- 03月19日
-
警視庁記者の時代が長かった。いやな思い出も多い。そのひとつがこの事件である。東電OL殺人事件……。被害者の名誉が踏みにじられたのである。‐1997年(平成9年)‐
東電OL事件は覚えている方も少なくないだろう。
3月20日の朝刊社会面に4段見出しの記事が掲載されている。
19日午後5時55分ごろ、東京都渋谷区円山町16のアパート「喜寿荘」101号室で女性が倒れているのを男性が発見、110番通報した。警視庁捜査1課と渋谷署で調べたところ、女性は今月初めから行方不明だった杉並区永福の東京電力社員の女性(39)で、すでに死亡していた。首に絞められた跡があり、同課は殺人事件と断定、同署に特捜本部を設置した。
調べによると、女性は6畳間でコートを着たままあおむけになって死んでいた。死後3日以上たっており、死因は窒息死とみられる。玄関のカギは開いていたが、着衣の乱れや争った跡はなかった。遺体の近くに置かれた手提げバッグに入れたあった財布には小銭だけが残っていた。女性は独身で、東京電力本社企画部経済調査室の副長。数少ない女性管理職のひとりだった。
大都会では殺人事件は決して珍しくない。警視庁捜査1課の特捜本部も年間20件以上。ほとんど世間の関心を集めずに埋もれてしまう事件だって多い。この事件も、当初はさほど注目を集めてはいなかった。
しかし、ある時からガラリと様相が変わってくる。
被害者の女性の私生活を、週刊誌やワイドショーが暴き始めたのである。
女性は昼と夜と、別の顔を持っていた。昼間は経済アナリスト。夜は円山町界隈に出没し、売春を重ねていた。その落差にマスコミが食らいついたのである。
彼女と関係をもったという男たちもインタビューに応じ、個人のプライバシーは白日の下にさらけ出された。被害者の名誉を踏みにじる報道の荒波にもまれて、家族は家を去るしかなかった。
新聞は違う、とは言わない。偽善を装うつもりもない。
当時警視庁のキャップだった私は、彼女のプライバシーを記事にすることだけは控えた。責められるべきは殺人者の側であって、被害者ではない。
誰しも人に言えないことのひとつやふたつは抱えているものだ。それをおもしろおかしく、これでもかというほどに暴き出していく必要があるのだろうか。
さて、警察は現場に残された体液のDNA鑑定から、ネパール人の容疑者を強盗殺人容疑で逮捕した。しかし、男は否認を通し、東京地裁は2000年4月14日、「疑わしきは被告人の利益に、という刑事裁判の鉄則に従うしかない」として無罪判決を言い渡した。東京高裁は一転、無期懲役とし、2003年10月、最高裁で上告が棄却され、刑が確定した。(三)