第二話 悪事千里を走る! 逃げるラック
夜にサンの村を出て、すっかり夜も明けて昼になった頃。
僕達はナザレの街へと到着した。
ナザレは小さな街とは言え、サンの村の数倍の規模の村だ。
僕の両親の経営する雑貨屋の主要な取引先。
だから、僕は顔見知りが居るこの街をすぐにでも離れたかったけど、食事も休憩もしないわけにはいかなかった。
街の定食屋で食事を取っていると、僕は嫌なやつと顔を合わせた。
「よお、ラックじゃないか」
いかにも意地が悪そうな顔をしているのはヨハン。
僕はこの街に来るといつもコイツにいじめられる。
ヨハンは鬼の首を取ったような自慢げな顔で大声で話し出した。
「お前、泥棒をしてリリイに振られたんだって?」
泥棒、と言う言葉に周囲の客の視線が僕に集まる。
さらに、リリイに振られたのは僕にとっては一番の心の傷だ。
もうヨハンの耳に入ったのか。
きっと、街にはウワサが広まりはじめているに違いない。
僕はこの街の学校で魔法の勉強をさせてもらって、そこそこ信頼を置かれていたからだ。
でも、僕にとって痛い言葉はやっぱりリリイに嫌われた事実を突き付けられる事だ。
「出よう」
僕は感情をこらえて立ち上がった。
「お? 逃げるのか、泥棒さんよ」
本当は泥棒はしていない言い返したかったけど無理だ。
僕も自作自演騒ぎが子供のいたずらで済まされない事は知っている。
「今逃げると、お前は泥棒だと思われるぜ?」
「それでも、逃げたいんだ」
「分かった、逃げたいなら逃げよう」
僕の言葉にヒットは賛成してくれて、僕らは定食屋を早めに出る事になった。
もう、耐えているのが限界だった。
定食屋の入口で、僕は悲しいと言う感情をあふれださせそうになった。
「おい泣くんじゃない、さらにヨハンのやつに笑われるぞ!」
「分かった」
僕はヒットに支えられるように街の通りを歩いて行く。
もう少しで入って来た門と反対側の門へたどり着く。
でも、僕の目には道端に立っている街の女の子達がこちらを指差して話しているのが聞こえてきたんだ。
「ラック君、優しい人だったのに泥棒だなんて信じられない」
「何でも好きな子に高価なプレゼントをするために盗んだって話よ」
「へえ、だからむっつり君は何をするかわからないか恐いのよ」
彼女達はこの街の学校で知り合った女の子達だ。
名前は覚えていないけど、嫌われてはいない、むしろ好かれていた方じゃないのかなと思う。
僕は君達に対して何も悪い事はしていないじゃないか!
しかも、ウワサに尾ひれが付いているし!
「だからお前は甘いって言うんだ」
僕の心情を解っているのか、ヒットはそう言った。
「この旅でお前の世間知らずを叩き直してやれ、両親にチヤホヤされて育ってきたお前には良い経験だ」
ヒットの言葉にはぶっきらぼうだけど、愛がこもっているように見えた。
「ヒットって僕を見捨てないでくれて、まるで母さんみたいだね」
「な、何が母ちゃんだ、馬鹿野郎!」
「じゃあお兄さんと呼ばせてよ!」
「……俺はそんなに良いやつじゃない」
「えっ?」
ヒットが表情を暗いものに変えたのを見て僕は驚いた。
「俺は……お前を利用しようと思って一緒に来たんだよ。俺が手柄を立てるための踏み台にな」
「そうなの、でも僕なんか……」
「お前は魔法も剣もそこそこ使える。さらに商人の息子だから計算も上手い、さらに料理もできる。利用しているんだ、本当はな」
「うん、それでも良いよ」
「はぁっ? お前は天性の馬鹿か、それとも依存症か?」
「良く解らないけど、完全に心の綺麗な人間なんか居ないと思う。僕もリリイが好きな気持ちに多少の下心が無いわけじゃないしさ。逆にヒットが完全に僕を道具としてみているわけじゃないとわかるよ」
「……そうか、そう思える所がお前の良い所かもしれないな、その気持ち忘れるなよ」
そんな話をした僕達は恥ずかしくなって、さらに隣の街へと急いだ。
そして僕らは日が暮れないうちにレッフェンの街にたどり着いた。
ここはビルデ帝国との境界線に位置するだけあって、物々しい城塞が特徴だ。
しかし、この街でも僕は安心する事は出来なかった。
「おや、ラックじゃないか! 懐かしいな!」
僕は久しぶりに友人のダグラスに会ってしまったのだ。
以前の僕なら再会を喜べたのかもしれない。
でも、僕はダグラスもきっと僕を嫌いになると言う恐怖の方が先に立ってしまった。
「ご、ごめん、僕達急いでいるから!」
僕は逃げるようにダグラスの前から立ち去った。
「おい、久しぶりの再会だって言うのになんだよ、つれないな!」
後ろから不思議に思って呼び止めるダグラスの言葉を無視して、僕は街の奥まで走った。
ダグラスを振り切った所で僕はヒットに声を掛けられる。
「で、これからどうするんだ?」
「僕は、この街からも逃げたい、先の街へ行こう」
「馬鹿言うな、この先は国境だぞ。しかも相手は帝国だ、簡単に許可が下りるわけが無い」
「でも、逃げたいんだ! 誰も僕の事を知らない場所に!」
ワガママを言う僕に、ヒットは考えた後にこう提案した。
「そうだ、首都へ行くって言うのはどうだ? 都会ならお前に関心を向けるやつはいないだろう」
「いいね、それは大賛成だよ!」
僕にはヒットの声が天の声に聞こえた。
しかし、都会の風が厳しいって言う事を僕は甘く見ていたんだよな、この時は。
仕方無くレッフェンの街の宿屋に泊まった僕達は、道を引き返して首都オイゲンに向かう事になった。
そろそろ路銀も乏しい。
仕事を探さなければならなかったのだ。
僕は急に首都に行く事が不安になって来たのだった。
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