SACD復刻盤の勢いが止まらない。今月は、ベーム指揮ベルリンフィルの同一音源がエソテリックとユニバーサルの両社から登場するという贅沢な状況が現実になった。
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前者はハイブリッド盤、後者はSHMシングルレイヤー盤というディスク仕様の違いも興味深いが、なによりも同じアナログマスターを用いながらリマスタリングでサウンドの印象が大きく変わるという事実に驚かされる。同じ音源がほぼ同時期にSACD化されるというのは非常に珍しいことなので、じっくり聴き比べてみた。
今回SADC化された音源は1959年10月にベルリンのイエス・キリスト教会でステレオ収録されたブラームスの交響曲第1番で、クラシックファンにはおなじみの録音だ。録音エンジニアはドイツグラモフォンのギュンター・ヘルマンス。アナログレコードで聴いても50年以上前の録音とは思えないクリアなサウンドで、これまでSACD化されていなかったのが不思議なほどの名演奏・名録音だ。私がクラシック音楽を聴き始めた頃、カラヤン指揮ウィーンフィルの録音と併せて頻繁に聴いていた一枚でもある。
エソテリックの大間知氏によれば、アナログマスターはとても良い状態で保存されていたという。エソテリック盤は同社の復刻シリーズを一貫して手がけている杉本一家氏がSACDのリマスタリングを行い、一方のユニバーサル盤はエミール・ベルリナースタジオが新規にリマスタリングを担当した。
この録音が行われたとき、ベームはまだ65歳。私が初めて彼の実演に接した1980年頃とは印象が違って、切れ味の良さや推進力のあるテンポが爽快だ。ベルリンフィルの演奏は集中力が高く気合いに満ちて、パワー全開の充実したサウンドを聴かせる。
さて、2つのリマスター盤の違いだが、その差は誰の耳にも明らかだ。まずユニバーサル盤だが、こちらはオケにマイクを近付けたような音の近さと明瞭さが特徴。特に高弦の冴え渡った強い音色は既存のレコードやCDの音から受ける印象とはかなり開きがあるものの、ハッとさせられるような鮮度の高さがあることはたしかだ。ヴィオラなど内声部の動きがはっきり聴き取れるので、スコアを見ながら分析的に聴くときに一つひとつの音を確認しやすい良さもある。ただし、1楽章冒頭や提示部など1st.ヴァイオリンの音圧が大きいところで音量を大きめにして聴くと、高い音が刺激的な音色に傾きやすく、音量の管理には気を使う。
一方のエソテリック盤は対照的な落ち着きのあるサウンドで、高弦のきつさも気にならない。最大の特徴はティンパニや低弦の響きに厚みがあることで、冒頭のティンパニとコントラバスの音を聴いただけで、かなり低い音域にエネルギーの重心があることに気付く。聴き手の位置からの距離はSHM盤に比べるとやや離れているし、普通に聴いているとディテールがやや後退しているように感じてしまうかもしれない。だが、実際には内声など特定の楽器が埋もれてしまうことはなく、注意深く聴けばすべてのパートの関係を正確に聴き取ることができる。
ユニバーサル盤は曲の構造やハーモニーの変化、楽器間のフレーズの受け渡しなどを積極的に示しながら、ブラームスが凝りに凝って書き上げた様々な仕掛けを解きほぐすように提示してみせる。それに対してエソテリック盤は、聴き手が注意を向ければ細部が克明に浮かび上がるとは言え、それよりも響きの一体感と演奏の全体的な流れに注意が向くようなバランスで聞こえてくる。同じ音源なのに、演奏から受ける印象が異なるのは、そこに理由がありそうだ。
エソテリック盤の音には、もう一つ感心したことがある。それは特に第1楽章の提示部や展開部など、高弦と低弦を対比させる関係をほぼ対等のバランスで再現し、そこから自然に生まれる緊張感を際立たせている点だ。ユニバーサル盤では高音が強めなので相対的にヴァイオリンパートが実際より2〜3人ほど増えたような印象を受け、高音と低音の対比がいまひとつ浮かび上がってこない。その結果、流れは軽快だが、軽くなりすぎるようにも思えるのだ。
ブラームスの交響曲では低音パートがベートーヴェンよりも重層的かつ音量面でも厚めに書かれている箇所が多く、そうした部分では響きそのものに重量感が求められる。それも普通の重さではない。非常に重い物体がいったん動き出したら慣性で簡単には止まらないような、ずっしりと安定した重さが欲しいのだ。
ドイツのオーケストラがブラームスの交響曲を演奏すると、実演では重量級の低音を必ず聴き取ることができるが、もちろんベルリンフィルもその例外ではない。ベームが振ったこの録音にも重く芯のある響きが間違いなく刻まれているはずで、エソテリック盤はそうした低音の存在をしっかり実感することができる。50年以上の時を経ても、当時のオーケストラが響かせていた力強い低音の存在を聴き取れるのは素晴らしいことだと思う。