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[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/19 22:05
初投稿となります。
ニコニコ動画でアイマス関連動画を見ていたらなんとなくSSを書きたくなり、書きだしました。どなたか読んで感想をいただければ望外の喜びです。
Fateと絡めたのは赤い人が好きだからで深い意味はありません。この二人は意外と気が合うのではないかな?と思っただけです。ただ、英霊にいたるまでの物語は意外に少ないので、どの様に書いていくのかは未だに悩ましいところです。
どなたか感想書いていただけてポジティブな物が多いなら続きをひねり出し、無ければ黒歴史へとなると思います。

アイマスもfateも知識不十分なので、なんじゃこりゃと思われる事や、ご都合主義に走る事もあると思いますが御容赦いただければと思います。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)1
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/22 03:28
大通りから1本外れた路地にある公園。ここは師走の喧噪から離れ、静かな面持ちを保っている。
周りは中小のオフィスビルが立ち並んでいるが、今日が土曜日で午後も8時を過ぎているからだろうか、大半の窓の明かりは消え、ひっそりとしている。
そんな公園で、一人の少女がブランコを所在なさげに揺らしていた。
彼女の年のころは15から16歳、高校生くらいだろうか。青みが掛かった美しい黒髪と、普段は凛々しいであろう黒く大きな瞳と目元が特徴的だ。
体つきは同年代と比べて少しスリムにすぎるであろうが、容姿は人並みを遥かに越えて美しかった。
彼女は、かなり前に自身の仕事場である事務所を出たはずなのだが、その後数時間を過ぎても足を家へ向けることが出来ないでいた。
家での離婚瀬戸際の両親の冷え切った会話が脳裏をよぎる。どうせ家に帰っても居心地は最悪だ。正直帰りたくない。
ここは、彼女の仕事場からそんなに遠くはない。
普段、彼女は、帰宅が遅いため仕事場から直接、自宅まで車で送ってもらっている。だからそんな思考が入り込む余地はない。
だが今日はたまたま仕事が早く終わり、自ら公共交通機関を利用して帰宅するという稀なケースであったため、出口の無い思考の罠に陥ったのだった。

「寒い・・・。」

12月の冷気が都会の公園でブランコに一人座る彼女を容赦なく包み込む。このまま外に居続ければ風邪をひてしまうかもしれない、そうなれば彼女にとって命である声 ― 歌声 ― に影響が出てしまう。
彼女もそれだけは避けなければとわかっているのだが・・・。
「しかたがない。こうしていても何も始まらない。」
彼女はうつむいた顔に垂れていた美しい黒髪をかきあげブランコから立ち上がった。

「ねぇ、君一人?ヒマなの?」

公園の端のブランコに近い路地から下卑た声が彼女にかかる。

「俺らも、ヒマなんだよね。」

「そうそう、どっか行かない?」

18歳か19歳くらいだろう、いわゆる「いかにも」な大柄の「少年」三人が彼女の前にたちはだかる。
思わず彼女は腕を抱き、後ずさる。
口ひげを生やしダウンジャケットを羽織った体重100キロに近いだろう巨漢の「少年」が言う。

「おーっ、ちょっとかわいくね?」

「もしかしてキミ「タレント」か何か?」

バサバサに立ち上がった髪をピンクにそめた、細目でやせ形の「少年」が口を開く。

「わ、わたしは、その・・・。」

彼女が、良く通る声で返すが、歯切れが悪い。

「えっ、マジ?おれファンになる。」

はっきりと否定しないことを肯定と捉えたのか、身長が185センチはある黒人とのハーフと思しき筋肉質の「少年」が調子のいい言葉を発する。
それにつられて残りの二人が弾けるように笑う。

「えーっ、じゃあさ、ファンサービスで頼むよ。」

「さんせー」

「少年」達が勝手な言葉を次々に連ねて行く。

「わ、わたしは、これから家に帰るので・・・。」

彼女が拒絶の姿勢を示すが、いかにも弱々しい。あるいは、もう恐怖で声が出ないのか。
「少年」達はかまわず、さらに言葉を並べて行く。

「へーっ、じゃあ今日はもうヒマ決定だね。」

「ラッキー」

「どこがいい?飲み?クラブ?」

「わたしは行きません!」

今度は、彼女が振り絞った勇気で発した明確な拒否の言葉。
だが、「少年」達にとってはそれも当初の予定通り。

「ファンサービス、ファンサービス」

今度は彼女の肩を掴んで強引に連れて行こうとする。

「とりあえず、クルマのせるぞ。」

「オッケー」

「イヤ、たすけ・・・むぐぅ」

「少年」達は、彼女の口を塞ぎ、体を拘束する。これは、もう犯罪だ。

だれか、助けて・・・。彼女が声にならない声を叫んだ時、

「ぐはぁ」

彼女の腕の自由を奪っていた、三人の中で一番大柄なハーフの「少年」が猛烈な勢いで5、6メートルほど地面を転がる。

「ファンサービスだと?たわけが・・・。誘拐だぞ。」

いつの間にか、三人の「少年」の後ろに立つ男が蹴り足もそのままの姿勢で警告の言葉を発する。

「てめぇ、なんだ?」

「いってーな、ケツ蹴りやがって、このクソが」

今しがた、蹴り飛ばされた「少年」もゆっくり立ち上がり、男に罵りの言葉を吐く。

「た、たすけて。」

体と口の拘束が解けた彼女が藁にも縋る思いで言葉を発する。

「おまぇは、関係ねぇだろ。すっこんでろよ。」

口ひげの「少年」がゆっくり近づき男の胸倉をつかむ、掴んだ「少年」の腕から、ちらりとバラとスケルトンをかたどったタトゥが覗く。
だが、次の瞬間「少年」は胃液を散らしながら派手に音を立てて前向きに倒れ込む。
男のヒザが口ひげ少年の分厚い腹部を打ち抜いたのだ。

「不用意に相手に掴みかかるのは感心せんな。相手を掴んで固定するという事は、相手から見れば己も固定されているという事に他ならない。」

思わぬ展開に、彼女は現れた男を見る。
服装は黒色のコートに、カーキのワークパンツ、黒の長そでシャツ。靴はワークブーツ。まるで軍人のようないでたちだ。
背丈は大柄な「少年」達よりさらに大柄で、190センチはあるだろうか?
特筆すべきは、暗闇に浮かぶオールバックに撫でつけたその髪の色と浅黒い肌の色。

「白髪に黒い肌・・・外国人?」

というわけではないようだ。その証拠に街灯に浮かぶその顔つきは、ほりが深いといっても東洋人の範疇だし、先ほど聞いた言葉のイントネーションも同様に日本人のそれだ。

「テツジ!」

口ひげが倒れ伏すのと同時に、ハーフの「少年」の鋭い声が飛ぶ。

「てめぇ、よくもテツジを・・・。」

「ふん、ありきたりのセリフだな。」

「ぅるせぇ」

男と2メーターほど離れた距離からハーフの「少年」が大柄のリーチと黒人特有のバネを生かし、鋭く踏み込み男の顔面を右のコブシで狙う。
バネの効いた一撃は、食らえばタダでは済むまい。だが男はことさら何でも無いことのように左に少し首と体をひねってそれをかわす。
「少年」が、右コブシを戻しつつ、さらに左の二打目を放とうとする。
瞬間、男が一打目の戻しに合せて狙い澄ました左の一撃 ―コブシでなく掌底― を「少年」の右あごにたたき込む。
ハーフの「少年」はゆっくりとスローモションのように膝を折り倒れ込む。
白目をむいているところを見ると完全に意識を失ったようだ。

「さてと、次はどうする?」

男は余裕を持って最後の一人、ピンク頭の「少年」に向きなおる。
「少年」は5メートルほどの距離をとりながらゆっくりと右ポケットに手を入れる。
少しやせ過ぎに見える「少年」が上着の右ポケットから何かを取りだそうとする。
ナイフ!と彼女が認識したその瞬間、ピンク頭の目が驚愕に見開かれる。彼女も同様に驚愕した。
男が、ナイフをポケットから取り出す途中だったピンク頭の右腕の手首を握っている。

「いつの間に・・・」

彼女の眼には男が踏み込む瞬間が全く見えなかった。ピンク頭も同様だろう。
その驚きようがそう物語っている

「いだああああああああああああああああっ」

ピンク頭が唐突に叫び声をあげる。

「どうだ、なかなか効くだろう?強化を用いずとも私の握力は軽く100キロを超えているのでな。」

見れば、男が皮肉げに口の端をゆがめピンク頭にささやいている。
「強化」とは何か分からないが、どうやら男が「少年」の手首を強烈な力で握り込んでいるようだ。ナイフがポロリと「少年」の手から落ちる。

「あの二人を連れてこの場を立ち去る気はないか?もっとも、あくまで、頑張るというのならそれでも一行に構わんが。」

「わかった!わかった!立ち去る!立ち去るから!手を、手を離してくれ」

「ん?よく聞こえんのだが?」

「うああああああああああああああああああああああああああああああ お、お願いします。手を離してください!お願いします。」

ピンク頭が恥も外聞も無く懇願する。

男が、握り込んだ腕にさらに力を込めたようだ。

「ふん、ならばさっさっと消えろ。」

男が握っていた手を離したその後の5分の間に、ピンク頭は必至で口ひげとハーフを起こし、蹴飛ばし、目を覚まさせ公園から消えた。

「なんか、ああいうのを見ると切ない気持ちになるな・・・。」

「少年」三人の必死の退場シーンを見ていた男がぽつりとつぶやいた。
その言葉を合図にしたように彼女はペタンと地面に腰を下ろした。
どうやら気が抜けたようだ。そう、ともかく、彼女は救われたのだ・・・。

「久しぶりに日本帰ってみればこれか・・・。まったく・・・。」

と独り言をつぶやく男は、ようやく彼女が地面に座り込んでいたことに気づいた。
「立てるか?」男が手を差し出し、彼女は呆然としながらもその手を恐る恐る握った。
次の瞬間、ふわっと浮かぶような感覚とともに彼女の体は引き上げられ立ち姿勢をとらされた。男がそっと手を離そうとするが、まだ体がふらついてしまう。

「大丈夫か?そこのベンチまで歩けるか?」

男が彼女の手をとって支えつつ気遣わしげに彼女に声をかけてくれる。
「大丈夫です。」彼女は気丈にも回答をするが、とても言葉通りにはいかないようだ。
彼女は男の手を借りて何とかベンチにたどり着いた。
男は目の前の自動販売機から暖かい緑茶とミルクティーを買い彼女の眼の前に差し出した。

「どちらが、好みかな?」



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOLM@STER meets fate)2
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/22 03:08
「本当にありがとうございました。」

緑茶をすすった彼女はようやく人心地ついたらしい。男に助けてもらった礼を言う。

「いや、そんな礼を言われるようなことでは無い。ともかく君が無事で何よりだ。」

男が返事をする。

「表通りを歩いていたのだが君と奴らのやり取りが聞こえたものでね。」

サラリと男がとんでも無い事を言う。

「えっ、でもここは通りから結構離れていますよね。」

彼女は、思わず振り返って距離を確認する。通りから一本入っているから30メーターはあるはずだ。

「私は割と五感が鋭くてね、視力ほどではないが聴力もそれなりに自信がある。」

「そ、そうなんですか・・・」

彼女は信じられないものを見るような目つきだ。若干顔も引きつっているかもしれない。
ところでと、男が続ける。

「君のような女性がこんな時間に一人で出歩くのは感心しないな。」

「いえ、出歩いていたわけではなくて・・・。仕事の帰りだったんです。」

「仕事?君の年頃で?ふむ・・・。先程奴らが君の事を「タレント」と言っていた
ようだが?」

男の視線が彼女に向けられる。

「ええ、「アイドル」です。まだ駆け出しですが・・・。すぐそこにプロダクションがあるんです。765プロダクションて変な名前なんですけど。聞いた事ないですよね?うちは弱小ですから。」

少し寂しげに彼女は説明を加える。

「すまない、もともと余りテレビを見ない上に、海外暮らしが長かったのでね。」

男も間接的に彼女の言葉を肯定する。

「さあ、君もそろそろ帰ったほうが良い。一日に二度も危険な目に合っては洒落にならない。ご両親も心配するだろう。」

男は缶のミルクティーを飲み干し彼女に声を掛ける。

「ええ、ありがとうございます。そうですね、これ以上ご迷惑を掛けられませんし。」

彼女の暗さを含んだ返事に男が顔をしかめる。

「家には、あまり帰りたくないのか?」

「いえ・・・、そう言う訳では・・・。」

彼女のあいまいな返事に、おそらく当たりなのだと男は推測した。だが、これ以上は初対面の行きずりで出会った男が踏み込むべき領域ではないだろう。
何か彼女の苦しみを和らげられる手段があれば良いのだが・・・。と男は考えた。

「そうか・・・なら良いが。できれば、私が君を自宅にでも送っていければ良いのだが・・・。大丈夫だとは思うが、さっきの仲間や同類がうろついていると厄介だな。」

二人はゆっくりと表通りに向かって歩き始める。

「いえ!送っていただくなんて・・・。これ以上お手間をとらせられません!」

「ふむ・・・。では、これを持って行ってくれ。」

男は胸のポケットから銀に輝く親指ほどのペンダントヘッドのようなものを差し出した。
それは西洋の剣を象った物だろうか?なにか見たことの無い文字のようなものが何箇所かに掘り込んであり、紐を通せば首から掛けられるようになっている。

「えっ、それシルバーのアクセか何かじゃないですか?助けてもらった上にそんな高そうなものを受け取れません。」

彼女の言う事はもっともだろう。人は一方的に借りを作るだけでは、重荷になる。

「これは、アミュレット(護符)と言ってお守りのような物だ。君は信じないかもしれないが、とある魔術師が作成したものでね、効果は折り紙つきだ。きっと君を災厄から守ってくれるだろう。」

「はあ、魔術師・・・ですか?でも、そうだとしたら、尚更そんな大切なもの受け取れません。」

彼女の意思は固そうだ。

「では、君に貸すということでどうだ、次に私に会った時に返してもらえればいい。私としては君を連中から助けた以上、責任をもって安全な場所に送り届けたいところだが、このままでは中途半端になってしまう。私はそれが心苦しいのさ。だから私の心の重荷を減らす手助けと思って預かってほしい。」

「・・・・分かりました。そういうことでしたら。ありがたくお借りします。」

彼女としては既に身の危険を振り払ってもらった時点で自分には借りがあるはずで、その相手からさらに、貴重品と思われるものを無理矢理「借りてくれ」と言われ受け取る事に抵抗が無いわけではない。
だが相手の気持ちに応えることで少しでも借りを返すことになるのではと考え、申し出を受けることにしたのだった。

「そうしてくれると助かる。これで、私としても気が楽になった。」

男の眉宇が緩む。言葉のとおり心底そう思っているようだ。
チンピラ相手にあんな大立ち回りを演じたかと思うと、一転して彼女に対して繊細な心遣いを見せる、そのギャップを見せられて彼女はクスリと笑い思わず本音を漏らす。

「あなたは、本当に変わっていますね。って、私、恩人になんて事を!」

笑った顔をあわてて真顔に戻そうと取り繕う。

「やっと笑顔が出たようだな。やはり君はそういう表情の方が似合っている。その可愛らしさは、さすが「アイドル」といったところか。」

男の思いがけない言葉に彼女は赤面する。

「へ、変な事いわないでください。は、恥ずかしいです。」

男はそれを見て、くっくっと、忍び笑いをする。

「もう・・・。」

とうとう彼女は膨れっ面だ。
師走の街を大勢の通行人が行きかう大通りに出たところで彼女が申し出た。

「ここまで来れば大丈夫です。今日は助けていただき本当にありがとうございました。今度お会いする時まで、このアミュレットは大切にお預かりします。」

「ああ、そうしてくれると嬉しい。では、ここでお別れだな。君も今日は早く帰るんだぞ。」

「はい。」

男が踵を返して立ち去ろうとした時、また彼女が声を掛けた。

「あっ、待ってください!」

男が、立ち止まり怪訝そうに振り返る。

「どうした?」

「えっと、私は如月千早、駆け出しのFランクアイドルです。私まだ、あなたのお名前を聞いていませんでした。」

「ああ、お互いまだ自己紹介が済んでいなかったか。私の名はエミヤ、衛宮士郎だ。お互い縁があれば会えるだろう。では、またな。」

そして今度こそ、二人はそれぞれ街の灯りの輝く都会に溶け込んで行った。まるで、お互いが出会った事など幻であったかのように。
しかし、既にお互いが見えない糸で繋がれているとは、どちらもこの時はまだ気づいていなかった。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)3
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/22 03:09
引き続きアップしてみました。読んでいただければ幸いです。
ご指摘いただいたので、既に投稿した分について改行いたしました。
多少でも読みやすくなっていればいいのですが。

千早~ タイナカサチのimitation 歌ってくれ~

*************************************
衛宮士郎はその朝、日本滞在時の定宿である都内のビジネスホテルで、いつものように朝5時過ぎに目を覚ました。
簡単に身支度を整えるとホテルの外へ出て体を動かすため公園へ向かう。
空は晴れ渡っているせいか、外へ一歩出ると刺すような冷気を感じる。

「今日はかなり冷え込んだな・・・。」

つい最近まで、暑さ厳しい国外で過ごしてきた彼には日本の冬は一段と厳しく感じる。
もっとも、そんな事で行動が制限されるほど彼は温い鍛え方をしていない。
一年で一番昼の短い12月のこの時期、この時間は未だ夜の様に暗い。
10分ほど歩くとブランコと鉄棒だけの小さな公園がある。そこでいつものように柔軟体操を始める。
足裏を伸ばし、肩の筋をのばす。同時に自らの体調を確かめつつ体の曲げ伸ばしを行う。

「トレースオン・・・」

次に彼は、自己のイメージにリアリティを与え、イメージしたそれをその手に生み出す。
現れたのは二振りの木剣。彼はそれをしっかり握り直すと、ゆっくりと左右同時に上から下へと素振りを始めた。
彼は自らの内にしみ込ませた型をなぞるようにゆっくりと振るっている。
だが、その振り一つ一つは、まるで鉄棒を振るうかのような盤石の重みを感じさせる。
30分程振るったであろうか、彼の額にはうっすらと汗が浮かぶ。

「こんなものか。」

次に、一転して実戦さながらに二刀を振るう。
目の前に見る敵の幻は、彼とは違う生き方をし、かつて戦ったもう一人の自分、自身を亡きものにしようとした赤い英霊。
二人は誰も目にすることの無い至高の剣舞を舞う。
英霊の幻が士郎の左肩を狙い袈裟切りに右の黒刀を振り下ろす。
彼は左刀で相手の刀身の反りをおさえつつ一撃をいなした。そして同時に前へ出つつ彼は右刀で、英霊の幻の伸びた右腕を切りつける。
途端に幻は左に大きく体を翻して一回転するやいなや左の白刀を立てて士郎の首筋を狙い右から切りつけた。
士郎は大きく下がりその一撃を避ける。しかし大きく開けたはずの間は、一瞬で詰められ英霊の幻が今度は右手で逆袈裟を切り上げる。
彼は両剣を胸前でクロスし必死に止める。
受けに回ってしまった彼に対して幻は左右の袈裟切りを切れ目無く打ちつける。対して士郎は受けにまわりつつも反撃の機会を待った。
しかし英霊の幻から放たれる双剣の乱れ打ちに後退を余儀なくされる。
だが彼は下がる途中で一歩の歩幅を大きく変え、幻の敵に彼との間合いを読み違わせようと試みる。
はたして試みは成功し、彼と幻の間合いは再び大きく開けられた。そこに再び、幻が神速の踏み込みを持って間を詰めに入る。
先程の再現になるかと思われたその踏み込みを士郎が、大きく飛び越してかわし、空中で前方に回転しつつ英霊の背中を切りつけるという捨て身の大技を見せ攻守を入れ替える。
だが英霊の幻は当たり前のようにその背に剣をかざし士郎の渾身の一撃を防いだ。
そこで再び互いの間は開き、今度は一転して膠着となった。

「はあっ、はあっ」

さっきの一撃は危なかった、と士郎は一人心の内でつぶやく。
全身に冷たい汗が吹き出し、脇と額を伝ってしたたりおちる。
こうして幻と対峙していると奴の人を小馬鹿にしたような笑みまで見えてくる。
だが、その幻が浮かべる皮肉げな笑みは、今の自分が浮かべるそれと、どれほど違いがあるのだろうか?
おそらく見た目に違いは分らないだろう。
ならば今の自分と奴の違いは何処にある。

かつて、士郎が赤い英霊と闘った時、英霊は彼の目指す生き方も、想いすらも偽りだと喝破した。
だが逆に彼は、例え想いや理想が偽りであろうと、ひたすら信じ、目指し続けるのならば本物であると言い切った。
ならば、今の自分は、あの時の自分に恥じぬ生き方をしているのだろうか?
しているとは言い切れない、だが、していないとは決して言ってはならない自分。
未だ彼は信念を賭けて赤い英霊と戦っている途上なのだと思い知らされる。

「ならば、負けるわけには行かない。」

士郎は再び、皮肉げに笑みを浮かべる赤い英霊の幻に向かい剣を振るった・・・。

そろそろ6時半近くになる。人々が外で活動する時間帯だ。
辺りに人払いの魔術を掛けてはいるが、もう切り上げる頃合いだろう。
荒い息を落ちつけ残心をしつつ木剣を下ろし、下ろしたそれを一瞬で幻想に返す。
汗が額から滴り落ちる。
ふと、ブランコに目が行き、昨日助けた少女のことに記憶が届く。

「如月千早だったか・・・。無事に帰っているだろうか?」

多分大丈夫だろう・・・。別れ際に見せた彼女の笑顔を思い出しつつ思考を漂わせる。そして自身で彼女に言った言葉に行き着いた。

「縁があればまた会えるだろう。」

そこで、彼は思考を切り替えホテルへの帰途についた。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)4
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/22 03:09
ホテルに帰り、シャワーを浴びて服を着替える。
冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出しそのまま口をつける。先週まで彼がいた場所では、その行為すら至上の贅沢であった。そこでは井戸まで数キロの道のりを歩き水を汲む。
それは年端もいかない子供の仕事であった。そしてその水は少し塩味がした。
リモコンを拾いテレビをつける。朝のワイドショーが相も変わらず芸能人の一挙手一投足について、どうでもいい事を これまたどうでもいいコメント付きで垂れ流す。

「次の話題です。昨日、アイドルの星井美希ちゃんが一日消防署長として・・」

世界のあまりの違いに、やるせない気持ちで思わずつぶやく。

「場所が変われば、色々変わるものだ。」

ひと心地ついたところで、朝食をとるためにコートを羽織り、再びホテルの外に出る。
ホテルにあるカフェで朝食をとっても良かったのだが、日本滞在での定宿となっているため、その味は正直食べ飽きていた。
少し歩いて別のホテルのカフェへ向かう。
そこはビジネスホテルでは無く、れっきとした大手鉄道会社の名前を冠したシティホテルであった。入口にはリボンをかたどったイルミネーションとクリスマスツリーが大きく飾り付けられ、クリスマス気分を盛り上げている。
玄関に入る時、ボーイからチラリと咎めるような視線を受ける。
オリーブグリーンのワークパンツとブーツを履いた士郎は、どうも客として彼のお眼鏡に適わなかったようだ。しかし、士郎はそんな事に頓着することなく中に入る。
中のロビーは吹き抜けになっており、外よりさらに巨大なクリスマスツリーとイルミネーションが設置され飾りを施されている。
周りを見渡しカフェを探す。左の少し奥まった先にカフェの一角が目に入り、そちらへ向かう。
カフェの一角は表通りより高く作られており、外には大きな樹木を何本も植えて通りからは中を見通せないつくりになっていた。そのため、店の通りに面した部分についても大きくガラス面がとってあり、店内はかなり明るい雰囲気になっていた。
店に入ると20代前半の年若い男性スタッフがすぐに彼を席に案内しようと声をかけてくる。

「Good morning,sir.」

このスタッフが士郎を外国人と思ったことは明らかだ。思わず苦笑いをする。この容姿になってからは、しばしばあることだ。

「I m Japanese. I d like to have a breakfast here.」

「た、大変失礼いたしました。」

慌てて、スタッフが頭を下げて詫びる。

「いや、かまわんよ。割とよく間違えられる。」

スタッフが恐縮しつつも彼を窓際へと案内する。その席は先程歩いてきた通りに面した明るく眺めの良い席だった。おそらく彼なりのお詫びとサービスなのだろう。

「紅茶とクラブハウスサンドを」

「かしこまりました」

士郎はメニューをほとんど見ることなく注文をする。
程無くして、注文の品が運ばれてきた。
士郎が紅茶を飲もうとカップとソーサーに手をかけた時、タイミング悪くマナーモードの彼の携帯電話が震えた。
彼にしては珍しく少し慌てて、電話を取る。
むろん着信画面を見る余裕は無い。

「もしもし」

「おはよう、衛宮くん。久しぶりね。」




[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)5
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/22 03:27
本日もアップさせていただきます。
感想もいくつか頂けて感激です。
掲載方法に関するご指摘も頂いてますが、何とか改良してまいります。もう少しおまちください。

***************************************************

「おはよう、衛宮くん。久しぶりね。」

久しぶりに聞く鈴を振るような耳障りのいい声、だが、士郎にとっては悪魔に等しい声。

「と、遠坂?」

「あによ~、せっかくあんたの声聞きたくて電話したのに何、その物言い?ずいぶんご挨拶ね?」

「い、いや、そんなことは無い。それに半年ぶりに声聴けたからな。電話をもらえて嬉しいぞ。」

「幾たびの戦場を越えて不敗」であるはずの彼がここまで露骨に動揺することは、めずらしい。

「・・・・ふん、まっ、いいけど。ところであなた日本に帰ってきてるんでしょ?」

「ああ、今東京にいる。遠坂は今、冬木なのか?」

「ええ、先月ロンドンから帰ってきたところよ。」

「話があるんだろ? 俺は今、朝食食べるためにカフェにいるところだから、食べてから、かけ直していいか?」

士郎が、自身の空腹と置かれている状況を勘案し、至極まっとうな提案をする。

「あら、衛宮くんは私を待たせるってこと?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・。擬音がリアルで聞こえたような気がする。
何がヤバいか分からないが、ともかく凄くヤバいことだけは士郎にも分かる。

「・・・・・・・・分かったよ。すぐ店の外に出るよ。」

「やっぱり衛宮くんね。そういうところ変わってないわ。」

クッ、相変わらずの、遠坂クオリティー。
士郎は自分が暖かい紅茶を飲む事が不可能になったことを理解したのだった。
店のスタッフに一言断ってから、携帯電話を片手にカフェの外のロビーに出る。
長くなるだろう話に備えて椅子を探す。
あまり他人に聞かれたくない話も出るだろうから、なるべく隅の椅子が良いと考えロビーのあちこちに目を走らせる。
幸いトイレに近い一角に休憩用の長椅子を見つけ腰かけ足を組む。

「で、どうしたんだ?」

士郎が話を促す。

「あんた、いつまでこっちに居るつもり?」

「こっちに戻ってきたのはビザの関係だから、書類が整えば、またすぐに戻るつもりだぞ。」

「・・・行くの延期してくれない?」

「どういうことだ?」

「頼みたいことがあるのよ。」

「何を?」

「今から話すわ。」

遠坂凛の話はこうだった。東京のある芸能プロダクションに度重なり、あるアイドルに対する警告と脅迫状紛いの手紙が送られて来ている。内容が内容なので、そのアイドルの身辺の簡単な警護をして欲しいい、できれば犯人を見つけて解決して欲しいとのことだった。

「それは警察の仕事だろう。」

士郎の指摘はもっともだ。

「イメージが大事なのよ。狙われてるなんて何か後ろ暗いことがあるみたいでしょ?」

「うーん、それが何で遠坂のところにそんな話がくるんだ?」

「それは・・・、そのプロダクションの社長さんが藤村先生のお爺さん・・・、そう雷画さんと古くからの知り合いみたいで雷画さんに相談したらしいのよ。」

「雷画爺さん、ガチ極道じゃないか。アイドルのイメージも何も無いぞ。」

「っ、ともかく信頼できる人間に内密に片を付けて欲しいってことなのよ。」

「それで、俺ってことなのか。」

「そう、あんたアッチでも傭兵紛いの事やっていて荒事にも馴れてるし、口の堅さでは信頼がおけるし最適だと思ったわけよ。」

士郎はどうしても残る疑問を再度、彼女にぶつける。

「でも何で、遠坂がそんな話を俺に持って来るんだ?」

「・・・あんた、最近時計塔でも名が売れ始めてるって知ってる?」

「何のことだ?」

「中東、アフリカの政情不安定な国で正義の味方ごっこをしている男がいる。何でも、そいつは常識外の能力で現地の独裁者に刃向い、難民を助けたりしている、ってね。それから、アトラス院の縄張りで死都が何者かに殲滅された、殲滅した人物は虚空から数えきれない剣を取り出し死徒に浴びせた、とかね。」

皮肉気な口調で凛が語る。

「・・・・・・。」

「時計塔はその常識外の能力や、虚空から剣を取り出したりした力が魔術ではないかと疑っているわ。」

「そうか・・・。」

「そりゃ疑われるわよ、目撃情報がこんなんよ。『政府軍が監視所で警戒中、男を発見。男は発見された場所から150mあまりの距離をわずか4、5秒で生身で駆け抜けて監視所を襲撃、黒と白の刀と思しき武装で監視所の兵士十数人を装備していたAKMごとたたき切り監視所を占拠。ただし、兵士に死者は出ず全員生存。』あんた何考えてるの?!
それから死都の件に関してはアトラス院から非公式だけど時計塔所属の魔術士について照会が来たわ。時計塔のお偉方は、知らぬ存ぜぬを貫いたみたいだけどね。でも当然そのまま放っておく訳は無いわ!」

凛が、先程の皮肉口調から一転して怒りを露にする。

「そうか、お前、俺を日本に足止めするために雷画爺さんに俺を推薦したって訳か・・・。」

士郎は凛の言わんとする事をようやく理解した。

「そうよ、藤村先生から、その話を聞いて、ちょうど良い人間が東京にいるってね。」

凛が全てを告白する。

「ねえ士郎・・・あんな事やってたら、あんたいつか本当に殺されるわ・・・。私、そんなの嫌よ・・・。
会うたびに、あんたの姿がアーチャーと瓜二つになってくるし・・・。
あんたの理想も知っている、あたしには止められないかもしれない。けど・・・せめて、この依頼を解決するまでは日本に居て・・・お願い・・・。」

その言葉に、いつもの余裕と自信に溢れた遠坂凛は無い。
士郎のことを心底案ずるが故につむがれた言葉。
正に懇願と言って良い。
士郎は凛の言葉を電話のスピーカー越しではなく、本人を目の前にして聞かされているような錯覚に陥った。
自然と彼の中から言葉が零れ落ちる。

「心配かけて済まない・・・。」

「ううん、私も少し取り乱したわ。」

「だけど、俺は・・・。」

彼の中にあるもう一つの思いが、彼女の言葉を簡単に受け入れない。
かつて救われたこの命は誰かのためであらねばならないという士郎にとっての呪い。
その呪いが彼に立ち止まる事を許さない。

「士郎の言いたいことは分かってる。行かせないって言ってるわけじゃないわ。少しだけ遠回りしてって言ってるの。今出て行ったら時計塔の魔術師と鉢合わせする可能性が高い。あんたあっちで目立ちすぎてるわ。」

それに、と言って凛が言葉を続ける。

「困ってる女の子見捨てて、自分はどっか行っちゃうわけ?正義の味方さん。女の子を助けるのは正義の味方の基本じゃなくて?」

今度は少し悪戯っぽい口調で士郎に問いかける。

「困ってる女の子って、そのアイドルのことか?」

「そうよ。それにアタシの事も含めておいてくれるかしら。」

電話のスピーカー越しに今の言葉を聞いた士郎の脳裏に、少し得意げに方目をつむる凛の姿が浮かぶ。
瞬間、ふっ、と肩の力が抜けて、士郎の心に彼女の言葉を受け入れる準備が出来上がる。

「・・・・・・・・・分かったよ。」

「ありがとう・・・。士郎。」

「確かに困っている女の子を見捨てては置けないしな・・・。それで俺はどうすればいい?」



・・・・・・・・・・・・・


遠坂凛との電話が終わってからも士郎はソファに持たれていた体を起こすことが出来ないでいた。
電話の内容をゆっくり思い出す。
自分のこと、凛のこと、依頼のこと・・・。
ゆっくりと、ゆっくりと。
そしてつくづく思い知る。

「俺は、やはり彼女にはどうしても勝てないらしい。」

彼女に対する、諦めのような、悟りのような少しさっぱりした気持ちを心が持て余す。

そして士郎は最後に、自身の朝食の事を思い出す。
多分、紅茶は飲めた物ではないだろうと。

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今回も765勢出せませんでした。すいません。
次回から765プロ編です。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)6
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/24 08:41
あまり長くありませんが、
本日もアップさせていただきます。
少しでも続きを待っててくださる方がいるようなのでがんばってみます。
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衛宮士郎は、目の前の光景に困惑していた。
「お金は、プロデューサーさんに借りてでも必ず支払います。もう少し待ってください!」
彼の目の前では年の頃13、14歳、明るい茶色の髪をした短めのツインテールの可愛らしい少女が、深々と頭を下げて彼に懇願している。
彼には初対面の少女に、このようなことをさせる趣味も理由もない。
というか、ぶっちゃけると、少女に頭を下げさせている大男、というこの構図は彼の体面上非常によろしくない。
実際、階下の住人が通るたび、この二人の様子に何事かと好奇の目を向けてくる。
『どうしてこうなった・・・・。』
天を仰ぎたい気持ちをこらえながら、ここ数日の記憶を手繰り寄せる。
事は、数日前に遡る。
彼は遠坂凛から、とある少女 ―アイドルらしいが― の警護と事件の解決を依頼され、承諾した。

「依頼の内容は、さっき話したとおり、警告というか犯罪予告に対する対処、つまり対象人物の警護、出来れば解決ということよ。細かい内容については、プロダクションの社長さんが引き受けてくれる人に直接話したいそうよ。だから詳しい事はそこで聞いてくれる?」

「警護対象の事とか状況とかもか?」

士郎が聞き返す。事前に何も調べられないのは、何ともやりにくい。
本来なら断っても良いくらいに乏しい事前情報だが、今回に限ってはそれは出来ない。

「せめてプロダクションの名前くらい分からないのか?」

多分聞いても知らないだろうと思いつつ彼女に確認する。

「えーっと、なな、ろく、ご?ああ、「なむこ」って読むんだ、765プロダクションですって。変わった名前ね。」

士郎の脳裏に急速に記憶がよみがえる。

『ええ、「アイドル」です。まだ駆け出しですが・・・。すぐそこにプロダクションがあるんです。765プロダクションて変な名前なんですけど。・・・』

公園でであった少女の事が気に掛かる。

「まさかな・・・。」

士郎は、なんとなく感じる嫌な予感を意識に上らないようにねじ伏せる。いくらなんでも偶然だろう。

「この件は、雷画さんに連絡とってから先方と調整するから、少し待って。又連絡するわ。」

そして、改めて彼女から連絡のあった当日、彼は約束の時間、午後3時に合せて765プロダクションへ向かった。
外は、冬晴れで12月も中盤に差し掛かった午後としては暖かであった。
今日は、会社の事務所を訪れるということで、上着こそはいつも通り黒のコートを羽織っていたが、その下に身につけていたのは、いつものワークパンツや長袖Tシャツではなく、黒のスーツにダークなカラーのワイシャツに黒のネクタイという、彼らしいといえば彼らしい服装であった。
地下鉄を降り、エスカレーターを使わずに階段で地上へ昇る。
数日前、夜に通った大通りを今日は昼間に歩く。
昼の大通りは、土曜日の夜であったあの時と違って大勢のサラリーマンが行きかっている。
信号を渡り、目当ての雑居ビルを見つけ出す。

「これは、また・・・。」

思わず、感想がこぼれる。
一階は居酒屋だろうか「たるき亭」と書いた看板が掲げられている。ただ、時間が早いせいだろう、準備中の札が、入口の扉にかかっている。
二階は、カラオケスタジオの看板が掛かっている。
そして三階、表通りに面したガラス面に「765」と大きくガムテープを切り張りして描かれている。
これが探していたプロダクションの事務所なのだろう。
確かに事務所の場所を示す方法としては、安上がりではあるが夢を売る仕事としては、いかがなものだろうか。
そのような感想を抱きつつ階段を上へ昇る。
先日出会った如月千早はこのような場所でアイドルを目指しているということなのか?
大丈夫だろうかと、思わず要らぬ心配をしてしまう。
そして三階にたどり着いた時、一人の少女が事務所の玄関ドアを丁寧に磨いている姿を見つける。
士郎が声をかける。

「仕事中に済まないのだが。」

「はい! なんでしょう! ひっ!」

「ぐりん」と少女が振り向き元気にあいさつを返す・・・が、少女は持っていた雑巾を取り落とし蛇に睨まれた蛙のようにその場に硬直する。
この反応は、士郎の姿を見てのことに間違いないだろう、彼は地味に傷ついた。
だが、とりあえずコミュニケーションを取らねばならない。

「驚かして済まない。私は・・・」

硬直していた少女が、突如直立不動し、直後に頭を深々と下げる。

「お金は、プロデューサーさんに借りてでも必ず支払います。もう少し待ってください!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「さ、察するに君は、私を別の誰かと勘違いしているようだが・・・。」

よくわからないが、誤解を解こうと士郎がおずおずと話しかける。

「給食費を取り立てにきたのでは無いのですか?」

「は・・・・?今何と?」

「で、ですから、給食費の取り立てに来たヤクザさんでは無いのですか?」

「い、いや私はそういう理由できたわけではなくてだな、」

「違うのですか!」

「もちろんだ!給食費を取りに来るヤクザがいたら、私がぜひ会いたい!と言うかむしろ、来たらその心意気に免じて私が払ってやる!」

先程の少女の反応に割と傷ついたせいだろう、普段の彼らしからぬ姿で力説する。

「ヤクザさんが給食費払ってくれるのですか♪ ありがとうございます♪」

「まて!都合のいいセリフだけを抜き出すんじゃない!」

女性には良くあることだ、と、彼は冬木の虎、ロリブルマ、赤や金ロールの悪魔など、自らが駆け抜けた幾多の戦場の猛者を振りかえる。
くっ、あいつらは都合のいいとこを抜き出して覚えていて『あの時約束したじゃない。』とか言うんだよな。
こんな可愛い顔をしていても、やはりこの子も女性ということか・・・。
士郎は再度、女性の恐ろしさを認識した。
しかし何か大事な事を言い忘れているな、と考えをまとめようとしていると、少女が、はっとした表情になり、青い顔して事務所に駆け込んでいくのに気付く。
士郎も釣られて入って行くと、少女は中で緑の服装をした事務員らしき女性に腕をブンブン振りながら何かを話している。
士郎が部屋に入って来たことに気づいて、事務員らしき女性がギョッとした表情の顔を彼に向ける。


***************************************************

ここはネオン街のホテルの一室。
私はベッドで客がシャワーから上がるのを待っていた。
もうすぐ私は、娼婦として初めての客を取らなければならない・・・。
なぜこんな事に・・・。
これまでの幸せだった日々を思い出すと悲しさに涙がこみ上げてくる。
かつて私は、アイドルとして紅白にまで出場した。
引退後は、765プロダクションで事務員としてそれなりに満ち足りた生活を送っていたはずだった。
それが12月のある日を境に一転した。
一人のヤクザが765プロダクションを訪れたのだ。
身長190センチ近い大男で白髪のそのヤクザは、社長に巨額の借金の返済を迫った。
仕方無く社長は、プロダクションの女性をカタに返済の延期をヤクザに認めさせたのだった。
そして、そのせいで私は今から見ず知らずの男性に、わずかばかりのお金と引き換えに抱かれ・・・・。

*******************************************************

「妄想中済まない、私の話も聞いてほしいのだが。」

士郎は、まるで感情の籠らない目で事務員らしき女性に話しかける。

「・・・・えっ?あ、あなたっ、今、初対面の私に妄想中とか言いましたねっ。ど、どうして私が妄想したとわかるんですかっ!ニュータイプですかっ!」

話しかけられた女性は、大いに取り乱し士郎に突っかかる。

「うー、小鳥さん、妄想が口から駄々漏れですう。」

少女が、さも恥ずかしい物を見聞きしてしまったような表情で、女性に事実を告げる。

「ええっ?はっ!しまった・・・。」

「小鳥さん」と呼ばれた女性が、へなへなと床にへたり込むのを士郎は、ただ呆然と見ていた。


*************************************
765プロ編です
一応ギャグパート対応で書いてみました。
これからは、掲載ペースが落ちます見捨てず見に来ていただければ嬉しいです。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)7
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:f73a54d2
Date: 2011/06/10 17:47
遅くなりましたが、続きを掲載してみました。
読んでいただけたら嬉しいです。
でも、内容がな~。
設定を考えるというのは本当に難しいですね。
また、書き換えが必要になるかもです・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はぁー、と士郎がため息をつき、宣言をする。

「まず、最初に言っておくが、私は借金取りでも、ヤクザでもない」
「本当に申し訳ありません・・・」
「うぅー、ごめんなさい」

彼の目の前では、二人の女性(一人は少女だが)が何度も頭を下げている。

「でも・・・、目とかギラーンって感じで怖かったんだよ」
「ふ、服装も黒系のスーツでいかにもって感じだし、背も高くて厳ついから、つい私も・・・」
「つまり、私の服装や目つきが良くなかった。そういうことだな・・・」

士郎が顎に手を当て、思案顔になる。

「ふむ、それについては私の問題でもある。いらぬ誤解を与えてしまったようだ、すまなかった」

士郎が詫びる。
思わず、女性二人が顔を見合せる。
二人は「被害者」であるはずの彼が謝罪した事に少なからず驚いた。どう考えても彼女達二人の一方的な勘違いだろう。

「い、いえとんでもありません。もとはと言えば見た目だけで判断した私たちが悪いのですから」
「そうです、わたしたちの勝手な思い込みのせいです」

彼が、悪い人間ではないようだと分かり、二人が口ぐちに士郎に非が無いと言い始める。
士郎は思わず、ふっと笑ってしまう。
二人とも間違いなく「いい子」だ。こんな二人が楽しく笑っていられるプロダクションならば、そんなに悪いところではあるまい。
もっとも、経営的には苦しいだろうな、と別の感想も出てくるが。
士郎が頃合いを見計らって二人に提案する。

「さて、この話はこれで終わりにしないか、お互い至らぬところがあり、それが誤解を招いたということだ。それをお互い詫びた今、
良い頃合いだと思うが」

「はーい、賛成でーす」

少女が元気よく答える。
「お互いにというか、こちらが一方的に間違えただけの気がしますが・・・。ただ、そう言っていただけるのあれば、そうさせていた
だきます」

事務員の女性が答える。

「よし、この件はこれで終わりにして、本題に入らせてもらおう」

「あっ、そういえばお客様・・・ですよね、当プロダクションにどういったご用件でしょうか?」

「私は、衛宮士郎という。3時に高木社長にお目にかかる約束をしていたのだが」

成人二人は、改まって初対面の挨拶を述べる。
事務員の女性が腕時計を見る。時間はほぼ3時を示している。
彼女が「ああ」という表情をし、次に少し困った顔をして答える。

「社長の高木はあいにく、外出しておりまして・・・。本来ならもう戻っている予定なのですが」

そう答えたところで、バンと入口の扉が開き50代だろうか、白髪交じりのオールバックに色黒というか、もう本当にいろいろと色黒
すぎる男性が、勢いよく事務所に入ってくる。

「ただいま、遅くなって済まない、音無君、例のお客さんは見えてるかね」
「社長!丁度良かった。今そのお客さまがこちらに」

「おおぉ、君がそうか!私は当765プロダクションの社長、高木順一郎だ。よく来てくれた。音無君、お客様に失礼は無かったかね?」

「えーっと・・・」

「あぅー」

約二名の声が小さくなる。

「いや、とんでもない。お二人には「大変」良くしていただいた。私は衛宮士郎という。藤村雷画氏の紹介によりこちらに参上した」

士郎が大人の対応で二人に、すかさず助け舟を出し、自己紹介を行う。
ただし、少しのいたずら心を込めて「大変」を少し強調してみたが高木社長は気付かないようだ。

「うん、私も雷画さんにはお世話にはなっている。まあ、立ち話も何なので応接室へ入ってくれたまえ。音無君、応接室へご案内して
お茶を。私は、荷物を置いてからすぐに向かうので」

「はい」

「では、後ほど」

高木社長が社長室に向かう。
正面にガムテープ張りされた765マークのガラス窓を見ながら事務所の奥まで向かい、そのすぐ左にある部屋に入る。
扉を開けると応接室になっており、質素なソファーとテーブルが置かれている。

「こちらです。どうぞお掛けください」

士郎は、二人掛けのソファの真ん中に浅く腰掛け小鳥を見上げる形で話しかける。

「ありがとう。音無さん・・・だったか、君がそうやって仕事をしている姿を見ると先程、妄想を膨らませていた女性と同一人物とは
思えないな」

「っ! べ、別にいつもあんな事している訳ではありません!」

顔を真赤にして否定する姿は非常に可愛らしい。
士郎が思わずこみ上げる笑いをかみ殺して答える。

「もちろん、そうだろう。別に責めている訳ではないさ。ただ君のような女性が事務所に居れば皆、和むだろうと思っただけだよ」
「あ、後で、お茶をお持ちします!」

さすがに、「バン」と大きな音を立てて閉めはしなかったが、顔を真っ赤にして逃げるように部屋を出て行った。

「うう、私の第一印象最悪です・・・」

給湯室では、密かに涙を流す音無小鳥であった。
入れ替わりに高木社長が応接室に入ってくる。

「お待たせして済まない、ところで、なにやら音無君が顔を真っ赤にして出ていったが?」

「いや、わからないな、どうしてだろうか?」

士郎が大げさに肩を竦めてとぼけてみせる。
社長は、ちらりと士郎を一瞥し、新たに話を振りむけた。

「では、本題にはいろうか。君は藤村さんの紹介を受けているので、君の経歴、能力は、問題ない物として話をさせてもらう。依頼内
容について藤村さんから話は聞いているかね?」

「おおまかには。ただ正直、情報が少なすぎるがね」

士郎がチクリとトゲを交えて答える。

「すまなかったね。ただ、こちらとしても揉め事を社外に話すには信頼できる相手でなくてはならないのでね。分かってもらいたい」

社長がソファで手を組みかえて少し探るような視線で士郎を見る。

「ああ、承知している。」

士郎は視線を受け止めて短く答える。

社長は、そうだねと言い、少し言葉を区切ってから今回の依頼内容を話し始めた。

「三か月ほど前の事になる。うちの所属アイドルの一人に、この手紙が届いた。有名になれば珍しい話では無いのだが、受け取ったそ
の子は、まだほとんど無名だ。心当たりがまるで無い上に、続けて何通も届いている。内容は読んでもらえば分かると思うが脅迫状と
も、いたずらともつかぬものだ。
まだ、何事かが起きた訳ではないのだが、本人の身に何かが起らぬようしばらく警護をお願いしたい。それから、できるならば犯人を
突き止めて手紙を止めてほしい。」

社長がスーツの懐から輪ゴムを止められて束となった手紙を取り出し、応接テーブルの上に置く。

「拝見しても?」

士郎が社長の顔に目をやり確認をとる。

「もちろん、かまわないよ」

士郎が、白い便せんにワープロ打ちされた手紙を手に取り目を通す。手紙は10通ほどあり、一通一枚の便せんに大概一行、二行だけ
詩とも文章ともつかない言葉が書かれている。

ペラリ、ペラリと士郎が手紙をめくる音だけが室内に響く。

「どう思うかね」

士郎が読み終わり手紙をテーブルに置いたのを確認して社長が問いかける。
おそらく、純粋にプロとしての意見を聞くだけでなく、反応や回答を見て本当に解決する能力があるのかの見極めもしたいのだろう。

「ふむ・・・。言葉はどちらかというと女性言葉・・・。いくつか意味がはっきりしない部分がある。いたずらかもしれんが、あなた
方の同業者が彼女の歌に関して何かを妬んで書いたように見える」
読み終わった士郎が簡潔に答える。

「そうだね、私も同感だよ」

それを聞き社長も同意する。
しかし、士郎は表向きそう答えつつ、全く別の事を考えていた。
彼の思考は一通の脅迫状の中のある一語に集中していた。

『起源は同じのあなたと私 私は歌う機械 歌い続けて壊れそう でもあなたは自由に歌って楽しそう 妬ましい 妬ましい 必
ずあなたも私と同じにしてやる 壊してころす おんなじにしてやる』

『起源?・・・』

世界において秘されている事象、魔術。
その魔術における根幹「根源の渦」により万物が与えられし「起源」。
起源とは「その物」がなぜ「その物」であるかの意味付けそのもの。

『なぜこの言葉がここで・・・。偶然なのか?』

士郎は表情にこそ出さなかったが、驚きを抑え切れなかった。
偶然でないとすれば、この手紙を送り主は間違いなく何らかの形で魔術に関係する者。
受取人は、否応無く非日常へ片足を突っ込まざるを得ない。

「受け取った本人に、心当たりは?」

込み上げる焦燥感を意思で抑え込み士郎は淡々と必要な情報を確認していく。

「いや、全く無いそうだ。それはそうだろうと思う。彼女はアイドルと言ってもまだ世間の認知度はからっきしだからね」

「彼女・・・なるほど女性ということか・・・。ちなみに確認するが、受け取ったのはどのような人物なのかね?」

本当は聞きたくない・・・。なぜなら彼の悪い予感は当たってしまうから。

「今はまだ芽の出ないFランクのアイドルだが歌が抜群に上手い子だ。如月千早という。ダンスやビジュアルの素質についても他の子
より抜きんでている物がある。ただ、アイドルとしては多少仕事への姿勢に問題が無い訳ではないがね」

士郎の心の内に衝撃が走り、ひそかにため息が出る。

「やはり、悪い予感のとおり、か・・・」

「え?」

社長が怪訝そうに聞き返す。

「いや、彼女とは少しだけ縁があってね」

士郎がごく端的に社長の問いに答える。

「それはどういう事かね?」

「なに、数日前の事だ、ちょっとした面倒事に巻き込まれていた彼女を見かけてね。たまたま私が救いの手を差し出したのだよ。その
時は、お互いに面識も無く、ほんの少し会話をして別れた訳だが、こんな事になろうとはな・・・」

士郎は、社長の質問に答えながら振りかえる。
初めて路上で出会った時、再会の予感めいた物がなかった訳ではなかった。
遠坂凛から依頼を受けて、765プロダクションの名前が挙がった時に嫌な予感がした。
そして今、彼は何かに導かれるようにここに来て如月千早の名前を聞いた。
ふと先日出会った彼女の笑顔が脳裏に浮かび心の内で思わず呟く。

『ならば、私が何とかするしかないだろう』

士郎は心の内で誓う。
何かあれば彼女を必ず守ろうと。

「彼女からは、事情を聴くことはできるのか?」

「もちろんだとも、君には彼女の警護も依頼するのだから。いろいろ共通認識をもってもらった方が良い。ただ、彼女は今、ダンスの
レッスンに行っている。もうすぐ帰ってくるはずだ」

「了解した。ならば戻ってから話を聞くとしよう」

士郎は一息区切り、彼にとって重要な質問を社長に放つ。

「一つ確認したいのだが、なぜ私のような人間に依頼をしたのかね?」

彼はこの問いに関しては一切の妥協を許すことは出来ない。

「藤村さんにも話したのだが、出来れば内々で片付けたいと思っている」

社長が穏やかに話す。

「何故だ、彼女の安全を優先するのであれば警察に通報すべきだろう」

対して士郎は氷点下の口調で訊ねる。
彼は魔術が関わる可能性があると知った以上この件から降りるつもりは無い。
だが、今回の依頼が彼女のことを二の次に考えた結果だとすれば、それを見過ごす訳にはいかない。

「・・・・彼女には夢がある、自分の歌を多くの人に聞いて欲しいという夢が・・・。そして夢をかなえる才能を持っている。
確かに通報することで、彼女の安全は守られるかもしれない。だが脅迫を受けたのはランクが上がり有名になってからならばともかく、
無名の今現在の事だ。もし警察に通報したならば、脅迫を受けた事実をこの業界に知られてしまうことになるかもしれない。そうなれ
ば知った者達はどう思うだろうか。おそらく事実内容にかかわらず、彼女の私生活、ひいては人間性その物に疑問符を付けるだろう。
そうなってしまえば、そんな新人を・・・彼女を使う者などいない・・・。
私は彼女の事を全て知っている訳じゃあ無い。だが彼女の姿、生き方を見ていれば彼女の人生にやましい事など無いと誓って言える。
だから、こんな事で彼女の才能、夢が消し去られるのは理不尽だと思った。故に私はこのような方法で彼女のために闘おうと考えた」

高木社長は口調こそは荒げなかったが、静かにそして激しく闘志を燃やしつつ、その意思を伝える。
だが次の瞬間には、その雰囲気を和らげ、士郎を見つめ穏やかに語りかけた。

「だから、君を呼んだ・・・」

士郎は向けられた瞳を瞬き一つせず見つめる、社長もそれに応えるように士郎の視線をそらさず受ける。
彼は、高木社長の心の内、揺れを見極めんと、その眼を持って瞳の奥を覗き込む。
部屋の時間が停止する。
やがて士郎は、ふっ、と微笑みつつ視線を下に外した。
時間が再び色を取り戻し動き始めた。

「・・・・・なるほど了解した。私の不躾な質問を詫びさせていただこう。彼女は名伯楽に見出されたということか」

そして士郎は再び視線を上げ、瞳を社長に向ける。
その鉄色の瞳は猛禽のそれそのものだった。
衛宮士郎が宣言する。

「ならば、私も全力でその闘いに望むとしよう」

ここに、二人の男の共闘は成立した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まず、手紙の指紋分析を行いたい。その道ついて少し専門家を当たるつもりだ。おそらく照合用に後程この事務所の全員分の指紋を
採取させていただくことになると思う。構わないかね?」

士郎が、社長に確認を取る。

「・・・やむを得ないだろう」

社長が少し苦しげに答える。
事務所の他の人間を巻き込む事にためらいは隠せない。

「感謝する。それから、指紋分析については、普通に警察に依頼できない以上、外部に委託することになる。そこで、経費として、謝
礼が発生することになるが問題は?」

士郎が重ねて必要な条件を伝える。

「ぬぅ・・・・。問題はない。本人の安全には代えられん。しかし警察同様に、指紋を集めて調べる事が出来るのかね?」

社長は、今度も苦しげに了解した。しかし黙って聞いているだけでは物足りなかったのだろう、浮かんだ疑問を士郎にぶつける。

「いや、生半可に指紋をデータベース化したところで警察には全く及ばない。つまり餅は餅屋という事さ。そういう者に対する謝礼
として理解してもらいたい」

士郎は皮肉気に笑みを浮かべ答えた。
社長は一つため息をついて士郎にこぼす。

「せめて犯罪でない事を祈るよ」

「さて、それはどうかな、あなたは知らないほうが良いだろう」

その時、扉でノックの音が響いた。

「失礼いたします」

ガチャリと扉が開き、音無小鳥が湯気のたつ緑茶の入った湯呑二つをお盆に載せて応接室に入ってくる。

「粗茶ですが」

改めて告げて湯呑をテーブルの上に丁寧に置いてゆく。
社長がその内の一つを手に取りながら、小鳥に確認する。

「如月君は帰ってきたかね?」

「いえ、まだです。でも、もうそろそろではないでしょうか?」

小鳥が答えた刹那、カチャリと事務所のドアが開く音が士郎達のいる応接室まで聞こえた。

「ただいま」
「ただいま~」
「戻りました」

男女の声が事務所に響く。

「ほら、噂をすれば何とやらですよ」

小鳥が二人にウィンクする。

「千早ちゃ~ん、社長がお呼びよ、ちょっと応接室まで来てくれる?」

小鳥が応接室の扉から顔を出し名前を呼ぶ。
コツコツと靴音が響き、扉の前で止まる。

「はい、ご用でしょうか?」

先日、公園で聞いた声が扉越しに士郎の耳に届く。
扉を体一人分開けて応対している小鳥が声を掛ける。

「入ってきてくれる?」

「はい、それでは」

呼びかけに応じて開いている扉から、長い青みがかった黒髪を右手で軽く透かしながら如月千早が部屋に現れた。
そして彼女は椅子に座る人物を見て息を飲み、動きを止める。

「あなたは・・・!」

「久しぶり、という程には時間が経っていないか。元気そうで何よりだ。如月千早君」

ソファーに浅く腰掛けた姿勢から千早を見上げ、軽く笑みを浮かべつつ士郎が声をかける。

「衛、宮さん・・・」

彼女の顔が一瞬明るく輝き、深く感慨のこもった声でつぶやく。

「君たちは先日たまたま知り合ったそうだね」

社長が千早に対して温和に話しかける。

「ええ、実は先日すぐそこの公園でチンピラに絡まれていたところを助けてもらいました・・・。衛宮さん、その節は本当にありがと
うございました」

千早は社長に答えるとすぐに士郎に向き直り頭を下げて、先日の礼を改めて丁寧に述べた。

「いや、先日も言ったが私は礼を言われるほどの事はしてないよ。これ以上の感謝の言葉は私には過分だ」

士郎があまり興味無いという雰囲気で素気なく答える。

「分かりました、そう仰るなら・・・。でも、どうして衛宮さんはここに?」

士郎の言葉に千早は一瞬、寂しそうな表情を浮かべたが、続けて彼に質問を投げかける。

「君の社長からの依頼だよ」

「依頼?」

千早が訝しげな反応をする。

「君の事だよ、如月君。君が何者からか脅迫状を送り付けられていると社長から聞いている」

士郎が深く座り直し、体を前に傾けて胸の前で手を組む姿勢になり理由を述べる。
千早が困ったような表情になる。

「あれの事ですか・・・」

「君が狙われている、そう理解しているが」

「・・・いたずらでは無いのですか?」

「そうなら問題は無い、だが、本物かもしれない。」

士郎は千早を見上げ冷静に言葉を返す。

「如月君、彼の言う通りだ。あの手紙がどういう意図で送られて来ているのか全く分からない。君に万が一のことがあってはならない。
彼・・・衛宮君にしばらくの間、君の警護と、出来るなら事件の解決を依頼しようと思う。」

社長がはっきりと宣言する。

「えっ・・・・。」

千早は一瞬呆けたような顔をしている、すぐに意味を理解出来なかったようだ。

「ちょっと待ってください社長。警護って・・・私に衛宮さんが四六時中付いてくるということですか?」

「どこまでお願いするかは、もう少し相談しなければならないがね・・・。概ねそういう事になるだろうね」

社長は、椅子を少し深く腰かけ直しながら千早の言葉を肯定する。

「で、でも男の人がいつも一緒にいるなんて・・・。わ、私困ります。周りの眼もあるし、う、歌に集中だってできないし」

千早が戸惑いの表情を浮かべて断りの言葉をどうにか表現する。

「男性という点なら、プロデューサーがいつも一緒にいるのも同じだろう」

社長がどうにか了承の言葉を引き出そうと畳みかける。

「え、えーっとじゃあ、プ、プロデューサーに守ってもらえばいいのでは!」

何とか断ろうと千早が苦し紛れに言葉を連ねる。
だが、若干目が泳いでいるようだ。

「君は、自分を守るために、そのプロデューサーに命を賭けさせる気か?」

成り行きを見守っていた士郎が無表情でぼそりと呟いた。

「・・・そ、そういう訳では・・・と、ともかく困ります・・・」

痛いところを突かれて千早が黙り込む。

「社長、本人が狙われているという自覚が無いのであれば依頼の遂行は非常に難しい。あなたの想いも、どうやら彼女には通じないよ
うだし、こうなった以上は、早急に警察に届けた方が彼女の安全のためには良い。」

士郎がやれやれと肩をすくめて社長に提案する。

「社長の想い、ですか?」

千早が士郎の言葉に反応する。

「そうだ、社長はなぜ今回の件を警察ではなく、民間人の私に依頼したか考えようとは思わないかね?」

再び士郎はソファーに浅く座りなおし千早を見上げて彼女に鋭い視線を投げかける。

「さあ・・・事務所の体面のためですか?」

逆に千早は出来が悪くて立たされた生徒のように士郎の顔を伺いながら答える。

「ふむ、想像がついていないようだな。ならば逆に警察に届けたならどうなったかを考えてみたらどうかね?」

「・・・・・。」

千早が思考の海に沈む。まだ、回答は出ないようだ。

「君は、自分がFランクのアイドルだと言った」

このまま考えさせても彼女から回答は無いと考えたのだろう、再び士郎が話し始める。

「ええ」

「私はこの業界の事はあまり良く知らないが、少なくとも売れている訳では無いだろう」

「はい」

「君の名前が売れた後ならばともかく、未だ無名の君が警察に相談するほどの脅迫を受けたと他人が聞いたらどう思う?」

「・・・・・」

そろそろ問いが想像の範疇を超えたのだろう、彼女から回答は無く無言となる。

「おそらく多くの者は、君個人の事情、もしくは素行の結果により脅迫を受けたと判断するだろう」

「それは・・・」

「そうなれば、君をまともな人間と見る者はいまい。ましてアイドルのような人気商売であれば、そんな君を起用しようと思う者は更
に少ないだろう。たとえ事務所を代わったとしても一度君についたレッテルは、簡単にははがれまい」

「そんな!」

千早は自分の想像を超えた士郎の指摘に耐えられず思わず否定の声を上げる。
だが、士郎は耳を貸すことなく話を先にすすめる。

「君には夢があるそうだな」

「・・・ええ」

「私の語ったシナリオの先にその夢は描けるのか?」

「・・・無理です」

先程の士郎の正鵠を射た指摘の前に抵抗する気力を削がれたのだろう、千早は力無く答える。
彼女の顔は青ざめ唇はわずかに震えていた。

「ならば社長がなぜ私に依頼をしたのか、容易に想像がつくだろう」

「私の・・・夢のため・・・?」

「あえては言うまい、だが社長が君の安全と、君の夢への想いとを天秤にかけてギリギリの選択をした結果を前にして、君が先程述べた反
対の理由は、どれ程の説得力を持ちうるのか是非聞かせて欲しいところだ」

「あ・・・・」

士郎の言葉の前に千早は為す術なく立ち尽くす。
彼女はこの時初めて、脅迫状によって自身や、自身を取り巻く様々な物が、瀬戸際に立たされているのだと知った。
応接室の中を沈黙が支配する。
ただ、エアコンの音だけが、響いていた。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)8
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/07/29 23:56
お久しぶりです。
だいぶ間が開いてしまいましたが続きをかいてみました。
しばらくは戦闘も派手さも無いのですがもう少しお付き合いしていただければ幸いです。

*************************************

「では改めて聞こう如月千早。今の話を踏まえた上で、君はどうする?」

士郎が、姿勢を変えることなく無表情に千早に結論を問う。
立ち尽くしていた千早は、金縛りを解かれ、弾かれたようにピクリと肩を震わせた。

「はい・・・社長や衛宮さんの仰るとおりにします。それしか、私には未来は無いでしょう。」

彼女は胸に手を当て、意を決したようにハッキリと述べた。
ドアの手前で、佇んで息を飲んで成り行きを見ていた小鳥が、胸に溜めていた空気をホッと息を吐き出し、同じく千早の返事を固唾を
飲んでうかがっていた社長も肩の力を抜いて椅子に座りなおした。
目に見えて部屋の空気が弛緩する。

「うむ、それがいい。君には苦労をかけてすまないが、私は、きっとその選択は正しいと思う。なあ、衛宮君!」

本意でない選択をせざるをえなかった千早の気持ちを察したのだろう。社長が千早の決心をねぎらい、士郎にも彼女の選択が正しい事
の同意を求めた。

「無論だ。先程社長とも約束をしたが、全力で当たらせてもらおう。」

士郎は口調を緩める事無く返事を返す。
それを聞きながら千早はうつむき、口をキュッと結んだまま視点を床に向けていた。
そして、つと顔を上げて社長の方に向きなおり口を開く。

「先程は申し訳ありませんでした。自分の都合ばかり言って心配してくださる社長の事を何も考えていませんでした」

彼女は先程の自分を省みて言っているのだろう本当に申し訳なさそうに社長に頭を下げて謝罪をした。

「いや、気にしていないよ、君が歌以外の事に集中を乱されたくないという思いは私も知っている」

社長は優しく千早に返事をする。
千早は社長に引き続いて今度は士郎に頭を下げて謝罪をした。

「衛宮さん、先程は失礼いたしました。男の人とずっと一緒にいるのが嫌だなんて・・・。衛宮さんだってお仕事だから仕方無くそう
するだけなのに・・・。私は本当に嫌な人間ですね」

「別に自分を卑下する必要など無い。重要なのは社長の気持ちが君に通じているかどうかだ、通じているならばそれで良い。それに君
にああ言っておいて何だが、私のような性格の者が四六時中付いて回るとすれば、確かに断りたい気持ちにもなるだろうからな。」

士郎が、口の端を上げて笑みを浮かべ冗談めかして答えた。
さっきまで千早を問い詰めていた士郎の思いがけない言葉に、千早以外の人間がどっと笑う。

「も、もう、私は真剣なんですから・・・」

千早が恨めしそうに、椅子に座って笑う士郎をにらんだ。

「いや、冗談だ。これが最善だという判断には一分の迷いも無い。いかなる場合でも必ず君を守りきろう」

士郎は彼女の眼を見て、何のてらいも無く自信を持って千早を守ると宣言した。

「・・・・・・はい・・・」

千早は一瞬ポカンとしていたが、その後一足遅れて士郎が何を言ったのかようやく理解した。
千早の白い顔がほんのり赤くなる。
歌に命を賭けているとはいえ彼女も夢見る一人の女の子だ。
憎からず思っている年上の男性から面と向かって『君を守ってやる』と言われて冷静でいられる年齢ではない。
千早の赤い顔が、知らず知らずのうちにうつむき、前髪が垂れて目元を隠す。

「あら、千早ちゃんどうしたの?」

急に黙り込み、うつむき加減になった千早の様子を訝しく思った小鳥が彼女に声をかけた。

「何でもありません・・・」

千早は後ろで手を組み目線を上げて窓際を向いた。
他の人間から見ると、ちょうどそっぽを向いたようになる。
これなら自分の赤い顔は誰にも見られないだろう。
今度は、ちらりと目線だけを動かし士郎の方を見る。
赤みがわずかに残る白い髪、浅黒い肌、精悍な目付き、美しいという程ではないが、それなりに整った顔立ち・・・。
千早がこの前、チンピラから助けられた時には十分に気がつかなかった士郎の姿がそこにあった。
『この人が、また私を守ってくれる・・・』
嬉しいような、恥ずかしいような何とも言えない、むず痒い気持ちが千早を襲う。
先程まで、男の人が付いてくるなんて嫌だと言っていた自分は何処へいってしまったのだろう。

「ん?」

士郎が、すぐに千早の視線に気付き彼女の方を向く。さすがに、他人より五感は鋭いと自分で言うだけのことはある。
千早は慌てて視線を戻し、あらぬ方を見た。

「そういえばプロデューサーに話をせねばならんな」

社長が小鳥に話しかけた。

「そうですね、衛宮さんにお願いする件を話さなければいけないですね」

彼女も同じ意見を言う。
じゃあ、呼んできますと言って、小鳥が扉を開けて応接室を出て行く。
待つ間に、士郎が千早に事情を聞くために話しかけた。

「君は、今回の件に関して心当たりは無いのか?」

「ええ、私自身に心あたりは無いのですが・・・」

彼女は申し訳なさそうに返事をする。

「ふむ、君は普段は高校生なのか?」

「ええ、そうですが」

「では、そちらの関係ではどうだ?案外、思いもかけぬ人間が関連しているということはあるものだ」

士郎が違う方面からの交友関係について更に問いかける。

「いえ・・・心当たりはありません。私は学校には親しい友人はいません、人間関係自体あまりありませんし・・・」

彼女はうつむき、士郎に答える。

「そうか」

士郎は、あえて千早の気まずそうな雰囲気を気にせず無表情に答えた。
社長は口を差し挟むことなく二人の会話を聞いていた。

「とりあえず、今はこれくらいにしておこう。いずれ、君の家族に関する事や君自身に関する事なども聞かせてもらいたい。不快に思
うかもしれないが、何が手掛かりなのかはわからん。」

「はい」

応接室の話が途切れた時、コンコンとドアがノックされた。

「失礼します」

まず小鳥が応接室に入り、続いて紺のスーツをまとったやせ形の若い男性が入ってきた。
年の頃は、23~4歳くらいで士郎より少し若いようだ。
身長は175センチ位、クシャリとした柔らかな髪と、優しげな目元の好青年だ。
顔つきは、とりわけ美形というわけではないが造作は悪くない。
彼の全体の柔らかな雰囲気と相まって、士郎とは対照的に甘く優しい印象を醸し出す。
彼は士郎を見て、戸惑いながらも軽く会釈をし、士郎もそれに返す。

「社長、お連れしました」

小鳥が社長に声をかける。

「ありがとう、音無君」

社長が小鳥に礼を言い、次に士郎に向って若い男性を紹介した。

「衛宮君、彼が我社のプロデューサーの金田君だ」

「どうも、金田上一郎です。はっ!もしかして社長、新しいプロデューサーの候補の人ですか!?」

士郎の事を新任プロデューサーと勘違いしたようだ。
彼の顔が一瞬パッと明るくなる。

「残念ながらそうではない、こちらは衛宮君だ。如月君の例の件で来てもらった」

社長が、上一郎に説明をする。

「千早の脅迫状・・・の件ですか?ということはもしかして・・・」

「はじめまして、私は衛宮士郎という。君は今回の件を知っているということだな。なら話が早い。私が社長からの依頼で彼女の警護
と捜査を請け負うことになった」

士郎が、立ち上がりつつ表情を変えずに淡々と告げる。
背の高い士郎の動きに合わせ、応接椅子がギシリと軋む。

「なるほど、そうですよね。プロデューサー候補の方にしては、どうも目つきが鋭すぎると思いました」

彼は、ガッカリした様子で一人合点している。
どうもこのプロダクションは人手不足のようだ。

「君に協力を仰ぎつつ彼女の警護を行うことになるだろう。ひとつよろしく頼む」

士郎が右手を差し出し上一郎に協力を依頼する。

「いえ、こちらこそお世話になります。彼女のためにも、ぜひ解決をお願いします」

上一郎も右手を差し出し、真剣な眼差しで士郎の顔を見つめながら手を握る。
彼は、警察に通報するのではなく士郎に依頼することの意味を理解しているのだろう、士郎を見る瞳は強く、握る手には力が籠ってい
た。

社長は二人の姿を何か眩しい物を目にする様な表情をして見る。
士郎は同じく自分たちを見る小鳥の顔つきが少し怪しげに弛んでいる事が気になったが、あえて触れる事はしなかった。
きっと、何か妄想をしているのだろう。

「了解した、皆の期待に添えるよう全力を尽くすつもりだ。」

士郎が頬に笑みを浮かべ力強く返事をする。
そして返事の力強さを裏付けるように握る手に力を込めた。

「いだだだだっだっだっだっだだだだだ!」

上一郎が突然大声をあげて悶絶する。

「衛宮さん!痛いっ!痛いですって、力入れ過ぎです」

士郎がすぐに彼の手を放す。

「むっ、すまないな。君の期待に答えるという意味で手を握り返したが、少々力を込め過ぎたようだ」

「なんて力で握るんですか・・・。まったく」

少し涙目で自由になった手をさすりながら上一郎が情けない声で士郎に抗議をした。
このやり取りに、上一郎以外のその場にいた全員が笑う。

応接室では、当事者を含めて改めて今後の具体的な計画が練られ、警護の方法について話し合われた。
今回の件は脅迫状の文面からするに「歌」が関連する可能性が高い。
「歌」は基本的に彼女の仕事と直結する。

「一人になる通勤通学の時、脅迫の内容と関連の深い仕事の時、この二つを中心に警護を行いたい。休日については、外出を控えてく
れればありがたいが、そうばかりも言ってはいられまい。休日の外出時も警護に含めようとおもうが、どうかね」

士郎が提案を行う。

「私も、それでかまわんと思うが、如月くんはどうかね?」

社長が賛成の意を示しつつも、千早を気遣い意見を述べる場を与える。

「私は構いません。必要であるなら、どんな条件でも受け入れるつもりです。」

一度受け入れた千早にブレはなかった。
社長にまっすぐ向いて間を開けることなく返事をする。

代わりという訳では無いだろうが、小鳥が言いにくそうに士郎に尋ねた。

「その・・・なんというか、警護の時間が長いですけれど、そういう場合、料金というのはどういう請求になるんですか?その、高い
んじゃ・・・」

「通常こういう業界はリスクの程度と派遣人数に応じて1時間当たりの単価を設定している。そして、その体制で警護を何時間行うか
により、請求額を決定することが多い。だが私は企業ではなくフリーなので、時間単価の設定をするつもりは無い、それに藤村氏の紹
介でもあるし無理を言うつもりも無い。請求は必要経費にいくらかを上乗せさせてもらうだけのつもりだ。」

「そうですか」

小鳥がホッとしたように明るく答える。
小さなプロダクションのサイフを預かる身としては当然の心配だろう。
士郎は「等価交換」を原則とする魔術師ではあるが、彼に限っては対価を得るという考えはあまりない。
なぜなら、彼が他人に「救い」を与えるのは、自らの心に「救い」を与えるためなのだから。
しかし、彼は世間が「無償」という言葉に対して持つ「偏見」 ――― 胡散臭さと言っても良い――― を十分に知っている。
それゆえ、彼が料金を受け取る事により、依頼人が安心して彼に頼む事が出来るのならそれで良いと考えていた。

結局 警護は士郎の提案どおり通勤、通学、仕事の間、必要に応じて休日と決まった。
引き続いて士郎が、千早の日常生活やスケジュールや毎日の通勤・通学経路を千早から聞き、警備に関する細かい手順を決めていく。
終盤に差し掛かり士郎が気になっていたことを確認のため口にした。

「ところで、事務所の他の人間にはこの件どう伝わっているのかね?」

「いえ、皆が動揺するかもしれないということで、まだ僕も社長も他の人間には何も伝えていません」

少し困ったように社長の顔を見ながら上一郎が答える。
士郎が眉をひそめて問う。

「明日から私が事務所に現れれば隠し通すわけにはいくまい、私を皆にどのようにして紹介する気なのかね?」

「・・・・・・・」

しばし全員が無言となる。

「おお、ピンときた!私に名案がある!」

社長がポンと手をたたき突如大声を出した。
何か閃いたらしい。
士郎は、ほお、と感心した表情になり、上一郎は無表情ながらややジト目、小鳥と千早は露骨に冷たい視線を社長に向ける。

「衛宮君、君がプロデューサーに、な『だが断る!!』なぜだ?まだ全部言っていなじゃないか!」

思わず立ち上がった士郎の渾身の突っ込みに社長がたじろぐ。

「今、私にプロデューサーをやれと言いかけただろう!私は警護ということでここに来たのだぞ、それがなぜプロデューサーなのだ?
それに素人の私にそんなものが勤まる訳がないだろう!」

鼻息も荒く士郎が周りを見渡すと小鳥と上一郎が「社長にしては、まともな提案ね~」という雰囲気うなずいており、千早は困ったよ
うな、何とも微妙な顔をして士郎を見ている。
士郎は思わず頭を抱えそうになった。

「素人でも大丈夫ですよ、衛宮さん!金田さんも経験半年!でも今や立派な765プロのプロデューサーですから」

「どーん」と大きな波しぶきをバックに、盛大なドヤ顔とサムズアップの小鳥が士郎に迫る。

「あのな・・・プロデューサーというのは確かに普段はアイドルの傍にいるのだろうが、それだけでは済まないだろう。営業等を行え
ば逆にプロデュースする対象のために傍を離れなければならないこともあるのではないのかね?」

対する士郎は完全にジト目で反論する。

「まあ確かにそうですね」

小鳥が「あはは」と頬をかき、目を泳がせてあらぬ方を見ながら士郎の言葉に応ずる。
士郎は思わず溜息をつき、目頭に手を当てて目元を揉む。

「必要な時に共に居られなければ、警護の意味が無いだろう。それよりも、本題は他の事務所のメンバーに彼女の件を伝えるかどうか
ではないのかね?」

上一郎が頭を掻き、周りを見渡しながら意見を述べる。

「やはり、何も説明せずにみんなの理解を得るのは難しいですね。普通に考えて千早を特別扱いする理由がありません。このままでは、
みんな納得しないでしょう。」
社長が顔を右手でつるりと撫で、ため息を一つついて決断をする。

「そうだな、やはり明日みんなに説明するとしよう。今事務所でなにが起こっているのか彼女達にも知る権利がある。危険だと言って
765プロを見限って去るならそれで良し、ここに残ってくれるならそれも良しだ。判断は彼女達に任せよう。」

「ふむ、確かに、それがフェアというものだ」

士郎も社長の判断に満足し賛同する。

「すみません、私のせいで・・・。」

千早が、右手で下に伸びた左腕の肘をきつく掴み、俯きながら力無く詫びの言葉を口にする。
社長が椅子から立ち上がり千早の肩を一つポンとたたき、慰める。

「君が悪いのではない。こんなモノを送り付ける輩が悪いのだ。君が気にすることでは無い。それに、君はこれからトップアイドルを
目指すのだろう?そうしたら、多少の損失があったとしてもすぐに取り返してくれるはずじゃあないのかね?」

社長がいたずらっぽく千早にウィンクして見せる。

「大丈夫よ。きっと、みんな今までどおりだと思うわ、千早ちゃん」

「僕もそう思うよ、みんな仲間だろ」

小鳥も上一郎も千早を慰める。

「はい・・・ありがとうございます」

そう言ってから千早は笑おうとして笑えず顔がこわばり、思わず涙をこぼした。
士郎は椅子に座ったままの姿勢で顔を少し伏せ、フッと口元を曲げて微かに笑みを浮かべた。
上一郎はポリポリと頭をかきながら困ったように微笑み、小鳥はもらい泣きで、少し涙ぐみ目元にハンカチをあてている。
みんなが千早の事を心から心配し、気にかけている。
そこには優しい時間が流れていた。
この優しい時間は、つい最近まで戦いに明け暮れてきた士郎には少しだけ辛かった。

「ところで、みんなには明日説明するとして、私は対外的に、そのままボディーガードを名乗る訳にはいかないと思うが、どうすれば
いい?」

場が落ち着いたタイミングを見計らい、士郎が警護の話を再び進める。
社長はしばし考え、口を開く。

「名目上は、プロデューサー代理というところでどうだね?」

「了解した。正面に立つわけでないのだからな、まあ妥当なところだろう。」

士郎は決める事を全て打ち合わせできた事を確認して全員に告げる。

「私からは以上だ。それから本来なら、経路や周辺の下見等を十分に行いたいところだが時間が無い。明日朝の通勤から彼女の警護を
始めたいが良いかね?」

全員がうなずいたところで最後に高木社長が宣言する。

「では、衛宮くん明日からよろしく頼む」

これでその日の打ち合わせは終了となった。
時間は午後5時少し前だろう。
冬の短い陽は大きく傾き、街を歩く人や建物は影で覆われており、もはや地に沈むのは時間の問題である。
東の空には夜の帳が性急に舞い降りて来ていた。
仮初めの暖かさをまとっていた昼間の空気は、次第に冬の本性を現そうとしている。
士郎は事務所のビルを1階まで降りたところで階段の上から呼び止められた。

「衛宮さん」

少し慌てて階段を降りてきたのだろう、如月千早が、走って乱れた髪を押さえながら息を少し荒げ、士郎に追いついた。

「如月君か、どうした?」

士郎が振り向き返事をする。
夕暮れの寒さが二人を覆い、息が白く立ち上り夕闇の中に消えていく。

「あの、これをお返ししなければと思って」

千早が握っていた手を開き、白銀に輝く物を士郎に両手で差し出す。

「先日、お預かりしていたアミュレットです。まさかこんなに早くお返しする事になるとは思いませんでしたが・・・」

少し寂しそうに士郎を見上げる。
きっと彼女が、雑貨屋かアクセサリーのショップでみつくろったのだろう、アミュレットには茶の革の紐が通されて首にかけられるよ
うになっており、本体のすぐ脇には小さなターコイズのついた飾りがアミュレット同様に革紐に通され、彩りを添えている。
その様子を見ただけで彼女がアミュレットを大切にしようとしていた事が分かる。

「ふむ、そういう約束だったな。では確かに受け取った。君が無事に帰宅でき、アミュレットが役目を果たせて良かった」

士郎は千早からアミュレットを右手で受け取り手元に戻す。

「そして今日、仕事とはいえ私は君を守る事になり、そのアミュレットは私と共に新たな役目を負うこととなった」

士郎が再びアミュレットを握った手を千早に差しのばし、指を開く。
驚いた表情で千早が士郎を見る。

「だから、改めて君に預かってもらいたい」

「いいのですか・・・?」

「ああ、アミュレットが私と共に君を守れるよう、ぜひ持っておいてほしい」

士郎は千早の目を見て頷き、受け取るように促した。
アミュレットは冬の街の明かりを弾いて微かな銀の輝きを放っている。
千早は微笑みながら士郎の手から小さな「守り人」を受け取る。

「ありがとうございます。衛宮さん、では、改めてよろしくお願いね、小さなボディガードさん」

千早が士郎に頭を下げた後、手に取ったアミュレットに話しかける。
士郎がふっと笑い、優しい目つきでその姿を見守る。

「本当は、お預かりしてから革紐を買ったり、飾りを付けていたら愛着が湧いてしまって・・・だから、もう少し手元に置いておける
のは正直嬉しいです。」

千早が士郎の方を向いて顔を伏せ、少しバツが悪そうに語る。

「それに、私、これを着けていたから衛宮さんにもう一回会えたような気がするんです。ってなんか変な事言っちゃってますね、私」

彼女は少し顔を赤らめながらうつむいたまま、自分の首にアミュレットを掛けた。
長い黒髪の上に掛かったままの革紐を髪の下に納めるために髪を両手で持ち上げてすく。
すいた刹那、青みがかった美しい黒髪は、街を覆いつつある夕闇に広がり、再び彼女の肩に舞い降りる。

「存外、君の言うとおりかもしれんな・・・アミュレットが君の危機に応じて私を再び引き合わせたのかもしれん」

士郎は千早の仕草を眺めながら、笑みを納めてそう言った。

「なら、このアミュレットに感謝しなければ・・・。でも、そうすると私には危機が迫っているって事ですね・・・」

千早が日没直後の、西の空に顔を向けポツリとつぶやいた。
その姿は、見えない明日に戸惑い、途方に暮れているかのようだった。

「真実はその時にならねば誰にも分からない・・・」

士郎は、誰とも無しに向けられた彼女の発した言葉の意味に気付き答える。

「明日から君の生活には確実に変化が訪れる。なにしろ私という人間が張り付き、場合によっては脅迫状のとおり何者かに生命すら狙
われるかもしれんからな。君の不安は察するに余りある・・・」

士郎はいったん言葉を区切り千早に視線を向ける。
彼女は士郎の言葉に自身の心の奥の不安を衝かれたのか、表情をこわばらせ思わず彼に顔を向ける。
それを見て士郎は再び言葉を紡ぐ。

「だが、君自身に根ざす本質が変わる訳ではないはずだ。ならば、どのような状況下であろうと君は、自分に出来る事を精一杯やるだ
けでは無いのかね。しかる後の事は他の者に任せておくことだ。そのために私もここにいる」

千早は士郎の方を向き、その顔をしばらく見つめた後、うなずいた。

「そうですね、まだどうなるのか分からないのならば思い悩む事は無意味ですよね」

千早は視線を落とし、自らの手の内に宿る見えない物を確かめるかのように、右の手の平を眺め、それを握りこむ。
その姿には空を見上げ不安げにしていた先程の彼女には無かった覚悟のような物が見て取れた。

「ふむ、吹っ切れたようだな。」

士郎が彼女の雰囲気の変化を感じ取り口元を緩める。

「ええ、不安だったんです。今だって、これからどうなってしまうんだろうって、すごく不安です。でもさっきの言葉で少し楽になり
ました。・・・・・衛宮さんのおっしゃるとおりです。どんな状況になっても私は私なのだから」

千早はしばし目を伏せていたが、次の瞬間、顔を上げ、士郎に花のように可憐な笑顔を向ける。

「私はみんなに私の歌を聞いてもらいたいんです。だから明日からも今日までと変わらず全力で歌います!」

彼女はさらに言葉を続ける。

「衛宮さん、明日から私の事、よろしくお願いいたします!」

「ああ、必ずや君の期待に応えよう」

士郎は思う。
この笑顔の主を守りたいと。
そして彼は憎む。
このような状況を作りだした脅迫状の差出人と、彼女に、このような悲壮な笑顔を強いた自分を。

*************************************

Pの名前が分からんので適当にコミック版から拾ってきました。
続き書くのが結構苦しいです・・・。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)9
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/07/29 23:59
こんばんは、たぬきです。
とりあえず書き上げましたのでアップさせていただきます。
短く拙い話ですが読んでもらえれば幸いです。
それから前話の一部に修正を入れました。
申し訳ありません。
「明日朝の通学から」→「明日朝の通勤から」

今回は真美のポロリもあるでよ~。
*******************************************************
その日の朝、如月千早はいつもどおりの時間に目を覚ました。
目覚めた自室のベッドの中で大きく伸びを一つし、ベッドを抜け出し、身支度を整えるために洗面所へ向う。
狭くて、お世辞にもきれいとは言い難い公団住宅の洗面所に、外の寒気が、ひたひたと押し寄せる。
普段、彼女は洗面所で洗顔をし、髪をとかす他は基礎化粧もろくにせずに済ましている。
それは、芸能に携わる者はおろか、同年代の女子とも比べられない程の短時間だ。
そして彼女は今日も、いつもどおり済まそうとして、昨日までと少し違うことに気付く。

「そっか、今日から衛宮さんが迎えに来るんだっけ・・・」

千早は、少し心が弾んでる自分に驚きつつ、これまであまり使ったことの無かった化粧水の瓶を手に取り肌の手入れを始める。
手入れを一通り終えると、彼女は再び自室に戻り、タートルネックのセーターとジーンズに着替えてリビングに向かった。
リビングの扉を開けて部屋に入ると父親の姿はすでになく、既に仕事に出かけているようだった。
部屋ではテレビが誰が見るとも無しに点けたままになっており、女性気象予報士が寒波の来襲と、関東地方の降雪の可能性を伝えてい
る。
暖房がついているはずのその部屋が千早には、なぜか寒々しく感じる。
彼女は母親に、おはようと朝の挨拶をする。
ぼおっとテレビを眺めていた母親は、千早の挨拶の声にようやく彼女の存在に気付いて挨拶を返し、千早のトーストを焼くためにダイ
ニングテーブルの椅子から立ち上がった。
代わってダイニングテーブルの席についた千早は、しばらくして母親から焼きあがったトーストを皿に受け取り、いただきますを言っ
て、角からかじり始めた。

「ねえ千早、昨日ね、あの人が、・・・」

席について食事を始めた千早に、母親は夫である千早の父親の至らぬ点を彼女に得々として語りだす。
彼女の両親は、過去に起きた、とある忌まわしい出来事をきっかけに険悪の仲となっており、事ある毎に家庭で言い争い、時には暴力
的な出来事すら起きていた。
千早は黙って母親が語るにまかせて聞いていたが、次第に胃と同時に別の部分 ―― 心 ―― が食物の受け付けを拒否し始める。

「・・・ご馳走さま。今日はちょっと約束があるから、もう出掛けるね」

結局、千早はトーストを半分ほど残して食事を終え、逃げるようにダイニングを離れることになった。
母親は、しっかり食べないと体が持たないなどと、もっともらしい事を千早に言うが、もう彼女の心がその場にとどまる事を拒否して
いた。
千早は、再び洗面所へ向かい、歯を磨くと家を出た。

団地の階段を降りて出口を表へでたところで、千早は男に声をかけられた。

「おはよう如月君」

赤みがかった白髪をオールバックに撫でつけた190cmに近い大男が、黒いコートに細身の黒いスーツの上下に白いワイシャツ、細

く黒いネクタイといった出で立ちで彼女の目の前に無表情で現れる。
彼は昨日とうって変わって冷え込み厳しい寒空の下で千早を待っていた。

「おはようございます 衛宮さん・・・寒い中、お待たせしてすいませんでした。今日からよろしくお願いいたします」

千早が士郎を見て挨拶し、一瞬安堵したような笑顔を見せた。
だが士郎は彼女の声音、表情に暗い影が見え隠れしていることに気が付く。

「なに待つのも仕事だ、問題はない。こちらこそ今日から、よろしく頼む」

士郎が、二歩ほど下がって千早の右後ろに付く警護のポジションに立ち、二人は歩きだす。
こうすることによって士郎は千早と彼女への接近者を広く視界に捉えて歩くことができる。
彼女を後ろから襲う者については当然、士郎がその身を挺して防ぐことになる。
歩きだしてから、少しして士郎が声をかける。

「どうした、あまり元気が無いようだな」

「いえ・・・別にそんなことはありません」

千早は否定するが、内心、士郎の観察眼に舌を巻く。

「そうか・・・」

千早は、士郎が深く追求してこないことにホッとしながらも、この心の内を誰かに打ち明けたいとも思う自分に気付く。

「おっと、こちらだ」

家から20mほど歩いて、いつものルートを歩こうと道路に出たところで、千早を士郎が呼び止める。

「えっ?あ、はい」

士郎が呼び止めた路上に、彼女の見慣れない白のセダン車が駐車されている。

「これは?」

千早が首を傾げて士郎に問う。

「君の送迎用の車だ」

士郎は特に何の感情も見せずに千早の問いに答える。

「うちの営業車にこんな車ありましたっけ?」

千早はまだ納得いかないのか士郎に重ねて問いかける。
白いセダン車は、千早も良く知っている大手自動車メーカーの物で車種も1500ccクラスの大衆車である。

「話は後にしよう。まずは乗りたまえ」

士郎が後ろ座席のドアを開ける。

「えっ、いえ自分であけられますから」

士郎にドアを開けられた千早が慌てる。

「いいから乗りたまえ、警備上の都合でこうしているだけだ」

士郎がやや強い口調で千早の乗車を促す。

「は、はい」

千早が乗車する間、士郎は周囲の気配と接近者に目を配る。
朝の団地の路上には通勤中のサラリーマンと小学生が数人歩いているだけで、おかしな気配は感じられない。
千早が乗り込むのを確認すると士郎は素早く車を発進させる。

「訳も分からず急かして済まなかったな、家からの出入りと、車の乗降車は隙が出来やすく襲撃のタイミングとして非常に狙われやす
い。乗降車は、私がドアを開けて周囲を監視している間に速やかに行って欲しい」

車が発車してから、しばらくして士郎が千早に詫びながら話しかける。

「分かりました。次からはそうします。」

千早が士郎の言葉に素直にうなずき返事をする。
続けて興味深げに士郎に車の事を問う。

「この車も警備のために用意した車ということですか?」

「ああ、この車の見てくれは、ただのセダン車だが、一応防弾仕様になっていて自動小銃程度ならばガラスもボディも貫通することは
ない。最も爆発物となると、そうはいかんがな」

士郎がシート越しに千早の質問に答える。

「もしかして、これ、衛宮さんの持ち物ですか?」

「いや、ただの借り物だ、こういった車両を専門に扱う知り合いがいてね、その男から無料で借り受けた」

「はあ、そうなんですか・・・」

好奇心と恐ろしさが半分半分と言ったところだろうか、千早は微妙な表情で窓ガラスやシートをそっと撫でたり触ったりする。
実際のところは刀剣マニアである、その知り合いに、士郎が「本物」の「虎徹」や「正宗」を貸出し、引き換えにこの車を借り受けたのだった。
ちなみに、士郎がどうやってそれらの刀剣を手に入れたかは秘密である。
車は郊外の主要道路から都内の幹線道路に入り小道を抜け渋滞を避けながら事務所を目指す。

「今日の予定は、午前中は都内でボイスレッスン、午後からは郊外のショッピングモールでストアライブだったか?」

士郎が、千早に予定の確認を兼ねて話しかける。

「はい朝、変更の連絡が無ければ、ですけれど。特に午後からはお客さんの前で歌えるからとても楽しみです」

千早が嬉しそうに士郎に返事をする。

「そういえば、君の歌声を聞くのはこれが初めてになる訳だ、ふむ、これはなかなか楽しみだな」

「そうやって改めて言われると少し恥ずかしいですね」

千早がミラー越しに運転席の士郎の顔をチラリとのぞく。

「何と言っても君のこだわりの歌だ。仕事を疎かにするつもりは無いが、是非にでも聞かせてもらうぞ」

今度は士郎がバックミラーを使って千早をのぞき、笑いかける。

「ところで、こういうストアライブは初めてなのか?」

「いえ、何回かあります。今回のライブ、実は出演者は私だけではなくて、私の後からもっとメジャーなグループが出演する予定なん
です。私はいわば前座ですね。」

「なるほどな、彼らを目当てに集まったお客に君の名前も覚えてもらう訳か。で今回は何曲歌う予定なのかね?」

「3曲です。でも最初の2曲は定番のクリスマスソングですから、持ち歌を歌えるのは1曲だけですけどね」

ガラス越しに朝の冬の街を見ながら、千早は多少の悔しさをにじませて答える。

「なに、どのような目的であれ来て貰えればお客だ。3曲でもしっかりと君の歌を聞いてもらえばいいさ」

「ええ、そうですね・・・」

彼女自身にも色々思うところがあるのだろう、士郎の言葉に短く返事を返す。
車は順調に進み、朝9時少し前に765プロに到着した。
すぐ近くのコインパーキングに車を駐車する。
今回の防弾車のレンタルは昨日の打ち合わせ後に急遽士郎が社長に提案した件なので、正式な駐車場はこれから探す事になる。
士郎がまず車を降りて辺りを確認し、千早の乗る後部座席に回りドアを開ける。
千早が少し緊張した様子で車から降りて素早く上着を着て歩きだす。
同じくコートを羽織った士郎が千早の後をついて行く形で事務所へ向かう。
昨日と、うって変わり、今日は冬の冷え込みは厳しく、低い雲が時々陽を翳らせる。
二人は、階段を上り事務所の前に到着し、士郎がドアをゆっくり開けて周囲を確認しつつ扉を押さえつつ千早を入らせる。

「おはようございます」

千早の声に続き、聞きなれない男性の声が事務所内に響く。

「おはよう」

事務所内には既に7、8名のアイドルの少女が出勤(?)しており、それぞれが仕事までの時間をおしゃべりや雑誌を読んだりして思
い思いにすごしていた。

「如月君、では、また後ほど」

士郎は千早に声を一声かけ、彼女たちに横を悠然と通り、事務スペースへ向かって歩く。
千早は彼女たちの輪に加わろうと「おはよう」と声をかけ近づく。
だが少女たちは、そんな千早に目もくれず、石化の魔法にかかったかのように、それぞれが直前に行っていた動作で見事に固まり士郎
が歩み去るのを目線だけ動かし呆然と見送る。
双子らしい姉妹のうち緑の髪留めで短髪を左上に縛っている少女は口にビスケットをくわえたまま、キレイに固まっている。
士郎が横を通ると口からはみ出たビスケットがポロリと床に落ちた。
彼が事務スペースにたどり着いたころ魔法は解け、先ほどの少女が集っていた場所から、わっと一斉に声が上がる。

「誰?あの人誰!?」

「新しいプロデューサーかな!?」

「えっ、こんな時期に?誰の担当かしら!?」

「あふぅ、けっこうオジサンなの、髪の毛白かったよ」

「でも、お顔は若いようでしたよ。歳は、おいくつなのでしょうか?」

「体でっか~!色黒っ、でも、まあ真美的にはありかな。」

「わ、わたし、もうダメですぅ、また、おとこの人が増えましたぁ」

さらに周りの状況についていけず、無駄にきょろきょろとしている千早に、左右の髪を赤いリボンで留めた少女がズイと迫り、碧がかった瞳で千早を見つめる。

「ねえ、千早ちゃん、あの人と一緒に出勤してきたよね」

「え、ええ」

千早はその迫力にたじろぎ、後ずさりする。

「あの人誰!?千早ちゃんの知り合い?」

リボンの少女にさらに詰め寄られ千早は更に一歩下がる。

「は、春香?何か目が怖いのだけど・・・」

「そう?気のせいだよ、で、誰?どんな関係?」

手をワキワキさせながら、じりじりと春香と呼ばれた少女が千早に詰め寄る。

「は、春香・・・? い、い、い、いやああああああああ・・・・・」

千早が恐怖のあまり、涙目になりながら春香から逃げ出す。

「千早ちゃん、まてえええええええええ・・・・」

恐怖の追っかけこが今始まる・・・

千早が恐怖の雄たけびを上げる少し前、士郎は事務スペースに到着していた。
小鳥と上一郎はすでに出勤しており、めいめい雑務をかたずけていた。
士郎は頭を下げ、二人と早速、挨拶を交わす。

「おはよう、何かと面倒を掛けるかもしれないが、今日からよろしく頼む」

「おはようございます。衛宮さん。こちらこそよろしくお願いします」

「おはようございます、私の方こそよろしくお願いいたします」

盛り上がる休憩スペースをしり目に士郎がこぼす。

「しかし女性が三人集まると姦しいと言うが、隣の部屋は、まさに言葉通りの状況だな」

「あら、それは私にケンカ売ってるんですか?」

小鳥が澄まし顔で士郎の言葉に応じる。

「ふむ、分かるかね」

士郎もこれまた澄まし顔で片目をつむって返答をする。

「言っときますが、私を敵に回すと恐ろしい報復が待っていますよ」

「ほう、それは中々に興味深いな。ちなみに恐ろしい報復とはどんなものかね?」

「そうですね、これから衛宮さんにお出しするお茶は出涸らしだったり、衛宮さんの机は床を拭いた後の雑巾で拭かれたり、それか
ら・・・」

「ああ、了解した。君と、世界の全ての女性に謝罪しよう。女性は3人集まっても姦しくは無い、済まなかった」

士郎が浅く目を伏せて笑みを浮かべ、両手を軽く挙げてバンザイの姿勢をとり、降参をする。

「ふっふっふ、分かればいいんですよ」

小鳥が胸の前で腕を組み、不敵に士郎に笑いかける。

「では、早速衛宮さんにお茶を入れてきますね、もちろん一番茶で」

士郎は空いている席に腰かけ小鳥のお茶を待つ。
少女たちの嬌声はまだしばらく止みそうにはなかった。

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今回はちょっとキャラ崩壊気味です。
真美のポロリはいかがでしたか?
すいません、石を投げるのは勘弁してください。
戦闘はもう少し後の話になりそうですが見捨てず読んでいただければと思います。


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