【東日本大震災で被災された皆様へ】
このたびの東日本大震災において、
お亡くなりになられた方々に対しまして心よりお悔やみ申し上げますとともに、
被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
尚、本作品は被災に遭い、両親を失った少年少女のために「君は一人じゃない」との激励の意味を込めた物語です。そのため東日本大震災を一部題材にしております。時期的には不謹慎であることは重々承知しておりますが、ご了承の上でお読み下さい。
二〇一一年三月十一日の午後、運命の怒涛が宮城県・東北沖合いを襲った。のちに東日本大震災と名づけられる今回、東北地方を襲った大地震は、いつもの変わらないものと人々は考えていた。
小学校の校舎がこれほどまでに揺れたのは初めてだったが、もっと驚きだったのは隣の席にいた通称『肥満』、俗にいうデブの秋山亨の腹の肉が普通に波打ったのをみたときだ。彼の腹の肉がぷにゅぷにゅと波打つのは、だいたいは体育の時間ぐらいなもんだ。
――平時にあれほど波打つのは尋常ではない。
「先生が裏山に避難しろって!」
廊下の割れた窓ガラスを踏みしめながら、校舎外へ避難する子どもたちの声に混ざって「ただの地震だろ? あいつらは大げさなんだよ」と一週間後に小学校の卒業式を迎える、新渡勇人は生意気にいった。
「結局、あの赤い扉を開けることができなかったよな、デブ!」
「ユージンってば! 僕はデブじゃない、ぽっちゃりだ! 何度いえばわかるんだよ! それに今はあの扉のことなんか、どうでもいいじゃんか! 僕は『ブルトン・サーガ』のやりすぎで寝不足なんだ!」
そっちのほうがどうでもいい――――と、勇人は思う。
ブルトン・サーガ。それは世界的規模のIT会社フォルトゥナ社が開発した、全世界どこからでもログインでき、一つのファンタジー世界を数千人というプレイヤーととも課題をクリアしていくオンラインゲームだ。通称はMMORPGと呼ばれる。そこには仮想世界でありながら人間社会が存在する。人対人のコミュニティである以上、社会と同様に派閥もあれば、人間関係のいざこざも存在する。
さて勇人のいう赤い扉――――それは何度試しても、そう引いても押しても、うんとも寸ともいわない、彼らの小学校に伝わる開かずの扉伝説だ。もちろん開かないのだから、勇人はその先(おそらく廊下か、もしくは物置部屋だと思うが……)を見たことがない。
卒業式をふまえ、それだけが彼にとって唯一の心残りだった。
「コラッ! お前たち、早くしないか!」
勇人の担任の先生が急げ! と声を張りあげたときだった。
ゴ、ゴ、ゴゴゴゴゴッッ――――、地響きのうなりにも似た音が近づいてきたとともに校舎が揺れた。いや正しくは廊下がケーキの空箱のようにガタガタッ、ゴトゴトッと大きく揺れた。割れずに残っていた窓ガラスがパキーンッと音をたてた。一瞬、同じクラスの女子の悲鳴が聞こえたと思った瞬間、抵抗も許さないとばかりに勇人たちを大量の水が呑みこんだ。
自分たちを呑みこんだ大量の水に顔があった気がしない。
優しそうな女性の顔だった気がしないでもないが、今はそんなことどうでもいい。息をしように足掻こうにも、出口らしき場所はない。今まで廊下だった水底に目をやれば、先ほどまで会話をかわしていた友人、秋山亨が横たわっているのがみえた。
溺死――――勇人の脳裏にそんな言葉が一瞬、思い浮かんだ。
(…そ、そんな息ができな…い…、僕、ここで死ぬんだ…)
だめだ、意識が遠のく。
と思った瞬間、薄れゆく意識のなかで誰かが自分を抱きかかえ、開かずの扉にはいっていくのがわかる。一体誰だろう? 酸素不足のせいか目をあけても、目が霞んでいるせいもあって――――姿かたちがぼやけ、はっきりととらえることができない。
ただ不思議なことが起きているのは、なんとなくだけどわかる。
その人のまわりだけは水が割れて、息ができる空間ができているのだ。明らかに意図的な空間だ。一言でいえば光の環、いや魔法という類のものなのかもしれない。
「…あ、あなたは……誰?」
勇人を抱きかかえる者は少年にむかって、静かに微笑んだ。
「君には運命を選択する権利がある」
キミニハ、ウンメイヲセンタクスル、ケンリガアル?
【語句説明】
MMORPG(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム)
一般的に「多人数同時参加型オンラインRPG」などと訳され、オンラインゲームの一種でコンピューターRPGをモチーフとしたものを指す。
(Wikipedia フリー百科事典引用)
ランキング参加中! 面白かったらポチッとクリックお願いします。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。