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[29115] 魔界武侠マスクドドラゴン【マスクド上海リスペクト】
Name: ひゅろす◆0a2be469 ID:196a220b
Date: 2011/08/01 01:57





    マスクドドラゴン
魔界武侠  竜人仮面







それは、ある日突然現れた。

何の先触れも無く、唐突に、あり得ない存在が、都市を埋め尽くしたのだ。


                                廃墟で発見された手記より






ここはかつてシンジュクと呼ばれていた街。十年前まではここはネオンの明かりで不夜城のように煌いていた。
今はもう廃墟と化してしまった街の中心を、一台の装甲車が疾駆している。
ビルディングの隙間を切り抜け、ゲイバーの看板を勢いよく弾き飛ばしたその車は駅近くのバス停前に停車した。

「シンジュクヒガシグチ駅到着!」

運転手が大声を張り上げると、全長五メートル程の大型の装甲車の背部ハッチが開かれる。
外からの見た目より大分広い車内から降りてきたのは、無骨なシルエットを持つ鈍色の装甲戦闘服を着こなした十数名の兵士たち。
フルフェイスで肩に貼られた部隊章と認識番号以外に個性の無い兵士たちのなかで、唯一他の者たちと異なる、スマートな装甲を纏った男が号令をかけた。

「総員、戦闘配置!打ち合わせどおりッ!」

「イエッサ!」

びし、と効果音付きで整列した彼らは点呼を行い、A、B、二つの小隊へと分かれて自分の持ち場へと急行する。
その挙動の一つ一つは洗練されており、民兵のそれとは一線を画していることが一目でわかった。
それ以前に、彼らの持つ兵器や兵装の数々は、いずれも最新鋭のものばかりである。
そう、彼らは人類防衛軍東京支部に所属する、Demon Attack Team。通称DATの精鋭たちなのだ。

「アルファ小隊、行くぞ」

「イエッサ!」

隊長のしゃがれた声に応答し、五名の小隊員が暗闇に包まれた駅構内へとついていく。
装甲の擦れあう音どころか、特殊なゴムで作られた足の裏のグリップは音を立てず、艶消しされた装甲は光を吸い込むほどに闇に馴染む。
暗視センサーを起動して構内の様子をさぐりながら、指示された場所、駅ビルの三階へと彼らは上っていった。

「ストップ・・・・・・アルファ3、メトリスを二体発見」

駅構内に入ると、猿と犬の中間のような姿をした、人間より若干大柄なバケモノが二匹発見できた。
地下鉄や駅ビルの中に巣を作るメトロの住人。ゆえに、呼称はメトリス。
どうやらあの怪物たちは哀れな人間の死体を漁っているようで、隊員たちには気づいていないようだ。
ふしゅー、ふしゅー、と鼻息荒く死肉を貪っている化け物から目を離さずに、身振り手振りでアルファ3は仲間を呼んだ。

「・・・・・・撃て」

アルファ2、3、4の三人は集まると、無言でサプレッサー付きのオートマチック拳銃をホルスターから引き抜き、呼吸を整えてからメトリスに向けて引き鉄を引いた。
ぱすっ、ぱすっ、と気の抜けた音がして、それと同時にメトリスが倒れこんだ。見事に頭に命中したらしい。
本来ならばメトリスを拳銃で殺すには五、六発腹に撃ち込まなければならないのだが、頭を打たれればバケモノといえどもひとたまりはない。
しかし、死んだフリをされて反撃を食らってはかなわないので、マガジンに残った十発の弾丸を五発ずつ撃ち込んで確実にとどめを刺す。

「クリア」

メトロスを射殺した隊員たちは周囲の安全が確保できたことを確認してトランシーバーに報告をした。
そして、グロ注意とモザイクがかかりそうな、襲われていた人の死体を探る。
内臓を食われていたのか、内容物が凄まじい匂いを発していた。
しかし、防毒用に内部循環呼吸装置を備えた強化装甲を装備した彼らにはその腐臭は届かない。
手馴れた手つきで死体漁りをすると、未開封のフィルター七枚と、ショットガンの弾丸が二十発、そしてアサルトライフルの弾丸が七十七発見つかった。
DATに限らず、防衛軍が遠征を行った際には、こういった物資も可能な限り回収しなければならない。
最後に認識票を外して、回収ケースにつめた。

「全小隊、二階バルコニーに集合」

そんなことをしていると、トランシーバーから隊長の声が聞こえてきたので隊員たちは探索を中止して駅ビルのバルコニーへと向かう。
バルコニー、ほんの十年前のここにはおしゃれなカフェがあって、多くの人でにぎわっていたのだ。
しかし、今となってはその面影すら残っていない。
薄汚い埃が舞い散り、死毒が蔓延している中では防毒マスク無しでは肺病になりかねない。こんな場所がかつての首都にいくつも存在する。

「駅前公園におびき出すのが前提の作戦だ」

隊長は今回の目的を再度確認する。
今回の目的は、DAT第一戦闘隊がおびき寄せたターゲットA、通称ファーブニルの討伐だ。
ここ、駅前公園におびき寄せることが成功したならば、火力支援小隊の一斉射で撃滅するのが作戦である。

「B小隊はこの場で待機。狙撃態勢を維持して指示を待て」

隊長がハンドサインでわかりやすく小隊の面々に指示を出すと、B小隊のメンバーは隠れられる物陰と狙撃ポイントを探し始めた。
ファーブニルをおびき出す駅前を一望出来るバルコニーからの火力支援がB小隊の役割である。
ガウスライフル、対物ライフル、ミサイルランチャーといった最新鋭の歩兵装備を用いてファーブニルを弱らせる、もしくは殺害するのだ。
偵察隊の報告によると、ファーブニルは空こそ飛ばないものの、火を噴くうえに、凄まじいジャンプ力を持っているらしい。安全な狙撃ポイントは無いも同然だろう。
その為、可能ならばA、B両小隊の一斉掃射を持って一気に撃滅するのが得策だと踏んだわけだ。

「A小隊、おれについてこい」

「イエッサ」

隊長がバルコニーから降りる。エスカレーターには電源が通っていなかったので、普通に歩いて、だ。
重たい強化装甲を纏った兵士たちが六人で降りると、みしみしとエスカレーターは嫌な音を立てたが、壊れはしなかった。
全員が降りたのを確認すると、ファーブニルをおびき寄せる場所へとTNT爆弾を数箇所設置する。
起爆装置は隊長の男が持っており、狙撃隊の攻撃により動きが止まったところで起爆する手はずになっている。
そう考えながら彼らが自分達の身を隠す場所を探していると、トランシーバーに通信が入った。

『こちらDAT01、目標地点まで二十秒』

「イエッサ。駅前へと駆け込んで伏せたところで起爆させる」

もう既にファーブニルは相当近くまで来ているらしい。
耳を澄ませば、ずぅん、ずぅん、という地鳴りと、少女の悲鳴のように高い、道路とタイヤが擦れる音が聞こえた。

「人間ごときがァ!俺の財宝を返せ!」

大音量のくぐもった怒声が聞こえた。悪魔の中でも高等な存在は人語を喋る。標的A、ファーブニルもその高等な存在なのだ。
ファーブニルはその名のとおり金銀細工や宝石などの財宝を溜め込み、それを守るようにシンジュクの宝石店を根城にしていた。

今回討伐目的となった理由は、日々大きくなってゆくトーキョー地下街の入り口の近くに住み着き、地下街の人間を食い殺し始めた為だ。
ファーブニルは大悪魔と認定されていて、DATでも可能であれば放置するほど強力な悪魔なのだが、今回はその限りではない。
これ以上被害が出る前に殺さなければトーキョー地下街は終わりである。
隊員がそんな風に考えていると、ビルの合間からファーブニルの巨体が見えた。

「・・・・・・・・・・・・でかい」

黒い鎧のような甲殻に身を包んだ竜がそこにいた。
身体の関節、甲殻の隙間はマグマのように赤く発光している。肘と肩の関節からはチロチロと炎の舌があがっている。
目測だが、十五メートル近い巨体を、二本の太い脚と同じぐらい逞しい二本の腕で支えている。
骨格は人間のそれに近いようで、足の指は四本だが、手の指は五本あるようだ。

『B小隊、狙え』

隊長から指示が入り、B小隊の隊員たちは担いでいた兵器の銃口をバルコニーの柵の隙間からのぞかせる。
光学スコープ越しにファーブニルの顔を見る。目視では見えなかったが、兜のように鋭角的なフォルムの頭には赤く光る四つの単眼があった。
まるで関節から漏れる炎といい、ルビーのように赤い目玉といい、まるでファーブニルは鎧を着込んだマグマの塊のような印象を抱かせる。
ずぅん、ずぅん、と轟音を響かせながら陽動班の乗ったジープを追うファーブニル。
体捌きは巨体のわりには機敏のようだが、ビル郡の中ではその巨体が邪魔をしてその機敏さを発揮できないようである。
やがて、ファーブニルは駅前広場に入り込み、TNT爆弾が仕掛けられた場所に足を踏み入れた。

『撃て!』

隊長からの指示が入ると同時にファーブニルの頭に狙いを定めていた隊員たちは引き鉄を引き絞った。
主力兵装の対物ライフルから、最新鋭兵器のガウスライフルまで、一斉に発砲し、ファーブニルの頭の甲殻が弾ける。

「が、あああッ!?」

『起爆』

不意の攻撃に脳を揺らされ、前後不覚に陥ったファーブニルに追い討ちをかけるように、隊長は手にしたTNT爆弾の起爆スイッチを押した。
世界中に響き渡るような爆音と共にファーブニルが爆発に巻き込まれる。これで生きていられる生物はいない。
正確には――――いなかった。いなかったのだ。世界が、こんなことになるまでは。

「小賢しい。小賢しいぞ!人間!」

爆発の煙で視界が晴れぬ中、くぐもった声が駅前に響き渡る。

『全員、伏せろ!』


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


噴煙を引き裂き、激しい炎が空へと巻き起こる。
灼熱の吐息、ドラゴンブレス。ファーブニルなど、竜の姿をした悪魔が得意とする攻撃である。
ヴォルスンガサガによると、ファーブニルは毒の息を吐くらしいのだが、こいつはそれとは異なるようだ。

「食い殺してやるぞ!下等生物どもめェ・・・・・・!」

四つの真っ赤な単眼をぎょろぎょろと動かして獲物を探す姿は凶獣のそれ。
メトロの入り口でアンチマテリアルライフルを抱えて息を殺していたアルファ小隊の隊員は、初めて戦う大悪魔の強大さに足が萎えていた。

「はーっ、はーッ・・・・・・隊長・・・・・・!こちらアルファ3。応答願います・・・・・・!負傷は、ありません・・・・・・!」

「ブラボーチームは全滅のようだ・・・・・・!貴様はその場で待機・・・・・・アルファ2がそちらへ向かっている。見つかってしまった場合は逃げ出せ。メトロ内には絶対に入るなよ・・・・・・!」

「イエッサ・・・・・・!」

駅ビルの上階やバルコニーから狙撃に当たっていたB小隊からのバイタルサインは全て途絶。
あの地獄の底から汲み上げたような炎に巻かれては、無事であろうはずもない。
新型装甲服の装甲素材は、八百度の高熱から一分間以上着用者を守るという触れ込みだったのだが、あのようなマグマの如き業火を浴びせられては焼け石に水だったようだ。

「ニンゲンンンンンンンンッ!どこに隠れた・・・・・・素直に今出てくれば、楽に殺してやるぞ・・・・・・?」

口の端からちろちろと炎の舌を揺らしながら四つの単眼をぎょろぎょろと巡らせる。
やがて、先ほどの火炎の衝撃で吹き飛ばされてしまっていたジープから宝石を詰めたケースと、それを抱えていた部隊員を発見する。
見つかったことに気づいた陽動班の隊員は、宝石を投げ出して全速力で逃げ出そうとするも、失敗。
ファーブニルの長い腕で胴体を捕まれ、逃げ込んだ元洋服店から引きずり出される。

「・・・・・・俺の財宝を盗んで、ただで済むとは思わんよなあ・・・・・・?」

「ひっ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいッ!?」

人形遊びでもするかのように両手合わせて十本の指先で器用に隊員の両腕を摘む。
摘む、とはいっても、人間を遥かに上回る巨躯の怪物のそれは、万力で固定されたかのようだった。
圧倒的な存在の差を思い知らされ、陽動班の隊員は抵抗する気すら起きず、この先に待つ惨劇にただただ恐怖した。

「・・・・・・牛裂き、というものが、人間の刑罰の中にはあるそうだな?」

「あ・・・・・・あ・・・・・・た、助けてくださいぃー!なんでもしますからァーーーッ!」

「俺の話を聞くつもりはない、か?これは、罰だ」

ぐちゃあ、とトマトケチャップが思い切り飛び出してしまったときのような音がした。
これから起こるであろう凄惨な拷問を予感していた彼らは、息を潜めて身を隠していたが、その瞬間、その覚悟はあっさりと打ち壊された。
ソフトビニールの、腕が動く人形を知っているだろうか?子供のころによく遊んだあれだ。サンダーバードとか、ウルトラマンとか。
そんな、おもちゃの人形のように、人間の腕が、あっさりともぎ取られた。

「うっぎゃああああああああああッ!!!げ、ぎいぃああああ・・・・・・!」

赤い液体が大量に噴出し、駅前のロータリーを汚す。
まるで血の雨のように、あそこまで容易く、あそこまで派手に人体を破壊するような存在に、アルファ小隊の誰もが竦んだ。
そんな中、アルファ3が立ち上がって駅ビルの階段を駆け上がる。

「くそォッ!見ちゃいられん!」

「アルファ3!動くな!死ぬぞ!」

「うおおおおおおおおッ!」

三階、およそファーブニルの横っ面が丁度撃ちごろの位置どり。
アルファ3は咆哮を上げてアンチマテリアルライフルの引き鉄を引き絞った。
十数発撃ち放たれたそれは、ファーブニルが反応するよりも先に彼の横っ面へと殺到する。
結果、多くの金属音と、ひとつの、ばちゅっ、とトマトが弾けたような嫌な音が駅前に響いた。

「ガッ・・・・・・!?」

右上の目玉をアンチマテリアルライフルで潰されたファーブニルは、あまりの衝撃と激痛に一瞬思考回路がショートする。
その隙を隊長を初めとしたアルファチームの者たちは見逃さなかった。

「弱点は目だ!撃て!」

下から、右から、左から、精密な射撃が飛んでくる。
ファーブニルの目はマグマのように滾った血液を垂れ流し、滴った血液はコンクリートを溶かした。

「GUAAAAAAAA!!!貴様ら!殺す!絶対に殺してやるぞ!」

激昂のあまりファーブニルは長くて太い腕を振り回して周囲の駅ビルを崩壊させる。
直撃した隊員は装甲の内側で血袋になり、崩落したビルの下敷きになった隊員はばらばらに四散した。
アルファ3もまた、ビルの崩落に巻き込まれて地面へと落下、細かい破片をいくつも受け、満身創痍の有様だ。
血涙を流すファーブニルは眼下のアルファ3を見つけ、牙を剥き出して炎の舌をのぞかせた。

「・・・・・・しぶといやつだ。小虫の分際で・・・・・・貴様は、塵も残さず焼き殺す」

首を上に向け、ファーブニルは大きく息を吸い込む。ドラゴンブレスの予兆だろう。
ただでは死ぬまいと、アルファ3は視線を巡らせる。すると、先ほど不発だったらしいTNT爆弾が少し離れた場所に落ちていた。
アルファ3は気合を込めて立ち上がると、それを拾い上げ、抱きかかえてファーブニルへと突貫する。

「うおおおおおおおッ!」

「ーーーッ・・・・・・」

そして、ファーブニルがドラゴンブレスを吐き出そうと、顔を下げた瞬間のことだった。
ファーブニルの喉もとからアルファ3の後方まで、ほのかに青く輝くプラズマの軌跡が描かれていた。
その青い一筋の光条はガウスライフルの弾丸の軌跡。負傷しながらも生き延びていた隊長は、最後の力を振り絞ってガウスライフルを使って援護射撃を行ったのだ。
ガウスライフルの着弾の衝撃によって、ドラゴンブレスを暴発させてしまったファーブニルは身体をくの字に曲げ、激痛に苦しみ悶える。
その隙をアルファ3は見逃さなかった。

「アルファ3っ・・・・・・・・・・・!行けェッ・・・・・・・・・・・!」

隊長の声援を背中に受け、隊員――――アルファ3はTNTを抱えてファーブニルの腕を駆け上がった。
これが最初で最後のチャンスである。敵、ファーブニルはガウスライフルの直撃にも耐える甲殻を持った化け物だ。
今の隊長の渾身の一撃ですら致命傷にはなっていない。痛みはすぐにひき、ファーブニルはすぐに復活を果たすだろう。
外からの攻撃は効かない、ならば。

「内側からならッ!」

悶え苦しむファーブニルの口の中、喉の奥まで、思い切ってTNTを投げ入れる。
異物が喉に入った感触にファーブニルはアルファ3の行動に気づき、彼が乗っていた腕を振り払おうとした。
しかし、アルファ3はそれよりも早くジャンプしていた。
何処に――――?それはもちろん、ファーブニルの口の中に、である。

「うおおおおおおおおっ!」

牙にしがみつき、喉の奥にあったTNTを目視する。フトコロから拳銃を引き抜き、TNTに狙いを定めようとする。
しかし――――!

「ぐゥっ!」

ごきり、ぐちゅり、とそんな音が、アルファ3の最初に感じたものだった。
それと、ファーブニルの口の中はやけに生臭くて、焼けるように熱くて、湿っていて、暗いな、とそんなことを考えた。
それからたっぷり数秒経ってから、彼は気づいた。妙な喪失感に。そう、彼の身体は胴体から、噛み千切られていたのだから。
鋭利な牙で背骨を噛み切られ、上半身と下半身が泣き別れになってしまったことに、彼は気づくと同時に絶叫した。
耐え難い喪失感と、凄まじい激痛に。

「っぐああああああああああああッ!」

自分という存在が何か違うものに変わっていく、そう、アルファ3は故アルファ3とでも言おうか、に変わろうとしていた。
しかし、まだ死ねない。彼は根性で自分の意識を覚醒させる。拳銃を取り落とさないように、力いっぱい握り締め、喉の奥のTNTに照星をあわせる。
口から、目から血が出てきた。視界が赤くそまってしまって狙いが上手く定まらない。
しかし、こんな時こそ気合と根性がモノをいうのだ。

「おおお、ごふ、ごぼッ、おおおおおおおッ!」

雄たけびを上げながら、狙いを定めて引き鉄を引く。
一発目、口蓋垂に当たってしまった。ファーブニルが喉の違和感に悶える。
二発目、三発目、四発目、五発目、六発目、七発目、いずれもTNTには当たらない。
最後の弾丸に祈りを込めた。そして、最後の引き鉄を引き絞った。

「なッ、なんだというのだ!?」

そんな時、ファーブニルが喉の奥に詰まった異物に危機を覚えて吐き出そうとえずく。
しかし、小さなTNTは喉の奥から食道まで落ちていってしまって最早取り出すことは不可能になってしまった。
そして、アルファ3はえずいた際にファーブニルの口から吐き出され、唾液塗れの彼は曇り空を眺めながら、静かに息を引き取った。
それから数秒後、ずぅん、とファーブニルの腹の底から、地面が響くような爆発音が鳴った。
更にもう一発爆音が鳴り響き、ファーブニルの首が、腹が、はち切れんばかりに広がり、ついには弾けた。
さながら縦に切腹でもしたような有様で、凄まじい生命力を持つ大悪魔ですら、これでは生きていられる筈もなかった。

「・・・・・・・・・・・・・部隊は全滅、か」

そんな死屍累々の駅前広場を眺めながら、隊長は横たわったままトランシーバーを取り出して通信をつなぐ。

「ファーブニル・・・・・じゃなかった。標的Aの殺害に成功。部隊は隊長、アルファ1を除いて全滅。標的Aの死骸と死者を運ぶための輸送車を要請する」

『イエッサ』

「しかし・・・・・・まともに死体が残ってるのは、アルファ3・・・・・・高村だけだな」

顔が焼け爛れ、唾液塗れで、胴体から下が無くなってしまっている同僚の死体を見下ろして、隊長は曇り空を見上げるのだった。








プロローグなんだ。うん。
マスクのマの字も出てないんだ。
大体この後の展開は予想つくと思うんだ。うん。
設定とかラストシーンとか先に決めちゃって、プロローグが後回しってよくあると思うんだ。うん。
マブラヴの方で面白い文章がかけない病にかかってしまったから気晴らしなんだ。
マスクド上海が超かっこよかったからというのも理由のひとつなんだ。うん。
一発ネタにしようか続き書こうか迷ってるから、感想欲しいんだな。うん。






[29115] 魔界武侠マスクドドラゴン【マスクド上海リスペクト】
Name: ひゅろす◆0a2be469 ID:196a220b
Date: 2011/08/03 22:50





――――なんということだ!まさか、本当に成功してしまうとは・・・・・・!

                              廃墟から発見された手記より









白衣を着た女は興味深そうな目で目の前のポッドと、その脇に備え付けられたモニターを見つめた。
見やすいように立たせて置かれたポッドの中には、黒髪の男がつめられていて、その空間を黄色い溶液で満たしている。
男のバイタルは安定していて、今にも目を覚ましそうな瑞々しい張りが肌には見て取れた。

「化け物でも、やっぱり二十台の男ねぇ・・・・・・あらあら」

紅の塗られた唇をそっとなぞり、舌で指先を舐る。女の眼差しには明らかに欲情の色があった。
目の前のポッドにつめられた男を、化け物と呼びながらも、性的な眼差しで見つめているのだ。主に下半身を。
近くにいた白衣の青年に何気なく近寄ると、彼女は青年の尻を撫で回した。

「やめてください先輩」

「なかなか起きないんだもの・・・・・・見せ付けてやれば起きる・・・・・・かも?」

ふー、と耳元に息を吹きかけると、青年は思い切り嫌そうな表情を浮かべ、口元を押さえた。

「駄目駄目ね。あなた乙女心をわかってないわ」

「乙女・・・・・・?」

ハイヒールの踵で青年のつま先を踏みつけると、女は強化ガラス越しに男に向き直る。
人間レベルの脳波こそ計測できていないが、目の前の男の姿をした〝なにか〟は心臓のような〝なにか〟を動かし、血液のような〝なにか〟を循環させている。
生きているのだ。これ、否、こいつは。

「しっかし、鍵屋博士も物好きよねえ・・・・・・独断で命令だしてまで・・・・・・作りたかったのが、これなの?」

物言わぬ男を見つめ、少しだけ女は真面目な表情を作った。突き刺すような眼差しは、男の傷ひとつ無い身体に注がれている。

「いてて・・・・・・知りませんよ、もう。確かに最初の三日は驚きの連続でしたけど・・・・・・今じゃ殆ど変化なしじゃないですか」

「退屈なら・・・・・・アタシと刺激的なこと、してみる?セで始まる四文字の・・・・・・」

「録音しました。訴えますんで」

つま先を押さえていた青年は大きくため息をつくと、ボイスレコーダーを胸ポケットから取り出してたった今録音した音声を再生する。
白衣の女のセクハラトークが静かな研究室に響き渡る。これを持って上司に訴えかければ面白いことになるかもしれない。
女は焦りに顔を青くしてボイスレコーダーを奪おうと飛び掛るが、軽くいなされて床に転がる。

「ちょ、ちょ、ちょ・・・・・・権力に頼るのはらめえ!男らしくないわよ!その身一つでかかってこんかい!」

「今までお世話になりました」

首を掻っ切るジェスチャーとともに、いい加減しつこくてうざいので辞めてもらいます、と青年は冷酷に宣言する。
すると、女は顔が化粧でどろどろになるのもかまわず、涙と鼻水を垂らしながら喚き散らした。

「だって仕方ないじゃない!年収一千万以上で二枚目で可愛げがあってやさしくて、でもちょっぴり焼きもちやきで長身痩躯じゃないとヤダとか言って余裕こいてたらいつの間にか三十路手前で、最近将来の不安から寝汗が止まんないのよッ!こうなったら誰でもいいから既成事実つくるしかないじゃないッ!」

「魔界化前からそんな調子だったんですね・・・・・・」

じたばたと手足をバタつかせながらの二十九歳独身の悲惨な告白に、青年は冷や汗を額に浮かべて後ずさった。
ちなみに、彼の言う魔界化とは、この世界全体に起こった怪異のことを指し示す共通言語だ。
ポッドの中につめられた男も、間接的にしろ魔界化によってもたらされた存在である。

「アタシってホント馬鹿・・・・・・許して。お願い。好きにしていいから」

「あ、地震だ」

「無視って結構こたえるのよ?繊細な乙女心に・・・・・・あ、ホント地震。結構大きい」

書類やクリップボードが机から落ちてきた音に女は頭を抱える。
ここはトーキョーミナト区の湾岸部地下に建造された国営の研究施設だ。
日本有数の科学者が魔界化の研究を行うここは、世間一般では悪魔機関と呼ばれている。
百万人近い居住スペースを持ち、最新の耐震設備が成されたトーキョー地下街と比べて、なお厳重な管理が施されているここでも感じ取れるのだから、最低でも震度三はあるだろう。

「震度3・・・・・・いや、4かな?」

言いながら、青年は天井に据え付けられたスピーカーに耳を澄ます。何かしら速報が入るはずだ。

『GYAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!』

「・・・・・・・・・・・・」

しかし、スピーカーから聞こえてくる音声は一切無く、その代わりに遠くから、まるで遠雷のように〝なにか〟の咆哮が響き渡った。
余りにも凄まじいハウリングのせいで、びしびしと新素材のハニカムなんたらで作られた壁がびしびしとひび割れているではないか。
青年は一瞬だけ女に視線をやると、無言で研究室から出て行こうとする。

「あ、待って待って!置いてかないで~~!」

『すぐに西口から地下街へと避難しろ!海から悪魔どもが攻めてきやがった!』

「ああん、最悪~!ハイヒール折れた~!って、もういない!?待ってよ~!泣くわよ~!」

ぺたぺたとリノリウムの床に足音を立てて女は青年を追いかけていった。
そして、研究室には誰もいなくなった?否、一人だけ残っている。ポッドで溶液に浸かった男が。
たった一人取り残された彼は目を閉じたまま、呼吸さえせずにただそこに存在していた。






半魚人というものを知っているだろうか?
簡単に説明するならば、全身を鱗でびっしりと覆われた、魚と人の合いの子のような生物だ。
概して、絵本に出てくる美しいマーメイドのようなものとは違う、不気味なシルエットを持った水棲人である。
本来ならば物語の中だけに存在するそいつらは、今現実に現れ、トーキョー湾岸地帯のセンサーやレーダーを壊しているのだ。

『ソナーに巨大な反応・・・・・・壊された!鯨か!?有り得ない!悪魔、大悪魔だ!』

無数の人間大の半魚人を統率する、一際巨大な異形。
他の半魚人と同様に全身は鱗で覆われ、魚のような頭を持ち、人間そっくりの手には水かきがついている。
ただ、ほかの半魚人とは異なり、足は二本足ではなく、魚の、人魚のような、それ。
そして、ひたすら巨大なその体躯。十メートル以上あるのではなかろうか。

「WWOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNN!」

甲高い鳴き声を発し、尾鰭で水面を蹴り上げる。
異形の巨体が水面から飛び出した途端、凄まじい水しぶきと大波が巻き起こり、衛兵たちを吹き飛ばす。

「うわああああああああ!化け物ォーーーーッ!!!」

運よく高所にいて助かった衛兵たちも恐慌状態に陥ってしまい、アンチマテリアルライフルを異形に向けて乱射する。それが運の尽きとも気づかずに。
バチバチと鱗を弾く不快感に、異形はその金色の目玉をぎょろりと動かし、衛兵をにらみつける。

「ひっ!?」

「食っていいぞ」

「ヒィィィヤッハアアアアアアアア!」

巨大な異形が一言だけ呟くと、無数の半魚人たちが鬨の声を上げて陸に上がっていき、研究施設を守る衛兵たちへと殺到した。
皆、津波や水しぶきで怪我を負っていて、ロクに動けないものたちばかりだ。
何人か強力な武器を持っていても、数百を超える半魚人に群がられてはひとたまりも無い。

「ぎゃあー・・・・・・」

さながらピラニアの住む川で血袋抱えてスイミングでもしたかのように、衛兵たちはあっという間にホネホネロックのようになってしまった。
歯列を剥き出しにした口から血を垂らしたその姿はまさに怪物。
あるいは怪人と呼ぶに相応しい。酷く暴力的で、おぞましい凶暴性を持った人類の敵だ。

「・・・・・・くんくん・・・・・・おやあ?」

その、現在差し迫った人類の敵の中でも、最大の脅威のひとつである異形。大悪魔、その名もダゴン。
彼はおぞましく不気味な魚そのものの頭部を動かし、鼻をすんすんと嗅ぎまわる。
どこかで嗅いだにおいが、どこかから漂ってきているなあ、と思い、出所とその正体を考える。

「ヒィィィヤッハアアアアアアア!」

「少し黙れ」

「ヒィィィヤアアッグブゲッ!?」

普通の半魚人のような下級悪魔は言葉も喋れなければ、空気も読めない。
小柄な半魚人の身の丈ほどもある巨大な拳で殴り殺すと、ダゴンは鼻先に神経を集中してニオイの元を察知する。
ニオイの元は、もともとの目的地であった研究所付近。そして、ようやくそのニオイの正体を思い出した。

「おやおや・・・・・・あの強欲竜のニオイがするじゃあないか・・・・・・」

研究所の外壁部の近くから匂っている。嗅げば嗅ぐほど、あのファーブニルの不愉快な臭いだとわかる。
なぜこんな下等生物どもの棲家にいるのかは知らないが、おおかた捕まったのだろう。嗤ってやろうか。
それとも、弱っているのなら積年の恨みを晴らすために燻り殺してくれようか。

「フフフ!・・・・・・お前らは好きに遊んでいろ!鉄の人形どもが来たら勝手に逃げるんだな!」

「ヒィィィヤッハアアアアアアア!」

相変わらず何を言っているのかわからないが、了解という意味だろう。
ダゴンは馬鹿な手下たちを無視し、お目当てのファーブニルの元に狙いを定め、尾鰭をスプリングのように撓ませる。
そして、カタパルトから一気に射出されるような勢いで空中へと飛び上がると、研究所外壁へと砲弾のようにぶち当たった。






凄まじい衝撃に襲われた外壁は脆くも崩れ去り、建造物内部までその余波は伝わっていた。
無論、男が取り残された研究室もひどい有様で、ポッドは倒れて強化ガラスは割れ、溶液が垂れ流しになっている。
溶液とともに外気の中に放り出された男は、その目を見開いて周囲を見回す。

「げほっ・・・・・うげ・・・・・・・・・・」

起き上がって呼吸をしようとして、肺の中に何かが入っていることに気づいた彼は四つんばいになってえづいた。
げほげぼと肺を満たしていた黄色がかった、わずかに粘つく溶液が大量に吐き出される。

「ああ・・・・・・はあッ・・・・・・はあーッ・・・・・・げほ、げほ」

床に這い蹲り、男は生まれて初めて呼吸を始める赤ん坊のように喘いだ。

「ここは・・・・・・どこだ?おれは・・・・・・!」

呼吸を整え、自分自身の現状をそこまで考えると、彼は凄まじい怖気に襲われた。
覚えて、いないのだ。職業を始め、住所や電話番号、家族構成はおろか、自分の名前すら。
床に座り込んだまま頭を抱え、空っぽになってしまった自分に男は苦悩する。
もともと自分の中にはもっと多くのものが詰まっていて、その中には大事なものもたくさんあったはずだ。
そのことは覚えているのに、さっぱり思い出せない。何を思い出せないのかすら思い出せないのだ。

「・・・・・・とりあえず、服を探すか。丸出しじゃ不審者扱いされちまう」

だが、男は切り替えが早かった。現状を鑑みて、苦悩するのは後回しにする。
今いるのは研究室以外のなにものにも見えないような部屋だが、服の一枚二枚ぐらいあるだろう。家捜しを決行する。
部屋の隅っこのクローゼットっぽい何かを開けると、よくわからない生き物が瓶詰めにされた、悪趣味なオブジェが大量に出てきた。

「悪趣味だな」

男は呟きながらそのオブジェを手にとって見る。
なんとなく、その生き物がなんなのかわかるような、わからないような、そんな曖昧な気分になった。
しばらく眺めた後、その瓶詰めを元の棚に戻すと、男は他のものへと意識を向ける。
この部屋はまるで小奇麗に整頓されていて、まるで学生時代にいた理科実験室のようだ。学生時代は思い出せないが、なんとなくそんな気がした。
部屋の隅にあった扉を開けると、二段ベッドが二つ並んだ仮眠室があり、その更に奥の扉を開けると、洗面所とトイレがあった。

「うわっ、なんだこの超絶ハンサム」

よく見れば鏡だった。古典的極まりない。
あまりふざけていても仕方ないので男はロッカーの中を探る。

「お、誰のだかわからんが・・・・・・悪いが貰っちまおう」

男がロッカーの中から取り出したものは、一着のスーツだった。
白い気障ったらしいスーツに、赤いチョッキ。スーツと同じ色のソフト帽に巻かれたリボンはチョッキと同じ赤だ。
それにしても派手な服である。勝負服だったのだろうか。
パンツこそさすがに無かった為、仕方なくノーパンだが、これで一応不審者ではなくなった。
また、靴と靴下も入っていなかった。足元はトイレにあった便所サンダルだが、まあいいだろう。
散らかった荷物をロッカーの中に押し込むと、男は首をぱきぱきと鳴らして周囲に目を向ける。
すると、丁度その瞬間、真後ろから、トイレがあった方向から爆砕音が響く。反射的に扉を開けると、巨大な魚頭がトイレの壁から覗いていた。

「・・・・・・こんにちは」

「あ、どうも。こんにちは」

男の前には巨大な魚ヅラ。魚ヅラの前には白いスーツにサンダルの男。
強固な外壁を人知を超えた怪力で以って破ってきたダゴンは頭を壁の穴に突っ込んだのだ。
そして、気障ったらしいのに、どこか間の抜けた格好をした男と鉢合わせをしたというわけである。
反射的に男がした挨拶に、これまたダゴンも反射的に挨拶をしてしまっていた。

「って、チガウッ!殺すぞ人間!おれをコケにしやがって!腸を喰らい尽くしてくれる!」

「おわッ!?」

壁にあいた穴を怪力で無理やりに広げると、ダゴンはその丸太よりも太い腕で男を鷲掴みにする。
ずるりと研究所の穴からダゴンは体を滑らせて脱出すると、曇り空に掴んだ男を翳した。

「・・・・・・くんくん・・・・・・お前、おかしいな。ニオイの元は・・・・・・」

鼻先がくっつかんばかりの距離に生臭い口を近づけられ、男は息を止める。
巨大な異形を前に、男の思考回路はショート寸前。今すぐ帰りたいです。・・・・・・自宅の場所も、思い出せないけれど。

「く、くくく、くかかかか!お前か!お前がファーブニルだな!?家畜の姿にされたとは・・・・・・!くかかかかか!これは愉快だ!」

「ぐッ・・・・・・!」

ダゴンは歪んだ笑みを浮かべて哄笑を漏らしているが、男からしてみれば、何を言っているのかわからない。
しかし、ファーブニルという言葉に引っかかりを感じる。
ファーブニル・・・・・・男の記憶の底に、その名前があるような気がした。

「・・・・・・おれは・・・・・・!おれは・・・・・・ファーブニル、という名前なのか!?」

哄笑を漏らすダゴンにきつく握り締められ、身体中の骨が軋む。
常人ならばとっくに体中の穴から体液を垂れ流して死んでいるであろう圧力だが、男は苦痛の声を上げることもせず、ダゴンに向かって問う。
すると、ダゴンはその醜悪な笑みを更におぞましいものに変えて、その生臭い口を開いた。

「・・・・・・これは面白いな・・・・・・記憶まで無くしているとは。積年の恨み、晴らさせて貰うか」

「うおおッ!?」

撓ませた尾びれに力を込め空中へと跳ね上がる。まるでジェットコースター。半魚人とではロマンスの欠片もないが。
くだらないことを考えながら男の意識は空中へと飛び上がり、そして、海面へと叩きつけられた。

「ごぼッ・・・・・・!?」

「お前の大嫌いな水をたらふく飲ませてやる!」

ダゴンに身体を掴まれたまま、男は凄まじい勢いで海中を引きずり回される。
やばい、そう男は感じた。自分という生き物がどういったものなのか理解していないが、それでもやばいのはわかる。
息が吸えない。苦しい。だが、それ以上に冬の海の冷たさが身体に突き刺さる。身体の中にあった、熱いものが少しずつ熱を失っていく。

「いい気分だぞファーブニル!オレの妻を焼き殺した恨み!今こそ晴らさせて貰う!」

知るかバカ。魚を焼いて何が悪い。塩塗って焼き魚にして食っちまうぞ。
そんなことを罵ろうにも水中で人間は喋れない。ましてや、男の身体からはどんどん力が抜けていっている。
思考がうまく纏まらなくなり、視界が狭くなり、耳鳴りが大きくなる。指先からどんどんと冷たくなっていく感覚。
これが、死ぬということなのか。

(・・・・・・冗談じゃないッ・・・・・・!)

死、知識では知っている。いや、それよりもはっきりとした何かが、男の脳髄には刻まれている。
そう。男は一度死んだのだ。そして、生き返り、今この場所にいる。
何故生き返ったか?何が自分の体に起こったか?それを男の脳髄は、そしてこの体は知っているのだ!
身近に迫る死を予感し、心臓が大きく脈打つと同時に、全身がびりびりと戦慄き、身体の細胞の一つ一つが脈動を開始する。

(ジープ――――強化装甲――――ガウスライフル――――TNT爆弾――――――――ファーブニル)

本当の意味で男の脳髄が目を覚ます。そして、記憶の一部がフラッシュバックした。
自分が何者だったのかは未だ理解できない。しかし、今の自分が何者なのかは理解した。
自然と言葉が脳髄へ浮かび上がってくる。子供のころにテレビで見たヒーローのような、その言葉。
水中で言葉を発することこそできないものの、男はその言葉を心の中で力強く宣言する。いざ、うちてしやまん。


(おおおォォォ・・・・・・変・・・・・・身ッ!)


どくり、と心臓が一際大きく高鳴った――――眠っていた悪魔の細胞が目覚める。

細胞のひとつひとつが赤熱し、光が身体を包み込む――――一時的に物理法則を全て無効化。

己という存在が変化していく――――皮膚と衣服が同化し、肌色だった皮膚が黒い岩塊のように変質する。

硬質化した皮膚がめきめきと音を立てて変容してゆく――――生物的なフォルムを持ちながらも、鎧のような姿へと変化していった。

人としての性質を喪失し、竜としての性質が展開される――――この世に生まれ出でたのは悪魔の力、竜の甲殻、人のシルエットを併せ持ったクリーチャー。

暴力的なまでの勢いで身体から湧き上がる力――――まるで暗闇を溶かしたかのように黒い甲殻に、赤く燃え盛る血潮でラインが引かれ、その輪郭を浮かび上がらせた。

悪魔の四つの単眼が開かれた――――血のように赤い眼差しに測定不能の熱量を溶かして。

今ここに、魔人とも呼ぶべき存在が誕生したのだ!


「うおおおおおおおォーーーーッ!」

「なッ、熱ッウ!?」

腹に、足に、腕に、首に、全身に熱を巡らせると、周囲の水を瞬時に蒸発させ、大量の塩と水素、そして酸素が生まれた。
そしてそれは魔人の体内から漏れ出た火炎によって着火され、水中で小規模な爆発を起こす。

「がああああああああッ!オレの、オレの手が!キサマッ!ゆ゛る゛さ゛ん゛ッ゛!」

「濁点つけて喚くな!」

爆発の衝撃によってダゴンの手から脱出し、海面へと上がった魔人は水面を蹴り飛ばして三回転宙返り。そして洋上のボートへと着地する。
大きく深呼吸し、体内に備わったエンジンとも言うべき機関を回転させた。

「はああーッ・・・・・・!」

肘から、膝から、背中から、肩から、骸骨の如き剥き出しの歯列の隙間から炎の舌が覗く。これが魔人の戦闘形態。
小さな人の身体に大悪魔の巨大すぎるパワーを搭載した、改造悪魔の本領。

「貴様ッ!その姿は・・・・・・!」

海面へと上がったダゴンはその金色の目玉を光らせて表情をゆがめた。
魚面の表情などわかりにくいことこの上ないが、やつは今焦っている。そう、魔人は感じた。

「だがッ、海はオレの領域だ!」

右手をこんがりときつね色に焼かれたダゴンは、負け犬のような台詞を吐くと再度海中に身を沈め、魔人の視界から消えうせる。
そして、魔人の足場であるボートの底を目掛けて爪を振るい、船底に穴を開ける。
大きな船室もある立派なボートだが、底に穴が開けば船の構造上一溜まりもない。これで魔人は再び苦手な海中での戦闘を余儀なくされる。
そう、ダゴンは思っていた。

「永遠に水底で沈んでいろォーーーッ!」

そして、手の水かきと尾鰭で水中を掻き回し、巨大な渦潮を作り出した。
自然の力を借りたその威力は凄まじく、魔人を底に穴が開いた船ごと海底に引きずり込むには充分。
めきめきと音を立ててボートが沈みきり、尾鰭で最後に残ったマストを叩き折ると、ダゴンは船の中で隠れているであろう魔人を探す。
しかし、その予想は大きく外れた。真上から、声が聞こえたのだ。遥か、遠くから。

「いいや、沈むのはお前さ。魚野郎!」

「なにッ!?」

見上げれば、空に小さな黒点が見えた。それは凄まじい勢いで落下し、さながら隕石のように炎をまとっている。
そう、魔人はボートが沈む直前に、足から、背中からロケットの噴射のように炎を吐き出して天高く跳躍したのだ。
まずい。ダゴンはそう思った。だが、海中へと身を沈めるよりも早く隕石は落下してくる。

「焼き魚にしてやる!」

その声は、衝撃よりも後にやってきた。単純に、落下速度が音速を超過していたのだ。
衝撃に意識を消滅させつつあるダゴンが最後に見たものは、振り下ろされた拳の衝撃波によって十戒の如く割れた、海、だった。














チュートリアルの雑魚戦終了。
感想で意外と期待してくれる人がいるっぽいので続きを執筆。
たぶん、続く。



[29115] 魔界武侠マスクドドラゴン【マスクド上海リスペクト】
Name: ひゅろす◆0a2be469 ID:196a220b
Date: 2011/08/05 22:34






気づいたら湿った下水道に放置されていたんだけど質問ある?

                      ボトルメールに入っていたメモ書きより





「う・・・・・・」

薄汚く、腐臭の漂う下水道を抜け、マンホールから外に出ると、もうすっかり夜になってしまっていた。
スモッグやら死毒やらで星の明かりは見えず、月明かりがぼんやりと地上を照らすだけだ。
無粋なかばこうもりが闇夜をぷかぷかと飛んでいる。

「はー・・・・・・」

男は、自分もあんな化け物の仲間入りかと思うと、少しばかり気が重くなった。
水面に映っていた自分の顔は完全に悪役フェイスだったし、どうせ改造するならば、もっとカッコイイ、仮面ライダーみたいなのがよかった。
そんなことを考えながら周囲を見回すと、ツキシマが見えた。どうやらここはチュウオウ区の築地近くらしい。
昔、学生時代にここで海鮮丼を食ったが、とても美味かった。

「ああ・・・・・・あれ、区役所か。思い出したぞ。あそこの奥に地下街への入り口あったな」

見慣れた町並みを眺めるたびに、記憶がフラッシュバックする。自分はかつて、あそこで土建工事をやった覚えがある。
この辺には死毒は蔓延しておらず、ガスマスクこそ必要なかったものの、あの頃は塵がひどくて防塵マスクをつけて作業をさせられた。
夏場はあせもがひどくて地獄だったのを覚えている。
中に入ってみればもっと何か思い出すだろうか、そう思って男は区役所へと向かう。

「ばうわう!」

しかし、そんな時真後ろから聞こえた犬らしき鳴き声に、男は足を止めた。
男は犬は好きだ。昔飼っていたような、飼っていなかったような、いまいち曖昧だが好きなのはたしかだ。
狂犬病とかならまずいが、飼い犬かただの野良犬ならちょっと構ってみようか。そう思い、振り返る。

「ばうわう!」

「ああっ、チャッピー!」

「でかっ」

振り返るなり視界が毛皮で覆い隠され、男は頭上から振ってきた巨大なぬいぐるみのようなものに押しつぶされた。
信じがたいことだが、それなりに体格のある男を押し倒したこの犬は一メートル五十センチぐらいある。
犬というか、犬風味の何か、と呼称すべきかもしれない。

「べろべろべろ!がうがうがう!」

「そして重っ」

犬はその強面の顔を男の顔に近づけ、べろべろと顔を嘗め回した。生臭い。しかも甘噛みしてくるせいでちょっと痛い。
犬は好きだがこんなモンスターは趣味じゃない。どうにかどかそうと男は踏ん張るが、野生のパワーはビクともしなかった。
そんな一匹と一人の様子を見ていた、犬の飼い主らしき少女が頬に手を当てて感心したように呟く。

「チャッピーが家族以外になつくなんて・・・・・・」

少女漫画か。

「言ってないでどかしてくれよ。というかチャッピー・・・・・・ボストロールって顔だろこれは」

「ばうばうばう・・・・・・」

「腰振んじゃねえチャッピー!」

押し倒された体勢の、自分の真上で前後運動を始めだしたチャッピーの顔面をぶん殴る。
あふん、と悲鳴を上げてチャッピーは少女の後ろに隠れようとする、が、そのでかい図体では半分以上丸見えだ。
やれやれ、とひとりごちながら男は立ち上がり、土ぼこりで汚れてしまった服をはたく。

「なんて乱暴な人!可哀想なチャッピー・・・・・・あんな無職にいじめられて・・・・・・」

「なんで無職って知ってんだよ」

「こんな魚臭い男が定職に就けるはずないもの」

「ああ、そう・・・・・・って、魚臭いのはデフォルトじゃねーよ。シャワー浴びてーよ」

くんくん、とジャケットの袖を嗅ぐと、腐臭と魚の生臭さが入り混じって、もはや死臭と化していた。
鼻のいいチャッピーはこの臭いに反応して襲い掛かってきたのかもしれない。どうでもいいか。
そんなことを考えつつ、辺りを見回すと、周囲にはちらほら人がいることに気がついた。
露天をやっていたり、公園もどきで子供が駆け回っていたりしている。
外へ向かう道にはバリケードと門が構えられていて、警備員の姿も見える。どうやらここは人が住めるスペースらしい。

「この辺いつ町できたんだ?」

「ここ二ヶ月よ。シンジュクの方の大悪魔がいなくなってからこの辺も悪魔が少し減ったらしいの。たまーにかばこうもりがお空を飛んでいるけど、それだけね」

「ふーん・・・・・・お、ラーメン屋台だ」

「その臭い服のまま入るのはマナー違反じゃないの?」

「それもそうだ。金も持ってないし・・・・・・」

ポケットの中は空だ。今の自分は住所不定無職にして、一文無し。完全に人生積んでいる。
自宅の場所さえわかれば、と思うのだが、どうにも思い出せない。
どうしたものだろうか。乞食でもやるべきだろうか。

「世知辛いぜ・・・・・・」

「そう。それじゃわたしは帰るから、ごきげんよう」

「ごきげんよう。お嬢さん」

さよなら、と手を振って二人別れる。チャッピーがひどく名残惜しそうな顔をしていた。
もう会うこともないだろう。とりあえず今日は疲れたので眠りたい。男は近くの廃墟と化したコインランドリーへと入った。
通電してないし埃臭いし、ソファじゃなくてベンチだから身体が痛い。だが、贅沢は言ってられない。

「うーん・・・・・・」

寝転がったまま男は薄く塵が張り付いた窓から注ぐ月明かりに手をかざす。
この身体には赤い血が流れているが、それは人間のそれとは異なるものだ。
特別不便は感じないものの、できれば元の身体に戻りたいと思う。それ以前に、記憶を取り戻さなければならない。
とりあえず、当面の身の振り方を考えねばなるまい。

「むにゃむにゃ・・・・・・きみはシベリヤおくりだ」

だが、眠い。考えるのは明日にしよう。そう考え、男はまぶたを閉じることにした。



ぷーん。

蚊が飛んできた。男は血を吸われてしまった!



「ぐごぉーーー!・・・・・・ぐがぁーーー!・・・・・・むむ、う~トイレトイレ・・・・・・」

夢も見ないぐらいにぐっすり寝ていた男だったが、不意に尿意を覚えてベンチから身を起こす。
気づけば空が明るくなっている。時計はなく、曇っていて太陽も見えないからわからないが、おおよそ十時か九時ぐらいではなかろうか。
トイレを探すと、コインランドリー(元)の中にも一応あったが、当然水道も止まっていて水が流れない。というか、非常に不潔だった。
なので、止むを得ず外の植え込みにでも立ちションに行こうかと男は腰をあげる。

「悪魔だァーーー!逃げろーーー!」

そんな時、突然外から銃声と悲鳴が聞こえてきた。
つられて外を見てみると、DATのそれとは比べ物にならないしょぼい火器を持った警備兵たちが空へと銃を向けている。
銃口の先には一匹の獣。物理法則を無視して空を飛ぶ、異形の怪物。

「きえーーーーっ!」

「撃て撃つんだ!ここを通すわけにはいかない!」

「平民ども!ワタクシに銃を向けるとはいい度胸です!その命、私に返しなさい!」

その甲高い声とともに豪雷が空から降り注ぎ、アスファルトが砕け散った。
そして、二本の捩れた角を持つ、巨大な馬のようなシルエットが雷によって照らし出される。
それは、東洋の龍のような凶悪な顔立ちに、さながら牛のような尾と馬の蹄を持つキマイラ。
二つの目玉は黄玉のように爛々と光り、背中は虹色の鱗で覆われ、体毛は金色に輝いている。
男の知識の中では、あれは麒麟と呼ばれていた筈だ。しかし、大きい。目測で十メートル以上ある。大悪魔なのだろう。

「見たか我がチカラ!きえーーーーっ!」

「ぐわあ!」

砕けたアスファルトの破片と、稲妻の余波によって警備兵たちは吹き飛ばされてしまう。
死んではいないようだが、電流が身体に流れたせいでへたりこんだまま立ち上がれない。

「平民!ワタクシに供物を差し出しなさい!ワタクシは謙虚なので九匹で許してあげます!」

邪魔者がいなくなったのをいいことに、麒麟は地面へと降りて物色を始める。
逃げ遅れた女子供を見繕い、舌なめずりをする姿はおぞましいの一言に尽きる。
出て行くべきか、だが、人がいる場所で変身した姿を見られてはどうなるかわからない。DATに追われるかもしれないのだ。
だが、逃げ遅れた者たちを見捨てるというのもありえない話だ。
・・・・・・そこまで考えて、男は、男の中の本能がふとなにかに気がついた。

(関係ない人間を、自分の身を省みずに助けるのか?)

男は、自分が何者なのかわからないから、命を投げ出すだけの理由を見つけられない。
保身というDNAに刻み込まれた命令を上回るだけの、覚悟を搾り出せない。
何故?何故そこまでする必要がある?
うっすらと残る死の直前の記憶から、男は自分が誰かを助けるに足る理由を探る。
強化装甲やガウスライフルなどの装備から、もしかして自分はDATだったのかもしれないと思ったが、ならば何故DATに入隊したのか。

「はやくなさい!ワタクシは我慢弱いのです!・・・・・・しかたない、前菜にそこの餓鬼からいただきましょう!」

「うわーーん!」

「待ちなさいけだもの!」

「ばうわう!」

そんな時、下らないことに足を止めた男の耳に、どこかで聞いた少女の声が聞こえた。
そして、犬の声。聞き間違えようもない、チャッピーと、その飼い主の声だった。
張り付いた塵やポスターの破片で汚れた窓から見ると、麒麟の目の前で昨夜あった少女が仁王立ちしている。
目は毅然と麒麟をにらみつけているものの、若草色のスカートから覗く足はわずかに震えていた。

「・・・・・・」

それを見た男の脳裏に、何かがフラッシュバックする。
いつか遠くの、どこかの記憶だ。どこか見覚えのあるこ綺麗な教会の礼拝堂で色素の薄い髪色の女が祈っている。
顔は見えないが、アングロサクソン系だろうか。
男は礼拝堂からつながる家宅への通路で麦茶を飲みながら、女が祈っているのをじっと眺めていた。
そして、三十秒ほど経って、祈りを終えてこちらにやってきた女に、男は麦茶を渡してふと聞いてみる。

『何祈ったんだ?』

『世界中が平和に、幸せになりますように、って。凄いでしょ』

『ほー』

鼻をほじりながら男は少しばかりあきれたような、感心したような微妙な顔をした。
そんな態度が不満だったのか、女は少しだけむくれて男に再度問うた。

『なによぉ?凄いじゃん』

『そうか・・・・・・?おれたち、充分平和に過ごしてんじゃん。それなりに幸せだし』

『それはそうかもしれないけどぉ・・・・・・いいじゃん。いつもより、少し世界がやさしくなれば』



視界が暗転する。

『畜生・・・・・・!』

視界が暗転する。

『ニート楽しすぎワロタ』

視界が暗転する。

『高村百太郎上等兵!ただいま着任しました!』

視界が暗転する。

『・・・・・・』



記憶の欠片が男の脳裏に浮かんでは消えていく。
ほとんどは記憶の底の汚泥に沈んでいき、掴み取ることはできなかった。
だが、いくつか思い出せたことがある。男はDATにいたということ。そして、大悪魔と戦い、そして死んだこと。
最後に、自分がDATに入った理由。

(そうだ、おれは守りたかった。父も、母も、弟も、妹も、友人も、知人も、見知らぬ誰かも。そして、あの女も)

たとえ自分たちの周りだけでも、優しい人たちを守りたかったのだ。
世の中の理不尽な悪意から守れば、守られれば、きっとその人生はより良いものになるだろう。もっと優しくなれるはずだ。
世界がやさしくなりますように。それこそが、顔を思い出せない、だが、きっと大事な人だった女が願った夢だった。
そして、そんな夢を持った人たちを守ることこそが男の、高村百太郎と呼ばれた男の夢だった。

「・・・・・・そうだな。夢を追うのに理由はいらん」

無造作にソフト帽を投げ捨てると、男は自分の覚悟を口にする。

「・・・・・・変身」

一秒足らずの瞬く間に男の姿は怪物のそれへと変貌する。
そして、魔人と化した男、高村は、ほかでもない自らの夢のために戦場へと躍り出るのだった。










感想欲しいんだな。


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