ホテルに帰り、シャワーを浴びて服を着替える。
冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出しそのまま口をつける。先週まで彼がいた場所では、その行為すら至上の贅沢であった。そこでは井戸まで数キロの道のりを歩き水を汲む。
それは年端もいかない子供の仕事であった。そしてその水は少し塩味がした。
リモコンを拾いテレビをつける。朝のワイドショーが相も変わらず芸能人の一挙手一投足について、どうでもいい事を これまたどうでもいいコメント付きで垂れ流す。
「次の話題です。昨日、アイドルの星井美希ちゃんが一日消防署長として・・」
世界のあまりの違いに、やるせない気持ちで思わずつぶやく。
「場所が変われば、色々変わるものだ。」
ひと心地ついたところで、朝食をとるためにコートを羽織り、再びホテルの外に出る。
ホテルにあるカフェで朝食をとっても良かったのだが、日本滞在での定宿となっているため、その味は正直食べ飽きていた。
少し歩いて別のホテルのカフェへ向かう。
そこはビジネスホテルでは無く、れっきとした大手鉄道会社の名前を冠したシティホテルであった。入口にはリボンをかたどったイルミネーションとクリスマスツリーが大きく飾り付けられ、クリスマス気分を盛り上げている。
玄関に入る時、ボーイからチラリと咎めるような視線を受ける。
オリーブグリーンのワークパンツとブーツを履いた士郎は、どうも客として彼のお眼鏡に適わなかったようだ。しかし、士郎はそんな事に頓着することなく中に入る。
中のロビーは吹き抜けになっており、外よりさらに巨大なクリスマスツリーとイルミネーションが設置され飾りを施されている。
周りを見渡しカフェを探す。左の少し奥まった先にカフェの一角が目に入り、そちらへ向かう。
カフェの一角は表通りより高く作られており、外には大きな樹木を何本も植えて通りからは中を見通せないつくりになっていた。そのため、店の通りに面した部分についても大きくガラス面がとってあり、店内はかなり明るい雰囲気になっていた。
店に入ると20代前半の年若い男性スタッフがすぐに彼を席に案内しようと声をかけてくる。
「Good morning,sir.」
このスタッフが士郎を外国人と思ったことは明らかだ。思わず苦笑いをする。この容姿になってからは、しばしばあることだ。
「I m Japanese. I d like to have a breakfast here.」
「た、大変失礼いたしました。」
慌てて、スタッフが頭を下げて詫びる。
「いや、かまわんよ。割とよく間違えられる。」
スタッフが恐縮しつつも彼を窓際へと案内する。その席は先程歩いてきた通りに面した明るく眺めの良い席だった。おそらく彼なりのお詫びとサービスなのだろう。
「紅茶とクラブハウスサンドを」
「かしこまりました」
士郎はメニューをほとんど見ることなく注文をする。
程無くして、注文の品が運ばれてきた。
士郎が紅茶を飲もうとカップとソーサーに手をかけた時、タイミング悪くマナーモードの彼の携帯電話が震えた。
彼にしては珍しく少し慌てて、電話を取る。
むろん着信画面を見る余裕は無い。
「もしもし」
「おはよう、衛宮くん。久しぶりね。」