日本軍の捕虜となり、虐待に耐え抜き帰還した「アメリカン・ヒーロー」
産経新聞 8月6日(土)15時4分配信
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不屈さ:生存と忍耐力そして贖罪に至る第二次大戦のある物語(写真:産経新聞) |
Unbroken:A World War II Story of Survival, Resilience, and Redemption不屈さ:生存と忍耐力そして贖罪に至る第二次大戦のある物語
By Laura Hillenbrand Radom House
■元オリンピック選手が生き抜いた戦争の不条理
発売以来、米主要各紙のベストセラーのトップの座を30週以上も占める史上でも珍しいロングランの売れ行きを見せている、今米知識人にとっては最もホットな本である。
主人公は、ニューヨーク生まれだが、カリフォル二ア育ちのルイス・ザンペリニ(現在も健在で94歳)というイタリア系アメリカ人二世。第二次大戦では両親の祖国は「敵国」だった。
イタリア系ということで幼年期はいじめに遭った。わんぱく小僧転じて中学時代はまさに不良少年だった。走るのだけは群を抜いていた。高校の頃から陸上選手として頭角を現し、名門南カリフォルニア大学陸上部に引っこ抜かれた。
期待通り、1936年ベルリンで開かれたオリンピックには中距離走のアメリカ代表として出場した。メダルにこそ届かなかったが、走りっぷりのよさが観戦していたヒトラーの目にとまり、握手をしたというエピソードの持ち主だ。今も健在で、カリフォル二ア州で悠々自適な生活を送っている。94歳だ。
その後、第二次大戦勃発と同時にザンペリニは米空軍に入隊。日本本土爆撃のミッションに向かう途中、戦闘機がエンジントラブルで墜落。
マーシャル群島沖を漂流すること47日間。グェゼリン島に漂着するが、そこで日本軍に捕まり、日本に連行された。日本に着くや、撃墜された米爆撃機パイロットだけを収容、尋問する横須賀海軍警備隊植木分遣隊(通称大船収容所)に入れられ、終戦まで過酷な尋問と拷問を受ける。罪のない市民を無差別に殺戮したことに対する恨み、憎しみもあっただろうが、それよりもなによりも、同収容所の最大の目的は敵パイロットから米軍の機密情報を聞き出すことにあった。
いってみれば、米軍にとってのキューバ・グアンタナモ収容所と同じだった。それだけに尋問は厳しかった。
著者は、アメリカ競馬史上に名を残した名馬シービスケットについて書いた「Seabiscit: An American Legend」(映画化され、アカデミー賞最優秀作品賞はじめ7部門を独占)が爆発的な人気を博し、一躍有名になった女流作家、ローラ・ヘレンブランド。短い文章で畳み掛けるスタイル。徹底した取材で得た事実を華麗な文章で描き出す才能は高い評価を得ている。
ザンペリニは、帰国後、自分を目の仇にしていじめ抜いた「人を痛めつけることで性的快感を覚えるサディスト、ワタナベ・ムツヒロ伍長」に対する復讐心に燃える。尋問や拷問の後遺症から精神状態がおかしくなり、真夜中に悪夢に悩まされる日々が続く。
そうした中、著名な伝道師、ビリー・グラハム師の集会に出て、キリスト教に入信。自殺した「ワタナベ」とは再会できなかったものの、母親に「今は彼に対する復讐心はない。安らかに眠ってくれ」とのメッセージを送るところでストーリーは終わっている。
■「南京虐殺」「バターン死の行進」そして「捕虜虐待」の記憶
正直言って、米兵捕虜に対する日本軍の虐待や中国人に対する残虐行為を扱った本はあまり読みたくない。戦争で死んだ日本人のことは思い浮かべても、敵国や他国の死者たちを思い浮かべることはあまりない。日本人の多くは、これまでそうやって生きてきた。
十数年前、中国系アメリカ人二世、アイリス・チャンの「レイプ・オブ・南京」が、(そこに書かれた事実関係の正確さはともかくとして)米知識人の間では話題になった時も、日本人はなぜこの本がそれほどアメリカ人に読まれるのか、釈然としないものがあった。
最近でこそ「Tears in the Darkness: The Story of the Bataan Death March and Its Aftermath」(邦題「バターン 死の行進」が邦訳されているが、日本軍の米英捕虜に対する加害に目を向ける機会はあまりなかった。
2009年6月には、藤崎一郎駐米大使が米兵捕虜団体の会合に出席して謝罪。10年には岡田外相が「バターン死の行進」で生き残った元米兵捕虜と面会し、外相として初めて公式に謝罪した。こうした行動については保守派はもとより、原水爆被害者団体からも「一方的な謝罪の必要はない」といった批判の声も出ていた。
確かに、戦争をどうみるかは依然としてセンシティブだ。アメリカ人の大半は、ヒロシマ、ナガサキの話や多くの市民を無差別に殺戮した東京空襲(よほど教養のあるアメリカ人以外はその事実すら知らない)を聞きたがらない。
そのことを著者は早くも承知だ。主人公が収容された大船収容所に関する多くの日本語資料を入手したが、その翻訳の労をとった日本人の名前は一切公表していない。
■今なぜ日本軍の残虐モノが取り上げられ、売れているのか
今、アメリカ人で日本を好感を持っている市民は82%(ギャラップ調査)で好感度は英国、カナダ、ドイツに次いで第四位。米国中にはトヨタやホンダの車が走り回り、国技である大リーグでは何人もの日本人選手が活躍している。第二次大戦などは遠い昔の話のようにも思える。
それなのに、今なぜ人気作家はこのテーマを選んだのだろうか。
冒頭、著者は、ウォルト・ホィットマンの「The Wound Dresser」の一節を引用している。南北戦争当時、ホイットマンが志願看護士として陸軍病院で働いた時の体験から生まれた詩だ。
「今、最も新しくて、最も深く、君(傷病兵)を襲っている恐怖とはなにか。激しい戦闘か、あるいは巨大な敵軍の包囲網か。心の奥底で君が恐れ戦いているのは」
傷ついた兵士たちの姿や積み上げられた兵士たちの切断された手足にホイットマンは衝撃を受ける。そこから死傷した兵士に「英雄」の姿を見るのだ。著者もまたザンペリニに「英雄」の姿を見ようとしたに違いない。
そのためか、この本の書評を書いたほとんどの評者は、「まるで映画を見るような描写」(ニューヨーク・タイムズ・ブック・レビュー)、「宝石商が宝石を鑑定するような著者の筆致」(ニューズウィーク)と、文章力の称賛に終始している。また「英雄」としてのザンペリニに惜しみない拍手を送っている。アメリカ人にとっては、ちょうど日本人が司馬遼太郎の「坂の上の雲」に出てくる滅私奉公の軍人たちに涙するのにも似た感情なのだろう。ひと言で言えば、お国のために肉体的にも精神的にも極限状態にまで追いやられた兵士の言動がアメリカ人の心の琴線に触れているのだろう。それが爆発的に売れている理由だろう。
日本人の心情にも精通している米ジャーナリストのピーター・エニス(「TheBottom Line」編集主幹)はこう見ている。
第二次大戦はまさに書き手にとっては宝の山。題材が埋もれている。確かに日本軍の捕虜収容所の実態が生々しく描かれているが、この本が売れていることと『反日』とはそれほど関係があるとは思えない。この本は、一個の人間としてのザンペリニの生き様を人気作家が書いたことが売れている理由だと思う」
この本が邦訳され、多くの日本人が読んだ時、どのような印象を受けるか。
たった60数年前に日米が敵として戦った第二次大戦。その記憶を一人一人がどう咀嚼しているかで、印象も変わるはずだ。(高濱 賛)
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最終更新:8月6日(土)15時4分
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