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第一部
第11話 親方騎士
 第1章

「マイケル・コービー似って自慢になるじゃん!」
 理科の実験でヒキガエルを解剖しているときだった。
 親友の秋山亨(あきやまとおる)が去年、赴任してきた米国(アメリカ)人英語教師のマイケル・コービーに似ているっていわれ、(そういえばそうだな)と思う。新渡勇人(ユージン・ニト)は声をあげたときに力がはいったのか、ヒキガエルの後ろ足をメスで切り落としてしまい、それを隣の班の桜田香織に背中に投げ入れたのが、いけなかった。

「ユージンなんか死ねばいいのに!」と桜田香織は半泣きで騒ぐものだから、勇人はすぐにクラスの女の子の敵になってしまった。
「ほんと! 全世界の女の敵よ」
 勇人も負けずに言い返した。
「そんなこというヤツには、ウシガエルをランドセルに入れてやる。授業中にガトゴトッ、ランドセルが動くんだぜ。先生なんかポルターガイストだ! って叫んでいたな」
「やっぱりそうなのね! 犯人はあんただったのね!」
「ユージンって嫌なヤツ!」
 また夢を見ている――――新渡勇人の。一五〇年後の未来の夢、何だか不思議な感覚だ。アレ? 誰だろう。くすぐったい。誰だ、自分の頬を舐めるのは。


「…ねえ、ねえってば!」
 ジョジョのざらざらした舌のおかげで、ナオミは悪夢から目を覚ました。正直、吐きそうな気分だ。新渡勇人という名の少年、自分とどんな関係があるのか分からないが、何とも目覚めの悪い夢のことか。ウシガエルをランドセルってなかに入れてやるって、本当に最低なヤツだ。

 あれからどのくらいの時間がたっただろうか。そっと耳を澄ませばボーン、ボーンと遠くから鐘の音が聞こえてくる。
「ここにきて十二時間もたつよ。あとちょっとで僕、モグラになりそうだよ」
 ジョジョは黒い犬だから、いつの間にか身体は暗闇にまぎれて、目だけがギョロギョロと不気味に動く。ちょっと怖い。
 一度、起きてもなんせまわりが暗いがため、また長旅の疲れが残っていたのか、すぐにもう一度寝入ってしまったのだ。ジョジョのいうとおり半日はすぎたはず。それにしてもいつになったら親方たちは迎えにくるのだろう――――とナオミが思った頃、地下室に明るい光がさしこんできた。
 ついでに太い男の声が聞こえてきた。
「犬の声がしたぞ! おい! ここに誰かいるぞ!」
「おい、君たち! 騎士候補生かい?」
 立て続けに声が聞こえてきた。ようやく迎えがきた! と思ってよさそうだ。

 ナオミの「そうです」との寝ぼけた声に、声の主はホッと胸をなでおろしたように「あがってこれるかい?」といった。男の声に導かれて、ナオミたちは順番に地下室からでてきた。するとそこにいた大きな男たち十数名は「うわあー」と歓声をあげた。幾人かは万歳をしていた。ナオミたちは何がなんだか分からず、ただ呆然と突っ立っていた。

「まったく騒がしい連中だな」とロロ。
「うーん。ここどこだっけ?」テルは寝ぼけているようだ。
 ナオミはこの歓迎ムードはなんだろう? と遠慮がちに訊いてみた。
「あ、あの…。ど、どうかしたんですか?」
「『どうかしたんですか』だって?」
 思わず大きな男たちは驚きの声をあげた。
「君たちは誘拐されていたんだぞ」と険しい声。
「誘拐だって!」
 大きな男たちは身分証をみせたあと、自分たちはこの町の刑事、アッパータウン警察署の者だと説明した。

 ことのはじまりは作日の今頃、サー・ドラゴンヌが親方との顔合わせのため『剣と盾』という宿屋に、自分たち騎士候補生を連れていったときからだという。宿主に自分たちを預けると、彼はせかせかと出ていってしまった。それからちょっと遅れで親方たちが顔合わせのため、領主館前の広場にやってきたものの、入団生は誰ひとりいない。
「副伯、引継ぎの騎士候補生が誰一人いないんだがね?」
 親方の一人リンドバーグが唸った。
「寝ぼけるのいい加減にしろ、パン屋。顔合わせは各地区とも場所を指定していたはずだが? お忘れか?」
 パパティーノによれば、キング・アーサー地区の騎士候補生の顔合わせは、『剣と盾』で行うと事前に報告していたとか。
 親方たちはそんなことは聞いていないと抗議をしつつも、急いでその宿屋へとやってきた。だがそこでもナオミたち、キング・アーサー地区の騎士候補生の姿はみあたらない。そもそも『剣と盾』という宿屋は三十年ほどまえに潰れてしまい、今では立派な空家になっていた。

「それからすぐに領主館宛てに、『黒猫』の名前で誘拐の手紙が送られてきたんだ」
「黒猫?」
 ナオミは首をよこにかしげた。
 身代金は金貨一千万枚、小さな町が買えるほどの大金だ。
 トモロヲ・ブドリはどこからかその大金を用意して、犯人たちと交渉した。半日ほどたって、領主館宛てに手紙が送られてきたという。その手紙にはナオミたちの居場所が記され、身代金の金貨一千万枚は気が変わったからいらないと記されていたか。

「まったく君たちのおかげで、今の今までてんやわんやだったんだが、誘拐犯も気まぐれなヤツだよ。自分で身代金を要求しておいて、半日後にはもういらない。人質も解放するから迎えにこいだ。ただあそこにいた怪しい男が一人、先ほど重要参考人として当局が連行したそうだがね」
 そこにいた男が誘拐犯かどうかはわからない。
 刑事たちは「愉快犯的な犯行なんぞに時間はさけない。この事件は迷宮入(おくら)りおそらく入りするだろう」と唸る。
「きっと途中でビビっちゃったんだよ」テルの声だ。
「あっ、それってテルにそっくりじゃんか」とジョジョの声だ。
「黙れ、ダックスフンド!」

 騎士候補生たちが宿屋『剣と盾』をでれば、たくさんの人々が待ち構えていた。
 毎日ブルトン新聞社の記者も幾人か見受けられ、ナオミたちはいろんな取材を受け、たくさんの写真も撮られた。テルは「僕たち新聞に載るんだ」とはしゃぎ、野次馬のなかにはロエスレル・ドラゴンヌやピックル・タナカの姿も見えた。ドラゴンヌは彼女たちが自分に気がつくと逃げるようにこの場を去り、それを追いかけるようにピックル・タナカもあっというまに姿を消した。
「きっと心配して見にきたんだ」
 すると男がナオミに声をかけてきた。
「君がココがいっていた、ナオミ・ニトだね?」

 ナオミが「はい」と小声で返事をすれば、男は「ヒューッ」と口笛を吹いた。この人は決闘のとき、町医者と世間話をしていた毎日ブルトン新聞社の記者だ。新聞記者は今まで親方たちの取材をしていたらしく、シャトー・ブルトンホテルの酒場に親方たちがいると、わざわざ教えてくれた。
「ああ、この先のアッパータウン証券取引所を右に曲がったところだ。え? なんで僕がココを知っているかって? 彼女は僕の従騎士だからだよ」
 記者がいうには一日遅れの親方たちと顔合わせとのこと。
 でも今はそんなところではない。つま先立ちで彼らを一目みようとしたり、「もう新聞読みました? 身代金一千万金貨ですってね」とか、「まったく今年の入団生は問題児だらけだな」との囁きの声が聞こえた。いてもたってもいられず、ナオミたちは野次馬をかきわけて「それっ、逃げろ!」とその場からかけ足で逃げだした。

 途中、アッパータウン証券取引所と書いてある威厳ある建物からでてきた、三人のサラリーマンたちの会話にナオミの耳がピクッと反応した。
 一体全体どんな会話といえば、こんな会話だった。
「トモロヲ・ブドリ伯が用意した金貨一千万枚、あれはこの町の有価証券を売ってこしらえた金貨、買い手はパパティーノ卿だ。これであの副伯閣下は筆頭株主のトモロヲ・ブドリとほぼ肩を並べたわけだな。一番目になるにはあと五十万株、ミスリル金貨百万枚ほど足りなかったとか」
「前々からパパティーノ卿が伯爵の座を狙っていたのは有名だよ」
「もしあの人が一番目にでもなってみろよ、この都はあの人のもんになっちまう」
「いやはやそうなればすぐに引っ越しせねば……」

 筆頭株主が入れかわるってことは領主が入れかわるってこと、領主が入れかわるってことは市の経営者が入れかわるってこと。そうなればモードレッド地区のように治安が悪くなってしまうとか。それならいっそのこと、思い切って倒産させてしまえばいいとか――――そういう難しい話だった。
「パパティーノ卿は株券を買えるほど金持ちだったかね?」
「あそこはカジノが地場産業だと聞いたがな。うーん、偽金でもつくっているんじゃないのかね、あの人ならやりそうなことじゃないか。でも株券を購入した金貨は正真正銘、本物のミスリル金貨だったよ」
「それもきっとイカサマして、こしらえた汚れた金なんだろうよ」


 第2章に続く。









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