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第一部
第8話 聖なる騎士の都
 第1章

 サラ・レッドブルはエンガチョと同期の仲だ。
「城伯の出世道から転げ落ちて、このざまか。レッドブル少将」
 城伯とは城塞の司令官を意味する軍役職、分かりやすくいえば警備長官だ。この女は数年前まで、孤島の牢獄モン・サン・ミッシェルの警備長官だったが、とある子爵の讒言によってその地位を奪われ、今は国境警備部隊の隊長だ。いわゆる体のいい左遷と思ってよい。
 サラ・レッドブルは青筋をたてている。
「将来の軍部次官になる女をつかまえておいて、お前は敬語を知らんとみえる」
 よほど触れてほしくない過去だったようだ。
「お前、停戦ラインをわざと越えただろ?」

 同胞を攻撃され、腹が立っているエンガチョにサラは「国境警備隊が国境警備をしてどこが悪いんだ!」と腰に引っさげていた剣を男にむけた。
「お前、あそこでパパティーノを見なかったか?」
彼女のエンガチョを探る目つきはさすがだ。どうやら彼女の停戦ライン越え、パパティーノという男が原因らしい。
「…き、気のせいじゃないのか…」
「ではお前があそこにいたのは、私の気のせいではあるまい!」
 さすが軍部出身だけはある、サラ・レッドブルは肝心なところを見逃してはいない。
「エンガチョ、お前には聞きたいことがある。ついでにあそこで何をしていたかも洗いざらい話してもらおうか」

――三時間後、レッドブルは機関室で両腕と両足を組み、いらだっていた。
 時計に目をやれば時刻は午後三時だ。エンガチョはレッドブル少将の脅しに屈することなく、あそこにいた秘密を守り倒したようだ。顔中の青たんがそれを物語る。
 今、ナヴァグリオは迷いの森のなかを低空飛行にはいっている。

「おーい、従騎士(スクワイヤー)たち!」
 得意げなエンガチョの声が聞こえた。

「あの森をぬければ、アッパータウンだ!」
 十歩先には四角いかたちの光がかすかにみえた。
「うわぁ、すっごーい」と騎士候補生たちは歓声をあげた。
ナオミたちは飛行船の窓から顔をのりだし、巨大の森のなかに突然出現した、古い時代のアムステルダムのような町に感嘆の声をあげた。ナオミもこれはとても素敵な冒険の始まりなのだ、と胸をドキドキさせた。

 頭上には底抜けに明るい、真っ青な空が広がっていた。
 四方を迷いの森に囲まれ、森のなかに拓かれた広大なる都アッパータウン。赤い三角屋根の中世の町といえども、やはり産業革命の恩恵は受けているらしく、町は赤煉瓦の落ち着いた小さなビル群が建ちならび、自動車やガス灯がところどころにあった。
 大きくも小さくもないこの町はナオミが住んでいたカンペールの田舎町と見比べれば、確かに小さいながらも「都市」という名前が似合う。

 永久機関式飛空艇は、町の東の方角にある牧場に無事着陸した。
 数分後、迎えの黒色のリムジンバスが到着。バスからは執事のユトレヒトが忙しそうに現われ、「時間がない、『引継ぎ式』の時間が予定より遅れているんだ」と急かされるままにナオミたちはリムジンバスへと乗りこんでいく。ユトレヒトはサラ・レッドブル船長の姿を見つけると、彼女に最敬礼した。
「任務、ご苦労様であります!」
 サラは「任務完了に伴い、国境警備にもどる」とすかした態度だ。

 彼女の任務、いわずと知れようナオミたちをアッパータウンに送り届けることだ。
「ナオミ・ニト!」とサラの呼びかけにナオミは浮遊しつつある、ナヴァグリオを見上げた。
「『ロアゾン』とともに!」
 サラ・レッドブルは、客室扉の前で、剣を杖にして左胸に拳をあてている。上昇気流のなか、彼女の赤い雄牛のマントとともにその髪も風になびく。だけど目だけは真剣だ。その真剣さに心打たれ、ナオミも右手を左胸に手をやった。

 ロアゾンとともに――――この人もサンチョ・ボブスリーと同じことをいっている。
 サンチョにしろ、サラにしろ、二人とも生前の父を知っている人だ。この「ロアゾンとともに」という言葉は、もしかして父と関係ある言葉かもしれない――――ジョジョは「ビギナーズラックっていう意味だよ」とぼやくけれど。

 疑惑の渦中の人、エンガチョはアッパータウンに用事があるらしい。
 浮遊しはじめた飛行船から飛び降りた。レッドブル少将は「まだ訊きたいことがあったんだがな」と舌打ちした。
 エンガチョは何やらモゴモゴと電話中だ。
 例の電話石(モバイルビー)で「えー、『剣と盾』という宿屋ですか。俺っちはあまり話をすることはないですがね? あんたのせいで女ギツネにしょっぴかれそうになったし」と彼なりの敬語らしい俺語をつかっていた。するとユトレヒトは懐かしい顔に出会ったのか、とても嬉しそうに叫んだ。

「エドガー! エドガー・ボブスリーじゃないか! ああっ、こんなところで会えるなんてなつかしいな。いつからお前さんはダ・カーポ先生の助手を辞めたんだね?」
「…ええ、とにかくあとで行きますよ…」
 エンガチョは深々とお辞儀をしながら電話をきった。
 意味深な電話の会話、ピックル・タナカは横目でチラリッ、と盗み聞きをしていた。
「まったくどこのどいつだ、電話の邪魔をする気狂いは?」
 エンガチョは不機嫌そうに声の主を捜した。

「ユトレヒトだよ」噂のバトラーは葉巻(パンチ)を吹かしていった。
「ああ、あんたか。その顔は一度みたら忘れねえや!」
 二人は久しぶりの再会に沸いた。
 再会まもなく、執事がバスに乗り込むと、運転手が車のエンジンをかけた。エンガチョはその様子を何となく寂しげに見ていたものの、ナオミの姿を最後席に見つけると、大声で少女の名前を呼んだ。
  
 名前を呼ばれた本人はそっと後ろを振り返った。
「ナオミ、ビギナーズラック!」

 エンガチョが大きな拳に親指をたてれば、ナオミも同じように親指をたてかえした。
 黒ヤギのダ・カーポは可愛らしい声で鳴き、テルはうるさいとぼやいた。ジョジョはガマグチガエルを返すのを忘れている、と呟いた。

――ロアゾンとともに、どうやらビギナーズラックという意味ではなさそうだ。



 第2章

 アッパータウンが株式市町村となった、経緯はこうだ。
 かつてアッパータウンは貴族たちの領地の集合体だった。一人の伯爵、六人の子爵、六人の男爵たちの領地が入りにいり混じっていた。ときおり領地をめぐって、血を血で洗う骨肉の争いが繰り広げられていた。その度に騎士たちは戦場に駆りだされ、罪のない多くの騎士たちの命が失われた。
 そんな悲劇に終止符を打ったのがトモロヲ・ブドリ伯爵、三十五歳のときだった。
 エルフの歴代君主からアッパータウン統一を促され、星読みの言葉に従うかのようにトモロヲ・ブドリはアッパータウンを統一。統一後は時代の流れから、アッパータウンを株式会社化した。

 伯爵はまず邸宅のみを残して、自分の領地をすべて放棄。
 そして広大なる領地を六地区に分けた。つまり六つの町にわけ、町の中にある村の統治もふくめ、一つの町に一人の子爵を赴任させ、補佐役に男爵一人を任命した。かつての領主たちを町や村の経営者にさせたのだ。いわゆるアッパータウンの取締役に任命し、自分は代表取締役となった。
 領主時代とまったく変わらない強い自治権と君主大権を与えることによって、貴族同士の領地をめぐる争いはなくなった。そうこの都は一人の伯爵とそれを支える六人の子爵、そして彼ら子爵を支える六人の男爵、合計十三人の貴族の領地経営で成り立っているのだ。

 執事のユトレヒトは声を張りあげた。
「従騎士の皆さん、いいですか。北はランスロット地区、南にはガラハッド地区。あとはまあ、みてのとおりですね。そして皆さんがいるところが、アッパータウンの中央区、キング・アーサー地区なのです」
 キング・アーサー地区は数階建て、騙し絵の赤煉瓦ビルが建ちならぶビル街だ。
 よく瞳をこらしてみれば、絵のような急勾配の屋根の連なりがある町は、まるで歴史の重さを物語る落ちついた感じがする。
 ビルの上から見下ろせば、この町の道は迷路のようでとても細くて複雑だ。ちなみにこのキング・アーサーの町は七つの通り(昔は村といっていたが、今は通りといったほうが無難だろう)で成り立っている。

 リムジンバスから降りた騎士候補生一行は、丘の上に建てられた中世の古城らしき壮大なる豪華な屋敷をみあげた。その壮大なるつらがまえに、ユトレヒトはコホンッと誇らしげに言った。
「あれがアッパータウン・オブ・ギルウェル領主館といいまして、このアッパータウンを経営なされておられるトモロヲ・ブドリ伯爵閣下のお屋敷。まずここで暮らすには、このお方の許可がいるのです」
 英国の首都ロンドンにあるビッグ・ベンの愛称で知られる、ウェストミンスター宮殿のようなアッパータウン・オブ・ギルウェル領主館。天空まで突き抜ける、万年時計塔が素晴らしい。領主館は迎賓館シャトー・ブルトンホテルでも知られる。

 領主トモロヲ・ブドリの居住はこのホテルの一室だ。
 ユトレヒトに連れられながらも、騎士候補生たちはその大きな時計塔と屋敷の荘厳さに驚きのあまり声がでなかった。ナオミたちはブルトンホテルの長い玄関階段を登ると、どこぞの画家が描いたと思われる、色鮮やかな樫の樹の扉絵にみとれていた。
「この絵を描いたのは絵画王ベリー・グッドウィル画伯。いいかい、ここからは礼儀正しくするんだよ。礼法は騎士のたしなみだからね」というと「レディ・クーデンホーフ、連れて参りました」と真鍮でできた、一角獣(ユニコーン)の把っ手を三回ほど叩いた。









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