2011年8月5日
■絶対的価値と格闘した「ガキ大将」
先月80歳で死去した作家、小松左京。日本にSFを広めた開拓者だった。その姿を、ともに歩んだ作家、眉村卓(76)に聞き、作品に魅入られた同時代の記憶とともに振り返った。
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小松さんがいなければ、日本にSFは広まらなかった。いわゆる「SF第一世代」の代表的存在だった。星新一が先駆者として道を拓(ひら)き、小松左京が万能ブルドーザーで地をならし、口笛を吹きながら筒井康隆がスポーツカーを飛ばしている、とも言われた。
SFをどう広めるのか。「SF戦士」と表現されたけれど、小松さんは常に格闘していた。作品は本格派。「小松流のSF」があって、宇宙や文明とは何かを考える作品を書いた。
小松さんの以前には、そんな作品を書く人は日本にいなかった。『2001年宇宙の旅』を書いた英国人作家のアーサー・C・クラークの流れなのだと思う。
代表作は、新種のウイルスが蔓延(まんえん)する『復活の日』だろう。ウイルスが広まった後の世界がどうなるのか徹底して調べていて、執筆中に「1週間で研究状況が変わるから困る」と言っていたのを覚えている。読んだ時に自分も新種のウイルスにかかっている気がして、ひやっとした。リアリティーがあって、状況が目に浮かぶ。ストーリーテリングは抜群だった。
そして人間を絶対視せずに、ヒューマニズムのエゴを描こうとした。3500年後の人類を描いた『神への長い道』は、厳しい人類の未来を描き「ハートがない」と意見した人もいたけれども、小松さんが自分の信念を貫いた作品だった。
やはり戦争体験が大きかったのだろう。小松さんは旧制中学、旧制三高の出身。体制がひっくり返るのを目の当たりにした。だから絶対的価値が永続すると思わなかったのだと思う。
とはいえ旧制高校の雰囲気が残っていて、エリートの格を身にまといながらも豪快な人柄だった。同世代のある作家と、銀座で飲み歩いた。その作家が酔ってズボンを脱ぎ、「これが直木賞を取った一物だ、拝め」と言ったら、そこにたばこの火を押しつけたという真偽不明の「逸話」があるくらい。良くも悪くも、ガキ大将のようにやんちゃだった。
震災後でまた永続的な価値観が揺らいでいる。『日本沈没』など、小松さんの作品が読まれているが、読んでその価値観に納得するのではなく、小松さんを超えようとすることが「小松流」だと思う。(談)
■権威脅かす“毒”にしびれた
純文学好きの友人から、よく言われたものだ。「SFなんて、なんで読むの」と。小松さんの死に触れ、そんな言葉を思い出した。本格的な日本SFの勃興期、1960年代の前半に、どうしてあれほど、星さん、筒井さんと共に、小松さんの作品に熱中したのかなあ。
今の読者には不思議かもしれない。当時、若者を中心に熱狂的な読者を集めつつあったSFだが、旧来の文壇から、ほとんど無視されていた。何故? 恐らく、その作品の中に、自らの正統性を脅かしかねない“毒”を感じたのでは。
現実体験に重きを置く私小説とは対照的な壮大な想像世界。文科系とは、疎遠だった科学的知見。しかつめらしい純文学から抜け落ちていた笑いや、奇妙な味わい……。要するに新しかった。いや、読者は何か既成の権威を壊す可能性を見たのかもしれない。
時は60年安保から70年安保に向かう「反逆」の時代。それはまた、高度成長下、科学の未来が信じられたころだった。時代の空気とそこここで共振したのだろう。若者を超え、SFの存在感は増していく。その描く未来の一部が現前したような70年の大阪万博の中心に小松さんがいたことが、とても象徴的だ。
もちろん、『日本沈没』などの作品が語るように、小松さんは、バラ色の未来のみを描いたわけじゃない。むしろ、戦争を通過し、人間の愚かさを身にしみて知った体験者からの知的問いかけだった。
日本では、以前ほど「SF」という言葉を耳にしなくなった。でも、かつて「毒」と思われたSF的手法は、純文学からエンターテインメント小説、漫画、アニメの世界にまで、幅広く使いこなされ、表現を深く、豊かにしている。その「拡散」はむしろ、小松さんら、「開拓者」の輝かしい「勲章」のように映る。(四ノ原恒憲)
著者:アーサー・C. クラーク
出版社:早川書房 価格:¥ 840
著者:小松 左京
出版社:角川春樹事務所 価格:¥ 861
著者:小松 左京
出版社:小学館 価格:¥ 600
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