福島第1原発事故に伴う避難に関し、文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が近くまとめる中間指針では、「自主避難者」が賠償対象に含まれない見通しとなった。福島県では、国が避難を求める指定区域外でも、局所的に放射線量が高い「ホットスポット」があるとされる。子供たちの未来のためにはどうすれば良いのか。苦悩する子育て世帯は多く、指定区域に基づく一律の線引きには不満が広がる。【安高晋】
原発から西へ約60キロ、同県中通り地方の本宮市の女性(30)は、夫と小学3年の長男の3人暮らし。県外避難を検討しているが、経済的な負担から決断できずにいる。
共働きのため、被災者の家賃免除制度がある隣県に家族で移り、現在無料の高速道路を使って通勤できれば、とも考えた。しかし、既に受け入れ戸数が埋まっていると知り、現在は100キロ離れた宇都宮市を移転先候補にしている。約50万円かかる引っ越し費用のほか、住宅ローンが残るだけで誰も住まない本宮市のマイホームと、二重の住宅費がかかることになる。高速道路がいつまで無料なのかも分からない。
自宅近くからは、毎時2マイクロシーベルトという高い放射線量が出たと聞いた。「緊急時避難準備区域の一部よりも高い。それでも『避難したければご自分で』という扱いなのか」と納得できない思いだ。
本宮市から南へ約10キロの同県郡山市に住む藤橋直子さん(43)。小学6年の次男が通う学校は4月、文科省の調査で基準(毎時3.8マイクロシーベルト)を上回る放射線量が計測され、校庭の使用が制限された。通常の学校生活を送ると、年間20ミリシーベルトを超えると推計されたのが理由。20ミリシーベルトは、飯舘村などが計画的避難区域として避難を求められたのと同じ数値だ。
国は「基準は余裕をもって設定した。健康被害は起きない」と言う。その後、数値も下がった。しかし「それでも高い」と危惧する専門家もいる。
自宅の窓際の放射線量を、2種類の線量計で測ってみた。毎時1.5マイクロシーベルト、0.6マイクロシーベルトと異なる結果が出た。
誰を、何を信じればいいのか。判断がつかず、精神的な負担は積み重なった。震災以来ずっと自宅の窓を開けられず、洗濯物は部屋干しを続けた。子供の将来のために避難したいとも考えるが、県内の会社に勤める夫と離れて暮らすことには不安がある。「全て『勝手にやっていること』という扱いに過ぎないのか。原発からの距離で一律に線引きするのではなく、地区や家ごとに違う汚染の実態を見てほしい」
県は、全県民対象の健康調査の実施を決めた。それでも、何年も後に異常が見つかったら、治療費を、そして人生を、誰が、どう補償してくれるのか。悩みは尽きないという。
自主避難者への賠償を巡っては、日本弁護士連合会が今月13日、「被ばくの危険を回避するために避難することが合理的だと認められる場合には、賠償の対象とされるべきだ」として、放射線管理区域の線量(年間5.2ミリシーベルト)以上の場所の住民に対し、避難費用や精神的損害に対する賠償を指針に盛り込むよう求めた。
指針は、東電と被害者との補償交渉を円滑に進めるためのもの。指針に盛り込まれなくても、通常の損害賠償請求はできる。その場合、東電に請求して交渉し、認められなければ裁判で争うか、審査会に和解の仲介を申し立てる。和解に至らなければ、裁判で決着が図られる。
99年に茨城県東海村で起こった核燃料加工会社「ジェー・シー・オー」の臨界事故では2件の仲介申し立てがあり、いずれも裁判に持ち込まれた。【藤野基文、西川拓】
毎日新聞 2011年7月29日 21時32分(最終更新 7月29日 22時27分)