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第一部
第7話 アルモリカン山地ミスリル鉱脈
 第1章

 今はアルモリカン山脈を付近を運航中だよ、とロレンツォ。
小一時間もすれば子どもたちは喋り疲れ、うとうとしはじめていた。彼らの眠りを突然、一気に覚ますような激震が起こった。

――――ゴロォガララァアアアアア――ッ!!!!

 何だ? 一体全体何が起こったんだ? 
 推測する暇もなく、コツッ…コツッ…コツと硬い金属のような音が近づいてきた。ナオミのところで音が止まったと思えば、ガラァララ――――と勢いよくコンパートメントのドアが開いた。
 
 ま、まさか! 自分の命を狙っている暗殺者(ヒットマン)か? 
 
 少女は生唾をゴクッと呑んだ。
「ドワーフの襲撃に遭った。停戦ラインを超えたんだよ」
 足音の主はピックル・タナカ、ナオミの護衛だ。
 とはいえ、ドワーフの襲撃に遭った――――穏やかな話ではない。

 アルモリカン山地のどこかにあるという、鉄鋼の町ドワーフベルク手前のミスリル鉱脈はドワーフ族とブルトン人が三百年、おのが領地と主張してゆずらない紛争の地だ。小さな巨人族ドワーフ、頑健な種族で知られる。鍛冶の民族にして、ミスリルの鍛冶職人。そしてミスリル鉱脈の番人であり、勇敢なる戦士でもある。

 ブルターニュの領地のなかで森はエルフ、山はドワーフの実行支配地域だ。一時はミスリル銀をめぐってブルトン人と争ったものの、今は停戦合意に基づいて休戦中だ。だが停戦ラインを超えて、領地に侵入してくるものなら、彼らは容赦ない。

――――ズドドドオオオオオオ――――ンッ!!!!

 砲撃は相変わらず激しい。
 パラパラッと木嚢が崩れ、地上に落ちていくのがわかる。
 攻撃されっぱなしじゃないか、このままでは、このままでは――――。
「僕ら、死んじゃうな」と他人事のようなジョジョ。
「お前たち、二階にあがれ!」

 船長は木嚢にあがり、戦闘の手助けをしろ! と偉そうだ。
 ジョジョは前途多難の冒険の始まりに「飛び降り自殺なんて痛そうだよ」とため息をつく。そんなジョジョを連れて、木嚢への階段をあがってみれば、驚きの光景がナオミの目に飛び込んできた。

 もはやそこはピーナッツの種ではない。
「うわあ、ゲホッ、ゲホッ。青空が見えるよ」
 空気がうすいらしい、テルは息苦しそうにぼやく。
 木嚢は度重なる砲撃に次ぐ砲撃で、ところどころに大きな穴があいている。当然、木の浮力で浮いているわけだから、穴があいた木嚢は徐々にバランスを崩しているのがわかる。床には修理用の材木が無残に転がっている。

「撃てえーい!」

 ナヴァグリオの船長サラの第一声が聞こえたと思えば、木嚢に備え付けられていた数台のガトリング砲と大砲が火を吐いた。狙いは目下に見える山城だ。船長の指揮のもと山城のいくつかの見張り小屋は破壊できたものの、多勢に無勢だ。
 砲撃に耐えきれず、永久機関式飛空艇ナヴァグリオは徐々に高度を下げはじめた。
「よーし、お前たち! やられた分はやりかえしたな。これより本艦は戦闘を離脱する!」
 血の気の多いサラ船長らしい、勇敢な言葉だ。
「お前たち、しがみつけよ! 不時着の準備にはいるぞ!」
 飛行船はアルモリカン山地の丘陵地に勢いよく突入した。

――――ゴゴゴゴォオオ- バキバキバキ! 

 船体が荒々しい岩で擦れにこすれる。
 岩という岩、木という木にぶつかって、崖に覆い隠されるようにしてナヴァグリオは平原のなかにとまった。今まで戦闘を繰り広げてきただけあって、どことなく周辺は硝煙臭い。埃まみれのナオミはテル、ロロ、ジョジョ、そしてロレンツォとココの無事を確認すると、ようやく安堵した。
「動ける者は点呼をとれ! おい、そこの優男! お前のことだ、バカモノ!」
 サラ・レッドブルはタナカに向かって叫んだ。



 第2章

――今は三十分の休憩だ。
「ねえ、テル。あの、そのう…騎士ってね、何する人たちなの?」
「サラリーマンとOLだよ」とテル。
 ナオミが思っていたものとは違う、思わぬ答え。正しくは任務につくという。祖国が株式会社のブルトン人にとって、民間人とか公務員とかそういった身分の区別は一切ない。
 経営者というべき立場の者も、その下で働く者たちも、責任の大きさこそ違いはあるが、仕事の大小は関係ない。トイレ掃除も立派な仕事のうちなのだ。でも一生トイレ掃除というのはごめんだな、テルは喜びそうだけど。

 ナオミはテルのほうに視線をうつしながら、今回の襲撃への応戦もサラリーマンとOLの仕事のうちといえば、彼女は疑問に思わざるえない。
 それにしても三十分の休憩といいながら、かれこれ一時間が過ぎようとしていた。常駐の船大工たちはナヴァグリオの風穴が空いた部分の応急処置に取りかかり、タナカも愚痴をこぼしながらも、彼らを手伝う。さすがの彼も、男勝りのサラ・レッドブル船長には勝てないとみえる。

「命を書けるって? そりゃ、書けるよ」
 テルの問いかけにロレンツォはふざけてみた。
「君はバカか。命を書けるじゃなくて、命を賭ける……、というかそれでも君は生徒会書記か。命を賭けるを命を書けるって――君はダックスフンド以下だぞ。それに命を書いてどうするんだ? 教えてくれよ」
 テルの言葉にジョジョは(いつか隙あれば、お前の鼻をかじってやる)と意思が固い。

「そう僕に食ってかかってくるな」
 イラついているのは君だけじゃないんだ、とロレンツォはテルに謝った。テルが命を賭けると皆の前でいったのは、すぐそこの丘で炭鉱への入り口を見つけたのだ、少年はそこで図体のでかい人影を目撃したという。噂のドワーフかもしれない。
「ああ、間違いない、僕は見たんだ」

 テルの真剣さに推され、ナオミたちはこっそりナヴァグリオを抜けだした。
 確かに丘陵に四角い穴があいている。間違いない、炭鉱への入り口だ。通路は階段とカンテラで灯されているものの、奥は深そうだ。三十メートルほど降りていけば、急激に温度が下がるのがわかった。岩からは水がしみでて滑りやすい。

――誰もいない。やはり勘違いのようだ。

「…帰ろうっか…」
ナオミが皆に問いかけた瞬間、物凄い地響きが起きた。
「危ないッ! ナオミッ――――!」テルは叫んだ。

――――ゴロォガララァアアアアア――――ッ!!!!

 落盤だ。とっさの判断で奥の通路に避難したおかげで、少女たちは命からがら助かったものの、もう後戻りはできない。テルは癇癪を起こし、ナオミは冷静につとめるよう皆をまとめあげた。不時着のおりに岩盤が揺らいでいたのかもしれない。
「必ず希望はあるわ、最後まであきらめないで!」
 彼女の一言に皆はどれだけ勇気づけられたことか。
 三十分ほど歩いた頃、先のほうに明かりが見えた。明かりは鍾乳洞のなかを反射し、ときおり話し声が聞こえる。何かを鋳造しているらしく金属を叩く音がやかましい。むんむんとした熱気も感じとれる。

「おい、さっさとしろ! このうすのろ!」
 醜いゴブリンは相方を乱暴に罵る。
「フンッ! リンゴの腐った顔みたいなお前にいわれたくねえな」
 リンゴの腐った顔? どんな顔なんだろう。一度みてみたい。
「そりゃ、てめえも同じじゃねえか!」
「なんだとてめえ、殺してやる!」
 ナオミは物音をたてないように、恐るおそる会話が聞こえる先を覗いてみた。開いた口が閉まらなかった。ナオミが目撃した光景、それは大規模な金属の鋳造場だった。地下にこんな大きな鋳造場があるなんて驚き以外になんでもない。

――――ガチャン、ガチャンと鳴る金属音、ジュワッと金属が水に冷やされる音が耳に痛い。そこで働いている者たちは人間らしさなどなく、おぞましい怪物だ。これがドワーフという種族なのだろうか。ざっと数えて三百はいる。

 連中は気にくわなければどちらかがくたばるまで喧嘩をする。これは人殺しという言葉よりも惨殺(ざんさつ)と表現すべきだ。
「彼らはドワーフじゃないわ、ゴブリンよ」
 ココは小さな声でぼやく。

――――ゴブリン? ゴブリンって何だ?

 確か一級星占い師ウォーレンの図書館から借りてきた本には、悪魔崇拝に魂を売ったドワーフのなれのはて、と書いてある。

 鋳造場は穴からでてきた赤い岩を積んだ、多くのトロッコ滑車が行き交う。
 トロッコはゴブリンどものところまで岩を運ぶと、数多のゴブリンが岩をハンマーで打ち砕き、さらにそれを高炉で溶かしている。さらに真っ黒な永久機関みたいなのが、ガチャンッと金属を圧縮(プレス)し、型押しされた金属はベルトコンベヤーで運ばれ、泉のなかにジュワッ、という音をたてて次々と沈められていく。
 好奇心旺盛なテルがよく見ようとして、炎と罵声、熱気が飛び交う、蒸し暑い鋳造場に体をせりだしたのがいけなかった。子どもたちの姿が蒸気機関に映えたらしく、ゴブリンの一匹がわめきたてた。瞬く間に鋳造場はサイレンが鳴り響いた。

 ゴブリンたちは斧や剣をもって、獰猛さをさらけだし、潮のごとくナオミに襲いかかった。
「あいつらを喰うのは俺だぞ!」
「骨まで噛み砕いてやる!」
 ゴブリンのおぞましい声にナオミたちは逃げだした。
 が、どうしても人数に無理がある。途中、ココが勢いよく転んだ。彼女の右足をゴブリンの四本指がギュッと握ってはなさない。イボイボだらけの、変色した皮膚は不気味という言葉に尽きる。
「君たちは逃げろ!」とロレンツォは鞘から剣を抜き、従姉妹の右足を握っているゴブリンの腕を斬りおとした。まるで虫を殺すかのようだ。

 いかに戦い慣れたロレンツォやココでも、血に飢えた襲いかかるゴブリンには無理がある。
 ナオミやテルたちが加勢しようとも数には勝てない。まず桁が違う。夏場の蚊のように雲霞のごとく湧いてくる。生きて出られたら、これから連中を『蚊』と呼ぶことにしようか。
 次第にナオミたちはマグマ溜りに追いやられていく。

「あと三歩、下がったら骨まで溶けちゃうよ」
 ジョジョはよだれを垂らし、近寄ってくるゴブリンを前にしてぼやく。ナオミとテル、ロロは剣に魔法を宿らせ、戦ってみるものの魔法力を使いはたして息があがっている。何よりも素人剣法だ。ただ剣を振りかざしているだけにすぎない。剣術という代物ではない。

「あきらめなければ道は拓けるわ」
 ナオミは最期まであきらめない、運命に足掻こうとしている。
 そうだ、死ぬ勇気があれば何でもできる。それがよかったのかもしれない。彼女が自分に襲い掛かるゴブリンを斬り、道なき道を拓こうとしたときだった。

――――ウォオオオオ!

 クジラの鳴き声にも似た声が聞こえてきた。
 ズッシーンッ、ズッシーンッと足音が聞こえてくる。その音は確実に自分たちのほうに近づいてきている。音がやんだと思えば威圧感溢れんばかりの、理科の実験室にある人体標本のような怪物がこちらを睨んでいる。裸にちかいといってもよい、性別は体つきからして男のようだ。
 腹がぽっこりとでた男たち、身長は十五メートルもある文字どおり『巨人』の言葉が似合う。皮膚がほとんどなく、筋肉が剥き出しの状態だ。巨人はゴブリンとナオミたちを見ると、不気味にニヤッと笑い、その大きな手でゴブリンを鷲づかみにした。

 助けてくれた――――とナオミは胸を撫でおろした瞬間、少女はわが目を疑った。

 バキボギ、ボギバギッと音をたて、巨人たちがゴブリンを食べている。うまいのかどうかは分からないが、ニヤッと笑えばその歯はどす黒い赤で染まり、ツゥーッとよだれのかわり赤い血が滴り落ちた。
 バグッバグッ、と勢いよくゴブリンを食べ、口のなかではゴブリンの手足がぐちゃぐちゃになったのが見える。ゴブリンを喰う姿は捕食といえる。とにかく腹が空いているのだろう、巨人は理性を失ったかのようにゴブリンを食べにたべる。目の前にいる動く者を捕食する、そういったところだ。まるでピーナッツを食べるかのように。

「……」
この衝撃的な場面にナオミは「おえっ」と吐いた。
 一瞬、巨人の一人と目があった。巨大な頭に生気がない目玉、死んだ魚のようだ。唸り声をあげながら、不気味にニヤッと笑うと今度はナオミたちのほうに手をやる。幸いなことに巨人は図体がでかいわりには脳が小さいらしい。巨人に敵味方を見分ける判断能力はないようだ。子どもたちは彼らの手をするすると潜りぬけるも、やはり捕まるのは時間の問題だ。
 息があがったナオミたちは望もうが望むまいが、マグマ溜りに追い込まれてしまった。
 今度はゴブリンじゃなく、巨人にだ。
「死ぬ時間が少し延びただけだったね」
 ジョジョの覚悟を決めたぼやきが耳に痛い。

 巨人が彼女を捕まえようと手を伸ばした瞬間、黒い影がナオミの後ろから現われ、巨人の両目を右から左へ、横一文字で斬った。視力を失った巨人は、耳をつんざく悲鳴とともにマグマ溜りに勢いよく倒れこみ、そのまま溶岩に呑みこまれて消えた。
 黒い影の正体にナオミは驚いて声がでない。ナオミと影はしばらく見つめ合った。
「…行け!」
 影の名はサンチョ・ボブスリー、未来を拓いてくれた人だ。
「…早く行け…」と蛇女の呪いが顔中に広がり、瞬く間に男はおぞましい姿となった。
「ありがとう、サンチョさん!」
 ナオミたちは男にお礼を述べると、我武者羅に駆けだした。



 第3章

「ねえ、アイツは…モン・サン・ミッシェル脱獄犯の…」
 ロレンツォとココがゴクッと喉を鳴らした。
「ええ、サンチョ・ボブスリーよ」
 ナオミはこの際だから、自分に未来を拓いてくれたサンチョ・ボブスリーとの出会い、そして自分がアッパータウンに行くことになった経緯を彼らに話した。また自分がパパティーノに命を狙われていることも。
 「さすが英雄の子だよ」とロレンツォとココは瞳を輝かした。
 子どもたちのあとを、唸りながら追いかけようとする巨人の群れ、それを阻止するサンチョ・ボブスリー。運命は自分たちに味方したようだ。そんななか、自分の名前を呼ぶ声がした。どことなくその声は聞き覚えのある声だ。
 テルは気のせいだ、と唸った。
「僕らの声が木霊しているんだよ」

 いや違う! また声が聞こえる。よく耳を澄ませてみよう!

「ふーむ。なんでお前さんがここにいるんだ、え?」
 やはり自分を呼ぶ声だ、ナオミは声のする方向へ振り返った。
「エンガチョ!」
 聞き覚えのある声はエンガチョではないか。ナオミにいわせればエンガチョこそ、なぜこんなところにいるのか不思議でならなかった。
「…あ、ああ。そ、そのう、なんだ。ダ・カーポ大先生の開かずの扉がここにもあってな。それに俺っちはここの地下鉱山の管理も任せられておってな。あ? ドワーフの砲撃にあっただと?」
「ゴブリンに襲われたの!」
 ナオミは息絶えたえでいった。ついでにあの巨人のことも。
「ゴブリン? 筋肉モリモリの巨人(ジャイアント)? 安心するんだな。ここはブルトン人の成金がドワーフ王から買い上げた鉱山だ。そんなもんはおらん」
 エンガチョの目が左右に泳いでいる。明らかに嘘をいっているのがわかる。

「あの巨人は人造人間(ホムンクルス)ってヤツだろう?」
 ロロはゲーテ著の『ファウスト』に記されている、と唸る。
「……まあ、そういうもんだ。ゴブリンを喰っていた? 命を補充しておったんだろう。連中は他者の生命を体内に取り組み、自分の命にせにゃ、生きられんからな」
 それ以上のことは男は何も語らない、いや語ろうとしない。きっと何か重大な秘密をうちに秘めているに違いない。男のキョロキョロする瞳、そして先ほどの出来事がそのことを物語っている。

「まあ、そこの野ブタに感謝するんだな!」
 そこの野ブタに感謝? とナオミが不思議そうに首をかしげた。
なるほど……。野ブタに似た可愛らしい少年がエンガチョのそばで、ぶるぶると小さくなって震えていた。
 エンガチョがいうには、この少年はナオミたちのあとをついていったそうだが、途中で迷子になり、先ほど自分が保護したばかりだといった。その少年の供述が少なからずも、自分たちとエンガチョをこうして出会わせてくれたことは否めない。今は大いに感謝すべきだろう。
 テルは少年を変わった子だな、としばらく見つめていた。

「僕の顔に何かついているの?」
「鼻の穴から脳みそがたれでているぜ、迷子ッ!」
 迷子の少年は黄緑色の鼻水をずるずる音をたててかんだ。
「それから鼻と口が一つ、群青色の目と眉毛が二つね、へっぽこ」
「へっぽこじゃないよ。僕はマイケル・コービーっていうんだ」
 マイケル・コービーの頼りない声。

 エンガチョはナオミたちを開かずの扉の中へ案内する。扉の中はエンガチョの実験室のようだ。試験管やら理科の実験さながらの実験道具がてんこもりだ。
「なんだと? 俺っちの兄貴がすぐそこにいただと? なんでそれを早くいわん」とエンガチョは勢いよく外にでたが、顔色を変えてすぐ戻ってきた。
「ど、どうしたの?」
 ナオミはサンチョに何かあったのだろう、と心配そうだ。
「お前たちの勘違いだ。兄貴なぞおらんかったが、巨人どもが共食いをしておる。死んだ巨人どもの目玉を食らっておるわ。まあ、いい。ほれ、これを飲むんだ」

――――とだされたのは紫色の液体だ。これはまずそうだ。

「忘れ薬だ」とテルのぼやきが聞こえてきた。
 テルはつい一週間前、父親のへそくりを見つけてしまい、父エロールに忘れ薬を飲まされたことをナオミに打ち明けた。おかげでへそくりの居場所、肝心なところを思い出せないとか。そういうナオミもジジ亭でフランス人のお客さんたちが、ヤドリギにこの液体を飲まされていたのを覚えている。
 ナオミはお互いに飲むふりをしようと目で合図した。
「よし、いい子だ。炭鉱出口につく頃には、ここでの悪い夢は全部忘れているんだな」
 ゲップ! おやっ、マイケル・コービーだけ素直に忘れ薬を飲んでしまったようだ。よほど喉が渇いていたのだろう。



 第4章

 ミスリル鉱山、あいかわらずそこは無気味なところだった。
 そもそもミスリル鉱山そのものが、無気味なのだからしかたがない。ところどころに生き絶えた、ドワーフ族のような大きな骨さえ見受けられた。
「あのさ。ミスリル鉱山はドワーフの地下迷宮、ときに極悪人を幽閉する果てなき牢獄って、本に書いてあったぜ」
 ゆえに炭鉱出口は一部のドワーフにしか分からない。
 ロロは怪しそうに男を見た。まったく少年のいうとおりだ、もしかしてエンガチョは、先ほどのゴブリンと何らかの関係があるのかもしれない。第一、なんでエンガチョがここにいるのかもナオミは納得していない。
「そもそも俺っちはそのドワーフ族だ」
 どうりで大きく、毛もくじゃらなはずだとナオミは思った。
 テルが炭鉱入り口付近でみかけたというドワーフ、きっとエンガチョに違いない。外が騒がしいので、様子でもみにきていたんだろう。そのときにコービー少年と出会い、少年の証言で自分たちと出会い、今こうして会話をしている。

 ゴブリンが襲ってきた経緯をエンガチョに説明するも、男はナオミたちの声に真摯に耳を傾けようとしない。エンガチョは黒ヤギを脇に抱えこみ、ただ黙々と鍾乳洞を歩いていくだけだ。子どもたちも次第に黙りこみ、ゆらめくカンテラについていった。
 一行は大きな鍾乳洞のなかをつまずきながら、ときどき吸血コウモリの群れに襲われながらもついていった。マグマの湖、そしてその湖に架けられた、今にも崩れそうな鍾乳洞の橋、もし落ちてしまえばそれこそ一貫の終わりという危険なところもハラハラ、ドキドキしながら渡った。

「ひゃぁああああっ」テルとジョジョは情けない声をだす。
 地獄という言葉にふさわしい場所も何度かみることもできた。
 ドワーフの地下迷宮は迷いの森以上といわれるほど、一度迷ってしまえば生きてはでられないといわれる迷宮だ。そのなかでナオミたちは古びたドラゴンの骨、岩に彫ったと思われる歴代ドワーフの王たちの墓標らしき彫刻など、たくさんの遺跡をみることができた。黙々と歩いていくこと数時間後、やがて鍾乳洞は終わりを迎えつつあった。

 丘陵地では船大工たちの木嚢修復も終わり、ナヴァグリオの後尾のプロペラが勢いよく風を切っている音が聞こえてくる。
 ナオミたちの姿をみかけると、ピックル・タナカが「どこにいっていたんだ! ものすごく捜したんだぞ!」と心配して駆けつけてきた。エンガチョの姿をみると、不思議そうに「なんであんたがここにいるんですか?」と質問攻めだ。
 ドワーフは優男の質問を堂々と無視した。
「そんなことより、お前たち、停戦(ボーダー)ラインを超えたろ?」
 エンガチョは船長は一体どこのどいつだ? と唸る。
「私だ、何か文句があるのか? エドガー・ボブスリー」
 サラ・レッドブル船長の姿をみると、ドワーフはヒューッと口笛を鳴らした。









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