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Global Press

「イスラム圏からの移民はいらない」 ドイツ移民政策のゆくえ
田口理穂

2010年12月06日

 現在ドイツで移民問題というと、イスラム問題を意味する。

 元ドイツ連邦銀行理事のティロ・ザラツィン氏がベストセラーとなった自著「自壊していくドイツ」で「ムスリム圏からの移民はドイツを弱らせている」「トルコや中近東、アフリカからの移民は他国からの移民に比べて教育レベルが低い」と発言し、9月に辞職に追い込まれた。しかし、実際のところザラツィン氏に賛同しているドイツ人は少なくない。

 ドイツの人口は約8200万人。連邦統計局によるとドイツに住む外国人は約670万人(2008年)である。うち約220万人はイスラム圏からの移民で、トルコ人が63%を占める。さらにドイツに帰化したイスラム圏出身者は180万人いるから、総勢400万人がイスラム圏のルーツを持つことになる。全人口の約5%だ。

拡大ハノーファー市内のある保育園の2歳児クラス。両親ともドイツ人の子どもは15人中5人だけだ

「労働力をよんだつもりだったのに、来たのは人間だった」。そういわれるように、ドイツは不足する労働力を補うために1955年よりイタリアやギリシア、トルコなどから積極的に出稼ぎ労働者(ガストアルバイター)を受け入れた。仕事が終れば帰国するものとして最初は短期ビザでの入国だったが、しだいに継続雇用となり長期滞在となった。現在では2世、3世が生まれている。政府は移民をずっと「お客さん(ガスト)」扱いしてきたが、2000年にドイツを形づくる大事な住民と認め、移民の社会融合に力を入れるよう方向転換した。

 統計上は8%が外国人で、旧ソ連やヨーロッパ諸国の人も多い。しかし人数の多いトルコ人は目立ち、かつイスラム圏からの移民については男尊女卑や強制結婚、名誉殺人などマイナスの印象が先にくる。タリバンなどイスラム過激派の影響もあるだろう。特にトルコ人は各都市でトルコ人街を作り、ドイツ語なしでも生活している人も多い。学校によっては8割が外国人、その多くはトルコ人という地区もあるくらいだ。

拡大スカーフの着用もドイツ社会でよくみかける

 ドイツの現在の失業率は7%で、失業者は295万人に上る。しかし政府は、ITや工業関係のスペシャリストは不足しているとして、海外からの優秀な移民を積極的に受け入れる方針だ。例えば2009年は34000人のエンジニアが不足。ドイツ経済界によると人口減などから毎年50万人の移民が必要との試算もある。EUの規約により2010年5月より、東欧からの労働力流入が自由化されると、ドイツには年間10万人以上の労働者がやってくるだろうとドイツ職業安定所は予測している。

 バイエルン州のキリスト教社会同盟(CSU)党首のホルスト・ゼーホーファーは、ザラツィン氏の意見を否定しながらも「2011年5月以降は東欧からくる人々で、単純労働は十分まかなえる。他の文化圏からの移民は必要ない」と発言(フランクフルトアルゲマイネ紙)。「移民の8,9割はドイツ社会になじんでいるが、溶け込むことを拒否する人には厳しく対処しなければならない」とし、議論を呼んでいる。

拡大八百屋の経営も移民によるものが多い

 私はドイツ在住15年目になるが、大方のドイツ人は外国人に興味がなく、中には「外国人はドイツの税金で生活し、治安を悪くし、失業者を増やしている」と偏見を持っている人も少なくない。実際のところガストアルバイターは不況のさい真っ先に解雇の対象になるため失業率は高く、例えばトルコ人の26%に相当する44万人が生活保護をもらっている。これはドイツ人の8%、外国人全体の19%という数字にくらべて高い。ドイツ国営放送(ZDF)によると25%のドイツ人は外国人を嫌っている。移民はそれを感じ取り、ますますドイツ社会から逸脱するという悪循環がある。

 現在の課題は、移民をいかにドイツ社会に融合させるかである。その一環として、一時間1ユーロのドイツ語教室を用意したり、小学校や幼稚園で母国語をサポートする制度を導入しているところもある。また外国籍の子どもは、ドイツで6年以上学校に通っていれば、親とは独立して滞在許可がおりることになった。これまでは難民申請のため10年近くも滞在後、結局申請が通らず母国に送還される例が何件もあり、すでにドイツの生活になじんでいた子どもたちもドイツを離れざるをえなかった。

 定年は67歳に引き上げられ、派遣で働く人は増え、保険料は値上がりし、年金はどうなるかわかない……。将来に向けそんな不安を覚えているドイツ人は多い。不況になると外国人に不満が向くように、移民問題は内政を写す鏡。移民問題は労働や教育政策ともかかわりが深く、特効薬がないまま手探りの状態が続いている。

 クリスティアン・ヴルフ大統領は「イスラムは今日ドイツに属する」と10月3日の東西ドイツ統合20周年の式典で演説。移民融合を支援する姿勢を明確に打ち出し、ドイツ人と外国人の理解を求めている。

プロフィール

田口理穂
田口理穂(たぐち・りほ)

日本で新聞記者を経て、1996年よりドイツ・ハノーファー在住。州立ハノーファー大学で社会学修士号取得。ドイツの環境政策や雇用問題、少子化対策、移民問題生活事情など、幅広く執筆。共著に「ニッポンの評判」(新潮新書)

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世界各地を拠点に活動する日本人記者・ジャーナリストが毎週、自由な視点で多彩なリポートをお届けします。執筆するのは在外ジャーナリスト協会のメンバー。リポートの拠点は、米・シアトル、ダラス、ギリシャ・アテネ、スイス・チューリヒ、ブラジル・リオデジャネイロ、ドイツ・ハノーバーなど13カ所。各地でいま何が起きているのか、話題となっているのか、それぞれの筆者が独自の観点から迫ります。現地に暮らしているからつかみとれる、人々の生活の息づかいや街の空気を感じ取ってください。リポートの拠点はさらに広げる方針です。

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