Astandなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
世界経済への影響が懸念されていた米政府の債務上限引き上げ問題は、資金繰りが限界に達する寸前に妥協が成立し、債務不履行(デフォルト)の危機は回避された。ただ、財政再建の中[記事全文]
原発事故による損害の賠償をどこまで認めるか。政府の原子力損害賠償紛争審査会が近く中間指針をまとめる。損害の種類ごとに基準を示すが、線引きが難しい例も少なくない。避難者に[記事全文]
世界経済への影響が懸念されていた米政府の債務上限引き上げ問題は、資金繰りが限界に達する寸前に妥協が成立し、債務不履行(デフォルト)の危機は回避された。
ただ、財政再建の中身は不十分で、米国債が最上位のトリプルAから格下げされる可能性が残る。一部の格付け会社が「本格的な財政再建策が必要」という姿勢をとっているからだ。
オバマ大統領と議会指導部は財政再建策をさらに充実させる努力を続けてほしい。
2日に成立する見込みの妥協案は、財政赤字を今後10年で2.4兆ドル削減し、債務上限は2012年末までを賄える2.1兆ドル幅引き上げる。
赤字削減は当面0.9兆ドルを実施し、残り1.5兆ドル分は超党派の委員会を設けて11月までに内容を固める。今回は先送りした増税や社会保障関連の削減など与野党で利害が対立する案件も取り上げる。赤字削減が進まない場合、自動的に歳出をカットする条項も盛り込んだ。
オバマ大統領は議会に妥協を迫る演説で「米国にはトリプルAにふさわしい政治システムがない」と述べた。世界の疑念もそこにある。新設される超党派の委員会は、持続可能な財政に向けた真剣な議論によって世界の信頼を回復する責任を負う。
外国為替市場ではドル売り圧力が続き、円相場も高止まりしている。ドル安には米国景気の不透明感も手伝っているが、最大の要因は一連の政治的混乱で作りだされた財政危機だ。
オバマ政権はこの人災ともいえるドルへの不信を払拭(ふっしょく)すべく「ドルの価値を守る」という断固としたメッセージを発すべきだ。円相場では、日本の通貨当局も行き過ぎた投機的な動きは為替介入などで断固封じる姿勢を明確にしてほしい。
世界では今、政府債務の膨張が金融経済の危機につながりかねない状況が広がっている。欧州ではギリシャを皮切りに、イタリアなど主要国の信用も揺らぎだした。
重ねた借金は返さなければならないという金融の論理と、そのための税負担を国民がどう了解するのかという民主主義の論理が鋭く対立し、立ち往生する政府が相次ぐ。突き詰めれば、政治リーダーが国民を説得できるかどうかが問われている。
その点で日本は深刻だ。海外からの借金は少ないものの、財政は先進国で最悪である。にもかかわらず、震災復興でも社会保障でも財源問題を先送りしようとしている。米国や欧州の債務危機は対岸の火事ではない。
原発事故による損害の賠償をどこまで認めるか。政府の原子力損害賠償紛争審査会が近く中間指針をまとめる。損害の種類ごとに基準を示すが、線引きが難しい例も少なくない。
避難者に対する賠償は、その代表例だろう。
審査会は、警戒区域や緊急時避難準備区域など、政府や自治体が避難を指示したり要請したりした地域に住む人を対象に、避難に伴う出費や苦痛などの精神的損害、営業や勤務ができなくなったことによる減収分などを賠償対象とする方針だ。
しかし、区域の外に住んでいて自主的に避難した人も対象にしなくてよいか、7月末の審査会の会合でも議論になった。
区域外でも放射線量が多い地点が相次いで見つかっている。そうした場所を、政府が事故から4カ月近くたって特定避難勧奨地点にするなど、避難対策はなお手探りが続く。
やはり自主避難者も賠償対象とするべきではないか。ただ、無制限に認めるわけにはいかない。一定の地域で区切る場合、どの地域の住民を対象とするか、検討を急がねばならない。
審査会の委員からは「審査会の能力を超える。政府として判断してほしい」との声が出ている。確かに難題だが、ここは法律や放射線に関する医療、防護の専門家が集まる審査会の議論に期待したい。少なくとも、検討の視点や材料の提供など、政府の判断を支える役割を果たしてほしい。
中間指針に向けて、検討課題は他にも多い。農林水産物などで、ある品目が出荷停止となったために広く買い控えが生じ、値下がりした分などだ。予約がキャンセルされた観光業者の減収分や、特注部品の仕入れ先が操業を停止したために休業に追い込まれた工場などの「間接損害」もある。
紛争審査会は、花や木材など食品以外でも値下がり分の賠償を認め、海外からの観光客については全国の旅館・ホテルで予約キャンセルに伴う損害を認めるなど、原発事故との間に「相当因果関係」があれば広く賠償を認める方針とされる。基本的な姿勢として納得できる。
ただ、近く関連法案が成立する見込みの賠償の仕組みに照らすと、賠償総額が膨らむほど、電気料金の値上げなど国民の負担増につながる可能性が高まることも事実である。
それだけに、客観的できめ細かい指針が欠かせない。このことを常に意識して、審査会は中間指針をまとめた後も、さらに検討作業を続けてほしい。