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[26613] 【ネタ】銀の戦姫(IS×おとボク2+AC、ガンダム他)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/07/14 04:27
 私立藍越学園への試験会場を目指していた筈が建物内で迷子になった一夏の目の前に、信じられないほど美しい少女がいる。

 神秘的な菫色の瞳に、流麗な銀糸の髪。
 顔や手などの露出した肌は、ありえないほどにきめ細やかな絹のよう。
 どことなく不機嫌そうな表情を浮かべている可憐な顔には、凛とした佇まいとあどけなさが同居している。
 あまり胸はないようだが、それにさえ目を瞑れば彼女のプロポーションは女性の理想と言って良い。
 どういうわけか、着ている服は男物のようだ。
 年のころは恐らく一夏と同じ位。

 初めて出会う少女。
 テレビや雑誌でもこの少女を見かけた事はない。
 いくら朴念仁だの唐変木だのと言われている一夏でも、この少女を一目見て忘れる事などありえない。

 しかし一夏は、この少女を見たことがあった。

 と、少女が口を開く。

「あなたはどこに行くつもりですか?
 この先は女子校の試験会場ですよ。
 あまり面倒な事にならないうちに退散してください。」
「え゛? そうなのか……っと、ちょっとまって。
 俺、君に渡す物があるんだ。」
「へ? え、と、僕に……渡す物……ですか?」

 今朝、郵便受けの中にあった、この少女の写真。
 その裏には見覚えのある筆跡で、
「この子へのプレゼントがあるから、ここに連れて来て♪」
と書かれたメッセージと手書きの簡素な地図が書かれていた。

 今朝、写真の裏のメッセージを読んだ時の一夏は
「一体何を考えてるんだ、束さんは……」
と、思ったのと同時に、ごく親しい人間以外には極端なほど冷淡な彼女が自分の知らない少女にプレゼントなど用意するものだろうか、と不審に思う。

 束の考える事など自分に分かる筈もないと結論付けた一夏は、ひとまず写真をカバンの中に入れて受験会場へと急いだのだった。
 見ず知らずの少女とうまく遭遇する可能性など低いのに、彼女は一体何を考えているのかと思いながら。

 そして受験会場で道に迷い。
 ものの見事に写真の少女と遭遇して冒頭のシーンとなる。

 なお既に試験開始の時間は過ぎており、現時点で一夏が落ちるのは確定している。

 一夏はそこまでの説明を少女にして、彼女自身の写真を手渡した。

「ほ、本当に僕の写真だ……でも、なんで?
 僕は彼女とは会った事も無いのに……」
「……いや、そりゃありえないだろ?
 あの人の他人に対する拒絶反応ってハンパじゃない筈だぞ?
 それが見ず知らずの相手にプレゼントだなんて。」

 君が驚くも分かるが、俺だって同じ位驚いているよ。
 写真を手にして驚愕する少女を見て、一夏は内心そうごちる。

「……行ってみるか? この建物内みたいだし。」
「建物の中というか、屋上みたいですね。この地図の示す先は。」

 迷子などと言うしょうもない理由で受験勉強を棒に振った一夏は、もうこれ以上失うものはないだろうという気持ちで少女に話しかける。
 藍越学園に入れなくなった以上は、もはや姉に止められた中卒採用で社会に出る以外の道は選べない。
 より学費の高い高校に行って、中学生の年齢の頃から女手一つで育ててくれた姉にこれ以上の負担をかけるわけには行かないからだ。

 なのですでに若干やけを起こしている。

 一方、少女は逡巡しているようだった。





=============





「……あの、貴女大丈夫!?」

 銀糸の髪と神秘的な輝きの瞳を持つ非常に美しい少女は、気が付くと見たことのない街角でベンチに横たわっていた。
 その少女を、通りすがりの少女が揺り起こす。

「え、ええ。」
「それなら良いけれど、最近の女尊男卑の世の中で鬱屈した男が性犯罪に走るって話がよくワイドショーに出てるから、こんな所で寝るなんて止めた方がいいわよ。
 特に貴女はものすっごく綺麗なんだから、もっと警戒心持たなきゃダメ。」
「は?」

 女尊男卑という言葉を聞いた銀の少女の目が点になる。
 世の中が女尊男卑になっている。
 銀の少女にとって、そんな事はあるはずがなかった事だからだ。

「え、と、女尊男卑!?」
「へ? ほら、白騎士事件で女性しか使えないISがダントツで世界最強の座に君臨してから、世の中そんな感じになっちゃったじゃない。10年も前の話よ。」
「しろき……ISって、インフィニットストラトス!?」

 銀の少女の目は驚愕に見開いた。
 白騎士事件の事は少女も知っている。
 IS……インフィニットストラトスがどのような物かも、まあ大体は知っている。
 しかし……ありえる筈がなかった。

「何よ、こんなの赤ちゃんでも知ってるくらいの一般常識じゃない。
 貴女もIS学園の試験を受けに来たんでしょ?
 そんなんで大丈夫なの?」

 銀の少女にとって、それらは物語の中にしか存在しないものだったから。

「あ……すみません、僕違うんです。
 IS学園なんか受けませんよ。」
「そうなんだ。まあ、すんごい難関校だもんねぇ。
 じゃあ大丈夫そうだし、あたしもう行かなきゃ。」

 銀の少女は起こしてくれた少女の後姿を見送ると、そっと呟いた。

「っていうか、根本的に入れるわけないじゃないか。
 僕は男で、ISが反応するわけないんだから。」

 少女……否、少年の名は御門 千早と言った。





「さて、これからどうしようか?」

 マトモな方法で帰ることは最早諦めている。
 何しろ先ほどの少女が嘘をついているのでない限り、ここはインフィニットストラトスの世界、小説の世界なのだ。
 確認の為ゴミ箱の中にあった新聞を広げてみると、そこにはIS関連の記事がデカデカと載っており、またISとその装着者もイラストなどではなく実写だった。
 イタズラ好きの親族がドッキリを仕掛けている可能性もあるが、ここまで手が込んだドッキリと言うのも考え辛い為、少女の話は嘘ではないと考えてよい。

 となると、彼の家とは根本的に世界が違う為、マトモな移動手段で家に帰れるはずがない。

「となると……」

 帰る為にはマトモではない移動、平行世界間を移動する手段が必要になる。
 家には守りたい……守りたいけれどもそのためにどうすれば良いのか分からない母と、妹のように思っている少女が待っている。帰らない、帰るのを諦めるという選択肢はない。今後も絶対に。

 そしてインフィニットストラトスの世界で平行世界移動が可能そうな人物といえばただ1人、篠ノ之 束しかおらず、千早が帰る為には彼女を何とかして探し出して頼る他ない。

 だが彼女は妹の箒、親友の織斑 千冬とその弟にしてインフィニットストラトスの主人公である一夏以外の人間をマトモに認識できず、極端に冷淡な態度で拒絶する問題人物。
 ハッキリ言って交渉が成り立つ相手ではない。
 となると、箒・千冬・一夏のうち誰かに渡りをつけねばならない。

 思案する事0.1秒。

「……一夏1択だな。他の2人は接触自体が難しすぎる。
 でも3人のうち1人だけ彼女との連絡手段を持ってないんだよなぁ……」

 と、ココまで言って気付く。
 さっき起こしてくれた少女は何と言った?
 あなた『も』IS学園の試験を受けに来たんでしょ?

「……彼女はIS学園の受験者で、今日がIS学園の試験日。
 という事は、今日がISの冒頭のシーン……なのか!?」

 インフィニットストラトス。
 千早は読んだ事はなかったが、断片的なあらすじ程度の概要ならば把握している。
 確か一見ハーレム物のように見えても、相当シビアな裏側が設定されていた筈だ。
 その一環で主人公一夏が、世界で唯一の男性IS装着者という立場のせいで政治的に危うい立場に立たされてしまい、時に命を狙われたりもしていた場面もあったと思う。

「小説だったから助かってたみたいだけど、実際にずぶの素人があの立場に立ったら何度か死んでいるような……」

 千早は知っている限りのインフィニットストラトスのストーリーを思い起こす。
 結論として、一夏の存在がどうしても解決に必要な問題は一切なかったはずだ。
 シャルルの件が微妙に当てはまる気がしないでもないが、彼女の件はそもそも一夏さえいなければ発生していない。

 となると……一夏はIS学園に入学するべきではない。

 誘拐事件の事を考えると自衛手段としてISを持っていた方が良いかも知れないが、一夏の戦闘力はISに登場する全専用機持ちの中でもダントツで最弱。
 その底辺という地位が、6巻時点まで全く小揺るぎもしない。

 それはそうだ。
 一夏はちょっと前までISやそれに伴う軍隊教育・専門知識とは全く無縁だったド素人。
 天才的な素質を持っているらしいが、どれ程凄まじい素質を持っていようともつい最近まで民間人だった男が、軍事教育でみっちり鍛え上げられたヒロインたちの領域までそう簡単に辿り着ける筈が無い。
 何しろ彼女達は素手でマシンガンやショットガンを持った男を制圧できる人外レベルの戦闘力を有し、演算能力・反射速度なども明らかに人類の範疇を超えている超人兵士・代表候補生なのだ。
 唯一そうでないヒロインであり、他のヒロイン達に絶対的なほど劣る実力の箒でさえ、女子中学生剣道日本一。生身同士ならば一夏を一方的に蹂躙でき、専用機同士でも以下同文。
 そしてモブの少女達も厳しい倍率のIS学園入試を掻い潜ったエリート達で、その中には軍事訓練を受けるなどして箒と比較しても遜色ない実力を身につけるに至った少女も決して少なくない筈。軍関係者がヒロイン達だけという事も考え辛いからだ。それはつまり、モブですら機体性能差を考慮せず本人の実力だけを見れば、一夏を超える者が多いという事。
 あげく、一夏の姉である千冬にいたっては地上最強の生物ときたものだ。

 この状況下で、本来なら瞬殺される以外有り得ない戦闘においてそれなりの見せ場がある時点で、主人公補正がかなり効いていると言わざるを得ない。

 とはいえ、最弱は最弱。
 身柄を押さえようとしたり殺害しようとして襲い掛かってくる刺客に対抗するには、あまりにも頼りない。
 そう考えると、最弱の力などないのと同じ。
 そんな役立たずな最弱の戦闘力を得るためのリスクとしては、政治的に非常に危うい立場になるというリスクは余りにも巨大すぎた。


「IS学園入試会場の場所、聞いておけば良かったかな。」


 かくして千早はIS学園入試会場へと急ぐ。一夏がISに触れる事を防ぐ為に。

 そして……その一夏から自分の写真を手渡されるという、全く予期しない展開に目を回したのだった。




===============






 だから一夏と出会った少女は、千早は逡巡する。
 このまま一夏を伴って屋上へ行っても良いものかと。

 そして。

「まってください。これは僕宛の贈り物のようです。
 これに関してはあなたは関係ないようなので、屋上へは僕1人で行きます。
 あなたはもう帰った方が良いんじゃないんですか?
 これからまだ受験を受け付けている学校とか、中卒採用をしている企業とか、色々と探さないといけないでしょう?」

 束はISの発明者。その彼女からの贈り物なのだから、IS関連の物である可能性が高い。
 千早はそう判断する。
 何故男性である千早にそんな物を贈るのかが分からなかったが、千早は一夏をISから遠ざけるべく彼を帰らせる事にした。

「そりゃそうだけど、見るだけなら別に良いんじゃないか?
 そもそも君を『連れて来い』って書いてあるって事は、俺がその場にいること前提じゃないか。」
「それは、そうですけど……」

 千早は一夏の同行を断る適当な理由を探そうとするが、どうにも思い浮かばない。
 結局、千早は折れた。




 屋上への鍵は開いていた……否、一夏がドアノブに触れる直前まで閉ざされていたのだが、二人はその事に気付かない。

「で、このドでかいダンボールがその贈り物なのか?」

 扉を開けた先に見えたのは外の風景ではなく、間近に迫るダンボールの壁。

「そうなんじゃないんですか?」
「でもこれじゃあ、開けて中を確かめるどころかどかす事もできないぞ。」

 一夏がそう言いながら、何気なくダンボールに触れる。

 すると突然ダンボールを突き破って出現した刺又のような物が2人に襲い掛かり、拘束するとそのままダンボールの向こう側に引き寄せる。
 突然の事に、一夏は勿論、千早も反応し切れなかった。

 そして2人が引き寄せられた先には……




===============




「……何をしているんだ、お前は。」

 いきなり屋上に未確認のISの反応が2つも発生したとのことで、試験用ISを装着した千冬がIS学園入試会場から急行してみると、彼女の弟である一夏と見知らぬ少女が拘束された状態で屋上に転がっており、その2人の傍らにはそれぞれ見たことのないISが起動状態になって佇んでいた。
 動けなくなっている2人は、丁度傍らのISに触れた状態になっている。

 他に人の姿がなく、素直に見れば……少女と、そして男性である弟が触れた事によってISが起動した、という状況に見える。

「いや、俺にも何がなんだか……なんか頭に情報が流れ込んでくるってーか、そもそもなんで男の俺が触ってISが動いてんだ!?」
「それ……僕の台詞ですよ……」

 一夏は勿論、少女にとっても想定外の状況のようだ。
 そして少女の方も一夏と似た状況のように見受けられる。

「何が原因で、どういう経緯でこの状況になった?
 答えろ、一夏。」
「いや、ちょっと待って、千冬姉。
 問答無用で流れ込んで無理やり分からされてる情報が多くて、ちょっと他の事に頭が回んねえ。」
「……お前は?」
「僕もです……」

 と、千冬のプライベートチャンネル……IS装着者間で行える、互いの脳内に直接声を伝える通信機能……で、屋上の様子を尋ねるIS学園教員の声が聞こえてくる。

『こちらも状況が見えん。
 どうもあの馬鹿がまたぞろロクでもない事をしてくれたという事と、未確認ISが起動状態のまま誰にも装着されていない事、起動させている連中が装着したくても出来ない状況下にある事しか現時点では分からん。』

 千冬はプライベートチャンネルでそう返答する。
 一夏がISを起動した事実は伏せたい。そんな彼女の心境が反映された返答だった。

 だがそれも意味のない配慮だったようだ。

「織斑せんせーい、私も応援に来ちゃいました……って、ええ!?
 なんで男の子がISを起動させてるの!?」

 最悪のタイミングでやって来た後輩の姿に、千冬は思わず頭を抱え込んでしまったのだった。

 その後、一夏と少女の様子が落ち着くまで要した時間は2時間ほど。
 それほど膨大な量の情報が、ISから2人の脳内に流れ込んでいた。 





===============




 千冬は御門 千早と名乗った銀の少女から、その身に起こったという話を聞いていた。
 千冬にとって、千早の話は信じ難いものだった。

 一夏が主人公の小説「インフィニットストラトス」の存在。
 6巻まで刊行されているが、一夏は主人公であり才能に恵まれていながら全くのド素人という出自の為、他のキャラとの差を少しずつ詰めてはいるものの最弱の座から一歩も動く事ができないでいる。
 そんな最弱の力を得るのと引き換えにしたのは、かけがえのないなんでもない日常。
 いかに弱くとも、「世界唯一の男性IS装着者」という立場は恐ろしいほど巨大な政治的意味を持ち、一夏は単なる民間人として生を全うする事が不可能になってしまったのだ。
 そして「世界唯一の男性IS装着者」という立場は、時に暗殺という形で一夏を押し潰してしまおうとする。
 物語の中の一夏は専用機を持つ他のあらゆる登場人物より弱いものの主人公補正のお陰でなんとか生き延び、時には主人公補正のお陰でそれなりの見せ場を得たりもしているが、今ここにいる一夏が同じく主人公補正に守られているとは限らない。

 その小説で言えば冒頭の場面に当たるIS学園入試に出くわした千早は、主人公一夏の運命を狂わせた「迷い込んだIS学園入試会場でうっかりISに触ったら何故か起動してしまった」という事件を防ぐ為、IS学園入試会場へとやって来たのだという。
 そして、小説とは全く別の形、彼女自身の写真を餌にしたトラップに引っかかり、あの状態に陥ったらしい。

 全く、正気を疑うに充分なほど荒唐無稽な証言である。
 しかし……

「それ以上に、お前が男だという事の方がはるかに信じ難いんだが。」
「はるかに……ですか……」

 可憐という言葉を具現化すればこうなるであろうという容姿の銀の少女は、ガックリという擬音が明確に聞こえるようにうつむいてしまった。
 だってそうだろう。この少女が男だというのであれば、この世から女などという人種は消滅してしまう。
 千冬は本気でそう思った。

「あの、小説「インフィニットストラトス」の事よりも、僕が男だって事の方が信じ難いんですか?」
「ああ、何しろ束の事だからな。
 私達の事が描かれた小説が存在する平行世界に行く、その程度の無茶はやりかねん。
 そもそもアイツに常識を当てはめるほうが無理なんだ。
 ISからして非常識にも程がある代物だからな。
 だが……お前が男だというのには、束は関係ない。だから信じられん。」
「……そうですか……」

 そうだ、束だ。
 もし仮に千早の証言が本当であるとするなら、束が「インフィニットストラトス」を読んでいる可能性は高い。
 束が一夏に千早の写真を持たせた事とその後の出来事を見るに、千早を元の世界からこのインフィニットストラトスの世界に連れて来た下手人は間違いなく束だからだ。
 世界中から追われ、直接会いに行くことは不可能だが、何故か千冬からのコンタクトには高確率で応じてくれる友人。

 千冬にしては間の抜けた話だが、彼女自身が自分が束にコンタクトを取る事が出来る事に気付いた丁度その時、千冬の携帯電話が鳴り出した。
 画面を見れば、そこに示された名前は『メタルウサミミ』。

 千冬は千早に「ちょっとまて」と言ってから電話に出た。

『やーやーやー、そろそろ私からの連絡が欲しくなったかなー、と思って電話してみたよ。』
「……お前、この状況をどっかから監視してるだろ!?」
『うん、まー白式と銀華にちょっと盗聴器なんかを。』
「ほう。」

 千冬の額にビキビキと怒りマークが現れたように見えてしまう千早。
 なお、白式と銀華は先の未確認ISの事で、白式は一夏専用機、銀華は千早専用機となっている。

「で、今回のこれは一体何のつもりなんだ?」
『いやーねー、「インフィニットストラトス」あたしも読んだんだけどねー。
 ぶっちゃけあのお話でいっくんが弱いのって、ライバルキャラがいないからかなーなんて思っちゃったりなんかしちゃったりして。』
「…………それで一夏のライバルとして、御門を連れて来た、と。」

 千冬の声のトーンが一気に下がる。
 地上最強の生物がドスを効かせた声で、電話の向こうの天災科学者に話した。

 ああそうだった。人の迷惑顧みないというか、織斑姉弟と箒以外の人間はマトモに認識する事が出来ないという社会不適合者に、人様の立場や家族などを思いやる気持ちなど芽生えよう筈がないのだ。

 分かっていた筈だったが、今回束がしでかした事は千早に対する誘拐である。
 かつて誘拐の被害にあいそうになった彼女としては、到底看過できる所業ではない。

 だが馬耳東風とは良く言ったもので、束はそんな千冬の怒気など意に介さない。

『そーそー。
 だってねー、同じIS初心者で同じ男性IS装着者で同じ高機動型接近戦用機。
 それで生身だったらいっくんよりつよーーーい。
 もう見事なまでにライバルに相応しくってぇ、つい♪』
「つい♪ じゃないだろう、この誘拐魔がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
 って、同じ男性IS装着者!?」
『うん、わたしももんのすっごくビックリしたよー。もう口から心臓が出ちゃいそうな勢いで。
 すっごいよねー、女の子として完璧な容姿を持った男の子なんて千早君見るまで想像もしてなかったよー。』

 先ほどの怒りはどこへやら。
 千冬は自分の耳から血が噴出したような感覚に囚われ、ハタから見ていた千早も彼女の耳から血が噴出する幻覚を見たような気がした。
 そのお陰で一瞬ビクッとする千早。

「念のため聞くが、どうやって調べた?
 本当に御門は男なのか!?」
『えーとねー、おふr』
「いや、いい。止めておこう。」

 なにやら不穏当な返答をしようとする束に対して不吉な予感を感じた千冬は、彼女の返答を遮った。

『ぶ~~~。
 ……本当はね、千早君をそっちに送ったのって、ちーちゃんを精神的に追い詰める為だったんだ。』
「は?」
『千早君の世界にはISは存在しない。あるのは小説「インフィニットストラトス」。
 だから千早君の世界にいっくんを送ってしまえば、いっくんは暗殺されたり誘拐されたりする心配がなくなる。
 それをちーちゃんが自分で考え付くか千早君が提案するかして、そのお別れが刻一刻と迫る、その焦燥感をちーちゃんに感じて欲しかったの。』

 突然のトンでもない束の告白に戸惑う千冬。
 電話の向こうの束の声は、普段とは比べ物にならない真剣なトーンが感じられる。

「ちょっとまて、そんなもの私に感じさせてどうするつもりなんだ!?」
『だってちーちゃん、いっくんをISに関わらせない事で守ろうとしたんでしょ?
 でもそれって、ISに関わらないって事は「織斑千冬」にも関わらないってことだよ。
 実際、ちーちゃんってば月に2,3回しかいっくんと一緒に過ごせてないじゃない。
 その路線の行き着く先は、ちーちゃんといっくんの永遠の別れ。それでいいの?』
「…………」

 束の指摘に押し黙る千冬。
 今指摘された事は、以前から自分でも分かっていた事だった。
 一夏が誘拐された時も、その原因は一夏が自分の、「織斑千冬」の弟だった事だ。
 ISに関わる事は危険かも知れないが、一夏は千冬というこれ以上ないほどのISとの接点を持っており、ISとの関わりを絶つのであれば、千冬との関わりを絶たねばならない。
 ……分かっていた事だった。

『それに「インフィニットストラトス」でいっくんが誰よりも素質があるって言われてるのに弱っちいのは、ISと関わるのをずっとちーちゃんに妨害されてたからなんだよ。
 もっと前からISと関わっていたら、女の子達とそんなに変わらない訓練を受けれた筈だもん。それなら、一番才能があるいっくんが一番弱いなんてありえないもの。
 そんなちーちゃんのせいで弱虫になっちゃったいっくんが、自分の弱さに苦労させられる「インフィニットストラトス」を読んじゃったらさ、ちーちゃんを責めないわけにはいかなくて。』
「……全ては私の勝手だったという事か?」
『少なくとも私はそう思ったよ。』

 千冬は押し黙る。そうせざるを得ない。

『なんだったら、今度会った時にいっくんを千早君の世界に送っちゃう?』
「っ!! やめろっ!!!!!!!」

 ほとんど反射的に千冬は叫ぶ。ほとんど、否、完全に悲鳴だった。

『だよねぇ~~。いっくんがいない人生なんて、ちーちゃんにとっては死んじゃったのと同じだもんねぇ。』
「…………」

 千冬は黙るしかない。
 会話のイニシアティブを完全に持って行かれた事も自覚せざるを得なかった。

『いっくんと千早君に関しては、あたしからの要請でIS学園に入れてもらうよ。』
「……お前に言われずとも、男性IS装着者である一夏は強制的に入学させられる。
 御門については……お前に押し付けられた専用機があるからな。こいつの方も強制入学だろう。」
『うんうん。そーそー。
 千早君に関しては親御さんに説明求められちゃってねー、とりあえず無事を伝えたら、結構あっさりIS学園入学を認めてくれたよ。』
「……そうか。よく怒り出さなかったな。」
『なんかねー千早君、自分の殻に閉じこもったっきりで人との付き合いが出来なくて、おかーさん心配してたんだって。
 それで全寮制の学校なら人との関わりも出来るだろうって。』

 お前がそれを言うか。
 思わず口をついて出てきそうになるその台詞を、千冬は飲み込んだ。
 今更言ったところで直るものでもない。








 後にして思えばこれが、織斑 一夏と御門 千早のIS学園入学が決まった瞬間だったのかもしれない。
 千冬がそんな風に考えられる余裕を取り戻したのは、この1ヶ月以上後の話だった。



==第一話FIN==


 自分じゃ書けないと思ったので、雑談の「こんなネタ」スレに書き込んだネタですが、一向におとボク×ISを見かけないので書いてみました。
 そんなわけでその他板の恋楯クロスには期待しています。

 本当は束が言っていたような展開で話を進め、3巻で終わりという形を考えていたんですが、流石に親友相手にそこまでねちっこくは出来ないだろうという事で、この辺で手打ちにしました。
 まあぶっちゃけ異世界への移動で一夏の安全を確保するのであれば、IS学園入試以前の段階で拉致った方が良いわけで。
 3巻で終了という道筋を既に絶ってしまったため、完結はあまり期待しないで下さい。


しかし、ちーちゃんの男の子口調がよー分からん。
たぶん史相手に話した時の口調なんだろうけどうまく書けない……
基本、男の子モードで話を進めなきゃいけないのに。



[26613] IS世界の女尊男卑って、こーゆーとこからも来てると思うんだ(短いです)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/21 23:20
 一夏と千早はIS学園入試の3日後にIS学園にやって来た。
 千早から「インフィニットストラトス」の冒頭部分で一夏のニュースが連日連夜報道されていたという話を聞いた織斑姉弟が、マスコミの大攻勢が始まる前にIS学園に引き篭もってしまったほうが良いと判断した為だ。

 だが、たった2,3日でIS学園への入学を捻り込む事など出来ない。
 よって正式な手続きはまだしておらず、一夏と千早は寮に入る事ができない。

 なので、当面は千冬の部屋に居候という形になる。
 しかし2人は、正式な手続きが済んだ後でも寮に入るつもりはなかった。

 何故なら2人は

「千冬姉。俺達、夜寝る時にIS着て寝たいんだけど、どうにかなんないかな?」
「……一夏、お前一度死んで見るか?」

ISを着込んだ状態で就寝したいと思っていたからだ。
 千冬はその発想に呆れ果て、氷のように冷たく強烈なツッコミを入れる。

「べ、別に何の根拠もなくIS着て寝たいって言ってるわけじゃないぜ。
 一応根拠があるんだよ。」
「ずぶのド素人の思いつきに根拠も何もあるものか。
 大体何なんだ、その根拠と言うのは。」

 何だかんだいって弟には甘い千冬である。
 本来なら切って捨てて聞く耳持たない素人の思い付きにも、相手が弟であれば多少聞く耳を持つ。

「えーとな、ほら夜寝てる時の脳の活動って、色んな情報を頭ん中で整理してるって話があるじゃないか。
 だから寝ている時にIS着けてれば、ISの操作方法込みで脳内の情報を整理できて、より早くより自然に直感的にISを操縦できるようになるんじゃないかな~~、なんて思ったんだよ。」
「……そんなものIS無しでやれ。」

 と斬って捨ててはみたものの、確かに一夏の言い分にもそれなりの理はありそうである。
 それに「ISを着用して就寝する」という発想は非常に新鮮であり、それでいてその操作方法が脳の活動と直結しているISが睡眠中の脳の活動と無関係という事も考え辛い。
 男性IS装着者という特殊ケースでデータ取りというのも考え物ではあったが、それでもISを装着したまま眠った時のデータは取ってみる価値がありそうだった。

「……男女が同じ寮で生活するのは好ましくないとして、お前達がアリーナ辺りで寝泊りできるかどうか上の方に打診してみよう。
 アリーナならば、ISを制限なく使えたはずだからな。
 だが……あまり期待するなよ?」

 やはり弟には甘い千冬であった。

「ああ、後、その電話帳の中身は4月になる前に全部憶えておけよ。
 それ全部がISに関する基礎知識で、ウチの授業についていく為には全てが必須だからな。」

 ただし締める所は締める。

 一夏は「電話帳」と揶揄されるソレを見てゲッソリする。
 こんなものの中身を完全に把握するなど、何年がかりになるか知れたものではない。
 一方の千早も同様だったが、彼に関しては一夏とは違う懸念も抱いていた。

(IS学園の入試倍率から考えて、女の子はこの電話帳の中身をある程度把握しているのが当たり前で、完全に把握している子も少なくない。
 その一方で、男の方は全く知らない分からないのが当たり前……普通ならISなんて動かせないんだから当然か。
 分野的な偏りはあるけれど……この世界って、男女間で知的水準にかなり大きな差が出来ているのかも知れない。
 ……なんだか、そっちのほうが地味に女尊男卑よりも深刻な問題のような気がするな……)

 とはいえ、それを千早がどうにかする事も出来ないので、千早は大人しく一夏と共に電話帳を前にして苦悶する事にした。





===============






 一夏と千早は電話帳とノートを前にして突っ伏していた。
 電話帳のページは全体の40分の1もめくられてはいない。

「あ、頭が割れる……」
「確かに……これはキツイですね……」

 一夏は単なるバイト中学生だった身である。
 専門知識が山盛りにされている電話帳の中身に、脳がショートしてしまうのは当然である。

 だが……彼のかつての同級生たちのうち、女子達は全員がこの内容を最低でも半分程度は理解していたのだ。
 女の子ならば誰しもがIS学園に入学する事を夢見て、この電話帳と何年にも渡って格闘するからだ。
 なので彼女達は電話帳に記載されている専門的かつ複雑な計算式にも平然と対応できる。
 一方、一夏を含むIS学園に入る事などありえない男子生徒達の計算能力は、千早の世界の一般的な中学生とほぼ同レベル。
 数学的能力だけを切り出せば、大学生をも遥かに凌駕する女子と中学生レベルの男子と言う構図となる。
 勉強のさなかにその話を一夏から聞いた千早は、やはりかなり深刻なレベルで男女間の知的水準に差が出来ている事を実感した。

 一方、千早の知的レベルは元の世界の水準に当てはめれば恐ろしいほど高い。
 ハッキリ言って、彼に比べれば一夏など問題外と言って良いレベルである。
 ……のだが、彼はISが実在しない世界の住人であり、ISに関する専門知識など全く持ち合わせていない。
 勉強といえば一を聞いて十を知るばかりであった千早にとって、訳の分からない専門知識の塊を相手に苦闘すると言うのは全く未知の体験だった。
 ゆえに理解度は一夏よりも高いものの、疲労の色も一夏より濃い。

「休んでいる暇はないんだけどな……洒落になんないだろコレ。
 なんで女子連中はこんなもん把握できてたんだ……」
「小学校時代からの積み重ね……裏を返せば、その時点で既に男子よりも段違いにハイレベルな教育を受けていたという事なんでしょうね。
 はあ、僕も疲れましたよ。」

 千早は頭を抱えながら仰向けに寝転がり、ため息をついた。

 2人の前途は、暗かった。
 まあ2人いるという事と、電話帳を捨てずに入学前から勉強し始めている時点で「インフィニットストラトス」の一夏よりは恵まれているかも知れないが、彼には主人公補正がついている。
 ソレを思えば、どちらがマシな境遇といえるか微妙な所であった。





===============


 一方その頃。

「……まさかアリーナでの寝泊りが普通に許可されるとは思わなかったな。」

 などと千冬が言っている横で、一夏と千早の入学手続きが今まさに完了しようとしていた。

 これによりアリーナを使用できるようになった一夏と千早が、鬱憤晴らしの為にひたすら飛びまわり続けた事は言うまでもない。


==第二話FIN==



 ホントは一夏VSちーちゃんという模擬戦をやりたかったんだけど、タイミング的に合わず。

 ちなみにこの世界では、一夏の代わりに弾がマスコミに追い回されて偉い事になっています。一夏本人にインタビューできないなら、その親友でいいやという理由で。

 しっかしこれだけ男女間の知的水準に差があると、もう学術研究の世界も女性に制圧されそうですねえIS世界。そしてそっちの意味でも男性の価値が地に落ちると。
 少なくともヒロイン連中の演算能力は人外レベルなのが確定してるからなぁ……



[26613] この人は男嫌い設定持ちです
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/28 18:12
「まったく、毎日毎日毎日毎日、よくもまあ飽きもせずに一夏の事ばかり報道してくれるものだ。」
「仕方がないですよ先輩。
 男の子がISを動かしたっていう事は、ソレくらいの大事件なんですから。」

 千冬は後輩の山田と共に、職員室でテレビを見ていた。
 報道される内容は、あいも変わらず「男性IS装着者出現」つまり一夏の事ばかり。
 その状況がもう半月も続いて、千冬はもうウンザリしていた。

 ちなみに千早については、ほとんど報道されていない。
 何しろ彼は見た目がアレである。
 男というよりも御伽噺のお姫様といった方が遥かに納得できる容姿をしている為、千早が男性IS装着者として報道される事はない。
 もし仮にそういった報道がされた場合を想定してみても……

「あいつを見せられて「これが男性IS装着者です」等と言われて、信用する奴などいるものか。」

 という結論に達してしまう。

 現状、千早が男性であるという事を知っているのは千冬と一夏、束の3人のみ。
 一夏は始めて千早と出会った日の帰りに、千早と共に公園のトイレに行き、千早が男性用トイレで用を足す所を見て、彼が男である事を知ったという。
 その後、織斑姉弟はショックの余り丸一日寝込み、それを見た千早が自分が男だという事はそこまでショックな事なのかとへこんでいたのだが、そんな事は最早過ぎたことでありどうでもいい。

 千早が男性である事を知る者はごく少数だが、別に千早が男性であるという事は機密でもなんでもない。
 初対面の時の千冬と同じように、正直に白状したところで相手が信用してくれないだけである。

 千冬は弟だけでなく千早のためにも男性用の制服やISスーツを用意しようとしているが、業者の方が何故に千早に男物が必要なのかと首を捻るばかり。
 千冬としてもその気持ちは痛いほど分かるのだが、千早は散々女の子に間違われてきた……というか実際には男として認識してもらった頻度の方が遥かに少ないくらいだったせいか、女物を身につける事にはかなりの拒絶反応を示している。
 いかに男物より似合っていようと、本人にしてみれば女装である。確かに苦痛ではあるだろう。

 千早曰く、

「何故にまりや姉さんがいない所でも女装させられなきゃならないんだ……」

との事らしい。

 千冬が「まりや」なる女性について千早に尋ねた所、自分と又従兄弟の瑞穂を好んで女装させてくるパワフルかつ傍迷惑な従姉妹なのだという返答が返ってきた。
 なお、千早と同じようにまりやの被害に遭っている又従兄弟の瑞穂の方も千早と変わらない位女性として美しいらしく、まりやは

「なんで女のあたしより、男の従兄弟2人の方が可愛くて綺麗で女らしいのか。」

と、よく愚痴っていたという。

 ……千冬は同じ女として、まりやという女性の気持ちが痛いほど理解できた。
 なのだが、どうも当の従兄弟2人には彼女の慟哭が余り届いていないらしい。
 いかに見た目が美少女でも、一応彼らは男性である、という事なのだろう。



 その千早の男性的な側面を最近ようやく目にするようになった。
 いや、ある意味では容姿よりも更に女性的な側面か。

 ISが使用できるようになってから、度々千早は一夏に攻撃的な態度を示すようになった。
 それまでは「一夏という人命を保護すべし」という立場から一夏の味方として振舞っていた千早であったが、彼は自分自身が男であるにもかかわらず、かなりの男嫌いだったのだ。






===============






 事の発端は、一夏が

「いずれは千冬姉の事を守れるくらいにはなりたいよな。」

とのたまったのに対して

「そんな事は一生かかっても不可能ですよ。」

と、千早が冷たく反応した事だった。
 少なくとも千冬はそう聞いている。

 二人は口論を始める。
 誰かを守れるくらい強くありたい、強くなりたいという一夏に対して、千早は誰にも勝てない最弱の力で誰かを守る事など出来はしないと斬り捨てる。
 そして続ける。
 そもそも出会った当初から一夏がIS学園に来るのは反対であり、一夏はどう足掻こうとも誰かに一方的に守られる弱者という立場から一生一歩も動く事は出来ない、と。

 それからはもう売り言葉に買い言葉。
 そして丁度ISを身につけているのだから模擬戦で決着をつけようという事になり……一夏の凄惨な惨敗で決着した。

 惨劇は模擬戦の終盤、一夏が白式に装備されたIS用の刀、雪片弐型を振り下ろした時に始まった。

 振り下ろされる雪片弐式のスピードは人間の斬撃とほぼ等速。振り下ろす腕の付け根が人間のものなのだから、当然といえば当然である。そして千早のIS、銀華のスピードはそれを上回っていた。
 振り下ろされる雪片弐式を潜るように避けた千早は、振り下ろされている途中の一夏の右腕を掴み、振り下ろしの勢いを利用して無理に1回転させる。
 これによって一夏の右肩が破壊される。

 その激痛に動きが鈍った一夏の足に素早く取り付いた千早は、高速でスピンして足を思い切りねじり挙げる。それを2回。
 これにより一夏は両足を持って行かれた。

 四肢の内、一夏に残されたのは左腕のみ。そして他の四肢を奪われた時の激痛は引く気配を見せない。
 その状態で千早と銀華を討ち果たす事は不可能であり、最終的には首を捻りあげられて絶対防御が発動し、シールドエネルギーを根こそぎ持っていかれてしまった。

 辛うじて意識が残っていた一夏に、千早はこう告げる。

「同じずぶの素人相手にこの体たらくで、誰かに勝てるつもりなんですか。
 素人相手にこれじゃあ、誰にも勝てない。
 まして誰かを守る事なんて出来るはずがない。」

 それでも一夏は、これから強くなれば良いと食い下がるが、それさえも千早は

「既に僕たちより遥かに強い人達も、もっと強くなる為に軍事訓練を受けていて僕達以上の速度で強くなっていっているんです。
 アキレスと亀みたいなものですよ。
 スタート時点が遅れた僕達は、彼女達に追いつく事なんてけっして出来ないんです。後から来た女の子達に追い抜かれることはあっても、です。」

と斬り捨てた。
 後になって一夏は、この時の自分の弱さをなじる言葉も、半分くらいは千早自身に向けていたようにも感じた、と千冬に話した。
 その時点で、既に千冬はそれが事実である事を知っていたのだが、それはまた別の話である。


 そしてこの決着の直後、2人のISの一次移行が終了する。


 白式は何故か中身、一夏ごと修復され、工業機械然とした角ばった様相から流線型のフォルムを得る。
 とはいえ、白式自体のダメージは軽微だった為、修復されたのは一夏だけと言って良い。白式に起こった事は修復ではなく変化だった。
 通常ISの腕や足というのは人間のソレより大きな物で、とりわけ脚部パーツが本物の足よりはるかに大きくなっているのだが、白式のそれは人間用の篭手や脛当のサイズまでダウンサイジングされる。しかしソレは小さく弱くなったというよりも、洗練された力が凝縮された、むしろ力強い印象を見る者に与える。
 翼はやや小ぶりになったものの、しかしその力強さはより大型だった以前とは比べ物にならない。
 そして小さくなった分、数が増え、推進力が飛躍的に増大した事は疑う余地が無い。
 かくして大きな手足に本物の手足を突っ込み、背中に巨大な羽根を背負うISに共通する筈のフォルムは、小さく整理され、しかし小さく纏まるのではなく力をより凝縮させたというイメージを見る者に与え、そして事実その通りだった。
 凝縮されたエネルギーは、より強大な力を示す。
 その身に秘めたるあふれんばかりの力を凝縮し、更なる力とした白き鎧武者、それが一次移行を経た白式の姿だった。

 同様に銀華も一次移行によりダウンサイジングされる。
 白式の手が篭手ならば、銀華の手は長手袋。
 白式の足が脛当+甲懸ならば、銀華の足はブーツ。
 腰部装甲の横にはアンロックユニットのスラスターが追加され、頭部パーツはティアラのよう。
 胸を覆う胸部装甲は、しかし動きの邪魔にならないことは明白だった。
 小さくなりながらもかつてより力強さを感じさせる白式に対して、一次移行によって変貌した銀華はどこまでも軽やかだった。









===============







「対ISの関節技なんて初めて見ましたよ、先輩。
 でも御門さんって綺麗な顔してキツい事しますね。」

 二人の模擬戦が行われた日、千冬は一夏の四肢が破壊されたと聞いて愕然とし、なぜそんな事になったのかと、一夏対千早の模擬戦の記録映像を見る事にした。
 他にも束謹製の専用機同士の戦いを見たいと、山田をはじめ多くの生徒や職員がやってきている。
 初心者同士の戦いで操縦技術的には見るべきものなど無いと思いながらも、やはり束謹製の専用機というのは興味がそそられるものらしい。

 そして目にする、IS戦で行われる装着者の関節への攻撃。
 ソレを見たものは皆、物珍しさに目を剥いた。
 しかし同時に、なぜ千早がそんな事をしたのか、千冬のみならず多くの人間が首を捻る。

 そこで一同は、千早と一夏がISを使えない間に行われた二人のISについての調査データを閲覧する事にした。機密に関わる部分以外は、たとえば装備の概要などはそれで分かる筈だった。

 そうして判明する驚愕の事実。
 その二機のISはあまりにも軽装だった。
 白式の武装は刀一本のみ。
 そして銀華の武装は……全く無し。拡張領域すら存在しないため、武装の追加も不可能だった。

「……つまりISの馬力に物を言わせた関節技だけが、御門の攻撃手段だったという事か。」

 理解は出来る。しかし納得は出来なかった。
 生まれて始めてのISでの戦闘で、四肢を破壊される。
 IS同士の戦闘を甘く見ている初心者に現実を見せる為の処置としては、あまりに苛烈で過酷な処置であると思った。
 彼女が弟に甘い事を考慮しても、この感想は妥当であろう。

 だからその場の全員が驚いた。
 両足を破壊されたはずの一夏が、千早を伴って自分の足で部屋に入ってきた事に。











「なんでか分かんないんだけどさ、初期化と最適化が済んだ時に治っちまったんだ。
 損傷したISが一次移行や二次移行を迎えると修復されるって話が電話帳にあったけど、多分丁度そんな感じ。」

 何故動けると訊ねる千冬に、一夏はそう答えた。

「いや、普通そんな事は起こらないんだが……まあ、お前が無事なら何よりだ。」
「いや無事じゃ無かったって。
 肩とかぶっ壊されて、とんでもなく痛いのなんのって。
 ISでの戦闘って、あんなに痛いモンなんだな。」
「むう、まあモンド・グロッソに出場するような奴の中には、骨折でも眉一つ動かさんようなのもいたがな。
 普通は今回のお前ほど痛い思いはせんぞ。
 まあ、被弾時にはそれなりに痛い思いをするが、関節をあんなに乱暴に破壊されるほどの激痛は稀だ。」

 と、千冬は千早に向き直る。

「……お前に、他の攻撃手段がなかったのは分かっている。
 だが感情の部分では割り切りきれん。」
「……でしょうね。」
「それが分かっていながら私の前に姿を見せるか。」

 千冬と千早の間に重い空気が流れる。

「場所を変えるぞ。いいか?」
「はい。」

 千早は頷く。

「じゃあ一夏は1人で記録映像を見ていてよ。
 感想戦は後にしよう。」
「ん、ああ。」

 一夏はそういうと、千早を見送った。
 彼は気付かない。

 今この場にいる人間の中で唯一の同性を退出させてしまった事に。
 また、それと同時に、この場に居る大勢の女性に対する歯止めもまた行ってしまった事に。

 かくして千冬と千早が出て行った直後、一夏は女ばかりで出会いもへったくれも無いIS学園の娘さん達に詰め寄られ、結局二人が戻ってくるまで記録映像を見る事が出来なくなってしまったのだが、それは関係の無い話なので割愛する。



 一方、廊下に出た千冬と千早は、人気の無い一角で話を始めた。

「そもそも今回の模擬戦、お前が一夏に喧嘩を売った事が原因らしいな。
 関節技しか攻撃手段がなかったことを装着者であるお前が知らん筈が無い。
 ……最初から一夏の関節を破壊するつもりだったな。
 何のつもりだったのか、教えてもらおうか。」

 千冬が千早を威圧する。

「……八つ当たりだったのかもしれません。
 出来もしない守りたいという願いを持つ一夏が、母を守りたいと思ってそしてそれができない自分と重なって、どうしようもなく嫌になったんです。
 どうする事も出来ないくせに、守ってもらう側のくせに、守るだなんて妄言を言う一夏が許せなかった。
 知っていた筈なんですけどね、「織斑一夏」という人がそういう人だっていう事は。
 でも、我慢できなかった。
 それだけです。」
「つまり一夏の中に見たくない自分を見て、八つ当たりで痛めつけたと。」

 千早は黙って頷く。

「許容できませんか?」
「したくはないな。
 だが、一夏がああして復活している以上、そして一夏本人がああしてお前を許容している以上、今更お前を痛めつけた所で何も始まらん。」
「本当に、彼の事を大切に思っているんですね。」
「……一夏はお前にとっても友人だと思っていたんだがな。」

 千冬のその台詞に、千早はこう応じた。

「まあ今までは彼の命や生活がかかっていたり、電話帳に圧倒されたりしていて、嫌悪の感情を見せる余裕すらありませんでしたからね。
 ……実は僕、自分自身男の癖に男嫌いなんですよ。」
「……は?」

 千冬の目が点になる。

「はは、まあ驚きますよね。男の男嫌いなんて。
 最初は、そう一番最初は自己嫌悪と家庭を顧みない父への反発だったんです。
 それが今では、嫌悪の対象が父と自分自身だけではなくて、男性全般に及ぶようになってしまいました。
 荒療治の為に男子校に入学しようと思ってたんですけど、この世界に拉致されてそれも出来なくなりました。」
「お前が……男子校……だ、と……?」

 いや、鏡を見ろ鏡を。
 男子校に行くなどと、お前は正気なのか。
 もっと自分を大事にしろ。
 ヤケッぱちで自分を投げ捨てるような真似をするな。
 心に大きな傷がつくからやめろ。

 そんな、千早に叩き付けたいフレーズが千冬の中で乱舞し、お陰でそれらが上手く口をついて出て行かない。
 そして束に内心謝罪をする。

(束、この間は誘拐魔などと呼んで悪かった。
 お前がこの世界に連れてこなければ、千早の人生には拭いがたい傷がついてしまう所だった。)

 千冬は男子校の内情など知りよう筈が無いが、周り中思春期の男しかいない環境下に千早を放り込んだ結果など悲惨なものしか想像できない。
 千早の男子校入学がお流れになった事は喜ぶべき事だ、と千冬は思った。 

 それにしても。

「自己嫌悪か……御門、お前は自分が嫌いなのか?」
「ええ嫌いです。
 全てを上から見ているように見下す自分も、周りとの壁を作る自分も、何も出来ていないくせに母様の傍にいるだけで彼女を守れているつもりになっている無力な自分も、浅はかな判断でその母様を病ませてしまった自分も、嫌いです。
 ココに来た事で、上から目線の自分が以前より嫌いになりましたね。
 ……「インフィニットストラトス」の事がありますから。」
「……そうか。
 お前は嫌いな自分を許せるか?
 それとも自分の嫌な部分を直せるか?」
「どちらも、そう簡単に行けば苦労は無いでしょう。」
「違いない。だが私は一応教師で、お前はこの4月からここの生徒だ。
 多少は頼ってもらいたいな。」

 この時千冬は、千早に対して、教師としての本文を全うする必要性を感じたのだった。












「千冬姉、千早、早く帰ってきてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」





==第3話FIN==

ちーちゃんドSモードは男の子が基本なのに、女の子仕様の口調の方が合うような……うーん。
 Sっ気タップリにする為に、わざと丁寧口調にしてみました。一応、一夏と話す時は男の子口調でも話してますが、なんかまぜこぜ。過渡期か何かだと思ってください。(言い訳)
 白式もなんか原作と違いますが、まあ銀華の一次移行に引っ張られたとでも。初戦の相手自体がブルーティアーズと銀華と、全然違うISですしね。

 あと、同じ初心者同士なのにちーちゃんの方が圧倒的に強かったのは、中の人の性能差がモロに出たのと、ISの相性です。
 おとボク主人公は真ヒロインであると同時にかなりのチートキャラなんで、初期一夏に攻略できるほどヤワではありません。流石に人外の戦闘力を持つISヒロイン達には負けますが、例えば瑞穂ちゃんは100m6秒台と言われるほどの脅威の身体能力を持ち、瑞穂ちゃんに劣るというちーちゃんでも塀をジャンプで乗り越える事が出来ます。
 それとISの相性ですが、ちーちゃんの銀華はPICを極めた運動性特化機。同じく運動性を重視しながらも火力の方にも気を使っている白式では、戦いの展開が運動性比べになってしまいより運動性に特化した銀華に負けてしまいます。
 一方で、防御の硬いISと戦う際には、一撃必殺の火力と充分な運動性を持つ白式の方が有利という感じになります。

 またちーちゃんが一夏の関節を破壊した件ですが、おとボク1で瑞穂ちゃんが暴漢の骨をへし折る描写があるため、その親族であるちーちゃんも必要性を感じたら躊躇無く相手の骨をへし折れるものと解釈しました。まあ今回は八つ当たりですが。

 ……しっかし、ちーちゃんの態度の変貌がちと急すぎたかも。

 なお、一夏の関節を破壊する怖いちーちゃんを忘れてちーちゃんに萌えたい方は、銀華装着状態のちーちゃんを妄想してみてください。
 どこのお姫様だと言いたくなるような仕様になってます。



[26613] こーゆー設定資料的なことはやんないほうが良いと分かっているんだが……
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/21 17:44
 前回の話で、これからちーちゃんが関節技一本のプリンセス金剛拳な戦い方をするのではないかと懸念される方も居られるかと思いますので、銀華(とこの話での白式)の設定を書こうと思います。

 ちなみにちーちゃんの関節技は前回のみです。
 それ以降の関節技の使用は、もう1人のちーちゃんこと千冬さんに使用を止められています。
 まあ一夏以外の相手にやったら、女の子の関節を無慈悲に破壊していく話になっちゃいますからね……


NAME:銀華<ギンカ>
 PIC及び空間制御を極限まで極めた運動性特化機。
 あまりに特化しすぎた為、白式にすら存在する拡張領域を全く持たない、火器管制システムがないなどの欠陥を抱えている。
 展開装甲もついておらず、第四世代とも言いがたい。
 拡張領域もなく固定武装も無いので、一般的な意味での武装を全く持たないトンでもない代物である。

 しかしその代償として得た運動性という名の力はとてつもなく強大。
 最高速度・加速/減速性能は他の追従を許さず、しかもそのスピードで極めて鋭角的なターンが可能。
 どのくらい鋭角的かというと、瞬間的かつ全くスピードを落とさずに180度近く進行方向を変更できるという、とんでもない代物である。
 使用者の反応速度次第では、狭いアリーナ内でも凄まじいスピードで連続鋭角ターンを繰り返しながら敵を強襲することすら可能である……そのためには、常人とは比較にならない超反射神経が要求されてしまうのだが。
 この運動性は、同じく運動性重視の白式ですら真似できるものではない。

 また銀華には正規の武装は無いものの、極めて高度かつ簡便に操作できる空間制御システムを搭載している。
 このシステムは運動性を高める目的で搭載されているものだが、簡単な応用で空間を歪めその歪みが解消される時に発生する衝撃に指向性を持たせる簡易衝撃砲として使用する事が出来る。
 あくまで本来攻撃用でないシステムを応用した簡易衝撃砲である為、射程に問題があるものの、威力自体は甲竜の衝撃砲に劣らない。
 千早は、この簡易衝撃砲の発射台として銀華の手足を用いる衝撃拳を主な攻撃手段とする事になる。

 運動性という特性を反映させる為、通常のISよりも素直なマンマシンインタフェースとなっており、一次移行でダウンサイジングしてしまったのもその為。
 見た目的には、もはやお姫様以外の何者でもない代物になってしまっているのだが、(本人にとっては幸いな事に)千早はISはISであるとしており、彼が銀華のデザインに気を取られている様子は無い。



NAME:白式
 出自的には原作の物と全く同じはずなのだが、一次移行の前に戦った相手がブルーティアーズではなく銀華であった為に、その機体特性に変化が見られている。
 銀華の圧倒的運動性に対応する為、銀華と同じくダウンサイジングしている事もその一つで、これにより運動性が原作の物より上昇。
 また素直なマンマシンインターフェースも共通である。
 かといって他の面で原作の白式に劣るわけではなく、運動性の分原作よりも高性能と考えてよい。

 銀華には劣るとはいえ、やはり束謹製の運動性重視型ISである事には変わりなく、その運動性は中身の技量さえ伴えば脅威の一言に尽きる。
 そして一発がとにかく大きい雪片弐式。
 身につけているのが最弱の一夏でなければとんでもない事になる極悪性能のISである。



[26613] ちーちゃんって、理想的なツンデレヒロインだと思うんだ(短いです)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/21 20:38
「うう……またやってしまった……」

 千早は銀華を着た状態で膝を抱えてうつむく。
 どうにも一夏に憎まれ口を叩く事が止められない。
 そして今回の模擬戦も、その暴言がきっかけに始まったものだった。

 少し離れた所には、シールドエネルギーを切らした白式を着た一夏が何事かと様子を窺っている。
 初めての模擬戦の時と異なり、千早は空間操作を応用した衝撃拳で戦っている為、一夏は関節を破壊されるほどの激痛を与えられる事無く敗北している。
 千早に散々なじられ、ボコられてもへこたれず、ましてその千早の様子を心配そうに見つめているのは、彼の人の良さや精神的強さの証拠か。

 千早は一夏がやたらモテる理由が分かったような気がした。
 それにひきかえ、千早自身ときたら……

「おい、大丈夫か?」
「負けた方が勝った方に言う台詞じゃないですよ、それ。
 はあ。
 自分の性格の悪さがいつになく嫌になる……」

 千早はそう自己嫌悪しつつ、ため息をついた。

「直せば良いんじゃないか?」
「性格なんてそうそう直る物じゃないでしょうに……はあ。」

 千早の精神状態は余りよろしくないようだ。
 一夏はそう判断して、千早に何か話題を振る事にした。
 そうだ、千早の自己嫌悪といえば。

「そうだ、千冬姉に聞いたけど、お前って男の癖に男嫌いなんだよな?
 でも俺を助けようとしてくれたよな?」
「いや、あれは人命救助ですから。
 流石に男なんて皆死んでしまえとか、そこまで男嫌いじゃないですよ。」

 千早の声は沈んだトーンのままだった。

「でも、なんで男なのに男嫌いなんて難儀な事になったんだ?
 それじゃあ自分の事も嫌になってこないか?」
「いや、それは順番が逆ですよ。僕は男嫌いになる前から自分が嫌いです。
 それと家庭を顧みなくなった父への反発が合わさって、範囲が広がって男嫌いになったんです。」
「……本気で難儀だな、お前……」

 一夏は膝を抱える千早の陰鬱なフィールドが、薄闇になって具現化する幻覚が見えたような気がした。

「ああ……もうこんな女の子だらけのところで、助け合わなきゃいけない唯一の同性に対して弱虫だのなんだの……
 孤立するのも当たり前だよ、僕は……」
「おーい、千早ー、帰ってこーい。」

 どんどんどんどんネガティブ思考になっていく千早に対して、一夏は気遣いの声をかける。

 一夏にとっても、唯一の同性である千早と分かれて女性ばかりのIS学園で孤立するという事態は避けたい。
 なんというか、強烈な物量の好奇の視線の圧力が凄すぎる。
 だが、千早といるとその好奇の視線が心なしか分散するのだ。彼の事を男と知った女性が幾らかいるのかもしれない、と一夏は考えている。

 それに千早といると精神的にも本当に楽になる。
 何しろIS学園で異性として気を使う必要がない相手は千早しかいないのだから。

 「インフィニットストラトス」の一夏を、一夏は尊敬する。
 あんた、千早がいないこの孤立状態どうやって乗り切ったんだよ、と。
 ちなみに一夏は、「インフィニットストラトス」がハーレム物のライトノベルだという事を知らなかったりする。

 さらに一夏が知らない方が良い情報が一つ。
 千早はIS学園のほぼ全ての人間から女性と思われており、その千早と一夏が常時共に行動している為……千早は一夏の恋人だと思われている。
 これは、一夏以上に千早にとって知らない方が良い情報であった。

「おい千早、お前さ、なんで自分が嫌いになったんだ?」

 何でも良いから千早と話さないと、と思った一夏が思わず出した話題が千早の自己嫌悪について。
 これを訊ねた瞬間、一夏は「やっちまった」と心の底から思った。

「え? ええと……僕の双子の姉が死んでしまったのが切欠だったのかな。」

 千早は一夏の質問に反応し、応えた。

「は?」
「……家族が死んでしまったというのに、父は仕事ばかり。
 母様は悲嘆にくれて、僕はその悲しみをどうにか紛らわせないかと思って……
 ほんと馬鹿な事をしたものです。
 僕は娘を失った母様の悲しみを紛らわせる為に、姉の服を使って女装したんですよ。
 姉と僕はとてもよく似てましたから。」
「な……」

 女装を嫌がり、女の子に間違えられてへこむ千早が、自分から女装?
 一夏は耳を疑った。

「最初は効果があったと思いました。
 でも……母様の精神を、僕は歪めてしまっていたんです。
 母様はいつしか姉と僕を混同するようになって……今では自分の娘である姉の事を忘れ、しかもほんの少しですけれど精神を病んでしまった。
 そんなふうに母様を歪めたのは……僕なんですよ。
 確か、これが僕が自分の事を嫌いになった切欠だったと思います。」
「そ、そうか……話し辛い事、話させちまったな。」

 千早自身の精神を更に鬱にさせるような重い話を千早から引き出してしまい、一夏は後悔した。

「人の世話を焼きたがるのは良いですけれど、大きなお世話にはならないように注意してくださいね。」
「……善処します。」

 千早の言葉に、一夏はそう応えるしかない。
 一夏は別の話題を探す事にした。

 共通の話題が中々見つからない。
 そもそも好きなアニメやゲームなどの話をしようにも、千早は異世界の住人だったのだ。
 同じ作品についての話題で盛り上がる事が出来ない。
 一応、向こうにもこちらにもある作品はあるらしいのだが、自分が挙げる作品がソレに該当するかどうかは分からなかった。

 いや……これなら確実だ。

「なあ千早、「インフィニットストラトス」の俺ってどんな奴なんだ?」
「え? いや、基本的にあなたと同じと思って良いと思いますけど……」
「いやそういうなよ。なんかあるだろ?」
「まあ、ああいうお話の主人公の常として、素質はあるみたいな事は言われているみたいでしたよ。
 ただ、昔から鍛え続けているヒロインたちとの差が大きすぎて、いくら素質に恵まれているといっても、そう簡単には追いつけない。
 彼女達との差は確かに縮まってはいるけれど、並んだり追い抜いたりするにはまだまだ長い時間が必要って感じだったと思いましたけど……違ったかな?」
「へえ、なるほど。」

 一夏は気付かない。
 千早が「ヒロイン達」と言っていても、「インフィニットストラトス」がハーレム物である可能性に考えがいかない。
 ヒロインといっても、そもそも一夏でないIS装着者という時点で女性なのだ。
 一夏はそう思って違和感を全く感じなかった。

 その代わりに一夏は、千早のテンションがひとまず回復してくれた事には気付いた。
 千早はあまり「インフィニットストラトス」について一夏が知るのはあまり良くないと思うとして、「インフィニットストラトス」についての話題はここで打ち切った。
 しかし……

「そういえば「インフィニットストラトス」の織斑一夏は、家事能力の無い千冬さんに代わって料理洗濯掃除といった家事が出来るとあった筈ですが……」
「ああ、千冬姉はそんな感じだし、俺も家事全般が得意だぜ。」
「そうですか。僕も料理は多少心得があって……」

 料理という共通の話題に繋がっていったのだった。



==FIN==

 千早お姉さまに比べるとあまりに脆いちーちゃんですが、まあ3年と1年の違いとでも思っといてください。本編中でもエルダーとして成長してますし。
 この2人は主に模擬戦の他に、機体の高機動性についていく為の訓練をしています。具体的に言うと反射神経・反応速度の強化。
 そもそも常人が使う事を全く無視した玄人仕様ですからね、白式にしろ銀華にしろ。

 ちなみに、まだ4月じゃなかったりします……幼馴染ヒロイン二名とちーちゃんの遭遇が怖いな……



[26613] ハードモード入りました(短いです)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/22 22:07
「お2人さん、ちょっとご一緒させてもらっても良いかしら?」
「え? ええ、どうぞ。」

 一夏と千早が昼食を取っていると、彼らの先輩に当たるであろう女生徒がトレイを持ってやってきた。

 食事をしている一夏と千早に女生徒が声をかけ、同席の許可を求める光景は珍しい物ではない。
 何しろ一夏は世界唯一の男性IS装着者として、今や全世界規模の有名人。
 IS学園の生徒達は、超人的な知性の持ち主達とはいえ十代の少女達であるため、ミーハーな者がかなり多い。
 その彼女達が、超有名人である一夏に群がってくるのは当たり前だった。

 しかもその彼女達にとって、一夏とマトモに接触できるのは食事時のみ。
 食事以外では一夏はずっとアリーナで千早と共に訓練を行っており、そこにやってきて話しかけても指導を請われるだけで、他の話は訓練中の雑談が精々なのだ。
 また一夏達はISと自分を馴染ませる事にも熱心で、座学に関してもIS装着状態で行い、くつろぐ時もISを装着したまま、就寝すらIS装着状態で行っているという徹底振り。
 その為、本当に食事以外では滅多にIS装着自由のアリーナから出てこない。
 ある少女が「疲れない?」と尋ねた所、「ISを装着して寝ても普通に疲れが取れるようになる位には慣れてますんで、大丈夫」という返事が帰ってきたという。

 その為、食事時には必ず誰かしらIS学園の少女が一夏達に話しかけ、一緒に食事を取ろうするのである。

 一夏がこんな訓練漬けの生活を送っているのには、圧倒的に足りていない経験値を少しでもマシな状態に持っていく為という理由もあるのだが、ミーハー根性丸出しで突貫してくる女生徒達をかわす為、という理由もまた一夏の中では大きかったりする。
 千早のほうは何故自分が男性IS装着者として報道されないのか釈然としない物を感じながらも、自分がもう1人の男性IS装着者と広く知れ渡った時に降りかかってくるであろう火の粉にも対処できるよう少しでも強くなっておきたいと思い、一夏の訓練漬けの生活に付き合っている。

 女の園の中心で、もう1人の男と訓練漬けの灰色の青春を送る男、織斑 一夏。
 本人は
「こんな所にいるけれど、俺は色恋沙汰と無縁の灰色で訓練漬けの高校生活を送る事になるんだろうな」
と本当に真面目に考えている。

 彼とて思春期男子である。異性との恋愛に興味が無いわけではない。

 だが、彼の前には電話帳の姿をした絶望と、いくら素質に恵まれ誰よりも強くなる速度が速くても、そもそものスタートが遅れすぎたために誰にも追いつけないもう1人の自分、「インフィニットストラトス」の主人公「織斑 一夏」という懸念材料が存在する。
 オマケにあてがわれた専用IS:白式は、燃費は悪いわ、接近戦しかできないわ、千冬のような人外でなければ不可能な高機動での運用を前提としてるわと、玄人仕様にも程がある代物。
 それなのに非常に高性能で、白式を使っていながら勝てないのは中の人の責任、つまり一夏の責任というのが明白だからタチが悪い。

 そんなこんなで、一夏には
「これからの3年間を色恋沙汰と無縁の訓練漬けの毎日にしなければ、俺は本気で千早がなじっているような役立たずに成り下がってしまいかねない。」
という危機感がある。

 その為には、訓練以外のお誘いなどには反応してはならないと、一夏は思っている。
 勿論彼とて娯楽は欲しいが、デートで一日が潰れるのはちょっと勿体無いと思うのである。恋人が欲しいと思うのは思春期男子として当然の欲求だったが、デートにも応じられない以上は、当面は無理だろうと考えていた。
 娯楽なら漫画などのインドア系やスポーツ、あるいはちょっと趣向を変えて料理などで充分だった。
 これはつまり、「インフィニットストラトス」劇中でヒロイン達が度々行い、今ここにいる彼に対しても行われるであろうデートの誘いは確実に失敗すると、既に確定しているという事。
 千早との出会いは、一夏の朴念仁レベルを少し上げてしまったのだ。

 そのため、一方で彼はこう思っていた。
「みんな物珍しさで俺に声をかけているだけで、俺がモテるなんて事は無いだろう」
 と。

 彼の親友、五反田 弾が知ればこう言うだろう。
「それはひょっとしてギャグで言っているのか?」
 と。

 そんな彼だから、自分は色恋沙汰とは全く無縁だと本気で思っている一夏だから気付かない。
 自分と千早が何時も一緒に行動しているというのは、御伽噺のお姫様のように見える千早と唯一の男性IS装着者と思われている自分が常時行動を共にしているというのは、外から見るとどう見えるのかという事に。

「にしても毎日毎日、いつも一緒でアツアツよねあなた達。
 ほんっとうに羨ましいなぁ。」

 だから、同席した少女にこう言われた時、彼女が何を言っているのかサッパリ分からなかった。
 ちなみに彼女が何を言っているのかサッパリ分かっていないのは、千早も同様である。

「「へ?」」
「あら~~、驚く声もハモるなんてもう身も心も一緒って感じかしら?」
「あ、あの~~、何の話でしょうか、先輩?」
「いや~~、もうすっとぼけちゃってぇ。
 初々しい恋人同士ってこういうものなのかしらねぇ??」

 コ イ ビ ト ド ウ シ

 2人の脳は一瞬フリーズ状態になる。
 千早は20秒経っても復帰しない。
 一方、一夏は5秒ほどで復帰し、千早との初対面を思い出す。

 あの時、自分は千早をどう思っていたのか。
 見た事も無いほど美しい、銀の少女。

 そこまで思い出して一夏は真っ青になった。

「あれ? もしもーし。」
「え、ええ!?
 ええええええええぇぇぇぇぇえぇええええええぇぇぇえぇえ!?
 お、俺達そんな風に見られてたんですか!?」

 突然一夏が叫び、女生徒は耳を塞ぎ、千早はフリーズ状態から復帰する。
 だが。

「こ、こいびとどうし、こいびとどうしって、こい、こ、あ、あはははは……」

 まだ帰ってきてはいなかった。

「え、だってあんなにいつもいつも一緒にいるのに、違うの?」
「あの……俺、生まれて始めてのISでの模擬戦で、コイツに肩の関節とか色々ぶっ壊されて死ぬほど痛い思いをしたんですよ?
 それなのに、なんで恋人だなんて思ったんですか?
 それともなんですか。
 IS装着者っていうのは、自分の男の関節を壊すモンなんですか?」

 そうだったら、あんなに美人の千冬姉に男がいないのも納得だよな。
 そんな事を思う一夏。

「う~~ん、あたし男の人とお付き合いした事無いから分からないけど、多分違うわよ。」

 何故、そこで考え込むんだろう。
 何故、普通に否定しないんだろう。
 何故、「多分」をつける必要があるんだろう。

 一夏の中に、IS装着者というカテゴリーに入る女性達への小さな警戒心が埋め込まれた。

「って、僕が一夏の恋人って、一体どういう事なんですか!?」

 ここでようやく千早が復帰した。
 いかに見た目は完璧美少女であっても、彼の中身は多少女性的な側面があるにせよ普通に男なのだ。
 同性と恋人呼ばわりされて気分が良い筈がない。

「違うの!?」
「違います!!」

 ここで力いっぱい否定するのは、かえって下手な肯定よりも肯定的な意味を持つのだが、現在の千早の精神状態ではそのことに気付く事は出来ない。
 とにかく否定したい気持ちで一杯の千早は、力いっぱい否定してしまった。

「ふぅぅぅ~~~~~ん?」

 女生徒の目がニヤついている。
 彼女は確信してしまったようだ。
 千早は一夏の恋人であると。

 不幸にも千早はその事に気付いてしまった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……
 な、なんか根本的に勘違いしてませんか?
 例えば僕の性別とか。」
「性別?
 いや、こんなビックリするくらい綺麗な女の子を男に見間違えるわけないじゃない。」
「……いや、それが間違いなんですが。
 僕は男ですよ。」
「まったまた~~♪
 彼氏に嫉妬してるのかしら?
 世界唯一の男性IS装着者だもんね。
 自分もそうだって言いたいのかしら?」
「いや、だから、その唯一っていうのが間違いで、僕も男性IS装着者なんですけど。」
「うんうん、分かる分かる。
 自分だけの物だと思ってた一夏君がドンドン有名になっちゃって、置いてかれちゃうような気がしてるんでしょ?
 それで、自分も男性IS装着者だって嘘ついて、同じステージに立ちたいんでしょう?
 で・も・貴女が男の子なんて無理がありすぎよ♪」

 最早取り付く島も無かった。
 しかも千早は

「僕が男だっていうのが、無理ありすぎって……」

 テーブルに突っ伏して復活する兆しを見せない。
 トドメを刺されたようだった。

「あ、あの~~、先輩。
 信じられない気持ちは本当に痛いほど分かるし、俺も初めて知った時には寝込むほどショックを受けましたけど、こいつ本当に男ですよ。」

 選手交代。今度は一夏が、千早は男だと言う情報開示を試みる。

「ああ、あなたも大変ね。
 そんな見え見えの嘘につき合わされちゃうなんて。
 まあ可愛らしい嘘だもんね。」
「いや、本当ですから。
 嘘をつくならもっとマシな嘘をつきますって。」

 偽らざる一夏の本心だった。
 この場で嘘をつくのなら、一夏は
「おっしゃるとおりですよ。
 千早が男なわけないじゃないですか。」
と言うだろう。

「ふぅぅうん。
 じゃあこの女の子だらけのIS学園で、女の子には目もくれずその男の子の御門さんとばかり一緒にいるのはどうして?」
「周り中女子しかいないって言うのは、結構重圧がかかってくるんですよ。
 あと、性別が違うってことで色々と気を使わないといけない事もありますし。
 そういう気遣い不要の相手が、同性が、ここには千早しかいないんですよ。」

 一夏は正直に話すが……かえって逆効果だった。

「そんな風に心を開けるほどアツアツなんだ。」
「……人の話聞いてましたか、先輩?」

 この後、一夏と千早は自爆を繰り返しながらドンドン泥沼にはまっていき、挙句「千早は男嫌い」という情報を開示してしまったが為に……

「他の男はダメでも、一夏君だけは大丈夫っていう事よね♪」

 より取り返しがつかない事になってしまったのだった。


==FIN==



 ヒロイン達にとってはハードモードな一夏になっちゃいました。
 なお、モブ子達は「一夏には千早という恋人が既にいる」と思っているので、彼にアプローチを書けることはありません。

 アリーナでの引き篭もり生活はやりすぎだったかもしれませんが……まあ、そもそもマスコミの襲撃を警戒してIS学園に引き篭もってる身ですからねぇ。
 しかしこれでは他の生徒との交流がマトモに出来ない事も事実。
 妙子さん(ちーちゃんのママ)の思惑が空振りに終わってしまいますので、どうしようかと思案中。
 まあ授業が始まれば、強制的にアリーナから引っ張り出されますけどねぇ。

 ちなみに今回話しかけてきた先輩はモブ生徒です。
 学年が上ですので、モブでも箒より強いかも。



[26613] ハードモード挑戦者1号
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/29 22:59
 ここは複数存在するIS学園のアリーナの1つ。
 一夏と千早が住んでいる場所である。

 もうIS学園に引き篭もってから1ヶ月以上が経過し、4月も目前に迫ってきたある日、ここではその2人が激しい訓練を行っていた。
 ある程度ISの動かし方に慣れてからほぼ毎日行うようになった訓練で、高機動での運用を前提とした白式・銀華の性能を一夏・千早が充分引き出せるようになる目的で行われるようになった訓練だった。

 2人の様子を見に来た少女達が目にしているのは、引っ切り無しに出現と消滅を繰り返しながらホログラム製模擬弾をばら撒く数十個のホログラムターゲットの間を高速で駆け巡る2機のIS。ホログラムターゲットには青、赤、黄色の3種が存在した。

 白も銀も、目まぐるしくその速度を変えながら、可能な限り己の最大速度、850kmオーバーと940kmオーバーを維持し続ける。
 白の軌道は絡まりあった縫い糸のように複雑怪奇で、銀の軌道は慣性も何もあったものではない鋭角的なありえない代物。
 両者とも連続的にイグニッションブーストを使ってその速度を確保しているらしく、本来の最高速はもっと低速だった。それでも他のISとは比べようも無いほど高速だったが。

 白と銀が飛びまわり始めて既に4時間に達しようかという頃。
 2人は速度こそ維持し続け複雑な軌道で飛び回ってはいるものの、動きが大分雑になっており、決して早くないホログラム製模擬弾によく被弾するようになっていた。
 そして本当に4時間が経過した時点で、ターゲットは一斉に消滅。
 2人は降下して、グッタリとぶっ倒れてしまった。

 息はしているが明らかに荒過ぎる。
 消耗がかなり激しいようだった。
 無論、2人とも汗まみれだ。

 美少女ばかりのIS学園の中でもトップクラスの美貌をもつ銀の少女の苦しげな呼吸も、グッタリとした様子も、全身の汗も、それはそれで彼女の儚げな美しさを演出する小道具となっていた。
 ……実際には男性である千早にとってははなはだ不本意な評価であるのだが、この消耗状態ではそんな事を気にする事は出来ず、またそもそもそのように見られている事にも気付いていない。

「お、おい、大丈夫か?」

 一番長く二人の訓練を見守っていた長い黒髪のポニーテールの少女が、白、一夏の方に話しかける。

「だ、大丈夫に……見え、るか……」

 一夏は呻くように応じた。否、実際にうめき声だった。

「や、やっと……機体性能に…………追い、つけて、来たんだが…………
 4時、間、ぶっ通し……ってのは、ま、まだ無謀……だった、か…………」
「な、何を当たり前な事を言っているんだお前は!!」

 少女は一夏にツッコミを入れる。
 ISというのは使ってみると、あれで中々疲れる代物なのだ。
 ISを着込んで就寝等の普通の生活を送ろうと目論む一夏と千早が異常なのである。

 その疲れるISを身につけての高速ランダム機動を行い続けて4時間。
 息切れの早い白式や銀華を用いての訓練である為、実際にはエネルギーが底を尽く度に補給に行き、その時に多少中身も休めていたとはいえ、正気の人間の時間設定ではない。
 最後の30分ほどは、明らかに精彩を欠く動きをしていたが、一夏と千早の消耗の度合いを考えれば当たり前の話だった。それでも最高速を頑なに維持していたのは大したものだったが。

 と、一夏が話題を変える。

「……つか、お前…………ここ、に、入るの、か……箒…………
 何、年振り……に、なるか……な…………」
「!? 一夏? 私の事を憶えているのか?」
「ちょっとまて。そこの半死人は休ませてやれ。」
「っ! ……分かりました、千冬さん。」
「プライベートならばその呼び方でも構わんがな、今は織斑先生と呼べ。」

 一夏が自分の事を憶えていてくれた事を喜び、彼と話しこもうとする少女、篠ノ之 箒を突然現れた千冬が止める。
 箒は一瞬不満に思ったが、千冬の言う事ももっともだったので引き下がる。

「まったく、ド素人どもが無駄な動きが多すぎたぞ。
 充分な技量があれば、お前等とそう変わらん体力でもそこまで消耗せん。
 一気に4時間と言うのも無謀だ。お前等のような素人が手を出していい設定ではないぞ。
 被弾率も高すぎる。
 飛んでくる弾体よりも早い機体で一体何をしているんだ。」

 千冬は厳しく一夏を叱責した後、

「まあいい。今は休んでおけ。
 ……さて、お前等もここまでしろとは言わんが、自主練の一つ位したらどうだ。
 ここはISを動かす為のアリーナなんだぞ。
 さあ、分かったら散った散った。」

 と少女達を追い払い、

「しっかり休めよ、一夏。」

 と、言い残して去っていった。










===============










「一夏の奴、女といちゃついていると聞いていたんだがな……」

 箒がIS学園に来たのはつい先日。

 実の所、女性である彼女も、一夏や千早のように無理やりIS学園に入学させられたクチである。
 理由は簡単。彼女が篠ノ之 束の妹でなおかつ束にキチンと認識されている貴重な人間という重要人物である為、野放しにしておくと何時彼女の身柄を狙う輩に誘拐されてしまうか分からず、性質上厳重な警備体制が敷かれているIS学園に入学させねばあまりにも危険な立場にいるからである。
 この危惧を抱いて箒のIS学園入学の為に動いた者達の中に、束がいたことは言うまでも無い。

 もっとも、彼女は一夏や千早とは違って彼女は電話帳と揶揄されるISの参考書の中身を完全に把握しており、座学・実技ともにIS学園に入学するのに充分な成績を収めての入学を決めている。
 縁故で入学したと言われる事を嫌った彼女が、ほんの数ヶ月の努力で成し遂げたものである。
 電話帳を前に悶絶している一夏がそれを知ればこう思うであろう。
「あの姉にしてこの妹あり。束さんの妹なだけに頭の良さが尋常じゃないのな。」
と。

 元々彼女はISの存在自体を非常に嫌っていたので、IS学園などとは関わりたくなかったのだが、前述の理由でやむにやまれずIS学園に入学する事になってしまった。
 だがここ最近は一夏が男性IS装着者として世間で持て囃されていたので、IS学園に行けば幼い頃に別れたきりの彼と6年振りに会えると胸を躍らせていた事も事実。

 だから烈火の如く怒ったのだ。
 一夏には、御門 千早という恋人がいて何時も一緒にいる、という話を聞いた時には。

 聞けばその少女は神秘的な菫色の瞳と流麗な銀糸の髪を持ち、さらに少女のあどけなさと凛とした佇まいが同居する美貌に、上質のシルクのようなキメ細やかな肌、胸元が多少寂しいことを除けば女性の理想とも言えるプロポーションを持つという。
 アイドル養成校かと思うほど右も左も見目麗しい少女しかいないIS学園において、その中においてさえ最上位の美しさを持つ銀の少女、それが一夏の恋人たる御門 千早だというのだ。

 相手がどれ程美しかろうが負けないと思った。
 ようやく会えたのだ。
 先に再開を果たしていた千冬が言うには、一夏は剣道を止めてしまい他の事でも鍛えていない為、今は千早と共に鍛えなおしている最中であると聞いた。
 私なら一夏を鍛えなおしてやれると、そう思った。
 今、彼女のいるポジションにいるべきなのは、自分だと思った。
 だから彼女には負けない、負けてなるものかと思った。

 何故か御門 千早は自分は男性であると主張しており、同性の人間同士が行動を共にしやすいのは当たり前、まして周り中異性ばかりのIS学園ではなおの事、という愚にもつかない主張を繰り返しているらしいが、それもどうでも良かった。

 2人はアリーナに篭って四六時中訓練に明け暮れ、ISを装着して就寝する為に寮ではなくアリーナに住み着いているという話も聞いた。
 何を考えてISを装着したまま寝ようと思ったのか知らないが、何たる勝手か。
 箒はそうも思った。


 そこで二人が住んでいて訓練も行っているというアリーナに行き……激しい訓練を数時間に渡って行っている一夏と千早の姿を目にしたのだ。

 その訓練後、息も絶え絶えの一夏が自分の事を憶えていてくれたのは嬉しかったが……彼女は同時に戦慄していた。
 一夏とともに倒れた、銀の少女の儚げな美しさに。

 千早の容貌は下馬評通り、否それすらも超え、妖精か何かのようにすら見えるほど美しかった。
 汗さえも宝石のように煌びやかに彼女の美しさを演出していた。
 勝てない。
 単純に容姿だけの勝負ならば話にもならない。
 それは圧倒的な敗北感だった。

 彼女は何故か「自分は男である」と主張しているのだという。
 一体何の冗談なんだろうか。
 もしあれが男なのであれば、女性としての美しさで千早に劣る自分や友人達、世の女性達は一体なんだというのだ。

 千早が聞けば彼のテンションが奈落の底に落ちるような事を、箒は思い浮かべていた。

 と、そこで彼女は思った。
 そういえば、あの訓練は一体どのようなものだったのだろうかと。
 確かに恋人と言われている千早と共に行っていたが、ぬるい訓練を行いつついちゃついているものとばかり思っていたのに、余りにも苛烈な内容だった。
 2人とも恐ろしいスピードで飛び回っていた為、外野からでは一体何をしていたのかも良く分からない。
 確かターゲットが消滅する時には、必ず一夏か千早がその傍らを通過していたような気がするのだが、なにぶん2人とも非常に速かったので判然としない。

 一夏には聞けない。
 今の彼は、泥のように眠らなければ復活できないだろう。

 そこで箒が周囲を見渡すと、千冬の後姿が目に入ってきた。
 箒達を解散させた後、自分もアリーナを後にしたらしい。
 彼女ならば、訓練の詳細を知っていると思った。
 織斑先生と呼べ、と言っていたので、話し方も他人行儀の方が良いかも知れない。
 そう思って箒は千冬に話しかけた。

「あの、織斑先生。少しよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「一夏達が行っていた訓練の詳細を知りたいのですが、教えていただけませんか?」

 その箒の一言に、周囲の少女達も反応する。
 彼女達も一夏達が行っていた訓練には興味があるらしい。

「ああ、あれか。
 あれは訓練というよりゲームなんだがな。」
「ゲーム?」

 そして、千冬は一夏達が行っていたゲームのルールを説明する。

・一夏や千早がターゲットに攻撃すると、そのターゲットが消滅し、新たに別の場所に別の色のターゲットが発生する。
 一夏が赤いターゲットを攻撃すれば黄色いターゲットが、黄色いターゲットを攻撃すれば青いターゲットが発生する。
 逆に千早が青いターゲットを攻撃すれば黄色いターゲットが、黄色いターゲットを攻撃すれば赤いターゲットが発生する。
・一秒ごとに青いターゲットの総数と赤いターゲットの総数を集計し、それぞれを一夏と千早の得点に加算する。
 無論、青いターゲットの数が一夏の得点となり、赤いターゲットの数が千早の得点となる。
・各ターゲットは色に関係なく一夏・千早の区別なく模擬弾による攻撃を行い、模擬弾に被弾すると1発につき100~1000点減点。
・一旦ゲームを離れてエネルギーを補給している際には、被弾による減点は無し。
・相手を攻撃してその機動を妨害しても良い。

 このような基本ルールの下、自由に時間設定やターゲットの総数、ターゲットからの攻撃の激しさ、被弾時の減点幅などを設定できるという。
 ちなみに今回の設定は、時間設定が4時間、ターゲット総数が50、攻撃の激しさは0.1~0.5秒毎に時速10~700km模擬弾を同時に3発発射程度、被弾時減点が500点という設定になっていた。
 2人とも減点が響いて碌な点数になっていないが、千早の方が高得点だったらしい。

「なにぶんあの2人のISは高機動タイプで、奴等はその速度を使いこなせるようになる事を望んでいるからな。
 高機動ISの装着者が互いに競い合いながら互いを伸ばすのであれば、このゲームは訓練としてそれなりに使えるんだ。」

 箒を含める女生徒達がなるほど、とうなづく。
 そしてそのうちの1人がこう言った。

「流石に篠ノ之博士謹製の高機動ISですわね、織斑先生。
 あの2人、確か初めてISに触ってから1ヶ月ほどだと聞いておりますが、そんな素人にもあんな高速で複雑な機動が可能だなんてとても高性能ですわ。」

 それを聞いた箒は、幾つかの理由でカチンときた。

 一夏は分かる。
 しかし、自分は御門 千早と言う少女を知らない。
 なぜ、姉がそんな少女にISを渡したのか。

 妹の私にはどうした。
 そんな考えも一瞬浮かぶが、頭を振り払う。
 実力もなしに縁故だけでISを手に入れるなど許される話ではない。
 確かにISは絶大な力ではあるが、同時に自分の家族を崩壊させ自分と一夏も引き離した代物でもある。
 一瞬浮かんだ考えは、甘美な誘惑でもあったが同時に酷い悪夢でもあった。

 また、あの2機のIS、白式と銀華というらしいが、通常のISより小型の、ISとしては特徴的なフォルムを持っている。
 それが、何だか2人だけの、一夏と千早だけのおそろいのスタイルという感じがしてしまう。

 そして、全てはISの性能であるとする物言いにも腹が立った。
 だが、これには千冬のフォローが入った。

「その高性能に中身がついていくための訓練だ。
 いくら速くても、その速さを使いこなせなければ何にもならんからな。
 考えてもみろ。
 代表候補生やそれ以上の連中でもなければ、あの2機の最高速を出した途端、壁に激突するぞ。」

 ぐっ、と白式・銀華の高性能を誉めそやした少女のみならず、何人かの少女がたじろぐ。
 彼女達も一夏達が高性能ISにオンブにダッコされているだけ、と内心では思っていたらしい。

「元々、超音速飛行が可能なISの速度をデチューンする必要があるのは、あの狭いアリーナでそんな速度を出せば壁にぶつかるしかなくなるからだ。
 そしてあの2機はデチューンされてなお、壁にぶつかりかねないあの速さで機動する。
 オマケに両方ともその高速機動がなければ、タダの欠陥機としか言いようのない代物ときている。
 だからあの2機を使っていく為には、その高速についていくための訓練に明け暮れなければどうしようもないんだ。」

 千冬の話で、少女達は一夏達が高性能ISを貰って調子に乗っている素人という評価を改めざるを得なくなった。
 既に白式・銀華が接近戦しか出来ない欠陥機である事は知れ渡っていたからだ。

「アイツは精進しているんだな。
 それに引き換え、私は……」

 千冬の話を聞いた箒は思った。
 一夏もまた専用機持ちとして相応しい実力を身につけつつあるのだな、と。
 ……本人が聞けば全否定するだろう。

 彼が千早と共に死に物狂いで目指している先、そこはスタートラインに過ぎない。
 他ならぬ一夏自身がそう思っている。
 2人はようやくIS装着者としてのスタートラインにたどり着けたかどうか、と自己評価しているのだ。









===============










 一夏が目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。
 訓練を行っていたのは午後1時から5時まで。
 つまり5時に力尽きて倒れ、そのまま眠って5時間経過した事になる。
 今は10時だった。

「う、く……汗くせぇよな、やっぱり。
 シャワーまだ使えっかなぁ。」

 一夏はそんな事を言いながら、千早を起こし、手を貸して立たせる。

「おい、大丈夫か?」

 ISを着ていると何故か傷の治りが早い一夏と違い、千早に関してはそんな事はない。
 なので一夏は、訓練直後の消耗度が同じ程度でも、千早の方が回復しきれていないのでは? という危惧を抱いてしまう。

「ん、ああ。
 なんとか、ね。」

 出会って1ヶ月以上。
 その間に、千早は少しずつ素の口調を見せてくれるようになった。
 丁寧語だったのは、織斑姉弟を他人と判断していたかららしい。
 つまり、それなりに良いとこのご令息だったらしい千早は、言葉遣いも躾けられていたわけである。
 その彼が素の口調で話すという事は、一夏を親しい相手としてとりあえずは認めてくれたという事らしい。

「でも丁度良い具合に女の子達との会話を避ける事が出来た。
 あんなに消耗している所で彼女達に振り回されたくはなかったから、千冬さんには感謝しないと。
 それにしても。はあ、一夏の恋人か……
 なんで皆して僕の話を聞いてくれないんだ。
 大体、女の子を演じるつもりだったら、もう少し声色や立ち居振る舞いに気を使うんだけど……」
「……今のまんまの声でも充分女に誤認されると思うけどな、俺は。」

 一夏のツッコミが言葉のナイフとなって千早に刺さる。
 千早の声は多少低くはある物の、十二分に女の子の声として通用するというか、男の声には到底聞こえない代物である。

「でも、ここまでではないと思うのだけれど。」
「ッ!!! なんだ、今のは!?」
「……僕が出せる女の子声。
 これ以上女の子に間違えられたくないから、ここではもう出したくないけれどね。」

 そりゃ確かにそんな声聞かされたら、男の声だなんて思えないだろう。
 明るく澄んだ、鈴を転がすような千早の声に一夏はドキリとさせられた。
 初めて聞いた、女の子以外の何者でもない千早の声だった。

「それにしても、ようやく。か。」

 そう、ようやくスタートラインに立てた。
 一夏はそう呟き、千早が頷く。


 ISを「使う」、ISを「身につける」のではなく、ISを文字通りの意味で自分の体の延長にするという事。
 ISにできる事をあたかも歩くように、コップを持ってその中身を飲むかのように、「当たり前に行う」という事。
 一夏と千早がこれからIS装着者としてやっていく上で、そのスタートラインと定めた水準にようやく達したのだ。

 一夏には「インフィニットストラトスの主人公たる、織斑 一夏」が持っているような凄まじい才能は無い。
 一夏と千早はこう考えている。
 ひょっとしたらあるかもしれないが、そんな有るかどうか分からない物の上に胡坐をかくほど危険な事は無い。

 だから2人は、一夏には才能が無いという前提で訓練に明け暮れていた。
 その目指す先はタダ一つ。
 ISにできる事を「当たり前に行う」事。

 イグニッションブーストなどを一々複雑な演算をして意識的に行うのではなく、あたかも普通に走るようにアッサリと行う事。
 ISの動作には複雑な演算が必要不可欠であるとされている事は重々承知しているが、正味な話、白式や銀華が行うような高速機動中に一々高度な演算などやっていられない。
 だから、ISにできるあらゆる事を、特に意識して演算せずとも出来るよう、徹底的にISに馴染む事。
 それが一夏と千早が目指したもので、ISを装着して就寝するという事もその一環だった。

 そして……2人はそこまで出来て、ようやくIS装着者としてのスタートラインに立てた事になる、と考えている。

 まだまだ代表候補生には敵わない。
 否、物語の主人公たる「織斑 一夏」ならばともかく、一夏では生涯彼女達には敵わないと考えたほうがいい。
 一夏と千早はISという身体を十二分に動かせるようになっただけ。
 他方、代表候補生はISという身体を使った戦闘術に、一国の代表の候補生とされるほどに長けているのだ。
 つまりとりあえず動けるだけの民間人/一般人と、その肉体を凶器とする術を身につけている格闘家や軍人の差が、一夏・千早と代表候補生の間にあるという事だった。

 だから、国家が威信をかけて育成した超人兵士である代表候補生に混じって、最弱ではあるもののそれなりに戦えているような、「織斑 一夏」のような真似は決して出来ないだろう。
 一夏と千早はそう思っていた。

 「織斑 一夏」がどの程度強いのかは知らない。
 小説「インフィニットストラトス」が存在する世界の住人である千早にしても自分では読んだ事が無く、またネットなどで話題に上るのも3巻までの話が多く、新しい巻の物語は把握し切れていないからだ。
 まして、一夏が「織斑 一夏」の強さに見当をつけることなどできはしない。

 だが、代表候補生などという人間兵器の中に混じったせいで最弱のそしりを受ける事になったとはいえ、天才と持て囃されていた位だ。
 恐らく6巻時点の「一夏」が相手ならば、2人がかりでも歯が立つまい。
 それどころか1巻終了時の「一夏」が相手でも危うい。

 それが、一夏と千早の自己評価だった。

 その「一夏」が巻き込まれ、代表候補生さえも単独では切り抜けられないような騒動に「一夏」ほどの才能を持たない自分達が対応するには、ISをとっさに、反射的に動かせるようにならねば話にならない。
 戦闘技術の修得も考えないではなかったが、まずはISを何不自由なく動かせるようになってからでなければ、半身不随で空手を習うような無理が出ると考え、後回しにした。

 そして、走る際に地面を蹴るようなノリでイグニッションブーストを自在に扱える位にまではなんとか漕ぎ着けた。
 やっと、戦闘術の修得に移る事が出来る。
 自分達の体力を根こそぎにした4時間の訓練で、そう確信できる手応えを一夏と千早は感じたのだった。

「やっとスタートライン。
 僕達が男性IS装着者に降り掛かる火の粉に対処できるよう鍛えるのは、ここからが本番だ。」
「ああ……で、誰に戦闘術教えてもらうんだ?
 千冬姉は、俺達が独り占めできる相手じゃないぞ。」
「う~~ん、どうしようか…………
 そうだ、こんな学校なんだから……」




 翌日、2人は千冬に
「古流剣術部とか柔術部とか古武術部とかシステマ部とかCQC部とか、実戦を前提とした戦闘技術の部活動はないのか?」
 を訊ね、彼女に張り倒される事になるのだが、それは完全に余談である。


==FIN==


 ちーと強くしすぎたかも知れませんが、2人で互いに高めあってた結果とでも思ってください。
 2人は早く複雑な機動が出来るだけで、一応シャルやラウラなんかが相手だと多分沈みますんで。
 ……戦闘技術系の部活動、ひょっとしたらあるかもしれないな、IS学園……

 ホログラムターゲットとホログラム模擬弾は……まー一々物質のターゲットなんて用意して射撃訓練したら、ターゲット代だけでも割かし洒落にならないだろうなという事と、この位のホログラムを作る技術くらいはIS学園にならあるだろうという事で。
 実際に模擬戦をやらせると息切れの早いIS同士の短期決戦になってしまう為、長時間最高速度近くかつ複雑な軌道で飛び回らねばならない理由付けがなされた訓練を行えないと、一夏とちーちゃんの反応速度が強化できないなあ、なんて考えてこんなゲームを考えてみました。

 箒さん、完全にちーちゃんを女の子と誤認してますw
 まーちーちゃんは、おとボク2の全ヒロイン中一番綺麗だと公式で設定されていたはずですんで、しょうがないっちゃしょうがないんですが。
 ……容姿で男のちーちゃんに負けたことは恥ではないです。ちーちゃんの綺麗さが異常なんですから。

 ……ちーちゃんの男の子口調、こんなんで良かったかな?
 内心のモノローグとか、わりと砕けていたと思うし……おとボク2で改めて確認しないといけないかも。
 ちなみにちーちゃん、丁寧語を使ってましたけど声色自体は男の子モードでした。IS世界で女の子声を出したのは今回が初です。



[26613] 世の中の不条理を噛み締める
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/25 20:54
 遂にやって来た4月の入学式。

 大勢の少女達に混じって式の席順を眺めていた千早は、難しい表情を浮かべる。
 席順はクラス割表も兼ねているようで、4列ほどの列のまとまりがそのまま1クラスの編成を意味するようになっていた。

「……やっぱり「インフィニットストラトス」とは違うか。」
「どうしたんだ、千早?」

 と、隣にやって来た一夏が千早に尋ねる。
 一夏と千早のみが男性用の制服を着ており、さらに見た目は少女である千早と違って一夏は普通に男性であるため、少女ばかりのこの場では非常に目立った。
 その為、千早は自分の真意をこの場で話す事を躊躇う。

「……後で話す。」
「?? そうか?」
「行こう。もうクラスは確認したよ。
 同じ1-1……あの辺りだ。」

 2人は体育館内に用意された入学式用の自分達の席へと移動する。

 しかし分かっていた事ではあるが、ここは女子校。
 男性である一夏と千早にとっては非常に場違いで居心地が悪い。
 今まではアリーナに篭って訓練漬けの毎日を送る事でやり過ごす事も出来ていたのだが、これから授業が始まるとなるとそうもいかない。
 移動中も、周囲からの視線が痛かった。
 一夏には女子校に男性という物珍しさからの好奇の視線、千早にはその美貌への羨望の視線と一夏の恋人と言う噂に基くやはり好奇の視線が突き刺さる。
 たまったものではなかった。

 だから、千早は意識を他に向けることで視線の重圧をやり過ごそうとした。

(そういえば「インフィニットストラトス」でのIS学園の入学式や始業式って、どんな描写だったんだろう?)

 元の世界でなら本屋に行って「インフィニットストラトス」を買ってきて確かめる事もできたが、ここではそういうわけにもいかない。
 千早は考えるだけ無駄かと、その疑問を切り捨てる事にした。

 しかしそうすると視線の重圧が襲ってくる。
 一夏と話をしようにも「『お』りむら」と「『み』かど」である。
 ここでの席順は50音順らしく、千早と一夏は引き離されてしまった。

 ひたすら視線が痛く、また壇上に立つお偉いさんにも、ISド素人の一夏や異世界人である千早には、それがどこの誰でその話がどれほどありがたいお言葉なのか分からず、話は右の耳から入って左の耳から出て行くばかり。
 かろうじて、千冬が前に立って何かしらの話をした事だけは分かった。

(……「インフィニットストラトス」の冒頭部分の話題で、入学式が話題に上らないのって、こういう事なのか……「織斑 一夏」が入学式の様子を憶えていないんだ……)

 千早はそんな事を思いながら、これからクラスメイトになるであろう少女達についていって1-1にやって来た。
 見れば一夏も同様の状態らしい。
 男2人の脳内ではドナドナが流れていた。

 教室に入った所で限界に達した一夏が、千早の手を引いて彼を教室の隅に連れて行く。

「……きっつい…………」
「その一言に尽きるね……」

 一夏と千早はげんなりした表情を浮かべる。

「まあ、それはそれとして……さっきの席順見た時の、後で話すって言ってた事。
 あれってなんなんだ?」

 そう訊ねられた千早は周囲を見渡す。
 少女達は遠巻きに千早達の方をうかがっているだけのようだ。
 そこで、千早は小声でなら話しても良いかと判断する。

「……今日の時点でもう、状況が「インフィニットストラトス」と明らかに違ってきている。
 具体的には、「インフィニットストラトス」では転校生として途中から登場していた代表候補生達が、今日の時点でもうIS学園にいるんだ。」

 ドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
 フランスの代表候補生、シャルル・デュノア。
 中国の代表候補生にして一夏の幼馴染、鳳 鈴音

 この3人は「インフィニットストラトス」では転校生として物語の途中でIS学園にやってきている。
 そして前者2名に関しては、1組所属のクラスメイトとなる。
 鈴音は「インフィニットストラトス」と変わらず2組でありクラスメイトではないものの、やはり「インフィニットストラトス」よりも早い時期にIS学園に入学している。

「……何でそんな違いが出てるんだ?」
「さあ?
 でも僕は、何でもかんでもお話の通りに行ったら、そっちの方が不気味だと思うけれど。」
「……まあ、そりゃそうだが。」

 もっとも千早にはあまり考えたくない可能性が思い浮かんでいる。
 千早にとっては嫌な事に、それなりに可能性は高そうだった。

 男性IS装着者は希少だ。
 そしてその遺伝子にも価値を見出す輩は必ずいる。
 ぶっちゃけた話、一夏の子どもであれば男性でもISを使えるのではないかと考える者や、一夏の遺伝子を調査してISを使う為の因子を探すなんて事を考える輩がいてもおかしくは無い。

 そうした考えの者が、一夏の遺伝子を代表候補生に回収させようと目論む。
 幸いな事に彼女達の容姿は非常に美しく、一夏を誑し込み、その遺伝子を回収するには充分な代物と言える。
 「インフィニットストラトス」で、やたら1組にだけ代表候補生が集中していたのは、こうした背景があるのだろうと千早はあたりをつけていた。
 また、鈴音だけはクラスが違うが、彼女には一夏の幼馴染というアドバンテージがあったため、他の代表候補生のように同じクラスに入れる事に固執する必要性が低かったと考えられる。
 「インフィニットストラトス」では代表候補生達の方が「一夏」にほれ込み、自発的にアプローチしていたが、それすらも遺伝子を回収したい連中が「一夏」は異常にモテるという情報を得ていてそれを計算に組み込んだと見るべきだった。

 だが、今この場では問題が発生している。
 織斑 一夏の恋人、御門 千早の存在だ。
 一夏に彼女がいたなら、その彼を誑し込むのは非常に困難になる。
 その為、多少無理してでも代表候補生を4月当初からIS学園に入学させて、少しでも多く一夏と接触させ、彼女達が一夏を誑し込みやすくしなければならなくなったのだ。

(……外れていて欲しいな、この考え。)

 千早は自分の考えにゲンナリさせられてしまった。

 と、そこで副担任だという山田先生が教室に入ってきて、席につくようにと一夏や千早を含む生徒達に声をかけた。
 教室での席は、一夏と千早にとっては幸いな事に隣同士のようだった。

 そして山田先生に促されて、生徒達が1人ずつ自己紹介を行っていく。
 千早が存在する為「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」よりも精神的余裕があるのか、一夏もぼうっとして自分の順番に気付かないという事は無かった。
 ……この相違点には、千早も気付かなかったが。
 彼は「インフィニットストラトス」をキチンと全て読んでいるわけではなく、把握していない箇所も多く存在するのだ。
 ちなみに、一夏の自己紹介は非常に簡潔な代物で、もう少し面白い自己紹介は出来ないのかなどの野次が飛んだのだが、彼が受けていたプレッシャーを考えれば酷というものだろう。

 そしてシャルルの番の事。
 男物の制服を着ただけの愛らしいブロンド美少女が、史上二人目の男性IS装着者だと自己紹介すると、ものの見事に少女達は

「きゃー、美少年よ美少年!!」
「やーん、守ってあげたい男の子~~!!」

 と黄色い声を上げる。
 そこに性別詐称を疑う声は全く無い。

 そこへ入ってきた千冬は、この黄色い声にゲンナリした。

「ま、毎年毎年……今年はとりわけ酷いのが来てるのか!?」

 黄色い声は更にヒートアップ。
 千冬お姉さまのためなら死ねます、などという危ない台詞を口走る者もいる始末だった。

 しかし、千冬に向けられた黄色い声は、千早には聞こえない。
 何やら千早の様子がおかしい事に気付いた一夏は、彼に声をかける。

「お。おい? どうしたんだ?」
「ほ、ほっといて……
 ど、どうして僕の話は全然聞いてくれないのに……」
「ちょっと戻って来い千早。」

 と、一夏に肩をつかまれ揺らされた事で、千早は多少正気を戻す。

「い、いや……僕がいくら男だって言っても誰も信じてくれないのに、シャルルさんは……」
「あー……まあ、その、なんだ。
 強く生きろよ。」

 一夏は「シャルルは女の子」と言う情報を千早から聞いていない為、千早の苦悩を理解する事は出来なかった。
 千早は「インフィニットストラトス」については多くは語らない。
 今回の代表候補生転校前倒しのように、「インフィニットストラトス」とは違う出来事が起きる可能性があり、人々が抱える事情もまた「インフィニットストラトス」とは違っている可能性もあるからだ。

(っていうか誰か気付いてよ。
 どう見てもシャルルさんは女の子じゃないか!!)

 千早は自分の事を棚に上げて、そんな事を思っていた。


 そして千早の番が回ってきた。
 彼が前に出た途端、教室が静まりかえる。
 その静寂に、千早は一瞬怯んでしまう。

(え? 何? 僕、今、何かした?)
(うっわ、なにあのサラサラで綺麗な銀髪……)
(肌の質感とかがあたしなんかとはまるで違う……)
(もう綺麗過ぎて人間じゃないみたい……)

 少女達は千早の美貌に息を飲んでいた為、静まり返っていたのだが、千早はその事に気付かなかった。
 千早はいつまでも怯んでいるわけにも行かず、自己紹介を始める。

「はじめまして皆さん。
 僕の名前は御門 千早と言います。

 僕に関して根も葉もない噂を耳にされた方も多いと思いますが、それらは間違いです。

 何故なら、僕は織斑 一夏と同時に発見された男性IS装着者だからです。
 その証拠に僕の専用ISである銀華は一夏の白式と同様、男性でありながらISを使えるレアケースだからという理由で与えられた代物で、通常の専用気持ちとは事情が異なります。

 ですから、僕が女の子であるとか、まして一夏の恋人であるとかいう噂は事実誤認も甚だしく、僕が彼と行動を共にする事が多いのは同性同士の気兼ねの無さの為なのです。」

 千早はこの際だから、自分にかけられた「女の子である」「一夏の恋人である」という誤解をこの場で解こうと試みる。
 その為に、今回は銀華の存在を利用する事にした。

 だが。

「あれが例の噂の御門 千早さん!?」
「信じられないほど綺麗な人だって聞いてるけど、正直想像以上だわ!!」
「自称男だっていう話も聞いてたけど……まさか本気で信じてもらえると思っているのかしら!?
 あんな綺麗な人が男だなんて、無茶苦茶な妄言だわ!!」
「男? 嘘でしょ!?
 なんで彼女は自分の事を男だって頑なに信じているの!?」

 少女達は千早が非常に無理のある性別詐称をしているとして、誰一人「自分は男である」という千早の主張を聞き入れない。

(……シャルルさんと僕の、この扱いの差は何?)

 千早は少女達の反応に打ちひしがれてしまう。
 ふと一夏の方に目をやると、彼の目は「……強く、生きろよ。」と雄弁に語っていた。

「あ、あの御門さん、嘘の自己紹介は先生良くないと思うの。
 ねえ、何か特技とかは無いのかしら?」

 挙句の果てには、山田先生にもこう言われてしまう始末。
 彼の恨みがましい視線が千冬に刺さる。
 その瞬間、千早と千冬は目と目で分かり合った。

(千冬さん、山田先生には僕が男だっていう事くらい教えておいてくれても良かったじゃないですか!!)
(お前が男だと言う話な、誰に何度話しても一向に信じてもらえないんだ。
 仕方が無いだろう。)
「あの、御門さん?
 織斑先生の方じゃなくて、皆さんの方を向いて自己紹介の続きをお願いしますね。」

 二人のアイコンタクトは山田先生の介入によって中断させられてしまう。
 もっとも、あれ以上続けたところで、不毛な結論しか出ないのは明白だった。

「ハア……」

 千早はため息をついてから生徒達の方に向き直る。

「特技ですか。
 そうですね、料理には多少自信があります。」

 ありとあらゆる技能において千早を凌ぐと言われ、よく千早の比較対照として引き合いに出されていた又従兄弟の瑞穂に対して、千早が打ち勝てる分野。
 それが料理である為、千早は特技として料理を挙げる事にした。

「へえ、一体どんな料理なんですか?」
「和風、洋風どちらもそれなりには出来るつもりですよ。
 もっともこの学校にはとても美味しい学食がありますから、披露する機会には余り恵まれないでしょうけれど。」

 千早の自己紹介はこれで良しとされたらしく、彼は自分の席に戻っていった。
 ふうやれやれ、という気持ちが強かった為に彼は気付かない。
 自分の口調が優しげな女性のようになっていて、自分の声がいつぞや一夏に聞かせた女の子声になっていた事に。
 低身長で愛らしい容貌の山田先生に千早の母性本能がくすぐられた為だったのだが、おかげで彼の自分は男だという主張がより聞き入れられなくなってしまった事に、彼は気付いていない。

「はあ、蕩けるほど優しいお姉様ボイス……」
「普段のハスキーボイスも素敵だけれど、あんな風に優しく何かを言われてみたい……」

 気付かない方が幸せな事実であった。


 そして小柄な少女の姿をしたドイツ軍人、ラウラの番が巡ってきた。
 本来なら愛らしいと形容される容姿でありながら、見る者に冷たく苛烈な印象を与える銀髪の少女。
 そんなラウラは千冬を「教官」と呼び、無力な一夏が彼女の弟であることなど認めない、最強の戦闘力と同じ遺伝子を持ちながら誘拐されるという失態を演じて彼女のモンドグロッソ2連覇を潰した一夏は許さないなどと、一夏を敵視する発言を連発した。

「軍人として厳しい訓練に耐えた貴女が、民間人である一夏より強い事は当然でしょう。
 その強さを傘に来て無力な相手に凄むのでは、貴女の強さが泣きますよ。
 あまりみっともない事をさせないで欲しいと。」

 そのラウラに対して物言いを入れたのは千早だった。

「なんだと?」
「仮にも戦闘力の高さで国家の代表を目指す者が、その戦闘力を民間人を脅す事に使う事は、あまり格好の良くない事だと言っているんです。
 一夏が弱いことだって……」

 と、そこへ千冬が乱入し、ラウラの相手という千早の立場を奪う。

「そいつの戦闘力が低いのは私の責任だ、ボーデヴィッヒ。
 今にして思えばモンドグロッソで誘拐された後にドイツへ連れて行って、民間人の身でお前と同じ訓練を受けるという地獄を見せるべきだったと後悔している。」
「!? 教官!! 何を言っているのですか!?
 教官がこのような弱輩を庇う必要など……」
「弱いからこそ庇う必要があるんだ。
 忘れたのか?
 お前たち軍人というのは、民間人を守る事が本来の役目の筈なんだぞ。」
「ぐっ……」

 千冬の正論に怯むラウラ。

「それが分からん奴は、どれほど戦闘力が高かろうと強いとは言えん。
 それは前にも言った筈だ。
 確かに戦闘を行えば勝つのはお前だが、そんな事ではお前と一夏では一夏の方が強いと言わざるを得んぞ。」

 そのやり取りを見ていた一夏はこう思った。
「千冬姉、庇ってくれてるのはすげえ嬉しいんだけど、こんな所でそんなブラコン発言は止めて欲しいんだ。
 俺、そんな強くねえって。」
と。

 クラスメイトの好奇の視線が、ラウラの自己紹介の時から更に強烈になっているのを一夏は感じていた。
 大方、「織斑 千冬の弟」という有り難い肩書きがラウラの自己紹介によって一夏にくっついたせいだろうと思い、事実その通りだった。
 憧れのお姉様の、実際の弟。
 羨ましい、代わって貰いたいという羨望の眼差しも、好奇の視線に混ざるようになっていた。

 一方、ラウラも相手が尊敬する千冬では分が悪いようで、おとなしく引き下がっていたようだった。

 そんなこんなで、自己紹介も一通り済み、入学式が行われた今日から早速始めの授業が行われたのだった。
 ……なお、電話帳の中身を10分の1も理解していなかった一夏と千早は、ISを動かす際の感覚的なものを頼りに危なっかしく授業についていく事になった。
 とにかくISを使えるようになる事を優先し、高機動に対応する為に論理よりも感覚・直感を優先した結果だった。
 実技の為に座学を犠牲にしたとも言う。

 おかげで
「なぜこれが分からんのにイグニッションブーストをあんなに自在に操れるんだ、こいつ等……」
 などと千冬が頭を抱える事になるのだが、それはまた別の話。


==FIN==


 まーぶっちゃけちーちゃんとシャルの対比をしたかっただけなんですがねw
 ハードモードなので、途中参加と言うハンデはなしにしました。



[26613] ハードモードには情けも容赦もありません
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/29 23:00
 一夏が千早と昼食を取り、午後にはクラス代表決めがあるという話をしていると、ツインテールの少女が一夏に話しかけてきた。

「一夏!! 久しぶり!
 一年振りね。」
「? 鈴、か?
 そういやあの表、お前の名前も載ってたっけな。」
「うんうん。クラスは違っちゃったけどね。」

 彼女の名前は鳳 鈴音。
 僅か1年で代表候補生にまで上り詰めた、「織斑 一夏」の存在さえ考慮に入れなければ最上級の才能の持ち主だった。

 千早が「インフィニットストラトス」において素手の代表候補生達がショットガンやマシンガンで武装した素人を事も無げに制圧したというエピソードが話題に上っている所を見た事があると言い、千冬に代表候補生には実際にその程度の戦闘力がある事を確認して以来、一夏の中では代表候補生とは「少女の外見に恐ろしい戦闘力を詰め込んだ怪物」という認識になっている。

 その為、代表候補生というだけで
「見た目に惑わされてはいけない!!」
という警告音が一夏の中で鳴り響くようになってしまっているのである。

 ゆえに、鈴音は気付いていないのだが

「私ね、中国の代表候補生になったの!
 凄いでしょ!!」

この鈴音本人の一言が、彼女のフラグを潰す結果を招いているのである。
 知らない方が良い現実の、ささやかな一例であった。


 彼女が代表候補生である事は予め千早から聞いていた一夏だったが、それは「インフィニットストラトス」の「鳳 鈴音」の話であって、自分の知る鈴音はそうとは限らないと思っていた。
 しかし今、一夏の前に彼女は確かに代表候補生であるという事実が突きつけられた。

「おお、すげーな。
 たった一年で代表候補生になったってー事は、そんな短期間で単なる女の子から千冬姉を頂点とする人外の戦闘力を持つ怪物達の仲間入りを果たしたって事だろ?
 とんでもねーな。
 凄い才能ともっと凄い努力がなけりゃ、出来ない芸当だぜ。」

 一夏は心の底から鈴音の努力を賞賛した。
 なじみの女の子が、もはや単なる人類では太刀打ちできない怪物に、ただの人間に過ぎない自分の手の届かない領域の存在になってしまったのだという郷愁も含めて。

 だが。

「ちょっと一夏、あんたそれどーゆー意味!?」

 怪物と呼ばれて喜ぶ少女など存在しない。
 鈴音もまた例外ではなかった。

「へ? ちょっと待てよ。俺はお前を褒めたんだぞ。
 強い事が求められるIS装着者、しかも代表候補生が、その強さを人間離れした怪物じみた領域に達してるって言われてんだぞ?
 そこは喜ぶ所じゃないのか?」
「あ、あああ、あああああああ、あんたねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 激昂した鈴音が瞬時に自らのISを部分展開させる。
 それをすかさず千冬が止めた。

「鳳、無許可のISの展開は禁じられているぞ。
 ……そこの女心の分からん阿呆には私から制裁を加えておく。
 引き下がれ。」
「……はい。」

 以前から千冬が苦手だった鈴音は素直に引き下がる。
 彼女の制裁の方が、自分の制裁よりも苛烈だろうという考えもあってのことだった。

 そして一夏を見た千冬は、あらん限りの殺気を一夏に叩き付ける。

「一夏。貴様、女が怪物呼ばわりされて喜ぶと本当に思ったのか!?」
「い、いや、で、でも、鈴は代表候補生なんだから強いって言われたほうが喜ぶだろうと思って……」
「そうだとしても、今のは流石に無いと思うけど。」

 千早とて女心が分かる方ではないのだが、今回は流石にジト目で一夏を見る。

「うぐっ……」
「織斑。」

 千冬が地獄の底から響き渡るような声で死刑宣告を行う。

「ISコアを外した打鉄を身につけてグランド2周だ。
 返事はどうした?」
「は、はい……」

 そして姉に首根っこ捕まれて連れ去られていく弟の姿を見送った千早と鈴音の脳裏には、ドナドナが流れていた事は言うまでも無い。
 ちなみに、小型の白式や銀華以外のISはかなりの重量物である。
 ISコアを失い、単なる錘となった打鉄を身につけたら片足を持ち上げる事も非常に困難なのだが、その状態でグランドを2周しろというのが、千冬の制裁のようだ。
 怪物達の頭領みたいな言われ方をしたのが、えらく腹が立ったらしい。
 弟には甘い彼女からは考えづらい、苛烈きわまる制裁であった。

「……ここ、確かグランドが一周5Kmもあったと思うんだけど。」
「重たい錘にしかならないISを身につけているとはいえ、たった10Kmの道程、貴女方代表候補生ならば容易い事ではないのですか?」
「いや、代表候補生って普通に人間だから。
 さっきの一夏もそうだけど貴女も大げさすぎよ。
 って、貴女は?」

 と、そこで鈴音は千早に意識を向ける。
 見たことも無いほど美しい銀の少女だった。
 流麗な銀の髪も神秘的な菫色の瞳も、どう見ても日本人には見えないが、ここには自分自身も含めて多くの外国人が入学している。
 鈴音は千早もその1人だろうと思っていた。

「ああ、始めまして。
 一夏や千冬さんと同じ1組の御門 千早と言います。」
「へ? 日本……人……?」

 予想外の返答に鈴音は驚く。
 千早は、まあこれが普通の反応だろうなと思いながら話を進める。
 ちなみにこれまでの千早の自己紹介は、自分は男であると主張して相手に否定される展開ばかりであった。

「まあ、よく言われますよ。髪の色が理由で虐められたこともあります。」
「あー、貴女も苦労しているのね。」

 千早は鈴が言った「あなた」が漢字表記では「貴女」になっている事に気付かなかった。

「あたしも日本に住んでたんだけど、やっぱり外国人ってことで風当たりが強くて。」
「まあ、僕の方も似たような事情ですね。」
「でも日本人なのに、なんで銀髪なの?」
「僕はクオーターなんですよ。
 母方の祖母が北欧の方で、隔世遺伝というもので僕が彼女の銀髪を受け継いだんです。
 ハーフの筈の母は、普通に日本人の外見をしているんですけどね。」

 そんな話をしていたら、昼休みが終わりそうになったので、千早と鈴音はそれぞれの教室へと戻っていった。

(にしてもすんごい綺麗な人だったけど……そういえば一夏と食事していたような。
 一夏と一体どういう関係なんだろう!?)

 その後、クラスメイトから千早は一夏の恋人であると聞かされて、鈴音が奈落の底に落とされるまで、あと数分であった。



「か、勝てない……あんなのどーしろと…………」










===============








 一方、1組では一夏不在の状況下で、クラス代表決めが行われていた。

 世界初の男性IS装着者である一夏をクラス代表に推す声も多数見られるが、代表候補生の人数が1人から3人に増えた事、「男性IS装着者」というプロフィールの持ち主が一夏以外にもいる事から、票は上手い具合にばらけており、一夏が問答無用でクラス代表にさせられるような雰囲気は見られない。

(まあ、欠席裁判でクラス代表にされても気の毒だしな。)

 そんな事を考えながらふと外を見ると、打鉄の巨大な足を自分の足の力で何とか持ち上げ、四苦八苦しながらグランドを歩いている一夏の姿が見えた。

「あら、彼氏の心配かしら?」
「いえ、そういう訳ではないですよ。
 一夏は罰を受けて当然の事をしてしまっていますから。」

 千早は自分を一夏の恋人として扱うクラスメイトの声掛けにゲンナリした。

「そういえば、貴女も専用機持ちよね?」
「へ?」

 千早に話しかけた少女は勢い良く手を挙げる。

「先生!! 私は御門さんを推薦します!!」
「ちょ、ちょっと!!」

 不本意だが男性IS装着者としても扱われておらず、また代表候補生ではない千早は、完全に自分は蚊帳の外にいると思って油断していた。
 その為、まさかクラス代表決めに巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。
 千早にとっては青天の霹靂だった。

 だから、千早は立ち上がって訴えた。

「ちょっと待ってください!
 一夏もそうですが、僕もつい先日までISの参考書に触れた事すらないド素人なんですよ?
 年単位で軍事訓練を受けた、国家が威信をかけて育成した代表候補生に混じって何かを競うほどの実力はありません!!」
「辞退は却下だぞ、御門。」

 にべもなく千冬に斬って捨てられる千早。
 じゃあなんで「インフィニットストラトス」では「セシリア・オルコット」の辞退が認められたのだろう?
 そんな不満を抱きつつ、千早は席に座る。

 だが、千早の発言は続いた。

「ですが、辞退を認めなければ埒が明きませんよ。
 現在名前が上がっている人間は5人、クラス代表枠は1人だけ。
 何らかの方法で5人を1人に絞らなければなりません。」

 そこまで言った後、千早は少し考え込んで再度発言する。

「ですから、僕から提案があります。
 代表候補生のお三方の内、誰が一番強いのかを模擬戦で決めてもらいます。
 1対1が3回でも、バトルロイヤルが1回でも構いません。
 戦ってみて、一番強かった人がクラス代表になるべきだと思います。」
「却下しま~~す。」

 千早の提言は、のんびりとした口調で却下された。

「それだとおりむーとちーちゃんが自動的に除外されちゃってます。
 私は、今名前が挙がっている5人で優劣を決めたほうが良いと思いまーす。」
「あの、先程の僕の話聞いていましたか、本音さん。」

 千早がなおも食い下がり、代表候補生のみでクラス代表決めを行わせようと試みるが、

「……決まりだな。」

 千冬の鶴の一声で、千早と一夏もクラス代表選考戦に参加させられる事になってしまった。
 代表候補生達は、どちらかといえば千早の案の方が良かったという様子を見せていたが、ただ1人、ラウラのみは早速一夏を叩き潰すチャンスが来たと喜んでいた。

「だが、人数が人数だ。
 試合後の機体の修理もある。
 今日のうちから試合を始めてしまわねば、クラス対抗戦には間に合わんぞ。」
「まあ、そこはシンプルにグーとチーで分かれましょで良いんじゃないんでしょうか?
 丁度織斑君がいなくて、残り四人だけですから綺麗に分かれますよ。」

 と言う訳で、千早達は前に出てきて第一回戦第二回戦の組み合わせを決めることになった。

「ふん、あの男を始末する前に、奴の女である貴様を痛めつけるのも悪くは無いな。」
「あの、ラウラさん。
 僕は男だって自己紹介したはずですが。」

「御門さん、性能だけがIS戦闘の勝敗を決める決め手にはならない事を教えてあげるよ。」
「いや、それは知ってますから。多分、充分なくらいには。
 ……僕としては、男性でありながら代表候補生になれるほど長いことISについての訓練をしているっていう、貴女のプロフィールの方が気になるんですけどね。
 ねえ、シャルルさん。」
「っ!!」

「よりにもよってこのIS学園で男の恋人を作り、あまつさえ四六時中ともに過ごしているなどと破廉恥な真似をしているような方には、私、負けませんわよ。」
「……あの、僕の自己紹介…………」
「貴女が男だという妄言など、聞き入れる必要性を感じませんわ。」
「…………」
(今の彼女に「インフィニットストラトス」を読ませたら、どうなってしまうんだろう……
 見たいような見てみたくないような……)

 そして決まった組み合わせは……

・第一回戦 御門 千早 VS シャルル・デュノア
・第二回戦 セシリア・オルコット VS ラウラ・ボーデヴィッヒ

 そういうわけで、早速この日の放課後に、一夏と千早が生活しているアリーナでこの2回の模擬戦が行われる事になったのだった。












 ちなみに、一夏が2周グランドを走り終えた時、もうとっぷりと日が暮れて、既に11時を回ろうかという時間だった。
 その為、彼はこの日の午後のクラス活動には、一切ノータッチであり、クラス代表選考戦に知らないうちに組み込まれていた事に愕然とするのだった。


==FIN==

 代表候補生になったばかりに一夏に化け物呼ばわり(褒め言葉)されてしまう鈴と、クラス代表決めで一夏と関われない1組の代表候補生達。
 情け容赦ないハードモード具合です。

 初期の部分展開で悪く言われている事が多い鈴ですが、今回は流石に彼女に正義がありますw



[26613] ちーちゃんは代表候補生を強く想定しすぎたみたいです。(設定変更)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/28 18:18
・第一回戦 御門 千早 VS シャルル・デュノア
・第二回戦 セシリア・オルコット VS ラウラ・ボーデヴィッヒ

 「インフィニットストラトス」とほぼ同程度の実力差があったためか、セシリアVSラウラは一方的な蹂躙劇となり、描写の必要がなかった。
 セシリアにとっては幸いな事に、ラウラにとって彼女を必要以上に痛めつける動機は無く、単純にシールドエネルギーを削り切られての敗北となった為、損傷は自己修復だけでも翌日には問題なくなる程度の軽度のものだった。

「わ、わたくしともあろうものが……」
「そーは言うがな、正直お前のブルーティアーズは実験機的要素が強すぎる。
 同格かそれ以上を相手にするのは辛いぞ。」
「……ハッキリ言いますわね織斑先生。」

 一方で、その前に行われた千早VSシャルルは白熱した内容となった。










===============










(……御門さんは僕の正体に気付いている。
 それに……)

 彼女、シャルル・デュノアはある使命を帯びている。

(銀華/白式のデータを奪取する事、か……
 その持ち主の2人に近づく為に男の子に偽装させられたけど、こうもあっさり見破られたら近寄りようが無いよね。)

 シャルルはため息をつくと、気持ちを切り替えた。
 千早はあんな事を言ってはいたが、時速900Kmというとんでもないスピードを物にしている強敵なのだ。
 他の事に気を取られていて勝てる相手ではなかった。









===============










 一方、千早もシャルル攻略法を考え中だった。
 代表候補生と多少の武術の心得がある素人。
 マトモにやっては勝ち目が無い。千早はそう考えていた。

「向こうは標準的なIS。本物の足を大きな脚部ユニットに接続し、腕に接続する腕部ユニットもそれなりに大きい。
 こちらは僕と一夏だけの小型IS。篭手状の腕パーツとレガース状の足パーツからなり、生身の人間と変わらないスタイル。
 ……何とかして懐なり足元なりに入れば……腕の差はある程度カバーできるかな。」

 もっとも、元より彼には接近戦しかない。
 やるしかなかった。










===============










 アリーナの中央で向き合う銀華とラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。
 ISなのでごつい手足を少女に取り付けた外見をしているラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに対して、銀華はプリンセスドレスのように優美な外見をしており、中身が可憐な少女と言う通常のIS以上に戦場には場違いな外見をしていた。
 しかしその優美さの中に、運動性と言う名の凶悪極まりない力が秘められている事を、シャルルは事前に知らされている。
 油断など出来ようはずがない。

 その間合いは15m。
 ISにとってはあまり大きな間合いとは言えず、まして銀華にとっては無きに等しい距離だった。

 装着者は千早の方が長身だったが、何しろ銀華や白式とそれ以外のISでは大きさが違いすぎる。

 銀華の場合、背中のアンロックユニットの翼のみが、ISのパーツとして相応しい大きさを維持し、それ以外が千早本人の身体の大きさに合わせて小さくなっている。

 その為、今は、長身の筈の千早の方がシャルルを見上げるような感じになっていた。
 当の2人には、それがそのまま自分達の力量差のようにも感じられた。

 2人は何も話さない。
 今日であったばかりである上に、こんな場所でなければ話せないような話題もなかったからだ。

 そして試合開始の瞬間。
 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは一瞬で出現したアサルトライフル2丁を発砲し、銀華の姿が一瞬で消え去った。

 と、次の瞬間にラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの手元にあったのはIS用の接近戦用ブレードであり、それがまた次の瞬間にはショットガンに化け、更に次の瞬間にはミサイルランチャーに化けて異常なスピードで飛び回る銀華にミサイルを発射する。
 その後もラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの武装は目まぐるしく変化し、しかしその攻撃が中断される事は無かった。
 攻撃しつつ、武装がいつの間にか変更されているのだ。
 それがシャルル・デュノアの高難度技、ラピット・スイッチだ。

「っ!!? な、何?
 今、何が起こったの!?」

 多くの生徒が一瞬の攻防を理解しきれず混乱する。
 辛うじて

「ふん、何がずぶの素人だ。
 あんな代物をあそこまで使いこなしておいてよくも言う。」
「あ、あんな機動で動けたり、対応できたりする奴が……代表候補生なのか!?」
「あー、でもちーちゃんは代表候補生じゃないよ。」

 代表候補生と本音、そしてかろうじて箒。
 生徒達の中で、彼女達だけが一瞬で何が起こったのかを把握できていた。


 模擬戦開始直後、静止状態からイグニッションブーストを使って瞬間的にとんでもない速度まで加速した銀華は、姿勢を低くし、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの足元に潜り込もうとする。
 最初はアサルトライフルを使用していたラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは、足元に迫る銀華をカウンターで迎撃しようとブレードを展開して足元を切り払う。
 ブレードの展開に気付いた銀華は、その斬撃から逃れる為に軌道を曲げ、足元への侵入に失敗する。
 なおも背後に回り込もうとする銀華に対し、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは銀華に合わせて旋回しながらショトガンを発砲し、銀華を引き剥がす事に成功。

 その結果、距離が開いた所へラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが様々な武器を叩き込む。

 それがあの一瞬の攻防だった。

 その一方で、戦況は目まぐるしく変わる。

(御門さんの銀華、運動性特化型とは聞いていたけど……なんなの、このわけの分からない鋭角機動!!)
(時速900Kmオーバーでこれだけ動き回っているのに、こんなにも当てて来るなんて……さすが人間兵器、代表候補生……っ!!
 さっきのブレードの速さから考えても、関節の稼動速度なんかも人間やめてる領域みたいだし……僕や一夏みたいな民間人とは違いすぎるっ!!)

 戦っている本人達は、2人して相手の強さに舌を巻く。

 しかし、今のままでは銀華のシールドエネルギーが底を尽いて、シャルルの勝利となる。
 嵐のように襲い掛かってくる弾丸やミサイルが、少しずつではあるが銀華に命中してシールドエネルギーを削っているからだ。
 千早としてはこのままではジリ貧である。

(だから……そろそろ動く筈!!)

 千早の始めてのISでの戦闘は、白式を纏った一夏を関節技で葬り去ったというものだった、とシャルルは聞いている。
 ならば、千早は人体の構造をISの戦闘に反映させてくるはず。
 いくらISが360度の視界を持とうと、やはり正面の方が背面よりも攻撃し易いのだ。
 なので、シャルルは千早が自分に接近するのであれば、背後、頭上、足元といった腕の稼動範囲の死角になりやすい方向からの突撃と辺りをつけていた。
 そして……

(来た!! ドンピシャ!!)

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは斜め後方から襲ってくる銀華に急旋回して対応し、銀華の移動する先に自身の最強の武器、シールド付きパイルバンカー「グレースケール」の先を用意する。

(これでカウンター!!)

 だが、いくら代表候補生といっても、運動性特化の銀華にパイルバンカーを打ち込もうというのは、虫が良すぎる話だったらしい。
 千早は差し出されたパイルバンカーに沿うようにして、その先にいるシャルルに接近していく。

 ISの装備は非常に大きな物が多く、ショートレンジに対応できる敵ISが懐に入ってきた時にはその多くが役に立たなくなってしまう。
 しかも銀華は、現在稼動が確認されている全てのISの中で最速。
 とても対応しきれる相手ではない。

 そして、シャルルが最後に目にしたのは、千早の美しい顔だった。










===============










 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのシールドエネルギーはまだ全然残っている。
 当たり前だ。
 銀華の攻撃は1発しか命中していないのだから。

 それでも、勝利したのは千早だった。

 理由は簡単。
 彼が衝撃砲を叩き込んだ箇所が、シャルルの顎だったからだ。

 ISは絶対的な防御力を持ってはいるものの、受けた攻撃の衝撃はある程度装着者に与えるようになっている。
 かくして千早の攻撃の衝撃はシャルルの顎にピンポイントで打ち込まれ、彼女を脳を揺さぶってその意識を刈り取ったのだ。

 銀華がショートレンジ戦闘に対応しているISだったからこその芸当だった。

「なんとか、勝てた……か。」

 千早はシャルルを助け起こして、彼女に敗北を宣告したのだった。

「あの、御門さん、僕は……」

 千早はプライベートチャンネルでシャルルに応える。

『貴女の正体については、後にしましょう。』
『……やっぱり、気付いていたんですか?』
『ちょっとした種があるんですけどね……それが無かったとしても、バレバレでしたよ。』

 そこでシャルルとの会話を打ち切った千早は、アリーナをセシリアとラウラに明け渡したのだった。










===============


 セシリアVSラウラが終わった後、翌日の試合が組まれた。
 最も損傷の激しい銀華は除外し、代わりに一夏の白式を補充する形だ。
 勿論、一夏は打鉄を身につけてランニング中であり、この試合組みには関与しない所か、試合の存在自体を知らない。

 一夏の代わりに千早が代表候補生達とグーとチーで分かれましょを行い

・第一回戦 セシリア VS 一夏
・第二回戦 ラウラ VS シャルル

という組み合わせが決定したのだった。




==FIN==






 戦闘描写でした。
 まー、あんな高速機動出来る奴が弱い筈が無く、まして千早ならなおの事という事で。
 本当はこんな時期に、ここまで代表候補生、しかもシャルル相手に戦えちゃいけないはずなんですがね……チート乙とか言われそう。
 でもおとボク主人公なんだから、チートは許して!!

 ……ダメ?

※ISの腕部パーツの設定を少し大きめにしすぎていたので、修正。
この世界のISは大体TVアニメ版に近いデザインで、白式・銀華は上半身のみ小説挿絵版に近く脚部パーツが上半身同様本物の足にフィットする感じになってます。
 ちなみに束さんは小説挿絵版・TVアニメ版・漫画版でそれぞれデザインの違うISを見て、他にも色々見て、色々漲っています。



[26613] お忘れですか? 一夏のフラグ体質
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/26 09:42
 入学式の翌日。
 1年1組で専用機同士が合い争うクラス代表選考戦が行われている事が、既に学校中に広まっていた。
 代表候補生が戦う様子が見られるとあって、希少価値でしかない男性IS装着者の事は既に半ば忘れ去られているようだった。

「落ち着いてくれたか。
 まーこっちの方が気楽だわな。」
「「インフィニットストラトス」では割かし長い期間凄かったらしいけど、そうならないですんで一先ずは安心か。」

 何がどの程度凄いのか。
 間違っても体験したくは無い千早と一夏だった。

「んで、俺も出んのかよ。
 思いっきり事後承諾じゃないか。」
「……それでもこの時の「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」に比べればマシな待遇だと思うよ。」
「どんな状況だったんだよ……主役補正の代償ってか?
 物語の主人公って奴は楽じゃねえのな。」

 と、そこへ2人の少女が言い争いながらやって来る。
 巨乳のポニーテールと貧乳のツインテール。箒と鈴音だ。
 一夏は妙な組み合わせだと思った。
 彼の知る限り、この二人に面識は無かった筈だからだ。

 一夏達の所へやって来た彼女達は、凄い剣幕で一夏に詰め寄る。

「「一夏!!」」
「な、何だよお前等!?」
「この女は何者だ!
 お前の幼馴染だとほざいているが、私は知らんぞ!!」
「こっちの箒っていう子こそ何者なのよ!!」

 2人とも、IS学園に入学するまで存在すら知らなかったお互いが、一夏の幼馴染である事に納得がいっていないらしい。

「……あのな、言っとくけど、お前等両方とも俺の幼馴染だぞ?」
「は?」「へ?」
「ほら、箒、お前子どもの頃に引っ越しただろ?
 その後、入れ替わりで鈴がやってきて、去年まで一緒だったんだよ。」

 一夏の説明に、それなら自分が会った事のない少女でも一夏の幼馴染であってもおかしくは無い、と納得する。

「ええと、話はそれだけか?」
「いや、もう一つお前に聞きたい事がある。
 そこの御門 千早という女は何者なんだ?」

 一夏は遂に来たかと思った。
 いつかはされるだろうと想定していた質問だったからだ。

「あー、コイツが男だっていう話よりも信じられない荒唐無稽な話になるぞ。
 多分正直に話しても信じられないと思う。」
「ほう、どんな話なんだ?」
「……俺が、いや「織斑 一夏」が主人公の「インフィニットストラトス」っていう小説がある世界から、束さんの手でこの世界に拉致されてきた異世界人だ。」
「……一夏、あんたあんな事させられたから疲れてるのよ。」

 この鈴音の反応は正常なものだろう。
 しかし、束を直接知っている人間の反応は違った。

「いや……あの女の、姉の行動パターンと能力から言って、その位はやりかねんな。」
「え゛?」
「少なくとも御門が男だという妄言よりは、はるかに信用できる話だ。」

 驚愕する鈴音の隣で、千早が女の子座りで座り込んで床に手をつけて落ち込んでしまう。

「まあ確かに御門さんが男って言うのよりは、御門さんが異世界人って言うほうが納得いくけどさ。」

 鈴音が千早に追い討ちをかける。

「そ、そんなに信じられないのか……僕が男だっていう事は…………」

 そんな風に落ち込む千早を余所に、箒が一夏に質問する。

「なあ一夏。
 何故、御門は拉致されなければならなかったんだ?」
「さあ?
 千冬姉の話じゃ、束さんはコイツを俺のライバルとしてあてがいたかったって言ってたみたいだけど。」
「ライバル?」
「ああ、束さんが言うには「インフィニットストラトス」には「織斑 一夏」とお互いに高めあうライバルが足りないんだと。
 周り中格上ばっかで、高め合うって関係が成り立ってないらしいんだ。」

 まあ、当然っちゃ当然だけどな。
 そう、一夏は続けた。

「た、たったそれだけの事で?」

 箒は唖然とする。
 昔から人の迷惑を顧みない姉ではあったが、そんな訳の分からない理由で人一人を拉致したのかと。

「……まあ何しろあの人だからな。
 「織斑 一夏」って奴はお話の主人公らしく素質にゃ死ぬほど恵まれていたらしいけど、そもそものスタートが遅すぎて結構続いている話の主人公なのに未だに誰よりも弱いんだと。
 んで、一緒になって競い合い高めあうライバルがいればその状況も多少はマシになる、って束さんは考えたらしいんだ。
 ……そんな話、現実の俺に当てはめるのもどうかと思うんだけどな。」
「そこで白羽の矢がたったのが御門さん……と。」
「……大変なんですよ。男の身で女子校に放り込まれるっていうのは。」

 千早が弱弱しい口調で訴える。

「いや、その物言い物凄い違和感あるから。」

 それを鈴音は斬って捨てた。

「でも今の話が本当だとすると、もしかして彼女があんたといつも一緒にいるのって、彼女があんた達姉弟の保護下にあるから?」
「まあ、そんなとこかな?
 俺達っつーよか、千冬姉だけど。」
「なら、お前と恋人同士という話も間違いか?」
「……俺としては、逆になんでそういう話になったのかが詳しく聞かせてもらいたいんだが。」

 その一夏の一言に、少女達は安堵のため息をつく。
 一夏争奪戦において、彼女は余りにも強敵過ぎる。
 戦線に参加していないのなら、それに越した事は無かった。

「話は変わるけどさ、今1組じゃ面白そうな事やってるみたいじゃない。
 ウチは代表候補生があたししかいなかったから、クラス代表がすんなり決まっちゃったけど。」
「……こっちも代表候補生がクラス代表になりゃあ良いと思うんだけどな。」
「……そーいやアンタ、代表候補生を妙な目で見てたっけ。」
「昨日のことは思い出させないでくれ。マジで地獄だったんだぞアレは。」

 一夏は昨日の制裁を思い出すだけで、ゲッソリしてしまう。

「乙女にあんな事いう奴には似合いの末路だったけどね。」
「……昨日のグランド2周の発端は私も聞いているぞ。
 いかに強い事が良い事とされるIS装着者に対して言った事とはいえ、お前年頃の娘に怪物は無いだろう怪物は。」
「……褒めたんだけどなあ……」
「言葉を選べ、言葉を。」

 箒はあきれ返った口調で言った。

「全くアンタって。
 そんな様子じゃ、あたしとの約束も忘れてるんじゃないの?」
「え?
 ええと、お前との約束って酢豚を作る腕が上がったら、毎日酢豚をおごってくれるっていうアレか?」

 その一言に鈴音は凍り付き、箒はその真相を瞬時に察する。
 恐らく鈴音は「毎日お味噌汁」と同じノリの告白として、毎日一夏に酢豚を作ると言ったのだろう。
 それがこう返されては報われなかった。
 その箒の洞察は正確な洞察だった。
 だが。

「そ、そうよね。あんたそういう奴だったわよね……」

 鈴音は気持ちを切り替えた。
 一夏にこの告白が通じる位であれば、彼は今頃何股かけているか分からない。
 それが、未だに彼女がいないという事は、彼女の告白が通じるわけが無いのだ。
 昨年まで一緒だった鈴音は、一夏の生態を学校の誰よりも把握していた。

 そのあたりの事情は大体理解できる。出来てしまっている。
 だが、感情では到底納得のいくものではなかった。

「ど、どうしたんだ、鈴?」
「なんでもないわよ。
 あんたがどういう奴だったのかって、思い出してただけだから。」

 血の涙でも流しそうな様子で、鈴音は一夏に返答した。

 何故かは知らないが、鈴音が落ち込んでしまっているらしい。
 そう察した一夏はこう言った。

「なあ鈴。昨日の分の模擬戦じゃどのISも損害が軽微で、今日もクラス代表選考戦をやるんだってよ。
 今日は俺も出るから応援しに来てくれないか?」
「ふぇ? い、良いわよ。応援に行ってあげるから。」

 どうせ、元より見に行くつもりだったのだ。

「まあ俺と千早じゃ千早の方が強いから、昨日の方が見ごたえがあったと思うけどな。」
「良いの良いの。あたしはあんたを応援しに行くんだから。」

 と、そこで箒が一夏の耳を引っ張る。

「いて、何すんだよ箒。」
「鼻の下が伸びているんじゃないのか、一夏。」


 そうして始まるラブコメ展開。
 千早は男として羨ましいような、そうでないような気持ちを抱きながらそれを眺めていた。











===============










 そして放課後。
 学校中から専用機同士の戦いを見学するべく、多くの生徒が集まっていた。
 1組の人間しかいなかった昨日とは偉い違いだ。

 一夏は思う。
 なんだか場違いな晴れの舞台のような気もするが。
 男がどうの、何時も恋人と一緒にいて破廉恥だのとのたまっている目の前の金髪は、どれほど格上だろうとぶちのめさなければならなかった。

 性別など生まれた時に勝手に決まる物。
 そんな自分で決められない範囲の物事で、そこまで貶められたら堪らない。

 それに貶められている事には腹は立つが、感慨は無い。
 彼女はとりわけ酷い部類ではあるが、彼女の同類にはこれまでにも何度か出会った事がある。
 不快な記憶ではあるが、多少は慣れた。

 個人的には姉や箒、鈴音や弾などの親しい人間を糾弾されるほうが、男だからと蔑まれるより腹が立つ性分だ。
 その一夏にとって、彼女の、セシリア・オルコットの物言いなど、安い挑発に過ぎない。

 千早と一緒にいることが、恋人同士のいちゃつきと思われる事も心外だった。
 一応、一夏は千早を男性と認識しているのだ。

「まったく、さっきから聞いてりゃ男だから弱い?
 素人だから弱いんだよ、俺は。
 アンタと俺の差は男と女の差じゃない、熟練者と素人の差だ。」
「あなたが素人なのも、あなたが男だからではなくて?
 所詮は、IS装着者たれと英才教育を受けられる女と、ほとんどがISを動かす事も出来ず、動かせる者も経験不足で常に女より弱い男では勝負にもなりませんわ。」

 この台詞を聞いた時、一夏はある決意をする。
 ああ、俺は「織斑 一夏」みたいに長々と最弱の座にいちゃいけないな、と。
 何故ならば「織斑 一夏」こそは、最強の才能を持ちながら経験値不足のせいで最弱になっている「織斑 一夏」こそは、まさに今セシリアが言った経験不足で常に女より弱い男そのものだったからだ。
 だから一夏がいかに才能で「織斑 一夏」に負けていようとも、彼のようにはなってはならなかった。
 一刻も早く「織斑 一夏」よりも、そして彼よりも強い代表候補生達のうち、さしあたっては最も弱い者よりも強くならねばならない。
 幸い、そのための味方として、千早がいてくれる。心強かった。

 それに男が女より弱いという前提は、既に一夏の中で崩れている。
 男性でありながら代表候補生であるシャルルと、そのシャルルを打ち倒した千早がいるからだ。
 後は、自分が目の前の女を倒すだけだった。

「国家の代表の座を目指す代表候補生様の割に良く回る口だ。
 そんな大物だったら、もっとドッシリ構えろよ。
 そして、そんなに強いだ弱いだってのも口で言うもんじゃないぜ。
 黙って俺が弱っちい男でお前がお強い女だって事、証明してみせろよ。」
「そうさせて頂きますわ。」

 それが試合開始の合図だった。










===============










 セシリアが何故か銃口を横に、あさっての方向に向けた状態でレーザーライフル・スターライトmkⅢを出現させ、銃口を一夏に向けようとしたその時には、一夏の刺突がセシリアの目前に迫っていた。
 一夏がレーザーライフルの出現位置を察し、改めて銃口を一夏へ向けるまでを付け入るのに充分な隙と判断し、突っ込んだ為だった。

「っ!!!」

 セシリアは首をずらして切っ先を避けるが、次の瞬間、その刃は進行方向を変えて彼女の首に襲い掛かる。
 その斬撃によって、ブルーティアーズは一気に弾き飛ばされるように飛んでいった。
 白式のIS離れした小さな体躯からは想像も出来ない強力な馬力と、少しでもダメージを軽減させようと身体を引くブルーティアーズの機動が合わった為だ。

 首を襲った激痛に耐えながらシールドエネルギー残量を確認するセシリアはギョッとした。
 たった一撃でシールドエネルギーがほとんど持っていかれていたのだ。
 いくら当たり所が悪かったからといっても、白式が手にしている刃渡り2mほどの刀が、ただのIS用ブレードでない事は明白だった。

 一夏を単なるザコから倒すべき敵と認識する為の授業料としては、いささか高すぎた。

「くっ、いきなさい! ブルーティアーズ!!」

 セシリアは機体名の由来となった特殊兵装・ブルーティアーズを射出する。
 浮遊砲台であるブルーティアーズによる多角攻撃ならば、銀華ほどではなくとも高速がウリの白式の動きも封じる事が出来るだろうという目算だった。

 一夏の動きは早いが、動く速度はその最高速である850Km近辺ばかり。
 銀華のような異常な鋭角機動をする事もなく、中身の一夏は所詮素人である為、代表候補生であるセシリアならばその動きを読むことは不可能ではない。
 よってセシリアが一夏にレーザーを当てる事は困難ではあったが出来ない相談ではなかった。
 何しろレーザー。弾速が光速なのだ。
 引き金を引いた瞬間、銃口の先に一夏がいさえすれば、すなわち照準が合いさえすれば一夏に避ける術はない。
 それでもカス当たりが多いのが気になったが、カス当たりでもシールドエネルギーは削れている筈だった。

(突然の事で泡を食ってしまいましたが、このまま距離を詰めさせなければ勝てますわね。)

 しかし、その余裕も次第に消える。
 一夏の動きに緩急が生まれ、狙い辛くなっただけではない。
 明らかにセシリアが攻撃しようと思った瞬間に突然白式の進行方向が変わり、照準から外れてしまう事が多くなったのだ。

「何がっ!!」
「いくら中身が代表候補生なんて化け物じみた代物でも、機体の方がこんな欠陥品なら俺の勝ちだ!!」
「わたくしのブルーティアーズを愚弄するつもりですか!
 欠陥品は接近戦しかできないあなたの方でしょう!!」
「コツさえ掴めば発砲のタイミングが分かっちまう射撃武装よりかはマシだろ!!」

 セシリアは、今なんと言われたのかが分からなかった。
 その一瞬の動揺を衝かれて、白式に距離を詰められてしまう。

「くっ!!」

 セシリアは手元に残しておいた2機のミサイル搭載型ブルーティアーズからのミサイルで、白式を迎撃しようとする。
 今まで速くはあっても直線的なレーザーばかりを相手にしていた所へミサイルを撃ち込まれれば多少は泡を食う筈だった。

 だが、一夏は時速900Kmオーバーを叩き出し、悪夢じみた鋭角機動を行う最速のISと共に訓練に明け暮れた身。
 ブルーティアーズに搭載できるたかが知れた量のミサイルに対応できない筈も無い。

 ミサイルは避けられ、あるいは……

「なっ!!」

 白式がブルーティアーズの陰に隠れ、ブルーティアーズを盾にする事で防がれる。
 自ら放ったミサイルに体勢を崩されるブルーティアーズ。
 その隙を一夏が逃す筈もなかった。

「ブルーティアーズ、シールド残量0。
 勝者、白式。」










「なんで、こんな……」

 そう呟くセシリアに、プライベートチャンネルで一夏が話しかける。

『あんたのビットな、あれ動かしてる時、あんた自身の動きが止まってただろ。
 相手が接近戦しか出来ない俺だから良かったようなものの、あれじゃ射撃武器持ってる奴には七面鳥撃ちしてくれって言ってるようなもんだぜ。
 それとレーザーライフル。いくらなんでも白式みたいな高速機相手にあんなデカブツ、中身がド素人の俺でも当てるのは難儀しただろ?
 もうちょっと装備を考え直してもらうんだな。』
『……アドバイス痛み入りますわ。』

(さて、何とか勝てたけど、今回は最初の奇襲がでかかったな。
 アレが無ければ多分……)

 自分は負けていた。
 そう思う一夏であった。











===============











 機体性能が物を言った一夏VSセシリアとは打って変わり、シャルルVSラウラは中身が技量の限りを尽くす名人戦となった。
 シャルルは遠距離でのラウラの攻撃手段がレールガンのみと判断して、距離を保ちながら射撃。
 そのシャルルにラウラが追いすがるという展開である。

「あれ、昨日あんなに速かった御門さんに当てていたシャルルさんが、大分外してますね。
 ラウラさんはあんなデタラメな速さじゃないのに。」
「ああ、あの2人は相手の照準をひきつけて避けているんだ。
 相手が発砲するその直前に合わせて回避行動を取る事で、弾丸を避ける。
 それができてこその代表候補生。
 だから、連中の回避能力が、銀華を持つ御門とさして変わらんのも当たり前なんだ。
 逆に御門のように速さに任せて照準を振り切るのは、ISでの戦闘では限界がある。
 ……まあ銀華はその限界を突破しかねない代物だがな。」

 そう千冬は生徒に説明する。

「つまり、相手の射撃のタイミングを見切ることが重要と?」
「まあ、弾丸を出しっぱなしにするガトリングガンやアサルトライフルもあるから、一概には言えんがな。」

 ちなみに弾丸をばら撒くそういった系統の火器には、銀華のように高速で飛び回るのが最善である。

 シャルルVSラウラは結局ラウラの勝利となった。
 相手の動きを封じられるAICの存在はやはり大きかったらしい。

 AICの範囲に入るまいと逃げ回っていたシャルルではあったが、狭いアリーナの中では早々逃げ続ける事も出来ず、追い詰められての敗退となった。











===============








 今回は昨日と異なり、どの機体も損傷具合が大きい為、次の試合は来週に回される事になった。
 そして組み合わせは……

・第一回戦 シャルル VS セシリア
・第二回戦 一夏 VS 千早

 と決まったのだった。








==FIN==

 一応、一夏の方もちーちゃんと渡り合えるくらい強い為、セシリアには普通に勝てちゃいました。
 うん、やっぱちょっと強くしすぎたような。

 本人は勝てた理由はビギナーズラックだと思っています。
 そして次回のクラス代表選考戦は、主人公対決となります。



[26613] ハードモード挑戦者3人目入りました……あれ?
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/27 13:49
「はあ……」

 金の髪の、見事なプロポーションの少女がシャワーを浴びながらため息をついた。
 白人女性としてはやや小ぶりの胸をしていたが、その事がかえって全体のバランスを整えている。

 彼女の名はセシリア・オルコット。
 1組所属の代表候補生の1人である。

「織斑……一夏……」

 彼女は今日の一夏との模擬戦と、その後一夏に言われた事を反芻する。

 一夏に言われた事はこれまで些細な問題として捨て置いた物だったが、一夏は的確にそこを衝く事で、自分との技量の差を見事に埋めてみせた。
 ……いや。
 技量はさして高くないのは確かなのに、どういうわけか原理上不可能な筈の連続瞬時加速などというとんでもない芸当を当たり前にやってのける人間だ。
 それによる圧倒的な優速。
 性別が男だからという、ただそれだけで侮ってよい相手ではない。
 侮ってよい相手ではないのに侮り、その為、順当に負けた。
 それが今日の模擬戦の全てだった。

 既に黒星が二つ。
 これ以上は負けられないが、残る対戦相手はどちらもかなりの強敵だ。
 十中八九負けは決まっていたが、戦う前から諦めたくは無かった。

 シャルルの方は、技量の面で自分より上だと認めざるを得ない。
 一夏が語った欠点を的確に突き、彼の言った通りセシリアを七面鳥撃ちするだろう。

 そして千早。
 まだISを触って1ヶ月ほどだというが、銀華などという危険物をああも使いこなしている時点で、ド素人と侮れる相手ではない。
 もし仮に、あの悪夢のような高速鋭角機動を前にしてブルーティアーズ制御の為に動きを止めようものなら、次の瞬間にはシャルルと同様一撃の下に意識を刈り取られてしまう。
 そして、その悪夢の運動性を前に、大型のレーザーライフルなどどれほど役に立つか疑問であった。

 どちらも厳しい相手だった。

 そして、千早に関してはもう一つ思う所があった。

「御門……千早……」

 彼女は一夏に常に寄り添う銀の少女。
 2人のISは、まるで騎士とそれに守られる姫君のように見えた。

 セシリアは千早の事を、「男を立てる女」などというこのIS学園には似つかわしくない生き方をしている少女だと思っていた。
 だが……

「女として……わたくしは……」

 彼女に何かで絶対的に負けている。
 容姿でまるで勝ち目が無いのは確かだが、それ以外にも何かで女として自分は彼女に圧倒的に負けている。
 セシリアはそう感じていた。

 一夏にも惹かれるものはある。
 今のご時世、あんなにも強い意志を瞳に宿した男など殆どいない。

 男といえば父のように、何かを諦めた陰鬱な瞳をしている者や考える事をやめてしまった愚鈍な瞳をしている者ばかりで、例外的に瞳に力強い意思を感じさせる者も薄汚い野心や碌でもない欲望を優先させる不快な光ばかりを放っている事が多かった。
 だから男は嫌いだった。

 しかしそんな薄汚い欲望の光とは異なる、一夏の瞳の意思の光。
 セシリアは、その意志の光に強く惹きつけられる自分を感じていた。
 もしかしたら初恋なのかも知れなかった。
 ……が。

 彼に常に寄り添う銀の少女に、自分は女として全く敵わない。
 彼女と互角とは言わないまでも、彼女に少しでも近づくべく女を磨かなければならない。
 そうしなければ、自分が一夏の眼鏡にかなう事は無いだろう。
 そうセシリアは感じていたが、そのための努力はとても困難な道のりのように思えた。

「わたくしは……何でどれほど貴女に劣っているのでしょうね……」

 千早が聞けば奈落の底に落ちるほど落ち込むような悩み事を、セシリアは抱いていた。











===============









 翌日。
 セシリアは明らかに前より気落ちした雰囲気を身に纏っていた。

「なんだアイツ、俺に負けたのがあんなにショックだったのか?」

 そんな口調ではあるが、一夏は心配そうな視線をセシリアに送っている。

 ……少し耳をそばだてると、「いい気味」という台詞が僅かながら聞こえてくる。
 女尊男卑の今の世の中の基準に照らし合わせても、彼女の男に対する暴言に対して不快感を覚える少女は多かったらしい。
 彼女達にも父親がおり、また兄や弟がいる少女も多いのだ。
 男を見下す心は彼女達の中にもあるのだろうが、それでも男を全て、つまり彼女達の父親や兄弟までも全否定するかのようなセシリアの物言いを、良しとしない者がいるのは当然だった。

 あのまま男に対する傲慢な態度を改める機会に恵まれなければ、彼女は本格的にクラスで孤立していたのかも知れない。
 それを思えば、一夏に負けた事は良い機会だったかもしれなかった。

 そんな事を話題に一夏と千早が話し込んでいた。

「にしても、IS学園なんていう女尊男卑の総本山みたいな女子校で孤立するほどの男嫌いって相当だよな……
 男のくせに男嫌いって奴と良い勝負だぜ。」

 と言いながら、一夏は千早を見る。
 そこで、一夏は気付いたかのように言った。

「なあ千早。
 男嫌い同士ウマが合うかも知れないから、セシリアに話しかけてやれよ。
 いい気味だって言ってる奴もいる以上、このままじゃアイツ、クラスで孤立するぞ。」

 かつて鈴音がクラス内で孤立していた事を思い出した一夏は、そう千早に提案した。
 一夏と同じくセシリアを孤立させるのは良くないと思った千早は、快く彼の提案に乗ってセシリアに話しかける。

「セシリアさん、今日はどうしたんですか?」
「……御門さん?」
「名前でも構いませんよ。」
「……千早さん。
 わたくしは……」

 セシリアは一旦言葉を切り、うつむくと意を決したかのような顔で千早を見る。

「千早さん。
 わたくしを女性として鍛えてはくれませんか!?」
「……は?」

 千早はセシリアが何を口走ったのか理解できなかった。
 目が点になる千早を余所に、セシリアは続ける。

「わたくし、正直貴女のような「男を立てる女」などというものは時代遅れの代物だと思っておりました。
 ですが、何か……わたくしは貴女に女として何かが絶対的に劣っているのです!!
 貴女ならそれが分かるような気がして……あの、どうかしましたか、千早さん?」

 千早はセシリアの今の台詞によって、奈落の底に叩き落されていた。

「……あの……セシリアさん。
 僕の性別は……男なんですが……」
「あの……千早さん、大丈夫ですか?
 ご自分の性別まで間違えてしまわれるなんて、酷く錯乱しているみたいですけれど。」

 と、そこで今日の授業が始まるのだった。










===============










 昼休み。
 一夏と千早は珍しく別々に食事を取っていた。
 一夏は箒や鈴音と、千早はセシリアと食事を取っている。

 とはいえ、一夏も箒も鈴音も、耳をそばだてて千早とセシリアの会話を一字一句逃すまいとしていた。
 一夏は男嫌い同士でどのような話をするのか気になっていたから、箒と鈴音は千早がセシリアに伝授するであろう女らしさの極意のような物を聞き逃すまいと思っていたからだ。

 と、千早がセシリアに話を切り出す。
「セシリアさん。今朝の話なんですが……」
「何か教えてくださるのですか!?」

 セシリアと、そして箒と鈴音が身を乗り出すように話を聞こうとする。

「……貴女が僕に劣っていると感じているものは多分内面的なものですので、それについてアドバイスする為には、貴女の背景や人格についてある程度知る必要があります。
 幼少時の頃の話や代表候補生になった経緯など、あなたの過去を話してはいただけませんか?」
「っ!! ……分かりましたわ。」

 そうして始まったセシリアの身の上話は、千早が知っている「インフィニットストラトス」の「セシリア・オルコット」のプロフィールと大体一致していた。

 元々良家の娘であり女尊男卑になる前から家を守ってきた一家の大黒柱だった母親と、彼女に養ってもらっていた婿養子の父親。
 元々やや度の過ぎたカカア天下だったその夫婦関係のバランスが、IS登場による女尊男卑思想の台頭で振り切った針のように狂ってしまう。
 また、女尊男卑思想が浸透していくにつれて、父親を始めとする周囲の男性の瞳が卑屈に濁っていくのを、彼女は感じていた。

 セシリアの脳裏には強い母に逆らえない父の姿がインプットされ、また、もともと母が忙しくしていた為に、碌に一家団欒を過ごす事が出来なかった寂しさも彼女の中に植え付けられた。
 彼女はヘコヘコと母に従う情けない父親が嫌いで、そしてその父親の名誉回復の機会は母親と同時の事故死によって永遠に失われてしまった。
 両親は愛し合っているようには感じられなかったのに、何故最期の時だけ一緒だったのだろうという疑問もまた、父へのわだかまりと共にセシリアの中に残った。

 両親の死後、セシリアの周囲には彼女の母が残した遺産を狙うハイエナが寄り付くようになり、彼女は彼等から母の遺産を守る為にIS装着者への道を選ぶ。
 そして実力をつけることによって、代表候補生まで上り詰める事によって、周囲に自分を認めさせてきたのだった。

「ああ、そりゃ初めてIS装着して2ヶ月経ってねえ俺に負けたら、へこむはな。」

 聞き耳を立てていた一夏が、ポツリとそう呟いた。

「……話しましたわ。」
「すみません、辛い話をさせてしまって。」
「いえ、わたくしが貴女に聞いて頂く必要があると思って話した事ですわ。
 お気になさらないで下さい。」

 そして、セシリアは真剣な表情で千早を見つめる。

「それにしても父親が嫌いで、それが高じて男嫌いですか。
 僕と一緒ですね。」
「へ?」
「僕も……父が嫌いなんです。生きてますけどね。
 それに僕の父はどちらかというと貴女のお母さんに近い人で、仕事人間。
 情けない所なんて見たことが無いですけど、その代わりに家庭を顧みるという事をしない人で……だから嫌いなんです。
 そして僕は……自分自身も嫌いなんです。」
「ちょっ、ま、ほ、本当なのですか!?」
「……ええ。
 それで、僕自身と父だけが嫌悪の対象だったのに、今じゃ男性全般がダメで……
 おかしいですよね。
 自分自身が男のくせに男嫌いだなんて。」

 千早は寂しげに微笑む。

「……なぜご自分が男性という前提でお話されるのですか?
 男性の男嫌いなど、非常に無理のある話だと思うのですが。」
「……セシリアさん…………僕、今までに何回男だって言いましたっけ?
 いい加減信じてください。」

 シリアスな空気が台無しになった。

「そんな男嫌いの貴女でも、織斑……一夏さんとは何時もご一緒しておりますわよね。
 男嫌いの貴女にとっても、不快ではない相手なのですね。」
「……まあ彼は父のように家族を大切にしない人の対極ですし、人の性別間違えてナンパしてくる人達のような不愉快な人でもないですからね。
 場所が場所だからとはいえ、僕のような捻くれ者の友人もしてくれていますし。」

 その千早の台詞に、箒と鈴音、そして他ならぬセシリアに動揺が走る。
 特に箒と鈴音は「やっぱり千早にも、しっかりフラグを立てているではないか!!」と異口同音に心の中で叫んでいた。

「まあ、一夏についてはその位にしておきましょう。
 今は貴女について、です。」
「……分かりましたわ。」

 そこですかさず聞き耳の感度を高める箒と鈴音。

「まず、僕の印象としては……貴女自身も世間の女尊男卑思想の犠牲者のように感じました。
 下手したら、男の人達と同じ位の。」
「え……
 いえ、そうかも知れませんわね。」

 両親の立場のバランスを歪になったのは、女尊男卑思想のせいだった事は覚えていた。
 だから、セシリアは千早の指摘を肯定した。

「女尊男卑に苦しめられながら、自分もまたあそこまで女尊男卑に染まってしまっていた。
 貴女自身が僕に劣っていると感じているのは、この事に由来する歪みなのではないでしょうか?」

 歪み、か……
 千早は自分で言っていて思う。
 自分もまた歪んでいる。
 その自分が、セシリアの歪みをどうこうする事が出来るのか。
 それ以前に彼女にこんな指摘ができるほど自分は大層な人間なのかと。

 しかし、セシリアの相談には乗らなければならなかった。

「……歪み…………」
「元々、女尊男卑思想は「ISは男性には使用できない」という事が原因で発生したものです。
 ですが、世の中にはIS装着者以外にも職業があって、その職業に誇りと情熱を傾けている人達が沢山います。
 例えば、この校舎を建てる建設業者の方々がいなければ、僕達はこの校舎で学ぶ事ができません。
 そしてその建設業者の皆さんも、建築物を建てるには材料や機材を必要としていて、その為の建機や資材を売る業者がいて……
 そんな風にして、お金のやり取りをしながら皆で助け合っているのが世の中なんです。」

 千早は今、自分の口をついて出てきた言葉に驚いた。
 IS学園は閉鎖環境とはいえ殻に閉じこもりがちな千早にとって新鮮な場所で、ここに来たことが彼の殻を破り、視野を多少広げる事に繋がっていたらしい。
 本人でも気付かなかった事だった。

「……その中で、男性はIS装着者という道だけは選べないっていう、それだけなんですよ。本当は。
 それに母親が一家の大黒柱としてバリバリ働いていた貴女には分かり辛いかも知れませんが、昔ながらの女性の役割、育児や家事を行い家を守るという事も、とても大切な仕事なんです。」

 この千早の台詞の最後の部分で、セシリアは悟った。
 自分に何が足りないのかを。

「あの、千早さん。
 わたくし分かりましたわ。
 何がわたくしに致命的に欠けていたのかが。」

 母の事は尊敬している。
 けれども、彼女は「母親」という役目を充分果たしていただろうか?
 答えは、否。

 だから、自分には

「わたくしには母性が足りないのですね。」

 母親に「母親」として接してもらう機会が少なすぎた為に、自分はそれを母から学ぶ事が出来なかった。
 セシリアはそう結論付けた。

「……全てはあなた自身の内面の話です。
 心理学を欠片も齧っていない僕には、貴女のその結論が正解かどうかを判断する術はありません。」
「いえ、わたくしの不躾な相談に乗っていただいて、本当にありがとうございました。」

 しかし母性など、どこでどう学べばよいのだろう?
 ふとそう思ったセシリアだったが、目の前に母性の塊と思える女性がいた。
 彼女を参考にすればよかった。

 トコトン千早のSAN値を削るような思考をしているセシリアだった。

 ちなみにセシリアの相談に乗っていた時の千早の声は途中から女の子声になっていたのだが、本人はその事に全く気付いていなかった。










===============










「母性ねえ。確かにアイツ、家事万能みたいだけど。」
「そうなのか!?」
「いっぺんアイツの料理を食った事あったけど、マジで美味かったぞ。
 お前等も今度食わせてもらえよ。」

 セシリアが千早を母性の塊と感じたのは正解だった。
 しかしその事実は後々判明する事実であり、この時点ではIS学園でもっとも千早と親しい一夏ですら知らない事だった。










==FIN==

 いや、一夏にフラグは立っちゃいるんですよ、セシリア。
 でもちーちゃんがいるので、将を射んとすればまず馬から、という事でターゲットとなりました……違うか。

 でもちーちゃんは母性的で世話好きで優しいと思います。
 あの外見でそんな面を丸出ししたら、ますます男だと信じてもらえなくなる事請け合いですがw



[26613] 織斑先生の激辛授業と御門先生の蜂蜜課外授業
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/28 18:40
 帰りのショートホームルームにおいて、千冬は生徒達に向かってこう切り出した。


「さて、昨日までの段階で、クラス代表選考戦参加者が一通り戦い終えたわけだが……」
「いやあ、予想外に皆さんハイレベルで、先生達ビックリしました。」

 千冬の話に、山田先生が合いの手を打つ。

「超高難度技能である個別連続瞬時加速……ですよね、あれ?
 ともかくとっても難しい筈の連続瞬時加速を当たり前のように使いこなせてしまう織斑君と御門さんに、その猛スピード相手に攻撃を当てられたデュノア君とオルコットさん、そしてそのデュノア君やオルコットさんを下したボーデヴィッヒさん。
 現時点の段階でも1組の評価は非常に高い物と言って良いでしょう。」
「……とはいえ、それは1年生の1学期の頭にしては、という話だ。
 この5人より強い生徒など、上級生にはゴロゴロいる。
 それに、それぞれに反省点が無いわけではない。」

 そうして千冬が各人に対して論評を始める。


「まず織斑と御門。
 お前達、あのスピードを出せていながら何故被弾する? 錬度が低すぎるぞ。
 まだISを始めて身に着けて一ヶ月の初心者だから錬度が低いと言うのは分かるが、だからといってISアリーナにはそんな事を気にして加減してくれるようなマヌケなどおらん。
 相手の攻撃を読んで回避しろ。
 ISは敵のロックオンやエネルギー充填に合わせて警告を発するから、出来ん話ではないはずだ。

 それと、もし接近さえすれば勝てるなどという間抜けな考えを持っているなら捨てろ。
 確かにお前達のISは接近戦しか出来ないが、接近戦しか出来んからといって接近戦では強いと考える事は間違いだ。
 白式や銀華自体の接近戦能力は非常に高いが、実際には中身のド素人共に足を引っ張られるから、マトモにやっては砲撃戦用装備の量産機にも普通に負けるぞ。

 ならば特訓して少しでも相手の技量に追いつければ、などという甘い考えも捨てろ。
 ド素人のお前達と代表候補生やそれ以上の間には、埋める事など事実上不可能なくらいの差がある。

 ……だが差が埋まらんと言っても、訓練しなければその埋められん差が広がっていき、お前達の勝ち目が無くなっていくばかりだ。
 だから訓練は絶対に怠るな。」
「あの……接近戦しか出来ないのにその接近戦でも技量差のせいで負け濃厚で、特訓しても追いつけないじゃあ、俺達にどうやって勝てと?」
「自分で考えろ馬鹿者。」


「続いてオルコットとデュノア。
 先ほどの織斑や御門に対する話と矛盾するようだが……

 お前達、連続瞬時加速が出来る織斑や御門に辛うじて攻撃を当てる事が出来て、それで奴等を遠距離に縫い付けていられたつもりになっていたようだが、奴等が被弾上等で突っ込んできた場合、対応しきれたと自分でも思っているのか?
 奴等自身にはその自覚が無かったようだが、攻撃回避の体の良い練習台にされていただけで、お前達が奴等の動きを拘束できた瞬間などほとんど無かったぞ。

 それに相手は接近戦仕様とはいえ、中身はド素人だ。
 代表候補生のお前達なら接近戦に持ち込まれても、迎え撃って勝ってみせろ。
 代表候補生としての訓練に耐えてきたお前達になら可能な筈だ。
 もし出来ないというのであれば、じきに来るデュノア対織斑戦、オルコット対御門戦でも、またド素人相手の敗北という恥を曝す事になるぞ。」

「それとオルコットに関してはもう一点。
 なんだあのレーザーライフルの展開の仕方は。
 ちゃんと敵に銃口を向けた状態で展開しろ。
 一夏がブレードの威力を抑えていたから良かったようなものの、そうでなければ展開の隙をついた最初の一撃で全てが終わっていたぞ。」
「え?」

 セシリアが間の抜けた声をあげる。
 千冬はそのセシリアの様子を見て、咳払いをして話を続ける。

「……白式に装備されている近接戦用ブレードは『雪片弐型』と言ってな、かつて私が使っていたブレード『雪片』の後継で似たような機能を有している。
 両者とも展開中は使用者のシールドエネルギーを削っていく性質を持っているんだが、その分高威力だ。
 お前とやりあった時、織斑はシールドエネルギー減少という性質を嫌って『雪片弐型』の機能を制限していたんだが、そのせいでせっかくの『雪片弐型』が単なるIS用ブレードに成り下がってしまってな。
 攻撃力がかなり低下してしまっていたんだ。

 ……つまりお前は、本当ならあんな癖一つで、初心者に瞬殺されていた所だったんだぞ。
 直せ。」
「あの、それでは一撃でシールドエネルギーを殆ど失ってしまったのは、一体どういう事なのでしょうか?」
「絶対防御が発動したからに決まっているだろうが。
 どこをやられたのか忘れたのか? 首だぞ首。」


「最後にボーデヴィッヒだが。
 お前のシュヴァルツェア・レーゲンのAICが強力な事は分かったから、もう必要な時以外には使用するな。
 敵を静止させられるというのは確かに強力だが、それに頼り過ぎると技量の低下を招くぞ。
 実際、前より攻撃精度が落ちていないか?」
「……了解しました教官。」


「さて、こんな所か。」
「……辛過ぎますよ、織斑先生。」
「私は事実を言っただけだ。」

 悪びれもなく、そうのたまう千冬。
 一方、生徒達は非常に辛口の、特に一夏、千早、セシリアに対する有り得ない辛さの辛口批評に絶句していた。

 しかし一部の強者は。

「はあ、千冬お姉様にあんな風に罵ってもらいたい……」

などと、危ない妄想に思いを馳せていた。










===============










「と、いう事があってな。」
「な、情け容赦もへったくれも無いわね、千冬さん。」
「そりゃまあ、ちょっと訓練した位で素手でマシンガンやショットガンを制圧できるような奴等相手にガップリ四つで勝てるわけが無いって事ぁ分かってたけどさ、ああもハッキリと言われるとなあ。」

 放課後、一夏と鈴音はそんな話をしていた。

「ところで一夏。」
「ん? どうした千早?」
「僕は何でこんな所に連行されてきているのかな?」

 2人は、否、もっと多くの生徒達は、千早を調理室へと連行していた。
 半軍学校と言ってよいIS学園ではあるが一応は女子校である為、このような設備も存在し料理研究部の類も存在する。

「ああ、いや、昼飯の時、箒と鈴にお前の料理が美味いって言ったら、誰かがそれを聞きつけたらしくてよ。
 是非食わせてくれ、だってさ。」
「そうなんだ……」

 まあ、千早も料理をするのは好きな方である。
 しかし「誰かの為に」というモチベーションがあったほうが、千早にとっては好ましいのだ。
 彼には世話好きの母性的な一面が存在するからである。

 と、周りの女生徒達から、是非料理を教えて欲しい、調理している所を見せて欲しいというリクエストが千早の元に殺到する。

 まだ入学式が行われて間もないとはいえ、一夏と千早がIS学園に来て1ヶ月以上経過しているのだ。
 唯一の男性IS装着者とされていた一夏は勿論の事、千早の御伽噺のお姫様のような美貌もIS学園内では有名であり、憧れる者も多い。
 その美貌の少女が料理にも長けているというのであれば、是非指導してもらいたいと思う少女がそれなりにいるのは当然と言えた。

 また、料理を教えてくれとやってきている女生徒の中にはセシリアやシャルルの姿もある。
 箒もその中には加わらなかったが、調理室には来ているようだ。

 彼女達のリクエストに答えるのも、悪くは無かった。










===============










 千早は流れるような手つきで調理を進めていく。
 その手際の良さは、料理のプロである食堂のおばさん達にも匹敵し、彼女達を除けばIS学園内で千早に並ぶ者は無い。

 千早は、料理を教えて欲しいと言ってきた少女達に優しい女の子声で、柔らかな物言いで、しかし正確・的確な解説をしながら手を止める事無く調理を進める。

 それでいて。
「さて皆さん。クッキーは結構色々な物でトッピングできるんですよ。
 例えば……そうですね、何が使えると思います?」
 などと、女生徒との会話をも挟んでいた。

 その姿は紛れも無くお料理教室の先生であり、まだ少女といって良い外見なのにお母さんと呼ぶに相応しい雰囲気を纏っていた。
 しかしまだ千早は高校一年生。
 お母さんと呼ぶのは躊躇われ、あえて呼ぶのであればお姉さまであった。


 そしてほどなくして。
 千早はクッキーを中心にすえた、家庭で作れるお菓子類を完成させた。

 それを口にした生徒達からは、
「うう……部長としての自信を無くすわ……
 お料理も指導も無茶苦茶上手いじゃないの……」
「何これ。
 こんなに美味しいクッキー今まで食べた事無いわ!!」
「こっちのマフィンの美味しさもただ事じゃないんだけど……」
 などなどの大絶賛が寄せられた。

 勿論その中には一夏や箒、鈴音もいて
「な、俺が言った通り美味いだろ?
 ん? どうしたんだ鈴?」
「う、ううん……何でもない……」
(す、酢豚だけで敵う相手じゃない……)
「しかしあの声、あの物腰、あの口調。
 元々どうして彼女が男性を自称するのかさっぱり分からないというのに、余計に分からなくなるな。
 アレで男と言うのであれば、私など一体なんだと言うのだ。」
「ああー、それ本人の前では言わないでやってくれないか?
 死ぬほどへこむから。」
「そうは言うが、彼女ほど女らしい女性を私は見た事が無いぞ。」

 そんな風にワイワイと食事をしていると、何故だかシャルルの目から涙がポロポロと溢れ出していた。
 一夏と千早はそんな彼女に同時に気付く。

「おい」「あの」

 一夏と千早は同時に二人に話しかけようとしてしまい、言葉を切ってしまう。
 アイコンタクトの結果、シャルルには千早が話しかける事に決まった。

「あの、シャルルさん。どうかしたんですか?」

 千早は女の子声で優しくシャルルに尋ねた。

「あ、あの……なんだか、料理している御門さんを見ていたら……料理してくれている亡くなったお母さんの後姿を思い出して…………
 出来たお菓子も、お母さんが昔作ってくれたもので……
 美味しくて……その…………
 お母さんがお菓子を作ってくれた……事を、思い出して……」

 シャルルは涙ながらにそう答えた。

「そう……亡くなったお母さんを思い出させてしまうなんて、辛い思いをさせてしまったかな?」
「い、いえ……お母さんが生きていた頃の…………
 思い出を思い出して、悲しいけれど幸せで……」
「……そう。」

 シャルルに向ける千早の眼差しは、とても優しい物だった。

 そんな千早とシャルルの様子を見ていたセシリアは

「これがいわゆるお袋の味というものなのですね……
 確かに愛情が篭っていて素晴らしい味わいですわ。」

 と、千早の料理に舌鼓を打ちながら感動していた。
 そして

「はあ、あんなに綺麗なのにこんなに母性的なんて反則よね。」

 という女生徒の声を聞いて

「やはり千早さんが母性的な方だというわたくしの見立ては正しいものでしたわ。
 今日の彼女のような、内面の優しさがにじみ出るような柔らかな振る舞い。
 困難ですけれど、修得に挑戦する価値はありますわ。」

 と、千早の母性を見習おうと決意を新たにしたのだった。





==FIN==

 料理の描写はもっと詳しい方がいいんだろうが、おとボク2本編レベルなんて俺には無理だ……

 ちなみにこれで一夏はシャルルの母親が死亡していることを知りましたが、未だに彼女のことを男の子だと思っています。

 もうたった1人で女子寮に放り込まれて、色々な意味で大変なんだろうな。
 それをおくびにも出さないなんて、見た目によらずタフなんだな。
 と思っています。
 実際には彼女自身女の子なんで、全然平気なだけですがw

 そして千早と2人でアリーナでIS着込んで寝ている一夏に「一夏」のようなラッキースケベイベントは起こり辛く、その意味でもヒロイン達にとってはハードモードですw



[26613] 自重? 奴の前ではそれほど虚しい言葉もないぞ。(クロス先増大)流石に自重しなさ過ぎました。
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/31 06:27
 金曜日の夜、そう遅くない時間。

 一夏の家から一夏の携帯電話に電話がかかってきた。
 一夏は不審に思う。
 今、自分達の家は無人の筈だからだ。

 彼はとりあえず電話に出てみた。

「も、もしもし?
 どちら様で?」
「はい、私、御門家の侍女の度會 史と申します。
 あなたは、千早様のご学友である織斑 一夏様ですね?」
「え、と、そうだけどって……御門家って千早ん家の!?」

 一夏は聞き覚えのない平坦な口調の少女の名乗りにギョッとする。
 この世界で千早の素性を正確に知る者は束しかいない。
 一夏や千冬は千早からの自己申告しか知らず、それ以外では精々箒と鈴音が「小説「インフィニットストラトス」が存在する異世界の住人」と聞かされているくらいである。
 彼の家の人間を名乗る人物からの電話など、一夏は予想だにしていなかった。

 そしてそれは当の千早も同様で。

「えっ? 僕の家?
 一夏、一体誰からなんだ!!」
「え、いや、お前ん家の侍女の度會 史って名乗っている女の子なんだけど……」
「史!?」

 千早は一夏から携帯電話をひったくる。
 ……ちなみに2人とも、ISを装着している状態である。
 ここ最近就寝時には必ずISを身につけている2人にとって、ISとは寝巻きでもあったがやはり世界最強の戦闘力を誇るパワードスーツである事には変わりない。
 強力なパワードスーツであるISを身につけていながら携帯電話を破壊せずにひったくったのは、名人芸と言って良かった。

「史? 史なのかい!?」
「あ……千早様……
 ご無事なのは分かっておりましたが、こうしてお声を聞ける日は何時になるかと思っておりました……」
「僕もだよ、史。
 とても心配をかけてしまったね。」

 史の声は震えながら小さくなっていく。
 間違いなく、本物の彼女だった。

 何故なら……千早はこの世界で彼女の名前を口にした事がなかったからだ。
 いや、彼女だけではなく、家族や使用人の個人名は一切出していない。
 彼が持つIS「銀華」を狙う輩にその名前を利用される恐れがあり、そういった者達がどこで聞き耳を立てているか分からない、と千冬に警告されていたからである。
 その為、彼の近辺の人間の個人名を知っているのは、この世界でも直接千早の世界に行った事がある束のみの筈であった。

 それに……長いこと家族同然で過ごしていた少女の声を、千早が聞き間違える筈がなかった。

 一方、一夏は確かに声は男モードではあるが、優しい口調の千早という割と珍しい物を見ていた。

「でもなんで一夏の家なんかにいるんだい、史?
 まさか史もコッチの世界に連れて来られたとか!?」

 千早は最悪の事態を想定して背筋を凍らせる。

「いえ、そういうわけではありません。
 篠ノ之 束様が此方の世界との行き来を容易にしたい言い出され、移動先固定のどこでもドアをお作りになって御門家にある千早様のお部屋と織斑家の居間を繋げられたのです。」
「…………は?」
「束様が一晩でやってくれました。」

 余りにも予想外の返答に、頭が真っ白になる千早。
 ちなみにこの「一晩でやってくれました」ネタ、このインフィニットストラトス世界には元ネタが存在しない為、千早にしか分からないのだが、今は電話中なので関係ない。

「……じゃ、じゃあ一夏や千冬さんの家に行けば、僕はいつでも帰れるって事?」
「はい。
 ただ、奥様が千早様の中退は希望なさらないようですので、卒業までの3年間はIS学園に通っていただく事になるかと思いますが……」
「それでもいつでも家に帰れるのは心強いよ。」

 何しろ帰る家がこの地球上のどこにもないという状況が続いていたのである。
 全寮制(千早達は寮ではなくアリーナで寝泊りしているが)のIS学園に入学した為、住環境は揃っているとはいえ、やはり非常に心細かったのだ。

「そうですか。
 それでは、千早様。一つ良いでしょうか?」
「なんだい、史。」
「束様から千冬様への言伝を、千早様か一夏様にお願いするよう言われました。」
「千冬さんへの伝言?」
「はい。『み な ぎ っ て き た !!』だそうです。」

 多分感嘆符が付くのだろうが、史は平坦ないつもの口調で言った。

「は、はあ……
 ま、まあこうして連絡できてよかったよ。史。
 お母様やまさ路さん、使用人の人達にもよろしく言っておいて。」
「はい。史は久しぶりに千早様のお声を聞けてとても嬉しかったです。
 それでは。」

 史の口調は平坦ないつもの口調であったが、付き合いの長い千冬はそこに確かな喜色を見て取った。

 ……その後、千早から束の伝言を聞いた千冬がどのような反応を示したのか。
 それは言うまでもないことなので省略する。
 ただ、その時、千冬の部屋から怒声が聞こえて来たという事だけを記しておく。


 ともあれ、翌日の土曜日に、千冬は一夏を伴って一度家に帰る事にした。
 また、家に帰る唯一の手段であるどこでもドアの確認をするため、千早もそれに同行する事となった。










===============










 五反田 弾という少年がいる。
 彼は一夏の親友であり、それが原因で雲隠れした一夏の代わりにマスコミの大攻勢に曝された不幸な男である。
 その彼が偶然久方ぶりに出会った親友にこう言った。

「あの超絶美少女が男とか、お前頭わいてんのか!?」

 流麗な銀糸の髪を持ち、お姫様としか言いようの無い可憐な美貌を持ち、胸が多少寂しい事を除けば女性の理想と言って良いプロポーションを持つどこからどう見ても少女にしか見えない人物を男と紹介されれば、この反応は当然であった。

「いや、俺も本当に男だって知った時にはマジで寝込むほどショックを受けたんだけどな。
 つか、あの千冬姉ですら寝込むほどのショックを……」
「嫌な事思い出させないで。
 だいたい僕が男だって言うのが、何でそこまでショックなのさ。」

 銀の少女が不可思議な事を口走っていた。

 性同一性障害という自分の事を異性のようにしか思えない病気があるそうだが、彼女はその患者なのだろうか?
 もしそうなら一夏は自分を男としか思えない少女すら落とすのか、と弾は親友のフラグ体質に恐怖した。

「すまないが私達は家を一度見ておきたいんだ。
 大分留守にしているからな。」

 と、千冬が弾と一夏の間に割って入る。

「あ、そうか。悪い弾。
 ちょっと急いでいるから、また今度な。」
「ん、ああ。」

 ちなみにこの時弾が携帯で撮った写真を見た彼の妹が、信じがたいほどの美少女が織斑姉弟と親しげにしているという写真に絶望するのはまた別の話である。










===============










「ここが……君達の家?
 思ったより普通なんだね。」
「今にして思えば、この普通さも俺をISから遠ざけよう! って思った千冬姉の偽装工作だったんだろうけどな。」

 千冬、一夏、千早の3人は、織斑姉弟の家にやってきていた。

「おい、グズグズしていないで居間に行くぞ。」

 親友と言うよりは腐れ縁。
 一体何をしでかすのか分からない束が、よりにもよって
「 み な ぎ っ て き た !!」
などと口走っている状況に強い危機感を感じていた千冬は、一刻も早くその束がいるであろう御門家に行こうと気が逸っていた。

 織斑姉弟の家の中は、1ヶ月以上放置していた家では有り得ないほど掃除が行き届き、綺麗にされていた。
 少なくとも昨日の時点で史がこの家にいたらしかったので、彼女をはじめとする御門家の使用人達が掃除してくれたようだった。

 そんな織斑姉弟の家の居間には、何の脈絡もなくドアが置かれていた。
 一応邪魔にならないよう端に寄せられているが、如何せん物が物だけにやはりかなり邪魔である。

「これがどこでもドア、かな?」

 千早がどこでもドアを開けてみると、そこには見慣れた、けれども1ヶ月以上見る事のなかった自室が、何の脈絡もなく目に入ってきた。
 立体映像かと思ったがリアリティがありすぎる。
 なにより、扉の後ろには壁しかない筈なのに……千早の部屋の中に入っていけた。

「……とことん何でもアリだな、あの人…………」
「十代半ばの小娘の頃に、ISなんぞという非常識にも程がある危険物を生み出した奴だからな。
 今更と言えば今更だが……
 ……とはいえ、これは流石に…………」

 どこでもドアの驚愕の性能に唖然とする姉弟。
 ともあれ3人は千早の部屋に……千早の家に入っていった。

「……ほんの一ヶ月半ぶりの筈なのに懐かしいや。」

 そう千早が述懐する彼の部屋は、彼が男性である事を主張するかのように女の子らしいおしゃれなどとは無縁の代物であった。
 そんな彼の部屋を見回している織斑姉弟を余所に千早が廊下の様子を窺おうとすると、彼の部屋の前にスタンバイしていたのであろう母と史に出迎えられた。
 千冬が束から
「 み な ぎ っ て き た !!」
と聞かされた場合に予測される彼女の行動パターンと、不可能に思えていた帰還ができると知らされた千早が取り得る行動を照らし合わせ、今日彼が千冬達姉弟を伴って帰ってくる事を予測していたらしい。

「母さん?」
「千早ちゃん!!
 会えて良かったわ!!」

 千早の母の妙子が、息子をしっかりと抱き締める。
 彼女の目にはうっすらと涙が滲んでいる。

「「千早……『ちゃん』!?」」

 と織斑姉弟は妙子の千早の呼び方に一瞬と惑い、まさか肉親であるにもかかわらず千早の性別を勘違いしているのか? と一瞬思ってしまう。
 しかし、母親が息子をちゃん付けで呼ぶ事は珍しくはあるがない話ではない。
 2人はそう結論付け、自分を落ち着かせた。

 落ち着いた姉弟は、親子の抱擁をしげしげと眺めてみる。
 千早がクオーターで、その母親はハーフだが、母親の方は普通に日本人の外見をしている。
 そう聞かされていたのだが、確かに妙子は艶やかな黒髪が良く似合う日本人女性以外の何者でもない外見をしていた。
 千早の母親という事はそれなりの年齢には達している筈であったがまだまだ艶やかで美しく、またどこか箱入り娘のお嬢様という印象を憶えさせた。
 一夏などは、正直はるかに年下の筈の姉の方が大人の女性として成熟しているのではないかと思えている。

「しっかし、結構美人だよな。流石千早の母親……」

 その一夏の一言を聞いた千冬が、やや不機嫌そうに眉を顰める。

「お前、年上趣味があったのか?」
「いや、そういうわけじゃないし、それにあの人よりかは千冬姉の方が成熟した大人って感じがする。」
「それは、私が年増で老けていると言いたいのか?」
「違う違う、千冬姉の方が大人のお姉さんって感じがするって事。
 なんとなく危なっかしい感じがしなくないか、あの人?」
「……大人のお姉さんだと? 大人をからかうな若輩者が。」

 千冬はプイと、一夏から顔を逸らす。
 その頬が僅かに赤みを帯びていた事に、一夏は気付かなかった。

 しかしこのまま親子の抱擁を眺めていても埒が明かない。
 千冬は妙子に話しかけてみた。

「親子の対面中、失礼ですがよろしいですか?」
「はい。」

 妙子は千早を抱きかかえながら、千冬に応じる。

「千早ちゃんのクラスの担任の織斑先生ですね。
 何のご用でしょうか?」
「……篠ノ之 束という女性がこの家にいるはずなのです。
 会わせてはくれませんか?」

 千冬が千早の担任である事を妙子が知っている。
 充分過ぎるほどの状況証拠だった。

 あの人嫌いが見ず知らずの人の家に押し入って居座るという事は考え辛い事ではあったが、よくよく考えれば束はこちらの世界においては無一文。
 また千早がインフィニットストラトスの世界に連れ去られている事は、この家の人間に対しては人質として使う事が出来る。
 住環境確保の為にも、御門家に押し入って無理やり居候していると考えた方が納得がいった。
 いつもとやや厚顔無恥の方向性が違っているような気もしたが、それでも元々ああだった彼女だ。
 不自然ではなかった。

「はい。こちらになります。」

 妙子は千早を放して、千冬達を先導するように歩いていった。

「ご子息を誘拐された心中はお察しいたします。
 これまではあんな女でも友人だと思っていたのですが、今回の御門誘拐は流石に……」
「確かに千早ちゃんを連れて行かれた時のショックは今でも思い出せます。
 でも千早ちゃんの学校での様子は度々見せてもらっていましたから、今では落ち着いています。
 なんでもIS学園の監視カメラにハッキングを仕掛けたとか……」

 IS学園に戻ったらセキュリティを強化してもらおう。
 束が相手ではどのようなセキュリティも紙同然な事は分かっていたが、それでも千冬はそんな事を考えずにはいられなかった。

「それに、千早ちゃんが家にお友達を連れてくるだなんて、今日が初めてですもの。」

 妙子がそう言いながら、一夏に振り返る。

「虐められてからに閉じこもりがちだった千早ちゃんが良い方向に変わってくれて、その点では全寮制のIS学園に入れてくれた事に感謝しなければならないかも知れませんね。」
「……そのIS学園が強力な軍人を作るための軍学校だとしてもですか?」

 IS学園の人間の能力は、常人とは隔絶している。
 彼女達はISを乗りこなす為の人外の計算能力を始めとする高度な知能は言うに及ばず、生身でも強靭な戦闘力を有しており、美しい少女の容貌ですらハニートラップの道具として活用する事が出来る。
 つまり彼女達は、工作員として育てるには極めて優秀な素体であった。

 その為、IS学園卒業生は工作員の卵として引く手数多であり、千冬を始めとするIS学園教師達はそういった魔の手から自分達の後輩である卒業生達を可能な限り守ろうとしているが、取りこぼしがいる事も事実であった。
 IS学園が彼女達を保護できるのは、所詮卒業までの3年間でしかなく、卒業後までカバーしきるのは困難だからだ。
 その為、IS学園は卒業生を可能な限りIS関連の産業に関わらせる進路指導方針を採っている。ISに関わっていれば、IS学園から彼女達の所在や普段の行動を探る事が出来るからだ。

 また、裏社会に関しては、生徒会の面々のように入学以前の段階から既に工作員人生を送っている人間も少なくない。
 理由は簡単で、普通の受験生よりも工作員の受験生の方がはるかに優秀でIS学園に入学しやすいからである。

 恐らくは、「亡国企業」を名乗る、ISを強奪して自分達の活動に活用している組織のエージェントも、千冬達が守りきれなかったIS学園卒業生の成れの果て達なのだろう。
 IS学園入学当初は単なる千冬のおっかけだった少女が、卒業数年後に擬装用の偽りの感情しか持たない冷徹無比な工作員と化していて呆然とした事が、千冬には何度かあった。

 一応はそういった事態を避ける為に、IS学園は卒業生の動向を逐一チェックするなどの対策は行っているのだが、年々その対策が洗練され、被害が少なくなっているとはいえ裏社会に引きずり込まれる卒業生はまだそれなりにいるのである。

 所詮、どう言い繕ったとしてもISとは軍事兵器であり、それを操るIS学園生は軍人、否、IS装着者というISのコントロールを司るパーツなのだ。
 彼女が無理を承知で一夏をISと関わらせたくないと思っていたのは、彼の安全確保の意味もあったが、少女達をIS装着者という工作員にも転用可能な兵器にしたてあげているという自分の暗部を彼に見せたくなかったからでもあった。
 正直な話、出来る事なら今すぐにでも一夏をIS学園などという裏社会や軍事の世界の入り口からつまみ出したいのだ。

 そんなIS学園をエリート校として世間で持て囃す事を辞めさせようとも思っていた時期が千冬にもあったが、地上最強の生物である彼女ですら世間の風潮という更なるモンスターに対しては余りにも無力だった。
 そして今年も、工作員にされる危険性が潜んでいる事も知らずに多数の一般家庭の少女達が入学してしまっている。
 心苦しいなどというぬるいレベルの問題ではなかった。

「……それは、卒業時に此方の世界に帰ってしまえば良いことですから。」

 そうだった。
 千早にはそれがあったのだ。

「っておい、千冬姉。
 IS学園が軍学校ってどういう事だよ?」
「代表候補生を指して怪物と言ったお前がそういう事を言うか?」

 そうして、千冬が一夏にIS学園に入学してそのカリキュラムをこなすという事は、代表候補生やさらにその上にいる怪物を目指して、少女達が自らをその怪物に仕立てるべく努力する事である事を伝える。
 そして、彼女達の戦闘能力そのものに、国家の威信がかかっていることも。

「というか、その位の事は始めから分かっていただろう。」
「そりゃそうだけどさ。」

 まあ改めて考えれば当たり前だった。
 目の前に居る姉は、見目麗しい女性ではあるが同時に世界最強の生物として恐れられている大怪獣なのだ。
 その彼女を目指す少女達が、自らを人外の怪物に変える事に躊躇する筈がなかった。

 そんな事を一夏が考えていると

「一夏、今度はグランド5周が良いか?」
「いえなんでもありませんお姉様……」

 彼の心中を察したのか、千冬が一夏に殺気を叩きつけてきたのだった。


 そんな話をしている間に、目的地に到着したらしい。
 御門家の広い庭に、でっかい金属製のニンジンが突き刺さっていた。

「あれか。」「あれだな。」

 織斑姉弟は同時に言った。

「……あれなんですか?」

 後れて千早が言う。

 そしてニンジンのハッチが開くと、何やらアニメの設定資料らしきものを手にした見事なスタイルの美人が出てきた。
 何故かウサミミをつけている彼女の名前は篠ノ之 束と言った。

「はろはろーー、やーちーちゃんひっさしっぶりぃぃっ!!
 いっくんはー、もっと久しぶりぃぃぃぃぃっ!!」

 束は陽気に織斑姉弟に手を振る。
 思えばここ最近は束の方から千冬の元に襲来するばかりで、こうして千冬の方から会いに行く事は無かった。
 一夏にいたっては、彼女と会う所か声を聞くことすら、彼女が雲隠れして以来である。
 その為、一夏は呆然としていたが、千冬はそうでもなかった。

「あれれ~~、反応薄いねぇぇぇ?
 ちーちゃん、今日は私に会いにきてくれたんだよね? なのになんで?」
「いや……少し思う所があってな。
 主にウチの生徒達の進路についてな。」

 一夏には語らなかったとはいえ、千冬達が守りきれずに裏社会に飲み込まれた少女達のことを思うと、彼女等とISの接点の源、ISの生みの親である束に対して思う所がないでもなかった。

「え~~そんなのどーでもいーじゃん。
 極端な話、私はちーちゃんといっくんと箒ちゃんが生きていれば、向こうの世界の全人類が滅亡したって構わないんだし。」
「私達が構うわっ!!!
 まったく、ここの家の人間と多少コミュニケーションが取れるようになっていたと思ったらこれか!!」

 千冬は、相変わらずの束の思考回路に強烈な頭痛が襲われた。

「いや~~、だってこっちに比べて、向こうの世界の連中ってつまんないんだもん。
 いくら私が作ったISが凄いっていっても、何もお話の中にまでIS最強女万歳なんて持ち込む事はないと思わない?
 おかげで、アニメも漫画もゲームも、こっちと比べてつまんないったらありゃしない。
 その発想力のなさが学術や開発の世界にも行ってて、たまー学会の発表調べてみても、束さんもうとってもつまんないったら。
 束さんを驚かせるのはだーれもいないんだもん。
 もう世界が束さんとちーちゃんと箒ちゃんといっくんだけでも良いって思っちゃうよ、これじゃあ。」
「お前な……
 全部お前のISのせいじゃないのか、それは?」
「ええー違うよーー。
 私がIS作った時みたいなバイタリティのある人が全ッ然いないんだもん。
 人類は60億もいるっていうんだから、一人くらい私と同じくらいの頭と情熱持ったのが居ても良いんじゃないの?
 っていうか私がIS作って11年だよ11年。
 1人くらい ISのせいで女尊男卑になって俺たち男の肩身は狭い!! ISなんて俺達男が超えてやる!!
 って位生きの良い人出てこないの?
 せめて男でも使えるISモドキを作ってやるとか。
 私がIS作った時だって、世間には見向きもされなかったんだよ?
 それが皆してうつむいちゃって、発想力もしぼんじゃってさ。
 だから私のISのせいじゃありませーーん。
 私が可能性の枝を全部切っちゃったみたいなこと言いながら何にもしない奴等や、ISを褒めながらIS使えるだけで威張ってる奴等なんて、有象無象でいいじゃない。」

 千冬の頭痛は治まる気配を見せなかった。
 このままでは埒が明かない。
 正直な話、目の前の女に説得など無意味である事は分かっていた。

 その為、千冬は今日の本題に入る事にした。

「……それで、漲ってきたとかぬかしていたそうだが、お前は一体何をしているんだ?」
「ああそうそう。
 こっちの世界のアニメとかゲームって面白くてねーー、私もそれに出てくるものを作りたいなって気にさせてくれるの。
 いやあもう漲る漲る。
 それで今ね、この純正太陽炉っていうのを目指して色々試している所。
 面白いよ、これが出てくる「機動戦士ガンダム00」って。いっくんにオススメかな?」
「ぶっ!!!」

 純正太陽炉。恐ろしい危険物の名前を聞いて思わず噴出してしまう千早。

「ああー、女の子じゃ恥じらいがあって出来ないよね、今の反応。
 やっぱり男の子なんだね。」
「は、はあ……やっぱりって何ですかやっぱりって。
 まるで再確認しているようじゃないですか。」
「へ? 再確認だけど?」

 そんな一言で削られる千早のSAN値に、更なる追い討ちを描ける束。

「ホントはねー、いっくんの白式用に中の人繋がりでNT-Dを取り付けようかと思ったんだけど、それは流石の束さんにもお手上げでしたーーーっ!!
 っていうか、ニュータイプがいませーん。
 うーんでも後でじっくり取り組んでみたいな~~~♪」
「な、中の人?」

 中の人繋がりという妙な単語に反応しきれない一夏。
 そこへ史がやってきて、中の人繋がりという言葉の解説をする。

「一夏様。此方の世界では「インフィニットストラトス」という物語が存在する事はご存知ですね。」
「え、ああ。」
「その「インフィニットストラトス」はテレビアニメにされています。
 その為、この世界には「織斑 一夏」を演じられている声優の方がいらっしゃいます。」
「「織斑 一夏」役の声優、ねえ。」

 一夏はどうにもむずがゆいようなそうでないような、妙な感覚を覚えてしまう。
 自分と「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」は非常に近い存在なのだ。
 それを声優として演じている人間がいるというのは、妙な気分であった。

「その「織斑 一夏」役をされている内山 昂輝という方は、別のアニメ「機動戦士ガンダムUC」という話では「バナージ・リンクス」という方の役を演じられております。
 その「バナージ・リンクス」が操るMS「ユニコーンガンダム」についている強力な特殊装備がNT-Dと呼ばれるシステムなのです。」
「……「織斑 一夏」と「バナージ・リンクス」が同じ人に演じられているから、中の人繋がりって訳か。」
「はい。そういう事になります。」

 平坦な口調で頷く少女。
 一応、付き合いの長い千早には彼女の感情の機微が分かるらしいのだが、初対面の一夏にはサッパリであった。

「ところで、もびるすーつって何?」
「……え?」

 ISの台頭により男性が戦闘で活躍する話は否定されてしまったIS世界。
 その為、ガンダムの歴史は一夏が幼い頃に終焉を迎えており、昔の事をあまり憶えていない彼はモビルスーツという単語を理解する事が出来なかった。

「まーまーそれは、ガンダム見れば分かるから。」

 束はそう言いながら、一夏に「機動戦士ガンダム00」のDVDを手渡した。
 第一期、第二期、劇場版まで全てである。

「んじゃあ、私は作業に戻るね。
 太陽炉の研究開発にも力を注ぎたいけど、一応白式と銀華の追加装備も作ってる最中だから。」
「は、はあ……」
「箒ちゃん用にはまだ本体である紅椿も渡してないからね、私としては心苦しいけれど追加武装の開発は後回しかな。」
「そんなもんまで作ってるのか、お前は。」
「うん、もう完成していてあとは箒ちゃんに渡すだけ。
 タイミングはどうしようかな~~、「インフィニットストラトス」と同じじゃ芸がないし……
 授業中に押し入って無理やり渡しちゃおうか?」
「やめろド阿呆。」

 束の傍若無人さに、千冬の頭痛は最後まで治まらなかった。
 束はニンジンの中に戻っていった。
 あのニンジンの中にどうやってそんなスペースを作っているのかが謎であったが、あの中にISのパーツや太陽炉を研究開発する為の設備が整っているらしかった。


 その後、千早は久しぶりに彼に会う事が出来た使用人たちに挨拶をして回り、それに織斑姉弟もつきあう。
 そして彼らは千早の家の住人たちと、IS学園に戻る時間が来るまで会話を楽しんだのだった。

 その時の話題は
「千早はスキンケアを一切せずにあの玉のお肌である。」
「千早は髪の手入れも一般的な男性と同程度にしか行っていない。」
「女らしさで千早に挑むほど無謀な事はない。
 一応女らしさで千早に対抗可能な女性の存在も確認されてはいるが、世の女性達の殆どはそんな超絶美少女にはなれない。」
「千早の又従兄弟である瑞穂にしても同様。
 しかし、彼の身近には女らしさで彼に匹敵するほどの女性がおり、彼女の名前を十条 紫苑という。」
「瑞穂は大学進学先で紫苑ともう1人、厳島 貴子という女性と行動を共にする事が多い。
 しかし「両手に花だな」と言ってくれる相手はごく少数で、まだ大学に行き始めてさほど経っていないにもかかわらず、彼は行動を共にする2人の女性と一まとめにされて翔大名物美少女トリオと呼ばれているらしい。」
「瑞穂は可愛らしいという方向性の美少女である。」
「とてつもなく高レベルの美少女でありながら男性である千早と共に過ごしていると、慣れないうちは女のプライドがズタズタになっていく苦痛を伴う。
 対瑞穂の場合も同様。」
「千早は捻くれ者を自称しているが、本来は母性的で世話好きな優しい性格。
 その為、うかうかしていると史から侍女の仕事を悉く奪い去ってしまう。」
などなど、多岐にわたった。











===============










 その後。

「武力による戦争根絶ね……なあ千冬姉、これって白騎士事件とISじゃないのか?」
「……確かに似てるな。
 シンパシーでも感じたのか、アイツ?」

 織斑姉弟は、IS学園にてガンダム00を視聴し、一期のソレスタルビーイングの姿にかつての白騎士事件を重ねたのだった。


==FIN==

 自重?
 ISの基本設定の時点で、そんなもん彼女に求める事がいかに虚しい事かは皆さん承知の上なのでは?

 ……とはいえ、太陽炉を既に使えて白式と銀華の追加装備に使用できるのは流石にやりすぎました。太陽炉自体を開発中に修正します。
 流石に「インフィニットストラトス」を読んだ後では、白式の燃費対策は立てないわけにはいかないんですが、太陽炉装備は……どうなんだろう?
 擬似炉は問題ありとして使えないとしても、太陽炉研究中に色々副産物が得られていて、3巻には太陽炉本体が間に合わなくて、副産物を使った追加装備を取り付ける感じになるかと思います。

 まー中身の性能なら一夏を圧倒的できる代表候補生がタダでさえ何人もいるのに、最強キャラと明言されている生徒会長や(中身の性能差は他に比べてマシとはいえ)中身の性能のみならず機体性能まで主人公を凌駕する紅椿+箒とかが跋扈し始める5巻以降なら……ダメ?

 しかしそれでもツインドライブシステムに走るのがマッド束クオリティ。
 彼女は他にも「コジマ粒子」「時流エンジン」「量子波動エンジン」「ブラックホールエンジン」「縮退炉」「ディス・レヴ」「ラプラスデモンコンピュータ」「ゼロシステム」「次元連結システム」「ゲッター線」「螺旋力」などなど、不穏当な発言を繰り返しておりましたので、むしろ割と無難なところに落ち着いた感じです。
 ちなみに束が現在研究中の太陽炉は、モノとしては00ガンダム劇中でソレスタルビーイングが使用していた純正太陽炉と同じものですが、IS用とMS用のサイズ差から馬力などで劣ります。

 そしてこの話ではちーちゃん誘拐犯という側面もある束。
 その辺考えると、束さんマジ鬼畜ですね……

 まあ鬼畜な面に直面しなければ面白いお姉さんではあるので(また、話に書いた理由でおとボク世界の人間に対しては、インフィニットストラトス世界の人間よりも態度が柔らかいです)、御門家の人達もある程度は情にほだされています……まあ千早拉致の件については散々やりあってお互いに感情の折り合いをつけたんでしょうけど。



[26613] とりあえずここの束はこういう人です。
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/03 17:10
「ちーちゃんに授業中に押し入って無理やり渡すのは止められちゃったんで、日曜日にやってきてみましたぁぁぁぁ~~~~っ!!」
「……帰ってください。」
「もう箒ちゃんのいけずぅぅぅぅっ!!」

「一夏、あれ……何?」

 アリーナ上空から襲来し、アリーナのど真ん中に突き刺さった金属製の巨大ニンジンから出てきた姉に、冷たく応対する妹。

 その光景を見て、鈴音は唖然としつつ一夏に訊ねた。
 見れば千早や自主錬の為にアリーナに来ていた他の女生徒達も、鈴音と同じように唖然としている。

「あー、箒の姉の束さんだよ。
 IS作った篠ノ之 束博士っつった方が通りが良いかな?」
「……へ?」
「……迂闊に話しかけるなよ。噛み付かれるぞ。」
「いっくーん、人の事、猛獣みたいに言うのやめて~~っ!!」
「……だったら俺達姉弟と箒以外の人への攻撃的な態度を止めて下さい。」

 一夏は頭を押さえながら束に応じた。

「いやあ、他にも大丈夫な人増えたって。」
「……それで「渡しに来た」ってアレですか?
 昨日言ってた紅椿でしたっけ?」
「うんうんそうそう。」
「紅椿?」

 箒は怪訝そうにその名前を復唱する。

「箒ちゃん専用ISとして、束さんが丹精込めてこさえた「紅椿」の事だよ~~!!
 束さん謹製第3世代IS「銀華」、3.5世代IS「白式」を経て完成した、世界初の第4世代ISなのだっ!!」

 この時、千早が「あれ? 確か白式も第4世代じゃなかったっけ。」と思った直後、上空から何かが落下してくる音が聞こえてくる。
 皆が上空に目をやり、「それ」が轟音と共に落着する。

 それは箱のようであり、こちらに向けた面にはハッチがあって、半開きになってる。
 そのハッチから見えるのは……

「IS……?」
「まだ一次移行もしてないけどね。」

 赤いISであった。

「ささ、それじゃあ箒ちゃん、ずずいぃぃっと……」
「いりません!!」
「ええ~~なんで~~?」
「あなたの妹だからと言う縁故のみで、専用ISを手に入れて良い訳がないでしょう!!」
「不平等とか思ってんの?
 箒ちゃん、世の中平等だった事なんて、有史以来一瞬たりともないんだよ?
 いーじゃん、箒ちゃんのおねーさんはISコアを自力で作れる私なんだから、私が箒ちゃんにISあげたいって思っただけでISもらったって。」
「納得いきません!!」

 箒は束の態度に憤りを感じているらしかった。

 周囲の女生徒も「いいなあ」「ずるいわよね」「貰える物なら貰っちゃえば良いじゃない」といった事を口々に言っている。
 ちなみに鈴音は、「貰える物なら貰ってしまえば良い」派であった。

「う~~ん、でも今更持って帰れって言われても、女の子の私にISを起動させないで持って帰るのは重たくて出来ないよぉぉぅ。
 ちーちゃんにでも引き取ってもらおうかなぁ?」
「ええそうしてください。
 私ごとき未熟者より、千冬さんの方が専用ISを持つに相応しいのは、火を見るより明らかです。」
「う~~~ん、でも紅椿って燃費最悪の白式のエネルギー事情をサポートしてあげる、白式のパートナーとしても作ったんだけどなぁ。」
「「……へ?」」

 束の一言に、一夏と箒の目が点になる。

 一夏は白式の使用感を思い出してみる。
 雪片弐型を使用している最中に勝手にシールドエネルギーが消耗していき、雪片弐型を展開させてビームソードの刃を発生させる零落白夜を使用中には更に消耗が激しくなる事は知っている。
 特に零落白夜は手加減してもシールドエネルギーを根こそぎにし、フルパワーならば相手の全エネルギーを削り尽くす一撃必殺の攻撃ではあるが、シールドエネルギーの消耗が激しすぎるため、使い所がハッキリ言って無い。

 ちなみに、予め雪片弐型に零落白夜を放つ為の展開機構が組み込まれていた為、一夏は白式の零落白夜を単一仕様機能と思っておらず、かつての千冬のIS暮桜の単一仕様機能:零落白夜を解析して雪片弐型に機構として組み込んだ物だと思っている。
 複数のISが同じ単一仕様機能を持つ事は、たとえ同一のISコアが使用されていたとしても通常では考えられないからだ。
 閑話休題。

 ただ雪片弐型や零落白夜の燃費が悪いのであれば、零落白夜を使用せず、雪片弐型の機能も制限して普通のIS用ブレードとして使えば、大幅な攻撃力低下と引き換えにそれなりの燃費は確保できる。
 いくら攻撃力が下がると言っても、今は格上相手に四苦八苦している状況である。
 ただでさえ強敵揃いだというのに、相手が何もしないでもシールドエネルギーが勝手に減っていくなど、冗談ではない。
 もう雪片弐型の通常使用や零落白夜など、切羽詰った状況の破れかぶれでもなければ使用できるものではなかった。
(それか、一瞬だけ発動させるかだけど、意識が一瞬でも零落白夜に向いちまったら、普通に斬るのも難しい格上連中や銀華相手に当たる訳ないよなぁ……)
 一夏は内心ごちる。

 また、これは一夏や千早の使い方が悪いのだが、常に瞬時加速状態で戦闘を行っている為、白式や銀華はブーストの枯渇も早かった。

「……確かに白式の燃費は悪いけど。」
「でしょでしょ?
 それを紅椿の単一機能、エネルギーを増幅させる『絢爛舞踏』でばっちりサポート!!
 紅椿自身もあんまり燃費は良くないけど、それは自分でエネルギーを増幅できるから問題無し!!」
「単一機能って、予め設定できるモンでしたっけ?」

 そんな一夏と束のやり取りを聞きながら、箒はふと気付く。
 ……姉の思惑に。

「……つまり燃費劣悪と言う白式の、一夏の弱みに付け込めと?」

 箒の目が完全に据わっていた。
 姉が何を考えて、白式と紅椿をそのような仕様にしたのか。
 箒が幼い頃から一夏に対して抱いていた恋心を知る姉が、何を考えてその仕様を採用したのか。

 箒は悟ってしまった。

 彼女は一夏の隣で箒が戦う、という図を作りたいのだ。
 そうする事で2人の仲が深まり、箒の恋が成就すると。
 最悪だった。

「あなたは私を、男の弱みに付け込んで取り入る最悪のクソ女に仕立て上げたいのですね!!」
「あ、あれ?
 箒ちゃん?」

 妹の怒気が強くなり、また方向性が変わった事に反応する束。
 千冬の怒気すら受け流す彼女にしては、珍しい光景だった。

「私は!! あなたの玩具じゃない!!
 一夏も!! この世界も、全部!!
 それなのにあなたは、いつもいつも人の話も聞かずに、人の気も知らないで何もかもを無茶苦茶にして!!」
「箒ちゃん、泣いてるの!?
 私が泣かせちゃった??」
「え……?」

 箒は束に指摘されて、初めて自分が泣いている事に気が付いた。










===============










 箒が泣いてしまった為、巨大ニンジンを、彼女達姉妹を遠巻きに見ていた少女達はバツが悪そうに散開している。
 そのうちの何人かは紅椿に興味を惹かれたらしく、紅椿を見にコンテナの周辺に集まっていた。
 束がいる今の状況で迂闊に紅椿に触ると、どういう事になるかは未知数であるため、自らを身に纏うはずの箒を待って佇んでいる紅椿を眺めるだけで済ませている。

 一方、ニンジンの周囲には篠ノ之姉妹と一夏、千早、鈴音だけが残っていた。

「箒ちゃん、機嫌直してよ。」

 束がそう言うも、箒からの返事はない。
 その代わり箒が発したのは、涙声の独白だった。

「なんで、なんで姉さんは全部台無しにするんだ?
 ISにしてもそうだ。
 そもそもこんなものがなければ、世の中がこんなにおかしくなったりはしなかった。
 私が一夏と別れなければならなくなる事も、あなたの居場所を良く知らん連中に連日聞かれることも、女尊男卑だか何だか知らないが身の回りの全ての人間の態度が日に日に歪んでいく事もなかった……
 あなたは、私に何の恨みがあってISを作った?
 自分の家族を全世界ごとISで無茶苦茶にして、何が楽しかった!?」
「……楽しくなんて無かったよ。」

 箒は思わぬ姉の言葉に絶句する。
 鈴音は意外な気がした。
 ISを作り、世界の様相を一変させた篠ノ之 束。
 その彼女自身が、世界の変容を否定するとは思わなかったからだ。

「私は箒ちゃんとちーちゃんといっくん以外はどうでもいい。
 それ以外は見分けさえ難しいの……千早君は流石に、物凄い美少女なのに男の子っていうインパクトがあったから認識できたけど。」

 平時であれば、その一言にガックリと項垂れる千早であるが、今は真面目な話の最中である。
 それにいい加減もう慣れた。
 男扱いしてくれる発言であるだけマシであった。
 箒と鈴音は、一瞬ギョッとした表情で千早を見るが、その直後、束の話を聞こうと顔の向きを束に向ける。

「でもね、昔は多分そうじゃなかった。
 ISを作って発表した時に相手にされなくって、カチンときた事を覚えてるの。
 それはISを作ったばかりの頃の私には、世間から認めてもらいたいっていう気持ちがあったっていう事……一応、他人もキチンと認識できてたんだね、あの頃の私。」
「姉さん?」

 姉らしからぬ殊勝な言葉に耳を疑う箒。

「白騎士事件の時なんかは痛快だった。
 その後の私の身柄を拘束しようと躍起になってた連中との追いかけっこも今思えば面白かった。まーこっちはまだ継続中で、もういい加減飽きてきたけどね。
 でも、ふと立ち止まって周りを見てみたら、世の中がおかしくなってた。

 ISには女性しかっていう使えない欠陥がある。
 その欠陥が、私の知らないうちにいつの間にか仕様になってたの。」

 そこで束は一息おく。

「欠陥なんだから放置しておくのも良くないと思って、私はおいおい直すつもりだったんだけど、その研究をしていたら世間の人達が女性しかISを使えないんだから、男より女の方が偉いって言い出したの。

 研究開発の分野じゃIS関連ばかりに研究費用が集中するようになって、しかもその研究成果が全部私の後追いやトンでもない勘違いばかりだった。
 お話の中ですら、ISを使う女の子が活躍するお話ばかりになって、昔ながらのロボット物やヒーロー、バトル漫画がみんな否定されてしまっていた。
 魔法少女でもIS着せられてるくらいだもの。

 そうやって気が付くと世の中の人達の発想力が死んじゃってた。
 みんな自分で新しい物が考えられなくなっちゃってた。
 私の考えた、私が研究した範囲の中に、皆が閉じこもって出て来なくなっちゃった。
 私は未知の研究成果にも、想像もしない設定の物語にも出会えなくなっちゃってた。

 私はそんなつもりでISを作ったわけじゃないのに、IS以外の研究は下火になって、お話の中ですら「ヒーローよりISの方が強い」みたいな事になって、まるでISっていう神様を信仰する宗教みたいになっちゃてた。
 そう、宗教じゃないあんなの。もう研究でも創作でもないっ!!」

 それは意図せずに世界を変えてしまった女性の悲鳴だった。

「そして女の人はISなんて私からの借り物の力でしかないのに、まるで自分の力みたいに言って偉ぶる人ばかりになっちゃった。
 だから女の人なんてどうでもよくなっちゃった。
 もっとも箒ちゃんは一番大切な妹だから違うし、ちーちゃんも違うけどね。

 男の人はISは男には使えないんだからと、どこか無気力になっている人ばかりになっちゃってた。
 思えば女尊男卑なんて言われるようになってから、女の子を守ろうなんて事考えてた男の子って、私の知る限りじゃいっくんくらいしか居なかったかも知れない。
 だからいっくん以外の男の子なんてどうでも良くなっちゃった。

 そしてちーちゃんがいっくんをISに関わらせたくないって言ったから、いっくん以外の男の人なんてどうでも良い私は男の人も使えるISの研究をやめちゃった。いっくんがISを使わないなら、男の人にも使えるISなんて必要ないんだもん。

 私のせいで世界がおかしくなったって怒鳴ってくる人も、ISより凄い物を開発しようって気概が無いのに文句だけ言う下らない人に見えた。だからどうでもよかった。

 どうでも良い人達ばっかりのどうでも良い世界。
 こんな世界にいたら、身近な人しか認識できなくなるのは当たり前でしょ?」

 束の瞳に浮かんでいるのは狂気の光だった。

「そう思っていたら、気付いたら平行世界っていうか別の世界に行く為の理論を書いてて、そして完成させちゃってた。
 折角だから行ってみたんだけど、私達の世界とあんまり変わんなかった。
 此方の世界と違っちゃってたのは、ISが存在しない事と、世間の人達の発想力が消え失せていない事。
 発想力が生きている事が、私にはバラ色に見えたの。

 学術雑誌を読めば色んな分野で色んな研究者が成果を競っていた。
 研究内容自体はISほど凄い物は確かに無かったけれど、みんなそれぞれの研究に誇りを持っていて、ISがないから当たり前だったけど他の研究をIS研究の添え物扱いなんかにしていなかった。
 研究開発が宗教になってなかった。学問のままでいられていた。

 お話の世界も無事だった。
 見た事も無いロボット物に、想像もしないような設定の動力源や特殊機能。
 私の研究意欲を刺激して、現物を作りたいとか、ああすればひょっとして実現できちゃうかも、とかって思わせる物だって出てきていた。
 そんなの、もう体験できないと思っていたから、涙が出ちゃった。

 ……そしてアレを見つけたの。」
「あれ……?」
「……「インフィニットストラトス」。580円のライトノベル。
 その登場人物としての、箒ちゃんやちーちゃん。
 そして主人公のいっくん。
 ……既刊は一通り読んだけど、いっくん主人公なのに弱かったなぁ。」

 少女達は絶句する。
 予め「インフィニットストラトス」の存在は聞かされていたが、やはりこうして改めて聞いてみると衝撃的である。

「もうね、周りの女の子がみーんな自分よりずっと強くって、あれこれ教えてもらって鍛えてもらって、それでも誰かを守りたいって言ってて。」
「俺も人の事言えねえけど、改めて聞くと情けなさ過ぎるな「織斑 一夏」……」

 一夏がそう言いながら肩を落とす。

「まあ決める時は決めてたし、女の子達がメロメロなのも納得の男前だったけどね。」
「そりゃ「織斑 一夏」はお話の主人公だからでしょう。
 俺には主人公補正なんてありません。
 実力以上の事は出来ない上に弱っちいから決める時は決めるなんてできないし、そんな風に女の子にモテるなんて事もあり得ませんよ。」
「そうかな?
 あれ、どうしたの箒ちゃん。」

 それはひょっとしてギャグで言っているのか?

 少女達の脳裏は、その一言で埋まっていた。
 「インフィニットストラトス」の内容を多少把握している為、その2人の様子を見て苦笑いを浮かべる千早。

「まあ、それはそれとして。
 ……私だって、この世界はもう逃げ出しちゃいたい位嫌いなの。」

 その一言に、箒の怒りが再燃する。

「嫌いだと? 全ての歪みの根本はあなた自身だ。
 ISなんて作って、白騎士事件など起こしたからいけないんだ!!
 いつもあなたは、自分のする事がどういう影響を及ぼすのか考えない!!」
「私はISを作っただけ、ISの凄さを知って欲しかっただけだよ。」
「その凄さを知ったから世界は歪んだんだ!!」
「じゃあどうすれば良いの?
 男の子でも使えるISを作れば良いの?
 昔、研究を途中で中断しちゃったお陰で、千早君くらい女の子らしい男の子じゃないとISが使えない中途半端な状態なんだよ?」
「え゛!?」

 いきなり自分が話題にのぼって絶句する千早。

「……意味あんのか、それ?
 普通いないだろ、こんな奴……」

 一夏も衝撃を受けているらしく、千早に向かってそう言う。
 その一言に、鈴音も苦笑いを浮かべる。

「ええと、その、それってどういう原理なんですか?」

 鈴音がおずおずとたずねる。
 本来なら満足な反応を得られない認識外の存在からの質問ではあったが、束は箒や一夏に説明しておきたいと思い、鈴音の質問に答える。

「……簡単に言うとISコアに「この人は女性です」って誤認させるの。
 だからあんまり女の子とかけ離れているともう無理で、千早君位じゃないと使えない方法なんだけどね。
 ちなみに手術とかでそう見せかけてるだけなのはダメ。あの子達見抜いちゃうから。」
「……それ本当に何か意味あるんですか?
 こんな奴、普通いませんよ?」

 一夏がジト目で束を見る。

「他にも色々方法論は試していたけど、今の時点で一番楽に実用化できるのがコレだったの。
 千早君をいっくんのライバルに宛がおうと思っていたから、この方法がちょうど良かったし。
 もう完全に馴染んじゃってるみたいだし、もう男の子バレしても銀華は千早君を見捨てないわよ。」
「つまり僕は……ISコアにまで性別を誤認されていたと……」

 千早は女の子座りでガックリと項垂れてしまった。

「……それで誤魔化したつもりですか姉さん。」

 箒の刺すような視線が束に向かう。

「世界はあなたが歪めたんだ。」
「……だったら、男の子でも使えるISを発表してみる?
 そんな事したって、ISはISよ。
 女尊男卑は無くなるかも知れないけれど、私の知っているISの枠から出る研究成果を見る事ができない現状は変わらない。
 それともISと同じ位凄い別物を世間に発表する?
 そしたら、またISの時の焼き直し、またみんな私の知っている事ばかりを得意げに研究発表しあうようになるよ。」
「……あなたでもどうにもならないと言いたいんですか?」

 自信家の筈の束が力なく頷く。
 討つべき敵の名は風潮。
 地球最強の生命体、織斑 千冬ですらどうする事も出来ない圧倒的な存在である。
 束ですら、対抗する方法が思いつかない。
 白騎士事件のようなセンセーションは、今回は逆効果なのだ。
 それが封じられると、彼女個人にはどうする事もできない。

「……それなら話を変えます。
 あの紅椿とかいうISは何のつもりですか?」
「本当なら、箒ちゃんがいっくんの隣にいられるため……だったんだけどね。
 今はもう単純に箒ちゃん用に用意したってだけだよ。
 流石に「インフィニットストラトス」での白式・雪羅の惨状を見ると、いつも紅椿が一緒にいる事が前提の極悪燃費っていうのは可哀想過ぎるから改良しないわけには行かなくて、そうすると必ずしも紅椿と一緒じゃなくても良くなっちゃうから。」
「白式・雪羅?」
「「インフィニットストラトス」3巻以降に出てくる、白式の第二形態だよ。」

 束は白式・雪羅の特徴を一夏達に説明する。

・メインの武装は変わらず、雪片弐型。
・零落白夜を様々な形で応用することにより、通常のビームソードのほか、クロー、飛び道具、対エネルギーシールドとしても使用可能。当然、シールドエネルギーを大量消費する。
・強力だが悪燃費の荷電粒子砲を装備。
・非常に高性能ではあるが、息切れがひたすら速い。

 結論。
 非常に強力な火力と、エネルギー補給が出来ない状況なんて考えたくない悪夢のような最悪燃費。
 それが白式・雪羅の特徴であった。

「……なんですか、その嫌がらせレベルの欠陥機。
 「織斑 一夏」が弱いのって、腕の差関係無くないですか!?」

 なにしろほっといても凄い勢いで自滅するだけなのである。
 代表候補生など、逃げに徹するだけで簡単に勝ててしまうだろう。
 全ての攻撃が一撃必殺と言われても、大量のシールドエネルギーと引き換えの一撃必殺しかないのでは、取り回しが効かないにも程があった。

「いやあ、そうは言ってもIS装着者としてもいっくんが一番弱かったから……」
「もっと救いようが無いじゃないですか!!」
「これ……紅椿を背中に背負って戦うくらいしないと、マトモに戦えないんじゃ……」

 一夏と千早は零落白夜の燃費の悪さを知っている。
 その零落白夜を様々な形・様々な場面で活用するなど、正気の沙汰とは思えない。

 流石にコレは無い。紅椿と一緒の運用が前提であっても、コレは無い。
 2人の正直な気持ちであった。

「まあ、「インフィニットストラトス」を読んでその惨状を知っちゃった身としては、白式用に燃費対策は立てないといけないから……」
「いや、もう、マジでお願いします。
 こんなに極端に燃費が悪くなくても、エネルギーを補給してくれる相方ってーのはありがたいですから。
 だから、こんな洒落にならない悪燃費とか、マジで勘弁してください。」

 自分の白式が、「インフィニットストラトス」に出てくる「白式・雪羅」になる可能性は100%ではない。
 その事が分かっている一夏であったが、燃費の改良は本当に切実にやって欲しかったので、必死に束を拝み倒したのだった。

「それじゃあ、私はこの辺で。
 箒ちゃん、またね。」
「へ? ちょ、ちょっと待ってください!!
 紅椿を持って帰って……っ!!」

 箒が皆まで言う前に、束はニンジンの中に戻り、ニンジンは空の彼方へ飛んでいくのだった。

「……で、どーすんのあれ?
 私は貰っちゃったほうが良いと思うんだけど。」
「…………」

 紅椿は、どうも既に箒のパーソナルデータが打ち込まれ、彼女でなければ動かせないようにされているらしかった。
 これでは千冬を連れて来ても動かせまい。

「やたら高性能で誰の物にもなってないISなんて危険だよ。
 所有権ハッキリさせないと。」

 箒には鈴音の声がどこか遠く聞こえる。
 だが、彼女の話にも一理あった。

「……今度あの人に会ったら突き返す。
 それまで、私預かりだ。」

 箒はそう言いながら、紅椿を装着した。











 その後、箒は学校からは何も言われなかった。
 事前に束からの話が行っていたらしい。

 そして迎える月曜日。
 三度やって来た、クラス代表選考戦の日であった。



==FIN==


 ここの束さんはロボ好きです。
 まーメカが好きでなければISなんていうメカメカしい物なんて作らないでしょうから、原作の彼女もロボ好きな可能性はありますが。
 その為、ISのせいでロボット物が滅亡という所で、悲しみと共に女尊男卑の世間への違和感を感じ始めたって感じです。
 ま、あくまでもここの束さんなので、原作でもこんな感じかどうかは不明ですが。



[26613] 銀の戦姫
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/03 00:40
 束が去った後の、日曜日のアリーナ。
 束の話は箒と鈴音にとって色々と衝撃的過ぎた。

 何よりも、彼女自身がこの女尊男卑の世界に閉塞感を感じ、絶望している事が意外だった。
 ならば男性用ISの研究を完成させろと言いたい所だったが、それでは女尊男卑がなくなろうとも彼女がそれ以上に嫌っている閉塞感がなくならない。
 彼女が認識できる男性である一夏と千早が現状でもISを動かせてしまっている以上、束にとって男性用ISの研究は優先度が低くなってしまっているようだった。

 ……そうだ、千早だ。
 束の話に思いを巡らせていた2人は、束の話の中で無意識のうちに考えないようにしておいた、千早についての話をつい思い浮かべてしまった。

「「……あれで、男…………!?」」

 あらゆる面で自分達よりも女性として美しく、気品に満ちて、更に母性的な優しさに満ち溢れた、IS学園でも最上位の美貌を持つ銀の少女が、実は男だという。
 それなりに自分の容姿には自信があった2人には、あまりにも絶望的な話だった。
 正直何かの間違いだと思いたかったが、束の話し振りは千早を完全に男性扱いするものであり、彼女が千早の性別に関して嘘をつく理由が思い浮かばなかった。

「……あ、あれで男だというなら、肌のきめ細やかさなど、あれはどういう事なんだ!?
 男だというのにもかかわらず、何故ああも手入れが行き届いているんだ!?」
「いや、スキンケアってした事ないらしいぞ。」

 一夏の返答に、紅椿を身につけた箒が衝撃と絶望のあまり、IS初心者のごとく突っ伏して倒れてしまう。

「顔つきとか、髪の毛とか、ボディラインとか……」
「……どれも単なる生まれつきです。」

 千早の返答に、甲龍を身につけた鈴音が衝撃と絶望のあまり、IS初心者のごとく突っ伏して倒れてしまう。

 そして。

「「あは、あはは、あははははははっはははっはははっははっはっはははははっはっははっははっははははっははあはははははははハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハアはああアはああはははあはハアはハハハハハハハはははあハアハアはハハハハハハハはハハハハハハハはあはハハハハハハハはハアは八ははははあハア八はアッははははあはハハハハハハハアははははあははははあははハアハハハハハハハアはハハハハハハはアはああはははあはハアはハハハハハハハはははあハアハアはハハハハハハハはハハハハハハハはあはハハハハハハハはハアは八ははははあハア八はアッははははあはハハハハハハハアははははあははははあははハアハハハハハハハアはハハハハハハハハアッハアははははははははははあははっはあはははははははあはアッはハハハハハハハはハハハハハハハはははははははははあははっはあはははははははあはアッはハハハハハハハはハハハハハハハ八はああはははあはハアはハハハハハハハはははあハアハアはハハハハハハハははハハハハハハ八はアッハハハハハハはハアはハハハハハハハハハハアッハアはハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハはアッハアはアはハアははハハハハハハハはハハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハハアアッハアはハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハはアッハアははははははははははあははっはあはははははははあはアッはハハハハハハハはハハハハハハハはははははははははあははっはあはははははははあはアッはハハハハハハハはハハハハハハハ八はああはははあはハアはハハハハハハハはははあハアハアはハハハハハハハははハハハハハハ八はアッハハハハハハはハアはハハハハハハハはハアははああははああはははあはあははははあはははははははははははははははははははは………………」」

 二人して死んだ瞳の虚ろな笑顔で、壊れた笑いを始めてしまった。

「……お、おい、大丈夫か!?」

 心配そうに話しかける一夏。
 当然だが、それしきの事で二人の笑いが止まる筈がない。

 周囲の女生徒達も代表候補生がいきなり突っ伏すという異常事態に何事かと思い、続いて聞こえて来た壊れた笑いに更なる異常を感じていた。

 そして元凶は。

「一夏の時もそうだったけど、僕が男だって言うのはそんなにショックな事なのか…………?」

 二人が壊れてしまった事に対して、ショックを受け、女の子座りで手を地面につけていた。
 通常、ISを身につけてこのポーズをとる事は困難なのだが、脚部パーツが足にフィットする大きさの銀華は無理なくこのポーズを実現させていた。

「返してくれ……」

 箒が突然か細く呟く。
「へ?」

 千早が戸惑い声をあげる間もあればこそ。
 箒はISの飛行能力を利用して、体勢を立て直しつつ千早に詰め寄った。

「私に、女としてのプライドを返してくれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「そ、そんな事言われても、僕にはどうすることも出来ませんよ!!」
「ははっはははは、あ、ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない…………」
「……鈴の方が重症だな、これは。」

 きっと箒の方は他にもショックな話を聞かされていたから、鈴と違って千早が男だって事に対するショックはある程度相殺されてんだろうな。
 一夏はそう当たりをつけた。

「そ、それに貴女達IS学園の女性にとっての女のプライドというのは、僕達男性には本来使えないISを使えるという戦闘力の優越性の事ではないんですか?」

 千早はそう口走ってしまった。
 IS学園生の関心事は、どこの誰がどれほど強いか。
 「インフィニットストラトス」についての話題である程度は知っていたとはいえ、IS学園で生活していてその事を強く実感した千早はそう思っていた。

 ……いかに最上の美少女に見えようとも、彼は男性である。
 女心が分からない時もあった。

「なっ……生憎だが、私はさほど強いほうではない!!
 それにっ、それとこれとは話が別だ!!」
「お、女らしさなんて女尊男卑の今の世の中じゃ……」
「それ以上言うな千早。
 火に油を注ぐだけだ。」

 通常、火に油を注ぐ側に立つ筈の一夏すらも千早を止め、箒と鈴音を宥めに入る。
 その間に千早は、何事かとやって来た女生徒達に対して律儀に束の話を話して聞かせ……少女達の多くは千早が男性であるとする箇所は誤情報であるとして、相手にしなかった。
 いかに天才・篠ノ之 束といえども見栄があり、未だ成果の上がらないISを男性に使用させる研究について見栄を張る為、千早の事を男性とする苦しい嘘をついたのだと。
 その事が箒と鈴音の耳にも入る。

 そして、彼女達もそう思う事によって、精神の均衡が図られたのだった。

「ちょっとまって。何、そのオチ……」
「そう言うな。
 大体、束さんの研究が未完成で実用化には程遠いにも程があるのは事実じゃないか。
 お前みたいな奴にしか動かせないんじゃ、結局意味無いぞ。」
「僕くらい女の子にしか見えない男の子ねえ、はあ……」

 非常に納得がいかない千早であった。










===============










 翌日月曜日の朝のSHR。
 千冬に、箒がいきなり専用機持ちになったと聞かされた1組の生徒達は騒然となった。

「文句がある奴がいるのは重々承知だ。
 だが、あの阿呆が紅椿なるISを置いていった以上、その紅椿を所有者無しの状態で放置することは余りにも危険だ。
 それに……このIS学園内で代表候補生等の国家や企業に所属する者の手に篠ノ之 束製のISが渡るというのは、IS学園が掲げている中立性を著しく毀損させてしまう。
 所詮建前に過ぎないとはいえ、IS学園から中立性がなくなると大変な国際問題に発展する。
 そう考えると、束の妹であり、束から紅椿の所有者と指名され、代表候補生のような国や企業との関わりを持たない篠ノ之というのは妥当な人選だったんだ。」
「一個人にISなどという強大なものを渡すと?」
「その一個人の上に全てが成り立っているのが、IS業界だぞ。
 忘れたのか?
 篠ノ之の姉である束が作った、奴にしか作れんと言われているISコア。
 その上に全てが成り立っているのがIS業界なんだ。
 それを思えば、一個人云々など今さらだぞ。」
「それはそうですが……」

 少女の声が小さくしぼむ。

「でも一個人が最新鋭ISを所有するなんて、国際的に問題になってしまうのでは?」
「どこかの国や企業と密接に関係している代表候補生に、あんなもの渡す方が国際問題になるわ。
 それに……ISコアを作れない連中が貴重品として扱うから国際問題がどうのという話になるのであって、自力で作れてしまう奴に関しては話が違ってくるだろう。
 あの馬鹿者は自力でISコアを作れてしまう上に、その辺の事を全く考えられない迷惑極まりない性格をしている。
 正直、今回のような事はいつかはやると思っていたぞ。」

 千冬も頭を押さえている。

「文句の言いたい奴は言えばいい。
 篠ノ之、文句は言われるだろうが、そういう奴等には言い返すな。
 専用機持ちに相応しいくらい強くなる事で見返せ。
 いいな。」
「……はい。」
「では、紅椿の件についてはこの辺にしておくぞ。」

 そして千冬は話を切り替える。

 束が男性にもISを使えるよう研究していたという話は、その影響力の大きさがあまりに大きすぎ慎重に扱わねばならない事柄なので、迂闊にこの場で話す事は出来ない。
 ちなみに、束がその研究を中断させた理由が自分にあると知った千冬は、女尊男卑のゆがみを大きくしてしまったという自責の念に駆られた。
 彼女は一夏を一般人と考えていた為、「一夏をISに関わらせたくない」という希望が、そんなにも大きく世の中に影響するとは思わなかったからだった。

 千冬がその代わりに出した話題は、今日のクラス代表選考戦の事だった。

「さて、憶えていると思うが、今日はクラス代表選考戦の3戦目がある。
 特に御門と織斑。
 気心が知れている相手だとは思うが、手加減などはするなよ。」
「「はい。」」

 2人とも、それはむしろ望むところだった。
 何しろ、戦う事を生業にしている代表候補生という超人兵士とはいえ、戦闘行為において圧倒的に格上の相手だとはいえ、見目麗しい少女相手に刃を突き立て拳を振るうよりも、男同士でそうした方が気が楽で非常にやりやすいのだ。
 もっとも、一夏対セシリア戦、千早対シャルル戦で、そういった気遣いをした憶えは2人ともないのだが。

「それとオルコットとデュノア。
 分かっていると思うが、ここで敗れれば3敗目だ。
 後が無いと思え。」
「「はい。」」

 一方で、少女達の方も真剣である。

 ラウラについてはある程度は仕方がない。
 彼女のAICは1対1では正に無敵である。

 しかしもう一つの黒星は、ド素人相手にとった不覚である。
 ここで更なる醜態を曝すわけにはいかなかった。










===============








 放課後、例によって大勢の生徒達がアリーナに集まっている。
 1回戦目はシャルル絶対有利の下馬評が動かず、みなの興味は2回戦目、最強の運動性を誇る高機動機同士の戦いに向いていた。

「なんか、今日の僕たちって添え物状態ですね。」
「まあ仕方がないですわね。
 あの2人のアリーナで行われているなどとても信じられないという高機動戦闘、確かにわたくしも興味がありますもの。」

 セシリアはシャルルの呼びかけに応じる。
 彼女は今日の自分に対する扱いに憤りを感じていたが、シャルル相手に勝ち目が薄い事も分かっていた。
 何しろ彼は、あらゆる距離で戦う事が出来るのだ。

 距離を詰められたらどうしようもない自分では、かなり難しい相手だった。

 セシリアは前回の反省を踏まえ、戦闘開始前からレーザーライフル・スターライトmkⅢを出している。
 未だに千冬に指摘された癖を直せていないため、少しでも隙を少なくする為だった。

(こうして考えてみると、ラピットスイッチとはとんでもない代物ですわね。)

 シャルルの修得している高難度技術、ラピットスイッチの難度を思うと、自分が彼より格下なのは明らかなように見えた。

 セシリアは目の前にいるシャルルの、少女のような可憐な少年のどこにそこまで凄まじい修練の跡が潜んでいるのだろうと思った。
 が。

(今、そんな事を考えていては負けますわね。)

 本日の第一試合、セシリア対シャルルが開始された。

「っ!!」

 二人は中距離での撃ち合いを始める。
 やはり射撃戦専業であり、第三世代機を使用しているセシリアの方がやや優勢ではある。
 だが。

「レーザーライフルはチャージが分かりやすくて避けやすいですよ!!」
「くっ!!」

 発砲を事前に察知される為、一夏のように素直に当たってはくれない。
 彼は代表候補生なのだ、発砲のタイミングさえ見切ればレーザーをも避ける。その訓練は受けている筈だった。
 回避能力において彼は、素人の一夏とではあまりにもモノが違った。

 他方、シャルルの射撃精度も高く、得意の中距離で優勢に戦えているとはいえブルーティアーズのシールドエネルギーも無傷ではいられなかった。

 と、シャルルが一気に距離を詰めてくる。

「瞬時加速!? ここで?」

 代表候補生なのだから、その位使えて当たり前だ。
 驚きを一瞬で制したセシリアは判断するが、その一瞬の間にかなり詰められてしまった。

 あまりに距離を詰められすぎると、勝ち目のない接近戦に持ち込まれてしまう。
 セシリアはスターライトmkⅢだけでは手数が足りないと判断し、リスクを承知でブルーティアーズを展開させたその瞬間。

「っ!!!!」

 正確な狙撃のように、アサルトライフルの弾丸がブルーティアーズ制御の為に動けないセシリア目掛けて襲い掛かってくる。
 通常の狙撃と違う所は、単発ではなく、夥しい数の弾丸による物であるという事だった。

 シールドエネルギーが一気に削られた。
 一夏が指摘したブルーティアーズの弱点。
 シャルルのそれを見切っていると思うべきであり、一夏以上に容赦なくその弱点をついてくると思うべきだった。

 射撃戦での命中精度はセシリアの方が上とはいえ、シャルルの射撃によって彼女のシールドエネルギーも確実に削られていく。
 また徐々に苦手な接近戦に持ち込まれ、そこから逆転する術をセシリアは持ち合わせていない。

 彼女達の戦いは、下馬評通りの結末を迎えた。










===============

 第二試合開始前。
 初めて銀華装備状態の千早を見る女生徒達が、その美しさにため息をつく。
 既に見た事がある者も、彼女達にその美しさを説かれ、改めてその美しさに気付く。

 銀糸の髪を棚引かせる、その美貌に神秘的な輝きの瞳を持つ銀の少女。
 その瑞々しく均整の取れた、女性的な柔らかさを持った肉体を覆うのは、銀の装甲。

 通常のISより小さな腕部パーツは気品ある長手袋のように、二の腕半ばまでを覆い、大きなユニットではなくブーツのように足にフィットした脚部パーツは太股半ばまでを覆う。
 そこから覗く白い太股は、女性ならば誰もが憧れるような優雅な脚線美を持ち、視線を上に向けると腰部装甲と胸部装甲が目に入る。
 腰部装甲の脇に控える非固定浮遊部位のスラスターは優雅なスカートのような八の字を描き、胸部装甲はしかし動きの邪魔になっていない事は明白。
 背中には唯一ISに相応しい大きさを留める大きな非固定浮遊部位のウィングスラスター。
 そして頭部パーツはまるでティアラのように見えた。

 ため息をするほど美しい、それは戦場に立った銀の姫君だった。
 しかし、その機動を見たものは皆、その美しさの中に秘められた運動性という力がいかに凄まじいかを知っている。
 それはか弱くたおやかな姫君ではなく、戦場に立つに相応しい力を秘めた美姫であった。

 相対するは白き鎧武者。
 同じく小さな腕部パーツと脚部パーツは銀華に比べて、力強く無骨。
 非固定浮遊部位の各種スラスターは、まるで背に無数の武具を背負っているかのよう。
 しかして、この白武者の獲物が、たった一振りの刀でしかない事は周知の事実であった。
 胴体部の装甲も、ISの標準よりは多いようだった。

「噂には聞いていたけど、本当にお姫様みたい……」

 誰かがそんな事を言う。
 千早にとっては知らないほうがいい事である。

(男だなんてありえるはずないよねぇ……)

 昨日の束の話でアイデンティティが崩壊しかけた鈴音は、そう呟いたクラスメイトの隣で、向かい合う想い人と銀の少女に目をやった。

 これから行われるのは、闘争という名の銀と白の超高速の舞踊だった。



 試合開始の合図の直後。
 代表候補生など一部戦闘力が非常に高い生徒を除いて、殆どの生徒が一夏と千早の姿を見失う。
 彼女達の目には、二人が忽然と消えたように見えた。
 やがて聞こえてくる衝撃砲の音に、二人が確かに戦っている事を悟った彼女達が二人を探すと、2機のISが信じられない超高速でアリーナ中を縦横無尽に飛びまわりながら切り結んでいる事に気付く事が出来た。

 一方、当初から目で二人の動きを追い、理解できた生徒達もその凄まじいスピードに舌を巻く。
 何しろ時速850kmと時速940km。
 いかに地上最強の兵器であるISと言えども、直径400m程しかないアリーナの中で出せて良いスピードではない。

 白い850kmの曲線的な機動と銀の940kmの鋭角的な機動が、時に並行するように、時に正面からぶつかるようにして複雑な軌道を描きながらランデブーを重ねる。
 その一瞬のランデブーの度に、千早が雪片弐型の斬撃を避けつつ簡易衝撃砲を一夏に打ち込んだり、突っ込んでくる千早に対し忽然と一夏の手に現れた雪片弐型がカウンター気味に突き出され、千早が辛うじてそれを避けるといった攻防が繰り返される。
 その攻防の内容を把握できる生徒など、それこそ代表候補生や生徒会といったごく一部に限られていた。

 そして終局。

「白式 シールドエネルギー0。
 勝者 銀華。」

 一般の生徒でその宣言に気付けた者が果たしてどれほどいただろうか。
 戦闘自体が凄まじいスピードで行われているのだから、その終結もまた早いのは当然。
 分かってはいたが、あまりにもあっけなかった。

(2人とも穴がないわけじゃない。
 あたしみたいな代表候補生なら、なんとかあの2人のIS相手でも戦える。
 ……けど、初めてISに触って2ヶ月経ってないのにコレはないわよね。)

 鈴音はそう胸の中で呟く。
 かつて一夏は、彼女の事を凄い才能の持ち主だと言っていた。
 だが、彼女には一夏と千早の方がチートじみた才能の持ち主のように思えた。

 何故だか剣技などの戦闘技術の面に関してはさほどのものではないように見えたが、それにしたところであの馬鹿げた超高速である。
 敵として戦う事を想定してみた場合、馬鹿に出来た相手ではなかった。

 勝負が終わり、高速機動を止めた2人の息は荒い。
 流石にあれだけの高機動戦闘、消耗がないはずがなかった。

 しかし、流れ落ちる汗さえも、千早の美貌を宝石のように引き立たせていたのだから、反則だった。
 鈴音は、近くの誰かがこう呟いたのを聞いた。

「戦うお姫さまってとこかしら?」

 その彼女が一夏と共にいる。
 絵になる所が悔しかった。

「戦うお姫さまね、それイタダキ!!」
「へ?」

 ふと鈴音が声のしたほうを見ると、慌しく立ち上がった少女が携帯電話をかけながら走り去っていく様子を見る事ができた。
 その瞬間、千早が言い知れぬ悪寒を感じた事など、鈴音が知る由もない。








 その後、木曜日に第四戦、あくる月曜日に第5戦が行われる事となった。
 月曜日といえばもうクラス対抗戦と同じ週になってしまうが、ISの修復などは充分間に合うという目算であった。
 そして第4戦の組み合わせは……

第一回戦 一夏 対 シャルル
第二回戦 千早 対 ラウラ

 という組み合わせに決定したのだった。


===============










「いっくんには燃費対策の強化をしてあげるとして、千早君には切り払いができるようにしてあげよっかな?」

 一夏と千早の戦いをIS学園にハッキングして見ていた束は、そんな事を呟いていた。
 彼女はその高速戦闘を見て取る事が出来、またその気になれば自由に映像をスロー再生させる事も出来たため、ジックリ見る事ができた。

 ……彼女の呟きを千早が聞けば、
「そんな事を言う位なら最初からIS用ブレードの一つくらい持たせてください」
と抗議する事請け合いである。
 今回の対白式戦でも、千早は雪片弐型を避ける他なく、機動力で銀華に負けている一夏とはまた違った苦労を背負っていたのだ。
 所詮彼の武器は衝撃「拳」でしかなく、刃物とは打ち合う事が出来ず避けるしかない。

 しかし、単なるブレードを銀華に持たせるつもりは、束には毛頭なかった。
 銀華には通常とは少し趣の異なる物を持たせようと構想している。

「にしても、ほんっとうに女の子にしか見えないなあ千早君。
 もーちーちゃんってよんじゃおっかな?
 あーでもちーちゃんはちーちゃんだから、千早君はちーちゃん2号ってとこ?」

 ちなみに、この時の映像は御門家の人々にも提供された。
 千早の無事を知らせ、彼の近況を知らせる事が、御門家滞在の条件だったからである。










===============










 翌日、千早は校内新聞を見て悶絶した。

 その校内新聞の見出しにはこうあった。
『女神の美貌を持つ銀の戦姫、神速の激闘を制する。』

「な、何だこれーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 『銀の戦姫』という二つ名がIS学園新聞部から千早に贈られた瞬間であった。


==FIN==


 時期的に見ると、この時点で対セシリア戦の筈なんだよな……
 ちなみに白式が銀華に負けたのは相性の問題です。
 中の人の性能も、対代表候補生よりかはマシな差とはいえ銀華の方が上ですし。

 ちーちゃんと一夏が大分強そうに見えますが、実の所そうでもないです。

 何しろここの一夏、実は単純な剣技に関しては2巻や3巻時点の「一夏」に劣ります。
 理由は、4月~6、7月までの長期に渡る、箒による剣道指導がないため。

 一夏と千早はISをごく自然に扱えるようになる事を最優先し、剣技などのISを使って戦う為の戦闘技術が後回しにしてしまっています。
 その為、ISの操縦で一見凄そうに見えても、戦闘技術の差が大きく代表候補生に負けます。

 前の話で千冬が言っていた
 「接近戦しか出来ないのに、その接近戦で技術差で敗北する」
 というお寒い状況がこの2人なわけです。

 とはいえ、やっぱり少し強くしすぎたかな?


 そしてちーちゃんについては合掌w

※訂正 流石に2,3巻の「一夏」に負けるほど見下げ果てた強さではないですね。
 一夏にはちーちゃんがついていて、訓練密度が濃い事を忘れてました。
 とはいえ、代表候補生は年単位で地獄の底で強さのみを追い求める毎日を過ごしている筈なので、やはりただのチート一般人に過ぎないちーちゃんや一夏では到底彼女達には歯が立ちません。
 後回し云々を抜きにしても、範馬さんちのバキ君とその辺の腕利きの喧嘩屋くらいの巨大な差が、代表候補生とちーちゃん・一夏の間に横たわっています。
 そして更にどうしようもない代表候補生と千冬姉の壁があるわけですが……もうこの人、範馬さんちの勇次郎さんくらい強いだろ、生身でも。

 やっぱり
一夏;千冬=抗核エネルギーバクテリア:ゴジラ
ってー印象は結構適正なような……これは良い過ぎにしても
一夏:千冬=げっ歯類:ゴジラ
くらいはあるような気がする……



[26613] (短い番外編)本当に瞬時加速より速かったら、こうなるのは当然の帰結な訳で……
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/03 07:50
 さて、前回ラストの火曜日朝から時間を巻戻し、月曜日クラス代表選考戦終了直後。

 本日のメインイベントである超高機動戦闘が終わりはしたものの、まだ少女達の大半はアリーナの観客席に留まっている。
 今日はクラス代表選考戦以外にもイベントがあったからだ。

 世界唯一の第四世代IS『紅椿』のお披露目である。

 生身の千冬と箒がアリーナ中央に立ち、千冬が箒に紅椿を出すよう指示する。
 箒が紅椿を渡されたのはつい昨日の話である為、専用機の展開には慣れておらず少し手間取ってしまった。

 空間が歪み、紅のISが少女の身に纏われる。
 兄弟機と見られる『銀華』や『白式』と違い、大きな脚部パーツを有する標準的なスタイルのISである。
 ……なぜ、千早が一夏とおそろいの小型スタイルで、自分はそうではない標準スタイルなのか、多少納得できないものを感じる箒。
 一瞬、千早を男呼ばわりした姉の話を思い出し、「もしかしたら二人は男性だから女性とは異なるスタイルになっているのかもしれない」と、ふと思ってしまうが、精神衛生上非常によろしくない為、脳内から削除する。

 実際には運動性を重視した為特異なフォルムを得るに至った白式や銀華と、万能型故に標準スタイルに落ち着いた紅椿の差なのだが、その事に箒は気づかなかった。

「さて、機体と同封されていた簡単な説明書には、紅椿の特徴は『あらゆる面で既存の全てのISを凌駕するけど、その代わり燃費が少し厳しい万能型。』とあった。
 にわかには信じがたいが、何しろあの束が作った代物だからな。

 とりあえず加速性能と減速性能、最高速度辺りから測定するぞ。
 篠ノ之、私が合図をしたら最大速力で飛べ。」
「分かりました。」

 そして千冬が合図した直後、轟音が響き渡る。
 紅椿が壁に激突した音だった。

「……は?」

 千冬の、否、その場にいた殆どの人間の目が点になる。

 この時測定された紅椿の速度は、時速870km。
 白式が連続瞬時加速を駆使して実現させている、本来の最大速度を大きく上回る戦闘速度、時速850kmさえも凌ぐ速度だった。
 そんな速度を何の予備知識もなく直径400mしかないアリーナ内で出せばどうなるのか、考えるまでもない。

 紅椿が壁に激突したのは当然の帰結だった。

「な、何が……」

 壁にぶつかってもそこはIS。
 紅椿は無傷であり、箒も平気だった。
 とはいえ、あっという間の出来事であった為、彼女も呆然としている。

「篠ノ之、瞬時加速を使った覚えは無いか?」
「ありませんが。」

 つまり、紅椿は素でこの高速を叩き出せるという事だった。

「という事は、紅椿は連続瞬時加速を使わずとも、白式対銀華のような高速機動戦闘にも対応できるという事か。
 だが、中身が追いついていないな。」

 とはいえ、コレにいきなり対応しろというのは、千冬の基準においても洒落にならないほど酷である。

「篠ノ之、とりあえず速度を落として運用しろ。
 白式や銀華のあんな馬鹿げた高速戦闘の事は一旦忘れて、訓練を繰り返して速度を少しずつ上げながら紅椿のスピードに自分を慣らせ。」
「分かりました。」

 千冬はそう指示するほかなく、箒も素直に応じるしかない。

「続いては運動性能と言いたい所だが、最大速度も迂闊に出せんとなると測定が難しいな。」

 とはいえ……銀華が存在するこの世界の紅椿は、「インフィニットストラトス」の「紅椿」にはない銀華のデータもフィードバックされてるんだろうな。
 千早はそんな事を思いながら、一夏と共にアリーナの様子を眺めている。
 傍にはセシリアやシャルルの姿もあった。

「瞬時加速なしであれって、すんごいスピードだな、おい……」
「でも中身の箒さんが追いつけていない。
 何だか、銀華や白式のスピードについていくのに苦労したのを思い出すね……」
「ああ……」

 一夏と千早が遠い目をして、自分達のISの性能に振り回されていた3月上旬頃の事を思い出していた。

「僕に言わせればあんな短期間で、あの超高機動で戦えるようになっている一夏たちの方がおかしいと思うけど。」

 シャルルが、代表候補生になるまでの過酷な訓練の日々を思い出しながら、ジト目で一夏と千早を見る。

「まあ俺は小学生の頃、千冬姉とかおじさん……箒の親父さんとかに鍛えられてたからな。
 もうすっかりなまっちまって、今の俺と小学生の俺とで勝負したら間違いなく今の俺の方が負けちまうけど……千早と訓練漬けになってたおかげで昔の勘が少し戻ってきてるから、それでなんとか白式の機動について行けてるって感じだな。」
「……どのような小学生でしたのかしら?」

 セシリアが呆れた様子で言う。

「いくら高校生対小学生のガタイの差があるって言っても、バイトに明け暮れて全然鍛えてなくて、鍛えていたのはここ1ヵ月半でしかない高校生と、千冬姉とかにバリバリ鍛えられて剣道の全国大会優勝も余裕だった箒を一方的に蹂躙できる小学生だからな。
 そりゃ小学生の方が強いに決まってるだろ?」
「そ、そうなんだ……」

 千早はそういえばと、「インフィニットストラトス」において、「一夏」が「箒」に小学生の頃より格段に弱くなっているとなじられるシーンがあった事を思い出す。
 どうやら、一夏自身も「箒」と同様の評価を自身に下しているらしい。

「それで御門さんの方は?」
「ああ、こいつの方は素の身体能力が馬鹿高くて、反射神経の方も元々その身体能力に鍛えられてたみたいなんだ。
 俺と違ってキチンと武術を修めていて、全然なまってもいなかったし、俺より先に高速機動に順応してった感じだったな。」
「それにした所で、白式より100km近く速くて鋭角機動をする銀華についていくのは大変だったけどね。」

 と、そこまで話した所で、

「篠ノ之さんが武装を『展開』しましたわよ。」

 セシリアの台詞で、千早達は再び箒と紅椿に注目する。

「へえ、二刀流か。」

 一夏の言う通り、箒の、紅椿の手には二振りの刀が握られている。
 IS用の武装の常として、刃渡りがかなり長い。

 千冬が説明書の記述を読む。
 ちなみに説明書部分は棒読みである。

「篠ノ之、その二振りにはそれぞれ違う機能が割り振られているようだ。
 右の『雨月』は『対単一仕様の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣に!』とあるな。
 射程はアサルトライフルと同程度とある。
 では篠ノ之、上空に向け雨月での打突を繰り出せ。」
「分かりました。」

 箒は地面に背を向けた仰向けの状態になると、上空、真正面に向かって突きを繰り出す。
 それと同時に雨月周辺の空間にレーザー光が幾つも出現し、現れた順に光の弾丸となって空の彼方に飛んでいく。
 この時射程の測定が行われ、そして実際にIS用アサルトライフルと同程度の射程である事が確認された。
 威力の方も、連射系の武器とは思えないほど強大な破壊力を有しているようだ。

「ふむ、一動作が居るのが面倒だが、流石の高威力だな。
 通常のアサルトライフルでは真似できん。
 束が第四世代と大口を叩くだけの事はあるか。」

 その威力を見て、千冬はそう漏らす。

「さて、次は左側の『空裂』だ。
 こちらは『斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開するから超便利』とあるな。
 篠ノ之、振ってみろ。」
「はい。」

 先ほどと同じく、上空に向けて空裂を一閃する箒。
 その斬光がそのまま飛び道具になったかのようなエネルギー刃が空に向かって飛んでいった。
 こちらの方も攻撃力は凄まじいようだ。

 だが……

「これだけ高威力の武装だと燃費がどうしても悪くなるようです。」
「それは仕方がないな。
 飛び道具がある分、織斑や御門よりマシだと思え。」

 どうしても燃費が問題になる。

 『絢爛舞踏』によってその燃費の悪さをカバーするというコンセプトのようだが、単一仕様機能に依存する事が前提と言うのはコンセプトとしてどうかと千冬は思う。
 使いこなせれば最強。
 そんな物を初心者とさして変わらない箒に渡してどうする。
 白式や銀華の時もそうだったが、紅椿に対しても同じ感想を抱く千冬だった。

「ああ、そうだ。
 その二振りを通常のIS用ブレードとしても使えるかどうかも試してみろ。
 接近戦をしているつもりが振り回すたびに飛び道具として暴発していては、エネルギー管理が難しくなるからな。」
「分かりました。」

 箒が雨月を突き出し、空裂を振るう。
 今度はどちらも攻性エネルギーを発することはなく、普通に振るわれていた。

「二振りとも、通常のIS用ブレードとして使用可能なようです。」
「そうか。」

 続いて、束的にはメインとなる新機軸装備『展開装甲』についてであった。

「……どうも装甲各部が展開するように出来ていて、展開した隙間からエネルギーを放出する事により、そのエネルギーを攻撃・防御・機動に使用することができる、という代物のようだ。
 ……どう考えても燃費に問題があるな。」

 そう言った後、とりあえず右腕部パーツの装甲を展開し防御用に使ってみるよう箒に指示する千冬。
 すると紅椿の右腕部パーツの装甲のつなぎ目がパックリと開き、そこから金色のエネルギーが放出され、そのエネルギーが右腕に纏わり付く。
 防御用エネルギーフィールドという事らしい。

「ふむ、この機構が全身にあるわけか。」

 今度は左腕で攻撃用と試すと、金色のエネルギーがビームソード状になったり、光弾となって飛んで行ったりした。

「……全身がああなのか、紅椿って…………」
「ハリネズミかなんかか、アレは……」

 紅椿の攻撃能力を想像してゾッとする1組専用機持ち達。
 さらにその運動性がとてつもなく高い事を思い出した一夏は、更に寒い気分に浸ることになった。
 恐らくは銀華に迫るかそれすらも凌駕する運動性を持つ機体が、強力な火器としても使える二振りの刀を持ち、全身に武器であり盾でありブースターであるという展開装甲がついている。
 今はまだ中身である箒が機体に振り回されているようだが、完璧に使いこなせれば文字通り最強であった。

 一方で、千早達とは別の所から見ていたラウラのみが、自分なら中身の性能差で勝つ事が出来ると思っていた。










==FIN==

 番外編ですが、本編中であった出来事です。
 まあ、ほぼ3巻の紅椿初登場時のコピペと思っていただいて構いませんけど、銀華のデータも使われている為、運動性能もチートになってます。

 一夏ですが、おとボク主人公であるちーちゃんとマンツーマンで鍛えてますのでそれなりには強くなっていますが、年単位で恐らくは地獄のように厳しい軍事訓練を受ける事によって強くなっている代表候補生達には及びません。

 代表候補生達が入学前に積み上げた努力はどう考えても尋常ならざるものでなければおかしいので、いかにチートの代名詞おとボク主人公であり若い衆を数人纏めてなぎ払えるちーちゃんといえども、彼女達とガチれるほどではありません。

 IS学園入学前の彼女達の生活は地上最強の生物・織斑 千冬を目指してとにもかくにも強くなる事だけに人生の全てを捧げ尽くした日々だった筈なので、その地獄のような日々を潜り抜けた代表候補生達に一夏やちーちゃんが追いつく事は、普通に考えれば主人公補正込みで考えても不可能に近いと思います。
 実際、「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」はチートそのものの尋常ならざる才能を持っていながら追いつけていません。

 ……その割に代表候補生達の感性が割と普通の少女なのが謎なんですが。

 まあそれはおいとくとして。

 主人公補正を持たないただの剣道少女である箒が、代表候補生などという強くなる事だけが存在意義の戦闘民族に混じって戦うには、紅椿くらいのチート機がなければどうしようもないでしょう。
 「インフィニットストラトス」での「箒」の惨状は、恐らくは他のヒロイン達との絶対に覆しようのない差から来ているのではないでしょうか? 

 ……代表候補生を強く見積もりすぎでしょうかね?



[26613] まあこの位は当然の備えな訳で
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/03 12:26
「な、何だこれーーーーーーーーっ!!」

『女神の美貌を持つ銀の戦姫、神速の激闘を制する』

 その学校新聞を見て絶叫し、呆然とした千早。
 それを聞き付け、周囲の女生徒達や一夏は何事かと千早の元に、学校新聞が貼り出されている所にやってくる。

 その見出しを見た女生徒達は見事な比喩表現と言い、一夏は腹を抱えて笑い出し、呼吸困難に陥る。

「ちょっと一夏、そんなに笑う所!?」
「い、いや、だってな……」

 笑いが止まらないので、千早にマトモに応じる事が出来ない一夏。

「いやですねえ。
 自分の恋人の事をこんなにも褒められているのに、それをそんな風に笑うなんて……」
「いや、だから最初の自己紹介の時に僕は男だと……」

 千早はクラスメイトの少女に、IS学園に来てから何度繰り返したか分からない、そしてその度に否定された主張を繰り返す。
 そして、今回も聞き入れられる事は無かった。

 やがて呼吸困難が収まった一夏に、そのクラスメイトの少女はある質問を投げかける。

「織斑くん、恋人の女の子を笑いものにするなんて、彼女に負けた事が悔しいんですか?」
「いや、元々対千早での勝率が低いのは分かってた事だし、んなこと言ったら俺どころか全世界で誰一人ステゴロで勝てる男がいない千冬姉とかどうなるんだよ。」
「……それ以前に僕は男!!
 もう、一夏は知ってるじゃないか!!」

 千早は益々不機嫌になってしまう。
 ……頬を膨らませるその様子が、微笑ましく恋人に対して不機嫌になっている少女に見える事など、本人は知る由もなかった。
 キラキラと朝日に輝く銀糸の髪と抜けるように白くキメ細やかな肌の可憐な顔を見て、彼を男性だと思う少女は皆無であった。

 世の中、知らない方が良い事もあるのである。










===============










「いやあ、笑った笑った。」
「笑い事じゃないって……」

 クラス代表選考戦により、男性IS装着者という視線からは解放された筈なのに、似たような視線が千早を中心に2人に降り注ぐ。
 一夏の方は以前に騒がれた時の免疫が機能してくれているようだが、千早の方はそうでもなく、とてつもない居心地の悪さを感じていた。
 何しろ視線の質が以前とは全く違う。
 『銀の戦姫』という、強く可憐なヒロインを見る目なのだ。
 一応男性である千早にとってはたまったものではない。

「お、お姫様って……」
「いや、でも銀華のデザインは、どーみてもお姫様ルックだろ?」
「い、今まで考えないようにしてたんだけど、それ……」

 千早は今まで目を逸ら続けていた事実に直面し、頭を抱える。

 と、そこにシャルルがやってくる。
 何かを思い詰めたような、中々踏ん切りがつかなかった事の踏ん切りを無理につけてきたような、真剣な顔をしている。

「ん? シャルルか。
 どうしたんだ、そんな顔して?」

 そういう一夏を見て、シャルルの顔に迷いが浮かぶ。
 しばし逡巡した彼女は意を決して

「今日の放課後、時間もらえるかな。
 大切な話があるんだ。」
「え、別に良いけど、後で訓練指導してくれよな。
 んで、どこで話をするんだ?」
「……寮の、僕の部屋で。」











===============










「……そーいやここに住み着いて1ヶ月以上になるけど、寮ってほとんど寄り付いてないよな、俺達。」
「……普通はそういう訳には行かない筈なんだけどね。」

 普段アリーナなどという非常識なところで寝泊りしている2人は、寮に入るなり、思春期の少女特有の甘酸っぱい匂いを感じてしまう。
 冷静に考えれば学校中、どこへ行ってもこの匂いが充満している筈なのだが、やはり住環境とそれ以外とでは密度が違う。

 寮入り口からシャルルの部屋までの道中、少女特有の匂いについての話を一夏にした千早が

「……でもその匂いって、お前からも出てないか?」

 と返されてへこむ一幕も見られた。
 ……ちなみに、一夏が言う通り、この少女の匂いは千早自身からも出ているのだが、本人は気付いていない。
 まして千早の匂いがその中でも非常に香り高い部類に入る等、知ってしまえば彼のSAN値を大きく削る事請け合いであった。

「にしても、すっげえ視線を感じるな……まだこっちに戻ってる奴少ない筈なのに。
 シャルルの奴、こんな所で一人で住んでて、良く参らないな……」

 そりゃあ彼女は女の子だからねぇ。
 口には出さず、胸の内で沿う呟く千早。
 どうやら今日まで、一夏はシャルルが女の子である事に気付いていないようだった。

 ふと、千早は全然違う話題が気になった。

「そういや千冬さん、束さんが男性でもISを使えるようにするっていう研究をしている事は広めちゃ拙いみたいな事言ってたけど、それにしては特に緘口令敷いてなかったみたいだね。」

 日曜日、千早が少女達に話した束の話は、すっかり学園中に広まってしまっていた。
 もっとも、束が異世界に行ける事や、千早が束によって拉致されてきた異世界人といった所は、流石に非現実的過ぎる為はしょっている。
 同様の理由で「インフィニットストラトス」についても話さなかった。
 千早が話さなかった部分については噂に上っていなかったため、それらは一夏、千早、箒、鈴音の4人しか聞いていないと考えて良いようだった。

「千冬姉に聞いたんだけど、下手に緘口令なんか敷いたりしたら、それが裏づけになっちまってやぶ蛇なんだってよ。
 だから、放っておいて単なる噂話として扱うんだと。
 ま、こんな所だから噂話なんて腐るほどあるし、その中に紛れ込ませるのも欺瞞工作のうちなんだとさ。」
「木を隠すには森の中。
 真実を噂に見せかけ、より多くの噂の中に紛れ込ませれば、確かにその理屈は使える、か……」
「だろ?」

 そんな事を話しているうちに、2人はシャルルの部屋に到着した。
 シャルルは男性としてこの寮に来ているため、男女が同じ部屋で寝泊りするのは良くないとの事で、彼女の部屋は個室になっている。

「ここか……」

 中に入ると、女の子のような可愛らしい私物が散見できる部屋が広がっていた。
 そこにあるベッドの上に、枕を抱いたシャルルが座っている。
 そして……この部屋にも少女特有の甘酸っぱい匂いがしているのだが、既に嗅覚が慣れてしまっているのか、一夏はその事に気付かなかった。

「なあ、話って何なんだ?」

 暗い顔つきでうつむいていたシャルルは、意を決したかのように顔を上げる。

「あのね……御門さんから聞いていると思うけど、僕、本当は…………女の子なんだ。」
「ちょっ……おい、女の……子…………?」
「へ?」

 シャルルは一夏の意外な反応に戸惑う。

「いや、千早みたいなのがいるし、束さんがどーみても女の子にしか見えない奴なら男でもIS使えるようにできたとか言ってたし、てっきりお前もそのクチだと思ってたんだが?」
「……御門さんから聞いてないの?」
「ん? ああ。
 ってか、千早、お前シャルルが女の子だって気付いて……あ。」

 そこで一夏は気付く。
 彼には「インフィニットストラトス」という情報源がある事に。
 一夏がその事に気付いた事を、千早も察したが、何も言わなかった。

 シャルルは一夏の反応が気になったが、ともあれ、以前から千早には性別を見抜かれていたのだ。
 そしてその話が一夏にも行っていると思って、一夏にも告白してしまった。

 この2人に素性や男の子の振りをしている理由を話さない訳には行かなかった。

「僕が男の子の振りをしていた理由、聞いてくれる?」

 一夏と千早は頷く。
 そしてシャルルは話し始めた。

「僕の本当の名前、お母さんが付けてくれた名前は、シャルロット……」

 シャルル、否、シャルロットの話は続く。
 2年前母親が亡くなった時に父親に拾われ、IS装着者としての過酷な訓練を課せられた事。
 愛人の娘という立場から来る、針のムシロのような家庭内での立場。
 そして、第三世代ISの開発に梃子摺っているデュノア社の為に、白式・銀華のデータを得る為、一夏達に近づきデータを奪取する事を命じられた事。
 女の園の中で針のムシロのような状況にいるはずの一夏に効率よく近づく為に、男装させられ、世界で二人目の男性IS装着者を名乗らされた事。
 一夏に千早という恋人がいなければ色仕掛けでデータをせしめるプランもあったらしいが、それだとライバルが腐るほど大量にいる事と、千早という壁があまりに鉄壁である事から、男装プラン一本になったこと。
 そして……少女とバレ、一夏と千早がアリーナで暮らすという非常識な事をしていたためデータ奪取の目処も立てようがない状況になってしまっていた以上、自分は良くて一生幽閉という状況である事。
 男性IS装着者と偽った咎も、おそらくは自分に押し付けられるであろう事。

 シャルロットの素性は、一部「インフィニットストラトス」の「シャルロット・デュノア」と違う所も見られたが、大体千早が知っている通りの素性であった。
 そう、一部違う所。

「っていうか、僕、鉄壁の壁なんだ。」

 そこで、自分がどうも取り返しのつかないレベルで女の子扱いされている事実に気付かされてしまった千早は、女の子座りでガックリと項垂れてしまった。
 しかし項垂れてばかりもいられない。
 千早が気を取り直すと、一夏が指を掌に食い込ませんばかりの勢いで拳を握っている。
 彼女の立場、スケープゴートとして地獄行きになる運命に憤っているらしい。

 だから、彼は普段絶対に口にしない事を言った。

「……千早、「織斑 一夏」はこの時どうしたんだ!?
 何かアクションを起こしていたよな!?」

 先の事を知ることに対する忌避感。
 先入観による落とし穴。

 それらの為に、織斑姉弟は積極的には「インフィニットストラトス」の話を千早に聞こうとはしない。
 しかし、一夏はその禁を破った。
 それほど彼は怒り心頭だった。

「フランスに帰ろうとしている彼女を引き止めて、それで……問題を先送りしていたよ。
 ここに在学中の3年間は大丈夫だって。」

 しかし、千早は非情な真実を話さざるを得ない。
 これは完全に政治の話なのだ。
 いかに主人公補正の塊である「織斑 一夏」であろうとも、その彼が主人公として活躍する物語の中の話であっても、一介の高校生に過ぎない彼にどうにかできる話ではない。
 一夏は目の前が真っ暗になったような気がしたが、シャルロットが抱いている絶望を思えば、これしきの事で怯むわけにも行かなかった。

 じゃあどうすればいい。どうすればシャルルを救える。
 一夏の頭はこの一言に占領され、彼はアレコレと考えを巡らせ始める。
 素人の考えなど休むにも等しいが、それでも何も考えないよりはマシに思えた。

「え、と、何? 今の話?」

 一夏が「織斑 一夏」とまるで他人のように話すなど、今の一夏と千早のやり取りは、事情を知らない彼女にとっては不可解極まりない物だった。
 その彼女の様子を見た千早はどうしたものかと考えるが、彼女は勇気を出して自分たちに素性を話してくれたのだ。

「僕の素性に関係ある話ですよ。
 とても荒唐無稽で信じられないような話になりますけれど……」

 そうして始まる千早の身の上話に、シャルロットの目が点になる。

「なっ、それじゃあ、僕の事も最初から!?」
「……最初から事情の全てを知っていた、というのは語弊があります。
 お話では貴女やラウラさんがここに来るのはもっと先の話でしたし、それ以外にも束さんが僕の世界と行き来できるという相違点があります。
 ……束さんの性格も、話に聞いていたものとは少し違うようにも思えました。
 だから他の事でも色々違ってくるでしょうし、貴女の事情がその中に入っている可能性だってあったんです。
 実際、貴女の事情に関しても、「インフィニットストラトス」には出てこない銀華のデータも奪取するよう言われている、という相違点がありました。」
「…………」
「それに、僕は直接「インフィニットストラトス」を読んだ事がありませんから、知っているつもりで不正確な情報を持っている可能性だって大いにあります。
 それに、いずれ新刊よりも此方の時間経過の方が先になる時がやってきます。
 「インフィニットストラトス」の事を未来のことを予め知ることが出来るアドバンテージ、などとは考えないほうが無難だと思っていますよ。」
「……そうなんだ。」

 自分が意を決して話した内容を、よもやその相談相手がこんな形で予め把握していたと告白されるとは思わず、シャルロットは絶句してしまう。
 シャルロットはとても信じられない気持ちだった。

 千早の話を。
 そして、それが真実だった場合の千早を。

 母のような人だと思っていた。
 それなのに、どこか裏切られたような感じがした。

 と、そこで。

「そうだっ!!!!」

 突然一夏が叫んだかと思うと、彼は大急ぎでシャルロットの部屋から飛び出していったのだった。
 千早とシャルロットは不審に思う。
 一体彼は何を思いついたのかと。



 暫く後、何故だか上機嫌の千冬と、逆に何かの迷いを振り払うように一心不乱に素振りを繰り返す一夏が別々に目撃されたのだが……その時、2人のその様子に関連性がある事を知っていた者は殆どいなかった。









===============










「……千冬さん、一夏からシャルルさんの事について相談されましたね?」

 シャルロットの部屋を出た千早は、よくよく考えればこんな政治絡みの話で一夏が相談できるような相手は千冬しかいない事を思い出し、彼女との接触を試みた。
 行く先々の生徒達の目撃情報を元に、千早は職員室近くの廊下で千冬と遭遇する事が出来た。

「ん? ああ。
 私に頼る癖が付いても奴の為にならんから、「私には何も出来んぞ」と言ってやったら、鬼でも見るような顔で私を見て走り去っていったがな。
 それより御門、今は織斑先生と呼べ。」
「私に頼る癖が付くと困ると言いながら、頼られて嬉しいんじゃないんですか?
 皆さん、「織斑先生が何時になく上機嫌だった」と口を揃えていましたよ。」
「ぐっ……」

 千冬は図星を衝かれて押し黙る。

「それでどうするんですか、今回のシャルルさんの一件。」
「ん? ああ、珍しい話ではないし、対処も容易だ。
 一年生の4月に知れた事だから、時間的にも余裕がある。
 ここまでの好条件でデュノアを救い損ねるようでは、IS学園の卒業生のうち半分は今頃どこぞの工作員に仕立て上げられているわ。」
「へ?」

 存外に大丈夫そうな返事に、千早は拍子抜けする。
 「困難だがやってみよう」くらいの返事を想像していたからだ。
 その千早の様子を見て苦笑する千冬。

「あのな、今回のデュノアのようにIS装着者に違法行為を強要するなどという行為が横行してみろ。
 私達IS装着者という人種は、とても枕を高くして寝れんぞ。」
「そ、それはそうですけど……」
「それに話は変わるようだが、一夏を誘拐した奴等が、一夏の身柄で何をしようとしていたと思う?」
「へ? え、と、千冬さんに何かを……っ!!」

 そこまで言った所で、千早は目を見開き、千冬は頷く。

「そうだ。
 あの時のような事件で『IS装着者に言う事を聞かせたければ人質をとることが一番』などという考えが広まってみろ。」
「……家族が心配でとても寝れたもんじゃないですね。」
「だから私はあの事件の後、『IS装着者に対して人質をとって違法行為を強要する輩に対しては、IS業界全体でしかるべき対処を行うべし』という不文律を各国代表達と一緒に作ったんだ。
 時期的に丁度モンドグロッソがあった時で各国代表達を集めるのは楽だったし、それに連中にとっても他人事ではないからな。
 それが、今では単に『IS装着者に違法行為を強要する輩に対して、IS業界全体でしかるべき対処を行う』という話になっているんだ。
 今回は、まあ軽くジャブとしてデュノア社に対する不買運動でも進めてみるか。」
「そ、そうなんですか……」
「デュノアのような自分で溜め込みやすい奴が工作員に仕立てられやすくてな、だが嫌な話だがそのお陰でああいう奴を救う為の適切な対応のノウハウも蓄積されている。
 ……デュノアの人生を破滅させたりなどせんよ。
 ここは学校で、デュノアは生徒だからな。」

 まあ考えてみれば当然の備えではあった。

「でも織斑先生、一夏にはフォローを忘れない方が良いですよ。
 今回のような言い方をしたら、嫌われてしまいます。
 彼の気質は、姉弟の貴女が一番知っているはずですよ?
 あんなシャルルさんを見捨てるような言い方で斬って捨てたら、一夏が貴女の事を嫌うようになってしまいますよ。」

 その千早の一言に千冬の顔色が面白いように変わり、彼女は一夏がいるであろうアリーナの方に走っていった。
 それでも表情だけは堅守していたのが、流石ではあったがシュールでもあった。

「……素直じゃないのは女心って奴なのかな?」

 千冬が強烈なブラコンである事を「インフィニットストラトス」についての話題で知っていて、またこの1ヵ月半の生活で実感していた千早は、そう呟いたのだった。







==FIN==

 というわけで。
 千冬さんはこの位の備えをしているのは当然だと思うのですが、どうでしょう?
 ……原作でシャル関係のお家騒動が話題に上らないのって、もうこんな風に一夏の知らないところで全部決着が着いちゃってるからかも……

 んでもって、シャルに関してはちーちゃんに不穏なフラグが経ちましたが、まあ許容でしょうの位。
 一夏に関してはこれでフラグオンです。
 ハードモード挑戦者4人目が入りました。



[26613] 対ラウラ戦(クラス代表選考戦最終戦)下準備回
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/10 00:25
 木曜日の放課後。
 クラス代表選考戦4戦目直前。

 シャルロットは千早に対して未だ煮え切らない気持ち、端的に言えば信じたいのにどうしても不信感が拭いきれない気持ちを振り切れないでいた。
 「インフィニットストラトス」なる小説の存在を信じられないこともある。
 だが、その小説の実在を認めた場合、今度は千早自身の事を、シャルロットは信じたいのに信じられなくなってしまう。
 小説の話など嘘と思いたかったが、どうせ嘘をつくのであればもう少しバレ難い嘘をつくはずだった。

 一方で、彼女は一夏に対しても思う所があった。
 「織斑 一夏」などという言い方をした以上、彼は「インフィニットストラトス」の存在を疑ってはいないようだった。
 ならば何故一夏は、自分が主人公の物語の概要を知る千早を、どうして自分の傍に置き、ましてや恋人などにしているのだろうか。
 シャルロットには、そんな自分の先の人生を知っていそうな相手と共にいるのは、まるで物語を間近で見る傍観者の視点で眺められているようで、あまり気持ちの良いものではないように思えた。

 一夏には千早とは違い、純粋に感謝の念を感じている。
 シャルロットの偽らざる本心である。
 彼が千冬にかけあってくれた結果、千冬自身を始めとするIS業界全体が総出で彼女を守ってくれるという話になったのだ。
 それというのも、かつて一夏が誘拐された折、「IS装着者にいう事を聞かせたければ人質をとればよい、などという風潮が生まれては、全世界の全てのIS装着者にとって計り知れないほど大きな不利益となる。」という話になって、IS装着者に違法行為を強要する輩にはIS業界が一丸となって制裁を加えるという決定がなされたらしい。
 今回は、それに基いてシャルロットをデュノア社から保護するという話になり、シャルロットの身の安全は保障されたというのだ。

 今回、一夏はただ単に千冬に話を持って行っただけである。
 だが、その「だけ」があるとないとでは大違いであり、千冬も
「まず悲鳴を、SOSを出してもらわねば、こちらとしても助けるのが困難になる。
 まず、拙い状況にあることすら、知らずに済ませてしまう恐れがあるからな。」
と言っており、千早と一夏に相談したのは間違いでなかったと思っている。

(でも、御門さんは……最初から僕の窮状を知っていて、それなのに…………)

 確かに彼女の言う通り、自分の人生の何もかもが「インフィニットストラトス」の通りではない。
 もしそうであったなら、そう思うとゾッとする。
 本当に何もかもを把握されているという事なのだから。
 だが……大筋では違っておらず、彼女はもっと以前の段階で自分に手を差し伸べる事も出来たのではないか……
 もう既に千冬に救われている身で何を今更と思ってしまうが、どうしても千早に対してはこの疑念を捨てきれない。

 だが、彼女が作ってくれたお菓子を作っている様子に、台所に立つ母の後姿を思い出し、お菓子の味に、かつて母が作ってくれたお菓子を思い出した事もまた事実。
 確かに彼女は愛情を込めてお菓子作りをしていたのだ。
 その愛情込めたお菓子作りは、IS学園、否、この世界にいる自分以外の全ての人間を虚構の存在と思っている冷たい人間には、到底不可能な芸当のように思えた。

「……っと、気持ちを切り替えないと。
 銀華には敵わないって言っても、白式だっておかしい位の高機動機なんだから。」

 今は一夏との戦いにだけ向き合おう。
 そうシャルロットは気持ちを切り替える。
 いくら感謝してもし切れない相手とはいえ、勝負には関係ない。
 むしろ手心を加えたほうが怒るような相手だった。










===============










 一夏VSシャルロットは、下馬評の通り、シャルロットのワンサイドゲームで終了した。

 いくら白式が高速で飛びまわり狙いを付け辛いと言っても、その白式には射撃が出来ないのだ。
 距離が開いていれば、それだけでシャルロットには非常に有利だった。

 その上、一夏が接近戦をするために突っ込んで来た所に合わせてショットガンを撃ち込むだけで、白式の速度分だけショットガンの威力が強化され、大幅にシールドエネルギーを削る事ができる。
 ショットガンが間に合わないなら、非固定浮遊部位のシールドを前面に出せば、一夏の突貫を牽制する事が出来る。
 彼女のラファールリヴァイヴカスタムⅡには、そのシールドが4枚装備されており、死角を突くのは困難を極める。
 根本的な技量においてもシャルロットの方が一夏を凌いでいたため、焦る事無く迎撃に徹していれば彼女に負ける要素は無かった。

「いや、やっぱ強ぇわ、お前。」
「まあこの位は出来て当然だよ、一夏。
 接近戦しかできない相手限定だけど、迎撃に徹していればその相手が織斑先生や更識先輩のような国家代表みたいな、すっごい格上でもなければどうとでもなっちゃうもの。
 寄ってきた所を、良く狙わないでも当たるショットガンで迎撃すれば良いだけだからね。」

 むしろずぶの素人のハズなのに、倒す為には待ちに徹しなければ困難だった一夏。
 シャルロットから攻める素振りを見せれば、白式の高速機動に振り回されてしまうし、零落白夜のまぐれ当たりが当たる余地も大きくなる。それでも五分以上の勝率ではあっただろうが、敗北の可能性がより大きかったのは事実だった。
 無論、これは高機動を実現させる白式の高性能による部分が大きいものの、それにした所でその性能を十全に引き出すのは中身の方にも相応の能力が要求される。

(そう考えると、あの姉にして、この弟ありっていう事なのかな?)

 シャルロットは胸の内でそう呟いた。










===============










 続いて、千早VSラウラ。
 銀色に輝く髪を持つ者同士の対決である。

 一見小柄な少女にしか見えないラウラだが、その実態は正真正銘の生物兵器。
 強力な兵器であれと生まれた頃から望まれ、地上最強の生物である千冬に憧れ、彼女に習い地上最強の兵器でありたいと望んでいる少女だった。
 その為、15歳の現時点で既に常人ならば一生届かないであろう程の戦闘力を有する。

(……流石に銀華相手に片目を塞いでいるのは愚の骨頂か。)

 千早は超高速機動戦闘を得意としている。
 ならば。

(この忌々しい金の瞳も、今が使い所という事か。)

 ラウラの瞳に埋め込まれた、彼女の動体視力を引き上げる為の擬似ハイパーセンサー、ヴォーダン・オージェ。
 しかしそれは彼女の肉体に適合せず、彼女の左目を金色に染めたばかりでなく、制御不能になり、彼女は暴走する動体視力の為に思うように動けなくなり、訓練で遅れをとるようになった。
 試験管の中で兵器であれと望まれて生まれ、兵器としての有用性を訓練で示すことこそを存在意義としてきた彼女にとって、ヴォーダン・オージェにまつわる過去は忌まわしい記憶であり、この金の瞳はその烙印。

 だが……常軌を逸する機動を見せる銀華の動きを捉える為になら、この出来損ないの瞳も役に立つはずだった。
 ラウラは普段左目を隠している眼帯を取り去る。

「前に宣言したはずだったな、御門 千早。
 織斑 一夏を血祭りに挙げる前に、奴の女である貴様を始末しておくのも悪くは無いと。」
「……軍人がド素人を挑発するのはみっともないですよ。
 後で相応の振る舞いというものを習得しておいてください。」

 銀華を使いこなしている奴の言う台詞か。
 ラウラはそう思ったが、口に出すのは躊躇われた。
 彼女の力を認めているような発言は、この場ではしたくなかったからだ。
 今は、自分の優位を示す時だった。


 ほどなくして、千早VSラウラの戦いの火蓋が切って落とされる。
 最高の高速と、1組の中でも最優の技量の対決。

 結論から言えば、最優の技量の勝利。

 やはり先のシャルロット同様、待ちに徹した事とAICの威力がモノを言ったのだ。
 まして彼女の技量はそのシャルロットさえも凌ぐ。
 また、ヴォーダン・オージェの存在も大きかった。
 その鋭敏過ぎる動体視力から見ても千早の機動は規格外であったが、それでもヴォーダン・オージェがなかった場合との差は歴然としていた。

 さらに言えば、AICは銀華にとっては一発でも致命的だった。
 何故ならば……


「ぐっ!!」
「ふん、いい格好だな、御門千早。」

 AICを受けて動けない千早に対し、銀華の短射程衝撃砲の届かない程度に近づいたラウラはワイヤーブレードを射出し、そのワイヤーを千早に巻きつけて拘束する。

 こうして千早は翼をもがれた鳥同然の状態になってしまう。
 AICが解除されれば飛行そのものは出来るだろうが、銀華は何しろ運動性全振りというコンセプトで作られたIS。
 馬力でシュヴァルツェア・レーゲンに敵うはずがなく、ワイヤーの拘束から逃れる術もない。
 となると、千早にできる事はこのまま拘束された状態で接近戦を挑む事のみだが、何をどうすれば身体がマトモに動かない状態で、格上とのがっぷり四つの接近戦が可能だというのだろう。

 この時点で千早の敗北は確定しており、千冬がそれを理由に試合終了を宣言しようとしたその直前、ラウラは射出させずに残しておいたワイヤーブレードを射出・操作し、千早を拘束するワイヤーに絡ませて左右に引っ張っていった。
 千早を締め付けるワイヤーは左右に引っ張られ、千早自身をも左右に引き裂こうとその締め付けを瞬間的に強くする。

「っ!!!!!」

 千早は気丈にも悲鳴をあげずに激痛に耐えるものの、その表情は苦悶そのもの。
 すぐさま千冬がラウラを制止させたおかげで大事には至らなかったものの、この時千早に刻み込まれたダメージは決して小さくはない。
 千早はピットまでは自力で戻ったが、そこから先は担架で保健室へと運ばれていった。


 ……このクラス代表選考戦は全校生徒の前で行われていた。
 その為、1年生を中心に、多くの生徒がこのラウラの凶行に引き、戦慄したのだった。










===============










 一夏は保健室のベッドに寝かされている千早と話し込んでいた。

 見れば保険医であろう女性が、中空を虚ろな瞳で眺めながらブツブツと独り言をしていたが、今は千早の心配をしていたかったので後回しにした。
 ちなみにこの女性「ありえないありえないありえない」「あれが男? 嘘よ嘘。嘘に決まっているわ」「なんでどうして……」などの言葉をランダムに口走っており、どうも千早の容態を確認し治療する過程で千早が男性である証拠を目にしてしまったらしい。
 一夏としては、こういう状態の女性に対処する術が分からなかったので、放置を決め込むしかなく、千早の容態の心配をするほか無かった。

「お前、あちこちの骨にヒビが入ってるんだってな。」
「まあ、僕は前に一夏の関節を壊してしまったから、その時の報いだと思えば……くぅっ!!」

 迂闊に身体を起こしたせいで痛めた箇所に激痛が走ったのか、千早は苦悶の表情を浮かべ、アバラを抑える。

「おいおい、寝てろよ。
 いくら活性化治療があるったって、治療中に痛めれば長引いちまうぞ。」

 一夏は千早の身体をベッドに寝かせ、布団をかけなおしてやった。

「……活性化治療か。
 本当ならISと同じ位注目されていたっておかしくない筈の技術なのに……」

 何しろ、今回の千早程度の負傷であれば、完治までに一週間もいらないのだ。
 この技術の存在で助かった人間の数など、それこそゴマンといる。
 そして、今も研究している者がおり、洗練と進歩を繰り返しているのだ。
 活性化治療の人類に対する貢献度では、いかに強力ではあっても一軍事兵器でしかなく、しかも厳しい数量制限が科せられているISなど比較にもならない。

 このように医療分野においても、千早が元いた世界を大きく上回っているインフィニットストラトス世界。
 だがここでは、他の如何なる分野でどのような発表が行われようとも、ISが話題の全てをさらっていってしまう。
 それは女尊男卑と同じ、ISによってもたらされた世界の歪みだった。

「……他でどんな技術が生まれようとISが注目を全部持ってっちまう、それが束さんの嫌がってたこの世界の歪み、の一部か。
 あの人が太陽炉を作りたいって言ってたのは、そんな歪みをガンダムに断ち切ってもらいたいとか、そんな思いが込められているのかね。」
「文字通りの快刀乱麻、世界の歪みを断ち切る剣としての太陽炉搭載機……00世界の、ガンダム。
 この場合、彼女自身が断ち切られるべき歪みの根源なのが皮肉だけれど……確かにそうなのかも知れないな。」

 と、一夏が思い出したかのようにDVDを取り出す。
 今、千早との話題に上った「機動戦士ガンダム00」の物だった。

「腕一本動かすのもキツいんなら、電話帳も持てないだろうし、しばらくヒマだろ?
 これでも見てろよ。」
「すまない。気が効くな。
 でも、とりあえずは劇場版だけで大丈夫だ。」

 千早がそういうと、一夏は劇場版のみを残して、他をしまう。

「それにしても、お前も結構人気者なんだな。」

 一夏は千早の枕元に大量に置かれた見舞いの品々を眺める。
 定番の花束やリンゴなどの果物から、ケープなど変わった物も見受けられる。
 その総量は、どう見てもクラスメイト達からだけのお見舞いでは到底集まらないような量だった。
 千早は苦笑して応じる。

「……あの時の校内新聞のせいだよ。
 僕としては、あんまり強くも無いのにああも持ち上げられるとむず痒くて仕方がないんだけど……」
「まあ、独り歩きを始めちまった情報なんつーのは、ものによっちゃあ千冬姉や束さんですらどうにもできない代物だからな。
 その辺はある程度割り切るしかねーんじゃないか?」
「はは……」

 千早は乾いた笑いで応じるしかない。

「まあ箒さんや鈴さん、あとセシリアさんは、僕じゃなくて「僕を見舞いに来るであろう一夏」が目当てだったように見えたけどね。」
「お前いくらひねてるからって、見舞いに来てくれた奴にそれはないだろ?
 それに俺は「織斑 一夏」じゃないんだ。
 そんな無茶なモテ方するかよ。」

 一夏は自らを、少女達ごと一刀の下に斬り伏せた。
 その一夏の物言いに苦笑いを浮かべた千早は、しばらく一夏と談笑した後、一夏の背中を見送った。










===============










 千早との談笑を切り上げ、廊下に出た一夏は保健室の前で膝を抱えているシャルロットに出くわした。
 ……実は一夏は、保健室に入る前にもこうしているシャルロットの姿を見ている。
 一夏には彼女がそうしている理由が分からず、一緒に見舞いに行こうかと誘っても応じなかったので、仕方がなく一人で千早の見舞いに行っていた。

「シャルロット、お前何時までそうしているんだ?」
「……」

 シャルロットは返事をせず、うつむいたまま。
 一夏は質問を変えた。

「お前は何で……千早のことが心配なのに、千早との接触を避けているんだ?」
「っ!!?!」

 シャルロットはその質問に、搾り出すように訴えた。
 千早と小説「インフィニットストラトス」に対して抱いていた、葛藤と疑念を。
 そして彼女は逆に一夏に問う。
 小説「インフィニットストラトス」の内容を把握している人間を傍らに置く事に抵抗は無いのかと。

「それは……」

 一夏は千早と初めて出会った時の出来事を思い出す。
 あの時、千早は間違いなく一夏と「織斑 一夏」を同一視していた。
 そうでなければ男性である一夏と出会う為に、女子校であるIS学園の入試試験会場になど行く筈がないからだ。
 その行為と動機は一夏を助けようというものであっても、そこに一夏を物語の登場人物と捉える冷たい視点がそ存在していた事実は誤魔化しようがない。

「……そういや、なんでなんだろうな。
 考えた事もなかった。」

 だが、それでも一夏はこの件に関して千早に悪い感情を持っていない。
 彼が千早に対して恨みつらみを言うのであれば、お互い一次移行も済ませてない段階での模擬戦において、右腕と両足を持っていかれた時の激痛に関するものくらいだった。

「考えた事もなかったって……」

 シャルロットは絶句する。

「多分、この一ヵ月半くらいの間、ずっと俺と一緒だったから、俺の事を「織斑 一夏」なんていう虚構の存在じゃない生身の人間なんだって確信してくれたのかもな。
 いや、多分俺1人だけじゃない。
 この学校にいる、小説なんかじゃモブで済まされる先輩方一人一人も、それぞれの人生を背負った人生の主役だって思えたのかもしれない。」

 シャルロットには一夏の話が、単なる千早擁護に聞こえない。

「それに、「インフィニットストラトス」云々を別にすれば、アイツほど信頼できる奴はそういないと思うぜ。
 実際、お前だってアイツの事、信じたくてしょうがないんだろ?」
「……」

 シャルロットは多少逡巡した後、頷いた。

「なら、俺はそれでいいと思うぜ。
 お前が四月の今の時点でここにいる以上、もう小説通りにも行く筈がないしな。
 ……って、どうした?」
「いや、そんな風に恋人の一夏に信じてもらえている御門さんがとても羨ましく思えて……」

 その後、一夏はその誤解を解くべくシャルロットへの説明を小一時間繰り返し、どうにか恋人であるという誤解だけは解く事が出来た。
 この時、シャルロットは
「一夏に彼女がいないんなら、僕がそうなってもいいよね?」
 などと思ったのだった。





==FIN==

 とりあえずシャルロットプッシュしてみました。
 ちーちゃんと一夏ですが、現時点ではこれが精一杯です。
 戦闘描写、手抜きですみません。

 しかし……緊縛されたちーちゃんハアハア。
 見た目がお姫様だからなのか、こういうポジションも栄えますな、ちーちゃん。



[26613] 束さんはちーちゃんの事をちはちゃんと呼ぶ事にしたようです
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/17 08:16
 木曜日の放課後、一夏……ついでシャルロットの次に千早の元を訪れたのは、彼と同じく銀の髪を持つ少女、彼を医務室送りにした少女のラウラだった。

「貴女がここに来るだなんて、一体どういう風の吹き回しですか?」

 これまでのラウラの態度から、自発的に医務室に来たとは考え辛い。
 よって、千早は怪訝そうにラウラに訊ねた。

「……教官から貴様宛の言付けを預かった。
 今回の私との試合、私の反則負けで貴様の勝ちだそうだ。」

 ISによる戦闘は、建前に過ぎないとはいえ一応スポーツのような競技という扱いになっている。
 当然といえば当然の話で、ISの他の兵器とは隔絶した超戦闘能力を無制限に振り回せば、恐ろしい事態に発展する。
 その為、競技としてのISによる戦闘は、最強のIS装着者を決める大会であるモンドグロッソでも採用されているルールが厳密に適用される。
 今回はラウラが「エネルギーシールドではなく敵IS装着者の肉体を破壊目標とする攻撃を禁ずる」というルールに抵触した為、彼女の敗北となった。

 ラウラには不満の色が見られるが、ことIS戦闘においてルールは絶対である。
 兵器を用いて行われるルール無用の戦闘は、通常は殺し合いと呼ばれるものだからだ。

 その話を聞いた千早は辛辣な表情を浮かべて言う。

「そうですか。それは良かった。
 いくら実力差を考えれば当然の事だったとはいえ、貴女のような甘ちゃんに負けてしまう事は屈辱でしたからね。」
「なっ……私が、甘ちゃんだと!?」

 まさか自分にああも痛めつけられた相手から「甘ちゃん」呼ばわりされるとは思ってみなかったラウラは仰天する。

「ええ、貴女は兵士としてあまりに甘すぎます。」
「ほう、ならばあのまま引き裂いてやっといた方が良かったか?」
「……僕が言っているのはそういう問題じゃありませんよ。」
「……どういう意味だ。」

 千早は軽く息を吐いてから、ラウラの質問に答える。

「貴女には協調性というものがまるで見られません。
 大方クラスメイト達のような素人などとは馴れ合うつもりはないと言った所なのでしょうけれど、より低難度の馴れ合いすら出来ない人に軍隊に求められる高度なチームプレーをこなす事は不可能なのではないんですか?」
「チームプレーだと?」

 ラウラは鼻で笑う。

「そこで小馬鹿にした笑いが出てしまう所を甘いと言っているんです。
 古来より、軍隊の歴史とはチームプレーの歴史です。
 15歳という若年でプロの、しかもベテランの兵士をしている貴女ならば、英才軍事教育を受けて育っている筈。
 ですからこの位の事は、貴女にとって自明の筈ですよ。
 それなのに、あの見下げ果てた協調性。
 貴女はこれまで、一体何を学んでいたんですか?」

 千早の舌鋒は鋭い。
 かつて一夏に見た一面とは違う、別の見たくない自分をラウラに見てしまっているからだ。

 協調性がなく、他人を見下す自分が嫌い。
 ラウラは、まさしくそんな千早自身の一面を鏡に映したかのような少女だった。

「はっ、何を言い出すかと思えば下らん。
 私は兵士ではない。兵器だ。
 最強の戦力たれと生産され、トライアルを潜り抜け、最大の戦果を挙げるべくあらゆる軍事技術を投入された。」
「……分かっていませんね。
 貴女が兵士だろうが兵器だろうが関係ないんですよ。
 いずれにせよ、貴女が軍隊組織に所属する一戦闘単位である事に変わりは無いんですから。
 それに兵器だって、他の兵器や運用する兵士達との連携を考えて運用しなければタダの無用の長物です。
 単機で高い戦果を上げてしまえるISが幅を利かせているこのご時世でさえ、前衛に守られてこそ光るブルーティアーズのようなISが存在するというのに、貴女は言うに事欠いてミーハーな素人とは馴れ合えないとでも言うつもりなんですか?
 常に味方戦力のえり好みが出来るだなんて、ご大層なご身分な事で。」

 千早は皮肉に笑う。
 そこには普段の妖精のような神秘的な美しさではなく、妖艶で蟲惑的な魅力が溢れていた。

「ふん、負け犬の遠吠えだな。」
「その負け犬に余計な事をしたせいで反則負けにされてしまった方よりはマシかと。」
「ほざけ。」

 しかしラウラは千早の美しさの質など気にも留めない。
 彼女にとって、戦闘力の高低こそが最も重要な価値基準であり、容姿の美醜を気にしたなど事など全くない。
 彼女にとっては千早の美貌など、千早個人を識別する為の記号に過ぎない。

 この辺り、束にも通じる所があるラウラだった。

 そんなラウラでも唯一千冬のみは、気高く美しい存在であると認識している。
 だが、それとても千冬の地上最強の生物とさえ言われる圧倒的戦闘能力と内面の精神性によるものであり、ラウラが千冬の美貌を気に留めた事など過去に一度もなかった。

「まあ貴様には言わせておいてやろう。
 貴様の次は、本番だ。
 貴様の男、織斑一夏を血祭りにあげてやる。
 来週月曜日が奴の命日だ。」











===============











 保健室を後にした一夏は、銀華の様子を見る為ISハンガーに来ていた。
 聞けば中身の千早ほどには手酷くやられていないという話で、修復には一週間もかからないと聞いているが、やはり千早が命を預けるISなのだから気にはなる。

 しかし、ハンガーに着いた一夏は意外な相手に出会った。

 千冬はまあいい。
 既に存在していた欠陥機に束が手を加えた物である白式とは違い、銀華は紅椿同様、純粋に束の個人製作。
 たとえ第三世代ISに過ぎなくても、銀華から得られるデータには彼女でなくとも注目するだろう。
 恐らくは同様の理由で、箒や鈴音、セシリアやシャルロットもやって来ている。
 代表候補生達に関しては、銀華について知り得た情報を報告するようにも言われているのだろう。
 今回の修理は絶好の機会という訳だ。

 見れば他にも野次馬はかなりいるようだ。
 が、彼女達もIS学園の人間である。
 整備課の2,3年生の姿も見られるし、別におかしい話ではない。

 一夏が驚いたのは、今まさに銀華を整備している人間が、よりにもよって……

「なんで束さんと史ちゃんがいるんだ!?」

 篠ノ之 束と度會 史。
 全世界から指名手配されている女性と、そもそもこの世界には居ない筈の異世界人。

 束の方はまだ分かる。
 彼女がここにいる理由はどうあれ、ISを扱わせて彼女の右に出る者は存在しない。

 しかし、史は千早の家に仕える侍女。つまり千早と同じ異世界人である。
 一応、束という世界で最もISについて熟知している人間との継続的な接触を持っているものの、彼女はISが存在しない異世界の住人だ。
 そうおいそれとISについての知識を身につける事などできないはずだった。

 にもかかわらず、彼女は束と共に銀華を弄り、それを束が拒絶している様子も見られない。
 束との共同作業ができていると見るべきだった。

 と、作業がひと段落着いたようで、銀華に取り付いていた2人は作業の手を止め、辺りを見渡す。

 そして。

「ああ~~、いっくん見っけ!!」

 束はそう言って一夏に飛びつき、彼女の後ろで史がぺこりと頭を下げたのだった。

「って、俺ですか!?
 箒でも千冬姉でもなくて?」
「いや、ちょっといっくんには白式用の追加装備についてお話しとこうって思ってたから。」
「それと千早様と一夏様には、私からお渡しする物もあります。
 ……今回の千早様のように、お怪我をする事を防ぐための物です。」

 史の表情を読み取ることは難しいが、彼女が暗くなっていて、そして怒りを感じている事に一夏は気付いた。

「あ……」
「何もおっしゃらないで下さい。
 このような学校ですので、私どもも千早様がお怪我をされる事もあると思っておりました。
 それに千早様はああ見えて、武術を修めておいでです。
 その為、鍛錬中や組み手中にお体を傷めてしまう事は以前にもありました。
 ですから、そこまでお気になさらないで下さい。」
「……その割に史ちゃん、大分怒ってない?」

 史の視線は思いのほか痛い。
 やはり千早が負傷したという事実は、彼女にとってかなりの苦痛であるようだ。
 その苦痛が、史の視線を通して一夏にも伝わってくる。
 そんな痛みに耐える一夏に対して助け舟を出したのは千冬だった。

「それで束、白式の追加装備と言っていたが、それは一体どのようなものなんだ?」
「あ、えーと……ちーちゃん人払いお願いできない?」











===============











 千冬の人払いにより、ハンガーに残った人影は千冬、一夏、束、箒、史の5人のみとなった。
 盗聴器の類も残されていない事を確認した束は、おもむろに白式の追加装備について話し始めた。

「んで、白式の追加装備の話だったよね。
 今、作っている白式の追加装備の名前は、非固定浮遊部位型追加スラスター『銀月』。
 名前の通り銀華のデータをフィードバックしてるから速度が速くなるだけじゃなくて、白式でも鋭角機動が出来るようにするものなのだよ♪
 銀華みたいに設計段階から組み込まれているものじゃないから、角度は最大150度くらいで、178度ターンが出来る銀華には敵わないけれど、まあ運動性が大幅アップ! ってことには変わりないから。
 しかもしかも、太陽炉へのステップその1として開発した試作型量子波動エンジンを搭載しているから、白式の燃費問題も解決してくれるのだっ!!
 ……ちょっと問題があって、いっくんが『量子波動エンジンさん、動いて!!』って思っている間しか動かないんだけどね。」
「量子波動エンジンって……っ!?
 ちょっと待ってください姉さん、ステップその1って……太陽炉?」
「……あー、そーいやお前ガンダム00見てないんだっけ?」
「は?」

 このIS世界でガンダム00を視聴したければ、織斑姉弟が束から渡されたDVDを見るほかない。
 そしてそのDVDは千冬の部屋にある。
 まさかアニメを見るために鬼教官と恐れられてもいる千冬の部屋に行く者がいるはずもなく、IS世界の人間でガンダム00を見た事があるのは束と織斑姉弟だけのはずだった。

「私がちーちゃんといっくんにあげたDVDじゃないと見れない、超レアでお姉さんイチオシのアニメだよ!
 後で見せてもらってね♪」
「は、はあ……それと一夏の追加装備と、どんな関係が?」
「……この阿呆はそのガンダム00に出てくるガジェットである純正太陽炉とやらを作りたいらしい。
 その手始めが、今回の量子波動エンジン……という事だな。」
「さっすがちーちゃんってばご明察!」
「あ、アニメに出てくる動力炉ですか……」
「そういうな。ISの時点で大概だろうが。」
「それはそうですが……」

 箒は呆然としてしまった。

「量子に関しては元々ISでも色々利用してたから、量子波動エンジンの理論構築は結構楽だったよ。
 太陽炉に辿りつく為の取っ掛かりとしても良い感じぃ♪」

 一方、束の中では既に太陽炉実用化までの道筋が見えているようであった。
 しかしあれはGN粒子なる粒子を発生させ、エネルギーや武器に転用するもの。
 千冬は量子波動エンジンからどうやって太陽炉に辿りつくつもりなのかが、良く見えなかった。

 ともあれ、これで白式の追加装備『銀月』についての話は終了した。

「それで銀華用にも追加装備を作ってたんだけど、こっちは目新しい技術なんて全く使ってないから片手間で作ってたのにすぐ出来上がっちゃって、それで今回の銀華破損でしょ?
 だから今日は、本当ならふーちゃんの作ったシミュレータを渡すだけのつもりだったんだけど、せっかくだから修理がてらその追加装備を銀華にくっつけてみたの。
 あ、ちなみに今回ふーちゃんは私の助手って事で連れて来てるから。」
「あの、ふーちゃんはお止め下さい。」

 史は自己主張の控えめな反論をする。

「? 銀華用の追加装備は良いとして……史ちゃんが作ったシミュレータ?」
「うん、ちょっと凄いよふーちゃん。
 私がISについてちょこちょこ教えただけで、ソフトウェア方面に限っては世間一般に知られていることくらい完璧に近くなっちゃったから。」
「いっ!?」「なっ!!」

 その一言に、織斑姉弟は絶句する。
 彼女はISが存在しない世界の人間であり、ISについての知識を身につけるための時間など無きに等しい筈だった。
 束から直接教えを受けたとしても、尋常ではない。

「……私が胸を張って千早様に勝っているといえるのは、コンピュータ関係の取り扱いだけですから。
 それ以外の、本来の侍女としての仕事は掃除も洗濯も料理も全て千早様の方がはるかに上で、ふと気が付けば全ての仕事を千早様が片付けてしまわれている事も珍しい話ではなく……」
「……世話好きのご主人様ってーのは、考え物かもしれないなぁ。」

 一夏は史のため息を幻視したような気がした。

「それでね、ふーちゃんってばちはちゃんのお役に立ちたいっ!! ってね、一生懸命ISについて勉強して、こんなの作ってきたんだよ。」

 ちはちゃんって、千早の事なんだろうな。
 などと思いながら、一夏は束が持ってきたバイザーを受け取る。

「これが、史ちゃんの作ったシミュレータ?」
「はい。それはISの一般的な追加装備であるハイスピードバイザーを改造した物で、テレビゲームで言えばコントローラー兼モニターに相当する子機になります。
 本体はこちらになります。」

 そう言って史が指差した物体は、一見して大きめのゲーム機のように見えた。

「……ゲーム機?」
「はい、その通りです。
 ゲームに出てくるロボットや戦闘機とISで戦う事が出来る、そういうシミュレータです。」

 史はあっさりと肯定した。

「つまりコレでゲームをしろと?」
「ISを動かしての擬似戦闘になりますので、戦闘訓練にはなるかと思いますが。」

 ちなみにバイザーを介してゲーム上の敵機の映像がハイパーセンサーに送られ、本体が敵機と使用者の機動や被弾時の挙動を計算して両者の位置関係を割り出しリアルタイムで反映、被弾判定を受けた際にはエネルギーシールドが内側に向かってはじけて衝撃を受けるらしい。
 その際エネルギーシールドは二重になり外側のエネルギーシールドがはじける為、機体を損傷したり中身が大怪我をする事はないが、ハッキリ言って相当痛いことが向こうの世界でテストを行った千早の又従兄弟の鏑木瑞穂の証言で判明している。
 また、攻撃の際にもエネルギーシールドが刃に負荷をかけ、手応えを再現しているそうだ。
 ちなみに零落白夜の一撃必殺は反映されず、「少し強力なビームソード」として扱われるらしい。
 駆け引きを憶える為には、一撃必殺で話が終わってしまったら元も子もないからだ。

 ……ちなみに瑞穂は何故女の子にしか使えないはずの物のテストに自分が駆り出されたのかと、非常に納得のいかないものを感じていたらしいが、彼は女性に痛い思いをさせるという事が出来ない人であった為、結局自分でテストする事にしたらしい。

 また、このシミュレータは使用者の戦闘データを蓄積し、15戦ごとにその戦闘データを反映した使用者のISを敵機として出してくるらしい。
 それによって敵の立場から自分(の戦闘データ)と向き合い自分の癖や隙を実感しやすくし、その修正に役立てる事が出来るのだという。
 使用者の戦闘データは15戦ごとにリセットされ、常に最新のデータが反映されるようにもなっている。

「ちなみに、現在入っている戦闘データはこのようになっております。」

ナインボールオニキス(ゲームそのままの戦闘データ。機体の大きさは人間大に縮小。)
ナインボール(同上)
ナインボールセラフ(同上)
プロトタイプネクスト(同上)
ナインボールオニキス+(中身が史の知り合いのACシリーズ上級者の戦闘データ)
ナインボール+(同上)
ナインボールセラフ+(同上)
プロトタイプネクスト+(同上)
首輪付きVer1~9(同上。また、ヴァージョンによってアセンブリと戦術が異なる)
ラストレイブンVer1~9(同上)
nemoVer1~9(中身が史の知り合いのエースコンバットシリーズの上級者の戦闘データ。機体は1mほどに小型化。ヴァージョンによって使用機体が異なる。)
ブレイズVer1~9(同上)
メビウス1Ver1~9(同上)
円卓の鬼神Ver1~9(同上)
凶星Ver1~9(同上)
ジェフティ(最高難易度をノーダメージでクリアできる上級者の戦闘データ。機体は人間大に縮小)
ネイキッドジェフティ(同上)
アヌビス(ゲームそのままの戦闘データ)
アヌビス+(最高難易度をノーダメージでクリアできる上級者の戦闘データ。機体は人間大に縮小)
アーマーンアヌビス(同上)

「シミュレータに過ぎないとはいえ、それなりに歯ごたえがあると思います。」
「とはいえ……所詮はゲーマーの強さ、それもタダのデータだな。
 現実で身体を張って戦う高レベルのIS装着者に及ぶ強さだとは思えないが。」

 箒が口を挟む。
 ちなみにこちらの世界にはアーマードコアシリーズもエースコンバットシリーズもZ.O.Eも存在しない。
 もっとも存在していたとしても、箒がそれらの事を知っているかどうかは疑わしかったが。

「だけど、相手を探さなくてもいつでも訓練できるってーのはありがたいぜ?
 機体や身体を壊さない為の手加減も完備みたいだし。」

 何時も一緒に訓練している相方である千早が寝込んでしまっている一夏にとっては、このシミュレータはありがたかった。
 それに……

「千早の奴からは、いっつも読み易いって言われてばっかだし、自分の戦闘データと戦えてその読み易さを客観的に見れるってーのは結構ありがたいと思うぜ?」
「ほう、分かっているじゃないか。」

 珍しく純粋に褒める口調で千冬が言う。

「だがきちんとした評価は、後で実際に試してみてからにしておけよ。」
「分かってるよ、千冬姉。」

 しかしこの場でシミュレータを試すわけにも行かない。
 史の説明によれば、このシミュレータはISを実際に動かして使う物だからだ。

「やっぱり向こうとこっちとじゃ発想力が違うよねぇ。
 今回のシミュレータだって、公開情報の範囲内で充分作れる物なのにこっちじゃ全然見ないし。」
「……お前が知らんだけかも知れんぞ?」
「そうかな?
 私に知られないほどの機密にする必要なんてなさそうだけど。」

 束の台詞には頷かざるを得ない。
 確かにたかだか戦闘シミュレータの存在を束ですら察知できないほどの機密情報にする必要などどこにもない。
 まして……束は自らの発想を超える他者に餓えている。
 こちらの世界で今回の発想の戦闘シミュレータが作られたなら、彼女がそれを察知しない訳がなかった。

「ところで束さん、銀華にも追加装備があるんですよね?」
「え、うんそうだよ。
 銀華って接近戦仕様なのに斬り払いとかできないでしょ?
 だから束さん特性のブレードを持たせてあげたの。」

 そう言う束が銀華を指差すと、その腕にIS用ブレードが取り付けられているのが見えた。
 刃渡りは1mにも達しておらず、IS用ブレードとしては多少小ぶりである。

「非固定浮遊部位として腕の周りで自由に動かせるアンロックブレード『銀氷』。
 これはこれで銀華のパーツの一つだから、拡張領域は要らないって寸法なのだよ。
 柄に当たる部分を基点に自由な角度で回転させる事も出来るから、通常のブレードとは比べ物にならないくらいフレキシブルに振るう事が出来るのだー。」

 完全に既知の技術しか用いられていないが、類型の装備は見られない。
 なるほど、束ならば思いついたその場でほんの数時間足らずでも作ることが出来るものだろう。

 しかし銀華の恐ろしさを誰よりも知っている一夏ならば分かる。
 この単純なブレードがどれだけ銀華の戦闘力を跳ね上げてしまうのかを。

 そもそも、今回の対ラウラ戦における千早の敗因は、熟練度の差も確かにあっただろうが、装備の差も同様に大きかったのだ。
 ワイヤーブレードやプラズマ手刀を切り払えない。
 この一点がどれほど千早の動きを制限し、AICを当て易くしたのか想像も出来ない。
 プラズマ手刀に関しては千早とラウラの戦闘技量の差も反映されてしまう為、『銀氷』が存在していたとしても気休めにしかならないかもしれなかったが、その気休めが勝負の分かれ目になることもあるのだ。

 そして普段の一夏との模擬戦や前回の対一夏戦においても、千早は雪片弐型を避ける他なかった。
 それでも千早の方が勝率が上だったのだ。
 斬り払いという選択肢を新たに得た銀華の戦闘力は、接近戦において正に無敵とさえ思えた。

「ま、まあ使いこなすまでには時間が掛かりそうだし……」
「お前が銀月を使いこなすまでにもな。」

 結局、お互い追加装備が追加された後でも、その直後は現在とさほど変わらぬ強さに落ち着くようであった。












===============











 ハンガーを出てアリーナに向かう一夏の隣には、千冬の姿がある。
 今は束が1人で銀華の整備を行い、史は束から護衛を頼まれた箒と共に千早の見舞いに行っていた。

「さて、織斑。
 今回のクラス代表選考戦だが、既に御門とデュノア、オルコットが脱落している。
 よって、次のお前対ボーデヴィッヒが事実上の、代表決定戦となる。」
「へ? なんでシャルル……じゃなかったシャルロットが?」

 負傷して戦えない千早や3敗を喫したセシリアはまだ分かるが、シャルロットが脱落せねばならない理由はないはずだ。
 彼女の勝ち点は2。
 非常に低確率ながらも、次の対ラウラ戦で一夏が勝てば、ラウラと一夏は彼女と並ぶ。
 脱落せねばならない理由はないはずだった。

「学籍をシャルル=デュノアからシャルロット=デュノアに変更する手続きが存外に面倒でな。
 クラス対抗戦に間に合わんのだ。」
「そんな理由でかよ。
 強ぇのになんかもったいないような気がするな。」

 とはいえ合点がいく話ではあった。

「それで織斑。
 無理を承知でお前に頼みたい事がある。」

 千冬が真っ直ぐに一夏を見る。
 思えば、姉を頼るばかりであった自分が、こうして彼女に頼み事をされたのは初めてだったかもしれない。
 それほど経験のない状況だったので、一夏は呆然と千冬の顔を見返す。
 彼女の表情は真剣なものだった。

「な、なんだよ千冬姉、俺なんかに頼み事なんて。」
「……お前の勝ち目が薄い事は百も承知だが……ボーデヴィッヒに勝て。
 あれに今一番必要なのは、格下相手の敗北だ。
 そして今の状況でそれができるのはお前しかいない。」

 千冬は真っ直ぐ一夏を見据えて続ける。

「あれは軍人だ。そこが他の代表候補生とは違う。
 だが……今のアイツは周りに自分より低レベルの者が多い環境下で、調子に乗ってしまっている。
 調子に乗った軍人など……足元をすくわれた時の被害を思えばこれほど危うい者もいない。
 ましてアイツは部下を抱えている身だ。
 下手をすればその部下達にまで累が及ぶ。」
「だから今、俺で比較的安全に転んでおけと?」
「そういう事だ。
 万全のボーデヴィッヒが相手ならばお前には万に一つも勝ち目はないが、幸い今の奴は油断と慢心で本来の半分以下の実力しか出せておらん。
 それでも勝ち目は少ないが……決して0ではない。
 だからその勝ちを手繰り寄せて見せろ。」
「お、おう。」

 絶対的にラウラの方が強いと認識しているのにもかかわらず、一夏に勝てという千冬。
 相変わらずの無茶振りだなと思いながらも、一夏は頷くしかなかった。

「まったく、挫折と敗北を知っているはずの奴が、こんな所で調子付く等というマヌケをさらすとは……
 ボーデヴィッヒにも世話が焼ける。」

 そう言う千冬の横顔は、純粋に姉として相手を心配している顔だった。
 そういえばラウラは1年間、千冬に鍛えられていたという話だ。
 その1年の間に、千冬の方も情が移ったのだろう。

 一夏はとても馴染み深く、それでいて初めて目にする気もする千冬の表情にそんな事を思ったのだった。
 ともあれ、他ならぬ姉の頼み、しかも常ならば自分ごときに頼み事など絶対にするはずのない千冬の頼みである。
 達成できる確率は低くとも、なんとか千冬の願いに応えたいと思う一夏だった。











 その後、一夏はアリーナでシミュレータを使用し
「仮想ラウラならば、同じく相手の動きを止められるジェフティかアヌビスが良い」
という史のアドバイスに従ってアヌビスやジェフティを対戦相手に選び続け……

「な、なんで戦闘プログラムがこっちの動きを読んでるんだぁぁぁぁっ!!」

 ひたすらボコられ続ける羽目になった。
 いくらAI制御とはいえ、上級者の戦闘データである。ISの素人である一夏には流石に厳しい相手であった。
 しかもシミュレータ上の機体の運動性や反応速度は、白式や銀華に合わせて非常に高く設定されている。
 その為、時速850kmの優速にも平然と対応されてしまい、むしろそれ以下のスピードを出した時に速さで圧倒される有様。
 トドメにジェフティとアヌビスは共にゼロシフトというワープ能力さえ持っていた。
 上級者から得られた戦闘データによって操られるジェフティとアヌビス。初心者にとっては文字通りの無理ゲーである。

 その後、自分の戦闘データとの対戦で、あまりにも隙がなさすぎたアヌビスやジェフティとの対比で隙の塊のように見えた敵白式の姿に、一夏は非常に落ち込んだ。

 アヌビスやジェフティの挙動そのものはゲーム上の見栄えを重視したもので、それ自体は隙だらけである。
 だが回避・攻撃・防御などの行動を起こすタイミングが非常に巧みで、回避を許さぬタイミングでの攻撃や必殺の間合いを軽やかに避ける回避などを繰り返されてどうしようもない。
 その後、一夏は体力が尽きて眠りに落ちるまでひたすらシミュレータのジェフティとアヌビスにボコられ続けるのであった。











===============











 一方、史達が保健室に着いた時、千早はすやすやと眠っていた。
 夕日に照らされて銀糸の髪が輝き、その輝きに勝るとも劣らぬ美貌はまさに姫君と言った所だった。

「……千早様。」

 道すがら史の素性を聞いていた箒は、史の声色に千早を気遣う物が含まれているようにも思えた。

「まったく我が姉ながら、あの人のする事は無茶苦茶だ。
 千早さんもISが存在しない世界に帰れると分かったなら、姉さんなどに付き合ってIS学園に留まる事もなかったろうに。
 そうすればこんな怪我もせずにすんだんだ。」
「ですが千早様は……ああ見えて男性的な矜持をお持ちです。
 女性にばかりこのような怪我をする恐れのある事をさせ、自分は安全な所でそ知らぬ顔をするという事は、性格上出来ないものと思われます。」

 思えば、彼が「母さんを守る」と言い始めたのは何時の頃だっただろう。
 彼が「女性は守るべきもの」と考えているのは確かだった。

「男性的な矜持……か。」
「女性にしか使えないISの圧倒的戦闘力による女尊男卑が罷り通るこちらでは、もう廃れてしまっている考えかも知れません。」
「ああ、実際廃れているよ。
 それを持ち続けている男は、私は一夏しか知らない。」

 地上最強の生物とまで呼ばれる女性を姉に持ちながら、そして実際彼女には遠く及ばない戦闘力しかもっていないのに、よくもまあそんな考えを持ち続けることが出来るものだ。
 箒は、それだからこそ一夏に惹かれている自分を意識した。

「史……かい?」

 千早の顔がいつの間にかこちらを向いていて、その神秘的な双眸が開かれている。
 史達が話している間に目を覚ましていたようだ。

「千早様……」
「なんでIS学園なんかに?」
「千早様がお怪我をなさらぬよう、訓練用のシミュレータを作って束様に連れて来て頂いたのです。」
「そう……少しタイミングが悪かったみたいだね。
 でも嬉しいよ。僕が強くなれるよう作ってくれたんだろう?」
「千早様……史にはコレくらいしか出来ません……」
「そう落ち込まないでくれないかい。こんな所だから、怪我もすぐに治るしね。」

 千早の役に立ちたいというオーラがありありと見える史と、その史を優しく受け止める千早。
 まるで優しい姉と姉思いの妹という姉妹の図に見える光景であった。

 その後、史からシミュレータの詳細を聞かされた千早は、戦闘データのあまりといえばあまりのラインナップに絶句し、1人でボコボコにされ続けているであろう一夏の無事を願わずにはいられなかった。










==FIN==


 ちなみにこのシミュレータ、代表候補生辺りでも問答無用でボコられる強さですww
 対銀華用に鬼反応仕様にしてありますので。
 そんなもんを素人にぶつけた史ちゃんってば鬼畜☆

 一応戦闘訓練を生徒会長や千冬にやらせてみるというのも考えたんですが、彼女達は彼女達で忙しい立場だろうという事でスルーしました。
 ある程度自力で強くならなければ、彼女達の指導についていく事さえ困難でしょうし。

 そして束さんのちーちゃんへの呼称ですが、「ちはちゃん」に決定しました。

 しかし……ラウラはちょっと極端にしすぎちゃったかな?



[26613] 女尊男卑の仕掛け人!?(劇場版ガンダム00のネタバレあり)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/24 16:41
 緑の蘇った中東の小高い丘にある、花畑に囲まれた小さな家。
 そこには金属で出来た肉体を持つ青年が佇んでいた。

「すまない。
 こんなにも、遅くなってしまった。」

 彼は人である事を捨て、そうでありながら誰よりも人間だった。
 偽りの神を盲信したが為に両親を手にかけ、借り物の理想の為に平和を切望しながらテロリストに身をやつし、己が信念の為にテロリストの汚名を背負いながらも情報操作を行う悪政に立ち向かい、そして人が生きるために人としての己を捨て、永い旅路を覚悟し人が生きる世界を捨てて対話の為に旅立った彼。
 疲れきったようにも見える。
 彼のこの50年にも渡る旅路の長さや人として生きていた頃に味わった苦汁を思えば当然のように思えるが、そこには生きる事に疲れた様子は無い。
 それは成すべき事をやり遂げ、ようやく今安らかに羽根を休める事が出来るという、安らかで心地よい疲労感だった。

 彼は万感を込めて、迎えてくれた女性に言う。

「君が、正しかった。」

 彼を迎える女性は、老いさらばえた老婆。
 しかし彼女を見た人は、誰もがため息と共にこう思うことだろう。
 人は、こんなにも美しく老いる事が出来るのか、と。
 確かに彼女は皺だらけである。
 だがそれは、青年が少年だった頃には幼い少女のように無力だった彼女が、長らく中東を支配していた憎悪と戦乱、貧困と悲劇の連鎖を断ち切れるほどに成長するまでの年月を刻んだもの。
 醜いはずがなかった。
 彼女はどこまでも清廉で優しく、そして優雅だった。

 長らく、そう50年も生存の生存を当然のごとく信じて待ち続けた彼女は、同じく万感を込めて彼にこう応じた。

「貴方も、間違ってなかった。」

 その2人が、人であった時に惹かれた女性に、若かりし日に出会った少年に、50年もの時を超えてようやく巡り会えた。
 相手が老いさらばえている事も、人ではなくなっている事も、2人には関係の無い話。
 2人は思いを込めて、抱き締めあう。

「俺達は」「私達は」
「分かりあえた。」

 2人が抱き合うその小さな家の外には、十数メートルはあろうかというロボットが佇む。
 それは兵器に属する物で、実際に凄まじい戦闘力を持ちながら、平和を祈念して対話の為に作られた、『ガンダム』。それが異星体との融合で変異した物。
 青年と共に50年間旅をしてきた、彼の愛機であった。
 偽装の為か、その装甲は瞬く間に花に覆われる。
 兵器の偽装にすぎないはずのそれは、まるで彼が、彼女が、望んでやまなかった平和の訪れを告げるかのような、優しげな光景だった……











===============











「こんな話が好きだなんて、御門さんって随分ロマンチストなのね。」

 保健医が千早の見ていたアニメを脇から覗き込んでそう言った。
 彼女は基本的に保健室で待機している身なので、書類の整理などをしながらも、いつでも急患を受け入れられるようフリーの状態を保っている。
 裏を返せば、何か緊急にしなければならない事を抱えていない状況を保つ事も彼女の業務内容の一つであり、その為比較的暇な立場にある。
 なので……書類整理もソコソコに、千早が見ているアニメを横から見る位の余裕があったのだ。

 ちなみに彼女は、昨日の事はあまりよく憶えていないらしい。
 ショッキングな出来事を心の中に封印してしまって思い出せなくなるという、心因性健忘症というものらしかった。
 その為彼女は……決定的なものを見てしまったはずなのに、未だに千早の事を女性と思っていた。
 その事を知った千早は奈落の底まで落ち込み、千冬にも「忘れたままでいさせてやれ」と言われてしまっているのだが、それは完全に余談である。

「先生。
 これは長い話のラストエピソードですよ。
 ここだけ見たって面白さは半減してしまいますから、見ない方が良いと言った筈です。」

 それに千早が見ていたアニメ「機動戦士ガンダム00」という物語は、基本的に男性が戦闘要員の話である。
 ISの絶対的戦闘力に由来する女尊男卑が罷り通るIS世界で、この話のノリを受け入れられる女性がそうそういるわけがないと、千早は思っていた。

「見てしまった物はしょうがないでしょ?
 はあ、あんな風に何十年経ってもまるで色あせない、文字通りの百年の恋。
 私もしてみたいなぁ。」

 保健医は夢見る表情でそう言った。

「男性の地位向上がないと難しいですよ、それ。
 今の男の人って、過度に卑屈な人が多いようですから。」

 まあ、そうでなくともガンダム00の主人公:刹那のような男性などそこらに転がっているわけもなく、またヒロイン:マリナのような女性も同様だろう。
 千早はそう思うが、女尊男卑がタダでさえ絶望的な可能性をさらに小さくしているのは確実だった。

「はうっ、現実に引き戻さないでくれないかしら?」
「ははっ……」

 千早と保健医は苦笑いを浮かべた。

 と、そこへ一夏が入ってくる。
 そういえば先ほどチャイムがなっていた。
 授業が終わり放課後になったようだ。

「ちわっす。」
「あら、織斑君いらっしゃい。」

 と、保健医が千早の顔を見てニヤリと笑う。

「それじゃ、私はお邪魔みたいだから、あっちで書類片付けてるわね。」
「……先生、僕が一夏の恋人だって噂は事実無根だって言ってるじゃないですか。」

 千早はため息をつきながら、机の方に戻る保険医の背中を見送った。
 ちなみに、劇場版ガンダム00を鑑賞する千早の姿を見た彼女の為に「千早はロマンチックな女の子」という噂が全校に広まってしまう事になるだが、そんな未来の事など千早は知る由もなかった。

 一夏は千早と保健医の一幕を見ながら、苦笑いを浮かべた。
 が、ほどなくして、彼は千早に向き直る。

「よう、千早。調子はどうだ?」
「たった一日で随分回復しているけどね、流石にまだベッドから動く事は無理かな。」
「そっか。」
「所で一夏、こんな所で油売ってても良いのかい?
 次はラウラさんと戦うんだろ?」
「いや、それが『毎日毎日アリーナを使ってるんじゃない!』って追い出されちまってな。
 考えてみたら先輩方とか代表候補生とかもアリーナ使いたかったんだよなぁ。」
「はあ、つまり僕達はずっとアリーナの一つを毎日使ってたから、結構顰蹙買ってたわけね……」
「まあ俺達はアリーナに住んでる強みで夜寝る直前まで訓練できるから、昼間くらいは譲れるっちゃ譲れるけどな。」

 考えてみれば当たり前の話だった。
 ちなみにこの2人、夕食後、シャワーを浴びた後は激しい訓練で自分達の体力を根こそぎにし、尽きた体力の求めるままに就寝するという生活を送っている。
 そして翌朝目が覚めた時に再度シャワーを浴びて、昨夜の訓練の汗を流すのである。
 今回の場合、一夏はシミュレータで体力を使い果たし、ぶっ倒れてそのまま就寝している。

 そんな生活を送っていながら上質の絹よりもキメ細かい白磁の肌を保っている千早は、まさしく女の敵である。
 もし仮にIS学園の女性達が誤解しているように千早の性別が女性だったとしても、この点は変わらないだろう。

「それとだな……史ちゃんのシミュレータな、アレちょっと容赦なさすぎじゃないか?」
「……一番弱いデータがナインボールって時点で破綻してるよ、アレは……
 で、大丈夫だった?」
「いや、全然。
 アヌビスもジェフティもあり得ない位強いんだけど……」
「……基本的に人間のデータが入っているのとは戦わない方が良いよ。
 技量差が隔絶しすぎている。
 僕達はおろか、多分ラウラさんでも一方的に蹂躙されるくらい強いから。」
「あ、ああ。」

 一夏はシミュレータのラインナップを思い出す。
 人のデータが入っていない相手だけ、という縛りならば……

・ナインボール
・ナインボールオニキス
・ナインボールセラフ
・プロトタイプネクスト
・アヌビス

 というラインナップになる。

「つーか、ナインボールとかアヌビスとかって、ロボの名前なんだろうけど馴染みがないんだよな。」
「こっちの世界にはアーマードコアやZ.O.Eとかってないのかい?
 アーマードコアは10年以上続いているシリーズだった筈だから、白騎士事件の時には既に発売されていると思うんだけど……」
「多分ISの台頭でシリーズが続かなくなってんだな。
 ゲームならそこそこやってる俺が知らないっていう事は、多分そういう事なんじゃないか?
 それかIS関係無しに、元々こっちの世界にシリーズがないとか。」
「う~~ん。」

 千早が一夏の発言を吟味していると、一夏が千早にこうたずねてきた。

「でさ、千早。
 とりあえずジェフティとアヌビスには今の段階じゃどう頑張っても勝てないから、一番弱い奴から順番にステップアップしていきたいんだが……どいつがいいんだ?
 昨日はひたすらジェフティとアヌビスとばかり戦ってたから、他の奴の強さが分からないんだ。」
「……いや他の機体とも戦いなよ。いきなりその2機は無理だって。
 それで、その中で一番弱い機体って言うと……ナインボールかプロトタイプネクストかな?
 オニキスは堅い上に攻撃が激しいし、セラフは単純にナインボール2機分以上の強さだから後回しにした方が良い。
 ナインボールは鬼パルスがきついけれど、オニキスのようなタフネスやセラフほどの強さはないから、まだ何とかなる。
 それとプロトタイプネクストは射撃の精度が悪くて接近戦用の武器もないから、馬鹿みたいに速いクイックブーストさえ見切れれば何とかなる筈だよ。」
「速い敵ならお前で馴れてる。
 そういう事ならプロトタイプネクストと戦ってみるわ。」
「うん、いきなりジェフティとか無理すぎだからね。」

 何しろジェフティには人間のデータしかない上に性能的にも最強格。
 一夏が勝てる相手ではなかった。
 と、千早はある事を思い出す。

「あ、プロトタイプネクストにも接近戦用のアサルトアーマーがあるんだった……」
「? あさるとあーまー?」
「プライマルアーマーっていうバリアを暴走させて大爆発みたいにして、接近している敵を吹っ飛ばす近距離攻撃だよ。
 まあ、放つ時に止まる必要があったと思ったけど……どうだったかな?」

 とはいえ、攻撃の隙ならば鬼パルスを備えたナインボールよりプロトタイプネクストの方が大きい事は確か。
 やはり、一夏がまず始めに挑戦する相手はプロトタイプネクストという事になったのだった。











===============











 さて、そのプロトタイプネクストなのだが。
 現在、プレイヤーデータ入りの状態でシャルロットとセシリアを蹂躙していた。

 何しろ上級プレイヤーの戦闘データがプロトタイプネクストの性能をフルに生かすべく、異常加速のクイックブーストを駆使してさらに多段ブーストさえ使いこなして動き回っているのだ。
 高速機動ならば銀華を身につけた千早もしているのだが、上級プレイヤーの戦技と千早のそれではかなりの差がある。
 ましてこのシミュレータは対銀華を考慮し、機動力や反応速度が強化されている高速戦闘仕様である。
 その為2人はまるでプロトタイプネクストの姿を捉える事が出来ず、あらゆる方向から襲い掛かってくるバルカンに蜂の巣にされ、あるいは不意に接近したプロトタイプネクストのアサルトアーマーで吹っ飛ばされてしまっていた。

 シミュレータの仕様上、シールドエネルギーが尽きた所に味方の流れ弾が飛んでくると非常に危険な為、二人以上で使用する場合、1人のシールドエネルギーが尽きた時点で敗北となる。
 が、今回の場合はアサルトアーマーで2人纏めて吹っ飛ばされてしまった為、その辺りの設定は関係なかった。

「ちょ、ちょっとまって、何このシミュレータ……」
「つ、強すぎですわ……」

 横たわった二人の傍には、アサルトライフルとレーザーライフルが転がっている。
 アサルトアーマーで吹き飛ばされた拍子に手放してしまったものらしかった。

「凄いね……一夏って、このプロトタイプネクストっていうのより強いのと戦ってたんでしょ?」
「手も足も出なかったらしいがな……」
「当然ですわね……」

 シャルロットとセシリアのみならず、箒も大分消耗した様子だ。
 箒には「所詮は戦闘機、ISに敵う筈がない」とメビウス1に挑んで返り討ちにされた時の消耗がまだ残っている。
 プレイヤーデータ入りの戦闘データと戦う事は、いくら機体側の隙が大きなプロトタイプネクストや戦闘機が相手でも無謀という事だったらしい。

「……で、貴女はやらないのですか?」
「ふん。そのシミュレータは使用者の戦闘データも採取してしまうのだろう?
 ならば、織斑一夏に手の内を曝した上に、戦い方もジックリ研究されるなどというマヌケな話にもなりかねん真似などできん。」

 プロトタイプネクストによる代表候補生蹂躙劇を観戦していたラウラはそう答えた。
 とはいえ、それもクラス代表選考戦が終わるまでの間の話。
 それ以降ならば、自分が一夏達以上に有効活用してやれると思っていた。
 見る限り戦闘データのレベルも高く、訓練には丁度良い代物のようなので、時期が来ればむしろ使い倒してやろうとも考えている。

 ちなみにラウラの観戦は、シミュレータ本体とハイパーセンサーを接続する事によって行われており、そうでなければシャルロットとセシリアが見えない何かと戦い吹き飛ばされたように見える事だろう。
 ラウラはシミュレータとの接続によって、シミュレーション上のプロトタイプネクストがあたかもそこにいるかのように見る事ができていたのである。

 彼女以外にも、箒や2年生の更識楯無など、他の専用機持ち達やISを貸し出された上級生達も同様に観戦している。
 ちなみにIS学園生徒最強とされ、国家代表の1人ですらある楯無もまたこのシミュレータを使用、「最強と呼ばれる私なんだから、最強のデータと戦わないとね」と言ってネイキッドジェフティに挑み、手も足も出ずに敗北している。

「……そういえば、このシミュレータって昨日使ってた一夏の戦闘データも入っているんだよね?
 なら、ロボットや戦闘機だけじゃなくて、一夏のデータとも戦えるのかな?」

 何気なくシャルロットがそう言いながら立ち上がり、対戦相手のラインナップをスクロールしてみたり、コンフィグ画面を出してみたりする。
 するとコンフィグ画面の中に「蓄積戦闘データとの戦闘」との項目があり、それがOFFに設定されているのを見つけたので、ONにしてみる。

 そして再び対戦相手のラインナップを確認してみると、ロボットや戦闘機のデータはなく、一夏の白式のデータのみが確認できた。
 対戦相手のラインナップを予め用意されていた戦闘データにするか、シミュレータを使用したIS装着者の戦闘データにするかを切り替える設定だったようだ。

「なるほどね。
 他の設定を弄るとどうなるのかな?」

 シャルロットはコンフィグ画面に戻って、改めて設定のラインナップを確認する。
 そこには

・戦闘前口上     OFF
・戦闘後口上     OFF
・BGM       OFF
・蓄積データとの戦闘 ON
・敵機サイズ     標準
・敵機機動性     ハイスピード
・敵機モーション   コンパクト
・敵機自動斬り払い  ON
・データデリート   OFF

 といった設定が並んでいる。
 試しに敵機サイズを変更してみると、「標準」から「設定ママ」に表示が変わった。
 どうやらサイズを人間大にするか、元々のゲーム上の設定に合わせるか、という点を切り替える設定らしい。

 他の設定についても弄ってみようとシャルロットが操作していると、

「各設定についての説明がポップアップしますわよ。」

 とセシリアが言い出した。
 そのポップアップの説明によると

・戦闘前口上
 ONにすると、元のゲームで行われていた戦闘前の前置きが行われるようになる。
・戦闘後口上
 ONにすると、元ゲームで戦闘終了後に行われたイベントが行われるようになる。
・BGM
 ONにすると、元のゲームで流れていた戦闘BGMがシミュレータでの模擬戦中に流れるようになる。
 またミュージックセレクトにより、任意の曲を流す事も可能となる。
・蓄積データとの戦闘
 ONにすると、自分や他のシミュレータ使用者の戦闘データと戦う事が出来る。
・敵機サイズ
 標準にすると敵機サイズが人間大に、設定ママにするとゲーム中で設定されたサイズになる。
・敵機機動性
 対高機動型IS用の「ハイスピード」モードと、それ以外のIS用の「標準」モードを切り替える。
・敵機モーション
 標準にするとゲーム中とほぼ同じモーションで攻撃を行い、コンパクトにすると攻撃の隙が小さくなり、場合によっては射撃の精度も向上する。
・敵機自動斬り払い
 ONに設定すると、刀剣類を装備した機体に限り、無理のない範囲で使用者の斬撃を自動で切り払うようになる。
・データデリート
 ONにした状態でIS装着者の戦闘データを選択すると、そのデータを削除する事ができる。

 といった事らしい。

「……つまり、元々こっちで設定できる設定でも結構強めにされてたわけね。」

 何しろ難易度を高める為の設定が全てONになっていたのだ。
 全てOFFの場合に比べてかなり強くなっていたのは疑い得なかった。


 結局、少女達は非常に高レベルな上級プレイヤーデータに挑む事を断念し、ゲーム本編での戦闘データ相手に戦闘訓練を行う事にしたのであった。
 また、ラウラも戦闘データを削除できると分かった以上はシミュレータを使用しない理由はなく、他の少女達と同様にシミュレータを使用する事にしたのだった。











===============











「邪魔するぞ。」
「? 千冬姉?」

 一夏が千早と話し込んでいると、保健室に千冬が入ってきた。

「いや何、仕事中の一服、という奴さ。
 所で織斑、私の事は織斑先生と呼べと言ったはずだが?」

 千冬はそう言いながら、大きく伸びをする。
 豊かな胸を始めとして女性的なラインを保ちながらも鍛え上げられ引き締まっている、ただ美しいだけではなく獰猛な戦闘力の高さを感じさせる美しさだった。
 たとえるならば、ネコ科の猛獣といった所か。

「それとシミュレータについてお前と少し話がしたいというのもあったな。」
「へ? 何で俺と話をするためにこんな所に?」
「アリーナとシミュレータを取られたお前の行き先はここだろうと、当たりがついたからだ。」

 千冬はそう言いながら、一夏の隣に座る。

「シミュレータって……ああ、なんでまた今日になっていきなりアリーナを追い出されたんだろうって思ってたら、そういう事だったんだ……」

 一夏は朝のSHR後に、千冬からシミュレータの使用感について訊ねられた時の事を思い出した。
 場所は廊下で、人通りは少なくない。
 そんな所でシミュレータの使用感を絶賛してしまったのだから、シミュレータの存在が学校中に知れ渡り、自分もシミュレータを使いたいと思う少女達が現れるのは必定であった。

「でも、あれは千冬姉があんな所で聞いてくるのが悪いと思うん……だけ……ど…………」
「ほう、この私を相手に口答えとは、良い度胸だ。」
「それで、史のシミュレータを使っている女生徒達の様子はどうなんですか?」

 そこに千早が姉弟の会話に入ってくる。

「所詮はゲーマーの強さと侮って上級プレイヤーデータに挑んで返り討ちにあっていたな。
 まあ、相手を侮るという事がどれ程危険な事かが良く分かっただろうから、ISこそ最強、自分達こそトップエリートなどと思っているような連中には良い薬だ。
 今は流石に反省して、ゲーム中の戦闘データ相手の訓練をしているようだが……それでも苦戦はしているようだ。
 もっとも、上級プレイヤーデータに比べれば格段に弱く、勝ててはいるようだがな。」
「……勝てる人いるんですか。」

 千早は情け容赦ないシミュレータの対戦ラインナップを思い浮かべて苦笑いを浮かべた。

「ああ、特に上空からの攻撃に弱く射撃武装の命中精度が低いプロトタイプネクストには、な。
 瞬間移動さえも織り交ぜた高速戦闘を行うアヌビスには、2年の更識が勝った位だ。
 そういえば、この2機は上級プレイヤーデータとゲームデータとの戦力差が特に激しいようだったな。」
「? ナインボールに勝った人はいないんですか?」

 千早はそう訊ねる。
 アーマードコアシリーズのプレイヤーにとっては恐怖の代名詞であるナインボールだが、あのラインナップの中では下位の実力だった筈だ。

「ナインボール……ああ、あれか。
 上級生の連中なら勝率が低いなりに何とか勝っていたが……1年生はボーデヴィッヒ以外全滅だったな。」
「そ、そうですか……」

 と、そこでラウラの名前が出てきた事で、千早は「インフィニットストラトス」の一場面を思い出す。
 ラウラが千冬に対し、何故日本なんぞで教師などしているのかと詰め寄る場面だ。
 千早がその場面の事を話すと、確かに数日前に実際に同じ出来事があったという。
 また、同時に千早は全く違う場面の事も思い出していた。

「そういえば「インフィニットストラトス」の6巻だか7巻だかに、IS学園の学園祭の出し物として爆弾処理が出されてて、一夏が何の疑問もなくごく当たり前のように解体作業に入ったって場面があるって聞いた事があるんですけど……
 IS学園ってそんな事まで教えるんですか?」
「ん? ああ、今は見る影もないが、IS学園は元来純粋な軍学校だったからな。
 昔のIS学園には世界中から軍所属の女性パイロットや女性整備士が集まって、ISについて学んでいたんだ。
 その辺のISと直接には関係ない軍事教育は、その頃の名残といった所だな。」
「……こんな事を教えられてたら、立派な工作員予備軍になりませんか?」
「……私だって問題がないとは思っておらん。
 だが、私は一教師に過ぎない。
 その辺りのカリキュラムの内容にまで口出しをする権限がないんだ。」

 2人のやり取りを眺めていた一夏は、初めてのSHRでの事を思い浮かべる。

「お姉様の為なら死ねます!!」
「もっと叱って、罵って!!」
「でも時には優しくして!!」
「そしてつけあげらないように躾をして!!」

 ……彼女達に爆発物の処理をさせる。
 少なくとも一夏には、そんな度胸はなかった。

「な、なんかラウラの気持ちが分かるような気がするな……
 女性士官ぐらいまだまだ沢山いるだろうに、なんでよりにもよってミーハーな女子高生集めてISについて教え込まなきゃいけないんだ……」
「言うな一夏。
 お前やボーデヴィッヒに今更同情された位では、事態は好転せん……」

 千冬も一夏と同じ場面を思い浮かべてしまったのだろう、片手を額に当てて沈痛な面持ちで項垂れていた。

「千冬姉、もしかして元々の軍学校時代、生徒の方が自分より年上だった頃が懐かしいとか?」
「人の心を読むな。」

 正直な話、千冬自身にとっても現在の、単なる女子校の皮を被った軍学校というIS学園のありようは気分の良いものではない。
 ごく普通の少女がただのエリート女子高のつもりで入学した学校で、世界最強の兵器を扱う兵士として軍事教育を受けるというありようは、何をどう考えても余りに歪み果てている。
 入学前から軍関係者だという者しか学内におらず、自分が数少ない例外だったあの頃が本当に懐かしかった。

「でも、何故、IS学園は現在の形に変貌してしまったんですか?」
「極めて高度に政治的な話、という奴らしい。
 私は現在の形になってしまう事には反対だったんだが、腕っ節が強いだけの小娘に過ぎん私では政治力というものがまるで足りなくてな。
 どうする事も出来なかったんだ。」
「? でもなんでまた、政治家のおっさん連中がそんな事を?」
「真相は知らんが、まあある程度予測はつく。
 あの古狸どもは女尊男卑の傾向を強めたいのさ。」

 男性である政治家達が女尊男卑の傾向を強めたいと思っている。
 その千冬の物言いに、一夏と千早はギョッとした。
 異世界人である千早はともかく、一夏は元々この世界の住人であり女尊男卑に基いて女性が尊大に、男性が卑屈になっていく様を目の当たりにしている。
 男性が女尊男卑を推し進めているなど、到底信じられなかった。
 一方、千早はいち早く立ち直り、政治家達が女尊男卑を推し進めるその理由について考察し……

「世の中の男性の殆どが卑屈になれば、政府の決定に反抗する意欲が消えうせ、政治の世界に踏み込んでこようとも思わなくなる。
 それに何かフラストレーションを溜めさせても、その矛先を女性に誘導できるようになるから、多少過酷な扱いをしても政治家達に文句を言う事が少なくなる。
 一方で女性はおだて挙げて特権階級扱いすれば、自分達を特権階級扱いしてくれる政治家達の方針に異を唱える事が少なくなる……そんな所ですか?」
「ああ、少なくとも私は大方そんな所だろうと踏んでいる。
 しかも女性に対する反発心を男性に植え付ければ、女性政治家は男性から支持されにくくなり、女性の政界進出も難しくなる。
 なんだかんだいって、世の中の人間の半分は男なのだからな。
 そいつらが「女だから」という理由で反発するようになれば、政治の世界に出て行く事など出来るはずがない。
 一方で、女尊男卑で虐げられ続けてきた男には、政治の世界で一旗上げるなどという野心は出てこないだろう。
 だから政治家達は自分達で育てた後継者にだけ後を引き継がせ、新たに政治の世界に入ってこようと思う連中をシャットアウトする事ができるようになる。
 ……女尊男卑というのは、政治家連中にとって実に都合が良いんだ。」

 各国が率先して女性優遇政策を打ち出しているのも、恐らくはこういった思惑に基く女尊男卑推進工作なのだろう。
 千冬はその事も付け加えた。

「んじゃあ、軍学校だったIS学園の女子高化も?」
「ああ。
 世の中の女性の多くが人生の極めて早い時期からIS学園に入学する為の高度な学習をすれば、ISが使えるだけではなく知力体力戦闘技術といった能力面でも平均値で男性を上回るようになる。
 そうなればISの数が少なかろうと、女尊男卑は磐石になるという寸法だ。
 その為には、IS学園の立ち位置が女子高であるのが一番手頃だったらしい。
 大学では従来の軍学校と時期が被ってしまうし、中学校、ましてや小学校では時期があまりに早すぎるという事で、な。」
「うへぇ……」
「やっぱりか……」

 千冬の話に、頭を抱える男2人。
 確かに戦闘のエリートとしての本格的な軍事訓練を受けた少女達の高い戦闘力は、2人とも実感している。
 彼女達がトップグループに属する例外的な存在だとしても、世の中の少女の多くがIS学園に入学するべく電話帳の中身を頭に叩き込み、武術や軍事技術を身につけ、心身を徹底的に鍛えている。
 その現状を思えば、ISの強力さを述べる有名なたとえ話である「男性対女性の戦争が起きれば、男性側は3日持たない」という話は、若年層に限れば素手同士の殴り合いのみでも3日以内に男性側の全滅で決着するように思えた。
 何しろ女性と男性では鍛え方が全く違うのだ。
 十年以上強くなる為だけに人生を捧げ尽くした者が少なくなく、そうでない者もかなり鍛え上げられている女性。
 ISのない時代と変わらない、勉強をして遊びをして部活をして、という生活をしている者が殆どを占める男性。
 これでは勝負になるはずがない。

「……なあ2人とも。
 こんな所でこんな気が滅入る話をするのはもう止めにしないか?
 どの道、男性用ISでも作られなければこの歪みはどうしようもない。
 私達では何も出来んぞ。」
「……そうだな。」
「自分達ではどうする事も出来ない事で気を滅入らせてもしょうがないですからね……」

 3人は一斉にため息をつき、織斑姉弟は保健室を後にしたのだった。











===============











 一夏が夕食を終え、寝る為にアリーナに戻ると、ラウラが1人で飛び回り、レールガンやワイヤーブレードを飛ばしていた。
 まるで見えない何かと戦っているようだった。

 良く見ると彼女の顔にはバイザーがついている。
 シミュレータで何かのデータと戦っているらしい。

 と、シミュレータがラウラの勝利で終わったらしく、彼女は戦闘の緊張を解く。

「すげえな、お前ソイツに入ってるデータに勝てるのか。」

 その一言に、今更のように一夏の存在に気付くラウラ。

「貴様……」
「俺の事なんか置いとけよ。
 とっととメシ食いに行ったほうが良いぞ。
 軍人なら、メシがどんだけ大切なのかも知ってんだろ。」

 一夏の言う事ももっともなので、ラウラはバイザーを外してアリーナを後にしようとする。
 だが、出て行く直前に一夏の方に向き直る。

「今日、私に突っかかってこなかったな。
 私は貴様の女である御門 千早をああも痛めつけたんだぞ?」
「場外での心理戦術のつもりか?
 そんなん、お前との決着は明々後日に嫌でも着ける事になるからな。
 千早の件は……その時に落とし前をつけてもらうさ。
 格下相手の無様な負けって形でな。」
「ホザいたな。
 貴様の方こそ血祭りにあげてやるから覚悟しておけ。」

 そう言い残して、ラウラはアリーナを後にした。

 一夏が来るまで戦っていた彼自身のデータに、本来は一撃必殺である零落白夜を何回か当てられてしまった事に対する苦い思いを胸に秘めながら。











==FIN==

 箒が初登場した時に一夏とちーちゃんが行っていた訓練を思い浮かべてください。
 2人は毎日あんな感じで力尽きて就寝してます。

 さて1巻が終わる前に始まった2巻の話も佳境ですが、ラウラ対一夏って真面目に考えたら勝負にならない……
 どういう決着にするかは考え中です。
 とりあえず一夏を変に強くしすぎない為
・一夏がラウラに斬りかかっても確実に避けられる
・一夏対ラウラで接近戦になったら、一夏が一方的に負ける
・ラウラは一夏が攻撃を仕掛けてくるタイミングを完全に把握できる
・ラウラは一夏を見失ったりしない
 以上の4点を厳守して書きたいと思うのですが……上手くいかなかったら曲げますw

 ちなみにラストのラウラですが、ちゃんと自分のデータを消して帰ってます。
 一夏に自分の戦闘機動を研究させてあげるほどお人よしではないので。

 そして女尊男卑ですが……社会風潮をどうこうするというのは政治家やマスゴミの専門です。
 殴り合いの専門家である千冬さんに束さんが殴りかかっても歯が立たないように
 研究開発の専門家である束さんに、技術研究で千冬さんが挑んでも到底敵わないように
 彼女達2人では世論をどうこうという争いで政治家に勝てる勝ち筋がありません。
 まして女尊男卑推進に関してはほぼ全世界の有力政治家達が一丸となっている様子なんで、へたすりゃ男性対女性よりも酷い戦力差……

 これをひっくり返すには男性用ISくらいしかないんですが……



[26613] 無理ゲー攻略作戦
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/29 22:56
 ラウラは一夏の蓄積データ相手に訓練を行い、対一夏戦の予行演習を繰り返していた。
 一夏がその事を知った時、傍らにいた千冬は

「一夏、自分のISのデータを守る事も専用機持ちの重要な仕事だぞ。
 それを怠った報いだ、反省しろ。」

 という辛辣なコメントを述べた。

 考えてみれば、IS学園内でのみISに関する情報を機密として公開しなくても良い事になっているのだ。
 そのIS学園において、自分のISの情報を可能な限り秘匿する事は、専用機持ちに科せられた当然かつ重要な責務なのである。
 よって、戦闘データを利用されてしまう事など言語道断。
 一夏はこの話を聞いて、自分の迂闊さを呪うのであった。

 それはそれとして、ラウラは油断しきっているとはいえ、千冬には忠実である。
 敵を知り己を知れば百戦危うからず。
 その千冬の教えを忠実に守った彼女は、一夏の戦い方を癖レベルまで分析していた。
 そもそもの技量差が大きい事もあり、これで一夏がいくら刀を振るってもラウラに命中する事は天地がひっくり返っても有り得ない話になってしまった。

 それでもなお、一夏は勝ち筋を模索しつつ訓練に明け暮れる。
 土日でも昼間はラウラを含めた女生徒達にシミュレータを取られてしまう為、その間は少しでも昔日の勘を取り戻すべく無心に素振りに励む。

 とはいえ、鍛錬していた期間より長期に渡って放置された為に錆付いたを通り越して、完全に朽ち果ててしまっている一夏の腕を復旧させる事など不可能である。
 かつては小学生でありながら女子中学生剣道日本一である現在の箒さえも凌駕する稀代の名刀だった一夏の武術は、今や単なる錆の山。
 千早との訓練で多少は感覚が戻ってはいるものの、そこまで回復した事自体が奇跡だった。
 その事を、一夏は痛いほど実感している。

「ここにいるのがガキの頃の俺なら、ラウラ相手でもそれなりに良い勝負が出来たんだろうけどなぁ……」

 とはいえ、失われてしまいもう戻ってはこない力に思いを馳せても、タダの無い物ねだりでしかない。
 その為一夏は新たに鍛えなおさねばならないが、小学生時代の強さを取り戻すためには最低でも10年はかかるだろうと、一夏は踏んでいる。
 伸び盛りの小学生と、もう成長しきる直前である高校生では伸びシロや成長速度があまりに違いすぎるからだ。
 指導者がいない事も非常に痛い。
 千冬に頼み込めば可能かもしれなかったが、彼女の立場と忙しさを思えば到底頼めるものではない。
 そもそも家族とはいえ、彼女と一夏では身分が違いすぎる。
 世界唯一の男性IS装着者とされる以前は単なる一般人に過ぎなかった一夏にとって、千冬は家族と言いながらも雲の上の人間である。
 いや……現在でも男性という性別さえ度外視すれば、一夏はただのザコIS装着者にすぎない。

(ただの凡人の俺と、最強の戦士・ブリュンヒルデとして全世界規模で支持を集めている千冬姉。
 ……普通、家族として成り立たねぇよな、こんな組み合わせ。
 ……ラウラがあんな事を言いたくなる気持ちは、痛いほど分かるんだよな。)

 それに仮に当時の実力を取り戻せたところで、他の代表候補生よりも本格的な軍事訓練を受けているラウラの前では文字通りの児戯にすぎないだろう。
 現在の非力なド素人に成り下がった一夏よりは良い勝負になるだろうが、それでも地力はラウラの方が上だと思えた。

 それが一夏の自分自身に対する評価だった。

 また、一夏には自分の戦闘能力に対してもう一つ懸念がある。
 シミュレータにある上級プレイヤーの戦闘データと言う比較対照に触れる機会があるせいだろう。
 自分の、正確には自分の戦闘データのあらゆる動きが、上級プレイヤーの戦闘データが操るACやOFのそれに比べて余りにも読み易いのだ。
 言うなれば渾身のストレートから牽制用のジャブに至るまで、全てのパンチがテレフォンパンチという状態でボクシングをしているような物。
 「これから攻撃に移る」という気配が丸見えなのだ。
 これではいくら速かろうが、ラウラが被弾する筈がなかった。

 かつて小学校時代の一夏は、武術の奥義である「無拍子」や、その更に上を行く「零拍子」をも使いこなせていた。
 現在のド素人に変わり果てた一夏には不可能な芸当である。
 しかし、仮に現在の一夏にもこれらの技を使えたとしても、ただの曲芸の域を出ないだろう。
 唐突に、何の脈絡もなく打ち込まれる攻撃だからこそ、「無拍子」や「零拍子」は強力な奥義とされているのだ。
 もし今の一夏がこれらの技を使えた所で、放つ直前に「今から攻撃するぞ」という気配が丸見えでは、これらの技の強みが完全に消滅してしまう。
 早い話、今の一夏にこれらの奥義が使えた所で何の意味もないのだ。

「ホント、色々歴然としすぎていて嫌になるな……」

 とはいえ……千早を無為に傷つけたラウラを放置する事など出来ない。
 また、ここで一夏に負けた方がラウラの為でもある。

 それに、一夏の助けなど必要ないはずの千冬がラウラを救う為にと、一夏にラウラ打倒を頼んできたのだ。

 いくら洒落にならないほど格上の相手だと分かっていても、勝つ事を諦めるわけには行かなかった。

 一夏は対ラウラの作戦として様々な状況を想定した策を何パターンも考えたり、シミュレータでの訓練を繰り返すなど、出来る限りの事をして月曜日を迎えたのだった。












===============











 月曜日には、千早の容態もベッドから立ち歩ける程度までに回復した。
 もっとも、ISを使っての戦闘行為をするとなるとまだ厳しく、水曜日を待たねばならないらしいのだが。

 そういうわけで千早は、一夏対ラウラを観戦する為にアリーナに来ていた。

 と、1年1組の少女達が集まっている辺りに千早が姿を表すと、少女達は次々と千早の元に駆け寄ってくる。

「御門さん、もう大丈夫なの?」
「ええ、おかげさまで。
 もっとも、ISを使うのは水曜日に治療が完了するまで無理ですけどね。」

 そう答える千早が周囲を見渡すと、専用機持ち達の姿が見当たらない事に気付いた。

「あれ、箒さんやセシリアさん、シャルロットさんはどうしたんですか?」
「……シャルロットって、誰?」
「へ?」

 どうもシャルロットの学籍は未だに「シャルル・デュノア」のままだったようだ。
 自分が寝込んでいる間に彼女の学籍の修正は終わっているだろうと思っていた千早は、自分の迂闊さに気付いた。

「あー、それは、その……」

 思わぬ少女の反応に千早が口ごもると、千冬が助け舟を出した。

「デュノアの本名だ。
 事情があって偽名を名乗らされていたらしい。」
「シャルロットって……本当は女の子だったっていう事ですか?」
「まあそういう事だな。
 水曜日辺りのSHRで正式に話す。」

 と、その千冬の言葉を聞いた少女達はニヤついた笑みを千早に向ける。

「へ? あ、あの、皆さん?
 今の話が僕と何の関係があるんですか?」
「いや、シャルル「君」がシャルロット「ちゃん」になったんだから、次は千早「君」が千早「さん」になる番なんだよねって。」

 その彼女の一言に周囲の少女達が一斉に頷く。
 千早はそれを見てガックリと項垂れてしまったのだった。












===============











 千早が気にしていた1組の専用機持ち達は、他の生徒とは違う場所、ピットで待機していた。
 ラウラは一夏に対して過度に攻撃的な態度を取っており、また先日の千早の一件もあった事から、不測の事態に備えてピットで待機しているよう千冬に指示されたからだ。

 そのピットから、今まさに一夏が出撃しようとしている。

「おい、大丈夫か? 一夏。」

 箒が心配そうに話しかける。
 「インフィニットストラトス」での「織斑 一夏」対「セシリア=オルコット」の時のクラスメイト達の、女尊男卑による「男は弱い」という先入観に基く心配ではない。
 ラウラの方が一夏より圧倒的に強いという厳然たる事実に基く心配だった。

「無理だと思うなら引け。
 先日の千早さんの二の舞、あるいは……」

 箒はそこから先を言う事を躊躇う。

「いや、マトモにやったら勝ち目がないのは重々承知だよ。
 でも、千冬姉はここにきて棄権だなんて真似を許してくれるようなタマじゃないからな。」
「だがっ!」
「そんな道理、私の無理でこじ開けるってな。
 まあ何とかしてみるさ。
 じゃ、行って来る。」
「……ああ、行って来い。」

 箒は素直に一夏を行かせる他なかった。

「一夏、大丈夫なのかな……?」
「一夏さん……」

 ラウラと一夏の隔絶した実力差を身をもって体験しているセシリアとシャルロットは、ラウラの勝利を疑う事が出来ない。
 ただ、一夏の無事の帰還を祈るのみだった。











===============











 ラウラはシミュレータでの一夏の動きを反芻しながら、試合開始の合図を待っている。
 一夏の基本的な戦闘方針から癖に至るまで、ほぼ完全に把握出来ているはずだった。

 一夏が繰り出しうる攻撃は全て把握でき、それらに対する対策も全て立てている。
 そもそもの実力からして自分の方が圧倒的に上であり、なおかつ対策・攻略法も万全を期している。
 一応念のため眼帯も外しておき、白式の高速にも問題なく対応できるようにしている。
 負ける筈がなかった。

「勝てるはずがないと分かっていながら向かってくるか。
 その度胸だけは褒めてやるぞ、織斑 一夏。」
「だが、貴様のような軟弱者が教官の弟などという事を認めるつもりはない、ってか。
 今更ドヤ顔で言われなくったって、こちとら物心ついた頃からそんなモン百も承知なんだよ。
 ……とっとと始めようぜ。」
「ああ、そうしよう。」

 そして試合が始まり……観客は予想していなかった展開に目を疑った。
 一夏の方が待ちに入ったのだ。
 もっとも、ラウラという強敵を相手に迂闊に突っかかるわけには行かないという事情を考えれば、納得のいく行為ではある。

 ラウラがレールガンを撃ち込んでみるが、一夏は千早と最大相対速度1790Kmにも及ぶ高速近接戦闘を度々行っている身。
 単発のレールガンの弾速など見切れて当然であり、当たる筈がない。

(やはり当たらんか。)

 シミュレータでもレールガンは当然のように避けられていた。
 そしてレールガンの避け方もシミュレータと同じ。
 かなり忠実に一夏の挙動を再現しているシミュレータだったようだ。

 なら……予習済みの一夏の機動、戦い方、攻撃方法、そして癖についての情報はアテにして良い。
 ラウラはそう判断した。

(つまり、貴様がいついかなるタイミングで私を攻撃しようと、私にはそのタイミングが全て完全に把握できるという事だ。
 だから……後5秒から10秒後に貴様が動く事も分かる!!)

 そうラウラが思った7秒後に一夏が動く。

(機動も予想の範囲を出ないな。
 このまま私が動かなければ私の頭上を通り、上斜め後方から強襲する筈だ。)

 正に一夏がその通りに動き、ラウラは一夏が頭上を通り過ぎて方向転換した瞬間を見計らって反転し、一夏が突っ込んでくるであろう範囲目掛けてワイヤーブレードを大量射出する。
 ワイヤーブレードで作ったキルゾーン直前で一夏は一瞬止まる筈なので、そこにAICをお見舞いするつもりだった。

 しかし、一夏はキルゾーンの僅かに外側を通って、ワイヤーブレードのワイヤーを数本切ってあさっての方向へと飛んでいった。

(流石に何もかもシミュレータのまま、というわけではないという事か。)

 ここからはラウラの方も動く事にした。
 いずれにせよラウラはただでさえ読み易い一夏の攻撃を、癖を含めて全て把握しているのだ。
 何をどうされたところで、ラウラが被弾する恐れは皆無に近かった。 


(しっかり予習されてるのか、それとも動き含めて何もかもが読みやすいのか……後者だろうな。)

 自分のやる事なす事全てを把握されているようで、やり辛い。
 一夏はそう思った。
 そもそもの実力からしてもラウラの方が圧倒的に上なのだ。
 正面からぶつかって勝つことは不可能だった。

 いや……正面からラウラを倒す方法はないでもない。

 「インフィニットストラトス」では時折、「織斑 一夏」がその最弱の戦闘力からは考えられない戦いぶりを見せる事があるという。
 一夏はその話を最初に聞いた時は単なる主人公補正だろうと思っていたが、どうもISとの同調具合が平時よりも高いような描写もされており、何らかの理由が存在することは確実だという。

 ならば、と一夏はこう思う。
 ド素人にすぎない「織斑 一夏」を、一時的に歴戦の勇士と同等の戦士に変える力。
 恐らくは、それこそが白式の本当の単一仕様機能なのだと。

 展開装甲により再現された雪片弐型の零落白夜など、千冬のIS:暮桜のそれを真似て作ったまがい物の単一仕様機能。
 本物の零落白夜を解析し、普通に雪片弐型に搭載した機能に過ぎないのだろう。
 零落白夜を単一仕様機能とするISは世界にたった一機、暮桜だけだからだ。

 一夏はそう思っている。

 この考えが真実ならば白式の真の単一仕様機能さえ発現させる事が出来れば、ラウラとの隔絶した実力差は埋まり、真正面からでも彼女と戦えるようになるだろう。
 だが……

(それじゃ、俺じゃなくて白式が戦ってるようなもんだよなぁ。)

 ここでそんな物を使う事は、互いの実力を比べあうこの場で、自分よりも圧倒的に強い代打に戦ってもらうようなものだ。
 どんなに卑劣な手段でも、これ以上に卑怯な真似はそうそうない。

 その為、仮に使えた所で、使うわけにはいかなかった。

(だけど……まあラウラの方も、俺の戦闘データほどじゃないにしろ、攻撃の気配を見つけ易いな。
 上級プレイヤーデータのACと比べてみると、やっぱ隙が大分ある。
 嫌っている俺との戦いで気が立ってるのと、俺との実力差で油断してるせいだな。)

 そのお陰で、レールガンとワイヤーブレードがすこぶる避け易い。
 しかし懐に入ろうにもAICの存在を思えば出来たものではないし、接近戦を挑めばこちらの方がプラズマ手刀で一方的に蹂躙される事は必定。

 ならば……さし当たっては接近戦を挑まねば良い。
 一夏はワイヤーブレードのワイヤーを斬り続けて機を待つ。

(くっ、コイツ最初からワイヤーブレードが狙いか!!)

 ラウラは一夏が自分自身ではなくワイヤーブレードを攻撃目標としている事に気付き、ワイヤーブレードをあまり出さないようにする。

(……気付かれたか。)

 ラウラがワイヤーブレードの使用を控えるようになって、こちらの思惑の少なくとも半分を見抜かれたことに舌打ちをする一夏。
 だが……

(これだけのワイヤーブレードがあればっ!!)

 一夏は飛び回りながらワイヤーブレードをいくつか拾い上げる。
 そしてラウラ目掛けて突っ込んでいく。

「馬鹿が!!」

 ラウラはAICで一夏を迎撃しようとする。

(やっぱり切り札を使うって意識があるんだな。
 「コレで決めてやる」っていう気配がプンプンするぜ。
 おまけにこちとら千早のお陰で、見えない攻撃に対しては勝手知ったるなんとやらってなっ!!)

 ラウラがAICを使うタイミングを一夏が見切り、AICの力場を零落白夜で切り裂く……ワイヤーブレードから手を離して。

(ちっ、こんな三下に見切られるとは、AICを見せすぎたか。
 だが……大方ワイヤーブレードで私の注意を引き、自分は私の足元を通りながらすれ違いザマに零落白夜で斬るつもりなのだろうが、そうはいかん。)

 一夏が手放したワイヤーブレードは時速850Kmのままラウラに向かっていくが、ラウラは容易くワイヤーブレードを叩き落す。

 その途中、唐突に彼女の前方数十cmに斜めになった光の刃が出現し、ラウラは道を明けるようにその進行方向から身体を逸らせる。
 その光の刃は従来の零落白夜よりも長く、全長3mほど。
 一夏が零落白夜がビームソードである事に着目し、その長さを調節できないかと試行錯誤した結果だった。
 エネルギー消費効率の事を考え、刃の太さはかなり抑え目にされている。

(冗談じゃねえ、これを避けるってか!!
 この様子じゃプランBも通用してくれねえかっ!!)

 一夏は時速850Kmの速度と進行方向はそのままに、身体の向きだけをラウラに向ける。
 その手元には先ほどのワイヤーブレードに繋がるワイヤーが巻き付けられている為、先ほどのワイヤーブレードが一夏の動きと連動し後ろからラウラに襲い掛かろうとする。
 が、ワイヤーは完全に伸びきる前にプラズマ手刀で切断されてしまった。

(やっぱりかよっ!!)
(所詮は素人の浅知恵、プロとの違いを思い知れ!!)











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 両者の実力差は歴然。
 だが、一夏は離れてさえいればラウラの攻撃をどうとでも捌ける為、距離を保って粘る。
 ISの速度からして一夏に追いつけないラウラも、無理責めをするそぶりは見せていない。

 戦局は膠着していた。

 しかしそれは仮初の膠着だ。
 実際には今現在でも、ワイヤーブレードと言う手札を確保しておきたい一夏と、そうはさせじとレールガンで転がっているワイヤーブレードを破壊したり、一夏がワイヤーブレードを拾う隙を突いてAICなりレールガンなりを撃ち込もうとするラウラの見え辛い攻防が繰り広げられているのだから。

 また、状況が拮抗しているように見えているのも仮初にすぎない。
 一夏は接近戦しか出来ず、その接近戦においてラウラの方が絶対的に強く、一夏の零落白夜が当たる事などありえないのだから。
 ラウラの絶対的優位は微動だにしていない。

 一応一夏は接近せずともラウラを攻撃できるようにとワイヤーブレードを拾い、振り回してみたりしているが、有効打にはなっていない。
 逆にラウラ側のワイヤーブレードに絡めとられて、引き寄せてAICにひっかけられそうになっていたりもした。

「織斑君、粘りますね。
 こんな勝ち筋が全く見えない状況で……」
「ああ。
 普通なら、最初のAICを破った直後の零落白夜が通用しなかった時点で絶望していても良い位なんだがな。」

 あそこでもしラウラがAICを破られた事に対して少しでも動揺していれば、間違いなく零落白夜を被弾して敗北していた筈だ。
 だが、彼女は容易く反応して避けて見せた。
 「どんな特殊機能も、何度も使えば対策を立てられて通用し辛くなってしまう。」
 かつてラウラにそう教えたのは千冬だ。
 千冬を敬愛しているラウラは、いくら油断していても千冬の教えを忘れてはいないという事らしい。
 だから、AICを破られてもいささかも動揺せずに対処する事が出来たのだろう。

「一夏の目は……死んでいないか。
 まだ、打つ手は考えておいてあるのか?」

 とはいえ、AICを破った直後の零落白夜以上の良策は千冬でもそうそう思い浮かばない。
 だが、千冬は一夏が見据えているであろう僅かな勝機を信じて、見守る他なかった。

(しかし「だが、貴様のような軟弱者が教官の弟などという事を認めるつもりはない、ってか。
 今更ドヤ顔で言われなくったって、こちとら物心ついた頃からそんなモン百も承知なんだよ」か……
 それなのに私は……我ながら度し難いな……)











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 一夏は攻めあぐねていた。
 ワイヤーブレードが全て破壊され、残っているのは手元にある一つのみ。
 迂闊に使うわけには行かず、だが雪片弐型や零落白夜による接近戦を挑めばプラズマ手刀で確実に迎撃される。
 既に二度ほどそのプラズマ手刀の強烈な一撃で剣戟攻撃を潰され、その事実を確認している。

 そして、既に一夏が対ラウラ用に用意していた攻略プランは1つしか残っていない。
 だがそれは、余りに分が悪い賭けであった。
 しかし、他には勝ち目が全くない真っ向勝負しか選択肢がない状況である。
 賭けるしかなかった。


 一方でラウラの方も焦れている。
 圧倒的に有利な状況下でありながら、ISの速力で大きく劣っている為攻めあぐねているからだ。
 また白式の速度と一夏の反射速度が余りに速い為、連射のきかないレールガンでは一夏に命中させる事は不可能。
 だが距離を開けられると、そのレールガンしか使えなくなる。
 接近戦しか出来ない一夏に距離をとって慎重に構えられると、向こうから攻撃が飛んでこない事もあってふと気が抜けたり、気が緩んでしまいそうになる。
 一夏がそれを狙っている事が明白である以上、ラウラにとって有利な距離であると悠長に構える事は出来なかった。
 対千早に比べればマシとはいえ、一夏が距離を詰めて零落白夜を振るう為に必要な時間は、1秒もないのだ。
 またエネルギー自体を削ぎとり枯渇させてしまう零落白夜だけではなく、雪片弐型にもエネルギーシールド無効化による絶対防御誘発がある。
 まぐれ当たりがトコトン恐ろしい相手である以上、格下ではあってもそうおいそれと気を抜く事など出来る相手ではない。
 とはいえ時折、一夏からの接近を誘って迎撃する為に、わざと気を抜いたそぶりを見せてみたりもしているのだが、一夏は誘いと見抜いているのか思うように乗ってこない。

 自然、絶対的なほど有利な立場にある筈のラウラの神経も、徐々にすり減らされて行ってしまう。

「ええい、じれったい!!」

 と、ラウラが吐き捨てた瞬間に一夏が仕掛けてきた。

(やっとかかったか!)

 しかし、このラウラの苛立ちもまた、一夏を誘い出す仕掛けだった。
 半分以上本気であったお陰で、一夏もすっかり本気にして突っ込んできたという事らしい。

(後は突っかかってきた奴にプラズマ手刀を何発かぶち込んでやれば私の勝ちだ!!)

 と、一夏に牽制としてAICを使い、案の定切り裂かれた所にワイヤーブレードを飛ばしつつプラズマ手刀を構えて突っ込む。
 ワイヤーブレードは弾かれ、プラズマ手刀は一夏が受けに使おうとしたワイヤーブレードをすり抜けて一夏の眼前に迫る。

「!?」

 と、プラズマ手刀が一夏の顔面に命中する直前、ラウラはその身を一夏から離す。
 見れば一夏のわき腹辺りに雪片弐型が出現していた。
 ラピットスイッチを応用して握っていた雪片弐型を「格納」し、改めて掌ではなくわき腹に雪片弐型を「展開」し直すという事を瞬時に行ったようだ。
 あのままプラズマ手刀を振るっていれば、雪片弐型は柄を一夏に、刃をラウラに押し付ける形で「展開」し、ラウラはその一撃必殺の刃をその身に受ける事になっていただろう。

(そんな小技で!!)

 雪片弐型は一夏に握られていない状態でそこにあった。
 ラウラは一夏が「格納」する前に雪片弐型の刃を掴み、雪片弐型を奪い取ってしまう。

「くっ!!」

 悔しそうな顔をする一夏。

「これで手詰まりだな、織斑 一夏!!」

 ラウラは勝ち誇った笑みを浮かべ、雪片弐型を構えて一夏に猛然と襲い掛かる。

(くっ、こうなったら一か八か、零拍子を打ち込む!!)

 一夏は観念したのか、それとも自棄を起こしたのか、距離をとらずに攻撃に転じる「そぶりを見せた」。

(馬鹿が、見え見えだ!!)

 自然、ラウラの太刀筋はその迎撃のための物となり……

(こないっ!?)

 ラウラが「攻撃が来る」と思ったタイミングから一瞬後れて一夏が動く。

(なんてなっ!!
 零拍子なんて高等技術、全くのド素人に成り下がった俺に使えるわけねえだろう!!)

 ラウラが振り下ろした雪片弐型のすぐ傍をすり抜けるように一夏が瞬時加速でラウラを強襲する。
 ラウラが雪片弐型を手放し、プラズマ手刀を展開して一夏を払いのける直前、一夏が構えたワイヤーブレードがラウラの咽喉元に突き入れられる。

「ッ!!!」

 時速850Kmにも達する超高速の刃で咽喉を衝かれた事による、衝撃と激痛がラウラを襲う。
 彼女は一瞬意識を手放し、その為プラズマ手刀が不発に終わってしまった。

(コレが俺の最後の勝ち筋だ!!
 このままっ、一気に決める!!)

 一夏の最後の一手。
 それは……わざとラウラに雪片弐型を奪わせた後、一夏の攻撃が全て読まれている事を逆用して攻撃するそぶりだけをフェイントとしてラウラに先手を打たせて後の先を取り、彼女の咽喉にワイヤーブレードを叩き込む事。
 実行する為には、いかに自然に雪片弐型をラウラに奪わせるかと、どれだけラウラの意識からAICの存在を消すかにかかっており、またフェイントにラウラが引っかからなければその時点でアウト。

 AICについては何度も見切ったり切り裂いたりしていた為、ラウラにとって切り札ではなくなり、ある程度はラウラの意識から除外する事が出来た。
 雪片弐型については、ラウラ攻略の搦め手に見せかけて、ラウラに疑問を持たせず奪わせる事に成功した。
 また、雪片弐型を奪い取らせた事で、ラウラからそれなりの油断を引き出す事にも成功した。
 AICを使う事を思いつかず、また雪片弐型を手に入れた、熱烈な千冬のファンであるラウラならば、千冬の太刀筋を真似た剣を振るう筈。この点についても案の定だった。
 零拍子を放とうとするだけ、というフェイントにも見事に引っかかってくれた。

 こんな薄氷を踏むような、一つでも負ければその時点で一夏の敗北が確定する幾つもの賭けに全て勝てたからこその、最後の一撃にして最初のクリーンヒット。
 一夏は、この貴重な一撃を、一瞬で終わらせるつもりはなかった。

 一夏はワイヤーブレードをラウラの首に押し付けたまま、瞬時加速を使ってワイヤーブレードにかける力を斜め下に向け、ラウラを首と頭から地面に引き倒す。
 そしてなおも斜め下に向かっての瞬時加速を繰り返してワイヤーブレードにかける力のみでラウラを引き摺り倒して、頭から壁に激突させ、なおも瞬時加速を使い続けてラウラを壁に押しつけ続ける。

(くそっ、これだけやっても絶対防御が発動しないのかよ!
 コイツのエネルギーシールドって、どんだけ頑丈なんだ!!)











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 一夏がラウラに対して決定的な一撃を打ち込んだ瞬間、千冬の顔に明確な喜色が浮かぶ。
 だが……次第に喜色は、困惑の色にとってかわられて行った。

(? どういう事だ?)

 千冬はこの最終局面に疑問を持つ。
 ラウラの咽喉笛にワイヤーブレードがねじ込まれ、そのブレードへの力のみで引き倒され、地面とブレードで首をサンドイッチされた状態で100m以上引き摺られ、壁に当たった後でもしつこくブレードを咽喉に押し付けられている。
 普通ならばとっくの昔に絶対防御が何度も発動され、ラウラの敗北が決定している筈の攻撃である。

 にもかかわらず、ラウラの敗北が未だに宣言されていない。
 何らかの不具合により、ラウラのシールドエネルギーが完全に枯渇したにもかかわらず、彼女の敗北を告げる宣言がなされないという可能性も皆無。
 あまり考えたくない話ではあるが、もしそうであるならば一夏がラウラの首を切断してしまっている筈だからだ。

 と、唐突に一夏がラウラから弾き飛ばされるようにして彼女から離れる。
 彼女が、否、アリーナ中の人間が固唾を呑んで見守っていると、ラウラのISがグネグネと粘土のように歪みながらラウラの身体を覆い尽くしてフルスキンISに変貌しようとし……その途中で雪片弐型を回収した一夏の零落白夜を押し付けられて変異途中で止まってしまった。

「一体何が起こったというんだ!?」

 アリーナにいる人間の殆どがそんな感想を抱く中、唯一千早のみが事の真相を悟っていた。

(VTシステムによる変異を完了前に潰すなんて、なんて身も蓋もない……)

 千早は心の中だけでそう呟いた。 
 身も蓋もないと評したとはいえ、一夏は既にラウラとの戦闘で消耗しきっている。
 VTシステムなどとマトモに事を構えない事は、判断としてはこれ以上なく正しいと思えた。











===============











 ラウラは夢を見ていた。
 夢の中で、彼女は一夏だった。

 凡人の一夏。平凡な少年の一夏。
 世界最強の生物として恐れられ、そしてブリュンヒルデというヒロインとして全世界で尊敬され、畏怖される千冬の身内と言うには余りにも平凡すぎる一夏。
 自分が姉と釣り合いが取れていないことなど、物心ついた頃から百も承知だった。

 幼い頃は、鍛えれば姉と同じ階梯にいけるかもしれない、と思った時もあった。
 しかし、指導してくれていた箒や束の父親と別れねばならなくなった時、その望みは絶たれた。
 いや……ISという女性にしか使えない絶対的な力がこの世に存在する時点で、男の一夏が千冬の弟として相応しくなる事は不可能だったのかも知れない。
 それでも一夏は足掻いていた。
 鍛える事を止めた後でさえ、一夏は男としての矜持は持ち続けた。

 だが……月に数日しか千冬と過ごす事が出来ないという事実が、どうしようもなく一夏にある一つの現実を突きつけてくる。
 一夏と千冬では根本的に住む世界が違う、という現実を。

 全く違う世界に住む二人が、家族として一緒に暮らす。
 それは不可能だった。
 姉は出来ているつもりだったかも知れないが、それならばどうして月に数日しか会えないのだろう。
 一夏が男で、そもそもISと関わりようがないはずなのに、千冬が頑なに一夏をISから遠ざけている事も気がかりだった。
 そんなにも、千冬が暮らすISの世界に一夏を踏み込ませたくないのか。
 ……やはり、姉と自分では生きる世界が違うのだと、そう思った。
 姉が自分の事を大切に思ってくれている事は百も承知だったが、そうして愛情を注いでくれている姉が暮らす世界に近寄る事さえ禁じられ、彼女と自分が切り離されていると強く感じてしまう。

 ならば、凡人は凡人らしく、平凡な人生を送り、千冬のような雲上人の世界とは別の生活を送ろう。
 千冬と離れ離れになる事は辛いが、今の関係も半ば破綻しているようなものだ。
 仕事について一人立ちするという形をとるのであれば、あのブラコンの千冬も文句はないだろう。
 中卒で仕事につく事は止められてしまったが、彼女と家族でいるのは、家族でいられるのは藍越学園を卒業するまでだ。

 そんな思いを胸に、一夏は藍越学園の入試会場へと出かけて行った……











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 ラウラが目を覚ますと、彼女は保健室のベッドに横たわっていた。
 どうやら一夏との試合は、彼女の敗北で決着が着いたようだった。

 と、ふと傍らを見ると、パイプ椅子に座ってラウラのベッドを覗き込む一夏の姿があった。
 それを見て、ラウラはボソリと呟く。

「……夢を見ていた。」
「夢?」

 いぶかしげに返す一夏に、ラウラは応える。

「ああ、夢だ。
 夢の中で私は、お前だった。
 ……教官の弟と言う立場に、お前は相応しくない。
 私に言われるまでもなく、お前にとっては自明の事だったんだな。」

 そのラウラの言葉に、一夏が応じる。

「……俺も、お前になった夢を見たよ。
 俺の話をする千冬姉が、とても優しそうで、とても幸せそうだった。
 俺の事、とても大切にしてくれているのが良く分かった。
 一人立ちって言や聞こえは良いんだろうけどよ、俺は俺と千冬姉を見比べるなんてちっぽけな事を理由に、あんなにも好いてくれている千冬姉との縁を切ろうとしていたんだなって思ったら、どうしようもなく申し訳ない気持ちがしたよ。」
「……そうか。」

 2人とも、何故か自分が見た夢は互いの身に実際に起きた出来事だと確信していた。

「俺達、2人して千冬姉の事を大切に思っているくせに」
「2人とも教官の意思を無視して、教官を悲しませようとしていた、という事か……」

 2人は同時にため息をついた。

「もう少し、相手の気持ちが分かるようにならなきゃいけないんだろうな、俺達。」
「ああ……今回のように、相手のためと思ってかえって傷つけるなど、マヌケも良い所だからな。」
「まあ、とりあえずお前は休んでいろよ。」
「……ああ。」

 そう応えるラウラからは、それまでの人を遠ざける雰囲気は見られなかった。

「もう一つ、夢を見て気付いた事がある。」
「? なんだ?」
「私は最強の兵士というコンセプトで試作された兵器だ。
 だから、地上最強の生物と呼ばれる教官になりたいと思っていた。
 だが……私は私で、教官は教官。
 それぞれ別の存在で、私が教官になる事など不可能だ。
 それが分かった。」
「……そうか。」

 一夏はラウラを残して、保健室を後にした。











==FIN==

 うまく一夏のマグレ勝ちって感じが出てると良いんですが、いかがでしたでしょうか?
 戦闘描写はあんまり上手い方ではないので、そっちの意味でも心配です。

 へ? ここまで気合入れて相手のことを研究したり、切り札を破られた事に対してノーリアクションの奴のどこが油断まみれだって?
 絶対勝てる、待ちに徹した接近戦をしていない所が油断です。
 もしラウラが油断してなかったら、ガチで一夏の勝率は0%で、一夏勝利は絶対に有り得ないという話になってました。

 一応、
 「ラウラ=ボーデヴィッヒ」>>(恐らく「インフィニットストラトス」完結まで埋まらないであろう経験の差の壁)>>「織斑 一夏」
 なんて壁がある以上、そう簡単に一夏をラウラに勝たせるわけには行かないんで。
(というか最近、「織斑 一夏」って、最後の最後まで最弱のままのような気がしてきてます。
 今回一夏が存在するかも知れないと思い浮かべていた白式の本当の単一仕様機能、仮称「真VT」がもし「インフィニットストラトス」本編に存在していれば、「織斑 一夏」自身がどれほど弱くても「織斑 千冬」を打倒してしまうような強敵にさえ勝ててしまいますから。)

 だから今回のラウラの敗因は、全て油断の一言に帰結します。
 油断ってーのは怖いですよ。
 G3ガンダムに乗ったアムロですら、不意に飛んできたリックドムのバズーカでアッサリ死んじゃったりしますから。

 話は変わって……前回の生徒会長CPUアヌビス撃破は彼女の別格振りを表現するにしてもやりすぎだったかも知れません。
 一応彼女は水でバリアを張る事でホーミングショット・ノーマルショットを防げる為、他のキャラに比べて対アヌビスでの勝ち目が大きいんです。
 なので距離を開けてショットを防ぎつつ、ゼロシフトのタイミングを掴んで迎撃し、その後急速離脱してバーストショットを避けるという事を繰り返して勝ってます。
 アヌビス側のモーションと生徒会長の武術の技量、そして彼女の武器が水である事による、接近戦における絶対的優位があった事も大きいです。
 まあ自分のISは高機動型ではないと、素直にハイスピードモードを止めてた事が一番大きな勝因でしたけど。

 ちなみに代表候補生達の対一夏・対千早の相性ですが……

ラウラ
対一夏 ○ プラズマ手刀以外の攻撃が単発では全く通用せずIS同士の相性は最悪だが、唯一通用するプラズマ手刀だけで一夏を蹂躙可能なので全く問題ない。
対千早 ◎ 速いだけ。AICで動きを止めれば全く怖くない。

シャルロット
対一夏 ◎ クラス代表選考戦と同じ戦法を取っていれば負ける要素無し。
対千早 ○ 基本的に対一夏と同じ対応でOKなのだが、衝撃拳でショットガンを相殺される恐れがある上、一夏よりも機動性が高い為、対一夏ほど簡単にはいかない。

セシリア
対一夏 △ 「インフィニットストラトス」とほぼ同様。ラウラほどではないにしろ、IS同士の相性がかなり悪い。
対千早 × もう飛び道具の使用を諦めたほうが良いレベル。マトモに戦うよりインターセプターで待ちに徹したほうがまだ勝ち目がある。

鈴音
対一夏 △ 衝撃砲がサッパリ通用しないものの、肝心の接近戦では鈴音の方が強い。だが一夏対ラウラほどの技量差がない為、マグレ当たりが怖い。
対千早 ○ 衝撃砲が通用せず、接近戦では鈴音の方が強い事は対一夏と同様。千早の一撃必殺攻撃である顎への衝撃拳は一夏の一撃必殺より条件が厳しい為、その分一夏より怖くない。

番外:箒
対一夏 ○ あらゆる面で代表候補生達に劣るとはいえ、IS学園入試の為に世の女の子の多くが無茶苦茶鍛えるので女子の方が男子よりハイレベルなこの世界での女子中学生剣道日本一。加えて紅椿の鬼性能。ずぶの素人に成り下がった一夏が接近戦で勝てる相手ではない。とはいえ、鈴音と同じ理由でまぐれ当たりが怖い。
対千早 △ 代表候補生ほどISを用いた三次元戦闘に馴れてはいない為、銀華ほど強烈な運動性を持ち出されると普通にかく乱されてしまう。ちなみにこの話の代表候補生達は、高運動性だけではかく乱不可能という事になっている。

とまあ、こんな感じになります。



[26613] 女心の分からない奴
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/30 12:27
 月曜日の夜、千冬は千早にプライベートチャンネルで話しかけた。
 誰かに聞かれたら面倒極まりない内容だったからだ。

『御門、お前シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたVTシステムの事を知っていたな?』
『ええ。「インフィニットストラトス」についての話じゃ、結構話題に上りやすいものでしたから。
 でもあの時点で打てる対策は全て千冬さんが打ってくれてまし、あの場で迂闊な事を言うわけにもいきませんでしたから、黙ってましたけど。
 それにVTシステムが仕掛けられていなかったり、全く別物のシステムが搭載されている可能性もありましたから、あまり迂闊な事も言えませんしね。』
『そうか。』

 VTシステム。
 総合優勝者たる「ブリュンヒルデ」を含めた、モンドグロッソの部門優勝者「ヴァルキリー」達の戦闘データを解析し、それをトレースする事によって彼女達の戦闘能力を再現しようというシステム。
 中身の戦闘能力がモロに反映されるISにとっては、まさに究極といって良いほど凄まじい威力が期待できるシステムではあるのだが、あまりにも強力すぎる為か研究開発所持その他諸々を禁止されているご禁制品でもある。

 そのご禁制品が何故かシュヴァルツェア・レーゲンに仕込まれており、中身とISの破損状況と中身の感情の触れ幅が大きくなった時、それに呼応して起動するように仕掛けられていた様子だった。
 千冬もラウラに尋ねてみたが、どうも彼女はVTシステムが自分のISに仕込まれている事など知らなかったようだ。

 零落白夜にエネルギーを食い尽くされた、という形で倒されたシュヴァルツェア・レーゲンの破損状況はそう酷くなく、その為こういったシステム周りの調査は比較的楽に済んでいる。

『でも、なんであんな変異をする必要があるのかは、お話の中でも分かりませんでしたけどね。
 単純に貴女の真似をするのなら、武装を雪片と同型のブレードに作り変えるだけで良いでしょうし。』
『そこら辺の描写は無かったわけか。
 その辺は、こっちの実際の調査でも分からず終いでな。』

 その変異のお陰で一夏が付け入る隙が生まれたのは助かったが、逆の立場から見れば変異という隙があったためにマトモに運用する事が出来ず、よりにもよって消耗しきったド素人に潰されるという失態を演じたという事でもある。
 明らかに欠陥品だった。

『解析してみたが、あのVTには他にも欠陥が見つかった。
 モーションパターンのみが私をトレースしていて、他がサッパリだったんだ。』
『機械的な読み易いモーションばかりでありながら、戦い方でその隙を悉く潰しているAC上級プレイヤーの戦闘データの真逆、っていう所ですか?』
『ああ、そんな所だ。
 あれではたとえマトモに一夏と戦えた所で、下手したら敗北していたかもしれん。
 少なくとも素のボーデヴィッヒより弱い事は確実だ。』

 もっとも、機械ならではの油断の無さもあったがな。
 千冬はそう付け加えた。

『……それにしても、今日やるんですか?
 クラス代表決定記念パーティー?』
『私も明日か明後日にでもなると思っていたんだがな……』











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 時々、十代の少女のパワーには圧倒させられてしまう。
 かつては自分自身がそうだったというのに、千冬は彼女達のどこにこんなパワフルな勢いが沸いて出るのかが分からなくなる時がある。

 既にパーティーの準備は整えられ、
「織斑くん、クラス代表決定おめでとう!!」
と書かれた横断幕さえぶら下がっていた。

「仕事……早いですね、彼女達……」
「普段からこう動けていれば良いんだがな……」

 教員二人は呆れた様子で、すっかり出来上がったパーティー会場と化した食堂を見渡した。
 彼女達の傍らには、今日戦った二人がいる。
 ラウラは先日の千早のようは大げさな負傷をしていなかった為、今日の内に動けるようになり、この場に来ている。

「ところで千冬姉。
 俺達の勝ち点って、2人とも勝ち2負け2で並んでるだろ?
 それなのに、なんで俺って決まっちまってるんだ?
 今日の試合だって、あれ見りゃラウラの方が俺なんかよりずっと強いのは誰にでも分かる話じゃないか。」

 一夏は釈然としない様子で首を捻る。

「織斑先生と呼べと何度言えば……まあいい。今は半分プライベートのようなものか。
 それはな一夏。直接対決で勝ったのがお前だからだ。」

 と、千冬は一夏の頭を抱き寄せ、その耳元に唇を近づける。
 そして小声で囁いた。

「よくやってくれた……いや、ありがとう、一夏。
 単独でボーデヴィッヒを倒せなどと、我ながら相当な無理難題だと思ったんだが、よく応えてくれた。」
「あ、ああ……」

 一夏は思わぬ千冬の行動にドギマギしてしまう。
 姉とはいえ、飛び切り美しい年頃の女性である事には違いなく、このように抱き寄せられると甘い芳香や耳元への吐息、不可抗力で触ってしまう大きくて整っていて柔らかいもので胸が高鳴ってしまう。

「あの、教官?
 私を倒せとは一体どのようなつもりでおっしゃったのですか?」
「って、てててててって、ていうか、姉弟で不潔ですよっ!!」

 キョトンとして純粋な疑問を口にするラウラと、顔を真っ赤にして慌てた様子の山田先生の様子に対して、一夏は真っ赤な顔をして千冬から離れる。
 千冬の方も恥らうように、そっぽをむく。

「あの……教官?」
「え? いや、ああ、何故一夏にお前を倒せといったのか、という話だったな。」

 千冬は慌てて話を変えるかのように、かつて一夏に話した内容、即ちラウラが調子に乗って大きな失敗をしてしまわないうちに、格下である一夏相手の敗北を味合わせて大きな被害を未然に防ぐ、という話をした。

「調子に……確かにAICに頼り過ぎていたようには感じていますし、以前御門千早から受けた協調性が無さ過ぎるという忠告も今なら分かります。
 そんな事は分かりきっていた筈なのですが……環境が変わったせいか、平静を保つ事ができず、忘れてしまっていたようです。」
「……環境の変化か…………
 まあ、ここまで激変してしまっては、戸惑い混乱するのも無理は無いか。」

 何しろ生まれた頃から軍隊に所属していたラウラである。
 来る日も来る日も、腕立て伏せ1日中、古今東西の戦史研究講義に部隊運用訓練、10Kmダッシュ走や20Km走、地雷原走破訓練、拷問耐久訓練、爆発物処理訓練、百人組み手などの白兵戦・銃撃戦・IS戦訓練etcetc、挙句の果てにはサバイバル訓練の一環としてナイフ一本と調理器具だけを持たされて餓えた熊と同じ檻に入れられ
「今夜は熊鍋だ。」
と突き放されるような地獄の訓練漬けの生活を幼い頃から送っており(流石に熊鍋は最近の話だが)、もはやそれこそが彼女にとってのごく普通の日常なのである。

 その彼女にとってキャピキャピした女の園への戸惑いは、ハッキリ言って一夏や千早のそれすらも上回っていた。
 彼女にとって、ミーハーなIS学園生など理解不能な異次元の生命体である。
 そのIS学園のOGが多いためIS学園生と似たようなメンタリティを持っていた部下達と、ラウラの折り合いが悪いのも当然であった。

「軍人としては、この程度の環境の変化についてこれないとは……トンでもない失態です。」
「……いや、この環境の変化は洒落にならん。
 流石に多少の混乱は許容範囲だ。
 私が言いたいのは他の事だ。」
「他の事?」
「あまり弱い者や非戦闘員を舐めるな。
 戦闘要員だけでは世の中は回らんし、お前自身新兵や訓練生の頃は誰しもが弱い事など百も承知だろう。
 それを忘れかけていたんだぞ、お前は。」
「……」

 ラウラはうつむいてしまった。
 彼女自身、分かってしまっているのだろう。
 しかし彼女は、非戦闘員については良く分かっていない自分も感じていた。

 ラウラが今まで暮らしていた環境は、軍事兵器のトライアルそのものであり、戦闘力の高低など軍事関係のスキルや能力以外、一切が評価対象にならない環境である。
 その為、頭では建築業者や畜産農家など、軍人以外の職種がいなければ世の中が回らないと分かっていても、イマイチ実感が沸かないのである。
 しかし千冬は戦闘力の低い者を守る事が軍人の本分であると言った。
 ならば、非戦闘員についても多少は理解を深める必要があるのだろう。
 軍事能力のみを追い求めた生き方を今更改める事は出来ないと思っているが、それでも千冬の今の言葉には忠実でいたかった。

「まーまー先生、今はお説教はいいっこ無し!!」
「みんなでパアッと楽しんじゃいましょう!!」

 女生徒達はそう言って一夏とラウラの手を引いていき、壇上に連れて行かれてしまった。
 壇上には千早、セシリア、シャルロットの三人が既に並べられており、クラス代表選考戦参加者の音頭で乾杯をするという事になっているらしい。

「まあ細々とした前置きはなしにしましょー!!
 打ち合わせしてないから、どうせグダグダになっちゃうのが目に見えてますし!!
 それじゃあ、皆さんご一緒に!!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 パーティーが始まった。
 血も凍るような惨劇の舞台になるとは、誰も知らずに。











===============










 事の発端は、女生徒達の間で千早の美貌が話題に上った事だった。

「流麗な銀糸の髪、菫色の神秘的な瞳、抜けるように白くて硝子のように透き通った絹のようにキメ細やかな肌……もう同じ人間じゃないみたいに綺麗よね……」

 そう振られた箒は頷かざるを得ない。
 容姿の優劣で彼女が対抗できる相手ではないのだ、千早は。

「しかも聞いた? お料理が得意って尋常じゃないレベルなんですって!!」
「うん、そうだよ。
 僕も食べさせてもらったけど、千早さんの作ってくれたお菓子って無茶苦茶美味しいんだ。」

 シャルロットがうっとりした表情で応じる。

「ええぇぇっ、本当!?
 食べてみたいなぁ。」
「千早さんは、そのクッキーを作りながら作り方を解説していたんだが、これが懇切丁寧でな……」

 箒はその時の様子を思い浮かべて、シャルロットの話を補足する。

「その上、親しみ易いにもかかわらず上品かつ優雅な物言いでしたわ。」

 今度は箒の台詞にセシリアが続いた。

「はあ……女らしさではどう足掻いても歯が立たんな……」
「あれで本人は自分は男だって言い張ってるのがシュールだよね……」

 少女達は同時にため息をついた。
 そんな話の中に、キョトンとした表情のラウラが入ってきた。

「は? 貴様等何を訳の分からない事を言っているんだ?
 女らしさならば、教官が最も女らしいだろう?」
「「「「「「「「「「「「「「「「へ?」」」」」」」」」」」」」」」」

 少女達は目を丸くする。
 確かに千冬は美しいが、そのベクトルはかっこ良いという方向に大分向いている。
 女らしくないとは口が裂けても言うつもりはないが、女らしさで千早と見比べたら見劣りがしてしまう感があるのは否めなかった。

「? なんだその反応は。
 いいか、貴様等。
 教官は強い。御門千早などとは比べ物にならないくらいにな。
 女性であることがIS装着者の前提であり、IS装着者は他の何より戦闘力が高い事を求められているのであれば、私達IS装着者にとって女らしさとは戦闘力の高さのことだ。
 故にこの学校で最も女らしい女性とは、教官を置いて他には無い!!」

 と、目ざとい少女がある異変に気付くが、それに気付いてしまったが為に足がすくんで動かなくなってしまう。

「容姿が優れている?
 料理が出来る?
 上品で優雅?
 そんな物は犬にでも食わせておけ。
 私だって御門千早に女らしさで劣っているつもりは無い。
 何しろ私の方が奴より強いからだ。
 貴様等も料理だの上品さだの優雅さだのといった下らんものの事は忘れて、教官を見習って」
「私の何をどう見習えと言うんだ?」

 そうして、千冬は凄まじい殺気を放ちながらラウラの首根っこを掴んでパーティー会場から出て行ったのだった。
 その殺気をモロに浴びてしまった少女達は、例外なくこう述懐した。

「生きた心地がしなかった。」

 と。











===============










 翌日。

「何故だっ!!
 何故あそこで教官はあんなにも怒り狂ってしまったんだ!!
 分からない。私にはサッパリ分からない!!」
「……なあラウラ、それってマジで言ってんのか?」

 などと、やつれた様子のラウラが、震えながら一夏に愚痴っている様子が見られたという。










==FIN==


 原作のラウラより女の子的側面がちょっと弱いラウラさんです。
 彼女にとって自分が女の子であるという事は、ISが使えるため男性の同類よりも優れた兵器として扱われるようになった要素でしかありません。

 さて、原作の話では公式にラウラ<<山田先生となるらしいんですが、戦闘訓練受けた時間はラウラの方が長いはずなんですけどねぇ……素質の面で山田先生の方が上という話なんですかね?
 経験の差っつったって、その経験でラウラの方が上でしょうに。

 普通に考えれば、楯無のようなラウラと同じガチの生物兵器か、彼女と同じような地獄の訓練を4,5年以上受けた軍人IS装着者、あるいは瑞穂ちゃんや千冬のような人類の規格外でなければ彼女より強くなりようが無いと思うんですが……




[26613] 兵器少女ラウラ=ボーデヴィッヒ(短いです)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/05/01 23:01
 火曜日の昼休み。
 五反田 弾は親友からの電話で、血も凍るような内容の相談を受けた。

 ラウラ=ボーデヴィッヒという少女が昨日やらかした事。
 その少女が、何故自分が千冬に怒られたのかサッパリ分かっていないという事。

 そして彼女が千冬が怒った理由をクラスメイトを始めとする女生徒や教員に訊ねて回っているが
「貴女自身、女の子なんだからそんなの分かりきってる筈じゃない。」
 と返されて要領を得る事ができず、それならばと男性である一夏に相談してきたとの事。

『と言うわけでだ、弾。
 ラウラの奴になんつったら納得してもらえると思う?』

 普段の一夏の女性がらみのトラブルならば、いつものごとくにべも無く突っぱねていただろう。
 だが、今回ばかりはラウラという少女のみならず、一夏の命にも関わりかねない。
 千冬が担任を務めるクラスで、千冬を激怒させかねない爆弾がクラスメイトというのは恐ろしく胃に悪いからだ。

「ははははは、この野郎、怪談にゃあまだ早えぞ。」

 弾は既に汗びっしょりになっている。
 怖い。
 冷や汗が止まらない。

『そう言うな。
 マジで死活問題なんだ。』
「つか、なんで俺に相談してんだよ!?」
『ラウラの奴が、この件に関しては女は頼りにならんっつってな。
 千早に相談しようかとも思ったんだが、ラウラはアイツの事女の子だと思っててさ。』
「……男でも役に立たんわっ!!」
『分かってるよ、そんな事。
 だけどな、今、俺のすぐ傍でそのラウラが正座して、俺達の結論待ってるんだ。』

 弾と一夏は電話越しに、同時に頭を抱える。
 心なしか、頭が痛い。

「ええと、一夏。確認良いか?」
『? なんだ?』
「そのラウラって娘、もしかして無茶苦茶世間知らずか?」
『ああ。
 なんでも赤ん坊の頃から「戦闘力が高い」とか「指揮能力が高い」とかっていう軍事に関係する能力だけが評価対象って環境で生活していて、それ以外の価値観がサッパリ分からないんだと。
 辛うじてお金と食料品なんかの価値は分かるそうだが、それにしたって食えなきゃ戦えないとか、お金がないと物資の補給や拠点建設、新兵器開発や兵員への給与支払いが出来ないとかって、軍事に結び付けて考えてるし。』
「ずいぶんミリタリーな箱入り娘だな、おい……」

 光明は見えたような気がするが、頭痛はかえって酷くなった。

「つまりだ、その世間知らずが問題なんだろ?
 IS装着者にとっては「女らしさ=強さ」なんだから一般的な意味での女らしさなんてどうでも良い、なんておっそろしい事を平然と言えたのは、彼女には一般的な意味の女らしさが世の中の女性にどれだけ重視されているかっていうのがサッパリ分かってなかったからだろ?
 つまり常識が無いわけだ。」
『そこまでは俺も分かってるんだよ。』
「社会勉強でもさせるか?
 IS学園から連れ出してバイトでもさせてみるとか。」
『俺が提案したらお目付け役やらされるぞ。
 休日が潰れちまうから、それだけは勘弁だ。
 大体お前、俺とラウラ達代表候補生とでどんだけ差があると思ってやがる。
 オリンピックの強化選手とそこらの小学生くらいの差、いやそれ以上の差があるんだぞ。
 こちとら休日返上どころか夏休みとかの長期休暇返上で訓練漬けにならなきゃどうしようもねえんだよ。』
「でも鈴は一年でそのオリンピックの強化選手になったって聞いてるぞ。
 ずぶの素人からたった一年でなれるくらいなんだから、お前が言うほど凄くないんじゃないか?」
『そりゃ、鈴の才能が化け物じみてただけだ。
 一年で代表候補生になっちまうような奴を、俺達常人の基準に当てはめるな。
 大体代表候補生っていうのは、熊鍋食う為にナイフ一本持たされて腹すかした熊と同じ檻に入れられる連中なんだぞ。
 ただの女の子からたった一年でそうなっちまったアイツの才能が化け物だっていうだけの話だよ。』
「……マジか?」

 ちなみに熊鍋の話はラウラから聞かされた話である。
 一夏は他の代表候補生、つまりセシリアや鈴、シャルロットも当然同程度の訓練を受けているものと思っている。
 実際には、そこまでやっている者はラウラや更識楯無などの、生まれた頃から人間ではなく兵器として育てられた正真正銘の生物兵器達くらいのものなのだが。

『大体だ、お前、あいつ等がどこの誰を目指してるのか分かってるのか?
 地上最強の生物、千冬姉だぞ。
 一年で人間止めた強さになれる位でないと…………』

 と、唐突に一夏の声が遠のく。
 そして電話の相手が一夏ではなくなった。

『弾、一夏借りるわよ。
 あと、熊鍋がどうのだなんて与太話真に受けたら、今度あった時には三枚に下ろすから。』
「いや……そのまんま持ってっちゃってくれ。
 後、そんなもん真に受けないから安心しろ。」

 弾には、鈴音に首根っこ捕まれて連行されているであろう親友の冥福を祈る事しか出来なかった。











===============










「はあ、あんた何考えてんのよ。
 もう一回ISコア無しのISつけてグラウンド走りたいわけ?」

 鈴音はジト目で一夏を睨む。
 彼女もまたラウラから相談された一人だった。

 ……実に返答に困る相談だったので、マトモに応じる事が出来なかったのだが。
 そして千早が一夏に首尾を訊ねる。

「で、一夏。どうだったんだ?」
「ああ、弾の奴も俺らと同じ結論までは行ったんだが、そっから先がな……」
「き、貴様等、この私を世間知らずの箱入り娘みたいに言いおって……」
「ミリタリーの世界の事しか分からないくせに何言ってやがる。
 世の中軍事一色じゃねえんだぞ。」

 一夏は頭を抱えながらラウラに反論する。

「まるで狼少女だね。」

 千早は力なく笑いながらそう言う。

「狼少女?」
「教育学や文化人類学の話になるんだけどね……」

 千早は狼少女についての話を語る。
 それは人間ではなく狼に育てられた為に、狼の常識に従い4つ足で歩き、人間としての常識を持たなかった為に言語能力など人間の能力を得られなかった2人の少女の物語。

「彼女達は普通の人間の文化の代わりに、狼の文化を学んでしまったから、狼の振る舞いや価値観を持つようになったんだ。
 ラウラさんの場合、狼じゃなくて兵器の文化を学んだから、兵器としての価値観が身について、それが人間の価値観とどうしてもずれる、っていう所なんだろうね。」
「……えらくムズい話を…………」
「そうかい?
 僕は雑学の範疇だと思うんだけどね。」

 千早は優雅に話を区切る。

「んで、そのぶんかじんるいがくの話ってー事は……何? どういうわけ?」
「……超エリートの貴女でも専門外の事には弱いんですね。
 つまり狼少女達に対して行われたような、人間としての再教育がラウラさんには必要だという話になるんですが……これ、年単位の非常に根気のいる作業になるんですよ。」
「「…………」」

 千早の話を聞いて頭を抱える一夏と鈴音。
 話した方の千早も大きくため息をつく。

「「ね、ねんたんい……」」
「ちょっとまて、教官を怒らせてしまった理由を理解する為に、なんでそこまで長期に渡る再教育など必要なんだ?」
「ある文化圏に所属する人が別の文化圏について学び、別の文化の価値観を実感として理解する為には結構な時間が必要なんですよ。
 まして貴女の場合、人間とは異質な兵器としての文化、兵器としての価値観が根付いてしまってますから、もっと時間がかかります。
 知識として教える事は可能でも、今回の場合実感を伴った価値観の理解じゃないと拙いですからね。」
「むぅ……しかしだな……」

 ラウラが搾り出すように呟く。

「千冬お姉様のためなら死ねますとか、もっと叱って罵ってとか、でも時には優しくしてとか、そして付け上がらないように躾をしてとか……それが」
「それは価値観に狂いが生じている人たちですから、参考にしないで下さい。」

 とんでもない連中を基準にものを考えようとするラウラを制止する千早。
 マンガチックな表現をするのであれば、彼の後頭部には巨大な水滴状の汗がついていた事だろう。
 するとラウラに安堵の表情が浮かぶ。
 流石にあれを自分より正常だとは思いたくなかったらしい。

「で、具体的にはどうするのよ?」
「社会勉強が一番良いんでしょうけれど……
 ラウラさんと同じような生物兵器は他にも何人かIS学園にいるようですが、彼女達はラウラさんと違って人間の文化に馴染んでいるようです。
 そんな彼女達に、人間としての生き方を教えてもらうというのはどうでしょうか?」
「私のような生物兵器?」
「ええ。何しろこんな学校ですからね。
 本当なら、僕や一夏みたいな単なる民間人の方こそが異分子であるべきなんですよ。」
「……何気に私をハブかないでくれない?」
「……代表候補生は単なる民間人とは言いがたいでしょう、この場合。」
「だが具体的に言って、どこのドイツが生物兵器なんだ?」
「2年の更識生徒会長なんてどうですか?
 僕達と変わらない年齢であるにもかかわらず国家代表である彼女は、何をどう考えても生物兵器です。」

 「インフィニットストラトス」では「一夏」絡みで折り合いは悪かった「ラウラ」と「楯無」だが、ラウラは一夏に恋愛感情を持っている様子は見られないので、良好な関係を築く事が出来るだろう。
 千早はそう判断した。

「お目が高いと言いたい所だが……あの女、相当な危険物だぞ。
 迂闊には近寄れん。」

 しかしラウラは彼女の事を警戒してしまっている。

「まあ、確かに国家代表ですからね。
 僕達1組の専用機持ちが束になってかかっても、30秒以内に壊滅させられてしまうくらい強いみたいですし。」
「そういう意味ではないんだが……まあいい。」

 何しろゲーム本編版とはいえアヌビスを撃墜する危険人物である。
 万が一寝首をかかれようものならひとたまりも無く、しかも彼女は寝首をかくことも仕事の一部という暗部に属する人間なのだ。
 本物の軍人であり、暗部の事情もある程度聞かされているであろうラウラが警戒するのも無理は無い。

「……学園最強じゃないと生徒会長になれないっていうのは知ってたけれど、あれを30秒以内に壊滅可能って…………」
「IS学園の性質上仕方が無いとは言え、バイオレンスな校則だよなぁ……」

 素人である一夏、千早にあんな不覚を取っている1組の専用機持ちでは、正真正銘の国家代表には瞬殺される他ない。
 分かってはいた事ではある。

「でもそうすると更識生徒会長って線は無しになりますよね。
 じゃあ本音さん辺りにしますか?
 彼女は昔から更識生徒会長と家ぐるみのお付き合いをしているそうですから、彼女も生物兵器である可能性が高いですよ。」
「は? あの女、運動神経もIS戦闘能力もあまり高くなかった筈だが?」
「猫被り……偽装なんて、兵器の基本中の基本ではありませんか?」
「ふむ……」

 千早のあずかり知らない事ではあるが、この一言によってラウラの中では「自分より本音の方が、完璧な偽装など細やかな所に手が届く完成度が高い兵器である」という図式が出来上がってしまった。
 その為……

「そういう事ならば、奴が就寝時に身につける着ぐるみの中には、様々な武器が仕込まれているに違いない。
 いや、それか着ぐるみ自体が着ぐるみに偽装したISだな。
 なるほど、常在戦場の精神か。
 見習わねばならんな。」
「……何を馬鹿な事をほざいているんだ、お前は。」

 千冬の出席簿の角の強襲を受ける事になってしまった。


 そしてその夜、ラウラの突貫を受けた本音が、千冬に泣きを入れたのは言うまでも無い。











==FIN==

 へ? ラウラの再教育ならクラリッサ出せ?
 一応、ちーちゃんは彼女の存在を知らない事になってるんで(言ったら軍人であるラウラに「インフィニットストラトス」の事まで話す羽目になって、話がこんがらがる)、彼女の名前は出しませんでした。
 原作みたいに愉快な魔改造されても困りますしね。

 ちなみに本音さんの泣きが入った為、彼女にラウラの再教育をしてもらうという話は流れました。


 しかしラウラより経験が少ない山田先生がラウラより強い理由……
 彼女が千冬さんの直弟子ってーのは忘れてましたね。そりゃあラウラより強い筈です。
 ひこさん、ご指摘ありがとうございました。



[26613] 2巻終了後に1巻ラストって
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/05/01 22:23
 ラウラの再教育について頭を抱えているクラスメイトなどの関係者に助け舟を出したのは、なんとラウラが所属するドイツ軍だった。

 学園に居る人間だとどうしてもラウラが激怒させてしまった千冬に対する恐怖が先に立ってしまうという事で、ラウラの部隊の副隊長であるクラリッサ=ハルフォーフが遠方のドイツからラウラに真っ当な価値観を再教育する……という話なのだが、その実態はラウラ絡みの騒動をどこからか聞きつけたドイツ軍の策略だったりする。
 その経緯は下記の通り。











===============











 ドイツ某所。
 ここは、ラウラが所属する部隊「シュヴァルツェア・ハーゼ」が詰めている駐屯地である。
 女性にしか扱えないISを運用する為の部隊である為、その全員が女性であり、また近年設立されたIS学園のOGばかりなので平均年齢も恐ろしく若い。
 15歳のラウラより若年の者は流石にいないが。

 その部隊の最年長者であるクラリッサは激怒していた。

「くっ、隊長を真っ当な女の子に仕立て上げて、織斑 一夏に接近させろだと!?
 上の連中め、隊長をハニートラップ要員か何かだと思っているのか!!」

 思えば、最初からその兆候はあったのだ。
 ラウラを含め、1組にだけ代表候補生がやけに集まっているという事実。
 それがラウラ達代表候補生を一夏に近づけ、あわよくば彼女達の肉体で一夏を誑し込もうという考えに基いている事は、少し考えれば誰にでも分かる事だった。
 ラウラにしても、男嫌いの英国代表候補生セシリア=オルコットにしても、その性根を考えれば男を誑し込む餌には向かないはずだが、それは一夏自身の異常なモテ方でカバー可能という目算のようだった。
 実際クラリッサは、セシリア=オルコットが一夏に敗れた直後から態度を軟化させ、一夏に積極的に絡もうとするようになったという話を聞いている。

 しかしそうなると、ラウラの兵器として染み付いた独特の価値観が一夏争奪戦においてハンディキャップとなる。
 不用意な発言によって千冬を激怒させるという危険行為の元になった事もあり、上層部は今回の指令を彼女達に下してきたのだろう。

 クラリッサにとって、「シュヴァルツェア・ハーゼ」の隊員は、隊長であるラウラを含めて全員が妹のようなものである。
 今回の指令は敬愛する上司であると同時に末の妹でもあるラウラを男を誑し込むための道具にされているようで、非常に不快だった。

「しかし副隊長、自分は隊長のあの「可愛いというのは何なんだ? それは美味いという事なのか?」という台詞が耳に張り付いて離れません!
 さすがにあのままでは問題があると愚考いたします!!」
「むう、確かに隊長は素材は最高だが、価値観で台無しになっているところがあるのは否定できんからな……」

 クラリッサは一理あると唸る。

「むしろ今回は良い機会なのでは?
 隊長を真っ当な女の子に仕立て上げるのは、我が部隊の悲願でもあったはず!!
 隊長の可愛らしさを今以上に輝かせる良いチャンスです!!」
「……うむっ!!」

 クラリッサは部下の進言を受けて顔を上げる。

「まずは敵戦力の分析から入る!!
 現時点で判明している織斑 一夏についての情報を資料にまとめて人数分用意しろ!!」

 そして彼女達はあまりの戦力差に絶望する事になる。
 彼女達の手元の資料には、一夏の恋人として千早の事が写真込みで書かれていたのだ。

「ふ、副隊長……これは、いくらこちらの戦力が隊長という素晴らしい素材でも……か、勝ち目が…………」
「て……敵戦力、圧倒的ですっ……!!
 これは…………」
「う、うろたえるな!!
 ドイツ軍人はうろたえない!!」

 重苦しい空気が辺りを支配する。

 ちなみに今のクラリッサの台詞の元ネタは、ほぼ男性キャラばかりが活躍するマンガであった為、IS台頭時に女尊男卑に押しつぶされる形で無理やりマイナー漫画扱いされるようになってしまっている。
 とはいえ中身の面白さは折り紙つきである事に変わりなく、IS台頭による日本語の公用語化によって日本で販売されている日本語版を遠く海外のファンが通販で購入するという事も頻繁に行われている。
 まあ、それは他の日本の創作作品においても同じ事がいえるのだが。

「と、とりあえず隊長に、可愛いとはどういう事かとか、一般的に言われている女らしさとはどういったものかとかを教えるところから始めるべきでは?
 織斑 一夏攻略は上からの命令に過ぎず、我々の悲願はあくまで隊長をマトモな女の子にする事ですから。」
「……確かにな。」
「むしろここまで女らしい女性が織斑 一夏の身近にいるというのなら、彼女を通して女らしさとはいかなるものなのかを学んでいただくというのはどうでしょうか?」
「なるほど。
 それならば織斑 一夏に接近しろという命令にも従っている形にもなるな。
 それで行くか。」











===============











「……という訳で、今日一日、貴様に張り付いていたわけなんだが。」
「そのクラリッサさんという人と小一時間ほど話をさせてはもらえませんか、ラウラさん。」

 千早は頭を抱えながらラウラに言った。
 「インフィニットストラトス」において、「ラウラ=ボーデヴィッヒ」を愉快に魔改造していく女性「クラリッサ=ハルフォーフ」。
 いつか出てくるだろうとは思っていたが、まさかこんな風に自分に絡むとは思ってもみなかった。

「っていうか、男の僕に女らしさを学んで来いって……」

 千早はガックリと項垂れてしまった。

「2人とも漫才はその辺にしておけ。
 一夏達の試合が始まるぞ。」

 千早とラウラは箒に促されて、アリーナにいる一夏と鈴音に注目する。

 そう、今日はクラス対抗戦。
 第一試合は、一夏対鈴音だった。











===============











 「インフィニットストラトス」では、酢豚に関する告白を巡って一悶着あった場面なのだが、この2人の間にそのような確執は無い。
 純粋に戦闘を行う為だけに、アリーナに立っている。

 観客席は満員御礼。
 普段からIS学園にいる生徒職員たちだけではなく、外部からIS関連企業やIS国家代表チームなどといったISの関係者達が視察に来ているからだ。

(アイツ、クラス代表選考戦でAIC見切ってたわよね……
 ひょっとして衝撃砲とか、事前に射線見切られちゃう?)
(衝撃砲はまあ千早に散々撃たれてるから、多分打つタイミングとか射線とかは分かると思うんだけど……
 接近戦がなぁ……所詮ずぶの素人ってーのがモロに出るからなぁ……)

 方や飛び道具というアドバンテージがマトモに機能しない事に頭を抱え、もう一方は接近戦しか出来ないのにその接近戦でまるで勝ち目が無いという事実に頭を抱える。

 かつて修得していた武術は錆付いたを通り越して完全に朽ち果てており、今の一夏は正真正銘の未経験者より多少マシ程度。
 千早との訓練やシミュレータで奇跡的に僅かながら復旧できたとは言え、かつてのそれに比べると見る影もなく劣化している。
 喩えるなら、小学生の一夏を数打ちではない職人の心血が注がれた太刀とした場合、今の一夏はそこらに転がっているペーパーナイフにすぎない。
 そんな事で、たった1年で代表候補生にのし上がった大天才である鈴音に敵う筈が無い。
 それが一夏の自分への見立てである。
 一夏は散々千早に無力をなじられてきたせいか、「一夏」のような実力が伴わない大口叩きを極力避け、自分の実力を正当に判断しようとする。
 そうして下した「正当な評価」がこれであった。

 一方で鈴音は、自分より明らかに格上のラウラを下した一夏に対して油断をするなどという間抜けな真似はしない。
 もし仮に、自分の武器でもAICを切り裂けると仮定しても、一夏のようにラウラに打ち勝てる自信は全く無かった。
 それなのに油断などできよう筈が無い。

(ラウラみたいに油断してくれてりゃ何とかなると思うんだが……あんな大金星挙げちまった直後に油断してもらえるとか、ねえよなぁ。)
(接近戦ならひょっとしたら勝てるんだろうけど、一発でもウッカリ貰えば零落白夜や絶対防御強制発動で一撃必殺とかないでしょ!?
 マグレ当たり一発でサヨーナラなんて反則じゃない!!)

 2人の苦悩を余所に、無常にも試合が開始されたのだった。

 鈴音は動かない、否、動けない。
 何しろ一発が怖い接近戦オンリーで一夏を下さねばならないのだ。
 待ちに徹して、一夏側の攻撃の隙を突くしかなかった。

 一方で一夏の方も動けない。
 何が悲しくて待ちに徹している格上の懐に、自分から突っ込んでいかねばならないのだ。
 いくら完全なド素人に成り下がったとはいえ、100%確実に撃墜されると分かっていて無為に突っ込むほど馬鹿になった憶えはない。

「男らしくないわね。
 さっさとかかって来なさいよ!!
 どうせアンタってば接近戦しか出来ないんだから!!」

 鈴音はそう言いながら衝撃砲を連発する。
 案の定完全に見切られており、アサルトライフルのような連射がきかない事もあって当たる気がしない。

(距離をとられるとジリ貧よね……当たる気がしないっていうか、飛び道具の類はガトリングガンやアサルトライフルの乱射じゃないと当たんないんじゃないの、コレ?)

「何が悲しくて待ちに徹している格上の懐に突っ込まなきゃなんねえんだよ!
 何をどう考えても、突っ込んだ回数だけカウンター貰うだけじゃねえか!!」

 甲龍の手の中で、凶悪な大きさでありながらバトンのようにクルクル回転している二振りの自称青龍刀を見ながら、一夏はそう答えた。

「シャルロットと戦ってた時はやってたじゃない!」
「そりゃ逃げ回っててもジリ貧だったからだよ!!
 大体、突っ込んで負けてたじゃねえか、俺!!」

 鈴音はいっその事自分から突っ込もうかと考えるが、頭を振る。
 白式の方が圧倒的に早いのだ。
 突っ込んだところで再度引き離されるだけで、待ちが完璧ではなくなるというリスクの方が遥かに大きい。

 と、唐突に白式が動く。
 得意の連続瞬時加速でない事が気がかりだったが、鈴音はようやく仕掛けて来てくれるのかと、白式迎撃の為に神経を集中させる。

 と、白式が時折瞬時加速を行うようになる。

(うっわ、キチンと反応してるわ……
 やっぱスピードでかく乱って言うのは無理があるってことだよなぁ。
 しかもコイツはプロトタイプネクストとも何度かやってるから、目の前で瞬時加速かましても見失うなんてマヌケは曝してくれないだろうし。
 手詰まりだなあ……
 やれるとするなら……後の先をとれた場合かな?)
(コイツ自分の速度に私がついてってるのか見てるみたいね……
 うう、ついていけてない振りでもしとけば良かったかなぁ。)

 と、白式は連続瞬時加速を使い時速850Kmでの複雑な機動で鈴音の甲龍に迫る。

(よっしゃ、来た!!)

 鈴音は背後斜め下から迫る白式を気付かない振りをしながら引き付けてから、白式目掛けて得物を振るう。
 だがその直前、白式が瞬時加速で逆噴射してほんの少しバックした為、青龍刀は空を切る。

(へ? っ!!)

 一瞬惚けた鈴音は先日の一夏対ラウラの顛末を思い出し、もう一方の青龍刀で瞬時加速で突っ込んできた一夏を迎撃する。
 だが、惚けた一瞬が余りにも痛かった。

「あっぶねぇなぁ……一瞬惚けて隙が出来てたってぇのに、もう少しで迎撃される所だったぞ。」
「そ、そうね。も、もう私には、二度とこんなの通用しないわよ。」

 鈴音の腹部には容赦なく雪片弐型が打ち込まれ、発動した絶対防御は甲龍のシールドエネルギーをごっぞり削り取っていった。
 鈴音は腹部の激痛に耐えながら一夏に対する迎撃体制を瞬時に再建させる。

 と、衝撃が二人を襲う。
 その方向に意識を向けてみると、そこには全身装甲型の……











===============











「……どういう事なの?」

 束はIS学園にハッキングして一夏達の試合を観戦していた。

 「インフィニットストラトス」の7巻に、「束にしか無人機を作る事は出来ない」と明言されていたのに、自分が送り込んだ覚えの無い無人機が一夏達を襲っている。
 さらに言えば、作った覚えの無いデザインの無人機だった。
 一夏は対戦相手の少女を庇いながら戦っており、随分戦い辛そうにしている。
 程なくして、無人機からの妨害電波で束からもアリーナの様子を見る事ができなくなってしまった。

 束はその展開に戸惑う。

 確かに彼女の世界と「インフィニットストラトス」で描かれた物語とでは、相違点が存在する。
 何もかもが物語通りではない以上、彼女の世界には、彼女以外にも無人機を作ってしまえる人材がいてもおかしくは無い。
 だが……その事が分かっていてもなお、無人機の存在は束の不安を掻き立てる。

「「インフィニットストラトス」を成立させようとしている誰かがいるの……?
 ダメ、「インフィニットストラトス」を、いっくんが一番弱くて女の子に助けてもらって成り立つお話なんか、いっくんが主人公で箒ちゃんがヒロインのお話なんか成立させちゃダメッ!!
 破綻させなきゃ、「インフィニットストラトス」を破綻させなきゃっ……」

 束は自分の世界にある一つの危惧を持っている。
 それは世界そのものが物語に類似しているという事は、物語上のお約束がある程度適用されるという事。

 たとえば、今は見る影もなく衰えているとはいえ、かつての一夏は本当に強かった。
 つまり、主人公補正による強烈な武術の素質が彼には存在していた。
 現在でも見られる一夏の強烈なモテッぷりにしてもそうだ。

 千早は「そのような有利な補正は、存在しないかも知れない」という危惧を持っている。
 だが、束の危惧はその真逆。
 物語の中にしか存在しないような不都合な『お約束』が、自分達の世界にあるかもしれないという危惧。
 だから彼女は物語を破壊したい。
 「インフィニットストラトス」を破綻させたい。
 そうすれば、物語上の『お約束』が起きないかも知れないから。

 一夏をIS学園に入れなければ彼は再び誘拐され、今度こそ取り返しのつかない事態になってしまうと考えられた為、一夏のIS学園入学を取りやめる事は出来なかった。
 だが、色恋沙汰において誰も勝てない無敵のヒロインという立場によりにもよって男である千早がいれば、ラブコメとしての「インフィニットストラトス」はぶち壊しになるはずだ。
 それに「インフィニットストラトス」に本来存在しない千早が、全てを滅茶苦茶にしてくれるかも知れない。
 千早との猛特訓やシミュレータによる特訓を続けて一夏が一番弱くなくなれば、弱い一夏を女の子達が守り、何かにつけてISについて教えるという「インフィニットストラトス」の基本ラインを否定する事ができる。

 だから彼女は千早をIS学園に放り込んだのだ。

 一番大切な妹の長年にわたる思いをサポートする事を諦めてでも、彼女は「インフィニットストラトス」を破綻させて……

「ちーちゃんが、ちーちゃんが死んじゃう…………っ!!」

 千冬が抱える「主人公の家族であり保護者であると同時に世界最強」という特大の死亡フラグをへし折りたい一心で。

 いくら彼女にとって箒の方が千冬より大切であっても、流石に箒の恋愛と千冬の生命では後者の方が重い。
 しかし、脳裏に焼きつく無人機が暴れている光景は、物語上の「篠ノ之 束」の役割をボイコットしている自分の代役が用意されているようで、彼女から不安を際限なく引き出してくる。

 不安の余り恐慌状態直前にまでなってしまう束。
 それは、彼女の世界の人間には到底想像もつかない……ごく普通の人間としての束だった。











===============











「ちょっと一夏、私だって素人に庇われるほど落ちちゃいないわよ。
 庇ってくれなくても大丈夫だから!!」
「シールドエネルギーがねえんじゃ腕の差なんて関係ねえだろっ!!」

 とはいアリーナの遮蔽シールドをぶち抜いた全身装甲機のビームは、エネルギーシールドをぶち敗れる代物。
 原理的にアリーナの遮蔽シールドとISのシールドは同じ物だからだ。
 直撃を受ければ、エネルギーが残っている一夏の方もタダではすまない。
 とはいえ、シールドエネルギーが枯渇寸前の鈴音よりもマシである事は確かだった。

 しかし、射撃用の武装が無い白式では、ビームを防ぐ楯として零落白夜を射線上に置く事が精一杯。
 距離を離せばとても戦えたものではなく、さりとて接近しようにも鈴音を庇いながらでは近づけない。

 一応鈴音も衝撃砲を放っているのだが、空間の歪みを見切られてしまうのか避けられてしまう事が多く、また命中弾も大したダメージになっている様子はない。
 防御力が非常に高いようだった。

 このままではジリ貧である。

 と、2人に通信が入る。
 プライベートチャンネルではなく、オープンチャンネルで、発信者は千早だった。

『2人とも、零落白夜か敵のビームで遮蔽シールドに穴を開けて一旦外に出て!!
 僕が入れ替わりで中に入って敵機を引き付けておくから、その間に白式のエネルギー補給を済ませて専用機持ちを集めるんだ!!』
『それでどうするんだよ!!』

 一夏もオープンチャンネルで答える。
 周囲で通信を聞いている者達に話の内容を分からせる為だ。

『零落白夜で突入口を開いて、そこから専用機持ち達に突入してもらう!!
 彼女達は全員僕達2人より強い筈だから、人数が揃えばアイツにも勝てる!!』
『分かった!!』

 その通信を聞いていた専用機持ちの少女達の動きは早かった。
 お互いに探しあい、スムーズに一夏と合流できるよう一塊になっていく。

 一方、一夏は敵機直上付近でワザとビームを撃たせて遮蔽シールドに穴を空け、そこから鈴音を抱えて瞬時加速で脱出し、入れ替わりに千早がアリーナの中へと突入する。
 無人機はなおも一夏達を狙おうとするが、千早の衝撃拳で体勢を崩されてしまう。

『千早っ、お前病み上がりなんだから無理すんなよっ!!』
『分かってる!
 こちらに注意をひきつける最低限の攻撃以外は逃げに徹する!!』

 プライベートチャンネルで互いに声を掛け合い、そうして自分のやるべき事に向かう二人。

(さて1巻の無人機か……
 逃げに徹すれば当たらないだろうけど……コイツが一夏狙いだった場合は、そうも言ってられないな。)

 千早は銀華のMaxスピードである940Kmで鋭角機動を行いながら無人機に迫る。
 無人機は長大な腕を振り回すラリアットで応じるが、いくらなんでもそこまで大雑把な攻撃が異常な運動性を誇る銀華に当たる筈もなく、逆にすれ違いザマにアンロックブレード『銀氷』で斬りつけられる。

(くっ、やっぱり堅いっ!!)

 銀華はISとしては非力な部類に入る。
 そのためか、時速940Kmの運動エネルギーを乗せた刃という暴虐の塊の筈の攻撃は、決定打には程遠いダメージしか与えられなかった。

(僕だけじゃあ火力不足かっ!)

 千早は内心そうこぼす。
 しかし、無人機の注意はひきつけておかねばならなかった。

 一方、一夏も困っていた。
 エネルギーを補給するアテが無いのだ。

 いつもはピットに戻ってエネルギーを補給していたが、今は観客席にしかいけない。
 あの機体のしわざなのだろうか、アリーナ中の遮蔽シールドがLv4に再設定され、アリーナ中の扉が全てロックされてしまっている。
 この状況では、エネルギー補給もママなら無い。

「くそっ、これじゃあ零落白夜が使えないぞ!!」
「あたしもこのまんまじゃ格好がつかないんだけど……」

 と、そこへ紅椿を身につけた箒がやってくる。

「箒?」
「紅椿の絢爛舞踏ならエネルギー補給が出来ると思ってな。
 もっとも、本来ならそうおいそれとは使えない単一仕様機能だ。
 実際、今まで何度も試してみたが、使えたためしが無い。
 ……まあ使えなかったら使えなかったで、紅椿のエネルギーをそのままお前にやる。」
「え? ああ。助かる。」
「でもコアエネルギーを融通しあうなんて、そんな簡単に出来るの?」
「普通のISならコアエネルギーを融通しあうのは難しいだろうが、紅椿は絢爛舞踏による自機及び僚機へのエネルギー補給を前提に開発されたISだ。
 やってやれん事は無いと思うが……」
「……補給用の割にトンでもない強さだよな。」

 戦闘機より強い空中給油機のようなものだった。

「いくぞ、一夏。」

 箒は「絢爛舞踏」という字面だけを頼りに、紅椿から絢爛舞踏の使い方を引き出し、実行しようとする。
 ……だが、仮にも単一仕様機能である。
 そう簡単に使えるものではなかったらしい。

「くっ、やはりやり方が分からんかっ!!」
「じゃあ、紅椿のエネルギーを直接白式に移すのか?
 そっちの方もやり方が分からないんじゃないか?」
「だが、単一仕様機能である絢爛舞踏よりは出来る可能性が高い。
 それに……お前の役に立たせてくれ。」

 箒がそう言って一夏の手をとる。

「展開装甲の応用範囲の広さなら……エネルギーの受け渡しぐらいやってみせろ……っ!!」

 紅椿の全身の装甲が展開し、光の流れが白式の中へと流れ込む。

「おっ、すげぇ、シールドエネルギーが本当に回復してきてるぞ。」
「よし、満タンになったら言え。
 こっちは消耗が激しい。
 どうも今のはあまり効率の良い方法ではないようだ。」


 と、その時、無人機が一夏達に狙いを定めてビームを放とうとして千早に阻止される。
 そしてエネルギーを満タンにしてもらった一夏は、他の専用機持ち達の所へ行き、彼女達が突入する為の遮蔽シールドの穴を零落白夜で切り開いた。


 ……その後は詳しく描写する必要がないほど、一方的な展開となった。
 一夏が空けた穴から突入した専用機持ち達の猛攻に、たった一機の無人機が耐えられる筈もなかったからだ。











===============












「無人機……か。」

 千冬はそうごちる。
 今回、アリーナを襲撃してきたISは、本来なら有り得ない無人のISだった。
 破損部分からナノマシン入りの水を入れてかき回す更識楯無の内部破壊によって、外装こそ無事ではあるものの中身はグシャグシャになっていた。

 が、ISコアは無事だった。

「467個のISコアに該当しないISコア……か。」

 実の所、銀華と紅椿のISコアも467個に入らない新造品なのだが、これらはISコアを自力で作ることが出来る束の手によって作られたISであり、さして不自然ではない。
 しかし無人機に関しては……

(「インフィニットストラトス」7巻には、無人機は『篠ノ之 束』にしか作れないと書いてあったのに、私が作った覚えの無い無人機がアリーナを襲った……か。)

 束の自己申告である為、真に受けるのはどうかと思ったが、確かに彼女にあんな真似をする理由は千冬には思いつかない。
 それに今の彼女は純正太陽炉やら男性用ISやらの研究でそれなりに忙しい筈だった。
 わざわざ無人機を作って、どこかからの刺客のように振舞わせるヒマはないはずだった。

(ふん、友人の弱みと言う奴か。
 なんだかんだ言いながら、奴を信じたい私がいる。)

 何にせよ、無人機の主を放置しておく事は危険なように感じたが、打てる手立てがない事も事実だった。

「歯がゆいな……」

 千冬は一言だけ、そうこぼしたのだった。











==FIN==

 さて、セシリアさんに続き、新たにちーちゃんを参考に女らしさを磨こうという女の子が出現しましたw
 まー、例えばまりやとちーちゃん並べて、どっちが淑女に見えますか、どっちを見習ったほうが淑女になれますかって言ったら……
 ちーちゃんの女子力はハンパ無いですからねww

 一方の束さんですが……こういう情報って小出しにした方がいいんでしょうけどねぇ。
 プロットほぼ無しの書きっぱなし品なので複線として回収できる自信も無く、ここで一気に大放出させてみました。
 一応この束さんの心情を知っているのは、ISキャラでは彼女一人です。
 おとボクキャラも、少なくともちーちゃんは知りません。

 しかし、絢爛舞踏なしでもこの人は電池ですか……



[26613] ちょっくらハードル上げてみよっか
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/05/05 19:40
 クラス代表選考戦とクラス対抗戦があった週の週末。

「思えば今週も結構盛り沢山だったよね。」
「ああ……」

 できれば休日には午前3時間、昼食後3~5時間、夕食後4~5時間訓練をしたいと思い(午前と午後はどちらかが訓練で無く座学になるが、それにしたところで7時間以上)、実際シミュレータ導入前まではそんな感じの生活をしていた一夏と千早だったのだが

「オーバーワークという言葉を知ってるか、お前等。」

 という千冬のありがたいお言葉と、シミュレータ導入後に来るようになった「アリーナを占領し続けるな」というIS学園からのお達しに阻まれ、そこまで充実した訓練はできない状態にある。
 千早に対しては「病み上がりでそこまで飛ばすな」という意味もあるのだろう。

 まして今日はシミュレータの設定修正及びアップデートの為に史が来ている為、なおさら訓練は出来ない状況にあった。
 ちなみに彼女はシミュレータの開発者として、その調整をしに来ているという名目でIS学園に来ており、今回は束と一緒ではない。
 シミュレータの有用性や彼女が代表候補生でない専用機持ちである千早の身内であり、また名目上とはいえ束の助手でもある事を考えれば単独行動は危険である為、束謹製の移動用巨大ニンジンで直接IS学園に乗り込んで来ており、IS学園到着後は事前に束から話を聞かされている箒が彼女の護衛についている。

 そんな史と箒の為に、千早は

「~~♪ ~~♪」

 鼻歌交じりに、実に楽しそうに料理を作っていた。
 主人である筈の千早が使用人の史の為に料理を作るというのは不自然なようではあるが、千早にとっては当たり前の事だった。
 まして、今、彼女は千早と一夏の為にシミュレータに手を加えてくれているのだ。
 そもそも千早は自分の性根がねじくれていると言い、実際男性でありながら男嫌いなど捻じ曲がった部分がある事は確かだが、彼の根本的な性格は世話好きで母性的なのだ。
 自分の為に頑張ってくれている史の労をねぎらう為に料理を振舞うというのは、千早にとっては当たり前の行為だった。

「随分楽しそうだな。」
「まあ料理をする事は好きですからね。」

 見た目幼いラウラに、微笑みながら惚けるほど優しい口調と声色で応える千早。
 その姿は妹に話しかける姉、あるいは娘に語りかける母親を連想させる。

 千早本人は苦笑のつもりなのだろうが、その微笑みは魅力的で銀糸の髪にも負けないほどの輝きを放っている。
 千早が男性である事を知っている一夏以外の男性であれば、一発で魅了されてしまうであろうほど銀の少女の微笑みの破壊力は凄まじい。
 見れば女性でありながら千早の女性的な魅力にやられ、見惚れてしまっている女生徒の姿が何人も見られる。
 その中には千早の背中に母親を見ているシャルロットや、母性を見出しているセシリアの姿もある。
 そんな女生徒達、そしてラウラと一夏の姿を見て、優雅に微笑みながら千早はこう付け足した。

「どうも史や箒さんの分だけではなく、貴女や一夏、それに彼女達の分も作る必要があるみたいですね。」
「私の分まで作るのか?
 お前は私を嫌っていたと思ったのだが。」
「あれは貴女の態度に問題があったからですよ。
 今はあの時の僕の忠告も聞き入れてくれているようですし、そう何時までもグチグチ言う趣味はありません。」
「ちょっとこの人数分をお前一人じゃ辛いだろ。
 俺も料理が出来ないわけじゃないし、手伝うぜ。」
「ん、すまないね一夏。」

 そうして一夏が千早の手伝いに入る。
 一緒に料理をする一夏と千早、そしてその2人の様子を見ているラウラという図は、夫婦で料理している両親の姿を眺めている娘を連想させた。
 千早とラウラの髪が共に銀髪である為、なおさらだった。

 トントントントン……と軽快な包丁の音が聞こえてくる中、2人は実に楽しそうに料理をしていた。
 そんな事をしているとますます恋人疑惑が強くなってしまう、という事にも気付かずに。











===============










「史、シミュレータのアップデートありがとう。
 久しぶりに史に食べてもらいたくて作ってみたんだ。」
「あ、ありがとうございます、千早様。」

 シミュレータのアップデート作業が済み、千早から予め話を聞いていた箒が史を調理室に案内した所で、千早は史に料理を振舞った。
 箒や一夏、ラウラなどもご相伴に与かる。

「史、召し上がれ。」
「頂きます。」

 そうして皆で千早と一夏の料理を食べ始めたのだが、やはり……

「……やっぱ千早と俺じゃあ料理の腕に大分差があるな。
 千早が作って奴の方が、俺のより大分美味いぞ。」
「……どれも私が作った場合より美味いんだが……」

 箒にも千早と一夏の差が分かる。
 味の差で千早が担当した料理なのか、一夏が担当した料理なのかが分かるほどだ。
 しかし……一夏が作ったであろう料理の方も、明らかに箒が作れる料理よりも美味だった。

「ん~~、まあ俺の場合は料理できない千冬姉との二人暮らし……まあ千冬姉って滅多に帰ってこないから、実質俺の一人暮らしだったからな。
 自炊の一つくらい、嫌でも身につくって。」
「……そうか。」

 箒はため息をついた。

「所で一夏、少し良いか?」
「ん、なんだラウラ?」

 一夏はラウラの方を向く。
 彼女の皿は既に空っぽで、今まで黙々と食べていたようだった。
 ラウラはお喋りに興じる性格でもないが、今まで一言も発しなかったのは料理がそれだけ美味かったのかも知れない。

「あの御門千早の振る舞い、女らしいのか?」
「ああー……」

 一夏にとっては大分コメントに困る質問である。
 史の食事を微笑みながら見守る千早を女らしくないといえば、この世から女らしい女性などいなくなってしまう。
 しかし、千早が女性と誤解されてへこんでいる事を知っている一夏には、素直に言うには躊躇われる事実だった。
 だが……

「……何を言っているんだ。
 あの千早さんが女らしくなければ、どこに女らしい人がいるというんだ。」

 箒が一夏に代わってラウラに返答してしまった。

「ふむ……」

 ラウラは興味が無いなりに命令だからといった雰囲気で、千早と史の微笑ましい光景を注意深く観察していた。

「所で史、今回のアップデートは何をしていたんだい?」

 と、千早が史に尋ねた瞬間、ラウラが身を乗り出す。
 やはりラウラは、女らしさよりシミュレータの方に強い興味を抱くようだ。

「はい。
 ここIS学園ではIS、とりわけ専用機のデータが非常にデリケートに扱われるという事でしたので、シミュレータの使用者のデータと任意で戦えるように設定できる箇所を無くしました。
 また、シミュレータ使用者が力尽きるまで、指定範囲の機体が次々と敵増援として出現し続ける荒野乱戦モードを追加しました。
 他には、新しいデータの追加ですね。」

 そう言って、史は新たに追加したデータを羅列する。
 例によって、巨大ロボットの類は人間大に縮小されているようだ。

・アナトリアの傭兵Ver1~9(史の知り合いのACシリーズ上級者の戦闘データ。ヴァージョンによりアセンブリが異なる。)
・ISを身につけた瑞穂の戦闘データ
・A.C.E.R版ナインボールセラフ改(演出過多の必殺技を隙が極小の通常技にアレンジし、ミサイルの単一目標に対する多重ロックオンが可能になった所が「改」。その代わりステルスをオミット。ゲーム本編ハードモード仕様と上級プレイヤーデータモードの2種あり)
・青パルヴァライザー(ゲーム本編仕様と上級プレイヤーデータモードの2種。)
・人類種の天敵討伐部隊(同上)
・ラストジナイーダ(ゲーム本編仕様のみ。)
・ラインの乙女 各種バリエーション
・ラインブレイカー(ラインの乙女を撃破できる最上級プレイヤー達)の戦闘データ
・(自称)粗製リンクス(最高難易度でのゲームクリアは可能だが、上級プレイヤーほどではない実力のプレイヤーデータのネクストAC。)
・(自称)ゴミナント(最高難易度でのゲームクリアは可能だが、上級プレイヤーほどではない実力のプレイヤーデータのAC。)
・雑魚オービタルフレーム各種(ゲーム中で最も強い戦闘プログラム。荒野乱戦専用。)

「……相変わらず容赦ないね。」
「千早様や一夏様がお強くなる為には必要かと思いましたので。」

 相変わらずの鬼ラインナップだった。
 比較的楽な部類に入るであろう雑魚オービタルフレームでも、荒野乱戦専用、つまり多勢で押し寄せてくる事と中身がゲーム中最上級の強さのAIである事を考えれば、あのジェフティの驚異的戦闘力を持ってしても、生半可な腕では瞬く間に撃墜されかねないほどの大戦力である。
 粗製リンクスやゴミナントにしても、上級プレイヤー達に劣る腕とはいえゲームをクリア可能、つまりナインボールセラフやプロトタイプネクストに打ち勝てる者ばかりなのだ。
 また、こういう自称をするプレイヤーが、実際その通りに弱いというのも考え辛い。実力者だと見るべきだった。

 そんな中で一番マシといえそうなのが……

「瑞穂さんの戦闘データ、ね。
 確かに瑞穂さんがこのシミュレータのテストをしていたんだから、そのデータも蓄積されているんだろうけど。」
「束様によると瑞穂様にお渡ししたISは第一世代に分類されるとかで、全て枯れた技術のみで作成している為、何をどう研究されても痛くも痒くもないそうです。」
「第一世代?」
「アルトアイゼンを参考に作ったとおっしゃっておりました。」
「ああ、成る程。」

 それならば拡張領域に武装をしまいこむ第二世代以降の特徴を持たせてしまう事は、再現度を落とす好ましくない行為となってしまうだろう。
 さりとて、第三世代のイメージインターフェースはアルトアイゼンには似つかわしくない。
 千早は納得した。

「それとお気をつけ下さい。
 瑞穂様はゲーム本編版のナインボールセラフに勝っておいでです。
 全くの素人と侮ってしまわれると、勝てなくなってしまう位にはお強いですよ。」

 その一言に千早は凍りつく。
 瑞穂がISに触れていられた時間は自分よりもはるかに短い筈だ。
 それなのに、そんなにも強くなれるものなのか。

「あ、相変わらず人間以外の何かみたいだね、あの人は……
 なんであんな異常スペックであんなに気弱に振舞えるんだ……」
「さあ、史には分かりかねます。
 ただ千早様、いくら100mを6秒台で走ってしまわれる方相手でも、人間以外の何かという言い方はどうかと思いますが。」
「あ……ごめん、史。
 って、100m6秒台!?」

 その会話を聞いた一夏は、内心こうこぼす。

(異常スペックって、お前自身充分異常スペックじゃないか!
 そのお前から見て人間以外の何かって、一体何者なんだ!?
 それに100m6秒台って何なんだ100m6秒台って。
 千冬姉じゃねえんだぞ!!)

 一夏は千早のスペックの片鱗を知っている。

 自分を過大評価しない千早自身の口から、茶道、華道からピアノにダンス、さらにはフェンシングまで嗜んでいる事を聞かされ、また家事をやらせれば家事のプロである筈の史を凌ぐと千早の家の人間のほぼ全員から聞かされ、しかも学力の高さがハンパではない上に知識の幅も広く、そして武術の腕も非常に強力な事を、一夏は身をもって知っている。
 ここ最近は代表候補生という軍人と同等の強力な腕を持つ少女達が比較対照であった為に、ド素人の一夏とほぼ同様の扱いを受けていたとはいえ、千早とて素手同士ならその辺の黒服やヤのつく自営業の若い衆を数人纏めて戦闘不能にする程度の実力はあるのだ。
 文武両道にも程があった。

 その千早をして「人間以外の何か」と言わしめるほどの、彼の又従兄弟の瑞穂。
 千冬並みの規格外としか思えなかった。

 と、千早はとりあえず話を変えた。

「と、ところで史、このラインの乙女ってなんだい?」
「ネクストAC用戦闘AIです。
 バージョンにもよりますが、上級プレイヤー7人を同時に相手どって勝ってしまえるほどの戦闘力を有しております。」

 その一言に、シミュレータでプロトタイプネクストや首輪付きと戦った事のある者達が一斉に凍りつく。
 千早自身も例外ではない。

「ふ、史……今、なんて……」
「はい、ですから上級プレイヤー7人がかりでも負けてしまうほどの強さの戦闘AIと言いました。」

 やはり聞き間違いではないらしい。

「ちなみにラインブレイカーとは、単独でそのラインの乙女に勝ててしまえるほどの最上級プレイヤーの方々の事です。」
「そ、そうなんだ……」

 そんな千冬さんじゃないとどうしようもないデータなんて用意してどうするつもりなんだい。
 千早は心の底からそう思った。

「所で千早様。
 千早様と一夏様にはオーバーワークが目立つとお聞きしました。
 他の方々もシミュレータを使いたがっているご様子ですし、この後の訓練はお身体に負担をかけないような運動にされた方が良いかと思います。」
「身体に負担のかからない運動……ね。」

 そこで一部の少女達の目が光る。
 この後、一夏と千早を自分達の部活動に引っ張って行ってしまおうと。

 ……彼女達の所属は、水泳部だった。
 











===============










 千早は全力で抵抗しているが、多勢に無勢だった。

 既に上半身は半脱ぎの状態にされており、少女達にとっては唯一女らしさで千早に勝てるポイントである胸の大きさが露になっている。
 ……まあ千早は男性なので、まっ平らなのは当然なのだが。
 ちなみに白く透き通った肌は胴体部分も例外ではなく、千早の身体のラインは女性らしい柔らかなラインを描いている為、この期に及んでさえ、彼を男性と判別している少女は一人もいない。

 千早が抵抗している理由。
 それは一夏には海水パンツが用意されたが、彼にはスクール水着が用意された為だ。
 千早としては、男としての、というより人としての尊厳が破壊されつくす今回の暴挙を受け入れる訳にはいかないのだが、味方になってくれるはずの一夏とは引き離されている。

 ちなみに一夏は別の場所で着替えを済ませており、また千早の方にも海水パンツが支給されていると思い、

「あいつ、あの上半身さらすつもりなんかね……」

 などと、のんきに構えていた。
 千早の方の惨事など知る由も無い。
 千早の事を男性と思えばこその、気の利かなさだった。

「な、何を考えているんですか皆さん!!
 男にこんなもの着せようとしないでくださいよ!!」

 少女以外の何者でもない顔で本気で泣きながら、千早は叫ぶ。
 その姿はいままさに陵辱されようとしている少女が、恐怖に震えながらも声を上げて気丈に振舞おうとする姿そのものだった。
 ……ただし今回の場合、その陵辱者も少女なのだが。

「まったまた、御門さんったら。
 それじゃあ海水パンツでプールを泳ぐつもりだったの?」
「当たり前じゃないですか!!」

 その一言に辺りが凍りつく。
 千早が一夏と共に海水パンツ一丁で、上半身をさらして一緒に泳ぐ姿を思い浮かべてみる。
 ……明らかにアウトだった。

「へ? あ、あの、皆さん?」

 凍りついた少女達の様子に、自分まで呆然としてしまう千早。
 ここで呆然としてしまった為、彼の脱出の最後の機会が失われてしまった。

「なっ、なななっ、な、何考えてるのよ!!
 お、おと、男の人がいるのよ!?」
「いや、だから僕自身が男だから大丈夫なんですってっ!!」

 とはいえ……千早は中学校以降、何故かプールの時の着替えを他の男子と別にされたり、バスタオルを終始羽織っているよう先生に指示されたりしていた事を思い出す。
 だが以前の学校では、千早の事はキチンと男性と認識していた筈だった。

 しかし少女達の方は収まりが付かない。

 断じて千早を海水パンツ姿で泳がせてはならない。
 そんな無防備極まりない真似を、お姫様のように見える千早にさせてはならない。
 使命感のような物が彼女達の中で燃え上がる。

 千早はそれを「なんとしてでもスクール水着を千早に着せる」という彼女達の決意のように感じて、コレまで以上の抵抗と脱出を試みるが、多勢に無勢であり、覚悟完了の少女達はコレまで以上に手強かった。

「だ、誰か助けてぇぇぇぇぇぇっ!!」
『うんいいよ、ちーちゃん。』

 千早に救いの手を差し伸べたのは、千早にとって聞き覚えのある……そしてもう二度と生では聞く事ができないはずの、幼い少女の声だった。











===============










 暇だったので準備運動をしながら千早を待ち、その準備運動も終わってしまってどうしたものかと暇を持て余していた一夏の前に、ようやく千早が姿を表した。

「よう遅かったじゃないか、ちは……や?」

 プールサイドにようやく姿を表した千早に声をかけようとした一夏の声に戸惑いが混じる。
 姿を表した千早の格好がスクール水着で、しかも……

「胸……パッド、じゃないよ、な?」
「いや……それが、私達にもどうしてか分かんないんだけど……私達の目の前で見る見るうちに大きくなったのよ。」
「へ?」

 その少女が言うには千早にスクール水着を着せようとした所、千早が物凄い勢いで嫌がったという。
 さらには海水パンツで泳ぐなどと言い出した為、無理にでもスクール水着を着せようとした所、突然千早の胸が大きく、そして整った形の美乳に変貌し、その後は素直にスクール水着を自分から身につけたのだという。
 しかも、胸がまっ平らだった時と胸が大きくなった後とでは、性格の方もまるで異なり、今の千早の性格は朗らかで天真爛漫なのだ、というのだ。

「は、はあ……」

 あまりに有り得なさ過ぎる話に、一夏は呆然としてしまう。
 それはラウラ他、一夏と共に千早を待っていた少女達にとっても同様である。

 千早の事を女性だと固く信じているIS学園の少女達も、千早の胸が平らである事は知っている。
 銀華の胸部装甲と千早の胸の間には隙間があり、そこから平らな胸を見る事ができるからだ。
 また銀華なしのISスーツ姿も、頻度は少ないながらも目撃されている。
 ちなみに男性である千早には学校指定のISスーツを着せる事はできない為、彼のISスーツは男性用の特注品である。
 一夏の物に比べて肌の露出が多く、下はサポーター付き半ズボン、上は丈がやや足りないタンクトップといった出で立ちである。

 その為、胸がある千早という図は彼女達にとっても有り得ない筈だった。
 それが目の前にいる。

 唯一のウィークポイントである胸元が完璧となり、千早のスタイルはまさしく世の女性全てが憧れるようなパーフェクトプロポーションと化している。
 ……まあ、胸が大きくなった以外はサッパリ変わっていないのだが。

「まあまあ、とにかく泳ご?」
「あ、ああ。」

 千早は上目遣いで、一夏の手をとる。
 その完璧なプロポーションの、本来なら男性であるはずの少女の、普段とはまるで違う表情と言動に、一夏の戸惑いは止まらない。
 とにかく、2人とももう準備運動は済んでいるという事で、一夏は千早のはずの少女に、プールの中へと引きずり込まれてしまった。



「それで……はじめまして、かな?
 私の名前は、御門 千歳って言います。」
「御門……千歳?」
「うん、ちーちゃんから聞いてるでしょ?
 小さい頃、双子のお姉さんが死んじゃったって。
 それが私。
 今ね、ちーちゃんに乗り移ってるの。」
「…………」

 どう見ても女の子の物としか思えない身体……は元からにしても、男性ではありえない胸の膨らみや誤魔化しようが無い筈の股間の膨らみが全く無いという事実、また普段の千早とは明らかに全く違う無邪気な笑顔や性格に、彼女は千早ではないと確信した一夏がその正体を問い詰めると、彼女はアッサリ白状した。
 とはいえ、到底信じられる話ではない。

「いや……乗り移ってるったって、それじゃあその身体そのものは千早の物なんだろ?」
「うん。
 どうしてだかは分かんないんだけど、私が乗り移るとちーちゃんの身体って女の子の身体になっちゃうの。
 それでここのおねーさん達にこの水着を着せられそうになったちーちゃんが、男の僕がスクール水着を着るわけにはいかないってすっごい勢いで嫌がってたから、私が乗り移ってあげたの。
 私が乗り移って女の子の体になっちゃえば、女物の水着も着れちゃうからね。」

 ニッコリと輝くような笑顔で言う千歳。
 一方、一夏は頭を抱える。
 彼女の話が本当だと仮定した場合、この善意のお陰でますます千早が男性であるという事実が少女達に信じられなくなってしまうからだ。

「ふむ……亡霊とは非常識な。
 いや、確かに性格はともかく体格まで変貌するとなると、常識では考えられん何かが関わっている事も考えねばならんか……?」

 そんな事を呟くラウラはしばらく考え込んだ後、千歳にこう切り出す。

「千歳と言ったな。聞きたい事がある。」
「ん? なあに?」
「貴様、千早以外の人間に乗り移る事は可能か?
 もし可能なら、後で私に乗り移ってみてはもらえないだろうか?」
「ふぇ?」

 千歳はずっと千早に取り憑いていたとかで、彼の身辺の出来事や人間関係は大体把握している。
 その為、ラウラが千早を見て女らしさとは何かを学び取ろうとしているらしい事は知っていた。

「貴様の立ち居振る舞い……千早のものとは異質ではあるとはいえ、それもまた女らしい振る舞いと考えて良いのだろう?
 だから中身がお前の私の振る舞いを映像として記録し、私の目指す目標としたいのだが。」
「……なるほど。」
「うん。そういう事なら引き受けても良いよ。
 ちーちゃんと直接お話したいけど、ちーちゃんに乗り移っちゃってるとそれも出来ないし。」

 どうも今、千早の意識はないようだった。
 ……本人にとっては幸運な事に。











===============










「と、いうわけで、こうやってお話しするのは何年ぶりかな?
 ちーちゃん。」
「本当に……千歳さん、なんだね?」
「うん、そうだよ。
 死んじゃった後、ずっとちーちゃんに取り憑いて、ずっと見守ってたんだよ。」

 幼い外見相応の言葉遣いをするラウラを、千早は懐かしい物を見るかのように見る。
 ラウラの素の性格は知っている。
 いくら工作用の演技だとしても、ラウラがここまで千歳を再現するのは不可能だ。
 ましてや「千早が意識を失っている間、千歳が彼に乗り移ってその肉体を女性の物にしていた」という話も、証拠映像つきで突きつけられている。

 今のラウラの中身は千歳である。
 その事を、千早は事実として受け止める他なかった。

「僕があんまり心配をかけてしまったから、今まで成仏できなかったんですか?」
「そんな事無いよ。」
「じゃあ、ずっと病弱で、動けなかったから?」
「それはあるかも。
 さっきちーちゃんの身体で思いっきり泳いだら、すっごく気持ち良かったんだ。」
「だったらっ!!」

 千早はラウラの、千歳の身体をギュッと抱き締める。

「僕の身体なんて何時だって好きなように使ってくれても良かったじゃないか!!
 それで、生きてた時には出来なかった事が、思いっきり身体を動かすっていう事が出来るようになるんだから……っ!!」

 千早の菫色の目に涙が浮かぶ。
 千歳はラウラの身体で抱き返した。

「そんな事言わないで。
 私はもう死んじゃってて、今生きているのはちーちゃんなんだから。」
「でも……」
「それにね……実はちーちゃんが寝ちゃった後で、ちーちゃんに乗り移ってみた事があるの。
 そうでなかったら、私が乗り移るとちーちゃんの身体が女の子の身体になっちゃうなんて、私が知ってるはず無いでしょ?」
「へ?」

 言われてみればその通り。
 幽霊とはいえ、元は人間なのだ。
 当然、常識も人間のそれと大差なく、その為、乗り移った男を女性の身体に出来るなどという非常識な事を自明の如く知っている筈が無い。
 千早に乗り移るとその肉体が女性の物になるという事は、以前に乗り移ってみた結果、判明した事実であるとした方が自然であった。

「いやあ、私もビックリしちゃったけどね。
 あれ? ちーちゃんって女の子に見えるけど男の子のはずだったよね、って。」
「そうなんだ……」
「だから、そんなに思い詰めないでね、ちーちゃん。」

 ラウラの顔で千歳が優しく微笑む。

「まったく、千歳さんには敵わないなぁ。」
「だって私はちーちゃんのお姉さんだもん。」

 千早もまた優しい笑顔で千歳に応えるのだった。










 後日。
 千早は千歳に乗り移られて女体化するメカニズムを銀華のISコアに解析されてしまい、千早を女性に変える機能がいつの間にか銀華に追加されている事に気付いて愕然とするのだが、それはまた別の話。



==FIN==

 1巻2巻も終わった事なので、ちょっくらヒロイン達のハードルを上げてみました。
 へ? ちょっと所じゃない?

 ちなみに銀華のちーちゃん女体化機能ですが、これを使うと使わないとでは千歳さんがちーちゃんに乗り移った時の負担が違います。
 元からちーちゃんの身体が女の子の方が、千歳さんの負担が軽くなるという寸法です。
 一応可逆変化なので、ちーちゃんも一安心。
 まーそれでもちーちゃんのジェンダーアイデンティティを崩壊させかねない代物である事には違いないんですがw

 ちなみに銀華の胸部装甲とちーちゃんの胸板の間にある隙間ですが、ちーちゃんが女体化するとピッタリ埋まります。

 話は変わって、史ちゃんですがメシ食った後はとっとと帰ってます。
 一応、彼女には御門家での仕事もありますし、IS世界での彼女の立ち位置って結構危険ですので。



[26613] 比べてみよう! ノーマルモードとハードモード
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/05/10 23:05
 箒、鈴音、セシリア、シャルロットの4人は2冊のライトノベルを回し読みしていた。
 そのタイトルは「IS インフィニットストラトス」、その1巻と2巻である。

 シミュレータのアップデートをしにやって来た史が、箒達に手渡した物だった。
 史は3巻以降も持って来ていたのだが、箒達はこの先起きるであろう出来事に対して先入観を持つ事は良くないとして、既に起きてしまった範囲の事件しか出てこない2巻までしか受け取っていない。
 実際、箒達の懸念は当たっているようで、既に「インフィニットストラトス」とは深刻なほど大きな相違点が見られるという話だった。

 そして4人全員が「インフィニットストラトス」を読了した時、彼女達の心は一つになった。

「万が一、一夏に「インフィニットストラトス」を読まれてしまったなら、彼を殺して自分達も死ぬ他ない」と。

 何しろ「インフィニットストラトス」には、彼女達の恋する乙女としての悶絶が事細かに記されているのだ。
 とても意中の男性、すなわち一夏に見せられるものではない。

 一方で、千早の世界ではこの「インフィニットストラトス」が二束三文で売られているという事実も、彼女達のSAN値を大いに削る事実だった。
 何しろ彼女達の悶絶が数万単位の人間に知れ渡っているという事なのだから。
 いくら読者達にとって彼女達は架空の存在、お話の中のキャラクターにすぎないと言っても、気分の良い話ではなかった。

 しかしそれ以上に感じる事は、「インフィニットストラトス」に登場している自分達に対する羨ましさだ。
 何しろ彼女達の前には、御門 千早というどうしようもないほどの鉄壁の壁が存在しない上に、一夏がちゃんと寮に住んでいる為、好きなだけアプローチをかける事が出来るのだ。
 しかも箒やシャルロットに関しては、シャワーからバスタオル姿で出て来た所を目撃されるなど、恥ずかしくはあるものの一夏に異性としての自分をアピールできるイベントも発生している。

 その代わり、ラウラが明確なライバルとして一夏争奪戦に参加しているが、それすらも裏を返せば彼女がマトモな女の子をしているという事である。
 それはつまり、先日のパーティーの時のような千冬の逆鱗に触れる発言をする恐れが無いという事でもあった。

  色恋沙汰に関して、自分達より圧倒的に有利な、もう一人の自分達が心底羨ましい限りだった。

 ……ただ、千早がいないことによる影響か「一夏」が余りにも弱すぎる事と、クライマックスなどで見られる「一夏」と「白式」の繋がりが普段より強くなったように描写される場面において、「一夏」がISの操作のみならず戦闘技術の面でも明らかに実力以上の力を発揮している点が、とても気になった。

「……白式にはVTシステムでも積んであるのか?」

 箒はそう呟いた。
 総合優勝者・千冬を始めとするモンドグロッソ各部門優勝者達「ヴァルキリー」の戦闘力を再現させるVTシステムはご禁制とされている代物であるが、束の性格からしてその辺りのルールを素直に遵守しているとは考え辛い。
 ISの操作のみならず、一夏自身の戦闘技術さえも一時的に達人級に引き上げるなど、VTシステム以外には考え辛かった。
 しかし、本当にVTシステムとするなら、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたVTシステムと余りにも様子が違う点が気になった。
 「一夏」が自分の技量が明確かつ不自然に急上昇していた事に関して、全く無頓着である事も気がかりである。

「そういえば、小学生の頃の一夏さんというのは、今の一夏さんはおろか、全国女子中学生剣道日本一とかいう貴女より更にお強い、という話でしたわね?」
「ああ。
 あの頃の一夏ならば、私など瞬殺出来る。」
「……それって、あたしが始めて一夏と出会った頃の話よね?
 あの頃は洒落にならないほど強かったのに、それがたった数年でド素人同然のレベルまで落ちるもんなの、普通?」

 いくら比較対照が代表候補生という戦闘のエリート達とはいえ、かつては現在の箒さえ問題にならないほど強かったとは思えない「インフィニットストラトス」の「一夏」の惨状を思い浮かべて、そう言う鈴音。
 箒の話が真実であれば、一夏が鈴音と共に過ごしていたまさにその期間の間に、一夏がドンドン弱くなっていったという話になる筈なのだが、鈴音から見て一夏がそんな健常者から半身不随になるような洒落にならないレベルでの弱体化を果たしていたようには見えなかった。
 だが、幼い頃から武の道にドップリ浸かっていた者の見解は厳しい。

「お前が一夏の弱体化に気付かなかったのは、その頃のお前がタダのド素人だったからだろう。
 その時点で代表候補生だったなら、一夏の強さが衰えていく様子が手に取るように分かった筈だぞ。」
「そ、そんなもんなの?」
「ああ。
 何しろアイツときたら鍛えていた期間より、その鍛えた腕を放置していた期間の方が長い位なんだぞ。
 俗に剣の道は3日欠かせば7日失うという。
 それなのに鍛えていた期間より長く剣から離れていては、いかな天才、あるいは達人であろうとも完全なド素人に成り下がるのは当たり前だ。
 最近は千早さんと鍛えて多少は復旧できているようだが、普通ならここまで綺麗サッパリ失ってしまった物を復旧する事など不可能だ。
 2ヶ月足らずでああも取り戻せているのは奇跡に近い、というか奇跡そのものだぞ。
 ましてや、これに書かれている「一夏」のようなヌルいスタンスでは、小学生の頃の一夏の領域には一生かかっても到底辿り着かんわ。」
「き、厳しいね……」

 シャルロットが苦笑いを浮かべて箒に突っ込む。
 と、ここでセシリアは「白式」のVTシステムに話を戻した。

「それで、「白式」のVTシステムなのですが……現実の白式にも搭載されているのでしょうか?」
「まあ、搭載されていると見て間違いないんじゃない?
 他のISについては、無人機も含めてみんな現実に近い性能だったし、白式だけ別物って事はないと思うよ。」

 シャルロットはそうセシリアに応じる。
 実際には、束が「インフィニットストラトス」には登場していないIS、銀華を開発し、そのデータを白式にもフィードバックさせている為、運動性の面でかなり優秀になっているのだが、「インフィニットストラトス」に登場する「白式」も高機動型ISには違いないのでシャルロットは2機の白式の相違点には気付かなかった。
 「白式」が白式に比べて随分遅いように描写されているのは、単純に低技量の「一夏」が、「白式」の能力を充分に使いこなせていないだけだと考えている。

「だが……一夏は少なくとも先日の対ラウラ戦ではVTシステムを使ってはいなかったようだな。
 もし、こんなにも不自然に一夏の動きが良くなっていれば、ラウラがそれに気付かない筈が無い。」
「……つまりアイツは、VTシステムに頼らなくても、あたしがセシリアだっけ? そこの金髪と組んでも敵わない相手に、1体1で勝ったって事ね……」

 鈴音のその一言に、一夏の強さが馬鹿にできた物ではないことを再確認する4人。
 彼女達は一夏に対する「ド素人」という戦力評価を改めざるを得なかった。
 もっとも、そんな事はもう大分前から分かっていたことだ。

「そういえば一夏って、お話の中の「一夏」とは大分違うよね。
 お話の中の「一夏」より全然強いのに、自己評価が大分低いみたいだし……」

 それに対して「インフィニットストラトス」の「一夏」には、実力以上のビッグマウスが目立つ。
 基本的な部分が全く同じなだけに、この違いが余計に大きく目立ってしまう。

「それこそ千早さんの影響ではないのか?
 私は好ましい変化だと思うぞ。
 己の弱さを認められる謙虚な気持ちがあるとないとでは、伸び方がまるで違う筈だからな。」

 うんうんと頷く箒の隣で、鈴音はなんとも微妙な表情を浮かべる。

「でもそれって良し悪しなんじゃないの?
 アイツ、代表候補生は強いってキチンと認めているのはいいんだけど、過大評価でトンでもないイメージを持っているわよ。」
「ああ、あの怪物発言か……」
「……女性に言うべき台詞ではありませんわね……」

 少女達は一様にげんなりした表情を浮かべた。
 流石に代表候補生=少女の外見に恐ろしい戦闘力を詰め込んだ怪物、という一夏の評価は、年頃の少女でもある彼女達にとっては許容し難い代物である。

「しかもこの間なんか、私達代表候補生の事を、熊鍋食べる為にナイフ一本持たされて空腹の熊と同じ檻に入れられる連中だとか言ってたし……」
「いやいやいや」

 苦笑いを浮かべているシャルロットが、鈴音の発言、正しくは彼女が発した一夏の台詞に突っ込む。
 見れば、セシリアも、そして代表候補生でない箒も、シャルロットと同じ表情をしていた。

 実の所、熊鍋云々についてはラウラからそのような訓練を受けていたと聞いた一夏が、他の代表候補生も当然同程度の過酷な訓練を受けているに違いないと思って発した台詞なのだが、箒達はこの事実を知る由もない。

「とりあえず熊鍋の話は脇に置いておくとして……
 他にもあたし達の一夏と違う所ってあるわよね?
 割かし簡単にデートの誘いに応じてくれたりしてるし。」

 鈴音は強引に話題を変える。
 それにシャルロットが続く。

「そうそう。
 「箒さん」や「僕」との絡みが多いし、「僕」にも随分構ってくれているしね。」
「それこそ千早さんの影響だろう。」

 と、鈴音がため息混じりに「インフィニットストラトス」での「一夏」と「鈴音」の絡みを眺めながら発言する。

「にしてもこんなに簡単に一夏がデートの約束に応じてくれるなんて……
 あたし、この間一夏に「一緒に買い物に行かない?」って言ったら、アイツ
 「お前らと俺とでどんだけ差がついてると思ってんだ?
  下手すりゃ小学生とオリンピックの強化選手くらい違うんだぞ?
  それなのに、女連れで買い物なんてしてる余裕なんか、あるわけねえだろうが。」
 なんて言われて、にべも無く断られたちゃったし……」

 鈴音以外の3人は、鈴音が抜け駆けした事についての怒りよりも、一夏とのデートが事実上不可能であるという現実に打ちのめされる。

 と、唐突に箒が思い出したかのように言う。


「あ、アイツがお前達の強さに追いつければいいんじゃないか?」
「あの自己評価が低い一夏が……ですか?」
「何にせよ、あたし達どころか生徒会長とマトモに渡り合えるくらいにならないと、アイツ自分が強くなった事にすら気付かなそうだし……今年度中は無理みたいね。」

 鈴音は自分の発言内容に頭を抱える。

「しかも僕たちって強くなる為の努力を欠かしちゃいけないから……
 1年で追いつけるもんなの?」
「「「…………」」」

 重い沈黙が辺りを支配する。

「で、デート以外なら……そうだ、手料理!」
「千早さんがいるのにか?」
 
 彼女達の前に立ち塞がる「御門 千早」という壁は、あまりにも分厚く、そして天高くそびえていた。

「そうですわ。
 わたくしの方が料理を作っていただくというのは……」
「千早さんの手料理だっていうオチがつくだけだな。」

 それはそれで美味なのだろうが、一夏攻略に結びつくような物ではない。

 また、一夏は「一夏」より更に鈍感なトウヘンボクのようだった。
 何しろ千早という超絶美少女を男性として扱っているのだ。桁が違った。

「……これ、本格的にどうしようもなくない?」

 少女達に、鈴音の一言を否定する気力は全く見られなかった……










==FIN==





 箒さんは思い出補正で、小学生の頃の一夏を実際より少し強く見積もってます。
 そして彼女達が想定している千早はまな板のちーちゃん。
 千歳さんや銀華のTSシステムにより、彼女達の絶望がより深まったりしますw

 眠いんで、とりあえずここまで。
 あとがきを追記するかも知れません。



[26613] ちょっとまってよ銀華さん 副題:ちーちゃん無残 あるいは祝・心因性健忘症快癒
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/05/15 17:15
 月曜日の朝。
 世間一般がゴールデンウィークにわくこの時期にも情け容赦なく授業があるのが、IS学園クオリティである。
 何しろ世界各国から生徒が集まり、名目上は日本国ではない事になっているのだ。
 日本ローカルの休日密集地帯に過ぎないゴールデンウィークなど、ここでは何の意味も無い。

 そんなわけで、IS学園の生徒達は今週来週もみっちり授業を受ける事になる。
 寮ではなくアリーナに寝泊りしている男子生徒2名も、当然例外ではない。

「うう……ん、朝か……」

 昨日の夜、雑魚オービタルフレームの群れとの荒野乱戦で力尽き、そのまま意識を手放していた千早が、何やら身体に違和感を感じながら目覚める。
 どうにも胸が重い。

 アリーナに転がっていた筈の千早がピットに移されている所を見ると、千早がダウンした後も、一夏が一人でシミュレータを使って訓練していたようだ。

「一夏より先にダウンするなんてな。
 やっぱり、まだまだ病み上がりってことか。」

 千早は一人、そうごちる。

 ともあれ、早急にシャワーを浴びて昨日の訓練の汗を流さねば、そのまま今日の授業を受ける事になってしまう。
 女性ばかりのIS学園で、数少ない男である自分や一夏が汗臭いのは良くないだろうと、千早はアリーナに転がっている一夏を起こして一緒にシャワーを浴びる事にした。

 この時、一夏は千早に対して何らかの違和感を感じたのだが……
 奇妙な言い方だが、余りにも違和感が無さ過ぎる違和感だったので、鈍感な一夏にはその正体が分からなかった。

 そんな一夏と別れ、着脱スペースの時点から個室になっているシャワールームで服を脱いだ時、ようやく千早は自分の身に起きている異変に気が付いた。

「む、胸があるぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
「なんだなんだ?
 人間の身体に胸があるのは当たり前だろ?」

 この時、2人が発した「胸」という言葉の意味には齟齬があった。
 一夏の言った「胸」とは、純粋に胸部の事。
 そして千早が言った「胸」とは……乳房のことだった。

 そんなわけで、千早の声を聞いて千早の元にやって来た一夏が見た物は、千早の胸にある文句の付けようの無いほど美しく整った巨乳であったわけで……

「って、ち、千歳ちゃんか!?」

 一夏は思わずそっぽを向く。
 千早の身体は先日のプールの時と同様、完全に女の子の身体と化していた。
 このような非常識な事が起きる理由など、以前千早に憑依して千早の肉体を女性の物に変えてみせた幽霊、千早の双子の姉である千歳以外には考えられなかった。

「ち、違う……僕だよ、一夏……
 って、何で男の上半身なんか見て顔を赤くしてそっぽ向いてるんだ!?
 変な反応しないでよ!!」
「お、お前、そんな立派なもん胸につけといて、言う事はそれかよ……
 鈴あたりに聞かれたら張っ倒されっぞ……」

 というか、今の千早を見て何の反応も示さないようであれば、それこそ男色の気を疑われてしまうだろう。
 今の千早は正真正銘の美少女。
 ガラスのように透き通った肌の文句のつけようが無い完璧なプロポーションを持つ、流麗な銀糸の髪と菫色の瞳が神秘的な可憐にして気品のある美貌を備えた少女の、美の女神の渾身の傑作とも言える上半身を見た健全な15歳男子に「全く反応するな」というのは、余りにも無理すぎる相談である。
 千早のアイアンクローを食らいながら、一夏はそんな事を考えていた。

 ちなみに千早はもう一方の手で重たい胸を支えているのだが、ハタから見ると一夏の視線から胸を守っているようにも見える。
 もっとも、この場には千早と一夏しかいないのだが。

「ま、まあ、何でお前が女の子になっちまってるのかは分からないけど、今はとっととシャワーを済ませちまった方が良くないか?
 早朝とはいえ、朝には違いないからあんま時間無いぜ?」
「むう……分かったよ。」

 千早は一夏を個室から追い出した後、一人でシャワーを浴びる。

「うう……胸が重くて肩に来る……
 アレが無いのに気付いたら、すっごく違和感あるし……」

 千早はゲンナリした表情でシャワーを済ませる。

 なお、千早本人及び一夏が千早の性転換に気付かなかったのは、胸以外さっぱり変わらないスタイルと、銀華の胸部装甲に千早の乳房がジャストフィットしていて全く違和感が無かったからなのだが、千早はその事に気付かなかった。










===============










 シャワーから上がり、とりあえずISスーツを着直した千早が一言、こうこぼす。

「ともかく、このまんまじゃ学校に行けないよ。
 胸がきつくて、制服が着れない……」
「じゃあ、銀華のバイタルログでも確認してみたらどうだ?
 性転換なんて豪快な変化なんだから、絶対何か変わった点が見つかる筈だぜ?」

 千早はそんな、一夏にしては冴えているアドバイスに従って、銀華を展開させ、昨夜の自分のバイタルの記録を確認しようとして……唐突に固まった。

「ん? どうしたんだ、千早?」

 訝しげにそう千早に尋ねる一夏。

「……な、なんか、銀華に変な機能がついてる……」

 千早がそういうなり、千早の胸は見る見る小さくなって、遂にはまな板になってしまった。

「……男に……戻れたみたい……
 何でISに、性転換機能なんてついてるんだ……」

 いや……動機はともかく、下手人ならば分かっている。
 篠ノ之 束。
 ISの生みの親である彼女以外に、このような機能をISにつけるなどという芸当は不可能だ。
 しかも愉快犯的な彼女の性格が、性転換などというハタ迷惑なだけの機能に実にマッチしていた。










===============










「……と言う訳で、束さんに苦情を言いたいので、彼女に電話をしてもらえませんか?
 箒さん。」

 朝のSHR前の時間。
 千早は箒にそう言いながら頭を下げていた。
 千早は束との連絡手段を持たない為、このような場合には千冬か箒に頼んでみる他無い。

 しかし、千早の相談を受けた箒はキョトンとしてしまう。

「いや、性転換も何も、千早さんは元々女性なのでは……
 はっ! まさか男性に変えられたのか!?」
「僕は元から男です!!」

 千早は思わず声を張り上げ、次いでガックリと項垂れてしまう。

「まあ何にせよ、千早さんは銀華のことで姉さんと話がしたいのだろう?
 なら、姉さんとの取次ぎは引き受けさせてもらおう。」
「……ありがとうございます。」
「だがそろそろSHRだ。
 姉さんとの話は後にして欲しい。」
「分かりました。」

 さて、この2人の会話は、SHR前の教室で交わされたものである。
 その為、多くのクラスメイト達が2人の会話を聞いている。

 そして彼女達は箒と同じ誤解を抱き、その誤解は瞬く間にIS学園中に広まっていったのだった。










===============










 この日の1・2組合同IS実働訓練は、「インフィニットストラトス」2巻にあった山田先生と代表候補生達の模擬戦と、初歩的な戦闘訓練だった。
 千早の記憶が確かであれば、5月の中ごろだか6月だかの時期にあるはずの授業なのだが……

(まあ、入学して1ヶ月以上経ってから歩行訓練っていうのも、ある筈が無いか……)

 確かこの時の「一夏」は指導するよう言われて割り振られてきた少女達に、歩行の指導をしていた筈だが、千早は流石にそれはないだろうとかぶりを振る。

「それにしても……毎度の事ながら目のやり場に困るなぁ……」

 レオタード状の、まるで水着のようなISスーツに身を包む少女達を変に意識しないよう、体育座りでうつむく千早。
 一夏も千早と同様の心境のようで、明らかに挙動不振に陥っている。

 一方の少女達はといえば。

「千早さんの肌って、本当に透き通って見えるようね。
 はぁ、一体どんなスキンケアをすればああなれるのかしら?」
「うう、あの脚線美……出来る事なら私の大根と交換して欲しい……」

 と、千早を羨んだり、

「弱い弱いって言われてるけど、やっぱりカッコいいわよね。織斑君って。」
「足りない所を私達が助けてあげられるっていうか、そんな風に役に立ってあげられる所もポイントじゃないかしら?
 完全無欠な千冬お姉様には無い魅力だわ。」
「ああ、これで売約済みでなかったら良かったのに……」

 と、一夏を見てため息をついていた。










===============










 山田先生は皆の目の前でラファール・リヴァイヴを身につけ、まずラファール・リヴァイヴについての解説から始まり、その標準装備の一つ一つを「展開」して解説しては「収納」する事を繰り返す。
 当然「インフィニットストラトス」にて発生していた、彼女が一夏の元に突っ込んでその柔らかい肢体を一夏に密着させる、などというラッキースケベな出来事は起こらない。
 ……この差異だが、実は「インフィニットストラトス」を読んだ千冬の差し金によるものである。
 「インフィニットストラトス」を読んだ箒達はなんとなくその事を察したのだが、口には出さない。
 しかし、心の中では異口同音に叫んでいた。

((((しまったっ!!
 織斑先生、この人も一夏争奪戦のライバルなんだった!!!
 千早さんにばかり気を取られすぎたっ!!))))

 千冬はそんな彼女達の心情を見て取ったのだろう。
 彼女は「インフィニットストラトス」同様、山田先生を彼女達にけしかけてきた。
 相違点は……2対1ではなく、4対1である事。

 千冬は鈴音とセシリアのみにならず、箒とシャルロットも加えた4人に、山田先生をぶつけてきたのだった。











===============










「や……山田先生って、あんなに強かったんだ……」

 ぽつりと呟いた少女の一言に、1組2組のほぼ全員が頷く。
 例外は上空で今まさに山田先生と戦っている4人のみで、自信家のラウラや予めこの模擬戦の事が分かっていた筈の千早ですら例外ではない。

「何を驚いている。
 山田君は私が現役の日本代表だった頃の代表候補生、私から見て直接の後輩に当たる者の一人だ。
 つまり……この私じきじきに模擬戦のアグレッサーとしてほぼ毎日ボロ雑巾にしてやるなど、徹底的に鍛えに鍛えた当時の日本代表候補生という訳だ。
 あんな小娘共とはモノが違うぞ。」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 深い、余りに深い沈黙が辺りを包む。
 その上空では、性能・数ともに圧倒されている筈なのに、互角以上に戦う山田先生の勇姿があったのだった……










===============










「うう……」
「大丈夫か、鈴?」
「流石に量産型の第二世代機1機で、第四世代機を含めた専用機4機が相手では、手加減がしきれませんでしたね。
 鳳さん、大丈夫ですか?」

 今回の模擬戦は、山田先生の勝利に終わった。
 しかし、少女達に怪我をさせぬよう手加減や配慮をしつつ戦うには、対する少女達の戦力がいささか高すぎたようだ。
 結果、鈴音が腹部を押さえて呻いている。
 とはいえ、残りの3人がそれほど痛めつけられていないという事実が、山田先生の強さを物語っていた。

(い、痛ひ……
 で、でもコレで一夏に保健室に連れてってもらえるわよね……
 おんぶかな? 抱っこかな? もしかしてお姫様抱っこ?)

 鈴音が痛みに耐えつつそんな妄想をしていると、千冬がそんな妄想を打ち砕くように言った。

「御門、鳳を保健室まで運んでやれ。」
「え゛?
 で、でもこういう力仕事は男の役目なんじゃないんですか?
 千早さんは女の子だし、ここは男の一夏の方が……」

 そう抗議する鈴音に、千冬が囁く。

「……アレは私のだ。やらんぞ。」
(み、見透かされてるっ!!)

 こうして、鈴音は、千早によって保健室に運ばれる事になったのだった。










===============










「まあ、ここじゃそう珍しくも無い、打撲と軽い内出血よ。」

 保健医は「唾でもつけておけば治る」とでもいう感じで、軽く言った。

「そ、そうですか……」
「ま、ちゃんと直してあげるから心配しないで。
 女の子なんだから、跡が残っても可哀想だものね。」

 保健医はそう言いながら、テキパキと治療の準備を進める。

「それじゃあ先生。
 僕はこの辺で授業に戻りますね。」
「ああ、ちょっと待って御門さん。」

 鈴音を置いて退散しようとする千早を、保健医が呼び止める。

「? 何ですか?」
「専用機に変な機能を付けられるなんて手の込んだ悪質なイタズラをされて迷惑しているのは分かるけど、貴女自身がその機能を使ってイタズラするのは感心しないわよ?」
「…………は?」

 千早の目が点になる。

「全く、貴女みたいな信じられないくらいの美少女にあんな物がついてるのを見ちゃったら、下手したらショック死モノよ?
 男性に性転換するなんて、あんな大怪我した状況で何を考えていたのよ?」

 その瞬間、ただでさえ白い千早が更に真っ白になって硬直する。

「……は? ……え、と……あの……」

 千早はなんとか声を絞り出そうとするが、鈴音がそれを遮る。

「ああ、銀華に性転換機能がついてるって話で学校中が持ちきりですもんね、先生。
 そういえば昨日、水泳部の子から「千早さんの胸が見る見るうちに大きくなった」って話を聞きましたけど、それって何かの拍子で化けの皮がはがれたって事かも。」

 そして千早は認めたくないことに気付いてしまう。
 この2人は、千早の事を「性転換機能を使って男性に成りすました女性」とみなしている事に。

 なお悪い事には、本当はこの認識でもまだ甘く、鈴音と保健医は、否、IS学園のほぼ全ての女性は千早の事を「性転換機能を使ってさえ男に成りすます事が出来ていなかった少女」とみなしていた。

「……あの……僕の素の性別は、男なんですが……」
「いや、男に化けていた筈なのに、それでもあんなすっごい美少女だったのに、そんな事を言われても、先生としてもリアクションに困っちゃうわ。」

 至極当然の事ながら、鈴音と保健医の2人に千早の主張が届く事は無かった。










 ちなみに、女子更衣室にてこのような会話がなされていた事を、千早は知らない。

「しかし姉さんは、一体何を考えてISに性転換機能などつけたのだろう?」
「たぶん、「インフィニットストラトス」2巻を読んで、「僕」の正体が一夏にバレるくだりで「どうせやるんだったら、ここまで徹底させないと!」って思って作ってみたんじゃないかな?
 どうしてよりにもよって、千早さんみたいな凄い美少女を男の人にしちゃおうなんて考えたのかは分からないけど。」
「……なるほど。」
「それにしても男性になられた千早さんというのは、一体どのようなものなのでしょうか?
 わたくしにはちょっと想像がつきませんわ。」

 ……この会話を知らないことは、せめてもの救いだった。
 とはいえ、焼け石に水だったが。










===============










 放課後。
 千早は束宛の電話をかけてもらうべく、箒の元にやってきていた。
 もはやIS学園中に誤解が広がっており、本格的に取り返しがつかなくなっている事については、千早は強引に無視する事にした。
 気にした所でジェンダーアイデンティティが脅かされるだけで、良い事など一つも無い。

 とはいえ、元凶に文句の一つも言わねば気が治まらなかった。

「千早さん、姉さんに繋がったぞ。」
「ありがとうございます。」

 千早はひったくるようにして箒の手から、携帯電話を受け取って怒鳴る。

「束さん!! 一体何を考えているんですか!!
 ISにあんな変な機能をつけているだなんて!!」
『わー、ちょっといきなりおっきな声出さないで~~っ!!
 束さん、びっくりしちゃうよ。』
「いや、落ち着けって言われても無理ですから……っ!!
 大体、今回の一件で追い詰められてるのは僕だけじゃなくて、千冬さんもなんですよ!?」
「は?」

 千冬が追い詰められている。
 その状況を想像できずに目が点になる箒。

「百合っ気のある女の子達から「お姉様のおしべで妊娠させて」とか言われて、もう一杯一杯で一夏に泣きつきているんですよ!!
 あの千冬さんがっ!! あの一夏にっ!!」
「『……わぁ……』」

 姉妹でその状況を想像し、千冬の味わった恐怖に思いを馳せる箒と束。
 女所帯のIS学園に長い事在籍し、そういった輩の相手をする羽目になった事も少なからずある千冬にとってさえ、未知の恐怖だったらしい。

『いっくんに泣きつくちーちゃんかー。
 ちーちゃんが監視カメラの位置を把握してるのか、こっちじゃモニターできないんだよね。
 くぅっ、激レア映像なのにっ!!』
「ちなみに彼女は僕より怒ってますよ?
 何か言い訳はありませんか?」
『あう…………』

 怒り心頭の千冬というのは、流石の束にとってもかなり怖い物のようだ。

『で、でも、あの性転換っていうか、ちはちゃんを女の子に変える機能は束さんが作ったんじゃないよ?』
「へ…………?」

 思わぬ束の台詞に、キョトンとしてしまう千早。

『ほら、ちはちゃんってお姉さんの幽霊に乗り移られると女の子になっちゃうでしょ?
 そこで束さんは「女の子でないからISに乗れないっていうなら、女の子にしちゃえば良いんだ」って思って、その時のデータをコアネットワークを使って銀華から引っ張ってきたんだけど……』
「は、はあ……」
『そしたら銀華のISコアが、機能として再現させちゃってね。
 だから、強いて言えば銀華が女の子化機能の開発者……かな?』

 思わぬ真相に開いた口が塞がらない千早。

「……それ、千冬さんに言って納得してくれると思っていますか?」
『無理……かな……?
 ど、どうしようか……』

 らしくもなく動揺している様子の束に、千早は言うべき言葉を見つけられなかった……











==FIN==

 祝・保健医の先生完全復活!!
 へ? 違う?

 ええと、ちーちゃんですが、もはやおとボク2で全校規模で男バレしたかのような惨状となっておりますw
 もはやリカバリーは不可能かと。
 TSできちゃえる時点で、ちーちゃんは女の子っていうIS学園の生徒・職員たちの認識もあながち間違いじゃなくなっちゃってますしね。

 それにしても……ちーちゃんのヒロイン力があまりに強すぎて、書いててビビッてますww
 元々おとボクってーのは「主人公がヒロインを落とす」従来のギャルゲー・エロゲーと異なり、「ヒロインが真・ヒロインである主人公を落とす」ゲームなのは分かっていたんですが……

・日本人離れした美貌
・男性嫌い(まー本来の設定は男性不信……らしいんですが)
・その原因が父親との軋轢
・お母さん想いで妹(史)想い
・昔亡くしたお姉さんの死が影を落としている
・自分嫌い
・家事万能 特に料理が大得意
・文武両道で教養も完備というハイスペックぶり

 ……ええと、どこのツンデレヒロインなんでしょうか、この人は(汗
 TSで女の子になりうるちーちゃんというのが、ここまで恐ろしい物だっただなんて……
 ハードモードからベリーハード位のつもりでハードルあげてみたんですが、こりゃデスレーベル2周目だって言う人がいるのも分かります……



[26613] マリア様……これは褒め言葉? それとも失礼な事なのですか? ←失礼に決まってます
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/06/11 11:56
 夕方、アリーナに戻ってきた一夏と千早、そして一夏の方を離そうとしない千冬の前に、青い髪の美しい少女が立っていた。
 ……どことなく切羽詰っているような、丁度今の千冬に近い雰囲気を発している。

 少女は開口一番にこう言い放った。

「始めましてかしら?
 今日からこのお姉さんが、お話にならないくらい弱い貴方達を鍛えてあげるわ。」
「え、ええと……どちら様で?」

 一夏はその少女に見覚えがなかった為、少女に何者なのかを尋ねる。

「……2年の更識だ、織斑。」

 そんな一夏に彼女の素性を告げる千冬。

 更識 楯無。

 2年にして生徒会長、即ちIS学園の全生徒の中で最強の戦闘能力の持ち主であり、その若年からは想像もつかぬほど熟練した武術の達人であり、さらには世界に数十人しかいない国家代表、即ち「ブリュンヒルデ=地上最強の生物」の候補の一人である。
 これでIS学園内でも千早に次ぐほどの美貌を誇り、知能程度も恐ろしいほど高く、さらには料理などの通常の女の子スキルも高いのだから反則も良い所。
 また、裏の顔として対暗部用暗部「更識家」の当主という、10代後半どころか40代でも若すぎてありえないような肩書きを有する。

 チートの塊のように見える千早ですら霞んで見えるパーフェクトレディ、それが彼女、更識 楯無であった。

(更識 楯無ね。
 確か、彼女の事をあまりにもチートすぎるって言って嫌ってた人達がいたような気がしたけど……気のせいだったかな?)

 実物の楯無を目の当たりにしながら、そんな事を思う千早。
 とはいえ、彼女は彼女で血の滲むような、それこそ第一空挺団のような、およそ人類に科せられるべきではない程の地獄すら生ぬるい鍛錬の果てにその驚異的戦闘能力を獲得したのだろう。
 彼女にしてみれば、その努力を外野にとやかく言われる筋合いはないはずだった。

 とはいえ、彼女を指してチートと言われれば否定しようが無いのも事実ではある。

 そんな超絶ハイスペックを、一夏は最悪の例で例えてしまった。

「え、と……ああ、まだ十代なのに地上最強の生物の候補・国家代表に上り詰めたっていう正真正銘の大怪獣で、うちの生徒会長だっていう更識楯無先輩か。
 先輩、噂はかねが……げふっ!!」

 千冬が流れるような動きで瞬時に一夏を羽交い絞めにした瞬間、楯無の鉄扇が吸い込まれるようにして一夏の咽喉元に突き刺さる。

「な、なんで……お、俺は褒めたのに……」
「女性に対する褒め言葉に怪獣なんて使うからだ。
 そんなんじゃあラウラさんの事をとやかく言えないよ。」

 千早はため息混じりで一夏にツッコミを入れた。

「全くこの馬鹿者が、実の姉である私を一体なんだと思っているんだ。」
「いで、いででででででっ!!
 ち、千冬姉、痛いっ、痛いって!!」

 千冬が羽交い絞めに力を込めて、なお一夏を攻め立てる。

「ね? これで貴方がお話にならないくらい弱い事が分かったでしょ?」
「ふ、不意打ちで、しかも大怪獣2体がかりで、か弱い常人をボコっといて言う事はそれッスか……」
「誰が怪獣だ、誰が!!」
「痛い痛い痛い痛いいた、ヒデブッ!!」

 千冬は再び羽交い絞めに力を込め直す。
 そこに飛んできた楯無の鉄扇が、今度は一夏のミゾウチを抉った。

「とりあえず怪獣は褒め言葉じゃないって事は憶えておいてね。」

 その光景を見て、これではラウラの事を言えないと千早は頭を抱える。

「まったくコイツは……
 それとだ、更識。」
「? なにかしら、織斑先生?」
「コイツを鍛えるのは私がやるから、お前は寮に戻れ。」

 その千冬の台詞を聞いた楯無は、顔色をその頭髪のように青くさせる。

「そ、そんな、素人を一から鍛え直すなんて世界最強のブリュンヒルデの手を煩わせるような事ではないわ!!」
「ああ、国家代表などという大物がわざわざ出向いてする事ではないな。
 ここはコイツの姉である私に任せて」
「先生には教員としての仕事が」
「なに、私は楽隠居の身だ。
 現役の国家代表で、他にも生徒会の運営や実家の家業もせねばならんお前ほどではないさ。」

 と、一夏を鍛えるのは自分の役目だと言い合って、互いに譲ろうとしない千冬と楯無。
 2人とも、何やら切羽詰った焦っている様子を見せている。

 そこに千冬に羽交い絞めにされたままの一夏が割って入ってくる。
 何やら思うところがあるようだ。

「そういや千冬姉って、昼間に妙な事を口走っている女の子達を怖がってたけど……
 ひょっとして彼女達が怖くって寮で寝れないとか?
 それで、俺達を鍛えるって名目で、ここに泊まろうとかって思ってる?」

 一夏の一言に、千冬と楯無は同時に動きを止める。
 どうやら千冬のみならず、楯無にとっても図星だったらしい。

「……図星?」
「……みたいだね。
 一夏にしちゃ冴えているんじゃないか?」
「俺にしちゃって、どういう意味だよ。」

 一夏は羽交い絞めにされた状態で千早をジト目で睨んだ。
 千早は一夏の視線を意に介さず、彼と同じように千冬と楯無に話しかけた。

「千冬さん、先輩、怖い思いをしたのは分かりますけど、アリーナに泊まりたいならまず学校の上層部なんかと掛け合った方が良いんじゃないんですか?
 『鍛えてあげるから泊めて欲しい』って言われても、何の権限も無い僕達にはどうする事も出来ませんよ?」

 ……どうもあまりに精神的に追い詰められていた彼女達は、今しがた千早から指摘された点に思い至らなかったらしい。
 彼女達は普段の振る舞いからは信じられないことに、愕然とした表情で崩れるようにして膝を突いてしまったのだった。











===============











「……ってー事があってな。
 やっぱ千冬姉と更識先輩を泊めてやるべきだったかな、って思ってるんだけど……」
「昨日は2人して顔面蒼白で帰っていたからね……
 箒さん、鈴音さん、どう思います?」
「「…………」」

 朝食時、一夏と千早に話を振られた箒と鈴音は返答に窮した。

(千冬さん達の精神衛生を思えば、泊めてやるのが良いんだろうが……)
(私達の心情からすると千冬さんが有利になる上に、生徒会長にまで一夏がフラグ建てちゃいそうな事態は避けたいわよね。)
(それに千早さんの指摘ももっともだしな。)

 2人の少女がそんな風に考えていると、銀髪の少女が話に乱入してきた。

「それにしても解せんな。
 なぜ教官達は、怪獣と呼ばれて激昂してしまったんだ?
 IS装着者、しかも誉れ高いブリュンヒルデと国家代表なのだから、怪獣と呼ばれるのはむしろ喜ばしい事だと思うんだが?」

 幼い風貌の銀髪の少女、ラウラはそう言いながら小首を捻る。

「……怪獣呼ばわりされて喜ぶ奴なんて、あんただけだって。」

 鈴音はジト目でラウラを睨む。
 千冬の精神状態が不安定な現在、彼女を不用意に怒らせるラウラの発言には最大限注意したい所だった。

「大体、あんたも代表候補生って事は、グラビア写真の一枚くらい撮った事があるはずじゃない。
 なんで怪獣がどうのなんてズレた事言ってるのよ。」
「いや、だからそういった写真は怪獣ブロマイドのような物だと思っていたんだが……
 ……おい、どうした?」

 ガックリと突っ伏した鈴音は、ワナワナと震えてからこう叫んだ。

「どっ、どこの世界に怪獣に水着着せて喜ぶハードコアな趣味の連中がいるのよっ!!」
「ああ、そういえばああいう写真を撮られる時に薄着をさせられたり、水着を着せられたりするのは何故なんだろうな?」

 代表候補生は全員が全員見目麗しい容貌の持ち主である。
 理由は簡単で、「美しい他国の代表VS醜い、あるいは並み程度の容姿の自国代表」という状況はどこの国も避けたいと思っているからだ。
 故に、その代表を選ぶ際の候補となる代表候補生達も、若く美しい少女ないしは女性で固められている。
 また、どういうわけかIS適正が高い者は容姿的にも優れている傾向がある、という事情もある。

 その為、代表候補生達はアイドル的な扱いを受ける事も多く、写真撮影もまたそういったアイドル活動の一環なのであるが……
 それをラウラに説明したところで、ラウラがきちんと理解できるとは、鈴音には思えなかった。

 何しろ彼女は「インフィニットストラトス」を2巻まで読んだ後、

「なるほど、何かにつけて織斑一夏に当り散らすのが女らしいという事なのか。」

 とのたまった問題人物なのである。
 余談だが、ラウラがこの発言をした直後

「そんなわけあるか、この馬鹿者が。」

 と千冬からのツッコミが入り、ラウラの中に芽生えた誤った認識はその場で正されていた。

 そんなラウラなので、女性の水着姿を好む輩がいるらしいという事も、想像の範囲外に違いなかった。
 箒と鈴音はそんなラウラに頭を抱えてため息をつく。

「それにしても、お前怪獣は分かるのか?
 あれってミリタリーじゃないだろう?」

 ミリタリーに関わる事しか知らない・分からないはずのラウラから、「怪獣ブロマイド」などという単語が出てきた事を訝しく思った一夏は、そうラウラに訊ねる。

「ん? ああ、かつて教官を我がドイツ軍に招くにあたって、多少は教官の母国である日本について調べておいた方が良いという話があってな。
 それと同時期に、我がドイツはかつて映画大国だったという話も聞いていたから、日本の映画にも目を通していたんだ。
 それで怪獣映画は日本で盛んに撮られていたものだから、怪獣映画を見れば日本に対する理解が深まると思って、他の映画より怪獣映画を優先して見ていたんだ。」

「「「「…………」」」」

 ラウラの斜め上を行く発言に、言葉が出ない4人。

「今思えば、確かに単一のジャンル……というのか?
 一種類の映画に偏っていては、日本に対する見方も偏ってしまうと反省してはいるのだが……ん? どうした?」
「……い、いや、なんでもない。」

 一夏は苦笑いを浮かべて生返事をした。

「そうか。
 しかし、怪獣映画は素晴らしいな。
 怪獣の圧倒的戦闘力といったらどうだ。
 既存の兵器など気にも留めず、怪獣を討てる者は怪獣のみ。
 動きが鈍重な点が少し気になるが、あれこそまさしくIS装着者の、白騎士事件で全世界の兵器を圧倒した白騎s……むぐっ!!」

 非常に不穏当な発言をしそうになったラウラの口を、真っ青な顔をした箒が塞ぐ。
 今まで話に入って来れなかった為にノーマークだったのが幸いしたらしく、ラウラの発言をキチンと遮る事ができた。

「そ、その辺にして黙れ!!
 また千冬さんの逆鱗に触れたいのか!!」

 箒の一言に、まだ納得のいかないラウラではあったのだが

「……この続きを言うと教官の怒りに触れてしまうというのか?」
「でなきゃ昨日、一夏がボコられてるわけないでしょ……」

 ジト目の鈴音のフォローにより、渋々納得したのだった。











===============











 その日の授業は、何やら追い詰められている様子の、寝不足気味な様子も見せている千冬によって行われた。

「……千冬姉、大丈夫か?」

 放課後、一夏が心配そうに千冬に話しかける。

「ふ、ふふふ、はははっはははははははははははははは……
 な、なんというかな、山ほど肉食獣が入っている檻の中に入れられた草食獣のような気分だったぞ、昨日は。」
(千冬姉なら、草食獣ったって、草食性の怪獣だと思うんだけどなぁ。)

 流石に昨日の今日である為、そんな事を思ってはいてもおくびにも出さない一夏。
 それはそれとして、やはり昨晩の千冬は相当怖い一夜を過ごしたようだった。

「正直な話、身が持たん。」

 千冬はそう言ってガックリと項垂れてしまった。

「つっても……束さんからの説明がIS学園に来てるんじゃなかったのか?
 銀華の機能じゃ男を女にするかそれを元に戻すしかできなくて、生粋の女性を男にする事は出来ないって。」
「御門の事を女だと固く信じている連中が、その説明で納得すると思うか?」
「……」

 一夏は首を横に振らざるを得ない。

 一応、束の方でも銀華に付いてしまった機能を再現して試してみたらしいのだが、性別を変える事が出来たのは瑞穂のみであり、女性を男性に変える事は出来なかったらしい。
 瑞穂以外の男性にいたっては、そもそもISが使えないから論外という話になってしまっていた。
 性別を変える機能はISの機能である為、ISを動かさなければ作動させる事が出来ないのだ。

「いやあ、ISコアが男の子を拒否するなら、男の子を女の子にしちゃえば良いじゃないって思ったんだけど、世の中そんなに甘く無かったよ~~」

 とは束の弁である。
 一夏としては言外に「IS動かせる男の子なら行けるんじゃないか? つまり一夏でもいけるんじゃないか?」と言外に言われているようで、非常に心臓に悪い物言いである。

「とりあえず今週の土曜には、束の奴にあんな機能が出来てしまった下地を作った苦情を言いに行くとしてだな……」

 千冬の目が据わっていた為、ストッパーとして着いて行かねば拙いと思う一夏。
 束がいるのは千早の家なので、千早も連れて行かねば拙いだろう。
 それに千早に関しては、ボチボチもう一度家族に会いに行かせてやるべきだとも思っていた。

「さっきも言ったが、このままでは私の身が持たん。
 寮監には私の代わりに山田君に入ってもらって、私はお前達のアリーナに泊まるぞ。
 今度はきちんと上の方の許可をとってあるから大丈夫だ……今週限りと言う期限付きなんだがな。」

 千冬はうつむいてため息をついてしまった。
 おまけに山田先生の書類仕事をある程度肩代わりするのが、彼女に寮監を代わってもらう条件だった為、一夏を彼女直々に鍛える為の充分な余裕は確保できそうにない。
 その為……

「私が今日から貴方達の専属コーチとしてミッチリ鍛えてあげるわ!!」

 楯無が一夏達を鍛える千冬の補佐としてアリーナに避難する余地が生まれたのだった。
 まあ、現在の状況で楯無に寮暮らしを強いるのも酷というものである。

 男女が一緒に暮らすのはどうかとも思ったのだが、幸いにしてアリーナには多数の部屋が存在するので、千冬と楯無にはそちらで寝泊りしてもらえれば問題は無い。

 一夏と千早は、こころよく楯無をコーチとして迎え入れてあげたのだった。











===============











「それじゃあとりあえず今日は、普段の練習風景から見せてもらおうかしら。」

 そう言った楯無の目の前で、一夏と千早はISを装着して柔軟を行った後、ウォーミングアップとしてホログラムターゲットの訓練ゲームを1時間ほど行う。
 その動きは小刻みかつ複雑であり、箒が始めてこの訓練を目の当たりにした頃に比べて、二人の動きは明らかに洗練・高度化している。
 それでいて個別連続瞬時加速の常時使用により850Kmと940Kmという高速を維持し続けているのだから、二人の長足の進歩が見て取れる。
 その為、2人の被弾率は大幅に低下しており、またターゲットの色の変化もかつてより明らかに目まぐるしくなっていた。

 ウォーミングアップを終えた二人は、今度はシミュレータで戦う事の出来る強敵達に戦いを挑む。
 一方が休んでいるという状況を好まなかった2人は、2人がかりでやっと勝負になる強敵に挑んだり、ザコオービタルフレームやナインボールが延々と沸いてくる荒野乱戦を骨身を削りながら戦い続けたりしている。
 一方が力尽きて動けないときにのみ、彼らは一人でシミュレータに挑んでいた。
 ACシリーズをした事のある者にとっては「ナインボールが延々と沸き続ける」という光景は悪夢以外の何者でもないのだが、それでもこのシミュレータでは脅威度が下位なのだから恐ろしい。
 やろうと思えば、ラインの乙女とラインブレイカーが大挙して押し寄せてくるという人知を越えた悪夢さえ現出させる事が出来るのが、このシミュレータの恐ろしさだった。
 ……さすがにそこまで無謀な事は一夏達もしていないが。

 そんな狂気染みた訓練が行われる事4時間、一夏と千早は全ての体力を使い尽くしてその場に倒れ伏してしまったのだった。

「……いや、こんなに気合を入れた訓練をしろだなんて、お姉さん言った憶えは無いんだけど……」

 しかし、一夏は毎日こんな具合なのだと息も絶え絶えに言った後、そのまま意識を手放してしまった……ISを身につけたままで。

 一応自分も同じ位過酷な訓練を毎日のように受け続けた経験があるとはいえ、流石にちょっと信じられない楯無。
 彼女は対暗部用暗部としての圧倒的な戦闘力を生まれた瞬間から求められ、人間ではなく強靭な生物兵器として育て上げられたのに対して、一夏達はIS学園に来るまで一般の民間人だったのだ。
 ここまで過酷な、それこそ彼女自身のような生物兵器用の訓練が、少し前まで一般人だった彼らの常態とは考え辛かった。

 そこで楯無はアリーナに残されている映像記録を確認し、一夏が話した事が真実である事を確認する。

「……これからビシバシ鍛えようと思ってたのに、これ以上過酷な鍛錬ってどんなのよ……」

 一夏を鍛え続ける事で一週間といわず、その後もずっと卒業までアリーナに居座り続け、女の自分に孕ませてほしいなどと言う理解不能な事を口走る連中から身を守ろう、という彼女のプランが出だしで頓挫したような気がした。
 ISについて鍛えるのは、とりあえずIS用火器を引っ張り出して射撃訓練をさせるくらいしか思いつかない。

 シミュレータがある以上アグレッサーとして二人を鍛えるのは論外だった。
 「動きがパターン化されていない、より強い敵との勝負でレベルを上げさせる」という名目でアグレッサーをするのであれば、ラインの乙女やラインブレイカー以上の戦闘力が要求されてしまう……少なくとも現時点の彼女ではお話にならない。
 さらによりレベルの低い、彼らのレベルに合わせたアグレッサーというのであれば、多少下限が高すぎるような気がするとはいえ様々なレベルの敵と対戦できるシミュレータの方が、一人しかいない楯無よりも良好な相手であるのは明らかだった。

 マニューバについての訓練も考えないではなかった。
 というか、当初は素人という事もあり、アリーナ内を高速で飛びまわれるとはいえ大雑把な所も見られた一夏達のマニューバを重点的に鍛えようと思っていた。
 素人がISを使うに当たって、第一の障壁となるのがマニューバであるからだ。
 しかし、2人はクラス代表選考戦の時よりも複雑化した機動を平然と行っていた。
 流石にあんな真似ができる相手にマニューバに関する指導を行うのは、釈迦に説法も良いところだった。

「できるとしたら、生身での指導かしらね……」

 まあ、それでもあの反射神経がある以上、滅多な相手には負けないんだろうけど。
 楯無は、内心そうこぼした。

 と、ふと、楯無はあることに気付く。
 一夏「達」は、毎日このように体力を使い尽くして眠っている……つまり一夏と「千早」は、毎日シャワーも浴びずに倒れ吹いて眠っているという事になる。

「……毎晩汗まみれで眠っていて、それであの美肌……!?」

 楯無は信じられない気持ちを抱き、ありえないと思いながらも千早の様子を確認しに行く。
 向かった先に倒れ伏していた千早は、ISを装着したまま、汗まみれで意識を手放していたのだった。

「…………」

 その瑞々しい肢体を濡らす玉の汗は、汗であるにもかかわらずまるで宝石のように煌びやかに銀の少女の美しさを演出している。

「……嘘……よね……?」
「……あまり御門について深く考えん方がいいぞ。
 頭の出来で束の阿呆に挑むようなものだからな。」

 そう言われて振り向いた楯無の背後には、タオルを手にした千冬が立っていた。
 彼女の背後には、千早と同じくISを身につけたまま倒れた一夏の姿がある。
 どうも、一夏の身体を拭いてやった直後のようだった。

 千冬は、手にしたタオルで千早の身体を拭き始める。
 そんな千冬に、楯無はこう言った。

「そうは言うけれど先生、毎日この生活を送っていてそのお肌っていうのは」
「五月蝿い黙れ。
 私だって葛藤しているんだぞ。」

 千冬と楯無は示し合わせたかのようにため息をついた。

「大体、お前だって人の事を言えた義理か。
 生まれてこの方ずっとコイツ等並みかそれ以上に過酷な訓練漬けになっているお前がその肌だという事も、十二分に驚異的なことだと思うんだがな。」

 千冬はジト目で楯無を睨む。

「その容姿と地上最強の称号を併せ持つ人がそういう事言う?」

 楯無からもカウンターが飛ぶ。

 しかし、そんな彼女達も基本的に寝る前は綺麗に汗を流していた筈だった。

「……IS着けて寝るのって、お肌の美容に良いのかしら?」
「……試してみるか?
 こいつ等の話によると、寝違えたらエラい事になるらしいがな。」

 と、その時。

「う……ん…………」

 と、千早が寝返りを打つ。
 その寝顔もまた、輝くほどに美しかった。

「「…………」」

 もはやため息も出ない。

「……今日は私もISつけて寝ようかしら……?」

 楯無がそう思って実行に移したのは当然の帰結と言えた。
 ……しかし人体とは、ISの脚部などという巨大な高下駄を履いて眠るようには設計されていない。



 翌朝、楯無は足を寝違えて立てなくなってしまっていたのだった。

 楯無より明らかに錬度が低い筈の一夏や千早が眠れていたのは、単純に「ISを装着した状態での睡眠」については楯無よりも彼らの方が慣れていたこと以上に、2人のISが小型軽量である事が大きいらしく、小型ISでない≪霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)≫を専用機とする楯無ではISを身に着けて寝る事は難しいようだった。
 その事を楯無が知ったのは、マッサージで彼女の足を復旧させてくれている一夏からその話を聞かされた時の事だった。

「ぐっ、そ、それでもお姉さんは貴女のような玉のお肌を諦め切れないの……」
「貴女みたいな凄い美人が、一体何を言ってるんですか。」

 こんな痛い思いをしてまでも美肌を得ようとするなんて。
 男性である一夏と千早は、女性の美しさへの執念を垣間見たような気がしたのだった。











==FIN==







 え? こんなん生徒会長違う? 彼女はもっと泰然としている筈だって?
 百合(と書いて「捕食者」と読む)の恐怖に怯え震えるお姉様(と書いて「被捕食者」と読む)に泰然としていろというのは酷な話なのでは……?

 まあそれはともかく。
 彼女のような暗部の人間はちーちゃんが男の子だって言うのは一目見て気付いていました。
 が……

第1段階
「へ? あれで男? いや男だって自分で見抜いていてなんだけど……」

第2段階
「は、はははっははは、あらゆる面で女の子として男に劣る私達って一体何なのかな……」

第3段階
「なーんだ、女の子が妙な機能で男に化けてただけだったんだ。」

 という経過を辿っていまして、彼女たちですらちーちゃんの事を女の子だと思っているという惨状になっていますw


 え? 瑞穂ちゃんですか?
 皆さんご想像の通りの目に遭ってますが何か?
 ただでさえ紫苑さまがいらっしゃるというのに、まだまりやが日本にいますからね……



[26613] おとボク2の人達、すんなりちーちゃんの性別受け入れすぎ
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/07/12 00:18
 金曜から土曜にかけての夜、千冬は夢を見ていた。

 夢の中で、彼女は自分とよく似た幼い少女と遊んであげていた。
 と、そこに一夏がやってくると、少女は一夏を「お父さん」と呼び、彼の元へと駆けて行った。

「千夏、ちゃんと千冬姉と仲良くしていたか?」
「うんっ!!」

 少女は元気良く一夏の問いに応じた。
 千冬はもしかしたら、この千夏と言う少女は自分と一夏の間に生まれた子どもなのではないかと思う。
 千冬の「千」と一夏の「夏」を組み合わせた名前だったからだ。

 だが……

「千冬姉、千夏を預かってくれてありがとうな。」
(…………は?)

 一夏は一時的に少女を千冬に預けていただけらしい。
 そして。

「千夏、今日の晩御飯は千早の手料理だぞ。」
「やったーっ!!
 私、お母さんのお料理だーいすき♪」












「…………ちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 千冬はこの時の、自分の絶叫で目を覚ましたのだった。











===============










 一夏は夢を見ていた。

 夢の中で、一夏は……世界唯一の女性IS装着者だった。
 その夢の中では、ISとは「男性にしか使えない兵器」だったのだ。

 男共の視線が体中に絡みつく。
 むさ苦しい男所帯の中に一人放り込まれた少女である一夏に、熱い視線が集中する。

 嫌悪感の余りに挙げた自分の叫び声によって、一夏は目を覚ましたのだった。











===============











「ってな夢を見てな。」
「なんでそんなけったいな夢をみたんだ。」
(昨日意識を失う直前に、「お前が当初の予定通り男子校に通ってたらどんな目に遭ってたんだろう?」って思ったらこんな夢を見た、だなんて本人に言えるわけがねえ……)

 項垂れる一夏に、千早はなんとも言えない視線を送っていた。

「それににしても夢、ね……」
「そういやお前の夢も前に見たな。
 なんかお前と一緒にいたお前ソックリのちっちゃな女の子に「お父さんって言ったら普通は男の人なのに、何で私のお父さんは女の人なの?」って聞かれる夢なんだが……」
「いや、流石にそれは無いから。
 ありえないから。」

 一夏は今でこそ千早の事を男性と認識しているとはいえ、初対面の時には千早の事を少女と認識していた。
 ならば、このような夢を見る事もあるだろう。

 とはいえ、千早にとっては受け入れがたい話ではある。

 と、そこに千冬がやってくる。
 彼女は一夏と千早が談笑している様子を見て、微妙な表情を浮かべる。

「? どうしたんだ千冬姉?」
「……一夏。
 私は男の妹などいらんからな。」
「…………は?」

 一夏は小首をかしげる。
 千冬がなんでそんな事を口走ったのか、全く分からなかったからだ。

(いくら御門が女になれるからといってアレは……
 正夢にならん事を祈るのみだな……)

 千冬の脳裏には今朝方見た夢の様子がくっきりと浮かんでいたのだった。

「まあとにかく千冬姉も来た事だし、行こうぜ。」
「ああ。」
「まったくあの阿呆は……」

 千冬は銀華の機能のおかげで、これまでの人生でも指折りの恐怖体験をする羽目になったのだ。
 いくら銀華が勝手に作った機能だと説明されても、やはり元凶は束という事で、束に文句の一つくらいは言いたかった。
 そういうわけで、彼女は一夏と千早と共に、束がいるであろう千早の家に向かったのだった。










===============











 自宅の最寄り駅で降りた織斑姉弟と千早は、思わぬ相手に遭遇した。

「ん? 弾に……鈴?
 妙な組み合わせ……でもないか。」
「ふぇ、い、一夏?
 あ、あんた一体なんでこんな所に来てるのよ?」
「いや、そりゃこっちの台詞だって。」

 と、そこで千冬が話に入ってきた。

「私達姉弟は少しこちらで用事があってな。」
「あ、そうなんですか。
 あたしはこっちにいた頃の友達の所に顔出しておこうと思って来たんですよ。」
「それで、出迎えに来れたのが俺一人だったんです。
 基本みんなヒマ人なんですけど、今はゴールデンウィーク中ですんでちょっと間が悪かったみたいで。」
「ふむ。」

 そういう事であれば、この2人が一緒なのは納得できる。
 と、そこへ箒がやってくる。
 どうも一夏達と同じ電車の大分離れた車両に乗っていたらしい。

「一夏に千冬さん、千早さん、こんな所で会うなんて奇遇ですね。
 ……? お前は……?」
「? な、何よ。
 あたしの顔なんてマジマジと見て。」

 箒は鈴音が一夏でない少年と並んで一夏と相対していた事を見て、内心喜びながらこう言った。

「なんだ。お前にはもう恋人がいるというわけか。
 なら一夏の事は……」
「あのね、コイツは単なる友達よ。
 五反田 弾って言って、あたしと一夏の中学時代の友達なの。」

 鈴音は「あたしと一夏の中学時代の」という部分に力を込めて言う。
 中学時代、一切一夏との接触が無かった箒に対する彼女のアドバンテージを示した形だ。

 なにやら張り合おうとしている少女達だが、一夏には彼女達が何で張り合おうと思っているのかが分からなかった。
 無論、千冬、千早、弾には彼女達が一夏の取り合いをしているのは丸分かりだったが。

 そして今まさにヒートアップの第一歩に踏み出そうとしている少女2人に、弾が冷や水を浴びせた。

「いや……でも、コイツの彼女ってその銀髪の……千早さんだっけ? 彼女じゃないのか?」

 その弾の一言で、2人の少女は思い出したかのように愕然とし、千早は女の子座りで項垂れてしまい、一夏が千早の肩に手を置いて彼を慰めた。

「弾……前にもコイツは男だって言っただろ?
 女の子に間違われまくってて、ISコアにすら間違えられてコンプレックスになってんだから、そのコンプレックス抉るような真似すんなよ。」

 一夏が千早の肩に手を置いた状態で弾にそういうと、弾は唖然とした表情でこういった。

「……お前、それ、マジで言ってんのか?」

 その弾の一言で、千早はさらに沈み込んでしまう。

「……なんでみんな信じてくれないんだ……はぁ……」

 千早が弱弱しくため息をついた。


 しばらく後。
 愕然としていた少女達2人は、弾と共に彼の家である五反田食堂へと向かう事になった。
 鈴音の場合は、元々彼女の元クラスメイト達と五反田食堂で会う事になっていたので予定通りだったが、かつて住んでいたこの町そのものを訪ねてきた箒にとっては予定外である。
 しかし、鈴音や一夏の元クラスメイト達の中には箒の小学生時代の友人もいくらかは含まれていた為、彼女も鈴音と共に五反田食堂に行こうという話になったのだ。

 一夏も五反田食堂に行きたそうなそぶりを見せると、千早はクスリと笑って言った。

「千冬さんのストッパーは僕がやっておくから、一夏も一緒に行って来たらいいんじゃないか?」
「ん……でも、千冬姉をお前と二人きりにするって言うのは……」

 千早は「このシスコンは……」と頭を押さえる。
 どうも一夏は千冬を自分以外の男、つまり千早と二人きりにする事に抵抗を覚えているようだ。

「大丈夫だって。
 大体、僕なんかが千冬さんに手を出そうものなら、命が幾つあったって足りやしないさ。」
「むう、まあそれもそうか。
 じゃあ弾、俺もそっち行くわ……って、どうしたんだ3人とも。」

 一夏が弾達の方を見ると、彼は箒と鈴音と共に呆けた表情をしていた。

「一夏……お前にはマジで今の笑顔が男の笑い顔に見えんのか……?」
「「……勝てない……」」

 どうも今の千早の笑顔に3人してやられてしまったようである。

「おい、一夏、御門。」
「ん? なんだ千冬姉?」
「私の方の用事もそれほど急ぎではないからな、私も五反田食堂に行くぞ。」
「は?」

 一夏と千早の目が点になる。

(……そーいえば、この人もブラコンなんだっけ…………)

 千早はそう思いながら千冬と箒や鈴音を見比べる。
 また弾の妹である蘭という少女も実物にはあった事が無いが、「インフィニットストラトス」においてはかなりの美少女として描写されていた筈だ。
 千冬が警戒するのも無理は無い。

「ええと、千冬さん、用事って何ですか?」

 いつの間にかショックから立ち直ったらしい箒が恐る恐る訊ねる。

「いや何、私達の家の方でちょっとな。」

 流石に束にお礼参りしに行くなどと素直に言うわけも行かず、千冬はお茶を濁す。
 まあ、束がいる千早の世界へは、彼女達姉弟の家からでなければ行けないので、嘘ではない。

「? 掃除か何かですか?」
「まあ、そんな所だ。」

 こうなると千早の方も一人で織斑姉弟の家に入るわけにも行かないので、結局全員で五反田食堂に向かう事になったのだった。











===============











「「「「「「…………」」」」」」
「「「「…………」」」」

 一夏達が五反田食堂に入ると、そこにはメカニカルなウサミミをつけた女性が定食を食べていた。
 見ると表情の乏しいヘッドドレスをつけた少女と、活発そうな少女、そして長い亜麻色の髪を持つ長身の少女が彼女とテーブルを共にしていた。
 その中で織斑姉弟や箒、鈴音が見たことのない相手は活発そうな少女だけである。
 長身の少女とは面識は無いが、別の所でその顔を知る機会があった。

 そのウサミミの女性と千冬が呆然とした表情で見つめあい、そして

「ち、ちーちゃんごめんなさいっ!!!」

 ウサミミの女性、束は立ち直るや否や額をかち割らん限りの勢いで土下座を始め、更には五体投地に移行していく。

「ね、姉さんの五体投地なんて、想像した事すらなかった……」
「まあ、傍若無人っつー言葉が服来てうろついてるような人だからな……」

 そんな束でも地上最強の生物と恐れられる千冬の逆鱗に触れるのは流石に恐ろしいらしい。
 今回の一件、銀華に付いてしまった性転換機能によってIS学園の百合趣味の少女達が暴走した責任は間違いなく束にもあるからだ。

 とはいえ、このような束の姿を想像した事のある人間など、この世界には存在しない。
 彼女の傍若無人さと、それに見合う天才科学者としての能力とそれに裏打ちされた圧倒的武力を知らぬ者はいないからだ。
 ISという圧倒的にして絶大な力の源たる篠ノ之 束という女性は、最早人間扱いされておらず、天災、人の皮を被った災害といった扱いになっている。
 その彼女が他人に土下座をする様子など、IS世界の住人には想像だにしない光景である。

 千冬や箒、一夏にしても、人間としての束の実態を知っているので彼女を災害扱いする事は無いとはいえ、逆に人間・篠ノ之束の事を知りすぎているが故に彼女の傍若無人さがハンパでは無い事を誰よりも良く知っている。
 なのでこんなにも素直に束が頭を下げるとは思っておらず、毒気を抜かれて呆気にとられてしまう結果となった。

 そんな光景を横目に見つつ、千早は束と共に食事をしていた少女達の方を見やる。
 ヘッドドレスの少女は彼の侍女である度會 史。
 彼女は何度かこちらの世界に来た事がある為、五反田食堂に居たからといってさして驚く相手ではない。
 しかし……

「まりや従姉さんに、瑞穂さん!?」
「やっほー、久しぶりぃっ!!」

 従姉妹である御門 まりやと、又従兄弟である鏑木 瑞穂まで一緒にいるのは完全に想定外であった。
 ともあれ、千早があげた素っ頓狂な声によって、千冬を除く千早と共に五反田食堂に入店してきた面々が一斉に千早の方に注目する。

「まりや……姉さん?
 千早さん、貴女にはお姉さんがいたわけ?」
「……いや、彼女は僕の従姉妹ですよ。」

 鈴音の質問に千早が応える。
 その千早の返答を踏まえてマジマジとまりやと呼ばれた女性を観察する鈴音。

 身長は余り高いほうではないようだが、活発でボーイッシュな印象を受けるエネルギーに満ち溢れた女性だ。
 悔しいがスタイルの方も大分良いほうだ。
 流石に箒ほどの巨乳ではないようだが、充分ナイスバディだと言える。
 確かに女性としても美しくはあるが、流石に千早には及ばないようである。
 髪型は千早の流麗なゆるふわウェーブとは対照的な、ショートカットである。

「……まあ確かに姉妹って言うにはちょっと似てないか。」

 そう言った鈴音は、残る一人、長身の少女に目をやる。
 まりやとは対照的な大人しい雰囲気の女性で、上背の割には愛らしい印象を受ける。
 鈴音はその美貌をISの戦闘シミュレータのデータで知っていた。

「あれ? 彼女って、あのやたら突進力のあるISの装着者よね?」
「……ああ見えても男の人ですよ、一応。」

 千早はため息混じりに訂正するが、

「……は?
 いや、そんな事ある訳ないでしょ。
 あんなに綺麗なのに。」

 鈴音はサッパリ信じない。
 その様子を見て

「そんな事ある訳ないって……」

 長身の女性、鏑木 瑞穂はがっくりと項垂れてしまったのだった。

「ん~~~、でもまあ信じたくない気持ちは痛いほど分かるけどねぇ~~。」
「どういう意味だよ、まりや。」
「そりゃ、女らしさと綺麗さと可愛らしさで男の子の瑞穂ちゃんに負けちゃったら、女としてのプライドはズタズタになっちゃうじゃない。
 長年、女の自分自身より従兄弟の男2人の方が綺麗で可愛くて女らしいって立場にいたあたしじゃないんだからね、彼女は。
 …………はぁ、自分で言ってて虚しくなってきたわ。」
「まりや様、自傷行為はそこまでにされた方がよろしいかと思いますが。」
「…………そうね。」

 瑞穂の落ち込み具合はさらに悪化し、まりやの方もどんよりと影を背負ってしまった。

「……従兄弟の男2人ってのは、お前とそこの瑞穂さんって事か?」
「認めたくないけれど、そういう事なんじゃないか……はぁ。」
「……いや、千早さんが男だなんてあり得ないでしょ。ねえ2人とも。」
「ああ。
 こんな美少女が男だなんて言ったら、俺は明日から何を信じて生きていきゃ良いんだよ。」
「全くだ。
 千早さんが男だなどと言われたら、私達など一体何だと言うんだ。」
「お前らいい加減信じてやれよ……ほら、へこんで膝ついちまったぞ千早の奴。」

 一方、束の五体投地に唖然としていた千冬はようやく再起動を果たし、改めて束に話しかけた。

「なあ束、何でお前がこんな所にいるんだ?」
「へ? いや、ちょっとあの2人がこっちの世界を見てみたいって言ったから、案内……」
「お前はそんなタマじゃないだろう。」
「え、ええとね、あのまんまちはちゃん家にいると、もんの凄く怒ってるちーちゃんがやって来そうで……」
「つまり私から逃げる為に御門の家から出ていった先がここだった、と。」
「あう……ご、ごめんなさい…………」

 束は再び千冬に土下座した。

「まあ、反省の色は嫌と言うほど見せてもらったから、後は女の私に孕ませて欲しいなどと訳の分からない事をほざく連中を黙らせてくれれば、私としては文句は無いぞ。」

 流石に十二分に誠意と反省を見せてもらった千冬は、それ以上束を追い詰めない事にした。

「ううっ、じゃ、じゃあ銀華の機能で性別が変わっちゃうのは、男の子なのにISが使えるのと同じ位の希少価値って事にして、私名義で発表すれば良いと思うよ、ちーちゃん。」
「まー、嘘じゃないもんね。
 瑞穂ちゃんや千早君みたいな男の子なんて、そうそういるわけないし。」

 まりやが束の台詞に合いの手を打つ。
 確かに瑞穂や千早のような男性があと何人もいるとは思えない。
 こちらの世界に一人も存在していないとしてもそれは当然であり、千早達の世界にさえ彼ら2人以外には存在していなくてもおかしくは無かった。

「まあそういう事なら良いだろう。
 御門の事を女だと固く信じて疑わん連中も、その説明ならあんな訳の分からん発言を引っ込めてくれるだろう。」

 千冬はそう納得した。

「……あの。」

 と、箒がまりやに声をかける。

「? 何かしら。」
「貴女や姉さん、それに千冬さんは、なんで千早さんやそこの……瑞穂さんでしたか、彼女の事を男の子だなどと言っているんですか?」
「ああ……まあ信じられないって言うより、信じたくないわよねぇ、自分より綺麗で可愛くて女らしい男の子がいるだなんて。」
「こ、この二ヶ月、口をすっぱくして僕は男だって言い続けたのに、信じてくれたのが一夏と千冬さんの2人だけだったからね……」

 千早は呻くように吐き捨てた。

「信じられないお気持ちは痛いほど理解できますが、千早様と瑞穂様はお2人とも男性です。
 銀華の性転換機能も、その後の調査で、正確には性転換ではなく女性化機能だと判明しております。
 その為、銀華の機能によって元から女性の方を男性にするという事は原理的に不可能な事が分かっています。」
「「「……へ?」」」

 史の言葉で、箒と鈴音、そして弾の目が点になる。
 そして弾以外の2人の脳裏に悪夢が蘇った。

「あ、あれ? 箒ちゃん、もしかしてお姉ちゃんのお話信じてくれてなかったの!?」
「いや……だって、千早さんが男性だなんてありえる筈が……」
「ありえる筈が無いからお姉さんビックリして、ちはちゃんの事気になっちゃったんだよ。」

 確かにそうだ。
 束は妹の自分と親友である千冬、そしてその弟である一夏以外の人間をまともに認識できない筈。
 両親ですらかなり怪しいくらいだ。

 その束が千早には特別注意を向けている、という事はいかにも不自然である。
 圧倒的なほどの美少女にもかかわらず、実は男。
 その位のインパクトが無ければ姉に個人として認識されるはずがないという、その理屈は頭では分かってはいた。

 しかし……

「へ? え、と……姉さん?
 そ、それじゃあ、女らしさや女性としての容姿で千早さんに劣る私は一体なんだと言うんですか……」

 段々箒の動きがぎこちなくなっていく。
 その彼女の隣では

「おい、しっかりしろ鈴!!」
「あ、あは、あははははあはははははははははああ…………
 あ、あああ、あああああああああっーーーーーーーーーーーー!!!!」
「だ、大丈夫かよ! おい弾、おじさん呼んで来い!!」
「え、あ、う、嘘だ、嘘だろ……何、あんな超絶美少女がおと、お、おと、おと、お、お、お、おぅわあああああああああーーーーーーーー!!!」
「お前もかーーーーーーーーーーーっ!!」

 弾と鈴音が一足先にゲシュタルト崩壊を起こし、一夏が2人への対応に追われていたのだった。
 箒の精神の均衡が崩れる数秒前の出来事であった。











===============











 平和な定食屋で阿鼻叫喚の地獄絵図を展開した一団は、五反田食堂から叩き出されてしまった。
 あのまま放置していれば、客足が遠のいていたのは確実なので、適切な判断ではある。

 ケタケタと虚ろな笑い声を発している弾を背負った一夏と、同じく虚ろな笑顔を浮かべている箒を背負った束と、同様に壊れ果てた様子の鈴音を背負った千冬は、千早、史、瑞穂、まりやとともに織斑姉弟の家に向かっていた。
 弾・箒・鈴音の様子が落ち着くまで、織斑姉弟の家で寝かせておくのが良いという話になったからだ。
 通常、人一人背負うなどという力仕事は男性の役割なのだが、千冬は地上最強の生物なので力仕事を任せてもなんら問題が無く、束は率先して箒を背負った為、瑞穂と千早には少女達を背負う役目は回ってこなかった。

 家に着く直前、一夏はこうこぼす。

「鈴に会いに来た連中には、後で詫び入れておかないとな。
 俺や千冬姉も丸一日寝込んだんだし、こいつ等もその位経たないと持ち直さないだろ。」
「うう……箒ちゃん、戻ってきてぇぇぇぇ。」

 そんな束の願いも虚しく、箒は未だに壊れていた。

「さて、久しぶりの我が家……なんだが、この状態のこいつ等を背負っていると思うとくつろぐ気になれんな……」

 はぁ。と千冬はため息をつく。
 ため息をつく癖を千早に伝染されたのかも知れない。
 彼女はそんな事を考えていた。

 とはいえ、玄関の前で嘆いていても始まらない。
 一同は織斑姉弟の家に入って行った。











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 壊れた三人は織斑家の居間から千早の部屋を経由して、御門家に連れて行かされる。
 元々2人暮らしで余分な布団や部屋が少ない織斑家より豪邸の部類に入る御門家の方がスペース的に余裕がある事と、どこでもドアなどという非常識な物を目の当たりにする事で、千早と瑞穂が男だったというショックを少しでも中和できないかという話になったためだ。

 しかし現実は無情である。
 3人ともほぼノーリアクションで、壊れたままだった。

 一行は和室に向かい、布団を敷いて3人を寝かせる。
 なお、千早が一夏達を伴って帰って来た事を妙子や使用人達に知らせる為、史は別行動となっていた。

「……一夏と千冬さんの時もそうだったけど、僕が男だっていうのはこんな風に寝込むほどショックな事なのか!?」

 元凶その一がしかめっ面でそう呟く。

「御門、鏡を見ろ。」

 千冬は非情にその呟きを斬って捨てる。

「ま、まー、ちはちゃんは銀華やコレ使えば女の子になれちゃうから、箒ちゃん達には女の子って事にしておいてあげてても良かったかも……」
「僕のジェンダーアイデンティティ全否定ですか。」
「瑞穂ちゃんと並んで、ただそこにいるだけでフルオートで女のプライドを粉砕する女の敵が何言ってんのよ。」
「私もまりや様と同感です。」

 女性陣はさらに追撃を加えてくる。
 一夏はそんな様子を苦笑いを浮かべて眺めていたが、ふと束が取り出した物が気になった。
 どうやら腕輪のように見えるが、なにやらメカメカしい。
 束はISの発明者なので、ISの待機状態と思うのが普通なのだが……

「? 束さん、それ何ですか?」
「へ? ああコレ?
 いっくん、ちょっと触って見て。」

 というや否や、一夏の手をとった束がその手を腕輪に押し付ける。
 しかし何も起こらない。

「うん、やっぱりいっくん相手じゃ普通の男の人と同じで何にも起きないか。
 どことなくあたしが作った対ISコア用性別偽装システムに似た感じがしてたから、ちはちゃんとかみーちゃん相手じゃないと効果ないみたいだね、女体化システム。」
「…………は?」
「んふふっ、いっくんコレが何だか知りたい?」

 一夏は非常に嫌な予感に襲われた為、正直知りたくなかったのだが、束はそのまま捲くし立てる。

「じゃーーーん、束さんが銀華の機能を解析して、それだけを切り出してみた女体化の腕輪だよ!!
 使い方もゆーざーふれんどりーにも触るだけで効果を発揮と超簡単!!
 どう?」
「………………な、何人の事性転換させようとしてんですかああぁぁぁああぁぁぁああああっ!!」

 一夏が叫び声を上げ、何事かと史がやってくる。

「一体どうされたのですか、一夏様。」
「へ、い、いや、ただの気付けだよ気付け。
 こいつら正気の戻す為のさ。」

 一夏はとっさにそう言う。

「はあ、そういう事でしたか。
 ですがあまり大きなお声を出されると、奥様が酷く驚かれてしまいますので、ご遠慮していただけませんか?」
「あ……ごめんなさい。」

 一夏は史に頭を下げた。

(そういや千早のお母さんって、精神的にキてんだっけか。
 驚かして良い相手じゃないよなぁ。)

「う、うん……」
「こ、ここは……」
「うう……」
「3人とも気が付いたのか?」

 今の一夏の叫び声が丁度良いショック療法になったのか、壊れていた3人が壊れていた状態から復帰する。

「な……姉さん!?
 いや、何か悪い夢を見ていたような気がするんですが……」
「あたし、何時の間に寝てたんだろう……なんか、千早さんが男だって言われてショック受ける夢みちゃった……」
「奇遇だな、俺もだ……」
「あたし達どーかしてるわよね、あんな美人が男の筈ないのに……」
「「……僕達のジェンダーアイデンティティは」」
「何も言うな。話をややこしくするな。」

 どうやら3人とも五反田食堂での出来事を夢だと思い込んでいるらしい。
 それほど千早の性別が男性であると知らされたショックは大きかったのだろう。

 その様子に、元凶その1と元凶その2は部屋の隅っこで落ち込んでしまったのだった。

「一夏、こいつらは暫くそっとしておいた方が良いだろう。
 後、そこで落ち込んでいる奴等とも離した方が良い。」
「そうだな千冬姉。その間の世話は……史ちゃん、頼める?」
「はい、承りました。」
「私も残って箒ちゃんの看病するね。」

 織斑姉弟はそう言った史と束を残し、千早と瑞穂を引っ張って和室から出て行く。
 行き先は千早の部屋にした。
 姉弟と千早、瑞穂、まりやの5人で入るには少し狭いようにも思えたが、まあ問題は無い筈だった。

 そして千早の部屋に着くなり、まりやが腹を抱えて笑い出した。

「あっはっはっはっはっはっはっは!!
 いやぁ、千早君がすんごい美少女なのは分かってたけど、ああまでして信じたくないって、あんた向こうじゃドンだけ女の子として振舞ってたのよ。」
「まりや従姉さん、笑いすぎ。
 それに僕は別に女の子として振舞った覚えなんて無いから。」

 千早はそう言いながら頭を抱える。
 しかし千冬はそんな千早を見て

(それはひょっとしてギャグで言っているのか?)

 と内心叫んでいた。

「いや……でも、向こうってISが実在している世界なんだよね?
 ISは女の人の物っていう意識があるんだから、それを使えちゃってたから僕達が女の子扱いされるなんていうのは……」
「そうだ、それだ、瑞穂さん!!
 だからあんなに口をすっぱくして僕は男だって言っても」
「「ないな。」」「決め手じゃないわね。」

 織斑姉弟とまりやは瑞穂と千早が縋りついた可能性を斬り捨てる。

「そもそもそのゆるふわウェーブがなぁ。」
「もっと根本的には骨格からして女そのものだろう、2人とも。」
「っていうか瑞穂ちゃんってば、亡くなったおば様に似すぎ。
 こないだなんかまるでクローンだって、アルバム見てた貴子や紫苑様が仰天してたわよ。」

 言葉のナイフが次々と瑞穂と千早に突き刺さる。

「ああでも千早君の場合、ISのせいで女の子に見られるって言うのは確かにあるかも。
 千早君のISのデザインってば、完全にお姫様ルックだもんねぇ。」
「え゛、まりや、ひょっとしてアレを見せる気!?」
「アレ?」

 瑞穂の台詞に、千早が不吉な予感を感じつつも怪訝に思って聞き返す。

「ああ、向こうの本屋で買ったISの雑誌よ。
 はいコレ。」
「lkす@たhy921お1h1@!!!」

 雑誌を手渡された千早がショックの余り、言葉にならない声を上げる。
 雑誌の拍子には、デカデカと千早の写真が載っていたのだ。

 織斑姉弟は千早の様子に驚き、千早の両サイドから雑誌の拍子を覗き込む。

「……そーいや、前に鈴が代表候補生には写真撮影の仕事があるみたいな事言ってたっけな。」
「……ぼ、僕、代表候補生でもなんでもないタダのド素人なんだけど…………
 何だコレ……」 

 愕然としている千早に千冬が非情な宣告をする。

「新聞部の連中に目を付けられたのが運の尽きだったな。
 IS学園に所属して生徒や学園での出来事を収集し、校内新聞にするあいつ等は、対象となる生徒や職員がIS関係者という事もあって独自の影響力を持っているんだ。」
「なんで高校の一新聞部がそんな力を持ってんですか……」
「まあ、IS学園に在籍中はIS関連技術の公開をしなくて良いとされてはいても、学園に所属する以上はどう足掻いても生徒職員の目に触れるからな。
 その機能で何が出来るか位は、どう頑張っても生徒達を通して各国のIS関連会社や関連機関にバレてしまうんだ。
 だから外に出る情報を制限する体制はあまり強固ではないぞ。」
「あの……肖像権の侵害とか……」
「IS学園は建前上日本ではないからな。
 それに一夏の件を見ても分かるだろうが、IS関係で一度話題になれば肖像権なんぞあってないような物だぞ。」

 千早はガックリと項垂れてしまった。

「ま、まあ、俺の他にお前って言う第2の男性IS装着者が見つかりましたっていう特集かも知れないじゃないか。」

 一夏はそう言うが、表紙には

『特集記事:神秘のベールに身を包む銀のISと銀の少女』

 と書かれていた。
 現実は非情である。

「あああ、ああああ、こ、こんな写真見られたら、僕のこと男だって見抜く人が沢山いる……っ!!
 男の癖にこんなお姫様ルックに身を包んでいる写真を全世界規模でばら撒かれたら、僕は、女装変態だって全世界に、は、はは、う、うわああああああああっ!!」
「千早の奴、普段とキャラが違うような気がすんだが……」
「あの3人から不安定な精神状態でも伝染されたんだろう。」
「千早君、こんな写真だけで見抜くマニアックな奴なんて殆どいないから安心しなさいよ。
 そいつがどんなに周囲に千早君は男だって広めようとしたって、だーれも信用しないんだから。」
「そ、それはそれでジェンダーアイデンティティがズタズタになるんだけど、従姉さん。」

 ちなみに千早のあずかり知らない事ではあるのだが、千早を一目で男だと見抜ける人間の多くは裏社会の住人であり、裏社会には銀華の性転換システムの情報が既に流れている為、彼らは写真の千早を男だと見抜いた上で「男に性転換している美少女」と認識している。
 ……世の中、知らない方が良い事もあるのである。 

 この数時間後、束が千早に

「ちはちゃん、束さんがとってもいい言葉を教えてあげるね。
 昔の人は言いました。旅の恥はかき捨て☆」

 と言った時、千早は遠い目をしたのだった。









==FIN==

 ええと、千夏ちゃんが千冬さんに似ているのは、一夏経由で千冬と同じ遺伝子が流れ込んでいるからです。
 まー所詮は夢の中の登場人物なんで、細かい設定は不要なんですが、まんまちっちゃいちーちゃんだとすぐに千冬さんにネタが割れてしまうんでw

 一方、一夏の夢の方に出てきた方の子どもは、PC版おとボク2で実際に見る事が出来ます。
 ……母親のDNA混じってるんだろうか、あの子って……

 で、ちーちゃんが男だという事を受け容れられない人々ですが……
 何の予備知識もない人にちーちゃんの抱き枕カバーや裸Yシャツちーちゃんを見せた後、
「ちーちゃんは男の子なんだよ。」
 と言った時の相手のリアクションを想像して見てください。
 まして、箒達の目の前にはリアルにちーちゃんがいるわけです。

 ……正直、一目で見抜いた順一さんを始めとする自力で見抜いたおとボク2キャラ達は只者ではありません。
 他の人たちもすんなり受け入れすぎ。
 少しオーバーすぎるような気はしますが、今回の箒達の反応の方が正常な反応だと思います。



[26613] 目まぐるしく駆け足な一日
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/07/30 21:44
「千早ちゃん、帰って来ていたのね。」

 千早達が彼の部屋で話をしていると、千早の母親である妙子が部屋に入ってきた。

「あ、母さん、すみません。
 帰宅の挨拶も碌にせず、こんなにバタバタと騒がしくしてしま……って……」

 千早は妙子が持っている物体を見て硬直してしまう。
 なにやらフリフリの装飾が施してある衣服のようで、どうみても女物である。

「か、母さん、僕ちょっと学校でやる事思い出しましたから……っ!!」
「もう千早ちゃんったら、何も逃げようとする事はないんじゃないかしら?」

 反転してどこでもドアから離脱しようとした千早の腕を、妙子が握る。
 どこでもドアの前にまりやがおり、彼女が邪魔でどこでもドアに直行する事が出来なかった為、運動能力で大きく千早に劣る筈の妙子から逃げ切れなかったのだ。

 その千早の様子を見て、瑞穂も慌てだす。

「そ、それじゃ、僕もう失礼しますねっ!」
「はいはい、瑞穂ちゃんも逃げないの。」

 予め瑞穂の反応を予期していたまりやが瑞穂の首根っこを捕まえてしまう。

「せっかく千早ちゃんと瑞穂ちゃんが揃ったんですもの。
 とっても素敵なお洋服を用意しましたからね。」
「ちょっ、まっ、母さんっ!!
 一夏っ、千冬さんっ、たす、助けてっ!!」

 そう言われても、まさか妙子に手をあげるわけにも行かず、また彼女に対して説得は不可能であることを他ならぬ千早本人から聞かされている織斑姉弟は、黙って妙子とまりやに連行されていく千早と瑞穂を見送ることしか出来ない。
 彼ら姉弟の脳裏にドナドナが流れた事は言うまでもない。

「……そういえば千早や瑞穂さんを女装させるのが好きなんだっけか、あのまりやさんって人。
 妙子さんも同類ってことか……」

 以前、千早からまりやについて聞いた事のある一夏はそう呟いた。

「ま、まああの2人の場合、素材の良さが異常だからな。
 気持ちは分からんではないが……」
「……で、どうするよ? 千冬姉。」
「うーむ……」

 千冬は暫く唸った後、

「久しぶりに家でくつろぐか。
 あの3人はまだ精神的に不安定だろうから、様子を見に行くにしてもしばらく経ってからだな。」
「んじゃあ、久しぶりにマッサージでも行ってみるか、千冬姉。
 ここんところ精神的にきつかったみたいだから、疲れも相当溜まってるだろうし。」
「ん、ああ、頼む。」











===============











 2時間後。

 そろそろ頃合かと思った織斑姉弟は、妙子達に連れ去られた千早や瑞穂とショックで寝込んでいる3人の様子を見に御門家に戻ってきた。
 千早達と箒達はそれぞれ別の所に居るので、二手に分かれて千冬は箒達の方に行き、一夏は千早達の様子を見に行く。

「あっ、ちーちゃん。」
「束、箒達の様子はどうだ?」

 千早が和室に入ると束が一人で箒達の様子を見守っており、史の姿が見当たらない。
 トイレか何かで席を外しているようだ。

「んーとね、起きてお話できるけど、まだ頭がグワングワンって言ってるみたいな感じ。」
「……そうか。」

 見ると一様に頭を押さえている3人の姿があった。

「あれで男……うぅっ……あ、有り得ない……」
「3人とも、随分ショックを受けているようだな。」

 そう言う千冬だが、彼女達姉弟も丸一日寝込んだのである。
 あまり人の事は言えなかった。

 また、千早が男性である事に衝撃を受けたのは束も同様だったらしく、こんな相槌を打ってきた。

「束さんも、ちはちゃんが男の子だって始めて知った時には口から心臓が飛び出るかと思う位びっくりしちゃったもんね。」
「……そもそもお前はどうやって御門が男だと知ったんだ?」

 千冬にそう訊ねられた束は小首を傾げると、当時の状況を思い返しながら答えた。

「んーとね、私がこっちの世界で歩いているとね、ふーちゃんを連れたちはちゃんとすれ違ったの。
 周り中黒髪ばっかりなのに一人だけ銀髪だから、何だか目立っててね。」

 いくら千冬・箒・一夏・両親以外の他者を認識できない問題人物とされている束でも、別に視力が低くて他者を認識できないわけではない。
 目が悪いわけではないので、当然他の人々についての視覚情報もキチンと知覚出来ているのである。
 ただ、彼女にとってはそれらの人々が路傍の石と同程度の価値しかない、というだけの話なのである。
 また束が自分の世界の人間をマトモに認識できないのは、女性しか使えないISに完全に屈服して抵抗しようとする素振りさえ見せない男性諸氏と、彼女からの借り物の力でしかないはずのISの力でもって威張り散らしている女性諸氏が彼女から見て下らない存在だと感じられてしまったからであって、彼女がISを発表していないこちらの世界の人間は対象外である。

 もっとも、束がこちらの世界の人間に対しても同程度に辛辣であったとしても、千早の事を認識できた事は間違いない。
 全く同じ色の石ばかりがある所に、一つだけ全く別の石が混ざっていれば酷く目立つ。
 それと同じ理屈で、ただでさえ輝かんばかりの美貌を備えている上に黒目黒髪の者ばかりの日本で銀髪と菫色の瞳を持つ千早の存在もまた目立ち、他者を路傍の石としか認識できない者でも千早の事を他の人々とは区別して認識する事が出来るからだ。

「それで、ふーちゃんがね、ちはちゃんが男子校に入るのにはちょっと抵抗を感じてるみたいな事話しててね。」

 その一言で布団の中の3人が凍りついた。

「……はい?」
「…………千早さんが……」
「……男……子…………校!?」

 新たなる衝撃に目をむいた3人がギョッとした表情で束の顔を見る。

「そうそう、こんな感じにギョッとしちゃったんだよね。」
「……お前、もうちょっとリアクション見せても良いんじゃないか……」
「今の箒ちゃんと違って偶然ちはちゃんとすれ違った時の事で、ちはちゃんが男の子だって聞かされてなかったからムッチャクチャビックリしたよ。
 それで何かの聞き間違いだろうと思ったんだけど、私と同じようにギョッとしている人が沢山いて、聞き間違いじゃない事が分かってね……
 いやあ、この時の衝撃ったらなかったなぁ。」

 束が達観した表情で遠くを見る。
 千早が男性であるという事実は、彼女にとっても相当な衝撃だったようだ。

「それでね、箒ちゃんみたいにどうしてもちはちゃんが男の子だって受け入れられなかった私は、否定する材料が欲しくて手を尽くしてちはちゃんの性別を確かめたんだよ。
 ……完全に逆効果だったんだけどね。
 動かぬ証拠を見ちゃった時には、口から心臓が飛び出すかと思ったよ~~。」
「ね、姉さんがそこまでショックを受けるなら、私など普通にショック死しかねないのですが……」
「……お前は、自分の姉を一体なんだと思っているんだ。」

 千冬はこめかみを押さえながら、ジト目で箒を睨む。

「……姉さんが千早さんの事を認識できるのは、その時のショックが原因ですか。」

 とはいえ自分の姉ほど異常な存在もないと思っている箒は、そんな千冬の視線を受け流した。

「まーそーかな?」
「それにしても千早さんが男子校って……」

 鈴音が呻くように呟く。

「御門は自分自身が男性でありながら男嫌い、というより男性不信らしいからな。
 男子校入学はそれを直すための荒療治のつもりだったらしい。」
「……男性不信って、千早さんは本当に男なんですか?」
「あまり深く考えるな。」

 実の所、千冬は千早が束によって彼女達の世界に拉致されて良かったと思っている。
 何しろ千早を男子校に入れた時に起こる事態など、千冬には悲惨な出来事しか想定できないからだ。

 そんな中、弾は一人で何かを考え込んでいた。

「あの、千冬さん……」
「? どうした?」
「いや、さっき女体化がどうのとか言ってたような気がするんですけど。」

 その弾の言葉に反応したのは千冬ではなく、鈴音だった。

「……ああ。
 何故だかは知らないけど、千早さんのISである銀華には性転換機能がついてるって話よ。」
「うんうん、それをこの天才・束お姉さんがその機能だけを抜き取って再現してみたのがこの女体化の腕輪なのだよ~~。
 ……もっともちはちゃんとかみーちゃんとか、元から女の子同然の相手にしか効果がないんだけどね。」

 研究者のサガか、自分の開発した物についての自慢をする束。
 こういう時には、「身内しか認識できない」という事は障害にはならないらしい。

「……何を考えてそんな機能を開発したんですか、姉さん。」
「いや、これは銀華に偶然くっついた機能で、お姉ちゃんが開発したわけじゃないから。」

 その束の言葉を聞いて、弾がさらに唸りだす。

「それがどうしたというんだ?」

 千冬が怪訝そうに弾に訊ねる。

「いや……それってつまり、その機能を使っている最中は中身はどうあれ生物的には女の子って事ですよね?」
「まあ、そうなるな。」

 とはいえ、千早は元からあの外見である。
 千早の任意で元に戻れる可逆変化である事もあり、千冬には取り立てて大きな変化だとは思えなかった……次の弾の言葉を聞くまでは。

「だが、それが一体何だと言うんだ?」
「……いや、一夏の奴って理不尽な位モテますよね……女の子を惹き付ける妙なフェロモンでも出してるんじゃないかっていう位の勢いで…………」

 その弾の言葉は、まるで雷撃だった。
 少なくとも千冬、箒、鈴音にはそう感じられた。

 しばし箒や鈴音と共に硬直していた千冬は搾り出すようにして弾に言う。

「……あまり怖い事を言ってくれるな。」
「……はい。」

 その短いやり取りで、弾と千冬は分かり合ったのだった。

「結局、千早さんがとんでもない強敵だって言うのは変わんない訳ね……」











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「……それでずっと千冬さんの事、マッサージしてたんだ……」

 千早は一夏に恨みがましい視線を送り、一夏はバツが悪そうに視線を逸らす。

「いや、まさかここまでの惨状になっているとは思ってなくてよ……」

 一夏の言う惨状とは……
 バニーガール姿の瑞穂とビキニの水着を着た千早の事である。
 当然2人は女性の身体になっており、その胸元にはたわわに実った大きく美しい乳房があった。
 露出度の大きい服のために良く見えてしまう2人の素肌は瑞々しくきめ細かい。
 顔の造詣など言わずもがな。
 本当は男だと思わなければ、そこにいるのはあられもない姿の絶世の美少女2人である。
 千早達を着せ替え人形にして遊んでいる女性達も、相当な美貌の持ち主ばかりだ。

 その事も、一夏がバツが悪そうにしている理由だった。

「いやあ、あの機能のお陰で瑞穂ちゃんや千早君を女装させる時にパレオやスカートで誤魔化さなくても良くなったんだもの。
 フル活用しなくっちゃ、ねえ叔母様。」
「まりやちゃんの言う通りね。
 ささ、写真にとっておきましょうね。」
「ですがまりやさん、スカートにはスカートの趣がありますわ。
 ですから、次はイブニングドレスなんてどうでしょう?」
「おっ、流石紫苑さま。良いチョイスじゃないですか。
 って、貴子、あんた何時まで鼻血出してぶっ倒れてんのよ。」
「……きゅう。」

 何やら千早と瑞穂を着せ替え人形にして遊んでいるメンバーの中に、一夏の知らない女性が混じっている。
 妙子やまりやと一緒になって千早達を着せ替え人形にして遊んでいる大柄で長い黒髪が印象的な女性の名前は紫苑、鼻血を出して倒れている女性の名前は貴子というらしい事は、まりやの台詞から分かった。
 一夏は、この2人の名前を以前聞いた事があり、紫苑に関しては瑞穂や千早にも劣らぬ美貌の持ち主と聞いていた。
 確かに彼女の美貌は千早、瑞穂と並ぶ、一夏がコレまで見た事のある女性達の中でも最上位の美しさだ。
 瑞穂が優しい印象で愛らしい、千早が神秘的で可憐という方向性の美少女ならば、紫苑は優雅にして高貴という方向性の美しさを持つ女性だった。
 ……もっとも、妙子やまりやと共に千早達を着せ替え人形にして遊んでいるという行為が、その印象を完全に裏切っていたのだが。

 と、俯いていた瑞穂がハタとある事を思いつく。
 彼にはそれがとてつもないナイスアイデアのように思え、その実行の為に一夏に話しかける。

「ね、ねえ一夏君で良いんだっけ。
 君って強くなる為に鍛えてるんだよね?」
「え? ああ、確かにIS学園に来てからは鍛えてますよ。
 まあ鍛えてるったって、周りの連中と比べると隔絶して見劣りしますけどね。」

 一夏は遠い目をする。

 IS学園の生徒は無理やり入らされた一夏と、彼とほぼ同じ事情の千早を除いて、全員が全員1万倍とも言われる入試倍率を潜り抜けたエリート中のエリート達なのだ。
 鈴音やラウラのような代表候補生達にいたっては、地上最強の生物ブリュンヒルデになり得る各国の国家代表を選定する際の候補に挙げられる実力者達である。
 いうなればオリンピックの強化選手といった所である。
 しかも彼女達が行うのはパワードスーツであるISによる戦闘行為である為、彼女達は生身でも恐ろしく強い。
 何しろ素手でマシンガンやショットガンを征圧し、ナイフ一本で熊殺しをやってのけるほどだ。

 まして、地上最強の生物とされる千冬や「候補生」とつかない正真正銘の国家代表たる楯無など、人間ではなく「人の皮を被った大怪獣」という評価が適正だろう。
 所詮は常人に過ぎない一夏と彼女達では、生物としての格が違いすぎる。

 また、IS学園で習う内容がISによる戦闘である事を思えば、他の女生徒達も非力な女の子である筈がなかった。
 例外なく幼い頃から強くなる為の血の滲むような努力を積み重ねてきた事は、想像に難くない。
 一人かつ生身で百人規模の暴走族を全滅させられる生徒も、そう珍しくはないと考えられる。
 より小規模な暴走族を壊滅させられる、という所までハードルを下げれば、ほぼ全校生徒が該当するに違いない。
 一夏の前でそんな素振りを見せないのは、「可愛らしく思われたい」という女の子としての見栄による猫被りなのだろう。

 対して一夏は、小学生の頃こそその若年からは想像も出来ないほど強かったとはいえ、IS学園入学直前の時点では長らく放置していた腕は錆付いたを通り越して完全に朽ち果ててしまっており、ほぼ完全なド素人と化していた。
 現在は流石にIS学園入学当初に比べればいくらかはマシな状態になったとはいえ、それでも所詮はド素人から「ド」が取れた程度の上達に過ぎない。
 僅か2ヶ月足らずでそれ以上の上達をする、などというムシの良い話などあるはずがないからだ。
 まして、将来千冬と同等の超生物の称号たるブリュンヒルデを手にするかもしれない代表候補生相手に、マトモな戦闘が成り立つ筈がなかった。
 達人の領域にいるであろう彼女達に武術で追いつくには、キチンとした師による指導を継続的に受けられたとしても10年、そうでなければ2、30年はかかると考えられる。
 一夏は、化け物じみた才能と主人公補正により、彼女達に追いつく将来が約束されている「インフィニットストラトス」の主人公「織斑 一夏」ではないのだから。
 しかし、彼はそれでも足掻かねばならない。

 その割にISでの戦闘でそこそこ代表候補生相手に戦えているのは、ひとえに一夏のISである白式が彼女達の物とは比較にならないほど高性能だからだろう。
 一夏は白式や銀華と代表候補生達が持っている第三世代ISの性能差を、大体「太陽炉搭載型MS対ヘリオン、あるいはリアルド」程度と考えている。
 たとえがガンダム00なのは、ISの台頭によってロボット物が駆逐されてしまっているIS世界の住人である一夏にとって、初めて見た千早の世界のロボットアニメであるガンダム00はインパクトが強く、印象もまた強いからだ。

 これが一夏の認識である。
 僅かながら復旧した武術家としての目から見てみると、IS学園の少女達はここまで強くはないのだが、それでも一夏は
「偽装技術高いな、おい。」
としか思っておらず、猫被りをしているだけだと考えている。

「でも、それが何か?」

 一夏は瑞穂との話を続ける。

「ん?
 いや、僕も少しは武術を齧っているから、鍛えているって言うならどの程度やるのか見せてもらいたいなって思ったんだけど、どうかな。」
「いやでも、俺って本当にド素人同然ですよ。
 俺の実力なんか見たって参考にならないと思いますけどね。」
「そんな事言わずに今すぐ胴着なり防具なりを着て……」
「ふぅん、一夏君との訓練にかこつけて、女装を止めるつもりなんだ、瑞穂ちゃん。」
「はうっ。」

 瑞穂の目論みは、まりやによって看破されてしまった。

「まあ一夏君と稽古なりなんなりするのは良いけど、本気で一夏君蹴っ飛ばしたらダメよ。
 瑞穂ちゃんの脚力って尋常じゃないんだから。」

 それを聞いた一夏は、かつて瑞穂が100mを6秒台で走ったという話を思い出す。

「そういや前に瑞穂さんは100m6秒台で走れるって聞いた事があるんですけど……あれ、マジですか?」
「大マジよ。
 100mリレーでね、女の子とはいえ陸上部にトラック半周、つまり50m先行された状態でスタートして追いついちゃった事もあるんだから。」

 100m走で50m先行されている。
 相手が女子とはいえ陸上部という事を考えれば、彼女の足が遅いなどという事は考えられない。
 しかも100m走で50mを既に走っている走者はスピードに乗っており、かつ全力疾走中なのだ。
 スタート地点、つまり速力0から彼女以上に加速し、向こうが残り50mを走る間に100mを走り切る。

 確かに6秒台を叩き出せなければ不可能な芸当である。

「あんたも直接瑞穂ちゃんと組み手するのは止めたほうが良いわよ。
 瑞穂ちゃん相手に戦ったら、この強靭すぎる足腰を発射台にしたパンチやキックが容赦なく飛んでくるから。」
「……骨の1、2本、簡単にへし折られそうですね……
 でも、実際に見てみないと、瑞穂さんが6秒台で100m走れるなんて信じられませんよ。
 100mの世界記録って、9秒台なんですよ。
 それとも、こっちじゃ6秒とか5秒とかになってるんですか?」
「いや、こっちでも9秒台だけど……」
「じゃあ実際に100m走って見せてあげるよ。
 運動できる服に着替えてくるね。」

 そこで着替えにかこつけて女装を止められると嬉しがる瑞穂。
 そんな瑞穂に紫苑が話しかけてきた。

「勿論ブルマですわよね、瑞穂さん。」

 そんな彼女の隣には、ブルマを手にニコニコと笑っている妙子の姿があった。

「……違うに決まってるじゃないですか……」
「はあ、残念ですわ。」

 妙子と紫苑は本当に残念そうにした。
 瑞穂の経験上、ここでまりやが妙な助け舟を出して結局瑞穂を女装させてしまうのが分かっていたので、瑞穂は先手を打った。

「そうだまりや、着替える前に男に戻してよ。
 走っている時に胸がなんか邪魔になりそうで……って、まりや?」

 怨念の篭ったまりやの視線が瑞穂に突き刺さる。

「瑞穂ちゃん、男の子の癖にあたしよりリッパなもんくっつけといて、邪魔って何よ邪魔って。」
「……いや、まりやさんもスタイルは良い方だと思いますよ、俺。」
「ただ、比較対照が瑞穂ちゃんだものねぇ。」

 一夏のフォローを妙子が台無しにする。
 一方、千早もまた瑞穂に便乗して着替えようと画策する。

「母さん、まりや従姉さん、紫苑さん、僕も運動できる服に着替えようと思うんですが」
「わかったわ千早ちゃん。
 それならブルマは千早ちゃんに着けて貰うという事で、良いわね?」
「へ、か、母さん!?」

 妙子はまりや、紫苑と協力して千早を取り押さえる。

「はいはい、一夏君はちょっと出てってね。
 一応、今の千早君は女の子だから、男の子に生着替えを見せるのはちょっとね。」

 まりやにそう言われると、一夏は慌てて部屋から出て行った。












===============











「とまあ、向こうはそんな感じだったぞ、千冬姉。」

 一夏は千早達の様子を千冬に話す為、和室で千冬達と合流した。

「……そうか。」

 千冬としては一夏が女性と化した千早の色香に迷ってはいないか、女性にされた千早が女性としての性質に引っ張られて一夏に魅力を感じてはいないかと気が気ではない。
 何しろああなってしまっている千早は、千冬の知る限り最も美しい少女なので、千冬の不安は止まらない。

「いやいや、なんともカオスだねぇ~~。」
「……姉さんがそういう事言いますか。」

 箒はジト目で束を見る。

「だが、あいつ等もそこまで嫌なら何故抵抗しなかったんだ?」

 そんな千冬の疑問に戻ってきていた史が答える。

「千早様と瑞穂様は、『男子たる者、か弱い女性に手をあげる事などあってはならない』と言われながら育てられております。
 その為、お2人とも非戦闘員の女性に対しては物理的に抵抗する事が出来ないのです。」
「俺らんとこの女尊男卑とは真逆の理屈なのか……」

 そして一夏の報告を聞いた箒達3人は、ようやく気付く。

「ねえ一夏、ここって千早さん家なわけ?」
「ああ。」
「という事は……私達の世界では、ない?」
「箒ちゃん、気付くの遅いよ~~。」
「……へ? 俺達の世界じゃないって?」

 「インフィニットストラトス」を読んだ事のある箒と鈴音はすんなりと「千早の家なのだから異世界である」と認識する事が出来たが、千早が異世界人であるという話を聞いた事のない弾は箒の台詞でキョトンとしてしまう。

「ああ、そういやお前にゃまだ話してないっけ。
 千早の奴はな、俺達の世界の人間じゃないんだよ。」
「……は?」

 目が点になっている弾に、千早の素性を説明する一夏。
 トドメとして史が「インフィニットストラトス」を証拠として持ってきて弾に手渡す。

「……一夏、鈴、お前らコレ読んで納得したわけか。」
「あたしの方はね。
 だってそれに出てくる「鳳 鈴音」や「織斑 一夏」とかって本当にあたし達そのまんまだったし、起きた出来事もまあ大体同じだったんだもの。
 そりゃあ納得するしかないわよ。
 でも、一夏はそれ読んだ事ない筈よ。」

 まあ、「インフィニットストラトス」は到底一夏に読ませられる内容ではない事は、パラパラとページをめくっただけで弾にも理解できた。
 「一夏」の一人称で書かれている箇所はまあ良い。
 だが、鈴や他の少女の視点のページを一夏に読まれてしまったら、それは恋する乙女としての彼女達の悶絶を想い人たる一夏に読まれてしまう事に他ならない。
 何が何でも一夏の目に触れる事態だけは避けなくてはならない代物だった。

「しかし一夏、なんで私達は異世界などに……」

 と箒が言いかけたところで、彼女は束の方に視線を向ける。

「……姉さんがいる以上、今更か。」

 そもそも千早が彼女達の世界にいる原因こそが束なのである。
 彼女がいる以上、自由に行き来が出来ると考えるべきだった。

「お前らこっちに来た時の事は……憶えてないみたいだな。」
「そりゃあちはちゃんのことですっごいショック受けてたからねぇ。」
「私達姉弟が丸一日寝込んでいた事を考えれば、これでも回復はかなり早いと考えて良いんだがな。」

 と、そこに瑞穂がやって来た。

「お待たせ。
 それじゃあ100m走って見せてあげたいんだけど、場所はどこが良いかな?」

 千早の家は豪邸と呼んで良い代物だが、流石に100m走用のトラックに類するものはない。
 また、この家の周辺の地理には、一夏も千冬も全くお手上げである。

 一応ここに住み着いているはずの束なら問題ない筈なのだが、研究三昧の毎日を送っている彼女もあまり詳しくはないはずだ。

「いっその事俺ん家の方に戻るか?
 あの辺で100m走のタイムを計るのに良さげな所も結構あったと思うし。」
「お前ん家の方ね……あっ、そういや鈴に会いに俺ん家にみんな集まるんだっけか。」
「お前らがぶっ倒れてから2時間以上経ってるけどな。」
「いや、それなら丁度時間じゃないかしら?
 あたし、かなり早くに行ったから。」

 それに、そろそろ食事時でもあった。

「ん~~、あんな騒ぎ起こしてすぐだから気が引けるけど、それじゃあ弾ん家行くか。」
「ああ、五反田食堂か。結構美味しかったものね、あそこって。」

 瑞穂がそう相槌を打つ。

「それじゃあ戻ろうぜ。」

 そう言った一夏が扉を開けると、ブルマを着用した千早からの恨みがましい視線が一夏に突き刺さった。

「僕をまりや従姉さんや母さんの餌食にしたまま戻るつもりなのか?」
「……悪い。
 てか、お前逃げてこれたのか?」
「そんな訳ないじゃない。」

 とまりやが答える。
 千早から見ると隣にいるのだが、まだ廊下に出ていない一夏から見ると彼女の立ち位置は死角になっていた。

「……おかげで、僕はまだ女装させられてるよ。」
「そ、そうなのか……」

 そんな千早の可憐な姿を見て、箒達は改めて混乱してしまう。

「一夏……やはり千早さんは女性なのではないのか?」
「いや、あの妙な機能で女の子にされてんだよ。」

 そう言われて合点が行く箒。
 確かに良く見れば、千早の胸は普段のまな板ぶりが嘘のように盛り上がっている。

「それじゃあ早速、皆で向こうの世界に行きましょうか。」
「その前に着替えさせてくれないかな、まりや従姉さん。」

 まあ、どの道一夏達のIS世界に行く為には千早の部屋にあるどこでもドアを使わなければならない。
 その為、千早は自分の部屋で着替えの服を調達する事が出来た。

 どこでもドアという非常識な物を見た箒達は酷く驚き、

「あのなお前ら、千早ん家に来る時にコレ通って来たんだぞ。」

 という一夏の追撃により絶句してしまった。

 そしてどこでもドアに驚いたのは箒達3人だけではなかった。

「本当にどこでもドアですのね。
 まさか実物をこの目で見る事になるなんて、わたくし想像もしていませんでしたわ。」
「まあそうでしょうね。」
「でも、とても素敵だと思いますわ。」
「紫苑さま、初めてコレ見る割に動じてませんね……」

 瑞穂やまりやの友人だという厳島 貴子という女性もまた、どこでもドアを見て酷く驚いていた。
 この中でももっとも「お嬢様」という印象が強い女性だ。
 そんな彼女が自分の家、厳島家を成り上がり者と嫌い、由緒正しい家柄のまりやに対してコンプレックスのような感情を抱いていたというのだから、世の中分からないものである。


 そんなこんなで、五反田食堂に戻ってきた一行は、鈴音や一夏の元クラスメイト達からの視線の集中砲火を浴びる。
 まあ総勢12人中10人が見目麗しい女性であり、中には絶世の美少女と呼んで差し支えない千早や紫苑、瑞穂もいるので、当然と言えた。
 残りの一夏と弾には怨念の篭った視線が送られる。
 これだけの人数の女性、しかも全員残らず非常に美しいという中に、男が2人だけなのだ。
 羨ましがられ、恨めしがられるのも当然であった。

 ……やはりというか当然というか、千早と瑞穂を男だと認識したものは皆無だった。











===============











 一夏や鈴音にIS学園での生活についての質問が次々と出され、箒は久方ぶりに会う旧友と親交を深める。
 瑞穂や紫苑、貴子や千早に声をかけようとするも、あまりにも高嶺の花過ぎて出来ない男性陣。
 同じメンバーにスキンケアや化粧の仕方、スタイル維持の秘訣を習おうと声をかける女性陣。
 そして、千早達に声をかけられなかったのでまりやに流れていって、まりやからツッコミを食らう男性陣。

 そんな様子を千冬と束が少しはなれた席から見ており、史は給仕をしようとして「客なんだから、給仕は店の人間に任せておけ」と弾の父に止められていた。

 そんな風にして宴もたけなわとなってきた頃、一夏は瑞穂に100mを走っている所を見せてもらい、そのタイムを計るという約束を思い出す。
 丁度、「誰か出し物をやれ」という雰囲気になっていたので、一夏は瑞穂に100m6秒で走るのを一発芸として披露して欲しいと依頼し、瑞穂はそれを快諾する。

 勿論五反田食堂の中で100m走など不可能である為、一同は問題なく100mを走れる場所へと移動する事になった。

 その移動のさなか、千冬は束が俯いている事に気が付いた。

「どうした束?
 らしくないな。」
「……ちーちゃん。
 あのね、箒ちゃんにもお友達がいるんだなって。」
「? アイツにだって友人の1人や2人はいて当たり前だろう。
 お前にさえ私がいるんだぞ?」
「私にはその箒ちゃんの友達と、どこかの見ず知らずの人が全く同じに思えるの。
 全然価値がないように思えるんだけど、箒ちゃんにとってはそうじゃないんだよね。」
「まあその辺りは気にするな。
 人間が路傍の石同然に見えるお前の場合は確かに極端だが、別にお前でなくとも兄弟の交友関係が良く分からんと言うのは普通にある話だからな。」
「うん……」

 それでも、束には自分にとっては道端の石のような存在が妹と親しげに話し、その妹も楽しげにしていたという事実には複雑な感情を抱いてしまう。
 正直に言えば箒の友人達を拒絶したいのだが、そんな事をすれば間違いなく箒に嫌われる事は、いくら彼女でも容易に想像できる。
 彼女自身、友人である千冬を悪く言われれば怒るのだから、「友達を拒絶された箒が怒らない筈がない」と想像する事が出来るからだ。

 それに箒だけが知りえている美点が、その友達にあるのかもしれなかった。

「と、そろそろだな。
 鏑木、ここで良いか?」

 まだ未熟だった頃の千冬や小学生の頃の一夏が走り込みに使っていたコースの一部。
 人通りも少なく、車も来ない長い直線。
 100mのタイムを計測するにはもってこいの場所である。

 そして、まず前準備として100mの長さを測る。
 何故かあった100m計測可能な大型メジャーのおかげで手間が少なかった。

「じゃあ瑞穂ちゃん、こっからあっちの貴子がいる辺りまでが100mよ。
 準備は良いかしら?」
「うん、良いよ。」

 クラウチングスタートの体勢をとっている瑞穂がまりやの問いに答える。

「それじゃあ張り切って行ってみよっかああ!!
 位置について、用意、スタートっ!!」

 まりやがそう叫びながら腕を振り下ろした瞬間、瑞穂が走り出し、周囲の人間がストップウォッチや時計のストップウォッチ機能をスタートさせる。
 瑞穂は信じられないほどの健脚を見せ、あっという間に貴子の傍らを走り抜けていった。

 その間、僅か6秒いくつか。
 コンマ数秒となると計測者によってタイムにばらつきが出てしまっていたものの、7秒に達するタイムを計測しているものは一人もいなかった。

「……ほんっとうに6秒台なんですね。」

 あまりのタイムに唖然とする一夏。
 周囲にいる彼の友人達もこの脅威のタイムに驚きを隠せず大騒ぎをしており、IS学園の人間である箒や鈴音でさえ例外ではない。

「まー、チートの塊だからね、瑞穂ちゃんは。」

 まりやはしみじみと言った。

「でも千冬さん辺りは僕より足速いんじゃないかな?」
「確かに、5秒台どころか3秒台を叩き出してもおかしかないですね。」
「……お前は自分の姉を一体なんだと思っているんだ?」
「へ? 地上最強の生物ブリュンヒルデに決まってるじゃないかよ、千冬ね、いて、いてててて、痛い痛い痛いっ!!」
「つまり私は怪獣だ、とでも言いたいのかお前はああああっ!!」

 そうして姉から弟に対して行われる折檻を見て、周囲の人間の殆どが「キジも鳴かずば撃たれまい」と思ったのは言うまでもなかった。











==FIN==











 妙子さんって瑞穂ちゃんの事どう呼んでるんでしょうかね?
 とりあえずこのお話の中では「瑞穂ちゃん」としましたが。

 今回はちょっとお話がとっちらかっちゃいましたが、次からは焦点を絞ったお話に……出来たら良いなと思います。

 ちなみに瑞穂ちゃんですが、自分より千冬のほうが身体能力が高いと思っています。
 ……実際の所はどうなんでしょうね。
 100m6秒台を叩き出し、自分とほぼ同程度の体格の紫苑さまをお姫様抱っこした状態で1m近くの高さから飛び降りてそのまま走り去れる瑞穂ちゃんVS生身でISのブレードを振るいISの斬撃を受け止める事が出来る千冬。
 う~~ん、やっぱ千冬の方が身体能力上ですかね?
 どちらも人間止めてる芸当ですが。


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