岩見隆夫のコラム

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サンデー時評:石川議員の小沢「悪党」論、面白い

 職業柄、政治家が著した本はほとんど目を通している。中身はピンキリで、パンフレットに毛の生えた程度のものもあれば、時にはずしりと重量感のある著作に巡り合う。

 最近は新書判が目立って多くなった。読みやすいからそれはそれでいいのだが、中身が軽いと著者の政治家も軽く見えてくるから、用心したほうがいい。本は出しさえすればいいというものではない。

 さて、民主党の小沢一郎元代表の元秘書、石川知裕衆院議員(無所属・北海道十一区・当選二回・三十八歳)が先日出版した『悪党 小沢一郎に仕えて』(朝日新聞出版)は、これまでの類型にない毛色の変わった本である。新書判でなくハードカバー、表紙には小沢さんの悪相が大写しになっていて、帯は、

<破門覚悟の告白譚 「小沢擁護」ではない。「小沢排除」でもない。日本の政治に「小沢一郎」は必要か。日本人が放置してきたその問いに、一人ひとりが答えを出す期限が来た〉

 と読者を引き寄せる。編集者が考えた惹句だろうが、ポスト菅のレースが迫るなか、いいタイミングだ。

 石川さんの顔はテレビを通じて知らない人はいない。小沢さんの資金管理団体〈陸山会〉の土地購入を巡り、政治資金規正法違反(虚偽記載)で逮捕、起訴された秘書三人の一人。七月二十日、東京地裁の論告求刑公判で、検察側は、

「政治への不信感をまん延させた」

 と石川さんに禁錮二年を求刑したばかりだ。

 小沢さんとは真反対の人相で、〈ベビーフェースの頼りない私〉(同書)と自認しているが、本のほうは人相と違って大胆不敵である。私はたちまち完読した。面白かった。

 まず、帯の〈破門覚悟〉はマヤカシだ。巻末に〈対決〉と称して、小沢さんとの対談が十三ページも載っているが、対決などではなく、ご意見拝聴である。破門するかもしれない相手と、あの気むずかしい小沢さんが向かい合うはずがないではないか。

 それはともかく、この著書、ひと言で言えば、形を変えた小沢さんの宣伝本だ。だが、石川さんが〈まえがき〉で、

〈小沢一郎をテーマにした著書は、調べられる範囲で一〇〇冊を超える。本書はこれまでにない「小沢一郎論」のみで構成している。みなさんはきっと語られることのなかったもう一つの歴史を知ることになる〉

 と自賛しているのはその通りで、単純なPRではない。裸に近い小沢さんが登場する。密室の情景が次々に描かれ、実名がポンポン、小沢さんのやや品のない肉声もそのまま活字になっている。

 しかし、あくまでも裸に〈近い〉のであって、本当に都合の悪いことは当然伏せられているに違いない。それを割り引きしても、スレスレまで描写する筆運びはなかなかのものだ。

 ◇眞紀子党代表擁立工作 随所に出てくる新事実

 また表題だけでなく、目次に十一カ所出てくる〈悪党〉の繰り返しにも、私はだまされかけた。悪党は悪人、悪者と同義と思っていた。辞書にもそうある。だが、あとのほうに、〈中世、荘園内の反領主、反幕府的な武装集団〉と。石川さんはそれに依拠しているらしい。うまいテだ。

 新事実も随所にちりばめられている。たとえば--。

 二〇〇四年四月、年金未納問題が表面化した時だ。中川昭一、麻生太郎、石破茂を〈未納三兄弟〉と罵った民主党の菅直人代表も、ブーメランのように疑惑の目が向けられ、代表辞任に追い込まれた。

 小沢さんは未納ではなく未加入で、国民年金は任意で入る時期だったが、後継最有力の小沢さんが代表選出馬を断念する。その時の模様を石川さんは次のように書いている。

〈「問題になるようなことはしていない。でも、どんなに説明しても無駄だ」

 私は言いわけしない小沢一郎の姿を見た。出馬の芽を失った小沢は早速動いた。当時の民主党はいま以上に国民から政権担当能力に疑問符が付けられていた。その「弱さ」を補うために、小沢は田中眞紀子さんを民主党代表に担ごうとした。

「おい、石川。田中先生のところにお食事の時間がいただけないか電話して聞いてくれ」

 私は全日空ホテルの「雲海」に席を予約した。小沢と眞紀子さんはそこで二人だけで会食した。私はその間、ロビーで待っていた。

 会食を終えた小沢の機嫌はあまりよくなかった。眞紀子さんをうまく口説けなかったのだ。眞紀子さんは国会の会派は民主党に入っているが、まだ入党はしていなかった。それがネックになった。

 政権交代には「角栄の力」が必要だと、小沢は考えていた。当時、米国ではヒラリー・クリントンが大統領に当選することが期待されていた時期でもあり、小沢は「角栄」と「女性宰相」という勝ちパターンを思いつくと、眞紀子さん以外の選択肢はないと確信した。

「日米両方のトップが女性ということになれば、日米関係も強まるはずなんだけどな」

 事務所に戻る車の中で、小沢はそうぼやいた〉

 この時は岡田克也さん(現幹事長)が後継代表に選ばれ、小沢さんの代表就任は前原誠司前外相を間に挟んで二年後だ。それにしても、眞紀子擁立工作があったとは意外である。

 巻末対談にはこんなやりとりも。

 石川「産経新聞には私も先生も叩かれてきましたが、(同紙の世論調査では)小沢一郎が総理にふさわしい一位になっていました。それに応える思いがあるのでしょうか」

 小沢「おう、そういや、この言葉が好きで机に取っておいたんだ。『人事を尽くして天命に遊ぶ』。『待つ』『従う』じゃないよ」

 石「では、チャーチルのように七十代でも総理に……」

 小「そんなスケベ根性を起こしちゃダメだっつってんだよ。人事を尽くすことが大事」

 石「政治家として肝に銘じます」

 小「おまえも、まだまだだな」

 十月早々に小沢さんの初公判も開かれる。刑事被告人同士のユニークな師弟関係だ。

<今週のひと言>

 埋めて隠す。中国観がまた変わりそう。

(サンデー毎日 2011年8月14日号)

2011年8月3日

岩見 隆夫(いわみ・たかお)
 毎日新聞客員編集委員。1935年旧満州大連に生まれる。58年京都大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。論説委員、サンデー毎日編集長、編集局次長を歴任。
 

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