「4人の首相で誰ならおれよりうまくできたと言うんだっ!」
東日本大震災発生以降、菅直人首相は周辺に繰り返してきた。
4人とは安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫の4氏を指す。短命だった過去4代の首相と同列に扱われたくない思いが、居座りを決め込む執念を生んでいる。
特に衆院選敗北で下野した麻生氏以外の3氏のような「政権投げ出し」には抵抗がある。政権批判が高まった5月中旬、民主党幹部に「おれは途中で投げ出すことはしない。辞めさせたければ頭をかち割るしかない」と強調。「頭をかち割る」は、内閣不信任決議案の可決を意味する。
その不信任案を首相は6月2日、「一定のめど」での退陣表明と取引する形で否決に持ち込んだ。頭をかち割られなかった首相は「うそつき」「ペテン師」といった罵声をものともしなかった。
首相は6月27日、再生可能エネルギー固定価格買い取り法案など3法案の成立を退陣条件に挙げたが、その後も「脱原発」方針を表明するなど政策課題を打ち出し続ける。民主党幹部は「歴史に名を残したいのだろう」と述べ、名誉欲の表れとの見方を示す。先代4首相との差別化を意識するのも「歴史へのこだわり」の一側面だ。
確かに首相はこれまでも窮地に立つたびに「歴史」を口にしてきた。自らの消費増税発言で大敗した昨夏の参院選の選挙戦では「20年後、30年後の歴史に恥じない政治をしたい」と財政再建に取り組む決意を披歴。内閣支持率を急落させた昨秋の尖閣諸島沖中国漁船衝突事件でも「5年先、10年先に適切な対応だったと歴史に評価される」と強がった。
7月29日には復興増税部分を骨抜きにされながらも復興基本方針の決定にこぎ着け、エネルギー・環境会議の中間整理では原発依存度を段階的に低減していく「減原発」を政府方針に位置づけた。
辞める環境は曲がりなりにも整いつつある。これ以上居座れば、党執行部や閣僚らの造反で引きずり降ろされる「汚名」も残しかねない。だが、本人は「まだまだ足りない」とでも思っているのか、気力がなえていないことを示すエピソードは尽きない。
「政治はもともと野良犬のけんか。向こうがかみついてきた時に『ウォー』と頑張れるか、『キャンキャン』と言って逃げるのか、ということだ」
辞任を示唆している海江田万里経済産業相が7月29日の衆院経産委で、野党の追及に涙するのをテレビで見た首相はそうつぶやいた。市民運動から政界に乗り込み、首相に上り詰めた経歴。民主党の中井洽(ひろし)元国家公安委員長は「菅は安倍、福田、麻生、鳩山とは違う。2世でもなければ、ボンボンでもない」と語る。
けんかに負けた形にならないように心を砕く周辺も「さすがに8月中には辞める」とみているが、7月下旬に首相が次のように語るのを聞いて驚いた。
「第1ラウンドはいろいろ失敗した」
歴史にこだわる名誉欲は「再登板」にも向けられているようだ。
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首相が事実上の退陣表明をしながら2カ月たっても居座り続ける異例の事態が続く。政界常識からはみ出した「菅流」をキーワードで分解する。=つづく
毎日新聞 2011年8月2日 東京朝刊