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[14653] 【習作】獣と人と蝙蝠と【ネギま 転生 オリ 原作知識なし】
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/07/22 19:19
こんにちは。以前投稿させていただきましたが、調査不足を思い知り、撤退した者です。
このたび、設定を変えて再度投稿させていただきました。お付き合いいただければ幸いです。感想を頂けると喜びます。


13話初登場のアーティファクト、「道化の軍勢」の人形を描いてみました。良ければこちらもどうぞ。
ttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=9849377

月詠の仮契約カードです。トレスなのは見逃して下さい。
ttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=11766135



※ 注意
作者は厨二病です。
オリ設定が出ます。
暴力的表現がある場合があります。ご注意下さい。

12/29  前書き追加・いろんな箇所を若干修正しました。
1/30  編集方法を変更。ご指摘、ありがとうございました。
4/3   13話完全変更



[14653] プロローグ
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:40
「できた!できたぞ!!ついに完成した!!!」


叫びながら部屋に飛び込んでくるのはしょうもない発明家の友人。いつものことだからもう慣れたけど、病人への気遣いとかはないのだろうか。
…この男にそんなのを期待するのは無駄ね。
若干うんざりしながらそれでも返事は返してしまう。そんな自分が恨めしい。


「もう夜よ、今度は何?全自動みかん皮むき機?それとも幽霊も吸い取れる掃除機?」


前は「卵を割らずに黄身だけを取り出すマシーン」を作ってきた。絶対に才能の使いどころを間違っている。


「違う!そんなものではない!その掃除機は鋭意制作中だが今回のものは違う!!」


制作中なんだ。……ゴーストバ○ターズでもやるつもりかしら。


「じゃあなんだって言うのよこのマッド」

「よくぞ聞いてくれた!それはぬあんとおぉぉ――――――――――――――」

「みのも○たばりのタメとかいらないから。ちゃっちゃと言いなさい」

「『転生くん二号』だ!!!!」

「………は?天声?天の声でも聞いて教祖様にでもなるつもり?
 そういうのはどこぞの印刷物に任せた方がいいわよ、もっともあれは天の声という名の電波だけど。天の声を人が語るなんておこがましいとは思わないのかしら。
 おまけに受信状態悪くてノイズだらけだし。むしろノイズで構成されているといってもいいわね。I am the bone of my noise.みたいな」

「いろいろとアウトな発言は止めてくれたまえ。天の声ではない、生まれ変わる方の転生だ!!これを使えばなんと記憶を持ったまま生まれ変わることができるのだ!!!」


失礼ね、固有名詞は出てないからセーフなのよ。言論の自由なのよ。というか研究のしすぎでとうとう脳がやられたのかしら。


「何だねその呆れと諦観が黄金比でブレンドされた視線は」

「……とりあえず病院行きなさい。なんなら救急車呼んであげるから、黄色いのを」

「さりげなくひどいじゃないか。しかし!私はそのくらいではへこたれないのだ!!ふはははははへぶらっっっ!!!!」


投げつけた本が見事鼻にヒット。ちょうどよく角が当たったようだ。


「とっとと帰りなさい鬱陶しい。そのテンションは病人には毒にしかならないのよ」

「さっきからさりげなく毒を吐くね君は、生物兵器にでも転用できそうだ。しかし完成したのは事実だよ」

「あなたの発明品がすごいのは認めるけど、転生なんてちょっと信じられないわね。あと誰が生物兵器よ」

「信じられないのは無理もない。だがわが理論は完璧だ。あとは実証するだけなのだ!」


得意げな顔がなんだかこう、無性にイラっとくるわね。なんでこんなのが私の友人なのかしら。どうせなら可愛い女の子が欲しかったわ」


「欲望が口から漏れ出しているよ」

「とりあえずそれを私のところに持ってきた理由を言ってみなさい。想像はつくけど」

「見事にスルーしたね。
 完成したのはいいのだが被験者のあてがなくてね。そこで君を思い出したのだ。
 余命数ヶ月で身寄りもなく半死人の君なら喜んで実験に協力してくれるだろうとぶぎょらげぶんっっっっ!!!!」


とりあえず本を思いっきり投げつける。再び鼻に命中し、人間が出してはいけないような声を出して彼は崩れ落ちた。


「ぐぐぐ……ひどいじゃないか、何か私の鼻に恨みでもあるのかね」

「ひどいのはあなたの頭だと思うけど。あと恨みがあるとするならその口ね、余計なことをぺらぺらと。生まれ変わって出直しなさい」

「相変わらずの罵倒の冴えだね。しかしこの程度で怒るとは心が狭い、やはり心の広さは胸の大きさに比例ごめんなさいそれは勘弁してください」


包丁を構えたのを見て土下座するマッド。それはもう見事な土下座である。これ以上ないくらいな土下座の見本である。


「………はあ、なんだかもう疲れたわ。寝るからもう帰りなさい」

「いやいやそういうわけにもいかないのだよ。これはまだ試作品でね、機能に問題はないのだが火星が大接近している今の時期しか使えないのだ」

「…転生と火星の関係性はこの際無視するわ。被験者がいないのなら自分で試せばいいじゃない」

「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない的なノリの君が素敵だよ。
 実はこの装置を使うとだね、ぶっちゃけ死ぬのだよ。だから安全確認のためにも実験dもとい協力者が必要なのだ」

「それなら自分で試しなさいよ。発明品の実験台になるのは研究者の義務よ。
 成功すれば理論は実証されてあなたは笑顔だし、失敗すればこの世からはた迷惑な人間が消えてあなたの被害者達が笑顔。
 ほら、どちらにしても誰かが笑顔になれる。実に素晴らしいわ、あなたの発明品が初めて人の役に立つわね」

「とりあえず言葉という名のナイフで人の心を串刺しにするのは止めてくれたまえ。私のガラスハートがブロークンファンタズムじゃないか」


キモい。というか人に迷惑かけてる自覚はあったのね。


「それに私だってそこらの人間を誘拐して実験台にするほど非常識ではない。良識ぐらいは持ち合わせている」

「持ってても使わないのでは意味はないと思うけど。そこで良心と言わないのがあなたらしいわ」

「やはり君は私の最大の理解者だ。そんな君だからこそ、この転生くん二号を使ってほしいのだよ」

「それは私に目の前から消えてくれと遠まわしに言っているのかしら」

「分かっているのだろう?君の身体はもう限界だ。正直、今こうして普通に喋っているのが信じられない」

「…………………」


そんなことは言われなくても分かっている。自分の身体だ。
医者は余命数ヶ月とは言っていたけれど、そんなに持たないだろう。せいぜいあと1ヶ月程度。
騙し騙し生きてはいるけれど、昔に無理をしたツケが回ってきたみたい。


「君にはいろいろと世話になった。これは恩返しでもある」

「『も』が入らなければ美談と言えなくもなかったのだけど」

「それは仕方ない。なにしろ私は発明と研究に命を懸けているからね!」

「それならその言葉通りにしろと言いたいわ」

「明日また来るよ。計算によれば明日の夜が最も成功率が高まる。それまでに答えを出しておいてくれたまえ」

「言うまでもないと思うのだけど」

「君の答えなど分かっているさ。それでもやはり君の口から聞きたいのだよ」

「そんなセリフはプロポーズにでもとっておきなさい。無意識に女を口説く男ほど性質の悪いものはないのだから」

「おや、振られてしまったかな?割と本気だったのだが」

「バカなこと言ってないでさっさと帰りなさい。
 ………おやすみなさい、また明日」

「ああ、おやすみ。また明日」















◇ ◇ ◇ ◇
















次の日、月明かりが照らし出す部屋で二人は対峙していた。



「さて、答えを聞かせてもらおうか」

「当然やるわよ。チャンスがあるなら握り潰してでも掴み取るのが私の流儀。どこにいようと何になろうと変わりはしないわ」

「ははは、実に君らしく男らしい答えだ。それでこそ私の惚れた女性だよ」

「それは褒められていると受け取っていいのかしら。
 というか男らしさに惚れるって………そういう人だったの?」

「今まさに『お前が言うなランキング』が更新されたよ。
 さて、あまり時間もない。そろそろ始めようか」

「そうね、でもその前にちょっとこっちに来なさい」

「ん、なんだい?」


月に照らされた部屋で、影と影とが重なりあう。静かな部屋で時間だけが過ぎていく。
そして影はゆっくりと離れていった。


「………どういう心境の変化だい?」

「言ったでしょ、その口には恨みがあると。そんな口を塞ぐのにそれなりの方法を盗っただけよ」

「はは、最後まで君には敵わない。しかしその言葉は適切ではない。なぜなら私の心はとっくの昔に君に盗られているのだから」

「まったく、よくシラフでそんな臭いセリフを吐けるわね。そこまでいくと尊敬に値するわ」

「こんなことを言えるのは君しかいないよ」

「………バカ」


装置を起動する。重低音が部屋に響く。


「この装置は不完全でね、転生させることは確実だが、どこに生まれるかは分からない。過去か未来かはたまた異世界か並行世界か。
 本来死すべき運命にある、知性を持つであろう胎児の「死」を道しるべに、肉体を対価にしてこちらの「死」を共鳴させ」


人差し指がそっと唇にあてられる。柔らかく、慈しむように。


「こんな時にまで説明なんて、それは無粋というものよ。いい男なら、こんな時にすることは一つでしょう?」

「ああ、そうだね、済まなかった。だがこれは研究者のサガというものだよ。大目に見てくれたまえ」


再び重なり合う影と影。先程よりも短く、しかし距離は近く。


「そろそろ行くわ。これ以上は未練になっちゃいそうだもの」

「君にそこまで言わせたんだ、ここは満足すべきかな?」


装置が完全に起動する。彼女の身体を光が包む。


「お別れね。さよなら私の愛しい人」

「さようなら私の愛した人。いつかまた逢う日まで」


光の中で笑顔を浮かべる。月下美人のような、夜に咲く儚くも美しい花のような。
そしてこの夜、この世界から一人の女性の存在が消えた。














――あとがき――


本来この話は入れるつもりはなかったのですが、気付いたら指が動いてました。無意識って怖いですね。
転生にも理由つけたほうがいいかなあ、とか思っていたらなぜか漫才コンビに。

本編が始まってもいないのにキャラが暴走しました。なんでこんな毒舌に。
もっとお気楽極楽ノーテンキ娘になるはずだったのに。

この後の予定は未定、ではなく大まかな道筋はできています。
とりあえずこの後、ネギま世界に転生します。かなり後になりますが、原作にも絡む、はず。

更新はかなり不定期です。リアルが結構忙しいので。
ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 1話 現状把握
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:40
結果を先に言えば、転生は成功した。私は新たな生を受け、「神田千歳(ちとせ)」となった。
さすがはマッド。人格がアレでも天才であることには間違いはなかったらしい。
ただし予想外のこともかなりあった。その最大級がこれ。


「蝙蝠の翼に獣の眼………瞳孔縦に割れてるしおまけに紅いし。眼が紅くなるのはアルビノだけかと思っていたのだけど、私の髪は黒いし。
 翼は引っ込められるからいいとして、眼はどうしようかしら。……まあ紫外線に弱いということもないし、後でゆっくり考えましょう」


現在5歳。鏡に映るのはどうみても純粋な人間とは言い難い姿。おまけに犬歯も心なしか尖っているような気がする。
人間に生まれさせるとは言ってなかったし、甘受すべきなのかしら。




やはりというかなんというか、ここは元の世界ではなかった。
まず埼玉県に麻帆良なんて土地がある。私の母校があるはずの場所だったのだけれど、そこはあらゆる学校が集まる学園都市になっている。

他にも細かいところが色々と違っている。
現在が西暦1993年だったり、スターバックスがスターブックスになっていたり。
どうやらここは並行世界、それも元の世界から見ると過去に当たるようなのだ。




そして最大の相違点。この世界には一般には秘匿されてはいるものの、魔法や気といった超常の力が存在する。
まあそうじゃなかったら私みたいなのはいないでしょうけど。

私の母親は普通の人間。ただし父親はなんと吸血鬼。すなわち私は人間と吸血鬼のハーフ。ダンピールともいう。
私に翼があるのを見て、慌てて調べたらダンピールだと判明したらしい。

この世界の吸血鬼は大きく分けて二種類、真祖とそうでないもの。
真祖は最強種と言われていて強大な力を持っており、さらには不老不死。ただし現在確認されているのはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルただ一人。
元600万ドルの賞金首で、魔法界ではナマハゲ的扱いをされている。なぜ賞金が解除されたかはいろんな噂があって確定できない。

私の父はもちろん真祖ではないけど、詳細は不明。母の妊娠が判明する前に別れ、連絡もつかないらしい。
そもそも何故か吸血鬼に関する資料は少ない。ダンピールについてならなおさら。

ただ分かったことは「ダンピールは血を吸う必要はない」という記述だけ。自分のことだけど、吸血鬼の弱点とされている日光や流水は問題なかった。
人間の血が入っているからか、転生の影響か。ただし蝙蝠や霧にはなれないし、成長しているから不老ではない。他にも伝え聞く吸血鬼の特性は失われているか弱まっている。

蝙蝠になれないのになぜ蝙蝠の翼があるのかは謎。まあ練習の成果で飛べるようにもなったし、折角だから有効活用しましょう。
あと翼を出すとなぜか身体能力が上がる。人外の血を解放する、とかいうやつかしら。




いろいろと考え込んでいると、不意に声をかけられた。


「どうした千歳、鏡なんぞ見つめおってからに。色気づくのは10年は早いぞい」

「そんなんじゃないわよ。ちょっと将来について考えていただけ」

「5歳のガキんちょが何を言っとるか。まったく、誰に似たのやら」

「少なくとも母親ではないことは確かね。私はあそこまでヒステリックではないわ」


苦虫を噛み潰したような顔になる。おそらくまだ気にしているのだろう。

この人は神田武(たける)。姓から分かるように私の祖父。母親が私を初めて見たとき、化物と喚き散らし、錯乱して殺そうとまでした。
人生の最初から死にかけるとは予想外だったわ。まあ自分の子供に蝙蝠っぽい翼が生えていたら無理もないかもしれないけど。

初出産+シングルマザー+(翼のせいで)子供に会わせてもらえない、の精神不安定トリプルコンボに私がとどめを刺したっぽい。
当時は慣れてないせいで翼を引っ込めることはできなかったし。手術で翼を除去しようとしたらメスが刃毀れしたとか、どんだけ頑丈なのよ。

その時に助けてくれ、ごたごたもあったけど私を引き取った。母親は裏のことは何も知らされていなかったみたい。
祖父は昔いろいろとやらかしたせいで、裏では割と有名人らしいけれど。




祖父は裏社会の事情に詳しく、様々なことを教えてくれている。
育ててくれているのだから感謝しているのだけど、本人には複雑な思いがあるみたい。
自分の娘がヒステリーだからって気にしすぎだと思うのだけど。


「失言だったわ。私は気にしていない。あれはある意味とても人間らしい行動。
 本来フォローすべき父親もいないわけだし、別にあなたのせいではないでしょう」

「あれはワシの娘じゃ。才能がなかったとはいえ、裏のことをまったく教えなかったのは失敗じゃった。
 何も知らず幸せに育ってほしいと思っていたのじゃが、完全に裏目に出てしもうた」

「娘の幸福を願うのは親として当然の感情だと思うけど。力がないのなら、何も知らずに生涯を終えるのも難しくはないでしょう。
 この話はこれでおしまい。別に誰かが悪かったわけではないわ。それでもあえて言うなら、『魔が悪かった』ってことで」


悪戯っぽく言ってみる。祖父の渋かった顔が苦笑に変わる。


「まったく、そんな言い回しをどこで覚えてくるのやら」

「前世の記憶がある、って言ったはずだけど」

「それでも今は子供じゃろうが。もっとこう、『おじいちゃ~ん』とか愛らしく呼んでくれる孫が良かったのう」

「あら、こんな可愛い孫のどこが不満なのかしら?」

「臆面もなく自分を可愛いと言い放つ所とかかのう」

「事実なんだからしょうがないわ。まあこれからもよろしくね、『たけるおじいちゃん』」


部屋へと向かう。後ろで、しょうがないのう、と言ってるのが聞こえてきた。
きっといつものように、困ったように笑っているのでしょう。あれで子煩悩な人だから。




前世のことについては、転生した理由は伏せてただそういう記憶がある、とだけ伝えてある。
今更子供を装うのも面倒だし、神童とか騒がれるのも嫌だったというのもあるけれど、意外にもあっさり信じてくれた。

なんでも、ごくたまにそういう者は生まれてくるらしい。ただし、前世の記憶といってもごく一部だったり欠損していたりで、私のような前例はないらしい。
ただダンピールもほとんど前例がないとかで、何が起こっても不思議ではないとのこと。
個人的には魔法がある時点で、何が起こっても不思議ではないと思うのだけど。この世界に来てから、私の常識感覚が揺らいでいる。




また前世のことを明かしたのには考えもある。今現在、唯一の保護者である祖父はかなりの高齢。
母親とかなり年が離れているのが不思議だけど、なにか事情があるのでしょう。

今は元気だけど、将来的には正直不安。実際、なんとなく前世の私に似た雰囲気を出している時がある。例えるなら、「死のにおい」とでもいうべきもの。
親戚もろくなのはいないらしいし、母親に頼るのは論外。そしてダンピールという立場はおそらく厄介事を呼び寄せる。

真祖に600万ドルがかかっていたのは危険人物だから、という理由だけではおそらくない。
真祖は不老不死。少なくとも不老であることは間違いない。なにしろ100年以上前の記録がある。
それならその秘密を暴こうと考える者がいることは自然。そのために合法的に真祖を捕まえ、仕組みを解明し、あわよくば自らを不老不死とする。幸い相手は化物で「悪」だ、遠慮は不要。
少なからずこんな考えがあってもおかしくはない。

私は真祖ではないとはいえ、半分吸血鬼であることは間違いない。吸血鬼そのものの数が少ない現状では、もし捕まったりすればどうなるか分からない。
実験動物扱いはまっぴらごめん。対抗するために、なるべく早く力を得る必要があった。
考えすぎならばそれはそれで構わない。どちらにせよ力が必要なのは間違いないのだから。

でも幼児が魔法や気を学びたいと言っても、「まだ早い」と言われるだろうし、実際に言われた。
だから理解できるだけの頭があることを示す必要があった。
問題は信じてもらえないことや気味悪がられることだったけど、幸いにして祖父はそういうことをする人ではなかった。















◇ ◇ ◇ ◇















私は2年前から体を鍛え、気の訓練に励んでいる。そのおかげで錬度はまだまだだけど、気を使えるようにはなった。
祖父は魔法も一応使えるけど、戦闘では気を使っている。
学び始めた時期も遅く、魔力量も少ないし、何より攻撃魔法の才能がなかったらしい。見習いでも使える攻撃呪文「魔法の射手」も使えなかったとか。

だから魔法は補助と割り切り、基本的に体を鍛えれば誰でも使え、以前から無意識に使っていた気をメインに据えたらしい。
祖父が主に使う魔法は「認識阻害」「治癒」「念話」「影を利用した倉庫」くらい。「影を利用した倉庫」は高等技術だけど、便利だから頑張って覚えたと言っていた。

武器はナイフと拳銃、それに格闘術。武術の素人である私にも分かるほど実戦的。
なにしろ「首の折り方」とか「靴ひもや石など、ありあわせのものを武器にする方法」なんかがある。明らかに「格闘技」ではなく「戦闘技術」。

……使う魔法と合わせれば、単独行動を前提にした兵士としか思えない。
祖父は昔のことをあまり話してくれない。「いろいろあったんじゃよ」としか言わないし、誰にでも言いたくないことはあるのだろうけど、気にはなる。




気の訓練と並行して魔法の練習もしている。こちらは体力が必要というわけではないので、体を鍛えなければならない気よりも早く始めることはできた。
けどなかなかうまくいかなかった。初心者が一番最初に覚える「火よ灯れ」も発動しない。
気とは異なる力を認識することはできたのだけれど、そこから先に進まない。その力を手に集めて、祖父に見せたところ魔力で間違いないとのこと。
それができるのなら「火よ灯れ」ぐらいは成功しない方がおかしい、らしい。ただ原因に思い当たる節はあると言っていた。

この世界の魔法は精霊を魔力で従え、様々な現象を引き起こすというもの。雷の魔法には雷精、氷の魔法には氷精といったように。
例外もあるらしいけどごく一部(身体強化など)だし、教本にも載っていないし祖父も魔法には詳しくない。

そして稀に精霊に魔力を与えることができない体質の者がいて、そのような人は魔力があっても呪文詠唱ができないらしい。
そもそも私の母親がそうであり、幼いころそれがわかったため裏には関わらせない方針をとったとのこと。

その体質が遺伝したため私は魔法が使えない、ということらしい。ただ一応という形で、「魔法初心者教本」に載っていた全種類の「魔法の射手」を試してみた。
やはりほぼ全てが壊滅状態だったけれど、唯一「影の矢」のみが手ごたえがあり、練習の末に発動することに成功した。

どうやら私には「影使い」の素質があるらしい。それしかないとも言えるけれど。吸血鬼である父親の遺伝かしら。
「影使い」はかなり特殊な形態らしく、初心者用教本では申し訳程度に記述されているのみだった。

それ以上の資料は家にはなく、祖父も魔法関係はあまりツテもないため、とりあえず放置してある。
ただ祖父が昔見た影使いは、影を伸縮自在の槍や剣のように扱っていたらしい。どちらにせよ術式が分からないため、放置には変わらなかったりする。
影を利用した倉庫は練習しているけど、高等技術というだけあって難しい。影をゲートにした転移もあるらしいけど、そちらはより難しいため、祖父は使えないとのこと。




他には「咸卦法」またの名を「気と魔力の合一」というものを知った。祖父が昔練習していたため、資料もだいぶ家にあった。ただ習得には至らなかったらしいけど。
それによれば、反発しあう気と魔力を融合し莫大な力を得る、というものらしい。

曲がりなりにも両方を使えるため試してみたのだけど、そもそも同時に出すことができない。
魔力を出していると気を、気を出していると魔力がうまく出せない。さすがは高難度技法。前提から躓くとは。

でも両方同時に出せないのは少し困る。将来的には、近接格闘は気で体を強化、中距離は影で攻撃という形を考えていたため、このままではそれができない。
合成まではいかなくても、せめて同時に出せるようにはしたい。本にも「同時に出すよりも合成する方がはるかに難しい」とあったし、なんとかなるはず。今後の課題ね。




いろいろあったけど、私の将来は希望があると信じたい。人外だったり魔法に著しい制限があったりするけど、きっと未来は明るい、はず。
人生前向きに行きましょう。吸血鬼でも人生と言っていいのかは知らないけれども。












――あとがき――


今回は現状確認でした。設定公開とも言います。読んでてつまらないかもしれませんが、こういうのは最初に方向づけておきたかったので。
主人公は最終的には強キャラになりますが、最強モノにはしない予定です。もしも咸卦法を完成させるにしても、かなり後になります。
今は知識がある、というだけですね。

私のイメージでは魔法は理論、気は感覚です。原作キャラもおおむねそんな感じだと思います。
ですので理屈っぽいというか、考えすぎな千歳には魔法の方が向いています。
よって近いうちにメインは魔法になります。

ダンピールや吸血鬼についてはオリ設定です。ネギま世界の吸血鬼って、真祖以外も少ないと思います。
吸血鬼は真祖でなくても元人間みたいですが、抗吸血鬼化の薬もあるので。

ダンピールは「不死殺し」という話もありますが、このSSではその設定はありません。
人外であることを除けば、ダンピールはかなり有利に思われますが、欠点もあります。それは次回に。

また祖父の戦闘スタイルが銃とナイフなのに、千歳が銃を使わない理由も次に出します。
実にしょうもなく、単純な理由だったりします。

他にもオリ設定が出るかもしれません。お付き合いいただければ幸いです。
更新不定期とか言っといて何やってるんだという話ですが。ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 2話 満月の夜
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:42
ドン!

空気を切り裂く音がする。

ドン!

鋼鉄の獣が、鉛を吐き出す音がする。

ドン!

吐き出された弾丸は、獲物に喰らい付くべく宙を疾走する。
だがそれは決して叶うことはない。そこにあるのはたったひとつの単純な理由。


「当たらんのう…………」

「当たらないわねえ……」


現在射撃訓練中。私の射撃の腕はある意味魔法以上。
なにしろ常に全弾必中、ただし的以外に。呪いでもかかってんじゃないかしらこの身体。




ナイフを使った格闘訓練やサバイバル知識習得などと並行して、銃の扱いも学んでいる。
分解整備はパズルみたいで簡単だったのだけど、それ以前の大問題が発生中。


「おっかしいわねぇ……。照準とかが狂ってるわけじゃあるまいし……」

「ここまで才能がないのは初めて見たのう………。なんか自信無くなってきたわい………」


なんか陰を背負っていじけ始めた。うずくまって指でのの字を書いている。ずーんとか効果音が聞こえてきそう。
「ワシのやってきたことは…」とか聞こえてくる。とりあえず、鬱陶しいので華麗に無視することにした。

でもなんで当たらないのかしら。教えられたとおりにやって「構えだけは一人前じゃ」と言われたし、銃に問題があるわけでもない。
気で身体強化してるから子供の身体でも反動は押さえこめたし、視力が悪いということもなく、むしろいい。
ダンピールの影響?そんなのは聞いたことがないわね……。才能がゼロを通り越してマイナスに突入してるとしか……。




気を取り直して別の方法を考えてみましょう。銃がダメなら魔法を試せばいいじゃない。
というわけで


『プラ・クテ ビギナル 魔法の射手 影の一矢』


そして発動した魔法の矢は、見事に的を撃ちぬいた。隣の的を。
世界はいつだってこんなはずじゃなかったことばかりね。




銃はもう諦めた方がよさそうね。そもそも銃なんて持ち歩けば逮捕されるし。
……負け惜しみじゃない。負け惜しみでは決してないのよ。

誘導性をつけられれば魔法はなんとかなりそう。でもそれは一人でもできるし、あれこれ手を出すと器用貧乏になりかねない。
魔法は影を利用した倉庫だけ練習して、今は気の扱いと格闘訓練に集中しましょう。

そうと決まれば、まだ落ち込んでる祖父を何とかしないと。
いい加減に帰ってきなさいよ。















◇ ◇ ◇ ◇















「見苦しいところを見せたのう。ちょっと昔のことを思い出して、自信がなくなっておったわい」


変なスイッチが入っちゃったみたいね。トラウマスイッチ?


「まあそういうこともあるわよ。早速始めましょうか」

「うむ」


ナイフを構える。練習用のゴムナイフとはいえ、気で強化すればかなりの強度になる。
さすがに切れたりはしないけど、痕くらいは残る。




低く、地を這うように走り寄る千歳。狙うは右手。ナイフを手から離させることが目的。
しかし相手は老いたりといえども歴戦の戦士。すぐに意図を読み取り、迎撃に移る。
具体的にはヤクザキックで。


「ナイフだけが武器ではない!!」

「くっ!!」


なんとか横に飛びのいて逃げる。そこに容赦なく追撃がかかる。
ナイフで浅く速く何度も斬りつける。避けきれない斬撃で身体に痕が増えていく。


「浅くともよいのじゃ。魔法使いといえども人間。出血すれば弱るし、近づけば障壁は張れん」

「よく動きながら喋れる、わ、ねっ!!」

「喉を切り裂けば詠唱はできんし、そんな暇を与えてはならぬ。
 何もさせずに倒す、それが最もよいのじゃ」


猛攻に耐えかね、後ろに跳び退る千歳。今度は追ってはこなかった。が

ドン!ドン!ドン!

銃声が響きわたる。いつの間にか取り出した銃が火を吹いていた。


「むやみに距離をとってはいかん。格上や、魔法使い相手ならなおさらじゃ。
 剣士相手だとリーチの差でナイフでは不利になる」

「ゴム弾でも、当たれば痛い、ん、だけど!!」


目線や筋肉、関節の動きを観察し、吸血鬼の第六感までも駆使して弾道を予測。必死に避け、かわしきれないものはナイフで弾き飛ばす。
何とか弾切れまで持ちこたえ、再度挑みかかる。

リロードの時間は与えない。今度は瞬動で一気に攻め込む。


「ぬぅ!?」

「これで!!」


左手でナイフを抑え込み、右手のナイフで首筋を狙う。だがその刹那。


「ふん!!」


ごいーん、とどことなく間の抜けた音が響く。
ナイフが届く寸前に頭突きを決めたのだ。


「急所を狙うのはよいが、読まれやすいからのう。反撃には気をつけるのじゃ。
 それにじゃ、さっきも言ったが武器はナイフだけではないぞい。
 ぬ、聞いておるのか千歳、そもそもじゃな――――」


説教を聞く間もなく、千歳の意識は刈り取られていた。




「……痛い……石頭………いやむしろ鉄頭……。
 …そういえば鉄頭とケツ頭って響きが似てるわね………」

「何を言っとるか。頭でも打ったのかのう……いや打ったんじゃったな。
 ほれ、はよう戻ってこんかい!」


パン!と目の前で手を打ち鳴らす。
はっ、私は何を?


「…なにかとんでもなく変なことを言っていた気がするのだけど」

「気のせいじゃ。もしくは妖精のせいじゃ」


妖精ならしょうがない。妙な納得の仕方をしている気がしないでもないけど、気にしたら負けよ。


「ところで、最後の瞬動には驚いたわい。いつの間に覚えたんじゃ?」

「日々の努力よ。『入り』はともかく『抜き』はまだまだだけど」

「そうじゃのう、『抜き』が甘かったから頭突きも決まったのじゃし」


やっぱり。止まりきれなかった分、頭突きの威力が上がったみたいね。


「まあアレじゃな、相手の意表を突くことは重要じゃな。
 それにしても、全弾撃ちきるまで持ちこたえるとは驚いたぞい」

「まあ伊達に人外やってないってことよ。その人外に簡単に勝つのもどうかと思うけれど」


じと目でにらむ。はっはっはと笑う。


「そこらへんは年季の差じゃな。さすがに子供に負けるわけにもいかん。
 しかし、近接戦闘は筋がいいのう。才能だけなら今まで見てきた中でも随一じゃ。もう少し経験を積めばワシにも勝てるじゃろうて。
 ……射撃にこの才能の10分の1でもあればのう……」

「ないものはしょうがないわ。人生、いつだって手持ちのカードで何とかするしかないのよ。
 それに近接戦闘に才能があると言われても、今まで一回も勝ててない現状では説得力がないわ」


むう、と唸る。だが急に真面目な表情になる。


「才能があるのは確かじゃ。じゃがのう、それ以上に躊躇がない、容赦がない。
 さっきも並の相手なら、初撃でナイフを取り落とし、続く攻撃で頸動脈を斬られておったじゃろう。

 ………どんな者でも、人間に向けて攻撃する時には僅かなりともためらいがあるもんじゃ。それが初心者ならなおさら。
 それがまったくもって感じられん。……前世の記憶があると言っとったな……。どんな人生を送ってきたんじゃ……?」

「秘密よ。よく言うでしょ、『女は秘密を着飾って美しくなる』って。
 女性を脱がすのはベッドの中だけにしておきなさいな」


はあ、とため息をつく。雰囲気が軽くなる。


「まあ今はワシの孫じゃ。だからのう、相談くらいにはのるぞい」

「ありがとう。頼りにしてるわよ、おじいちゃん」

「む、今日はいやに素直じゃのう。
 …まあよいわ、そろそろ戻るぞい」

「了解であります、軍曹殿」


口が減らんのう、と言いながら戻って行く。
頼りにしているのは本当なのだけど。やっぱり信用も日々の努力ね。
それに


「……知らなくてもいいこともあるしね」


ぼそりと呟く。聞こえてはいなかったようだけど、何か言ったことは分かったみたいでこちらを振り向く。


「?何か言ったかのう?」

「なんでもないわ。
 さて、今日の夜は何がいいかしら。なんなら魚でも捌いて、刺身にでもしましょうか」

「おお、たまにはそういうのもいいのう。酒のつまみに「一合までよ」……ケチじゃのう……」


言い合いながら家へと戻る。それはなんということもない日常の一コマ。
けれどもいつまで続くのか、それは誰にも分からない。
地平線の上、昇り始めた月だけがそれを見ていた。















◇ ◇ ◇ ◇















ぼんやりと満月を見上げる。この身体になってから、月がとても綺麗に思える。
太陽光を反射しているにすぎないと分かっていても、引き込まれるような妖艶さがある。
「Lunatic」に「狂気」という意味があるのも納得できてしまう。世界が違うのだし、もしかしたら本当にそんな力があるのかもしれない。


「あれ…?」


さっきまで銀色に光っていた月がやけに紅い。まるで私の眼の色のよう。
そして唐突にそれは来た。


「あ、ぐ」


苦しい。痛い。気持ち悪い。「不快」という概念をそのまま神経に流し込めばこうなるだろうと思わせる感覚。
そしてそれは一つの感情を形作り始めた。

すなわち「渇き」へと。




喉が渇く。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。
声がする。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。


「うる、さい……!!」


必死に耐える。渇く。渇く。渇く。渇く。渇く。渇く。渇く。渇く。渇く。渇く。渇く。渇く。渇く。
頭に声が響く。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。


「だ、まれ………!」


血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。血を。

声に耐えかね、私の意識は闇へと落ちた。




目が覚める。どれほど経っただろう。1分にも満たなかったようにも思えるし、1時間を過ぎていたようにも感じる。
月の位置からすると、あまり長い時間ではなかったようね。

さっきまでの渇きが嘘のよう。多少疲労している程度で、体の調子はもう何ともない。
あれはおそらく


「吸血、衝動?」


ダンピールは血を吸う必要はない、と本にはあった。
今も身体に不調はない。そうするとまさか


「血を吸わずとも生きていけるけど、吸血衝動はある………?」


だとしたらなんて矛盾。いえ、そもそも吸血鬼とは人が変じたもの。すなわち人でもあり吸血鬼でもある私は、存在自体が矛盾とも言える。
そして転生。一度死んだにもかかわらず生きている。これも矛盾。
極めつけは蝙蝠の翼。蝙蝠は矛盾の動物。鳥でもないのに空を飛ぶ。空は鳥にこそ許された領域なのに、地を這うはずの獣がそれを犯す。蝙蝠は矛盾を抱えて空を飛ぶ。

ただの推測にすぎない。けれども吸血衝動らしきものがあり、血を吸っていないのに身体に問題がないのは事実。
血を吸うとどうなるかは分からない。問題なく生きていけるのか、それとも血に狂い怪物となり果てるのか。
そしておそらく完治は不可能。なぜなら吸血衝動は魂に刻まれた呪いだから。克服したのは真祖のみ。


「はあ………」


ため息が出る。満月の夜は吸血鬼の力が最も強まるとは聞いていたけれど、こんなものがあったとは。
ふと顔も知らない父親を思う。彼もこんなものを抱えて生きているのかしら。




……いつまでも悩んでいてもしょうがない。考えて解決するような問題じゃないし、うじうじするのは好みじゃない。
人の血を吸うことへの忌避がある。血に狂い、獣に堕ちることへの恐怖がある。自分が自分でなくなることへの恐れがある。
けれどもそれは紛れもない私の一部。切り離すことなどできないし、してはいけない。

この身体を抱えて私は生きていく。それがチャンスをくれた彼への礼儀で、私の望み。
これは契約。私が私に誓う「神田千歳」の始まりの契約。私は私を裏切らない。私はこの契約を守り抜く。




この世界で、何があっても生き抜いてみせる。















――あとがき――


酒の席で友人が言ってました。

「厨二病はなあ……厨二病は不治の病なんだよ………!!」

まさしく魂の叫びでした。真理だと思いました。
というわけで作者も厨二病です。


※注意事項
「蝙蝠は矛盾の動物」というのは作者の捏造です。信じないでください。



[14653] 3話 出立の日
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:42
祖父が死んだ。
流行り風邪から肺炎をこじらせ、あっけなく死んだ。
祖父は死ぬ前に私を枕元に呼んだ。その時はあまり調子が悪いようには見えなかったけれど、予感があったのかもしれない。






『渡しておくものがある』


そう言って渡されたのは黒い腕輪と2冊の本。
腕輪は飾り気がなくシンプルなデザインで、材質は金属。不思議な文様と文字が刻まれている。これは――ラテン語ね。

本は「魔法剣士のすゝめ」………魔法界にも福沢諭吉が?
もう片方は英語で書かれており、表題は“The magic of Shadow”――影の魔法!?


『これって―――』

『うむ。手に入れるのに苦労したがのう、操影術の本じゃ。千歳は気よりも魔法の方が合っとるみたいじゃからのう。魔力量も割と多いようじゃし。
 影使いは確か、どちらかといえば魔法剣士に分類されるはずじゃ。まあそっちも何かの役には立つじゃろ。
 腕輪は魔法発動体じゃ。昔仕事の報酬に貰ったものでのう。持ち主に合わせて大きさを変え、多少なら壊れても自動で修復する優れもんじゃ。まあ魔法の杖じゃな』


どうやら、気の運用に四苦八苦している私を見かねて探してきてくれたらしい。
気は感覚的な部分が大きいためか私には扱いづらく、「ただ使えるだけ」に近い状態だった。それでも使えないのとでは雲泥の差だけど。

それに対して魔法は割と簡単に発動した。「影」しか使えないとはいえ、「魔法の射手」が発動したのはかなり早かった。
ちなみに魔力を身体に纏わせると、多少身体能力は上がる。といってもそれだけでは気にはだいぶ劣るけれど。術式を通さないと効果は薄いみたい。

身体強化の術式は、手元にある魔道書には載っていなかった。祖父が色々と集めてはくれたものの、魔法は専門外であり、ツテもあまりなかったらしい。
それでも知識だけはつけている。

魔法使いの戦闘スタイルは大別すると、対軍の「魔法使い」か、対人の「魔法剣士」か。
前者は、従者が守る間に遠距離から高威力の技を放つスタイル。ただし対人にはあまり向かず、接近戦に弱い。
後者は、身体強化を行い接近戦をメインにし、速度を重視した術を使う。ただし破壊力はあまり大きくないため、多人数を一気に吹き飛ばすのには向いていない。
もっとも、強くなってくればこの区別はあまり意味はなくなってくるらしいけれど。

まあ確かに影使いは「魔法剣士」ね。
無詠唱での変幻自在の攻撃が特徴らしいし。

今ある魔法発動体は、おもちゃのような杖が一つだけ。随分と古いもののようでかなり傷んでいる。
実戦に耐えうるものではないわね。ちょっと激しく扱ったら折れてしまいそう。


『貴重なものじゃないの?』

『まあそうじゃが、ワシは使わなかったからのう。いつまでも初心者用の杖では格好がつくまい。
 それにじゃ、人の好意は受け取っておくもんじゃぞ』


にやりと笑う。悪戯が成功した子供のような顔で、孫の成長を喜ぶ祖父の顔でもあった。


『――ありがとう。大事にするわ』

『その顔が見れただけでも苦労した甲斐があったというもんじゃわい』

『どんな顔よ』

『鏡を見てくるがよい。今まで見せたことのないような顔じゃ。やはり子供は笑っておらねばのう』


はっはっはと笑う。
が、ふと真剣な表情になる。


『ワシはこれまで、教えられることは教えたつもりじゃ。お主がこれからどう生きていくのかはワシには分からん。
 じゃがのう、どんな道を選ぼうとも後悔は必ずしてしまうもんじゃ。それが生きるということでもあるからのう。
 だから神田千歳よ、ワシから言えることはひとつじゃ。

 善でも悪でも、貫き通せば道ができる。道ができれば誇りが生まれる。誇りを持って自らの道を往け。そして選んだ道が何であれ、全てを受け止め責任を持て。
 それがワシから、人生の先達から言えることじゃ』


その言葉には重みがあった。生を積み重ね、年輪を刻み、自らの道を歩いた者のみが持つ重みが。


『―――心に、留めておくわ』

『うむ、まあ難しく考えることはない。当たり前のこととも言えるからのう』

『けれども、その当たり前を貫くことが難しい』

『まあそうじゃな……』


ふう、とため息をつく。どこか疲れたような声をしていた。


『少し長話をしすぎたようじゃ。そろそろ寝るとしようかの』

『そうね、おやすみなさい。お大事にね』

『うむ、おやすみじゃ』






それが最後の会話らしい会話だった。

葬儀に来た人は、思っていたよりも随分と少なかった。
後から小耳に挟んだ話では、祖父は半ば隠遁生活をしており、自分の情報を出すことはほとんどなかったらしい。
自分の生死の話も例外ではなかったみたい。

葬儀の最中、親戚と思われる人たちの間から、引き取る、遺産、誰が、施設、といった言葉が途切れ途切れに聞こえてきた。
親戚にろくなのがいない、というのは本当だったようね。

でも正直なところ、あまり聞いていなかった。
この世界に生まれて約7年。その間ずっと面倒を見てくれた人がいなくなった、というのは自分で思っていたよりもショックだったみたい。
半ば放心状態だったようで、葬儀中のことはあまり覚えていない。






黄昏時、茜に染まる部屋をぼんやりと眺めていた。


「おじい、ちゃん」


呼んでみる。返事がないことは分かっているのに。

ふと思い出す。黄昏とは、「たそ、かれ」と薄暗がりの中で人を呼ぶことからきているらしい。
確かに夕日には人を不安にさせるものがあるようにも思える。


「…あれ………?」


頬を何かが流れる。


「忘れて……いたわね」


私にも、涙が残っていたなんてね。

いつの間にか夕日は沈み、部屋に闇が満ちていた。
全てを包み込む、優しい闇が。
全てを許してくれそうな、暖かな闇が。

闇に抱かれ、私はただ静かに泣いた。















◇ ◇ ◇ ◇















将来のことを考える。

このままここにいても、親戚をたらい回しにされるか施設に送られるかで、おそらくろくなことにはならない。捨て子ということさえある。
私は半分人間ではない。好き好んで引き取ろうという者がいるとは考えにくい。ましてやあの親戚たちでは。祖父は例外といっても構わないわけだし。

ちなみに母親は、記憶処理を施されたと以前に聞いた。実際、葬儀で私を見ても特に反応はなかった。
翼は出していなかったけれど、紅い眼を見れば分かるはずだから、多分本当でしょうね。

眼と言えば、紅い眼を誤魔化すために黒いカラコンをつけてはみたけれど、合わないらしくて酷い目にあった。
それに瞳孔が縦に割れているのはどうしようもないため、よく見るとばれることには変わりない。結局、紅い眼はそのままで、隠すことはできなかった。




それは今はいいのよ。重要なのは、これからどうするか。
けれども答えなんて、私には一つしかないのよね。


「旅に、出ましょう」


世界を見てみたい。いろんなものを見てみたい。「新世界」「魔法世界」と呼ばれる別の世界まであるらしいし。

思い立ったが吉日。影の倉庫に荷物を詰め込む。いかに高等技術とはいえ、年単位で学んでいれば習得はできる。「影」との相性も良かったことも幸いした。
イメージ的には、青い狸の4次元ポケットかしらね。ただし、あそこまで節操無く何でも入るものではなく「生物」は入らない。
生物を入れられるようになれば、影を用いた転移魔法まであと一歩みたい。でも祖父は「絶対に入れてはいかん」と言っていた。なんでもすごいことになるとかなんとか。
ちなみに卵は入るわよ。

今更学校に行ってもしょうがないし、生活費を稼ぐのには裏の仕事をしてもいい。
まだまだ弱いとはいえ、それでもできることはあるはず。
実際、私くらいの年でもそういった仕事をしている子供もいたらしい。それを教えてくれた祖父の顔は苦々しいものだったけれど、今の私にとってはありがたい。
これから、なんとかやっていける可能性が見えたのだから。


「よし」


荷物を詰め終え、家を出る。多分、もうここには帰ってこないと思う。
最後に家の方を向き、頭を下げる。


「ありがとう。さようなら」


別れはあっさりと。湿っぽいのは私には似合わない。
一歩を踏み出す。振り返りはしない。振り返ったら、きっと未練になってしまうから。

古い歌が唐突に思い出される。「ボクの背中には羽根がある」か。まさか本当にそうなるとはね。
そうね、始まりは少しくらい格好をつけた方がいいかしらね。

翼を出し、飛び立つ。羽根じゃなくて蝙蝠の翼だけれど、私にはこっちの方が似合っている。天使の羽なんて柄じゃない。
飛んで行く。遠く、高く。育った街がもう随分と小さく見える。

まずはどこに行こうかしら。当てはないけれど、未来はある。
行き先のない気ままな旅。とりあえず、風のままに飛んで行ってみましょう。




春。私は旅に出た。桜が舞う、よく晴れた日だった。















――あとがき――


お待たせいたしました。「主人公、旅に出る」の回でした。
準備期間は終わり、ここからやっと話が動き出します。


「持ち主に合わせて大きさを変える腕輪」というのは、自動で手首の大きさに合わせてくれる、という意味です。よって継ぎ目がありません。
自動修復機能は、ネギ君の杖は木なのに頑丈すぎるだろ、と思ったので。こういう機能はあってもおかしくないかなあ、と。

腕輪という形をしているので、簡単には腕から離れません。従って、指輪や杖に比べて「武装解除」で吹っ飛ばされにくいという利点があります。
ただ高性能な分、お値段もすごいことになっています。車が買えます。下手したら家も買えるかもしれません。


更新はやっぱり不定期です。それでは次回お会いしましょう。



[14653] 4話 動乱最中 前編
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:42
旅に出てからいつしか3年が過ぎ、私は10歳となっていた。


あれから世界中を巡り、色々なものを見てきた。

アメリカは様々なものが大きかった。食事まで大味だったのには閉口したものだけど。
自由の女神からグランドキャニオンまで見て回った。高いところから落ちても飛べるってのはいいものね。

カンボジアのアンコールワット。まるで城のような印象を受けた。宗教施設のはずだけど、作らせた者はそういった使い方も想定していたのかもしれない。
実際カンボジア内戦時には戦場になり、その時の弾痕や砲台跡が残っていた。周りには地雷まで埋まっているらしい。遺跡までの道のものは撤去したようだけど。
戦場だっただけあって、幽霊らしきものまで見えた。まさかと思ったけど、試しに翼を出してみたらはっきり見えた。
霊視もどきまで出来るみたい。多分、翼を出した方が私にとっては自然な状態なのでしょうね。生まれた時には出ていたのだし。

他にも、人外の体力任せに人跡未踏の秘境巡りまでやってみた。
もちろん意味もなくそんなことをしたわけではない。サバイバル知識の確認や訓練も兼ねていた。

雪山で吹雪に閉じ込められた時には死ぬかと思ったわ。空を飛んで下山するわけにもいかなかったし。凍るから。
助けてくれた雪男には感謝ね。お礼に知恵の輪を渡したら喜んでいた。なんでも山の上は暇なんだとか。
いい人?だったわ。またいつか会いたいわね。




私はまだ子供だから、一人で旅行するのにはいろいろと足りない。それでも世界を旅して回れている。
そのあたりはさすが魔法と言いたくなるところだったわね。戦闘用だけかと思っていたら、便利なのもあるじゃない。

年齢?この世界には年齢詐称薬という素敵アイテムがあるのよ。
普段は15歳前後の姿ね。日本人は若く見られるから、身分証明書があれば童顔で通せる。というか通している。

一般人相手にはそれでいいのだけど、裏の人間にはそうもいかない。魔眼持ちなんかだと一発でばれる。
まあ裏の仕事は年齢はあまり問題ではないけど。それどころか人間かどうかも問題ではない。数は少ないけど、私のような人外というのは思っていたよりもいた。
たまに化け物とわめくのもいたけど、そういうのは総じて二流三流だったわね。

そういう意味では「立派な魔法使い(マギステル・マギ)」とやらの方に三流が多かった。なにしろひどいのは、翼を見ただけで殺そうとしてきたから。
利用する前に排除することしか能がないみたい。あれは「セイギノミカタ」の自分に酔ってるわね。もちろん立派なのもいたけど、現実を見ているのは少なかった。
「悪人」のほうがまだマシね。判断基準が「使えるか使えないか」だから。

パスポート?裏の仕事をしていると、金額次第で作ってくれる人にも知り合えるのよ。これこそまさに魔法ね。
いざとなったら逃げるだけだし。まあそんな事態にはそうそうならないけど。持つべきものは腕のいい職人の友達ね。




上述の通り、費用は裏の仕事で稼いでいる。主に日本で受けているのだけど、たまに旅行先で受けることもある。
いろいろと、口には出せない、出したくないようなこともやってきた。

………この手で、人も殺した。後悔も罪悪感も嫌悪感もなかった。
ただ、使い慣れたはずのナイフが重かった。
きっと、あの重みは忘れてはならないのでしょうね。






で、現在中国に来ているわけだけど、どうしてこうなったのかしら。


「おい、準備はできたか!?」

「もうすぐ来るはずだ!!」

「てめえら、気合い入れろよ!!」


飛び交う中国語の怒号。戦闘準備をする非合法組織の面々。
私はそんな組織に雇われ、これから攻めてくるNGO団体、すなわち「立派な魔法使い」の方々と一戦やらかさないといけない。

おかしいわね、どこで選択肢を間違えたのかしら。














◇ ◇ ◇ ◇















「野生のパンダでも探しに行こうかしらねー」


中国。主なところは見て回り、今は山のふもとの町に滞在している。ここの山にはパンダが生息しており、運が良ければ見ることもできるらしい。
登山はかなり大変みたいだけど、砂漠で遭難しかけるよりは楽なはず。何よりパンダ以外の不思議生物に会えるかもしれない。
そうと決まれば善は急げ


「おい」


……日本語?さっきの独り言でも聞かれたのかしら。
声を掛けてきたのは特徴のない男。子供に「人間を描いてください」と言って鉛筆を渡せばこうなるだろう、と思わせるような風貌。
どうにも纏わりつく空気からして、まともな人間ではなさそうね。
考え事を邪魔されたのもあって、不機嫌な声になってしまう。警戒も混じっていたかもしれない。


「……何よ」

「貴様、裏の関係者だな?」


やっぱりそっち関係か。年齢詐称薬がばれたのかしら。


「だったらどうしたのかしら」

「単刀直入に言おう。我々に雇われる気はないか?」


いきなり?………どうにも胡散臭いわね。詐称薬がばれたのなら、私が子供だと分かっているはず。そうでなくとも、今の外見年齢は15歳くらいなのに。
子供でも構わない、つまりは使い捨てにする気か。もしくはよほど切羽詰まっているのか。


「仕事の内容にもよるわね」

「それなら問題ない。貴様のような化け物からすれば容易いことだ」


………気に食わない。けど、そんなことでいちいち腹を立てていては世の中は渡っていけない。
それに、さっきから後をつけてくる気配がある。気付けばそれなりの腕、気付かなければそのまま始末、とかじゃないでしょうね。


「道端でこんな話をするのもなんだし、あの店にでも入りましょうか?
 ああ、連れのお方にはご遠慮願うわ。私、ストーカーは嫌いなの」

「…………分かった」






店の料理は美味しかった。隠れた名店、といったところね。
こんな怪しげな男と一緒なのが悔やまれるわ。


「さて、本題に入りましょうか。仕事の内容は?」

「我々の組織の本部がこの町の外れにある。近く、そこに敵が攻めてくるという情報を掴んだ。よって戦力を集めている」


戦力?組織が貧弱なのか、敵がよほど精強なのか。
目の前の男は、見たところかなりできるわね。尾行していたのも気配の消し方は中々だった。
確かこの辺りにある組織といえば、かなり大きな非合法組織が一つだけ。
……そうすると、後者かしらね。


「敵の詳細は?」

「受けるのだな?」

「がっつく男は嫌われるわよ?」


お互い牽制を放ち合い、テーブルを挟んで睨みあう。空気が軋み、周囲の客は日本語は分からずとも雰囲気を感じ取ったのか、そそくさと帰っていく。
先に折れたのは男の方だった。


「……「四音階の組み鈴」というNGO組織だ。もっともそれは表向きで、実体は「立派な魔法使い」どもの巣窟だが」


苦虫をすり潰して一気飲みしたような顔をする男。何か嫌な思い出でもあるのかしらね。

「四音階の組み鈴」――聞いたことがある。確かかなり強力な組織だったはず。世界中の紛争地域を中心に活動している、という話だったわね。
なるほど、それならいくら戦力があっても足りないはず。例え身元不明の子供でも、実力があれば構わない、といったところかしら。
私に声をかけたのも偶然ではないわね。事前にいくらか調べていた、といったところでしょう。


「そんなのに狙われるなんて、何をやらかしたの?」

「詮索は無用だ。受けるのか、受けないのか。
 答えは二つに一つだ」


焦れたのか、剣呑な空気を放ちながら声を荒げる男。どうも気が短いわね。交渉事には向いてなさそう。

ここで断った場合、最悪口封じとして消されるかもしれない。確かこの組織は、この一帯に根を張っていたはず。
そんな組織が狙われていると知られたら、敵はNGOだけじゃすまないでしょうね。
普段なら私なんかには構ったりはしないはずだったけど、間が悪かったみたい。

それに、厨房から妙な気配も感じる。わざと分かるようにやっているわね。あからさま過ぎるわ。
おそらく本命は近くの席でチャーハンを食べている男。うまく周囲に溶け込んでいるけど、「こちら側」の人間の目をしている。
吸血鬼の勘にも引っかかるし、高確率で黒。いつからいるのかも分からない。今の私では勝てない、わね。

……この店は失敗だったかしら。ここに入った時点で、選択肢はなかったということね。
根を張っている、というのは伊達ではないみたいね。
今回は負けね。次に生かしましょう。そして、次を掴むためにも


「受けるわ。報酬は?」

「俺についてこい。本部で決める」


逃亡防止かしら。そんなことをしなくても、曲がりなりにもプロである以上、契約は遵守するというのに。
でもここで逆らっても利は薄そうね。もし騒ぎになった場合、警察に捕まるのは偽造パスポートを持っている私の方。
何より現時点でこの組織とのいざこざは、まずい。闘争を控えて過敏になっているはずだから、子供の一人くらいは簡単に始末するでしょうね。


「分かったわ。じゃあここの支払いはお願いね」

「……自分の食った分は払え」

「あら、レディーに払わせるつもり?そんなのじゃ、いい男とは言えないわね」

「……ちっ」


こうして私は、男について行くことになった。

はあ、パンダ探しが熊退治になるとは。……そういえばパンダは中国語で大熊猫だったわね。
まあ旅費が少々怪しいのも事実。死なない程度に頑張るとしましょうか。















◇ ◇ ◇ ◇















報酬は意外と多かった。それは危険度も表しているのだけど。
攻めてくるのは3日後だと予想される、と聞いた。この情報を掴めたのはさすがというところ。
それまでに宿を引き払い、荷物をまとめておく。といっても重要なのは常に影の中だからあまり問題はない。

影の倉庫は便利だけど、欠点もある。適性がないと習得できないし、何より使っているときにはその場から動けない。
よって戦闘に使うのは無理だし、大きさにもよるけど出し入れに1分以上かかることもある。
練習次第で時間は短縮できるようだし、頑張りましょう。


それも今回のことを乗り越えてからだけど。
……はあ。




「おい、何暗い顔してるか」

「……ん?ああ、李」


李建国(リー・ジエングオ)。この組織に小さい頃に拾われたらしい。一人っ子政策のあおりかしらね。
私よりも少し年上で、初めて会った時から何かにつけて構ってくる。将来日本に行きたいとか。
日本語はあの男に習ったらしい。多少たどたどしいけど、日常会話は可能。


「暗くもなるわよ。相手が相手だし、別に戦争が好きなわけじゃないしね」

「おまえプロと聞いた。プロ、戦い好きなんじゃないのか?」


なんか勘違いしてるっぽい。とりあえず訂正しておく。


「あのね、プロといっても戦うのが好きだとは限らないの。
 そりゃ嫌いとは言えないけど、戦いさえあればそれでいい、なんてのは少ないわ」

「そうなのか。おれ、戦い好きだぞ」

「そんな年から戦闘狂?早死にするわよ」

「せんとうきょう?きょう……そうだ東京、話聞きたい!」


人の話を聞け。
この子供は、私が日本人だと知った時から日本の話を聞きたがる。
でもまあ多少気も晴れたし、いいかしらね。


「はあ、分かったわよ。今日は赤穂浪士でいいかしら?」

「うん!吉良、討つべし!」


一時の平穏。しかし、戦いはもうすぐそこまで迫っている。それを知ってなお、余裕を持って今を生きる。
この子もきっと、戦いが近いのを肌で感じている。無理にはしゃいでいるのが声に出ている。ましてや初陣らしいし。
だから私は話をする。緊張を少しでもほぐすため。

ただ、チョイスがいつも渋いのはどういうことかしら。どんな教育をしたのか気になるところね。
「徳川家康、忍耐の天下取り」を喜ぶ子供ってなんなのよ。話した私も私だけど。















――あとがき――


旅の一幕です。交渉は相手の方が一枚上手でしたね。個人が組織に勝つのは難しい、とも言えます。
次回はあの人が登場します。まあ予想はつくでしょうが。

千歳は「立派な魔法使い」に対して多少批判的なように見えますが、ダンピールという立場からすればこんな感じではないかと。
麻帆良の方々は人外かどうかはあまり頓着しないようですが、皆が皆そうではないでしょうから。

プロットを叩き潰して砕いて練って焼き直していました。といってもだいぶ後の展開ですが。
使おうとしていた話が没になったり、新しく考えなければならなくなりましたが、頑張ります。

1話10KBを目指して。ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 5話 動乱最中 後編
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:43
この世界の魔法の大部分は、魔力を術式に通すことで精霊を従わせ、任意の現象を導き出す、というもの。
ここで重要なのは術式。これは精霊への命令書のようなもので、細かく指定したり、分かりやすい表現にしたりすることで魔法の効率化を図れる。


ちなみに私のように「呪文詠唱ができない体質」の者たちは、術式を構成して魔力を通すことまではできる。できるけれど、精霊が従わないために魔力は霧散してしまう。
「精霊に嫌われる」なんて表現をしているけれど、その原因までは分かっていないらしい。

どんな初心者でも、術式に魔力を通すことに成功すれば、魔法が発動せずとも精霊が何らかの動きを見せる。
例えば「火よ灯れ」なら、火が出ずとも周囲の温度がわずかに上昇したり、明るくなったり。

私の場合には「影」しか使えなかったけれど、その分違いは顕著だった。
様々な種類の「魔法の射手」を試したとき、雑ながら術式を構成して魔力を通している実感はあったのに、一切の反応がなかった。
それが「影」を試した途端、周囲の影がざわめいた。どうやら一種類しか使えない代わりに、相性が非常にいいみたい。


閑話休題。
魔法において、精霊を使役するという形式はあくまで一般的な例で、例外もある。

一部の魔法は、精霊を用いず術式のみで現象を引き起こす。命令書そのものが力を持つ、と言ってもいいわね。
そういった魔法は「身体強化」や「魔法障壁」などの、基本的に補助系統でなおかつ、自らの肉体のみに影響を及ぼすようなものが多い。
ただし小規模なものがほとんどだし、研究する者も皆無に等しい。「呪文詠唱ができない体質」は非常に少ないようだから。
魔法障壁にしたって、強力なものはやはり精霊を従わせなければならない。「風楯」「氷楯」なんかがそう。

とはいえメリットがないわけではない。魔法発動までの段階が少ないため、魔力のロスが比較的小さく済む。
ゆえに魔力量の少ない者は、「魔法剣士」を選ぶことが多い、らしい。


まあこのことは主に「魔法剣士のすゝめ」に載っていたのだけど。
つまり何が言いたいのかというと


『戦いの歌』


私にも魔法での身体強化は可能だということ。


気の運用はうまくいかないため早々に諦め、この3年は魔法に集中していた。
相性は悪くないらしく、「影」以外の精霊を用いない魔法もいくつか使えるようになった。
様々なところから魔道書を手に入れたりもしているため、知識も増え操影術も上達した。直接関係はなくとも、参考にはなる。

咸卦法の練習もしている。してはいるけど、やっぱり難しい。
気と魔力を同時に出すことまではできた。けどそこから先に進まない。
合成しようとすると、どうしても反発しあう。コツが「自分を無にする」って何よ。






って、こんなことを考えてる場合じゃないわね。
今は集中しないと。


「いいか!!奴らはこっちに奇襲をかけようと森の中を進んでくるはずだ!!地形上、そうならざるを得んからな!!そこを逆に奇襲する!!
 行くぞ!!」

「応!!」


檄が飛ばされる。中国語は理解できなくても雰囲気は分かる。今から攻めるってことみたいね。
すでに身体強化はしてある。戦闘時でも1時間は持つようになった。ここまで錬度を高めた経緯を述べると、小説が書けそうなので省略。

森の中に罠はあえて仕掛けてないらしい。それをやると森ごと焼き払われる可能性があるからだとか。
詳しくは聞けなかったけど、そうなると困るらしい。環境破壊を気にする非合法組織?まさかね。


「おい、これから討ち入りでござる。そなた、大丈夫ですますか」

「……それはこっちのセリフ。緊張しすぎよ、李」


日本語がえらいことになってるわね。


「それがしは大丈夫であります。浣腸してないぞよ。ボラ○ノール無いアル」

「なんでそんなものを知ってるのよ。ほら落ち着いて。ひっひっふー、ひっひっふー」

「ひっひっふー、ひっひっふー」


あれ?これってなんか違うような。まあいいか、落ち着いたみたいだし。


「……落ち着いた。ありがとう」

「どういたしまして。ほら、そんなことより置いて行かれてるわよ」

「あ」


慌てて追いかける李。
はあ、気が抜けたわ。まあ契約は契約だし、生きるために頑張りましょう。















◇ ◇ ◇ ◇















「いいか、最初に俺がでかいのを撃つ。その後一斉攻撃だ」


杖を取り出し呪文を唱え始める男。中国なのに西洋魔術?なんかイメージが違うわね。


『ウィリス・カーリス リリス・アイアス

 来たれ地の精 花の精 
 夢誘う花纏いて 蒼空の下 
 駆け抜けよ 一陣の嵐 

 春の嵐!』


紡がれるは広域催眠呪文。杖で空中に浮かび、発動したまま横に薙ぎ払う。
確かに木を傷つけずに攻撃できるけど、この魔力と技量ならもっと効率のいい魔法もあったでしょうに。
というか春の精って。あの顔には壊滅的に似合っていない。

森の中から人が倒れる音がする。混乱しているのか、怒号が飛び交っている。


「突撃!!」


合図とともに、私たちは森に突っ込んだ。






ナイフは剣や槍などに比べて攻撃力が低い。よって戦い方は大きく2つに分けられる。
1つは出血による消耗を狙う戦い方。浅く何度も斬りつけることによって体力を削り、チャンスをうかがう。
もう1つは急所狙い。首や心臓といった、ナイフでも致命傷を狙える部分を狙い、一撃必殺を期する。

どちらにせよ、必要とされるものがある。
それは、速度。




木々の間を跳ね回る。翼は森の中では邪魔になるのでしまったまま。乱戦の中、一人離れていた敵を見つける。
速さに任せて後ろから一気に近付き、肺のあたりを突き刺す。肉を貫く感触が手に伝わってくる。ナイフが抜けなくなる前に素早く突き飛ばす。


「げほっ!!」


口から血を吐きだし、かろうじてといった様子でこちらを振り向く。
問答無用で蹴り飛ばし、仰向けになって止まったところを胸を踏み抜き、動けないようにアキレス腱も斬っておく。
なるべく重傷になるように。しかし致命傷にはならないように。ほっとけば死ぬでしょうけど。

腹ではまだ動ける者もいる。肺なら魔法的処置が早ければ助かるし、大抵は血が喉に逆流するので詠唱はできなくなる。
殺さないのは、敵に負担を強いるため。

例えば地雷。通常、人を殺せるだけの火薬量はない。せいぜい手足が吹き飛ぶくらい。
身体の一部を欠損させることで、敵国に心理的恫喝と、治療に割かれる人的・資源的負担を同時にかける。

それと同じ。効率的な戦闘を。私はだいぶ強くなったとはいえ、そうしなければ死ぬ確率が上がる。
今回は防衛戦。敵を撤退に追い込めれば目標は達成できる。




そこかしこで治癒術師と思われる者が、「春の嵐」で昏倒した者に回復呪文をかけている。
けど、それは困るのよね。

戦場から少し離れたところで治療をしている女性の後ろから忍び寄り、口を塞いで喉笛を切り裂く。
治癒術師は確実に仕留める。残しておくと厄介だから。気配を消すことは随分とうまくなった。

くぐもった声を出して彼女は崩れ落ちる。けど敵もさるもの、絶命間際に自爆した。爆発物を持っていたらしい。轟音とともに血煙が舞い、硝煙が香る。
なんとか効果範囲からは逃げだせたけど、若干ダメージを受けた。おまけに


「逃がすな!!」

「マリーの仇だ!!」


色とりどりの魔法が追ってくる。一発一発が必殺の威力を持っていることがうかがい知れる。射線上にある木が見事になぎ倒されているから。
あんなのに当たったらただでは済まない。流れ弾や魔法が飛び交う混戦の中、必死に逃げる。
影の槍を適当に打ち込んではいるけど、まったく当たっている感触がない。牽制とはいえ、一発くらい当たってもいいでしょうに。


「ぎゃっ!!」


悲鳴に後ろを振り向くと、追ってきた敵の一人が吹っ飛んでいた。
木に叩きつけられ、打ち所が悪かったのかそのまま動かなくなる。


「キサマァ!!」


無詠唱で魔法の射手を撃ちこむ男。だが感情に流され冷静さを欠いた魔法は簡単にかわされ、反撃の拳を叩き込まれる。


「ぐぎょぁっ!」


これまた景気良く吹っ飛ばされ、蛙が轢かれたような声を最後に沈黙した。


「李!」

「無事か?」

「ええ、ありがと」


李が奇襲をかけて助けてくれたみたい。
力強い気を纏っている。私とは気の錬度が雲泥の差。


「動かないで」

「え?」


影槍を撃ち出す。木の陰で杖を構え李を狙っていた敵に命中し、短い悲鳴とともにピン刺しの昆虫標本が一つ出来上がった。
攻撃に集中するあまり、障壁への注意がおろそかになってたみたいね。

私が影槍を同時に出せるのはだいたい10本まで。ある程度誘導性もつけないと当たらないので、実際は7~8本がせいぜい。
翼を出せば魔法の精度も上がるからその限りではないけど。刺突だけではなく斬撃にも使え、基礎中の基礎とはいえなかなか使い勝手がいい。
ちなみに「魔法の射手・影の矢」を使う影使いはいない。魔法の射手は代表的な無詠唱呪文だけど、影使いは無詠唱が基本だから。


「油断大敵、ね」

「たいやき?」


違うけど訂正している暇はない。というか日本に詳しすぎじゃない?


「………ほら、もう少しよ。頑張りましょう」

「よし、頑張る!でもこれだけ言っておく」


不意に真剣な顔になる李。こんな時に何かしら?


「おれはたいやきよりたこ焼きの方が好き」

「とっとと行くわよこのボケナス」


初実戦と天然が相まって変なテンションになってるわね。
………大丈夫かしら。















◇ ◇ ◇ ◇















空を見上げる。杖に乗った者同士が魔法を撃ちあっている。
私は今は飛ばない。遠距離攻撃の手段がないし、虚空瞬動もまだ使えないから。

どうにも旗色が悪い。奇襲で先手を取ったのはいいけど、紛争地域を回ってきたというのは伊達ではないみたい。
時間とともに向こうの統制がとれてきた。対するこちらは指揮系統がかなり乱れ、押されている。私のような臨時戦力が多い弊害ね。

そして私もまた、追い込まれている。


「そっちに行ったぞマナ!」

「了解だコウキ!」


二丁拳銃のアーティファクトを持つ褐色の少女と、そのパートナーの魔法使い。抜群のコンビネーションで攻めてくる。
少女が銃で魔法の射手を放ち足止め、その間にパートナーが背後で大技を決めるというスタイル。オーソドックスだけどそれゆえに効果的。
すでに少なくないダメージを受けてしまっている。


「くっ!」


どうやら散弾・集束など様々な種類を撃ち分けられるアーティファクトみたい。
少女の魔法の射手をなんとか避ける。だが無理な避け方をしたせいで動きが止まってしまう。
そこを逃すような相手ではない。詠唱していた魔法を放ってくる。


『雷の暴風!!』

『影布二重対魔障壁!』


戦闘において重要なのは防御手段。だから障壁は重点的に訓練し、二重までなら出せるようになった。応用だけあって結構難しいし、魔力消費も多めだけど。
けどこの威力では破られる。ゆえに正面から受け止めず、斜めに軌道を反らす。
それでもかわしきれず、威力は落ちたものの左腕に直撃を受けた。腕が痺れ、使い物にならない。


まずい、わね。


私は速度ならかなりのものという自負があるけど、足を止められると弱い。それに操影術はまだ未熟だから接近戦がメインになる。
そして大抵一人で戦う。ゆえに二人一組が基本の魔法使いたち相手では、単純に数の差で不利になる。
それでも何とかしてきたけど、この相手は、強い。

私の弱みをうまくついてくる。魔法の射手で動きを制限し、近づかせない。そこで大技を決める。
もうそろそろ残り魔力も怪しいし、致命傷は無いとはいえ体中ぼろぼろ。このままでは遠からず倒れる、でしょうね。




少女が散弾を撃ってくる。動きが鈍った体では避けきれず、何発か足に受けてしまう。
常時展開の障壁を抜くほどではなかったけど、再び動きが遅くなる。


「がっ!!」


障壁を抜かれた!?集束に特化した魔法の射手!!威力と引き換えに誘導性はゼロに等しいはず。
木に隠れながら動いてるのに当ててくるなんて!


『――三十の棘持つ 霊しき槍を』


あの詠唱は!


『雷の投擲!!』


貫通力に優れた雷の槍!さっきの影布と、私の動きが鈍っているのを見て切り替えてきたわね。
私程度の影布では意味がない。木ぐらいの障害物では貫通する。防御は間に合わない!
それでも動かない体に鞭打ち、なんとか致命傷は避けるべく地に伏せようとする。


「え?」


突然私の目の前に人影が飛び出てきた。影は槍をその身に受け、勢いのまま木に縫い止められる。
割り込んだことで軌道がわずかにずれ、私には当たらなかった。
――まさか。顔を覗き込む。


「李!?」

「よ、かった。無事、で」

「喋らないで!!」


まずい。槍が胸を貫いている。雷撃系統の呪文だけあって、微弱な電気で動く心臓へは致命傷になる。
敵は意表を突かれたのか動きが止まっている。


「伝え、たいことが」

「黙ってて!!」


槍を抜こうとするが、左手に力が入らない。がくりと膝から力が抜けた。
体力の限界!?こんな時に!

魔力が持たなくなったのか槍が消え、李が私の前に崩れ落ちる。
膝をつく私の前に仰向けに倒れる格好になった。


「お、れは、君に会え、げほっ!!」

「李!!」


抱きかかえる。最期の言葉なら、受け止めるのが礼儀。
それが私を守ろうとした結果ならなおさら。

奥歯をぎしりと噛みしめ、李の言葉を待つ。
死の淵で李は笑顔を見せた。透明な、何の澱みもない、綺麗な笑顔を。


「君に、会え、て、よかった」


そのままふっと力が抜ける。目が閉じられる。
涙は、流さない。これは私が受け止めるべきもの。背負い続けるべきもの。忘れては、ならないもの。




……とはいえ、私の状況も最悪と言って構わない。魔力はほぼ枯渇、体力は消耗し、体中傷だらけで左腕は動かない。
ぶつりと私の中で何かが切れる音がした。李に折り重なるように倒れる。もう限界が来ているのが分かる。

唐突に、目の前が真っ赤に染まる。まさかこれは―――――!?


「君はよく頑張った。でもここは戦場。……お別れだ」

「コウキ」

「……子供とはいえ、彼女は敵で、ここは戦場だ。戦場、なんだ」


敵が何かを言っている。聞こえない。
杖を突きつけ何かを言っている。聞こえない。
私のすべきことは何なのか、どうすればいいのか、血が教えてくれる。私に流れる「人ならざるもの」の血が。

……恐怖がないといえば、嘘になる。
何も変わらないのかもしれない。血に狂った怪物になるかもしれない。

けど、私はまだ契約を果たしていない。「神田千歳」の始まりの契約を果たしていない。
私は、生きなければならない!




目の前にある首筋に噛みつく。血の味が、口中に広がる。

『今日からお前は、李建国だ』
『違う、そうじゃない!そんなんじゃ気は使えないぞ!』
『初めまして、神田千歳よ』
『おれは――――』


流れ込んでくる。李建国を形作っていたものが、私に流れてくる。
今こそ私は理解した。頭ではなく魂で。
血液とは魂の通貨、意志の銀板。血を吸うこととは、こういうこと。
――そして、なぜ李が体を張って私を助けたのかも。


「なっ!?吸血鬼か!!」

「コウキ、下がって!!」


力が体に満ちる。魔力が体に満ちる。動かなかった左腕が動く。体中の傷が巻き戻るように回復していく。
少女が魔法の射手を撃ってくる。だけど今の私にそんなものは効かない。


『影布対魔障壁』


障壁に阻まれ、魔法はあっけなく霧散する。
間髪いれずに左手に影槍を構築、影布を貫くように撃ち出した。


「マナ、危ない!!」


地面に何かが倒れる音がした。どうやら男が少女を突き飛ばしたらしい。
影布が溶け落ちるように消えた後、目の前には、額から血を流す男と、こちらを睨みつけ銃を構える少女がいた。
どうやら、向こうが見えなかったせいで狙いが甘くなったみたいね。




……少しだけ頭が冷える。傷と魔力が回復したとはいえ、体力が戻ったわけではない。
すなわち今の私は気力で動いているに等しい。これ以上の戦闘は難しいところ。

それはあちらも同じらしい。男は軽傷だけど、右目が血で塞がっている。さっきは気付かなかったけど、身に纏う魔力も随分と弱々しい。
少女も男の魔力切れが近い以上、アーティファクトを迂闊には使えないはず。おそらく「魔法の射手」を撃つ魔力は男のものだから。


期せずして膠着状態になる。睨み合う私と2人。
その状態を破ったのは、辺り一帯に響き渡る轟音だった。


「なんだ!?」


音の方向は本部から。……どうやら陥落したようね。
その推測を裏付けるように、真っ黒い煙が立ち昇る。

となると、もうここにいる理由もない!


『十の影槍!!』


ただ発動までの速度を短縮した影の槍。それを彼らの目に向かって撃ち放つ。
誘導性もなく構成も甘いけど、元々当たることは期待していない。


「危ない!!」


アーティファクトで撃ち落とす少女。けどその隙があれば十分!
瞬動で空中へと跳び上がる。いつの間にか出ていた翼を使って即座に離脱する。

散発的に魔法が追ってくるけど、高速で飛ぶ私には当たらない。
空を飛んでいた者は少なかったみたいで、ほどなく追撃はやんだ。あるいは戦略目標を達成したことに満足したのか。
けどそんなこと、私にとってはどうでもいい。




私は彼を忘れない。李建国を忘れない。私を助けてくれたあの少年を忘れない。
彼の欠片はここにある。私が生き続ける限り、彼は私と共にある。

今はただ飛んでいく。生きるために。契約を、果たすために。















◇ ◇ ◇ ◇















後日、「四音階の組み鈴」について調べた。2人はあの中でも1、2を争う腕利きだったらしい。
雷系呪文が得意なコウキ・タツミヤ。そしてその従者の銃使い、マナ・アルカナ。

―――この借りは返すわ。いつか、必ず。















――あとがき――


戦闘シーンは難しいです。説明まで入れたら長くなってしまいました。
あと、千歳はラテン語を若干理解できます。魔法習得には必須なので。


魔法・術式・精霊の関係についてはオリ設定です。原作と矛盾するかもしれませんが、このSSではこのまま通します。
タカミチが障壁を使っていたような描写があったので、常時展開型の障壁は使用可能としました。
彼は気も使えるのでそっちかもしれませんが。魔法発動体らしき指輪をしていたので、何らかの魔法は使えるのではないかと。


「四音階の組み鈴」についてもオリ設定です。
原作ではもう出ないでしょうから、勝手に作ってしまいました。


ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 6話 千と月と 前編
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:44
「折角可愛いのに、いつもそんな格好じゃもったいないわね………」

「ほえ~?」


目の前でおっとりぽわぽわしているのは、ひょんなことでできた同居人。彼女が来てからあまり旅はしていない。
2人とも裏の仕事をしているけど、基本的に別々に受けている。お互い団体行動とか向いてないしね。

この子はいつも飾り気のない服装をしている。ほんと、もったいない。可愛いのに。


「といっても、私もあまりそういうことに詳しいわけじゃないのよね」

「何のお話ですかー?」

「そこで!このホームページの出番というわけよ!」

「はあ」


何か言ってるみたいだけど、とりあえず聞かなかったことにする。
だいたい話を聞かないのはあっちも同じだし。特に悪い癖が出た時は。


「『ちうのホームページ』?これ、なんですか~?」

「ついこの間始まった、ネットアイドルのコスプレサイトよ。日記の内容がなかなか面白いわ」


ぐんぐんとヒット数を伸ばしている。ランキング上位に食い込むのも遠いことではないでしょうね。
固定ファンもつき始めたみたいだし、日記も毒舌ではあるけど、知性をうかがわせる内容。
この「ちう」なる人物、おそらく「どうすれば受けるか」計算ずくで振る舞っている。相当頭がいいはず。
でも今必要なのは知性ではないのよ。


「このコスプレを参考に、着せ替え人ぎょ、もとい可愛い服を選ぶのよ」

「いいんじゃないでしょうかー」


あまり興味のなさそうな顔ね。まあ、「血と戦いがあれば十分」と公言するような戦闘狂だしね。
でも、それだけでは少しばかり寂しいんじゃないか、と私は思うのよ。折角の人生、楽しまないと。
主に私が。


「何言ってるの、あなたが着るのよ」

「はいー?」

「私が着ても似合わないでしょ」


鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。そんなに意外だったかしら。
私が言いだしそうなことは予想がつくと思っていたのだけど。


「いやウチは「行くわよ!!」あ~れ~」


襟首をむんずと引っ掴んで強引に連れ出す。
こうでもしないと一日中愛刀をいじってそうだし。















◇ ◇ ◇ ◇















「う、ふふふふふ。これよ、これなのよ」

「千歳はん、目がこわいどす………」


とりあえず近場の店に入り、片っぱしから服を着せまくった。
もはや着せ替え人形状態。やっぱりどんな服も似合うわね。






『チャイナドレス!』

『ほえー』


ぐっ、スリットから覗く足が眩しいわ。


『メイド!』

『はえー』


いいわね。すごくいい。「ご主人様」って言ってくれないかしら。


『スク水ニーソ!』

『ぽえー』


破壊力がすごい。私、もう死んでもいいかも。






「次はこれよ!」


渡したのはフリルのついた白い服。いわゆるロリータファッションと呼ばれるもの。
む、なんだかこれまでと反応が違うわね。


「これ、いいですなー」


なんだかんだ言ってノリノリじゃない。


「似合ってるわねー。今日着せた服の中で一番いいんじゃない?」

「千歳はん、顔、顔が近いどす~」


興奮しすぎたかしら。私としたことが。
でもこれなら普段着にもできそうね。


「店員さん、この種類の服、あるだけ持ってきて!」

「よろしいのですか?」

「この子が気に入った分だけ買うわ!」

「は、はい」


若干気押されたのか、ぱたぱたと慌ただしく取りに行く。


「ウチ、今はお金ないどすえー?」

「そのくらい買ってあげるわよ」

「ええんですかー?」

「無理に連れ出したのは私だしね。まあ気に入ってくれたならそれでいいわ」

「ありがとうございますー」




ふと言葉が途切れる。場に沈黙の帳が下りる。


「……千歳はんには、お世話になってばかりですなー」


ぽつりとこぼす。こんな顔は珍しいわね。


「そんなこと気にしないでいいのよ。私がやりたくてやってることなんだから」

「でも」

「くどい」


ひょいと抱きかかえ、頭を撫でる。うん、いつもながらいい感触ね。
おとなしく、されるがままに撫でられている。


「子供が無駄に気を回す必要はないのよ。おねーさんに任せておきなさい」

「むー、同じ年やないですかー」


調子が戻ったのか、いつもの調子でふくれっ面をつくる。
うん、やっぱりそういう顔の方が似合ってるわね。


「誕生日は私が先よ?」

「そーゆー問題ではありまへんえ~」


ふくれっ面のまま上目遣いでこっちを見上げてくる。
何この可愛い生物。こ、これが「萌え」だというの?
前世の友よごめんなさい。私は萌えを侮っていたわ。




けれども不意に、真剣な口調で話し出す。


「千歳はん」

「ん?」


眼鏡越しの目が私を見る。黒い瞳が、私の紅い瞳を覗き込んでいる。
こんな態度は本当に珍しい。明日は槍でも降るのかしら。


「ウチは確かに血と戦いに狂った戦闘狂どすが、恩知らずではありまへんえ」


…………正直意外だった。戦いのことしか頭にないと思っていたから。
私と一緒にいるのも、他に行くところがないからだろうと。


「その「正直意外だった」という顔はなんですか~?」

「え、いや、これはね」


そんなに顔に出てたかしら。……出てたみたいね。不覚。
くすりと笑って話を続ける。


「嬉しかったんどすえ?これまでに会ったんは、ウチを殺そうとするのばっかりでしたから」


それはそれでとっても楽しかったんですけどー、と続ける。
私は言葉を発することができない。


「でも、ウチをそのまま受け入れてくれたお人は、千歳はんが初めてどした」


だから、ありがとう。
いつもの狂気に塗れた笑みではなく、向日葵のような笑顔だった。


「私は――」

「お待たせしました!」


絶妙のタイミングで店員が戻ってきた。腕に服をいっぱいに抱えている。
私の言おうとした言葉はこぼれて、初夏の空気に溶けて消えた。


「ウチ、これがいいです~」

「試着されますか?」

「はい~」


もう服しか見えてない。よっぽど気に入ったみたい。

助けた者に裏切られる。恩を仇で返される。そんなことになっても、別におかしくはないと思っていた。
助けるというのは善意の押しつけ、余計なお世話になる場合もあるから。
見返りが欲しかったわけじゃない。利用しようとしていたわけでもない。
ただ――――――――


「―――ほら、こっちのもいいんじゃない?」

「そうですな~」


今日はいい日ね。ほんとうに。
――――――――ほんとう、に。















◇ ◇ ◇ ◇
















「にとーれんげき ざーんがーんけーん」


繰り出されるは神鳴流。本来は力と技術で押し切る技を、速さを以って切り刻む技に変えたもの。
あいも変わらずの喋り方だけど、その腕前は間違いなく一流。一瞬たりとも気を抜けない。


『影よ 集え!』


左手に影槍を集束させる。剣の形に固まった影は、気を纏った刀の連撃を、右手のナイフと共に受け止める。
鍔迫り合いになだれ込む。半分とはいえ吸血鬼の膂力を、少女はいとも容易く受けきった。


「そのナリで、どういう力してるのよ!」

「けっこー無理してますえー」


まったくもってそう見えない。戦っているときはいつも笑ってるせいね。これも一種のポーカーフェイス?
今度は、こっちから!


「はっ!」

「きゃー」


力任せに突き飛ばす。やっぱり気の抜ける悲鳴を上げて距離が空く。


『影よ 捕らえよ!』


影はいくつもの概念を内包する。そのうちの一つ「捕縛」。「影縫い」などに通じる概念。
蠢く影は、その命令を果たすべく殺到する。


「にとーれんげき ざーんてーつせーん」


螺旋状の気の斬撃にあっけなく切り裂かれた。
けどそれは予想済み。すでに準備は終えている。


『反転 影布対物障壁!!』


私のオリジナル。構成にある程度時間がかかるけど、効果は大きい。
本来攻撃を防ぐための障壁を反転させ、敵を包み込み無力化する。布状だからできる荒業。
斬撃、刺突など、物理攻撃に対しては相当の強さを誇る。対魔障壁も同時展開できるようにするのがとりあえずの課題。


「ざんまけーん」


そのはずなんだけど、何度か見せている技だっただけに、弱点をあっさり付かれて霧散する。
本当は、多少切り裂かれても即座に修復できるんだけど、あれは無理ね。

神鳴流は「魔」を祓う技。例え技に改変が加えられていてもそれは変わらない。
「魔」法である以上、魔を祓うための技、斬魔剣で斬ることができる。

まあ魔法を何でも斬れるというわけじゃないけど。例えば「白き雷」とかなら、斬る前に感電するでしょうしね。
ただ、無理のある術式のせいで弱体化した影布程度では、さすがに厳しかったみたい。


「こっちよ!」


私は影布を目くらましに、すでに翼で上空に飛んでいた。
一応声はかけておく。実戦なら不意打ちする場面だけど。


『百の影槍!!』


今の私が出せる最大数。私の技量はまだ低いので、誘導性も障壁突破もつけられない。
けどこの数なら多少狙いが甘くても問題はない。質より量を体現した魔法は


「ひゃくれつおーかざーん 乱」


これまたあっさりと砕かれた。二刀の手数を持って、自らの周囲のみならず上空にも斬撃の結界を生み出す、彼女独自の技。
まだまだ影槍の構成が甘い。分かっていたことだけど、改めて自分の未熟さを実感するわね。

それ以上に、やっぱり、強い。
こうなれば、もはや小細工は不要!


『影よ 纏え』


影を体に纏わせる。肌が黒く染まっていく。身体能力の底上げを為す。
魔力消費がかなり大きいため、短期決戦用。ましてや今使えば、魔力は切れて後はない。

けど今は、これしか通用しそうなのがない。幸いにも追撃せずに待ってくれている。
斬空閃とかの遠距離攻撃より、斬り合いたいという理由からでしょうけど。


『影よ 集え』


再び左手に影槍を集束。鉄すらも斬り裂ける影の剣。
これでも通用するかは五分五分といったところ。


「最後の勝負!行くわよ!!」

「あははは!楽しいどすなあ!!」


虚空を蹴って一気に距離を詰める。少女はそれを迎え撃つ。
ぶつかり合う。黒と白とが交錯する。そして――――。






「引き分け、ですなー」「私の、負けね」


あの瞬間。私の影槍は砕け散り、それと引き換えに彼女の右手の刀を吹き飛ばした。
残ったのは私の右手のナイフと、彼女の左手の小太刀だけ。

そこからは半ば反射のように体が動き、すさまじい速さの剣戟が繰り広げられた。
気付けばナイフは心臓の上で止まっており、小太刀は私の首筋にそえられていた。

私の魔力はほとんど空っぽ。対する彼女はまだ余力がある。
ゆえに私の負けだと判断したのだけど。


「そっちの勝ちでしょう。私はもう魔法を発動できるほど魔力が残ってないわ。身体強化も切れちゃったし。」


以前、戦闘時でも身体強化が1時間持っていたのは、接近戦中心であまり魔法を使わなかったから。
操影術の技量が上がったのはいいけど、魔力消費が大きくなったのは問題ね。効率化を図る必要があるわ。


「あれが実戦なら、相討ちで終わりどすえー。だから引き分けです~。
 それに、千歳はんも気を使えるやないですかー」

「使えるってだけよ。実戦レベルには程遠いわ。もし気を使って戦闘を続けたとしても、結果は目に見えてるわよ。
 それに、魔力切れの状態で気を使うのは私には無理。動けなくなっちゃうわ」

「はー、そーなんですか~?」

「そーなのよ」


魔法は精神力、気は体力。ただ純粋に魔力切れの状態に陥ったならば、そこから気を纏って戦闘をすることは不可能ではない。
ただし非常に疲れるし、効率も悪いからやる人はいないけど。

けど私は違う。動き回ることを前提にした戦いだから、魔力切れの時は大抵体力も底をついている。そこから体力を消費する気で戦うのは無理。
もしやろうとすれば、あっという間に電池切れで倒れるでしょうね。
そういえば、体力が尽きるまで魔力は持っている。「戦いの歌」は使い慣れているとはいえ、魔力量が大きいというのは本当だったみたい。

そのあたりを一応簡単に説明する。どうでもよさそうに聞いている。
まあそうよね。性格上、興味ないでしょうしね。


「まあ、今日はこれくらいにして帰りましょう」

「そーどすなー」


引き揚げることにする。今日の模擬戦はこれでおしまい。
満足したみたいだし、続きはまた明日にしましょう。















――あとがき――


ごめんなさい。のっけから謝罪です。2人目の原作キャラ登場ですが、性格が少し変わっています。
このSSの仕様ということで大目に見て頂ければ幸いです。あの性格がいいというファンの方々、申し訳ありません。

といっても基本的な部分は変わっていません。
早い段階で千歳に出会った影響で、少しだけ丸くなったとお考えください。

名前はわざと出しませんでしたが、もちろんあの人です。次話で誰かは判明します。
あと、京都弁に変なところがあったらご指摘お願いします。


千歳は美少女が絡むと、たまにキャラが崩れます。
特に彼女はど真ん中ストライクです。暴走、爆走、大爆発です。


原作キャラは、これからは原作開始までほぼ出ない予定です。ちょい役くらいには出るかもしれませんが。
ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 7話 千と月と 後編
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:44
――side ???――


「はっ、はっ、はっ」


少女は走っていた。しつこい追っ手から逃れるために。
しかし傷からの出血は激しく、普段は後れをとるはずもない相手に苦戦を強いられていた。


「こっちだ!」

「いたぞ!」


追っ手の男たちの声が聞こえる。どうやら自分を見つけたらしい。


「(これはマズイですなー。ウチ、ここで死ぬんやろかー)」


死にたくはない、けれど仕方がない、という相反する気持ち。
これまで自分の好きに生きてきた。なら、この結果は仕方ないのかもしれない。それでも


「(死にたくは、ないどすなー)」


どこか他人事のような感覚。疲れてしまったのかもしれない。
それでも好きなことができた。悪くはない人生だったのだろうか。


「もう逃げられんぞ!!」

「おとなしく観念するがいい!!」


崖に追いつめられた。追っ手は男ばかりが5人ほど。皆、手には大きな野太刀を構えている。
本来は馬上から攻撃するための長大な刀であり、重量もあるため普通は使われることはない。
しかしそんな武器を長年振るい続けたことを示すように、その立ち姿には隙というものがなかった。


「う、ふふふふふふふ、こんな小娘相手に、随分と物々しいことどすなー。
 寄ってたかって女を嬲るしか、能が無いんどすかー?」


対する少女は、右手に打刀、左手に小太刀の二刀流。速さを追い求め、その流派では異端とされた形。
「人に在らざるもの」を祓うための剣ではなく、「人」を斬るための剣。


「何だと!!」

「落ち着け!追い詰めたとはいえ、アレは化け物だ!!皆で一斉に仕留めるぞ!!油断などするな!!」


内心舌打ちをする。冷静さをなくし、バラバラに来るのなら今の状態でも勝てる自信はあった。
しかし、これだけの数に連携を取られると、かなり厳しい。


「「斬空閃!」」

「「斬岩剣!」」


2人同時の遠距離攻撃の後、間髪入れずに別の2人が一気に間合いを詰め、左右から斬りかかる。
少女は初撃を何とかかわし、続く攻撃を両手の刀で防ぐ。


「ぐっ……!」

「何だと…!」


成人男性2人の攻撃を、年端も行かない少女が片手ずつで受け止める。それはまさに異常としか言いようのない光景。
しかし防いだ代償として動きを封じられてしまう。血の足りない身体に力が入らず、僅かに揺らぐ。


「よくぞ受けきった!だがこれで終わりだ!!」


最後の一人が野太刀を構え突進する。両手が塞がっている少女になすすべはなく、腹に刀が突き立った。


「あ………」


ふらついた足を崖から踏み外す。重力に逆らう方法などなく、そのまま彼女は落ち、薄霧の中に消えていった。


「やったか?」

「この高さだ、助かるまい。よしんば助かったとしてもあの傷だ、どちらにしても死は免れまいよ」

「全く、神鳴流の面汚しが!」

「しかしそれもようやく死んだ。これで終わりだな」

「うむ、早々に帰って報告だ」


口々に言い合いながら引き揚げていく男たち。
だがもしこの時に崖下を覗き込む者がいれば、少女と彼らの運命は変わっていたかもしれない。















――side Chitose――


その日私は、薄霧に紛れて空中散歩を楽しんでいた。
朝のひんやりとした空気。遠くまでは見えないけれど、それもまた趣がある。


「こうしてみると、人外も悪くないものね」


翼はまるで腕のように自在に動く。蝙蝠の翼は腕と指が変化したものだったはず。それなら当然かしら。でもなんで翼とは別に腕があるのでしょう。
いったいどういう進化の過程をたどったのやら。でもこの世界には烏天狗っぽい種族もいるわけだし、おかしくはないのかも。


「………ん…?」


そんな埒もないことを考えていると、どこかから声が聞こえてきた。それもただ事ではなさそう。
怒号に交じって血の匂いも僅かに漂ってくる。この体になってから、血の匂いには敏感になった。


「こんな山の中で何事かしら…?」


興味を魅かれ、そちらへと飛んで行く。
そこで私は、彼女と出会った。






「もう逃げられんぞ!!」

「おとなしく観念するがいい!!」


私は事態を見極めるべく、とりあえず傍観することにした。
刀を構え、殺気立った男たちが、血塗れの少女を崖際に追い詰めている。
あの刀の長さからすると野太刀。さらに鍔のない白木拵え。そうすると、おそらく神鳴流ね。


「う、ふふふふふふふ、こんな小娘相手に、随分と物々しいことどすなー。
 寄ってたかって女を嬲るしか、能が無いんどすかー?」


立っているのも辛そうなのに挑発する少女。死の淵だというのに二刀を構え、口元には笑みさえ浮かべている。
一瞬目が合う。距離があるため、あちらはおそらく気づいてはいない。けれども私は、人外ゆえか視力がいい。
あの顔は見たことがある。

狂気に彩られた顔。戦いに見入られた顔。
我と我が身を焼き滅ぼしてなお戦い続ける修羅の顔。

そして何より、彼女は笑っていた。死が目の前にあるのに、それでもなお、笑っていた。




―――――――――――――私は彼女に、興味を持った。






そうなれば彼女を死なせたくない。でもなるべくなら、神鳴流を相手にしたくはない。
崖下から飛んで助けようと思い、気付かれないように迂回して、彼女の後ろ、崖側に回り込む。

そうこうしているうちに攻防は始まっていた。
やはり神鳴流だったようで、5人がかりで少女を追い詰める男たち。だが驚くべきことに、少女はぼろぼろの身体で渡り合ってみせた。
しかしさすがに力及ばず、腹に刀を突き立てられ少女は崖から落ちていく。


「おっ……と。危なかったわ」


間一髪で間に合い、崖下で少女を受け止める。うまく霧に紛れたため、男たちには気づかれていないと思う。
腹の傷は幸い急所を外れているようだけど、出血が酷く意識もない。そんな状態でも両手の刀は離さない少女。


「とりあえず医者ね」


ここでは治療もできないし、ここまでの怪我となると道具もなしにはどうしようもない。
服を破り、それで最低限の止血を終えると、私は少女を抱え病院へと飛び立った。















◇ ◇ ◇ ◇















「……ん……ここは…………?」

「おはよう。随分と寝ていたわね」



事後処理は大変だった。最寄りの病院に担ぎ込んだのはいいけれど、傷はともかく出血が多かったらしく、「もう少しで手遅れになっていた」と言われた。
なんとか助かって胸を撫で下ろしたと思ったら、明らかに刃物でつけられた傷を見て思いっきり不審がられた。
警察を呼ばれないようにうまく誤魔化したけれど、身元不明の不審者であることは変わりなく、その場は口八丁で丸めこんだ。

それでもしばらくすると警察がやってきた。誰かが通報したらしい。「事情を聴きにきた」と言ってはいたけれど、あれは完全に疑っていたわね。
とりあえず意識不明であることを理由になんとか帰らせた。けれどもこれ以上誤魔化すことは不可能と判断し、少女を抱えて病院を抜け出し、家に連れ帰った。
多少の医療知識はあるし、点滴なんかも入手の当てはあったし。

あまりぼやぼやしていると、彼女と戦っていた神鳴流が嗅ぎつけないとも限らない。
治療費は色をつけて払っておいたから、あえて追求しようとはしないでしょう。多分。

その間少女はずっとぐーすか寝ていた。うっかり殺意が湧いたのはきっと気のせい。
というか私は何でここまでしたのかしら。この子の名前も知らないというのに。




「……ウチは生きとるんどすかー?」

「ええそうよ。死に損なった気分はどうかしら?」


ぽけーっと私を見る少女。事情を説明した方がいいかしらね。
とりあえず、懇切丁寧に経緯を説明する。多少愚痴が入っていたような気がしないでもない。


「―――って訳よ。理解したかしら」

「はー、ありがとうございますー。随分とお世話になったようですな~」


この気の抜けたコーラのような喋り方をする少女が、神鳴流5人相手に立ち回っていたとは到底思えない。
けれども


「その眼」

「はい~?」


近くで見るとはっきりと分かる。
瞳の中で残り火が蠢いている。きっかけがあれば燃え上がり、あらゆるものを焼き尽くしてなお燃え盛る炎が揺らめいている。
きっとこの子は


「戦闘狂、かしら?」

「!……そうどすえ。
 それが分かっていて、ウチを助けたんですか?」

「そうよ」


目を合わせ、はっきりと言い切る。
少女の顔が驚愕と疑問に彩られる。


「………理由を、聞いても?」

「あなたに興味が湧いたからよ」


少女の顔に大きく「?」と書いてある。
案外わかりやすいわねこの子。


「死の淵であなたは笑っていたわ。助けようと思う理由なんて、それで十分よ」


彼のことが脳裏をよぎった。私を庇って倒れた、死ぬ間際に、綺麗な笑顔を浮かべた彼が。
この少女も、狂気に塗れてはいたけれど、笑っていた。逃れられないであろう、死の前で。


「酔狂ですな~」

「………そうかもしれないわね。
 そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は千歳。神田千歳よ。あなたの名前は?」

「月詠、いいますー」


それが始まり。私と彼女の、神田千歳と、月詠の出会い。















◇ ◇ ◇ ◇















その後はいろいろあった。
怪我を治した月詠と一緒に小さな神鳴流の分家を潰したり、一緒に住み始めたり。




追われていたのはつまらない理由。
年の割に腕の立つ月詠を妬んだ者たちが、後継ぎ争いで揉めていた家のどさくさに紛れて、適当な理由をつけ彼女を亡きものにしようとした。
ただ、それだけのこと。

一旦動き出した状況は、跡継ぎ争いが終わっても止まらなかった。
いざこざの末に家を継いだ男は、月詠をよく思っていなかったようで、排除の動きを黙認し、むしろ煽っていたらしい。
戦闘狂で化け物よりも人を斬ることを好み、周囲になじめない彼女の態度もそういった動きに拍車をかけていたみたい。

死んだと思われているだろう、とは伝えたのだけど、月詠が戦いの機会を逃すはずもなく、結局正式に依頼までされて押し切られた。
相手の人数が少なく、奇襲だったから何とか勝てたものの、魔に属する私と、退魔の神鳴流は相性が悪い。あまりやり合いたい相手ではなかった。




完膚なきまでに分家を叩き潰した後「行くところがない」という月詠となんとなく一緒に暮らし始めた。
私を「酔狂」と評した彼女だけれど、絶対に人のことは言えない。

なにしろ好きなものは強くて可愛い女の子で、戦っているときは常に笑っている。
おまけに表情が、なんというかこう………エロい。酔ってるとか色っぽいとかを通り越して、エロい。
私と同じ年齢にしてコレとは、なかなかやるわね。




そんな月詠との日々。大変なこともあるけれど、そう悪くはない。
一緒に食卓を囲んで、どこぞの騎士王よろしくもっきゅもっきゅと食べている姿を見ていると、これもいいかな、と思えてくる。


「おかわり、ええですか~?」

「……もう5杯目じゃない……。その小さな体のどこに入ってるのよ……」

「食べ盛りなんどすえー」


やっぱり見直した方がいいかしら。エンゲル係数的な意味で。















――あとがき――


出会いの場面でした。原作キャラは、予想がついていたでしょうが月詠です。
今回は千歳のプロフィールを公開してみます。



神田 千歳

生年月日:1988.4.15
血液型:AB型 
好きな物:美少女の着せ替え・読書
嫌いな物:ストーカー・トマト
所属:フリーの傭兵
備考:人間と吸血鬼のハーフ。いわゆるダンピール。軍隊格闘と操影術を使う。武器はナイフを好む。



こうして見ると、通常の魔法が使えないとはいえ、強すぎたかなあ、と思わなくもありません。
ただ本編では負けてることが多いので、バランスはとれてるのではないかと。

ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 8話 魔法界へ
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:45
今、私と月詠は「魔法世界」に来ている。

「組織の金を盗んだ男が魔法世界に逃げ込んだ。絶対に生かして捕まえろ」という依頼が事の発端だった。
流れていた情報によれば、敵対組織と抗争中で、戦力はほとんど割けない状態。だから特に不自然なところもなく、受けることにした。

割と排他的なところがあるから、抗争そのものには外部の手を借りたくなかったみたい。抗争に向けて傭兵を雇った、という話は出てこなかった。
けどメンツもあるから、盗人ごときをむざむざと逃がすわけにはいかない、というところかしら。
かといって多人数だと目立つ。事件そのものを明るみには出したくない、もし出すにしても落とし前はもう付けてある、という形にしておきたい。
現地で人を雇おうにもツテはない。そこで苦肉の策として外部の者を雇う、と。
そこまでは説明されなかったけど、情報を考え合わせると、そんなところでしょうね。

「他に信用できて腕の立つプロがいたら連れてこい」と事前に通達された。
私が何回かそこからの依頼を受けたことがあったとはいえ、かなり切羽詰まってたみたい。報酬も前払いしてくれたし。
今回魔法世界へ行ける機会を逃したら次は10日後になるから、時間的な制約もあったのでしょうけど。

まあそういうことで、珍しく月詠と一緒に仕事をすることになったのだけど。


「つまんないどすー」

「まさかこんなに早く終わるなんてね………………」


聞き込みから始めようとして、定番ということで酒場に入ったら。

盗んだ金で豪遊している標的をあっさり見つけた。

魔法世界まで逃げ切ったことに油断したのか、追手がここまで来るとは思ってもいなかったのか。どっちにしても頭はあまり良くなかったみたい。
こっちに来て一週間も経過しているのに、護衛を雇うこともなく派手に金をばらまいていた。早急に捕まえ、同行していた男に引き渡し、そこで仕事は終了。

ちなみに同行した男は、私と同じ影の倉庫を使っていて、気絶させた標的をそこに詰め込んでいた。私以外に使っている人は初めて見たわね。
勝手に出てきたりはしないのかと聞いてみたら、この中に入った者はありとあらゆる感覚が狂い、元に戻るまで最低2日はかかるらしい。
運が悪ければそのまま狂人まっしぐらだとか。
……………………だから生物を入れるな、と言ってたのね………………。

影の倉庫を使える者は組織では彼しかいないらしく、確実に生かしたまま連れ帰るため選ばれた、と言っていた。
途中で餓死させないために出した時は、そりゃもうすごいことになっていた。千年の恋も冷めるどころか、千年たっても夢に出てきそうな有様だったわね。

現実世界のゲート近くまで、組織の迎えが来ることになっており、私たちが戻る必要はない。というか男と一緒には戻ってくるなと言われた。
外部の者の手を借りたことをよほど隠したかったみたい。抗争中だけあって色々と神経質になっているのか、それとも見栄か。
男の戦闘能力はさほど高くないようだから、一応ゲートが開くまでの期間は護衛をしていたけど。




そして今、南の港町、グラニクスという街に向かっている。
その理由はただ一つ。


「……………今回は何も斬れまへんでしたのでー、そこらの木偶でも斬ってきてええどすかー?」


月詠が爆発寸前だから。

白目と黒目が反転していて、狂気が漏れ出ている。
けど私にとっては、満月の夜にも慣れ親しんだものだし、最初から知ってて付き合っているから今更。


「木偶なんか斬ってもしょうがないわよ。もうちょっと我慢しなさい、いい案があるから」

「無益な殺生でも、それなりには楽しめるんどすえー?千歳はんがそう言いはるんなら、待ちますけどー」


不満そうに言う月詠。もう忍耐の限界といった感じね。刀まで構えてるし。
標的の護衛と戦えるのを楽しみにしていたから、これでも持った方なのかもしれないわね。

………………ほっといたら、月詠がこのまま賞金首にでもなりかねないし。喜んで追っ手を斬りまくるでしょうけど。















◇ ◇ ◇ ◇















「――――――はい、登録手続きはこれで終了しました」


案というのは「拳闘士」になること。ローマの時代、コロッセオで行われていたようなもの。
大抵は2人でペアを組んで闘うものらしい。そして、ここグラニクスでは拳闘大会が盛んに行われている。
一戦ごとに賞金も出るらしいから、趣味?と実益を兼ねていてちょうどいい。


「早速で悪いんだけど、今から出られる試合はあるかしら?」

「今から、ですか?少々お待ちください。―――――――――2時間後になら一応可能ですが、よろしいのですか?
 相手は選べませんし、通常、新人の当日デビュー、という形は滅多にありません。考え直された方がよろしいかと」

「………………いや、通常なら私もそうしたんだけど………………」


ちらりと後ろを見る。
くすくすくす、と昏い笑みを浮かべながら刀の手入れをしている月詠。

私はたまに見てるから慣れてるけど、受付の亜人と思われる、角の生えたお姉さんは冷や汗を浮かべている。
それでも営業スマイルを崩さない。中々のプロ意識ね。顔が引きつってなかったら合格点だったんだけど。


「そ、そういうことでしたら。選手控え室は、階段を上がってすぐ左です」

「ありがとう。行くわよ月詠」

「うふふふ、やっと斬れるんどすか~~~~~~?」

「ギブアップか戦闘不能で勝ちらしいから、ほどほどにね」

「もう斬れれば何でもええですぅーーー」


かなり溜まってるわね。いつもなら、強い相手じゃないと不満そうにしてるのに。
最近いいのと戦ってない、って言ってたからそのせいかしらね。






「お嬢ちゃん、こんなところに何の用だ?」

「ガキが来るとこじゃないんだぜ?」


ひゃはは、という下品な音を出しながら絡んでくる男たち。女、それも子供がよほど珍しいみたい。
とりあえずはシカトを決め込むことにする。ちなみにシカト、というのは花札の「鹿十」の札からきており、鹿がそっぽを向いている様から来たものらしい。


「おい、聞いてんのかてめえ!」


折角無視してあげたのに、よりにもよって月詠に絡む男。
とりあえず忠告はしておく。


「今、その子に近づかない方がいいわよ?」

「ああ゛!?何言ってんだてめ、え?」


銀色が空を斬る。ぽとりと何かが落ち、鉄の匂いが周りに広がる。
目を丸くして固まる男。しばらくして状況を何とか飲み込んだらしく、耳障りな音を出して膝をつく。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!腕が、俺の腕がぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「兄貴!!きさまぁ!!!!」

「動かないで」


次に起こすであろう行動が分かりやすかったので、準備も簡単だった。
素早く後ろに回り込み、ナイフを首筋に突きつける。


「次は腕じゃ済まないわよ。首だけになって、自分の首なし死体でも見てみる?」

「こ、このクソガキがぁ…………!!」


何とか止まる男。しかし止まらない者もいる。

ギィィン!と、金属がぶつかり合う音が響く。月詠が男の首を斬り飛ばそうとし、私がナイフで受け止めた音。


「………ええんですか?」


この男がどうなろうと構わないし、荒っぽい者ばかりで無法地帯の街だから、この程度は珍しくもないでしょうけど。


「ここで殺しはまずいわよ。もうすぐ試合なんだから、そっちにとっておきなさい」

「うー、仕方ありまへんなー」


刀を鞘に納める月詠。男は完全に腰を抜かして崩れ落ちている。全くもって情けない。
周りの視線が痛い。慌ただしく人が入ってきて、腕のない男を運び出して行く。
結局それから、私たちに近づいてくる者はいなかった。
もうちょっと早く止めるべきだったかしらね。同情はしないけど。















◇ ◇ ◇ ◇















≪さあ本日も始まりました拳闘大会!!北方!!本日デビューの新人拳闘士、チトセ選手とツクヨミ選手!!
 美少女同士という異色の二人!!果たして実力はいかに!!?≫


観客の声が妙に大きい。それは嘲笑か期待か。まあ私も月詠も、見た目では強そうには見えないしね。
月詠はさっきので少しは発散になったのか、割と落ち着いた様子を見せている。これなら大丈夫でしょう。相手の命は。


≪対する南方は!!ジョン・スミス選手とフレディ・クロフト選手!!ここ最近で実力を伸ばしてきた、期待のコンビです!!≫


双剣を逆手に構えた細身の男で、逆立てた白髪が特徴的。月詠とは異なり、剣の長さは両手ともに同じ。印象は町のチンピラ。
けど控え室の騒ぎを見られていたのか、その目に油断はない。こちらを観察するかのように睨みつけている。

もう一人は巨大なハンマーを持った筋骨隆々の大男。どう見てもパワータイプだけど、何か違うと吸血鬼の勘が言っている。
この勘には何度も助けられたから、根拠はなくとも信じるようにしている。
目以外を隠す覆面をしているせいで、表情は読み取れないけど、これまたこっちを見ている。

おそらく戦略としては、双剣遣いがスピードでかき回し、大男がハンマーの一撃でとどめ。
けど勘に従えば、それだけではない。他にも何かあると思っていた方が賢明ね。


「月詠、多分見た目通りの闘い方じゃないはずよ。気をつけなさい」

「ん~~~、あんまり強そうには見えまへんけどー。千歳はんがそう言いはるなら、きっとそうなんでしょうなー」


なんだかんだ言って、月詠は私の言うことを結構聞いてくれる。
それに、初めて会った時に比べれば、少しだけ、ほんの少しだけ変わった。

っと、いけない。今はそれは後回し。




≪さあ、準備は整いましたでしょうか!!!それでは――――開始!!!≫




「ハッ!」


ゴングと共に2人が突っ込んでくる。双剣の白髪の方がスピードがあるため、時間差がある。
白髪を迎え撃つ月詠。剣同士がぶつかり合い、火花が散る。


「ウフフフ、まあまあですなー」

「チッ、吠え面かきやがれ!!」


一拍遅れて、大男が私に向かってハンマーを振りかぶる。
けどハンマーという武器は、破壊力を出すため大振りになるため、そう簡単には当たらない。
それに私の武器はナイフ。懐に潜り込めれば一気に有利になる。そう考え、瞬動を使おうとしたけど。

――――――!!勘が最大級に警報を鳴らし、とっさに横に飛び退く。


『紅き焔!』


火炎がハンマーの石突から放たれ、私の横を掠めて飛んで行った。あのまま突っ込んでいたら直撃していたわね。
なるほど、口元を隠すことによって詠唱を分かり難くし、さらに杖をハンマーの形状にすることで、前衛タイプだと油断を誘う。
おまけに振りかぶる時の隙を魔法でカバーできる。なかなかよく考えられた戦法ね。


「――――よく避けた」


はじめて口を開く大男。間髪入れずにハンマーに炎を纏わせ、殴りかかる。
それは凄まじい轟音と共に闘技場の石床を陥没させ、飛び散る石の礫が至近距離にいる私に襲いかかる。
そして間をおかず横薙ぎに振るわれるハンマー。それは礫にひるんだ私を吹き飛ばした。


「千歳はん!?」

「オラ、よそ見してる暇なんざあんのかよ!!!」

「きゃっ!?」


一瞬気がそれた隙を突かれて、蹴り飛ばされる月詠。
ああ、やっぱりあなたは変わった。昔なら、人を気にすることなんかなかったでしょうに。
場違いだけど、そんなことを考えてしまう。これは、嬉しい、のかしらね。




けどね、月詠。心配するのはいいけど、これくらいではね。


「問題ないわ。月詠、そっちこそ大丈夫?」


一瞬で構成した影布で防いだため無傷。影布は体から離した場所に構築されるため、衝撃も伝わらない。
月詠との模擬戦で、いろいろと腕が上がっている。


「むー、油断しましたー。案外やりますな~~~~」


月詠も自分から後ろに跳んでおり、ダメージはないみたい。
一瞬の攻防ではあったけど、相手の力量も大体分かった。


≪おーっとー、クロフト選手の初見殺しを凌ぎ切ったー!!?ツクヨミ選手も無傷だー!!!これは実力は本物なのかー!!!!?≫


初見殺しね。確かにあれは防ぎにくい。


「ハッ、今のを防ぎ切るたあな。ガキにしちゃ中々やるじゃねえか」

「お褒めの言葉をありがとう。お礼に敗北をプレゼントしてあげる」

「ククッ、言うねえ!!やれるもんならやってみな!!!」

「女性からの贈り物は、受け取っておくものよ!!」


白髪に向かって、瞬動で一気に距離を詰める。驚きに白髪の目が見開かれている。

気と魔力は反発しあう。それを逆手に取って、何かに利用出来ないかと考えた。
結果、気と魔力を同時に足に込めることで、7mがせいぜいの瞬動を、その倍にまで延ばすことに成功した。
制御が難しいから、考え付いても使う人はいないみたいだけど。

集束した影の剣を左手に、白髪と鍔迫り合いをしている間に、後ろから月詠が迫ってくる。


「にとーれんげき ざーんてーつせーん!」

「チッ!!」


月詠の刀から放たれた螺旋状の気が、白髪の体を切り刻む。
敵わぬとみたか、後ろに跳び退る白髪。


『―――――吹き荒れろ 災いの嵐』

「!月詠、下がって!!」

『炎の旋風!!』


大男から放たれたのは『雷の暴風』と同系統の魔法。火炎放射のように、横薙ぎの竜巻が炎を纏って襲いかかる。
けど、私もいつまでもあの時のままじゃない!


『影布対魔四重障壁!!』


障壁に阻まれ、爆発が巻き起こる。


「―――やったか?」

『百の影槍!!』


魔法は影布2枚を貫いたものの、そこで止まっていた。
粉塵に紛れて影槍を撃ち出す。誘導性を付加された影槍は、狙い過たず大男を貫いた。


「ぐっ!!?」

「月詠!!」

「神鳴流奥義 らいめーけーん!!」


障壁の奥で、奥義を放つための気を練っていた月詠が、刀に雷を纏わせ白髪に斬りかかる。


「ガッ!!」


双剣で受け止めるも、感電したのか動きが鈍る白髪。
そこを攻め立てる月詠。


「アハハハハハハハハハハハハ!!!」

「があ、あっ!!」


どんどんと傷が増えていく白髪。
大男がそれを助けようと、動かない体でハンマーの石突を月詠に向けるが


「隙あり」

「ぐぎょえっ!!!」


私の接近に気付かなかったらしく、ある場所を思いっきり蹴り上げられて崩れ落ちた。
いやこのルールだと反則じゃないし、効果的だし。あれは内臓が外部に出てるから、ダメージが大きいのよ。
恨むのなら、己の性別と禁じ手のない戦闘術を恨むのね。

と、あっちも終わったみたいね。
うん、生きてるみたい。白髪がところどころ真っ赤に染まってるけど、一応生きてはいるわね。


≪ジョン・スミス選手とフレディ・クロフト選手、戦闘不能とみなし、チトセ選手とツクヨミ選手の勝利です!!
 しかし最期のあれは酷い!!まさに鬼畜!!!まさに外道!!!お前の血は何色だーー!!!!?≫


「千歳はん、ウチが言うのも何ですけどー、あれはちょっとどーかと思いますえー?」

「勝てばいいのよ。昔の人は言いました。勝てば官軍負ければ賊軍、と」

「まー、ウチは斬れれば何でもいいですけどー」


≪さあ、それでは勝利者インタビューです!!!まずは鬼畜なチトセ選手!!≫


うるさいわよ。観客のブーイングもひどいし。ルールは守ってるというのに。


≪見たとおり、男は敵じゃないわ!!よって女の子の挑戦を受けましょう!!≫


ひょいっと月詠がマイクを奪い取る。
あまりにも自然な動きだったため、誰も反応できなかった。


≪可愛い女の子お待ちしてますえ~~~~~≫


ちゃっかりしてるじゃない。

こうして私たちは、ある意味衝撃のデビューを果たした。
え?それは私だけだって?どういう意味よ月詠。















――あとがき――


実は危ない影の倉庫。発展形の、影を媒介にした転移魔法は短時間なので、人体に悪影響はありません。もちろんオリ設定ですが。
『炎の旋風』は、『闇の吹雪』や『雷の暴風』と同系統の炎の呪文です。これも原作にはないオリジナルです。
しかし、これに相当する呪文はあってもおかしくないかな、と。


こぼれ話ですが、各話タイトルが4文字なのは、長谷川千雨電子精霊群へのリスペクトです。
ちう様は割と好きなので、何らかの形で話に絡ませたいところです。一応伏線は張ってありますが。


それではまた次回お会いしましょう。



[14653] 9話 ある一日
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:45
最近私は図書館に入り浸っている。主に操影術の資料を得るためだけど、他にも目的がある。
それは、精霊を用いない術式のみの魔法、術式魔法についても調べるため。

ここグラニクスの図書館は、学術都市アリアドネーには及ばないでしょうけど、それなりに資料が揃っている。
それでも、術式魔法についての資料は随分と少ない。研究者が少ないのは本当だったみたい。




術式魔法は、精霊魔法に比べると術式がややこしくなる傾向にある。術式そのものが力を持つため当然かもしれないけど。
例えば、初心者用魔法『火よ灯れ』を「1+1=2」とすると、術式魔法では「24÷4-2×2=2」くらいにしないと同じ結果にはならない。
術式を組むというのは結構難しいため、同じ結果なら精霊を従わせる際の魔力のロスが多少あるにしても、精霊魔法を使った方が手っ取り早い、ということらしい。
もっともある程度なら、意識しないでも術式は組めるみたいだけど。人によっては、大魔法でも無意識に組んで発動できるとか。

身体強化などの術式魔法は、精霊魔法では代用が利きにくい、などの点から残っている。
例えば、もしも精霊で身体強化をしようとすると、精霊をわざわざ体内に取り込まなくてはならない。
それはかなり危険なことであり、精霊が精神に取り憑き、狂うこともあるらしい。
また、体内のみで完結する魔法でもあるため、術式もそこまで複雑ではない。実感はあまりないけど。

常時展開の障壁も、体から離れた場所に術式魔法のみで常時構成しようとすると、加速度的に難しくなっていく。それなら精霊魔法を使った方が簡単だし、強度も高い。
ゆえに、高位魔法使いの障壁は、体に近い場所が術式魔法、離した場所では精霊魔法、の多重構造になっていることが多いみたい。

術式魔法のみの障壁でも、「風盾」などのような強力なものは存在するらしい。
ただし術式が非常に難解になり、効果を見てもそこまで差はないため、使う者はいないとか。

また、術式魔法の障壁は、魔力消費が少ないために常時展開がしやすいというメリットがある。
ただし、ほぼ無意識に展開していないと、他の行動ができなくなる。そういった性質上、どうしても単純な術式になり、強度はあまり高くない。
具体的には、「魔法の射手」を複数集束すれば撃ち抜ける程度のものでしかない。かつてマナ・アルカナがやったように。




パタンと本を閉じる。読書は割と嫌いじゃない。


「ふう」


色々と調べて疲れたので、気分転換に街に出ることにした。月詠は最近機嫌がいい。
拳闘士は正解だったみたいね。賞金も結構多いし。















◇ ◇ ◇ ◇















武器屋に寄って、魔法発動体のアクセサリーや新しいナイフを買った帰り道。何やら辺りが騒がしい。
雑踏の中から、どっちに賭ける、20人はいるぜ、とかが漏れ聞こえてくる。ここの住人は事あるごとに賭けをしている。よく飽きないわね。
そうこうしているうちに、周辺の建物が切り崩された。灯台のような建物が一瞬でバラバラになる。
斬り飛ばしたのは――――影!?

人が邪魔で何が起こっているのか分からない。翼を出して上空へと飛び立つ。
そこに広がっていたのは、まさに一方的としか言いようがない光景だった。


「………すごい」


20人以上はいる、チンピラっぽい面々。ちらほらと、闘技場で見かけた顔も交じってるわね。
対するは黒づくめでマントを纏い、白仮面をつけた影使い。

影使いのやっていることは単純明快。影による刺突か斬撃。
ただ錬度が凄まじい。影を腕から伸ばして鞭のように使い、しかも同時に複数本操っている。
術式の構成速度、影槍の速度、一人一人を倒していく時間。どれをとっても圧倒的。
反撃の糸口も掴めず、数で有利なはずのチンピラ達は次々とやられ、近づくことすらできていない。


「てめえ、よくも兄弟を!!」

「済まぬが急いでいる」


突っかかっている男は見覚えがある。確か拳闘士だったはず。
障壁が硬くて、コンビの片割れを倒してから、月詠と2人がかりで壊したんだったわね。


「ぎゃあっ!!?」


影槍が4重の障壁を貫いた!?しかもただ貫通したわけじゃない。障壁突破の術式による貫通。
おそらく、遅延呪文による付加じゃないわね。影槍を構築する時に、最初から術式に組み込んである。
かなりの難易度だから、全ての影槍に組み込んである訳じゃないみたいだけど。それでも同時に5本とは。


「後ろががら空きだぜ!!!」


隙ありと見たか、後ろから殴りかかる別の男。けど


「む、残念だったな」


あっさりと影布で防がれ、カウンターの影槍を撃ちこまれる。
声も出せずに吹き飛ぶ男。ただの影槍がとんでもない威力ね。

気付けば、20人以上いたチンピラ達はことごとく倒れていた。中には結構強いのもいたのだけど。
一歩も動かず勝利を収めた影使いは、「急いでいる」の言葉通り、影の転移で姿を消した。




とりあえず地上に降りて、そこらの男に事情を聴く。


「ねえ、さっきのは何だったの?」

「おお、あれはだな――――――」


興奮した様子で喋る男。どうやら賭けに勝って上機嫌だったみたい。
なんでも、影使いにチンピラが絡んで、それを返り討ちにしたらあの人数が出てきたらしい。
この街らしい理由だけど、私にとっては幸運だったわね。
そういえば


「あの影使いの名前、聞いてないかしら?」

「ん?そうだな……確か、ボスポラスのカゲタロウ、って名乗ってたな」

「そう………ありがとう」

「おう、気にすんな!!」


がははと豪快に笑う男。礼を言って別れる。
いいものも見たし、とりあえず帰りましょう。















◇ ◇ ◇ ◇















宿に戻って考える。あのカゲタロウという影使いは、おそらく一流と呼ばれる者。影使いの一つの究極形。
もっとも、私があの戦い方をそのまま真似ても意味は薄いけど。

カゲタロウの戦い方は、強引に分けるなら「魔法使い」タイプだった。一歩も動かず、鞭のような影槍に攻撃を任せ、強靭な影布で攻撃を防ぎきる。
もっとも不意打ちに対する反応の速さ、わずかに見せた身のこなしからすると、接近戦もできるのでしょうけど。

対して私の戦い方は、どちらかといえば「魔法剣士」タイプ。人外としての高い身体能力を活かした格闘戦を前提にして、操影術はその補助に近い。
カゲタロウの戦い方をそのままトレースするとなると、身体能力の高さがあまり活かせない。




かといって参考にならないわけじゃない。むしろ大いに学ぶところがあった。
特にあの障壁突破。影槍構築時に術式を組み込める、という可能性が見えたのは僥倖だった。

影には様々な概念がある。切断、捕縛、転移、吸収、侵食など。
こういった概念を、術式魔法を組み込むことで再現できないか、と考えた。

実現できれば、属性付加、といったような形になると思う。
例えば、影槍を突き刺した相手を捕縛できたり、影布に捕らえた相手を強制転移させたり。
まあまだ構想段階で、上手くいくかは分からないし、術式魔法は少ないからそこから何とかしないといけないけど。




操影術には使い魔というものもあった。けど戦闘ではあまり使えそうにはない。少なくとも私にとっては。
一応偵察用として、吸血鬼っぽく蝙蝠の使い魔を創ることは出来る。けど、あまり数は操れないし、人型の使い魔になると一体くらいしか出せない。

使い魔は、半自律行動が可能で、視界の共有や情報の貯蔵も出来る。人型の使い魔なら、戦闘時の頭数を増やすことにもなる。
こうしてみると優秀だけど、判断力は人には劣るし、かといって戦いながら完全にコントロールするのも不可能。
0.1秒の判断が生死を分ける戦闘では、価値は低い。せいぜいが使い捨ての駒程度かしらね。一応別の利用法も考えてはあるけど。




咸卦法、すなわち「気と魔力の合一」も訓練してはいる。けどこれ、思ったより条件が厳しい。

一つ、自分を「無」にしなければならない。
一つ、気の扱いと魔力の扱い、両方が大体同レベルでなければならない。
一つ、気と魔力、それぞれの総量が大きく隔たっていてはならない。ただし魔力は、仮契約などで外部から持ってきても可。

これら全てをクリアして得られる力は莫大ではあるけど、魔法の威力そのものが上がる訳じゃない。
あくまで身体強化の延長にとどまり、遠距離の攻撃をするためには、また別の手法が必要となる。
役に立つものではあるでしょうけど、難易度が高い。

私がやると、気と魔力が凄まじい勢いで反発する。おそらくだけど、自我が強すぎるのが原因じゃないか、と思ってる。
「もし仮に、気と魔力双方を使える赤子が存在すれば、そのものは咸卦法を使えるであろう」という記述があったから。
すでに成熟した精神を持ち、どちらかと言えば理詰めで物事を考える私には、あまり向いてないのかもしれない。




一応、咸卦法習得の一環として、月詠に気の扱いを学んではみた。けどこれまたうまくいかない。
月詠いわく「いつの間にか出来てましたえー?」。効率的に扱うためには「なんとなくやったら上手くいきましたー」。

例えば神鳴流奥義の雷鳴剣。どうやったら出来たのか聞いてみたら「こー、刀に気をてきとーに込めれば使えましたえー?」
例えば剣術の補助として使っている陰陽術。呪符を使うだけなら、種類にもよるけど気を込めれば私にも使えた。

けど、呪符の作成ともなるとそうはいかない。あまり詳しくはないけど、符に使う和紙や墨は、色々と面倒な制約があったはず。
確か和紙なら、樹齢数百年の神木を六甲の霊水で梳いて、満月の光で乾かしたものが良いとか何とか。

それを月詠が、スーパーで買った墨と半紙で符を作ってるのを見た時は、さすがに目を疑ったわね。
さすがに簡単な効果の符だったけど。天才、ってのはああいうのを言うんでしょうね。






ふと、月詠のことを思う。月詠は間違いなく天才と呼ばれる者。でもその才ゆえに色々あったらしい。
詳しくは聞いてないけど、あの時死にかけてたのは、それが一因だったことは間違いない。男の嫉妬は醜いだけだというのにね。

そんなことをつらつら考えていると、その月詠がやって来た。


「んー、まだ起きてはったんですか~~?」


眠そうな顔して何言ってるのかしら。


「それはこっちのセリフよ。もう遅いから早く寝ましょう」

「そーどすなー」


そう口では言うものの、中々寝ようとはしない。私の顔をじーっと見ている。
何かあったのかしら?


「どうしたの月詠?私の顔をじろじろ見て。ゴミでもついてる?」

「んーーー、何でもありまへんえー?」

「何でもないのに人の顔を見るの?」

「大したことではないどすーー」


じゃあ何だって言うのよ。今更私の顔が珍しいわけでもないでしょうし。


「初めて会うた時のこと、思い出してましたー」


あの薄霧の山の中ね。随分と前の話を。
まさかあの時、僅かにでも意識があったとは思わなかったけど。


「千歳はん、ウチがあの時に笑ってたから助けた、と言ってはりましたなー。
 もしそうじゃなかったら、助けようとは思わなかったんどすかー?」


何かと思えば。


「そうね。あなたがもしあの笑みを浮かべてなかったら、そのまま見殺しにしたでしょうね」


あの笑顔が彼に被ったから。私を助けて死んだ彼を思い出したから。
死ぬ前に笑顔を浮かべたこの子の未来を、見てみたいと思ったから。


「ふふふふふふ」


何よその笑い方は。


「やっぱりそれでこそ千歳はんどす~~~~~~」

「どういう意味よ、それ」

「ふふふふふ、教えてあげまへんえ~~~~~~」


ちょっと、気になるじゃない。
え?今日は久しぶりに一緒に寝ようって?いいけど、どういう風の吹きまわし?
嫌なのかって?いやそりゃ嬉しいけど。って違うわよ。


「その笑い方は何なのよ。ちょっと、誤魔化さないでよ。月詠ー?」


なんだか最近、月詠に手玉に取られてる気がするわ。















――あとがき――


今回はオリ設定の回でした。オレ設定とも言います。
もし矛盾点などがあったら、ご指摘お願いします。


月詠が難しいです。狂気を残しつつ、丸くなった描写も入れてみました。
最後のやり取りは次回への絡みでもあります。よって少々の不自然さはご勘弁を。


次は月詠の話になると思います。
ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 幕間 月は想う
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:46
これは忌み子ぞ。家名を名乗ることは許されん。

―――斬った。

化け物が!!

―――斬った。

死ね!!神鳴流の面汚しが!!

―――ただ、斬った。




少女が生まれたのは、旧い慣習を残す村。双子は忌み子。
母と姉の命を喰らって生まれてきた少女は、姓を名乗ることも許されなかった。

村の人間は少女を忌み嫌う。少女はやることもなく、見よう見まねで幼い頃から剣を取った。
少女は天才と呼ばれる者だった。無意識に「気」と呼ばれる超常の力を身につけていた。

村の人間は少女を恐れる。木刀の一振りで岩を砕く幼子がどこにいようか?
少女はますます疎んじられ、村に居場所はなくなっていった。




ある時、偶然村を訪れた男は少女を見つけた。男はそこに類い稀なる才を見た。
男は少女を連れ帰る。自らの流派を教えるために。

少女は本物の天才だった。一度見た奥義をなんなく再現し、陰陽の術をも修めてみせた。
しかれども、そこで向けられた目は嫉妬、侮蔑、恐怖、畏怖。弟子たちは、才ある少女を認めることはできなかった。

少女は人に受け入れられはしなかった。男も自らの株を上げるため少女を連れてきたに過ぎなかった。
いつしか少女は血に狂う。自らを否定する人間などに価値はない。

少女は斬った。鬼を斬った。妖魔を斬った。人を斬った。
いつしか少女は戦いを愉しみ、化け物と呼ばれるようになっていた。




月日は過ぎ、男は病に倒れる。嫉妬に狂った弟子たちは、少女を排除しようと動き出す。
化け物は存在してはならぬ。人斬りなどいてはならぬ。醜い本音を覆い隠した言葉が少女に向けられる。

少女は斬った。笑いながら斬った。弟子たちの本音など透けて見えていたが、そんなことはどうでもよかった。
ただ血と戦いに狂った修羅がそこにいた。化け物と呼ばれる者がそこにいた。

男はほどなく死に、その息子が跡を継ぐ。息子は言う。
あれは神鳴流の面汚しぞ。討ち取れば褒美は思うがままに。

ついに少女は追いつめられる。戦いの中で死ぬことなどは覚悟の前。
けれども少女はふと思う。死にたくはないな、と。




そして少女は彼女に出逢う。




目が覚めて最初に見えたのは、血のような紅い瞳。縦に割れた瞳孔。獣のような瞳。人ならざる者の証。
少女は問う。なぜ助けたのかと。彼女は言う。死の淵で笑っていたからだと。

少女は彼女を不思議に思う。血に狂っていることを知ってなお助けたと彼女は言ったから。
少女は彼女に依頼をする。あの家を共に潰してほしいと。彼女は自らと同じ道を歩むのだろうかと。
彼女は少女の依頼を受けた。分家を潰し、行き場所がない少女と共に暮らし始めた。




少女は彼女に、興味を持った。




少女は考える。あの男たちは言っていた。魔とは、化け物とは、祓われなければならないと。
少女は考える。自らを助けたのは、半分は魔に属する者だった。祓うべきと教えられてきた、化け物と呼ばれる者だった。

少女は問う。ならば化け物と呼ばれた人間は何なのだろうかと。
彼女は答える。化け物であるか、人間であるかなど些細なこと。人が人であることに、そんなものは関係ないと。
少女は問う。助けた化け物に殺されるとは思わなかったのかと。
彼女は答える。その覚悟なくして誰かを助けることなどできない。ただ私はやりたいようにやっただけだと。
少女は問う。自分は血と戦いさえあればいい。それでもいいのかと。
彼女は答える。そんなことは出逢った時から知っていた。それを含めて、私はあなたを助けることを決めたのだと。

彼女は少女を受け入れた。少女は彼女に狂気を向けることもあった。
彼女は少女を受け入れた。彼女は狂気をも肯定し、少女と共に在ることを望んだ。

いつしか少女は少し変わる。人ならざる者の傍で、誰かと共に在るということを知った。
いつしか少女は少し変わる。彼女に狂気を向けることが減っていった。
いつしか少女は少し変わる。いつの間にか彼女のことを気にかけるようになっていた。
いつしか少女は少し変わる。彼女に向ける感情が何なのかも分からずに。




ある満月の夜、少女は声を聞きつけた。荒い息遣い、苦しげな声。
駆け寄る少女に彼女は言った。近づくなと。
訳を問う少女に彼女は言った。これは吸血衝動。血を吸われれば吸血鬼になるかもしれないと。
少女は迷わずその身を投げ出した。血を吸い、落ち着いたのか眠る彼女を見て、少女は自らを不思議に思った。

彼女は言った。ごめんなさいと。
少女は言った。なぜ謝るのかと。
彼女は言った。吸血鬼になってもいいのかと。
少女は言った。人間かどうかなど、些細なことだろうと。やりたいようにやっただけだと。

彼女は笑った。とてもおかしそうに、愉快そうに笑った。そして言った。
そう言えるのなら、誰かのために身を投げだせるのなら、あなたは人だと。化け物か人間かなど私にとってはどうでもいいが、あなたは人だと。
少女も笑った。彼女に向ける感情の名前を知ったから。それを教えてくれた彼女が共にあるのが、嬉しかったから。




戦い以外で何かを嬉しく思うことがあるのだと、少女はこの時初めて知った。




いつしか少女は、少し変わった。それでもやはり、戦いは愉しい。血は芳しい。
いつしか少女は、少し変わった。戦いに、命まで投げだせるのかと問われれば、即答できなくなっていた。
いつしか少女は、少し変わった。彼女の顔が浮かぶ。人ならざる者の証である蝙蝠の翼で、自らを助けてくれた彼女の顔が脳裏をよぎる。




彼女には変わった癖があった。いろんな服を自分に着せようとする、変わった癖が。
そんな時、ふと言葉がこぼれた。彼女は少女を抱き寄せ、気にすることなどないと言った。
戯れに交えて、心の内を言ってみた。彼女は驚いた顔をして固まっていた。
可笑しくなって、見えないふりをした。ちらりと横を見ると、彼女は嬉しそうに優しく優しく微笑んでいた。




少女は思う。もしあの時彼女に出会っていなかったら、自分はどうなっていたのかと。
少女は思う。そのまま死ぬことはなかっただろうと。なんとなく、ただなんとなくそう感じられる。
少女は思う。そうなっていたら、自分はどうなっていただろうと。
少女は思う。血と戦いに狂い、どこかの戦場で笑いながら死んでいただろうと。
少女は思う。それも悪くはない。決して悪くはないと。
少女は思う。今、そうしてもいいのだろうかと。
少女は思う。彼女は私を肯定する。きっと悲しそうな顔で、それでも止めることはないだろうと。
少女は思う。今、そうしたいのだろうかと。
少女は思う。それはとてもとても魅力的。けれども――――――――――――

少女は思う。自分を少しだけ、ほんの少しだけ塗り替えた彼女のことを、少女は、想う。















◇ ◇ ◇ ◇















「どうしたの月詠?私の顔をじろじろ見て。ゴミでもついてる?」

「んーーー、何でもありまへんえー?」

「何でもないのに人の顔を見るの?」

「大したことではないどすーー」


あの日。千歳はんにとっては、大したことではなかったのかもしれまへんけど。


「初めて会うた時のこと、思い出してましたー」


あの薄霧の山の中。崖から落ちて、誰かに優しく抱き留められたのは覚えてました。
うっすらと、蝙蝠のような翼があったのも覚えてますえ?


「千歳はん、ウチがあの時に笑ってたから助けた、と言ってはりましたなー。
 もしそうじゃなかったら、助けようとは思わなかったんどすかー?」


答えは決まってはるでしょーけど。


「そうね。あなたがもしあの笑みを浮かべてなかったら、そのまま見殺しにしたでしょうね」


正直ですなー。人にどう思われるかなんて、これっぽちも考えてまへん。それとも気にしてないだけでしょうか。
でも、千歳はんがウチに嘘をついたことは、一度もありまへんでしたな。


「ふふふふふふ」


そんなお方には初めて会いました。


「やっぱりそれでこそ千歳はんどす~~~~~~」

「どういう意味よ、それ」

「ふふふふふ、教えてあげまへんえ~~~~~~」


今日は久しぶりに一緒に寝ましょか~~~。
ふふふ、千歳はん、なんだかんだ言ってウチには甘いですからなー。
案外簡単に誤魔化せますしー。


「その笑い方は何なのよ。ちょっと、誤魔化さないでよ。月詠ー?」


むー、今日は食い下がりますなー。
けれども、こーゆーのも悪うない、と思うよーになりました。




――――――――――――――ウチは…変わったんやろか…?








少女は思う。彼女は自分勝手で、強引で。でも決して偽らず、気持ち一つで自分を助けてくれた。
少女は思う。彼女は自分と共に在りたいと望んだ。ならそれに応えてみるのもいいと。
少女は思う。獣の瞳と、蝙蝠の翼を持ち。それでもなお人だと言ってみせた彼女のことを。
少女は思う。こんな自分でも、人なのだろうかと。

少女は気付かない。化け物は、自らが何者なのかと考えることなどないと。
少女は気付かない。戦いとは、相手がいて初めて出来るものだと。
少女は気付かない。戦い以外で、他者に価値を見出していることに。
少女は気付かない。戦いよりも、大切なものが出来ていることを。

けれども少女は、いつかは気付く。いつかは、きっと。















――あとがき――


月詠が好きなんです。もうそれでいいんだと、最近思えるようになってきました。
SSを書いている時点で、性格が変わるのは仕方ないんだと開き直ることにしました。
でもやっぱり丸くしすぎたか、と思わなくもなかったり。

月詠は人間ではないのでは、という説があるようですが、このSSでは種族としては人間です。

次の話が決まりません。2つほど選択肢はあるのですが。ですので次回更新はだいぶ後になると思います。
ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 10話 復讐顛末
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/01/30 19:46
最近、グラニクスの拳闘場ではもう敵がいない。とはいっても、カゲタロウみたいなのに勝てるとはまだ思えないけど。
今は大会には時期外れらしく、強者が来ない。おまけに私達はなんだか避けられているような気がする。
死傷率№1の相手をしたくないのか、非常に不本意ながら「男の敵」と名付けられた私の相手をしたくないのか。
あの攻撃方法は、別に男だけに効くわけではないのに。だいたいデビュー戦以外ではあまり使ってないじゃない…………衝撃が強すぎたかしら。

そのせいで月詠がちょっと欲求不満気味なのよね。無益な殺生でも楽しめる、とは言ってたけど、実際はあまり面白くはなさそうだし。斬りがいのある相手がいいみたい。
というわけで、泊まってる宿兼酒場のマスターから情報収集。この人は顔が広く、たまに有益な情報を教えてくれたりする。


「マスター、最近なんか面白そうな話でもないかしら?」

「面白いってのは、強い敵って意味かい?」

「まあそんなとこよ」

「それなら確か、いい話があったような…………」


考え込むマスター。ウサギ耳とモヒカンっぽい髪型がチャームポイント。岩のようないかつい顔も相まって凄まじい視覚的破壊力を有する。
でも客あしらいは上手くて、こんな地の果てみたいな場所でも立派に経営している。ただ治安が悪いから、頻繁に模様替えをするはめになってるのはご愛嬌。




―――?表が騒がしいわね。


「アネゴ、あの女っす!!あいつの相方がアニキを!!」

「分かった。アンタは下がってな」


女連れで騒々しく店に入ってきたのは、見覚えがなくもない顔。拳闘場とかで見たんだったかしら。
女は金髪で、キツネのような耳と尻尾を生やしており、何やら敵意がこもった視線をこちらに向けている。こっちは初対面だったはずだけど。
そうこうしているうちに、その女が話しかけてきた。


「連れがアンタの相方に世話になったようだね」

「いきなり何?雌狐に知り合いはいないわよ」

「へぇ、聞いてた通りみたいだねぇ。でもあんたにゃ用はないんだ。ツクヨミって奴を出してもらおうか」

「ただいま留守にしております。ピーという着信音の後、メッセージをどうぞ」

「ふざけてんじゃないよ!!」


バン!とカウンターに拳を打ちつける雌狐。睨み殺さんばかりの視線を向けてくる。コップが宙を舞い、床に叩きつけられて砕け散った。
……………失敗したわ、こっちの世界には留守番電話なんてなかったんだったわね。もう少し分かりやすい表現にすべきだったかしら。狐でも理解できるように。


「あの女のせいで、カイは!!」

「貝?シャコ貝?ホタテ貝?それともアコヤ貝?」

「とぼけるな!!!カイは二月前あの女に殺された!!!覚えてないとは言わせない!!!」


カイはどうやら人名だったらしい。二ヶ月前なら心当たりはなくもない。確か……再起不能にされた子分のお礼参りだとかで襲われて、返り討ちにしたんだったわね。
面倒になりそうだったから殺しはしなかったけど、狂に乗った月詠が新鮮ブロック肉を量産してたような気がする。どうでもいいことだったから言われるまで忘れてたわ。

つまりこの雌狐の目的は復讐。あの生肉の中に知ってる顔でも交じってたみたいね。私が相手してもいいけど、敵を取ったと知られたら後で月詠に文句を言われそう。
そこそこ強そうではあるし、女の子じゃないけど一応女性だし。月詠の好みからは若干、いえかなり外れてるけど。


「聞いてんのかい!!!」

「ああごめんなさい、全く聞いてなかったわ」

「アンタ…………!!!」

「お二人とも、暴れるなら外で頼むよ。うちはこれ以上改築したくはないからね」


う、悪かったわよ。私達が模様替えの原因の3割くらいを占めてるのは自覚してるわよ。
雌狐は視線で人が殺せそうな感じになっている。このままだとめでたく今月5回目の改築になるわね。


「何の騒ぎおすか~~~~?」


険悪な空気を全く気にしない、間延びした声が階段から降りてきた。空気を読めないのか、読んだ上で無視してるのか……………多分後者ね。
月詠は割と天然だけど、頭の回転は速い。もっともそれが活かされるのが、大抵戦闘時に限られるのはどうかと思うけど。


「あ、あの女です!!間違いありません!!!」


わめき始める下っ端君。まあロリータファッションで二刀流なんて目立つしね。


「へぇ………ちょいとそこのアンタ、表出な!!」

「…………何だかよー分かりまへんけどー?千歳はん、何か知ってはりますか~~?」

「そこの雌狐が肉屋に逝きたいらしいわ。肉の種類は任せるって」

「つまり斬ってもうてええ、ゆーことですな~~~~~?」


目を細めて口角を三日月のように吊り上げ、くすくすくすと嬉しそうに哂う月詠。
いつの間にか随分と妖艶な顔をするようになったわね。このままいけば将来は魔性の女とかになりそう。


「舐め腐った口きいてくれるね…………!!!」

「うふふ、あんさんは中々美味しそうですな~~~~」


この雌狐、可愛い女の子からはかなり外れてるんだけど。まあ拳闘士に女性は少ないし、久しぶりだから多少は誤差なのかも。
たなばたどす~~とか言いながら上機嫌で外に出ていく。月詠、七夕じゃなくて棚ぼたよ。願いが叶うという意味では正しいけど。















◇ ◇ ◇ ◇















外。いつの間にか集まってきた見物人の中から、狐に500、白髪に700とか聞こえてくる。また賭けをやってるようね。
月詠は日本人のはずなんだけど、染めてもないのに緑がかった綺麗な白い髪をしている。瞳の色は黒だからアルビノでもないみたい。謎ね。私も人のことは言えないけど。

戦いが始まって5分くらいは経ったかしら。月詠は愉しそうに、雌狐は獣の形相で戦っている。


「うふふふふふふふふふふふふ」

「ガアアァァァァ!!!!」


雌狐は爪で刀を捌いている。あの速度に反応できるのは少ないはずだけど、割とやるわね。よく見ると刀を真正面から受け止めるのではなく、横腹を叩いていなしている。
まあそうしないと簡単に斬れるしね。あの刀は何故か刃毀れの一つもしない。刃物というのは意外と消耗品で、私のナイフは結構買い換えてるのに。

硬質な金属音が断続的に辺りに響く。金が跳びはね、月が舞う。それはあたかも踊りのように。
唐竹に打ちおろす。横から弾く。間髪入れずに小太刀で喉を狙う。身を屈めて避け、立ち上がる勢いを利用して頭突きを腹に食らわす。体勢が悪かったらしく、そのまま受けて吹き飛ばされた。


「みぎゃん!?」

「死ね!!」


チャンスと見たか、両の手に炎を纏わせ殴りかかる雌狐。無詠唱の魔法の射手………じゃないわね。幻惑するような淡い紫の炎、おそらくは狐火。種族としての能力、といったところかしら。
見た感じかなり強力そう。瞬時に大気が熱せられ、陽炎が揺らめいている。最初から使わなかったのは、何らかの制約があるからとか?持続時間が短いとか、まあそのあたりでしょう。

けれどもその程度では、月詠は崩れないわよ。


「ざんまけーん」

「グァッ!!!」


一瞬で体勢を立て直した月詠が、狐火ごと拳を斬り裂いた。雌狐の左手が縦に割られ、鮮血が舞う。
たまらず後ろに跳び退った雌狐は、月詠を睨みつけ歯を食いしばっている。歪む顔は痛みだけのためじゃなさそうね。


「腕一本は落としたと思ったんですけどー。まあ、簡単に終わってもつまらへんですしなぁ」

「……このバケモノが!!」

「それは聞き飽きましたえー」


化け物でもええというお人もおりますし、と僅かに口が動く。
……小さく、独り言のように呟かれた言葉は、多分私にしか分からなかったでしょうね。誰かに聞かせるために言った、というわけではなかったみたいだし。


「今度はこっちから行きますぅ~~~」

「舐めるなぁ!!」

「うふふ、イキがええどすな~~~」


再びガギンギィンと金属音が鳴り渡る。けど、武器である手を斬られた雌狐が明らかに劣勢。
だんだんと追い詰められ、体中に傷が増えていく。紅い匂いが、鉄の匂いが、血の匂いが濃くなっていく。


「にとーれんげき ざんがんけーん」

「グッ!!!」


速さを追い求めた剣戟が雌狐を切り刻む。月詠の剣は速いけど、それ以上に重い。あの細腕から繰り出されるとは思えないほどに。
雌狐はその剣を捌ききれず、血煙が舞った。


「ガアッ!!!」

「あはははははははははは!」


本当に愉しそうに、嬉しそうに哂いながら刀を振るう月詠。こういうところは変わってないわね。
綺麗な白髪に返り血が付いて、ところどころが赤く染まっている。


「あ、あぁっ!!」

「あやー」


足に狐火を纏わせ蹴りを放つ雌狐。満身創痍なのに器用なことね。
当たりはしなかったけど、警戒したのか月詠は一旦距離を置く。

雌狐も体力の限界が近いのか、追撃はしない。出来ないだけかもしれないけど。
斬岩剣でかなり深く斬られたらしい。左肩を押さえて、それでも瞳の光だけは衰えることなく睨みつけ、月詠はくすくすと哂いながらその視線を受け止める。




膠着を破ったのは、衛兵が来たという大きな声だった。
槍のような形状の杖に乗って、かなりの数がこちらに向かっているのが見える。


「無許可の私闘は禁じられている!事情を聞かせてもらおう!!」


気の早い一人が向かってきた。あれに勝つのは簡単だけど、そうなるとまた面倒事が増える。


「月詠、退くわよ」

「むー、仕方ありまへんなー。まあそれなりに堪能できましたし、これくらいにしときますー」

「ま、待ちな!!まだ決着は着いてないよ!!」

「アネゴ、今は退きましょう!死んじまったら何にもなりません!」


血塗れのぼろきれのような状態で吠える雌狐。下っ端君の方が冷静ね。というかまだいたのね、道案内だけして帰ったのかと思ってたわ。


「行きましょう」

「はいな~~~~」


後ろでまだ何か言っている。それを無視して、私達は雑踏の中に紛れて消えた。
とりあえず帰ったらシャワーね。その前に私はやることがあるけど。















◇ ◇ ◇ ◇















薄暗い路地裏。普段なら人気のない場所に、今は2人の声が響いていた。


「ちくしょう!」

「アネゴ、落ち着いて下さい。怪我を治して、今度こそアニキの仇を取りましょう」

「ああ、分かってる!分かってるよそんなこと!」

「……………ほんとならオレがやんなきゃいけないんですけど、すいません。オレは、弱い」


ぎりりと歯を食いしばる。悔しさがにじみ出ていた。


「………いや、すまなかったね。アンタも悔しいだろうに」

「いえ。アネゴに任せなきゃならない、弱いオレが、悪いんですから。
 ……………オレ、強くなります。誰にも、負けないくらい」

「へえ、あのガキが言うようになったもんだねえ」


口とは裏腹に、嬉しそうな笑みを浮かべる。


「オレだって、いつまでも子供じゃないんですよ」

「フフ、分かってるさ。次は、2人でやろう」

「―――――はい!」

『百の影槍』


トスンと、あっけないほどの軽い衝撃と共に、雌狐の腹から黒い影が生え、膝をついてくずおれる。
この2人には蝙蝠の使い魔をつけておいたから、どこに行ったかはすぐに分かる。人気のない場所に入ってくれたのは幸運だった。私にとってはだけど。


「え?」

「アネ、ゴ?」


ヒュッと影が空を斬り、下っ端君の首が宙を舞う。残された胴体は、数瞬だけ何事もなかったかのようにそのまま歩き、真っ赤な血を噴き出してごとりと倒れた。
カゲタロウの影槍の使い方を参考にした、影の鞭。刺突ではなく斬撃がメイン。まだあまり慣れてないから制御が難しく、1本しか操れないけど今は十分。


「げほっ!!アン、タ、は………!!」


思い出したかのように血を吐く雌狐。下っ端君は、何が起こったかも理解していないような顔で転がっている。
切断面がイマイチね。まだまだ練習の必要有り、か。


「あら、まだ息があるとは。さすがは獣ね、生き汚いわ」

「ふ、ざけた、こと、を…………!!!」


心臓を狙ったけど、僅かにそれて腹に当たった。気付かれないように発動速度を重視して、誘導性をあまり付けられなかったからね。まあ致命傷には違いないし、構わないか。
雌狐は手に狐火を顕現させ、それで腹の傷を焼いて塞ごうとしている。けどその炎はさっきよりも遥かに弱々しいし、その程度で塞げるような傷でもない。


「やめときなさい、内臓はもう殆ど原形をとどめてないわよ?血を止めても助かりはしないでしょうね」

「うる、さ、い…………!!!ア、ンタは、アンタだ、けで、も……………!!!!」


腕を振りかぶり、狐火を投げつける。それは今まで見せた攻撃の中で、最も速かった。窮鼠猫を噛む、というやつかしら。
けれども私は猫ではなく、端くれなりとも吸血鬼。獣では鬼には届かない。


『影布対魔障壁』


一瞬で構成された影布が狐火を阻む。幼い頃から使い続けた影布は、もはや生半な攻撃は通さない。
役目を終えた影布は、溶け落ちるように消え去った。


「残念だったわね。私のために、月詠のために死になさい」

「ちく、しょ、う………カ…イ…………………………………」


ドスリと、今度こそ心臓を刺し貫く。びくりと痙攣し、そのまま雌狐は動かなくなる。
苦悶の顔。無念の顔。復讐者の顔。そんなものを浮かべて彼女はこときれた。




ふう、と息をつく。こんなことをしても月詠は喜ばないでしょうけど。あの子の望みは戦い。ゆえに戦いの芽を摘むことは本意ではない。
だからこれは私のため。月詠の未来を見るために。私の身勝手な願いのために、人を殺す。

誰もいなくなった路地裏には血の華が咲き乱れ、人だったモノが転がっている。けどまだやることは残っている。


『影よ 腐らせろ』


影の概念の一つ、「腐蝕」。術式魔法との組み合わせでの成功例。今のところ非生物にしか効果はなく、速度もない。でもこういう時には役に立つ。
私の影からゆっくりと黒が染み出し、死体に取り付き腐らせていく。まるでビデオの早回しのように、肉がなくなり白い骨が露出し、ついにはそれすらも砂になって崩れて消えた。
毒々しく咲いていた血の華もいつのまにか枯れ果て、その名残りは濃厚に香る紅の匂いだけ。

そして最後に一つ、しておくことが。


『影よ 集え』


死せる者には手向けの花を。殺した者には花束を。奪った命には礼儀を持って、優しく優しく送ってあげる。
捧げる花はトリカブト。猛毒を持ち、本来は紫のその花は、影で創られたため漆黒に染まっている。
花言葉は「復讐」と「美しい輝き」。彼女にはぴったりだと思ったけど、ちょっとばかり皮肉が利きすぎたかしらね。
花束を創り、何もなくなった路地裏に撒く。黒い花は込められた魔力が尽きるまで消えることはない。




…………いつからだったかしら、こんなことを始めたのは。意味がないとは分かっているけど。
これまで見てきた、ただ死んで行くだけのモノたち。誰に知られることもなく、誰に惜しまれることもなく、闇に消えていくモノたち。
そんなことを繰り返す中、ただ、ふと、思った。送る者がいないのは、悼む者がいないのは、少し悲しいんじゃないかと。
そこで思った。ならば私が覚えていようと。何をするでもなく、ただ覚えていようと。偽善にもならない、ただの自己満足。自分で自分を嘲笑ってしまう。

けど、止めるつもりはない。意味はなくても価値はある。私がそう決めたのだから、この行為にはきっと価値はある。
私は今日も、わたしの中に墓標を建てる。私に刻まれたモノが、また数を増す。

…………ああ、そうだ。始まりは、あの時だった。月詠と出会った頃。彼女が斬った、血の海に沈む、人だったモノ。それを見て、ふと思ったんだったわね。
月詠は、変わった。少し、そう、ほんの少しだけ。昔なら、誰かと共に在るなんてことはなかったでしょうから。

私も昔は、こんなことをしようとは思わなかった。私も、変わったのかしら。















◇ ◇ ◇ ◇















「あ、お帰りなさい~~。どこ行ってはったんですか~~?」

「ただいま。ちょっとした野暮用よ」


シャワーを浴びたのか、さっぱりした顔で出迎える月詠。赤かった髪も白く戻っている。
久しぶりに歯応えのある相手と戦ったからか、機嫌もよさそう。


「月詠」

「何ですかー?」

「どうして、私と共にいてくれるの?」


ぽつりと口をついて出た言葉。ああ、こんなのは私らしくない。今日は、どうかしている。
月詠はきょとんとしていたけど、すぐに笑顔で答えてくれた。


「千歳はんが、そう望んだからです」


その答えは、半ば予想していて。それでも、確信が持てなかった答え。


「ウチを受け入れてくれたお人の望みに応えてみるのも悪うない。そう、思ったからです」

「―――――――――――――――――――――――――そう」


その口調は、いつもの間延びしたものではなくて。どこか暖かみを感じさせるものだった。


「月詠」

「?」

「ありがとう」


私には、半分吸血鬼の血が流れている。だから、おそらく、人よりも長く生きると思う。どうにも最近、何となく成長する速度が遅いような気がするから。
その長い歩みの中で、共に在ると言った人がいる。それは多分、とても幸運なこと。月詠は多分、私よりも早く死ぬ。それでもきっと、とてもとても幸運なこと。


「―――そういえば、マスターが面白い話があるって言ってたわ。後で聞きに行ってみましょう」

「そーですなー。次は可愛い女の子がええですなー」


話を合わせる月詠。珍しく空気を読んだらしい。
でも今はありがたい。今日はいろいろと、調子が狂っている。




独りには、もう、飽きた。















――あとがき――


最近不足しがちな月詠の狂気を描こうと思ったら、なぜかこんなことになりました。
キャラクターって、勝手に動き出すものなんですね。

原作介入の方法をどうしようか悩んでおります。2つほど候補はあるのですが、まずは日本に帰らせないと始まりません。
一応帰らせる理由も考えてありますが、どちらのルートにしても面白い内容になるようにしたいと思います。

リアルが忙しくなってきたので、更新はまた間が空きます。申し訳ありません。
ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 11話 竜退治 前編
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/04/03 20:50
「竜退治?」

「そう。パーティーに穴が空いてな、一時的に欠員補充のメンバーを探してるらしい」


ここ魔法世界には、魔獣や魔物といったファンタジーな生物が実在している。この間はごたごたで聞きそびれた「面白い話」とは、竜が郊外の村を襲い被害が出ている、というものだった。
時間がたてばいなくなりはするけど、それがいつになるのかは分からない。そして辺境のため軍隊も簡単には来られず、村長が竜に報奨金をかけたらしい。種類は「白竜」で、莫大な体力と硬い表皮、そして何より白くて巨大な体が特徴だとか。

で、ある賞金稼ぎのパーティーがその竜を狙っている。でも諸事情によりフルメンバーは不可能で、その穴を埋める期間限定の代理を探しているという話。
拳闘士として有名な私達なら問題はないだろう、と言ってはいるけど、チームワークは考えてるのかしら。それともかなり追い詰められてるとか?懐具合的な意味で。


「竜ね………私はやってもいいと思うけど。月詠?」

「ん~~~~~、可愛い女の子が良かったんですけどー。まーたまには人斬り以外もええかもしれまへんな~~」

「そりゃ心強いな」

「…………どちら様かしら?」


マスターと話しているところに横から入ってきたのは、亜人や獣人じゃない普通の人間。割と細身だけど、筋肉はついてそう。
酒!一番高いのを5人前!と大声で注文している。声が大きいわね。


「おう、俺はそのパーティーのリーダーをやってる、ジャン・バルバートというもんだ。ジャンでいいぜ。
 で、そっちの2人が」

「シルヴィア・コルテーゼよ。よろしくー」

「……エレナ・アストルガ」


シルヴィアと名乗った女性はエルフみたいな耳をしている。20代くらいに見えるけど、こっちは種族で寿命が大幅に違うから当てにはならないわね。
エレナは流木を思わせる、波打つような形の角が生えている。あの角の種族は闘技場で見た覚えがある。確か、植物を使った攻撃をしてきたはず。割と厄介だった。


「あらこれはご丁寧に。知ってるかもしれないけど、神田千歳よ」

「月詠いいますー」

「2人ともここの拳闘士だったよな。今回の竜退治、協力してくれるってことでいいのか?」


期待した目でこっちを見るジャン。マスターが何も言わないってことは、自己紹介の通りで間違いないのでしょうね。
月詠の方をちらりと見る。……相変わらずぽわーんとした雰囲気を纏ってるけど、意外と乗り気のようにも見える。
この間の雌狐は不完全燃焼だったし、闘技場でも今はあまり強いのが来ないからかしらね。


「ええ、構わないわ」

「そいつは良かった。雇用料だが、このメンツで賞金を山分けするってことでどうだ?」

「私はそれでいいけど、月詠はどう?」

「ウチは斬れれば何でも構いまへんえ~~~~?」

「よし!話もまとまったところで前祝いだ!!」


タイミング良くジャンが注文した酒が運ばれてきた。さすがはマスター、あのウサ耳の聴力は伊達じゃない。
というかジャンはごく自然に月詠の発言をスルーしたわね。客観的に考えると結構危ない発言だと思うんだけど。


「それでは、竜退治成功を祈って!」

「「「「「乾杯!!!」」」」」


普段は酒は飲まないんだけど。あまり好きじゃないし、なぜか月詠に止められてるから。前にかなり飲んで、その後珍しく真剣な顔で禁止されたんだったっけ。記憶はないけど。
まあ少しくらいなら大丈夫でしょう。と思っていたら、早速釘を刺された。私そんなに信用ないのかしら。


「千歳はん、飲みすぎはあきまへんえ~?」

「大丈夫よ」

「ねえねえ、2人ともなんで拳闘士なんかやってるの?」


好奇心たっぷり、といった感じでシルヴィアが話しかけてきた。見た目によらず子供っぽいところがあるみたい。
横に突き出たエルフ耳がぴこぴこ動いている…………………………あの服が似合いそうね。


「趣味?と実益を兼ねてね」

「実益は分かるんだけど、趣味って?」

「月詠が、ね」

「?」


不思議そうな顔。戦闘狂には馴染みがないのかしら。探せばいるとは思うけど。
そういえば、こっちも聞きたいことがあるのよね。割と強引に話題を変える。


「そんなことより、パーティーに穴が空いたとは聞いたけど、急増メンバーなんか入れていいの?」

「あー、うん、ちょっと事情が、ねえ」


何やら言いづらそうに口を濁すシルヴィア。困ったような顔で、所在なさげにグラスをもてあそんでいる。
そうしていると、さっきから沈黙を保っていたエレナが口を開いた。


「……話しておくべき」

「エレナ」

「……協力してもらうのはこっち。知っていてもらったほうがいい」

「なんか複雑な事情があるみたいだから、無理にとは言わないわよ?」

「………………いえ、話しておくわ」


話しにくそうにシルヴィアが話してくれたところによると、パーティーメンバーは本来はあと2人いるみたい。でもその2人が賭けで負けて奴隷になり、解放には大金がいる。
手近で一番手っ取り早く稼げるのは竜退治。その賞金を入れれば何とか資金は足りそうだけど、戦力が足りない。そこでメンバーを集めることにしたら、私達が来たと。
他の賞金稼ぎなんかを雇うと、かなりふっかけられるらしい。その点私達は拳闘士で腕は確かだし、賞金の山分けで賛同してくれたからお買い得だとか。


「つまり早く戦力を戻さないと、仕事もままならないということかしら?」

「うーん、それもなくはないんだけど、やっぱり仲間だからね。できることはしてあげたいのよ」


あなただってあの子が同じことになったら、やっぱりそう思うでしょ?と月詠を見ながら聞いてくる。
何やら通じ合うものでもあったのか、割と仲がよさそうに月詠はエレナと話している。
ジャンはマスターと話し合っている。ウサ耳モヒカンを気にしてないところを見ると、常連だったみたい。

月詠と私、か。


「………そうね。契約を果たすために、あなたと同じことをするでしょうね」

「契約?仮契約でもしてるの?」

「そんなのじゃないわよ」


ただの、わがまま。私が望んで、月詠が応えた。独りに飽きた私と、行き場所がなかった月詠と。
それは――――


「――――ただ、共に在ること。そう、望む限り。それが、私と月詠の、契約」


そして私は、契約を決して違えない。どんな契約でも、契約者がいる限り必ず守り抜いて見せる。
それが、私が決めた道。私が私に捧げた誇り。




………………………酔いが回ったかしらね。初対面で、こんなことを言うなんて。
ふと横を見ると、シルヴィアが羨ましそうな、自然に笑みがこぼれたような、そんなしっとりとした表情でこちらを見ていた。


「…………………どうしたの?」

「いや、ただ、そういう人がいるっていいなあ、って」


何やら夢見るような口調。やっぱり年に似合わないところがあるわね。
あー、私にも王子様が来ないかなあ、なんて言っている。月詠は別に王子様ってわけじゃないんだけど。


「あのジャンって人はどうなの?」

「え?ななな何をおっしゃるうさぎサン」


口調が思いっきり乱れた。適当に言ってみただけなんだけど、もしかしてヒットした?
面白そうなのでとりあえず追撃をかける。


「なるほど、そういうことだったのね。安心して、私は応援するから」

「ちょ、ちょっと、そういうことってどういうことよー!?」

「それはもちろんあなたがジャンに惚れ「わーわーわー!!!」………なあに?」


にやりと笑って言ってあげる。我がことながら、今すごいイイ顔をしている自信がある。
というか見事にホームランだったとは。


「お願い、黙ってて!!」

「飲んでるかお2人さーん!!?」

「ぴぎゃ!!?」


ジャンが乱入してきた。あれは結構酔ってるわね。文字通り飛びあがって驚くシルヴィア。
エルフ耳が非常に面白いことになっている。つまんで固結びにでもしたくなるわね。


「どうしたシルヴィア?顔が真っ赤だぜ?」

「ななな何でもないわよ!?お酒!!そうこれはお酒のせいなの!!」

「そうか?ならいいが、あんま飲みすぎんなよ?」

「だだだ大丈夫よ!」

「ほらいちゃつくのはそのあたりにして。折角の宴なんだから楽しみましょう」


茹でダコのごとく真っ赤になっている。これはからかいがいがありそうね。
ジャンは不思議そうな顔でこっちを見ている。………鈍いのかしら。


「なな何言ってるの!?」

「ふふふ、言ってもいいのかしら?」

「よく分からんが、まあ仲良くなったみたいで何よりだ」


女は男にゃ分からんなあ、まあ楽しんでくれや、と言って席の方に戻っていくジャン。鈍さは筋金入りっぽいわね。
エレナと月詠は相変わらず仲良さげに話している。ただ、会話が成り立ってないように見えるのは私だけかしら。


「さて、あの朴念仁っぽいののどこがいいのか、キリキリ吐いてもらうわよ」

「うう、おにー、あくまー!」

「褒め言葉ね」


鬼は間違ってないわ、吸血鬼だからね。ふふふ、面白そうなおもちゃが手に入ったわ。


「さあ吐きなさい。楽になるわよ?」

「……シルは分かりやすい」

「エレナまで!?」

「何ですか~~~~?」


2人が参戦してきた。エレナの言動からすると、どうやらバレバレだったらしい。月詠はあまり分かってなさそうだけど。


「さあ!」

「……さあ」

「さ~?」

「「「さあ!!」」」

「ううう、みんながいじめるよー」


エレナが見た目によらずノリが良い。月詠はよく分かってないまま、とりあえず空気を読んだらしい。
涙目のシルヴィア。そんな顔してると、何だかこう、もっといじめたくなってくるわね。


「5対1よ。民主主義という名の数の暴力に従ってちゃっちゃと吐きなさい」

「いつの間にかジャンとマスターまでカウントされてる!?」

「……私も聞きたい。あれのどこがいいの?」

「エレナ、援護射撃の方向が違う!!ここは私を助けてくれる場面じゃないの!?」

「斬ってええどすか~~~~?」

「それはだめ」


なんだか混沌の様相を呈してきたわね。あ、あの酒は確か、火をつけたら燃えるアルコール度数だったはず。月詠はうわばみだから大丈夫だとは思うけど。
そろそろ止めないと大変なことになりそうだけど、ここはあえて煽りたてる。なぜならその方が面白いから。


「なあマスター、女って難しいな」

「………俺からは何も言えないな」


何やらジャンが黄昏れている。そういえばこのパーティー、男女比が酷いことになってるわね。多分残りの2人は男性だとは思うけど。

私と月詠とエレナに囲まれるシルヴィア。警察の取り調べでもここまではやらないだろう、という勢いで攻め立てる。
顔はもはや茹でダコを通り越してトマトになっている。実にからかいがいがあるわ。


「―――――なるほど、そこでの臭い台詞が決め手だったと」

「……たぶんそう。ジャンは鈍感のくせに、無意識に女性を口説く」

「つまり女の敵ゆーことですなー?斬ってええどすか~~~~~?」

「それはまだだめ。それにしてもそんなのに惚れるなんて、シルヴィアって男を見る目がないの?」

「……前も変なのに引っかかってた。恋と変を間違えてる」

「きっと下心を見抜けないのね………。よし、私達でシルヴィアを面白おかしく改造しましょう。きっと一回りしてまともになるはずよ」

「……まずはその胸から。大きすぎて目障り。邪魔。もげろ」

「気が合うわね………さあシルヴィア、大人しくしなさい!」

「うわ~~~ん、誰か助けて~~!!」


ふふふ、夜は始まったばかりよ。















◇ ◇ ◇ ◇















次の日の朝。ジャンは装備を揃えるとかで、どこかに行ってしまった。手伝おうかと聞いたけど、数がいてもしょうがないし、一人で十分だと言うからそのまま見送ることになった。
そして暇が出来た私達は、ジャンの言葉通り温泉に来ている。魔法世界にもあるのね。


「うう、昨日は酷い目にあったよ……………」


さめざめと涙を流して湯船に埋もれるシルヴィア。耳がへにょーんとたれている。角度によって感情が表されてるみたい。


「私は面白かったけど?」

「私は面白くない!!」

「……その胸が悪い」

「エレナ!?」

「よう見ると、あんさんも案外美味しそうですな~~~」

「ツクヨミちゃんまで!?」


月詠のは若干意味が違うと思うけど。というか過剰に反応するからいじられるのよ。
それにしても


「この胸は何が詰まってるのかしら?」

「ひゃうっっ!!?」


私は生まれ変わっても胸部のサイズが変わらない、むしろ悪化してる。成長も遅いから将来性も怪しいし。いや戦闘時には邪魔になるからいいんだけど、何かこう、釈然としないものがあるわね。そんな恨みの念を込めて揉みしだく。そりゃもうじっとりねっとりたっぷりと。


「ちょ?ちょっとそこは………あんっ!」

「魔法世界まで来て、格差社会を実感するとは思わなかったわ………世の恵まれない女性に土下座して謝りなさ「……ちょっぷ」痛いじゃない」

「……やりすぎ」


いつの間にか後ろに回り込んでいたエレナが、私の頭にチョップを繰り出していた。殺気がなかったとはいえ、まさか私が気付かないとは。
月詠はぽやーんとしたまま傍観を決め込んでて役に立たないし。まあ動かなかったから危険はないってことなんでしょうけど。
頬を朱に染め、荒く息をつくシルヴィア。もう少しだったんだけど、惜しい。


「あ、ありがとエレナ。なんか危ない扉を開けるとこだったよ……………」

「……シルの胸はジャンのもの」

「エエエエエエレナ!?なななな何言ってるの!!?」

「そういえばそうだったわね。ごめんなさいシルヴィア、次は彼の許可を取ってくるわ」

「チトセー!!?」

「それとも」


顔を近づけ、ふっと耳に息を吹きかける。あ、と艶めかしい声が漏れ出て、ぴくんとシルヴィアの体が動く。


「一緒に楽しみましょうか?」


意味を理解するまで数秒間固まり、ボンッと真っ赤になって頭から煙を出すシルヴィア。ショックが強すぎたのか、ぶくぶくぶくとそのまま湯船に沈んでいく。
ウブね。まあその方が面白いからいいけど。本当にからかいがいがあるわー。




シルヴィアをおもちゃにして遊んでいると、月詠が近づいてきた。


「千歳はーん、浮気おすか~~~~?」

「あれ?私達ってそんな関係だったの?」

「満月の夜、あんなに激しくウチを求めたやないですか~~?やっぱり遊びだったんですか~~~?」


悲しそうな顔をしてるけど、目が笑っている。私にしか分からないでしょうけど。
誤解しか招かないような言い方はやめなさいよ。いや確かに月詠を求めたというのは間違ってないけど、間違えてるから。


「……不潔」

「違う。今あなたの頭にある情景は激しく間違っていると断言するわ。あれは生理現象よ」

「……変態」

「悪化した!?」

「ぷ、くくくくく」


必死に笑いを堪える月詠。ひょっとして………エレナとグルになって私を嵌めた?
見れば2人でサムズアップを交わしている。いつの間にやら随分と仲が良くなってるし。まあそれはいいんだけど。


「つーくーよーみー?」

「あはははははははははは!」

「……作戦、成功」

「…………………いい度胸ねあなた達………………」


そこから先は中々愉快なことに。早朝で人がいないのをいいことに、温泉がドタバタ劇の舞台に変貌を遂げた。
全く、いつの間にか私をからかうことを覚えて。どこで育て方を間違えたのかしら。


「捕まえたわよ月詠。修正してあげるから大人しくなさい」

「え、えーと、千歳はん?ひゃっ!?」

「うふふふふふ、覚悟はいいかしら…………?」

「はうっ!?」


顔を真っ赤にして息を荒げる月詠。やばい、かわいい。何だか危ない気分になってくるわ。
このこみ上げる感情は――――――――――――――――――変?


「……やっぱり、そういう関係?」


……………………あなたとは、じっくり話し合う必要がありそうね、エレナ・アストルガ。















――あとがき――


竜はどこに行ったんでしょうか。タイトルに偽りありです。むしろ偽りしかありません。
重い話が続いたので軽くしようと思ったら、何故かR15的展開に。大丈夫なんでしょうか、作者の頭は。

友人が風邪をこじらせたと言うので見舞いに行ったら、一緒に暮らしてるはずの彼女がいませんでした。話を聞くと、喧嘩して家出されたということでした。
こじれていたのは風邪だけではなく彼女との仲もでした。日常生活にオチはいらないと言ったら泣かれました。常に笑いを追求してこその芸人だそうです。知らねえよ。
とりあえず備え付けのハリセンでツッコミを入れて帰りました。あの2人はどうせまたすぐにくっつくでしょう。

なぜ私はあの男といまだに友人関係にあるのか謎です。
ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 12話 竜退治 後編
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/02/01 23:29
私には蝙蝠の翼がある。これは竜などの魔獣とは異なり、魔力や気に関係なく飛行可能。ゆえに非常に大きく、狭いところだと邪魔になる。
ちなみに一人くらいなら抱きかかえても余裕で飛べる。この大きさを羽ばたかせるには強靭な筋肉が必要になるはずなんだけど、そのあたりがどうなっているのかは謎。
きっと魔法的不思議力で何とかしてるんでしょう。現に飛べてるし。

ワシやアホウドリといった大型の鳥は、ほとんど羽ばたかず長距離を飛ぶ。それに比べてスズメやハチドリのような小型の鳥は、短距離を敏捷に飛び回る。
もちろん例外もあるけど、だいたいはそれで変わらない。

で、私の場合は前者。蝙蝠は蝙蝠でも、よく見かける小さなものではなく、フルーツバットと呼ばれるような大型の種類らしい。
この種類は超音波を使わず、目で周辺を認識して昼間に活動する。私の目がいいのはそのためだと思うけど、瞳が紅い理由はやっぱり不明。

翼の大きさゆえに高速で長時間飛ぶことには向いているけど、小回りは利かない。高速で飛べるのは戦闘時には役に立つんだけど、小回りが利かないのは割と厳しい。
魔法使いたちは杖やホウキで空を飛ぶ。急速制動・急加速などもでき、中々便利そう。最高で時速120kmくらい出ると聞いた。
ホウキを媒介にして風の精霊を従わせており、それゆえに初心者でも扱えるようになっているらしい。私が使えるかは……微妙ね。まあ使う気もないけど。




で、なぜこんなことを言い出したのかというと


「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」

「ガアアァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!」


今回の標的、白竜が氷のブレスを吐いてきて、それを何とか避けないといけないから。竜と言えば炎かと思っていたけど、この種類は氷だった。
結構射程が長いうえに、ブレスに触れると凍りつく。おまけに尖った氷柱まで飛んでくる。当たった木が、折れるのではなく凍って砕け散っていた。かなりの低温らしい。

虚空瞬動を駆使して空を跳ね回る。旋回・方向転換などがこれで擬似的に出来るようになった。
あっさりこなしてるように見えるけど、使えるようになるまでかなり苦労した。魔力を固めて足場にするイメージで何とか成功したけど。

今回私は空中戦。ジャン、エレナ、月詠の戦士系の3人は空を飛ばないため、私は竜が空中から攻撃しないように牽制する役。
ホウキなんかで飛んでる状態では、戦士は実力を出しにくいらしい。シルヴィアがホウキで飛びながら遠くから魔法を撃っている。

中々に厄介な相手だけど、他の種類のように魔法障壁を張ったりはしない。ただネックはその表皮。かなり硬く、簡単には斬り裂けない。


「にとーれんげき ざんてつせーん!」


月詠が神鳴流の技を繰り出すけど、それでも傷がつく程度。その名の通り、簡単に鉄を斬り裂けるはずなのに、あの程度で済むとは。
鬱陶しそうにぺいっと腕で払いのけ、月詠はあーれーという緊張感のかけらもない声を出して吹っ飛ばされていく。…………………心配はいらなさそうね。

20m以上の巨体ゆえの体力も馬鹿に出来ない。ただ瞬発力はあまりないみたいだし、動きそのものは大したことはない。
つまるところ、あの表皮の防御力をどうにかしないといけない、という一点に集約される。


『氷槍弾雨!!』


雨あられと氷の槍が降り注ぐ。透明な光の洪水といった感じで、戦闘中でなければ見とれていたかもしれない。
シルヴィアの技量は思ったより高そうだけど、残念ながら効いてはいない。ことごとく表皮に弾かれてる。


「ガアッッッッ!!!」

「うそっ!!?」

「……どいて!」


エレナが竜の足元から木の根を生やして拘束する。植物を操る、種族としての固有能力。生えたそばからぶちぶちと引きちぎられているけど、動きは鈍った。
彼女のアーティファクトは、自らよりも大きい西洋の両手剣。重さで叩き斬ることを目的とした武器。


「……『魔法の射手 集束・光の97矢!!』」


剣が一瞬で巨大化し、竜の頭を狙う。大きさを自在に変えられるアーティファクトみたいね。魔法を纏わせているのは多分エレナの技量。魔法の射手が絡みついた剣が白く光っている。
見事に直撃し、硬質な金属音が響く。ある程度は効いたみたいだけど、衝撃が足りなかったようで気絶にまでは至らなかった。ああいった剣は切れ味は良くないため、表皮には傷一つない。


「オラァッ!!!!」


そこにジャンが間髪いれずに追撃をかける。手にする得物はハルバード。槍の先端部分に斧を取り付けた形状。
それを振りかぶり、力の限り打ちおろそうとする。けど


「ギャアァァァァァァッッッッッ!!!!」


氷のブレスの方が早い。さっきのエレナの攻撃が文字通り頭にきたみたい。
首を捻ってジャンの方を向き、口を大きく開け今にも攻撃しようとしている。


「やべっ!!!」

『百の影槍!!』


直前で影槍が鼻っ柱に命中し、その勢いでブレスの角度がずれて直撃は免れた。
私の影槍も鉄くらいは簡単に貫けるんだけど。白竜の表皮、おそるべし。


「助かったぜ、ありがとよ」

「どういたしまして。でも本当に硬いわね、あれ」

「私の魔法も弾かれちゃったよー」

「……多分、突然変異。普通はあそこまで硬くないし、体色は白だけで青い模様もない」

「斬れなくてつまんないどす~~」


戦いはまだ中盤。どうにかして突破口を見つけないと。















◇ ◇ ◇ ◇















「さて、ここまで来たはいい。しかし竜を探さないといけないわけだが」

「ルカがいないからねー」


郊外の森の中。まずは白竜の居場所を突き止めないといけないんだけど、いつも偵察をしているというルカなる人物が今回はいない。
代案としてジャンが偵察用の魔法具を持ってきてはいるけど、使い捨てだからなるべく消費したくはないらしい。値段も張るから、迂闊に使うと経理もやってるルカが涙目だとか。

これはあんまり得意じゃないんだけど、仕方ないわね。


『影よ 集え』


生み出すのは影の使い魔。妙に現実感のない、影絵のような黒い蝙蝠が10ほど生まれ、羽ばたいて四方に散っていく。
同時に操れるのは私ではこの数が限界。とは言っても半自律行動が出来るから偵察には十分だけど。


「……珍しい」

「あれ?私が影を使うのは知ってたんじゃないの?」

「拳闘に詳しいのはジャンだからね。私達はあんまりそっちは知らないのよ」

「へえ、そうだったの。―――――そういえば、戦力確認をしてなかったわね。すぐには見つからないだろうし、今のうちにやっておきましょうか」


こちらの戦闘方法を簡単に伝え、向こうのも聞いておく。まあ切り札を明かしたりはしないけど、それはあちらも同じこと。
ジャンとエレナが戦士系で、シルヴィアが魔法使いらしい。私と月詠を入れると、前衛4に後衛1………バランスが悪すぎるわ。私は後衛か遊撃に回った方がよさそうね。

そう思っていると、ジャンが作戦を立てていた。ジャン、エレナ、月詠で前衛、シルヴィアが後衛、私が空中から遊撃、という形。まあ妥当なところでしょう。
ジャンは限られた時間と情報で作戦を立てられるみたいね。なるほど、確かにリーダーにふさわしい。

―――――――――――ん?意外と早かったわね。


「見つけたわ。南東、距離4000」

「よし、行くか!」

「やるよー!」

「竜さんを斬るのは初めてですな~~~」

「……頑張る」


見失わないように竜に蝙蝠を張り付けたまま近づく。他の場所に散った蝙蝠は破棄する。
視覚共有は便利なんだけど、同時に複数をやろうとすると酔うのが難点ね。訓練次第で何とかなるかしら。






―――――見えた。四つ足にトカゲのような尾、そして翼竜に似た翼が肩辺りから生えている。そこまでは情報通りだけど、色は白だけじゃなく、ところどころに青い模様が入っている。
こちらを見つけていたのか、すでに警戒態勢に入っていた。


「グルルル………」

「シルヴィア!」

「任せて!『来たれ!』」


ジャンの呼び掛けに応じて、シルヴィアがアーティファクトを出す。その瞬間、私達の周りが球状に「切り取られた」。
どうやら周りを巻き込んで結界を張るものみたいね。かなりの広範囲だし、術者が内側にいるタイプだから簡単には解除されないでしょう。


『氷爆!!』

「オラアッッッ!!」


シルヴィアが先制攻撃。そして氷の煙幕に紛れてジャンがハルバードで殴りかかる。
翼の中ほどに命中するが、少し傷つけたくらいで弾かれた。


「マジかよ!!?」

「グルアァァァッッッッッ!!!!」


今ので完全にこちらを敵と認識したらしい。口を開けてブレスを吐こうとしている。


「にとーれんげき ざんくーせーん!」


月詠が珍しく遠距離攻撃を使う。斜め下から下顎に当たり、竜は無理やり口を閉じさせられた。顎の隙間から白い冷気が漏れる。
でも傷がついている様子がないわね。かなり威力があるはずなんだけど。


『影よ 捕らえよ!』


すでに空中に飛んでいた私が、影の帯で顎をそのままぐるぐる巻きにする。これでブレスを封じられればいいんだけど。
…………駄目ね。ワニとは違って、口を開ける力も強いみたい。影がパキパキとひび割れ始めている。


「長くは持たないわ、急いで!」

「……『来たれ!』」


エレナがアーティファクトを呼び出し、その大剣を構えてそのまま突っ込む。
見ると剣がうっすらと光っている。アーティファクトの能力かと思ったけど、呪文を詠唱してるから違うみたい。


「……『魔法の射手 集束・雷の83矢!!』」


そのまま剣に纏わせ、突きを放つ。長い首に命中。通常、雷系統の魔法は生物には効果が高いんだけど、あまり効いていないように見える。
対魔力で弾かれたのか、それともあの表皮が絶縁体なのか。どちらにせよ、さすがは竜というところね。影の拘束も完全に破壊された。


「ガアアアアァァァァァァ!!!!!!」

「完全にお冠みたいよ?」

「……頑丈」

「これでこそ、だぜ!!」

「むー、硬いですな~~~」

「あれ?私の出番はあれだけ?」


シルヴィアがなんか言ってるけど無視。天然は月詠だけで十分よ。















◇ ◇ ◇ ◇















再び緊張感ごと吹き飛ばされた月詠を空中でキャッチし、そのまま抱きかかえながら飛ぶ。


「大丈夫?」

「平気です~~~~」


もう2時間くらいは戦ってるかしら。私達はまだまだ余裕があるけど、あの3人は若干疲労の色が見えてきた。動きが当初よりも鈍ってきている。
あの表皮を何とか突破しないと。………案はなくもないけど、危険度が高いし、不確実すぎるわね。あの技はまだ試作段階だし。

そう考えていると、月詠が真剣な顔で話しかけてきた。


「千歳はん、あれの動きを止められますかー?」

「…………正直、ちょっと厳しいわ。でも、考えがあるのね?」

「はい」


こくりと頷く月詠。なら私のやることは決まっている。


「みんな!!竜の動きを止めて!!」

「手があるんだな!!!?」

「月詠がとどめを刺すから、サポートお願い!!」

「……了解」

「なら、作戦は―――――――――だ!!」


散らばり皆が配置につく。ジャンの策は急造だけど、現状ではおそらく最良。
さて、行ってみましょうか。




月詠を降ろすために地上に戻ると、シルヴィアが話しかけてきた。


「大丈夫なの?」

「月詠が出来ると言った。私はそれを信じるだけよ」

「…………信用してるのね」

「違うわ」

「?」


不思議そうな表情のシルヴィア。でもね、それは違うのよ。それでは半分しか正しくない。
月詠は、私には偽らない。月詠なら、私は信じられる。ゆえにこれは、信用ではなく


「信頼よ」

「………………………………………………………やっぱり、いいなあ。そういう人がいるのって」


羨ましそうな声。そうね、信じられる人がいるのは、幸運なことなのかもね。
けどシルヴィア、大事なことを忘れてるんじゃないかしら。


「あなたにもきっと、そういう人が見つかるわ。
 知ってる?幸福の青い鳥はね、身近にいるものなのよ。ただ気付かないだけ」

「――――――――――――――うん、そうね、私も頑張る!」


明るい顔になるシルヴィア。さすがに今の状況でからかったりはしない。でもこれ傍から見ると、子供に諭される大人という情けない構図なんだけど、それでいいのかしら。
まあ元気は出たみたいだし、野暮はいいっこなしってことで。


「さて、そうと決まれば」

「このトカゲを」

「「倒しましょう!」」




先鋒はジャン。ハルバードを投げ捨て、詠唱しながら素早い動きで竜に近づく。
エレナとシルヴィアが魔法を撃って牽制している。効果はないけど、気を引くことは出来ている。


「魔法は得意じゃないんだがな!!『戒めの風矢!!!』」


ゼロ距離での直撃。風の矢が竜を拘束する。ブレスの合間を縫って、ところどころ凍りながらも接近するとは中々やるわね。
竜の力の前に、当たったそばからペキパキとほどけ始めている。けど動きが鈍れば私には十分!


『影よ 纏え!!』


影を体に纏わせ、身体能力を上げる。すでに結界ギリギリの上空まで飛んでいる。
ここからやることはただ一つ!


「喰らいなさい!!」


虚空瞬動を下向きに発動。落下速度もプラスして、そのまま体当たりをかける。
エネルギーを一点に集中した蹴りが背中に命中。轟音が響き渡り、たまらず竜は地面に這いつくばった。


「グガアァァァァ!!!!!」

「……『木精憑依・部分顕現!』」


エレナの角がメキメキと音を立て、大きくなり枝分かれしていく。それはまるで木で出来た鹿の角。
部分的な顕現にとどめることで、消耗を抑えると同時に展開速度を早くする。中途半端に止めるのは結構難しいと思うんだけど。

さっきとは桁違いの量の根が地から勢いよく生え、足、胴、尾を余すところなく縛り上げていく。
あの姿は確か、木精の上級使役。植物への支配力が段違いに強化されている。さっきの数倍にはなってるわね。


「……シル!!」

『――――こおる大地!!!』


詠唱を終えたシルヴィアが魔法を発動する。大地から鋭い氷柱を生やすだけではなく、木の根ごと竜を凍てつかせ、地に縫い留める。
根と氷に封じられ身動きが取れず、それでも必死にあがく白竜。もうすでに氷には僅かにひびが入ってきている。けど!


「月詠!」

「神鳴流 奥義」


静かな声。何故か周りの動きが遅く見える。ジャンの驚いたような顔も、消耗しているエレナの顔も、託したようなシルヴィアの顔も、全てが止まっている。
そこで動いているのは月詠だけ。左手に鞘に納められたままの打刀を持ち、柄に右手をかけている。




「斬岩剣」


空が、斬れた。




そう錯覚してしまうほどの、綺麗な居合い。軌跡すらも見えなかった。
竜が動きを止める。時を亡くしたかのように、微動だにしない。


「…………どうなった?」


ジャンが声を出す。その時、ずるりと。竜の首がずれ、地に落ちた。
ゆっくりと皆が現実を認識していき、歓喜が爆発した。


「やったな!!!」

「ツクヨミちゃん、すごい!!!」

「……お見事」


歓声に囲まれる月詠。一瞬だけ見せた透明な気配はあっという間に影を潜め、もういつものぽわぽわした雰囲気に戻っている。
私もあそこに行きたいけど、その前に。


『影よ 集え』


手向ける花はミヤコワスレ。春と夏の境目にひっそりと咲くキク科の花。その花言葉は「しばしの慰め」。
空から影の花を撒く。獣にも、弔いは必要でしょうから。




――――――さて、戻りますか。


「すごいじゃない月詠。居合いなんて出来たの?」

「んー?斬岩剣は基礎にして奥義、らしいどすえーーーー?」

「………深いわね」


一瞬で終わってまうから、あんまりやりたくはなかったんですけどー、と言っている。実に月詠らしい理由ね。

そして証拠である竜の角を回収し、村に立ち寄ってすぐにグラニクスに戻った。
村で引き留められはしたけど、一刻も早く2人を解放したかったらしい。仲間思いね。















◇ ◇ ◇ ◇















「「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」」


夕方から雨が降り始め、本降りになってきた夜。欠けていたメンバー2人も交えて、祝宴が始まった。

賭けで負けたという2人は男女1人ずつだった。鬼のような一本角が額に生えている女性、フランチェスカ・リナウドと、経理担当の魔族、ルカ・ドゥーニ。
ルカは腕が4本あり、事務仕事が早そうだという理由で経理に回されたらしい。それでいいのかと思ったけど、性に合っていたらしく今ではすっかり馴染んでいるとか。

雨音を聞きながらぼんやりと飲んでいると、その2人が話しかけてきた。


「今回はお世話になったね」

「ありがとうございました」

「礼なら月詠に言って。私では倒しきれなかったし」


突然変異とはいえ、あんなに表皮が硬い生物が存在するとは。でも得るものも多かった。
操影術の特徴は強力な物理攻撃。雷系魔法のように痺れさせることも、炎系魔法のように燃やすことも出来ない。
その分物理的破壊力が大きいわけだけど、それが通用しない相手だと今回のようにジリ貧に追い込まれる。
改善点が見つかったという視点において、あの竜は有益な相手だった。まだまだやることは多いわね。


「もう言ってきたよ。「斬りがいのある相手どしたー」だってさ」

「あなた方がいなければ、こんなに早くは解放されなかったでしょう。そのお礼です」

「そういうことなら受けておくわ」


礼を受け取らないことこそ非礼に当たるしね。月詠も楽しめたみたいで何より。
竜を倒すのは数日がかりになると聞いていたけど、月詠のおかげで数時間で終わった。死者も重傷者もなし。上出来の部類に入るでしょうね。


「さて、折角のパーティーだ。楽しもうじゃないか!」

「どうぞ」

「ありがとう」


フランチェスカが酌をしてくれた。一歩引いたような印象を受ける人ね。
ん、これは中々。たまには酒も悪くないわ。




ジャンはマスターを交え、ルカと何やら話し始めている。月詠とエレナは仲が良さそうに話しこみ、シルヴィアもそこに入っている。
心地よいざわめきの中、ゆっくりとした時間が過ぎていく。そんな中、ふと口をついて音が出た。


「――――――――――――」

「それは?」

「私の世界の歌。淋しい雨の中で、それでも素敵な事を見つけた人の歌」


昔、雨の日にはこの歌をよく聞いていた。穏やかなメロディーが、心を落ち着かせてくれる。
そういえばあなた方は旧世界出身でしたね。こんな日に似合う曲です。とフランチェスカが目を閉じて呟くように言う。ありがと。

さあさあと降りしきる雨の中、時は過ぎていく。優しく、穏やかに。
今日は、いい夜ね。















――あとがき――


友人宅に備え付けられているハリセンですが、「芸人のたしなみ」だそうです。どこで買ってきたのか、スチール製で結構大きなものです。
最近の芸人はツッコミの魂を忘れている、と嘆いていました。でも友人はボケ担当です。ツッコミ待ち?

これからも執筆を頑張りますが、更新は遅めになると思います。
ではまた次回お会いしましょう。


※ご指摘に従い、最後を少し修正しました。ありがとうございました。



[14653] 13話 朝の一幕
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/04/27 14:55
朝起きたら宿が半壊、いえ4分の3くらいは吹き飛んでいた。そんな中で、ウサ耳モヒカンが何事もなかったかのようにカウンターに立っている。……シュールね。
全く気付かなかったんだけど、昨夜いったい何が?


「………おはようマスター。改築するとは聞いてなかったんだけど、今回のは随分大胆ね」

「おはよう。模様替えなんか予定になかったからね。もうこうなったらオリハルコンででも建て替えようかと思ってるよ」


大盤振る舞いさ、と言いながら笑ってるけど笑えない。ここにもかなり長く滞在してるけど、酒場部分はいつも新築。すぐ壊れるから。
確か最短記録で……5日で模様替え、なんてこともあったわね。原因となったチンピラから徴収してるから、むしろ黒字みたいだけど。たくましいわね。


「今までにない大改築にする予定だから、ここはしばらく客を入れられない。悪いけど、しばらく他のところに行っててくれないか?」

「いいの?戻ってこないかもしれないわよ?」


朝食のハムサンドを出しながら言ってくるマスター。ハムではあるけど、何の肉かは聞いてはいけない。
色が少し緑っぽかったり、たまに巨大な鱗が混じってたり、食べると魔力が回復してるような気がしても聞いてはいけない。


「その時はその時さ。でも見たとこ、この『三匹の蛙』亭を気に入ってくれてるみたいだが?」

「そうね、ここは退屈しないからね。マスターはモヒカンだし」

「モヒカンはジャスティスなんだよ。以前に『汚物は消毒だー!!ヒャッハーー!!!』と叫びながら助けてくれた人に憧れてね、その人の髪型を真似てるんだ。
 まあそんなことは置いといてだ、君達が興味ありそうな話がある」


……聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がするわ。


「おはよ~ございます~~……」

「おはよう」

「ああおはよう」


寝ぼけ眼をこすりながら月詠が階段を降りてきた。マスターは何も聞かず、皿に山盛りに積み上げたサンドイッチを出す。
私の隣にちょこんと座り、半ば寝ながらそれをもっしゃもっしゃと食べ始める。エンゲル係数が………まあいいか、可愛いし。


「で、話というのは?」

「ああそうだった。最近小耳に挟んだ程度なんだがね、ヘカテスの遺跡にお宝があるらしい」

「おふぁふぁら~~?」

「とりあえず飲み込んでから喋りなさいよ」


いつの間にかサンドイッチが3分の2くらいに減っている。これだけ食べて何で太らないのかしら。
喉に詰まらせたのか慌てて水で流し込んでいる。ほら落ち着いて。


「けほっ、もう大丈夫おす千歳はん。
 ところでお宝ってなんですか~~~?」

「ああ、何でも金銀なんかの他にも色々と貴重なものが眠ってるらしい。噂では賢者の石まであるとかだが、さすがにそこまでは眉唾だろうな」

「賢者の石はともかく、その情報は確かなの?」

「アリアドネーの調査隊が調べたらしいから、何かがあることは確実だ。もっとも彼らは、魔獣や罠に阻まれて最下層までは行けなかったようだがね。
 そこまでの道は魔獣の巣になってて危険すぎるから、行く奴は少ない。まあ君達なら大丈夫だろうさ、竜殺しにしてグラニクス拳闘チャンピオン?」


悪戯っぽい表情でにやりと笑うマスター。拳闘士として戦っていたら、いつの間にかチャンピオンになっていた。といってもつい先日のことではあるけど。
おまけに何故か竜のことが広まっている。あの竜は、前いた場所では誰も退治できなかったらしい。あの表皮硬度では無理もないわね。
こっちの地域に来たのはごく最近だったようだから情報がなかった。

竜と拳闘の相乗効果で、最近私達は割と有名人らしい。面倒くさいわ。この街だといきなり勝負を挑まれたりするし。
お礼参りの方は、危険すぎるって言われてるらしくてだいぶ減った。気に食わないのは返り討ちにして男として再起不能にしたけど、その評価は酷いんじゃないかしら。


「だそうよ月詠。ヘカテスに行ってみない?どっちにしろここはしばらく改装で使えなくなるし、魔道書とか刀剣類もあるかもしれないわ」

「ほえ?へかてすおすかー?そのお宝は斬れますか~~~?」

「……話聞いてた?」


どうやらまだ寝ぼけてたらしい。その割に皿の上は跡形もないけど。フードファイターにでも転職できそうね。
とりあえずもう一度説明する。月詠は刀とかが好きみたいだし、私もナイフなら欲しい。聞けばそういった物もたまに出るらしいから、悪い話じゃないと思うんだけど。


「んー、魔獣さんでアーティファクトの試し斬りにもなりそうですし、行ってみましょかーー」

「なら早速準備しましょうか」

「そーどすなー。でもその前に」

「どうしたの?」

「朝ごはんはまだですかーーー?」

「……………さっきのは3食分はあったんだが」

「……………きっとブラックホール内蔵型の胃なのよ」

「……………内臓だけにってかい?うまいけどうまくないよ。君達が来てから、うちの食材は5倍速くらいでなくなってるから」

「お腹がすきましたえ~~~~~」


これはもう万年欠食児童の称号を進呈ね。燃費が悪いのかしら。
あとマスター、おかずが3品減ったとか言われても困るから。客商売なんだからそっちで何とかしなさいよ。




……ん?瓦礫がなんか動いてるわね?


「話は聞かせてもらいました!この私、フランチェスカ・リナウドが同行いたしましょう!」

「………フラン?いたの?というかそんなところで何してるのよ?」


瓦礫を吹っ飛ばしてフランが飛び出してきた。ここが壊れた原因はどうやら彼女らしい。
ああもう、また面倒くさいのが出てきたわね。マスターは厨房に戻って行っちゃったし、月詠はこっくりこっくり舟を漕ぎだしてるから役に立たないし。

フランは第一印象とはかなり違って、かなりあぐれっしぶな性格をしていた。Aggressiveではなくあぐれっしぶ。間違えてはいけない。
行動力や積極性はあるんだけど、そのベクトルがずれている。それはもう致命的に。ちなみにルカと絡むとより酷くなる。


「それは僕が説明しよう―――何だねその嫌そうな顔は?」

「なんでルカまでいるのよ…………頭痛が痛いわ………」

「言葉は正しく使った方がいいと思うがね。
 む、そういえば説明だったね。要は、ついにジャンとシルヴィアが付き合いだしたのだよ」

「へえ、それならお祝いの一つでも贈った方がいいかしら」


あの愚鈍を動かすとは、随分頑張ったみたいね。どうやったのかご教授願おうかしら。からかえそうだし。
純情と鈍感の相乗効果で、田舎の中学生みたいなことになってそうだけど。


「そうしてやってくれたまえ、きっと喜ぶだろう。
 話がそれたね。フランがおかしいのはだ、つまるところ自分は氷河時代から抜け出せないからだよ。それで昨夜は自棄酒に付き合わされて徹夜さ」

「この惨状の理由は大体分かったわ。嫉妬という名の八つ当たりね。
 それにしてもシルヴィアは氷系の魔法を使うのに、真っ先に春が来るなんてねえ。
 フランに浮いた噂の一つもないのは、色んな意味で重いからじゃない?確か重力魔法を使ってたわよね?」

「………さらりと酷いね。まあそれだけではないだろう」


否定はしないのね。ルカも割と人のことは言えないと思うわよ。


「彼女はあれでパーティー最年長だ。若作りだが実際はお肌の曲がり角を盗んだバイクで爆走している年れ「何を言っているのですか!!!」ぐぇぅ……」


後ろから乱入したフランがルカをカウンターに沈めた。カウンターで沈めたのではない。言葉って難しいわね。
声にならないうめき声をあげてルカの頭が木にめり込んだ。生きてるのかしら、これ。お手本みたいなフックで殴り倒してたけど。


「チトセ!今のは忘れて下さい!!」

「えーと、どれを………?」


酒場を半壊させたこと?瓦礫から出てきたこと?自棄酒?重い女?年齢?暴行?


「全てです!!」


うん、それ無理。インパクトが強すぎるわ。ここまで濃いキャラだったとは驚きよ。


「私はこのパーティーに入る前は遺跡発掘をやっていましたから、役に立ちます立って見せます!」


何がここまでフランを駆り立てるのかしら。まあ後で聞けばいいか。


「強引な話題転換ね。まあいいわ、それは何年くらいやってたの?」

「そうですね、10歳頃から始めて―――かれこれ15年くらいでしょうか。もっとも途中でブランクもありますが。
 両親に連れられて潜ったのが始まりでした。あの幻想的な光景は忘れられません」

「ちなみにジャンたちとパーティーを組んでどれくらい?」

「え?えーとですね、もう7年近くになります。このパーティーは賞金稼ぎだけではなく、冒険者のようなこともするのでスカウトされました」


案外素直に答えるわね。失言には気付いてないっぽいし。
ところでさっきから随分墓穴を掘ってるけど、一体どれに入るつもりなのかしら。


「なるほどなるほど、つまりフランは私の倍以上の年齢だと。人は見た目によらないわね」

「…………………………え゛?」

「今の話からするとそういうことになるわよ?」


ぴしりと彫像のように固まった。どうやら墓穴を掘り抜いてしまったらしい。
何やらぷるぷると震えている。………嫌な予感。


「わ」

「わ?」

「私の拳で記憶を失え~~~!!!」


錯乱して鬼のごとく殴りかかってきた。徹夜のせいか目が血走っていて割と怖い。魔法まで使っており、触れた先から壁や床がクレーター状にへこんでいる。
拳にはいつもの精彩がないけど、結構シャレにならない。さすがに当たってはたまらないので、ひょいひょいとかわしていく。


「忘れなさーーーい!!」

「フラン、人には出来ることと出来ないことがあるのよ。そして世の中、残念ながら圧倒的に後者の方が多いわ」

「正論に聞こえるだけ性格と性質が悪いですよ!!い、い、か、ら、忘れなさい!!」

「若く見えるんならいいじゃない」

「お、落ち着きたまえ!『来たれ!』」

「デンチュウデゴザルー」

「なっ、離してください!!」


ルカ・ドゥーニは人形遣い。アーティファクトの人形を出して、暴れるフランを押さえこむ。復活が早いわねルカ。
どったんばったんの大騒動の末に、無力化になんとか成功した。その中でもすぴーと寝ている月詠は大物ね。
そして人形には何故か言語機能がついている。適当に覚えた言葉を言っているだけらしいけど、本当にこれで知能がないのかしら。


「………何をやってるんだい?ほら、注文のチャーハンだよ」

「あ、ありがとマスター。ほら起きて月詠」

「……………はや?ごはんおすか~~~?」


呆れ顔のマスターが大盛りチャーハンを抱えて厨房から出てきた。ゆさゆさと揺さぶって月詠を起こす。
目が覚めた月詠は目の前の炭水化物をパクつき始めた。この小さな体のどこに入ってるのかしら。


「ああそうだ、リナウドに渡すものがあるんだった」

「ぐぬぬぬ、離しなさいルカ!
 ってどこを触っているのですかこのセクハラ人形!誰がオレンジですか、メロンくらいはあります!!
 
 ――――え?なんですかマスター、今取り込み中なのですが!?」

「はいこれ。なるべく早くね」


ポンと渡したのは白い紙きれ。それを見たフランは押し倒されたまま再び固まった。今度は永久石化でも受けたみたいな感じで。
その紙に興味が湧いたので手から摘み取る。これは―――


「請求書?それにしてはゼロが多すぎるような気がするのだけど」

「それで合ってるよ。ここの修理費も入っているからね」

「それでもやっぱり多いと思うわよ?この金額だと、また奴隷に逆戻りじゃない?」

「正確には改築費だよ。ここでは俺がルールだからね、文句なんて出ないさ」

「出させないの方が適切ね。全く、顔に似合わずえげつないわねえ」


こういうのが、マスターもやっぱりここの住人だと実感するところね。この強かさが無法者の街グラニクスでやっていくコツなのかしら。
まあそういうのは嫌いじゃないし、何より分かりやすくていい。色々あったけど、私にはこの街の空気が合っているのでしょうね。


「………僕も手を貸すよ。さすがにこの額はちょっと無理があるからね、経理としても見逃せない。
 エレナもいればよかったのだが、彼女は用事があるようだったし、無理に引っ張りだすわけにもいかないだろう」

「いいのルカ?報酬は多分返済で消えるわよ?」

「だからといって見捨てるわけにもいかないだろう。僕たちはチームだからね!」

「―――驚いたわ。たまにはいいこと言うじゃない」


思わずまじまじとルカを見つめる。そこには一人の男がいた。
ただ惜しむらくは、4本腕で変なポーズを取っていたことかしら。


「ふっ、僕に惚れたかい?」

「そんなことを言わなければ脈はあったかもね。私を口説きたいのなら、もう少し男を磨いてきなさいな」

「ははは、これは手厳しい。
 ―――さて、日も高くなってきたことだし、早速準備に取り掛かろうじゃないか」


そう言うとルカは席を立ち、勘定をカウンターに置いて店を出ていった。
…………………………………………………………フランと人形を置いて。


「あ、ははははは………………ゼロが……ゼロがたくさん……………」

「ガッシュウコク ニッポン!」

「ごちそうさんでした~~~。美味しかったどすえーーー。
 ………………千歳はん、この惨状は何ですかー?」

「月詠、この世には知らなくてもいいことがあるのよ」

「………???」


請求書で真っ白に燃え尽きたフラン、意味不明なことを言い出す人形、訳が分からないという表情で首をかしげる月詠。
せめて収集つけてから行って欲しかったわ。私にこのカオスをどうしろっていうのよ。















――あとがき――

前の話は納得いかなかったので完全に変更しました。
今回は2話更新です。続けてどうぞ。



[14653] 14話 ヘカテス
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/04/05 02:52
ヘカテス。荒野に佇む遺跡の街。グラニクスに比べるとかなり小さいけど、一獲千金を狙う冒険者や賞金稼ぎが集まっていて活気がある。
乾いた空気と吹き付ける熱気が、どことなくテキサスを思い起こさせる。街並みも何となくそんな感じだし。

グラニクスで装備を整えてあるから、今すぐにでも遺跡には行けるけど、まずは情報収集から。


「『精霊の牢獄』に行くのかい。最近人気の遺跡だねえ」

「ええ。だから何か知ってたら教えてくれないかしら?」


ということで、ヘカテスに着いて適当に目に付いた酒場に入り、そこのマスターに話を聞いている。
マスターは頭にホイップクリームをのせたような髪型をしている。三匹の蛙といいここといい、酒場の店主は妙な髪型にしなければいけない決まりでもあるのかしら。

酒場の名は「TABERNA SALTATRICIS RAPIENTIS」。ギリシャ語で「居酒屋 踊る盗掘者」くらいの意味らしい。フランが訳してくれた。
ラテン語は大体読めるようになったけど、ギリシャ語は勉強中。操影術にもギリシャ語呪文はあり、一応試してみたけど難しすぎて現状では断念した。




「おい兄ちゃん」

「ん?なにかね?」


ルカに声をかけてきたのは知らない顔。スキンヘッドの筋肉ダルマ、2mを超す大男。明らかにサイズの合ってないベストだけを上に羽織っている。
セクハラというか、露出癖でもあるのかしら。砂漠で肌を晒すのは自殺行為なのに。


「てめぇみてえな優男が女侍らせてんのが気に食わねぇ。一発殴らせな」

「いくらなんでもその理由は横暴じゃないかい?」


ルカは口八丁で煙に巻こうとしてるけど、ダルマは見るからに短気そう。青筋立てて今にも殴りかかりそうな感じ。
さすがにその理由はフリーダムすぎるんじゃないかしら。ここまで理不尽なのは中々お目にかかれないわね。


「問答無用!」


と思っていたら本当に殴りかかってきた。ルカは人形遣いや召喚師の常として、接近戦になると弱い。
『戦いの歌』は何とか使えるけど主に逃走目的で使っているらしく、近づかれた時点で負けが確定すると言っていた。その分人形の扱いなんかは上手いんだけど。


「そこまでです」

「あぁん、なんだあ?」


フランが素早くルカの前に進み出て、ダルマの拳を受け流した。丸太のような腕がカウンターに突き刺さる。
マスターの諦めたような顔が哀れを誘った。


「本来ならあなたなどに構っている暇はないのですが、因縁をつけられて黙っているほどお人好しでもありません。やるというのなら私が相手になりましょう。
 あとお二人は手を出さないでください。さすがにここで血の雨を降らすわけにもいきませんので」


私たちを何だと思っているのかしら。二人して攻撃方法は斬撃・刺突が主体。おまけに私は敵に容赦しないし、月詠は言わずもがな。
あれ?否定する材料がない…………?

月詠は情報料代わりに注文した料理をはもはもと食べている。介入する気はないみたい。
戦闘狂なのは変わってないし、真っ先に斬りかかると思っていたから少し意外。


「いいの月詠?」

「今はこっちの方が大事おすーーー。それにウチも色々斬って分かったこともありますから~~~。斬れば分かる、至言ですなーー」

「最後の一言は置いといて、分かったことって?」

「いつぞや千歳はんが言わはった通り、木偶をただ斬ってもつまらへんゆーことどす~~~。
 やっぱり戦いの醍醐味は斬り合いどすえーーー。それが可愛い女の子ならもー最高ですぅ~~~~」


フォークでくるくるとパスタを巻き取りながら、それでも律儀に答える月詠。
遺跡までの道程で出てくるであろう魔獣は、月詠にとっては木偶そのものだと思うんだけど。
試し斬りって言ってたから、木偶には木偶なりの使い道があるってことかしら。
そして随分前にそんなことを言った覚えがあるわね………ここは褒める場面?


「えーと、成長したわね?」

「語尾の?が気になりますけど、褒め言葉として受け取っておきますえーーー」


そう言うと再びカルボナーラに取りかかり始めた。ほんとによく食べるわね。

隣の美女と野獣も進展している。ダルマの方は脳筋だけに考えなしで、見事に地雷を踏み抜いた。


「ハッ、年増はすっ込んでな。俺が用のあるのはそっちの優男だ」

「とし………!問答無用!!!!」


一瞬で沸騰したフランがダルマに殴りかかる。いつもは冷静なのに、特定事項には沸点が低い。でもダルマも思ったよりは強く、フランと互角に近い。
双方とも蹴りはほとんど使わない、ボクシングに似た格闘技。それはそうとあのダルマ、どこかで見たような気がするようなしないような……?

フランは激昂してるのに変なところで冷静で、拳に黒い球体を纏わせ、『戦いの歌』を使うだけに留めている。
といっても重力魔法の応用であるあの球体、当たると体重が重くなったり軽くなったりでかなり厄介。
ちなみに本気だと、当たったところがベコリとへこんで殺傷力抜群。今回それは自粛してるみたいだけど。
ダルマは重力魔法をある程度レジストしながら殴り合っている。見た目によらず器用ね。


「犬のように這いつくばりなさい!!」

「ぬっ、やるな!いいだろう俺も本気だ!『戦いの旋律 加速二倍拳!』」


一旦瞬動で後ろに距離を取り、『戦いの歌』の上級版を発動させるダルマ。体の各部の動きを、精霊が外部から補正して敏捷性を得る魔法。
影以外の精霊が絡むため私には使えない。似たようなことはできるけど。

ふと周りを見回すと、いつの間にかギャラリーが出来ており、いつものごとく賭けを始めていた。
ちなみにレートはダルマ優位。あれでダルマは高位の魔法使いらしい。………あれで?



「そういえばルカ、止めなくていいの?」

「逆に聞くけど、僕に止められるとでも?」

「………………ごめん。なんかごめん」

「………………いいさ。いつものことだからね」

「次はナポリタンお願いしますぅ~~~」


そんなやり取りをしている間に戦いは佳境に入っていた。魔法の射手・砂の3矢を無詠唱で放つダルマに対し、フランはそれを拳で撃ち落として応戦。
今度は斥力を発生させているらしく、砂がことごとく弾き飛ばされ、飛散した砂は障壁で防いでいる。

そしてフランは小声かつ早口で呪文を詠唱している。周りの喧騒もあってダルマには気付かれてないみたい。始動キーが漏れ聞こえてくる。


『―ス・ロ――ポ―ス オ――ポス―――』

「オラァッ!!」


フランの右腕に魔力が収束していく。フランは防御に徹しており、躍起になって殴りかかるダルマはやっぱりそれには気付かない。
そして魔法が完成し、ダルマの目が驚きに見開かれる。油断しすぎじゃないかしら。


「ぬあっ!?」

『―――魔法――手 集束・重力の51矢!』


魔法の射手を右手に乗せ懐に潜り込み、そのまま鳩尾に叩きこんだ。ズン、という重い音と共にダルマが吹き飛び地に沈む。

魔法の射手を集束して武器や拳に纏い、破壊力を上昇させる技法。シルヴィアが思いつき、エレナが完成させてフランに教えたらしい。
ちなみにジャンは不器用なせいで使えない。シルヴィアは一応使えるようだけど後衛なので使わない。
『武器強化』の魔法は平均的な威力が、この技法は瞬間的な威力が上昇するため、状況での使い分けが可能。

一瞬時間の空白ができ、歓喜と失望が爆発する。大穴だぜ、まさかバルガスが負けるなんて、とかが聞こえてきた。
………バルガス?やっぱり聞き覚えはあるけど……思い出せないから、大したことではなさそうね。


「てめぇっ、よくもアニキを!」

「やっちまえー!!」


ギャラリーのどよめきが治まりきらない中、ダルマの取り巻きが襲いかかってきた。脳筋の単細胞でも人望はあったらしい。
それを次々に迎撃していくフラン。人が空を飛んでいる。正確には飛ばされてるんだけど。


「もうこうなったらヤケだよ!『来たれ!』」

「オブツハショウドクダー」


ふははははと危ない人のように笑いながらルカが参戦した。4本腕で4体の人形を巧みに操り戦っている。
複数の自動人形を出せるアーティファクト、『道化の軍勢』。人形は糸で魔力を供給して操るタイプ。ちなみに言語機能がついているのは一体のみ。


「はあっ!!」

「ほぎゃんっ!!」

「オレニフレルトヤケドスルゼー」

「ぎゃあっ!!?」


人形の武器は何故かスコップ。しかも縁がのこぎり状になってるのまで交じってて、見るからに痛々しい。
掘るだけではなく立派な武器であり、斬り裂いたり盾にしたりと汎用性が高い。さすがに今は刃を立てないで殴るだけにしてるようだけど。




そして数分後、そこにはびくびくと痙攣する物体が折り重なっていた。水揚げされた魚みたいね。


「騒がせたね。修理費は彼らから取り立てておいてくれたまえ」

「いつものことだ、問題ないさ」


フランはチンピラ達から財布をふんだくっている。小銭まで徴収するとは容赦がない。
返済に充てるのでしょうけど、またすぐ金欠になりそうな気がするわ。フランは金運に見放されてるっぽいから。


「ところでマスター、『精霊の牢獄』については?」

「ああ、そう言えばそうだったね。
 あの遺跡は地下3階まであって、1階には主にトラップ、2階は様々な精霊が出てくる。
 ただ3階まで辿りついたのはいないようだね。何でも調査団にも入口が見つからなかったらしいから」

「誰も行ったことがないのに、どうやってそこが存在してることが分かったの?」

「探査魔法で、地下2階の下に大きな空洞があることが判明している。色々と考え併せると、地下3階があることは確実らしいよ。
 かといって調査団が遺跡を壊すわけにもいかないし、地下2階ともなると危険だからそこで引き揚げたんだとさ」

「地下2階の精霊について詳しくお願いします」


フランが戻ってきた。徴収は終わったらしい。財布どころか貴金属類まで消えてるんだけど。


「そのままさ。色んな種類の精霊が侵入者に襲いかかってくるんだ」

「ふむ、確かにそれは危ないね」

「私からはこのくらいだな。後は道々では魔獣に気をつけてくれ」

「情報提供ありがとう。さて、行きましょうか」

「ごちそうさんどした~~~」


支払いを済ませて席を立つ。適当に選んだ酒場だったけど正解だったわ。
事前に調べたのより詳しく聞けたし、これだけ情報があれば上々ね。


「ああ、ちょっと待ってくれ」

「まだ何かあるのかしら?」


マスターに呼び止められた。手に何か持っている―――色紙とペン?


「白黒コンビのお2人さん、グラニクスの拳闘チャンピオンだろう?
 おじさんの娘がファンでね、サイン頼めるかな?」


ついこの間のことなのに情報が早いわね。まあサインくらいならいいか。

白黒コンビの由来は、私が影使いで黒髪、月詠が白っぽい服をよく着ていて白髪だから。見た目そのままとも言う。
パンダじゃあるまいしと思いはしたけど、客寄せパンダの役目もあるからある意味ぴったりなのかも。

って月詠、何で筆ペンなんて持ってるのよ。相変わらず達筆ね―――じゃなくて、どこから出したのよ、それ。
え?女の子のファンなら大切にしないとって?…………………何故か百合の花が背景に見えたのは私だけかしら。















◇ ◇ ◇ ◇















遺跡までの道程、マスターの話通り魔獣が出てきた。といってもあまり強くはないし、魔法も使ってこないのが主だけど。


『リス・ロス・ポラス オリンポス―――!』

「グルアァァァッッーーーー!!」

「ココハマカセロー」


ルカの人形が8体がかりで狼のような魔獣を足止めし、フランがその間に呪文を詠唱している。
魔獣は一糸乱れぬ連携を見せる人形を突破できず、一定ラインから近づけてもいない。つまりはスコップ無双。


『―――冥王の黒球!!』


巨大な重力球が上空に出現し、そのまま人形ごと押し潰す。魔獣は逃げることもできずに血を吐いて地に張り付けられた。
人形は捨て駒に向いてるし、そもそもアーティファクトなので簡単に修復可能。


「うわー、えげつないおすなぁ~~」

「あなたがそれを言うの……?」


こっちはこっちで、いくらでも沸いて出てくる魔獣を斬り倒しながら横目で観戦中。月詠は雷鳴剣の応用で、刀に紫電を纏わせたまま斬りまくっている。
電圧が凄いことになっているらしく、かすっただけでも感電して行動不能に陥る魔獣。対多数には効果的ではあるんだけど、どこで覚えてきたのかしら。


「千歳はんも人のことは言えまへんえー。何とゆーかこー、蛇みたいな戦い方ですからなー」

「………蛇」

「しかも猛毒持ってそうな感じどす~~~」


月詠に言われるなんて………私って一体………。


「シャアアァァッッーーーーーー!!!!」

「あや?」

『影よ 捕らえよ』


へこんでいると、数十mはあろうかという蛇のような魔獣が襲いかかってきた。タイミングがいいのか悪いのか。
真っ赤な口からは矢印のような舌が覗き、コウモリのような翼が一対背中にくっついている。かといって飛べるわけではないみたいだけど。
瞬時に影で縛り上げる。操影術は物質としての性質が強いので対魔障壁では防げないし、対魔力があってもほとんど関係ない。


『影槍集束』


私の左手から生み出された10本ほどの影槍が、一点に集まり大きな槍となる。貫通力を高めた影は、蛇の口を貫いてその脳を破壊した。
表皮がどんなに硬くとも、口の中はそうはいかない。ましてや大口を開けてたから、そこを狙うのは簡単だった。動きも止めてたし。

月詠の方を見ると、アーティファクトで周囲一帯を薙ぎ払っていた。月詠にぴったりなのが出たのはいいんだけど、凶悪さに磨きがかかっている。


「そーいえば蛇を食べる蛇がおると聞いたことがありますけど、千歳はんは知ってはりますかーーー?」

「……………キングコブラなんかはそうらしいわ。でもなんで今それを言うのかしら」

「うふふふ、細かいことを気にしてはあきまへんえ~~~~」

「こっちは終わりました―――チトセ、どうしたのですか?」


フランとルカが近づいてきた。私の様子を見てフランが声をかけてくる。
蛇………心当たりはあるけど…蛇………


「…………何でもない、ええ、何でもないわ。何でもないのよ」

「3回も言うことかい?」

「大事なことなの。それよりも、また魔獣が寄ってくる前に行きましょう」

「そうですね。遺跡も近いようですし、意外と時間をかけてしまいました」

「うふふふふふ」


妙に上機嫌な月詠を見ながら、私たちは目的の遺跡に向かって歩みを進めた。
ナポリタンが美味しかったのか、私をからかうのが楽しかったのか。前者だと信じたいわ。
















――あとがき――


お待たせしました。間が空いてしまって申し訳ありません。
重力魔法は原作でほとんど出ないのでオリジナルです。『冥王の黒球』は、アルビレオが使っていた重力球と同じものと思って下さい。

ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 15話 遺跡発掘 その一
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/04/27 14:57
遺跡『精霊の牢獄』。着いたのはいいけど、魔獣が近くで暴れたのか入口は半ば土砂に埋まっていた。
こんな時こそ、ということでルカの人形の出番。きちんとスコップ本来の使い方をしていた。
周辺の警戒はしているけど、待っている間は暇なのでフランに話しかけてみる。少し確認したいこともあったし。


「ねえ、フランってひょっとしたらタンタルスあたりの出身?」

「え?確かにタンタルスは生まれ故郷ですが、なぜ分かったのですか?」

「始動キーの最後が『オリンポス』じゃない。これってタルシス大陸のオリンポス山のことでしょ?確か世界一高い山で、標高は、えーと………」

「二万五千を越えます。晴れた日には頂上の万年雪まで綺麗に見えますよ。
 ところでいきなりどうしたのですか?観光なら都合がつけば案内しますが……?」

「ん、ちょっとね」


オリンポス山はエベレストの3倍の標高を誇る、太陽系最大の山。そして異界のはずなのに現実世界と同じ星座群。夜空に浮かぶ小さな双月。
やっぱり、この世界は


「アーーーーッ」


私の思考は、場にそぐわない人形の奇声で途切れた。見ると土砂が周辺に撒き散らされ、遺跡が口を開けている。
まあ、ここがどこでも別に構わないか。


「掘り終わったよ。皆、準備はいいかね?」

「早かったですね」

「うふふ、精霊さんの斬り心地はどんなもんでっしゃろかー?」

「やっぱりそれが目的なのね月詠」

「この頃は心躍る殺し愛がありまへんでしたので、ここはひとつ気分を変えてみよーかとー。
 気晴らしになればええくらいに思ってましたが、案外期待できそうですぅ~~~」


それで遺跡発掘になんて付いてきたのね。確かに拳闘士は男ばっかりで、月詠の好みに合った女の子なんていないけど。
にしても殺し愛、ねえ。月詠との付き合いもだいぶ長いけど、私にはよく分からない感情。

月詠にとって戦闘は目的。戦いを愉しみ血に酔いしれ、白刃を以って睦言を奏でる。
私にとって戦闘は手段。時には金のため、時には敵を排除するために。実力行使は最後の手段、ナイフを抜く時は殺す時。

正反対の私たち。白と黒との私たち。それでも今も共に在る。
逆しまの私たち。水面に映る私たち。それでも共通項が確かに有る。それは―――


「どーしたんですかー?二人とも行ってまいますえー?」

「え、ああ、ちょっと考え事をね。問題ないわ、行きましょうか」


何故か益体もない思考をしてしまう。月詠が不思議そうな顔でこっちを見ている。
ぽっかりと空いた、地下へと続く暗い穴。階段に一歩、足を踏み入れた。










◇ ◇ ◇ ◇










薄暗い石造りの通路を進む。フランが灯した小さな明かり。ゆらゆら揺らめく影法師。足元から離れない影法師。離れられない影法師。
僅かに湿ったかびのにおい。少しだけ舞い散る埃のにおい。大地の下の、土のにおい。暗がりのにおい。夢の底が、近くなった。


「……静かですね」


フランが辺りを見回し呟く。どこか訝しげな雰囲気。
その意見には同意。何か妙な感じもするし。


「静かすぎるわ」

「確かに。トラップが少ないのはいいが、物音の一つもないというのはいささか奇妙だね」

「ガンガンイコウゼー」


ルカは人形を先行させて罠を解除させている。万一引っかかっても問題はないし、フランの罠に関する知識は豊富。長年遺跡に関わってきただけはある。
拳闘試合の合間を縫って私はたまに旅をしている。その中で遺跡に潜ったこともあるから、罠の探知は出来なくもないけどさすがに本職には敵わない。

そして意外だったのが月詠。


「あ、そこ右斜め下どすえ」

「イノチダイジニー」


かなりの精度で罠を見つけている。例えば敷石の間に隠された魔法陣だったり、石柱に組み込まれた自動式の弓矢だったり。
勘や運がいいのは知ってたけど、それだけでもなさそうな感じ。


「よく見つけられるね。遺跡に潜るのは初めてじゃなかったのかい?」

「弱い頃は頭のほーを鍛えとりましたのでー。目は悪くなってもーたけど、その甲斐はありましたえ。
 知識だけでも存外なんとかなるもんどすなぁ」

「普通それだけではかなり難しいはずなのですが」

「月詠は普通じゃないからね。色んな意味で」


曲がりなりにも剣士なのに、ドがつく近眼なのはそういうことだったのね。確かに神鳴流や陰陽術に限らず色々知ってるから不思議だったけど。
眼鏡をかけてない状態だと見境がなくなるのよね、色んな意味で。




「………何………?」

「どーしましたーー?」


ほんの僅かに音が耳に届く。キィィィという硬質な音がする。まるで金属の羽を高速で動かしているかのような音がする。
けどそれも一瞬のこと。すぐに音は石造りの暗闇に紛れ、仄かな残響だけ残して揺らめいて消えた。

気のせいかとも思えるほど小さな音だったけど、確かに聞こえた。今のは一体――――ん?


「ねえ、何か変な感じがしない?」

「―――いえ、特に何も感じませんが?」

「そうだね、今のところまだ特におかしなところはないかな」

「右に同じく~~~」


私だけってことかしら。気のせいではないと思うのだけど。何か妙な感覚というか、違和感というか……吸血鬼の勘とはまた違うような気もするし……。
そう、何かがずれた感じ、というのが適当かしら。現実のボタンをかけ違えたような、鏡の国に迷い込んだような、そんなおかしな感覚。

違和感を感じ、それでも確証が持てないままに通路を進む。こつりこつり、足音が空間に響く。音がそこらじゅうで撥ね踊る。
物言わぬ白い骸骨が、僅かに震える。おそらくは先に潜っていた冒険者のなれの果てでしょうね。


「ウシロガガラアキダゼー」

「なっ!?」


ルカの道化人形が反転し、突如フランに向かって襲いかかった。頭めがけてスコップを勢いよく振り下ろす。
ごしゃり。嫌に現実感のない音と共に、頭蓋骨が辺りに飛び散った。


「危なかったね」

「心臓に悪い………ですが、ありがとうございました」


乾いた音と共に地面に砕け落ちる骨の破片。フランの背後で剣を構えていた骸骨がスコップに叩き潰された。
驚いたことに、通路に転がっていた骸骨が襲いかかってきていた。骨だけで動いているというのは、現実に見ると結構不気味。
それよりあの骸骨、魔力どころか気配や物音ひとつ感じさせなかった。一体どうやって……?


「囲まれましたなー」

「………そうみたいね」


いつの間にかどこからか、無数の髑髏が湧いて出てきていた。剣や槍、斧などを握りカタカタと顎を打ち鳴らしている。
ざっと見ただけでも100はいそう。落ち窪んだ眼窩が、穴だけになった無数の目が私たちを見ている。

即座に臨戦態勢に入る。この辺りの反応は皆早い。
接近戦に弱いルカを中心にして円陣を組み、人形をその外縁に配置する。即席だけど悪くはないわね。


「来ます!」


声なき声を上げ、骸骨の群れが一斉に向かってきた。




『リス・ロス・ポラス オリンポス!
 闇の精霊101柱 集い来たりて敵を射て!』

「ハイハハイニ チリハチリニー」

『魔法の射手・連弾 闇の101矢!』


フランが詠唱している間、道化人形が骸骨の群れに飛び込んで叩き壊す。贅肉どころか肉がついてないせいか、骸骨はとにかく動きが速い。
でもカルシウムが足りてないのか、割ともろく簡単に壊せる。その証拠に、魔法の射手が直撃したそばから砕けて崩れている。


「ひゃくれつおーかざーん・乱!」

『影槍弾雨!』


月詠は二刀で剣戟の結界を張っている。骸骨は触れたそばから、ミキサーにかけられたかのように粉々に砕け散っていく。

私は翼に影を纏わせ、そこから影弾を撃ち出している。シルヴィアの『氷槍弾雨』をモデルにした改良版。
オリジナルのように上から撃ち下ろすだけではなく、横にも攻撃できる。短く構成した影槍を、翼から撃ち出すという単純な魔法。ただし初速と連射速度は桁違い。
誘導性は皆無だけど、文字通り雨あられと降り注ぐ絨毯爆撃で、大抵の障壁は破壊できる。元々影槍にはある程度の障壁貫通力もあるし。

今は石柱を崩すとまずいので、威力控えめ数多め。それでも栄養失調の骸骨は、当たるそばから倒れていっている。
この調子ならしばらくは大丈夫そう。ただ、問題もある。


「数が多すぎるね」

「どこから湧いて出てきたのでしょうか」

「ホネッコタベテー」

「キリがありまへんえ~~~」


ルカの言うとおり、数が脅威。今は速度に対応出来てるからいいけど、長期戦はまずい。
一気に吹き飛ばそうにも、こんなところで大魔法なんか使ったら生き埋めだし、私も柱や壁を壊さないよう注意しないといけない。


「斬りまくっているのにキリがないとはこれいかに」

「んーーー、いくつあっても梨と言うがごとし~~~?」

「座布団一枚!」

「どぉも~~~」

「余裕です、ねっ!!」


フランが人形の間を抜けてきた骸骨を殴り砕く。心なしか攻撃が激しくなったような気がする。
さっきまで一体も通してなかったし、フランやルカも限界には遠い。

とは言え、別に私はフランが言うように余裕というわけではない。ただこんな時は、余裕がなくても余裕を持つことが何よりも大切。
冷静さを無くせばペースが崩れ連携が壊れ、心が乱れる。それは簡単に死につながる。

その辺り月詠は本能的に解かっているようで、どんなに狂気に呑まれていても、常にどこかで余裕を保っている。こればっかりは真似できない天賦の才。
私はそんな器用なことは出来ないので、口先だけでも余裕を見せる。


「にしても、おかしいわね」

「ええ。いくらなんでも多すぎます」


ここまで来る道筋で見た骸骨は、せいぜい15くらいだった。このあたりにだけ死体が集中しているのも不自然だし、何よりこのメンバーで、敵の接近に気付かないというのは奇妙すぎる。
それに僅かに聞こえたあの金属音。今も続く仄かな違和感。砕いたはずの骨の欠片がどこにも見当たらないこと。これらから導き出される結論は―――!


「っ!」


少し思考に沈み過ぎたらしい。囲いを抜けてきた骸骨が、私に向かって斧を振りかぶっている。
回避には少し間に合わず、防御してもダメージは免れないタイミング。でも


「ざんがんけーん!」


月詠がフォローしてくれる。拳闘士として戦ってきたのは伊達ではない。
自分で言うのも何だけど、コンビネーションはとれている方だと思う。


「ありがとね月詠」

「油断大敵ですえ~?」


周りを見ると、骸骨の猛攻が始まっていた。この感じだとあまり長くはもちそうにない。
さっきとは動きが違う。連携も知能も策も何もなく、ただ数で押し潰そうと攻め寄せる。

確証はないけど、もう時間もない。分の悪い賭けは嫌いじゃないし、これしか可能性がないというのなら、やり遂げるだけ。
立て付けの悪い運命の扉は、回し蹴りで吹っ飛ばすのみよ。


「この状況を打破するわ!協力して!」

「どうするつもりだい!?」

「私とルカが時間を稼ぐから、その間に月詠とフランで、なるべく威力のある攻撃を同時に撃って!」


適材適所。大威力の攻撃は、この2人の方が向いている。
ルカは攻撃魔法はあまり得意じゃないし、操影術には大威力という言葉はそぐわない。


「そんなことをしたら生き埋めになりますよ!?」

「ごめん、説明してる暇はないの!急いで!」

「はいな~~~。木偶を斬るのはもー飽き飽きですぅ~~~」

「―――OK!やってやろうじゃないか!」

「―――分かりました。このままではジリ貧ですし、あなたを信じます!
 『リス・ロス・ポラス オリンポス―――!!』」


フランは詠唱を始め、私もそれを聞きながら前に出る。月詠は後ろに下がって気を練り始め、ルカは操れるだけの人形を繰り出す。
人形繰りは、数が増えると魔力消費以上に神経を使う。だから数を出すのは精神的に一気に疲労してしまう、諸刃の剣。


「踊れよ人形!」

「ココハマカセロー」


人形が骸骨を足止めする。でもそれは、多勢に無勢の体現に他ならない。あっという間に数に踏み潰される。
けれどもその僅かな時間で私には十分。無勢には、無勢の役目があるのだから。


『影よ 逆巻け!』


影槍を竜巻のように周囲に渦巻かせ、人形ごと骸骨を切り刻む。触れれば斬れる、影の結界。
『風花旋風・風障壁』がモデル。ただし本家とは違い、発動後も私が制御し続けないといけない。

今までの戦闘の疲労もあるから、そう長い時間は持たない。そしてこれが切れれば、再び戦えるかは難しいところ。
少なくとも鈍ることは間違いない。つまりは割と崖っぷち。でも―――


「神鳴流決戦奥義―――」

『冥王の黒球―――』


バチバチと刀に紫電が走り、気が高まっていく。古くは神の怒りにも例えられた大自然の脅威。これこそ神鳴流が神鳴る剣といわれた由縁。
黒い球体が一ヵ所に集束していく。普段とは桁違いの密度。光すらも捻じ曲がり、重力レンズと呼ばれる現象まで発生している。


「―――真・らいこーけーん!!」

『―――最大顕現!!』


雷が荒れ狂い、空間が歪み、轟音が響き渡る。
気と魔力が吹き荒れ、空間が爆ぜて砕けて、崩れ落ちた。

―――私たちの、勝ちよ。










◇ ◇ ◇ ◇










フランの手にはキィキィと鳴く小さな魔獣。ネズミに似ているけど、背には鈴虫のような翅がある。
翅は金属に似た質感で、強度もそれなり。非力で臆病な魔獣だけど、その恐ろしさと厄介さは身をもって味わった。


「ネズミの王・ロソレム、ですか。幻想空間ファンタズマゴリアだったとは思いませんでした」

「随分と珍しい魔獣だったね」


群れで翅をこすり合わせて音を出し、それをトリガーに幻想空間に引きずり込む能力。非力さゆえに身につけた力。
偽りの世界で精神を殺し、その後にゆっくりと生きた死体に齧りつく。幻覚を見せている間は魔獣も動けず無防備になるから、なるべく早く仕留めようとする。
そのため設定が甘くなり、不自然な箇所が出てきてしまう。空間そのものを壊せば出られるけど、一定以上の知能がないと、幻だと看破するのはまず無理でしょうね。


「どーりで手応えがないと思いましたえ~~~」

「幻覚はよく出来てたけどね」


群れの大半は逃がしてしまったけど、臆病で知能も高いし、何より女王ネズミは仕留めたからもう私たちを襲うことはないでしょう。
あれ?そういえば


「ねえ月詠、あなた雷光剣なんて使えたんだっけ?」

「斬った感触が妙でしたので、何となくイけそーな気がしただけおす~~~」


え、何その野生の勘。不自然さがあったから気付けたのであって、幻覚そのものは現実と区別がつかなかったのだけど。
斬れば分かるって、冗談じゃなかったのね。










――あとがき――

ルカの人形が可愛いという感想を頂いたので、調子に乗ってPixivで描いてみました。前書きにアドレスがあります。下手なのは目をつぶって下さい。
また、このSSの設定集も追加しました。よければそちらもどうぞ。

月詠さんが雷光剣を使えたのは、あくまで幻想空間内だったからです。現実ではまだ使えません。
ではまた次回お会いしましょう。



[14653] 16話 遺跡発掘 その二
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/05/20 22:21
「はー、ルカはん結婚してはったんどすかー?」

「言ってなかったかね?」

「初耳ですえーーー」


石造りの一本道を歩く。道幅はかなり広く、一定間隔で柱が立っている。
特徴のない道で、どこまでも続いているような錯覚に囚われそう。


「フラン、そんなに眉間にしわを寄せてると美人が台なしよ?」

「ええ、ええ、分かっています。しかしあれは………」

「まあ宝箱の中身が『無駄な努力お疲れ様(笑)』はないわよねえ。特に(笑)には悪意を感じたわ」

「色んな遺跡に潜ってきましたが、ここを造った奴は絶対に性格が捻じ曲がっています!」

「同感」


あれからも数々のトラップが仕掛けられていた。人をおちょくるようなのから致死性のものまで。
とりあえず月詠は凄かったとだけ言っておく。


「む?」

「ほえ?」


前を歩いていた二人が急に止まる。どうしたのかと目をやると、先行していたはずの人形が忽然と消えていた。
よく見ると人形の繰り糸が空中で消えている。切れたわけでもなさそうだけど、どうなってるのかしら。


「罠、のようですね。ルカ、人形が今どうなっているか分かりますか?」

「…………消えたわけではないね。操作は出来るし、魔力供給も途切れてはいない。ただ、現在地までは分からない。
 とりあえず先に進めてみるよ」

「お願いします」


そう言って器用に糸を繰っていく。どうやらあの糸は、人形に合わせてかなりの距離を伸ばせるものらしい。
糸そのものを武器として使ってるところもさっき見た。純粋な技能らしいから私にも使えるはず。今は頭の片隅にでも置いておきましょう。

そして待つこと数分間。


「ウシロガガラアキダゼー」

「………来た方向から戻ってくるとはね」

「おそらくは無限ループの結界です。しかしこういったものは、大抵発動時には不自然な魔力を感じるはずなのですが………」

「隠蔽が上手かった、ってことなんじゃないかしら。これまでの罠を見る限り、ここの制作者は腕だけはいいみたいだし」

「無限方処の咒法ですかー。西洋魔術にもあるんどすなぁ~~~」

「……?ツクヨミ、そのムゲンホウショについて詳しく教えて下さい」


ルカ曰く、ここまで精密かつ規模が大きいものだと、結界魔法では前兆なしに発動させることは不可能とは言わないまでもかなり困難らしい。
で、可能性があるとすれば別体系の術だけど、陰陽術はこっちではほとんど使い手がいない。なぜか忍者や刀なんかは認知度が高かったけど。

無限方処。確か、半径500mくらいの空間を球状に切り取って、その範囲内で堂々巡りさせる結界咒法。一旦入ると、基点となっている梵字を壊さないと出られない。
大抵は5~6字で、一つでも見つければ他の文字もすぐ近くにある、というものだったはず。


「―――なるほど、そういうことなら話は早い。基点を探しましょう」

「この中でかい?」


ルカが嫌そうに辺りを見回す。なぜなら柱や壁の至る所に文字が刻まれているから。ルーン、梵字、古代ギリシャ語などなどよりどりみどり。
大抵はダミーなんだけど、厄介なのはトラップとして発動する文字が混ざってること。そのせいでうっかり触ることもできない。
魔法を使うにしても、柱を壊さないように削るのは神経も使うし魔力消費も馬鹿にならない。こういう場所では温存するべきだし。


「やるしかないわよ。とりあえず皆で手分けして削っていきましょう」

「そーですねー。斬れへんのは残念ですけど、仕方ありまへんなー」


思わずまじまじと月詠の顔を覗きこんでしまった。若干不満そうに口をとがらせている。


「何ですかー?」

「いや、意外だと思って。月詠なら邪魔だから全部斬り飛ばすとか言い出すのかと」

「………千歳はんがウチのことどー思ってはるか、よーく分かりましたえー」


呆れたように私の顔を見上げてくる。いや、だって、ねえ。
梅雨時の洗濯物のようなじっとりとした視線のまま言葉を続ける月詠。


「さすがにここで斬ったらどうなるかくらいは想像つきますー。そもそも、頭を使えとウチに言わはったんは千歳はんでしょうに~~~」

「……………変わったわね」


多分、良い方向に。昔は戦うことしか頭になかったようだし。


「それに」


月詠の口角が弧を描く。逢魔が時、夕闇に浮かぶ三日月のように。
狂気の欠片が顔を覗かせる。こんな顔を見るのも久しぶり。


「我慢して~、焦らされて~、我慢して~。ギリギリまで待ってからすると、気持ち良くイけるんどすえ~~~?」

「………言い回しがやけに卑猥なのは気のせいかしら」


前言撤回、こういうところは変わってないわ。というかむしろ悪化してるような………。
グラニクスは過ごしやすくはあるんだけど、教育には悪かったわね。引越しでも考えた方がいいのかしら。










◇ ◇ ◇ ◇










皆で手分けして結界の基点を探す。木を隠すなら森の中、という言葉そのままの光景、文字の海。
梵字だけを探し当てるのも楽じゃない。やっと見つけたちょうど私の目線の高さにある字をナイフで削る。


「―――ッ!」


ふわっと背筋が浮き立つ浮遊感。反射的に下を見ると、床が観音開きに四角く切り取られていた。
咄嗟に虚空瞬動でその場を飛び退く。幸い罠は落とし穴だけだったらしく、他に変なところはない。


「………うわあ………」


穴の淵から見下ろしてみる。私は夜目が利くので、このくらいの光量があれば見通せる。一応吸血鬼の端くれではあるし。
暗い底で僅かに銀色が輝いている。どうやら金属製の杭が植えられているみたい。朽ちかけた白骨まで見えている。
そうこうしているうちに、ギイィと軋む音を立てて床が閉じていった。自動で元に戻る仕組みらしい。

あの3人は大丈夫かとふと思い、周りを見回す。いやまあ、殺しても死なないようなメンバーだけど。

月詠は小太刀で字を削っている。あ、落ちてきた鉄球が一瞬で真っ二つに。今更だけど本当にあれで人間なのかしら。
ルカは50体を越そうかという人形を同時に操っている。動作はいつもより鈍いけど、今はそれでも十分みたい。

フランは………地面から突き出たトゲを避けたところで頭から水をかぶり、『氷結・武装解除』の罠にかかって上半身の服を吹き飛ばされていた。
タイミングが絶妙すぎて回避もレジストもできなかったらしい。命の危険はなさそうなんだけど、なんでフランばっかりあんな面白いことになるのかしら。
あ、天井からタライが落ちてきた。頭に直撃して、ごいーんと間抜けな音が響き渡る。わざわざ金ダライをチョイスしてる辺り、分かってるわね。
そしてとどめとばかりに、フランの目の前に立体映像が映し出された。変なところだけ凝っている。遠目だけど私にも映像は見える。えーと……

ザマミロm9(^Д^)プギャー

………翻訳用魔法薬の調子がおかしいのかしら。何だか見てるだけで腹が立ってくるわね。大体プギャーって何よ、プギャーって。




「うふふふふふふふふふふふふ」


下を向いて突然笑い出した半裸のフラン。その表情は髪に隠され見えない。さっきの骸骨とは違った意味で不気味。
映像を投影していたルーンを親の仇のごとく殴りつける。柱までが一緒にごしゃりと砕けた。


「うふふふ、私はシルヴィアではないのです。断じてヨゴレではないのです」


さらりと何とんでもないこと言ってるのこの人。というかシルヴィアってやっぱりそういう位置づけなのね。哀れ。


「フ、フラン?」

「ふ、ふふ、もういいです、もうどうにでもなりなさい!」


フランのこめかみにでっかい青筋が浮いている。どこからかぶちりと何かが切れる音がした。
何だか物凄く嫌な予感がするのだけど。


『リス・ロス・ポラス オリンポス!!
 契約に従い 我に従え 夜の冥王!!』


古代ギリシャ語!?しかもあの出だしは!?


「逃げるわよ!」

「了解!」

「げふっ」

「アラホラサッサー」


即座にダッシュで逃げだす。位置的にフランに近づくには遠すぎる。月詠は訳が分かってなさそうなので、問答無用で襟首を引っ掴む。
蛙を踏みつぶしたような声がしたけど、今は構っている暇はない。私の記憶が確かなら、あの詠唱は非常にまずい。


『来たれ 昏き孔 呑み尽くす混沌!!』

「なんであんなもの使えるのよ!?」

「フランの魔法の腕は一流さ!性格はアレだがね!」

「あ~う~~?」

「ホイサッサー」


月詠を小脇に抱え直してとにかく走る。こんな時までぽやーんとしてるのは凄いのかもしれない。
魔力の高まりを感じてちらりと振り向くと、闇色の小さな球体がフランの前に浮かんでいた。


『砕け散れ 紅く染まりし因果の輪 崩れ落つ星を死の塵に!!』


呪文は完成目前。しかし球体は恐ろしく不安定らしく、電子レンジに放り込んだ卵のように細かく振動し続けている。
どう見ても制御ができていない。こんなところで未完成の魔法なんて使うんじゃないわよ!


「何ですの~~?」

「時間がないから簡単に言うわ!あれはね―――!」


魔力が球体に集中していく。空間が歪み、光さえも脱出不可能となる。
あらゆるものを呑み尽くす、大喰らいの黒い穴。制御不能の魔法は完成した。


『無限の奈落!!!』

「―――ブラックホールを創る魔法よ!!」


過大な負荷に耐えきれず、パキィンと結界が砕け散る。結界破りに強力な重力魔法は非常に有効。
結界が制御するのは基本的に有限の空間。無限の大きさを持つ時空の歪みまでは想定外。
ちなみに幻想空間は結界とは微妙に違うので、ただ重力魔法を撃っただけでは破れない。

それだけで済めば良かったのだけれど、耐えられなかったのは結界だけではなかった。
通路は石造りで固定化の魔法もかかっていたようだけど、さすがに無限の質量までは考慮されていない。

どんがらがっしゃんと天井が崩れ柱が倒れ、床が抜けた。重力に逆らうすべはなく、私たちは落ちていく。
ブラックホールの効果があったのはほぼ一瞬だったから直接影響はなかったけど、こうなってしまったら意味はない。


「腐乱のバカー!!腐ってしまえー!!」

「やーらーれーたー?」

「我が人生に一片の悔いなしです!!」

「僕は死にましぇーん!!」


混乱のあまりかルカのキャラが崩れている。落ちながらもそんな台詞が出る辺り、意外と余裕があるのかしら。
急展開に着いていけてなさそうな月詠を抱きとめ、影布対物障壁を多重に展開する。これで何とかなる、はず。瓦礫が邪魔で翼は出せないから飛べないし。

あの二人のことまでは面倒を見きれない。まあ、あっちでどうにかするでしょう。


「オチガツイタゼー」


崩落する轟音の中、道化人形の言葉だけはなぜかはっきり聞こえた。
確かに落ちてる真っ最中だけど、こんなオチはいらないわよ!










◇ ◇ ◇ ◇










もしゃもしゃもしゃ。


「む、これは中々いけるね。この黒い調味料がいい味を出している」

「日本の味、醤油よ。そういえばもう長いこと戻ってないわねえ」

「………あのー」


もしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃ。


「ふむ、旧世界か。あまり興味はなかったが、一度行ってみるのも悪くないのかもしれないね」

「その時は歓迎するわ」

「あのー!」


もしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃ。


「何よ腐乱血餌酢蚊。食事中なんだから静かにしなさい」

「いえあの、私は何も口にしていないのですが………」

「自業自得って言葉知ってる?」

「うっ」


あの後。影布で私と月詠は無傷。ルカが対物結界を張ったおかげでフランも無事だったらしい。今は多分地下2階。
場所が悪かったらしく、崩れた瓦礫で地下1階までの階段が埋まっちゃったけど、時間をかければルカの人形でどうにでもなる。
ただ、私たちが落ちてきた大穴は使わない方がよさそう。トラップが作動したらしく、妙な結界が張られている。ルカによると「碌でもないもの」らしい。

で、時間もちょうど良かったし周辺には危険もなさそうなので、場を変えて昼食に。私の影に入れてあった弁当を皆で食べている。
月詠はリスのようにご飯を頬張っている。おかしいわね、ここに来る前も随分食べてたはずなんだけど。


「えーとですね、せめてこれはほどいて欲しいのですが……………」

「駄目。これはお仕置きだもの」

「無駄に輝いてますなー千歳はん。物凄くイイ笑顔してますえ~~~?」

「うふふ、分かる?」


とりあえず、アホなことを仕出かしてくれたフランは影で縛ってある。戒めの風矢や捕縛結界を研究して、術式を改良したもの。
これなら竜種にも通じる、はず。実際にやってみるまで分からないけど。


「ところで、そのやたらとエロい縛り方は何なのだね?」

「ふっふっふ、ふが3つ。これこそ日本が世界に誇る文化、亀甲縛りよ!」

「ナイムネ張って言うことではおまへんなーーー」


まさか月詠が突っ込みに回るとは。というか誰が無い胸よ。私に勝ったからって調子に乗ってるんじゃないわよ。
ルカが本気で旧世界行きを検討し始めている。エロは国境どころか世界の壁をも越えるのね。


「まあ私も鬼じゃないし、反省したのなら食べさせてあげなくもないわ」

「申し訳ありません。少しばかり熱くなりすぎたようです」

「ん、良い心がけね。じゃあ跪いて私の靴を舐めなさい」

「………………………………………………………はい?」


何を言われたのか理解できず目を丸くするフラン。うん、実にいい反応ね。
足ではなく靴なのがポイント。これなら屈辱だけを与えるのに向いている。


「聞こえなかったのかしら?許しを乞う罪人のようにひれ伏して、意地汚い犬のように靴を舐めろと言ったのよ」

「………………………………………えーと、本気ですか?というか怒ってますか?」


ぴきりと青筋が浮く。うふふふ、あなたがそれを言うのね腐乱血餌酢蚊狸茄鵜怒。
背後に回って左手で頭を固定し右手で一本角を引っ掴む。いつの間にとか慄いてるけど無視。


「怒ってるかですって…………?これ以上ない愚問ね、愚かな問いと書いて愚問ね………!」

「我が一族の誇りに何をするのですかって痛い痛い痛い痛あたたたたた!」


全力ではないにせよ、フランの角を折り取るべく力を込める。む、硬いわね。
ここ最近、我ながら腕力がおかしいことになっている。吸血鬼の高い身体能力は大魔力で強化してるかららしいけど、私の腕力は魔力や気には関係ない。
どうやらまっとうな意味での吸血鬼でもないみたい。そもそも蝙蝠の翼があるのもおかしいし。魔族の血でも入ってるのかしら。


「うっかり死ぬところだったわよ………!だいたいあなた本当に遺跡発掘なんてやってたの………!?」

「痛い痛い痛い今めきって音がしました痛いもげる痛い痛い馬鹿力痛い!」

「まーまー、そのくらいにしといてあげて下さい~~~」


銀色の閃光が黒を断つ。フランには傷一つつけることなく、影の戒めは斬られて消し飛んだ。
外側からの力に弱いところはまだまだ改良の余地ありね。


「皆さん無事どしたし、フランはんも悪気があったとゆーわけでもないでしょうに~」

「悪気はなくても殺る気はあったわね。というか悪気があったらこの程度じゃ済んでないから」

「うう、ツクヨミ、私の味方はあなただけです!」


がばっと月詠の腰にすがりつくフラン。いい年して何をしてるのよ。
月詠は手に持った弁当を差し出す。心なしかいつもの笑顔が黒く見えるのだけど。


「さあフランはん、これでも食べて元気出して下さい~~」

「ツクヨミ、いえツクヨミ様、ありがとうございます………!!」


涙ぐんで弁当を食べ始めるフラン。その姿はとても熟練の冒険者には見えない。
そして月詠がにやりと笑みを浮かべる。「計画通り」とか言い出しそうな悪人顔で。
とりあえず腕を引いて部屋の隅に連れていき、二人に聞こえないように小声で話す。


「(ちょっと月詠?柄にもないことして、どうしたのよ?)」

「(どーもしてまへんえー?まぁ強いて言うなら、ウチも千歳はんみたいに下僕を持つのも面白いかと思いまして~~~~)」

「(…………………下僕って…………………)」


多分熱狂的なファンのことを言ってるんでしょうけど、あんなのは欲しくなかったわ。
「罵って下さい」とか「踏んで下さい」なんて真顔で言われた時はさすがに引いたから。

どうせ私に尽くしてくれるのなら、むさ苦しい男じゃなくて可愛い子がいいわね。
そしてなぜか月詠のところにはそういうのは行かない。行ったところで叩き潰すけど。完膚なきまでに。


「(たまにはこんなんもイイですなぁ。フランはんはあんまりウチの好みではあらしまへんが、なんとゆーかこー、ゾクリとくるもんがありますぅーーー)」

「(駄目よ月詠、戻ってきなさい。そっちに逝くにはまだ早いわ)」

「(千歳はんが言わはった通りに頭つこーて、人心掌握術なるもんをヤってみたんですけど~~?)」

「(字が違うわ、あなたのは人心性悪術。あと頭の使いどころが致命的に間違ってるから)」


黒い、黒いわ月詠。外見は真っ白なのに腹の中は真っ黒よ。天然腹黒なんて私の手には負えないわ。
………引越し、本気で考えた方がいいのかしら。


「ぐすぐす、おかしいですね、やたらと味付けがしょっぱいです」

「…………………………やはり女は怖いね」















――あとがき――

キャラが崩壊しました。しかし私は謝らない。
精霊のせの字もありませんでしたが、ちゃんと次に出てきます。


今回からレス返しは後書きで行います。いつも感想ありがとうございます。

>666様
 完結目指してゆっくりと続けていきます。今は最終回、落とし所を考えています。

>いゆき様
 絵を描くのは久しぶりでしたので、そう言って頂けるとありがたいです。



[14653] 17話 遺跡発掘 その三
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/06/01 15:52
地下2階。1階とはうってかわって罠はない。もっとも罠は仕掛けられてるけど、精霊の影響で壊れてたりして機能していない、というのが正確なところ。
精霊の相手は中々に骨が折れる。中でも光の精霊は大変だった。目くらましをしてくるわ、私にはダメージが大きいわで相性最悪。フランが重力魔法で押し潰してたけど。

ここは割と危険地帯だから早く抜けたいんだけど、そうはさせてくれない厄介な理由が目の前にある。


「にとーれんげき ざんてつせーん!」

『影よ―――!』


これまでの中で最も厄介な相手、それは「自分自身」。
襲ってくるコピーの外見は、得物や服装までほとんど同じ。無表情なのが唯一といっていいくらいの相違点。

見た目だけでなく、運動能力や気・魔法まで再現している。月詠のコピーは太刀筋が同じだし、私のコピーは影魔法を使ってくる。
おそらくは風精が外見を、影精が能力を、火精が体温を………といった具合に、様々な種類の精霊が組み合わさって形成されている、と思う。


「まさか自分と戦える日が来るとは思ってませんでしたな~~」


月詠は白目と黒目を反転させながらコピーと斬り合っている。月詠だけでなく、神鳴流剣士の一部は昂ると目がああなる。
原理は分からないんだけど、私も満月の夜なんかには反転するらしい………想像すると我ながら不気味かも。


「そうね、まさか私がこんなに厄介だとは思わなかったわ!」

「だから言ったやおまへんか、蛇のようだと」


四肢にリボンのように影槍を纏わせ、時に拳や蹴りに乗せて撃ち出し、時に死角から攻撃を加える。絡みつく影は捕縛の属性を持ち、一度捕らえられれば脱出は困難。
影槍の制御・操作に力を入れ実現した、影と格闘戦と融合させたスタイル。いつかのカゲタロウ氏のように中距離戦も可能だけど、あそこまでの技量はまだ私にはない。
「真正面から不意を打つ」という矛盾を実現する、特異な戦い方。接近戦のプロである月詠とジャンから、「マトモな相手なら初見での対応は難しい」というお墨付きももらっている。
ちなみに月詠は色々とマトモではないので対応してくる。まあ付き合いが長いからというのもあるけど。


「はっ!!」

「!」


地を這うように向かってきたコピーを、タイミングを計って蹴り飛ばす。しかし敵は吹き飛びながらも影を放ってくる。本数こそ少ないものの、複雑な軌道を描く影槍は回避困難。
でもいくら変幻自在とはいえ、その軌道は曲線。まして今は私から離れている真っ最中。


『百の影槍!』


なら、直線的に対象に向かうこの影槍の方が速い。私の影が到達する直前、コピーは影槍の制御を破棄して横っ跳びに逃げた。
何故かは分からないけど、コピーされた本人を優先的に襲ってくる。

視界の片隅で3人の様子を窺う。どうやらアーティファクトまでは再現できないようで、ルカは問題なさそう。
月詠はがっきんがっきん斬り合っている。笑顔は崩してないけど、どこか不満そうにも見える。こういうの好きそうなのに。
アーティファクトを使ってないのは………癖が強い、って言ってたからそのせいかしら。もっともあれは中距離戦に向いてるから、というのもあるでしょうけど。
フランは…何を考えているのか殴り合いをやらかしている。近接戦はあまり強くはなかったはずだけど。


『――魔法の射手 集束・闇の53矢!』


あ、クロスカウンターが決まった。拳に『魔法の射手』を乗せる技法は、テレフォンパンチに近いものがあるので使いどころが難しい。
魔力が武器や拳に集中するので、攻撃のタイミングが明白。フランは魔力の隠蔽が結構上手いから使えてるけど、それでも少し注意していれば分かる。
もっともコピーはほとんど本能で戦っているようなので、そんな心配はいらないけど。


「っと」


体勢を立て直した私のコピーがいつのまにか翼を出していた。そして撃ち出される影槍弾雨。今度は手数と避け難さを優先したらしい。
でも自分のことなので、弱点も分かっている。この魔法は範囲は広いけど、一発あたりの威力はそこまで高くない。
さらに翼から撃ち出すという性質上、一方向にしか効果がない。放射状にも撃てるけど、そうすると威力が落ちて使い物にならなくなる。

つまり対処法は


『影布二重対物障壁』


防御しつつ動きまわって狙いを付けさせないこと。壁や天井、時には虚空瞬動も交えて縦横無尽に動き回る。たまに当たることもあるけど、集中弾を受けない限り致命傷にはなりえない。
ここで私なら、距離を詰めて接近戦を挑むか、影槍を撃ちこんで逃げ場所を限定させるかというところだけど、コピーはただ同じ攻撃を続けているだけ。
もっとも、その底なしの持久力は脅威ではある。私たちは魔力が切れれば終わりだけど、あっちは精霊そのもの。魔力切れということは考えにくい。

つまり、長期戦は不利。逃げ回りながら倒し方を考える。
―――――よし、これならいけるわね。


「月詠、交代」

「はいな~。ひゃっかりょーらーん」


私の言わんとしたことを正確に読み取った月詠が、斬り合っていたコピーの一瞬の隙をついて技を繰り出す。
斬撃の乱れ撃ち。コピーは何とか防御するが、放たれた気を無効化することは出来ずに吹き飛ばされた。


『影よ!』


その間隙を逃さず、月詠のコピーに攻撃を仕掛ける。影槍による頭上からの逆落とし。姿勢が崩れかけていたコピーだけど、それでもなんとか横に跳んで逃げた。
けれども瞬動の抜きが決まらず、体が流れている。それは決定的な隙。


『百の影槍!』


大砲にも似た一撃。月詠のコピーは、迎撃も回避も間に合わずにそのまま刺し貫かれた。
剣士とは基本的に近距離で戦うもの。斬空閃など遠距離用の技もあるとはいえ、近づかなければ真価は発揮できず、それは月詠といえども例外ではない。
とはいえ、もし本人だったらこうは簡単にいかなかった。どんなによくできていたとしても、コピーはコピーということらしい。


「にとーれんげき ざんがんけーん」


月詠のほうも決着がついていた。私のコピーは連撃を捌き切れなかったらしく、その身を十文字に斬り裂かれて形を崩していく。
どうやら瞬動や虚空瞬動を駆使して近づいたみたい。石の床がところどころ不自然にへこんでいる。………どれだけ力入れたのかしら。

接近戦に持ち込まれると月詠はおそろしく強い。私だと防御で精一杯。
もっともジャン曰く「あれを凌ぎ切れるなら大したもんだぜ」らしいけど、純粋な剣技では私は月詠に劣っている。
まあ近づかれてもやりようはあるから、簡単に負けたりはしないけど。




戦闘が終わったのを見計らってか、フランとルカが近づいてきた。


「そっちも終わったようだね」

「ええ、そっちも?」

「はい。あれは厄介ではありましたが、厄介以上にはなりえません」

「言い得て妙ね」


フランの言った通り。いくら身体能力や魔法を再現したとしても、それを運用する頭がなければ宝の持ち腐れ。
特に操影術はそれが顕著。シンプルだからこそ、使い方次第で強くも弱くもなる。
頭を使え、と言ったのはそういう意味。月詠は思いっきり曲解しまくってたけど。


「ところでだね、倒した後にこんなものが落ちていたのだが、これが何だか分かるかい?」

「どうやらこれが核だったようなのですが、見たことがない術でしたので。先ほどのムゲンホウショと同系統の術ではないかと」


ルカが差し出してきたのは白い紙。人形で押し潰す戦い方だったので原形が残ったらしい。
多少しわが寄った、「大」の字に似た形の紙。これは―――


「身代わりの紙型、のよーですなー」

「名前を書けば紙が本人の分身になる、というものよ。もっとも信用ならない術でもあるけど」


この術、誰でも使える代わりに分身体の精度が低い。分身への命令は簡単に上書きされるし、勝手に動き出すことすらある。
ただ外見だけはそっくりだから、戦闘中の囮としてなら使える。前に月詠に騙されたこともあったし。


「ふむ、やはり同じ系統だったか。確か、オンミョウジュツ、だったね」

「そうよ。こういう使い方をしてるのは初めて見たけど。
 もしかすると、この遺跡を造った人の中には日本人がいたのかもね」

「ニホン―――旧世界の先進国の一つ、でしたか。
 そういえば紅き翼の一員、サムライマスターの故郷でもありますね」

「今は関西呪術協会の長どすえー。もっとも無能らしいですけどなぁ」

「言うわね」


少し不機嫌そうな月詠が毒を吐く。サムライマスターは近衛詠春、だったかしら。無能かどうかは置いておくにしても、少なくともあまりいい話は聞かなかった。
過激派を抑えきれてないとか、一人娘には裏関係を教えていないとか、それなのにその娘は莫大な魔力を持っているとか、東と慣れ合い過ぎだとか、エトセトラエトセトラ。
戦闘者としては一流だったけど、統率者としては一流足りえなかった、ということらしい。こっちに来る前に聞いた話だから、今は分からないけど。

だいぶ前、グラニクスで妙な噂を聞いたこともあったわね。確か、「サムライマスターはタヌキに押し潰されるのが趣味」とかいう訳の分からない話。
しかもただのタヌキではなく、信楽焼でないと駄目らしい。あまりにも奇妙過ぎて印象に残った噂だった。


「まぁそないなことはどうでもええです。自分と戦えたのは思わぬ収穫どしたが、いくら良く出来とってもあないな木偶を斬ってもしょーもないですわ」

「そんなこともあると分かっててついてきたんじゃないの?」

「上位精霊には意思を持つんがおる、と聞いたことがありまして~~。
 意思あるところに心あり、心あるところに魂宿る。その万華鏡のよーな魂の揺らぎを斬るのがまたええんどすえ~」

「詩人ねえ」

「フフフ、女の子はみんな夢見る乙女なんですえ~~~?」


その夢の内容は随分と血塗れのようだけど。突っ込まない方がいいのかしら。










◇ ◇ ◇ ◇










「ひゃくれつおーかざーん」

『影よ逆巻け 斬り払え―――!』

『冥王の黒球!』

「むっ!」

「リソウヲダイテ デキシシロー」


あまり広くはない部屋の中、今度の敵は水の精霊。とはいえ、たかが水と侮ってはいけない。
高圧力をかけて噴き出させればウォーターカッターにもなり、高い位置から滝のように落として大質量で押し潰すこともできる。

四方から襲いかかってくる精霊を、斬り飛ばし押し潰し叩き潰す。形を保てなくなった精霊は、ぱしゃんと水になって地に落ちる。
水はもう足首くらいまで溜まっている。先に通じると思われる扉は見えてはいるけど、流石にこの数は無視出来ない。


「!ルカ、耐電結界を!!」

「OK!」

「ピ○チュー」


フランの声に応じてルカが結界を張ると同時に、バチバチと水に紫電が奔る。
私たちとは背中合わせになっていた二人の方を見ると、黄色っぽいものが宙に浮いていた。あれは―――雷の精霊!?

魔法によって生み出された水はほぼ純粋な水。そして純水は電気を非常に通しにくい。だから本来、今足元にある水は通電しない。
でもこの部屋においてはその限りではない。なぜなら、この部屋はご丁寧にも岩塩で出来ていて、水は食塩水となっているから。
精霊が出てくる前、見覚えのある半透明の結晶を見つけて舐めてもみたから間違いない。悪辣すぎるわこれ。


「ぐっ!重いねこれは!」

「手伝うわ!『影布五重対物障壁!』」


結界を破るべく突進してきた水の精霊。ルカの結界は強固だけど、その性質上物理的な衝撃には弱い。
それをカバーすべく、私たちの周囲360度に影布を張り巡らす。これでしばらくは持つわね。未だに水がバチバチいってるのが聞こえるけど。


「『火よ灯れ』さて、今のうちに対抗策を考えましょう。まずはあの雷の精霊をどうにかしない限り動きがとれません」


影布に覆われ一気に暗くなった空間で、魔法の火を灯しながらフランが口を開く。
こういうところはプロっぽい。さっきうっかりでパーティーを全滅させかけたのと同一人物には見えないわ。


「むぅ、精霊さんの場所が分かれば斬れますけど……」

「そこまで行く間に感電するわね。私が飛ぶにもここは狭すぎるから、翼は使えないわ」

「飛ぶ―――フラン、ツクヨミかチトセを持ち上げて浮けるかい?」

「……難しいですね。私のは浮遊術ではなく重力制御なので、無駄に神経を使います。人一人持ち上げるとなると、私では落下速度を緩めるくらいが関の山です」


浮遊術もどきまで使えたのねフラン。重力魔法は応用の幅が広い、というのは伊達ではないのね。
―――!感覚が異常を伝えてくる。まずいわ。


「影布が1枚破られたわ。予想以上の速度よ」

「急ぎましょう。ルカ、人形で精霊の場所は分かりますね?」

「ああ、視覚共有が出来るのをつけてるからね、大まかな位置は分かる」

「そーすると、ウチがそこまで行ければええんですなー?」


構成の甘かった2枚目と3枚目が一気に破られた。どうやら向こうも必死らしい。


「しかし単純に向かっても、感電するか避けられるかのどちらかだろう。どうするね?」

「相手は雷ですからね、移動速度も随一です。ただ見た感じだと、あまり防御力は高くはありませんね」

「そういう相手には、避けようのない攻撃を喰らわせてやるべきね」


おそらく大量の水を叩きつけたのであろう、大きな衝撃。4枚目が砕かれた。残りは1枚。


「んー、なら―――――とゆーのはどうでしょー?」

「………悪くありませんね。時間もありませんし、それでいきましょう」

「精霊はあっちの方向だ。援護は任せてくれたまえ」

「成長したわね月詠。おねーさんは嬉しいわ」


そしてパキンと最後の影布が砕け散り、薄暗いながらも光が差し込む。
―――さて。反撃を、始めましょう。


『―――魔法の射手・連弾 重力の199矢!!』


先手はフラン。空間を埋め尽くすように魔法の射手を撃ち出す。しかも当たれば動きが鈍る重力の矢。
雷精は本能的に危険を察知したのか、目にもとまらぬ速度で逃げていく。でもそれは、悪手。


「神鳴流 奥義―――」


素早く配置されたルカの人形を足場に、軽業師のようにすでに月詠が跳んでいる。
フランの攻撃は、避けられるようにわざと一方向だけ空けていた。つまり今の状況は約束されたもの。


「―――斬魔剣」


魔を断つ剣は、狙い違わず獲物を斬り裂いた。横薙ぎの一閃を受け、雷精は地に墜ちていく。
それと共に、あれほど猛っていた電撃も止んだ。でもまだこれは、終わりではない。


『影よ!』


今回私の役目はサポート。無防備に近い月詠に襲いかかろうとしていた水精を、影槍で刺し貫く。
同時に技後硬直から抜けきっていないフランを守り、ルカの後ろに忍び寄っていた水精を潰す。




それからも雷精は出てきたけど、感電させられる前に倒すことができた。月詠が斬った中位精霊以外は下位精霊だったみたい。
もっとも斬られて水に落ちてからも電気を発するのはいたけど、電圧は下がってたから問題はない。
全ての精霊を駆逐したのは、ほどなくのことだった。


「どうだね、いけそうかい?」

「待って下さい、もう少しです。えーと―――ここをこうして、あーして―――」


扉には鍵がかかっていたので、鍵開けのスキルがあるフランに任せている。鍵穴に針金を突っ込んでがちょがちょやっている。よく見ると魔力も流し込んでいるっぽい。
私たちにできることはないので、一応周辺を警戒しつつ後方で大気もとい待機中。まあ簡単なものらしいからすぐ開くでしょうけど。


「まあまあの相手どしたなー。でもやっぱり――――――あや?」

「月詠?大丈夫?」


ふらりと月詠の体が傾き、それを咄嗟に抱きとめる。疲れたのかしら…………でもこれくらいなら、問題はないはずなんだけど。
水と電気で、ふと甦る記憶がある。中学校の理科――化学の実験。


「よし、開きました!」

「さすがだねフラン。……む、この扉は随分重いね」

「ココハマカセロー」


食塩水を入れた、H形をしたガラスの試験管。+極と-極。電気を流す。


「ファイト イッパーツ」

「もう少しですね」

「ここまで重い扉というのも中々お目にかかれないね。何で出来てるんだろう?」

「……なんだか頭が…クラクラします~~~」


H2Oは水。電気分解。2H2OはO2と2H2に。O2は酸素。助燃剤。酸素中毒。
H2はO2の2倍発生する。H2の名称は――――!!!


「皆、急いでこの部屋から出て!!」

「何だね急に!?」

「それは―――ちっ!」


視界の端で赤い色が宙に浮いているのが見える。特徴的な姿。槍の火蜥蜴、火の精霊。
もはや一刻の猶予もない。フランとルカを蹴り飛ばし、僅かに開いていた扉の隙間から外に押し出す。


「チトセ!?」

「げふん!?」

「ナニヲスルダー」


後ろから魔力の高まりを感じる。まずい。月詠を地面に押し倒し、上から覆いかぶさるように地に伏せる。


「はえ?」

『影布対ぶ――!』


ずどん。
世界が、真っ赤に爆ぜた。

―――H2は水素。火を点けると、爆発する。酸素も混じっているのなら、なおさら。















――あとがき――

本誌で久しぶりに月詠さんが出ていてテンションの上がった作者です。やっぱり強いですね彼女は。
でも出る時はほとんど戦ってる時なんですが、いつもは何をしてるんでしょう。

今回の「水の電気分解」ですが、作者はあまり化学には詳しくありません。
ですので、おかしなところがありましたらご指摘をお願いします。


では、レス返しを。いつも感想ありがとうございます。励みになります。

>666様
 遺跡発掘が終わったら原作に絡みます。もうしばらくお待ちください。
 15話を越えてるのに原作主人公が出ない、というSSも珍しいかもしれません。

>ニッコウ様
 今回はネタ少なめのシリアスにバトルな回でした。遺跡を造った人物は……次々回くらいには出るかもです。

>いゆき様
 うちの月詠さんは腹黒街道驀進中です。ちなみに千歳は腹だけではなく全身真っ黒です。骨の髄まで黒いです。
 なんだか千歳が諸悪の根源に思えてきました。



[14653] 18話 遺跡発掘 その四
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/06/05 19:43
――――――こえがする。


「――せはん!千歳はん!」

「ルカ!治癒を!」

「もうやっている!しかしこの傷では………!」


―――わたしをよぶ、こえがする。


「千歳はん!!しっかりしてください!!」

「ツクヨミ、落ち着いて!そっちの包帯と薬をこちらに!」

「急いでくれ、僕の腕では難しい!!」


私を呼ぶ声に導かれ、闇の中から意識が浮上していく。わたしが形を取り戻す。
光へと近づいていくのか、光が近づいてくるのかよく分からないまま、私は目を覚ましていく。


「…………つく……よみ………?」

「千歳はん!?」


どうやら私は今、うつ伏せになっているらしい。視線を上げてみると、視界に映ったのは今にも泣きそうな月詠。初めて見たわね、こんな顔は。
何があったんだっけ………確か…精霊……水…電気…轟音…赤………!


「つっ!!」

「動かないでください!――――魔法薬が効かない!?」


起き上がろうとしたら、体に鮮烈な痛みが走った。ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。
そうだあの時、影布は一枚だけ何とか間に合って…その後は…駄目ね、思い出せないわ。とりあえず月詠は無事そう。


「……今……私は…どうなって………?」

「大丈夫だ、傷は浅い!」


ルカと思しき声が頭の上から聞こえた。でも何て言ったのかよく分からない。声の調子からすると、切羽詰まっているようだけど。
頭がガンガンするし、耳もよく聞こえない。鼓膜に損傷があるようね。ひょっとすると破れているのかも。痛いし。
体は―――背中が焼けるように熱い。火傷……かしら。もっと酷いと感覚がなくなるから、この程度で済んだのはまだ良かったのかもしれない。


【千歳はん!大丈夫どすか!?】


頭の中に響く月詠の声。これは―――念話。そういえば、仮契約カードの機能にそんなのがあったわね。
口を開くのも億劫なので、こっちからも念話で返そうと影の中のカードを探す。確かこのあたりに―――あった。
服の袖に影の倉庫をつなぎ、そこからこぼれ落ちたカードを月詠が私の頭に当ててきた。


【……大丈夫、とは言い難いわね、色々と痛いわ。それよりも月詠はどうなの?怪我はない?】

【……ウチは少し火傷はしましたが、それくらいおす】


下に水が溜まってて反射的に息を止めたので、酸欠にもなっていないらしい。相変わらず運もいいわね。


【そう……私の怪我の具合は?】

【………今ルカはんが治癒魔法をかけて、フランはんが処置してます】

【私は、怪我の具合は、と聞いたのよ】

【………大丈夫ですえ】


答えを返すまでの沈黙が、大体の状況を伝えてくる。それに、さっきは若干混乱しててよく分からなかったけど、背中以外にも痛みを伝えてくる場所がある。
そうしているうちに別の声が頭に伝わってきた。月詠が仮契約カードを渡したらしい。カードの念話機能って、誰でも使える辺り結構適当よね。


【チトセ?意識があるのですか?】

【ええ。月詠は口を濁してるけど、今の状況を聞いてもいいかしら?】

【………………しかし………………】

【大丈夫よ。この私が、怪我ぐらいでうろたえるとでも?】

【………………分かりました】


そうして聞き出した今現在。爆発からはあまり時間は経っておらず、周囲に結界を張って安全は確保してあるらしい。
まず背中の火傷、これは案外軽い。咄嗟に地面に伏せたことと、影布のおかげではないか、ということだけど、軽いのならそれでいい。

で、まずいのは


【右脇腹、ね。通りでさっきから痛むと思ったわ】

【……………申し訳ありません、もっと早く気付いていれば…………!】


爆発の勢いで部屋に幾つかあったガラクタも吹き飛び、そのうちの一つが運悪く私に刺さったらしい。重要な臓器は避けてるけど、範囲が広くて出血が多かったみたい。
今は痛みもあって意識は割とはっきりしてるけど、時間が経つとまずいわね。現に今も、気を抜くとそのまま眠ってしまいそう。吸血鬼が失血死とか、笑えないわ。


【そんなことはどうでもいいわ。ルカで治せるの?確か治癒は専門じゃなかったはずだけど】

【……………………それは……………………】

【………………分かったわ。月詠に代わっ…て】

【………………申し訳、ありません】


沈んだ声のフランとの会話を終える。別に誰が悪かったというわけでもないでしょうに。
治癒は力不足、精霊の影響か、ガラクタに呪いでもかかっていたのか薬の効きも何故か悪い。さらに地上に出るには時間がない。手詰まりね、普通なら。
でも手はなくとも、私には牙がある。


【千歳はん】

【…………仕方ないわ…頼めるかしら?実はもう……結構限界なの…よ】

【……それは構いまへんけど……ええんですかー?今んとこ、ウチしか知らへんはずどすが……】

【背に腹は…代えられ……ない………から……。ただ…万一の…………時は……………】

【……分かりましたえ】


言葉の裏側を読み取ってくれたらしい。月詠に任せてしまうのは心苦しいものがあるけど、動けないものは仕方がない。
月詠とルカが何かを喋っている。よく聞こえないから内容は想像するしかないけど、雰囲気からすると揉めているみたい。


「ルカはん、治癒はもうええです。止めて下さい」

「い、いや、しかしだね」

「…………いい……から、止めな……さい……………無駄よ………………」

「………………………………………………………………………………………………………………分かった」


長い沈黙の後、ルカの治癒魔法が止められた。視界が霞んできてて顔は見えないけど、多分苦虫を噛み潰したような表情をしてるんでしょうね。
フランは何も言わない。重力魔法で床を抜いた時は発掘経験があるのか疑ったけど、この判断を是と出来るのなら、その経験は本物だったみたい。




月詠が身体を抱き起こし、私の口を首に持ってくる。力が入らずだらんとしなだれ、自然ともたれかかるような格好になった。
無意識のうちにばさりと背中で翼が広がる。視界はすでに血の色で染まっている。血を求める色で、染め上げられている。
吸血鬼の血がざわめく。頭の中で声がする。その声に従い、柔らかな首筋に牙を突き立てた。


「…………ん……………っくぁ……………」


口いっぱいに、鉄錆びた味が広がっていく。甘いあまい、脳髄が蕩けそうな味。歓喜と愛憎と、狂気の味が喉を落ちる。
視界がクリアになっていく。世界に音が満ちていく。傷がビデオの逆回しのように復元されていく。
脇腹から押し出された破片が、床に落ちて硬質な音を立てた。


「……………ぅ………………ん………………ぁ……あっ!!」


頬を紅潮させ口を半開きにして、夢見るような目で息を荒げる月詠。血を吸われるというのは、性的快楽にも似た感覚らしい。
そして最後にびくりと体をのけぞらせると、力が抜けたのかくたりと私に身を預けてきた。


「……ありがとね」

「……………いえ」


さて、これでとりあえずの死の危険は去った。そんなに量を吸ったわけでもないから、月詠も動けるはず。
さしあたって処理すべきは


「……………………な……………………」

「…………………吸血鬼……………………!?」


目を丸くして絶句している2人。本来なら私が説明を、場合によっては口封じをしなければならないのだけど、ちょっと厳しい。
元々吸血鬼は「悪」とされていたらしい。そして、どこぞの真祖様が暴れてくれたおかげでそれに拍車がかかった。
国によっては吸血鬼というだけで強制的に賞金が掛けられる。だからなるべく早い対応が必要なのだけど。


「ごめん…月詠、………後………頼むわ…………」

「………はい」


でも、もう限界。連戦で疲れた体に、あの爆発はきついものがあった。
頭が回らず、瞼が鉛のように重い。体が動くことを拒否している。誘う睡魔に抗えず、私の意識は再び闇へと沈んでいった。










◇ ◇ ◇ ◇










「………知らない天井だ」

「………おはようございます千歳はん。起きて早々、何を言ってはるんどすか」

「おはよう月詠。いやよく分からないんだけど、何だかこれは言わなければならないような気がしたのよ」


横から月詠の顔が私を覗き込んでいる。頭の下には柔らかい感触。どうやら膝を貸してくれてたみたい。
心配して損しましたわ、と口の中で呟いたのが僅かに聞こえた。月詠が誰かを心配するなんて、明日は雪かしら。

いつまでも寝転がっているわけにもいかないので、むくりと起き上がって身体の調子を確かめることに。
―――手足はきちんと動くし、魔力は不自然なくらい回復している。多少頭が重いけど、戦闘もおそらく可能。
我ながらいかれた回復力。こんなところが人外だなと実感するわ。今更だけどね。


「状況は?」

「3時間くらい眠っとりましたな。お2人には簡単に説明しました。今は見回りに行っとるはずですえー」

「……そう。ありがとう」


口ぶりと見た感じだと、二人との戦闘はなかったみたい。少なからず安堵しているのを自覚する。
さすがに気の合う仕事仲間を手に掛けたくはない。必要なら躊躇いはしないけど。


「あ、そうだ。えーと―――――はいこれ、着替えといつもの増血剤。それに水」

「どーもー」


影から服を出して着替える。魔法で乾かしてくれたようで体は濡れてはいないけど、爆発のせいで服がボロボロ。
おまけに二人して血塗れだし、私に至っては上半身は何も着ていない。治療のために破ってしまったみたい。
おかげで上は包帯が巻かれてるだけという、まにあな方々が喜びそうな格好。いや喜ばせるつもりなんてないけど。




着替えも終わり、水を飲みながらカ○リーメ○トもどきと増血剤を噛み砕いているとフラン達が戻ってきた。


「そういえばドロテアに最近会っていませんが、今もあにめとやらに嵌まっているのですか?」

「ああ、最近は旧世界の作品がお気に入りらしい。我が妻ながらあの趣味は程々にしてほしいところだね、おかげで人形が変な言葉を覚えてしまったよ」

「ゲイノウジンハ ハガイノチー」

「それは―――む、目が覚めましたかチトセ。体の調子はどうですか?」


気が抜けるくらいにいつもの調子。結構身構えていたのが馬鹿みたいじゃない。
でも、寝てる間に攻撃はされなかったとはいえ、最低限の警戒は解かない。解けない。


「………ええ、もう大丈夫よ」

「それは良かった」

「さすがは改造人間といったところか。ああ、誰にも言うつもりはないよ、安心してくれたまえ」

「…………………………………………………………………は?」


なんか変な言葉が聞こえたような。まだ耳が治りきってないのかしら。警戒が緩む。
呆然としていると、フランが私の手を握って無駄に力強い目を向けてきた。え、何この状況?


「大丈夫ですチトセ、我々はあなたの味方ですから!」

「はい?えっと、何のこと?」

「旧世界で悪の秘密組織にコウモリ人間に改造され、そこから改造される前のツクヨミと逃げ出してきたのでしょう?大丈夫です、このことは我々だけの秘密です!」


今度こそ警戒心が吹き飛んだ。なにその超設定。私いつの間にコウモリ人間なんてものになってたの?物凄く響きが悪いから止めて欲しいんだけど。
あくのひみつそしきとか、こんな突っ込みどころしかない話を信じてるって………ん?待って、こんな話をしたのは………………


「…………つく……よみ………?」

「ふふふ」


ギギギと横を向くと、月詠がフランとルカの後ろからサムズアップを送ってきた。とても黒い笑顔で。
お  ま  え  か。


【いや~、こっちの方々はこんなアホな話でも信じてくれるんで、ホンマに助かりますわ~~~~】

【…………言いたいことは山ほどあるけど、とりあえず置いておくわ。何を言ったの?】


ちゃっかりと月詠がカードを頭に当てて念話を送ってきた。私もカードを袖口に隠して頭に当てる。
それを勘違いしたのか、フランが声をかけてきた。


「チトセ?頭が痛いのですか!?」

「………………ええ、とても。物凄く。これまでにないくらい」

「それはいけないね。しばらく休んでいた方がいい」


気遣ってくれるのはいいんだけど、頭が痛いのはあなたたちが思ってるような意味じゃないから。
2人に対応しつつも月詠と念話を続ける。何だか恐ろしい誤解があるような気がするわ。


【今フランはんが言わはったのとほとんど同じですえ~~?】

【…………まじ?】

【はい、まじですー。出まかせだったんどすけど、大丈夫でした~~~。
 混乱してたよーなのでー、ちょちょいと分からへんよーに陰陽術も使いましたけど~~~】


腹黒成分五割増し!?


「ルカ、毛布は他にもありましたっけ?」

「確か、人形のリュックの中にまだあったはずだ。少し待っていてくれたまえ」

「ドーシテコーナッター」


2人を観察する限り、わざとらしいところはない。こっちを気遣って演技しているのではなく、本気で信じているらしい。
少なくとも私からはそう見える。これでもそれなりに人を見る目はある、と思っている。

それにしても、確かに似たような話はこっちでは現実にあるんだけど、出まかせにしても酷いわ。
改造人間って何よ。自分は改造されてないなんて設定にしてるのも、ちゃっかりしてるというか何というか………。

それに陰陽術といっても、月詠は精神に関わるようなものはあまり覚えてなかったはず。
なのに信じさせたとか、演劇の才能もあったなんて知らなかったわ。


【千歳はーん?どないしましたー?】

【…………………ハーフとはいえ、吸血鬼だってばれずに済んだのを喜ぶべきかしら。それとも、改造人間なんて嫌な響きのものになったのを悲しめばいいのかしら】

「しかし、旧世界も恐ろしいところだ。やはり行くのは見合わせるべきかね」

「そうですね……ドロテアなら喜びそうですが、慎重に考えた方が良いでしょうね。
 チトセ、毛布が見つかりました。病み上がりなのですから、まだ休んでいて下さい」

「…………………ありがとう」


いつの間にか地面に敷かれていた毛布の上に横になる。何だか、物凄く疲れた。
主に気疲れ的な意味で。はあ………………。


【…………こんな時、どんな顔をすればいいのか分からないわ】

【笑えばええと思いますえ~~~~~?】















――あとがき――

知らなかったのか?シリアスは続かない。
キャラ崩壊?退かぬ、媚びぬ、省みぬぅ!!

すみません、ネタに走りすぎました。次回はきちんとまともにバトルな回になります。

2人が助かったのはギリギリで間に合った影布のおかげです。影布の強度については、下に補足を入れておきました。
本来は本編で触れるべきなのですが、作者の力量不足です。

またフランとルカは、部屋の外に出ていたので何とか無事で、すぐに2人の救助にとりかかれたのも大きな要因です。
もし影布が間に合っていなかったらスプラッタです。常時展開の障壁ではとても防ぎきれません。


感想をいつもありがとうございます。今回ははっちゃけすぎたような気がする作者です。では、レス返しを。

>666様
 人形の発言はルカの奥さん、ドロテアのせいです。ルカは家でも人形を使っているので、その時に彼女が見ていたアニメの台詞を聞いて覚えました。
 子供の頃魔法世界で暮らしていた高音・D・グッドマンが、セー○ーム○ンを知っていた(原作13巻でのポーズがそうらしい)ので、旧世界ともある程度は交流はあるようです。
 
>ニッコウ様
 二人とも反射的に息は止めていたので、酸欠にはならなかったようです。
 作者はえげつなさには定評があります。昔、ポ○モンの通信対戦で外道呼ばわりされたのは懐かしい記憶です。
 
>いゆき様
 大怪我して死にかけました。ハーフとはいえ吸血鬼じゃなかったら死んでます。

>名前なんか(ry様
 『扉を開けて』という本は知りませんでした。機会があったら読んでみようと思います。
 爆発ネタで一番使いやすそうだったので、電気分解を使ってみました。ちなみに他のはこんな感じ。
 水蒸気爆発→結構大がかりで使いにくい。 粉塵爆発→意外と条件がシビア。そもそも原作で出た。 火薬→古い遺跡なので論外。

 原作の魔法世界編ですが、宮崎のどかが主人公の番外編があっても面白そうですね。
 遺跡発掘だけでなく、賞金稼ぎの相手もしていたようですし、成長の過程も出せそうです。






※影布の強度について(読み飛ばし可)

原作の学園祭編で、影使い高音・D・グッドマンは、ネギ君の打撃を影布で完全に止めていました。
ネギ君の打撃は、「魔法の射手・三矢」+「戦いの歌使用中の崩拳」です。威力は直撃で、高畑(75kg前後?)を25m程度吹き飛ばす、というもの。

25mというと、通常のプールの大きさです。その端から端まで、成人男性がバウンドしながら吹き飛ぶ……とんでもない威力です。
それを完全に防ぎ切れるので、影布は一枚でも相当強度が高いのではないでしょうか。

また、ネギ君は超鈴音の「燃える天空」を障壁で防ぎ切っていました。このことからも、ネギま世界の魔法障壁というのは防御力が高いことが窺えます。
千歳たちの傷が爆発に比較して軽傷で済んだ理由はこんなところです。補足でした。



[14653] 19話 遺跡発掘 その五
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2010/07/23 12:36
映画『実録・闘争の記憶と記録』シリーズ 現在3部まで

[あらすじ]
 千歳はある仕事によってあくのひみつそしきに逆恨みされ、拉致されてしまった。
 組織では合成獣キメラの研究をしており、優れた能力を持つ獣と人間を合成させ、人間以上の存在を生み出し兵士としていた。
 その種類は三毛猫から竜まで多岐に渡っており、千歳はチスイコウモリをベースにした改造人間にされてしまった。
 しかし洗脳される寸前、偶然出会った神鳴流剣士・月詠の協力で脱出に成功した。そして、長きに渡るあくのひみつそしきとの戦いが始まる。

第1部「運命の出会い編」
 卑劣な罠にはまり捕まってしまった千歳。監禁された人々は、一度部屋を出されると戻ってくることはなかった。
 抵抗むなしく改造手術を受けてしまい絶望的な状況。しかし、そこで彼女は運命的な出会いを果たす。それは果たして―――!?

第2部「愛の逃避行編」
 隙をついて月詠と共に脱出することに成功した千歳。だが組織は改造人間の追っ手を差し向ける。
 次々に襲ってくる追っ手を倒しつつ逃亡を続けるが、彼らはなんと改造され洗脳を受けた人々のなれの果てだった。
 自らの境遇と残酷な真実に苦悩しつつも、生きるために戦い抜いて行く。だがそんな二人の前に立ちはだかったのは―――!?

第3部「脱出・旧世界編」
 悲劇の果てに追っ手をなんとか振り切った二人。だが組織の手は長く、捕捉されるのも時間の問題だった。
 残された手は一つ、新世界へと渡ること。しかしそれを察知した組織は最大戦力で抹殺にかかる。過去最強の、その敵とは―――!?


「―――とゆー訳なのですえー」

「………なにその無駄に作りこまれたB級映画」


私が寝ている間、私の過去を月詠が熱く騙ってくれたらしい。誤字ではないのが頭が痛いわ。私を何だと思ってるのかしら。


「むう、お気に召しませんどしたかー?渾身の力作だったんですけどなぁ。特にイカのサイゾウさんの最期は涙なしでは語れまへんえ~~?」

「………前から思ってたんだけど、月詠って頭はいいのに使い方がおかしいわよね」


勉強を教えた時もかなり覚えが良かったし、見た目によらず頭の回転も早い。ただしまともに機能するのは大抵戦闘時。
それ以外だと、天然とか眼鏡とか腹黒とか眼鏡とかが化学反応を起こして残念なことになる。色んな意味で。


「だいたいサイゾウって誰よ」

「イカとの改造人間おすーー。10本の触手がぬちょぬちょでどろどろなのですえーー?」

「そんな歩く猥褻物陳列罪の知り合いはいないわ」

「しかしイカなので、陸上ではあまり長く動けへんとゆー弱点がありますーー。それを克服するために、人間を襲っては体液を補充するのですえーー」

「話聞きなさいよ」


こんなことなら、素直に吸血鬼だと言った方が良かったのかもしれないわ。あの二人なら多分口外はしないでしょうし。
とはいっても完全に信頼しているわけでもないから、一応強制証文ギアスペーパー(10枚ワンセット・セール品)にサインはさせたけど。
これなら月詠の与太話を信じていようがいまいが関係はない。破れば相応のペナルティがあるし、私にもすぐ伝わるようにもなっている。


「何の話をしているのですか?」

「……………なんでもないわ。それより何か見つかった?」


壁の中に隠されていた隠し通路を歩く。今のところトラップも精霊も出てこない。それはいいんだけど、どうやら魔力妨害岩が敷き詰められているらしく、やたらと魔法が使いづらい。
感覚としては普段の5割程度。気もおそらくは同じくらいの減衰率。でもここまでしてる以上、この先に何かある可能性は高そうね。


「今のところはまだ何も。しかし経験上、こういった通路の先には重要なものが隠されていることが多いです」

「そう」

「なら期待でけそうですな~~~。木偶にはもう飽きましたえーー」

「ゼンターイ トマレー」


先頭を歩いていた人形が何か見つけたらしい。通路は明かり一つない暗闇だったため、人形には私の懐中電灯を持たせている。
その円く白い光が闇を斬り裂き照らし出す。目の前にそびえ立つのは―――


「扉だね」

「扉ですね」

「扉ね」

「扉おすな」


これでもかというくらいに存在感を放つ、黒く金属質の大きな扉。観音開きになっているようで、取っ手には自己主張の激しい蛍光ピンクの鍵が掛かっている。
ちょっとセンスを疑うわ。あの色にした制作者もそうだけど、それを使う方も使う方ね。早速フランが調べている。でも目を擦ってるところを見ると、やっぱりあの色は厳しいみたい。


「どうかね、開きそうかい?」

「――――――残念ながら無理ですね。特定条件を満たさないと理論上解錠不可能な魔法で施錠されています。
 鍵そのものも真新しいですし、おそらくはアリアドネーの調査団が掛けていったのではないでしょうか」

「ふむ………ならどうするね?引き返すのも手だと思うが?」

「そうですね………壊すにしても、ここだと魔法の威力が落ちてしまいますし…………この扉は、対魔処理まで施された特殊な合金で出来ているようです。扉そのものにも鍵はついてますし」


とすると、魔法的な手段での突破は難しそうね。フランの重力魔法なら壊せるかもしれないけど、あまり大規模にやると周りが崩れるし。
ここはC-4爆弾の出番かしら。以前ちょっと治安の悪い国に行った時、偶然会って仲良くなった武器商人から譲ってもらったもの。ついでに扱い方も教えてもらった。
いつも笑顔の雇い主に、眼鏡で細身の日本人、凄腕の隻眼ナイフ使い、他にも狙撃手から砲撃手まで個性的なメンバーだったわね。


「ざーんがーんけーん」

「ハラワタヲ ブチマケロー」


と思ったら、ごとんという重々しい音と共に扉が横薙ぎに真っ二つになっていた。左手に鞘を持ち、右手に刀を振り抜いた状態で月詠が止まっている。居合で斬ったらしい。
普段は二刀なので使ってるのは滅多に見ないけど、その威力は折り紙つき。しかもあの刀、竜を斬った後から妙な気配を漂わせている。妖刀にでもなりかけてるのかもしれない。


「無茶苦茶だね………」

「やはりツクヨミも改造人間なのでしょうか…………」


呆れたように驚いたように感想を漏らす2人。ルカ、それには同意するわ。そしてフラン、そのネタをまだ引っ張るのね。
それにしても、こんな場所でも切れ味が衰えないなんてね。


「また腕を上げたわね月詠」

「ウチに斬れへんモンはあんまりあらしまへんえ~~~?」


まあそうでしょうね。闘技場の障壁を斬ったこともあったしね。ちなみに障壁は、『雷の暴風』クラスの大呪文が直撃してもびくともしない強度だったりする。
正直、私なんかよりもよっぽど改造人間っぽいわ。




扉の金属はかなり特殊なものだったようなので、何かの役に立つかと影の倉庫に入れておいた。ナイフにでも加工できればいいのだけど。
そして扉の向こうはドーム状の広い空間になっていた。魔力妨害岩はここにはないようで、独特の圧迫感は消えている。


「静かだね」

「嵐の前の静けさ、かもしれませんね。いかにもといった感じですし」

「そうね――――――危ない!!」

「ナニヲスルダー」


悪寒を感じて咄嗟に二人を突き飛ばす。数瞬前までフランのいた空間を、轟と巨大な雷が通り過ぎた。
攻撃が来た方向に反射的に目をやると、そこには一頭の獣がいた。


『立ち去れ』


豹にも似たしなやかな躯、三叉の尾。山吹色のたてがみを靡かせ、体躯には紫電を纏う、神々しさすら感じさせる黄金の獣。
きっと昔の人は、この雷の化身を見て伝承に残したのだろうと思わせる姿。その名は今の世まで伝えられている。
曰く、『雷獣』と。


「雷の、上位精霊…………!!」

「ウフフフ、やっと斬り応えありそうなんが出てきましたわぁ」


月詠の口元が、ニィッと三日月の如く弧を描いた。










◇ ◇ ◇ ◇










「オラオラオラー」

『無駄だ』

「当たらないっ!?」

「はしっこいおすなー」


速い。

人形の攻撃は明らかに遅すぎて、精霊にかすってすらいない。月詠ですら捉えきれていないから無理もないのかもしれないけど。
見た目そのまま、四足獣のような不規則な動き。さらに速度はおそらく雷速。つまりは秒速150kmにまで届いている可能性がある。


「フラン、合わせて!」

「はい!『リス・ロス・ポラス オリンポス―――!』」


当たらないのなら、避けられないほどの飽和攻撃で仕留めるまで。フランが出の早い上位古代語呪文を唱えている。
『冥王の黒球』は使い勝手は良いけど発動までに少しタイムラグがあるから、この相手だと多分当たらない。


『百の影槍!』


空間を埋め尽くすように影槍を撃ち放つ。牽制と誘導だから、当たっても当たらなくても構わない。そのために、一ヶ所だけ逃げ場所をわざと作ってある。
パリッと雷が奔り、狙った場所にうまく逃げ込んでくれた。フランがすかさず追撃をかける。


『―――重き槌!』


振り抜く右腕と共に、衝撃波が一直線に突き進む。威力は中の上程度だけど、到達速度が速いのが特徴的な魔法。


『無駄だと言った』

「なっ!?」


しかしそれすらも圧倒的な速度で避けられる。そして閃光が奔ったかと思うと、私の目の前に獣が迫っていた。


「しまっ―――!!」

「にとーれんげき ざんてつせーん」

『むっ!?』


いつの間にか月詠が精霊の後ろに回り込み、連撃を繰り出していた。バチッと刀が障壁に衝突し拮抗状態が生み出される。
見た目よりも硬いようだけど、斬れないものはあんまりないという本人の言葉通り、右手の打刀で障壁を砕いて左手の小刀で精霊を斬り裂いた。


「あや」

『効かぬ』


刀の当たった場所が揺らいでノイズが走る。それでもダメージがあるようには見えない。
そういえば上位精霊って、大抵物理攻撃が無効なんだったわね。こんなことも忘れてたなんて、フランのうっかりがうつったのかしら。


『―――連弾・闇の101矢!!』


黒い光が空間を薙ぎ払う。普通なら避けられないはずの攻撃だったけど、やっぱりそれは当たることはない。
精霊は一瞬で私たちから距離を取り、自らの周囲に帯電する光球を創りだす。非常に嫌な感じがするわねアレ。


『喰らえ』

『影布四重対魔障壁!!』

『遮断結界!!』


レーザーのような稲妻が三本撃ち放たれる。一本は私と月詠に、一本はフランとルカに、一本は狙いが甘かったらしく虚空に。
私は月詠を後ろから抱きかかえ、影布を張り巡らせると同時に翼で覆い包む。翼にはすでに影布を何重にも纏わせてあり、鉄壁の防御を誇る。
ルカは一瞬で防御態勢を整える。外界との接触を断ち切る高等結界。


「ぐぐっ!!」

「重いッ!?」


暴風に押され、ぎしぎしと障壁が軋む。一枚、また一枚と影布が破られていくのが分かる。魔力を注ぎ込んで強度を底上げする。
四重の障壁は抜かれたけれど、翼で何とか止めることができた。弾かれた紫電が薄暗い空気に溶けていくのが瞳に残った。


「まさかノータイムで『雷の暴風』を撃ってくるとはね。さすがは上位精霊といったところか」

「あの速度では当たるものも当たりません。手はなくもないですが………」

「その口調だとあまり現実的じゃなさそうね。月詠、どう?」

「斬魔剣なら斬れそーどすが、障壁が邪魔ですえ。他の技なら障壁ごと斬れますけど、精霊さんには効かへんでしょーなー」


斬魔剣は霊体にも効く代わりに攻撃力が低いから、障壁を斬ってる間に逃げられるでしょうね。
影槍は物理攻撃だから、当たったところで効かないし。足止めくらいにしか使えなさそう。


「弐の太刀か咸卦法が使えればよかったんどすが………」

「ないものねだりをしてもしょうがないわ。人間、いつだって手持ちの札だけでなんとかしないといけないのよ」

「改造人間でもおすかー?」

「混ぜっ返さないで―――っと!」


襲い来る電流を横に跳んで避ける。文字通り痺れを切らしたらしく、今度は電撃を乱れ撃ちしてきた。
今はカンと度胸でかわせてるけど、いつまでもは続かない。やるしかなさそうね。


「障壁は私が何とかするわ。斬れるわね月詠?」

「そんならイケますえ~~」

「雷速を捉えられるのかい?」

「ええ、取っ掛かりは見えているわ。二人は援護お願い」

「分かりました。『リス・ロス―――』」


影に障壁突破の術式を刻み込んでいく。影槍に刻むのも可能だけど、障壁を破壊するなら多分強度が足りない。
だからナイフに影を纏わせる。手持ちの中で最も頑丈なナイフだから、私の力にも耐えられるはず。


『―――冥王の黒球!』


重力球が空間そのものを歪ませる。その数は5つ。密度からすると、当たれば障壁ごと押し潰せる。
当たりさえすれば。


『ふん』


精霊はその場から動かず雷で迎撃する。四方八方に放たれた電撃は、重力球を飲み込んで消滅させた。
とんでもないわね。上位精霊といってもピンキリらしいけど、あれは間違いなく相当高位。ひょっとしたら最上位にも届くかもしれない。


「オレノドリルハ―――」


人形が横合いから攻撃を仕掛ける。ルカが武装強化の魔法でも使ったのか、スコップが光り輝いている。
微妙に間が抜けてる光景なんだけど、威力はちょっとシャレにならなそう。


「―――テンヲツクドリルダー!」


袈裟がけに振り下ろされたスコップから光が放たれ、斬撃となって精霊を襲う。それは空間そのものを引き裂く勢いで突き進んでいく。
もっともどう考えてもドリルとは関係ないわよね。言わないけど。


『当たりなどせぬわ』


そんな攻撃も当たらなければ効果はない。今までと同じく容易く避けられる。
でも、効果は無くとも意味はある。


『障壁破壊!』

『何だと!?』



移動地点に先回りし、影を纏わせたナイフを突き立てる。障壁突破の術式を込めた影と私の力の相乗効果で、障壁は粉々に砕け散った。

精霊の動きは確かに雷速。なぜなら精霊とは雷そのものだからに他ならないけど、雷の特性も再現してしまっていた。
それは「先行放電」。細い電流が奔った後、そこに流れ込むように移動しているのが見えていた。
自身からの放電で上手く隠してはいたけれど、私の目はごまかせない。辺りが薄暗いのも幸いした。


「ざんまけーん」

『グアッ!』


盾を失った精霊を月詠が斬り裂く。月詠も先行放電に気付いていたようで、完璧とも言えるタイミングで合わせてきた。
………………まさか普通に雷速に反応したとかじゃないでしょうね。そこまでは人間離れしてない、はず。多分。おそらく。


『舐めるな!!』

「きゃっ!」

「あうっ!?」


月詠が二撃目を入れようとした瞬間、バチバチバチっと雷が精霊の周りで渦巻き私たちに襲いかかった。
攻撃直後の無防備さを衝かれ、私たちは為すすべなく水を切る石のように吹き飛ばされる。

首狙いの一撃は寸前で身をよじってかわされ、浅くにしか入らなかったらしい。月詠の欠点がもろに出た。
月詠の剣は人斬りの剣。小回りを利かせ変幻自在さで相手を翻弄する一方、一撃の威力はどうしても軽くなりがちでリーチも短め。居合いは隙が大きいから早々使えるものでもない。
普段は手数の多さで補っているけれど、雷相手では連撃を入れる暇がない。神鳴流本来の得物、野太刀なら今ので仕留められていたかもしれないけれど、今更ね。


「チトセ!ツクヨミ!」

『人の心配をしている余裕があるのか!?』


「くっ!『防壁最大!』」


轟音が響き渡り、電撃が踊り狂う。煙が晴れ姿を現したのは、膝を付くルカとそれを守るように前に出て構えを取るフランだった。


『耐えきったか。だが愚かだ、人間風情が我に勝てるとでも思っているのか』

「………………………この私には退けない理由があるのです」

『ほう?』


獣ゆえに表情は分からないけど、面白そうなものを見たような声色。追撃もかけず、フランに向き合ったまま佇んでいる。


「ゆえに精霊よ!ここは押し通らせて頂きます!」

『ほう』


拳を突きつけ高らかに言い放つ。その姿は熟練の冒険者というにふさわしく、また巨大な敵に立ち向かう勇者のようでもあった。
そんなフランを見てルカがぼそりとこぼす。


「……………その理由が借金返済じゃなかったらサマになる台詞だったんだがね。締まらないな」

「何か言いましたかルカ!?」

「フラグガ フラグガタッター」

「死亡フラグ…………いや何でもないよ」

「言いたいことがあるならはっきり言って下さい!」


真面目なんだか不真面目なんだかよく分からないわねこの二人は。そして攻撃もしないで待ってる辺り、精霊も案外律儀。
そんな微妙に弛緩した空気を断ち切ったのは、暗闇に響く声だった。




「フフフフフフフ」


嗤う。嬉しそうに楽しそうに、血の匂いに酔った獣のように。くすくすくすと、哂い声が反響する。


「ええわあ」


反転した瞳が闇から浮かび上がる。頬を紅潮させ、酷薄な笑みを浮かべている。


「その魂の揺らめき」


狂気を孕んだ風が吹く。濃密な殺気が空間をたわませ歪ませる。


「ウチが斬らせて頂きますわぁ」


地獄の鬼すらも退くであろうその様は、まさに剣鬼という言葉にふさわしい。無意識に放たれる鬼気に縛られ、場の空気が凍てついていく。
ぎしりぎしりと世界が軋む音がする。狂気が今まさに解き放たれんとしている。そして―――――


「えい」

「へぶっ!?」


私は気配を殺して背後に忍び寄り、脳天目がけてチョップを叩き込んだ。月詠は形容しがたい声と共に前につんのめる。
両手で頭を押さえながら、涙目で私を見上げてくる。…………可愛い。


「うぅ~、何しはるんどすか~」

「茹だった頭で勝てる相手じゃないでしょうが。頭を冷やしなさい」

「千歳はんのいけず~~。あないに美味しそうなんは久々ですのにーー」

「あんなもの食べたらお腹壊すわよ。それにね、普段なら行けるかもしれないけれど、その足でどうするつもりよ」


さっき吹き飛ばされた時に防御しきれなかったようで、月詠の左足は電撃によって火傷を負っていた。
痺れは術で祓ったようだけど、動きが鈍るのは避けられない。痛みは―――感じてなさそう。多分あれね、脳内麻薬が出過ぎてるのね。


「むぅ…………そーゆー千歳はんも結構ボロボロのようですけどー?」

「そうね、機動力3割減ってとこかしら。まあ何とかするわよ」


影布なしだと私の防御力は低い。それを補うために速度重視の戦闘スタイルになったのだけど、さすがに雷速にまでは及ばない。
だからさっきので決められなかったのは痛い。もう一度同じことをやっても通用しないでしょうし、どうしたものかしらね。

少し思考に沈んでいると、精霊と睨み合っていたフランが小声で話しかけてきた。


「一分です。時間を稼いでください」


そういえばさっき、手はあるって言ってたわね――――――――ここは彼女に、賭けてみましょうか。















――あとがき――

あざとく半端なところで切ります。次の話はなるべく早く上げたいです。

神鳴流奥義の「弐の太刀」ですが、時間軸は原作前ということもあり、このSSでの月詠さんはまだ習得していません。
そもそも宗家青山家にしか伝承を許されないはずなのですが、彼女はいつどうやって覚えたのでしょうか。
将来的にはそのあたりのことにも触れる予定です。だいぶ先になってしまいますが。

月詠さんの仮契約カードを描いてみました。前書きにアドレスがあります。アーティファクトは次話に出る予定。


感想を読むとやる気が出てきます。いつもありがとうございます。

>666様
 うちの月詠さんはカバーストーリーもばっちりです。テレビか何かで見た設定を色々組み合わせて流用したようです。天然腹黒が頭を使うとこうなります。

>ニッコウ様
 ポケ○ン金銀で、ミルタ○クの「まるくなる+ころがる」コンボを使っただけです。ニックネームはもちろん「アカネ」で。

>な様
 はいその通り、「なまえのないかいぶつ」のアレです。気付いていただけて嬉しいです。作者は色んなところにネタを仕込んでいます。



[14653] New! 幕間 交友関係 前編
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:e643854b
Date: 2011/08/05 23:01
「………………暑い………」

「…………暑いですー………」


今年の夏は記録的な猛暑。しかもそんな時に限って落雷で停電。やけに長いから変電所あたりに落ちたのかも。
暑くて頭が働かない。周囲一帯停電なので家から出る意味もなく2人揃ってうだうだぐだぐだ………。
上空まで飛べばかなり涼しくはなるんだけど、そんな元気はもちろんない。


「千歳はーん、何かおもろいことゆーて下さい~……………」

「何かって何よ……………」

「涼しくなりそーなのなら何でも~…………」

「それじゃー結婚してー………」

「挙式はいつ頃にしはりますかー……」

「ひぐらしのなく頃にでも………」

「血塗れの結婚式になりそーどすなー………」

「女同士だというツッコミはないのかしら…………」

「むしろウチらはツッコまれる方ではー…………」

「何の話をしてるのよ……………………」

「それはもちろんナニの話をー……………」

「ちゃんと濡らさないと痛いわよ……………」

「千歳はん経験あるんどすか~………………」

「まあそれなりにはねー……………」

「そこんとこ詳しくー…………………」

「年齢詐称薬使って愛人やってたことがあるわ…………だいぶ昔の話だけど……………」

「初耳ですえー………」

「言ってなかったからね…………」

「どないな感じどしたかー…………」

「んー……………私にとってあいつは都合のいい男で……あいつにとっては私は都合のいい女だった………って感じかしら………。まあ9割方利害の一致ね………」

「爛れた関係おすなー…………」

「せめて大人の関係と言って…………」

「うぅー、ウチの千歳はんが穢されましたー…………………」

「誰があなたのよ…………私はいつだって私のものよ…………」

「そんなー、あんなに情熱的にウチを求めたやおまへんかー…………」

「求めたのは血だけどね…………」

「ウチとの関係は体目当ての遊びだったゆーことどすかー………………」

「私は遊びにだって真剣よ………………というかどこでそんな台詞覚えてきたのよ…………」

「こないだ仕事で御一緒した方が教えてくれましたー………」

「今度私に紹介しなさい、ちょっとオハナシがあるから……」

「それはちょっと無理ですえー…………」

「何でよ………情操教育に悪いわ………一言言ってやらないと…………」

「妖魔にぱっくり喰われてまいましたので~…………。教育に悪いとか千歳はんが言いますかー………」

「この国は言論の自由が憲法で保障されてるのよ………」

「つまり憲法改正が必要ゆーことどすなー…………」

「必要なのはまともな政治家じゃないかしら…………」

「涼しくしてくれるんなら誰でもええですわー…………」

「どっちにしろ私達には選挙権ないけどね…………」


下着の上にシャツ一枚という色気のない格好でうだーと床にたれる月詠。私も下着の上にキャミソール一枚だから人のことは言えないけど。
そろそろ夜だというのに全くもって涼しくならない。湿度の違いもあるんだろうけど、インドでもここまで暑くなかったわよ。


「あ゛ーづーい゛ー…………千歳はーん、エアコン出して下さい~…………」

「私はどこぞの青いタヌキ型ロボットじゃないのよ…………」

「四次元ポケット持っとるやおまへんかー……………」

「さすがにエアコンは入ってないから…………停電なんだからあっても役に立たないじゃない………」

「ほな魔法でなんとかなりまへんか~………」

「私が影魔法しか使えないの知ってるでしょ……………そっちこそ陰陽術でなんとかならないの…………?」

「んあー………、ほな一応やってみましょかー………」


気だるげにのそのそと引き出しを漁り、5枚の符を取り出す月詠。そのうち4枚を四方に貼り付けて結界を張る。
あれは確か…………外界と内界を物理的に区切る結界だったかしら。とはいえ大した強度でもなかったような。


「聞いといて何だけど、気温を下げる術なんかあったっけ…………」

「あるにはありますがウチは使えまへんえー…………」

「じゃあどうするの……………?」

「とりあえず水でも出してみよーかとー………『お札さんお札さん……ウチを逃がしておくれやすー……』」


どばー、という感じで符からやる気なく水が流れる。辺りへと溢れるはずの水は、結界にせき止められ立方体の底へと溜まっていく。
あー、即席プールね………。…………ん?………水………流水!?


「って痛い痛い痛い!止めて止めてそれ止めて!」

「あや?どないしましたー?」

「いいから早く止めなさいっつってんでしょうが!!」

「……………あ゛」


水に当たったそばからビリビリと引き攣れるような痛みが私を襲う。『吸血鬼は流水を渡れない』というのは本当だったようで、実際私は流水に弱い。
でもハーフゆえかそこまで弱いというわけではなく、プールやシャワー程度なら平気。けれど川だと怪しいし、魔法絡みの水となると結構危ない。
とはいえ普段は影布を体に纏わせて、水が直接体に触れないようにしてるからあんまり問題も無いんだけど。


「いったー………油断してたわ………まさか家でこんなことになるとは…」

「申し訳あらしまへん~」

「あー、もういいわよ、私も暑さでぼーっとしてて気付かなかったし…………。
 ……………ところで月詠」

「はい、何ですか~?」

「体が碌に動かないから助けて」

「……………申し訳あらしまへん~」


体のあちこちが痺れて筋肉が強張っている。障壁の一枚も張ってないところにまともに流水が直撃したから、多分しばらくはこのまま。
ぱしゃりと軽い水音と共に月詠が近づいてくる。濡れて肌に張り付いたシャツが何だかやたらと艶めかしい。……………あら?


「……ブラはつけてないの?」

「面倒でして~。どうせ家にはウチと千歳はんしかおりませんし~」

「少しは恥じらいを持ちなさいよ」

「うふふ、興奮しました~?」

「いや私にそっちのケはないから」

「毛は生えとったはずですけどなぁ。―――よっと」

「ん、ありがと。あとそれ意味違うから。雲と蜘蛛くらいには違うから」


後ろから私を抱き上げ、結界の端に背をもたれかけさせる。そしてそのままちょこんと私の隣に座り込む月詠。
酷い目にはあったけど、水のおかげでだいぶ涼しくなった。ふと視線を下に落とすと、白と黒の長い髪が水に溶けて絡んで揺れていた。


「まったく…………そういう月詠こそどうなのよ?」

「何がおすか~?」

「私を見て興奮したりするの?強くて可愛い女の子が好きなんでしょ?」

「んー、千歳はんは確かにお強いですし、美人ですけど……」

「けど?」

「これっぽちも可愛らしゅうはあらしまへんので~」

「はったおすわよ」

「とゆーのは半分冗談で」

「残り半分が気になるとこね」

「気にしたら負けですえ~」

「いつの間にか私負けてる?」

「千歳はんと一緒におると落ち着く感じで、ドキドキはしまへんなぁ」

「昔笑いながら私に斬りかかってきたような気がするんだけど。すっごいドキドキしたんだけど」

「若さゆえの過ちゆーことでお願いします~」

「二十歳にもなってないのに何言ってるのよ………」

「それを言うなら千歳はんもそーですえ~」

「私はいいのよ。パスポートも戸籍もあるし」

「どっちも偽造やおまへんかー………」

「パスポートはともかく戸籍は本物よ?」

「思いっきり偽名だったよーな気がしますけどなぁ」

「知り合いのブローカーから買ったのよ」

「売っとるんどすかー?」

「その日の生活費にも困るような人達が、手っ取り早く稼ぐために戸籍を売るのよ。
 だいたい一人で数十万円くらいが相場ね。まあこれは原価だし、若い女ともなると滅多に無いからもっと高くなるけど。
 日本の戸籍は写真も無いし、年齢と性別が大幅に外れてなければ追求されることも無いわ。お役所仕事万歳」

「はー、世知辛い世の中どすなぁ」

「そうね。でもこの世の中、お金で買えないものはあんまりないわ。銃も臓器も正義も身分も、命すらも買うことができる。
 お金が無いのは首が無いのと同じなの。あなたも人が斬れるからってはした金で雇われるのは止めなさい」

「あ、ははは………」

「………その様子だと心当たりがあるみたいね。仕事は選びなさいとあれほど―――」


その時、ぽんぴーんとチャイムが来客を告げた。嫌にタイミングが良いわね。今日来る予定のある人なんていたかしら。


「あ、ウチが出ますえー」

「ちょっと月詠――――ああもうしょうがないわね、ちゃんと着替えて出なさいよー!」


はいなー、と元気のいい返事をしながら廊下をぱたぱたと駆けていく。さて、私もそろそろ動きますか。
立ちあがってんーと伸びをする。流水のダメージはもう抜けている。吸血鬼も割合不便なのよね…日光が平気な分私はまだマシだけど。

脱衣所で濡れた服を脱ぎ捨て、タオルで体を拭いていく。髪は乾かす暇が無いので自然乾燥。長いしこの程度では痛んだりもしないし。


『影よ』


影布を適当に構成して服にする。あとでまた着替えないといけないけど、一応はこれでいい。
とりあえずの準備ができた時、客間から月詠が私を呼ぶ声がした。


「千歳はーん、珍しいお客さんですえ~」

「誰ー?」

「来れば分かりますー。あ、お着替え終わりましたか~?」

「今終わったわー」

「はーい」


曇りガラスを通して客間から明かりが漏れ出し、エアコンの稼働音が聞こえてくる。どうやら電気は復旧していたらしい。
キィと軋む扉を開くと、そこにいたのは最近定番になってきた白いロリータファッションの月詠と、意外な人外だった。


「お邪魔している」

「あら、お久しぶりね教授」

「うむ、こちらも最近は何かと忙しくてな。壮健そうで何よりである」


二又の尻尾をくるりと回して挨拶をする教授。猫耳が何かを言いたげにぴくぴくと動いている。
縦に裂けた金色の瞳が私を見て、水浸しの床を横目に見て、また私を見た。


「………ところでこれは何があったのだ?」

「あー、暑いからって月詠がね………」

「涼しくはなりましたえー」

「それ以外は見事に失敗したけどね」

「若さゆえの過ちゆーことでお願いします~」

「それ二度目よ」

「二度ネタ三度ネタは芸人の基本らしいどす~」

「いつから芸人になったのよ」

「ウチの剣は見世モンになったりならなかったりするので立派な芸ですえー」

「それでいいの神鳴流……?」

「相変わらず仲がよいなお主らは…」


呆れたような声色でこちらを見上げる教授。黒く滑らかな毛並みが光を艶やかに反射している。
黒い毛並みに黄金の瞳を持つ二尾の猫又、それが教授。魔法使いは猫又じゃなくて猫妖精ケット・シーと呼ぶ。まあどちらも猫には違いない。

尻尾を除けば外見はごく普通の黒猫だけど、随分長い間生きているらしい。少なくとも私達よりは年上なのは間違いない。
ちなみに何故教授なのかというと、そう呼べと言われたから。実際頭もいいし、他の猫にも教授と呼ばれているらしい。
猫らしく気まぐれで、でも妙なところで義理堅く、口を開けばやたらと堅苦しく喋るこの友人を私は割と嫌いではなかった。


「まあ似た者同士だからねえ」

「納得の道理であるな。お主らほど性質が異なるのに本質が似ている者を見たことがない」

「煮た物…………千歳はん、夜は肉じゃが食べたいですわ~」

「そういう意味じゃないんだけど……まあいいわ、ちょっと早いけどご飯にしましょうか。折角だし教授も食べてく?」

「む、よいのか?」

「一人くらい増えたところでたいして変わらないわよ」

「ふむ……ならば好意に甘えさせてもらうとしよう」

「何か食べられない物とかある?」

「そういったものは存在せぬゆえ、心遣いだけ有り難く受け取っておく」

「あらそう、なら30分くらい待ってて。その間は適当にくつろいでて頂戴」

「ならば今日は我ら『ウルタールの猫』について話すことにしようか。『ウルタールの猫』とは猫妖精ケット・シーや猫又、化け猫達の相互扶助組織であることは既知であると思う。要は猫の化生であれば参加資格があるということであるな。むろん変化にまで至らぬ同胞達の保護や指導なども行っている。オコジョ協会に似ているが猫の性質上結びつきはゆるい、皆気まぐれであるからな。話がそれた、そも我らの始まりは、人間で言う古代エジプトの時代まで遡ることができる。その時代猫が神であったというのは表の歴史にも残っている事実であるが、その中でももっとも偉大なる猫の神がウルタールである。かの神は人間と共に歩み、猫を教え導いたと記録にはあるが、もっとも偉大なる功績は、歴代のファラオ達と協力し異界『夢の国』を創り上げたことであろう。広大なるサハラを媒体に世界を創造し、猫達の楽園である『夢の国』を創り上げたのだ。その偉業を称え、我らは今に至るまでウルタールの名を刻んでいるのである。その意味ではウルタールの名を人間世界に広めるきっかけとなったラヴクラフトもまた称えられてしかるべきだと言えよう。散逸していた『最も新しき神話』の資料をまとめあげ発表したのも彼の特筆すべき点であるな。閑話休題、古代エジプトと言えばピラミッドであるが、あれは我らにとっても大きな意味を持つ。ピラミッドとは夢の国と現実世界を繋ぐ楔であるがゆえに。ピラミッドがないと異界の維持はおぼつかぬのである。人間達はピラミッドを墓所であると考えているようではあるがそれもあながち間違いではない。ミイラとなりしファラオは、その身を以って異界との扉となったのである。ゆえに昔は『夢の国』に人間も出入りすることができたと言われている。今はピラミッドにミイラは存在せぬゆえ特殊な才能を持たぬ人間の出入りは不可能であるがな。ここまでの話でピラミッドの重要性は理解してもらえたものと思う。それだけに過去幾度か存在したピラミッドの爆破は大事件でありまさに天変地異の大異変であったのである―――」

「……とりあえず水かたしておきますえー」


そしていつものように語り始める教授。月詠は月詠でさらりとスルーして符で排水してるし。
教授はああなると長い…とは言え月詠とは意外と相性は悪くないみたいだし、30分くらいどうにかなるでしょ。

さて、肉じゃがだけだと足りないわよね―――卵焼きと納豆、あとは魚でも焼けばいいかしら。
あ、そういえば停電してたけど冷蔵庫の中身は………まあ大丈夫でしょう、多分。










◇ ◇ ◇ ◇










「ごちそうさまでした~」

「馳走になった」

「はい、おそまつさまでした」


食器を片づけスイカを切り分ける。真っ赤な実が白い皿のキャンパスに塗りたくられる。
そして教授が念動で器用に皿からスイカを口に運んでいく。猫ってスイカ食べるのね。


「ウルタールのお話もなかなかおもろかったですけど、少しばかり血腥さがたりまへんどしたなぁ」

「お主は相変わらずであるな」

「三大欲求が『食べる』『寝る』『斬る』になってるからねえ」

「いややわぁ、そないに褒めんといてください、照れるやおまへんかー」

「今の会話のどこに照れる要素があったのだ………?」

「月詠曰くそういうのは気にしたら負けらしいわよ」

「ふむ……………いつの世も人間情勢は複雑怪奇であるな」

「そないに細かいこと気にしはるとハゲますえー?」

「うぐっ!?」


のけぞり胸を押さえて椅子の上に崩れ落ちる教授。何かトラウマにでも直撃したのかしら。
それにしてもいつ見てもやたらと人間臭いわねえ。元は人間だったり………はさすがにないか。


「とゆーわけなので、ウチがお仕事で人を斬るのは至極当然のことなのですえー」

「いやどういうわけよ。あとさらりと社会生活不適合宣言しないで。せめて隠す努力くらいはして」

「ウチは正直者おすからー」

「正直なのは欲望に対してじゃないの。だいたい人なんか斬って何が楽しいのよ」

「そうですなぁ、斬るよりか戦う方が興奮するんですけど―――人を斬るのは、何とも言えない快感がありますのでー」

「ふーん?」

「人を斬り裂く感触、燃え尽きる瞬間の命の輝き、千変万化の魂の揺らめき、そーゆーモンを感じるのが愉しいんどすえー」

「私にはよく分からない感覚ねえ」

「ほな千歳はんは、人を斬る時何を思うんどすか~?」

「んー――――特に何も」


スイカが残り少なくなっていたので新たに切り分ける。真っ赤な実が解体され皿の上に並べられていく。
濡れた銀に光る包丁から紅い雫が手に垂れる。それをぺろりと舌で舐め取って言葉を続けた。


「スイカを切り分けるのにいちいち感動を覚える人はいないでしょ?私にとってはどちらもただの作業、スイカも人間も大して変わりはしないわ。
 それに殺戮に必要なのは詩情でも快楽でもないわ。何よりも優先されるのは効率よ」

「ほ、そーゆーとこはドライおすなぁ」

「そう?まあこれでもプロの端くれだしね、基本的に仕事には私情も感情も挟まないのよ」


最近はそういうのは人としてちょっとまずいかなと思わなくもないから、自分が殺した人くらいは覚えておこうとしてるんだけど、中々それも難しい。
『おまえは今まで食ったパンの枚数を覚えているのか』は実に至言ね。誰の台詞だったかは忘れたけど。


「……何やら物騒な会話をしているな」

「最近の世の中物騒だもの、色々と考えないといけないのよ」

「物騒代表が何を言う……」

「あや、もうハゲはええんどすか~?」

「ぐっ……それについては触れてくれるな」

「そうよ月詠、例え教授が円形脱毛症でも、ストレスで毛が全部抜けてハゲ猫になったとしても、私達の友人であることに変わりはないわ」

「そー言われればそーですなぁ。申し訳おまへんどした~」

「………いや、気にするでない。しかしこのいかんともしがたい感情はどこに持っていけばいいのであろうか………」

「野良犬にでも喰わせたら?」

「我輩の方が喰われるわ!いや野良犬ごときはどうとでもなるのだぞ?ただ猫である以上やはり犬というのはだな―――」

「まぁまぁ、そないに熱くならんと~」

「む」


ひょいっと教授を抱き上げて膝の上に乗せる月詠。そのまま体を撫で始め、教授も素直に撫でられる。
やっぱりこの二人もとい一人と一匹は結構相性いいわよね。教授も気持ち良さそうにごろごろと喉を鳴らしてるし。


「ところで教授」

「教授は撫で心地がええどすなぁ」

「そ、そうか?これでも日々の手入れは欠かしたことがないゆえな」

「教授」

「ここか~、ここがええのんか~?」

「も、もう少し下―――あ、そこである」

「教授!」

「おうっ!?な、なんであるか千歳殿?」


文字通り膝の上から跳び上がって驚く教授。ピンと張った尻尾が驚き具合を分かりやすく表している。
やっぱり教授は面白い。割と人の話を聞かないところがあるけど。


「なんであるかはこっちの台詞よ。何か忘れてない?」

「…………?」

「いやそんな首を傾げられても。今日は用事があって来たんじゃないの?」

「そのようなものは存在せぬぞ?」

「は?じゃあなんでまた急に来たのよ」

「うむ、近くまで来る用があったゆえな、そのついでに顔を見に来たのだ」

「つまり気まぐれゆーことおすか~?」

「その通りである」

「…………なんか微妙に構えてた私がバカみたいじゃない」

「何をそんなに硬くなっておるのだ?」

「そーですえー、リラックスしましょ~」

「…………………………前来た時のこと、忘れたとは言わせないわよ」

「……………すまぬ、つい…………」

「何があったんどすかー?」

「ああ、そういえば月詠は仕事でいなかったんだっけ」


翼のことを聞かれて魔族の血が入ってるらしいと言ったら、目の色変えてサンプルを取らせてほしいって迫って来たのよね。
嫌だけど殺すわけにもいかないから、空飛んで逃げたら転移魔法で追っかけてくるし。教授はオスではあるけれど、猫に迫られて喜ぶ趣味はないから。
あの調子だと本当は吸血鬼とのハーフだと言ったらどうなるのか…………ちょっと考えたくないわね。


「…………教授ー」

「い、いやあれだ、ほとばしる研究者魂が暴走してしまってな」

「まぁええわ、当然覚悟はできとりますわなぁ、教授?」

「な、何の覚悟であるか?」

「それはもちろん三味線になる覚悟どす~」

「涼しい顔でさらりと恐ろしいことを言うでない!」

「うふふふふ、小便は済ませましたかー? 神様にお祈りはー? 部屋のスミでガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOKおすかぁ?」

「ま、待て!落ち着くのだ!」


刀を抜き放ちゆっくりと、猫がネズミをいたぶるように、部屋の隅に一歩一歩追い詰める月詠。瞳まで反転している。
そしてその台詞、どこかで聞いたような聞かないような。月詠が言うと物凄く洒落にならないわ。ハマり過ぎよ。


「話せば分かる!」

「もんどーむよー、ざーんがーん―――」

「まあ待ちなさいな月詠」


振り上げた手をひょいっと掴んで止める。月詠が不服そうな顔で振り向く。


「止めへんといてください千歳はん。落とし前はキッチリ付けんとあきまへんえ~」

「それを決めるのはあなたじゃなくて私よ。この話はもう済んだこと、貸し一つでケリはついているわ」

「むぅ………千歳はんはそれでええんどすかー?」

「そう思ったからこの条件で手を打ったのよ。この意味と価値が分からないわけじゃないでしょ?」


教授の戦闘能力自体は低い。でも知識量は非常に多いし、転移魔法に関してならおそらく世界でもトップクラス。そんな相手に貸しを作れた意味は大きい。
それにこの関係は教授にもメリットが無い訳じゃない。仕事などで危険が予想される場合、私達を護衛として雇うこともできる。貸しは増えるけど。

とはいえこんな計算には意味はないんだけどね。教授が私達の前に姿を見せなくなったら終わりだし。
教授の性格上それはないとは思ってるけど、絶対ってわけでもないしね。


「…………ま、千歳はんがそれでええんなら、ウチがどうこう言うのもお門違いですなー」

「だそうよ。良かったわね教授?」


そう言って、部屋の『反対側』の隅に目を向ける。果たしてそこには、金色の瞳に警戒を浮かべる黒猫がこちらを見ていた。
転移魔法を使ったはずなのに、ほとんど魔力も感じられなかったしタイムラグも皆無。さすがは教授。


「…………止めてくれても良かったのではないか?」

「ちゃんと止めたじゃない。三味線の危機は回避されたじゃない。まあ最近の三味線は犬の皮が多いらしいけど」

「もう少し早く、という話である」

「教授は少しは反省した方がいいと思うのよ。親しき仲にも礼儀あり、って言うでしょう?」

「む………正論であるな」

「探究心旺盛は結構だけど、好奇心は猫をも殺すなんて言うしね。
 私はあなたのことを『友人』だと思っているわ。だから良い関係でいたいのよ。これまでも、そしてもちろんこれからも、ね?」

「……………………………………その通りであるな」


にっこりと笑いかけながら説得する。分かってくれたようで何より。
この緊張感に溢れた奇妙な友人関係は、もう少しは続きそうね。


「……今日はそろそろお暇するとしよう」

「あらそう?なら玄関まで送るわ」


尻尾をゆらめかせ、念動でドアノブを開けて部屋を出ていく教授。それについていく私達。
家の中は知り合いの陰陽師に頼んで張ってもらった結界があるから、それを挟んだ転移は出来ない。まあ教授ならすり抜けるくらいは可能でしょうけど。
ちなみにブービートラップも仕掛けてあるから、下手に侵入しようとするととても愉快なことになったりならなかったり。
程なく玄関に着くと、教授はするりと扉の隙間から外へと抜けた。


「それじゃ、またね」

「また会いましょ~」

「うむ、またの日まで」


短い別れの挨拶の後、魔法陣を利用した転移魔法で教授は一瞬にして姿を消した。

さよならではなく、またね。私達にはその方がふさわしい。
持ちつ持たれつ、ギブアンドテイク。主導権はさりげなくも渡さない。そして考えていることはあちらも同じ。

何故なら私達は『友人』なのだから。


「―――さて、そろそろ勉強でもしましょうか」

「は~い。今日は何にします~?」

「んー、そうねえ………昨日は国語と数学だったし………英語でいい?」

「よろしおすえ~」

「それじゃあ第1問、undertakeの意味は?」

「引き受ける~」

「正解。第2問、consent」

「同意する~」

「正解。第3問、assemble」

「集める、組み立てる~」

「正解。やっぱり月詠は頭いいわねえ、私も教えがいがあるわ」

「えへー、そうどすか~?」

「そうよ。そのうち大検取って一緒に大学でも受けてみる?」

「そーゆーのもええかもしれまへんなぁ。でも斬れへんよーになるのはちょっと………」

「……………………………………ま、それはそれとして第4問、elect」

「んーと………」

「思い出せない?ヒントいる?」

「えーと………あ、思い出しました~。ぼっ――むぐっ」

「違うから。それLじゃなくてRの方だから。あと女の子がうっかり口にするような言葉でもないから」

「――ぷはっ。もー、いきなり口塞がんでもええやおまへんか~」

「ごめんなさいね、でもさすがにまずいからねそれは。でもerectの方も知ってたのは偉いから、一応5点あげましょう」

「どぉも~」

「ちなみにelectは選ぶとか決定するって意味ね。じゃあ第5問―――」















――あとがき――

あれ、のんびりまったりな日常のはずがいつの間にか微妙に殺伐さが。これが孔明の罠か。
二人は大抵こんな感じの犯罪的で漫才的な会話を繰り広げてます。erectの意味?それこそ犯罪です。

『ウルタールの猫』の元ネタはラヴクラフト作の短編。古代の町ウルタールを舞台にした、猫にまつわる物語です。
古今東西を問わず、猫の怨みは怖いというお話。ちなみに教授が作中で語っていたうんちくは作者の捏造なので注意。

遅くなって申し訳ありません。1年以上放置とかないわ…。お詫びというのも何ですが、ピクシブに月詠の切り絵をアップしてあります。
「ネギま 月詠 切り絵」で検索すれば出てきますので、よければどうぞ。URL書き込み不可になってるとは知りませんでした。



[14653] 設定集
Name: 紺色インコ◆039f315f ID:99373b7e
Date: 2011/08/05 21:37
◆登場人物◆


○神田千歳 ♀

外見・種族:黒髪紅眼 膝まで伸びる超ロング 縦に裂けた瞳孔 蝙蝠の翼 (吸血鬼+人間)÷2
体力   :人外
攻撃   :戦車くらいはまっぷたつ 威力は十分火力は不足 たまに近代兵器も使う
防御   :厚紙
速度   :変態
魔法   :影魔法 陰陽術(見習い程度) 影魔法以外での呪文詠唱不可
魔力・気 :多い
武器   :ナイフ 防御を貫き急所に一撃
頭    :相当回転が速い 割と冷酷
仮契約  :月詠のマスター
その他  :血を吸うと怪我を治せる 実は酒癖がおそろしく悪い

備考
 本作主人公。イメージカラーは黒。1988年4月15日生まれ。満月のたびの吸血衝動がめんどくさい。
 ぺったんぺったんつるぺったん、つまるところむねがな〔あかくよごれていてよめない〕。


○月詠 ♀

外見・種族:白髪黒眼 腰までのロングヘア メガネメガネ 一応人間
体力   :超人
攻撃   :ドラゴンだってまっぷたつ 斬れないものはあんまりない
防御   :鉄板
速度   :脱がなくてもすごい
魔法   :神鳴流(二刀流) 陰陽術(初級)
気    :結構ある
武器   :大小の刀二振り 斬りますえ~
頭    :見た目によらず切れる 天然腹黒
仮契約  :千歳のミニストラ・マギ
その他  :殺し愛だいすき 戦闘狂 うわばみ

備考
 主人公の相方な感じの人。イメージカラーは白。すっごい大食い早食い。
 いつも笑みを絶やさずおっとりぽわぽわ。でも戦う時も笑顔で斬りかかってきたりする。意外と感情が読みにくい。


●酒場のマスター ♂

外見・種族:黒髪茶眼 いかつい顔でウサ耳モヒカンな亜人 ヒャッハー!
体力   :鉄人
攻撃   :怒るとすごい
防御   :銅板
速度   :あんまり
魔法   :風魔法 結構上手
魔力   :割とあったりなかったり
武器   :槍 兎にも角にも突きまくる
頭    :暗算が速い 電卓いらず
仮契約  :なし
その他  :元賞金稼ぎ

備考
 酒場兼宿屋『三匹の蛙』経営者。顔が広い。千歳と月詠が長期滞在中。
 おまえら食いすぎ。特に白い方。あと壊しすぎ。特に黒い方。頭痛が痛いぜ。


●ジャン・バルバート ♂

外見・種族:金髪碧眼 細マッチョ 人間
体力   :猪
攻撃   :斬り砕くぜ
防御   :鉄板
速度   :いまいち
魔法   :風魔法 へたくそ 魔法なんて飾りです、えろい人にはそれが分からんのです
魔力   :ありあまっている
武器   :ハルバード 障害なんてぶった切れ
頭    :別に悪くはないが突撃思考
仮契約  :シルヴィア&エレナのマスター
その他  :無意識に女性を口説くことが特技 でも自分ではそんなつもりはない 鈍感

備考
 賞金稼ぎパーティリーダー格。イメージカラーは燃えるような赤。
 最近シルヴィアと付き合うことに。でも恥ずかしくて手を握るのも一苦労。おまえら何歳だ。


○シルヴィア・コルテーゼ ♀

外見・種族:紺髪碧眼 若干ウェーブのかかったロングヘア おっぱいおっぱい エルフ耳の亜人
体力   :プレーリードッグ
攻撃   :砲台 迫られると弱い
防御   :鋼鉄装甲板 ガードはかたい
速度   :遅い
魔法   :氷魔法 とても上手い
魔力   :まあまあ
武器   :杖・箒などの魔法発動体
頭    :ちょっとアホの子入ってる
仮契約  :ジャンのミニストラ・マギ
その他  :ばるんばるん ぼいんとかぽよんじゃなくてばるんばるん

備考
 賞金稼ぎパーティメンバー。イメージカラーはコバルトブルー。
 最近ジャンと付き合うことに。でも恥ずかしくて(ry
 アーティファクトは『円環鳥籠』。丈夫な球状結界を張れる。結界の大きさは2m~1km。


○エレナ・アストルガ ♀

外見・種族:緑髪茶眼 セミロング 流木のような角がある亜人 調ことブリジットと同じ種族
体力   :狼
攻撃   :そこそこ強い
防御   :鉄板
速度   :それなり
魔法   :雷魔法 すっごい器用で上手
魔力   :不足気味
武器   :大剣 何であろうと斬り伏せる
頭    :結構賢い
仮契約  :ジャンのミニストラ・マギ
その他  :木精の上級使役で植物を操れる

備考
 賞金稼ぎパーティメンバー。イメージカラーはリーフグリーン。
 シルヴィアは幼馴染だけど男の趣味だけは理解不能。でもジャンならまあいいか。
 アーティファクトは『破断の剣』。大きさが自由に変わる諸刃の西洋剣。剣の重さは大きさに比例する。頑丈だけど切れ味はいまいち。


●ルカ・ドゥーニ ♂

外見・種族:茶髪紫眼 四本腕の魔族
体力   :シカ
攻撃   :だめだめ
防御   :要塞 結界術
速度   :逃げ足は速い
魔法   :補助魔法 人形遣い
魔力   :そこそこ
武器   :人形 スコップ装備でぶん殴る 糸
頭    :かなり賢い
本契約  :ドロテア(妻)のミニステル・マギ
その他  :苦労人

備考
 賞金稼ぎパーティ副リーダー格兼経理担当。イメージカラーは薄墨。
 妻のOTAKU趣味に苦労して、ジャンとフランの抑えに苦労して、経理の仕事に苦労する。苦労がアイデンティティになりそう。
 アーティファクトは『道化の軍勢』。160cm程度の戦闘用人形がわらわら湧いて出る。1体目だけは適当に覚えた言葉を適当に喋る。


○フランチェスカ・リナウド ♀

外見・種族:橙髪黒眼 ショートヘア 額に一本角のある魔族 色黒
体力   :ウマ
攻撃   :強力 なぐれ つぶせ はかいせよー
防御   :鋼鉄板
速度   :それなり
魔法   :重力魔法 これでも一流
魔力   :相当多い
武器   :とにかく拳でぶん殴る
頭    :うっかりやなせいかく ちのけがおおい 普段は冷静
仮契約  :なし
その他  :ふらんちぇすかさんじゅうにさい

備考
 賞金稼ぎパーティメンバー。イメージカラーは山吹。
 年齢の話題は厳禁。罠発見や錠前破りのスキルを持つ。金運男運ゼロ。多分貧乏神・嫉妬神の加護とか受けてる。


●教授 ♂

外見・種族:金眼二尾の黒猫 猫又もしくは猫妖精ケット・シー
体力   :猫
攻撃   :豆鉄砲
防御   :ボール紙
速度   :すばしっこい 猫ですもの
魔法   :転移魔法 プロフェッショナル
魔力   :まあまあ
武器   :なし あえて言うならその頭 もちろん頭突きという意味ではない
頭    :非常にいい 教授ですもの ただしたまに暴走する
仮契約  :なし
その他  :『ウルタールの猫』 本人曰く研究者

備考
 千歳と月詠の友人である猫又。イメージカラーは灰。
 ふらっと現れふらっと消える。語り始めると止まらない。気まぐれな面もあるが割と義理堅く長生き。本名不明。 




◇ ◇ ◇ ◇




◆魔獣・精霊◆


○白竜

 非魔法の竜種。四本足で肩口から翼が生えている。全長約20m。氷柱まじりの氷のブレスを吐く。強さ的には、原作で出てきた黒竜と同じくらい。
 本編のものは突然変異で、虎のような青い縞模様がある。耐衝撃、対魔力など表皮の耐久力が桁違いに上昇しているが、他の個体に比べて若干動きが鈍い。

 対魔力によって通常個体でも放出系の魔法は効きにくく、物理的影響力を重視した魔法の方が効果が高い。
 例を挙げると、放出系の『闇の吹雪』よりも、物理的攻撃力を重視した『氷槍弾雨』の方が効きやすい。
 『石化』などの状態変化系は一応有効だが、術者の技量が相当に高くない限り簡単にレジストされる。


●ロソレム

 ネズミの王。背に鈴虫に似た金属質の翅を持つ小さな魔獣。知能は高いが非力で臆病な性質。
 群れで暮らし、女王を頂点にピラミッド型の権力構造を形成する。ヒエラルキー上位の個体には絶対服従。

 群れ全体で翅をこすり合わせ、人間の可聴域ぎりぎりの高音を出し、その音をトリガーにして獲物の精神のみを幻想空間に引きずり込む能力を持つ。
 そして幻想空間で精神を殺し、植物状態になった獲物を喰う。幻想空間に引きずり込むためには、対象にある程度まで近づく必要がある。

 幻想空間の展開は群れ全てで行うため、維持している最中は自らも動けなくなり無防備になる。ゆえに早く仕留めようと、現実ではあり得ない不自然な点が出てしまう。
 それを見破り、幻想空間を破壊すれば出られる。破壊するには、打ち破るという強固な意志や、空間の許容量を超える大魔力などが必要。

 視覚ではなく聴覚を媒介にする幻術は高等技術。女王の指揮下での一糸乱れぬ連携があるからこそ可能。
 逆に言えば、女王さえいなければ幻想空間の展開は不可能。ゆえに幻想空間に引きずり込まれる前に、女王を仕留めるのが最善の対応策。


○雷の上位精霊

 個体ごとに外見が異なる。「物理攻撃無効・移動速度は雷速(秒速150km)・移動する方向へ先行放電がある」のは共通。
 魔法による攻撃が効くかは種類による。『燃える天空』などの放出系は有効。『石の槍』など、物理的影響力を重視したものは無効。
 『石化』などの状態変化系は一応有効だが、術者の技量が相当に高くなければならない。
 「気」による攻撃は、「斬魔剣」のような特殊なものか、常識外れの高密度(例:J・ラカン)でもない限り効かない。

 本編のものは、四本足で三本の尾を持つ黄金の獣。外見は豹に似ており大きさもそのくらい。モデルは雷獣。
 常時張り巡らせている障壁は強固だが枚数は少ない。よって障壁突破系の攻撃に弱いが、圧倒的な速度によって通常は攻撃そのものが当たらない。
 ほぼノータイムで『雷の暴風』級の攻撃を放てる。多少時間をかければ、本物の雷に勝るとも劣らない攻撃すらも繰り出せる。




◆備考◆


○賞金稼ぎパーティー
 
 上述の5人組。ジャン、シルヴィア、エレナの3人、ルカ、フランチェスカの2人で組むことが多い。
 これは付き合いの長さや戦術の相性などから自然にそうなった。メンバー間の仲は良好。たまに遺跡発掘も行う。
 5人揃っての戦闘も息が合っている。ジャンがリーダー、ルカが副リーダーを務めている。

 3人の基本戦術は、ジャンが突っ込んで白兵戦、その間にシルヴィアが詠唱、それで倒しきれない相手にはエレナがとどめを刺す。
 もしくはシルヴィアかエレナが出の早い魔法で牽制、その隙にジャンが接近してしとめる、といったもの。近~中距離戦を想定。

 2人の基本戦術は、ルカが人形で足止めし、フランチェスカが重力魔法で人形ごと押し潰す。接近戦には弱いが対軍に向いている。
 近づかれた場合は、フランチェスカが格闘戦で時間を稼ぎ、ルカはその間に距離を取り、人形に加勢させる。その後は上記の戦術に移行。
 それが不可能な時には、ルカが糸で相手の体勢を崩し、フランチェスカがその隙をついて沈める。ただしあまりやらない。遠~中距離戦を想定。


○白黒コンビ

 千歳と月詠の拳闘士としての呼称の一つ。少女2人のコンビということで拳闘界でも異色。
 さらにその強さや旧世界出身、竜殺し、拳闘団非所属ということもあって知名度抜群。ただし2人ともあまり自覚なし。

 基本戦術は速攻。速度で翻弄し、詠唱させない。近~中距離戦が中心。
 月詠は近づいて斬る、千歳は操影術で中距離戦、ナイフと影の組み合わせで近距離戦をこなす。


●腕相撲ランキング(気・身体強化魔法のみ使用)

 1.ジャン 接近戦が主体なため、魔力による身体強化は上手い。魔力量も多いので水増しごり押しも効き、斧槍という武器の関係上力重視で鍛えている。
 2.千歳 速度重視で鍛えているが純粋な力も強い。魔力や気で強化しなくても、筋繊維が人間のものとは異なるため、一般的な成人男性以上の力はある。
 3.酒場マスター 現役を退いたがそれでも力はあまり衰えを見せない。魔法剣士タイプで、風系統の魔法を主に使っていた。月詠との差は小さい。

 4.月詠 こちらも速度重視で鍛えているが、気の扱いが巧みなためにこの位置。ただし種族は人間であるため、気や魔力なしだと年相応の力しかない。
 5.フランチェスカ 基本後衛であり、戦術上格闘は防御主体。魔族ではあるので割と力は強い。エレナとほぼ同程度。
 6.エレナ 魔法剣士なので身体強化もこなす。ただし魔力なしでの純粋な力そのものはあまり強くない。魔法剣士としてはアーティファクトや魔法の腕で補っている側面が強い。
 7.ルカ 体力はあるが、腕力を鍛えているわけではない。だが一応魔族なのでそこそこの力はある。
 8.シルヴィア 完全に後衛なので、身体強化魔法は初歩しか使えない。


●遺跡『精霊の牢獄』

 ヘカテス郊外にある地下遺跡。地下1階~2階は迷宮じみた構造。地下3階は存在が確認されているが、到達した者はいないとされる。
 それより下があるのかは今のところは不明。地上部は目立たない入口があるだけで見つけにくく、遺跡が発見されたのも最近のこと。

 地下1階には物理的・魔法的なトラップが山のように仕掛けられており、種類は限られるが魔獣も生息している。
 トラップは即死クラスから人を小馬鹿にするようなものまでよりどりみどり。あらゆる意味でえげつない。

 地下2階では様々な種類の精霊が襲ってくる。種類は多いが格としてはあまり高くないものが多い。
 精霊を複数組み合わせ、大きな効果を上げるようになっている場所もある。基本的に悪辣。

 地下2階にも罠は仕掛けられているがまともに機能していない。おそらく長い年月で、精霊の影響を強く受けて壊れたものと思われる。
 そこかしこに陰陽術の影響が見られるため、建造には日本人が関わっていた可能性あり。




◇ ◇ ◇ ◇




◆魔法関連◆

 このSSにおいては、魔法は精霊魔法と術式魔法の2種類に分かれている。


○精霊魔法
 
 精霊に術式を通した魔力を与えて従わせ、望む結果を導き出す魔法。魔法の射手や雷の暴風など、魔法の大半を占める。
 基本的に呪文を詠唱して術式を構成する。簡単な魔法だと術式も単純なため、無意識でも組み上げて発動できる。

 「呪文詠唱が出来ない体質」だとこちらの魔法は使えない。無詠唱でも無理。
 術式の構成までは可能だが、精霊が従わないため精霊魔法を使えない。


●術式魔法

 精霊に関係なく、術式のみで発動する魔法。魔力そのものが術式で変換されることによって効果を導き出す。
 魔力消費は少なめだが、術式が煩雑という欠点があり、精霊魔法の方が簡便なため研究は進んでおらず数も少ない。
 今存在する術式魔法は、精霊魔法では代用が利きにくい、魔力消費が少ないことに大きなメリットがある、などの理由があるものが主。

 前者の例では身体強化の『戦いの歌』がある。体外からの精霊の補助だと難易度が上がり、体内に精霊を取りこむのは精神を犯すリスクがあるため。
 後者の例では常時展開の障壁。何しろ常に展開するため、魔力消費が少ないことは重要。
 ただし強度が低いという欠点もあるため、魔力量が多い・術式が複雑になるのを嫌う者などは精霊魔法の障壁を使うことも。


○咸卦法

 「気と魔力の合一」。効果は原作通り、肉体強化・加速・防御力上昇など。発動中は気と魔力が減少していく。
 気は自らのものを用いるが、魔力は仮契約などを利用した外部供給でも良い。
 魔法は使えなくても構わない。すなわち「呪文詠唱が出来ない体質」でも気・魔力があれば習得に問題なし。
 以下オリジナル設定。

 [咸卦法の出力]=[使用している気]×[使用している魔力]

 基本的にこの式に従うので、気と魔力の総量に大きな差があると効果は小さくなり、継続時間も短くなる。
 効率的運用のためには気と魔力の扱いに長け、その上で訓練を行う必要がある。

 使用していても魔法の威力そのものは上がらない。白兵戦に向いた技法であり、遠距離攻撃には別手段が必要。
 例としては、原作で高畑が使っていた豪殺居合拳など。

 習得の難しさや効果が限定的であること等から近年では廃れてきている技術。




◆オリジナル呪文◆


●『魔法の射手・影の矢』
 
 原作では出なかったので一応掲載。魔法の射手、影バージョン。追加効果はなく、純粋な破壊力も光や闇に劣るため使用者は普通いない。
 さらにこれを使えるのは影魔法に適性がある者のみ。影使いなら影槍を使った方が効率的。ほとんど練習用の魔法となっている。


○『炎の旋風』
 
 『闇の吹雪』『春の嵐』などと同系統の炎系魔法。燃え盛る竜巻が横薙ぎに放出される。
 詠唱『来たれ炎精 風の精  空を纏いて 吹き荒れろ 災いの嵐 “炎の旋風”』


●『魔法の射手・重力の矢』

 原作では出なかったので一応掲載。魔法の射手、重力バージョン。命中すると対象が重くなる追加効果あり。
 『戒めの風矢』とは異なり攻撃力もある。破壊力そのものはあまり大きくはない。


●『冥王の黒球』

 黒い重力球を生み出し、対象を押し潰す重力魔法。慣れれば無詠唱でも使えるが、その場合重力球の大きさと数は術者の技量に強く左右される。
 また複数の球体を同時に展開、それを一ヵ所に集束させて威力を上昇させる「最大顕現」という技法もある。


●『重き槌』

 効果範囲はあまり広くはないが、詠唱が短く中の上程度の威力があるため、近・中距離の相手に対して有効。古典ギリシャ語を用いる。
 詠唱『来たれ 破城の腕 打ち崩せ “重き槌”』


●『無限の奈落』

 『こおるせかい』『燃える天空』などと同系統の重力魔法。古典ギリシャ語を用いる。
 超小規模のブラックホールを生み出し、広範囲を殲滅する。結界破りにも有効。
 詠唱『契約に従い 我に従え 夜の冥王  来たれ 昏き孔 呑み尽くす混沌  砕け散れ 紅く染まりし因果の輪 崩れ落つ星を死の塵に “無限の奈落”』


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