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【事例2】自社株評価の引き下げ

経営承継によって引き継ぐ財産の中で、一番大きなウエートを占めるのが、自社の株式です。まずは、評価額を知ること、そして引き継ぐ場合には、法令・諸規則の範囲内で「渡しやすく」することが重要です。事例で具体的に見ていきましょう。


プロローグ

中野税理士は、早速、秋田社長から紹介を受けた千代田産業の田中社長に電話をし、アポイントメントをいただいた。
訪問当日、受付で田中社長と面談の約束をしていることを告げると、すぐに社長室に案内された。社長室では、田中社長が机で書類に目を通していた。社長室には、社長の机のほか、一組の応接セットがあり、広さは全体で10畳ほど。壁には、社是が大きく掲げられている。サイドボードには、茶碗や壺などの焼き物が並んでいる。昔、カルチャーセンターで焼き物を習ったことがある中野税理士は、これは織部焼きと見立て、田中社長に聞いてみた。

中野税理士 本日はお忙しい中、時間をとっていただきありがとうございます。ところで、田中社長、このサイドボードに飾ってある焼き物は織部ですか?

田中社長 中野さんの見立てどおり、織部です。10年ほど前、60歳の誕生日に、友人から「お前もいい年なんだから、商売ばかりでなく、少し文化的な趣味でも持て」と言って織部の焼き物をプレゼントされて以来、織部にはまってしまいました。まあ、数少ない道楽です。

中野税理士 自由奔放な形と青緑の釉薬が非常に魅力的ですね。

【デザイン図3】田中社長のプロフィール

課 題

中野税理士 ところで、田中社長、経営承継のことで悩まれているとのことですが。

田中社長 そうなんだ。私もいい年だし、来年にでも、専務をしている息子に社長の座を譲ろうと考えているのだが、株式をどのように譲ったらいいものかと思案しているのです。去年の会社の確定申告の時、顧問税理士に頼んで、株価を評価してもらったら、1株当たり300万円もし、この株価で全部贈与すると、贈与税が2億6720万円もかかるそうです。バカバカしくて話にならない。譲渡しようにも、息子には、
そんなお金はないだろうし…。

中野税理士 田中社長の場合、自社株の評価を引き下げる必要があります。株価引き下げの方法を検討するために、千代田産業の財務状況などについて、お話いただけませんか?

中野税理士 すばらしい財務内容ですね。ところで、田中社長、未上場会社の株価が上場会社の株価や業績に関連していることはご存じですか?
 未上場会社の株価を評価する方法には、純資産価額方式と類似業種比準価額方式の2つがあります。
 純資産価額方式は、会社の資産と負債を相続税法上の時価で評価をし直して計算した純資産に基づいて株価を算定するものです。帳簿価額と時価が等しいと仮定すると、株価は貸借対照表の純資産を発行済み株式数で割った金額になりますので、1株はなんと350万円。
 一方、類似業種比準価額方式は、類似する業種の上場会社の株価をベースとして株価を算定するので、上場会社の株価や業績次第で未上場会社の株価が大きく変化します。
 未上場会社の株価を評価する場合、この2つの評価方法のいずれか、又は2つの方法で算出した株価を一定の基準に従ってウエートづけして算出します。評価方法は会社の規模等によって決定されるもので、自由に選択することはできません。

未上場株式はどのように評価する?

市場で取引されていない株式の価格の評価は、その会社の規模により、定められた評価方式で行います。

大会社類似業種比準価額 と 純資産価額 の
いずれか低い方
中会社類似業種比準価額×0.90+純資産価額×0.10 と 純資産価額 の
いずれか低い方
類似業種比準価額×0.75+純資産価額×0.25 と 純資産価額 の
いずれか低い方
類似業種比準価額×0.60+純資産価額×0.40 と 純資産価額 の
いずれか低い方
小会社類似業種比準価額×0.50+純資産価額×0.50 と 純資産価額 の
いずれか低い方

※ここでは、オーナー等の同族株式等に適用される原則的な評価方式を示しています。同族株主以外の少数株主等には特例的評価方式が適用され、配当還元価額が利用できます。

対応策の検討

田中社長 評価額が1株当たりの純資産価額より低いということは…。

中野税理士 千代田産業の場合は「中の大」に該当しますから、類似業種比準価額の割合が90%になります。去年の上場会社の株価は安かったので、その結果を反映して、1株当たり純資産350万円より安い値段になったのでしょう。

田中社長 では、上場会社の株価が上がったら、千代田産業の株価も上がるということですか?困ったな。

中野税理士 生前に株式を専務に渡すためには、株価を引き下げる必要があります。上場会社の株価や1株当たり利益などはコントロールできません。可能なのは、千代田産業の数値です。
 田中社長、突然ですが、役員退職慰労金規程はお持ちですか?

田中社長 顧問税理士に言われて、15年ぐらい前に作りましたが…それが何か?

中野税理士 田中社長、仮に千代田産業が大幅な赤字になれば、千代田産業の株価が下がるのはお分かりになりますよね。手堅い商売が大幅な赤字を出すことはないと思いますが、一つだけ可能性があります。それは、田中社長が退職金を貰ったときです。
 田中社長は、創業社長ですから、現役を引退されたときに相応の退職金が支給されるはずです。退職金の計算方法に功績倍率方式があります。この方式は、社長が退任されるときの月給をに様々な要素で増減して最適月額報酬を決定し、それに役員在籍年数を乗じ、さらにその金額に功績倍率を乗じて退職金を計算します。一般的に、創業社長の功績倍率は3倍程度と言われています。
 田中社長の場合、仮にご退任される時の月給が最適であるとした場合、その月額報酬300万円に、役員在籍年数41年、功績倍率3倍としますと、退職金の金額は3億6900万円となります。こんなすばらしい財務内容の会社を作り上げた社長ですから、このくらいの退職金は当然なのかもしれません。
 全額、税務上の損金として計上できれば、千代田産業は赤字になり、純資産も大きく減ることになります。もちろん、株価も大きく値下がりするはずです。
 幸いにも、千代田産業は現金預金を潤沢にお持ちですから、退職金の支払いで資金繰りに困ることはないと思います。退職金受取後の資金繰りがご心配でしたら、千代田産業に私募債を発行させて、田中社長がそれを引き受けることで、千代田産業の手持ち資金を回復させることもできます。

【イラスト3】

田中社長 私の退職金ですか。今まで全く気づきませんでした。これは良い事を聞きました。早速、退職金や定款を探してみます。たぶん、契約書や定款を閉まってある金庫にでも入れてあると思います。顧問税理士にも、いくらまで退職金が出せるか検討してもらいます。中野さん、本当に良いアドバイスをありがとうございます。

役員の給与・退職規程

役員◎取締役、執行役、会計参与、監査役、理事、監事及び清算人
◎上記以外の者で、法人の経営に従事している一定の者
役員給与のうち損金算入が
認められるもの
◎支給時期が1ヵ月以下の一定期間である場合の定時同額給与
◎役員賞与等のうち事前確定届出給与
◎非同族会社が役員に支給する利益連動給与
役員退職金のうち
損金算入が認められるもの
◎退職金は、その役員の業務従事期間、退職の事情、同業種、同規模の法人の支給状況を勘案して、過大と判断された部分を控除した金額が損金算入できます。

役員退職金に関する留意点

功績倍率方式による役員退職金の算定

功績倍率方式による役員退職金の算定

  • 退職金規定の整備
  • 役員退職金の支給事由の発生
    役員退任/死亡/実質的に退職したと同様の状況になった/常勤から非常勤への変更/取締役から監査役になった/役職の変更により報酬が大幅に引き下げられた
  • 株主総会による支給決議
  • 適正な金額であること

退職金の税制

退職金による収入(退職所得)への課税は、原則として他の所得と分離して計算されます。控除額が多く、税制上のメリットがあるのも特徴です。

勤続年数(=A)退職所得控除額
20年以下40万円×A(80万円に満たない場合には、80万円)
20年超800万円+70万円×(A-20年)

エピローグ

後日、再び田中社長から相談を受けた中野税理士。相談の内容は、「退職・株式の贈与後も、会社の存否にかかわるような重要な経営判断だけには関与できるようにしたい」との事。創業社長だけに生涯経営に関わりたいとの想いも強いようです。

中野税理士 それでは黄金株の発行を検討されてはどうでしょう?

田中社長 黄金株?聞いたことがないな…。

中野税理士 正式には「拒否権付種類株式」という名称の特殊な株式です。会社の定款で内容を予め決定することが必要ですが、合併契約や株式・社債の発行、事業譲渡や会社分割等、重要な経営判断に対しての拒否権を持つことができます。
 例えば、株主総会でなどで、事業譲渡などの重要な事案が可決されても、これを否決できるのです。この拒否権は株数に拠らないため、保有するのは1株で良く、その相続税法上の価値は普通株と同じです。

【イラスト4】

田中社長 なるほど。株式を1株持つだけで、息子が暴走しそうになったときにはストップをかけられるという仕組みですね。これから贈与する株数と併せて、早速、拒否権の対象事項等を検討してみます。いつも有効なアドバイスをありがとうございます。

黄金株(拒否権付種類株式)について

  • 株式会社は、株主総会において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議を必要とする種類の株式を発行することができます。(会社法第108条第1項第8号)。
  • このような種類株式は、拒否権付種類株式、拒否権付株式、拒否権条項付株式と呼ばれます。
  • 拒否権付種類株式は、拒否権付種類株式を有する種類株主総会に、当該株式会社の一定の行為について拒否権を与えるものです。株主総会の議決権数が100個であっても、議決権数1個の拒否権付種類株式によって覆される可能性があります。
  • 拒否権の対象には、代表取締役の選定、株式・社債の発行、重要財産の譲受け、合併契約の記載事項等、ほぼすべてを拒否対象とすることができると解されています。
  • 以下のように、拒否権の対象となる事項等を定款に定めなければなりません。
     (1) 発行可能種類株式総数
     (2) 異なる内容についての定め
       ①拒否権の対象となる事項
       ②拒否権付種類株式の種類株主総会の決議を必要とする条件を定める場合は、その条件。
     (3) 株式買取請求権
    拒否権付種類株式に関する定めを定款に設けることについて反対の株主には、株式買取請求権はない。

【参考】 未上場株式の株価の計算方法

純資産価額方式

【デザイン図4(1)】純資産価額方式

類似業種比準価額方式

【デザイン図4(2)】類似業種比準価額方式

大・中・小の区分基準

従業員が100名以上の会社はすべて、大会社に区分されます。100名未満の企業については、業種により以下のように区分されます。

区分の内容総資産価額(帳簿価額によって計算した金額)及び従業員数直前期末以前1年間における取引金額
右の
いずれかに該当
卸売業20億円以上
(従業員が50人以下の会社を除く)
80億円以上
上記以外10億円以上
(従業員が50人以下の会社を除く)
20億円以上
右の
いずれかに該当(大企業除く)
卸売業7,000万円以上
(従業員が5人以下の会社を除く)
2億円以上
80億円未満
小売・サービス業4,000万円以上
(従業員が5人以下の会社を除く)
6,000万円以上
20億円未満
上記以外5,000万円以上
(従業員が5人以下の会社を除く)
8,000万円以上
20億円未満
右の
いずれにも該当
卸売業7,000万円未満
又は従業員が5人以下
2億円未満
小売・サービス業4,000万円未満
又は従業員が5人以下
6,000万円未満
上記以外5,000万円未満
又は従業員が5人以下
8,000万円未満


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