6月15日に国会内で開かれた市民団体の集会で、菅直人首相は「菅の顔が見たくないなら、早く再生可能エネルギー固定価格買い取り法案を通した方がいい」と野党を挑発した後、周辺に語った。
「普天間みたいに、言ったけどできなかったということはおれにはないんだよ」
沖縄県の米軍普天間飛行場を巡って「県外・国外移設」公約を果たせなかった鳩山由紀夫前首相とは違い、自分は実現不可能なことは言っていない、というのが首相の認識だ。
しかし、鳩山氏が就任9カ月足らずで退陣に追い込まれたのは、普天間移設問題に期限を設定して自滅した結果。首相には、看板を掲げるだけで、結果を伴っていない「言いっぱなし」の政策スローガンが多い。
「戦後行政の大掃除」「強い経済、強い財政、強い社会保障」=昨年6月
「有言実行内閣」「熟議の国会」「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉への参加検討」=昨年10月
「平成の開国」「不条理をただす政治」=今年1月
国会演説のフレーズは「猫の目」のように変わり、一貫性に乏しい各論が並ぶ。
猫の目は昨年6月の就任早々に始まった。民主党内での議論を積み上げることもなく、記者会見で消費税について「自民党が提案している10%という数字を一つの参考にする」と、7月の参院選公約に打ち上げたのだ。
「98年の金融国会では野党だった民主党の案を自民党政権が丸のみした。今度は逆のことをしたい」
財務相だった昨年4月、ワシントンで開かれた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)から帰国した直後に親しい民主党議員に電話で打ち明けた。
自民党が消費増税を参院選マニフェストに盛り込む議論を進めていた。G7の主要議題となったギリシャの財政危機に触発され、財政再建のための消費増税を掲げることで争点の打ち消しを狙った。
ところが、これがあだとなって民主党は参院選で惨敗。首相はその後も消費増税の看板は下ろさなかったが、目的は財政再建から「税と社会保障の一体改革」に切り替わる。
退陣表明から2日後の6月4日。民主党の石井一選対委員長と首相公邸で会談した際には「社会保障はだれが首相になってもやることは決まっている。15年までに消費税を10%に上げることも国民は理解している。おれはもう歴史に残ることをした」と語った。
しかし、6月30日に政府・与党で決めた一体改革案は「10年代半ばまでに段階的に10%まで引き上げる」との表現に弱められたうえ、閣議決定はできず、実現へ向けた与野党協議の見通しも立っていない。
そして、今は「脱原発」。退陣表明後に国策の転換を打ち出せば、与野党から批判を浴びるのは必然だ。それでも首相は気にするそぶりも見せず、周辺に延命意欲を隠さない。
「絶体絶命だと思っていても、動いていればこっちに道ができる。また動いていればあっちに道ができる」=つづく
毎日新聞 2011年8月3日 東京朝刊