確かに一語一句だけを聞けばちゃんとした言語ではあるが、正直滅茶苦茶だ。
何を言ってるのか解らない。思わず後輩の女性も心の中でツッコミを入れてしまった。

(流石にエルザ先輩でも、今のは……)

到底聞き取れる物ではないと、見つめていると――

「ふむふむ。要はレナードがバクラの対策として、一年間のスペシャルハードコースを貴方に行うから、実家のお父さんやお母さんに会えなくなるから予め挨拶しておけって訳ね」

「そうなんでずずぅーー!!」

「解ったんですか!」

比較的冷静なエルザ、泣き叫ぶ後輩の男性、ツッコミを入れる後輩の女性。
ある意味でカオスな空間がこの場に広がっていた。
よしよし。
ある程度宥めていると、男性を落ち着いてきたのかポツリポツリと事の経緯を話し始めた。
今回の模擬戦コースで、後輩の男性の頼りなさが明るみに出た。
このままでは危険と判断したレナードが、スペシャルハードコース。
それも一年間実家に帰れなくなるほどの、厳しいプログラムを組み込んだ。
最終的な目標として、バクラを倒せ、と短く簡潔に纏めるとこうなる。

「要するに、貴方はバクラとの模擬戦……正確には、バクラが召喚するお化けみたいな召喚獣と戦うのが嫌。
で、どうしたものかと悩んで、私に助けを求めてきたってことね」

「そうなんです……というわけで、何とかして下さい!!」

「何とかって……貴方ねぇ」

呆れる様に白い目で見つめ、頭を抱えるエルザ。
先輩とはいえ女性に、しかも此処まで泣き叫びながら助けを求めてくる。
情けない。
一喝して追い出そうと思ったが、模擬戦を見学していた時の怯えようから察するに意味が無いだろう。

「はぁ~~……つまりの所、貴方はバクラとは戦いたくないって事で間違いないのよね?」

呆れる顔で問いかけるエルザに言葉に、コクコクと頷き返した。

「だったら、上層部に届けでも出したら?」

「無理ですよ~。たかが二等陸士の俺の報告なんて、誰も……」

「あら、そうでもないわよ。現場の人間だからこそ、解る事もあるんだし。
それに、あの模擬戦プログラムだって、有っても無くても良い様な物なんだから、ちゃんとした報告書を何枚も書けば一枚ぐらいは誰かの目に留まるでしょ。
後は、自分で頑張りなさい」

「うぅ……よし、なら早速!!」

うおぉーー、と飛び込んできた時とは違う意味で叫び声を上げながら、駆けだしていく後輩の男性。

「まぁ……頑張りなさい。さぁ、仕事仕事」

「先輩って、時々物凄く冷めた態度になりますよね」

「仕方ないでしょ、私だって人間なんだから」





次の年、管理局のお試しプログラムの中から管理局員との模擬戦の項目が消える事になる。
その裏に、一人の男性管理局員の奮闘があった事は、誰も知らない。
ちなみに、その項目が無くなった事によりスクライアの問題児が、ストレス解消法を出来ない事に苛立つのだが、それは別の話しである。














漸く更新できた。
最近リアルが忙しかった作者です。

今回はバクラの出番はほとんどなし。ゼストとレオンの視点でした。

それでは次回。





なんとか更新スピードを早くしたい……




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