検証・大震災

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検証・大震災:福島原発事故3カ月(2) 葛尾村事前準備

 爆発が起きた時、葛尾村役場1階の災害対策本部は、不思議な静けさに包まれた。村はほぼ全域が半径20キロ圏外にある。職員の視線は壁際のテレビにくぎ付けになり、爆発を伝える実況中継だけが庁内に響いていた。2階にいた松本允秀村長が下りてきた。「テレビ、見たか?」

 村役場は原発から西北西に約25キロ。松本村長に松本静男・住民生活課長(現災害対策担当課長)が耳打ちした。「ここも避難区域に入るかもしれません。最悪のシナリオを想定しましょう」。松本村長は「まだ動く時期ではない」と返しながら、村民約1600人の避難準備を了承した。

 その夜、避難区域が10キロから20キロ圏まで広がったことを、松本村長はテレビのニュース速報で知った。国や県から連絡はない。松本村長は「連絡がないのはまだ安全だからではないか」と思った。

 同じ12日夜、福島県庁の災害対策本部で、片寄久巳・原子力安全対策課主幹は衛星電話に向かって怒鳴るような大声を上げた。「本当に20キロですか?」。相手は政府の窓口、経済産業省原子力安全・保安院の幹部だ。

 「原発事故に巻き込まれるはずがない」区域。どれほどの数の県民を、どのように避難させるのか。県の担当職員らはコンパスで20キロの線引きを始めたが「中心点は原発か、敷地境界か」と議論になる有り様だった。

 「万一に備え受け入れ可能な市町村を紹介してほしい」。葛尾村のそんな要望も、県は「20キロ圏以上の避難指示は出ていない」と突き返すしかなかった。村役場には「県に何を言っても無駄だ」とあきらめが広がった。

 原発から10~40キロほど北に位置する南相馬市にも国からの連絡はなかった。大谷(おおがい)和夫・市長公室長は、避難区域が10キロから20キロ圏まで広がったことを、やはりテレビで知る。「困ったことになった」。市内の小高区(旧小高町)は大半が20キロ圏内で、約1万4000人の住民がいる。だが、市にも10キロ以上の避難を想定した防災マニュアルはない。

 市は独自の判断を迫られた。「とにかく20キロ圏外に逃げてください」。防災無線を流し、広報車を走らせた。

2011年6月10日

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