2011年8月1日
「放射能の被害以上に、避難による被害が大きく、体調を崩す人たちがいる」――。福島第一原子力発電所の事故を受け、全域が計画的避難区域に指定された福島県飯舘村の菅野典雄村長は6月末、東京都内で開かれたフォーラムで、村の現状についてこう語った。
フォーラムは構想日本の主催で、「飯舘村から日本の政治を考える」。福島原発から約40キロ離れている飯舘村は、4月下旬に計画的避難区域に指定され、役場機能を福島市内に移した。村民約6000人の9割以上がすでに避難している。3000頭いた牛の多くは競りにかけて販売され、「30年かけて作ってきた『飯舘牛』のブランドが一瞬にして消えた。金銭では解決できない打撃」(菅野村長)という。
菅野村長は、国と交渉した結果、村内の特別養護老人ホームなど9事業所の営業を継続し、村民約550人が避難所から通勤して仕事ができるようになったことや、村民による防犯パトロール隊を発足させ人がいない家を巡回すようにしたことなどを報告。「屋内は放射線量が低い。村民の健康を守るため、年間20ミリシーベルトという要件を厳しくチェックしているが、完全なゴーストタウンは何とか避けることができた」と話した。
避難先は村民が仕事を失わずに済むよう、「1時間以内」にこだわった。だが、「後発」の避難のため、国から提示されたのは遠方の他県。職員らが何とか福島市内の温泉やホテルなどにあたり、行き先を確保した。「(提示は)ありがたいが、避難とは生活の変化を伴うこと。その後の生活のことを考慮せず、『さあ移りなさい』と臆面もなく言うのは、心ない政治ではないか」「国の対応は遅い。東京にいては、我々の大変さはわからないと思う」と批判した。
また、菅野村長は今後の復興について、(1)2年くらいを目標に村に帰りたい、(2)敬老会や子どもの海外研修を実施する、といったプランを紹介。「住民たちの知恵、努力、そしてその土地に対する熱い思いをうまく使うことが復興の原点。希望を持ってもらうことが大切だと思う」