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[28370] 僕が魔法使い《ストレガ》になる物語
Name: はせピン◆8a58fa97 ID:f4542cb3
Date: 2011/06/15 22:31
「小説家になろう」で投稿している自作です。
ここにも投稿してみようと思い、投稿してみました。
「なろう」で次話投稿したらこっちにも投稿します!

――――――――――――――――


デパートは燃えていた。
 原因は1階にあるラーメン屋のキッチンの出火。
 火は徐々に中を侵していく。
 そんな中、子供の人気のコーナー【玩具売り場】に一人の少年がフラフラとした足取りで歩いていた。
 服は所々破けていて煤のような物が少年の顔や体の所々についている。

「た、助けて……」

 息苦しく、体が痛んでいながらも少年は力を出して助けを求める。
 しかし、周りは誰もいない。
 崩れた棚、あちこちにパズルや戦隊ヒーローの人形が入った箱や商品は周りの火によって溶かされ焼かれていく。
 周りは誰もおらず、火の燃え滾≪たぎ≫る音や物凄い大きい音が耳に入る。
 呼吸を荒くしながら前へ進むが体力の限界か、足が縺≪もつ≫れて前のめりに倒れてしまった。
 風邪をひいてないのに体が重く熱い。
 腕を地面について起きようとしても起きれない。
 少年は痛みと熱さに我慢できず涙を流し始め、自分の心に疑問をぶつける

――このまま死ぬのだろうか?

「嫌だ……死にたくないよぉ……」

 叶わぬ現実を否定しながら少年は必死に震える腕を伸ばす。
 真上の天井が砂埃を落としながら徐々に歪み始め、遂には轟音を立てて大きい瓦礫となって落ちてくる。
 少年の命の灯が上から落ちてくる瓦礫によって潰されようとしていた。

「ひっ……」

 落ちてくる瓦礫に気付いた少年は目を強く瞑った。
 家族との思い出が走馬灯のように駆け巡り、最期を覚悟して瞑った。

「危ない!?」

 何処からともなく女性の声、耳を劈きたくなる音を耳にした時、少年は固く瞑っていた目を開いた。
 拳銃を両手で持って構えた女性が立っていたのだ。
 女性は安堵の息を吐いて駆け寄って来る。

「君、大丈夫?」

 薄れる意識の中で少年は助けに来た女性を見詰めた。
 涙でぼんやりとした視界に入ったのは金の長髪、安心した少年は意識を静かに閉じていった。



[28370] 平和な日常 欠けていく日常
Name: はせピン◆8a58fa97 ID:f4542cb3
Date: 2011/07/24 13:47
 北海道札幌市にある天川《あまかわ》町。
 隣の町を繋いでいる橋の下に少年【御神翡翠《みかみひすい》】は幼少の子供がよく持つエアガンを両手に持って数メートル離れた空き缶に向けると撃った。
 引き金を引くと中に入れたBB弾が銃口から発射され、空き缶が小さい音を立てて倒れて地面に転がる。
 目の前の空き缶を全て撃ち終えると足と腰を素早く動かし、後ろを振り向く。

「そこっ!」

 背後に立っていた空き缶を外す事なく、一発で倒す。
 そして、最後の一つにエアガンを向ける。

「これで最後っ!」

 最後の空き缶の下部に当たって宙に飛ぶが翡翠の射撃はまだ止まっていなかった。
 宙で回転しながら落ちる空き缶にまた一発放つ。
 一発目よりも激しく回転しながら缶は橋を支えている柱にぶつかって地面に落ちる。
 前後の空き缶を倒し終えて一息吐くと両手のエアガンをズボンのポケットに収め、ビニール袋を片手に持って空き缶を回収しようした時だった。

「いや~、上手だねぇ~」

 声の元に翡翠は坂の方を見上げた。
 ぽっちゃりとした体の少年が草と地面の坂をゆっくりと下りながら太い手で拍手している。
 翡翠はその少年が坂を下りていくのを見て不快そうな顔をする。

「豚一《とんいち》……」

 拍手して歩み寄って来た少年に翡翠は険悪そうに名を呟く。
 肥田豚一《ひだとんいち》は翡翠と同じ小学校であり同じクラスであるが豚一は嫌われ者だった。
 大金持ちでこの天川町に豚一の父親が営業しているスーパーは大繁盛であり、町で一番大金持ちと言われても可笑しくない程である。
 しかし、それは豚一の父親であり、豚一自身に来るのはプラスな事ではなく逆だった。
 入学時の豚一は肥満ではなく、普通の子供達と同じ体格でクラスと同年代の人達と遊んでいたのが日常茶飯事だったが父親の営業が繁盛してから高カロリーな食事にテレビゲーム。
 豚一は外で遊ばなくなり、気づいた時には贅肉だらけの体になってしまっていた。
 それだけではない、豚一はからかってくるクラスメイトに喧嘩を買って怪我を負わせ、校長に呼び出しをくらうが反省しておらず繰り返している。
 何度も続く事態に学校の保護者達【PTA】が黙っていられず、学校に抗議しに行くが無駄に終わってしまう。
 義務教育、豚一の両親が校長や教師に金を差し出し、今通っている学校から転校させるのを避けたからである。
 肥田家はクラスの保護者に反感を買いながらも息子の豚一を学校に通わせていた。

「いや~、相変わらず翡翠の射撃の腕は上手いなぁ~」

 丸く太った顔で満面の笑み。
 翡翠は若干引き気味になりながら普通に接しようとする。

「そ、そうかな……」
「あぁ、一つも外さずに撃ち抜くなんてそれ程いないぜ」
「練習すれば誰だって出来るよ」

 落ちている空き缶を拾いながら話を交わす二人。
 拾い終えると豚一の方に顔を向けた。

「それより、何でこんな所に来たんだい?」

 思ったことを尋ねる翡翠。
 何時も家でテレビゲームをしている豚一が外に出ている事がなかったからである。

「いやぁ~、買ったゲームがあまりにも単調過ぎてつまらないから散歩しに行ったら橋の下で射撃しているお前を見かけたんだよ」
「そう……」

 豚一にとっては普通だが翡翠にとって豚一の放った言葉が嫌味に聞こえていた。
 お小遣いを貯めないと買えない翡翠。逆に豚一は貯めなくても両親が買ってくる。
 からかわれて性格が捻じ曲がっていて嫌味だったのかが分からないようだ。
 恨みの篭った視線を送るが気づかず、豚一は何かを思い出したかのようにハッとする。

「そうだ!翡翠、パパが面白いゲームを買ってきたから家に来て一緒にやろうぜ?」

 豚一が満面の笑みでそう言いながら大きく太った手を差し伸べる。
 翡翠は受け取るか受け取らないか迷う。
 クラスの友達は豚一を嫌っている。もし、一緒にいる所を見られたら仲間外れにされてしまうかもしれない。
 しかし、豚一は自分には暴力を振ってこないし、親切に誘っている。
 選択に迷っていると何か音がし、二人は坂の方を見上げる。

「君達!早くお家に帰りなさい!!」

 自転車に乗った警官が翡翠と豚一にそう言う。

「最近、この町の中で怪しい事が起こってるんだ!だから、速くお家に帰りなさい」

 帰るように勧めてくる警官に聞こえないように舌打ちする豚一。

「悪いな翡翠。今度誘うから返事くれよな!」

 そう言うと豚一は体の贅肉を揺らしながら坂を駆け上がって走り去る。
 翡翠も坂を駆け上がると自宅の方へと走って行った。
 真っ赤な夕日に照らされながら走るが十字路の前で足が止まる。
 十字路の真ん中に犬が神社の狛犬のように座っていた。
 しかし、犬の眼が翡翠を捉えた時、ゆっくりと立ち上がると四肢を広げる。
 牙が剥き出しになり、毛が逆立ちし目が変色する。
 その姿は犬ではなく、肉食獣。

「グルルル……」
「ひっ……」

 威嚇の声に翡翠は恐怖し、後ろに下がるが先に大きく動いたのは獣。
 後ろ足を強く蹴ると跳躍し襲い掛かる。
 鋭利な両手の爪が切り裂こうとした時、銃声が鳴った。
 襲い掛かろうとした獣が悲鳴を上げて吹き飛び地面に倒れる。
 突然の事態に呆然とする翡翠の隣には橋の下で自分に帰れと言った警官が片手に拳銃を持ちながら立っていた。

「大丈夫かい?」

 警官が目の前で血を流して倒れている獣を横目に尋ねてくる。
 
「は、はい……」
「そうか、良かった」

 翡翠の返事を聞いて安堵する警官。
 だが、まだ安心できなかった。倒れていた獣がゆっくりと立ち上がると再び襲い掛かってくる。

「くそっ!」

 舌打ちして発砲するが獣は銃弾が見えるかのように体を反らしたり、大きく動いたりして避ける。
 警官は苦虫を噛んだかのような顔をしながら狙いを定めて引き金を引くが渇いた金属音が鳴った。

「弾切れ!?」

 焦燥する警官は空いている片手で警棒を取ろうとするが獣は既に攻撃範囲に入っていた。
 跳躍して切り裂かんばかりに右手を大きく振り上げる。
 警棒を手に取るのが間に合わない事を心の中で悟った警官は顔を庇おうと両腕をクロスさせる。
 獣の右手が振り下ろされ、鋭利な爪が警官の両腕を切り裂いた。
 赤黒い血が飛び散り、アスファルトを赤黒く染める。
 翡翠の顔や服にも付く。

「うぅ……ぐおぉ……」

 呻き声を上げながら警官は赤黒く染まった腕を見た。
 血は止まる事無く流れ続けている。
 痛みで拳銃を手放してしまい。尻餅をつく。
 アスファルトの地面に落ちた拳銃は鈍い音を立てて転がる。

「お巡りさん!?」

 我に返った翡翠が警官に叫ぶと同時に獣を睨みつける。
 しかし、獣は動じる事無く、再び襲い掛かろうと構える。
 痛みに耐えながら落ちている拳銃を拾おうとするが腕が思い通りに動かない。
 無傷の翡翠に顔を向け言う。

「に、逃げるんだ………」
「で、でも……」

 逃走を促す警官に翡翠は戸惑う。
 何時も使っている玩具の拳銃で、目の前にいる化物を撃とうと考えるが空き缶とは違い、相手は動く。
 目の前には自分達を狙う獣。隣には両腕から血を流している警官。
 戦えるのは自分しかいない。
 ポケットからエアガンを取り出して狙いを定めようとする。
 不安で堪らなかったが逃げる訳にはいかなかった。
 強気な眼差しで化物を見据えながらエアガンを両手に構える。

「何をやっているんだ……速く逃げろ……!」

 弱々しい声で警官は言う。
 翡翠はエアガンのクリップを両手で強く握ると瞳を鋭くし、獣に銃を向けた。

「ガアァァァ!!」

 獣が咆哮を上げると跳躍し襲い掛かる。
 動く的を目で追い、銃口が獣に狙いを定める事が出来た時、引き金を強く引いた。

「いけえぇぇぇぇ!!」

 叫び声と同時に渇いた銃声が鳴り、銃口から青白い光の弾が飛び出て獣の額にぶつかった。

「グオォォォォ……」

 断末魔の悲鳴を上げて消えていく獣を翡翠は朦朧とする意識で見るが、体の重い脱力感によって意識は少しずつ闇へと落ちていった。



[28370] 天川病院
Name: はせピン◆8a58fa97 ID:f4542cb3
Date: 2011/07/24 13:48
 明るい何かに翡翠は瞑っていた目をゆっくり開けた。
 白い天井に照明灯、周りは白いカーテンで覆われていてどうなっているのか分からない。
 ドアが開く音にカーテンを開けようとしていた手が止まった。
 カーテンの向こうに人影が見える。

「誰ですか?」

 カーテンの向こう側にいる人影に尋ねる。

「あぁ、すまない」

 向こう側にいる人影がそう答えて歩み寄るとカーテンを開け、姿を現した。
 ボタンが掛かっていない白衣に銀の髪に髭を生やした老人。

「私はこの天川病院の医師【上杉源三郎《うえすぎげんさぶろう》】だ」
「医者?じゃあ、ここは……」
「あぁ、ここは天川病院だ。君は道端で警官と共に倒れていたらしくてな……」

 源三郎の説明に翡翠は前の出来事を脳裏に蘇らせる。
 家に帰っていた時に犬のような化物に襲われ、その道を通っていた警官に一時助けられたが警官が化物の攻撃を受けてピンチになって咄嗟にエアガンを構え、生きたい為に化物を撃った。
 その後の事は記憶にない。

「報告によると偶然通りかかった住民に通報を受けて運んだらしい。警官は腕が重症だったが君はただ緊張の糸が切れたようなものだからすぐに退院できるよ」
「そうですか……」

 翡翠は安心して息を吐く。
 自分の事より重い怪我を負った警官が大丈夫だった事に安心していた。
 それを察したのか、源三郎は眉を潜める。

「自分の心配をしたらどうなんだい?すぐに退院出来るが手はちょっと掛かるぞ」
「えっ?」

 源三郎の言葉に翡翠は自分の手を見る。
 右手には包帯が丁寧に巻かれていたのだ。
 少し動かしただけで痛みが走り、顔が歪む。
 未だに走る痛みを堪えようとする。

「ははは、警官の話では君が化物を倒したようだが狙いは見事だったそうだな。褒めていたぞ」
「は、はぁ……」
「将来は警察官か自衛隊かね?」

 首を傾げながら尋ねてきた源三郎に翡翠は顔を俯いて言う。

「幼稚園児の頃にある人に助けてもらったんです……」

 白い天井を遠い目で見上げながら過去を源三郎に話す。

 家族とデパートに行ったがそのデパートが火事になった。
 原因はレストランのキッチンからの火災。
 置いていかれて泣きじゃくりながら熱くて苦しい店内を歩き回っていたあの恐ろしい記憶と感覚ははっきり覚えている。
 歩けなくなって這いつくばっていた時、上から瓦礫が落ちてきて死を覚悟して目を瞑ったが銃声と同時に目を開いた。
 熱さと痛みで視界が霞んでいて分からなかったが金の長髪をした女性が目の前に立っていた。。
 その後、気を失い、気が付いた時には病院の病室だった。
 所々に火傷を負っていて治すのに二、三週間掛かり、家族や友達に見守られながら怪我を治す。
 そして、『過去』の翡翠は決意した。

――自分を助けてくれたあの人のようになって困っている人を助けたい!

 その言葉を胸に秘めた翡翠は安物のエアガンを両手に持ってひたすら空き缶を撃つ。
 最初は当たらなかったが徐々に当たり、今は全部命中するようになって飛んだ空き缶を撃つことが出来るようになっていた。
 金の長髪の人に近づけれるように……

「僕はその人のように困っている人を助けられるようになりたいんです……」
「ほぅほぅ……憧れってヤツだね」

 手を顎鬚にやりながら言う源三郎に翡翠は静かに頷く。

「なれるといいね。その人に……」
「はい!」

 元気良く頷いて答えると部屋のスピーカーから雑音が一時鳴って止まるとアナウンスのコールが鳴る。

『上杉先生!上杉先生!!至急、103室に来てください!』

 スピーカーから女性の声が響く。
 源三郎は立ち上がると部屋を出ようとする。

「それじゃあ、失礼するよ」
「あ、はい。お仕事頑張ってください」

 部屋を出て行く源三郎の背中を見る翡翠。
 ドアが閉まる音と同時に室内に静寂が漂った。
 今日、一日は病院にいなければならない。

「ふぅ……疲れたなぁ……」

 力を思いっきり抜いて上半身をベッドに倒す。
 柔らかい布団とシーツが眠気を誘い、このまま眠ろうとした時だった。

『翡翠兄!翡翠兄!!』

 大きいノックの音と聞き覚えのある声に意識が一気に覚醒する。
 ドアが勢いよく開き、黒の短髪の少女が物凄い勢いで迫る。

「水木《みずき》!」

 翡翠を兄と呼びながら駆け寄ってきた少女、翡翠の妹【御神水木《みかみみずき》】は涙目で兄に顔を近づける。

「翡翠兄、大丈夫!?」
「あ、あぁ……大丈夫だよ。怪我したのは手だけ……」
「怪我ぁ!?」

 話しを聞いて驚愕した水木は布団を捲って包帯が巻かれている翡翠の右手を見ると腕を持って顔に近づけた。
 無理矢理動かされて右手に走る痛みに顔が歪む。

「何があったの!打撲!?骨折!?」

 病院の中なのに関係なく大声で叫ぶ水木に翡翠は困り果て、左手を額にやった。

「ただの怪我だってば……」
「いやいや!ちょっとは自分の体を心配してよ!!」
「水木は心配しすぎなの!」

 心配し過ぎの水木に突っ込む翡翠。
 争っているとドアが不意に開く。

「病院では静かに……ね?」

 入ってきた女性の言葉に二人の口が止まり、恐る恐る二人は振り返る。
 顔は笑っているが不意に感じた、何か恐ろしい気配を察して止めたのだ。

「お、お母さん……」

 部屋に入ってきた女性を母と呼ぶ翡翠。
 水木はベッドから離れると静かに椅子に座った。
 母【御神葉子《みかみようこ》】は微笑みながら歩み寄る。

「話はお巡りさんと医者から聞いたわ。大変だったそうね」
「うん……」
「右手は大丈夫なの?」
「うん、ちょっとね……」

 包帯が巻かれた右手を見せながら怪我の原因を説明する。
 説明をし終えた時、葉子は目を細めて哀しい顔をしたがそれは一瞬だけで安心したかのように息を吐くと翡翠の腰に両手を回す。

「そう……でも良かった」

 ゆっくりと優しく抱きしめる葉子に翡翠は腰に手をやりながら抱き返す。
 少しするとお互い放して微笑む。

「明日、退院?」
「うん。多分」
「それじゃあ、明日、気をつけて……帰るわよ水木」
「早く元気になってよ!翡翠兄!!」

 葉子は水木の手を握りながら部屋を後にしていった。
 見送った翡翠は再び上半身をベッドに倒す。
 心地良い布団とシーツに再び眠気を誘われて、そのまま寝入ってしまった。



 翡翠が一日入院する事になり、寝入ってしまってから深夜。
 天川病院の医師、上杉源三郎は診察室にいた。
 診察時間が終えた室内は薄暗く、机に置いてあるスタンドライトの明かりだけ点いていた。
 小さいホワイトボードには患者のレントゲンやカルテが貼ってある。
 白と黒が混じった顎鬚を撫でながら源三郎は一枚のカルテを手に取った。

「うむ……」

 小難しそうな顔をしながら手に取ったカルテには今日この病院に来た患者である翡翠の名前。
 
「御神翡翠……御神……もしや……」

 源三郎は手に持ったカルテをホワイトボードに止めると引き出しを開けた。
 番号が書かれたファイルから一枚の紙を取り出して見る。

「やっぱりか……」

 一枚の紙を見てそう言うとファイルの中に納めて引き出しに入れ、閉めると顎鬚を撫でながら呟いた。

「明日、詳しく調べなければな……」

 スタンドライトの電源を切ると診察室を後にした。



[28370] 退院と迎え
Name: はせピン◆8a58fa97 ID:68fbcb3b
Date: 2011/07/24 13:49
 天川病院のMRI室で翡翠は退院前に検査を受けていた。
 ベッドに仰向けに倒れ、説明を聞きながら装置の中に入っていく。
 室内の向こうにある準備室では源三郎とスタッフがモニターに現れた物を見据える。

「頭部、胸部、腹部異常ありません……」

 次々と切り替わるモニターを見ながらスタッフが言った。
 体のあちこちが映し出され、報告していく中で源三郎は手を顎髭にやりながらモニターの隣にある電子画面を見る。浮かび上がるデジタル文字にはFINEと表示されている。
 無傷や持病を持ってないから当然だが源三郎はその当然の事に疑問を抱えていた。
 警官の情報では翡翠が化物に放った攻撃は光の弾。近代科学ではそんな出来事は非常識と思われている。
 しかし、源三郎は翡翠が化物に放った光の弾をこう呼んだ。

――魔法。

 近代科学で『魔法』は非常識と呼ばれている。
 ゲームや漫画のように魔法陣を使って術を発動させたり、手から雷や炎を出したりする事など到底不可能である。
 翡翠がエアガンから放った光の弾は魔力の塊ではないのか?と源三郎は心の中でそう考えていた。
 考えていると窓の向こう側からMRI装置の作動音を耳にした時、我に返り、装置の方に顔を向ける。
 検査が終わったのか、MRI装置からベッドに乗った翡翠が出てくる。

「お疲れ様でした!検査の結果が出るまで診察室でお待ちください」

 マイクに口を近づかせて向こう側にいる翡翠に伝えるスタッフ。
 頷いた翡翠は部屋を出て行くとモニター機器の隣にある印刷機らしき機械から数枚の写真と一枚のカルテが出てくる。スタッフが全部手に取ると源三郎に手渡しした。

「何処も異常ありませんでしたが渡しておきます」
「うむ……」

 手に取った写真をまじまじと見詰める。
 何処もおかしい所が見当たらない。
 ため息を吐くと引き出しを開け、今日の日付が書いてあるファイルに挿むとスタッフと共に準備室を後にした。通路でスタッフと別れると源三郎は翡翠がいる診察室へと向かう。
 小さいカーテンを捲って入ると丸いパイプ椅子に座った翡翠がいた。
 前のパイプ椅子に座ると話す。

「体に別状はなかったよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「気にすることない。それより君に聞きたい事があるんだがいいかな?」
「あ、はい……」

 源三郎の問いに少し驚きながら頷く翡翠。
 思った事を聞こうとした時、内線のコールが鳴る。

「ちょっとすまない……」

 事務机に近づいて内線電話の受話器を手に取り耳に近づける。

「こちら上杉……」

 内線の相手は受付員。
 話の内容を聞くと目を見開く。

「そうか……本人に言っておく。それじゃあ……」

 手に取った受話器を本体に置くと翡翠に顔を向けた。

「君にお客さんだ。聞きたいことがあったが今度にしておくよ」
「お客さん?」

 首を傾げる翡翠に源三郎は頷く。

「あぁ、肥田豚一って言う子だよ」

 豚一の名に翡翠は驚き、立ち上がるとロビーの方へと走る。
 入り口の前には青のオーバーオールに白いシャツを着た豚一が立っていた。
 体の贅肉がオーバーオールの腕の部分からはみ出している。
 病院の入り口の前には黒いリムジンが一台止まっている。
 豚一は翡翠に歩み寄ると手を上げて言った。

「よう、翡翠!大丈夫だったかぁ?」

 小学6年生とは思えない程太った腕を上げながら尋ねてくる豚一に翡翠は無言で頷く。

「災難だったなぁ~、訳の分からない事に巻き込まれて」
「あ、うん。それより豚一は何でこんな所に?」
「そりゃあ、決まってるじゃねぇか~」

 ぶくぶくに太っている丸っこい顔をニンマリとしながら翡翠の肩に手を置く豚一。

「お前を迎えに来たんだよ!お前の親父さんは忙しいからなぁ!」

 豪快に笑いながら理由を述べる豚一に受付員と患者達が睨むが全く気づいていない。
 鋭い視線に気づいた翡翠が大口を塞ぎ、片方の人差し指を口に近づけると塞いだ理由が分かったのか豚一が頷くと塞いでいた手を放した。

「いやぁ~、悪い悪い!そんじゃあ、行こうぜ!!」

 ぶるん、と脂肪を震わせながら病院を出て行く豚一の後ろを付いていく。
 黒いリムジンの前に立った豚一が指を鳴らすと後部座席のドアが開くと中に入る。

「ほら、乗れよ」

 促され翡翠は車内に入ると豚一が運転手に伝えた。

「翡翠の家に頼む」
「畏まりました……」

 豚一の言葉に運転手は返事すると車を動かした。
 高級車のリムジンの乗り心地に呆然としながらスモークフィルムが貼った窓からの家並みを見ながら自宅に辿り着くのを待つ。

「おっと、そうだ」

 沈黙を破った豚一が何かに気づき顔をふっと上げる。

「パパが翡翠にこれを渡しとけって言われてな、ほれ!」

 丁寧に包装された箱を手渡され愕然とする。
 
「開けてみろよ」

 そう言われ、包装紙を破る。
 中に入っていた物に翡翠は目を見開いた。
 破いた包装紙の先にはモデルガン。
 翡翠の反応に豚一は笑った。

「凄いだろ?退院祝いにしちゃあデカイと思うがパパなりに考えたんだぜ」
「これってデリンジャー?」

 箱に入っているモデルガンを指差す。
 リンカーン大統領暗殺事件に使われた古式銃デリンジャーの新型である【レミントン・ダブルデリンジャー】は手の平に収まる程の小型の拳銃。
 口径3インチにに装填数は2発、少ないが威力に信頼性があり、護身用の拳銃に最適と言われている。
 本物の拳銃を玩具用に変えたとは言え、外見は本物とそっくりだ。
 目を輝かせながら勢いよく豚一に顔を向ける。

「ありがとう!」
「ははは、そんぐらいで感激されちゃあなぁ!」

 豪快に笑う豚一と話しているとリムジンが翡翠の家の前で止まった。

「お坊ちゃま、翡翠様の家に着きました」
「おっ、そうか」

 ドアが開いて翡翠は車から出ると豚一に顔を向ける。

「送ってくれてありがとう」
「気にすんな!俺達は親友だろ?」

 豚一の言葉に返事に詰まった。
 親友、その言葉に頷けそうになかったが今は豚一を嫌っている人が周りにいない。
 機嫌を損ねないように微笑んだ。

「うん。親友だ」
「へへへ、じゃあな!」

 ドアが閉まるとエンジンの音と共にリムジンは走り去ろうとする。
 段々見えなくなっていくリムジンを見送りながら翡翠は苦虫を噛んだかのような顔をした。

「ごめん豚一……僕は……」

 嘘をついた自分を恨み、翡翠はレミントン・ダブルデリンジャーが入った箱を脇に挟みながら家の中へと入っていった。

 本当の親友ではなく、偽の親友として見た自分を恨んだ。



[28370] 魔法使いのビラ
Name: はせピン◆8a58fa97 ID:68fbcb3b
Date: 2011/07/24 13:50
 天川町天川小学校の体育館倉庫で翡翠はバドミントンのシャトルを区分していた。。
 放課後の体育館は誰もおらず、シーンとしていて唯一耳にするのはシャトルをゴミ袋と同じくらいの大きさの袋に入れる音だけだった。
 まだ使えるシャトルと羽が折れていたり欠けているシャトルを区分して袋の中に入れていると体育館の地下倉庫から筋骨隆々の体付きをした少年が数十本入ったラケットの箱を両脇に抱えながら出てくる。

「そっちはどうだ?」

 額から汗を垂れ流している少年は翡翠に顔を向けながら言う。

「もう少し、筋太郎《きんたろう》はどう?」
「これで十分じゃねぇか?それにしても放課後に残ったのが間違いだったなぁ……」

 筋太郎と呼ばれた少年は今している事に溜息を吐きながら数分前の出来事を脳裏に浮かべた。
 授業が終わり、何時ものように翡翠とグラウンドの遊具で低学年のように遊ぼうとしていたが偶然来た体育教師に捕まり、一時間後に練習しに来るバドミントンクラブの手伝いをしていた。
 手伝ってから三十分が経ち、ウンザリしている筋太郎。

「今日はそのまま帰れば良かったね」
「全くだ……」

 苦笑する翡翠に筋太郎は答えると足で扉を開ける。
 両脇に抱えたラケットを倉庫の入り口前に積んだ箱を置くと服の生地をタオル代わりかのように拭う。
 クーラーや窓の開いていない体育館は蒸し暑く、筋太郎の気持ちをイラつかせていた。
 額の汗を拭っていると体育館の扉が開き、白いシャツに赤と白のジャージのズボンを着た男性が入ってくる。

「おぉ、頑張ってるなぁ!」
「先生、もういいだろう?」

 未だ額に流れている汗を拭いながら体育教師に話しかけた。

「そうだな、後はクラブの連中にやらせとくから二人とも帰っていいぞ~」
「よっしゃあ!翡翠、帰ろうぜ!!」

 下校出来るあまりにガッツポーズする筋太郎は翡翠に呼び掛けると物凄い速さでステージの上にある鞄を腕に掛けると体育館を後にした。

「ちょ、ちょっと待って筋太郎!」

 倉庫から飛び出した翡翠もステージの上の鞄を手に取ると体育館を後にする。
 玄関で外靴に履き替えて外に出ると鞄を右肩に抱えた筋太郎が立っていた。

「よし、帰ろうぜ」

 筋太郎の言葉と同時に二人は家路を歩く。
 歩道のない道を端で歩きながら会話を楽しむ。

「でなぁ、雄太の奴が先生にチョークを当てられそうになって……」
「あははは!」

 一日入院していた時に学校で起きた話を聞いて笑う翡翠。
 聞きながら家路を歩いていると筋太郎が何かを思い出したのかフッと顔を上げた。

「そう言えば、昨日変なビラ拾ったんだよなぁ」
「ビラ?どんなの?」
「ん~、説明しにけぇなぁ~」

 腕を組みながら小難しそうに悩む顔をする筋太郎。

「俺の家に来いよ。実物を見た方が分かるだろ?」
「えぇ~」

 どんなビラなのか教えてくれない事に翡翠は項垂れつつ、筋太郎の家へと向かう。
 数十分後、筋太郎に家に辿り着き、筋太郎は玄関のドアを開けると顔を半分、翡翠に向けた。

「ちょっと待っててくれ……」

 そう言うとドアを閉めた。
 自宅に入った筋太郎は廊下を歩き、自分の部屋に入ると真っ先に勉強机の上にある一枚のビラを手に取る。
 丸めたビラを片手で持ちながら玄関のドアを開けると同時にビラを翡翠に見せる。

「これが昨日俺が拾った不思議なビラだぁ!」

 胸を張って筋太郎はビラを勢い良く開いた。
 ビラの内容に翡翠は目を細める。
 古いのか少し黄ばんでいるが快晴な青空に箒に乗った魔女の影のイラスト。
 斜め上に『魔法使いになりませんか?』とゴシック文字で書かれていた。
 細目から疑いの眼差しへと変わる。

「これって何処で拾ったの……古そうだけど?」

 疑いの眼差しをビラから筋太郎に向けた。

「あぁ~、お前が一日入院してた時に学校の帰り道で……」
「帰り道で?」
「空から落ちてきて……拾った」

 手に持っているビラの話を聞いて翡翠の目が疑いから点になった。
 沈黙が発し、喋り難い雰囲気がただ漂っている。
 それを破ろうと筋太郎は豪快に笑う。

「ははは!兎に角、このビラは誰かが悪戯に作ったんだろうよ!!」
「全く……ん?」

 額から汗を垂れ流しながら笑う筋太郎に呆れながら翡翠はビラを再び見る。
 ビラの左下に住所が書かれていた。
 幾ら悪戯でも住所まで書く必要はあるのだろうか、と思いつつビラを取る。

「ど、どうした?」
「このビラに住所が書いてる。」
「住所?」

 首を傾げた筋太郎がビラの左下に書いてある住所を見る。

「住所書いてあるからって本当とは限らなくね?」
「確かにそうだけど……」

 筋太郎の言葉に首を傾げながらビラを見続ける。
 住所が書いていても偽の住所かもしれない。
 しかし、翡翠はこのビラと『魔法使い』が本当にある事を信じたい。
 数年前の火災で助けてくれた女の人は『魔法使い』なんじゃないかと翡翠はそう思っていた。

「ねぇ、筋太郎……」
「何だ?」
「僕はこのビラを信じたい……」
「えっ!?」

 翡翠の言葉に筋太郎は驚く。

「今週の休みにここに行きたい!」

 手に持ったビラを筋太郎の目の前に出す。
 空いている右手の人差し指は住所を指していた。

「だけどよ、そこは札幌だぞ?隣とは言え、あそこは大きいぜ?」

 困ったかのような顔をしながら言う筋太郎。
 『魔法使い』がいる所は天川の隣の札幌、町と市の距離は相当近いが住所を探すとなると別だ。
 札幌は天川とは違って広く複雑であり、交通手段に手間取ってしまう。

「でも……」

 ――それでも諦めたくない。

 確率は相当低い、このビラが本当とは限らないし、例え本当でも『魔法使い』はもういないかもしれない。
 それでも行きたいのだ。
 困惑している翡翠に筋太郎は諦めたのか溜息を吐くと苦笑しながら言う。

「いいぜ」
「えっ?」
「付いて行くぜ、そのビラがマジなら俺も魔法使いになる!」

 ニッっと笑いながら筋太郎は親指を自分に向け言った。
 翡翠はビラを握り締めながら頷いた。

「しかし、魔法使いか……俺はどっちかって言うと格闘家が良かったなぁ~」
「筋太郎!」
「冗談だよ!冗談!」

 怒鳴る翡翠に笑いながら返事する筋太郎。
 玄関のドアを開けて中に入ろうとする。

「そのビラはお前に持たせとく、無くすなよ」

 そう言って筋太郎はドアを閉じた。
 玄関の前に立っている翡翠は筋太郎の家に背を向けてビラを見ると呟く。

「魔法使いがあの人だといいな……」

 ビラに書かれた住所、その場所に自分を助けてくれた女の人がいる事を信じながら翡翠は家路へと走って行った。



[28370] 札幌と魔法使いの洋館
Name: はせピン◆8a58fa97 ID:68fbcb3b
Date: 2011/08/03 22:29
 札幌市の中央部を占める行政区である中央区。
 大通公園のベンチに翡翠は額に汗を流しながら真っ青な空を見上げていた。
 朝早く起きて筋太郎と一緒に札幌行きのバスに乗って一時間近くで目的地の近くである中央区に辿り着き、今に至る。
 額の汗を拭い取り、正面を見ながら翡翠は思う。
 公園とは思えないほどの広さ、行き来する人々、遊具がない公園に驚いていた。
 聳《そび》え立っているテレビ塔を見上げていると黄色と茶色の何かが目の前に飛び出す。

「お待たせ~!」

 聞き覚えのある声に顔を振り向くと両手に焼きとうもろこしを持った筋太郎が悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべていた。
 目の前に差し出された焼きとうもろこしの匂いに食欲が湧き上がってくるのが分かる。

「ほらよ」

 筋太郎が右手に持った焼きとうもろこしを手に取ると齧る。

「美味い!」

 齧り取ったコーンを頬張りながら美味しさに驚きの声を上げる翡翠。

「へへっ、何回もここに行った事あるがコイツに飽きる事はねぇなぁ~」

 そう言いながら翡翠より速く齧り付く。
 食事中に寄って来る鳩達に翡翠はコーンを幾つか摘み取って投げる。
 地面に落ちたコーンを啄ばもうとする鳩達に自然に笑みがこぼれた。
 数分後、焼きとうもろこしを食べ終え、二人は『魔法使い』のビラに書いてある住所を人に聞く。

「あぁ、あそこならそこを右に曲がってしばらく歩いたらあるよ」

 サラリーマン風の男性が一つ信号を通った先の曲がり道を指差しながら言った。

「本当ですか!?」
「あぁ、でもどうしてそんな所に行きたいんだ?あそこは確か古い洋館だったような……」

 腕を組み、その場所が何なのかを男性は思い出そうとするが浮かばず苦悩する。
 男性の話に翡翠は首を傾げる。

「洋館って……塾とかじゃないんですか?」
「塾?いや、確かに洋館だったよ。古くて屋根にカラスが数羽止まってる事もあったし……」

 男性の話に筋太郎は翡翠に耳打ちしようとする。

(古臭いってどんなのなんだ?)
(多分、漫画やアニメとかによくある館じゃないかな?」
「まぁ、人はいるのは確かだねぇ……」

 男性は苦笑しながら二人に言うと筋太郎は耳打ちを止める。

「そうですか、ありがとうございます!」

 頭を下げて感謝の言葉を述べると二人は男性に教えてもらった道へと歩いていった。
 交差点を通り過ぎた先にある曲がり道を歩くと住宅街らしき場所に辿り着く。

「おぉ~、ここは人が少なくて助かるな~」

 筋太郎がそう呟く。
 先程いた場所とは違い、人ごみがなく、車の通りが少なかった。

「そうだね。ここら辺は天川と同じみたいだ」
「それより、まだ辿り着かないのかよぉ……」

 両手を頭にやってだらしなく歩く筋太郎。
 翡翠は辺りを見回しながら古い洋館を探し続けていると、洋館を一件見つけた。
 煉瓦を積み上げたかのような塀の間に鉄格子、その先に古びた洋館。
 広い庭には数本の木が塀の前に立っている。
 鉄格子の隣の塀に『奈良橋』と書かれたプレートが貼ってある。

「ここが魔法使いの……なのか……?」

 洋館の光景に筋太郎は首を傾げながら指差す。

「他にそんなのないからここじゃないかな?」

 翡翠がそう言いながら右側の塀にあるインターホンに手を伸ばす。
 スイッチを押すとチャイムが数回鳴り響いた。
 二人はここの住人が出るのを待つが数分経っても誰も出てこない。

「おかしいなぁ……」

 首を傾げながらもう一度インターホンのボタンを押す。
 再度、チャイムが鳴り響くが全く館のドアが開く事はなかった。

「もしかして、あのオジサンが言ってたのは嘘なんじゃねぇか?」
「そうかな?留守って事もあるし、寝ているかもよ?」
「ったく……」

 三度目のチャイムを鳴らすが全く出てこない。
 出てくることを心の中で祈りながらも何度も押すが出てくる気配は一切なかった。
 何度もチャイムを鳴らしていると痺れを切らした筋太郎は鉄格子に手を伸ばすと思いっきり揺さぶった。
 
「ちょっと筋太郎!?」

 翡翠は叫ぶが筋太郎は止める事はなかった。

「出て来ねぇんなら、無理矢理通るしかねぇだろう?」
「いやいや!門と館が離れててそんな事をやっても意味ないよ!!」
「あ、そうか……」

 翡翠の話を聞いてキョトンと呆然する筋太郎。

「なら、越えればいい……」
「ちょっと!?」

 鉄格子に跨って渡ろうとする筋太郎。
 静止の声を掛けるが聞く耳持たず、庭の中に入ってしまう。
 着地すると翡翠に顔を向けた。

「行くぞ」
「ま、待ってよ!」

 洋館の玄関へと歩き出す筋太郎を追い掛けようと翡翠は慌てて鉄格子を跨って庭に入る。
 玄関の前に立つと強くノックする。

「おーい!!」

 まるで借金取りかのように強くドアを叩く筋太郎に翡翠はただ苦笑するしかなかった。
 しかし、ドアの向こう側から声が聞こえず、来る気配がない事に苛立ち始めた筋太郎は脚を後ろに振り上げる。

「筋太郎、それはやりすぎ!?」

 流石の穏便な翡翠も筋太郎が今やろうとしている行為に制止の言葉を掛ける。
 筋トレやら格闘技の真似をしている筋太郎なら小学生の上級生と言えども、木製のドアを蹴り破る事は出来るだろうと思っていたのだ。

「もう遅い!!」

 その叫びと同時に後ろに上げた右脚がドアを蹴り破ろうとしたその時、ドアが物凄い勢いで開いた。

「んなぁ!?」

 突然の事態に筋太郎が素っ頓狂な声を上げた。
 外開きだと知らず、突然開いたドアに蹴りを止めようとするが遅かった。
 蹴りよりもドアが筋太郎の体を叩きつけ吹っ飛ばす。
 地面を数回転がり、白目を向けて気絶する筋太郎に翡翠はただ顔を青ざめていた。
 恐る恐る、開いた玄関の方に振り向くと一人の女性が立っていた。

「全くもう、そんなに叩かなくても来るわよ」

 女性はそう言って頬を膨らます。

「あぁ!?」

 女性の容姿に翡翠は驚きの声を上げた。
 目の前にいる女性は金の長髪に吸い込まれそうな青い瞳。
 数年前の事故で見た女性とそっくりだった。

「あ、あぁ、貴方は……」
「えっ?君は……確か……」

 指している手を震わしている翡翠に女性は何かを思い出そうとする。
 数秒後、女性は目の前にいる少年の事を思い出す。

「君は確か、四年前のデパートの火災の!」
「はい、そうです!僕は貴方に憧れてたんです!」

 翡翠は目をキラキラと輝かせながら女性の両手を掴む。

「そうだったんだ……あの時の子供がこんなに立派に……」
「はい、貴方に憧れてからずっと射撃の練習をしてたんです。貴方のように強くなる為に……」

 そう言って翡翠はバッグからビラを取り出して女性に差し出す。
 手に取ったビラを見る女性。

「随分古いビラね……」
「友達が拾ったんです」
「ふぅ~ん……」

 女性はそう返事を返すとビラを折り畳んで翡翠に顔を向けて微笑んだ。

「とりあえず、話は中でしましょう」
「わぁ、お邪魔します!」

 翡翠は女性の後を付いていくかのように中へと入って行った。

「お、お前等、俺の存在を無視するな……!」

 ボロボロになって捨てられた雑巾のようになっていた筋太郎がそう叫んだ。


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