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第一部
第6話 飛空艇ナヴァグリオ
 第1章

 三日ぐらいは旅立ちの準備とやらで忙しかった。
 ポリー・スミスのお洒落な防具店で仕立てた、制服や紋章入れしたマントなどをとりにいったり、また三人は買い忘れがあったことに気づいた。

 馬はもちろん、魔法を使うための魔法宝飾の二点だ。
 騎士はアッパータウンでの社会秩序と聞いたけれど、やはり騎士には馬がつきもの。テルは餌をあげるのが面倒だとか、今はあんまり馬に乗って移動しないとか、もし馬が必要になったら、アッパータウンの賃り馬に乗ればいいというけれど、ナオミはどうしても自分の馬がほしかった。

 結局のところ頑固なテルを説得したのはナオミだった。
「だって厩舎にいったら自分の馬がいるのよ、が。今どきの騎士は馬に乗らないっていうけれど、散歩ぐらいしてもいいじゃない?」
「散歩用なら、そこのダックスフンドがいるじゃないか!」
ジョジョは舌をだらーんとしたまま、今の言葉を聞かなかったことにした。
「馬は自転車とか自動車とかよりもすぐれているんだから。ねえ、ロロだってそう思うでしょ?」
「…そうだな、馬は女の子の憧れだもんな」

「でも馬は犬のように(ウンコ)をするよ、しかもでっかいし…」
 テルはチラッとジョジョに目をやれば、ダックスフンドは糞をして悪いかよ、と顔をテルを見上げつつも、馬を買うぐらいなら自分の餌代をあげてくれと主張するほうだ。
「じゃあね、多数決で決めましょうよ」とナオミ。

――結果は賛成二票、反対一票、無効一票。
(…ちえっ…)とダックスフンドは寝そべった。

 ここはブルトン王朝文化が香る、高級宝飾店『ザック』だ。
 ナオミたちは店内できらめく指輪のショーケースに目がいった。
 宝石商アルマーオがいうには魔法使いたちは、廃れてゆく魔法の知識に危機感を抱いて、魔法を誰でも使えようにその魔力を宝石や書物に封じこめたという。

 残念なことに魔法の本はブルトン人の反乱を恐れたフランスの歴代国王によって、禁書や悪魔の書として大半が燃やされたものの、指輪だけはパリ五大宝飾店(グランサンク)の庇護のもと、なんとか生き残ったそうだ。
「魔法は魔法石に封じこめられています」
 魔法を封じこめるといえば、考古学の権威ダ・カーポが扉に空間移動魔法を封じこめたという開かずの扉は記憶に新しい。大半の魔法は自然現象で自然に生まれたものか、魔法使いたちによって、宝石に封じこめられたものだ。
「剣の柄とか、鞘とかに埋め込むこともあれば――今の流行は指輪ですかね」

 そういえば、サンチョ・ボブスリーの剣にも柄のあたりに魔法石があった気もしないでもない。

「あ、あの…守護聖人イヴの魔法って…」
 宝石商アルマーオはナオミから、その名を聞いて驚いていた。
「イヴナイトは名のとおり、守護魔法の最高魔法石です」
 値段は半端なく高い。
 テルは「僕の家が二軒買えるじゃん」とぼやいている。

 ナオミはミスリルの金銀細工に目をやりながらも、アルマーオの話に耳を傾けた。魔法石は誕生石と同じで相性がある。たくさんの魔法を使いたいからといって、初心者(ビギナー)が魔法石の指輪をいくつも買っていく者もいるが、最初の使い慣れないうちはせいぜい三個が妥当だとか。

「まあ、従騎士は一個で十分だよ。で、どの指輪にしますか?」

 テルは金剛石(ダイヤモンド)と相性がいいらしく、青から緑へと色が変わる変色性金剛石(カメレオンダイヤモンド)の指輪を奮発して買った。ロロはオーダーメイドも可能だといわれたので、自分の首飾りに月長石(ムーンストーン)を石留めしてもらった。

 ナオミは鳩血的紅玉(ピジョンブラッドルビー)の指輪を買おうと思ったが、さりげなくポケットに手をやればボブスリーから贈られた、あの火蛋白石(ファイアーオパール)が指にコツンッと当たった。男にみてもらえば「…ふーむむむ! これは珍しい、まったくもって珍しい…」と呟く。

 何が珍しいんだろう? まさかとても高級なものなのかも。

 ルーペで火蛋白石を見る、アルマーオの巨大化した瞳が反対側にいたナオミを瞬間的にとらえた。
 男によればこの石は活火山から生まれた、炎の魔法系に属する火蛋白石だとか。さほど珍しくもないのだが、そこで何が珍しいのかといえば、石自体から鼓動のようなものが脈打ち、石が生きていることが珍しいというのだ。

「新種かもしれませんね。しかも魔法力(スピリチュアル)が半端ない」

 ピンセットでつかんでいるものの、火蛋白石は色鮮やかな炎で包まれている。威嚇だけなので直接触っても熱くも何ともない。炎がおさまりきれず石から溢れでているんだろう、とアルマーオは興奮した口調でいう。

 ナオミの火蛋白石は小一時間もすれば、アルマーオの熟練された職人技によって、石留めされた立派な指輪になった。
「どうやって魔法を使うのさ?」
 テルは指輪をはめた手を宙にぶんぶんふってみせた。
「魔法力は使い手の『心の強さ』と比例します」

 魔法は伝導性が認められる超物理エネルギーだ。つまり物に伝道させ、その秘めたるエネルギーを発動させる。テルは自分の剣を握りしめた。彼の心に呼応して剣をおさめる鞘に雷が奔った。
 変色金剛石は神の裁きを封じこめたものだ。雷鳴や雷撃、落雷と呼ばれる聖電撃(サンダーボルト)を剣に通して、発動させることができる。

 ロロの場合、首飾りをギュッと握りしめたものの、残念ながら何も起こらなかった。そんな少年を目の前にして、テルが嬉しそうに「…かわいそうに…」とボソボソ声で呟けば「目障りだ」とロロは鼻を鳴らした。そんな二人をなだめるのは、いつのまにかナオミの役目になっていた。

「いやよくみてごらん、治癒(ヒーリング)の魔法が彼を包んでいる」
 アルマーオの指摘はもっともだ。

 ロロのまわりには七色光(オーロラ)が纏わりついていた。月長石は心を癒す魔法石だが、ロロの首飾りの地金は聖金属(オリハルコン)という傷を癒す希少金属(レアメタル)のため、癒しの化学反応が起きているようだ。
「おお、やはり新種だけあって素晴らしい」
 アルマーオの驚嘆の声が今も耳からはなれない。

 ナオミが鞘から剣を抜き、「炎よ、いでよ」と念じれば剣に炎が纏わりついた。
 ただの炎じゃない。炎のなかに何かが見える。大きな目だ。ナオミと目があってもその瞳は優しく微笑む。石の鼓動とやらはコイツのものかもしれない。炎は鳥の姿をしている。

――火の鳥 蛋白石(オパール)、と命名したと興奮気味のアルマーオ。
 勝手に命名するなよ、とぼやくジョジョ。
 どっちでもいいと思うナオミ。
「…生きている炎、火の鳥か。じつに興味深い…」
 火の鳥、伝説では不死の炎の鳥だ。



 第2章

 旅立ちの日の前日、酒場の外はパラパラと小雨が降っていた。
 ロミオ・ロートレックといえば教科書を読むだけであきたらず、一階の酒場で社交界に必要な予習とやらを黙々とやっていた。
「ねえ、ジョジョ。私たち、旅立つときってどんな気分だと思う?」
「ナオミは絶対に泣くよ。僕の毛、二本賭けてもいいよ」
「やだあ、泣いたりしないわ」
 彼らの会話と裏腹にロロの勉強姿をみて、テルは(うめ)いた。
「だからガリ勉は大嫌いなんだよ、アッパータウンでの勉強は社交界なんだぞ。社交界それそのものこそ勉強なんだ。そりゃ、ちょっとは勉強するかもしれないけどさ、ロロのは異常だよ」
「お前さ、このままだと絶対に万年候補生だぜ」
「万年ガリ勉よりはましだと思うけどな」
 テルが無邪気にいった。

 翌朝、ナオミもテルも、またロロも興奮と緊張で目がさえてしまって、一睡も眠れなかったようだ。
 三人はずっしりと重たい鮮やかなキャリーバッグ(これは鞄屋で購入したものだ。最近の旅行鞄は宝石箱のような頑丈でお洒落なものが多い)をもって、下の階の酒場に集まっていた。もう三人はどこからみても、ピカピカの騎士候補生だった。

――外はパラパラと小雨が降っていた。

「あらっ、寂しくなるわね」
 エーデルの別れを惜しむ声、ナオミの純粋(ピュア)な心に何かが響く。
 少女はエーデルの顔をみずに酒場の扉を開けた。するとどういうことか、店の前には吟遊詩人やバグパイプ演奏者、ちょっと太っている中年夫妻や老紳士といった人々、顔見知りの人々がナオミたちを見送りにきてくれていた。酒場の常連客たちが、少女たちの旅立ちを祝福してくれていた。
 パチパチッという拍手に三人は顔を赤らめた。
「ブルターニュの守護聖人、聖イヴのご加護があらんことを!」

 ナオミは戸惑いながらエーデルのほうにふり返った。
「驚いたかしら? だって旅立ちに誰も見送りにこないなんて寂しいでしょ!」
 この言葉に少女はいてもたってもいられず、エーデルの胸に思いっきり飛びこんでしまった。ナオミはお世話になったことのお礼をいおうにも、いやはやどういうわけか言葉が声にならない。そんな少女にエーデルは優しく、そして力強く「いってらっしゃい」と笑顔をみせた。

「…こ、これは?」ナオミの声は戸惑っていた。
 エーデルは首にかけていたロザリオを、そっとまるで母親のように優しくナオミの首にかけてやった。
「あなたのお母さんが九年前、私にくれたの。でもこれは本来、娘のあなたが持つべきものだと思うの。だってあなたはアリス・ニトの娘ナオミ・ニトなのだから」
 ナオミは母の形見を右手でギュッと握りしめた。



 第3章

 三人と一匹は大勢の人に見送られ、エーデルの酒場をあとにした。ナオミは何度もなんどもふり返っては「さよなら」の言葉をなげかけ、エーデルの顔を見つめていた。
 もうすぐで泣きだしそうなナオミ、そんな彼女などどうでもいいかのようにテルは「僕、飛行船って初めて乗るんだ」と宙に向かって拳をぶんぶん振り回し、一人ではしゃいでいた。

 アッパータウンは迷いの森の平野に築かれた都だ。
 迷いの森はブルトン人であれ、フランス人であれ、足を踏みいれる者を道に迷わせてしまうエルフの魔法がかかっている。これがこの森の名の由来でもあるのだが、つまりアッパータウンへ行くには天空からしか行けないのだ。
 
 突然、広場が暗くなったのがわかった。そんな広場にはたくさんの見物客や送迎客、自動車でごった返していた。ウォオオー!ッと歓声をあげている者さえいる。
 
「あれが飛空艇ナヴァグリオです」
 タナカは町の広場真上に浮かんでいる、飛行船を指さした。
 広場の混雑の理由がわかった。彼らは飛空艇ナヴァグリオを見にきた野次馬だ。飛空艇の高度は町で一番高い建物を遥かに凌いでいる。今、ヴァンヌで一番高い建物は何だといえば、間違いなく飛空艇ナヴァグリオと人々は答えるだろう。

「うわあ! すっごい!」
 ナオミも思わず感嘆の声をあげた。

「カッコイイや!」テルは拳をふりまわす速度が加速した。
 通常、飛行船はピーナッツの種のかたちをした、浮力となるガス袋「気嚢(きのう)」の下に、乗務員や旅客を乗せる旅客室(ゴンドラ)がついているものだが、飛空艇ナヴァグリオは違う。浮力となる気嚢が木製なのだ。これは気嚢というよりも木嚢(きのう)と呼ぶほうが正しい。

 タナカの説明では魔法で浮力をもたせた、浮木を骨組みにして船大工が張り合わせて作り上げたものだとか。木造船体ともいえる飛空艇ナヴァグリオの装飾は黒と金色で統一され、文句のつけようのないほど立派だ。いや立派を通りすぎて、もはや高級感(ハイグレード)という言葉が似合う。

 ちなみにこの飛行船の推進原動力は、永久機関である。
 永久機関、十八世紀の科学者や技術者が実現すべく、精力的に研究を行ったものの、最終的には実現不可能とされた科学エネルギーだ。残念ながら人類にとって夢のようなエネルギーであれども、ブルトン人にとって永久機関は日常生活の科学技術。なぜなら永久機関は魔法を原動力とするからだ。
 
 木嚢の船尾には左右にいかめしい、プロペラがついている。
 空飛ぶガレオン船といってもよく、木造のガス袋は職人技が光っている。あの中には修理用の浮木材が積みこまれているだけでなく魔法力をシリンダに導いて、ピストンを動かして往復運動させ、飛空艇を動かす永久機関室がある。
 永久機関式飛空艇ナヴァグリオ、さすがに威圧感は半端ない。
 ナヴァグリオの乗客室からは、縄梯子が地上へと降ろされている。その先には女の子が一生懸命、登っている姿が点のようにして見える。耳を澄ませばその点にむかって、声を張り上げる女の人の声も聞こえる。

どこかの国の大統領夫人(ファーストレディ)のように派手ないでたちだ。
「コクリコ! アッパータウンについたら便りをちゃんとよこしなさいよ。ケンカしたからってうちに帰ってきたりしたらだめですからね」
 コクリコと呼ばれた女の子は、「わかってるって!」と片手を母親にふった。
 次に縄梯子にギュッと足をかけるのは、大人びた赤毛の少年だ。
「ロレンツォ、あなた、従姉妹なんだからお願いね!」
「心配ご無用、若奥様(マダム)!」
 ロレンツォと呼ばれた少年は生意気そうにいった。
「コクリコに伝えてちょうだい。何よりもほかの人にむかって、お母さんみたいに生意気な口を叩くんじゃないわよって」
 大統領夫人は声を張り上げた。

「ねえ、どうやってあそこまで登るの?」
 タナカは黙って、親指を女の人と赤毛の少年ロレンツォにむけた。ナオミは鳥肌がたつのがわかった。彼らに習えというのだ。客室乗務員(フライトアテンダント)の女二人が縄梯子の左右にたって、風に煽られる縄梯子をおさえつけている。
 赤毛はすらすらと縄梯子を登り、乗客室へと姿を消した。

「どうやら僕らが最後のようだね」
 受付の乗船名簿の○×欄をみて、タナカは暗に急げと彼女たちをせかす。ナオミは襲いかかる恐怖を押しのけて、ジョジョを胸のなかに仕舞いこむと、縄に足をかけた。

――――ギュッ! ギュッ!という軋む音が足から脳へと直接伝わってきた。

 こんなことで脅えていたら笑いの種だ。「勇気をだせ! お前は英雄の娘なんでしょ!」とナオミは自分の心に発破をかけ、下を見ずに縄梯子を登っていく。

 強風が吹いて、縄梯子がぐいっと弓形にまがれば、野次馬は悲鳴をあげる。そんな強風を二、三回乗り越えて、ようやく最期の縄に手をかけた。何とか登りきったと満足感からか、それとも達成感からか地上を見下ろした瞬間、その高さからナオミはめまいを起こし両手を縄からはずしてしまった。
「きゃああああ――――!」
 地上の野次馬たちが悲鳴をあげた。

 観客のうち数名が顔を両手で覆った。
 が、悲鳴はすぐさま歓声へと変わった。ロレンツォが彼女の右手を握り、コクリコが左手を握りしめ、二人はナオミを乗客室へと引き上げてやった。
「あ、ありがとう」ナオミは蒼白な顔でいった。
 ジョジョは白目をむけて、身体がコチコチになっていた。
「最初はみんな、こうなるんだ。慣れていないからね」
 赤毛の少年は笑いながらいった。続いてテル、ロロが登ってきた。
 タナカが黒ヤギを抱いて登ってきて数分後、地上にいた二人の客室乗務員も登ってきた。縄梯子を客室へと巻きあげている姿から、出発は真近のようだ。

 ナオミは三人と一匹がそろって座ることができる、コンパートメントを探したけれどもやはりどこもいっぱいだった。そのとき誰かが叫んだ。
「ねえ、君たちここに座りなよ!」と赤毛のロレンツォ。
 ナオミは先ほどのお礼をもう一度いい、少年の横に座った。
 おやっ、タナカの姿がみえない。彼もここまでくれば、さすがに彼女にべったりではないようだ。
「君たちは始まりの従騎士だね。僕は生徒会書記のロレンツォだ、よろしく!」

 少年の名はロレンツォ・テオ・ランゴバルト。

 騎士候補生徒会の書記だ。騎士候補生徒会というのは騎士候補生の最高議決機関であり、親方騎士(マスターナイツ)たちに対する候補生の不満や待遇改善を生徒会の名で領主や親方騎士たちに進言し、待遇改善を求める組織だ。
 少年は確かに責任ある立場にあるらしいが、パパティーノ兄妹のように威張ってはいない。なんだか好感がもてそうだ。隣に座っている金髪の少女コクリコ・サクラダは、猫目がお洒落可愛(チャーミング)いと自分で思っている女の子だ。そういう彼女のあだ名はココ、そして書記の補佐役(デンコーチ)だ。

 続いてナオミは自分たちを紹介した。
「……」
 生徒会書記と補佐役はきょとんとしている。
「もう一度、君の名前をいってくれ」
「ナオミ・ニトよ」
「わお! 辺境伯をぶちこんだ、英雄の子に会えるなんて光栄だ!」
 赤毛は彼女に握手を求めてきた。ナオミは思わぬ対応に顔を赤らめた。



 第4章

「お前たち、乗り遅れはいないな?」
 と乗務員に男らしい声で点呼の確認をとるのは、先ほど操舵室からでてきたナヴァグリオの船長サラ・レッドブルだ。腰まであるカールがかかった美しい金髪、銀色の口紅できめたたらこ唇、さらにアイシャドーが彼女の大きな瞳を引き立たせる。
 歩き方などは優美という言葉に尽きよう。この絶世の美女を包みこむ、雄牛の紋章(エンブレム)がはいった赤いマントに派手ないでたちは、よほどでなければ記憶に残る。

――――男勝りってまさにこの人のことをいうんだろうな、とナオミ。

 ナオミが座っている席までくると、彼女はナオミをじっーと見つめ、「目はアイツにそっくりだな」と嬉しそうに呟く。テルは彼女の巨乳をみて、ゴクッと生唾を呑んだ。

 サラ・レッドブルはナオミの父のことを知っているかのようだ。
 そりゃそうだ、父にだって知り合いの一人や二人ぐらいはいるだろう。一人の人間が人生のなかで出会う人の数は、すれ違った人々も含めて数万人といわれる―――多忙な船長がわざわざ見廻りにきたのは、自分に会うためだったのかもしれない。

「よし、出発してくれ!」
 サラの大きな声とともに、汽笛の音が鳴らした。

 永久機関式飛空艇ナヴァグリオはどんどん高度をあげた。
 ヴァンヌの町が雲で見えなくなったぐらいの高さまでくると、木嚢の後尾にあった大きな左右にあるプロペラが勢いよく、ゴッ、ゴッ、ゴ、ゴ――――とまわりだした。プロペラが加速するとともにナヴァグリオは、ゆっくりとスピードをあげた。それほど早くはない、速力は二十ノット。つまり時速三十七キロが限界だ。

 ロレンツォとココとは、すぐに仲良くなった。
 彼らの話でわかったことは、自分の父が人々から尊敬されていることだ。ココはじっと座ったまま、ナオミを尊敬の念をもって眺めていた。子どもにとって英雄の子は英雄なのだが、だいたい人の噂と同じく、ハズレが多い。

 親の七光りだってことは自分でもわかっている。だからこんな自分がやっていけるかどうか心配なのだ。皆、勘違いしているだけにすぎない。英雄主義の思いこみにすぎないのだ。せめてビリだけには、ならないよう気をつけよう。
「私、きっと騎士団でビリから二番目だと思うの」

「ビリから二番目?」
 ココは不思議そうにいった。
「へえ、だったらビリは誰なのさ?」とテル。
「さあ、誰だろうな、テル?」
「まったくだよ、その子の顔をみてみたいぜ」
 少年の言葉にロロはぷっと吹きだし、ジョジョはあいかわらず耳がたれていた。









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