暗い青の記
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(御注意。「自分はまっとうな人間なのだ」という人は、どうかお読みにならないでください。まっとうな人間にむけて、ぼくに書けることなんかなにもありませんし、そんな人がこれをお読みになったところで、御気分を悪くするだの、なにかしらの害を与えるものでしかないでしょう。なお、文中に悪らつな表現や非社会的な表現が含まれておりますが、ノンフィクションであること、また作品の文学性などにかんがみ、そのままとします)
中学二年生の九月だった。現在からおもいかえしてみても、あの九月からの二年間ほど、ぼくの心が危ういバランスの中にあった時期はない。この月から、中学を形だけおえるまでの都合一年半、学校を去ったぼくは、自分の宇宙に閉じこもってくらした。あの宇宙が、いまのぼくの宇宙と無論まったく違うわけはない。しかし、あぶくを吐くコールタールさながらだった、まっ暗な自分の青春のことを、ぼくはとてもなつかしくながめるのである。ぼくが弄りまわすのは、いつでも「いまや喪われたもの」なのだ。すなわち過去なのだ。小学生の、多分に躁病的(マニアック)なものを有していたぼくが、走りまわりながら日々ひしひしと感じていたのは「きっと、あとからぼくは、小学生だった自分のことを、狂おしいなつかしさと共におもいだすことだろう。そして、いまこそが、ぼくの生涯でいちばん素晴らしかった時代になるんだろう」ということだった。おさない自分のいだいた感覚が、おそろしく正しい予見だったことを、ぼくはみとめよう。だが、もうひとつ。あの九月からの二年間のことをも、ぼくは「生涯でいちばん素晴らしかった時代」に加えなくてはいけない。苦しみのさなかにある場合だけ、ぼくはおそろしいぐらいに正しい。ぼくを形作る、残りのいっさいは間違いなのだ。
あの宇宙は、ほとんど坩堝だった。哀しみと怒りとが、いとおしさと悪(にく)しみとが、くるくる入れかわる軸になって、ぼくをふりまわしたり、あるいはひきずりおろしたりした。どの軸がどの軸を生んで、なにとなにとがかかわり合っていたのだったか、もはやぼくには説明が難しい。なにもかも、いっしょくただったと感じられる。その中でも、次に挙げるみっつのことは、ぼくをしてナルシシズムの城砦を建築せしめるのに役だった。殺意と恋、それから神殺しの画策とがこれである。
殺意。
ぼくには、殺したいほど悪(にく)んでいる人(R)があった。R はそして、現に、ぼくに対して「殺したいほど悪ませる」にたりるだけのことをしたのだった。R がぼくになにをしたか、それはどうだろうとよい。ぼくは、なにしろ殺したくて殺したくて、R と同じ天をいただいているというだけで気も狂いそうに感じた。はじめにこころみたのは呪殺だった。当時、まだオカルティックなところを残していたぼくは、ありとあらゆる人殺しの呪文をとなえた。円陣にさかさまのペンタグラムを描き、その中央にひざまずいて、ためらうことなく呪殺を念じた。いのりは通じなかった。ぼくは、呪いを挫かれた。
そうこうして、けれども、R と会わないわけにはゆかなかった。R が、ぼくのことをどうおもっているのかはしれなかった。ぼくは作りうるかぎりの冷たさをもって R に対したが、R はめげなかった。ぼくは R のことを、ほとんど人間だとは感じなかった。少し大きめの土嚢(どのう)か、気味悪い肉のかたまりか、心中そんなもののように扱った。だからなんでも喋った。ふつうの人には言えないようなこと、ぼくの耻であるようなこと、いっさいがっさいを言ってやった。目の前にあったものは、人間などではなかったからだ。R に喋るということは、独り言を呟くようなものだったのだ。R がぼくのことをどう感じようが、ぼくに失われうるものはなにもなかった。R は、あらゆるものに対して吐き出される、ぼくの罵詈雑言・見くだし・嘲り・毒づき・皮肉など、なみの人間なら耳にたえないだろう言葉をもよくしのんだ。R とかわす猥談ほど、たぐいまれにげびたものはなかった。また、ぼくと R とは、目に入るかぎりの凄惨なニュースを、手当たりしだい笑いものにし、ひわいな冗談へと作りかえた。ぼくが「人間はみんな虫螻(むしけら)だ! どれを殺そうと同じなんだ!」とさけんだ時も、R はなんとも言わなかった。もとから R は、おのれを虫螻だと感じていたのかもしれない。いきおいこんでぼくが巻烟草をふかすのを、おもしろがって R は見ていた。
R を殺したい、という気持は同じだったけれど、ぼくは R を冷たくあしらうことをやめた。R は、ぬいぐるみとしては恰好のできばえで、ぼくの掃きだめとしては持ってこいだった。呪殺にはしくじった、すると R を殺すためにはどうしたらよいのか。小説を書き始めていたぼくは、次に、小説において R を殺すことを考えた。それはミステリ小説だった。R にいちばん打撃を与える方法で、その小説は発表されなくてはならなかった。イメージは日を追ってふくらんだ。しかし、小説はすぐに挫折した。ぼくには、それをまともに書きあげるだけの力がなかったのだ。中学三年生(扱い)の六月、小説をとうとう抛(ほう)り投げてしまうと、あとには夢のような考えだけが残された。R のいまわのきわに、どんな言葉をささやいてやろうか、などと、むなしいあそびに耽ってすごした。
ぼくが R への悪しみとかからい合っていた、ちょうど同じ時期に、ぼくはまた、あまりにも内向的に恋を砕きつくそうとしていた。書くことだけが、またしても、ぼくに許された唯一の方法(たつき)なのだった。心のやすらいが常に求められ、その期待には、小説というものが充分に報いた。文学だろうがなかろうが、同じだった。ものに憑かれたみたく、ぼくは夢の宇宙をさすらった。現に、ぼくは当時、暗い・不安な・青ざめた・神経症的な夢をしきりと視たし、それらはぼくの感情を烈しくゆすぶり、だから小説にしないではすまされなかった。十三才の九月から十五才の八月までの二年間に、ぼくが書きあげた小説・雑文・詩を合わせると百二十八篇をもかぞえる。書き出してやめてしまったものも同じくらいはあるから、文章量としてはかなりになるだろう。ぼくはこれだけのものを、ほとんど自分の意志ともなく、あたかもうかされるようにして日々書いた。
ぼくが恋した少女には、ここでは Lolita のかしら文字をとり、L、というなまえを与えておこう。なぜなら、それは幻の少女にもっともふさわしいなまえだからだ。
十三才の九月の時点で、ぼくが L のことを好きになっていたのには間違いがない。いつからそうだったのか、分からない。じわじわと海がひろがってゆくように、ぼくはゆっくりと恋に水没した。水没してみて、はじめて息ができないのに苦しんだ。そんな感じだった。
L のことは、自分が彼女を好きになってしまったと気がついたとたん、すでにあきらめの中にあった。告白するだの、なんだのということは、おもいもよらなかった。ぼくが L と会うことができたのは、多くとも三ヶ月にいちどぐらいだったし、それにしたところでこちらを意識しているなどとは決しておもわれなかった。だが、理由はもっと深いところにあった。ぼくは、L があまりにも人間的だということを分かっていた。なおまた、ぼくはあまりにも非人間的だったのだ。L の感覚は、とてもまっとうで、申し分なかった。L は、泣くべきところで泣けたし、笑うべきところで笑えた。そして、ぼくは泣くべきところでしか笑えなかったし、笑うべきところでしか泣けなかった。ひどい十字架に、呪わしくもぼくは打ちつけられていた。ぼくが誰とも違っており、あらゆる戦いをぼくひとりで戦いぬくほかないということが、分かっていた。ぼくは、コンプレクスの塊になって、L と、その有する清らかな宇宙とを、盗み見た。L とは「いまや喪われたもの」だった。自分にとって、喪失の形でしか恋がなりたたないことに、ぼくはハッと気づいた。
L はそうして、喪失の形を用いて弄ばれるもの、すなわち小説に、詩に、かわっていった。しかし、L への恋心はつのるばかりだった。L は、よく夢の中に現れた。ぼくは、夢を視ることをたのしみにするようになり、目を覚ましている間は、小説によって夢とたわむれた。ぼくは植物人間になりたかった。夢だけを視てくらしたかった。
中学三年生(扱い)の冬に、おそろしい発作がおそってきた。もはや永くはもつまい、という予感と共に、感情がその一点にきわまりを見せた。いまからおもいかえしてみても、ぼくが生きてきた中で、あれほど苦しかったことはない。午前三時、それは不意におそいかかった。めきめきと、自分の心が音をはなつのを、ぼくは聴いた。力が入らなくなり、がくりとたおれこんで、自分の影に胃の中味をなにもかも吐き出したくなった。「ひきさかれる、ひきさかれる、……」と呟きながら、ぼくは動かれもしなかった。L を介して心に縫いとめられていたものと、光という光を呑みつくそうとして喘(あえ)ぐものとの明暗が、その時まさに告別しようとしており、ぼくに許されてあることはなにもなかった。ぼくはこのままバラバラになってしまうのだと考え、どうしてこんなに苦しまなくてはいけないのか分からなかった。ぼくには呪いがかかっているのだ、それがぼくをして戦わせずにはいさせないのだとおもった。発作が治まり、ぼくはぼろぼろとなみだをこぼした。
ぼくは、誰にもなれなかった。ぼくは、自分は「彼」になりそこねたのだと感じていた。彼とは、一九九七年にあの無茶をやり、ぼくが中学三年生だった当時にはとっくに収監され、もはや会話にさえのぼされなくなっていた少年 A のことだ。ぼくにとって、少年 A とは自分のことだった。ぼくは、彼にかんする本を多く読んだ。そこに描かれていた少年 A を、自分のことを描かれているみたいにぼくは感じた。彼に比して、盗んだバイクで走り出すことなんかには、ぼくはなんの共感も覚えられなかった。一九九九年七月にザ・ゲーム・イズ・オーバーを宣告される筈だったこの星に、ぼくは脱け殻のように生きなくてはならなかった。ぼくは、少年 A にすらもなれなかった。ぼくは、誰にもなれなかった。
彼の意志をひきついだ少年らは、日常のように、巷間の耳目をおどろかせていた。ぼくの中に、いわく言いがたいグツグツしたものが生まれそだっており、彼らのことが報じられるたび、炎となりかわってぼくを焦がれさせた。彼らが歩み去ろうとしたのは、どんな土地にむけてだったか。彼らが見てしまったのは、どんな神なのだったか。忌まれ、禁じられていたその答えを、ぼくは狂おしく求めてやまなかった。ひとつの正しさが明るみの中にあり、もうひとつの正しさは暗い淵に沈んでいた。L の正しさと、彼らの正しさとである。ふたつながら、そして忸怩たるおもいにかられた。どちらの意味でも、ぼくが正しいということはなかったから。ぼくは、自分が罰されぬことは公正を欠く扱いだとおもった。ぼくこそが少年 A でなければならず、ゆえに、社会は全力をあげてぼくを排除するのでなければならない。自己存在のたえがたい重みには、ひとえに「処刑」だけがつりあいうる。こんな暗黒が、誰にもかえりみられず人々の間を泳いでゆけるということは、めまいのするくらいふしぎな発見なのだった。
無論、ぼくは R と、少年 A のことをよく喋った。ハンバーガー・ショップで、少年 A を、わざと「あの偉大な×××××さま」という言いまわしでよび、となりのサラリーマンが蛆虫でも見るような眼つきをこちらに投げ、急いでむこうに行ってしまうさまをながめるのは、まったくおもしろいこころみだった。しかし、それでぼくの心が充たされるのではなかった。もっとも、夢でも視ているのでないかぎり、あの二年間に決して寧日(ねいじつ)などありはしなかったのだが。ぼくは、誰にもなれずじまい、誰でもない少年として這いまわっていた。
社会からの、人間からの、はみだし者。ぼくは自分のことをそう把(とら)えていた。むしろ、そうでなくてはならない。ぼくはおちぶれることを希(のぞ)み、非社会的な人間と、たとえば R などとすごす時間に、言いしれぬ安心を見出した。あるいは、ホームレスと言葉をかわすことなどをぼくは好(す)いた。そういう人々とは、心がまっすぐに通い合った。中学二年生の九月、別に追いつめられもしなかったのに東京に出奔したぼくが、行きがかりのある街で一泊せねばならなかったおり、毛布をかしてくれたのも、年老いたホームレスの小父さんだった。また違う時、しかしこれも東京での話なのだが、同じ電車に乗り合わせた精神疾患らしき少女に、ぼくはいきなり心を捕われたことがある。それがどれほどむごい、エゴイスティックな感情かということが分かっていながら、ぼくはその少女にとうとう恋せざるをえなかった。自分と肖(に)た者同士たりうるような人間を、どうしてもぼくは求めてしまう。自分がまっとうだとはとてもおもえなかった。あまつさえ、いつか自分が精神分裂病(スキッツォフレニア)に侵されるのではないかとぼくは危ぶんでいた。……自分と同じ人間がどこかにいやしないか? 勿論、自分と同じ人間などいるわけもなかった。
自殺……? ふしぎなことだ、ぼくは自殺をおもってみたことがない。この言葉にはリアリティが欠けていた。自分が文士としてみとめられることを夢みるぐらいにしか、自殺はイメージされなかった。小説に出す人間に対しては、好んでこれを用い、たびたび殺したが、自分がそうすることはたえてなかろうとおもわれた。あの「発作」のさなかにあってすら、そうだった。このわけを理解するためには、ぼくが「神」なるものといかにかかわったかということを述べなくてはならない。すなわち、ぼくは自殺するとは神によって殺されることだと考えていた。ありていに言うなら、ぼくは神を殲(ほろ)ぼすべきシュクテキだとおもっていた。この話では、ぜんぶがさかさまになっているから、ここから先はよく注意してお読みいただきたい。
およそ、ぼくが「神殺し」を生きようと画策したわけというのが、いわく言いがたい。火のようにちらつくあの感情を、ぼくはナルシスズムと表現することにしている。ナルシシズムとは円環である。ぼくが生きるというのは、この円環をひた走るということにすぎなかった。しかもこの円環は、ひとめぐり走りぬくと「いとおしさ」が「悪しみ」と入れかわっている。まるでメビウスの帯のような形をとっているのだった。あらゆる存在が喪われてゆく、この喪失がもし神の力によるものだとすれば、ぼくは神を悪しまないではいられない。けれども神というのは、つまり存在そのもののことなのである。神がぼくを殺そうと画策しているからには、すなわち、ぼくがどうしても死すべきであるからには、ぼくは神殺しを画策せざるをえなかった。自分にかかわるいっさいが喪われてゆくという理由で、ぼくは、自分にかかわるいっさいを喪わせなければならない。換言すれば、ぼくのうえから神のうえへと、被喪失者という呪いが打ちかえされねばならなかったのだ。このさかだちした妄念こそが、まさにナルシシズムなのである。存在がおのれの存在において自殺を企てており、神の自殺によってしか円環は閉ざされようもなかった。ぼくにとっての自己は、おそろしい喪失のその先にあったのである。
神を殺すとは、この宇宙に存在するいっさいを無に帰すということである。ぼくは、神に戦いをいどむつもりだった。そしてこの戦いは、ほとんど戦われえないほどに神の力のみがずばぬけていた。理由はかんたんだ。なんとなれば、神があらゆるものを存在者にしたのであり、存在者のあらゆるふるまいは神がさだめているのだからだ。うえに、神は時間をとびこえた力を有し、これからおこることでさえ操作することができる。これがゲームのルールだった。誰が神にあらがえよう、いわんや神に克(か)ちえよう? こんな中、ぼくが自殺するというのはどういうことになるか。それは神がくだしたところのものにしたがうということでしかない。つまり、神がぼくを殺したということでしかない。こんなものは勝利でもなんでもないだろう。ぼくは克つことだけを目がけており、自殺なんかは眼中になかった。
このルールを、もう少しくわしくながめてみよう。どんな条件をクリアした場合、われわれが神に克ったと見なされるのか。神とは存在者のいっさいであり、神とは存在そのものである。してみると、神を不在させることのみが、われわれが神に克とうための無二の方法(たつき)である。神に殺される前に、こちらから神を殺しにゆくしかない。神というのが宇宙のことなら、われわれで宇宙を無にもどすのだ。神は十全を期しているだろうから、ぼくはそう易々と宇宙を不在させるわけにはゆかないだろう。ぼくが自殺したからとて、宇宙が「それなら」と言って無に帰ってくれるという証拠はないのだ。もしや、またあたらしい宇宙にぼくは生きなければならないかもしれない。また同じ苦しみを味わわなければならないかもしれない。「ぼくがどこにもなくなるということ」だけが、神に克つということを意味できた。自殺はぼくをなくならせはしない、ただ、ゲームのふりだしに帰すのみだ。
どこまでも話がひっくりかえっていることに、お気づきだろうと存じる。加えて、あまりにも無茶苦茶な話だ。どうしてこんなゲームを戦う気になれたのか分からない。きっと、克つ気のしないゲームに参戦してみたいぐらいはやけになってもいたのだろう。それで、ここからが説明の難しい点なのだが、というよりも説明なんてありえないのだが、ぼくは文学を用いてこのゲームを戦うことにした。どういうわけだか「文学の力と夢の力(無論、寝ている間に視るもののこと)を合わせさえすれば、どんなゲームだろうと克つことができる」と、ぼくは本気で信じていたのである。ぶっとんだ話だ。
こういうおもいこみが、おもに『RIDE』という小説をふくらませるにともない作りあげられた。ちなみに『RIDE』は、十三才の十一月五日から七日にかけて現れた悪夢がモティーフの、いまでも書く気でいる夢幻小説である。
はじめての小説を書きあげたのは、十四才の、多分四月である。描かれたのは、どうしても出ることのできない博物館だった。おもしろがって難しい言葉を用い、文としては読めたものでない。それにしたところで、文中で難しい言葉を用いるというくせは役だった。いちど自分でつかった言葉は忘れることがないからである。自分の文学をみがきあげ、ひいてはゲームに克とうためには、なにしろ言葉を覚えねばならぬ。そうおもったぼくは、もともとの多読に加え、念入りに辞書と字書とを読みあさった。あらゆる言葉をノートにメモした。メモした言葉をみんなつかって小説を書くのだから、まともな文になろうわけがない。学のない人間が衒学する典型みたいな小説ができた。それでもなんとも感じなかった。アイデアのみはいくらでもあふれた。その博物館を出発点として、次にはありとある「宇宙の終焉」が求められた。ぼくは、博物館を打ちこわす手段を暗中模索していた。暇さえあれば、宇宙を終わらせようとした。ぼくの中央に「終焉」の二文字がよこたわっており、暗い青の時代を、ぼくはカタストロフィとだけたわむれてすごした。自分の天才をぼくはうたがわなかったが、小説を書くということには不安がないでもなかった。一点のくもりもない天才への信用は、先が見えないということによってふくらみこそすれ、凋むことはなかったけれど、ひどくいびつな形にそれはふくらんでしまっていた。このまま小説を書きつづけるか、しからざれば死か、ふたつの方途しかぼくは用意しなかった。どろどろと現在にしがみつこうとし、ぼくは先をながめやることを自分で不可能にした。
自分の死に対し、ぼくは置場を与えなかった。神がぼくを殺す前に、ぼくが神を殺す……それはほとんど「神が殺すまでは、ぼくは死んでやるものか」という宣言にも等しかった。自分の死を、だんだん自分の人生に差し出されたイベントだとはおもわれなくなってきた。ぼくの死は、なにかしらふしぎな間合いから現れて、サッとぼくの生を去らせるのだろうという予感があった。自殺がリアリティを有さないのは同じだったが、ぼくは自分の一生を永めるような計画はしなかった。烟草をのむことにしろ、ひとつもためらいはなかった。神がその力をふるう場合は、こちらの都合がどうであれふるうに決まっている。戦いは永いものだから、むやみに先を見るのではなく現在こそを、とぼくは考えた。戦う者は、戦いのさなかにこそ死なねばならず、はじめからやぶれるつもりで戦いを戦うことなどできない話である。神が、少しぐらいはゲームをたのしもうとして、ぼくに文学の力を供してくれたのでなくてはこまるのだった。まだ克ちにゆくのだ、どんな場合でも克ちにゆくのだ。
これといった予告もなく、暗い青の日々がうすらぎ出した。社会から、ぼくが参与(くみ)するための一角をもらったということが、差し当たっての理由のひとつである。また、L への感情がよわまったことも、ひいては理由のひとつにかぞえられるだろう。ぼくは小説が書きにくくなった。悪しみはコンパクトに収められてしまい、もう心のぜんぶを捕えるというようなことがなくなった。雑誌もはじめた。たりないものが少なくなり、L に語りかけるようなつもりでも、全宇宙を打ちこわすようなつもりでも、小説をつむぐことができなくなった。十五才の九月から十六才の八月まで、ぼくが書いた小説・雑文・詩を合わせると六十五篇ほどで、とりたてて見るべきようなものはちっともない。文章はかなり向上したが、ぼくには書きたいものがなくなってしまった。喪失がどれだけ哀しいものだったのか、ぼくは分からなくなった。死の恐怖を、あたかも羈絆のようにさえぼくは感じ出した。自分がそんなふうになってしまったことこそが、むしろ怖ろしいのだった。「しからざれば死」という言葉が、ぼくに重たくのしかかった。なるほど、文士になれそうもないなら、ぼくになれそうなものなどはおよそなかった。
こうしたわけで、書きたいものが失われたのであっても、ぼくが「まともな人間」に立ちかえることなんて、ありはしなかった。かわりに、ひどい抑鬱状態が一年間もぼくを苦しめた。なにをする気力も、心に入ったひびから洩(も)れゆくのだった。「人でなし」だった時分はたいそう好かった。もはや、ぼくは「化物」なのであり、生きることにひと欠片のたのしさを見出すことでさえもが難しかった。昔ほどは眠れない。それにともない視る夢が少なくなり、たまに夢を視たところで、たわいもない、心をゆすぶることのない夢ばかりを視た。こんども自殺する気はなかった。いや、こんどはその気力すらなかったと言う方が正しいだろう。自殺する気がないのと同じくらい、ぼくには生きる気がなかった。生きているという感覚もなかった。ぼくにはもうみんな分からなくなった。「時間は存在するのか」に苦しむかわりに「存在するとはどういうことか」に苦しみはじめた。たしからしい言葉が、ぼくの中から、小説を書かせまいとして流出してゆくようだった。悪しみの対象もなく生きるということは、これだけ辛いことなのかとおもった。
先日、裸にするための女性も、考えるための詩も、聴くための音楽も持ち合わせていなかったぼくは、眠りに入ろうとしてぐるぐるもがきながら、ふと、R のことを考えた。R とひさびさに会い、愚にもつかないお喋りをしてきたところだった。R はまだ生きている、いつ死ぬのかも分からない。R をどれほど呪ったか、ぼくはおもった。かりに R がどうかなってしまったとして、ぼくにその報せがもたらされる可能性はひくいだろう。いま、R はもうこの世にいないかもしれない、いついなくなろうと分かりはしない。おりにつけ、とりかわすメールだけが、ぼくと R との存在をむすびつけている。このふしぎなつきあいはなんなのだろう。ぼくにとって R とは誰なのだろう。昔、彼のいまわのきわに、呟こうとしていた言葉はどんなものだったろうか。……
ぼくは泪をうかべていた。その泪は、いつかおとずれるだろう「別れ」を哀しもうとするものであり、もはや喪われた青の日々を弔おうとするものでもあった。またひとつ、ぼくには喪われた。このことを肯(がえ)んずるために、これだけの永い時間がなくてはならなかったのだ。ぼくはようやく気がついた。いまやぼくには、うっすらと目をほそめることしかできないかもしれない。けれども、そのまなざしで小説を書いてゆくということは、まるで不可能なわけでもない筈だ。なんとなく分かりかけてきたことがある。ぼくは過去のぼくではないということ、それでも生きなくてはならないということ。あの「暗い青」を、再び自分の色として見出すことができるようになるまでは、どれだけ辛かろうとも、ぼくは。
自分が誰だったのかを明きらめなければならないのだ。自分はこういう者だと、そして言えるようにならなければならないのだ。
(了)............
◇脱稿:2007年5月15日(同年6月9日補稿)
◇原稿用紙換算枚数:26枚
たいへんに暗い青春記です。ごらんの通りの作品。苦情はいっさいうけつけません。ちゃんと御注意してあるんですから、御気分を悪くされたのは自己責任。悪しからず。三島由紀夫で、ぼくがいちばん好きな小説は『青の時代』ですが、ただ青いのでなしに暗くて青いので、『暗い青の記』としました。ちなみに、ぼくの詩作時のペンネームは斐青映士ですが、これはさらにどうでもよいことです。青が好き。
いったい自分とは、このぼくとは、誰のことなのか。ナルシストですから、ぼくはとても気になっているのですが……。どなたか、ぼくが誰なのかお教えくださいよ。