ANTHROPOLOGIE事件について


 平成21年12月1日、知財高裁から、米国における周知商標の不正登録事件について、特許庁の審決を取消す判決が出されました。

 近時、特に、中国において、日本の周知な標章やこれに極めて類似した商標を先回り登録される被害のニュースが、メディアを賑わしています。が、不正登録は、何も中国に限ったことではなく、我が国においても現に行われています。このような不正を阻止するため、商標法4条1項19号は、登録を受けることが出来ない商標の一つとして、「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正な目的をいう。以下同じ。)をもって使用するもの」を挙げています。従来、同項7号や15号によって処理されていた不正登録事例に、より適切に対処するため、平成8年改正法において新たに設けられた規定です。

 本件は、特に、これらの「周知性」、「不正の目的」とは何かの問題について、特許庁による珍・迷審決が知財高裁によって覆され、少なくとも、同裁判所の裁判官には良識があることが示されたケースです。
 この件は、事実関係が少々錯綜しているので、審決・判決の内容を論じる前に、事件の背景について説明が必要です。

 アメリカのアパレルメーカーであるA社は、そのブランドの1つである“ANTHROPOLOGIE”について、日本で商標登録(第18、25類)を受けようとしました。そこで、事前に調査を行ったところ、カジュアルウェアの卸売・販売、ブランドライセンス事業を行っている日本国内のB社により、全く同一の“ANTHROPOLOGIE”が、既に2件商標登録されていることが判明しました(不正登録1:第18,24,25類、不正登録2:第3,9,14,16,20,21,26,28,34類)。
 幸い、不正登録1については、登録から3年以上経過しており、B社が同商標を使用していないことは明らかであったため、不使用取消審判を請求し、無事、同商標登録を取消すとの審決を得ました。

 ところが、その後、第18,25類を指定して商標登録を出願したところ、不正登録2と、B社の新たな登録商標(第25類)を理由とする拒絶理由通知を受けました。B社は、不使用取消審判中に、不使用で取消されるのを予期していたかのように、狡猾にも、改めて商標登録出願を行っていたのです。しかし、同出願は、先願であるが故に登録査定を受け、後は登録料を納付するのみとなったにも拘らず、B社は登録料を納付しなかったため、出願却下処分となりました。不正な登録を受けることに対し、僅かながらでも良心の呵責を感じ、恥を知る心を辛うじて持ち合わせていたのでしょう。

 かくして、第25類の登録については障害がなくなったため、不正登録2を理由に拒絶されることが予想される第18類についての出願を第25類から切り離し、分割出願を行いました。また、その後、第35類を指定役務とする出願も行ったところ、やはり、いずれについても、不正登録2を理由とする拒絶理由通知を受けました。上記のとおり、不正登録2の指定区分は計9類に渡っており、しかも夥しい数の商品を指定しているため、類似関係にある商品が含まれていたのです。第18類の出願については3区分の、第35類の出願については4区分の、無効審判を請求しなければならなくなりました。

 根拠条文は、上記の商標法4条1項19号。要件は、「外国における需要者の間に広く認識されている」こと(周知性)、そして「不正の目的」です。

 「周知性」の要件については、

  1. ニューヨークタイムズ紙に掲載された商品広告
  2. 成長著しい“ANTHROPOLOGIE”ブランドとその経営者について特集したフォーブス誌の記事
  3. A社が過去に頒布したカタログの抜粋コピー5点
  4. 不正登録2の出願時点で、米国内に73店舗、同月中にさらに3店舗オープンさせていたこと、カタログの発行部数が計1億冊を超えていること、オンラインショップへのユニーク・ビジットの数(訪問者を頁毎の重複カウントなしで算出した数。)は、B社による出願直前の1年間だけでも、合計約1,364万件に達していたこと等を記した、A社のCFO(最高財務責任者)による宣誓供述書
  5. ネット上の店舗の主要なページをプリントしたもの
を提出しました。特に、フォーブス誌の記事は、このブランドが、アメリカ人女性に広く支持され、ライフスタイルの一部になっていると言っても過言ではないことを示す内容の、非常に良い証拠となるものでした。 ちなみに、不正の目的をもって使用する他人の周知商標である旨認定したManhattan Portage事件(東京高裁平成15年11月20日)においては、正当な権利者の製品の広告を掲載した雑誌の発行部数は、出願の前年において、1万5千部であったと認定されています。従って、「周知性」については問題ないであろうと考えました。 

 問題は、「不正の目的」の要件です。
 上記のとおり、19号は、日本国内と外国の周知商標の双方について規定しています。そして、外国の商標に関する典型事例として想定されているのは、「外国で周知な他人の商標と同一又は類似の商標が我が国で登録されていないことを奇貨として、高額で買い取らせるために先取り的に出願したもの、又は外国の権利者の国内参入を阻止し若しくは代理店契約締結を強制する目的で出願したもの。」(特許庁審査基準)です。このように、買取りや代理店契約締結を要求されたという外形的事実があれば、話は単純です。しかし、本件においては、そのような事実はありません。
 従って、当方としては、「不正の目的を推認させる事実」の主張を積重ねるしかありません。もっとも、本件の場合、以下のように、不正の目的を強く推認させるような事実が現に存在しましたから、この要件についても、左程困難はないであろうと思われました。

  1. 「ANTHROPOLOGIE」は、日本語では「人類学」に対応する英語「Anthropology」を基本とし、語尾のみ「gie」と特徴を持たせたものである。結果として、フランス語及びドイツ語の「人類学」の正しい綴りに対応しているが、実は、米国での商標出願の際に、担当者が綴りを間違えてしまい、それが却ってユニークで面白いとして、そのまま使用されるに至った。そして、B社が登録したのは、まさに、この「ANTHROPOLOGIE」である。
  2. B社のウェブサイトに掲載されている会社沿革によれば、被請求人は、2003年1月、「海外ブランドの発掘を目的とし、米国ニューヨーク州に事務所を設立」し、2007年3月には、「アメリカに於けるカジュアルウェアのテストマーケティングの目的で、ニューヨーク州に現地法人を設立」している。本件登録商標の出願時、被請求人は、米国において盛んに服飾業界の調査活動等を行っていた。 他方、請求人は、「ANTHROPOLOGIE」のブランド名で、ニューヨーク州だけでも6店舗、2005年11月迄に、米国全体では73もの店舗を経営していた。同じ服飾業界に属し、米国内で調査活動を行っていたB社が、米国内で周知であったA社の商標を知らないはずはない。
  3. 本件商標を巡っては、上記のように、不正登録1→その不使用取消し→再度の先回り出願→登録料未納による出願却下処分、という背景事実が存在する。
 無論、B社の具体的な内心的意図は知る由もありません。が、このような事実に照らせば、A社による商標登録を困難にし、日本への参入を阻止する等、A社に損害を与える「不正の目的」によって、本件商標登録に及んだことは、合理的に推認することができ、当然、無効審決が下されるであろうと考えていました。

 ところが、数ヶ月後、事件は意外な展開を見せました。特許庁審判官から電話があり、「本件商標は権利放棄による抹消処分となり、権利が消滅したため、本請求を取下げられたい。」とのことでした。B社は、何らの答弁もせず、いわば白旗を掲げて敵前逃亡したのです。
 これにより、確かに、A社が商標登録を受けることについては障害がなくなり、一件落着のように見えました。しかし、「取下げ」により終結してしまうと、審判費用が、正当な権利者たるA社の負担に帰することになってしまいます。本件商標は多数の類を指定していたため、合計31万円もの印紙代がかかっていました。そして、B社は、まさに、この印紙代等を免れるために、上記のような方策に出たことは明らかでした。現に、不使用取消審判の結果、13万8千円を負担させられた事実が過去に存在したのです。同じ轍を踏まないよう、「権利放棄」という手段に思い至り、無効審判請求を「空振り」に終わらせることによって、印紙代を免れようとの意図で、今回の行動に出たことが明らかに見て取れるものでした。B社は、恐らく“専門家”に相談し、「権利放棄してしまえば、係争の対象物自体がなくなるから、請求は成り立たなくなり、費用負担を免れることができる」との“悪知恵”を授けられたのでしょう。しかし、このような「とんずら」を許すことは、どう考えても公平の理念に反します。そこで、然るべく審決を下して頂きたい旨の「上申書」を提出しました。

 確かに、登録が抹消されたことにより、民事訴訟でいえば「訴訟物」がなくなり、もはやその無効審判を請求することはできないようにも思われます。しかし、商標法46条2項によれば、無効の審判は、「商標権の消滅後においても、請求することができる」とされています。無効の効果が遡って生じることから、権利の消滅後であっても、無効を宣言する必要のある場合が現実に存在するからです。これを根拠に、自ら権利放棄したことは、事実上「請求の認諾」をしたことを意味すること、その目的は上記のように費用負担を免れようとするものであること、不正な行為に関わる無効審判請求事件は、問題の商標登録が「消滅」したことのみをもって「解決」とされるべき性質ものでなく、公的に記録されるべきであること等を主張しました。これで、あとは無効審決を待つのみ、と思われました。

 ところが、結果は、「本件審判の請求は、成り立たない」というものだったのです。取下げの要請に対しあくまでも審決を求めるという“反抗的態度”に対する明らかな報復と見えました。また、A社が外国法人であったため、余計に反感を買ったのかもしれません。上記の主張事実と証拠からは、「周知性」と「不正の目的」要件のいずれも認められない、としたのです。審決には、一見もっともらしい理由付けが書かれてはいましたが、自由心証主義の趣旨を明らかに逸脱しているというべきものでした。

 (周知性について)

  1. 周知性を推し量る証左となる新聞広告・雑誌記事はわずか2件のみである。
  2. カタログの発行について裏付けとなる証拠はなく、実際にどのようなカタログ(実物)をどの時期にどの程度作成し、どうやって頒布したのか不明である。
 (不正の目的について)

  1. (特許庁審査基準に掲げられている)同要件を証するための5種の証拠資料を何ら提出していない。
  2. 不使用取消しされた不正登録1は、平成10年に採択されたものである。
  3. 本件商標は、造語でも、構成上顕著な特徴を有するものでもなく、自由に取捨選択され得る言葉である。
  4. 9区分という広い分野について商品を指定して出願しているものであるから、不正の目的をもって使用するものと断ずることはできない。
  5. 権利放棄の事実及び被請求人が答弁しないことをもって、上記の認定、判断は左右されるものではない。
 審判不成立との結論を理由付けるために、あらゆる事情がB社に有利な方向に斟酌されていました。4などは、一瞬、何を言わんとしているのか分かりませんでした。無効審判の対象としているのは不正登録2であるのに(すなわち、その出願時に「不正の目的」があったかが問題であるのに)、わざわざ不正登録1を持ち出して、不正目的を否定する事情として使ったのです。そして、挙句には、7の事由まで付け加えて、B社を擁護したのです。

 審決は不合理且つ不当なものであり、このままでは審判費用も回収できませんが、知財高裁に持って行っても、確実に取消されるという保障はありません。しかし、A社の現地代理人より、“go ahead”との指示を受けましたので、審決取消請求訴訟を提起し、改めて19号の要件、特に「不正の目的」とは何か、過去の事例等を調査し、検討を重ねて、審決理由の上記各点について、以下のように反論を積み上げました。

 (周知性について)

  1. 夥しい数の関連資料を取捨選択することなく提出し、数量で圧倒するというような、質の低い立証活動を行うことを避け、真に証拠力のあるものを厳選し、迅速・適正な審理の実現に寄与したいと考えたためであり、審判官の負担も考慮した上での、合理的取捨選択の結果である。しかるに審決は、証拠の数量のみに着目した認定を行っており、その内容については何ら言及せず、検討を行った様子もない。証拠は、日本においても周知な新聞・雑誌の記事であり、その内容も商標の周知性を強く裏付けるものである。数量によって判断が左右されるのだとすれば、「権利」の成否を判断する権限を与えられた者としての自覚に著しく欠ける。
  2. 「宣誓陳述書」を信用できないとしているようであるが、その根拠は何ら示されていない。一企業が頒布する商品カタログの場合、その数量は、第一次的には、頒布者自らの陳述に依らざるを得ない。「宣誓陳述書」は、A社のCFOによる、公証も受けた書面である。ちなみに、米国は、「嘘をつく」ことに対し極めて非寛容な社会であり、刑法上も、社会的にも、極めて厳しい制裁を受けることになる。法の運用に関わる者は、当然有しているべき知識である。 審判では、職権証拠調べも可能である(商標法56条1項、特許法150条1項)。裏付けとなる資料が不可欠と判断したのであれば、求釈明の上、その提示を求めるべきであって、そのようなプロセスも経ず、何らの根拠も示すことなく、証拠を事実上不採用とするのは、職務の怠慢である。
 (不正の目的について)

  1. 審査基準の形式的適用により、審決は事実を見誤っている。
     平成8年の法改正のための答申において、同要件は、「不正の利益を得ようとする目的(不正競争の目的を含む)に止まらず、営業上の競争関係にはないが他人に損害(財産上の損害、信用の失墜、その他の有形無形の損害)を加える目的を含めた『公正な取引秩序に違反し信義則に違反する目的』をいう」とされていた。そして、条文上の「その他の不正の目的」には、取引上の信義則に反するような目的を広く含むものと解釈されている。その例として、不正の目的が必ずしも客観的外部的事情として表れない、様々な非典型事例が含まれる。「不正の目的」要件は、立証困難な、内心の主観的意思に関わる典型的な要件であるから、典型事例を想定した「審査基準」を一律に形式的に適用することによっては、妥当な結論を導くことはできない。審査基準も、「『不正の目的』の認定にあたっては、例えば、以下の(イ)ないし(ヘ)に示すような資料が存する場合には、当該資料を充分勘案するものとする。」としているに過ぎない。
     また、商標登録出願を、時間と費用をかけて現に行い、障害となった不正登録商標の無効を主張して審判まで請求した者に対し、「我が国に進出する具体的計画(例えば、我が国への輸出、国内での販売等)を有している事実を示す資料」が提出されていないとは、形式主義も甚だしい。
  2. 本件で問題となっているのは不正登録2であって、証拠によれば、その出願時点で、B社が本件米国商標の存在を知っていたことについては、合理的疑いを差し挟む余地はない。「不使用取消しされた不正登録1は、平成10年に採択されたものである」との事情は、不正登録2の19号該当性を検討するについて無関係なものである。
  3. 「不正の目的」は典型的な主観的要件であるから、一定の事情からこれについては一応の推定が働くものとし、立証の困難を救済する等の配慮が不可欠である。審査基準も、「その周知な商標が造語よりなるものであるか、若しくは、構成上顕著な特徴を有するものである」場合には、「他人の周知な商標を不正の目的をもって使用するものと推認して取り扱うものとする」としている。
     外国語に対する苦手意識の根強い我が国において、最も馴染みのある外国語は英語であり、仏語や独語に馴染みのある者は、極めて少数である。そのような状況の中で、「Anthropology」が「人類学」を意味し、さらには、仏語や独語では、これを「Anthropologie」と綴るなどということを知っている者は、ごく僅か であるのが現実である。よって、本件商標は、「造語」とまではいえないとしても、少なくとも「構成上顕著な特徴を有するもの」であって、「出願人により自由に取捨選択され得る言葉」とは到底いい得ない。しかるに、被請求人が登録したのは、英語の正しい綴りでも、大文字と小文字からなるものでもなく、まさに本件米国商標と同一の「ANTHROPOLOGIE」である。
     同じ服飾業界に属し、米国内で調査活動等を行っていた者によって、大文字のみの表記とする点、そして、何より、誤った綴りの表記までが完全に一致する「同一」商標が、「偶然に」採用されたとは、到底考えられない。
     過去の判例も、出願の当時、当該周知商標の存在を知っていたものと認められ、且つ、同商標の正当な権利者の承諾を得ることなく無断で出願した場合には、「不正の目的」の具体的内容を特定することなく、「不正の目的」があったと認定している。
  4. 「9区分という多数の区分及び商品を指定商品として出願したものであり」、必要以上に「広い分野について商品を指定して出願しているものであるから」こそ、原告の日本進出を阻止する等、公正な取引秩序に違反し信義則に違反する「不正の目的」が推認されるというべきである。
  5. 登録が正当なものであったならば、なぜ敵前逃亡する必要があるのか。答弁もせず権利放棄したことは、無効審判請求書に記載された請求の理由が事実であることを自認し、事実上「請求の認諾」をしたことを意味するのであって、「不正の目的」の存在を、尚一層強く推認させる事情というべきである。
     「事実」は、本質的に、見る者それぞれの視点から、如何ようにも解釈、構成し得るのであり、であるからこそ、判断権限を与えられた者は、その視点が真に中立公平な第三者のものであるかを常に疑い、そうあるように努めるべき重大な責務を負っている。まして、法の世界は、論理が支配するものでなければならない。このような観点からしても、審決は、自由心証主義の逸脱という違法性を有するものである。
 裁判で答弁をしなければ、擬制自白により請求認容となります。が、B社は、形ばかりの「答弁書」を、一応提出しました。到底、勝ち目はないと考えたのか、代理人は付いていませんでしたが、形ばかりの「答弁書」を出したことからは、“専門家”のアドバイスを受けていることが容易に推測できました。これにより、知財高裁は、「請求の認諾」とすることはできず、審理を行わなければならなくなるからです。そこで、知財高裁は、B社に対し、不正登録1・2の出願理由と経緯、これらの出願時点において本件米国商標についてどのような認識を有していたか、海外ブランドの調査方法・対象地域等の業務内容について、親切にも、釈明命令を発しました。しかし、B社は、無論、何ら応答することはなく、法廷にも不出頭。第2回期日で結審となりました。

 そして、判決は、あっけない程素直に、審決と逆に、いずれの要件も充足していることを認め、原告の請求を認容するものでした。

 (周知性について)
 「上記事実、ことに本件各米国商標を使用した店舗の数、カタログの頒布部数、ウェブサイトの開設状況及びその利用状況等の事実関係によれば、本件商標の登録出願がなされた・・・時点において、本件各米国商標は少なくとも米国において女性用被服及びハンドバッグ等の需要者の間に広く認識されていた商標であると認めることができる。よって、・・・審決の判断は誤りである。」

 (不正の目的について)
 「被告の応訴態度その他本件において認められる上記各事情を総合すると、被告は、本件商標が米国における周知商標である本件各米国商標と類似することを知りながら、本件商標を自ら使用することによって不当な利益を得るため本件商標の登録出願をしたものと推認するのが相当であり、被告は本件商標を使用するにつき、不正の目的を有していたというべきであるから、これと異なる審決の判断には誤りがある。」

 審決の判断が不当・不合理であることを具体的に手厳しく批判してもらいたかったところではありますが、原告の上記主張が全て採用され、それが判決の実質的理由を構成しているものと解釈して、せめてもの慰めとします。

 上記したとおり、B社が権利放棄までするについては、そうすれば審判費用を免れることができるとアドバイスする“専門家”が存在したものと推測されます。確かに、普通はそう考えるでしょうし、それで一件落着となるのが通常でありましょう。しかし、不正登録した上に、そんな不正行為がまかり通ってよいはずはありません。法(商標法46条2項)は、それを阻止するための道を用意してくれていました。

 ところが、審決は、何ら答弁もせず、権利を放棄して敵前逃亡を図った者を敢えて保護したのです。審決が、敢えて、到底無理な認定、判断を行う「必要性」があったとすれば、それは、上記のとおり、原告が、審判官による取下げの要請を拒否し、あくまでも審決を下すべきことを主張したことに対する報復・見せしめ以外の何ものでもありません。そのような経緯や事情は、一切資料に表れてはいないため、審決は、一見、自由心証主義に基づく「事実認定の結果」として導かれたものであるかのように見えます。

 しかし、「自由」心証主義は、「法定」証拠主義に対する概念であって、判断者の完全なる「自由」を保障する趣旨のものではないということを、今一度肝に銘ずべきです。その判断は、経験則や条理に適った、合理性を有するものでなければならず、通常人の感覚と乖離したものであってはならないこと、そして、事実を見る目が、中立公平な第三者のものでなければならないことは言うまでもないことです。しかし、審決や判決を通じて、自らに盾を突く者に対して報復・見せしめとするという“自由心証主義の濫用”は、現に行われています。このことは、周防監督の「それでもボクはやってない」にも描かれています。審決・判決の場を借りて、私的な欝憤晴らしをする審判官・裁判官が、現に存在するのです。「必殺仕事人」に、天誅を加えてほしいものです。

 事件が全て解決するまでにはまだ時間がかかりますが、確実に目的を達成する積もりです。映画「逃亡者」の刑事のように「逃亡者」を追い詰め、払うべきものは払って貰います。幸い、敗訴者が負担すべき審判・訴訟費用は、印紙代以外のものまで含んでいます。

 法秩序の維持という役割の一端を担っている者には、法の抜け道を指南する“悪知恵”ではなく、物事のあるべき姿を実現するための真の知恵・知力と、それを支える職業倫理が求められることも、改めて強く認識させられた事件でした。



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