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第一部
第2話 英雄の娘ナオミ・ニト
 第1章

 悪夢にうなされるようにして、ナオミは目を開けた。
 体中を触ってみても、痛くはない。傷もない。少女は自分の右掌を握りしめながら、その感触を再確認するかのように「なんだ、ただの夢か。でもこれで五回目だわ」と声にだすのは、これは夢なんだぞ! と自分に言い聞かせるためだ。
 夢にすぎない夢、最近になってよくみる夢なのだが、しょせん夢は夢でしかない。ただナオミはどうもそれがただの夢とは思えなかった。
 最近、同じ夢を何度もみる、とナオミは丸い眼鏡をかけながら思う。ここ最近、自分は夢の中でさらに夢をみている。
 新渡勇人(ニト・ユージン)という自分と同じ姓の、しかも生意気そうな少年の夢を何度もみるのだ。その夢は変わっている。なんたって二〇一一年、ずっと先の、そう日本という国の未来の夢なのだから。なんだか変てこな気分だ。
(えっと何だっけ? 僕はデブじゃない、ぽっちゃりだっけ?)
 寝不足と疲労のなか、少女はうずくまりながら、今までみていた夢を懸命に思いだそうとしていたとき、物置小屋のドアがきしむ音が聞こえてきた。少女が部屋の外の物音に耳をすませば、ドシドシと誰かが歩いてくる足音が聞こえてくる。

 十九世紀中期、産業革命は全ヨーロッパの人々に英知と技術を与え、魔法の時代から油の時代へ、とりわけ蒸気機関は人々の生活様式を改めさせた。だがフランス西部、ブルターニュ地方フィニステール県南部にあって、オデ川下流の美しい小さな村カンペールは、古い時代の町のままだった。

 今日はこの町もクリスマスイヴとあって、少しばかりにぎやかだ。町に一歩、足を踏みいれてみれば、花崗岩でできた古い家並みがとても美しいこと。車の乗り入れが禁止された旧市街には、中世の面影を残す美しい家並みが続いており、みているだけで楽しくなってしまう。

 そっと耳を澄ませば、家の広い庭にはキャッキャッと子どもたちの遊び声が聞こえてくる。大聖堂の荘厳な尖塔を望む、レオン通りや美しい家々が並ぶフレロン通りといった商店街は、そぞろ歩きにはぴったりの小道だ。村のバター広場をすぎて、ゆっくりと目にはいるのはサン・コランタン大聖堂だ。
 村の交差点、目抜き通りには古びた旅籠がある。交差点のホテルの名はジジ亭、町に二軒しかないホテルのうちの一軒だ。
 町の人々の多くがすでに目を覚ましているように、ホテルの物置小屋の埃くさいベッドのなかで、ナオミは目に強い酸味、痛みを感じて目を覚ましていた。慌てて何度も瞬きをしてようやく深い息をした。

 いつもどおりドシドシと足音が近づいてくる。
「おい、野良! いつまで寝てるんだい! この居候娘!」 
 声の主は亭主夫人のヤドリギ夫人だ、ごぼうのようないじわるな女だ。ナオミは目をつぶって、眠っているふりをした。
「さっさと水をくんでこないか」
 ヤドリギ夫人はナオミの体を蹴り飛ばしていった。
「もう起きています、奥様」しぶしぶナオミは寝返りをうった。
 これも起きる時間を一分でものばそうという彼女の作戦だ。でも夫人がパッとうすい毛布をはらいのけたので、ナオミが生まれた頃から枕のかわりにしてあるダックスフンド、彼女はこれをジョジョと呼んでいるのだが、彼を抱いて寝ていたナオミもさすがに寝床からはね起きた。

 ナオミはヤドリギ夫人のまえに寝起き顔でたった。
「今度、寝坊したら朝飯ぬきだからね。この野良犬め!」
 間髪入れずに夫人の右手がナオミにとび、ナオミは小さな声でうめいた。
「お前は孤児、私たち親子がしかたなく育ててやっているんだ!」
 そんなこと耳にタコができるほど聞かされている。
 自分は孤児、身寄りのない親なしだ。父の遠縁のヤドリギがどんな理由でか知らないけれど、親に捨てられた自分を嫌々ながら引き取ってくれた。当然、ここで住まわせてもらっているかわりに働くことが条件なのだが。
「帰りにいつものパンを買ってくるんだ。ほらっ、十フランだ」
 ナオミは何もいわずにお金を受けとると、とても憂鬱そうにのろのろと起きあがり、どんよりとした暗い気持をおさえながら、すじばった細長い足というか、膝小僧が目立ってきている足をジーンズにとおし、お世辞にもきれいとはいえない古びたエプロンを着た。おかみから受け取ったお金はエプロンの小さなポケットのなかに忍ばせた。

 その頃、ヤドリギといえば大あくび、うーんと背筋をのばし、ナオミと同じ年の息子ハレルヤはそんな親父を蹴飛ばして、よだれをたらしてまだ寝ていた。ナオミはもじゃもじゃの栗色の髪をなでつけると、どことなくあどけない顔をごしごしこすった。
 ああ、そうだ。今日はジョジョ・ダックスフンドを連れて行こう。突然、おかみの怒鳴り声が聞こえてきた。
「さっさといきな! この親なし、ろくでなし!」
 少女は桶をひっさげると逃げるように、一目散に物置小屋から走りさった。空にはひとつの星もなく、まだ真っ暗だった。



 第2章

 カンペールの西はずれには古森がある。
 年中霧につつまれた不気味な森だ。足を踏み入れれば夜泣きふくろうやカッコーの鳴き声が、朝方になっても聞こえてくる。本格的な冬がはじまりつつあるカンペールの十二月は、いやはや肌寒いどころではない。
 最近のナオミの朝の始まりは、この森の泉に水汲みにいくことだ。しかも朝晩と日課、というのもジジ亭の水道管が冬の寒さのため、破裂してしまったためだ。水道管修復の工事はあと二週間、それまで彼女が森の泉に水汲みにいくことが取り決められた。クリスマス前夜祭といっても、彼女の日課は変わらない。

 ナオミが目指す森は墓地をぬけたところだ。そこは夢にもでてきた場所。
「このあたりって幽霊がでるらしいよ」
「はいはい、聞き飽きましたよ。耳たれダックスフンドちゃん」
 ジョジョ・ダックスフンド、この黒色のミニチュア・ダックスフンドとナオミは小さいときから一緒にいるせいか、二人だけの会話ができる。
 水汲みは十二歳の女の子にとってきつい仕事であり、かわってくれるものならかわってほしいぐらいなほど、かなり骨の折れる仕事だ。ナオミは弱音こそはかないが、両手両足は血豆だらけでカサカサ、いつも血がにじみでていた。しかも冬の季節は慢性的なしもやけに悩まされているほど。
 途中、水汲みにきている男の人とすれ違った。

 そうこれは男の人の仕事なのだ。一瞬、脳裏に衝撃が奔った。
 あの人は、どこで見覚えがある。そうだ、夢の人だ。夢のなかで白い狼に食べられていた人だ。でも所詮、夢は夢にすぎない。第一、あんな巨大な狼なんてこの世にいるはずがない。
 泉は坂を下ったところに湧きでていたため、行きはそれほどでもないが、帰りは木の桶に水を汲んでいるわけだから、これが一仕事なのだ。なれないうちは何度も転んで泣きながらやり直したものだ。今だって転んでやり直すことはしばしば。
 水汲みが遅ければ、ヤドリギ夫妻の罵倒とせっかんが待っていた。夫妻がなぜ自分を虐めるのかはわからない。ヤドリギは「さっさと白状するんだ!」というが、一体全体、自分は何を白状すればいいんだろう? 一度、彼らの虐めがやむものならと、あのことを白状したことがある。

 そう、あの魔法のことだ――村のはずれに住んでいる、ダ・カーポという知り合いの魔女にヤドリギ夫妻を呪い殺す呪文を教えてもらい、日々練習中だと白状したら、往復ビンタが容赦なく少女の頬にとんだ。
 こんな奴隷のような生活が嫌で逃げだしても、口ではでていけと口汚く罵られても、何度も連れ戻される始末。きっとヤドリギはナオミから何かの秘密を聞きだすため、彼女をそばにおいているのだ――でもそんな秘密などナオミは知らない。

 以来、少女は黙って彼らの虐めに耐え忍んでいた。
 ナオミはこのような夫婦の間で洗濯や掃除、使い走りなどにこき使われ、ひ弱い体をぼろ雑巾のようにくたくたにしていた。そんな野良犬のような姿からつけられた名前が野良、だがこの家でナオミの存在は野良犬どころか、犬の糞扱いだった。

 少女は上体をかたむけ、自分の体と同じぐらいの桶を水のなかにいれた。そのとき胸ポケットから十フランがすべり落ちたことに少女は気づかず、水がたっぷりとはいった桶を力いっぱいひきあげ、その場にしゃがみこんだ。そして大きく息を吸いこんで一休みすると、両手で水が溢れださんとばかりの桶をもったものの、数歩ほど歩いては休み、歩いては休みの繰り返しだ。

 白くて細い腕は重い桶にひっぱられ、ガチガチになった。
 あかぎれの手からは、たえず血がにじみでていた。ナオミはあえぎ、肩で苦しそうに息をしていた。すすり泣きがこみあげ、喉が思わずつまった。
「ああ、そんな!」
 道が悪かったのだろう、昨夜から積もった新雪でナオミは転んでしまった。服もびしょぬれのなか、少女は黙々とくみ直しのため泉にむかった。ときどき口に両手をあて、温めながら瞳にうっすらと涙をためながら、少女を水を汲むのだ。

 坂を登りきったと思いきや、また新雪のせいで、ゴロンッと勢いよく転んでしまった。今日はなんて運がついてないのだろうと唇を噛みしめて、木の桶をみた。だが水はこぼれていない。一本の太い手が桶の柄を握っていたからだ。
 少女は頭を上げた。
「手伝おう」黒ずくめの男の低くて太い声。
 見知らぬ紳士が桶の柄をしっかりと持ってくれていた。
「一人でもって歩けます」ナオミは心にもないことをいった。

 よっぽどの物好きなのか、少女がお礼をいい、木の桶を受け取ろうとしても男はそれを拒み、自分が運ぶといいはる。少女のあかぎれの両手をみ、麗しいほどの大きな瞳、カサカサの唇をみて紳士はふかく山高帽をかぶった。
「おじさん、どうして手伝ってくれるの?」
「きっと誘拐するつもりだよ」ジョジョはボソボソと呟いた。
「道に迷ってしまってね、森に迷いこんでしまったんだ」
「村まで案内します、ムッシュ」
 ナオミは怖がりながら、黒ずくめの男にいった。
「ああ、それは助かる。で、どこにもっていけばいいのかね?」
「ジジ亭、村の古い旅籠です」
「それはちょうどいい。私は今夜、そこに泊まる予定だったんだよ。いやジジ亭に会わなきゃならん人がいてね、部屋は空いているかね?」
「ええ、たくさん!」
 ナオミは目のまえの男がジジ亭の泊まり客とわかって一安心。
 ジョジョは(いいかい? 油断しちゃだめだぞ、人さらいかもしれないから)とボソボソ。ダックスフンドの忠告、まさにそのとおりだ。きっとヤドリギの友人か何かに違いない。それなら尚更、油断大敵だ。

 木の桶を返してといっても、これは女の子の仕事じゃないよ、と入り口まで自分が運ぶといいはる。こんな変わったお客は初めてだ。
 男と森を歩くなか、ナオミはふと今朝見た夢を思いだした。
 この人は白い狼から自分を護ってくれる、例の黒ずくめの男の人に違いない。チラッと顔をのぞいてみれば顔には見覚えのある刺青、やはり今日が運命の執行日――ナオミはそう思うと震えあがった。
 突然、ジョジョが何かの気配を感じた。
「ねえ、あそこに大きな狼の群れがいる」とジョジョ。
「……!」
 やはり、そうだ。夢は今、現実のものとなろうとしている。
 どうしよう! どうすればいいんだろう! 膝がガクガクしてきた。

 刺青の男の人は魔法が使えるようだった、いやきっと彼は魔法使いに違いない。こうなればこの人が戦っているうちに逃げるしかない。ひ弱な自分が助かる方法はそれしかない。そう思うと、緊張しておしっこがしたくなってきた。
 ジョジョが狼の群れにむかって吠えれば、狼たちも吼え返した。
「おじさん、あそこに迷いの森のフェンリルがいるの!」
 やはり間違いない、今日は運命の執行日なのだ。
 男に背をむけ、ナオミはいつでも逃げる準備ができている。黒ずくめの男は少女がなぜフェンリルを知っているのか、疑問に思いつつも、外套から剣をとりだし、勢いよく地面に突きさした。
 呪文を唱えると剣の宝飾がにぶく光り、空間が歪んだ。
 間髪いれず、悪夢のような白い狼たちが襲い掛かってきた。が、白い悪魔たちは少女の三歩手前で何かに遮られ、前に進めないようだ。唸り声だけが一人歩きしている。
「守護聖人イヴの封印だ」
 シュゴセイジンイブノフウイン?

 不思議だ、夢ではイブノマモリだったのに。
 男が「イブの名の許に汝らをこの地に封ずる」と呪文を終わらせれば、空間の歪みは狭まり、獰猛な狼たちを丸い水晶のように包み込み、狼の群れは地面に沈んだ。逃げる機会を失ったものの、命は助かったようだ。
「…す、すごい!」
 ダ・カーポの影響もあって、ナオミは魔法を信じている。多少のことでは驚かない。でもこんなすごい魔法を目にしたのは初めてだ。興奮とともに驚きを隠せない。

 白き狼が封ずられてまもなく、森に隠れていた男は舌打ちとともに姿を消した。こうしてカンペールの森は何もなかったように静けさを取りもどし、狼に喰われて死ぬべきだった男とも挨拶をかわした。
 魔獣は千年、この森の守護精霊(ガーディアン)となるだろうと男はいった。だから今の時代にあってもカンペールの森に夜々、狼の遠吠えが聞こえてくるのはこのせいである。

「君のおかげで助かった、あと三秒遅ければ――」
 いうもおよばず、悪夢と同じような現実になっていただろう。
 着実にナオミの運命はかわりつつあった。何事も問題がわかれば対応はできよう。問題なのは、多くの人々がその問題そのものがわからないという点。
 確かにナオミは違った。悪夢を現実のものにしまいと犬を連れてきた。それがちょっぴり人の行動を変えた。小さな行動の連続が人々のつながりを生み、運命を変えるうねりとなった。
「フェンリルを知っているということは、君はブルトン人か?」
 ブルトンジンッテナニ? あの狼は夢でみただけだよ。でもここは「うん」と頷いておくのがいいかもしれない。大人の世界、子どもには分からないのだから。

 町の教会が見えはじめた頃、ナオミはジョジョに狼と何を話していたのか尋ねた。
「同族は喰う趣味はない、お前だけ生かしてやろう」と狼たちがほざいていたそうだが、イヌ科であるだけで仲間と呼ばれ、生かしてくれるなら食物連鎖は成り立たない。それにジョジョはどこからみても真っ黒だ。白い狼とは思えない。それに小さい、真っ黒黒すけのチビだ。
「へん、そんなこと知ってらあ」
 ジョジョは舌をだらーんと垂らしている。
 古森にいた青い鳥は「ヒトの子の運命は開かれた」と囁き、彼方へ飛び去った。



 第3章

――午前六時三十分。

 そろそろ教会の鐘の音が鳴り、村が息を吹き返す頃だ。
 ナオミはドアベルを何度も鳴らしたが、誰もでてこない。彼女たちが暖炉の間にいくとジジ亭の主人ヤドリギは、朝のラジオを聞きながら朝刊を読んでいた。夫人は朝食の支度でてんやわんやと大慌て、ハレルヤは目をこすりながら牛乳をごくごくと飲んでいるところだった。

 自分がそこにいることを知らせるためにも、少女はドアをかるくノックした。犬の糞扱いを、誰もこの家では家族の一員とは認めていなかった。これはヤドリギの弟や妹、それから父や母といった親戚全員がそうだった。こんな自分の立場を不思議に思ってその昔、ナオミも「なぜ私にはお父さんとお母さんがいないの」と質問したことがあった。
「そんなこと、あたしが知るもんか」これが夫人の答えで、ヤドリギの答えは「お前は犬の糞なんだぞ!」だった。最後にハレルヤ少年の答えといえば「召使い一号」という感じだ。

 それ以来、ナオミはヤドリギ家で自分のおかれた立場というものが自然とわかったらしく、この日もおどおどした感じで、何かに脅えるようにどもっていた。
「…あ、あの。ヤドリギおじさん…」
 ヤドリギは返事のかわりに彼女をチラリッと見た。
「お、お客様がいらしています」
 ジジ亭の主人は今度もチラリッとナオミと紳士を見た。
 黒ずくめの男は帽子に手をあてている。
 金持ちらしい紳士のいでたちだが、どこかうさんくささが残っていた。ヤドリギはおかみと目配せして、つじつまを合わせるようにと合図をおくった。

「旦那、残念ながらご予約がいっぱいでしてね」
 ヤドリギは商売上手とあって手をもみもみしていた。客など数えるしかいないことは少女の会話で確認済みでありながらも、黒ずくめの男は間髪入れずにいった。
「手間賃なら払う、なんとか部屋を都合してくれ」
 男は札束がずっしりとはいった、山羊革の黒財布をわざとヤドリギ夫妻にみせた。たちまちヤドリギ氏は猫声になった。大人は子どもに強くて、お金に弱いのだ。

「お名前を頂戴してよろしいでしょうか、ムッシュ…」
 ヤドリギは宿泊名簿に名前を求めたので、男は右手ですらすらっと「ルレスエロ・ジェラール」という名を、職業欄の中には音楽家と書き、前金として百フランを目の前の男に手渡した。ヤドリギは百フランを嬉しそうに帳簿財布にしまいこむと(音楽家? そんなふうにみえんがな)と鼻の穴を大きくした。

「野良、はやくお客様をお部屋にご案内しなさい」
「ご亭主、朝食は少なめでいい。私の部屋に運んでくれ」 
 亭主は頷くと少女に瞬きを三回した。これが意味するところは「お客の朝食はお前が運びなさい」というものだ。これがナオミと彼らが会話を交すときのやりかたでもある。
 部屋へと向かう階段は歴史をただよわせる、大きくすりにすりへった螺旋階段。角がすりへり、歩くたびにきしむ音がどこか重々しさを感じさせた。

 お客は暖炉のある上客専門の部屋に通された。
 黒ずくめの男が荷物をほどきはじめた頃、子どもの量ほどの朝食が運ばれてきた。ナオミが部屋をでようとしたとき、男は「お嬢さん、これは君の朝食だよ」と声をかけた。
「朝食はまだだろう?」
 だからなに? 
「今朝のことは誰にもしゃべっちゃいけないよ」
 偽善者かと思えば口止め料だった。
 ここは素直に「うん」と頷くべきだ。あんな狼の群れをみたといえ、腹はすくものだ。いわれるがまま、すすめられるがまま少女はお客の朝食に手をつけた。
 朝食のメニューはほくほくのハッシュドポテト、こんがりやけた塩味のガレット数枚、それと目玉焼きとローストポークに挽きたての熱々のコーヒーだ。少女はおとものジョジョと一緒に遠慮がちに食べた。それにしてもこのお客はどうして、こうも自分に親切にしてくれるのだろう。

 そのあいだジェラールなる黒紳士は、ナオミをじっと見つめていた。紳士の観察眼は確かなもので、ナオミは四方八方どこから見ても、誰が見ても本当に汚かった。痩せているし、顔色はどことなく青白い。実際は十二歳なのに、十歳ぐらいにみえる。落ちくぼんだ大きな瞳、麗しいというか、彼女の容姿には胸をうたれる何かがあった。
 身につけているものといえば、冬だというのに使いまわされた古着一枚だけだ。おかみに打たれたと思われる青や黒のあざがところどころにあった。小さな手はあかぎれだらけだ。靴もぼろぼろだから、足はきっと赤ぎれだらけに違いない。その痩せ細った体は何とも痛々しい。
「君に渡すものがある」
 靴音とともにジェラールは、少女に近づいてきた。
 男は百フラン札を二枚、そっと握らせた。今まで握ったことのないけっこうな大金だ。
 どうしてこんな大金を自分にくれるのだろう? 

 ジョジョは「ネコババしちゃえ!」と小声で囁き、犬のくせにネコるものの、やはりそうもいかない。少女はお金を受けとる理由がないと拒むものの、男はここまで案内してくれたお礼だといいはった。
「ところで君は、ナオミ・ニトって女の子を知っているかい?」
 心が飛び上がった。大金をもらっただけでも衝撃的だったのに、今度は自分の名前を聞かされ、少女の心は小刻みに震えた。

――なんでこの人は自分の名前を知っているんだろう?

 ジョジョは知らないといっちゃえ、と目で合図する。
 親代わりの言葉に従うかのようにナオミは「知らない」とわざと嘘をついた。ルレスエロ・ジェラールの落胆した顔が脳裏に焼きついた。やはり嘘はいけない。
 少女が真実をいおうとした、そのときだった。
「野良! 野良!」
 朝食(モーニング)の時間とあって忙しいらしい。自分を呼んでいる夫人の声が聞こえた。ナオミはかるく会釈をして、急いで螺旋階段をおりていった。台所のカウンターにはずらりとお客たちの朝食が並んでいた。
 夫人はナオミの顔をみるやいなや、いきなり険しい顔になった。
「ところでぐずの泣き虫の甘ったれや、お前はいつから人様の朝食を横取りするようになったんだ、え?」と彼女につめ寄った。
 なんでわかったんだろう? ナオミは答えようがなく黙っていた。
「フンッ! いいわけはよしな、お前のほっぺたに食べかすがついているんだ!」
「…あのお客様が食べていいって…」
「お前が物欲しそうな顔をしていたんだろ!」ジジ亭のおかみは右手をあげ、いきおいよくふり落とされようとした瞬間、コホンッと小さな咳払いがおかみの耳に届いた。

 目を周囲にやれば、あの黒ずくめの男ジェラールが立っていた。
「これは失礼、食器の後片付けでもと――――思いましたね」
 黒ずくめの男はおかみの右手を凝視したので、夫人はとっさに右手を少女の頭にやってなでるふりをした。
 なんともぎこちないしぐさと緊張が台所に奔った。
「ご迷惑でしたかな?」
 ジェラールのさぐるような声だ。
「お客様、困りますわ。この子にそんなことをされては。まるで私たちがこの子に何も食べさせてないみたいじゃありませんか」
 事実なのだが、ジジ亭のおかみは体裁をつくろうので必死だ。
「この甘ったれのチビは、少しでも甘やかすと図にのるんですよ」
 甘ったれのチビ、この家でのナオミのもうひとつの名前だ。
「それで頼んでおいたパンはどこいったんだい?」
「あのパン屋は、あの…」
 ナオミはパンのことをすっかり忘れていた。
「すいませんね、パン屋にいくところを私が声をかけてしまって」
 どもる少女にジェラールが助け舟をだした。
「それなら、まあ、いたしかたないことですわね。おい、ともかく十フラン返しな」
 ナオミはエプロンのポケットに手をつっこんだが、そこにあるべきものがない。少女の顔がとっさに青ざめた。十フランのお金がどこにもないのだ。

 かわりに男からもらった百フラン札を手渡すのは愚か者がすることだ。
 少女は恐怖にさいなまれた顔でポケットをひっくり返したが、十フラン銀貨はどこにも見当たらない。ナオミがゆっくりと顔をあげれば、鼻の穴を大きくしたおかみは鬼のように見える。いやこれは本物(リアル)な鬼だ。

「盗むなんていい度胸だ」
 ジジ亭のおかみのうなり声だ。今朝の狼より怖い。
「まったく育ちが悪くていやになるねえ。きな!」
 おかみは少女の手をとった。
 するとすかさず「ごめんなさい、おかみさん!」とナオミの悲鳴が聞こえ、その場にしゃがみこんだ。おかみが少女を無理矢理ひきずるなか、黒ずくめの男が声をかけた。
「その十フラン、これですか?」
 男はおかみに一枚の銀貨を手渡した。
「先ほどお嬢さんが会釈したときに落ちましてね」
「…それなら…まあ、それでいい…ですがね」
 おかみさんは歯切れが悪そうだ。
「心優しいお人に出会えて感謝しな。愚図の甘ったれ! 次はないからね!」とおかみは鼻息を荒くしていった。

 少女はこの不思議な男をじっーと見つめていた。
 銀貨はきっと水汲みのときにでもなくしたに違いない、それなのにこの男の人はどういう理由かは知らないが、わざわざ自分をかばってくれる。少女の大きな目には驚きとともにこれまでにない、男への信頼感ともいえる表情がにじみでていた。
「さて私は調べものがあるので、ここで失礼する」
 ルレスエロ・ジェラールはわざと話題を変えたようだ。
 さっそくチェックインを済ませると、二階の自分の部屋へと戻っていった。

「よろしいのですの、あなた?」
「かまわんよ」ヤドリギ氏は新聞を読みながらいった。
「今日はクリスマスイブだ、わしも一年に一度は気前よくなってもいい日じゃないか」
「九年前、そのあなたの年に一度の気前さがアイツをこの家に招きいれたのですわ」
「やれやれ、またその話か…」
 ヤドリギ氏のうんざりした口調が聞こえてきた。
 会話をさえぎるように牛乳を飲み終わったハレルヤが大きなゲップをした。ハレルヤは十二歳だというのにヤドリギにそっくりだ。黒い髪と瞳、豚面は小ヤドリギ、いや彼はまるでしゃべるブタのようだ。
 ハレルヤの友だちのお母さんたちは「さすが名門のお家柄のお子さんだわ、とても賢そうな顔をしているわ」というのだが、ナオミはどこからみても小ブタにしか見えなかった。

 そうこの日、村はクリスマスイブとあってにぎやかだ。
 夜には村の名士たちがジジ亭に集まることになっていた。居間にはハレルヤが目玉焼きの皿に顔をつっこんで、髪をくしゃくしゃにして寝ていた。食べながら寝ている姿は、もうどこからみても立派な小ブタだ。ハレルヤは潰れた黄身を顔にどっぷりとつけて満足そうだ。よだれが黄身に混ざる――――気持ち悪い。
 ヤドリギは「さすが私の息子、ダイナミックな寝方だ」だと、そんなわが子を横目でみながら、ある記事にあった。


東洋騎士(サムライ)の腹切りルーツはここにある?』

 農場経営者M氏が、ペットのヤギに一万フランの紙幣を、ちょっと目をはなした隙に全部食べられてしまうというハプニングがあった。百フラン札を百枚用意、テーブルのうえに置いていたそうである。
 電話が鳴ったので彼は現金をそのままにして、ダイニングキッチンからでた。五分ほど電話で話したあと、キッチンに戻ってみると、あろうことか雌ヤギのミシェルが今まさに、最後の新札を食べ終わるところであった。M氏は即座に獣医を呼び、ヤギの緊急開腹手術を依頼した。
「お金のほとんどは取りもどせましたよ、ミシェルにとっても辛い教訓だったがね」
 獣医は手術代として、ヤギのお腹から出てきた湿ってグチャグチャになったお札のうち、五枚を差し引いたという。
 我々も笑いごとではない。ブルターニュ地方・ふくろう党では温暖化対策のための予算確保の最有力手段として、新聞の廃品回収事業の撤退を要求している。来年の今頃、人々は一家に一匹、ヤギを飼わなくてはならなくなりそうだ

 追伸 三日前にモン・サン・ミッシェルから脱獄した、サンチョ・ボブスリーは当局の捜査をくぐり抜け、今だ捕まらず。用心にこうしたことはないと思われる。


 ヤドリギはうーんとうなり、悪態を思いつくだけいうと新聞を鞄にいれて、仕事の用意をしはじめた。廊下の柱時計からはポッポー、ポッポーと鳩時計が聞こえてきた。
 午前八時の合図のようだ。
「町の連中どものところにイヴの挨拶にいってくるよ」
 ヤドリギは夫人の頬に朝のキスをし、ちょっと目玉焼きの味がするハレルヤの頬にもキスをした。ナオミには「へらへらするんじゃない、目障りだ! あっちへ行け!」とキスのかわりに一喝した。別に慣れてるからへっちゃらだ。
(それにしてもあの黒ずくめの男、どこかでみた気がするがどうも思いだせない)
 ヤドリギは腑に落ちないまま、我が家をあとにした。
 夫人は化粧のために二階の寝室へ、なんと一時間と二十分もかけて化粧をする。それがまたものすごい厚化粧のため、ナオミはお面をつけているかのように思えたが、夫人の往復ビンタが恐いというのか、痛いので言葉にだすことはない。

 化粧をすませたヤドリギ夫人は、汚物を相手にするかのように、キッと睨みながらナオミにいった。
「私は美容院にいってくるからね、帰ってくるまでに部屋を片づけておくんだ。それから洗濯物もほして、床掃除と皿洗いもしておくんだよ」一思いにそれだけいうと、ヤドリギ夫人は近所の美容院へでかけてしまった。

 ナオミが床掃除を終わらせ、部屋をでようとした瞬間だった。
 ドサッ、誰かが窓に雪だんごを打つけた。どこの誰だ、ガラスが割れたら、おかみに怒鳴られるじゃないか。
 窓の外には厚着をした、少年が手をふっていた。少年の名前はテル・ウォ・アボカド、ナオミの親友だ。犬以外の。
 サラサラした茶髪、美しい緑の瞳。そしてバカ正直な性格、わがままなところがたまに傷なのだが、ちょっぴり頼れる同じ歳の少年だ。自分に想いをよせていることは女の子だから、すぐにわかるものの、テルは彼女にとってただの男の子にすぎない。

 そんなテルもジョジョと会話ができる。
 ジョジョと会話を交わすことができるということは、お互いが心許せる仲であるという何よりの証拠だと思っていい。どんな用事かと思えばダ・カーポから電話をもらった、と少年は胸をはった。
 ダ・カーポ、村人の間では魔女として知られる。
 ついでにあの黒ずくめの男が彼女の知り合いかどうかも訊いてみよう。
「で、アイツは誰だい?」
 テルは二階の窓際から自分たちをみている、例の男をみて、うさんくさそうに少女に尋ねた。ナオミのかわりに「人さらい」とダックスフンドが返事をした。



 第4章

 考古学者ダ・カーポは大変人見知りが激しいことで知られる。
 彼女と会いたい人は、五年前から予約を入れないと無理といわれるほど。彼女が六年前に出版した『古代魔法のすすめ』がミリオンセラーになったのがきっかけで、彼女の引きこもり癖はさらに悪化したからだ。二人と一匹がそんなダ・カーポに呼ばれているなんて世界の考古学者たちが知れば、いったいどんな顔をするだろう。

 ところでダ・カーポの屋敷には、二人と一匹だけの秘密の近道がある。それは偶然、ナオミとテルが西はずれにある、古森を探検していたときに発見していたものだ。
 今から二年前だったと思うが、森のなかを冒険していたとき、野犬に遭遇した二人と一匹は、必死の思いで森のなかを逃げまわり、古びた水車小屋に命からがら逃げこんだ。
 それが秘密のはじまりだった。水車小屋の扉をあけて、部屋のなかに一歩踏みだした瞬間、ナオミは悲鳴をあげた。
「どうしたんだい?」テルの声だ。
「う、うん。なにか…いる、私のお尻の下に…」
 ナオミは何か大きなベチャッ、としたものを踏んでしまったようだ。一体全体なんだ? 少女はぷるぷるとふるえている。
 とすぐにお尻の下から「…そ、それは私ダ・カーポですわ……お二人さん」と彼女の苦しそうな声が聞こえてきた。いやはや大きくてベチャッとしたものはダ・カーポ、その人だった。
 二人は大慌ててで、考古学者の背中から飛びおりた。
「な、なんでこんなところに先生が?」
「ノンノン!」ダ・カーポは人さし指をたてていった。
 考古学者はパンパンッと身なりを整えながら、すぐ後ろの扉を指さした。よくみると内扉は金装飾が美しい重厚な赤い扉だ。この扉は外側と内側と居場所が異なる「開かずの扉」という魔法の扉らしい。しかもこの豪華な赤い扉にはかけ札があって、こんなことが書いてあった。


「『開かずの扉』No.289876549」

 ブルターニュ地方
 フィニステール県南部 カンペール
 西のはずれ、古森の泉、水車小屋


 思いっきり怪しいものの、窓からみえる風景に二人と一匹はなぜか見覚えがあった。あそこにあるとんがり屋根の教会、歴史を感じさせる中世の旧市街、美しい家々が並ぶフレロン通り。
 間違いない。ここはカンペールのダ・カーポの屋敷だ。ナオミは何がどうなっているのかわからず、きょとんとしていた。そう水車小屋は、ダ・カーポの部屋と空間移動魔法でつながっているのだ。
 彼女の説明によれば、ここのすべての部屋は扉文字のところにつながっており、そんな摩訶不思議な部屋がざっと五十部屋、禁断の扉が十五部屋ほどあるらしい。

 この空間移動魔法はダ・カーポが復活させた古代魔法だ。うっかり開けるものなら、帰れなくなる場合があるので注意が必要だとか。まだ実験段階中のため、学会にも発表はしていない。これが考古学者ダ・カーポと二人と一匹の最初の出会いであり、この日から彼らはダ・カーポの良き実験相手(モルモット)となった。

 ナオミたちが部屋にはいると、みるみるうちに真っ暗な廊下に明かりが灯された。廊下には赤い絨毯がどこまでもひかれており、その先がまったくみえない。
 五歩ごとに同じような赤い扉があって、各々のかけ札には「ミスリル鉱山の炭坑扉」とか書いてあった。クリスマス前夜祭とあって、扉と扉の境目には樅の木が飾られていた。赤いキャンドルにゆらりと小さな聖なる火が灯され、おなじみの黄金の鐘と華やかなイルミネーションの飾り。

「今度はどんな実験かしら?」とナオミはひそかに脅えた。
 最近の魔法実験といえば、ヤドリギ夫妻を呪い殺す呪文を教えてもらう代わりに、禁じられた黒魔法『カメレオン』という魔法の再現だった。互いの心と記憶を入れ替えるという魔法で、数分だけナオミとテルの身体が入れ替わる禁じ手だ。実際に身体が入れ替わってみれば、テルは女の子の身体に戸惑い、ナオミは何だか、股間に違和感を感じた。

 噂のダ・カーポはせかせかと忙しそうだ。
「ノンノン! 今回は実験じゃなくて、飾りつけのお手伝いよ」  
 緑といえば赤、赤といえばリンゴ。大昔からクリスマスツリーにはリンゴが不可欠、でも今年は良質の赤いリンゴが手にはいらないそうだ。やっぱりアメリカ風のポップコーンではいまいち、しっくりこないとか。高級なアルザス産の樅の木には、やはりそれに似合った飾りが必要だと、考古学者はこだわる。
「もうまったく! 肝心なときにかぎって、助手のエンガチョがいないんだから!」
「僕はポップコーンでもいいよ」とテルはクリスマスツリーに飾ってあった、一週間前のパサパサのポップコーンを食べていた。
 ジョジョもクリスマスツリーにしがみつく。
「ですが、それも解決済みですのよ」とダ・カーポのあきれ顔。

 ダ・カーポの解決済みというのは、三日前に町の競売で競り落とした錬金術で練成したリンゴが今日届いたそうだ。出品者の『ロベルト・パパティーノ』は、新進気鋭の錬金術師で知られ、その作品群は収集家たちのなかで大変人気があるそうだ。
 そんな矢先、ナオミは赤い扉がきしむ音を聞いた。
 誰かが自分の手をひっぱっているようだ。
「ねえ、テル。なに?」
「なんのことだよ」
 確かに誰かが彼女の手をぐいぐいってひっぱっている。
 テルじゃなければ誰だろう? と後ろにふりむけば、扉のすきまからいくつもの目がみえ、そこから手が伸び、ナオミの手をひっぱっているではないか。思わず少女は悲鳴をあげた。

 ジョジョは低い唸り声をあげて、爪と牙をむきだしで飛びかかり、ダ・カーポは「エンガチョの閉め忘れですわ」とすぐさまは扉を閉めた。テルといえば腰がぬけてしまったらしい。まったく動けなかっただけでなく、情けないことに半べそ状態だ。
 ナオミはぶるぶると震えがとまらずにいた。今朝の狼に続いて二回目だ。
「カーボネック城のゴーストたちのいたずらですわ」
 ダ・カーポは息づかいを荒くした。この赤い扉にはブルターニュ地方、森のアルゴート、アッパータウン、迷いの森のカーボネック城と記されていた。

 そんな二人と一匹におかまいなく、自分は調べものがあるからと「ナント/ブルターニュ大公城跡、ナント歴史博物館への扉」という扉に手をかけ、奥の扉へとゆらりと姿を消してしまった。
「ダ・カーポさんの用事って何だったのかしら?」
「父ちゃんがいうには、考古学者は昔から変人とバカが多いってさ」とテルにいわれては世話がない。そのすぐ直後、先ほどの扉が勢いよく開いた。

 ダ・カーポだ、すでに彼女の腕にはぎっしりと何十冊もの本が積まれてあった。悪口が聞こえたのだろうか――すると考古学者のような本、本のような考古学者は二人に話しかけてきた。
「そうそう忘れるところでしたわ」
 二人と一匹をわざわざ呼びだしての緊急の用事というものは、このアルザス産のクリスマスツリーの飾りつけを手伝ってほしいとのこと。
「お二人さん、アップルパイは嫌いじゃなかったですわよね?」
「僕らをアップルパイで買収するきだな」
 飾りつけがのリンゴの将来は、まっすぐアップルパイになる運命にあるようだ。二日後とみていいかもしれない。テルはそんなものでは絶対に手伝わないといわんばかり。
「テル・ウォ・アボカド、誰が賢いですって?」
「アップルパイです」
「はい、素直でよろしい」
 考古学者はリンゴは居間にあるからというと、とすぐに扉を閉めた。
 二人は唖然としていた。テルはアップルパイで妥協した自分が悔しくてたまらないかのようだ。ジョジョは静かにしっぽをぱたんっとふっていた。









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