富士通のスーパーコンピュータ「京」がこのたびのスパコン性能ランキングTOP500で1位を獲得した。それで、つい思い出してしまうのは民主党が政権を獲得し、行財政改革の一環として行われた「事業仕分け」で、蓮舫行政刷新担当大臣が発した一言「2位じゃ駄目なんですか」である。
彼女の指摘は当を得ている部分もあったが、本質を読み違えている部分もあった。世界最速のスーパーコンピュータを開発することは日本の国威発揚の一翼を担い、その点から国益に適っているほか、科学技術、特に先端分野におけるスーパーコンピュータの重要性をまったく理解していない点だ。
彼女の指摘が正しい部分は、日本のスーパーコンピュータは諸外国のそれと比較して、明らかに開発コストが高すぎる。当然、高コストゆえに、構築するサイトも少数にとどまる。結果、スーパーコンピュータの恩恵は数限られた技術者に限られてしまう。蓮舫氏の指摘はその点で限りなく正確だ。2番でも3番でもいいから大量のスーパーコンピュータが求められているのだ。
●1000億円を超える開発費
確かに、ランキングで京は1位に輝き、2位は中国の「天河1号」(昨年11月のランキングで1位)、3位は米国の「Jaguar」となった。しかし、それ以下、10位までを見ると、日本は東工大の「TSUBAME2.0」を含めわずか2台、中国も2位と4位の2台、ヨーロッパはフランスが1台、残り5台すべてが米国だ。高性能スーパーコンピュータの数という面で、米国に依然大きな差を付けられている。
もう1つ重要な点は、このところ、中国の躍進が目覚しいことに気付かされる。この背景に、汎用プロセッサを用いたスーパーコンピュータの増加がある。事実、2位の天河、3位のJaguar、4位のNebulae(中国)、5位のTSUBAME2.0、7位のPleiadesなど半数はIntelのXeonとNVIDIAなど汎用プロセッサの組み合わせだ。それなら、当然、開発コストは安く上がる。米国や中国のスーパーコンピュータ開発投資に関する資料はかなり少ないが、限られた情報を総合すると世界ランクを狙うようなマシン開発には建築投資を含め、およそ200億円から500億円というのが相場のようだ。
それからすれば、京の開発費用が1000億円以上というのは、相場よりべらぼうに高額だといえそうだ。それだけ高額だといくつもプロジェクトを立ち上げるのも困難というのはうなずける話だ。つまり、京の後継プロジェクトは今のところ考えられていなくて、京の後しばらくは中国をはじめ新興国の台頭を許すことになりそうだ。
●大量に使用されるプロセッサ
京に用いられているプロセッサは、富士通が独自に開発した「SPARC64」である。当然それは、京の開発のために作られたといっても過言ではない。つまり、SPARC64は京以外で用いられることを想定しておらず、今の所納入予定はないようだ。当然、生産個数は少なくなり、製品単価も高くなる。
IBMのスーパーコンピュータに用いられているCPU「Power」は、スーパーコンピュータ以外にも、同社のハイエンドサーバなどで採用されるため、開発コストを低減することができる。NVIDIAやIntel、AMDのようなベンダのプロセッサは最初から量産を意識しているためコストが安い。
日本のスーパーコンピュータに関して、プロセッサ開発費は重課となりスーパーコンピュータ全体の開発費を膨らませる結果になっている。日本で理化学研究所以外の大口ユーザーがいれば、あるいは、海外で日本製を採用する動きがあれば別だが、今のところそのような動きはない。
つまり、富士通と理化学研究所が作った京は、一過性の「お祭り」だったということになる。確かに、スーパーコンピュータの開発はその国の情報処理産業の開発能力を測る物差しであることは間違いないが、それには今後の採算という高いハードルを越える必要がある。その点で果たして京はどうだろう。世界の開発現場を取り巻く汎用CPU/GPUの壁を乗り越えることができるのだろうか。
●コンピュータ利用の底辺を大きくする
スーパーコンピュータが一般に浸透するきっかけになったのは、間違いなく米国・Cray社の製品だ。やがて、同社製品の需要が一巡し、同社製品を価格、性能で上回るNECの製品が市場シェアを高め、一般の高性能サーバも性能を高めると、Crayは市場での存在感が薄まっていった。
勝ったはずのNECもIBMを代表とするスカラー型グリッドの登場により、次第にその存在感が薄れてきた。スーパーコンピュータ間の競争だけではなく、PCクラスター・グリッドの登場は高性能科学技術計算市場を一変させた。
一般の企業はコストパーフォーマンスに優れたクラスター・グリッドの導入を本格化させた。その結果、科学技術計算市場はサイト数、ユーザー数で増加しているにもかかわらず、金額ベースの市場規模は縮小する傾向にある(この件に関しては、NECのスーパーコンピュータ開発担当者とのインタビューで彼らもこの傾向を認めていた)。
日本を代表するスーパーコンピュータベンダーであるNECもそうであるように、GRAPEプロジェクトにおいてスカラー型超並列で実績を積み、今回、京でめでたく世界一の座を獲得した富士通も基本的に政府系研究機関(大学を含む)を販売の中心に据えている。
一般の企業向け納入実績もそれなりにあるが、最近はPCを多数接続してグリッド型としてアプリケーションを処理する企業が増加している。そのような現状では、どうしても官公庁中心にならざるを得ないようだ。
そこには世界のランキングへの野望があり、大学に代表されるように予算の厳しい制約があり、研究者などユーザーの自由にはならない制度面の障壁があることを意味している。つまり、日本のスーパーコンピュータを巡る「見えざる壁」が、さまざまな部門の研究者の欲求を少数の高性能スーパーコンピュータ導入でかわしているともいえる。この図式はいまや一般の企業でもかなり顕在化したエンドユーザーと情報システム部門の対立構図とほとんど同じだ。
では、この状態は日本全体の科学技術計算の世界にメリットがあるのだろうか。僕は、京は予算の無駄遣いとはいわないが、その恩恵を授かる研究者は少数に限られるのではないか、その結果、多くの研究者は高性能スーパーコンピュータの利用を諦めてしまう結果になりかねないと危惧する。
それこそが、日本の「ものづくり」の本当の危機なのだ。そのことを十分認識して、京の次世代機の企画開発に取り組んでもらいたい。 【伴大作,ICTジャーナリスト】
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