富士大学解雇事件仮処分決定
岩手県花巻市にある富士大学で、ワンマン理事長に反論した1教員がさまざまなイジメにあい不当に解雇された事件で、盛岡地裁は本年7月15日に、「助教授」の地位の保全を認め、第1審判決までの賃金の仮払いと研究室の貸与を命じる仮処分決定を行いました。
平成14年(ヨ)第66号地位保全等仮処分命令申立事件 決定(抄)
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「川島さんを支援する会」メール・ニュースNo.28から転載しました。
※ 抄録の内容は、全文から「第2 事案の概要」の項のうち「1 前提となる事実」「3 主たる争点に関する当事者の主張」を省略しています。
※ 読みやすくするため、冒頭部分の住所等を省略、書き換えたところがあります。
※ ここをクリックすると仮処分決定全文のWORDファイルをダウンロードできます。
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債権者 川島茂裕
債権者代理人弁護士 菅原一郎/菅原瞳/佐々木良博/小笠原基也/加藤文也
債務者 学校法人富士大学 代表者理事 青木繁
債務者代理人弁護士 樋口光善
主 文
1 債権者が、債務者の設置する富士大学経済学部の助教授の地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者に対し、平成14年5月から本案の第1審判決に至るまで毎月20日限り**万****円を仮に支払え。
3 債務者は、債権者に対し、研究室として別紙図面斜線部分の富士大学6号館6Bを仮に貸与せよ。
4 申立費用は債務者の負担とする。
事実及び理由
第1 申立て
主文同旨
第2 事案の概要
1 前提となる事実(略)
2 主たる争点
債務者による債権者の解雇(本件解雇)は有効であるか(解雇理由に該当する事実が認められるか)。
3 主たる争点に関する当事者の主張(略)
第3 当裁判所の判断
1 就業規則11条2号(勤務成績が著しく不良で業務に適さないと認められるとき)に該当する事実の存否
(1) 債務者は、本件解雇の理由として、債権者が通常の大学の経済学部で行われているオーソドックスで標準的な講義を行わず、特定の時代、地域、テーマに偏った講義を行い、何度か注意されたにもかかわらず、これを改めなかったと主張する。
しかし、債権者が通常の大学の経済学部で行われているオーソドックスで標準的な講義を行わなかった事実を疎明する証拠はない。債務者の関係者が債権者の講義のすべての時間に出席して、その内容の正確な評価を行ったことを示す証拠はない。そもそも、債権者は、富士大学で行う講義の内容をどのようなものにするのかについて、「経済史」あるいは「日本経済史」という枠組の中で一定の範囲内の裁量を有するものというべきであり、債権者において、現代の資本主義を理解するためには、資本主義経済の歴史から離れて前近代の経済史からの視点に基づいて市場経済に検討を加える方法論や特定の地域の実態を基礎として経済史についての理解を深める方法論を採用することが有効であるとの立場に立って講義を行っていたものである以上、そのような方法論の採用が不合理なものということはできない。しかも、一地方の事件・現象を追求し分析することによって、その事件・現象が歴史にどのように位置づけられるかを論証することも、歴史学研究の確立された方法論の一つであり(甲21)、債権者がその手法を講義の中で取り入れようとしたことが非難に値するものということはできない。すると、債権者の講義内容が、債権者が指摘しているようなテーマに沿ったものであったとしても、そのことのみでは、直ちに債権者の解雇を正当化するに足りるような根拠があるものと認めることはできない。
なお、債務者は、債権者が特定の時代、地域、テーマに偏った講義を行い、何度か注意されたにもかかわらず、これを改めなかったと主張するが、債権者は、債務者の理事長からの指摘に基づいて、シラバスの内容を変更するなどしているのであり、債務者側からの指示に従わなかったとの主張も理由がない。
(2) また、債務者は、債権者の教授方法が大学の講義を担当するものとしてあるべき水準に達していないと主張するが、その事実を疎明する証拠はない。
債務者が債権者の教授方法についてあるべき水準に達していないことの根拠として挙げる事情は、直ちに債務者に対する債務不履行を構成するものであるといえるか疑問がある上、上記のような教員の素質や能力に関わる基本的な事柄については、債務者が債権者を採用する際に容易に審査することができるものであるし、遅くとも、採用後まもなくのうちに明らかになり、その時点で債務不履行の指摘がされてしかるべき性質のものというべきであるが、債務者が債権者に対し、採用後まもなくの時点で、債権者の教授方法に問題があるとの指摘をして改善を求めた事実を疎明する証拠はない。いずれにしても、上記債務者の主張が十分な裏付けに基づくものとは認め難い。
(3) 債務者は、債権者が教育職員として就業規則に定める勤務時間の5割を少し超える程度にしか大学に勤務しておらず、労務の提供という面においても債務不履行が生じていた旨主張する。
しかし、平成12年9月に改正された就業時間に関する就業規則が教育職員に対して適用されるべきものであるのかについて疑問がある上、当時の副理事長が、その改正について、「教育職員については、就業規則の文言にかかわらず、従来の慣行を尊重して運用する」旨の発言をし、教員としての職責を果たし、良識ある行動をとっている教育職員については従 来の慣行を尊重した運用をすることについて何の問題もないことについては、債務者も自認しているところである。また、証拠によれば、債権者は平成12年4月から債務者の入試委員に任命され、県外の高等学校に学生募集の用務で出向くことがあり、これを効果的に行うために、週3日の時間割にすることの承認を入試部長及び教務部長から得た上で、これを教務課に申告していたこと、債権者は、平成13年度については、入試委員には選任されなかったが、平成13年4月13日、東北大学での非常勤講師としての活動及び岩手大学での共同研究を理由として、週3日の時間割とする行動計画書(乙15の2)を債務者の学長及び理事長にあてて提出した上、特段の指摘もなくそのとおりの行動をしていたこと等の事実を認めることができる。
以上によれば、債務者の富士大学における勤務時間の長さを根拠として、労務提供面における債務不履行があるものと認めることはできない。
(4) 以上のとおり、債権者について、就業規則11条2号(勤務成績が著しく不良で業務に適さないと認められるとき)に該当する事実があることを疎明する証拠はないから、この点に関する債務者の主張は理由がない。
2 就業規則11条4号(法人の教育事業の発展に支障があると認められるとき)に該当する事実
まず、債権者の行った授業の内容が受講した学生経由で出身高校に伝わり、富士大学の評判を落とし、少子化の現時代に学生募集に支障を来しているとの事実を疎明する証拠はない。また、債権者の行った講義の内容が債務者の教育事業に支障を来すことを疎明する証拠もない。
この点に関する債務者の主張も理由がない。
3 保全の必要性
債権者は債務者からの給与により生計を立てていたものであるが、本件仮処分命令の申立てに至る経緯にも照らして考えれば、債権者が本件労働契約に基づき富士大学の助教授の地位にあることを仮に定めた上、債務者に対し本件解雇当時の平均給与額**万****円の支払を命じる必要性が存在するものと認められる。
また、債権者が、その研究活動を続けるため、教育職員として貸与される研究室についても、その貸与を仮に受ける必要性も認めることができる。
4 以上によれば、債権者の本件仮処分命令の申立ては理由がある。
よって、債権者に担保を立てさせることなく、主文のとおり決定する。
平成15年7月15日
盛岡地方裁判所第2民事部 裁判官 高橋譲