チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[14434] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを
Name: ここち◆92520f4f ID:786b9076
Date: 2011/05/01 03:18
タイトルから想像できる通りの作品です。それでも良ければどうぞ。

目次

第一部・完結
【第一話から第二話】プロローグ
【第三話から第五話】第一部・ブラスレイター編
【第六話】ブラスレイター編エピローグ

第二部・完結
【第七話】プロローグ
【第八話から第二十二話】スーパーロボット大戦J編
【第二十三話】スーパーロボット大戦J編エピローグ

第二部サイドストーリー・完結
【第二十四話から第二十八話】無印アストレイ編

幕間・短編・完結
【第二十九話】ネギま京都修学旅行編

第三部・完結
【第三十話】プロローグ
【第三十一話から第三十四話】装甲悪鬼村正編
【第三十五話】装甲悪鬼村正編最終回兼エピローグ

第四部
【第三十六話】プロローグ
【第三十七話~】斬魔大聖デモンベイン編





前書きにはもう用はねぇ!アハハハハ 注意書きも必要ねぇやぁハハハ
誰が趣味の違いなんか!趣味の違いなんかこわかネェェェ!

※なんか感想見直してたら注意書き無いのもこのSSの味とかあったので前書き消しました。



[14434] 第一話「田舎暮らしと姉弟」
Name: ここち◆92520f4f ID:786b9076
Date: 2009/12/02 07:07

雑多に様々な道具が積まれた薄暗い小屋の中を、刃物を研ぐ金属質な音が響く。一定のリズムをもって響くその音と俺の呼吸音、ここにはその音以外存在しない。

防音対策がされているわけではない。単純に、小屋の中に届くほどの音が外で生まれないからだ。車の音、人々の喧噪、どちらもこの村ではあまり縁が無い。

過疎化が進んだこの村では、バスは一日数本しか走っていない。さらに言うならここはそのバスが巡回するルートからも大きく離れている。

観光名所となるようなものも無く、村の役場の人たちも人を集めようとするほど活動的な連中ではない。自分を含めたごく少数の若者以外は職も娯楽も豊富な都会(ここが基準ならどこに行っても都会だろう)へ移住した。

この村には学校が無い。コンビニも書店も無い。ありとあらゆる現代的な施設が無い。

あるのは見渡す限りの畑と田圃、その合間にぽつりぽつりとたつ民家に、とってつけた様な看板を下げた民家同然の村役場と個人経営の商店、違和感たっぷりのコンクリ仕立ての郵便局と交番。そしてそれらを取り囲む、壮大すぎてキャンプすら困難な大自然あふれる山々。

刺激を求める若者にはあまりにも辛すぎる環境だろう。出て行った若者と入れ替わりに、定年を迎えた老人たちが都会に疲れて越してくることもあるが、出ていく人数を打ち消せる数ではない。

そんなわけで、この時期この場所ではせいぜい鳥や虫の鳴き声が聞こえる程度。単純作業に没頭するにはうってつけというわけだ。まあ、仮に集中できないほど騒がしくても、この作業を欠かすわけにはいかないのだが。

今、俺は大鎌の手入れをしている。といっても、別に厨二病を患っているわけではない。あまり使用する頻度は高くないが、これも立派な仕事で使う道具である。大事なことなので繰り返し言うが、重度の厨二病をこじらせているわけではない。

大鎌と聞いて即座に厨二と決めつけるのはいただけない思考法である。死神だのダーク系オサレヒーローだのの武器である前に農具の一種であることを忘れてはいけない。

そう、俺は農家をしている。山で猟師もするし、短期のアルバイトをすることもあるが、本業は農家だと自分では思っている。親が残した田畑で農業をしながら生活している見習い農家といったところか。

生まれ故郷とはいえ、なぜこんな辺鄙な土地で農家をしているのか、俺自身がのどかな故郷でゆったりと生活したかった、というのもあるが、特殊な事情により人が多く集まる都会では暮らしにくかったというのが大きな理由だろう。

まぁ、今現在の暮らしは充実している。辺鄙な土地とはいえ自宅にはネットを引いているから欲しいものも金に余裕がある時は通販でまあまあ手に入るし、なにより家に帰れば大切な家族が―――

「痛っ!」

益体も無いことを考えながら作業をしていたせいか、研いでいた大鎌で手をバッサリと切りつけてしまった。傷口がじくじくと痛むし、血がどくどくと溢れている。かなり深く斬ってしまったようだ。

大鎌についてしまった血を拭い、ペットボトルの水で傷口の血を洗い流す。しかし、血を洗い流したあとにはもはや傷一つ存在しない。

「…………」

昔はいちいち混乱していたが、慣れてしまった今では大したリアクションも取りようがない。しかし、不気味で異常なことであるのは間違いないのだろう。

生まれつきでは無い、子供の頃はこうでは無かった。ある日を境に、俺の身体は異常な速度で傷を回復するようになった。

むしろ、これは回復や治癒というより復元とか再生といった響きの方がふさわしい速度だ。体中どこでもこの速度で治ってしまう。

服の下ならともかく、肌が露出している部分の再生を見られたらかなり不気味がられるだろうし、下手をすれば怪しげな研究所に連行される可能性もあり得ない話ではない。

俺はサンデー派だが、流石に現実的に考えてARMSを移植されたというわけではないだろう。仮にあったとしても、腕が千切れたり脚がもげたといったARMSが移植されるような大怪我を負ったことは無い。

手術の経験も無いわけでは無いが、盲腸を切った時だけだ。まさか切除した盲腸の代わりにARMSを移植したなんてことはあるまい。流石にそれでは斬新すぎて読者は付いていけないだろうし。

ともあれ、再生シーンを見られて騒がれるような事件を起こさず、義務教育と高等教育をどうにかこうにか終えた俺は、今では人の少ないこの田舎でのんびり農作業をしつつ隠者きどりの生活を送っている。

結局、エグリゴリだのブルーメンだの、クラスメイトが秘密組織のエージェントで古代文明の遺産がどうたらこうたら、マシンに魂を吹き込んで難事件を解決したりといった波乱万丈も無かったが、別に不満は無い。

―――不満は無いが、家族を自分のこんな事情につきあわせて、こんな田舎に縛り付けてしまっていると考えると、少し申し訳なくなる。好きで一緒に居るのだから気にするな的なことは言われているが……。

「……はぁ、なんだかケチがついたって気がする。今日はもう帰ろ」

今日は早いうちに作業が終わってしまったので余った時間で農具の手入れをしていたのだが、気分がのってしまいついつい時間を忘れて没頭してしまっていたようだ。夕日もだいぶ沈んでしまっている。俺は整備していた農具を片付け、荷物をまとめて家路についた。

―――――――――――――――――――

家に到着すると、玄関先によく見知った人影があった。背丈は150程度、長く艶やかな黒髪を簡素な紐でくくってポニーテールにしたエプロン姿の愛らしい女性だ。

「ただいま、姉さん」

「うん、おかえりなさい、卓也ちゃん」

この人は俺の姉である「鳴無 句刻(おとなし くぎり)」、女手ひとつで俺を育て上げ、惜しみない愛情をもって接してくれる大切な家族である。

職業は強いて言うならトレジャーハンターに分類されるらしい。まれに勇者だったり魔王だったりするが、グルグル的には勇者は職業ではなく、魔王も響きがよろしくないので便宜上トレジャーハンターを名乗っている。

どちらにしてもあまり一般的な職業ではないし、はっきりいってつまらない冗談の類に聞こえる。しかし唐突にフラッと居なくなったと思ったら数日後にはやたら豪華な金品を持ち帰ってくるので、それらしいことはやっているようだ。

「もう夕飯食べちゃった?」

「んーん、ちょうどおゆはんが出来上がったところ。早く手を洗って、冷めないうちにたべちゃいましょ?」

今日の献立。ご飯、白菜の浅漬け、ネギとわかめの味噌汁、焼き海苔、冷ややっこ、岩魚の塩焼き。

つばが出てきた……、美味しそうだ……。まさに古き日本の食卓、すごくいい……。ちなみにすべて姉さんの手料理。毎度のことながらありがたい。

ちなみに調味料以外ほぼ材料費はかかっていない、わかめや焼き海苔は遠く海沿いの地域に住んでいる親戚からの贈り物、米や野菜の類はうちの田畑で採れたものだ。しかし今朝まで冷蔵庫にも冷凍庫にも岩魚は入っていなかったはずだが……。

「あ、そのお魚ね、釣りたて新鮮なんだよ?」

「姉さんが釣ってきたの? ……ん、塩加減もいい感じだし、さすが姉さん」

「えへへぇ……、ありがとうね」

しかし、姉さんが釣り……、思わずまじまじと姉の顔を見つめてしまう。くりくりっとつぶらな瞳に柔らかそうな頬に唇、愛らしくていろいろ堪らなくなってくる―――っと、そうじゃない。

「ん? お姉ちゃんの顔、なにかついてる?」

「あ、ええと、姉さんのあれは釣りなのかなって」

「え?釣りの道具で魚を釣り上げているんだもの、間違いなく釣りでしょ?」

「いや、俺はあんまり詳しく無いけど、あんな奇抜な釣りは聞いたことが無いよ」

姉さんは釣りの時も身軽だ。服装もせいぜいスカートがスラックスに代わるだけで、持ち物に至ってはバケツと釣り糸と釣り針のみ。

おかしいのは格好と持ち物だけではない。ここまでなら餌は岩の下あたりの虫で、手釣りでもするのだろうと納得できる。

しかしそうではない。確かに無理やり分類するなら手釣りの一種なのだろうが、決して尋常の釣りでは無い。以下に三行で姉の釣りの工程を説明しよう。

①手にぐるぐると巻いた釣り糸に針をくくりつける。
②川に向かって糸を巻いた手を軽く振る。
③素早く糸を引き上げると針に魚が引っ掛かっている。

これはでは釣りというより狩りだ。事実、これは魚だけでなく空を飛ぶ鳥が相手でも可能らしい。闇狩人の短編でそんな地方出張闇狩人が居た気もする。いや、あっちは竿を使っていたしルアーも付いていたが。

「お姉ちゃんは何もおかしなことはしてないわよ? 川の中の魚の動きを予測して、魚の口の中に直接針を投げ込んでいるの。ね、簡単でしょう?」

「そんな釣りが許されるのはコロコロコミックあたりの世界の中だけだよ……」

それも最低でも伝説のルアーで世界征服とか滅亡的な展開にならない限り無理だ。闇の釣り師養成所とかでも可。

その後も会話は続いた、知りあいの爺さんの牛が脱走してしまい、爺さんが牛と追いかけっこしていたとか、山でまた遭難してる人が見つかったと駐在さんがぼやいていたとか、

ニコ動で気に入っていた動画が消されていたとか、最近改編期なせいか二時間のスペシャル番組しかやらないねとか、まあどうということもない話だが、ここでは毎日こんなものだ。

―――――――――――――――――――

夕食後、俺は居間の炬燵にもぐりお茶を飲みながら、た○してガッテンの健康特集を話半分に聞き流していた。

「卓也ちゃーん!お風呂わいたー?」

部屋でごろごろしていた姉さんが居間に出てきた。最近この時間帯は無駄に長いバラエティしかやってないせいでマンネリ気味らしい。俺はNHKもしくは教育テレビ派なのでそこらの事情はあまり関係ない。

「もう沸いてる。今がちょうどいい湯加減だから先に入っちゃっていいよ」

「卓也ちゃんも一緒に入ろ?お姉ちゃんが背中流してあげる♪」

「なん……だと……?」

姉さんはまれにこういう突拍子も無いことを言い出す。お互いにもういい歳なのだからこういうところは節度をもつべきだと思う。

稀に押し切られて一緒に入るはめになるが、大体においてこういうパターンで風呂に入ると、確実に「背中流してあげる♪」が「洗いっこしよう♪」に進化してしまう。

確かに俺は自他共に認めるシスコンではあるが、多少の常識は持ち合わせている。どの程度の常識か、某er○でたとえれば[貞操観念]と[一線越えない]を持っている程度の常識だと思ってもらえれば間違いはない。

まぁつまり、常識が邪魔をしているのでいくら誘惑されたところで手を出せない生殺し状態なのだ。

「い、今、ため○てガッテン見てるからいいよ。俺は後から入るから」

「一緒に入ろ♪」

「いや、だからガッテン見てるから……」

「入ろ♪」

「あー……、うん。わかった」

押し切られた……。いつもこうだよ!と嘆かざるをえない。このままでは俺のステータス欄に屈伏刻印レベル3と[恋慕]がつく日も遠くは無いだろう。

―――――――――――――――――――

エホバやアッラーやその他もろもろの神に誓ってやましいことはなかった。だから風呂場の出来事は割愛させてほしい。ひとつ言えることがあるなら、熾烈な交渉の末、前面の洗いっこは回避できた。

風呂から無事に上がり、歯を磨いた後は居間で炬燵に入りながら漫画を読んだり一緒にDVDを見たりしながらごろごろとしていたが、しばらくすると姉さんがふらふらと船を漕ぎ出す。気づけばそろそろ日付が変わる時間帯だ。

「姉さん、眠いの?もう寝る?」

猫耳フード付きのかわいらしいパジャマ(可愛いし似合ってはいるが、狙い過ぎて少しあざとく感じてしまう)を着た姉さんは、眠そうに目もとをこすりながら、今にもそのまま炬燵に突っ伏して寝てしまいそうだ。

「ぅー……、そろそろ限界かも……。おやす、ふぇぁ……zzz」

案の定、腕を枕に座ったまま寝ようとする。が、この時期にそれでは体を冷やしてしまうだろう。

「ほら、炬燵で寝たら風邪ひいちゃうって。布団行こ?」

「んぅ……、卓也ちゃん、だっこ」

「いいから立ってってば、お願いだから……」

このやりとりもいつものこと。俺は姉さんを背負い寝室まで運び布団に寝かせ、肩までしっかり掛け布団をかぶせてあげた。こうなればもう一分としないうちに夢の世界へ旅立つだろう。

それから家中の戸締りと火元と明かりの消し忘れなどをチェック、そして眠りにつく。泥棒も来ないような僻地、戸締りはどちらかといえば野生の獣対策だ。

鍵が開いていればドアから窓から問わず開けて入ってくる。以前に野生のクマーが侵入してきて冷蔵庫の中の食料を無残に漁られた時以来厳重にチェックするようにしている。

ちなみにそのクマーは窓ガラスを破りスタイリッシュに駆け付けた駐在さんの無敵BGM付きガンカタにより瞬く間に殲滅された。食われた食糧より窓ガラスの修理費のが高くついたのは誤算だったが。閑話休題。

一日の終わりは大体こんなもの。俺が先に眠くなった時は姉さんにそこら辺を頼んでから寝ることにしている。当然、俺は自分の足で布団に向かうが。

―――――――――――――――――――

すべてのチェックを終え寝室に戻ると、姉が珍しくまだ起きていた。布団に入ったまま上体を起こし、普段は見せない真剣な顔でこちらを見つめてくる。

「どうしたの姉さん。寒くて眠れない? あ、毛布出したほうが良かった?」

返事は無い。俺の目を見つめながら、姉さんが口を開く。

「…………ねえ、卓也ちゃん。いま、幸せ?」

唐突な質問。どういう意図があるのかわからない。こちらを見つめる瞳は、どこか不安がっている、叱られるのを身を竦めて待つ子供のような、そんな風にも見える。

「当然、幸せだよ。どっちかって言えば、幸せすぎて逆に怖くなってくる。」

これは間違いない本音。都会のど真ん中で自分の体の異常性を知られないようにビクビクしながら暮らすことを考えたら、ここでの生活は夢のようだ。

親から受け継いだ家と田畑、親の遺産だって働かなくてもしばらくはつつましやかに暮らせる程度にはあるし、その遺産にしても俺も姉さんもきちんと働いているから手を付けてはいない。ゆっくり農作をしながらの充実した、最愛の姉との穏やかな暮らし。

この生活に文句をつけられるほど俺は罰あたりな性格はしていない。しいて上げるなら、姉さんが田舎暮らしに不満が無いかということだけだが、最近は自分よりよっぽど適応しているのではないかと思える満喫ぶりを見せてくれている。

「――――――そう、そっか。よかった……。」

そう呟くと、安心したのか後ろに倒れこみ、大きく息を吐く。

「……どうかしたの?本当に変だよ?」

「んーん、なんでもないから心配しないで。―――そだ、心配ならさ、今夜はお姉ちゃんと一緒に寝よ?」

真剣な顔から一転、苦笑しながら首を横に振る姉さん。それから何時もの楽しそうな無邪気な表情に戻り、掛け布団をめくり嬉しそうに手まねきする。

いかに姉弟とはいえ、いくらなんでも無防備すぎるのではなかろうか。それとも、よその家庭の姉弟事情には詳しくないが、仲の好い姉弟ならよくあることなのか。

「……いいけど、そういうことばっかり言ってるとしまいには襲うよ?」

「えへへぇ、卓也ちゃんたら積極的! お姉ちゃん興奮しちゃう♪」

「居間で寝る。おやすみ」

「わ、待って待って、冗談だから~!」

騒がしく夜が更ける。我が家に近所の住人などという人種が存在していたら間違いなくクレームが来たことだろう。結局、俺と姉さんは久しぶりに同じ布団に枕を並べて眠ったのだった―――。

―――――――――――――――――――

ざあざあ ざあざあ ざあざあ ざあざあ

水音が聞こえる。見渡す限りの鉛色は雨雲か。

視界がおかしい、空と雨しか見えていないから、理由は今一つはっきりしない。

どういったわけか、体も動かない。手足は、動かないのか、ないのか。

体のあちこちがだいぶ足りなくなっているのはわかるのに、痛みもなにも感じない。

耳、音がとてもとおくに聞こえ、視界は、どんどんと狭く暗く。そのくせ、匂いだけは嫌味なくらいよくわかる。

雨に打たれ、湿った土と緑の匂い。むせかえるほどの、鉄錆のような匂い。

――――これは夢。多分、とてもむかしに見た夢。ありえない、現実とは違ったお話。

「…………ゃ…!」

「………ち……!…………し…ぇ!」

「た…や………!死…じ…だめ!………ちゃ…!」

「…事…てよぉ!…く…ちゃぁん!」

声が聞こえる。誰の声だったか。頭にもやがかかっていて、うまく思い出せない。

思い出せないのに、これだけはよくわかる。

俺はこの声の人が大好きだ。感情豊かで、やさしくて、あったかくて、俺のために泣いたり笑ったりしてくれる。今も俺のために涙や鼻水で顔をグシャグシャにしてまで泣いている。

でも、そんなに泣かないでほしい。そんなに叫んだら、■さんのきれいな声がしゃがれてしまう。

「だめだめだめ!■■■ちゃんまで死んじゃやだぁ! わ、わたし、どうすれば、―――!」

いや、理由はわからないが、俺が泣かせてしまっているのだろう。どうしたものか……。

「――――ごめんなさい。わたし、今から■■■ちゃんに、すごくひどいことをする。それも、わたしの我儘で」

あやまりたいのは俺の方だ。きっと俺は、俺も知らない理由で、ひどく長い間、■さんの心を傷つけ続けている。重荷を背負わせてしまっている。

「なんでこんな身体にしたって、恨んでくれていい、憎んでくれても。こんなひどいことするんだから、■■■ちゃんになら、なにされたってかまわない。だから、どんな形でもいい―――、」

「わたしと、お姉ちゃんと一緒に生きて。たくやちゃん」

何かを撃ち込まれた鈍い衝撃。体の中を、細胞と細胞の隙間をこじ開け、何かがずるずると這いずりまわり根を張ろうとしている。数秒と待たず、全身に根が張られた。

瞬間、気が狂うのではないかという苦痛と快楽。脳天からつま先までの体の全細胞が、完膚なきまでに死滅し、死滅したはずの細胞がうごめき、そこからまったく新しい何かに生まれ変わる。

体中に張り巡らされた根が細胞を侵し犯し喰らい、侵され犯されながら喰らわれている細胞もまた、張り巡らされた根を侵し犯し喰らう。さながら自らの尾を飲み込む蛇。

終わる。ここで何もかもが終わる。なにもかもが元のままに、しかし何もかもが新しく。始まる。何もかもがここから始まる。

俺という個は死に、無限の俺が生まれる。

新生の歓喜に包まれ、俺の意識は唐突に途切れた。

―――――――――――――――――――

朝、夜明け。

新たな一日の始まり、カーテンの隙間から差し込む光はさわやかに今日の天気を知らせてくれている。しかも隣には姉さんの愛らしい寝顔。朝一で姉さんの顔が見れて、天気も快晴。素晴らしく清々しい朝であるはずだ、本来ならば。

「……………………………………………ひっどい夢、厨二か」

なんという妄想。願望丸出し厨二むき出しの記憶改ざん。しかもそれを夢にまで見るのだから筋金入りだ。うわあああああああもうだめだぁ!

 蒲団から転がり出て頭を抱えてごろごろところがり脚をじたばたさせながら悶絶する。

顔面にオイルを塗って生肉を載せればそのまま焼肉ができるんじゃないかというほどに顔が熱い。間違いなく完熟トマトもかくやという赤い顔になっているだろう。恥ずかし過ぎて悶死してしまう!
 
このまま小さくなって消えてしまいたい。なんでこんな夢に限って起きた後にまで鮮明に覚えているのか。難儀すぎる構造の我が脳みそが恨めしい。

「はあ、はあ、はあ……。――――はぁ」

ひとしきり転がり、一息ついて布団を見る。かなりどたばたと騒がしくしたはずだが、姉さんは今だにすぴすぴと寝息を立てている。

さんざん騒がしくしておいてなんだが起こしたらまずいだろう。俺はそっと寝室から出て、顔を洗うために洗面所へと向かった。

―――――――――――――――――――

――俺と姉さんには両親がいない。俺が小さいころ、まだ小学生になってすぐの頃に事故で死んだ。それからずっと二人暮らし。

当時のことはよく覚えていない。なんでもハイキングの最中に土砂崩れが起き、それに巻き込まれたのが原因だそうだ。

父さんも母さんも大きな岩の下敷きになり、車に轢かれたカエルのようにぺしゃんこになっていたらしい。当然即死。

俺と姉さんは服こそ土に塗れてぼろぼろだったが、奇跡的に無傷。ただ、救助隊に発見された時、両親の死体の脇で気絶している俺にすがりつき、姉さんは泣きながら眠っていたらしい。

遺産がどうの親権がどうの保護者がどうのといった話もあったが、姉が全てどうにかしてしまった。姉さんは当時まだ高校生、普段は少しぽやぽやっとしているが、決めるべきところはしっかり決める辺りは当時から変わらない。

そういえば親戚の人たちから聞いた話だが、姉さんには小さい頃から失踪癖とでもいうようなものがあったそうだ。時折ふらりと居なくなり、数週間から数日で何事も無く帰ってくる。そんなことが頻繁にあったらしい。

それが、事故の後からは帰ってくる度に宝石や芸術品や金塊を持ち帰るようになった。持ち帰ったものは、親戚の中でもその筋に詳しい人に仲介料として何割か渡して現金に換えてもらう。生活費や学費はそこから出ていたのだ。

初めはしつこく追及されていたが、真剣な顔で、「やましいことをしているわけでは無い」と言われ、親戚の人も仲介するだけで結構な金を得られていたためか、何時しかそのことを追及しなくなっていった。

俺も負担を少なくするため中学を卒業したら働こうと言ったが、高校くらいは卒業しておいても損は無いという姉さんの勧めに負け、学費の安く、家から一番近い県立高校に入学。

農業高校でも何でもない普通の高校だったが、少なからず人生経験は積めたと思う。空いた時間でアルバイトもした。高校時代のバイト先には田圃の休耕期などの時に、今でもお世話になっている。閑話休題。

横道にそれすぎて何が言いたいのかいまいちわからなくなってしまったが、本題は冒頭の事故の話。端的に言って、あの事故で俺は怪我ひとつ負わなかった。つまり今朝見た夢のシチュエーションはありえないということだ。

似たような見た夢は昔から何度も繰り返し見ていた。最近はあまり見なくなったが、小学校の頃はそれこそ週に何度も見ていた。

といっても、夢を見ながら考えていることは毎回違ったし、全体的にもっとおぼろげで、前半が無く後半の何かを撃ち込まれてからの感覚だけだったり、姉さんの声がはっきりと聞こえてきたあたりで夢から覚めるというパターンがほとんど、鮮明な完全版は事故の直後の最初と今回を含め片手で数えるほどしか見ていない。

完全版の夢の中で起こったことや夢の中の姉さんの発言から考えるに、事故で死にかけていた俺に姉さんが何かしら施して改造人間的なものになったとかそんな展開なんだろう。

それなら事故からしばらくして謎の怪人に襲われてピンチになって秘められた能力覚醒とかそんな展開になれば完璧だ。まさしく『ぼくがかんがえたちょうかっこいいへんしんひーろー』だ。

大怪我の治療のための改造手術は伝統だろう。『姉貴にもらったダイナモがある!(キリッ)』とかやるのも間違いなし。敵基地から盗み出した改造人間の設計図流用でも可。

両親の死という痛ましい事故からすらこんなヒーロー願望丸出しな妄想を夢に見る自分は人としてどうかと思うが、見たくなくても見てしまうのだから仕方ない。

―――――――――――――――――――

顔を洗うだけのつもりがついついシャワーまで浴びてしまった。歯も磨いたが、ご飯の前に歯を磨くと歯磨き粉の味が口に残っている気がしていけない。しかし食後に磨くと食後の幸せな余韻が消されてしまう。

難しい問題だ。寝る前に歯を磨いているのだから食後に歯を磨くのが一番なのだろうが、寝起きに歯を磨かず朝ごはんというのもなにか口に違和感を感じる。

「それにしても、ヒーロー願望ねぇ……」

しかもヒロインは姉、俺にはご褒美だが、近親とかヒーローものとしてはちょっと奇抜かもしれない。Sneg(それなんてエロゲ)?とか思ったが、「妹とセッ」な天の道を行くカブトムシヒーローが居たか。

でも個人的にはガタックの方が好きだ。初変身のエピソード、『君にどうしても見せたかった……』で泣いた人も多いだろう。『甘いな、相変わらず』というが、その甘さこそがかがみんがかがみんたる証である。

証であって明石ではない。かがみんは『アタック!(ペチンッ!)』とかしない!しかし坊ちゃまとバラ風呂には入る。意外と総合的なハザードレベルは似たり寄ったりかもしれない。

……朝っぱらからペチンだの薔薇だの、不健全にも程がある。新聞を取りに行くついでに外の空気でも吸ってリフレッシュしてこよう。

―――――――――――――――――――

「ぅー……、おはよう、卓也ちゃん。卓也ちゃんは毎朝早いわねぇ……」

洗面所から出ると姉さんが眠そうに声をかけてきた。どうやら俺がシャワーをあびているうちに起きてきたようだ。まだ目をしょぼしょぼさせている。

「おはよう姉さん。……もしかして、起こしちゃった?」

「んー……、気にしないでいいわよ。普段が遅すぎるくらいなんだし」

どうやら起こしてしまったのは間違いないらしい。謝ろうかとも思ったが、確かに普段通り眠っていたら寝過ぎでもあるので口をつぐむ。

姉さんは基本的に一日10~12時間は眠る。しかもやることが無い日はさらに昼間に3~4時間昼寝する。多少は反省を促すべきか……。

「眠りたくて眠っているんじゃないんだけどなぁ……。く、ぁ~……」

言いながらも豪快に伸びをしながら大きくあくびをする。

病気の類ではなく、身体的な特徴というか、自分でもどうしようもない設定上の弱点、らしい。なんのことやらわからない。設定上の弱点などというが、姉さんには障害も無い。

しいて分類すると、「最低系主人公にありがちな、酷過ぎる最強設定のプラス要素をごまかすために設定された、欠点にもならないようなくだらなく曖昧な条件の欠点」だそうだ。

おかしな例えだが的を得ている。確かに姉さんは寝付きも良く、邪魔されなければ寝続けるが、起きていようとすれば二日程度なら徹夜できないでも無い。

寝不足で日常生活でのボケが増えたりもするが、それにしたって一般的な寝不足時の作業効率の低下とほとんど差は無い。はんぺんとナプキンを間違えるとかその程度のボケしかやらないし。
 
「じゃあ早起きすればいいじゃないか、目覚まし時計とか買うのがいいと思う」

「それなら携帯のアラームでも足りるわよ……。どうせなら卓也ちゃんにやさしく起こしてもらうのがいいなぁ……なーんて♪」

「ごめん無理」

幸せそうな顔で眠る姉さんを無理やり覚醒させられるほど、俺は鬼になれない。軽口を叩きながら俺と入れ替わりに洗面所に入っていった姉さんに苦笑し、玄関の外に向かった。

―――――――――――――――――――

家の前のポストの中から新聞を取り出す。郵便物は無いが、なにやら詰め過ぎてでこぼこに張ったビニール袋がむりやり押し込められている。袋にはマジックでデカデカと『おすそわけ』の文字。

新聞配達の人がおまけでジャガイモを置いて行ってくれたようだ。おそらく配達員さんの家の畑で採れたものだろう。

新聞配達の千歳・アルベルトさん。たしか母親がドイツ人で父親が日本人のハーフ。姉さんが昔あそこのおばさんからジャガイモ料理のレシピを教わっていた気がする。

彼女はジャガイモ料理が好きではなく、家の倉庫に積まれたジャガイモの山を見てはげんなりし、度々こうしてしばらく家で使われる予定だったのであろうジャガイモをよそに押し付けていく。

しかし理由はどうあれ、市街のスーパーで買えば新聞よりも高くつきそうな量のこのジャガイモはありがたい。今日の夕飯はコロッケにでもして貰おう。パン粉は余っていたかな?無ければジャガイモと大根の味噌汁というのもありか。

外の空気を吸い、新聞とジャガイモ片手に家に戻る。朝食まで時間もあるし、着替えて畑にでも行くかと考えながら玄関を開け、姉さんがテレビをみているだろう居間に向かう。

「姉さーん!チトセさんがまたジャガイモおいてってくれたんだけど、これ、どこ、に……?」

ジャガイモと新聞が手からこぼれ落ちる。理解の範疇を超えた光景に、思考が一瞬フリーズした。

居間へのふすまを開けると、姉さんが、どう表現すべきか、形容しがたい、そう、なんというか、魔女っ子っぽい服で、可愛らしい杖のようなものを振りおろし、こちらを見てウインクと決めポーズを保持したまま固まっていた――――。

―――――――――――――――――――

「え、うそ、なんで、あれぇ?」

姉は振り下ろしていた杖を胸もとに抱えこみながら、目を白黒させて慌てている。確かにその歳でそんな恰好で魔女っ子ごっこをしていることを知られた側の反応としては間違いではない。その場で自害してもおかしくないレベルの暴露だろう。

「ちょ、ちょっとまって卓也ちゃん、卓也ちゃんはなにか誤解してると思うの。話あいましょ?ね、ね?」

どういう誤解があるのか、どのような理由があればあの服が恥ずかしくなくなるのか、疑問は絶えないが、話し合う前にまともな服に着替えるべきだと思う。

姉さんの衣装をもう一度見る。じっくり見ると魔女っ子というよりは魔女見習い服といった風情か。となるとこの現状にいたるまでに、あのリズミカルかつ成人してかなり経過した女性がやるのは少しハードな羞恥プレイになりかねない変身シーンもやってみたのか。

そういえば最近有名なアニメのその後を描いたマンガで25歳のリリカルな魔法少女が誕生したらしいが、リスペクトしているんだろうか。杖は全体的には可愛らしいデザインでありながら所々に機械的な意匠が見える。

しかも、よくよく見れば杖の中には朝八時半の魔女見習いに必須の魔法玉が無いのでポロンでは無いのだろう。衣装にもタップがついていない。全体的に衣装の雰囲気も異なる。さらには服の要所要所に魔法陣のような模様、これはまさか――

「自分で設定考えたオリジナルの魔女っ子衣装とか、姉さんも大概ディープだよね……。でも似合ってる!うん、似合ってるから大丈夫!大丈夫だから早まった真似はしないでくれよ?落ち着いてこっちに投降するんだ」

「違うわよ!どーゆう方向に誤解してるの!?卓也ちゃんの中でお姉ちゃんはいったいどーゆうキャラになってるのよぉ~!?」

杖を畳にたたきつける姉さん。AAにしたら頭から蒸気を吹き出しポッポー!とかなっているだろう。だいぶお怒りのようだ。そのまま頭を抱えてうずくまってしまった。しゃがみガードだろうか。見えた、白。

「――って、そうじゃなくて、卓也ちゃん!逃げて!」

姉さんが酷く焦った声でこちらに叫んだ。

瞬間、居間が、いや、空間が歪む。次第に大きくなる歪みとともに軋むような音。家鳴りではない、そんな程度の規模の音では断じてない。

世界そのものが軋んでいるのだ。空間のみに及ばない、あらゆる常識を打ち破りねじ伏せ踏みにじる超常の力、世界が侵食される。捻じ曲げられた世界の法則が歪みに耐えきれずへし折れ崩れ去る。

思わずそんな想像をしてしまうほどの異常事態。いや、なにが起きているかなんてどうでもいい、今は――――

「姉さん!」

とっさに姉さんに対して手を伸ばす、しかし、あと少しで届くか、というところで、俺の意識は唐突に断絶した。

―――――――――――――――――――

……

…………

……………………

目を開ける、鬱蒼とした木々の中。少なくとも居間では無いだろう。どんなSFかファンタジーか、居間からここに飛ばされてしまったようだ。時間もだいぶ経過したのか、辺りは真っ暗だ。

「――ここは、御山か?」

口にするが、多分違う。それはそうだろう、あそこまで派手な異常事態が起こったにも関わらず飛んだ先が近所の山だった、なんて間抜けがすぎる。

もちろん理由はそれだけではない、森の緑が少ない。適当にうろついていれば五分に一回はシシガミ様に出会ってしまいそうな故郷の御山の森に比べればあまりにも、そう、失礼な言い方だが、普通だ。

あまりにもあらゆる要素が平均的な『絵に描いたような森』。いや、森というより林か?意味も無く白馬の王子様でも通りがかりそうなイメージである。

とはいえそれに対する不満は無い。姉さんが近くに居ないのだから、さっさとこの森をぬけ出して近くの人里にでて捜索隊を出して貰わなければならないし、近くに人里が無ければ森に戻って自力で姉さんを探さなければならないのだから、攻略が簡単な地形であるに越したことはない。

と、ここまで考えたところで、やや木が薄くなっている方向が明るいことに気づいた。早々に民家を発見できるかもしれない。急ぎ足で明かりの方に向かい、森を出ることにしよう。

―――――――――――――――――――

「か、火事?くそ、タイミング最悪じゃないか……」

迷うこともなくあっさり森を出る。位置的にはそれなりの大きさの山の中腹、しかし明かりは民家の明かりではなく、数キロ先で起こっている火事のものだったようだ。

天を照らすほどの大火災、これでは電話を借りるどころの騒ぎでは無いだろう。

麓にぽつぽつと建っているいくつかの洋風の民家、炎に焼かれていなければ世界名作劇場のようだと思えたかもしれないが、今では焼け落ち砕け、遠目にでもわかる無残な姿。

無視して姉さんを探しに行くか? いや、姉さんが俺と同じくあの火災を見たのなら、火を消しに集落に向かったかもしれない。

まだ森にいるにしても、森が炎で焼かれたらただでは済まない。集落の火消しの手伝いをするしかないか? もう一度麓を見る。遠い……。

遠すぎて豆粒のようにしか見えないが、消火活動をしているような人影は見当たらない。いや、人影はあるが、なぜかどの人影も動かず、石のようにじっと固まっている。

「?……な、なんだぁ、ありゃあ……」

いやそれだけじゃない、人とも獣ともつかない異形の群れ。建物との対比から推測するに、小さなものでも人間並み、大きなものでは四階建てのビルほどもある奇怪な影が、何かを探すように集落を練り歩いている。どこのロープレのオープニングシーンだ……。

「ヨウ、ヘンナカッコウノニーチャン。ナンカ、サガシモンカイ?」

麓の集落の惨状を眺めながら呆然としていると、後ろから不意の声。異国語のようでいながら、なぜか意味ははっきりと理解できる。耳障りな声、奇怪な言語での問いかけ。

「この村の人間ではあるまい。余所者だろう」

そのあとを引き継ぐ渋い声の流暢な日本語。聞きなれた言語だが、この状況では嫌な予感しかしない。しかし振り返らないのはもっと不味いだろう。恐る恐る、振り返る。

「リョコウシャカナンカシランガ、ズイブントマガワルイヤツダァ」

「その衣服に顔立ち、同郷か。しかし、このような異国の地にまで喚ばれたかと思えば、最初の獲物が同郷の者とはな。」

背後に立つ、予想通りの存在。あの集落に居る連中と同じ、異形。

「ワリィナァニーチャン、モクゲキシャハケサナキャナンネェ。ツッテモホントナラ、アノムラノレンチュウミテェニ、イシニスルンデモカマイヤシネェンダガヨゥ」

大人の胴周りほどもありそうな太い指で頬を掻く、身の丈四メートルはある筋骨隆々の肉体、ねじれた角の生えた頭を持つ悪魔に、

「生憎だが、我らは共に、石化の術を使えぬ。――せめて苦しまぬよう、一瞬で済ませてやろう」

腰の刀を抜き、こちらに歩み寄ってくる、修験者の服装をした、烏頭の男。

「な、え、あ、ちょ、待った。え?」

展開が急すぎる。頭も舌もうまく回らない。ここはどこ? この状況は何? こいつらは何者?

「アーア、コイツ、ワケワカンネェッテツラシテルゼ」

「ふむ、我らを前にして氣も魔力も纏わぬところを見るに、こちらの知識の無い『表』の者だろう。運の無いことよ」

こいつらは、いったい何を――――

「では、動くなよ? 長く苦しんでも良いことはあるまい」

――――咄嗟に、腕を盾にし後ろに跳ぶ。

「――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!」

目の前には刀を振りぬいた烏頭の男、左腕は骨の半ばまで切断されたが、辛うじてつながっている。右腕は、

「……ほぅ、首を落とすつもりが、落ちたのは腕のみ、か。運が良いのか勘が良いのか」

右腕は、肘から先、半ばで消失している。肉塊が土の地面に落ちる鈍い音が響く。それに一瞬遅れ、切断面からどっと赤い血が溢れ出す。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い、痛い!左腕の傷が、右腕の切断面が焼けるように熱い!

「オォー!ホンキジャネェトハイエ、コイツガシトメソコナウターナ、イッパンジンニシチャ、ヤルジャネエカ、ニーチャン!」

「やれやれ、抵抗は無意味だと言うに。もっとも、その傷ではどちらにせよ長くは持つま――、んん?」

焼けつくように痛い。しかし、これだけ血が出ているのに、それ以外には何一つ問題ない。見せかけだけの、擬態としての出血。

のたうち回るほどではなく、しかし呆け続けることはできない程度の激痛。恐らく、混乱していた意識を元に戻す為に最適まで調節された痛み。

この痛みおかげで、冷静になってきた。俺なら、この体なら、こんな傷は致命傷にならない。左腕の傷はもう『直った』し、切断面からの血も『止めた』そして――

「これで、仕切り直し」

切り落とされた右腕と、本体側の切断面の双方から生える灰色の『触手』が絡まりあい、見る間に元通りの姿に復元されていく。

言い訳が聞かないほどの化け物ぶり。この状況になってまで人間の機能を模倣する必要も無いということか。

いや、元からいまいち模倣しきれていなかったが、自重が無くなったのだろう。擬態する上で必要だった機能の制限が、かなりの割合で解除されている。

疲れを知らぬ無限の持久力、岩をも砕く怪力、弾丸を避ける超感覚、いかなる傷をもものともしない再生能力。超人か怪物か、それが今の俺。

――そして、それらの事実を知っても、冷静に対処できる。そういった感情まで、脳の機能まで制御されているのか。

だが今はありがたい。何はともあれ現状を切り抜けなければならないのだから混乱している暇は無い。

「ナンダァ、コイツ……。ニーチャン、アンタ、ニンゲンカトオモッテタガ、オレラノオナカマカ?」

「魔力も氣も使わずにその回復、浅ましい外道妖怪でもそこまではできまい。――お主、何者だ?」

「日本生まれの日本育ちの一農民。人間かどうかは、あんまり自信無いけどね……」

軽口を叩く余裕すらある。ここにきて、自分がどんな身体をしているかってのもなんとなくだが理解できた。人間かどうか、間違いなく肉体的には人間では無い。

「でもね、そんな細かいことはどうでもいいんですよ。……そこをどいてくれ。あんたらに構ってる暇は無いんだ」

そう、俺が人間かどうかなんて後で悩めばいい、そんなことより姉さんだ。ここら一帯が化け物で溢れ返っているなら、姉さんも危ない。急いで探しにいかなければ。

「ソーユゥワケニモイカネエヨ、バケモンノニーチャン」

「左様、人であれ妖物であれ、目撃者は残らず始末するという契約だ。通す訳にはいかん」

言いながら、拳を、刀を構える異形二人。

「そうか、なら――」

こちらも構える。武道の経験は無い。だが、この身体ならやれる、性能を引き出せれば勝ちにも行ける。そんな確信がある。いや、勝たねばならない。

背を向けて逃げる訳にはいかない、擬態を解除し、一切疲労せずに一日中でも全力疾走できる今の俺でも、あの天狗っぽい烏頭は振り切れないだろう。

姉さんが無事でいても、こんな連中を連れて行っては意味が無い。後顧の憂いはここで断ち切る。

まだ完全に身体について理解した訳では無いが、再生も追い付かないような致命傷を貰わなければ負けは無い。あとは、こいつらを殺し切れる火力の武装が都合よく搭載されていればいいのだが……。

「――力ずくで、押し通る!」






次回に続く

―――――――――――――――――――

あとがき

原作知識持ちオリ主多重クロス、詳しく一息で言えば「デビガンとかアプトムとかバーサーカーボディとかARMSの設定を混ぜ合わせたインチキ臭いゲテモノボディに改造されたシスコンチートインチキオリ主が大暴れしたりコソコソしながら複数の作品世界で淡々とメカやら怪人やら取り込んで自らを強化しつつ観光したりお土産買って元の世界に帰ってブラコンスーパーチート盗賊姉とまったりしたりする話」始まります。

ヤマ場も落ちも意味も無い感じの作品となりますのでご注意を。

あと、処女作です。つまりこの作品で処女喪失で膜ぶち抜きーの血がでまくりーの。

こんな見返して恥ずかしくなるようなゲテモノで処女喪失とか好きモンだなてめえグへへとか言われそうですが、

膜破られたらイタいのは当たり前なのと同じレベルで処女作読み返してイタタとなるのは当然らしいですから思い切って書きたいものはすべて詰め込んでみます。

詰め込みすぎてヒギィぼごぉとかなっても一応完結はさせます。続き書きたくなったら日常パート挿んで事件起こしてそれを主人公がどうこうする的に張り合わせていきます。

流れとして、基本一つの世界は1~3話で終わらせる→いったん元の世界に帰還して終了→次の世界に向かう理由とか説明する日常パート→異世界に、みたいな。

作品を読んでみての感想、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイス待ってます。



[14434] 第二話「異世界と魔法使い」
Name: ここち◆92520f4f ID:1ec0d858
Date: 2009/12/07 01:05
白刃が煌めき、鋭い斬撃が幾度となく迫る。常の俺ならば反応出来ずに真っ二つにされているだろう超高速の斬撃。絶え間なく襲いかかってくるそれを避け、拳で逸らし、捌く。ひたすらに捌き続ける。

斬撃、回避、斬撃、回避、斬撃、回避、斬撃、回避、刺突、回、掠った、というより抉れた。首筋、常人なら動脈が切り裂かれて致命傷。常人ならば、の話だが。

「――なるほど、これは厄介よな」

血は出ない。当然だ、扱い慣れた形ということでヒト型を保持しているが中身は別物、そんな分かり易い急所は今のこの身体には存在しない。すでに斬られた跡も無い、再生速度も絶好調。

一歩動く度、敵の攻撃を眼で追う度、避けきれない斬撃をいなす度、この身体への理解が深まる。圧倒的な性能が自信になる。自信が過信に繋がっても負けないだけの性能がある。動きは大胆かつ精密になっていく。

小細工は要らない、というか無駄。こちらが相手に勝っているのは純粋な肉体の性能のみ、戦闘経験で圧倒的に劣るこちらの小細工は通用しない。

単純に回避と防御と攻撃を繰り返すのみ、それがベストな選択だが、攻勢に出れない。回避に専念し続けている。

「そらそら、避けてばかりではここは通れぬぞ!」

言われなくても分かってる!という言葉は呑み込む。声に出す余裕もあまりも無い。それに、最初から回避ばかりしているわけではない。

――通らないのだ、攻撃が。

こちらの攻撃も決して軽い訳ではない。だが、烏頭の斬撃を避けながらでは力の溜めにも限界がある。そして軽い攻撃は刀でいなされ逸らされてしまう。

かといって力を溜めた一撃を放とうと回避の動きを緩めたり距離をとったりすれば――

「ソォラ、ボヤットシテルトツブレチマウゼェッ!!」

迫る横薙ぎの一撃、鉄塊のような悪魔の剛腕、咄嗟のガードも意味を成さない。防御の姿勢のまま吹き飛ばされ、全身の骨が砕け散る。

空中を吹き飛んでいる間に全身の骨格を素早く再生、着地を狙って斬りかかる烏頭の顔面を蹴り、後ろに大きく跳躍。

烏頭にダメージ無し、俺にもダメージ無し、悪魔は言わずもがな。立ち位置は俺と烏頭が向かい合い、烏頭の後ろに悪魔。

「ふむ、千日手というものか。どうした?押し通るのでは無かったのか?」

「イヤ、ケッタイナカラダシテンナァ。コンナナンベンモカラダヲクダイタノハ、ニーチャンガハジメテダゼ」

近距離で烏頭の攻撃を避け続け、こちらの軽い攻撃は無効、俺と烏頭との間が空けば悪魔が拳で潰しに掛かり、吹き飛ばされた俺を烏頭が追撃、それを回避して振り出しに戻る。さっきからその繰り返し。

――なにが「勝ちにも行ける」だ!「負けはない」だけじゃ意味がないだろうが!

などと激昂しても意味は無い。この身体も大概インチキだが、怒って新機能が追加されるほど融通は利かないのだ。

切っ掛けが要る。恐らく、制限・封印されていた機能を使うには何らかの切っ掛けが必要なのだ。眠っている機能を呼び起こす強烈なショックが。

腕を切断されるという日常では起こりえないダメージにより、再生能力の制限が解除されたように、戦う為の力が、攻撃力が必要だと思わせるようななにかが必要。

怪力も超感覚も持久力も戦う為の機能ではない。この機能で戦えない訳ではないが、これらは現時点の危機的状況から逃げ出す為に解放されたもの、こんな怪物達と戦うには何もかもが不足すぎる。

攻撃の為の機能は間違いなく存在する。だが、機能が解放されない限りはどんなものかもどのような切っ掛けが必要なのかも分からない。

と、烏頭と悪魔の雰囲気が変わる。どこか楽しんでいる雰囲気が消え、辺りに張りつめた空気が漂う。

「……ふむ、刻限が迫ってきた。悪いが、次の一撃で極めさせて貰う――!」

「アンマジカンクウト、ホンライノケイヤクガハタセネェカラナ。ワルクオモウナヨ?」

動きを止め、構える烏頭と悪魔。距離がある、動きも無い。絶好の機会に見えるが、今ここで突っ込んではいけないという予感がする。

全力で殴りかかったとしてもこちらの今の攻撃力では一撃では倒しきれない。備えなければならない、最悪のピンチを最高のチャンスに変える為に。

烏頭が刀を振りかぶる。手にした刀がバチバチと帯電を始め、白刃に眩い稲妻が纏わりつく。刀の間合いからは離れているが、距離を無視できる技か。

「いざ――」

悪魔が両拳を撃ち合わせる。激しく撃ち合された拳の間から炎が溢れ、両の腕を紅蓮の炎が覆い尽くす。こちらも同じく遠い。しかし、なんとなく何をやるか分かった気がする。

「コイツヲクラッテ――」

そして俺は、防御の体勢――

いや、『攻めの体勢』を取る。これが反撃のタイミング、刺し違えることにはならない、こいつらの武器が纏うものを見て確信した。勝つ、勝てる。

「雷光の剣を受けよ!」

「ケシズミニナリナァッ!!」

――文字通りの必殺技。極大規模の雷が、超高温の炎弾が俺の身体を襲う。全身の神経を焼き切らんとする雷撃、再生の時間を与えぬまま灰にせんとする超熱量。

「――やったか?」

「イヤ、ヨウスガオカシイ。ナァンカ、イヤナヨカンガスルゼ……」

これがいい、とてもいい、かなりいい、すごくいい、すばらしい!

御誂え向きの攻撃、全身を駆け巡る雷が眠っていた機能を呼び起こす。身を焼く炎は攻撃力のイメージを強烈に喚起させる!

これが、これが!これが俺の!攻撃のイメージ!!!

―――――――――――――――――――

「ヤベェ!ヨケロアイボウ!!」

遅い無駄手遅れ。もう懐に潜り込んだ。この距離なら悪魔は手出しできない。

「――ぬぅうっ!」

回避が間に合わず逸らし切れないとみるや刀で防御の構えを取る。先ほどまでなら防御に専念されたらこちらには打つ手も無かっただろう。

しかし前は前で今は今、その防御はもはや意味をなさない。構えられた刀に対し鉤爪のように折り曲げた指先を叩きつける。指先から迸る新たに発現した力。

受け止めた烏頭の刀は、ジュッ、という音と共に一瞬にして刀身半ばから『焼き切られる』

そしてがら空きになった烏頭の顔面をもう片方の手で鷲掴み、頭蓋ごと脳を『蒸発させる』

断末魔の声を上げる暇もなく絶命し、力無くその場に崩れる烏頭の死体。まずは一体。

「テメェ……、ソンナカクシダマモッテヤガッタノカ」

「いや、今思い出した。ギリギリだ、ギリギリ。あんたらの必殺技が無ければ出せなかった」

指先から突き出る光の爪、その正体は雷と炎の与える今までにないショックにより発現した『プラズマ発生装置』により指先から噴出するプラズマジェット。

プラズマクローとでも名付けるか。見た目的にはまんまガリィのあれだが、機甲術は使えないのでザパン寄りか?しかし残念ながらプラズマ火球を飛ばせるほど器用では無い。

烏頭も肉体を何らかの方法で強化していたようだが、防御にはあまり力を入れていなかったのか、なんの抵抗の無くぶち抜けた。

いや、防御を重視した強化であってもそうそう防げはしないだろう。数万度の超高温プラズマの奔流だ。耐えられる生き物の方が珍しい。

仮にこいつらが古式ゆかしい妖怪変化の類でなく、イマジノスボディの怪物だったなんて超展開が起こったとしても問題なく焼き切り溶かすことが出来る。

「さぁ、どいてくれ。烏頭が居ない今、鈍重なあんたは大きいだけの的。見逃して俺を行かせてくれるなら殺す必要も無い」

残った大柄な悪魔に言う。聞きとり難い喋りをする奴だが、ここで意地を張るほど非合理な考え方をするタイプではないだろう。

というより、そうしてくれた方がありがたい。こちらの手札は割れている、倒せない相手では無いが時間がかかるかもしれない。時間をかければそれだけ姉さんを見つけるのが遅くなってしまう。

「ソノヒツヨウハネェナ。テメェハココデオシマイダ」

その悪魔の一言と共に、虚空から新たな異形が湧き出る。巨大なもの小さいものヒト型のものそうでないもの、ゾロゾロと霞の如く湧き出し続け、辺り一面を覆い尽くすほど。援軍か。

「アイボウガヤラレタナァオドロイタガ、コンダケノカズヲアイテニシタラ、ドウカナ?」

――これはまずいか?いやいや、冷静に数えてみればせいぜいが50か60そこら、やってやれない数じゃない。そう自分に言い聞かせ、萎えそうな心をそう奮い立たせる。

やれなくてもやるしかない。ここを切り抜けて姉さんを探す、その為の障害物が増えただけ。なんとしても片付ける!

指先だけでなく手のひら、肘、膝、つま先、踵からもプラズマを出せるように体を組み替え、今出せる最大攻撃力の手数を増やす。低く深く身体を沈め、獲物に跳びかかる直前の獣のような体勢をとる。

こちらが構えるのを見た悪魔が仲間に目配せ、それに合わせ一気に仕留めるべくこちらを取り囲む異形の群れ。

一触即発、こちらもあちらも動こうとした、その瞬間。

麓の集落から放たれた極太の破壊光線により、俺達はまとめて吹き飛ばされた――。

―――――――――――――――――――

自分のピンチに、父親は必ず助けに来てくれる。そう信じながら幼い少年は日々を過ごしていた。

そんなある日、村は悪魔の群れに襲われる。村にはそれなりに腕の立つ魔法使いが多く居たが、どこからか召喚された悪魔達はそんな魔法使い達の魔法をものともせず、次々と村人を石に変えていく。

――ぼくのせいだ、ぼくがピンチになれば、お父さんが帰ってくるなんて思ったから――!

「とか、そんなこと考えてそうな顔してるわねぇ」

目の前には女性と老人の石像の前で泣きながら初心者用の魔法の杖を構えて、必死にこっちを威嚇している幼児。

「杖を向けるのはいいけど、うざったいから泣きやみなさい。目障りだわ」

この現状、周りの状況から考えるに『ネギま』の世界。この状況には何度も出くわしたから確実。

うろ覚えだけど、この石像になったお爺さんと女性が悪魔からネギを庇い石化、次に現れた悪魔にネギが潰されそうになり、颯爽と最強キャラであるナギが登場!という場面なんでしょう。本来なら。

でも、未だにナギ・スプリングフィールドは現れていない。原作の世界ではナギに拳を片手で受け止められて瞬殺される運命にある悪魔は、すでに私の後ろで寸刻みの細切れ肉になっている。

距離が近すぎたのか、処分する過程で少し盛大に血を浴びてしまった。よくよく考えれば眼前のネギ少年が異常に怯えているのは私が血まみれなせいかもしれない。どうでもいいことだが。

――いらいらする。こんな十把一絡げのイベントに関わっている暇があるなら、今すぐにでも卓也ちゃんを探しに行くべきなのに――!

だけど、そうもいかない。これはお仕事、今後も卓也ちゃんと私が暮らしていくために必要である以上、責任は放棄できない。

たぶんここは『ナギが間に合わずにネギが悪魔に殺されてしまう世界』だ。

どれほど遅れてやってくるのかわからない、しかし、無事にネギ少年をナギに引き渡すまではここを離れられない。

私もこうしてただネギ少年と向き合っている訳ではない。睨みをきかせて余計な事をしないようにしているだけに見えるかもしれないが、ここら一帯の悪魔の掃討もついでにやっている。

すでに半径200メートルほどの範囲に生きている悪魔は存在しない。新たに現れた悪魔もすべて、原型を留めないほどに切り刻まれ潰されねじ切られ焼かれ腐り弾けて死んでいく。

どのような技で悪魔どもを処分したか、と聞かれてもいまいちわからない。体が覚えている技を片手間に放っているだけなのだから、いちいちどの技を使ったかなんて考えたりはしない。

鋼糸やら単分子ワイヤーやらピアノ線やらで、範囲内の人間以外の動くものを片っ端から切り刻んではいるが、それが死神執事からコピーしたものか元天剣からコピーしたものか不気味な泡からコピーしたものかは考えていない。

合間合間で範囲魔法も撃ってはいるが、ディスガイア系かサモナイ系かDQ系かFF系かリリカル系かそれ以外のものか実は魔法ではない何かも撃っている気がするが、やはりいちいち考えていない。

何十何百何千という異世界の技の細かい違いなど覚えていない。そんなことをいちいち気にするのは精々トリップした世界が十数種類までの初心者だけだ。

数を重ねるごとにそんな誤差みたいな違いは気にならなくなる。魔力というエネルギーを効率的に運用するための技術云々だろうがアカレコに至る為の云々だろうが大気中のナノマシンに働きかけて云々だろうが関係ない。

適当にぶっ放して敵をまとめて吹き飛ばす。人質を避けて敵だけ叩き潰す。魔法やそれに準ずる技と相性がいいから使っているだけで、なんならバズーカでも狙撃銃でもなんでもいい。

――そう、私こと『鳴無 句刻』は多重トリッパーだ。それも最強系と呼ばれるカテゴリに分けられるタイプの。

小さいころから一方的に異世界に召喚されてはチート能力を与えられ、戦いながらその世界で日々を過ごし、またある日元の世界に送還される。そんな日々を過ごしていた。

召喚された先の世界には何かしらの不備があり、それをなんとか修正して辻褄を合せるのが、私が異世界トリップする理由らしい。もちろん報酬はある。

この修正が上手くいけば送還までのロスタイムでその世界ではやりたい放題だ。送還への時間もそれなりに融通が効く。

まだイベントの発生していないダンジョンなり何なりに潜って本筋には関係ないお宝は奪い放題。お家にお金を入れることができるし、他にもいくつかの特典が付く。

話がそれた、つまりなにが言いたいかというと、この世界では私はどのような役目を負っているかということ。

いつものパターンなら適当に時間をナギがくるまで時間を稼いでおくというのが通例なのだけど、遅すぎる。

これだけ時間を稼いでもナギが来ないということは、時間を稼ぐだけでなく、更に悪魔を殺し尽くしてネギ少年を安全な場所まで運ばなければいけないのかもしれない……。

「――あんた、何者だ?」

考え事をしている間にようやく主人公の父親が現れた。遅れて来た割には無駄に偉そうな聞き方。いや、少年誌の主人公タイプの人間なんてこんなものね。血迷って攻撃してこないだけまだマシかも。

まぁ、こちらにも誤解される要因は無いではないし仕方ない。血まみれで過剰装飾気味な仕事着(全体的に尖ったデザインの魔法少女服)で、しかも自分の子が杖を向けている。

それでも攻撃してこないのは、私の魔法や糸がここら一帯の悪魔を処理し続け、なおかつネギ少年や周りの石像まで壊れないように見てあげていることに気付いたからこそでしょう。

「あら、私がいなければ今頃この子、ペシャンコの潰れたトマトみたいになっていたのよ?遅れて来た分際でありがとうの一つも言えないなんて、礼儀がなっていないのね」

言いながらもワイヤーを回収して立ち去る準備をする。早く卓也ちゃんを探しに行かないと。

「あ、あぁ悪ぃ。ってどこ行くんだよアンタは!」

「あなたが来たなら私がこの子を守る必要は無いわ。私は私で探さないといけない人が居るのよ」

それだけ言い残し返事も聞かずにその場を飛び去る。卓也ちゃんの反応は山の中腹、卓也ちゃんの体のことを考えれば死ぬ心配だけは無いけれど、万が一を考えて急いだ方がいいかもしれない。

飛びながら考えていると、ネギとナギの周辺に大量の悪魔が再び現れる。しかし腐っても原作最強キャラが居るのだ。なんの心配も無い。

ほら、今も原作のワンシーンを再現するかの如く、悪魔の拳を遮り、超威力の砲撃っぽい魔法、を……?

「卓也ちゃん!!」

馬鹿が放った魔法は悪魔を消滅させ、そのままの勢いで山に直撃した。よりにもよって卓也ちゃんのいる辺りを巻き込んで、だ。

万が一の可能性が見事に的中してしまったかもしれない、私は飛行魔法の速度を上げ、高速で魔法の着弾地点に向かった。

―――――――――――――――――――

――これは、流石に死んだか?

謎の破壊光線に巻き込まれ、周りの悪魔も全員死んでいるのか瀕死なのかもわからないレベルにまでダメージを負ったようだ。

俺も、腕が切断されたとかそんな生易しいレベルのダメージではない。とっさに飛び退いて回避しようと抵抗したが無駄だった。

脚は無い、というより下半身が存在しない、では内臓がはみ出ているのか? 残念なことに内臓も無い、辛うじて肺が少しだけ残っているかいないか。

そう、胸から下はほぼ消滅してしまった。心臓も無いというのに動いていられるのは不思議だが、それも長続きはしないだろう。

再生するにもパーツが足りない。これで生命?を維持できるかとなると流石に望み薄だろう、年貢の納め時か。最後は姉さんの膝枕が良かったなぁ……。

だんだん目も霞んできた、あぁそうだ、姉さんの安否も確かめられないまま、というのが無念だ。せめて一目でも姉さんの無事を確認したかった。

だめだ、もう、いしきが、うすれて……、

じぶんが消えていく、くらい、くらい場所にしずみこんで、ばらばらに崩れていく。

これが――死か――

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

どこだ、ここは。

死んだのなら、天国か地獄か。


ぞる、ぞる、ぞる、ぞる

              みち、みち、みち、みち

                 ごきん、ぼり、ぐし、がしゅ

                         ぶち、ごり、ずりゅ、ぐぢ

ぎち、ぎち、ぎち、ぎち


ひどい音だ、地獄かもしれない。今まで正直にそしてそれなりに誠実に生きてきたつもりだが、死に際に正真正銘の化け物になんかなるから、死後は地獄で働かされるのかもしれない。

いや、地獄で責め苦を味あわされるよりは責め苦を与える方がマシか。さぁ、今日も朝から血の池地獄をひたすらかき混ぜ続けるだけの仕事が始まる……。

そうなると上司は閻魔様か。某ヤマザナドゥみたいに可愛らしければ働く意欲も増すのだがどうだろうか。とりあえず最低限「シャクを奪われて仕事ができん!」 みたいな粗忽者でなければ文句は無い。

――なんて考えるが、自分が死んでいないことはとっくに分かっている。この気持ち悪い音の正体もだ。嫌な予感というか確信がある、この音を出しているのは俺の身体だ。

正直に言おう、見たくない。目の修復はとっくに終了しているので瞼を開ければ簡単に見られるのだが、気遅れしかしない。

とはいえ、見ないわけにはいくまい。意を決して瞼を開ける。

「……うぇ、ひっっっでぇ…………」

予想通りで想定内で何のサプライズも無い光景、見るも無残な地獄絵図。

まずは見渡す限りの破壊痕。森の木々はほぼ残らずへし折れ砕け散り地面は無残に抉られ、俺と悪魔どもを吹き飛ばした謎の破壊光線の威力を物語っている。

そしてそこら中に散らばっている悪魔の死体。大方の死体は元の悪魔の数がわからないほどバラバラ。大型のものはある程度形を残しているが、それでも無事な悪魔は一体たりとも存在しない。

いや、最初に現れた大型の悪魔が動いた。しかし明らかに瀕死、身体の半分を吹き飛ばされ立つこともできないでいる。その悪魔が、嗤う。

「ハッ、オレモツクヅクウンガネェ。サイゴノサイゴデコンナオチタァナ……」

「…………」

瀕死の悪魔に、悪魔どもの破片に、無数の触手が絡みついている。先ほどから聞こえる異音の正体はこれだ。『俺の身体から伸びた触手』が、悪魔の死体を食らっている。

肉片の海を這いずり、悪魔の肉を、血を、骨を、臓腑を、余すことなく貪り尽くそうと蠢き、啜り、噛み砕き、飲み干す。目の前の、まだ生きている悪魔さえ。

「……テメェ、ドコノバケモンダッタンダ? サイゴニ、ナマエクレェオシエロヨ」

「さぁ? 教える義理も無いだろ、そんなの。それも、今すぐ死ぬような相手に」

俺の返事を聞き、何がおかしいのか笑い出す悪魔。しかしその笑い声も次第に小さくなり、消えた。

触手の侵食が脳に達したのだろう、笑い顔のままの顔はぐじゅりと崩れ、俺の肉体の一部に組み換えられる。

これで話すことのできる相手も居ない。辺りに散らばっていた死体と触手は最早元の形を失うほどに混ざり合い、俺の身体の欠損した部分に纏まりつつある。

戦いの興奮も覚め、冷静になった頭で考える。今まで考えずに済んでいたことを。

俺は烏頭を殺した。ヒト型で会話もできる相手を殺してもなにも感じない。死体を、先ほどまで話していた相手のそれを喰らって、なんの嫌悪感も抱かない。これが当然の機能だと納得してしまう、それに恐怖すら抱けない。

俺の身体は人間のものではない。ここの戦いで理解した。だが、頭の中身まで化け物なら、俺は何者なのだろうか。

化け物の身体と精神、これでも俺は、姉さんの弟だと胸を張って言えるのだろうか――

「――――卓也ちゃん」

後ろから声が掛けられた、姉さんの声。最後に見た時と同じ衣装を、何かの血で真っ赤に染めた姉さんが、空に浮かんでいる。

顔にも髪にも服にも、乾いた血を大量にこべりつかせたまま、こちらにゆっくりと降りてくる。あれは姉さんの血では無い、見ただけで分かってしまう。

俺の方はどうだろう、服はズタズタ、身体の欠損部分の修復は未だ終わらず、あちこちが歪なままの姿で座っている。こんな姿を見ても、姉さんは何も言わない。

知っていたのだろう、この身体の事を。いや、多分俺よりも深く知っている。俺が化け物であることを、化け物になっていたことを。

「姉さん、俺、俺は……。」

何を言うべきか、言うべきことも言いたいことも山ほどあるのに舌が回らない。頭の中もぐしゃぐしゃに混乱して考えが纏まらない。目の前の光景が滲む、どんな顔を向ければいいのか。

――不意に、抱きしめられた。乾ききっていない化け物の血の臭い、そして、何時もと変わらない、姉さんの体温。

「帰りましょ? 私たちのお家に」

「あ……、ねえ、さん……?」

抱きしめられ、子供をあやすように背中をぽんぽんと叩かれる。緊張の糸が解れ、身体から力が抜ける。

「帰って、休んで、それからお話しよ? ……お姉ちゃんね、大事なお話があるの」

肉体的な疲れが無くとも、精神的な疲労が溜まっていたのだろうか。安心したら急に眠気が襲ってきた。

「ふふ、眠たい?いいわよ、後は帰るだけだから。おやすみなさい、卓也ちゃん……」

ありがたい、もう意識を保てる自身が無い。姉さんにもたれたままというのが情けないが、今は少し眠らせてもらおう。

「ねえさん、おや……す……」

そうして俺は、意識を保つ努力を投げ出した。


―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「という、夢を見たんだ」

「夢じゃないわよ?」

目覚めと同時、俺の布団の隣に座ってこちらを見つめていた姉さんに夢オチを希望するが無慈悲にも一瞬で却下されてしまった。おぉ、無残無残。かくして俺の儚い希望は打ち砕かれたのであった。

因みにここは寝室。姉さんはすでに風呂に入って着替えたのかラフな普段着、俺も眠って(気絶して?)いる間に洗われて着替えさせられたようだ。

あの服は割とお気に入りだったが、もう襟元がわずかに残っているだけの襤褸切れ同然だったので処分されたのだろう。

「……」

「……」

無言で見つめあう俺と姉さん。なんとも言えない沈黙が流れる。

そういえば沈黙が流れるという表現はどことなく『そこには「誰も居ない」がいる』に通じるものがある気がするが、ここは矛盾都市では無いのでただの無音。

なら『誰もいない』が存在するようにあの都市なら『沈黙』というBGMでも流れてくるのだろうか。

意表をついて、擬人化された沈黙が空中をふよふよと流れていく間抜けな光景が拝めるかもしれない。

思考を本題から逸らしまくっていると、姉さんの方から口を開いた。

「ねぇ卓也ちゃん、具体的にどの辺りが夢なら良かったの?」

「…………最後の辺り。」

二十歳もとうに過ぎた大の男が家族の前で目ぇ潤ませた挙句に抱きしめられて安心、そのまま眠ってしまう。これは酷い醜態を晒してしまった。

「初めてならそんなものよ。全然恥ずかしいことじゃないわ」

「……姉さんは、慣れてそうだよね」

なにやら卑猥な会話に聞こえるかもしれないがそれは考え過ぎだ。「童貞とベテラン」とかAVみたいなタイトルを付けてはいけない。

「お姉ちゃんは大ベテランだもん」

「それだ! 今回のこれはいったいなんだったのさ」

歪んだ部屋、飛ばされた先、悪魔(一部妖怪あり)の集団やら、姉さんが空を飛んでいたことやら、聞きたいことは山ほどある。あと謎の破壊光線も。

「え?聞きたいのはそこ?卓也ちゃんの身体についての秘密とかは?」

「いやそれはもう大体わかった」

この身体の由来やらなにやらはわからない。しかし今現在の大体の性能やら機能やらは使いながら覚えた。

というより、そうでなければあの悪魔やら妖怪やらとの戦いを切り抜けてここに居られるはずが無い。

「さ、そんなことはいいからキリキリ説明してくれ」

「そんなことって卓也ちゃん……。はぁ、まぁいいかな。分かりやすく話すとね――」

……………………

…………

……

「――というわけなの」

「はぁ、そりゃまたなんとも……」

異世界トリップにチート能力、荒唐無稽な話だ。しかし、あれだけの体験をしたのだから信じないわけにはいかない。

しかしあの砲撃が例の魔法先生パパの魔法攻撃だったとは、我ながらよく生き残れたものだと思う。いや直撃していたら終わりだったか、身体の半分以上が消滅していたのだし。

「でも、それって隠し通すこともできたよね? なんで教えてくれたのさ」

「ん、ここからが本題なの。心して聞いてね?」

姉さんのこれまた長く微妙に分かり辛い説明が始まった。

かいつまんで言えば、今回の件がきっかけで俺は姉さんのトリップに巻き込まれて異世界に飛んでしまう体質?になってしまったらしい。

今までは騙し騙しなんとかやっていけたが、こうなってしまっては隠し通しようが無い。こうなったらトリップ先で不自由しないように、事情を説明して鍛えてあげようと思ったらしいのだが……。

「卓也ちゃんを鍛えてあげたいのはやまやまなんだけど、今のその体だと鍛える鍛えない以前にもろ過ぎるのよねぇ」

「もろいって姉さん、俺もそこそこやれてたと思うんだけど……」

「そこそこじゃ駄目よ。はっきりいって今回のトリップは難易度としてはかなり低い方になるわ」

それこそナギの魔法みたいなレベルの攻撃を、けん制として大量にばら撒いてくるザコ敵が腐るほどいるとのこと、次元が違い過ぎる……。

「足手まとい一直線かよ……」

「今は、ね。だから卓也ちゃんには強くなってもらうわ。お姉ちゃんらしいやりかたでね」

無力感にガックリとうなだれる俺に、姉さんは不敵に微笑み、告げる。

「修行の旅(トリップ)よ!」

―――――――――――――――――――

俺の部屋に移動し、姉さんは改めてこちらに向き直る。

「さて、卓也ちゃんはその身体のことを『大体わかった』なんて言ったけど、その身体で強くなるために一番重要な機能を理解できていないの、なんだか分かる?」

「わかったらこんな問答にはならないってことだけは分かる。教えてくれ姉さん」

「だーめ、少しは自分で考える努力をしなきゃ。ほらほら答えはー?」

断られてしまった。とはいえノーヒントという訳でもない、ネギま世界での戦いの中でこの身体が発揮した機能がヒントだろう。

超再生ではない、これは基本的な機能でしか無い。重要というか、ダメージを気にせず大胆に動けるのは利点の一つだが、強くなるという点ではあまり関係ない。

持久力に怪力に超感覚は間違いなく違う。ではプラズマ発生装置?これも違うか。

もしかして『アレ』か?……微妙だ。あれは多分弱った相手にしか通じない。そうでなければ戦闘中に目覚めてもよさそうなものだし……。

「降参?もう答え合わせしちゃう?」

姉さんが嬉しそうに急かす。自分で考えろと言ったくせにめちゃくちゃ教えたそうにしている。ええい、破れかぶれだ!

「もしかして、触手?」

自信が無い。しかし可能性としては一番高いような気もする。戦闘用の機能でも無いし、わざわざ相手を捕食するだけなら触手なんて出す必要が薄い。多分俺の知らない機能がある、かも。

あ、触手が自分でも知らない機能を発揮ってなんだかいやらしい!

ヌメヌメした液体が出てきたら倫理面でアウトだなこれは。『姉さん、なんだか触手がムズムズするんだ……』『あらあらうふふ♪』みたいな。

「惜しい!正解は……って、どうしたの卓也ちゃん変な顔して」

「ごめん変なこと考えてた」

「あらあら。でも今は真面目な話だから、ね?」

「ん。で、答えは?」

優しくたしなめられてしまった。気を取り直して答え合わせ。

「触手はこの機能の補助でしかないの。答えは『融合捕食』、聞いたことあるでしょ?」

「なんと。ここでアプトム!」

融合捕食!そういうのもあるのか。そうかそうか、そうなると話は違う。このエロ目的にも見えていた触手がバトルクリーチャ―のステイタスとして立ち上がってくる。

「そうアプトム。卓也ちゃんはこれから仲間の敵とか言いながらいたいけな少年とその友人をストーキングしたり護衛したり、あちこちで裸体を曝したりツンデレしたり、『もう分かってる筈だぜ』とか自分に問いかけたり、雪が降る度に『心配するな……』とかロマンチックになぎゅっ!」

「ネタ振っといてなんだけど話が進まないから止めるよ?」

「あぅ、ひどい……」

長くなりそうなセリフを頭部へのチョップで中断、涙目で抗議してくる姉さんだが、すぐに立ち直り説明を再開した。

「ま、まぁつまりはそういうことね。適当に悪魔なり妖怪なりを融合していけば、対象の能力を取り込み強化して強くなれる」

「定番だね」

となると、あの烏頭やらでかい悪魔やらの必殺技も使えるということか。名前も知らない有象無象の悪魔の力も。

「この能力を自覚した以上は問題なく捕食した相手の力を使える筈よ。ネギま世界の悪魔を取り込んだわけだし、基本的な魔法なら使えるんじゃないかなぁ。」

「…………うん、分かりやすいのなら大体は大丈夫」

例えば認識阻害は使いようだろう。悪魔が使う魔法だから人が使う魔法とは大分様式が異なるようだが内容は似たようなものだ。

「で、ここからが重要なんだけど、卓也ちゃんの身体は魔法寄りの能力よりも、科学寄りの能力との相性が良いの」

「相性?」

「そ。例えば魔法の矢を撃った場合、元の性能が1として、卓也ちゃんが取り込んで強化して撃てば1.1くらいになる」

ポテトチップスの期間限定増量みたいに煮え切らない倍率だな……。

「でも、例えばジムを取り込めばガンダムに、G3マイルドを取り込めばG4に、数打を取り込めば真打に匹敵するほどに強化できる!」

「おお!」

最後のはわりとファンタジーっぽくなかろうか。だが凄い!

「そんなわけで、私が卓也ちゃんをそれっぽいのがある世界に送るのには媒介――、つまり原作が必要なのよ。ドラマでもゲームでもアニメでも小説でも漫画でも」

因みに姉さんは任意で他人をトリップさせることもできるらしい。今では死体がある程度残っていれば蘇生もできるとのこと。さすが、トリップ回数四桁は伊達ではない。

「ああ、それで俺の部屋」

「うん、私の部屋にも無いじゃ無いんだけどね」

難易度がねぇ……と苦笑いを浮かべる姉さん。姉さんはでかくて派手な破壊力過剰作品を割と好む。初めてトリップするには巨大ロボ系は難易度が高い。

流石にガンバスターや真ゲッターの世界では何か取り込む前に死ぬだろう。ゼオライマーも同上。

となると、できれば今の俺でもどうにかできる、等身大の変身ヒーロー系が好まれるのだが……。しかも中盤から終盤で巨大とは言わないが中ぐらいのロボが出てくると次に繋げ易い。

「じゃあこれ?」

と言いながら先日密林がら届いた十周年記念作品の木箱を見せる。筆字で書かれたタイトルがいかにも勇ましい。

これの主人公は意外とお茶目で、同会社の某アンドロイド主人公に次ぐ萌え主人公かもしれない。賛成意見があるかはわからないが。

「――卓也ちゃん、ここでボケはいらないわ」

「ごめん」

しかもまだ途中までしかプレイしていない。剣術もできないので永遠に保留。これはヒーロー(英雄)の物語でも無いしね。

「そっちじゃなくて……、これよ」

と言いながら見せてくるのは、未来の独逸を舞台に主人公が雑魚相手に無双したり眠ったりチャンプがビッチに騙されたり主人公が眠ったり医大生が恋人を失ったショックで裸足になって諸国漫遊をしたりする変身アクションモノ。

最終的には3D酔いしそうな空中戦が増えてくるあたり修行にもうってつけ。雑魚の多さでは平成仮面ライダーに勝るとも劣らないので相手にも事欠かないだろう。

「これの雑魚なら今の卓也ちゃんでもなんとか無双できそうじゃない?」

「……刺し違える覚悟でいけばなんとかなるかもだけど……」

「『刺し違えても問題ない』のよ。刺し違えられて問題があるのは刺されて死ぬヤツだけ、卓也ちゃんは刺されてもまったく問題ないでしょ?」

「なんだかんだでけっこう痛いんだけどね……」

しかし雑魚を取り込めば主人公にもラスボスにも変身できる可能性がある。痛いだけで一気にラスボス級へのステップを踏めるならありかもしれない。

「ウインナー美味そうだしなぁ。飯食うシーンないけど」

「お土産忘れないでね?ジャガイモ以外で」

行ったら観光もしてくることが前提らしい。ストーリーの流れ的に潜伏期間も長いので時間的に余裕がある。

「あ、じゃあこっちから入ろう」

小説版。時間的余裕と、あとは潰しても現地人に発見されにくい雑魚がいっぱい居るとくればこれだ。原作のプレ編みたいなものだがそんなに昔の話でもない。

せいぜい原作開始の数か月前か。ここで雑魚を取り込んで用意を整えておけば中盤から終盤にかけてロボを取り込む余裕が出てくる。

「……ぁあー、あったわねぇそんなの。微妙に設定が違う気がするけど」

「どうせ些細な違いだよ。本筋は変わらないし、これから始めれば軍資金も手に入る」

というより、小説版で用意を済ませれば原作の序盤は完全に見物だけで済む。ぶっちゃけ観光というか食い歩きができるし、原作キャラの死がどうとかは気分が重くなるから関わりたくない。

「じゃあ、これにする?」

「どれ選んでもケチが少しもつかないなんて話は無いしね」

「そうね、じゃあ、旅の準備をしましょうか!」

「カバンどこにしまったかな……」

これから異世界トリップだというのに生々しい話だが、数か月も家を離れて旅をするのだ、着替えにある程度の路銀と生活用品、念のために寝袋の類も入れておく必要がある。

―――――――――――――――――――

いろいろと大量にあった荷物がなんだかんだで旅行鞄一つに収まるのだから不思議だ。この収納術はトリッパーならずとも旅行者や冒険家には必須スキルなので戻ってきたら教えてくれるとのこと。

着替えも終えて旅支度は万端。机の上に積まれたDVDと小説の前にはいかにもそれっぽい様式美溢れる光輝く魔法陣。

これを通って異世界――作品世界にトリップする。帰りは最終回の途中辺り、最終回ラストまで待つと『―そして5年後―』に巻き込まれるから妥当なところか。

ちなみに、トリップ先とこの世界の時間が流れる速度の差ははまちまちだが、大体こちらの世界に原作がある世界は時間の流れが速く、トリップ先での数か月がこちらの世界の一~二日程度らしい。

「機械の類は卓也ちゃんが身体に取り込んでしまった方がいいから、向こうでもそうしてね。ハンカチ持ったよね?」

「うん」

一緒に準備した筈なのに妙に心配してくる。ハンカチは持ったか、なんて聞かれるのはいつ以来か。いつもならハンカチでなく手ぬぐいだ。

「……ごめん。お姉ちゃんね、卓也ちゃんに酷い事してるって分かってるの」

「……」

うつむきながらの謝罪。唐突だが、何を言いたいかは分からないでもない。

確かに酷いことかもしれない。トリップ先で何かを取り込む度に俺の身体は人間離れしていく。いや、実際は既に人間では無いのだが、より『人間らしさ』からは遠ざかっていくのだろう。

「いいよ、別に」

でも、そんなことはどうでもいい。些細なことだ。

「よくないよ!そんな身体にしちゃったのはお姉ちゃんで、なのに『もっと強くなれ』だなんて言って……!」

姉さんは落ち込む時はとことん落ち込む癖がある。ここでどうにかしないと落ち込みっぱなしの姉さんを放置して向こうで何か月もやきもきし、帰ってきても落ち込んだ姉さんの顔に出迎えられる羽目になる。それはつらい。

姉さんには笑顔の方が似合うし、しばらく会えない(俺視点での話だが)のだからできれば笑顔を記憶しておきたい。

それに、そんなことを負い目に感じては欲しくない。たとえ人間で無いのだとしても、それが不幸に即繋がるわけじゃない。少なくとも俺にとっては。

「どうでもいいよ。俺は姉さんの弟で、姉さんは俺の姉。俺にはそれだけで充分」

「卓也ちゃん……」

ガキの頃の事故以来、姉さんはどんな状況でも俺に対しては『お姉ちゃん』という一人称を使う。文字通り何時でもどんな状況でもだ。

中学のころに子供っぽいし恥ずかしいと抗議したこともあるが、『お姉ちゃんは卓也ちゃんのお姉ちゃんなんだから』とごり押しされて直してもらうのは諦めた。

考えてみれば理由は分かる。けじめのようなものだろう。俺を人間ではなくしてしまったことに対しての。

どんなことがあっても俺の姉であると、俺がどんな化け物になっても姉さんは姉さんでいてくれるという誓い。

極端な話、俺が仮にゲッターロボやバスターマシンになっても姉さんは姉さんでいてくれるだろう。七号になったら弟でなく妹だろうという意見はひとまず置いておく。

だから俺は、安心して強くなれる。レベル的にまずは目指せコオネ・ペーネミュンデ。やることはアプトムか狗隠かってところだが。

「…………」

姉さんはまだ俯いている。今のは慰める言葉としては不適切だったか?仕方ない、向こうで美味いやら珍しいやらのお土産をたくさん買ってそれで慰めてみるか。

「じゃあ姉さん、行ってきます。お土産楽しみに待っててね」

言い、魔法陣の外枠?に手をかける。魔法陣を通り抜けた指先の感覚が不気味だ……これに頭を突っ込むのは意外に勇気がいるかもしれない。

魔法陣に頭から入るか足から入るかで迷っていると、不意に肩を引かれ振り向かされる。至近に姉さんの顔、そのまま更に接近し――

激突。前歯に衝撃が走る。

「~~~~~~ッッッ!」

地味に痛い。手足を切断されたり全身を砕かれる痛みとは違う、不意の一撃。

目の前には口元を押さえて涙目で苦笑いの姉さん。前歯と前歯の激突で唇を切ってしまったのかもしれない。…………前歯と、前歯?

「いたた~、失敗しちゃった……。」

顔をほのかに紅く染め、舌をちろりと出しながら誤魔化す姉さん、そのまま後ろに――魔法陣の中に突き飛ばされる。

「いってらっしゃい、卓也ちゃん。おみやげ、楽しみに待ってるね♪」

魔法陣に落ちる寸前、笑顔でこちらを見送る姉さんの姿が見えた。いける、これなら間違いなく数か月は頑張れる。

――頑張ろう。期待を裏切らない強さを手に入れて、それでいて土産も忘れないように。

落ちる。水ではない何かに満ちた、海のような空間を落ちていく。上に自宅側の魔法陣、下にもうひとつ、作品世界側に開いている魔法陣が見える。そしてその向こう側の風景も。

さびれた郊外、空気も治安も悪そうな地域だと一目で分かる。いかにも何かしら出てきそうな雰囲気。

――というより、もう出ている。俺の最初の標的、金属質の装甲で身を覆った動く屍。肩慣らしと経験知稼ぎ、そして鎧にも武器にも脚にも化けてくれる恰好の素材!

珍妙なデザインの(言っておくが断じて日本車では無い)バイクを引いた血色の悪い青年を狙いにじり寄っていた。

「小説版のまさに最初のページかな?」

口元がニヤけてしまう。これぞ絶好のチャンス。3匹もいるなら1、2匹いただいても支障はあるまい、やもすればそれで暫く分の目的は達成できてしまうのだから。

さて、ぼうっとしてるわけにはいかない。屍どもの注意を惹かねば、目の前のバイク野郎なんか無視して、こちらをまっしぐらに目指してくれるように。

生身でなく、機械でもなく、それでいてどちらでもあるこの身体。人を襲い、機械を取り込みたがるお前らには分かるだろう?どっちが美味しい餌か!

スイッチ、スイッチ、スイッチ!身体の作りを単純かつ強靭に、不要なパーツを溶かし潰し、戦闘に適した身体と心へ移行させる!

変わる、替わる、換わる、人間『鳴無 卓也』から、貪欲に力を求める一個の怪物へ!

――そして、作品世界の魔法陣に触れる。準備は万端、凄い俺落ちながら変態完了した――!!

出現地点は高度にして20メートル、浮遊感とともに湧き上がる止めどない高揚感は憧れの異世界への期待からか目の前(下?)の力への欲求からか。

「―――――――――――――――――っ――――――っ!!!!!」

声にならない歓喜の絶叫とともに、俺のトリップは幕を開けた。




次回へ続く

―――――――――――――――――――

あとがき

やった!ネギま編完!ブラスレ編始まります。

因みに『召喚された悪魔とか妖怪って致命傷受けると消えるんじゃないの?死体が残るはそれを取り込むは、このおバカさぁん!』という突っ込みがありそうな予感がするので弁明。

原作でネギがアスナに過去を見せた話、ナギが悪魔の首をへし折るシーン、ナギの下に大量の悪魔の死体が積み重なっています。

これ確認する為に古本屋巡りをして該当シーンが載ってる単行本を探し、結局見つからずにネカフェで確認したので間違いありません。

京都編で大量に召喚された妖怪どもとは召喚魔法の形式が違ったのではないかなーと勝手に判断しました。でもネギま原作でその辺の設定とかフォローされてるなら情報お願いします。全巻を端から端まで読み込んだわけではありませんので。

正直主人公がピンチになって覚醒して吹き飛ばされて瀕死になるのに最適なシチュだったから村襲撃の話にトリップしたわけで、よっぽど気が向かない限り再びネギま世界に行くことはありえません。

ネギまといえばハレムぅとか原作キャラとのカップリングが無いと話にならないしなぁ。主人公はガチシスコンの変態さんなのでよく知りもしない中学生相手にラブ米とかできません。

やっても一回二回他の世界挟んで強くなった辺りで京都編途中あたりにトリップして、生八橋食べつつ京都観光、ついでにスクナ相手に無双してエヴァの出番を横取りしてスクナを取り込んで颯爽と帰っていくとかそんなんだと思う。

で、簪とか姉にお土産で買って帰ってイチャイチャほわほわ。いったい誰が得をするっていうんだ……。

ちなみにこの作品、百合、TS、不遇な原作登場キャラ救済、ありません。原作キャラの綺麗どころ捕まえてしっぽりとかも無いです。テーマは原作キャラクターとの上っ面だけの交流とかすれ違うだけの物語とかそんな。

それでも「暇つぶしに読んでさしあげてもよろしくてよ?」または「構わん、続けろ。」という愉快で寛大なお方は、作品を読んでみての感想とか、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイスとかよろしくお願いします。



[14434] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」
Name: ここち◆92520f4f ID:96ccb423
Date: 2009/12/18 10:52
「…………」

皿に載った料理をフォークで弄ぶ。グチャグチャに潰されたジャガイモの料理とウインナー、いやここではヴルストと呼ぶのがお洒落だ。それっぽいし。

近未来の独逸でもジャガイモを矢鱈と目の敵の如く潰しに掛かることだけは変り無いらしいが、料理の種類自体は豊富だから飽きることは無い、たぶん。

正直にいえばジャガイモ料理とかはどうでもいい。どんなに美味くても同じような料理なら家族愛補正で姉さんの料理を美味く感じてしまうのだから。

ではヴルストはどうか。美味い、確かに美味いが、だからどうしたといった所だ。土産にしてもいい程美味いがまだ帰還までかなり時間が余って、というか本編すら始まっていない。今買ったら帰るころには間違いなく腐る。

別にジャガイモとヴルストだけが独逸料理ではない。が、そればかりが目立っているように思えてしまうのは偏見からの錯覚だけでは無い筈だ。

ああそうだ、お酒もあった。ことにビールで有名な国でもあったかな? ――アルコールはいくら摂取しても毒素として即座に分解、排除されてしまうから酔うに酔えない訳だが。

ちらりと後ろの席を見る。やたらガタイの良い連中が集まって飲んでいる。いや飲んでいた、かな。なんだかもうグダグダ気味に終焉に近づいているようで。

白い短髪を逆立てた男が酔い潰れ、それを前髪で目が隠れるほど髪を伸ばした鷲鼻の男が介抱し、その対面で桃髪の長身の女が不敵にグラスを煽り、

赤髪で垂れ目の男がそれを見て肩を竦め、メガネの丸っこい髪型の女性はマイペースにカクテルを味わい、口髭を生やしたムキムキの黒人が天を仰いでいる。

――今の私と勝負してみる?

――やめとくさ、お前に勝てるヴィジョンが見えてこない

耳を澄ませるまでもなく会話は筒抜け。聞かれて困る内容でも無いだろうし当然か。外見的な特徴、口調もほぼ一致している。

「実写にするとあんな感じなんだなぁ……」

声も元の声優の特徴を残しながら自然な声になっている。アニメ的では無いというかなんというか。声優さんが素で喋ったらこんな感じになるかもしれない。

酔いつぶれた白髪の男――アルはもうぐでんぐでんだ。声にタイトルをつけるなら『とろける盟主』または『勇者王の煮込み』といったところか。蒟蒻みたいな奴どころか煮込み過ぎて煮崩れた大根みたいになっている。しかし彼を責めてはいけない。

彼の目の前に座る桃髪の女性――アマンダの周りには大量の空きビン。しかも極めてアルコール度数の高い酒のものばかり。流石のエヴォリュダ―もこんな相手では勇気で奇跡も起こせなかったようだ。

ちなみに彼女のこのオリハルコンのような肝臓が今後活躍する機会は無い。なんという無駄技能。酒を飲む場面はヘルマンより彼女に与えるべきではなかろうか。

そしてマイペースにカクテルを飲む、メガネの愛らしいメイフォン女史。あれはどの辺りをサイボーグ化しているのだろう。ぜひ入念にチェックしたいものだ。

髪型を変えたら加速装置を使いだしそうな鼻のブラッドに、どうしても資料集のパン1セクシーウインクを思い出してしまいそうになる隊長。

ミーハー丸出しだが見れて良かった。これからのスケジュールを考えるとこれ以降に遭遇できる可能性はかなり低い。……写メでも撮っておくか?

思い立ったが吉日、それ以降は全て凶日という名言に従って携帯を構え、酔いつぶれたXATの面々を一枚、次いでテーブルを挟んで対面に座る男を一枚。

「……」

許可無く唐突に写真を撮ったにも関わらずなんのリアクションも無し。黙々と食事を続ける血色の悪い男――ジョセフ。

「…………」

「…………」

会話が無い……。周りの連中はそれなりに騒がしく喋りながらの食事を楽しんでいるのにこれだ。せっかくの原作主人公だからと突発的に食事に誘ったのは失敗だったかもしれない。

嗚呼、なぜ神は遠い異国の地にてこんな珍奇な試練を俺に与えるのか! そんな罰を受ける理由は――有るか。シスコンでリアルに近親相姦願望があるのはかなりアウトかもしれない。

割と神話だと近親相姦多いらしいが、その辺は神には神の理屈があるのだろう。しかし納得は出来ないのでそのうち金神さまを取り込んで対抗する。

神の摂理に挑む俺、理由は姉さんとチュッチュしたいから。宇宙の中心でシスコンカミングアウト余裕でした。

しかし油断は禁物、実は金神さまも外なる神々の一種で、昔はアイオーンとかデモンべインとかアンブロシウスあたりと異次元でガチバトルした仲ですとか言いだす可能性もある。

なにせ新聞の連載小説でデウスマキナが出てくるような世界、油断は禁物だろう。もしかしたらあの世界すら邪神の掌の上とか有り得ない話ではない。グラマーな古本屋店主より褐色巨乳アイス売りメイドの方がデザイン的には興奮する。関係無いが。

旧神化したロリコンとロリに文字通りの神頼みというのもありかもしれないが、その展開だとこちらは神を取り込もうとする邪悪な魔術師とかそんな扱いを受けかねない。邪神の眷属の珍種みたいなものだと判断されたらそれこそ終わりだ。

まだ発売して間もない作品である。これからそんな設定の小説が公式サイトに載せられては目も当てられない。挑むならせめてスパロボ補正とかを手に入れて、ついでに精神コマンドを覚えてからでも遅くは無い筈だ。

――現実逃避はここまでにしておこう。何故こんな状況になったのか、時間はトリップ直後にまで遡る――。

―――――――――――――――――――

天より躍りかかる。狙うはバイクで走り出したジョセフから最も遠い後方の一体、気づかれる前に一気に仕留める!

硬化した皮膚の上、肘から指先までに雷光を纏う。ネギま世界にて最初に潰した烏頭の必殺技のアレンジ。下位デモニアックが電流に対する対抗手段を持たないのはパラディンの装甲が証明済み。

自由落下の加速を威力に加えて振り抜いた渾身の手刀がデモニアックの肩口に直撃、硬化したこちらの腕がひしゃげる程の衝撃、全身を貫く電撃で怯むデモニアックを残った片手で細い路地に引きずり込む。

ジョセフは――行った。バイクの走る音が遠ざかる、認識阻害の魔法は上手く働いてくれたらしい。

目の前には攫ったデモニアック。どうやら上位ブラスレイターに支配されているわけではないらしく、目前の獲物つまり俺に注意を向けている。

こちらに向かって突撃してくる。動物的というか馬鹿というか、一直線で分かりやすい。弾丸より早く動いても今の俺にはスロー過ぎるというのに、欠伸が出るほどスロウリィだ。

獲物に跳びかかる肉食獣の如きデモニアックを余裕で迎撃――しない。デモニアックの爪は過たず俺の心臓を貫く。

「ハズレ。まぁ、どこを突いてもハズレだけどな」

余裕すぎる。正に『絶対勝てる相討ち』だ。こうなればこちらのもの、しかも今回はすこぶる相性が良い。

「――――!」

心の無い筈の屍が驚愕する。獲物を貫いた腕が抜けず、自らの意に反して融合を初めていることに気付いたからか。

当然だ、これは俺主体の融合。俺の体内でペイルホース――デモニアックやブラスレイターを生み出すナノマシン――が俺の身体を構成するナノマシンに取り込まれ支配されようとしている。

このデモニアックの身体が生きていればまだ融合に手こずったかもしれない。生物は取り込み難い、しかし死体であれば時間はかかるが問題無く取り込める。

そして、意思を持たない器物は尚のこと。ナノマシンは須らく俺の支配下に置かれる。

元の姿を失った下位デモニアックは人の姿を取り戻さず、そして塵にならず、俺の身体に引きずりこまれていく。

大分形の崩れたデモニアックが、無い脳味噌で危機を察知し必死に逃げ出そうと足掻く。こちらの首を落とそうと残った片腕を振るってくる。

こちらの首を正確に狙ってくるその腕をやんわりと受け止め、プラズマクローでゆっくり丁寧に切り落とす。

「く、くふふ。やめろよ、こそばゆいじゃあないか」

知らず、嗤い声が漏れる。こそばゆく、あたたかい。胎に子を宿した女はこのような気分になるのだろうかと益体も無いことを思う。

間違いなく全国の妊婦の皆様に怒られてしまいそうな感想。しかし、この取り込まれつつあるデモニアックに――見知らぬ人間の死骸と微小機械に、俺は少なからぬ愛情のようなものを抱いていた。

生まれる。ペイルホースの要素を、俺の身体を構成する無数のナノマシンが解体し解析し改造し改正し、自らと掛け合わせ新生する。今の俺は母であり、この取り込まれたデモニアックと合わせて子でもある。

死を迎えずして新生する。俺が俺を宿し俺を食い破り俺が生まれる。子を産む喜び誕生の痛み死の恍惚に親を子を殺し犯す背徳に浸る。見ず知らずの人間の残骸をカロリーに変換しそれを行う。

「あっ、は――」

仰向けに倒れる。人も通らないような裏路地で、盛大に身を投げ出す。どうしてか鞄はうまいこと頭の下に収まった。丁度いい枕代わり。

デモニアックはもう動かない、とりあえずの吸収が完了したようだ。もう不自然に腹部が隆起している程度にしか見えない。数分経たずに完璧に元通りだろう。しかし、

「……服が……」

身体が元に戻っても盛大に穴の開いた服はどうにもならない。起きて着替えなければ……。いや、一眠りしてからでいいか。この感覚なら一時間もしないうちに目が覚める。

ナノマシンの最適化も済んでいないせいか、ひしゃげた腕の再生も済んでいない。一旦休憩をはさむべきだろう。

こんな時間にこんな路地を通るモノ好きも居ないとは思うが、物盗りなどの害意ある犯罪者が出たら身体が勝手に起きる筈だ。

なんだかんだで開始数分にして初期の目標を達成したのだし、多少怠けても罰は当たるまい。

「明日からは、市街探索かなぁ……」

さっそく暇になってしまった。もう何日かすれば独逸東部でデモニアックの大量発生事件が起こる。そこで死んでしまった人達の家から小金をちょろまかして路銀の足しにする。予定らしい予定はそれだけ。いや、もう一つあるがそれは保留。

ついでに相討ちを狙わないまともな戦闘の練習もしてみるか。ペイルホースからどれだけのものが取り込めたかも確かめておきたいし。

「か、ふぁ……zz」

欠伸を一つ、意識が薄れてきた。寝て起きたらまず宿を探さねばならない。いや、夜中に駆け込みで泊まれる宿もそうそう無いだろうし、時間を潰せる何かを探すのもいいな……。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結局三十分も眠れなかった。チンピラ臭い連中が旅行鞄を漁ろうとしたのに反応し起床、不快な目覚め。

しかし適当におとなしくして貰った上で懐から勝手に駄賃も貰って結果オーライ。これが早起きは三文の徳というものか。

適当におとなしくして貰ったというか、チンピラに身体が勝手に反応、盛大に放電して撃退、後には電極差したカエルの筋肉みたいにピクピク痙攣する集団が倒れていただけだったりする。

腹部に大穴の開いた服を着替え、チンピラの懐から財布を奪って颯爽とその場を去った。しょっ引かれる前に逃走したとも言う。

貰った財布の中身を合計するとそれなりの金額になったが、よくよく考えたら最初に持っていた路銀と併せても帰還までホテル暮らしができるほどではない。とりあえずは移民の皆様に習って適当な廃墟を拠点に据えようと郊外の森林地帯に移動を開始。

徒歩での移動中に見た街並みはまさに異国の地といった風情だ。というか、実際に独逸に行ったことは無いのだがここまで徹底してレンガ造りの家だけが建ち並んでいるものなのだろうか。

書店にて独逸の地図、古道具屋にて小型のラジオとテレビを購入。ここまで現地の人との会話が無かったから気付かなかったが、何故か独逸語も読めて会話できるようだ。

これがストⅡ四コマ昇竜拳現象……!戦慄せざるを得ない。日本人アメリカ人中国人が一堂に会してなんら不都合無く会話できてしまうご都合主義には少々気味悪さを感じるが、まぁ便利なので良しとする。

路地裏でこっそりラジオとテレビを身体に取り込み終え移動を再開すると、さっそく怪しげなゲームショップ発見。オーラが違うぜ……。

こういう店に来そうな原作キャラに心当たりがあったが、この小説版の時点では彼は孤児なのでエロゲには手を出していない。探すだけ無駄か。

躊躇なく入店し独逸語版のニトロ作品を幾つかお土産として購入、ついでに店長さんと世間話。現在アルバイトを募集しようか悩んでいるとのこと。募集が始まったら時間つぶしの為に申し込んでみるのもありかもしれない。

店を出た後、購入したソフトをこちらでプレイするために安いノーパソ一式も電気屋で購入、最後にスーパーで適当な缶詰やら日持ちする野菜や果物などを購入して市街地を脱出した。

―――――――――――――――――――

さて、何事も無く市街から脱出しさまようこと数日、そして活動拠点を確保して更に数日が経過した。

場所は独逸東部の森の中、都合よく存在した教会の廃墟。少し離れた場所には農場や牧場があり、都市部ではあまり見えなかった緑に覆われているのどかな地域。

人目に付かないように認識阻害と人払いの結界を張り、取り込んだテレビとラジオとパソコンの複製を作り出して配置済み。電源はR田中方式で俺から取っている。

ネット環境があればなおのこと便利だが、まだ情報収集もラジオとテレビで事足りてしまうので気にしない。

そんな雄大な自然に囲まれたこの土地で、俺は果物を齧りながらテレビを見ている。

今さっきまでは購入したニトロ作品をプレイしていたが、封印されていた世界中の怪異が解き放たれ、主人公とヒロインが『俺たちの戦いはこれからだ!』をする熱いエンディングを迎えたので一旦終了したところだ。

この終わり方ならアフター物が書けそうな気がするのだが塵骸のSSはついぞ見たことが無い。本篇だけで満足できてしまうので態々蛇足を作ろうという気が起きないのが原因か。

しかし毎回毎回エンディング曲が無駄に力強いというか壮大というか。そしてしっとり系の曲は聞くとエンディングに至るまでのストーリーを思い出して泣けてくるので携帯には入れられない。

いや話が逸れっぱなしだ。端的に言ってここは小説版でデモニアックが大量発生してしまう土地の近く。

まぁ場所的に間違いは無かったようだ。イベントを避けようとしない限りトリッパーはイベントに吸い寄せられるというジンクス通り。

テレビのニュースでは融合体大量発生が報道されている。さっきから彼方此方をXATの派手なボディスーツが駆けていると思ってみればこれだ。

タイミングが良いのか悪いのか、テレビを付けた瞬間にこのニュースが流れていた時は運命を感じてしまった。ご都合主義的なものかとも思ったが緊急で知らせておくべきニュースなのだから当然と言えば当然か。

テレビの電源を消して身体からコンセントを引っこ抜く。ラジオとテレビとパソコンを体内に取り込み、旅行鞄をあらかじめ穴を掘って作っておいた隠し部屋に突っ込んで準備は完了。

教会から出て辺りを見渡す。……高台から遠くを眺める男発見、血色極めて悪し、更に幸も薄けりゃ影も薄いこの『ブラスレイター』世界の主人公?であるジョセフ・荒巻・スカルチノフさん。

変態変形バイクことガルム(繰り返して言うが日本車ではない)に跨り遠くを睨んでいる。

「いいなぁ……」

変態バイクだのなんだの散々言ってはいるがああいう面白ギミック搭載の面白デザインのバイクは男の子のあこがれだ。

「…………」

虎視眈眈、初日にあっさりペイルホースを取り込んでしまった俺の次の狙いはあれ。

とはいえ、ジョセフにこれから助言を与えるであろうエレアさんがこれを使う為、完全に取り込んで『はいそれまでよ』とはいかないのである。

一度形を崩さないように取り込みオリジナルを返却、俺は多少弄った複製を作り出して使うという形になるだろう。

ジョセフに接触した時点でこちらの存在はばれるわけで、俺が複製を使うにしても、間違いなく搭載されているであろう発信機や自爆装置などの危険ギミックをそのままにはしておけないのである。

問題はタイミングだ。といっても、何時やるかは決めている。ほぼ強奪のような形になってしまうが……。

「手口として美しいものではないよなぁ」

ああいうマスコットキャラは嫌いでは無い。例えばエテコウは最高の相棒だし、アルは九朗が他の女とくっ付いても良い相棒でいてくれる。

そんなニトロ系列の粋なマスコットの親戚にあたるエレアさんとはできる限り友好的に、などと考えないではないが、これからすることを考えれば警戒ばかり買ってしまうだろう。

――なにより自分の強化が最優先、後に残らない交友関係は二の次三の次か。

そんな訳で初志貫徹、あっさりとお友達計画破棄。残念無念、巡りあわせの悪さはどうにもならない。気を取り直してジョセフが目を向けていた方向を見る。

「ふぅむ、ふむ」

なるほど、さして目の強化をしているわけでも無いのにこんな遠くからでもはっきりと血だまりが見える、あの一か所で数十人がまとめて殺されてしまったわけだ。

そして、その死体の皆様は晴れて全員デモニアックになりました、と。ブラスレイターになる確率は低くてもデモニアックには簡単になれるみたいだな。

その中でマシュー・デモニアックみたいに人間時の意識を残す珍しい個体はどれだけの数なのか、少なくとも小説版の描写を参考にするならこの事件ではそういう珍しい個体は出てこないようではあるが……。

「この一帯の反応は……」

あちこちに先日取り込んだペイルホースと同じ反応がある。ペイルホースは生き物の血液中でしか長期間の生存は出来ないみたいだし、これを追っていけばよし、と。

ふと手のひらを見る。じっと見ていると悪魔の紋章――のようで微妙に違うものが浮かび上がる。そのまま地図記号一覧に紛れ込ませても分からないほどシンプルな模様。

魔術の要素を含んでそうな他のブラスレイターの印とは大分違う。多分、72種類のデザインのうちどれにも当て嵌まらないオリジナル。ペイルホースをそのまま使用している訳では無い証。

「試し撃ち程度はしておかないとなぁ」

一番近くのデモニアックの反応を探す……、見つけた。ここから歩いても数分かからない。待っていても勝手に寄ってくるだろうが、新機能を試すならより人目に付かない場所が望ましい。

教会を離れ、薄暗い森の中を歩く。何とはなしに身体からラジオを取り出し電源を入れる。熊避けではない、本能のみで動くデモニアックは人や機械の出す音に誘われる習性があるとか無いとか。つまりこうすると――

「お、釣れた」

眼前には何の変哲もないデモニアック。いや、片手がチェーンソーと、もう片方の手が短銃と融合している。

確かこんな奴が小説版でジョセフと戯れていたな。ブラスレイターの装甲を破れるかとなると疑問だが、俺の身体なら硬質化していても余裕で切断できるだろう。

練習相手には丁度いい、俺はペイルホースの能力を開放した。

―――――――――――――――――――

「お、おぉおおおおおぉぉぉ!」

変身。今までの身体の中身を組み替えるだけの変身とはまた違う、外見の明らかな変化を伴う変身。しかしそれにも構わずデモニアックはチェーンソーを振いこちらに襲いかかってくる。

俺の首を斬り飛ばさんと迫る横薙ぎの一撃、それを片手で無造作に受け止める。金属質の装甲に覆われた掌とチェーンソーの間で火花が散り耳障りな音が響く。

「変身完了。似合う?」

誰にともなく問いかける。鏡が無いのでどんな姿かは確認できないのが惜しい。しかし今までの強化とは全く違う、荒れ狂うような激しい力を身体に感じる。

受け止めていたチェーンソーの刃を握り潰し残骸ごと此方に引き寄せ、そのまま手刀で一閃。デモニアックを肩口から斜めに切断した。

切り離された下半身側は既に塵になっているが、頭と心臓の付いている上半身の側はまだ抵抗しようとしている。せっかくなので武器も試してみよう。

体内のナノマシンを紋章から大気中に放出、結合させ武器を具現化せしめる、あらゆる融合体が行使できる異能の一つ。

と言う触れ込みだが、現在進行形で事件を起こしているだろうマルコ・ブラスレイターは背中から直接羽根を具現化している。

あくまでも紋章からだとナノマシンの放出と具現化が容易というだけで、ナノマシンの放出は身体のどこからでも可能なのかもしれない。

さらに言えば、『あれ?ペイルホースって空気に触れると分解されるってマグロが言ってなかったっけ?』とかつっこんでもいけない。メディアミックスではよくあることなのだ。

まぁ、『空気に触れて一分もしない内にタンパク質が分解』という説明なので、ナノマシンだけを放出すれば分解されないとも解釈できる。

あるいは武器の形で結合しているが、ナノマシンとしての力は失っている。いわば瘡蓋の固まり様なものなのかもしれないが、それだとマルコの翼が説明できない。ナノマシンは不思議がいっぱいだ。

さて、特にこれといったイメージはしなかったが上手いこと長柄の武器が出る、大鎌だ。とりあえず何事も無く武器の具現化ができることは分かった。次は切れ味を試そう。

瀕死のデモニアックの残った片方の手の短銃から連続で弾丸が放たれるが、こちらの装甲にかすり傷一つつけられない。短銃と融合した腕を踏み千切り、デモニアックの腹を踏み押さえつける。

そして首に大鎌の刃を引っ掛け、切り落とす。刃を入れた感覚さえ無く、すっ、と刃は通り抜け、一切の抵抗無く静かに首が落ちた。

「……弱いし、鈍いし、脆い。これじゃ試し斬りにもならないな」

大鎌を消し、塵になったデモニアックの残骸を踏み躙りながら呟く。相手が下級デモニアック一体きりではいまいち自分の性能が分かり難い。

というより、下級のデモニアックに苦戦するブラスレイターとか聞いたことも無い。本当に変身と武器の具現化を試しただけになってしまった。

このまま探索を続けるべきか……?少し遠くに都合の良いことに一まとまりになって移動するデモニアックの集団の反応があるし。

うん?なんで一まとまりになっているんだ?上位のブラスレイターが統率している訳でもなかろうに。

現段階でそれができそうな人も近くに居るのだろうが、今はそれをやる理由が無い。デモニアックはたまたま群れるなんてありえない生き物だし……。

まぁ実際に見てみれば分かるか。数がそろえばそれなりに練習になるだろう。俺はデモニアックの集団の反応に向かって走り出した。

―――――――――――――――――――

移動中に山道で立ち往生する、車と融合したデモニアックを数体発見するも、大鎌の一振りで発生したカマイタチで始末。が、車と融合したデモニアック達を切断した揚句にその後ろの地面まで深々と切り裂いてしまった。

XATあたりに発見されたら面倒なことになるかもしれないがとりあえず今は放置。ついでに内一体はこちらの攻撃に対してバリアのようなものを張っていたがあっさりバリアごと真っ二つ。

そういえばアニメ本編でも車と融合したデモニアック、そしてジル・デモニアックが自力でバリア風の何かを展開していたのを思い出していたが、いったいどうやって張っているのかわからない。

というか、自力でバリアを張るのは極々一部のデモニアック、そしてブラスレイターでは変身前のザーギン以外誰も自力で張っていなかった気がする。

バリア機能はガルムから取り込めばいいかと思っていたが、頑張れば自力でなんとかできるのかもしれない。森の中をカッ飛ぶように走り抜けながらそんなことをつらつらと考える。

ペイルホースを取り込んで解析した俺の身体は理屈の上ではデモニアック、ブラスレイター双方の能力は全て使用可能なのだが、なんとなくで使える能力は意外と少ない。

今も空を飛べばより早く目的地にたどり着けるのだろうが、飛べない。生身で空を飛ぶというのがどのような感覚なのかわからないので飛び立ちようがないのだ。

案外崖から飛び降りてみたらあっさり飛べたりするのかもしれないが、今はそこまでする必要性も感じない。手ごろな崖も見当たらないし。元の世界に帰るまでに飛べなかったら、ハンググライダーでも試してみようか。

とはいえ、今の状態でも新幹線と駆けっこして余裕で勝利できる速度を出しているのだが。おかげで走った後は土や草が爆発したかのようにはじけ飛び、地面も抉れ続けている。

この足跡も、後々XATに見つかって新種の融合体かと思われるんだろうなぁ。いや、当たらずとも遠からずなんだけど。

と、前方にデモニアックの集団を発見。バイクで逃げる獲物に十数体のデモニアックが纏わりつき団子状態、バイクの人絶体絶命。

減速せずに集団に突撃。追い抜き様に一体の頭部を掴み、捩じるように引きちぎる。未だにバイクの人にはりついている残った胴体を蹴り飛ばしひっぺがす。

バイクの前で立ち止まる。改めて見ればバイクに半ば融合しているデモニアックが居る。融合されると面倒なので力任せに引き抜こうとすると、融合している面から千切れ、次いでバイクから融合していた部分がなぜか吐き出された。

バイクはどうやらガルムだったようだ。デモニアックが多すぎて見えなかったが、多分ここでエレアさん初登場、ガルム融合ジョセフ無双が始まるところだったのだろう。

しかしまぁ別に遠慮する必要も無し、とりあえず怯んでガルムから離れたデモニアックから片付けるとしよう。

掌の紋章から武器を具現化する。大鎌ではなく通常サイズの鎌を二本、バイクの人――ジョセフ・ブラスレイターの両脇にいたデモニアックに投擲、頭部にスコンと小気味いい音をたてて突き刺さった。

呆然としているジョセフを跳び越え、空中から後方に居た数体のデモニアックに掌を向け、衝撃波発射。ザーギンが使うものと同種、かつ変身済みである分威力は段違いのそれが周りの木々ごとデモニアックを押しつぶし吹き飛ばす。

更に木々の向こうに潜んでこちらに突撃しようとするデモニアック、逆に逃げようとしていたデモニアックを纏めて無数の触手で貫く。ブラスレイター化した時に基本能力も強化済み、戦闘にも使える特別仕様だ。金属質の装甲に守られたデモニアックも楽々串刺しである。

正直ザーギンの触手とだって打ち合って負けない自信がある。あちらは本数に制限があるがこちらはわりと融通がきく。そもそもザーギンに会う可能性は無いに等しいので張り合う必要は無いのだが。

更に今ならプラズマ発生装置も強化済み、クロー以外の使い方もできるのだが森林地帯での火遊びはいけない。大火災になってせっかく手に入れた隠れ家まで焼けてしまったら元も子もない。

デモニアックの死体から触手を引き抜き格納すると同時にジョセフの背後に着地。嗚呼、今すっごい無双してるなぁ。今なら誰にも負ける気がしない、当然思い込みだという自覚はある。俺はまだ登り始めたばかりだからな、このチート坂を……!

「お前は……」

ここでようやくジョセフが口を開く、反応が遅いような気もするが俺がバイクに取りついていたデモニアックの首を引きちぎってから二秒も経過していないからそれほど遅くもない。

むしろエレアさんが無言なのが気になる。怪しいだろうしなぁ今の俺。警戒されてる警戒されてる。

「あ、休んでいてください。すぐに片付けますので。そんな状態では満足な戦闘行動もできないでしょう?」

ジョセフ・ブラスレイターは全身の装甲を削り取られ無残な姿を曝している。ブラスレイターの装甲はデモニアックよりよほど強靭だが、あそこまで集られるとそれなりにダメージが通るようだ。

実際はあんな状態でもガルムと融合すれば余裕で戦えるのだが、それではこちらの都合が悪いので言わないでおく。

「バイクの方は少し手伝って貰えますか?」

「……?」

疑問符を浮かべるジョセフはひとまず置いておき、ガルムを見つめる。動きもせず喋りもしないまま数秒が経過するが、しばらくすると訝しげな返答が帰ってきた。

「貴方……、何者なの?」

「戦場には似つかわしく無い、なかなかに哲学的な質問ですね。俺は何の変哲も無い、通りすがりの怪しいものですよ」

「……」

微妙な雰囲気の沈黙、呆れているのか怒っているのか訝しんでいるのか。

「……まぁいいわ。ついでに、ジョセフに魅せてあげてくださらない? 猛々しく美しい、ブラスレイターの戦いを」

「言われなくとも。はい、ちょっと退いてくださいね」

上手く行った! 本当はもう少し手荒に捕獲して無理やり融合する手筈だったのだが、思いもよらずスムーズに話が運んだ。これも普段の行いが良いからか。

ジョセフに一先ず退いてもらい、ガルムに跨り融合を開始する。そして外見だけでは構造的にどうなってるのか分からない変形開始。

「それは……!」

ビックリドッキリメカの変形に驚くジョセフ。少し意地悪をしてみるか。

「これがガルムの真の姿って訳ですよ。なんで十年も乗ってて気付かないんですか?」

「あら、ジョセフは一度も融合したことが無いもの、気付かないのも当然だわ。人間離れするのが、悪魔になるのが恐ろしかったのでしょう。でもジョセフ、そんな覚悟ではザーギンには到底追いつけなくてよ?」

エレアさんの容赦の無い追い打ちが続く。人間離れするのが、悪魔になるのが怖い?変身してから鏡を見てもう一度よく考えて気付くべきだろう、ブラスレイターになった時点で充分アウトだと。

十年の間、ほぼブラスレイターの身体能力だけで戦ってきたのは称賛に値すると思うが、そもそも大きな売りである融合や具現化などの各種特殊能力を一切使わないというのも間抜けな話だ。

まぁ、本能を押さえつけて戦えるのがジョセフが暴走しない原因である以上難しい注文なのかもしれない。だが、せっかくなのでここで本能のままに戦うブラスレイターの一例を見て貰っておこう。

大鎌を具現化、融合し半身と化したガルムを駆り、俺は周囲のデモニアックの掃討を始めた。

―――――――――――――――――――

数分後、苦戦とかそういうドラマ一切無しに俺は勝ってしまった。周辺のペイルホースの反応は俺とジョセフの物しか存在しない。掃討完了だ。

「甘味(笑)」

「?」

「何を言っているの貴方は……」

変身を解除し、『ガッシ、ボカ!』といった表現すら超越して省略した消化試合を一言で表現した俺に、不思議そうな顔を向ける変身を解いたジョセフと、呆れた声をかけるエレアさん。

「いや、『美しくありませんわぁ』とか言うべきかな、と思いまして」

「そうね、戦いというよりは掃除とでも表現するべきなのかしら。戦い方の参考にはならなかったわね、ジョセフ?」

話の矛先を向けられたジョセフは、俺のことを訝しげに見つめている。男に見つめられて喜ぶ趣味は無いのだが。

そしてエレアさんの問いかけを無視してこちらに声をかけてきた。

「お前は、堕ちていないのか?」

警戒心バリバリである。一回助けただけではそう簡単に信用して貰えないらしい。

「さぁ? その『堕ちる』という言葉の意味がいまいち分からないので、見たままです。としか言いようがありませんね」

大げさに肩を竦めてとぼけてみる。相手は年上なので敬語とか丁寧語っぽく喋っているが、間違いなく正しくないという自信がある。

しかも自動翻訳のような状態なのでどこまで正しいニュアンスで伝わっているか分からない。総合的に見て今の俺、かなりムカつくキャラじゃなかろうか。

更に言うなら『堕ちる』の意味も正確には把握していないというのも本音。設定集に書いてあった『初期設定だとゲルトは速攻で悪堕ちして化け物っぽい姿になるはずだった』の名残りかもしれないが、とりあえずここでは正気かそうでないかを問われていると考えればいいのだろう。

そんな俺のセリフに黙り込むジョセフ。そして未だ立体映像すら出していないエレアさんがクスクスと笑いながら茶々を入れた。

「堕ちているかはともかく、ジョセフよりは力を使いこなしているようね」

「楽しいか? さっきから姿も見せずにそうやって他人を見下して……」

なんだか険悪なムードだ。ジョセフが一方的に険悪になっているだけなのだが。

「と、言うかですねエレアさん。バイクに向かって話しかける成人男性二人、という図はかなり間抜けなんで、とりあえずそれっぽい姿を現しちゃくれませんか?」

下手に出てお願いしてみる。ぎりぎり片手で数えられない程度の人数しか居ない貴重な本編登場名有り女性の一人だ、できる限り円滑な人間関係の構築とかも目指したい。

「そうね――これで良くて?」

言い、ガルムの車体前部に存在する端末から立体映像を投影するエレアさん。誰がデザインしたのか、それとも自分から勝手にこの姿になったのかは知らないが、偉く趣味的な姿である。

仮にも世界の裏で暗躍を続けていた組織のメインコンピューターに住まうAIプログラムが、何故にこんなおっきいお友達受けしやすい見た目をしているのか。ブラスレイター本編で明かされなかった大きな謎の一つだ。

「ねぇ貴方、少し聞きたいのだけれど。」

ようやく妖精のような小悪魔のような愛らしい姿を見せたエレアさんであったが、こちらに向かって首を傾げてみせる。

「名乗って、なかったわよね?何故貴方は私の名前を知っているのかしら?」

「…………あ」

立体映像のエレアさんがこちらを見つめる。なんという凡ミス。この時点でエレアさんの名前知ってるとか今さらながら不審人物過ぎる。

小首を傾げながら微笑んでいるエレアさん。微笑んでいるのに眼だけが笑っていないから余計に視線が痛い。そんな細かい表現もできるとか、器用な立体映像である。

「……」

こちらの会話を聞きながら胡散臭げな顔をするジョセフ。彼にとっては俺もエレアさんも不審過ぎることに変わりは無いのだろう。

「ああもう、とりあえず話を進めますよ。こちらがエレアさん。明らかに仮の姿だけどそこは勘弁してあげてください。そのガルムにはエレアさんの真の姿を見せるだけの機能は搭載されて無いんです。」

エレアさんの追及もジョセフの視線も無視して話を進める。いや、何もかも無視して帰るってのもありだけど、融合時にガルムのコピーも出来たからしばらくやることが無い。

暇つぶしにもなるし、せっかくなのでここは開き直って解説役をやってみよう。

「これといった目的は、しいて言えばジョセフさんの戦いを見届けたいとか。所属はツヴェルフ――っても分かりませんよね。ガルムをくれた組織って言えば分かりますか?すべての元凶と言ってもいいですけど」

「あぁ、まだ存在していたのか……」

どうでもよさそうな返答。そういえばそんなのいたなとでも言いだしてしまいそうなほど眼中に無かったようだ。

まぁ仕方ないと言えば仕方ない。ジョセフが行動しているのは姉の死を無駄にしない為、そしてザーギンを止める為だ。組織の思惑とかは心底どうでもいいのだろう。

実際、本篇でもジョセフの目的のためにツヴェルフが役に立ったことは少ない。せいぜいイシスの開発ぐらいか。それも半ば以上姉の手柄。

バーサーカーモードとか速攻で負けたし、なんだったんだろうあれは。位階を上げる為に必要な工程だったとかそんな説明も無かったし。

ついでに言えば最終回、これはジョセフの話だが、あそこで凌駕する意味もあまり無かった。死体を残して死んだ時点でイシスの発動には巻き込めた訳で、つまりあれは時間を稼いだゲルトとヘルマンの手柄だ。

本当にツヴェルフは何がしたかったのか。というか自分で蒔いた種を刈ろうとして失敗しかしていないっていう。

「支部の一部が壊滅した程度で潰れるほど軟な組織じゃありませんからね。今でも元気に対融合体兵器の開発でもしてるんじゃないですか?」

「……ずいぶんと色々知っているのね」

「しかも、自分のことは話そうともしない」

あ、今凄い勢いで不信感が増してる!顔を合わせたばかりの二人がいら立ちのあまり微妙に息が合い始めているし。

「あ、申し遅れました。俺は――」

と、いったいどう名乗ればいいのか。分類的には旅人とでも言うべきなのかもしれないが、職業旅人とか初対面の人に言うには少しチャレンジ要素が多すぎる。

じゃあ正直に農家とか?……畑放置でなにやってるんだろうこの人みたいな眼で見られるのもなぁ。

もうちょっとこう、捻りが効いてて追及が少なくなりそうな。托鉢の旅を続ける修行僧とかそんな感じの。

でもキリスト教の人に私はブッディストですとか喧嘩売ってるように聞こえるかもしれない。もう面倒だし、名前だけでいいかな。

「鳴無 卓也と申します。職業とか旅の目的とかは秘密ということで一つ。」

「名前だけじゃないの……」

呆れられてしまった。しかしツヴェルフほど秘密があるわけでも無い、詳しく説明しようが無いのだから仕方ない。

「いや、特に話しておくべきこともありませんからね。まあ名前を知っておいて貰えれば会話も多少スムーズになるでしょうし」

「美しくない言い訳だわ。せめて、どうやってあの美しく堕ちた身体になったのかくらいは説明して欲しいものだけれど」

「御尤もで。しかし、ペイルホースの製法が失われている今、融合体を増やせる存在なんて限られてると思いますがね」

漫画版は知らないが、小説版とアニメ本編ではそれっぽいことをしているのはザーギン一派のみ。

野良デモニアックに合って感染というのもありだが、その野良デモニアックにしてもザーギンだのベアトリスだのが感染源だろうし。

まぁ、カルト思想に囚われた秘密結社とかがひそかに融合体を増やしているとか、展開的にはありそうな気もする。謎の魔術結社だ!復活したナチ残党だ!とか、舞台が独逸ならやり易い題材だろう、偏見だが。

「じゃあ、やっぱりザーギンから?」

「ザーギンだと!」

「さぁ?どこから感染したかなんてどうでもいいでしょう? ああ、聞かれる前に言っておきますが、ザーギンのことは多少知っています。でも今何処にいるかとか、何をしようとしているかなんてのは欠片も知りませんよ」

返答とともに、エレアさんの推測に腰を浮かせて反応しようとしたジョセフに釘を刺す。というか凄い超反応だ。外国人のリアクション四コマのオチ張りに立ち上がりかけている。

「……そうか」

手がかりを見つけられたと思いきや即座に途絶えたからか、ガックリとうなだれながら元から暗い表情が輪をかけて暗くなるジョセフ。

「ま、そんなに焦る必要はありませんよ。今まで通りデモニアックを殺し続けて強くなれば、そのうちあっちから勝手に接触してきますから」

「それしか無いのか……」

「つまり、貴方が強く美しくならない限り、被害者は余計に増える一方という訳よ」

エレアさんのセリフに一層暗く、それでいて苦虫を五、六匹纏めて噛み潰して丹念に咀嚼して思いっきり飲み込んだような苦い顔をするジョセフ。

別にジョセフを鍛えるためだけにデモニアックが増やされている訳では無いが、それでも多少はジョセフ強化の為に多めに作られているのだろう。

「人間がどうとか悪魔がどうとかいう変な拘りは捨てて、さっさと位階を上り詰めろ。ということですね。よろしければ強くなる方法、力の使い方というものをお教えしますが」

俺が教えなくてもエレアさんが教えてくれるだろうけどねー、とは言わない。というか俺、大分ムカつく言動だな。すっごい上から目線だし。

まあ正直な話、ジョセフからの印象が悪くなっても今後の予定に影響は一切無いからこんな態度ができているのだ。普段は初対面の相手にはもう少しまともな会話を心がけている。

下手をすると――というか、下手なアクシデントが無ければこれ以降原作登場人物と顔を合わせることは無い。こんなことを考えていること自体がアクシデント発生フラグなのかもしれないが。

「……じゃあ、教えてみろよ、力の使い方ってやつを」

「ジョセフ、それは人に教えを請う人間の態度としては美しくなくてよ?」

「ま、ま。エレアさんも細かいことはお気になさらず」

上から目線で会話をし続けたせいかジョセフがイラついている。口調が乱暴で本編よりややワイルドな感じになってしまった。セリフ少ないからいまいちどんな口調だったか覚えてないが。

しかし、こうして見るとエレアの発言はどことなくジョセフの保護者風だ。十年間も観察し続けていたから愛情的なものがあるのか。しかし首輪で強化のプランは実行する。隠れSかもしれない。

「じゃ、こんなところで立ち話もなんですし、飯でも食いながら説明しましょうか」

そう締めに言い、人に係わりたがらないジョセフを無理やり引っ張って適当な飯屋に連れていくことになったのだった。

―――――――――――――――――――

回想終了。長かった……。

お分かりいただけたであろうか。そう、実は最初から最後まで俺の自業自得なのだ。

「だはー……」

机に突っ伏して脱力する俺。自分の間抜けぶりに思わず奇声を発してしまう。

「自分から食事に誘っておいてそれは、あまり美しいとは言えないわよ?」

そんな俺に容赦なく追い打ちをかけるエレアさん。といっても別に店内にバイクで乗り付けている訳では無い。

今現在のエレアさんは、俺が部分的に複製してみたガルムの通信端末(小さめの弁当箱程度のサイズに改修済み)で会話に参加。

テーブルの上に美少女の立体映像を浮かべているのにも関わらず、周りから何のリアクションも無いのは当然強力な認識阻害の魔法のおかげ。この魔法だけは意外と重宝している。

「いや、まさか口に物を入れたままだと喋らないタイプの人だとは……」

そんな今時誰も守っていないような理由でひたすら会話も無しに黙々と食事を続けるはめになるとは思わなかった。流石は教会育ちの生粋のクリスチャン、礼儀正しい。

突っ伏しながらもフォークで料理を突き刺し口に運ぶ。ヴルスト、おいしいです。ジャガイモ、おいしいです。でも贅沢をいえばもう少し食事時の愉快な会話とか欲しい。切実に。

まぁ、十年もの間、ずっと人との関わりを避けてきたのだからこんな感じにもなるのかもしれない。彼にとって食事時の団らんは遠い過去の話となってしまったのだろう。

エレアさんが携帯用通信端末に取り付けられたカメラをくるくると動かして辺りを見渡し、偶に話を振ってきてくれるのが救いか。

「今撮ったのは、軍が組織した対融合体の組織の連中?」

「そうですよー。Xenogenesis Assault Team(異種発生突撃隊)、通称XAT。軍や警察から厳しい訓練の末に選抜されたエリート集団です」

「その割には美しくない連中ね」

「酷いこと言うなぁ……」

聞こえないからって言いたい放題だ。最初は認識阻害の魔法を不審がっていたが、なんだかんだで順応してしまうあたり、やはり見た目通りの少女では無いことがうかがえる。

まぁ仕事帰りとはいえ見事に酔いつぶれているのだから弁護のしようが無い。非常招集とかかかったらどうするんだろう本当に。一班(笑)に任せるつもりだろうか。

「言わなくても知ってると思いますけど、メガネでマイペースに呑んでるのはツヴェルフ所属のパイロットですよー。搭乗する機体は戦闘機っぽいスケールライダー」

「メイフォンね。ヴィクターの過保護にも困ったものだわ」

肩を竦め、やれやれと首を振るエレアさん。あっさり現時点では機密情報っぽいアポカリプスナイツの機体情報を口にしても突っ込みが無いのは寂しい。

店に入る前、おもむろに懐から通信端末を取り出した(服の下で複製を作り出し、襟元から取り出したかのように見せた)時に呆れた顔をしていたが、すでにあの時点でこちらの行動へのツッコミは諦めたのかもしれない。

しかし過保護?過保護かなぁ。サイボーグ化は延命のために必要だとしても、

「孫が最新鋭機のパイロットになることを許可するのは過保護なんですかねぇ?」

「だからXATなんて組織でアナライザーをさせている、とも取れない?」

「あー……なるほ、ど?」

それもなんか違うような気がするが、祖父の役に立ちたい孫と孫を大事にしたい祖父との間で生まれた妥協点なのだろう。ヴィクターにとっても一番信用できる人物だし。

「エレアさん的にはどうです?家族愛って」

「美しいんじゃなくて?人間の感性で言えば」

「それ、自分の感想では無いですよね」

「ふふっ」

笑顔ではぐらかされた。やはり化け物其の物なブラスレイターを美しいと表現するだけあってかなり尖った感性をお持ちのようだ。

心に病を負った家族の精神安定の為に行われる近親相姦とか、先祖代々伝わる武術の奥儀を伝える為に親殺しが必要とか、そんな感じの家族愛は本気で美しいと感じるのかもしれない。

よくよく考えたら唯の変態じゃないか。立体映像とはいえこんな美少女が変態とか……素晴らしいぞ。なんだか臍の下あたりにグッとくるものがある。

「……そろそろ教えて貰えないか?」

「何をです?」

「戦い方に、力の使い方って奴をだ」

俺が料理をつつきながらエレアさんと談笑している間に食事を終えたらしいジョセフが声をかけてきた。正直、これから話す内容はこんな場所で喋って良い内容では無い気もするが、認識阻害の効力は既に理解してもらえたようで、特に文句は言ってこない。

「ではジョセフさん、貴方の掌に刻まれている紋章が何を示しているか――ってのは知ってますよね?」

「……悪魔の印」

「あら、それくらいは知っているのね」

俺の問いに簡潔に答えるジョセフとそれに感嘆の声を上げるエレアさん。

「では、何故そんなものが刻まれているかは?因みにこの紋章は全てのブラスレイターに刻まれています」

「……お前達は悪魔だ。とでも言いたいんだろう」

「はいお見事、正解です」

「ちょ、違うわよ!そんなくだらない理由な訳が無いでしょう!?」

ジョセフの回答とこちらの返答に食ってかかるエレアさん。別に怒るべきところでも無いと思うんだが。

「いえ、そんな程度の認識でいいんですよ。どうせ数が同じだったからというこじつけ、大した意味も無いんですから」

「……そんな理屈、美しくありませんわぁ」

俺の投げやりな意見に微妙にしょんぼりされてしまったが話が進まないので放置。

「まず、すべての人間がブラスレイターになれるわけではありません。血液中に侵入したナノマシンは遺伝子や何やらの様々な情報を得て、必要条件を満たした者だけをブラスレイターにし、満たせなかったものをデモニアックにします。ここまでは知っていますね?」

「ああ、大体は知ってる」

「それは良かった。人間をブラスレイターに進化させるナノマシンの構成パターンは72種類。ナノマシンは遺伝子などの様々な情報からその人間に適した構成に自分を組み替えていきます」

ジョセフは自分の掌の紋章に目を落としている。紋章の中にはローマ数字で七十二と刻まれている筈だ。

「まぁ、研究者が考える分かりやすい理想の構成パターンを1として、少しづつ少しづつ新たな構成を見つけ出していって、その構成の数が72だったから、外見の凶悪さとかも加味してゴエティアの72の悪魔にこじつけたというわけですね」

美しき奇跡の顕現だの選ばれた人類だのはどうでもいいので省略。遺伝子が適合してブラスレイターになれるかどうかはほぼ運によるところだしね。選ばれし者もくそも無い。

「そしてザーギンのナノマシンの構成パターンは、ツヴェルフが考えるもっとも理想的なもの。通常のブラスレイターでは逆立ちしたって敵いません」

「……」

絶望的な事実を突き付けられたような、それでいてどこか納得しているような微妙な表情で黙り込むジョセフ。ザーギンにどこか圧倒されていたところもあるらしいので仕方がない。

しかし正直な話、ザーギンはそこまで優秀だったろうか?高潔さとか頭脳面や肉体面ですぐれているかとかで強いパターンと適合するなら、まずペイルホースを開発した彼の姉とか凄いブラスレイターになりそうなもんだと思うのだが。

「はいそこ落ち込まない!大事なのはここからなので落ち込まずにちゃんと聞いて下さいね?」

「あ、あぁ……」

落ち込むジョセフに向かって冷めたヴルストの刺さったフォークを突き付け注意し、説明を再開する。

「まだ絶望するほどではありません。ザーギンは単純なスペックで言えば最強のブラスレイターですが、最後に発見された構成パターンを持つ貴方はその裏をかくような能力を唯一持ち得ている可能性があります。」

「……そうね、最後に発見されたパターン――アンドロマリウスは未だ未知の部分が存在するわ」

ここで今まで黙って俺の説明を聞いていたエレアさんが初めて口を開いた。

割と設定部分があいまいなブラスレイターでは、結局ジョセフの能力が何なのかはっきりと明言されてはいない。

しかし、最終回の描写から『今まで戦ったブラスレイターのナノマシンを保存し、そのブラスレイターの特殊能力を行使できる』というのが割と有力な説となっているらしい。

ゆえにデモニアックやブラスレイターと戦い続けていればザーギンにたどり着く、ザーギンを止められるというのもあながち間違った考えでも無い。ザーギンが突っかかってくるジョセフを殺さなければという前提があってこそだが。

「そんな訳で、取りあえずは基礎を固めることから始めましょう。基礎なくして応用無し。ヴィジョンの具現化です」

「具現化?」

「ジョセフ、細かい理屈はあなたには必要ないのではなくて?」

「下手に原理を理解して固定観念に縛られるのもいけませんしね。とりあえずそういうものなのだと理解しておいてください。で、ジョセフさんのようなタイプですと、具現化には明確なヴィジョンを思い浮かべることが必要になります」

これが本能や衝動に任せて力を振るうタイプのブラスレイターなら最初から具現化が可能(マレクやヘルマンなどが例)なのだが、感情を制御して戦うジョセフはその辺が不便になっている。

「まぁ具現化するのは大体の場合において何かしらの武器ですから、悪魔の辞典でも調べてそれらしい武器を連想してみるのが近道じゃないですか?」

そう締めくくり、フォークに突き刺したままだった最後のヴルストをパクリと一口。

力の使い方を教えるだのなんだの言っておいて結局具体的な方法は武器の具現化しか教えてないあたりはお粗末だが、現時点でジョセフが即座に手に入れられる力と言えばこれしか無いのだから仕方ない。

「省略しすぎて美しくは無いけれど、それなりに分かりやすい講義だったわ」

「それはそれは、一番詳しい組織の方にお褒めに預かれるとは、光栄です。俺ではなくエレアさんから説明していただいてもよろしかったのですが……」

「構わないわ。あなたの説明は美しくは無いけれど、必要なことは全て網羅していたのだし、ね」

俺が説明しても必要なことは全て網羅していたということは、ツヴェルフもその程度の情報しか持ちえていないということだ。

ペイルホースの完成から十年。ナノマシンの構成パターンが72あってそれに名前を付けて……、というのが既に十年前には完了していたのだと考えると、未だに最後のアンドロマリウスのパターンだけ解析が済んでいないというのも間抜けな話である。

とりあえずジョセフにガルムを渡してザーギンを追わせるより、協力して貰って最後のパターンがどんな能力を持っているかを解析、ジョセフの遺伝子やら脳波やらを調べてブラスレイターになる可能性の高い人間を探すとかするべきだったのではと思えてならないのだ。

行き当たりばったり過ぎる行動方針をどうにかしていくべきだという意見は出ないのだろうか。それとも宗教組織だからそれでも構わないと思っているのか、疑問は尽きない。

「ま、さんざん説明しといてなんですがジョセフさんは座学より実戦向きですし。エレアさんに頼めば次のデモニアックの出現予想地も分かるでしょう」

「……そんな事までできるのか?」

話を向けられたエレアさんが指で四角を形作ると、そこの空間だけが切り取られたように歪み、やがてこの地点を中心とした地図を表示し、次いで地図上に赤い点をいくつかと矢印付きのラインを表示した。

「これが今までのデモニアック発生現場と、それに基づいて予測された次の予測地点よ。もっとも、この程度ならXATにも分析可能よ。」

「ザーギンの痕跡を辿る為にもXATより早く捕捉してデモニアックを殲滅しなければならないし、被害者を少なくするためにも急がなければいけない。どちらにしても急ぐことは確定。大変ですね」

まるっきり人事な態度で気楽に言いながらオレンジジュースをちびちび飲む。

「貴方はどうするの?」

「ツヴェルフの関係者――エレアさんに見つかっちゃいましたからね。身を隠しますよ、多分」

まぁ、エレアさんに顔を見られているベアトリスが普通にあちこちうろついているのだからそこまで心配する必要はないのかもしれない。派手に事件を起こさなければ問題はないだろうし、バイトでも探してみよう。

「ま、無理しない程度にがんばってくださいな。死んだらなんの意味もありませんからね」

自分の食事代をテーブルに置き席を立って歩き出したジョセフの背に向かい別れの声をかける。返事は期待していなかったが、以外にも返事が帰って来た。呟く程度の声量だが。

「問題はないさ、ヴィジョンは見えてる」

呟くような声なのに内容的には力強いセリフを言い残し、ジョセフは店から出て行った。頼りになりそうな気がする、多分気のせいだろうけども。

外に出たジョセフから視線を外し、テーブルの上を見る。空き皿、空のコップにナイフとフォーク、そして、通信端末。

「で、まだ何か聞きたいことが?」

そこにはいまだ通信端末から姿を投影しているエレアさん。真顔でこちらを見つめる立体映像を映しながら、

「結局、貴方は何者なの?」

こちらの掌の紋章をチラリと見、問うてくる。

なるほど、悪魔の印が後付けなら、どのブラスレイターに適合したとしてもその紋章はデータベースに残っているということか。

更に言えばガルムに融合した時にこちらの肉体が普通の人間のものでは無いことがばれたのかもしれない。可能性は低いが。

「……まぁ、いいわ。ジョセフを助けてくれてありがとう。縁があったら――」

「そんな縁いりません。ツヴェルフに捕まりたくはありませんので」

「つれないのね。私は貴方にとても興味があるのだけど。あの美しい姿も含めてね?」

「ツヴェルフとか関係無しの個人的なおしゃべりなら大歓迎ですよ?」

「ふふっ、機会があればそうさせてもらうわ。また逢いましょう、タクヤ」

最後に妖しく微笑んで立体映像のエレアは消えた。外からバイクの発進する音が聞こえるから、さっそくデモニアック狩りにでも行ったのだろう。

通信端末を懐に入れ身体に取り込む。これで再び作り出さない限りは端末から所在を探られるなんてことは無い。

席を立ち会計を済ませ店を出る。夜も更けてきたし普段はあまり使わない口調で喋ったから精神的に疲れた、帰ってさっさと寝よう。

「あ、空き巣やんの忘れた」

まぁ仕方ない。デモニアックになった人間の家から金品を拝借すると言っても元からかなり無計画な計画だったのだし、換わりにガルムのコピーまで完了したのだから差し引きでプラスだ。

しばらくは暇つぶしにバイト先でも探したり崖から飛び降りて空を飛ぶ練習をしたりの繰り返しかな。バイクも手に入ったから怪しまれずに教会から市街地に通えるのも大きい。

因みに走った方が速いんじゃね?という疑問はいささか的外れ。そこら中に監視カメラが仕込まれている未来独逸でそれは危険すぎる。都市伝説になる程度なら可愛いもので、XATによって融合体との関連性ありと見なされたら面倒にも程がある。

「ヴルスト美味かったなー、明日は肉屋でも巡ってみるかー」

ともあれ、小説版で取り込める物は取り込んでしまったのだし、しばらくのんびりできる。明日からの無駄に長い休日に思いを馳せながら、俺は隠れ家の教会へと帰っていった。



次回へ続く

―――――――――――――――――――


以上、ジョセフとエレアさんを率いて飯屋に突入の巻でした。DVD見直したり小説読み直したりしているけどエレアさんの口調がいまいち分からない。お嬢様風のようでそうでないような……。

ジョセフのセリフも小説版とほとんど変わらないですがそこは勘弁していただきたく。

あ、主人公は肉体に取り込んだものの複製を質量保存の法則ガン無視で無限に作り出したりできます。それでも姉が旅行鞄を持たせたのは多少なりとも主人公に人間らしさを忘れないでいて欲しかったからという理由。

この能力を活用すれば十分過ぎるほどお金は稼げるんですが、そんな事をすると時間が余って暇で仕方がないのでやりません。

生きた動物とかは無理ですが頑張れば取り込んだデモニアックの複製が作れたり。死体からデモニアックになった物限定ですけどね。生きたままデモニアックやブラスレイターになったものは取り込んでも複製できません。

でも仮に今の段階で作っても、まだ主人公がどうやって下級デモニアックを支配すればいいか分かってないので脱走して勝手に暴れ出しちゃいます。

主人公の設定をあとがきでだらだら書き綴るのも変だし、ブラスレ編が終わって一区切りついたらこっそり設定とか纏めて書くべきでしょうかね。どう思います?

そんなわけで次回、マスコット的なオリキャラ登場。アルとかエレアとか村正とか好きですか?自分は大好物です。かけあいさせるためだけの便利マスコットは食傷気味だと言われても好きなんです。

言い訳ですがマスコットというかお供というか相棒的なキャラは最初から出すと決めてました。美少女の皮を被ったウインドウズのイルカとかの同類、あるいはダッチ。

それでも構わない、むしろ「機械語写本とか可愛いよね!」とか「村正より正宗のがノリが好み」とか「適当に読んでやるから、暇は潰せるから」という愉快で寛大なお方は、作品を読んでみての感想、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらどうよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイスとかよろしくお願いします。



[14434] 第四話「独逸の休日と姉もどき」
Name: ここち◆92520f4f ID:50eb91d5
Date: 2009/12/18 12:36
ジョセフ、そしてエレアさんと接触を図り一緒に食事をとり謎の助言者ごっこに成功、見事に何事も無く解散したあの日から、しばらくの月日が流れた。

気の良さそうな壮年の男性の手から俺の手に封筒が手渡される。中身は当然――

「はいお疲れ、今週の給料だよ」

「YAAAAAAAAAHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!」

給料袋を握りしめ、膝を地面につき両腕を天に突き出したガッツポーズ、全身で喜びを表現。一週間の労働の成果が形となって俺の手の中に存在する!おお労働の素晴らしさよ!

「きみは本当に嬉しそうに給料を受け取るねぇ」

「あ、いや、仕事明けでハイになってるもんでつい」

しかも別に疲れているとかそんな理由でハイな訳では無く、なんとなく仕事が終わって嬉しいからとかそんな理由、ついでに明日からは休日だからという理由もあるが。

「で、あとどれくらい務められるんだっけ?一月位?」

「そうですね。そろそろ帰国ですからそんなもんでしょうか。」

「新しいバイトもそろそろ募集しなきゃねぇ」

「お手数かけます。じゃ、お疲れさまでしたー」

店長に挨拶し店を出る。握りしめた給料袋を懐の財布に仕舞いこみ、鞄を手にブラブラと歩きながら物思いに耽る。

今現在、俺は初日に立ち寄ったゲームショップで臨時の雇われ店員をやっている。と言っても毎日毎日働きづめという訳でも無く、週に三日程度だけ店番をやらせてもらっているだけなのだが。

数か月に渡る何もすることが無い生活というのも暇、更にお土産を多めに買う為にお金も必要ということでこの店のバイトをして生活にメリハリを付けているのだ。

貰った給料の一部は食費と隠れ家の改装に使い、休日には良いお土産が無いか市街地をぶらつきながら探索して時間を潰し、それでも余った時間はデモニアックを潰したり能力の練習に費やす日々だ。

――あれ以降ジョセフとエレアさんには接触を取っていない。新聞を見た限りでは無事にマルコ・ブラスレイターを撃破したのだろう。

そして先月、ゲルト・フレンツェンがレース場に乱入したデモニアックに襲われ再起不能。ついにアニメ本編の時間軸に入った訳だ。

「それでもまだ暇なんだよな、これが」

ゲルト編では特にやることは無い。次は市街地が壊滅してからの一週間が勝負になる。

ああいや違うな、もしかしたら市街地にデモニアックが大量発生した段階でどさくさに紛れてパラディンを取り込めるかもしれないと考えてはいるんだが……。

「ふぅむ」

その場合、高確率でジョセフと敵対するはめになる上に、ベアトリス辺りに発見される可能性もある。別にちょっかい掛けられる理由も無いが、何を仕掛けてくるか分からない辺りが厄介だ。

ペイルホースを取り込み、すべてのブラスレイターの能力を潜在的に保有している今、ブラスレイターと敵対するのは戦闘経験を積むという理由以外には意味がまったく無い。

しかし、既に手頃な崖から四桁に迫る回数飛び降りているにも関わらず一行に空を飛ぶ感覚を掴めていない今、空を飛べるブラスレイターであるベアトリスとの戦いを経験できれば、それは間違いなくプラスになる。

しかし、そこから芋づる式にザーギン辺りに目を付けられるのは面白くない。避けようとすれば避けられるような気もするのだが……。

考え事をしている内に市街地の端っこに到着した。目の前にはガルム――を微妙に改変しつつ複製したバイクが停めてある。

諸々のこちらの位置を特定できそうな装備をオミットしたこのバイク、今では変身前も後も立派に俺の脚を務めてくれている。あえて名前を付けるならガルム・マイルドとかそんなんで。

鞄からヘルメットを取り出し被る。あのジョセフも使っているタイプ、コートと一体になったヘルメットは色んな店を探したが見付からなかった。帰るまでには絶対に見つけてお土産にしたいと思う。

バイクに跨ってハンドルを握り、ゆるやかに速度を上げ走り出す。正直走った方が速いが、バイクにはバイクの風情があるのだ。難癖をつけてはいけない。

走り出して十数分で隠れ家に到着。バイクを隠して荷物を置き、教会の奥の住み込みの神父が生活するために存在したのだろう部屋に向かう。

この部屋にはベッドも何も無かったが、礼拝堂の長椅子をもぎ取り移動させ、テレビやなにやらもここに設置して今では立派な寝床になっている。

クッションを敷いた長椅子でくつろぎながらテレビのニュースを見るが、もうゲルト関連のニュースはあまりやっていない。

サーキットのチャンプの再起不能という事件も、世間はもう過去の話として処理してしまったのだろうか。薄情な話だ。

テレビを消して長椅子に寝転び、毛布を被り瞼を閉じる。この身体はあまり眠る必要も無いのだが、人間を擬態している間は眠ろうと思えばそれらしく眠ることができる。

危機が迫ると自動で起きる辺り寄生獣などの睡眠に近いものがあるのだが、この教会は人避けの結界と認識阻害の結界が張られているため物盗りもやってこない。野生動物はなぜか俺を恐れているため俺の縄張りであるこの教会には入ってこない。

結論として、化け物のような身体になった今でも、俺は思う存分睡眠を貪ることができるのである。おやすみなさい。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

重い……。いや、寝苦しくなるほどでは無いが、何かこう、違和感がある。かけた毛布が微妙に足りなくなっているのだ。隙間ができて少し寒い。

渋々目を開けてみると、毛布がこんもりと盛り上がっている。引きはがすと、パジャマ姿の見知らぬ少女がこちらを見つめていた。

「おはよ、お兄さん」

「……おはよう」

毛布の中からこちらに挨拶をする少女。未だ半分眠っている頭を無理やり動かし返事を絞り出す。時計を確認、現在時刻、独逸時間にて午前2時。当然独逸基準でも朝では無い。

「……」

「……」

無言のまま見つめあう。見知らぬ、と言ったがよくよく見れば知った顔に似ている。誰だったか……。

「なんだ、姉さんか……」

「はぇ?」

俺の呟きに間抜けな声を上げる少女――いや姉さん。より正確に言えば中学時代の姉さんの幻覚。リアルな幻覚だな、体温まで感じ取れるなんて。

もう近未来の独逸という世界観のブラスレイター世界に来て数か月、これだけの長い期間姉さんと離れ離れになるのは何時ぶりか。寂しさのあまりこんな鮮明な姉さんの幻覚を見る訳だ。

しかもこんな写真でしか見たことの無いような小さい頃の姉さんを鮮明に思い描けるなんて、俺の愛も業が深いというかなんというか。これからは姉さんの写真を眺めたり録音した姉さんの声を聞いたりしてうっとりする時間を増やすべきだな。

「おやすみ……」

「へ?ひにゃ!」

幻覚の姉を抱きしめ毛布を被り直す。大人と子供の中間の年代、抱きしめた感触はいつもの姉さんよりもやや全体的に未成熟。全体に女性の柔らかさを纏いつつも未だ端々に子供のような硬さがある。

あぁ、こういう感触も中々いいなぁ……。幻覚なのが惜しいほどだ。今は寒い季節だし誰かと一緒に眠るのは悪くない。何かがおかしい気もするが深く気にするほどのことでも無いだろう。

「ちょっ、や、お兄さ、むぐ――」

何時もに比べサイズ的にやや小さすぎるが、それも身体を丸めてより深く抱きしめることにより気にならなくなる程度のもの。腕の中でじたばたもがく感触は弱々しく、逆に眠気を誘う。

布団のような適度な重さが心地よく、俺は再び睡魔に身を委ねることに――

―――――――――――――――――――

「いや、その理屈はおかしい」

森に住まう小鳥や怪鳥の囀りにより目を覚ました俺は、起きぬけに昨夜の自分に突っ込みを入れた。

慌てて毛布を捲り上げる、居ない。しかし、もしかして夢だったのかもなどと寝ぼけた事を言うつもりは無い。あの少女は確かに存在した。

「うぅむ、うむ」

手をわきわきと動かし、姉さんのようでいてどこか違和感のある体温や匂い、やや未成熟で骨っぽくもありながら抱きしめた時にいい感じな感触を返す柔らかな肢体を思い出す。

「たまらん……」

歓声(※幻聴)が聞こえる……。思わず走り抜けてしまいそうな清々しさ。

いや違う!本題はそこでは無く、なぜ俺の毛布に潜り込めたかだ。そもこの隠れ家に使っている教会、ネギま世界の悪魔の力を使って認識阻害と人避けの結界、ついでに何と無く感覚で作った視線避けの魔法が張られている。

ツヴェルフか?認識阻害を使ったとしても写真やビデオには映るし、発見されていてもおかしくは無い。しかしエレアさんとの接触から数か月も経過した今になってというのも遅すぎる。

いや、そもそも接近してきたのが害意をもった相手であれば流石に起きるし、起ききれない場合は身体が勝手に放電するなり毒ガスを生成するなりして撃退しているはずだ。

寝てる間に寝ぼけたまま取り込んでしまったという感触も無い。無意識に取り込んだにしても流石に何を取り込んだかは自分で分かる。

大穴でただの物盗りだろうか。偶然に偶然を重ねて結界も魔法も通り抜けたパジャマ姿の物盗り少女が、金目の物を盗む前に少し眠くなって見知らぬ男(俺)のベットに潜り込み少し仮眠を取ろうとした、と。

……自分でもあり得ないとは思うが、侵入者が居たのは確か。とりあえず荷物が盗られていないかはチェックしておくべきだろう。寝室を出て荷物を隠してある礼拝堂に移動することにした。

―――――――――――――――――――

「おっはよーお兄さん! 昨夜は寒かったねぇ」

礼拝堂に入ると、昨夜の少女が朝食を作っていた。パジャマ姿では無くエプロン姿でテーブルに朝食を並べている。ちゃっかり自分の分も作ってあるようだ。

「朝食もうできちゃってるからさ、飯前に顔洗ってきなよ。さっぱりするから」

「……あ、うん」

そうだ、朝食前には顔を洗わなければいけない。俺は隠してあった荷物を一通りチェック、朝食に使用された食材以外の荷物の増減が無いことを確認した上で、ポンプ式の水道がある教会裏の地下室に移動した。

掌に水を溜め、叩きつけるようにして顔を洗う。水の冷たさで身が引き締まるようだ。しかし、凡ミス。

「タオル忘れた……」

荷物を確認したのだからタオルくらい持って来てもよさそうなものだが、今日の俺はどこか抜けているのかそのままここにやってきてしまった。

まあ、多少水が滴っていたからといって風邪をひくような身体では無いのだから気にする必要もないか。

「はいどーぞ」

と、背後からタオルを渡された。濡れていても風邪はひかないが濡れっぱなしは気持ちが悪いので顔を拭く。

「ありがとう」

「いえいえ~、どういたしまして」

振り返る。タオルを渡してきたのはやはり昨夜の少女。エプロンは脱いでおり、下はぴっちりしたホットパンツに厚手の黒タイツ、上はシャツだけとラフな格好。

「……」

「……?」

少女を見つめる。少女は俺に見つめられると不思議そうな顔で首をかしげた。

―――――――――――――――――――

「いただきます」

「いっただっきまーっす!」

礼拝堂に戻って朝食。サラダに目玉焼きにトーストという標準的な軽い朝ごはん。俺は朝に限らず米派なのだが異国の地故しょうがない。しょうがないのだが……

「和食が恋しい……」

「だねー。今日は休日だし、日本の食材置いてる店でも探してみますかー?」

こちらの何気ない呟きに、テーブルを挟んで向かいに座って目玉焼きを乗せたトーストを齧る少女が返してきた。

某天空の城のごとく一気にトースト上の目玉焼きを食わず、ちびりちびりとトーストと一緒に噛み切って食べている。何やら可愛らしさアピールも兼ねてそうなあざとい小動物的な食べ方だが、この食べ方が目玉焼きトーストの一番理屈に合う食べ方だろう。

大昔の某アニメ雑誌の読者投稿ページで、パンの上の目玉焼きだけを一気に食べてしまうところを目撃した美食倶楽部のツンデレが『乗せ物を先に全部食べたら意味がないではないか!』みたいな突っ込みをする四コマが掲載されたらしいが、この食べ方なら納得して貰えるだろう。

「あるかな、ここ独逸だぞ?」

「近未来のねー。しかもどっちかって言うと独逸ってーよりゴンゾワールドとか表現したほうが近い。見つかる可能性は低く無いよ」

「ふむ……」

悩む。確かに米や味噌、醤油があるだけでもかなり日本食らしくなるが、なんの当ても無く探し回るってのは頂けない。

頂けないが、そんなものは適当にうろつきながら考えれば済む話だ。飛行の練習のために一日中崖から飛び降り続けるよりは有意義な時間になるだろう。

「とくに予定も無いっしょ?お姉さんへのお土産も探せるしさー」

「そうだな、せっかく持ってきた飯盒を使わずに帰るってのもしゃくだし、ちょっと探してみるか」

「やた、おでかけだね!」

小さくガッツポーズをする少女。バイクでぶらつくならヘルメットを用意しなければならないか。俺のヘルメットの複製になるからデザインがほぼ同じなのは仕方ないにしても、せめてカラーリングだけでも違うものにしよう。

―――――――――――――――――――

そうこう話し合っているうちに朝食は終了。あまり早く出かけても店が開いてないので寝室に戻りテレビの前で長椅子に寝転びまったり一息。

とはいえこの時間では見るべきものも少ない。融合体の出現が多発しているとのニュースも流れている。ニュースばかり見ている気もするが、独逸のコメディやらドラマやらは今一肌に合わないというか。

「お、ゲルト特集」

「そういやそろそろ奇跡の復活の時期か」

「わくわくするねー」

この世界のニュースといえば、ビッチがデモニアックになってゲルトに生中継解体ショーされる事件は多分夕方だったはず、なのでこの時間帯はそれほど刺激的で面白い映像も流れはしない。

そもそもあの事件が発生する前に、新聞やニュースでゲルトがチャンプでは無く救世主として祭り上げられるのでそうそう見逃すはずも無い。

ビッチ解体ショーが放送されたら学校の周りを監視、マレク少年が学校でいじめっ子達を殺害、ジョセフを抱えて逃げるのを目撃した辺りで隠れ家を引き払って市街地のホテルにでも泊まると。

いや違うな。ゲルトのビル破壊がテレビで原作進行度を確認する最後のチャンスか。それからはバイトが休みの日も市街地に通わなきゃな。知らない間に街が壊滅していましたなんて間抜け過ぎるし。

「ねーお兄さん?」

「ん、何?」

テレビのニュースを眺めながら考え事をしていると、俺と同じくなんとなくテレビを見ていた少女が口を開く。何を言いたいかは分かるがこちらから言ってはやらない。

俺が寝転んでいる長椅子に座っていた少女は、寝ころぶ俺の頭を太ももの上に乗せて膝枕の体勢にし、俺の髪の毛を指先でいじりながら唇を尖らせ、いじけているような口調で続けた。

「もっとこうさ、『誰だお前はー!』みたいな派手なリアクションがほしいかなーって思っちゃったりするんだけど、なしてこんなに馴染んでるん?」

「ふむ」

まぁ平均的な突っ込み役なら礼拝堂で朝食を作っているのを目撃した段階か、そうでなければせめて食事中に会話を挟んでノリ突っ込み的にこの少女の正体を追及するのだろう。

と言っても、別にそういった普遍的なリアクションに悪意とか隔意を持っている訳では無い。俺が正体を聞かない理由はもっと単純だ。

「タイミング逃した。いまさら聞きにくい」

「じゃー説明いる?」

「ん……、任せる。できれば手短によろしく」

「んじゃ、買いものが終わって夜寝る前とかでもいいかな? 大体察してるんだろ?」

「まぁ、ね」

適当に答えながら、太ももの上で頭を動かし少女の下腹部に耳を当てた。内臓の蠢く音、血管の中を血の流れる地鳴りのような音が聞こえる。

顔を太ももに埋め匂いを嗅ぎ、体温を感じる。太陽の匂い、心地よい人肌の温かさ。

「くすぐったいっての」

反撃で耳を抓られた。少し痛い。少女の手首を握り耳を抓む手を離させて、少女の白く細い指をまじまじと観察する。

「人間みたいだな」

「……お兄さんもね」

顔を見合わせ、笑う。朝の時間は概ね穏やかに過ぎて行った。

―――――――――――――――――――

「いやー、買った買った」

「案外簡単に見つかるもんだねー」

小さめの背負い鞄いっぱいに味噌や醤油や米などを詰めて、俺と少女は意気揚揚と市街地を歩く。時刻は昼少し前、今から帰って昼ごはんを作っても早すぎるので、バイクを適当な場所に止めてゆったりと観光を楽しんでいた。

ここ数か月でなんとなく見て回ったことは何度かあったが、誰かと一緒にというのはこれが初めて。やや見飽きた感のある風景も、誰かとおしゃべりしながらだとまた違った顔を見せてくれるような気がする。

「いや、そういえばヘルマンがエビスビールのんでたんだよなぁ」

「酒瓶のラベルにも漢字っぽいのが書かれてたしねー」

バイクで市街地に移動してすぐに警察署に行き、暇そうにしている警官に日本からの輸入品を扱っている店が無いか聞いてみたら一発だった。

気の好い人だったからなのかどうなのか、地図を持ち出して懇切丁寧に店の場所を教えてくれた。おかげでお目当ての物は捜索開始一時間しないうちにすべて見つかって、こうして空いた時間を楽しく過ごせたのだからありがたい。

「これでお味噌汁も作れますよー。豆腐と長ネギサイコー!」

「しかも納豆と焼き海苔も買えた。素晴らしい……、上の上ですね!」

二人で無駄にテンションを上げる。やはり日本人の食卓にはまず米が無くては話にならない。逆説的に米があれば何も問題は無い。更にあぶらげや乾燥ワカメなども買えたので味噌汁の具もバリエーションを持たせることが出来る。

手に手を取ってキャッキャウフフとはしゃぎながら歩く男女二人。他人様から見ればこれはどう見ても――

「兄妹だな」

「なー♪」

笑顔で相槌を打つ少女を見る。昨夜脳みそが半分眠っている状態で見た時は中学時代の姉さんにそっくりだと思ったが、改めて見てみれば所々のパーツが俺に似ている。

姉さんは垂れ目だが、この少女は俺に似た軽い釣り目、髪の毛も一切重力に逆らわない姉さんの髪とは異なり、途中までストレートだが髪の毛の尖端がやや重力に逆らいはねているのは俺の癖毛の特徴だろう。

並んで立てばまるきり兄妹に見える。外見の歳もやや離れているので恋人には見えないし、恋人のデートと見るには少しノリもおかしい。

「まぁ、あたしは別に恋人でも構わないんだけどねー。どうよ?」

「ダメとは言わない、でもそれ近親相姦みたいなもんだろ」

「元からそういう願望あるくせにー」

うりうりと肘で脇腹を突かれる。それを言われると痛いのだがそれはそれ、これはこれ。人は心にいくつもの棚を作りあれこれと乗せておける便利な生き物なのである。

そうして少女とじゃれながら散歩を続けていたが、もうそろそろ隠れ家に帰ってもいい時間になってきたのでバイクを停めてある場所に向かう。

バイクに跨り、背負っていた鞄を少女に渡しヘルメットを被り準備は万端。あとは帰るだけとなった時、

「あ」

渡された荷物を背負い、ヘルメットを被ろうとした少女が不意に声を上げた。

「お兄さんお兄さん、ちょっと寄って欲しい場所があるんだけど、いい?」

「場所によるけど、遠いか?」

ヘルメットを被り、バイクに跨り背中に抱きつきながら少女は答えた。

「いんや、近い近い。ちょろっと用事があるのを思い出した。道順は指示するからその通りにヨロシクぅ」

最初に地図で道順を教えて貰った方が走り易い気もする。それはともかく、しっかり抱きついている筈なのに背中に当たる感触が物足りない。まぁ体格が体格だけにこんなものか、あの体格で胸だけデカいというのもバランスがおかしいし。

「仕方ないね……」

「急にごめんねー。でも、お兄さんにとっても無益な寄り道ではないから、さ」

―――――――――――――――――――

「病院?」

少女のナビで走り、たどり着いた場所は周囲を自然に囲まれた大きな病院だった。

「そ。現在チャンプが入院している病院だよ」

ヘルメットを外し、少女は軽く指を振った。――魔力が操作された感触、俺と少女を対象にした認識阻害か。

「面会の手続きとか面倒だしねー」

「で、ゲルトに会うのが一体何の益になるんだ?」

何度も言うがブラスレイターとの接触はもう戦闘経験を積む以外の意味を持たない。しかもこのタイミングだとゲルトはまだブラスレイターですらない、唯の怪我人だ。

ゲルトがブラスレイターになる前に何らかの手を打つ? それは無い。この少女が俺の想像している通りのものだとしたらそんな無駄なことはしない。

あくまでも真の目的は自己の強化。誰かを救うというのは俺のトリップの理由にかすりもしない。

完璧にただの気まぐれ、あるいは暇つぶしで誰かを救おうとするというのもあり得ない話では無いが、その場合俺に益があるというのは大ウソということになる。

「ちゃうちゃう、そっちはどうでもいいんよ。お兄さん、まだ空飛べてないっしょ? ここらでなんとかしょうかなーって」

「?」

駐車場にバイクを停め、話しながら病院の中に入る。訳が分からない。こんな病院で空を飛ぶ秘訣を知れる訳が――

「ぶっ!」

受付に褐色肌に変な髪型の眼鏡の女性――ベアトリス・グレーゼが居る。

三次元で見るのは初めてなのに分かるのかよなどという突っ込みが空しくなる超特徴的なカラーリングの髪だ。未来ではああいうのが流行っているとかそんな裏設定でも無い限り本人で間違いない。ペイルホースの反応もあるし。

そういえばゲルトが入院してる病院でゲルトのカルテを見ながらほくそ笑んでいる描写があったような無かったような……。

「落ち着いてよお兄さん、認識阻害の魔法は上手いこと働いてるからばれやしないって」

「っても、空飛べないのにいきなり空戦最高性能のブラスレイターに勝負挑むとか無謀過ぎる……」

本編中のあちらの攻撃描写と、こちらの運動性、装甲などを考えれば少なくとも死ぬことはありえないにしても、こちらの攻撃は当てるのも難しい。

いやまあ、経験を積むという意味ではそういう不利な状況での戦闘も経験しておくべきなんだろうが、骨折り損確定とかうんざりする。

「だーから大丈夫だってー。あれは今回はスルーだからさ」

しり込みする俺の手をぐいぐい引っ張る少女。階段を上りズンズンと病院の奥へ進む。ここから先は部屋代の高い個室になる筈だが……。

と、前方から歩いてきたXATの制服を着た男女とすれ違う。男は制服の上からジャケットを羽織り、女の方は制服の胸元を大胆に肌蹴させて着こなしている。

ヘルマンとアマンダ。今の時期に二人で病院とくれば――

「ゲルトの見舞いか」

「ホモじゃない、ホモじゃないんよ!」

「分かってるからホモホモ連呼するな」

あくまであれは男の友情的な物だ。ヘル×ゲルとか真面目に考える腐った奴は○ねばいいのに。

しかし結局ゲルトの部屋だ。ここでゲルト以外の何か――あ、そう言えばこの場面、なんかひっそりと出てきたような。

「お前は……」

部屋のプレートを眺めていると横から声をかけられた。不健康そうな顔色、珍妙なボディスーツ、かっこいいギミック付きのコート。結構うろちょろ動いてるのに本篇ほぼ寝っぱなしな印象が強い主人公ジョセフ君。

というか、何時の間にか認識阻害が解かれている。ジョセフと会うのが目的? 何のために? ともあれ気付かれたからには挨拶の一つもしておこう。

「お久しぶりですねジョセフさん。マルコの件ではお疲れさまでした」

「うわなにその口調きもちわるい」

茶々を入れる少女の頭をペシリと叩いて黙らせる。そのやり取りでジョセフも少女の存在に気付いたらしく、疑問の視線を投げかけてくる。

「その娘は?」

「こいつは、えーっとですね……」

さて、どう答えるべきか。こんなことなら隠れ家を出る前に説明を聞いて、他人に聞かれたらどう誤魔化すか程度は考えておくべきだったかもしれない。

妹、というのが一番適切な回答だとは思うが――

「あたしはお兄さんの家族だよ。よろしくな」

答えあぐねている間に少女が勝手に話を進めてしまった。片手を突き出し、ジョセフに握手を求めている。

ジョセフは差し出された手と自らの手を交互に見つめて複雑そうな表情をしている。今まで感染を防ぐために他人との接触を避けていた為、肌が触れた程度では感染しないと分かっていても腰が引けてしまうのだろう。

「感染の心配ならいらねぇよ。ほれ」

そうぶっきら棒に言い、少女は差し出していた手の掌をジョセフに見せる。そこには俺のものと同じ、悪魔の印もどきが刻まれていた。

「そうか、お前も……」

沈痛な表情で、おずおずとではあるがジョセフが少女の差し出された手を握り返す。握り返された少女も笑顔だ。しかし――

「!」

握手して数秒としないうちにジョセフが後ろに跳び退る。何事かと二人を観察すると、少女の手とジョセフの手に裂傷が。融合の途中で無理やりひきはがしたのだろう。

いや、何故融合?これはどう考えても少女が行った融合だろう。ジョセフを取り込むことには何の意味も無い筈。

「勝手に同情すんなよなー、誰も彼もがてめーの境遇を嘆いてるってもんでもねーんだからよ」

にししー、と意地の悪い薄ら笑いを浮かべた少女が手をひらひらさせながら後ろに下がる。

「…………」

「えーっとですね。悪気も悪意もありそうな気はするんですが、きっと敵意は無いと思うので見逃して貰えませんか?」

険しい表情でこちら(何故か少女だけでなく俺も含む)を睨んでくるジョセフに両手をあげて降伏のポーズ。

こちらの態度や、曲がりなりにも前回助けておいたのが功を奏したのかとりあえず警戒は解いてくれたらしく、向こうから話しかけてきてくれた。

「お前は、何故ここに?」

「あー、俺は得に用事は無いです。コイツがなんかここに寄りたいって言うから」

コイツ、と言った辺りで少女に目を向けるが、なにやら小指で耳を穿りながら退屈そうにしている。

「いや、あたしの用は終わったよ」

「だそうです。で、ジョセフさんはあれから順調ですか?」

「……まぁまぁだな」

「そうですか」

会話終了。……よし、帰ろう。気不味いし。

「じゃ、俺たちはこれで」

「待て」

呼び止められた。しかし止まらない。しばらく歩いて階段の前で振り向いて一言だけ言い残しておく。ただの気まぐれ、なんの意味も持たない忠告。

「見張るなら、しっかり見張ってあげた方がいいですよ」

階段を降り、廊下から見えなくなった辺りで認識阻害の魔法をかけ直す。これでもし追われても見つからない。

階段を降り、ロビーを歩いていると少女が投げやりな口調で皮肉を言った。

「ま、しっかり見張ったところで、救えるとは限らないけどねー」

「どつぼにハマってるからなぁ、状況的に」

ゲルト救済とか、かわいそうだがハッキリキッパリヴィジョンが欠片も浮かばない。それに映像でしか見たことの無い人をあれこれ苦心してまで助けようなんて殊勝な性格でもなし。

それにしても、結局病院まできてやったことはジョセフにケンカ売っただけというこの少女、いったい何がしたかったのか……。

「収穫はあったよ。あとで見せてあげるね」

「空を飛ぶ方法?」

「へっへぇ、あ・と・で♪」

はぐらかされた。まぁ何はともあれまずは隠れ家に帰ろう。

―――――――――――――――――――

昼やや過ぎ。隠れ家に帰って遅めの昼食。少し時間を置いて近場の崖に向かい変身、日が沈むまでひたすら飛行訓練という名の紐無しバンジー。

崖から飛び降りる→滞空中に空を飛ぶ姿をイメージする→墜落し地面にめり込む→崖を駆け上がり最初に戻るの繰り返し。正直そろそろあきらめてもいい気がする。

夕方。食材がもったいないので夕食は無し。特にやることも無いので夕焼けをぼーっと眺め、ふと辺りを見回す。……よし、夕日の沈むシーンだがYOKOSHIMAとかは居ないらしい。蹂躙救済説教ニコポ過去ポハーレムとか存在しない純粋な世界に感謝を。

夜。ニュースを少し見たが昨日と特に内容は変わっていない。外に出てぼーっとする。星座の類には詳しくないので日本との違いは分からなかったがまあ似たような夜空だ。

「お兄さん」

ぼーっと星を眺めていると、教会から少女が出てきた。昼過ぎに隠れ家に到着し昼食を作った後、なぜか唐突に一眠りし始めたのだが、ようやく起きたのだろう。

「遅よう。北極星ってここから見えるか?」

「お兄さんもお姉さんも星座に詳しくないよね?二人が知らないことは私も知らないよ」

「そういうもんなのか」

「そういうもんだよ」

振り向く、星の光に照らされた少女は、身体を徐々にブラスレイターに変化させていた。

「あたしはお姉さんの因子を元に、お兄さんのナノマシンで肉体を構成したモノだから。二人が知らないことは知らないし、二人が持ってないものは持ってない。『基本的には』ね」

「因子?」

「出がけに貰ったっしょ?しかもわざわざ口移しで。 愛されてるよねー」

その姿は下級デモニアックのものでも、ましてや俺の変身するブラスレイターもどきでもない。正真正銘のブラスレイター。

「お姉さんから心を貰ってこの世に生まれた、お兄さんの身体を構成するナノマシンの補助AI。それがあたしの正体さ」

「補助が必要な場面も無かったと思うが?」

「確かにねー。お兄さんは中途半端に使いこなせてるもんだから中々ピンチにならない。これじゃ出ようにも出られないから、どうにかこうにか肉体を無理やり構成してみたってわけ。おかげでこんなチンチクリンになっちまったわけだけど」

全身を覆う、鋭角的なフォルムの紫の鎧。頭部を包む、悪魔じみたデザインの兜。

小説の挿絵でしか見たことが無いが、あの姿は知っている。ブラスレイターのタイプ25『グラシャ=ラボラス』マルコ・ベルリの変身していたブラスレイターだ。

「かっこいいだろー? 病院でジョセフからペイルホースを取り込んで、マルコのペイルホースのログを引っこ抜いて再構築。人格は消して、力だけを奪った。あたしがサポートすれば、お兄さんはもっと上手く力を使いこなせる。でも――」

背部から暴力的な輝きの粒子をまき散らし、光の翼が具現化される。

「お姉さんはあたしがお兄さんの助けになるようにと思っていたみたいだけど、あたしは只でお兄さんのサポートをするつもりは無いんだ」

「報酬が必要って?面倒なやつだな」

「あはは!そんなに面倒な報酬じゃないから安心してよ!」

オリジナルに比べ幾らか小柄なその体躯には不釣り合いな、巨大な斧槍――ハルバードを具現化し、こちらに付きつける。

「力を示して。これからもその肉体で生きていくに相応しいか」

「――相応しくなければ?」

こちらの問いに、兜の下から笑う気配。

「その答えは――」

少女が翼をはためかせ宙に浮かびあがる。星空をバックに、ハルバードを振りかざし――

「――あたしが勝ったら教えてやんよ!」

稲妻の如き勢いで、こちら目掛けて襲いかかってきた。

―――――――――――――――――――

木々の隙間を縫うように森を走る。上空の少女――いや、敵からの追撃を避ける為に。

遥か上空、というほど高くを飛んでいる訳では無い。ギリギリでこちらの跳躍が届く程度の高さ、触手の射程圏内でもある。

しかしそれは手加減ではなく誘い。高く飛び過ぎればこちらは不用意に跳躍して肉弾戦を仕掛けてこないし触手も伸ばさない。わざと低く飛んで俺が思わず攻撃したくなる適度な距離を保っているのだろう。

「いやらしい奴……!」

こちらは速度を出せない。全力で走れば地面が爆発する音で居場所が余計に分かりやすくなる、そうなれば――

「ほらほらほらぁ!逃げてばっかりじゃあたしを倒せないよぉ!お・にぃ・さあぁーん!!」

俺の後方の、ややずれた辺り。羽根から打ち出された無数の光弾が一瞬にして木々を粉々に粉砕し地面を捲り上げる。ここら一帯の森が丸裸になるのも時間の問題だろう。

せめて地上戦ならどうにかできたのだろうが、最初のハルバードによる一撃、カウンターで腕を一本切断してやったのがいけなかったのか、ハルバードを再び具現化することもなく、上空から光弾による弾幕を展開しつづけている。

「くっそ、舐めるな!」

走りながら数十本の触手を展開、多方向に地を這うように広げ、上空の敵目掛け高速で一斉に射出。光輝く羽根を持つ敵は、こちらからは丸見えなのだ。

直進するもの、ジグザグに複雑な軌道を描くもの、同時に放たれながら時間差をつけたそれらが槍の如く敵を貫かんと襲いかかる。

しかし敵はそれを舞うように回避、追尾を続ける触手を翼から放たれる光弾で撃墜する。

放った触手はすでに本体からは切り離している。斬り離さなければ撃墜されても追尾を続けられるが、そのままだと触手の根元を確認され俺の場所を正確に把握されてしまう。

幾度となく放ったせいで見事に対処法を確立されてしまった。最初に放った時には鎧を削る程度には当てられたのだが。もう牽制程度にしか通じない。

「そんなんじゃ、あたしには届かないよ!」

そのくらいは知っている。致命傷を与えるにはもっと大きな打撃でなければ意味が無い。その為にも距離を、大技を出す為の時間を稼がなければならない。

走り、距離を稼ぎながらも目を凝らし上空の敵を見る。光の翼を広げ、悠然と飛びながらこちらを探す隻腕の鎧の騎士。そう、『隻腕の』。

敵の少女は俺の肉体から作られてはいるが、全てが俺と同じ性能という訳では無いらしい。最初に切り落とした腕はおろか、不意打ち気味に放った触手によって削られた鎧の一部もまだ修復が済んでいない。

回復速度は俺と普通のブラスレイターの中間といったところか。おそらく肉体の大部分を喪失すれば戦闘は不可能になるだろう。

普通に殺すことが可能なのかもしれない。手指の先程度の肉片からでも再生できるなどと言い出さないあたりはまだ良心的と言える。

とはいえ、跳躍して大鎌で切りかかるのは下策。というか最初に腕を斬り落してやった後、上空へ逃げる敵を跳躍し追いかけようとした時、空中で無防備な所を光弾で滅多打ちにされた。

しかもその光弾に撃たれた箇所は未だに煙をあげ続け、修復が済んでいない。おそらく光弾の組成を組み替え、むりやりこちらの同化能力を機能させることにより再生速度を落としているのだろう。

敵は基本的にマルコ・ブラスレイターの能力しか使わないが、やりようによってはこちらを殺すことが可能なのかもしれない。用心するに越したことはない。

今は当てずっぽうで光弾は当たっていないが、もし脚に直撃し動きを停められたら、そこで終了。負けた場合はどうなるのか、少なくとも俺に都合の良いことにはならないだろう。

光弾はどんどん正確さを増している。つまり時間をかければかけるほど負ける確率は高くなる。大分距離も稼げたし、ここらで一つ、勝負に出るか。

触手を出せる限界まで展開。そして体内に切り札を生成、チャージ開始。森を出て開けた場所に出て、上空の敵に真っ向から向き合う。

上空から敵の、少女の静かな声。

「もう、観念しちゃった?」

「いや、勝ちに行かせて貰う」

悪魔の印がある手を、真っ直ぐに少女に向ける。

「……お兄さんのそういうとこ、嫌いじゃないよ」

少女の、異形の騎士の翼が何倍にも膨れ上がる。そこから放たれる光弾の量も質も今までとはケタが違うものになるだろう。

「俺も、割と気に入ってたよ。一日だけの付き合いなのがもったいない」

一瞬の間。

「――いざ」

悪魔の印に、その下にある切り札にエネルギーが収束。印の中に専用の射出口が形成される。

「尋常に――」

膨れ上がった少女の翼、その鋭く尖った縁がこちらに傾ぐ。大砲の筒先のように。

「「勝負!」」

―――――――――――――――――――

夜の空に浮かびながら、あたしはお兄さんを追撃していた。

「くそ、いってぇ~……」

ハルバードでの突撃は見事に避けられ、御返しで片腕まで持ってかれちまった。

「なんだかんだ言って、接近戦じゃもうかなり戦えるみたいだね」

お兄さんを甘く見ていた。この世界に来てから雑魚ばかりを相手にしていたから調子に乗っていると踏んでいたけど、実際に相手にしてとんでもない思い違いだと分かった。

大概の場合、あのナノマシンを投与されたやつは力を使いこなせない。あくまでも自分は人間が改造されたもの、基本的には人間だっつう考えが根っこにあって、十全に機能を引き出せない。

時速数百キロで走れたとしても神経が加速せず、障害物に反応しきれずに激突するのが関の山だ。人間の神経では反応しきれないという思い込みが機能を制限しちまう。

「十数年かけて完全な融合を行ったおかげかな?」

でもお兄さんは違う。そういった常識的な思考が作られる前に肉体を改造された。お姉さんのかけた催眠のせいで表面上は常識的な思考をしていた、でもその裏ではこの身体を使いこなす下地がつくられてきたんだ。

普通の人間は反応出来ない、しかし、自分の肉体は普通ではない。この思考が、肉体の完全な変化を助けている。

普通ではできないが、普通では無い自分ならこの程度は出来る。普通の人間の中で生き、自分の異常性を見せつけられ続けてきたからこその自覚。鳴無卓也は普通では無い、人間ではない。異常な力を持つ化け物であるという無意識レベルでの理解。

自らが化け物であるという無意識での自覚が、化け物の肉体を完全に従えている助けになっている。

心まで化け物であることを表面上忌避しているみたいだけど、本質的には自分が人間じゃないことを受け入れている。

人間であることより、お姉さんの弟であることを重要視しているから。弟というポジションにいられるなら、どんな化け物にもなれる。

「ほんと、妬けちゃうねー」

眼下の森を見下ろす。速度を落としているからか派手な音はしない、それでも時折木々の隙間からこちらに背を向けて走るお兄さんの姿が見える。

一度光弾のシャワーを浴びせてあげたのに、気にした風も無く走り続けている。修復機能は落としてやったから治りきってはいない筈だから、装甲を撃ち抜けなかったか、行動に支障が無い程度のダメージしか与えられなかったんだろう。

化け物じみた装甲の厚さ、堅牢さ。あたしの放つ光弾は一撃一撃がブラッド・ブラスレイターの融合強化ライフルを軽く上回る威力(予測値)。原作で言えばブラスレイター化したウォルフ隊長も余裕で貫けるものなのだけど。

「でも――」

逃げてばかりじゃあたしは落とせない!

「ほらほらほらぁ!逃げてばっかりじゃあたしを倒せないよぉ!お・にぃ・さあぁーん!!」

光弾をお兄さんが居るであろう位置目掛け乱射する。外れたけど、四方から槍のような触手が迫る。やっぱり一方的に追いかけるのではつまらない。

身をひねり翼を振るい、なんとかかんとか回避。逸れた触手も追尾を続ける触手もまとめて光弾で迎撃。

お兄さんの眼には今のあたしはどう映っているんだろう。余裕を持っているように見えるか。遊んでいるように見えるか。獲物を嬲って悦んでいるように見えるか。

例えるなら猛禽?戦闘機? こんな毒々しい色の翼だけど、もしも天使みたいに見えているなら嬉しい、少し照れるけども。

いや、そんな余計なことは考えていないだろう。翼こそ存在するけど、ブラスレイターの飛行はそのどれにも似ていない。

きっと、見たモノを見たままに判断してくれる。何物でもない、何者でもない。このあたし自身を、あたし自身として!

ふと、森からお兄さんが出てきた。開けた草原、隠れる場所も障害物も無い。

変身したお兄さんが、全身を艶のない暗い色の装甲に覆われた人型の怪物が、逃げることも無く、兜越しの視線で真っ直ぐにこちらを見つめている。

「もう、観念しちゃった?」

そうじゃないことは明白、触手をありったけ展開し、こちらを射抜く視線は力に満ち溢れている。何かやらかすつもりだね?

「いや、勝ちに行かせて貰う」

不敵な言葉と共に、悪魔の紋章をこちらにまっすぐ向けるお兄さん。

不屈。力を得る為に、姉に付いて行く為に、いつまでも一緒にいる為に、お兄さんは絶対に諦めない。

目前に壁があれば、どうやってでも打ち砕いて先に進む。正義も悪も無く、力を力として振るい、只管に眼前の敵を撃ち滅ぼす。

確信した。お兄さん、貴方はあたしを、力を振るう資格を確かに持っていると!

「……お兄さんのそういうとこ、嫌いじゃないよ」

最大火力を持って答える。全力には全力、最大の攻撃力で、迎え撃つ。

飛行に割く力をギリギリまで落とし、すべてを光弾の精製に向ける。翼が膨れ上がる感触、全弾直撃すれば無事では済まない。

「俺も、割と気に入ってたよ。一日だけの付き合いなのがもったいない」

思えば、不思議なほどに馴染んでいたな。十数年来連れ添った仲のような、そんな錯覚を覚えるほどに。生まれて一年も経っていないあたしからしてみれば間違いじゃないけれど。

無言、無音――。

どちらともなく、開始の合図を告げる。

「――いざ」

お兄さんの悪魔の紋章に光が宿る。よく見えないけど、印の形状も変化している。何をするつもりなのか楽しみで仕方ない。

「尋常に――」

膨れ上がった背中の翼を、無数の砲口を持つ砲台と化したそれをお兄さんに向ける。

「「勝負!」」

見せて貰うよ。お兄さんの、本気を!

―――――――――――――――――――

光弾の雨が、いや、輝く砲撃の豪雨が降り注ぐ。

周囲の草原は砲撃により地面がめくれ上がり土が吹き飛び無残なクレーターをいくつも形成している。

しかし、俺の周囲は微妙に被害が少ない。限界まで展開した触手を地面に潜り込ませ周囲の地面と同化させ、俺自身も体内にガルムのバリア発生装置を生成しバリアを展開しているからだ。

とはいえ、完全に防げている訳でも無い。幾つかの砲弾は俺の身体を掠め、衝撃だけで容赦なく装甲を、肉を抉って吹き飛ばす。

チャージ中はやはり回復が遅い。抉れた脇腹の、肩の、脚の欠損を余らせておいた触手を無理矢理ねじ込み補填する。

――ここ数か月で分かったことだが、この身体には幾つかの欠点が存在する。エネルギー切れになることは無いが、一つの機能を全力全開で稼働させると他の機能の稼働効率が極端に低下するのだ。

だからこその融合捕食なのだろう。その欠点を修正する為にいつか、何らかの炉を取り込んで最大出力を底上げしなければならない。

しかしそれもいつか未来の話、今は間違いなくその欠点が存在しているのだ。――おそらく、あの少女にも。

その為の、飛行速度を落とさせる為の、最大攻撃力での真っ向勝負。

高速で飛行する少女は俺の攻撃では補足しきれない。何よりも速度を落とさせる必要があった。狙い違わず、少女は速度を落とす。

光弾を砲弾に、ばらまくような雑な爆撃を隙間のない絨毯爆撃に。そうする為に飛行の機能は限界まで制限され、高速爆撃機だった少女は今や、空中の一点にふわふわと浮かぶ固定砲台と化している。

「基本中の基本、肉を切らせて骨を断つ。変に装甲が堅くなったから忘れていたんだな」

触手を巻きつけ補強し、限界までチャージした俺の腕――内部に仕込まれた『プラズマ発生装置』はペイルホースの、ブラスレイターの力で融合強化済み。

砲撃に晒されながらもキッチリと少女に照準を合わせている。間違いなく当たる。当てる。

「勉強になった」

腕に内蔵された融合強化型プラズマ発生装置、そこから生み出される現時点での最大攻撃力。それは――

「これはその礼だ!」

超々高温のプラズマ火球。周囲を昼のように照らすその直径十メートルに迫る破壊力の塊は、その有り余る熱量で俺の手首から先を溶かし、しかし狙い違わず砲弾の雨を蒸発させながら少女に向かって突き進む。

少女は逃げない。逃げられない。肥大化した翼を元に戻すには数秒の時間がかかり、着弾までは数瞬も無い。

火球に呑み込まれる直前、少女は変身を解き、人の姿に戻る。

変身を解いた少女は、輝くような、満開のひまわりのような、晴れやかな笑顔を浮かべていた。

―――――――――――――――――――

「……」

変身を解き、更地に、いや巨大な窪地と化した草原を歩く。

人間の姿に戻ると同時、焼け落ちて断面を晒す腕から、赤熱し溶け曲ったプラズマ発生装置がずるりと抜け、地に落ちる。

歩く、歩く。白み始めた空の下を。

一気にエネルギーを使ったからか、それともまだ少女の放った光弾を吸収しきれていないからか、砲弾で抉れた肩が、脇腹が、脚が、焼け落ちた手首から先が、無様な傷跡を曝している。

服は例によって襤褸切れ同然。この世界で購入した服の中ではお気に入りだったのだが。

「そこんとこ、どうやって責任とってくれる?」

「せ、責任って言われてもぉ~……」

目前に転がっている残骸――身体の大半を失った少女は申し訳なさそうに、再生途中であろう半ば以上ケロイド状に溶けた腕を動かして頬を掻いている。

顔は多少焦げてはいるが見れる程度まで回復している。おそらく真っ先に修復したのだろう。AIでも女性、顔には気を使う。しかしそんなことに気を使うならもう少し他の事に気を使うべきではなかったか。

奇跡的に無事だった、という訳では無い。最後の瞬間、変身を解いた少女はしかし、翼だけは具現化しっぱなしだったのだ。

とげとげしいブラスレイター形態から凹凸の少ない人間体に戻り、肥大化した翼の少ない推力でもって『下に』逃げた。

重力による加速、空気抵抗の少なさ、更に変身を解くことにより、変身状態を維持するだけの余力を翼の推力にプラスし、余波で身体の大部分を溶かされながら、見事ギリギリの処で生き残ったのである。

「あたし、こんな状態だし、もうちょっと労わって欲しいっていうか~……、ねぇ?」

「不許可。それなら俺の怪我はどうなるって話だ。ていうか、この方法でしか俺の力を試せなかったのか?しかも結果はこれだ」

これ、と言いながら身体の欠損部分、周囲の惨状を指差し追及する。

森はあちこちが爆撃を受けたように剥げてしまって地面がむき出し、周囲の草原――いやはっきり言おう、近所の牧場は半分以上がクレーターになった。

俺もプラズマ火球を放ったがあれは上空の少女に向けて放たれたので周囲に被害は出ていない。ほぼ少女一人の攻撃でこうなってしまったわけだ。

「あ、あれはなんてーか、その、テンションが上がりすぎたっていうか、あー、うー……」

消え入るような声で言い訳を始めるも、何一つ言い訳にならない。まぁたぶん取り込んだマルコ・ブラスレイターのログから闘争心的なものまで引っ張ってきてしまったのだろう。

サポート役の癖にそういうミスをする辺りいまいち信用できないが、まぁ姉さんと俺の相の子みたいなものらしいのでそんなもんだろう。

溜息を一つ。叱られた子供のように下を向いている少女の、半分焼滅してだいぶ軽くなった身体を抱えた。抱え上げると少女はキョトンとした表情でこちらを見つめる。

「で、サポートする気になったか?」

「――え、あ……はい!やる!やらせていただきます!」

一瞬呆けた辺り、本気でサポートの件は忘れていたのかもしれない。

人格面で大分不安が残るが、こんなんでもペイルホースからログを取り出していきなり空を飛んで見せたのだ。今まで一人では使えなかった能力の使い方にしてもなんとかできてしまうのだろう。

まぁ、なにはともあれ。

「まずは引っ越しだな」

教会の周辺から森林破壊が行われていることから流石に認識阻害の魔法でもごまかせなくなる可能性が出てきた。早々に帰って荷物をまとめて逃げるべきだろう。

というか、XATが今まさにこちらに向かって駆けつけてきているだろうし、急がなければなるまい。

「ご、ごめんなさいぃ……」

「いいよもう、どうせそろそろ市街地の近くに拠点を移すべき時期だったし」

「え、ホント?ホントにいいの?じゃあ今ちょっと落ち込んでたせいでこっちにXATとか警察とか消防が向かってるって無線を傍受したことを伝え忘れてたことも許しぐぎゃぁ!」

少女の回復途中の腕を骨ごと握りつぶすことで返答し、全速力で隠れ家に向かい走り出した。

走りながらふと気付いたことを少女に問いかける。一日一緒に居たにしては今さらな質問。

「お前、名前は?」

「そゆこと、今更聞くかなぁ……。無いよ、産まれたばっかだし。どうせならお兄さんがつけてよ」

「図々しい奴」

ムカつくので直感で付けてやろう。それでも聞き苦しくない常識的な名前になるが。サバ味噌とかレバニラとか変な名前付けたら呼ぶ方が恥ずかしい。

「美鳥、美しい鳥で美鳥な。はい決定。気にいったか?」

「みどり、ミドリ、美鳥……うん、うん!」

嬉しそうに笑っている。姉さんにそっくりな笑顔。これだけで許してしまいそうになる。

久しぶりに濃い一日だった。なんだか午前中と夜に比重が傾きすぎているような気もするが。

――もう少し、後ひと月もしない内にあわただしくなる。市街地でのデモニアック大量発生、アポカリプスナイツ、ツヴェルフ。

口元がにやける。楽しい予感がする。新たな力への期待が膨らむ。

「楽しそうだね、お兄さん」

「ああ、楽しみだ」

「その前に引越しだけどね」

「――言うな」

水を差され、テンションが少し下がった。これからXATに出くわさないように隠れ家に戻り荷物をまとめて、傷を癒し、拠点を探す。正直面倒極まりない。しかし――

「まぁまぁ、これからはあたしもお手伝いするからさ」

隣に誰かが一緒なら、その苦労も悪くないのかもしれない。




続く

―――――――――――――――――――

以上、主人公、新オリキャラと街に買い物に行くの巻でした。ゲルトさんは超スルー。

昨今のヒロインの嗜みの一つとして、主人公と一対一で血みどろの殺し合いをしなければならないというものが存在します。ヒロインたるもの固有ルートではラスボスを兼任するのが今最新のトレンドなのだと。

そんな理屈で言えば新キャラは早速ヒロインの資格を手に入れたことになりますね。しかしあくまでも真ヒロインは姉です。ガチで。

オリキャラハーレムではなく、ダンジョンに潜る時のパートナーの組み合わせバリエーションが増えたようなものだとお考え下さい。基本的に難易度の高い強制トリップは姉と組み、難易度の調節が効く自発的なトリップは新キャラと組む的な形で。姉は個人的な理由で能動的トリップには随伴しないので。

3Pは更に高難易度の場合のみになります。ああ、もちろん三人パーティーの略で3Pです。それ以外の意味は無いです。無いです。です。

なんでいきなり新キャラは戦いを挑んでくるの?新キャラの思考が支離滅裂なんだけどどうして?とか聞かれそうですが、一人称で進める限り理由とか本編で書けないです。主人公も姉も本人も知らない裏設定的な理由なので。とりあえず戦闘シーン書きたい気分だったからという理由もありますが。

ちなみに戦闘時の主人公の強さとかはその時のノリで変わります。テッカマンが核兵器の直撃に耐えるのにテックランサーの攻撃でダメージ受けるのと似たようなものです。仮面ライダーでもプレデターのシュワちゃんでも構わないんですがそんな感じで。

同じく戦闘中の主人公の考えてることとかもノリで書いてるので深くは考えないでください。色々突っ込まれそうなところがいっぱいなので。まぁ原作あり作品にトリップするSSの筈なのに原作キャラとの絡み極少、原作イベントほぼ皆無、そして大半をオリ主の日常だのオリキャラとのバトルに費やす謎構成って時点で突っ込みどころは満載なんですけどね。

でも大丈夫、次は一気に原作中盤にまで時を吹っ飛ばして原作ルートにほんのり絡めるのでご安心ください。しかし原作ルートに入ると原作登場キャラに無双かましたりXATの隊員をサクッと殺害してしまうかもしれませんので、このSSを読むのは自己責任でお願いします。

この作品に登場するオリキャラは全員、『悪に報いは必ずあるのだ!』とか言われると気不味い表情で視線を逸らしたり、何言ってんだこいつみたいな疑問の視線を投げ返したりするので。

そんな作品でもよければ、作品を読んでみての感想、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイス待ってます。



[14434] 第五話「帰還までの日々と諸々」
Name: ここち◆92520f4f ID:943f9794
Date: 2009/12/25 06:08
さて、少女――美鳥との戦いから暫く、市街地の中の使われていない倉庫に拠点を移した俺たちの周りでは特に事件は起きなかった。

ゲルトがブラスレイター化し不死鳥のごとく復活、世間でデモニアックから市民を救う救世主ともてはやされている時、俺は美鳥の補助を受けながら飛行訓練と下級デモニアック支配の訓練を並行して行っていた。

崖から飛び降りるという行為は飛行ではなく落下であるという見事に論理的な説明により、今までの俺の努力がまるっきり無駄だったと証明されたが、まぁ正直意味がないのではと薄々感じ初めていたのでショックは少ない。

飛行訓練の方法は単純、ブラスレイターもどきに変身した俺がマルコ・ブラスレイターに変身した美鳥を体内に取り込み、翼の具現化と制御を美鳥に身体で教えてもらうというもの。

身体の一部が自分の意思とは無関係に動くというのはなかなかに気持ちの悪い体験だったが、御蔭で今ではサーカス、もとい空中戦も板に付いてきたと思う。

因みに翼から光弾を発射するのはすぐに出来た。やはり直接的な攻撃能力は直感的に使える。実は俺、脳筋なのだろうか、少し悩ましい。

下級デモニアックの支配は飛行に比べれば格段に容易だった。今まで試してみようという気さえ起きなかったからできなかっただけで、やってみればまさに手足の如く操ることができてしまった。

それもこれも飛行を覚える段階で躓いていたからか。しかし練習を重ねた今では普通のブラスレイター達に出来ない芸当すらたやすく行える。

そう例えば――支配したデモニアックの強化なんてことも。

―――――――――――――――――――

今、あたしはお兄さんの指示でマグロ女――ベアトリスの足止めを行っている。

いや、足止めを行っているのは正確にはあたしじゃなく、三体の『元』下級デモニアック達であたしはその監督役。今回は戦わせるつもりが無いのはあたしに荷物の詰まった旅行鞄を持たせている時点で丸わかり。

別に過保護とかそんなんじゃない。というか、お兄さんはあたしにそんな気を使わない。こないだもプラズマ火球で身体を半分焼滅させられたしね。強化した下級デモニアックの性能試験もかねてるのかな?

本来なら下級デモニアックではどれだけ束になってもブラスレイターに太刀打ちできない。しかし、今あたしの目の前にはその常識を真っ向から否定する光景が繰り広げられていた。

「こいつら、私の支配を受け付けない!?」

焦りの声を上げる、スカートを纏った道化師のようなシルエット、ブラスレイターのタイプ29『アスタロト』ベアトリス・グレーゼの変じた姿。

遠距離、近距離共にバランスよく戦える上に空戦では最強、もちろん下級デモニアックの支配もお手の物っつーかなり上位のブラスレイター。しかもそれなりに修羅場を潜っている強敵だけど、それがたった三体のデモニアックによって見事におさえつけられている。

当然あの三体のデモニアックは全部お兄さんの支配を受けている。支配と言っても単純に行動の支持を受けているだけのただのデモニアックじゃあない。

お兄さんによれば細胞の一片、ナノマシン『ペイルホース』の一つに至るまで完全に支配され、普通の下級デモニアックには発現しない様々な能力を得、運動性や力、全身の強度に至るまで限界まで強化されてるとか。

デザインはグチャグチャだ。腕部はウォルフ隊長の変身するタイプ31『フォラス』の分厚い装甲に包まれた剛腕、脚部はマレク・ウェルナーの変身するタイプ62『ウァラク』の俊敏な動きを可能とする蹄の付いた脚、胴はザーギンの変身するタイプ1『バアル』を軽装甲にした戦士風の鎧姿、背中にはこの間あたしも変身したタイプ25『グラシャ=ラボラス』と同じ翼。

のっぺりとした目も鼻も口も無い顔だけが下級デモニアックの名残りを見せているが、戦っているベアトリスからしてみれば何の慰めにもならねーわな。

原作ではこの時点でジョセフ相手にずっとマグロのターン!な感じの強さを見せつけていたベアトリスがたった三体のデモニアックに苦戦している。

お兄さんの出した『俺の用事が終わるまで足止めよろしく』という少しあいまいな指示を忠実にかつアドリブを利かせながら見事に遂行している。

遊んでいる。逃げられないように退路を塞ぎ、決して致命傷を与えないように力をセーブして、相手の闘志も萎えさせないように多少攻撃も受けてみせて。

「このっ、目障りよ!」

宙を舞う一体のデモニアックに向けてベアトリスが触手のようなエネルギー弾を放つ。デモニアックは分厚い装甲に覆われた両腕でガード、そのまま押しこまれビルに激突するかというところで一体のデモニアックがベアトリスに翼から光弾を発射してけん制してそれを阻止。

光弾から逃れたベアトリスに、残りの一体が空を飛ばずビルの壁を足場に高速で駆け上がり迫る。手には具現化した武器、巨大なハンマーが握られている。ベアトリスが回避しようとした瞬間、五体に分身して回避を阻み、振り上げたハンマーで豪打。ベアトリスを地面に向けて叩き落とした。

落下の衝撃でできたクレーターの底で苦しげにベアトリスが呻き、呻きながらも立ち上がる。その体からは怒りの、屈辱の感情が滲みでているかのようだ。しかし、そのベアトリスの気迫を受けてなお、三体のデモニアックは微塵も揺るがない。

一体のデモニアックは輝く翼を羽ばたかせながら空に浮かび、地に落ちたベアトリスを見下ろしている。一体のデモニアックはその剛腕を打ち鳴らしながら地面に立ち、地を這うベアトリスを見下ろしている。一体のデモニアックは巨大なハンマーを片手に掴み雑居ビル中に潜み、立ち上がろうとするベアトリス窓の中から見下ろしている。

顔の無い悪魔三体に見下ろされ、ベアトリスが立ちあがる。挫けない。ザーギンに心酔するこの女は最後の瞬間まで絶対に諦めない。

……ナレーション入れると間違いなくあたしらが悪人だなこれ。デモニアック達は簡単な連携までとってるし、プレッシャーまでかけてる。正直こっちはこいつらだけでいいような気もするけど、いざという時を考えると勝手には抜けられないんだよねぇ。どうしよ。

お兄さんの方は上手くいってるかな?ま、今のお兄さんなら心配するだけ無駄かぁ~。

―――――――――――――――――――

今日は休日、テレビ版と小説版で確認できたデモニアックの特殊能力はほぼ使いこなせるようになったので特訓もなし。朝のニュースでXATに新兵器が配備されたと報じられていたので、時間つぶしにちょっと見に行ってみようと美鳥を伴い散歩がてらXAT本部のある区域に。

しかし歩いていると無駄に特徴的なカラーリングの髪を靡かせた黒人女性が、市営体育館に向かって歩いているのを発見してしまったのだ。

「怪しいな」

「怪しいね。ところでお兄さん、これ、原作六巻目突入の合図かもしれないよ?」

言われて何となく思い出すプールのシーン。どうやって固定しているのかいまいち分からない変態的なセクシー水着を着たベアトリスが、プールでデモニアックを量産しているシーンが確かにあった。

なるほど、つまり今日がこの町の最後の日。今日の内にこの町はデモニアックで溢れ返り、日が沈む頃には秘密組織ツヴェルフの最新鋭機スケールライダーが地味に登場、町に気化爆弾を落としていくということか。

しかし、バイオハザードを起こしたらとりあえず爆発オチみたいな風潮はなんとかならないのだろうかと思わないでもない。そのまま感染が拡大するよりはましだが。

リンゴは地面に落ちる、コーラを飲むとげっぷが出る、住人が化け物になった街は爆発する、惨劇が繰り広げられた屋敷は焼け落ちる、雷様の右端の席は壊れる、鈍感主人公とその周りの女性達はハーレムを建設する。

世界の基本法則だ。これがなければ地球は回らないと言っても過言では無い。もちろん、原則には必ず例外があるという先人の言葉をないがしろにするつもりは無いが、原則あっての例外だ。

まあこの町にはもう用事は殆ど無いので爆発オチに対して不満は無い。なんとなくバイト先の店長に急いで街から脱出しろとメール。これでバイトとして雇ってくれた恩義に報いた。生き残れるかは店長の運次第だろう。

ダッシュで隠れ家に戻り荷物を纏める。ほとんどの荷物は身体に取り込めるので荷物は最初に持ってきた旅行鞄だけだ。バイクは……、今日は走って移動し放題な状況になるので必要なし。これも体に取り込む。

認識阻害の魔法をかけて屋根から屋根へ跳び移り移動。とりあえずは最初の目的地であるXAT本部へ向かったが、XAT本部に到着する前に大型のバイクが数台どこかへ向かっていくのを発見。

間違いなくXATの新兵器パラディンのバイク形体、このタイミングで出てくるということは遂にデモニアックが大量発生したのだろう。今日のターゲットはこの新兵器、方向転換しバイクの後を追うことにした。

―――――――――――――――――――

現状の再確認という名の回想完了。XAT本部の方に向かったパラディンは無害なので放置。こっちの四体のうちのどれかを取り込もうと思うが、そのままだとベアトリスが乱入してくるので足止めの為にデモニアックの複製を作り出し、デモニアックの体内のペイルホースを操作し強化、足止めを命じた。

強化したデモニアックが三体も居れば足止め程度は出来るだろうが念のために美鳥にも監督を頼んだ。旅行鞄は美鳥に預けてあるので手ぶら、これでゆっくりパラディンの相手ができる。

認識阻害の魔法を解き物陰から出る。見ためだけは人間の姿のまま、広場にゆっくりと、もったいつけるように一歩一歩足を踏み入れる。

脚元にはまだ崩れていない大量のデモニアックの残骸と、おびただしい量の血溜まり。その広場に無骨なシルエットのロボット――パラディンのロボット形体が四体佇んでいる。

その中の一体、灰色の中に赤いペイントが施されたパラディンがこちらに右腕の銃を向けてきた。

この地域一帯に生存者は居ないと判断されている以上、人間の姿をしたものが出てきてもそれは警戒対象ということか。まぁ、デモニアックだけでもジルにマシュー、ブラスレイターならゲルトにマレクなどの生きた人から変じるケースを知っている以上当然の判断だろう。

この世界なら小説版のマルコもそのサンプルの一つに数えられるか? 死んでからブラスレイターになったタイプだったと思うが、人間体があることを示すサンプルには違いあるまい。

赤いペイントの機体が左腕のレーザーダガー(ダガーと言っても刃渡り一メートルはある)を展開すると、それに続く形でその他の三体も銃を構えてきた。デザイナーさんは『鋼鉄の棺桶』などと言っていたが、これはこれでカッコいいと思う。リアルロボット的というか何と言うか。

「止まれ! ここは……」

ここは、の次に何を言おうとしているのか。それはもう永遠に分からない。警告を発していた赤いペイントのパラディンは、搭乗者をコックピットごと俺の触手に貫かれ動きを止めている。

ブラスレイターの具現化した武器と同等の強度を持つ触手の外殻は、薄く鋭く刃物のように研ぎ澄まされており、ブラスレイターとの肉弾戦すら可能なパラディンの装甲を安々と貫く。

何が起こったか分からないといった風情で一瞬呆ける残り三体のパラディン。その三体に歩みよりながら、触手をパラディンから引き抜き、二三度振って血を掃い体内に格納する。

よし、ほとんど無傷で無力化。綺麗に搭乗者だけ潰せたな、こいつを取り込んだらどうしようか、どう強化できるか、どう強化するか。

期待に胸が膨らむ。変身した方がよっぽど強いなんて野暮な突っ込みは全く聞こえない。こういうものを生身で操縦して戦わなければいけない状況もあるだろうし、手に入れておくに越したことはない。

「貴様!」

三体のパラディンから放たれた無数の銃弾は、俺の身体に届く前に見えない壁に遮られ空中で停止した。

ザーギンも使っていたバリア――というか念動力のようなもの。変身しないでも使えるのでかなり便利だ。いつか変身し辛い世界観の作品に行ったときにも使うことになるかもしれない。

さて、このまま搭乗者の死んだパラディンを持ち去って逃げるのもいいが、状態の好いパラディンを手に入れることもできて機嫌が良いし、無改造パラディンの性能も見ておきたい。

とはいえ、このままではあまりにも単調過ぎる。ブラスレイターもどきに変身したら当然楽勝、プラズマはクローも火球も火力過剰、たまには攻撃魔法なんかも――駄目だ、認識阻害とかしか使わないから攻撃魔法の加減がわからん。

特殊能力無し触手無しブラスレイター化無しの縛りが妥当か。

銃弾を空中に停めた未知の敵――俺に警戒しつつも敵意を向けるXATのパラディン三体に手招き。口元に意識して笑みを浮かべながら、告げる。

「来なさい。遊んであげましょう」

―――――――――――――――――――

三体のパラディンは俺から距離を取りつつけん制として射撃を仕掛けてきた。

仲間を殺されたのだから激情にかられて突撃してくる機体があってもいいかなと思っていたが、予想以上に慎重。流石はプロ、しかも選りすぐりのエリート揃いなだけはある。

数十発の弾丸が迫る。この一発一発がデモニアックをたやすく吹き飛ばすほどの威力を持っている。しかし、ブラスレイターもどきに変身しなくても、ペイルホースを取り込んだ俺の性能は格段に向上しているのだ。横に軽くステップして回避。軽い軽い。

「消えた!?」

驚愕の声を上げるXAT隊員。なるほど、常人には今の動きが目に映らない訳か。ネギまとかブリーチとかその辺にそんな移動技法があったが、それと似たような感じに見えるのだろう。

何度か避けてみるが、その度に一瞬俺の姿を見失っているようだ。……普通に避けただけでこれでは、肉弾戦縛りでもワンサイドゲームになるかもしれない。楽しむためにもう少し奇抜なこともやってみるか。

考えていると三体の内の一体がダガーを構え吶喊してきた。横薙ぎに振るわれたダガーをギリギリの距離で避け、そのまま懐に入り正面のコックピットの装甲を軽く拳で小突く。パラディンは後ろに数メートル吹き飛び、装甲が拳大ほど凹み、凹みの周囲にひび割れが走っている。

複製を作る時は装甲を何か別のものに変えるのが無難かな。デザインは好きなんだが、いかんせん量産機だからか相手をするのが下級デモニアックを想定しているからか、意外と脆い。余程搭乗者の腕が良くなければブラスレイターの相手は難しいだろう。

と、吹き飛ばされたパラディンの左右から残りのパラディンが回りこみつつ銃撃。バリアを張らずにダガーを回避したから、バリアが永続的なものでは無いと踏んだのかもしれない。

まぁ張ろうと思えばいつまでも張り続けられるが、バリアは張らないでおく。何でもかんでもバリアで防いでは芸が無いし戦闘の訓練にもならない。なにより簡単すぎてつまらない。

迫る弾丸。一発一発の弾丸の回転まで見える。当たらない弾丸は無視、直撃コースの弾丸に、デコピン。デコピン。デコピン。

ひたすらデコピンで弾き返す。数十発のうち数発は見事撃ってきたパラディンに直撃した。なかなか銀星号のようにはいかないものだ。その内デコピンで弾丸を弾き返す訓練でもしてみよう。

大体の性能は分かった。まあこんなものだろう。無改造ではいまいちだけど、改造の幅は広そうだ。逃げて応援を呼ばれるのも面倒臭いし、ここらで終わらせるか。

「今から貴方達を始末させて頂きます。逃げても構いませんが、その場合は追いかけて背中から叩きつぶしますので」

それだけ告げ、突撃。一瞬で最初に殴り飛ばしたパラディンの目の前に移動、手は指先をそろえ手刀の形にし、大上段で思い切り振りおろす。避けきれないと見て咄嗟にダガーを翳して防御しようとする辺りは見事!

見事だが、しかし一瞬遅い。ダガーを掻い潜り、搭乗者ごと綺麗に真っ二つに両断されるパラディン。血を浴びないようにサイドステップで他のパラディンの横にさっさと移動。

慌ててダガーを展開し振り抜こうとするパラディン。遅い。ダガーを展開する側の腕を内部のレーザー発振機ごと掴み握り潰し、そのまま少し跳躍して頭の上に登る。

右腕の銃で撃とうとしているが、その機体は残念なことにスナイパータイプ(右腕の銃が長砲身になっているタイプのこと。右腕がマシンガンなのがコマンダータイプらしい)、射角の関係で頭の上はお留守なのだ。

手刀で肩口から右腕を斬り飛ばし、次いで機体両サイドのウェポンラックを引きちぎり、両腕を無くした足下のパラディンに叩きつけ即座に離脱。

俺が一瞬で十数メートル離れた場所に降り立つと同時、ウェポンラックに収まっていたミサイルにより二機目のパラディンが爆散した。残り一体。

「な、なんで、なんでだぁ!なんでぇ!?」

錯乱している。あぁ、そういえばそうだったな。装甲に電圧かけてデモニアックの融合を気にせず戦えるというのがパラディンの売りの一つ。なのに俺ときたら平気で殴るは掴むは乗っかるわ。

「その機体、故障してるんじゃないですかぁ?」

嘲るように言う。裏切り者のウォルフ隊長の手によりXATに配備されたパラディンの帯電装甲は破壊されている。なまじ普通の下級デモニアックは近寄ることさえできなかった為に、きちんと機能しているか確かめられなかったのだろう。

最も、俺の身体は電気に対する防御性能が異常に高い。ある程度は受けた電撃をエネルギーに転換して使うことすら可能なのだ。帯電装甲が機能していたとしてもなんら問題は無い。

「くそっ、くそっくそっ!犬死にしてたまるか!」

パラディンをバイク形体に変形させ逃げだした。逃げるの?戦闘のプロじゃないの?選りすぐりのエリートじゃないの?強壮で勇敢な兵士じゃないの?なんなの?

おかしい、XATと言えば自らが融合体になる恐怖と闘いながら、最後まで生き残りを脱出させる為に戦う猛者達。あ、通信が途絶しているから、俺の情報を直接届けに行くのか? じゃあ仕方ないな。時には引く勇気も必要だって聞いたこともあるし。

と、脚元に先ほど切り落としたスナイパータイプの腕が転がっている。爆発の際に吹き飛ばされてきたのか、砲身は拉げて煤けているジャンク同然のありさま。

拾い上げ、取り込む。取り込んだパーツを解析、改造、改正、複製。腕と一体化した生物的なフォルムの砲身。その砲口を逃げるパラディンに向ける。

照準、初弾装填、発射、命中。パラディンと搭乗者の部品をまき散らしながら盛大につんのめるように吹っ飛ぶ。

? 何かおかしい。撃つ直前に電力が砲に引っ張られてる。構造を再確認…………、完了。再検証の為パラディンの残骸に再び砲口を向ける。

次弾装填、発射、命中。次弾装填、発射、命中。次弾装填、発射、命中。次弾装填、発射、命中。次弾装填、発射、命中。

「なるほど」

再検証終了。ついでに真っ二つになったパラディンの残骸にも連射。証拠隠滅。

撃つ度に砲口から眩い光が迸る。後に残ったのはぐずぐずのスクラップとこれまた悲惨な壊れ方をしているパラディンの向こうの建物。

「ふぬ、平均速度は秒速5、6キロメートルってところかな?」

取り込んだパラディンの銃腕は、皆大好きレールガンと化していた。ペイルホースの力(正確にはペイルホースの力を取り込んだ俺の身体を構成するナノマシンの力だが)をもってすればなんの変哲も無い狙撃銃をビームライフルやレールガンにする程度は造作も無いことらしい。

XATのアルがブラスレイター化した際に使うブラッドの形見の狙撃銃は、融合強化によってビームライフルになっているとのこと。どのような理屈で強化後の能力が決まるかは分からないが、わりと無茶な強化でもまかり通ってしまうらしい。

まぁ、これが主力になることも無いだろう。せいぜい変身できないような状況でパラディン程度のサイズの機体で行動しなければならない場面でしか出番は無いはず。羽根ミサイル(光弾のことな)のが全体的に性能が上だし。

ああ、でもこうなるとウェポンラックのミサイルがどう強化されてしまうかが少し不安だ。まさか一足飛びに反応弾とかになる筈は無いと思いたいが、せめてTPOを弁えた威力に収まって欲しい。具体的には追尾性能と威力が単純に上がってサーカスできる程度の強化具合で。

そんなことを考えながら最初に仕留めたパラディンを取り込む。帰ったらこのガーランドもどきを田圃道で乗り回そう。あ、でもこれ構造的に二人乗りが出来ない。姉さんを乗せて走るならガルムで行くしか無いか。

融合同化完了。搭乗者の死体はいらないので取り込まずにぺいっと吐き出す。XATのスーツは実はハイテク満載なので取り込んだため死体は全裸。身元が割れると面倒なのでこれも証拠隠滅。とりあえず顔と手を焼いておけば判別できないだろう。

プラズマ発生装置を生成するのもめんどうなので、試しに魔法でなんとかしてみる。何気に認識阻害だの人避けだの視線避けだの以外の魔法を使うのはこれが初めて。

「火よ灯れ」

ジャッ!という音と共に白い炎の塊が指先から吹き出し、XAT隊員の死体は一瞬にして人型の炭になった。XAT隊員の死体があった場所の下の石畳は真っ赤に赤熱している。――手と顔を焼くなんてレベルじゃない火力だ。こういうのは火が灯るとは言わない。

火を出すだけでこれか、魔法とは意外と調節が難しいものだったんだな。認識阻害とかしか使わなかったから気付かなかった。帰ったら姉さんにその辺の調節方法を教えてもらおう。

さて、パラディンを取り込んだ以上この町にはもう完全に用が無い、美鳥を呼び戻してさっさとこの町から脱出するか。

―――――――――――――――――――

パラディンを取り込み証拠隠滅も終え、認識阻害の魔法をかけた俺は再び建物の屋上を飛び移りながら美鳥のもとに向かう。

するとそこでは、俺の強化したデモニアック三体組VSベアトリスVSジョセフという訳の分からないバトルが繰り広げられていた。

美鳥は少し離れた高い建物の屋上で、旅行鞄を膝の上で抱えてにやにやしながらその戦いを観戦している。何故か手には様々な菓子やケーキが乗った大皿、足元には甘い香りの漂う大量の箱、ジンジャーエールも数本置いてある。

「あ、お兄さんおかえりー。首尾はどう?」

「ペルフェクティオだぜ美鳥。ところでこれはどんな状況?」

「いやー、途中でジョセフが乱入してきてベアトリスに『ザーギンはどこだ!』とかやり始めてねー。デモニアック達も敵が二人に増えたから本気出してこんなありさまさぁ」

いやそれもだが。その状況も確かに無茶だが。周囲の建物も大分崩れてきてるが。

「こんな状況でもジョセフとベアトリアスは共闘しないんだねぇ」

二体の強化デモニアックから具現化したチェーンで縛られているジョセフ、そこにベアトリスが空中から急降下、すれ違いざまに蹴りを放ち、その瞬間隠れていた残り一体がジョセフとベアトリスに纏めて大量の光弾を叩きこむ。

ベアトリスが空中に逃げれば二体の強化デモニアックが翼を羽ばたかせそれを追い、一体は地上でジョセフを相手に格闘戦。ベアトリスは二体分の光弾の雨に、ジョセフは剛腕からの強烈な一撃と素早いフットワークにそれぞれ翻弄され、時折地上から撃ちあがってくるズームパンチと空から降り注ぐ光弾にそれぞれ神経を削られる。

ベアトリスとジョセフは一人で四体を相手取らなければならないのに対してこちらの強化デモニアックは三体一を二通りこなせばいいだけ。強化デモニアックとブラスレイターの間にスペックで大きく差が無い以上こちらの楽勝である。

「スパロボの青軍赤軍黄軍みたいなもんだな。そうじゃなくて、その大量の菓子類はどうしたんだよ」

「当然、火事場どろぼー」

「弁明すらしないのか……」

堂々と言い切られたらどうにも続けようが無い。まぁ、殺人犯が泥棒に説教するのも道理に叶わないとは思うが。

「ここはあのデモニアック達に任せておけばいいかなーって。で、暇潰しにその辺うろついてたら、無人のケーキ屋さんの店内に取り残されたかわいそうなケーキ達があたしに、助けてー、助けてー、と目で訴えてたのだよ」

「目ねえよ」

どんなグロケーキだ。

「比喩だよ比喩。あむっ。らっ出ついれに色んなみへ回っへうっ色してこーへー」

「もの食いながら喋るな」

喋りながら大皿の上のクッキーやチョコを数枚纏めて口に放り込み、町を出る途中での寄り道として火事場泥棒を推奨する美鳥。しかし、爆撃までまだ時間があるな。行ってみるか。

「ほら、荷物半分寄越す」

「ふへへ、お兄さんも悪よのぉ」

「大皿は置いてくこと。邪魔だからな」

「えー、もったいない……」

ケーキが八箱もあれば十分だろうに、まだ欲張るかこいつは……。あきれながらもケーキ四箱を縦に積み細い触手でラッピング。吊るしてゆっくりと高々度を飛んで行けばケーキの形も崩れないだろう。

「嫌なラッピングだなぁ」

変身し翼を具現化した美鳥が微妙な視線をケーキの箱に送っている。触手で可愛らしくリボンが結ばれたケーキの箱は酷くシュールだ。

俺は支配している強化デモニアックに『ここを通るブラスレイターをひたすら足止めし続けて、日が沈んで夜になったら自壊しろ』と命令を送り、未だ戦い続けるベアトリスとジョセフを尻目にその場所を後にした。

―――――――――――――――――――

街を出る際に無人の電気屋に忍び込み、適当に家電を物色しながら見て回り遊ぶ。

「お兄さんお兄さん、ちょっと耳貸してみ?」

美鳥が手招きされ、言われるままに顔を寄せると、ふーっと息を吹きかけられた。

「……なにそれ?」

「マイナスイオン含有送風機能~♪ど~よこの癒し機能!」

「またおまえはどうでもいいものを取り込んだな……」

などというじゃれ合いを挟みつつ、最終的に俺はミンチも作れる洗い易いハンドミキサー、業務用の大型電子レンジ、そして姉さんが通販番組で見て欲しがっていたドイツ製の掃除機の後継機を取り込んだ。

「お兄さん。最後のはお姉さんへのお土産だとしても、最初の二つからは激しく惨劇の予感を感じるんだけど……」

「俺に言えるのは二つだけ。ボンボンのガンダムはどれも名作、そして敵はみな電子レンジの中のダイナマイトだ」

家の電子レンジを新しくしたいという目的もあるし、家電を元にして武器ができるかどうかの実験も兼ねている。そしてSDガンダムフルカラー劇場全11巻好評発売中。

まだ時間が余る。少し移動してこれまた無人のホームセンターにも寄って適当に電動工具を漁り、更に無人の本屋で観光雑誌に料理本などを物色。それでも時間が余ったので無人のレストランで食材を漁って勝手に厨房を借り、遅めの昼ごはんを作成。

料理本を見ながら四苦八苦してそれっぽい独逸料理完成。美鳥と差向いで食べつつ今後の予定を話す。

「で、次の目的地へはどうやって進む?」

「しばらくはバイクで移動だな。途中からはツヴェルフ本部行きのバスが出てる筈だからそれに乗っていく」

本部の中ではIDカードが必要だが、これは適当にその辺の神父さんシスターさんから借りて複製、指紋と網膜認証は警備ロボに触手突き刺して融合、認証は完了したと信号を送ってクリア。ブラスレイターの能力を使っても変身しなければ基本警報はならない不思議警備体制なので侵入は簡単だ。

「秘密組織行きのバスが出てるってのも間抜けな話だよねぇ」

中途半端な出来栄えの料理をつまみながら苦笑する美鳥。

「表の顔があるのは大変ってことだね」

ベツレヘム実験都市。端的に言ってクリスチャンの人らが修行する為に解放されている瞑想場?のような場所。外部に依存しない自給自足のコミュニティーとして半世紀以上の実績を誇っているとかどうとか。

ちなみにここ、基地内部に潜り込むまで身分証を提示する必要すらない。侵入は簡単。堂々と正面玄関から入り、目当ての物をコピー、これまた堂々と帰っていけるのである。

「神父服とかが必要になるわけだねお兄さん!かっこいい改造神父服を用意するぞー!」

「美鳥のシスター服はスカート切り放しで露骨なミニスカになるよう小細工してあげよう」

無論本気だ。似非キリシタンに化ける以上本物の神父やシスターの格好などしていられない。他の敬虔なクリスチャンの方々に咎められても軽い認識阻害かけて『親の形見なんです』とか言えば納得してくれるだろう。

適当な教会の神父さんにお願いしてシスター服と神父服を借り、いったんこっそり取り込んでしまえば複製は作り放題な訳だし。これ以降使う機会があるか無いかはともかく。

しかし今はそれよりも優先しなければならないことがある。

「で、これはどうする?」

言いながら山積みのケーキの箱を指差す。保冷材も入れているのでまだ大丈夫だが帰還まであと一週間はある。それまでには余裕で腐るだろう。

「お兄さんが取り込んでくれれば何の問題も無いよ!」

「ちょ、おま……」

その発想は無かった。材料を取り込むことは既に試してみたし問題なく複製できたが、調理済みの料理を取り込むのはやったことが無い。

「大丈夫大丈夫、箱ごと取り込めば見ため気にならないって」

確かに懐からむき出しのケーキを取り出すのと箱に入ったケーキを取り出すの、どっちも基本アウトだがどっちがマシかと言われれば後者――かな?

どちらにしても人前でできるわけじゃないし、気にするだけ無駄なのかもしれないが。

「棒付きキャンディーとかなら分かるけど、ケーキ丸ごとワンホールは難易度高いなぁ」

「仰向けになってお腹出して、そこにケーキを箱ごと乗せれば簡単だよー」

そういう話じゃ無くて、なぁ?

―――――――――――――――――――

俺はやればできる男、無事ケーキの取り込みに成功。ジンジャーエールもボトルごといけた。しかし美鳥が適当にギッてきたケーキは半分以上種類がダブっていたので、ケーキ丸々五つ程を処理することに。

無人のレストランで向かい合い、山積みになったケーキを黙々と食べる俺たち。美味いっちゃあ美味いが、これだけ量があると流石に飽きる。

「ねぇ、お兄さん」

味を変える為に思い切って醤油でもかけてみようかと考えていると、ケーキ二ホール目をそろそろ食べ終えそうな美鳥がこちらに声をかけてきた。

「うん?」

外道食いは最後の手段だと心の中で結論付け、再びケーキの山を切り崩しながら答える。異世界とはいえドイツくんだりまで来てやることがチョコケーキの一気食いとは……。

「その袖、どうしたの?」

と、フォークで俺の右腕を指し示す。肘先辺りから服の袖が無くなり、右腕だけ半袖になってしまっている。

「ああ、パラディンをチョップでぶった切った時に千切れたんだな」

ブラスレイターもどきに変身しておけばそうそう服が壊れることも無いのだが、その辺はまるで考えて無かった。手加減云々の問題以前にその辺を考慮すべきだったか、失敗失敗。

「へぇ……。じゃ、パラディンは全部撃破したんだ。パイロット諸共」

「そだな。てか、搭乗者だけ残すとか難しいだろ」

俺の二ホール目はシンプルなチョコレートケーキ。正式な名称は知らないがドイツ語だからかっこいいんだろうなぁ。

俺の答えに美鳥が真顔になり、こちらに問いかけてくる。

「……お兄さんが撃破した、いや違う、お兄さんが殺したパラディンのパイロットにも家族が居て人生があって、未来の可能性があったと思うんだ。作品世界の中の話とは言ってもね」

「うんうん」

聞きながらもナイフを走らせケーキを切り分ける。一回、二等分。二回、四等分。三回四回、八等分。斬り分ける。

「……なんとも思わないの?」

一切れにフォークを突き刺し、口に入れ、咀嚼。やはり甘い。茶が欲しい。コーヒーは砂糖入れても飲めない派なのだ俺は。ミルクを入れたらそれはあくまでもコーヒー牛乳として扱います。

「何を?」

「何を? と聞いちゃいますかそこで」

表情が崩れ、猫っぽいにやけ顔になる美鳥。

「今のセリフ、お姉さんが聞いたら感激するよ。『さすが卓也ちゃん♪』とか言って、さ」

「? なんで?」

聞きながら飲み物――ペットボトルのジンジャーエールを複製。いける、これでケーキを一気に流し込む!

「お兄さんが紛れも無く、お姉さんの弟だって話。上着貸してみ、直しておくから。それと――」

「なん?」

上着を脱ぎ手渡すと、美鳥は上着を体内に取り込みながら厨房に向かって歩いて行く。

「お茶淹れてあげるからジンジャーエールはやめとこーぜ? 甘いもの食べながら甘い飲み物なんて奈落だよ?」

キシシと笑いながらそんな事をのたまった。――これしか飲み物を持ってこなかったのはお前だろうが。そう思いつつも、厨房から茶葉を探すという発想がぽっかりと抜け落ちていた俺は言い返すことができないのであった。

―――――――――――――――――――

そして街を脱出しまだ被害の及んでいない少し遠い町にたどり着きホテルで一泊。翌日、小さな教会を訪ねた俺たちは、人の良さそうな神父さんを拝み倒し、どうにかこうにか神父服とシスター服を借りることに成功。

借りるついでにベツレヘム実験都市へ行くバスにはどうやって乗ればいいのか尋ねると、ちょうど近場の教会の人たちと一緒に行くので急遽相乗りさせてもらえることになった。

しかも神父さんとシスターさんのIDカードまで貸してくれた。まさに望外の好運、これも普段の行いがいいからに違いない。天は自らを助くる者を助く、だっけ? あんな感じで。

「拳大の金塊をほいと投げ渡してのお願いは拝み倒したとは言わねー。札束で頬ひっぱたくより効くっしょあんなん」

後々の資金調達の為、実験的にパソコンの基盤に使われている金だけをひたすら大量に複製し溶かし固めて作った金塊。純度の高さは折り紙つきである。

軽く投げ渡したら予想外の重さに神父さんの手首が脱臼しかけたがそれも笑顔で許してくれた。物欲に弱い修行不足な神父様で助かった……。

「右の頬を打たれたら左の頬も差し出せとはよく言ったものだよな。つまり基本相手の提示額の倍額要求しろってことだろ?」

「お兄さん、それ以上いけない」

見事なミニスカシスターと化した美鳥が真剣に止めてくるのでこの話題は終了。俺は窓の外を眺めた。巨大な湖の中心の浮き島、そこに巨大な城のような建築物が見える。

ベツレヘム実験都市、ツヴェルフの根城である。窓の外から視線をバス内に戻せば通路を挟んで隣の席にヘルマンが座っている。前回食堂で見た時と違うのは外見では片目を潰し顔の一部まで痕の残る火傷に――

「感染してるな」

「だね」

体内からペイルホースの反応。ヘルマン・ブラスレイターの誕生はもうすぐ。しかし立ち会いもしなければ介入もしない。だってアポカリプスナイツの機体をコピーするのに忙しいだろうし。興味も無いし。

そうこう話しをしている内にバスが目的地に到着したらしい。他の神父やらシスターやらに紛れてバスを降りる。と、降りて伸びをして身体を解していると背後から誰かがぶつかる。ヘルマンだ。ふらついて倒れそうになったらしい。

「大丈夫ですか?乗り物酔いしたならエチケット袋がありますけど」

とりあえず礼儀として聞いておく。多分年上だったと思うので一応敬語風に。しかしやはり自動翻訳なのでいまいちその辺のニュアンスが伝わっているかは不明だ。ドイツ語に敬語の概念があるかは知らないし。

「――っ、く――」

聞こえていない。――こいつこんなんで本当にアマンダのところにたどり着けるんだろうか? 仕方ない、少し手を貸してやろう。

指先に極小の注射針を作り出し、中にペイルホースを改造して作った、ペイルホースのプログラムに更新パッチを当てるナノマシンを生成、素早く首筋に打ち込む。

「っつ!」

「大丈夫ですか? 袋いりますか? ゲロリますか?」

針がチクリと刺さった瞬間少し声を上げるヘルマンに素知らぬ顔で声をかける。

「あ、あぁ、大丈夫だ。ありがとう」

先ほどよりは大分まともな答えを返し立ち去っていった。プログラムのアップデートは無事終了したようだ。今日からヘルマンの中のペイルホースはペイルホースバージョン1,1といった感じのものに。

まぁ、幻覚を見ないで済むとか凶暴化の度合いが少なくなるとか回復が多少早くなるとかその程度のものだが、無いよりはマシだ。元から血の気が多い方だから多少凶暴化の割合が減っても弱体化には繫がるまい。

立ち去るヘルマンから目を外すと、美鳥が変なものを見る顔でこっちを見上げている。

「お兄さんってさー、器用だよねー」

「あの程度なら美鳥にも余裕でできるだろ」

質量保存の法則を大幅に無視できない、ダメージの回復が俺より大幅に遅いなどといったことを除けば美鳥のボディはほぼ俺と同性能。服や食べ物の取り込みと複製などはこいつの方が上手ですらある。

「そうじゃなくて。救う気も無い相手にそんな手助けよくできるよなってさ」

よくわからん、よくわからんがこれだけは言える。

「俺はな美鳥、野良猫に餌をやる時いちいち『餌を貰うのに慣れ過ぎて自分で狩りができなくなったらどうしよう』だとか考えないタイプなんだよ」

気まぐれの行動にまでいちいちそんな細かいことを考えるほど、俺は繊細じゃない。

―――――――――――――――――――

「で、お兄さんが強化したデモニアックの試験の為に――」

「あら、貴方の兄はそんな真似までできるの?あそこまでの力を持ちながら、まだ出し惜しみを――」

「後から覚えたんですよ。あの時は正真正銘の本気、ではないにしても能力はほとんど全部――」

ここはツヴェルフ基地内部の空き倉庫の一つ。美鳥、警備ロボのモニタに映るエレアさん、俺の順に会話が進む。これまでの事をそれぞれ話合って談笑している。

ヘルマンの暴走に巻き込まれないためにしばらく外の一般向け施設を冷やかして時間を置いてからツヴェルフの基地に潜り込んだ。まぁ潜り込んだと言うには語弊があるか、堂々と入口から入ったのだから。

警備ロボに手を当てて指紋を認証する際に手を触れたモニターから融合し乗っ取り、アポカリプスナイツの機体がある場所を知れたはいいものの、タイミング悪くしばらく前に空軍基地に出撃して出払っているらしく、戻るまで待たなければならなくなってしまった。

確か夕方には戻るかなと記憶していたため、基地のコンピュータをハッキングして適当に時間を潰すことにしたのだが、ハッキング中にエレアさんに見つかってしまった。

しかし何故か武装した警備部隊的な連中が現れる様子も無く、エレアさんも俺が侵入している事に問題を感じていないご様子。美鳥の自己紹介もつつがなく終了して今はこんな感じである。

「ていうかですねエレアさん」

「あら、なにかしら?」

「ジョセフさんの方はいいんですか?」

このタイミングでアポカリプスナイツが出撃したとなればウォルフ隊長による航空基地占拠。となると姉に首輪をつけられて興奮しすぎでバーサーカー状態になっているジョセフも出撃している。ガルム改でサポートする必要は無いのだろうか。

姉に首輪をつけられて暴走、なんだろう、どことなくジョセフに親近感を感じたような。しかも姉の元恋人のことを思い出して怒りのあまり心拍数3000オーバーというそのシスコンぶり。君の姿は俺に似ている。

俺も姉に恋人なんていたら怒りのあまり縮退起こしてしてブラックホールになりかねない。寝盗られとかマジで勘弁。まぁ姉さんは恋人を作ったことが無いらしいからその辺りは安心だな。

しかし俺ジョセフと違って性癖はシスコンだけだから弩Mじゃないんだよなぁ。首輪をつけるのは流石に無い。でも逆に犬耳付けて裸Yシャツに首輪で『くぅ~ん』とかやってる姉さんを想像したら――やめておこう。ジョセフだけじゃ無く俺まで暴走してしまう。ああ、早く帰って姉さんとちゅっちゅしたい。くんずほぐれつ弄りあいたい。

そうだ、そういえば俺今回のトリップで結構強くなれたよな。今ならあのネギ幼少時の村襲撃に出てきた悪魔とか全部余裕で潰して捏ねて燃やして、焼き過ぎて焦げたハンバーグみたいにできる自信がある。

これもしかして褒めて貰えるんじゃあるまいか。『よくやったわ卓也ちゃん!』とか言って思いっきり抱きしめてもらえたりあわよくば出がけのキスの続きがもらえたりなんかしてもうああなんだか堪らなくなってまいりましたよ!

ああ、こう考えると姉さんのトリップに巻き込まれる前の俺のなんと常識的なことか! しかし俺は常識に縛られ過ぎていたようだ。こんな身体になってまで人間の常識に自分の思考をあてはめる必要は無い!

「ジョセフだって子守が必要な子供じゃあないわよ。というか、今は手伝うだけ無駄みたいだし――、……ねえ、聞いているのタクヤ?」

「あー、ごめ。お兄さん今ちょっとトリップしてるから認識できてないと思う。おーいお兄さーん、頭だいじょぶかー?」

あ、なんか凄い失礼なこと言われてる。異世界トリップ中にトリップなんてするもんじゃない。ていうかトリップとトリップでややこしいな、後者は解脱とか呼ぶと分かりやすいかもしれない。

「まだわからないのか、俺は常識を凌駕した!」

叫んだ瞬間、頭を光弾で撃ち抜かれた。いつの間にか美鳥が翼だけを具現化してこちらに向けている。

「落ち着け。お兄さん今の話聞いてた? ちょっと重要な話だったぜ?」

「大丈夫落ち着いた。つまりジョセフが無双して、でも止まる気配すら無いんだろ? そろそろアポカリプスナイツには撤退命令が出る頃合いかな?」

穴が開いた頭を修復しながら返答。帰還まで残り二日を切ったからか姉さんへの思いが溢れ出してきてとんだ醜態を晒してしまった。自重しなければなるまい。

「はぁ……。貴方って、つくづく奇妙で興味が尽きないわ。他の人間とはまた別の意味で」

呆れたような口調で言うエレアさん。

「貴女もですよ、エレアさん」

「だな」

主にデザイン的な意味で。聞こうとは思わないが興味津津である。俺の意見に美鳥も頷く。――は!まさか日本製なのはガルムではなくエレアさんのデザイン!?ジャパニメーションによる文化的な侵略というやつか、恐ろしいな我が祖国。

「……何故かしら、不思議と馬鹿にされているような気がするのだけど」

恨むならキャラデザを恨めばいいんじゃないかなと思う。エロメインの人ゆえ致し方なし。

―――――――――――――――――――

あの後アポカリプスナイツの帰還を知らせると同時、エレアさんは警備ロボの支配を切り、他の用事を済ませに行ってしまった。エレアさんジョセフのサポートとバイクの操作以外にやることあんの? とか聞いてはいけない、作中に描かれなくともそういうものは確かに存在するのだ。たぶん。

そんな訳で俺と美鳥は改めてアポカリプスナイツの機体が整備されている区域に移動を開始した。歩くこと数分、厳しい警備とかチェックはやはり存在せず到着してしまった。

「本気でこの組織どうかしてる……」

「気にしない気にしない、お兄さんにはむしろ好都合でしょ?」

そんな会話をしつつ整備されている途中のアポカリプスナイツの機体を見上げる。

アポカリプスナイツとは、ツヴェルフの誇る超科学を用いて建造された、『スケールライダー』『ボウライダー』『ソードライダー』の三機のことである。と説明があるが、チーム名なのか機体の種別なのかはいまいち分からない。

しかしなかなかにデカい。砲撃形体のボウライダーを見上げる。俺、生まれて初めて実用に耐えうる本物の巨大ロボ見てるんだな……、感激だ!写メ撮らなきゃ!

座って荷電粒子砲を構えた状態でさえ前高6メートルはある。立てば10メートル前後か、リアル系の機体だと考えたらなかなかデカい部類になるな。

砲撃戦特化の人型可変機体であるボウライダー。今持っている荷電粒子砲は真ん中から二つに割って短くすると速射砲に化ける嬉しい機体。荷電粒子砲を撃つ際には座り込むような砲撃形体に変形しなければならないが、スケールライダーに搭載されている時は空中戦の最中にガンガン撃っている。

これは恐らく可変翼戦闘機であるスケールライダーに搭載されている反重力システムが関係していると思うのだが事実は不明である。反重力システムっていうより重力制御装置のようなものだとは思うのが、まあ空を飛ぶのと砲撃の反動を消すのに使えるのならどちらでも構わないだろう。

「お兄さんお兄さん!」

美鳥が目をキラキラと輝かせながら俺に手招きしている。

「ほらゾイド!ゾイドがいるよゾイド!」

と言いながらアポカリプスナイツの一体である四足獣型兵器であるソードライダーを指差して腕をぶんぶん振っている。

四足獣型兵器のソードライダー。格闘戦特化の――まぁゾイドみたいなものだ。尻尾の先にアンカーをつけたり前足にブレードが付いていたりといかにもゾイド臭い。ボウライダーの荷電粒子砲といいこれといい、スタッフは絶対に狙ってやっている。

そしてアポカリプスナイツ最後の機体、可変翼戦闘機のスケールライダー。反重力システム搭載、武装はなかなか弾切れしないミサイルとバルカン。しかもレーザーっぽい武装まで持っていて、挙句の果てにボウライダーを搭載中は使えないが、降着装置でもある近接戦闘用クローアームで格闘線までやってしまえる超戦闘機だ。

こちらも脚とか羽根とかがゾイドっぽいと言えなくも無い。ついでに言えばこの機体、ソードライダーとボウライダーを上下に搭載する輸送機モードと、単体でサーカスする戦闘機モードを使いこなすことで幅広い運用が可能になるとか。万能である。

壮観だ。これが異世界の技術、たまらない。整備が終わるのが待ち遠しい。といっても今回の出撃ではそれほど派手な損傷はできなかったようだし、二時間と待たずに整備は完了するだろう。

―――――――――――――――――――

念のため認識阻害の魔法をかけ直し、整備が完了したアポカリプスナイツの機体に近寄り手に平でぺたりと触る。俺が今触れているのは砲撃戦特化のボウライダー、美鳥は可変翼戦闘機のスケールライダーの方に行っている。

掌と機体が触れた辺りからグジュリと融合を開始する。しばし待ち……、融合完了。これで自由自在にこのボウライダーを操ることができる。

ここまでがペイルホース式の、普通のデモニアックやブラスレイターが行う融合。俺は更に融合し掌握したこの機体の情報を事細かに身体の中に取り込んでいく。

ここは仮にもツヴェルフの総本山、ただの融合や武器、翼などの具現化では気付かれなかったが、いきなり格納庫から10メートル級の機体が消えたら瞬く間に警報が鳴り響くだろう。

最初から俺が出来る融合捕食は融合する対象を完全に肉体に取り込まなければならない、しかしペイルホースの方の融合は対象に自分の身体の一部を浸食させてコントロールを奪う、あるいはそのまま作り替えるといったものだ。

このペイルホース式の融合方式を上手く使うことにより、体内に対象を丸ごと飲み込むことなく、対象の内部構造に自らを浸食させて相手のすべてを取り込むことができるようになった。

なんだか分かりにくいな、つまり最初から俺が出来たのはカービィ方式の融合、今はアプトム方式の融合ができると考えれば分かりやすい。といっても相手はロボット、DNAを採取できればいいという訳では当然なく、隅々まで融合するには少し手間がかかる。

……そういえば、今時間は航空基地で漫画版からゲスト出演のスノウが暴走ジョセフを止めようと奮闘したり、どこぞの教会でアマンダとヘルマンがウォルフ隊長と死闘を演じたりしているんだなぁ。

ご苦労な話だ。まぁ、そんなやつらが細々した事件を勝手に解決してくれているからこそ、こんなゆっくりと融合できるのだが。

――終わった。ボウライダーの隅済みにまで浸食、融合し、完全にこの機体と融合した感触を得る。なんだかんだでそれほど時間はかからなかった。何も気にせずゆっくりと融合に専念できたからか? まぁもともと装甲車と融合するのにも一瞬とかからないのだ、十メートル級の機体でも一分とかからないのは当然なのかもしれない。

「お兄さん、そっちは?」

と、スケールライダーの融合が完了したのか美鳥がこちらに近づいてきた。心なしか顔が紅い。機能不全だろうか。スケールライダーを取り込んでナノマシンの組成が書き変わったせいかもしれない。

そういえばジョセフからペイルホースのログを盗んだ時も眠っていたな。俺がペイルホースを初めて取り込んだ時も眠くなったし、それと似たようなモノか。

「今終わったところ。ソードライダーの融合が終わるまで少し休んでな」

「あ……、うん、ありがと」

言いつつその場に座り込む美鳥を尻目に、俺はソードライダーの融合を開始した。

―――――――――――――――――――

ソードライダーとの融合を終え、アポカリプスナイツの機体全てを複製できるようになりいざ脱出という時になっても、美鳥は顔を紅く染めたままだった。

「大丈夫か?背負うか?」

「だ、だいじょぶだいじょぶ。それより、これからの予定は?最終回は明後日だよね?」

丸一日以上時間があるのだ。最終日にペイルホース感染者を問答無用で消滅させるアンチナノマシン『イシス』を奪取するにしても、明日は本気でやることが無い。いや――

「うまくいけば明日で全部手に入るな」

名案かもしれない。最終日のジョセフVSザーギンを観戦していれば勝手に手に入るとはいえ、わざわざ最終決戦場まで出向くのは面倒臭い。この案ならまだ手近なところで終わらせることが出来る。

明日の予定が決まった。早速美鳥にも伝えようと思い振り返ってみると、座り込んでいた美鳥がぐったりと地に伏せ倒れている。

「おいおいおい、本当にどうしたんだよ。俺もお前もウイルスにやられるような作りじゃないだろ?」

倒れている美鳥を抱き起こし揺さぶる。……反応が無い。意識が無いのかそれとも反応を返すだけの余力が無いのか。どちらにしてもここで回復を待つというのは危険か。

美鳥を背中に背負い外に向かい歩き出す。意識が無いせいか普段よりも重いような気がする。いや、気のせいじゃない。元の重量は見ための通りの軽さだが、今は金属の塊でも背負っているかのような重みだ。

――本気で異常事態だ。本人の意思にかかわらず人間の擬態が解けかけている。こんな時の為のサポートAIだろうに、本人が異常をきたしてたら全く意味がなかろうが。

ずり落ちそうになる美鳥を何度も背負い直しながら、ツヴェルフの基地から脱出した。

―――――――――――――――――――

「う……ん。おにー、さん……?」

ツヴェルフの本拠地が存在するベツレヘム実験都市から遠く離れた町の安ホテルに宿を取り、一泊。翌朝になってようやく美鳥は目を覚ました。

「起きたか。今度はいったいどんな不具合だ?」

ベッドの枕もとに座る俺の問いかけに、パジャマ姿でふらふらと身体を揺らしながら身体を起こし、まだ顔の紅い美鳥が口を開く。

「んー……、お兄さんの身体と違ってこっちは色々と制限があるから。この身体の記録容量を使い切ったんじゃない、かな? 取り込んだデータをお兄さんに移譲すれば元に戻るよ」

「なるほど――、ってちょっと待った。お前そんなに大量に融合同化してないよな?」

スケールライダーを除けばせいぜいが電気屋で送風機を取り込んだ程度、それだけで容量が一杯一杯になってしまうなら、これから他のトリップで手に入れたい超兵器とかは全部自分で融合しなければならないのか?正直な話、俺では接近し辛いモノとかはこいつに任せようと思っていたんだが……。

などと考え込んでいると、俺の表情から何を考えているのか察したのか苦笑しながら説明を付け加えた。

「だいじょぶだいじょぶ、問題無い無い。お兄さんがバージョンアップし続ければこっちの記録容量も増えるし、複雑な作りの物でもサイズ自体が小さければそれほど容量は食わないから。じゃあ、データ渡すぜー」

そう言うと、美鳥は俺の肩を引っ張り、唇を押しつけてきた。カチッという固い音をたてて前歯がぶつかり合う。あ、やっぱりこれなんだ。

「んぅ?」

どう?という視線を至近距離から送りながら唇は離さない美鳥。首に両腕を廻しがっちりと固定してきた。抵抗しない俺の唇をこじ開け、口内に侵入してくる美鳥の舌。

舌で縦横無尽に歯を、歯茎をなぞられる感覚に背筋がゾワリと震える。美鳥はいつの間にかベッドの上に膝立ちになり、座ったままの俺を押し倒すように覆いかぶさっている。

「ん――む、ふ――」

鼻息が色っぽい。そもそも呼吸自体が擬態だから息をする必要すら無いのだが。――誘っているのか?というか、この方法でなければデータは移譲できないのか?

美鳥の舌が俺の上下の歯の門を押しあけて侵入してくる。上顎も下顎も念入りに舌で突き這わせ舐めずり、口内で触れていない個所を無くさんとするかのように蹂躙する。

思うさま口内を舐め回し小突きまわした後は、こちらの舌をからめ取り、舌と舌を擦り合わせながら唾液を送り込んできた。飲み込むと同時、スケールライダーの機体情報が流れ込んでくる。これでデータの移譲は完了したんだが、どうにも美鳥の様子がおかしい。

「ふ、はぷっ……ん、じゅ……ちゅる……」

放してくれない。なんというか、瞳のハイライトが消えているというか眼が虚ろというか、正気の顔じゃない。

首が折れるんじゃないかというほどがっちりと首に抱きつき、身体を押しつけるように胸を擦りつけてくる。体温が高く、汗で服がじっとりと湿っている為かパジャマが身体に張り付き、細い身体のラインがくっきりと見える。

「んぅ、ふっ、ふっ……」

完全に俺を押し倒し、太ももに跨り息も荒く股間を擦りつけている美鳥。そのこめかみにそっと手を触れて、放電。

「ぎゃんっ!」

バヂィッ! という音と共に俺の上から吹っ飛び床に転がる美鳥。手間をかけさせる、本当ならこれ立場が逆なんじゃ無いか?俺が与えられた情報の量に耐えきれずに暴走して押し倒す感じのエロシーンでCG回収的な意味で。

「正気に戻ったか? それで、今回の言い訳は?」

俺の問いに、プスプスと頭から煙を上げている美鳥が苦しげに弁明する。

「き、記録領域にいきなりおっきな空白ができたせいで、その直前のキスのことで頭がいっぱいになって、つい……。ていうかお兄さん……」

「何?」

「あれだけやられて押し倒し返さないって、不能?」

床に転がる美鳥に指を向け、放電。再び尻尾を踏まれた犬のような悲鳴が上がる。

「姉さんともまだしたことが無いからな、操を立ててるって訳じゃないが」

「だからってあの止め方は無いんじゃないかなぁ~なんて思うんだけど」

そこら辺は仕方がない。こいつは見ため姉さんに似ているから、あれ以上放っておくと本気で流されてしまったかもしれない。

ああいや、だからといった姉さんとした後ならこいつとヤッってもいいのかと言われるとそれもまた複雑な感情があって、当然節操というものもあってしかるべきではあるし、それ以前にこいつは言ってみれば俺と姉さんの子のようなものでもあり、いやいや、そもそも俺の一部とも言えるような存在で、あれ?じゃあこいつとヤッても半ば自慰行為みたいなもんだからオッケーなのか?

いかん、この件は考えれば考えるだけ泥沼になりそうだ。結論は保留保留。気を取り直して今後の予定だ。まずは美鳥の状態を確認せねば。

「とにかく、もう問題は無いんだな?」

「さっきの電撃のダメージが抜ければね。それと、昨日なんか言ってたよね?明日――もう今日だね、で全部手に入るって」

「ああ、それはもういいんだ。どっちにしても最終日を待った方が効率いいし。ダメージ抜けるまでゆっくりしとけ」

結局、美鳥が回復するのに夕方まで時間がかかった。電撃は生身の人間には使えないな……。

―――――――――――――――――――

翌朝、俺と美鳥はペトラというシスターが運営する孤児院を、認識阻害をかけて上空から見下ろしていた。下では今まさに灰髪の巻き毛の少年――マレク・ウェルナーがごっついバイクに乗ってザーギンとの戦いに向かった所だ。

しばらくそのまま観察していると、孤児院から赤いXATスーツに身を包んだピンクブロンドのグラマラスな女性――アマンダが飛び出してくる。手には紙切れ――マレク少年の置き手紙。

そう、このタイミングだ。ジョセフは起きておらず、ここには武装は拳銃だけのアマンダただ一人。ジョセフの姉――サーシャから託されたアンチナノマシン『イシス』の設計データが収まった記録媒体を奪取する絶好の機会。

しかし、ここで問題になるのが奪取の仕方だ。イシスがあればペイルホースの再開発も難しくは無い、そのため信頼できる人物に託す。という流れでアマンダの手に渡っている以上、貸してくださいと言って素直に渡してくれるわけも無く。

かといってスタンガン的に電気ショックで気絶させるとそのまま記録媒体まで電気が回ってイシスのデータがお釈迦になってしまう可能性が高い。そして都合のいい眠らせるだけの薬品も思いつかない。

つまりこれから行われる一連の行為は消去法で導き出されたベストではないがベターな選択であり、決してやましい感情がある訳では無いのである。そんな自分への言い訳を思い浮かべつつ作業開始。上空から一気にアマンダの前へ急降下。

「なっ、融合体!?」

「いえ、通りすがりの農家です」

「あたしは生後数カ月の赤ん坊さぁ!」

答えつつ気付く。今から数時間後には元の世界に帰る予定なのに、本編メインキャラの一人であるこの人とは一言も会話を交わしたことが無い。というか、まともに会話した登場人物がジョセフとエレアさんだけという驚異!もうこのタイミングなら名前が広まっても問題ないし、ここはひとつ自己紹介も同時進行で行こう。

「初めまして」

太く強靭な触手を射出、武器を取り出さないように両手首を縛りあげる。

「俺はジョセフ君の知り合いで」

更に触手を射出、逃げださないように両足首を縛りあげる。

「鳴無 卓也という者です」

更に触手を追加、暴れないように胴体を縛りあげる。

「この度、一身上の都合により」

駄目押しの触手、騒がないように猿轡にする。

「アンチナノマシン『イシス』の設計データを貰い受けに参りました」

ジャスト六秒で自己紹介も終えてしまった。ちなみに拘束自体は自己紹介の真ん中あたりで完了している。見事な触手捌きだ、これなら今すぐにでもエロい悪の秘密結社で働けるだろう。

「ンッ、ンー!」

「うっへっへ、ボディチェックの時間の始まりだぜー?」

全身を拘束されながらももがくアマンダさんに、手をわきわきさせながらブラスレイター形体の美鳥が近づく。化け物然とした姿の少女が卑猥でコミカルな動きで拘束されたグラマラスな女性ににじり寄る姿はかなりシュールで緊迫感が感じられない。

「うおっ!こ、これはぁー!」

アマンダの服の中をまさぐり始めた美鳥が突如として奇声をあげる。

「す、すっげぇ筋肉、カッチカッチじゃんか……!」

「――いいから早く探せ」

そりゃ軍だの警察だのから集まったエリート部隊に所属していたんだから筋肉が無い方がおかしい。というか、いちいち実況すんな。

「こりゃヘルマンに膝枕する時も硬くて寝辛いんじゃないかなぁ~」

「――っ!」

羞恥に顔を赤く染めるアマンダ。流石に遊び過ぎなので注意しようとした、その時。

「てめぇら、アマンダになにしてやがるっ!」

石突に鎌の付いた戦斧を構えた赤いブラスレイター、タイプ35『マルコシアス』ヘルマン・ザルツァがこちらに突進して来た。斧の狙いはアマンダを縛りあげる触手、美鳥はアマンダと密着しすぎている為か狙えないらしい。

しかし俺の触手をそこらの一山幾らの木端触手と一緒と考えちゃあいけない。振り下ろされた斧は触手の装甲を削ることすらできずに弾かれ、触手の途中から分岐して新たに生えてきた触手の鞭のような一撃により、ヘルマンは数メートル吹き飛ばされて壁に激突した。

はて、原作の展開を考えればヘルマンは昨夜の内にベアトリスとの死闘の末にお亡くなりになっている筈なのだが、これはいったいどういうことか。

「お兄さん……、後先考えずに行動するからだよ」

と、考えている内に美鳥がアマンダから離れてこちらに寄って来た。手にはこの世界特有のメモリーカードのような記録媒体。どうやら遊びつつも目当ての品は確保していたようで、俺に手渡しつつ説明を続ける。

「あれだよきっと。お兄さんが酔い止め代わりに投与したペイルホースのアップデートプログラム」

記録媒体を取り込みデータをコピー、複製を作り出しながら思い出す。ああー、そういえばそんなこともあったな。忘れてた忘れてた。

アマンダを触手から解放、記録媒体の複製を投げ渡し、再び高速で空に舞い上がる。666はマレクが乗っていったので無い、そして飛行能力を持たないヘルマン・ブラスレイター単体では空を行く俺達を追ってこれない。普通の人間であるアマンダも同上。

「この、待ちやがれぇ!」

光る鎖に繋がれた斧がこちらに飛んでくる。おお、これがヘルマンの具現化する武器か。どういうイメージをすればこんな奇天烈な武器が出てくるのか。荒くれ者は一味違うな。こんなラフファイトが出来るならレーサーとしても十分やっていけたんじゃあるまいか。

「お断りします」

迫る鎖付き斧を平手でぺしっと叩き落とし、軽い口調でしかしきっぱりと断言。それに続いて美鳥もポーズを決めつつ、

「お断りします」

腕を斜め下に伸ばし手は平手で掌を下に向け、顔を相手に向けたまま歩くような動きを見せつつの意思表示。伝統と信頼のお断りしますのポーズ。これ以上無いほどの否定の意思が伝わっただろう。

これでここにはもう用事が無くなった。ジョセフが起きてきたら面倒な事になるし、さっさとずらかることにしよう。

「さぁ、行くぞ美鳥」

「うん、あ、ちょ、速……」

一瞬美鳥が出遅れるが無視。垂直に飛びそのまま超高々度に退散、超音速で駆け巡る。スタートの瞬間からトップスピード、バリアの外側でやたら衝撃波が発生しているが気にもならない。

何もかも置いてきぼりにする程の急展開だが、これで地上で手に入るものは全て手に入ったのだから後は知ったことじゃあないな。

―――――――――――――――――――

音すら置き去りにした世界を航(か)け抜ける。衝撃波避けのバリアはとっくの昔に空気との摩擦で赤熱し、世界を紅く、燃えるような彩りに見せつける。

赤い、紅い、朱い。地の果ては不思議な光景で、紅く輝く地球の表面から暗黒の空への境界は淡く例え様の無い美しさ。漆黒の宙には星が煌めいて見える。

地球の色は、妖しく光る淡い橙で、光の無いひたすらに広い空間へと続く境目は、とても艶やかな曲線に見えた。

地球は真紅のナイトドレスに身を包んだ情婦のようだ。そんな言葉が頭に浮かぶ。

気の向くままに飛び続け、気付けば独逸を遥か遠くに見下ろすような場所にたどり着いていた。宇宙と地球の境界、そこで速度を落とし、ゆるやかに静止する。

「くふ、ふふ、ふふふふっ」

自然と笑い声が漏れる。楽しい。嬉しい。喜ばしい。力をつけることが、身体の作りを更新することが、他者を贄に高みに登る行為が。俺を姉さんの居るステージへと押し上げてくれる全てが!

「御機嫌だね」

少し出遅れた美鳥がようやく合流。これで心おきなくこの世界からおさらばできる。

「ああ、見ての通り、凄い機嫌が良いんだ。今なら世界平和だって願えるな!」

「じゃあ、人助けでもやってみたらどうよ?」

言いつつ下を指し示す。こんな高さからでも地上の光景がはっきりと見える山岳地帯を駆けながら戦闘機と戦う満身創痍のソードライダー、ミサイル迎撃の為なら荷電粒子砲の連続使用も厭わないだろうボウライダー。

デモニアックの汚染率が高くなった独逸を焼き払う為に国連軍が新型爆弾を大量に打ち込もうとしている。原作のストーリーだとそんな感じだったか。

なるほど、まぁこの程度の手間で土産話が増えるならそれもいいかな。翼を、触手を、両腕を大きく広げ、複製開始。

あらゆる物理法則を無視し、翼の、触手の、両手の先から、強化デモニアックが、アポカリプスナイツの機体が次々と溢れ出す。数えるのが馬鹿らしくなる程の死者の群れ、魂の無い機械の群れが、群雲の如く俺の身体から湧き出でる。

生み出されたモノたちはその身の限界を超える速度で地上に急降下、ミサイルが光弾がレーザーが速射砲が荷電粒子砲が豪雨のように放たれ、独逸に発射されたミサイルや戦闘機や爆撃機に降り注ぐ。

「…………お兄さん」

声が届かないので互いの身体に通信機を生成しての会話。宇宙的だ。

「なんだ美鳥」

「地上の被害、余計に増してるんじゃない?」

戦闘機や爆撃機やミサイルを迎撃した攻撃は当然、そのままその下の地上への攻撃にもなる。しかし――

「馬鹿にするなよ。そんな事態は織り込み済みだ。機体やデモニアックどもは地面に激突する前に急停止、着地と同時に自壊して塵になるし、そも市街地に届く前に迎撃したんだから無人の山や森が少し更地になる程度、人的被害は一切無い。見ろ」

遥か地表を見下ろすと、そこには塵の海に埋もれながらも未だ自爆もせず形を保っているソードライダーの姿が!

「あー、まぁ、生きているだけ丸儲けだよねー」

なにやら投げやりな返事だ。提案したのはこいつだというのにこの反応はあんまりではなかろうか。まぁ機嫌が良いので追及はしないでおいてやる。

更に人助けパートⅡ、周囲一帯の衛星にハッキング、各機の情報を検索……見つけた。ミサイル満載の衛星、片っ端から自爆自爆自爆!

「よっし、一丁あがり!」

「まだだよお兄さん、地上から高速で接近する機影あり、速度マッハ23!取り残し、正真正銘、この世界で手に入る最後の力だよ!」

そういえばそうだ、イシスに気を取られてたからすっかり忘れていた。第七世代ICBMディスターブドミラージュ、タキオン粒子制御技術で超電磁フィールドを張る最新鋭の機体!エネルギー兵器に強いバリアに、Vの字斬りの要!

瞬時に加速、しかし流石にブラスレイターもどきになっていても並走出来ない、どんどん引き離される。かなり遠くにスケールライダーの姿、このままだと迎撃されて全部おじゃんだ。

背中の翼を切り離す。よく考えればベアトリスの飛行法をマスターしている以上翼は不要、換わりにスケールライダーの反重力推進システムを生成、再加速!

強烈なGに耐える為に身体がより強靭な構造に作り替えられていく。ミシミシと音を立てながら変形する肉体、それを無視してICBMに追いすがる。

手が触れそうな距離に達した瞬間、ICBMから迎撃ミサイルが放たれる。翼の光弾、いや今切り離したばかりだろう。肩部にウェポンラック生成、同じくミサイルで迎撃。

撃ち漏らしが迫る。右腕にパラディンのマシンガンを生成、弾幕を張る。この時点でなんとか全弾迎撃に成功したがまた距離が開いた。マシンガンを排除。

再び加速、手が届かない、あと一メートルも無いのに。帰還の時刻まであと30秒を切った。間に合わない?届かない?いや間に合う、届かせる。

掌から触手。曲りうねる普段の触手ではなく、間接も無い完全に隙間なく装甲に覆われた固くまっすぐな触手。槍のような棘のようなそれを掌からまっすぐに伸ばし続け――触れた。

ICBMに接触、融合開始。コンピューターの乗っ取りとかは省略、超電磁フィールドの発生装置だけを狙う。機体の隅済みまで枝葉を伸ばすように侵食……発見。

推進装置もミサイルもバルカンも何もかも無視して融合を進める。対象の構造、機能を把握。取り込み完了。超電磁フィールド生成能力取得完了。

融合を完了し、あとは離脱するのみという段階でスケールライダーのバンカーバスターが追加ブースターに直撃、危ういところで離脱。しかし地球の重力に捕まり落下開始。

どうせ大気圏突入も離脱も自由自在、バリアも張ってこれで焼け落ちる心配も無い。片腕に荷電粒子砲を生成、人間サイズに小型化したがそれでも俺の身長よりも大分長い。チャージ――発射。

見事命中。ICBM本体を貫いて爆散させる。落ちながらガッツポーズ。ざまぁみろ、手こずらせた罰が当たったんだ。いや当ててやったんだけどな!

「お兄さん、ご満悦のところ悪いけど――」

「時間か。やれやれ、やっと姉さんに会える」

背中から美鳥に抱きかかえられ、地上を見る。焼けるバリアのせいでやはり地球は紅く見えた。

「紅いなぁ」

「……今度はもっとゆっくり、宇宙船の中からとか、青い地球が見られるといいねー」

異世界を股にかける多重トリッパー。次の世界は過去か、未来か……。いや、少なくともこの世界より技術的に発展してる世界に行かないと意味がないんだけども。

結局、取り込んだアポカリプスナイツの機体はほとんど使わなかったな。せっかくの巨大ロボ(人間視点で見れば10メートルは十分に巨大である)も出番が無かったし、次のトリップ先はそういうのを率先して使える世界を選ぼう。

大気が焼ける紅い色に混じって青白い光が溢れる。俺の目の前に現れたこれが帰還用の魔法陣。ぶっちゃけた話し、来る時にくぐったものと何一つ変わらない。

懐かしい。こんな分かりやすいテンプレ感満載の魔法陣からでさえ姉さんの気配を感じる気がする。感慨深く手を突っ込むと、思い切り釣り上げられるような上昇感。

水では無い何かに満ちた空間を――ってモノローグする暇も無い!元の世界側の魔法陣に頭から突っ込むと同時、柔らかい腕に、胸に抱きしめられる。

顔を上げる。目の前には数か月ぶりに見る、姉さんの満面の笑み。この世で一番大切な人の顔。帰るべき故郷の象徴。

「おかえりなさい、卓也ちゃん♪」

「ただいま、姉さん」

こうして、俺の人生初の武者修業的トリップは幕を閉じた。




続く

―――――――――――――――――――

以上、超駆け足でブラスレイター編最終回をお届けしました。原作的な話としてはこの主人公たちの話の裏で14話分ぐらい進んでます。原作に絡まずに好き勝手やればこのようなものになってしまうんです。自分の構成力だと不可抗力なんです。納得してくれないでもないですよね?ね、ね?

あとラストシーン、主人公と姉が抱きしめ合ってお互いを確認しあっている間、サポートAIは後ろで所在無さげに突っ立ってます。寂しいですね悲しいですね。でもそんなもんです。

因みに突っ込みを先読みして「なんでいちいち美鳥は不具合起こすの?サポートAIじゃないの?サポートされるAIなの?」「なんで唐突にエロシーン挿入しようと思ったの?猿なの?発情期なの?」「なんでレールガン?流行を追ったつもりなの?尻軽なの?」「戦闘シーン雑だね?滑稽だね?」「反重力システムってその高度で意味あんの?」とかそんな感じでしょうか。

美鳥が不具合を起こす理由としては四話で本人が言っていた「無理やり身体を構成した」「おかげでこんなチンチクリン」という言葉が答えです。はっきりいって不具合バッチ濃い(非誤植)な感じのちぐはぐボディなんですね。

更に今回発情して主人公に襲いかかった辺りもこれが原因になっていて、主人公の身体に融合し直して身体を完全体にしようというサポAIとしての本能が、姉にあたえられた心によって『再融合=エロ合体』みたいに誤認させられているわけです。

まぁこれ以外にもエロに至ったの理由はあるんですが、これも本編で語りようが無い設定の一部なので言えません。言った所でどうにかなるような設定でもありませんし。

一番の理由は書いてる途中で唐突にキスシーンが書きたくなったってのが一番大きいですしね。そんなもんです。作品タイトル見ればわかりますよね?そんなもんだって。しかしキスシーンとかの資料無いかなぁ。もっとねちっこい描写がしたいです。

で、武器腕取り込んでレールガンは昔立ち読みした漫画のパワードスーツの武器腕がレールガンで印象に残ってたから。嘘じゃないですよほんとですよ。なんとなくパワードスーツの切り札的なイメージが頭にこびりついてるんですよ。

戦闘シーンは……、アドバイスお待ちしております。手元に参考資料(パンツァーポリス1935とか)が全然無いんです。全部親戚の家に預けたままなんです。

反重力システムはまぁ、実は反重力推進システムとかそんなものの略称だったとかそんなオチかとも思うんですが、本篇で誰が反重力システムって言ってたかわかんないのです。見なおしてもどこで言ってるかわかんないっつう。そんな訳で、理屈はともかくそういう名前の推進システムなんだと思っていただければ。

ついでに飛んでる時にバリア張ってるのはまぁオリジナルというかなんというか、そんな設定は原作には無いですがやってそうだよなぁ、と。

今上げた以外にもおかしいところありますよね?なんだか説明しきれないほどです。大体はそういう風に書きたかったからとかそんな理由ですが、思いついた突っ込みがあったらどしどし感想をお願いします。

因みにそうそう無いとは思いますが展開希望とか何処の世界に行くかの希望も聞けません。リクエストに応えるだけの技量がありませんのし、手元の資料も限られてますので。

それでも「なんとなく斜め読み程度はしてやるよ」または「ほら、早く続きを書きなさぁい!」という愉快で寛大なお方は、作品を読んでみての感想とか、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイスとかよろしくお願いします。


次回、ブラスレ編エピローグを短めに。お楽しみに。



[14434] 第六話「故郷と姉弟」
Name: ここち◆92520f4f ID:a763b3e9
Date: 2009/12/29 22:45
さて、俺の住んでいる村は冬になるとそれなりに雪が積もる。といっても本場北海道のような異常な積り方はしない。酷い時でもせいぜい大人が頭まで埋まるか埋まらないか程度の積雪量だ。

辺りは一面の銀世界。などと言うとロマンチックに聞こえるが、雪かきをしなければならない側としてはたまったものでは無い。というか、この村には雪が降ると大喜びするような子供は存在しない。過疎ってるし。

一応村役場の人たちが徐雪機で道路の除雪だけはやってくれるのだがそこはそれ、家の畑や庭などには未だみっしりと雪が積りっぱなしなのである。

ブラスレイター世界にトリップしている間にこの世界では二日ほどが経過していたが、その間に少し雪が降り、更に間を置かずに強制トリップ、数日が経過してその間に見事に雪が積もってしまった。

因みに今回の強制トリップは俺が何か行動を起こすまでも無く姉さんが数分で解決してしまったので能力的な収穫は無し、帰還までの残り時間でその世界の観光を楽しんだだけで終わってしまった。次回はもう少しちゃんと手伝いをさせてもらおう。

スコップを雪に突き刺し、只管に畑から雪を掻き出す。まだ大根や白菜やらが埋まっているのだ。白菜は凍らせても大丈夫だが大根はそうもいかない。いや、いけないという訳でも無いが、土が凍りつくと掘り出しにくくなってたまったものでは無い。

そんなわけで雪をかく、忍耐力にはそれなりに自信があるし、俺の肉体は文字通り比喩無しの疲れ知らず、単純作業は得意分野だ。

気づけば只管に掻き出した雪が積み重なってデカイ塊になっている。これはあとで刳り抜いてかまくらにでもしてみようか、中で餅を焼いて食べるのもいいだろう。そういう遊び心は必要だ。姉さんに七輪と餅を持ってきて貰おう。

思えばこういう思いつきに姉さんを誘うことなんてそうそう無かった。最近までは姉さんがいつの間にかフラッとトリップしていたせいでタイミングが合わなかったが、今は違う。姉さんがトリップする時は強制的に俺も巻き込まれる。

普通の会社に勤めていたら大変なことだが、俺は農家、時間に融通が利く仕事だ。何時呼び出されてトリップが始まってもなんら問題は無い。

いつでも一緒、という訳では無いが、唐突に離れ離れになる心配も無い。それがとてつもなく嬉しい。強制トリップ先では俺の知らない姉さんの新しい一面も見れるし、なんだかワクワクする。

新しい一面と言えば姉さんに言われたが、俺は美鳥に接する時お兄ちゃんぶってるらしい。意識してそうしていたつもりは無いのだけど、どうにも自分より年下の家族が出来たことで少し浮かれていたのかもしれない。口調が無駄に偉そうになっているそうだ。

美鳥の事を家族と表現したら姉さんは最初とても怪訝な顔をしていた。あくまでも姉さんの中ではトリップのサポートをするための道具扱いだったらしい。しかし俺が身体を、姉さんが心を与えて産まれたのなら子供か妹のようなものだと言って反論したら苦笑された。

『卓也ちゃんもおっきくなったのねぇ……』

しんみりした声で意味深な事を言われてしまったが、それからは美鳥の事を家族らしく扱っているようだ。美鳥に姉を取られてしまったような気分になる時もあるが、変にギスギスした雰囲気になるよりは何百倍もマシだろう。

そうそう、家で美鳥が普段何をしているかと言うと、姉と一緒に次のトリップ先の選定作業を行ったり、この村唯一の雑貨屋でアルバイト店員をやったりしている。

若者の居ないこの村でそういう仕事をすれば看板娘的な扱いになりそうなものだが、そもそもそういう方面に反応する年齢のお客さんが来ないのでそういう話は無いそうだ。客も一回の買い物で暫く分の生活用品をまとめ買いしていくためまばらで、普段はあまりやることも無いらしい。

次のトリップ先の選定はほぼ済んでいるらしく、あとは細々とした調整のみ。なんでも次のトリップ先ではちゃんと戸籍を持った状態で挑めるとか。まぁ、下手にホームレスづいて野宿癖とか寝泊まりできそうな廃墟探しが趣味になっても困るからこれは素直に嬉しい。

ザクッ、と動かし続けていたスコップを雪に深く突き刺し一息。時計を見る、15時。朝から雪かきをしているがまだ半分も終わっていない。自慢じゃ無いが家の田畑は無駄に広いのだ。

「除雪機持ってくるかな……」

小屋のどこかにしまっておいたような気もするんだが、確か燃料が切れてるんじゃなかったか。今年の始めあたり、丁度燃料使い切って春だーとかやってたらいきなり雪が降り出して、わざわざ隣町まで燃料を買いに行くのが面倒になったから最後の雪はスコップで地道にかいてた筈。

取り込んで俺から電源取るか?それもなんかなぁ、徐雪機って取り込んで後々役にたつかわからんし、それやったらなんか家の周りの雪かきも全部やらされそうだし。代替案は……、こうすれば上手く行くか?

周囲に人が居ない事を確認して細い触手を数本ほど掌から生やして雪の中に潜り込ませる。で、このままウォルフ隊長のように掌を、触手を赤熱させれば……。

「ほら融けた!」

潜り込ませた触手の周りの雪が、湯気を出しながら見る見るうちに融けていく。雪融けの湯はその下の融けていない雪を溶かしながら冷えていくので、地面に到達する頃には冷たい水になっている。野菜が茹であがる心配も無い。

雪国では道路の下に電熱線を張るだか湯を流すパイプを通すとかそんな方法で道路の凍結を防止したり、凍結してしまった道路を溶かしたりするらしい。今の俺ならこのようなハイテクな真似も容易い。

いや、ハイテク云々で言えばプラズマ発生装置だの荷電粒子砲の方がハイテクなんだろうが、火力が過剰過ぎて日常で使う場面が無い。魔法も同上、雪の下の野菜が煮えてしまう。

調子に乗って田畑の隅から隅まで触手を伸ばそうとした時、頭部を段ボールのようなものでこつんと叩かれる。痛くは無いが接近に気付けなかったのは明らかな不覚、これで触手の目撃者が出たら一大事になるところだった。

とはいえ、俺に気付かれることなく背後に接近できる人物は二人しか思い当たらない。そしてその片方は今バイト中だから……。

「『ほら融けた!』じゃないでしょ?卓也ちゃん、もっと周りに気をつけなきゃ、ね?」

振り向くと、コートにマフラー姿の姉さんが片手にAmaz○nの段ボールを片手に持って立っていた。

「それと、いくら寒さを感じなくても、服装くらいはちゃんとしよ?」

「なんで?」

と言われた俺の服装は上下作業服のみ防寒具無し。姉さんは着ぶくれしない程度にコートやマフラーなどを着こんでいる。現在の気温は二℃、しかしこの程度の冷気でどうにかなる軟な身体はしていない。

「周りから変に思われるから。元の世界ではなるべく普通の人と変わらないように生活する。これ、トリッパーの鉄則ね」

普通の人間としての生活を忘れないように暮らすというのは、人間離れした能力を持つトリッパーにとって、元の世界での現実感を保つために重要なことだとか。なるほど、トリッパーでかつ非人間な俺にはさらに重要度を増す内容だ、とても為になる。まぁ今の今まで忘れていたんだが。

とはいえ、この元の世界でもトリップ中と同じように力を使えるかといえばそうでもない。作品世界内に比べてどんな能力を使うにも初動がもっさりしているというか、エンジンのかかりが遅いというか。

これは元の現実の世界と作品世界の作りの違いが原因らしい。おかげで身も心もそういったものでできている美鳥は、ブラスレイター世界に居た時と比べて格段に性能がガタ落ちしている。

一日フルスペックで活動するのに30のエネルギーが必要なところ、この世界では5とかその程度のエネルギーしか一日に使えないとか愚痴っていた。まぁ、それは普通の人間レベルにまで身体能力を低下させたり、睡眠時間を増やして活動時間を減らすことでどうにかこうにかごまかしているようだ。超人的な身体能力とか普通に暮らす上では必要の無いものだしな。

「で、その手の中のものは何?」

畑仕事中に姉さんがやってくるのは珍しい。普段は時間が余れば家で眠っているかごろごろしているかなんだけどどういう風の吹きまわしだろう。

「うん。卓也ちゃんが注文した荷物とかが今さっき届いたから持ってきちゃった。おやつもできたし一緒に確認しよ?」

「わかった。スコップしまってくるからちょっと待ってて」

―――――――――――――――――――

小説版から始まるタイプのアニメ本編寄りブラスレイター世界ではもう手に入るものは無いが、ブラスレイターのメディアミックはそれだけでは終わらない。

「おお、これが……」

「なんつーか」

「エロ本みたいな表紙ねぇ」

スコップを物置代わりに使っている小屋に放り込み、姉さんと手をつないでいつもより早めの帰宅。

ピュアな子供が店頭で買うにはそれなりに勇気がいるかもしれない表紙、というか、巻数が進む毎に表紙のスノウの服が脱げていくのはいったいどういうことなのか。

みなさんご存じの漫画版ブラスレイター、『ブラスレイター・ジェネティック』チャンピオンREDコミックスから出ている全三巻が家に届いたのだ。

なにやらアニメ本編とはノリが違い過ぎるらしくファンの皆様にはあまり好評とは言い難いが、これにはアニメや小説では確認できなかったブラスレイターが複数存在するとかどうとか。

ペイルホースの能力を取り込んで完全に使いこなせる今、新たな種類のブラスレイターの能力など、絵で見ただけで使いこなせる! まぁ、逆に言えばどういった技なのかを知らなければ使いこなすもくそも無いので単行本を買うはめになったのだが。

「まぁ態々トリップする必要が無いのはいいことだ。楽だし」

「卓也ちゃんがまた留守になるのは寂しいものね」

「一度行った世界にまたすぐ行くのも間抜けだしなー」

例えつまらなかったとしても、せいぜい1500円ちょいの出費で新たな能力に開眼できるなら安い買い物だろう。胡坐をかいた脚の上に姉さんを乗せ、頭の上に美鳥が顎を乗せた状態で俺は漫画版の第一巻を手に取った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そして、本を閉じる。

「いやー、やっぱり面白いな『はじめてのあく』」

「でしょでしょ?お姉ちゃんも連載で途中から読んだ派なんだけど、これはいけるって思ってたの♪」

お試しとして1、2巻を買ってみたがこれはなかなか。サンデー伝統の居候コメディー後継作と銘打つだけのことはあるというか、キャラがいちいち可愛らしいのもいい感じだ。

最近の連載分しか読んでいなかったが、最初の頃はまだ『こわしや我聞』の癖がのこってたんだなぁ。キョーコのキックとかジロー・ワイルド・ドリルキックとかのエフェクトがバトル物っぽい。

あー、でも我聞の方は単行本持ってないんだよな。その内古本屋をチェックしてみるか?それより今は三巻だな。

「単行本三巻だけの為に送料払うのもあれだし、バイクとばして隣町に買いにいこう」

「あ、お姉ちゃんも行っていい?年末だからついでにいろいろ揃えたいし」

「うん。明日は二ケツで隣町だね。美鳥はどうする?」

「二人ともちょっと待って、なんだか二人だけ時間がすっ飛んで無い?なにこれあたし置いてきぼり?」

美鳥が呆れているが何を言っているのかさっぱり分からない。

「いやだって、たしかあたしら漫画版ブラスレイターを読んで――」

「美鳥ちゃん」

「それ以上いけない」

漫画版なんて『無かった』とでも言うべきか、俺の中では既に過ぎ去っていった存在なのだ。せっかく『はじめてのあく』で気分をリセットしたのにあのうっへり感を蘇らせないで欲しい。

残念というかなんというか、いやいや、あれを純粋に楽しいと思える人もそれなりに居るんだろうし、どうこう批評するのも角が立ちそうというか。

「行かなくて正解だった。多分これ読んでから行ったら速攻で世界中にイシスばら撒いて帰ってきてた。間違いない」

「きもい。主にキャラがきもい」

「お兄さんもお姉さんも酷評だね~」

なんであの路線でオーケーを出してしまったのか疑問は絶えない。これなら劇中の印象全く関係ないオリジナル衣装でエロフィギュア作った連中の方が数倍ましかもしれない。

まぁ、よく切れそうな糸とかは便利そうではあるが、触手で充分代用が効くというか、幻覚にしてもベアトリスさんがさりげなく使っていたのを既に習得済みというか、散々な結果だった。

というかなにあの闇のゲームの出来そこないみたいな能力。馬鹿なの?死ぬの? そして最後の巨大化も訳が分からない。しかもラスボス、高出力レーザー?土の地面があの程度削れる出力で高出力ぅ?こぉの、おばかさぁん!

あのラスボス、絶対ツヴェルフの存在とか知らなかったよなと言わざるを得ない。設定の齟齬が酷過ぎる。メディアミックスの弊害というかなんというか。

「絶対マイクロブラックホール連打で勝ててたよねラスボス。様々な意味でキモいから勝たなくて良かったけど」

「ラスボスってそういうものよ卓也ちゃん。変身を残してると言いつつ、いざ変身すると性能が微妙になるラスボスだって居るんだから。回復能力が消えたりね」

総代騎士ですね分かります。いやあの人は元からかなり小物臭がしていたから納得なんだが。

「無茶苦茶言うなあんたら……。でもさ、マイクロブラックホールとかは便利そうじゃない?」

「ん……、まぁ、な」

認めたくないがそれだけは確かに収穫だった。あまりにもペイルホースの設定が違い過ぎたので上手くいくかは分からないが、もし該当するパターンが俺の取り込んだアニメ本編版ペイルホースに存在すれば、現状これ以上無い程の攻撃力になる。

「でも、その程度で満足しちゃダメよ卓也ちゃん。ブラックホールから平気な顔して脱出する雑魚がうろちょろしてる世界だってあるといえばあるんだから」

それは恐ろしい。というか、魔法だの超能力だの特殊能力で戦う連中はそんなんばっかりだと思う。そういった面倒臭い連中を相手にすることがあり得る以上、さらなる性能の向上が必要不可欠だ。

一作品一作品回っていて、そんな連中に対抗できる力を得られるのは何時の日になるのか……。

考え込んでいると、姉さんが手をのばして俺の頭を撫でつけてきた。

「よしよし、そう悩まないの。卓也ちゃんは卓也ちゃんなりのスピードで進化していけばいいんだから、ね?」

「ん、ありがとう。頑張るよ」

そうだ。今回のトリップでもそれなりの世界で無双できそうなレベルの力が手に入ったんだし、これからも一歩一歩がんばって強くなっていけばいい。そのためにしばらくは姉さんに迷惑をかけてしまうかもしれないけど。

「じゃ、そろそろ飯にしようぜー。いつのまにやら夕飯時だ」

「あ、もうそんな時間か」

「面白くてつい二度読みしちゃったもんねぇ『はじめてのあく』」

「その前にお兄さんとお姉さんが漫画版ブラスレイターのあまりのアレっぷりに放心してた時間も大きかったと思うなぁ」

言いつつ全員台所へ移動を始める。最近は三人で料理をすることが多くなったが、もともとそれなりの広さがある台所なので狭く感じない。むしろ調理時間が短縮されていい感じなのだ。

―――――――――――――――――――

「夕飯の団らんの時間を『吹き飛ばした』。後にはただ、夕飯を美味しく食べたという『結果』だけが残る……」

居間で虚空に向かってジョジョ立ちで何事か呟く美鳥を脇目に食器を洗う。油ものの無いさっぱりとした和食だったので洗い物はすぐに終わる。

因みに美鳥の食器は俺が小さい頃に使っていた食器を掘り出して使った。ちょうどいいのでこのまま美鳥には俺や姉さんのおさがりを引き継ぎ続けて貰おう。もったいないし。

そう、いくら無限に複製が作れるからといって無駄に資源を消費する必要は無いのだ。無駄にしない心がけが大事なのだとルーだって歌っている。

食器を洗い終え食器棚に片付けると、同じく明日の朝食べる分の米を研ぎ終え炊飯器にセットし終えた姉さんが嬉しそうに声をかけて来た。

「ねぇねぇ卓也ちゃん、おゆはん美味しかった?」

「もちろん。久しぶりの姉さんの手料理、美味しかった。ごちそうさまでした」

「えへぇ、おそまつさまでした。でも、向こうでご飯とかの好みとか変わらなかった?ジャガイモとヴルストが無いと始まらないー、とか」

あまり長くトリップし過ぎるとトリップ先に順応しすぎて色々と戻ってきたときに不便が生じることがあるとか。食事にも当然それはあるとのこと、姉さんはそれを心配していたのだ。

しかし、家は姉さんが知り合いのおばさんから独逸料理を教わって昔からたまにではあるがドイツ料理を食べていたので、向こうでそれにはまるということも無かった。それに何より――

「やっぱり、家で姉さんと一緒に食べるごはんが一番、かな? 姉さんは?」

「うん。お姉ちゃんも、卓也ちゃんと一緒のごはんが一番だよ」

穏やかな空気が流れているのが分かる。なんとなく通じ合っているようなこのやり取りが嬉しい。

「じぃ~~っ……」

いつの間にか居間からこちらに接近していた美鳥の視線が刺さる。というか、俺と姉さんを舐め回すように観察するだけでは飽き足らず、口で擬音まで表現し始めている。

「……なんだよ」

「いえいえ~別に何も。あたしにはお構いなく続きをどうぞ~」

「何の続きだっ!」

―――――――――――――――――――

夕飯の後片付けが終わった後、姉さんはなにやら準備があるそうで一旦部屋に戻っていった。俺と美鳥は居間で炬燵に潜り――

「温州みかんにございます」

「ぬぬ、これは中身がないではないか」

蜜柑を食べようとしていたのだが、なぜか全て中身が空。というようなシチュで遊んでいた。ちなみに中身は全て白い筋を取って他に移してあるので安心して欲しい。

「いや、卓也ちゃんも美鳥ちゃんも、時間を潰すにしてももう少し何か無いの?」

ひとしきり遊んで少ないネタのストックが早速尽き始めた頃、トリップ用の仕事着である魔女っ子服を着た姉さんが居間に入って来た。

「お姉さん一番乗り!」

「温州みかんも一番乗り。って姉さん、その格好ってことはまたトリップ?」

帰ってきてすぐに一回強制トリップしたのだが、こんなに短いスパンで召喚されるものなのか、これなら姉さんが俺の強化を急いだ理由も分からないでもない。あの初期状態のままで行ったらまた死ぬような眼にあうところだったろう。

「んーん、あんな短い間に二回も呼ばれたからしばらくは大丈夫よ」

「じゃあその格好は?」

まさか、俺に隠す必要が無くなったから普段からあの恰好で生活するつもりでは!

「姉さん、早まった真似はやめるんだ。その格好で生活するのは人類にはまだ早い、早すぎる……。ゲッターもそう言っている」

聞こえないけどなゲッター線の意思。この世界にはゲッター線が存在しないから当然なんだけど、でもきっとゲッター線も頷いてくれる。俺はそう信じてる。

あれ?じゃぁゲッターロボを取り込んでゲッター線を利用できるようになったら一日中ゲッター線の意思を感じてしまう体質になるのか?なんかやだなそれ、もしその内ゲッター系列の機体を取り込んでも普段はゲッター線は生成しないようにしよう。

「しないわよ! もう、なんでそういうところは信用してくれないかなぁ……」

「その年齢で猫耳フードのパジャマなんて着てるからじゃ――グギッ!」

ああ、余計な事を言った美鳥がとても言葉で言い表せないような奇怪な死にざまを見せて――あ、生きてた。再生してる再生してる。

女性に年齢の話を振ってはいけない、時としてそれはあなたの死を招く呪文となるのだ(フレーバーテキスト風に)。

「話が進まないから端的に言うわね? 卓也ちゃんが今回どれくらいの力を付けたのか見せてもらおうかと思って、ちょっとトレーニングルームみたいなのを作ってたのよ。――卓也ちゃんのカッコいいところ、見てみたいなー」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

現在地、寝室。俺と姉さんはパジャマ姿で一緒に布団で寝転がっている。

「だるい……」

寝転がっているといっても訓練後のさわやかな疲労感に包まれているとかそういうのではなく、再生能力をこれまでに無いほど全開で使用したのでもう動くのも億劫なのだ。

「ご、ごめんなさい……」

『見てみたいなー』などという軽いノリで行われた新能力の発表会は、最終的に乱入した姉さんの攻撃によって俺が消滅一歩手前まで破壊されるというオチで決着がついた。

「何の変哲も無い、超手加減デコピン一発の衝撃波で3000体の強化デモニアックと強化アポカリプスナイツ200セットが一瞬で消し飛ばされるとは……」

「でもでも、バリアで防げないと判断して一瞬でそれだけの肉の壁を展開できるなんて、ちゃんと成長してる証拠よ?」

「バリア全種類全開で展開した上でそれだけの盾を作ったのに毛筋一本の先っぽ程度の細胞しか残らなかったけどね、俺の身体」

姉さんが作ったというトレーニングルームは、長らく使われていなかった物置部屋の中に設置された亜空間のような場所だった。

デフォルトの内装はビル街的な装いで、そこで大小様々な標的(実体のある幻のようなもので、同化しても意味が無い)と戦えるという超ハイテクな感じの部屋だったのだが、今現在は建築物も標的も無く、巨大なクレーターがあるだけで、全方位に地平線が見えてとても見晴らしが良い。もちろん皮肉だ。

逆に極少とはいえ身体の一部を守り切れたことを誇りに思うべきなのかもしれない。これだけの威力の攻撃を受けてよく無事だったな……。再生自体は数秒で全身服ごと再生できたが、この規模の再生は初めてなので中々消耗した気がする。

疲れ知らずのこのボディが疲労しているのは、まだナノマシンがこの規模の再生に慣れていないせいで、何回か回数を重ねれば再生直後にそのまま戦闘も可能とのこと。まぁつまりここで慣れればいいみたいな意味なんだろう。

最初の方はまだ良かったのだ、変身せずにラダム獣とかバッタとか相手に無双して、ASだのSPTだのグランチャーだの相手に変身して無双して、機械獣相手に強化ボウライダーで無双して、鎧獣士相手に新技とかも試して、シミュレーションみたいなものだとしても上手くやれてたんだよ。

最後の最後で姉さんがはしゃいで『お姉ちゃんが直々に相手をしてあげる♪』とか言いだしてファイティングポーズをとった瞬間、残っていたデビルガンダム最終形態が姉さんから噴出する闘気に耐えられずに自壊を初めたのを見た時は少し頭がおかしくなったかと思ったほどだ。

しかし改めて見ると、次のトリップ先が透けて見えるラインナップだな。精神コマンドが欲しいとは思っていた処だけど、よりによってこの作品とは……。

因みに新能力の発表会は俺が再生した直後にお開き、風呂で簡単に湯を浴びて久しぶりに一緒の布団で眠っている。久しぶりと言っても姉さんの視点で言えば数日しか経っていないのだが、俺からすれば数か月ぶりの添い寝だ。

「うう、ごめんなさい……」

申し訳なさそうな顔で謝罪を繰り返す。俺は少し動かすにも違和感が付きまとう再生したての身体をどうにかこうにか動かし、姉さんの手を握った。ビクッ、と震える姉さん。

「嬉しかった」

「え……?」

不思議そうな顔をされても困る。可愛らしく小首を傾げられるともっと困る。真正面からお礼を言いたいのに、恥ずかしくて言えなくなってしまう。

子供の頃生き延びさせてくれた事、これまで育ててくれた事、これからも生きていく術を教えてくれること、足手まといでも隣に立たせようとしてくれる事、感謝しようにも多すぎて言葉で伝えきれない。

「あの部屋を作ってくれたのとか、美鳥とか、トリップで修行とか、俺の為に骨折ってくれてるんだろ?」

「う、うん」

おずおずと頷く姉さん。

「ならいいよ。こんな感じになったのは俺が未熟だからなんだし」

「ち、ちがうよ、卓也ちゃんは一回のトリップでは十分なくらい強くなってる。ほんとだよ? ほんとに、見違えちゃったよ……」

やっぱり姉さんは優しい。でも、これじゃまだまだ足りない。もっともっと強く、今回は荷電粒子砲だの超音速だので分かりやすいパワーアップができたせいで少し浮かれていた。気を引き締めていかなければならない。

ああでも、それはそれ、これはこれ。今回のトリップでごくごく僅かながら強くなれたのは確かなことだ。少なくとも変身すれば超音速飛行ができるとか、単身で大気圏の脱出と突入が出来るってのは一般的なバトル物ではそれなりにステイタスだと思うし、複製能力を駆使すれば戦隊モノの世界で一勢力として旗揚げも可能だろう。

ついでに言えば戦闘員一体一体の戦闘能力もそこらの戦闘員とは一線を画すものだ。まぁ巨大化できないのが難点というかなんというか、個性にも乏しいし。最終的には巨大化じゃなくロボに乗るとかそういう工夫をしなければならないだろう。

くだらないことを考えているように思えるかもしれないが、そういう世界でそういう立ち回りをしなければならない状況もあるかもしれない。力を手にする為にはそういう工夫も必要だ。

これからも俺は色々な世界で力を手に入れ続ける。現地のキャラクターを時には利用し、時に騙し、機械や生物を取り込みながら、ただただ強くなるために。姉さんに届く力を手に入れ、いつの日か姉さんと対等に向き合えるようになるために。

「卓也ちゃん」

考えを脱線させていると、何時の間にか姉さんの顔が目の前に迫っていた。

「なに?」

互いの息がかかるような距離で見つめあう。いっしょに眠ったり風呂に入ったりはしていたのに、ただ意味も無く見つめあう事は以前の生活ではなかなか無かった。そんな状態になっても俺が恥ずかしくなって目を逸らしてしまっていたから。

ブラスレイター世界から戻ってきてから、そういった恥ずかしさというか、姉さんに対する照れが少なくなった。そういう遠慮とか躊躇いは俺たちには意味がないモノだ。

どちらともなく、唇を重ねる。今回は歯をぶつけたりはしない。数度、触れるだけの軽いキス。唇を啄み合いながら、互いを求める深い深いキスへ。互いの味を、舌の温もりを口内で交換する。

キスをする時は目を閉じるのが作法だと聞いたが、俺も姉さんも当然瞼は開いて見つめあったまま。

「ちゅ、ん……。……ふふっ、前みたいに、驚かないんだね」

「ん……。姉さん」

唇を放し、布団の中で姉さんを抱き寄せると、姉さんもしっかりと抱き返してくる。温かくて、良い匂いで、柔らかくて、安心する。

「なぁに?」

「好きだ」

「――うん、お姉ちゃんも、大好きだよ」





おしまい

―――――――――――――――――――

祝、ブラスレ編完結!

短くてすいません。つなぎの話はこれからもこんな感じの量になると思います。

三話四話五話がブラスレイター編で今回はエピローグ、最初に宣言した『基本一つの世界は1~3話で終わらせる→いったん元の世界に帰還して終了』のルールは守れましたよ!

キス後にエロいことをしたかどうかはまぁ本編に関係ないので描写しません。でもまぁわりと幸せな状態になったのは確実。姉は弟が常識を投げ捨てるまでかなりお預け食ってたわけですからそれぐらいは。

因みにサポートAIは姉の超々々々手加減攻撃で名状しがたいグロテスクな状態になっているので、回復して再起動するのに翌日の夕方までかかります。で、ツヤツヤした姉弟を見てニヤニヤしつつも、命が惜しいので『さくやはおたのしみでいたね』とかは言いません。

あ、完結としたのはここでなんか続き書くことができなくなっても打ち切りだとか放置だとか言われないための保険です。一応ここで終わらせても多重クロスの体裁は整ってると思いますしおすし。

でもとりあえず次回トリップのプロット的なものは出来上がっています。次回からは何十話と話があるゲームが舞台なので部分的に主人公の日記形式で進め、その合間に戦闘シーンやら日常風景やらを挟んでダイジェスト風味にして無理やり三話以内にまとめます。

ていうか、そうでもしないと毎回毎回戦闘シーンを長めに挟まなければいけなくなってしまいます。これからの時代は日常描写!がんばります。

それと今回はあまりに原作キャラとも本筋とも絡まなかったのでなるべく多くのキャラと絡むようにしてみたり、あと最後のオチがあまりにも投げっぱなしだったので次回は最後の最後で盛り上がる場面をいれてみたりしてみようと思います。

今回初めてまともにSS書いてみて分かったんですが、最初のプロット通りに進めるのは難しいんですね。メモ書きに、

・倉庫街の雑魚デモニアックを見たアルが「まるで忍者だな」とか言う場面で乱入してカカッと素早い忍者アクションでデモニアック殺害「忍者じゃねえか」とか言わせたい。

とか書いてありましたが、結局アルはセリフすら無く、小説版の酔いつぶれてるシーンのみ。あとパブでジョセフとエレアさんと会話するあたりは最初ザーギンとベアトリスの予定でした。無茶苦茶ですね。

でも大筋を変えなければ話は締めることができると分かったのは幸運でした。次回もこんな感じで予定は未定な縛りの緩いプロットで行こうと思います。

それでは、作品を読んでみての感想、諸々の誤字脱字の指摘、ここはなんでこうなってんのという話の流れに対するもろもろの突っ込み、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイス、いつまでもお待ちしております。



[14434] 第七話「トリップ再開と日記帳」
Name: ここち◆92520f4f ID:7d3e7175
Date: 2010/01/15 17:49

家具以外殆どなにも無い静かな部屋の中を、控え目な寝息だけが響く。熟睡中の姉さんの寝息と今目覚めた俺の呼吸音、この寝室にはそれ以外の音は存在しない。

朝の爽やかな目覚め。ここ最近の俺の一日は隣で眠る姉さんの寝顔を小一時間愛でる事から始まる。時刻は午前四時、この冬の時期は未だ太陽も昇っていない時間帯だが、朝ごはんを作ったり畑を見に行く為の時間を考えればこの時間が起きるには最適だ。

すーすーと可愛らしい寝息をたてながら眠る姉さんの寝顔、思わず人差し指で頬をツンツンと突いて遊んでしまう。毎朝毎朝俺を惑わせる実に罪な寝顔である。

「んゅ……、むぃ」

くすぐったそうな顔で寝返りを打つ姉さん。口をムニムニともごつかせて日本語になっていない寝言を口から漏らす。

たまらん。これだから早起きは止められない。早起きは三文の得などと言うが、三文は現代のお金に換算すれば60円程度だそうな。それでは余りにも安すぎるのでは無いか。

かといって現金に換算できるものではない。お金で買えない価値があるのは言うまでも無いし譲るつもりも欠片も無い。だが仮にこの朝の時間を現金に換算しようとすれば一秒毎に大国の国家予算数年分が軽く吹き飛ぶことうけあいだ。

この朝の時間はそれほどに貴重なのだ。例えば一秒を数万倍に引き延ばしてでも楽しみたいほどなのだが、いかんせん加速状態ではつついた感触がぷにぷにしない(数万分の一秒で頬をつついて凹ませても凹んだ頬が戻るには通常通りの時間が必要となる)ので少し物足りない。

まぁ以前試した時は加速した時間の中、突くのは無しでひたすら眺め続けるという楽しみ方に開眼したのだが、これはどことなくお預けを喰らっているような微妙な気分になれて不思議と恍惚としてしまうので最近は自重している。

そんな訳でそのまま数十分頬を突いたり寝顔をひたすら眺めてニヤニヤしていると、小さな愛らしい鼻がなんとなく気になってくる。内から湧き出る衝動に身を任せ指先で鼻の先端をコショコショくすぐってみると、顔をしかめて鼻をヒクヒクさせ始める。

これは拙い。弄り過ぎて姉さんの安眠を妨害してしまう処だった。今さらながら起こさないようにこっそりと布団から抜け出し、玄関から外に出て新聞を取りにポストに向かう。

外に出ると丁度新聞を配達しにきたチトセさんと鉢合わせる。なにやら姉さんが最近やけに御機嫌なのが気にかかるらしく、『さくやはおたのしみだった?ねえねえおたのしみだった?』とかウザく聞いてきた。

ストレートに『流石に毎日じゃない』と返したら愕然としていた。まさか本当にそんな状況だとは思っていなかったのか? と考えていたら『これで同世代売れ残りはウチだけかー!』とか吠え出したので、姉さんがまだ寝ているから静かにするように伝えてさっさと家に戻る。

売れ残りも何もこの人は駐在さんと恋仲だったような記憶があるのだが、ここでそれを言うと、お互いに意識しているけどどうにも仲の進展しない幼馴染以上恋人未満のテンプレみたいな照れ反応が始まる。

これは聞き流すのがとても面倒臭い。しかも歳の近い人間はこの村では俺と姉さんとチトセさんと駐在さんだけ、なので聞き役に回って被害に遭うのは俺か姉さんなのだ。

正味の話、二十年以上何の障害も無く幼馴染やっておいて恋人にならないとかどうなっているのか。玄関を開けて家に入る前に一度振り向くと、しょんぼりしながら次の新聞を配達しに行く後姿。哀愁が漂っている。

そういえば近親だってことには突っ込まないんだな、と不思議に思いながらも新聞に一通り目を通し、自分の部屋に戻り着替えを用意、居間に移動し新聞をコタツの上に置き、コタツの電源を入れ、シャワーを浴びる為に風呂場に向かった。

―――――――――――――――――――

暗い風呂場の電灯を着け、タオルを肩にかけ風呂場の扉を開ける。熱いシャワーを浴び、身体と頭を洗う。何故か湯が沸いているのでこれ幸いと湯船に肩までゆったりと浸かる。

朝の一番風呂。と言っても昨日の夜の残り湯なんだが、それでも朝っぱらから入る風呂というのは何処か特別なような気分にさせてくれる。

「いいお湯だねぇ~……」

「だなぁ……」

ざぷん、という音の後に放たれた言葉に相槌を打つ。いや、何かおかしくないか。俺は何に相槌を打っているのか。とりあえず目の前の美鳥に聞いてみよう。

「なぁ」

「なになに?」

頭の上にタオルを乗せた美鳥が顎まで湯に浸かりリラックスした表情で聴き返す。

「一つ言ってもいいか?」

「あたしも言いたいことがあるよ?」

「じゃあ先に言ってみな」

「うん。――キャー!お兄さんのエッチ☆」

イラっときてつい放電してしまったが、美鳥が奇怪な短い悲鳴を上げて浴槽に沈んでいった以外には特に被害は無し。頑丈な風呂で助かった……。

ほっとしていると、美鳥が沈んだまま浮かんでこない。呼吸をする必要はない筈だがビジュアル的に危険すぎるので、白目を剥いた美鳥を抱え上げ膝の上に乗せ、今度は電圧を少し下げた放電で気付け。

「で、風呂場でなにしてたんだよ。水死体ごっこ?」

膝の上で目を覚ました美鳥が、頭を傾けこちらの胸にもたれかかりながら身体の関節をポキポキと鳴らす。

「んーっ、昨日の夜最後に風呂入ったのあたしだったろ?リラックスし過ぎてそのまま眠っちゃってねー」

「ああ、でもあれって起きた時逆に疲れるよな」

風呂に入った後にぐっすり眠れるのは風呂で疲労するからだと聞いたこともあるし、それに湯船という限定された空間の中では満足に寝返りもできない。

「ていうかお兄さん、こっちは風呂で裸を覗かれた側なんだからこの対応はあんまりだと思うんだけど……」

確かにさっきのはいくらなんでもあんまりだったか。いや、それならそもそも明かりが点いた時点で声をかけるなりなんなりしろという話だが、相手は仮にも女性人格を有する女性的な存在、気を利かせて風呂場からいったん出る必要があった。

どうにもこうにもブラスレ世界での生活が抜けないというか、気がねない関係といえば聞こえはいいが、不作法な習慣が染みついてしまったな。

「すまん、咄嗟のことだったもんで、つい」

「罰として暫くあたしをだっこし続ける刑ー♪」

首を後ろに傾け笑いかけ、嬉しそうにそんな事を言う美鳥。しかしこの姿勢、なんというか、そう、とても一言では言い表せない感触。

「尻が当たる。俺のジョイスティックに」

「当ててんだよ」

「あ、待てこら動くな! それは位置的にまずい、擦れる!」

「へっへっへっ、口では何と言おうと身体は正直――」

―――――――――――――――――――

無事に風呂からあがり、あの危機的状況を乗り切った。何事も無かったとは言えないが何とか最後の一線だけは守り抜いた俺の手腕は称賛に値するだろう。これでも昔から姉さんと身体の洗いっこ程度はやっていたのでちょっとやそっとの誘惑には負けないのだ。

美鳥は既に服を着こんでいる。ちなみに脱衣所に衣服が無かったのは洗濯の手間を省く為、汚れた衣服を体内に取り込んで綺麗な状態で再構成する方式を取っているかららしい。

それと、姉さんのブラと自分のブラを並べて干された時、戦力の圧倒的な差に心が折れそうになるからだとかどうとか。けっこうあるからな姉さん。

「ガードが固いなぁ」

「普通は抵抗するもんなんだよ、ああいうのは」

流石にそこまで節操無く手を出す訳にはいかないだろう。いくら半身のようなものとはいえ礼儀と言うか貞操観念は最低限必要だ。俺だって姉さんと美鳥が俺の知らない処でレズってたら嫌だし。

俺の心を読んだように美鳥がニンマリと笑う。いやらしい事を考えている顔だ、様々な意味で。

「じゃ、お兄さんの目の前でならいいの?」

「おいおいどんな特殊プレイだよ」

目の前で見せつけられるとか流石に理性が持たない。本能の赴くままルパンダイブで特攻を仕掛けてしまうこと間違いなし。

「と、そんなことより髪の毛を渇かせ」

一応タオルで大雑把に水気をとってはあるようだが、髪の量が多いのでまだかなり湿っており、御蔭でシャツの背中が濡れてブラが透けて見える。

ブラをする必要はまったく無いサイズなのだが、そこはお洒落の一貫か女の意地か。サイズが合わない大人用のブラを自分の身体に合わせて再構成しているらしく、デザインは無駄にエロいものとなっている。

俺の視線の先にあるものから俺が何を考えているか察したのか、艶っぽい表情になり、しなを作りこちらに流し眼をよこす。

「えっち」

「いいから頭こっち向けろ」

美鳥の頭を掴み引き寄せ、バスタオルで髪の毛の水気をとってやり、ドライヤーで乾かす。このやり方であってるかはわからない、姉さんは適当にやっていても髪質は保てるみたいだけど、普通はもうちょっとやり方がある気がする。

しかしそこはそれ、髪の毛にダメージが残ってもその程度のダメージなら弱体化した美鳥の回復能力でもどうにかなるだろう。そんな訳で髪の毛をドライヤーで乾かす。放っておくと髪から水を滴らせたまま室内を歩きまわるので俺や姉さんが髪の毛を乾かしてやらねばならないのだ。

―――――――――――――――――――

そのまま美鳥を伴い畑へ向かう。美鳥のバイトは午前10時からなので朝早起きしている時は少し畑仕事を手伝ってもらうことにしている。

といってもやることはほとんど無い。雪かきは既に終わっているので、この時期でも収穫できる何種類かの野菜を、家で食べる用にいくらか収穫するだけの簡単な作業だ。

融合して複製を作ればこの手間は省けるのだが、わざわざ普通に食べ物が食える状況でまで文字通りの自給自足はしたくない。

ああ、でも俺の身体からでたモノを姉さんに食べて貰うとか考えると謎の興奮を覚えることはある。しかし俺はそんな動物的な衝動だけに身を任せる訳にはいかないのである。

「おにーさーん!こっちは大体収穫できたよー!」

少し離れたところで野菜を収穫していた美鳥が台車を引いてこちらにやってきた。台車に積まれた野菜は俺と姉さんと美鳥が食べる分を差し引いてもやや多すぎる。

「ちょっと取り過ぎじゃないか?」

「何言ってんのさ、そろそろ次のトリップだからうちの味を忘れない為に複製を作れるようにしておくんだろー?」

ああ、そういえばそんな頃合いか。前回のブラスレイター世界へのトリップ以来、一ヶ月以上も自発的なトリップをしていない。姉さんや美鳥との模擬戦はやっていたから戦い方の経験値は詰めているが、全体的な能力の向上はしていないのだ。

年も明けて正月もゆったりと過ごし終えた。七草粥も食べてしばらく何かしらの行事も無いこのタイミングで新たな能力を求め、新たなトリップの旅をすることに決めたのだ。

「まぁ、どんなに遅くなっても節分までには戻ってこれるだろ」

もし帰ってこれなければ姉さんは一人ぼっちの節分を迎えることとなる。誰も居ない自宅で一人寂しく『鬼はーそとー、福はーうちー』とかやって、撒き終えた豆を拾い集め、ちょびちょびと抓む姉さん。

そして一人で台所に立ち恵方巻きを作る姉さん、今年の恵方を向いて独り黙々と恵方巻きを頬張る姉さん、ご馳走様と呟き後片付けをして一人で風呂に入り一人で布団に包まる姉さん、その眼もとには心なしかうっすらと涙が――

――いかん、考えただけで胸が締め付けられて絞殺されてしまいそうだ。まっていろよ姉さん、姉さんを一人ぼっちにはさせないぜ!

「やっぱり節分はお姉さんに『呑み込んで……俺の恵方巻き……』とかやるん? あたし、『それじゃ豆まきじゃなくて種まき』とか突っ込んでみたいんやけど」

「すぐ下ネタを言いたがる口はこの口か?ん?この口か?」

「いひゃいいひゃいいひゃい!ほめんなはいほういいはひぇんふうひへ~!」

いきなり戯けたことをほざき出した美鳥の口に両手の親指を突っ込み千切れない程度の力加減で左右に引っ張る。人が割と真剣に考えていたのにぶち壊しだ。

涙目で謝る美鳥に満足し手を放してやると、口元を撫でさすりながらも話を切り替えてきた。

「いてて……。とにかく、今回のトリップ先の目標とか決めないとね」

美鳥の言葉にうなずく。前回はとりあえずペイルホースとアポカリプスナイツにパラディン、おまけでICBMの一部と標的の数が少なかったが、今回は取り込んで嬉しい技術が目白押しである。

ちなみに姉さんは『次のトリップ先? えへへぇ、ないしょだよ♪』と可愛らしくごまかしているが、ここしばらくトレーニングルームで相手にしてきた敵のラインナップから既に行先はばれてしまっている。

因みに参戦作品の中で家にDVDやらVHSやらがある作品には一通り目を通し直している。姉さんや美鳥と一緒にゼオライマーを見ても、ふもっふを見ても、種を見てもOVAのゲキガンガーを見ても、姉さんは俺にトリップ先を気付かれたと思っていないらしい。

能力的にはとても優れているのに、こういうことに関しては少し間抜けな面も見せる姉さん。まぁ言うまでも無く、そこもまた姉さんの数あるチャームポイントの一つ。特に『だよ♪』のあたりは何時聞いても脳みそがくらくらする。

と、思考が逸れてしまった。しかし、今回のトリップ先での狙いはなにか、か。

「絞りようが無いな。とりあえず第一話からの流れで主人公チームについて行こう。それで殆ど必要なものは手に入るだろ」

最初にどうにかして主人公チームに合流できればあとは行き当たりばったりでなんとかなる。ついでに言えばあの作品なら流れで仲間になることも容易だ。一度ならず殺し合いをしている相手をあっさり味方に引き入れてしまうのだから。

「さ、とりあえずは野菜を運ぶぞ、そろそろ家に戻って朝ごはんを作らないといかん」

言いながら台車を引くのを代わる。今の美鳥の身体能力は人並みなのであまりスピードが出ない、急ぐ場合は俺が代わってやらねばならないのだ。台車に美鳥を乗せ、俺たちは常人ではありえないスピードで家路に付いた。

―――――――――――――――――――

「ずるい」

時刻は朝八時、場所は台所、お浸しを作りながら姉さんが頬を膨らませてむくれている。唇まで尖らせて不機嫌っぷりを表現しているがとても可愛らし、いけない、また思考が逸れるところだった。

「今日はお姉ちゃんも畑仕事手伝うから起こしてって言ったのに……」

「いや、だってあの時間に起こしたら絶対姉さん作業中に眠って泥だらけになってたよ?」

「そしたら卓也ちゃんにお風呂で洗ってもらうもん」

うれしいこと言ってくれるじゃないの、とか茶化せないほどにむくれている。というか、だんだんと元気が無くなってきているような気がする。

徐々に俯き加減になってきて、包丁を持つ手が震えてあああまな板が一瞬で粉みじんになるほどめった切りに!なんという多段ヒット、悲しみとか憤りとかの感情でパワーの制御が利かなくなってきているのか?

姉さんの背を撫でながらさり気無く新しいまな板を差し出す。なんとか機嫌を直して貰わないとまたこの辺りの大陸プレートを裁断されかねない。

ちなみに美鳥は居間で関係無いねといった顔をしながら呑気にテレビを見ている。いや、確かに関係無い上に美鳥が出てきてもややこしくなるだけなんだが。

「いっつも世話になってるんだからさ、畑仕事位は俺に任せて欲しいんだけど」

「美鳥ちゃんは手伝ってたよ?」

居間で我関せずと不干渉を決め込んでいた美鳥がビクッと肩を震わせ『え?そこであたしに振る?』と慌てている。

「美鳥は言ってみれば俺の手足みたいなものだし、姉さんにそんな重労働させる訳にはいかないじゃないか」

「卓也ちゃん……」

朝ごはんの作成そっちのけで手と手を取り合い見つめあう俺と姉さん。こうなると俺も姉さんもお互いしか見えない。背後で味噌汁が沸騰しても焼き魚が焦げだしても気にしない気にならない気付けない。

どうにか機嫌を直してくれたようだ。地球への被害もあれだが、俺自身も姉さんには楽しい気分で居て貰いたい。そのまま目を閉じた姉さんの顔が迫って、唇に――

「おふたりさーん、朝ごはんできたよー?」

やはり美鳥の声で中断、料理は美鳥が引き継いでくれたようだ。送風機能はあるのに空気を読む機能は付いてないらしい。空気清浄機でも取り込ませたら上手いこと空気を読むようになるだろうか……。

―――――――――――――――――――

昼、毛布にくるまって姉さんとごろごろ。今日は天気予報の通り太陽が出て比較的暖かいのでコタツは消して姉さんとの触れ合いタイム。互いの体温で温まるのが乙なのだ。

ちなみに美鳥はバイト先の商店で居眠りしている頃合いだろう。大体バイトの時間の八割は居眠りで終了するらしい。それでは普通問題がありそうなものなのだが、俺と同じく人の気配に反応して起きることが可能なので支障は無いとか。

まぁそもそもあの店は週に二日も空いてれば地域住民のニーズには十分答えられる程度にしか客が入らないので気にすることも無い。

「むー……」

耳を引っ張られる。なにやら姉さんが不機嫌になっていた。

「卓也ちゃん、今、美鳥ちゃんのこと考えてたでしょ」

妬いてる。妬いてるよ姉さんが! 思わず抱きしめて頭を撫でくり回してしまう。

「そ、そんなんじゃ誤魔化されないもん。……うぅ、卓也ちゃんが女誑しになっちゃった……」

「いつ誑した。俺は姉さん以外には恋愛感情を抱きようが無いぞ」

「でも、『男は恋愛感情が無くても下半身の脳みそで動くことがある』って千歳が言ってたよ?」

流石半分ドイツ製、下ネタの切れ味というか表現の露骨さが一味も二味も違う。今度大量のジャガイモを送りつけて嫌がらせしておこう。いや、まだ『股間のヴルストが』とか吹き込まなかっただけましか。

「俺の身体の構造を忘れた? 俺は、上の脳も下の脳もまとめて全部姉さん一筋だよ」

きらりと歯が輝きかねない程、今の自分に出来る最高の爽やかさをこめた口調で断言。

「卓也ちゃん、それ、あんまりかっこよくない」

自覚はあるので突っ込みは勘弁して欲しかったりする。そんなこんなで何事も無い平穏な昼の時間が過ぎていくのだった。

―――――――――――――――――――

朝収穫した青梗菜で昼飯は野菜炒めとかもろもろ、更にご飯に生卵かけて醤油だって垂らしちゃう、かき混ぜて手を合わせいただきます。姉さんと顔を突き合わせてモリモリ食らう。

姉さんの様に整った顔の人が口に食い物を大量に詰め込んで、頬をむいむいもごもごと変形させる様は見ていて気持ちのいいものがある。食事の作法はやはり二の次で、なによりもおいしく食べるのが一番なのだ。

「ふぐ、むぐ、ん、っぐん。そうだ、卓也ちゃんにプレゼントがあるんだよ♪」

口の中の料理を飲み込んだ姉さんが後ろから紙包みを取り出し、俺に手渡してくる。中身は――、日記帳だ。それなりに厚みがあり、一昔前の冒険小説で船乗りが使ってそうなゴツイ装丁のもの。

表紙の素材はなんだろうか、別に人間の皮だったりうっすらと汗をかいていたりする訳では無いが、どうにも異質な雰囲気を漂わせている。中身は日付と文字を書く為のスペースがあるだけの正真正銘の日記帳だ。

「表紙だけ、お姉ちゃんが昔使ってた日記帳の再利用なの。書いた人とお姉ちゃん以外は中身を見ても内容が理解できないように細工がされてる優れものなんだから!」

むふー、と鼻息も荒く説明する姉さん。しかしなんでまたこの時期に日記帳なんだろうか。

「そろそろ次のトリップでしょ?その間、卓也ちゃんがどうやって過ごしてたかを書いて、帰ってきた時にお姉ちゃんに教えて欲しいなーって思って」

なるほど、なんというか、初々しい恋人同士の間で行われる日記の交換行為のような、いやいやむしろ先生に提出する生活ノートのほうが近い。先生?姉さんが先生かぁ……。ありだな。

属性的には先生と姉は被らないから併せてもいける。学校でこっそり隠れて姉さんと、というのも中々素晴らしいシチュエーションだ。

「ワイシャツ、タイトスカートに厚手の黒タイツ、オプションで野暮ったいフレームのメガネとかもいいと思うんだけど、姉さんはどう思う?」

「ごめん、卓也ちゃんが何を言っているかさっぱりわからないわ……」

女教師姉さんという素晴らしい発想は姉さんに受け入れて貰えないらしい、悲しい話だ。

しかし次のトリップ、そろそろと言いつつ伸ばし伸ばしになりそうな気がする。どうにも我が家は居心地が良すぎて自発的に長期の外出をしようという気になれない。ここは思い切ってササッと行ってしまうべきだろう。

思い立ったが吉日と言う。受け取った日記帳を脇に置いて、何気なく姉さんに提案。

「姉さん、今日の夜にでもトリップしようと思うんだけど」

「うん、じゃあ、夕方まではゆっくりしようね?」

いいらしい。こうして俺の二回目の修業の旅的なトリップは始まるのだった!まぁ、今時間から準備をする必要も無いので言われるままにゆっくりと食事を続行。

テレビを見たり姉さんと雑談を交わしながらの昼食。今日の夜出発と決めたからには数ヶ月以上一緒に昼飯を取れないと考えると、この食事もかけがえの無いものに思え、と、しまった。

「醤油とって」

「はい、どうぞ。何にかけるの?」

「ん、豆腐にかけてなかった」

冷奴に醤油が掛かっていない。俺は醤油を受け取り、冷奴の上の鰹節にてーっと醤油を垂らす。

「あ、美鳥ちゃんにメール打っておくね?二三日休みを貰ってくるようにって」

「首になるんじゃない?」

「あそこのお爺さんはおおらかだから大丈夫よきっと」

そういうもんか。箸を置いて携帯をカチカチと操作する姉さんを眺めながら豆腐をつつく。平和な時間だ。この状況で数時間後には異世界にトリップするなんて言っても誰も信じないだろう。緊張感が足りないと言われそうだが、家ではトリップは小旅行程度の感覚なのだから仕方ない。

―――――――――――――――――――

「卓也ちゃんこれは?」

「持ってく持ってく。あ、デジカメとか無いかな、前回のトリップだと全部写メだったから画像小さくて」

夕方、トリップの準備として荷物をまとめる。全ての荷物を身体に取り込んでしまっても構わないのだが、手ブラというのも何を名乗るにしても不自然なので、邪魔にならない程度に手荷物を作っているのだ。

と、言ってもそこはそれ。簡易なトラベルセット程度の量はあるので、結局前回持って行った旅行鞄をそのまま使うことになってしまった。何だかんだでこの鞄とは長い付き合いになりそうだ。

しかし今回は前回ほど鞄を抱えて行動するシチュエーションには恵まれないだろう。何しろ今回は巨大ロボット出しっぱなし、戦艦に乗っての生活である。荷物を盗られる心配も無いので前回よりは数段気楽に過ごせる。

「たっだいまー!」

玄関から美鳥の声。どたどたと廊下を走る音を響かせ、スパーンと俺の部屋の戸を開け放つ。無駄にダイナミックな動き、漫画ならページ半分は使う大ゴマで表記されているだろう

「今日出発ってまじで?急じゃね?」

「もう美鳥ちゃんの荷物もまとめてあるわよ?」

「えぇ!?」

なにやらぐだぐだとやり合っているが気にしない、姉さんが美鳥の相手をしているのでこっそりと向こうに持って行く姉さんの写真を選別する。この寝顔とかなかなかいいが、このあいだの雪合戦の時のこれも雪がキラキラと煌めいて姉さんを彩りなかなかに素敵だな。

迷う。そもそも姉さんには暇つぶしの為と言って鞄に入れてあるこのハードカバーの本にしても表紙を差し替えただけの姉さんアルバム。容量にして一テラ程の姉さんの画像データも取り込んであるパソコンに入っているが、写真となると話は別だ。何より懐にでもしまっておけば見たい時にすぐ見れる。

悩ましい。懐に入れておくということはすぐ見れて即座に姉さん分が補充できるだけのクオリティのものであり、なおかつどんな時に見ても均一に満足できるだけの状況を映したものでなければいけない。

ふむ、そうなると手元にある写真を一旦全て取り込むのが一番かもしれない。懐に入れておく写真は後でゆっくり選別するべきか。画像データも全て洗い直す必要があるだろう。

となればもう準備は完了だ。なにやらまだ騒いでいる美鳥を姉さんと説き伏せて、さっさと新たな修行のトリップを始めよう。

―――――――――――――――――――

俺と美鳥はそれぞれの荷物入れた鞄を手に下げ、姉さんの前に座っている。ついさっき美鳥を説き伏せついでにみんなで風呂に入り、これからようやく次のトリップの説明に入るところだ。姉さんも気合いを入れているのか、学帽を頭に乗せモノクルをかけた説明スタイル。

「姉さん、白衣は無いの?」

「忘れちゃったの?この間の『逆上した実験体に襲われる科学者プレイ』で思いっきり融かしちゃったじゃない」

「あぁ~……」

複製しておけばよかったと考えるも後の祭り、姉さんはそのまま説明を初めてしまった。もったいない……。

「まずは前回のおさらいね。前に行ったブラスレイター世界ではおっきな流れ、俗に言う『原作沿いルート』を片っ端から素通り、それでいて目的の獲物は全て手に入れてきたでしょ?」

「ペイルホースにイシスといったナノマシンにガーランドもどきなパラディン、そこらのリアルロボット程度のサイズはあるアポカリプスナイツの機体、オマケでICBMから一部機能だね」

オマケと言いつつペイルホースに次いで応用の利く技術だ。元の状態ではバリアを張る程度にしか使えなかったが、取り込んだ時点でかなり融通の利く物になった。今なら某カブトムシライダーに対抗することもできるだろう。

カブトムシライダーといえばディケイド版カブトの『いつでも帰れる場所がある、だから俺は離れていられるんだ…』というのは俺や姉さんのような行って帰ってくるタイプのトリッパーに通じるところがあるような気がする。まぁ俺の場合姉さんに送り迎えしてもらっているようなものなのだが。

ディケイドといえば、去年の年末に姉さんと一緒にディケイドの劇場版を見に行った時、姉さんが偶に『あそこで手を出さないとああなるのねぇ……』とか『うそ、メインキャラみんな生き残るの?』とか呟いていた事を思い出す。

劇場公開より前にトリップしたのかとか、どういう介入をしたのかといった疑問は尽きないが、なぜうちの倉庫にblackbird flyのピンクカラーバージョンがテレビ放送前から転がっているのかという疑問が解けた。本人からぶん盗ってきたんだな、納得。

「――でね、前回手に入れた技術を万遍無く使えて、技術も特殊能力も手に入る丁度いい世界、これが次のトリップ先ってわけね!」

「おー」

思考を逸らしていると、説明を続けていた姉さんが一本のGBAソフトを取り出した。数々のロボット達が一つの世界観に押し込まれ力を合わせて戦う感じのシリーズなのだが、これはその中でも珍しい、同時にギャルゲ的な要素を含んでいる作品になる。

勘違いされがちだが、このシリーズにギャルゲ的要素が入り始めたのは何もこの作品が最初ではない。初代αなどはバグで意味の無いものになったが好感度システムが搭載されていたというし、同じGBAの前作でもフラグ立てによりヒロインを選択することが出来た。

それになによりもテッカマンブレードを参戦させてくれたのは素直に嬉しい。ああいう等身大の変身ヒーローも大好きなので、ギャルゲ紛いなどと言われても俺の中での評価はかなり高い。一粒で二度も三度も美味しい作品である。

「……んー、なんだか卓也ちゃん、リアクションが薄くない?美鳥ちゃんもしかしてばらしちゃった?」

「いやぁあんなもんでしょ、別にサプライズってほどの行き先でもねーし」

「主人公が軽くハーレムなのは少し気になるけど、そこは正直どうでもいいしね。それより、今回から入る新しい特典があるって聞いたんだけど、向こうでの戸籍とか説明欲しい」

今回は向こうでの戸籍が存在するという説明しか受けていない、具体的な説明をして貰わないと向こうでの初手を間違えてしまうかもしれない。

釈然としない顔でGBAのロムの前に魔法陣的なものを開く姉さんだったが、気を取り直して説明を再開した。

「んとね、今回は最初に主人公たちと行動を共にできないと始まらないから、まず向こうの世界に干渉して卓也ちゃん達の戸籍とか職業とかを捏造してあるの。そこのところは荷物の中にメモを入れておいたから読んでおいて?あと、ちょっとこっち来て」

くいくいと手まねきされるままに顔を寄せると、首に手を回されそのまま唇を重ねる。回数を重ねた甲斐があって流石に歯をぶつけるような無様なことにはならない。

十秒ほど経って、ようやく唇を放す。普段のキスとは違う、何か不思議なものが流れ込んできた感触があった。これは恐らく――

「何か入れた?またAI?」

「んー、今回のトリップの要。あって邪魔にはならないわ」

なんだか事務的な会話になってしまっている気がする。これはあれだな、何かの新機能を受け渡す作業的なものだと双方が分かってしまっているのがいけない。

「じゃ、あたしは先にいってるねー」

美鳥が魔法陣にそろりそろりと頭から入っていく。魔法陣の向こうには何もなく、下半身だけがぬるぬると動いていて気持ち悪いのでケツを押して一気に魔法陣の中に叩きこんでやった。

さて、このまま事務的に見送られるというのもなんだか気持ちが悪いというかなんというか。とりあえずはあれだ、仲の好い男女が行うというあれで行こう。

「姉さん、ちょっと」

「やぁん♪なぁに、卓也ちゃ、んむ――」

姉さんを抱き寄せキス。そのまま姉さんの唇を吸い、舌で丹念に味わう。上唇も下唇も丹念にしゃぶり、味をしっかりと記憶する。

「んぅ、っぷぁ……。くちびる、ふやけちゃうじゃない……」

唇を放し、仄かに頬を上気させた姉さんが抗議の声を上げる。愛らしい、今にでも押し倒したい衝動に駆られるが、それは帰ってきてからのお楽しみとしよう。

「特別な意味の無い『行ってきますのキス』があった方が気合い入るしね。じゃ、行ってきます!」

「もう、気合い入れた分しっかり頑張ってくるのよ?いってらっしゃい、お土産も忘れないでね?」

姉さんに見送られ、魔法陣の中に一気に飛び込む。帰るまでは姉さんの唇の味の記憶を糧に頑張ろう。向こうに行ったらまずは何から取り込むか、土産はどうしようか。

相変わらず水ではない何かに満ちた、海のような空間。もう少しこう、時をかける少女とかそんな感じの不思議空間でもいいと思うのだがどうだろうか。超空間としてのそれらしさが足りないというか。

そんなことを考えつつ、少し下を降りていた美鳥を触手で捕まえて合流。作品世界に出るまでまだ時間があるが、ここでアポカリプスナイツの機体を複製、触手で捕まえたままの美鳥をスケールライダーのコックピットに叩きこみ、俺はボウライダーのコックピットに乗り込む。

ソードライダーはパイロットが足りないからそもそも複製して無い。しかしスケールライダーもボウライダーも十分に強化されているのでまったく支障は無い。

さらばソードライダー、君の雄姿は忘れない。でもきっと核とかぶっぱなしまくる日が来るからノーモアヒロシマノーモアナガサキは守れそうに無い、許せ。

ボウライダーのコックピットでソードライダーに短く黙祷を捧げ、荷物の確認をしていると、スケールライダーの美鳥から通信が入った。通信を開くとモニタにジト目の美鳥が映し出される。

「お兄さぁん、もうちょっと優しく扱ってほしいんだけども……」

「悪い悪い。っと、そろそろ見えてきたぞ」

遥か下に魔法陣、カメラをズームにすればその向こうの景色、平和な街に迫る虫型機械と、それに立ち向かう鉄の城の姿が。多分第一話だろう。凄い、俺リアルにスーパーロボット見るの生まれて初めてだよ!

「ココロオンドゥル、いや心躍るな!」

超合金ZやニューZなどの頑強な素材も魅力的だ。ロボットの装甲はもちろん、人間体時にも武器に防具にと大活躍の予感がする。最終的にとんでもないキメラなロボットが作れるようになるだろう、名前は安直なのがいいな、ベーポルンツマーゲーとかそういうセンスが欲しい所だ。いや、名前付ける必要は無いけど。

「じゃ、まずはバッタをムッコロシて印象をよくしないとねー」

いかにもその通り。この時点のバッタにはディストーションフィールドが搭載されてないので遠慮なく全滅させてやろう。握った操縦桿から機体に融合を開始、浅くも深くも無い程度に融合、これでダメージは回復しないが弾薬は気にしなくて済む。

バッタ程度に気を遣いすぎか?しかし第一印象が大事なのでここはサクッと決めて行こう。今回の出現地点は高度500メートル、この高度から落ちて平気なのか?この強化ボウライダーなら問題なし!

「さぁ行くよ、お兄さん!新生アポカリプスナイツの初陣だ!」

「おうさっ!」

こうして、俺の異世界トリップが再び始まった。


続く

―――――――――――――――――――

全然トリップものっぽくねえぇ!オリキャラがいちゃついてばっか!というお客様はご安心ください、姉はこれから三話程影も形も存在しません。

お久しぶりです。正月開けて休み取れたと思ったら怪我して入院してました。七草粥食い損ねました。

予定としては原作キャラにお菓子で餌付けして手なづけたり組み手をして稽古したりこっそり格納庫で整備の手伝いするふりをして機体をコピーしたりする程度です。原作キャラ盛りだくさんの予定です。あくまで予定です。予定は未定なんです。わかりますよね?HPの『建設予定』みたいなものです。しかしどうやってでも完結はさせまする。俺はトマトだ!

そんな作品でもよければ、作品を読んでみての感想、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイス待ってます。どしどしお寄せください。

次回予告(仮)

主人公、原作主人公のヒロイン(あぶれた奴)を手なづけたい!
主人公、蕎麦にはトッピングをこれでもかと乗っけたい!
主人公、テックシステムを解明したい!

の三本の予定が未定。お楽しみに。








前回投稿から半月以上経過しているにも関わらずこの短さ。お怒りの方もいるでしょうが、すまなかった、許してくれ。



[14434] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」
Name: ここち◆92520f4f ID:4b169ad3
Date: 2010/01/29 06:07
せわしなく搬送トラックが走りまわるドッグの中、俺は旅行鞄を床に置き大きく伸びをした。背骨がポキポキといい音を立てる。流石は俺の身体、人間への擬態はこういう細かいところだけ完璧だ。

地球から月面の宇宙港、宇宙港から月面都市、そこからさらにナデシコが現在停泊しているネルガル重工のドッグまでほとんど座りっぱなしだっただけあって、肩や腕は回す度にポキポキと軽快な音を鳴らしてくれる。

まぁ、元の世界ですら最近はバイク移動なので、ああいう座席に座っての長時間の移動ってのは懐かしく感じる。仮にも宇宙旅行のようなものだというのに懐かしい感覚というのはおかしな話だが。

しかし、今回はゆっくりと大気圏を突破しての移動だったので正常な色の地球が見れて少し嬉しかった。やっぱり自力で突破するのと勝手に突破してくれるのでは色々と違って面白い。

「地球は青かったって本当なんだなぁ」

宇宙船の窓から見える地球は青くてとても清廉な光景だった。なにより頬杖ついてジュースをすすりながら見れるというのがいい。機内食もまぁまぁおいしかったし言うこと無しだ。

無駄に速度を出さなければ自力で青い地球を宇宙から眺められるんじゃないか、呼吸も擬態なんだから宇宙空間でジュース飲めるんじゃないとか浅はかな事を考えてはいけない。宇宙旅行の風情を楽しむことが重要なのだから。

窓がある宇宙船で月に行くということで当然お守りとしてコンパスを懐に入れておいた。蓋を開けるともちろんplease save Kugiriの文字が刻まれている。姉さんは同乗していないがこういうのは一番大切な人の名前を刻むものと相場が決まっている。

そもそも俺も姉さんも美鳥も宇宙空間に出ただけで死ぬほど軟な作りはしていないのだが、相手を思いやる気持ちこそが大切なのだ。宇宙の怖さ、一人の人間の弱さ、そして生命の大切さを忘れては生きていけないとかどうとか。おっと、これは次回作の話か。

もっとも、この無駄に技術が発達したスパロボ世界ではデブリで宇宙船が事故るなんてそうそう有り得ない、どちらかといえばデブリよりも木星蜥蜴に気をつけるべきだろう。

「……余裕ありそうですね」

肩や腰などをぐりんぐりん廻して身体を解していると、後ろから声を掛けられた。それなり以上のイケメンだが、今その表情はやたらと不機嫌そうでなおかつ『俺は憂鬱です』と言わんばかりの暗ぁいオーラを漂わせている。

声を掛けた直後に溜息、するとなぜか必要以上に髪の毛が揺れる。ヅラ疑惑の少年、紫雲統夜。現役高校生の典型的な巻き込まれ系主人公だ。

ある日空から降りてきた巨大ロボット、そしてそれに乗っていた謎の美少女達にこれに乗って戦ってくれと懇願される。初めて乗るにも関わらず動かし方の分かるロボットに戸惑いを覚えつつもなんとか街を守り切る。しかしそれは少年の波乱の日々の序章に過ぎなかったのである!

――ぶっちゃけた話、そこらに転がっている王道ロボット物と大差ない展開だ。しかもハーレム要素があるのだから多少の危険は我慢するべきだろう、そういう要素が無い巻き込まれ主人公だって世間には存在するわけであるし。

ついでに参戦作品の中にいる、似たような状況でガンダムに乗り込んだ少年はさんざん利用された揚句にピンクの御姫様の操り人形である。戦後にそれなりのまともな生活が待っているだけまだしも恵まれているといえよう。

「ちょっと休学してバイトするようなもんだと考えれば気が楽になると思うぞ?」

バイト、というよりも契約社員になるわけだが、危険な仕事なだけあって結構いい給料が貰えるのだ。限られた親の遺産で暮らす苦学生紛いの統夜からすれば願っても無い話ではないか。

「俺は、あんた達と違って戦いとは縁の無い普通の学生なんだぞ。バイト感覚で戦争なんて……」

「いや、縁はあるだろ」

「え?」

呆けたような返事をする統夜。こいつは一体何を言っているのかという顔だが心外である。

「空から巨大ロボが降ってきて、それがピンポイントに目の前に着陸、乗ってみたら操縦方法が分かって、しかもそれはお前にしか操縦できない。これで縁が無いなんて言ったらそこらのスーパーロボットのパイロットはみんなロボットとも戦争とも無縁になるぞ?」

「そんな無茶苦茶な理屈でっ――」

「おーい!」

俺の冗談ともとれる屁理屈に反論しようと声を荒げたところで、先にドッグの中に進んでいた甲児が声を上げながらこちらに駆け寄ってきた。後ろにはJヒロイン三人組とマジンガ―ヒロインの弓さやかも居る。

「二人とも何してんだよ、何時の間にかはぐれてたからビックリしたぜ」

「美鳥ちゃんなんて先に行っちゃってるわよ?」

「ああ、悪い悪い」

美鳥は気にすることも無く先に進んでしまっているようだがこれは予定通り。トイレに向かうふりをしてナデシコの内部探索をしている筈だ。大型の相転移エンジンも取り込んで置いて損は無い。

しかしまぁどうせブリッジで合流するから気にすることも無いだろうに、流石は気配りの出来る主人公タイプ。いや間違いなく主人公なんだが。

「あの……」

おどおどとこちらに近寄ってくる金髪ショートの少女――メメメ。ここは流れとして統夜と何を話していたかを聞かれるのか? とはいえそういうのを聞くのは代表格っぽいカティアだと記憶していたんだが……。

「ケーキ、ありますか?」

「…………チョコケーキでいい?」

「わあ、ありがとうございますっ!宇宙港の売店でも車内販売でも売って無くて、わたし――」

――どうにも今回はしょっぱなから派手に関わってしまったので容易に相手の行動が読めない。確かに個性の一つとしてお菓子好きだった気はするが、この段階でここまで甘党だっただろうか。それとも単純に話してみればこんな性格だったというだけか。

我ながら異様に馴染んでいる気がする。これも第一印象を大事にしたお陰だろうか、それとも姉さんのくれた何かのお陰か。

カバンに手を突っ込み、見えない位置でケーキの入った小型のクーラーボックスを生成、宇宙港の売店で貰ったプラスチックのフォーク片手に期待のまなざしを向けるメメメに手渡しながら、現実逃避代わりにトリップ直後のもろもろの出来事の回想を開始した――。

―――――――――――――――――――

空から地上に向けてダイブ、二回目だが今回も空から飛び降りる形で参戦。地上では丁度マジンガーがバッタを一体ロケットパンチで仕留めたところだった。

「美鳥、主人公機が降りてくる」

「おっけー、索敵するよ。――みっけた。良かったねお兄さん、細いのだよ」

リアル系機体のベルゼルートらしい。しかしよかったねとはどういうことか。落下しながら地上のバッタにボウライダーの両腕の砲口を向け、両腕からそれぞれ一発づつ発射。二機のバッタに見事に命中、原形を留めていないジャンクが二つ出来上がり。

これでもトレーニングルームで操縦の練習をしていたのだ。しかも半ば融合しているから余計に思うがまま動く、生身でなくともこの程度は朝飯前。

街から少し離れた位置にふわりと着地、この魔改造ボウライダーはオリジナルとは一味も二味も違う。あの高度から落ちても平気なのはオリジナルには搭載されていない重力制御装置のお陰。多少の飛行程度ならもはやスケールライダーに乗っけてもらう必要も無い。

「ああいう分かりやすいくらいメカメカしいの好きっしょ?ていうか、Jでは一番好きな機体だって言ってたじゃん」

残り一機のバッタに向けてスケールライダーが急降下、ミサイルやレーザーを放――たない。代わりに翼の両端に増設された球体から光刃を展開、地面すれすれを飛び、すれ違いざまに切りつけた。

付けておいてなんだが、人型に変形しない戦闘機に接近戦用の剣とか、余りにも趣味的すぎる武装だ。ブラスレイター世界の技術だけであれをやるのは無理があるかと思っていたのだが、ブラスレイターの具現化能力と連動させているらしい。努力と研究の賜物だとか。

急降下から切りつけのコンボ、もしかしたら初めて会った日にカウンターで叩き切った事を根に持っているのかもしれない。後で何か御機嫌取りでもするべきか。

マジンガーがこちらに何か言おうとこちらに振り向くが無視して学校傍の林の方に両手の銃を向ける。スパロボのお約束が残っているのだ。

空から林の中に七機のバッタが降りて来る。学校から遠い方のバッタに狙いを付け、両手の速射砲から電磁加速された砲弾を乱射。周りの木々を巻き込みながらも三体のバッタを粉々に粉砕。

とりあえずは、こんなものか?主人公くんがピンチになる為の分は残しておかないといけないし。銃口を上に向け、冷却する為に間を置いている振りをしつつベルゼルートの観察。

「お、動いた動いた」

学校の校庭にうずくまっていたベルゼルートが立ちあがり、ブースターを吹かして飛び立とうと試みている。その動作はおっかなびっくりといった具合で見ている方が不安になるふらつき加減だ。

「酔っぱらい運転みたいな感じやね」

美鳥が見たままの感想を言うと同時、加速を制御しきれなかったのか学校隣りの小さなビルに激突する。あのビルの持ち主は災難だな……。

「どっちかって言うと、ブレーキとアクセルを踏み間違えた教習車じゃないか?」

危なっかしい、まぁ覚醒する前の主人公なら仕方ない。最初に普通の一般人ならどうなるかというのを視聴者、プレイヤーに見せつけることで覚醒後の主人公の異常性とかを見せつけるのにとても便利なのである。たぶん。

ビルにのめり込んだベルゼルートにバッタが迫る。危うし主人公!とはならずにミサイルで見事に撃墜した。動きも先ほどまでと比べてまともになってきている。とはいっても初心者が初めてプレイする初代ACよりはまともといった程度でしか無い。

動かし方を覚えた程度ならそんなもんだろう。俺も最初にボウライダーを動かした時は、とか苦労を思い返したいところだが、いかんせんペイルホース感染者は武器の扱いに関してものすごい適応力を発揮してしまうので語るべき苦労が無い。

多分ペイルホースの機能の一つにゼロ魔のガンダールブもどきみたいな機能が存在するのだろう。そうでなければゲルトしかりヘルマンしかりマレクしかり、いきなりあそこまで斧槍やらランスやら鞭やら鎌を上手く扱える筈が無いのだ。

しかも装甲車の外側から片手で融合して運転ができることからわかると思うが、実はまともに操縦桿を動かす必要すらない。IFSと似たようなものだがこちらは機体に触れてさえいればどこからでも操縦できるという見事なチートぶりである。

つらつらとどうでもいいことを考えながらベルゼルートの獅子奮迅の活躍を見学。オルゴンライフルやショートランチャーを振り回しながら必死にバッタをなぎ払う必死な姿には感動すら覚える。学校を背負ってるから危機感も増し増しなんだろうなぁ。

バッタの位置的に市街地寄りに移動していたマジンガ―は手を出せないがアフロダイが挌闘やミサイルなどで一緒に戦っている。主人公の覚醒イベントが終わったので俺と美鳥も援護に加わり一機一機確実に潰し、ほどなくして全てのバッタが撃墜された。

とりあえずバッタはこれで打ち止め、しかし直ぐに市街地方面に機械獣が現れる。Jはこの小出しにしてくる増援が面倒臭くていけない。いっぺんに出てきてくれればマップ兵器でささっと片付けることができるのに。

それにしても、あの出現地点から考えるに間違いなく市街地を破壊しながらやってきている筈なのだが、バッタ退治は片方の機体に任せて市街地に入る前にどうにかできなかったのだろうか。

「あなたたち、聞こえる?どこの所属なの?味方と思っていいの?」

市街防衛のシステムに首を捻っていると通信が入った。アニメやゲームでみると絵柄があれだから分かりにくいが中々の美人。これがマジンガ―Zのヒロイン『弓さやか』か。健康的で溌剌とした印象の少女だ。

「あたしらは善意のボランティアってとこかなー」

「移動中に街がバッタに襲われてるのが見えたからな。とりあえずあの機械獣どもを倒すまでは付き合うつもりだ」

「ありがてぇ! そっちのはどうだ?」

うお、すげぇ形のヘルメット!画面に映るイッツジャパニメーションって感じのヘルメットを被った濃い顔の少年が映る。マジンガ―Zの主人公にしてパイロット『兜甲児』だろう。なんかもう、もみあげのあたりから特に濃いダイナミックオーラが溢れているから見間違いようが無い。

同時にベルゼルートの方にも回線を開いているのか、俺達では無い方にも問いかけを放つ。こっちも繋いでみるか、確か、ここをこうして……。できた、画面端に赤毛のイケメンと同じく赤毛の美少女が映る。

「あ、え、いや、俺は……」

こちらのかなり戸惑っている赤毛の少年がこの作品世界『スーパーロボット大戦J』の中の主人公である『紫雲統夜』で、

「とりあえず、敵じゃないのは確かね」

こっちの髪型が九十年代の深夜アニメか八十年代のラノベみたいになってるのがヒロインの一人『フェステニア・ミューズ』だ。こいつらはまぁ、特にこれといった印象は無い。しかし予知紛いのことができるサイトロンは面倒臭そうだと思う。

対策はぼちぼち考えるとして、今はとりあえず機械獣退治を終わらせないとな。先行する美鳥のスケールライダーを追いながら、速射砲の照準を機械獣に合わせた。

―――――――――――――――――――

機械獣を恙無く倒した俺達は、そのまま流されるように光子力研究所にホイホイと付いて行ったのであった。

しかし俺はミーティングルームについて行かず、とある人の執務室を訪ねていた。因みに主人公チームの方には美鳥がくっついて行っている。

「これ、つまらないものですが皆さんで召し上がって下さい」

「これはどうもご丁寧に」

白衣のナイスミドルに菓子の入った紙の箱を手渡す。光子力研究所の偉い人こと弓教授だ。ここまで来たからにはこの人に会っておくのが礼儀というものだろう。

因みに売店の類は無いかと探してみたのだが、噂に聞く『パリンと割れるバリアせんべい』は見付からなかった。都市伝説の類だったのだろうか、一箱姉さんにお土産として買っておこうと思っていたのだが、残念だ。

「ところで君たちは偶然通りかかったと聞くが、どこに向かっていたのかね?」

「それには深い事情がありまして、聞いて貰えます?」

あちらの主人公達にくっついて行ってもいいのだが、ここに来るまでにボウライダーの中で確認した姉さん作の行動予定表ではこのように動いた方がすんなりと話が進むと書かれていた。

これで失敗したら目も当てられないが、最悪砂漠の虎相手にゲリラでもしていれば話の途中からでも合流することは可能なのだ。とにかくやってみよう。

「実は俺達……」

―――――――――――――――――――

俺の説明はいたって簡単、単純に火星に向かう戦艦がネルガル重工で完成し、その乗組員を探しているとの情報を聞いて、兄妹で戦力として自分たちを売り込みに行こうとしていたと言うありきたりなもの。

しかし簡単には話は進まない。強化改造が施されているとはいえ、オリジナルとほとんど操縦系統は変わっていないスケールライダーとボウライダー、光子力研究所に運び込まれた二機を弓教授はチェックしていたのである。

「あの機体の操縦系統は、パイロットの身体に改造が必要になるようなものだね?」

「はい。俺も美鳥も機体に合わせて身体を弄ってあります」

「その手術は何処で?」

「以前生活していた施設では全員が手術を受けていました」

こういったやり取りのあと、弓教授は顎に手をあてて考え込んでいる。IFSなんて手軽で便利なものが存在する世界であんな外科改造手術が必要な機体、まともな奴ならば作らないし使わない。

メモに書かれていた設定だと、こっちでの俺と美鳥の両親はずいぶん前に死去して家族は兄妹二人だけ、何らかの研究所を兼ねた孤児院のような施設に預けられて暮らしていたが研究所が潰れ、それ以降は出所不明の機体を駆使して各地で傭兵として働いていた、という一昔前のラノベじみたもの。

そしてこの設定は少し調査すれば数分で調べがつくようになっているとか。おそらく弓教授は俺達が何処かの非合法な兵器の研究所に預けられ、研究所が潰れるどさくさで機体を持ち出し、戦闘能力を生かしてこれまで生活してきた実験体とでも推測しているのだろう。

なるほど、これは便利だ。あの二機の構造を理解できる人が見れば勝手に勘違いして俺達に同情的になり、軍に捕まって実験動物扱いされないように、どこか都合のいい場所に俺達を勝手に誘導してくれるという訳だ。

そして俺達が向かおうとしていた場所は御誂え向き、ただで保護を申し込むのでは無く、木製蜥蜴と戦える戦力、傭兵として。これにスパロボ補正も組み合わされば間違いなくナデシコと合流できる。

流石姉さん、主人公達と一旦離れて教授にだけ説明しなさいというのも、兜甲児や弓さやかに気を使わせない為に別に話したと考えさせることで相手の中のこちらの好感度も上がって二度お得ということか。奥が深い。

「そうだね、この研究所にも協力要請の打診が来ている。甲児君やさやかから聞いた話では十分に戦えるようではあるし、私の方から連絡を入れておこう」

「ありがとうございます」

頭を下げる。いや、本当に感謝しているんだ。うまいこと勘違いしてくれたことにも、見ず知らずの相手の為に手を尽くしてくれるお人よしなところにも。なんだかカタギの人を騙すチンピラ臭い思考だが構わない、たまにはこういう捻くれた考え方をするのもいい経験だろう。

さて、これで間違いなく主人公組みと行動を共にすることになるだろうが、こうなるとミーティングルームの方が気になってくる。美鳥が変な事を言い出していなければいいのだが……。

―――――――――――――――――――

アドバンスのBGMは『て』と『れ』が一番発音的に近い。音質低いとか安っぽいとか言われてもこの中途半端なレトロさがいい味を出してる。

んー、でも流石に周回重ね過ぎて機体に改造の余地がない。なんつーか、作業ゲーになっちまうっつうか。ちょっと戻ってカルビさんルートでやり直そうかなぁ。

ミーティングルームでソファに腰かけたあたしは、ヒロイン三人娘の身の上話を聞き流しながらヘッドホンを付けてDSで遊んでいた。いや、途中までは真面目に聞いてたんだけど、別にゲームで手に入らない情報とかは無い風だったからつい。

ちなみに一応来客ということでジュースは出たけどお菓子の類は出なかった、ま、お菓子を摘まみながら和気あいあいと話すような内容でも無いから別におかしくはない。

そろそろ身の上話も終わったかな? ヘッドホンを外してDSの電源を落とし鞄に入れ、テーブルに置いておいたジュースを一口。でもここでは特に話すことも無いんだよなー、暇だなー構って欲しいなー。

因みに誰もあたしの話題には触れてくれない、場馴れしているように見せちゃったから、傭兵の類だとでも思われてんのかね。そういう設定みたいだけどさ。

「私たち以外にベルゼルートを動かせるのが、ううん、あれをちゃんと扱えるのがあなただけ、あなたと私たちだけだから……」

「だからそれは何でなんだよ!なんでそんなわけのわからない連中のいざこざや、あんなロボットの話に、俺が出てくるんだ!なんで俺が関わりあいにならなきゃいけないんだよ!?」

「いや状況的に見てすげー運命的じゃん、手伝ってやればー?あと、声でか過ぎ、金髪のが怯えてるよ?」

「そうだぜ、女の子相手にそんなにどなるなよ」

「そうよ、男らしくないわ」

グリニャン仮面の中の人の電波セリフに反応し、あーだこーだと喚く紫雲統夜――名前長い、以下あたしの心の中ではヅラってことで――に一言投げかけた。往生際の悪いやつ、厨二病患者なら表面上は拒んだり苦悩したりしながらも内心ではウヒウヒ猿みたいに喜びながら進んで飛び込んでくる世界だっつうのに。

親の遺産で一人暮らしってのが仇になってるよな、堅実派つうかなんつうか。もっと若さを爆発させるべきじゃない?ほら、若さはプラズマって言うし。流石に古いか、こりゃお姉さんの記憶だな。あたしまだ生まれたてだし。

とにかくもっと無軌道な若さを発揮して欲しい。せっかくだから喚き散らすだけじゃなくて大人しそうな金髪を押し倒しちゃうとかさぁ。そしたら監視カメラハッキングして録画してウヒヒぼろ儲けだよまいったね。

「あんたたちは黙っていてくれ、俺は、こいつらのせいで……」

「そんなこと――」

「つか、もしあそこでこいつらが降りてこなかったらどうなってたと思うよ?恩を感じこそすれ、文句を言うのはおかしいんとおもうなー」

あの距離だと間違いなくマジンガ―は間に合わなかったし、アフロダイじゃバッタも一撃で倒しきれなかった。ベルゼルートがいなければバッタのミサイルで学校ごと潰されて終わりだった可能性だって高い。物語上の演出にそういう突っ込み入れるのは野暮だけどさ。

あ、さりげなく薬用石鹸のセリフ潰しちった。でもまぁいいか、どうせこいつ主人公だし、どう転んでも巻き込まれるっしょ。もうどうにでもなぁれ♪

でも三人娘を弁護してる内容だからか僅かな期待の視線を感じる。おっとりした金髪から特にキラキラした眼差しが!こっちみんな。融ける。

「それについては感謝してるさ。でも、これからも戦い続けろなんて無茶苦茶だろ。せめて俺でなきゃいけない理由を聞かなきゃ、納得できるもんじゃないんだよ」

「それも正論っちゃ正論やね。ま、ここで喚いたってどうなるもんでも無いんだしさ、大人しく教授を待っとくのが正解じゃない?」

言いきって、残っていたジュースを飲み干し、頭の後ろで手を組んでテーブルの上にドカッと脚を乗せ寛ぐ。ヅラは口を閉ざし、グリニャンは黙って何かを考え込んでいる。アンテナが立ってないから電波を受信できていないと見た。

電波はその内なりを顰めるけど、好感度上げないとお姉さんキャラにならねーってのは致命的な欠点だよな。途中で口調も変になるし。幸い機体はベルゼルートだし、その内好感度は嫌でも上がっていくだろ。機体との相性も抜群だし。

ダイナミック出身の二人組は不思議そうな顔であたしを見ている。堂々とし過ぎるあたしの態度に恐れをなしたのかな?かな?変な追及が無いのでなんでもいいや。

ちなみにあたしにセリフを遮られた石鹸は、何か言おうとしても上手く理由としてくみたてられないからか、不完全燃焼といった表情で引っこんでいる。やっぱり勢いが命のキャラを止めちゃだめやね。

「お疲れさま、そっちも大丈夫だったみたいね」

「兜、そいつらか。例の連中は」

微妙に静まり返った室内にドアの開く未来的な音が響き、部屋の中に二人の男女が入ってきた。エキゾチックな褐色の肌の美女と精悍な顔つきのいかつい男だ。

えーっと、なんとかジュンと剣鉄也、だよね。プロの方はあまりにも有名だけど、もう片方はあんまり印象に残らないなぁ。なんか、ゲームではずっと二軍だった気がする。機体の名前も思い出せない。

クリア直前のデータが残ってるから見れば分かるんだけど、ここでDS取り出すのもなんか不自然だよね、まぁ合流は後だから気にする必要は無い、かな?

「あ、鉄也さんたちも戻ってたのか」

「あの程度の機械獣ごときに手こずるグレートじゃない。それにしても……」

ヅラと三人娘、そしてあたしを見て、フン、と鼻息。

「兜と一緒に木星トカゲや機械獣を倒したのが、こんなやつらとはな」

プロのセリフにヅラがどこか不満そうな顔をするが特に反論はしない。まぁ、別にパイロットとしての誇りとかそんなのがあるわけでも無いだろうし、こんな奴呼ばわりが気に食わなかったってだけか。

でも、あたしは反論した方がいいのかな。でもそこまでこだわりがある訳でも無いし、いやいやお兄さんを馬鹿にされたようなもんだから多少は気にした方がいいのかな?あ、ここにお兄さん居ないや。ならいいかな。

続いてまたもドアが開き、白衣のひげ――弓教授が入ってきた。その後ろにはお兄さんも――居ない。

「あ、お父さま」

そうお父さま、出番が少ないけど弓さやかのパパさん。じゃなくて、お兄さん、どこ?

「やはり連合軍と東アジア共和国政府の双方から、彼らに関する問い合わせと、引き渡し要請がきているそうだ。いずれはここへも直接踏み込んでくるだろう」

「だと思ったぜ。あのままだったら軍に追いかけられてたな」

「それで甲児くん、さやか。少しは事情を聞かせて貰ったのかね」

その後、事情の説明が終わってもお兄さんはあらわれませんでしたとさ。なにやってんのさ、お兄さん……。

―――――――――――――――――――

光子力研究所の廊下を歩き、案内の矢印に従いながらミーティングルームに向かう。

「いやっは、こりゃこりゃまたまた」

途中で窓の外をマジンガーZ似の機体が飛んでたからもしやと思ったが、まさか本当にグレートだとは。これも日頃の行いが良すぎるからだな。トイレと偽って別行動をとらせて貰って正解だった。こんな早くにグレートの複製を作れるようになるなんて幸運にも程がある。

格納庫の場所は来る時にボウライダーを入れたから当然知っていたし、監視カメラの類もうまいこと誤魔化せた。人に見られても認識阻害の魔法で『居ても不自然ではない』と思わせたから問題なし。

ああでも、遅れた理由とかどうしよう。弓教授にはトイレがどこにあるかわからなかったとか道に迷ったとか言っておけばいいとして、美鳥は怒ってそうだ。甘いものでご機嫌取りしとくか。

監視カメラが周りに無いのを確認して、大きめのケーキを箱ごと複製する。ついでにプチケーキが入った箱も複製、こっちは美鳥にやる分とは別の特別仕様。これが後々利いてくるといいな。

「どうも、遅れて申し訳ありません。話合いは終わりましたか?」

ミーティングルームに入ると、なにやら暗い雰囲気、多分BGMで言えば東方不敗が死んだ時とか、そういう悲しい雰囲気の場面で流れる曲が似合う空気だ。

追い詰められた雰囲気の主人公君が部屋中の人間に見つめられている。これはプレッシャーがかかる。ちなみに教師が学生を職員室に呼び出して指導するのもこれと同じようにプレッシャーをかける為だとか。

つまりこいつは今まさに周りに味方が一人もいない訳で、しかもうろ覚えの原作知識では鉄也やジュンやらに戻っても軍に拘束されてしまうので元の生活にはどちらにしろ戻れないと説き伏せられたところだろう。

「あ、お兄さん!」

テーブルに足を乗せつつ居心地の悪そうな顔でストローを咥えていた美鳥が、ぱぁ、っと笑顔になりこちらにてててっと駆け寄ってきた。こいつもこうしていれば小動物属性臭いんだけどなぁ。

そんな事を考えていると、速度を落とさず俺のみぞおち目掛けて頭からダイブ、しかし遅い、俺に当てたければせめて新幹線程度の速度は欲しい。突撃してきた美鳥を片手でキャッチ、そしてアイアンクローで持ち上げる。

「ぎゃぁ割れる。お兄さん、ちょっと遅すぎだよ。どこいってたん?」

ギリギリと頭を掴まれ持ち上げられつつも自然な態度で聞いてくる美鳥、痛覚切りやがったなコイツ。つまらないので地面に下ろす。

「ちょっと道に迷ってな。で、そこの少年少女らもナデシコ行きで?」

「あ、あぁ、まぁそんなところで決まりそうだけどな。それよりその箱は何が入ってるんだ?」

甲児が戸惑いながらも返事をしてくる。遅れてきていきなり妹(という設定にしてある)とこんな状態では戸惑いもするだろうが、そこはなんとかスルーしてくれるようだ。

「いやなに、みんな頭使って話し合っているだろうと思いまして、糖分の補給を」

テーブルの上に片手に持っていた箱を置き開け、ケーキを取り出した。空気をひたすら読まずに動いているお陰でみんなの注目は惹けた。

喜んで食べる人も居れば警戒して食べない偉大な勇者もいるが、なにも全員が食べてくれる必要は無い。ちらりと視線を三人娘に向けると、目の前に出されたケーキに最初は恐る恐るといった様子だったが、一度口にしてからは美味しそうに食べてくれている。三人の前にだけさりげなく置かれたプチケーキも。

やはり美少女には笑顔が似合う、甘いものは心の隙間を埋めてくれるって誰かが言ってたがこれが正にそれだな。などという善意でこんなことをしている訳では無い。

うん、そう、『計画通り……!』なんだ。済まない、仏の顔もって言うしね。謝って許して貰おうとも思っていない。

でもその不思議ナノマシン配合ケーキを食べたからには、君たちはきっとどの世界の技術でもそうとわからないだろう巧妙な『思考誘導』を受け続けてくれると思う。

殺伐とした世界観でありながらどこか生ぬるいこのスパロボ世界の中で、そういう処置を施されてしまう犠牲者であって欲しい。そう思って、そのケーキを君たちの前に置いたんだ。

じゃあ、原作沿いの旅を始めようか。

―――――――――――――――――――

回想終了。そう、そういえばそうだ。はいはいメメメが原作以上に甘味好きになったのも恐らく洗脳の副作用ですよ。文字通りの自業自得ですよ俺が悪うございました。

俺の横でケーキを食べながら歩いているメメメを横目でちらりと見つつ自己嫌悪に陥る。いやでも、必要な処置だったし仕方ないといえば仕方ない。

問題となるのはサイトロンが見せるビジョンだ。もし将来的に俺が主人公チームに何らかの害を与えるビジョンが見えて、それを密告されたりすると全て信じるかどうかは別として警戒されて融合捕食がやりにくくなる。

まずはこれを防ぐ為に三人娘の思考を弄って、俺や美鳥に対して警戒心を抱きにくく、それでいて馴れやすくする必要があった。それなりに親しくなっておけばそういうビジョンが見えても何かの間違いだと考えてくれる筈。

三人娘に投与されたナノマシンは初期は直接脳の信号を弄って思考をそういった方向に誘導するが、徐々に脳細胞を直接作り替え、プラス評価を強く印象に残し、マイナス評価を忘れやすくする都合の良い物にしてしまう。

そしてもう一つ。光子力研究所で取り込んだは良いものの上手く動かせないと感じたベルゼルートを動かすためには、今の段階では唯一サイトロンに適応している実験体である三人娘の身体の構造を調べる必要があった。

脳以外の部位にも散らばっているナノマシンが、ベルゼルート操縦時の三人娘の身体を分析し、サイトロンコントロールに必要な要素を俺に伝えてくれるという寸法なのだ。

よくよく考えなくても悪魔の所業だろうがそんな事はどうでもいい。ここで問題にしているのは何故このメメメだけにこんなにも変な副作用が出ているのかということだ。

これは美鳥から聞いた話なのだが、メメメが他の二人に物欲しそうな視線を送り、二人の分のケーキを少づつ分けて貰っていたという。

多分、というか間違いなくこれが原因の一つだとは思う。やっぱり動物実験で犬と熊に使っただけなのにいきなり人間に使うもんじゃないか。

たしか、保健所で貰って来た人間不信の犬に投与してみた時はナノマシンの数が多すぎて、餌やって頭撫でただけでとんでもない忠犬になって、次に近所の森の熊で試した時は少ない数のナノマシンを段階的に投与していって、金太郎ごっこができるようになるのに一月掛かった。

今回は早めに懐かせたかったから中間くらいの量にしたんだが、まさか他の人の分まで食べるとは思わなかった。二人から半分ずつ分けて貰ったと考えても今メメメの体内に存在するナノマシンの量は単純に二倍、警戒心はほぼ0と言っていいレベルまで下がっているだろう。

逆に盛られたナノマシンの量が少ない二人は馴れるとまではいかないが、普通に仲間の一人として接して来る程度だ。あ、そう考えると元の量からして多すぎたのか?

しかしこの即効性、場合によってはいきなり好感度マックスな感じにもできてしまうかもしれない。まさに悪魔の発明、ニコポや撫でポの比では無い。脳に直接作用するナノマシンポとか生々しすぎて発禁ものだ。

このトリップが終わったらせめてサルかチンパンジーで実験を再開しよう。そんな事を考えながら、コンバトラーチームと話し込んでいる甲児達に合流すべく脚を動かし続けた。

―――――――――――――――――――

○月×日(無人兵器からビームの雨時々ミサイル、しかし全てDFを抜けられない程度の威力)

『ナデシコに乗り込んでから暫らく経ち、そろそろ火星に到着するかしないというほど地球から遠ざかると、流石に姉さんが恋しくなってきた。荷物の中に仕込んでおいたアルバムを見ようと思い立ち鞄の中を漁っていたらこの日記帳を発見したので航海日誌というものを書いてみる』

『地球圏を脱出する際に軍の追撃を受け、初の宇宙戦闘の実戦を体験したが、トレーニングルームで散々練習したので全く問題は無かった』

『とはいえ、そんなことはこのロボの操縦にかけては天才揃いと言ってもいいスーパーロボット軍団では自慢にもならない。軍の人達だって訓練を積んだプロフェッショナルだろうにあっさりと倒せてしまったのは機体の性能差か指揮官の有能さか。まぁそもそも指揮らしい指揮は受けていないのだけども』

『そういえばその時にふと気付いたのだが、軍のデルフィニウム、そしてこのナデシコに搭載されているエステバリスにも使われているIFSがあれば馬鹿正直にナチュラル用OSを組む必要は無いのでは無かろうか』

『とりあえず投薬やらなにやらで神経加速するよりは、注射一本で思い通りに動かせるようになるIFSの方が格段に優れている筈だ。三馬鹿なんて作ってる暇があればIFSでMSを動かせるようにすればいいと思うのだが、そこのところには俺の計り知れない何かが働いているのかもしれない』

『暮らしてみて実感が沸いてくるスパロボ世界のちぐはぐさ。ゲームで見ている分には面白いが、実際に暮らしてみるとそこら辺の矛盾というものには胸がもやもやとしていけない』

『そんな気分になってしまった時にはボウライダーのコックピットでみんなと一緒にシミュレーションだ。最近は主人公君、いや統夜も積極的にベルゼルートの扱い方を知るために積極的に動いているようで、飯時や非常識な時間帯でなければ大概は相手を見つけることができる』

『そういえば統夜が積極的に訓練を積むようになる少し前に、なにやら落ち込んでいるメメメを廊下で見かけたので、例によって例の如く拾ってお菓子を与えて元気づけてみたのだが、なにやらその事に関してカティアとテニア、そして統夜に感謝されてしまった』

『人から感謝されるのは悪くないのだが、別に善意のボランティアでやった訳ではないので少し困る。俺が三人娘に投与した洗脳・観測ナノマシン、メメメは特に量が多く、詳細なデータを得ることができるので度々データを回収する為にはこういう気配りだって必要なのだ』

『実験用のマウスだってかわいがってやった方がいい結果を残してくれると樹教授も言っている。いや、ここまで露骨な表現だとなにやら不穏当な話をしているように思えてしまう。なにかもっと柔らかい言い方は無いものだろうか』

『では、そろそろ火星に到着する頃合いだろうし、ここらで筆を置いてボウライダーとスケールライダーの調整をしにいこうと思う。機会があったらパラディンもさりげなく作って置いておきたいものだ』

―――――――――――――――――――

ナデシコ格納庫、俺は美鳥と共にボウライダーとスケールライダーの調整を行っている。スケールライダーの調整は終わったのであとは俺のボウライダーの調整だけだ。

「オルゴンエクストラクターは?」

「データが少ない、予備の動力程度にしかならん。あと、サイトロンとの繋がり方がいまいちわからん、暫くはただのお守りだな。そっちは?」

「あたしもダメ、サイトロンってのは何となく掴めて来たんだけどね。まぁ今のところはこんなもんじゃね?」

「仕方ないね……」

調整と言っても普通に計器の調子を見たり内部部品のチェックをする訳では無い、俺がコックピットに乗り込み装甲に包まれた中身の機械部分全てに融合、内部の機械部品に破損があれば破損パーツを取り込み正常なパーツを複製して置き換えるというやり方だ。

ウリバタケさんら整備班の方々には極めて高度なセルフチェック機能があるからあまり弄らなくていいと伝えてあるが、なにやら逆に興味を持たれてしまっている気がする。世の中とはままならない。

実際、あまり中身を覗かれるのは困るのだ。この強化ボウライダー、外見こそ変わっていないが、最初に積み込んだ時とは別モノになってしまっている。

構造材はすでに粗方超合金ニューZに差し替えてあるし、ブラスレイター世界の反重力推進装置を、複製できるようになったエステバリスやナデシコのものを参考に強化、次いで大気圏外での戦闘時に使う為に超小型で高性能になった相転移エンジンを搭載。スケールライダーも似たような改造を施されている。

改造しすぎな気もするが、これでもかなり自重したつもりだ。もし誰の目も気にする必要が無いなら、ボウライダーは両手の速射砲からグラビティブラストを連射しながらディストーションフィールドを張りつつ突撃して超電磁スピンで敵戦艦のどてっぱらに風穴を開ける超兵器になっている所だ。スケールライダーが人型に変形してピンポイントディストーションフィールドパンチを繰り出すのは言うまでも無い。

「ま、外から見た変化は無い訳で、そうそうバレるもんでもないっしょ」

「でもこないだウリバタケさんに突っ込まれたぞ。『被弾した時の破損が減ってるが、なんか改造でもしてんのか?』って」

どうせなら俺にも一枚噛ませろよ、とも言っていたが丁重にお断りした。それはもうお断りの途中で宙返りするほど徹底的にお断りだ。ナデシコ原作のエクスバリスの二の舞にはなりたくない。

あの手のマッドが開発した超兵器は必ずどこかで故障するんだ。西博士とかも技術はすごいが決して自分の機体を弄らせたい相手では無いだろう。流石にウリバタケさんを西博士と同列に扱うには違う気もするが、単なる比喩表現だから深く考えてはいけない。

でもフィールドランサーとかは上手くいってるから、細かい物なら任せてみるのもイイかもしれない。パラディンでも渡してみれば面白いものを作ってくれそうだ。

全てのチェックが終わったのでボウライダーのコックピットから出て格納庫を見渡す。明らかにエステバリスを整備することを念頭に置いている格納庫だが、どういう訳か20メートル程度のマジンガ―もキッチリ収まっている。コンバトラーは流石に合体前の状態だが、それでも狭く感じない。

ナデシコ世界でなくスパロボ世界なので大きな機体も積み込めるようにオリジナルのナデシコよりも広めにスペースをとっている可能性もあるが、ゼオライマーとか来たらどうなってしまうんだろうか。あ、でも分離できるんだよな。50メートルを半分だからマジンガ―より少し大きい程度。意外と入らないでも無いのかもしれない。

ボウライダーの頭部から飛び降り格納庫から出て、廊下を美鳥と並んで歩く。しかし、日記も今日の分は書いてしまったし整備も終った。

「あー、整備終わったからもう本気でやることが無い。暇だ」

姉さんのアルバムも一気に全て見直してしまうのは勿体ない。レクリエーション施設でなんか無いかなぁ。考えていると美鳥に上着の裾を引っ張られた。

「じゃ、食堂に飯でも食いに行かない?」

食堂かぁ、それも悪くないけど。

「意外とここの自販機の照り焼きバーガーが美味くてなぁ」

自販機販売なのにモス並の美味しさ。いや、マックも好きだけど、高級感があるというかなんというか。

元の世界のパーキングエリアとかに置いてある食い物系の自販機のような、微妙にしょんぼりする微妙な出来のものではない。あれとはものが違うのだ。気にならない訳が無い。

「お兄さん、意外とジャンクフード好きだよね。普段は超自然食の割に」

「普段は自然食だからこそだと思うぞ。何だかんだで食事とる回数は食堂のが多いし」

実家だとジャンクフード食べに行くにも電車で二時間以上掛かるから、ここまでお手軽に食べれるとついつい手が自販機に伸びてしまうのだが、パイロット同士の付き合いで訓練後に一緒に食事をとる機会が多いので自然と食堂に行く回数は多い。

まぁ、飯時だからそれなりに人がいるだろうし、世間話でもして時間を潰すのが吉か。

―――――――――――――――――――

でんっ、とテーブルの上に器を乗せる。今日はなんだか麺類な気分だったのでトッピングで様々なバリエーションが楽しめる温かい蕎麦にしてみたのだ。蕎麦の上にはあぶらげにワカメに卵に山菜にコロッケに天ぷら各種にその他諸々、とりあえず食いたい物を片っ端から盛って貰った。

盛って貰う時に揚げ物系を後から乗せて貰う事により、汁の中に沈んでしっとりと味がしみ込む部分と、汁の上にはみ出して汁気を吸わずにサクサクのままの部分の両方が残り、揚げ物を倍楽しむことが可能となる。

「うわっ、なんだそれ……」

「うわっ!なにそれかっこいい!」

「かけそばのトッピングほぼ全部載せ。いやー、多目にトッピング頼んだら何品かおまけしてくれてな」

トッピング増し増しの蕎麦を見て、統夜とテニアが発音は同じなのに全くニュアンスの異なる『うわっ』という言葉を同時に口にした。前者は明らかに乗せ過ぎで無茶苦茶な食い合わせに引き、後者は一つの器にこれでもかと乗せられた数々のオカズに興味津津である。

普通はこんな食い方はしないからリアクションとしては統夜の方が正しいのだが、テニアのリアクションは羨望の眼差しと併せて心地いい。別に受け狙いでやった訳では無いがそれはそれこれはこれ。

しかしこれはオカズがかさばり過ぎて蕎麦までが遠いという欠点もある。早く蕎麦に到達しないとグニョグニョにのびてしまい勿体ない。一部オカズを先に食べ、蕎麦を取り出す隙間を空けなければならない。

手始めにワカメの上に配置されてコロッケの征伐にかかる。噛んだ瞬間にザクッという音をたてるコロッケ、ザクッザクッといい歯ごたえの衣と、中のジャガイモやひき肉、コーンなどを使ったシンプルな味の具が汁気にマッチしてとてもいい。

一気にコロッケ終了、コロッケの下に隠れていたワカメを少し掻き分け、蕎麦と一緒にズゾゾッと一気に啜って食べる。少し柔らかめの麺だが、それをワカメの歯ごたえが補ってくれる。このワカメ、多分乾燥じゃないな。どうやって保存してるんだろう。

どんなトッピングの組み合わせでも美味しく頂けるように蕎麦の茹で具合や汁の濃さも調整されているのかもしれない。箸が進む、これは直感に従って正解だった。

しばらく食べているとごくりと生唾を飲む音が耳に届く。顔を上げるとテニアが厨房の方へ駆け出して行く姿が。

「わたしも蕎麦注文してくる!」

なんて単純な奴だ。こういう奴はグルメリポート番組とか見ると番組終了後にすぐに似たようなものを近所の店に探しに行くんだよな。近所にその店があるなんて状況だったらすぐにでも脚を運んで同じメニューを頼んでみたり。

厨房へと走る後姿を呆れた顔で見送った統夜が、ふと何かに気付いたようにこちらを向いた。

「美鳥ちゃんは一緒じゃないんですか?」

「ん?美鳥が気になるのか。なんだ惚れたか?ロリコンとは頂けないな」

「違う!そうじゃなくて、大体いつも一緒に居るでしょう?さっきも入ってくるまでは一緒だったし」

「いっつもいっつもひっついてる訳でも無いけどな。美鳥はあっちで遊んでるよ」

食堂の一角、やけにどたばたと騒がしいスペースを指差す。先に飯を食べ終わっていたコンバトラーチームが駄弁っていたのだが、それを見た美鳥が、ちょっと確かめたいことがあると向っていったのだ。

「ほーらほら関西人、この匂いがダメなんだろ~?」

「ぬわ臭っ!納豆こっちに近づけんのやめぇ!ちょ、ま、ホンマに勘弁してや美鳥ちゃん!」

美鳥が納豆を掻き混ぜながらコンバトラーチームの十三を追いかけまわして遊んでいる。やはり昔の作品のキャラはコミカルな追いかけっこが様になる。絵柄――もとい人柄の問題だろうか。

しかし遊ぶのは構わないが、追いついたらどうするつもりなのか。無理やり食べさせるのか?まさかぶっかけるとかはあるまい、十三の納豆ぶっかけ画像とか誰が得をするっていうんだ……。

因みに豹馬はそれを見て助けに入るどころか指を指して腹を抱えて笑っている。薄情なのではなく信頼しあっているとかそういう解釈でいいんだろう。

「あれ、止めなくていいんですか?」

向かいの席で月見うどんをすすっていた統夜が俺に遠慮がちに聞いてきた。カティアは統夜の隣でごくごくありふれた定食を食べている。そういえばこいつだけ食べ物ネタを持っていないな、実は味音痴とかあったらキャラとして美味しいのに。

テニアはまだ戻って来ない、蕎麦に何をどれだけ乗っけるか迷っているのだろう。基本この二人が統夜の両脇を固めている。両手に花と言う人も居るだろうが、逆に身近に同性が少ないと不安を覚える年頃でもあるらしく、度々甲児やら豹馬を誘っている。

まぁ、大体の場合において甲児はガールフレンドであるさやかと一緒に食べているので、女だけに囲まれているのとはまた違った居心地の悪さを感じるだろうが何事も妥協は必要だ。

そういった訳で、殆ど気がねなく飯を一緒にできるのがコンバトラーチームか俺と美鳥だということらしい。そうでなければ一人で食べるかだが、流石にそこまでさびしい選択肢は選ばないのが主人公らしさと言えるだろう。

今回は食堂に入った時点で先に注文を決めていた統夜達に見つかり同席しないかと誘われた、というのが今回のあらすじ。それなりに混み合っていたので席を取っておいて貰ったのだが、美鳥の席は無駄になりそうだ。

「いいんじゃないか?ああやってコミュニケーションをとってれば仲間意識が芽生えてくだろうし」

というか、関西人が本当に納豆を嫌いかどうか試したいとかどうとか言っていたが、実際に近づけてみるとその嫌がりようが面白過ぎたというのがあの追いかけっこの原因だろう。リアクション能力の高さが仇となった瞬間である。

身体能力的に美鳥もトンでもになっているから捕まえられない訳は無いし、今はどのタイミングで捕まえるのが面白いか考えながら追い詰めて遊んでいる、ネズミを弄る猫のような状態だ。どうせ十三のリアクションに飽きるか捕まえるかすれば戻ってくるだろうし気にする必要も無い。

「美鳥ちゃんって納豆食べれるんですね。わたし、ああいうネバネバしたのダメだから――」

隣の席でケーキ各種を美味しそうにぱくついていたメメメがずれた発言を――

「ちょっと待った、飯それだけ?」

「そうですよ?」

『それがどうかしました?』とでも言いそうな顔。メメメから視線を外し統夜を、続けてカティアを見る。二人ともから視線を逸らされた。

「ちゃんとご飯を食べるように言ったけど……」

「甘いものを大量に食べないと最近は暴れ出しそうな勢いで……」

気不味そうな表情で言い訳?をする二人。いや、別に責めてるわけじゃないんだが。というか、これももしかすると洗脳の副作用かもしれないと考えれば責める筋合いはない訳だし。

不思議そうな顔でやり取りを眺めていたメメメに、通じるかどうかはわからないが説得を試みる。糖尿になって出撃できなくなりましたとかなったらデータを取ることが難しくなってしまうしな。

「メルアちゃん、普通のご飯は食べないのか?」

「いいんです。女の子は甘い砂糖で出来てるからお菓子だけで生きていけるんです」

なんというファンシーな言い訳。ついこの間まで月で実験体やってたのになんでそんな言い回しを知っているんだ。

「そう美鳥ちゃんに教えて貰いました」

統夜とカティアの視線が一斉に俺に向く。すかさず視線を明後日の方角に逸らし回避。連帯責任というか、保護者である俺の責任になるかそうか。いや大丈夫、まだ逆転のチャンスはある、慎重になれ俺。LP三倍差の状態から逆転でアチーブメントを狙うんだ。

「そうか、じゃあ、ここで食べれるならもうお菓子あげなくてもいいね?」

「え…………?」

かしゃん、という音を立ててメメメの手からフォークが落ちる。その音は喧噪に包まれた食堂の中であるにも関わらず不思議と耳に大きく響いた。

青ざめた顔を通り越して顔面蒼白のメメメが、しばしの沈黙を経てゆっくりと口を開く。

「え、え?なんでですか?だって、卓也さんのお菓子、ケーキとかチョコとか、他にもいっぱい、まだ教えて貰っただけの食べたことのないお菓子もあるのに、そんな……」

焦点の合っていない瞳、視線は不安定に揺れ、唇は震え言葉も途切れ途切れ。心なしか肩も小刻みに震えているような。うむ、見事に洗脳の効果が表れ過ぎているな。

ナデシコに乗ってから毎日15時程に定期的にお菓子で餌付けを行っていたおかげで、俺の出すお菓子に特に強い依存症を起こしている。しかしいくらなんでもこれは行き過ぎだ、絶対にその内アップデート用のナノマシンを作ろう。

「ここで食べれるなら俺が作る必要は無いよね?それに、おやつってちゃんとご飯食べて、それで物足りなかった時に食べるものだし。ちゃんとご飯食べないなら要らないと思うなぁ」

「食べます!ちゃんと普通のご飯も食べますから、だから、だから……!」

じわりとメメメの目が潤む。統夜とカティアからの視線に批難するような感情が混じりだしているし、そろそろ〆に入ろう。

涙目のメメメに猫撫で声で優しく語りかける。表情も意識して極力優しそうな、慈悲に溢れる教会の牧師のように。或いは上手く契約を取り付けることに成功した詐欺師のように。

「よしよし、泣かない泣かない。これからもお菓子あげるから、ちゃんとご飯の時間には普通の食事をとるんだよ? 」

「は、はい!」

涙をぬぐいながら力強く頷くメメメ。ここですかさず言う事を聞いたご褒美をあげることでスムーズにマッチポンプが成立。マッチポンプで合ってるのかこれ?まあいい、ポケットから飴を取り出しメメメの前に差し出す。

「良い子だ。さぁ、ご褒美に飴ちゃんをあげよう」

「はい!あー……ん、おいひいれす……♪」

口を開けて待つメメメの口に直接飴を放り込む。口に入った飴を蕩ける様なうっとりした表情で舐め回すメメメ。着々と警戒心は解かれていっている。

これにて一件コンプリート。反省したメメメはこれからちゃんとしたバランスのとれた食事を取るようになるだろう。しかし、統夜とカティア、そして何時の間にか遠巻きにこちらを窺っていたギャラリーからの視線はなんだか納得できてなさそうな微妙な視線だった。

―――――――――――――――――――

○月■日(晴天なり、多分後からグラドスが降るでしょう)

『何事も無く、とは行かなかったが火星に無事到着。少し前に木星蜥蜴の無人兵器が襲って来たが、まぁここまでは相手も様子見のようなものなので楽勝だった』

『少し前にブリッジでこの星は狙われている発言を聞いた。ロリウェー、行き先はロリウェー、遥か彼方のイエスロリコン、ノータッチ。ロリロリ煩い奴らだ、ボウライダーの荷電粒子砲でなぎ払ってやろうか』

『火星編はここからが本番と言える。これから戦うことになるグラドスについてだが、ここはまぁ細かく言及する必要は無いだろう。自宅のトレーニングルームで飽きるほど相手にしたし、比較的すばしっこい相手だが捉えきれないほど速いという訳でも無い』

『本題に入ろう。生き残りを探しにこれからユートピアコロニーへ向かう所だが、グラドスが攻めてくる前にそこで手に入れておきたいものが存在する。この火星でしか手に入らないものだ』

『後々不必要になるものではあるが、どうせすぐ壊れて無くなってしまうモノ、資源は有効に活用しなければいけない。無駄にしない心がけが大事だとルーが、ルーがやれって、俺は、俺は悪くねぇ!とか書いておくと後々精神的に成長できたりするかもしれない』

―――――――――――――――――――

明かりの少ない地下シェルター、その中でも特に暗い、コンテナの陰になっているスペースに耳障りな異音が響いている。何かを舐め啜りしゃぶり、ゆっくりと噛み砕くような捕食音。締め付け貫き、ごりごりと磨り潰す尋常為らざる非日常の音。

ずるり、ぐち、ぎちぎち、ぎちぎち、ず、ず、こり、ぽき、ぐじゅぅ

久しぶりに聞くこの音、そういえばこういう触手として真っ当な使い方をする機会はあまり無かったな。

「あ、ぁあぁあぁぁ、ぎ、ひ、ゃ、らぁ……」

やはり触手を使う以上は生き物を捕食するのが一番自然だと思うんだがどうだろう。だってほら、こんなによだれやらなにやらよくわからない液体やらを垂れ流しつつ喜んでくれてるし。

全身の細胞への融合同化なんて本来常人ならショック死しかねない痛みが伴うものなのだが、脳味噌に先に少し細い触手を指して感覚を変換している為、ショック死しないが気が狂いそうなほどの他の感覚を得ているはずだ。

どんな感覚かはご想像にお任せする。ただ、この人はこれから俺に取り込まれてこの世から消えてしまう訳であるからして、最後にいい思いをさせる程度の仏心は備えていると言っておく。

「――っ――!ご、お――ほぉぉ――♪」

「良かったなーあんた、これで目出度く地球にいけるよ。他の人に内緒で抜け駆けした甲斐があるってもんじゃない?まぁ地球に行くって言ってもお兄さんの一部に還元されてだけどね」

触手と半ば融合し始めている獲物の肩を叩きながら美鳥が笑顔で話しかける。あ、馬鹿、今下手に刺激を与えるとまずいんだって。

肩を叩かれた相手が身体をぶるりと震わせた。俺は素早く触手を突き刺した獲物の口に柔らかい触手をねじ込む。

「ん、ンんnんnhs2<*`-!”#――――!」

獲物は触手に口をふさがれたままくぐもった言葉になっていない叫び声を上げ、ぐりんと白目を剥いて気絶してしまった。

「感覚が過敏になってるから触るなって言っといたろ?」

「この場合『触るな』は『触れ』じゃね?ていうか、そろそろ引き上げないと怪しまれるよ流石に。他のみんなが近づいてきてるし、そろそろ退散しなきゃ」

美鳥の言葉を受け急いで触手から獲物を取り込む。衣服の類も丸ごと取り込んでしまったが別に支障はない。触手を格納して何食わぬ顔で他の連中と合流した。

「すまん、こっちは駄目だった。そっちはどうだった?」

「そっちもだめだったか……」

合流したアキトや甲児、豹馬などに嘘の報告。やはり他の場所では地球に帰りたがっている人間は見つけられなかったらしい。さっきの人を見つけられたのは幸運だった。

「せっかく火星まで助けに来たってのにこれじゃなぁ」

「木星トカゲだってなんとかできるって言っても信じてくれないし……」

「なーに、実際に目の前で倒して見せれば気が変わるさ」

「うんうん」

見事なプラス思考だ。厳しい戦争の中で心を病まないままでいる為にはこれくらい楽天的な方がいいのだろう。適当に相槌を打ちながらナデシコへ戻る為に各々の機体に搭乗する。

イネスさんをナデシコに迎える傍ら、みんなでナデシコに乗りたがっている人が居ないか探していたのだが、俺と美鳥は運良く周りの空気を読まずにナデシコに乗りたがっている若い女性を見つけることができた。

しかし流石に自分だけがここから出て生き残りたいなどと他の大多数の前で言えるほど肝は太く無かったようで、俺と美鳥を人気のない場所に連れ込みこう言った。

『こんな侵略者に溢れた危険な星に居られないわ、私一人でも地球に帰らせて貰うわよ!』

見事な死亡フラグである。当然の事ながら罠であり、この女性は既に俺の腹の中。A級ジャンパーの生体データを俺に提供してこの世を去った名も知らぬ女性には感謝してもしきれない。

そもそもナデシコに乗りたがっている人を探しに行くというのも適当に火星生まれ火星育ちで、なおかつこの後ナデシコのディストーションフィールドに押しつぶされる人を適当に取り込んで置く為だったのだ。

一人でもナデシコに乗りたがっている人が居るならとりあえず先にその人だけでも連れてくるべきだ。そんな俺の言い訳的発言を聞きつけた一部連中が勝手についてきた時は焦ったが、どうにかこうにか上手いこと他の連中と離れて行動できた。

まさか連中も自分たちが助けようとしたその一人が、自分たちの仲間に食べられてしまったとは到底考えもつくまい。そうしてナデシコに戻りグラドスとの戦闘が開始され、ここは押しつぶされて証拠は残らない。

これでいざという時の回避方法が手に入った。俺の身体が生き物として判断されるか無機物として判断されるかわからなかったので、念のために居なくなっても誰も気付かないA級ジャンパーを取り込んでおこうという計画は何の問題も無く成功したことになる。

スイーツ(笑)とかつけてしまいたくなるほど呆気なく成功してしまった。俺か美鳥の精神コマンドに幸運が無いのが不思議な位だ。後々手痛いしっぺ返しを食らわないか少し不安になるが、今からそんなことを気にしても仕方ない。

あとはCCが必要だけど、これはその内ナデシコに持ち込まれるからどうとでもなるかな。いざとなればチューリップの破片を回収して使うのもありかもしれない。確か人工のCCと違ってオリジナルのチューリップは使っても無くならないんだっけ?どっちにしても複製を作れるから心配する必要は無いか。

―――――――――――――――――――

△月◆日(ザフトが降ってくる予定だけど、できれば遅れてきて欲しいなぁ)

『地下シェルターに隠れていたA級ジャンパーをこっそり取り込み、何食わぬ顔でナデシコに戻った。艦長に地下の施設ごと証拠隠滅を行って貰い、そのままグラドス軍との戦闘に突入。なんだかんだでチューリップの中に逃げ込み、提督と山田を生贄に捧げて見事に地球圏への生還を果たした』

『山田の仏壇――を作るのは面倒なので遺影――を飾ろうにも写真が無いので黙祷を捧げておいた。奴が生きるか死ぬかはこれからの主人公のルート選択次第だが、正直催眠術なり洗脳なりで主人公の行動を制御する気まんまんな俺が居る限り山田との再会はありえないだろう』

『山田は話してみればいいやつだった。奴が死ぬまでに、次郎という名前をジローと呼ぶと左右非対称ヒーローみたいでカッコいいという事に気付かせてやれなかったことだけが悔やまれる』

『まぁ逆にそこだけしか悔やむ場所が無かったとも言える。さらば山田、お前のことは忘れない』

『精一杯故人を偲んだ処で現在の状況だが、俺たちは今回初の接近遭遇となるラダムを見事退け、Dボウイのヌードを拝み、ナデシコはヘリオポリスに半舷上陸中した。俺と美鳥は待機組ということで残念ながら居残りで留守番だ』

『もしも俺が、せめて美鳥が最初の上陸組だったらばブラスレイターに変身して正体を隠して、そこら中を破壊して軍事施設を何としても見つけ出し、建造中のアストレイシリーズを全機複製できるように取り込んで、それでいてロウ達にも渡るようにオリジナルは残してこっそり帰ってきてホクホク顔でコレクションにしていたのは確定的に明らか』

『どうせバスターだのストライクだのは勝手に自軍に入ってくるのでその時取り込めばいいとして、記念すべきアストレイシリーズ最初の機体だし、能力の向上とかそんなのを抜きにしても欲しかった』

『欲しかったが、わざわざぬけ出してまでそんな真似をするのはリスクが高い――ああ、集団生活のなんと煩わしいことか!いちいち怪しまれないようにと行動に気をつけなければならないというのは中々にストレスが溜まる』

『交代まで待てば行けるんじゃないかなどと考えてはいけない、空気を読まないザフトが攻めてくるお陰で前半の待機組は船を下りて買い物をする暇もない』

『人様に迷惑をかけるなとは言わないが、せめて俺に迷惑をかけるのだけはやめてほしいものだ』

―――――――――――――――――――

「っと。こんなもんか」

日記帳を閉じてペンを置き、脇に置いておいた缶のお茶を一口。ホットのものだった筈だが、日記を書くのに時間をかけ過ぎたせいですっかり冷めてしまっている。

手を発熱させて温め直す。これは下手をすれば高温に缶が耐えきれず融けてしまうのだが、絶妙な手加減で熱さ60℃程度に調節完了。何故俺の精神コマンドにてかげんが無いのか理解できない程の見事な手並み。Jにてかげんの精神コマンドが存在しないのが主な原因か。それしか無いか原因。

そういえば精神コマンドを使うほど手こずる事が無いので今のところ気になってはいないのだが、こちらに来て最初に覚えた精神コマンドが『愛』で、次いで覚えたのが『覚醒』というのはどうなんだろう。

まるで俺の人生を現しているような分かりやすいラインナップではあるのだが、現状の最大SP量を考えるとここぞという時にしか使えないのが難点か。早く非常食を手に入れて複製できるようにしたいものだ。

お茶を手にぼーっとしているとコミュニケに着信、モニタを付けると煮え切らない景気の悪い表情の統夜の顔が映った。

「なんか用事か?俺は今暇で暇で仕方ないからどんな用事でも大歓迎だぞ」

「いや、俺、ここで降りるから、挨拶くらいはしていこうかって。……色々と、お世話になりました」

そういえばここで降りようとしてたんだっけか。しかしわざわざ俺のところにまで挨拶にくるとは律儀な奴。こいつとの付き合いって訓練とその後の飯と、あとはメメメの餌付けの時に一緒に居た位か?

「んー、気にすんな。仲間が助け合うのは当然なんだし。船降りても元気でな」

俺のセリフを聞いて意外そうな顔をする統夜。

「止めないんですね。卓也さんは」

「意外か?」

「メルアと仲が良いみたいじゃないですか。てっきり引き留めに加わるんじゃないかって」

どうせ降りる前に戦闘に巻き込まれる運命だから止める必要が無いだけなんだが。

「俺が止める必要は無いな。どうせ三人から引き留め喰らってたんだろ?なんとか撒いたところだろうけど、どうせ降りる寸前にまた引き止められるぞ」

「……俺だって、なんとかしてやりたいとは思ってるんですよ。でも――」

言葉を途切れさせ沈黙する統夜。二週間程度の付き合いとはいえ、もう無関係とは思え無くなってるってこの間三人娘にも言ってたし、色々複雑なんだろう。

「まぁ、まだ降りるまでもうちょい時間があるんだからゆっくり考えればいい。契約の解除とかもまだなんだろ?」

「そう、ですね。なんだかすいません、湿っぽくなって。じゃあ、お元気で」

「ん、じゃ、『またな』」

通信を切る。持ちっぱなしだったお茶の残りを飲み干して缶を握りつぶし、ビー玉サイズまで丸めてごみ箱に放り込み、掌を見る。見つめる掌からじわじわとクリスタル状のボックスがせり出してきた。

テッカマンの変身に必要なシステムボックス、Dボウイがナデシコに回収された時にさりげなく取り込んで複製したものだ。ボックスを掌で弄びつつ、なんとはなしに呟く。

「どこに行っても逃げようなんて無いんだけどな。そういう運命だし」

せめてカルビさんルートなら戦いには巻き込まれなかっただろうけど、そんなもしもの話をしても意味は無い。サイトロンコントロールもまだ習得し終えて無いし、せいぜい死なないようにフォローに回っておこう。

警報が鳴り響く、ザフトがようやくやってきたか。このまま運良く俺も上陸できないかなーとか密かに考えていたが、来てしまったならしょうがない、ジンを蜂の巣にしてストレス発散でもしようか。

―――――――――――――――――――

重斬刀を構え斬りかかろうとするザフトのジンに、マジンガーが両腕を向けた。熱い叫び声がスピーカーから響き、兜甲児の意思が恐るべき攻撃力を持って表現される。

「ロォケットパァーンチ!」

マッハ1.5で飛ぶ超合金Z製の拳を正面からまともに喰らい、胴体に風穴を空けられ爆発するジン。一般兵の量産型MSがスーパーロボットに立ち向かうなんて自殺行為なんだが、どうにも恐れを知らなさ過ぎる。

向こうでは倍以上も大きさの違うコンバトラーに果敢にも立ち向かう数機のジン。無反動砲や粒子砲で一斉攻撃を仕掛けているが、コンバトラーはほとんど無傷、反撃でVレーザーやヨーヨーを喰らって見るも無残な残骸に変えられて行く。

SPTやエステバリスなどの体格でMSに劣る小型機体はある程度まとまって行動し、互いに互いを援護しつつ的確に敵を撃墜している。この辺は見事な連携だ。

美鳥の駆るスケールライダーも、何故か弾切れしないミサイルやバルカン、レーザーをばら撒きながら敵陣を掻き廻し、運良く弾幕を掻い潜って来た機体も光刃で斬り飛ばし、縦横無尽に暴れまわっている。

「俺も気合い入れるか」

ボウライダーを地面から数メートル浮かばせ、滑るように移動しつつ両腕の速射砲から砲弾をばら撒く。超音速の砲弾に全身を食い破られ、穴だらけのスクラップと化す進路上の無数のジン。

遠距離では狙い撃ちにされると思ったのか、一機のジンが片手で突撃機銃を乱射しながら重斬刀を構え、激突しかねない勢いで突撃してくる。しかし、ジンの機銃程度ではこの強化ボウライダーに元から備え付けてあるバリアすら抜けない。

迫るジンを真っ向から受け止める為に速射砲を放り捨て、スクラップと化したジンの上に一旦着地。腕部に折りたたまれて格納されていたブレードを取り出し、頭上から振り下ろされた重斬刀へと叩きつける。

重量差、体格の違いで押しつぶしにかかるジンだが、内部フレームもしなやかかつ頑強になるように手を加えられたこの強化ボウライダーはビクともしない。ガワはほとんどボウライダーと変わらないが、馬力だってもうスーパーロボット同然なのだ、MS相手にパワー負けはありえない。片手のブレードで重斬刀を抑えながら、もう片方の手からボウライダー用に大型化したレーザーダガーを展開、コックピットを貫く。

パイロットを失ったジンがぐったりと動きを止める。それをレーザーダガーで貫いたまま片手だけで持ち上げ、レーダーを確認、背後から接近するジンが二機、速射砲を拾うのも面倒だしこのまま接近戦で押し通ってみるか。切れ味を増す為にブレード表面に超電磁フィールドを展開、レーザーダガーは使わないので消しておく。

先行している方のジンに、持ち上げていたジンを投げつける。MS丸一機分の質量をぶつけられたたらを踏むジン。反重力推進装置に背中のブースターも併用して高速で懐に潜り込み、股下からブレードで切り上げ、投げつけたジャンクごと真っ二つに切断。

ブレードに張られた超電磁フィールドが敵の装甲の分子構造を分解することにより、どんな固い装甲も豆腐を切るように切断することができる。ナデシコにはまだ乗っていない方の超電磁ロボの必殺技、これを使う為だけにブラスレ世界でICBM相手に追いかけっこしたと言っても過言では無い。

真っ二つになったMS二機が至近距離で爆発するが、バリアと超合金ニューZ製の装甲のお陰で傷一つ付かない。と、爆炎に呑まれた俺のボウライダーに止めを刺そうとしたのか、目の前にはもう一機、先ほど後ろから迫っていたジンの片割れが無反動砲を構えている。

発射、迫る砲弾、当たってもダメージはほとんど無いが喰らってやる義理も無い。空中に跳んで回避、そのまま前方に宙返りして接近、ジンの一つ目頭を踏みつぶし、更にそこを足場にして最初に速射砲を捨てた位置まで跳躍、着地。

カメラアイを潰されたジンを放置してブレードを格納、速射砲を拾う。ああもう、もしも人目が無いところでの戦いなら捨てた速射砲なんて拾わずにそのまま複製を作り出して使うのに。面倒ったらありゃしない。

頭を潰されふらついているジンに砲口を向けトリガーを引く。引きっぱなしで暫く放置するとジンは影も形も無くなり、跡には細切れの金属片が大量に散らばっているだけ。

やはりスカッと爽快な威力だが、いかんせん的が脆過ぎる。この『強化ボウライダー・J本編男主人公ルート六話までの技術ちょこっと反映バージョン』の速射砲は、毎分6000発の超合金ニューZ製の砲弾を吐き出す電磁力速射砲。給弾は俺がひたすら複製して行い、弾頭は回収して再利用されると厄介なので数分で塵になるように設定している。

この破壊力を向けるに相応しい、逞しく強靭な敵は何時現れるのか。少なくともあと数話は時間が必要になることだろう。出てこなければ弾頭を代えて威力を下げるとかしないとつまらないかもしれない。

手加減具合について考えていると、ベルゼルートから通信が入った。ほっとした顔の統夜とカティアの顔が映る。

「すいません、助かりました」

「あん?」

ベルゼルートの方をボウライダーのカメラアイで確認すると、俺の目の前に居たジンほどでは無いが、穴だらけになって爆発したと思われるジンの残骸。どうやら目の前に居たジンを貫通した砲弾が、ベルゼルートに接近していたジンに直撃していたらしい。

いかんいかん、どうにも流れ弾を気にせず戦う癖が抜けていないらしい。今回は偶然味方への援護になったからいいが、レーダー見つつ射線を気にして戦わなきゃだめだな。今後の課題にしよう。

「ああ、気にせん気にせん。どうせ暫くは一緒に戦うんだしな」

「そうですね。暫くは……」

「統夜……」

暫くは一緒=まだベルゼルートに乗り続けなければならないという結論を改めて他人の口から聞き、自分で決心して乗っているにも関わらず思わず暗くなる統夜と、申し訳なさそうな顔をするカティア。

さて、これでこっち側の敵は全部片付いたかな。コロニー内だから荷電粒子砲は自重したが、これだけやれれば充分だろう。作戦終了を告げるしまじろう声の指示に従い、俺は悠々とナデシコへと帰還した。

―――――――――――――――――――

△月◆日追記

『ヘリオポリスオワタ。貴重なアストレイが……!』

『思わず『……!』をきっちり書いてしまうほど力が籠った嘆きだと思って欲しい。おのれザフト、許さない、絶対に許さないよ!』

『次回遭遇時は一切の自重を捨ててじわじわとなぶり殺しにしてくれる。もう改造に使った資材の出所とかはその辺の廃材を使ったとでも言っておこう。ザフトが相手ならば多連装グラビティブラストを使わざるを得ない』

『奴らの顔が驚愕と恐怖に醜くゆがむ様が目に浮かぶようだ。とかなんとか妄想していたら少し落ち着いてきた。文章を書く行為には精神を鎮静化させる作用があると思う。流石に多連装は無いわ、機動要塞でも作るつもりか俺は』

『どうでもいいことだが、今さっきエールストライクがコロニーの脱出艇を持ってナデシコにやってきて、その時にこっそり取り込んだので複製できるようになった事を記しておく。後でデブリから資材を回収する作業の時にアークエンジェルにも行けるはずだから、他のストライカーパックと、あとはアークエンジェルの陽電子破城砲もコピーしたいと思う』

『あぁ、アストレイくるか?とか思ってたのになぁ。なんかもうがっくり来たから今日はもうこれ書いたら寝ようと』

―――――――――――――――――――

宇宙空間、使えない大型のデブリを手で払いのけるコンバトラー。豹馬の気分を現しているのか、その動きもどこか嫌気がさしているような荒い動きだ。

「宇宙のゴミ溜まりって聞いたけど、ホントにゴミばっかりだな」

「特に木星トカゲとの戦闘が始まってからは、戦艦や戦闘機の残骸も流れてきますし、噂では破壊されたコロニーの一部もあるそうですよ」

「やれやれ、宇宙でゴミさらいかよ」

どいつもこいつも戦闘とかだと割とプラス思考なのにこういう地味な作業だと愚痴愚痴言いだす。戦うんでは無いのだからして、人死にとか考えずに動かせるんだからもう少し明るく行くべきじゃないか?

まぁ、ひたすらゴミを掻きわけて使える資材が無いかチェックするだけの作業というのは戦闘に比べて非常に地味な作業だからテンションが上がらないか。

「馬っ鹿だなぁお前ら、ゴミさらいじゃなくて、た・か・ら・さ・が・し・♪」

スケールライダーが二本の脚でコンテナを掴み、こちらにゆっくりと投げつけ、またデブリの中へ戻って行く。この世界に来て初めてスケールライダーの脚が役に立つ場面だからか妙に張りきっているなアイツ。

俺達は現在、崩壊したヘリオポリスを離れ、物資の積み込みも中途半端なまま出向したアークエンジェルの為にデブリ帯で撃破された戦艦や破壊されたコロニーの残骸を漁り、使えそうな物資弾薬の入ったコンテナを探している。

そんなもんが都合よく流れているものなのかと最初は疑ったが、所々焦げたりゆがんだりはしているものの、ある程度中身が無事なコンテナはそれなりに残っているようだ。ジャンク屋が繁盛する訳である。

そういえばこの世界のジャンク屋、絶対木星トカゲの戦艦とか無人兵器のジャンク回収してるんだろうな。MSの携帯式ローエングリンランチャーとか作れる連中だし、絶対モビルスーツ用のグラビティブラストとか携帯式ディストーションフィールド発生装置とか作ってるんじゃないか?

作業用のキメラとか、バッタの残骸流用してディストーションフィールドとか使えそう。掘削の効率が格段に上がっている可能性だってある。そういえばナデシコ原作だとドリル付きの無人兵器が火星に居たな。

ああ気になる。レッドアストレイが光電球の代わりにディストーションフィールドパンチとか使う可能性があるんじゃないかと思うだけでジャンク屋に合流したくなってくる。

しかしそんな欲望を無理やり押さえてゴミさらい。今は趣味より実益を優先、全て終わった後に観光で再びこの世界に訪れることも出来ないでは無いだろうし。

「ぱっと見この辺はジャンク屋どももまだ手を出して無いみたいだしな。アークエンジェルに積み込む物資に弾薬程度ならすぐ集まるだろ。なんかに使えそうなパーツを探す暇は充分ありそうだ」

このデブリ帯で木星トカゲの残骸を発見して流用したとか言っておけば、ボウライダーがグラビティブラストを撃ってもディストーションフィールドを張っても言い訳はできるしね。

投げ渡されたコンテナを持っていた他のコンテナにワイヤーで括りつけ一纏めに。今回はデブリの中から資材を回収するだけの任務なので速射砲は持ってきていない。

大きな塊になったコンテナをコンバトラーに押し付け、ボウライダーもデブリの中に突っ込ませコンテナを探しに行く。それっぽい残骸とかも拾っておいて、あとで改造資材の出所の言い訳にしよう。

「鳴無兄妹ほどプラスには考えられんが、これも仕事のうちさ。割り切って働こうじゃないか」

アカツキがエステバリス以上に大きいコンテナを押して運びながら話を纏め、メビウス・ゼロにコンテナを括りつけた。

「そっちまで手伝わせちまって悪いな。なにせ人型の方がこういうのは効率いいからさ、助かるよ」

だからIFSを使えば人型でも簡単に動かせるだろうが、とは誰一人言わない。なにこれこわい。暗黙の了解でもあるのか?恐ろしい世界の修正力を感じる。

でもどちらかといえばガンポッドをマニュピレーターにしてブラディシージとかやるのがお似合いだとは思う。そうすれば荷物も運べて便利だし。いいことづくめでなないか。

「でも、あんまりいい気持ちしませんね。撃沈された戦艦に乗ってたコンテナだって考えると……」

「……そうね」

レーダーにせわしなく動き回るベルゼルートのマーカー、なんだかんだ言いつつも手を休めないあたりは真面目だ。いい気持ちはしなくても戦闘よりはマシだと考えているんだろう。

「でも仕方ないだろ?足りないもんばっかなんだからさ」

「弾薬残したまま死ぬのは無念だろうし、拾って使い切ってやるのが供養になるだろうよ。そうでもしないと……」

「化けて出るわね、軍人たちの怨霊が」

俺が途中で切ったセリフをイズミさんが引き継ぐ。ああ、こういう話題だとナデシコ勢のラブご飯なノリの掛け合いが始まるんだよなぁ。人が何週間姉さん断ちしてると思ってるんだ全く。

テンカワを中心としたナデシコ勢の騒ぎを聞き流し、俺は溜息を付きながらコンテナを探す。こりゃテンション下がるわ……。

―――――――――――――――――――

△月○日(アークエンジェル限定でブーイングの嵐、後、ラダム獣も来るでしょう)

『そんなこんなでブリッツ対策を怠ったアークエンジェルは、人質を使って見事に窮地を脱した訳だけども、今回はこれと言って書くことは無い』

『ブリッツといえば、ミラコロが恐ろしくなるのはゴールドフレームに腕が移植されてからだと思うのだがどうだろうか、ブリッツは回想の度に爆発してるイメージしか湧かないし』

『ミラコロ展開中は見つけることが出来ないが、そもそもブリッツの武装だと今の半分スーパーロボットと化しているボウライダーをどうこうすることが出来ないので驚異足り得ない』

『この世界だとニコル、どう足掻いても死ぬ、よね?ニコルはともかくとして爆発の時に残らなかったブリッツのもう片方の腕の事、時々でいいから、思い出してください』

『今日はこの辺で日記を書く作業は終わりにしておく。この時期はやることが無くて暇で仕方ない。次に取り込みたいのはラダムのテッカマンとゼオライマーなのだが、待ち遠しい、待ち遠しい。とても待ち遠しいので後でDボウイの見舞いにでも行こうと思う』

―――――――――――――――――――

「何を書いてたんですか?」

俺が日記帳を閉じようとすると、後ろからメメメが肩越しに首を出して覗こうとしていた。先ほど日記を書いている途中、突然部屋にやってきてそのままベッドに腰掛け、部屋に置いてあった月面都市の観光案内を特集している雑誌(当然お土産に最適なお菓子を売っている店も特集されている)を読んでいたのだ。

用事があって来たのかどうなのかはわからないが、机に向って何事かしている俺を見て声をかけるのを遠慮していたのだろう。ポヤポヤしているようで空気を読む力はあるらしい。

「よ、読めません……」

空気ではなく日記の事だろう。姉さんの不思議力(ふしぎぢから)によって俺、姉さん、美鳥にしか内容は理解できないのだ。覗かれても暗号解読機にかけられても安心の便利アイテム。人に見られたら、覗かれても大丈夫なように暗号で書いているとでも言っておけば言い訳になる。

「暗号で書いてあるだけで中身は普通の日記だよ。ていうか、暇なのか?統夜ん処に居なくていいのか?」

「統夜さんはカティアちゃんを乗せて他のみんなとアークエンジェルに行っちゃいました。お姫様を逃がすらしいです」

ああ、そんなイベントあったな。美鳥にばっかりやらせてないで俺もJ再プレイするべきか。どうでもいいイベントはとことん忘れてるし。

「つまりあれか」

「はい、おやつを貰いに」

本能直結である。こいつがお菓子好きなのって確か昔に父や母にお菓子を貰った時の記憶を思い出すからとかそんなんじゃなかったか?これじゃただの糖分中毒患者だ。杉田声のメメメとか誰得だ。

まぁ、それだけの理由でコックピットまでお菓子を持ち込む訳は無いだろうし、やっぱり最初に甘党であるという個性ありきなんだろう。父母を思い出すってことはそれだけ頻繁にお菓子を貰っていたなんだろうし。

まぁ、この戦争が終わるまで、最低でもサイトロンコントロールをどうにかできるデータが集まるまで健康でサブパイやってて貰えるなら、後は糖尿だろうとなんだろうとなって貰って構わないがな。

「犬や猫じゃないんだから……」

「わんわんにゃー!ってやったらお菓子くれます?」

手を猫手にして万歳しながら笑顔で奇声を発するメメメ。人間の尊厳をどこに捨ててきた。洗脳の方向性がおかしなことになってる。なんか、これは流石にヤバいんじゃないか?こんな状態でサブパイとか勤まるのか?

「いい、いいから。お菓子やるからそういうのは止め、な?」

部屋の隅に設置した鍵付き冷蔵庫から、あらかじめ複製しておいたチョコレートケーキを取り出し切り分ける。俺の分とメメメの分で二切れ、残りを冷蔵庫に戻そうとするとメメメが残念そうに残りのケーキを目で追う。

二切れで一切れづつと言っても一ホールを四等分した上での二切れ、普通はこれで十分腹が膨れる量の筈、筈なんだが、あれは切り分けた分より残りの半分を食べたいって顔だな。

チョコレートケーキが好きだとは言っていたが、まさかここまでとは。これ、そんなに量食えるもんじゃないよなぁ。甘いものが好きと言ってもそう毎日毎日食べてれば飽きると思うのだが。

俺はチョコレートケーキよりも断然イチゴのミルフィーユが好きだ。丁寧に積み重ねられた層を崩して食べるのは贅沢な感じがして大変よろしい。どうせケーキ食うなら『贅沢してる!』って感じを出したいのだ。

因みに次点はミルクレープ、これも理由は似たようなもの。でもこっちはナイフやフォークで層を切断する時の感触も楽しい。偶に一枚一枚はがして食べることもあるが、層を貫く快感を選ぶか薄いものをぺりぺり剥がしていくフェチズムを取るかの違いでしか無い。

そんな事を話しつつ、それは味の好みじゃないですよねなどと冷静な突っ込みをメメメに入れられているとコミュニケに着信、モニタを付けると金髪のイケメン、ノアルの旦那だ。

「はーいもしもし、どうかしましたか?」

「今いいか?いいな?今すぐメディカルルームにミドリを引き取りに来てくれ。保護者なんだろ?」

「唐突ですね、なんかやらかしましたかい?」

「あー、なんつったら良いのか、まぁ見れば分かる」

俺の問いに微妙な表情をし、しばし考え込んでからコミュニケを操作、モニタにメディカルルーム内の様子が映し出される。

「医務室ってのは、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。清潔で静かで豊かで……って聞いてるかー?」

「がああああ!」

半裸のDボウイを美鳥がアームロックで押さえている。しかし凄い叫びだなDボウイ、マイクが壊れるから叫ばないで欲しい。コミュニケって壊れたら修理に金掛かるか分かんないんだから。

というか、どういう状況なんだこれは。Dボウイがようやく目を覚ましたってのは分かるんだが。何故押さえつけてるのか、何故アームロックなのか。孤独のグルメごっこがやりたいだけかもしれないが。

もうひとつモニタが開いて、こちらには困惑顔のアキさんとシモーヌが。

「眠っていた彼、起きあがると同時に美鳥ちゃんを羽交い絞めにして『おかしな真似をしたらこいつを殺す』とか言ってたんだけど……」

「腕からすり抜けたミドリに逆に腕をとられてあんな状態ってワケ。まだ怪我人だからそろそろ放してやった方がいいでしょうし、早く迎えに来てあげて」

アンナの身代わりって訳か。そういえばあいつ、姉さんから52の関節技と48の殺人技を習おうとしてたな。しかもあいつ自身は間接とか人体構造も割と自由に作りかえられるのでホールドし辛く、相手に一方的に技を掛けられる。

そんな訳で、超身体能力とか抜きにしても、システムボックスを取りあげられて変身できないテッカマンなら軽くあしらえる程度には戦えるのだ。

「はいはい、じゃ、すぐ行きますよ」

通信を切り立ちあがる。Dボウイとの仲は微妙になりそうだな、この接触の仕方だと第一印象最悪だろ……。

「あ、ちょっと待ってください、わたしも行きます」

「急がなくていいよ。多少遅れても問題ないだろうし」

急いでチョコレートケーキを食べようとするメメメを脇目に見つつ、味方テッカマンとどうやって友好関係を築いて行こうか頭を悩ませるのであった。



続く

―――――――――――――――――――

主人公は機械相手にベルリンの赤い雨を使いますがサポAIは投げ、間接が肉弾戦のメイン、必殺技は人間ヘリコプターと宇宙旅行とアームロック。とかいう設定は欠片もありません。後々殺人技も関節技も出てきません。一切引っ張りません。

なんか微妙に文字数が伸びたので一旦切ります。20000字程度が適度で読みやすいってSSFAQ板で言ってたので基本10000字から30000字程度で纏めて行く方針で。

テックシステム解明まで行けませんでしたね。しかも今回は場面も飛ばし飛ばし、一つ一つの場面も長さにばらつきがあるわなにやで反省するべき点が多い。あとこれ手なづけたんじゃなくて洗脳ですね。でも馴れはしたから二つ目標達成。

因みに日記形式を所々挟んでいる所は時間が大幅に吹き飛んでいると考えてください。これも分かりにくいですよね、どうにかしたい処なのでアドバイス募集してます。

とりあえずスパロボ編では要らないエピソード、戦闘シーンも極力カット、主人公やサポAIが関わらない場面はササッと飛ばして進めます。それでも三話内には纏まらないかも。やはり50話オーバーの長編を題材にするのは難しい。

というか、ゲームを舞台にすると小説やらアニメを舞台にした時と違って、あの場面どうだったかな、あのキャラどんな口調だったかなとか疑問に思った時に素早く探せないのが難点ですね。プレイ画面を動画で記録できれば一番簡単なんですが。

今回のセルフ突っ込みコーナーはお休み。弓教授馬鹿にし過ぎ、そんなんで騙されないよ!とか、なんで洗脳したの?とか、なんだよ原作キャラとしっぽりする気まんまんじゃないか!とか、原作ヒロイン寝盗りとか何考えてんの?とか、原作キャラと馴れ合い過ぎじゃない?とか、強化ボウライダーと強化スケールライダーってオリジナルと比べて何がどんだけ違うの?とか、そういった疑問質問を潰さない方が感想とか増えるかな、とかさもしい考えが浮かんだので。

あ、ここまで書いて思い出したのですが、ブラスレ編終わるまでの主人公のスペックとか設定とか書くとか言ってましたが、止めました。設定の羅列読んでも面白くないでしょう?

どうせ能力なんて『超電磁フィールドが使えるから原理的に超電磁斬りもできるよな、タキオン粒子制御してるならクロックアップもできるよな』なんていう拡大解釈ありありな曖昧なものばかりだから書くだけ無駄ですしね。

そんな作品でもよければ、作品を読んでみての感想、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイス待ってます。どしどしお寄せください。

次回予告(予定)

主人公、早くテックセットがしたい!
主人公、流派東方不敗を教わりたい!
みどりちゃん、おふろでみくちゃんにいたずら!

の三本を未定。遅筆だからゆっくりお待ち下さい。



[14434] 第九話「地上と悪魔の細胞」
Name: ここち◆92520f4f ID:04f2501c
Date: 2010/02/03 06:54
メディカルルーム内、Dボウイが眠っているベッドの脇でそれぞれ座ったり立ったりしながら情報をまとめる。艦長への報告はこの後だ。

俺が到着した時、既にアームロックしながらのDボウイへの事情聴取(この場合は尋問と言うのが正しいのでは無いか)は終わっており、怪我が治りきっておらずその上アームロックで体力を消耗したDボウイは現状話せる事を全て話して気絶してしまっていた。

「なるほど、つまりこのタカ……ゲフンゲフン、Dボウイはあのラダムとかいうエイリアンと戦っていて、記憶は無いけどあいつらは倒さなければならない敵だということだけは分かっている、と」

「そ。んで、このアイ……ゴホン、ブレー……んっんぅ、Dボウイは自分が地球の人間であると主張してるってわけだ」

「とりあえず、今聞き出せたことだけでもチーフや艦長達に報告しましょう」

「なんだ二人とも、風邪か?」

ついつい名前で言ってみたくなる衝動をこらえきれず、慌てて咳でごまかした俺と美鳥をノアルが気遣う。原作知識持ちでスパロボにトリップした時から覚悟していたが、これはちょっとキツイ。

他にも未知の勢力を何故か知っているプレイとかすごく魅力的だ。前回ラダムと接触した時も危なかったが、あの時は俺と美鳥で、どっちが『あれはラダム!もう地球に侵攻していたのか……』とかやるのかけん制し合っている間に戦闘が始まってうやむやのうちにどうでも良くなってお流れになったが、今回は長い戦いになりそうだ。

Dボウイの本当に記憶喪失のふりをするつもりがあるのか分からない諸々のボケっぷりとかを見ていると、突っ込みと共に名前暴露ぐらいはどっちかが耐えきれずにやってしまうかもしれない。

ま、名前程度は知っていてもおかしくは無い。この世界の宇宙開発系の雑誌『コスモノーツ』の古いバックナンバーにはアルゴス号の特集記事だって書かれていたし乗組員インタビューで全員の顔写真も乗っていた。

むしろここまで突っ込みが無い事の方が奇跡的な気もする。まぁ、謎の魔人と行方不明の宇宙探査船を結びつけることはそう簡単にはいかないのだろうが。

「いや大丈夫、それよりノアルさん、なんでDボウイ?デス?デビル?」

「ディスティニー!じゃなくて、ヘリオポリス入る前から眠りっぱだったし、ドリームのDじゃね?」

それは二作目。俺の問いにノアルは頭を掻きながら困ったような表情で答えた。

「最初に起きていきなりミドリに襲い掛かったから、デンジャラスボウイなんだが……」

ノアルがちらりと美鳥を見る。美鳥は力瘤を作って見せた。

「あたし、素手でボウリングの玉までなら握り潰せるぜ」

「美鳥ちゃん、すごいです」

「ある意味デンジャラスボウイだったわね……」

メメメが無邪気に称賛し、アキさんが冷や汗をかいている。危険な男ではなく、危険な目に遭った男的な意味ですね分かります。システムボックスが無いテッカマンって、無力だな……。

―――――――――――――――――――

△月×日(快晴、というか熱い。アフリカ暑いじゃなくて熱い)

『ダガーさんマジパネェ。マジンガーやらコンバトラーやらエステやらSPTやらからフルボッコにされたのに死ななかった。できそこないのテッカマンでもあの頑丈さ、やはりテックシステムは取り込んでおくべきだろう』

『ダガーさんもラダム獣どもも問題なく倒した俺達ではあったが、群雲の如く湧き出てくる木星蜥蜴の軍勢を前になすすべなく地球に逃げ降りることとなった。ああいう物量で攻めるのは俺の十八番にしようとさえ思っていたのに、屈辱だ』

『だがこれも集団生活に紛れ込む為には必要なこと、今は耐え忍び力を蓄えることが最優先。いつかここで手に入れた機体の技術を継ぎ接ぎした軍団で、どこぞの月の騎士団でも蹂躙して鬱憤を晴らすことにしよう』

『アークエンジェルにつきあって地球のアフリカに降下したナデシコであったが、アークエンジェルの修理につきあう為に足止めを喰らっている。こういう状況になるとナデシコとアークエンジェルに使用されている技術力の差をしみじみと感じる』

『現在はウリバタケさん他ナデシコの優秀な整備班がアークエンジェルの修理を手伝っているが、パイロットは特にやることが無い。そんな訳で、暇なパイロットの一部はスペースナイツのアキさんノアルさんにひっついてラダム樹の森へ調査に向かうのだそうな』

『なんだかんだで俺も付いて行く事になっている。ここでささっとラダム樹を手に入れておけば、テックシステムを解明してテッカマンの能力を取り込む役に立つだろう。いや、テックシステムの原理自体は既に元の世界で調べてあるから、その実証と言ったところだろうか』

『テッカマンは変身する際、フォーマット時に体内に充填された『テクスニウム』(精製する機能も肉体に付与されると思われる)、及びシステムボックスから供給される『ディゼノイド』を化合させることにより、人体表面に強靭な外骨格を形成する』

『この外骨格が形成される際に、外骨格を形成する分とは別に『ディゼノイド』が体内に侵入、ニューロンに特殊な作用を及ぼし、肉体の反応速度をテッカマンの超高速戦闘に耐えられる速度まで急激に加速させるのだ』

『最後に、一番外側のアーマーやブースターなどの機械的なパーツをシステムボックスの『光=物質変換機能』によって形成、外骨格の一部として組み込み、戦闘用テッカマンが誕生する。というのが設定資料集などに書かれているらしい仕組み』

『システムボックスが手に入っている現在、既に外骨格と神経加速以外は真似出来るのだが、それで正式なテッカマンを再現できるかがいささか不安だった。万が一ボルテッカが撃てないなんてなったら余りにも悲し過ぎるしな』

『ラダム樹には人間をテッカマンにフォーマットする機能がある、つまり、ラダム樹及びラダム獣はその体内にテッカマンを作る上で必要な要素をすべて持ち合わせているということになる。現在不足している『テクスニウム』を取り込み、完全なテッカマンを作り取り込む助けになるのは間違い無いだろう』

『そう、変則的な方法ではあるが、地球に降りて早々にテッカマンを手に入れる算段が付いたのだ。幸先のいいスタートを切れた嬉しさに躍り出してしまいそうである』

『興奮気味に書きなぐっていたから気付かなかったが、先ほどからコミュニケの呼び出しがうるさい、どうやらそろそろ出発らしい。ささっとみんなからはぐれてラダム樹を取り込んでしまうとしよう』

―――――――――――――――――――

ラダム樹の森で雑談。地球上とは思えないグロい光景だが開花の時期までは殆ど無害同然だからか、甲児やテニアなど好奇心旺盛な連中はぺたぺたと触ってうぇーきもちわりーとかなんとかやっている。

ここでなんかの間違いで開花してこいつらが取り込まれたら面白いだろうなぁ。完璧に乗り込むタイプの機体ばっかりだからテッカマンになっても何一つ利点は無いが。

「地球をじゃがいも畑にでもする気かもな。今ごろ奴らお空の向こうでじゃがいもの夢でも見てるんじゃないか」

アカツキやカティア、アキさんやアカツキなどと話していたノアルさんが肩を竦めながらジョークを飛ばす。こういうアメリカ人、アメリカ人か?まぁアメリカ人でいいか、アメリカ人はなんで畑と言ったらジャガイモなのか。アメ公的にはトウモロコシとかでもいいと思うのだが。

やはりあれだろうか。この人も古女房とジャガイモはアイダホよりノースカロライナとか訳分からないジョークも飛ばすのだろうか。ジョークのセンスが合わないというのは面倒臭いものだ。

「ジャガイモもいいけど蕎麦もいいぞ?あれは土地が痩せてても取れるからな、知りあいの住んでる田舎も野菜畑やら田圃やら潰して蕎麦畑にしてなぁ」

「へぇ、ソバってのは畑で作るもんなのか。やっぱり本場の人間は違うな」

今ノアルさんの頭の中ではざる蕎麦が畑になっている光景が浮かんでいるような気もするが、外人さんなら誰もが経験する勘違いだ。訂正するのは野暮ってもんだろう。海老の寿司をシャリごと天ぷら粉に付けて油で揚げるような連中にはお似合いの勘違いだと思う。

「食べられるんですか、これ?」

「おいおい、冗談だよ冗談」

ノアルさんが手を振ってメメメのボケを否定するが、森の奥から戻って来た美鳥が茶々を入れる。

「いや、案外蟹みたいな感じで美味しいかもよ?元の外見があんなんだしさぁ。齧ってみれば?」

「うーん、カニってお菓子じゃないですよね。甘く無いならいいです」

甘ければ齧ったのか。アキさんノアルさんが呆れ、カティアやテニアに注意されているメメメを見ていると、美鳥に服の裾を引っ張られ、あっという間に森の奥に連れ込まれた。連れ込まれたが誰にも気づかれない、何時の間にか認識阻害の魔法も掛かっている。

しばし引っ張られるまま歩く。しばらく歩きみんなからそれなりに距離を取り、ナデシコからも死角になっている森の隅まで来てようやく美鳥の歩みが止まった。

「いやー、メメメがボケキャラで助かったよ」

「連中から距離を取るならトイレに行くとかでも良かったと思うけどな」

わざわざメメメに注目を集め、その隙に認識阻害の魔法をかけてその場から離れるなんてしなくてもそれで充分な言い訳になった。いや、便所に行く時複数人数で群れて行きたがるのが女性の習性と言うし、付いてこられては全員の目から逃れられない。

というか、兄妹とはいえ同じタイミングで便所に連れだって行くとか怪しい気もするしな。ここの判断は美鳥のものが正解だったか。

念のために俺も自前で認識阻害の魔法と人避けの結界を張っておく。ブラスレ世界では多様したが、この世界ではあまり使う機会が無い。認識阻害もせいぜい機密扱いの機体に近づく時に少し使う程度。結界なんてそれこそ今までこの世界では使う機会が無かった。

「で、これなんかいいんじゃないかな」

美鳥が一本のラダム樹を掌でぺしぺしと叩いて示す。他の樹と比べてほんの少し幹の太さなどが逞しい気がする。美鳥には先行してもらい、森の中から健康そうなラダム樹を選別させていたのだ。

取り込んだはいいが何らかの不具合があって、人間をテッカマンにフォーマットする機能が付いていない欠陥ラダム樹でしたなんてなったら目も当てられない。

「さて、こいつをどう取り込むか……」

「ラダム獣は散々相手にしたけど、樹になったラダム獣は触れたことがねーしな」

そう、トレーニングルームで大量にラダム獣を解体し磨り潰し貫き蒸発させてきたが、樹になったこいつらを相手にするのはこれが初めて。下手に刺激して暴れ出しました、なんてなったら、いくら結界を張っているとはいえ騒ぎを聞きつけて他の連中がやってきてしまう。

これ以降船を降りて直接ラダム樹の森に近づく機会はそうそう無いし、ここでしっかりと一発で取り込んでおきたい。もう一度周囲を確認、ボディスーツの隙間、右手首から触手を展開する。

「ラダムの本体は潰さなくていいの?」

「あの虫けらか。脳味噌に入って洗脳ってのは面白いよな。取り込んで今後の参考にさせて貰う」

刃物のように薄く鋭い先端の触手を射出、コンッ、と軽い音を立ててラダム樹の表皮に突き刺さった。刺さった先端が内部で釣り針の様な返しに変形、そこをとっかかりに内部に更に深く侵入。

内部に侵入した触手の先端から細い触手が数本新たに生え、内部を抉り進み、更にその触手の先端からより細い触手が生え、掘り進み、器官の隙間を、細胞の隙間を這いずりまわる。

「外道」

「それほどでもない」

謙虚に返したところでラダム樹の全身に触手が、触手型に変形した俺の身体のナノマシンが浸み渡り終えた。ぐじゅ、と全体のフォルムが崩れ、俺の身体の一部に還元される。

久しぶりの感覚、取り込まずに複製するのと取り込んで複製するのではやはり勝手が違う。小さなラダムの本体、その脆弱な肉体を守る発達した外殻。フォーマットの仕組み、システムボックスの組成、製造方法、テクスニウム、ディゼノイド、知識の植え付け、ラダムの知識、ラダムの本能……。

途方も無い、途轍も無い、これがラダム。果て無く広がる宇宙、君臨する、侵略する、支配する、知的生命体。

「お兄さん」

「ん、……大丈夫。この、程度なら、問題な、い」

ペイルホースを取り込んだ時ほどでは無いが、少し眠い。俺の身体を構成するナノマシンが更新されたようだ。肩を貸そうとする美鳥を手で制し、両の頬を平手で叩いて気合いを入れる。

更新内容は、どうだろうか、自力で確認できる部分は少ない。後で美鳥に視て貰うのがいいか、いや、自力でなんとかしてみるのも面白いか。

「じゃあ、戻る、ぞ」

「ホントにだいじょぶ?なんなら背負うけど」

「いい、いらん。ボウライダーに、乗ってからで、いい」

スケールライダーに合体させれば、ナデシコに戻るまでの時間くらいは眠れるだろう。それから降りるまで十数分程度コックピットで眠っても文句は出まい。どうせ整備やらなにやらは殆ど自力でやってるんだし。

目を瞬かせながら元来た道を歩き、いきなり居なくなった俺達を探していたらしい連中に適当に謝罪しながらボウライダーの頭までよじ登る。コックピットへと倒れこむように入り、そこで意識を手放した。

―――――――――――――――――――

△月◆日(初の分岐点はナデシコルートだった。ここは順当かな)

『つつがなくテッカマンの材料を手に入れることに成功し、ラダム獣の掃討を経てデビルガンダムとの初遭遇を終えた。ここでデビルガンダムに近寄れたら一気にDG細胞を採取しようと思っていたのだが、現実はゲームのようには行かないというのが世の常だ』

『拡散粒子弾の嵐を抜けることができずに、結局距離を取って砲撃し続ける程度のことしかできなかった。訓練で回避力を上げるかボウライダーを更に強化するかしないとデビルガンダム相手に接近戦に持ち込む事は不可能だろう』

『代わりと言ってはなんだが、デスアーミーの残骸からDG細胞の一部を入手することに成功した。どこからとっても同じDG細胞じゃないか、なんて疑問に思うかもしれない。しかし取り込んでみて分かることだが、どうもデビルガンダムのDG細胞に比べて三大理論の全ての性能が劣っている』

『Gガンダム本編終了後に世界中のデスアーミーが集結してデビルガンダムjr.になることから考えて、決して三大理論が劣化しているとかそういうのでは無いだろう。デビルガンダムが十分に進化した状態のDG細胞の塊であるとすれば、デスアーミーのDG細胞は生まれたてで殆ど進化していない状態だと言える』

『つまりは進化待ちの状態だ。未熟な三大理論はこの自己進化によって徐々にオリジナルのデビルガンダムに近い物へと進化していってくれる、筈。そもそもDG細胞を取り込んだ時点で俺の身体のナノマシンにも自己進化機能が追加された訳で、放っておいてもじわじわと能力が勝手に向上していくと考えればこれだけでも中々悪くない成果ではないか』

『ではこれ以降無理やりデビルガンダムの懐に飛び込む必要は無いかと言えばそうでもない。いや、厳密にはデビルガンダムに飛び込む必要は無いのだが、懐に飛び込み接近戦を持ちかけるというシチュエーションだけで考えればもっと厄介な相手に挑戦する必要があるかもしれない』

『知っているだろうか。デビルガンダムjr.は脚部の先端にデビルガンダム四天王の能力を備えたビットを装備しているという。これはデビルガンダム四天王の動作のログや機体のスペックデータがDG細胞に記録されていたからこそ再現できたものだろう』

『そう、『動作のログ』を取ることが出来るのだ。そのログを持ったDG細胞を取り込めば、その動作を再現することも可能になる。優れた格闘家の動作を覚える為に、殆ど体術は我流同然の状態でその優れた格闘家に戦いを挑まなければならない』

『矛盾。世界一固い合金の製法を記した巻物を納めた筒を切り中身を得るには、その筒の中の巻物にのみ製法が記されている合金で作った刃物=斬鉄剣を用いなければならない』

『残念な事に俺は斬鉄剣を所持していないが、ここに集まる仲間の力を借りれば何とかなる。何も筒を切るのは俺でなくても構わない、どうせ中身を活用できるのは俺だけ、有効に使わせて貰うのが余のため俺のためというものだろう』

『因みに、このデビルガンダム出現の少し前にフューリーとの接近遭遇もあったらしい。寝過ごしていなければ、ボウライダー内のオルゴンエクストラクターだけでラースエイレムに対抗できるかチェックできたのだが、残念無念』

『次の接触までにサイトロンコントロールのコツを掴めれば心配する必要は無いのだが、まぁ、突発的に偵察任務などで出くわさないことを祈ろう』

―――――――――――――――――――

今日の日記を書き終え、日記帳を閉じ、ペンを机の上に転がす。今日は部屋に誰も来ていない。少しゆっくりしてから格納庫か食堂にでも遊びに行こう。

ふと、肩を叩かれる。室内には誰も入って来ていないと思ったのだが、忍者でも迷い込んだのだろうか。振り返る、そこには洗面所で毎朝毎晩顔を突き合わせている俺が居た。

「よう俺」

「おう俺。格納庫でドモンと忍が口論してるぞ」

「そうか。手が出そうな雰囲気だったか?俺はどう見る」

「放っておいても手は出ないと思うぞ俺。あれでもガンダムファイターとしての矜持はあるだろうからな」

「止めて好印象を得るのもありか?」

「俺と同じ考えだな、流石俺だ」

「――」

「――」

見つめあう。同じ顔で同じ声で同じ服。恐らく今考えていることも同じ。

「自己増殖の機能は封印だな」

「俺もそう提案しようと思っていたよ」

「流石俺、気が合うな」

しかし封印する前にやっておきたいことがある。気づけば目の前の俺の右手には布巾、俺の左手にも布巾。布巾と布巾を合わせ、左右対称に窓を拭く動作を少しして一言。

「「なんだ鏡か」」

お約束を終えた俺と俺は互いに力強く頷きがっしりと握手。同化して一つに戻り、自己増殖の機能を封印、二度と勝手に増えないように念入りに削除した。

―――――――――――――――――――

ナデシコが重力波レールガンにより落とされてしまったのでこれから陸路でナナフシを破壊に向かう。途中でミスリルの増援――つまりフルメタ勢と合流し、そこから陸路で十時間と少しで山岳地帯を抜けカオシュン基地に出る予定。

メインの獲物は他に居るが、ナナフシのマイクロブラックホールを打ち出す重力波レールガンも取り込んでおきたい。マイクロブラックホールの精製は可能なのだが、一山二山超えて打ち込めるとなれば話は違ってくる。

「いつつ……」

ボウライダーのコックピットで出撃準備をしつつ額をさする。忍をドモンの喧嘩を止めようと間に入ったら見事に二人からダブルで拳を貰ったのだ。

よくよく考えたらここのドモンはスパロボJのドモンであって全てが全てGガン原作準拠という訳では無かったんだな、ファイターでも無い相手にこんなに早く手が出るとは。

しかし、忍の拳からはダメージを貰わなかったが、ドモンから喰らった部分は少し痛い気がする。いくら戦闘モードでは無かったとしてもトンでも無いことだ。これは本気で殴られたら多少のダメージは貰ってしまうかもしれない。

流石は生身の状態でビルを蹴り飛ばして持ち上げる男、とても人間とは思え無い。ドモンに殴られた額をさすっているとダンクーガからの通信が入る。

「へっ、人の喧嘩に割り込んでくるからだぜ」

モニタには拳をさすりながらこちらに悪態を飛ばしてくる獣戦機隊のリーダー『藤原忍』、こいつも喧嘩が弱い訳では無い(町で絡んできたチンピラ複数を一人で叩きのめせる程度には強い)のだが、ガンダムファイターにケンカを売るというのはいささか無鉄砲過ぎるのでは無いか。

「やめな忍。悪いね、うちのリーダーは気性が荒くてさ」

で、こっちが同獣戦機隊の『結城沙羅』、真っ赤な髪が特徴で、あとはシャピロの元恋人、だったか。このスパロボJの世界ではあまり心揺れ動いて寝返ったりとかの展開は無いから気にする必要も無し、今後関わることも少ないだろう。

「いやいや、気にしない気にしない。そっちの人のパンチは痛く無かったしな」

「何だとてめぇ!」

がなりたてる忍を無視して考える。このパンチ一発は後で少し手合わせをして貰えるようドモンに交渉する材料になりえるかもしれない。

いや、そもそも殴った事に対して罪悪感を覚えるほど精神的余裕も無いとか、そもそも勝手に割り込んできたのだから気にする奴も居ないというか、この後起こる師匠の裏切りで精神的に追い詰められてそういう事をする気分では無いとか色々問題はありそうだ。

ま、次のステージではマスターガンダムに突っかかって行くだろうし、そこで隙をついて特攻かければドモンに教わるまでもなくマスターガンダムのDG細胞も採取できる筈。

念には念を入れて留守番の美鳥にも指示を出してある。スケールライダーは飛行専用ユニットだから今回はお留守番、部屋にこもって眠っているとでもしておけばさり気無く艦内から居なくなっていてもばれやしないだろう。

その為にはナナフシを撃破する前に、俺の方でも仕込みをしておかなければならないのだが、まぁこれは楽しみでもあるから気合を入れて仕込むとしよう。

未だモニタの向こうで忍が喚いているので通信を切り、整備班の誘導に従って発進シークエンスに入る。

「鳴無卓也、ボウライダー、出るぞー」

「おう!きばってこいよー!」

脚元のウリバタケさんにボウライダーの手を振り、カタパルトから射出された。

―――――――――――――――――――

ナデシコ原作(漫画版ではなくアニメ版のこと)では脚の遅い砲戦フレームに合わせていたのでかなりスローペースだった。しかし今回エステバリス隊は全機陸戦フレーム、ローラーダッシュのお陰でかなりのハイペースで進める……と思っていたのだが、そうは問屋が卸さない。

ローラーダッシュもバッテリをそれなりに食うため多様できず、空を飛ばなければかなり脚の遅いスーパーロボット達も居る。川を渡る際にもある程度の大きさのある機体なら無視して川底を歩けるのだが、水中適正もそれなりにあるはずのエステバリスチームは何故かゴムボート。

遅々として進まない、とまでは言わないが、かなりもどかしい速度での行軍。俺の乗る強化ボウライダーも脚部にパラディンを参考にホイールを組み込んでいる為、浮かばなくともそれなりの速度が出せるのだが、これでは宝の持ち腐れだろう。

まぁ、それでも作戦スケジュールに遅れがある訳では無いから不満を言うのが間違いなのだが、暇な物は暇なのである。時計を確認、時刻は22時30分、この目の前のモアナ平原を抜けたら夜営。やっとコックピットから出られる。

そこで東方不敗と合流する予定。ここでクーロンガンダムに偽装したマスターガンダムを持ってきてくれていれば話は簡単なのだが、そう上手くは行かないだろう。確か生身でデスアーミーを倒したとしか描写も無かったし、マスターガンダムは偽装無しでカオシュンに隠してあると考えるのが妥当か。

匍匐前進で地面にナイフを突き立てつつ地雷を確認するエステを後ろから眺めつつ今後の予定を考えていると、目の前で這いつくばっているエステから通信。

「こぉら鳴無ぃ!てめぇなに人の後ろで楽してやがる!」

目の前で楽しそうに這いつくばって地雷除去していた赤いエステのパイロット、緑髪短髪の少女『スバル・リョーコ』がモニタ越しに怒鳴りつけてきた。

「ボウライダーってそういうナイフっぽいの無いんだよ。適材適所ってやつで勘弁して貰えない?」

肩を竦めて返答すると、既に足下で爆発する地雷を無視して地雷原を抜けていたマジンガーZからも通信、甲児が余計な事を口にする。

「あれ?でも卓也さんの機体ってブレードついてたよな?しかも超合金ニューZ製の」

超合金ニューZ製のブレードをどこから調達したのかという質問をしない辺りに少なからぬ甘さを感じるが、それが何かの救いになる訳でも無い。

「おいおいおい、話が違うんじゃねぇか?なぁにが『ナイフっぽいのは無い』だと?」

「だから、刃物が無いんじゃなくて、ブレードじゃ長さ的にそういう真似は出来ないって話」

「『ナイフっぽいのが無いふ』ふ、ふふふふ」

マキ・イズミのギャグは総スルー。続けてコンバトラーからも通信。なんだ?俺の個別イベントか?やめろ、こっちに注目するな。目立たなかったキャラが急に目立ち出すのは死亡フラグなんだぞ。

「しかも硬い敵が相手の時は超電磁エネルギーを斬撃に利用している形跡もありますね」

しかも喋ったのは説明キャラの小介だ。止めろ、下手にボウライダーの戦力分析とかされると改造しにくくなる。なんとか話を逸らさねば。

「というかだな」

「んだよ、なんか弁解でもあんのか?」

「ボウライダーで匍匐前進をやるやらない以前に、マジンガーとコンバトラーの通った道を歩けば地雷を気にする必要は無いんじゃないか?」

空気が凍った。匍匐前進を止め這いつくばった体勢のまま動かない赤いスバルエステを横目に、ピンクのテンカワエステ(何故か料理用の食材が詰め込まれた風呂敷を背負っている)が地雷の埋められていた平原を平然と歩いていく。当然コンバトラーやマジンガ―が歩いた後だけを狙っている為爆発はしない。

赤いスバルエステがスックと立ち上がり、モニタの向こうでスバル・リョーコが顔をほのかに赤くしながら遅れを取り戻すぞと息巻いている。スケジュール的に遅れては居ないし誤魔化し方が下手だが、上手いことみんなボウライダーの話は忘れてくれたようなので突っ込まないことにした。

ちゃっかりコンバトラーとマジンガーの後ろを歩いていたアマノとマキがリョーコエステの匍匐前進に突っ込みを入れていなかったことにも誰も突っ込みを入れなかったが、これも気付かないふりをするのが大人の対応だろう。

―――――――――――――――――――

「やまーっをこーえってゆーっくよー♪」

焚火を囲んでみんなで合唱。……合唱?なんで歌っているか分からない、林間学校みたいなノリなのだろうか。学生時代も時折こういうイベントがあったが、俺は今一乗りきれなかった。

せめて海がある場所ならいいのだが、山だの川だのは身近にあり過ぎて態々イベントで行こうという気にもならないし、行った処でテンションは中々上がらないものだ。

同じ理由でPS2の『ぼくの夏休み』シリーズも買う気にならない。主人公もお年頃なんだし、夜中に親戚の姉ちゃんの部屋の前で聞き耳を立ててコフコフ興奮したり、せめて村から脱出して隣町の本屋にエロ本立ち読みに行くイベントを入れるべきではないか。

ミスリルから合流した連中は辺りを交代で警戒しているが、クルツに雅人は女性陣と肩を組んでノリ良く歌っている。これはだらけているとかじゃなくオンオフの切り替えがしっかりできている証拠だと思いたい。

用を足しに行くと言い残しその場から抜け出し、対デビルガンダム、対マスターガンダム用の仕込みを済ませる。森の中に入り、辺りを見回し人の気配が無い事を確認、更に人避けの結界も張る。

その上で触手を地面に突き刺し、辺り一帯の地面の中に兵隊を埋め込む準備。数は、500も居れば足りるとは思うが、テストも兼ねているから700ほど複製しておこう。

この辺りはコンバトラーが派手にコケでもしない限り踏まれたりはしないだろうが、念には念を入れて触手をやや深めに埋めて、触手を分岐させて、広げて広げて、地中の土を取り込んでスペースを作りつつ複製。

まずはこれで100。一か所に纏め過ぎるのもなんだし、もうちょい埋める場所をバラけさせるか。少し歩いて辺りを見回し、結界を張り、触手を地面に埋め込み先ほどと同じ工程で複製。以下数回繰り返し。

きっかり700、オマケでもう77ほど複製を作った処で終了。ついでに小も済ませて宣言通り。川で手を洗ってハンカチで手を拭う。

「よし、こんなもんだろう」

「なにがこんなもんなんですか?」

振り返ると、手に焼きマシュマロが大量に刺さった串と、焼きマシュマロをクッキーに挟んだものを両手に持ったメメメが居た。

「そういうのを聞くのは野暮ってもんだから、覚えておくように。そっちこそこんな所で何を?」

それも両手にお菓子持ちっ放しで。月夜の河原で両手にマシュマロを持って立っているという情景は、メメメがそれなり以上の美少女であるという要素を加味してもシュールでしかない。

「あ、はい。マシュマロのお礼を言おうと思ったら居なくなってたから、つい探しに来ちゃいました」

コックピットに持ち込んだお菓子を行軍中に食べきってしまったらしく、なおかつテンカワも流石に甘味系の材料は持ってきていない。統夜に宥められながら涙目で『おかし……』とか呟いて幼児退行していたので、小腹が空いたら食べようと思って持ってきていたと偽ってマシュマロを渡したのだ。

当然このマシュマロも複製。元の世界で買った何の変哲も無い既製品だが、糖分切れを起こしていたメメメと、宥め切れずに困り果てていた統夜には大変感謝された。

今回の行軍では移動スピードがキモとなる。しかも空は飛べないとあって移動力を上げることのできるメメメを乗せてきたらしいが、まさか大きなリュックいっぱいに詰まっていたお菓子を片道の途中で平らげてしまうとは流石の統夜も思ってもいなかったらしい。

そもそもコックピットにお菓子を持ち込む事を容認している時点でおかしいとかリュックいっぱいのお菓子が数時間で腹の中とか突っ込み所は多々あるが、まぁメメメがベルゼルートに乗ってくれるなら特に文句を言うつもりは無い。

今回の出撃で平均的なサイトロンコントロールのデータはほぼ完全に手に入った。できればラースエイレムキャンセラーを機動する時のデータも欲しいのだが、そういう本格的な戦闘の時は機体との相性的にカティアを乗せているだろうからそうそう上手くいかない。

「統夜は?ベルゼルートで待機してなくていいのか?」

「統夜さんはミスリルの傭兵さんと一緒に見張りです。それに、いっつも統夜さんやカティアちゃんやテニアちゃんと一緒に居るわけでもないんですよ?」

これでも年頃の女の子なんですから、とはにかみながら言うメメメ。両手にお菓子を持っていなければそれなりに決まったろうに……。

マシュマロ二刀流で『決まった――!』とでも言いたそうなどや顔をしているメメメにどうリアクションを取ろうかと悩んでいると、向こうから爆発音。東方不敗が登場してデスアーミーを撃破したのだろう。

「トラブルだな、機体に戻るぞ」

「……はぁい、あむ」

何の反応も見せなかった俺に不満げな表情のまま焼きマシュマロに齧り付くメメメを連れ、機体のある夜営地へと向かう。不満げな顔で頬いっぱいにマシュマロを頬張るメメメに問いかける。

「それ、美味いか?」

「普通です……」

しょんぼりするメメメ、それでも無いよりはマシと頬張り続ける。太れ。

「だろうな」

焼きマシュマロは焼きたてが命、長時間持ち歩いて良いことは無いのだ。歩きながら頭の中に直接複製した通信機で美鳥に準備完了の知らせを送る。これから隙を見てナデシコを抜け出すとの返答が返ってきた。

美鳥も変身した状態での移動速度はかなりのもの。今から出ても俺達がカオシュンに到着する頃には合流出来るだろう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

その後、夜明けにカオシュン基地に到着した。俺は加速が使えないのでナナフシ一番乗りとは行かなかったが、最悪完全破壊後にでも残骸を取り込んでみればいい。ここはSPを温存しておく。

ナナフシに一番乗りで到着したのはベルゼルートだった。スーパー系とASとエステバリスという移動速度的に微妙なラインナップの中ではまぁまぁ速い方だとは思っていたが、あの移動力は明らかにおかしい。

メメメを乗せた時の移動速度はゲーム換算にして+1、強化パーツで言えばブースター並み。しかし今のベルゼルートの移動力は明らかにブースターではなくメガブースター並み、メメメの性能に変化があるのか、それとも追加パーツでブースターでも付けていたのか。

それはさておき、目の前の状況に思考を切り替えよう。デビルガンダムと、その前に立ちふさがるマスターガンダムに向けてシャイニングガンダムが拳を突き付けている。

「うるさい! 俺の師匠は、こんなことをする男ではない!貴様は師匠の名をかたるニセ者だ! デビルガンダムともども、貴様を倒す!」

シャッフル同盟が空気を読んで後退し、マスターガンダム率いるデビルガンダム軍団との戦いが始まった。デスアーミー軍団は簡単に破壊できるし回避もそれほどではないから良い、デビルガンダムもある程度距離をとれば安心。

金棒型ビームライフルで殴りかかってきたデスアーミーのどてっぱらをレーザーダガーで貫き、そのデスアーミーを盾にビームライフルを防ぎつつ距離を取る。

ある程度デスアーミーの群れから離れたところでダガーに刺しっぱなしの残骸を投げ捨て電磁速射砲でまとめてなぎ払う。流石にジンほど軟らかくは無いので多少撃墜し損ねたヤツも居るが、、あちこちを穴だらけにされ動きが鈍った機体は他の機体が止めを刺してくれる。

そんな風にデスアーミーを片付けつつ、群れの隙間からマスターガンダムに電磁速射砲を当てていく。更にASやエステへの援護攻撃で削りつつ一定の距離を保つ。まだ、まだだ。あと少し、あと少しでチャンスが来る。マスターガンダムに接近戦で一撃を当て、DG細胞を採取するチャンスが。

マジンガー、コンバトラー、ダンクーガはデビルガンダムにかかりきりでマスターの相手は出来ていない。エステやM9、そして俺のボウライダーはマスターガンダム相手では遠距離から援護射撃に専念するのが精いっぱい。

援護付きとはいえ殆どシャイニングとマスターガンダムの一騎打ちのような状況。未だに未熟なままのドモンでは分が悪い。機体性能差(この時点でシャイニングはほぼフル改造済み。改造資金のために匿名でナデシコに金塊を送りつけているのだ)で持ちこたえてはいるが、ごり押し感が大きいのは否めない。

しかしそれでも決着の時は来る。まだ怒りのスーパーモードしか使えない筈のドモン、そのドモンの放つシャイニングフィンガーソードがマスターガンダムの腕を斬り落とした。

「なんと!?ぬぅぅ、よくもやってくれおったな……」

流石にこの場は不利と見たか、マスターガンダムが撤退しようとした、その瞬間、この瞬間、この瞬間が実に良い、この時こそが絶好の機会。攻勢から引く体勢に気持ちを入れ替えるその瞬間が!

「ここは引い、ぬあぁぁぁ!!」

山間からマスターガンダムへ向けて幾条もの光線が降り注ぐ。ギリギリのところで避けようとしたようだが範囲が広すぎたのか回避しきれていない。残ったもう片方の腕も潰され、ブースターは全損、脚部も片方が腿の半ばでひしゃげている。あの状態では歩けるかどうかすら怪しい。

『俺への』増援だ。美鳥が作ってくれた絶好のチャンス、逃す手は無い。レーザーダガーを消し、DG細胞採取用に更なる改造を施したブレードを展開する。デスアーミーはほぼ全滅、遮るものは何もない。

通信から、みんなの驚愕の声が伝わってくる。事情を、からくりを知らない者からすれば絶望的な光景だろう。

「あれは!」

「……うそでしょ」

「そんなの、ありかよ!?」

――――――――――――――――――――

お兄さんからの通信を受けてから数十分後、あたしはようやくお兄さんが仕込みをしたという森に到着した。

抜け出すのに思いのほか手間取ったのが原因。なにやら戦艦の中の待機組はウリバタケのコスプレコレクションで気分を出す……じゃなくて、気を引き締めるとかなんとか言って、しまじろうと一緒に武者鎧を着せられる所だった。

なんとか逃げ切り、しまじろうに『部屋で寝てるから放っておいて』と伝え、コミュニケも外し机に置き、部屋には眠っている私が見える幻影を残し、壁に融合しながらどうにかこうにか外に出て強化マレクレイターに変身、山の中を最短距離でかっ飛ばしてようやくここまでこれたところ。

森の中を歩く。反応を見る限り、円周上にぐるりと数百体の兵隊がポツンポツンと小分けに埋められている。いくらなんでも作り過ぎだよ……。

「お兄さんもあれで派手好きだからなぁー、女の趣味は普通なのに」

でも近親は普通の内に入るのかな。お兄さんとお姉さんの知識だと当然みたいな感じだけど、他の新聞配達の人とか駐在の人の話だとどうも一般的な恋愛では無いらしい。少し自分で情報を集めてみようかなー。

「さて、じゃあ、出撃の準備だ。起きろー」

あたしの命令を受け、地面からぼこりと土を捲り上げながら次々と腕が生えてくる。やがて全身を地上にさらけ出したそいつらは、人間の裸体に金属質の装甲を貼り付けたような身体に、目も鼻も口も耳も無い頭のっぺらぼう。

位階の高いブラスレイターにもなれるあたしとお兄さんの言う事を聞いて働く忠実な僕。総数は777体。ブラスレイター世界でお兄さんが作った継ぎ接ぎの強化デモニアックではなく、見た眼は殆どなんの変哲も無い下級デモニアック。

しかし、777体全てが脇の下にはクリスタル状の組織が埋め込まれており、あるものを首から下げている。簡素な紐で括られた、月光を受けて淡く輝くクリスタルのボックス。

あたしも懐からクリスタルを取り出す。下級デモニアックが持っているものとは違う、お兄さんお手製の強化済みの物。

「ふへへ、お兄さんのお手製、あたしだけの……」

何故だか嬉しい。思わず薄紫のクリスタルにキス。顔がニヤケてしまう。だんだんテンションも上がってきた!ふしぎなちからがみなぎるみなぎる!

「行くぞ下僕どもぉ!」

クリスタルを力いっぱい天に掲げる。あたしの動きに合わせ、下級デモニアックどももクリスタルを手にポーズを取る。

見てろよこの世界のキャラども、見ててよお兄さん。これが、これが!この世界に来てお兄さんが手に入れて、あたしに託した力だ!

「テックセッタぁーッ!」

―――――――――――――――――――

マジンガーが、コンバトラーが、エステ隊が、ベルゼルートが目を奪われている、山の中から駆け降りて、あるいは低空を飛びながら近づいて来るモノ。

紫色の甲冑を着た騎士のようなモノに率いられる、灰色の装甲を身に纏った魔人の軍団。総数数百の――

「テッカマンの、大群!?」






続く

―――――――――――――――――――

続くんです。

言いたいことは分かります。予告の三分の一か三分の二程度しか進んでないのに何故投稿したの?とか言いたいのでしょう。しかも長さ的には前回の半分。

仕方ないのです。だってSS書くなら一度はこういういかにも『次回を待て!』って感じの引きをやってみたくなるものじゃないですか。サポAIのシーンがまさにそんな感じだったのでついついやってしまったのです。

欲望のままに途中で切ったり無駄に伸ばしたりするので長さのばらつきには目をつむって頂ければ幸いです。

セルフ突っ込みタイム。マジンガーやらコンバトラーやらエステやらSPTやらからフルボッコってストライクは?→アークエンジェルに戻って換装してる間にステージクリアです。というか、ナデシコクルーの機体は改造済みですがアークエンジェルには流石に金が行って無いのであまり活躍できませんでした。

資金提供、金塊郵送について。文脈的に味方はある程度改造してある筈なのにマスター相手に苦戦してるのは何故?→資金的には二週目以降、パイロットは一週目といったような状態なので、歴戦の戦士相手に楽勝とはいきません。

精神コマンド、SPについて。主人公の感覚です。なんとなくこれぐらいかなーで残りSPや消費SP量が分かります。使い方に関しては次回。

そんなわけで次回は続き、カオシュン編決着と満を持してゼオライマー登場まで。遅筆なのでゆるりとお待ちください。



[14434] 第十話「悪魔の機械と格闘技」
Name: ここち◆92520f4f ID:63b0d291
Date: 2011/02/04 20:31
「テッカマンの、大群!?」

テッカマンの大群がこちらに、いや、デビルガンダムに向けて突撃を開始。エステ隊、コンバトラー、マジンガーは突如出現したテッカマンの大群に気を取られ、シャイニングはボルテッカの巻き添えで行動不能、ダンクーガはデビルガンダムを抑えるのに精いっぱい。ここがチャンスだ。

アニメ本編においてクーロンガンダムからマスターガンダムへモーフィングするシーンから察することができるが、マスターガンダムもまたDG細胞の塊である。

どこでもいいのでマスターガンダムの機体の一部を切り取って回収できれば一番手っ取り早いのだが、これは戦闘後に切り離された残骸に近寄らなければならない為大変目立ってしまう。

他の連中に怪しまれずにマスターガンダムのDG細胞を採取するには戦闘中にそれと分からないさりげなさでマスターガンダムの一部を取り込まなければならない。

そこで今回の改造ブレード――電動鋸を使用する。この絶妙に目詰まりしやすい構造の電動鋸を使う事により、DG細胞の削りカスを流れるような自然さでボウライダーの中に取り込む事が出来る。

今までのブレードと違ってかすりでもすればDG細胞を削り取ることができるという利点もある。今回は増援のお陰で楽に近づけるが、間に合わなかった場合は最強のガンダムファイター相手に接近戦を挑まなければいけなかったのだからこれぐらいの用心は当然だろう。

電動鋸型ブレード起動、重力制御装置により『前方に落下』しながら更にブースト全開で突撃をかける。狙いはスクラップ寸前のマスターガンダム、DG細胞による自己修復が始まっているが俺のブレードが届く方が早い!

デビルガンダムに突撃しようと飛行していたテッカマンを数体撥ね飛ばしつつ高速で接近、周辺の木々を斬り飛ばしながら電動鋸を振りかぶった。

「その首、貰ったぁっ!」

再生途中のマスターガンダム、その胸のど真ん中に電動鋸を押しあてる。ギャリギャリと金属の擦れ合う音が響き、そのままの勢いでコックピット内の東方不敗をミンチに――

しようとしたところで、バリアを突き破り飛んできたビームチェーン付きの鉄球に横っ面をぶん殴られて吹き飛んだ。流石に敵の前で倒れるのは拙いので空中で姿勢を立て直し味方の近くまで後退。機体各部のチェック、損傷は軽微。

これがDG細胞に侵された次世代シャッフル同盟の攻撃か。バリアを貫かれたのは予想外だが、それでも現時点では威力的に取り込む必要性を感じられないからスルーさせてもらおう。

続いて薔薇の花を模したビットが飛んできたが、後方から追いついて来たM9のショットガンの連射により迎撃される。技術的には一番微妙なASでよくあれだけやれるものだと感心してしまう。

「前に出過ぎだ。一人で突出するな」

「ああ、悪い。助かった」

M9の相良宗助から通信で軽く注意されてしまった。あっちでマスターガンダムに突撃かましてボルテッカの巻き添え食らってぶっ倒れてるシャイニングガンダムの中の人と同じ声で冷静に諭されるのは何とも奇妙な感覚だ。

しかし何はともあれマスターガンダムのDG細胞は無事採取出来た。ブレードを格納し刃と刃の間に詰まっているDG細胞の取り込み完了。DG細胞自体はすでに取り込んであるので眠くはならない。流派東方不敗の動作は後で確認しよう。

新たに現れた新シャッフル同盟(予定)とデスアーミー軍団。DG細胞に侵された四人はデスアーミー軍団だけ残してさっさと帰るのが元の流れなのだが、今回はそうもいかないらしい。

デビルガンダムに纏わり付き攻撃を続けるテッカマンの軍団。それを排除せんとするために撤退するはずの四機が参戦する。

拡散粒子弾を避けながらテックランサーでガンダムヘッドを斬り落して行く数百のテッカマン。数体がボルテッカを放ち、ダメージを受けた数体がフェルミオン粒子を限界まで溜めた状態で特攻し自爆攻撃を仕掛けてデビルガンダムの身体を削って行く。

そのまま地の底へ潜って逃げようとするデビルガンダムを追いかけて行く量産型テッカマン軍団と美鳥の変身したテッカマン。その後を四機の新シャッフル同盟候補が追いかけていった。

もうマスターガンダムのDG細胞は手に入ったからそこまでする必要は無いのだが、一体美鳥は何を意地になっているんだ?まぁ兵隊はいくらでも作れるので変に証拠を残さなければ何をやっても構わないが。

下級デモニアックがベースの兵隊はともかく、美鳥は素のテッカマンの状態でブラスターテッカマンに匹敵する強化が施されているから死ぬ心配は無い。その内帰ってくるだろう。

ナデシコチームは現状について行けず置いてけぼり。しかしテッカマンの群れのデビルガンダムへの猛攻撃を見てしまった後だからか、自分たちが標的にならなかったことを安堵している者が多い。

「俺たちは無視かよ!」

「なんだか、眼中に無いって感じだったねー」

「でも助かりました。あの数のテッカマンと戦って無事で済んだかどうか……」

「せやな」

怒る甲児、どことなく呆れている風のアマノ、冷静に戦力を分析してこっそり安堵の溜息を吐いている小介、頷く関西弁。しかし誰一人追いかけようとかそういう提案はしない。

一応主人公チームなのだからもうちょっと血気盛んで良いだろうに、貴重な資金源が!経験値が!とか。赤軍と黄軍が潰し合って嘆くのはあくまでプレイヤーであって、キャラクターからすれば危険が減って大助かりということか。

そんな訳で、周囲の敵は全て撤退、主人公チームに様々な疑問を残しつつも戦闘は終了。念のために周囲を警戒しつつ、改めてナナフシの破壊に向かう事になった。

むぃー、という間抜けな音を立てつつホイールが回る。敵が居なくなったのでほぼ手放し低速運転、今回はもうナナフシに近づいて適当に電磁速射砲を叩きこむだけ。あとはナデシコに帰ったら少し身体を動かして東方不敗の動作を確認、それから風呂にでも――

これからの予定をなんとなく考えていると、ベルゼルートから通信、モニタには困り顔の統夜と泣く寸前みたいなメメメが。

「あの――」

「大丈夫ですか怪我してませんか無事ですか!?」

統夜のセリフを遮りメメメが捲し立てる。統夜に目を向けると頭を掻きながらどうしたものかといった表情で口を開いた。

「卓也さんの機体がハンマーで殴られてからもうずっとこんな感じで……。ほら、卓也さんの機体、何時もは被弾しても吹っ飛ばないし、大きな攻撃は大体避けるか迎撃するじゃないじゃないですか」

機銃で吹っ飛ぶことは無いし、そもそもミサイルだの大鎌だの避けたり回避するのも見栄えの問題なんだけどな。整備班の人に損傷について深く突っ込まれるのは避けたいというのもある。

それにこのボウライダーはそこまで紙装甲じゃない。それどころかスーパーロボット並みの装甲を誇っているというのに何故そこまで心配されなきゃならんのか。

あれか、つい調子に乗って好感度を上げ過ぎたか。それは後で解決するにして、心配されたからにはこれを言わなければロボット物としては始まらないだろう。

「心配するなよメルアちゃん、俺は不死身の男だぜ?」

折角主人公及びその取り巻きと仲良くなれたからには、何時かの為のフラグを立てざるを得ない。これで部隊からフェードアウトするときの演出は決まったも同然だな。

―――――――――――――――――――

予備エンジンでおっかなびっくり空を飛んで迎えに来たナデシコに帰艦する。格納庫にボウライダーを降着させコックピットから飛び降り、整備班の人に軽く挨拶をしてから自室へと向かう。

手には実家から持ってきた姉さんのお下がりのデジカメ。ロボットや珍しい風景(シャトルの窓から見た地球、月面都市、ナノマシン煌めく火星の空、ラダム樹の森など)以外に使用したのは今回が初めてだが、これからはちょくちょく撮ってみようかなと密かに考えている。

先ほどナナフシを破壊した後、みんなで残骸を前にデジカメで写真撮影をした。戦いの記録とかみんなとの思い出になればという口実で撮ったがなかなかの出来だと思う。落ち込んでいたドモンは入らなかったがこれから撮る機会は何度もあるから放っておいた。

正直ナナフシの残骸に手を触れる口実が欲しかっただけなのだが、これはまさしくあのフラグ。後々みんなの回想シーンとかに出演したりその度にこの写真も使われたりなんかしてもう。

何だかんだでちょくちょく援護攻撃も援護防御もして回っているし、飯も度々一緒に食べたり遊んだり訓練したりとパイロット間のコミュニケーションも良好。それなりに仲間らしい振る舞いはできているだろうし、ゲーム的に言えばインターミッションであの悲しいBGMとかが流れるとベストなのだが。

というか、こんな簡単な手で残骸に近寄れるなら無理してマスターガンダムに突撃する必要は無かったか。でもナナフシみたいな大物ならともかく切り離された腕の隣で記念撮影ってのはなんか違うよなぁ。何か上手い言い訳は無いものか。

しかしこのデジカメ、なんだかすごく見覚えがある。直観で言えば拳に付けて相手を殴るのに最適そうだ。エネルギーを流し込むパーツもあるし、表側には何か薄いモノ(メモリ?)を差し込むような部分がある。

思い当たるアイテムはあるが、これ単体じゃ何の意味も無い。実家の物置を探せばベルト本体と付属の携帯とかポインタとかのオプションも出てきそうだが、結局は衛星が無いと全く無意味だろう。

そんなデジカメを弄りながら部屋のドアを開けると、ベッドの上に顔を紅くし汗で全身びしょ濡れ、呼吸も荒く苦しそうな美鳥が横たわっていた。俺の気配に気づいたのかこちらに顔を向け、うっすらと瞼を開けて微笑む。

「お兄さ、ん。おか、えり……」

「ただいま。なかなか酷い状態だな」

ややこしくなりそうだから俺の部屋で寝るなとは言わないでおく。濡れタオルを複製し顔を拭いてやると、美鳥は苦い顔で事の成り行きを説明し始めた。

「デビル、ガンダム、追いかけてたん、だけど、ねー」

―――――――――――――――――――

下僕どもを率いて山から下り、カオシュン基地周辺を見渡して真っ先に目に映ったのは向かいの山の麓で今にも撤退しようとする片腕のマスターガンダムだった。

そこから少し離れて基地寄りの川沿いにお兄さんのボウライダーとASとエステ。どうやら接近戦は諦めて援護に専念しているっぽい。そうそう、こういう状況を待ってたんだ。サポートAIの面目躍如だね。

あたしのすぐ後ろを飛んでいた数体の量産型テッカマンに指示を送る。量産型の肩からボルテッカ発射孔が露出し数瞬のチャージ、苛烈なフェルミオン粒子の奔流がマスターガンダムへ襲いかかった。

着弾。逃げられないように、なおかつ即死しないように少し狙いをずらして撃ったけど、超反応で避けようとしたお陰で予想よりも大きなダメージが入ったらしい。近くに居たシャイニングガンダムにも二、三発直撃したが些細な犠牲、避けられない方が悪いんだし。

お兄さんもこれで安心してマスターガンダムからDG細胞を採取できる筈。これはあたしとしてもチャンス、追いついてきた他の量産テッカマンを率いてデビルガンダムに突撃だ。

二百体に撹乱、二百体に雑魚狩り、残り全部でデビルガンダムを攻め落とす!テックランサーを取り出すとハルバード型だった。いいね、初めてお兄さんと戦った時を思い出す。あの時はあっさり反撃で腕ごと切り飛ばされて使えなくなったけど本当はそれなりに扱えるのだ。

この紫色のアーマーも懐かしい。あたしが初めて変身したブラスレイターのタイプ25『グラシャ=ラボラス』、それを模した鎧騎士のような姿はとても気分を高揚させてくれる。

ランサーを一振りすると、カマイタチが飛んで数本のガンダムヘッドを刈り取り、その後を量産型テッカマンどもが次々と殺到する。ガンダムヘッド諸共拡散粒子弾で吹き飛ばそうとするが、それもけっして正しい選択じゃない。

お兄さんの作った量産型テッカマンは原作のテッカマンとスパロボのテッカマンのどちらにも属さない細工が施されている。

まずボルテッカ。これはスパロボ版のようにENさえ付き無ければ何発でも撃てる代わりに威力は並というものでもなく、アニメ原作のように基本一撃必殺だけど一発で打ち止めというものでもない。

まず全ENの三分の一を使用して高威力のボルテッカを撃てる。が、ボルテッカを撃てるのは二回だけ。これは体内に蓄積されたフェルミオン粒子を使い切らないことで基本性能を下げないようにするという安全装置。

残りの三分の一を蓄えたままクラッシュイントルードやテックランサーなどで戦う。場合によってはボルテッカ一発まで、残り三分の二の半分をコスモボウガンに回して援護役に回ることもできる。

そして最後の三分の一を残したままある程度ダメージを食らった場合、残りの体力やら何やらもENに変換、敵に取りついて自爆するという脳への刷り込み。

これで証拠は残らないし、デビルガンダムに取り込まれてDGテッカマンとかシャレにならない敵ユニットが生まれる可能性も無くなるという寸法だ。

案の定、今の拡散粒子弾の直撃を受けた数体が最後の力を振り絞ってデビルガンダムに特攻を仕掛け始めた。

腕や脚がもげた歪な形の量産型テッカマンどもが拉げて歪んだブースターを無理やり吹かして突撃、デビルガンダムの全身至る所に激突し、いくつもの巨大な爆発で覆い尽くす。

デビルガンダムに張り付きに行く途中でガンダムヘッドや拡散粒子弾やバルカンに叩き落とされて森の中に墜落した量産型が爆発、森が消し飛ぶどころか地面が抉れてカオシュン基地の半分もありそうな面積の巨大なクレーターが生まれた。爆発の規模から見て今のはボルテッカを一度も撃って無い奴だったのかも。

それにしてもえげつないなぁ。大量のテッカマンによる特攻ボンバーなんて荒業、そこいらの連中では思いついてもやらないだろうに。これも数の暴力というか、無限に製造できるからこその発想なんだろうけど……。

ボルテッカの雨と特攻自爆に耐えかねたのかデビルガンダムが地下に潜っていく。逃がさない、ここでお前の細胞を採取しておけばお兄さんはもっと強くなれる!

背部のブースターを吹かしデビルガンダムの掘った巨大な穴へ突入する。日の光の届かない地下だが、暗黒の宇宙空間でも戦えるテッカマンの目には当然のごとく暗がりの中でも逃げるデビルガンダムがはっきりと見えている。

そしてこのトンネルの中は赤や青や緑のフェルミオン粒子の光、量産型がデビルガンダムに向けて絶え間なく放つボルテッカやコスモボウガンの光で更に明るく照らされているんだ、これで見失う道理が無い。さっさと動けない程度に破壊してオリジナルのDG細胞の一部を回収させて貰おう。

「ヘイ!そのお方にはそれ以上近づかせないぜぇ!」

デビルガンダムに近づこうとしたあたしの視界いっぱいに迫る巨大な拳。ガンダムマックスターのファイティングナックルかな?遅くて遅くて欠伸が出る。ギリギリまで引きつけてからひらりと回避、すれ違いざまにナックルガードをテックランサーで切り裂いていく。

「死ぃねぇぇぇ!」

避けた先に竜の頭、ドラゴンガンダムのドラゴンクロー。これも遅い、全身の装甲を折り畳んで急加速、口の中にクラッシュイントルード。腕の中を貫いて肩から脱出。

脆い。弱い。貧弱。只でさえこの世界でMFの性能が微妙だというのに、挙句にそんな魂のこもっていない攻撃ではお兄さんの真心のこもったこのお手製装甲は傷一つ付けられない!

「弱い!弱いなぁあんたら!それでも国家の代表かぁ!?」

あたしの挑発に乗って、デビルガンダムの周りで量産型テッカマンを迎撃していたボルトガンダムとガンダムローズもハンマーとビットをそれぞれ放ってくるが、ハンマーをランサーで叩き割り、ビットはテックランサーからフェルミオンビームを放ち全て撃墜。

攻撃を潰され一瞬怯んだ四機に更に追い打ちでフェルミオンビーム乱れ撃ち。デビルガンダムの掘り進む地下道の中をドス赤い光が幾度となく照らす。

デビルガンダムの掘った即席のトンネルが揺れる。四機が避けた攻撃が壁に当たってトンネルは今にも崩れそうだけど、あたし一人なら即座に地上に脱出できるから気にする必要も無い。

テックランサーを横薙ぎに一閃、四機とあたしの間に赤いフェルミオンビームで線を引く。再び揺れるトンネル。眼下の四機を見下して余裕たっぷりに告げる。

「怒った?怒ってるよね?でも無駄だよ。今のあんたらの雑な攻撃じゃ、あたしには指一本触れられない」

指を振りちちちと舌打ち。今後の展開を考えなければここで撃墜してしまっても構わないのだけど、お兄さんになるべくストーリー本筋に係わるキャラは殺すなと言われている。

掛け替えの無い命、その生殺与奪の権利を手にした時のこの興奮!堪らない。お兄さんには悪いけど、時間いっぱいたっぷりと楽しませて貰おう。

怒りに任せ闇雲に攻めてくる四機をあしらいながら遊んでいると、一体の量産型テッカマンが手に何かの破片を持って近づいて来る。あたしとそのテッカマンを接触させる為、十数体の量産型テッカマンが四機にボルテッカを放った。

量産型から破片を受け取る。デビルガンダムの装甲、オリジナルのDG細胞だ。良くやったと心の無い人形に思わず称賛の言葉を投げかけようとした、その時。

「やらせはせんわぁぁぁぁぁぁ!!」

目の前を巨大な手刀が通り過ぎ、あたしにデビルガンダムの装甲の破片を渡した量産型は自爆する間も無く手刀に磨り潰されて消えた。

「なぁっ!?」

慌てて振り向く。なんとそこには、量産型テッカマンの攻撃を捌きつつも此方に接近するマスターガンダムの姿。あの状態からこんな短時間で再生できるもんなのか!?

撃ちだした手刀を回収しながらこちらに闘気を放つマスターガンダム。拳法独特の構えを取り、こちらに拳を向ける。

「ふん、言うだけの実力はあるようだな。確かにこやつらでは相手にならんほどの難敵。わし、東方不敗マスターアジアが直々に相手をしてくれよう!」

立ちふさがる現時点でのガンダムファイター最強存在である東方不敗。これは、流石にピンチ、かな。

―――――――――――――――――――

美鳥の回想終了。しかしここまでの説明だとマスターは難しいけどMF四機相手になら無双が出来るという自慢がメインのように思える。今こんな状況になっている説明にはならない。

というか何故ここで切るのか。むしろここからが今の状況に繋がる重要な部分だと思うのだが。

「ふんふん。それでそれで?」

話の続きを促しながら背中に手を添えて起きあがらせる。万歳させて服を脱がせ、濡れタオルで首筋を拭いてやると、くすぐったいのかくすくす笑いながら身を捩じらせる。

「マスターガンダムは、ブラスター化して、くふ、なんとか、うひゃ、切り抜けたのはいいんだけど、今度は、採取したデビルガンダムのDG細胞が、ひひ、再生を始めちゃって」

そこをちゃんとした語りで聞きたかったのだが、端折られてしまうとは予想外だ。まぁ自分が苦戦する所を事細かに語りたがる者もそうそう居ないから仕方ないか。

気を取り直し美鳥の身体を拭く。首筋から背へ降り、背の肩甲骨から胸、胸から腹、腹から腰と濡れタオルで汗を拭っていく。

「慌てて取り込んだら容量不足で熱暴走オチか」

呆れた。そこまでしてオリジナルのDG細胞を採取する必要は無かったのに。脇の下に手を入れ持ちあげ膝立ちの姿勢に、そのまま上半身だけベッドに倒れさせ、ズボンとパンツを下ろしてやり、腰から尻肉、尻の谷間へ濡れタオルを滑らせる。

「そ。って、え? あや、やめ、そこはちょっと止め、ひゃう!いやむしろいいけど、むしろバッチ来いだけどちょっとまって、まずオリジナルのDG細胞のデータ、移譲を、あー、もー!」

勢いよく起き上がり振り向いた美鳥にぐいと胸を押され押し倒された。力強いと感じるのは擬態が解けかけて重量が増加しているからか。

俺の肩を両手で上から押えた美鳥が顔を近づけ、唇を落としてくる。もごもごと口の中を滑る舌で探りこじ開け、熱い唾液=オリジナルDG細胞のデータを流し込んでくる。俺がそれを飲み干したのを確認すると唇を放し、改めて軽く触れるようなキス。

そこまでやって力尽きたのか、俺の胸に頭をもたれずるずると倒れこむ。前回スケールライダーを取り込んだ時と違い、美鳥の肉体も全体の記録容量が大きくなっている為、思考がキスのことでいっぱいになるとかそういうエロい展開にはならないらしい。

渡されたオリジナルDG細胞のデータを元に身体を構成するナノマシンの再構築。途端に眠気が襲ってきた。しかし、眠る前にやるべきことが残っている。

俺の上でぐったりと倒れている美鳥の頭に手を置き、汗で濡れた髪を梳くようにゆっくりと撫でる。

今回の無茶はオリジナルのある程度進化が進んだDG細胞を取り込ませて俺を強くするという目的があってのこと。こんなに身体を張ってまで手伝ってくれるとは、俺は良い妹的な存在を手に入れたものだ。

「ありがとな」

「……へへ、どういたしまして」

はにかむ美鳥の頭を腕で抱き、そのまま眠気に身を任せようと――

「卓也さんごめーん! メルアじゃないけどお菓子貰い、に……」

いきなりドアを開けてテニアがお菓子の催促。まずいな、この状況がどう見えているのかは分からないが、どう好意的に判断しても今後の艦内での人間関係が非常に気不味くなって行動し辛くなるのは確実だ。

記憶消去魔法の構成を思い出そうと頭を高速で回転させていると、テニアは慌てて振り返り、うずくまりながら目をこすり独り言を始めた。

「あ、あれッ! 急に目にゴミが入った! 見えないよッ、2人なのかよくわからないッ!!見てない! わたしは見てないからね、なあーんにも見てないッ!」

一気に捲し立て、止める間もなく立ち上がり走り出す。あっという間に廊下の角を曲がったかと思ったら、すぐに戻ってきてドアの隙間から頬を赤らめた顔を少しだけ見せ、ぎりぎりこちらに聞こえる程度の小さな声量で一言。

「ご、ごゆっくり~」

顔を引っ込め、遠ざかっていく足音。眠気が吹き飛んだ。

「美鳥」

「うん。追いかけよう」

―――――――――――――――――――

廊下を走るフェステニア・ミューズは混乱していた。

(あー、こんなことならもっと時間を置いてくればよかったー!)

同じ実験施設から逃げ出して来たメルアがナデシコ内で度々口にしている様々なお菓子。市販の品では無く食堂で買えるものでもないそれが気になり、毎日そのお菓子類をメルアにあげている親切な傭兵のお兄さん、鳴無卓也に頼んで分けて貰おうと考えていたのだ。

脳裏に先刻の光景が蘇る。パンツもズボンも膝まで擦り下ろし、上半身に至っては裸の少女。鳴無美鳥が艶やかな、俗に言う女の顔というやつで卓也の胸に顔を埋めていた。

鳴無卓也と鳴無美鳥。二人はともに傭兵稼業で生計を立てている兄妹だという。自分たちよりも幼い少女が何年も前から戦場に立っていると聞いた時は驚いたものだが、二人だけの家族だから助け合って当たり前と嬉しそうに言っていたのをテニアは記憶していた。

そう、重なり合っていた二人は兄妹なのだ。そういった行為が許される間柄ではない。

(あああでも戦場で生きているならそういう関係もありだってなんかの雑誌に書いてあった気もするしでもそうなったらメルアの立場ってもんが――!)

立ち止まる。そうだ、メルアにはどう説明すればいいんだろう。お菓子を貰いに行く時のあの表情、自分とて少し前まで同じ施設で実験体として扱われていた身、そこまで色恋沙汰に詳しい訳では無いが、あれがどう見てもただお菓子が楽しみでという表情ではないことはテニアでも分かった。

最近ではお菓子の話題の中、お菓子を貰いに行った時に卓也さんとあーだ、卓也さんとこーだと、お菓子では無く卓也さん本人に関する話題の方が多くなってきた程。その表情は明るく、身守る統夜やカティアの眼差しも自然と優しげなものになってきている。

(言ったら、どうなっちゃうんだろ……)

分からない。怖くて想像もできない。言うべきか言わざるべきか、それが問題だ。

一旦カティアに相談するべきだろうか、いや、人生経験は似たようなものだ。じゃあ統夜は――駄目だ。あの鈍感さでは色恋にはあまり疎くないだろう。

ここは人生経験豊かそうなアキさんやエリザベス先生に相談――

「あれ?」

何を相談するんだったか。いやそもそも自分は何故廊下でぼーっと立ち止まっているのか。

首を傾げて頭の上にクエスチョンマークを浮かべるテニア。先ほどまでの苦悩はすっかり頭の中から消えてしまっている。

立ち止まり考え込み始め十数秒、その間に自分が苦悩していた理由も、その原因となる出来事も、そもそも自分が苦悩していたという事実さえ忘れていた。

「よーテニやん、こんな廊下のど真ん中でなにしてるん?」

「寝不足か?睡眠不足は女性の大敵だぞ」

「あ、美鳥、卓也さん……」

そうだ、二人のことで何か、何か相談があって、なんだっけ?あと少しで思い出せそうなんだけど……。うんうん唸りながら首を捻っているテニアの手を美鳥が引っ張って歩かせる。

「ちょーどいいや、一緒に食堂行こうぜ」

「出撃組は朝飯抜きだから腹が減っててな。なんなら奢ってもいいぞ」

「ほんとに!?じゃあカレーライスのトッピング全部載せ!」

忘れてしまう位なら大したことでは無い。そう結論付け、テニアは人の奢りで頼むチャレンジメニューに思いを馳せるのだった。

―――――――――――――――――――

人のまばらな食堂。券売機でカレー大盛りと内容も見ずに嬉々としてトッピングの券を片っ端から買い漁っているテニアを見ながら、隣を歩く美鳥に小声で称賛の言葉を送る。

「詠唱無し予備動作無し発動体無しであれか、流石だな」

「伊達や酔狂でサポートキャラやってんじゃ無いってこと。見なおした?」

天麩羅盛り合わせ定食の載った盆を両手に持ち頷く。記憶消去の魔法、しかも頭がパーになるような不完全なものではなく都合の悪い部分だけを選択式で消して後遺症の残らない完全なもの。

本職ではない俺ではとても真似できない。というか、記憶消去の魔法の恐ろしさを垣間見た気がする。魔力の動きか精霊の働きによっぽど敏感な者にしか感知できないレベルの静かな魔法行使で人からあっさりと記憶を奪うことができる。

こんな凶悪な魔法を学校で基本的なものとして教えるとは、ネギま世界も中々侮れない黒さではないか。赤松補正の無いネギま世界とかあっても正直近寄りたくも無いレベルのえげつなさだ。

「うむよくやった、俺の妹をファックしてもいいぞ」

「お兄さんの妹ってーと……、つまりあたしじゃねーか!」

「なに、やってやれないこともない。試してみるか?俺は横でまじまじと真顔で観賞させて貰うがな」

オリジナルのDG細胞。つまりデビルガンダムから採取したDG細胞の機能としてデスアーミーの生産がある。この機能を応用すれば俺の子機とも言える美鳥を大量に生産することが可能な筈だ。

デスアーミーのDG細胞にも自己増殖機能としてデスアーミーを生み出す機能が備わっているが、これで増殖できるのは自分のみ、能力の劣った兵隊を作り出す機能はデビルガンダムにしか備わっていない。

俺が二人や三人に増えても気持ち悪いし何一つ得な事は無い。しかし美鳥をある程度増産すれば使いっパシリが増えて楽ができる。

美鳥は火星丼タコさんウインナー抜きを載せた盆を机に置き、崩れるように椅子に座りながら渋い顔で首を横に振った。

「そういうのは勘弁してよ……、似たようなネタはやり尽くしたんだし。布巾で鏡ーとか寝転がって幽体離脱ーとかさぁ」

「発想は同じレベルか」

俺も机に盆を置き椅子に座りため息。まぁ自分を増殖させるよりは精神的によっぽどマシなのでデビルガンダムの自己増殖機能は消去ではなく封印としておこう。

暫く美鳥と駄弁りながらテニアを待っていると、微妙な表情のテニアが山のようにトッピングが載ったカレーを持って席に着く。

「カレーのトッピング、あんなに種類あるなんて聞いてない……」

納豆やチーズ、その他諸々の具材の絶妙に異次元的なマッチングに頭を抱えるテニアをひとしきり笑い、食事を開始した。

なお、少し遅れて食堂にやってきた出撃メンバーの中、納豆チーズその他かけカレーを見たメメメが、テニアと少し距離を開けて座ったのは完全な余談である。

―――――――――――――――――――

■月◆日(光子力研究所に暴風警報、いや暴風注意報か。どっちにしても天は揺るぎもしないでしょう)

『カオシュン基地での戦いが終わった後、引き続き戦力としてナデシコに残ることとなった俺達、そしてネルガルの研究所で検査を受ける予定のJヒロイン三人娘と統夜は契約を更新したが、コンバトラーチームに甲児とさやかといった元の所属がある連中はナデシコから降りていった』

『専用の整備機材が無いナデシコでは完全な整備を行うことは難しく、コンバトラーやマジンガーZにも大分ガタがきているとか。まぁ、殆ど間を置かずにナデシコとアークエンジェルの混成チームに戻ってくるはめになるのだが』

『マジンガーZと言えば、ナデシコから降りて直ぐにあしゅら男爵率いる機械獣軍団との戦いでアフロダイを人質に取られてあっさりと捕まってしまい、甲児はパイルダーごと行方不明』

『正直な話、資金に飽かせてやたら改造がほどこされているマジンガーならアフロダイとボスボロットが居なくても機械獣程度の相手なら一機でいくらでも無双が出来るのだが、それでもなお仲間と一緒に戦う道を選ぶとは、流石は兜甲児、主人公の鑑である』

『さりげなくアフロダイも改造してあるので機械獣数機に捕まるほど弱くは無い筈なのだが、それでもあっさり捕まってしまったのはヒロイン補正というやつだろうか。もう少し善戦してくれてもよさそうなものなのだが』

『俺と美鳥も探しに行ったのだが、結局パイルダーもマジンカイザーの眠る秘密格納庫的な場所も見つけることができなかった』

『まぁ、後々合流するから逸る必要は無いのだが、グレートから複製した超合金ニューZはボウライダーの装甲に電磁速射砲の砲弾にとかなり便利に使わせて貰う事ができたので、ついついグレードアップが楽しみになってしまう』

『さて、もうそろそろゲームで言う十三話に到達する頃合い、つまり待ちに待ったゼオライマー初登場の日だ。ここで直ぐ合流するかは覚えていないが、同時に風のランスターも敵としてやって来る筈』

『ここらで今日の日記は終わりにして、体力を持て余しているドモンと組み手でもして身体を温めておこう』

―――――――――――――――――――

人体の発するモノとは思え無い鈍い打撃音が連続でナデシコのドッグに響き渡る。拳と拳、蹴りと蹴り、互いの放つあらゆる攻撃が相殺され身体の芯を鋭い衝撃が貫く。

何も取り込んでいない素の状態でも車より早く駆け、岩を砕き、目前に迫る銃弾を掴み取る超身体能力を発揮していた俺の身体は度重なる融合捕食と最適化により、戦闘モードに切り替わればかなり大型の機体とも殴りあえる程の性能に達している筈だ。

当然今は戦闘機動で動いている訳では無い。室内、というかナデシコを整備しているドッグの隅を借りての組み手である以上、整備中のナデシコや施設を破壊してしまうような戦いはご法度だからだ。

しかし、全力で無いという意味で言えば目の前のドモンとて似たようなものだろう。先ほどから数十分打ち合っているが、劇中に登場した流派東方不敗の技を一つたりとも出して居ない。

俺も大概だが、ガンダムファイターの身体能力も充分に異常なのだ。高層ビルを蹴り飛ばしたり重力百倍で立ち上がったりビルをキック一発で切断したりと無茶苦茶する連中である、例えばMS程度なら生身で撃破など赤子の手をひねるが如しだろう。

ネギま世界で初めて化け物相手に戦った時とは少し違う。まず身体能力で多少優位に立っていて、なおかつ今の俺にはさらに戦う為の技術がある。

空中で飛び蹴りを打ちあい、互いの足裏を蹴り少し距離を取って着地。構えを解かず隙の見えない目の前のドモンが眉を顰める。

「流派東方不敗の動き、どこで覚えた」

そう、先日採取して取り込んだマスターガンダムのDG細胞から読み取った動作ログ、そこから流派東方不敗の動きをトレースしているのだ。

無論、マスターアジアとて日がな一日マスターガンダムに搭乗している訳では無いので全ての動きを完全再現とは行かない。武道家の日常的な体捌きなどはドモンや獣戦機隊の亮辺りを観察してトレースして補っている。

更に言えば俺の似非流派東方不敗は技術であって業では無い、みたいな扱いになってしまうのだろう。まぁ心だの魂だのは使って戦う内に勝手に付いてくるものだと思うので、とりあえずは目の前のドモンで練習させて貰っているのだ。

しかし当然そんなことを口にできる訳も無いので適当に考えた言い訳でお茶を濁す。

「いやなに、ナデシコには日がな一日練習している奴が居るからな。その練習を記録して、あとはこの間のマスターアジアとの戦いも参考にさせて貰ったりして」

フンと鼻を鳴らし、ドモンが拳を打ち出す。下手な銃弾よりもよほど速い、超高速の拳。

「そのような猿真似!通じるほど甘い流派では無い!」

脇腹狙いの拳を肘打ちで迎撃、いや、この拳は囮、逆の蹴りが本命か。蹴り脚にそうように懐に潜り込もうとするも読まれ額に一撃、後方に吹き飛ばされた。

当てられた額が少しひりひりする。生身でこれだけの威力の拳、ガンダムファイターは本気で化け物じみているな。

「猿真似と未熟者、稽古相手としちゃどっこいどっこいじゃないか?」

猿真似を馬鹿にしてはいけない、ジョルジュだってジェスターガンダムの猿真似に負けている。腰を落とし、掌で空中に円を描き十二の梵字を出現させる。

「そら!十二王方牌、大車併!」

梵字から出現した俺の分身がドモン目掛けて軽くホーミングしながら突撃する。

「な、貴様こんな場所で――!」

分身を回避しつつ慌てるドモン、避けた分身が整備中のナデシコへ向けて飛んで行く。このままでは整備中のナデシコが酷い事になるだろう、しかし、この技なら問題無い。

ナデシコへ向かっていた分身を手元に戻し元のエネルギーに還元、体内に戻す。帰山笑紅塵、十二王方牌大車併で大量に放出した分身をこの技で回収することにより、結果的に殆どエネルギーを食わずに攻撃することができる。

ネギま世界で取り込んだ烏頭が、気を使った闘法を覚えていたからこそ使える技。そもそもEN無限な俺には必要の無い回収技だが、このように使えば周りの被害を抑えつつ戦うことも可能なのだ。

もっとも、科学寄りのものでは無いので威力的にはたかが知れている。実戦で使用するなら真正直にこの技を使うのではなく、この技を見せ技にしてミサイルなりビームなりを撃つとかしなければあまり意味は無いだろう。

俺が分身を回収すると同時、組み手開始前にしかけておいたタイマーが鳴った。組み手終了の合図である。

「じゃ、俺はこの辺で上がらせて貰うわ。稽古に付き合ってくれてありがとうな」

「いや、俺にとっても修行になる。礼を言われるほどの事でもない」

愛想がいいとまでは言わないが、それなりに会話ができるようになったのは拳で語ってみたからか。

用意していた折り畳みの椅子に座り擬態用の汗をタオルで拭きつつ、技の型の稽古を始めたドモンに話しかける。

「そういえば知ってるか? 国際電脳の本社ビルが何者かの手によって破壊されたとかどうとか」

「それがどうした。デビルガンダムや東方不敗と関係があるようには思えん」

一心不乱に拳を振るいながらぶっきらぼうに答えるドモン。俺や男性陣だけにこんなんだというならまだいいのだが、こいつの場合はレインに対してもこんな感じだから困る。

この世界ではデビルガンダムコロニーイベントも無いというのに、こんな状態できっちりレインとゴールインできるのだろうか。

「そうとも限らないんじゃないか?国際電脳の本社を破壊したのがデビルガンダム、そうでなくてもデビルガンダムの手先って可能性は無いわけでは無いんだし」

まぁ実際は鉄甲龍の自作自演なんだが、こいつの場合ネットワーク関連をデビルガンダムで掌握して世界征服、なんて短絡をしてもおかしくは無いと思うんだけど。

「そうだとしても、既にその場所にはデビルガンダムの手がかりは無いだろう。もし居るのなら謎の襲撃者の手がかりの話が無ければおかしい」

こちらを振り向きもせずに型の稽古を続けつつだがしっかりと答えが返ってきた。なんだかんだで律儀な性格なのかもしれない。しかも予想外に冷静だ。

「それに、闇雲に怪しい物を追いかけ回すよりもこの船に乗っていた方がヤツを見つけるには近道になる。トラブルには遭い易い船のようだからな」

なるほど、その程度の損得勘定はできるということか。椅子から立ち上がりナデシコに向かって歩き出す。体も温まったし、ボウライダーの調整でもしてこよう。

途中で立ち止まり少し振り返る。一言だけ言っておいてやろう。

「ミカムラさん、もうちょっと労わってあげた方がいいぞ。シャイニングの整備でかなり疲れているみたいだから」

「……ふんっ」

鼻息で返されてしまった。まぁ、こんなんでも幼馴染ならなんとかなるだろう。多分アレンビーは仲間にならないし。幼馴染といえばもっともくっ付き易い男女の組み合わせと相場が決まっている。

例えば俺の身近なところの幼馴染でいえば新聞配達の人に駐在さんだろう。思えばあの二人も俺がまだ生まれても居ない頃からずーっとあんな感じで付かず離れずのままもう三十路過ぎ……。あれ、これは駄目な例じゃないか。

いや、三十過ぎて友達以上恋人未満ってのも別に悪くは無いよな。別に熟年結婚でも構わないと思うんだ。決して幼馴染は近くて遠い立ち位置だとかややこしい事を言いたい訳でも無いし。

あ、でもレインって確か大学時代に恋人が居た気がする。しかも下手をすればアニメ本編と違ってその恋人も無事かもしれん。これはピンチか?

やはり男女の仲というのは難しい、せめてさっさと爽やかで子供に優しいガンダムファイト決勝リーグ時点のドモンになればどうにかなるのだが……。

―――――――――――――――――――

整備中のナデシコの格納庫へ到着した。格納庫の中にはエステの換装用フレームと分離状態のダンクーガ、シャイニングにベルゼルート、後は俺と美鳥の持ち込んだボウライダーとスケールライダーのみ。

ナデシコから降りたのはコンバトラーにマジンガーZにアフロダイ、コンバトラーは分離状態で格納されていたのでこの格納庫から7機も居なくなったということになる筈なのだが、それを補って余りある数のスーパーロボット軍団だ。

そういえばコンバトラーといえば、何だかんだで装甲もENも武装も改造してあるんだよな。風のランスターを一機で倒せるかと言えば少し力不足だが、うっかりゼオライマーではなくコンバトラーが止めを刺してしまいかねない程には強くなっている。

どうしよう、もしもの時の事を考えて八卦ロボの残骸も取り込んでおくべきか。そもそもプレイヤーが操っている状態でもなきゃ全ての八卦ロボをゼオライマーに破壊させるなんて不可能に近いし。

積極的に八卦ロボ周りの雑魚を片付けて誘導するとか、八卦ロボを倒せばゼオライマーから自由になれると言いくるめるとか、宿命の相手なんだから自分で片付けるように説得するとか、決定的な案はどうにも浮かんでこない。

マサキが出てきてくれれば間違いなく自分で止めを刺してくれること間違い無しだが、そこら辺の人格移植のプログラムはデリケート、下手に弄ってマサキの人格が出てこなくなっても問題がある。

これは実際にゼオライマーが来てから考えないと答えは出ないな。せめてゼオライマーがナデシコに来たら目いっぱい改造して貰えるように、また金塊なり何なりを送りつけておこう。

「あ、鳴無兄!ちょっと来い!」

歩きながらゼオライマーのパワーアップフラグの管理に頭を悩ませていると、工具を片手にウリバタケさんが手まねきしているのが見えた。

整備とかは自力でやっているからあの人とはあまり関わりが無いと思うんだが、一体何の用事だろうか。

「はいはい?ボウライダーもスケールライダーも今の処なんの問題も無いですから放っておいて貰いたいんですが」

「お前なぁ、俺は仮にも整備全般を任されてる身だぞ?いくら機体専属のパイロットに整備しなくていいとか言われたからって、はいそうですかと頷けるもんじゃねぇんだよ。例え実際に何の不備も無かったとしてもな」

そういうもんか、技術屋の信条というのもいまいち分からんな。どっちかって言えば責任感の問題なのか?

火星に到着するまではこういう固い事を言うタイプの人でも無かったから、軍と協力するようになって契約内容が変わってしまったというのも原因の一つだろう。


「で、そこまで言うならボウライダーのデータ取り位はしているんでしょう?今さら突っ込みを入れるところでは無いと思うんですが」

初期のプレーンな強化ボウライダーのデータを取られていないのは美鳥が確認済みだし、予備動力のオルゴンエクストラクターとか相転移エンジンは出撃前に複製を作り、艦に戻る直前に消しているので怪しいところは見つかりようが無い。

ウリバタケさんの取ったデータ上では、ボウライダーは良く分からないエネルギーで動き、どことなく超合金ニューZによく似た素材を装甲材に使い、木製蜥蜴のジャンクから取り出して強化したように見える重力制御装置を搭載した普通の機体だ。

充分怪しい?そんな事は無い。いざとなれば最後の手段として、実はこれを作った博士はウィスパードだったのかもしれませんという言い訳があるのでどうとでもなる。もう死んでるから確認できませんとか言っておけばなお良し。

「ああ、まぁなんだ、俺も今さら装甲だの動力だのに突っ込むつもりはねえんだよ。それよりも、だ」

ウリバタケさんの視線がボウライダーの肩のあたりに注がれる。オリジナルのボウライダーよりも分厚くなっている肩の辺り、ここは装甲を剥がすといかにも何か取り付ける為の物ですと自己主張するコネクタが付いている。

これから武装を追加する時の言い訳の為にこっそりと追加した部分なのだが、今の処デビルガンダム以外にはさほど苦戦していない為、追加武装を付けるタイミングが無い。

少し前、ヘリオポリスが破壊された直後なら怒りに任せて右肩に陽電子砲、左肩にグラビティブラストなんて超兵器作って技術だの材料だのの出所を妖しむ輩は片っ端から脳みそ弄繰り回して洗脳して――、とかやれそうだったが今はそこまでテンションが上がっていない。

どうせロウの居るジャンク屋もサーペントテールも探せば見つかる連中だし、どうしても取り込みたくなったらナデシコを抜けた後にでも探しに行けばいい。その方が強化したアストレイを取り込めてよりお得でもある。

仮に付けるとしたらという仮定の元、少し大人しくした代案としてプラズマ発生装置を大型化して俺の身体から取り出し、ここに接続してマグラッシュ的な必殺技にでもしようと考えている。威力的には十分目を見張るものがある筈だし、愛着もある武器なのでどうにかしたいとは思っているのだが。

他にも設定資料集に書かれているアマンダ専用パラディンみたいに反重力推進装置を追加して更なる高機動化を目指すとか、盛大にばら撒けるミサイルを乗せるとか案だけは沢山ある。

「追加武装用のコネクタですか」

「あれ、何積むかは決まってんのか?」

「んー、そうですねぇ」

まぁコンバトラーもパワーアップが始まるし、適当に強化しても目立たないかもしれないが、派手に追加パーツとか付けまくるのも目立ちそうで嫌だ。お金を稼ぐ為にナデシコに乗っているって設定に矛盾してしまうので怪しまれかねない。

ん、そうか、この人に頼めばどうにかなるかもしれん。機体そのものを任せる訳じゃないし、何か変な欠陥があったらこっそり中身を作り替えればいい。

整備員の皆様の厚意で作られた材料費ゼロの追加武装、とでも言っておけば全く問題は無い筈だ。ASを勝手に宇宙戦使用に改造するくらいだしその程度はやってもおかしくは無いだろう。

「図面もパーツも殆ど出来上がっているから、あとは殆ど組み立てだけなんですよ。いざという時の為に、こんな事もあろうかと!って感じで完成させておきたいとは思うんですけどね」

いざという時の為、こんなこともあろうかと、という言葉にウリバタケさんの耳がピクピクと動く。

「ほぉう?で、パーツだの図面だのはどこにあんだ?いや、唯の興味本位なんだけどよ」

「今はまだナデシコに積んでいません。今回ナデシコの整備でしばらく足止めですから、ついでに届けてくれるように頼んでおきました。まぁ、早いうちに届いてくれればゆっくり組み立てられるでしょうしね」

そうかそうかと怪しげな笑みを浮かべながら頷くウリバタケさん。ナデシコに居る間に何か作りたいならこいつらを出汁に使えば簡単に話が進みそうだ、今後利用する機会があるかは分からないが覚えておいて損は無いだろう。

―――――――――――――――――――

■月×日(天気は晴れたり曇ったり、雨は少ない。やることも無い。それっぽい宇宙人が降ってくるかもしれないけどあまり興味も湧かない)

『つまり総じて暇、やることが無い。訓練自体はいつも通りこなしているし、食堂で他の連中と駄弁ったりもしている。毎日15時には欠かさずメメメに餌付けをしているし、その度に統夜やカティアと世間話でまったりしている』

『それでもやることが無い、と感じてしまうのは何故か。それはこれからしばらく積極的に取り込みたいと思うものが出てこないからだと考えている』

『ブレンパワードやグランチャーといったアンチボディも素材としては面白いが、こいつらは文字通り掃いて捨てるほど幾らでも湧いてくるので簡単に手に入ってしまう』

『それこそ偵察任務中に見つけて適当に取り込めばいい話だし、なんなら取り込まなくても構わない。そもそも科学寄りの存在ではないから取り込んだところで急激なパワーアップが見込めるというものでも無い』

『前回の日記で八卦ロボについて書いたが、正直な話攻略法もクソも無いごり押しで勝ててしまった。流石は風のランスター(笑)、原作ですらゼオライマーのメイオウ攻撃一発で蒸発しただけのことはある』

『いや、そもそも原作(OVA版)では鉄甲龍の八卦ロボはほぼ全て一撃で撃破されているので風が特別弱い訳では無い。それを言うならゼオライマーは主人公がフル改造のラスボス機体に乗っているようなものだし』

『俺の魔改造ボウライダーとの機体サイズ差的には酷いことになっていたのだが、そもそも接近戦を挑む訳では無いので余り問題は無かった。むしろサイズ差よりも機動性が高かったせいで微妙に当て難かった事の方が印象に残っている』

『当て難かったとはいえそれは機体サイズの割には、という程度のものでしかない。幾ら速いとはいえ相手はコンバトラー程の大きさ、しかも慣性を無視した不可思議な軌道で飛ぶ訳でも無い。慣れてしまえば少し動くただの大きな的、未来位置を予測して撃てばサクサク当たった』

『装甲もそこらのリアル系ロボット並み、危うく俺が撃墜してしまうところだったが、俺やエステ隊、ダンクーガなどの攻撃でスクラップ寸前になった処で自分からゼオライマーに突撃、この世から跡形もなく消え去っていった。無茶しやがって……』

『あ、でもあいつ出撃前に幽羅帝とベッドの上でにゃんにゃんしてたんだよな。人が姉さん分の補給に苦労しているというのになんて奴。憐れむ必要性は欠片も無い、風ざまぁ』

『今回の戦いで気付いたが、マサキ搭乗ゼオライマーにとどめをやらせると文字通り塵一つ残らない。これでは八卦ロボの残骸を回収するしない以前の問題だ』

『こうなったら意地でも全ての八卦ロボをゼオライマーに撃墜させるしかないな。それでいてそれ以外の時は出撃しないでもいいようになんとか取り計らってみる!』

『……無理かなぁ、無理臭いよなぁ。特に出撃関連、あの強力なゼオライマーを八卦ロボが出ない限り出撃させないとか有り得ないだろ常識的に考えて』

『しかも整備に掛かる費用はナデシコ持ちじゃなくてラストガーディアン持ちだとか。これは詰んだな、こんな経済的な機体、絶対プロスさんとかが放っておかない』

『なんだかなぁ、どうにも上手くいかないって気がする。ゼオライマーはまだナデシコに乗ってすら居ないし、肝心の次元連結システムは取り込む方法すら思いついていない』

『書いてて気が滅入ってきた。他の話題に切り替えよう』

『風のランスターとの戦闘の後、行方不明だった兜甲児がマジンカイザーに乗って帰って来た。本人は今だ意識不明だが、三日も経ったのでそろそろ目が覚める頃合いだろう』

『ついでにこっそりとあしゅらマジンガーとかいう凄いイボイボが大量に付いたいやらしい敵も出てきた気がするが、こいつはいつの間にかシャイニングとコンバトラーに撃墜されていたのでいまいち覚えていない』

『暴走して光子力研究所に攻撃するカイザー。ゲームでは少し苦労したような気がするが、十分の九殺しにしなければ止まらない筈なのにみんなで囲んで袋叩きにしたら直ぐに止まった』

『ここまで戦った機体で初めて電磁速射砲で穴が開かなかったから凄いドキドキしたのだが、こいつが味方戦力としてカウントされるとか余計に戦闘の難易度が下がって退屈になってしまう』

『こんな俺TUEEEな機体が自軍に大量に居るとか、改めてスパロボの主人公チームはチートだと思い知らされる』

『これからサセボシティで買い物をして、みんなで光子力研究所へお見舞いに行く事になっている。できることなら解析中のカイザーの見学もしておきたいものだ』

―――――――――――――――――――

光子力研究所の廊下、メディカルルームへの道をナデシコクルーがぞろぞろと歩いている。これが全員兜甲児へのお見舞い客なのだから仲間思いではないか。

サセボの街で買い物を済ませ、未だネルガル重工のドッグに停泊中のナデシコから各の機体で光子力研究所まで移動してここまでやってきた。

基本的に全機飛行可能だったので確認できなかったが、最新機のエステ二機と軍規格品ではないロボットが二機も空を飛んでいたのだ、何事が起っているのかと地域住民の皆様は戦々恐々とした気分になったのは想像に難くない。

まぁそんな事を気にしていたらスパロボなんて始まらないのでスルーして甲児の見舞いだ。見舞いとして品はメメメ持参の大量のお菓子、あとは俺と美鳥が適当に暇を潰せそうな物を幾らか持ってきている。この時点では甲児が起きている事を知らないので見舞いの品が少ないのは仕方がない。

因みに俺は表紙を適当なバイク雑誌と表紙を科学系雑誌のものと差し替えたエロ本とフルーツ盛り合わせと、本の間にさりげなく挟まれたコンドーム。

美鳥は古道具屋で見つけたルービックキューブのパチモノとジュース数種類、そしてそれらの隙間にこっそり紛れ込ませた避妊薬。俺も美鳥もそれなりに気遣いの心得はできているつもりだ。

「なぁ、やっぱり果物は要らないんじゃないか?まだ甲児くんも起きてるかわからないんだしさ」

「起きてなきゃ起きて無いで研究所の皆さんへの差し入れにもなるだろ?無駄にはならないって」

手ぶらでやって来たテンカワは俺や美鳥やメメメの見舞いの品を見て、自分も何か持ってくるべきだったか少し不安になっているようだ。

一人一人が見舞いの品を持ってくると返って邪魔になるから、ナデシコのみんなからの見舞いの品ということで高めのフルーツ盛り合わせにしてあるから気にする必要も無いんだがな。

友人でもあるボスはともかくスバルとかも明らかに手ブラなのに気にした風も無い、少し位は図太くなるべきだろう。

「つかこれ、全部経費で落ちるし。起きて無くても差し入れを断られても損は無いぞ?」

「メルアも見舞い用ってことにしてお菓子経費で買いこんだしなー」

「ちょっと美鳥ちゃん!言わないでって言ったじゃないですかぁ!」

ちなみにメルアが今背負っている小さめの背負い鞄の中に詰まった大量のチョコやクッキーやキャンディー、その五倍程のお菓子類がこっそりとメメメのベッドの下に隠されているらしい。

経費の使い込みだ。そこら辺は貴重な戦力だから多めに見てくれるかもだが、後々プロスさんから説教を受けるかもしれないな。主に統夜とカティアが。

「何を持ってきたのかと思ったら、お菓子ばっかりそんなにいっぱい……」

「まぁそっちは甲児が起きて無ければお持ち帰りなんだろうけど」

「そ、そんなこと、無いです、よ?多分」

「せめてそこだけはしっかり断言しろよ……」

額に手を当て溜息を吐く統夜。まぁ普段コンビを組んでるカティアはボケないので偶にボケ役と化したこのメメメと組むと疲れるのかもしれない。

そうこうしている内にメディカルルームに到着した。先頭に立っていた兜シローが扉を開ける、するとそこにはベッドの上で弓さやかに押し倒される兜甲児の姿が!

メディカルルームに少し踏み込んでいたシローの襟首を掴んで廊下側に引き戻し、持っていた俺と美鳥の分の見舞いの品をそっと中に滑り込ませ、素早く扉を閉める。この間僅か三秒。

みんなの方に振り返って、一息。

「お取り込み中らしい。少し時間を置いてからまた来よう」

扉の向こうに見えた光景から、それぞれ適当に自分の中で結論付けてくれたらしく大きな反論は無い。

「そ、そうだよな。邪魔しちゃ悪いもんな」

「えー、もっと詳しくみたいよー」

「くっそう、なんであいつばっかり!羨ましいじゃねぇかよ!」

「あ、じゃあこのお菓子は持ち帰っても……」

「研究所の人たちの邪魔にならないように適当に一、二時間ぶらついて、それから改めてお見舞いってことで」

何だかんだ言いつつメディカルルームから離れていく皆に混じり、さりげなく見舞いの品を持ち帰ろうとするメメメ、そのセリフを途中で遮り今後の予定を決める。この中では一応年長だし、少し仕切っても問題は無いだろう。

「だってさ」

「あう」

メメメが少しへこたれているが気にしない。ゾロゾロと元来た道を戻りながら時間つぶしのネタを考える。近づけるかどうかは微妙だが、どうせ暇つぶしなら解析中のカイザーを見に行くってのもありだな。

「ファブリーズとか用意しといた方がいいのかな……」

テンカワが微妙な発言をするが、いくらなんでもその気遣いの仕方はアウトだと思う。むしろ去り際にさりげなく、この部屋なんか変な匂いがしますね、とかメメメ辺りに指摘させるのが一番効果的なやり方ではないだろうか。

俺とて恋人たちの逢瀬を邪魔するほど野暮でもない。ゲームでは主人公達の乱入でうやむやになったが、このまま二人っきりで放置しておけば間違いなくなんとも表現しがたい、しいて比喩表現するならば甲児がさやかにパイルダーオンしたりされたりといった事態に発展するだろう。

からかうなら実際に事が起こってから。殺人未遂犯を捕えるよりも殺人犯を捕まえる方が劇的で面白い大手柄なのである。

「普通そこまで気を使われると微妙な気分になるぞ。部屋に入ってからさりげなく窓を開けて換気する程度でも大分――」

「ちょっ、ちょっとまった!なにも無い!お取り込み中じゃな、痛~~っ!」

メディカルルームから慌てて飛び出してきた甲児によって俺の気遣い講座は中断。改めてお見舞いを再開することになった。無理せず恋人とイチャイチャしていればいいものを。

―――――――――――――――――――

■月○日(オーガニック的な何かが降ってきた。オーガニックって何さ)

『元の世界で下調べしたら、有機栽培の食料や繊維、科学飼料を与えていない動物。とのこと』

『余計に訳が分からない、オーガニック的な何か=有機的な何か?オルファンとかアンチボディが生き物だからそれ繋がりか?』

『そういえば元の世界の隣町のスーパーで売っていたメロンにクインシーとか書かれていたが何か関係があるのだろうか。考えれば考えるほど謎は深まるばかり、人類には少しばかり早すぎるようなのでこの話題はここまで』

『前回の日記の後ボルテスⅤが合流したが、現時点ではコンバトラーのバリエーションみたいな扱いなので取り込んではいない。超電磁ボールを効率よく使えるようになってから改めて融合させてもらうつもりだ』

『Jの原作では少し前にナデシコのメインコンピューターがイカレて味方に攻撃を始めるイベントで一話消費するのだが、そうなる前に連合軍を敵と見なす記憶を部分的に封印してやったのでそのイベント自体が起きて居ない』

『因みにオモイカネに対してハッキングした形跡は残っていない。まさしく俺のログには何も無いな、といった状態だ。機械相手だと話が早くて助かる』

『更に数時間前、グランチャー部隊とデビルガンダム軍団と交戦し今に至る。マスターアジアではないが、周りに主人公チームが居る状況ではグランチャーの捕食もままならない。結局何事もなく全機普通に撃破して戦闘を終えてしまった』

『デビルガンダムが町に突撃をかまし、それをユウブレンがチャクラシールドで弾いたのには驚いた。これが生き物の可能性、オーガニック的な――堂々巡りになるからやめておこう』

『現在はデビルガンダムに破壊された町の瓦礫の山を撤去中、俺はそれなりの量の瓦礫の山を撤去したので休憩しているところだ。面倒な作業の合間に振舞われるトン汁は中々に心温まるものがある』

『ブレンパワードに出てくるらしい施設の人たちが作ってくれたトン汁が中々美味しい。しかしこういう家庭の味、とでも言うようなものを食べるとどうにも家が恋しくなってしまう。もっとも、さっきから一人でがつがつと何杯もお代りを食べている奴を見ていると、どうしてもしんみりとした気分にはなりきれない』

『統夜は瓦礫の撤去という細かい作業なのでカティアをサブパイにしていた筈だから、こいつは本気で何もしていない。なんでそこのところを気にせずに大量にトン汁を食えるのか』

『戦闘後は腹が減る筈のDボウイですら三杯目はそっと出して居るのに、こいつは一体何杯お代りするつもりなのか』

『さて、トン汁を食べながら日記を書いていたのだが、これ以上ゆっくりしていると流石に怒られてしまいそうだ。このトン汁を食べ終わったら撤去作業に戻ろうと思うので、今日の日記はここまでにしておく』

―――――――――――――――――――

日記帳を閉じ、ジャケットの懐に入れ、トン汁の入っていたお椀を施設の人たちに返し伸びを一つ。たまには青空の下で日記を書くのも乙なものじゃないかと思ったが別にそれほどでも無かったな。

休憩している間に大分瓦礫も片付いたようではあるが、見たところまだ人力だけでどうにかできるほどでは無いレベル。もう一仕事だな。

「あの、ちょっとすいません。美久を知りませんか?」

ボウライダーに戻ろうとした時、後ろから声を掛けられた。ゼオライマーのパイロット、秋津マサトだ。

OVA本編の最終回後、大冥界に行った後は追手を撒く為に平気でごみ箱に隠れたり、鉄甲龍の本拠地にリポーターとして突撃する逞しい少年になるのだが、今はそんな雰囲気は微塵も感じられない。

まぁそんな事を言ったら美久だってちょっとドSな普通の女の子になるし、ゼオライマーだって美久とセットで普通に通販で買えてしまえるようになるのだからして、今からその片鱗が見えることはそうそう無いのだろう。

「ああすまん、氷室ちゃんなら女性陣が連れてったぞ。戦闘で汗かいただろうからナデシコの風呂に入って行こうとか強く誘われて」

主に美鳥が強く誘った。歳が近い同年代との触れ合いが少ないからそこら辺は寂しがり屋だとかそういう設定で通してあるからこういう時は相手を断り辛くさせることができるのだ。

というか、そういう設定で通して来たのはこの時の為だとかどうとか。風呂場でお肌の触れ合い(いわゆるお約束的お風呂イベントで女湯から声だけ聞こえてくる感じのあれ)を使ってスムーズに次元連結システムと取り込むんだとか。

容量不足に陥った後の処理は、長湯し過ぎてのぼせたとでも言って自室に運んで貰えばいいという完璧な計画らしい。割とおおざっぱだがとりあえず目的を果たせるから完璧なんだとか。

方法の良しあしはともかく、この世界で最低限手に入れておきたかったものはこれですべて揃う事になる。後は少し先になるが、難易度の高い隠し機体とか火星遺跡中枢ユニットとか相転移砲とかカイザースクランダーとかB・ブリガンディとか月が少し気になるぐらいか。

最悪これらはエンディングの後にこっそり盗み出すという手も無い訳では無いし、これでもう何時主人公チームから抜け出しても殆ど問題は無い。

まぁ、どれを取るにしても主人公チームにひっついていくのが一番楽ではあるのだが……。

「そうですか、どうしようかな……」

少し高速で考え事をしていると、目の前でマサトが考え込んでいる。ここまでの戦闘では全て美久との二人乗りだったため、自分ひとりでゼオライマーが動くか不安なのだろう。

まぁ破壊された町の後片付け程度なら次元連結システムが無くても余裕だろうし、労働力としてきっちり働いて貰いつつ親交を深めておくか。

「どうしようも何も、機体まだ動かせるなら瓦礫の撤去の続きだろ。お椀返したら機体に戻るぞ。瓦礫を拾っては適当な位置まで移動させるだけの簡単な仕事。戦闘よりは気が楽だろ?」

天下のゼオライマーで町の復興作業なんてシュール過ぎる光景だが、50メートル級の機体だと大きな瓦礫も楽に撤去できるから以外に重宝するのだ。

それにゼオライマーはラストガーディアン所属だから国の所有物。こういう復興作業に駆り出されても実際なんらおかしなところは無い。見た目以外は。

「そう、ですね。帰還命令も出て無いし、殺し合いよりはよっぽどマシか……」

「そうそう、ささっと片付け済ませてお前もナデシコ寄っていけよ。ちょっと休んでいく位ならラストガーディアンの人達も文句は言わないだろうし」

「え、いいんですか?」

「氷室ちゃんも今ナデシコの風呂使っているんだから大丈夫だって」

「なんかもう本当に、いろいろとありがとうございます」

素直な良い子だ。これがマサキだったら、『俺に指図するな!だがトン汁の礼に町の瓦礫を掃除してやってやらないでもない』とか捻くれた返事をするに違いない。

ふむ、こうして考えるとマサキも性根は極悪非道ではあるが中々のツンデレ。そもそも人格の移植プログラム自体が不完全なものだからあの人格が発現する時期は限られているし、できればマサキ人格の時に少し話してみたいものだ。

いや、ゼオライマーを取り込めば木原マサキの記憶とか知識とか思考法の記録も手に入るし、脳内でシミュレーションすることもできるかもしれない。

あ、でもここの木原マサキってウィスパードなんだよな。脳味噌に囁きが聞こえるタイプの人は少し気持ち悪いかも。いや、流石にデータ上の人格のコピーにまで影響があるとは思え無い、取り込んでもさして問題は無いか。

考え事をしつつボウライダーに搭乗し瓦礫の撤去作業を再開。合間合間でマサキとしょうもない雑談を交わす。ラストガーディアンは飯の盛りが少ないとか、美久は変なタイミングで微笑むとか、やっぱり苦しそうな表情でもがく少年の姿が好きなんだろうな、などなど。

秋津マサトは基本的にナデシコクルーに対してそれなりに友好的だ。最初にラストガーディアンに連れてかれた時は拉致監禁の上に目の前で親に売られている為、それなりにまともな倫理感を持っているナデシコの連中はとてもまともに見えて少し安心しているのだろう。

このお陰で俺も楽に友好関係を築くことが出来ていい感じだ。一緒に何度か戦う以上それなりに連携は取っておきたいし、変に警戒されてゼオライマーに触れないとかなったら面倒極まりない

最終的にラストガーディアンは人手不足、氷室美久は隠れSという結論が出たところで破壊された町の後片付けは終了。未だに氷室美久が帰ってこないのをいいことにゼオライマーを伴ってナデシコに着艦した。

ゼオライマーもどうしてか分離もせずに50メートルフルサイズで格納庫に収まってしまった。もう細かい物理法則は気にしない事にする。いちいち突っ込んでいたらキリがない。

ボウライダーから降りてゼオライマーの脚に手を付いて融合開始。50メートル級か、ダンクーガにはやってないからコンバトラー以来の大物だな。

ゼオライマーの脚の背をもたれ、背後に隠すように後ろ手にゼオライマーの装甲に手を触れる。ぐじゅ、と肉を潰すような音を立て俺の手の形が崩れ、融合が開始されていく。

「おーい、まだかー?」

「ちょっと待って下さい、なんだか開かなくて。おかしいな……」

コミュニケでゼオライマーに通信を入れてみたがどうにも映像と音声が汚い。やっぱりこの世界でも十五年も前に作られた機体だからか通信機も少し型遅れのもののようだ。

マサトが降りるのに手間取っている内に機体データ取り込み終了。あとは美鳥が次元連結システムを取り込めれば最大の目標は達成したも同然。

取り込んでみて初めてわかる。次元連結システムこそ積んでいないが、これは単体でもかなり価値のある機体だ。なにしろこの機体、BASICで動いているのだ。

流石は十五年前の機体、この感動をなんと表現しよう。今まで取り込んだロボット群がドラえもんのひみつ道具を見た時のような感動だとするならば、こちらはどこのご家庭にも存在する材料で作れるキテレツ大百科の道具を見せられたような不思議な感覚とでも言うべきか。

しばらくこの素晴らしい機体に触れていたいという心を抑え、ゼオライマーからゆっくりと手を放す。手と機体が半ば融け合うように融合している場面なぞ見られたらまた嘘設定を考えなくてはいけなくなる。

「卓也さん、ちょっといい?」

テニアからの通信。こいつも今回サポパイから外れていて暇だったので他の女性陣と一緒に風呂に向かっていたはず、つまりこれはあれだな。

「どうした、美鳥が長湯のし過ぎでのぼせたから看病しろとかそんなんか?」

俺の言葉にテニアが目を剥いて驚く。こいつはいちいち表情が無駄に豊かだ。J組がOGに参戦したら一番顔グラのバリエーションが豊富になるかもしれない。

「すごい、よくわかるね」

そりゃ予定通りだからな。とは言えないので予め美鳥と打ち合わせていた通りのいい訳で誤魔化す。

「どうせ誰かの長湯につきあってそのままクラッといっちまったんだろ?いつものことだ。こういう場所でもなきゃ同年代の同性との触れ合いとかできないからはしゃいでるんだろ」

「あー、風呂場でぺたぺた触ってくるのってそういう理由なんだ……」

当然そういうキャラ作りの為であってレズっ気がある訳では無い。人づてに聞く限りでは大きな胸に対して妬ましげな手つきで揉みつぶそうしてくるらしい。

あたしも本当ならこれくらいは……とか呟きながら半眼で巨乳の女性に対して迫っていく姿はどことなく憐れみすらさそう程の必死さだとか。

当然これも演技――とは言いきれないが、数割本音が混じっていた方がよりリアリティが増すのでここは華麗にスルー。

「誰にひっついてたか、ってこれは聞いたらセクハラだな。すまん」

「うん、まぁやられた本人も気にしないでいいって言ってるからね」

テニアの映っているウィンドウの後ろの方に顔を赤く染めた氷室美久が映っている。漫画原作版では無いからエロにあまり耐性が無いのかもしれない。

「一応自力で部屋まで戻ってたんだけど、ついでにお兄さんを呼んでおいてって」

「把握した。手間かけさせちまったみたいで悪いな」

「気にしないでよこれくらい、じゃ、美鳥にヨロシクね」

テニアの映っていたウィンドウを閉じ、マサトのウィンドウに向き直る。

「そんなわけらしいから案内できなくなっちまった」

「いいですよ。気にしないで妹さんの方に行ってあげてください」

「悪いな。機会があったらナデシコの食堂で飯くらいは奢るから、今日は適当に艦内を探検でもしててくれ」

そして、残ったマサトのウィンドウも閉じる。

長湯でのぼせる、というのは俺や美鳥の肉体では起こり得ない現象だ。つまりこれは間違いなく氷室美久とのお風呂での触れ合い中に次元連結システムの構成情報を取り込んで起きた熱暴走。

見事だ。なんかもう上手くいき過ぎだしその上美鳥が一々お手柄過ぎて、これは何か御褒美の一つくらいはあげてしかるべきかもしれない。

そうだな、まず次元連結システムのデータを受け取ったら真っ先に美鳥に組み込んでやろう。そろそろ体を構成するナノマシンの書き換えもしないといけないし、いっそ一度美鳥の身体を取り込んでオリジナルのDG細胞にも対応させて――

美鳥の強化プランを頭に思い描き、途中ですれ違うパイロット仲間やクルーの人たちと挨拶をかわしつつ、美鳥の部屋へと歩き出した。



続く

―――――――――――――――――――

風のランスターさんは省略。現在原作第十六話まで終了。そして無理矢理話しを途中でぶった切ってまで前回引いたのにあっという間にテッカマン軍団の出番は終了。

でもいいんです、どうせ主人公にとって量産型テッカマンなんてちょっと便利なバッタレベルの下っぱ扱いですから。

因みに量産型テッカマンのスペックメモ。

・ボルテッカ、テックランサー、ワイヤー、クラッシュイントルード、自爆ボルテッカなど一般的なテッカマンの能力全般が使える。コスモボウガンも一応使える。
・下級デモニアックとしての能力として、機械への融合と乗っ取りなど。連合のMSとかならひっついただけで無力化出来てしかも乗っ取れる。
・HPはストーリー序盤のボス程度。
・敵として出てきた場合、一マス以内に移動されると自爆して防御無視大ダメージ。

ついでにサポAIテッカマンも。

・主人公お手製強化済みシステムボックスの光=物質変換機能により装甲の硬さ、高性能ブースターの出力は最初からブラスターテッカマン並み。
・武装はほぼブラスターテッカマンブレードに準拠。ボルテックランサーはEN消費無し。
・この状態から更にノーリスクでブラスター化可能。

タイトルにチート主人公とか書いておいて主人公の下僕やサポAIのがよっぽどチートに見えてしまう。これも実は乾巧って奴のせいなんだ……。嘘ですが。

主人公はまだしばらく正体を隠したままの集団生活でストレスをためて貰います。チート力を爆発させるのは多分スパロボ編最終回か最終回一話前あたり。遠い……。

そこに至るまでの話では、前回のブラスレ編で貰った「ストーリー性的な部分が中途半端な状態になりそう」という意見を元に、ラストを盛り上げる為の下地作りに使う予定です。

まぁこの主人公だと、貰うもんだけ貰ってささっと帰っていってしまう、いわゆる投げっぱなしな話になってしまうので、そこんところはサポAIに巧みに誘導させる感じで。

それにせっかくの集団行動、ナデシコのクルーと仲良くやってるイメージを表現していけたらなと思っています。他意はありません。

そんな訳で途中までは盛り上がり所は極端に少なくなってしまいますが、それでもよろしければ気長にお付き合い頂ければ筆者もなんだかだんだん気持ち良くなってそれでそれで、といった感じで喜びます。

以下セルフ突っ込みタイム。突っ込みや回答ですら無いものも交ざってるけど気にしないでほしいです。

一人称じゃない部分があるけどなんなの?ごちゃまぜなの?

三人称を少し使ってみたかったので。その内戦闘シーンとかでも三人称使うことがあるかも。

動きをトレースした程度で流派東方不敗ってマネできるもんなの?

ジェスターガンダムとそのファイターって何気に凄いですよね。ジョルジュがヌケ作だという説もありますが。ステカセキングとかもいいデザインだと思います。

ボウライダーのデータ取りされてるけど?魔改造はばれないの?

火星から帰ってきてネルガルとの契約内容が更新されてそこんところが厳しくなりました。そんなわけで度々データ採取されているため今は下手に新機能を追加できません。性能的にはヘリオポリス出た辺りから変化無し。

超合金ニューZに似た素材?そのまま使っているんじゃないの?

「取り込んだジムがガンダム並みの性能に!」という二話で明かされた超設定のお陰。
ブレードは超合金ニューZの切れ味とか強度を試すために元の性能で複製しているけど、装甲に使っている素材は実はニューZαに近い強度だったり。

精神コマンドの使い方は?

説明できませんでした。説明できるようなイベント=主人公が精神コマンドを使うような強敵との戦闘が必要となりますので。

予告の風呂は?○○ちゃん胸おっきいなー♪みたいなイベントは?

書いてる時にエロい気分じゃなかったのでカットしました。興奮して思わずエロ風呂シーン書きたくなってしまうようなお風呂シーンのある作品教えてください。

主人公に敬語使う奴多くね?主人公マンセーな話なの?それとも距離を置かれてるの?

主人公の年齢、大体22から23程度です。社会人なら若造だけど、スパロボチームだと歳食ってる方に分類されるんですね。で、年上にはとりあえず敬語って感じで。あとは話すキャラが基本的に礼儀正しい人ばっかなので。書き分け難い……。

原作主人公チーム内での主人公の人間関係は?描写足りなくね?

統夜及び三人娘とはそれなりに仲良くやってます。というか、仲良さそうに描写できてますか?そこら辺の意見求むす。

統夜たちとは第一話からの付き合いで、何より戦闘時の敵との間合いが似たり寄ったりなので援護したりされたりで補正が掛かったりするレベルに親密です。

それ以外は初期火星行きメンバーのマジンガー組とコンバトラーチームとそれなりで、エステ隊とも軽口を言い合えるレベルにはなってます。サポAIも似たようなものですがこいつはDボウイにやや苦手意識を持たれてたり。それ以上いけない。

こんなところでしょうか。他に突っ込みどころを思いついたらどしどし感想欄のほうにお知らせください。

次回予告、の代わりに感想掲示板で言われた主人公等の精神コマンド。

鳴無 卓也(おとなし たくや)
愛  レベル1
覚醒 レベル5
不屈 レベル15
集中 レベル20
狙撃 レベル30
直撃 レベル45

主人公の精神コマンドは一話から五話までのイベントに対応。
何よりも先に存在する姉への「愛」
腕切り落とされて生命の危機、隠された力に「覚醒」
妖怪に囲まれてもサポAIに追い詰められても姉の為なら「不屈」
原作イベントには目もくれず能力収集に「集中」
腕を荷電粒子砲に作り替えてICBMを「狙撃」
見事ICBMに「直撃」

といった感じで、最大SPは平均よりやや高い程度。理由に無理があっても気にしない方針でいきます。ついでにサポAIの精神も。

鳴無 美鳥(おとなし みどり)
かく乱 レベル1
献身  レベル5
激励  レベル15
脱力  レベル20
突撃  レベル30
愛   レベル45

前半三つはサポAI標準装備的な精神で、脱力だの突撃だの愛だのは鳴無美鳥という人格が形成されてから自力で学習したものとかそんな脳内設定。多分本編では語られないあれでそれな感じの。

しかし、設定の羅列だけ見てもつまらないでしょ?とか言っておいて舌の根も乾かぬうちに設定書いてますね、どうしましょう、とりあえずあやまります。ごめんなさいゆるしてください。

このSSの更新が遅いのはゴルゴムからクライシスに移籍してディケイドに変身する乾巧ってやつの仕業でFA。動機は主人公の姉にファイズのオプションを強奪されたから。当然嘘ですただの遅筆です。しかし主人公の姉があちこちから恨み買っているのは事実。

そんな作品でもよければ、作品を読んでみての感想、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイス待ってます。どしどしお寄せください。


アンケート的なもの

一行空けは止めた方がいいですか?書いてる時は空けた方が誤字見つけやすくていいんですけど、PCから読む場合はどんな感じになるんでしょうか。感想ついでに意見お願いします。



[14434] 第十一話「人質と電子レンジ」
Name: ここち◆92520f4f ID:c077f100
Date: 2010/02/26 13:00
美鳥の部屋のベッドに座り、部屋の中心に立っているタンクトップとスパッツだけを身に付けた美鳥を眺める。

「うー、ん……」

難しい顔をした美鳥がその表情のまま軽く拳を振る。音速を超えた拳先がパンッ、という音を立て空気を破裂させた。

続けて二撃三撃と振るう。流れるような左右のコンビネーション、更に蹴り脚も加わり常人では動きが捉えきれない速度まで加速していく。

動作は流派東方不敗の物にアレンジが加えられている独自のモノ。恐らく美鳥の中にある姉さんの因子から肉弾戦時の動きを抽出して混ぜ込んでいるのだろう。

鋭い。相手を打倒し勝利する為ではなく、最短の時間、最小の手間で障害を踏み倒し次へ進む為の技術。

格闘術を武骨さと流麗さを備えた刀の類に例えるとするならば、美鳥のそれは医療用のメスか軍用のナイフ、いや、いっそ鋏やカッターといった工具の同類とでも言うべきか。

美や威を備えず、一切の余剰を削ぎ取り只管に効率を重視したその動きは機械的でありながらどこか艶かしい。

己が現時点で表現できる最高の機能美をこれでもかと見せつけるようなシャドー。きっかり三十秒動いたあたりでぴた、と動きを止めこちらを振り向く。

「なんかさ、動くと身体が軽いのに止まると重い、いや、インパクトの瞬間だけ重いというか、重さが無い筈なのに当たった時はみっしり詰まってそうというか、ふしぎな感覚だね」

「ん、それも次元連結システムのちょっとした応用──ではなく、どっちかって言えば重力制御の応用だな。ガイバーのパンチと似た原理だと思えばいい」

重力制御装置の機能がナノマシンそのものに付加されている為、素の状態でもこういった芸当が可能となっているのだ。重力制御技能はチートトリッパーのステータスだし付けて悪いということは無いだろう。

部屋の鍵をしっかりと締め、ピーピングされないようにしっかりオモイカネにも言い聞かせてまで何をしているのかと言えば、それは全身のナノマシンを新しいものに差し替えた美鳥の動作チェック。

今まで取り込んだ技術をとりあえず美鳥の肉体に全て反映させてみたのだ。DG細胞の理論も組み込んであるため、再生能力も以前の肉体より大分マシになっているし、以前より派手に質量保存の法則を無視した大きさの複製を作り出せる筈。

更に手のひらサイズにまでダウンサイジングされた次元連結システムを体内に瞬時に生成することも可能な為、異次元から取り出す無限のエネルギーにより単位時間ごとの最大出力も大幅に上昇。いや、出力無限なら大幅に上昇もくそも無いか。

むしろ今回の更新によりボウライダーもスケールライダーも他のエンジンを積む必要がほとんど無くなってしまった。というかもう生身の方が強いんじゃなかろうか。

さらにに小型のオルゴンエクストラクター、ラースエイレムキャンセラーを搭載、これは万が一ベルゼルートが居ない状況でフューリーと遭遇した際に機体と直結して機動することによりラースエイレムの中でも機体を動かすことが可能となり安全面から考えても大変有用だ。

「で、ダメ押しとばかりに小型の光子力反応炉も搭載している、どうだ?」

「いや、もうこれは無茶苦茶だね。機体に乗る必要無いんじゃない?」

そうでもない、次元連結システムは文字通り無限のエネルギーを供給してくれるが、反応炉やエクストラクターはいくら高効率化してもこのサイズでは出力に限界がある。オルゴンや光子力に依存するタイプの攻撃はこの状態では大した威力を見込めないだろう

その他のビームや実弾兵器も口径の関係で生身のサイズでは威力に限界があるし、やはりそこら辺の武装は大型のロボットに積み込んだ方が威力の効率がいい。

今まで取り込んだ全技術をスケールライダーとボウライダーに組み込むことができれば文字通りの意味で無敵モードになれるのだが、現状ではそこまでする必要も無いだろう。

「でも、それよりなにより嬉しいのがこれだね」

難しい顔を崩し、にへら、とニヤけながら自らの胸に手を当てる美鳥。

その胸のサイズは以前に比べそれなりに膨らんでいる。今までの美鳥のサイズだと今回の追加改造に無理が出る為、全体的に身体の大きさを増して余剰スペースを確保しているのだ。

身長もわずかに伸び、身体全体の肉付きも心なしか良くなっている。この大型化により産まれた余剰スペースに様々な機能を搭載している。

まぁいきなり大きくなると怪しまれるので軽い認識阻害を日常的にかけ続け、こっそりとメディカルセンターの美鳥の情報も書き換えなければならないが、それくらいは俺達にとって朝飯前だ。

「おにーいさん♪」

上機嫌な風の美鳥がタンクトップとスパッツに手を当て隠し、手の陰に隠したまま身体に取り込み、一瞬で可愛らしいフリルやレースの付いたブラとショーツに再構成。その場でくるっと回って一回転。

「どう?」

以前は薄過ぎる肉付きのせいでセクシーな下着を付けても違和感が付きまとっていたが、それなりに発達した現在の美鳥の肢体はそれなりのエロスを演出していて実に目に眩しい。

成長したお陰でまた一歩姉さんに近づいた部分と俺に似た部分が顕著に表れてきたようで、その微妙な違いもまた男心を擽るものがある。

「ああ、けっこう色っぽいぞ」

俺の素直な感想に、にぃっと無邪気そうに笑う美鳥。そのまま隣にぴったりとくっついて座ると、俺の腕に両腕で絡みついて、胸を押しつけるようにしながら顔を近づける。

少し高めの体温が伝わり、どことなくミルクを思わせるような甘い匂いが鼻をくすぐる。唇が触れるような距離から、耳に呼気を吹きかけるように囁いてきた

「じゃあ、こうふんする?」

やや釣り目の美鳥だが、眦を下げると姉さんと瓜二つに見える。俺は美鳥の肩を抱き、そのままベッドに倒れ込み、のしかかるような体勢で覆いかぶさる。

「あ……」

押し倒される形になった美鳥が思わず声を上げ、しかし目を潤ませたままこちらに微笑みかけてきた。

「ね、ご褒美、ちょうだい?」

いつもより舌っ足らずな甘えた口調で告げ、目を閉じて唇を控えめに突き出す美鳥。それに応え軽く触れるように唇を合わせ、放す。

予想外の軽いキスに一瞬きょとんと呆けた顔をする美鳥だったが、クスリと笑ってから真似るように軽いキスを返してきた。

美鳥の顔から離れ、首筋に鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、かすかに触れる鼻先がくすぐったいのか僅かに身を捩じらせる。

そのまま鎖骨に舌を這わせ、肌の味を確める。美鳥はくすぐったいのを堪えるような声を出しつつ、首筋に顔を埋めるこちらの頭を軽く抱きしめ、掌で髪を軽く撫でつけてきた。

「んぅ……。ふふ、おにいさん、犬みたいでかわ、ひゃっ!」

唐突に鎖骨に噛み付く。俺に可愛いとか多分20年ぐらい早い。

「人を犬扱いするやつはこうしてやる」

皮の上から歯で鎖骨をこりこりと刺激。逃れようと暴れる手足を抑えひたすらこりこりし続ける。

しばらく甘噛みを続けていると、ぱたぱたと慌てるように暴れていた手足の動きが次第に緩慢なものに変わっていった。

「やぁ、そこ、よわ、んぅ……ずるいってぇ……」

顔を真っ赤に染め、眼にはっきりと涙を溜め半泣きのような表情で途切れ途切れに抗議の声を上げるが気にしない。挑発してきたのはそっちなんだから気にしてやらない。

肉体のデザインが俺と姉さんのハイブリッドな美鳥は、俺と姉さんの弱点(もちろん性的な意味で)を両方とも備えている為、こういった行為ではどうしたって受けに回ってしまうのだろう。

しかも本人は散々俺や姉さんを誘ってはいるが、俺とも姉さんとも、それ以外の誰とも致した事が無い。圧倒的に経験値が足りないのだ。

鎖骨を噛みながらブラの肩ひもをずらし、胸の頂きへと舌を滑らせる。舌と歯で刺激を加えつつ両の手を下半身へと移動させ、腿の外側を指先でなぞる。

「ぅ……、そんなの、うゃあっ!」

美鳥が何か言おうとするが口の中で転がしている突起を齧り黙らせる。

指を腿の外側から内側へと滑らせ、徐々に上を目指すように移動させる。じっとりと湿気を吸った白い布に触れるか触れないかの位置に到達したところで指を止める。

そのまま暫く美鳥の身体を一方的に弄り続ける。口は胸から放し浮き出た肋骨を舌でなぞり、臍の中まで優しく丹念にほじくり返し、しかし一部の敏感な局部には一切触れない。

数十分も弄り回した頃には、はっ、はっ、と犬のように舌を出しながら短い呼吸を繰り返すようになり、興奮で白い肌をほのかに桜色になるほど上気させた美鳥が、熱っぽくとろけた眼でこちらに期待の視線を送ってきた。

「おに、さぁん……。お、にいさん、のぉ……」

震える手でショーツの一部を原子分解し切断する美鳥。隠していた布がはらりと捲れ、むあ、と一瞬で部屋の中にむせかえるような女の匂いが広がる。

「ここ、ここにぃ……」

欲情しきった美鳥の姿に、俺は思わず──

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ベッドに座り込み膝に肘を付いて頭を抱える。ついにやってしまった、これでは姉さんに合わせる顔が無い。

最近そういう事をしていなかったから溜まっていたというのもあるし、何よりもやや成長した美鳥の姿が姉さんに重なってしまったというのが大きな要因だと思う。

いや、姉さんの言によれば本来美鳥はこういう用途に『使う』ことも想定して作ったらしいから気にしないだろうことは想像に難くないけど、これじゃ余りにも不貞だ。

「まぁ気にしない気にしない。あたしへのご褒美の一環だからノーカンだって」

「随分高く付いたって気がするけどな……」

頭を抱えてうずくまる俺の背に、後ろから覆いかぶさりながら美鳥が気楽なセリフを吐く。まぁ、次元連結システムを取り込めた手柄から考えれば安い褒美なのかもしれないが、だからってこれは……。

「大丈夫だよ。お姉さんは実際、あたしのことは愛着のある便利なハサミ程度にしか見てないと思うから」

「そう、か? 最近、つってももうこの世界きてからしばらく経つけど、まぁ最近は最近か。最近はそれなりに家族として扱ってるように見えたけど」

言いつつ、美鳥の言葉にも一理あると頭の冷静な部分が肯定する。ブラスレ世界から帰ってきて美鳥に名前を付けたことを告げた時、姉さんは最初、本気で理解できないと首をひねっていた。

姉さんにとっては美鳥は、旅の道具一式にエロパーツが付いた便利エログッズ程度の認識だったらしい。

男の子はえっちいのが溜まっていろいろと不便になってしまうらしいから、適度に『それ』を使って発散できればいいかなと思っていた、反省はしていない。そんな感じの事を言っていた記憶もある。

因みに男の子は溜まって云々のソースはやはり新聞配達員の千歳さん。毎度の事ながら碌な事をしない人だ。

今は表面上家族として扱っているし、意識の浅い部分では本気で家族だと思っているだろう。しかし根っこの部分では、やはり家族として扱っているペットか何か止まりなのだという予想も簡単に付く。

それは決して悪いことでは無い。便利に使い潰す為の道具に愛着が湧いて、不便に大事にするようになってしまったら本末転倒、むしろ見方によっては美鳥を家族の一人として扱う俺の方がおかしいのかもしれない。

「お兄さんが大切に、それこそ人間みたいに、妹みたいに扱ってくれてるのも嬉しいんだけどさ、やっぱりあたしの本質はお姉さんの思っている通りのモノなんだよ」

背中に覆いかぶさっている美鳥が両腕でこちらの身体を軽く抱きしめながら呟く。振り向かないと顔が見れないが振り向けない。今振り向くのはマナーに反するような気がする。

「だからさっきみたいに、あたしの持ち主であるお兄さんが、おもちゃみたいに好き勝手弄りまわして遊んでくれるのも、すっごく嬉しいし、満たされて、幸せ。だから──」

ぎゅう、と抱きつく腕の力が強くなる。

「あったかくて冷たくて、優しいのに意地悪なお兄さん。これからも、あたしをいっぱい使い潰して。ね?」

力いっぱいしがみ付いてくる美鳥の腕を撫でながら、ただ頷きだけを返した。

―――――――――――――――――――

ズルイ手を使ってしまったかもしれない。少しお姉さんに近づいた体の肉付き、少しだけお姉さんに近づいた顔の造り、少しだけお姉さんに近づいた声の音域。

何もかもが少しだけお姉さんに近づき、前より少しだけお兄さんを身近に感じる身体で、意識してお姉さんの仕草を真似た。微細な筋肉の動き、神経を走る信号まで可能な限りトレースしている。

人間に擬態するにあたっての生体データのモデルも当然お姉さん。多分体臭から声まで中学校時代のお姉さんに似せていたと思う。

身体の素材、機能、構成はお兄さんが全て決めたが、運用方法はあたしに一任されているのだし、お姉さんから離れて久しいお兄さんのせめてもの慰めになれればと──

いや、これは只の言い訳かな。ナデシコに乗っていると下手にお兄さんにひっついていられないし、お風呂だって一緒に入れない。

寂しかった。それでも我慢できないレベルでは無かったけど、お兄さんに取り込まれて身体を再構成する途中で、不思議な現象が起こって耐えきれなくなった。

お兄さんとお姉さんの行為、元の世界で夜な夜な行われていたその情景を、お兄さんの視点で見せられた。いや、共感したとでも言うべきか。

お姉さんの身体を貪る時のお兄さんの心、お姉さんにいろいろされている時のお兄さんの感情、そういったモノを嘘偽りの無い形で体感させられてしまった。

そしてそれ以外、あたしと接している時の心も。ご飯を食べている時、料理を手伝った時、遊んだ時、訓練の時、お風呂の時、みんなで一緒に眠った時。とても温かいその生の感情を実感した。

親しみはある、家族、妹のようなものという言葉に嘘偽りは一切無い。しかしお姉さんへのモノとは決定的に違うそれを見た時、あたしはお姉さんやお兄さんから引き継いだものの中で、未だにはっきりと実感できていなかった感情を自覚してしまった。

そうと知れない部分でお姉さんの真似をして、お兄さんに感知できないレベルの魔力運用で魅了の魔法までかけてお兄さんの動物的本能のようなものを後押し。

はっきり言うと、お兄さんから押し倒してくれるように誘惑した。そしてそれは見事に成功してしまった訳で、お兄さんは少し困惑気味。困惑気味だけど、今もすがりつくあたしの腕を優しく撫でてくれている。

優柔不断ではない。もしどちらかを選べと言われたら一切の躊躇なくお兄さんはあたしを切り捨てる。お姉さん一筋、それだけははっきりしている。お兄さんの行動の理由は結局のところそこに帰結するのだから。

使い潰してと願い、頷いてもくれたけど、それでもお兄さんは自分からあたしを使おうとはしないだろう。無理に押し倒しても拒否されるのも分かる。今回の事は運が良かったというのが大きいし。

これで何かが変わる訳が無いなんて百も承知だ。でも、それでも、あたしは、鳴無美鳥という一個体は──。

あぁ、考えが支離滅裂になっているのが自覚できる。肉体を再構成したばかりだから思考を司る機能が上手く回っていないのかもしれない。

一眠りして頭の中身が整理されれば、きっと今考えていることだって綺麗さっぱり黒歴史認定できる。お兄さんには悪いけど、この背中で少し眠らせて貰おう。

お休みなさい、お兄さん。起きたらきっと元通りのあたしだから、それまで少し我慢してね?

―――――――――――――――――――

■月□日(今宵のボウライダーは一味違うかも)

『甲児とさやか、そして統夜があしゅら男爵にさらわれてしまった。戦争が激しくなってきたので学校が一時的に閉鎖されるという知らせを聞いた三人は、閉鎖される前に最後に様子を見に行こうという話になったのだ』

『貴重な戦力なんだから護衛なりなんなりを付けるべきではないか、などというのをスパロボ世界で言っても始まらないのでスルーしておくにしても、これは少し間抜け過ぎるというか、タイミングが悪すぎるのでは無いだろうか』

『学校について行くのは面倒なのでご免だが、できればその学校周辺の商店街の名物っぽいトライデント焼きや、学校にパンを卸している店を見つけて爆熱ゴッドカレーパンを確保しておきたかった』

『確保しておきたかったが、戦争が激しくなってきているし、行ったところで店が開いているか分からないからやめておいた。これもエンディング後にでも探しに行こうと思う』

『そんなこんなで空いた時間に整備班の人たちに手伝って貰って内職の仕上げをしておいた。ボウライダーとスケールライダーの追加武装の作成だ』

『殆どありもののパーツ(といっても、以前ナデシコの整備中に外出して外から送り込んだ物だが)を組み立てるだけの簡単な作業だが、複製を作り出すのとは違い手間も時間も掛かって苦労した。しかし御蔭で完成品は中々面白いものに仕上がった』

『ついでに速射砲にも別の追加パーツを取り付けておいた。以前のものよりも重くなったが、そも今のボウライダーは馬力が元のモノとは段違いに上がっているので問題は無い』

『これから三人と相良宗助に千鳥かなめ、ついでにその他人質三百人位の救出作戦、俺達はザフト相手に暴れてあしゅら男爵の注意を引く囮役だ。この追加武装を使って、そこら中で派手にやってやろう』

―――――――――――――――――――

メガブースターを三つ付けたボウライダーで海面スレスレを飛行する。誰よりも先に出撃し誰よりも敵に近い位置に陣取りそして今の俺の移動速度は誰よりも速い!

海中のゾノの集団目掛け速射砲を乱射、水の抵抗で僅かに威力の落ちた砲弾はしかし、減速してなお有り余るその破壊力によって敵集団を大破寸前のスクラップへと作り替える。放置しても水圧で勝手に潰れるだろう。

「俺の機体はぁッ!」

水中、普通なら死角にあたる場所から水しぶきを上げながら体当たりを仕掛けてきたグーンを踏み台に上空高く跳びあがる。

跳んだ先の空にはディン、一瞬で距離を詰めてきたこちらにひるまず散弾を放ってくる。流石はコーディネイター、反応の速さはぴか一、判断力も悪くない、古参兵ってやつか?

「無敵!」

しかし残念な事にMSの手持ち火器の散弾程度ではバリアすら抜けない。速射砲を投げ捨て回転鋸型のブレードを展開、更に超電磁フィールドでコーティング、煌きつつも暴力的な速度で回転を開始する刃を突き付ける。

後ろに引き下がりながらランチャーを撃とうとするディンに追いすがり、鋸の刃を見せつけるように頭部モニタにゆっくりと近づけ、触れる寸前で一気に唐竹割り。左右に分断され空中で爆発するディン。

「素敵!」

再び海面まで降りようとすると、足元からブースターを吹かし、突撃銃を乱射しながら近づいてくるジンが一体。

「ナチュラル風情がぁー!」

ハイネうるさい、なんでオープン回線なんだあんたは。さっさと退場して新曲のレコーディングでもしてろよ。

効果が無いのを見てとったのか突撃銃を投げ捨て重斬刀で切りかかってくるジンを、肩に新たに取り付けられた歪で巨大なクローアームで鷲掴みにして捕える。

巨大なクローアームが、ジンを握り潰すように締め付け、その鳥の鉤爪のような鋭い尖端がミシミシと音を立てて装甲を押し破りながらめり込んでいき、心地よい断末魔の悲鳴がスピーカーから溢れ、そして聞こえなくなる。

めり込んでいた爪先を引き抜き、束縛から逃しても動かないジン。クローアームの、人間で言うなら掌に当たる部分に埋め込まれた機械を起動。巨大な掌の上のジンが一瞬にして真っ赤に赤熱しながら膨れ上がり、破裂した。ドロドロに溶けた金属が海に落ちゴボゴボと海水を蒸発させる。

「か・い・て・き」

流石ドイツ製の業務用電子レンジを元に作っただけのことはある。まぁ出力を無理やり上げても大丈夫なように大分作り替えたから基はどんな電子レンジでもよかったのかもしれないが。

ブラスレ世界で取り込んでから今まで使う機会が無かったが、やっと家電から武器を作ってみるプロジェクトのスタートラインを切れた。

あとはハンドミキサーを残すだけ、スタートラインからゴールにすぐ手が届くのは中々手軽で良い企画だ。元の世界で何か思いついたら隣町のケー○電気かヨド○シカメラにでもウィンドウショッピングに行くのも良いかな。

しかし、溶けた敵の機体の飛沫がクローアームについてしまう。接触させるのではなくぎりぎりまで接近しつつも距離を空けるのが正しい使い方だったか? 要練習だな。

クローアームをブンと乱暴に振るい、融けてこべり付きそうな金属を掃い落とす。

「み、ミゲルぅぅぅ!!」

イージスから悲痛な叫びが聞こえるが無視、一気に全滅させても囮の役目を果たせないので一旦後退。背後からビームライフルで追撃されるが適当に機体を左右に揺らすだけで簡単に外れてくれた。

錯乱した状態で焼け糞気味に乱射なんかするからだ。さっきのディンのパイロットの方がよほど質が高かったような気がするのだが、やっぱり調整に高い金賭けた方が優秀だという偏見でもあるのだろうか。

ついでなのでこいつも適当に料理しておこう。慣性を無視して一気に進行方向を反転、うろたえ反応しきれないでいる内に超電磁電動鋸とレーザーダガーでイージスの手足をバラバラのサイコロステーキに、残った胴体を蹴り飛ばして改めて後退。

なんだかこれまたオープン回線でキラに捨て台詞を吐いて撤退していくほぼダルマなイージス。あんな状態で良く飛ぶもんだ、以外と性能は悪くないのかもしれない。

そのまま海中に潜り投げ捨てた速射砲を回収する。しかし先程のアスランの叫び、いったいなんだったんだろうか。

「ミゲル、一体何者なんだ……」

西川声だからまだ未熟なハイネが混じってたもんだと思ってたんだが……。人違いだろうか、ダメだなぁあの凸野郎は、クルーゼから指揮権を預けられているのに味方の名前も覚えきっていないなんて。

敵指揮官の未熟を嘆きながらも速射砲の位置まで移動し回収する。腕に装着し直そうとした瞬間、岩陰に潜んでいたグーンが魚雷を放ってきた。頭が凹んでいるからさっき踏み台にしたやつかもしれない。

面倒臭くなって思わず機体越しに念動力発動。視界に入っていた魚雷とグーン、その向こう少し離れた場所に居るゾノ。それらを含む海底全てが歪み、うねり、爆発した。

海底の岩や魚や海藻や地面自体も全て粉々に粉砕されている。念のためにレーダー確認、周囲に味方機影無し、それなりに深い海底なので映像にも残らない。

改めて速射砲を装着、敵から一定の距離を保ちつつ一息ついてさぼっていると遅れてやって来たブレン、シャイニングがようやく追いついて来た。

「ヘイ大将、いくらなんでも飛ばし過ぎだぜ」

「しかし単騎でエース級の機体を仕留めたか。流石、猿真似程度とはいえ流派東方不敗を使うだけのことはある」

「いや悪い悪い。陽動だから目立たないといけないと思ったから、ついな」

色グログラサンに注意されドモンにツンデレ気味な褒められ方をしてしまった。しかし、どれがエース級だったんだろうか。

まずジンは除外。海での戦いなのに空中戦も海戦もできないような機体で出てる時点で判断力は並み以下、数合わせで出された新兵の可能性すらある。次にゾノ、これも見るべき点は無かった。というか印象に残らなかった。

アスランの乗るイージスは……無いな、これは無い。何かアイテム落としてったけど撃墜してないし、ついでに言えば中身は金持ちのボンボンだ。ここまでこれといった戦果も出していない新人をエース呼ばわりはありえない。

死角からのばかり狙ってきたグーン、これも惜しい気がするが除外。死角から不意撃ち狙いとかは地力で劣る場合に取る行動では基本中の基本、自信過剰な者が多いザフトの中では珍しいがそれだけだ。

なるほど、撃墜したエースとはあのディンのことだな。こちらの行動に一々的確に対応しようとした小器用さは中々のものだった。一般兵のステータスが均一になっているゲームでは登場できなかった無名のエース的な存在なのだろう。

しかしエースなのにあんな軟いカトンボみたいなディンに乗せられるとかあんまりだ。ザフトって中々に厳しい職場なのかもしれんな。もうちょっと良い機体は用意してあげられなかったのか?

「わかってなさそうなので補足しておきますね」

ぼんやりと敵の職場環境に思いを馳せていると、ナデシコのしまじろうから通信で注釈が入った。

「一体だけ混じっていたジンのパイロット、通信の内容から察するに黄昏の魔弾の異名を持つザフトのエースだったようです。……いっぱい居るんですけどね、ザフトの二つ名持ちのエースって」

なんと、ハイネにはそんな二つ名が存在していたのか、また一つ勉強になった。種運命は視聴したのが大分前だからそんなに覚えて無いんだよなぁ。

「解説乙だ。後で好きなだけジャンクフードを奢ってあげよう」

「ありがとうございます」

無表情のままモニタの向こうでぺこりとお辞儀をするしまじろう。そこにテンカワが通信で割って入ってきた。敵があまりナデシコに近づかないからヒマなのかもしれない。

「ダメだよ卓也。ルリちゃんせっかく最近は食堂でご飯食べるようになったんだから」

「ジャンクフードだって人間の英知の結晶だと思うんだけどなぁ」

肩を竦めて首を横に振る。そこまでジャンクフードを毛嫌いされると少し哀しくなってしまう。ああいう食い物だってメーカーの人が試行錯誤して作っていることには変わりないんだから差別するべきではない。

しかし、海なのに一人だけジンに乗せられるエースか……。ザフトの中ではいじめも横行しているのかもしれない、エース様ならジンでも水中戦余裕っすよねー、みたいな。

周りの人間がそんな奴ばかりだから戦闘中もオープン回線で叫んでいたのか、寂しかったんだな。奴もこの戦争の犠牲者だったということだろう。

しみじみしつつレーダーを再確認、コンVとボルテスのマーカーが敵陣に迫り、ザフト機の反応が次々と消滅していく。海中の敵が多い為SPTは前に出ず、エステ隊はナデシコの周辺に近づいた機体を処理していっている。

美鳥のスケールライダーは……、居た。敵陣の外周をうろちょろしてる。あいつ、新武装を撃つタイミングを見計らってるな?

ギリギリまで射線を見極めて、あの位置だとテックランサーで奮戦してるDボウイが邪魔になるな。移動するのか? しないな。しないよなそりゃ。

あ、撃った。おお凄いなDボウイ、不意撃ち気味に敵ごと撃たれそうになったのにギリギリでちゃんと回避したよ。テッカマンの超反応あればこそってやつか。

「凄まじい威力だな」

ドモンも思わず唸るボウライダーの新兵器、両翼の半ばに設置された重力ブレードから発射されるグラビティブラスト。重力制御装置がキモになる武器だから実は重力ブレードは要らかったりする。

見事に命中した敵母艦が爆散していき、周辺を飛びまわっていたMSも巻き添えで数機撃破された。派手だなー、俺今回雑魚を少し散らしただけなのに美鳥はあれか、俺ももうちょい頑張んなきゃな。

「おいおいおい、今Dボウイごと撃とうとしなかったか?」

「ひぇぇ、美鳥ちゃん容赦無いねー」

一部の詳しい状況が見えていた人に恐れられてしまったようだ。一応フォローしておこうか。

「あれはDボウイなら上手く避けれるという信頼の表れだな。肉体言語で語り合った仲だから信頼関係が生まれているんだよ」

アームロックという肉体言語を使うことにより言葉では表せないあれな感じのそれを見事に伝えた美鳥に隙は無かった。

いかんな、これはフォローしてると言わないんじゃあるまいか。自分の言語機能に少し不安を覚える。

「あれは、肉体言語で一方的に語り聞かせてたんじゃないかしら……」

「反撃出来て無かったしな」

冷静なアキさんとノアルさん。流石に弁護のしようも無いぜ。

―――――――――――――――――――

その後、合流したドモンと電影弾撃ったりボルテスとダブル超電磁斬りしたりしつつさらっとザフトを殲滅。小島に燃料切れで不時着してる風を装っていると、しっかりと騙されたあしゅら男爵がのこのことやってきてくれた。

機械獣軍団相手に手も足も出ない(ように演技している)俺達、絶対絶命の大ピンチ!

狭い小島の上をローラーを廻しひたすら逃げ回るボウライダー。他の機体も適当に撃墜し過ぎない程度に反撃や回避を繰り返して時間を稼いでいる。

「くそう、ぼうらいだーがたまぎれじゃなきゃあんなやつらー」

超棒読みで危機感を演出する俺。ちら、とモニタに映るドモンに次はお前の番だと目くばせ。

嫌そうな顔をしつつも作戦の為と仕方なさそうにコックピット内に貼り付けておいたメモをチラ見しつつ音読するドモン。

「お、おのれ、しゃいにんぐが全快ならこのようなやつらあっというまに」

微妙に頬を染めながら下手くそな演技を一生懸命こなしている。まぁこんな演技しなくても敵に回線を開かずにいる今の状況なら適当に逃げ回っているだけで済むのだが、見事に騙されてるなぁ。

モニタに映る美鳥がしかめっ面をしているが、よく見るとフルフルと細かく震えて笑いを堪えているのがわかる。

もうそろそろ6分経つかどうかという頃合いでナデシコから通信。ミスリルが人質の救出に成功したらしい。

さぁ、レクリエーションはここまで、あとは楽しい楽しい狩りの時間だ。

「ドモン? 敵に通信が繋がっているわけじゃないから演技なんてする必要は無いのよ?」

「なんだと? おい、鳴無貴様ぁ!」

レインさんのツッコミに怒声を上げるドモン。演技で無駄に労力を使わせてしまったな、だが私は謝らない。

あれこれ言われる前ににやりと笑いだけ返して通信を切った。こんな冗談騙される方が悪い。

重力制御装置出力調整、ボウライダーを浮かび上がらせ全ブースター点火。目前まで迫っていた機械獣軍団に肉薄、殲滅戦を開始した。

―――――――――――――――――――

ザフトを迎撃してからあしゅら男爵がやってくるまでに全ての機体が補給も応急修理も済ませてしまっていたので戦闘はあっという間に終わった。

まさにスイーツ。あの程度の戦力でこちらに攻撃を仕掛けてくるとは片腹痛くて臍で茶が沸いてしまう。

ナデシコに着艦し、ブリッジに戻るのも面倒なので格納庫で時間を潰していると、後ろから近づいて来ていたウリバタケさんにメガホンで頭を叩かれた。

「鳴無ぃ、あれ使う時は敵掴みっぱなしで使うんじゃねぇって言っといたろぉ?」

こめかみに血管を浮かばせたウリバタケさんが親指で指し示す先では取り外された大型クローアームに整備員が数人とりつき、こべり付いた金属を剥がす作業を行っている。

もともとは融けた金属がこべり付いて塊になって酷い有様になっていたのだが、あしゅら男爵の潜水艦を落とすどさくさで内側から取り込み、表面に少しだけこべり付いている形に仕上げ直したのだ。

数時間しない内に再出撃だからささっと剥がせるようにしたのだが、あれでも常人では苦労するらしい。次回からはきっちりと運用法を考えて使うことにしよう。

「いやー、うっかりしてました。でも凄い威力だったでしょ?」

「木星トカゲの虫型相手にゃ使いでがねぇけどな。それなりに大型の相手なら有効だろうよ」

「今がそういう状況だから使ってるんですよ。MSにも機械獣にも効いてたんですからいいじゃないですか」

「まぁ、そりゃそうなんだけどよぉ……」

苦虫を噛んだような表情で整備指揮に戻るウリバタケさん。この新兵器はあまりお気に召さなかったようだ。

まぁ威力はともかくあんな形にしたのは完璧に俺の趣味だから仕方がない。そも威力云々で言うなら今のブレードだけでも接近戦は十分な訳だし。

悪魔の手指のように刺々しい形をしたクローアーム、重力制御装置を積んでいなければ直立ができなくなる程巨大なそれが、10メートル弱のボウライダーの肩から生えている。確かにメカニックからしたら頭の痛くなるような光景だろう。

通常のMSならそのまま握り潰せる程の馬力を備え、拳のように握り込み殴りつけるだけで敵のフレームは拉げる。

そして掌に埋め込まれた巨大強化電子レンジ、種のサイクロプスとかギアスの輻射波動の親戚のようなものだ。運用方法は紅蓮二式とかを参考にすればいいとさっき気付かされたトンでも馬鹿兵器。

それこそ小型の敵を大量に出してくる木星トカゲには利かないのであれだが、MSや機械獣、そして多分獣士相手にもそれなりに使える兵装である。

今回は直前で握りつぶしてから留めに使用したが、本来なら敵は断末魔の悲鳴をあげる暇さえ無く膨張・破裂して死ぬ。まぁそんなエグい兵器を気にいる奴もなかなか居ないが、どうせ洗浄くらいしか任せる部分も無いのでそこら辺は我慢して貰いたい。

クローアームに付いた汚れを洗浄している整備の人たちを眺めボーっと考える。

統夜にはこの間発信機を飲ませたから今から助けに行こうとすれば勝手に行けるんだよなぁ。でも今回は特に見所のある話でも無いし助けに行っても旨味は少ない。

ラムダドライバ搭載機が居るが、念動力で代用が利く上に自軍にも似たような機体がすぐ合流する。どうせ先に出ても数分の違いでしか無いし、どうするか。

考え込んでいると、通路から三人娘と美鳥が手を振りながら近づいて来た。これは何かありそうな予感、とりあえず話を聞いてみようか。

―――――――――――――――――――

通信施設に居た為にミスリルの救出部隊とすれ違ってしまった5人は、ガウルン操るラムダドライバ搭載ASに追い詰められるも、ガウルン機の新型機ゆえのマシントラブルにより辛くも逃げのびることに成功する。

囮になるから皆は逃げろと言った相良宗助と兜甲児を千鳥かなめが説得し、紫雲統夜に弓さやかを合わせた5人で力を合わせ、海岸近くまでの移動に成功。隠れるのを止めて森を抜け、海の見える場所に出ていた。

「うわっ、あんなにいっぱいいるんだ」

見晴らしの良い平地から、そこに大量に配置されている傭兵のAS部隊を見て顔を少し青ざめさせながら驚くかなめ。

「発見されるのも時間の問題か……」

「ま、あそこにいたってどうせ見つかってたしな」

冷静に状況を分析する宗助と、進むしか無いと開き直る甲児。

「まだまだ。あきらめてたまるもんですか」

「そうよ!」

「ああ。行こう」

気合を入れるさやかとかなめと統夜。全員服もボロボロで疲労困憊だが、その眼はまだ希望を失っていない。なんとしても生き残る、という強い意志の光に満ち溢れている。

しかしそうそう話は上手く行かない。空には海岸を目指す5人に迫る巨大な陰、あしゅら男爵の駆る飛行要塞グール。

マシントラブルによって5人を逃がしたガウルンであったが、あしゅら男爵へ通信を送り追撃に出るように仕向けていたのだった。

「甲児くん、あれ!」

「グール! あしゅら男爵か!?」

「俺達をここへ連れてきた飛行要塞か。発見されたようだな」

空に浮かぶ威容を忌々しげに睨みつける。そんな4人とは別に、全く逆の方向を向く人間が1人、ウィスパードの千鳥かなめ。

何者かに囁かれたか、それとも突っ込み担当にありがちな野生の勘か、彼女は誰も気付かない異変に気付く。

「あれ、何かしら……」

訝しげな表情でつぶやく。彼方の上空に見える小さな点、それがどんどん大きくなっていく。

速い。目を凝らしても青空の中に文字通りの点でしか見えなかったそれは、数秒経たず歪な人型へと変わり──

「ふふふ、見つけたぞ兜甲児め。ガウルンのい、ぎゃぁぁぁ!!」

落下の勢いを殺さず飛行要塞に激突、地上へと墜落させた。

呆然とする5人、地面に墜落した飛行要塞の中からは巨大な羽虫の大群が飛びまわるような音と、耳を劈くような金斬り音が絶えず響き渡り、その度に地に落ちた飛行要塞に細かい穴がいくつも空いていく。

そしてその奇怪な現象が起きている山の麓の反対側、先ほど飛行要塞に激突したものに比べ丁寧に着地したASが2機。ミスリルのM9だ。

「いぃぃぃやっほう!! こちらウルズ6、着地成功! ターゲットも全員ここにいるぜ!」

「ソースケ、しぶとく生きてるわね! 助けに来たわよ!」

同じチームの人間の呼びかけで正気に戻った宗助が小型の通信機で問いかけた。助けに来たことに安堵してはいる、感謝の言葉や状況の報告もするべきだろう。しかし、先にこれだけでも確認しておきたいという欲求を優先した。

「こちらウルズ7、二人より先行した機体は居るか?」

「うちらは出して無いけど、あっちの連中から三機先行させたって話は来てるわ。一機が先行して露払いをするんだってさ」

「ネルガル雇われの腕っこきの傭兵らしいぜ」

あれがなんであれ、味方であるならば問題は無い。ほう、と安堵に胸を撫で下ろす宗助。

そのやり取りを聞き、落ちてきたのが誰かわかった甲児とさやかの顔も明るくなり、詳しくは分からないがなにはともあれ助かる目途が立ってきたのだと安心した顔のかなめ。

しかし、統夜だけはどこか落ち着かない様子だった。2機のASから目を離し、今にも爆発しそうなほど激しく燃え上がる飛行要塞に振り返る。

背筋がざわつく。あそこに居るのは味方、火星に行く前からの付き合いで、初めてベルゼルートに乗った時もフォローしてくれて、訓練では戦い方も教えてくれて、悪ノリもすれば冗談も言うけど、でも時折相談にも乗ってくれる頼りになる先輩のような人の筈なのに、何故ここまでざわつくのか。

閃光。飛行要塞を内側から食い破り極太の熱光線が吹き出し、空いた大穴からゆっくりと姿を現す影。

飛行要塞内部の炎に照らされ純白の装甲は紅く染まり、肩からは悪魔のような禍々しい鉤爪のある巨椀を生やし、その鉤爪に自らの倍近い大きさの機体を鷲掴み、普段二丁の速射砲を持っている腕には身の丈ほどもある巨大な長銃を携えている。

凶暴な獣性と狡猾な理性を、戦う者の非道な一面を、慈悲無き酷薄な戦闘の真実を、悪意を持って具現化したような異形が、そこに存在していた。

―――――――――――――――――――

地上に墜落したであろうグールの中でむくりとボウライダーを起きあがらせ、呟く。

「これぞ強化ボウライダー新必殺、江ノ島キック(仮称)……!」

御姫さん超リスペクトである。威力で劣るが島を吹き飛ばすと統夜達が助からない為に自重しているので問題無し、とりあえず目障りなグールに命中させておいた。

三人娘が美鳥と共に言ってきた作戦は、統夜達の居る島まで部隊内で一番脚の速いスケールライダーに乗せていって貰い、超高高度から接近することにより全ての敵をスルーして一発で合流するというもの。

……作戦? これは作戦ではなく作戦(笑)という物に分類されるものだと思う。まぁそれはともかくとして、輸送形態で機体を乗せるとなれば一部武装が使えなくなるし、一発で統夜等と合流出来なかったら棒立ちのベルゼルートを守りつつスケールライダー単体でしばらく戦わなければならなくなるという問題点を指摘されたとか。

で、それならボウライダーも載せていって、ついでに途中で先行して露払いをして貰えばいいんじゃないか、という提案を美鳥がしたら何故か艦長達に納得されてしまったらしい。

何はともあれ現在無力の統夜にベルゼルートを当てがってしまえば5人の危険度も下がるという判断もあっての決断らしい。先行した俺が先に統夜の位置を見つけてスケールライダーとベルゼルートに知らせれば一石二鳥でもあるとか。

ここまでそれなりに戦果をあげ、今では俺と美鳥で撃墜数一位二位を独占してしまっているからか何故か戦力としての評価も高い。御蔭で俺達なら多少無茶でもどうにか出来てしまうだろうという評価を貰っているのだが、良いように使われているようで少し気に食わない。

ラダムに察知されるかされないかギリギリの高度で飛行して島の近くまで移動、超高高度から落下することによる重力加速度、重力制御装置で自らに掛かるGを大きくすることにより尋常ならざる速度で落下。ダメ押しにブースターで地面目掛けて再加速。

当然この落下の瞬間だけはボウライダーの素材を大きく作り替え、大気圏外からの自由落下にすら耐えきる超合金ニューZαを更に強化した素材に変更済み。こうして見事にグールを一撃で撃破したのだ。

今は回想しつつごうごうと燃え盛るグール艦内で破壊活動中。逃げまわる仮面だか兜だかをかぶった兵士風の連中を轢き潰し走り周りながら速射砲を乱射、回転鋸ブレードを振り回し隔壁を切り開きながら外を目指す。

脱出を促す警告音を鳴らす艦内を突き進むと、大量の機械獣が納められた格納庫に到達した。その機械獣に紛れ一つだけセンスの違う、いや、アレンジの仕方だけが同じセンスの機体が。

全身を鋲でデコレーションされた趣味の悪い片目のマジンガー、あしゅらマジンガーだ。こちらに拳を向けロケットパンチ──と思ったら指を突き付け外部スピーカーで何か喋り出すあしゅら男爵。

凄い、隙だらけだ。

「おのれ一度ならず二度までも、このあしゅらマジへぶぁぁ!」

口上の途中でパイルダーの代理が居座るマジンガーの頭部に速射砲を叩きこむと、ガクンと揺れるあしゅらマジンガーの頭部。固定が甘かったのか代理と共に見事にあしゅら男爵が放り出され無人のマジンガーが残された。

今さらマジンガーっても戦力としては微妙だが、ついでだから貰って行こう。肩部大型クローアームで胴体を鷲掴みにして持ち上げる。

このままだとパイルダーが無いな、適当にでっちあげるか。ボウライダーと深く融合、機体表面から触手を生やし、その先端からマジンガーZのパイルダーを適当に鋲でデコレーションして複製、頭部にドッキング。

ついでに触手をマジンガーの中に潜り込ませ自爆装置の類が付いていないかチェック──杞憂だったらしい。奪うことは考えても奪い返すことは想定しないらしい。

「じゃ、ありがたく貰ってくぜ」

両手の速射砲をドッキングさせモードチェンジ、大出力の荷電粒子砲で壁に風穴を開け、燃え盛るグールの艦内から脱出した。

―――――――――――――――――――

グールから出ると、少し離れた所に統夜、甲児、さやかの姿を確認。ついでに相良軍曹とウィスパードも居る。少し離れた海岸にはM9の姿も。

ぱっと見大丈夫そうだけど、とりあえず通信で全員ちゃんと無事か確認しなきゃな。怪我してる奴が居た時の事も考えて治療用の道具一式も持ってきてるし。

ローラーダッシュで5人に近づき、通信を繋ぐのも面倒なので外部スピーカーで対応。

「見て分かるだろうけど、助けに来たぞー。あと甲児、ナデシコが来るまでとりあえずこれに乗りな。見てくれは悪くなってるけどこの状況じゃ無いよりはマシだろ?」

クローアームで持ち上げていたマジンガーを脚元にそっと降ろす。

「こりゃあ、マジンガーZ! 取り返してきてくれたのかよ!? へへ、さっすが卓也さんだ」

おまえのために、はやおきしてマジンガーZをよういしてきたんだ。まぁ成り行きだったけどな、しかも鋲打ちっぱなしの悪役仕様のままだし、片目が潰れてて光子力ビームは威力半減だし。

横倒しになったマジンガーZの頭部に甲児が近づき、よじ登ってスクランダーに乗り込む。これでまず一人安全確保、戦力も少し増強。

次は、あちこちから血をだらだら流しているこいつか。

「お久しぶり軍曹、治療の道具は要るかい?」

「鳴無か。用意がいいな、感謝する」

「これで前回の援護の借りは返したってことで。お嬢さん達は軍曹の手当てを宜しく」

ボウライダーをしゃがませて、荷電粒子砲を持っていない方の手を差し伸べ、その指先にいつの間にか括りつけておいた救急箱を差し出す。

すぐさま弓さやかともう一人の女、多分千鳥かなめがそれを受け取り、自分で治療しようとする相良軍曹を押さえつけて治療を開始した。

あとは統夜だけなんだが、こいつは周辺の敵をどうにかしないと機体を下ろせないからな。さっきから変な表情でぼーっとこっち見てるし、助けが来たから緊張の糸が切れたのか?

「統夜」

「え、あ、はいっ!」

授業中に居眠りしていた所を指名された生徒のようにビクリと飛びあがる。本当に大丈夫なんだろうか、まぁ最悪でも敵の攻撃から自分で身を守れる程度に動いてくれればいいか。

「もう少ししたらベルゼルートも届くから、気合い入れておけよ」

「分かりました。あの、ありがとうございます。助けに来てくれて」

「感謝するなら3人娘に言えばいいと思うぞ? あの3人が提案しなければわざわざ先行して助けに来たりしなかった訳だしな」

それでも十分間に合ったのは間違いないだろう。今回のことは、なんだろうな、気まぐれ?追加武装の出来も良かったから新鮮味がある内に使いまくりたいってのもあるし。

先行すれば山ほど機械獣と戦える、ザフトのMSよりは手ごたえがあるだろう。戦い方ならAS乗りの本物の傭兵達も巧そうな印象もある。

とりあえず足元のこの位置をマップにマーキング、踏みつぶさないように気をつけて戦おう。ついでに統夜の位置情報ってことでこのマップをスケールライダーとベルゼルートにも送信。

周りは海の側以外全てASか機械獣に囲まれている、適当に撃っても何かの機体には当たりそうだが、観客も居ることだしできるだけ丁寧に片付けて行こう。

マジンガーを渡したり救急箱を渡したりしている間にも機械獣とASはどんどん近付いてきているし、手近な奴からどんどん潰してしまおうか。

「こっちは準備完了だ! さぁて、今までの借りを返してやるぜ!」

「こちらウルズ2、わざわざ単騎で先行して来たからにはそれなりにやれるんだろうね?」

「あんだけ派手に登場したんだ、見かけ倒しでした、なんてオチは勘弁しろよ?」

マジンガーZとM9から通信、前回ミスリルと共闘した時は殆ど援護しかしなかったからどの程度の腕前か分からないというのもあるのだろうけど、随分と舐められたものじゃないか。

こちとらゲームバランスも糞も無いような超魔改造機体と、文字通り人間離れしたステータスの持ち主、そこらのバランスのいい性能の機体やパイロットとは一味も二味も違うって所を見せつけてやろう。

山側へ少し踏み出す。破壊したグールの残骸からわらわらと湧き出し、ガシャガシャと金属音を鳴らしながらこちらへ駆け寄ってきている生き残りの機械獣軍団。

ボウライダーの片腕に提げていた荷電粒子砲を分解、速射砲に戻し、改めて横に束ねて接続、迫る機械獣の群れの真ん中辺りに砲口を向ける。

ASを潰すよりは機械獣を潰す方がデモンストレーションとしては派手で見栄えがいいだろう。経験値も資金も努力と幸運で更に倍、お得だ。

【卓也・精神技能・発動・愛・成功】

予め自らに刷り込んでおいたシステムメッセージが脳内に表示され、文字通りの必殺必中が約束される。

これは精神コマンドを発動する為の自己暗示に過ぎないので、場合によっては『この感情、まさしく愛だぁぁ!』とかでも構わないのだが、とりあえず汎用性の高いこれにしておいた。

このスパロボ世界に元から居る住人ならこんな自己暗示に頼る必要も無く、必要な時に無意識に発動するようだ。自分が異邦人であることをまざまざと思い知らされているようで、なんとも言い難い気分になる。

「それなり、ってのがどの程度を指すのかは知らないけど、そうだな、例えば……」

搭乗機体への融合同化開始──完了。機体内部構造再構成開始──完了。

オルゴンエクストラクター、光子力反応炉、機体内部への組み込み完了、共に正常に稼働中。

エネルギーバイパス接続、チャージ開始、三、二、一、チャージ完了。

重力制御装置超過稼働開始。目標、山の方に居る機械獣軍団纏めて全部。

発射。古い特撮の怪獣が発する甲高い叫び声のような音を発しつつ、強力な重力波の奔流が周囲の地形を抉り作り替えながら進む。

頑強なフレームを持つ筈の機械獣達が歪み潰れ、少し遅れて爆発した。機械獣の向こう側の山まで崩れてしまっているが、人質は全員救出したらしいので周辺被害は気にしない。

「これぐらいかな?」

「……ヒュゥ、馬鹿げた火力だぜ」

「十分過ぎるわ。引き続きよろしく」

重力制御装置へのエネルギー供給を平常のレベルまで下げ、機体の姿勢制御にのみ割り振る。

重力波砲を撃ちっ放しにして砲口を横に動かすだけでAS群も粗方片付けることもできたが、それではせっかく先行しての露払いを引き受けた甲斐が無い。

連結させていた砲を分離させ、元の速射砲に戻す。とはいえこれも今回は控えめにしか使うつもりは無い。

M9を無視しこちらに接近してきた数体のASが、後方から単分子カッターを構え躍りかかってくる。今の攻撃を見て鈍重な火力重視機体だとでも判断したか。それとも敵よりも足下に居る目標を捕えることを優先したか。

ありがとう、今回は接近戦大歓迎なんだ。新武装を使う機会を身体を張ってまで作ってくれるなんて、この世界の傭兵さんは紳士な方ばかりらしい。

クローアームで拳を作り、右後方から飛びかかって来た一体を殴り飛ばす。金属と金属が激しくぶつかり合う快音、そして精密機械を粉砕するような複雑な異音と共に吹き飛ぶ一機。

殴打された衝撃で全身の関節を曲げてはいけない方向に捻じ曲げられたASは、そのままゴロゴロと転がって行き、爆発。

仕事仲間が一機やられ、それでも斬りかかってくる細長いASと、少し離れて銃器で応戦しようとするずんぐりむっくりしたAS。残念ながら、どっちも外れ。

地面をジグザグに動きながら接近する一体を、もう片方のクローアームで鷲掴み、アサルトライフルを撃ってくる敵に向け盾にし、ローラーダッシュで急速接近。

単分子カッターで自分の機体を掴むクローアームを破壊して逃れようとするが、申し訳ない事にこのクローアームも空から飛び降りる前に超合金ニューZα製に作り替えたばかり、その程度では破壊どころか傷一つ付かない。

そのまま掴んでいたASを目前で未だアサルトライフルを撃っているASに至近距離から叩きつけ、衝撃で双方怯んだところをレンジでチン。

赤熱、破裂。AS二機分のドロドロに融けた金属がぶちまけられ地が焼かれる。クローアームには汚れも傷も無し、大体はこんな使い方で決まりか。

今ので近づいてきた敵は終了。こっち側の他のASは遠巻きしつつに動きまわって砲撃を警戒、どう出るべきかとこちらの隙を窺っているようだ。

反対側から迫ってきていたASは甲児のマジンガーが相手をしているし、海岸のM9二機の方に向かっている連中もいる。

やっぱり防衛系の仕事は苦手だ、俺一人だったら相楽宗助と弓さやかはミンチに、千鳥かなめはとっくに連れ去られてあれやこれやあんなこんな仕打ちを受けてそれはもう21禁な展開になってしまっていたことだろう。そんな展開は同人でやれとしか言えない。

この娘が居ないとこの後出てくるガウルンすら倒せないしな。ゼオライマーの次元連結砲なりメイオウ攻撃なり、ナデシコのグラビティブラストなりで倒せそうなもんなのに、不思議な話だ。

さて、ナデシコが到着するまでゲーム通りならあと二分ちょい時間があるし、待っている間にあのAS達を実験台にクローアームの面白い運用方法でも研究してみるか。

遠巻きにしているASと追いかけっこを始めようと重力制御装置で地面から浮かび上がった処で、ベルゼルートを背に乗せたスケールライダーが空から凄い勢いで降りてきた。

地面に激突する寸前で急停止したスケールライダーからベルゼルートがふらふらとよろけるように地面に降りる。

あの速度、スケールライダーの背中に何の固定も無くしがみついていただけのベルゼルートに乗っていた三人娘は、パラシュート無しのスカイダイビングでもさせられたような気分だったろう。

ふらついたまま数十メートル歩き統夜達の居る場所に今まさに倒れこんだベルゼルートを眺めていると、スケールライダーから通信が入った。

「お兄さん、やっほ。グラビティブラストまで使ってノリノリだね」

「さっきの海上では暴れ足り無かったからな。それと、露払いはまだ終わって無いぞ?」

「統夜の位置も把握出来てるし、ベルゼルートに乗り込む時間くらいは十分確保できるってば。つうかさ、あしゅらマジンガーに甲児が乗ってるのは何で? 隠し機体じゃないだろうし」

首を傾げてうんうん唸る美鳥。手元に本体とソフトがあり、なおかつ現在プレイ中だからそこら辺のフラグには詳しいのだろう。

しかしここは俺達二人が追加されたスパロボJの世界なのだ。何もかも元のソフトと同じ内容になる訳では無い。

ゲーム的な条件としては、先行出撃するかしないかの選択肢に出撃すると答えるとか、俺がBPを技量に十以上振っているとか、そんな条件で手に入るユニットだったのかもしれない。

そうなるときっと味方増援(スケールライダー、ベルゼルート)の条件は敵機体一定数撃破が条件とかか、まぁそうそう俺達が話の本筋に絡むことも無いからそこまで気にする必要も無いんだろうけど。

「グールの中に落ちてたから拾って持ち主に返した。これでトリプルマジンガー揃い踏みだな」

「甲児は今カイザー専属だから、乗るのはきっとボスだね」

「じゃあ、余ったボスボロットは廃棄処分か?」

「それを すてるなんて とんでもない!」

まだ敵が残っているのに何やってんだとか言われそうなほどリラックスした会話だが、一応ASからの射撃を全てバリアで防いで足元の救出対象に当たらないようにしているし、速射砲の反撃でそのASも一機一機確実に減らしている。口と手を同時に動かして働いているのだから何の問題も無い。

反対側から迫るASも甲児があしゅらマジンガーで無双しているし、ベルゼルートに乗り込んだ統夜だって敵を近づけない戦い方にはなれた物だ。

まぁ、統夜は何故か遠距離戦重視のベルゼルートでも敵に突っ込んで行きたがる突撃癖があるが、流石に今回は自重してくれるだろう。カティアを乗せて遠距離からバシバシ当てて行く形がベストだと思うし。

とかなんとか考えている内にオルゴンライフルを構えて突撃していくベルゼルート、ASの一機にわざわざギリギリまで接近してからオルゴンライフルを撃ちまくっている。何故だ。

「あ、そうそう。今回はのサブパイね、逃避行の後で疲れてるから精密射撃は出来ないだろうってカティアが辞退して、それほど攻撃力のいる場面じゃないからテニアが外されて消去法で防御が少し上がるメメメがやるみたい。援護してやらないとまずいんじゃないかなぁ」

「そういうことは先に言え先に!」

囲まれて、唯一の近接装備が弾切れになったらそこでおしまいだろうが。俺は急いでオルゴンライフルの接射に夢中になっているベルゼルートの援護に向かった。

―――――――――――――――――――

結局、三回ほど援護防御で身を呈して助ける羽目になった。統夜、すいません助かりましたとかはいいから精神コマンドから突撃を削ってくれ、あるいはグランかクストに乗ってくれ。

メメメも止めるなりなんなりしろ、ハンドル握ってんのはお前等だろうが。ていうか移動補正また増えてないか?メガブースターレベルから更に上がって無いか?移動力プラス3で敵陣に突撃とか勘弁しろ。せめてヒットアンドアウェイで撃った後逃げる時に活用してくれ。

結局足元の5人(相良、弓、千鳥の元から居た連中+カティア、テニアの余りサブパイ組)の護衛は甲児に殆ど任せきりで突撃して回るベルゼルートのフォローに掛かりっきりの戦闘だった。

あれから一分と少し程度で敵は全滅。アーバレストが届く前にザイードが出てきてしまった時は焦ったが、ギリギリでナデシコとアーバレストが合流。残り少ない敵増援を相手に質、量ともに上回る虐め的な戦闘を開始、あっという間に殲滅完了。

そんなこんなで現在ステージ終了、ヴェノム対アーバレストのイベント戦闘中。俺は庇いもしなければ近くに居なかったこともあり、殆ど原作同様に話は進んでいく。

今は千鳥かなめが弓さやかから通信機をもぎ取って、ラムダドライバの使い方について教授している場面。想像力に少し欠ける相良宗助はどうにも要領を得ないらしく、焦れた千鳥かなめが怒鳴り出す。

「じゃあ想像して!! あいつに捕まったらあたしは、頭の中さんざんいじくりまわされて殺されちゃうのよ!」

「あたし、前シベリアでその人と似たような状況の女の子を見たことあるよ。クスリの打たれすぎで自我崩壊寸前でさ、酷い有様だったよ……。ただ殺されるだけじゃない、その子も捕まったら先ずはあの手この手で精神的に責められるだろうね」

ここで唐突に美鳥が会話に入った。しかもこのセリフ、これは俺にあのセリフを言えという事か、ナイスフォローだ。

「あの手この手というと、あんなことや、こんなことや、そんなことか……!?」

あの手この手という言葉に過剰に反応したクルツに、わざとらしく顔を赤く染めそっぽを向きながらこくりと頷く美鳥。

「クルツさん、セクハラです」

「十代前半の女の子にセクハラとか……」

「不潔」

美鳥のリアクションを見た女性陣から言葉でフルボッコにされている。これは神がかり的な展開、いざゆかん勇者王への道。

「イメージするんだ軍曹! 彼女のあんな姿やそんな姿を!」

言った言った、言ってやった!風評が下がってもこれだけは言っておきたかったんだ!

「えぇぇえ! ちょ、ちょっと流石にそれは! あぁもう! この際、許す! 想像しなさい!」

慌てふためく千鳥を確認してズームを止め通信も最低限の物に切り替える。余は満足じゃ、ほっこり。

これでもう正真正銘、このステージでやることはやり切った。あとはアーバレストが勝つのを見届けて帰艦、風呂にでも入ってゆっくりしよう。

―――――――――――――――――――

■月▽日(ボケのち突っ込み、ところにより爆発オチの恐れもあるでしょう)

『ひたすらに哨戒任務の日々が続いているが、コメディパートにも定評のあるフルメタルパニックのヒーローとヒロインのお陰で退屈はしていない』

『しかし、毎度毎度艦内で爆発落ちというのもいかがなものだろうか。今のところ負傷者が出ていないのが不幸中の幸いというか、ギャグ空間特有の生命力強化現象とはこういう状況で発現するものなのだろう』

『そんなこんなでメインメンバーが全員合流したフルメタルパニックのメンツだが、どうにも俺や美鳥の機体に含まれる謎のテクノロジーとかから微妙に警戒されている節すらある』

『前回のガウルン戦闘時、ウィスパードに関して少し知識がある風に装ってしまったのが災いしたのかもしれない。あの後呼び出されて偉い人にその事に関しては口外しないようにと頼まれてしまった。更に美鳥が知っているなら俺も知っているだろうと判断され、しっかりと言い聞かせておいてくれと念入りに釘を刺された。くぎゅぅぅ』

『まったくもって遺憾な話ではないか。こちらには一切向こうを害するつもりは無いというのにここまで警戒されるとは。俺は役に立たないテクノロジーとか取り込んでも意味の無い人間にはかなり無害な部類だというのに』

『因みに千鳥かなめ嬢との接触はそれなりにある。爆発落ちの時に近くにいる時もあるため、相良軍曹のフォローに回っている彼女とはそれなりに会話する機会が多い』

『粗暴で短慮でヒロイン格としてどうかと思うような振る舞いをすることもあるが、実際に話してみればどこにでもいる──とは言い難いにしても、ここの連中に比べればまだまともな思考をする善良な一般人だ』

『……まだ設定が固まっていない頃のウィスパードなだけあって、俺や美鳥の正体何かをなんの脈絡も無く知られてしまうのではないか、と少し警戒していたのだが、今のところそういった傾向は見られない』

『とりあえず今のところ安全のようなので、鬱憤晴らしも兼ねて格納庫でささっとアーバレストの取り込みも実施させて貰った。俺に使えるかどうかは未知数の機能だが、取りあえず取り込んでおくに越したことは無いだろう』

『まぁ機体のデザインとかはASでは量産型のコダールかM6が最強だと思うがそんな所をえり好みしていても意味が無い。何は無くとも自身の強化が最優先』

『これで自軍への新規参入機体は品切れかな? 追加武装待ちの機体があるにしてももう少し先だし、これからはむしろどのようにして敵機体を取り込むかがキモになってくるので、邪魔な目撃者の居ない状況をどんどん作りあげていかなければならない』

『今後は率先して哨戒任務に志願するべきだろう。度重なる強化改造を施しても相変わらずスケールライダーとボウライダーの合体システムは生きているから、俺と美鳥だけで出撃する言い訳もばっちり』

『日々を過ごす中でやることは方端から片付けて行こうと思う。時は金なり、しかしお金で時間は買えないのだ。まぁ俺はボソンジャンプとかクロックアップで結構融通が利いてしまうが、そこは気にせず頑張ろう』

―――――――――――――――――――

「うわあああぁぁぁぁん!」

ブリッジへ行く為に廊下を歩いていると、ナデシコの艦長であるミスマルユリカが顔を真っ黒に染め、年甲斐も無く大泣きしながら反対方向へ走り抜けていった。

艦内であんな煤けることのできるシチュエーションなどそうそう無い。間違いなく相良軍曹の仕掛けたトラップに引っかかったのだろう。

軍の士官学校を出てるエリートと言えど、日常パートの中にさりげなく潜むギャグパートのトラップにまで気付くことはでき無いということだろう。

しかも相手は秘密部隊の現役兵。そのトラップの巧みさは原始的でありながら極めて効率的で──

「む、鳴無か」

考え事をしていると、千鳥嬢の手を引き警戒している様子の相良軍曹と、

「あ、鳴無さん。ど、どうかしましたか?」

掴まれていない方の手にハリセンを握りしめ今にも相良軍曹の頭に振り下ろさんとしている千鳥嬢が居た。

相良軍曹の服装を見る。どこにでもいそうな軽装の軍人風の格好。こちらは服のあちこちにさりげなく様々な機材が仕込まれているのが見える。

日常的に爆発処理やトラップの設置を行うだけあって中々理にかなった装備だ。

しかし、千鳥嬢の服装はどうだろうか。一般的な女子高生の私服、それこそ適当に人口の多い日本の市街地にでも行けばそれなりに数が居そうなごくごく一般的な装備。

当然ながら、あんな大型のハリセンや突っ込み用の旅館スリッパを隠しておけるようなスペースは見当たらない。

行動の面では明らかに相良軍曹の方が異常であるにも関わらず、物理法則の面では千鳥嬢の異常さが際立つ。

「いや、君達は実に面白いカッポーだと思ってなぁ。あ、これは冗談の類だからリアクションは要らないよ? さっきこっちから聞こえた爆発音と同じレベルの冗談だから深く気にしても意味は無いしね」

「そ、そうですよね。あは、ははは……」

「で、用件はなんだ?」

頬をひきつらせながら乾いた笑いを洩らす千鳥嬢をさりげなく背に庇いながら相良軍曹が問いかける。

ふむ、どうにも警戒があからさまだ。ここまでされると何か尻尾を掴まれているのでは無いかと勘繰りたくなってしまう。

正直、懐に手を突っ込みながら警戒するのは勘弁して欲しい。銃一丁で俺を相手取れると考えられているのも舐められているようで嫌だし。

いやそれは今関係無いか。とりあえずここは話を進めよう。

「手隙の連中はブリッジに集合。もうみんな大体集まっているらしい」

ブリッジに集合、の辺りで微妙に千鳥嬢の頬の引きつり具合が酷くなったがスルー。この程度の爆破で問題として取りざたされるほどこの艦の規律はきつく無いのだ。

「何か問題でも起きたか?」

「秋津マサトが拉致されたんだとさ。基地から出て一人で散歩している所をガバっと」

確か原作だとこっそり護衛が付いていたけど、女イザークみたいなおかっぱの戦闘員にやられているんだよな。鉄甲龍で一番有能な働き者との呼び声もある程だが、残念な事にスパロボJでは未登場。

もし出ていたなら一人二人捕まえてデモニアックの素材にしようかと思ったんだけどなぁ。元の人間が優秀なら余計に性能が上がるし。

仮にブラスレイターとして適合できても、ペイルホースを少し細工してやれば意図的に下級デモニアックにしてしまうこともできる。

ロボットにばかり目が向けられがちだが、こういう細かなところでの強化もおろそかにしてはいけないのだ。

「う……、嫌なこと思い出しちゃったわ」

自分が拉致された時の事を思い出してか顔を青ざめる千鳥嬢。まぁこの娘の場合少なくとも命の保証はされるんだけどな。命以外は全部駄目になる可能性もあるが。

「なぜ一人で行動を。この部隊のパイロットの多くが複数の組織にマークされていることはわかっていたはずだ。理解できん」

「ナイーブな年頃なんだよ、きっと」

四六時中あんな薄暗い地下施設の中にいたら間違いなくノイローゼにもなるだろう。

組織に狙われている重要人物が一人で行動することの危険性と、どのように行動すべきかの説明をする相良軍曹とそれに突っ込みを入れる千鳥嬢の夫婦漫才を聞き流しつつ考える。

今回出てくる八卦ロボ、火のブライストと水のガロウィン。こいつらは戦う直前に誘拐されたマサトのお陰で居場所が丸分かり、戦いが始まる前に取り込んでしまえば戦闘時間を短縮できる。しかし正直火とか水とかそんな雑兵には興味が無いからこいつらの事は一先ず置いておく。

というか、鉄甲龍要塞の場所も既に把握しているので火と水に限らず残りの破壊されていない八卦ロボは暇さえあれば取り込みに行くことも余裕で可能だ。三分以内に全機取り込み完了するだろうことは目に見えている。

今残っているのは、火、水、月、地、山、雷の六機に、多分建造途中のハウドラゴンかグレートゼオライマーと中々に魅力的なラインナップだ。次の戦闘が終わったら少し見学に行ってみるのもいいかもしれない。

氷室美久の中にあったデータと照らし合わせ、斥候まで送って確めてみたがどうやら原作と同じくタクラマカン砂漠で間違い無いらしい。

ウイグル語の『タッキリ(死)』と『マカン(無限)』を組み合わせた造語で死の世界とか死の場所みたいな意味合いだったかな?あ、なるほど大冥界フラグか。

いやそれは置いておくとしても、前になんかの雑誌で見た砂漠の写真が凄い綺麗だったんだよなぁ。デジカメ持ってって帰り道でちょっと真似して撮影してみよう。




続く
―――――――――――――――――――

相手が戦艦ならグラビティブラストを使わざるを得ない。そんな感じで主人公が雑魚相手に無双する話終了。ていうか無双する相手が雑魚ばっかりとかジョセフがうつってしまったのかもしれませんね、くわばらくわばら。

分かり辛いかもしれませんが、前回のラストと今回の冒頭が時間的に繋がってます。で、その後の日記で要らない時間をキングクリムゾン。

あ、冒頭でいきなりエロい気がするシーンを挟んでますが特に意味はありません、書きたいから書きました。

エロシーンがかなり早送りなのも、自分が途中でエロい気分が終了したのでバッサリ途中経過をカットしたからです。本篇の中で語られた補助AIの本来想定されていた使われ方のせいとかそういう言い訳設定もありますが。

その後の補助AIの心情とかも一切複線になりません。主人公がいろいろ葛藤していますがこれまた問題にはなりません。

補助AIがなんか乙女チックな感じですが、宣言通り起きてから頭抱えて悶えてます。補助AIの優秀な頭脳は昨夜の自分の恥ずかしい心の中とかもキッチリとログに残しているので生々しさは半端ではありません。

しいて言うなら、深夜のテンションで書いたポエミィなラブレターを綺麗な発音で感情をたんまり込めて音読させられるレベルの恥ずかしさ。生身の人間なら悶死していた処です。

ちなみにエロい気がするシーンですが、直接的な表現を避けているのでセーフです。実際そんなにエロくはありません、無罪です。疑問に思うならその辺のコンビニで年齢指定の無い少女漫画を立ち読みしてみてください、よっぽどエロくて直接的なシーンが山ほどあります。

むしろエロくしたくても文章表現力が拙くてエロい雰囲気を表現できませんでした。でもエロっぽいシーンを書く為だけに官能小説買うのもあれだし、そこら辺は誰かエロい人(非誤字)アドバイスお願いします。

というか、勢いエロシーン書いてしまって消すのがもったいなかったんですが、消した方がいいですかね? 意見下さい。

電子レンジクローは突っ込みどころ満載ですが、まぁ似たような兵器は結構いろんな世界に存在するので拾い心で受け入れて頂ければ。サイズがおかしいという突っ込み来ないかなぁ。突っ込まれたら嬉々として説明するのに。

一応外観がどんな感じかと言えば、基本は踵の部分がローラーになってて、肩からボウライダー本体並みにデカく、しかもかなりフレキシブルに動くゴツイ腕(多分ガンダムベルフェゴールみたいなの)が生えてるのを想像していただければ大体あってると思います。

あと精神コマンド、色々考えたけど技能(テック)方式に収まりました。これ以外は感情が高ぶった時に特定の決め台詞と共に発動したりとか考えてますが本編で書けるかは不明です。

それ以外は特に無しす。今回戦闘ばっかりだったので次回は殆ど戦闘シーン無いかも。そういうバランスの悪さとか気をつけたいのでアドバイスをよろしくお願いします。

読者の方々にアドバイスを求めてばかりのこんな作品ですが、作品を読んでみての感想、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、この小説参考になるよみたいなアドバイス待ってます。どしどしお寄せください。

次回、満を持してフューリー登場、でも戦闘シーンを書くかは未定。ゆっくりのんびりお待ち下さい。



[14434] 第十二話「月の騎士と予知能力」
Name: ここち◆92520f4f ID:0d2f3432
Date: 2010/03/12 06:51
辺り一面、砂、砂、砂。月の光に照らされ、光と影に色分けされた砂漠の中に立って居ると、自分がまるで影絵の世界にでも迷い込んでしまったように錯覚する。

唐突にごう、と風が吹き砂を巻き上げる。今日は嵐も来ない穏やかな夜、この風は意図的に生み出されたモノ。

振り向くと、空に一体の異形が飛んでいる。鋭角的で、しかし随所に女性的な曲線を多く含み、紫の体色に白と青のラインが走った全身鎧の様な外殻。背には飛行の役に立つのか疑問に思えるほどの小さな光の翼。

宙で方向転換する度、宙返りをする度、身をくねらせる度に風が吹く。月と星で彩られた空を舞い、風を操り遊んでいる。

ゆったりと気ままに飛んでいたそれが、目の前に降りてくる。その鎧姿が一瞬光の粒子に包まれ──次の瞬間にはゆったりとした長袖の服を身に纏った少女の姿に変わった。

着ている服自体はターバンに始まる砂漠ではフォーマルなものばかり。しかし着崩し、所々肌の露出しているその着こなしからは砂漠の民のように熱さ寒さから身を守るとか砂を防ぐとかそういった意図は一切感じられない。

もっとも、宇宙空間に生身で飛びだせる目の前の少女はそういった機能性を服に求めていないのだからこちらが気にする必要も無い。どんな服を着ていてもあくまでもお洒落の一種に過ぎないのだから。

「もう写真はいいの?」

少女──美鳥が問いかける。

「ああ、やっぱりああいう写真はプロだから撮れるんだってことがよく判った」

散々撮って一枚も納得のいく写真が撮れなかった。これなら美鳥のように空でも飛んでいた方がまだ有意義な時間を過ごせたかもしれない。

秋津マサトが拉致され、それを救出してから暫く時間が経過し、一部の機体やパイロットを除いて全員が平常通りの任務に付いている。

一部の機体とは例えばゼオライマー。戦意を喪失したマサトの代わりにゼオライマーにインプットされていたマサキの人格が表に現れて、そして何事も無く元のマサトに戻った。原因が解明されるまでは余計な任務には出られない。

次にレイズナー。コルベットとかいう軍の偉い人の命令で解体、解析されそうになりこれまた暴走。まぁこれはやるなと言われた事をやった軍の連中の不手際なのでそこまであれこれ言われている訳では無いが、パイロットのエイジがなにやら考え込んでいるようなので哨戒任務にも出ていない。

そんな中で、特に何の異常も問題も無く、かつ雇われた傭兵というシンプルで使いやすい立場に居る俺と美鳥は二人で哨戒任務と称して敵地見学に向かったのだ。

現在地タクラマカン砂漠、鉄甲龍要塞のある辺りからは少し離れているものの砂漠のど真ん中。と、いっても機体に乗ったままここまでやってきた訳ではもちろん無い。

哨戒任務ということで人気の無い山奥に向かった俺達はそこにボウライダーとスケールライダーを置き、チューリップクリスタルを複製しボソンジャンプで数日前に跳び、更にそこから次元連結システムのワープ機能で直接鉄甲龍要塞の中に侵入したのだ。

こうすることにより、元の時間でスケールライダーとボウライダーを放置する時間は殆ど無し、時間を気にせず要塞内部の見学を行い、帰る前に砂漠で寄り道している。

つまり今現在は俺達の時間軸から見て数日前の俺達が同時に存在していて、いや、むしろ今の俺達がこの時間だと未来人ということになるな。禁則事項です。

そんな訳で俺は砂漠の風景写真を適当に撮影し、美鳥は俺の撮影が終わるまでの間、久しぶりに生身での空中遊泳を楽しんでいた。

飛行形態はブラスレイター方式。テッカマンの飛行法だと速いけど強引で飛び心地が良くないのだとか。まぁテッカマンはブースター使ってるしそこら辺はしょうがない。

総合的な戦闘能力ではテッカマンに劣るものの、ブースター無しで超音速飛行できるブラスレイターの謎の飛行能力は一見の価値がある。超能力(ザーギンの念動力とか)や風を操る力(ゲルトのあれ)といった不思議能力も見どころの一つだろう。

DG細胞もナノマシンだが、本当にフィクション世界のナノマシンは便利過ぎる。もうナノマシンの仕業と言っておけば全部まかり通るとでも思っているのではなかろうか。

まぁ、俺も他のナノマシンについて文句を言えるような身体では無い訳だが……。

「ま、砂漠の写真はともかく、鉄甲龍要塞の中は見れたんだから良しとしようよ。建造中の幽羅帝専用機も見れたんだしさ」

「むぅ、まぁそうなんだけどな……」

鉄甲龍要塞の中では様々な物を見ることが出来た。八卦衆専用の大浴場に、各八卦衆の私室、ルラーン老の研究室、世界中に張り巡らされた国際電脳のネットワークを使い世界を破滅させるためのスイッチ、葎の仮面コレクション……。

八卦ロボの残り六機も当然見て触って複製した。あんなものをホイホイ格納庫に放置しているから俺みたいなのに複製を作られてしまうというのに、侵入者に対する警備が礼に寄って例の如くザルだった。

侵入者が云々以前に要塞を発見されるという事を考えて居ないので仕方無いのかもしれないが、仮にも悪の秘密結社のアジトの癖に、認識阻害とそこら辺の警備システムに少し融通を利かせただけであっさりどこにでも入れてしまうのだからもうどうしようもない。

いや、敵要塞の警備状況などどうでもいい。美鳥が言ったように、まだ外装も作り終えて居ないような骨組同然の姿で格納庫にその身を晒していた幽羅帝専用機も見つけたのだ。現時点ではハウドラゴンになるんじゃないかな、という予測がかろうじて立てられるような感じの作りになっている。

おそらく、これからゼオライマーが残りの八卦ロボを倒すと、やっぱり次元連結システムを組み込みたくなってゼオライマー風のフォルムになって行き、そうでなければルラーン自らの持てる技術だけを全てつぎ込んだハウドラゴンがこのまま完成するのだろう。

そして一通り見て回ったので鉄甲龍要塞の見学は終了。俺の写真撮影も美鳥の空中遊泳も終ったことだし、一旦次元連結システムのちょっとした応用である瞬間移動で機体を置いてきた位置まで飛んで、それからボソンジャンプで元の時間に帰還する、という形になるだろう。

と、そこまで考えた処で美鳥に手を握られている事に気付いた。目を期待にキラキラさせながら見つめてくる。

「帰る前にもうちょい寄り道してこうぜ。ケバブが食べたいケバブが!砂漠っぽい名物が必要だと思うんだ!」

「寄り道って、全然位置違うじゃねぇか」

「いいじゃん、一回食べてみたかったんだって。ほら、早く早く!」

手を掴まれそのまま瞬間移動、北アフリカでケバブを食べてから帰ることに。

途中で砂漠の虎に抵抗していたゲリラっぽい人たちとすれ違うこともあったが、俺達の顔は知られていないので特に怪しまれることも無し。

何だかんだ言って本場のケバブは中々に美味だった。店の人に聞いて作り方をメモして、材料もついすべて衝動買いして揃えてしまった。後で食堂に持って行こう、言い訳はどうするかな……。

―――――――――――――――――――

×月▲日(特に書く事が無いーと思ったらゲキガンタイプの兵器が初登場みたい)

『ナデシコの所属が連合軍に協力する特務分艦隊に変わったのでまたまた契約更新。なんでこうも短期間にちょくちょくこんな手続きが必要なんだ。かなり面倒臭い書類の束を始末始末始末、正直敵を始末する方が何倍も気が楽だ』

『とかなんとか書類を前に美鳥と一緒に愚痴を言い合っていたらプロスさんに謝られた。プロスさんはあくまで中間管理職だから悪くは無いんだけどなぁ。あそこまで低姿勢で居られると逆に居心地が悪い』

『あ、契約更新と言えばテンカワがナデシコから降ろされる事になるのか。これは原作通りなので気にしないが、今更わざわざ有人ボソンジャンプの実験とか欠伸が出るほど遅すぎる』

『まぁ、事前に回答見て材料を集めている俺が言えたセリフでは無いのだが。あっちは文字通りの手探りでやっている訳だし、進展しないのは仕方ないことだ』

『今回やってくるゲキガンタイプ(マジンだかテツジンだかデンジンだかは忘れた)もそうだ。もっと、もっと俺が取り込みたくなるような画期的な何かを持ってきてくれ!』

『まぁ、ここまでで殆ど必要な物を取り込んでしまった俺が悪いと言えば悪いのだが、ここからは悪く言えばほとんど消化試合となってしまうのかと思うと少し憂鬱になるのも仕方がないことではないか』

『あー、あとなんだったか、このステージで何か他の敵も出てくると記憶していたんだけど、これは出てから確認すればいいや。思いだせないならそれほど大した連中でも無いだろう』

『これから一旦艦を降りるテンカワの見送りなので今日の日記はここまで。その後はどうするかなぁ』

―――――――――――――――――――

ナデシコ艦内、居住区の廊下でテンカワアキトとメグミレイナードにばったり出くわした。

テンカワは自転車を引き、背中には大量の荷物。レイナードは手に大きめの鞄を持っている。

部屋を出たのはギリギリ間に合うかどうかという時間だったが、タイミング良くナデシコを出る直前、他の連中と別れた後だったらしい。

「よう」

「……おう」

「どうも」

仏頂面でも一応返事を返してくるテンカワと、そのテンカワの腕をギュっと掴みつつ返事をするレイナード。どうにもこの通信士の人からは好き好んで戦争を仕事にする人ということで結構警戒されていたりする。

そのままなにも言わずにいると、テンカワの方から先に口を開いた。

「ルリちゃんにジャンクフード勧めるの、止めておけよ」

「そりゃ俺の配慮する所じゃ無いね、俺が勧めてる訳じゃ無いし。お前がなんとかするべき事だろ? コックとしての腕の見せ所じゃないか」

無性にジャンクフードの味が恋しくなってハンバーガーの自販機に行くと、しまじろう──ナデシコのオペレーターであるホシノルリと出くわすことがある。

同年代の同性である美鳥(あくまでも見た目の話だ。実年齢は一歳未満だし、設定上の外見年齢はホシノルリよりも数歳上。それもバージンアップ後の今の外見ではそれなりに離れている)との付き合いとかで偶に食堂ではなくジャンクフードを食べに来たりする。

まあ、このスパロボ版ナデシコには様々な年代の様々な人種の人間が乗っかっているだけあって、身体に悪いからとジャンクフードを食べさせないなんて、今どきそうそう無い考えを推奨する人もそれほど多くはない。

そんな訳で、原作であるアニメ版ほどラーメンにハマっているという状態にはなっていないのである。

そんな状態に、ジャンクフードは健康に悪いという常識を持っているコック見習いであるテンカワは軽い危機感を持っていたりするのであった。

「無理だよ。だって俺、ナデシコ降りるから」

「ふーん。まぁ、一応言っておくよ、聞くかどうかは本人次第だけど」

「悪い、じゃあな」

言い、再び歩き出すテンカワとそれに付いて行くレイナード。

「おう、またな」

テンカワとレイナードの後ろ姿を見送った。これで一応テンカワ達の見送りも済んだので適当にぶらついて、いや、せっかくだから外の空気でも吸いに行こう。

俺は今さっき別れたテンカワと合流しないよう、遠周りでナデシコの外へと歩き出した。

―――――――――――――――――――

そういえばさっきのやり取り、なんか統夜とも似たようなやり取りをした気がするなぁなどと考えつつ暫く歩き、ナデシコの外、ヨコスカ基地の格納庫に出た。

ナデシコが入れるだけあってかなり広い格納庫は、ナデシコの中の格納庫に比べ格段に違和感無く巨大ロボを並べることができている。軍に正式に協力するということで色々とチェックがあり、エステ以外の機体はナデシコの外に一回運び出されているのだ。

その巨大ロボの足もとに居るブレンパワードが、何かから逃げるようにゆっくりと後ずさりしている。そういえばあれ、一応生き物のようなものだから自律行動が可能なんだったか。

それにしてもあの逃げ方は露骨すぎる。一体何をそんなに恐れているんだ? ブレンパワードの前に居るのは──デッキブラシを両手で槍のように構えた美鳥だ。

美鳥が一歩前に足を踏み出す、ブレンが後ろに一歩下がる。一歩踏み出す、一歩下がる。踏み出す、下がる。

真剣な表情でブレンににじり寄る美鳥、一方のブレンもかなり真剣、いや必死だ。今の俺にはブレンパワードの声もグランチャーの声も聞こえなければ理解も出来ないが、それでもこの強い恐れの感情は肌で感じる事ができる。

なんというか、お腹は減っていないけど運動の一環として鳥に跳びかかろうとする猫と、逃げたいけど脚を紐で括られているせいで飛んで逃げることの出来ない鳥、そんな感じの雰囲気だ。

周囲のパイロットや整備士やその他スタッフの大半が、一人と一機(一体?一匹?)の緊張感溢れるやり取りを固唾をのんで見守っている。

「何やってんだあいつは……」

「あ、卓也さん!」

その場に居たほぼ全員が美鳥とブレンから目を離せないでいる中、俺の呟きに素早く反応してメメメが満面の笑顔で駆け寄って来た。

まるでペティグリーチャムを皿に出された犬のようだ。俺に下心があれば間違いなくR元服な展開に持ち込まれてエロいことしながら統夜や他の2人に電話実況とかのありがちなネタの材料になっていたところだ。

まぁ、こいつらができる範囲のサイトロンコントロールのデータは収集済み、つまり端的に言ってデータ収集用のモルモットとしては用済みなので、特に危害を加えるつもりは無い。

危害を加えるつもりは無いのだが……、

「卓也さん、カメラマンさんが来てるんです、一緒に撮って貰いませんか?」

駆け寄ってきたメメメが俺の手を掴んでグイグイ引っ張りながらそんな事を聞いてくる。手を引く力は意外過ぎる程に力強い。

撮って貰いませんか? などと疑問形で聞いてはいるが、これは間違いなく強制イベントではなかろうか。特に断る理由も無いので構わないと言えば構わないのだが、こいつ原作でこういう性格だったか?

後半でいきなりお嬢様言葉になるヒロインも居るから気にするだけ無駄なのかもしれないが、なんだろう、こういう変化だと元気キャラである残り一名の立場がどこかへ行ってしまうのではいないかという不安が。まぁ元から三人の中では個性薄いからどうでもいいか。

ちなみに俺とメメメがこんなやり取りをしている後ろでは未だに美鳥とブレンの静かな追い駆けっこが続いていたが、やっと状況が変化したようだ。

「こら! ブレンを苛めないのーっ!」

通りがかったヒメちゃん(苗字は知らない)が美鳥に注意し、逃げていたブレンとも何事か話をする。美鳥の方もヒメちゃんに何か、身ぶり手ぶりを交えつつ説明しているようだが、どちらの声もここからでは聞こえない。耳の感度を上げれば余裕で聞こえるだろうが、わざわざそんな事をする程の事でも無いだろう。

ヒメちゃんはその説明を受けまたブレンに何か話しかける。と、逃げていたブレンがその場で足を止め、美鳥が近づいても逃げなくなった。それに向けゆっくりとブラシを近づける美鳥、ブラシがブレンの表面に当てられ、一擦り。

一瞬ビクゥッ! と身を震わせるブレンだが、逃げずにそのままフルフルと震えながらもブラシで成すがままに洗われていく。周囲のギャラリーから歓声が上がった。

「結局あれはなんだったんだ?」

「えーっと、美鳥ちゃんがブレンの掃除をしてあげようとしたんですけど、何でか美鳥ちゃんが近づこうとするとブレンがみんな逃げちゃったんです。それで美鳥ちゃんが逃げ遅れたブレンを追い詰めようと……」

なんであんなに逃げてたんでしょうね。と顎に人差し指を当てて小首を傾げるメメメ。

爪を出して目をキラキラさせる猫を前に逃げたがらない鳥は居ない、ということか……。まぁ本気でどうこうしようという気は無いにしても詰め寄られる方としては溜まったものでは無いだろう。

「そんなことよりほら、写真です! カメラマンさーん!」

こちらの手を掴んでいない方の手を振り、わざとらしい髭を生やした金髪の男を呼ぶメメメ。周囲の騒ぎを気にせずDボウイに纏わりついて話を聞き出そうとしていたそいつが振り返ったその時、格納庫の中に警報が鳴り響いた。

周囲の浮かれていた連中の表情が緊張した面持ちに切り替わる。あれだけ馬鹿なことで盛り上がっていてもやる時はやる連中なのだ。

「アークエンジェル、および全ナデシコクルーへ。緊急事態です。カワサキシティにグラドス軍が出現しました」

その言葉と共に一斉に出撃の準備を始めるクルー一同。気になる新型も出てこないような消化試合ステージで気が乗らないが、一応俺も出撃の準備をしておこう。

メメメに手を離して貰いボウライダーに向かおうと口を開こうとすると、ぎゅ、と手を強く握りしめられた。こちらをジッと見つめるメメメの瞳は常には無い真剣な色に溢れている。

「あの、気を付けて下さい。今日は、何時もと違う事が起きそうな気がするんです」

サイトロンの未来予知、か? あれは機体に乗っていなければ滅多なことでは発生しない筈、パイロットとしてすら満足にサイトロンをコントロールできない実験体であるメメメにそんなことができるのか。

サイトロンとの親和性が上がった? 騎士の息子である統夜ですらそこまでは行っていないのに、元はただの地球人であるメメメにそんなことが起こり得るのか?カルビさんもそんな感じだっただろうか。

いや、メメメのサブパイとしての性能アップから考えてもあり得ない話ではない。注意しておくに越したことは無いだろう。

「分かった、気を付けておく。メルアちゃんも気を付けてな」

「はい! って言っても、私が出るかは分からないんですけどね」

俺の答えを聞きようやく掴んでいた手を放し、舌を出し苦笑しながら答えるメメメ。

手を振り互いに互いの持ち場に戻る。メメメは統夜と他の2人が居るベルゼルートの元に、俺は降着しているボウライダーに。

座り込むような体勢でも六メートルほどの高さに位置するボウライダーの頭部に一跳びで飛び乗る。ハッチを開けコックピットへ滑り込むと同時にスケールライダーから通信が繋がった。

「お兄さん、メルアと何話してたん?」

微妙に拗ねているような表情の美鳥。嫉妬、だろうか。馬鹿馬鹿しい、確かに金髪巨乳は資産価値だが、俺はもっと大人で艶やかな長い黒髪で包容力のある姉さんにしか興味は無い。美鳥は次点で。

「ああ、多分敵増援の話なんだろうな。サイトロンがどうこうしてるんだろ」

言いつつ、身体の中のフューリー関係の技術に意識を集中する。サイトロンが収束し、頭の中に朧げなヴィジョンが浮かび上がる。

カワサキシティの外れに突如として出現する、今まで相手にしてきたどの敵とも異なる機体群。フューリーの騎士団の機体だ。

「──なる、確かに感じる」

モニターの向こうで美鳥も同じように予知をしていたのだろう、表情を真剣なものに改め、そこからニィと口の端を釣り上げて妖しく嗤う美鳥。新しい獲物の予感に心躍らせてるとかそんな顔をしている。

でもなぁ、ベルゼルートで必要な技術は全て取り込み済みだし、そこまで興奮するような要素も無いと思うんだがどうだろうか。

しいて必要なモノを挙げるとするなら、サイトロンに深くリンクできる純度の高い騎士の肉た――、ああ、

「なるほど」

「んふ、楽しみだね?」

「逸るな。先ずは先に木星蜥蜴どもを片付けてからだ」

なにより先ずは出撃命令が来てから、それまでは機体の調整でもしておこうか。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

カワサキシティに現れた木星蜥蜴のジンシリーズと無人兵器、そしてグラドス軍を退けた俺達の前に、というか後ろの方に新たな敵が出現した。お待ちかねのスパロボJオリジナルの敵、月に拠点を構えるフューリー聖騎士団。

正直、自分たちで自分たちの事を『聖』とか名乗っている時点でかなり痛いのだがそこは宗教関係みたいなものだと割り切って気にしない方向で真面目にやろう。

「あれはグラドス軍じゃない。ボソン反応が無い」

「おい、あれは……」

「ああ、アフリカで見た奴だ」

そんな他の連中のやり取りの間、相手は棒立ち同然。とはいえ警戒はしているだろうから空気を読まずに攻撃を仕掛けても見事に回避されそうなのでやめておく。

それよりも、この場で確認しておきたいことがある。敵のリーダー機、ラフトクランズにオルゴンエネルギーが収束していくのが見える。

「くるよ」

美鳥が短く告げると同時、こちら側の機体だけが時を止められたように唐突にその場でピタリと動きを止めた。

各機のステータスチェック、正常。しかし、空を飛ぶ機体のブースターから出る熱による空気の揺らめきすらもが止まっている。

その場で滞空出来ない筈の戦闘機の類までその場で動きを止めているのだ、これは敵の時間兵器、ラースエイレムが確実に起動したと見て間違いないだろう

俺は──動ける。何の問題も無い。モニタの向こうで美鳥も腕で大きな○を作って成功を知らせて来た。肉体に組み込んだオルゴンエクストラクターその他のフューリーの技術が時止めに対する耐性をちゃんと持たせてくれた、と考えていいだろう。

レバーを握る。今回は実験を兼ねているため融合していない、現時点でネルガルにも晒しているボウライダーの仮スペックそのままで、当然フューリーの技術は組み込んでいない。

握ったレバーを動かす、──反応しない。首に繋げているプラグから融合開始、もう一度外からは見えない内部の機構を動かす──動いた。

「こっちはだいじょぶ。そっちは?」

「完璧だ」

そこまで美鳥と確認した処でベルゼルートがラースエイレムキャンセラーを起動、他の機体も動き出した。

これで俺達がラースエイレムを機動されても問題無く動けることが証明された。ここからはもう何の遠慮もいらない、あとは戦闘のどさくさでこいつらに肉体提供をして貰って、さらにサイトロンとの親和性を高めるだけ、と?

「うん……?」

何かが見える、いや、見えそうな気がする。ここまで意識的にサイトロンだのオルゴンだのを扱ったのは初めてだからか? 頼んでも居ないのに未来のヴィジョンが頭に──

浮かびそうで浮かばない、そういえばサイトロンによる未来予知には何かしらのきっかけが必要なんだったな。

この場合は恐らく、というか間違いなくフューリーとの接触がキーになっていると見て間違いない。特にあのリーダー機、隠し主人公機でもあるラフトクランズを見ると何かが頭に浮かんできそうな──ええい、戦って確かめるのが一番てっとり早いか。

荷電粒子砲のチャージを開始、まずは障害物でもある取り込むに値しないレベルの雑魚を散らしてしまおう。

狙いを定めトリガーを引く。荷電粒子砲が火を噴き、海の上を飛んでいた接近戦特化型と思われる機体が爆発。その向こうのバランスの取れた没個性な量産機も巻き込まれて中破。

この位置からだとラフトクランズに近づくには、壊れかけの没個性機と無傷の砲撃戦特化型を潰してしまわないといけないか?

いや、今の一撃で散開した。大体がベルゼルートを狙っているが、それ以外の足止めに回っている機体がこちらに接近してくる。オルゴンを結晶化させたエネルギーブレードを構えた没個性が一機。

さっきまで邪魔だった砲撃戦特化型は他の機体の足止めに回ったらしく援護攻撃や隙を狙う機影も無しと。これは、久々にボウライダーが小兵ということで侮られたかな?

「ふむ、ふむ」

荷電粒子砲を分解して二門の速射砲に戻し、クローアームの代わりに取り付けた肩部ウェポンラックにマウント、空いた腕の片方からレーザーダガーを展開、没個性の振るうエネルギーブレードを切り払う。

反動で少し距離が開いた。エネルギーソードを納めビームライフルを放とうとする没個性に向け、ウェポンラックにマウントしたままの速射砲で牽制、するつもりが牽制の砲弾が直撃しそのまま撃墜、没個性はライフルを構えたまま空中で派手に爆発した。

最終的に撃墜するにしても、あれくらいは避けると思ったんだけどなぁ。兵隊の質が低すぎないか? 騎士団なんて名乗るくらいだからそれなりに戦える連中が居るべきだろうに。

レーダーの反応を見る限りではラフトクランズはまだ様子見の最中なのかその場から動いてすらいない、ヴォルレントはベルゼルートに向かって吶喊中、近づくなら今がチャンスか。

遠距離からネチネチ攻めるのも悪くはないが、さっきの見えそうで見えなかったヴィジョンが気になる。ここはより近い位置で接触する為に接近戦をしてみよう。

と、ここで最初に撃墜した接近戦特化型の同型機が俺のボウライダーとラフトクランズの間に割って入ってきた。

その手にはオルゴンを結晶化させたクローを構えている。これも足止めのつもりなのだろうが──

「雑兵はお呼びじゃない。お呼びじゃないのだよなぁ、これが」

速射砲を単発で数回発射。結晶化したクローの刃の部分に連続で当てて砕け散らせると、撃たれた衝撃で接近戦特化型のクロー発生装置を持った腕がかち上がる。どうせなら両手に持たせてれば時間を稼ぐぐらいは出来ただろうに。

レーザーダガーを展開していない方の腕で電動鋸型ブレードを起動、強化パーツのメガブースターを全力で吹かして突撃し、がら空きになった接近戦特化型の胴体を切りつけた。

上下真っ二つになった機体が爆発、その爆炎の横を通り抜け、ブレードを構えたままラフトクランズに肉薄、殺さない程度に斬りかかる。

それをオルゴンブレードを展開したソードライフルで切り払われ、無い。そのままジリジリと鍔迫り合いの形に移行。

押さば引き、引かば押し。拮抗した状態で機体越しに睨みあう。俺のサイトロンに対する適正はまだ低いが、これだけ対象と接触すれば──

「ラースエイレムが使えぬとはいえ、このラフトクランズ、そうそうに止められは……ッ!?」

気付いた、いや見えたか? 俺も今まさに強いサイトロンの収束を感じる。朧げだったヴィジョンがハッキリと像を結んで行くのを感じている!

「ん、んんんぅ? ……くふ、くふふ」

見得た、視得た! これは面白い、いったいどのような経緯でこの未来へと辿り着くのか分からないが、未来に楽しみが増えて少しテンションが上がってきそうだ。

俺のテンションに合わせて半ば融合しているボウライダーの出力が一時的に上昇、鍔迫り合っていたラフトクランズのオルゴンブレードを無理矢理出力に任せて弾き飛ばし粉砕する。

ラフトクランズは弾き飛ばされながらもソードライフルからビームを発射、即座に転位して反対側からもう一撃。極太ビームによる挟み打ち、落ちるように下に逃げる。

着地寸前でボウライダーを180度回転させ振り向きブーストダッシュ、ラフトクランズの足下へと滑り込み通り過ぎる瞬間真上に向かって速射砲を放つ。回避された。

そのまま距離を取り、元の高さまで上昇。位置関係は振り出しに戻ったがラフトクランズの様子がおかしい。つい先ほどまで様子見をしていたとは思えないほどの気迫、真剣にこちらを仕留めに掛かっている。

そのまま油断なく睨み合う。ソードライフルからオルゴンブレードを再び展開し俺に猛烈な敵意、いや、殺意を向けるラフトクランズ。

今さっき視えた未来はこいつにとっては刺激が強すぎたのか? 地球人拉致って人体実験なんてしているから耐性はあると思ったが見当違いだったか。

いや、相手はサイトロンへの適性が非常に高い騎士クラスのパイロット、俺が見たヴィジョン以上の内容を見たのかもしれない。その方が楽しみも増える。

「敵さん、あんたには何が見えた?」

「悪鬼に語る義理は無い。我らが民の為に、貴様のその身の一片まで滅ぼし尽くす」

嗚呼、なんてすばらしいお言葉、良い感じに反吐が出そう。あれを見ても民の為、などと嘯くことのできるこいつの感性に万歳。

狙いを定めずに速射砲の砲弾をばら撒く。電磁加速された砲弾がラフトクランズをその周囲の空間ごとまとめて薙ぎ払う。途切れることのない飽和攻撃。

オルゴンクラウドの転移機能で一時的に回避し、それでも降り注ぐ砲弾の嵐をバリアでなんとか防いでいる。海を背にしたのが貴様の敗因だ、市街地に被害が出ないならどれだけ撃っても文句は出ない。

「あはははははっ! あんたあれか、自分個人の本音より身分の上での建前を重視するタイプか。……後悔するぜ?」

砲弾をまき散らしながら距離を詰める。いっそここで撃墜してこいつを取り込んでしまうのも一興かもしれない。どうせこいつ一人程度、居ても居なくてもストーリー展開が少し早くなるか遅くなるか程度の違いしか出ない。

まずはこのまま接近してダルマにしてコックピットから引きずり出し──と、興奮しすぎだな。今回は適当にリリースしてやろう。

ブレードに超電磁フィールドを展開、速射砲から放たれる弾幕はそのままに一気に距離を詰め、ソードライフルのオルゴンの結晶に覆われていない部分にブレードを叩きこみ破壊。真っ二つになったソードライフルの残骸と切り落とされた手指の一部が地上に落下していく。

他から見たら偶然武器だけ破壊したように見えるだろう。他の連中の目に『敵のリーダー機を撃墜しようと思ったら予想外に手強く、武器を破壊するので精いっぱいだった』という風に写ればいいのだが。

今の会話にしても、事前にオモイカネに命令して他との通信を妨害しているから少なくともナデシコとアークエンジェルの連中には聞こえていない。筈だ。

そのまま無手のラフトクランズの腹に蹴りをぶち込み距離を取る。ソードライフルが無くてもシールドクローとキャノンが残っているので油断はできないが、そんな不完全な状態で戦いを挑むほど馬鹿でもないだろう。

蹴り飛ばされ空中で姿勢を崩したラフトクランズは瞬時にオルゴンクラウドを発動、更に離れた位置に転位し姿勢を立て直した。注意深くこちらの様子を窺うラフトクランズ。

「……どういうつもりだ」

悔しげな震える声が通信から聞こえてくる。この数瞬の攻防で俺の戦闘力を少なからず感じているこいつは、今ならいくらでも仕留め放題だということも察している。屈辱だろう。

自然、唇の端が吊りあがる。この一方的な状況、たまらない。

「こっちもそろそろ燃料切れ、になりそうな気がするから無理をしないだけ。ほら、アンタの付き人も今にもやられそうだ。どうする、このまま意地張って戦うか?」

ブレードを軽く振り、遠くで戦っているベルゼルートとヴォルレントを指し示す。味方の援護を受けながらじわじわヴォルレントにダメージを与え続けてきたベルゼルート。

ダメージの蓄積で動きが鈍ってきたヴォルレントにオルゴンライフルAモードが叩きこまれた。大破までは至って居ないがこのままでは貴重なオリジナルのヴォルレントがお釈迦になってしまうだろう。

「俺にばっか構ってないで、ベルゼルートの方にも何か言っておくべきじゃないかねぇ」

俺の言葉に一瞬考え込むように動きを止め、そのままこちらに背を向けるラフトクランズ。去り際に短く捨て台詞を吐いて行く。

「次にまみえる時こそ、確実に貴様をヴォーダの闇に沈めてくれよう。我らが民の安寧の為に」

転位。ダメージを負い過ぎて戦える状態ではないヴォルレントの傍らに現れるラフトクランズ。撤退の準備に入ったか、懸命だな。

「地球の文化じゃそういうの、負け惜しみって言うんだぜ」

言い、オモイカネに命じて通信の妨害を止めさせる。この行動のログも残さないように命じ、証拠は当然の如く残さない。何やらオープン回線でラフトクランズがベルゼルートに何事か言っているが、俺に関することは特に言っていないので聞き流す。

雑魚も綺麗に片付き、撃墜されたヴォルレントも何かアイテムを落としていった。今日はこんなものか。あ、予知が面白くてフューリーのパイロット取り込むの忘れた。

多分美鳥も取り込んでないだろうなぁ。まぁ、いいか。どうせ月の中には腐るほど居るんだ。今すぐ急いで取り込む必要も無い。

ラフトクランズの中の人と統夜のやり取りが終わり、残ったラフトクランズとヴォルレントが転位して消えた。

ラフトクランズは武器破壊されただけだからいいとしても、ヴォルレントは殆どスクラップ寸前みたいな壊され方してるのに転位できるんだな。

ふむ、サイトロンとかラースエイレムとか以外の技術は未熟どころか微妙なものばかりと思っていたが、以外と機動兵器の性能も悪くないのかもしれない。

大体の量産機は地球の企業に作らせたものだから、フューリーのオリジナルの機体よりも未熟な作りになってしまっている可能性もある訳だし。

「待てよッ! 答えろ、俺がなんだっていうんだ!! くそぉぉぉぉっ!!」

通信から統夜のやり場のない感情のこもった叫びが聞こえる。そうだこいつの脳みそ穿ったら幼少の頃の記憶からフューリーが月の地下のどの辺りに居るか分からないかな。

いや無理か、ものごころもついてないような子供に自分がどの程度の深さに住んでるか教えるとか無いだろうし。今からフューリーの本部に突撃とか先の楽しみを消費しきってどうするつもりだ俺は。

ああ、なんか今回の戦闘は本気で楽しみしか追及出来なかったっていうか、一応新勢力が本格的に顔見せしたのに一切パワーアップが出来て無いってのはどうなんだろう。

進めて無い、消化試合だっていうのは分かっていたつもりなんだが、ひたすら足踏みだけを続けているみたいでなんとも煮え切らない気分になる。

せめてさっきラフトクランズが落としてったソードライフルの残骸でも拾っておこう。超電磁斬りしちゃったから修復できるかわからんが、何も拾わずに帰るよりは精神的にマシになる。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「そのような訳で、お二人にはアークエンジェルに乗艦して頂きたいのです、はい。あ、これはもちろん一時的な措置でして、あくまでもお二人はナデシコ、というかネルガル雇われという契約のままになりますのでご安心を」

「はぁ。雇い主の要望ですし、一時的なものなら構いませんが……」

戦闘が終了し、地面への激突の衝撃で更に歪んでいたソードライフルのジャンクを回収してナデシコに戻った後、俺と美鳥はプロスさんに呼ばれ、次の分岐での行き先を告げられた。

今現在のナデシコが連合との共同部隊の一員である、という体裁上、アークエンジェルにもネルガルからの戦力を組み込んでおかないと義理が立たないらしい。

まぁ、雇われの傭兵という身分上、純粋なネルガルの自社戦力とは言い切れない部分があるという突っ込みは当然あるにしても、よその組織や研究所からの協力者達よりは扱い易い戦力だという事からの抜擢だろう。

あとはアークエンジェルにエステバリス乗せても使いものにならないという致命的な問題もあるが、傭兵だからアークエンジェル側のあれやこれやで失っても自分たちの懐は痛まない、という計算もある可能性が高い。

まぁ傭兵の扱いなんてそんなもんなんだろうけど、スパロボ世界でもしれっとそういう計算ができるあたり、この人も中々にビジネスマンだよな。

そんな感じで談話室で机を挟んで話をまとめている俺とプロスさんの隣で、美鳥がぐでーっと机にへたり込んで脱力している。どうもこいつはアークエンジェル乗艦に乗り気ではないらしい。

「地上に残れるのはいいんだけどさぁ、アークエンジェルって飯不味いんだよねぇ。部屋も個室じゃないし、音漏れどころの騒ぎじゃなくね?」

「仕方ないだろ、むしろあっちの方が一般的な戦艦の設備なんだ。どうせすぐ合流できるんだから我慢しろ。ていうか、パイロットは一応個室だろ?」

「あれ、そうだっけ?」

俺と美鳥のやり取りに苦笑いを浮かべるプロスさん。

「いやはは、ま、ナデシコのお二人の部屋は当然そのままですのでご安心ください」

「いやそれは残しておくのが契約上の義務だから当然じゃん。あ、じゃあついでにあたしらの機体のチェックを緩くするようにしてもらえない? 特にアークエンジェルではチェックして欲しくないし」

向こうさんに聞かれたら舌うちされそうなセリフを平気で言うなぁ、でも、向こうにはマッドエンジニア的なキャラが居ないからなぁ。

満足にクルーの補充も行われていないし、それこそ新規で追加パーツを組むにしても自力でやった方が早そうな気すらする。

一々帰艦する時に機体の中身を作り替えるのも面倒臭い、向こうに居る間くらいはその手間を省いてもいいんじゃなかろうか。

「確かに、連合の技術じゃチェックして貰うメリットも無いな。プロスさん、お願いできますか?」

「そうですねぇ、元の契約では機体の扱いに関してはお二人の意思を尊重する、というものでしたし。分かりました、先方にはこちらから伝えておきましょう」

お任せ下さい、とばかりに膝を叩いて承諾して貰えた。これでひとまず話は終わり、三人で談話室を出る。

──正直な要求を言えば、ナデシコに乗っている間も整備だのデータ採取だのは自重して欲しいところではあるのだが、そこら辺は火星から帰って来た時にサインした新しい契約書に書かれているから諦めるしかないだろう。

もうこうなると統夜達のルート選択を誘導とか間に合わないよなぁ。そもそも時を止めて一方的にこちらを殺せる未知の敵が出てきて、しかもそいつに対抗する手段がベルゼルートにしか無い状況で部隊を分割とか訳分からん。

わざわざナデシコで迎えに行かなくても、月のネルガル支社にテンカワ一人分のシャトルのチケットを手配させてこっちに来させるのが一番安全な手だと思うのだが誰も突っ込みは入れないのだろうか。

スパロボ世界の不思議にいちいち突っ込みを入れてもきりがないにしても、艦長にはせめてこういう少し考えれば分かるようなところは考えて動いて貰いたい。

―――――――――――――――――――

×月◇日(今日もひたすら哨戒任務に出る日々が始まる……)

『日々というか、ゲーム内で描写されて無い時間なんて九割そんなもんだとつくづく思い知らされている』

『それはそれで気が楽というか、どうせ美鳥とコンビで行く事になるから気を使わなくていいから面倒が無くていいのだが、やっぱりもう少ししっかりとした纏め役が必要だよなぁ』

『UC系ガンダムが参戦していないからブライトさんが不在というのが割と致命的な欠点になってしまっている気がするのだがどうだろうか』

『なんというか、おっさん成分が廃され過ぎて熟練の指揮官が居ないというのは不安感を煽るばかりで頂けない』

『せめてアークエンジェルの艦長を正規の人員にする程度のことはするべきじゃなかろうか、元整備員が艦長っていったいどういうことなの……?』

『ええい、ここで種批判なぞしても碌な事にならない。前向きに現状の記録をしていこうと思うのでこの話はここまでとする』

『では気を取り直して、ナデシコが月にテンカワを迎えに行っている間、当然派手な動きは出来ない。自然とアークエンジェル側は哨戒に出たり各々の機体の整備をしたりといった地味な仕事が多くなるのだ』

『かく言う俺も今さっき哨戒任務を終えたばかりで、そのままボウライダーの整備を済ませて自室に戻ってこの日記を書いている』

『が、不思議な事が一つある。何時も通りに過ごしている筈なのに時間が少し余るのだ。哨戒任務を早く切り上げたとかも無い、むしろ途中でコンビニに寄り道してサンデーの立ち読みまでしてきたほどなのだが、それでも三十分以上時間が余っているのはどういうことなのか』

『基本的な日課はすべてこなしているし、その時の気分で違う事をする自由時間ということでもない、いったい何を見過ごしているのか』

『仕方がないので艦内を適当にぶらついて時間を潰してみようと思う。いやしかし、見るところが少ないからすぐ終わってしまいそうだなぁ……』

―――――――――――――――――――

「……とまぁ、そういう訳で。なんか弄っていい機体無いですか?」

「いきなりやってきて整備の手伝い始めたと思ったら無茶苦茶言うねぇお前さんも」

暇つぶしと言えば格納庫。目新しい機体も無いので自身の強化には繋がらないが、これでもかと機体の積み込まれた格納庫は適当にぶらついてあちこち整備の手伝いをするだけでも時間を潰せるのだ。

潰せるのだが、そこはやはりロボがあればとりあえず弄って改造しておきたくなるのが人情というものではあるまいか。

忙しそう、というか明らかに手が足りて無い整備の人達の手伝いとしてあれやこれやと整備をしていたのだが、この時点でストライクにコンバトラーから取り込んで小型化した原子力エンジンとか搭載したらフリーダム要らなくなるんじゃないだろうか。やらないけどな。

ボウライダーもこの機会に何か新装備を追加したい今日この頃でもあるが、ぶっちゃけ主人公チームで戦う分には今のままでも十分だと最近ようやく気付いたので後廻しにしている。

贅沢を言えば、どうせ弄るなら何の変哲も無い量産機とかがあるとすごく弄りがいがあって素晴らしいのだが、主人公勢力にそんなことを求めても意味は無い。そのうち機会があればジンの魔改造とかやってみたいものだ。

アークエンジェルの格納庫で整備全般を一手に任されているコジロー・マードックにそんな熱い情熱をスパナ片手に語って聞かせてみたのだが返事は芳しくない。

「きっちり整備の手伝いさせておいてなんだけどな、元から積んである機体は機密に触れるようなもんだし、それ以外となるとそもそも連合の機体ですらねぇんだよ」

その機密の塊らしいストライクの整備とかを今まさに手伝ってたんだけどそこら辺はスルーらしい。何事にも本音と建前が存在するのだ。

「ぬぅ、ある意味予想通りの回答。じゃああれだ、現地調達したザフトのジンのスクラップとかは?」

「無い。ストライクは装甲があれな上に独自開発だからパーツの流用とかも殆ど利かんし、それ以外はMS自体が存在せんから拾うだけ無駄になっちまうんだよ」

操縦できるパイロットも一人しか居ないしな、と肩を竦めるマードックのおっさん。まぁ複数MSがあってそれに乗れるちゃんとしたパイロットが居ても、周りがこんな超兵器だらけじゃ出撃させる回数も少ないだろうしな。

でも、敵のパーツ拾って急造のストライカーパックとか作るとかすれば面白そうなのに。ブリッツのパーツ流用でミラージュパックとか普通なら誰でも妄想するものじゃないか?

ああいや、ブリッツ以外の機体からだと何も作れる気がしないな。イージスの変形機構はパックには組み込み用がないし、バスターも既にランチャーパックがある、デュエルも特徴が無いのが特徴みたいな機体だし。

そういうMSメカニック関係の小細工はアストレイが担当だから本編組は手を出しちゃいけないという暗黙の了解があるのかもしれない。時系列的に考えるともうレッドフレームはガーベラを手に入れてるしブルーフレームも海戦用のオプションとかを作成済みだろうし。

よくよく考えるとミラージュパックというかミラージュアストレイとかは実際に出てきてる訳だし、もうアストレイが本篇でいいんじゃなかろうか。いや、種と種死が外伝ってのも旨味が一切無くなってしまうか……。

「じゃ、他のところを当たってみるんで俺はこれで。あ、聞いてると思うけど俺と美鳥の機体には手をつけないようお願いしますね」

「おう、自分の機体の整備もしっかりやっておけよ!」

「もう終わってるよー」

マードックのおっさんに後ろ手でひらひらと適当に返しながらその場を離れた。一応話は通っている筈だが、ちゃんとやっておかないと職人気質の人は勝手に手をつけそうで困る。

ナデシコの方で追加武装作る過程で簡単な整備の仕方とかも習っておいて良かった。形だけでも分かりやすく手を付けておかないと、コックピット入って数分してはい終わりじゃ納得しそうにないもんなここの人は。

―――――――――――――――――――

格納庫から出て通路を歩く。見て回って面白い施設が少ないから、だれか暇そうにしてる奴を捕まえる方が面白いのだろうが、アークエンジェル側は人員がやや少なめというか足りないので暇な人間はあまり居ない。

しいて暇そうな連中と言えばシャッフル同盟の連中だが、こいつらは基本特訓で時間を潰しているので、合流すると格闘戦の訓練ルートに強制移行してしまうのが難点だ。

光子力研究所チームは統夜達の付添でナデシコに乗って月へ向かった。まぁ金貰って雇われている訳では無いから割と自由に行く先を決められるのだから、好き好んで連合の船に乗りたがる奴も居ない、ということか。

マサトと氷室のラストガーディアンからの出向組も基地に居る事が多いが、今は空気が悪すぎて積極的に近寄りたく無いんだよなぁ。

コンバトラーチームは今さっき哨戒任務で分離してあちこちに散らばっていったし、ボルテスチームは空気がマジ過ぎて近寄りがたい。

種連中はブリッジクルー以外は昼ドラやってるからボルテスチームとは別の意味で近寄りがたい。ノイマンさんとバジルールさんがくっ付いたら生存フラグ立って隠し戦艦でドミニオン入手とかあればいいのに。

ブレン乗りの連中は生き物系、あいつら的に言えばオーガニック的なあれに日常的に触れているからなんか見抜かれそうで嫌だ。機体越しならそういうのが無いことが分かっているから安心できるのだが生身だとそうもいくまい。

フルメタの連中が一番害が少ないが、変にコメディパートの途中で乱入しても話がややこしくなっていけない。相良軍曹にも微妙に警戒されているし。

ああ、つまりどこの誰に当たってもダメなんですね分かります。せめてまともな調理設備があればサイサイシーあたりから中華料理のコツを聞き出せるのだが、ここはもう本当にガチガチの軍隊系っていうか、食料もヴァンドレッドの男軍みたいなやつだし。

自衛隊とかだと飯関係やたら豪勢だって聞いたんだけどなぁ。いや、出撃の時じゃなけりゃ艦の外に食いに行くから別にいいけど。基地の食堂ならまだまともな飯が出るし基地周辺の食堂も中々良い店が多い。

いやいや飯もいいが次に朝一で哨戒任務が終わる日があったら基地周辺で土産物を売ってる店を巡ってみよう。そんなことを考えながら歩き、結局誰にも会わずに自室へと到着した。

もういいや、今日は自室で本でも読んで時間を潰そう。

―――――――――――――――――――

自室に戻ると、まだ使い始めたばかりでいまいち生活臭足りない空間と、そこで際限なくだらける美鳥が俺を出迎えた。

「そうそう、お兄さんまたミスリルのワンころとはしゃいでさー、銃弾をデコピンで正確に撃ち返すコツの研究だーとかやってたら他のクルーが賭けを――あ、おかえりぃ」

コミュニケとは違うゴツめの通信機を手に、ラフな格好でベッドの上に寝転んでいた美鳥が軽く手を振った。多分月に向かうナデシコに乗っている誰かと連絡でも取り合っているのだろう。

アークエンジェルに一時的に乗り込む上で、俺と美鳥にはそれぞれ個室が宛てられるものと思っていたのだが何故か二人で一部屋を使う事になっていた。

超電磁の二機やダンクーガがアークエンジェルに残る上で、まぁ当然と言えば当然なのだが、スーパー系の扱いに慣れている専属に近い整備員もアークエンジェルに乗艦することになるのだ。

当然、元から空いていた居住スペースにはそれなりの人員が収まる事となり、後から来たパイロットは優先的に個室を使うことができなくなったらしい。

まぁ、それでも他の連中と同室にならなかっただけこちらのことが考慮されていると考えられるし、俺と美鳥の他の連中には話せないプライベートな相談事とかが気兼ねなくできるからこれはこれでいいのかもしれない。

「ん、ただいま」

美鳥に挨拶を返しつつベッドの下に置いた旅行鞄を開けて中身を探る。持ってきた本、というかアルバムの類はどこに入れておいたかなっと。

「え、あーうん帰ってきた帰ってきた。なんかあたしとお兄さんの今のやり取り新婚過ぎてちょっと馴れちゃった夫婦みたいでよくね? 近親とかエロスな――いや冗談冗談、いきなりマジ声に切り替わるの無しだろー?」

自軍で手に入るものを殆ど手に入れてしまったからか、最近の美鳥は少し自らの異常性癖についてオープン過ぎるのではないか。

現在の肉体の外見年齢だと意外と冗談にならない場合があるのだが、いざとなれば切りのいいところで契約切って出て行けばいいとか普通に考えてそうで困る。

まぁ、残りの機体についてもモルゲンレーテにて建造中とかそういうはっきりとした情報があるから最悪本気でここから出て行くという選択肢もありなのだが。

「わかった、わかったから、換わるから落ち着こうぜ? お兄さん、御指名だよぉ」

通信機をこちらに差し出しながらベッドから起き上がる美鳥。

「誰の?」

「金髪巨乳ぅ」

にゅぅ、と語尾を伸ばすと只でさえエロい四文字熟語が余計にエロくなっていけない雰囲気が漂ってきそうだ。きょにゅぅぅ、とか書くと途端に卑猥な擬音表現のようではないか、けしからん。

しかし金髪巨乳か、三人ほど居た気がするが、俺と美鳥に関係があってわざわざ通信機まで使って喋る相手となればメメメぐらいだが――

「ああそうか、なるほどなぁ」

メメメだ。何か微妙な時間の余り方だと思ったら、メメメへの餌付けタイムの一時間が浮いているのだ。

結局月にフューリーの情報を探しに行った統夜と三人娘達、そのお陰で冥王強化フラグが早々に立ち消え、いかん、なんか今少しだけイラっとした。

まぁGゼオライマーじゃなくてもゼオライマーは十分強いから良いけど、良いけどね! ぜ、全然悔しくなんかないんだからね! と、ついつい素直になれなくて損をするタイプ風に錯乱してしまう程度にしか悔しくない。ハウドラゴンだってカッコいいもの。

しかし狙っていたものが取れないのは悔しいので、帰ったら何かしらの罰ゲームをメメメに課すことに決めた。お菓子の山とそれを食べ尽くす美鳥の前にステイ指示でお預けとかそんな感じの罰。

三人娘の他二人と統夜にも食わせるといい感じかもしれないが、どうせ身内だから遠慮したりで罰にならない。いや、罰がどうこうの辺りが完璧に八当たりだからその対応が当然ではあるのだが、ここはコミュニケーションの一環ということで押し通していきたい。

そんな訳で、その旨を伝えるメメメに直接伝える為、俺は美鳥から通信機を受け取った。今からどんなリアクションが見れるか楽しみだ。




続く
―――――――――――――――――――

二話連続でオリサブキャラであるサポAIが開幕持って行くとかどういうことなの……? あ、サブキャラであってサブヒロインでないところがキモです。

しかしスパロボ編が長くなりそうです。処女作だから複線這ってもささっと回収して綺麗に纏め安いようにという意味を込めていた三話以内縛りがあっという間に崩壊しました。

偶に、主人公を原作部隊から除隊させて何事も無く帰らせてしまおうかという誘惑に囚われそうになりますが、スパロボ編のラストシーンとかで色々書きたい部分の事を考えるとそういう訳にもいきませんね。

前話と今話の間でさりげなくキンクリしてるのもそうですが、この話の中で一話しか進んで無い上に、会話した原作キャラがメメメとマードックだけというのもどうなんでしょうか。微妙に短いし。

あ、でもやや短めなのには理由があります。ひとつの話の中に上手くも無い戦闘シーンを二回も入れると前話のようにくどさが倍増してしまうからです。これも戦闘を省略すればどうにかなるのですが、原作だとこの辺の話は重要臭いのでなかなか飛ばし難いので困っています。

でもまぁもしかしたら次回頭でまたささっと省略されているかもしれません。そんなこんなで、必要な部分は書きますが不要な話はどんどん飛ばして行こうと思います。

そういえばこの作品、原作ファンの方々が怖かったりで実際には書けませんが東方にトリップする案もあったりしました。どこに向かうかは当然お分かりですよね? そう、東方非想天則の早苗さんルートのラスト付近です。

それはもうとてつもない原作キャラに対する虐待が一つあるというのも書けない理由だったりします。

具体的には早苗さんの前に巨大ロボで降臨して、憧れの人型巨大ロボットに乗せて欲しそうにする早苗さんに『悪いな巫女さん、このロボット三人乗りなんだ』とかやるだけのどうしようもない話なのですが、三人乗りの機体を主人公が持っていないことと、ここに落ちを書いてしまったことで書く可能性は今まさに完全消滅致しました。

あと、巨大ロボットといってもリアル系かスーパー系かでも好みが分かれるんですよね。J主人公のベルゼルートみたいなリアル系がありなら三人乗りなんだを二人乗りなんだに改変して行けそうな気もするのですが。リアル世界換算なら早苗さん年代的にビーストウォーズとかデジモンとか直撃世代だと思うので。

今回は特にセルフ突っ込みどころが思いつかないのでここまでです。次回更新は色々忙しいのでまた遅れると思いますが、ゆっくりと菩薩のような心でゆっくり悟りでも開きつつお待ち下さい。

諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよなどといったアドバイス全般や、作品を読んでみての感想、心からお待ちしております。



[14434] 第十三話「アンチボディと黄色軍」
Name: ここち◆92520f4f ID:259058e2
Date: 2010/03/22 12:28
「そうなんですよ。カティアちゃんが『そんなにお菓子ばっかり食べてると太るわよ?』なんて意地悪言うんです」

カティア、テニア、メルアの三人の共同部屋、ベッドの上で通信機を両手で持ちメルアが楽しそうに通信機の向こうの相手に最近のナデシコの動向を伝えている。
ナデシコの動向、といっても現在は月への移動中故に艦内で起こった乗組員同士のトラブルだとかパイロット同士の賭け事だとかが主な内容だ。
そしてそういった話題が終わり、現在は互いのごくごく身近な事件を報告し合っているのだろう。
先ほどもアークエンジェルで鳴無妹が見た最近の鳴無兄の行動を会話内容の誘導で巧みに聞き出していたようで、それをカティアも微笑ましげに横から眺めていたのだが。

(いきなり目のハイライトが消えた時は何事かと思ったけど)

どうにも傭兵兄妹の鳴無妹は隠れブラコンで近親ネタが大好きらしく、女性パイロットの集まりで好みの男性のタイプの暴露大会などを行っても、

『最低限血が繋がってないとエロい気分になれないなー』

などと堂々と言い放っていたりする。
先ほども同じようなネタを迂闊にもメルア相手に使ってしまったようで、笑顔はそのままにレイプ目に移行したメルアのマジ問い詰めが開始されそうになったが、鳴無兄が通信を換わることでなんとか事なきを得た。

横に居るものとしてはとても心臓に悪い状況だ。全員で会話した方がフォローできる分まだ安心できるだろうが、メルアは通信機を手放そうとも設定を変えようともしない。
数日ぶりの鳴無兄との会話にはしゃいでいるのだろうことは表情を見るまでも無く声の調子で分かる。
カティアとて下手な手を打って地雷を踏みたくは無いのだが、このまま放置というのも危ういのではないか。
そんな事を考えている間にもメルアと鳴無兄の会話は続いて行く。

「普通はそこまで心配しませんよね。――え? もう、卓也さんまでそんなこと言うんですか?」

どうにも先日お菓子を食べすぎだと注意した際の事を話しているようで、通信機の向こうの鳴無兄からの注意に唇を尖らせて反駁している。

「全部胸に行くから大丈夫ですよ」

(人体舐めたセリフを――!)

女性陣の過半数を敵に回すようなセリフをサラリと吐いたメルアに戦慄を覚えるカティア。
いや、無駄にスタイルのいい連中ばかりなのでそこまで過剰に反応する者も居ないのかもしれない。
しかし、よくあそこまで露骨に自分の身体的に優位な特徴を口にできるものだ。
仮にも異性が相手なのだからもう少し慎ましやかに行くべきではないか、むしろ身体的にももう少し控えめになるべきではないか。

ふと、通信に嬉しそうに相槌を打つ度に揺れている気がするメルアの胸部に目をやる。
続けて通信に夢中で他に気が回らないメルアの目を盗んで、鳴無兄が置いて行ったお菓子類が入った大型の冷蔵庫を開けごそごそと物色しているテニアの胸部を見て、最後に自らの胸部に手を当てる。
大丈夫、あの二人のサイズがあれなだけで充分平均値は上回っているのだからと自らに言い聞かせ平常心を取り戻し、メルアの通信相手について考え始めた。

──鳴無卓也と鳴無美鳥の傭兵兄妹。自分たちが地球に降りて統夜と出会うとほぼ同じ時期からの付き合いになる二人。
ボウライダーとスケールライダーという出所不明の高性能機を駆り、特に鳴無卓也のボウライダーによる戦闘法は今の統夜の戦闘法のお手本にもなっている。
実際のところ、高威力長射程の速射砲と二種のブレードで遠近共にバランスの取れた構成のボウライダーと遠距離戦特化のベルゼルートでは同じ戦い方は危ういのだが、周囲の援護なども合わさり今のところは上手いこと戦えている。
兄妹共に奇矯な振る舞い(主にメルアに対する餌付け、ブレンに対するセクハラなど)が気になるが、人当たりも良く不思議と警戒心は沸いてこない。
ナデシコが火星に向かう事を目的としていた頃からの付き合い故に慣れたというのもあるのだろう。
兄の方は割と面倒見も良く、統夜が前に出過ぎた時などは積極的にフォローに回り、同じ艦に乗っている間はメルアや自分たちに毎日と言っていいほどお菓子をふるまってくれたりもする、親切なお兄さんといった感じの人だ。

まぁ、顔は十人並みで、いたるところに美男美女の多いナデシコやアークエンジェルでは目立った風貌というほどでもない。
吊りあがりがちな目元を除けば全体的に素朴な作りの穏やかそうな顔で、殺し合いが日常の傭兵というよりも、どこぞで畑でも耕してそうな印象を受ける。
この兄の方にメルアがとても懐いているのだが、どうにも相手側は異性を相手にしているというよりは一般的な兄が幼い妹に対して接するような感覚に見える。
メルアならもう少し良いのを選べるんじゃないかとか、なんで助けてくれた統夜ではなくこの人なのかといった疑問はあるが、そこは個人の好みの問題だろう。

カティアの考えうる限り、鳴無兄を落とす上で最大級の障害になり得るのは鳴無妹だ。
本人が女性陣のなかで自分がガチブラコンであることをカミングアウトしているし、統夜から伝え聞いた鳴無兄の異性の好みは鳴無妹を成長させたものとほぼ合致している。
また、兄妹二人が揃った時の身体の密着具合もかなりのもので、格納庫から食堂に移動する際は大体の場合において手を繋いでいるがこれも腕の半ばまで絡める、俗に言う恋人繋ぎというもの。
艦内スタッフの持っていた女性向け恋愛読本の図解付き初心者向けページにも書いてあったから間違いない。初心者向けのページは何度も繰り返して読んだからほぼ暗記しているので確定だろう。
人目を憚らずに実の兄妹であのような恥ずかしい手のつなぎ方をして、兄妹仲が良いだけだと言い張る二人だ、好奇心で開いて見た上級者向けページに載っていた、用途のいまいち分からない組み体操ヨガのようなポージング集も実践してしまっているのかもしれない。

(考えれば考えるほど勝率が下がっていくわね……)

むしろもう積んでいるのでは無いかとすら思える。
通信機の向こうへ積極的に身体ネタなどでアピールして尽くスルーされているらしいメルアの想いが成就するかと考えると、自動的にフラれた後のフォローが頭に浮かんでしまうのも仕方ないのではないか。
しかし、この国には告白して玉砕するまでが恋愛ですとの言葉もあるらしい。
最低でも告白の段階にまで持って行けるように援護してあげるのが、実験体時代からの付き合いである自分たちの友情というものだろう。
自分が他人より苦労症であるという自覚の無いカティアは、深く溜息を吐くのであった。

―――――――――――――――――――

「ああ、それじゃまた暇な時間にでも。他のみんなにもよろしくー」

通信を切り、実家から持ち込んだアルバムを眺めていた美鳥に通信機を投げ渡す。
あれ、姉さんの映ってる写真を厳選して集めたものだから俺以外の奴が見ても面白いものではないと思うのだが、いったい何をそんなに熱心に眺めているのだろう。
アルバムから目を離さず片手でページを捲りながら片手で通信機をキャッチした美鳥が、ちらりとこちらを見た。

「お兄さんが持ってた方が良くない? なあんか長々と喋ってたし、あっちも月まで暇だろうからすぐにまた通信来ると思うけど」

「いや、流石に今の会話で殆どこっちの近況は話し終わったからなぁ」

近況、とは言うがルート分岐してまだ数日、それほどネタにできるような事件が頻繁に起きる筈も無い。
こっちに残った連中の気性の問題もあるのだろうがナデシコよりも大分地味な内容になってしまう。
ここが正式な意味での軍艦ということもあり、フルメタの連中の起こす騒ぎにしても爆発ネタは自重しているので大人しめになっているし。

「後半、お兄さん相槌打ったり否定したりとかそんなんばっかだったよね? 女の方にばっかり話題振らせるのは男としてマナー違反だと思うけど」

「あれは、リアクションし難いネタばっかり振ってくるあっちにも問題があるんだよ」

清楚なクッションとか淫らなクッションとか誰が教えたのか。露骨な胸囲自慢、いやらしい。
いや、ナデシコ内でも思い当たる節は大量にあるし、ネット環境もあるから自力で調べたという可能性もある。思い返してみれば、ナデシコの方にある俺の自室に遊びに来た時も備え付けの端末で何事か検索していたような気がする。
検索した覚えのないエロ単語が検索履歴に残っていたり、金髪巨乳グラビアアイドルのポージング特集のページがお気に入りに登録されていたのもメメメの仕業の可能性がある。
というかほぼ確定だろう。俺はやって無いし美鳥も情報収集する時は自分の部屋の端末かコミュニケから検索している。
嘆かわしい話だ。全年齢対象でぱっと見ロボゲにしか見えないからお子様でも安心してプレイできるギャルゲのヒロインの自覚はどこに消えてしまったのか。

「ああ、なんか最近下ネタ増えたよなーあの金髪。多分色目使ってんだろうけど、あれは流石にちょっと引くわー……」

「色目? 誰に」

「お兄さんに。あんだけ露骨にアッピルしてるんだから気付いてない訳じゃないっしょ?」

「ふむ」

そうなるように洗脳仕込んだのは確かなので可笑しくは無い。ここまで露骨なレベルの好意になるのは計算違いだったが。
本当ならもう少し軽い、警戒心が少し薄れて信頼されやすくなる程度にするつもりだった。まぁ今更それを言い出しても意味は無いので気にしないで良いものとしておく。
しかし、金髪巨乳は忍者とドラマチックな恋をしてくっつくのが流行の最先端なのだ、農夫系の俺の出る幕は無い。
というか、俺は金髪巨乳に興味があまりない。
姉さんと致す前に集めていたのも黒髪巨乳とか姉弟の近親相姦モノばっかりだったし、外人系には欠片も手が伸びなかった記憶がある。
ベッドの下にメメメ似の少女が出てくるエロ本がいつの間にか仕込まれていたりするのもメメメの自己アピールなのだろうか、美鳥の悪戯という線も捨てがたいと思っていたのだがこれで確定だろう。

「フラグを立てたからといって回収しなければいけない義理も無いよな?」

「フラグっていうより改造コードで『好感度下がらない』『好感度上昇率255倍』入れてるようなもんだしね。とりあえず直接的に好意を伝えられたりしない限りは放置でいいと思う」

ふむ、そうなるとこっちから三人娘や統夜に積極的に近づく必要は無い訳で、餌付けの時間の優先順位はかなり下がる。
余った時間は追加武装でも作っていた方が効率いい、が、しかしだ。

「どうせ時間は持て余し気味なんだし、暇なとき限定で餌付けは続けておこう」

「え、ツンデレ?」

違う、と言おうとしてまだ美鳥がアルバムから目を離していない、というより一枚の写真に目を向けて難しい顔をしている。

「さっきから聞こうと思ってたんだが、アルバム眺めて面白いか? 俺は面白いが」

「何いきなり自問自答してるわけ? いやそうじゃなくてこの写真、だいぶ古いけど何時頃の写真っていうか、どういう状況?」

手渡された写真に写っているのは小さな頃、多分まだ小学校に上がって間もない頃の俺と高校入ってすぐの姉さん。俺がわんわん泣きじゃくって、それを姉さんがおろおろしながら宥めているという構図だ。
姉さんは高校の頃から外見的に殆ど変わっていないが、この写真だと今の姉さんとは分かりやすい違いがある。
オールバックのド派手な金髪ロン毛、心なしか目つきも悪く、そしてなにより、眉毛が無い。

「ヤンキー? お姉さんにもヤンチャな時期があったんだねぇ」

「いや、スーパーサイヤ人3」

「――なん……、だと……?」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

確か両親が死んで、姉弟二人で頑張って行こうね、みたいな約束を二人で交わしてしばらく経った時の事。
小学校に上がって初の授業参観に、姉さんが来れないということで軽い姉弟喧嘩をした。
その当時異世界トリップのし過ぎで上がったばかりの高校で出席日数がギリギリだった姉さんは、できる限り授業に出なければ早速留年してしまうところだったらしい。
そんな事情を知りもせず、また姉さんのその説明を理解もせずに駄々をこねていじけ、結局数日間気不味い空気が家の中を漂っていた。
そんなタイミングで例によって例の如く姉さんがふらりと家を開け、帰って来た時の姉さんがそんな感じだったのだ。
今思えば間違いなくドラゴンボールか何かの世界に言って目覚めたか、さもなければ何処かキツイ条件の世界に行く特典としてサイヤ人の能力を付加された、とかそんなんだったのだろう。
しかし、そのヤンキーも裸足で逃げだしそうな風貌を見た瞬間、俺は子供ながらにこう思った。

『お父さんとお母さんが居なくなって、お姉ちゃんが頑張ってくれてるのに、僕がわがままを言うから、お姉ちゃんがグレて不良になっちゃったんだ!』

そこからはまぁ、帰ってくるなり出迎えた俺がわんわん泣きながら、ぼくいい子になるがらぁ~! とか叫び出して、それを見てどうしたモノかと姉さんがオロオロして。
俺の泣き声を聞いて姉さんのトリップ中に預けられていた千歳さん宅の親御さん達がやってきて、こっちは状況を把握できずにオロオロして。
遅れてやって来た千歳さんが、状況を一発で把握して一旦部屋に戻りインスタントカメラを持ち出し、写真に撮って姉さんをゲラゲラ指差して笑って……。
結局また数時間姉さんが姿を消して、戻ってきたときには元の黒髪と眉毛を取り戻したいつも通りの姿になっており、その姿で何だかんだとしっかり話し合って和解したのであった。

―――――――――――――――――――

「姉さん力の封印とか手加減みたいなことは出来てもパワーダウンとかできないから。多分あれは一旦自力でトリップして、スーパーサイヤ人4を経てそこから更なるオリジナルの進化を遂げて元の形態を取り戻したんだろう。懐かしいなぁ……」

「お兄さんが金髪巨乳を頑なに受け入れようとしないのはその事件のせいでもあるのかぁ……」

しみじみと当時を思い返す。姉さん千歳さんに一週間くらい写真ネタで笑われてたなぁ。
しかし初の金髪巨乳との接近遭遇が姉なのはいいんだが、眉無しってのはインパクトがあり過ぎる。
例えば、もしあそこで姉さんが眉毛の部分に回復魔法当てて眉毛復活させて普通の顔立ちになってれば、今頃俺は金髪巨乳も守備範囲だったのだろう。
でも、『もし』とか『たら』とか『れば』とかそんな言葉に惑わされるほど俺も若輩では無いしな。黒髪巨乳最高!

「む、カティアってもしかして黒髪巨乳じゃないか? 洗脳深いのがメメメじゃなくてカティアだったら危なかったな」

「お兄さん、そのセリフはお姉さんに報告していいの? あ、でももう完璧に人格破壊されて脳改造完了調教済みな肉人形レベルまで持って行けば、お姉さんも浮気じゃなくておもちゃ持ち帰って来た程度の感覚で許してくれるかもよ?」

「ごめんなさい」

「それにほら、もうこっちの出すお菓子に警戒心無いからカティアに改めてポ用ナノマシン投与するぐらいなら余裕だろうし」

「いやもう本当に謝るから許してくれ、話題チェンジチェンジ!」

それなんてエロゲとか言ってられないレベルだ。数年前までならともかく、今の法じゃメディ倫に通して貰えないだろう。
大体、俺はなんというか、そう、ピュアラヴなのが好みであって、調教とかそういうアブノーマルなのは正直あまり強く無いのだ。
出撃回数的に見てこの世界の統夜はほぼ間違いなくカティアエンド、そんな状況で洗脳調教とか流石に鬼畜過ぎる。
俺のリアクションを見て、美鳥がやや呆れたような顔で呟く。

「殺人とか洗脳とかはオッケーなのに凌辱とか調教は駄目って微妙なラインだよね、童貞?」

「ど、どど童貞ちゃうわ!」

「ん、知ってる」

「……」

「……」

ボケたらマジ返しをされた。リアクションに困る。
美鳥もとりあえず反射的に言ってみただけでその後を考えていなかったのか、明後日の方向を向いて少し紅くなった頬を指で掻いて照れている。
気不味い、ここは互いの精神の健康の為にもこの話題を終了させるべき。

「あー、っと。時間も余ってるし、今後の予定とか確認しよう、な?」

「う、うん」

そんなこんなで両者の利害が一致して話題変更。
こほんとわざとらしく一つ咳をし、今後の予定、どの辺りで主人公部隊から抜けるのが一番それっぽいか、その後この世界のどこを回るかといったことについて話し合った。
どうせ時系列の問題はボソンジャンプでどうにでもなってしまうので、切りが良くて抜ける理由がいい感じにできそうな話を適当に見つくろっておくという、なんとも煮え切らない結論が出てお開き。
夕食まで間があるし、今更格納庫に戻って追加武装の組み立てをするのも何か違う気がする。時間潰しの為に備え付けの端末(ナデシコのものに比べれば技術的に劣るが、それでもその辺からニュースを拾ってくる程度は出来る)で情報収集。

ジャンク屋の動向が載っていないか探すが気が入らない。ふと美鳥の方をチラ見したら目が合った。二人同時に慌てて眼を逸らす。
視線をディスプレイに戻すが、DSでスパロボJをプレイしながらチラチラとこちらを窺っている美鳥の視線を時折感じる。
どこのラブ米だこれは。今さら照れるような内容でもあるまいに、調子が狂う。
微妙な空気が抜けない。あー、ここで空気読んでメメメが通信入れたりしないかなぁ。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

撤退していった月のローズセラヴィーの後ろ姿を見送りながら、ゼオライマーのコックピットの中で秋津マサトは深いため息を吐いた。

「なんとか、なったか……」

戦闘には途中参加だったが精神的な面での疲労がある。
戦うと決めた、敵とも、自分の中の何かとも。とりあえずのものではあるが、色々な人に背中を押されて、それでも自分で一歩踏み出して行こうと決心した。
出撃せずに燻っていた時に声をかけてくれた執事のレイモンドさんに、様々な雑用を担当しているという千鳥さん、そして、何時でも共に戦ってくれると言った美久。

いや、それ以外にも居た。ネルガルの雇われであるという傭兵の鳴無兄妹。
他のパイロットが出撃しなくてもいい、返って足手まといだと言っていた時、あの二人は自分が立ちあがることを確信していたような気がする。
信頼の表れ、と受け取るのは些か自意識過剰というものだろうが、内容的には自分が立ちあがる事を前提としたものだからあながち間違いでも無いだろう。

(言っていることは滅茶苦茶だったけど)

つい先刻の事を思い出し、思わず苦笑を漏らすマサト。精神的に少し余裕が出てきたということだろう。
皆が出撃し、自分の脇を通り過ぎて行った時、すれ違いざまに肩をぽんと叩かれ、

『ふふー、説得待ちで後から出てきていいとこ掻っ攫おうなんていい度胸してるよなー。まぁゼオライマーの攻撃は派手で見栄えがいいから大物は取っておいてやるから安心しとけー』

ほくそ笑みながらこちらの肩を叩き、言うだけ言って自分の機体に向かっていった妹の方、鳴無美鳥。
その言動に呆然と見送っているとその兄、鳴無卓也もまた声をかけて来た。

『あいつの言う事は気にすんな、敵のタイミングが良くて少しヘブン状態入ってんだ。ああそうそう、搬入されてたゼオライマーちょっと弄ってかなり早めにメイオー☆できるようにしといたから、後で敵増援に開幕ぶっぱして使い心地の感想くれ』

そして返事も聞かずにこれまた自分の機体へと走って行ってしまった。
こちらを気遣うでもなく、戦わない事に文句を言うでもなく言いたいことだけ言ってその場を去っていった二人。
あの二人は良い意味でも悪い意味でも気を使わない、というのが秋津マサトの抱いている印象だった。
さばけているというか、余分なところ、必要無いと思うところはバッサリと切り捨てて考え、その癖ふと誰かに世話を焼いていたり、何時の間にか整備の手伝いをしていたりもする。
浅いところでは割と好き勝手干渉してくるが、相手の深い事情には踏み込まない。
あちこちを転戦している傭兵だと言っていたから、その経験から自然とそういう無駄に人と衝突しない接し方というものを構築していったのだろう。
戦う決心をした今では、そういうあり方で接してくれるのは気が楽で、正直ありがたい。

火と水の八卦ロボは既に一度戦っていて相手の手の内が割れていることもあり、相手への遠慮さえ無ければ苦戦するような強さを備えている訳でも無い。
はっきり言って楽勝だった。ゼオライマーは相手の攻撃でまともにダメージを受けてすらいない。
前回のように多くの傭兵を従えているという訳でも無く、連携が重要な機体でその肝心の連携はバラバラ、対するこちらは心強い仲間の援護を多く受けていたというのも大きい。
因縁は自分の手で断ち切るのが一番自然だし、因縁のある八卦衆を他の人に任せるというのも違うような気がしたので二機の、いや、二人のとどめは自分で刺した。予想以上にメイオウ攻撃の制御が楽になっていたのもあって、止めを刺す程度は楽に行えた。

その後に出てきた月のローズセラヴィーは、何故だか執拗にスケールライダーとボウライダーに狙われて、あっという間に撤退していった。
ローズセラヴィーがそれなりにダメージを受け、何かを射出した瞬間に鳴無兄妹が全く同時に「チャージなどさせるか!」と叫び、射出された何かを撃墜していたが、もしかしたら何かローズセラヴィーの機体情報を得ているのかもしれない。
普通の傭兵であればありえない話だが、何せゼオライマーを少し弄っただけで改良できてしまう程の謎の人物だ。
傭兵独自の情報網(笑)のようなものを持っていたとしても可笑しくは無い。
正直、つい先日まで一般人をしていたマサトからすれば、正式な軍隊でも分からないような情報を一回の傭兵が持っているというのは、文字通りフィクションの世界のようで現実味が無いと思えた。
しかし実在する傭兵とかそれに関わる軍隊の人達からすれば自然なことなのだろう。誰ひとりとして疑問を差し挟まないのがその証拠だろう。

「マサトくん、お疲れさま」

姿の見えないパートナーからねぎらいの言葉を掛けられた。
心強い仲間達の中で、誰よりも自分に近い所で一緒に戦ってくれるこの人とも、もっとしっかりと向き合うべきだろう。
そう思い、マサトは改めて己の決意を宣言する。

「美久、僕、戦うよ。敵とも、今日は出てこなかったけど、もう一人の凶悪な自分とだって」

「ええ、それが私たちの運命ですものね」

「違う、そうじゃないよ、そうじゃなくて──」

美久のいつもの返事に、マサトは首を振り否定する。
美久の言うことも確かに正しい。確かにこの呪われた運命から逃れることはできない。
でも、それだけじゃ戦う意味が無い。

「その運命とだって戦って、終わらせて見せる」

「マサトくん……」

「手伝ってくれるよね?」

「……うん!」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

メメメから通信は来なかったが、代わりに出撃の要請が来た。偵察に出ていたスカイグラスパーとブレンがグランチャー部隊に遭遇したらしい。
アークエンジェルが到着する頃にはスカイグラスパーとブレンがほぼすべてのグランチャーを撃墜し終えていたのだが、すぐに八卦ロボの火と水、あしゅら男爵率いる妖機械獣軍団が現れた。
お陰であの微妙な空気のこもった部屋から出ることが出来たし、戦闘による興奮で美鳥の様子も元に戻ったのは本当にありがたい。
現在は戦闘も終了し、自室へ帰る道を一緒に歩きながら雑談している。
すっかり調子を取り戻した美鳥がこちらの腕にぶら下がるように抱きついていて歩き難いが、変な調子でぎくしゃくするよりはよほど気が楽だ。

「敵も空気読めてるよねー」

「ザフトの連中にも爪の垢を飲ませてやりたいな」

暴れまわって気分爽快、というほど雑魚相手に無双をした訳では無いが、むやみにデカイ八卦ロボ相手だと適当に撃ちまくるだけでバシバシ当たって面白い。
そして顔見世に来た月のローズセラヴィー相手に、冥王様よりも先に『チャージなどさせるか!』をやれたのはスパロボファンとして感無量というか、やってやった感が最高潮。
お陰でマサキは出てこれなかったが、これは別に大した問題でも無いだろう。

「あ、そういえばお兄さん、戦闘前に冥王になに吹き込んでたの?」

「ああ、ちょっとした催眠術、かな?」

このスーパーロボット大戦の世界においては、ゼオライマーがメイオウ攻撃を放つのに、原作には存在しない制限が存在している。
気力制限。ある程度敵を倒すなり他人から激励されるなりしてそれを高めなければ、ゼオライマー、ひいては次元連結システムの本領を発揮することが出来ないのだ。
これは本来の性能だとゲームバランスが崩れてしまう為の処置なのだが、この世界においてはバランス云々の話でそうなっている訳では無い。

暗示による弱体化といった感じのものだ。戦わせる為に監禁し、闘争本能を高めたは良いが、その全力が万が一自分たちの方に向けられては意味がない。
戦闘が始まってすぐの時点では全力が出せないようにすることで、万が一の時に『処理』しやすくしているのだろう。
今回は会話の中でさりげなくその暗示を他の暗示で打ち消した。
ゼオライマーを改造してメイオウ攻撃を早い段階で撃てるようにしてあるという言葉を信じ込ませることで、無意識のうちに押さえていた出力を開放させている、というのがメイオウ攻撃が早撃ちできるようになったカラクリという訳だ。
今の必要気力はせいぜい110程度。ゲームの時よりも格段に気力制限は緩くなっているのでかなり早い段階でメイオウ無双が可能となっている。

「統夜は月に行ったが、とりあえず目の届く範囲にゼオライマーが居る限りは頑張ってみようと思ってな」

強制出撃以外でもゼオライマーは出撃してしまっているが、ただ単に幽羅帝の乗機をグレートゼオライマーにするだけなら八卦ロボを全機ゼオライマーに撃破させるだけでいい。
そうしたら適当なタイミングで鉄甲龍要塞に忍び込んで取り込んでしまえば見事にグレートゼオライマーもコンプリート。
次元連結システムは俺も美鳥も体内に搭載しているから問題なく味方版グレートゼオライマーと同じ運用法が出来る。
パイロットが動力も兼ねる全く新しい八卦ロボが誕生するのだ。

「なるほどねぇ、色々考えてんだ。あ、じゃあ金髪巨乳への罰ゲーム的なあれはやらないの?」

「いや、やる」

「好きモノだねぇ」

ただ餌付けするだけ、というのはもう大分飽きてきたし、メメメに対しての焦らしプレイ的なものになるから反応を楽しんで餌付けのマンネリ回避といこう。

「次回はブレンパワード系、と。次は結構暗躍するから心の準備しといてね?」

「予定詰まってるなぁおい」

暇だ暇だと思っていたが忙しくなる時は唐突だ。
いや、多分この暗躍云々も今ちょっと思いついたからやってみよう程度の感覚で言いだした可能性もある。
今現在スパロボJをプレイして予定を立てているのはこいつだから、戦闘前のプレイで何か思い出したのだろう。
バロンズゥとかが出てくるのはまだ先だった筈だし、何か面白い事を思いついたのかもしれない。

「暗躍するのはステージが終わってからだけどね。あ、そうだ、こっちなら一緒にシャワー浴びるくらい大丈夫だろうし、久しぶりに一緒に――」

―――――――――――――――――――

×月◆日(グランチャーの貴重な大量惨乙シーンを眺めるだけの簡単な仕事です)

『伊佐美勇が自軍に合流、これからは艦内に居ても何時脳直な有機的な何か発言が行われるか分からないので注意して行かなければなるまい』

『とりあえずあいつらの会話には『はいはいオーガニック的な何かだね』とでも言っておけば大体オッケーだろう』

『さて、そんなこんなでオルファン対策会議で周辺警備の仕事をすることに相成った』

『警備といっても実際はどこそこを守れ、みたいな作戦がある訳では無く、何時も通り出撃して敵を叩き潰していけばいいだけの話』

『が、今回俺と美鳥は狙ってはいけない目標というべきものがある。しかもその目標、現時点の機体に縛りのある俺達では逆立ちしても敵わない強敵なのだ』

『今回そいつはプレートの奪取のみを目的に動くので俺達が戦う可能性は低いが、まともに戦ったら精神コマンドあり、機体フル改造の主人公軍でも勝てる見込みはまったく無いらしい』

『その目標の気分次第では今回の話はほとんどイベント戦闘だけで敵が全滅してしまう可能性もあるが、あくまでも俺達は手を出さないで邪魔にならないように見守るのが最良なのだとか』

『……自分で言っててむず痒くなってきた。男なんてみんな『俺超強えぇ!』がやりたいだけの単純馬鹿ばかりだという差別発言を聞いたこともあるが、自分でも少し自覚があるだけに余計に痛い』

『まぁ、実際バイタルジャンプだのチャクラシールドだのは少し使ってみたいような気もするし、少しの恥ずかしさとかは気にせずに行こう』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「そういう性格なんだから仕方ないだろ。あの女はどうしたんだよ」

「トイレでマスでもかぐぃ!?」

「ああすまん、なんかこいつの脳みそがバグッたみたいでな。今さっき格納庫でブレン触ってるのは見かけたぞ」

「あの、美鳥ちゃん思いっきり舌噛んだみたいだけど……」

「なあに、舌ぐらいすぐに生えてくるさ」

インターミッションの会話に下ネタを差し挟もうとした美鳥の頭を押さえつけセリフを中断させた。
ヒメちゃんが微妙に美鳥のことを心配しているが、兄妹の軽いじゃれ合いであるということをナデシコに乗っている時に理解しているからかあまり強くは言ってこない。

俺と美鳥は現在、機体と一緒にノヴィス・ノアに乗り込みオルファン対策会議の会場へ向かっている。
基本的に、俺と美鳥は主人公の代役のような役割になるらしく、当然のように会議の会場警備に回されることになったのだ。
身軽である、小型機であることから警戒され難い、というのも警備に回された理由の一つだろう。

そんなこんなでオーガニックエンジン試験艦ノヴィス・ノアの食堂にやってきたのだが、これがまたこの艦、以外に面白い。
先ずは言わずと知れた人工オーガニックエンジン試作型。
これがあればグランチャーかブレンパワードを取り込んだ後、バロンズゥの巨大化のようなかなり無茶なこともできるかもしれない。
そして食堂に来る途中でトイレに寄り、洋式便座に座りながらこの艦全体と融合することでブレンやグランチャーには無い『オーガニックシールド』の機能を得ることが出来た。更にさりげなく核兵器まで搭載しているのだからこの船は中々侮れない。
海戦主体のスーパーロボット大戦があれば確実に自軍の戦艦ユニットでダナンと双璧をなすこと間違いなしだろう。

さて、そんな感じで周りの話になぁなぁな感じで相槌を打っていたらいつの間にか各自の機体に戻ることになった。
俺もボウライダーに戻ろうとしたのだが、どうにも視線が気になる。
視線の主は伊佐美勇、じっ、とこちらを品定めするような視線を送ってきているのだ。
例によって例の如くオーガニック的なものに触れてきたもの独特の直感で何か違和感を感じているのかもしれないが、今のところは怪しむ材料は直観だけということもあるのかこちらにちょっかいは出してこない。

一応この世界に来てからネルガルで身体検査、というか健康診断のようなこともしたし、改造人間であるという自己申告をした後に精密検査を受けもしたが、改造人間である、という自己申告以上の結果は出なかったので擬態は完璧。
ボウライダーを操れる程度の改造人間に擬態しているのでその通りの結果しか出ない。人間に擬態している時は本当に人間になっている、と言い換えるとどことなく無貌で三つ目な神様を思い出すが、あれ由来でないという事だけは姉さんに確認を取っているので変に身体の心配する必要も無い。
とりあえず紳士的に当たり障りのない接し方をしていれば問題は無いだろう。
立ち止まり振り向き、視線の主に声をかける。

「どうかしたか? ええと、伊佐美、勇くん?」

視線を送っていることに気付かれるとは思っていなかったのか、振り向いて声をかけると一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに表情を作りなおし、

「あんたが居るとブレンが変に反応するんだ。なにか心当たりは無いか?」

「ふむ」

個人の感覚で気付かれた訳では無く、ブレンの反応から何かを感じたか。
そういえば美鳥がブレンのモップ掛けをした時に逃げ遅れたのは臆病なナンガブレンで、ヒメちゃんが言うには脚が竦んで逃げられないような感覚だったか?
ユウブレンは勇敢な性格だから、怯えるとかそういう感情ではなく警戒するような感じで反応するんだろうな。
で、ブレンの意思をくみ取り切れないこいつは、それがどういうことか理解できない、と。

「俺はアンチボディに明るくないが、俺も美鳥も身体を結構弄ってるから、それに反応してるんじゃないか?」

俺の返答に少しばかり考え込んだ後に訝しげに問い返してきた。

「そういう事があるのか? 改造人間に反応するなんて、聞いたことも無い」

こいつ、男にも結構絡むんだな。原作あんまり見て無いから詳しくないけど、出会いがしらに女にキスする奴ってイメージしか無い。
あ、そういえばこいつ、子供の頃の姉とのふつくしい想い出語りを『ごめん覚えてない』とかやるんだよな。
照れていたにしても、この歳でフォローの一つも出来ないとか弟としてレヴェルが低すぎるだろう。端的に言って反吐が出る、シスコンの風上にもおけない奴だ。あぁそもそもシスコンじゃ無いか。
姉が居てシスコンじゃないとかこの糞ったれめが、世の一般常識が許容しても俺の狭い心は絶対に貴様を許しはしないだろう。責めもしないが。
同じ姉持ちということで多少肩を持とうと一瞬思ったけどこれは駄目だ。こんなやつの質問はささっと流してしまうに限る。

「最初に言ったろ、俺は詳しくないって。犬猫に嫌われることも多いから、そういうこともあるんじゃないかっていう素人考えだよ」

じゃ、と手を振り機体に向かう。予定では出撃はあっても戦闘自体は無い可能性が高いので暇つぶしに持ち込んだCDでも聞いていよう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

海辺の小さな町、黄土色の人型が白い人型五体に指示を出し、出現したプレートを回収させている。
指示を出している黄土色の人型の片腕は義手、オルファン所属、ジョナサン・グレーンの駆るアンチボディ、グランチャーだ。

「ハエが飛びまわっているが気にするな。プレートの回収が最優先、戦闘は極力避けろ!」

ジョナサンは怒鳴るように他のグランチャーに指示を出しているが、別に作戦に遅れが出ている訳では無い、ただ単にそういう喋り方が染みついているだけだ。
プレートの回収はほぼ完了しており、ここにやってくるであろうノヴィス・ノアのブレンパワード部隊や連合の特殊部隊の相手はクインシー率いる別動隊に任せればいい。
自分たちはプレートを持ち帰ることができれば作戦完了という簡単な任務。これでイラつく筈も無い。

ふと、ジョナサンは自らのグランチャーがあらぬ方向を見つめている事に気付いた。
自らの制御を離れ、何かを警戒するように虚空を凝視しているグランチャーに不審を感じるジョナサン。
数秒、グランチャーの見つめる方向を警戒していると、虚空からにじみ出るように新たな人型が三体出現した。
バイタルジャンプではないし、グランチャーでもブレンパワードでもない。

「ボソンジャンプ、とかいうやつか?」

木星蜥蜴なる侵略者がそういった移動方法を用いるという話を聞いていたジョナサンは、所属不明機の未知の転移を異星の技術であろうと当たりを付けた。
侵略者がオーガニック的なモノを理解し利用する。
ありえない話では無い。自分たちが住んでいるオルファンとて元は外宇宙からやってきた宇宙船のようなものだ、同じく地球の外からやってきた侵略者であれば、その価値を理解し、利用しようという発想をするのも可笑しな話ではない。
が、それにわざわざ協力してやる義理も無い。
プレートの回収は完了している、あとはこの場から立ち去り、海上の支援部隊に引き渡すだけ。

「海上の支援部隊と合流する、急げよ!」

グランチャー達がバイタルグロウブに乗りジャンプしようとしても出現した人型達は動かない。
利用しようとまでは考えておらず、ただの様子見だったのか、などと考えるほどジョナサンは平和な思考をする人物では無かったが、今は何よりも確保したプレートを持ち帰ることが最優先。

(あいつらの相手もクインシー・イッサー任せか)

女に戦いを丸投げとは情けない話だが、個人の感情で任務を放り出す訳にも行かない。
そう冷静に考えながら、グランチャーをジャンプさせ――られない。

「何ぃ?」

思わず疑問を声に出してしまう。
バイタルグロウブに乗れない、いや、正確には違う。
バイタルグロウブに乗りはした、飛びもしたが、行きつく先がここだった。
世界中に張り巡らされているオルファンが発するチャクラの奔流が、この空間においては他の流れから切り離され、狭い範囲に押し込められて限定された狭い順路を巡っているのだ。

転位してきた人型の内、どこかグランチャーやブレンパワードに似た雰囲気がある一体が手を口元にやり、肩を震わせている。
アンチボディでもしないような生々しい、嫌味な程に人間臭い動きを持ってその感情をありありと表現している。
楽しげに、愉しげに笑っている。嗤っている
いたずらが成功して、それに引っかかった間抜けな大人を指差す子供のように、無邪気な悪意に満ちた喜びの感情。

転位してきた人型の内、ザフトのMSに似た雰囲気を持つ機体が肩をすくめている。
機械的な動きを装いつつ、これも人間臭さを消し切れない生き物のような動きで、その感情を露わにしている。
呆れ、苦笑し、嘲笑している。
本来なら満点のテストを、名前を書き忘れてふいにしてしまった間抜けを見るような、軽い優越感と憐れみの感情。

転位してきた人型の内、ラダムのテッカマンのような雰囲気を持つ魔人が、虚空を眺めて呆けている。
両手をだらりと下げ、こちらにまるで関心が無いかのように海を眺めてぼうっとしている。
飽き、つまらないものには目も向けない、徹底した無関心。
しかし、無関心、無反応から読み取れるものはある。
路傍の石に気を止めない、自分が高みに居る事を理解しつつそれが当然であるとでも言わんばかりの傲慢な感情。

「はっ、そういうことかよ」

態度で分かる。バイタルグロウブの異常は間違いなくこいつらの仕業だろう、ジョナサンはそう考えた。仮にこいつらの仕業でなくとも、こいつらが何かしらの情報を持っている事は確実だ。
普通に飛んでいたのでは間違いなく連合の特殊部隊に追いつかれる。
ここは確実にこいつらを仕留め、この異常な現象を解除させなければ任務達成はならない。
ジョナサンのグランチャーがソードエクステンションを構える。それを見た他のグランチャー達も状況を察したのか戦闘態勢に移行していく。
数の上ではこちらが上、狭い範囲に限定されているとはいえ、バイタルジャンプも戦闘でなら使えないではない。

「アンチボディのまがい物や、玩具みたいな人形なぞ!」

グランチャー部隊が戦闘の陣形を取った。
対する三体の人型は思い思いの動きで相対する。
アンチボディもどきはフィンを伸ばし、MSもどきは刃の無いサーベルの柄を取り出し、テッカマンもどきは相変わらずふわふわと浮いたまま構えすら取らない。
いや、三体共に共通する動きはある。
一体は無邪気に、一体はさりげなく、最後の一体はよく観察しなければ分からない程のかすかな仕草で、一つの言葉を表現している。

──遊んでやろう──

子供の相手をするような余裕の感情を持って、グランチャー部隊との交戦を開始した。

―――――――――――――――――――

プレート出現の報を聞き、会議場の警備を抜け駆け付けた俺達が見たのは、元の数が分からないほどバラバラに砕け散ったグランチャーの残骸の山だった。

「なんだ、これは。どうなっているんだ」

「ひ、酷い、ここまでするなんて!」

眼下の光景に愕然とするボルテスの長男の健一と、驚愕と憤りの感情を含むヒメちゃんの声が通信から響く。
他の数名は声も出せずに呆けているか、周囲を警戒している。プレートの回収に来たらこの光景だ、訳が分からない、というのがこの場に居るほぼ全員の素直な感情だろう。
美鳥と俺は一応の事情は知っているが、ここまでオーバーキルするとは思っていなかったので少し呆れている。
なんというか、自重するべきか自嘲するべきか悩む光景だ。

「お兄ちゃん、あれ! この間の義手のグランチャーだよ!」

ボルテスの末っ子の日吉がレーダーにわずかながら残っていた反応を見つけたのか、全員の機体に位置情報を転送する。

「義手? ジョナサンか!」

そう、レーダーに映る反応はグランチャーのもの。しかし、そのグランチャーはとても戦闘が行えるような状態ではない。
なるほど黄土色の機体色は間違いなくジョナサンのものだろう、特徴的な義手も印象深い。
しかし、脚が無い。
片足は膝下からごっそりと消滅し、もう片足は股関節の部分から引きちぎられ無残な傷跡を晒している。

腕は、両腕共胴体に付いている。付いているだけで役に立ちそうも無いが。
義手は一応無事のようだが、義手にならず無事だった肩の関節が握りつぶされたかのように拉げている。振り上げて相手にぶつけることもままならないだろう。
もう片方の無事だった腕はその手にしっかりとソードエクステンションを構えている。
構えたまま肩から引き抜かれ、腕ごと胴体、人間なら肺があるだろう部分に無理やり突き刺しねじ込まれているが。
胴体から切り離されてい入るがくっついてもいるし、腕自体は殆ど損傷も無く無事なので両腕共に無事、ということでいいだろう。明らかに狙ってやったとしか思え無い。

余りの惨状に因縁のある伊佐美勇ですら手を出しかねている。いや、手を出さなくともあのグランチャーは放っておけば死ぬ可能性が高い。今死んでいないのが奇跡と言えるレベルなのだ。
ここまでやられてグランチャーが死んでいないのは、明らかに相手に遊ばれたからだろう。そしてこれをやった犯人は……。

「みんな! 海の上でオルファンの部隊が!」

やはりこの世界では砂漠の虎と戦ってオルファンの飛翔にでも備えるのだろうか、オーブの国の御姫様が海上の様子を伝えてきた。
海上、クインシーの駆る赤いグランチャーが率いるオルファンのグランチャー部隊が謎の機体と交戦している。
いや、交戦しているというのも語弊があるかもしれない。

「あれは、アンチボディ? 遊んでいるのか……?」

伊佐美勇が呆然と呟く。
そう、遊んでいるように見える。子供がおもちゃで遊んでいる、というのがもっとも相応しい表現かもしれない。
バロンズゥとユウブレンを足して割らず、無理やりに一体の形にまとめたような歪なアンチボディのような機体がグランチャーとグランチャーの間をくるくると回りながら飛びまわっている。

いや、ただ飛んでいる訳では無い。
くるりと一回転する度に強烈な暴風が巻き起こり、その暴風に紛れて強烈なチャクラ光がまき散らされ、ほのかに光る包帯のような長いひだ、バロンズゥのフィンのようなものがひらひらと揺れ動く。
周囲のグランチャーは暴風で姿勢を崩し、チャクラ光に身を削られ、フィンに切り刻まれていく。
ズタズタのグランチャーの残骸には股間部にあるコックピットの中身も含まれているのか、白いグランチャーの破片をほのかな薄紅で飾っている。

グランチャーもただ黙ってやられている訳では無い。
暴風に近寄らずソードエクステンションからチャクラ光を発射して応戦しているが、踊るように飛びまわるグランチャーはそのことごとくを避け当たりそうになったチャクラ光もフィンで撃ち落とし吸収している。
撃ち落とすという事は撃つのが無駄では無いという解釈をしたのか、防がれてもなおチャクラ光を連射し続けるグランチャー。
しかし、そのグランチャーも横あいから唐突に割り込んできた巨大な拳に殴り飛ばされて粉々に砕け散った。

「MS……?」

「ザフトの新型か!?」

ヤマトと外宇宙に備える姫が口々に呟く。並べるとイスカンダルに向かいそうだなこいつら。
しかしなるほど、機体のサイズ、意匠共にMSに似た作りをしているようにも見える。顔はザフトのジンを角ばらせたような、そう、しいて言うならバーザム顔であろうか。
いや、顔デザインは間違いなく搭乗者の趣味だろうことがわかるのでスルーするとして、問題は首から下だ。
太い。ゴツい。堅い。首から下だけスーパーロボットのようなシルエットで、表面にMSっぽい擬装を施しました、といった感じの機体だ。
更に今さっき一撃でチャクラシールドを張ったグランチャーをパンチ一発で粉砕した。見かけ倒しではないパワーも兼ね備えているのだろう。

「見て! あの機体、プレートを持ってる!」

持っている、というか、バックパックには明らかにプレートを運ぶために設えられただろうと分かるラックがある。
そのラックに、五枚のプレートが納められているのだ。お持ち帰りする気満々の装備から気合が垣間見える。

「みんな持ってかれちゃう! そんなこと、させるもんかぁっ!」

「いかん、そいつには手を出すな!」

ヒメちゃんが必死なのは分かるが、istdとはさりげなく美鳥もノリノリである。
別に戦ったからといって進化する訳でもな、するか、そういえば。こいつは戦わなくても勝手に進化するが。

ヒメブレンがブレンバーを構え、MSもどきの死角からチャクラ光を放つ。
が、まるで後ろに目でも付いているかのようにヒメブレンの方に掌を向け、放たれたチャクラ光を全て掌で受け止めた。
シールドを張っている訳でも無いのに、それでも受け止めた掌には傷一つ付いていない。恐るべき強度だ。
ゆったりと余裕をもってこちらに振り向き、俺達の機体を一瞥すると、背中のバックパックからプレートを一枚取り出し、手首のスナップで軽くこちらにフリスビーのように投げてよこした。
反撃を警戒していた所にプレートを投げつけられ、慌ててチャクラシールドでプレートを受け止める。

「え、え? 譲ってくれるの?」

ヒメちゃんの疑問に答えず、MSもどきは再び振り返ると、今度は飛びまわるアンチボディもどきの前に転位した。
ボソンジャンプではない、なんの兆候も無く飛ぶ様子から見るに、ちょっとしたシステムの応用だろう。素の状態でブレンパワードのチャクラ光を喰らって無傷の装甲にあのシステムとは、なんとも豪勢な話だ。
アンチボディもどきは飛行を中断させられて不満そうだったが、しばらくすると不服そうな動きを見せた後、MSもどきと共に霞むように姿を消した。

残るグランチャー部隊はまだ数十体は居る。戦闘が始まるか、と俺と美鳥以外の機体が身構えた。
しかし、俺達とグランチャー部隊との間に一体、テッカマンのような姿をした何かが割り込む。
つい先ほどまで単騎でクインシーとやりあって、いや、ひらひらとクインシーと数体のグランチャーの攻撃を木の葉のように回避し続けていた奴だ。
シンプルな、尖りもしなければ丸みも帯びていない地味な装甲のそのテッカマンもどきがグランチャー部隊に向けて拳を向ける。
その手に何も持っていなかった筈が、唐突にその手の中に小さな銃のようなものが出現する。
おそらくテックランサーのようなものだろう、銃身の代わりにクリスタル質のナイフのようなものが生えているそれを向け、カチ、とトリガーを引くような動きをした。

――轟音。それ以外の音が消滅してしまったかのような錯覚に陥る程巨大な発射音とともに、青白いフェルミオン粒子の濁流がグランチャーの一体を巻き込み爆発する。

「ボルテッカ、やはりテッカマンだったか」

ボルテスの健一が冷静に呟く。まぁ、見た目はまんまテッカマンだが、MSやアンチボディを従えているならば疑わしくもなるのだろう。
しかし、目の前のテッカマン(仮)が放ったボルテッカは一味違う。
ボルテッカの直撃を喰らったグランチャー、その周囲に巨大なクリスタルの幻影のようなものが映し出され、そのクリスタルの幻影から新たに数本のボルテッカが再発射され他のグランチャーに着弾、更にそこから新たなボルテッカが撃ち出され……。
通信から驚愕に息を呑む音が聞こえてくる。が、せっかくなのでここは一つ俺も出しゃばっておこう。

「むぅ、あれはリアクターボルテッカ」

「知っているんですか?」

割と冷静に状況を見ていたヤマトが聞き返してくれた。ありがたい返し、これでスムーズに解説に入れる。
重々しく頷き、この世界に来る前に覚えておいたリアクターボルテッカの解説を始める。

「テッカマンが高速で移動する際に発生させているクリスタルフィールドという、言わば結界に覆われた超空間のようなものがある。これをボルテッカに乗せて発射することにより、ボルテッカが命中した時に発生するエネルギーを利用してクリスタルフィールドが新たにフェルミオン粒子を空間から生成し、それがボルテッカへと変化する」

説明を続ける俺の目の前で、次々と枝葉の如く分岐するボルテッカに呑み込まれていくグランチャー達。

「クリスタルフィールドを制御する力に長けていればほぼ無制限にボルテッカを連鎖させることができるという必殺技だ。Dボウイの戦闘データなどから得たテッカマンのスペックから、理論上は可能だとされていたが、まさか実際に使用できるテッカマンが存在していたとはな」

「そんな恐ろしい技の使い手が、敵の中には存在するというのか……」

とうとう最後の一機、クインシー・イッサーのグランチャーに、分岐を重ね全方位からボルテッカが迫る。

「姉さん! 避けろよ!」

伊佐美勇が咄嗟に叫ぶ。バイタルジャンプで間に入ろうとしたのか一瞬ユウブレンの姿がかき消えるが、すぐに元の場所に戻ってしまった。
どうやら、バイタルグロウブの流れを人為的に操作してバイタルジャンプの機能を阻害しているらしい。
逃げられない。チャクラシールドを張った赤いグランチャーに数十にもなるボルテッカが迫り、しかし着弾寸前で全て消滅した。

「助かった、いや、見逃がされた、のか……?」

助かり、しかし呆然とするクインシーのグランチャーに、スクラップ同然に破壊されたジョナサンのグランチャーが投げつけられた。
あのMSもどきがいつの間にか回収していたらしく、グランチャーを放り投げた姿勢のままのMSもどきの姿が見える。
そのMSもどきによりそい、リアクターボルテッカを撃ったテッカマンもどきを肩に乗せたアンチボディもどきが、手をひらひらと振り、辺りの景色に滲むようにして消えていった。
まさにやりたい放題。チートに次ぐチートでどこのスパロボオリジナルだという話だ。

意図するところは分かる。第一目標であるプレートの回収は完了しているし、リバイバルの兆候のある双子が生まれるだろうプレートはこちらに回収させた。ここに留まる必要も無い。
ボルテッカを消したのも、あれを直撃させたら間違いなくクインシー・イッサーは死ぬと分かっていたからだろう。姉キャラが死ぬのは多少嫌な気分になるだろうし、グランチャーがバロンズゥに再リバイバルする瞬間を見てみたいというのもある筈だ。

が、ボルテッカを食らうまでも無くクインシーのグランチャーはダメージを受けていたのだ。
あのアンチボディもどきがまき散らしたチャクラ光の流れ弾を数発受け、ぱっと見は分からないだろうが戦闘ができるぎりぎりのラインで踏ん張っていた所にあのボルテッカのプレッシャー。
それが不発ということで張りつめていた緊張の糸が切れた所に、自分の機体とほとんど同じ大きさ重さの機体を投げつけられた。すると、どうなるかと言えば……。

「うわぁぁああっ!!」

墜落。黄土色のジョナサン・グランチャーに弾き飛ばされるようにして、赤いイイコ・グランチャーは狙い澄ましたかのように綺麗な花畑の中に突っ込んでいった。
そのグランチャーを追うように花畑に降りて行ったユウブレン。
これからあの花畑で、説得に失敗しながらそれはもう見事なフラグクラッシュを慣行するのだろう。フラグと一緒に砕けて死ねばいいのに。

しかし、無茶苦茶な戦い方だった。あのMSもどきの戦い方だけは見ていないが、どうせ碌なもので無いことだけは分かる。ようは趣味に走った感じの機体と武装なのだろう。
これからやらなければならないことを考えると頭が痛い。
せめて一日二日置いてゆったりと静養し、気分を落ち着かせてからにするべきだろう。
これが終わったら、今度こそ本気でこの部隊でやることが無くなるのだ、どうしてああなったのか分からないが、できる限りの努力はしなければなるまい。



続く

―――――――――――――――――――

以上、J三人娘内の電波受信アンテナ兼まとめ役担当のカティアさん、主人公の介入で微妙にマサキになる回数を減らされているマサトくんから見た主人公のそれぞれの印象独白と、三体の黄色軍ユニットが一話分の敵を相手に無双するの話をお送りしました。

しかしあれですね、サポAIが度々ヒロインっぽいアクションをするのが頂けませんね。大体主人公と一緒に行動してるから仕方ないと言えば仕方ないのですが。

ジョナサンの喋りが分からないす。数少ない資料から察するにねっちょりした喋り方でもあり、かと思えば紳士的な感じもある気がする。この使い分け、尊敬に値するマザコンですね。

クマゾーくんは断ってましたが個人的にはグランチャーとかかなり欲しいです。車検要らないから車の代わりに使いたいですね。保険は利くのでしょうか。

あと、別に自分は伊佐美勇が嫌いではありません。好きでもありませんが。でも主人公的には姉をないがしろにしている時点で、もはや問答無用!といった感じになります。



ここでこのSSの作者の根拠無き思い込みによるJヒロインズのエロ知識関係。この作品内だけの設定であることを明記しておきます。

・カティア
基本に忠実。それっぽい読本などの最初の方を読んで、自分がまだそこら辺を体験していないからと最初の方のページを熟読。
ややうぶ。
・テニア
ほぼカティアと同じ、が、少女マンガや他の女性クルーから聞き出した知識がプラスされている。
没個性。
・メルア
勤勉である。基本を押さえつつ、スポーツ新聞の真ん中の小説や駅のキオスクに置いてあるワンコイン小説、少女マンガの付録などにも細かく目を通す。女性クルーから積極的に知識を吸収し、卑猥な妄想をする。
淫ら。



セルフ突っ込みは天気が良いのでお休み、次回更新は今度こそいつもより遅くなると思いますので、なにげない日常に潜む少し心が癒される何か探しをしつつ心穏やかにお待ち下さい。
たとえば天然酵母の食パンとかに口と鼻あてて吸い込むと香ばしくて少しいい気分、天然酵母という響きに騙されれば幸せになれます。

次回予告!
「やろう、ぶっころしてやる!」
「ぎゃあ、じぶんごろし」
「ねむいと、気があらくなるんだな」
「やめろよ、じぶんどうしのあらそいは、みにくいものだ」
「はやく、暗躍してねようよ」
「おにいさんとあたしで6P……!」
の予定が計画倒れ。

諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよなどといったアドバイス全般や、特に作品を読んでみての感想とか、心からお待ちしております。

アドバイスを元に文章の改行とか少し作り替えてみました。
どんな感じに見えるのか、皆様、よければご意見下さい。



[14434] 第十四話「時間移動と暗躍」
Name: ここち◆92520f4f ID:c5c488de
Date: 2010/04/02 08:01
さてさて、そんなこんなでノヴィス・ノアからアークエンジェルに戻ってきたあたし達だけど、そこから予期せぬ仕事が舞い込んできた。
原因はもちろんあれ、オルファンのグランチャー部隊を大量虐乙した謎の三体のことについて。
現場を見た人間の中ではそれなりに冷静で年長、かつ機体改造などでメカ関係に詳しいだろうという判断でお兄さん、ついでにあたし。
そしてアンチボディに詳しいということで元オルファンの伊佐美勇が呼び出され意見を求められた。
しかもナデシコからも通信があって、今回現れたテッカマンもどき、ナナフシ討伐の際にカオシュンに現れたテッカマン軍団とも関係があるかもしれないということでレポートの作成も行わなければならない。

真相を知っている立場からすれば滑稽だけど、実際に敵として現れたらこういう対応が正しいんだろうとは思う。
思うんだけど、そこはそれ正直な話、ここまで面倒なことになるならあたしらに目撃される前にプレートだけ奪って逃げて欲しかったかも。
でもそうもいかない事情があるんだろうことは想像に難くない。なにしろあの三体はそういう事を承知でクインシー達も相手にしたんだろうし、あたし達もそれに倣うのが正しいんだろう。

さて、意識を現実に戻すと、伊佐美勇がなんとも微妙な表情で推論を話していた。

「……あれがオルファンに対して友好的な存在じゃない、ってことだけは確かだ。でも言っておくが、間違ってもあんたら、いや、俺達の味方につけることができるような存在じゃない」

「どういうことだ? 他の報告を聞く限りではブレンパワードに近い形状だった、とあるが」

「確かにグランチャーよりはブレンに近いさ。でもあれはブレンともまったく違う。なんていうか、オルファンも人間も鼻にもかけていない、そんな気がするんだ」

副艦長の疑問に伊佐美勇が眉間にしわを寄せたしかめっ面で答える。
ここからしばし伊佐美勇の推論タイムスタート。でもどうにも的外れで面白みに欠ける答えばっかりだし、ここは他のことでも考えてようかな。

例えばそう、この世界でお兄さんの食指が万が一にもお姉さんかあたし以外に向くとしたら誰か、とか。
引き継いだお兄さんの記憶の一部だと、あたしが生まれる少し前にエレアにキュンときてるんだよなぁ。黒髪がキーになってるのかな? 露出がキーならメメメのアタックが多少なりとも実を結ぶ筈だし。
黒髪、例えばこの副艦長もエロいデザイン、髪伸ばして姉っぽい言動をとったらお兄さんが反応しそうな。
いや、でもなんか違うな。お姉さんはもっとこう、ねぇ?
ここまで表面堅く無いし、地元ならそれなりに人当たりもいいし、表情の作り方とかまるっきり違う。注意する必要は無いかなぁ。

「宇都宮さんにも聞いてみるべきかしらね……」

うおぉん、艦長さんおっぱいすげぇ。おっぱいすげぇ、このエロ同人の中の人め! 羨ましい!
いいなぁおっぱい、あれだけあれば絶対挟めるよなぁ。
いや、挟んで舐めるとかそこまで高度なテクは無いけど、無いけどその努力はしたい。
あー、あたしも『絞っちゃらめぇ(訳:もっと絞ってほしいよぉ)』とか『やだ、そんなに吸わないでぇ(訳:ああぁ、お兄さんがあたしのミルク飲んでるうぅ)』とか言いてぇ!
あたしも前よりは膨らんでるけど、それでもさきっちょをちろちろ舐められるとか、前歯でコリコリクニクニされるとか、控え目にフニフニされるとかそんなのがメインだし。
グニグニと欲望の趣くまま真っ赤に腫れあがるぐらい揉みしだいて欲しいのに、このサイズだと迫力無いのかなぁ。

「――で、鳴無、あの機体についてなんだが」

「どっちも専門家ほど詳しく無いんですが、あれ、MSってより間違いなくスーパーロボット系の機体がベースだと思いますよ」

「ああ、マードックの親父さんもそんなこと言ってたな」

まぁ艦長さんは栗毛だし、お兄さんのストライクゾーンからは外れている。
でもおぱいは素直に羨ましい妬ましい欲しい。あたしも無理やり増量するかなぁ。

「ていうか、あれは意見を求めるまでも無いと思いますが。見れば分かる! これでどうだ! みたいな単純な機体ですし。MSって普通アンチボディのチャクラ光喰らって無傷とか無いでしょう、な?」

「わひゃい!」

お兄さんに唐突に肩を叩かれ思わず変な声を上げてしまった。
視線が集まる、艦長も副艦長も死亡フラグも非シスコンもお兄さんもみんなこっちを見てる。
さりげなく他のブリッジクルーも振り向いてあたしを見てる。あ、あたし、見られてる、今すっごい見られてるよ! ンッギモヂイ、じゃなくて。
全く話を聞いていなかった。いや聞いていたけど右から左にすり抜けていったというか。仕方ないので会話の音声ログを辿って……、よし、大体わかった。
こほんとわざとらしく咳をして仕切り直し。

「うん、フェイズシフトでも全部防ぎきれるような単純な攻撃じゃないしね。あれはデザインだけがMSの、多分マジンガーとかと似たコンセプトの機体だと思う。でもマジンガーより単純に頑丈さ、力強さだけを追求した感じだあね」

「武装は殆ど内蔵せずに後付けにして強度を上げているってのもあるが、ゼオライマーみたいな特殊な装置を搭載してるから、余計な武装が必要無いって可能性もあるな」

あたしのセリフに頷き、お兄さんが補足する。

「なるほど、しかし、どこがそんなものを開発したのか……」

考え込む艦長ら三人、とりあえずさっきの叫び声はスルーしてくれるらしい。
しかし、考えた所で結論が出るような話じゃ無いのによくやるもんだ。あーあ、はやく終わらないかなぁ。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「お、終わったぁ……」

肉体的な疲労が無くとも、こういう地味でなおかつ自分たちへのリターンが少ない仕事を延々とこなすと精神的な疲労が溜まるのだろう。
ノート型の端末をバタンと閉じ、美鳥が盛大にベッドに倒れこんだ。

結局、あの後更にブリッジでの意味の無い話し合いに時間を費やし、そこから更にスケールライダーとボウライダーのセンサー類でとらえた謎の機体のデータをレポートにまとめ、
そのデータを別行動中のナデシコに転送し終えるのに消灯時間寸前まで端末とにらめっこするはめになった。

ナデシコに居た時はそもそもナデシコのセンサー類でより詳しい情報を集めて解析していたのでこういった作業を俺達がやる必要が無かった。
しかしここは連合の船アークエンジェル、連合が手に入れたデータを秘匿することも考えて、俺達にありのままの情報を送ってくるようにと追加で依頼を入れてきたのだ。
今から考えてみれば、アークエンジェル側に金を払って雇った自分たちの目と耳を送り込んでおくという意図もあったのが分かる。
この抜け目の無さ、流石はプロスさんだと言わざるを得ない。

が、しかしだ。あの機体がまるきり同じ状態で再び現れるかと言えば、それは間違いなく有り得ないことだと言い切れる。
つまりこのデータは間違いなく役に立たない、いかにもそれっぽいのに最終回終わっても回収されない複線のようなものだ。
これほどやりがいの無い仕事はなかなか無いだろう。

「無駄になると分かっている作業に時間を割く、ってのは、なぁ?」

備え付けの端末から離れ、冷蔵庫からジュースを取り出し、ベッドにうつ伏せに倒れこむ美鳥に放る。
空中に美しい放物線を描いて飛ぶ500ミリ缶。
ごつ、という鈍い音を立て見事に美鳥の後頭部に直撃し、ベッドの上に転がった。

「あてっ!」

枕に顔を埋めて突っ伏していた美鳥が、顔を起こして少し恨めしそうな眼で俺を見る。
が、特に何か言い返すでもなく再びのろのろと枕に顔を埋め直した。
どうやら精神的に相当疲れているらしい。帰って来た直後はもう、今すぐに暗躍しに行こうよ!とでも言いだしそうなほどだったのだが。

「おい、暗躍はどうするんだよ」

ベッドに寝転がる美鳥の横に座り、軽く肩をゆすりながら声をかける。

「うー、明日でもいいんじゃない? まだナデシコも合流できる位置に居ないし、超電磁組も呼び出されてない、じかんてきよゆうはほひれふあぁぁ~……」

「日本語で、いや、いいか。寝るならせめて着替えてからにしな」

「あー、い」

こんな状態で出ても上手いこと暗躍は出来ない、今日のところは休みを取って、明日の自由時間にでも改めて暗躍しよう。
のそのそと起き上がり、スケールライダー用のぴっちりとしたパイロットスーツを脱ぎ捨て下着姿になった美鳥を脇目に、適当にネットで本筋にかかわらない情報収集を開始した。

―――――――――――――――――――

元の世界から持ち込んだ音楽を聴きながら、ネット上の情報を検索する。
情報収集を始めて数時間、そろそろ起床を知らせるラッパが鳴り響く時間だが特に眠くは無い。
そもそもこの肉体は睡眠を必要とすることはあまりなく、今ベッドで眠りこけ、にらにらにやけながら奇怪な寝言を口走っている美鳥が例外なのだ。
まぁ、それだけレポートをまとめる作業が苦痛だったのだろう。
俺に取り込んだ技術の情報を移譲する時の手順を考えれば、わざわざ文章化してそれを身体を操って端末を操作して定型の文章にまとめるというのは面倒にも程があるというものだからな。

「ふむ」

とりあえずJ本編に関わりの無い部分、裏で進行していそうな作品の情報を集めてみた。
やはりというかなんというか、アストレイ関連はかなりの変化が見られる。

まず、デルタアストレイの設定が生きていそうな火星のコロニーが見つかった。
なんでもナチュラルもコーディネイターも遺伝子上の適性を調べられ、それぞれに最適な役割に割り振られていたらしい。
火星のテラフォーミングがまだ不完全だった頃のそういった生活様式を、効率がいいからと続けていた都市が存在したのだそうだ。
技術的にも他のコロニーとは一線を画していたようなのだが、木星蜥蜴、そしてグラドス軍の物量に対抗できず壊滅。
無限に加速できるあれとかが開発された可能性を考えれば、とても我慢ならん話だ。

次に無印アストレイ。これはオーブ関連の情報を追って行けばそれらしい影が見つかった。
グレイブヤードの騒ぎ、ギガフロート防衛戦、それらしい事件の情報はあちこちに流れている。
情報屋のルキーニにでも金を握らせればもうチョイ明確な情報が手に入ると思うのだが、今の段階でそこまで気にかけることも無い。
ここから手に入る情報だけでも既にレッドフレームにはディストーションフィールドが搭載されていることが分かった。
色々な世界観がごちゃまぜになってダイレクトに影響を受けたのは間違いなくジャンク屋連中だろう。自重率はこの世界で二番目位に低いかもしれない。
それでもENの問題だけはどうにもならなかったらしいが、木製の無人兵器から小型の相転移炉を取り出して搭載しようとしていたなんて噂もある。
他にもMSが振るサイズの日本刀とか、実用性はこの際置いておくにしても少し面白そうだし、とりあえずアストレイ原作がどの時点まで進行しているか度々チェックしておくだけでも十分実りがあるだろう。

Xアストレイは、まぁ、ぶっちゃけた話、取り込むべきものが無いので追っていない。
光波防御帯はビームコーティングされたナイフでもあれば貫けるし、そもそも木星蜥蜴のグラビティブラストを防ぐ事も出来ないから無敵の傘足り得ない。
そうでなくともこの世界観だとあの防御はいくらでも抜きようがある。
次元連結しかりボソン砲しかりラムダドライバしかりバイタルジャンプからのゼロ距離攻撃しかり……。
ただ単に、ビームも実弾も防げるよ! なんて単純な機能で勝ちを掴める世界では無いのだ。
ファンネル、じゃなくてドラグーンは適正があるか分からない上にそれほど必要でも無ければ魅力的でもない。
高位ブラスレイターの下級デモニアック使役能力を使えば一足飛びにGビットもどきも作れるのだ、態々盗りに行こうという気にもならない。
……Gビット、Gビットかぁ。なるほどなるほど、そういうのもありだな。スーパー系ビットとか、ううむ。

最後にディスティニーアストレイ。これは、MSコレクターの傭兵もジャーナリストも簡単に所在は割れた。
割れたが、この作品に登場する機体はそもそもまだ開発すらされていない。
量子コンピューターを侵すウイルスとかかなり魅力的だが、これの完成を待っていたらスパロボJのエンディング後にかなり長期間待たされることになってしまう。
探しに行くなら元の世界に帰ってから、改めて原作の世界に取りに行った方が早いだろう。

「ん、っくあぁぁ」

背筋を伸ばし、次いで肩を回す。ぽきぽきと体中の関節が音を立てた。
疲労は無いが、それでも身体は表面上人間の擬態をしている為に新陳代謝で垢のようなものも出れば顔色だって変わる。
意識してそこら辺を無くすこともできるが、姉さんが言うにはそういった無駄に見える部分も人間的なメンタリティを保つのには重要なのだとか。
なにより、身体が汚れている状態で身体を洗ってシャワーで石鹸を流したり、冷え切った身体で熱い湯に満たされた浴槽に身を浸すのは気持ちいい。
これぞまさに人生における至福の時。空腹があるからこそ満腹に価値があるのだ。

そんな訳で、さっそくシャワーを浴びてさっぱりしよう。
タオルと着替えを持ってシャワールームへ移動しようとすると、美鳥がもぞもぞとベッドから起き出して来た。
掛けてあった毛布を乱暴に蹴り飛ばし、ベッドの上でしばし目と口をしばしばさせ、ぼうっと俺と美鳥の間の虚空を眺めること数秒。

「……あ、おにーさん、おあよぉ」

あふ、と大きく欠伸をし、にへら、と笑顔であいさつをする美鳥。
最近の美鳥は極々稀に寝起きが悪くなる。
あくまでも人間の姿形、生理現象その他は擬態に過ぎないのだが、どうにも肉体を構成している姉さんの因子から寝起きの悪さというマイナスの因子も再現してしまうことがあるのだとか。
肉体年齢の成長にともない、そういったものまで再現されることは以前から予測していたらしい。
まぁ、どうしても早起きしなければならないような状況なら、眠らずに貫徹すれば寝起きの悪さも関係無くなるから問題無いとは言っていたが……。

「おはよう。俺はシャワー浴びに行くけど、どうする? まだ起床ラッパまで多少寝てられるが」

「んぅ……」

目をこすりながらタオルと着替えを持っていない方の手を掴んできた。
一緒に行きたいという端的な意思表示。明らかに幼児退行しているというか、いや、幼児期が存在しないから少し違う、電詞都市の高機能化のようなものか。
SD美鳥、つまり走狗だな。役割的にもぴったりだ。こいつに元の世界との通信機能とかあればなぁ。こっちとの時間の流れの違いとかあるけど、姉さんなら数百倍数千倍の加速会話くらい軽いだろうし。
そんなことを考えつつ、美鳥と一緒にシャワーを浴びに向かった。

―――――――――――――――――――

×月○日(暗躍ー!)

『明日でいいだろうとか言いつつ、俺も美鳥もすっかりその事を忘れて数日が経った』

『この数日の間、アークエンジェル側では何事も無く哨戒任務を済ますだけの日々が続いたが、どうやら向こう、ナデシコ側では色々と自体が進行していたらしい』

『木星蜥蜴の正体が人間型の宇宙人だということが分かったりテンカワが好戦的になってレイナードに振られたり、スパロボ換算にして二話分くらいだ』

『なにやらレイナードは相手も同じ人間なんだから戦わなくていいじゃないですかとか言っていたらしいが、そうなると同じではない生き物の類なら争っても特に問題は無いのだろう』

『きっとネンジ君やウッキー君とは死ぬまで理解し合えない人種なのだろう。恐ろしい話だ。非人間代表を気取るつもりはないが、そういった好戦的な態度ばっかり取っているからガイゾックや文明監察官が、いや、この作品には出ないけど』

『しかし、メメメとの通信でこれだけの情報を引き出すのに数回の通信を使用してしまった。あいつは最近露骨に話が横道に逸れまくるから困る』

『木星蜥蜴、いや、木連の連中が元地球人であるかどうか、木連の歴史とかについてまで暴露されたかどうかについては結局分からなかった』

『もう少し他の連中からも話を聞きたいのだが、なにやらメメメがやたらと通信機を放したがらず、他の連中が最初に通信機を取っても後ろでやたら換わってください換わってくださいとうるさいらしく、統夜やカティアやテニアと長時間の会話ができない』

『通信機を複数用意するなりなんなりすればよかったのだろうが、最初はこういう事態になること自体想定していなかったのだから仕方ない。閑話休題』

『そんな訳で今日という今日こそキッチリと暗躍を済ませて、と、ここまで書いて思ったが、暗躍はすでに成されているのに今から暗躍しに行き、しかも今日開始するにも関わらず実行日は数日前、これはかなりややこしい』

『まぁ、本当にそう思っただけで特にオチは無い訳だが。どうしてもオチが欲しければ軍曹辺りに頼めばいいんじゃないかなぁ、爆発オチとか』

―――――――――――――――――――

さて、起床ラッパなどといういかにも軍隊らしいものが存在しているから、当然アークエンジェルに搭乗しているパイロット各位も規則正しい生活をしているのか。
結論から言えばそうではない。一部の職業軍人を除けばほぼ全員が民間協力者、元が学生などならばまだ眠っているし、研究所からやってきた連中だってこの時間は大体いつも寝ているのが普通だ。
しかし、逆に起床ラッパが鳴る数時間前に起きてトレーニングをする武術家も居る。
目の前の連中がまさにそれだ。アークエンジェルを降りて基地の中にある、グラウンドのような場所でひたすら超人アクションに精を出している新生シャッフル同盟。
若い血潮が真っ赤に燃えて、燃えたは良いがその情熱をぶつける相手が居ないのでひたすら身体を動かして気を紛らわしているのだ。

「朝から元気だな、無駄に」

グラウンドで組手をしているのはドモンとアルゴ、チボデーとジョルジュ、一人余りでサイサイシーが少林寺の型の稽古をしている。

(ローゼスビットの修業とか生身でどうやるのだろうか……)

チボデーと対峙するジョルジュは珍しくサーベルを使っている。
というか、ガンダムローズ、接近戦では普通にシュバリエサーベルを使っていたんだったな。
余りにも印象が薄い。そもこいつは格闘系メインの大会で空気読まずにビット兵器使ってくるあたりで半ばキャラが定まってしまっているというか。
正直、今更騎士キャラとして剣使って個性出してみようとか違和感しか無い。あざとい。

「あ、タクヤのアニキ、ちょっと組手の相手してく――」

「貴様にお義兄さんと呼ばれる筋合いは無い!」

「う、うわぁあぁあああっ!!」

型稽古を中断してこちらに近寄って来たサイサイシーに思わず反射的に拳を放ってしまったが無害です。
戦闘シーンみたいなマジ声の叫びをあげながら大分派手に吹き飛んで頭から車田落ちしたけど当然無害です。ガンダムファイター頑丈でマジでいいサンドバック。

そのままなし崩し的に組手を開始、パワーとスピードでごり押しだと簡単に勝ててしまうので平均的なガンダムファイターの身体能力に合わせ、使うのはもちろん流派東方不敗のコピー。
更に美鳥が姉さんの因子から取り出して教えてくれた十七条の拳法も試してみたいのだが、以外と習得にコツが要るようなのでとりあえず今のところは保留としている。

シャッフル同盟の修業風景を見学にくると、必ずと言っていいほどこういった流れで俺まで修行に付き合わされる。
こいつらの人数が奇数なのもあって必ず一人余るのだ。
しかも身体能力があれなのでこいつらに付き合える人材が中々居ない。そこで似たようなレベルの身体能力を持つ(ということになっている)俺が度々付き合わされる。
御蔭で流派東方不敗の動作慣熟訓練も完了し、あとはモビルトレース形式の機体で実践するだけ……ああ、なるほど。

「……あれ、どしたん?」

突然こちらの攻撃が止んだ事に戸惑うサイサイシー。
ここで隙ありと突っ込むとカウンター決められる事を身体が覚えているからか、あちらも動きを止めてこちらを窺ってくる。
考え事をしつつも身体はサイサイシーとの組手を続けていたのだが、それも止めて必要なものとシチュエーションに考えを巡らせる。
よし、とりあえずは図に起こしてみよう。そうと決まれば人気のない場所に移動だ。

「悪い、ちと用事があったことを思い出した。今回はそっちの勝ちでいいから、じゃ」

「えぇ、そりゃないぜぇっ! オイラまだまともに当てれてないのにぃ!」

不満げなサイサイシーを完全放置で、俺は急ぎ足でアークエンジェルへと戻っていった。

―――――――――――――――――――

念入りに人払いの結界を張った自室内で、自らの脳内麻薬を大量に分泌させながらガリガリと絵を仕上げていく。
口ずさむBGMは適当にここ数年のスーパー系主題歌を即興で。まっかなーふーふふんいまー、がれきのーふーふふんたつー。といった感じでうろ覚えの歌詞は適当に誤魔化す。

あ、マジンガーがベースなのに歌のせいでシルエットがまるでアレみたいに! いや、ここは攻める時だな、肘とか膝に刺々しいエッジとかも付けちゃったりしてまぁ。
なるほど人型のシルエットが崩れるからスクランダーはいらんのだな、書き直し書き直し。
あれ? なんで設計図なのに決めポーズとらせてるんだ。また書き直、いいや、これに上書きしていこう。
素手だけってのも寂しいし、サーベルでも持たせるか。剣術もあるしな。
マスタークロス代わりにビーム布、そう、マフラーとかいいね。展開式で、戦闘モードでぶわわっと出てくる感じで。

ぬ、内臓武器全部捨てたから中身のパーツが足りなくてスカスカに。
ここはこうで、スーパー系よりMFっぽくすれば、しなやかになりそうな気がするが試してみないとわからんか。
ついでにこれをこうして、頭は、イケメンのバーザム君にしよう。センサーはモノアイの方が良く見えるザム。ちなみに腰は付いてるザムよ。
む、頭のデザインだけ浮いてる。頭部に合わせて首から下はMSぽく外側を弄って、操縦方式が東方不敗式モビルトレースだし、MFっぽさも出す為にやや角張りを少なくして……。
最後に動力は、俺、と。

「できた……!」

適当にその辺からチョッパってきたチラシの裏に鉛筆で書かれた簡単な設計図。
それはもう妄想満載の代物でとても人様には見せられないような恥ずかしい内容に、思わずクラッときてしまう。
ああ、自分の才能が恨めしい。とりあえずこれは書いた内容だけ画像データで保存して、このチラシはささっと焼いてしまおう。
プラズマ発生装置で一瞬にして焼き尽そうとしたところで通信機に着信が。
着信といってもこの通信機は特別製、ナデシコに乗せてあるもう一つの通信機としか繋がらないようになっている為、どこから掛かってきたかはすぐわかる。
居留守というのもあれだし、通信を繋ぐ。

「はいはい?」

「あ、卓也さん。お久しぶりです」

「おお、統夜か」

通信機に映ったのは相変わらずワンアクション毎に前髪がゆらゆらと揺れるヅラ疑惑の好青年、紫雲統夜だ。
まだナデシコとアークエンジェルがルート分岐して何週間も経っていないのに、こうやって会話するのは随分と久しぶりな気がする。

「お前が無事通信を繋いで来るなんて珍しいな」

日記にも書いたが、何時もは統夜が通信をいれても数分経たずにメメメに通信機を奪われて会話が中断されてしまうのだ。
因みに奪われるまでも後ろでメメメを抑えようとするカティアとテニアの怒声が聞こえてくるので、今回のように普通の声の大きさで喋れるというのは稀だったりする。
統夜は俺の言葉に苦笑いを浮かべた。無事に通信を入れられるのが珍しいなんて確かに苦笑ものだろう。

「ははは……、メルア達は出かけてますから」

「半舷上陸か。いいねぇ休暇、俺も偶には意味も無く市街地をぶらぶらしたいぜ」

基本的に基地に居る間はやることやってれば空いた時間は殆ど自由時間のようなものだが、何時スクランブルが掛かるか分からないので基本的に基地の外への外出は許可されないのだ。
そんなこんなでどうでもいい会話をだらだらと開始。
近況だのなんだのはメメメから一応聞いてはいるのだが、やはり他の人間の視点からだと同じ話でも違って聞こえてくる。
というか、聞いた感じではどうにもメメメ視点からの語りは偏った情報が多い気がするのだ。
やはりより多くの情報源を持ち、そこから情報の取捨選択を――

「あれ、なんですか? それ」

と、通信機の画面の統夜が俺がいろいろ書きなぐったチラシを指差した。
一応裏返しにしてあるし、通信機越しじゃ小さくて何か書いてあるなんて分からない筈だ。
変にはぐらかしても怪しまれるし、内容は知らせずに端的に答えてやろう。

「良いもの、かな」

「良いもの?」

「ちょっとしたお遊びのようなもんだ」

「?」

疑問符を浮かべる統夜に笑いかけ、その後は何事も無く会話を再開した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そんなこんなで今日も今日とて例によって例の如く俺と美鳥で哨戒任務。
俺達が出る直前はドモンとチボデーが出ていて、チボデーはデビルガンダムが現れないことに不満を感じているらしい。
ドモンは対照的に落ち着いている様子だった。どうせいつかは表に現れて行動を再開する筈だから、今は確実にデビルガンダムを仕留める為に力をつける事に集中するのが大事なのだとか。
そういう割には多少身体のあちこちに平時では感じられない負荷が掛かっているのが見え見え、やはり自分の感情を抑える努力をしているのだろう。なにしろ自分の身内のことなのだ。

しかし、デビルガンダムが出てこない、か。
確か原作でもそんな話があった気がするが、ここでは他の原因も思いついてしまう。
一つ一つの肉のサイズがやたらデカイ鳥の唐揚げ定食をつつきながら、目の前の美鳥に問いかけた。

「やっぱりあれか、前回の自爆テッカマン一斉特攻が利きすぎたのか?」

四体も突っ込ませればカオシュン基地を更地にできる威力の自爆をその身に数えきれないほど喰らっているのだ、デビルガンダムの自己再生能力がいかに優れているとしても無事では済まない。
せめてバリアの一つも搭載していれば話は違ってきたのだろうが、再生能力とあの巨体を考えればバリアが必要になると考える方が難しいのだろう。
俺の疑問に、やたら大蒜の入ったレバー炒め定食をつつきながら美鳥が首をひねって何かを思い出すポーズをとった。

「そういえばあたし、デビルガンダムを攻撃しろ、とは言ったけど、生体コアについてはなんも言ってないなぁ」

「つまりキョウジ・カッシュはすでに消滅している可能性もある訳か」

「まーだからどうしたって話だけどねー。あ、でもそうなると逆にシュバルツとか生き残りそうじゃない?」

「乗換用にGの影忍でも用意しておくか?」

現在哨戒任務を終え、機体をアークエンジェルに戻し、基地近くの商店街の小さな食堂で美鳥と飯を食いながら雑談中。
昼の時間は少し過ぎている為俺たち以外の客は少ないが、念のため認識阻害の魔法は使っている。

戦時下ということで店を閉め疎開しているところも多い中、基地で働く軍人さんの為、あるいはこの土地に愛着を持っていて離れようとしない連中の為に営業を続けているとか。
経営している人たちはスパロボオリキャラ的なスペックを兼ね備えており、なんというか、そう、服装も髪型も独特過ぎて逆に引くレベルだ。
しかし、主人公適正があるのかどうなのか、料理全般を担当しているおかみさんも美人ならウェイトレス(本人に言うと照れる。響きが何となくこの小さな食堂で使うには不釣り合いな気がするのだとか)をしている一人娘もやたら美人。

髪が緑だったり青かったりするもご愛敬、思わず基地襲撃があったら適当な機体を複製して乗り込める形で近所に放置しておきたくなるような女主人公向けの親子だ。
娘ならよくある巻き込まれ主人公女バージョンが、母親が乗りこめば美人未亡人主人公という新ジャンルを立ち上げる事が出来て商業的に凄く美味しい。
現在のスパロボ関連の商法を考えれば路線としてはあながち間違いでは無いだろう。

ナデシコがヨコハマ基地にやってきてから何回かこの店で昼食を取っているが、ここの食堂の娘さん(他の客の話を聞くに評判の看板娘らしい)が唐突に会話に加わってきたり、客がはけてくると一緒にご飯を食べていいですかと聞きながら返事を待たずに同席してくるのだ。
まぁ、幾らなんでも認識阻害の魔法をガンガンにきかせているから内容は理解できないので話に加わろうとはしない筈だが油断は禁物。
ここはスパロボの世界、実はサイコドライバーで魔法が利きませんでしたなんて超展開、十分にあり得る。

「んで、どこから行く? 二人で入るのが不自然でなくて、人目が無くてっていうと、ラブホ?」

「兄妹でラブホは怪しまれるとかそういうレベルを超越してるから。隠しカメラも怖いし、適当な公衆便所とかでいいんじゃないか?」

「だねぇ。じゃ、店員さーん、おかんじょー!」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

元の世界には数多くのナデシコSSが存在するが、公衆トイレの中から過去にボソンジャンプする話はなかなか存在しないだろう。
公衆便所からボソンジャンプでオルファン対策会議が行われた日に跳んだ。場所はどことも知れない山奥、少なくともスパロボJの中では登場しない。
元の世界では少し行ったところにピクニックに最適な広場がある為に道路も通ってきちんと舗装されているが、ここでは色々と辿った歴史が違うのか道路どころかまともな獣道すら殆ど存在しない。
スパロボ世界の日本にありがちな不思議エネルギーによって、開発出来ないような奇怪な山になっている可能性も無いではないが、少なくとも俺と美鳥のセンサー類ではそういったものは検出されていない。

「ふう、ん? ここを集合場所にするなんて、お兄さんも中々、なんていうんだろ、ねぇ?」

生い茂る草木を掻き分けながらきょろきょろとあたりを見回し、俺か姉さんか、そのどちらかの記憶から察したかは分からないが美鳥が複雑そうな顔をしている。

「ただの偶然だからそんな顔すんな、いくつかの候補地から偶然ここが選ばれただけだろ」

うちの連中にも軍の連中にも見つからないような場所で、近くに人が済んでおらず、この日付では特に事件も事故も起こっていない場所をいくつかピックアップし、その内のどこかに跳ぶようにイメージを遺跡に伝えただけ。
まあ、俺の内心というか自分でも自覚できないような意識の深いところまで伝わったと考えれば、偶然とは言えないのだろうが……。

草木をかき分け進むと、少しだけ木々が少なく日の光が射す開けた場所に出た。
そこに居たのは――

「遅かったじゃないか……」

「すまん。でも、遅れるのはわかってたんだろ?」

遅れてきた俺に文句を言う『俺』そして、

「こんな山奥にこんな美少女がお兄さんと二人っきりでいったい何を! こ、この泥棒猫……!」

「見事な疑似的嫉妬表現だと感心するがなにもおかしくはないなー」

美鳥がもう一人。さりげなく自画自賛しているけっこう大蒜臭い方が俺の連れてきた美鳥で、さりげなく香水の類で臭いを誤魔化しつつもほんのり大蒜の香りがとれていないのが目の前の俺が連れてきた美鳥だろう。
目の前の俺が分裂した俺では無いことはよく分かる。空気が違うとでも言えばいいのか、多分これがオーガニック的な何かというものだろう。
恐らくは今の俺がアンチボディを取り込んだらこんな感じになるのではないか。

「ナデシコ合流後の俺でいいんだよな?」

「ん、大体あってる」

こういう時未来人は話が早くて助かる。だいぶ投げやりな感じだが、もうプレートの奪取に成功することは知っているので特に不安は無い。

今回こうして時間をさかのぼってまで主人公チームと別行動をとっているのは、リバイバルしていないプレートを手に入れて、産まれたてで力の強いアンチボディを手に入れる為だ。
アンチボディは生き物のようなもので、俺は生きたモノを複製することができない。
万が一複製できたとしても、アンチボディは科学寄りのものでは無いため強化の度合いも低い。
そこで取り込む前に一旦DG細胞に侵させて無理やり科学寄りの存在にしてしまおうというのが今回の狙いで、それをやるにはやはり元からある程度の強さを持ち、なおかつ生まれたてでそういう浸食に対抗しきれない幼い個体であることが重要なのだ。

生まれたてでも強力なアンチボディといえば、エッガ・グランチャーが一番に思いつく、というかそれ以外に該当するアンチボディが存在しない。
エッガの悪の思念に簡単に影響されるほど純真無垢なグランチャーである為に浸食はかなりやり易いはずだ。
が、近くに居るものの影響を受けてリバイバルするのがアンチボディの特性、原作では見事にエッガのグランチャーが生まれたが、リバイバルの瞬間に居あわせるのが俺達だったがためにグランチャーもブレンパワードも生まれない可能性もある。
念のための保険としてオルファンのグランチャーも取り込んでおきたいのだ。
しかし、アンチボディにはバイタルネットに乗って一瞬にしてその場を離脱することが可能だ。こちらも次元連結式のワープやボソンジャンプがあるが、そもそも跳ぶ先が分からないことには追尾のしようもない。

目の前にいる未来の俺は、それを防ぐ為に助太刀にきたのだろう。
DGグランチャーかDGブレンパワードかは知らないが、アンチボディの持つ力を増幅して使えるようになれば、バイタルネットの結界を張ることができる。
ネリー・キムが山小屋周りの土地に張っていたモノの強化版のようなものでプレートの回収部隊のグランチャーを閉じ込めるのだ。

「さ、機体出して準備しな」

さっきからやたらと言い方が端的で簡潔なのは、下手な事を言ってタイムパラドックスを起こさないためだろう。
あまり知られてはいないが、ボソンジャンプによるタイムトラベルはかなりの危険を伴うらしい。
ナデシコのゲームで、過去に戻る実験をしたジャンパーがタイムパラドックスによって閉じた時間の中に閉じ込められて、歴史から消滅したことがあるとかないとか。

「え? あたしがあたしに乗るの?」

「いいからいいから」

向こうでは未来美鳥が現在美鳥を唆しているがあれはいいんだろうか。
視線を未来の俺に向けると、肩を竦めてやれやれと首を横に振った。

「俺が今のお前の位置に居た時も同じ展開だったよ。何を考えているのやら……」

つまり流れ通りだからパラドックスの心配は無い、ということか?
まぁ、俺もあまり頭が良い方ではないから見落としはあるかもだが、未来俺が何事も無く過ごしているということは少なくとも大きな問題にはならなかったのだろう。
まぁそれは考えてもあまり意味がないので置いておくとして、

「そのグラサン、似合ってねぇな」

目の前にいる未来の俺は何故か、レンズの丸い、怪しげな中国人商人辺りが付けていそうなサングラスを掛けている。
目元が吊りあがり気味でやや人相が悪く見える時がある俺の顔だが、逆に目元を隠すとやたらと胡散臭い顔つきに見える。
高校時代のクラスメイトが言うには、目元がきつい感じに見えるせいで普段は目元以外のパーツが優しげな作りに見えるだけで、実際は目元以外のパーツはかなり胡散臭い詐欺師みたいな感じなのだとか。

「知ってる。けどまぁ、なんだ、お土産ってのは微妙なものでもとりあえずは喜んで使ってみせるのが礼儀だろ? これなら見分けも付き易いしな」

口端を吊り上げ、肩をすくめて皮肉っぽく笑う未来俺。けっしてニヒルなキャラ気どりではない筈なのに、何時も通りのアクションが一々胡散臭く見えてしまう。
しかし、グラサンしたくないけどしなきゃいけないような空気になるイベントがこれからすぐ発生するってことか……。

微妙に憂鬱な気分になりながら手を空中に掲げる。
機体は既に完成している。強化次元連結システムのちょっとした応用により、他の連中では干渉できない異次元に格納してあるのだ。あとは召喚の為の合言葉とキーアクションを行うだけ。
目の前のグラサン俺もグラサンを外しポケットにしまい、懐からテッククリスタルを取り出し、天に向けて突き上げた。
二人同時に、叫ぶ。

「出ろおおぉぉぉぉぉぉっ! シャイニング、バーザァァァァァァッム!」
「テックセッターッ!」



続く
―――――――――――――――――――

短い上に話がまったく進んでいない、サポAIがエロ夢想をしたり主人公がサイサイシー相手に片手間に修行したりトイレからホイホイ過去にボソンジャンプしたりの十四話をお届けしました。ぶっちゃけ繋ぎ回というやつです。
しかも前の話の主人公が伊佐美勇相手に話してるあたりの時間まで逆行する始末。
でも次か次の次の話辺りで盛大にキングクリムゾンする予定ですので、それまでは分かりにくい時系列でお送りします。

あ、冒頭のサポAIのエロ思考ですが、前回のバージンアップ以来エロいことはしていません。
ただ単にその時の情景を欠片も余さず思い出すことが可能なだけです。思いだして何をするかなんてそんなことを考えるくらいなら、XXXにならない程度のいやらしいシーンを書くべきだと思います。

今回は戦闘シーン直前で一旦カット。種キャラ三人とサイサイシーしか原作キャラのセリフがありませんでしたね、とか言おうと思ってたけど、それって何時ものことなんですよね。
そんな原作キャラの出番が少ないこの作品ですが、これからもご愛読いただければ幸いです。

なんだか久しぶりのセルフ突っ込みタイム。シンプル版。
・アストレイ連中の扱いについて。
滅亡したり放置だったりとあれな扱いですが、主人公達がJ主人公チームから脱退した後の展開次第では登場の可能性があったりします。
因みにデルタアストレイチームは当然のように火星地下に潜伏していたりします。我慢ならん!
・主人公がサイサイシーに兄貴呼ばわりな件。
シャッフル同盟合流後に最初に組手をした時に叩きのめして以来そんな感じという、以後使われそうにない裏設定。流派東方不敗補正的なもので弟分生成フラグ。
サイサイシーがサポAIの事を若干意識していたりという無駄設定も。
・食堂の美人親子とか。
J次回作主人公とかそんな妄想。セリフすらないモブだが母親は若い頃は軍人で、娘はバイトの為にIFSのナノマシンを注射済みとかそんなどうでもいい設定がある。
親子共に宇宙人の襲撃とかあると運命的に近くに軍の試作機が落ちてきたりする体質。


次回予告に変わりオリキャラ辞典的な。脇役からー。

【烏頭】
第一話と第二話に登場。主人公の初陣の相手。
天狗系妖怪のお偉いさんの二代目。才能はそれなりにあるが先代と比べられて微妙な評価しか貰えない。こっそり苦悩する若僧。
魔法、符術などの扱いが苦手だが、見よう見まねと巨腕悪魔の指導で神鳴流もどきを習得できる程度には戦闘適正がある。
普段は人間に化け、動き易い洋服で過ごしている。
人間形体の時に、神鳴流の道場近くで虐められている烏族と人間のハーフでアルビノの女の子を何度か助けたことがある。
そこから交友を重ねて仲良くなり、ハーフの子から兄のように慕われるとともに妹の様に可愛がっている。
おっきくなったらお嫁さんになったげるな!みたいな死亡フラグを建立されていた。
仕事は割り切って行うタイプ。

【巨腕悪魔】
第一話と第二話に登場。主人公の初陣の相手。
海外出身のかなり偉い悪魔の貴族。息子に家督を譲ってご隠居生活。ロートル。
日本で余生をゆっくり過ごしていたが、天狗のお偉いさんに頼まれて烏頭の家庭教師的な事をしていた。
実はかなり強いが、若いころの無理が祟って一部魔法が使えなくなっている。
現在でも気まぐれに召喚に応じたりしているが、ヘルマンがまだオムツを穿いていた頃が最盛期だった。
老いて力は衰えているが、それでも一般的な魔法使いでは太刀打ちできない程度には強い。若い悪魔にはそれなりに慕われている。
仕事は楽しむタイプ。

両者とも少しだけ再登場の可能性がある。


次回はそれなりに早めに投稿できたらいいなぁという熱い思いをこの胸に秘めています。まぁ最終的にいつも通りの更新速度だと思いますが。
それでは、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよなどといったアドバイス全般や、作品を読んでみての感想、心からお待ちしております。



[14434] 第十五話「C武器とマップ兵器」
Name: ここち◆92520f4f ID:716f428a
Date: 2010/04/16 06:28
高らかに鳴り響く指パッチンの音と共に、現在お兄さんの背後に突如として現れる全高20メートル程の鉄巨人。
マジンカイザーをベースにしながら内臓武器を全てオミット、格闘戦主体のMFを参考に機体の剛性や柔軟性の強化に力を注ぎ、装甲材も超合金ニューZαの強化版に差し替え済み。
主動力は次元連結システムを搭載したお兄さん。強化済みの光子力反応炉とオルゴンエクストラクターを予備動力として搭載。
頭部から胸部にコックピットを移動したことにより空いた頭部に、ジンのヘッドパーツのジャンクをデザインベースにバーザム顔に差し替え。
機体表面の意匠はMSやMFを参考にカモフラージュ。
MMI(マン・マシン・インターフェイス)には東方不敗式モビルトレースシステムを採用。
そして、バックパックにはちゃっかりプレート回収用のCDラックのようなものと、さり気無く挟まれているビームサーベルの柄のようなものが二本。

これが、これが、これが、お兄さんが数分でササッと考えて作ったスーパー系格闘厨機体『シャイニングバーザム』だ!
……なんでバーザムなのかはこの際脇に置いておくことにして。

「ふぁ、決めポーズかっこいいタルー……」

『あれ、後で思い出して恥ずかしさに悶えるからちゃんとフォローしなよ?』

頭の中に響く未来あたしの声。
ここはグランチャーとブレンパワードの相の子のような機体(以下暫定的にブレンチャー)に変形した未来あたしのコックピットの中。
あたしは両掌をコックピットの両脇に貼り付けてお兄さんの機体を見ている。
そのまま未来あたしがパイロット無しで動いても十分いけるのだけど、やはりパイロットが居てそこから力を吸い取って動いた方が効率もいいし、なにより気合いが入るのだとか。

『じゃ、俺はバイタルネットの結界担当で決まりとして、あとの手筈はそっちで決めてくれ』

シャイニングバーザムの召喚に隠れてこっそりテックセット完了した未来お兄さんがいつの間にか未来あたしの肩の上に乗り、魔法による念話で話しかけてきた。
どうやら必要以上に目立つつもりは無いようで、テックセットした後の姿はいつか見たブラスレイターもどきとほとんど同じ形をしている。
戦いからなにから現在のあたし達(ブレンチャーになった未来のあたしは現在のあたしが操縦しているのでノーカウント)に任せきりにするつもりなのか、テックランサーどころかボルテッカの発射孔すら見えない。

『ま、未来から来たあたしらがあーだこうだ言いだすとややこしくなるからねー』

ブレンチャーになった未来のあたしがそれに補足し、お兄さんの返答を待つ。なるほど、次あたしが未来あたしとしてこの時間に来た時もこう言って適当にやっておけばいい訳だ。
腕組みしたシャイニングバーザムに乗ったお兄さんはしばし沈黙してから、これからの予定を大まかに話し始めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

異様に色が薄い光景を見ながら、あたしはブレンチャーの中でごろりと寝そべった。
ブレンチャーの隣には現在お兄さんのS・バーザム、少し後ろにテッカマン形体に変身した未来お兄さん。
宙に浮かぶあたし達に誰一人として気付くこと無く、眼下ではオルファンのグランチャー部隊がプレートの回収作業を行っている。

「いや、こんな真似が本当に出来るもんなんだね」

あたし達は今、次元連結システムの異次元からエネルギーを引っ張ってくる機能とワープ機能の拡大解釈で、少しだけ位相をずらした次元に存在している。
双方ともに触れることはできず相手からはこちらの姿も見えないのに、こちらからは相手が何をしているのか丸分かりというご都合な機能。
ちょっとこれはオリジナルの次元連結システムでも再現できないものだろう。

『これも強化型次元連結システムのちょっとした応用だ』

『はいはいめいおーめいおー』

お気楽な会話をしている現在お兄さんと未来のあたし。
未来お兄さんはバイタルグロウブの循環を弄って結界を作ってからはずっとどこかを見ながらぼうっとしている。
何を考えているのかは分からないが、未来のお兄さんの悩み解決のお手伝いをするのは未来のあたしの役目、今は気にする必要も無い。

暫く眺めていたけど、そろそろグランチャー部隊がプレートの回収を終えそうだ。

『そろそろだな、出るぞ』

『ん』

あたしが短く返事と共に起き上がると同時に、現在お兄さんは位相のずれた空間を元に戻した。
突如上空に現れたあたし達に戸惑うグランチャー部隊の面々。
でも、ジョナサンの指示に忠実に従い、こちらに攻撃するでもなくバイタルグロウブの流れに乗ろうとし、初めて異変に気付く。
バイタルジャンプで一瞬消え、しかし元の場所に現れる。
自分が何か失敗したと思ったのか、グランチャー部隊の内の何体かは繰り返しバイタルジャンプを試みている。

自分たちが一番うまく使えているものを把握しきれず、相手がそれを掌握しているなんて夢にも思わない。想像力の欠如、頭を切り取った蛙みたいだ。
未来のお兄さんが片手間に作ったバイタルグロウブのループにこんなあっさり引っ掛かって、笑える奴ら。

と、笑っていたら黄土色のグランチャーがこちらに近づいてくる。マザコンジョンのおでましだ。せいぜい派手に迎えてやろうじゃないか。
あ、でもこのブレンチャー、ブレンバーもソードエクステンションも無い。どうやって戦えばいいんだ?

『じゃ、あたしには今からちょっとチャクラ光の出し方とかフィンの使い方とかレクチャーするよー。それまではお兄さんに頑張ってもらうってことでー』

「それじゃ遅いって、大体──」

『そぉらそらそらそらそらそらぁぁぁぁぁっ!』

他の呆けていたグランチャーの目の前に転位したS・バーザムが布、いや、ビームで出来たマフラーを振るい、マザコンの引きつれていた五体のグランチャーのボディをズタズタに引き裂いている。
かなり狙いを甘くしたのか、五体全てのグランチャーが無事。
遊んでいる、というよりは、機体に乗ってサイズ差のある敵相手にどれほど流派東方不敗の技が使えるかの実験なんだと思う。
が、それでもサイズ差やパワーの差は大きい。このままでは──

「あたしがジョナサン潰すまでに他のグランチャー全部食われちゃうってば」

いや、プレートの回収が最優先目標なのは覚えてるよ? でもあたしにもそれなりの矜持ってものがある。
せっかくの人型ロボット(正確にはロボットじゃないけど)での初陣なのに、相手がジョン坊やだけなんてショボ過ぎる。
折角フィンなんてかっこいいコンボ武器があるのに敵が一体だけだなんてあんまりだ。

『我儘言わない言わない。さ、取り敢えずは目の前のグランチャーで遊んでみよー。なぁに、このブレンチャーはただ戦うだけでも楽しいからさ。あたしが言うんだから間違いない』

そりゃ経験済みの未来あたしからしてみればそうなんだろうけど、まだ経験してないあたしは納得できないんだって。
あああもう、こうなったら目の前のマザコンで徹底的に遊びつくしてやる!
この逃げられない状況で、圧倒的な力の差を見せつけて、心が折れてもあたしが満足するまで絶対に終わらせてやらない。
あたしを包む未来あたしのブレンチャーの身体越しに、周囲の大気の流れを操る。
暴風を、軽い機体であればまともに立っていることすらできないような風を起こす。黒々とした雨雲が湧き出し、絶え間なく稲光が走る。
海底深くまで潜れるアンチボディだけど、これだけ荒れた天気で小揺るぎもしないってのは有り得ない。目の前のジョナサン・グランチャーは姿勢の制御に必死だ。
ジョン坊、この戦闘のオチは死や撤退じゃあありえないぞ? そう──

「絶望が、お前のゴールだ!」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

首元から引き抜いて使うタイプのマフラー型ビーム布、バーザムクロスを振るう。
それにしても脆い。軽くかすめただけで肘から先が千切れた個体まで居る始末。いったいどういうことなの……?
暗躍──プレート回収にかこつけてモビルトレース式の機体で流派東方不敗の技のとりあえずのまとめをしようと目論んでいたのだが、これでは奥義を出すまでも無く通常攻撃の一撃でも直撃すれば一発でバラバラだろう。
しかも、それと並行して予備として生きたままのグランチャーを捕獲するなり取り込むなりしなければいけないのだ。
最初はクロス振って牽制、サーベルで切りつけて、って流れを作る予定だったのに、脆過ぎたからサーベルはバックパックに戻してしまった。

「あぁ、もう。なんでもかんでも同時にはこなせないってことだな」

俺にプレートを奪われたグランチャーがこちらに攻撃を仕掛けてきた。逃げることはできないし、プレートを奪われたままではおめおめと帰れないという意地もあるのだろう
俺の動きをトレースするS・バーザムは、そんなソードエクステンションで斬りかかって来たグランチャーを掌で軽く撫でるようにいなす。
目いっぱい、子供を撫でるが如き絶妙な力加減だった。むしろ姉さんの肌を愛でるフェザータッチレベルの優しい撫で方。
しかしそれでもこちらの装甲が堅過ぎたのかパワーがあり過ぎたのか、装甲のような表面組織が大きく削れている。

プレートの回収と予備のグランチャーの捕獲を万全なものとする為には、やはり敵を圧倒できる強い機体でなくてはならない。
しかし、その圧倒的な機体性能が手加減すらも難しいレベルに達しているのだ。
これではロボット戦での流派東方不敗の試しなんてまともに行えない。今回は奥義系の確認は諦めるのが賢明か。
元をただせば格闘家の体捌きというものを手に入れるためだったのだから、基本的な立ち回りだけ確認できれば問題ない。そう決めた。

バーザムクロスを首のビーム発信装置に戻し、プレートが一枚だけ納められたバックパックに両手を伸ばす。
サーベルの柄部分を取り出し構え、二刀流。
こちらのパワーを見て近距離戦を避けたか、五体のグランチャーが遠巻きにしながらチャクラ光をソードエクステンションから放ってきた。
避けない、当たってもダメージは欠片も無い筈だが、被弾を分かりやすくする為にダメージフィードバックは過剰に効かせている。
斬り払いでどれだけ撃ち落とせるかのチェックなので撃ち漏らした個所を身体で覚えて反省しなければ意味がない。

手に握った柄にエネルギーを送り込む。薄暗く暗くぼんやりした刀身が二本のサーベルの柄からそれぞれ伸びる。
二刀を構え、身を捻り、勢いよく振り抜き身を回し、ゴッドスラッシュタイフーン。
正直これが流派東方不敗の技なのかと言われると少し疑問が残るが、マスターガンダムの動作ログにも残っていたし、ドモンも組手で使ってきたことがあるので手の内の一つではあるのだろう。
そもそもマスターガンダムにもクーロンガンダムにもサーベルは搭載されていないから、マスタークロスか何かでやるのが正しいのかもしれない。
結構回転系の技多いんだよなぁ、ドモンと超級覇王電影弾の撃ちあいになっても最終的にはあの竜巻もどきが発生するし。

剣閃の結界とでもいうものに阻まれ殆どのチャクラ光が叩き落とされ、というか、あらぬ方向に向かって飛んで行く。
チャクラ光は狙ったモノでなくとも何かに接触すれば爆発する。しかし、それでは何故俺はそれを切り払うどころか打ち返せたのか。種は当然武器にある。
そもこのサーベル、熱で切っている訳でもなければ物理的に当たり判定があるものでは無い。

ディストーションフィールドの技術を応用して生み出した空間歪曲刀。
空間を歪ませて触れた飛び道具の進行方向を捻じ曲げ、敵に斬りつければ相手の装甲を空間ごと歪ませて体内深くに潜り込む防御力無視の剣。
バリアとして展開できるから刀にしてまで防御に使う必要は無いのだがまぁそこはそれ、無手でもプレートの回収だけなら余裕だし、武装はお遊びのようなものなので実用性なぞ求めては面白くないのだ。

運悪く跳ね返ってきたチャクラ光に当たり、グランチャーが一機体勢を崩し落ちる。
墜落してくるグランチャーの下に駆け寄り、一閃。
まだ落下中、追加でもう一撃、更に追撃、まだいける。ダメ押しとばかりに追撃追撃追撃追撃追撃追撃追撃追撃追撃。

「むむむ」

おかしい、まだ地面に着かない。
目の前には何分割か分からない程細切れに裁断され、強化パーツのオーガニックビットとしてそのまま使えそうなグランチャーの破片が無数に中に浮かんで、いや、よく見るとジワリジワリと地面に向けて落下している。
ふむ、いつの間にか俺の時間だけ加速していたか。
落下しきるまでに何回切りつけることができるか記録に挑戦とか考えたせいで、無意識の内にクロックアップしてしまったらしい。
まったく、無意識レベルで勝手に加速するのは良し悪しだな。これじゃ流派東方不敗の機体上の動作確認ができないじゃないか。

「クロックオーバー」

タキオン粒子を意識的に操り、俺の加速した時間を標準にまで減速させる。
無数のオーガニックビットと化したグランチャーが地面に落ち、無傷のプレートが一際大きな音を立てて落下、地面に衝突して跳ねた所をすかさずキャッチ。
二枚目のプレートをバックパックに収めながら残りのグランチャーのリアクションを確認、どいつもこいつもうろたえているのが一目でわかる。
チャクラ光を跳ね返され、一機がすれ違い様に訳も分からぬ速度でバラバラにされてしまったのだ、当然のリアクションだろう。

で、被弾箇所は肩に、頭部の角の先端。回転で防ぎ辛い箇所だな。今後の参考になるかどうかは分からないがとりあえず覚えておこう。

天気が荒れている。いや、何時の間にか美鳥が天候を操作したか。爽やかな晴れの日って光景でもないから相応しいと言えば相応しいな。
サーベルをバックパックに戻す。増援とも戦う事になるが、とりあえずはこいつらで確認できる処は確認してしまおう。

最初にプレートを俺に奪われたグランチャーに接近する。ブースター、重力制御などは使用しない純粋な肉体操作による高速移動。
こちらの接近に気付いた。最初にプレートをあっさり奪われた割には、いや奪われたからこそ警戒を深めていたか。ソードエクステンションを構え、こちらの動きに対応しようとしている。
こうして20メートル級の機体で10メートル級の機体を相手にして初めて実感が沸くが、小さな相手は狙い辛い。
というか、同じサイズの敵と戦う事を考えている格闘技では中々対処に困る。
結局こういう相手だといつもと同じ、とりあえず接近して斬りつけるとか、遠距離から狙い打つとかそんなシンプルな戦い方に行きついてしまいそうだ。

宙に浮かぶグランチャーに、何時もドモンや他のシャッフル同盟の連中とやり合う時と同じような感覚で軽く拳を振るう。
チャクラシールドを突き破りグランチャーのどてっぱらに、いや、ソードエクステンションをとっさに盾にしたか。ダメージフィードバックで棒切れの圧し折れるような感触が拳に返ってきた。
拳に打たれる瞬間、ソードエクステンションを盾にすると同時に後ろに飛んだのだろう。だが甘い。後ろ向きに吹き飛ぶグランチャーを追いかけ、追い越す。
振り向き様に肘を叩きこむ。頸椎の辺りを狙おうと思って放ったが、そのまま頭部、アンチボディのオーガニックエンジンを粉砕してしまった。頭部の大きさの目測を誤ったか。
誤りついでにもう一撃、グランチャーの股間に蹴りを入れ、残った胴体を真っ二つに。
敵戦闘員側の目撃者は少なければ少ないほどいい。これで残り三枚と三体。

殴る蹴る歩く走る跳ぶといった簡単なところは確認できた。東方不敗式モビルトレースシステムの調子も上々だ。
欲を言えば同じサイズの機体や自分よりも大きな機体相手にも戦ってみたかったが、それは後々で充分だろう。
あっという間に味方を二体潰されて呆然としている残り三体に挑発的に手まねき。
この三体の中で最後に生き残ったモノか、あるいはこっちに近づいてきているグランチャー部隊の増援の中から予備の生贄を捕まえて終了かな。
残りは美鳥のストレス解消のサンドバッグにでもなればいいや。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「ふむ」

こうして改めて違う視点から見ると、自分の動きがどういうものか分かりやすくて中々勉強になる。
過去に戻ってやり直し、しかも同じ場面をもう二回見てるから結界張ったら適当に流せばいいやと思っていたが、中々実りのあるやり直しになるものだな。
反省すべき点も少なからずあるが、それを差し引いても格闘系の動作はかなりのものと言っていいだろう。
うん、文字通りの自画自賛。しかしまぁ今の、じゃない、あの時点の俺でもグランチャー十ダース位なら軽く一ターンで全滅させることもできるだろうし、これぐらいの評価はしてもいいと思う。

W美鳥のブレンチャーも中々いい感じだ。なんというか、乗ってるのも乗られているのも美鳥だからか機体と乗り手の間に一切の齟齬が無い。
中の美鳥は文字通り自分の身体で直接戦っているような感覚を味わっているだろう。
そんな絶好調の美鳥に思う存分遊ばれて、ジョナサン・グランチャーは満身創痍というか、スクラップ同然のダルマ状態で何度も何度も宙を撥ね飛ばされ続けている。
あの状態でもジョナサン・グランチャーがまだ生きているのは、ブレンチャーに変身している方の美鳥が、アンチボディがどれくらいで壊れるかをという知識を有し的確に手加減しているからだろう。

あっちは何だかんだで楽しそうでいい感じだ。それに比べると、俺の相手は――

『くっ! この、このぉ! ちょこまかと避けるな!』

「はぁ……」

新兵か雑兵みたいな、癇癪を起した子供みたいな声を上げながら空振りを繰り返す赤いグランチャーとその取り巻きの白いグランチャーども。
面倒臭いだけというか、実質ただの作業になりかけているというか。
アンチボディを取り込んだせいでアンチボディ同士の回線のようなものが開いているのか、さっきからクインシー・イッサーの叫び声が耳に響く。
まぁそれでも何のBGMも無い状態でただ見学しているのも暇だし、一方的に遮断するつもりは今のところ無い。
結構いい声だし、本人もカルト宗教にハマっているような感じではあるが可愛い女の子だしな。せめて音量をどうにかして欲しくはあるが、濁声で叫ばれるよりはよほど耳に優しい。
しかし、相手方、しかも女性に一方的に喋らせる、というのも紳士的でない、かな?

「ひとつ、アドバイスというかなんというか」

通信のようなもので繋がっているとはいえ、これで相手の方にこちらの声が届いているかは分からないんだよなぁ。

『な、なんだこれは……、何者だ! どこから話している!』

おお、繋がった繋がった。繋がり過ぎて脳直で声が届いてる風だけど、意志の疎通に問題は無いので気にしない。

「さっきからずうっと空振りばっかりな理由を教えておこうかなと。攻撃は続けてもらって構わないので」

『やめ、やめろぉっ! あたしの中に入ってくるなぁ!』

なにやら錯乱しているご様子。でもま、最初からまともな精神状態とは言い難かったし、いいか。

「実のところ、俺はさっきから回避行動を一切取っていないんです。何故だかわかりますか? 分かりませんよね? ああいいんですよ、分からないのは仕方がない。無知は決して罪ではないのですから恥じることはありません」

我ながらよく滑る口だなぁ。クインシーも取り巻きも脳直で聞こえてくる俺の解説に混乱しているようなので続けさせて貰う。
調子にのって上から目線で話し始めると何故か丁寧語になってしまうのも気にしない。どうせこういうシチュエーションはそんなに無いだろうしな。

「オーガニック・エナジー、という名前でしたっけ。アンチボディを動かしたり、生き物の大半に備わっているものという触れ込みのエネルギー。俺はその流れを見て、その流れの中で一番穏やかな場所に漂っているような感じだと考えて下さい」

こちらの解説を聞いているのか聞いていないのか、がむしゃらにソードエクステンションを振り回し斬りかかってきたり、十数体に及ぶグランチャーで取り囲みチャクラ光を一斉に放ってきている。
が、その尽くが俺をすり抜けるように逸れて、いや、最初から俺を狙っていないのではないかと思えるほど見事に外れて行く。
俺はさっきクインシーに一方的に説明した通り、回避する為の動きもしていなければ、特殊な防御装置を使ってもいない。
ただオーガニック・エナジーの流れを見極めているだけに過ぎないのだ。

「激流に逆らえば飲み込まれる。むしろ激流に身を任せ同化する。激流を制するは清水、激流では勝てないってことなんですが、ご理解いただけます?」

つまり俺は、もうお前の死兆星見えてるから、といった旨を彼女に伝えたいのだ。
因みに北斗七星脇の死兆星は実際にアルコルという名前で存在しているが、これはただ単に目が良ければ見えてしまうものなので見えたからと言って怯える必要はない。

『う、あ、あああああああああ、やだ、やだぁ! たす、助けて、ゆうぅぅ!』

大分錯乱してる、いや、錯乱というかこれ本当に大丈夫なんだろうか。
さっきから美鳥のばら撒いてるチャクラ光も何度か当たっているし、そのまま墜ちてくれれば簡単なんだが。
とりあえず生きてさえいればオルファン説得イベントもどうにかなる、しかしこの後で伊佐美勇が何らかのフォローを入れたらいい感じに姉弟仲が回復すると思うのだがどうだろう。
と、そんな事を考えながらぷかぷか浮かんでいると、過去俺から念話が繋がってきた。

『プレート回収完了。そろそろ適当に決めてくれ』

適当に、か。なんとも敵をなめ切ったセリフだが、俺も全く同じセリフを吐いたのでどうこう言えた義理は無いか。

『あたし、お兄さんのちょっといいとこみてみたいなー』

美鳥(たぶん俺が連れてきた方)からリクエストが入った。
いいところが見てみたい、などと言われたら派手なのを決めざるを得ないな。
敵の並びは――、ここからだと見栄えが微妙か。少し陸側に移動しよう。いつの間にか現れていたギャラリーとグランチャー部隊の間辺りに転位する。

身体の構成は適当だからボルテッカの射出孔すら無い。が、そこら辺はいくらでも外付けで対応できる。
例えばダガーはボルテッカが撃てない代わりにコスモボウガンを持っていたが、あれの弾丸は体内に蓄積されたフェルミオン粒子。
ブレードを追う為に戦闘用テッカマンへのフォーマット途中で排出されたから不完全なのだと言われているが、ラダムを取り込んだ俺はダガーがきっちりと完成した場合どのようなものになるか知っている。
テッカマンデッド。黒歴史との呼び声高いテッカマンブレードⅡのラスボス格であるこいつも、コスモボウガンに酷似した武装を使いボルテッカを放っている。
ダガーの完成系とはつまりこれ。コスモボウガンはボルテッカ発射孔の出来損ないなのだ。
少なくともこのスパロボJの世界ではそうらしい。ラダムの知識ではそうなっている。

戦闘用フォーマットの設計図を思い描き、体内のフェルミオン粒子を外付けの武器に送り込むラインを形成。
今さらただのボルテッカというのも芸が無いし、一回前の俺に習って一捻り。
グランチャー部隊の適当な一体に拳を向け、ボルテッカの外付け発射装置を生成、組成はコスモボウガンを更にコンパクトに、クリスタルボックスを少し調節したモノを加える。
刃も何も無い、グリップと銃口換わりのクリスタルのパーツのみ。
玩具のような、という形容を使うには些かデザインがシンプル過ぎるテックランサーもどき。
クリスタルフィールドの遠隔操作はぶっつけ本番だが、まぉやってやれない事も無いなだろう。
テックランサーもどきにフェルミオン粒子を送り込み、なんとなく直感でクリスタルフィールドをそれに乗せるイメージを頭に思い描く。
狙いを澄まし、人差し指を引き金を引くように曲げ、

「ばん」

ボルテッカ。いやリアクターボルテッカがグランチャーを一体だけ飲み込むと、反物質粒子フェルミオンがグランチャーの肉体を形成する物質と反応して爆発する。
この爆発のエネルギーをクリスタルフィールドで包んで、フェルミオン粒子を再生成、それに指向性を持たせて再ボルテッカ、と。
一連鎖、二連鎖、三連鎖、以下たくさんー。
集中力も精神力も糞も無いな。機械的に誘導して機械的に収束しているから文字通り手足を動かすが如しってやつだ。
むむ、単調な作業過ぎて余計なこと思いついたぞ。
今ボルテッカに追いかけられてるグランチャーの思考を拾ったらすっごい恐怖リアクションが拾えるんじゃなかろうか。
いかん、いかんなぁ。せめてこういうのは録音機で、いや、脳直だから録音機には残せないか。
もったいない、携帯の着信音に登録したら絶対聞き逃さない絶叫系最高の物になりそうなのに。

まぁいいや、今はさっき聞いた錯乱クインシーの絶叫で我慢しておこう。あれは中々に満足のいく出来の叫び声だった。
いやいやいや我慢とか満足とかそんな、それじゃまるで変態じゃないか。
俺は確かに実姉実妹とリアル近親相姦プレイ済みでなにより実姉を心の底から愛しているし、マンネリ回避という名目で触手プレイに興じることもあるし、姉さんや美鳥からエロゲ世界のエロ魔法を幾つか教えて貰っても居る。
しかし決して、断じて直接顔を合わせた事も無い他人、むしろ他姉に欲情するような変態では――
あ、完璧に思考逸らしたせいで連鎖が切れた。惜しいな、クインシーのグランチャーまで繋げることができれば20連鎖突破したのに。

『助かった、いや、見逃がされた、のか……?』

いえ、ただの連鎖ミスです。
まぁいいや、確か後ろでボウライダーに乗ってるこの時間の俺もクインシーだけ助かる光景を見ていたし、これが歴史の修正力的な何かなんだろう。
気にせずに撤退準備、ブレンチャーの肩の上に移動し、クインシー・グランチャーにジョナサン・グランチャーの残骸が投げつけられる光景を眺める。

『うわぁぁああっ!!』

今見直すとあれ、クインシーはともかく意識を失ってそうなジョナサンは墜落の衝撃で死にそうだな。まぁ生命力にかけては群を抜いてそうだから気にするだけ無駄か。
しかし、あれだな、『姉キャラが死ぬのは多少嫌な気分になるだろうし、グランチャーがバロンズゥに再リバイバルする瞬間を見てみたいというのもある筈だ(キリッ』ってお前っていうか俺、明らかにただの凡ミスですよ?
思い出すのも恥ずかしい、ああもう本当に恥ずかしい。
なにあの推理、何一人で勝手に良い空気吸ってるわけ? 別にクインシー殺してもプレーンなグランチャーをDG細胞でバロンズゥに強制的に進化させるくらい可能ですよー! ばーかばーか! 猫のうんこ踏め!
数日前にお手製TUEEE用巨大ロボでノリノリ決めポーズの次は衝撃の新事実発覚でこんな恥ずかしい気分になるとは。
もういいや、双子のプレートはヒメちゃんが回収したみたいだし、ささっと元の時間に帰って寝よう。それがきっと一番だ。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そんなこんなでまた人気のない山の中。俺達の前には回収した四枚のプレート(一枚は双子が生まれる直前だったのでヒメちゃんに渡した)と、股間のコックピットを潰され、それ以外の部位も半ば以上DG細胞に侵されたごくごくプレーンなグランチャー。
グランチャーは先に動きのいいのを見つけコックピットを潰し、ラースエイレムで時間を止めてこの山の中に転位させておいたモノ。
DG細胞も数分前に投与したばかりだが、もう間もなく完全にDG細胞の虜となる頃合いだろう。

テッカマンもどきに変身していた未来の俺は、この山に戻ると同時に未来の美鳥と共にそそくさと元居た時間に戻っていった。
ここからの作業工程に未来を知っている自分たちが居るといろいろややこしくなる、ドラえもんの漫画家先生の話みたいな事態になるのは極力避けるのが賢明だろうとの事だ。
まぁ、実際問題どうして急いで帰って行ったかなんて、俺がもう一度この日付にジャンプしてテッカマンもどき役をやる時に分かるから気にしなくてもいいだろう。

「このグランチャーは俺が取り込むとして、問題はこっちだな」

四枚のプレートを前に、切り株に座り込む。港町からこの山に転位して十数分経過したが目の前のプレートは未だリバイバルの兆しすら見せない。

「エッガの増援タイミングから考えたら、もうとっくにリバイバルしててもおかしくは無いんだけどね」

スパロボJの作中では、プレートの回収から数分と経たずにリバイバル、エッガをパートナーに選んで即座に戦場にやってこれる程だった筈。
プレートの段階で取り込んで、うっかり孵化しかけの鶏の卵を茹でた料理みたいになったら目も当てられない。貴重なプレートをグロ画像の材料にするつもりは毛頭無いのだ。
プレートはリバイバルせずに硬化して石のような物になることもあるが、このプレートからは僅かに生命の鼓動のようなものを感じる。
具体的にはグランチャーやブレンパワードと同じくオーガニック・エナジーの反応があるのだ。まだ孵化しないと決まった訳では無いだろう。
やはり、何かしらの刺激を与えなければどうにもならないのか?

「こういう時、ゲッター線とかそれ系のエネルギーが使えれば便利なんだが……」

ゲッター線の意思に取り込まれる危険を考えるとメリットばかりとも言えないが、とりあえず未知の刺激と言えばゲッター線。
無限力のようなものは次元連結システムでどうとでもなるが、よその世界からピンポイントで制御が可能なレベルのゲッター線を拾える確率はかなり低い。

「無い物ねだりしても仕方ないって。取り敢えずは今あるネタでどうにか、ね?」

切り株に座る俺の太ももに頭を乗せ、ぐでっとプレートを眺めていた美鳥が起きあがり、次元連結システムでどこかの世界に干渉しながら言う。

この世界で手に入れたエネルギーを使うのは芸が無いので、次元連結システムで他所の世界からゲッター線を避けて適当なエネルギーを引き出すのだろう。
今あるネタって言っても、この世界じゃ精々超電磁エネルギーとかオルゴンとかそんな程度のものしか無いしな。
ノヴィス・ノアから取り込んだ人工オーガニックエンジンを使うとか、グランチャーが完全にDG細胞に侵されるのを待ってから手を出すとか、そんな空気の読めないことは俺も美鳥も言わない。

「じゃ、とりあえずビムラーと負の無限力から試し──あ」

美鳥がその手に二種類の怪しげなエネルギーを呼び出した瞬間、四枚のプレートが一斉に光を放ちながらリバイバルを始めた。
身の危険を察知してのリバイバルか。これならプレートにDG細胞を近づけるとかでもよかったのかもしれない。
さて、双子ほど時間がかからないにしてもこのままぼうっとリバイバルの光景を眺めているというのも間抜けな話だろう。

「美鳥、そろそろDG細胞の侵食が終わる頃だろうし、こっちは任せていいな?」

異次元(たぶん他のスパロボ世界)から取り出したエネルギーを納得いかなそうな顔で元の次元に戻している美鳥に声をかける。
そろそろ世にも珍しいDGグランチャーが出来上がる。俺はこれを取り込んで、更に最適化の為に少しの間休眠状態に入る。
リバイバル直後の生まれたてのアンチボディが逃げ出さないように見張りを付ける必要があるのだ。寝ている間に逃げられました、じゃあ話にならない。

「あ、うん。……あのさ、このプレートからリバイバルしたアンチボディ、あたしが取り込んでいいかな。もちろん逃げられないように縛り付けてからDG細胞で機械化するし、後でお兄さんに譲渡するから」

なんとなく提案してみた風を装ってはいるが、リバイバルの光を眺める美鳥の表情は何時になく真剣だ。
前々から積極的にノヴィス・ノア所属のブレンパワードにちょっかいを出したりしていたようだし、何か思うところがあるのかもしれない。
どうせこれから一足先にDGグランチャーを取り込んでオーガニック的な要素は手に入る訳だし、見張りを任せるのだからそれぐらいの事は許しても構わないだろう。

「ふむ、容量は?」

「十分足りてると思う」

思う、か。こういう、生き物か生き物で無いかが微妙なモノを取り込むのは今回が初めてだから予測がつき難いのだろう。
まぁいざとなればその場で俺が美鳥から取り込んだアンチボディの要素を吸いだせば解決する。

「分かった。なんか問題起きたら言えよ」

「ん、わかった……」

真剣な表情でリバイバルの光を見つめ続ける美鳥に後を任せ、俺は九割九分DG細胞に侵されたグランチャーに触手を伸ばした。

―――――――――――――――――――

DGグランチャーを取り込み最適化の為に眠り始めたお兄さんを膝枕しながら、リバイバルの光に目を向ける。
ふしぎなひかり。これが生き物の、命の輝きってやつなのかな。
最近のあたしはアンチボディ、というか、ブレンパワード関係の連中が言うオーガニック的なものに惹きつけられ過ぎている。
自然界の法則を捻じ曲げて生まれてきたあたしに足りないもの、それをこいつらは補ってくれるのかもしれない。

そんなあたしの思念に反応したのか、プレートが一際眩い光を放ち、遂にリバイバルを終えてアンチボディが姿を現した。
数は四体、グランチャーが二体とブレンパワードが二体で綺麗にバランスが取れている。
しかしどうも普通のアンチボディでは無いようで、どのアンチボディも体色は暗く、しかし目や所々の隙間に光る部分は異常に強い光を発している。形状もバロンズゥやネリーブレンのような雰囲気。

バロンズゥもどきは肩のフィンがゆらゆらと何かを求めるようにあちこちを探る動きを止めず落着きがない。
目や身体のあちこちの光は不安定に明滅を繰り返して、何か不安を訴えているような思念を送ってくる。
ネリーブレンもどきは、頭部の長さ以外は特に何の違いも無い。動きも殆ど無く、隙間に見える光も一定に保たれている。
精神面で自己主張が薄いというか、自己主張が薄いんだよ、という主張を精一杯前面に押し出してきているような。
運がいいのかどうなのか突然変異かもしれない。そばに居たのがまともな生き物で無かったのも原因の一つかも。

いや、それよりなにより、どのアンチボディもあたしやお兄さんを受け入れようとしているのがわかる。これがヒメのやっていた意思疎通なのかな?
これは都合がいい。逃げないならお兄さんを膝枕したままこいつらを取り込むことができる。

「それっ」

手をアンチボディの方に伸ばし、細い触手を撃ち込んだ。先ずはお兄さんに言っておいた通りDG細胞で浸食しよう。
細い触手はアンチボディのビットとビットの間にものすごい勢いで潜り込み、幾度となく体内で分岐して全身に行き渡る。
これで万が一こいつらが心変わりしてももう逃げることは出来ない。じわじわとDG細胞がアンチボディの肉体を侵蝕していく。

でも、これでオーガニック的な何かが、あたしに足りない何かが手に入るんだろうか。
これで出来上がるのはあくまでもオーガニック・エナジーを操る機械のようなものであってアンチボディそのものでは無い気がする。
せめて一体、いや、四体居るんだから二体はそのまま取り込んでも構わないんじゃなかろうか。
侵蝕が遅い方から二体の侵蝕を中断し、そのまま全身に行き渡らせた触手から融合を開始する。
ほとんどありのままのアンチボディ、しかもあたしの影響を受けてリバイバルした変種、何が起こるか分からないけど、やってみる価値はある。

体の中を貫く針や糸のように細い触手からじわじわと自己を侵され取り込まれながら、目の前のアンチボディ達は身じろぎ一つしない。
いや、どこか喜んでいる節すらある気がする。こいつら、なん――っ!

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

息苦しい、息をしていたなら間違いなくそう感じるだろう感触と共に、俺は最適化の為の眠りから目を覚ました。
口が塞がれている。それだけじゃなく、着ている服がじっとりと湿っており、身体の上に丁度人一人分程の何かが圧し掛かっている。
周囲に何らかの自動反撃を試みた後が見られないということは、少なくとも敵性体ではないということだけは確かだろう。
が、俺の口にヌメヌメざらざらした舌のようなものを入れ唾液を吸い上げている何かは一体なんだろうか。アンチボディを取り込んだお陰で野生の獣に懐かれるようにでもなったか。

「はぷ、ん、じゅ、ずず、じゅるぅ、……んっく。ぁは、おにいさんの、美味しぃ……」

……いや分かってる。みなまで言うな。
何が起きているかなんてわざわざ改めて確認するまでも無く、オーガニック的な何かを感じ取る新機能とかそういったモノを使うまでもなく身体で理解している。認めよう。
ただ、なんでそうなったのかとか、どうしてそうしたかという動機が分からない。

状況を整理する為に順を追って思い出そう。俺はリバイバルの始まったプレートを美鳥に任せ、DGグランチャーを取り込んで一足先にオーガニック的なチャクラの流れとか、そういったモノを感じ取れるようになろうと最適化に入った。
ここまでは間違いなく覚えてる。では次、俺が最適化の為に眠りに付いた後。
推測だが、眠りに落ちた俺を美鳥はそのままにせず、どこかに布を敷いて寝かせるか、さもなければ膝枕するとか、そういった行動をとる確率が高い。
これはいつも通り、スキンシップをかなり好む美鳥なら何か敷物になるものを複製するよりも膝枕の方をとる確率が高いのも言わずもがな。

そして最適化を終了し目が覚めた今の状況、美鳥と俺の野生が激突している。
より詳しい描写を行うならば、着衣の乱れた美鳥が俺に覆いかぶさり、こちらのズボンから断空剣を取り出し、そそり立つそれに跨り腰をガクガクと激しくアグレッシブビーストしている。
どうやら目が覚める前に一度ガンドール砲が発射されたらしく、かなり大きな水音が響いている。
諸事情により具体的な名詞は伏せさせて貰ったが大体はこんなものだ。これ以上の具体的な描写は命にかかわる。

「うあ、おに、さ、お、はよぉ」

俺の起床に気付くと顔中の筋肉を弛緩させただらしない笑顔を向けてきた。が、身体というか腰の動きは止まらない。
いや冷静に考えている場合ではない、とりあえず話を聞かなければ。
筋トレになりそうなほどの速度で上下に動いている美鳥の腰を掴み、力尽くで動きを止めさせた。
が、それでどこか壺にハマったのか、背を仰け反らせ白い喉を震わせる。

「あ、ひ、や、やだ、止めちゃ、そんなぐりぃって押しつけたら、なか、潰れちゃうってぇぇぇ♪」

歌うように嬌声を上げ、汗で濡らした身体を俺の身体にぐったりと倒し預ける美鳥。流石にこれで話が聞けるだろう。
そう考えたのも束の間、倒れた状態から顔を近づけ舌で俺の口を舐め回してきた。
かなりエロい、普段ならこの勢いで襲ってしまっても構わないと思えるほどだ。
しかし、臭い。致命的なまでに大蒜臭い。残念なほど大蒜臭い。萎えるほどでは無いが興奮するよりも先に大蒜臭さへの不快感が先立つ。

「おい美鳥、一旦落ち着け。いい加減にしないと怒るぞ」

話が進まないのでドスを聞かせた声で脅しつける。
美鳥の腰を押さえつけていた手を片方放し、バチバチと音を立て、暗い森を昼間の砂漠の様に照らす眩い電撃を掌に生み出す。人間なら一撃で全身余さず炭化しかねない程のエネルギー量。
美鳥が一瞬ビクッ、と身を竦ませて動きを止めた。怖がっているような表情で電撃と俺の顔を交互に見つめ、何故か頬を赤く染める。

「おにいさん、ちょうだい、おしおき。あたし、わるいこだから、わるいこになっちゃったから、いっぱいおしおき、ちょうだぁい……!」

言いながら表情を再びとろけさせ、片手が離れ固定が甘くなった腰を無理矢理グラインドさせ始める。
これは、本気で頭がイカレたか? いや、四体もアンチボディを同時に取り込んだんだ、一時的に混乱しているだけかもしれない。
どうにかこうにか組み伏せて、アンチボディの機体、いや、生体情報を俺の中に移せば元に戻る可能性はある。ここは一つ、立ち位置逆転を狙おう。できればそう、口の臭いを嗅がないで済むような感じの姿勢に。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

意識が朦朧としている。お姉さんの因子に引き摺られて寝坊した時と似たような感覚だけど、身体の方はあたしの制御下から離れ、いつも以上に機敏に動いている。
求めている、父性を、雄を。生き物が生まれながらにして当然持っている本能。その本能に赴くままに同種の異性を求めている。
あたしは生き物でないだけあって元はそういった生臭い感情は薄い筈だったんだけど、取り込んだアンチボディのせいでそういったモノを担当する部分が割り振られてしまったらしい。
そう、朦朧としているのは寝起きが悪くなる因子のせいだけじゃない。
恐らく今身体を操っているのは、あたしのそういった本能の部分。今のあたしはそういったモノから殆ど切り離された状態の理性担当みたいなもの。
切り離された精神の分、思考に力強さが付いてこない。
ん? じゃああたしって本能切り離されたらまともな思考速度も保てない程理性が弱いってこと? ああやめやめ、これは考えるとどつぼにハマりそうだ。

「母を求める子供、みたいな感情を持っているんだっけ?」

グランチャーもブレンパワードも、オルファンやその対となる存在から生み出された子供のようなもの。
だから、母性だの父性だのを強く求める感情があるんだろう。グランチャーのオルファンへの依存もその表れだと聞いている。
多分母親も父親も居ないあたしは、その感情の矛先として無意識の内にお兄さんを選んでいたんだと思う。お姉さんだと相手にされなさそうだしね。
グランチャーの持つオルファンへの依存レベルがお兄さんへの依存、というか、あたしがお兄さんに元から抱いていた感情、つまりその、好意というか、横恋慕というか、そういう感情を増幅させてしまった。

だから、今あたしの身体がお兄さんの上でガクガク腰ふってるのも仕方がないことだと納得して貰えるはず。
本能担当のあたしと完全に切り離された訳じゃないから、身体が得ている感覚を感じることもできるんだけど、今つないだら間違いなく酷い事になる。
お兄さんが相手してくれてる体の方はいいとしても、相手の居ない精神世界的な場所で一人でよがり狂うのはなんとも情けないしね。

取り込んだものから引き継いだ感情やら本能の暴走は、あたしの身体がお兄さんの身体みたいに取り込んだモノを上手く自力で最適化できないからこそ起きた現象だし、どうにかこうにかお兄さんがあたしからアンチボディの要素を吸い上げることができれば終わる。
身体の状況はここからでも分かる、今まさにお兄さんがあたしを組み伏せて、唾液交換という言い訳でデータ回収用のナノマシンを口から送り込み、取り込んで強調され過ぎたアンチボディのデータを集めている。

でも、それが何時頃回収されるかは少し分からなくなっちゃった。
あたしの痴態で興奮してくれたのか、組み伏せたあたしにお兄さんからあれこれし始めた。
頭を地面に押し付けられたままガスガスと後ろから小突かれて、内臓が圧迫されているのが分かる。なかがお兄さんの形に矯正されているのがわかる。

あー、これ、どうせならあたしも表に出てる時にして欲しかったかも。すっごい気持ちよさそうだし、力尽くで征服されてる感じが堪らない、甘えたい。
いやでも、本当はもうチョイ抱きしめて貰いながらとかそういう体位の方が好きかな、キスしながらとかそういうのがベスト。そのうち手柄を立てたらおねだりしてみよう。
それはさておき、あたしの身体の中に入り込んだナノマシンがデータを回収し終えて、お兄さんが満足行くまであたしに溜まっていたものを吐き出し、それからナノマシンを口移しで取り込んで、と考えれば、もしかすれば丸一日こんな状態が続くかも。
仕方ない、お兄さんが興奮してあたしに何をしたかとか何を口走ったかとか覚えておいて、あとでからかう材料にしてしまおう。
最初にこっちが何を仕出かしたかで反撃されそうだけど、そこは自爆覚悟でいくということで。

―――――――――――――――――――

×月○日(またかよ)

『まただよ(笑)とか言われそうだけど、まあつまりあれだ。またやらかしてしまった』

『美鳥がアンチボディの特性というかあり方に強い興味を示していると分かっていながら全部任せて放置した俺も迂闊と言えば迂闊だった』

『せめてDGグランチャーを取り込むのは少し待って、美鳥が安全にアンチボディを取り込むのを確認、何らかの不具合が発生したら即座に対応できるようにしておけば、あんな事にはならなかったろうに』

『いや、そもそも俺が自ら全部のアンチボディを取り込んでおけば何の問題も無かった筈なのだ。これははっきりと俺のミスだろう』

『子供を作る為の機能は無いのでそういった心配は無いのだが、嬉しそうな表情で穏やかに下腹部を撫でる美鳥の姿はかなり心臓に悪い』

『アークエンジェルに戻ってからはいつも通りに振舞おうとしているが、それでも所々で美鳥からのスキンシップが前よりも過剰になっているような気がする』

『ナデシコと合流してからは更にそれが顕著というか、特にメメメの前では露骨にくっついて離れない。オーガニック的な物に触れて独占欲のような感情が生まれたのだろうが、実家に帰る頃までには直さないと姉さんに粛清される可能性が高いのでどうにか頑張って自粛させようと思う』

『不幸中の幸いと言っていいものか、DGグランチャーとDGブレンパワードの複製を作り出すことには成功したし、オーガニック的な何かについても直感的に扱えるようにはなっている』

『近くに居た美鳥や俺の影響で普通のグランチャーやブレンパワード寄りは違う方向に進化したものが出てきたらしいが、DG細胞の自己進化作用でかなり元の形からかけ離れてしまっているのでどういった違いが現れたかは分からない』

『性格面でもかなり両極端な個性を持っていた風であったらしいが、今ではただの操り人形。性能面でも普通のアンチボディと比べれば破格になっているのだから何の文句も無い。外見の問題も複製を作り出す時の細かい調整でどうとでもなる』

『これでどうにかこうにかアンチボディ関連の技術収集は終了。合流したナデシコから相転移砲も取り込み完了。あとは是非とも欲しいのは超電磁ボール生成機能とベルゼルートの後継機だけ』

『今オーブのモルゲンレーテに乗り込んでも後継機は完成していないし、乗り替えイベントまではこのチームに同道させて貰うのが妥当だな』

『そうそう、テロリストとシスコンの話はあっという間に終了した。姉ではない偽姉に利用されている哀れなやつだったのでコックピット直撃の最大火力で一瞬にして葬り去ってあげた。せめて痛みを知らず安らかに死ぬがいい……』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

DOGEZAの姿勢で地面に拳を叩きつけているテニアと、それを見下しクールに鼻で嗤う美鳥。

「やめてよね、あたしが本気になったら、テニアが敵う訳無いないじゃないか」

「ちくしょう、ちくしょう……!」

確かに本気になったら人間とは比べ物にならない思考速度と神経伝達速度を誇る美鳥に、人間が格闘ゲームで敵う訳がない。
しかし、わざわざ食堂でそのやり取りはアウトではあるまいか。
珍しくナデシコの食堂に食事を取りに来ていたキラが胃を抑え苦しげにうつむき、そのキラと腕を組んでいたフレイが気不味そうに明後日の方向を向いている。
この場にサイが居なかったのが不幸中の幸いというものだろう。

「そんな訳で、プリンちゃんは頂いていく。あむ……うめぇ、甘くてうめぇ。人から奪った甘味はうめぇなぁ!ゲハハハハ!」

「この泥棒猫! 人のモノを奪おうだなんて恥ずかしくないの!?」

「プリンちゃんがあたしに食べられたかったんだろぉ? ひひひ、うまうま」

ああ、視界の隅でキラがついにがっくりと膝をついた。フレイも此方にちらちらと疎ましげな視線を向けながらも止める理由が見当たらないのかそそくさと退散していく。
これ、美鳥は間違いなく狙ってやってるんだろうけど、テニアは素でこんな感じのリアクションをとってるんだよなぁ。
これが天性の才能というものか。個性薄いなとか思っていたらこんな輝く才能を持っていたとは、侮れんやつよ。

「あの、どうかしましたか」

テニアと美鳥のやり取りをいつものこととスルーしていた統夜がこちらに話しかけてきた。

「いや、平和だなって思ってなぁ。まだ戦争の真っ最中、しかもここは一番厄介な連中の相手ばかり押し付けられているような部隊だってのに」

「それもそうですね、でも、張りつめっぱなしでいるよりはましですよ」

俺の言葉に苦笑しながら返す統夜。こいつも最初の頃に比べればかなり余裕が出てきた感じだ。
それこそナデシコに初めて乗りこんでいた頃はこういうやり取りを見かけたらなんて気楽なんだとかどうとか愚痴り出していたのに。
それがこんなに早く戦場の流儀的なものを悟るとか、凄い適応力だ。多分これが、

「……騎士の血ってやつか」

いやまぁ、内紛で負けて逃げのびてきた連中だから、騎士っていってもさほど凄い感じはしないけどね。
サイトロンへの適合率が上がって、戦場を体験したことのある父親のメンタリティが移ったとかそんな感じのもあるけど、なにより実戦を幾度となく乗り越えたってのも精神面での成長に大きく繋がっているんだろう。

「騎士の、血?」

俺の呟きに反応したが、意味が伝わらなかったのだろう、統夜は疑問の表情。
またやっちまった。後々統夜が自分の出自とか知った時にこの事を思い出さなければいいんだが……。

「ああ、何でもない何でもない。……で、メルアちゃん?」

「はい」

俺と統夜が会話をする脇で、後ろ手に何かを隠し持ちじっと待っていたメメメが返事をする。

ナデシコ合流後、通信機の件でこちらが難儀していたことを説明し、ああまどろっこしい、つまり今後の為に『待て』を覚えさせたと言えば通じるだろうか。
俺に金髪巨乳に反応する性癖は一切ないが、ステイステイとお菓子の前で待たされて涙目になる様は中々に来るものがある。涙目から泣きに移行するギリギリを見極めるのが通のやり方。
だが決してSではない。俺はそれなりに優しさを兼ね備えた男、サディスティックな趣味なぞ持ち合わせてはいない。
ただ単にそう、メメメの反応にゾクゾクしてしまっただけ。不思議な事は何も無い。

「あの、これ、受け取ってください」

後ろ手に隠していた何かをもじもじとこちらに差し出してくるメメメ。
シンプルなデザインの小箱だ。少し長方形で、長さは500のペットボトルほどだがやや平たく、厚みや重みはあまりない。
その小箱を受け取り、しげしげと眺める。何故だろう、少し嫌な予感がする。
訝しげに小箱を弄り回している俺と、もじもじするばかりでなにも言いだせないメメメを見かねたのか、カティアが脇から説明を入れた。

「目つきが悪いのを少し気にしているっていうのを覚えてたみたいで、月面で休暇の時に買いに行ってたんです。お菓子も買いに行かずに一日中どれを買うか迷ってたみたいですよ」

「へぇ……、いやはや、そりゃまたなんとも」

受け取り拒否も使用拒否もしにくいようなエピソードありがとうございます。
箱の包装紙を剥がし、中身を確認する。
そこにはどこの眼鏡屋で一日迷ったのか、以外にしっかりした作りのレンズの丸い黒メガネ、というか、グラサン。
いや本当に、これを選ぶセンスもあれだが、これを置いてある月面都市の眼鏡屋半端無いな。
今どきこんなデザインのやつを扱うとか、どう見ても趣味全開というか、傍迷惑極まりないというか……。

「気に行って貰えますか?」

こちらの顔色をそろりそろりと窺うようなメメメの問いかけに、言葉では無く行動で示す。箱の中からグラサンを取り出し、装着する。
あ、でもこれ付け心地はそれなりにいい感じだな。
レンズが小さい割には視界にもあんまり違和感無いし。ガラスのようでそうでない新素材なのかレンズ自体の重量も気にならない程度、なのにかなり頑丈そう。
見た目はともかく、このグラサンの出来というか機能性は中々素晴らしいかもしれない。

「うん、いい感じいい感じ。ありがとうな」

とりあえず飴玉を与え、頭を撫でる。
この世界に来てからほぼ毎日のように餌付けを行い、その合間合間のスキンシップによって頭のどの辺りを撫でるといい感じかは学習済み。
この頭を上手いこと撫でた時に脳に発生するα波を感知し、メメメの体内に潜むナノマシンがそれを増幅、通常の数十倍の時間長持ちさせる。

「ほわ、あ、あの、あふうぅぅ……♪」

撫でられて一瞬慌て、しかし即座にヘブン状態に移行するメメメ。
頭の中でリフレインし続けるα波のリラックス効果により、撫でられた時の心地よさは通常の勝ち組みオリ主達が使っている撫でポのそれに匹敵するほどに増加するのだ!
いや、それ以外にもいろいろな脳の働きとか弄ってるんだけど、簡単に説明できるメカニズムはこれだけなんだよなこれが。
……本当はここまで派手な効果は、いや、もういいや。

メメメの頭を撫でる俺を見て、統夜とカティアが一歩後ろに下がって眉を引き攣らせている。
予想通りのリアクションだし、理由も察しがついてるけど、一応聞いておくか。

「なにそのリアクション馬鹿にしてるの?」

「いや、そうじゃない、そうじゃなくてですね。いつも見てる光景なのにいつもと印象がまるで違うというか」

「そう、ね。これは少し、嫌な方向に意外性が出たと言えばいいのかしら……」

直接的な感想は流石に口にしないが、態度からありありと言いたいことが分かる。
と、丁度俺の注文したメニューをテンカワが運んできた。何故か隣にはホシノを伴っている。
恐らく前にジャンクフードを食べるのを止めさせたいなら自分でやれ、というのを実践しているのだろう。ホシノの手のにもシンプルな醤油ラーメンが。

「はーい、ご注文のチャーハンとネギラーメ、うわ卓也、なんだよそれ」

「人身販売の業者さんですか? 似あってませんねそのサングラス」

「お前らは、ほんとズバズバとモノを言うね」

俺とメメメの今の状況を知らない人が見たら、飴玉一つで簡単に騙されて誘拐されそうになっている少女と、上手いこと新商品が手に入ってホクホク顔の人身販売やらの非合法な商品を扱う謎の商人といった具合だろう。
さっきからこいつらのリアクションをみればメメメもしょげそうなものだが、どうやらまだ頭撫での余韻に浸っているのか一切耳に入っていないらしい。
現時点でのメメメの好感度の高さから言っても脳内美化かかるのは間違いないだろう。逆に凄い似あってるから気にしなくていいですとか言い出しそうで怖い。

未来俺が言ってた、グラサンかけなきゃならん状況ってのはこれなんだろうなぁ。
これ、ずっとかけっぱなしにしてたら憲兵にしょっ引かれかねないぞ?
いいや、後でもう一回過去に戻ってプレート奪取のサポートしよう、で、そこでなんか、グラサン使わなくて良くなるいい感じの言い訳とか考えよう。
グラサン俺の怪しさにドン引きしている馴染みの連中に辟易しながら、俺はメメメの頭をぐりぐりと撫で弄り続けたのであった。



続く

―――――――――――――――――――

戦って戦って戦ってサポAIと主人公がセッションしてメメメに科学的な根拠と種と仕掛けのある撫でポをする回終了―。あとサポAIが建てたフラグはジョナサンの生存フラグです、アクセル的な意味で。
内容うすいなー、でももともと全回と併せて一話だったから仕方ないね。いつもより早めに投稿出来たのも、十四話投稿時点で半分以上出来てたからだし。
しかもまた勢いでエロ書いちゃった。ごめんね、でもこれ後々に繋がる複線的なあれだからごめんね。
実は前回の勢いで書いたエロ風シーンより話の上での重要度は上だからごめんね。
この程度のギャグ混じりというか、おふざけレベルの描写なら流石に削除依頼とかきませんよね。問題ありそうならもう少し描写ぼかします。

そういえば、前回は初めてトリップ中でありながら戦闘シーンの描写が無いお話だったんです。だからなんだって話なんですが、これってかなり貴重な気がします。
さっき思いついたんですが、このあとがきについて言及する人も少ないですし、なんかここで色々言っても気付かれないじゃないかと思うから唐突に下ネタとか書いてもいいんじゃないかってうへへ。
ジョークですがね。

さて、今回のセルフ突っ込み一個だけ。
・プレートから生まれた畸形のアンチボディは何? 動きが変だったり発光が不自然だったりする意味は?
プレートがサポAIと主人公に身体を形成する不思議ナノマシンに反応して進化したということで。そこまで影響されねぇよとか言われそうですが、オーガニック的な何か故そういうこともあり得るだろうという拡大解釈です。
バロンズゥもどきの動きとネリーブレンもどきの発光はそれぞれサポAIの内面の本心と外面の建前を現してるとかなんとか。本篇でそこら辺かける技量は無いですがここで説明するのも間抜けなので詳しい説明はしません。

このあとがき書いてる時点でPV十万に届く寸前なんですが、なんか特別編とかやれたらそれっぽくていいですよね。
でもそんなに欲を出すと番外編の方ばっかり更新し始めて本編が進まずにエターなるはめになりそうなので当然自粛します。やるとしてもスパロボ編が終わってから。
いっつも言ってますねスパロボ編が終わったらとか。でも流石にそろそろ折り返し地点が見えてきましたよ。
次回は書きたいエピソードができたというか思いついたのでまだキンクリできませんが、次の次の次か、そのまた次位にはJ本編原作沿いルート最終回的な話が出せる筈です。
亀の歩みというか、一向に話が進みませんがそれでもよろしければこれからもお付き合い頂ければ幸いです。

諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよなどといったアドバイス全般や、作品を読んでみての感想とか、心からお待ちしております。

次回「カーテンの向こうで」お楽しみに。



[14434] 第十六話「雪山と人情」
Name: ここち◆92520f4f ID:1ef890bb
Date: 2010/04/23 17:06
×月×日(空にオーロラが。人生初オーロラだけど少し不自然な光景やも)

『この辺ってオーロラが見えるような場所じゃない筈なんだよなぁ、これがオルファンの及ぼす影響ってやつだろうか』

『はてさて、そんなこんなで少しぶりの日記なので近況のまとめ』

『まとめ、と言っては見たものの、スパロボ換算にて二、三話程度しか進んでいない為、実はそれほどイベントはこなしていない』

『発電施設の防衛やらなにやらでDボウイが暴走、軍の連中に連れ去られてしまったぐらいだろうか。ここでは特に何の介入もしなかった』

『ここでは、というか、ここまで積極的に介入したことなんてほとんど無い事に気付く。形に残る介入としてはマジンガーZがさりげなく自軍に残っている程度か』

『あとは一週目なのにやたら資金が余ってたり殆どの機体がフル改造寸前だったり、格納庫の隅に敵のMSやSPTの残骸が修復されて転がっていたりするが、どれも本筋に係わるものではない』

『が、一つだけ、俺の完全な趣味というか気まぐれでやってみたことがある。この世界の統夜は何故か敵陣に突っ込みたがる癖があるので、その辺りの戦闘データと共にモルゲンレーテに後継機の武装変更プランと資金、資材提供をしておいた』

『ベルゼルートの元になった機体の技術を使っているから変更前の武装に劣るものではないし、つけておいて無駄になるものでもないだろう。これでまぁまぁあいつに合った機体が出来上がる筈だ』

『高校時代は部活もやらなかったし、なんだかんだで同性の年下を面倒みるとか初めての経験なので少なからず弟分的な愛着が湧いているのかもしれない。閑話休題』

『Dボウイの事については何故か俺もあれこれ言われたが、フリーマン氏が何の手も打たない筈がないと適当に言いくるめておいた』

『こういう状況でティーンエイジャーな若々しいパイロット連中よりも、フラガ仮面や健一(こいつは若いけど意見は年寄り臭い)と意見が合ってしまうあたり、スパロボの主人公適正の無さを痛感させられているようで悔しい』

『悔しいので、少し軍の方にハッキングかましてDボウイが収容される予定の研究施設を探し出し、警備システムの解除コードと施設内のマップを調べてフリーマンに突きつけてやった』

『しかし涼しい顔で『これで後々の救出作戦の段取りがスムーズになった』などとぬかされたので悔しさ倍増。悔しい……、でもビクンビクン』

『フリーマンまじクール。流石、愛の無いセックスではエレクチオンしない男は格が違ったということか。フリーマン違いかもしれないが気にするだけ損というものだ』

『まぁそんなこんなで今日もミッション開始、今回はオルファンの封じ込め作戦だがいつも通りの普通の戦闘をこなすだけ。的はグランチャーとSPTらしいし、今日のCDは処刑用BGM集の七巻かなぁ』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

グランチャー部隊とグラドス降下部隊は死んだ、スイーツ(笑)といった具合で何事も無く殲滅完了。デカイボスの出ない通常戦闘なんて概ねこんなものだ。
ボスというかネームドのユニットは居たが、性能も腕も大差ないので気にならない。
そういえばジョナサンのグランチャーの色が変わっていたが、前のが死んで乗り換えたんだろうか。
しかしその新しいグランチャーも速攻で潰してしまった。最初のグランチャーは美鳥で次のグランチャーは俺。ここまで何度も蹂躙することになるなら、決め台詞でも言ってやった方が良かっただろうか。次までに考えておこう。
そんなこんなで戦闘終了後、ノヴィス・ノアに着艦してゆっくり経過を見守っていたのだが、何故かハッスルしだしてグランチャーでブッ込みを始めたナッキーを追いかけて休む間もなく再出撃。
これ多分フラグだよなぁ、こんなフラグよりはユニオンのフラッグの方が断然欲しいんだけど。
いいよなあフラッグ、あれの重陸戦用とか設定画見たことあるけど、追加装甲付けてもまだかなり細い。どこが『重』陸戦だよってくらい細い。プレーンなティエレンとガチっただけでも間違いなく折れる。

とか考えている脇ではナッキーがみんなの説得を無視して独自理論でハッスルし続けている訳で。

「君たちはくるんじゃない、グランチャーなら怪しまれずに近づける。俺にはわかる。こいつはオルファンに帰りたがっていない。すぐに呼んでくれなかったオルファンに、怨念返しをしたいんだ」

ヤンデレですね分かります。ヤンデレというか精神的に病んでる人割と多いよなこの作品。全員生き残るけど。

「だがなナッキー、そのまま突っ込ませるとそのグランチャーがラッセ・ブレンのように自爆するのは確定的に明らか。敵地の中でアンチボディを失って無事に帰ってこれると考えた浅はかさは愚かしい」

「そんな真似させやしないさ。フィギュアを狙うだけでいいんだ」

「無理だな、さっきの戦闘で自爆が有効だって学習した可能性だってあるんだ、ここは引き上げよう」

伊佐美勇がすかさずナッキーの反論をカット。これには流石のナッキーも反論の余地なし。
完 全 論 破、というやつだな。ブレンパワードの自爆でオルファンが止まった直後にヤンデレに突撃させるなんて、暗に特攻を勧めているも同然。
ああつまり、捨てられて迎えに来なかった恋人に『一緒に死んで……』とかやるも同然な訳だ。
しかもオルファンの中には自分とは違いちゃんとオルファンに迎え入れられた同種が大量に待ち構えている。途中まで上手く行っても道中で間違いなくヤンデレモードに移行して心中回路が起動するに決まっている。

「ザフトの偵察隊? イージスじゃないか」

ナッキーが反論できずに熟考に入ろうとしたその時、統夜が驚きの声を上げる。
いや実はそんなに驚いていない。多分原作よりは落ち着いた反応をしている。イージス一機にディン二機ならこのメンツで一ターン(現実換算で約一分)も掛からないことは統夜も理解しているから声にもかなり余裕がある。
他の作戦行動中なので追いかける理由も無いのだが、こちらが何か仕掛ける前に二機のディンがチャクラ光にぶつかり爆発した。

「あれは……」

「クインシー、姉さんのグランチャーか!」

仲間を撃墜され反撃しようとイージスが動く。しかし攻撃に入る為の挙動の途中でイイコ・グランチャーに一瞬で懐に潜り込まれソードエクステンションで斬り伏せられてしまった。
早い。というか、動きが気持ち悪い。
同じ姿勢のまま滑るように動くのはいいんだが、その速度と力強さが何時もの他のグランチャーとはケタ違いだ。
通信の向こうで伊佐美勇がオルファンのパワーに同調しているのかとか言っているが、生存本能が刺激されているってのもありそうだ。

「勇……私、殺されちゃう。ガバナーに殺されるのよ。私のグランチャーも。それでは可哀想すぎる……」

「なんだ、なにがあったんだ姉さん。落ち付いて話してくれ」

クインシーの声が震えている。伊佐美勇もそれに気づいているのか、何時になく労わる様な声で聞き返している。
労わるように、落ちつけようとしているのは評価できるが、なんかもう、ほんと駄目だな。
少し選民思想っぽいのに取りつかれているとはいえお前の姉だろうが。こうなる前に体張って受け止めてやるべきだったのにこいつときたら……。
こうなったらもう手遅れ。少し前、具体的には花畑に落下した時にフラグをへし折ったのが最悪だった。なんでこう、見ただけで地雷と分かっている選択肢ばかり選ぶのかこいつは。

「お前のような弟がいるせいで、あたしはガバナーへの忠誠まで疑われているんだ! あたしを姉と思うなら、この世から消えてなくなれぇっ!」

言うや否やユウ・ブレンに襲いかかるイイコ・グランチャー。その間に咄嗟に入り込みソードエクステンションをブレンバーで受け止めるナッキー。
ああぁ、ダメだ駄目だ。姉弟がそんなに仲悪くてどうすんだよ。ナッキー居なかったら今のどっちか死んでたぞ?
ナッキーのグランチャー踏ん張る。ソードエクステンションで斬り合いチャクラ光を撃ちあい、伊佐美勇の代わりに撃墜してやろうと猛攻。
数合打ち合うも、あっさり押し切られて終了。やっぱオルファンに見捨てられたグランチャーじゃ駄目だな。でも弱いが偉い。

「ヒメちゃん! ナッキーを!」

「わかった!」

すかさずヒメ・ブレンが放り出されたナッキーをキャッチ。その場から素早く離れた。これでナッキーの安全は確保完了。

「統夜、ガリ、フォロー行くぞ」

「わかりました!」

「カガリだ!」

素で間違えたが今はそんなことに構っている余裕は無い。速攻でイイコグランチャーを止める。
と、ボウライダーを二体の間にねじ込む前に即効でカガリが反撃でやられた。やっぱこいつカガリじゃなくてガリだ……。
ガリのスカイグラスパーから気にするなとの通信が入ったので一切気にせず作戦続行。ボウライダーで身体ごとぶつかりに行く。

「くっ、邪魔だ、どけぇぇっ!」

グランチャーの腹部をボウライダーの両腕で抱きしめ押さえつけ、ブースターを吹かしユウ・ブレンから引き離す。

「誰が退くか」

「こんの、落ちろ、落ちろ落ちろ落ちろ、勇ぅぅぅっ!」

ソードエクステンションで斬りつけられてもチャクラ光を浴びてもビクともしないボウライダーを引きはがすのを諦めたのか、そのまま我武者羅にチャクラ光を四方八方にまき散らす。
こっちもスーパー系並の馬力で押さえこんではいるものの、今のグランチャーは抑えきれない。
オルファンの近くで抗体レベルの高いグランチャーと力比べとか無茶にも程がある。
フレームから何からスーパー系の機体を参考に組直しているとはいえ、ボウライダーの腕はステゴロには向いていない。
雑魚が多いステージだったので速射砲とブレードが全て使えるようにウェポンラックに換装しっぱなしだったのが痛かった、ブレードで叩き斬っていいならともかく、押さえつけておくなら換装でクローアームを装備しておくべきなのだ。

案の定、こちらの束縛を無視しでたらめに放たれたチャクラ光に被弾し落下するユウ・ブレン。
それを咄嗟に受け止めようと飛び込むベルゼルート、追撃しようとさらに足掻くイイコ・グランチャーからソードエクステンションをもぎ取り、しかしついに引き剥がされた俺のボウライダー。
イイコ・グランチャー以外のその場にいた全ての機体がバイタルネットに接触、いずこともなく飛ばされてしまった
……いずこともなくっていうか、行く先は知っているんだけどな。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

コックピットハッチを開け、ボウライダーの頭の上に立ち周囲を見渡す。

「むぅ」

しんしんと雪が降り、樹や地面を白く染めている。辺りは一面の銀世界。
一見何の変哲も無い雪国の山奥だが、周囲には不自然なオーガニックエナジーの流れを感じる。
以前プレート確保の際に直感的に構成した循環型ではなく、天然自然のバイタルグロウブが偶然何重にも交差して形成している防壁のような結界。それが広い範囲で張られている。
間違いない、ネリー・キムの住処を覆うバイタルネットの結界だ。
どうにもクインシーに弾き飛ばされた時に巻き込まれてしまったらしい。
ここにボウライダーと俺を飛ばしたバイタルネットにベルゼルートも接触していたので、原作通り統夜とサブパイ(今日はカティアだったかな?)も巻き込まれているだろう。

「失敗した、かなぁ」

なんというか、憎み合っている訳でもない姉弟が殺し合うという状況に抑えが利かなかった。本当はあそこでナッキーを追いかける必要すら無かったんだよな、放っておいても丸く纏まるんだし。
いや、直前の戦闘でも姉弟対決とかそんな状況あったけど、あの時はレイズナーよりも早くブラッディカイザルを叩き落としておいたから気にしなかったんだ。
今回は姉と弟のガチ殺し合いに発展しそうで嫌だったんだよなぁ。

ここはネリー・ブレンとユウ・ブレンの再リバイバルの話の舞台で、一応バロンズゥ初登場の話。が、この話は関わるにはメリットが少ない、というか、無い。
DGグランチャーとDGブレンパワードを取り込んだ今、アンチボディの出来る事は大体出来てしまう。突進するデビルガンダムをチャクラシールドで跳ね返すことも鼻歌混じりに出来てしまう。
今さら不完全なネリー・ブレンや操縦者の未熟なバロンズゥを見た所で得るものは何もないのだ。
それこそ他のクルーと訓練するなり遊ぶなり修行するなり、メメメに餌付けするなりなんなりしてる方が有意義なのは間違いない。
しかも、俺が迂闊な行動をとればネリー・ブレンの再リバイバルが起こらなくなる可能性だってある。
万全を期する為にここで俺だけワープして戻るというのもアリだが、そもそもあのバイタルジャンプに一番近い所で巻き込まれたのに俺一人だけ無事ってのは少し不自然過ぎる。
それに、ヒメちゃん張りにオーガニック的な物に敏感なネリー・キムもいる。アンチボディを取り込んでいるとはいえ肉体を完全に人間に擬態させることは可能なはずだが、ああいう連中の直感というのは舐めてかかれない。
正確な日数は忘れたが、たしかこの雪山には数日泊まり込む事になるのだよな。どうにか欺き通すことができればいいのだが……。

「ああもう、しかたない」

何をするにしても、まずは他の二機と合流するのが先決か。コックピット備え付けのレーダーでベルゼルートとユウ・ブレンの場所を確認。
結構近いが、ボウライダーの装甲は大部分が真白なので奇しくも雪上迷彩になってしまっている。あいつらの機体のレーダーが無事かどうかも微妙だし、こちらから探しに行くのが賢明だな。
俺はコックピットに戻り、比較的近くに居るベルゼルートの反応の方へとボウライダーを飛翔させた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

不時着しているベルゼルートの傍らにボウライダーを降下させ、ベルゼルートの脚部表面に手を付き融合、機体の損傷度を調べる。
……ふむ、これだけダメージを受けているのに戦闘機動に支障が無い程度の損傷しかない。相変わらず見た目と設定にそぐわぬ頑丈さ。これだけ頑丈ならブレードの一本も持たせてやればすぐにでも格闘戦もこなせそうなものだが。
中の連中はまだ気絶中かな。とりあえず今のうちにバーニアだけでも修復して飛べるようにして、完全回復させると不自然だからそこそこダメージは残して修復。
こんなもんだろう。あとは中の連中が起きるのを待つだけだ。

と、一息ついたところでベルゼルートのコックピットが開いた。今の融合が見られたか? まあ、カメラの死角だから大丈夫かな。
金髪頭がコックピットからおっかなびっくり外に顔を出す。メメメだ。
意外だ、直前のミッションがひたすらグランチャーを潰すだけのミッションだったから射程の上がるカティアか、次点で攻撃力の上がるテニアかと思ったんだが。

「メルアちゃんか。良かった、とりあえずは無事でなにより」

「あ、卓也さん!」

こちらの顔を確認したメメメがコックピットから身を乗り出し、機体各部を中継して下に降りてくる。片手には緊急修理用の工具箱。
確か昇降用のギミックが付いていた筈だが、不時着して不自然な姿勢になっているせいで使えないのだろう。
メメメもあの見ための印象からは想像できないほど身軽だが、片手であんな曲芸じみた真似をすると、

「きゃっ」

脚を滑らして落下する。下は雪だしもう膝のあたりまで降りているので怪我の心配は無い。無いと理解していてもついつい助けてしまうのが紳士。
紳士でなくナイトならこういった気配りがモテる秘訣に繋がるのだろうが、生憎と俺はナイトでも忍者でもリアルモンクでもなく農民、しかも今現在目指しているのはどちらかと言えばプロトオメガなので小中高と女子にモテた例は無い。
モテモテのプロトオメガなんてどんなジャンルでも見たことが無いし需要も無い、更に言えば俺には姉さんが居るので何ら問題は無いのである。

「ひゃわ、あ、ありがとうございます」

こちらの腕の中で身を小さく縮めて恥ずかしそうに礼を言うメメメ。
今現在の状態は俗に言うプリンセスホールドという女性を抱え運ぶ体勢なのだが、雪山の中この姿勢のままで話を続けるというのは明らかにおかしい。
腕に当たるふくよかな太腿の感触や、胸板に当たる胸部の感触、髪の毛からほのかに香る甘い匂いは金髪属性に反応しない俺を持ってしても無視できない甘美さなのだが、そこをぐっと抑えて地面に下ろす。

「で、そっちの機体の状況は?」

知っているが、まぁ一応聞いておいた方がいいだろう。ここでこれを聞かないのも不自然だしな。
降ろされて露骨に不満そうな顔をしていたメメメが表情をまじめな物に改めた。

「ステータスチェックだと戦闘に支障は無い程度に見えるんですけど、ちゃんと直接目を通しておかないと気になっちゃうんです。ボウライダーはどうですか?」

「ああ、こっちはほぼ無傷だよ」

オルファンの近くでの戦闘だった為、異常なオーガニックエナジーを受けたイイコ・グランチャーに馬力で押し負けたが、攻撃が直接的なダメージに繋がった訳では無い。
しかし、度々機体にチェックが入るから無闇にボウライダーを魔改造できないのが痛いな。
主人公チームの中ではそれなりに避けるスーパー系的な立ち位置のボウライダーだが、オーガニック的なもので強化された強いアンチボディには押し負ける可能性があるということが証明されてしまった訳だ。
もしもあそこで力尽くでしっかりクインシーを押さえこめていれば、ああでもそうなるとユウブレンのパワーアップが出来ない。
感情的になって行動して、しかも思考が支離滅裂。取り込んだアンチボディの性質を上手く最適化出来なかったのか?

「あの、もしよかったら、整備に付き合ってくれませんか? 統夜さんとカティアちゃん、まだ気絶したままみたいだし」

「カティアちゃん? 複座式のコックピットにわざわざ好き好んで三人詰め込んだのか?」

「卓也さんが冷蔵庫を備え付けてくれたじゃないですか、あれ、今回はお菓子を食べる暇は無いだろうって外されちゃったんです。そしたら改造前よりもスペースが余ってたから、それじゃあ試しに三人乗りをしてみようって」

無茶苦茶だな、計器類とか、サポート用の機材は一人分後付けか? それとも機体備え付けのモノを二人で使ったか。
どっちにしろ、本来想定した使い方では無い筈。突貫工事だし、これから更に改修するか、それともやはり三人乗りはお蔵入りか。

「事情は分かった。でもその前に」

振り返り、大きな声で呼びかける。

「そこの人! こっちの機体はコックピットで二人ほど気絶しているんですが、こそこそ覗き見するぐらいなら、そのついでに介抱してやっちゃあくれませんかね!」

木の陰から、赤いドレスのようなコートを身に纏い、髪を後ろで纏めた女性が現れる。

「ごめんなさいね、覗き見するつもりはなかったのだけれど」

このバイタルネットが作る森の結界の住人、ネリー・キムが、複雑そうな表情をこちらに向けていた。

―――――――――――――――――――

×月□日(相変わらず山の中だが、次元連結システムのちょっとした応用で日記帳の召喚に成功、つまり暇を持て余している)

『バイタルネットに乗り、伊佐美勇、統夜、カティア、メメメと一緒にこの雪山に飛ばされて数日が経った。何日経過したか? ……数日だ、この世界で正確な日数を考えようとしない方がいい』

『さて、この生活も数日続いたが、バイタルネットの外側に強力なアンチボディの反応を感じているから、多分明日の朝か昼前辺りにバロンズゥが侵入してくるのだろう』

『ボウライダーの調子は万全、完全にノーダメージだと怪しまれるので装甲表面に多少ダメージがあるように偽装しているが、実際の中身は完全に調整済み。やろうと思えばここでバロンズゥを潰してしまうことも不可能ではない』

『ベルゼルートも、機体全体に多少のダメージはあるものの戦闘可能。中途半端に直しておいたが、それでもしっかりシステムチェックをすると多少の不具合が残っているそうだ。後で少し手を入れておこう』

『ベルゼルートとの合流後に合流したユウ・ブレンは、原作アニメでは一方的にぼろぼろにやられていたが、スパロボの展開だとまだバロンズゥに遭遇していないので両腕共に健在だった』

『しかもこちらの機体数は三機、やりようによっては勝機がある、というかかなりの確率で勝てるはずだが、ここでユウ・ブレンを勝たせても意味はない、気付かれない程度に手を抜いた援護で茶を濁すとしよう』

『それと、山小屋での数日の間、ネリー・キムとも何度か言葉を交わしたが、どうやら俺の身体がアンチボディ的な性質を隠し持っている事に薄々感付いているようだ』

『気付いた上で俺自身には警告も何も発さない、いや、こちらが何も仕掛けてこなければ気にする必要は無いというスタンスなのだろう』

『少々神経が過敏になり過ぎていたらしい、情けない話だ。情けないままでは何なので、いざという時の為に少し入れ知恵もしておいた。これでネリー・ブレンの再リバイバルがおこる確率も上がるだろう』

『とりあえず昼食を済ませてボウライダーのチェックに向かおうと思う。さっさとナデシコに戻って熱い湯船にゆっくり浸かり、風呂上がりのコーヒー牛乳を堪能したいものだ』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「と、こんなもんかな」

工具箱を閉じ、真っ黒に汚れた軍手を外す。

「ここでこれだけ整備出来ただけでも上等だろ」

「そうですね、これならラダムや木星トカゲがでてもどうにでもできる。でも大丈夫なんですか、パーツの流用なんて……」

「なんだ不安か。今まで散々ウリバタケさんがありもので整備してくれてたけど問題無かっただろ。コイツは極一部を除いて一般企業の技術で生産できるレベルの部品しか使ってないからな、ボウライダーのパーツでもしっかり動いてくれるさ」

当然、ナデシコに戻ったらもっと相性のいいパーツと交換するべきだけどな、と付け加えると、統夜は慌てて首を横に振った。

「そうじゃなくて、こんなにベルゼルートにパーツを回して、ボウライダーの方は?」

「今修理に使ったのはもしもの時の為に積んである予備パーツだから大丈夫。戦艦に乗って整備からなにから任せられるような仕事ばっかりじゃないからな」

という名目でこっそり複製した新品同然の予備パーツなんだけどな。
システムチェックで問題があったベルゼルートの破損箇所を、中身はほぼ無傷だったボウライダーのパーツを使って直した、という話。
当然、ボウライダーの戦闘に支障が出ない程度の量で構わないという事だったのだが、雑魚相手とはいえ敵はバロンズゥだけでは無いので念入りに修理しておいたのだ。
この言い訳が通じるかどうかは微妙だったのだが、同じく傭兵をしていた相良辺りとは交流が少ないし、そういう事を想定する奴は居ないと言われてもこの程度ならどうにでもごまかしが利くだろう。

「一応強化パーツのメガブースターも移植しといたから、機動力は普段とあまり変わらない筈だ。ああでも、旋回性能だのバックブースターだのはそのままだから、敵が来ても無闇に突っ込まないように、距離を取って戦うようにな」

「それ以前に、ベルゼルートは接近戦を想定していないのだから普段から突っ込まないで欲しいのだけど……」

「ははは」

カティアの突っ込みに明後日の方向を向いて空笑いで返す統夜。こいつも変な所でスルースキルが身に付いたものだ。むしろこれは少しキャラが違う気がするんだが。

「じゃ、俺は念のためボウライダーの方を再調整しておくから先に行っててくれ」

とりあえずあのオルファン直結グランチャーの出力を計算に入れてボウライダーを少し弄っておかねばならない。

「あ、私手伝います、いいですよね?」

「卓也さんは整備、メルアはその手伝いと。俺たちは小屋に戻ってネリーさんの手伝いだな」

すかさずメメメが手伝いを申し入れ、俺がそれを断るよりも早く統夜が予定を決定してしまった。
こいつ、自分への好意には鈍感な癖に他人から他人への行為には敏感でしかもフォローを入れただと? まるでそこらの少年誌のハーレム系マンガ主人公みたいなスペックになりやがって。
ここで改めて断るのも心象が悪い。仕方ない、メメメには機体の下でブースターの調子だのなんだのを見て貰うという口実で離れて貰って、その隙に作り直すとするか。
ガッツポーズのジェスチャーでメメメに気合を入れるように指示しているカティアとそれに笑顔と力強い頷きで返すメメメを尻目に、俺はウリバタケさんにばれないレベルでのボウライダーの出力強化プランを頭に思い浮かべるのであった。

―――――――――――――――――――

ボウライダーの強化、基本的な部分はウリバタケさんの目が入るからどうしようも無いので裏ワザを使うしか無いという結論で落ち着いた。
バロンズゥの戦力を予測するに、あのオルファンからエナジー直結のグランチャーほど強くは無いだろう。似たようなものをDG細胞で作ったから間違い無い。
さらに言えば相手は姉属性など欠片も持っていないジョナサン、下手に殺さないように、とか考えなければ幾らでも容赦なくTUEEEな戦いができる。

コックピットハッチを開き飛び降りる。地面は事前にボウライダーで踏み固めておいたので着地で埋まる心配は無い。
堅く踏みしめられた雪の地面に着地すると、砲撃形体を取らせていたボウライダーの足もと、メンテナンス用の計器を片手に、メメメが降り積もった雪をぼうっと眺めているのが目に入った。

「メルアちゃん?」

「――え、あ! はい、大丈夫です、こっち側は特に異常無しです」

俺の声に一瞬遅れて反応するメメメ。聞いてもいないのに機体の状況を慌てて報告してきた。

「ああ、うん。そうじゃなくて、どうかした? ずっと景色眺めてたけど」

「……ちょっと、なつかしいな、って。ずっと昔、まだ実験体じゃなくて、お母さんが居て、お父さんが居て……」

「……」

お父さんに、お母さん、か。

「チョコレートケーキ、クッキーに、大きくて凄いカラフルなキャンディーとか……」

メメメは目をつむって、懐かしむようにお菓子の種類を挙げていく。
どんくらい前の話か分からんがよくもまあ覚えているモノだ。実験体時代がつらかったから、そういう数少ない幸せな記憶は強く印象に残ったのか。
それとも、このくらいの年齢の頃は小さい頃の記憶を結構覚えていたりするものなのだろうか。
俺はどうだったか、いまいち思い出せない。

「手作りだったり、お土産だったり?」

「はい、お母さんが作ってくれたり、お父さんが仕事帰りに買ってきてくれたり」

閉じていた瞼を開け、苦笑するメメメ。

「幸せな気持ちになれるんです、お菓子を食べてると。ただお菓子が好きだからなのか、懐かしいからかは分からないんですけど」

「太るぞ」

「もう、真面目な話だったのに……」

唇を尖らせむくれるメメメ、しかし、本気で怒っているような語調ではない。
頬を膨らませた不機嫌な表情のままこちらに歩み寄り、俺の腕を掴み、抱きつくように寄り添った。
腕に抱きついたまま俺の顔を見上げ、眼を細めるように微笑む。

「こうしてても、幸せな気持ちになれるんです。……なんでだか、わかりますか?」

「……」

「ふふ、いいですよ、無理に答えて貰わなくても。でも、もうしばらく、こうしていてください」

腕を抱きしめる力も強くし、こちらの肩に幸せそうに頭をもたれかけてくるメメメ。
なんだかこの状況は、いや、いいか。たまにはこういうのもありと言えばありだろう。
洗脳がどうとか言い出すのは無粋、いや、そもこの世界でやってきたことなんて端から端まで全部無粋の極みだけど、それを洗脳された奴にぶっちゃけるなんて全く意味の無い話だ。
小屋に戻ったら、ホットチョコレートでも淹れてやるか……。

―――――――――――――――――――

一方、ナデシコ。

「うぅ……」

居住区、与えられた個室の中で苦虫を噛み潰したような表情でサポートAI、鳴無美鳥はうんうんと唸り声を上げながら歩いている。

(迎えに、いやでもそんな指示は出て無いし、お兄さんならどうにかなる筈も無いし、ここはおとなしくナデシコで待機、いやいやいやでもでも……)

鳴無美鳥は迷っていた。マスターであり兄のような存在でもある鳴無卓也の不在、というか失踪というか、そういったモノに自分がどう対処すべきか。
理性的な部分ではどっしり構えて、次の出撃に備えているのが一番効率的な選択だと理解している。
今現在のお兄さんなら全裸で最終面に放り出されても、ステージごと一ターンで全敵ユニットを消滅させることが可能。
たかがバロンズゥ一体とグラドスの降下部隊程度に遅れをとる筈がないという確信があった。
が、そんな理屈を超越した所に今の美鳥の心は存在してた。

「おにいさん……」

立ち止まり、ぽつりと呟く。
じわり、と目に涙を浮かばせ、歯を食いしばりながらも口が横に開き、咽喉奥から引き攣るような嗚咽が湧き出そうになる。
大泣きする寸前のような表情。産まれてから数か月、一度も取った事の無い表情だ。
しかし、その表情も長くは続かない。続けせない。
美鳥は自らの痛覚を限界まで人間のそれに近づけると、食いしばっていた顎に更に力を入れた。
ミシィ、という音とともに砕ける奥歯、砕けた歯から伝わる痛みで気合を入れ直す。

(だいじょぶ、お兄さんはだいじょぶだから。下手な手は打たない、次の出撃でお兄さんが飛ばされた雪山に行くはずだから、それまでは我慢、我慢)

砕けた奥歯の大きな欠片を飲み込み、新たに健康な歯を作り再生する。
口の中でザリザリと音を立てる歯の小さな欠片を舌で弄びながら、美鳥は自分を落ち着かせるように思考を再開した。
悩んでいても仕方がない、こうなったら頭の構造を弄って、次の出撃まで目が覚めないように、などと物騒な事を考えていると、コミュニケに通信が入った。

『パイロットの皆さん、グラドスの降下部隊が発見されました、という建前で飛ばされた統夜さんと勇さんと卓也さんの救出に行くことになりましたので、各自の機体で待機をお願いします』

余りにもあまりな言い方に苦笑しようとして失敗、喜びの表情を形作り、その笑いを押し殺す。
どうにもアンチボディを取り込んで、そこから復旧してもまだ感情の制御が上手くいかない。

グランチャーの持つオルファンへの執着や依存の感情が、そのままお兄さんへの物に変換されて美鳥の中に存在しているのだ。

今までにも強い感情はあった。お兄さんへの好意もあった。でも、これほどまでに無条件で誰かに、というかお兄さんに寄り添いたくなるような感情をあたしの精神構造は本来想定していない。
お陰でお兄さんが居ないこの数日、胸が締め付けられるような気持になり、不意に涙があふれてきて膝をかかえて座り込みたくなるなんてことが何度もあった。
感情に振り回されている。でも、不快じゃない。これが生き物の生の感情というもの、オーガニック的な感情なのだから。

「ふふっ」

頬を綻ばせ、笑う。やっとお兄さんが戻ってくる。戻ってきたらどうしようか、まずはキス、これは決まり。
初対面の人間にキスをするような男がなんの問題も無く受け入れられているんだし、兄妹で再会のキスをするくらいならなんら不自然では無い。
しかし、兄妹の行う再開のキスとはどこまでが一般的なものなのか。
舌を入れるのは当然ありとして、抱きついて胸を擦りつける程度のスキンシップもキスの一部と見なされてもいいのではないか。
これまでもなんどもお兄さんと腕を組んで歩いたりしているし、その程度のスキンシップは多めに見て貰えるはず。
再会への期待に胸をふくらませ頭の中身が温かくなり始めた美鳥は、そんな事を考えながらドアを開け、格納庫へと走り出した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

別れの朝が、やってきましたぁ。
一人は死に別れだけど気にしない。ネリー・キム、我らが軍団の糧となるがいい。
そんな事を頭の中で考えつつも表面上は別れを惜しむかのように挨拶を済ませる。
これが野菜の直売所で鍛えた農家自慢のポーカーフェイス……!
どんなムカつくおっさんおばさん兄ちゃん姉ちゃんが来ても笑顔で接客する直売所での野菜売りの基本技能だ。

「ユウや貴方達の行く道は大変だし辛いわ。そこから逃げることはできないでしょうし、きっと貴方達もそれを選ばない。きっとどんな犠牲を払ってでも進むのでしょう」

ネリー・キムがこちらにチラリと視線を送った。どんな犠牲を払ってでも、ってあたり、俺に言ってるんだろうか。
上手くいけば誰も損をしないで終わるんだが、そういう希望的なイメージは湧かなかったのか?
やっぱり基本的に侵略者で掠奪者的な部分が多大にあるからなぁ、そういうイメージになってしまうんだろう。ああいや、この世界だと盗むよりも違法コピーの回数の方が多いか。
なんだか余計に小物臭いが気にしない。

「……そうだね」

伊佐美勇が『逃げない』の辺りに頷くと同時、森の向こうから飛来したチャクラ光によって、ネリー・キムの山小屋が爆発した。

「何だ!?」

「ネリーの小屋が!」

さて、せっかくこんな場所で数日過ごしたんだ。オリジナルのバロンズゥの性能、しっかりと確認させて貰おうか。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「ジョナサン! お前の相手はこっちだと言った!」

応急修理とはいえ、殆ど全快と言って差し支えない程に修理されたベルゼルートが、距離をとりつつ両手に構えた二丁のショートランチャーをバロンズゥに向けた。

「舐めるな、機械人形が! 進化したグランチャーであるバロンズゥの力、まずは貴様が受けたいというならそうしてやる! いけよやァ!!」

ショートランチャーから放たれるオルゴン粒子の弾丸を掻い潜りフィンで斬り払い、バイタルジャンプも使わずに一瞬で数百メートルはあった距離を詰めるバロンズゥ。
進化したグランチャーを名乗るだけあって早い、これが俗に言うデモ戦闘パートであることを差し引いても、今の動きは並みのグランチャーではまかり間違ってもできる動きではない。
まだ僅かにフィンで叩き斬るには距離が開き過ぎているが、触手状に伸ばしたフィンでベルゼルートのショートランチャーを一撃で叩き落とした。
手から落とされたショートランチャーはそのままに腰部にマウントされているオルゴンライフルに手を伸ばすベルゼルート。
しかしバロンズゥはその僅かな隙に更に接近、ブレード状に形を変えたフィンで袈裟掛けに斬りかかる。コックピットを抉る直撃コース。

「死ねってことよぉ!」

ノリノリのジョナサンの叫び声が聞こえるが、流石にそこまでやらせる訳にはいかん。
ボウライダーの両手の速射砲を単発モードに切り替え、振り下ろされるフィンの先端に砲撃、斬線を逸らしベルゼルートがギリギリで回避できる隙を作る。
が、砲撃を喰らったフィンブレードの斬線が思ったよりもずれない。荒っぽい動かし方しかできないなりに、パワーだけは有り余ってますってか?
ベルゼルートも直撃こそは避けたものの胸部装甲がザックリと斬られ、その衝撃で吹き飛ばされた。
追撃で伸ばされる触手状のフィンを、バロンズゥから遠ざかるようにして回避を繰り返す。

「なんだ、こいつ、グランチャーのパワーじゃない……!? 勇、卓也さん、そいつ普通じゃない! 気を付けろ!」

吹き飛ばされながらもさらにバロンズゥから距離を取り、改めてオルゴンライフルを構えるベルゼルート。
ベルゼルートが退くことで空いたスペースにユウ・ブレンが飛びこむ。
近づいてくるブレンを歓迎するかのように両腕を広げ、同時にフィンを広げるバロンズゥ。

「ユウ、オーガニック・エナジーがつくってくれた再会のチャンス、共に祝おう!」

狂気じみたジョナサンの叫びを無視し、伊佐美勇がユウ・ブレンに話しかけている。

「やる気なのかブレン!? やれるのか、あんな変なグランチャーとも!?」

ブレンバーからチャクラ光を放つもバロンズゥの連続バイタルジャンプによって全弾回避され、逆にフィンによる斬撃を受けて片腕片足を落とされるユウ・ブレン。
バロンズゥを操るジョナサンからすれば、今のは殺す気で放った一撃だったのだろう。それを喰らって生きている伊佐美勇に歓喜の叫びをあげる。

「ハハハッ! かつての戦友だ。このくらい力があったほうが倒しがいがあるってもんだ!」

「くそっ、ネリー、俺達のことはいい! 一人で逃げてくれ!」

「馬鹿な事を言わないで。ユウブレンを見れば、あなたを守らなくてはならないのは私とネリー・ブレンです!」

ネリー・ブレンがユウ・ブレンを庇うようにバロンズゥに斬りかかるが、逆にチャクラ光で片足を破壊されてしまった。
悩んでいる内に進化の必要条件を満たしたな。オリジナルのバロンズゥがどんなもんかは見れたし、ここからは手を入れてもいいだろう。
互いを庇い合うようにして支え合っている片腕片足のユウ・ブレンと片足のネリー・ブレンとそれに相対するバロンズゥの間に割り込み、ブレンとベルゼルートに通信を入れる。

「ネリーさん、伊佐美、二人は一緒に下がっててくれ。この場は俺と統夜でどうにかする」

「無茶だ! 全員で行かなけりゃ、あの変なのは止められない!」

いや実は単騎で余裕だけど。そうじゃなくて、いや、ここは伊佐美よりネリーの直感に期待だな。

「そんな『不完全な状態』のブレンパワードじゃどうにもならないって言ってんだよ! いいから『今』は後ろに下がってろ!」

不完全、という言葉を強調して語気を強めに言い放つ。ちゃんと意味を汲んでくれるかな?

「……そう、そうね。完全じゃないとどうにもならない。ユウ、ここは彼らに任せて一旦引きましょう」

「ネリー?」

どことなく納得した風のネリーと、何を言っているのか分からないといった風の伊佐美勇を乗せ、肩を寄せ合い後方に下がっていく二人のブレンパワード。
あの損傷で足りるか? まぁ、不完全であるという自覚とこのままではやられてしまうという危機的状況はあるから、確率的には行ける筈か。

「ジョナサン、目の前の機械人形など相手にするな。中途半端な攻撃はアンチボディに力を与えることがある、ネリー・キムのブレンパワードの抹殺を優先するのだ。あれは危険なのだ、ジョナサン」

いかにも怪しい鎧姿の謎の人物、バロン・マクシミリアンが丘の上から大声でジョナサンに指示を出している。
これはこれでよし。ここで適当に痛めつけて退かせるのは当然として、もし今のブレンの損傷がリバイバルするに足りなかった場合はバロンズゥにもう一度攻撃させなきゃいかんしな。

「統夜、俺が前で斬りかかって動きを封じるから、お前は遠距離から、そう、遠距離から援護を頼む」

「……なんで遠距離を二回?」

「大事なことだからよ」

微妙な表情で疑問符を浮かべる統夜と、さらっと突っ込みを入れるカティア。
実際問題、完全に他からの援護が望めない二機連携なのでそこら辺はきっちりしておかないと無駄に混乱するので必要なことなのだ。

「あの、なにかあるんですか、あの二人に」

黙って静かに機体の制御を担当していたメメメが通信越しにこちらに疑問の声を上げた。
統夜とカティアは気付かなかったががどうやらメメメはあのセリフのどこを強調して言ったか、というのを少し汲み取ったようだ。
ぽやっとしつつもしっかりとした芯があり、観察力に優れるという設定は洗脳済みでもきっちり生きているらしい。

「面白いことが起こるかもしれないんだよ。ここでこいつを抑えていれば」

ぼかして答えながら二門の速射砲を両肩のウェポンラックにマウントし、ブレードとレーザーダガーを展開。
重力制御により、バロンズゥに向かって急速に『落ちて』行くボウライダー、さらにメインブースターと強化パーツのメガブースター二個を吹かし加速、ブレードをバロンズゥに向けて叩きつける。
激突の衝撃で大きく後退しながらも、ブレードを辛うじてフィンで受け止めたバロンズゥからジョナサンの叫び声が聞こえてきた。

「ぐぅぅっ! 邪魔だと言ったぁっ!」

「邪魔してんだから当たり前だ、と返してやろう」

ブレードとフィンで鍔迫り合いながら兆発する。力を得て調子に乗っている今ならあっさり乗っかってくれるだろう。
案の定、後ろに引くでもなくバイタルジャンプするでもなく、フィンを押す力を強めてくるバロンズゥ。

「ふん、いいだろう! どちらにしろ、あの女のブレンを抹殺するには邪魔になる、貴様から始末してやるぞ、機械人形!」

そう叫ぶと共に残りのフィンをボウライダーに突き刺しにかかってきた。
肩の速射砲は距離が近すぎて使えず、ブレードをフィンで押し合っている今ならどうにでも料理できると踏んだか。
だがまぁ、そこまで手加減するつもりはない。

回転鋸型ブレード起動、超電磁フィールド展開。鍔迫り合いしていたフィンを一瞬で切断、身を回すようにして迫る触手状のフィンを叩き切る。
数本斬り損ねるが、その数本は彼方から飛来したオルゴン粒子の結晶弾に撃ち落とされた。
結晶弾が飛んできた方角に頭部カメラアイを向けズーム、何時の間にかバイタルネットの結界ギリギリまで遠ざかったベルゼルートが、地に片膝をついてこちらにオルゴンライフルを向けている姿が映った。

「良い感じです!」

「このまま遠距離から狙撃でいきましょう。遠距離からね、近付かないように」

「言われなくても分かってる!」

通信から聞こえる姦しいやり取りを聞き、ベルゼルートから再び眼前のバロンズゥに視線を戻す。
さて、アンチボディがパイロットの気持も酌むなら、今の自分たちの無力感とかそういったものを刺激する程度に苦戦してみせなきゃならんのだが……。
逆に、向こうに行ったブレン二機の危機感を煽るほど残酷に圧倒的にバロンズゥを叩きのめし、パイロットの分まで無力感というか、完全体にならなければ自分たちまでやられる! 的な感情を想起させてやるのもありだろう。
そんな訳で、精々派手に暴れてやりますか。

―――――――――――――――――――

一方、バロンズゥを統夜と卓也に任せた伊佐美勇とネリー・キムの二人。

「う、ブレン……」

「これは、リバイバルの光、プレートがあったのか!? ネリー!」

欠けたパーツを補う合うように支え合い立っている二人のブレンパワード、その周囲をリバイバルの光のカーテンが覆っている。
伊佐美勇はネリー・ブレンのコックピットに乗り移り、オーガニックエナジーを吸い取られ衰弱しているネリーを抱きかかえていた。

「始まったのね。あなたと会ってようやくわかったの、あの人が言った通り、この子は完全じゃなかった。もう一度リバイバルが必要だったのよ」

ネリー・キムとネリー・ブレンはこの数日、白い機体に乗った人物を観察し、幾度か言葉を交わしていた。
ネリー・ブレンが恐怖とも共感とも言える奇妙な感覚を覚えた人物は、このブレンを不完全だと言い、そのためには必要な出会いが今なのだと、まるで預言者のような口ぶりで告げた。
進化を自ら欲するきっかけと、新しいブレンを育てる強い親が必要だ、と。


――遠くから、激しくも重苦しい重低音が聞こえてくる。アンチボディ・バロンズゥの悲鳴のような叫びも。
ここからはその光景は見えないが、あの恐ろしいバロンズゥを一方的に嬲っているのだろう。時折上がるバロンズゥの叫びを聞き、ネリー・ブレンが怯えている。
恐怖に身を竦めるネリー・ブレンを満身創痍のユウ・ブレンが支えている。精神的な意味での話だ。
進化しなければあの恐ろしい存在から生き延びることが出来ない。一人では戦えない。進化する為の身体も一人分では足りない。相手もこのままでは生き延びることが出来ない。
肉体的に不完全なものと精神的に不完全なものが補い合い、完全な存在に生まれ変わる。

……恐ろしいほど一気に条件が整ってしまった。もしかすると、こういう状況になることを予見していたのかもしれない。
だとすればあの男は……、いや、仮に思い通りだったとしても、今出来ることは何もない。ただこの子たちのリバイバルを見届けることしかできない。この命の最後の時間を使って。

「この子がここを出たがらなかったのは、ユウ、あなたのような人を待っていたからだった。命を与えられた者の可能性を探す為に」

あるいは、悪意ある存在から守り通す為に。

「誰が与えた可能性だ」

「それはあなたが探して。私にはブレンに吸い取られる程度の命しか残っていなかった。でもあなたなら、ブレン達を強く育てて、私の分まで生かさせてくれる。この子の力で、あなたの大切な人達も守ってあげればいい。外敵からも、身の内の悪意からも」

「身の内の、悪意?」

これしか言えない、まだ決まった訳では無いから。他を顧みないだけで、まだ邪悪なものだと決まった訳では無い。
思い出す、この数日の生活の中、あの男が気まぐれに語った想い人の話。その人の為になろうという献身の意思。
あの男の中にも、確かに邪悪では無いものが存在していたのだから。

「ネリー……?」

――ユウブレンと、命を吸い取られたネリー・キムの肉体がリバイバルの光に溶け込んでいく。
その光景に呆気にとられ呆然としている伊佐美勇の耳に、ネリーキムの囁きが聞こえた。

(悲しまないで。わたしは孤独では無かったわ、いつでも。最後には貴方達にも会えた。……ユウ、忘れないでね。憎しみだけで戦わないで。それではオルファンも、いえ、何も止められないわ……)

ネリー・キムとユウ・ブレンの融けた光がネリー・ブレンに収束し、リバイバルが完成した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

超電磁フィールドの光を伴わず、純粋に回転鋸としての機能を発揮し、ギュルギュルと唸り声を上げるブレードがバロンズゥの装甲を削る。
戦闘に必要な筋肉に相当する積層構造が存在する深さまでは達さない絶妙な手加減の成された斬撃。
見ればバロンズゥの表面はそのような傷で無数に覆われ、フィンも幾度引きちぎられたのがぼろ雑巾のような有様になっている。
バイタルジャンプでボウライダーの背後に回り、ブレードも届かず砲撃も出来ない位置に付いたバロンズゥ。
しかし、肩のウェポンラックにマウントされた速射砲が接続部分を基点にぐりんと大きく回転し、その頑強な砲身でバロンズゥの顎を殴りつけた。
離れれば速射砲、近寄ればブレード、背後は死角ではなく、逃げることもネリー・ブレンを追うこともできず、バロンズゥはその身を削られていく。

「あぁはっはぁっ! ごめんねぇ、強くてさぁ!」

ボウライダーのパイロットである鳴無卓也が叫ぶ。
当然通信は切ってあるのでこの叫びは聞こえていない。聞かせられないようなことを口走ってしまうだろうという予測は付いていたからだ。
テンションを上げ、本能の趣くままに力を振るい、ただ只管に目の前の獲物を嬲っている。
操縦桿から機体に神経を張り巡らせ、ボウライダーと普段以上に一体化し、短剣と鋸を手に、砲撃のリズムに乗り、手拍子のような狙撃音に合わせ、踊り狂うようにボウライダーを振り回す。

嬲っている、殺す為では無く破壊する為でも無く、ただ悲鳴と恐怖の感情を引き出すためだけの攻撃。圧倒的な力を示す為だけの蹂躙。
バロンズゥを目の前にしながら、バロンズゥを傷めつけながら、あくまでもこの行為はネリーブレンの再リバイバルを促すためだけに行われている。
逃がす事もしない。バイタル・グロウブの流れが目にはっきりと見える卓也は、バロンズゥが逃走する為のルートをボウライダーの身体を割り込ませることで潰し続けている。

反撃を喰らいそうになることもある。
しかし、チャクラの流れ、バイタル・エナジーの流れを正確に察知することによって、卓也の眼にはバロンズゥの十数秒先の動きまでも映っているも同然。
バロンズゥが必死にフィンを振り回そうとも片端からいなされ流され、チャクラ光はその軌道からあっさりと移動され回避される。

バロン・マクシミリアンが先ほどからバロンズゥのジョナサンに向かって指示を出している。
その必死な姿を見て、ボウライダーのコックピットの中で鳴無卓也は口の端を三日月のように釣り上げ、嗤った。
愉快そうに、滑稽に、皮肉に、嘲るように、羨むように。喉の奥からくつくつと絞り出すように笑い声を響かせて。

――いいな、この感じ。感動的だ。お次は『かわいいジョン』とでも続けるか?
遠目には、バロンズゥの速さに付いて行けず、ブレードも砲撃もギリギリのところで回避されているように見えるだろう。
だからこそ狙撃での援護が続いている。斬り損ねのフィンを撃ち落とす結晶弾が絶え間なく撃ち出されているのがなによりの証拠だ。

(と、そろそろいい頃合いだろう。どんな具合かな……?)

バロンズゥから距離を取り、二体のブレンパワードが引っこんでいった森の方角に顔を向けるボウライダー。同時に、眩いオーガニックエナジーの渦、リバイバルの光が溢れ出した。
成功だ。この数日結界の中を探索してみたが一切プレートは発見できなかった。間違いなくあれはネリーブレンの再リバイバルの光。

――これが見たかったんだ。未熟なバロンズゥでもなく不完全なネリーブレンでもなく、既にリバイバルしているアンチボディが再びリバイバルする瞬間というものを!
これが達成できたのならもう用済みとばかりにボウライダーをバイタルグロウブに続くラインから退かせ、満身創痍のバロンズゥに道を譲る。
すかさずバイタルグロウブに乗りジャンプする、バロンを掌に乗せたバロンズゥ。
ここからオルファンまで一発でたどり着けるものでも無いし、到着するころには再生してほぼ無傷の状態になっているだろう。
これでテンションを上げる必要はなくなった。表情を元に戻し、通信を繋ぐ。

「なんとか退いてくれましたね……」

「あのリバイバルを恐れてのことだろうな」

森の中から未だに溢れ続けているリバイバルの光。
実際は道が空いてようやく逃げられたというところだが、確かにあの光がチャクラ光になって襲い掛かってきたら溜まったものでは無いのも確かだろう。
光が収まり、森の中からユウ・ブレンの色に染まったネリーブレンが現れた。
さて、ここからは消化試合、適当に無人兵器を散らしたらこんどこそナデシコの大浴場でゆっくり湯に浸るとしよう。

―――――――――――――――――――

×月■日(版権スーパー系コンプリート!)

『とか思ったが、別にそんなことは無かったぜ! まだダンクーガのパワーアップイベントが残ってたりするんだ、これがな』

『でも野性とかあんまり分からんし、取りあえず取り込んではあるけど、使い道はなさそうだなぁ』

『ともあれ、マジンカイザーは無事カイザースクランダーとカイザーブレード解禁。俺もそれを複製してマジンカイザーのデータ、及びグレートマジンガーの完全版のデータを入手』

『そうそう、久しぶりに八卦ロボが出てきたがとんでもないわがままボーイだったので手加減無しでフルボッコにしてやった。中性的なイケメンにして貰った恩を仇で返そうとする大バカモノにはふさわしい末路だと言える』

『まぁ結局止めはメイオウ様が刺したわけであるが。これでなんとかGゼオライマー登場フラグだけは立てることができそうだ』

『その後のダナンの潜水艦ジャック事件もさらっと終了。八卦ロボの山、地、雷も全機でかかって叩きのめしたらあっというまに逃げていった』

『この話では顔見せだけ、Gゼオの条件は次の次の話なのでダメージ調整とか気にせず速射砲の的にしてやった。ゼオライマーに撃墜させるように仕向けたりしなければ楽な相手だ。正直、ラムダドライバの分だけベヒモスのが面倒くさい』

『ここまでどうにかGゼオライマーの出現フラグだけは満たしてきたし、ほぼ確定かな。どっちにしろもうほとんど機体は完成しているだろうし、これ書いた後で鉄甲龍要塞に乗り込んで回収しておこう』

『で、更にその後も例によって例の如く空気を読まずに喧嘩売ってきたザフトと連戦。これは特に書いておくことも無く終了』

『次はルート分岐、どっち行っても統夜が選んだルートでフューリーが出てくるんだよなぁ』

『前にアル=ヴァンが言ってた悪鬼云々についても聞きたいし、できれば統夜には残留ルートを選んでほしいものだ』

―――――――――――――――――――

鉄甲龍要塞内、幽羅帝専用機格納庫。

「なるほど、大体分かった。」

座標を覚えていたので途中砂漠などを中継せずに直で要塞内部にワープ、他の八卦衆の機体の設計図のデータやら予備パーツを拾い、幽羅帝専用機の確認をしに来た。
登場直前の八卦衆の残り三機をゼオライマーで撃墜するのが条件の一つであるGゼオライマー。
そこでゼオライマー以外で撃墜するとハウドラゴンになるのだが、そのからくりは実に簡単。
このGゼオライマーとハウドラゴン、ガワが違うだけの同機体なのだ。

「着せ替え式とはなかなか趣味的な男だったようだな」

「盗撮マニアだからねぇ……」

サポートとして付いてきた美鳥がしみじみと呟く。ドラマCDネタは自重するべきだと思うが、実際葎の仮面コレクションを発見している手前どうにも弁護のしようが無い。
まぁ、実際次元連結システムは人一人分のスペースがあれば簡単に搭載できてしまうから、ハウドラゴンとグレートゼオライマーの中身が一緒でもなんら不都合は無い訳で。

「これで、ゼオライマー系の機体はコンプリートだな」

「よっしゃ、時間も少し余ってるし、ちょっと寄り道してもいいよね。そろそろ水着でバカンスな話があるからさ、一緒に水着選んでもらえると嬉しいなぁ」

やたらはしゃいでいるが仕方ない、なにしろ美鳥にとっては水着も海水浴も文字通り生まれて初めての体験なのだ。
元になる生地も存在しないので複製して済ませるとかもできないし、どうせスパロボ世界に来ているのだから、スパロボオリジナル主人公達の奇抜なファッションを支えるこの世界のデザイナーが作った水着を手に入れるのも一興だろう。
お、そう考えるとこの世界で水着やら下着やら買ったら姉さんへのいいお土産になりそうだ。
姉さんのスリーサイズも当然覚えているし、美鳥の水着を選ぶついでに姉さんへのお土産も探しておこう。




続く

―――――――――――――――――――

丸一話使って『カーテンの向こうへ』に主人公を挿入する話終了。
書ける時にささっと書いて、思いついたらシーンとシーンの間にさらに新たなシーンを挿入して、って感じで作ってるので、前後のシーンで微妙につじつまが合って無かったらどうしようとか戦々恐々。
一応その辺りは誤字探ししつつ推敲する上で探しているんですけど、見逃がしがあるかもなので、見つけたら誤字と同じくご一報ください。
今回試験的に地の文弄ってみました。後半のネリーの独白部分から一人称の文と三人称の文が何回か切り替わってます。読みづらいとか分かりにくいとかご意見頂ければありゃりゃす。
前回少しエロいこと書いたから今回は賢者モード。シリアスというか、静かだったり残虐だったりでエロくないお話でした。
実はラストの鉄甲龍要塞で、

鉄甲龍の戦闘員に見つかりそうになる→サポAIが一瞬で首刈って始末→ご褒美下さい→敵地の真ん中で結界も張らずに『人が来ちゃうよぉ……!』プレイ開始!

みたいな流れもあったんですが、二話連続でエロシーン入れるのもなんだし、全年齢表現ギリギリのラインが見極められなかったり、エロばっかりやってると打ち切りになるジンクスがあるので自重しました。


機能しているのかも必要なのかも分からない、セルフ突っ込みこうなぁ。忘れられてそうな内容のおさらい含む。

Qなんで主人公は勇とイイコの間に割って入ったの?
A本文中でも言っていた通り、姉と弟が殺し合うとか無いわぁ、という考えがあったんです。その辺踏まえてブラッディカイザルはエイジが話しかけるよりも早く、グラビティブラストの開幕ぶっぱで潰してます。
殺さなかったのは、エイジ姉は条件満たさなければ勝手に死ぬからいいとして、本来生き残る運命にある姉属性の人を殺すのをためらったとかそんな。つまりこの雪山エピソードに絡ませる為の天の意思、作者の都合です。

Qなんでこのエピソード?
A最終回の展開とかの為にメメメとの親密そうな、というか、メルアが主人公に洗脳されてどの程度慕っているかという描写をする為。限定された環境で、なおかつ普段べったりなサポAIを主人公から引きはがしてくっつけやすくするため。
ほんとうはネリーに、あの男は危険~みたいなことを言わせたかったんだけど、そういう複線を回収する自信が無かったり。
ていうか、スパロボ編初期で説明した主人公の使う洗脳術の方式、某有名ラノベのアンチの的になり易い設定(原作設定だか二次創作設定だかは忘れた)を参考にしてるんだけど、突っ込み無いですねぇ寂しいですねぇ。
ついでに言えば『ごめんねぇ、強くてさぁ!』と主人公に言わせたかったのでわかりやすい強キャラであるバロンズゥを生贄にするためにこの話を選んだとも言える。

Q統夜に遠距離から狙うようにしつこく言い含めたのは何で?
A主人公の戦い方を見て成長したため、J主人公である統夜がやたら接近したがる感じになっているから。その辺含めて微妙に複線です。

Q主人公、メメメ洗脳とか痛めつける戦闘とか、外道過ぎない?
Aこの主人公が正道を歩んでいるように見える人は居ないので問題ないです。


次回、多分少しフューリー関係でシリアスやってお色気担当な水着話。予告は思いつかないのでこの辺で。
そろそろ主人公が離脱ということで、ややメメメとかその辺との絡みを押して行きますよ!当然予定は未定ですが。
まぁメメメ的にはどう足掻いてもバッドエンド確定なんですが。

しかし、このSSってどういう分類なんでしょうかね。ギャグでもなくかといってシリアスというほど空気が固い訳でも無く。
ネタSSってのが適格なのかもしれませんが、狙ってネタ入れてる訳じゃ無いからそうとも言い切れず……。
的確な分類法とかあったらご一報ください

そんなわけで、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよなどといったアドバイス全般や、作品を読んでみての感想とか、心からお待ちしております。



[14434] 第十七話「凶兆と休養」
Name: ここち◆92520f4f ID:56c6d2cc
Date: 2010/04/23 17:05
遠目に映る鉄甲龍要塞はもはや見る影も無い程に粉々に砕け、もうもうと煙と炎をまき散らしている。
世界中のネットワークを支配し地球圏を冥界へと導かんとする秘密組織、鉄甲龍の終わりを告げる光景だった。

「ふん……」

その光景を詰まらなそうに見ながら、従士が駆るリュンピーやドナ・リュンピー、ガンジャールなどの量産機を引き連れたジュア=ムは、ヴォルレントのコックピットの中で不機嫌そうに鼻を鳴らした。
今回の出撃の目的は、フューリーにとって脅威になり得る可能性のある転移機能を持つ地球人の機体、ゼオライマーの調査、それ以外の行動は何一つ許されて居ない。
これは直属の上司たる騎士、アル=ヴァン・ランクスから厳重に言い聞かされた命令で、準騎士であるジュア=ムでは逆らうことも反駁することも許されない絶対の命令であった。

(アル=ヴァン様はあいつと会ってから、いや、それよりもあの白い機体か、あの白い機体と戦ってからお変りになられた)

実験体の乗るガラクタ、それを操る裏切り者と思しき者の事を重要視しているのは確かだ。なにしろあの機体は、こちらを絶対的優位に立たせているラースエイレムを無効化する機能を備えているのだから。
だがそれだけではない、あのカワサキシティなる街で戦っていた白い不格好な人型、あの機体と搭乗者を異常な程に危険視している。
確かに強かった。従士とはいえ前線に出ることを許された者達が瞬く間に撃墜されていったのだ。その強さを認めない訳にはいかないだろう。
しかし、あくまでもそれは対等の条件でやりあえばの話。
それこそあのガラクタと実験体を潰してしまえば、ラースエイレムによって止まった的になり下がる程度のものでしか無い。

(何を恐れておられるのですか? あのような猿どものガラクタ風情に)

いっその事自分が出向いてあのガラクタも白い機体も始末してしまおうか。
あの白い機体も難敵ではあるが、どうにかして実験体の乗るガラクタを先に始末してしまえばラースエイレムでどうとでも料理できる。
……以外といい思いつきだ。あの二機を始末すればあの方はもとに戻られるに違いない。
総代騎士であるグ=ランドン様からも、あのラースエイレムを阻害する機体は機会があれば最優先で潰しておけ、との命令を受けている。
命令違反もそれで全てチャラ、尊敬するアル=ヴァン様も元通りで万事解決だ。

「近辺にあの部隊の反応がある。全機俺に続け、この機会に一気に叩く」

「は、しかし準騎士殿、今回我らが出た目的は、あくまでもあの転位システムを持つ機体の調査のため。それ以外の行動、特にあの部隊との交戦は厳重に禁じられ……」

「その機体が今まさに吹き飛んだのを確認したところだろうが。調査はこれで終了、そもそもあの機体さえ居なけりゃ、そんなまどろっこしい事はしなくて済むんだ。そうだろう?」

「ですがジュア=ム殿、騎士様の命令では」

「いいからお前たちは言われた通りにしてればいいんだよ! あいつは俺達の目的のためには存在しちゃいけないものなんだ! 総代騎士であるグ=ランドン様も機会があればそうせよとおっしゃっていた! すべては我らが民たちの為、アル=ヴァン様とて認めてくれる!」

「……は!」

民の為という言葉か、総代騎士直々の命という大義名分の為か、そのどちらの言葉に反応したか、従士はしばしの黙考の末に力強く頷いた。
そう、すべては我らが民の安寧の為、その為に力を尽くすのだ。
そう、在りし日のアル=ヴァン様にお戻り頂く為に、あのガラクタどもを始末する。
それぞれに強い決意を胸に秘め、従士達と準騎士は目標地点へと転位した。

―――――――――――――――――――

鉄甲龍要塞から少し離れた砂漠地帯、ジュア=ム率いる従士の軍団が転位を終えると、そこには破壊し尽くされたASや八卦ロボの残骸で埋め尽くされていた。
だがその破壊痕を生み出した戦闘機械の軍団を前にしてもジュア=ムの余裕は崩れない。

「よぉし、かかるぞお前たち! いいな、目標は奴のみだ。邪魔ならあとのゴミどもも潰せ。今日こそ、俺達の手であれを仕留めるぞ!」

砂漠で傭兵や八卦衆と戦闘を繰り広げていたアークエンジェルと特務部隊の機体群も、ジュア=ム達の目標がベルゼルートであることを承知しているのか、ベルゼルートを守るような陣形を組み直す。
消耗の大きい機体は一旦母艦に戻り整備と補給を受けるのだろう。幾つかの機体がアークエンジェルへと帰艦していく。
ダメージが少ない機体、あるいは補給の必要の無い機体は引き続きフューリーの機体へと攻撃を仕掛けていく。

そんな中、奇妙な存在感を発する機体にジュア=ムは気付いた。
両肩に二門の砲を備え、両腕にはそれぞれ奇怪な形の実体剣と短い刀身の光学剣を携え、全身を白の装甲に覆い、随所に黒が入った歪な人型。
尊敬する騎士、アル=ヴァン・ランクスと切り結び、專用の武器であるソードライフルを破壊し撤退せしめた憎き強敵。
その人型が、砂地に横たわるASの残骸を足蹴にしながらこちらを見上げている。

「……ぅ、あ……?」

その光景を見た瞬間、ジュア=ムは奇妙な感覚に陥った。
サイトロンの運んでくる未来の記憶の断片。いままで訓練の中で僅かな回数だけ発動した未来予知。
しかし、それを見ているのは自分であって自分では無い。奇妙な、生きているのか死んでいるのかさえ不確かになる不快な揺らぎ。

(俺は、あの機体に、あの機体を……)

記憶が揺らぐ。単純な時系列さえも正確性を失い、過去のものとも未来のものとも判別できない。
だが、確かな事がある。
あれを、あの存在をすぐさま破壊しなければ、破壊しなければ自分たちは、騎士団は、守るべき民は、フューリーは、悲願は――。

グシャリ、と、眼下の白の機体が、足蹴にしていたASの残骸の頭を踏みつぶす。
その踏みつぶされた頭が、自らの姿と重なりあい、ジュア=ムは咽喉奥がひりひりと乾くような感覚を覚えた。
声を出そうとして失敗する。声を出せたならば今すぐにでも部下に出した指示を変更するが、咽喉を湿らせる時間も惜しい。

(あれは、『駄目』だ。ここで、今スグに、今ならまだ、どうにでもなる、どうにでもしなければ、破壊しなければ──!)

処理しきれぬ未来の情報に脳が熱を持ち、腸にナイフをひたひたと押し当てられているような冷たさが全身を支配し、思考が空回る。
冷静な思考を行えなくなったジュア=ムだが、一つだけはっきりと自覚できる感情があった。この敵に対し自らが抱いている強い感情。
極々単純な生命危機への恐怖、人としての尊厳を踏み散らかされることへの恐怖。
そして、その感情を自覚すると共に、一つの教え、自らに課せられた使命が頭をよぎる。騎士として民を、守るべき存在達を守るという使命感。
恐怖、そしてその僅かながら備えていた使命感が、ジュア=ムの身体を突き動かした。

―――――――――――――――――――

「っんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

唾を飲み込み、雄たけびをあげて自らを鼓舞しながらビームライフルを乱射するジュア=ムのヴォルレント。
白の機体――ボウライダーは撃ち出されるビームを避けようともせず、両肩の砲を迫るヴォルレントへゆっくりと向けた。
こちらの方が早い、迎撃されるよりも早く撃墜し破壊できる。
しかし、そんな自分でも信じることのできない予測、期待はやはり見事に外れた。
淡く輝く薄いバリア。それが放たれたビームのことごとくを明後日の方向に逸らし、運良くバリアを貫いたビームもその威力を大きく減衰させ、白い装甲を緩く温めただけで終わってしまった。

バリアの存在を失念していた迂闊さにジュア=ムが舌打ちをする間もなく、ヴォルレントへ反撃が襲いかかる。
ボウライダーの肩にマウントされた砲から、超音速の砲弾が文字通り途絶える事無く吐き出された。
が、砲弾が吐き出される寸前に既にオルゴンクラウドでボウライダーの後方へ転位、エネルギーソードを展開し、全力を持って斬りかかるヴォルレント。
回避の難しい相手の攻撃に対し、反射的に空間転位を行い回避、そのまま自らが攻撃可能な状況へと持ち込む。
準騎士以上のものでも使えるものの少ない空間転位を織り交ぜた多次元機動を基礎とした戦闘法、咄嗟にそれが実践できたのは日頃の訓練の賜物であった。

「これなら、どうだよっ!」

あの機体形状ならばこの角度ならばどのような攻撃も返せない。ここからならば装甲に覆われていない間接部分が丸見え、ソードをねじ込み切り裂くことが出来る。
振り向いての防御も間に合わない、あの両腕のブレードとバリア以外の防御方法はここまで確認していない。
貰った。ジュア=ムはそう確信した。

そう、確信していた。キシィ、と金属を擦り合わせるような、そんなとても破壊出来たとは思え無いような軽い音を耳にするまでは。

「なっ――」

受け止められていた。ブレードではない、シールドでもない、ではそれは何か。
砲だ。肩に備え付けられていた砲身が回転し、条件さえ揃えば現時点で地球最硬を誇る超合金ニューZαさえも切り裂く事の可能なエネルギーソードが、受け止められていたのだ。
ヴォルレントの半分にも満たないサイズの機体の、ヴォルレントからすれば小枝のようなその砲身によって、だ。

「なんだよ、そりゃぁ!」

ジュア=ムは驚嘆の叫びをあげた。
なんだこの機体は、この成りであそこの黒くてゴツイガラクタよりも頑丈だとでも言うのか。
出鱈目だ。チートだ。インチキだ。

――無論、そんな事はありえない。
現時点でのボウライダーの装甲はナデシコが機体のデータ取りを始めた頃と変わっていない。まともに正面からエネルギーソードの斬撃を受ければその装甲はあっさりと、とは言わないが切り裂かれる。
では何故受け止めることが出来たのか。
理屈は実に簡単。正確には受け止めたのではなく、受け流したのだ。

刃物でモノを斬る時は、斬る面に対して刃筋を立てなければいけない。
地面に対し平行に置かれた板を思い浮かべて欲しい、鉈や斧の刃を垂直に振り下ろせば刃は板を叩き割るか、そうでなくとも少なからずめり込むだろう。
しかし、刃を斜めにして振り下ろせばどうなるか。或いは板が地面に平行ではなく、振り下ろされる刃とほぼ平行であったならば。

ボウライダーの行った防御行動は実に単純なもの。
振り下ろされる刃に対し、肩のウェポンラックを動かし、ほぼ平行に近い角度になるような形で砲身をぶつけた。
そうすることにより、エネルギーソードの刃はボウライダーの速射砲の砲身の装甲を断つこと無く上滑りし切り裂けない、こうして速射砲の砲身で見事に受け切ってみせたのだ。


その事に一瞬の間の思考で気付いたジュア=ムは、しかして改めてこの敵のやってのけたことに戦慄する。
死角から迫る斬撃の斬線を見切り、さらに見ることも無くそれに合わせて肩の砲を動かした。
しかも、直前に前方に存在した自分の機体へ向け砲撃していたにも関わらず、一瞬でそれをやってのけたのだ。

超反応か、予知能力か、直感か。どちらにせよまともな攻撃など当てられよう筈もない。
この難敵をどう始末するべきか、いや、ここで手を出したのはまずかったのでは無いか、アル=ヴァン様の言うとおりにすべきだったのではないか。
せめてエネルギーソードがエネルギーを固形化して形成される実体剣ではなく、熱量で焼き切るタイプのものならば結果は違ったかもしれないが、今さらそこを悔やんでも意味は無い。
そんな事を考えるジュア=ムは、高速で接近する機影に反応することができなかった。

「っ、がぁぁ!」

衝撃。機体が受けたダメージを喧しい警告音が知らせてくる。
頭部を切り裂かれ、メインカメラとセンサーの一部が死んだ。サブカメラに切り替え、レーダーを確認、今の攻撃を放った敵機を確認する。
上空を飛ぶ、黒い鳥のような戦闘機、機体下部には折りたたまれた脚のようなものがあり、両翼の先端には球体とそこから生える光剣。
鳴無美鳥の駆る可変翼戦闘機、強化型スケールライダー。
スケールライダーの光剣が、意識を完全にボウライダーに向け周囲の確認を怠っていたジュア=ムの機体、ヴォルレントの頭部をすれ違い様に切り裂いたのだ。

「この、生意気なんだよ! ガラクタ風情が!」

不意撃ちを喰らったことで激情に駆られ叫ぶジュア=ム。
叫んで、撃ち落とす為にヴォルレントにビームライフルを構えさせようとし、気付く。
待て、こいつに気を取られていいのか、何か忘れていないか、とても重要な何かを。
サブカメラに映る外の光景、その中に、不思議なものが見える。

「………………あ?」

切り落とされた、腕。
自分が駆るヴォルレントと同型の腕、塗装まで同じ、先ほどの自分の機体があの機体に振り下ろしていたエネルギーソードまで。
本体からのエネルギー供給が途絶え、エネルギーソードの刀身が砕け散った。
そのガラスが粉々に割れるような音とともに正気に戻る。

最初に、ハエの大群が飛びまわるような耳障りな音を認識した。あの機体の持つ機械式のブレード、その回転音。
氷の塊でも削っているかのような、シャリシャリという音。
続いて、衝撃。衝撃と共にコックピット内部の重力が九十度傾く。
脚を切断され、機体が仰向けに転倒したのだと気付く。

武装を全て失って戦闘の続行は不可能だが、ブースターは無事、オルゴンエクストラクターも無事、少なくとも逃げる事はできる。
今まさにコックピットへ向けて突き込まれている光学剣を無事にやり過ごす事が出来れば、の話だが。
助けは期待できない、何時の間にか自分の引きつれていた従士達の機体のマーカーが消えている。
もし生き残りが居たとしても、従士程度では時間を稼ぐこともできず撃墜されてしまうだろう。それほどの相手だ。

(あ、終わった)

――不思議と恐怖は感じない。
先刻サイトロンの運んできた未来に比べれば、ここで戦って死ねるというのはなんと慈悲深い真の死だろうか。
まさか自分が地球にはびこるゴミ虫に殺されることを、ここまですんなりと受け入れることができるとは。

ことここに至って、ジュア=ムの心は穏やかに、まるで悟りを開いた僧のように自らの死を受け入れようとしていた。
まだ奇跡的に機能しているサブカメラが、地球から見える青い空を映しだし、ジュアムの網膜へと映し出した。

「綺麗だなぁ、空――」

青い空、白い雲、日の光に、多くの同胞が眠る白い月。

「アル=ヴァン様、フー=ルー様、勤めを果たせず、申し訳ありません……」

上司である騎士達の名を呟き、届かぬ謝罪を口にする。
装甲板を焼き溶かしながら進んでくる熱量を感じ、覚悟を決めて眼を閉じた。

「…………?」

が、何時まで経っても鉄をも溶かす超熱量の刃は来ない。
状況を確認する為に瞼を開け、レーダーとモニタを確認する。
レーダーには自分以外の騎士団の機体が二機、新たに増えていた。
モニタには白と黒の二機、選ばれた騎士にのみ与えられる名誉ある機体、ラフトクランズがこちらを庇うように白の機体と相対する姿が映し出されている。

「潔さこそ騎士の性。でも、今はそれを押し殺してでも使命を果たすべき時でなくて?」

「私の指示を無視し、挙句従士を無駄に死なせたこと、不問にする訳には行かぬが、今はこう言おう。――無事か、ジュア=ム」

騎士フー=ルー、騎士アル=ヴァン、フューリー聖騎士団の二強とも言える存在が、そこに存在していた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「お?」

撤退するような雰囲気も見せず、生かしておいても特に重要なイベントには絡まないだろう、そう思いブチ切れ基地外候補に止めを刺そうとした瞬間、刃を展開したソードライフルで斬りかかられ、更にオルゴン粒子の弾丸がボウライダーを襲った。
オルゴンソードを斬り払い、弾丸を避け後方に跳び退る。
攻撃の飛んできた方向を確認すると、そこには白と黒のラフトクランズが。

「むむむ」

ラフトクランズが、二機?
ここで出てくるのはアル=ヴァンの乗る黒いラフトクランズ一機のみの筈。なんで男らしいウォーモンガーの人の白いラフトクランズまで現れるんだ?
疑問に思っていると、ソードライフルを銃のように構えた白いラフトクランズからの通信。
悠然とした、というには些か漢らしすぎる威風堂々さを兼ね備えた笑みを浮かべた、整った顔立ちの女性がモニタに映し出された。

「初めまして、私はフューリー聖騎士団所属の騎士フー=ルー・ムールー。貴方がアル=ヴァンの言っていた滅びを運ぶ悪鬼ね?」

凄い言われよう、初対面の女性に滅びを運んでくるだの、悪鬼だのと決めつけられる経験なんてそうそうできることでは無いだろう。

「どこの誰が言ったのかわかりませんが、こちらは好き好んでそんな馬鹿な真似をする気は毛頭ありゃしませんよ」

成り行き次第でやらないでもないが。

「ふふ、口ではどう言っても、貴方からはそういう気質を感じるわ。戦うもの戦わぬものを選ばず破滅へと誘う、邪気無き悪意無き害意が!」

だめだこの人、テンションだだ上がりでまるで話を聞いてくれない。
ああいやでも、こいつも俺が悪鬼と言われる理由を知っているってことでいいんだよな?
聞き出したいが、アル=ヴァンとはまた違った意味で教えてくれなさそうな予感がする。この人戦争狂だし。

「俺を悪鬼と呼ぶからにはあんたも見たんだろう? サイトロンは何を見せた」

俺もあの戦闘で一瞬だけ見た、が、そこまで鮮明に見えたわけでは無い。
確かにやたらアレな事をしていたが、人体実験をするような連中に悪鬼と呼ばれるほどのものでは無かったと思う。
確定した未来という訳でも無いので気にしなかったが、具体的に俺はこいつらに何をするから悪鬼なのか、聞いておいて損は無い。
ここで都合良くサイトロンが俺に未来を見せてくれればそんな必要は無いんだが、まぁまだそこまで適合率が高い訳では無いから仕方がない。

「今は教えられませんわ。それを知るのも戦うのもここでは無い、もっと相応しい戦場で」

いつの間にか体勢を立て直したジュア=ムの片腕と両足を失ったヴォルレントが宙に浮かびあがり、その場から転位。
それを確認し、モニタの向こうの女性、フー=ルー・ムールーがこちらに微笑みかけてきた。
背筋がぞくりと震えそうなほど美しい笑顔。
戦争好きする生き物特有の、攻撃的な笑みだ。

「その時こそ、心躍る戦いを。楽しみしていますわ」

白いラフトクランズはソードライフルを収め、美しいお辞儀をして消えた。
そして、先ほどまでは統夜と話をしていたのだろう黒いラフトクランズのアル=ヴァンからも通信。

「悪鬼よ、貴様を確実にヴォーダの闇に沈めるため、こちらは万全の用意をした上で戦わせて貰う。その時までその命、しばし預けておこう」

もうこいつから聞き出すのは無理だな。完全に話すより殺すって雰囲気がにじみ出てる。
でもせめてこれだけは言っておこう。

「新しいソードライフルかっこいいですね」

「…………」

なにも言わずに転位で帰ってしまった。
『それほどでもない』と返してくれるとは期待していなかったが、せっかくわかりやすい挑発をしたんだから何か反応してくれてもいいと思うんだが……。

―――――――――――――――――――

◇月▼日(機動武道伝Gガンダム、完!)

『といった具合で、ドモン率いるシャッフル同盟がデビルガンダムとマスターアジアとの決着をつけた』

『いや、実際決着に見えてデビルガンダムもマスターアジアも逃げのびているんだが、そのエピソードにしてもまだ先の話、俺が気にするようなことではない』

『ていうか、この世界だとネオジャパンの陰謀とかこんなこともあろうかと鍛えに鍛えたこの身体ぁ!とかが無いから色々と尻切れトンボになっている』

『まぁ、アニメ本編でも東方不敗暁に死す! で切っても違和感が無いような感じだったし、ウルベのエピソードが端折られるのは仕方がないか』

『実際、暁に死すの一枚絵では絵師の人が勢いで『機動武道伝Gガンダム完!』と書いてしまったというエピソードが存在するほどなのだ』

『まぁ武道家としてのドモンの物語はあの時点で完結にしても構わないにしても、レインとの恋愛とかその辺に決着をつけるためには必要なエピソードであるからして、そこで切らずに最終回までちゃんと見よう』

『原作の話はどうでもいいんだ、それよりもゴッドガンダムだな。真新しい機能と言えば、やはり感情をエネルギーに変換する機能が完全な物になっており、怒り以外の強い感情からもエネルギーを生み出すことが可能となっている』

『次元連結システムを使用できない状況に陥った時、気合と根性の続く限りエネルギーを生み出すことのできるこのシステムは中々に頼りになりそうだ』

『さて、Gガンの話はここまでにしておいて、今現在の話だ』

『デビルガンダムを倒してから数日が経過し、ここまで通常待機とか無人兵器との小競り合いなどを除けばいたって平穏な日々が続いている』

『が、なにやら食堂でミスマルユリカ艦長主催、景気づけのお料理教室が行われているのだとか』

『ラブコメハーレムアニメの迷惑幼馴染枠が料理イベントとか、間違いなく主人公の食い倒れフラグだろう。あらかじめ言っておく、テンカワ乙。あの世でジローによろしく言っといてくれ』

『とまぁ冗談はともかく、人間の顔がリアルに紫色に染まる光景というのも興味深いし。普通のどこにでもある食材から毒物を生成できるラブコメ錬金術も一見の価値ありと見た』

『今日はまだ昼飯も食べていないし、少しばかりどんな状況になっているか覗いてみるのもいいかもしれない』

―――――――――――――――――――

――あたしは慄然たる思いで目の前の机の上に置かれた異形の物体を凝視した。
その刹那、あたしの身体に戦慄が走った。それは大小様々なサイズの生き物の身体を組み合わせたとしか言いようのない姿で、狂気じみた紫色の粘体が薄黄色の塊を覆っていたのだ。
鼻腔を焼き溶かすような冒涜的な異臭を漂わせたそれにスプーンを突き刺すと、なんとも名状し難き感触を指に伝え、これを口にした時のあたしのおぞましき最後を伝えてくるかのようであった。
またこれは一般的なキッチンに存在する正常な食材から作られており、台所に存在するものがこのような奇怪な存在を生み出し得ることを示し、人々を混迷に陥れるのだ――。

「どうですか先生!」

どうですかじゃねぇよ、臭気だけで目に沁みるわ。むしろ存在するだけでSAN値が減るわ。

「素晴らしい才能だと思うよん。テンカワなら確か運動場の方に居る筈だからさっさと失せ、んっんぅ! ……さっさと食べさせに行くといいよ」

「ありがとうございます! アキトー、あたしの手料理で元気にしてあげるー!」

高速で食堂から駈け出して行く艦長を見送り、あたしは厨房の中に設置された換気扇をフル稼働させた。

「あ、あの、美鳥ちゃん?」

千鳥かなめが頬をひくつかせているけど無視、ていうか空気が入れ替わるまで極力口も鼻も使いたくない。
対毒用のフィルターを気管に仕込んでいるのに気分が悪くなってきた。
だからああいうギャグ補正のかかった食い物は嫌いなんだ、毒物が利かないからって口にできるような物じゃないし。
舌にも防護用のフィルムを張り付けておいたけど、貫通しそうだったから味見と採点は諦めた。虎児の入っていない虎穴には入らないのが平和への第一歩だ。

「じゃ、あたし今ので肺をやられたからここでリタイアするんで、ツッコミとサイサイシー、後の事はよろしくな~」

「あー、うん、ごめん。わざわざ手伝ってもらったのに……」

「ごめんよ美鳥ちゃん。オイラも、まさかあそこまで酷いとは思わなかったからさ……」

あたしの途中退場を沈痛な面持ちの二人が受け入れてくれた。

「いいよ謝らなくて、むしろ艦長が謝るべきだから」

食材とか調理器具とか、むしろ料理という概念に土下座しつつ割腹して果てるべきだと思う。
あたしも実家で料理を手伝っていたから先生役として参加してたんだけど、ギャグ補正の掛かる作品の連中は壊滅的だった。あれじゃあ教えようが無い。
料理は愛情? それもいいんだろうね、基本を押さえていれば。
でも愛は隠し味にはなってもメインにはなり得ないんだって事を理解して欲しい。
隠し味だとかもう一味だとかをやるのは一人前に料理を作れるようになってから、とは言わないけど、せめて教本読みながらならまともな飯が作れるようになってからにして貰いたい。

「ちょっと、大丈夫なのミドリ」

「ええと、なんて言ったらいいのかしら……」

「だいじょぶだいじょぶ、少し横になればよくなるから。アキさんは皮むきの練習がんばってね~」

こっちを心配そうに見つめてくるシモーヌと、なにやらフォローを入れようとして言い淀んでいるアキさんにひらひらと手を振り、ふらふらと厨房を離れる。
予想外の試練だった。まさか万能を誇るこの身体がギャグパートの料理に屈することになろうとは……。
椅子を何個か並べてその上に寝っ転がっていると、廊下から豹馬が駆け込んできた。

「た、大変だ! アキトさんとボスが倒れた! 食事に毒を盛られたんだ!」

「うるせぇ黙れ……」

大声が頭に響く。それを聞きつけた軍曹まで騒ぎ出したので袖の中に麻酔針を複製、手首のスナップで投げて静かにさせておく。
なんであたしがこんな目に、こういうのはもっと、苦労症の奴がやるべきイベントだろうが。
日常イベントだからと珍しく首を突っ込んだ結果がこれ。

「ここで看護の達人たる俺がきゅうきょ参戦。おおみどりよしんでしまうとはなさけない」

「死んでねぇし。せめてブロか王様かどっちかに、って、おお、なんか癒される良い香りが」

お兄さんが土鍋と小皿、そして空の茶碗と蓮華の載ったトレイを持ってやってきた。
なんかわからんが胃袋の救世主キタコレ。流石お兄さん、あんた天使だ!

「鳥粥でも食って落ち着こうか。しかし嫌な事件だったな、面白イベントかと思いきやあんな殺傷兵器が生み出されることになろうとは……」

「テンカワの死亡保険って誰が受取人になるんだろねぇ」

椅子から起き上がり土鍋の蓋を開ける。

鳥粥。見た目はシンプルなお粥だけど、鳥と生姜のいい香りがする。
具は別盛りで小皿に分けてあり、内容はほぐした鶏肉、刻んだシソの葉、白髪ネギ。
蓮華で茶碗に少しづつ取り分け、具材を調節しつつ食べる。

これこれ、こういうのでいいんだよこういうので。
ごま油と醤油を少し垂らして……、ああ、安らぐ。お兄さんの愛情を確かに感じる。
ほんと、これはおいしい。ほんと……これほんとにおいしい。
けど……どうやってそれを表現したらいいのか、なにを言っても気取っているようで……。
うまい……、おいしいです、ほんとに……これ。
こんな簡単なものでもここまで美味しく感じられるのは直前に見たグロ画像寸前の奇怪な物体のお陰かも。

「いやいやいや、まだアキトさん死んでませんから」

「まだ、って事は死ぬ可能性があった事は否定しないのね」

お、ちょっとゴローしてる間にヅラと三人娘もおもむろに同席してる。
三人娘の分の料理はヅラ特製か。一人暮らしが長いから料理ができる、まさにハーレム系主人公の定番だな。
こういうのって何故かプロ並み(笑)とかそんな設定があったりするけど、プロ舐めんなって感じだね。てめぇ金とれるレベルのモノをコンスタントに作れるのかと。厳しい修行を耐え抜いた料理人ディスるとかまじ許せんよなぁ。
同じく年齢一桁の幼児の作る手料理がプロの作る料理に匹敵するとかも同じく違和感。
好意による補正が入っているのは確定的に明らか。

それはともかく粥、お兄さんの手作りだし味わって食べなきゃね。
味は、うん!これこれ! ……って、何が『これ』なんだろう。
でも数か月ぶりじゃないかなぁ、ナデシコ乗ってから、ていうかこの世界に来てからはずっと食堂飯だったし、手料理感がたまらない。
ああでも、こういうの食べるとお姉さんの手料理の味とかも連鎖的に思い出すなぁ。

「じぃっ……」

「……なに?」

「ううん、なんでも無いですよ?」

ひたすら蓮華を動かして食べていると、金髪ホルスタインがあたしの鳥粥をじいっと見つめているのに気が付いた。
ていうか、明らかに狙ってるな。これは泥棒猫フラグ!
しかしあたしは猫に餌をとられるほど抜けてはいない、むしろ鎖に繋がれて断食数日目の犬の目の前で、血もしたたるステーキ肉を食うとか最高の楽しみだと思う。

空になった茶碗に再び粥をよそい、鳥肉、シソの葉を乗せ、その動作一つ一つから口に運び咀嚼し飲み込むまでをもったいぶった速度で見せつけるように!
しゅばっ、と蓮華を口から抜き取り、決め台詞。

「おいちい!」

「う、うぅぅぅぅ……!」

ふ、勝った。
しかし何故だろう、あたしの心の中を、乾いた風が吹き抜けて行きやがる。
戦いは空しい。そんなことを考えつつも、お兄さんの手料理を独り占めする優越感を味わうのであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

テンカワほかボスなどの痛ましい犠牲者を出した怪事件から数日が経過し、ナデシコとアークエンジェルは何をしているかというと……

「海はいい……」

「ああ。海はいいな……」

「おまえら感慨にふけるのは良いけど、海パン一丁で女性陣を舐め回すような視線で追ってるとまるっきり不審者だぞ?」

とりあえずぴっちりスポーツタイプの海パンを穿いた豹馬と忍に軽く注意を促す。
そう、ナデシコとアークエンジェルは太平洋上の孤島、クリムゾン島に封印されているチューリップの調査、という名目でリゾートに来ていた。

「そう言わないでくれよ卓也さん、俺達は今、戦いを無事生き抜いて得た人生の喜びってやつを精一杯感じてるんだからさ。さやかさん、ちずるさん、カティアさん、ミナトさん、めぐみさん、カナンさん、イネス先生に……」

同じく赤いブゥメランなスーパー系ビキニを身につけた(それ以外何も装着していない辺りが男らしく見える不思議、流石ダイナミック)甲児が次々と視線を移していく。
なんていうか、今挙げた女性陣の順番とかラインナップとかからこいつの女性の好みが透けて見えるなぁ。
とりあえず、単純に巨乳好きと見せかけて微妙なサイズの娘が混じってるあたりにこだわりを感じざるを得ない。

「あ、そういえば向こうでロールさんとローリィさんがオイル塗ってくれる人を探していたようだが」

「な、なんだってー! そういうことは早く言ってくれよ!」

即座に俺が指差した方向に向けダッシュを始める甲児。凄い簡単に釣れるなぁ。

「え、うそ!? その役目は是非とも俺が!」

「てめえら抜け駆けすんじゃねぇ!」

その甲児に少し遅れて走り出す雅人と忍、おお、激しい激しい。
共釣りというかむしろ一つの針に魚が数匹纏めて食いついてました的な感覚だな。
まぁ嘘なんだがな。そんな上手い話がある訳がない……、餌をちらつかせれば勝手に群がってくる……! まさに動物(ケダモノ)……!

「お兄さん、ここはビーチなんだし、相手をだまして顎と鼻を尖らせるとかじゃなくて、女性陣の水着を見て鼻の下を伸ばすのが男として真っ当なリアクションだと思うんだけど……」

「おお、もうとっくに海に突撃しているもんかと思ったら」

背後にいつの間にか立っていた美鳥。水着の上からパーカーを羽織り、日避けの帽子を頭に被っている。
初期形態よりも外見年齢が成長し、多少肉付きが良くなったとはいえ、無闇矢鱈とナイスバディなモデル体型の多いナデシコやアークエンジェルのクルーとは比べるまでも無いスタイル。
しかし、こいつの身体は何故かむっちりというか、ややエロいというか。
多分最初に産まれ落ちた世界がブラスレイター世界、ゴンゾとニトロの合作世界というエロワールドだったせいかもしれない。
おそらくパンチラとエロゲの要素が合わさり最強に見える感じなのだろう。度々俺を誘惑するエロい行動からもその片鱗が伺える。

「あの、えっと、この水着、どう、かな……?」

そんな事を考えているといつの間にかパーカーを脱いでいた美鳥が、恥ずかしそうにもじもじしながら問うてきた。
それに俺は……

①「うん、良いじゃないか、似あってるぞ」
②「なぜスク水じゃないかが理解できない」
③「うーん、まぁまぁだな」
④「ちょっと向こうの岩陰に行こうか」

ふと頭の中にこんな選択肢が頭の中に思い浮かんだが気にしない。
まぁ仮に俺が欲求不満だったら①と④の混合が正しい答えだろうが、そんな普遍的なエロゲ展開に持って行くほど俺は愚かではないつもりだ。

「ぱっと見では健康的な癖に程良くエロくて大変よろしい」

「えへへ、そんなにストレートに褒めないでよ、お兄さんってばクーデレなんだから……」

褒めてるように聞こえたのか、いや褒めてたけど。
美鳥が今身に付けている水着はトップスがホルターネックになっている可愛らしいチェック柄のワイヤービキニ、下にはヒラヒラしたティアードスカートを穿いている。
意外とこういうした女の子女の子したデザインの物も好みらしい。
戦艦に乗っている間は戦闘待機の間に自由時間があるようなものなので、基本的に常時パイロットスーツとジャケットとかそういった雑な服しか着れないし、元の世界では基本的に雑貨屋の店番か畑仕事の手伝いなので動きやすく落ち着いた格好しかできない。
だからこういったイベントの時くらいは可愛らしい服を着てみたいのだとか。
元の世界に帰ったらその辺考慮してお洒落な服もそれなりに着れる状況を与えてやるべきかもしれないな、なんだかんだで散々手間かけさせちまってる訳だし。

「ていうか、その水着選んだの俺だしなぁ、このやり取りは試着室の前でやるべきだったんじゃないか?」

実際に着ているのを見たのはこれが初めてだが、どれが似合いそうなのかを美鳥の好みを聞きつつ選んだ訳だし。

「わかってねえなぁ」

俺の言葉にちちちと指を振る美鳥。

「こういうのは、実際に海とかプールとかで初めて見せて、そこで褒められてこそ価値があるもんだろ?」

試着室前の水着姿と海と砂浜をバックにした水着姿、どっちが綺麗に見えるよ?と続ける美鳥の言葉に思わずなるほどと納得した。

「納得したところでさ、あたし達も海で遊ぼうぜ!」

此方の手を引く美鳥に引き摺られるようにして、俺も海の中へと入っていくのだった。

―――――――――――――――――――

美鳥と数キロ先の小さな岩まで遠泳で競争し戻ってくると、そこには丁度小休止に入ったのか統夜と三人娘がなにやら砂浜に座りながらこそこそとやっていた。

「テニアちゃん、ほ、ホントにそんな感じでいけるんですか?」

「だーいじょうぶ、まーっかせて! 」

日焼け止めの入ったボトルを手に恥ずかしそうに身をくねらせるメメメに、テニアが歯を見せる豪快な笑みを浮かべながら中指をおっ立てている。
この部隊結構外人多いからそのジェスチャーはヤバいと思うんだが……。
ていうかテニア本人もそういうジェスチャーがシャレにならない地域出身だと思うんだが、まだ常識を学びきっていないのか?
まぁ、あのフレーズとあのジェスチャーが同時に出るのは美鳥の入れ知恵だろう。
いい感じに微妙に間違った常識が着々とインストールされているようだ。

「ビーチで水着とくれば素肌にクリームやら油を素手で塗らせて男を欲情させるのが常套手段だってミナトさんが言ってたんだからまちがいないってば、ほら、卓也さん戻ってきちゃうよ?」

「で、でもぉ……」

「ああもうじれったいなぁ。そうだ! カティアに統夜で見本を見せて貰えば……」

そのセリフをやや離れた位置から聞いていた統夜が傍らに座るカティアに視線を向ける。

「……カティア?」

「や、やりませんからね、そんなこと」

そういいつつも統夜とカティアの距離が、肌と肌が今にも触れあいそうな微妙に他人とは言い切れない関係の距離になっているのだからにやにやしてしまう。

「あの金髪巨乳、今度は露骨に身体を使ってあたしのお兄さんを誘惑に来た、いやらしい……」

まぁスパロボオリキャラの中でもデザインからしていやらしいしな。金髪で巨乳でおっとり系とか明らかに狙ってるデザインだし。
というか、別に俺は美鳥のものでは無いんだが……。

―――――――――――――――――――

「喰らえ! 消えて燃えて痺れて増えて爆発する魔球ぅー!」

「な、なにぃ~~!」

美鳥の平手がボールを叩くと同時、文字通り、見えなくなりながらも炎と雷を纏ったバレーボールが増殖し、受け止めようとしたアカツキの腕に当たると同時に爆発した。
黒焦げアフロになり、口から煙を吐き出しながらその場にガックリと倒れるアカツキ。

「……凄い魔球だ」

ごくり、という観客のつばを呑む音と共に、ロペットから笛の音を模した電子音が響き試合終了を告げる。

「ポイント18-21、セットナデシコ雇われ組。ナオ、アカツキ選手ココデドクターストップノ為、リタイアデス」

アカツキ・ナガレ、リタイアー(再起不能)!
担架に乗せられて運ばれて行くアカツキを脇目に美鳥と三人娘が勝鬨の声を上げている。

「やったね美鳥! ナイスアタックだったよ!」

「うはは、あいむちゃんぴおーん!」

「卓也さーん!統夜さーん!見ててくれましたー!?」

「あれ、大丈夫なのかしら……」

一人だけ空気読んでアカツキの心配をしているがそこは気にする必要も無い、スパロボ驚異の科学力ならあの程度の傷、次のステージが始まる頃にはなんとかなっているだろう。
治らなくても所詮はアカツキ、戦艦で待機してる時の方が多いから戦力には影響しない。

「美鳥ちゃん、凄いな。あれが噂に聞く毘逸罵令(ビーチバレー)……」

「お前ほんと民明書房好きね」

民明書房、このスパロボ世界では実在しているらしく、密かにカルト的な人気を誇る奇書怪書を次々と発行しているのだ。
遺産とバイトで一人暮らししている為に微妙に娯楽らしい娯楽に手を出せない統夜も、古本屋によく流れているそれを愛読書にしているのだとか。
というか、なんで俺は統夜と並んで美鳥達のビーチバレーの観戦なんぞしているのだろうか。
まぁ、トランクスタイプの水着にジャケットと、スーパー系の連中よりはまともな格好してるからそこまで神経質に気にすることも無いか。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

うん、うまい肉だ、いかにも肉って肉だ。
これは、カルビか……、うんうまい。
しかし、これでご飯が無いなんて残酷すぎる。バーベキューでも焼き肉といったら白い米だろうが。
秘伝のスパイスとか肉の焼き加減とか本当に文句なしなのに、やっぱパン食は間違いだな。

「どうぞ」

ひたすら肉と野菜を喰らっていると、横あいから白米を持った皿が突き出されてきた。
そこには統夜が様々な具材の刺さった串と白米を持って苦笑していた。

「美鳥ちゃんが、お兄さんは肉には米が無いと駄目な人だから持って行ってくれって」

さすが美鳥、肉焼く係になってもこっちを気にかけるとか素晴らしい気遣いだ。

「ああ、悪い。そっちはテニア辺りのお守はしなくていいのか?」

「メルアとカティアが見ててくれてるから大丈夫ですよ」

白米の載った皿を受け取り食事を再開する。
そんな俺の隣に、同じく統夜が肉や野菜の刺さった串にかぶりつきながら座り込んだ。
そのまま黙々と食事を続ける俺と統夜。
暫くして確保しておいた肉と米を食い終えると、隣で同じ串に刺さっていた食材を食いつくした統夜が口を開き、ポツリポツリと話し始めた。

「……前、言ってましたよね、騎士の血がどうとか。やっぱり、フューリーの事、何か知っているんですか?」

ああ、このタイミングでそういう話するんだ。
前回は突発的な事態だったからオモイカネに通信を妨害するように指示し忘れたから、結構な人数に聞かれてたんだよな。
艦長とかその辺りの偉い人たちは、ボウライダーの性能とか俺の操縦の腕とか、その辺から強敵だと踏んでいるのだろうみたいな結論を出してくれたのだが。
やっぱりあれか、こいつもサイトロンで未来を見たのか?

「教えて下さい、俺はいったい……!」

「アシュアリー・クロイツェル社」

「え?」

今にもこちらに掴みかかって来そうな統夜を掌で制し、セリフを途中で折る。

「そういう会社があったんだよ。そこでな、全く新しいMMIと動力を持つ機体が研究、製造されていたんだ」

「……」

俺のセリフを黙って聞いている統夜。少しだけもったいつけてから説明を続ける。

「ナノマシンを打たずとも操縦者の意のままに機体を操る事を可能にするサイトロンコントロール、空間からオルゴン粒子を取り込むことにより多様な状況で補給を気にせず運用できる動力オルゴンエクストラクター」

「それは……」

「そう、お前のベルゼルートとフューリーの機体群に積まれているものと同じ物だ。まぁ、この程度の事ならフリーマン氏あたりなら既に掴んでいるだろ」

一息、ここまでは多少調べれば出てくる情報だと言い切ることもできるが、ここからは完全な捏造だ。それっぽく聞こえればいいんだが。

「一時期その開発を行っている部署に潜入していたんだが、そこで開発に携わっている人間と、お前の親父さんだろう人物が話しているのを見かけてな、『偉大な騎士』だったそうだ、お前の親父さんは」

「…………」

うつむき、考えこむ統夜を残し立ち上がる。
どうにかこうにか誤魔化せたかな? これで無理なら認識阻害なり記憶消去なりするしかないんだが、戦闘続きの今の状況でそんな真似してあっぱっぱーになられたら死亡確率が上がっちゃうしな。

「俺が知っている情報なんてその程度だ。悪鬼云々に関しても心当たりはさっぱり、納得して貰えたか?」

「はい。あの、すいませんでした。疑ったりして」

本当にそう思っているか? 細かい表情から心の中まで読み取るような器用なまねは出来ないからな、ここでまだ俺の事を疑っているのだとしても追及のしようがない。

「いいってことよ。何せ――」

グラサンを取り出し、装着する。口元をニヤケさせて不審者っぽい雰囲気をこれでもかと演出。

「ほら、この上なく怪しいだろ、俺」

俺の言葉に、否定するでも肯定するでもなく、ただ苦笑を深める統夜。
ここまで結構信頼値上げているんだし、できれば、多少のフォローは欲しかったなぁ。
追加の肉と米、デザートのかき氷を持ってこちらに近づいてくる美鳥とメメメを眺めながら、そんな事を考えた。




続く
―――――――――――――――――――

ヒロイックな戦闘ってこんな感じですか?わかりません!
因みにアル=ヴァンとフー=ルーがピンチのジュア=ムの前に現れるシーンで英雄襲来とか流すと結構ヒロイックな感じになります。
生命と同胞の危機にやや綺麗な感じになるジュア=ムの戦闘と食い倒れバイオハザードと水着でビーチな話終了。

例によって例の如く少し短めですが、この話は水着話までと決めていたのでここでバッサリ。
次回はまた数話キンクリして、多分折り返し地点かクライマックス直前になります。酷い二択ですねこれ。

『こんなん俺のジュア=ムじゃないやい!』という意見はあるかもしれませんが、二次創作故多少原作とのずれが生じるのは仕方がない事と諦めてください。
実際、本当の危険に触れずにいたからあんな見下し上等な腐った性格に見えただけであって、本物の危機に直面すればこんな感じにもなれるんじゃないかなとか愚考する次第なのですよ。
お陰でまるで主人公が悪役みたいな雰囲気じゃあないですかぷんぷん。
ごめんなさい、ぷんぷんは無かったですね。

ていうか、ジュア=ム視点の戦闘シーン超書き易かったです。
ジュア=ム視点約6000字は前回の話を投稿してから半日もかからずに書きあがったって所からして筆が遅い自分からすれば異常事態。
これはなんかもうジュア=ムに主人公補正(ピンチが映える的な意味で)が掛かっているとしか思え無い感じですね。
そんなジュア=ムですが、なんと予定ではあと二回ほど出番があります!
原作キャラの露出が少ないこの作品で、ここまで出番が確実に取れるあたりはもう燃え尽きる前の蝋燭の炎の如し。

ビーチでメメメが大胆水着でセクシーさを露骨に前面に押し出す話とか予定してましたが、サポAIの水着とか考えている間にどうでも良くなったので無くなりました。
数行も無い水着描写の為に一々資料を漁るなんて、そんな根気は求めるだけ無駄です。サポAIの分やってみた時点で力尽きました。

でも、この話はサポAIよりもメメメを押し出す予定だったのになぁ。
やっぱりあれですよ、金髪巨乳とかそういう露骨なエロキャラより、自分がまず巨乳派でなく美乳派だって辺りに問題があったんでしょうかね。
おっとり系キャラは好きなんだけど、別に巨乳とか金髪とか、そういう属性を重ねる必要は無かったんじゃないかなとか。
それってうどんげにスク水ブレザーとナースキャップ付けた位くどくて後味が微妙になるというか。属性はしぼって出力を上げないと意味がないというか、兎耳+ブレザー+スク水+ナースとかなんだそりゃって感じで。

なんかだんだん自分で何書いてるか分かんなくなってきましたから今日のところはこの辺で。
そんなわけで、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよなどといったアドバイス全般や、作品を読んでみての感想とか、心からお待ちしております。

次回、「消えない灯火、消える命」お楽しみに。



[14434] 第十八話「月の軍勢とお別れ」
Name: ここち◆92520f4f ID:30a41880
Date: 2010/05/01 04:41
ナデシコ艦内、メディカルルームにて、俺と美鳥はある姉弟と兄妹と向かい合って座っていた。

(おい、これどうすんだよ)

(いやほんと、どうしようねぇ……)

俺達は表面上は平静を装いながらも、念話でこそこそとぼやきあっている。
向かい合う姉弟はアルバトロ・ミル・ジュリア・アスカとアルバトロ・ナル・エイジ・アスカのレイズナー出身組。
もう一方の兄妹の方はDボウイことアイバ・タカヤとアイバ・ミユキのテッカマンブレード出身組。
この二組のうちレイズナー原作の二人が、神妙な顔で俺達二人と向き合い頭を下げているのだ。

この二組、例えばジュリアさんは原作の展開ではゴステロに撃墜されて今はトゥアハー・デ・ダナンに保護されているのが普通だ。これは味方に参入するイベントをこなしていようとこなしていなかろうと共通。
そしてDボウイの妹であるアイバ・ミユキはこの時点では外宇宙開発機構に移送されて治療を受けなければ延命も危ういような状況だった筈だ。
が、現実としてジュリアさんは撃墜されずにブラッディカイザルも戦闘による多少の損傷はあるが格納庫にきっちりと納められている。
アイバ・ミユキの方も見た限り生命の流れ、オーガニックエナジーに澱みなどは一切見られず、不完全なフォーマットにより残りの命が少ない、という事も無いように見える。

「ありがとうございます。本当に、何とお礼を言ったらいいか」

頭を上げたエイジが真剣な表情で礼の言葉を告げてくる。

「いいっていいって、どうせ俺がやらなくても他の誰かが助けに入っただろうしな。そこまで気にされると背筋がぞわぞわするから」

「しかし、事実としてあなたは私の命を救ってくださいました。何も無し、というのも……」

微妙にあいまいな表情のジュリアさんが控えめな口調でしかしはっきりと告げてくる。
助けられたのは事実だが、まだ地球人に蟠りが残っているのも確か、という事なのだろう。
あ、もしかしたら前回の登場時に開幕グラビティブラストで乙らせた事もしっかりと覚えているのかもしれない。
が、今回は一切攻撃を仕掛けていないし、むしろ戦意を喪失したジュリアさんのブラッディカイザルに不意打ちを仕掛けたゴステロの機体(名前忘れた)を荷電粒子砲で乙したのだからとりあえずそこら辺はチャラにして欲しい。
俺は明後日の方向を向き、指を立てくるくると回しながら提案する。

「あー、じゃああれです、地球人の事、もっと良く知ってやって下さい。野蛮な毛の抜けた猿とかそんなんじゃなくて、地球にもまともな人格の人間が居るんだってこと、弟さんと一緒に学んで貰えれば」

「この部隊に暫く居ればすぐに分かることだと思うからさー、取り敢えずはそれが恩返しってことで納得してよ」

俺と美鳥の言葉に、改めて深くお辞儀をするジュリアさん。
ていうか、感謝の意を表す時にお辞儀をする文化はグラドスと地球(というか日本)の文化と共通なんだな。
まぁ世界有数の超テクノロジーが集結する国だから、回収して無いグラドスの刻印とかの複線が関係してても何ら不自然では無いか。

「……そろそろいいか?」

と、こちらのやり取りが終わった事を見てとったDボウイが、今まで一文字に結んでいた口を開いた。
警戒している、という訳でもないが、微妙にやり難そうな雰囲気がにじみ出ているのは未だに美鳥に出会いがしらにアームロックを掛けられた事を覚えているからか。
ああいや、そういえばスケールライダーに搭載したグラビティブラスト(MAP版)の巻き添えに成りかけたことも何度かあったか。
まだ命中とか回避とか挙げるタイプの精神コマンドを持って無いからって、避ける系のユニットに乗ってる味方は範囲内に居ても容赦なく撃つからなぁ。

「あー、うん、聞きたい事は何となくわかってる。どうやって妹さんの身体を『直した』かってことだろ?」

これまた口元をムニムニとうねらせ微妙な表情の美鳥がひらひらを手を振りDボウイの言葉に応える。
そう、こいつ、何を思ったのかアイバ・ミユキの身体を直してしまったのだ。
テッカマンブレードがスパロボに参戦した回数は今のところ二回だけだが、そのどちらでも生き残る救済ルート的なものがあるし、こちらにはこの世界における殆どの技術が敵味方問わずに揃っているのだ。
ラダム樹の能力を持っているから負担の掛からないゆっくりとした再フォーマットで洗脳されておらず、しかし肉体的には完全に正常なテッカマンに作りなおす事もできるし、余分な機能を取っ払ったDG細胞改めUG細胞で肉体の機能を正常な物に作り替える事も出来る。
が、そのどちらもが俺達の異常性を示すものになるので迂闊には使えない。
ラダムの技術を持っているのも制御できるDG細胞を持っているのも通りすがりの傭兵、という設定では無理があるのだ。

不完全なフォーマットによる肉体の崩壊からは免れたものの、未だに月面のラダム基地からの逃走劇による戦闘の傷が癒えていないアイバ・ミユキがベッドの上から美鳥に顔を向けた。

「あなたが私の身体を治してくれたのね。でも、排除された不完全なテッカマンの身体を直すだなんて、あなたは一体?」

「うー、なんて言えばいいのかなぁ……」

コイツから言い訳がさらさら出てこないってのも珍しい。
なにかしらの目的があっての行動ならあらかじめ言い訳の十や二十は考えておくタイプだろうに。
……もしかして、今回は完全に何の理由も無い思いつきでやったのか?

「できればさ、今はそこらへんを追及するのは勘弁してくんない? ほら、今まであからさまな偽記憶喪失に付き合ってあげてたんだし」

うわぁ、間違いない、完全に思いつきだけでやりやがったんだ。
いや、別に人助けが悪いとは言わないが、せめて言い訳程度は考えてからやってほしいというか。
Dボウイはしばし黙考し、美鳥の提案に一つ頷いた。

「ミユキを助けて貰ったのは間違いないし、お前達がラダムの手先ではない事は分かる。今はそれで納得しておこう。だが、他の連中へはどう言い逃れるつもりだ?」

基本的にラダムの手先=テッカマンだから、テッカマン同士の感応で見分けがつくからスパイとかそういうのは基本的にすぐに見分けが付くようになっている。
まぁ、俺も美鳥もテッカマンに変身できるが普段はテッカマンにフォーマットされていない人間に擬態しているから感応も糞も無いんだけどな。
そこら辺はこの世界の常識的にみれば想像も出来ないことだから仕方がない。

「手持ちにいい感じの薬があったとでも言っておくよ。ついでにさ、ちょおっとばっかり妹さんと二人でお話させてくれないかな」

頼む、と手を合わせてDボウイに頭を下げる美鳥。

「む、それは……」

「お兄ちゃん、女の子同士の会話に混ざるつもりなの?」

肉体の崩壊が無くなって今すぐどうこうという危険が無くなったとはいえ、やはり心配なのだろうDボウイをアイバ・ミユキが悪戯っぽい笑顔でたしなめる。
未だラダムとの問題が解決した訳でもないが、とりあえず今すぐに自分の命がどうこうなる訳じゃないという安心感からか、ちょっとしたジョークを言う程度の心の余裕が出来ているようだ。
そんな訳で、美鳥とアイバ・ミユキの二人を残し、俺とアスカ姉弟とDボウイはメディカルルームから出て行く事になった。

「卓也」

廊下に出ると、Dボウイがこちらに話しかけてきた。まぁ何を言いたいかは分かる。

「大丈夫、美鳥もお前らの事情は知っているんだ、下手な話題振って地雷踏んだりはしないさ」

十中八九碌でもない事を吹き込むだろうことは目に見えているがな。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

メディカルルーム内、アイバ・ミユキはベッドに座り込んだままシーツをギュウ、と掴み俯いている。

「でも、アキさんとお兄ちゃんはお似合いだし……。私、お兄ちゃんにとってはただの妹で……」

その言葉の中に、どこか自分を納得させようとする響きが含まれているのを美鳥は見逃さなかった。
行ける。そう踏んだのかどうなのか、美鳥は畳み掛けるように、しかし慎重に言葉を選んでミユキに語りかける。

「そんな理由でなぁんで諦める必要があるのさ、アンタ程の女が」

美鳥はミユキの臥せるベッドに腰掛け、身を起こしているミユキの肩に腕を廻し言葉を続けた。
表面上は慈悲深い聖母のような表情で、しかしその内で何を思っているのかはここに居るモノでは探ることすらできない。

「あんたもテッカマンと人間の違いは知っているんだろ? しかもこんな時代だ、テッカマンの隣にただの人間が居たって生き残れるはずがないよ」

耳に唇が触れる程の距離から、息を吹きかけるようにそっと囁きかける。

「そうしたらDボウイ、あんたのお兄ちゃんは一人ぼっち。家族も恋人も失って……」

魔法による催眠効果を含むその囁きを受け、次第にミユキの脳はその誘惑を受け入れていく。
焦点の合っていない瞳は濁り、頭は朦朧とささやかれる言葉を記憶していく。

「なぁに、弱い所を見せればころりと行く、一度間違いを犯せば二度目三度目、その内にDボウイはあんたのモノ。ほうら簡単だろぉ? そうやって奪い取ればいい。今は悪魔が微笑む時代なんだ……」

「あなたは、あなたはなんでそんな事を言うの?」

それは恐れでも抵抗でもなく、純粋な疑問であった。
合ってまだ数日、向かい合って言葉を交わしあったのは今回が実質初めての自分の欲望を見抜き、押さえつけているそれを成就させる為にこんなにも背中を押してくれるのは何故か。
アイバ・ミユキの疑問を聞き、鳴無美鳥は皮肉気に口の端を歪めてみせた。

「同病相哀れむ、ってとこかな。──お兄ちゃんの事が好きなんだろ?」

「え……、じゃぁ、あなたも?」

「そ。兄を慕う妹、というポジションなら、あたしは無条件で応援するよ」

あたしはもう諦めてるけどね、と、心の中でだけ付け足して、アイバ・ミユキへの洗脳を再開した。

―――――――――――――――――――

◇月▲日(逃亡中ー。後にフューリーやらボアザンやらが降ってくるけど、そんな事より今は釣りだな)

『さて、エイジ姉を助けたりDボウイの妹を美鳥が助けたりした裏で、トールが圧死したりキラが行方不明になったり、敵のボソン砲から逃げて宇宙まで飛んだりといろいろあったが、その間特に面白い出来事も無かったので久しぶりの日記になる』

『ボソン砲の騒動の時に木星から大使として白鳥ユキナ、とかいう少女がやって来て、その少女を引き渡せという命令に背きナデシコのクルーが散り散りに逃亡するはめになった』

『木星といえば木星系連邦。かのサイボーグ民族なら国民全員サイボーグ化が義務づけられてため、軍人に捕まってもそう簡単にはやられないのだが、ナデシコ世界の木星人は極々真っ当な人間の惰弱ボディしか有していないため即座に逃亡、今はどこぞのアパートで艦長やテンカワ達と隠れ住んでいる』

『生き物が住める環境でも無い癖に碌に人体改造もやらないとか、信じられない。正義とか強さに憧れるならまずサイボーグ化だろう』

『ぎっちぎっち動く機械の身体♪国民全員サイボーグ♪ 走れサンダー!唸れダイナモ!とか、この応援歌の歌詞の血圧の高さから推察するに、かなりこの世界の木連と波長が合いそうな気がするのだがどうだろうか』

『話が逸れ過ぎたので軌道修正。今現在俺と美鳥は余り人目に付かないような山奥の湖畔にてキャンプをしているのだが、実はキャンプってあんまりやった事が無かったりする』

『せいぜい小中高の林間学校やら臨海学校やらでやった程度か。だがまぁ、庭先で姉さんや数少ない地元の知人たちとバーベキューをすることは結構多かったので余り苦労はしていない』

『そもそも最初にトリップしたブラスレイター世界ではかなりのホームレスぶりを発揮していたので、この程度なら特に不便とも感じないのだ』

『まぁ、成り行きで統夜達と一緒になってしまった為に、ナデシコの中と変わらずそれなりに人間らしいリズムでの生活を強いられるのは不便と言えば不便だが、それもこれも人間らしさを失わない為という姉さんが教えてくれた事を守っていると考えれば問題は無い』

『しかし、なんだ。良く良く考えてみれば、これでネルガルとの契約は切れてしまったということになるのだろう。元から金を貰った所で使い道も無かった上に、貰った以上の資金をナデシコ宛てで寄付しているのだからそこら辺は気にするだけ無駄なのだが、ナデシコがネルガルの指揮下を離れたというのは俺や美鳥にとっては結構なプラスになる』

『ナデシコでボウライダーやスケールライダーのデータ採集が定期的に行われていたのは軍とつながりが出来たネルガルの意向に沿っていたからという理由がある。つまり、ナデシコが独立愚連隊になった今、わざわざデータ採集をする必要性は全くと言っていいほど存在しない』

『つまり、ボウライダーとスケールライダーのバージョンアップが再開できるのだ。いままでの鬱憤を晴らすかの如き超魔改造を行えるのである』

『……とはいえ、実際のところ余り強化する必要性を感じない。いままで手に入れた技術はすべて俺と美鳥の肉体に直接反映させているし、急いで機体を改造しなければならないほど力不足という事も無い』

『ていうか、もうそろそろ部隊から抜けようと思っていたし、このままぬるっとフェードアウトしたいという欲求もある』

『ああ、はやくオーブのモルゲンレーテに行って後継機を取り込みたい。ついでにフリーダムも取り込んでおくべきなのだが、今更ニュートロンジャマーキャンセラーとかなぁ』

『実のところ、もう既にニュートロンジャマーキャンセラーは手に入れていたりする。そう、山のバーストンの核ミサイルにさりげなく搭載されていたのだ。そして当然同じ武装を搭載しているグレートゼオライマーを取り込んだ時点で入手済みというわけだ』

『この世界でも既に核ミサイルの代わりにフェルミオンミサイルが主流になる流れが生まれつつあるが、それにしたってこれは酷い。ナチュとコーディの戦争?何それってな具合の技術格差である』

『それともう一つ正直な話をすれば、フリーダムよりも三馬鹿の機体の方が魅力的だったりする。ビームを曲げたり振動ブレードだったりハンマーだったり……』

『どれもこれも既に似た様な技術を持っているのだが、あの三機のけれんみに溢れたデザインは中々魅力的だと思う。大量に複製を作って暴れさせたいなぁ』

『まぁ、なにはともあれ今はホシノからの連絡待ちだ。それまでは適当に統夜達の相手をして時間を潰すとしよう』

―――――――――――――――――――

プラスチック製の皿に載せられた川魚の塩焼きや野草の天ぷらを摘まみつつ、時折ホカホカに炊けた白米を頬張る。
塩や醤油などの調味料に米や小麦粉といったモノはある程度機体に積み込んであるので問題無い、という設定でこっそり複製したモノを使っているのだ。
現状で食糧やらなにやらについては何ら問題は無いのだ。個人の好みを別にすれば。

「肉が食べたい」

魚と山菜と白米を綺麗さっぱり平らげた美鳥がおもむろに呟いた。
軍人やネルガルのシークレットサービスにナデシコを追い出されてから数日、このキャンプ生活で碌に肉を食べれていない美鳥がそんな事を言い出した。

「いやいやいや、魚で充分だって! ね!?」

「そうよ、卓也さんと美鳥が魚を釣ってきてくれて、食べられる野草を教えてくれたおかげでレトルトだけの生活は避けられているのだから。それだけでもありがたいわ」

テニアが大慌てで反論し、カティアもどこか話の論点をずらしながらの説得を美鳥に試みている。

「あ、ほら、持ってきたレトルト食品の中にチキンハンバーグがあったからそれで」

「でもそれって根本的な解決にはなってませんよね?」

ナデシコから持ち出した非常食を美鳥に差し出しなんとか誤魔化そうとする統夜と、冷静に突っ込みを入れるメメメ。
いや冷静か?しかしこのタイミングでそのセリフが出てくる辺りには確かな成長を感じる。餌付けしながらの英才教育が身を結んだようだ。

さて、何故統夜と三人娘が頑なに肉食を拒んでいるか、その理由を知るにはこのキャンプ生活が始まってからすぐの頃まで遡る必要がある。
ナデシコからの連絡があるか、あるいは他に匿ってくれそうな場所を見つけるまでひたすらこの森の中に隠れていることを選んだ統夜達と、それにとりあえず付き添うことになった俺と美鳥。
隠れ潜む上で最初に問題になったのは食糧関係。
ナデシコ脱出の際に倉庫から持ち出した自販機に補充する為のレトルト食品はあったのだが、何時まで続くとも知れない逃亡生活をするのだから、保存料が入っていて長持ちするレトルト系の食品はなるべく温存しておく事になったのだ。
そこで俺と美鳥が持っていたサバイバル知識(地元の山で釣りや山菜狩りに出かけた経験だったり、ネットから知識だけ持ってきたりとソースは様々)で食料を調達したのだが、その際に少し問題が発生する。
調達した食材の一つである、猪やら兎などの野生動物を捌く場面を見た統夜、そして三人娘の内の二人がそのグロテスクな光景に耐えられなかったのだ。
これがもっと切羽詰まった状況なら気持ち悪さやら罪悪感やらを押し殺して肉を食べたのだろうが、生憎魚や山菜、あるいはレトルトにもある程度は手を付けることが出来るこの状況ではそこまで我慢が利かなかったらしい。
三人娘の内カティアとテニア、そして統夜までもが、あれやこれやと理由を付けて獣を狩って肉を作る必要は無いと言い始めて、それからはずっと魚と山菜とレトルトの日々。

別に俺も美鳥も栄養バランスだのなんだのに気を配る必要もないし、肉が食いたいと言いだしている美鳥本人も本来は肉少なめの和食派。
これはどちらかと言えば、肉を食わないといざという時に力が出ないとかそういった理由で統夜と三人娘に肉を食わせたいのだろう。
予定ではナデシコの再起動に合わせてフューリーもやってくる筈なので、統夜には是が非にでも力を付けておいて貰うべきだ。ここは俺からも肉をプッシュさせて貰おう。

「一応、初日に捌いた猪と兎、冷凍して保存してあるぞ」

「お、さっすがお兄さん」

「う……」

初日に捌いた、というフレーズにテニアとカティアが解体場面を思い出したのか顔を顰めるが、目の前で再びグロい光景を見せられる訳では無い為か特に反論は無し。

「まぁ、捌いた分は食べないと罰が当たるしな」

統夜は親の遺産で暮らす苦学生だった為か、食べモノを残すことに対して罪悪感のようなものを覚える節がある。もったいないの精神というやつだろう。

「あ、でもお肉の前におやつにしません?」

三人娘の中で唯一肉を捌くシーンに難色を示さなかったメメメが、ここでもやはり甘味をねだりだした。後でマシュマロ辺り、ある程度保存が利いてここで出しても違和感の無いものを与えておこう。

やいのやいのと肉やおやつを巡り騒ぎ出す俺達。今日もナデシコから連絡は無かったが、おおむね平和な一日になりそうだ。

―――――――――――――――――――
◇月◇日(この世界で初めて)

『イレギュラーというかバタフライ効果というか、そんな出来事が起こった。いや、起こった、というよりは起こるべき出来事が起こらなかったというべきか。この事態は少しだけ予想外』

『フューリーが出てこないのだ。本来ならナデシコ奪還とその次の話でグ=ランドン以外のネームドユニットが全員登場し、オーブの防衛戦初期でベルゼルートはラースエイレムキャンセラーの中核を残して大破する予定だったのだが、そのイベントも一切起きていない』

『これは一体どういう事、とか思い悩むほど難しい問題でもない。フューリーが何をやろうとしているかは大体察しが付いている』

『しかし、そうなると色々と問題も出てくる。成長した統夜の操縦にベルゼルートが反応しきれなくなって来ているのに、急いで後継機に乗り換える理由が生まれない、いや、むしろ何時攻めてくるか分からないような状況では下手に機体をばらす訳にも行かないと考えるだろう』

『原作では機体が大破したことでそういった可能性が考慮されなかったが、このままではオーブを出るまでは機体の乗り換えは無しという結論に至るだろう』

『さらに言えば、現時点で統夜の乗り換える予定の後継機が未完成。どうやら俺の送った統夜の戦闘データを元に組直した結果、微妙に開発が遅れてしまったらしい』

『コアの移植は間に合わないだろうし、せめて連合が再び攻めてくるまでに俺と美鳥も手伝ってどうにかこうにか完成させて、機体だけでもナデシコに積み込んでしまわなければなるまい』

―――――――――――――――――――

モルゲンレーテ、大量のM1アストレイが立ち並べられたMS工房内に、一機だけ毛色の違う機体が混じっている。
いや、毛色が違うというレベルでは無い。そもそもMSですらない。
この機体を構成する理論は地球人のモノではない。遠い遠い昔、故郷を追い出された異星人達が齎した超技術の塊。
地球人とフューリーのハーフである、統夜・セルダ・シェーンの新しい剣。

「とかなんとか脳内ナレーションを入れてはみたものの」

「見事に未完成だねぇ」

隣に立つ美鳥が呆れた顔で目の前の青い巨人を見上げている。
見事に未完成、というが、強化用外骨格からコアモジュール以外のベルゼルートの強化された基本フレームまで、あと少しで完成まで持って行けそうな処までは出来上がっているのだ。
まぁ、いくらあと少しあと少しと言ったところで、必要になるタイミングで実際に完成してなければ何の言い訳にもならない。

「そう言ってくれるな。実際の処、君らが送りつけてきたベルゼルートのパイロット特性やそれに合わせた改修案を受け入れていなければもう完成していた筈なのだ」

と、俺達をここまで連れてきた黒騎士ことアラン・イゴールが肩を竦めながら告げた。
実際、元々この機体に搭載されていたほぼ変更点の無い武装は完成しており、未完成部分は統夜の戦闘の癖に合わせて改修案を送った部分が殆どとなっている。

「でも、あれが無かったら結構大変な事になってたと思いますがね。元のこの機体の特性と統夜の操縦、合致してると思いますか?」

「別に文句を言った訳ではないさ。あの改修案が有効だと踏んだからこそ、こうやって君達をここに連れて来たのだからな」

君たち、というのは何も俺と美鳥に限った話ではない。後ろを見渡せば、ナデシコ整備班、しかもウリバタケ班長とその肝入りの精鋭達がそろそろと付いてきている。

「おいおいおい、最近は整備の手伝いにもこねぇから何してんのかと思ったら、おめぇら俺様に内緒でとんでもねぇこと考えてやがったな?」

「可愛い弟分の新しい機体、ちょっとくらい口出しするのは当然じゃないですか」

今の統夜の戦闘スタイル、統夜パパからの遺伝もあるだろうけど、部分的には俺の戦い方を見てそれがうつったってのもあるだろうし。
それに、今まで散々ナデシコで機体を無断で複製させてもらっていたんだ、こうやって多少のフォローを入れる程度の事はしても罰はあたらんだろう。

「かーっ! よく言うぜ、散々自分たちの機体ばっか改造しまくってよぉ。しかも俺達には詳しい構造は教えようともしねぇ」

「技術は教わるものではなく盗むモノとう名言を知らないのかよ。ほら、目の前にいかにも盗んで欲しそうな技術が転がってんぞー?」

ウリバタケ班長のセリフに挑発を返す美鳥。その光景を無視し、アラン・イゴールがこちらに顔を向けた。
此方を見る目には疑惑の色は無く、信頼の色も無い。
未知の情報をとりあえず置いておき、今ここにある事実のみを見つめる誠実な眼差し。

「君が何時、何処でこの機体の情報を仕入れたか、そして、一介の傭兵が何故あそこまで充実した技術提供や資金提供を行えたかは分からん。しかし、それが彼らにとって有益な結果を齎す事は確かだ」

疑うべき部分は数多くあるが、今のこの状況では実益優先、ということだろう。
こういう連中ばかりなら、もう少し悠々自適にTUEEEライフを楽しめたのかもしれないが、同じ機体でこんな長期間戦い通したのも、長い目で見ればいい経験になるだろう。

「まかせて下さいな、ここを出るまでには完璧に仕上げてみせますよ」

置き土産として恥ずかしくない程度に立派な物にしてやろう。
俺は未だ名無しの後継機を今一度見上げ、アラン・イゴールに頷きを返した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

まるで太平洋艦隊の全てを相手にしているかのよう、との言葉が誇張とは言い切れぬほどのMS部隊による波状攻撃、次々と送り出されてくる連合のMS部隊、その物量に対し、ナデシコ、アークエンジェルは苦戦を強いられていた。
背水の陣を敷いて奮戦を続ける二艦に、守っている筈のオーブの前代表から、戦闘の中止と撤退を懇願される。
ナデシコとアークエンジェルという未来への希望を残す。これから滅ぶ国の為にその希望の灯が潰えるべきではない。
ウズミ・ナラ・アスハの意思を、願いを受け、アークエンジェルの艦長、マリュー・ラミアスは全機に撤退命令を下す。
オーブの中央から高エネルギー反応が検出されたのだ。自爆により連合の兵力を減らし、ナデシコとアークエンジェルが撤退する時間を稼ぐ算段なのだろう。
ここで抗い捕まっては、ウズミ前代表の犠牲が無駄になる。

「全機に告ぐ! 速やかに当戦闘領域を離脱! 繰り返す、全機戦闘領域を離脱せよ!」

苦渋の選択であった。ブリッジクルーは残らず涙を流し、歯を食いしばり自らの感情を押し殺し、出撃していた機体のパイロット達もコックピット内部でやり場のない怒りや憤りを持て余しながら母艦へと戻って行く。
しかし、未だ母艦へ戻る気配が無い機体が一機。
紫雲統夜のベルゼルートが虚空を睨みつけるようにして再び臨戦態勢を取った。

「ベルゼルート、統夜さん、早く帰艦してください」

ナデシコからの通信、艦長が放心している為か、オペレーターのホシノルリが直接命令を下している。
普段通りの平静を装ってはいるが、心なしかその声は震え、僅かながら語気も荒げている。
が、そのホシノルリの状況も気にしていられない程に焦った統夜の声が通信を通して全機に伝わった。

「いや、ダメだ。奴らが、フューリーが来る!」

最悪のタイミング。
今までの連合のMS部隊との連戦で殆どの機体がボロボロ、弾薬の補給をしている暇も無い。フューリーとの戦いの要であるベルゼルートとてそれは同じだった。
ラースエイレムキャンセラーを発動することは出来る。しかし、そこまで。
万全の状態で向かってくるフューリーを相手にできるほどの余裕は一切無い。
では、今から帰艦して全力で離脱すればどうにかなるか。
いや、フューリーの機体はもれなく転位機能を有している。如何に地球上において他の追随を許さない性能を持つナデシコといえど逃げ切ることは出来ないだろう。
単体での大気圏離脱能力を持たないアークエンジェルなどは言わずもがな、というやつだ。

「くるぞ!」

ビームに実弾、オルゴン粒子弾が豪雨のように降り注ぎ、目前まで迫っていた連合のMS部隊が一機残らず爆散した。
自爆する寸前のオーブに大量の、いや、無数のフューリーが降り立つ。
連合のMSを破壊したのはナデシコやアークエンジェルを逃がす為では無く、横あいから手を出されて作戦に支障が出るのを恐れてのことだろう。

「だめ、これじゃあ逃げ切れない!」

「くっそぉ、ここまで来てこれかよっ」

「万事休す、というやつか……」

目前に迫るフューリーの軍勢、しかし、敵を前にしても殆どの機体は戦闘に耐えられる状態ではない。
『殆どの』機体は。
例外がいるのだ。この連戦でもほぼ消耗も無く、補給も無く戦える機体が。


―――――――――――――――――――


破壊されたオーブの施設、死屍累々と転がるMSの残骸。燃える木々、砕けた山、濁る海。
ラフトクランズに乗るフューリーの騎士、アル=ヴァン・ランクスは眼下に広がる戦闘による破壊痕を見下ろし、深いため息を吐いた。

「愚かな、フー=ルーの仕掛けに踊らされたとはいえ、何故かくも同胞同士で殺し合うのか」

「ははははは、 地球人はやはり滅びたがっているのですよ。おかげで俺達は楽ができる」

準騎士であるジュア=ムの軽口に軽い苛立ちを感じるアル=ヴァン。
彼は本来、このような自らの手を汚さない戦い、搦め手を好まない性質(たち)であった。
一言、取り敢えずはジュア=ムを諌めようと口を開こうとするより早く、横から別の通信が割り込んだ。
今回の作戦で部隊の半分を指揮する事になっている騎士、フー=ルー・ムールーだ。

「あらあら、それは私達が言えた義理では無いと思いませんこと?」

「どういうことです?」

「む……」

フー=ルーの戯れに返した言葉にジュア=ムは疑問を返し、アル=ヴァンは反論を返すことも出来ない。
今や知るものの少ない事実ではあるが、この地に訪れたフューリーは内乱の末に敗れ、故郷を追われた者達のなれの果て。
この地に来る原因からして同胞同士による殺し合い潰し合いにあるのだ。

「子は親に似る、ということなのでしょうね」

で、あるならば、子が親に似るようにやはり親も子に似るのだろう。やもすれば自分たちも、知らぬ間に滅びへの道を歩んでいるのかもしれない。
その疑念を、アル=ヴァンは捨てる事が出来なかった。
あの白い機体、不吉な未来を見せる、滅びの未来を齎す平常の狂気。
あの機体に拘る思考は、あの機体に拘る行動は、滅びへの道を自ら進むに等しいのでは無いか。
自らの思考に埋没しているアル=ヴァンの機体に、青い機体、紫雲統夜と実験体の少女達が乗る試作機、ベルゼルートから通信が入る。

『その機体、アル=ヴァンか!』

その機動、間合いの取り方、視線の動きに至るまで、全てがかつて見た恩師の面影を残し、そして以前見た時とは比べ物にならない程の力強さ、逞しさを感じる。

「統夜か、残念だが、今日は君の相手をしに来た訳では無い」

『そんな勝手を──』

突如として響いた爆音が統夜の叫びを途絶えさせる。
空間を歪める程の重力波による砲撃、グラビティブラストの範囲内に存在した十数機の従士の機体が一撃の元に爆砕された。
ナデシコのモノではない。ナデシコは今宇宙へ脱出する為に艦尾を向けており、即座にフューリーに対応できない。
続けざまに二度、三度と苛烈な重力波が襲いかかる。
転位を使いこなせない機体は必死に逃げ惑い、しかし更に違う位置から放たれたミサイルの雨や荷電粒子の奔流に呑み込まれ破壊されていく。
転位に成功した機体は、一機残らずグラビティブラストの放たれた方角から射手の位置を割り出さんと警戒する。

「来たか」

白い装甲に身を包み、片手には平行に連結させた砲を構え、片手には回転する凶悪な刃を構え、肩からは異形じみた巨大な鉤爪のある腕を生やした歪な人型。
グラビティブラストを放ち、今また多くの同胞を葬った憎き敵。
ラフトクランズの半分程の大きさも無いその機体は、しかしその危険度は地球上のどのような存在よりも高く、悪魔染みた性質を隠し持っている。

黒い装甲を纏い、その身に数えきれぬ火器を備え、翼からは目を焼く程に眩い光刃を伸ばした、鳥のようなシルエットを持つ戦闘機。
背を向け逃げる事を許さぬとばかりに容赦なく逃げ惑う同胞を撃ち落としてきた恐るべき敵。
白い機体につき従うかのような動きを見せる怪鳥、白い機体と同質の気配を持つそれは、やはり悪魔のような歪な気配を纏っている。

『各機、白い機体と黒い戦闘機のみを狙え。他の機体は無視しても構わん。第一にあの二機を始末する事だけを考えろ』

各機へ号令を下しながら、アル=ヴァンは従士が全滅する勢いで掛かってもあの二機、いや、あの白い機体は落とせないだろうと予測している。
真の勝負は従士を撃墜し尽くした瞬間にこそある。
従士を捨て駒同然に扱わねば敵を倒せぬ自らの不甲斐無さを嘆きながら、アル=ヴァンはその瞬間が訪れるのを待っていた。

―――――――――――――――――――

周囲一体、余すところなくフューリーの機体が埋め尽くしている。遠くには遠距離戦強化のドナ・リュンピーが数百にも届かんというほど控え、リュンピー、ガンジャールもそれぞれ互いに邪魔にならない程度に距離を開けつつ同じような数だけ控えている。
それだけではない。温存しておくべきフューリーオリジナルであろう機体、ヴォルレントが十数機、動きから見るにどれも乗るのは騎士に届く寸前の準騎士か。
そして極めつけに黒、白、赤の三機のラフトクランズ。

「統夜、ナデシコに戻れ、ここは俺が食い止める。この軍勢は、俺へのお客様だ」

ボウライダーとスケールライダーを包囲するように展開されたフューリーの機体群。
未だナデシコにもアークエンジェルにも戻っていない他の機体も僅かに残っているのにまるきり俺達しか狙っていない。
いや、それどころか真っ先に破壊するべきベルゼルートすら無視した対ボウライダー配置。
多分あの大量の雑魚共とこの状況が『万全の準備』というやつなのだろう。
まるっきり力技の物量作戦と、時間さえかければこの国の自爆に巻き込んでしまえるという算段。
騎士の誇りとかそういったものをかなぐり捨てた泥臭い作戦。一騎討ちに拘ってくるものと踏んでいたんだが、なかなかどうして騎士様も必死らしい。
自爆プロセスこそ止まっていないが、さっきのフューリーの弾幕によってウズミ前代表の居た施設は跡形もなく破壊されている。
空気を読んで自爆で死なせてやる程度の気遣いもできなくなる程俺に夢中らしい。これが有名税とかいう奴か、全然嬉しくないがな。
せめて相手が美人な姉系の人なら嬉しいかもとか少し考えたが、唯一の女性ボスユニットは男らし過ぎるウォーモンガーだし。
だが、これは好都合だ。俺が一人でここに残ってナデシコから離脱する理由としては十分過ぎるシチュエーション。
予定していた抜け方とは違うが、これはこれで乙な抜け方ではあるまいか。

『無茶だ! ベルゼルートを下がらせたら、あの時間を止める攻撃には対抗できない!』

いい正論だ、感動的だな。だが無意味だ。
ここで抜けると決めた以上自重はしない。どうやってでも納得した上で宇宙に上がってもらう。
サブMMIにサイトロンコントロール設置、予備動力にオルゴンエクストラクターを生成。

「統夜、お前は何時の時代の話をしているんだ?」

オルゴンエクストラクター起動。稼働率安定域到達。以後この出力を維持。

『マサトくん、これは!』

『ああ、間違いない……、ボウライダー、スケールライダーからベルゼルートと同じ種類のエネルギーが放出されている』

ゼオライマーからの通信で氷室美久の驚愕の声とマサトの冷静な分析が聞こえてきた。
驚くのも無理はない。かの天才、木原マサキでさえフューリーの技術を再現しうることはなかったのだから、一介の傭兵がジャンクからそんなものを作れるとは夢にも思わないだろう。
いかなスパロボ世界でも無理があるが、ナデシコの格納庫には俺が回収して修復したガンジャールやリュンピーが数機転がっている。
これ以降ボウライダーとスケールライダーを調べられる事が無ければ、あっちで色々考えてどうにでも辻褄を合せてくれる筈だ。

「つまりはこういうこと。俺達にはもう時間停止攻撃は通用しない」

『ダメです! 戦えるからって、二人だけを残して行く訳にはいきません!』

『艦長、今の状況考えてモノ言えよ。どうするのが最善か、分からねぇあんたじゃねぇだろ?』

ナデシコ艦長のミスマル・ユリカが俺達を止めようとするが、美鳥の言葉を聞き口を閉ざす。
後数分せずにオーブは爆発消滅し、そのカウントダウンを止めることは出来ない。
アークエンジェルはすでに大気圏外へ脱出する為のレールに設置され射出を待つばかり、しかも艦も機体も傷ついたアークエンジェルはナデシコの援護無くして宇宙で生き抜くことは出来ない。
ナデシコとて無傷ではなく、自爆に巻き込まれては無事では済まず、乗っている機体も整備無しでは戦えないような状況のものばかり。
そして、敵はボウライダーとスケールライダーしか眼中に無い。
俺達の機体は損傷無しで弾薬も気にせず戦えるので時間もそれなりに稼げる。俺達を置いて行けば安全に宇宙に離脱することができる。
シミュレーションでは優秀だという艦長の頭脳はこの答えを一瞬で導き出せただろう。
モニタには悔しげに俯き、唇を噛んでいる艦長の姿が映っている

『卓也! 美鳥ちゃん! 馬鹿な真似はやめろよ! そんな真似しなくても、他に、他に何か方法が……!』

「テンカワ、コックの修業もちゃんとやれよ。偶に揚げ物がべしゃべしゃになってたからな、忙しくても油の温度は小まめに気をつけるように」

『次までにギンギー料理作れるようになっとけよー』

テンカワの必死の形相がモニタに大写しになった。山田のことでも思い出しているのだろう。
なるほど、そういえばこうやって自己犠牲で仲間を見送る役は提督と山田に次いで、俺と美鳥で三人目と四人目になる訳だ。だからどうだって話だが。
これ以降食う事も無いだろうが、とりあえず他に言うべき事も無いので料理の粗を指摘しておく。美鳥は以前から繰り返してきた無茶振りをここでも行っている。

『卓也、貴様、死ぬ気か?』

「死ぬ気は毛頭ない。だから次会う時には流派東方不敗の奥儀、ちゃんと見せてくれよ?」

『ふ、任せろ。次会う時には最終奥義で貴様の猿真似を叩きのめしてやる』

頼もしい言葉だ。まぁ次会うことも無いだろうから、最終奥義はラスボスにでも決めててくれ。
次々と繋がる通信、それに手短に言葉を返していく俺と美鳥。これでこいつらとはお別れかと思うと少し感慨深いものがある。
周りのフューリーも空気を読んでいるのか照準を合わせながらもこちらに仕掛けてくる様子は無い。
ボウライダーをナデシコとアークエンジェルから遠ざけるように移動させる。それに合わせるように付いてくる周りのフューリー。
程なくして全ての機体がナデシコかアークエンジェルに帰還するのを確認し、スケールライダーとのリンクを確認する。
本来ならオリジナルのボウライダーが狙撃の際にスケールライダーから送られてきた標的の観測データを受け取る為のモノなのだが、これを双方向にすることにより、両方の機体の死角が狭めることが可能となっているのだ。

砲を構え、さぁ戦闘開始という段になって、ナデシコのブリッジから通信が繋がった。
ブリッジクルーとの交流はあまり無かったんだが、ホシノから美鳥宛てか?

『ダメです! 卓也さん! いっちゃ、やです、戻ってくださいぃっ!』

メメメだ。今回は移動の殆ど必要無い防衛戦ということで一人サブパイからあぶれて、自室に詰めている筈のメメメがブリッジから通信を繋げている。
顔は汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃ、控室から走って来たのか息も絶え絶え。

『待ってください、いま、いま迎えに行きますから、すぐに――統夜さん! カティアちゃん! テニアちゃぁん! なんでおいてきちゃったんですかぁっ!』

錯乱気味に泣きわめくメメメ。さて、これは、どうするべきか。言葉が見つからない。

「ごめん、メルアちゃん。これから三時のおやつは自分で何とかしてくれ」

『違います!なんで、なんでそんなお別れみたいなこと言うんですか!? それに、お菓子なんて、違う、ただの言い訳なんです! 私は、私は本当は、お菓子じゃなくて、卓也さんが──!』

通信を一方的に切り、溜息。遠ざかるナデシコを見送り、改めて周りのフューリーに集中する。
が、始まらない。白いラフトクランズから通信。クスクスという笑い声がスピーカーから響く。

『随分と慕われているのね』

「やることやって、やった分の評価を受けていただけですよ」

『そういう意味では無いのだけど、いえ、わかっていて惚けているのね、残酷な人。ああ、人じゃなくて鬼だったかしら』

女を捨てているとしか思え無い戦争狂に言われたくないので無視。今は軽口に答える気分じゃあ無い。
ボウライダーの顔を黒いラフトクランズに向ける。通信はこの戦場全体で聞こえる筈だが気分の問題だ。

「悪いね、わざわざ待って貰って」

『貴様を滅ぼさねば、我らフューリーに未来は無い。しかし、これから死ぬ者とその仲間の別れを邪魔する程、我ら騎士は無粋でもないつもりだ』

言い、ソードライフルをこちらに向ける黒いラフトクランズ。
ソードライフルはその銃口に眩い光を湛え、今にもこちらを撃ち抜こうとしている。
しかし、これから死ぬ者、ね。

「ふ、くふふっ」

『くっくっくっく……』

笑ってしまう。笑ってしまう。
堪え様としても腹から笑いが湧きだし口から溢れてしまう。
スケールライダーと繋がっている通信からも美鳥の含み笑いが聞こえてくる。

『……やれ』

黒いラフトクランズ、アル=ヴァンの号令と共に、マシンガンの鉄弾が、ビームライフルのビームが、ソードライフルの粒子弾が、粒子砲が、結晶弾が俺のボウライダーと上空のスケールライダーに襲いかかり、爆炎で包み込んだ。

―――――――――――――――――――

アークエンジェルブリッジ、サイ・アーガイルが状況を報告する。

「制空権離脱しました。連合軍、フューリーの追撃、共にありません」

その報告を聞き、パイロットスーツのまま控えていたムウ・ラ・フラガが安堵のため息を漏らす。
機体の整備の為、パイロットには一時休息を、ということでブリッジにマリュー・ラミアスの様子を見に来ていたのだ。

「追ってこられたらヤバかったが、……まだ鳴無兄妹が足止めをしてくれているのかな」

フラガとて、これから自爆して更地になるような場所、しかも無数の敵の中に残してきた二人に、申し訳ない気持ちが無いでもない。
しかし、あの二人が言っていたようにあの場合はやむを得ないだろうと、冷たい軍人としての頭脳が判断もしていた。
事実として自分も開戦初期には似たような役回りを任せられたこともある。戦場ではそう珍しいことでも無い。
が、直前に自分たちは同じような任務を放り出してここに来ているのだ。
軍を抜けていながら、その命令を下した軍人と同じ、冷たい判断を下す羽目になった二人の艦長の心境を思えば自分が暗い表情で暗い雰囲気、というのも頂けない。
そう思い、努めて平常通りに振舞いで艦長へと話しかけた。

「そうね。ナデシコに通信を繋いで」

マリューは努めて冷静に次の行動を起こさねばと努力している。幾度となく戦闘で活躍し、窮地に陥る前にどうにかしてくれたとはいえ、自分たちはあの二人とさほど交流も無かった。
ショックを全く受けていない、という訳でも無いが、戦闘や航海に支障が出るほどでは無い。どちらかと言えばウズミ前代表の死の影響の方が大きい。
が、ナデシコは違う。火星行きの旅から鳴無兄妹が同道していた。少なからず影響を受けている筈だ。
やる事は山積みだ。艦長として、できる限り最善の行動を取ろう。

―――――――――――――――――――

ナデシコ艦内、ブリッジ。
ナデシコにとって、今回の状況はまさしく火星脱出の焼き直し。
普段はお気楽な艦長であるミスマル・ユリカも、二、三重の意味でライトスタッフなブリッジクルーも自らの力の無さを嘆いた。
あれから幾度となく戦いをくぐり抜けてきたのに、自分たちはまたも他人の犠牲の上で生き残っている。
しかし、そんな状況でも事態は進んでいく。
今度こそはこんな事にならないように、艦長もブリッジクルーも自分の職務を果たしていた。

「じゃあそっちはカガリさんが……」

『そっちは?』

「あ、はい、えっと、メルアちゃんが、部屋から出てこなくて」

『そう……、仕方がないわね』

空気が重く沈む。
ベルゼルートのサブパイロットの一人、メルア・メルナ・メイアの悲痛な叫びを思い出す。
メルアが鳴無卓也に好意を寄せていたことは二隻の艦では誰もが知っているほどだった。
そして、今回の出撃では運悪くサブパイロットから漏れて自室待機。メルアは只想い人が死地に向かうのを見送るだけで止めることすらできなかったのだ。
精神に負ったダメージは計り知れないだろう。

しかし、少女が心に消えない傷を負っていても、長旅を共にした仲間が死んでしまっても状況は進む。
二人の艦長は改めて、今後の二隻の行動方針を話し合い始めた。
ウズミ前代表の、そして鳴無兄妹の犠牲を無駄にしない為に。

―――――――――――――――――――

ナデシコ格納庫、エステバリス整備ブロック。

「くそ、くそ、くそっ!」

テンカワ・アキトがパイロットスーツのヘルメットを壁に叩きつけ叫ぶ。
ボソンジャンプという力を得て、戦闘で震えることも無くなって、自分は変わることができたのだと思っていた。
だが違った。同じ状況で同じ犠牲を出してしまった。変わったつもりで何も出来ることなんて無かった。
ボソンジャンプで迎えに行く事が出来ただろうか。いや、迎えに行ったとしても一緒くたに撃破されてしまっただろう。機体は満身創痍、身体は疲労困憊、とても役に立てる状況では無かった。
いや、そうではない。アキトは自分の頭に思いついた状況分析の結果を、頭を振って追いだした。
見捨てたのだ。打算によって、天秤に掛けて、どうせ助からないと。救えないと、切り捨てたのだ。
二度目。ガイに続いてまたも友人を見捨ててしまった。
ガイの時のように咄嗟でなにも出来なかったという訳でもない。考える時間は十分にあった。しかも今回は片方が自分よりも何歳も小さい女の子。
生き残ってしまった。背中を預け守り合うべき存在と、背に庇い守るべき存在を犠牲にして。

自分は、テンカワ・アキトは、正義の味方に、ゲキガンガーになれなかったのだ。

「ちっくしょぉぉぉぉっ!」

「テンカワ……」

叫ぶアキトに、同じくエステバリスから降りてきたリョーコは声をかけることすらできなかった。

―――――――――――――――――――

ナデシコ格納庫、ゴッドガンダムのコックピット内。
ドモン・カッシュは目を瞑り坐禅を組み、自らと国を犠牲に自分たちを宇宙へ送り出した老人と、ある傭兵の事を思っていた。
老人の名をウズミ・ナラ・アスハ。未来への繋ぐ為の希望の灯と自分たちを呼んだ。
平和を、と。命を掛けた託されたこの願い、全力を持って果たしてみせよう。そう堅く胸に誓った。

そしてもう一人、いや、二人。
戦士の名は鳴無卓也と鳴無美鳥。時に拳を重ね、時に背を預けた戦士。
死ぬつもりは無い、と言った。死ぬ人間が良く言うセリフで、あの状況ではどんな屈強の戦士でも生き残ることは容易くは無いだろう。
だが、不思議と心配はしていなかった。拳を重ね戦い合った仲だから分かる。あの二人はこんな所で死にはしない。
再会を誓った。再戦の約束を交わした。
ならば次に相見えた時の為、最終奥義、しかと我がものとしておこう。この拳に宿るキングオブハートの紋章に誓って。
ドモンは自らの拳を掲げ、その拳に誓った。

―――――――――――――――――――

ナデシコ格納庫、コンテナ置き場。
紫雲統夜は戦闘終了後暫くして、アラン・イゴールと共にモルゲンレーテから搬入された物資のコンテナが積まれた区域に足を運んでいた。
なぜこんな所に足を運んでいるか、その理由は統夜の乗るベルゼルートにある。
先の戦闘で、ベルゼルートが限界を迎えた。
統夜の反応に無理やり付いて行けるように限界性能までひきだしていたのだが、とうとう機体の方がダメになったのだ。
大規模改修を行えばどうにか動かせるようにはなるが、今はそれをしている程物資にも時間にも余裕が無い。
これからどうやって戦うか途方に暮れていると、アランが見せたい物があるとここまで連れてきたのだ。

「何ですか、見せたい物って」

アラン・イゴールは無言で、一つの他のコンテナより二回りほど大きな機械式のコンテナの前で足を止めた。
コンテナの隅に設置されているコンソールを操作し、空ける。
重々しい音を立てながら開くコンテナを見上げながら、アランが口を開いた。

「君の知人から託されたものでね。本来は君のベルゼルートの性能をそのまま引き継いで強化したものになる予定だったのだが──」

コンテナが開き、その内容物の全容が明らかになる。

「鳴無卓也、彼が送ってきてくれた君の戦闘データと改修案を元に組直した結果、メインは遠距離での射撃のままだが、格闘戦もこなせるようになっている」

重厚な装甲を身に纏った青い機体。ベルゼルートの面影を残しつつ、全体にどこかがっしりとしたシルエット。
肩周りが心なしか太くなっており、格闘戦でブレードを振り回すのに足る程のパワーを得ているであろう腕部。
地上戦での踏み込みの強化のために芯が強く、粘り強い動きのできそうな、しなやかで逞しい脚部。
拳や肘、踵や膝には鋭いエッジが付いており、文字通りの格闘戦もこなせるだろう。

「これを、卓也さんが、俺の為に……」

どういった感情からか、統夜の咽喉奥が震えた。熱い何かがこみ上げて、眼尻から溢れだしそうになる。
その統夜の横で、アランが説明を続ける。

「彼が敵の指揮官機から奪った、まぁ仮にソードライフルとでもしておこうか。ソードライフルを解析し、モルゲンレーテにデータを送りつけて来てね。その機能を両腕に備え付けた二丁のオルゴンライフルに組み込んである」

一息、更に付け加える。

「送りつけられたデータの中にこう書いてあったよ。『このパイロットはあんな機体で敵陣のど真ん中に突っ込んでいくから危なっかしくてしょうがない。万が一の時の為、近距離の乱戦でも使える武装案を幾つか送っておくから、是非組み込んで置いて欲しい』とな」

良く見てくれていたようじゃ無いか。と、アランが続けようと統夜の方を振り向くと、

「っ……、ぐっ、くぅ……!」

地に膝を付き、堅く閉じた瞼の隙間から、堪えていたモノを溢れださせながらの、感謝。
初めてベルゼルートで戦った時、火星への道行で不満をたれていた時、強くなりたいと願った時、並んで戦った時。
様々な記憶。共に戦ってきてくれた人の姿を思い出し、

(見守っていてくれた……! 確かに、最後まで……!)

「ありがとう……、ございました……!」

その姿に、感謝と共に、別れの言葉を告げた。

―――――――――――――――――――

ナデシコ、居住区、元、鳴無卓也の個室。
メルア・メルナ・メイアは鳴無卓也の使用していたベッドに座りこんでいた。
少し前まで卓也のベッドに突っ伏して泣いていたが、目元を赤くさせ頬に涙の痕があるものの、今は概ね落ち着いていた。
深く物事を考える力が残っていない、とも言える。
暫くすればまた泣き出してしまうだろう、と、メルアは奇妙な確信を抱いていた。

顔も拭かず、ぼうっと電灯の点いていない暗い部屋の中を眺め、部屋の作りは自分達に割り当てられた部屋と同じだな、などと、ぼんやりとした頭で考える。
改めて見れば、そこは驚くほど物が無い部屋だった。
備えつけの冷蔵庫に、旅行鞄だけが置かれていた棚、日記を書く為にのみ使われていた机に電気スタンド、後は何冊か他から借りてきたであろう雑誌が数冊。
ここに残されているモノから、彼の人柄を知ることは難しいだろう。それほどに、この部屋には部屋の主の生活感というものが残っていなかった。

そう、ここには鳴無卓也は残って居ない。信じられない程に、あっという間に消えてしまった。
だが、それを実感できない。あまりにも急過ぎたからか、そのショックを脳が拒絶しているからか。
メルア・メルナ・メイアは奇妙な程に落ち付いていた。

「……おなか、すきました……」

唐突なメルアの呟きと共に、その腹からグゥと空腹を訴える音が鳴る。
コミュニケを確認すれば、オーブを飛び立ってから既に数時間が経過していた。
泣き疲れて眠ってしまい、食事を取り損ねたのだ。更に言えば、昨日今日とおやつを食べていない。
昨日はなにやら用事があったらしく、あらかじめ用意してくれていた卓也のお菓子があったのだが、もしかしたら早くに用事が済んで、いっしょにおやつを食べられるかもしれないと待っていて、待っている間にあの戦闘が始まってしまった。
他のみんなが戦闘している中でおやつを食べる訳にも行かないと我慢していたが、その戦闘は日をまたいで行われ、そして、ナデシコのクルーが二人減った。
二人、減ってしまったのだ。

「……」

悲しい、しかし、やはり涙は出ない。
お腹が空いていると泣く力も湧いてこないのかもしれない。が、今のメルアにはこの部屋を出る気力も無い。
メルアはのろのろと身体をベッドから降ろし、四つん這いで暗い部屋の中を探し始める。
すぐに目当てのモノを見つけた。
冷蔵庫。メルアが自室に取り付けてもらった物に比べれば小さいが、それでも一般的な一人暮らし向けの冷蔵庫よりは大きい。
取っ手に手をかけ、開ける。

「あ……」

ジュースやお菓子作りに必要な材料の中、ポツンと小ぶりなチョコレートケーキが鎮座している。
以前食べた時にメルアが、これが一番好きなんです。と教えたモノ。
数人で分け合って食べると丁度いい量になるだろうそれを取り出し、机の上に乗せ、椅子を引き、座る。
フォークが無い。机の中を漁ると、使い捨てのプラスチックフォークが袋に入ったまま何本も放置されていた。
プラスチックフォークを一本袋から取り出し、チョコレートケーキに突き刺す。
切り分けもせず、贅沢な食べ方です、などと考えながら、切り取ったケーキの一部を口に運ぶ。

「……しょっぱい?」

美味しい、甘い、でも何故か少し塩気があるような。不思議な味だ。
続けて一口、二口、口に運ぶ。
ボロボロと食べカスをこぼしながら無我夢中で食べていると、手に水で濡れたような感触を覚え、メルアは自分の手を見る。
水滴が付いた手、しかし、その手がゆらゆらと歪んで見えた。
泣いている。乾いた涙の痕をなぞるように、涙が流れている。自分の目から、涙がとめどなく溢れている。
泣いている、泣ける。泣けることに気付いてしまったのなら、もう、我慢する必要は、無い。

「う、ううぅぅぅ、うあぁ、うあああぁぁぁぁ…………!」

ケーキを食べ、そのケーキを二度と作って貰えない事を知り、遂にメルアはしっかりとその事実を認めた。
鳴無兄妹は、鳴無卓也は、初めて好きになったあの人は、もう、どこにも居ないのだと。



続く

―――――――――――――――――――

はい死んだ。これにてスパロボ編本編沿いルート終了な、主人公がウソ臭い死亡フラグをおっ立てて回収したりする話終了。
ラスト辺りのナデシコクルーの辺りでは悲しげなBGMでも流しておけばそれっぽく見えるんじゃないかなぁとか。
思ったよりも短く纏まったけど、御蔭で前半と後半のギャップが凄い事になってます。しかも視点変更の数が半端無い。これ、どこら辺で誰に切り替わっているかわかります?
正解は、『わざと三人称と一人称がごっちゃになっている部分がいっぱいなのでカウントするだけ無駄』でした。
とかなんとか書いても反応は無さそうですね。今回ネタが三個くらいしか無いですし。しかもアレンジしすぎてたりシリアスの間に挟まってたりで分かり辛い。

因みに、この後の展開なんですが、実はラストは共通だけど分岐させる事が可能です。
☆一つ目の道は、このままシリアスで突っ走ってスパロボ編完! な道。
★二つ目の道は、シリアスの連続に耐えられない! 色々と台無しな『王道では無い』寄り道編を一、二話挟む道。

できれば、その、なんて言いますか、ご意見とか頂けたらいいなぁなんて、思ったりなんかして。
賢明なエスパー系の読者の方々ならばお気付きとは思いますが、自分、上の行でそちらを20回くらいチラ見しましたのでそこら辺よろしくおねがいします。

今はとりあえず真っ当なスパロボ編最終回へ向かう話を書いておりますが、二つ目の道を選ぶ人が居れば、もしかしたら何かの弾みで寄り道外道枠ストーリーが始まるかもしれません。

でも、アンケートとかってある程度感想数が無いと機能しませんよね。そもそもこのあとがきをどれだけの方が読んでいるのかわからないし。
試しに凄い下品なみさくら語でも書いてみるかなぁ。削除怖いからやらないけど。

そんなわけで、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよなどといったアドバイス全般や、作品を読んでみての感想とか、心からお待ちしております。



[14434] 第十九話「フューリーと影」
Name: ここち◆92520f4f ID:30a41880
Date: 2010/05/11 08:55
……………………

…………

……

四桁に迫るフューリーの機動兵器からの飽和攻撃を受け、白い歪な人型と黒い鳥のような戦闘機が爆炎に包まれる。

「……やったか? はは、なんだ、思ってたよりも大したことなかったじゃあないか」

並みの機体どころか、堅牢な守りを持つ要塞とて無事では済まないだろう弾幕を浴びせられた二機を見て、ジュア=ムは勝利を確信した。
既に白い人型の居た辺りの地面は地下構造物まで根こそぎ吹き飛ばされ、黒い戦闘機の居た空間はもうもうと火と煙に覆われている。
いかにあの二機が異常な性能を誇っているとはいえ、この総勢1千に届かん数の機動兵器群による隙間の無い弾幕は避けることも防ぐこともできよう筈がない。

「いえ、まだよ。まだ反応がある!」

レーダーに映る敵機の反応を確かめ、フー=ルーが叫ぶ。
次の瞬間、『オーブ周辺に展開する全ての機動兵器』のコックピット内にロックオンアラートが響いた。

「各機散開せよ!」

アル=ヴァンの号令に咄嗟に反応出来たものは極僅かな数しか存在しなかった。
空間に無数の切れ目を入れたかのように無数の光の線がジグザグに走り周り、咄嗟に回避行動を取れなかった全ての機体を貫いて行く。
直径3センチ程の光線。
20メートル級の機動兵器からすれば細めの紐ほどの太さしか無いそれが貫通すると、爆発を起こしたように見える程の勢いで融解、蒸発。金属雲が発生した。
自動誘導、追尾型のレーザー兵器。しかもあの数えきれない光線の一本一本に、最低でもフューリーの星間戦争時に用いられていた主力戦艦の主砲に倍する程のエネルギーが込められている。
一瞬で蒸発した機動兵器の構造物が人体に有害な煙となり辺りを覆い、機動兵器を爆発するよりも早く蒸発させた超熱量により大気は焼け、辺りを地獄のような有様へと変貌させた。
辺りを覆う金属の雲の中から、白と黒の機体が現れる。
無傷。一切の欠けも汚れも無く、依然として力を衰えさせることも無く、悠然とそこに佇んでいた。

「は、ははは、はは。なんだよ、なんなんだよ、お前は」

ジュア=ムの咽喉から乾いた笑い声が漏れる。
一瞬にして部隊の九割が撃墜、いや、焼滅させられてしまった。
決して未熟だった訳では無い。従士は準騎士に迫る実力の者を集めた。準騎士は自分と同じく騎士に上がる直前の者も居た、自分よりも優れているだろうという者も居た。
自分が生き残れたのは純粋にアル=ヴァン様のお言葉に素直に従うように心がけていたからだろう。自力では避けることも認識することも出来なかった。
笑うしかない。なんなんだ、その馬鹿げた火力は。なんなんだ、その馬鹿げた装甲は。
腹の奥底から湧き出す、冷たく、自らの動きを止めかねない感情を押さえこみ、白い人型と黒い戦闘機を見据えるジュア=ム。
コックピットの中で数度大きく呼吸をし、ジュア=ムの駆る赤いラフトクランズがオルゴンクローを構え、突撃した。

『待てジュア=ム! 連携を──』

聞こえない、如何に敬愛するアル=ヴァン様の言葉といえど、こればかりは聞く事が出来ない。この敵に対して連携は意味を持たない。そうジュア=ムは予感していた。
まともに向かっても勝ち目は薄く、アル=ヴァン様の言っていた最後の策、それ以外に有効打を与える方法は無い。サイトロンがそう告げている。
ジュア=ムは気を抜けば身を縮めて震えそうになる身体を使命感で無理矢理動かし、オルゴンクローで掴みかかった。

『俺が、何か、か?』

通信から鉄器のパイロットの声が聞こえる。何の特徴も無い、どこにでも居そうな男の声。しかし、どこか脳にじりじりと侵食するような響きを孕んでいると感じたのは恐怖からくる錯覚か。
オルゴンクローを振りかぶる。時間がスローになったかの如く遅々として進まない。
あと数メートルで接触というところでゆっくりとこちらに振り向く白い機体。そのカメラアイと思われる緑色の光がやけに目につく。
白い機体はいつの間にか無手になり、片腕を後ろに引き、もう片腕をこちらに向けて真っ直ぐに伸ばしている。

『お前達にとっての──』

聞き取れない、しかし決定的な何かを聞いた気がした。そして、カチン、と、安っぽいスイッチを入れるような音を耳にした瞬間、ジュア=ムの意識はこの世から消失した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

人か一人横になれるサイズのカプセルの中で、ジュア=ムは目を覚ました。
プシッ、という空気の漏れる音と共にカプセルが開き、身を起したジュア=ムは辺りを見回す。
ここは、月にあるフューリーの移民船、ガウ・ラ=フューリアの内部にある医療区域。
その中でも通常の治療では間に合わない危険な負傷を負った患者を治療する為の肉体再生施設だった。
現在は使用されることも少なく、何よりも民の眠るステイシスベッドへのエネルギー供給のために節電しているからか、照明は殆どが消され、ジュア=ムの入っていたカプセルの周辺以外は薄暗く闇に覆われている。

「目覚めた様ね、ジュア=ム。だいぶ再生に時間がかかったみたいだけど」

「フー=ルー様……」

フー=ルー・ムールーが、未だカプセルの中に座ったままのジュア=ムへと話しかける。
患者服を着ている訳でも無ければ自分のように全裸という訳でもない事から、先の戦闘では軽い傷しか負わなかったのだろうと、朦朧とした頭でジュア=ムは推察した。

「俺は……」

そう、全裸。自らの身体を見下ろし、ジュア=ムは安堵の息を漏らした。
服を着ていないが、肉体には一切の損傷は無い。
このカプセルに入れられるということはかなりの重傷を負っていたのだろうが、どうにか治療が間に合ったのだろう。

「そうか……俺は真の死を免れたのか……。そ、そうだ! アル=ヴァン様は!?」

カプセルから腰を浮かし、慌ててあの場に居た師の生死を確かめるジュア=ムに、フー=ルーは静かに首を横に振る事で答えを返した。

「そ、そんな……」

「慰めには為らないでしょうけど、ジュア=ムは勇敢に戦って、最後には目的を果たしたわ」

「では、あの白と黒の二機は?」

恐る恐るの問いに頷き答える。

「そう、我らフューリーの驚異には成り得ないわ。──ジュア=ム、貴方はアル=ヴァンの騎士の位階を受け継ぎ、これからも我々の主君に忠義を尽くしなさい」

―――――――――――――――――――

ジュア=ムがカプセルから出て、正装に着替え総代騎士の元へと向かい、医療施設内部にはフー=ルー一人が残っているだけ。
が、突如として虚空からパン、パンと手を叩く音が響いた。
ついで、暗がりの方から滲みだすように人影が現れる。膝ほどまである少し癖のある黒髪をたなびかせ、吊りあがり気味の目元に悪戯っぽい笑みを浮かべたやや幼さを残した少女。

「いやー、いい感じいい感じ。頭の硬そうな騎士にしちゃあ良く出来た方じゃん」

心底楽しそうな声。楽しくて楽しくて仕方がないといった表情で大げさに拍手をする少女に、フー=ルーもまた微笑みを返した。

「騎士とはいえど、多くの従者を纏める立場にありますもの。部下の安心できる言い回しを考えるのも必要な技能の一つですわ。それに──」

一点の曇りも無い笑み。雄々しく美しい、野生の獣の浮かべるそれに似た笑顔。
暗い医療施設の中、スポットライトに照らされたようなカプセルの脇で両手を広げ、その場でくるりと踊るように身を回す。

「貴女と、あなたの主には感謝していますもの。これで、わたくしはようやく戦う事が出来る」

くるり、くるりと。舞台の上の演者の様に、街角の踊り子の様に、歌い遊ぶ童女のように。
騎士としてのフー=ルー・ムールーでは無く、何者でもない、唯のフー=ルー・ムールーとして。

「誰の為でも無く、何の為でも無く、民の為でなく、国の為でなく」

朗々と、歌いあげるように、騎士では無く、一人の戦士として。
いや、一握りの火薬、一振りの剣として、その機能を果たせる喜びを吐露する。
広げていた腕で自らの身体を抱きしめ、眼を細めた恍惚の表情で、歓喜に身を震わせた。

「唯々純粋に、戦う為だけに、戦うことができる──!」

戦場の名乗り合いの様なものを好んでも、こういった芝居掛かった動きはしない。以前のフー=ルーならば、騎士としては、戦場には必要の無いものだと断じていただろう。
だが今は違う。フー=ルーの心は解放されていた。
騎士として総代騎士の命を聞き、民の平穏の為に戦っていた騎士、フー=ルー・ムールーはここには居ない。
文字通り、騎士であるフー=ルーは死んだのだ。騎士としての振る舞いなど欠片程にも頓着する必要は無い。
ここに残ったのは己が欲求を満たさんとする純粋な生き物。

「頼もしいねぇ。じゃ、お望みの心躍る戦いって奴をしてもらおうかな」

少女が人差し指と中指で摘まんでいたメモリースティックをフー=ルーへと投げ渡す。
フー=ルーはそれをしっかりと受け取りながらも、訝しげな視線を少女に向けた。

「? わたくし達が出向く必要は無いのではなくて? 彼らは時期が来ればこのガウ・ラに攻め込んでくる、というのが貴方たちの予測の筈」

「そ。でも、あいつら以外にも地球にはしっかりとエース級のパイロットってのが居てね」

「あの機能を搭載したベルゼルートでなければ、そも戦いにすらならないのだけど」

そう、フー=ルーが求めるのは生と死の境界が見えるような強者とのギリギリの戦い。動かない案山子を打ち殺すような単純作業は好むところでは無い。
地球上で唯一ラースエイレムキャンセラーを搭載しているベルゼルートが敵側に居なければ、そも戦う相手として見る事も出来ないのだ。
しかし、そのフー=ルーの疑念を予測していたのか、少女は間を置かずに言葉を返す。

「アンタの機体からはラースエイレムのコアモジュールを取り外してある。作戦の内容とかは全部その中に入ってるから、機体の中で確認してよ」

つまりラースエイレムは使用できない。
騎士や準騎士、従士に至るまで、この宣告を受ければ即座に抗議の言葉を吐き出すのがフューリーでは普通だ。
戦闘の要、自分達がその他の生命体、軍隊からは一線を画した存在であることの証明であり、まさに戦闘における命綱のようなそれを使用できない。
ラースエイレムキャンセラーを搭載した敵を破壊すればいいという単純な解決法は無く、最初から最後まで純粋に自らの戦闘技能による戦いで勝利し生き残る必要がある。
強敵難敵、数が多い敵は軒並み停止している状態が殆どである、大戦を経験していない若いフューリーの兵にとって、それは地球の軍隊で例えれば懲罰で補給の行き届かない前線に飛ばされるようなもの。

「それはそれは、有り難きお心遣い」

しかし、フー=ルーは、戦争狂いの女戦士は、さも喜ばしい事であるかのように笑う。これで正しく対等なのだ。
放置していた庭に生えていた雑草を刈り取るのではなく、敵国に、異星に攻め込む正しき侵略戦争。血で血を洗い、腸の海を泳ぐ如きグロテスクさを備えた確かな戦い。
求めていた戦争。
その訪れに、フー=ルーは逸る気持ちを抑えきれず自らの機体の納められている格納庫へと足早に駆けていった。

―――――――――――――――――――

そうして残った少女が一人、医療施設の中で嬉しそうに虚空に向かい話しかけている。

「うん、これから虱潰しにしてく。──そうだよー、もうあっちこっちに散らばってる」

一言二言告げる度に少し間を置き、誰かの声に返答するかのように再び口を開く。
いや、確かに会話を行っている。この世界の人間では傍受する事の出来ない、少女とその相手にしか行えない方法で。

「いいっていいって、結局火星の遺跡は任せちゃったし、サポートはもともとあたしの役目なんだから」

しばし返答を待ち、苦笑を洩らす。少女は遠慮したが、会話の相手に、何か返せるものが無いか、その苦労に報う方法は無いか、そんなことを返されたのだ。
少女は顎に人差し指を当て、虚空を見上げながら考る。

「じゃあさ、残りのチェックが終わったら、あれだよ、ほら、ね? ご褒美っていうか」

少女は頬を仄かに紅く染め、恥ずかしげな表情であいまいなニュアンスでおねだりを伝える。
会話の相手の返答を受け取り、恥ずかしげで僅かに緊張していたようでもあった表情が綻び、花のように笑った。

「──うん、うん! もう本当にカカッと終わらせるから! お兄さんもがんばっテ!」

そして、会話を終えたのだろう少女は虚空から目を外し、その場でビタンと倒れ伏し、ゴロゴロと転がりながら床をばしばしと叩きキャーキャー叫びつつ興奮している。
数分それを続け、ふと我に返って立ち上がり服に着いた埃を叩き落とすと一つわざとらしく咳ばらいし、周りに誰も居ない事を確認してから、再び滲むように暗がりの中へと消えていった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ポイント1915、セクター47空間から地球へ向けて加速を続けるラダム母艦内部、テッカマンオメガがその身を表に表し、テッカマンエビルとテッカマンブレードが命を賭けて死闘を繰り広げた広間へ向け、テッカマンブレードことDボウイはボロボロの身体に鞭打って加速を続けていた。
肉体はエビルとオメガとの連戦で消耗しきっており、精神はブラスター化の影響で崩壊寸前。
ここに至るまでに仲間の顔を覚えていられたことすら奇跡だと、ブレードはどこにいるとも知れない神に感謝していた。
神に感謝というよりも、数奇な運命に対する奇妙な納得だったのかもしれない。

外宇宙探査船に乗り込み、ラダムに取り込まれテッカマンへと改造され、かつての友や家族と殺し合う過酷な運命。その全てが今この瞬間に収束しているように感じていた。
仮面の下で涙を流し、かつての仲間と、家族と殺し合うという血塗れの運命。
しかしその運命は新たに掛け替えのない仲間と、友と、愛すべき人と巡り合わせ、今また彼らと、彼らの愛する地球を救う事が出来る力を自らに与えていた。
不可思議な思考かもしれない。あの不毛な殺し合いが運命だったなどと、常のDボウイならば思いつきもしないだろう。
だが、この燃え尽きる瞬間のような猛る力を感じ、兄を、弟をラダムから解放した今、そう考えてもいいのではないか。
急激な加速により崩壊を始めているラダム要塞の中、Dボウイは奇妙な程に落ち付いていた。
煮えたぎるような、燃えるような、決して消える事の無いものと思っていたラダムへの憎しみが自分の中から消え始めているのを感じていたのだ。
そうなると、このような状況でも精神に余裕が出来てくる。ブレードは自らを運ぶペガスへと声を掛けた。

「ここまで付き合わせて、悪かったな」

「……」

答えは無い、戦闘により、通信や発声の為の機能が破損しているのだろう。しかし、ブレードはペガスが何時ものように快く、忠実に付き従ってくれることに心強さを感じた。

―――――――――――――――――――

このラダム母艦の元となった実験コロニーの基礎と重なる中枢を破壊すれば、現在の加速に耐えられず崩壊、内部に貯蔵していた侵攻用の武装と反応して消滅する。
脱出する時間は、多分無い。初期型の実験コロニーの頑丈な基部を破壊するならばボルテッカも加減は利かない、フェルミオン粒子が空の状態でそんな大規模な爆発に耐えきれるとは思えない。
ミユキを残してしまうのは心苦しいが、あそこにはアキやノアル、それ以外にも気のいい連中が多くいる。

そして、ラダム獣の死骸が山と積み上げられ、戦闘の痕も生々しい広間へと到着した。
テッカマンオメガが姿を現した空間の向こう、巨大なコロニーを支える支柱が存在している。
エビル、シンヤとの決着をつけた直後に現れたオメガ。あれは何も他のテッカマンを全て殺されたから自ら出向いた訳では無い。それ以上先に進ませる訳には行かなかったのだ。
あとはこの場で全力のブラスターボルテッカを放つのみ、しかしボルテッカの発射孔を開こうとしたブレードに向け、四方からボルテッカが放たれた。

「何!?」

身を逸らしボルテッカを回避するブレード。慌てて周囲を確認すれば、今まで見た事も無いような奇妙なテッカマンに囲まれていた。
全体のフォルムはブラスター化する前の自分に似ているが、一つ一つのパーツに奇妙な模様が刻まれ、脚は犬のような間接構造をしている。
また、胸部から肩にかけてまでは人の素肌に直接装甲を塗貼りつけたような艶かしいフォルム。
また、頭の両脇には捩じれた角が頭の側面を覆うように生え、しかし顔自体は目も口も無いのっぺらぼうだった。

「こいつら、地球に出たという連中か!」

以前、デビルガンダムを追うようにして現れたという無数のテッカマン軍団。紫色の指揮官風テッカマンに率いられていたという兵隊が周囲に、ラダムの死骸の陰に、壁や天井に張り付くように潜んでいた。
そう、潜んでいたのだ。テッカマンの本拠地であるラダム母艦の中で。
それだけでは無い、ブレードの身体はすでにまともな戦闘行動が行えない程に消耗していた。残りの力を振り絞って、ようやく止まった標的に範囲攻撃=ボルテッカを当てることができる程度なのだ。
そのブレードが回避できた、つまり、このテッカマン達は積極的に自分を殺しに掛かっていない。

『何のつもりだ!』

テッカマン同士の精神感応による問いかけ、少なくともテッカマンであるならばこれが通じるだろう。
殺すつもりだったならば先ほどのボルテッカは直撃していた筈だ。いや、それ以前に自分を止めるつもりならば先ほどの戦闘で出てこなければおかしい。
考えられない話ではあるが、あのテッカマン達はラダムに属していないのかもしれない。

『──』

返答は無し。いや、確かに精神感応によって繋がっているのだが、何も伝わってこない。
無感情でも無関心でもない、どの様な状態であれ、テッカマン同士でリンクすれば何かしらの感情が伝わってくる筈だ。
まるで死人の頭を除いているかのような、そんな虚無的なものを感じたブレードがついその謎のテッカマン達から目を逸らすと、自分も知らない紫色のテッカマンがオメガの死骸を踏みつけにし、その手から触手を伸ばしてラダム母艦の中枢へと突き刺している姿を目撃した。


―――――――――――――――――――


ラダム母艦の機能は理解できた。でもこれを全部取り込んでたら確実にブレードのボルテッカに巻き込まれるなー、などと考えながらちんたらしていると、何時の間にか広間にまでブレードが侵入してきていた。
ま、若本が潰された時点で何故か残りのラダム獣も自壊を始めたから警備がザルなのは仕方がない。
一応連れてきていた量産テッカマンに足止めをさせているけど、多分そう長くは持たないと思う。
いつぞやのモノと同じような作りをしているけど、こっちはあそこまでディティールに拘って無いから並みのテッカマンより多少強いかな程度の性能でしかない。
しかもDボウイ、というかナデシコの連中に関しては今は殺すな、と指示が出ていて殺せない。量産型どもにはボルテッカの発射を妨害させているけど、それも発射孔を経ずに自爆同然で放つことも可能である以上は長持ちしないだろう。
それまでにどうにかしてこのラダム母艦のデータなり母艦の残骸そのものなりを持ち帰りたいのだけど、良いアイディアが思い浮かばない。そこで──

(仕事中の分体諸君、君の意見を聞こう!)

―――――――――――――――――――

『月面で元戦車乗りのビット使いと交戦なう。フーさん超はしゃいでるぜー』
『ジェネシス侵食なう。デカイからデータだけ貰ってオリジナルは放置ー』
『アルテミス侵食なう。デビルアルテミス完成まであと二時間ってとこかなー』
『連合の基地潜入なう。三馬鹿の機体見つけたよー』
『火星で地下組織の我慢ならんと交渉なう。技術提供はしたけど、完成品どころか試作品が手に入るかも微妙臭いねー』
『ギアナ高地でジャンク漁りなう。ボンボンのジオラマ企画みたいな感じでいけるぜぃ』
『木星蜥蜴と遭遇なう。過激派の逃げ遅れかな? ヒマなので突いて遊んでおきまうまう』
『ランタオ島で進化なう。ジュニアもいい感じの仕上がりぃ』
『まてまて、ラダム母艦担当がなんか言ってるから、お前ら落ちつきたまえ^^』
『凄く落ち着いた^^』
『凄く落ち着いた^^』
『凄く落ち着いた^^』
『凄く落ち着いた^^』
『凄く落ち着いた^^』
『凄く落ち着いた^^』
『凄く落ち着いた^^』
『凄く落ち着いた^^』
『よし』

(なんだよー時間無いんだから纏めて返事しろよー)

『まぁそう言うなって』
『次元連結式のワープで逃げたいけど、母艦自体が巨大だから融合してる間にブレードに接触されそうなんだろ?』

(うん)

『母艦のどの辺が新機能に必要かは分かってるんだよな』
『ヒントはブラスレ世界ラスト』

(狙い撃ち?)

『惜しい、もうチョイ前だ』

(天田さんの触手プレイ!)

『かなりむちむちしてたよねぇ……』
『ガチガチでもあったけどなー』
『ピンク髪は総じて淫乱だからね、しかたないね……』
『分かっててボケてるならもう切るよ?』

(わかった、じゃあまた月で合流ってことでー。あ、帰ったらご褒美が貰えるから、何して欲しいか考えておけよー)

『わぁい^^』

―――――――――――――――――――

他の分体とのチャットを切る。最初にヒントだけ聞けてれば早かったんだろうけど、流石はあたし、見事に統率がとれているようでとれていない。
顔文字表記より名前表記の機能を入れた方が効率的かな。今後の課題ということで。

それはともかく、どうすればいいかは大体分かった。
ラダム母艦に搭載された機能は多岐にわたる。でもその機能を使う上で必須なのはこの目の前のラダム母艦の中枢とそれを統率するテッカマンだけで、必要な資材はラダム獣をラダム樹へと変化させる応用でどうとでもなってしまうのだ。
つまりこの母艦全体と融合する必要は無いので、目の前にあるこの中枢だけを取り込んで引き剥がし、ワープで逃げる、と。
コロニーを支える基部でもあっただけあってかなりの大きさだけど、ラダム母艦全体と融合するのに比べたら格段に早く終わる。
触手をラダム母艦の中枢に撃ち込み侵食を開始する。DG細胞で強化されてなおオリジナルより速度が劣るけど、それでも一分と掛からずに取り込むことが可能なはず。

「貴様、何をするつもりだ!」

ラダム母艦の異変に気付いたブレードがこっちに近づこうとしてくるけど、量産型テッカマンの群れを突っ切る事が出来ずにいる。
単純なスペックじゃあブラスターテッカマンに劣るけど、十数体の並以上のスペックを持ったテッカマンがダメージを気にせずひたすら足止めだけに専念しているんだ、そう簡単に抜け出せる筈がない。
そうこうしている間に中枢との融合完了。ラダム母艦の基部でもあるそれを引き抜き、次元連結システムを起動させる。

「待て! 貴様は一体……!」

わりいな、お前らとやんのはまだ少しだけ先だ。

「またな、Dボウイ。月で待ってるぜ」

招待状、というわけじゃあないけど、これからのステージに必要な敵も大分潰しちまったし、とりあえずヒントを出す程度の事はしておこう。
それっぽい言葉だけを残し、あたしは月のねぐらへと転位した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「月、ですか?」

ナデシコの艦長、ミスマル・ユリカは首を傾げながらDボウイへと問い返した。
ラダム母艦の崩壊(消滅ではない、ブラスターボルテッカで消滅させるまでもなく、中枢を引き抜かれたラダム母艦は空中分解しチリと化した)謎のテッカマンがラダム母艦の中枢を引き抜いたこと、次の瞬間に忽然と姿を消す瞬間に告げた言葉を報告していたのだ。

「月で待ってる、か」

「月面といやぁグラドスの連中か、連合の月基地と月面都市があるぐらいだけどな」

ブリッジに集まったナデシコのクルー、通信の向こうのアークエンジェルのクルーも首をかしげている。
謎のテッカマンが残したメッセージは意味深なものであった。
第一に月という場所を指定したこと。
月にはグラドスと地球連合がお互いに一進一退の争いを繰り広げていた。
少し前まではグラドスのSPTに対抗する手段を持たなかった連合ではあるが、現時点ではMSの量産化に成功、試作機の運用データを基に作成されたソルテッカマンの量産型も順調に配備が進んでいるため、グラドス軍を駆逐する為に月の各地で小競り合いが多発していたのだ。
していたというのも、連合が完全にブルーコスモスの下請け組織同然になってしまった為に、今現在月には連合の基地を守る為の最低限の戦力しか残されておらず、グラドスもフューリーの遊撃部隊により戦力を削られている為、双方ともに戦力が不足し、積極的な戦闘行動を避けている為である。
とはいえそれでも少なからず小競り合いは続いている。どういう意図があるにせよ、わざわざそんな場所に呼び出す意味は何なのか。

そして第二に、メッセージを告げた者の『Dボウイ』という呼び方。
これまで出てきた敵性テッカマンのDボウイの呼び方は『ブレード』『タカヤ坊』『兄さん』など、ラダムとしての意識が強い者と、人間としての記憶のままに呼ぶ者とで数パターン存在したが、当然のようにDボウイという呼び名は存在しない。
当たり前といえば当たり前の話で、この呼び名はスペースナイツのノアルが付けたあだ名のようなもので、ナデシコ、アークエンジェルの二隻の中でしか浸透していない。
連合軍内ではそも個人としての扱いではなく兵器扱いであり、そこでの呼ばれ方も『テッカマン』『ブレード』『化け物』などで、一応の親しみのこもった呼称であるDボウイは使われていない。

しかも、ブレードに変身中であるにも関わらず『Dボウイ』という呼称を使った。
これはとりもなおさずあのテッカマンがナデシコかアークエンジェルに関わりがある可能性が高いということなのだが、艦内にテッカマンが存在していたならDボウイが気付かない筈がない、という事でその可能性は考慮されていない。

「確かに放置しておいていい問題でも無いが、今はそれよりも急を要する問題がいくつもある」

「月、なんて漠然とした場所指定じゃあ、探しにも行けませんしね」

結局、月という以外に広い範囲の捜索に時間は掛けられず、オルファンやプラントと連合の衝突などの優先度が高い問題から片付けるべき、という流れで話は進む。
そんなやり取りを話し合うクルーの後ろの方で聞いていた統夜は、不思議そうな表情で月の写った映像を見つめるカティアとテニアに気付いた。

「どうしたんだ?」

少し前に月面でジュア=ムと戦った際には恐怖に身を震わせていたカティアとテニア。それは統夜が力を見せ、フューリーが来てもどうにかなる事を教えたことでなんとか抑えることが出来ている。
しかし、それはあくまでも統夜という支えがあってこその話であり、やはり月に何かが居る、というならば多少の震えや不安を感じる筈なのだ。
が、カティアもテニアもそんなそぶりが一切無い。

「なんだろ、怖いのに、嫌な予感がするのに、行けば絶対に嫌な事が起こるのに、行きたくないって思えない」

「統夜、貴方は何か感じませんか?」

カティアの問いに、統夜はどう答えるべきか逡巡する。
実のところ統夜自身、あの月に対して、どこか覚えのある胸のざわつきを感じていた。
だが、それがいつだったか思い出せない。今思い出さなければいけないような、取り返しのつかない何かを見逃しているようなもどかしさに、統夜は眉根を寄せて首を横に振ることしかできなかった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「はっ、はっ、はっ……」

致命的損傷、大破。そんな端的な事実を告げる画面を、息を切らしたパイロットが睨みつける。
訓練用のシミュレーションだが、実戦であればこの時点でミンチより酷い事になって死んでいる。
コックピットをビームサーベルで貫かれてパイロットは死亡、そのまま動力炉も破壊されて爆発。文句なしの敗北と死亡。

「これで、39回目……」

死亡回数が、ではなく、接近戦でコックピットを貫かれての死亡が、である。総死亡回数はこの五倍以上。
パイロットとしての適性が高くない為、サブパイロット代わりにオーブのモルゲンレーテから持ち出した簡易な量子コンピューターを搭載し補助をさせ、反応が遅れてもいいように遠距離から弾幕を張ったり、接近戦にも対応する為、格闘戦のプログラムを他のパイロットの動作ログを参考に組んでみたりと工夫を重ねてはいる。
が、今回のシミュレーションでの仮想的はザフトに奪われた四機のG。コーディネイターの超反応、機体の優秀さなどのお陰で未だに全機撃破までは辿り着けていない。
ブリッツはコロイドを使う前に遠距離から高火力で圧殺、補足される前にバスターに急接近、すれ違いざまに叩き潰し、高機動でAS装備のデュエルを撹乱したまではよかったが、意識の外にあったイージスのスキュラで体勢を崩された所をここぞとばかりにデュエルに狙われてしまった。

パイロットは小さく舌打ちをした後にコンソールを操作し、訓練を再開。
が、訓練用のプログラムが開始される前に、外部操作で電源を落とされ、コックピットを開けられてしまった。

「今日はここまでにした方がいいんじゃないか」

「そうだよ、こんな何時間もこもりっきりじゃ体を壊しちゃうって」

コックピットの外から心配そうな視線を向けてくるのは、紫雲統夜とフェステニア・ミューズの二人だった。

「ありがとうございます。でも、今は少しでも訓練しないと……」

滴る汗を袖で拭い、ぞんざいに答えるパイロット──メルア・メルナ・メイア。
アークエンジェルにのせられていた連合のパイロットスーツの予備を身に纏ったメルアが、ベルゼルートのコックピットでひたすらにシュミレーションを繰り返している。
オーブ脱出の数日後から続く光景であり、こうして時間を忘れて訓練に明け暮れるメルアを統夜やテニアやカティア、あるいは他のナデシコクルーが食事の為にコックピットから無理矢理にでも引きずり出そうとするのも、もはやおなじみの光景と化していた。

「メルア、せめて食事はとった方がいいわ」

「後でとるから大丈夫ですよ。今は訓練に集中させてください」

心配そうな声のカティアに目も向けず、頑なに戦闘訓練に固執するメルア。
オーブを出た後、数日卓也の部屋に閉じこもって泣いていたメルアだったが、しばらくすると整備班と共にコアモジュールの抜かれたベルゼルートの修復をはじめ、そのベルゼルートで二人が抜けた穴を埋めると言いだした。
当然、統夜もカティアもテニアも反対した。
ベルゼルートはサイトロンへの適合率の高い統夜が居て初めて戦闘機動が行えるのだ。
そもそもメルアだけで動かすことができるのであれば、バッタに応戦する為に統夜を無理やり乗せる必要も無かった事になる。

が、当時と違い現在のナデシコには多くの技術が存在する。ナチュラルでも動かせるMSのOS、IFSに、モビルトレースシステム。スクラップから修復したグラドスのSPTや同じくスクラップを継ぎ合わせて修復したフューリーの機動兵器まで存在している。

先ずは動力の問題を解決する為に、フューリーの機体の残骸を調べた。
鳴無卓也の残したフューリーの機体に関するメモ書きの中に、サイトロンやオルゴンエクストラクタへの適合率はフューリーのパイロットの間でも一定ではなく、適合率が低い者は何らかの補助機械を機体に積んでいるという記述が存在したのだ。
案の定、戦闘員の中では一番の下っ端である従士が乗っていた機体には、機械的にオルゴンエクストラクタの出力を上げる装置が存在していた。
全くサイトロンに適合していない地球人では使えないものだったが、実験体であったメルアならば、どうにかギリギリ戦闘機動が可能な出力まで持って行く事が可能になった。
もっとも、ラースエイレムキャンセラーを機動させるには桁が一つ足りないような心もとない出力しか出ないのだが、

次に、ベルゼルートをIFS対応させた。メルアは何のためらいもなくIFSを注射したが、人体実験の影響なのかイメージが機体に上手く伝わらなかった。
これは更にMSの操縦系を簡略化したもの追加し、それでも足りない部分はどさくさでモルゲンレーテから持ち出した予備の量子コンピュータに、レイズナーのサポートAIを参考に組まれた補助AIを与え搭載することで解決。

が、操縦できるようになっても、そもそも戦闘ではサポートにまわっていたメルアは繊細な機動など出来ない。
機体そのものも強化型であるベルゼルート・ブリガンディの素体を参考に強化され骨太になり、更に出力不足で使えない武装を補う為にオルゴンライフルにも手が加えられた。
鳴無卓也か鳴無美鳥が現在のベルゼルートの状態を見れば、ブレード無しヴァイスリッターが魔改造でバルゴラとゲシュペンストのキメラに化けた、とでも言っただろう無茶な改造。

しかしその無茶な改造のお陰か、それともその改造がメルアのセンスにマッチしたのか、訓練を初めて間もないにも関わらず精鋭揃いのナデシコクルーの中でも見劣りしない程度には戦えるようになっていた。
だが、それでもメルアは訓練を止めない。二人の穴を埋めるにはまだ足りないと、食事の時間を削って訓練に当てていた。

「訓練をするなって言っている訳じゃないわ。食べずに倒れたら本末転倒だって言っているの」

「いざっていう時に空腹でまともに戦えない、集中できなくて撃墜されて死んじゃいました、なんてなったら、二人に合わせる顔が無いだろ」

「……はぁい」

カティアと統夜の説得に渋々と返事を返しコックピットから降りるメルア。
『二人に合わせる顔が無い』
ただその一言にだけ心を動かされての行動だった。
今のメルアは、食事も楽しみな娯楽ではなく、ただ単に倒れない為、戦う為に身体を維持する為の単なる栄養補給として捕えている。
倒れず、死なず、ひたすらに戦い続ける。今生きているメルアの、胸に秘めた唯一つの目的を果たす為に。
鳴無卓也を死なせたフューリーを、一人残らず根絶やしにする。
その為にメルアは、側溝のヘドロの様に溜まった疲労で重い体を引きずり、統夜とカティアとテニアと共に食堂へと歩き出した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

『俺は』

激突の寸前、ガクンと全身を痙攣させ突如として動きを止めたジュア=ムのラフトクランズを巨大な鉤爪で鷲掴みにして受け止めた白い機体。
アル=ヴァンとフー=ルーはジュア=ムのバイタルをチェック、生命反応が停止している事を確認する。
しかし、ジュア=ムの機体そのものには何のダメージも加わって居ない。パイロットの乗せ換えればすぐさま戦闘に戻ることができる程に無傷。
あの無手の状態から何らかの攻撃を繰り出し、正確にコックピットの中のジュア=ムだけを殺害した。
おそらく次元跳躍系攻撃。だが、超高速の戦闘機動を行う機動兵器のコックピットの中のパイロットだけを狙うなど人間業ではない。

『お前達にとっての、死、そのもの』

その白い機体のパイロットが歌うように、しかし確かめて言い聞かせるように一語一語区切るように告げる。
その言葉に、フー=ルー・ムールーは不思議と納得していた。
サイトロンの見せた未来からアル=ヴァンは悪鬼と言っていたが、こうして相対してみれば、この存在はそんな回りくどい表現を使う必要の無いものだと分かる。
あれはまさに死を具現化した存在というにふさわしいのだろう。
誰もが恐れ否定しようとするが、その存在を確かなものとして定義することは難しく、決して逃れ得る事の無い絶対者。
それでも何かに例えるというならば、悪鬼というよりも死神とでも言う方が相応しい。

『フー=ルー。予定より早いが準備が整った』

アル=ヴァンからの暗号通信。あの白い機体にも、沈黙を続ける黒い戦闘機にも悟られない為のモノ。
切り札の準備はあの白い機体が自ら御膳だてしてくれた。予想外の火力を持ってなされたそれに合わせ、こちらも準備を整える。
ギリギリまで悟られてはいけない。こちらの意図を読まれては回避される危険性がある。

『済まないが後の事を、民と皇女を、シャナ=ミア様の事を頼む』

「……ええ、確かに承りました。騎士の誇りに賭けて」

あの白い機体を、フューリーという種族の死を討つ為に、刺し違えようとしているアル=ヴァン。フー=ルーはその遺志となる意思を確かに引き受ける事を誓う。
通信の向こうから、アル=ヴァンのフッというかすかな笑い声が聞こえた。

残っていた従士の機体を下がらせ、アル=ヴァンの駆る黒いラフトクランズがソードライフルを構え、白い機体と向かい合うように前に出る。
白い機体も、クローに掴んでいたジュア=ムのラフトクランズを黒い戦闘機に預け、それに応じるように前に出た。
旧き時代の戦場で行われた一騎打ち。
違うのは向かい合うのが甲冑を纏った騎士では無く、その身を鋼で鎧う機械仕掛けの巨人であることか。

「──」

一呼吸分の間を置き、二機の巨人が激突を開始する。
白い機体はいつの間にか再びその両腕に機械鋸と光学剣を構え、黒いラフトクランズのソードライフルと切り結んでいる。
速射砲や重力波砲、複腕、誘導兵器、次元跳躍攻撃等を使うそぶりは無い。
一合、二合三合、四合五合六合七合、刃金と刃金が削り合う音が周囲に響く。
白い機体の太刀筋は前回見えた時と比べても更に鋭さを増し、ラフトクランズの隙を鋭利に切り裂こうとしている。
しかし、アル=ヴァンのラフトクランズも押される一方ではない。
ソードライフルの二股に別れた刃で光学剣をからめ取り、オルゴンクローで機械鋸を受け、至近距離からオルゴンキャノンを撃ち込み続けている。

やはり遊ばれている。フー=ルーは確信した。
そもあの白い機体はこちらの誘いに乗る必要すら無かった。あの二隻を逃がす時も、最初にあの圧倒的な火力で制圧してしまえば事足りたのだ。
あの別れは余興として演出されたもの、残されたあの白い機体自身の意思によって。
今現在でもあえて刀剣系の武装のみでラフトクランズと打ち合っている。複腕の鉤爪や空間跳躍攻撃を使えば幾度となく殺せていた場面を無視して。
このアル=ヴァンとの一騎打ちも、こちらがどのような策を使うか見る為に態と乗ったに過ぎない。
遊び、弄りながらこちらの手を引き摺り出そうとしている。余裕を持ち、こちらの工夫を楽しんでいるのだ。

だからこそ、その余裕がこちらの勝機になる。
ラースエイレムの制御装置を、残りの下がらせている従士の機体に積まれたレプリカと連動させる。
現時点でフューリーの母艦に残された技術では、完全なラースエイレムのモジュールを一から完全に作り出すことは難しい。
従士達の機体に乗せているレプリカは対象をステイシスさせるものではなく、あくまでもサイトロン・サイティングとオルゴン粒子制御の補助装置でしかない。

今現在、この空間には多量のオルゴンエネルギー、サイトロン粒子によって飽和寸前の状態にある。初めに落とされた従士達の機体に蓄積されていたものだ。
遠距離戦特化型のドナ・リュンピーを大量に連れてきたのはその為。
砲撃の為に最大粒子蓄積量が多いこの機体を落とさせる事により、空気中に多量のオルゴンエネルギー、サイトロン粒子をばら撒く事が、作戦の第一段階。
自然な状態ではありえない程の粒子が溢れ返る中、レプリカ数十基とオリジナルを連動させ無理矢理に暴走させれば、対象を遥かな時間、遥かな次元へと放逐することが可能になる。

どのような敵でも逃れ得ない異次元追放攻撃。
だがこの攻撃を行うには多数の機体やエネルギー、そして対象をその場に留めておく、敵と道連れに命を落とす生贄が必要となる。
この攻撃を使用しなければならない強敵となれば、騎士の中でも上位の者でなければ押さえこめない。
敵の強敵と味方の相討ちを強要するするこの戦法は、故郷の星系を離れる切っ掛けとなった内粉ですら使用されなかった。
リスクとリターンの問題ではない、一騎討ちを持ちかけながらその実本命は刺し違えることにあるこの戦法は、両陣営の騎士達の誰もが騎士として有るまじき戦い方であるとして忌避したのだ。
ましてや地球人如きに使うなど言わずもがなだが、恐ろしい事にこの敵は上級の騎士を犠牲にしてでも始末しなければならない程の強敵でもあった。
アル=ヴァンは自らの命、そしてこの状況を作り出す為に犠牲になった従士達の命と引き換えに、この白い機体を排除しようとしているのだ。

ラースエイレムの超過駆動が開始され、空気中に浮かぶサイトロンとオルゴンが異常反応を起こし始める。
空間全てが緑色の光に包まれ、白い機体と黒いラフトクランズを中心に収束していく。

『お?』

『機は熟した。悪鬼よ、ヴェーダの闇の奥底、真の死の果てまで付きあって貰うぞ!』

通信から、白い機体のパイロットの突如起こった異変に対する疑問符と、アル=ヴァンの雄叫びが響く。
その場から退避しようと、機械鋸でソードライフルの刀身を打ち砕き、反動でその場から逃れようと後退のそぶりを見せる。
だがアル=ヴァンの黒いラフトクランズは白い機体を逃がすまいとオルゴンクラウドで背後に回り込み、ソードライフルとオルゴンクローで掴みかかった。

『フー=ルー!』

「任せなさい。サイトロン・サイティング終了、オルゴンエクストラクター出力臨界!」

空間が歪む、形容しがたい超常的な光景の中、フューリーに滅びを齎す白い姿の悪鬼は、黒い騎士機と共に、異次元へと、遠い時代へと放逐された。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

『…………様、フー=ルー様。起きて下さい、幾らなんでも眠られては困ります。仮にも任務中なのですから』

「う、ん。……大丈夫、眠っていた訳では無いから」

通信から響くジュア=ムの呆れたような声で目を覚ます。
少しまどろんでいたらしい。どうやらここまでの連戦で疲労が溜まっていたようだ。
今回は戦闘ではなく、現時点でのナデシコとアークエンジェルの二隻の戦力を偵察してこいとの任務だった為気が緩んでいたのだろう。

(騎士である事に誇りを持っていた頃なら、こんなだらしのない真似はしなかったのだけど)

自らの失態に思わず苦笑する。
どうにも、唯のフー=ルーとなってから本能に忠実になり過ぎている気がする。
まぁ、部下が未だに真面目にフューリーの為に精力的に気を張っていてくれるから、この程度の任務に力を入れる必要は無い。
むしろ、後々相対する時に全てを見せ合う事になるのだから、ここで真面目に相手の戦力を偵察するのは、何というか、勿体無い気もする。
初見初戦は済ませてしまったが、どうせなら先の戦いよりも格段に成長した強さはデータでは無く実戦で味わってみたい。

『しかし、良いんですかね。こんな簡単な任務で。どうせならここで消耗したあいつらを一網打尽に……』

「ダメよ、この場はまず敵の兵力の分析。この時点での手出しは許可されていないわ」

『わかってますよ。でも、どうにも気になりましてね』

レーダーに映る機影、プラントと呼ばれるこの星のコロニーへ迫る原子核破壊兵器を全て迎撃した機動兵器群が次々と帰艦している。
その中に、オルゴンエクストラクターの反応が『二機』存在している。
片方は恐らくそのまま統夜が乗っているであろう機体。出力は以前に比べ格段に上がっている。恐らくは何処かで開発されていた後継機。

そして片方はこれでまともに戦えるのか疑問に感じる程の低出力、実験体の乗っていた機体を改造したものと思しき機体。
何者が乗っているかは定かでは無い。戦い方もちぐはぐで決して美しいとは言い難い。
だが、呪いにも近い執念を感じる。祝いにも似た死の気配を感じる。
あれに乗っているのは、間違いなく修羅の類。
武器を無くせば腕で殴りかかり、腕を無くせば足で、脚を無くしても身体で、首だけになっても空を飛びこちらの喉を食い千切ろうとする類の化生。
倒れ行くその時まで戦いを止めない、自分と似た種類の生き物。

悪鬼との戦いは二度と願えなくなったが、なかなかどうして、良い戦士を見つけることが出来た。
フー=ルーはコックピットの中で、期待に胸を高鳴らせた。



続く
―――――――――――――――――――

恐ろしい事実。今回、主人公が回想の中でしか登場しない、サポAIだって登場しない。
しかし、顔の上半分が陰で隠されている謎の少女登場。名前欄だって当然『???』、一体何者なんだ……みたいなリアクション所望します。
昔の人は言いました、『釣り針が見えても食いついてやるのが粋というもの』だと。
スパロボのお約束として、シルエットとか言動で誰なのか分かっても、知らないふりをしてあげるのが優しさです。
そんなこんなで中途半端にガチシリアスに成り切れない十九話をお届けしました。
セリフ少なくてごめんね。主人公不在で半ば以上フューリー側が出張ってる戦闘シーンだからごめんね。
ていうか長ったらしい説明ばっかでごめんね。でも今回説明読みとばすとあっという間に終わりますね。つまりあんまり読むとこ無いですね。
まぁこういう話もあります。

突っ込みが入りそうな部分、特にラダム母艦関連の話ですが、完全にオリジナルです。ボルテッカで消し飛ばしたのが原作の展開なんでしょうが、だって自分ラダム系のテッカマンじゃないんで、母艦の構造とか知りませんし……。
その辺りの設定に詳しい方かラダム系のテッカマンの方、或いはブレードⅡの異星人指揮官テッカマン系の方、母艦の構造について突っ込みがあればご一報下さい。
当然ながらフューリーのラースエイレム関係の部分も捏造です、だって自分以下略。
これまた詳しい設定知ってる方、あるいはフューリー系のエンジニアの方、ご一ぽ以下略。

因みに、作中のメルアが訓練で使ってる強化型旧ベルゼルート、格闘性能を上げて実弾兵器を多めに持たせた感じになっておりますが、それでも統夜に渡った魔改造後継機の素体に少し及びません。
例えるなら、統夜に渡った後継機がガンナーとボクサーを足して割らない強化外骨格を装備したヒュッケバインマークⅢ、メルアが使ってる強化型が着脱式中華キャノンオミットしてガナリーカーバー持たせたヒュッケバインマークⅡみたいな感じです。
メルアが色々無茶しながらも人並み以上に戦えてる理由も実はあったりするんですが、そこら辺はエピローグとかで説明するかもなので、もうしばらくお待ち下さい。

あと、この時点でジュア=ムが発狂していない事に疑問を感じられた方も多いでしょうが、そこら辺にも幾つか原因がございます。
アル=ヴァン自体が罰せられている訳では無い事、誇り高い騎士のまま戦って死んだ事、実際に主人公の脅威をその身で感じていたため、下等な地球人のせいで犬死にした訳では無いと感じている事。
それと、例によって例の如く脳をほにゃらららー。そのへんは多分次の話で解説出るかも。

あ、ジュア=ムの機体がこの時点で赤ラフトクランズになってる理由なんですが本編で語るほどのエピソードでもないのでここで説明。
ぶっちゃけ予備です。白い機体=主人公のボウライダーをアル=ヴァン一人で押さえこめなかった場合フー=ルーが加勢して、フー=ルーの代わりにラースエイレムを超過駆動させる役割を持ってました。
でもそんな作戦を聞いたら拒否しそうなので、ジュア=ムには作戦内容自体は教えられていなくて、御蔭で勝手に突っ走って乙ってしまった、と。
アル=ヴァンとフー=ルー的には、ギリギリの状況で教えて無理矢理にでもやらせるつもりだったんですが、御蔭様で犬死にです。今どうして生きてるかも多分次回。

シリアスではなくシリアス(笑)ではありますが、ここまで来ると中々ギャグやネタを挟めないのが心苦しいというか。
でもストーリー的に佳境っぽい感じなんで、もう少しだけお付き合いください。


そしてアンケート結果発表
☆・シリアス・シリアス(笑)が10票。
★・ギャグ・外道が7票。
どちらでも無い、無効、無投票が3票。

厳正なる多数決により予定通りシリアスルートへ進みます。ご協力ありがとうございました。

まぁでも、元々回収し忘れた技術とか主人公がコレクションしたい機体とかの為に別ルートの話はエピローグの後に外伝的に書くつもりでしたので、外道ルートを期待してくださっている方は本編終了後にご期待下さい。
まぁ、外道っても別にそこまで外道な真似をする訳では無いので、ギャグ塗れや外道な振る舞いを期待されると微妙に肩透かしを食らうかもしれません。
本編が最近色々肩肘張った内容なので、外伝では初期のジョセフとの食事シーンとかサポAIとの会話シーンとかみたいなヌルっとしただらけた雰囲気を書きたいですねぇ。

しかし、感想数が一話で20とか、なんというレス乞食技能成功(ヒット)、読者の方々の中にこれほどエスパー系の方が潜んでおられるとは……。
普段の感想数の五倍以上のエネルギーゲイン、驚きのあまり心臓が止まりそうでした。
話の順番に困ったからって安易にアンケートなんてやるもんじゃありませんね。GWと重なったってのも原因の一つなんでしょうが。
しかし今回は半ば繋ぎ話みたいな微妙な内容ですし、感想数はいつも通りかそれ以下になりそうな。あの感想数は蜃気楼の一種だったんだと心を落ち着けることにします。

でも一つも感想が無いのは寂しいので、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよなどといったアドバイス全般や、短くても、一言でもいいので作品を読んでみての感想とか、心からお待ちしております。

次回、セミファイナルバトルまで持って行けたらいいなぁ。上手くいけばラストバトルまで持ってけるかも。



[14434] 第二十話「操り人形と準備期間」
Name: ここち◆92520f4f ID:6de610de
Date: 2010/05/24 01:13
……………………

…………

……

歪んだ空間が次第に元の姿を取り戻し、元の地形すら思い出せない程に破壊されたオーブの姿が露わになる。
歪みが生まれる前との違いは、ラフトクランズとボウライダーが共に姿を消した事。
異次元追放攻撃。
古い時代にフューリー達が禁じ手として自ら封じ、そしてその記録を見たアル=ヴァンがボウライダーと鳴無卓也を打倒する為に、ガウ=ラ・フューリアに残されていた記録を解析し現代に復活させた。
周囲の空間ごと異次元へと放逐する為、発動までに範囲外に逃げなければ回避も防御も全く意味を成さないこの攻撃により、遂にフューリー側の狙い通りにボウライダーと鳴無卓也はこの世界から消滅したのだ。

残っていた数十機の従士機と数機のヴォルレント、それを束ねる白いラフトクランズが、空に浮かぶ黒い戦闘機──スケールライダーへ向け武器を構える。
黒い戦闘機も確かに強敵ではある。あの白い人型と似たような性質を備えてもいるのだろう。
だが、勝てない相手ではない。残っていたフューリーはそう踏んでいた。
白い機体程のプレッシャーを感じない。何より、あの黒い戦闘機はサイトロンの運んできた未来には出てこなかった。

「これで詰み、ね。貴女一人でどこまで持ちこたえる事ができるかしら」

フー=ルーが口の端を釣り上げた攻撃的な笑みで告げる。
白い機体程の脅威は無いにせよ、この状況で始末しておくに越したことは無い。白い機体程では無いが、この黒い戦闘機にも数多くの同胞を殺されている。
騎士級の腕と機体でなければ相手をするのも難しい強敵であることは間違いないのだ。合流されて態勢を立て直されては面倒な事になる。
此方は才のある従士を、更に騎士に届く寸前の準騎士の殆ど、更には騎士の中では最も強かったアル=ヴァンすら殺されて戦力的にも大損害を受けている。
目の前の黒い戦闘機を落としても釣り合いが取れるかどうか。既にフー=ルーの頭の中では次の戦い、ナデシコ本隊とラースエイレムキャンセラー搭載機との戦いの為の戦力計算を行っていた。

『一人ぃ? ひひひっ、おもしれぇ冗談じゃねぇかよこの漢女』

黒い戦闘機のパイロットからの返答。
まだ幼い少女の、鈴が転がるような涼やかで可憐な声。しかしその口調は荒々しく、声の印象とはまるで合っていない。
虚勢を張っている。と考えるのが自然だろう。
残った従士機もヴォルレントもギリギリまでチューンを施した特別仕様。短期決戦向けで継戦能力こそ低いが、今まで少女が落としてきた同胞たちの機体とは比べようも無い程の性能を誇り、乗っている従士や準騎士もあの最初の誘導兵器を回避できるほどの腕前を誇っているのだ。
それはあのパイロットの少女も理解している筈だ。少なくとも戦っている相手の力量を見誤るほど戦馴れしていないとは思え無い。
だが、その少女の声は自信と確信に満ちていた。いや、こちらを見下し、嘲っているというのが正しい表現か。

「面白い冗談、というのは、どういう意味かしら。今だにほぼ無傷の熟練が数十機に、私も居る。対する其方は貴女一人。この戦力差を覆せるとでも?」

『……テメェよぉ、あたしの話聞いてたかぁ? 誰がぁ、何時、戦力差だの勝ち負けだのの話をしたっつうんでございますかぁ?』

そうだ。確かにそんな事は言っていない。だが、そこで無いとするならば、一体何が『面白い冗談』なのか。
疑問に思いつつ、黒い戦闘機を確実に落とす作戦を頭の中で組み立て始めるフー=ルーは、ラフトクランズのセンサーが外部の空間に不審な歪みを検出している事に気付いた。
フー=ルーの駆る騎士機ラフトクランズは射撃戦を重視したチューニングが行われており、その為に他の二機、アル=ヴァン機やジュア=ム機とは一線を画した索敵性能を誇っている。
転位と射撃を織り交ぜた戦いを好むフー=ルーのラフトクランズは、射撃の命中精度を上げる為に、全てにおいて他の機体を上回る騎士機の中でも更に上位のセンサー類を備えているのだ。
そのセンサーが、空間の揺らぎを感知している。
先ほどの異次元追放攻撃の時に発生した歪みと似た反応。しかし、今感知している空間の揺らぎは暴走によって引き起こされたそれとはまるで違う。
完全に制御された、例えるならば自分達がガウ=ラから出撃する際に用いる為の超空間ゲート『軍団の門』の発動にも似た無駄の無い歪み。
丁度、機動兵器一機が通れるゲートが作られる時と同じような反応。

『一人、一人ねぇ。ほんとにさ、おもしれぇよアンタら』

いや、まさかそんな筈がない。唯同じ世界の違う時間に飛ばされた、というのではないのだ。
転位先は完全ランダム、当然だ、ラースエイレムの時間、空間制御を暴走させて放り出しているのだから行先を指定できる筈もない。
しかも飛ばされる先の種類は文字通り無限にある。無限に連なる平行世界、完全に物理法則を違えた異世界。数えきれない数の世界から、この世界へと再び降り立つことなど不可能な筈。
例え世界の壁を乗り越える力があったとしても、ピンポイントでこの世界にやってくることなど──

『あの程度の攻撃で、お兄さんを殺せたと、勘違いできるんだからよ』

ありえないことが、起こる。
空間が裂け、フューリーの機動兵器を鷲掴みに出来るほど巨大な鉤爪が、その裂け目を力尽くでこじ開けている。
空間に走った亀裂の向こう、未だこちらに身を乗り出す途中の白い機体が、空間の裂け目からこちらを覗いている。
白い機体のその機械の眼差しが、フー=ルーにはまるで、獲物を見つけてほくそ笑む猟師の瞳に見えた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

月内部、ガウ=ラ・フューリア、特別格納庫。
フューリー同士の内紛が始まる前、このガウ=ラが星間戦争の旗艦として戦っていた頃にはズィー=ガディンのみならず、対となる皇后機や、専属の騎士の為の専用機が置かれていたらしい。
だが、それが何だと言うのだろう。フー=ルーはその文字上の情報に、全く興味を抱けなかった。内粉に負け、逃げるように故郷の星系を去った今では、それらは影も形も存在しない。
存在しないということは、戦って完全に戦場で大破したか、それとも敵軍に奪われたか。どちらにせよ、今の自分たちの戦力としてカウントする事は出来ない。

いや、そうではない。それは騎士であった頃の理由だ。
今はどちらかと言えば、そのようなものが存在したからといって、自分が乗りこむ訳では無いので知った事では無い、というのが正解のような気がする。
自分は騎士の時も騎士を捨てた今も、血みどろの戦にしか興味を抱けないような純粋な武人、いや、戦人だ。
そのような血生臭い人間が皇帝の直属部隊、親衛隊のような坊ちゃん嬢ちゃんの集まりに混じれる筈も無いし、混ざりたいとも思えない。
それに、華やかな装飾の施された高級な玩具じみた機体で戦場に出るのは、なんとも薄気味の悪い話ではないか。実際の性能がどうであれ、だ。
綺麗なものや可愛いものが悪いと言っている訳では無い。ぬいぐるみは大好きだし、それなりに見られる可愛らしい私服の類も所持してはいる。今自分に指示を出している少女も中々の愛らしさだろう。
だがそれは戦場に持ち込むべきでは無いのだ。物には相応しい使いどきというものがある。
もっとこう、部屋で寛ぐ時にベッドの上で抱きしめてスリスリして愛でたり、こっそりと部屋で着て鏡の前でポーズの練習をする時に用いるべきであり──

話が逸れた。少し話題を巻き戻すとする。
内粉で負けた自分たちはほうほうのていで故郷の星系から逃げ出した訳で、この特別格納庫に皇帝機が収まっていただけでも幸運なのだ。
なのだが、その特別格納庫には今現在多くのガラクタが転がっている。
表面の細胞が壊死を始めているデビルガンダム、ラダムに侵蝕された宇宙開発最初期のコロニーの基部、半ば以上潰れたMFの残骸。
皇帝機がある程度の大きさを備えている為この格納庫もかなりの広さを誇っている筈なのだが、今では物を詰め込み過ぎて狭苦しく感じるほど。
ガラクタ以外にも多くの地球製の機体が転がっている。
地球の傭兵の間で最も広く普及しているAS、軍が多く所持しているMS、テッカマンを解析して作られたのだと言うソルテッカマン。
一部塗装の行われていない地金の色が剥き出しの兵器は恐らくどこからか持ち込んだ(盗み出した?)試作機だろう。
そんな乱雑に積み込まれたガラクタや兵器の隙間を、銀色のディマリウム合金製の甲殻に覆われたラダム獣が数体、忙しなく行き来している。

それらの共通点は、いずれも強大な力を秘めたものであるということ。これらはすべて、今現在のガウ=ラの支配者の力として取り込まれる運命にあるのだとか。
フー=ルーは効率的な話だと感心していた。
ラースエイレムを封じられた自分たちは、この地球という星の機動兵器群とは互角程度の戦いしか行えない。
これはとりもなおさず、未だ一つの惑星系から出る事も出来ていない未熟な文明、地球の機動兵器が、フューリーの機動兵器に劣らない戦力を備えているという事に他ならない。
受けた指示の通り、連合軍のエースと呼ばれる戦士達と戦い、その技量の高さを体感したフー=ルーはその身をもって実感していた。
この星に生まれた自分たちの子供は、恐ろしい程に戦闘や戦争に対して高い適正を見せている。ほんの少しのとっかかりさえあれば直ぐに新しい兵器を作り、それに対応した戦い方を思いつく。

戦闘好適種。それが地球人なのだ。その兵器やテクノロジーを参考にしない手はない。
そんな存在を相手にしているというのに、自分達は元から持っていた技術に固執し、地球の技術取り込みに熱心では無かった。
ラースエイレムさえあればどうにでもなる、という考えがあったせいで内粉に負けたというのに、全く反省できていない。
それが、この遠い星に流れ着いた末に『フューリーが滅んだ理由』なのだろう。
正確な数は聞いていないが、あの少女とその主の言によれば生き残りは極僅か、おそらく数にして良くて一桁、悪くて一人だけ、ということになる。
そうなれば後は地球人に混じって血を薄くし続けて行き、フューリーという種族の痕跡は消え去る。絶滅危惧種として保護されたりする可能性もあるだろうか。どちらにせよ碌な事にはならない。

「なんとも、つまらないオチが付いてしまいましたわね」

「いやいや、故郷から逃げ出した連中にとってみれば分相応のオチだったと思うよ? ん?」

高い位置から少女の声。
見上げれば、実験体と共に盗み出されたベルゼルートと共に作成されていたもう一つの機体、その肩の上に寝そべりこちらを見下ろしている少女の姿が。
サイトロン適合実験用試作機『クストウェル』、地球人のサイトロンへの適応実験を行う際にバリエーションを増やす為にアシュアリークロイツェル社で作成され、しかし未完成のまま放置されていた機体。
脱出した実験体の少女たちの機体にラースエイレムキャンセラーが搭載されていたことから考えて、あの機能を組み込む機体の候補の一つだったのだろう。
それが今、全身の装甲を剥がされ、骨組同然の姿を晒している。

「あら、それは大事な部品が足りなくて動かない筈ですけれど」

だがその不完全な機動兵器の足もとに、銀色のラダム獣が何度も何度も装甲板や用途不明の機械群を運びこんでいる。
別段特別な素材を使っている訳でもない。いや、寧ろあの少女やその主が使っている機体に比べれば、性能面では余程現実的でまともな物になりそうな予感がする。
改修作業を行っている真っ最中ということなのだろうが、今更あんな機体を修復してどうするつもりなのか。

「だねー。でもまぁ中身はほとんど作り替えてるし、もしもの時を考えればこの機体で出してあげるのが一番ドラマティックかなって」

『出してあげる』
つまりこの機体に乗って出る、もしもの時の切り札が居るという事なのだが……。
いや、そこは自分が気にするべき所では無い。取り敢えずは戦いの結果と、偵察結果の報告をしておくべきだろう。

「そうそう、貴女と貴女の主の命令、『各地のエースパイロットの死体を持ち帰る』は残念だけど果たせませんでしたわ」

勝負自体、乱戦のなかでどさくさにまぎれてといった場合が多かった為、途中で横やりが入り勝敗を決するところまで戦いを続ける事が出来なかったのだ。
無論、最後まで戦えていれば勝つ自信はあったが。

「果たせなかったとか、なんでそんなに胸張って言えるかなぁ」

「私に求められているのは戦うことでしょう? 正直、それ以外は自分でもどうでもいいと思えてしまうから仕方がないわ」

こういう命令を下すなら、騎士のままとか、命令には絶対服従するよう脳を改造しておくなりしておけばよかったのだ。
それにしてもあのMS乗り、荒々しくも精妙な太刀捌きは忘れられない! こちらの動きに尽く対応してみせるあの腕前は、ラースエイレムを使っていたら味わう事が出来なかっただろう。
ガンポッド使いも素晴らしかった。一人を相手にしている筈なのに、完全に統率のとれた軍団を相手にしているかのようなプレッシャー! 死角に回り込んだと思ったら自分の死角から攻撃を受けたあの衝撃!

「会話中にトリップすんな! はぁ……、まぁいいや。それで? ナデシコの方は何か面白そうなもんあった?」

ああいけない、報告の途中なのによだれが。気を取り直して報告を再開する。

「そうね、特に変わった点は無かったけど、しいて挙げるならベルゼルートが二機稼働していたわ」

「ベルゼルートが、二機? へぇ……」

何かを愉快がるような声色。心当たりがあるのか、それとも未知の存在に対する好奇心か。

「いいね。面白くなりそうだ。あんたもそう踏んでるんだろ?」

「無論」

間を置かず切り返す。あのパイロットは伸びる。貪欲に敵の命を喰らい、こちらの喉元に喰らい付いてこれる程の力を手に入れるだろう。
剥き出しの臓腑を晒す巨人の骸を見上げながら、フー=ルーは戦いの予感に身を震わせた。

―――――――――――――――――――

雑多に物が積み込まれた格納庫内部、改造中のクストウェルの肩の上で、やはり少女が何者かと会話している。

「今の話聞いてた? 古いベルゼルート、しかも魔改造機に誰か乗ってるって、気にならない?」

返答を待ち、その返答を聞いた少女が眉根を寄せ顔を顰める。

「だろうねぇ、整理出来たのは元の世界から持ってきた荷物と、こっちで買ったお土産くらいだし。放置してたジャンクでもそれぐらいは出来ると思うよ」

会話を続ける少女の後ろで、殆どの細胞が壊死したはずのデビルガンダムがビクリと蠢く。
一定のリズムを持ったその動きは、まるで生き物が生まれる瞬間、卵を内側から破ろうと雛がもがいているかのよう。

「うん、そうなると誰が乗ってるかってのも、想像は付くよね」

少女が、薄く笑う。美しく、残酷で、酷薄な微笑み。
その微笑に反応するかの如く、デビルガンダムの骸を突き破り、一本の腕が突き出る。
楕円の球体を無理やり分解したような、大型の五本指のマニピュレーター。薄緑色の装甲に覆われたその手指は、どういった技術を用いているのか、何らかのフィールドにより高出力のビームを歪な剣状に纏め上げている。
溶断破砕マニピュレーターと呼ばれるその武装を持って、自らを包む親の死骸を引き裂いたのだ。

「いいじゃん、それだけ想われてたってことで。ドラマティックになるぜぇ?」

その金属が引き裂かれ溶かされる音を聞きちらりと脇目に収めながら、それでも少女は十数メートルも離れていない場所で起こっている異常事態を意に介していないかの如く会話を続ける。
デビルガンダムの骸から突き出た腕が、子供が癇癪を起したかのように振り回される。
生体コアとなるパイロットを求めている。
それは本来、地球環境の改善の為に出す予定だった新しい結論、
『人類を奴隷化し、地球環境改善の為に働かせる』
というプログラムの名残りが、自分に都合の良い生体コアを求めさせているが故の行動。

そして、目の前に生体コアに最適な人間を見つけた。
未完成の機動兵器の肩に乗った、歳若い少女。
デビルガンダムに連なる機体に最も相性の良い、命を生み出す機能を備えた『女』という区分のパーツ。
そのパーツを見つけると同時、デビルガンダムの死骸を溶かし崩しながら、MSに似た上半身をさらけ出し、食い入るように少女に顔を近づける。
頭部がぐちゃりと割れ、その隙間から無数の機械ケーブルにも似た触手が吐き出された。相手の意思を無視し、強制的にコアとして取り込もうとしているのだ。
しかしその触手が目前に迫っても、少女は虚空を見つめての会話を止めようとせず、逃げるそぶりも見せない。

「うん、そう。だからさ、次はあたしが出るわ。丁度──」

触手が少女に絡みつき、生体コアとする為に融合を開始した瞬間──

「いい木偶人形が出来上がったから」

デビルガンダムから生まれた、デビルガンダムJr.と呼ばれる筈だった存在は、その機能を完全に掌握された。
デビルガンダムJr.が最後に見た光景は、自分を見下す黒い髪の少女の嘲笑だった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

地球衛星軌道上、宇宙へ向けて旅立とうとしていたオルファンを、メルア・メルナ・メイアはベルゼルートのコックピットの中から眺めていた。
体は疲労で鉛のように重く、レバーを握る手は痺れ、戦闘直後の興奮で頭から熱も抜け切っていない。
だが光輝くオルファンの威容は、オーブを脱出して以来張りつめ続けていたメルアの心に、ほんの少しの温かみを取り戻させていた。

「ね? こういうやり方も悪くないでしょ?」

「そう、ですね……」

改造前はサブパイロット用の複座があったスペースに乗り込んだテニア(ベルゼルート・ブリガンディのコックピットに三人は多い、という建前での割り振りだが、おそらく統夜とカティアが二人きりになる為の言い訳だろうとメルアは考えている)が、自分のアイディアであるかの如く得意満面で言い放つのを、メルアはぼんやりと聞き流す。

機動兵器同士で手を繋いで人間の繋がりを表現し、オルファンの生き物としての思考に訴える。
ファンタジックな話だと思った。言葉が通じて、姿形に殆ど差が無いような敵兵とは殺し合わなければいけないのに、あんな生き物かどうかも怪しい山のようなものを、そんなことで説得できるなんて、と。
正直に言えば、はっきりと馬鹿にしていた。
失敗する事を前提に、オルファンも吹き飛ばせそうな量のフェルミオンミサイル(予めフリーマン氏がオルファンへの保険として作らせていたもので、ソルテッカマンのフェルミオン・カートリッジを改造して作られているらしい)を用意してこっそり搭載してもらってもいた。

だけど、実際はどうだろう。
オルファンは宇宙への飛翔を止め、その場に留まって地球を見守るのだとか。
自分たちだけでは無く、地上でも多くの人々が手を繋いでいるのだろう事はメルアにも予想が付いた。
オルファンが原因で起こる異常気象や天変地異は地球上各地で問題になっている。
この飛翔など、いくら情報規制を敷いたところで世界中から丸見え、それに合わせてラジオやテレビなどで協力を要請してもいるのだろう。
世界中の人々が手をつなぎ合い、オルファンに人間の事を伝え、オルファンは地球人類の温もりを知り、オーガニックエナジーを吸い取るのを中止した。
災害で地上に死を齎すものと認識されていた物は、実は話合いで分かりあえる愛すべき隣人だった。
敵も味方も無く、仲互いしていた姉弟や親子の絆も戻り、文句なしの大団円。

「ふふ、ふふふふふ、くふっ」

息を漏らすように、咽喉を鳴らすようにメルアは嗤った。
もともとメルアは天然でポヤポヤしているようなイメージを持たれがちではあったが、その実、根っこの部分では徹底的な現実主義であり、物事をしっかりと見据える誠実さを備えていた。
だからこそ、このハッピーエンドを嗤う。身の内に湧き上がる温もりを受け入れない。

「ど、どうしたのさ、いきなり笑いだして」

「んーん、何でもないですよ。ふふっ」

突然笑い出したメルアに戸惑うテニアの疑問を適当に誤魔化しながら、メルアは自分が連像のゴツゴツしたつくりのヘルメットを被っていることに感謝した。
仮にこのヘルメットが無かったら、多分とても酷い表情を晒すことになっていただろうから。
メルア自信、自分がまともな表情をしている筈がないと確信しており、事実、その表情は形容しがたい不可思議な表情だった。
皮肉るような、嘲るような、笑うような、泣く寸前のような歪な表情。

(13機、撃墜しました)

今回の出撃での、メルアの敵機撃墜数だ。
前回までの出撃での撃墜数と合わせれば撃墜数はすでに三桁に迫ろうとしている。
メガブースター二つと超高性能電子頭脳を無理矢理に搭載し、血の滲むような訓練を重ねたとはいえ、訓練を開始してから間もないパイロットとしてみれば破格の撃墜数。

敵を打倒したという証。
つまりは人を殺した証。
手を繋ぎ分かり合えるかも知れなかった、愛すべき隣人を、その命を食いつぶしたという証明。
戦闘直後、シャワーを浴びる間もない再出撃でこんな事をしているのだ。この手には、しっかりと人を殺した感触が残っている。
機体越しでも十分過ぎる程生々しい感触。
ショートランチャーで釣瓶打ちにしてやったグランチャーは、手足を吹き飛ばされたがどうにかこうにか逃げ出そうとしていたので、オルゴンライフルでコックピットを撃ち抜いた。
オルゴンライフルの低出力弾を避けきり接近してきたグランチャーを、マジンカイザーの修理用資材の余りで作ったナックルガードで滅多打ちにして、脱出する間もなく圧殺した。
戦闘獣とかいう化け物も、オルゴンライフルを接射して削った装甲にエネルギーブレードを突き刺し、心臓部を破壊した。

それだけじゃ無い。その前の連合とザフトとの戦闘での事もはっきりと覚えている。
核兵器を撃墜した。まっすぐ飛んでくる相手なんてただの的だ。
そしてその次、核兵器を搭載したメビウス。これも頭の悪いパイロットが乗っていたからか、碌な回避行動をしようとしなかった。
核ミサイルの迎撃中にこちらに突っかかってきたザフトのMSが邪魔だったので、変な遺恨を残さないように、手足とメインカメラ、ブースターをガンジャールから移植したクローで握り潰し刺し潰し、生かしたまま適当な方向に蹴り飛ばしてやった。
回収されていれば多分生きていると思う。戦闘終了と共に生き残り連中はまっすぐプラントに引っ込んでいったけど、そこは別にどうでもいい。

だけど、それほどの戦果をあげているメルアですら、この部隊の中では撃墜数が多い方にはカウントされない。
カイザー、グレートのマジンガー組みは言わずもがな、超電磁組にミスリルの三人は連携で見事に撃墜数を稼いでいるし、B・ブリガンディの統夜に至っては、鳴無兄妹が抜けた穴を埋めるかの如く撃墜数で部隊トップに立っている。

それほどに、人殺しをしている。
意見の合わない者を、話合いでどうにもならない敵を、話を聞かない敵を、容赦なく撃墜、殺しているのだ。
人が乗っていない無人兵器もあっただろう。話し合い以前の本物の化け物もいただろう。コックピットを避けて戦闘不能にした事もあるだろう。
だが、結局は殺している。負けた者を封殺している。勝って意見を通している。

『見えた! ネリーブレンだわ!』

『お姉さんも一緒だそうです!』

正しいから勝ったわけでは無く、自分達が相手より強く、勝ったから自分達が正しくなった。ただそれだけの話。
直前に、今和解した相手の仲間を片端から殺し、そうして手に入れた、血塗れの大団円。
それを手にした喜びに、テニアがはしゃぐ。

「やったね!」

「うん。本当によかったです」

だが、それをメルアは気に病んでいる訳では無い。
歪だった表情は、もはや満面の笑顔に塗りつぶされている。清々しいまでの、『喜』の感情に溢れている。
唇の端を吊り上げ、眼は細められた満足げな表情。

「つまり、勝ち続ければいいんですよね」

ぼそりと、ヘルメットに内蔵されたマイクでも拾えないような微かな、しかし確信に満ちた呟き。
殺して、殺して、殺しつくして、敵を根絶やしにして、最後に勝っていれば正しい。
衛星軌道上、オルファンの向こうに見える月を眺め、メルアは舌で唇を舐めた。

(もうすぐ、もうすぐです、もうすぐにでも、もうすぐに)

奴らを、根絶やしにする時が来る。鳴無卓也の仇を討つ時が。

(だから卓也さん、待っていてくださいね? プレゼントを、持っていきますから。あの人たちの、命を)

メルア・メルナ・メイアは、その恋を継続している。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「うむ、めでたしめでたし。ハッピーエンドはやはり美しい」

よかったよかった。何はともあれ伊佐美姉弟はこれで綺麗に仲直り。高性能な合体攻撃まで覚えて戦力増強。
先の展開を知っているとはいえ、バロンズゥにリバイバルする場面は冷や汗ものだった。最初に花畑でフラグへし折ってなければあそこでブレンにリバイバルしてたよなぁ。
いや、フラグへし折って無ければそもそももっと早くに仲直りしていた訳か。
やっぱ駄目だな勇、ネリーさんを生贄に多少成長はしたみたいだが、姉の居る弟としてはギリギリ及第点をあげられるかどうかという処だろう。
そんなことをつらつらと考えながら、隣で同じくモニターを眺めていた女性に声をかける。

「そうは思いませんか? シャナ=ミアさん」

「……貴方はいったい、何を企んでいるのです」

穏やかな、というよりも悲しげな表情を浮かべた儚げなイメージの強い人ではあるが、今現在はこちらを気丈にも睨みつけてきている。
こういう表情もできるのだなと感心してしまう。ああでも当然か、生きてるんだから怒りもすれば笑いもする。当たり前の話だ。
自室で地球人に届かない無意味な自己マン懺悔していたら何時の間にか母艦を乗っ取られていました、なんてなったら怒らない方がおかしい。
いや正直な話、乗っ取った側からすれば面白いジョークでしかないが。

「いやなに、融合と取り込みが終わったから、時間潰しとしてナデシコとアークエンジェルの観察を」

みんな立派になって、るよな? 別れてから結構たってるからいまいち分からん。前もこんな感じだったか?
だがまぁ資金や資材は潤沢な筈だからバロンズゥもちゃんと強化できる筈だし、次の戦場で早速伊佐美姉弟の合体攻撃が見れるかもしれん。
元の世界で見直せるように、とりあえずテレビは向こうのHD録画対応の奴を使っているが、音声はどうしようも無い。
いっそジルトーシュ氏に習って適当にこっちで編集するべきか……?

「…………」

全力でこちらを憎んでいる筈なのだが、元の顔の作りが泣き顔に近いのか、こちらを睨みつけるシャナ=ミアさんの視線はいまいち怖くない。
こういう時は整った顔の女性の方が怖い表情を作れると聞いたことがあるが、この人は例外に分類されるのかもしれない。
とはいえからかい過ぎた。この人にもそろそろ一働きして貰う訳だし、多少説明はしてあげよう。自覚したからと言ってどうにかなるものでも無いが。

「あの部隊に、貴女の幼馴染が居る事はご存じですね? 貴女にはまぁ、メッセンジャーにでもなって貰おうかな、と」

手紙とか招待状と言い換えても良いが、そこまでこの皇女様の神経を逆撫でする必要も無いだろう。
フューリーを統べる皇族であるシャナ=ミア・エテルナ・フューラは、機動兵器のパイロット適正こそ高くないが、単体での短距離ワープが可能であったりテレパシーが使えたりとサイトロンエナジーへの適性自体はとても高い。
本来ならば俺がどうこう言いだす前にとっくに助けを求めていてもおかしくは無いのだが、今現在融合強化されたガウ=ラの機能により、一時的に外部への思念波の送信を遮断している。
ここに来る前にこのフューリーの大本営に待ち構えているのが誰かばらされたら、あまりにも面白くない。
面白くないが、メッセンジャーとして送り込むにしても、統夜の方から一度シャナ=ミアさんにサイトロンを使った呼びかけが行われなければならない。
幸いにして、これからジェネシス攻略で更に数日かかる。向こうからの呼びかけができる余裕が生まれるのはその後。
その間に少しばかり、俺の事を言いふらせない様に脳に多少細工を施すとしよう。

「……あの方たちを呼ぶおつもりですか、このガウ=ラへ」

「シャナ=ミアさんも呼ぶつもりだったんでしょう? ていうか毎日毎晩統夜にSOSを発信しているじゃあないですか。ああ惚ける必要はありませんよ。このガウ=ラ内部でのサイトロンを用いた行動はすべて把握しておりますので」

我ながら少し遊び過ぎかとも思うが、つい先日まで馬鹿みたいに真面目にやってきたのだし、最後の最後、クライマックス位は面白おかしく派手にやってみても罰は当たらないだろう。
姉さんが言っていた、『どうせ利用するなら最後まで、搾りとれるモノがある内は徹底的に搾りとるのが正道』だと。
俺自身、発つ鳥跡を濁さずという言葉よりは、後は野となれ山となれという言葉の方が好きなのだ。
貰える力は全て貰えたし、最後に今までの道程で出来なかった事をやらせてもらおう。

そんな事を考えつつ、モニタを見ながらフォークで突いていた苺のミルフィーユを、丁寧に丁寧に積み重ねられたパイ生地とクリームと苺の層を、呆気なくナイフでざっくりと崩す。
横に倒してからじゃないと崩れるとか無粋な事を口走ってはいけない。こういう無闇に手間がかかっているお菓子は、暴力的なまでに粗雑で荒々しく、手間のかかった部分を破壊しながら食べるのが最高に贅沢なのだ。
時間と手間の結晶であるそれらを破壊するカタルシスたるや、まさに天にも昇るような心地であることは間違いない。
まぁ、だからと言って俺は春巻きを手づかみでむしゃむしゃ食べて『ひさしぶりの飯だぜ』とかやる14歳ど真ん中ストレート病に罹っている訳ではない。
粗雑に食うとは言っても、それはある種のお約束的な部分は守るべきだろう。食事時にふざけてはいけないなんてのは当たり前の話だ。農家サイドの人間としてもナンセンス。
ふざけて食べるのと、荒々しく食べるのでは訳が違う。
むしろこういった暴力や粗雑さ、荒々しさにはそれを取り扱うある種の礼儀のようなものが必要となる。

「あ、貴方は、あの方達と戦うつもりなのですか!?」

「貴女も、あいつらで俺を倒そうと考えているのでしょう?」

切り崩され無残に拉げたパイ生地とクリームと苺を順にフォークに突き刺し、纏めて口に運ぶ。
歯に嬉しいサクサクと軽やかな音を立てるパイ生地、カスタードクリームもくど過ぎず甘すぎず、苺も新鮮で酸味があり爽やかさを与えてくれる。
余りの美味さに人間への擬態機能が齎す疑似脳内麻薬でトリップしてしまいそうだ。
ああ、この至福の時よ……!

「……貴方は、最低の人間です」

「事ここに至って、まだ俺が善人である可能性を信じていたのなら、貴女の頭も大概ですよね」

口の中の余韻をじっくりと楽しんだ後、お茶(紅茶ではなく緑茶、おやつが洋菓子だろうとこれだけは譲れない)を啜り口の中をリセットする。
さて、この人の頭を弄るなら何方式が最適か。不自然無く、それでいて万が一ばれてもナデシコでもアークエンジェルでも、連合の基地に戻っても治療が出来ない奴がいい。
そんな無茶な条件で絞り込もうにも選択肢が狭まらない。我ながら成長したものだ、こっちに来てすぐの頃ならそんなに選択肢は無かったろうに。

此方の邪悪な思考を感じ取ったのか、シャナ=ミアさんが後退りしながら身構える。
逃げだせる状況では無い事は本人が一番知っているだろうが、それでも抵抗は止めないらしい。怯え惑い許しを請うでもなく、此方の瞳を真っ直ぐに見据えている。
素晴らしい度胸だ、感動的だな。だが無意味だ。

「統夜は、貴方の事を、尊敬していました」

……へぇ。

「一方的に呼びかけるだけじゃなくて、そういう使い方もあるのか」

感心しながら、後退りするシャナ=ミアさんの周囲の空間を念動力の応用で固め、逃げ場を奪う。
フー=ルーとアル=ヴァン達がやってのけた時空流離もどきも面白い使い方だったが、サイトロンというのは中々に幅広い応用法があるらしい。
良く良く考えてみれば、適合率が高ければ単独で戦艦二隻をワープさせる事ができるのだから、感情や思考の読み取り程度の事はできてもおかしくは無いよな。

「貴方は! ……貴方は本当に、どうとも思って居ないのですね、彼等の事を」

俺の返答に愕然とした表情になったシャナ=ミアさんは、一瞬声を荒げかけ、次いで沈痛な面持ちで小さく呟いた。
念動力で空間ごと縛りあげているせいか、その表情も相まって正しく囚われの御姫様といった様相だ。あの部隊は情の深い連中が多いから、いい感じにこの表情に釣られてくれるだろう。

「まさか。あいつらは最高のチームだったよ」

その最高のチームと、地球圏を守り抜いたヒーローと戦って、これまでに手に入れた力を確認できる。
この上ない喜びだ。
俺は来るべき最終戦への期待に胸を膨らませながら、シャナ=ミアさんの脳改造を開始した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そこからは、一方的な展開だった。
時空の果てからあっさりと戻ってきたお兄さんはまず、フューリーの連中がオルゴンクラウドでその場から逃げるのを妨害した。逃げられて自分達の生存をどこかに漏らされると動きにくくなるからだろう。
オルゴンクラウドの転移の原理はボソンジャンプと似た理論で行われている。
遺跡とのリンクが機械的に誤翻訳無く行われているお兄さんは、前もってこの転位を妨害する為の理論を遺跡に残されたデータをもとに組み立てていたのだ。

高卒で普通科出のお兄さんにそんな事が出来るのか、なんて問いは無意味だ。
お兄さんはナデシコと融合した時に、ナデシコのメインコンピューターを軽く凌駕する演算能力を手に入れたし、ゼオライマーと融合した時点で天才木原マサキの人格、知識を手に入れている。
何のヒントも無い状況ではどうにもならないが、天才木原マサキの頭脳と、解析の為のサンプルであるオルゴンクラウド搭載型のB・ブリガンディ(って付けるかな? 統夜のネーミングセンスが原作からブレていなければ)のデータがある。
これだけ材料が揃っていれば、どうにかならない筈も無い。

そんな訳で見事にフューリーが転位で逃走するのを阻止し、逃げ惑う者も立ち向かう者も容赦なく叩き潰している。
Bブリから取り込んだホーミングレーザーを連射すれば一ターン掛からないのだけど、そこはそれ、今までの鬱憤を晴らす意味合いも兼ねているのだと思う。
今も中途半端に避ける連中を速射砲で誘導して、ある程度固まった所にクローアームの掌に当たる部分を向け──

『弾けろブリタニアぁ!』

いやそいつらブリタニアじゃないし、ていうかお兄さん実はその追加武装それ言いたいが為だけに作ったな?
だけど威力だけは全く遜色無いらしく、まんまと誘導された四機の雑魚が言葉通り破裂した。
これで元はただの電子レンジだってんだからつくづくイカレている。

あたしも最初はそれなりに戦ってたんだけど、お兄さんのボウライダーの動きが今までの自重したものではなくなっている事に気付いてからは手を出していない。
ナデシコのエステバリスも重力制御推進を採用しているけど、今のボウライダーほど理不尽な動きは出来ない。
超音速で衝撃波をまき散らしながら有り得ないほど鋭い角度で方向転換、敵を避けるでもなく激突を繰り返している。
既に構造材も最新のものに切り替えているのか、激突された側であるフューリーの雑魚機は一撃でスクラップと化してしまった。
すれ違いざまに斬り伏せられ、体当たりでクズ鉄にされ、速射砲で蜂の巣にされ、マイクロウェーブでチンされ、爪で引き裂かれ、重力波に押しつぶされ、次々と雑魚が沈んでいく。
味方に気を配る今までの戦いじゃあ出来なかった文字通りの無双を心行くまで楽しんでいる。邪魔をしたら勢いあたしまで巻き添えを喰らいそうだ。赤いラフトクランズも掴んだままだし回避しきる自信は無い。
そんな訳であたしのスケールライダーは既に強化型次元連結システムのちょっとした応用で、プレート回収作戦の時と同じようにずれた空間に逃げ込んでいる。

『泣け! 喚け! そしてぇ──』

お兄さんのテンションが冥王入ってきた辺りでセリフを遮って、爆音。
爆音って表現も可笑しなレベルの、音が消えたかと思うほどの大爆発音、というか大爆発。あたしもお兄さんもフューリーの連中もすっかり忘れていたオーブの自爆だ。
地面を引っぺがされたり大地を引き裂かれたりした癖に自爆装置だけは生きているらしい。
原作だともう少し、マスドライバーが使えなくなる程度の自爆だった気がするんだけど……。
あのままあの空間にスケールライダーでふわふわ飛んでたら、吹き飛ばされて宇宙に脱出中のナデシコとアークエンジェルに追いついちゃいそうな爆発だったなぁ。機体に傷は付かないけどね。

「テッテッテ♪テッテレレッテ♪テッテレレッテ♪テッテッテ♪」

前代表の先走りでオーブ滅亡。そのうち『またアスハか』とかそんなコメントしか出なくなるんだろうなぁ。残った娘さんはあんなんだし。さすが、爆発オチはアスハのお家芸だな! とか言われかねない。
そんな事を考えていると、多少煤けたボウライダーが瓦礫の山を押しのけて姿を現した。通信から不機嫌そうなお兄さんの声が聞こえる。

『そここら、歌うな。お前さ、仮にも俺が巻き込まれたんだから、もう少し心配するなりなんなりすべきだろ?』

とかなんとか言ってはいるが、ボウライダーの装甲も多少黒く煤けてはいるものの、かすり傷一つ存在しないし、あの爆発の爆心地近くに居ながらパイロットのお兄さんも欠片も堪えた風に見えない。

「お兄さんならもうその程度の爆発、生身の非戦闘状態でも無傷で耐えきれると思うよ?」

いやマジで。
さて、転位を封じられた状態であの規模の爆発じゃあ、フューリーの連中は全滅かな。
レーダーの敵性反応をチェック──雑魚機は全滅してる。碌な防御手段も無い量産機じゃああの爆発には耐えられない。
ヴォルレントは辛うじて原形を留めている機体が数機だけあるけど生体反応が無い。中身のパイロットは衝撃でミンチっぽいね。
そうなると、ラフトクランズも望み薄なんだけど、どうだろ?

『待ち、なさい……!』

生きていた。辛うじて。
お兄さんのボウライダーの前に立ちふさがる、傷だらけのラフトクランズ。
あちこちの装甲が拉げ剥がれ落ち、更に右腕は肘の辺りから消失、頭部もメインカメラが生きているかどうかわからない程潰れている。
残った左腕で、これまた銃身の片方がへし折れスパークを繰り返しているソードライフルをボウライダーに向け、間接や装甲の隙間から絶え間なく煙を噴き出している脚を動かしにじり寄る。

『まだ……、まだ私は死んでいない』

一歩、二歩、三歩目を数える前に膝が爆発し、その場に倒れこむ。
しかしラフトクランズは戦意を失わない。顔を上げ、ボウライダーを睨みつけるようにしながら、ソードライフルをボウライダーに向け、引き金を引く。
暴発すらしない。銃口に当たる部分に淡い光が灯りかけ、瞬く間に消えていく。

『私、は。私は、まだ』

だけど、それでもラフトクランズは戦いを続けようと足掻いている。
粒子弾を放てなくなったソードライフルのグリップを動かし、片手で剣のように構えた。
剣の柄から光が溢れ、クリスタル状の刀身を形成する。
そこまでがソードライフルの限界だったらしい。ソードライフルの根元が激しくスパークし、爆発する。
その衝撃で形成した刀身にひびが入り、半ばから砕けた。

『まだ、戦える……』

それでも、そんな事は関係無いと言わんばかりに、ラフトクランズは戦いを続けようとしている。
砕けた刃を握り、残った片腕片脚でボウライダーに這い寄る。
せめて一太刀、などという諦めの混じった甘ったれた感情は感じない。こんな状態でも、お兄さんを倒そうと『本気で』考えている。
ラフトクランズのコックピットからは、もう微弱なオーガニックエナジーしか感じない。
はっきり言って虫の息だ。これ以上無い程の瀕死、あと一分もしないうちに勝手にくたばる事が確定している、まだ死んでいないだけの半死人。
でも、それでもこのラフトクランズのパイロット──フー=ルーは戦おうとしている。戦いを続けようとしている。
それも、騎士としての使命感なんかじゃあない。

『貴方という強敵と、戦うことができる──!』

情念にも似た歓喜を持って、その闘争の悦びを一秒でも長く味わうために。
ふと、ここまで口を開かなかったお兄さんがフー=ルーに喋りかけた。

『……戦いたいですか?』

『無論!』

コンマ一秒も必要としない超反応による即答。
それに頷きながら、お兄さんのボウライダーが、その手から新たに剣を複製する。
実体剣。機動兵器同士の戦いで用いる物には見えない程に細いそれを逆手に持ち天に掲げると、勢いよくラフトクランズのコックピットを貫いた。

『ぎぃっ、がっ、あああぁぁぁっっ!!』

通信からフー=ルーの割と聞き苦しい類の断末魔が響く。
そう、コックピットを機動兵器の持つ剣で貫かれて、それでもまともに断末魔の悲鳴を上げる事が出来ている。
たぶんピンポイントで腹部を貫かれ、内臓を丸ごと斬り潰されている。即死しない程度に、絶妙な手加減を加えられながら。
断末魔の悲鳴が聞こえるってことは、機体の通信装置も破壊せずにフー=ルーの身体にだけダメージを与えたんだと思う。
通信から、お兄さんの嬉しそうな声が聞こえる。

『そんなに戦いたいなら、こんな所で俺一人と戦う必要はありませんよ』

『────』

既に断末魔の悲鳴は途絶え、お兄さんの言葉にはただ沈黙だけが帰ってくるだけ。
オーガニックエナジーも一切感じない。完膚なきまでに死んでいる。
死んでいる?

『貴方には、地球圏最強の部隊と戦う事ができる権利を差し上げましょう』

ラフトクランズに突き刺さっている細身の実体剣が、その身をぐずりと崩れさせる。
DG、いや、UG細胞へとその身を転じた剣が、ずるずるとラフトクランズの中へと潜り込んでいく。

「……お兄さん?」

どうするつもりなのかなんとなく、というか、はっきりと確信した。
目の前でラフトクランズの欠損が見る見るうちに金属質の触手に埋められていく様を見ながら、お兄さんに話しかける。

『どうした』

「あたしとお兄さんだけで十分じゃね? なんでこんな微妙な人を……」

『微妙じゃない、これ以上無い程の人材だ。あの状況でまだ戦おうと、敵を倒して勝とうと足掻いていた。これまでこの世界で見てきた連中じゃあここまでは出来ない』

完全に修復されたラフトクランズ、でもたぶん、フー=ルーは死体の状態から修復されていない。それをするのは、一度お兄さんが取り込んでから。
当然のように、ラフトクランズはボウライダーの、お兄さんの中にじわりじわりと吸い込まれていく。コックピットに眠るパイロットの死体と共に。

『素晴らしい闘争心、いや、戦いという行為へのひたむきさ。脳みその中から余計な部分を削いでやれば、きっといい兵士か鉄砲玉になるぞ』

取り込んで複製作ったら先ずはブラスレイター化と洗脳だな、とか呟いてるお兄さんの表情は、玩具を買って貰った子供のようにキラキラと光輝いている。
死体弄って兵士増産とか、少なくともそんな表情するようなネタじゃないと思うなぁ。

「……なんかもう、ここまでやると本気でリアル外道だよね。いや、お兄さんらしいっちゃらしいけども」

『それほどでもない』

数十秒後、ラフトクランズは完全にボウライダーの中に取り込まれてその姿をこの世から消してしまった。
これで、ここに攻めてきたフューリーは全滅。
今からでも宇宙に上がればナデシコとアークエンジェルに合流できるけどそれはしない。もうあそこでは何も手に入らないから戻る意味がないしね。

「お兄さん、これからどうするの? やっぱり月?」

『いや、これまでの取りこぼしを回収していくのが先だな。手始めにもう完成している筈のアカツキを頂いて、それからヘリオポリス崩壊のちょっと前までボソンジャンプだ』

「鏡面装甲でビームを跳ね返せますってか?」

『ディストーションフィールドの応用で十分跳ね返せるんだけどな』

それでも拾って行くあたり、お兄さんも貧乏性だよなぁ。

『むしろ本番は過去に戻ってからだぞ。ヘリオポリスの残骸からアストレイを見つけ出す、或いはジャンク屋辺りに拾って貰って、レッドフレームをこっそり複製させて貰うんだからな』

もし見つけられなかったら、宇宙服だけでジャンク屋の目の当たるところに漂ってなきゃいかんのね。

「またあの時点からやり直しかぁ」

『一年以上ナデシコで団体行動できたんだ、あと少しくらい我慢しろ』

「ういぃっすぅ……」

ま、運がよければグランドスラムとか拾えるかもしんないし、長くてもブルーフレームの強化までだろうし、適当にやるかぁ。
あ、忘れてた。

「お兄さんお兄さん、これどうしよう」

スケールライダーの脚に吊り下げっぱなしだった赤いラフトクランズを上下に振り指示を仰ぐ。
フー=ルーの機体を取り込んだからこれもそんなに必要って訳じゃ無いんだろうけど、何かに使うつもりなのかもしれない以上、その場にぽいと捨てて行く訳にはいかないと思う。

『ああ、後で使うかもしれないから適当に異次元にでも放り込んでおけ。あの中なら死体も腐らないだろうしな』

雑だ……、明らかにフー=ルーとは扱いが違う……。
まぁいいや、どうせジュア=ムだし。
あたしは次元連結システムのちょっとした応用で異次元の物置を開き、そこに赤いラフトクランズを投げ捨てた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

プラントと連合が休戦の提案を受け入れ、ナデシコとアークエンジェルはとりあえず束の間の休息を味わっていた。
だが、それは文字通り束の間のものでしかない。
未だ月にはその実態のほとんどが謎に包まれているフューリーが存在している。
フューリーの情報は軍の全てのデータベースから消去されており、そしてフューリーの時間停止攻撃、ラースエイレムに対抗できるのは未だ統夜の駆るB・ブリガンディのみ。
対策を練る為、今現在フューリーについてもっとも多くの情報を有しているフランツ・ツェペリンのAIへと質問を繰り返し、統夜は遂にフューリーとの接触に成功したのだ。

「……つまり、フューリーには主戦派と非戦派が存在し、非戦派が我々に助けを求めている……。そういう訳だね」

ナデシコブリッジにて、統夜の説明を受けていたクルーの中からフリーマンが内容をまとめた。
内容的には荒唐無稽ではある。いや、そもそも非戦派など存在せず、自分達のフィールドにこちらをおびき寄せる罠なのかもしれない。
しかし、何一つフューリーの情報が掴めていない今現在では貴重な手掛かりの一つと言えるだろう。

「これで一つの方針が立てられるわね。その非戦派のお嬢ちゃんと接触できれば……」

「フューリー全部と戦わなくていい訳だ。プラントの時みたいに」

メリッサ・マオの言葉を、カガリ・ユラ・アスハが引き継ぎ嬉しそうに続けた。
今まで散々戦ってきた相手ではあるが、何もナデシコは戦争狂や殺人嗜好者の集まりでは無い。敵を全て殺さなくてもいいのであれば、それは歓迎すべきことである。
これ以上戦わずに済むかもしれない、その都合のいい展開に、ブリッジは明るいムードに包まれていた。

彼等は知らない。主戦派と非戦派、その双方が迎えた結末を。
彼等は知らない。月で待ち構える地球圏最大の脅威、その正体を。
彼等はまだ、何一つ知らないのだ。



続く
―――――――――――――――――――

ラスボスの居るフューリー母艦の中でヒロインなり損ねな御姫様と和気藹々と一方的に会話を楽しむ謎の人物登場。
一人称で話が進んだり、色々とメタな発言をしたり、陰で顔を隠したり名前欄を『???』にしたりする必要があるのかすら不明ですが、もちろん謎の人物で──なんて、二度ネタですね。
そんなこんなで、回想シーンを二回入れたせいで時系列が分かりにくくなってそうな第二十話をお届けいたしました。

主人公の生存が確定した今回ですが、殆ど話が進んでおりません。なんと作品内での時間経過、スパロボ換算にして一話のみ。
行間でちゃっかりプロヴィデンスが撃墜されてジェネシスも落とされてますが、この辺は特に変化はないので省略しました。
回想シーンで戦闘シーンも書いてはみたモノの、主人公やサポAIの一人称だと途端にコメディ色が強くなっていけません。
まぁ、おふざけが出来ない程の強敵と戦っている訳でもないですし、周りの目を気にせずにフルスペックで戦える事に開放感を感じているので仕方無いと言えば仕方ないのですが……。

しかしその鬱憤を晴らすかの如く主人公に立ち向かうフー=ルーさんは一瞬だけ凄いイケメンに書けた気がします。ぼろぼろの機体で強敵に立ち向かう姿は中々に主人公補正が掛かっていそうな気がします。
まぁこの作品でそういったキャラが報われるかと言えば、うん、ほら、あれですよ、メルアだってほぼ間違いなくバッドエンド確定ですし。

あ、フー=ルーさんがスクラップ寸前のラフトクランズで主人公に挑もうとするシーンはPS2版デモベサントラ二枚目から『絶望に灼ける剣』で入って、主人公がフー=ルーに問いかけるシーンで一回無音挟んで、実体剣を突き刺すシーンから『汚怪なる血脈』とか流すとイメージ的にぴったりです。

え? デモベのサントラを持っていない?
そんなあなたに嬉しいお知らせ! なんとアマゾンや様々な通販サイト、そしてもちろんニトロプラス公式通販にて超お買い得価格で購入できます。
更に今なら装甲悪鬼村正のオリジナルサウンドトラック『邪悪宣言』も好評発売中です。

まぁつまり良い音楽でどうにかこうにか文章の下手さを誤魔化そうという戦略な訳ですよ。
ほら、まずい料理を無理やり水で流しこむというか、味の薄いオカズに醤油をドヴァドヴァかける感じで。

今回は特にセルフ突っ込みという名の弁明は無し。何か突っ込まずにはいられない矛盾、なんとなく気に要らない不自然さなどございましたら指摘の方どしどしお寄せください。

そんな訳で、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよなどといったアドバイス全般や、短くても、一言でもいいので作品を読んでみての感想とか、心からお待ちしております。




↓ここからいかにもそれらしい癖に割と変更もあり得る次回予告↓


フューリー非戦派との接触を図る為に月へ訪れたナデシコ、アークエンジェル一行。
しかし彼等を待ち受けていたのはフューリーだけではなく、今なお正体不明の謎のテッカマン部隊、DG細胞に侵されて変質したアンチボディ、そして、生体コアを失い死滅した筈のデビルガンダムであった。

次回、『月の門、死霊のはらわた、冷たい世界』

今度こそセミファイナルバトル。おたのしみに。



[14434] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」
Name: ここち◆92520f4f ID:a7f647b1
Date: 2011/02/04 20:38
フューリーの非戦派と接触を図る為に月へ向かおうとしていたナデシコとアークエンジェルに、月周辺の調査を行うように指令が下された。
生き残った部隊を集め地球へ向かっていた艦隊が、突如として消息を絶ったのだ。
消息を絶った艦隊から届いた通信から分かる情報は、

『いつの間にか艦内に大量のテッカマンが現れ、MSやMAで出撃する前に一気に壊滅させられてしまった』

という事だけだったが、ナデシコのクルー達はその謎のテッカマンに心当たりがあった。
碌に交戦こそしなかったものの、過去においてデビルガンダムを襲撃し、ラダムの本拠地を襲い、こちらには目もくれなかった謎のテッカマン軍団。
それが今回初めて、無視するでもなく足止めするでもなく、明確に敵対行動を取ってきたのだ。
フューリーの問題も解決しなければいけない問題ではあるが、襲撃を受けたからには放置することなどできる筈もない。
ナデシコ、アークエンジェルは一先ず非戦派との接触を先延ばしにし、艦隊が消息を絶った座標へ赴き、現地調査を行っていた。

「ここが、消息を絶つ直前に艦隊が居た座標なんですが……」

「何も無い、ですよね?」

オペレーターのホシノ・ルリが周囲の反応を確認し、それを見たミスマル・ユリカが首をかしげる。
そう、その座標には文字通り『何も存在していなかった』
戦闘の行われた場所には必ず存在していた機動兵器や戦艦の残骸が欠片程も存在していなかったのだ。
これまで幾度となく宇宙での戦闘を経験してきたナデシコ、アークエンジェルのクルー達にとって、この場所はあまりにも不自然だった。
ジャンクを持ち帰ってこちら側の技術を解析しようとしたにしても、これほど洗いざらいにされる物ではない。
それに、脳髄だけを高度に発達させ、武器と防具の役割を兼ね備えた肉体を持つラダムは、そもそも自分達の身体以外の武器を使うという発想を中々しない。
極々少ない例として、裏切り者のテッカマンに対して干渉スペクトル発生装置を使った事があったが、あれは未だ地球侵攻の中心となるテッカマン達がフォーマットの途中であり、フォーマットを中止したが故に中途半端な能力しか与えられなかったダガーの苦肉の策だ。
完全な状態のテッカマンが数百と存在しているのならば、そういった小手先の小細工は必要ないだろう。

「くそ、ラダムの親玉を倒したってのに、まだ生き残っている連中が居たなんて」

マジンカイザーのパイロットである兜甲児がパイルダーの中でぼやく。調査する座標に到着する前に、敵の出撃を予測してあらかじめパイロットはコックピットの中で待機を命じられているのだ。
だが、その甲児のセリフに反応する者が二人居た。格納庫の隅、普段は整備員などが使用している椅子に座るアイバ・タカヤと、その隣にぴったりと身を寄せているアイバ・ミユキのテッカマン兄妹だ。

「いや、あのテッカマンオメガがラダム全ての親玉、という訳ではない」

「地球に送りだされてきた尖兵で、本隊は別に存在しているんです」

カロリーの消費を抑える為に未だテックセットしていない状態で、ペガスに搭載されている通信機を使っての会話だ。
兄であるアイバ・タカヤことDボウイにさりげなく寄り添うようにしているミユキを見て不自然に思う者は居ない。
同サイズのユニットであるテッカマン同士で連携を組む事も多く、ナデシコ、アークエンジェルのパイロット達は鳴無兄妹のスキンシップを一年以上見続けていた為、これが平均的な兄妹のスキンシップだと判断しているのだ。閑話休題。

「だが、そのラダムの本隊が仮に地球にやってくるにしても、確実に数年は時間の余裕がある。そうだろう?」

Dボウイが寄り添うミユキの頭を撫でている事実を華麗にスルーしつつフリーマンが補足を入れ、Dボウイはそれに無言で頷いた。
そう、ラダムの本隊は太陽系から遠く離れた星系に存在し、そこに居る本隊の司令官に位置するテッカマンが、地球侵攻を担当するテッカマンオメガの反応が消えたという事実を知るにもかなりの時間が掛かる。
更にそこから地球人類がラダムを脅かす驚異となり得るという結論を出し、戦力を整えて攻め込んでくるとなれば更に必要な時間は増加する。
しかし謎のテッカマン軍団は数か月前から地球上で活動を行っており、しかもその行動はDボウイやミユキの脳に刷り込まれたラダムの知識、本能のどこからも予測できないものだ。
同胞である筈のテッカマンオメガの死を見逃し、ラダム母艦の中枢を回収したかと思えばそれを再建するでもなく、裏切り者であるブレードを殺そうともしない。

『あのテッカマン達はラダムとは関係無いのではないか?』

何時しか一同は、そんな考えを頭に浮かべるようになっていた。


―――――――――――――――――――

「これ、月面都市の宇宙港……?」

調査を月周辺から月面に移したナデシコ、アークエンジェル一行が最初に見た光景は、活発に人々が動き回る月面都市の宇宙港であった。

「どういう事なの? ここはジェネシスに焼かれた筈じゃあ……」

アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスが困惑した顔で呟く。
そう、先の地球の連合軍とザフトの衝突時、月基地から発進した艦隊を焼いたジェネシは、そのまま連合軍の補給線を断ち切る為にプトレマイオス基地諸共月面都市を跡形も無く破壊した筈なのだ。
だが、今目の前に広がる光景は破壊された形跡すら無い平和そのものの月面都市。
月面都市はやはり地球と比べて過酷な環境にある為、宇宙放射線や隕石などを防ぐために様々な防御手段が用意されている。
しかし、それはあくまでも宇宙に都市を築くための最低限度のものでしか無く、核シェルターでも防げないジェネシスの超高出力なガンマ線レーザーを防げるようなものでは無い。

「奇跡的な速さで復興を遂げた、とか?」

「いえ、直前に月周辺の残存兵力を集めていた時の定期連絡の内容では、復興以前に一人残らず全滅していて、住人は一人足りとも生き残っては居なかったそうです」

とんちんかんな答えを捻りだすユリカに冷静にルリが突っ込みを入れる。
年長者や識者を集めて改めて話し合いが行われ、実際に何人か月面都市に降ろして調査を行ってみようという結論が出た所で、B・ブリガンディから通信が入ってきた。

「艦長! サイトロンの反応が降り切ってる。地面の底から何かが……」

「こっちもです! 美久、位置は!?」

「上昇しています! 距離200、120、100……」

慌てた様子の統夜の報告に、更にゼオライマーからの通信が重なる。

「敵か!? 総員戦闘配置!」

「ルリちゃん、フィールド展開! 相手を識別できますかっ!?」

何も見つからない調査任務と滅んだ筈の月面都市の姿に少なからぬ警戒を抱いていた艦長達は即座に意識を切り替え戦闘態勢に移行しようと指示を出し始めた。
だが指示を受けたルリは、表面上の無表情を崩さぬまま困惑の混じった声を上げる。

「無理です。だって……、相手、人間みたい」

「えええ!?」

アキトやユリカ、他数名の驚愕の声。

「距離20、10、……え?」

美久がカウントダウンを疑問符と共に中断した。

「も、目標、地上に到達……」

そう、ゼオライマーのセンサーが正しければ、既に目標は目の前。だが、そこには巨大な光の柱と、その中に存在する一人の少女だけが存在していた。

「きれい……、柱がそびえてるみたい!」

光の柱を見て宇都宮姫がはしゃぐ。オーガニック的なものを感じている訳では無く、純粋にその光の柱がそびえ立っているという光景に感動しているのだ。
だが、その美しい光景に素直に感動出来ない者達も居た。

「統夜……」

「中にいる人が、そうなんですか?」

B・ブリガンディのサブパイロットである三人娘の内の二人、フェステニア・ミューズとカティア・グリニャール。
二人は月で長年フューリーに実験体として扱われてきたおかげで、相手が戦いを望んでいない非戦派のフューリーであっても身が竦んでしまうのである。
そして、その二人とは違った意味でその光の柱に感動しない者が一人。

「あれが、フューリーの……」

手入れを怠ってボロボロになった金髪を短く切ってショートに纏めた少女、メルア・メルナ・メイアが、ギシ、と奥歯を軋ませながら光の柱を、その中のフューリーを睨みつけていた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

月内部、ガウ・ラ、騎士団機動兵器格納庫。
整備が完了し、出撃準備に入っている赤いラフトクランズのコックピットの中でジュア=ム・ダルービは憤慨していた。
これまでの計画を放棄しガウ・ラを起動、それにより発生する強大なサイトロンエナジーにより引き裂かれ吹き飛ばされる月の外殻により、地球を、ひいてはそこに住まう生き物たちを全て滅ぼし、新たに生命の創造をやり直す。
つまるところ、『──』に自分達ではあの地球人達には勝てないという判断をされたのだ。これで憤らない筈がない。
確かに自分はラースエイレムを使わない戦闘は殆ど経験したことが無い。
しかし、それでも充分シミュレーションを繰り返し、ラースエイレム抜きでもそれなり以上に戦える力を備えているのだ。
今まではなんやかんやあってあの忌々しいガラクタを破壊出来なかったが、次に戦えば勝つのは自分、それを『──』は──

『──』? 待て、それは、誰だ?
自分に命令を下されるのは、アル=ヴァン様亡き今、総代騎士であるグ=ランドン様だけのはず。
記憶を遡れば自分に命令を下した男の顔が浮かんでくる。その顔は間違いなく、総代騎士グ=ランドン・ゴーツのものでは無い。
いや、そもそもここしばらく総代騎士の姿を見かけない。それに不自然さを感じる事も出来なかった。
一体、自分は何時から『──』の命じるままに働いていた?

『ジュア=ム、準備はできているの?』

フー=ルーからの通信、この人はいつも通り、いや違う。
フー=ルー様もお変りに為られた。以前のような騎士としての毅然とした態度をとることは少なくなり、戦場では戦いに酔い、それ以外ではゆるゆると規律を無視し気ままにあちこちをふらついたりする事が多くなった。
しかし、その様に変わった今でも、『──』の命令は忠実にこなしている。
しかも下される命令は不可解な内容でありながら、どこかしらでラースエイレムを用いない、純粋な腕と性能の戦いが起こるフー=ルー好みの物ばかり。

「フー=ルー様、貴女は、いや、貴女達は──」

ジュア=ムは自らの赤いラフトクランズにオルゴンクローを構えさせ、隣接するフー=ルーの白いラフトクランズとの間合いを測る。

『……あらあら、ここまで来てようやく不自然さに気付くなんて、騎士としてはあまりにも鈍感にすぎますわね』

くすくすと可笑しそうに笑いながら、白いラフトクランズは武器を構えるどころかその場から動こうともしない。
ジュア=ムはそれに構わず、事の真相を聞き出す為に、オルゴンクローをフー=ルーの白いラフトクランズに突き付けようと手もとの操縦桿を動か──せない。

操縦桿が動かないのではない。だが、その操縦桿を動かす為の動きを腕がしてくれない。
腕だけでは無い、腕を含む殆どの部分がまるで自分の身体では無いのではないかと思うほどにぴくりとも動かない。
いやそれどころか、身体を動かさずにサイトロンコントロールだけで動かすこともできない。身体だけでなく、サイトロンを操ろうという意思すら通らないのだ。
唯一まともに動かせる目で、操縦艦を握る自らの手と腕を見たジュアムは、一瞬それが何なのか認識できなかった。
鈍色の金属に覆われた、細長い蚯蚓を束ね無理矢理腕の形に形成した様な奇怪な腕と手指。
その腕の様な塊の表面が、中に細かい虫でも這っているかのように時折もぞもぞと蠢いている。

「ぁ──、っ──!」

動かない喉から、引き攣った悲鳴のなり損ないのような音が漏れる。
腕が化け物のような何かに化けていたから驚いている訳では無い。
ここ最近、より正確に言うならばあの白い機体に撃墜され、肉体再生用の医療用カプセルから出た時から、自分の腕はずっとこのままだった。
しかし、自分はそれを見て、『何の変哲も無い自分の身体』だと思い込んでいた。

『騎士様、どうかなされましたか』

ラフトクランズの片方が武装を構えている事を不審に思ったのか、少し離れた場所に並んでいる準騎士や従士の機体から通信が入る。
通信が繋がりモニタに映った多くの従士や準騎士の顔。
だが、それぞれの顔を映している筈のウィンドウは、全て同じ、のっぺりとした金属に覆われ、頭の両脇から捻じれた角を生やした異形の姿だけを映している。
ジュア=ムは更に思い出す、そう、ここ最近はずっとこいつらと出撃していた。食堂で合いもしたし、整備について話し合っていたような気もする。
自分は、この怪物の群れの中で、この異形の身体で、何一つ疑問を感じること無く生活していたのだ!

『何でもないわ。貴方たちは自分の持ち場に戻りなさい』

フー=ルーの言葉に素直に従う怪物と化した自分のかつての部下や同僚を視線だけで見送り、ジュア=ムは混乱した心のままでフー=ルーへと視線を向ける。
その視線から発されている疑問に、フー=ルーは明日の天気でも教えるような気軽さで応えた。

『何も不思議な事ではないのよ。その身体はすでに『その身体相応のジュア=ム』の人格が存在しているの。貴方は自分の身体と周囲に違和感を認識できなくなる代わりに、その人格と全く同じ行動を取ろうとしていた』

『しかぁし、テメェに掛けられた強烈な認識阻害が消えた今、テメェとテメェの身体の人格にズレが産まれたのさ』

小鳥の囀りの様な軽やかな声が、その声色に相応しくない粗雑な言葉遣いでフー=ルーの説明を引き継いだ。
そう、この少女の事も知っている。
この少女が、この少女の主こそが──

『つまり、『元ジュア=ム』の出番はここでお終いっつう訳よ。お疲れさん、ヴォーダの闇でゆっくりと休むと良いぜ』

そこまで考えて、フューリー聖騎士団準騎士、ジュア=ム・ダルービの自我は、今度こそこの世から完全に消滅した。

―――――――――――――――――――

ギチギチと変形を始めるジュア=ムの赤いラフトクランズを異変と認識する者はこの格納庫の中には一人として存在しない。
この格納庫の中に存在する『元』準騎士と『元』従士達は一人残らず元の人格を残していない。
より正確に言えば、それらは人格というモノを有していない。
話しかけられれば元のフューリーの人格を模した反応を見せるが、それはあくまでも登録単語数の多い人工無能のようなもの。
そしてジュア=ムが消えたことで、それらが言葉を発する事はもう二度と無い。
それは何故か。この場に残っている者達はそれらがそういったモノである事を知っているからだ。

「今のところはこんなもんかぁ。あたしは魔力量もさほど多い訳じゃないし、脳味噌の構造自体を弄ってないからまぁまぁ持った方かな」

巨大な機動兵器のコックピットで両手を頭の後ろで組み寝転んだ姿勢の少女は、その脳内にジュア=ムへと施した術式と、効果の持続時間を記録する。
『ネギま』という作品世界に存在する、不自然なものを不自然と感じさせなくする魔法。
今回のこの少女と主の旅ではそれなりに使用してきた魔法だが、今回はその規模というか、強度を段違いに高く設定してあった。
回収しておいたは良いものの使いどころの無かったジュア=ムの死体をDG細胞で蘇らせ、これまで余り行っていなかった魔法方面の実験に使用していたのだ。

「まったくもって不可思議な技術ですわね、その魔法というのは」

変形を続けるジュア=ムのラフトクランズを見つめるフー=ルーは、その魔法というものにしきりに感心していた。
無論、フューリーとていくつもの星を股にかけて支配していた文明である。似たような思考操作技術は有している。
だが、フューリーで似たような思考操作を行うならば専用の設備が必要になる。
しかしこの少女は(あるいはその主も)、肉体を蘇生され眠っているジュア=ムに一言二言呟き、手を軽く振ってみせただけでそれを行ったのだ。

「どっちかって言や、あの皇女さんに使ったやつの方が面倒なんだけどなー。あたしがやった訳じゃないけども」

ジュア=ムに対して施された魔法は、周りの不自然な現象を過去の自分の経験と照らし合わせ、それが不自然な現象であると確信する。という工程を踏ませないように思考を誘導するものだ。
『常識とは成人までに集めた偏見のコレクションである』という言葉が存在する。
この場合の偏見とは、『人間がパンチ一発で宙に吹き飛ぶなんておかしい』とか『十歳にも満たない少年が中学校で教師をするなんておかしい』といったもの。
認識阻害の魔法はそういった積み重ねてきた常識(あるいは偏見)という基準へのアクセスを妨害し、更にその状況がおかしいと気付いても、だからどうするかという結論を出せない様に思考そこで停止させるというもの。
しかしこの魔法は脳味噌の構造を作り替えるものでは無いし、不自然と感じることが出来ないだけで見たモノ聞いたモノはそのまま記憶として残る。
つまり、認識阻害の魔法が切れた時点でその不自然な現象を思い出せば、しっかりと不自然なものだと認識することができるのである。

無論、何一つおかしいところは無いと判断した何気ない光景を後々思い出すこと自体稀であるため、効力が切れた後に事が発覚する事自体そうそう無い。
さらに言えば、年単位でこの強力な思考誘導を受け続けていれば、脳自体に異常事態を異常と感じられ無いという思考の癖が残る場合もある。
細かい事を気にしない、悪い言い方をすれば異常事態に対する警戒心が極端に鈍い人間が出来る訳である。閑話休題。

「王女妃殿下には違う処置を?」

「あっちは完全な記憶の書き換え。『フューリーは現状主戦派のグ=ランドンに支配されていて、ガウ・ラを機動させて地球のリセットを行おうとしている』って感じ」

認識阻害や記憶消去の術とは違い、完全な記憶の書き換えというのは難易度が段違いに高い。
まず元の記憶を消す、次に偽の記憶を植え付ける、最後にその記憶に対して違和感を覚えないように細工をする。
一つの術の中に記憶消去と認識阻害、加えて不自然さを感じさせない偽の記憶を作り植え付けるという要素が含まれているのだ。
特に最後の偽の記憶を作るというのが厄介で、ここで植え付けた偽の記憶に矛盾があった場合、記憶を植え付けられた側はともかくとして、周囲からは不審の眼を向けられることとなる。

「あたしも一緒になってある程度設定は詰めたつもりだけどさぁ、やっぱどこかしらに矛盾とかは出てくる訳よ」

つまるところ、記憶の書き換えが『難しい』ではなく『面倒くさい』というのはそういうこと。
何故ガウ・ラを機動するのか、どうしてそこまで追い詰められたのか、他の方法を取ろうとは思わなかったのか、ナデシコを避けて他の軍事拠点を各個撃破していくのではだめだったのか。
などなど、記憶を書き換えた対象が聞かれそうな情報を片端から羅列して、その書き換えた対象が知っていて不自然なものは除外し……。
魔法云々以前の部分で必要となる労力が多いのだ。
更に言えば、万が一にも元の記憶を取り戻さないように脳味噌の構造自体を弄ってもある。
もっとも、これは脳改造を施そうとして途中で飽きたこのガウ・ラの現所有者の仕業なのだが……。

「ま、実際のところあいつらはその辺すげぇ雑だから気にする必要も無いんだろうけどさ。これって一種のサプライズパーティーだから、細かいところも気をつけたいんだと思うよ」

戦争を続ける中、自分達に和平を申し込もうとしてきた敵国の姫、敵国の実質的な支配者は地球を滅ぼそうとしており、それを止められるのは自分達だけ。
だが、それらの情報は全て嘘。もはや敵国──フューリーには、主戦派も非戦派も存在しない。
敵地で待ち構える自分達の真の敵。それは──

「悪趣味ここに極まれり、というヤツですわね」

「今のあんたも似たようなもんだろよ」

二機のコックピットの中で、くく、と、堪えるような笑い声をあげる二人。
フー=ルーは口元に手をやり上品に、少女は寝転んだ姿勢のままで身体を丸め、腹を抱えて笑っている。
ひとしきり笑った後、巨大な機動兵器の中で寝転んでいた少女が何かに気付いたかの様に顔を上げた。
増幅用の機械を通さない強いサイトロン・エナジーの反応。誰かが独力で『軍団の門』を開いたのだ。
このタイミングで自分達に何の報告も無く、月の地表付近からガウ・ラの内部に直接繋がる門を開くような相手となれば、ナデシコ、アークエンジェルを引き連れたシャナ=ミア皇女その人以外にはありえない。

「来たぜ。全力で掛かりな」

「あら、さっきの話からすると、彼等は貴方の主の元まで向かわせなければならないのでは?」

「ボスの間までたどり着くことも出来ずに死ぬような連中なら、わざわざ戦う必要もねぇってさ」

そう告げた少女が姿勢を正すと同時、コックピット内部から数本の機械の触手が集い、少女の背に、肩に、そして首へと突き刺さる。
突き刺さった箇所から皮膚の下を盛り上げるようにして更に細かく分岐していく触手。

「さて、前座は前座らしく──」

しかし、自らの肉体へと突き刺さるそれらに何ら痛痒を感じていないのか、少女はその愛らしい顔に似つかわしくない、獣の様に獰猛な笑みを浮かべ、口を開く。

「しっかり舞台を温めさせて貰おうかな!」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

月中心部、ガウ・ラ機関部。
戦艦を、機関部の中枢を守る無数の機械の兵隊を、機械の巨人達が蹂躙し進撃する。
銃弾が光線が砲撃が鉄拳が飛び交い、機関部を守る為に配置されたフューリーの機動兵器を尽く破壊しつくしていく。
ナデシコ、アークエンジェルに所属する機体は主力機体の殆どが出所不明の資金によりフル改造済み、敵陣に斬りこんで弾をばら撒けば勝手に敵の方から墜ちてくれるような状態。
対するフューリー側の機体は、地球連合に普及している量産型MSに比べれば遥かに高性能ではあるが、それでもそこまで非常識な性能を持っている訳では無い。
このままで行けば、ガウ・ラが起動する前に機関部を破壊する事も容易い。
だが、それでもナデシコとアークエンジェルの面々は油断をしない。
今現在相手にしているのは、指揮官機すら含まれていない先遣隊。フューリーには、こういった不利な状況を覆せる、一騎当千の実力を持つ騎士が存在しているのだ。

「前方にフューリー機反応、強力です」

ナデシコの管制を行っていたルリが一早く敵機の反応に気付く。

「ああっ、くそ! やっぱり増援が来ちゃったか!」

ナデシコ副艦長のアオイ・ジュンが唸る。
敵にまだ本隊が存在している事は理解していたが、早め早めに進撃していればそれらと遭遇する前に機関部を破壊する事が出来たかもしれない。
それはあくまでも運がよければの話ではあったが、これから機関部を破壊し、皇女以外の非戦派と接触し安全を確保、更に主戦派の親玉と戦うだろう事を考えれば、余計な戦闘は避けたかったというのが正直な所だった。

「ルリちゃん、敵の規模は?」

「隊長機クラス二機、大型機一機、小型機多数。大型機からはサイトロン検出されません。この反応は……」

ルリの報告に疑問符を浮かべる一同。
これまでフューリーの機動兵器には尽くサイトロン、オルゴンが用いられてきた。
それは何も自分達の技術に絶対の自信があったからという理由だけでは無く、時間停止兵器であるラースエイレムを用いた戦闘を行う上で、時間停止に巻き込まれない為に規格を統一する必要があったためである。
しかし、この土壇場で相手の持ち出して来た兵器からはサイトロンの反応が無い。
つまりそれは、ラースエイレムを用いることが出来ない戦闘、つまりベルゼルートを含むこの部隊を相手にするためだけに用意された秘密兵器である可能性が高いのである。

「統夜……」

「大丈夫。奴らが何を出してこようと、ここで決着だ」

不安げなカティアを勇気づけるように力強く宣言する統夜。
ここまで、色々な事があった。巻きこまれるような形でベルゼルートに乗せられ、軍から逃げる為に火星に行く戦艦に乗り込む羽目になり、仲間を犠牲にして火星を逃げだし、戦って戦って戦って。
自分の過去のしがらみに迷い、導いてくれた人も亡くし、遂に辿り着いた決戦場。
それも、もしかしたら敵を全て殺さずに済むかもしれないというおまけ付き。ここで躓く訳には行かなかった。

「敵、来ます」

ルリの合図と共に、機関部の前に無数のフューリーの機動兵器が出現する。
これまでそれほど数は出てこなかった大量生産の指揮官機、ヴォルレントも数多く含まれている。
次いで、それらを率いる白いラフトクランズと、ザフトのバクゥやラゴウのように四足で動く赤いラフトクランズのようなもの。
記録している反応と合致する事から考えれば、あれも間違いなく隊長機なのだろう。
そして、その後ろに控える──

「あれは、デビルガンダム!?」

そう、地上でキョウジ・カッシュとシュバルツ・ブルーダーを犠牲にしてまで破壊した、連合軍がカッシュ親子に作らせた悪魔の兵器。
最後に見た時に比べ全体的に白っぽくくすみ、サイズこそ一回り以上小さくなっているが、その姿は紛れもなくデビルガンダムそのものであった。

「ガウ・ラへようこそ、歓迎させて貰うわ」

通信から妙齢の女性の声。フューリア聖騎士団所属の騎士、フー=ルー・ムールーが優雅さすら持った響きで歓迎の言葉を放つ。

「フー=ルー・ムールー! 剣を納めなさい!」

ナデシコのブリッジからシャナ=ミアが通信を入れる。
仮にもフューリーのトップである皇女の言葉なら、非戦派の存在を知らされていない騎士であったならば止めることができるかもしれない。
そう判断しての通信だったが、話し掛けられたフー=ルーは皇女がナデシコに居る事に全く動じていなかった。

「あらあら王女妃殿下、ご壮健そうでなによりですわ」

礼節を重んじる元のフー=ルーではありえないような気安い雰囲気に戸惑いながら、しかしそれでもシャナ=ミアは自らの騎士を止めようと試みる。

「グ=ランドンの計画は既に潰えました。おわかりでしょう? もう戦うのは止めてください!」

「それは戦いをやめる理由にはなりませんわ。だって私はもう、誰にも縛られておりませんもの」

「え?」

フー=ルーの迷いの無い即答に思わず間抜けな声を上げるシャナ=ミア。
そんなシャナ=ミアを見、フー=ルーは口の端を吊り上げ、笑う。

「後方にボソン反応、超小型機多数」

「うそ!?」

ナデシコとアークエンジェルは月に現れたテッカマンの調査の途中でそのままフューリーの本拠地に攻め込んでいる。
地球が滅ぶか滅ばないかの瀬戸際であった為に、自分達に理解のあるミスマル・コウイチロウ提督に軽い報告をして直ぐに月内部への突入を敢行したのだ。
つまり、自分達がここに居る事を知っているのは提督とその周りの信の置ける副官や部下程度。
当然、クーデターで忙しい木連に情報が行っている訳も無い。このタイミングで現れる者は敵でしか有り得ないのだ。

「敵、ジャンプアウトします」

そして、数十を超える人間大の何かがジャンプアウトする。
手には弓のようにも見える槍を持ち、全身を強固な外骨格で覆い、背中のブースターで宙に浮かぶ魔人の群れ。

「あいつらはカオシュン基地の時の!」

「間違いない、ラダム要塞で見た連中だ」

「ちょっと待って下さい! なんでテッカマンがボソンジャンプできるんですか!?」

月周辺での目撃情報がある故にある意味予想通りの敵が、しかし最も予測できない登場の仕方をしてきた事に慌てふためき戸惑いを隠せないナデシコの面々。
これまでも木連とグラドスと手を組み、鉄甲龍もあしゅら男爵と手を組んだ事がある。
しかし、それらの間で技術的な交流が行われてきた事は不思議と無かった。
どの勢力も上っ面だけの同盟であり、場合によっては互いを裏切る事も躊躇わないような連中であった為だ。
しかし、今現れたテッカマンは、現状火星と木星にしか存在しない古代文明の遺産の力を使いこなしている。

「面白いモノでしょう? 捕獲した火星の住人の生態データを即席で移植したテッカマン。あのお方が戯れに作り上げたものなのですけど、驚いて貰えたなら幸いですわ」

「なっ……!」

「じゃあまさか、連合軍の艦隊を襲ったのも」

「そう、それも私達。テッカマンの大群の調査ともなれば、地球圏最強と名高い貴方達が送られてくると踏んで、ね」

ナデシコかアークエンジェルのクルーの誰かが発した問いに、フー=ルーの白いラフトクランズが鷹揚に頷いて見せる。

「どういうことですフ=ルー! そのようなものを生み出すなど、グ=ランドンとて出来る筈がありません!」

戸惑いの感情をそのまま言葉に変え叫ぶシャナ=ミアをしげしげと眺め、フ=ルーは何かに感心するように頷いた。

「本当に、完全に忘れておられるのですね。これは中々に、ふふ、面白い趣向ですわ」

「何を、何を言っているのです!?」

自らの問いに答えず、自分を珍しい実験動物でも観察するように見つめるフー=ルーの視線に身を震わせるシャナ=ミア。

「ここまで全て、我が主の予定通りということですの」

フー=ルーの白いラフトクランズが、シャナ=ミアが新たな問いを発するのを遮るようにソードライフルを横薙ぎに振るう。
それと同時、戦闘態勢に入るフューリー機とテッカマン。
それらを満足そうに眺めながら、フー=ルーは声も高らかに宣言する。

「他の方々もお聞きなさい! このガウ・ラ=フューリアは既に起動準備に入っています。止める手段はただ一つ、私とジュア=ム、そして、ガウ・ラの中枢に控えるこの船の新たな主を殺害する事のみ!」

地球を救いたければ、自分達を殺して見せろ。
その挑戦的な発言にあるものは眉を顰め、またあるものはざわめきうろたえる。
B・ブリガンディのサブパイロットであるカティア・グリニャールが問いを投げかける。

「どうしてそんなことまで、私達に教えるんですか!? それに、新しい主って……」

「こうすれば、貴方たちは必死で戦わざるを得なくなるでしょう? 新しい主は、全力の貴方たちとの戦いを望んでいる。つまりはそういうこと」

フー=ルーの闘志に反応するように、四足の赤いラフトクランズが獣そのものの咆哮を上げる。
これ以上の会話は不要。後は戦いこそがこの場を支配する絶対のルール。

「さあ、愚かにも戦いましょう。醜くも戦いましょう。卑劣にも戦いましょう。居もしない仇に憎しみを向けて、ありもしない大義に目を眩ませて。あるべき戦いだと偽って!」

白いラフトクランズのソードライフルの銃口に目も潰れんばかりの光が集まり、フューリーの量産機が武器を構え、テッカマンが周囲に散開し、デビルガンダムがゆっくりと歩き出す。
動き出す。最終幕へ向けて、舞台を盛り上げる為の捨て駒として。

「聖騎士団の隊長でも、ましてや誇り高い騎士でもなく」

しかし、今この時だけはただ自らの欲求の為に、只管に楽しもう。

「一振りの剣、一握の火薬、一発の弾丸として!」

命を賭けた、文字通りの死闘を。

「フー=ルー・ムールー、推して参る!」

―――――――――――――――――――

テックランサーを構え突撃してくるテッカマン数体を、オルゴンライフルに括りつけられたブレードで叩き落とす。
超合金ニューZ製のブレード(ナデシコの格納庫の隅に放置されていた。おそらくボウライダーが最初の頃に使っていたモノ)をもってしてもテッカマンの装甲を切断する事は容易では無いが、力任せに壁に叩きつける程度の事は出来る。
機関部へと続く通路の壁にめり込んだテッカマンに、容赦なく粒子弾を叩きこむ。

「訳の分からない事をごちゃごちゃと……」

クリスタルのように砕け散るよりも早く体組織をぶちまけ真っ赤な壁の染みと化したテッカマンに目もくれず、ラフトクランズと量産機の待ち構える機関部の中枢へと駆けるメルアのベルゼルート。
荒っぽく、身体からぶつかっていく戦い方のお陰で装甲はあちこちが凹み、青い塗装は剥げ所々に銀に近い鋼色の地金を露出させている。
必要最低限の修理だけで戦いを繰り返してきたのだろうその姿は、理性を失った狂戦士さながら。

「貴方たちは、死ぬんです」

眼前のヴォルレントへと高速で接近しながら、ベルゼルートが腰部に大量に括りつけられたカートリッジのようなものを一つ手に取り、素早くオルゴンライフルへと装填する。
機械的にオルゴンエクストラクタの出力を底上げした今の状態ですら、オルゴンライフルをまともな出力で使おうとすればあっという間にENが空になってしまい、ともすれば敵陣のど真ん中で行動不能になってしまう。
その為、ベルゼルート本体からのエネルギー供給は保険として残しつつ、通常時はバッテリーパックを兼ねた專用のカートリッジのみで動くように改造が施されているのだ。

「一人、残らず」

減速せず、オルゴンライフルの先端に括りつけられたブレードを、ベルゼルートの全重量を乗せて突き立てる。
装甲の厚いコックピットは貫けなかったが、その脇の関節部分へと突き刺さる。
致命傷では無かった為か、ヴォルレントはエナジーブレードを抜刀。反撃の体勢へ。
ベルゼルートは深々と突き刺さったオルゴンライフルを手放し、ガンジャールから剥ぎ取り移植しておいたオルゴンクローを取り出す。
ヴォルレントのエナジーブレードを持つ腕の肩関節にクローを食い込ませ、そのまま数度踏みつけるように蹴りつけ、その反動を利用し腕を引き千切った。

「今日、この日に!」

引きちぎった腕からエナジーブレードを奪い取り、クリスタル状の刀身が砕け散るよりも早く、ヴォルレントに叩きつける、狙いは今まさに肩から引き千切った腕の付け根。
装甲に覆われずに内部の機械が剥き出しのそこから、改めてコックピットを貫く。
動かなくなったヴォルレントからオルゴンライフルのブレードを引き抜き、素早くその場から離脱する。
ブースターを吹かしその場から離れると同時、直前までベルゼルートが存在した場所をボルテッカやコスモボウガン、ビームに実弾が殺到し、その場に残されていたヴォルレントの残骸を破壊する。

「メルア前に出過ぎだ! 連携しろ!」

「じゃあ援護お願いします!」

誰かの通信に短く返事を返し周囲を索敵。
此方を狙ってきたテッカマンと量産機は後ろから追い付いてきた誰かの機体の相手をしている。
今がチャンス、只管に前に前に。
メルアの視線がコックピット内部に備え付けられた各種計器を目まぐるしく見まわし、レーダーを見た瞬間にぎょろりと見開かれる。

「見つけたぁ……!」

ぎぃ、と口を三日月のように歪ませ、歪な笑みを形作る。
レーダーに映る無数の敵機の反応、その中でメルアが凝視しているのはたったの一つ。
オーブ脱出の際にフューリーの部隊を指揮していた少数生産型の指揮官機と同じ反応。
ベルゼルートのカメラアイで改めて目視で確認、見間違える筈がないその姿をその瞳に映す。

「あ、ああぁ」

そう、見間違える筈が無いのだ。
あの敵は、あの敵こそが、

「………んの、…たき」

メルア・メルナ・メイアが、絶対に許せない、存在を許容できない、

「卓也さんの──」

何よりも誰よりも殺したくて堪らない――、あらゆる負の感情の矛先だから。

「仇ぃ!」

ベルゼルートの全身の装甲が弾けるように展開、何かが爆発したかと見紛う程の光が溢れ出す。
メルアの脳細胞及び全身の血液中に潜む謎のナノマシンが、宿主の意を汲みサイトロン・コントロールのリンケージ率を高める事の出来る個体の体質を再現、補助機械によって出力を底上げされたオルゴンエクストラクタの出力を更に押し上げる。
ベルゼルートの設計段階では想定していない量のエネルギーが発生した事によるオーバーフロウ。
オルゴンライフルAモード使用時の出力と比べても尚高いそのエネルギーが、ベルゼルートの挙動一つ一つに反応するように唸りを上げ光輝く。
機体の限界を超えた代償か、一挙動毎に機体各部が軋みを上げ、剥げかけていた塗装が剥離し溶解し蒸散し、機体の輪郭をぼやけさせる。
そんな機体の状況を無視し、メルアはベルゼルートにオルゴンライフルを構えさせ、白いラフトクランズに向けて完全に結晶化の済んでいない巨大な鏃状の砲弾を乱射。

「遂にやってきたのね、私達の首を噛み千切りに」

白いラフトクランズはメルアのベルゼルートを待ち構えていたのか、超音速で衝撃波を撒き散らしながら飛来する鏃をオルゴンクラウドによる断続的な短距離ワープを繰り返し回避。
一瞬後ろに下がりソードライフルから粒子砲を発射、爆炎に紛れて転移、ベルゼルートの背後に現れ、更に追加の粒子砲。
ベルゼルートは前方と後方からほぼ同時に迫るオルゴン粒子の砲撃を下に落ちながら回避すると、振り向きざまに加速し後方上空のラフトクランズへ向け跳び、オルゴン結晶でコーティングされ見上げるほど大きくなったブレードを下から上に振りかぶるように切りつける。
疑似オルゴンブレードFモードとも言えるそれの軌道上に存在した地面をも抉り斬り飛ばし、瓦礫と共に巨大な斬撃がラフトクランズへと襲いかかる。

「素晴らしい、素晴らしいわ。月から逃げ出した実験体の貴女が、一人では戦えない筈だった貴女が、これほどまでに戦えるなんて」

歓喜に濡れた声を上げながら、フー=ルーのラフトクランズは全身の姿勢制御用ブースターを吹かし、その身をよじるようにして巨大なブレードの側面に回り込み斬撃を回避する。
身を独楽のように回しながら、ブレードを展開していないソードライフルで無数の瓦礫を叩き落とす。
そのままベルゼルートの全長を遥かに超える長さにまで伸長したブレードに張り付き身を寄せ、ブレードの腹を伝い降り、ソードライフルにクリスタル状のブレードを展開したラフトクランズが迫る。

「このおおぉぉっっ!」

結晶化した刀身を砕き元の長さにまで戻すのでは間に合わないと判断したのか、ベルゼルートはオルゴンクローを取り出し、更に鉤爪部分を展開する時間すら惜しみそのままラフトクランズのソードを白刃取りで受け止める。
ぎゃりぎゃりと金属の擦れ合う音をBGMに、顔と顔がぶつかる程の至近距離で睨み合うベルゼルートとラフトクランズ。

「これが想いの力?ねぇ、今どんな気持ち? 貴女の愛しい人の仇は目の前にして、やっぱり不思議な力が湧いてくるものなのかしら!」

「さっきから、ごちゃごちゃごちゃごちゃとぉ……!」

半ば以上までソードライフルに切り裂かれ始めているクローを投げ捨て、ようやく結晶の刀身が砕けた始めたオルゴンライフルだけを持ち後ろに後退するベルゼルート。
後ろに下がる直前に、ミサイルランチャーを放ち、自らは砕け散る直前の疑似オルゴンブレードの刀身の陰に回り込む。
が、当然のようにオルゴンクラウドのバリアで爆発から免れ、ベルゼルートの直上に発射寸前のソードライフルを構えた状態で出現するラフトクランズ。
操縦系統が完全なサイトロンコントロールでは無い今のベルゼルートでは、回避行動を取る時間は無い。ベルゼルートにはバリアも無い。

「私は、そんな下らない話をしに来たんじゃありません! 私は! 貴女達を! ぶっ殺しに来たんですよおぉぉぉっ!」

が、それはほんの数十秒前までの話だ。
機械的に出力を上昇させられたオルゴンエクストラクタ、今代においてサイトロンとの適合率においては最上の個体、紫雲統夜の生体反応を模した事により上昇したサイトロンリンケージ率。
更に操縦者の思い描いた通りに機体を動かす機能を持つIFS、それらを統合する高性能量子コンピュータ。
その全てが合致した時、メルア・メルナ・メイアの駆るベルゼルートは人知を超えた軌航性能を発揮する!

「なんとおぉぉぉぉぉぉっ!」

ブースターだけでは無い、全身の装甲の隙間からあふれ出る余剰エネルギーの放出を制御し、直上のラフトクランズへと突撃する。
余りの速度にベルゼルートの輪郭がぶれ、数体に分身したかのように見えるほど。

「なぁっ!?」

回避が間に合ったとしても、自分の方に突っ込んでくるとは想像していなかったフー=ルーは狼狽する。
が、フー=ルーとて過去のフューリーの大戦を経験した古兵、即座に平静を取り戻し、ソードライフルの引き金を引き瞬時にその場から転移、その場から距離を取る。
先ほどの砲撃は間違いなくベルゼルートを巻き込むことに成功していた、あの出鱈目な機動はもはや不可能だろう。
ベルゼルートの改造機に乗った実験体の娘はどうやら接近戦を好む傾向にあるらしい。
距離を取って戦えば突っ込んでくる処を狙い撃ちに出来る。フー=ルーはそう考えていた。
一瞬の間の後、転移の完了を確認。だが──

「つかまえたぁっ……!」

接触回線で、少女の喉から絞り出すような、それでいて歓喜に包まれているような声が聞こえてくる。
そう、『接触』回線で。ベルゼルートはラフトクランズのオルゴンクラウドによる転移についてきていた。
どういう事か、ベルゼルートにオルゴンクラウドは搭載されていない筈、転移についてこれる筈がない。
フー=ルーはその疑問に囚われ、気付くのに一呼吸分の時間だけ遅れてしまった。
自らのラフトクランズの脚部にギリギリのところで引っ掛かっているアンカーに、それに繋がるワイヤーに、そして、その先でオルゴンライフルを構え直すベルゼルートの存在に。

ラフトクランズがオルゴンライフルを撃ち転移する直前、ベルゼルートはラフトクランズへの突撃を止め横に回避、ソードライフルから放たれた砲撃に巻き込まれていたのは装甲から剥離した塗装の見せた、言わば質量を持った分身。
更にメルアは機体牽引用のワイヤーアンカーを投げつけ転移直前のラフトクランズへと絡ませ、オルゴンクラウドの転移に付いて行ったのだ。
これで距離を開けることは不可能、転移による回避も不可能。

「これで、終わりです!!」

そして、この状況を意図的に作ったメルアにとって、今の驚愕の感情に囚われているフー=ルーは隙だらけ。
ブースターを吹かし、牽引用のワイヤーを巻き込みながら接近、ラフトクランズのコックピットの隙間に、一切の情け容赦なく超合金のブレードを突き立てた。

―――――――――――――――――――

コックピットを貫いたブレードは、そのままフー=ルーの上半身と下半身を両断していた。
切断面から臓物をぶちまけ、シートごと両断されたフー=ルーの下半身はそのままずるりとコックピットの下に滑り落ち、上半身だけが辛うじてブレードの上でその姿勢を保つ。

「御美事……!」

フー=ルーは顔面の穴という穴から大量の血液を噴き出しながらも、清々しい程の満面の笑みを浮かべ、メルアを心から祝福する。
この少女が掴み取った力に。この先に待ち受けるモノに。与えられる何かに。奪われる何かに。
呪いのような祝福を捧げる。

(いい、いい戦いでしたわ……)

あの船には他にも戦ってみたい敵は多く居た。だが、これほどまでに感情を、敵意を、殺意を向けて戦う修羅は他に居なかっただろう。
それに、この実験体の少女に殺されるというのも、自分達には相応しい最後だとも思う。
この少女はフューリーの人体実験の被害者。ある意味では、自分達がこの地球に存在した証でもある。それが自分を押しつぶし轢き殺し前へと進むのは感慨深いものがある。
かつての自分達の悪意が、死を齎す何かへと生まれ変わりやってきた。これに討たれずして何に討たれれば良いというのか。

少し、心残りがある。最後にこの少女に教えてあげられなかったことだ。真実を教えた時、どんな顔をするのか興味があった。
絶望するだろうか、歓喜するだろうか、そのどちらでも無い感情を見せてくれただろうか。
あの可愛らしい顔で、綺麗な声で、どんな泣き声上げるのだろう。歓声を上げるのだろう。
そんな事を考える事も、難しくなっていく。

(ああ、もう、いいか)

身体の底から湧き出し続けていた戦いへの執着も、もはやどこか遠くに思える。
自らを形成する、フー=ルー・ムールーという記録が薄れ、冷たく、しかし何もかもを受け入れる、広大な宇宙へ霧散していく。
これが、真の死。
死ぬのは二度目だが、前に殺された時よりは遥かに痛みは少ない気がする。
それが少し、物足りない。

「………ルー! …出なさ…! 今な…まだ………います」

遠くから、こえがきこえる。だれのこれだったかしら。
そうだ、このお声は、しゃな=みあさま。
かわいそうなおうじょさま。このひろい宇宙で、もう、ふゅーりーはあなたひとり。

(でも、きっと)

奇跡的にまだ機能しているモニタに映る、塗装が全て剥げ落ち鋼色の地金を晒しているベルゼルートの姿が霞む視界に入り、意識が少しだけ纏まった。
あの少女が、貴女を連れて来てくれます。
貴女を待つ民草の居る、ヴォーダの闇の奥底まで。
だから──

「さようなら、御機嫌よう、『また会いましょう』王女妃殿下」

フー=ルー・ムールーは自らの愛機と共に、部下と同胞の待つヴォーダの闇へと沈んだ。

―――――――――――――――――――

『ベルゼルート、敵指揮官機一機を撃破しました』

通信から聞こえてくるルリの報告を聞き、白いラフトクランズの爆発を背にその場から離脱するベルゼルートを改めて確認する。
こちらも交戦中だったが為に見ることは出来なかったが、ベルゼルートは途中から常識外れな機動を始め、パイロットにどれだけの負担が掛かっているか分からないという。
だが、それでもメルアはそれを乗りこなし、見事ターゲットの内一人を撃破した。
恐ろしいまでの執念の成せる技。復讐に囚われ、他の物を見なくなったが故の強さ。

「メルア……」

「大丈夫、この戦いが終われば、きっとメルアは立ち直る」

心配そうに友の名を呟くカティアに、統夜は優しく声を掛ける。
カティアの不安を取り除くためにこう言いはしたが、それも希望的観測でしかない。
鳴無卓也が殺された瞬間を見た訳では無いのだ。その殺意はフューリーという種全体に向けられている。
統夜は、ナデシコの中でメルアがシャナ=ミアに向けた視線の冷たさを思い出し背筋が震わせた。
あれは非戦派だからという理由で見逃した訳では断じてないだろう。何時でも殺せる場所に居ることと、彼女の手を借りなければこのフューリーの本拠地に辿り着けないという理由がある。
そうでなければ、メルアは早々にシャナ=ミアを殺していただろう。
ナデシコのブリッジでシャナ=ミアの話を聞く時、メルアはシャナ=ミアを挟んでガンダムファイターと反対側に陣取っていた。
そして、最近のメルアは拳銃を持ち歩いている。自衛のため、などと言ってはいるが、メルアは最近は食事と風呂と就寝の時間を除いて、ベルゼルートの操縦の訓練と射撃訓練にのみ時間を費やしている。
あの位置ならば、ドモンやサイサイシーなどが割って入るよりも早く、シャナ=ミアの頭を潰れたトマトのようにできただろう。
そんな殺すことを前提にした位置取りをし、きっと確実に行動に移せる程にメルアの心は復讐に染まり切っている。
そしてそれは、一つ、また一つとフューリーの命を奪う毎にメルアの心に暗く深い淀みを生み出す。
それはきっと戦争が終わっても、メルアの心から消える事は無い。

確かに、フューリーは鳴無卓也を殺した。
統夜とて、非戦派の助けてくれ、という言葉に完全に納得した訳では無い。何を今さら、という憤りの感情も確かに存在する。
例え直接戦闘に出て居なかったとしても、同じフューリーであるというだけで多少の嫌悪感を感じる部分もある。そればかりはどうしようもない、理性で納得できない事もある。
だが、だからといって人として後戻りも出来ないような道に踏み込んでいい理由にはならない。
彼はそんな事を望まない、なんて口が裂けても言えない。自分は鳴無卓也の全てを知っていた訳では無いから。
しかし、彼を慕っていたメルアがそんな事になってしまったら、彼の目の前で美味しそうに無邪気に甘味を味わっていた少女がそんな事になってしまったら、彼に会わせる顔が無いではないか。

「だから」

「ええ、行きましょう、統夜」

目の前の、赤い四足の獣と化したラフトクランズは、自分達で片付ける。

―――――――――――――――――――

「──、────ッ!」

赤いラフトクランズが、声の形をとらない野生の獣染みた咆哮を上げる。
声だけでは無い、その動きはまさしく獣そのもの。ザフトのバクゥやラゴウなどとは比較にならない程しなやかな動きと爆発的な瞬発力を見せつけている。
これがただの機関部へと続く通路であったのなら、獣のような機体形状を生かすことなく撃破されただろう。
だが、今この空間にはこのラフトクランズの他に厄介な敵が居る。
デビルガンダム。
機体サイズこそ小さくなっているものの、依然としてその驚異の三大理論は生きている。
自己増殖、自己進化、自己再生。
その三大理論が齎す驚異がこの通路一帯に広がる光景だ。

「くそ、小癪な真似を!」

ドモンの駆るゴッドガンダムがビームサーベルを横薙ぎに振るう。
そのサーベルの軌道上に存在した木の幹のようなものが数本纏めて断たれ、ほんの少しだけ視界が開ける。
その切断された木の幹のようなものを足掛かりに宙へ跳びあがるゴッドガンダム。
上空から見える景色は、まるでアマゾン奥地の密林。
異なる点は二つ、密林を形成する木々が残らずDG細胞の基本色である銀色だと言う事と、その再生能力。

「全く、これでは切りがないな」

先ほど切断したDG細胞製の木は既に完全に再生し、自分がどこから飛び立ったかを確認することすら難しい。
銀色の密林のあちこちが繰り返し破壊されているが、それも十秒も経たない内に再生し元の姿を取り戻してしまう。
この情景がデビルガンダムによる地球再生後の光景なのだとしたら、それこそ人間が幾ら自然を破壊しようとしても無意味だろう。自然(この銀色の光景が自然だとは考えたくないが)を破壊しきる前に、確実に人類は滅ぼされる。
あの密林の木々は全て敵機と判断される上に、軽いジャミング機能まで備えているらしく、あの密林の中ではレーダーもあまりあてにならない。上空からの攻撃は木々が上空にのみ向けているバリアで防がれて終わり。
地上に降りあの密林の中、あるいは木々に触れる程の低空飛行で戦うしか無い。だがそれは、この密林の王者のテリトリーで戦うという事に他ならない。

「他の連中が無事ならいいんだが……」

戦闘を開始直後、あの赤いラフトクランズとデビルガンダムを中心に生み出されたこの密林は、四足のラフトクランズの獣染みた動きに恐ろしい程に相性が良い。
両手両足、つまり四足の全てが変形したオルゴンクローで構成されているあのラフトクランズは木々の間を猿のように飛びまわり、地を駆ければ豹か虎を思わせるしなやかな動きを見せつける。
銀の密林を抜け空へと向かった白いラフトクランズはメルアのベルゼルートが撃破した。
ならば赤いラフトクランズはこちらでどうにかするべきだろうが、数度の交差、一瞬の攻防を数度繰り返した後にまたこの密林のどこかへと消えていってしまった。
絶え間なく聞こえてくる通信の内容を鑑みるに、今現在あの赤いラフトクランズと対峙しているのは統夜のB・ブリガンディ。
今の統夜ならばそうそう遅れを取ることは無いはずだが、この密林をどうにかしなければ、万が一という事もあり得る。今現在自分達は分断され、離れた連中とは連携を取る事も出来ない。
早急にこの状況をどうにかしなければならない。
そして、この密林を生み出している存在は、できれば自分の手でどうにかしてやりたいとも思う。
因縁に囚われるつもりは無いが、あの場所でこいつを滅しきれなかった自分の不手際でもあるからだ。
ドモンは、自らの直感に従い密林のある一点に向けて落着、目の前に立ちはだかる存在に対して、叫ぶように問いかける。

「お前もそう思うだろう? デビルガンダム!」

名前の通りの悪魔染みた異形のガンダムは、その叫びに答えるように、ニタリと嗤った。

―――――――――――――――――――

デビルガンダムはその両肩に生えた複腕でもってドモンのゴッドガンダムに掴みかかろうと突撃を開始する。
その動きは以前の山よりも巨大な時から考えれば比べ物にならない程機敏な動きではあったが、それでもガンダムファイターを、シャッフル同盟のキングオブハートを捉えられる速度では無い。
余りにも鈍重、その複腕から繰り返し拡散粒子砲を放ってきてはいるが、ゴッドガンダムはそれらを容易く捌き、デビルガンダムの懐に潜り込む。
機体はすでに金色の輝きを帯び、次の瞬間には流派東方不敗の最終奥儀にて、デビルガンダムを欠片も残さずこの世から消し去ることが可能。
だが、奥義を叩きこむ直前、ドモンの頭の中に疑問が浮かぶ。

(余りにも呆気なさすぎる)

これまでのデビルガンダムの驚異とは、その巨大さ、再生能力、火力などにあった。
だがこのデビルガンダムは、そのどれを取っても以前のデビルガンダムに劣っている。
それは異常な事なのだ。自己進化するデビルガンダムは常に自らの性能を向上させ続ける。負けたのであれば、自分を負かした相手の性能を模倣する程度のことはやってのけるだろう。
であれば、このデビルガンダムは何なのか。
以前の山のような巨体を捨て、おそらくはMFを目指して進化した姿。しかし、それにしては余りにも中途半端だ。

(これではまるで――)

そうドモンが考えた所で、デビルガンダムの主腕がビームサーベルを構え懐に潜り込んだゴッドガンダムに斬りかかる。
その腕を、ドモンのゴッドガンダムはビームサーベルの居合抜きで素早く斬り落とす。
そう、以前のデビルガンダムならば、あの程度の小さなパーツは一瞬で再生していた。そしてその腕の切断面は、最低限サーベルを振るのに必要なパーツしか無い簡素な代物。
その断面構造を見て、機械工学にも明るいドモンは自らの推論に確信を得た。

(間違いない、今のデビルガンダムは、蛹──!)

思考を中断しサーベルを十字に構え、デビルガンダムの外殻を貫き現れた攻撃を受け止める。
プロヴィデンスのドラグーンやガンダムローズのローゼスビットにも似た遠隔操作型の武装。明らかな違いを上げるとするならば、それがとあるMFの姿を模している事か。

「貴様あぁぁ!」

マスターガンダムの姿をした、紫色のビット兵器。その姿に、師である東方不敗マスターアジアを汚されたような思いを感じ激昂する。
その怒りが、致命的な隙となる。
マスターガンダム型のビットを砕き手に持つビームサーベルを叩き落とし、凶悪な輝きを宿した歪な形の五本指がゴッドガンダムの右肩を鷲掴む。
同時、ゴッドガンダムの右肩が超熱量によって溶断され、小爆発を起こす。

「ぬぉぉっ!」

怯むゴッドガンダムに追い打ちをかけるようにして、巨大な脚部による蹴りが迫る。
ゴッドガンダムの足もとを狙った踏みつぶすような蹴り、それをバックステップで回避し、体勢を立て直した処で、相手の全体像をはっきりと確認する事に成功する。

もはや完全に色が落ち、半透明の抜け殻と化したデビルガンダムの外殻を足蹴にし、悠然と立ちはだかる真のデビルガンダム最終形態。
腰から上は薄緑色で、頭部に残るV字型のアンテナがかろうじてガンダムの原形をたもっている。
胸部は直線で構成されたシンプルな作りで、その正面にマジンガーシリーズのようなブレストプレートを備えている。
肘から先の腕部は両腕共に亀裂の入った卵のような形状で、おそらくあれが変形して先ほどの歪な五指になるのだろう。
下半身は段々になった三角錐のような二脚であり、先端が少し欠けている。
あの掛けた先端が先ほど破壊されたマスターガンダム型のビットが収まる部分なのだろう。
機体サイズはMFよりも僅かながらに大きい程度。脚部が通常の二脚であったならば、デザインのおかしいだけのMFかMSとして扱っても構わない程度のものだ。

「なるほど、それが貴様の真の姿という訳か」

そう、それはまさしくMFを模したデビルガンダム。先ほどの動きの俊敏さからもそれは伺えたが、その姿と速度以外にももう一つ気付いた点がある。
だが、確信が持てない。可能性としてはありえない話では無い、しかし、できることならそうであって欲しくは無い。

(確めてみるか……)

周囲の銀色の密林はいつの間にか枯れ始めている。
恐らくあの形体に移行した時点で、以前のような出鱈目な自己増殖が不可能になるのだろう。
MFの動きを模す事で生まれた弊害、いや、不要な機能として切り捨てたか。
その極端なまでに効率を追求する思い切りのよさが、ドモンの嫌な予感を否応なしに確信へと近づけていく。

「行くぞ!」

ゴッドガンダムの嵐のような拳打が進化したデビルガンダムへと迫る。
デビルガンダムはそれを最低限の身のこなしで避け、避け切れない分は極少のバリアで逸らし、拳打の隙を縫うように反撃を差し込んでくる。
その動きは何処かマスターアジアを彷彿とさせながら、その実余りにもかけ離れた闘法。
その拳に感情の熱は無く、技に積み重ねられた思いは冷たく、ただただ此方の命だけを刈り取りに来る拳は死神の鎌よりも野生の蛇の毒牙に、日本刀よりも工具のカッターを連想させる。
只管に効率のみを追求した拳。相対する敵に敬意を払わず、藁束を刈り取るように淡々と処理する無慈悲な力。
殺人哲学にして破壊科学の極致に至らんとするその業。
ドモンはこの技の使い手を知っている。
幾度となく拳を重ねた相手だ。その兄と共に、自らを高める為に!

「何故だ……」

拳と拳を激突させながら、顔を怒りに歪ませ、搾りだすように、血を吐くように叫ぶ。

「なぜお前がそこに居る、鳴無美鳥!」

―――――――――――――――――――

枯死を始めた銀色の密林をフューリーの量産機ごとオルゴンライフルで伐採していたメルアは、通信から聞こえたドモンの声を耳にし、放心する。

「美鳥、ちゃん?」

そんな、だって、美鳥ちゃんは、あの時に、オーブで、卓也さんと一緒に――
通信からザリザリというノイズが聞こえる。デビルガンダムがこちらの通信の周波数を探りつなげようとしているのだ。
通信が繋がり、ナデシコとアークエンジェルの面々にとって、懐かしい顔がモニタに映る。
オーブで別れた時と何一つ変わらない、傭兵兄妹の片割れ、メルア・メルナ・メイアの想い人の妹、鳴無美鳥。
無邪気そうでいて、どこか人を食ったような印象を受ける笑みを浮かべた美鳥は、面白がるようにドモンに問いかける。

「どうしてあたしだってわかった?」

「貴様とも、その兄とも幾度となく拳を合わせている。戦って気付くなという方が無理があるだろう!」

「ひひっ、そうだよなそうだよなぁ、やっぱりそういう気付き方をするもんだよなぁ、流石はキングオブハート! 最強の武道家はモノが違うぜぇ!」

ドモンの怒りの籠った叫びと、その返答に歓喜する美鳥の絶叫。
未だゴッドガンダムとデビルガンダムの戦いは続いている。
デビルガンダムの攻撃は、その一つ一つが一撃必殺。パイロットの脱出を許す暇も与えず、ゴッドガンダムの破壊の為に繰り出される。
それを受けるゴッドガンダムの拳もまた、一切の容赦や躊躇いも無くデビルガンダムを破壊せんと放たれ続ける。

「美鳥さん、戦闘を中止してください。私達が戦う理由は無い筈です!」

ルリの、どこか慌てるような、懇願するような声が聞こえる。ナデシコの中、日常生活で鳴無美鳥と一番多く接していたのはホシノルリだ。
故に、この状況でもついそんな事を口にしてしまう。
それを聞いた美鳥が、美鳥が操るデビルガンダムが、ゴッドガンダムを弾き飛ばし距離を取ると同時に動きをピタリと止める。

「…………おいおいおい、いつも自分だけはまともで冷静です、って澄まし顔のテメェはどこ行ったんだよ。この状況、どう見ても、誰が見ても明らかだろうが」

あーあーあ、しらけちまうよなーこういうのってさー、などという呟きを洩らす美鳥。
その余りにも以前と変わらない様子に、ただ絶句するしかないナデシコ、アークエンジェルの面々。
そんな彼等の内一人が、沈黙を打ち破る。スペースナイツのフリーマンだ。

「なるほど、恐れていた事が事実となってしまったか……」

フリーマンのそのセリフに、美鳥が僅かながらに声に張りを取り戻して喜ぶ。

「おお? やっぱアンタにはお見通しだったかフリーマンの旦那。でも──」

ゴッドガンダムから距離を取っていたデビルガンダムが変形する。

「ネタばらしは、もうチョイ大事な場面で頼むぜ。あたしはあくまでも前座だからよ」

三角錐を組み合わせたような脚を四本に分岐させ、その足で持って自らのボディを包み込む。巨大な蕾のような形状へと変形したデビルガンダムが、薄れるようにしてその場から消えていく。
かつてプレート回収作業の時に目にした三機と同じ転移方法。

「あ、ま、待って、美鳥ちゃん! 卓也さんは、卓也さんはどうしているんですか!?」

放心から元に戻ったメルアが問いかける。追いかけることは出来ない。未だ頭が混乱して正常に働かないのだ。
通常空間から乖離を始めているからか、モニタに映る美鳥の映像も薄れ始めている。

「もう一度、テメェらの勝利条件を教えてやる」

だが、モニタを見ていた者たちははっきりと見た。メルアの問いに、鳴無美鳥が顔を歪めて笑うのを。
薄れ行くデビルガンダムは、何時の間にか破壊されていた赤い四足のラフトクランズを見て鼻で嗤いながら、噛み砕くようにしっかりと、ナデシコとアークエンジェルが成すべきことを、確認した。

「今このガウ=ラを支配している、『お兄さんを殺すこと』さもなきゃ、地球はおしまいだ」

その場にいた全員が、デビルガンダムが消え去るのを、ただ見送る事しか出来なかった。



続く
―――――――――――――――――――

メルアに連続して二度もオリジナル笑顔で駆け抜けさせ、遂にラスボス勢の正体が明らかになった衝撃のセミファイナルバトル終了な第二十一話をお届けしました。
衝撃? とか思ったそこのあなた! ごめんなさい、今の自分的にはこの辺が限界です。

因みに赤ラフトの扱いがとてもぞんざいなのは仕様です。
特に必要な場面でも無いですしねぇ。原作程活躍していないのでこんな雑な扱いになるのは仕方が無かったりします。
なんか最近は強そうな設定だったキャラがストーリーを進めるために、本気だしてない味方中堅キャラに倒されるのがオサレだと風のうわさで聞いたもので。嘘ですが。
それでも四足にしたのは、今は亡きソードライダーへの追悼的な。しかしそれでも活躍は出来ない。書こうとしてめんどくさくなったとも言う。ここのジュア=ムって誰とも因縁無いしね。
そしてDGアンチボディに期待してた人ごめんなさい。数十機のスーパーロボットの乱戦で一々雑魚戦闘書くとかマジでモチベーションが上がらないんです。

ていうか、戦闘シーンばっかで今度こそ感想少ないだろうと思う。マジで。
これで感想書けたら結構凄いと思います。戦闘シーンって読みとばされるのが常らしいですし。
今回はネタ差し挟む部分が殆ど無いし。差し込んだ部分もネタ自体がマイナーな上にシリアスに紛れ込ませてる上にアレンジしすぎて分かり辛いですし。お寿司。


以下言い訳コーナー。
・テッカマン、自爆は?
テッカマンが自爆アタックもせず、生々しい殺され方をしたのにも理由がありますが、そこら辺は次回で。つっても少し考えれば分かるようなものですが。
ヒントを出すなら、今まで出た量産型テッカマンは結構回避率が高いです。

・魔法の理屈、あれ何?そんな設定あった?
ぶっちゃけ、あれはサポAIから見た魔法の原理であって、この作品内に登場する普遍的なネギま魔法全般に適用されるわけでは無いです。
つまりオリ設定というか、碌にメカニズムが描かれていない故に幾らでも拡大解釈できるので、屁理屈的なものを捏ねて捏造設定作ってみたかったダケー、というそんなあれ。
ネギま原作でその辺のメカニズム書かれてたら、お暇な方ご一報ください。


さて、まだ色々突っ込みどころはあるでしょうが、最終回目前でだらだら後書き書くのもあれなので今回はこれでおしまいです。
今回出したデビルガンダムジュニアもどきの設定とかも次回あとがきか別項目で。

そんな訳でいつも通り、諸々の誤字脱字の指摘とか、この文分かりづらいからこうしたらいいよとか、ここの設定がここの設定と矛盾しているとか、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよなどといったアドバイス全般や、短くても長くても、一言でも長文でも回文でもいいので、作品を読んでみての感想とか、心からお待ちしております。





次回、スーパーロボット大戦J編最終回。
難易度最高隠しルート最終話、
『ぼくがかんがえたちょうつよいらすぼすむそう』
次回も、原作主人公と共に地獄を見て貰う。



[14434] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」
Name: ここち◆92520f4f ID:29c8f907
Date: 2010/06/25 00:53
ナデシコとアークエンジェルが美鳥達と交戦を開始し、その状況を玄米茶と豆大福を片手に観戦していた俺は、ある一機の挙動に釘づけになった
所々色の剥げたベルゼルートの改造機。
荒々しく苛烈な戦い方で雑魚を蹴散らし、遂にはフーさんのラフトクランズへと喰らい付くまでの一連の動き。
フーさん自体、死体を複製して生き返らせる段階で神経系と脳の作りを弄ってあるから、まともな反応速度では戦いにすらならない。
だが、今ラフトクランズのカメラをジャックして見ているこの映像!

『ぶっ殺しに来たんですよおぉぉぉっ!』

「おぉ」

優秀だ。 設定上は試作機であるベルゼルートから、まさかこれ程までの性能を引き出す事が出来るとは。いやいや中々どうして侮れない。
これならこっちで組み直したクストウェルもいい感じの働きをしてくれるかもしれないな。
ああいやでもあれはあれか、まず出さなきゃいけない状況が必要になってくるし、何の脈絡も無しに出してもつまらないよな。
うん、でもあれはいいな。性能の向上もさることながら、燃え尽きる前の蝋燭のような輝きはそれなりに惹きつけられるものがある。
しかし、トランザムもどきかF91もどきのような感じのあれは、余裕を持って機体を組み運用する俺では再現する事が難しい。追い詰められたり激情に駆られたりする前に戦闘は終わってしまうものだからだ。
確かにあのベルゼルートと同じ状態に機械的に持って行く事自体は容易い。
リミッターカット的な機能なら幾らかサンプルがあるし、ナデシコに残してきた量産型の残骸に組み込まれていたものよりも効率のいい補助機械は幾らでも作れる。

「でも、あれは間違いなく機体に酷く負担が掛かるな。ボウライダーに組み込む程のモノでも……」

言いつつ、手に持っていた豆大福を一口。餡子の中に混ぜ込まれたこの豆の食感が好きな人には堪らないのだろう。何の変哲も無い豆大福、作りたてという訳でも無ければ特に大好物という訳でもない。
甘味という括りの中だけで言えば、苺などの果物が入った物の方が好みではある。アップルパイとかも捨てがたいが、ブルーベリーのタルトなども嬉しい。
だが、どこをどう取り繕ってもやはりお茶に合うのはこういった和菓子系統だろう。これは揺るがす事の出来ない大前提とも言える。
それなら間を取って苺大福などもいいのかもしれないがそこはそれ、好きなものを制限する事で生まれる楽しみというものも存在するのだ。溜め撃ち的なものだと思ってもらえればいい。
茶を啜る。ミルフィーユとかミルクレープとかも合わない訳では無いが、口に残った餡子をお茶で流す瞬間は日本人的に心にすとんと落ち付くものがある。

「ふぅ……」

落ち着いた。頭の中を元に戻そう。
つまり何が言いたいのかといえば、ぱっと見の印象で面白そうだからと言って、あれもこれも自分の使う機体に採用するのはいけないということだ。
確かに俺は戦闘中にリアルタイムで機体の構造をまるきり作り替えることが可能ではあるが、だからといって使い処の無い、役に立たない機能を搭載するのは完全に無駄としか言いようがない。
戦闘行動を行う以上は当然、最低限度敵を殲滅可能な程度の装備や機能は必要だ。
その必要最低限の性能を備えた機体で、更に必要に応じて機能や武装をその都度追加、不要な機能を消去していくのが、少なくとも俺にとっては正しい戦闘方法。
ああいった緊急で無理やり出力を上げる機能はそれこそ必要の無いもの筆頭である。
むしろ限界を超えたはずみで機体が故障したら、それを修復する手間の分だけ隙が生まれる。必要なのは限界を超えて戦う機能ではなく、限界を超える必要の無い戦い方なのだ。

「どっちかって言えば、あのワイヤーとか、面白そうではあるな」

ナデシコを離れてからの地球圏や火星での放浪の旅の合間に見た、傭兵やジャンク屋の連中も似たような事をやっていた気がする。
ありものの装備で戦わなければならないからこそ生まれる発想というのはとても勉強になる。
結局二年近くこの世界で戦い続けたというのに、俺はそういった発想はあまりしてこなかった。必要なものは大体その場で揃える事が出来てしまうからだ。
そういった小細工の仕方などを学ぶ為にも、過去に戻ってこの世界をナデシコとは違う場所から違う立場で見て回ったというのに、これほど進歩が無いとなると少し落ち込んでしまう。
まぁ、この身体がそういうモノだから仕方がない事ではあるのだが。
そこら辺は追々、元の世界に戻ってからどうにか制限を付けた状態で戦う術を学んでみよう。

『今このガウ=ラを支配している、『お兄さんを殺すこと』さもなきゃ、地球はおしまいだ』

そうこう考えている内に、機関部での戦闘が終わったらしい。
ああ、いいなぁ美鳥。俺もそういうのやりたかったなぁ。
こういう展開はスパロボ世界に来てからずぅっと憧れていたものだし、部隊の連中からも思ったよりも疑われる機会が少なかったから、謎の味方っぽいキャラとしてのイベントも演出出来なかったし。
いや、そのお陰でナデシコの中ではトントン拍子で機体を取りこめたから文句を言うのは筋違いなんだろうけども。

戦闘の終了した機関部の映像をシャットダウン。
これ以上あいつらのリアクションを見たら、この後のメインイベントの楽しみが減ってしまう。
しかし気になる。これからナデシコの中ではどんな話し合いがされるのやら。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

鳴無卓也は生きている。この戦艦の奥で待っている。
鳴無美鳥の言っていた事は、余分な部分を省き掻い摘んで言えばそういうことになる。
メルア・メルナ・メイアは震え初めている手に、笑い出しそうな膝に、だらしなく綻びそうな頬に、緩む涙線に活を入れ、誰よりも早くガウ・ラの中枢へと続いているだろう道へベルゼルートを飛翔させる。

『メルアさん、待って下さい! まずは一旦艦に戻って──』

聞こえない、聞いていられない。そんな時間がある筈が無い。
この先に居る。言われみれば確かに分かる鳴無卓也の気配。
考えるだけで体中の血液が沸騰し、咽喉がカラカラと乾き、心臓が破裂しそうな勢いで脈打ち、子宮がきゅうきゅうと音を立てて下に降りてくる。
機体を整備している暇なんてない。そんな事に時間は割けない。
早く速くとメルアの身体の細胞全てが、精神を構築する総ての要素が急かしてくる。
あの人に逢いたい、近付きたい、話がしたい、抱きしめて貰いたい!
しかし、逸る気持ちにベルゼルートが付いてこない。先ほどのオーバーフロウによって機体にはそれなりのダメージが残っていたのだろう。
メルアは瞬時に機体の状況を確認、煙を吹き今にも動かなくなりそうな部分へのエネルギー供給をカット。更に機体の装甲他、移動には不要なパーツを片っ端からパージ。
中枢までに接敵する可能性もあるが、当然そんな事は考えてもいない。
今はただ、ただこの先へ、待っている人の所へ。

「これで!」

機体の調整完了。
武装はほぼ死んでいるし、無茶な動きも出来ないがそれでもただ早く空を駆けるだけならこれで充分。
案内は要らない。この身体の蕩ける様な疼きが、全身の細胞のざわめきが、メルアに鳴無卓也の居場所を教えてくれる。
全身の装甲を剥がし、巨大な骨格を曝け出したベルゼルートが空を駆け、一直線にガウ・ラの中枢へ飛んで行く。

―――――――――――――――――――

「メルア? メルア応答しなさい!」

「落ち着けカティア、一旦ナデシコに戻ろう」

通信機に向かって呼びかけるカティアを統夜が静かにたしなめる。

「なんでそんなに落ち着いているんですか!? 今のベルゼルートで敵陣の真ん中に行っても、いえ、そもそもメルアが卓也さんと戦える筈がありません!」

「だからだよ」

カティアの問いに答えながらもB・ブリガンディをナデシコの格納庫へと移動させる統夜。
機体の冷却と整備を同時進行で忙しなく行う整備班に心の中で頭を下げる。連戦になるが、それでも整備や補給をおろそかにする訳にはいかないのだ。

「え?」

「メルアもベルゼルートも、今の状態じゃあ満足に戦えない。だから、卓也さんは手出ししない」

紫雲統夜は思考を巡らせ、冷静に現状を、敵の狙いを予想する。伊達に一年半も戦争をしていない。
そして今敵対している人物は、その中でずっと同じ艦で寝食を共にしてきた仲間だったのだ。敵対した場合、敵側、つまり自分達に何を望むか程度の事は簡単に予想が付く。

「どういうことだよ。なんでメルアが戦えない事が、鳴無が手を出さない事に繋がるってんだ」

理解しきれず困惑するリョーコの通信に返事を返そうとし、遮られる。

「新しい主は、全力の貴方たちとの戦いを望んでいる……」

ぽつりと、ミーティアと合体したフリーダムの中のキラが呟く。
フューリーの指揮官であったフ=ルーという女が戦闘を始める前に言った言葉だ。
戦闘後の展開のショックで多くの者が忘れていたその言葉。

「なるほどねぇ、彼は完全な状態のこちらと、全力で戦いたいという訳か」

苦虫を噛み締めるような声のエターナルブリッジのバルドフェルト。
ナチュラルとコーディネイターの戦争はその性質上、裏切り者、スパイというモノが極端に少なかった。
だが、地上での軍事行動の中、アマチュアの集まりであるザフトでは学べなかった多くの事を実践の中で学んでいたバルドフェルトは、そういったモノに対する理解が深い。

「そう、恐らく彼等は最初からこうなることを見越していたのだろう」

今一つ理解出来ていないクルーの注目を一身に浴びるフリーマン。
ナデシコのブリッジに立つ彼は、神妙な顔が映る多くのウィンドウを前に、ゆっくりと口を開く。

「思えば何もかもがおかしかったのだ。例えば彼等はいとも容易くフューリーの技術を解析し、自分達の機体へとその技術を組み込んでいた」

そう、ナデシコが回収したフューリーの機動兵器の残骸は、何も格納庫の中で案山子になっている訳では無い。
修理の完了した機体のうち幾つかはネルガル本社に送られ解析が進められている。
ラースエイレムなどの異星技術を一企業が独占するのは危険かもしれないが、そもそも回収された機体にはオルゴンエクストラクターなどの基本的な技術のみが使われているだけ。
悪用しようにも、あれらの量産機からはラースエイレムのヒントすら見つけることは出来ないのだ。
それならば本社の方でも解析を進め、ラースエイレムへの対抗手段を探って貰おうと、クルーの同意を得た上で会長の部下の元へと送り出されたのである。

だが、結果は芳しくないモノだった。
一部技術に火星文明の技術と似た理論が用いられており、ネルガルの技術をもってすれば量産する事も可能だが、パイロットに求められる適性が特殊過ぎて実用には程遠い。
単純にオルゴンエクストラクターやサイトロンコントロールユニットを搭載した所で、パイロットに適性が無ければ結局機体は動かせず、動かないただの的として出撃するはめになる。

「それをナデシコの中の機材だけで改造して出来るようにした、という事は……」

「サイトロンの適性があった。さもなければ、余程フューリーの技術に対して造詣が深かった、という処か」

「それだけではない。彼等の経歴にも疑問点があった」

ネルガルはナデシコのクルーとして選ばれた人材の経歴を、その情報網を持って徹底的に洗っている。
ナデシコは火星の遺跡から得た最新技術の塊である。選んだクルーの中に他企業のスパイが潜り込んでいないか確かめるのは極自然な事だろう。

「我が社の方で、彼等の経歴に怪しい所は無いと確認済みなのですがねぇ」

当然、飛び入りで参加した鳴無兄妹の経歴も調査済み。
彼等が幼少期を過ごした研究所、これまで戦ってきた戦場、それらすべてにネルガルの調査の手は伸びている。

「研究所の研究員は散り散りになり行方知れず、行く先々の戦場では同じ部隊の仲間とも交流せず、彼等を深く記憶している者は居ない」

「それって……」

ナデシコ、アークエンジェルでの彼らからは想像もつかない。
あの兄妹はあちこちに頻繁に首を突っ込み、パイロットの間ではそれなりに親しい者も居た。整備班の連中とは技術関係で話し合った事も多い。
その職業から一部クルーには好かれていなかったが、大概のクルーは彼と何らかの交流を持っている。

「ここで重要なのは彼等の振る舞いではない。今まで彼らに関わった者の中には、ただの一人も、彼等を良く知る人物が存在していなかったのだ」

個人としての交流が少なくとも、彼等の経歴が嘘で無いこと、どこの企業とも繋がりが無いという事を証明する最低限の情報だけが、何故か彼等の頭の中に記憶として存在していた。
あまりにも不自然。個人的な交流が少ないにも関わらず、思い出したかのように唐突に『鳴無兄妹の身の潔白を証明する発言』が飛び出してくる。
個人的な交流があり、性格などを熟知した上で彼等を庇うのであればおかしな点は無い。
だが、調査対象となった者達は、鳴無兄妹の事を『そういえばそんな連中も居たな、あまり話をした覚えは無いが』といった程度にしか覚えていない。
どういう人物か覚えていないのに、その人物が潔白だった事だけは記憶している。

ネルガルも本来ならば多少は怪しむ不自然さだ。だが、鳴無兄妹の経歴の調査を行った調査員達もまた『それが不自然である事に気付けなかった』ことが判明している。
ネルガルの調査員達は、彼等の証言の不自然さを報告書に記すことなく、潔白であるという証言が取れたという事実だけを報告書にまとめて提出してしまった。
これらの事実は、ナデシコとアークエンジェルがオーブを脱出した後にフリーマンが派遣した調査員が初めて発見した。
フリーマンの調査員に当時の事を聞かれたネルガルの調査員は、何故あの不自然な証言を間に受けてしまったのかしきりに首を傾げていたという。

「彼等がその不自然さに気付くことが出来たのは丁度、鳴無兄妹がオーブで別れた後、つまり──」

「鳴無卓也と鳴無美鳥がナデシコに残る必要が無くなったから、彼等はその不自然さを認識する事ができるようになった、と?」

フリーマンの言葉をイネスが引き継ぎ、それにフリーマンが頷く。

「それ以外にも、彼等が進入禁止区域の監視カメラに映っているのにも関わらず、誰もそれに気づくことが出来なかった。という証言も方々で出始めたよ。当然、あのオーブ脱出以降に限られるがね」

つまりフリーマンはこう言いたいのだ。
『彼等は人の精神に作用する何らかの技術、技能を用いてナデシコに潜り込んでいた』
ナデシコとアークエンジェルの双方に沈黙が流れる。
精神操作や記憶操作の技術は各陣営に多くはないがそれなりに存在していた。
だがフリーマンの言う事が正しければ、彼等はそれを、何の準備も無くその場その場で気安く多用していたという事になってしまう。
そして、その記憶操作の対象となってしまったであろう事が明らかな人物が存在している。
ナデシコのブリッジで俯いたまま沈黙を保っている、青い髪の少女。フューリーの皇女であるシャナ=ミア・エテルナ・フューラ。
彼女がガウ・ラとフューリーの現状を話す際、彼女には当然嘘発見器も使用されていた。だが、発見機の判定は白。
その上で起こった、彼女の証言と、ガウ・ラの現状の食い違い。現在ガウ・ラを支配しているという鳴無卓也の存在を知らなかったという事実。
それこそが、鳴無兄弟が記憶を操作する技術や技能の類を持ち合わせている何よりの証拠となっているのだ。

「でも、どうしてあの二人はナデシコに乗り込んだんでしょう」

「さて、思いつく目的はいくつもあるが、それは直接彼等に聞いてみるのが早いのだろうな」

ナデシコとアークエンジェルは進む。疑念を残したまま、最終決戦の場へと。
決戦まで、あと僅か。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ここまでの道のりで、時折現れる前に進むのに邪魔になる敵を片端から薙ぎ倒してきた。
お陰で、今度こそベルゼルートはスクラップ寸前。オルゴンライフルの予備カートリッジも使い切りショートランチャーも弾切れ、とても戦えるような状態ではない。
だが、メルアの駆るベルゼルートは遂に開けた場所に出る。
ベルゼルートの計器が、ガウ・ラ中のエネルギーがこの場所へ向けて集まっているのを感知している。ここがガウ・ラの中央区画、間違いなくここに居る。
50メートル級の機体が数百体飛び跳ねて戦闘機動を行っても余裕だろう広さを持つ部屋を見渡す。
膨大なサイトロンエナジーの流れ込む先、幾つもの巨大な柱のようなものが並ぶ先に鎮座する、ラフトクランズを尖らせて巨大化させたような機動兵器。
その機動兵器からの通信。
ナデシコとアークエンジェルのクルーしか知らない筈の周波数での通信。これを知っているという事は──

「おや、ベルゼルート一機だけか」

──聞こえた。
確かに聞こえた。もう何年も聞いて無かったような気さえする懐かしい声。

「卓也、さん」

声が震える。目の奥が熱い。視界が滲む。

「ん? ……ああ、メルアちゃんか」

映像が繋がる。
ベルゼルートのコックピットのモニタに新しくウィンドウが開き、懐かしい顔を映し出す。
短く纏め、艶の少ない黒髪。優しい顔つきに、全体の作りの中で一か所だけ浮いている鋭い眼差し。
最後に、あのオーブで見た時と、何一つ変わらない。
その顔が、どこか申し訳なさそうな、しょうがないなぁとでも言いたそうな表情を形作る。

「久しぶり、元気にしてたか?」

「──っ!」

堪え切れない。
オルゴンライフルをその場に放り捨て、ブースターを全開で吹かし、メルアのベルゼルートが巨大な機動兵器、ズィー・ガディンへ向けて加速する。
ズィー・ガディンがその手に携えていた剣のような武器を少し構えるが、それにも構わずただ真直ぐに突き進むベルゼルート。
そのコックピットが開き、メルアが空中へと飛び上がる。ベルゼルートの加速に乗り、ズィー・ガディンへ向け放物線を描きながら飛んで行く。
操縦者を失い、しばらくふらふらと飛んだ後に地面に墜落するベルゼルート。
メルアが激突する直前、その巨体に似合わぬ軽快な動きで後方へと下がるズィー・ガディン。コックピットが開き、中のパイロットがメルアを両腕で受け止める。
自分を受け止めた人物を、決して放すまいと強く抱きしめるメルア。

「た、くや、さん、たくや、さん、だぐやざぁん……!」

泣きじゃくり、涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしたまま、確かめるように繰り返し名を呼びかける。
そんなメルアの頭を、ズィー・ガディンのパイロット──鳴無卓也の手が、短く刈られた金髪を梳くように優しく撫でる。
その掌の感触に、オーブで別れてからずっと凍えたように堅く強張りざらついていた心が、温かさと柔らかさを取り戻していくような安らぎを感じ、メルアは目を細める。

「髪、切っちゃったんだな」

顔を上げ、えづくのを堪えながら、メルアはふと我に返り身を慌てて離した。
そういえば、ここ最近はまともに髪の毛のケアをしていない。そもそも、見せる相手が居なくなったからケアする必要も無いだろうと、洗い易くする為にバッサリやってしまったのだった。
戦闘後のシャワーでも身体を洗うのは適当だし、食事も短い時間で済ませる事の出来るジャンクフードとサプリメントばかりだったから肌もだいぶ荒れていると思う。

「あ、あのあの、わたし、えっと、その……!」

「うん」

みっともない姿を見せていると思い、頬を赤く染めわたわたと手を振り慌てるメルアを急かさず、ゆっくりと聞く態勢で待つ卓也。
その様子を見て、少し落ち着き、ゆっくりと頭の中を整理して言いたい事を考えるメルア。
しかしいざ思考を纏めようとすると、言いたい事が多すぎて一つに纏まらない。言葉が泡のように浮かんでは消えていくような感覚。

メルアはそれらを、纏まらないままに、思いつくままに話した。
オーブで別れた後、散々泣いた後しばらく塞ぎ込んでいたこと。
それから仇を討とうと機動兵器の訓練を始めたこと。
動かせる機体が無くて、辛うじて適性があったベルゼルートを改造したこと。
来る日も来る日も、ベルゼルートのコックピットと食堂と自室の間だけを往復したこと。
白兵戦になっても戦えるように、ネルガルのスタッフやミスリルの人達に銃の使い方を教わったこと。
実戦に出て、だんだんまともに戦えるようになってきたこと。
そして──

「死んじゃったんだって、思ってました」

ずっと、死んでしまったこの人の仇を討つ為だけに戦ってきた。フューリーでなくとも、自分の前に立ちふさがる相手はリクレイマーもコーディネイターもナチュラルも関係なく、片端から殺して進んできた。
それに文句を言うつもりはない。自分ひとりで戦うのは初めてでも、統夜のサブパイロットとして散々人を殺してきたのだから。今さらそんな事をどうこう言う資格は無いし、言うほど気にもしていない。
だが、だがしかし、だ。

「なんで、生きてるって、教えてくれなかったんですか……?」

そのメルアの問いに、困ったような表情の卓也が口を開く。

「美鳥から聞いているだろ?」

そう、デビルガンダムに乗った鳴無美鳥は確かに言った。鳴無卓也を殺さなければ地球は終わる、と。
このフューリーの母艦であるガウ・ラ=フューリアを機動させれば月の外殻は恐ろしい速度で外に飛び散り、地球の生態系を確実に完膚なきまでに破壊し、進化の歴史をリセットする。
それを止めるには、鳴無卓也を殺すしかない。
冗談は言うが、意味の無い嘘は吐かないのが鳴無美鳥という少女だ。
そして、目の前のこの人は確かにフューリーの総大将が乗るべき機体に乗っている。
いや、そんなものよりも確実な証拠がある。彼がガウ・ラの膨大なサイトロンエナジーを操っているという事を、サイトロンの適合率の上昇したメルアは肌で感じ取っているのだ。
彼はその気になれば、今この瞬間にも地球を破壊し尽くす事ができる。
彼は、鳴無卓也は、紛れもなく人類の敵対者なのだ。

「それでも! それでもわたしは、貴方のそばに居たかったんです! 地球が滅んだって、人間が一人も居なくなっても、わたし、私は……」

よく耳を澄まさなければ聞こえないような小さな声で、今度こそ自らの思いを告げるメルア。
そんなメルアを抱き寄せ、背を優しくぽんぽんと叩き落ち着かせる。
しばしそのままの姿勢で抱きしめられるままだったメルアだったが、その内に小さな声で問いかけた。

「わたしに、何かお手伝いできることはありますか?」

そう問われた卓也は、一瞬呆気にとられたが、直ぐに優しげな笑みを浮かべ頷き、メルアに一つの頼みごとをした。

―――――――――――――――――――

「これでよし、と」

俺は、その生き物の臓のような生々しさを持つコックピットと、その中で死人のように静かに眠っている金髪の少女を一瞥し、その場から飛び降りた。
100メートル級の巨大機動兵器の胸部コックピットから飛び降りる。言葉にすると簡単だが、実際は想像しにくいものだろう。スカイダイビングと例えるには少し高さが足りないか。
どんな気分かてっとり早く知りたければ、ちょっとした高層建築物の屋上から飛び降りてみればいい。
勿論、着地出来るだけの技量か頑丈さがある事が前提になる。
そういった特殊技能無しに飛び降りて、万が一潰れたトマトのような何かに進化してしまったとしても当方は一切の責任を取れない。
適切な技能のお勧めとしては魔戒騎士あたりを推したい。これなら高層ビルから飛び降りてもどうにか減速できるし、『凄い、あの人落ちながら戦ってる……!』とギャラリーを沸かす事も可能だ。
今なら戦闘中に指輪が主題歌を熱唱してくれるサービスも付いてくる。もちろん嘘だ。

重力を操り落下速度を落とし、その場で後ろを振り向く。
メルアを乗せた巨大機動兵器、ズィー・ガディンだったものは既にその身を深く壁に潜り込ませ、趣味の悪いオブジェのようなものへと変化を始めている。
いや、潜り込ませているというよりは、壁と、ガウ・ラと融合を始めていると言った方が適切だろう。
いい感じだ。上手い具合に上半身だけが突き出てるあたりとか、いかにも囚われてますって感が出ていて素晴らしい。自画自賛だがな。
うんうん頷きながらゆっくりと地面に向けて落下していると、思ったよりも早く着地した。
いや、未だ地面には遠い。ズィー・ガディンの膝よりも少し下あたり。地上まで20メートルはある。

「戻ったか」

ターンXの上半身に、逆さにしたデビルガンダムジュニアの下半身を持つ微妙なデザインの機動兵器が地面に直立し、俺をその肩に乗せている。
頭部コックピットから、ここでは無い月の御大将のような衣装に身を包んだ美鳥が、気だるげに這い出てきた。

「今戻ったんじゃなくて、空気を読んで裏側の空間から見守ってたんだけどね。お兄さんが金髪巨乳を甘やかしてる時もじっと我慢で見守っていたんだけどねぇぇ……」

不満げにジト目をこちらに向ける美鳥に、俺はその場に座り込みながら肩を竦めて言葉を返す。

「甘やかしていた訳じゃないぞ、あれはメメメの体内のナノマシンに働きかけて、メメメの身体がどんな進化を遂げたかを調査させてたんだ」

最近は意識する事も少なかったが、あのナノマシンは宿主の生体データを俺に報告する機能が存在している。
それを使って、メメメがベルゼルートで戦えるようになった原因を探ろうとしたのだ。
そんな俺の言葉に、座り込んだ俺の肩にしな垂れかかりながら、ほんの少しの好奇心を滲ませた声で美鳥が訊ねる。

「ふぅぅん。で、なんか面白い結果は出た?」

「体内に潜伏していたナノマシンが極端に減って、八割方肉体と脳細胞に同化している」

そして、ナノマシンとの融合を果たした部分の肉体の組成が、サイトロンをコントロールするに相応しい形へと変貌を遂げていたのだ。
フューリーを、身近に居た統夜を模している部分もあったが、恐らくベルゼルートでサブパイロットを行っていた時に対応しきれなかった部分を補おうとしたのもあるのだろう。
サイトロン制御の機体で戦った場合、機動制御に関しては統夜を上回る可能性がある。
本来ならば思考の誘導と生体データの観察だけに特化させたナノマシンが生体組織との融合を行う事は有り得ない筈なのだ。これはメルアの身体とナノマシンの相性が良かったのか、それともメルアの思考にナノマシンが引っ張られたのか。
もしかしたら、俺の身体を構成するナノマシンの新たな進化の可能性なのかもしれない。
そんな俺の説明を聞き終えた美鳥が、ほんの少しだけ憐れむような感情を含んだ視線を、ズィー・ガディンのコックピット辺りに向ける。

「それで、あれ?」

「おう。なんか問題でもあるか?」

恐らく、俺がメルアに頼んだ『お手伝い』の内容も聞いていたのだろう。
サポートAIだなんだと言いつつも、何だかんだでお人よしなところもあるのだ。

「んにゃ、望み薄ではあるけど、金髪巨乳にも希望が無い話じゃねぇし。いいんじゃねぇの?」

お人よしな部分もあるが、この様にあくまでもサポートに支障を来さないレベルのお人よしだ。
毒にも薬にもならない、心の余裕的な意味合いしか持たない同情しかしない。
コイツはトリップ先の全ての存在に生温いようでいて、結果的にはとても冷たく薄情な感情で持って切り捨ててみせる。
頼りになる奴だ。こいつが居るからこそ安心して力を取り込んでいく事が出来る。

「ん、お前が俺のサポーターで良かった」

「ふしし、照れるぜ」

ぐしぐしと荒っぽく頭を撫でると、甘える猫のように体を擦り付けてくる。
俺はナデシコとアークエンジェルの到着まで、身を寄せる美鳥の喉を人差し指で擽りリアクションを楽しむ事で時間を潰した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

塞ぎ込むシャナ=ミア皇女を説得し、サイトロンエナジーの流れ込むガウ・ラ中央の広間へと辿り着くナデシコとアークエンジェル。
この広間はかつて、フューリーの聖騎士団の練兵場などを兼ねた講堂のようなものだったという。
しかし、今この広大な広さを持つブロックには、ただ一機の機動兵器だけが佇んでいる。
MFデビルガンダム。
全高約20メートル程度のその機動兵器の肩の上に、彼等の見知った人物が二人。

「遅かったじゃないか……」

ナデシコとアークエンジェルを歓迎するかのように、超然とした笑みを浮かべる男。
ガンダムファイターに拮抗する身体能力を持ち、あらゆる技術系統を無節操に学び、自らの機体を際限なく強化する頭脳をも併せ持つ超人。鳴無卓也。

「ラストダンスだ。ドレスの準備は万端かぁ?」

彼に身を寄せしな垂れかかり、僅かに幼さの残る顔に蟲惑的な笑みを浮かべる少女。
兄である鳴無卓也と同じく、人間を超えた身体能力と頭脳を併せ持つ超人。鳴無美鳥

機関部からこの中央ブロックへ向かう中で何度か軽い戦闘をこなし、最終的に整備が完了した機体数は、僅かに20にも届かない。
しかし、撃墜数、損耗の少なさ、機体性能などの要素から優先的に整備と補給の行われたそれらの機体は、まさしくナデシコ、アークエンジェルの誇る最強の戦力と言っても過言では無い。
連携の取れない、あるいは取り難い機体。または性能、パイロットの腕のお陰で足を引っ張る機体が外れた事で、出撃している機体達はその性能を存分に性能を発揮する事が出来るだろう。
ここに、地球圏最強の部隊が集結したのだ。
鳴無美鳥と鳴無卓也の望む、彼等を倒す為だけの力が。

「卓也さん……」

既に整備と補給を完了し、ナデシコから出撃していたB・ブリガンディのコックピットで、統夜が眉を顰めた険しい表情で、苦しげに呟いた。
その呟きが聞こえていたかのように、MFデビルガンダムの肩の上の卓也がB・ブリガンディの方へ顔を向け、幼い弟の成長を実感した兄のような喜びを含んだ声で語りかけた。
あの肩の上の声をMFデビルガンダムのコックピットのマイクが拾っているのか、それとも服に小さいマイクでも忍ばせているのか、その声は確かに通信から聞こえてくる。

「統夜か。B・ブリガンディを上手に使いこなしているようで何より。それでこそ倒しがいがある」

だが、その内容は残酷そのもの。
統夜に託された新しい力ですら、最終的に戦う相手を倒す価値のある強さにする為の、高みへと連れて行く為のモノだった。そんな意味合いを含む卓也の言葉に反応したのか、他のパイロットが食ってかかる。

「卓也さん! あんたはなんでこんな真似を!」

マジンカイザーの兜甲児。ナデシコに乗る前、ベルゼルートが地上に降りた時からの付き合いであり、部隊の中でもそれなりに長い付き合いである。
甲児もまた、一年半に渡るナデシコでの転戦の中で鳴無兄妹と交流を深め、この戦いに疑問を、そしてそれを上回る怒りの感情を持っているのだ。
そんな甲児の問いに、顎に指を当てしばし考え、ゆっくりと語りだす卓也。

「そうだな。まずは、俺が何故ナデシコに乗り込んだか、という所から説明するべきか」

「ナデシコに乗り込んだ理由。やはり君は最初から何らかの目的を持ってナデシコに乗り込んだという事か」

ナデシコのブリッジに控えるフリーマンに、大きい頷きを返す。

「といっても、それほど複雑な理由があった訳じゃあない。あそこに地球圏の最新兵器が集まることは最初から知っていたからな。機体のデータを手に入れる為には整備員かパイロットとして入り込むのが面倒が少なくて良かったってだけの話さ」

「最初から、知っていた? ……まさか」

B・ブリガンディのコパイシートに座るカティアが驚きの声を上げる。
あらかじめ未来の事象を近くする技術に心当たりがあったから、いや、統夜を除けば部隊で彼女を含む三人娘が一番その技術に深い関係を持っていたから。
サイトロン。未来から過去に情報を運ぶ性質も持つその粒子とそれらを扱う科学技術。
だが、その呟きに卓也は首を横に振り否定する。

「残念ながらハズレ。その頃はまだフューリーの技術は持っていなかったんだ。だからこそ、真っ先に君達とベルゼルートに接触した訳だが」

あの頃は時間停められたら抵抗のしようも無かったからなぁ、としみじみ語る卓也に、ナデシコのブリッジからテニアの震える声が掛けられる。

「じゃあ、あたし達があの日、あそこに落ちてくる事も、その前に統夜のお父さんが宇宙で殺される事も」

「知っていたよ。あのタイミングで助太刀に入れば、多少なりとも信頼を得ることが可能だと思ったからな。自分達を助けてくれた人物が死んで、不安に駆られている時ならなおさらだ」

マジンカイザーと並び立つグレートマジンガーのコックピットで怒りに震える剣鉄也が。

「ならば、光子力研究所で最初に顔を合わせた時に一人だけ遅れてきたのも!」

「察しがいいな。当然、光子力研究所でも思う存分技術を盗ませて貰ったよ。警備がザルで助かった。弓教授にも礼を言っておいてくれ」

真剣な表情のドモン・カッシュが、コックピットの中で腕を組み仁王立ちで。

「なるほどな、デビルガンダムやマスターガンダムに率先して接近していったのも」

「その通り。デビルガンダムの三大理論と、マスターガンダムのDG細胞に残された流派東方不敗のモーションと運用理論を手に入れる為だ。もっとも、MF搭乗時の動きしか手に入らなかったから、中途半端な猿真似じみた動きになってしまったがね」

フリーダムのコックピットで、キラが愕然と。

「じゃあ、オーブでフリーダムの整備に手を貸していたのも」

「うむ。他の連中に悟られぬようにNJキャンセラーを解析する程度朝飯前だった。もっとも、そんな真似をしなくともあちこちに製造法はばら撒かれたようではあるがな」

ブレンの中の宇都宮比瑪が何かを思い出したかのように。

「もしかして、あのプレートを奪っていったのも?」

「そうそう。因みにあれはあの時点から見て未来から来た俺と美鳥だな。そこまでで手に入れた技術の確認もしておきたかったから丁度良かった。アンチボディは使い減りしないから良い的になるんだこれが」

ナデシコのブリッジ、艦長であるミスマルユリカが、驚愕に顔を歪め。

「じゃあ、じゃあ! これまでの事は全て、貴方の思い通りだったってことですか!?」

「いかにも、いかにも、いぃかにもぉっ! ナデシコへの潜り込み方から、どんな事件が起こるか、各陣営との戦闘の順番、タイミング、何処でどの技術を盗むかまで、すべて俺の予定通りということよぉ!」

超然とした、優雅とすら取れる表情を壊し、歯を剥き出し破顔する鳴無卓也。
地が揺れる。彼の感情に呼応するように、腹を抱えて笑っているかのように、脈打つようにガウ・ラが脈動する。
その揺れに怯まず、B・ブリガンディの統夜が静かに問う。

「……メルアは、メルアはどうした。ベルゼルートで先行したメルアがここに来ている筈だ」

もはや敬語ではない。あの南海の孤島でボウライダーを見た時のざわめきは現実のものとなったのだと、騎士の血が告げている。
鳴無卓也は、もはや、完膚なきまでに、自分達の敵対者なのだと。
メルアがどうなったのか、嫌な予感しかしない。当たって欲しくも無いのに確実に当たると分かる類の予感。

「メルアちゃんは、あそこだ」

表情を正し、顎をしゃくるようにして指し示した先、壁にめり込むようにして存在する超巨大兵器。その表面は生き物のように蠢きうねり、常にその形を変化させ続けている。

「あれは、ズィー・ガディン……?」

「フューリーの創世神話に登場する神を模した、フューリーの最高指揮官機か」

ナデシコのブリッジで呆然と呟くシャナ=ミアと、ゼオライマーのコックピットでマサキの記憶を手繰りよせるマサト。

「それに、デビルガンダムのものと同等のレベルまで進化したDG細胞を掛け合せ、ガウ・ラと融合させたもんだ。メルアは、晴れてそのコア・パーツとして組み込まれたっつう訳さ!」

目を細め、口の端を釣り上げて酷薄に笑う美鳥が叫ぶ。
ギリ、と歯を食いしばる音が通信から聞こえる。
B・ブリガンディのコパイシートのカティアが、苦しげな表情で、無理矢理に喉から搾りだすような声で、弱々しく呟く。

「メルアは、貴方の事を、貴方に、好意を抱いていました」

「うん、だからこそ、『何か手伝えることはありませんか、手伝わせて貰えませんか』というメルアちゃんの願いをかなえてあげたんじゃあないか。彼女はつくづくいい実験体だ、向いているのかもわからんね」

平然と返す卓也に、この会話を聞いていた全員が血液を沸騰させるほど怒り、次の瞬間に響いた叫び声で我にかえった。

「い、いやぁぁぁぁっ!」

ガウ・ラと一体化したDGズィー・ガディンの表面が一際大きく蠢くとともに、ナデシコブリッジのシャナ=ミア皇女が膝をつき悲鳴を上げていたのだ。

「ど、どうかしました?」

困惑しながら問いかけるユリカに、震える声でシャナ=ミア皇女が告げる。

「ガウ・ラの全エネルギーが、あのズィー・ガディンに向けて流れ込んでいます! 民たちの時を繋ぎとめているサイトロンエナジーが、吸い取られているのです!」

「えぇ! な、なんで今そんな事を!?」

フューリーの民を殺すことになる事も驚きだが、この状況で戦える状態には見えないズィー・ガディンにエナジーを集める理由が分からないのだ。
サイトロンエナジーの流れを操っているだろう鳴無卓也に、シャナ=ミア皇女が必死に懇願する。

「やめて、やめてください! すべての未来が滅んでしまう!」

必死の形相の皇女を眺め、鳴無美鳥が無邪気に、あるいは酷く残酷な子供のように笑う。

「なぁに言ってんのさぁ、消えるのは月の、それも本当は何十億年も昔に滅んでいた筈のフューリーだけ。一人も残さず滅んでも未来は無くならないし、明日も世界は回ってるぜぇ? ああなんか今の名言っぽくね? ひひひぐぇ」

「ちょっとはしゃぎ過ぎだ。少し落ち着け」

そんな美鳥の頭を軽く小突き窘め、元の表情に戻った卓也が説明を始める。

「悲しむ事はありませんよシャナ=ミア皇女。心配せずとも、ステイシスベッドには最早一人も貴女の民たちは眠っていないのですから」

優しげですらあるその言葉に、少しだけ落着きを取り戻すシャナ=ミア皇女。
だが、次の瞬間に思いついた問題点を、嫌な予感を感じつつもついつい声に出して聞いてしまう。

「お待ちなさい、ステイシスから目覚めてもすぐに動くことが可能になる筈がありません」

凍結させる代わりに時間を止めることで時を超えるステイシスも、やはり完全では無い。
何十億年にもわたり時を止められていた身体は、その時代の宇宙空間に含まれるエネルギーの密度に馴れるのにそれなり以上に時間が必要になる。
膨張を続け、熱量が少なくなっていく宇宙。
数百年、数千年程度ならば問題無いが、数十億年も時間が経過すれば宇宙は大分膨張し、一定の空間に含まれるエネルギー量は大幅に変化しているのだ。
その違いに肉体が変調を起すのを防ぐため、ステイシスから目覚めた者はまず専用のリハビリを受けるか、さもなければ何らかの肉体改造処置を受ける必要がある。
卓也はその問いに鷹揚に頷き、答える。

「ええ。どうやら皆さんだいぶ身体が弱っている様でしたので、僭越ながらこちらで勝手に処置を行わせて貰いました。皆さんとても元気になられましたよ」

笑顔で告げられた予想よりも幾分まともなその言葉に、胸を撫で下ろす皇女。
しかし、その答えにまたも疑問が投げかけられる。
ミスリルから出向の、ASアーバレストに乗るプロの傭兵、相良宗助。

「……鳴無、その処置を行った連中は、いったい何処に居る」

その問いに、口の端を裂けるのではないかと思うほど釣り上げ、笑みを深める。

「おや、ここに来る途中で大量にすれ違わなかったかい軍曹。何だかんだ言って病み上がりみたいなもんだから、今までの連中に比べてだいぶ動きが鈍いし、直ぐに見分けが着くと思うんだが」

『肉体改造』『大量に』『すれ違う』『今までの連中と比べて』『動きが鈍い』
これらのキーワードから答えを一早く導き出したのは、当然と言えば当然、その肉体改造技術に深く関わっている、同じ改造を施された者だった。
ペガスに乗ったDボウイ──テッカマンブレードが、ランサーを折りかねない力で握りしめ、叫ぶ。

「まさか、ここに来るまでに出てきたテッカマンは──!」

「いかにも、肯定、おめでとう、予想通りで大当たり。あれらは一人残らず、一欠けも余さず、この月で眠っていたフューリーの一般人をベースに作り上げたテッカマンだ!」

悪戯が成功した事を喜ぶ童のように、無邪気で、残酷で、心底愉快で堪らないといった愉悦に浸った表情で楽しげに手を叩く。
そして、三日月のように吊りあがった口から、くつくつという引き攣る様な笑い声と共に、決定的な言葉が放たれる。

「で、どんな気分かな? 助けようとした相手を、自分達の手で始末した気分は」

全てを言い終えるよりも早く、卓也の真横一メートルも無い至近距離を、オルゴンの結晶弾が通り抜けた。
その弾丸を放ったのはB・ブリガンディ。
コックピットの中、操縦艦を握りしめた統夜は義憤に震える騎士の血を燃やし、怒りに満ちた眼差しで、MFデビルガンダムの肩に乗る二人を見据える。

「俺、ここに来るまで、もしかしたらと思っていた。もしかしたら、まだ話し合いでどうにか出来るんじゃないかって。一緒に戦ってきた、かつての仲間なら、もしかしたらって、どこかで考えてたんだ」

「馬鹿馬鹿しい話だな。いや、馬鹿じゃないか? お前」

卓也の、かつて自らを導いた者の無情な言葉を聞き、くっ、と、何かを堪えるような音が統夜の喉から漏れる。

「……本当にそうだ。もう貴方を、いや、お前を許しはしない。見逃せもしない!」

B・ブリガンディの前腕に備え付けられたオルゴンラグナライフルから、結晶で構成されたブレードが展開する。
その剣の尖端を突き付け、紫雲統夜は、騎士トーヤ=セルダ・シェーンは、静かに、しかし重々しく宣言する。

「この剣に誓い、お前はここでヴェーダの闇に返す。騎士の情けだ、自分の機体を喚べ、鳴無卓也!」

―――――――――――――――――――

この瞬間を、この展開を、この戦いを、俺はずぅっと待っていたんだ。
見せつける時が来た、この世界で得た力を。
証明する時が来たのだ、俺がこの世界で得た力は、オリジナルの持ち主をも容易く蹂躙し得る程のものである事を。
故に、俺はその誘いを断る言葉を、意思を持たない!

「応!」

MFデビルガンダムの肩から、跳ぶ。数百メートルを一瞬で飛びあがりナデシコとアークエンジェルを、その周りに展開するかつての仲間達の機体を見下ろす。
人間では有り得ない跳躍力。だが、これは前の世界でも出来た事、誇るべきものでも無いもはや当たり前のものと化した俺の力。
だからこそ、続けて見せる。この世界で得た力、その集大成を。
宙を駆け上がり、空に浮かび、掌は上に広げ、広げた掌を力強く、天を掴み取るように握り締める。
空間が入れ替わる。この時の為に、凝りに凝って作り上げた、この世界で最強の名を冠するに相応しい機体が、俺の身体を中心にこの世界に顕現する。

「見よ、これが──」

初期数値を自重せず、機体の20段改造を自重せず、PP振りを自重せず、強化パーツを自重せず、精神コマンドも当たり前のように自重しない。
どれだけ周回を重ねても倒す事の出来ない、プレイヤーとキャラの心を圧し折る為だけに生み出されたラスボス!

「これこそが、貴様らに、覆しようのない敗北を齎すモノの姿だ!」

―――――――――――――――――――

宙へ飛んだ鳴無卓也の身体を鎧うように出現したそれは、一見して少し人型を歪めただけの、何の変哲も無い機動兵器であった。
ナデシコ搭乗時に使用していたボウライダーがベースなのか、各部に緩やかな曲線と直線を含んだ装甲。
純白だったその機体色は今、宇宙の色を吸いこんだ様な深い黒色で塗りつぶされている。
全体に歪さを残しながら、より人体の構造を忠実に模したシルエットへと変化したそれは、格闘戦を考慮してのモノか。
機体胸部と手首には仄かに光る用途不明の球体が埋め込まれ、そこから全身に複雑な模様を描くように光のラインが走っている。
ボウライダーのメインウェポンだった電磁速射砲は存在せず、前腕部側面には四基のコネクタが付いている。
換装で付け替えが利いた大型クローは存在せず、後方には数機程の黒い立方体が数十基、ふわふわと浮かびながら消えたり現れたりと、蜃気楼のように不安定にその姿を見せている。

全高は、おそらく15メートルほど。
ボウライダーよりは一回り大きいが、それでもMSなどと比べても小型と言っても過言では無いサイズ。
しかし、その機体からは言い表しようの無い、まるでこの世の存在では無いかのような威圧感が溢れている。
十五メートル程の機体が存在する空間に、無理矢理大隊規模のスーパーロボットを押しこんで人型に纏め上げたような圧倒的な存在密度。
だが、ナデシコもアークエンジェルも幾多の戦場を乗り越えてきた精鋭。その異様な雰囲気に呑まれることなく迎撃の指示を出す。
先ずは得体のしれない未知の敵よりも、既知の驚異から取り除く。

「艦尾ミサイル全弾照準! ヘルダート用意、バリアント、狙え!」

艦橋後方の16門艦対空ミサイル発射管にミサイルが装填され、艦側面に配置されたリニアガンが棒立ちのMFデビルガンダムを狙い打つ。
未だ搭乗者である鳴無美鳥が乗りこんでいないMFデビルガンダムは、しかし当然のようにその卵型の前腕部で打ち出された弾体を払いのけ、肩に乗る自らの搭乗者を守る。

「鈍い鈍い、鈍過ぎて欠伸がでるぜぇ」

連続で迫る弾体を気にも留めず悠々と頭部コックピットへと戻る鳴無美鳥。
コックピットの中に搭乗者が戻ると、攻撃を防ぐ時もどこか機械的だったMFデビルガンダムの動きに、生物的な躍動感が生まれる。
次いで、MFデビルガンダムが重さを感じさせない軽やかな歩みでアークエンジェルへと接近。二歩、三歩と歩む内に、映像をコマ落とししたかのように急速に距離を詰める。
一人だけ時間の流れの外に居る様な、時間すら飛び越えるフットワーク。

「やらせるかよ!」

アークエンジェルから出撃したバスターガンダム、ストライクガンダム、デュエルガンダムAS、ストライクルージュがビームライフルや対装甲散弾、レールガンなどをMFデビルガンダム目掛け放つ。
だが、ビームは全て紙一重で避けられ、散弾やレールガンなどの実体弾は全てMFデビルガンダムの巨大な五指によって摘まみ取られ、接近を止める事すら出来ない。
MFデビルガンダムはアークエンジェルまであと一歩という処まで迫り、そこで急停止、一足飛びにデュエルガンダムASの懐に飛び込み、光を湛えたその五指をコックピットの下、下腹部の辺りに押し付ける。

「元競技用ごときがぁ!」

しかし、イザークとて伊達に高い金を費やして遺伝子調整を行われた訳では無い。
即座にビームサーベルを抜き放ち、押しあてられたマニュピレーターを切り落とさんと振るう。

「やっぱりさぁ」

「ぐッ」

が、ビームサーベルを構えた両腕が、肩関節から爆発する。
いつの間にかMFデビルガンダムの脚部から切り離されていた四天王ビットの一つが、PS装甲に守られていない関節部にニードルを突き刺し、そのまま自爆して腕を破壊したのだ。
角度的に懐の敵にレールガンは当てることが出来ない。ミサイルポッドは自分も巻き込まれる。イーゲルシュテルンは今まさに当て続けているがダメージになっていない。

「これで潰す相手は、ドモンか相良、さもなきゃてめえしか居ねえよなぁ? これが──」

軽く当てられていただけだったマニピュレーターの五指は今や下腹部を鷲掴みにし、逃げる事も敵わない。
五指の間に湛えられていた光は遂に、破壊的な熱量を伴いデュエルガンダムASの装甲を熔解させる。

「こんな、こんな事が……」

「シャイニングフィンガーというものかぁ!」

追加装甲をも容易く貫くビームの熱量によって、呆気なく撃破されるデュエルガンダム。
爆発寸前のそれを、ゴミをごみ箱にでも放り投げるかのような気安さで明後日の方向に投げ捨てるMFデビルガンダム。

「イザーク! てんめぇ!」

「落ち着け、パイロットは無事だ」

「お前、これ以上好き勝手出来ると思うなよ!」

残りの三機が陣形を組み直す。二機のストライクが前衛、バスターが後衛に回り援護を行うといった陣形なのだろう。
投げ捨てられたデュエルの残骸を射線上に入れないように考えられているのか、ストライク、ストライクルージュは片手にサーベルを構えつつビームライフルを連続で発射しながらMFデビルガンダムへ迫り、バスターも収束火線ライフルで援護に入っている。
だが、連携を組み迫る三体のMSを前にMFデビルガンダムは余裕たっぷりに両腕を広げ、もはや避けることすらせずにバリアを張りその全てを無効化する。

「手前ら雑兵を片付けるのがあたしの役目なのは確かだけどさ、だからってそんな手間をかけてやるつもりは無ぇんだ」

「手間掛けたくないなら、さっさとやられちゃくれんかな」

効果が無いと見るやビームライフルを戻し、両の手にサーベルを構え直すストライク。そのパイロットであるムウ・ラ・フラガの半ば以上本音の軽口を美鳥は軽く鼻で笑い飛ばす。

「いんや、手前ら程度の雑魚にやられてやるよりぁあ、こっちの方がよっぽど簡単ってもんよ。──暴食せよ、『スターヴァンパイア』!」

MFデビルガンダムの全身から、辺り一帯、それこそ後方に回っていたバスターガンダムまで巻き込むような量の煙が溢れ出す。
しかし防がれたのは視界だけで、レーダーには未だMFデビルガンダムの位置がハッキリと映し出されている。

「ふん、何を出してくるのかと思えば、ただの煙幕だなんて……」

「……いかん! お前ら、早くこの煙の中から出ろ!」

「え? あ、あれ、なんだこれ、バッテリー残量が!」

ムウの注意に疑問符を返すカガリだったが、ふと目に入ったバッテリーの状況に目を剥く。
今さっきバッテリーを完全に充電して出撃したばかりなのに、もはやPS装甲を展開するどころかその場に立っていることすら困難な量の電力しか残されていないのだ。
装甲の色を灰色に染め、その場にくず折れる三機のMS。
力無く倒れるストライクルージュの頭部を踏みつぶしながら、MFデビルガンダムの美鳥が嘲るように笑う。

「アスハのガキがサハクの技術で落とされるとか、ミナ様ファンにはたまんねぇ光景だよなぁ。ひひひ」

ミラージュコロイドを高濃度で散布しバッテリに蓄えられた電力を放電させ、同時に自らの力とする。
使用されている技術はゴールドフレームに搭載されたマガノイクタチのモノの発展形。
現時点でのアマノミハシラの技術力では接触した相手にしか行えないが、鳴無兄妹がこれまで蒐集してきた様々な技術により、最初に目指していた武装を完全に再現してみせたのだ。
倒れ伏す三機のMSの手足を、武装を、武器を使うまでも無くただ踏みつぶして破壊していく。

三機の無力化を終えたMFデビルガンダムはアークエンジェルの方に向き直る。
アークエンジェルは今、三機の四天王ビットによる襲撃を受けている。
そう、MFデビルガンダムはデュエルガンダムへ向かい方向転換をする直前ビットを切り離しアークエンジェルの攻撃へと向かわせていたのである。
切り離されたビットは即座にECSのよりその姿を肉眼、レーダー双方から消し、MFデビルガンダムが注意を惹きつけている間にアークエンジェルに接近。
ミラージュコロイド粒子と共に散布された、量子コンピュータを操るコンピュータウイルスの乗せられたナノマシンが残る三機のMSに取りつき、アークエンジェルからの救援要請が来ていないように見せかけていたのである。
後にディスティニーアストレイでも同系列の量子コンピュータ用ウイルスが使用されるが、それと同じくレーダーやカメラの映像を操らなかったのは鳴無美鳥の余裕かけれんみか。
ともかく、主人公機の名前繋がりでスターヴァンパイアなどと言いつつ同時にバッド・トリップ・ワインでもあるこの厄介極まりない攻撃は、見事にアークエンジェルとMS部隊を一ターン以内に無力化してしまったのである。

「まだ整備の終わってないM1アストレイが居るみてぇだが、いちいち相手すんのもたりぃんだよなぁ」

艦に取りつき攻撃を繰り返す四天王ビットを落とそうとイーゲルシュテルンを放ち抵抗を続けるアークエンジェルに、再び光を宿した腕を向けるMFデビルガンダム。

「まとめて消えっちまいな」

腕に、五指の間に収束した光が指向性を持たされ解放される。
アークエンジェルのラミネート装甲が、直撃したビームの熱量を艦表面に拡散させダメージを和らげる。
しかし、排熱処理が終わるよりも早く更に二射目三射目のビームを喰らい、遂にはMSハッチと格納庫を熔解、貫通。

「ヒュウ♪」

整備途中のMSや弾薬が誘爆し、予想以上のダメージが入ったのに気を良くしたのか、次々とアークエンジェルの各部にビームを放ち、四天王ビットに指示を出し搭載されている武装を次々と破壊していく。
なるべく人が居ないブロックを狙った攻撃はしかし決して手心を加えている訳では無く、武装を奪い無力化する事を第一に考え、第二に『武装を破壊し終わったら殺される』という恐怖をクルーに植え付けて遊んでいるのだ。
つい最近まで仲間として接し積み上げてきた人間関係を自らの手で破壊するその行為は積み木崩しにも似たカタルシスとなる。
ナデシコ程では無いが、アークエンジェルのクルーにもそれなりに顔見知りの居る美鳥は、その記憶の中にある顔や声を思い浮かべながら心底楽しげに引き金を引く。
未だ精神の本質的な部分で幼く、子供ならではの残虐性をその心に秘めた美鳥にとってはこの上ない快感であった。
子供が生きた虫の脚や羽根を毟り取るように、次々にアークエンジェルの武装を潰していく。その攻撃の矛先が、遂にブリッジへ向き、超高熱の奔流が放たれんとした、その時。

「やめろおおおおぉ!」

叫び声と同時、高出力のビームが空からMFデビルガンダム向けて降り注ぐ。
バリアの出力を僅かに上回り貫通可能なそれと、僅かに間をおいて降り注ぐ電磁加速された弾丸。
しかし、着弾する直前に突如としてMFデビルガンダムの姿がその場から掻き消え、攻撃の主──フリーダムのキラは素早くレーダーを確認。
先ほどまでアークエンジェルとMS部隊以外が束になって鳴無卓也の駆る黒いボウライダーと交戦していたのだが、アークエンジェルの救援要請を受け、急いで此方に駆け付けたのだ。
間一髪のところで間に合った。とはいえ、アークエンジェルは既に戦闘行動が取れる状況では無く、被害の状況から見て戦死者も決して少なくは無い。
少なく見積もっても、整備を行っていた整備班、アストレイ専属のパイロットは無事ではないだろう。非戦闘員が乗って居ないのが救いと言えば救いだが、それは何の慰めにもならないだろう。

「どうして、どうしてこんな……!」

キラは顔見知りの人間の死に、顔を泣きそうな表情に歪め、しかし突如背後から放たれたビームの斬撃に反射的に対応する。
既にボウライダーとの僅かな戦闘で大破寸前だったミーティアとの合体を解除、大質量の火器の塊であるそれを斬撃の放たれてきた方向目掛け自動操縦で吶喊させる。

「君は、どうしてこんな真似が出来るんだ!」

そして、半壊のミーティアを一瞬で細切れに切り裂き、爆炎を抜けて現れたMFデビルガンダムの手から伸びるビームサーベルをラケルタ・ビームサーベルで斬り払う。

「そりゃこっちのセリフだっつうの。なんで只の人類があのタイミングの攻撃に全部対応できんだよ。これだから『よめがかんがえたちょうつよいいけめん』は嫌いなんだ……」

苦い声でキラの問いとは関係無い事に愚痴を零す美鳥。
ボソンジャンプで僅かに出現のタイミングをもずらした時間、空間転移攻撃。
並のエースでも対応する事が難しいそれを、種割れで極限まで精神を集中させていたキラはひらめきのみで回避、反撃を繰り出してみせたのである。
文字通り、同作品内の他のパイロットとは次元の違う強さに、さしもの美鳥も呆れ返る。

「パイロットを殺さなかったのは迂闊だったな、ディアッカから攻撃の種は聞いた。俺達は不用意にお前の霧の中で立ち止まらないし、アークエンジェルの方に居たドラグーンも潰させて貰った。ここで落ちろ!」

同じくアークエンジェルの援護に駆け付け、今まで四天王ビットの処理をしていたアスランのジャスティスが、フリーダム反対側に現れMFデビルガンダムを挟み込むようにしてサーベルを構える。
MSのビームライフルが出力の関係で効かないのは確認済み、恐ろしい話だがレールガン程度の弾速では全て見切られて受け止められるか回避されるかのどちらか。
もしかしたら通用したかもしれないミーティアの攻撃はフリーダム、ジャスティス共にミーティアを破棄してしまった為に勘定に入れることもできない。
だが、それでもこれ以上放置する訳にも行かない。それをしてしまったが最後、自分達が戻る船が破壊されてしまう。
そんな悲壮な覚悟のキラとアスランをあざ笑うかのように、二機の間のMFデビルガンダムは自然体。
MFデビルガンダムは手から伸ばしたビームサーベルでフリーダムの胴体を指し示す。そこに攻撃が来るぞ、とでも予告するかの如く。

「あたしに夢中なのは構わねえけど、そんなんじゃ足元掬われるぜ?」

「そんな御託──キラ、後ろだ!」

「え、うああああああああぁっ!」

フリーダムの背面、PS装甲に守られていないブースターが爆発する。どこからか加えられた攻撃、しかもその攻撃の主は──

「馬鹿な、あのドラグーンは全機破壊した筈」

そう、フリーダムに攻撃を加えたのは、先ほどジャスティスが破壊した筈の四天王ビット。
しかもその数は倍に増え、更に電撃を放つ銀色の球体までもがフリーダムへの攻撃に加わっている。
心なしか色の薄くなったそれらは、脱皮したての昆虫か、あるいは、ロールアウトしたばかりで塗装もされていない量産機を連想させた。

「あたしの乗ってる『コレ』が、デビルガンダムの系譜だって忘れたかぁ?」

そう、破壊された地に落ちた四天王ビットの残骸は、地面を構成する金属を取り込み自らの欠損部分を瞬く間に修復、数と種類を増やして主の敵に自らの意思で攻撃を加えたのである。
接触するまで気取られぬようECSを掛けたまま慎重に近づき、フリーダムの機動力を削いだのである。

「か゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛っ────!!」

そして、銀色の球体から絶え間なく放たれる超高圧電流により全身の筋肉を焼かれ、絞め殺される鳥のような絶叫を上げるキラ。
如何にフリーダムが優れた機体でも、如何にスーパーコーディネイターが常識はずれな身体能力を有していようとも、全身の細胞を余さず高圧電流で焼かれたままでは抵抗のしようも無い。

「キラ!」

フリーダムに纏わりつく銀の球体と四天王ビットを破壊せんとするジャスティスを、MFデビルガンダムが道を塞ぎ妨害する。

「おいおい、あたしの相手もしろよヅラホモ野郎」

「この、邪魔だぁ!」

ファトゥムー00に乗り、ビームサーベルですれ違いざまにMFデビルガンダムを切り捨てフリーダムの救援に向かおうとするジャスティス。
そのファトゥムー00を、フリーダムに纏わりついていた四天王ビットの内の一機がピンポイントで翼の片方の先端を粒子弾で狙い打つ。
バランスの崩れるファトゥムー00からよろける様に転げ落ち、しかし瞬時に姿勢を立て直したジャスティスにMFデビルガンダムのビームサーベル、いや、溶断破砕マニピュレーターが迫る。
眼前に迫る破壊の光、しかし、この距離ならばまだ受け切ることができるとアスランはジャスティスにビームサーベルを構えさせる。
そんなジャスティスを『前方を除く全ての方向から貫く無数の溶断破砕マニピュレーター』
目の前のMFデビルガンダムのジャスティスに向けられた腕は、『肘から先が虚空に融けるように消え失せている』

「あ、え?」

その異様な光景に、既にコックピットの中が小規模な爆発を起こしているにも関わらず、呆けた声をあげるアスラン。
ノイズ混じりの通信がカガリの悲鳴と、鳴無美鳥のしてやったりと言いたげな顔を見せる。

「獅子神吼が闘法『跳空殺手』のアレンジ、なんて言ってもわかんねぇよなぁ、マイナーだし。旅の扉とか言った方が若い子には理解しやすいか? MFっぽい外見してっから格闘戦は真っ向勝負なんて思いこみが手前の敗因だろうよ」

その美鳥の言葉が終わるのを皮切りに、溶断破砕マニピュレーターがビームの出力を上げ、更に深くジャスティスのボディを抉り、

「じゃあな」

爆発すらすることなく呆気なく蒸発させ、ジャスティスをこの世から消滅させた。

「アスラァァァァアァン!」

悲痛なカガリの叫びを聞き流し、MFデビルガンダムのコックピットの中で美鳥は状況を確認する。
アークエンジェルは戦闘能力、艦載機を全て消失。
ジャスティス撃破、フリーダムは──確認した、コックピットの中に人間大の炭の塊を確認。パイロット消失及び電装系の破壊により無力化完了。
通信からカガリやら何やらの非難が聞こえる、相手側の通信機能を掌握、遮断。

「これであたしの担当分は終了かな」

あとは、お兄さんの予想が正しかった時の事を考えて、アレの出撃準備を済ませておこう。
そう考え、美鳥のMFデビルガンダムは虚空へと融ける様にその場から消え失せた。

―――――――――――――――――――

それは、圧倒的な破壊だった。
攻撃という言葉では容易過ぎる。弾幕という表現は優し過ぎる。爆撃という分類では温過ぎる。
豪雨のように降り注ぐ特殊金属の弾丸はその進路上のモノを容易く抉り貫き、様々な金属で構成されている機械の巨人の質量を減らしていく。
空から射す光はそれに触れたモノを余さず焼き熔かし、曲がる筈の無いその光は意思を持つ生き物の様に追いすがり、遍くその場に居るモノへと喰らい付く。

この恐るべき密度の弾幕を形成するのは、黒いボウライダーの周囲に無数に展開する黒い立方体(キューブ)。
この立方体は細かく蠕動するように変形を繰り返し、表面に走った亀裂から追尾式の熱光線を、サイの目のように空いた銃口から実体弾を吐き出す。
この立方体は蜃気楼のように不安定に出現と消滅を繰り返し、撃ち落とそうにもタイミングを合わせなければ命中させる事も難しい。
そしてそれらの吐き出す攻撃の脅威は、その身の巨大なモノほど抗う事が難しい。

「くっそお、サーメットの装甲を紙みたいに破りやがって」

「これ以上はまずいですよ豹馬さん!」

「お兄ちゃん、もうだめだよぉ」

「いや、まだだ。まだボルテスは戦える!」

全高50メートルのコンバトラーとボルテスは、まさに恰好の的といっても過言では無い。
これがまだ分離した状態であれば一気に距離を取って攻撃の範囲外に逃げる事も出来たかもしれない。
だが、ボルテスとコンバトラーは逃げるよりも黒いボウライダーに先制攻撃を放つ事を優先した。
初手から全力という訳には行かなかったが、コンバトラーはビックブラスト、ボルテスは超電磁コマを、それぞれ威力と射程、弾速から見て最良の選択であった。
だが、それはあくまでもボルテスとコンバトラーの機体性能の中での最良最善。
ビックブラストは目標への道程を半分も進むことなく撃墜され、超電磁コマもまたあっさりと高密度の弾幕によって撃ち落とされてしまった。
そして、スーパー系機体の中でこの二機だけが回避する事もままならず、今も苛烈な攻撃に曝されているのだ。
しかし、この二機の超電磁ロボが未だ生き残っているのが、鳴無兄妹が何となく置いて行った超電磁フィールド技術により使用可能時間が大幅に延長された高圧超電磁バリアがあったからというのはどういった皮肉か。
そのバリアも、変形を解除した状態では使用できない。今この場から逃げる為に合体を解除すれば、一瞬にして全マシンが粉々に粉砕されてしまう。
絶体絶命、万事休す。
しかし、豹馬の目にも健一の目にも絶望の色は無い。
二人は互いに目配せをし、起死回生の一打を放たんとする。

「行くぞ、豹馬!」

「おうよ、俺達の底力見せてやるぜ!」

ボルテスが天空剣を構え、コンバトラーがボルテスの背目掛け超電磁タツマキを放つ。
タツマキと反発する磁極の高圧超電磁バリアを全身に纏うことにより加速度を上げ、更に竜巻によりボルテスを超威力の弾幕から保護しているのだ。
タツマキに覆われていない正面から迫る攻撃を威力を上げた超電磁ボールで防ぎ、天空剣を構えたボルテスはそのまま天高く跳び上がる!
そして、遂にボルテスは弾幕の向こう、黒いボウライダーよりも高い位置に到達。

「天空ゥ剣!」

更に、ボルテスの後方からタツマキの中を抜けて、スピン状態のコンバトラーが追撃を掛ける。

「超電磁ィ……」

空から必殺の剣が、地から身を顧みない決死の突撃が、黒いボウライダー目掛け同時に放たれる。

「必殺、Vの字斬りぃぃぃっ!」

「スピィィィィィィィィィンッッ!」

高圧の超電磁ボールと超電磁タツマキを受け、黒いボウライダーは両者の攻撃を前に身じろぎ一つ見せること無く、二つの過剰殺傷攻撃をその身に直撃させた。


―――――――――――――――――――


直撃させた筈だった、あのタイミングでの回避は間に合いようがない。
如何に身軽なボウライダーといえども、あの状態から取れる防御ではこの必殺の合体攻撃は防ぎきれるものでは無い。コンバトラーチームとボルテスチームは、勝利を確信してもいい筈だったのだ。

「いやいや、御見事。流石は同系統の技術で作られた超電磁ロボット、見事な連携といったところか」

目の前で、天に掲げた左手で天空剣を、地に下ろした右手でクリスタルカッターをそれぞれ軽々と受け止める、黒いボウライダーの姿を見るまでは。
超電磁ボールは直撃した、今のボウライダーの装甲は分子構造を破壊されスカスカの発泡スチロールのような有様の筈。
超電磁タツマキで張りつけにされ、こちらの攻撃を受けるような動きは取れない筈。
そんな疑問を、そんな当たり前の結末を、黒いボウライダーはいとも容易く覆してしまったのだ。
50メートル級のスーパーロボットの持つ、15メートル級の機体からすれば自らの身の丈以上の長さの凶器を、50メートル級の機体そのものを使った突進を、ボルテスとコンバトラーから見れば小枝に例えても不自然では無いボウライダーの腕が、指が、しっかりとホールドしている。
黒いボウライダーが手に力を込めると、天空剣とクリスタルカッターが音を立ててひび割れた。スカスカでも無ければ磔にもされていない。未だその力は健在。

「超電磁加重砲、右手」

黒いボウライダーの右腕側面、四基のコネクタにボルテスに搭載されたものよりも格段に小型化された超電磁加重砲が実体化、装填される。

「ウルトラマグコン、左手」

更に左腕のコネクタにも、四基のマグコンが実体化し装填される。
右手の加重砲はクリスタルカッターを掴まれ逃れられないコンバトラーを、右手のウルトラマグコンは天空剣を放しその場から逃れようとしているボルテスを狙う。
間髪入れず、超電磁ボールが四発コンバトラーに叩きこまれ、四重の超電磁タツマキにボルテスが飲み込まれる。

「くそ、こんな所で負けられるか! 動け、ボルテス!」

「このぉぉ、放せ、放せよテメェ!」

しかし、通常の数倍の出力の超電磁タツマキを四重に喰らい、当然ボルテスは動けないし、分子構造を破壊され、形はとどめながらもスクラップ同然のコンバトラーは黒いボウライダーの手から逃れることができる程のパワーを出す事も出来ない。
黒いボウライダーの手首に設置された青い球体が、低い虫の羽音のような振動音を鳴らしながら紅く変色する。それは、低出力稼働から超過稼働へと移行した証。攻撃の予兆でもある。

「超電磁組、リタイア」

紅く染まった球体から、眼を焼く眩い閃光が走る。
その閃光は磔にされたボルテスを、腕を捕えられたままのコンバトラーを貫き、その向こうに出現した黒い立方体に受け止められ増幅、他の立方体に転送され、異なる角度から再び二機の超電磁ロボを貫く。
更にそれを他の立方体が受け止め増幅し転送し再発射、貫き、更に他の立方体が受け止め増幅転送再発射、更に更に更に……。
何時終わるともしれない再攻撃の嵐は、二機の超電磁ロボがバラバラになるまで繰り返され、唐突に終わりを告げた。
黒いボウライダーが、天空剣と砕けたクリスタルカッターを手から放す。

「ほら、放してやったぞ」

黒いボウライダーの手からこぼれおちた二つの武器は地面に落ち、涼やかにすら聞こえる音を立て粉々に砕け、超電磁ロボの完全敗北を確定した。

―――――――――――――――――――

「そんな、コンバトラーとボルテスの合体攻撃で無傷だなんて……」

B・ブリガンディのコパイシートのカティアが呆然と呟く。嵐のような攻撃が始まる直前、サイトロンで危機を察知した統夜はオルゴンクラウドでその場を離れていたのだ。

「どうなってるってのさ、あいつの装甲は!」

ビーストモードのランドクーガーで、弾幕の濃い薄い外側を駆け回り回避行動を続ける沙羅が愚痴を零す。
獣戦機隊のパイロットはその野生の勘により戦闘開始と同時に即座に分離、一番速度の速く小回りの利くビーストモードで逃げ回り反撃の機会を窺っている。

「いや、無傷ではない。攻撃を受けた瞬間に、僅かに装甲が削れていた」

同じくビッグモスのビーストモードで逃げ、しかし巨体故に回避しきれない攻撃で僅かにダメージを追っている亮が冷静に分析する。
が、亮の指摘した装甲のダメージは既に修復され跡形もない。

「重装甲な上に、ダメージを受けると同時に回復しているという事か」

超電磁ロボの攻撃で僅かに傷が付く程の重装甲で、しかも二機の攻撃を手で受け切った事から考えて機動性も悪くない。
挙句の果てに、ダメージは即座に再生されてしまう。
最初から距離を取って対峙していたアーバレストの宗助が、絶望的とも言える敵機の性能を改めて確認し、その上で打倒する策を考える。

「再生に関しては、どうにか出来るかもしれないわ」

「どういうことだよ美久ちゃん」

ゼオライマーの中に次元連結システムとして組み込まれている美久の言葉に、ナデシコの防衛を行っているアキトが聞き返す。
そのアキトの問いに、ゼオライマーのパイロットであるマサトが答え、それに美久が補足する。

「あの自己再生は、デビルガンダムよりも僕のゼオライマーと似た理論で行われているんだ。多分、次元連結システムの発展型のようなものを搭載している。だから、ゼオライマーの次元連結システムでボウライダーと他の次元の連続性を断絶することが出来れば、少なくとも再生能力を無くす事は出来る」

「でも、それを行うにはゼオライマーをボウライダーに一度接触させる必要があるの。それに再生能力を封じるまで、ゼオライマーは攻撃にも防御にも次元連結システムを使う事が出来ない」

それは、この弾幕の中を裸で走るも同然。

「なら、ボウライダーに触れるまでは俺達が盾になるとしよう」

「一発ぶちかましてやろうぜ!」

グレートマジンガーとマジンカイザーがゼオライマーを守るように一歩前に出る。
超合金ニューZとニューZα製のこの二機ならば、この攻撃の中でもゼオライマーを送り届ける事ができる。

「俺の方でも敵の攻撃を逸らすことが出来るかもしれない。アル、やれるか」

「肯定です」

アーバレストが更に後ろに下がり、ラムダドライバの全能力でもってゼオライマーの前面に強力な斥力の壁を形成する。

「よし、行こう!」

ゼオライマーが、二体の魔神が空を飛ぶ。
熱光線と音速を超える弾丸の雨にその身を晒し、それでも二体の魔神はひるまずゼオライマーをボウライダーに接触させる為に壁になる。
二体の壁を抜けた攻撃も、ラムダドライバの生み出す斥力場が逸らすことでゼオライマーには届かない。
三機は進む。黒いボウライダー目掛け、地球の命を守る為に、命を弄ばれた者達の無念を晴らす為に。

―――――――――――――――――――

いい、いいね。
正に団結、最終決戦。立ちはだかる巨大な壁を、愛と努力と友情で打ち砕き乗り越える正統派の正義の味方。この世界における主人公。
負けという結果は無かった事(リセット)にされ、歩む道(ストーリー)は常に正道。用意された結末はハッピーエンドで、勝ちを義務付けられた予定調和の勝者達。
そう、お前らにはそれがある。プレイヤーの操る主人公として、絶対勝利と不屈の意思の具現、主人公補正というモノが。
この世界で勝ちを義務付けられた連中を完膚なきまでに打倒し、勝利をこの手に掴み取る。
それが、俺がこの世界で得られる強さを全て手に入れたという証になる!

「重力加速式速射砲、両手」

ナナフシの重力レールガンを小型化し組み込み再設計した速射砲を両腕に形成する。
弾体は超合金ニューZαの発展形超合金と、着弾と同時に発生、蒸発するマイクロブラックホール弾頭。
弾幕は俺のボウライダーに近づけば近付くほど密度が上がる。耐えきれずに減速した所で狙い撃ちにして、ゼオライマーとマジンガー二機を一網打尽だ。

「だめだ、後一歩、あと一歩の距離が足りない」

マサトの泣き言が聞こえる。
人格の融合でマサキの冷静さも持ち合わせているあいつが泣き言を言うんだから、どうしようも無いのだろう。
さぁ、ここからだ。どうなる、どうする。
このままでは俺の予想通りゼオライマーとマジンガーは減速を開始し、あと一歩の所で届かない。
お前らは主人公だ、こんな絶体絶命の状況でも、何か、何か手があるんだろう?
さぁさぁさぁ、さぁ、さあ! 見せてみろよご都合主義!

「その一歩、詰めさせて貰う!」

少しだけ聞き覚えのある叫び声と、背後に朧げな敵の気配。
この気配にキューブどもが反応しない。キューブどものセンサーでは確認できないのか?
いや、そうか、これは実体化の途中、ジャンプアウトする前兆。
ボソンジャンプ、このタイミングで狙い澄ましたように、背後にボウライダーを押し込めるだけの出力を持った機体が。

「遅かったじゃないか、いや、時間通りか?」

騎士機ラフトクランズの黒、アル=ヴァン・ランクス。あの日あの時、オーブで俺とは違う次元に飛ばされた機体が、危機に駆け付けるように現れた。
振り向けない、今からでは間に合わない。いや、ここは殊勝に受けるのも悪くないか。
一撃、オルゴンソードFモードの刃が叩きつけられ、僅か十数メートルだが確かに存在していたゼオライマーと俺の距離をゼロに縮めた。

「あの日、貴様とは違う時間の流れに乗った私は、遥か数万年前の火星に飛ばされたのだ」

「なんやかんやあって遺跡の文明人どもに送ってもらったという訳ですね、分かります」

ル・カイン様じゃねぇか!という突っ込みはどこからも入らない。
いや、これぞまさにご都合主義。
最終回でスポット参戦は原作であった流れだが、俺と同じく時間と空間の果てに飛ばされたと思ったこいつが、同一世界の高々数万年前に送られるだけで済んだとは。
出現と同時にあんな真似が出来たのは、遥かな過去でサイトロンによる未来視が働いたのだろう。こいつらを勝たせる為に。

「でも、お前の同胞はもう姫様一人だけ。それを踏まえた上で問おう。守るべき民亡き今、騎士であるお前は何をする、何ができる!」

斬艦刀の如く長大に伸びていた刀身が砕け、折りたたまれたソードライフルがオルゴンソードを再形成する。
その剣先を向け、フューリー聖騎士団ただ一人の生き残りは突きつけるように雄々しく宣言した。

「多くの同胞の仇を討ち、シャナ=ミア様の未来をお守りする」

面白い。既にフューリーの視点で言えば勝利は無く、これからは地球人との交配を重ね血は薄れただ地球人にまぎれ消えていくだけだというのに、それでも勝負を捨てていない。
そうでなければ、そうでなければいけない。戦うのなら、全力の意思と意地の潰し合いで無ければ!

「遊んでやるぞ、ドン・キホーテ!」

そういう強い意志で無ければ、叩き潰しがいも無い!
片腕の武装を消し、無手になったボウライダーの指が音を立て鳴らされる。

「ただし、手前の相手はこいつ」

ラフトクランズの背後の空間が裂け、一体の機動兵器が出現する。
既にエンジンはフルスロットル。オルゴンエクストラクタの回転率も機械によって底上げが完了済み。
サイトロン適合体專用超格闘戦偏重機動兵器、クストウェル・ブラキウム。
搭乗パイロットは、サイトロン適合率は生体改造にて騎士団長並みに強化された、ある人物。

「アァァァぁル、ヴァアぁァぁぁぁァンッッッッッ!」

「っ!?」

元連合宇宙軍少尉、ホワイトリンクスの異名を誇る天才アーマー乗り、更に元アシュアリークロイツェル所属のテスト機の運用評価及び教導官でもある──

「本日のスペシャルゲスト、白猫ことカルヴィナ・クーランジュ。暫くぶりの恋人との再会だ、思う存分語り合ってくれ」

巨大なオルゴンナックルによるチョッピングを受け、その場から離脱するラフトクランズとクストウェル・ブラキウム。
そして何時の間にやらゼオライマーは距離を置き、両脇にはグレートとカイザー。
まぁ次元連結システムの無いゼオライマーとか木偶同然だし、当然の判断か。

「ここまでだな卓也さん。今まで騙されてた分、きっちりぶちのめしてやるぜ!」

「次元連結システムを封じられた今、先ほどまでのような無茶は出来まい。覚悟しろ!」

セリフと共にマジンガーブレードとカイザーブレードが同時に振り下ろされる。

「ブレード、両手」

残る片手の速射砲も捨て、電動鋸型ブレードをコネクタから直接生成。グレートとカイザーのブレードを力任せに弾き返す。
が、相手もこういったガチンコの格闘戦を考慮したスーパーロボット、弾き返されても何度も切りつけてくる。
超電磁フィールドはあえて展開していないが、それでもこのブレードの刃に使われている金属は二体の装甲を遥かに上回る強度を持っているし、リアルタイムで新品同然の状態に更新され続けている。
だというのに、カイザーブレードどころかマジンガーブレードにも一向に折れたり削れたりする様子が無い。
剣の扱い方に特殊な要素は見いだせないというのにこれだ。ヒーロー補正というものだろうか。
こうなると打ち合いを止めることはできない、そうなるとどうにもこうにも抜けられ無い。
肩のクローアームがあればどうにでもできたのだが、かっこつけて肩の武装を全部キューブに代用させるのは流石にまずかったか。
この状況でキューブを呼び出せば警戒されて迎撃される。相手は二体、片一方が俺と打ち合いを続け、片一方がキューブを迎撃する程度の分業はできるはずだ。

手首と胸部の球体からは光が消えている。次元連結システムは復旧に少し掛かるか。流石は開発者とオリジナル、性能が劣る旧式でこんな真似が出来るとは。
次元連結システムが無ければキューブ共の性能もガタ落ち、しばらくすれば他の連中もキューブを処理してここまでやってくるだろう。
とはいえ、マジンガー系列はあれで倒そうと思っていたし丁度いい、まとめて掛かってきてくれるなら面倒が少なくて済むのも確かだ。
と、何時の間にかグレートが二刀でこちらに斬りかかり、カイザーが距離を取ってブレストプレートを赤く光らせている。
グレートが力の限りブレードを振り抜き俺を弾き飛ばす、その先に、カイザーが狙いを定めていたらしい。
これは、どうだろう、耐えられるか? いや考えるだけ無駄だな、避けようが無い。
ここは文字通り、不屈の精神で堪えさせて貰おうか。

「一気に片付けるぜ、ファイヤーブラスター!」

―――――――――――――――――――

マジンカイザーのブレストプレートから放たれた熱光線が黒いボウライダーに直撃し、爆発する。
爆炎に呑み込まれる黒いボウライダー。

「やったか?」

やや出現と消失の間隔が長くなった立方体を処理していたアーバレストの宗助が撃墜の成否を誰にともなく確かめる。
レーダーでは確認のしようも無い。
黒いボウライダーとその周りの立方体はレーダーの上では同一の反応を見せる為、肉眼で確認するしかないのだ。
今現在、黒いボウライダーは再生能力を封じられている為、ダメージを負ったのであれば戦い易くなるのだが……。

「いくらボウライダーでも、あの距離からのファイヤーブラスターを喰らえば一溜まりも、うわぁっ!」

「何、どうした甲児くん! ぬおぉ!」

爆炎の中から黒く巨大な鉤爪の様なものが突き出し、カイザーとグレートの胴体を鷲掴む。
かつてナデシコに居た時、ボウライダーが換装パーツとして使用していたクローアームに酷似しているが、ボウライダーに合わせて一回り巨大になり、そのシルエットはより骨太になり、引き裂くよりもただ力強く掴む事を優先したものとなっている。
その姿はまさしく、マジンガーなどのスーパーロボットを相手にする事を考えて作りなおされた、ボウライダー第二の腕。

「温うございます」

煙が晴れ、機体表面を赤熱させながら、どこのパーツにも欠損の無いボウライダーが現れる。

「そんな、ファイヤーブラスターも効かないのかよ!」

理不尽だ! と、余りのボウライダーの強度に悲鳴を上げる甲児。
カイザーをクローアームから引きはがそうともがかせるものの、カイザーのボディが軋むだけでクローには何の変化も与えられない。
パワーで劣るグレートは言わずもがな、逆にミシミシと音を立ててボディにクローが減り込み始めている。
そんな二機の目の前で、赤熱していたボウライダーの装甲が見る見るうちに元の黒に染まっていく。ファイヤーブラスターで貰った熱量を、この短時間で全て処理して機体を冷却してしまったのだ。

「カイザーのブレストプレートは、ファイヤーブラスターを発射する毎に融けて壊れたりするか? つまりはそういうことだ」

そして、次元連結システムの停止と同時に光を失っていた胸部と手首の球体に、仄かに白く、それでいて眼を焼く炎のように激しい光が灯っているのを二人は目撃する。
次元連結システムが再起動した訳ではない、別のエネルギーだ。
そしてそれは二人にも馴染み深いエネルギーであり、世界で唯一兜甲児にのみ託された筈のエネルギーでもある。

「光子力エネルギー、フルチャージ」

マジンガーのパワーの源である光子力エネルギー。
黒いボウライダーに搭載された光子力反応炉発展型が全力稼働を開始。
この世界の兜甲児が未だ扱う事の出来ない力、光子力反応炉の文字通りの全パワー解放。
本来ならば魔神皇帝こそが放つべき破滅の光。

「冥途の土産という訳じゃあ無いが、一つ、良いものをお見せしよう、これが──」

黒いボウライダーの全身から光が溢れる。それは限界を超えた光子力反応炉が生み出す力の顕現。
カイザーノヴァ。
超合金ニューZαを超える強度のボディと、エネルギー変換効率を上昇させた強化型の反応炉より放たれる破滅的ですらある超常のエネルギー。
黒いボウライダーより放たれしその力は──

「く、くっそぉ……」

「この、程度のダメージで、グレートは……」

偉大な勇者に、そして本来の使い手である魔神皇帝に、敗北の二文字を与えた。
全身の装甲を熔解され、熱で骨格の歪んだ内部構造をさらけ出す、上下に分断されたグレートマジンガー。
グレート程では無いが、禍々しくも雄々しいそのシルエットを崩れさせ、溶けた装甲により関節を固定されてしまったマジンカイザー。
もはやまともに立つ事も出来なくなった二体の魔神を投げ捨て、淡々と宣言する。
いや、淡々と、とは言えない。
黒いボウライダーの中、その言葉を紡ぐ卓也の口は、確かに笑みを湛えている。

「マジンガーシリーズ、リタイア」

重々しい音を立てて、二体の魔神の骸が墜落する。
奇跡的にパイロットは無事だが、機体はこの戦闘中に修理する事は不可能だろう。
歴戦の戦士であり、魔神に選ばれた者達をその手で下したという、達成感にも似た感情が、鳴無卓也の胸に溢れていた。
しかし、その達成感を手にしても戦いは未だ終わらない。
未だ、敵の殲滅は完了していないのだ。

ゆっくりと高度を下げつつ、黒いボウライダーは周囲を見渡す。
分離状態のダンクーガ、ラムダドライバ発動済みのアーバレスト、次元連結システムを使えないゼオライマー、立方体を迎撃しナデシコを守るテンカワエステ、無傷だが、せわしなく動き回るB・ブリガンディ。
全機出撃している訳では無いが、これがナデシコとアークエンジェルの今出せる最大戦力。
出撃数は奇しくもゲームと同じ。だが、未だナデシコの中では機体の整備が、機体の『説得』が行われている。
そして、視界の、レーダーの外からボウライダーに迫る気配も存在する。ここから増援が増える可能性は十分あるのだ。
だがそれでいい、余力を残して全滅されては困る。全力を出しつくして貰わねば困るのだ。
全力を出し切った原作主人公達を倒さなければ、鳴無卓也は胸を張って姉に強くなって帰って来たと言い切れない。
だからこそ、迫りくる嘗ての仲間に、今の敵に容赦はしない。

「次はお前か、ドモン!」

―――――――――――――――――――

速度の面で優れる機体が多いので隠れがちではあるが、ゴッドガンダムは決して鈍足では無い。
地上(ギアナ高地)から飛び立ち僅か十秒足らずで大気圏外まで脱出する程度の速度を出し、更にまた地球の裏側(香港)まで一日と掛からずに到達することが可能なのである。
そのゴッドガンダムが今、持てる最高速度を持って黒いボウライダーへと迫り、その拳を振るう。

「歓迎するぞ、チャンピオン!」

歓喜を含む卓也の叫びと共に、黒いボウライダーのシルエットが変化を開始した。
肩から巨大な、悪魔の翼にも見えるクローアームを分離させる。
本体であるボウライダーから分かたれたそれは更に複雑怪奇な、三次元的な説明が不可能な超次元的な変形を繰り返し数個の立方体へとその姿を変え、周囲の他の機体へと向かって行く。
そして、歪さを残していた黒いボウライダーがみしりと音を立て、更に人型へと近づく。
もはや元のボウライダーの面影は、その鳥の嘴のように鋭角な頭部を残すのみ。
変形を終えると同時、地面に到達。拳法の独特な構えを取る。その姿勢、動き、呼吸、全てがドモンに覚えのある動き。

「この後に及んで、まだその技を使うつもりか! 盗み取ったその技を!」

流派東方不敗。この世界において並ぶ物の存在しない、究極と言って差し支えない格闘術。
そして、黒いボウライダーのその動きは、その流派を極め、究極奥儀を編み出した偉大なる格闘家そのもの。
ドモンの怒りを乗せたゴッドガンダムの拳を、流水の様な動きでいなし、逸らす。

「当たり前でしょう。使う為に盗んだのに使わない馬鹿がどこに居ると?」

せせら笑う。
鳴無卓也は格闘家ではない、ただ力を求めているだけであり、拳法も刀剣も銃砲火器も技術も何もかも、彼に力を与える為にツールとしか捉えていない。
格闘家の心構えも、彼にとっては拳法という武器の運用理論の一部でしか無い。
その事を理解し、ドモンは攻撃の手を緩めず、しかし自らの怒りを鎮める。
この相手は、冷静に冷酷に平静に拳法を、流派東方不敗を武器として振るう。それもマスターアジアにも匹敵する的確さでもってだ。

「だが、どんなに正確に技をトレース出来たとしても、所詮キサマはファイターに非ず!」

怒りに濁った拳では届かない。綺麗な手で無ければ届かない。
怒りに煮えた頭では予測できない。冷静に、鏡のように静かな水面の如きイメージを持たなければ。
ドモンの頭の中に、鏡のような水面に一滴の水が落ちるイメージが浮かぶ。
明鏡止水。格闘技、拳法における窮極の境地の一つ。
荒々しさが先行していたゴッドガンダムの動きが目に見えて滑らかに、無駄の無い洗練された動きになる。

「だからどうした、だからどうする。ええ、どうしたいか言ってみなよ、ガンダムファイター、キングオブハート、ドモン・カッシュ!」

鏡合わせのように拳を打ち合わせるボウライダーとゴッドガンダム。両者は一見して互角。威力と正確さはゴッドガンダムが、手数と一撃の鋭さはボウライダーが上回っている。
これは純粋な機体性能差、人間の動きを全て再現できるMF、だが黒いボウライダーはそれを上回る柔軟性を見せる。
技の威力は生粋の武道家と、動きと運用理論をトレースしただけの者の違いだろう。

手数で上回る黒いボウライダーの拳や蹴り脚が幾度となくゴッドガンダムを捕えるが、身のこなし一つでダメージを軽減している。
装甲を削られようとも、内部のメカにダメージが無ければ格闘戦は続ける事が出来る。
押されているようでいて、不利になるダメージは一度も受けていない。紙一重で致命傷を避け続ける神業。

対してゴッドガンダムの拳や蹴りが黒いボウライダーに当たる時は、その一撃一撃が確実にダメージを与えている。
が、数発も喰らえば動けなくなる筈の攻撃を幾度も喰らっているにも関わらず、未だボウライダーは戦闘を続行している。
受けた機体内部のダメージを即座に修復している。
次元連結システムを封じられても、黒いボウライダーは他の自己再生機能が存在している。DG細胞しかり、搭乗者の身体を構成するナノマシンしかり。
一撃で機体をバラバラにされなければ幾らでも戦闘が続行可能なのだ。

どちらの攻撃も、相手に致命傷を与えるに値しない。
が、小競り合いでは決着がつかない事はドモンとて承知していた。デビルガンダムを利用している以上、少なくともその機体にDG細胞が使用されている事は予測済み。
故に──

「決まっている。師匠が愛した地球の為にも、そして、流派東方不敗の誇りに賭けて、貴様を倒す! 貴様が見たがっていた、この技でな!」

蹴りと蹴りが交差し、距離を取るゴッドガンダムと黒いボウライダー。
腰を低く落とし、精神を統一する。ゴッドガンダムのその身が、端から次第に黄金色に染まる。
向かい合う黒いボウライダーも同じ姿勢、しかし、こちらはそれ以外に変化無し、いや、闘気とでもいうエネルギーがその身に充実し、周囲の空気を歪ませている。
互いに、必殺必倒の心構えで放つその技は、

「石!」

「破!」

「天驚けえぇぇぇぇぇぇん!」

「天驚けえぇぇぇぇぇぇん!」

流派東方不敗最終奥儀、石破天驚拳。
鏡合わせのように同時に放たれる気の塊。
一方が放つそれは武道家としての積み重ね、技への誇り、そういったモノが詰まった重い一撃。
そしてぶつかり合うもう一方のそれは、形を真似ただけの紛い物。
正面からぶつかり合ったその技のどちらが相手に届くかは明白だった。

「な」

「ん」

「て」

「な」

正し、それは、正面から一対一での、拳法と拳法のぶつかり合いであった場合の話だ。
ドモン・カッシュは忘れていた。
いや、正確には覚えていた記憶に引き摺られ、判断を誤った。
かつて拳を合わせた記憶が、彼、鳴無卓也が、正面からの拳法による勝負を受けると、思い違いをさせたのだ。

「鳴無、貴様ぁ!」

「悪いね」

「正直な話」

「お前に殴り合いで勝てると思えるほど」

「俺は自信過剰じゃないんだな、これが」

石破天驚拳を放つゴッドガンダムの周囲を取り囲む、四体の黒いボウライダー。
それらはすべて、石破天驚拳とは異なる、しかし必殺の一撃を放つ寸前。
石破天驚拳を中断し避けようとすれば、未だ消えていない正面の黒いボウライダーの石破天驚拳に身を晒す事になる。
四体の黒いボウライダーの手には、太陽の如き灼熱の塊。叩きつけるモーションは既に止められる事も無く。

「そんな、馬鹿な!」

「鳴無卓也はファイターに非ず」

「ドモン、お前が言ったんだ」

「実に正鵠を射ている。そして、ファイターでないなら」

「こういう手を、使わない理由も無いだろう?」

四つの光の塊がゴッドガンダムに叩きつけられる。
超級覇王日輪弾。
かつて東方不敗マスターアジアが、ネオジャパン代表のガンダムファイター、シュウジ・クロスとして戦っていた頃に使われていた、石破天驚拳に次ぐ威力を誇る必殺奥義。
並みのガンダムならば一撃で蒸発させる事の出来る威力を誇る超高熱の気弾が、過たず、全弾ゴッドガンダムに叩きこまれた。

―――――――――――――――――――

ゴッドガンダムの石破天驚拳が消滅したのを確認し、俺は自らの分身を消滅させ、ボウライダーを格闘形態から元の姿に戻す。
更に内部機構のチェックを終え、俺はようやく溜息を吐いた。
真っ向勝負に見せかけて、相手の動きを封じた所でブラスレイターの力による分身四体の必中直撃の奇襲。
一応作戦勝ちではあるが、ドモンに実力で勝ったとは言えないな。格闘戦においては要練習と言った処か。

「しかしまぁ、どんだけ頑丈なんだMFってのは」

残骸を確認するまでも無く蒸発させる事ができると思ったら、ゴッドガンダムは未だ原形をとどめていた。過去大会の時のガンダム達とは強度が違うのだろうか。
まぁ、ガンダムでカンフー映画やってるようなもんなんだし、どっちかと言えばGの影忍辺りに近い訳で、これくらいの強度はあってしかるべきなのかもしれない。
錆びた刀でシュピーゲルの刀を受け切るシーンも、変装したシャアがMS忍者のビームサーベルを真剣白刃取りするシーンに似ているしな。
この分だとドモンは死んではいないと思うが、予備のMFなぞ存在しないので気にする必要も無いか。

「さて」

次は誰が、どの機体が掛かってくるか。
キューブ共の反応は消えた。構わない、ここからはまとめて相手になってやるつもりだった。武装はキューブを使わなくても直接生成してやればいい。
テッカマン兄妹はいいとして、まだアンチボディ組は出撃すらしていない。
ラムダドライバへの対抗策も思いついているからアーバレストで試しておきたいし、念動力で貫けるかも実験の価値があるだろう。
SPTはどうだ、そろそろ修理が完了して出撃してくれてもよさそうなものだが。
折角原作よりも強化してやったB・ブリガンディの性能も確かめていないのも心残りだ。
それに、ゼオライマーを下さないとどうにもJ世界を制覇したとは言えない気がする。
が、このままではゼオライマーは不完全。先ずは、次元連結システムの能力戦闘に使用させなければ。
ボウライダーと俺の身体の強化型次元連結システムをフル稼働させ、ゼオライマーが封じる他次元への接続を無理矢理に取り戻す。

「ふむ」

かなりの力技だから何かしらのリアクションがあるかとも思ったが、どうにも予想の範疇だったらしい。ゼオライマーは普通に戦闘態勢に移行している。
傍受した通信からもそんな内容の会話が聞こえる、少しでも時間稼ぎが出来ただけでも上出来だと。
時間稼ぎ、なるほど。確かに時間をかけ過ぎたかもしれない。

「ヒュウ♪ これはこれは、いやいやこりゃまた、頑張るもんだ」

隣に降り立つMFデビルガンダム。辺りを見渡し、美鳥が口笛を吹いた。
主戦力とも言える機体は尽く潰した、しかし、目の前の連中は未だ闘志を失っていない。
マジンガーが出撃している。頭部のスクランダーだけがカイザーの物に入れ替わっている。動かない新機体を捨て、旧機体で出撃とはさすが甲児、お約束を分かっている。
しかも、何故かラフトクランズとクストウェル・ブラキウムがエレメントを組んでいる。あの短時間でヨリを戻したとは、催眠暗示も浅くしか使ってなかったから、愛の力でも働いたか。原作でも同じ速度でヨリ戻してやれよ。

「お兄さん、愉しいかい?」

美鳥の通信、いや、念話だな。
しかし、何を当たり前の事を聞いているのか。

「楽しいねぇ」

当然の話だ。
楽しくない訳がない。嬉しくない訳がない。喜ばしくない訳がない。

これぞまさにご都合主義。
これぞまさにラストバトル。
これこそがラスボスの醍醐味。

俺という強敵を殺す為に、地球を守る為に、あらゆる力が、運命が主人公に味方している!

「さあ、生き足掻いてみせろ、ヒーローども!」

その力、その運命、その命。
一つ残らず踏み台にして、更なる高みに登ってやろうじゃないか!




続く
―――――――――――――――――――

ド ワ ォ !
あるいは
紫雲統夜の勇気が地球を救うと信じて……!
な、打ち切りエンドのスパロボJ編最終回をお送りしました。
大分前にトマト予告したし、そんなに怒らないでね?

苦情が来たら戦闘シーンとか追加するかもですが、そもそもシリアスな戦闘シーンを読む人は居ないんじゃなかろうか……。
因みに今回、戦闘シーンと胡散臭いフリーマンの説明シーンを消すと四分の一程度しか残りません。だから戦闘シーンとか説明シーン無駄だから消したら? とかできれば言わないで欲しいなと。言いたいなら謹んでお聴きしますが。
ネタもほぼ無しです。というかネタとか、仮にもシリアスな最終話でどう挟めと言うのか。
それ以外にもいろいろ突っ込み、あると思います。

↓以下来そうな突っ込み予想。
・かっこよく啖呵切った統夜との戦いは?
・原作キャラ、殺しちゃったね……
・回収してない複線(月面都市の連中とか)は?
・無双し過ぎじゃね?
・むしろ無双してなくね?
・笑い取りにいけよ
・謎の超理論
・セーフティーシャッター!
・貴様が倒したキラ・ヤマトはカーボンヒューマンの中で最も格下!
・原作主人公勢の対応とか思考とかおかしくね?
・主人公が外道過ぎる……
・主人公の頭とテンションおかしくね?
・よくもこんなキチガイ主人公を!

色々言い訳ありますが、一つ一つの説明が長くなるので実際に来た質問にのみ答えます。
でも例外的に最初と最後にだけ言い訳。

・かっこよく啖呵切った統夜との戦いは?
答え・出撃機体分の無双シーンを書こうとして力尽きた。要望があれば他の機体を全て沈めた後の一騎討ち的なエピソードを書けたら書くかも。
一対一っぽい戦いがゴッドガンダム戦だけなのはシーンの数を減らそうとした跡。
まぁ、あれ以上一方的な戦闘シーンもとい蹂躙シーン書いても助長になってたし、仕方無いね……。ね!
ああ、あとこれだけは言っておきたい。
も う 二 度 と キ ャ ラ 数 多 い 作 品 に は ト リ ッ プ さ せ ね ぇ … … !

・よくもこんなキチガイ主人公を!
答え・お許しください! とでも、言ってやれればよかったのかもしれんがね(by南極のリ・テクノロジスト)。
嘘ですごめんなさい。今回の主人公のコンセプトが
『読者をドン引きさせるレベルの外道ラスボス』
なので予定調和なんです。仲良くなり過ぎた原作主人公勢と全力で戦う為に挑発している部分もあったり。
しかし実際外道過ぎて読者減るかもと内心ビクビク。
でも仕方ないのです、中盤の実は全て掌の上的発言がやりたいが為だけにスパロボ編始めた部分もある訳ですし。
次のトリップでは善行を積ませるべきだろうか……。


ここで一つアンケにご協力お願いします。
スパロボ編を一区切りと考えて、ここまでのオリジナル登場人物、および主人公達の搭乗機体、主人公の影響で原作とは違う何かを得たキャラクターや機体などの説明を纏めるか纏めないか悩んでいます。
正直な話、SS書くなら設定とかも書いて見たかったりするのですが、そういうのは本物のチラシの裏に書けよ、という方もいらっしゃると思うので。
これまで作品内に出た情報を纏めるべきか、それともそういうのは胸に秘めておくべきか、よろしければご意見ください。


今回は戦闘シーン途中で打ち切り終了だったけど、次回はフィナーレですからちゃっかりしっとり綺麗におわらせますよー。
そんな訳で初心に帰り、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、一音節でも長文でも散文でも詩でも怪文書でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。





次回、スーパーロボット大戦J編メルアルートエピローグ。
バッドエンド兼ノーマルエンド兼トゥルーエンド
「遠い世界の貴方へ」
たとえこの恋が、嘘でも幻でも。



[14434] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」
Name: ここち◆92520f4f ID:e96feda7
Date: 2011/02/04 20:43
枕元でジリジリと神経を逆なでする騒音を鳴らす目覚まし時計をぶん殴り、私はのろのろと毛布から顔を出した。
勢いよく叩き過ぎたのか、その空色の目覚まし時計はベッドの上から転がり落ち、背面をわたしのほうに向けている。
可愛くて頑丈で、それでいて値の張らないものという条件で探した目覚まし時計はそのファンシーな外見と安い値段には似つかわしくない頑強さを備えているので、少なくとも壊れてはいないと思う。
これもネルガルの製品の一つらしい。ナデシコを降りてからあまり関わる事も無くなった企業だけど、元クルーで色々と不慣れな人にはプロスペクターさんが何かと世話を焼いてくれる。
春から学生生活と共に一人暮らしを始めたわたし、フェステニア・ミューズも、世話を焼いて貰っている内の一人。
統夜やカティアに一緒に暮らさないかと誘われもしたけど、この国には人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちてしまうという慣習があるらしい。
折角平和に暮らせるようになったのに早々に死にたくはないし、あの二人の桃色空間に耐えられる程、わたしの神経は太くできていない。

「ふあ……」

ベッドの上で上半身を起こし、欠伸を一つ。
昨日は千鳥に勧めて貰った映画を見たせいで遅くなって、お陰ですっかり寝不足になってしまった。
しかし、千鳥も毎度毎度宗助の巻き起こすトラブルに巻き込まれているわりには、戦争物とかガンアクションを好きなままだ。
これが日本で言う「いやよいやよもすきのうち」というものなのかもしれない。
うん、今難しい言葉を言えた気がする。流石わたし、もう日本の諺を使いこなし始めている。偉いぞわたし、頭いいぞわたし!
先生の教え方が上手いのもあるけど、こう見えてわたしは物覚えも悪くないのだ。
頭が悪かったら機動兵器のサブパイロットなんてできないのだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。

「うっし」

一声気合いを入れベッドから勢いよく立ち上がり、カーテンを開ける。
ここはとあるマンションの一室、ナデシコでの給料を使って買ったそれなりに良い位置にある部屋。
機動兵器のパイロットは高給取りだし、ナデシコでは危険手当とかがいっぱい追加されたので、暫くは働かなくても暮らせる程度のお金が手元にある。
私はパイロットはパイロットでもサブパイロットだったけど、わたしの身体に施された実験の跡、それを解析して、かなりフューリーの技術を解析出来たらしく、それで得た利益も少し上乗せされているのだとか。
でも、馬鹿みたいに贅沢な使い方はしない。
少なくとも今は、普通の女の子として、普通の学生として、普通の生活というモノを送ってみたいのだ。
教室で勉強して、友達とバカ話して、帰りに寄り道して、宿題して。
この歳になるまでずっと月で実験体なんてしていたから、そんな当たり前の生活がとてもありがたい事なんだって、わたしにはよく分かる。

「んー……」

日の光を浴びて背伸びをする。
今日は休日で、しかもいい天気だ。布団を干してシーツを洗って、そしたらどこかに遊びに行こう。
ああ、忘れるところだった。今日は千鳥と街に買い物に行くんだった。そうなると、余った時間で面白い遊び場も教えて貰えるかもしれない。
なんだか楽しみだ。女二人というのも色気の無い話だけど、そういうのもありだと思う。

「その前に、朝ごはんかな」

―――――――――――――――――――

サラダの中の半分に切られたプチトマトをフォークで突き刺し一口、続けてトーストをかじり、砂糖とミルクのたっぷり入ったコーヒーを飲みながらテレビのニュースを見る。
もう何時間かしたらいい○も増刊号が始まるけど、その時間には出かけているので見る事は無いだろう。
統夜から聞いた話だと、カティアはこの時間にやっている変身ヒーロー番組と、その後の変身ヒロイン番組を毎週欠かさず見ているらしい。
そういえばゲキガンガーにも一発でハマっていた。ナデシコを、ベルゼルートを降りてから気付いたけど、カティアは割と子供っぽい性格なのかもしれない。
でもまぁ、聞いた話ではそれなりにカッコいい役者さんが出ていたり、本物の変身ヒーロー(Dボウイ、タカヤとかミユキのことだろう)にも負けないような迫力だったりでそれなりに見ごたえはあるらしい。
うん、話の種に視てみようかな。面白ければ休日の楽しみが増えるし、つまらなければそれをネタにカティアをからかって遊ぶ事も出来る。
リモコンを手に取り、その番組の放送されているチャンネルに変えようとして──

──依然として月の再開発の目途は立たず、連合政府は次のように──

思わず、手を止めた。
ニュース番組が報道するのは、ザフトのジェネシスによって崩壊した月面都市、その復興についての話題だ。
戦争が終わり、侵略者の影も見えないほど平和になった今でも、戦争で破壊された施設は直されず、戦争被害者への援助も行き届いていない。
テレビの中でコメンテーターやジャーナリストのおじさん達が、やれ政府の怠慢だなんだと騒いでいる光景は、一気にわたしの心を冷ましてしまった。
難しい事は分からない。わたしは一年半の間戦場で統夜やナデシコのみんなと戦ってきたけど、それは死にたくないから戦ってきただけ、というのが一番大きい理由なのだ。
別に戦争経済がどうとか、戦後の復興がどうとか、そんな知識を得ることが出来た訳じゃない。
むしろ今は、普通の人よりも足りない知識を学校に通う事で覚えている真っ最中。

「……はぁ」

それでも、分かる事がある。
もう私達は、いや、人類は、二度と月に手を出す事は出来ない。
月は、もう人類の生活圏じゃ無い。
かつての月面都市に暮らす百万を超える魔人──テッカマンと、それを纏める眠れる女王の王国だ。

その事実は一般に公開される事は無い。
月の資源は惜しいけど、もう資源衛星は腐るほどあるので月に拘るのは月の資源の採掘権を持っている偉い人だけなのだとか。
実際、こちらが手をださなければ害がある訳では無いらしい。
それはそうだ。月の女王は、今も夢を見続けているあの娘は、好き好んで戦いを仕掛けたりはしない。
ただただ、好きな人の為に待ち続けているだけなんだから。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「でも大丈夫? テニアちゃん、ここらへんはそんなに来た事無いと思うんだけど」

「簡単な地図もあるから迷わないって。急がないとまたややこしくなるだろうし、がんばってねー」

「うー、マジでごめんね? ったく、あの馬鹿が騒ぎを起こさなきゃ案内続けられたんだろうけど……」

わたしに頭を何度か下げ、今度学校帰りにトライデント焼きを奢るという約束をして、千鳥は宗助の元に向かった。
なにやら宗助がまた騒ぎを起こしたらしく、そのフォローに向かうのだとか。
ナデシコ内では日常の風景だったから、日本では割とよくあることなのかと思っていたが、学校のみんなのリアクションを見る限りは非常識極まりない行動なんだろう。本当に勉強になる。
勉強になるけど、明日学校で会ったら、休日に買い物をしている時位は千鳥を休ませてあげないと嫌われてしまうと言っておこう。
お陰でわたしは、こんなメモ書き一つで買い物を済ませなければならない。
二人で荷物を運ぶ予定だったから、帰りは大変な事になるかもしれない。少し憂鬱な気分になる。

「えーっと、まずはここを真っ直ぐ進んで……」

繰り返し言うが、わたしはネルガルの生活保障を受けている。
これがプロスペクターさんの善意によるものか、それとも契約書に最初から乗っていたモノかは分からないけど、とりあえず生活する上で不便なところがあったら電話一本、殆ど待たずに即時解決してしまう。
何処で買えばいいか分からない生活用品(生理用品なども含む)は、お金を払って届けて貰うという手はずになっている。
が、流石にそれは年頃の女の子としてはどうなのかという千鳥やさやか、新しく友達になったクラスメイトの女の子のアドバイスを受け、そういったモノが安く手に入る店を教えて貰い、今日は千鳥の案内でその店の場所を覚えると同時に、暫く分の生活用品を揃えに来たのだ。
まだ一般の流通にそういったモノが満足に行き届いていない現在では、そういった店は貴重なのだとか。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

どうにかなってしまった。
向かった先の一つである薬局は大量に商品を購入した場合、商品を纏めて宅配便で送り届けてくれるサービスも行っているらしいのだ。
なんだか最終的にネルガルの人に用意して貰うのと変わりがなくなってしまったけど、重くはないのに無駄にかさばる荷物を両手いっぱいに抱えて電車に乗り込むよりはよっぽど賢いと思う。

そういった訳で買い物開始早々手隙になったわたしは、一人家電量販店に来ていた。
テレビ番組で聞いたのだが、炊飯器はその性能によってお米の美味しさを格段に上げることができるのだとか。
一人暮らしを始めると共に、少しずつ自炊に手を出しているわたしには朗報だった。
流石にお米を洗剤で洗うような漫画によくある失敗はしないけれど、それでもナデシコの食堂で出てきたふんわりしっとり、甘くて味わい深いご飯を再現出来ていない今、機械の性能に頼ろうと思ってしまうのは当たり前の事だと思う。
思うのだが──

「むー、石窯式とスチーム式?」

──ここは異世界かもしれない。
正直な話、わたしは機動兵器のサブパイロットとしてやって来たから、機械の扱いはそれなりのもんだと自負している。
が、同じ機械を扱っている筈なのに、ここの炊飯器の説明はいまいち要領を得ないというか。
日本語は完璧にマスターしているのに、ここでは更に特殊な言語を必要とするらしい。そう思ってしまうほどに専門用語が多すぎる、理解させようという努力が足りない。
ここの商品と比べると、パソコンコーナーで見つけたネルガル製IFS対応PCの説明は分かりやすかった。
『あなたの思うがままに動く、機械仕掛けの奴隷(スレイブ)』なんて、ちょこっとポエミィかつストレートでグッとくる説明だ。
漢字にわざわざ英訳を当てるのは純粋な少年の心の表れなのだとか。
手近にある、レイズナーの頭みたいなデザインの炊飯器の説明を見る。

「内面フラットフレーム? ステンレス鏡面仕上げ?」

なんとなく強そうな響きだと思う、隠し機能でビームを反射する効果でも付いていそうな。
そういえばフレームにPS装甲を使った絶対に壊れない車が発表されたらしいけど、もしかしたらこれもどこかの機動兵器から技術が民間の方に流れてきているのかも。

―――――――――――――――――――

店員さんに説明して貰って解決した。最終的に購入したのはどことなくベルゼルートの頭に似たアンテナ付きの炊飯器だ。
やっぱりこういうのは意地を張らずにプロのアドバイスを貰うのが一番手っ取り早い。
しかもこれまた宅配便で届けてくれるらしい。
薬局と違い、こっちは家電量販店では当たり前のサービスなのだとか。
そりゃそうだ、こんな大きくて重い荷物、車で来た客でも無ければまともに持ち帰れないもんね。
この少し型遅れの大型テレビとか、まともに運びようも──

──また、基地には新たにソルテッカマン及び量産型ゼオライマーが配置され、過剰戦力では無いかという声も──

思わずその場に立ち止まり、テレビコーナーの最新式空中投影型テレビの画面に見入る。
マサトに事前に聞いていた事だけど、実際に映像で見るとかなりのインパクトがある。
何しろMSサイズで少し鋭角の少ない大人しいデザインのプチゼオライマーが、基地の滑走路の様な所にずらりと整列しているのだから、驚くなという方が無理だろう。

──他星系からの侵略者に対する特殊部隊として発足されたこの部隊は──

他星系からの侵略者。
もちろんそれもあるけど、この部隊はもっと身近な敵を排除する事を主眼に置いているのだとか。
この部隊の真の目的は、月の奪還。
多分それはとても難しい事だと思う。正直な話、百年かけて一部取り戻せればいいところじゃないかというのがマサトと美久の考えだ。
中々厳しいらしい。でも、

「……」

それはもう、わたしには関係の無い話。
画面から自然に視線が離れる。
映像にインパクトはあるけど、これはわたしの生活に関わるような話じゃない。
それより今は生活用品だ。宅配で送って貰えるなら多少買い足しても困らないだろう。

「うん、ハンドミキサーも買っていこう」

ネットで見たお菓子作りの動画を真似してみたい。
クリームや生地を混ぜる意外にも、肉をミンチにする事ができるのだとか。自力でひき肉を作れるなら最終的に節約にもつながるだろう。
わたしはテレビコーナーから離れ、店員の人にミキサーの場所を訪ねた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

買い物を済ませた後、街でたまたま同じクラスの友達と合流し、あちこち遊びまわって、帰ってくる頃には夕飯の時間だった。
冷蔵庫の中と相談し、今日は天麩羅蕎麦に挑戦した。
蕎麦は乾麺をゆでるだけだから完璧に出来たけど、天ぷらはまだ私には難易度が高かったらしい。
少しべしゃっとした仕上がりで、ナデシコの食堂で偶に引き当ててしまったアキト特製失敗天ぷらのような残念な代物になってしまった。
油の温度とか、どうやって確認すればいいんだろう。今度千鳥かプロスペクターさんに聞いてみよう。

夕飯を済ませた後は宿題、少しテレビを見た後にお風呂。
シャンプーが切れそうだ。買い物に行く前に確認しておけば薬局でまとめ買い出来たかもしれないのに。今度からは気を付けるように心に誓ってメモしておいた。

何だかんだで風呂上がり。
昨日学校帰りのスーパーで見かけて購入しておいたビン牛乳を一気飲み。
わたしは当然フルーツ派。
エイジに聞いた話では、遠い昔に滅んだハザード星ではコーヒー牛乳は戦士の飲み物であり、戦いの後に自らを労う意味を込めて夕日に向かって仲間と肩を並べて呑む風習があったのだとか。
なかなかイカした風習だと思う。
夕日をバックにコーヒー牛乳を煽るように呑む戦士達、それだけで一本のドラマが作れそうなかっこよさだ。
地球でも広まって欲しいけど、そうなったらコーヒー牛乳の値段が上がりそうだ。

そして、パジャマに着替えてブラックバ○エティを見ていると電話が掛かってきた。
発信元は光子力研究所、ここから電話を掛けて来そうな知り合いは二人居るけど、今日はどっちからの電話だろう。

―――――――――――――――――――

「へえ、じゃあ甲児はそろそろ退院できるんだ」

『ええ、復帰したらあいつらの分まで地球を守るんだって。今じゃリハビリが筋トレに変わっちゃってて、昨日も看護婦さんに怒られてたのよ』

電話越しにさやかとおしゃべり、話題は月の最終決戦で大けがを負った甲児の話題に。
やれ両腕が使えない間はご飯を食べさせてあげただの、当然トイレにも満足に行く事ができないのでしびんを使って手伝ってあげただの、看護婦さんが来るかもしれない空白の時間にあれこれするのはスリリングで興奮するだの。
正直な話、ウザい。
こう見えてわたしは失恋したばかりなのだ。カティアと統夜の幸せの為に告白するまでも無く身を引いた謙虚なわたしの前で惚気話とはいい度胸だと思う。
いくら穏やかさを信条としているわたしでも、いささか語気が荒くなる事無きにしも非ずという事を教えてあげるべきだろうか。
そろそろ受話器の向こうの相手を殴れる電話が開発されてもいいと、ほんの少しだけ思った。

『でも本当、生きて帰れて本当に良かったわ』

「ほんとにねー、生きてるのが不思議なくらいだよ」

『本当に、グ=ランドンとズィー・ガディンはすごい手強かったわ。こんなことを言うとアークエンジェルのみんなとボルテスとコンバトラーのみんなには悪いけど、全滅しなかっただけ運が良かったのかも……』

「──そう、だね」

一瞬、言葉に詰まってしまった。
それでもなんとか相槌を返し、なんとかかんとか会話を自然に終わらせる事に成功させる事ができたのは、これまで何度も同じやり取りをしてきたからだと思う。
なんだか最後の方は相槌ばかりでまともにさやかの言葉が聞き取れなかったけど、体調が悪いと言って誤魔化しておいた。
通話を終え受話器を置き、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出したわたしは、パジャマにスリッパのまま、ベランダの外に出た。

―――――――――――――――――――

半年前の月での最終決戦、結論から言って、わたしたちは負けた。
それはもう酷い負け方だった。少なくともわたしはそう思っているし、カティアもそう考えているらしい。
ナデシコの中から見ているだけだったわたしですら理解できるような大負け。
今の地球の状況は、卓也さんの気まぐれというか、オマケにオマケして譲ってくれた勝利の賜物なのである。

偶然戦闘領域の外に乗り捨てられていたメルアのベルゼルートをナデシコの整備班が必死の思いで回収し、スクラップ同然にまで破壊されたB・ブリガンディのコックピットをむりやり組み込み、同じく重傷の統夜とカティアが再出撃。
ガウ・ラを起動して地球を破壊しようと準備をしていた卓也さんの黒いボウライダーのコックピットをブレードで貫いた。間違いなくコックピットの中の卓也さんは潰れていると分かるような貫き方。
ギリギリのところで勝った。わたしもみんなもそう思った。
でも、そんな簡単に話が終わる筈も無くて──

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「いや、まいったね。まさかそれを回収するのを忘れていたとは。凡ミス、いや、これが補正とか、世界の修正力ってやつか?」

黒いボウライダーの頭部コックピット、ベルゼルートにブレードを突き立てられ身体を斜めに両断された鳴無卓也が、平然と喋り続けている。
大破したゴッドガンダムごと回収されていたドモンが、ナデシコのブリッジで叫ぶ。

「まさか、DG細胞!?」

少なくとも、身体を両断されて生きている理由は他に思いつかない。

「ああ、そういえば言っていなかったか。こりゃDG細胞じゃなくて、俺の体質だよ」

事も無げに言う卓也は、自らの肉体を両断しているブレードに手を触れる。
するとどうだろう、オルゴンライフルに括りつけられていた超合金ニューZ製のブレードはさらさらと砂のように崩れ去り、後には服が斜めに切り裂かれただけで、肉体的には全く無傷に見える卓也の姿だけが残った。
黒いボウライダーが軽く腕を振るい、撫でるようにベルゼルートに掌を当てる。
剥き出しのフレームを残らずへし折られながら激しく吹き飛ぶベルゼルート。

「メルアの乗り捨てたベルゼルートを回収し忘れて、そのベルゼルートが使うブレードはお兄さんがナデシコに置いてきた忘れ物で、通常なら致命傷になるような攻撃を直でくらってしまった、と」

からかい混じりの美鳥の言葉に肩を竦める卓也。もはや二人の眼中にナデシコもベルゼルートも入っていない。

「ここまで圧倒的な戦力でやっといて、最後に一太刀喰らっちゃあ、勝ちなんてとても言えんよなぁ」

黒いボウライダーが、その手に巨大な何かを呼び出す。
それは、巨大な機械を組み合わせ作った、魔法の杖の様な物体。
黒いボウライダーの身の丈を遥かに超えるその長大な杖を軽々と振り回し、その切っ先が幾何学的な、しかし呪術的な図形を描く。
空中に現れる、巨大な魔法陣。

「でも、お前らにはもう戦う力は残っていない」

魔法陣を乗せた杖の先端がナデシコに向けられる。
杖の動きに連動し、黒いボウライダーの強化型次元連結システムが発動する。
異次元より引き出される、ゼオライマーの使う力とは種類の、属性の違うエネルギー。
そのエネルギーが、魔法陣に巡り、その効力を発動させる。

「この勝負、勝ちも負けも中途半端だ。故に地球は今すぐ滅ぼさず、しかし滅びの可能性を残す、という事で痛み分けにしておこうか」

色付き、光を帯びる魔法陣。
光の三原色でも色の三原色でも表現する事の出来ない未知の輝き。
全くの異世界、平行世界でもスパロボJの世界での異次元でもないそこから引きずり出された、異界の魔力。

「どうせ手前らは、この結末が気に召さないだろうな。だから、こう考えてみろ。そうすりゃあ、全てが、大団円」

杖を構えるボウライダーに寄り添うMFデビルガンダム。その中に居る筈の美鳥の声が、杖の先に居る、ナデシコとアークエンジェルのクルー、撃墜され回収すらされていない機体のパイロット達全員の脳に直接響いた。
そして、続く卓也の声が、深く、深く全員の頭に沁み込んでいく。

「あなた達は今までずぅっとまどろみの中、虚ろう夢をご覧になられていたのだと」

そして、異界の色が、光が、その場の全てを包み込んで、弾けた。

―――――――――――――――――――

負けて、訳の分からない事を言われて、よく分からないモノに包まれて、わたしは意識を失った。
目が覚めたとき、ナデシコとアークエンジェルの残骸、ボロボロになったみんなの機体、今度こそ二度と修復できないレベルまで破壊されたベルゼルートは、地球のカワサキ基地に転送されていた。

全員が全員、例外なく気絶していて、基地で目を覚ました時、わたしとカティア以外の皆は偽物の記憶を植え付けられていた。
具体的には美鳥と卓也さんが関係している部分の記憶が丸ごと書き換えられていた。
その内容は、多分最初にシャナ=ミアさんが説明した事が真実だったなら起きたであろう事態そのままで、でも、現実に出た死人や被害とは矛盾しない内容。
まず月に居た非戦派の人達は全てグ=ランドンがズィー・ガディンで無茶をした余波で死んでしまったという事になった。
そしてアークエンジェルのクルーとか、アスランとか豹馬とか健一とかの死因もただ殺した相手が卓也さんからグ=ランドンとかいう人に変わっただけ。
メルアは、そんなグ=ランドンと刺し違えて死んでしまった事になっている。

勿論、そんなのが嘘だって事は月の中に存在するガウ・ラを調査すれば一発で分かる。
でも、ガウ・ラを調査する事は出来ない。
それどころか月の中にガウ・ラが存在しているのかどうかすらわからない。

「あー……」

わたしは、空に煌煌と光る月をぼんやりと見上げる。
一見、何も変わっていないように見える月。
おまんじゅうみたいにまん丸くて、ふんわりしておいしそうな、黄色い月。
でも、あの月は月じゃない。
あの月は、デビルガンダムなんだ。
月の調査に向かった軍人さんが、もう何人も撃ち落とされて、逆に月を守る番人に仲間入りさせられてしまった。
ボソンジャンプやゼオライマーの転移でも侵入する事ができなかった。
逆に月の地表に飛ばされて、文字通りの意味で地平線まで広がる無数のテッカマンに追い立てられ、命からがら戻ってきたらしい。
フューリーがボソンジャンプするテッカマンを作ったり、デビルガンダムを回収していたから、主であるズィー・ガディンを失って暴走を始めたんだろう、との事だ。

でも、わたしとカティアだけは知っている。
月に居るのは暴走したデビルガンダムなんかじゃなく、美鳥が言っていた、メルアをコアにした、ズィー・ガディンがベースの全く新しいデビルガンダム。
ガウ・ラと融合したそのデビルガンダムは、そのまま周りを取り囲む外殻、月そのものを取り込んでしまったんだ。
多分、卓也さんの頼みごとに必要だったんだろう。
好きな人にお願いされたから、お手伝いできるのが嬉しくて。

「ほんとに、一途だよね、メルアは」

あの月で、メルア以外には兵隊のテッカマンしか居ないあの月で、ずうっと卓也さんの事を待っているんだろう。
眠りながら、頼まれた仕事をしながら、ふわふわ、ふわふわ、楽しい夢でも見ているんだろう。

「んっ、んっ、んっ……、ぷは」

コンビニで買った、安もののペットボトルのお茶を煽り、月に掲げる。
ねぇ、メルア。今、どんな夢を見てるの?
みんなで、卓也さんと美鳥と、あたしやカティア、統夜と一緒にオヤツを食べてる夢?
夢の中だからって、卓也さんとのらぶらぶエッチな妄想とかもしてそうだよね、メルア、エッチかったし。
どんな夢を見ててもいいよ、夢の中身まで強制されなきゃいけないなんて、面倒臭くて嫌だもんね。
でも、

「待ってるだけじゃ、男は捕まんないみたいだよ」

待ってて振られたわたしが言うんだから間違いない。

「早く起きて、捕まえに行かなきゃ」

卓也さんと美鳥の事は、どうしてか嫌いにはなれない。
裏切って、最初から騙してて、いっぱい殺されたけど、それでもあの人は恩人だった。
だって、今の私が生きているのは、あの孤島で統夜が死ななかったのは、確かにあの人のお陰だから。
騙されていても、計画のうちでも、わたしたちの命の恩人である事に違いはないんだ。
誰が殺されたって、結局自分が生きているのが一番いい。その程度の常識は、月で実験体をやってた頃にもう身に付いてる。
一つの房から叫び声が消えて、また他の房から泣き叫ぶ声が聞こえてきた時に、自分の番じゃなくてよかったと、心底安心していたあの頃に。

「なんて言わなくても、きっとわかってるよね」

メルアは、強いし、賢しい。待つよりもいい選択肢なんて、自分から見つけることができる。
心を操る事が出来たとしても、作られた偽物の想いでも、メルアにとっては、確かに初恋なんだ。
ずっと隣で見ていたわたしには分かる。向ける相手は違っても、わたしとメルアは並んで一緒に恋をしていたんだから。
どこからどこまでが偽物の恋でも関係無い。メルアの恋は、最初から最後まで全部本気だった。
あの子の恋は、確かに本気の恋だったんだ。だから、

「だからいつか、メルアに捕まってあげてよね」

掲げたボトルに月が映り、光の屈折で月が歪む。
その月に、小さな影。わたしはペットボトルを下ろし、その影に目を凝らす。
月を横切り、一直線にどこかに飛んで行くボウライダーと、ぴったり後ろに張り付いて飛ぶスケールライダー。
あっという間に月を横切って、西の空へ、夜の闇に融けて消えていく二つの影。
本当に居たのか、幻だったのかは、誰にも分からない。
でも月は、のろのろ、のろのろと、それでもその影の消えていった方に進んでいる。
あの人は確かにこっちに居ると、絶対にいつか、追い付いてみせると。

「……っぷ、ポエミィ過ぎるよこれ」

ロマンチックが過ぎたかもしれない。ポエミィなのはカティアの秘密ノートだけで十分だというのに。
明日は学校がある、そしたら、カティアとも会うことになるだろう。
堅物なところがあるからまだ友人が少ないみたいだし、わたしが率先して引っ張ってあげるのもいいかもしれない。
踵を返し、部屋の中に戻る。

「またね、おやすみ」

少しだけ振り返り、月とメルアと、どこかに消えてしまった悪党で恩人で、とっても薄情な二人に、おやすみなさいの挨拶をした。





おしまい
―――――――――――――――――――

祝、完結。
前回の引きからそして半年後、多分期待していた人も多いだろう戦闘シーンなんて欠片も無い、しっとりふっくら静かな夜に、まさかまさかのフェステニア・ミューズこと薬用石鹸の日常オチな第二十三話ことスーパーロボット大戦J編最終話をお届けしました。
原作からして一部の連中のその後しか書かないエンディングだったし、特に問題は無いですよね。最後に無理やりいい話にしようとしてる、あざとい。とか言われそうですが。
でもなんか、自分的に的には書きたいもん書いたんですが、読者の皆様の機体は悪い意味で裏切った感が凄いですよ今。
だが私は謝らない。だって最初からスパロボ編エピローグはしっとり終わらせるつもりだったんで。
というか、前回の戦闘の続きをエピローグで書くとか思った人は居ませんよね? 前回のブラスレ編もエピローグは日常で終わらせましたし。
ていうか、ステージじゃなくてエンディングなんで戦闘とか普通は入りませんし。

そして過去の自分へ、
>ダイジェスト風味にして無理やり三話以内にまとめます(キリッ
だっておwwwwwwごめんなさい直ぐに除草します反省しています。
最初におっ立てた『基本一つの世界は1~3話で終わらせる→いったん元の世界に帰還して終了』の流れはこのトリップで完全にぶち壊れましたね……。
でもいいんです、何だかんだで中編くらいにはなる量の話を書けましたし、いい経験になりました。
やはり長々と話を書いていると微妙にプロットから話がずれてきて、修正とかこじ付けに手間がかかりすぎます。

正直に告白しますが最初のプロットだと、メルアがヤンデレてベルゼルートで戦う予定は一切ありませんでしたからね。
メルアの最後も月のデビルガンダムのコアとかそんな大それたもんじゃ無かったです。
原作通りフューリーの式典に向かう途中で主人公に関する記憶を主人公の手で消されて、式典の最中に出されたチョコレートケーキ食って無意識に涙を流して、なんで泣いているのか理解できないという事が異様に悲しくて、みたいな感じでメルアがぼろぼろ泣きながら終わり、みたいなラストの予定でした。
どんな話だったか想像もつかないでしょう?

このキャラの今の性格だと、こうなるとこういう行動を取るな、とか考えながら書いてると、話の大筋からどんどん逸れて、何時の間にかフューリー全滅ですよ。笑っちゃいますね。

話は無理矢理纏めて終わらせる事ができたけど、しばらく長編書く気力は無いなぁ。
これから『スパロボJこぼれ話──その頃の主人公──(仮題)』とか書きながら、一話完結の短編と何回か書いて行こうと考えてます。先ずは最初のトリップのリベンジかなぁ。

あ、七月になると思いますが、設定まとめを投稿します。
なんだかんだで設定とか見たいって人がそれなりに居るようだし、反対意見も無かったので。
設定集とか、読むの結構楽しいですよね。気に行ったゲームの設定本とかついつい買っちゃいますし、スパロボ辞典とかも結構時間かけて読むの楽しいですよね。
まぁ、この作品の設定がそこまで読んで楽しめるモノかは保証しませんが……。
でもなにより自分が書きたいので書きます。

条件は
・少なからず本編に使われた設定であり、未使用の設定は書かない事。
・ふざけてもいいのできっちり纏まった文章で作る事。
の二つで行きます。

あと、アンケートでは無いんですが、いちおう区切りとしてトップに(スパロボJ編完結!)とか書いた方がいいですかねぇ。
書くとしたら読む人は増えそうですけど、熱烈なJファンの方が怒りをあらわにして苦情を書き込んでくるかもとドキドキします。
保守的になるか攻めるべきか、よろしければご意見下さい。

それではいつも通り、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。

次回、スーパーロボット大戦J編付録
「スパロボ辞典」
消されるな、この設定。忘れるな、我が厨二。



[14434] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」
Name: ここち◆92520f4f ID:96797f90
Date: 2010/08/14 03:06
第一話から第二十三話までのオリジナル登場人物及び搭乗機体設定まとめ。
なお、ここまでに登場した設定を暫定的に纏めたものであるため、後々変更される事もある事を最初に示しておく。
原作ありのキャラクターは次項を参照の事。

※この設定まとめは本編のネタばれを含みます。本編未読の方が閲覧する場合はそこら辺を理解した上でお進みください。
※この項目で一部本編未登場の設定が出てきますが、そこら辺を本編で話のネタにする時は改めてキャラが説明するので、この項目を読まなければ話が理解できない、という事はありません。

―――――――――――――――――――

オリジナル人物紹介


主人公
鳴無 卓也(おとなし たくや)

のどかな田舎町で畑を耕し猟をしながら日々を過ごす青年。両親は居らず、現在姉(後述)と妹(サポートAI・後述)と三人暮らし。
幼少時、家族でピクニックをしている最中に土砂崩れに遭い瀕死の重傷を負い、応急処置の為に投与された怪しげなナノマシン的なモノの副作用により、生身の割合0のナノマシン集合体になってしまった。
両親は治療が間に合わず(即死だった為蘇生不可だった)他界。
平均的な普通高校卒、成人はしている。「はじめてのあく」のエーコと同じか少し上くらいの年齢、四捨五入するとまだ二十歳。
少し前にトリップ体質を得て、姉のトリップに巻き込まれるようになった。
トリッパーとしては新人もいいところで超未熟なため、様々な世界にトリップし、力を付ける。

生身の肉体ではなく、超多機能ナノマシンの集合体ではあるが、日常生活では不要であるがゆえにその機能の大半を封印されていた(第一話、第二話参照)。
その為本人が自覚している人間との差異は、異常な回復力とスタミナ、肉体の頑丈さだけで、自分が人間とは違う存在となってしまったという自覚が無かったが、ネギま世界にて烏族に腕を切られた拍子に抑制されていた幾つかの機能が解放された(第一話参照)。
生身の肉体のDNAパターン自体はナノマシンに記録されているが、何故か自分の生身の肉体の再生はできない。普段の肉体は某無貌の神級の精度の擬態で人間の自分に化けているだけ。
融合捕食能力と複製能力を持ち、機械系の存在とすこぶる相性がいい。

ゲーセンやコンビニや本屋すらない田舎ではあるが、姉の影響でオタクである。むしろ田舎だからこそオタク、他に娯楽が無いので。
好きなジャンルは特撮・ロボットアニメなど。姉といっしょにまったりほのぼの系アニメも見たりもするのでかわいい系も好き、つまり広くて浅い雑食のオタク。
好きなNHK・教育テレビの番組は「みんなのうた」「ぜんまいざむらい」「十本アニメ」「ピタゴラスイッチ」「今日の料理ビギナーズ」「リトル・チャロ」などなど。
エロゲファンとしては生粋のニトロっ子であるが、割とぽつぽつプレイしていない作品がある。
その能力の関係上、ぐちょねちょざくりどすり系触手使いでもあるが、火の鳥で似たような話を読んだ時にトラウマになっている為、沙耶の詩は未プレイ。

重度のシスコン、姉妹共に既に一線を越えているが、本人は姉一筋。
本人はいたって真面目な性格で通しているつもりだが脳内はナチュラルにネタまみれ、更に他から見ると少々享楽的かつ行き当たりばったりなところがある。
人の世話を焼いたりする事もあるが、それで情が湧くかは微妙。
本当に長い付き合いの親しい相手や身内(姉と妹)以外には割と上っ面だけの交流で済ますことも多い。
なので、本気で信頼したりすると後々酷い裏切られ方をされた気分になるので、友人として付き合うには注意が必要(第二部参照)。
本気で友人として仲良くなるためには根気が必要だが、浅く軽く付き合う分には楽な性格。
地元には同年代の友人が(むしろ同年代の人間が)居ないが、姉と同年代の新聞配達員と駐在所のおまわりさんとは昔からの友人付き合いがある。
基本的に嘘は言わないが、本当の事も言わずにおくタイプ。
実は少しばかりミーハーなところがある。

第二部ラストでは原作主人公達に戦いを挑み『世界の修正力』の強大な力を確認した。
なお、戦闘直前の悪役臭いやり取りは完全に趣味である。
二つ目の世界を終え、しかしトリッパーとしてはまだまだ未熟。
元の世界に帰った後は、不要な能力と有用な能力を分別したり流派東方不敗の修業をしたり光子力自家発電機を実家に設置して電気代を浮かしたり姉とお風呂で洗いっこしたりと、次のトリップに備え着々と力を磨いている。
チョコレートケーキを作る腕が微妙に上がっていた。

・能力
『融合捕食』
基本的にアプトムなどのそれと同じ、取り込んだ物の性質を取り込む。生き物である必要は無く、むしろ機械などの方が相性が良い。
ブラスレイター世界にて手に入れたナノマシン「ペイルホース」(後述)の感染者が持つ融合能力により、完全に取り込まずともある程度融合し構造を把握すれば取り込んだと同じ扱いになる。
が、当然全部いっぺんに取り込んでしまった方が早いので、時間が無い時は強奪するような形で捕食逃げしてしまう。
取り込んだモノの能力を、魔法なら一割増、科学や機械系なら数倍から十数倍の性能で扱うことができる。下記の能力と併せることで性能を強化したモノを複製する事も可能。
取り込んだモノの性質を取り込んでいる為、第二部終了時点では超合金ニューZα以上の強度、重力を操る力、異世界からエネルギーを引き出す能力などを一つ一つのナノマシンが有している。

『複製』
取り込んだモノを質量保存の法則ガン無視で複製する事ができる。
基本的にどんなサイズのモノでも一瞬で複製することが可能だが、生きているものは何故か複製を作り出すことが出来ない。理由は不明。
逆に、生きた生物で無いのであればどのようなものでも複製を作り出すことが可能。
融合捕食が目立ちがちではあるが、弾薬の関係上第二部では一番活躍した能力と言っても過言では無い(後述のボウライダーの項を参照)。

『触手』
使い心地ナンバーワンの便利機能。
うねる、しなる、締め上げる、突き刺さる。戦闘から融合捕食の補助、人体改造、夜の生活のお供に最適。
第二部で一番の活躍シーンは火星での触手プレイ(第八話参照)。
姉とのマンネリ回避の特殊プレイにも使用されているらしい(第七話参照)。

『超身体能力』
素の状態で岩を砕いたり銃弾を掴み取ったり出来たが、二部終了時点ではDG細胞で強化された上位ガンダムファイターを軽く上回る身体能力を持つ。
具体的には生身・精神コマンド無しの縛りでフル改造グレートマジンガー辺りに無双できる。複数出てきても余裕。
現在の目標はブラックロッジの臍出しグリリバ。
付け加えると、現在の身体の動きは埋葬されていたマスターアジアの死体を掘り返して取り込んで覚えた動き。
飛んだり跳ねたりしても体の軸がぶれないとかそういう理屈を超越した訳分からん超バランス感覚。達人級。

『超再生能力』
全身を構成するナノマシンの内、一機でも残っていれば一瞬で全身を服ごと再生できる。
第二話時点では不足している質量をよそから奪うことで補っていたが、質量保存の法則を無視できる複製能力を自覚してからはその必要も無くなった。

『プラズマ発生装置』
いわゆる初期装備。烏族を焼いたり(二話参照)妹を焼いたり(四話参照)した。
本体が人間大の状態でも、全開で撃てば火のブライストのマグラッシュ程度の威力は出せる。
でも使用法は指先などから噴出してのプラズマクローなどの方がそれっぽい。
スパロボJ世界に来たお陰で、プラズマジェットで鍔迫り合いが出来るようになった。
プラズ魔デコイが出せるかこっそり練習中。

『機械・AIからの好感度補正』
機械や人工知能の類は例外なく主人公を好ましく感じる。ハッキングの一種かもしれない。
命令されるとそれなりに人間臭い人格を有していないと逆らえない為、人工衛星を自爆させたりオモイカネに通信の設定を弄らせたりできる(第五話、第二部のあちこち参照)。
第一部でエレアさんが割と好意的だった理由がこれ。機械、AIのみが対象の~ポ系能力のようなもの。
多分パチンコ台に思いっきり頼み込めばいい設定に換えてくれる。


・第一部で取り込んだ能力

『魔法』
腕の大きな悪魔や、その他の悪魔の死骸を取り込んで覚えた。
基本的な認識阻害、基本的な視線避け、火よ灯れ、など、本気で基本の魔法しか使えない。
しかしどれも悪魔数十体分の威力を誇る筈だが、比較対象が姉か妹のみなのでいまいち実感が湧かないらしい。

『氣の制御』
烏族の侍っぽい奴の死体を取り込んだ時に入手。
流派東方不敗をスムーズに習得出来たのはこの力のお陰。
初使用は下級デモニアック捕獲時(第三話参照)

『ペイルホース』
人間をデモニアックやブラスレイターと呼ばれる怪物へと変貌させるナノマシン。
遺伝子や脳波などのパターンにより適正があり、本来なら一人一種類にしか変身できないが、主人公は全ての変身パターンをアッパーバージョンで使用できる。
本来ペイルホースに感染すると、周りの全ての人間がデモニアックに見えるなどの幻覚症状を抱える事になるが、主人公はそういった症状をナノマシンに命じて押さえつけることが可能。
また、他の一般的なペイルホース感染者のナノマシンをアップデートする事も可能(第五話参照)。
主人公特性の改造品に、感染者を適正関係無く下級デモニアックにする兵隊量産用ペイルホースや、適正の無い人間を無理やり上級のブラスレイターにするペイルホースなどがある。
デモニアックのナノマシンに働きかけ、複数のブラスレイターの能力を持つ下級デモニアックを生産する事も可能(第五話参照)。
なお、主人公が変身するブラスレイターもどきはペイルホースに登録されているパターンでは無く、ペイルホースの機能を取り込んだ、主人公の身体を構成するナノマシンがでっちあげた姿。
超音速で空を飛び大気圏から自力で離脱し突入しても無傷でバリアを張り分身し気候を操り機械と融合し念動力を使い幻覚を見せ俺ルールな闇のゲーム発動可能で極めつけにマイクロブラックホールを作り出せる。これだけでも十分チート。

『ガルム』
変形バイク。
変形して空を飛んだりできるが、主人公はもっぱらブラスレイター世界で独逸郊外の住居とバイト先の往復にのみ使用(第四話参照)、エレアさんは搭載されていない。
こっそりバリアを搭載している。

『パラディン』
戦場の棺桶、むせる。
原作ではアマンダの絆パラディンが大活躍したが、本作では文字通りXATの皆さんの棺桶になった。
主人公のお気に入りの一品ではあるが、使用する機会が無いので本編ではまだ複製が作られていない。

『スケールライダー』
アポカリプスナイツの内の一機。
後述の機体紹介を参照のこと。

『ボウライダー』
アポカリプスナイツの内の一機。
後述の機体紹介を参照のこと。

『ソードライダー』
アポカリプスナイツの内の一機。
唯一主人公に手によって複製が作られなかった機体、魔改造されなかったのは幸運か。
ゾイドもどき。ノーモアヒロシマノーモアナガサキ。
出番的には犠牲になったのだ……。

『ICBM』
ICBMと名乗る機動要塞。板野サーカスとかできる。
空から独逸爆撃を狙った、多分ブラスレイター原作最強の敵。
ビーム無効の超電磁フィールド持ち。タキオン粒子制御機能の賜物。
一部というか、タキオン粒子制御装置部分のみ取り込まれた。そのタキオン粒子制御装置を強化して追加された機能が↓。

『クロックアップ』
タキオン粒子制御機能のちょっとした応用。
言わずと知れた加速装置、正確にはタキオン粒子制御により発動者の時間の流れを変えているだけ。
理屈は仮面ライダーカブトとほぼ同じ、やってみたらなんかできた系機能。
超加速した時間の中で普通の速度で移動しているだけなので、どんだけ早くても衝撃波が出たりはしないし速度による破壊力補正も無い。
代わりに、速度的には光の速度を軽く超える事が可能。
任意発動もできるし気が付くと自動発動したりもしている便利機能(七話、十五話参照)。

『超電磁フィールド』
ビーム無効バリア。
むしろバリアよりも超電磁切りの為にブレードにコーティングされる機会の方が圧倒的に多い。

『反重力推進システム』
スケールライダーから取り込んだ機能。
強化され、基本的な重力制御装置と化している。

『レールガン』
パラディンの腕の残骸を拾って取り込んだら出来た。
以後、ボウライダーの速射砲に技術を応用され続ける。

・第二部で取り込んだ能力
基本的に味方側で取り込んでいない技術が殆ど存在しない。
複数作品クロス作品が舞台のため、全部書くと長過ぎるので省略。
ほぼ全ての登場技術を有しており、それらを数段上回る性能で使う事が可能。
一部の能力を紹介すると、
ナデシコ関連の技術により『重力制御』の性能がかなり向上している。予備動作無しでグラビティブラスト連射可能。
動力として『次元連結システム』の機能を有している為、エネルギーは無限。第一部にて発見された欠点(第四話参照)はほぼ補われた。
体術として『流派東方不敗』を使用可能。気合とか根性とかその辺以外はマスターアジア準拠。
『火星遺跡』を取り込んでいる為、相転移攻撃無効。
そして『Yユニットナデシコ』を取り込んでもいるので相転移砲使用可能。
『テックシステム』解析済みの為、ボルテッカ打ち放題、対消滅耐性在り。
『ラダム樹』を取り込んでいる為、生き物を取り込んでテッカマンにすることも可能。
サイトロン制御により『ラースエイレム』使用可能。
サイトロンのお陰でかなりの頻度で未来が見えるため、作品は違うが特殊技能『予知能力』のようなものが使える。
J本編の能力意外にもアストレイ系技術を持っていたりするが、そこら辺は外伝で。


・姉のプレゼント的能力

『魔法の杖』(第二十三話参照)
主人公の姉は基本的に主人公には自分で力を手に入れて欲しいと思っているので、この魔法の杖も設計図のみを主人公の身体の中に口移しで転送しておいただけ。
材料は『次元連結システム』『火星遺跡中枢』『ウルトラマグコン』『ラムダドライバ』に、その他細々とした技術を幾つか。
主人公が無事にスーパーロボット大戦Jの世界で力を蒐集でき、材料が揃った時に初めて体内の設計図のデータを認識できるように設定しておいた。
頑張ったご褒美か、さもなければ複数の技術の組み合わせ方の見本のようなもの。
非常にメカニカルな外見をしているが、決してリリカルなデバイスではない。
どちらかと言えばライトノベル『ストレイト・ジャケット』の『スタッフ』に、色々な方面で有名な『宝石剣』の機能を付け加えたような代物。
予め登録されていた魔法を、異世界からくみ上げた魔力の様なエネルギーで発動する。
主人公が最後に何かやらかすだろうなと予想していた姉は、強力な大規模記憶改竄魔法と大規模認識阻害魔法のデータを入れておいた。

―――――――――――――――――――

ヒロイン
鳴無 句刻(おとなし くぎり)

・設定
主人公の姉にして出番の少ない本作正ヒロイン。
田舎で弟の手伝いをしたり山で釣りなどをしながらのんべんだらりと過ごす自称トレジャーハンター。むしろ異世界押しかけ強盗。
両親を事故で失ってから、女手一つで立派に弟を育て上げた実績がある。その代わり幾つかの異世界は財政的に犠牲になったのだ、弟を育てる為の犠牲にな……。
いわゆる多重トリッパー。非常に文章に起こし辛いレベルの最強系。
蹂躙型最強系で他作品の技が使えて、オッドアイで銀の長髪で実はほぼ不老不死でと、あんまりな設定でおなかいっぱいな人生を歩んできた。
髪と目の色はチートパワーでどうにかしているが、度々起こる新能力の覚醒の度に髪の毛がカラフルになったり目がオッドアイになったり虹色になったりと実は面倒臭い体質。
今まで旅した世界で手に入れたアイテムや能力は全て持ち越している。
しかし、基本的に持ち物までチートな為、RPGに出てくるようなまともな消費アイテム的な物は持っていない。
主人公を治療するために用いたナノマシンも、凄いものだとは分かっていたが由来は実は本人も知らない。

昔から事あるごとに光る鏡に吸い込まれたり突然現れた不思議な魔法陣に吸い込まれたり異世界人にさらわれたりしてマンガやアニメやSFやよくわからない世界に飛ばされていたが、異世界トリップの度に手に入れた超チート能力により、見事最強オリ主としての能力を開花させ、どんな世界に飛ばされても数日で事件を解決(または御破算に)させて帰ってこれるようになった。
たびたび異世界に飛ばされては事件を解決したり世界を救ったりしていたが、回数を重ねると、一度救った世界とほとんど同じ世界に呼ばれることが増え、いくら異世界で救ったり人と親しくなっても、またなにもかも最初からやり直しをさせられるような感覚に陥り、トリップ先の人間に対して何も期待しなくなった。
一度行ったことのある世界から逃れる最短の脱出方法を模索、「その世界に呼ばれた理由」を探し出し、問答無用で叩きつぶすという解決策をとるようになる。
異世界の人間に対しては、自分が帰還するために必要ならば、主要キャラであろうと容赦なく排除・殺害できる。帰還や目的達成の障害になる相手は障害物程度にしか認識しない。

ご都合主義な半不老不死体質により外見年齢10代後半から20代前半だが、実は主人公とは10ほど歳が離れている。
見た目はまさにお姉さんといった風なので、これから年を食ってもロリババアにはならない。

脅威度MAXな宇宙的怪異を余裕で蹂躙できるレベルの強さを誇るが、マイルールとして、その世界で最強系が出来る程度の力だけを使った戦い方をするようにしている。
対象を任意の作品世界に飛ばすことができる能力を持つ。その場合、その世界に何日何ヶ月何年いても元の世界では数時間から数日しか経過しない。
不思議パワーで主人公の身体に補助用のAIを追加したりできる。インストール方法は当然キス。
文字通り、殆ど出来ない事が無い完璧系。あえて言うなら魔法やそれに準ずる能力と相性が良い。

幼いころにトリップ先の世界を調べていたら、何時の間にか立派なオタクになっていた。
ゲーマーでもあるが、ゲーセンでやるくらいなら家庭用が出るのを待つタイプ。出なければ基盤購入、つまり最終的には余計に金がかかる。
アニメ関係は通販でDVDを買い集めるタイプで、最近は便利になったわねぇとかしみじみしている。
エロゲはあまりやらないが、トリップした経験のある作品はとりあえず集めている。デモベのエロ無し版は新鮮な気分でプレイできた。
夕飯を早めに作って、夕方五時台の教育テレビを視聴するのが日課、平日以外でも土曜の夕方は教育テレビが最強だと心から信じている。

重度のブラコン、第六話終了時点まではエロいこと未経験であるが、弟の身体にはわりと興味津津だった。
トリップ先以外ではいたってまともで近所付き合いもしているが、弟との関係を知らない人物からお見合いを薦められると、笑顔のまま相手に聞こえるように舌打ちする程度には毒がある。
人当たりも良く、友人は男女ともにそれなりに多いが、そのドン引きされるレベルのブラコンぶりから女性として意識される事は少ない。
地元の村では駐在所のお巡りさんと新聞配達員と友人。この二人とはいわゆる幼馴染で、くっついては離れるラブコメの様な二人を生暖かく見守ってきた。
おっとり系で通しているが、長く付き合っていると所々ちゃっかり者の部分が見えてくる。
嘘は言いたい時に言い、ばらしたい時にばらす。割と自由な性格。

弟と妹っぽいのが戻ってくるまでの暇つぶしに、いくつかの異なる世界(ラブクラフト二次創作的な意味で)のアザトースに遠隔ザメハ連打かまして叩き起こして遊んでいたが、数時間で飽きた。
その後ラブプラスでひたすらリンコにセクハラして更に時間を潰し、それでも暇だから新聞配達員の家に遊びに行ったら『働け』と突っ返され、自分がニートだと思われている事に気付き凹む。
その日の夕ご飯は少しだけ何時もよりも塩辛かったとか。
元の世界に帰って来た弟の荷物から、XX染色体の金髪を気付けてこれは泥棒猫の気配! と昼メロ展開にワクワクすると同時に、これも若さよねぇと少し納得している。
金髪の持ち主について詳しく聞いてみるか検討中。

・トリップの原因
正確には異世界にトリップする体質ではなく、とある欠点のある異世界を引き寄せる『欠陥異世界誘引体質』とでもいうべきものである。
引き寄せる異世界には尽く話を進める事の出来るオリジナル主人公またはクロス主人公、あるいはそれら主人公の能力が欠けており、その本来のオリ主の代わりに物語を進めることがトリッパーとしての仕事だと姉は推理している。
主人公が姉のトリップに巻き込まれたのは、あのネギま世界がダブル主人公モノで、片方があの場で能力に覚醒するイベントをこなす必要があった為、能力を封じられていた主人公が引き寄せられた。
※補足
なお、この欠陥のある異世界の大半は、いわゆるネットや多くの人の頭の中に転がっている『先に主人公とか能力とかイベントとか考えたけど、いろいろ面倒臭くて本編が作られなかった物語』のなれの果てである。
その為、その世界のスタート地点をよく探すとオリ主のなり損ないとかが転がっていたりする。
場合によっては、それら元の二次主人公に能力を付加してやる事で話を進める事も可能。

・弱点
低血圧。寝起きは常に不調というか、最低でも一日十時間ほど眠らないとまともに動きたくない(動けない訳ではない)。
最強系主人公によくある、言い訳じみたどうとでもなる弱点である。

・能力
メジャーマイナー問わず、あらゆる作品の気とか魔法っぽい雰囲気の能力は全てノーリスクで使える模様(第二話参照)。それ以外は一切不明。
魔法や特殊能力無しの状態でも無駄に強い(第六話参照)。

―――――――――――――――――――

サブキャラ、サポート要員
鳴無 美鳥(おとなし みどり)

元をたどれば主人公の肉体を構成するナノマシンの補助AI。現在は妹ポジションに収まっている。
姉の因子を元に人格や精神や魂など諸々をでっちあげて生まれてきた。
本来なら主人公が超ピンチになった時に生まれてくる筈だったが、主人公が思いのほか上手いこと立ち廻ってしまい、生まれてくるタイミングを逃すまいと自力で無理やり生まれてきた。
しかし、本来の誕生プロセスを経ていないため、かなり未成熟な肉体で生まれてしまった(第四話参照)。しかしロリでは断じてない。
幾度かのアップデート(第十一話参照)を終え、今では微妙に小さいだけでそれなりに成熟したボディとなっている。
主人公のトリップの旅を補助する役割を持っている為、基本的にトリップには大体付いて行く事になっている。
普段は村にある唯一の個人商店で店番のアルバイトをして過ごしている。

肉体を構成するモノは基本的には主人公と同じ謎のナノマシンではあるが、複製を作る際に質量保存の法則をあまり無視できない為、必然的に肉体の再生速度で劣る。
また、主人公のナノマシンのようにナノマシン一つ一つが取り込んだモノの能力を有してはいるが、それらの能力を使うためにはある程度の数のナノマシンがその能力を使う為だけに一つのユニットとして結合する必要がある。
その為、ある程度の能力を身に付ける為には身体の容量を増やす必要があり(第十一話参照)、アップデートの度にグラマラスになる予定だが、デビルガンダムの自己進化機能か次元連結システムのちょっとした応用でこの欠点は解消されそう。
本人は、遠い未来に超ファットボディになる危機を回避した代わりに、近い未来で身体の凹凸の成長が止まるかもしれないと少し残念がっている。
そういった様々な面から、肉体的には主人公の下位互換だと思われる。

実は主人公と姉のDNAを掛け合せたようなDNAパターンのデータを持っており、そのDNAパターンを元に肉体を作れれば主人公と姉の間に出来た娘的なポジションに入る事が可能だが、これまた生物を複製する事が出来ないので不可能。
普段の肉体は主人公と同じく擬態。もし生身の肉体を作れたら、を基本にしている。
また、ニトロとゴンゾの合作世界で肉体を構成したせいか、眼に見えて肉付きが良い訳でも無いのにやたらエロい雰囲気を出している。
二トロの肢体とゴンゾのパンツが合わさって最強に見える。ある意味パーフェクトボディ。

姉と主人公のデータをベースにしている為、生まれながらのオタク。
が、基本的に知識で知っているだけの事柄が多いため、とりあえずなんでもやってみる活動的なタイプ。情報に対しては雑食性。
光ケーブルを直接口にくわえてインターネットで情報収集、プチサイバーパンク気取り。
兄×妹系エロゲ、兄×姉×妹系エロゲを蒐集中。

重度のブラコン、と思いきや、同時に主人公に人間で言う父性なども感じている模様。
基本的にエロ関係で主人公に迫る事が多いが、これは主人公の身体に対する帰巣本能的な部分もあるらしい。
そんな訳で主人公に対してはエロ系含めて甘えん坊。
主人公の姉には親愛と同時に畏怖のような感情を抱いている。
交友関係は少ないが、それなりの期間付き合う連中には遠慮の少ないあけっぴろげな性格で付き合うことが多い。
が、基本的に親しい相手以外にはかなりサバサバした判断を下せる。
戦闘中は興奮で多少ガラが悪くなる。

元の世界に戻ってからは、ナデシコで撮ったクルーの写真を『スゲー気合いの入ったレイヤー』としてネットにアップ。マジンガー系パイロット、というか、兜甲児の超鋭角モミアゲに対する掲示板の住人の食い付きの良さに驚く。
更にぱちって来た連邦とザフトとオーブのノーマルスーツをコスプレグッズとして販売、地味に家計を助けている。
最近は兄と姉のギシアン音がうるさくてさみしくて眠れない夜が続いている。
反動で昼間店番のバイト中に寝ているが、そうすると夜中に目がさえて、そこで更にギシアン音が聞こえて、の無限ループに陥っている。
仲間に入れて欲しそうな目線を送るべきか真剣に検討中。

・能力
複製、再生以外は基本的に主人公の設定に準じる。
ただし、姉の因子を少なからず有している為、魔法や格闘術に関する知識は明るい。
実は総合的に見て主人公よりも多芸。

―――――――――――――――――――


搭乗機体紹介

『ボウライダー』
第二部スパロボ編にて主人公が搭乗する機体。データはオーブでのナデシコ離脱時準拠。
オリジナルは狙撃を得意としていたが、このボウライダーは改造を重ね過ぎたせいでそういった特色は欠片も残っていない。
・装甲材
超合金ニューZを強化したモノを使用。グレートより固ーい!
・馬力
内部構造をマジンガーなどを参考に見直している為、機械獣相手に殴り合いが出来る程の超パワーを持つ。
・武装
超音速の弾丸を毎分6000発吐き出す電磁速射砲が二門。
この速射砲は縦に直列でつなぐと荷電粒子砲に、横に並列に繋ぐとグラビティブラストを放てる不思議構造。
電磁速射砲として使用する際は、超合金Z製の弾丸を常に主人公が複製能力で補充している。
レーザーダガー及び電動鋸型ブレードが片手にそれぞれ装備されている。
電動鋸型ブレードは基本的に超電磁フィールドで覆われており、分解した対象の分子構造をズタズタにし削り取る事が可能。
換装パーツとしてクローアームを装備、握り締めるだけで敵のフレームは拉げ、殴れば装甲をまき散らしながら吹き飛ぶ。掌には輻射波動の親戚が撃てる機能が備えられており、当たると大概の機体は沈む。
次元連結砲をさりげなく使うことが可能だが、これはどちらかと言えば主人公の能力であり、ボウライダーに搭載された武装とは言えない。
・推進
重力制御によるもの。ブースターなどの補助で更に速くなる。物理法則ぶっちぎりな軌道で飛んだり跳ねたりする。
飛べない状況を見越し、脚部に無限軌道を備えている。
遅くはないが、強化パーツ無しだとそれほど速くも無い。
・動力
主人公から直結で次元連結システム、本体にはオルゴンエクストラクタ、光子力反応炉を備えている。
主役級の機体の動力を予備動力として備えるモンスターマシン。
・総合評価
装甲はグレートマジンガー、速度ではそれなり、火力ではスーパー系、射程は強化パーツ無しで速射砲が2から7、荷電粒子砲が3から10、グラビティブラストはマップ兵器、EN無消費の天空剣Vの字斬りもどきが1をカバー。機体サイズSかMだがサイズ差補正無視。
挙句、基本的に武装は弾数無制限でEN回復持ち。金を注がなくてもパイロットの手によって勝手に改造値が上がっていく。
こんなのが味方に居ると、明らかに難易度が下がる。ので、最終回で更にパワーアップした姿でラスボスとして登場する。




『黒いボウライダー』
いわゆる『ぼくがかんがえたちょうつよいかくしぼす』である。
第二部ラストバトルにて主人公が搭乗。
搭乗というよりは着込む、融合するような形態を取っており、主人公の拡張パーツとしての役割を担っている。
パーツごとに分解され異なる次元に格納されており、主人公の強化型次元連結システムでないと取り出すことが出来ない。
半ば主人公が融合同化している為、主人公の半端無い再生能力が適用される。HP回復(大)持ち。強化型次元連結システムのお陰でEN回復(大)持ち。
防御力はマジンカイザー20段フル改造に装甲系強化パーツを四つ付けたよりも硬い。
ワープ系機能を有しており、速度もテッカマンやレイズナーを上回る。
攻撃力は基本的に一撃必殺だが、次元連結システム以外固定武装が無く、その都度主人公が武装を生成して攻撃する。
内部に光子力反応炉、オルゴンエクストラクタを搭載しているのは元のままだが、そのエネルギー変換効率はオリジナルを遥かに上回る。
主人公が融合している為、今まで取り込んだあらゆる機体の能力を保有する。
全身が黒いのは超合金ニューZαの流れを組む超合金を使用しているからではなく、融合同化するとともにブラスレイターの力で融合強化している為。
カラーリングはジョセフの適合したアンドロマリウスのモノ。青いラインが赤くなるのもこれのせい。
窃盗と深い関わりを持つ悪魔という事でゲンを担いでも居る。
しかしそのせいか、性能で主人公チームを凌駕していたのに負けた。俺はお前を凌駕した!いわゆるジョセフの呪である。

また、これで戦う時限定で、主人公は以下の戦法を取る。
・毎ターン精神コマンド全部発動。
片っ端から精神コマンドを使用し、SPが切れたら口の中に強化パーツ『保存食』を幾つか纏めて複製し、一気にSPを回復する。
覚醒持ちなので無限行動可能になるが、一分間にどれだけ攻撃しても相手が必ず反撃をしてくるので一方的な展開にはならない。
実は合体攻撃やらファイヤーブラスターが殆どダメージを与えられなかったのは精神コマンド『不屈』のお陰。相手のターンでも容赦なく精神コマンドを使う。
その為、基本的に援護攻撃でしかまともなダメージを入れる事が不可能。この機体が出てきたら強制負けイベントと思っておくと気が楽。
『愛』も使っている筈なのに回避しないのはお情け&演出。
なお、作りだした保存食は体内に取り込まれるため、鳴無美鳥も覚醒無限行動以外は同じ戦法を取ることが可能である。

・相手の技術で圧倒。
超電磁組に四重超電磁竜巻や四連超電磁ボールを使用し、グレートとカイザーをカイザーノヴァで倒し、ゴッドガンダムを超級覇王日輪弾で倒した理由。
ラストバトルは主人公補正への挑戦であるとともに、自分の取り込んだ技術でオリジナルを圧倒できるかの確認であった為、相手の使用するメイン技術を使用して倒していた。
なので、クロックアップなどの強さを比べるのに不必要な反則臭い技術は使用しなかった。



『キューブ』
黒いボウライダーのサポートメカ、数個から数十個ほど黒いボウライダーの周囲に浮かんでいる。電脳コイルのバージョン4の親戚っぽい見た目。
主人公の次元連結システムからエネルギーを供給され、異次元に格納されたちょっとした天然衛星程もあるカートリッジの山で無限に弾丸を吐き出す。
更に、数個のキューブが合体変形して巨大なクローアームになり、黒いボウライダーに装着される。
実は空間認識によるビット兵器ではなく、一つ一つに下級デモニアックが融合しており、普段は一括で命令を下しての自律行動、黒いデモニアックのオプションとして変形合体する時のみ上位ブラスレイターの力で個別に操っている。
防御力はそれほどでもないが、黒いボウライダーの次元連結システムが稼働している間は消えたり現れたりを繰り返すので撃墜する事がほぼ不可能。
次元連結システムが停止すると同時に核融合エンジンに切り替わりビームの出力も下がり、それ以後はかなり雑魚い性能になる。




『スケールライダー』
第二部スパロボ編にて鳴無美鳥が搭乗。
本来はミサイルやビームぶっぱして爆弾落して逃げるのが仕事の機体だが、魔改造を繰り返された今はそういった戦法以外も取れる。
本来は接近戦は離着陸用の脚部で蹴る程度のことしか出来ないが、翼の外側に設置された光剣(ブラスレイターの力で具現化されたもの)で空中剣戟が可能。
なお、質量保存の法則を無視していそうな大量の弾薬は、全てブラスレイターの力で生み出されたモノ。そのため、実は攻撃力はさほどでもない。
次元連結システム、オルゴンエクストラクタや光子力エンジンなどを搭載した後はグラビティブラストによる砲撃戦メインで戦っていた。
出番が少ない。むしろまともに活躍シーンが描かれなかった。
実は輸送機の特性を備えた機体であり、軽量級とはいえ20メートル級の機動兵器であるベルゼルートを輸送できたりする。
・装甲材
ボウライダーに準ずる。戦闘機の癖にマジンガー並みに固い。
・馬力
力比べをする機体ではないが、機動兵器を輸送できる程度にはある。
・武装
マシンガン、緩く誘導がかかるレーザー、ミサイル、爆撃などのロボット物の戦闘機として標準的な武装。
光剣や脚などの格闘用武装も備え、後にグラビティブラストなども装備した。
・推進
重力推進。通常の板野サーカスの三倍の複雑さな軌道が余裕で可能。
無駄に速く、自力で大気圏離脱、突入が可能。
・総合評価
出番が少ない事を除けば一線級の機体。それ以外は特に書くべき点も無し。




『MFデビルガンダム』
第二部セミファイナル及びラストステージにて鳴無美鳥が搭乗。
本来ならデビルガンダムジュニアとして生まれるはずだったが、主人公や美鳥の手が加えられ、半分ターンエックスのような外見になっている。
が、性能はどちらとも異なり、ジュニアの四天王ビットとターンエックスの溶断破砕マニピュレーターを併せ持つMFのような性能。分離は出来ない。
性能こそ一般的なボスキャラ程度だが、内臓された様々な機能、搭乗者の技量により恐るべき性能となっている。
強化型ディストーションフィールド搭載、装甲にはPS装甲使用。おまけにかなり回避する。
マガノイクタチの発展形技術と、アルテミスを取り込んだ際に手に入れた量子コンピューター用ウイルスを組み合わせた無力化兵器、『スターヴァンパイア』はCEのモビルスーツに対して超鬼畜。
『四天王ビット』は原作とほぼ同じ性能だが、一度壊されるとGガンダム原作のデビルガンダムコロニー内部に出現した防衛用の銀色の球体を味方として作りだしたりする。
『溶断破砕マニピュレーター』も基本的に原作と同じ性能だが、搭乗者である鳴無美鳥が用いる格闘術の一つ『跳空殺手(原作・学園帝国俺はジュウベイ)』のアレンジ技により、相手の死角に瞬時に分身状態で出現する事が可能。
こっちは特にマイルールが無いので、気軽にクロックアップしたりしながら好き勝手戦った。
毎ターン『かく乱』と『愛』を使って戦う。

―――――――――――――――――――

全オリキャラ共通設定

『元世界での能力低下』

どんな優れた能力を持っていても、元の世界では能力の使用にかなりの制限がかかる。
主人公の姉が即死した両親を生き返らせる事が出来なかったのもその為。
全能系、絶対能力系は特にその能力を制限される。



[14434] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」
Name: ここち◆92520f4f ID:96797f90
Date: 2010/07/03 13:06
主人公である鳴無卓也の登場により原作とは異なる成長、異なる変化を得たキャラクター、機体のまとめ。
キャラの変更前設定において一部筆者の主観が交じっているが、この項目自体は読んでも読まなくても話の進行に問題はないのであまり深く考えないこと。


※この設定まとめは本編のネタばれを含みます。本編未読の方が閲覧する場合はそこら辺を理解した上でお進みください。
※既に死亡し、復活の予定の無いキャラについてはここでは言及しないものとします。

―――――――――――――――――――
バンプレストオリジナル
―――――――――――――――――――

紫雲 統夜(しうん とうや)

スーパーロボット大戦J男主人公。
空から降ってきた女の子付きロボットのパイロットにされたり、戦いを続ける中で実は騎士の血を継いでいることが判明したりする、いわゆる巻き込まれ系の王道主人公。
三人娘の中からヒロインを選ぶ事の出来るエロゲ体質でもあり、後々気分が高揚すると騎士っぽい言葉使いになる事が判明した。多分サイトロンのせい。
今作では初戦闘時に鳴無卓也と鳴無美鳥の援護を受けながら戦い、それ以後オーブで別れるまでは頼れる仲間として共に闘っていた。

原作ではどうにかこうにか三人娘のサポートを受けながら自らの戦闘法を確立していったが、今作ではボウライダーでの戦闘法を見よう見まねでトレースして戦い方を覚えた。
そのせいか射撃機体であるにも関わらず突撃を繰り返し、接近されるとショートランチャーのグリップで殴ったりオルゴンランチャーをフルスイングで叩きつけたりもする。
そんな訳で最初の頃は機体の損耗率が高かったが、後々ボウライダーがブレードを装備して格闘戦を始めたりすると、『あれと同じ戦い方は無理だ』と悟り、ようやく距離をとっての射撃をメインにし始める。
それでも癖がついたのかどうなのか、やはり気付かないうちに距離を詰めてしまう事が多いが、そこら辺はサブパイロットの三人娘が勝手に心配してくれるので本人はあまり気にしていない。
オーブ脱出後に手にした後継機が挌闘もできるものであった為、全ての距離で均等に戦えるようになった。
逆に言えば全距離で器用貧乏。ステ振りも格闘と射撃に均等に振られているタイプ。

鳴無卓也が毎日欠かさずメルアのおやつを持ってくる関係上、ナデシコにいる間、一日一度は間違いなく遭遇していた。
それ以外にもシミュレーション訓練で相手をして貰ったり一緒に飯を食ったりなんだりと付き合いが多く、鳴無卓也をこっそりと人生の先輩的な相手として慕っていた。
しかし、フューリーの騎士として覚醒しかけていた頃、鳴無卓也のボウライダーが無双する姿をみて心を不吉な感情でざわつかせていた。
この頃から密かにラストバトルの状況を予知しかけていた事から、フューリーの騎士としての優秀さがうかがえる。
ラストバトルではB・ブリガンディを黒いボウライダーの繰り出す新ラースエイレムで停止させられて破壊され重傷。
改修した旧ベルゼルートで再出撃し黒いボウライダーに一太刀浴びせるも敗北、記憶を書き換えられ地球に転送される。
最終決戦時の怪我のせいでパイロットとして復帰できるか微妙になった。そもそもベルゼルートもB・ブリガンディも修復不能なレベルにまで破壊されている為、復帰しても乗る機体が存在しない。

エピローグ時点でカティアと同棲、一学生としての生活を満喫している。
月を見る度に何かを思い出しそうになるが、今は何よりも勉強の遅れを取り戻し、カティアとの生活を楽しもうと思っている。


搭乗機体

『ベルゼルート・ブリガンディ』
ベルゼルートの強化型だが、原作とは異なり接近戦も想定した骨格と武装に変更されている。
肩周り、肘周り、脚周りが骨太になっており、拳、肘、膝、踵などの各部位に搭載されたヒートエッジで格闘戦を行う。
両腕に備え付けられたオルゴンライフルはラフトクランズのソードライフルを参考に組直され、オルゴンソードを形成することが可能。

―――――――――――――――――――

カティア・グリニャール

スーパーロボット大戦J三人のヒロインの一人。
真面目かつ物静か、クール系のお姉さんキャラと見せかけて電波担当、物語後半では何故かお嬢様言葉になる時がある。実は本質的に三人娘の中で一番子供っぽく、精神的に脆く臆病。
猫耳付けてグリニャーン仮面参上だにゃん☆とかは言わない。
今作で統夜のハートを射止めたヒロイン。
脳内に残留していた洗脳用ナノマシンを魔法の杖が鳴無卓也の一部と誤認したお陰で、大規模記憶改竄魔法の対象から外された。
が、もしまた戦ったら今度こそ統夜が死んでしまうと考えている為、事件の真相は墓まで持って行くつもり。
テニアが統夜に好意を向けていた事を知っており、少しだけ申し訳なく思っている。

エピローグ時点では統夜と同棲生活をおくりつつ学生としてそれなりに順調にやっている。
最近月を見上げて物思いに耽る事が多い。
趣味は秘密のポエムノート。が、たまにやたら上手いゲキガンガーの絵が描かれていたりする。

―――――――――――――――――――

フェステニア・ミューズ

スーパーロボット大戦Jの三人ヒロインの内の一人。
第二部本編では大食い意外に特に特徴の無い地味キャラと認識されていたが、エピローグでまさかの独白担当に大抜擢。三人娘の中ではあて馬になり易い性格をしている。
おやつの時間でどさくさにまぎれて統夜にアプローチを仕掛けていたようだが、結局は搭乗回数によりヒロインの座から転落。
同じく鳴無卓也にアプローチを始めていたメルアに共感を覚えていた。
気付いたら告白する前に統夜とカティアがくっついていた為、振られる前に自分から身を引いて諦めた。
活動的な性格だが、恋に関して微妙に奥手なところがある。というか、軽いツンデレ、素直になれない性格。
カティアと同じ理由で記憶改竄を免れたが、恋破れたとはいえ想い人に死んでもらいたく無く、また、自分も二度と戦場に立ちたくないと考えている為、真相をどこかに漏らすつもりはない。

エピローグ時点では、春から学生生活を初めて心機一転、一人暮らしを始めてみた。近所には千鳥かなめや相良宗助が住んでいたりする。
クラスではこっそりと人気があるが、まだ失恋を引きずっている節があり、新しい恋を探すのはまだ先になる模様。
晴れの日にはペットボトルのお茶で月見をするのが日課になっている。
趣味は色々、最近は実益も兼ねて料理を初めてみた。

―――――――――――――――――――

メルア・メルナ・メイア

スーパーロボット大戦Jのヒロインの内の一人。
甘い物が好きでおっとり系で巨乳で金髪でと狙い過ぎなヒロイン。三人娘の中で実は一番芯が強い。
サブパイロットとして乗せると移動力と装甲が上がり、なおかつベルゼルート・ブリガンディのサブパイロットにして必殺技を使うと全弾発射したりと、割と機械系に強いと思われる。
原作では戦う事を苦手としているような節があるが、今作では自らベルゼルートで戦ったりと割と活動的。
最終的にナデシコから離脱し、鳴無卓也のお願いにより月の中心で生体コアとなった。

サイトロンによる予知を危険視した鳴無卓也の手により三人娘に洗脳用ナノマシンが盛られたが、その洗脳用ナノマシンをケーキに入れて出したものだからしょっぱなから計画が狂う事に。
この洗脳用ナノマシンは鳴無卓也に対して非常に好感を持ちやすく悪印象を忘れやすくするように脳の働きを弄る機能、更にサイトロンを操る為の生体情報を報告する機能を有していた。
しかしそのナノマシンを盛られたケーキをメルアが他の2人から半分づつ貰ったが為に二倍摂取してしまい、そのせいか速攻で鳴無卓也に懐いた。
初めは犬猫が餌をくれる人間に懐くような感覚で鳴無卓也を慕っていたが、何時の間にか恋愛感情の様なものに変化していった。
実は半分眠った状態でラストバトルでの鳴無卓也とナデシコ、アークエンジェルクルーとのやり取りを聞いていたが、モルモットとしてでも役に立てるのなら嬉しいと考えている。
なお、投与されたナノマシンが突然変異を起こし、肉体がフューリー寄りのモノに作りかえられている。御蔭で統夜と同じかそれ以上のサイトロンリンケージ率を誇る(二十一話、二十二話参照)。
実は余剰投与分のナノマシンはかなり初期の頃から徐々に肉体と脳、神経系との融合を開始しており、その片鱗はサブパイロットとしてベルゼルートに乗った時の移動力補正に現れていた(第九話、第十一話参照)。

エピローグ時点では月の中心で生体コアとなり、只管演算を行いながら幸せな夢を見続けている。
その演算を終えれば鳴無卓也に会えると信じているが、このままでは演算終了まで数十年掛かるので、優秀な生態コンピューターの材料(人間の脳味噌)を集めるために数年後、地球への侵攻を開始する。
その際に自らを倒しに来たかつての仲間達と相対するが、その時点では既に髪の毛がロングになっている。
全滅させられたフューリーの連中の次に人生を歪められた人間の一人。

搭乗機体その一

『ベルゼルート改』
ベルゼルートの改造機。
B・ブリガンディ乗り換え後にも関わらず機体が残っていた経緯については十八話、十九話参照。
操縦系統にIFSとサイトロンコントロールを併用し、補助としてMSの操作を簡略化したモノを採用、更に小型の量子コンピューターを操縦補助に回している(第十九話参照)。
オルゴンエクストラクタは機械的に出力を底上げされ、後にメルア自信のサイトロンリンケージ率が上がった際に、出力を底上げされたオルゴンエクストラクタが暴走、オーバーフロウを起こし、恐るべき戦闘能力を発揮した(第二十一話参照)。
オルゴンライフルはバッテリパックとマガジンを組み合わせたモノで出力を維持し、更に鳴無卓也の残した超合金ニューZ製のブレードを括りつけてある。
また、全身にフューリーの機体から剥ぎ取った武装を装備しており、ハリネズミのような状態になっている。
メインパイロットとしての経験がないメルアの為に、荒い動きでも壊れないように全身のフレームがB・ブリガンディを参考に骨太に造り直されている。

搭乗機体その二

『ズィー・ガディン(DG細胞侵食)』
搭乗、というよりも、コアユニットとして組み込まれただけ。
壁に埋没しているので戦闘能力は無い。

搭乗機体その三

『デビルガンダム衛星(月がベース)』
エピローグでカティアが見上げていた月。
実は二十一話時点で鳴無卓也の手により月は完全にデビルガンダムの一部と化していた。メルアは完成品にコアとして組み込まれただけ。
鳴無卓也が『次元連結システムのコピー』『火星遺跡の中枢のコピー』などを残していったため、それを使用して防衛システムが作られている。
お陰でゼオライマーのワープや火星出身者のボソンジャンプでは侵入する事ができない。
中心にあるガウ・ラとその周囲は巨大な演算装置として使われているが、表面の外殻は自由自在に変形して悪意を持って接近してくる敵を排除する。
この外殻は全てデビルガンダム細胞であるため、これに触れる、または撃墜されるとゾンビ兵にされ月の番人として朽ち果てるまで働かされる。
地球で配備された量産型ゼオライマーはこの外殻を触れずに打ち砕く為に用意された。

なお、外殻の上に住んでいるテッカマン軍団は、遺伝子に調整を施されたフューリーの一般人のなれの果て。
ガウ・ラ内部で殺された分以外はすべてここで暮らしている。
このテッカマン達は、いずれ鳴無卓也が神様系の属性を手に入れた時に作られる奉仕種族の材料である為、崇拝や従属の感情が遺伝子に刷り込まれている。
鳴無卓也がこの世界に存在しない今、その代理であるメルアの命令に絶対服従。
当然のようにブラスレイター化の処置も施されており、大規模戦闘時にはDG細胞で作られたMFやゼオライマーもどき、SPTもどきと融合するグループと、テッカマンとして戦うグループに分かれる。
普段は何事も無く月面で宇宙野菜を栽培している。農家というよりも農奴のような感じ。テッカマン兼ブラスレイター兼アストロノード。

―――――――――――――――――――

フー=ルー・ムールー

フューリー聖騎士団のとても漢らしい女騎士。戦とは死狂いである。
戦の中であっても優雅さを忘れない騎士で、逞し過ぎるカットインが特徴の女傑であったが、オーブで鳴無卓也に殺害され、死体を機体ごと取り込まれる。
どのタイミングでかは不明だが鳴無卓也の手によって尖兵として再生され、優雅さなどを重視しないある意味で前よりも純粋な戦狂いに進化した。
と思いきや、思いもよらぬほどの少女趣味を見せつけてくれたりもする。
騎士として過ごしていた時から隠れ少女趣味で、団員に隠れてこっそりピンクハウスやゴスロリなどに分類されるヒラヒラフリフリ系の服を着て鏡の前でくるっとまわってみたり、
寝る前に枕元のヴォルレントのぬいぐるみ(従騎士時代からのお気に入り)に話しかけた後抱きしめて眠ったりしていたが、騎士としての自らの立場を考えて秘密にしていた。
再生の後遺症かそれとも騎士団が全滅したからかは不明だが、そういった少女趣味を隠しきれなくなっていった。
クローゼットの奥に秘蔵の少女服を隠していたが、それらを全て取り出しやすい位置に移動した。パジャマは猫の肉球がプリントされた愛らしいデザインのものを着用。
そんな少女趣味を抱え、しかし敵には一切悟られることなく、セミファイナルバトルにてメルアのベルゼルート改と激戦を繰り広げ敗北。
最高の戦いに満足して、上下に両断された上でモツをまき散らして死亡。
ある意味死後の二度目の生を誰よりも楽しんでいたと言える。

エピローグ時点では死亡している。
が、実は記憶や戦闘経験のバックアップが鳴無卓也の中に送られている為、記憶を連続した状態での復活が可能。
三度目の生を受けるのが何時になるかは、今のところ不明である。

―――――――――――――――――――

カルヴィナ・クーランジュ

スーパーロボット大戦J女主人公。今回はゲスト出演。
ネルガルからの仕事の依頼を断り、軍の退職金でのんびりやっていた所を突如家に押しかけた鳴無美鳥に『俺んとこ来ないか』と男らしく拉致された。
拉致された先で証拠を突き付けられつつ説明を受け、アル=ヴァンが自分と仲間達を裏切っていた事を知る。
そんな怒りに駆られた状態になった隙に洗脳を受け、見事にアル=ヴァン対策用のパイロットに任命された。
まだ襲撃時の後遺症が残っており、リハビリ無しではパイロットに復帰する事は不可能だったが、驚異の科学力&魔法により見事回復。
更に拉致られてからずっと高濃度のサイトロンエナジーを浴びていた為、サイトロンリンケージ率も高くなっている。

エピローグ時点での生死は不明。
だが、各地の紛争地帯でラフトクランズと並んで戦うクストウェルの姿を見た者がいるとか居ないとか……

―――――――――――――――――――

アル=ヴァン・ランクス

フューリー聖騎士団所属の騎士。
フューリーを滅亡させる未来に直結する鳴無卓也に突っかかり過ぎたせいで、統夜にあまりちょっかいを掛けることが出来なかった。
時の旅の果てに最終決戦の真っ最中に戻ってきて黒いボウライダーの次元連結システムを一時的に封印するのを手助けするが、あらかじめ用意されていたカルビさんにヤンデレられて退場。
しかし、世界の修正力の後押しを受けた愛の力により、僅か説得二回でヨリを戻す事に成功する。

エピローグ時点での生死は不明。
だが、各地の紛争地帯で通信でいちゃつきながら互いを援護するウザい凄腕の傭兵が現れたとかどうとか……。

―――――――――――――――――――

シャナ=ミア・エテルナ・フューラ

扱いは原作でも不遇だったが、今作では更に不遇。
現在は貴重なフューリーの生き残りとして、ネルガルにて丁重に『保護』されている。
流石に恋人と再会したアル=ヴァンを引きとめるほど空気が読めない訳では無いが、最近はどうにかして自分も連れ出して欲しかったなと考えている。
そろそろフューリーの知識も出しつくしたので、生体実験か地球人相手の交配実験が始まるかもしれないと怯えている。

―――――――――――――――――――
ここから版権キャラ
―――――――――――――――――――

アイバ・タカヤ&アイバ・ミユキ

ミユキの身体に施された処置がどのようなものであったか解析され、その技術でブラスター化の後遺症を無くした。
そんな訳でDボウイことアイバ・タカヤは今日も元気にマイクを破壊している。
エピローグ時点では何故か再び地上に現れたラダム樹によって大量に生み出された素体テッカマンの暴動を治める仕事を任されている。
月のテッカマンの軍団については、今の自分達ではどうする事も出来ないと考え、仲間を増やすことから始めようと考え、素体テッカマンのスカウトと、テックシステムの解析に日々の時間を費やす。
なお、ただの人間であるアキを戦場に連れて行くのは危険すぎるという名目で、ミユキは見事アキとタカヤを一時的に引きはがす事に成功する。
アキを引きはがしている間にタカヤの心を掴めるかは、今後の努力次第だろう。

―――――――――――――――――――

アルバトロ・ナル・エイジ・アスカ

地球に帰化し、SPT関連の技術を生かして働きながら学校にも通っている。
何だかんだで姉が生き残って嬉しい。
最近、姉に色気を感じてしまう。
戦争が終わった今、彼の思春期は始まったばかりである。

―――――――――――――――――――

アルバトロ・ミル・ジュリア・アスカ

地球に帰化し、SPT関連の技術を生かして働いている。
エイジと二人暮らしだが、最近エイジの部屋からエロ本を見つけて慌てる。
思春期に入って興奮する暇が生まれたエイジの視線を少し意識してしまう。
いわゆる一つの欲求不満の未亡人。
戦争が終った今、彼女の欲求不満の日々は始まったばかりである。

―――――――――――――――――――

秋津 マサト(あきつ まさと)

ラストガーディアンは潰れてしまったが大冥界に行ってはいないので、まだごみ箱に隠れる程のバイタリティは身に付けていない。
月の脅威をどうにかする為という名目で説得され、渋々簡易型の次元連結システムを設計した。
しかし、量産型ゼオライマーに搭載した簡易型次元連結システムに、オリジナルゼオライマーと次元連結システム、そして操縦者のマサトの意思によって何時でも異次元との連結を解除する事が出来る安全装置を仕込んだりもしている。
エピローグ時点で氷室美久と二人暮らし。そろそろ学校生活に戻りたいと思っているが、量産されたゼオライマーの監視でそれどころではない。
統合したマサキの影響か、軒先に氷柱が出来る時期を心待ちにしている。

―――――――――――――――――――

氷室 美久(ひむろ みく)

死んでいないのでドラマCD程スレていない。
エピローグ時点で秋津マサトと二人暮らしだが、簡易型次元連結システム(通称ロリ美久)達の教育に忙しいのであまりエロい事は出来ていない。
マサトの目線が自分の尻を追いかけるのを感じて、しょうがないなぁと思ってしまう程度にはお姉さん属性だが、それが意味する正確なところは未だ察する事が出来ていない。
尻氷柱未体験。

―――――――――――――――――――


キラ・ヤマト
セーフティシャッターをものともしない超高圧電流によって炭と化したはずだが、何故か今はオーブの外れにある孤児院で暮らしている。
体には何故か傷一つ無いが、撃墜された後遺症なのかどうなのか、アークエンジェルで戦っていた頃の記憶がほとんど残っていない。
これまた何かの後遺症なのか、何故か無かった筈の空間認識能力が発生している。
不思議な事にラクスの記憶だけはくっきりと残っており、とても懐いている。
このキラの初めての相手はフレイではなくラクス、というだけで色々と察して貰えるだろう。
彼には何一つ罪は無い。今はまだ、と付け加える必要はあるが。



[14434] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」
Name: ここち◆92520f4f ID:96797f90
Date: 2010/07/02 09:14
無限に広がる大宇宙。
星々の瞬きは美しく、黒いビロードに散りばめられた数えきれない宝石のように、漆黒の宇宙を彩る。
そして、その広大な宇宙に比べれば狭いが、それでもとても広範囲に渡って、大小無数のデブリが散乱している。
資源衛星ヘリオポリス、そのコロニーがザフトと連邦または連合──正確にはナデシコとアークエンジェル──の戦闘によって崩壊し、このような光景を作り出しているのだ。

「ふぅ……」

などと、ナレーション風に言ってみたが、俺の言いたい事は只一つ。

「宇宙──さいっこぅ……!」

ビッグ、ワイルド、クール、ダークマター。地上駄目、俺としてはナンセンス。
目の前には、数時間前に完全に崩壊したヘリオポリスの残骸。俺はザフトのジンに似せた通常のMSよりも少し小柄な機体でその残骸の内の一つに近づいている。
ECSを展開し、重力推進によって移動する俺のジンもどきは何者の目にも映らない。

「俺、思うんだけど、宇宙のモノ、誰のものでもないって」

レーダーに感あり。
目標は、もうチョイ先、いや、あの衛星か。

「ってことは、逆に誰のものでもいいんじゃないかって、思うの」

モルゲンレーテから持ち出したデータでは、確かにこの辺り。
なにしろ未来のデータだ、信頼性は高い、いや、むしろバツ牛ンだろう。

「ってことは何? 俺が頑張ったら、独占?」

勿論、独占するつもりはない。
最低でも赤と青の二機が無ければ伝説の傭兵とジャンク屋が死んでしまうのだから。
何を隠そう、俺は無印のアストレイは大好きなのだ。
だが、だがしかし。だがしかしである。

「あーもーいいから早く行こうぜぇ?」

「ノリが悪いなおい、せっかく念願のアストレイが手に入るってのに」

俺の機体の隣をゆっくりと飛ぶ、メカニカルなパワードスーツ。
ソルテッカマンの改造機のようなそれに乗った美鳥がぼやいているのだ。

「お兄さん、アストレイのデータ、モルゲンレーテで手に入れてたじゃん。なんでまたわざわざ、一年以上遡ってまで……」

ぶちぶちと愚痴をこぼす美鳥。
そう、何故俺と美鳥がそれぞれの機体、スケールライダーとボウライダーを降り、わざわざ違う機体で活動しているか。
それは、この時代に居る俺と美鳥との接触の可能性を減らすためだ。
オーブでナデシコを降り、フューリーを全機撃破した俺達は、廃墟と化したオーブから未完成の趣味の悪い金色ビーム反射MSを掘り出した後、ボソンジャンプで過去に跳んだ。
時期は、丁度火星からボソンジャンプで戻ってきた頃。

「夢(ロマン)だよ、夢(ロマン)。俺はこの世界に来たら、とりあえず性能面は度外視でアストレイのオリジナルに触れてみたかったんだ」

「そういうもんかねぇ」

そういうもんだ。
しかし懐かしい、あの頃は空気の読めていないザフトとかどうとか言って怒っていた。
そういえば、何だかんだでザフト軍にはそれほど大打撃を与えられなかったんだよな。
しいて言うなら、異名付きのエースパイロットを落としたくらいか。海でノーマルなジンに乗って出てきた間抜け。名前もしまじろうが言ってた気がするが、誰だったか。

「西川、いや違う。そう、ハイネだハイネ。ハイネ・ヴェルタース」

なんとも語呂の悪い名前である。せめて名前の最後にオリジナルと付ければ化けると思うのだが。

「何が? 特別な存在?」

「ああほら、大分前に俺が落としたザフトのエース。確か黄昏の魔弾とかいう」

「ぬ、前々から言おうと思ってすっかり忘れてたんだけどさ、多分それ、人違いだよ?」

「なんと」

流石にエースパイロットが未改造のジンで出撃とか無いとは思っていたが、やはりあれは声が西川声なだけの赤の他人。
駄目だなしまじろうは、間違った情報をパイロットに与えるとかマジで下手をすれば死んでしまうようなミスだ。
まぁ、ナデシコは実質あの娘一人で動かしているようなもんだし、そういう細かい所にまで気が回らないのは仕方がないのかもしれない。

「せめてミスマルが艦長職をしっかりこなしていればなぁ」

「何かものすごい勢いで勘違いしてそうだけど、面倒臭いから突っ込むのは無しにするね」

「うむ」

ぶっちゃけ、ザフトの異名持ちなんて腐るほど居るから興味無いし。

―――――――――――――――――――

隔壁解放用のレバーを回し、おそらく資材搬入用であろう通路を封じる隔壁が開く。
巨大な岩の塊──つまり、天然の衛星に偽装された、あるいは天然の衛星を加工して作られたと思しき格納庫。
が、その通路の広さはMSが通れるほどの広さは無い。
当然と言えば当然か、資材搬入用である以上、ここを通るのはあくまでもMSのパーツ。防犯の意味でもMSがそのまま通るような広さの通路である必要はない。
完成したMSを外に持ち出す為の通路は別の場所に存在し、当然セキュリティも厳重なのだろう。
そんな訳でこの搬入路は狭い。ジャンク屋ギルドのキメラあたりなら余裕だろうが、多少サイズを縮めているとはいえ、俺のジンもどきが通れるような広さは無い。
ついでに、他のジャンク屋連中がやってきて面倒な事になる前に、オリジナルのアストレイを舐め回すようにじっくりと隅から隅まで味わいたい。

「お兄さん、どうする?」

「こうする」

美鳥の問いに答えると同時に、乗っていたジンもどきをコックピット内部から侵食する。
見る見るうちに俺の身体に取り込まれていくジンもどき。
適当に乗り捨てて行けばいいと思われるかもしれないがそうも行かない。
宇宙船のカタログなどを読んでいて気付いたのが、ナデシコなどで使われている重力制御技術は、この世界ではネルガル含む一部企業が売りにしている高級な技術なのだ。
更に言えばECSはミスリルの誇る超技術の一つ、少なくともこの世界ではミラージュコロイドよりも高性能な迷彩技術だ。下手に乗り捨ててはどこの誰に利用されるかわかったものでは無い。
そんな訳で取り込みを完了。ついで、作業用の機体を作り出す。
美鳥と同様にソルテッカマンをベースに、とも考えたが、ここはもう一捻りが欲しいところだ。
そして、一捻りが利いたパワードスーツと言えば、個人的に思い入れがあるのはこれしか無い。
宇宙でも使えるように気密性や推進をいじり、更にスペースデブリへの対策で装甲を取り換え、これから始まるジャンク漁りの為に腕部も頑強なモノに変え、生成。

「ボン太くんじゃない……!?」

「あれは軍曹がまともだったお陰で手に入んなかったろ」

美鳥のオーバーなリアクションを軽く流し、俺はバイクタイプのコックピットの中に飛び込む。
造り出したパワードスーツは『パラディン』の改造機。
パワードスーツではなく大型可変バイクのロボット形態だが、物としてはパワードスーツとほとんど変わらないので気にしないでおくこと。
改造機と言っても戦闘用の改造ではない。武装はミサイル迎撃用のガトリング・ガンをウェポンラックに左右一対装備しているだけで、それ以外はすべてジャンク回収用の改造だ。
掌部には廃材や隔壁を焼き切る為の高出力レーザーカッター、マニピュレーターは本来のパラディンのものよりも分厚く頑強に、それでいて巨大な物体を持ち上げることができるように馬力を上げられている。
背部には回収したジャンクをまとめておくためのワイヤーが収納され、最大でMS四機分のジャンクを搭載できる。
宇宙空間で三次元機動をするようには出来ていないので、重力制御装置を搭載。
さっき乗り捨てられない理由でどうこう言ったばかりだが、このパラディンを乗り捨てるつもりは欠片も無いし、この時期には連邦もそれなりにエステバリスを配備している。
万が一このパラディンをどこかで解析されたとしても、連邦とザフトや木星蜥蜴との戦闘跡でジャンクを拾って搭載したとか、そんな言い訳はいくらでもできる。
俺はパラディンの二本指のマニピュレーターをガシャガシャと動かし動作を確認する。
まぁ、いざ動かないとなって生身で宇宙に放り出されても、別に死ぬわけじゃないので気にする必要も無いのかもしれんが。

「おー、ごついごつい」

確かに戦車に手足生やしました、見たいなデザインのパラディンは、美鳥が着込むソルテッカマンもどきと比べると余りにもゴツゴツしている。
俺のパラディンと美鳥のソルテッカマンがブースターを吹かし通路を進む。
あまりにもデザインラインが違う二機が並んでいる姿は、この場にこの世界の原作キャラが誰一人居ないにも関わらず、まさに多重クロス、といった光景だろう。

「しかし美鳥。お前のそれ、明らかにジャンク拾うつもりの無い装備だよな」

美鳥のソルテッカマンもオリジナルとは違うアレンジを施されてはいるが、それはあくまでも戦闘用の武装が追加されている形でのアレンジだ。
着込むタイプで人型であるから、手を使ってジャンクを拾う程度の事はできるが、それ以外にはワイヤーすら付いていない。

「アストレイの上に乗っかってる瓦礫を吹き飛ばすくらいならできるよ」

肩の上に備え付けられているミサイルポッドを揺らし答える美鳥。
貴重なアストレイを吹き飛ばすのは止めて欲しい、あれは装甲が発泡金属だからそんなに頑丈ではない、ミサイルなんて受けたら一発で本物のジャンクになってしまう。
一年越しにようやく手に入れることができそうなのに、目の前で吹き飛ばされたらかなわない。

―――――――――――――――――――

通路を抜け、工場跡と思しき所に出た。
所々に爆破された跡があるが、これはヘリオポリス崩壊の時に機材が巻き込まれて爆発した痕なのだろう。

「ここ?」

「いや、違うな」

少なくとも、P02(レッドフレーム)やP03(ブルーフレーム)、ましてやP01(ゴールドフレーム)のあった場所じゃあない。
記憶が正しければ、いくつかの階層に分かれた上の階層にゴールドフレームが安置されており、その下の階層にレッドフレーム、ブルーフレームがある筈なのだ。
この工場跡にもそれっぽいジャンク品が無い訳では無いが、逆にそれは、ここがハズレである可能性を高めていた。
秘密工場を放棄する癖に、それっぽい証拠を残しておくものだろうか。
まぁ、ギナ様がゴールドフレームを持ち出すのですらギリギリだったから、証拠隠滅をする暇が無かったとも取れるんだが……

「お、エロ本はっけーん。この袋とじの開け方が無駄に綺麗なのは、まさにオーブ住人特有の几帳面さ……!」

「お前はいいね気楽で」

その場にしゃがみ込み、地面に落ちているいかにも洋モノっぽいエロ本をそのヒーローチックなデザインの装甲に包まれた手で嬉々として捲っているソルテッカマン。
橋の下のお宝に群がる中学生男子の様な恰好のソルテッカマン。
中身が美鳥だという事を鑑みても、これはテッカマンファンには見せられない残念な光景である。
まあいい、ぶっちゃけ瓦礫の撤去作業なら俺一人で充分。
仮にここが金赤青のアストレイの工場で無かったとしても、そうすれば逆にサーペントテールに襲われる心配がないという事。ゆっくりじっくり探索が出来る。
俺は気合を入れ直し、瓦礫の山に挑み始めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

十数分掛けてじっくりとエロ本を読み終わった美鳥が途中で合流したお陰で、探索はそれなりに捗った。
ジャンク拾いには向かないソルテッカマンだが、そこら辺は念動力でしっかりカバーしていたので何ら問題は無いらしい。なんだか気合い入れてパラディンを改造したのが馬鹿みたいだ。
美鳥の合流から数時間が経過し、俺達はようやくアストレイ一機分のパーツを発見した。
そう、完成したアストレイを見つけられた訳では無い。あくまでも、アストレイのパーツを発見しただけなのだ。
アストレイのパーツ、その筈なのだが、どうにも様子がおかしい。
俺と美鳥の中には、今までナデシコとアークエンジェルに搭載された事のある機体の情報が全て存在する。
それに照らし合わせてみると、このアストレイはどうにも胡散臭い。

「むぅ、この間接部分の構造、明らかにあれだよな」

「ん、でもアストレイって基本フレーム部分はオーブの独自開発なんだよね?」

「連邦のものよりも、より人間に近い動きが可能な奴をな。確かに、条件的には合ってるが」

この発見したアストレイのパーツを組み合わせている内に、俺達はとある機体に似た構造を発見した。
そう、このアストレイのフレームは、MSではなく、明らかにMFの規格で作られているのだ。
そもアストレイシリーズは連合のPS装甲技術を盗めなかったが為に、オーブ独自の素材である発泡金属を使っているため非常に機体が軽い。
そしてその軽さを生かす為に機動性を上げる形の設計思想で作られている。
つまるところ、アストレイの肝となる部分はその装甲とフレーム部分にあると言っても過言では無いはずなのだが……

「これは、マック、いや、シャイニングかな? 微妙にカモフラしてるっぽいけど、元が特徴的な形してるからぜんぜん誤魔化せてないねぇ」

「だな。まぁ、カモフラ部分以外はかなり本気で似せてるから、性能的には申し分ないんだろ」

フレームの構造がほぼシャイニングそのものなのである。
勿論、シャイニングはオーブ製でも無ければ大西洋連邦製でもない。
つまり、このアストレイに込められているオーブの技術は、被装甲箇所をギリギリまで削られた発泡金属の装甲だけなのである。

「どっから持ってきたんだよ、MFの技術なんて……」

コックピットの中でぐったりと身を伏せる。
こんな、こんな本編に出ない部分でこんな微妙なクロスをされても嬉しくはない。
はっきり言って脱力した。俺が欲しかったアストレイじゃないよ姉さん……。欲しかったのはこれじゃ無い、コレジャナイアストレイ……。
俺の心に渦巻く悲しみ、これぞまさに裏切りのプレゼント。
このままではパラディンから降りて、このパーツ状態のアストレイに愛の鉄拳を叩きこみかねない。いや、叩きこむべきではないか。

「乗り越えられるか、愛の鉄拳……!」

具体的にはバッテリ充電マックスのPS装甲搭載MSを二発で撃墜できるパンチを。
一撃でPS装甲をダウンさせ、二撃目で衝撃波含むパンチでもって打ち砕く。二撃必殺だが別に肩と背中を露出するつもりはない。貴様にはまだ早い(キリッ
そういえば高校の帰りに立ち読みしたジャンプで、なんとなく開いたページがあの人の全裸で、それが俺の鰤の初ページだったんだよな。何時斬魄刀出すんだろうかあの人。

「とりあえず落ち着こうぜ」

パラディンのコックピットの天板がゴンと叩かれ、俺は自分の腕が半ばパラディンに融合しているのに気付いた。
俺の怒りに呼応したのかパラディンのメカメカしい腕が妙にボスキャラ臭い半生体メカっぽいモノに変化している。
これはいかん、俺はとりあえず自分を落ち着かせる事にした。セルフコントロールセルフコントロール。
瞬時に落ち付いた、この間僅か千ミリ秒。
結局ドモンと戦っても明鏡止水の境地の理屈はさっぱり理解出来なかったが、俺は身体の構造上、感情の制御が容易になっているのだ。
一々モノに当たってもしょうがない。
もう王道じゃないどころの騒ぎでは無い技術盗用の仕方だが、それは指示を出した偉い連中や盗みしか出来なかった技術者どもが悪いのであって、このアストレイっぽいものには何一つ責任は無い。
それにほら、塗装すら施されていない癖に、結構な男前ではないか、この機体。
SEEDは本編よりもアストレイのMSの方がイケメン多い気がするがあれだな、多分人間をイケメンにするのにイケメンポイント使い過ぎたんだな。
外伝にもイライジャが明らかなイケメンキャラとして登場しているが、あいつは親がMS操縦の才能とか身体能力をイケメンポイントに振り替えた結果だからノーカン。

「うむ、とりあえず組み立てるか」

「んじゃ、まずは散らかったゴミをどうにかしないとねー」

アストレイのパーツを探している間に見つけた明らかに必要無いジャンク、崩れた壁や天井の破片を美鳥がミサイルで吹き飛ばし集め、重力制御によって生み出された高重力によって圧搾していく。
整備用の設備はナデシコやアークエンジェルに居た時に全て取り込んであるので出し放題。
今必要なのはそれらを置く場所だけなので、関係無いジャンクをまとめて消す事でスペースを作る。
その辺の事を、説明するまでも無く始めてくれる辺り、まさに以心伝心と言ったところだろう。
俺は未組み立てのMSを組み立てるのに必要な機材を、適当に思いつくまま複製した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そんな訳で、モルゲンレーテでB・ブリガンディを仕上げた時に使った設備を忠実に再現し、工場内の発電施設が動かなかったので更に発電機を作り、組み立てを開始した。
と言っても、俺と美鳥だけで組み立て作業をする訳では無い。
一ダースほど下級デモニアックを複製し、そいつらを操ってパーツを組み立てていく。
下級デモニアックはペイルホースに働きかけ念動力と飛行能力を与えているので、工作機械を動かして組んでいくよりも早いのだ。
しかもデモニアック、ブラスレイター共通の融合能力によって工具と一体化させる事で作業効率は更に上がっている。
無論、微妙にスパロボアレンジが施されているとはいえ憧れのアストレイ、重要な部分の組み立ては俺自身がやっている。

「なんか、作った設備を半分も使っていないような気がするよ?」

「少なくともフレーム組む役には立ったろ?」

全身本気でバラバラだったため、パーツを宙吊りにして組み上げていかねばならない。
宙吊りと言っても無重力なので、正確には吊り下げている訳では無くふわふわと何処かに漂って行かないように固定しているというのが正確なのだが。
内部の機械部分が剥き出しで、まるで巨人の骸のようなアストレイ。
フレーム部分だけ見て、パチモノじゃねーかとか思ってしまったが、肉付けしていくにつれて明らかにMFとはかけ離れたモノに、つまりはMSへと近づいて行くのが分かる。
どうやら、あくまでもMFの技術を採用しているのはフレームだけであり、それ以外は何の変哲も無いMSの技術で作られているらしい。

「しかし、見事に無着色」

「たぶんグリーンかミラージュの元になる予備パーツだったんだろうが、これじゃ何色でもないな」

これから装着する予定の装甲を見てぼやく。
そこにある装甲パーツはどれも見事に灰色の金属色剥き出し。ゴールドとかレッドとかブルーとか言い出す以前に、ホワイト部分すら塗られていない。
これを装着するとなると、かなり地味というかなんというか、微妙なカラーリングになると思う。
でもこう、なんと言ったら良いのか、これはこれでありな気がするな。
何しろ、これが後にグリーンやミラージュになるにしろ、少なくともこの世界では俺がこの場で組み上げたアストレイだ。
データを元に複製を作りだした訳では無く、あくまでもこの工場で手に入れたオリジナルのパーツでくみ上げた、俺だけのアストレイ。
なんというか、そそるものがある。

「お」

「む」

アストレイを見上げながら感慨にふけっていると、俺と美鳥の体内のレーダーに反応。
この工場とは少し離れた位置に、何やら戦艦が接近している。
多分オーブだろう、他所の国の輸入品の戦艦を使ってるが、今この場に来るならオーブでしか有り得ない。
このアストレイを組み立てている最中にも民間船が近づいていた。
で、ここにはアストレイの予備パーツが転がってたから、ここに無かった組み立て調整済みのアストレイは近くの衛星にカモフラされた工場にある筈。
つまり、民間船=ホーム、戦艦=アストレイを消しに来たオーブの連中。
戦艦はまだ大分遠くにいるが、それでも一時間もせずにここに到着するだろう。
つまり、そろそろ無印アストレイ第一話の戦闘パートが始まる訳だ。

「急ぐか」

あとは装甲だけ。それからバッテリを充電済みのモノに入れ替えて、ちゃんと起動するか確認して、それで大体十分かかるかどうか。
適当にアストレイを始末に来た連中を片付けるのを手伝って恩を売り、少しの間、ぶっちゃけガーベラ作り終えるまでどうにか乗せておいて貰う、と。
うむ、一年以上この世界で暮らしておいて、発想が最初の頃と変わっていない。
無理なら後々グレイブヤードに自力で向かうしかないが、そうなると色々と面倒だなぁ。

「武装は?」

そう、実はこのアストレイ、碌に武装が無い。
予備パーツを組み合わせて作ったばかりだから当然と言えば当然。
まぁ、適当に既存のMSの武装を複製して持たせればいいだけの話ではある。ストライカーパックもできるし、無理をすればバスターの装備も使えないじゃないだろう。
コネクタが共通では無いが、アストレイの方のコネクタに合わせた規格に装備の方を作り替えれば十分どうにでもなる。
どうとでもなるのだが、なんというか、面白味がない。使って楽しそうなのが選択肢の中だとビームブーメランくらいしか思いつかない。
やっぱ後々連邦の基地を襲って三馬鹿の武装を奪取するべきなんだよなぁ。ハンマーとか大鎌とか振り回したいぜ。
まぁ、とりあえず急場をしのげればいいんだからビームライフルとビームサーベルだけあればいいか。

「んふ、微妙な表情のお兄さんに朗報があるよ」

美鳥のソルテッカマンが右手を上げると、奥から何かが運び込まれてくる。

「お、おおぉ」

思わず唸る。
SEED本編では使われなかった、というよりPGモデルオリジナルっぽい、実用性的にどうなんだとそれ言いたくなるような非公式のロマン武装。
武骨で無駄に長大なそれを、重機と融合した下級デモニアック数体がえっちらおっちら運んでくる。

「正直さ、ビームライフルにサーベルなんて標準的な装備より、いっそこれだけで出撃した方がインパクトあるよね?」

「間違いねぇなそりゃあ」

というか、いざとなればコックピットから次元連結砲を発動する事が出来るから飛び道具はあまり必要ではない。

「実は両肩にビームブーメランとかそんな逆転の発想も考えたんだが」

「余ったパーツとカラミティを合体させてソードカラミティにするんですねわかります」

予備のストライカーパックがここに二つあるのも不自然だから、それは後々作ればいいだろう。
とりあえず今は組み立て作業の続きだ。戦闘開始には間に合う必要はないけど、戦闘終了までには終わらせなきゃな。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「あたしは出なくていいのー?」

「お前はパラディン見張っててくれ、後々使うかもしれんし、流されたらたまったもんじゃない」

「あーい」

美鳥にパラディンを任せ、指向性を与えたメイオウ攻撃で工場の天井を抜き、軽く地面を蹴り外に出る。
バイク形体のパラディンに座ったソルテッカマンがこちらに手を振っている。ここから見ると小さい。ここまで来て初めて気付いたが、いつもよりかなり視界が高い。
そういえば何だかんだで20メートル級の機体で戦闘行動を取るのは多分これが初めてか。しかし相手は動きの鈍いメビウス、訓練代わりに丁度いい。

レーダーを確認する。何やら微妙に動きのぎこちないジンがメビウスの大群相手に奮闘している。
イライジャ・キールだな。確か今はホームを守ってる筈だし、ここで助ければどっちにも借りを作れる。美味しい状況だ。
背面に追加したメガブースター四基を吹かし、爆発的な加速でメビウスの群れに突っ込む。
肉眼では芥子粒ほどのサイズにしか見えなかった大量のメビウスの群れ、その中に一秒掛からずに到達する。移動力+8は伊達じゃ無い。
メビウス数機とすれ違う、こちらはすでに武器を構えている、すれ違うだけで充分敵を破壊できる武器を。
両手に構えた大剣がジンに迫る二機のメビウスをすれ違いざまに撫で斬り、真っ二つに両断する。

「ううん、我ながらスプレンディッドなクリティカル」

技量はそれなりに高い方だと自負している。
高速振動で切れ味が上がったりもしない何の変哲も無い実体剣だが、加速と斬り方に気を付ければこんなもんだ。
これが、今の俺のアストレイ唯一の武装、『XM404グランドスラム』
なんやかんや紆余曲折があった末にストライクの公式の武装ではなくなってしまった悲劇の武装だが、そんな経歴をものともしない面白い使い心地の武器だ。
今まで普通のブレードで何かを切る時はほぼ例外なく超電磁フィールドでコーティングして斬っていたから気付かなかったが、この鋼を切り裂く感触ときたら!

「素晴らしい、上の上ですね」

恥ずかしい話だが、ふふふ、勃起、しちゃいましてね。
でもそんな事言ったら、じゃああたしが処理してやんよ! とか美鳥が言い出しそうでなぁ。
この興奮はエロい気分では無くこの敵を叩き切る感触が快感であり、あでも剣を男性の性のイメージとして捕えるならあながち間違っていないというかそうなると美鳥とエロいことするのもありかなとかそういえば最近美鳥なんか微妙にエロいというか我ながらなんという不貞! 許せん!
落ち着こう。1、2、3、はい落ち着いた。

気を取り直し更に強引に方向転換、ジンを囲むメビウスの大群、その外周を回るようにして飛ぶ。飛びながら切る。後ろにはメビウスのジャンクしか残らない。
誰も俺のアストレイに追いつけない。
いや、それどころかメビウスもジンも文字通り止まって見える。
分かる、分かるぞ。これが、速度の先、何もかもを置いてきぼりにする、世界の尖端……!
俺は世界の時間を置いてきぼりに──

「って、これクロックアップじゃねえか」

一気に冷めた。
これまた急いでいたお陰で久しぶりに勝手にクロックアップしてしまったようだ。
このままではそもそも援護したかどうかを理解して貰えないし、乗艦の交渉もできない。
クロックオーバー。
俺に叩き切られたメビウスが全機同時に爆発する。
通常の時間の流れに戻り、今度こそ人間でも視認でき、しかし迎撃するには早すぎる程度の速度でメビウスの群れを掻きまわす。

「な、なんだ、お前は」

通信が開くと、マイクからイケメンヴォイスが響き、モニタにはイケメンフェイスが映し出された。あまりの清々しい程のイケメンぶりに少し撃墜したくなってしまう。
そういえば、俺って結構こんな感じの『誰お前?』的な質問受けること多いな。
あーいや、どっちかって言えば『何だお前は?』みたいな感じだったか?
どっちでもいいか。

「ふむ」

しかし、俺が何か、か。哲学的でもあり、現実的に見て大変答えにくい内容ではある。
例えば元の世界での本職はと聞かれれば、俺は間違いなく農家だと答える。それで生計を立てているのだから文句は言わせない。
しかし、常識的に考えてこの状況でMSで助太刀に参上する農家なぞ有り得ないだろう。
しかるにこの世界での仮の職業を答えるべきなのかもしれないが、それも今となっては微妙な肩書きである。
傭兵を名乗っているがナデシコを降りた今は実質無職、そう気軽に『今ちょっと失業中で』とか言うのはかなり気が引ける。
更にこの問いが本当に哲学的な問いであったならば、間違いなく俺は答えることができない。生憎と俺が通っていた高校では授業で哲学なぞ学ばせてくれなかったからだ。
図書室で斜め読みした哲学の入門書の言葉を真に受けるなら、そもそも哲学を人から学ぼう、という考え自体がおかしいというものらしいのだが、正直俺には理解できない世界の話だと思う。
なにしろ人に聞いてはいけない癖に、自分の中だけで完結するのは余りにも子供だましだとか。
とにかく、考えごとが好きな連中の学問だということくらいにしか理解できない。

「あなた、よく面倒臭いやつだって言われません?」

「は、はぁ!?」

何を言ってるんだこいつは、といった顔と声だが、それは間違いなくこちらのセリフだろう。
こんな切羽詰まった時にこんな面倒臭い問いかけをしてくるあたり、全く状況が理解できていないのはそちらなのだから。
常識的に考えて、この状況で問うべき事は一つしかない。
それ以外の余計な事は、戦闘が終わってからでも膝を向け合ってじっくり話し合うべきなのは確定的に明らか。
俺はアストレイにグランドスラムを振らせ、無造作に近場のメビウスを一機串刺しにし、もう一度振るって他のメビウスの未来位置に投げ飛ばす。
これで更に二機撃破、だがまだまだ居る。メビウスはスペースを取らないから戦艦に大量に搭載できるのだ。

「じゃあ面倒臭くない話はどう?」

通信が開き、胸元を肌蹴た白衣の美女が映る。
ホームのプロフェッサー、この人はときた版だとひたすら影が薄いが、もし戸田版ならかなり『粋(いき)』というものを分かっている人物の筈。
まぁ、同一人物だから描写の違いなんだろうが。

「大歓迎ですね」

「報酬払うから、あの連中を片付けて貰えるかしら」

こういう受け答えしてると分かるが、この人はサバサバしてて結構いい女だと思う。姉さんや美鳥程では無いが魅力的だ。

「諒解ですよ。値段交渉はまた後ほど」

身を捻りメビウスの機銃を紙一重で回避しながら、縦横無尽に飛び回る。
如何にクロックアップしていないとはいえ、通常の人間の戦闘速度は俺にはスロー過ぎる。
これが取り回しのいいアーマーシュナイダーなら全弾斬り落して防いでいた所だ。
身を捻る動きを利用し、そのままグランドスラムを全身で振り回し、更にメビウスを叩き落とす。

「聞いてましたよね? これからそっちもまとめて援護しますんで、誤射とか無しの方向でおねがいします」

「わかった」

いつの間にかジンと背中合わせで戦っていたブルーフレーム。
この人が伝説の傭兵、サーペントテールの叢雲劾!
やっべたまんね、サインとか欲しい、いや貰うべき、でも大の大人がサイン下さいとか恥ずかしいな。
そうだ、美鳥辺りにサインのおねだりをさせよう。それが一番それっぽい!
今の今までりりなのトリッパーが白い悪魔に異常に反応したり、ネギまトリッパーが金髪ロリ婆に異常に好意的に迫ったりするのを馬鹿にしてたけど、これは興奮せざるを得ないわ。
これぞまさにファン心理……!

などと考えていると、最後の一機がホームに向けて突撃している。
少し遊び過ぎたか。流石にここからだと接近して斬るには遠すぎる。
そんな訳で重力レール形成、投げるモーションから不自然の無いレベルでグランドスラムをメビウス向けて投擲する。
メビウスに向けて敷かれたやや緩めの加速を与える重力レールにより打ち出された大剣は、ホームに接近するメビウスに『どこからか投げ付けられたシールドと同時に』命中。

「…………え?」

なんだろうあのシールド、このシーン、多分原作にあったよな、凄い、嫌な予感が……。

「俺の船に──」

ビームサーベルを構えた、みんなの憧れのレッドフレームが、グランドスラムの突き刺さったメビウスに突撃する。
ん? いや待った、待て、それはマジで待て!

「ちょ、待……」

「手ェ出すなァぁぁぁぁ!」

慌てて止めようと通信を繋ぐ。しかし当然のように間に合わない。

「ぐ、グ……」

高出力のビームサーベルによって、既に爆発寸前のメビウスと、それに突き刺さったグランドスラムが、見事に焼き切られた。

「グランドスラムぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!」



つづく
―――――――――――――――――――

まさか、もう第三部が始まるとでも?
残念、スパロボJ編、サイドストーリーで延長戦、始まります。
そう、これが現実……、新作ではなく、スパロボ編のあれやこれやと言った辻褄合わせが始まるのが、現実……!
そんな訳で、スパロボJの要素が少し混じっただけのアストレイ&零れ技術蒐集編見切り発車の第二十四話をお届けしました。

なんかここ最近はクライマックス近くだったりメメメがヤンデレたりフー=ルーさんが男らしくモツ出したりエピローグでテニアがいい女に見えたりで慌ただしかったけど、これから暫くはまったり侵攻(進行より先にこれが出たのはきっと運命)でお送りします。
なんかこう、十何話か前に戻ったみたいなヌルっとした雰囲気で進むと思うので、激動の展開とか望むと間違いなく肩透かしを食らうと思うのでそこら辺だけご注意を。
ついでに、暫くは一万字前後で出していくつもりなので二十二話みたいに無駄に頑張っちゃった感丸出しな文章量を期待してる人もご注意を。

クライマックス近くの感想の内容とか鑑みるに、こういった盛り上がりの無い話だと感想数が少なくなりそうではあるんですが、まぁ仕方ないね。
アストレイ編ずっと書きたかったし。ラストバトルで使ったアストレイ関連の技術も集める話書きたいし。

セルフ突っ込みはお休み。サクサク進みますぞ。

そんな訳でいつも通り、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。







内容が変更される可能性が高い次回予告

出会って早々にメイン武装であるグランドスラムを熔かされてしまい、実質非武装にされてしまった卓也のアストレイ。
無駄に落ち込む卓也と、彼を宥める美鳥を見かねたロウ達は、護衛の報酬も兼ねて代わりの武装を見繕ってやる事に。
しかし、新しく見つけた武装にロウ本人が惚れ込んでしまい……。

次回
「知識の墓と枯れた菊」
お楽しみに。



[14434] 第二十五話「鍛冶と剣の術」
Name: ここち◆92520f4f ID:bbe4acae
Date: 2010/07/09 18:06
ソルテッカマンの調整をしようと、あたしは格納庫兼ジャンク置き場にやってきた。
ナデシコを出た後までこうして力を制限して暮らす、というのは少し面倒臭い。
せっかく団体行動を終え普通の人に合わせる必要が無くなったんだから、この世界で好き勝手やってみたくはある。
だけどこの状況をお兄さんが望んでいる以上、サポートする役目のあたしがどうこうのは筋違い。
でも正直な話、ここでジャンク屋について行く必要はあったのかな、と思ってしまうのは仕方がないことだろうとも思う。
こういう無駄は人間らしさの証、という事でお姉さんにもある程度黙認するように言い含められているけど、あたしのテンションはそういった事情とは全く関係無いのだ。

「むぅ」

あたしとお兄さんの持ち込んだソルテッカマンとボウライダー、それにこのホームに元からあったキメラを置いてある場所とは少し離れた場所、お兄さんの色無しアストレイを見上げ、溜息を吐く。
多分今、お兄さんは無改造アストレイの機体構造を心行くまで楽しんでいることだろう。
それこそ全身を完全融合させて、『アストレイの中、あったかいなりぃ……』とか悦に入っている事だけは分かる。女の勘というやつだ。
あれだけパチモノパチモノ騒いでおいてあれなのだから現金な人だと思う。
あたしも楽しみが無い訳では無い。プロフェッサーに魅力的な女性の心構えを聞くのはためになるし、ちゃんとネット環境も整っているので、今現在のナデシコの状況を他者の目線で観察するのも面白い。
だけど、それでもお兄さんがアストレイやら積まれたジャンクの種類やらに夢中な間、あたしは殆ど構って貰えない訳で。

「エースキモーの○○○は冷凍○○○ー♪」

寂しさのあまり、こうして歌の一つでも歌いながらじゃないと人間っぽい工程を踏んでの整備なんてやってられない程度にはテンションが下がってしまっている。
こんなの、一回着こんで融合すれば整備なんて必要無いのに、それだと怪しまれる可能性もあるから余計に面倒臭い。
ていうか、後から火星に行く事も考えれば、小柄で肉弾戦も出来ずフェルミオン砲をディストーションフィールドで曲げられてしまいかねないソルテッカマンは使い続けるのはかなり無理があるような。
また気が滅入ってきた。どうせ火星に行ったら適当なサイズの機体に乗り換える羽目になりそうなのに、あと何度使うか分からないソルテッカマンの整備とか無駄過ぎる。
サイズS機体だから手間が少ないのが唯一の救いというか……。
もう考えるのはやめよう、無理にでもテンション上げて行かないとお兄さんに心配させちゃうし。

「おれによーしおまえによ……」

「女の子がそんな下品な歌、歌っちゃだめだよ」

ああ、せっかく歌でいい気分になろうとしていたのに、空気読めて無いなこいつ……。
整備用の工具箱を開け整備を始めようとしていたあたしに、背後から遠慮がちに声を掛けてきたのは、多分無印アストレイのヒロイン?だと思われるけどそれっぽい恋愛描写なんて碌に無い、空気要員の山吹樹里(やまぶききさと)。
空気要員の癖に空気読めないとか、これはちょっと有り得ない外道使用じゃね?
せめてエロい格好するなりエロい身体になるなり、腕にシルバー巻くとかさぁ。
訂正、腕にシルバーはねえな、だせぇ。王様もAIBOもセンスねぇ。貴様にはスーパーヨーヨーがお似合いだぜ。ストリングプレイスパイダーベイビー!
初期の、靴の中に毒サソリを入れて、とか、ガシャポンから出たミニチュア使うボードゲームとか、結構色々やってた頃のも好きなんだけどなぁ。

「かてーこと言うなよ。遠くに聞こえねー程度の音量で歌ってんだし、別に本当にエスキモーの○○○に興味があるわけじゃねんだからよ。大体あたしは後にも先にも前も後ろも上も両手もお兄さんの○○○一筋で──」

「わー! わー!! ほんと、ホントにそういうのは危ないからだめだって!」

慌てて両手でこちらの口を塞ぎに掛かる空気ヒロインをひらりと避ける。
言動の自由くらいは確保しないとやってけないし、むしろなんでジャンク屋なんてエロイベント多そうな仕事してる奴にこんな注意を受けなければいかんのかさっぱりだ。

「なんだよーもー、てめーだってロウの○○○を自分の▽▽▽に■■■して◇◇◇してほしいとかそういう妄想の一つや二つや三つや四つや五つや六つや七つや八つや──」

「多いよ! そんなにしてないってば!」

「そんなにって事はぁ、それなりには妄想してるんだぁ。わーやだー、このねーちゃん超エロイー!」

「え、うああ、違うってば美鳥ちゃん。これは言葉のあやってやつで」

からかいながらフワフワと格納庫の中を飛び回るあたしと、真っ赤になって追いかける樹里。もう整備は後でいいや、暫くはこいつで遊んでよう。
しかし、このやりとりは昨日もした気がするなぁ。そろそろ飽きそうだし、早く到着しないもんかねぇ……。

―――――――――――――――――――

「何やってんだあいつ」

アストレイのコックピットの中で改めて機体のチェックをしていた俺は、メインカメラを付けると同時に格納庫の中を跳ね回る美鳥と山吹を見て首をかしげた。
構図的には美鳥が山吹にいたずらしたかからかったかして、それを怒った山吹が追いかけようとしたとか、そんな所か。

「まぁいいや」

別にからかわれた所で山吹が死ぬわけでもないし、美鳥も引き際ぐらいは弁えているだろう。例え弁えて無くても俺は困らん。
気にせず機体のチェックを続ける事にした。
メインカメラも特に異常無し、で、レッドフレームとブルーフレームから引っ張ってきたデータと比べても特に違いは無し。
ここ数日、能力を殆ど使わずに地道に調査した結果俺のアストレイについてわかった事がある。
俺のアストレイには火器管制システムこそ搭載されているが、肝心の装備する武装自体が、最初から用意されていなかったということ。

おかしな話だ。機体の予備パーツは作ってあるのに武器は予備が存在しない。
あの日の戦闘の後、俺と美鳥、更に色々あって暫く行動を共にする事になったホームのジャンク屋連中で、あの工場は隅々まで探索した。
しかし、それこそ連合のGの予備武装でも落ちていて問題無いだろうに、ご丁寧に武装に分類されそうなものは予備のカートリッジすら一切落ちて居なかったのである。
そのくせ、あのグランドスラムは都合良く完全な状態であの工場に安置されていたとか。

「…………剣戟戦、格闘戦特化MSとか?」

いやいくらなんでもそれは、どうなんだ?
態々飛び道具サイキョー思考なSEED系技術者がそんな趣味的な物を作るとは思え無い。
大体、そんな物を作るくらいならフレームだけ技術盗用するとかみみっちい事せずに、そのままMFを開発した方が分かり易いだろう。
確かにこのアストレイはMFのフレームのコピーを使用している関係上、他のアストレイよりも更に人間に近い動きが出来るし、柔軟性、剛性共に優れている。
しかし、それはあくまでも他のアストレイと比べて、他のMSと比べての話であり、フレーム以外の部分がMSの技術で作られている以上、どうしたってMFそのものに比べて動きは硬い。

「ふむ」

しいて優れている部分を上げるなら、格闘偏重型のMFに比べて、火器の扱いが楽な作りになっているくらいか?
武装こそ無いが、全身のハードポイントに後付けで武装を取り付ける事は容易だし、その為のギミックも多い。
この間は趣味の関係でグランドスラムだけで出たが、遣ろうと思えばブルーフレームのフルウェポンの真似事も出来る。
いや、そうか。確かMFはパイロットにかかる負荷さえどうにかすれば、2000倍の重力の中で戦闘の続行が可能。
これだけフレームが頑強でしかも柔軟性に富んでいるなら、かなり無茶な、それこそ並みのMSなら積載量オーバーになるような量の武装も施せる可能性が。
いや、フレーム以外はどうにもならんか、結局融合炉じゃなくてバッテリな訳だし、重ければ動きも鈍くなるし、電力の消費も……。

と、考えごとに没頭していて気付かなかったが、さっきから誰かがコックピットを叩いて呼んでいる。
俺がコックピットを開けるとそこに居たのはやや面長の長髪の男。
このホームで様々な頭脳労働を行う苦労人、リーアム・ガーフィールドだ。

「鳴無さん、もうそろそろ目的地に到着しますよ」

「おおぅ、もう到着とは」

ここに来るまでにかれこれ数日。
最新式の戦艦であるナデシコで生活していたせいか分からなかったが、民間に出回っている船だと地球圏内のコロニー間を移動するだけでもそれなりに時間がかかるのだ。
しかも位置的にヘリオポリスと、今向かっている目的地はそれなりに離れた位置に存在しているのだ。移動に数日でなく数週間とか言い出さないだけまだましだろう。

「良かったじゃない、愛しのグランドスラムをようやく直せるわよ?」

開かれたコックピットのモニタに、ほんの少しだけウェーブのかかった黒髪の女性が映る。このジャンク回収船ホームの頭脳、謎の美女プロフェッサーだ。
シャワーを浴びたばかりだろう艶姿、水も滴るいい女、と言った所だろうか。
隣にいるリーアムが顔を手で押さえて呆れている。
まぁ、少なくとも付き合いの短い人間の前に出るのにふさわしい恰好ではないだろうから、このリアクションも当然か。

「愛しのってほどでは無いですけどね」

「あら、MSの武器を壊されてあんな大げさに悲しむヤツなんて見たことが無いけど」

「確かに、お気に入りのメカを壊されたロウでもあそこまではいきませんね」

からかうような口調を崩さず笑みを深めるプロフェッサーと、苦笑いのリーアム。
こういう風な形で引っ張られるとは思わなかった。こうなると分かっていたならもう少し感情を抑えてひっそりめそめそした、いや、男がやったら間違いなくキモいか。
思えばナデシコやアークエンジェルにはこういうタイプの人達は殆ど居なかった。元の世界でもこういった人とかかわり合いになった事は記憶にある限りでは無いと思う。
元の世界ではそれほど交友範囲が広い訳ではないから仕方がないにしても、あれだけ人の居るナデシコで、しかもキャラが濃い連中しか居ないナデシコで見かけないというのは、こいつらが最初にスカウトの段階でネルガルが諦めていた『人格もまともで能力的にも優秀な人材』だからなんだろうなぁ。プロフェッサーは人格微妙だけども。
いや違うか、プロフェッサーはどっちかって言うと、人を食ったようなタイプだから基本善人揃いのナデシコじゃ見なかったんだな。
俺は色々と二人への反論を考えながら、あの戦闘後、折れたグランドスラムを回収した後の成り行きを思い出していた──。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

目の前には、真っ二つになったグランドスラムの残骸。
折れている訳じゃない。むしろ折れているとかそんな表現が生易しいと感じる程の壊れ方。
調整も済んでいないお陰で過剰出力だったビームサーベルで切断されたせいか、切断面は見事に熔け、ぐずぐずの塊の状態で冷え固まってしまっている。
これじゃあ、溶接して繋ぐ事(繋げる事が出来ても強度的に意味はないが)も出来そうにない。
鉄の塊と言って良いほど単純な作りの大剣だったが、これで本当に、正真正銘の鉄の塊になってしまった。

「俺の、俺のグランドスラムがぁ……」

回収され、ホームの格納庫、俺の色無しアストレイの足もとに安置されたそれを目の前に、俺は思わず膝からくず折れてしまう。
折角の、折角のレアアイテムが、それこそプレミア付いてもおかしくないレベルのレア武装だったのに、あんなカッコいい武装、そうそう無いってくらいいい感じの武装だったのに……。

「まぁまぁ、どうせあのまま使い続けるには微妙な性能だった訳だしさ」

嘆き悲しむ俺の肩を手でぽんぽんと叩く美鳥。
慰めているんだかどうだか微妙な言葉だが、言っている事は正論だ。グランドスラムはその使用する場面を限られる兵装だったし、その場面にしても俺はグランドスラムよりも使い勝手のいい武装を山ほど作れる。
グランドスラムが平凡な作りな訳ではない。素材も多量にレアメタルを使用した形跡があるし、加工方法もそれなりに凝ってはいた。
特殊なギミックがグリップの折りたたみ部分だけだったのも、複雑な機構を廃することで耐久性を上げるためだったというのも理解できる。
その構造上グリップが折れても両手持ちで使用する事ができる為、おそらく継戦能力はすこぶる高い。
ビームサーベルでぶった切られたのも、超高速の連続斬撃によってグランドスラム自体がダメージを負っていたというのもあるが、何よりもあのグランドスラム自体が試作品だったか、それとも製作途中のモノだったせいだ。
あの刀身の金属が剥き出しのグランドスラムに、耐ビームコーティングを施して、そこで初めて完成品と言えるのだろう。
不幸中の幸いか、グランドスラムのデータは取ってある。新しく複製を作り出すにしても、M1のシールドの耐ビームコーティングを発展させた技術を使えるから、今度こそ完全体のグランドスラムを作り出すことができる。
作り出せるのだが、

「グランドスラム……」

これは、あの場所で手に入れた、美鳥が探し出して持ってきてくれた、おそらくこの世界オリジナルのグランドスラムなのだ。
『この世界のオリジナルの』『美鳥が俺の為に持ってきてくれた』グランドスラムはこれ一本きりしか存在しない。
過去に戻ってきてまでオリジナルのプロトアストレイを取り込みに来るのをかなり渋っていた美鳥が、わざわざ工場の中から見つけて用意してくれた武装。
俺をサポートする為に生れて来た存在だから極自然な行動なのかもしれないが、その心遣いはやはりも貴いものだし、素晴らしく、有り難いものだ。
それがこんな形で壊れてしまった。それだけは、揺るがしようも無い厳然たる事実なのだ。
コピーが作れるから良いじゃない、などと言って割り切れるものでは無い。
もっとも、こんな理由は恥ずかしくてとても美鳥本人には言えたものでは無い訳だが……。

「悪い!」

冷え固まった元グランドスラムの前でそんな事を考えながら途方に暮れていると、格納庫に四人の男女が入ってきて、その内の一人、よく分からない機械の付いたバンダナを頭に巻いた男、多分ロウ・ギュールが手を合わせて頭を下げてきた。
今さっきまでサーペントテールの劾とブルーフレームの扱いについて話していたのだろう。
こっちもホームの護衛やら何やらで値段交渉をしなければならないが、あっちはそれこそ一回の船の護衛では買えないようなMSに関する話だ。後廻しになるのも仕方がない。
しかし無印アストレイの主役か、常の俺ならばそれはもう表面上は平静を装いつつも心の中でびったんびったんしながら大はしゃぎする自信があるが、今はそんな気分じゃ無い。
適当に何か言って追い返して、後でこれをネタに暫く同道させて貰うように話をもっていければいい。
そう考え、適当に追い払うために何か言おうとする前に、ロウが続けて口を開いた。

「その剣、俺が責任もって直すから、それで勘弁してくれ!」

「まぁ、今回は互いに間が悪かったというのもありますが、それでもあの大剣を壊してしまったのがロウである事に違いはありませんからね」

長髪の優男、リーアムがロウに続き補足する。

「修理するっても、あれ、直せるんですか? ちょっとここで直すには設備やら何やらが圧倒的に足りないのですけども」

ロウ達がジャンク屋である以上、自分達が壊してしまったならこのように修理を申し出るのは予測済みだ。
しかし、このグランドスラム、普通の重斬刀のように単純な作りでは無い。
折れていない刀身を良く見ると分かるのだが、複数の特殊金属がいくつもの層になっており、日本刀の刃紋やダマスカス鋼などに見られるらしい(俺は写真でしか見たことが無い)特殊な模様が浮き出ている。
いや、仮にこのグランドスラムが普通の重斬刀のような刀剣であったとしても、ここにはそれ専用の鍛造設備が無い。
更に言えば、ここに居るのはジャンク屋、メカの修理をする事も多いだろうが、こういった刃物を修復する技能を持っている者は居ない筈だ。

「確かに、その剣を修理する技術はここには無いわ」

す、と前に出てくる長髪の女性、プロフェッサー。

「ここにその剣を修復する為の技術を探しに行く。で、ロウがそれを学んで、貴方の剣を打ち直し、元のそれよりも優れた剣にする」

彼女が持った携帯端末の画面、そこには一枚の画像が映っている。
そこは、失われた知識の辿り着く場所。必要とされなくなった英知の墓場。
MS用日本刀、ガーベラストレートの眠る場所だ。

「それに加えて暫く分の食費と宿代が、今回の護衛の報酬でどうかしら。無いんでしょう?船」

―――――――――――――――――――

こんな感じだ。
大体、あの場面でこちらの船が無い事を持ち出してそれで報酬の交渉も済ませようという辺り、かなりいやらしい商売人根性ではないか。
正直、俺はそういった商業系の交渉スキルを持ち合わせていない。
ナデシコに乗っていた間はずっと戦っているだけで契約分の報酬が支払われていたし、大企業だけあってこちらの仕事に難癖付けて報酬を出し渋りするような事も無かった。
ブラスレイター世界ではアルバイトだったし、元の世界ではせいぜい野菜を卸す時の値段交渉だが、そこら辺も厳正な価格規定があるのでつっかえる事も無い。
直売所で野菜を売る時も、元から捨て値同然の商品を値切るような客が居る筈も無く。

結局、護衛の代金はグランドスラムが治るまでの食費光熱費無料、どこかのコロニーへ送り届けるタクシー代わり、グランドスラムの修理と強化でおさめられてしまった。
まぁ、金は必要ならどうとでも用立てられるし、そもそもこれ以降この世界で金が必要になる場面も無いから別にかまわないと言えば構わないのだが。
とにもかくにも、こういったタイプの人と長く話を続けると碌な事にならない。さっさと話を進めよう。

「で、肝心のロウは?」

「MSサイズの刀剣を作り直すのに必要になりそうな道具一式、運び込む準備をしていますよ」

もう少しで到着って言っても、一、二時間で到着する訳でもないのに気合入ってんな。

「一目見て気に入ってしまったようですからね」

「……? ああ、ガーベラですか」

経緯は違っても、レッドフレームとロウ、そしてガーベラストレートは互いに惹かれあう運命なのだろう。
そういえば、アストレイ原作だとレッドフレーム手に入れてからガーベラ手に入れるまでに幾つか事件があるはずなんだが、そこら辺はどうなるのだろうか。
まぁ、ガーベラ手に入れるまでは特にこれと言って面白いエピソードも無かったと思うし、どうでもいいか。
俺が色々考えていると、プロフェッサーが顎で俺のアストレイを指し聞いてもいない説明を始める。

「そう。これは高性能だけど、ロウの機体は武装がビームライフルにビームサーベルだから燃費が悪いし、威力が過剰になってしまうのよ。だから使い方次第で加減の効く実体剣、しかも貴方が使っていたグランドスラムの様な、鋭さで斬る武装が欲しいんじゃないかしら」

大活躍だったものね。と笑うプロフェッサーに愛想笑いを返しつつ、思う。
つまり、グレイブヤードに向かう理由も、実体剣を手に入れたがる理由も、ここでは俺が原因と。
まぁ、ガーベラの美しさに惚れ込んでという理由も大きいだろうが、何と言うべきか、なんともはや、これぞまさしくトリッパーだな。

―――――――――――――――――――

△月×日(日々是平穏)

『久しぶりの日記な上に日付も巻き戻っているけど、そこら辺はボソンジャンプの一言で色々と察して貰えるだろうと思う』

『実際ここまで大幅な過去への時間移動だとタイムパラドックスやらなにやら気をつけなければいけない部分は山ほどあるのだけど、この時間に居る過去の俺と接触する可能性はとても低いので気にしないものとする』

『さて、ナデシコを離れた俺と美鳥はヘリオポリス跡地で憧れのアストレイルートに突入、少しはしゃぎ過ぎた揚句にレッドフレームのガーベラストレート入手を早めてしまった』

『原作では掠奪者だのなんだの言われ、剣術の達人である『蘊・奥』老人に襲われる筈なのだが、そこら辺は最初に懇切丁寧に説明してからグレイブヤードに入ったお陰でどうにか回避する事に成功した』

『──などと言えればよかったのだが、俺が何か言うよりも早くロウが『剣が欲しくてやってきた』などと言い出してしまったのでさあ大変』

『世界観自体がクロスしているせいかこのお爺さん、動きがガンダムファイター染みている。危うく俺のアストレイの腕をちょん切られてしまうところだった』

『そこからはほぼ原作通りだが、どうしても違う所を挙げるとするなら、俺と美鳥も目を付けられ剣術の稽古を受けているところか』

『俺の持ち込んだグランドスラムの残骸から、重さで叩きつけて斬る刀剣ではなく、刀の、太刀の類似品のようなものであると見極めた蘊・奥さんがハッスルし始めてしまったのだ』

『俺も美鳥も剣術の基礎の基礎は流派東方不敗の技術から会得しているのだが、この老人が言うには剣に魂が籠っていないのだとか』

『当り前だのクラッカー、というジョークはこの世界では古典文学に分類されるのだろうか、しかしまぁ、これが俺の正直な感想』

『乾坤一擲、というフレーズは俺の辞書には無い言葉だ。能力的に物量戦が主体だし、魂が籠らなくても威力さえ籠っていればどうでもいい』

『このお爺さんの剣術観というか、そういったものはどうなっているのか、話の種に聞いてみるのも悪くはないだろう』

―――――――――――――――――――

ここは剣道場ではなく、あらかたジャンクの類が退かされて作られた広めのグラウンドのようなスペース。
俺は手には木刀を構え、目前には同じく木刀を構える老人。
全身から粘り強い濃厚な闘気を漲らせたその様は、煮え滾るマグマを今まさに噴出さんとする活火山の様で、同時に鏡の如く澄み切った湖面のようでもある。
静と動。それらが一体に合わさったような、同時にそのどちらでも無いような達人のオーラ。
距離は40メートル強。GF級の身体能力の持ち主であれば一歩、いや半歩必要とするかしないか。
クロックアップは無し、必要以上の身体能力も無し、仕留めるつもりで掛かれば途中で行動を変更はできない。そんな余裕のある速度ではあっさり迎撃される。
GF級の身体能力で戦う以上、おそらく交差するまで1アクション分の時間しかない。
互いが同時に踏み込むめば時間は更に半分。
どちらから先に踏み込むか、待ち構えるか、打って出るか。

「……」

じり、と、足の下で鉄粉が音を鳴らす。
同時、踏み込む。
足下の鉄粉が踏み出す脚部が生み出すエネルギーにより圧搾、赤熱する薄い一枚の鉄板へと生まれ変わり、次の瞬間には弾け飛び消える。
踏み込みは完璧、瞬間的に空気の壁を突き破り、木刀の切っ先が老人の喉目掛け突き出される。
貰った。そう確信し老人の顔を見ると、ニヤリと薄く意地の悪い笑みを浮かべている。

「甘いわ」

踏み出すよう誘導された。
焦れた訳では無い。隙を見つけた訳でもない。そうだ、あそこで踏み出す理由は一切無かった。
如何なる面妖な技巧か、俺は自らの意図せぬ所で先制を取らされたのだ。
つまり俺のこの突撃、この斬撃は眼前の老人が意図して引き出したもの。
当り前の結果として俺の木刀は半ばから断ち切られ、俺の首には老人の木刀が押しつけられる。
トッ、という軽い衝撃。
だが、常人であればこの一撃で首を刎ねられて絶命していた事は間違いない。

「負けた」

「そう、お前の負けじゃ」

―――――――――――――――――――

そんな訳で、俺は負けた。文章に起こせば『甘味(笑)』だけで済んでしまいそうな短く呆気ない決着。
というか、ここで剣術の稽古を始めてから結構経つが、これまで俺がこの老人に剣術で勝てた事はない。
当然と言えば当然だろう。流派東方不敗のデータやドモンとの組手などで剣術の基礎の基礎、というかぶっちゃけ、刀の振り方程度の事は知っているが、それはあくまでもモーションと運用方法だけなのだ。
ドモンの様な未熟者ならともかく、老獪さを兼ね備えた目の前の老人のような、しいて分類するなら知略を使っていた頃のマスターアジアタイプの剣術の達人に基礎技術だけで勝てる筈がない。
だが、これはどこら辺に魂とやらが籠っていたのだろうか。
積み重ねた技術以外に何かの違いが存在したのか。それがもしや、この老人にとっての剣術というものなのだろうか。
俺はスポーツドリンクで喉を潤しながら、手拭いで汗を拭う蘊・奥老人に訊ねてみた。

「剣術とはなにか、じゃと?」

重り入りの木刀で素振り百万回を律儀にこなすロウも、素振りを続けたまま目線をちらと老人へ向け、興味深そうに此方の会話を盗み聞いている。
意識を逸らすな、とばかりにロウの方にギロリと視線をやった後、老人は何を馬鹿な事を、とでも言いたげな表情で口を開く。

「刀を振るい、敵を切る技術じゃ。ここをどこだと思うておる。わしを何だと思うておる」

老人が振り返る。
そこには、ジャンクの荒野にそびえ立つ無数の塔、塔、塔。
墓場の卒塔婆の様なそれは、かつてここに辿り着いた技術者の知識を記録した記録装置。

ここグレイブヤードに、嘗て住んでいた技術者たちの遺体は無い。
遺体は須く地球へ向けて射出され、大気圏で燃え尽きるようにして葬られる。宇宙火葬か、さもなければ再突入葬とでもいうべきか。
ここで死した技術者たちは、自らが誰の記憶にも残らず、塵のように消えるのは仕方がない事だと納得していた。
だが、どうしても、どうしても自らがその生涯をかけて磨き上げた技術が消えうせる事だけは我慢ならなかったのだ。
肉体は死してしまえば唯の肉の塊。だが、技術者達がその生涯を掛けて磨いた技術は、理論は、その技術者の死などという不純物に侵されることなく、この世で生き続ける事が出来る。
魂は不滅、などという言葉にしてしまえば陳腐だが、ここにある記憶装置はまさにそれ。
それが技術者という者達の生き方で、死に方で、在り方。

「わし『等』は、他の何者でもない。紛れも無い『技術者』なのだ」

俺にはまだ『魂』という存在を目視できるような能力は備わっていない。
だが老人が、いや、『剣技、剣術を操る技術者としての蘊・奥』が見つめるその先にある記憶装置には確かな、生きた人間よりもよほど存在感のある、エネルギーの塊のようなものを感じている。
恋のようであり、憎悪のようであり、愛のようであり、恨みのようであり、祝いのようであり、呪いのような。
錯覚かもしれない。しかし、それら感情に共通するモノ、如何し様も無い、死も生も遮る事の出来ない一途さのようなモノを俺は確かに感じたのだ。
この、目の前の老剣士からも。

「お前もお前の妹も確かな技術がある。その技術で人を斬った事があるだろう。殺した事もあるだろう。斬撃には確かに、これまでお前達が殺してきたモノ達の死の気配がこべり付いておる」

だが、と前置きし、蘊・奥はこちらを向き、瞳を合わせ言う。

「それらを相手にした時、必殺の意思を込めた一撃を放った事はあるまい。殺す技術を、殺す方法で用い、結果として相手は死ぬ。お前のしてきた事はつまりそれだ。だがそれでは、一つの技術に抜きんでたモノ、一つの業に自らの全てを捧げた者の先に行く事はできん」

そこまで本気を出す必要のある敵にこれまで出会えなかったというのも、不運なのかもしれんがな。
そんな少し寂しげな蘊・奥の呟きが、何故か強く耳に残った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「つまり、剣を振るなら確実にぶち殺すつもりで全力を出して気合を入れて振れってこと?」

「色々大無しだけど、端的に言えばそんな感じだろうな」

数日後、ガーベラストレートを打ち直すアストレイとキメラを見物しながら、ふと思い出した蘊・奥の言葉を美鳥に話してみたが、結果はこんな感じ。
まぁ、俺自身それが一番答えに近いような気がするし、それで問題無いとは思う。
魂、つまり『必殺の意思』を込める事が出来ないと剣士になれないというのなら、俺も美鳥も剣を使う事は出来ても剣士にはなり得ない。
何故なら、俺も美鳥も剣術は敵を倒し殺し踏み倒す為の道具でしかなく、これが通用しなければ他の技を使うまでの話だからだ。
勿論、敵を殺すつもりで戦っている時は少なからずそういった心構えを持って戦っている。
しかし、俺達が込めているそれと、蘊・奥の言うそれではその次元が違うのだろう。

「もうチョイ簡単な言い方は出来ないもんかねぇ。おじーちゃんおばーちゃんの言う事は回りくどくて困るぜぇー」

「まったくだ」

頭の後ろで腕を組み壁に寄り掛かる美鳥に同意する。
仮にこれが間違いだとしても俺は知らん。そもそも技術は後代に伝えるものなのに、態々伝えにくい言葉にして誤解させる方が悪いのだ。
もっとも、俺と美鳥が剣術の指南を受けているのはオマケの様なものだろう。
蘊・奥老人が本当に技術を継がせたいのは間違いなくロウ・ギュールだ。
それ以外には伝わっても伝わらなくてもいいと考えているだろうし、俺達も好きに解釈させて貰う。

「まだまだじゃな、もとのヤツはこんな切れ味じゃなかったぞ」

「チェッ、いい線いってたと思ったのによ……!」

俺たちよりもレッドフレームに寄り、打ち直されたガーベラストレートにダメ出しをする蘊・奥と悔しがるロウ。
蘊・奥はああ言っているが、もはや完全なガーベラとの切れ味の誤差は数パーセントにも満たないだろう。
それでもああやって厳しくダメ出しを繰り返すのは、どうせ技術を覚えさせるなら徹底的に仕込んでやりたいという、後代を育成する先達の気持ちである事は確定的に明らか。
口では厳しい事を言いながら、本心ではとても大きな期待をロウに向けているのだ。

「詰まるところ、あれはツンデレ……!」

「爺婆のツンデレってなんか多いよねぇ」

誰得だろう。
しかし、ガーベラがあそこまで修復できるなら、新生グランドスラムもさぞ素晴らしい出来栄えになるだろう。
日本刀ではないからオリジナルとは別モノになってしまう可能性も大きいが、それでもあのオリジナルのグランドスラム直して使える、というのが重要なのだ。
これで美鳥の気遣いを無駄にしなくて済む。
そして、更にマニア目線で言うならば、だ。

「グランドスラムがベースの、ロウ・ギュールがガーベラを打ち直す為に習得した技術を用いて作られた、世界で一本だけの太刀……」

うへへ。

「おにーさん、よだれよだれ」

口元をハンカチで拭われた。
みっともないかもしれないが、これぞ文字通りマニア垂涎の代物、という訳である。
これで興奮しない奴の方がおかしい。むしろよだれくらいはどぅばどぅば垂れて当たり前。

「でもさ、ここでの収穫はそれだけじゃないんだよね?」

「そりゃな」

必要とされなくなりいつしか誰からも忘れられた、外には存在しない技術が眠っているここは、俺にとっては文字通り宝の山だ。
剣術指南の時間やガーベラの修復の見学以外の時間は、当然のようにそれらのデータのコピーと確認に当てている。

「とりあえず使う用グランドスラムの整備の為に、今ロウが覚えようとしてる技術は完璧だ。後でパラディンとソルテッカマン用に何本か打ってみるのも面白そうだな」

「……たぶんこれは、『じゃあお兄さんが自分でグランドスラム直した方が早いんじゃね?』って言ったら駄目なんだよね」

「その指摘は無粋なのでお断りします。で、あとは傘貼りとか染物とか陶芸とか楽器作りとか、そんな感じか」

武装に転用できそうな技術は殆ど無かった。
楽器の構造とかは、その内五行風水が飛び交う世界辺りに行った時、デバイス作りに役に立ちそうだけども。
無論ここで言うデバイスは神形具の方だ。最近はデバイスと言えばリリカルと思う輩が多いから困る。
あの挿絵の尻ドアップで性の目覚めを起こした同世代の連中も多いことだろう。

「本気で趣味的なのに逆に実用的だね。お土産にこの世界の土でお椀とか作って持ち帰ったらお姉さん喜ぶんじゃない?」

「お前マジで頭いいな。そのアイディア頂き」

テラフォーミングされた火星の土で出来た湯呑とか、結構面白そうではないか。
いや、むしろここの技術をフルに活用して陶器の大杯とかすごい御洒落かもしれない。
酒造りの技術もあったけど、あれは設備の段階で結構手間が掛かるからなぁ。元の世界で作ったら日本酒の密造で捕まってしまうし、作るならこの世界でだろう。

巨大ハンマーでガーベラを打ち直すレッドフレームを尻目に、土産物をどうするかを冗談なども時折交えながら話し合う俺と美鳥。
その合間、ふと思った。
蘊・奥の言う『必殺の意思』は、大分前にドモンと手合わせをした時に思った『技』と『業』の違いに似ている。
意識して使う技術、悪く言えば小手先の技術が『技』で、俺は今のところそれしか理解し行使する事ができない。
そして、ここぞという時に出る咄嗟の一撃、それこそが小手先の技術でない、その使い手の根幹に根差す『業』であり、蘊・奥ならば彼独自の剣技であり、ドモンならば流派東方不敗なのだろう。
そういう、咄嗟に出る『俺の業』とは、一体どのようなものなのだろうか。

「触手、とかだったら」

嫌だなぁ。
もしそんなのだったら、まるで俺がエロ生物みたいじゃないか。
少なくともこれまでの戦いで触手が決め手になった事は無いってのに、咄嗟にそんなもんが突然出てこられても、なんだ、困る。

「あたしは大歓迎だけどね。大歓迎だけどね。ね!」

「こういう時に限ってきっちり思考がトレース出来てるって、運命的なレベルの変態だよなぁ」

目をキラキラさせながら両手で俺の手を取る美鳥をやんわりと押し返しながら、俺は少しだけ溜息を吐いた。




続く
―――――――――――――――――――

以上、何事も無く終わるグレイブヤード編でした。八割方シリアスなので多分シリアス回。

色々サポAIが酷い下ネタを使いますが、実際に主人公と致せた回数は片手で数えるほどしか無いので無害です。ここ最近はクライマックスフェイズだったお陰で下手に下ネタ出せなかったからなぁ。
あとはロウの口調、意外にまともに会話してるところが無いのでセリフがやたら書き辛い。デルタアストレイから引っ張ってきてもまだ足りない。
そもそもロウが謝るシーンとか無いっぽいしなぁ。
そんな訳で全国に潜伏しているアストレイファンのみなさんごめんなさい。ロウの出番超少ないです。
セリフの数だけならリーアムの方が多いかもしれないってのはどういうことなの……?

しかし第二部がずっと平均二万字くらいだったから、一万前後だと短く感じてしまう。二部だとここまで書いてさぁ折り返しだって感じなんですが。
二百メートルの走者が百メートルに転向した時の違和感と言いますか。
まぁこれはこれでサクサク話が進むから別にかまわないっちゃ構わないんですがね。
書きたいエピソードをサクサク書いて行くのが外伝のコンセプトなのでそこら辺は軽く行きますよ。

セルフ突っ込みまたまた省略。突っ込み来そうなグランドスラムのあれやこれは非公式武器ということで勘弁してねって事で。


ではでは、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。



[14434] 第二十六話「火星と外道」
Name: ここち◆92520f4f ID:bbe4acae
Date: 2010/07/09 18:08
そんな訳で、グレイブヤードにやってきて多分一月ほど時間が経過した。それだけの時間で、ロウ・ギュールは剣術の修業と鍛冶技術の習得に時間を費やし、朽ち果てる寸前だったガーベラストレートを見事に再生してみせた。
鍛冶師の修業は何年にも渡ってじっくり技を磨きあげるものだと聞いたのだけれど、まぁこういった主人公の学習速度に突っ込みを入れるのは野暮なんだろう。
一応ガーベラの作り方に関しては完全なデータが残っているし、実際に打つのがロウ自身では無くレッドフレームなのも関係しているのかもしれない。
さて、実際の修復されたガーベラストレートの出来栄えはと言えば、間違いなく極上の仕上がりだった。
抜けば玉散る氷の刃、とはよく言ったもので、濡れたような刀身の輝きはそういうモノに対する関心が薄いあたしでも美事と褒めてやりたくなる。
刀身に映った光輝が水の様に刃の上を流れ、先端から水滴のように零れ落ちる。そんな幻が見える程。
漫画版、しかも戸田版の150ガーベラの時の切れ味とかは流石に誇張だろうと高をくくっていたけど、この美しさを保てるなら有り得ない話では無いと思う。

「どーだい卓也、できたゼッッ!」

そのガーベラストレートを修復した技術で、ロウのレッドフレームはつい先ほどようやくお兄さんのグランドスラムの打ち直しを終えたのだった。
お兄さんの目の前の地面に、ズ、と音を立てて静かに新生したグランドスラムの刃が突き刺さる。
金属の床に金属の刃を突き立てたとは思え無いような滑らかな入り。
これでレッドフレームが柄を持つ手を放したら、そのまま刀身が全て地面に埋まってしまうのではないかと思うような鋭さ。

「お、お、おぉぉぉぉぉぉ……」

その膝はグランドスラムが折れた時と同じように地面に付き、しかし今お兄さんの中に浮かぶ感情はあの時とは真逆のベクトルを向くタイプのもので間違いない。
鈍く光る刀身を見つめる瞳はウルウルと、というかむしろキラキラと、いやいや表現が優し過ぎたか、眼がカメラのフラッシュライトになったのかと疑いたくなるほど光り輝いている。
あたしは子供というとルリだの小介だのそこら辺の一般的な子供に分類できない連中しか見たことが無いけど、たぶんこういう表情の事を『新しいおもちゃを買ってもらった子供のような』と表現するんだと思う。『トランペットを見つめる少年』でもいいかもしれない。
かわいい、というにはお兄さんは大き過ぎるけど、今のあたしの感想はそんな感じだ。
まるで子供みたいというか、いや、年齢的にあたしの方が圧倒的に子供なのは理解しているんだけど、それでも何処か微笑ましいというか。
だけど、それも仕方の無い事だと思う。それだけロウの仕事が見事過ぎるのだから。
折れたグランドスラムと数種のレアメタルを材料に造られたこの太刀は、ロウのレッドフレームが使う、ファンの間で有名なガーベラストレートとはまた違う思想で作られている。
日本刀と言えば、その刃紋の美しさが有名だろう。だが、この太刀の刀身には目立つ刃紋は無く、一般的な日本刀に比べれば無骨な印象を受ける。
オリジナルのグランドスラムにあった刃紋の様な模様に似ていると言えばいいのか、鋭さよりもその刃金の粘り強さ、強靭さを重視したが故の特殊な製法の為らしい。
ジジイが言うには、元のグランドスラムの開発には、ガーベラを打った鍛冶師と同門の鍛冶師が関わっていたのかもしれないとの事。
切れ味ではどうやってもビームサーベルに劣る実体剣。軍での開発に協力する以上は、ビームサーベルとは方向性の違う武器を作り出す必要があった。
それゆえの耐久性。ザフトの重斬刀よりは切れ味に優れ、それでいてエネルギーを喰うビームサーベルよりも長時間連続使用が出来るような太刀を目指したのだろうと。
それをこのグレイブヤードで死の直前まで掛けて技を磨いたガーベラの鍛冶師の技と、ロウがガーベラの打ち直しをしている際に思いついた幾つかのアイディアを加え、見事に再現、いや、更に上等な太刀へと昇華させたのである。
レッドフレームが地面からグランドスラムを引き抜き、簡素ながらも頑強そうな拵えの鞘に納刀し地面に横たえる。
ロウがレッドフレームから飛び降りお兄さんの前に着地した。

「これ、本当に貰ってっていいんだよな!?」

今から返せと言われても絶対に返さないだろうと一目で分かるお兄さんのはしゃぎ様にロウは胸を張って答え、次いで少しだけ申し訳なさそうに謝る。

「おう! つっても、元はと言えば俺が壊したのが原因だからな。一月も待たせちまって悪かった」

ロウの謝罪に少し考える様な表情を取ると、お兄さんは懐から何かディスクの様なものを取り出しロウに向け放り投げる。
ディスクをキャッチしたロウはそのディスクをしげしげと眺めた後、お兄さんに向き直った。

「これは?」

「釣りだ。予想外に上等な物に仕上がったから、その礼みたいなもんかな」

お兄さんの答えに、ロウは少し困ったような顔で。

「まいったな、中身次第じゃ借りが返せないぜ」

「それだけの『価値』が、あのグランドスラムには生まれたって事だ。ありがたく受け取っておけよ」

ニッ、と歯を剥き出しにして笑うお兄さんと、吊られて笑うロウ。
青春っぽいというか何と言うか、ここは何時から少年漫画の一場面にって、そういやアストレイは少年漫画だったか。
どうでもいいけど、この後も最寄りのコロニーまで同じ艦で移動するんだよね。
後でこの青臭いやり取り思い出して、お兄さんがゴロゴロ地面を転がって悶え始めなきゃいいんだけど……。

―――――――――――――――――――

■月◆日(我慢ならん!)

『そんなこんなで最寄りのコロニーに降ろして貰い、ジャンク屋連中との束の間の同道は終了。アストレイファンとしては貴重な経験だった……』

『新生グランドスラムの余り質実剛健ぶりに、思わず木星蜥蜴のジャンクから作れる小型の相転移エンジンの設計図を渡してしまったが何も問題はない』

『むしろここでNJCの設計図とか渡さないあたりは理性的だったと思って貰えると思う。まぁ、そも核エンジンを入手する事が難しいので渡してもすぐには活用できないから除外したって理由もある訳だが』

『閑話休題。ジャンク屋と別れた俺達は、さっそく次の目的地、火星へと跳んだ。目指すは火星極冠遺跡、標的は遺跡中枢ユニット!』

『が、ボソンジャンプ一発で遺跡の中枢に跳べるかと思っていたのだが、どうにもこうにも上手くいかず、少し離れた場所にある廃棄コロニーへとジャンプアウトしてしまった』

『翻訳ミス無しで正確にジャンプ先を指定できる俺達なら楽勝とか、帰りに焼き物に使える火星の土でも探して行こうかなとか、色々雑念が入りまくってしまったのが原因だと思う』

『まぁ、地球に戻るのは連合が三馬鹿の機体を開発してからでいいので時間はたっぷりある。ナデシコに居た時にギガフロート防衛戦の記事は手に入れているからスケジュール管理もばっちりだ』

『というかぶっちゃけた話、オーブでナデシコと別れた直後、俺と美鳥が過去に跳んだ直後辺りに戻れば色々と揃っていて丁度いい。アメノミハシラの座標はオーブで手に入れてあるし、連合艦隊に忍び込めば三馬鹿の機体も楽に手に入る』

『つまり、地球に戻るまでの猶予は実に半年以上! 焦る必要が欠片も見当たらないので、極冠遺跡まではグラドスと蜥蜴どもを蹂躙しながら進もうと思う』

―――――――――――――――――――

まずはじめに、アストレイの話をしよう。
ここで言うアストレイとはオーブで正式に採用されたM1アストレイの事では無く、ヘリオポリスで秘密裏に作られていたプロトアストレイの事だ。
これら五機(正確には完成した三機と二機分の予備パーツ)は、基本的にコンピュータ内のデータ、使用されているOSなど以外で性能・デザイン面では塗装以外全く同じと言って良い。
だが、これら同じデザインの五機は、最終的に全て異なる目的の為に異なる改造を施され、ほぼ別機体と言ってもいい程の差別化がされる。
特にそれが顕著なのが、オーブの影の支配者と言ってもいいサハクのバックアップを受けて改修され続けるゴールドフレームと、コンピューター内部に残された武装データや劾のオリジナルの武装案、更にロウ特注のパーツなどが組み込まれたブルーフレームだろう。
更に後にはミラージュフレームなどもライブラリアンによって大幅に改造され、こちらはほぼ原形が残っていない有様だ。
結局俺が何を言いたいのかと言えば、アストレイは基本の形に縛られない機体だと言う事だ。
基本の形、戦闘用MSの試作機という王道を外れ、思うがままにそれぞれの道を進む。
それがアストレイというMSなのである。
つまり──

「どんな魔改造も、それがアストレイであるならば正当化されるという事だ」

「いやまぁ、無改造アストレイでナデシコ設定の火星ぶらり旅とか難しいからいいけどさぁ」

難しいどころか攻略不可のクソゲーになってしまう事は間違いない。
仮に元のこいつであれば、今現在も此方に向けて絶え間なく発射されているグラビティブラストの嵐に耐えられず、文字通り一瞬でぺしゃんこになって潰れていただろう。
が、動力をバッテリからお決まりの光子力とオルゴンの複合エンジンと次元連結システムの二段構えに換え、辺り前のように高出力のディストーションフィールドを展開しているこのアストレイであれば、それらの攻撃を軽く無視して先に進む事ができるのである。
高重力の嵐により歪んだ景色を眺めながら、増設したコパイシートに乗る美鳥にのんびりと問いかける。

「で、この先にあるのが?」

「なんたらコロニーを三日前に抜けたから、えっと」

美鳥が空中にウィンドウを浮かべ現在地を確認する。
地図を見ながらひとしきりうんうん唸り、後ろのコパイシートから乗り出し俺に見える位置にウィンドウを移動させた。

「今ここで、」

ウィンドウの地図上の一か所を指差し、

「こっちに行くのが、まぁ妥当なルートだよね」

ついっ、と指を真っ直ぐ動かす。
指の動きに合わせウィンドウ上の地図がスクロールし、極冠遺跡を表示した。
地図上の現在地を指し示す矢印は丁度美鳥が示した方向を向いている。

「遺跡にまっすぐ向かうならこのまま直進か」

「まぁ、時々進路確認ぐらいはするべきだとは思うけどね」

「妥当じゃないルートは?」

「うーん、と」

美鳥がウィンドウの端を指先で軽く叩き、極冠遺跡周辺を表示していた地図を現在地まで戻す。
再び地図を別の方向にスクロールすると、その先には赤い点でマーキングされたコロニーが現われる。

「ここのコロニー跡を通って」

地図が更に広範囲を現すものとなり、その赤い点でマーキングされたコロニーと、他のコロニーが点線で結ばれているのが分かる。
やや遠周りになり、というか、火星を軽く半週するほどの道のりだ。

「このルート、かな」

それらの位置にあるコロニーの情報を、俺はナデシコで調べた火星の情報と頭の中で照らし合わせた。
木星蜥蜴が攻めてくる前の都市情報、それこそネルガルの企業秘密なども合わせれば、これらのコロニーの共通点が見えてくる。

「なるほど、地下構造物探索か」

「そゆこと」

ネルガルの研究所、ネルガル傘下の子会社の研究所に加え、ライバル企業の研究所、更には火星入植直後に廃棄されたテラフォーミング実験場。
それらを地下に備えるコロニーを巡って行こうというのだ。
たぶん本命はこのテラフォーミング用ナノマシン実験場跡地。
オーストレールコロニーを表に構えるこの実験場は、火星移住初期の段階において真っ先に入植者の住める場所を確保する意味もあり、小さめの都市一つがそのまま収まる程度の広さを有している。
そういった入植直後の地下施設は外部からの影響を厳重に遮断する為に外壁などが頑強に作られており、上に都市が築かれている事からカモフラージュも容易い。
ユートピアコロニー跡の地下とは比べ物にならない規模で生き残りが潜伏している可能性は十分にある。
しかもその実験場の上にあるのは他のコロニーとは一線を画する技術を持っていたオーストレールコロニー、地下に潜伏し、着々と反撃の準備をしている可能性は大いにあり得る。

「光の翼もどきは望み薄だろうけどねぇ」

「ま、運がよければ基礎技術くらいは手に入るだろ」

確かCE70時点じゃデルタは完成していないが、それでも独自の発展を遂げたMAが存在していたはず。
もっとも、それらのMAなども、本当に生き残りの火星人が居なければ話にならない訳だが……。
まぁ、どちらにしても、だ。

「こういう連中をぞろぞろ引き連れてくのはいかんよな」

レーダーを見る。周囲は一マス分開けてびっしりと敵の反応を示す赤いマーカー。
スパロボで例えるなら、広大なマップ一面が敵ユニットで埋まって真っ赤っか、といった状況。チューリップがあるから、倒しても倒しても撃墜した端から補充されるのだろう。
無人兵器とはいえ俺達に廻し過ぎだ。まぁ、占領してからかなり経過しているから俺達以外に構う相手も居ないんだろうが。
武装の用意、とりあえずテストも兼ねてグランドスラムで少し刻んでみるか。

「グランドスラムレプリカ」

「もう出した!」

指示を出すよりも早く美鳥が大量に複製を作っておいた太刀型グランドスラムのレプリカ改造品を異次元から呼び出し、アストレイに持たせていた。
事前に『オリジナルは大事にとっておこう』と言っておいたが、それでも両手持ちの太刀を片手に一本づつ、俺に言われるまでも無く用意しておいた美鳥。
俺も美鳥もアストレイに半融合状態であるため、アストレイを通して半ば融合している俺の思考を直に読み取っての事だろう。例え話ではなく、文字通りの以心伝心。
まぁそもそも態々複座にするよりもそれぞれ別の機体に乗った方が効率はいいのだが、もうこの世界の火星なら俺達の内どちらか一人だけでも無双出来てしまう為、二機に分かれる必要が無いのだ。
そんな訳でパイロットの居ないソルテッカマンとパラディンは併せて別の次元に収納してある。
実は無改造のアストレイとレッドフレームのコピー、オリジナルのグランドスラムやガーベラのコピーも大事に収納してあったりする。
あくまでもオリジナルのアストレイはコレクションアイテム。改造するなら複製を使うのは当たり前の発想だろう。

「しかし、せっかく即席とはいえ複座に改造して、サブパイが武器を出す辺りまでやったのに、光装甲っぽい素材が一切存在しないのは勿体ない」

一瞬、オルゴン粒子をソードとかと同じように固めて装甲に被せる、とか考えたが強度が危険すぎるのでアウト。
武器にも使える癖にかなりパリパリ景気良く割れるからな。これまでのフューリーとの戦闘記録から考えても脆いイメージしか無い。

「設定上かなり頑丈なのに、アンチゼーガが登場してからあんまり堅くなさそうなイメージが付いちゃったよねぇ」

「破壊されない、って前提を覆されたから仕方がないんだけどな。つうか、強度の話じゃなくて見た目の話なんだよ見た目の」

デザイン的にはアンチゼーガの方が好みだが、それこそどうやって手に入れろって話になるからな。
似たようなクリアパーツ仕様の頑丈な装甲、どっかで手に入ればなぁ。

「じゃああれだよ、決め台詞とかで行こう!」

「あれは戦闘開始の台詞じゃなくて転送時の掛け声だろ」

大体、あれ系の決め台詞って得てして何かしらの理由があるから、何も考えずに台詞だけ頂くってのは恥ずかしいものなのだ。
因みに転送時のお決まりのあれは、量子テレポートの動詞形なのだとか。

「大丈夫、どうせこんなど真ん中から切り込んでたら切りがないし、チャージング終了と同時にこいつらの最後尾、チューリップの後ろに転位するからそん時にでも言えば」

「む、まぁ、そこまで言うなら」

本当はそんな無理矢理な理由であの掛声を使いたくない。好きな作品のネタであるが故に、逆にいざ使う段になると尻ごみしてしまうのだ。
うん、でも可愛い妹っぽいサポート役にここまでお膳立てされては仕方がないだろう。
だってここから全方角に攻撃を仕掛けるとなると手間だしな。どうせ転移するのだし、うん、当然ながら本意では無いのだ本意では。
とりあえずディストーションフィールドに回していた大量のエネルギーを重力制御装置に叩き込んで、と、ああ大変だ。本当に仕方のない。

「チャージ完了。お兄さん、何時でも行けるよ!」

まことに遺憾であるというか、ああもう、参った参った。
ええ、へへへ。

「エンタングルッ!!」

―――――――――――――――――――

きゅお、という何かを吸いこむような音と共に、木連の無人兵器群を吐き出すチューリップと、その正面に展開していた無人兵器群が砕け散る。
一条の超高圧重力波がキラキラと輝く軌跡を描き、その軌跡の中に生まれた無数の爆炎が火星の空を彩る。
高出力のグラビティブラスト。規格外の超エネルギーを元に生み出されるそれは一度では終わらない。
発射する位置、方向を変えながら、千を超え万を超える無人兵器を尽く押し潰していく。
途絶える気配の無い破壊の連鎖。それを生み出すモノは如何なる怪物か。
無情な破壊を生み出すそれは、空を飛んでいた。
両の手に長大な抜き身の太刀を下げ、爆炎や残骸を避け、空を泳ぐ様に飛んでいる。

「まずは、そうだな」

それは人を模した機械の塊であった。白でも黒でもない、精製した金属の塊からそのまま削り出したかのように見える無造作な鋼の色に身を包む機械人形。
その機械人形には未だ正式な名は無く、ただアストレイ(邪道)というその在り方を端的に表した呼び名だけがある。
アストレイは数秒毎にいくつもの方向に向け重力波を放ち、その度に空を行く無人の戦艦を十数隻纏めてクズ鉄へと戻していく。

「コロニー近くのチューリップ、全部潰してみるか」

アストレイを操る男──鳴無卓也が事も無げに呟く。この火星に生き残りが居たのならば、この言葉を聞いていたのならば、口をそろえてこう言うだろう。
『何を馬鹿な』『そんな無茶な』
と。火星に無数に存在していたコロニーを全滅させた木星蜥蜴は、常識的に考えればたった一機の機動兵器でどうにか出来るものではないからだ。
何しろ地球軍の艦隊が全滅させられているのだ。20メートル級の機動兵器でどうにかできると考える方がおかしい。

「その方がゆっくり探索出来ていい感じだしねぇ」

だが卓也の後ろ、コパイシートに座る少女──鳴無美鳥は彼の無茶な提案に気楽そうに返事を返す。まるで夕飯のメニューでも語るように軽い返事。
そう、彼等にとって、木星蜥蜴は気を張るような相手では無い。彼等と彼等の機体にとって、木星蜥蜴の無人兵器は驚異足り得ないのである。
それは本来MSではありえない、不可能な事だ。MSはそんな状況で戦う事を想定していない。
それが可能なのは、このMSがアストレイだからこそ。MSという兵器の括りに入れる事をためらってしまう程の邪道なまでの魔改造を受け、その名の通りMSの王道を外れ、大量破壊兵器として生まれ変わった、この無色のアストレイにのみ許された暴虐。
それ故に、このMSには名前が無い。色も無い。情熱の赤ではなく冷静の青でもなく高貴な金でもない。
ただただ邪道、外道、鬼道を歩むモノ。『アストレイ』という言葉以外ではこのMSの存在を定義する事は出来ないのである。
 ちゃき、という音と共に両の手の太刀を構え直し、手近な距離まで近付いていた虫型の無人兵器目掛け振り下ろす。
本来両手で扱う獲物をなんなく取り回し、流れるような動きで細かい無人機を斬り伏せる。
もはやMSの腕ではない。その腕は、内部の機械は、全てスーパーロボットの様な恐ろしい力を、強靭さを秘めている。
動きの滑らかさはMFのそれですら及ばない。生身の達人にも迫る流れる様な斬撃。
グラビティブラストの弾幕を掻い潜る事の出来る小型の虫型無人機は鏡の様な切断面を見せ、次から次へと解体されていく。
空を駆けるアストレイに近寄られた大型の虫型機動兵器も無人の戦艦も、どういった理屈か、刃渡りよりも分厚いその胴を輪切りにされ、時には二枚に三枚に下ろされ、瞬く間に数を減らしていく。
ディストーションフィールドが薄紙でも切り裂くような気安さで易々と抜かれ、無防備な金属の身体を割断する。
 木星蜥蜴の無人兵器もただ黙って落とされている訳では無い。三連ショックレーザーが、ミサイルが、小型兵器のディストーションフィールドを張った特攻が、グラビティブラストが、アストレイ向けて放たれる。
撃墜される直前まで持てる全ての性能を出し切らんと攻撃を続ける無人兵器。
だが、それらの攻撃は尽く無効化されてしまう。
レーザーとグラビティブラストは強力無比なディストーションフィールドで逸らされ逆に味方を撃ち抜き、機銃は身のこなしだけで避けられ、ミサイルは両の手の太刀で爆発する前に解体され、特攻した無人兵器はディストーションフィールドを無視する謎の斬撃で呆気なく切り捨てられた。
火星の人類をその武力で持って殲滅した木星蜥蜴。しかし、その木星蜥蜴が今、たった一機のMSによって虫を潰すかの気安さで蹂躙されている。
暴力という概念をそのまま実体化させた様な光景。
それを、遥か遠方より観測する者が居た。
SPT、しかしグラドス軍の物では無い。所々のパーツがグラドス製の物ではなく、火星で主に使用されているMAのパーツやASのパーツに組み替えられている。
砂岩迷彩を施したSPTを岩場に隠し、エンジンの火を最小限に絞り息を潜める様にして、それでいて注意深く無人兵器を撃墜し続けるアストレイをメインカメラの望遠機能だけでしっかりと追い続けている。
SPTのコックピットの中、ノーマルスーツを着込んだパイロットは厳しい視線をモニタに向けて送っていた。

「……」

じっ、と、戦いの成り行きを見つめ、木星蜥蜴と駆逐するMSが何者か、自分達の害になるものか、それとも益を齎すものかを見極めようとしている。
半年以上前に火星に降りてきたネルガルの戦艦はチューリップに呑み込まれていった。中途半端な戦力では与するのも危険。
だが仮に戦力的に充分だったとしても、それが自分達にとって好意的な存在であるとは言い切れない。
木星から侵略者がやってくる時代なのだから、また他の星からやってきた別口の侵略者の可能性だってある。MSに見えるあの機体もMSによく似た何かである可能性だってある。
 そんな事を考えている内に、空を覆い尽くさんばかりの木星蜥蜴の無人兵器は殆ど破壊し尽くされてしまったようだ。初撃でチューリップを破壊したのがよかったのだろう、これで暫くは増援も来ない。
状況が一段落しSPTのパイロットは、木星蜥蜴を蹂躙していた機動兵器に通信を入れるべきか、それとも息をひそめてやり過ごすか考える。
あの戦いぶりから考えて戦力になるのは間違いない。だが、ここで判断できたのはそれだけだ。自分達の味方に成り得るかといえば、全く分からないとしか言いようが無い。
だが、あの技術を手に入れる事が出来れば火星の地上奪還も夢では無い。危険だからとあの機動兵器をこのまま見逃すのは惜しい。
ひと先ずは判断を保留とし、機動兵器の尾行を続けようとSPTのエンジンの出力を高めようとした、その時。

「あーもしもし、そこの不自然な岩場のSPTさん?」

通信。仲間が潜伏中の地下コロニーからではない。慌てて空を見上げる。
空にただ一機、悠然と佇む機動兵器が、こちらに太刀を向け自分の隠れている場所を指し示していた。

―――――――――――――――――――

「いけない、いけないな。人のお楽しみの時間を覗くなど、紳士に有るまじき行為、紳士として恥ずべき行為だろうに」

「覗きとかマジ引くわ……」

もっとも殲滅線を始める前に気付かなかった俺達も間抜けと言えば間抜けだ。
チューリップの後ろに転位した後に、すぐレーダーを確認すれば一発で見つけられたと言うのに。
転位直前にレーダーを確認して全画面真っ赤だったから手当たり次第倒せばいいかとレーダーの確認を怠ったのは明らかなミスだろう。
敵を現す赤いマーカーが消えたレーダーには、少し離れた位置に岩場にひっそりと隠れ潜む黄色い中立表示。
そもそも、戦闘を開始する前に木星蜥蜴はグラビティブラストをばんばんぶちかましていたのだから、近隣に生き残りが居たなら気付いて当然。
しかもその攻撃音が鳴りやまないなら、木星蜥蜴の攻撃を受けて生き残り続けられる存在だということ、斥候の一つや二つ放つのは定跡。

「ところで我々はこれから、近隣のチューリップを破壊しに向かうのだが」

「巻き込まれて死なれても困るから、付いて来んのは勘弁な」

「その代わり、三日後には此方から出向こうと思っているので、よろしければ其方のコロニーの座標か、集合場所の指定を。ああいいんですいいんです言い訳も交渉も要りませんよ。其方が此方の技術に興味津津なのは戦闘中の熱視線で理解しているので」

「お前らが二年以内に火星を奪還出来るような技術とか、欲しいだろ? なら大人しく言うこと聞きな」

出来る限り慇懃無礼で超傲慢な態度で反応を窺うが、怒り出す様子も無くじっくりと考えた末に

「──の、──だ」

とあるコロニーを指定した。今は木星蜥蜴とグラドスの攻撃により壊滅状態にあり、人が生きている訳がないと思われている場所。
だが、一番生き残りが潜伏していそうだと俺達が当たりを付けておいた場所だ。

「へぇぇ」

「ほぉー」

なるほどなるほど、確かに記録にあるあのコロニーの技術力の高さから考えれば、SPTの残骸を回収して再利用する程度の事は可能。
残骸をどこから調達したかは少し疑問だが、ナデシコが火星でグラドスと交戦した時に結構な数のSPTを撃破したし、そこから回収したかな?

「──?」

「ああ、なんありません。有名なコロニーだったから少し驚いただけで」

アストレイの進路を一番近くにある別のチューリップへと向ける。
此方を見送るSPTに向け、後ろ手に手を振る。

「では、また後日」

「ちゃんと歓迎の準備してまってろよなー」

さぁ、生き残りが居る事は確認できた。さっさとこの周辺の安全を確保して、技術の蒐集をさせて貰いますかね。

―――――――――――――――――――

謎の機動兵器を見送り、SPTのパイロットはコックピットハッチを開け、外の光景を改めて確認した。
屍山血河、とでも言うのか、空を覆いつくしていた木星蜥蜴の無人兵器は、今や無残な残骸で火星の大地を埋め尽くしている。
これだけの光景を、たった一機の機動兵器が作り出したなどと言って誰が信じるだろうか。
独断で潜伏場所の座標も教えてしまった。これについては散々に絞られるだろう。
今さっきの機動兵器の戦闘はSPTのコンピュータに記録が残っている。
これを見せればあの機動兵器の技術を欲しがる者達は賛同してくれるだろうが、それでも何故不用意に情報を渡した事は追及されるだろう。
敵かもしれない、だから身を隠し息をひそめて遣り過ごそう。そういう意見が多い。
当然だ、今自分のコロニーには他のコロニーからの難民が溢れている。侵略者の驚異にさらされた後ならば引け腰になるのは当然。
だが、あの機動兵器は少なくとも木星蜥蜴の敵ではあるらしい。そうでなければチューリップをわざわざ破壊したりはすまい。
敵の敵は味方、などというのは単純すぎる理屈だが、いつか地球や火星の敵になる可能性のある者でも、今はそいつらの戦う技術が何よりも必要なのだ。
 ノーマルスーツのヘルメットを外し、火星の大気にその顔を晒す。ヘルメットからシルバーブルーの長髪が零れ、溶けた鋼と焦げた機械油の臭いを含む風に靡く。
その燃える炎の様に真紅に染まった瞳は、機動兵器が飛び去った方角へ向けられ、厳しく吊りあげられている。
しかし、それは機動兵器へ向けた感情ではない。
言葉の端々に傲慢な強者の感情を滲ませてはいたが、彼等は積極的にこちらに情報提供、技術提供を行う。怒る理由は一切無い。
そんな、どこの誰ともしれない連中の力を一方的に借りなければ、自分達は先に進む事が出来ないという事実。
自らの、自分達の非力、未熟こそが──

「──我慢ならん!」

オーストレールコロニーの未来の指導者候補、アグニス・ブラーエにはなによりも耐えがたい屈辱だった。




続く
―――――――――――――――――――

ここは切らずに続けてもいいかなと思ったのですが、せっかく我慢弱い人に『我慢ならん!』と言わせたので一旦切り。
色々と中途半端で淡々と話が進む繋ぎ回の第二十六話をお届けしました。

次は多分原作よりも貧窮したオーストレールコロニーからスタート。今更チューリップ破壊活動とか見たい人いないだろうし自分も書きたいネタではないので。
グラドス軍は何やってんの?とか言われそうですが、この頃グラドス軍は火星から地球に向かう真っ最中で火星を留守にしていた、とかそんな設定で除外。
本編最終回までクリアして、またそこら辺の細かい時系列とか確認するのは面倒臭いのでささっと流して頂ければ幸い。
でも多分ソロムコとかはバッタとかその辺と一緒に仲良く火星を見回っているんだろうなとか思いますが関係ありませんね。

短めに言い訳コーナ。久々。
Q,グランドスラムのオリジナル、せっかく直したのに使って無くね?
A,大事な人からの実用品のプレゼント、使うのがもったいなくて戸棚に飾りっぱなしとか、よくある話ですよね。
Q,地下実験場……?
A,独自設定です。参戦作品ごとに火星の開拓事情が全く違うので大胆に設定を捏造。
Q,オーストレールコロニー製SPT?
A,独自設定です。SPTとかはちょっと操縦をレクチャーされただけで学生が戦闘行動できるんだから、MS開発するよりもSPT鹵獲、あるいは残骸から改修した方が効率いいよね、という事で。


ではでは、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想などなど、心よりお待ちしております。




段落ごとに文頭に一マス空白を入れる、ってこんな感じでしたっけ。
読みにくければ次回から元に戻します。できればご意見ください。



[14434] 第二十七話「遺跡とパンツ」
Name: ここち◆92520f4f ID:bbe4acae
Date: 2010/07/19 14:03
■月×日(火星の食べモノは総じて不味いらしいが、ここの飯の不味さは火星でも群を抜いていると思う。ナデシコの火星丼は味を極限にまで美化していたのだ……!←『……!』まで文章化するくらい不味い)

『さてさて、オーストレールコロニーに程近い場所にあるチューリップを破壊し尽くして早数週間が過ぎた』

『端折り過ぎだ、と言われそうな気もするが仕方ない。最初の一戦こそグランドスラムの試し斬りの為にまともに戦ったが、それ以降はすべて単純作業の繰り返しだ』

『ぶっちゃけた話、相転移砲連射ゲーと言ってもいい。文字通りのお掃除を繰り返しただけであるので、詳しい説明など出来ようはずも無い』

『待ちあわせの場所に到着した俺達に対し、オーストレールコロニーの連中はそれはもう警戒心バリバリ、持てる限りの鹵獲SPTで出迎えて、脅しつけて俺達の乗るアストレイを奪おうと──』

『なんて展開にはならなかった。まぁ、大型戦艦多数を含む木星蜥蜴の無人兵器群相手に無双できるような無茶な機動兵器を敵に回すほど愚かではない、という事だろう』

『では、アストレイを降りた後に拘束されて、ドギツイ尋問で技術を絞り出されたかと言えばそうでもない』

『俺と美鳥は客人扱いで迎えられ、それなりに立派な工房と自室を与えられてのんびりと兵器開発を行っている。追い詰められている割にはそれなりに紳士的な連中である』

『もっとも、今のアストレイの動力炉は光子力反応炉とオルゴンエクストラクタの融合した特殊なモノだ。バラして解析してもサイトロンに適性を持つ者がそもそも居ないし、光子力は火星では生成する事もできない』

『そういった諸々の事情を知っていた訳では無いだろうが、あくまでも友好的に協力関係を結ぼうと努力するオーストレールコロニーの連中の気風は中々に好ましいモノだと思う』

『今なお過酷な環境である火星では、無駄に敵を作る様な生き方は一般的な物ではないのだろう。そういう意味では、火星人の中ではテンカワ・アキトはやや攻撃的な気風の持ち主だったのかもしれない』

『イグニスは少しばかり堪え性が無く、色々とらめぇ我慢できないのぉみたいな熱い所がある奴だが、それでも基本的に争いを起こすこと自体が我慢ならんらしい』

『つまり統計的に見てやっぱり我慢弱い男だということだが、それでも木星蜥蜴に対抗する為の武器、機体を作る事に関しては時間をかけてでもしっかりした出来の物が必要らしい』

『まぁこれだって結局のところ、納期を早めて粗製が出来上がるのが我慢ならんという理由がある訳で、どうしたって堪え性などは持ち合わせていないのだろう』

『そろそろ木星蜥蜴に対抗できる機体の開発と、しばらく研究すれば使いものになるだろう技術の受け渡しも完了する、せいぜいそれまでは苦手な我慢を続けて貰おう』

―――――――――――――――――――

 以前ナデシコで火星に来た時、ユートピアコロニーの地下に生存者が群れているのを見たが、それとは明らかに異なる部分がある。
 あそこに居た連中は本当にただ生き残りが肩を寄せ合い震えているだけで、統率がとれているとか居ないとか以前に、何かしよう、という気力が無いので、乱れるようなものが無い、という感じだった。
 食料の配給などがほぼ完全に平等で奪い合いなどが無かったのも、和を乱して異物になればそこに居ることすら出来ない、なので争わない、といった後ろ向きなモノ。
 だがここは、オーストレールコロニー地下は違う。

「活気があるな」

 地下街を歩き、周囲を見回しながら呟く。
 配給が云々ではなく、それなりに商売のようなやり取りも行われており、急造の掘っ立て小屋のような屋台で野菜や果物を売る者まで居る。
 それでいて飢えているような者が居る訳では無く、変にギスギスした閉塞感も無い。
 店先で商品を値切るおばさんなどが居て、なんというか、制限された生活に慣れているような感じが見える。
 掘っ立て小屋のような店舗にもそれぞれナンバーが振られ、商売人もキッチリ管理されているらしい。

「ここは木星蜥蜴が攻めてくる前にも、入植当時と同じように管理された生活が普通だったからな」

「もともと好き好んで制限された生活をしていた連中だから、多少生活が苦しくなっても大事無い、か」

 ガイドするイグニスの言葉に頷きながら通路を歩く。
 扱う商品の種類が微妙に少ないような気もするが、それは元から火星の食料のバリエーションが少ないというだけか。

「テラフォーミングが済んだとはいえ、火星は暮らしやすい場所ではない」

 その為に普段から節制を心がけていたのが今生きている事に繋がったのだろう、と、感慨深げに頷くイグニス。

「そりゃ結構な話だけどさぁ」

 後ろから付いて来ていた美鳥が口をはさむ。手には先ほどの屋台で購入したものだろう林檎を持ち、顔を顰めている。
 林檎に齧り付くと、モシュ、という余りにも爽快でない類の音が響き、そのまま数度嫌そうな顔で咀嚼し、飲み込む。
 周りに聞こえないように一応声のボリュームは控えめに、手に持つ林檎の批評を始めた。

「スカスカなのも味がおかしいのも、まぁ戦時下だから問題無いのかも知らんけど、栄養素が致命的に足りてねぇよこれ」

「不足分は栄養剤の配給で補わせていますよ?」

 疑問形で返す独特な喋りの褐色の男──ナーエ。木星蜥蜴の襲来で人手が足りないため、周囲やイグニスに押される形で様々な役職をかけ持ちしているのだとか。
 今回は俺達外から来た人物との仲を取り持つことが仕事であるらしい。他の職業を兼業していても、やはりこの仕事における適正は一番高いと見られているらしい。
 そんな彼も、今現在取引されている食料が酷く不完全なものである事は否定しないようだ。

「地下で使用されているテラフォーミング用のナノマシンは、火星入植最初期のものだからな。これでも地上のナノマシンで改造された土よりは、栄養価が高い筈なのだが」

「限界が来ているって事か」

 こくりと頷くアグニス。
 火星入植最初期、まだ火星全体が完全に改造されていない頃のナノマシンは、土の養分を極端なものに作り替え、気候の合わない野菜や果物でも無理矢理に作れてしまうようなモノだったらしい。
 当時は火星と地球の横断は今の何倍も時間が掛かり、生活環境も整っていなかったが為に、まずは生きていくこと最優先で、痩せた土地からでも栄養価の高い食料を作れるように調整してあった。
 この地下実験場の土は当時のモノそのままで、それ故に肥料を満足に与えられない今でもしっかりと実をつけさせる事が可能だとか。
 だがいくらそんな無茶な改造を施された土壌でも、こう連続して大量の作物を収穫しては限界がくる。

「農地の土も定期的に地上の土と入れ替えようとはしている。しかし」

「ここの連中を養うだけの作物を作れる広さの農地、木星蜥蜴に見つからないように土を入れ替えるのは難しいか」

 作業用MAや重機では脚が遅いし木星蜥蜴の兵器にもグラドスのSPTにも敵わないのは分かっている。当然護衛には鹵獲したSPTが付かなければならないが、そもそもの絶対数が足りないのでどうしようもない。
 まともに戦闘をこなせる軍人連中は、木星蜥蜴が初めて火星にやってきた時、地下に民間人などを避難させる為の時間稼ぎで大半が死んでしまい、まともに護衛に回れる者も少ないとの事だ。

「まーまー、そう暗い顔すんなって、今はてめーがここの顔なんだろ? その辺もこっちで手ぇ貸してやっからよ、とりあえず今は武器の話しようぜ武器の話」

―――――――――――――――――――

 武器の話、つまり先日別れ際に話した事だ。
 二年以内に火星を奪還出来る程の兵器、更に火星でもどうにか材料が調達でき、古い設備しか存在しないこの地下でも頑張ればどうにか量産できそうな物を見繕ってやる事になった。
 ただ非常に残念な事に、引き換えに手に入れるつもりだった光圧推進システムは殆ど研究が進んでおらず、デルタに至っては影も形も存在しなかった。
 当たり前と言えば当たり前だ、今の火星、オーストレールコロニーにはそれほど余裕はない。
 そもそも使い勝手のいいSPTが何機も鹵獲して使われている時点でMSが主流になる可能性はとてつもなく低い。
 とりあえずこんな感じで作れるよ、といった基本的なデータだけは手に入ったが実用には程遠く、コレクションに加える様なものにもならないだろう。
 が、それでも何もせずに帰るというのも癪なので、ロウに先駆けて火星産MSの第一号を作ってみる事にしたのだ。
 そんな訳で、技術の出所とか何やらを詳しく話す訳にもいかないので、顔役のイグニスをやや素通りして頭役の古くて偉い、現在ここ地下コロニーを運営している連中を説得という名の軽い洗脳にかけて話を通し、現在に至る訳だ。

「ここまで開発が速く進むとは。あれもこれもと、感謝しているよ」

「まだ試作だ試作、一応このままでも使えるが、量産して万全の状態で運用するなら工場に専用のラインを作ってからにしとけ」

 俺の返答にナーエが首を傾げる。

「MAや重機のパーツを流用できるようにつくられているのでは?」

「一応パーツの流用は出来るけど、細かいパーツはできるならそれ用に調整して使った方がいいよ。早死にしたくなけりゃね」

「どっちにしろ、何機か作ってテストしたら仕様変更入れるつもりだったんだろ? これは先行量産型みたいな感じだと思ってくれりゃいい」

 市場の様な場所を抜け工房に到着した俺達は、完成寸前の兵器の前で話し合う。
 俺達の目の前に直立する20メートル級の機動兵器、色々と他作品の技術が盛り込まれてはいるが、とりあえず分類するならMSになる。
 この地下実験場で作業用に使われていた三本脚のクラゲの様なMAのマーズタンク(火星丼に乗っているタコさんウインナのモデル)をベースに、地球ではネルガルの独占技術になっているディストーションフィールドなどの古代火星文明の技術を多く盛り込んだ機体。
 一応は可変MSに分類されるもので、元のMA形態からMS形態に移行する事であらゆる場面に柔軟に対応する事が可能である。
 まぁ、マーズタンクがモデル、という時点で分かってしまうだろうが、これは原作のデルタアストレイに登場したガードシェルのスパロボ技術混合版だ。
 ナデシコにもアークエンジェルにも可変機が少なかったお陰で変形の際に幾つかの擬装用パーツが余ってしまうが、運用上は余り問題無い。
 そもそもこのガードシェルもどきは耐ビームシールドの代わりにディストーションフィールドを搭載しているのでより広範囲を守ることが可能。
 重力制御装置も少し安価で単純な作りのものだが一応搭載しているので移動速度も申し分ない。火星のやや弱い重力なら多少の無理も効く筈だ。
 重力制御推進の素晴らしいところは推進材を余り必要としない所だろう。装置を稼働させる電力さえ賄えればかなり自由に飛び続ける事が出来る。
 更に、火星にはニュートロンジャマーが存在していないので気兼ねなく核エンジンを搭載する事が出来る。
 核エンジン自体は火星のMAには標準装備されていたので腐るほど余っているし、もしもの時の為にNJCの設計図も渡してある。
 武装はDFアタックとピンポイントDFパンチと両手持ちの大型リニアカノン、原作でも搭載されていた有線シールドフリスビー。
 最初の二つはディストーションフィールド発生装置を搭載しているなら出来て当然として、見どころはリニアカノンとシールドフリスビーだろう。
 リニアカノン(ぶっちゃけ電磁加速なのでレールガンと変わりない)は次にボウライダーで戦う時の事を考えて、実験として徹底的な小型化を図ろうと思っていたのだが、ここにある資材、しかも大量生産できる様なありふれた材料では無理っぽいので諦め、その代わりに口径を大型化し、加速度と連射力を上げた設計にした。
 ここら辺は既に地球軍がメビウスで似たようなものを作っている上に、フリーダムなどに搭載されている物も参考にしているのでそれなりにいい感じのものが出来たと思う。
 更にシールドフリスビー、有線式ではあるが、ケーブルを切断されてもビームチェーンで即座に再接続が可能。ここにきてボルトガンダムの不思議技術が役に立つなど誰が予想できただろうか。
 シールド自体にもフィールドランサーと同様のディストーションフィールド破壊機能が内蔵されているため、余裕こいてフィールドで受けようとすると直撃してかなりいい感じのダメージが入る。
 ここまでの代物が本当にジャンクから作れるか疑問に思うかもしれないが、俺はナデシコに居る間にボスからガラクタから巨大兵器を製造する技術を聞き出した。
 おそらく、あの理論はまともな人間が聞いても『ボスボロットなら仕方ない』で済ませてしまい理解できないだろうが、機械系の技術とすこぶる相性が良い俺は、このガラクタから人型二足歩行の大型機動兵器を作り出す奇跡のような理論を完全に理解する事に成功した。
 俺はこの技術を分かり易くオーストレールコロニーの技術者にも教授したのである。
 常人である彼等は噛み砕いた説明でも半分程しか理解できなかったが、まだガラクタとも言えないような中古MAと中古重機から設計図通りにMSを組み立てる程度の事は可能だろう。
 メインの材料がMAなので外に出てSPTのジャンクを集める必要も無い上に、基本性能も此方が上、オーストレールコロニーのメインを張る機体はジャンク寄せ集めのSPTからMSへと移行していくことだろう。

「ま、これ一体で作業やら戦闘やら防衛やら、大概の事はこなせるようにしといたから、できればテストで使い潰すんじゃなくて最後まで大事に使ってやってくれ」

「当然だ。資源を無駄にできる状況ではないのだからな」

 ここも原作との明確な違い。
 俺は木星蜥蜴に対抗する為に戦闘用のMSをでっちあげてやるつもりだったのだが、面白い事にイグニスの、というか、オーストレールコロニーの希望したモノは違った。
 なんとこいつら、木星蜥蜴に対抗できる戦闘能力を備えつつ、それ以外の作業もこなせて安価に量産が可能な高性能機を作って欲しい、などと言い出したのである。
 無茶苦茶な要求だ。普通の兵器開発会社にでもこんな注文をしたら鼻で笑われるか頭がイカレた可哀想な奴とでも見られてしまうだろう。
 だが、それこそが今のこのオーストレールコロニーにとって紛れもなく必要な機体なのである。
 原作のように侵略者が無く、過酷ではあるがMSやMAの材料には事欠かない状況であれば、それこそ作業用や戦闘用といった分類が重要になってくるのだろう。
 だが、今のオーストレールコロニーは豊富な資源、という言葉からはかけ離れた状況にある。
 人も資源も限られた状況では、遺伝子に定められた仕事だけをこなしていれば良いというものでもなく、当然機械も様々な場面で使い回せるものでなければいけない。
 そんな訳で戦闘力ばかりが前面に出がちなデルタではなく、このガードシェルもどきを組み上げる事になったのだ。
 火星初のMSがガードシェルというのも地味な話だが、そこら辺は火星に二種類も侵略者がやってくるこの世界の運命を呪っておけばいいと思う。

「言うまでも無いだろうけど、このガードシェルだけで木星蜥蜴と全面戦争ができる訳じゃない。これはあくまでも戦力を整えるまでの繋ぎで、新兵器のベースになるものだと考えてくれ」

「チューリップを速攻で破壊出来る程度の戦力を整えないと、木星蜥蜴と戦うのは難しい、ですか?」

「ボソンジャンプだったか、説明も受けたし理論も理解できるが、それでも信じ難いな」

「でもチューリップから無尽蔵に機動兵器が湧き出してくる事にもこれで説明が付くだろ?」

 このガードシェルだけで攻め始めるとは思っていないが、万が一の事を考えてチューリップの仕掛けやら何やらも教えてある。
 ボソンジャンプの実験を行うにしても火星生まれの火星育ちしか居ないここなら死人も出ないだろうし、実験にはチューリップクリスタルを手に入れるところから始めないといかん。
 暫くはガードシェルのテストと量産に時間が必要だろうから、実際にボソンジャンプ実験を開始して成功させるまでにはそれなりに時間が必要になってくるだろう。

「ま、ぼちぼち完成する予定だから、期待して待っててくれ」

「ああ、よろしく頼む」

上手く話が纏まった所でナーエ口を開いた。

「そういえば、このMSの名前は決まっているのですか?」

 そういえば俺の中ではガードシェルで決まっていたが、話題にする時は『アレ』とか『あのMS』とかしか言って無いのだよな。
 設計図にも『記念すべき火星第一号MS一番乗り!』とかしか書いて無い。デルタアストレイみたいに元の企画名みたいのがあれば楽だったのだが。

「イグニス、パス」

 特に思いつかないしイグニスにパス。実質的なリーダーが決めたなら他からも文句は来ないだろう。
 ネーミングにケチ付けられるほど精神的な余裕があるかは知らないけどな。

「お、オレか。そうだな……」

 突然のキラーパスに一瞬戸惑うも、直ぐに真剣に考え始めるイグニスと、それをニコニコと微笑みながら見守るナーエ。美鳥はにやにやと成り行きを見守っている。

「リベレーター。こいつの名前は、リベレーターだ」

「リベレーター、解放者ですか。良い名前じゃないですか?」

 ナーエが微笑みを浮かべてMS『リベレーター(仮)』を見上げる。
 奪われた火星の地上を取り戻し、この不便な地下から解放する。そんな思いが詰まったネーミング。
 リベルタスなら玉無し短命と酷く縁起の悪い名前になったが、イグニスが素直なネーミングセンスの持ち主で助かった。
 あー、リベルタスとか言ってたらなんか、久々にガイバー読みたくなってきた。この世界ガイバーが無い。当然だけどゼオライマーも描いてないし。
 ガイバーが連載されていない代わりに高屋さんラブコメが連載されている。
 主人公はガイバーと同じく晶だけど、別に変身もしない平和なお話。しかしこれが中々王道で面白い。
 現在二十七巻まで刊行されていて、最近は主人公をライバル視していた転校生のアプトムが男装美少女だった事が明らかになるなどのイベントが目白押し。どうでもいいか。

「まぁ、かっこよく『リベレーターだ(キリッ)』とかやってもその名前が通るかは謎だがなー。他の偉い人の意見も聞かなきゃならんのだろ?」

「きさま……!」

「落ち着いてくださいイグニス、相手は客ですよ?」

「お、また我慢できねぇか? んん? 堪え症の無いやつだなぁおい、ほぉらほらぁ、少しは我慢してみたらぁ?」

 グギギとでも言いだしそうなイグニスとそれを宥めるナーエ、更に追加で挑発する美鳥を横目に考える。
 これでこの地下に潜った連中が生き残る可能性は増えた。今の今まで生き残ってこれたのなら、どこからどこまでが無茶でどこからどこまでがやれる事か位は分かるだろう。
 もうしばらくして余裕が出来たら、改めて光圧推進システムの開発に関する話を持ってくるのもいいかもしれない。あれはあれで加速力に優れる素晴らしい機能だ。
 何はともあれ、今はこいつを仕上げる事だけ考えよう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

 あれから更に数日かけて火星第一号モビルスーツ(結局俺達がコロニーを発つまでに名前は決まらなかった)を完成させた。
 現段階の試作機では飛行やGの軽減程度にしか使えないが、もう半年も駆ければグラビティブラストも試作を完成させる事が出来るだろう。
 とはいえあの地下施設の機械は古い、無理矢理人型を保たせるよりは、バレリオンの様な砲撃戦特化の特異な形に仕上げるのが妥当な線。
 更に半年、木星蜥蜴が木連として認識され地球との和平に乗り出す頃、つまりエンディングの少し後の頃には木連とまともに戦争が出来る程度の戦力が整っている筈だ。
 その時点で木連側が和平を求めてきた時、あそこの住人がどう反応するか、実に興味深い問題だ。
 無駄な争いは避けるべきだと言ってはいるが、火星の住人、それこそあのオーストレールコロニーの連中からしてみればとてつもなく勝手な話になる。
 勝手に戦争を仕掛けてきた上に勝手に戦争を御終いにしませんか、などと言い出すのだ。しかも実際に戦場に出た軍人や、逃げ遅れた子供など、死人は数えきれない程出ている。
 そこで感情的にならずに対等な和平の道を探せれば奇特だが素晴らしい判断だと思う、会場総立ち拍手喝采。殺された連中の恨みを背負って戦ってもそれはそれでドラマチックで素晴らしい。
 惜しむらくは、俺達がエンディングの途中で帰る感じの設定になっている為、その面白そうな状況を見れない事か。

 ついでに、まだあの地下で粘るつもりらしい連中の為に、生活環境を改善するのに一役買った。
 テラフォーミング用のナノマシンを改良したり、地上の土に含まれるナノマシンも取り込んで掛け合せてみたりして、更に高度な農業用ナノマシンを開発してやったのだ。
 実はこのナノマシン、超々簡易型の次元連結システムを搭載しており、連中に提供した技術の中では一番高度な物だったりする。
 異次元とこの次元を連結させるのでは無く、火星という限定された範囲内で作物を育てるのに最適な土壌をオートで検索し、不自然にならないレベルで周囲の土を入れ替える。
 更には、近くに使用されていない家畜の糞や塵、生ゴミ等を粉々に分解した状態で自らの元に呼び込み周囲の土と攪拌。
 これらの不自然で無い、ばれないレベルという判断も簡易型の自己推論AIにより完全制御。農業の素人が痩せた土地で農業を始めても、このナノマシンさえ使えば簡単に栄養満点で美味しい野菜を作ることが出来る。
 更にUG細胞の自己増殖機能を搭載、カプセル一つ分のナノマシンで、東京ドーム一つ分の農地を賄える優れもの。増殖したナノマシンは株分けも可能だからとても経済的。
 増殖しすぎる事を不安に思う人の為に、自己増殖の回数には制限を付け、古いナノマシンは順次寿命で朽ち果て田畑の肥しになる自然に寄り添うエコ使用。
 色々と説明が面倒臭くなってしまったので、あそこの連中には新型テラフォーミング用ナノマシンの試作品と言い訳してある。
 ともあれ、最終的には人が手を貸すのは雑草の処理と収穫だけ、完全自農ナノマシンの一つの完成系とも言える、この世界でやってきた事の総決算と言ってもいい出来栄えの作品だ。
 素晴らしい、ワンダフル、スプレンディッド!
 もしもオーストレールコロニーの連中が無事に地上に復帰する日が来たのであれば、その日は火星農業界における一つの節目となるだろう。

「あれこそがDGガンダムに冥王のパワァを纏った火星の伊達ワ──新世代ナノマシン」

「ごめん、日本語でお願い」

「そりゃ無理だな、なにしろ、ガイアが俺にもっと輝けと囁いているのだから」

「素で言うけどお兄さん伊達ワルとかあまりにも似あわないよね」

「その心は?」

「殺人だの触手凌辱捕食だの洗脳だのする人は、伊達ワルじゃなくて極ワル」

「極悪じゃない辺りが救いか……」

 こんな間抜けな会話を何処でしているのか。
 オーストレールコロニーではない。そこは数日前に発ったばかりだし、与えられた自室は監視カメラや盗聴器の類が多量に設置されていたのでこんな迂闊な話が出来るわけがない。
 ならば地球かといえば当然違う。今戻っても特にするべき事が無いし、火星に来た最大の目的を果たしていないのに帰ろうなどと思える筈も無い。
 ではここは何処か、ナノマシン煌めく火星の空は遠く、ここに太陽の光は届かない。
 周囲を見渡す、ぐるりと三百六十度全方位、存在感抜群の機械の壁。
時折壁より突き出ているのはディストーションフィールド発生装置か。相転移砲を防げる所から見て上位互換でらる可能性は高い。
 そう、ここは火星極冠遺跡中枢へ続く縦穴の途中、俺と美鳥の乗ったアストレイはこの無駄に長いすり鉢状の穴をゆっくりと降下している途中なのである。
今さっき十二枚目のディストーションフィールドを突破したから、うん、見えてきた。
 一キロほど下にある遺跡中枢、演算ユニット。

「取り込むのはこの遺跡だけでいいんだよね」

「ああ、現状で他の場所に行けるか微妙だし、跳んだ先の文明が全員全能クラスのチートパワーの持ち主だったりするといやだしな」

 火星の遺跡、というか跳躍装置はこの銀河の至る所に同じような物が存在しており、この火星の遺跡からもやり様によってはそれらの跳躍装置の場所にボソンジャンプする事が可能らしい。
 太陽系の外からやってきた古代火星文明と呼ばれる連中はまず木星に遺跡を造り、そこを中継して火星にやって来たのだとか。
 が、火星に移住したのかと言えばそうではなく、この火星も中継点で目指す場所は更に遠い星なのだそうだ。
 この辺の詳しい設定はあまり存在しないらしいのだが、木星の遺跡も火星の遺跡も間違いなくオーバーテクノロジーになるのは分かっていた筈なのに完全放置とか、かなり大雑把な連中だったのだろう。
 むしろこれは大雑把というよりも気風がいいと言うべきか、『自分達の持つテクノロジーは現地の文明に渡すには影響が大き過ぎる(キリッ』みたいな事を言い出す連中に少し見習わせてやりたいものだ。

「はい到着ぅ」

 美鳥の声と共に着地、目の前には縄の塊を四角い型に押し込んだような形状の演算装置。
 時折遺跡の壁と共に光り輝いているのは木連のチューリップが絶え間なく無人兵器を送り込んでいるからか。
 アストレイのコックピットハッチを開き飛び降り演算装置の上に着地。
 ずる、という音と共に爪先から身体を演算ユニットに融合させ、演算ユニットから更に遺跡全体に向けて根を張る様に融合を開始する。
 深さ10キロメートル近い巨大遺跡、しかも時間移動を計算する事の可能な超高性能コンピューター。完全に融合が終了するまでに何時間掛かるだろうか。
 腰まで演算装置に融合した辺りでアストレイのコックピットの中の美鳥に向かって振り向く。

「良いか美鳥、敵が来たら──」

「問答無用で口封じ、だね」

「いい子だ、飴ちゃんをやろう」

 飴玉を一つ美鳥に投げ渡し、今度こそ頭まで演算装置に融合した。

―――――――――――――――――――

 演算装置との融合を開始したお兄さんを見送り、掌を広げ投げ渡されたモノを確認する。
 紐のついた歪な三角形、表面はザラザラとしていて、合成着色料でわざとらしく色づけられている。

「駄菓子屋かよ」

 文句を言いつつにやけてしまう。
 お兄さんがジャンクフードを好む様に、あたしもまたこういった合成着色料などの科学的な材料で作られた食べ物を好む傾向がある。
 お兄さんは普段から自然食ばかりで滅多に食えないから好物になったらしいけど、あたしは少し事情が違う。
 お兄さんのジャンクフード好きが精神的な物が原因であるのに対して、あたしは体質的にこういう食べ物とすこぶる相性が良い。
 作り物の身体は作り物の食べ物を好む、お兄さんが科学系の能力と相性が良いのと大体理屈としては同じだと思う。
 実際何を食べた所で栄養として取り込む訳でもないので関係無いのだけど、食べたあとの満足感の様なものがまるで違う。
 まぁ、どんなものでも元を正せば地球から生まれた天然自然のものなのだけれど、製造工程に明らかに身体に悪そうな科学的な加工が施されていれば、それだけで一味違うように感じられるのだ。
 とはいえ、科学的なものなら何でもいい訳でもない。
 味覚は基本的に人間のものと変わらないので、サッカリンをザラザラ流し込んだり青色一号をペロペロ舐めて満足できる訳でもない。
 そんな複雑怪奇な味と材料の妥協点として、適当な位置に存在するのが駄菓子という訳である。閑話休題。

「さて、さて」

 掌を握り直し一度取り込み記憶し、改めて複製を作り出し口の中に放り込み、口の中でコロコロ、カリカリと飴玉を転がしながら身体から数冊の本とノートパソコンを作り出す。
 小説が八冊、ノートパソコンには二クールアニメが二種類にエロゲ数種類。
それらを抱えたまま、警戒の為にさっきまでお兄さんの座っていたシートに、シートに──

「すんすんすん、くんかくんか、すぅぅぅ」

 一瞬意識が途切れ、気が付いたらお兄さんの座っていたシートに顔を埋めていた。
 口の中の飴玉はすでに消え失せている。たぶん臭いを嗅ぐのに邪魔だからさっさと飲み込んでしまったんだろう。

「…………はぁぁぁぁぁ♪」

 やや蒸れ気味のシートから、お兄さんの股間から臀部にかけての匂いを肺一杯に吸い込み、思わず恍惚の溜息を漏らす。
 何日も座りっぱなしだったせいか、あたしの超嗅覚がかなり濃ゆいお兄さんの匂いを検出してしまったらしい。
 まいった、これじゃあ興奮して読書もエロゲも集中できないじゃないか。
 仕方ない、とりあえずお兄さんの臭いが消えるまで、ちょっとだけ臭いを嗅いでお兄さん分を貯めておこう。
 改めてシートに染みついた臭い、臭いを──

「やっぱり味も見ておくべきじゃね?」

 誰にともなく宣言し、あたしは高鳴る動悸に背を押されるようにして、お兄さんの座っていたシートに舌を伸ばした。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

 そして、半日程が経過し、ようやくシートからお兄さんの味や臭いが消えうせた。
 消えうせたというか、くんかくんかしたりぺろぺろしてるうちに、あたしの臭いが上書きされてしまったというか、変態過ぎて大変面目ないというか、どうせなら臭いの染みついたシートを取り込んでおけば後々複製して楽しめたんじゃないかとか、そんな事を朦朧とした頭で考える。

「はっ、はっ、はっ──うっ、…………ふぅ」

 ともあれ、ようやく落ち着いた。後処理をしないと怒られる。
 涎で水溜りが出来てしまっているお兄さんのシートを、素早く作り出したタオルで拭き更にファブリーズを噴きかけて脱臭。
 足元に溜まっている別の液体もささっとタオルで一拭きしてコックピット内部は洗浄完了。
 人間に擬態したままだったせいで、激しい運動によって汗が噴きだし、服がぐしょぐしょで気持ち悪い。
 あたしはコックピットから乗り出し、遺跡内部の空気に身を晒す。

「おおぉ、これは」

 不思議な感覚。
 この火星の極冠遺跡最深部、地下十キロという深さに存在している為か、少しばかり大がかりな空調で空気を対流させているらしい。
 お陰でこんな日の光も届かない様な地下でありながら、新鮮な空気がさわやかに吹き抜けている。
 湿った上着の前を肌蹴ると、ぐしょぐしょに濡れた下着を風が優しく撫でた。

「すーすーして気持ちいい……!」

 そして一糸纏わぬあたしの下半身が、拭きぬける風による未知の刺激により驚くべき清涼感を感じている。
 驚くべき開放感。驚くべき爽快感。圧倒的ゾクゾク美!
 あたしは足首に引っかかっていたパンツを脚の動き一つで放り投げ、天に向け両手を広げる。

「ハレェェェルゥゥゥヤァァァァァァァァ!」

 未知の感情に、何時の間にかあたしは喉が裂けんばかりに叫んでいた。
 これが、人間──!
 嗚呼、なぜあたしは今の今までパンツを穿いていたのだろうか。パンツを脱ぐだけで、こんなにも心は自由になれるというのに。
 そう、思い返せばブラスレイター世界に自力で生まれ落ちた時、既にあたしはパンツを装着していた。
 そもそも人間の姿を模倣するというのなら、人間の存在を模倣するというのなら、それは盛大な間違いだったんだ。
 人間は誰しも、生まれてきた時はノーパンだった。お兄さんもそうだし、あの強壮なるお姉さんだってそう、みんなみんな、最初はノーパンで人生を始めている。
 そんな単純な世界の真実を、当時のあたしは理解していなかった。
 その為に、お兄さんの布団の中に潜っているという好条件でありながらパジャマ姿などという邪道を認めてしまった。

 ここまで考えて、気付いてしまった。
 その邪魔なパンツも言わばあたしの一部、つまり分身も同然。
 あたしは、パンツと人間に対する認識が浅かったが為に、生まれながらにして存在意義の無いあたしを産み出してしまったんだ。
 驚愕、愕然。
 戦慄、慄然。
 その感情のままに、あたしは声を荒げる。

「神様とやら、あんたは残酷だぞ!」

 天を振り仰いだ姿勢のまま、がっくりと膝を落とす。

「パンツはお腹が冷えるのを防いでくれて、見えないワンポイントのオシャレにもなる!」

 天に向けられていた両の拳を地面──展開したコックピットに叩きつける。

「だがその結果、お腹を壊す事は無くなり、オシャレに気を使う余りパンツを脱ぐのを躊躇う事が多くなり、多くのパンツ否定派が絶望する!」

 叩きつけていた手を、再び天に掲げる。
 その手には、先に蹴り飛ばした筈のパンツが握られていた。
 全体的に湿り気を帯び、一部はぐっしょりと濡れそぼっている。
 パンツが泣いているのか、自らの宿命を嘆いて。

「そいつがあんたの思し召しか。パンツはいったい、パンツは何の為にあるんだ!!」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

 半日ほど掛けてパンツの宿命に涙を流し、泣き疲れて眠りこけ、一日半ほど経ってから起床。
 ここからは太陽は拝めないけど、体内時計によれば今は太陽系標準時間で朝。
時間が経ったせいか、涙と何かの汁の後で顔も股も握りしめたパンツもかぴかぴになっている。
 パンツをプラズマ発生装置で燃やし証拠隠滅、アストレイから飛び降り、シャワー室と貯水槽を異次元から召喚して身体を洗ってさっぱりリフレッシュ。
シンプルなシャツとズボンに着替え、テーブルとイス、そして簡単な朝食を作り出す。
 ささっとトーストを焼き、ピーナッツバターを塗りたくって齧る齧る齧る齧る。
 口の中いっぱいに詰め込まれたトーストをもっしゅもっしゅと咀嚼し、ホットミルクで流し込む。
一息。
 うっすらと輝く演算ユニットに向けマグカップを優雅に掲げ、一言。

「パンツの運命とか、マジでどうでもいいわ……」

 初めての露出の快感で一時的に頭がどうにかしてしまったんだと思うよ、うん。
そんな訳であれは黒歴史認定、以下何事も無かったかのように作業続行。

「それっ」

 触手を勢いよく伸ばし、コパイシートに置きっ放しの本とノートパソコンを掴み上げテーブルの上に引き寄せる。
 小説九冊の内訳は、上下巻が二セットと、三巻完結一セット、三巻完結の外伝が一冊。
 上下巻二セットは同じ世界で、作中で事件が起きる時期は一九九六年の年末と一九九七年の六月。
 三巻完結は正確な年代は不明だが短い期間で終わって、外伝は本編開始二年ほど前。これは更にパソコンの中に続編がインストールされている。
 更に三巻完結の作品とは表向き関係無い事になっているエロゲが一本。
 二クールアニメは長くなるから後回しでいいとして、先に小説とエロゲを片付けよう。

「ふむむ」

ず、とホットミルクを啜り、とりあえず小説を片手でパラパラとめくり読み、内容を把握する。
 この八冊とノートパソコンはお姉さんがあたしにこっそりと託していたモノで、このスパロボ世界での技術収集が終わりに近づいた時に取り出しが可能になるという仕掛けになっていた。
 スパロボ世界でお兄さんがどれほど強くなったかを考えて、これらの作品のどれが次のトリップ先として適切か考えておいてと言われている。
 お姉さんも一応考えてはみるらしいけど、お兄さんと殆ど同じ能力で、なおかつお姉さんの経験を極々一部とは言え引き継いでいるあたしの意見はかなり参考になるらしい。
 まぁ、お姉さんはそこら辺の力の感覚が大き過ぎてイカレ気味なのでそこら辺正常なあたしにアドバイスを求めるのは間違っちゃいないと思う。
 思うのだけど……。

「これは、ちょっと過保護過ぎねぇ?」

 上下巻二セットは難易度が低く、お兄さんを殺しきれる存在がほぼ存在しない。
 三巻完結の小説は結構苦戦しそうな難易度だけど、最後の方に挟まっていた栞には『こっちに行くならお姉ちゃんも保護者として同行』とかサインペンで書かれていた。

「どっちにしてもヌルゲじゃん……」

 呆れる。
 修行トリップには同伴しないんじゃなかったのかよ。これならお姉さんの持ち物から適当なアイテムでも取り込ませる方が手っ取り早いって話になってしまう。
 少し冷めたホットミルクを飲み干しマグカップをばりばりと噛み砕き飲み込む。
 ノートパソコンを開き電源を入れ起動、エロゲとアニメのデータ、それを動かすのに必要な最低限のソフトしかインストールされていないおかげで無駄に立ち上がりが早い。
 インストールされているゲームは二種、片方は三巻セットの続編だから難易度も似た様なものとして、もう片方は──

「ん、今のところはこれが一番丁度いい、かな?」

 これはお兄さんが前プレイしていたのを後ろから見ていたので大体のあらすじは分かる。
 科学系の能力はかなり手に入ったし、次は一旦不思議能力とか不思議存在を取り込むのが賢いと思うし、敵を選べば苦戦もするけど死にはしない適度な難易度。
 ただ、この作品世界に行くと、ちょっとした問題が発生してしまう。
 逆に言えばその問題を無視出来れば、これ以上無いほど次のトリップ先として相応しい世界ではある。
 相応しい世界ではあるんだけど……

「キャラ被りとか、マジで勘弁して欲しいなぁ……」

 これまでに見てきた、ブラスレイター世界とスパロボJ世界の二次元キャラの三次元化後の姿。
 そのパターンを考えると、この作品のとあるキャラは、なんというか、あたしの、ねぇ?
 遺跡の壁を見上げる。まだまだ遺跡全体との融合には時間がかかるようだし、考える時間だけは腐るほどあるしまずは自力で全編通してプレイしてみるべきだよね。
 それに万が一あたしがこれを選んでも、お姉さんが何か反論を入れて他の作品に変更してくれるかもしれない。
 本家本元の姿を突き付けられた中国某遊園地のパチモノマスコットの気分を味わいながら、あたしはぺしぺしとエンターキーを叩きテキストを読み進めた。




続く

―――――――――――――――――――

人は何故パンツを穿いて生活するのか、そんな事を考える夏の一コマ。
技術説明やらなにやらばっかでだんだんダレてきた第二十七話でした。

オーストレールコロニーの現在の状況とか、まるきりオリ設定です。
何だかんだで今のところどうにか維持してるけど、下手をすればその内ソイレントグリーンとかミートキューブが作り出されていたかもしれない程度には切羽詰まって居た感じで。

暑くて頭が上手く働かないので自問自答コーナーはお休みです。不明瞭な点に関しては感想板にでも書き込んで頂ければ。

次回で盛り上がりに欠ける外伝も最終回。
その後に日常編とセットになった一話完結強制トリップ話を挟んだ後で第三部開始になります。お楽しみに。

ではでは、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想などなど、心よりお待ちしております。



[14434] 第二十八話「補正とお土産」
Name: ここち◆92520f4f ID:19d255aa
Date: 2011/02/04 20:44
気が付くとあたしは、上半身はパジャマ、下半身は半脱ぎのパジャマとパンツだけ、という状態で天蓋付きの豪華なベッドにうつ伏せで寝転ばされていた。

「え、あれ、何これ」

この状況が何なのか分からない。
とりあえずその場から逃れようと身を起こそうとするも、あたしの手首は安っぽい金属の光沢を放つ手錠でベッドに固定されていて起きあがる事も出来ない。
でもこんなものは手首から高周波ブレードを出──せない。
なら怪力で引きちぎ──る事も出来ない。
身体能力も総じて人間の少女並みに抑えられている。
じたばたと無様にもがき、ようやく膝立ちの状態にまで行ったところで、背中に誰かが覆いかぶさり──

「ひぁ」

耳を軽く噛まれた。
ぞくぞくっと背筋が震え力が抜け、くて、と横倒しに倒れてしまった。
倒れた後もこりこりと耳を甘噛みされ続け、背中に覆いかぶさるやつの吐息が顔にかかる。
あたしはせめて睨みつけるだけでもしてやろうと身をよじり、そいつの顔を確認した所で呆けてしまった。

「え、お、お兄さん?」

お兄さんはニヤ、と口を歪めるだけで何も答えない。
ニヤニヤ笑ったままベッドとあたしの身体の隙間に手を差し込み、お兄さんはパジャマの上から身体をまさぐり始めた。
服の上から臍に指を差し込まれ、グッ、と押され、グリグリとかき回される。
腹の中、臓をくすぐられるような、痛いような気持ち良いような微妙な感触。

「う、くひ」

変な声が漏れてしまった。
エロゲやAVで勉強してエロい喘ぎ方の練習をしたのに全く練習の成果が出せていな、いやそうじゃなくて。

「ちょま、お兄さ、まっていや、嬉しいけど、もう少しあむ!?」

口を塞がれた、口で。
片手は身体をまさぐり続け、もう片方の手で顎をがっしりと掴まれ引き寄せられ、強引に唇を合わせ、いや、貪られる。
唇を食い千切られるのかと思うほど何度も噛み締められ、舌で力任せに閉じた歯と歯を開けられ、舌を引きずり出されてしゃぶられる。
激しくて、とてもじゃ無いが息なんて出来ない。それぐらい、完膚なきまでに口を支配されている。
口内を蹂躙されている。お兄さんの口に、舌に、侵略され征服されている。
呼吸が出来ない、酸欠で意識が朦朧として、このまま死んでしまいそう。
でも、これ、生命の安全なんて無視されるほどに、強烈に求められているって事になるのかな。
あたしが、お兄さんに、求められてる?

「──っ!」

そう考えた瞬間、あたしは呆気なく上り詰めてしまった。
頭の中のまだ冷静だった部分の思考が弾け飛んで、真っ白い熱い何かで埋め尽くされる。
下腹部の、人間の擬態で、偽物の筈の赤ちゃんを作る部屋がグリグリと蠢き、口を開き下に降りてくる感覚。
あたしの下半分がお兄さんを求めて、餌を欲しがる子犬のようにきゅうきゅうと切なげな鳴き声を上げる。
じわ、と、パンツに下の涎が滲んだ。

「美鳥」

口を開放され、眼を見つめられたまま名前を囁かれると同時に、臍を弄っていたお兄さんの指が、パンツの上まで降りてくる。
パンツを降ろされる。
そう考え、少しだけ身を強張らせるが、指は呆気なくパンツの上を滑り、秘密の部分を避け、そのままお尻の肉の間に添えられる。
お尻の谷間をパンツの上から撫ぜられるもどかしい感触。

「お、おにいさ、もっと、つ、え、ぇぇえ?」

おねだりを口にしかけ、しかし驚きのあまり中断してしまう。
パンツ越しに、窄まりに指を当てられ、

「ひ」

一気に押し込まれた。
布越しの指が窄まりをこじ開け侵入し、中の壁をずりずりと擦り刺激する。
少しだけ無理矢理な侵入、血が出たかもしれない。
指を、お兄さんの指を入れられて無遠慮に掻き回され、血が、おなかが、布の感触が、ごりごりって。
お腹と胸が焼ける様に熱い。こんなに、こんなに求められた事は無かった。
こんな、本当に、お兄さんの方から、玩具みたいに使われて。
あたし、あたしは、ようやく──

「パンツが無かったら、こんな事は出来ないよな?」

「ふぇ?」

ぺろりと頬を舐められた。いつの間にか涙を流していたらしい。
あたしはお兄さんの舌の動きに合わせる様に顔を動かす。

「ほぁ」

舌の感触に夢中になっていると、唐突に指を抜かれた。
でも中にはまで異物感、指で押しこまれた布が中に入りっぱなし。
両手が使えないなりにどうにか中から出そうと尻をくねらせてみるけど、逆に中でもぞもぞと擦れてしまう。

「パンツがあれば、こんな事もできるぞ」

意地の悪い笑みを浮かべたお兄さんが、もう片方の手を股の付け根に伸ばす。
後ろの方に押し込まれた布の分だけぴっちりと張り付いたパンツが、布の上からくっきりと筋を浮かび上がらせる。
じっとりと濡れた布地のお陰で、しっかりと透けて見えている、と思う。
そんな場所を、お兄さんの掌がやんわりと包み込み、ゆっくりと揉みしだく。
両側の肉を擦り合わせる様に揉まれ、中指が時折割れ目にパンツの布を押し込む。

「やぁ……」

にち、にち、という音が、酷く耳にくっきりと聞こえてくるような気がして、今更ながらに恥ずかしさに身を縮こませて顔を赤くし、形だけの抵抗をしてみせる。
当然形だけだ。本音を言えばもう少し焦らしてほしいような、それでいて即座に突っ込んで欲しいような、泣いて抵抗しても絶対にやめて欲しくないような、そんな複雑でシンプルな気持ちでいっぱいいっぱいになっている。
そんなあたしの内心の葛藤を見越してか、しばらくしてお兄さんはパンツの上からの行為をやめ、やや乱暴にパンツを引きずり下ろした。
いつの間にかズボンも完全に脱がされていたため、あっさりと足を抜けてパンツを剥ぎ取られる。

「むぐっ」

剥ぎ取られたパンツを、口の中に押し込まれた。
色々な汁の味がしみ込んだパンツをねじ込まれ、抗議の言葉も形に出来ない。

「いっぱい声出していいぞ、パンツのお陰で聞こえないからな」

お兄さんがそう言うと同時、剥き出しになったあたしに、熱くて硬いモノが当てがわれ──

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ちゅんちゅんという、小鳥の鳴き声が聞こえる。

「んぁ?」

目の前にはお兄さんの意地の悪い笑みは無く、口にパンツを突っ込まれておらず、パジャマは多少乱れているが脱がされた形跡は無い。
当然のようにベッドに手錠で固定なんてされてもいない。
試しに人差し指を簡単な刃物に作り替える。変形できないなんて事も無い。

「む……」

目を数回瞬かせ、周囲の光景を確認。
全てが上下逆さまになった遺跡最深部、爽やかさを演出する為なのかやたら音質の良い鳥の鳴き声が録音された目覚まし時計が転がっており、頭の上には読みかけの少女漫画。
身を起こす。

「……」

ベッド代わりに作り出したソファの上から、九割九分お兄さんとの融合が完了した遺跡を眺める。
少し記憶を遡ろう。
確かお姉さんから託された次回トリップ先の候補作品を全部観終って、それでもお兄さんの融合が終わらなくて、仕方無いからナデシコからくすねてきた少女マンガを読んでいた。
で、なんか成人指定にされるべきエロ描写がある漫画を見つけて、それが偶然兄妹モノで、
色々我慢できなくなった兄に妹が押し倒されてやや無理矢理だけど嫌じゃ無い的な内容で、
ん、グッドエロスって感じでセルフバーニングしちゃって、エレクトしまくった挙句にそのまま意識を失ってつまり──
思考を終えきっかり一分後、あたしは頭を抱えてその場に蹲る。

「夢オチかよ……」

ぐしょぐしょのパンツの嫌な感触と合わせ、あたしのテンションは地の底より尚深く落ち込んでいった。

―――――――――――――――――――

遺跡の機能を完全に取り込み最適化も終え、演算装置から改めて元の肉体を復元した俺が最初に見た光景は、苦虫を噛み潰したような表情で黙々とパンツを洗う美鳥の姿だった。
汚れものが出ても一度身体に取り込んで再構成してしまえばいいので洗濯は基本的に必要無いのだが、何故か盥と洗濯板でじゃぶじゃぶと手洗いでパンツを洗っている。

「なにしてんだお前」

「あ、お兄さん。いや、賢者タイムで自己嫌悪っつうか、変態的な嗜好を秘めた自分への戒めっつうか……」

何時になく歯切れが悪い。何かアクシデントでもあったのだろうか。

「具体的には?」

「ごめん、お願いだから追及しないで……」

ああでももう少し目が覚めるのが遅けりゃ、とか、直ぐに寝なおしてれば続きが、とか、そんなつぶやきが聞こえる。
ガックリと項垂れる美鳥の落ち込み様も呟きの内容も気にはなるが、これは多分追及されると更に落ち込む類の話だろうし、スルーしてやるのが優しさか。
雰囲気を明るくするためにもさっさと話題を変えよう。

「俺が融合している間、何も来なかったのか?」

陰鬱な表情でパンツの手洗いを続ける美鳥は手を止めずに首を横に振った。

「虫一匹こなかったよー。つか、現時点で遺跡に侵入できるようなのは存在しないし、誰も来ないのは当然の話なんだよね」

「そりゃそうか」

当たり前のように遺跡に侵入しているから分かり難いかもしれないが、この極冠遺跡は通常の手段で立ち入ろうと思ったらとても手間がかかる。
特殊な防御フィールドで殆どの攻撃をノーダメージで切り抜けるから盗掘用の穴を掘るなんて論外。
真正面から入ろうにも強力なディストーションフィールドが何枚も邪魔をしているので、短距離ボソンジャンプで跳び越えるか、フィールドランサーやゲキガンパンチのような物でフィールドを打ち消して侵入するしか手段がない。
そして、現時点では木連側もゲキガンタイプを投入していないので単騎でのボソンジャンプは不可能、地球側は一応フィールドランサーが完成しているがこの時期は火星に乗り込む程の余力が無いので心配するだけ無駄。
唯一可能性がありそうなところで言えばオーストレールコロニーの連中だが、あいつらのコロニーからこの極冠遺跡まではそれなりに距離がある。
更に言えばこの極冠遺跡は周辺にそれなりの量のチューリップが存在している。
俺達のように木連の戦力とガチでやりあえるか、さもなければECSのように敵をガン無視できる能力がなければ、戦力の整わない内は近づこうという考えさえ起こらないだろう。

「あそうだ、取り込んだ遺跡の能力はどんな感じ? やっぱタイムマシンの演算装置取り込んだんだし、滅茶苦茶思考速度が速くなったとかあんの?」

「そういう都合良いパワーアップは一切無い。でもどんな世界に行っても時間旅行が可能になったんだから充分だろ。未来視とかはサイトロンで補えるしな」

遺跡には他にも古代火星文明人の住居だの機動兵器の生産プラントだのが存在していたのだが、有効利用できそうなのはボソンジャンプの演算機能だけ。
いや、どちらかと言えば『遺跡には時間と空間の区別が無い』『切り離されても正常に機能する』という二つの能力こそが今回の目玉というかなんというか。
まぁそれはまた別の話、保険のようなものなので説明は省こう。

「そうそう、原作ではこの遺跡の演算ユニットが破壊されると過去現在未来全てのボソンジャンプが全てチャラになる、とかそんな仮説があったが、別に壊されてもそんな事にはならない」

ボソンジャンプの演算装置が破壊された時点で全ての時間のボソンジャンプが無効になる、というのなら、そもそもボソンジャンプという現象自体起こりようがない。
この演算装置自体の強度はそれなりだが、ブラックホールに叩きこめば破壊される程度の強度でしか無いし、物質である以上何時かは必ず壊れる。
広がり切り全ての熱量が消えて完全に静止した宇宙でも当然稼働しないから壊れたモノと見なしてもいいだろう。
『何時かは必ず壊れる存在』が『壊れた瞬間に過去のボソンジャンプまで無かった事にする』のなら、『現時点でボソンジャンプが起きている』という事実に矛盾が生じてしまうのである。
まぁ、そうでなくとも宇宙のあちこちに同じタイプの遺跡が散らばっている時点で、この火星の演算装置が壊れた程度でボソンジャンプができなくなる訳が無いのであるが。

「ふ、上等じゃないか。あたしも一つ言っておく事がある。ゲーム版ナデシコで主人公が途中から女になるような気がしていたが、別にそんな事はなかったぜ……」

「そうか」

何処か哀愁を漂わせた美鳥にただただ頷く。
仕方ない、そこら辺は色々あるのだ。監督と会社のトラブルとか、人気とか。
そもそも最初から短い放送期間で纏まるように構成しておけばよかったのにとか、企画倒れになるなら企画するなとか言ってはいけない。
身近なところで言えば、絶対に続く必要無い糞スレに最初から【パート1】とか付けられているとか、コンテンツが九割方建設予定のホームページとかも似ているが、金が掛かっている分シビアになっているのだから同列で扱ってはいけないのである。

「まぁまぁそれは置いといて」

盥の中の洗剤混じりの水を捨てパンツを水ですすぎ始めた美鳥が更に話題を切り替える。
多少は精神的に持ち直したのだろうか、その口調は先ほどよりは少しだけ明るくなったような気がする。

「これで火星でやる事は無くなった訳だけど、次はどこに何を探しに行くの?」

「あぁー……」

俺はこの世界に来る前に、本編中には登場しないけど登場作品的にはありそうな技術を調べておいたのだが、この世界観だともう地球以外には明確にこれといった標的が存在しないのだ。
木星の遺跡は極冠遺跡の下位互換だし、グラドスの本星にもこれといって必要な技術も無い。ボアザンも特に技術的に優れた部分は見当たらない。
少し離れた外宇宙にはラダムの本隊が存在している筈だけど、これもブレードⅡの描写を見る限りでは取り込む必要性が感じられない。

「地球に戻るのが一番真っ当な道なんだろうが、気が進まん」

「この時間のあたし達とブッキングする可能性は控えたいしねぇ。火星の土で焼き物の練習でもする?」

「オーストレールコロニー滞在中に散々作ったからなぁ。もう姉さんの土産に相応しい傑作も出来上がってるし、今更焼き物ってのも……」

姉さんには既に姉弟妹茶碗と、陶器製の7分の1姉さんフィギュアを用意してある。
正直言ってこの二つはかなりの自新作で、もう一、二年ほどみっちり修業して画期的な新技術でも導入しないことにはこれを超える作品を作れる自信は無い。

「特にこの姉さんフィギュアはスカートの中身の作り込みに特に力が入れてあってだな」

「茶碗超スルーでいきなりフィギュアを持ち上げてスカートの中身を覗きこみ始めるとか人としてどうだよ」

言いつつ二人で見習い魔女服風トリップ作業着姿の姉さんフィギュアを下から覗きこむ。
薄暗い遺跡の奥底でフィギュアのスカートの中身を見上げると陰で良く見えないと思われるだろうが、この陶器製姉さんフィギュアはそこら辺一味違う。
火星のテラフォーミング用ナノマシンを配合しているお陰で特定のパターンの電力を流す事により自律発光を始める為、陰になり易いスカートの中身だってくっきり観察する事が可能なのである。
舐めるようにじっくりと観察していた美鳥がポツリと呟く。

「ちょっとめり込み過ぎじゃね? リアルじゃここまで筋見えねぇしさぁ」

「ほんの少しのデフォルメは必要だろう。ついでにこのフィギュアには素敵な隠し機能があるのだ」

「どんな?」

「炊飯器に入れて米を炊くと何時もよりふんわり炊けて、腕や脚部分を口に含んでもごもごペロペロしていると口臭が取れる」

この機能を付ける為にナノマシンの機能自体を少し弄ったのだが、まぁ些細な問題だろう。
俺の返答に、すすぎの終わって乾かすだけのパンツを片手に握りしめた美鳥がこめかみをひくひく引き攣らせながら俺に問いかけてきた。

「これ、お姉さん用のお土産だよね」

「一応茶碗と同じく俺と美鳥の分もあるが」

旅の思い出として持ち帰れば、このフィギュアを眺めたり炊飯器に入れたり口に含んだりする度にオーストレールコロニーでのウルルン滞在記ばりの生活を思い出せる事だろう。
できあいの既製品が悪いとは思わないが、自分の力で作るお土産であれば思い出の詰まったものであって欲しいと思うのは当たり前の話だ。

「ありがとう。でも、お姉さんは自分のフィギュアを口に含む性癖があると思う?」

「おいおい、自分のフィギュアを炊飯器に入れたり口に入れてペロペロしたりだなんて、姉さんはそんな変態的に強烈なナルシストじゃあないぞ」

武装紳士どもでもあるまいに、お人形の脚を口に含むなんてする訳がない。
しかし自分のフィギュアをてろてろになるまで舐めるとかそんな変態的な姉さんも悪くないけど現実はそうはいかない。
ああ、ちなみに当然全身フル稼働であるため、脚を開いたり閉じたりすることによる精神安定機能も搭載されている事になる。
しかし、この姉さんフィギュアが完成した直後は脚を開いたり閉じたりする作業で丸二日ほど潰してしまったが、その作業の現場をナーエに目撃されたのは痛かったな。
流石は人間関係を取り持つのに最適な遺伝子の持ち主、あの超スルーっぷりと、その後の生暖かい眼差しはトラウマ物だった。これ人間関係は関係無いかよく考えると。

「いや、お兄さんの中で解決してんなら、あたしは特に言う事は無いけど。結局どうすんの?」

「二コルが僕のピアノるまで時間があるからなぁ、ナデシコとアークエンジェルを避けつつ、適当に時間を潰そう」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

時間を潰すと言葉で言うのは簡単だが、実際に時間を潰すとなるとそれなりに色々と考える事も出てくる。
特に時間を逆行している俺達ともなればその苦労は人の倍以上。
時間を遡る前、この時間の俺と美鳥は無色のアストレイ、つまり今時間を遡ってやってきた俺達の情報を手に入れていない。
プレート回収の時にアストレイ関連の情報を手に入れはしたが、そこで入手した情報は全てアストレイ原作に沿う内容のもの。
もしもあの時点で原作には存在しない無色のアストレイの情報を手に入れていたのなら、俺が何一つ行動を起こさないというのは不自然極まりない。
俺なら、原作に存在しないアストレイの情報を手に入れたら間違いなくナデシコから抜け出してでも探しに行く。
しかし、俺はナデシコを降りるまでそんな行動を取ってはいない。
つまり、タイムパラドクスを起こさない為には、俺のアストレイは誰にも発見される訳にはいかないのである。

更に言えばボウライダーでの行動も不可能。
ナデシコを出てから気が付いたのだが、ナデシコとアークエンジェルのニュース映像などには大概ボウライダーが映り込んでいるのだ。
当然、軍の特殊部隊というか、独立愚連隊であるナデシコとアークエンジェルの情報はそう易々と流されていいものでは無い。
しかし、そういう規制された情報を嬉々として特集組んで報道する雑誌、ニュースサイトも当然のように存在している。
映画の『MIB』で宇宙人の情報を集めるのに三流ゴシップ誌を買い集めるシーンがあるが、この世界でもそういった情報を集めたければ、いかにも信憑性の薄そうな情報ばかりが載せられている三流ゴシップ誌を探すのがてっとり早かったりする。
無論、そういった雑誌にありがちな話を面白可笑しくする為の意図的な誇張表現や嘘の情報と、本物の情報を見分ける力も必要になってくる訳だが……。

「みてみてお兄さんこれこれ!『謎の超高機動戦闘機スケールライダーの秘密に迫る!!』だって!」

「『秘密のヴェールに包まれたパイロットへの突撃取材に成功!?』って、クエスチョンマーク小さすぎるだろこれ」

エロい袋とじの付いた如何わしい情報誌を嬉しそうにこちらに向ける美鳥に冷静に返す。
所々文章の合間合間に『?』や『仮』などが挟まれ、決して確定情報として扱っていないのがミソなのだろう。

「すげー、あたしインタビュー受けた覚えなんて一度も無いけどこんな有名人になってたなんてなー」

「せめてシルエットを似せる努力くらいはするべきだろ、常識的に考えて」

インタビュー受けてる目線の入ったグラマーな金髪女性は誰のつもりだよ。
とまぁ、部分部分の捏造の激しさはともかくとしても、ナデシコやアークエンジェルの戦闘が度々撮影されているのもまた確かな事実である。
軍の避難誘導もなんのそのと戦場に隠れ潜み、命がけでスクープを狙う根性は他人事であれば結構評価できる。人事で無いので俺は評価しないが。
そんな訳で、野次馬根性丸出しな連中のお陰でボウライダーとスケールライダーの姿はそれなりに世間に知れており、ナデシコに居るこの時間の俺に悟られない為にも、一般的なパワードスーツに偽装したソルテッカマンやパラディンでの行動を余儀なくされているのだ。

「お兄さんお兄さん、これ買ってもいい? ああでもこれ写ってんのあたしじゃないんだよね、微妙な気分だけど、うぅむ」

「買わなかった後悔よりも買った後悔だろ。どうせここの金なんて残しても使えないんだから、買いたいもんは買えるだけ買っとけ」

雑誌コーナーに張り付く美鳥から離れ、買い物かごに適当にインスタントの食品を放り込む。
火星から地球にボソンジャンプで戻ってきた俺と美鳥は、微妙に未来へと時間移動を繰り返しながら、ナデシコとアークエンジェルが立ち寄った事の無い各地の連合とザフトの基地へと侵入を繰り返していた。
今までのナデシコでの生活の中で手に入らなかったもので、適当に連合かザフトの基地を探していれば見つかりそうな技術を探していたのである。
例えばそう、グーンとかグーンとか、あとグーン。
いや、確かにグーンは欲しかったが正確に言えばグーンそのものが目当てだった訳では無い。
正確に言えばプロトグーン、別名ジンフェムゥスか、さもなければグーン地中機動試験評価タイプ、それらの機体に搭載されているスケイルモーターが必要だったのだ。
細かい突起物を振動させて土や砂を液状化させたり水を掻いたりして推力をえるモーターであり、これが手に入れば水中での機動に大きなアドバンテージが手に入る。
結局普通のグーンしか手に入らなかったのだがそこはそれ、最終的には陸上戦艦に搭載されているスケイルモーターをチョッパって解決した。
少しばかりサイズは大きかったが、これで問題無くアストレイ用のスケイル・システムを完成させる事が出来るだろう。
今後水中戦を行う機会があるかはともかく、デザインはすこぶる気に入っているので作らない手はない。
超音速魚雷はグーンのモノを使えるとして、問題はデザイン。大体の形は覚えているし、かっこよかったって印象も残ってはいるが流石に細部まで覚えている訳では無い。
そういった諸々を考えつつスケイル・システムを作り出す為に少しの間缶詰しようと思い、こうして面白い食品や美鳥の暇つぶしアイテムが手に入る店にやって来たのだ。

「お、ぱりんと割れるバリア煎餅」

しかもコンビニ売り用の食べきりサイズ。
これはこれで買っておくとして、結局お土産用のファミリーサイズは何処で手に入るのだろうか。
大量のエロ雑誌をこっそりかごに入れようとしている美鳥の頭を小突きながら、俺は頭の中で近隣の土産物屋を検索し始めた。

―――――――――――――――――――

夜、人里離れた山奥に通常空間から切り離した作業用のスペースを作り出しそこに入り込む。
次元連結システムでも無ければ入り込むことが不可能な最高の隠れ場所で俺は仮組みしたスケイル・システムを前に胡坐をかいて首をひねる。
やはり何かが違う。
いや、水の抵抗やら何やらを考えればこれが一番効率のいいデザインではあるのだ。
だがしかし、これは俺が身体から直接作り出した『水中戦闘を行う上で最大限効率のいいスケイル・システム』なのだ。
通常の製造工程を経ている訳では無く、どうすればこんな構造で作れるんだ、なんて感じのパーツも多い。
はっきり言って、これと同じものを通常の兵器を作り出すのと同じ手順で作ろうとすれば、パーツの加工技術を開発するだけであと三年は必要になる。
当然、多方面に様々なコネのあるサーペントテイルといえどもこんなものを作り出せる訳がない。

手から触手を伸ばし、その触手の先からアストレイを作り出す。
性能面では避けて硬いデバック用ですかと聞きたくなるような機体だが、外観は紛れも無く何の変哲も無いアストレイ。

「むん」

気合一発、念動力でスケイル・システムを宙に浮かしアストレイに取りつける。
スケイル・システムの装着された俺のアストレイ。

「凛々しいぜ……」

うっとりしてしまう。
ちがうそうじゃなくて、カッコいいけど、機能美に溢れているけども。
滑らかで、魚のひれの如く少しだけ鋭角気味に伸びたスケイル・アーマーは両腕両脚に計四枚。背には水中用ジェット。頭部には水中用のセンサーを装着。
武装は超音速魚雷発射管にアーマーシュナイダーのみ。
間違いなくオリジナルよりも高性能であるという自信はある。だが、致命的なまでにオリジナルとはフォルムが違う気がする。
うぅむ。

「なに首捻ってんの? 便秘? 浣腸ならあたしが代わりに受けて立つぜ!」

「たまに婆ちゃんとか爺ちゃんが代わりにトイレ行って来てとか言うけど、あれって何も意味ないよな」

両手にそれぞれエロ本とバリアせんべいを持った美鳥が変態発言をしながら近づいてくるも華麗にスルー。

「つれないなぁ」

エロ本を地面に広げ、隣に座り込む美鳥。
バリアせんべいの袋を開け、一枚口に咥え、もう一枚取り出して俺の方に差し出してきた。

「で、スケイル・システムの、デザイン?」

「む。アーマーとかの細部のデザインが思い出せんのよ」

せんべいを受け取る。
パッケージの写真のようにまん丸では無く、半ばから割れてしまっている。
美鳥を見る。美鳥が口に咥えているせんべいも既に割れていた。
パリンと割れる歯ごたえに重きを置き過ぎて、輸送時の衝撃を考えていなかったか。
というよりも、ここに来るまでに結構山道を走ったからその時に割れたのかもしれない。荒地も楽々走行できるからはしゃいでしまったのがいけなかったか。でもパラディンのバイク形体での移動は初めてだったから、俺がはしゃぐのも無理無いと思うんだ。
次から割れモノを運ぶ時は低空飛行できるマシンで移動するように心がけよう。
そんな事を考えながら、手の中の割れたバリアせんべいを口に運び、齧る。
ぱりん、という小気味いい音と共にせんべいが見事に口の中で砕け散った。
なるほど、これはまさしく光子力バリア。
噛み砕いた瞬間、まるで自分が一匹の機械獣になったかのような錯覚に落ち入りそうな割れ具合。エクセレント。

「見てくればいいじゃん、本物」

「………………おぉ!」

そういえばそうだ。手元に単行本や設定資料集が無くても、ギガフロートの建設現場に行けば実物のスケイル・システム装備済みのブルーフレームを見る事が出来る。
実物のスケイル・システム装備型ブルーフレーム……うへへ。

「サーペントテールの劾が撃墜されたって噂がギガフロート襲撃事件の少し前に流れてたし、運が良ければブルーフレームセカンドLも複製できるかもよ?」

「ブルーフレームセカンドL……ゴクリ」

美鳥がハンカチを俺の口元に当て何度か拭う動作を行う。
呑みこみ切れなかったか涎が口の端から零れ落ちたようだが何も問題はない。
セカンドGも嫌いでは無いが、そもそも狙撃能力はボウライダーのオリジナルですら大気圏外の標的を狙い打ち出来るからあんまり旨味が無いけど取り込みたいなぁぐへへ。
時期的にショートレンジアサルト存在するか微妙だが、ブルーフレームのコンピューターかサーペントテールの母艦のコンピューターと融合できれば設計図は手に入る。
これで行かない理由が無くなった。さっさと荷物をまとめて建設中のギガフロートにジャンプしよう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そんなこんなで、俺達はギガフロートへと上陸した。
建設中のギガフロートはそれほど機密性が高い訳では無いので、ギガフロート建設の手伝いをするという名目で堂々と船で乗り付ける事に成功したのだ。
まぁジャンク屋ギルドへの登録手続きは簡単に済ませる事が可能だったし、これ以降ジャンク屋として活動する事も無いので決まり事に関しても深く気にする必要はない。
ここで建設の手伝いをするという事でパワードスーツではなくMSを使う必要があるのだが、そこら辺も抜かりはない。
ジン系のMSをベースに作り上げた追加装甲と、火星で手を付けた重機をベースに作った作業用の追加パーツの装着により全身のシルエットは大幅にアストレイから外れているし、ヘッドパーツにも手を加え、Vアンテナは小型化し内部に収納、ガンダムフェイスも仄かにジンっぽいフェイスガードによりしっかり隠蔽。
……個人的には、フィレシュテのガンダムのような感じで隠したかったのだが、それだとこの時間の俺が絶対に気付いてしまうので泣く泣く諦めた。
だが仕方がない、ボソンジャンプの過去への移動はタイムパラドックスの危険を孕んでいるのだ、趣味を楽しめない程度の事でその危険を回避できるならそうすべきだし、そうする。
他にもアストレイの擬装で、趣味にまみれたモノはいくつも案があったが、全て安全を重視する上で諦めた。
本当に、本当に仕方なく、だ。泣く泣く諦めているだけであり──

「で、この腕の部分にこういうギミックが付いて、ワイヤで簡単に引き戻せる訳よ」

「紐付のロケットパンチか。確か極東のスーパーロボット、マジンガーZの武装だよな、あと、確かネルガルの新商品に似たようなのがあった気がするな。パンフだけは見た覚えがあるぜ」

「民間にはまだ出回って無いんだったか。そのネルガルの新商品、エステバリスとかだともう実用化されてるし、マジンガーよりも構造は簡易だから、ありものの素材でも再現出来るって」

こうして、建設作業の合間に作業員の仮設宿舎でロウとアストレイ魔改造討論をする程度の事は許されてしかるべきだと思う訳だ。
ワイヤードフィストの内部構造を印刷した紙が張られたホワイトボードを前にあれやこれやと議論する。

「あー、でもそうなるとワイヤを収納するスペースが足りなくないか?」

「だから、そこら辺の問題も含めてこの技術で解決できるんだよ、このワイヤが指先まで命令を送れるように出来てるし、エステバリスの技術応用で駆動系もかなり簡略化できる」

「なるほどなるほど」

現在の議論、というか、魔改造雑談のネタはエステバリスのワイヤードフィスト。
軍に配備されるようになってから多少有名にはなっているが、その性能の高さによる被撃墜率の低さと、単純な数の少なさからジャンク屋にはあまり流れていない。
更に相転移炉式戦艦とのセット運用が基本であるためやや一般のジャンク屋には敬遠されているネタだが、ロウの食いつきは中々のモノだ。
それは何もロウが新しいメカ好き、というだけでは無い。
純粋にエステバリスに使用されている技術は応用性が高いというのが第一の理由。

『遠隔操作でここまでの精密操作が可能なのは魅力だが、バッテリ駆動でこの機構は無駄が多いだろう』

「そこでこれ、重力波受信アンテナの出番だ」

8(ハチ)がモニタに映した疑問に、更に新しい紙をマグネットでホワイトボードに貼り付けながら答える。
そう、ロウ達の新しい船、リ・ホーム、何を隠そう相転移炉式戦艦であり、更には高級な重力制御装置も搭載しているらしいのだ。
といっても、別にネルガルから購入した訳では無い。
相転移炉式戦艦はネルガルの商品の中でも高級品であり、原作で手に入れたアークエンジェルと対になる補給艦が五隻は買えてしまう馬鹿みたいな値段なのだ。どれだけロウ達が稼いでもそうそう買える物では無い。
種は簡単、俺がグレイブヤードでの別れ際にロウ達に渡した相転移炉の設計図が原因だったのだ。
あの設計図を基にジャンク屋ギルドが独自に相転移炉を製造する事に成功し、その功績を考慮してロウ達にジャンク屋ギルド製相転移炉第一号を搭載した母艦を提供したのである。
元々は設計図通りに作ろうとして、ここまで各部品を小型化するのは不可能という結論に達した所で、パーツの製造が可能なサイズまで大型化し各部の機構を簡略化すれば、ネルガルで売り出し中の相転移炉式戦艦と同じものが作れるのではないかと気付いた。
その再設計後の設計図を基にジャンク屋ギルド専用のドッグで製造し、新しい船を用意する交換条件としてジャンク屋ギルドの商品として目出度く登録される事となったのである。
現在ネルガルの独占技術である相転移炉の設計図と引き換えであるため、現在製造中のリ・ホームはグラビティブラストの無いやや小型のナデシコと言ってもいいような高級な船になろうとしているのだ。
まぁ、そんな特許という概念を超越した超商法が可能なのも、ジャンク品から技術を盗んでレイスタなどを作り上げ自社商品と出来るジャンク屋ギルドならではというものか。
まぁネルガルは元々巨大企業だし、この程度の損失は我慢して貰おう。ネルガルに不利益があったとしても、俺は痛くもかゆくも無いしな。

そんな訳で、あとはアストレイの方に重力波アンテナさえ装備してしまえば、リ・ホームの周囲での活動に限り、バッテリの残量を気にする必要が無くなるのである。
一応自力で強化バッタの残骸からディストーションフィールド発生装置は作り出せたようだし、MFばりの実力を持つ蘊老人に鍛えられている以上、並みの実体攻撃はどうにか回避できるだろう。
戦闘が好きな訳でもないのに度々戦闘に巻き込まれるロウ達ジャンク屋チームも、これで滅多な事で危機に陥る事も無い、筈だ。
もっとも、これからの展開を考えると、その余程のことが起こる可能性は非常に高い。

「しっかし、こんな高級なメカをジャンク拾いに使うのもなぁ」

「どうせトラブルには巻き込まれる運命にあるんだ。それにお前、ゴールドフレームに狙われているんだろ?」

『早急なパワーアップが必要だ』

そう、その余程の事とはつまりゴールドフレームの事だ。
原作ではギガフロートが目ざわりというのがロンド・ギナの主な理由だったが、この世界のギナはギガフロートの破壊とレッドフレームの破壊を同列に見なしている。
何でも地球に降下する前に襲撃された時、ガーベラストレートだけでかなり善戦してしまったらしい。これもまた蘊老人の手ほどきの賜物だろう。
そう、原作よりも強化されたロウの技量故に、ギナに自分と踊れる相手としてロックオンされてしまったのだ。
仮にロウが自分からゴールドフレームの戦場に首を突っ込まなくとも、この世界のギナは間違いなくロウとレッドフレームを自ら破壊しに現れるだろう。
今でこそ水中戦でかなりの強さを誇るブルーフレーム・スケイル・システム装着型が護衛に付いているが、宇宙に上がってからの戦闘ではそうもいかない。
ブルーフレームとレッドフレーム、更に現場作業員の方々と共闘してわかった事だが、この世界のゴールドフレームはCE技術だけで作られた物では無い。
反応速度は並みのCEのMSではありえない程の速度で、装甲も間違いなく発泡金属ではない頑強なもの、おそらくフレームは俺のアストレイと同じくMFをモデルにしつつ、独自技術でより柔軟性と剛性を上げている。
極めつけとして、黒と金の装甲が、一瞬だけ全身金色に変化しようとしていた。
あの現象は、少なくともこの世界では一流のファイターの搭乗したMFでしか起こり得ない。あれは感情をエネルギーに変えるシステム、しかもシャイニングの不完全版ではなく、ゴッドガンダムの完全版が搭載されている。
無論そんな装置が無くてもハイパーモードになればシャッフル同盟の機体も金色に光輝くが、本気で人間という枠組みから離れかけている連中に常識を説いても仕方の無い事だろう。
俺のアストレイのフレームにMFのコピーが使用されていたのは、おそらく技術大系の違う技術をMSに取り入れても正常に機能するかのテストだったのだろう。
或いは通常の予備パーツとゴールドフレーム専用の予備パーツがちゃんぽんになったか。
ともかく、今のゴールドフレームはCEのMS基準で考えると手酷い目に会う相手であることは間違いない。
更に相手は未だ片手、どうにかして他の技術を盗んで取り入れたいのだろうが、順当に行けばブリッツの片腕が移植される筈だ。
腕単品に目を引くような技術を詰め込んであるのはミラコロとPS装甲を備えたブリッツのみ。
ゴッドやシャイニングやマックスターやドラゴン辺りの腕ギミックはモーショントレースシステムの機体でなければ能力を発揮しきれない。
武器腕であるブリッツの右腕は丁度いい妥協点なのだ。
そして、度々あったゴールドフレームの襲撃がつい先日唐突に終わった。
日記を読み返し、てもわからなかったので記憶を掘り返しつつスパロボJの攻略本を読んで確認したところ、二コルのブリッツガンダムが回想シーン用のバンクを撮り終えたようだ。
これからミラコロ技術の解析を開始し、更にマガノイクタチのようなミラコロの新しい利用法を開発するのだろう。
そうなると、ギナとゴールドフレームは衛星軌道上のアマノミハシラに引っ込んでいる筈、次にロウ達が宇宙に上がった時が決選という事になる。
パイロットであるロウが原作以上に戦闘力が高かろうが、ナデシコの技術でパワーアップしていようが苦戦は必至。
なのでこうして思いついたけど自分の機体に取り込むには性能面で不安で、なおかつ一般では有用で再現も容易な技術をロウに託して魔改造レッドフレームえへへ、ではなく、どうにかしてレッドフレームとロウ達に生き残って貰おうと苦心しているのだ。

「あそこまで行くとディストーションフィールドも使って来そうな気がするし、フィールド中和装置とかも積んでおきたいが……」

『強化バッタのフィールド程度なら、ロウは自力で切り裂く事ができるぞ』

「マジで!?」

俺の驚きに、フフンと鼻を鳴らしながらロウが親指を立てて自信満々答える。

「爺さんに言われたとおりの『まっすぐな振り』で斬れば、フィールドなんて軽い軽い」

Q、ディストーションフィールドをどうやって破りますか?
A、刀を真っ直ぐ振れば斬れます。

いや、スパロボ的には正しいけど、無改造MSの攻撃でバッタのDF貫通するけど、それを言ったら木星蜥蜴の脅威も糞も無くなっちゃうだろうに。
ロウが、ロウがすっかりスパロボレギュに適応した上でガンダムファイターみたいな超理論に侵されてしまった。
とか思ったが、原作でもガーベラでビームを切っていたし、元からそういう素養はあったのかもしれない。生身で宇宙空間に飛び出すし。
つまりこの世界も寺田により破壊されてしまったけど、プリキュア始まるからあと三十分は許してくれるらしい。おのれ鳴滝……! 録画でいいだろう録画で。
Jは寺田じゃないとかそういう突っ込みはどこからも期待できない。そも寺田は自分の好きなキャラを不必要なまでにプッシュするからあまり好きでは無いのだ。
もうATXチームをトラブルの中心に突撃させるのは止めてやれと。あと次のOGにDが出た時ラキルートが黒歴史化されそうで戦々恐々としているのだ俺達Dファンは。

「おおっと、ノースリーブキモウトの悪口はそこまでにしてもらおうか!」

「ご飯持ってきたよー」

大量のおにぎりが載った御盆を片手に美鳥が見得を切りながら部屋に入ってきた。こいつは時々ナチュラルにこちらの思考を読み取るから困る。
山吹ももう美鳥の電波的な発言に慣れ切ったのか、何事も無かったかのようにお茶の入ったポットと漬物の乗った御盆を持ち部屋に入ってくる。

「じゃ、飯食ったら作業再開だな。卓也と美鳥はどうするんだ?」

「俺は午後からは警備と半々。こういう防衛系の依頼じゃなきゃ、データ取りの為にもゴールドフレーム来い! とか言えるんだけどなぁ」

「あたしもお兄さんも攻める方は得意だけど、守りは普通だからねぇ。ゴールドフレームに張り付いてデータ収集なんてしてたらその他の襲撃者が全部サーペントテール任せになっちまうし、それだと流石にまずいっしょ?」

「警備は数が少ないもんね」

サーペントテール以外の警備が貧弱だった為、俺の擬装済みアストレイも自作のスケイル・システムを装甲に組み込んで海中の襲撃者の迎撃に回る事になったのだ。
デザイン面以外ではかなり高性能であるため、単純に戦う時に使う事には抵抗は無いのだ。
まぁ、周りの目が多いので何時ぞやの水中戦のように念動力で一網打尽とか、そういう真似は出来ないのが難点だが。
美鳥もジャンク屋ギルドの一員としてここに来たので、当然作業用にMSを使っている。
といっても美鳥にはMSに対する思い入れが余り無い為、単純に適当なMSを継ぎ接ぎして作業用っぽい雰囲気に仕立て上げただけの代物を使っている。
作業用のアームとなら同時に、空からの襲撃者を迎撃する為に様々な紐付鈍器や対空ミサイルやライフルを装備しており、ここで使い捨てるには少し勿体無いと思えてしまうような豪華なゲテモノMSに仕上がっている。

「じゃあ午後の作業が終わったら新装備の設計詰めようぜ。二人ともそろそろギガフロートでの仕事は終わりなんだろ」

「え、そうなの? なんで?」

「元々ここへは路銀稼ぎと見学に寄っただけだから、お前らみたいに船丸ごと買わなきゃならん訳でも無いし」

ブルーフレームのスケイル・システムは見たし、セカンドに使用されてる頭部とタクティカルアームズの設計図も見せて貰った。
ここではブルーフレームがずっとスケイル・システムを装備したままだからブルーフレームセカンドLの活躍は見れなかったが、それは後から宇宙で少しだけ見れそうなので問題無い。
ここでの作業が終わったらアメノミハシラ行ってゴールドフレーム取り込んで、月行ってフューリー取り込んだらひとまず終了かな。
ラスボスを取り込んじまうと盛り上がりに欠けるかもしれんけど、まぁフューリーが居なくなって誰が困るってもんでも無いし、気にする必要もあるまい。

「そっかぁ、さみしくなっちゃ、う、ね……?」

溜息を吐きながらおにぎりを手に取った山吹が、一口おにぎりを口に入れたと同時に眉根を寄せ口を曲げ奇妙な表情をとり、急いでお茶で流し込み食べかけのおにぎりを盆に戻した。

「うへぇ、こいつ一発目で当たり引きやがった。相変わらず空気読めてねぇなテメェ」

「み、美鳥ちゃぁん……!」

おーいやだいやだと手を振る美鳥に恨みがましい視線を送る山吹。

「んー、当たりはプリン入りか。俺もこれはカラメル部分が苦く感じて苦手なんだよな」

「いや、その感想はおかしい」

山吹の食いかけのおにぎりを一口食べたロウに突っ込みを入れる。
流石は火星のマズ飯を地球の飯と同列に扱う男、味覚も例外なく王道から外れているという事か……。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

黒と黄金に身を包み、鉤爪のような翼の様な背部ユニットを持つ異形のMS──ゴールドフレームが、その禍々しい背部ユニット、マガノイクタチから鏃の様な物を射出する。
マガノシラホコ、PS装甲で作られ、射出速度さえ強化すればスーパーロボットの装甲すら容易く貫くそれが、不規則な軌道を描いた後、ゴールドフレームと対峙する白と赤のMS──レッドフレームへ向け一斉に加速。
弾丸よりもなお早いその鏃を、レッドフレームはガーベラストレートを振るい巧みに軌道を逸らしていく。

「なんでもかんでも壊しやがって! 自分ひとりで世界を動かしてるつもりかよ!」

逸らした鏃、マガノシラホコが軌道を修正するよりも早く、返す刀でマガノイクタチと繋がるワイヤを断ち切り、ビームサーベルを抜刀。
油断無くワイヤから切り離された鏃の予測位置に向けサーベルを振るう。
そう、ワイヤから切り離されたマガノシラホコの鏃部分は自ら推進材を吐き出しながらも自律してレッドフレーム目掛け進路を修正していたのだ。
ビームサーベルが鏃を捕えた。
だが、鏃はビームサーベルの熱で熔ける事も無く執拗にレッドフレームを狙い続ける。
耐ビームコーティング、いや、微弱なディストーションフィールドが鏃を保護し、ビームサーベルを逸らしている。

「ふん、愚物が。万人は世を統べる者にその生命を捧げる義務があるのだ」

幾度となく再アタックを繰り返す鏃の対処に精一杯のレッドフレームに、ゴールドフレームがランサーダートを放つ。
当然のようにフェイズシフト化しレッドフレームを貫かんとする三本の杭。
その杭に、ガーベラストレートで軌道を逸らされたマガノシラホコの鏃が激突、PS装甲同士の超高速度による衝突の衝撃により、双方の内蔵するバッテリに蓄えられた電力が底を尽く。
フェイズシフトダウンにより灰色に染まった二つの射出武器をすかさずガーベラで叩き切るレッドフレーム。
ランサーダートとマガノシラホコが、内臓されている機構から考えると過剰な程に煙を吐き出しながら爆発。
煙を突き破りながらゴールドフレームがレッドフレームに迫る。
トリケロス改をガーベラで受け止め、キスも出来そうな距離で睨み合うゴールドフレームとレッドフレーム。
その鍔迫り合いを続ける二機を通して、ロンド・ギナ・サハクとロウ・ギュールが睨み合う。

「ふざけんな! 世界ってのはな、そこに生きてる一人一人が頑張って作り上げるもんだろうがっ!」

「下賎の者の考えそうなことだ。多少ダンスが踊れるとはいえ、ジャンク屋風情に理解できる事ではないな!」

だが、拮抗は長くは続かない。
ロウのレッドフレームはMFではなくMSのフレームを使っているが、ギナのゴールドフレームはMFのフレームを使用している。骨格の強度が違う。
さらに言えば、ゴールドフレームは単純な出力、機動性でもレッドフレームを遥かに上回っている。
このゴールドフレームの機体各部には、ボルトガンダムのビクトルエンジンのコピーが搭載されているのだ。
基本的にはガーベラを振る為の調整しかされていないレッドフレームでは、単純な力比べでは勝ち目がない。
そして、ゴールドフレームにはまだいくつもの手が残っていた。

『ロウ、距離を取れ、バッテリが強制放電されている!』

拡散されたミラージュコロイドによるバッテリの強制放電。
様々な方面にスパイを潜り込ませていたこの世界のアメノミハシラの技術力は原作を軽く上回っている。
マガノイクタチを経由せずとも、機体のどこか一部が接触していれば相手のバッテリを強制放電させ、自らのエネルギーとする事が可能なのだ。
エネルギーを失い、力を失ったレッドフレームの手からガーベラが取りこぼされ、ゴールドフレームが自らの後方に弾き飛ばした。
動けなくなったレッドフレームに、ガーベラを弾き飛ばしたトリケロス改の返す刃が迫る。

「いいや、まだ行ける! 重力波受信アンテナセット!」

ロウの指示と同時に、空になりつつあるバッテリから、重力波ビームによる無線エネルギー供給に切り替わるレッドフレーム。
ピンチのロウを援護する為、相転移エンジンを搭載したリ・ホームが接近し、重力波ビームの圏内にレッドフレームを納めたのだ。
ロウはレッドフレームを素早く再起動し、ビームサーベルを構え、トリケロス改を迎え撃つ。
力場を形成してサーベル状にビームを固定するビームサーベルは、ディストーションフィールドでは瞬間的にしか逸らす事ができない。
仮にゴールドフレーム本体にディストーションフィールドを張る能力があっても、ビームサーベルなら通る筈。
PS装甲もビームに対する耐性は強く無い、斬り裂ける。

「な」

「ビームサーベルを」

『掴んだだと!?』

リ・ホームの面々が驚愕する。
発泡金属どころか、頑強な宇宙戦艦の装甲すら容易く切り裂くビームサーベルを、ゴールドフレームの『完全に黄金色に染まったトリケロス改』がその手で握り締めて防いでいる。

「油断だ……!」

トリケロス改を中心に、ゴールドフレームの全身が眩いばかりの黄金色に染まっていく。
アストレイゴールドフレーム天(アマツ)ハイパーモード。
国を影から支配するに相応しい王者となるべく、自らの身体を鍛えに鍛えたロンド姉弟にのみ許された、ゴールドフレーム最終形態。

「それこそが、下賎の証明!」

全身が完全に黄金色に染まり、周囲のデブリを破裂させた。
ギナの禍々しい闘気が破壊的な衝撃波となり放出され、空間すらも歪ませて、その歪みに耐えきれなくなった物から崩壊していくのだ。
その衝撃波に弾き飛ばされたレッドフレームのカメラアイが、ゴールドフレームを睨みつける。
全身の装甲を破壊され、フレームが歪み正常に動作しない。ジャンク寸前、戦闘機動などもっての外。
だが、それでもレッドフレームは、そのパイロットであるロウは諦めていない。

「下賎だろうとなんだろうと、俺はあんたを認めねぇし、そんな考えの奴には負けらんねぇ」

「貴様の考えがどうだろうと、このダンスはもう幕引きだ。せめて美しく散るがいい!」

黄金色に染まったゴールドフレーム、その背部のマガノイクタチが死鎌(デスサイズ)のように瀕死のレッドフレームの命を刈り取らんと振り下ろされ──

「一寸待て」

高速で飛来した機械的なフォルムの大剣に阻まれる。

「ぬぐ、P03!」

「村雲劾!」

「戦いに集中しろ、ロウ・ギュール」

大質量の衝突により姿勢を崩すゴールドフレーム。その隙を突いて、レッドフレームがその肘から先を発射する。
ワイヤードフィスト。しかし拳で無く掌のままゴールドフレームの背後に伸びたその手は、しっかりと己が剣を、ガーベラストレートを捕まえた。
衝撃から回復し姿勢を立て直したゴールドフレームと、ワイヤを引き戻しガーベラを構えたレッドフレームが正面から相対する。

「そのようななまくら刀で、このアマツが斬れるとでも思っているのか」

「斬れるさ、斬れない訳がない」

向かい合ったまま、十秒、二十秒が過ぎ、一分が過ぎた瞬間。
両者の姿が消え、次の瞬間には背を向けた状態で互いの位置を入れ替える。
互いに互いの武器を振り切った姿勢のまま硬直。レッドフレームのガーベラは半ばから罅が入り、ゴールドフレームのトリケロス改はその鋭利な刃が掛けていた。
一瞬の間を置き、レッドフレームが先にくず折れ、

「ば、馬鹿な……」

ゴールドフレームが、その前面の斬撃痕からオイルを血飛沫のようにまき散らした。

―――――――――――――――――――

「はは、すげえすげえ。マジで勝っちまいやがった!」

ECSで姿を隠したアストレイの中、美鳥がモニタを見ながら手を叩いてはしゃいでいる。
ロウ・ギュールのレッドフレームがロンド・ギナのゴールドフレームを下す。
そこに至るまでの経緯はときた版と戸田版で多少の違いはあるものの、どちらでも起きた結果だ。
だが、この世界でそれが起きるのは奇跡と言ってもいい。
ギガフロートを経った後アメノミハシラに忍び込んでゴールドフレームを取り込んでわかったが、この世界のゴールドフレームにはレッドフレームの魔改造など比べ物にならない程の魔改造が施されていたのだ。
装甲は発泡金属よりも軽量で、かつ並みのMSの装甲よりも堅牢な超合金Z。
フレームはMFのフレームの発展形で、限定的ながらラムダドライバすら搭載し機体の制御に当てていた。
マガノシラホコにはローゼスビットの技術、機体の駆動系にボルトガンダム、更にパイロットはギナ、ミナ共に鍛え抜かれた細マッチョでハイパーモード発動可能。
動力源は横流しされたパラジウムリアクターの最新型。もともとエネルギーを食う機体では無かったお陰で、バッテリの残量を気にすることなく戦闘が出来るというすぐれもの。

「なんで勝てたんだろうなぁ」

目の前で、ロウが消えた後にブルーフレームに止めを刺されているゴールドフレームを眺めながら考える。
ロウのレッドフレームは直前に重力波アンテナとワイアードフィストを追加した以外はこれと言って原作との性能差は存在しない。
せいぜい出力の弱いディストーションフィールドを搭載している程度だが、それはどう考えてもあの戦闘で有利に働いては居なかった。
マジンガー、Gガン、フルメタの技術を搭載した、本編に出ないからこそ許される超魔改造ゴールドフレーム。
味方に居ればバランスブレイカーで、敵なら間違いなく難易度高限定の中ボスのような無茶な機体。
それを、ほぼ無改造なレッドフレームが、原作よりも少ない損傷で勝利をもぎ取った。

「さぁて。もしかしたら、これが噂に聞く主人公補正ってやつかね」

「ふむ、主人公補正か」

なるほど、一理ある。
主人公補正という訳では無いが、俺達の様なトリッパーにも『トリッパー補正』とでも言うべきものが存在しているらしい。
特に対抗策を取っていなければ、トリップ先の原作イベントの方からこちらに近づいてくる、というものだ。
犬も歩けば棒に当たるというか、イベントエンカウント率が非常に高くなるらしい。正直心当たりも結構ある。何よりベテラントリッパーである姉さんの言葉だ、ほぼ間違いないだろう。
で、あれば、どんな逆境をも乗り越え、あらゆる強敵を打倒する事が可能になる『主人公補正』の存在する確率は非常に高い。

「あいつらは、どうなんだ?」

「バリバリだろ。スパロボ的に考えれば、下手をすれば一度も被弾せずに戦争を終えるような確率操作すら行われてる可能性もある訳だし」

「所詮この世は泡沫の、セーブリセットリロードか」

この世界は俺の家にあったロムだからプレイヤーは存在しない。
姉さん辺りがプレイしているならまだ有り得るが、流石に俺達がトリップしているカセットで再プレイはしないだろう。
だが、主人公補正の有無は大きい。
どれだけ能力が厨二的で倒し方が分からない敵でも、ストーリー上必要とあれば主人公は倒す事が可能なのだ。
で、あるならば。主人公補正をもった原作主人公に、トリッパーは絶対に勝つことが出来ないのだろうか。

「…………」

これは重要な事かもしれない。
死なない為に力を蓄えている以上、最終的にはあらゆる存在から害されず、あらゆる存在を一方的に害せるような力を手に入れなければならない。
例え相手が主人公補正を持っていたとしても、こちらは勝ち続けなけれなならないのだ。
俺は、この世界で手に入れた力で、この世界の真の主人公を負かす事が出来るだろうか。

「どったの、いきなり黙り込んで」

心配そうに美鳥が身を乗り出し此方の顔を覗き込んできた。
姉さんならば、そんな補正はものともしないだろう。だが、美鳥はどうだろう。
仮に鬼畜エロゲの世界で主人公補正持ちの主人公に負けて捕えられた場合、こいつは一体どうなってしまうだろう。
そんな事を考えてしまい、背筋が少しだけ震えた。

「わわ」

乗り出してきた美鳥の首を捕まえて、持ち上げる。
そのままコパイシートからひっこ抜き、頭からこちらのシートに落とす。

「うぎゅ」

しばらく逆さのまま足掻いていた美鳥をもう一度持ち上げ、膝の上に乗せる。
そのまま美鳥の腹に両腕を廻し、きつくない程度に、それでいて逃げられない様にホールドする。

「え、えーっと、お兄さん? あ、あれー、まさかまた夢オチな展開っすかぁ?」

多少身をよじる様なそぶりを見せたモノの、抵抗らしい抵抗は一切しない。

「どうせここで二人乗りじゃないと対処できない敵なんて出ようが無いんだから、大人しく抱かれてろ」

「うわ、マジで? やっべなにその発言エロいけどどちらかと言えば大歓迎」

「訂正、寒いから温まるまで湯たんぽ代わりにされてろ。」

「……うん、はい、分かってましたけどねぇ、そうそうある展開じゃないもんねぇ、そんな感じの人生だよねぇ」

いじけ気味な美鳥の発言を無視し、腹部をホールドする手で美鳥の腹をさする。
正直な話、姉さんの代用とか劣化複製とか、そんな感じで扱うのが正解なんだろうけど。
こいつも、まぁ、悪くはないか。

「うぅ、おにーさん、その手付き、エロくないのにこそばいよ」

「うだうだ抜かすな。体が温まったら俺達がボソンジャンプした直後のオーブに移動だからな」

「月?」

「月だ。二機のラフトクランズと、生き残りの量産機と一緒に、な」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

月内部、ガウ・ラ=フューリア、機動兵器格納庫。
転移装置、軍団の門を介して白と赤のラフトクランズに、ヴォルレントを含む数百の量産型が出現する。
そのどれもが深く傷ついてはいたが、戻ってこれなかったものは極僅かだったのか、最初に出撃した機体数とほぼ変わりない数の機体がこの格納庫に戻ってきていた。

「おお、ラフトクランズが」

「騎士様達がお戻りになられたぞ!」

整備を任されている騎士団の従士見習い達が歓喜の叫び声を上げる。
今回の討伐隊に選ばれなかった未熟な者には詳しいところまでは知らされなかったが、今回の敵は、もし倒せなければフューリーの未来が途絶えかねない程の強敵だったという事は知らされている。
その強敵を相手に、ほとんど犠牲無しで勝利を収めた。
やはり自分達は、自分達の仲間は強いのだ。地球人を名乗る連中などに負ける筈がない。
白いラフトクランズのコックピットが開き、パイロットである騎士が姿を現す。

「フー=ルー様!」

「騎士フー=ルー様だわ!」

出迎えた従士や従士見習い達が、男も女も黄色い歓声を上げる。
歴戦の騎士であり、美しく、男らしさと女らしさを兼ね備えたフー=ルー・ムールーは上司にしたい騎士ランキングで常に上位にランクインし、お姉さまになって欲しい女性ランキングでは常にトップに君臨し続けているのだ。
地球の言葉で言えば、ヅカっぽいとでも表現すればいいか。そんな人気だった。

「皆、出迎え御苦労!」

フー=ルーは、その顔に微笑を浮かべ、格納庫に響き渡る声でねぎらいの言葉をかけた。
その言葉に格納庫が湧き立つと、フー=ルーは浮かべた微笑を更に濃く、深いものへと変えていく。
口の端を裂けんばかりに吊り上げ、右手をあげる。
それに合わせる様に、ヴォルレントを始めとする量産機のコックピットが一斉に開く。
開いたコックピットの中には、誰も居ない。
数百のコックピットの中に、一人足りともパイロットが存在しないのだ。

「あれ、なんか、おかしくな」

出迎えた従士の一人が異変に気付く前に、その喉笛を掻き切られ血を噴き出し、大量出血のショックで絶命した。
肉の塊を叩くような音を立て、絶命した従士がその場に倒れこむ。
そしてそれに他の者が気付くよりも早く、次々と出迎えの従士達が喉を割かれ心臓を潰され声を上げる間もなく倒れて行く。
その被害者達の後ろには、全身に金属質の何かを張り付けた裸身。
ただし、顔はのっぺりとした仮面のようなもので覆われ、側頭部には捻じれた角がへばり付く様にして生えている。
腰のあたりからは脊椎をそのまま延長したような尾を生やし、その脚は獣のそれに似た構造。
その異形は皆、唯一つのコマンドだけを実行する為に生み出された存在。

『生きてる奴を殺して、仲間を増やせ』

量産型の機動兵器の脚部に融合していた彼等は、解き放たれると同時、そのコマンドを迅速に実行に移した。
格納庫に武装した従士の一団が押し入ってくる。
異常なほどにフー=ルーに気を取られていた従士達は気付かずとも、監視カメラで異常を察知した警備担当の従士達はこの異形の集団を排除せんと動きだしたのである。
放たれる銃弾や熱光線を、腕を緑色の丸太の様な太さの物に変化させ防ぐ異形の集団。

「おい、大丈夫か!」

銃を構えた従士を護衛に、衛生兵が喉を切り裂かれた者達に駆け寄る。
監視カメラ越しでは確認できなかったが、まだ息のある者が居るかもしれない。そう判断しての事だった。
だが、その行為すら、この襲撃を計画したモノの思惑通り。

「くそ、だめ、か?」

胸に軽い衝撃。
今まさに絶命を確認した仲間の腕によって深々と胸を貫かれ、心臓を鷲掴みにされている。
遅れて痛みがやってくるが、発生の為の器官ごと胸を貫かれているので絶叫することも出来ない。

「なん、で」

自分を殺した相手の顔を、霞む視界にとらえた衛生兵が見たモノは、金属質の何かに覆われた、のっぺらぼうの悪魔の顔だった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

暫定的な指導者である総代騎士の控える部屋の戸を、フー=ルーはノックもせずに開き、堂々と脚を踏み入れる。
部屋の中、机に向かう総代騎士グ=ランドン・ゴーツ。
グ=ランドンは椅子に座り机に向かい、難民の一人が母星から持ち出した娯楽雑誌を読みふけっている。
開いているページは漫画だ、フー=ルーも昔に読んだ覚えがある。
内容は酷く陳腐な勧善懲悪もので、宇宙の果てから来た侵略者を、侵略される側の星のヒーローがやっつけるというもの。
そんな漫画を、地球を侵略せんと企むフューリーの総代騎士が読みふけるというのはどんな皮肉だろうか。

「そんな真似も出来るのですね」

「一発でばれたか」

「今は貴方の下僕ですもの。主の見分け程度は付きますわ」

漫画雑誌を読みふけっていたグ=ランドンの顔が、体形が、服装が、瞬時にどこにでもいそうな平凡な男のモノに変わる。
全体的に穏やかそうな作りの顔、適当な長さで刈られた黒髪、全体の調和を無視したかのように、不自然なまでに鋭すぎる目つき。
フー=ルー・ムールー自身とその同僚、そして数百の部下を皆殺しにした、白い人型機動兵器のパイロット。
ナデシコとアークエンジェルのクルーを騙しぬき、今やフューリーの母艦を半ば以上掌握した驚異の存在。
地球人のようで、実は違うのかもしれない奇妙な男。
鳴無卓也が、我が物顔で総代騎士の椅子に座っている。

「グ=ランドンはどうされましたか?」

「食った。サイトロン適合率は結構高かったかな」

事も無げに答える。だが、それを恐ろしいとは感じない。
いうなれば、この男は天災のようなものなのかもしれない。フー=ルーはそんな事を考えた。
人の力では防ぎようの無い災厄、フューリーは台風に巻き込まれた安普請の掘っ立て小屋のように、ただただ運が悪かったというだけで、何の意味も残さず終わるのだろう。
それもいい。運も実力の内、ならば自分達は究極的なまでに勝利とは縁の無い弱者だったのだろう。
例えフューリーが滅んでも、私はこれで、晴れて地球最強の部隊と、正面切って戦う権利を得たのだから。

―――――――――――――――――――

此方に一礼したフー=ルーが部屋から出て行くのを見送り、俺は再び手元の漫画雑誌を読み始める。
ガウ・ラの乗っ取り自体は至極簡単だった。
量産型の機動兵器に複製した下級デモニアックを融合できるだけ融合させ、凱旋してきた仲間を労う為に格納庫に集まった戦闘員を片端からペイルホースに感染させる。
感染した者を強制的に下級デモニアックへと変化させる改造ペイルホースのお陰で、あと数時間もしないうちにガウ・ラ内部で現在活動しているフューリーの連中は一人残らず
俺の制御下に置ける。
火星の遺跡で慣れたから、全身を融合させずに上半身は出したままでガウ・ラそのものとの融合も可能。途中で退屈になる事も無い。
大き過ぎるので数週間は時間が必要になるかもしれないが、ナデシコとアークエンジェルがここにやってくるのにもまだまだ時間が必要。
最後の演出を考えながら、ゆっくり完全に融合同化に専念できるだろう。

「お兄さん、作業完了したよ」

漫画を読む俺の目の前に美鳥が転位してきた。

「全部か?」

「全部全部。お兄さんみたいに融合して取り込む作業じゃないんだから、この程度は余裕だって」

美鳥に頼んでおいた作業とは、フューリーの民が眠るステイシスベッドの改造である。
ステイシスベッドにテックシステムを組み込みフューリーの民を総テッカマン化、更にステイシスベッドを通じてペイルホースを感染させる。
更にテッカマンへのフォーマットの過程でラダムでは無く俺への忠誠心遺伝子レベルで組み込み、ペイルホースに遺伝子を組み替えさせる事で火星人のジャンプ体質も組み込ませるように注文してもある。
コールドスリープ装置を全自動改造人間製造機に改造したと言えば分かりやすいだろうか。
とりあえず、これで雑魚は揃うし、挑発の材料にもなるだろう。

「よしよし、じゃあ次の仕事は──」

「お兄さん」

次にさせるべき事を伝える前に、美鳥が俺の発言を遮った。

「なんだ、褒美の類ならもう少し待て。しばらくはガウ・ラとの融合を優先したいから細かい作業はしたくないんだ」

「うん、我慢して我慢した後の方が喜びもひとしおだもんね。いやそうじゃなくて、どうしてまた、ナデシコの連中と戦うつもりになったの?」

「わからないか?」

「わかんね」

両手を肩の高さまで持ち上げお手上げのジェスチャーをする美鳥。
漫画雑誌を閉じ、適当に机の上に放り出しながら答える。

「主人公補正、破れるかなって思ってな。あいつらから取り込んで、確実にあいつらの技術よりも優れている状態で、それでも主人公補正はあいつらを勝たせるのか、それとも純粋なパワーの差で俺が勝てるのか」

「んー、まぁ、確かに少し気になりはするけどね」

「それに、俺がこの世界で強くなった確かな証拠として、主人公連中の首を姉さんの土産にするのも悪くないだろ?」

「生首トーテムポールはお土産に向かないと思うなぁ。防腐剤買ってこようか?」

「比喩だよ比喩、比喩表現」

椅子に深々と腰掛け、脚を机に乗せて、頭の後ろで腕を組む。
何だかんだでナデシコには散々金を送った。主要な機体はフル改造済みだろう。
レベルの方がどうかはわからんが、まぁそれでも普通にプレイした時の一週目よりは間違いなく強い筈だ。

「万全の状態で、あいつらを言い訳不能なまでに叩き潰す」

欲しいのはケチのつけようの無い完全勝利。
空力を操り、メモ紙を美鳥に向けて飛ばす。空気の上を滑り見事に美鳥の手の中に収まるメモ紙。

「量子コンピュータ用ウイルス、シャイニングガンダムのジャンク、東方不敗の死体、デビルガンダムの残骸、ラダム母艦中枢、VL開発リベンジ、ジェネシス……」

「出来るだけ早めに全部集めて来い。他にも欲しいものがあったら拾ってきてもいいから」

「分裂して手分けした方がいいなぁ。あ、カルビさん拾ってきていい?」

「いいんじゃないか? 主人公してないならどうせ暇を持て余してるだろうし」

特に必要な物には太い文字で書いてあるし、美鳥はこういうお使いではへまをするタイプではない。
寄り道するにしても拾い物を探しに行くにしても、は全てのお使いを終えてからにするだろう。
ガウ・ラと融合を初めて、俺の中に出現した謎の設計図も気になる。
連中が月に来るまでにやっておく事は山積みだ。気合いを入れて、最終決戦の準備を整えるとしよう。




十九話「フューリーと影」に続く
―――――――――――――――――――

なんとか七月中に外伝を終わらせる事に成功。
いろいろと展開に巻きをいれつつも何事も無く外伝終了な第二十八話でした。

二三話分の話を押し込めたからやや展開というか場面転換が無茶苦茶かもしれませんが何も問題はありません、これがボソンジャンプの力です。
まぁ、一応ゲーム版ナデシコで古代火星文明に『過去には跳ぶな』って注意されているんですけどね、どうせスパロボ編が完全終了するということでガン無視です。
山無し落ち無し、でも微妙に意味があるから厄介な外伝でしたが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
次回は一話か二話完結の超短編を挟んで、少し間を置いてから第三部に入ろうと思っとります。気長にお待ち下さいと言う事で。

以下自問自答というか、突っ込みへの保険とか削除依頼とか出されない為の言い訳コーナー。

Q、冒頭のサポAIの夢の内容は結局なんなの?
A、ポーカーです、ベッドに縛られてポーカーをしていたのです。PS2の絢爛舞踏祭スレで同じ状況をそう解釈していましたので間違いありませんのだ。深く追及すると怖い人がやってくるのでそれ以上いけない。

Q、ジャンク屋ギルドってそんな簡単に入会できるもんなの?
A、そこまで詳しい設定を見つける事ができなかったので、この作品内ではレンタルビデオショップの会員証作るよりは難しい程度のあれで。

Q、ロンド姉弟は鍛えに鍛えてるの?
A、ガンダムファイターの存在を知っているのでそれ相応にムキムキです。ウルベとか指先一つでダウンですとも。

Q、フューリーの漫画、文字は読めるの?
フー=ルーさんの死体を取り込んだ時点でフューリー側の知識は一通り頭の中に入ってるので、当然読めます。脳味噌に記録されてる知識も取り込むので。


こんな所でしょうか。
ではでは、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想などなど、心よりお待ちしております。







信憑性の低い次回予告
スパロボ世界での修業を終え、節分やバレンタインやホワイトデーや桜の季節を満喫しつつも主観時間で一年半以上ぶりに姉といちゃつく主人公。
そんな久しぶりの姉との逢瀬を邪魔するかのように始まる強制トリップ。
「いいぜ、トリッパーは何時トリップしても文句を言えないって言うんなら、まずはその幻想をぶち殺す!」
喰らえ必殺アトミック・クエイク! 燃え尽きろファイアーブラスター!
主人公怒りの精神コマンド全部掛け無限行動分身殺法が、八当たり気味に京都の街に炸裂する!

次回、
『魔法教師細長い香草付き焼き鳥! チートトリッパー残酷地獄絵巻』
これで決まりだ!



[14434] 第二十九話「京の都と大鬼神」
Name: ここち◆92520f4f ID:bbe4acae
Date: 2010/08/29 00:17
がたんごとん、がたんごとんと眠たくなるような速度で走る二両編成の電車の中、俺は窓の外をのんびりと眺める。
スパロボJの世界で一年以上戦場を駆け抜け、時にはメガブースター四つ装備のボウライダーで海面スレスレを飛び回り、スカイダイビングもビックリな超高々度から空中要塞目掛け重力加速踵落としを敢行したり、速さにかけてはかなりの体験をしたと思う。
更に言えば、軽く走っても電車どころか並みの新幹線より余裕で早いので、ガオガイガーのオープニング張りに追い抜けてしまう。
だが、それでも電車での移動というのは素晴らしいモノだ。
電車はレールの上を走り、一定の区間だけを移動する、ある意味では不便な乗り物だ。
当然途中で忘れ物をしたからといってUターンして戻れる訳でもないし、途中で行き先を変更できる訳でもない、急ぎたいからといって速度を上げる事すらできない。
そんな電車での移動中、親しい間柄の同行者がいればお喋りに興じ、駅の売店で新聞や週刊誌、ワンコインの文庫本を買うこともあるだろう。
自らの意思、自らの力の及ばない無為な時間をどのようにして潰すのか。
電車というどちらかと言えば公に分類される場所で、他人に迷惑をかけない範囲で恣意が交錯する。まさに人間という生き物の作り出す社会の縮図とも言える空間だ。
こうして電車の中でゆったりとしていると、トリップ中にいろいろやり過ぎて薄れてきた人間としての自覚という物が緩やかに再生していくのが良く分かる。

「卓也ちゃん、表情的に物思いに耽ってるのはなんとなくわかるんだけど」

「もぐ」

向かいの席に座る姉さんに、返事はせずに頷きを返す。
如何に姉さん相手とはいえ、口の中に物をいれたまま喋るのはマナー違反。
親しき仲にも礼儀あり。むしろこの世で最も親しい相手である姉さんに対してこそ、俺の礼節は最大限に発揮されるのだ。
頷きとジェスチャーで話を聞いているという意を伝えると、姉さんは分かってくれたのかうんうんと頷き返し、ビニール袋から紙パックを取り出した。
良く冷えた500mlの牛乳。

「頬袋一杯にままどおるを詰め込んだままじゃ、どうしたって恰好は付かないんじゃないかって、お姉ちゃん思うなぁ。はい牛乳」

「むぐ」

これにも素直に頷く。
しかしこの頷きは格好が付くとか付かないではなく、久しぶりに姉さんと電車を乗り継いでまで買い物に出掛けているにも関わらず、只管食べてばかりでまともな会話が無いというのは寂し過ぎるという事に関する頷きなのである。
口の中身を数度咀嚼し、手渡された牛乳を一口。
素朴な甘さの餡が牛乳と合わさる事によりまろやかさと滑らかさを増した。
呑みこむ、喉通りも滑らかで、口の中にしつこく味が残ったりもしない。この優しい甘みは全国販売のお菓子では中々有り得ない、誇るべき地元の味だと感心するがどこもおかしくはない。

「ほうぅ……」

「ふふ、おいしい?」

「うん、美味過ぎる……」

電車の中で人目も憚らずにヘヴン状態!
まぁ、こんな畑と田圃と山と川しか周りに無いような地方の路線、しかも平日の真昼間だから人目もくそも無いのだけども。

「戻ってからリハビリに忙しくて、殆ど遠出できなかったもんね」

「う、面目ない」

「いいのいいの、トリッパーにはありがちな事なんだから」

そう、リハビリである。
主観時間で一年半以上、というか、二年弱の戦争体験により、俺はすっかり農作業の基本を思い出せなくなっていたのである。
考えても見て欲しい。俺が高校を卒業してからまだ四、五、六年程度、トリッパーになってからの長期トリップはまだ二度目を終了したばかりだが、ブラスレイター世界とスパロボJ世界での活動期間は合わせると余裕で二年を超すのである。
実に元の世界での実労働時間の半分から三分の一近く、俺は全く関係無い事を行っているのだ。
この際だからはっきり言おう。元の世界では、ロボット操縦の腕がエースパイロット級でもクソ程の役にも立たないのである。
作業の遅れを取り戻す為、人数を増やして足りない労力を補おうとしてフーさんを作り出してみたはいいものの、当然ながら農業の従事経験なぞ欠片も無いので、本気で猫の手程の役に立たなかった。
まぁ、地球圏最強の部隊と戦わせてやるという約束はしっかり果たしたとはいえ、まさか農作業の手伝いをさせられるとは流石のフーさんも予測できなかっただろうから仕方がない。
では何故、戦争と可愛いものしか頭に無いようなフーさんを農作業の手伝いに駆り出す事になったかといえば、実のところ、ちゃんと人間の姿を保ったまま複製できるのはフーさんだけだからなのだ。
美鳥も量産出来ないでもないが、これは目撃者が出ると今後の生活に支障がでるので不可、いっそ下級デモニアックに農作業用の服着せて量産しようかとも思ったが、野菜を媒介にしてペイルホースが感染すると危険なのでこれも不可。
ぶつぶつ文句を垂れつつもきっちり作業をこなしてくれたフーさんには頭が下がる思いだ、ふんぞり返り過ぎて後ろ側に。
そういえば、年甲斐も無いフリフリ着たフーさんを見た姉さんが何ら大きなリアクション無しで、『金髪じゃないのね……』とか呟いていたのが気になるが、何か金髪に思い入れでもあるのだろうか。
とまれ、ジャガイモや玉ねぎ、春菊や長ネギなどの種まきも終わり、春キャベツの収穫が終わる頃にはどうにかこうにか勘を取り戻せたので、こうして姉さんとお出かけと洒落こんでみたのだ。

「まぁそこら辺は追々馴れるとして、さっきの店で何を買ったの? 店員さん、注文の品がどうとか言ってたけど」

「ん、姉さんの服の材料」

「お姉ちゃんの? 材料から作るの?」

「ん、これがまたかなりの自信作でさ、グレイブヤードで職人の技術を収集したのは話したよね」

「うん。お土産に凄いカッコいいお茶碗持ってきてくれたもんね。あと何故かフィギュアも」

因みに三人分作った姉さんフィギュア、姉さんは五月人形を入れるようなケースに入れ、大事に自室に飾ってくれている。
炊飯器に入れているのは俺の分の姉さんフィギュアで、美鳥はニンニク料理を食べた後などによく口に咥えたままテレビを見ている姿を見かける。作っておいてなんだが、実にシュールな光景だ。

「アストレイを読めば分かると思うけど、グレイブヤードは世間では見向きされなくなった技術の使い手が集まるコロニーな訳よ」

「うんうん、それでそれで?」

「で、あの世界の極東、つまり日本の宗家から追い出された異端の着物職人が、持てる全ての技術を費やして編み出した『異界の美と威を備えた窮極無敵のゴス和服理論』を俺が再構築して設計した和ゴス服が──」

「待って、ちょっと待って。それ、お姉ちゃんは何時着ればいいの? 夜一緒に寝る前とか、そういう、ひみつ一杯なプライベートな時? コスチューム『で』プレイ的なそんな」

「え、いや、姉さん最近自分の服買ってなかったし、お出かけ用にお洒落な服の一着や二着新しく用意してもいいかなって。ほら、ゴールデンウィークには千本桜が満開になるって予報あったしさ」

なにやら姉さんが指先をもじもじさせ赤面しながらエロい発言をしだしたが、神(たぶん顔が無かったり三つ目だったりするタイプ)に誓って俺はそんなやましい事は考えていなかった。
そう、今の一瞬で夜のワクワクタイムの為に脱がしやすく扇情的なデザインの再設計版が頭に構築されたが、それは姉さんが悪いのであって俺がエロい訳では断じてない。
とりあえず、最初に設計した和ゴス服の材料では二種類は作れない。
布の複製を作って、それで一旦美鳥をベースに試作して、それからオリジナルの布で姉さん用の完全版を作るのが妥当か。
再設計の時点で新しい種類の布が必要になるかもしれないが、まぁその時はその時だ。

「うー、千本桜って、あの川沿いのあそこだよね、出店とか出る。卓也ちゃんとか美鳥ちゃんならともかく、あそこはいっぱい知らない人が来るから、恥ずかしいかなって思うんだけど……」

「あ、そっか、けっこう観光客とか来るもんね。これはお蔵入りか……」

更に言えば、あの時期は都会に出ていった古い知り合いとかも花見をしに戻ってくる。
トリップ作業用の魔女っ娘服で慣れているとはいえ、知りあいの目の前でそういう服装というのは精神的に来るモノがあるだろう。
考えても見て欲しい、確かに姉さんはそのトリッパーとしての能力も相まってとてつもない若々しさだが、戸籍上は三十路越えなのだ。
世間的な目を気にした場合、その年齢の女性がフリフリひらひらの付いたアレンジミニ和服なぞ着るのは適切と言えるだろうか、過去同じ学び舎で過ごした学友に胸を張って会えるだろうか。
答えは否だ。三十路越えと言えば世間的には小学生くらいの子供が居てもおかしくない年齢、そんな服装を出来る筈がない。
確かに、そういった世間体を無視して本音を言えば着て欲しい。
せっかくデザインしたのだし、何度も再設計を繰り返して完成した自信作(まだ型紙の段階だが)だし、絶対に姉さんの魅力を十二分に引き出せる自信がある。
だがその服を作って送ったからといって、それを着るかどうかは姉さんの判断次第なのだ。
頼みこめば着てくれるかもしれないが、嫌々恥ずかしながら着て貰うというのはかなりそそるが気が引ける。
姉さんは俺の着せ替え人形では無く、確固たる人格を持った一個人なのだ。俺の趣味、欲望を満たす為だけに無理矢理に着てもらうなど言語道断。
という、毒にも薬にもならないような理屈でどうにかこうにか自分を誤魔化しておくのが一番平和的な解決法だろう。

「もう、そんなに落ち込まないでよう。ほら、えっと、知りあいとか人気の少ない場所でデートする時とかなら、お姉ちゃんもそういう服着てみてもいいし、ね?」

「姉さん……!」

思わず身を乗り出し、姉さんの手を両手で握り締める。
感激だ。なんとなく通じ合っているようでそうでないような微妙なシンパシーに喜びを感じざるを得ない。
電車の窓の外では、大きな川が太陽の光を反射してきらきらと光輝いている。
今の俺と姉さんを車内から見たらいい感じに俺と姉さんのシルエットが映って美しい一枚が撮れるだろう。
いやまて、これは少しばかり光量が強すぎるのではなかろうか。季節は春、日差しはぽかぽかと暖かくなる事はあっても、ここまでくっきりと影が出来そうな日差しは──

―――――――――――――――――――

同時刻、鳴無家。
耳にはイヤホン、手にはマウスを握りしめてPCの画面に齧りついていた鳴無美鳥が、ハッとした表情で顔を上げる。

「お兄さんとお姉さんの霊圧が……、消えた……?」

それはつまり、二人が自動トリップで異世界に飛ばされたということ。
そう確信すると同時、美鳥はPCからイヤホンを引き抜き、ボリュームを上げる。

『んほおおぉぉぉぉぉぉぉ!』

途端、スピーカーから溢れだす女性の過剰なまでの喘ぎ声。その大ボリュームの喘ぎ声は家中に響き渡る。
PCの画面に映るのは、身体を殆ど隠せない程度の鎧を身に纏ったままベッドに押し倒されている金髪の女性。
世間的にはイグゥ!さ乙女などと言われる有名監禁調教作品だ。

「ふふふ、これで心おきなく、大音量でエロゲを楽しむことができるというもの」

人二人が消えても、それでも世界は平和だった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

次の瞬間、俺は普段乗る電車とはまるきりレイアウトの違う座席に、姉さんと並んで座っていた。
隣の姉さんは苦虫を噛み潰したような表情。

「ごめん、油断しちゃった。この導入、滅多にないから感知しにくいのよね……」

溜息一つ、衣装はトリップ用のモノに変化していないが、手のひらサイズまで簡略化された機械的な魔法の杖をその手の中で弄んでいる。
この車両、前に一度、いや二度ほど見かけた事がある。これは電車では無く、新幹線!

「新幹線の自由席って、また微妙な始まり方というか、ちょっと車内販売の弁当とか買ってきていい? いいね? いいぜ!」

「卓也ちゃん落ち着いて」

姉さんに真顔で宥められても止められない止まらない。
新幹線なんて高級な乗り物、中学校と高校の修学旅行の時に乗ったきりなので少しワクワクしてしまうのは仕方がないことだと理解して欲しい。
三百円ぐらいする詐欺臭い缶ジュースとか買う為に財布を取り出すと無駄に胸が高まれ高まる。
丁度車内販売のお姉さんが通路を通っている。財布の中を確認、いい生地を買う為に余分に金を財布にいれてある、これぞまさに天恵!

―――――――――――――――――――

そんなこんなで吊り目で雑魚い悪役顔の美人な売り子さんから弁当を全種類買占め、姉さんと二人でお昼ごはん。
少々出費がデカくなってしまったが、今やここは元の世界ではなくどこかは不明ながらトリップ先の異世界、多少ずるして金を増やす程度の事は許されてしまうのである。
その証拠に、先ほど車内販売の売り子さんに万札で支払ったが、それは手元の財布の中にある本物の万札の複製に過ぎない。
通し番号の数字を書き換える程度の事は造作も無いので、この世界から帰るまでは全部偽札で済ませてしまう事にしよう。

「うぅん」

弁当の器である益子焼の釜を掌で押しつぶすようにして取り込み、包み紙を丸めてビニール袋に詰め込み、唸る。

「どうかしたの?」

「いや、そういえばここは何の世界なのかな、と。多分魔法とかそんな怪しげな世界だってのは分かるんだけど」

「そうねぇ」

ブラスレ世界やスパロボ世界を体感した今だから分かるが、トリップ先の世界毎に細かい処でかなり違いがある。
スパロボ世界では重力は巨大なロボットに対して優しいところがあるし、ブラスレ世界は超人アクションに関して物理法則が気持ち緩めになっているような感じがするのだ。
そして、この世界の空気は、不可思議な現象、氣や魔力というものに酷く大らかな雰囲気がある。
大気中には意思を持った不可思議な何かが充満している。
この不可思議な意思を持った存在、ブラスレ世界やスパロボ世界で魔法を使う時に周囲に現れていた何か──つまり、精霊に酷似しているのだ。

「うん、卓也ちゃんもそういうのをしっかり認識できるレベルに達しているのね。偉い偉い」

母性溢るる笑顔を向けられ、あまつさえ撫で撫でされてしまった。
ここで常人ならば恥ずかしがったり照れたりしながら手を振り掃ったりするのだろうが、俺は断固としてそんな事はしない。
姉さんに褒められて甘やかされている。
この幸福な状況を自分から中断させるなどという愚行を犯すほど、俺は未熟では無いつもりだ。
全身全霊を持って、この状況に甘んじる!
とか決心した瞬間に撫で撫でが終わってしまった。馬鹿な事考えてないで姉さんの掌の感触に集中してればよかった。

「そうね、そこに気付けたのはいいけど、それだけじゃどういう世界か特定するには足りないわ。こんな感じで世界に精霊っぽいのが満ちている世界なんてさして珍しくも無いし」

「まぁ、現代の地球っぽい世界観で平気でぽんぽんファンタジーな技術を使う作品は少なくないしね、異能力バトル物とかそんな感じだし」

しかし、新幹線に乗るシーンがある、という条件が加わればそれなりに絞り込む事ができる筈だ。
更に言えば、この新幹線は大阪行きである事は確認済みで、時刻は午前。

「魔法関係のネタがあって、それでいて大阪行きの新幹線が登場する作品かぁ」

新幹線で真っ先に浮かんだのはマイトガインやヒカリアンではなく何故かグリーンウッドなのだが、あれは剣と魔法は外伝にしか登場しない。いや、マイトガインもヒカリアンもロボ物だが。
……まぁ、宇宙人だの幽霊だのが平気で存在している時点で魔法の存在も完全には否定できない訳だが、そんな事を言い出したら絞り込む事なんて出来る訳も無く。
更に言えば、大阪行きの新幹線とか、午前とかは余りに情報として細か過ぎて役に立たない。
うんうん首を捻って考えていると、姉さんがポッキーを一本差し出して来た。

「そんなに悩まなくても大丈夫だって、卓也ちゃんはもう生半可な異能力じゃダメージは入らないんだし、これからの展開を様子見しながらゆっくり──」

「コラーーっ、親書を返してくださーいっ!」

姉さんのセリフの途中で、背中に大きな杖を背負い、肩に白くて細長いユーノ君を乗せたスーツ姿の赤毛の少年が走り抜けていった。
姉さんはポッキーを差し出した姿勢のまま、俺はそれを受け取る寸前の姿勢のまま、しばし沈黙。
重々しく、口を開く。

「これ以上無い程のヒントが、つうか、答えそのものが目の前を横切っていったような」

続けて、姉さんが静止状態から復活した。

「まぁ、こんな事もあるのよ、うん」

この落ち着きよう、やはり天才……
此方に差し出していたポッキーを新幹線の通路に向け、仄かに頬を赤く染めほんの少しだけそっぽを向く。やや動悸が激しくなっているようだ、姉さんも少し動揺しているようで安心した。
ポッキーの先はかすかな光を帯び、しかし機械的に計測した限りでは魔術的、科学的に防壁の張られた大都市を一瞬で蒸発させるだけのエネルギーが宿っているように見えた。
強力でありながら並みの探知能力では察知できない程に存在感の希薄なエネルギー。
サイトロンから核分裂、バッテリーに至るまで、あらゆるエネルギーの探知に定評のあるスパロボ世界版次元連結システムのアッパーバージョンを搭載した俺ですら、目の前でエネルギーが収束する様を見なければ察知できない程のステルス性。
こんな物で攻撃されたら、自分が死んだという事にすら気付けずにこの世から消滅してしまうだろう。

「ここがネギまの世界、しかも修学旅行編なら話は早いわ。ええと、確か首謀者はメガネの吊り目女と白髪の子供よね」

ポッキーの尖端に集まった謎の力が、そこにあるのか無いのか、どんどん不安定な状態へと移行する。
スパロボ世界で見たボソンジャンプとも次元連結式のワープでもオルゴンクラウドでもない、かといってネギま世界の魔法でもない。
ポッキーの尖端に存在する力、それが存在する確率がどんどん低くなっているとでもいうか、もう俺に内臓されている観測機ではその存在を捉えきれない。
そう、誰にも観測出来ないが故に、どこにでも存在し得る。
あとは標的の存在する座標に確立を収束させるだけ。事実上どのような場所に存在しても、あの攻撃からは逃れ得ない。
射程距離無限の必中攻撃。

「こいつらを始末しさえすれば事件は終了、ささっと片付けてお家に帰──」

言いかけ、言葉を止める姉さん。
そのまま、人差し指と中指に挟んだポッキーを縦に振り、もう片方の手を顎に当て考え込む。
一つ頷きポッキーを大きく一振りすると、何処かに居る標的の二人に向け転送される寸前だった力をあっさりと消してしまった。

「どうしたの?」

「えと、よくよく考えたら、卓也ちゃんと二人っきりの時間とか、最近なかったよね」

「言われてみればそんな気もする」

何だかんだで姉さんは早起きできないのは相変わらずだし、そうなると早朝に畑仕事に向かう俺とは鉢合わせ無い。
昼間は農作業で家を開けるし、ご飯を食べる時は美鳥を入れて三人なので当然二人きりではない。
姉さん自身は昼間特にやる事も無いのでちょくちょくお昼ご飯用にお弁当を持って畑に来たりもするのだが、ここ最近は畑限定でカプセル怪獣の如くフーさんをこき使っているのでこれも厳密には二人きりでは無い。
せいぜい風呂の時間か、さもなければ美鳥が遠慮して他の部屋で眠った夜程度か。

「そのくせ、美鳥ちゃんはあっちで殆どずっと卓也ちゃんと一緒だったっていうし……」

ぽす、と軽い音を立てて姉さんが肩にもたれかかり、人差し指でこちらの胸元にのの字を書き始めた。
ううむ、これはいけない。姉さんを寂しがらせてしまったようだ。
確かに俺と姉さんでは互いに互いを愛でる時間に差異があったのは確かだろう。
何しろ俺の実睡眠時間は僅かに二、三時間程度。日が変わるか変わらないかという時間に姉さんと一緒に布団に入り、一瞬にして眠りに付き、丑三つ時かそれを少し過ぎた時間に起床する。
深夜に起き、すやすやと眠る姉さんの寝顔を見てほっこりしたり、眠りを妨げない程度の強さで寝顔や寝姿を愛で、早朝の農作業が始まるまでの時間で姉さん分を補給しているから、コミュニケーション不足に気が付かなかった。
つまるところ、姉さんはこのトリップを利用して久しぶりに二人きりの時間を作ろうと提案しようとしているのだろう。

「しかも向こうで金髪巨乳の十代の美少女を従順な雌奴隷に調教したっていうし……」

「お待ちなさい」

予想外の変化球。何処の誰の入れ知恵だ。

「でも、荷物の中に綺麗な金髪が入っていたもん。金髪のちぢれ毛にストレートパーマをかけてまで持ち帰ってくるほどお気に入りなんでしょ?」

「なんで素直に普通の毛であると判断できないのかがさっぱり理解できないのだけども」

フーさん見た時のリアクションはそれが原因か。
下の毛にストパを掛ける事ができるかどうかは知らんが、少なくとも毛の太さで分かりそうなものだろうに。

「だって美鳥ちゃんが、『お兄さんはその金髪巨乳の乗った機体を背後に庇って、見事に攻撃を一発も後ろに通さずにラストバトルを戦い抜いたんだよ!かっこよかったよ!』って、それなら間違いなくちぢれ毛をお守り代わりにするでしょ?」

「いや、公共の場でちぢれ毛ちぢれ毛連呼しないで、お願いだから」

美鳥め、最終決戦に関して、極限まで曲解した報告をしやがったな。
スパロボ世界で手に入れた能力とそれを用いた戦闘法の研究とかは結構したけど、俺からスパロボ世界での詳しい活動内容の報告をしていなかったのが仇になったか。
……いや、割と意図的に避けていた節もあるけども。多少の後ろめたさはあるし。
いくらサイトロン予知の予防の為とはいえ、女の子を薬ポさせるとか、姉さんに話して軽蔑されたら嫌だし、そこまでやって最終的には主人公達には勝てなかった訳だし、率先して話したい内容ではないと思う。
日常に関してももうちょい詳しく日記に書いておけばよかったか。自分で読み返してもいまいち何やってるか分からんものなあの日記。

「ああもう、京都までまだ少し時間があるから、まずはそこら辺の誤解を解く為にも掻い摘んであの世界でのあらましを聞いてくれ」

「卓也ちゃん駄目! そ、そんな、首を締めながらだとよく締るだなんて」

「人の話聞けよ」

エロゲ脳か、何もかもエロゲ脳が悪いのか。
桜色に染まった両頬に手を当て、いやんいやんと身体をくねらせる姉さんに突っ込みを入れ、俺はスパロボ世界での出来事を順を追って説明した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

新幹線を降り、四泊五日泊まる為の宿を借りる為に京都の市街を歩き始めた時点で、ようやくスパロボ世界でのあれやこれやを話し終える事が出来た。
何だかんだで基地に居る間は哨戒偵察ばかりの日々だったが、ナデシコでの日常生活なども含めるとかなりの情報量だ。誤解を解くのに必要な部分だけ話すにしてもそれなりに時間はかかる。
姉さん自身スパロボ系の世界にトリップした事はあったが、俺のように機械に対して相性が良い訳でも無いので主人公のチームについて行くこと自体そう無く、そういった主人公達の乗る戦艦での日常というのは少し興味があったらしい。
そんなスパロボ世界の話の中、姉さんがとりわけ強い興味を示したのはやはり金髪の少女──メメメの事。
姉さんと、あとオマケで美鳥というものがありながら主人公のヒロイン候補に手を出すとか意地汚いとか言われるかと思ったのだが。

「連れてこなくてよかったの? すっごく懐いてたんでしょ?」

そういった独占欲とでもいうべき感情に縛られるほど、姉さんも未熟ではないらしい。
正直、俺が姉さんの立場で、姉さんが姉さんに凄く懐いた、馴れ馴れしいイケメンとか連れてきたらファイアパターンの刻まれた覆面を装着して嫉妬の炎を滾らせるに違いない。
流石、姉さんは懐の深い大人の女性だと尊敬するべきか、俺が他の女としても気にしないという事実に凹むべきか……。

「姉さんは、俺が姉さん以外の人としても平気だったりするのか……」

俺の言葉に、姉さんはぷくっと頬を膨らませ唇を尖らせながら答えた。

「そんな訳無いじゃない。もう、卓也ちゃんはハーレムでも作りたいの?」

俺の言葉に少し怒っているのか、俺の手を握る姉さんの手の握力が強くなり過ぎてそろそろブラックホールが出来る危険性があるのでどうにか宥めたい。

「いや、だってほら、メメメを連れてきても良い的な事言っているし、多少なりとも嫉妬して貰えないと、なんか」

握力が弱まった。握り潰されてグシャグシャに潰れていた手を姉さんに悟られないように修復。
修復が完了すると同時に、姉さんが先ほどまでよりも深く、腕も絡める様な感じで手を握り身を寄せてきた。
良い匂いが香ってくる。かなり近付かないと気付かない様な微かな香水の匂い。
なんでも、肌の匂いや汗の匂いと交る事を考えて選んでいるのだとか。
不自然で無く、姉さんそのものの匂いも混じった香料の匂いは何処か蠱惑的ですらある。
そんな匂いを滲ませた姉さんが、こちらを悪戯っぽい表情で見上げている。

「だって、卓也ちゃんがお姉ちゃん以外に本気にならないって、お姉ちゃんは信じてるもの。卓也ちゃん、その子に迫られてもキスの一つもしなかったんでしょ?」

「いやまぁ、確かにそうだけど」

うう、大人の貫録だ。
ここで美鳥辺りなら空気を読まず『こないだまで三十路処女だったのに大人の貫録とかぷぷぷ』とか言いそうなものだが、当事者としてそう感じざるを得ない。
いや、そんなこと正面切って言ったら間違いなく泣かれるか、さもなければ冒涜的な角度のヒットマンスタイルから放たれる宇宙的怪異の如きフリッカーで念入りに殺害されそうな気もするが。

「お姉ちゃん的には、金髪巨乳ちゃんの本番無しの寸止めエロ撮影会付きなら全然オッケーよ!」

「いや、そういうのはいいから」

「むしろそんな泥棒猫には目の前でお姉ちゃんと卓也ちゃんが濃厚に愛し合ってる姿を一晩目をそらさずに見せつけて身の程を弁えさせてあげるのもやぶさかじゃないっていうか、わかるわよね!?」

「姉さんがエロゲのやり過ぎでエロ漫画の読み過ぎだって事はよくわかった。姉さんの脳の為にも快楽天の定期購読はそろそろ止めといた方がいいと思うから今度契約切っておくからね」

姉さんは世代的に調教SLG全盛期の人間だから、同じエロゲーマーでも最近の泣きとか燃え全盛の人間に比べて危険性がとても高い。
この際だから美鳥にもLOの定期購読を控えさせるべきか。

「ああん、そんな無体な」

「とりあえず、ここでそういうエロスな会話は控えようよ。仮にもここは天下の往来なんだから」

そう、大きなホテルは修学旅行の時期なだけあってどこもいっぱいいっぱいなので、学生向けでない穴場的な宿を探しているのだ。
京都、実は中学高校と修学旅行で行かなかったので産まれて初めてだったりするのだが、その生まれて初めての京都での会話が下ネタというのは頂けない。

「むー、もうちょっとそのメルアちゃんのお話聞きたかったなぁ。卓也ちゃん、学生時代はそういう浮いた話無かったじゃない」

モテませんでしたからね。ええ、モテませんでしたからね。
積極的に女子と交流してた訳でもないし、イケメンって訳でもないから当然ですとも。
……まぁ、クラスの女子とか見て、姉さん程可愛く無いなぁとか内心考えているシスコンがまともにモテる訳は無いのだけども。

「エロスを交えなければいくらでも話すよ。つってもそれ以外だと、餌付けしたとか餌付けしたとか餌付けしたとか、そんな話しかないけど」

ナノマシンを一服盛って、あとは餌付け餌付け餌付けの繰り返しだったから、人に話すようなエピソードとかは殆ど無い。
姉さんが繋いでいない方の手を上げ、指をくるくると回しながら何かを思い出す様な仕草をし、閃いたとばかりに顔を明るくする。

「そうだ! 美鳥ちゃんから聞いた話だと、ブレンパワードのエピソードに巻き込まれて雪山に行って、その時にそのメルアちゃんも一緒だったんでしょ? 吹雪の雪山で狭い小屋の中に若い男女が押し込められたならそれはもう……!」

「他にも四人ほど居たけどね」

美鳥の語ったエピソードだと統夜も伊佐美弟も電波も電波(オーガニック)もディスられているらしい。
とにかく、そういった細々としたエピソードを語ればいいなら、話すネタが無い訳でもない。
俺は次に狙っているホテルの位置を地図で確認しながら、姉さんにスパロボ世界での零れ話を語り始めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「おかしい」

「いや、こんなものよ実際」

結局、日が落ちるまであちこちホテルを探し続けたにも関わらず、ガイドマップに乗っている営業中のホテル、旅館は全て満室で、宿を確保する事すら出来なかった。
姉さんの話によれば、麻帆良の学生連中、つまり原作キャラの泊まっているホテルに行くと、何故か運良くキャンセルが入り泊まる事が出来るが、確実に原作のイベントに巻き込まれるのだとか。
当然、白くて細長くて犯罪者なオコジョとか、十歳の男の子の金玉をやわやわと弄ぶ手コキレズとかに因縁を付けられ、更には何故か翌日も同じ宿に泊まるはめになり、パイナップルみたいなパパラッチに付け回されたり、何故かラブラブキッス大作戦に巻き込まれたりといったイベントが始まってしまうらしい。
つまるところ、原作イベントは掠った時点で強制イベントに化けてしまうのだ。
姉さんや俺のようなトリッパーが、存在出来なかった主人公の代役であるが故の強制力のようなものらしい。
このトリップの目的が、姉さんと二人きりでイチャイチャする事を主眼に置いている以上、そんなくだらないものに巻き込まれるなどという事は当然あってはいけない。
それは分かる。何が悲しくて乳臭い中坊どものドタバタ騒ぎに巻き込まれて姉さんとの貴重な時間を浪費せねばならんのか、そう考えれば麻帆良の連中の泊まっている宿になぞ死んでも行きたくはない、むしろ宿ごと相転移砲で消滅させてしまっても構わない。
だが、だがしかし、だ。

「これは、無い」

「もう、原作に関わらないなら、本当にこれがベストな選択なのよ。ほらほら卓也ちゃんこのベッドすっごく弾むわよ! きゃー♪ 回る、回ってるー!」

「もう少しでいいから説得力を出すように努力してほしいんだけど……」

丸く、余裕で二人が眠れそうな、むしろ、激しい運動をしても転げ落ち無いような回転ベッドの上で姉さんがぽんぽん弾んで遊んでいる。
途中で脇にある各種スイッチを押してしまったのか、姉さんはエロチックな音楽と共に回り始めたベッドの上でキャーキャー叫びながら弾んでいる。
備え付けの冷蔵庫には精を付ける為かマムシドリンクや各種栄養剤。
バスルーム完備、部分的にくぼんだイスとか、妙にふかふかなバスマットとかも抜かりなし。
部屋は全体的に清潔に保たれ、随所に隠しカメラと盗聴器が設置されていた事を除けばそれなりに良い宿だと思う。

「だからって、ラブホテルは無い!」

そう、原作の流れにトリッパーを近づける為にかなり強い強制力の働く強制トリップだが、いくつか原作に近付かなくてもいい裏道がある。
そして、ネギまのようなラブコメで特に良く使える裏道が、こういったラブホテルなのだというのだ。
跳ねるのに飽きた姉さんが女の子座りでベッドに座り、真剣な顔を向けてくる。

「それが嘘でも冗談でも無くて、マジな話なのよ。私達が渡る世界は基本的に二次創作、つまりは何処かの誰かの妄想だから、原作キャラとか主人公専用のオリジナルヒロインとかとこういう場所に来て」

視界が回転する。
投げられた、武術の達人である東方不敗を取り込んだ俺が、技の入りすら見極められない程の速度と技量を伴った投げ。
くるりと回転し、姉さんの目の前に仰向けに落とされる。
落下のタイミングを認識できなかった為、無様に大の字に寝転ぶような形。
倒れた此方に覆いかぶさった姉さんが、妖しい笑みを浮かべる。

「こういう事をする、なんて流れも存在するの。本編なんてそっちのけで、ね」

ぷち、ぷち、と、もったいつける様に上着のボタンを外していく姉さん。
その表情も相まってとても扇情的なその姿に、思わず生唾を飲み込む。

「いや、ちょっと待って、ムード、それっぽいムードとか」

「そういうの、普通はお姉ちゃんが言うべきセリフだと思うんだけどなぁ」

姉さんはボタンを外す手を止めず、こちらのホールドも解かずに片足をベッドの端に伸ばし、スイッチを入れる。
何処かに設置されているスピーカーから、分かりやす過ぎる程エロチックな音楽が流れ始めた。

「はいムード完成」

「今壮絶な手抜きを見た」

「ああもう! お姉ちゃんだって実際に誰かと入るのは初めてなの! テンパってるんだからそういう突っ込み入れて意地悪しないの!」

なるほど、それで微妙に手が震えていたのか。
よくよく見れば頬の染まり方も欲情によるそれでは無く、羞恥によるものだと分かる。
もっとも、そんな細かい事に気付けたのは姉さんがテンパりだしたお陰で逆に冷静になれたからなのだが。

「安心した」

「……誰かと一緒に入った事があるんじゃないかって思った?」

「まさか。そういう事があったら、姉さんは自分から言ってくれるしね」

中途半端にボタンを外した姉さんを抱き寄せ、耳をぺろりと一舐め。
舌の感触にくすくすと笑い、擽ったそうに身を少しだけよじる姉さんに囁きかける。

「緊張してるのが俺だけだったら、男側としては恥ずかしいでしょ?」

俺の言葉に姉さんは一瞬キョトンとした顔をし、猫のようにニンマリとしたニヤケ顔になる。
可愛い。猫みたいだけど猫より遥かに可愛い。

「卓也ちゃん、男の子だ」

「姉さんも、女の子だね」

夜が更ける。
久しぶりの姉さんと俺だけの夜。
一日目の締めくくりとしては悪くないだろう。
姉さんと体温を交換しながら、そんな事を思った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

夜が明け、トリップ二日目の朝。
いや、朝というのはかなり語弊がある、現在の時刻は昼過ぎ、あと二時間もしない内に昼飯をすっ飛ばしておやつの時間。
久しぶりに完全な二人っきり、翌日早起きして農作業をする必要も無いという事で、明け方近くまで張り切ってしまった。
血が出る様なプレイこそしなかったが、張り切り過ぎたお陰であの部屋のシーツは洗って再利用できるかどうか怪しいものだ。無人のラブホでなければ弁償しなければいけなかったかもしれない。
それはともかく、日もすっかり昇りきったこの時間にようやく二日目の活動開始だ。
原作に関わるつもりは欠片も無いので、今日は麻帆良の修学旅行生と鉢合わせ無いように場所を選んで京都観光、の前に、腹ごしらえをする事になった。
俺も姉さんも食事が必ずしも必要という訳では無いが、せっかく京都に来たのだからそれっぽい食事を頂いてみたいというのがある。

「っても、俺京都の知識とかお寺がたくさんあるとか、大仏様が実はラ・グースへの対抗策の一つで強力な法力を持ったお坊さん数人で動かす巨大戦闘用機動兵器である事しか知らないんだけど。あと生八橋がニッキ臭くて美味しいとか」

「そういう偏った知識もトリッパーとして重要ではあるけど、今のお姉ちゃんと卓也ちゃんに必要なのは京都グルメマップね。あと生八橋はニッキ臭いの以外にもチョコ味とかもあるらしいわ」

「チョコ味か」

「チョコ味よ」

そんな訳で本屋に入り、それっぽい本を購入。
移動に際してバイクでタンデムというのも考えたが、京都を観光するのには景観に合わず相応しくないということで徒歩移動。
相応しくないを通り越して変形後ガルムでの移動は一種のギャグとして通用しそうなので、何時か元の世界の京都ででも試してみる事を堅く心に誓う。
バスに乗り、更に数分歩いて目的の店に辿り着く。
店先にかかっている大きな草鞋が目印の店で、鰻や鰌を扱っているらしい。
煮込み雑炊がメニューに存在した事実にはセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられない。
俺と姉さんはガイドブックとメニューに誘われるようにして、ホイホイとその店に突入してしまったのだった。

―――――――――――――――――――

甘味屋ではないので季節限定ではなく、注文通りに雑炊が運ばれてくる。店員さんが言うには正確には煮込み雑炊ではなく鰻雑炊らしい。
つまり雑炊だ、そういう細かい所に気を使うのは少し気取り過ぎでは無いだろうか。鰻と鯰の店で雑炊を頼んで鰻が入っていないなんて誰も思わないだろうに。
そして肝心の中身だが、美味い。
白焼きにされた鰻と餅がメインで、更に人参や椎茸なども入っており栄養バランス的にも優れており、それらを包む卵の黄色も色合いに鮮やかさを加えている。
吸い物などもついていて、結構ボリュームもあり、値段設定も納得がいく。
納得がいくし、美味しいのだが──

「美味い、確かに美味いけど、なんかムカつくというか、遣り切れないというか」

「ブルジョア飯に対するアレルギーって、なかなか抜けないものよねぇ……」

姉さんと一緒にほんのり凹みながら、それでも美味しいので箸が進む。
卵でとじられた鰻の雑炊とか、今までの人生では食べた事の無い上品なメニュー。いや、雑炊が上品なメニューに分類されるのかは分からないが、上品だと感じてしまう。
何度も言うが、美味しいのにそれが逆に悔しい憎らしい。
悔しいので値段の高い方から幾つか追加で注文して、全部偽札で払ってやった。
今は本物との見分けがつかないが、俺達がトリップから帰る頃には『いっせんまんえん』の子供銀行券に変化する時限式のトラップを掛けておいた。
やってから気付くが、俺も大概やる事が小さい。
でもまぁ、大きな事をやれば良いというモノでも無いので気にしない事にする。

「次はどこに行く?」

会計を済ませ店を出て、次の目的地をどこにするか相談する。

「ちょい電車で移動すれば大阪か。OSAKAファン的には聖地巡礼と洒落こみたいところだけど」

「流石に、そこまで細かい地理は覚えてない?」

「うん」

残念無念、今度は小説版とゲーム版で登場した場所のメモを持って来たいものだ。
改めて地図を広げ直し、二人で覗きこみ現在地を確認。

「ここからだと、清水寺か三十三間堂ね」

「飛び降りるところと、走るところだったかな」

バイク移動ならともかく、徒歩移動の後にゆっくり拝観するならどちらか一方にしか行けないだろう。
まぁ、どちらか一方は明日にでも行けばいいとして、今日この時間に行くのがベストなのはどちらか。
拝観料は清水寺が三百円で、三十三間堂が六百円。三十三間堂一回で清水寺は二回入れるという事か……。
いや、幾らなんでもそこまでケチる必要は無い。拝観料の事は忘れよう。

「お姉ちゃん的には、やっぱり断然三十三間堂がおすすめかな」

「なんで?」

「近いじゃない」

あっけらかんと答える姉さん。単純すぎる理屈だ。
だが、確かに近いのは利点だろう。今から三十三間堂に向かって一時間ほど拝観しても四時半には見終わる。
これなら少し急げば清水寺に向かう事も出来るが、狙いはそこでは無い。三十三間堂の向かいにある京都国立博物館だ。
寺だのなんだのばかりが注目される京都ではあるが、この国立博物館も収蔵物の古さ渋さでは中々のものだし、野外展示の行われている二つの庭と二つのエリアはそこらのお寺の庭よりも見ごたえのある物なのだ。

「と、観光案内には書いてあるね」

「うんうん、まぁ当然メインは三十三間堂なんだけど、その後にどこに逃げこ、どこを観光するかも考えておいた方がいいじゃない?」

「追い出されるよりも早く外に出て博物館に駆けこめば問題にもならないしね」

既に問題を起こす事が前提というのが何ともあれだが、まぁここは元の世界ではなくネギまの世界、多少の馬鹿な行動には目をつむって貰うという事で。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

百メートル走や五十メートル走のランナーというのは、競技中の記憶が無い場合があるらしい。
銃声と共に走り出し、気がつけば競技は終わり、歓声も何もかもを後ろに置いてきぼりにするのだとか。
面白いし興味深い話だが、俺は短距離走者どころかスポーツマンだった事すら無い男なのでその感覚を味わった事は無いし、多分これから何時まで続ける事が出来るか分からない人生の中でも、そういった感覚を得られる確率は低い。
神経加速、例え百メートルを瞬き一つ分の速度で駆け抜けたとしても、俺の感覚では数分掛けてゆっくりと進んでいるように見える。
こんなインチキに頼るようではそういった極限の状態に達する事は難しいだろう。
現在、俺の身体性能はネギま世界無双が出来る程度(姉さんの目から見ると大体そんなレベルらしい)まで落としてある。
フルパワー程の馬力は無いが、当然の事ながら木張りの床で全力疾走などすれば床が砕け散る程度のパワーは備えている訳で、走りながらもそこら辺を気にしなければならない。
──地面を蹴る、一歩踏み出す毎に布の塊で木の板を叩いたような軽い音が響き、俺を前へと押し出す力を生み出す。
スパロボ世界から帰ってきてからの、流派東方不敗などの格闘術を自分専用の体術に組み替える修行で似たような事をした覚えがある。
パンチ一発にしても人体から繰り出す攻撃というものは奥が深い物で、拳から肩までの捻り、筋線維一本の動き、血流速度などの的確な組み合わせにより、無駄にまき散らされていた衝撃波を全て攻撃力、貫通力に変換する事が可能となる。
──腕を振る、空気を掻き、走行中の身体のバランスを調整する。物理的、空力的に正しい腕の動きを心がける。
それを走るという行為に適用しなければいけないのだ。
踏み出す力は緩めず、しかし床を粉砕するはずだった無駄な力を全て俺の身体を前に進ませる推力へと変換する為、リアルタイムでそういった動作を制御する。
修行を続ければそんな事を意識するまでも無く出来るらしいのだが、今の俺ではそこまでは出来ない。
──斜め前に少しだけ視線を向ける。姉さんが俺の数メートル先を走っている。素晴らしい肉付きの尻である。何時間でも鑑賞に耐えうる美尻。
身体能力は俺と同じレベルまで下げてくれているので、この数メートルの差は純粋な肉体制御能力の差が表れているに過ぎない。
身体能力を引き上げるのでは無く、地面を蹴るのに適した形状の骨格へ、筋肉の付き方もそれに適した分配に変えて対抗する。この程度の変化ならネギま世界レギュに反しないし、姉さんも似たような真似は出来るだろう。
だが、それでもこの数メートルの差が縮まらない。
──姉さんが一瞬此方を振り向き、クスリと笑った。
舐められている。現状に甘んじる訳には行かない、しかし、打開する策もやはり無い。

「いっちばぁーんっ♪」

姉さんが片手を振りあげ叫ぶ。少し遅れて俺もゴール。
結局、俺は121メートルを走る間に、姉さんにまるまる一秒以上の差をつけられてしまった。
肉体的には余裕だが、どうにもこうにも精神的に疲労感が漂っている。

「どうだった? 神の領域とか見えた?」

「姉さんの尻しか見て無かった」

三十三間堂を全力疾走で駆け抜けるロードランナーごっこは中々に面白い企画ではあると思うのだが、そこに能力上の制限やら施設破壊不可などの条件が付くと途端に難しい競技に早変わりしてしまう。

「はいアクエリアス」

「ありがとう」

一本のアクエリアスで互いの喉を潤す。実際に疲れている訳でも喉が渇いている訳でもないがそれでも運動後のスポーツ飲料はとても美味しく感じるものだ。
そんな感じで一息吐き、互いに手持ちの鞄の中から靴を取り出し庭に置く。
重力制御で体重を限りなくゼロにしてあるので足跡が付く事も無いだろう。
後ろ、三十三間堂レースのスタート地点からとてつもないオーラを放つ何者かが近づいてきているのが分かる。
振り向くと、手になにやら長年使いこまれた形跡のある錫杖を構えた、顔面に無数の傷のある極道も裸足で逃げだしそうな風貌のお坊さんが近づいてきていた。

「あらあら、今回のここのお坊さんは有能なのね」

「すげぇ、あの坊さんもしかしなくても孤月とか撃ってくるよね」

孤月の代わりに法力金剛弾を撃ってきた。
が、速度的には大したことが無いので即座に撒く事に成功。穿心角を持っていなかったあたり、顔が似ているだけの別人だったのだろう。ここネギまの世界だしね。
なんだか最初に出てきたお坊さんが他のお坊さんに数人がかりで取り押さえられていたので、あのお坊さんの独断専行だったのだろう。
よくよく考えてみれば東の使者が親書を持ってくるデリケートな時期なのだし、あのお坊さんも気が立っていたのかもしれない。
そんな事はどうでもいいとして、顔は姉さんの不思議な魔法で記憶されていない筈。
堂々と国立博物館に逃げ込み展示物を楽しみ、その後は夕飯を適当に済ませて最初に出たラブホテルでもう一泊する事にしよう。

―――――――――――――――――――

しかし、予想に反して今日の宿泊先は普通のホテルだった。
大きくも無いが小さくも無い、宿泊料金も高くも無ければ低くも無い極々普通の宿。

「あれ?」

昨日の説明を真に受けるなら、ネギ達の居ないホテルには泊まりようがない筈なんだけど、あれ?
頭からホログラムではてなマークを浮かべる俺に、姉さんが不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「ふっふっふ、昨日のあれは卓也ちゃんに強制トリップで発生する強制力の内容を理解して貰う為の誰でも出来る安全策、今日は多少力を身に付けたトリッパーならではの宿の取り方をレクチャーしようと思うの」

「あ、ここのホテルテレビ有料だ」

テレビの脇にコイン入れる追加パーツが。ちょっとレトロな感じ。

「このコイン一個入れる感が堪らないけど、まずはお姉ちゃんの話を聞いてね?」

「うん」

手提げカバンと元の世界で買った生地をベッドの枕元に置き、姉さんと正座で向かい合うと説明が始まって、終わった。総説明時間三十秒。
結局のところ種は簡単、ホテルを無駄に満室にしているお客の中から数人『不慮の事故』に会って貰い予約をキャンセルさせ、その空室に潜り込むというもの。
力技である。そこまでやるなら隣の県まで移動してそこでホテルを取るとかすればいいような気もするが、そこの所はどうなのだろうか。

「移動が面倒、という冗談はともかくとして、その手段はとれる場合と取れない場合があるからそうそう使えないのよ」

「存在しない?」

「舞浜サーバーとかメガゾーン23とか、そんな言い方で通じるかしら」

「なるほど」

姉さん曰く、ここは何処かの誰かの妄想した世界であり、その妄想が作品として形を成さなかった出来損ないであるという。
大概の場合は生み出され損ねた世界自身が自ら不足している要素を補おうとするのだが、結構な確率で物語の舞台となる都市や施設『だけ』が存在し、それ以外の場所に向かえない、箱庭のような世界になってしまう事があるのだとか。
その世界を産み損ねた者の想像力不足なのか知識不足なのか、それともただ単にそういった仕組みになっているだけなのかは分からないらしいが、そういった場合外に出ようとする行動は完璧に無駄になる。
この世界が、『修学旅行編のネギまの世界』なのか、『ネギまの世界の修学旅行編』なのかは分からないが、登場人物達が行った事の無い都市は存在しないものと考えるのが妥当だろう。

「そんな時間の無駄遣いはしたくないでしょ。それに、卓也ちゃんもこういう雑な解決法とか好きだと思ったから」

「楽だもんね」

「ねー♪」

不慮の事故にあった人達には悪いが、いや悪いか? 仮に悪いという事で話を進めるとして、バイク戦艦に轢き殺されたものと考えて人生を諦めてもらうとしよう。
結局今日はエロい事をするでもなく早く寝る事になった。
お約束として明日の夜にスクナを倒した直後に帰れる確率が高いので、明日は早起きして午前中からデートの時間にあてようと言われたのだ。
明日一日、しかも夕刻からは原作イベントに介入するのでそれまでの時間でどれだけの場所を観光できるかは分からないけど、せっかくの二人きりの時間なので大切に過ごそうと思う。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

深夜、ダブルベッドからゆっくりと這い出す影が一つ。
その影の名は鳴無卓也、彼はその体質故に一切の睡眠を必要としない。通常時の睡眠は擬態に過ぎないのだ。
だが、彼が夜中にベッドを抜け出す事は稀である。彼にとって姉との同衾は、姉と共に夢心地でまどろむ時間は何よりも大切な時間なのである。意味も無くベッドから抜け出す事はありえない。
姉を起こさぬようベッドから抜けだした卓也は、枕元に置いてあった紙の箱から、いくつかの生地の詰め合わせを取り出す。
その生地を暫く見つめ、更にもう一つ、その掌から紙型の束を生成する。
それらを見比べ、頷く。

「クロックアップ」

その一言が卓也の口から紡がれると共に、卓也の世界だけ時間の流れが変わる。
体内のタキオン粒子制御技術による時間制御、その加速倍率は過去のどのタイミングで行われたクロックアップよりも高く、通常の時間の流れの実に10万倍。
その倍率には何の意味があるのか、いや、確かにその倍率にする意味はある。
ダブルベッドに残された卓也の姉、鳴無句刻がベッドから抜けだした卓也に気付くのに1分と少し、それは卓也が事前に数回にわたって計測した結果であり、確かな目安でもあった。
農作業に行くでも無く、朝までゆっくりできる時に卓也が起きると、句刻は何事かと思い起き出してしまうのだ。
卓也の姉である句刻が起きてくるまで、卓也の主観時間で69日と数時間。
それだけの時間を掛けて、姉には秘密で作っておきたいものが、卓也にはあるのだ。

「さて、やるか」

静かに、しかし力強い決心を以て、その手から道具を作りだす。
グレイブヤードに追いやられた非業の天才が残した技術を、この世に顕現させる為に。
そして、姉の喜ぶ顔を見る為に。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

長い、長い夜が明けた。
まるで丸二ヶ月、一睡もせずに縫製作業に明け暮れていたような、そんな、というか、明け暮れていたのだけど、実際の時間の流れ的にはずうっと夜だったから明けても暮れてもいなかったっていうか……。
まぁ度々姉さんの寝顔を愛でたり、取り込んであった食べ物飲み物で心を潤したりしたとはいえ、たった一人で延々二ヶ月生地とフリルとレースに向き合うのは精神的にクルものがあった。
だがその苦労の甲斐もあって、完成品は素晴らしいものに仕上がった、きっと姉さんも気に入ってくれるだろう。
そんな事を考えながら向かいで朝食を取る姉さんに視線を向けると、姉さんも丁度此方を見ていたようで、ばっちりと目が合ってしまう。

「朝からニヤニヤして、何かいいことでもあったの?」

「ん、昨日はゆっくり姉さんの寝顔が可愛かったから」

約二ヶ月分もの作業の間、数日分は確実に寝顔の観察に充てていた。
これまでも寝顔を愛でる際にクロックアップで時間を引き延ばしたりはしていたが、一晩の間に丸数日姉さんの寝顔を眺めたのは多分初めてだろう。
姉さんは小鉢に入った納豆(関西人は納豆が嫌いというが、ホテルの朝食には出る事があるらしい)をかき混ぜながら、ほんの少しだけ唇を尖らせて拗ねたような口調で呟く。

「またそうやって誤魔化して、お姉ちゃんは卓也ちゃんをそんな隠し事ばっかりするような男に育てた覚えはないのに……」

「まぁまぁ、俺も成長してるってことで勘弁してよ」

今ここで何をしていたかばらしてもいいのだが、それではあまりにも詰まらない。
夕方からはトリッパーとしての仕事が始まる、その時に渡すのがベストではないかと思う訳だ。
トリッパーとしての活動中ならばそれなりに恥ずかしい恰好でも許容してくれるだろうし、あれを着て戦う姉さんというのも少し見てみたくある。
姉さんはまだ完全には納得していないようではあるが、それでもそんな問答で時間を潰すのは勿体ないと思ったのだろう、納豆ごはんを掻きこみながら、今日観光する場所の相談を始める事になった。

「当然だけど、太秦シネマ村は却下ね」

「このタイミングで接触しても原作ルートに巻き込まれるのか」

太秦シネマ村は実際の京都に存在する東映太秦映画村がモデルになっており、時代劇のショーや東映の特撮ヒーローのキャラクターショーも頻繁に行われており、時代劇風の街並みやコスプレに興味の無い人が訪れてもかなり楽しめる施設の一つだ。
東映系列のアニメにも観光地として度々登場していることから、その筋の人々の間でもかなりの知名度を誇っているのだとか。

「MOSAICの関わっていない平和だった頃の映画村を訪れるチャンスだと思ったんだけどなぁ」

ああ、俺のかちん太君が何処かに行ってしまう……。

「でもCD買ってたわよね、密林で」

「ああいう気が狂ったような曲は結構好きだけど、ああいうのは棲み分けが大事じゃないか。映画村であのマスコットが許されるなら、京都の街をマジンガーで練り歩いたって文句は言えなくなるよ?」

まぁ一応イベント限定のマスコットという事だが、あれが万が一定着したら笑うに笑えないだろう。
まぁ、時代に合わせるというのは分かるから、何処ぞのせんとくんのようなマスコットキャラではないだけましなのかもしれないが。だがまんとくんなら超許す。マジで許す。

―――――――――――――――――――

結局、原作キャラが通り過ぎた場所をたどるのが安全という事で、奈良県は奈良市が誇る鹿とパンチパーマの楽園、奈良公園へとやってきた。

「不味くない、けっして不味くないぞ!」

とりあえずお約束として鹿せんべいを食べてみる。
味付けしていないせんべい、穀物そのままの味わいとでもいうか、ご飯のおかずとか酒のつまみとかと一緒に食べれば意外と合うかもしれない。

「だめよ卓也ちゃん、せめて何か塗って食べなきゃ、はいこれ」

姉さんにピーナッツバターを渡された。意外に合うが、ご飯ですよとかのしょっぱい系も合うかもしれない。
因みにこの鹿せんべい、何時までも口の中に入れておくと米ぬかの味が出てきて酷い事になるので、何度も噛まずに適当なタイミングで呑みこむのがコツだろう。
奈良公園に来たのなら是非ご賞味いただきたい味だ。

「とかなんとか考えている内に鹿に包囲されているわね、近寄れて無いけど」

「我が歪曲フィールドの前には奈良公園の鹿など所詮は烏合の衆同然ですとも」

歪曲フィールド、もとい、ディストーションフィールドを解除し、残りの鹿せんべいを全て取り出し、鹿の注目を集めた所で周囲にばら撒く。
四方八方に鹿の群れが散った所で強行突破、更に新しい鹿せんべいを購入しに行く。
鹿の絵の描かれた包み紙に包まれた鹿せんべいは10枚百五十円というリーズナブルな価格、たった百五十円で鹿への餌付けを体験できる素晴らしく良心的な価格設定だ。
たとえ原材料費が馬鹿みたいに安かったとしても、そんな事を考えなければとても良心的に映るので問題はない。
当然、コンビニ売りの普通のせんべいの方が安いとかについても言及してはいけないのである。他所は他所、うちはうちという事だ。
そんな訳で新しい鹿せんべいで餌付け再開。

「卓也ちゃん、引き撃ちよ引き撃ち、ああもう何で自分から鹿の群れに突っ込むの」

華麗なムーンウォークで後ろに下がりながら鹿にせんべいを与えている姉さんに、

「戦時中の癖ががが」

無様に鹿に囲まれて身動きが取れないでいる俺。
スパロボ世界での戦闘の癖が抜けていないのか、ついつい鹿の群れに斬りこみながら鹿せんべいをばら撒いてしまう。
非殺傷の飛び道具(鹿せんべい)しか無いのであっという間に包囲され身動きが取れなくなってしまった。
鹿せんべいを構えた俺に頭から突撃を仕掛ける鹿、しかしその突撃は失敗する。

「残像だ」

鹿の群れをラースエイレムで一瞬だけ止めて素早く背後に回り込み、今度こそゆっくりと後ろに下がりながら鹿せんべいを渡す。
少し高い位置に鹿せんべいを掲げると、先頭の鹿がぺこりとお辞儀のような動作をした。
そんな鹿のしぐさに和んだ後は、公園内の甘味処で少し休憩。
基本的には甘味処だが、予想外に料理、というか、蕎麦のバリエーションが豊富。休憩だけでなく、飯時にやってくる客も多そうだ。
注文の品が届くまで少し雑談、姉さんは美鳥に暴れ鹿の角をお土産として持ち帰るらしい。
因みに奈良公園の鹿は国有なので、捕まえて持ち帰ったり傷を付けたりするのは犯罪だ。良い子は決してマネしてはいけないらしい。
因みにトリッパーで良い子というのは無理があるので問題ないのだとか。
俺も美鳥に何かしらのお土産を持ち帰ってやるべきか……。

「でね、ここはやっぱり甘味が魅力的だと思うの、このわざとらしい和の雰囲気が堪らないわ」

「まさに和スイーツかっこ笑かっことじ」

「西日暮里諸共甘味全般を馬鹿にしたような言い方なのに二つも頼む辺り、卓也ちゃんは根っからのツンデレよね」

「俺は好意を行動で示すタイプなの、クーデレなの」

六十年以上受け継がれてきた伝統のわらびもちは勿論だが、あんみつに使われている自家製の蜜というのも興味深い。

「この抹茶を混ぜて作られたほろ苦い寒天とか、実に興味深いね。姉さんも半分食べる?」

「じゃあお姉ちゃんの抹茶アイスも半分こね」

姉さんから分けて貰った抹茶アイスは玄米フレークの食感がいい感じ、でも少し甘すぎるかも。
抹茶アイス本体には黒蜜がかかっているが、これをプラス要素と見るかマイナス要素と見るかは人によって分かれるかもしれない。
抹茶を頼むべきかと迷ったが、抹茶は抹茶で羊羹が付くので意味が無い。
冬季限定のぜんざいとか凄い気になるけど、季節が違うなら仕方がないと諦め、会計を済ませ、一路大仏殿へ。

―――――――――――――――――――

「おぉ、でかい」

姉さんと並び、大仏を見上げる。俺達以外の観光客もかなりの数居るが、その内の大半は俺達と同じく口を開けて間抜け面で大仏を見上げている。
MSより少し小さいが、立ちあがればちょっとしたスーパーロボットよりも大きくなるだろう。
確かに積み重ねた歳月が重々しさを感じさせてはいるが、サイズ的には中途半端である。

「うーん、ダメか」

「駄目ね、仏像にそういったモノを求めるのは無粋だけど、残念だわ……」

サイズが合えば取り込んで巨大ロボットに着せて擬装用の装甲にしようと思ったのだが、この大仏に合うサイズのロボットが存在しない。
オーバーボディ奈良の大仏計画は夢と消え、ない。その無理、俺の道理でこじ開ける!

「そんな中途半端なサイズの大仏も、取り込んで拡大複製すればあら不思議、50メートル級ロボットの追加装甲に早変わり」

「そんなサイズならMAKEBONOだって鼻の穴を通れるわ、やったね卓也ちゃん!」

実際はそんなに大きくなる訳じゃないからMAKEBONOとかは無理だろうけど、元ラグビー部の新入社員程度なら通れるようになるかもしれない。
そんな訳でこっそり奈良の大仏コンプリート。大物を取り込むのはスパロボ世界以来なので数か月ぶり、昨夜の分を合わせれば半年くらいぶりか。
取り込んで見たモノの、これといって何か特殊な機構を備えていないただの仏像なので最適化も必要無し。
必要無い筈なのだが……。

「なんか違和感、もぞもぞする」

「補修が繰り返されているけど、これでも千年以上の時間存在し続けてる仏像だもの、多少なりとも神威的なものは宿ってるわ。本当に多少だけどね」

「なるほど」

観光案内によれば、最初に作られた部分で残っているのは台座、腹、指の一部だけなのだとか。
なるほど、その程度の量であれば不思議パワーが宿っていても最適化に手間取る事は無いという事か。

「魔法系世界のこういう歴史のある仏像って、完全な状態で残っていれば程度の低い邪神程度なら圧倒できる力を発揮したりするのよ。前にデモンべインの世界にトリップした時なんて、日本近海に出現した量産型ダゴン相手に、日本中の大仏が大迎撃作戦を──」

実に興味深い話だった。デモンべイン世界の日本はかなり怪しげな事になっているらしい。
アーカムとは別の意味で不可思議で、ある意味ではアーカムより豪奢かつ悲惨な発展を見せる魔界都市アキハバラとか、位階の高い魔術師にも匹敵する力を持つ英雄が複数存在するご当地都市アキタとか。
外部の都市の連中は知らないが、日本は日本でアーカムに突っ込みを入れられない程に奇怪な都市が多いのだとか。
特にアキハバラは凄い。二次元の存在がミラーマンばりの気安さで実体化しては二次オタを絶望させたり、路地裏のジャンク屋では極々自然に巨大ロボットのパーツが手に入るらしい。
もしトリップしたのなら、街を包み込む妄想(アクム)に立ち向かえる精神強度を手に入れてから一度立ち寄ってみるのもいいだろう。
そんなこんなで奈良公園を散策し、夕方まで時間を潰した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

時刻は深夜、まだ終電が出ていない時間帯。俺と姉さんはとある大きな神社にお邪魔していた。
生活空間もあり、つい先ほどまで人が活動していた気配もある。
しかし、ここには今生命の息吹が感じられない。空気に生き物の生み出す熱が存在していない。
人間が一人も存在していない、が、それでもこの風景は素晴らしい。むしろ人間が居ない分、その美しさを際立たせていた。
写真でしか見た事が無いような、見事な美しさを誇る桜。
一本一本がとても立派な幹を持ったそれらが、この神社の敷地内に所狭しと咲き誇っている。

「夜桜が綺麗ねぇ……」

「お酒でもあれば、って言いたいけど、俺も姉さんも酒はやらないもんね」

「桜と月をただ眺めるだけでも、十分風流というものよ」

「そういうもの?」

「そういうものよ」

そんなとりとめも無い会話をしながら、神社の廊下を歩く。
この神社は日本古式の陰陽術などを使う魔法使い達が所属する組合、関西呪術協会という組織の総本山である。
……日本を二分する組織の総本山の癖に、今現在は保有戦力を尽く石化魔法により無力化され、もう一つの大きな組織である関東魔法協会からの来客扱いであるネギ・スプリングフィールドに敵の追撃を任せている。情けない話だ。

「主人公を活躍させる為に周りを無能化させるタイプの話なら、大きな組織の力なんてこんなものよね、それだけは何回トリップしても変わらないわ」

「スパロボ世界の正規軍も戦力微妙だったしなぁ」

主人公ありきな話は脇を固める力が弱いのがお決まりのパターンという事か。
そんな事を言いながら廊下を歩いていると、廊下のど真ん中に細長いおっさんの石像が立っていた。
関西呪術協会の長にして、サウザンドマスターの親友にして戦友、近衛詠春その人である。

「この人が、神鳴流の達人(笑)か」

「関西呪術協会の長(笑)ね」

面白い人だ。初対面で既に石化しているとか随分身体を張ったギャグだと思う。
何気なくぺたりと石化したその身体に手を触れスキャン、その結果は驚くべきものだった。

「こ、これは!」

「ど、どうしたの卓也ちゃん」

凄い、これは、これを、このセリフを言える日が来るとは!

「良いか姉さん、この近衛詠春の石像! ぱっとスキャンした限りではアミノ酸がある! 細胞があるッ! 微妙ながら体温があるッ! 脈拍があるッ! 生きてるんだよこいつはッ!!」

「へぇー」

思いっきり熱弁してみたが、姉さんのリアクションがめちゃくちゃ薄い。

「姉さんが冷たい……」

確かに柱の男程の危険性は無いけど、所詮神鳴流の達人(笑)だけど、もう少し大きくリアクション取ってくれても……。

「あ、違うのよ卓也ちゃん、今までネギま世界で石化された被害者がどうなってるかなんて、余りにも興味が無いから調べもしなかったんだけど、実際知ってみても予測の範囲内で意外性が無かったっていうか、えぇっと、卓也ちゃんを責めてる訳じゃなくて」

その場で四つん這いになり落ち込む俺の背を撫でながら、姉さんがあたふたとフォローっぽい事を言ってくるが、実際は絶妙にフォローになっていない。
俺も姉さんもこういう時のフォローは結構苦手なのだが、フォローされる側になると途端に悲しくなってくる。
今度その手のフォローの仕方を覚えられる本でも買って一緒に勉強するべきかもしれない。

「いや、いいんだ、俺が唐突に第二部ごっこ始めたのが悪いんだから、早くここを済ませてリョウメンスクナの所に行こう」

「うう、ふがいないお姉ちゃんでごめんね」

涙目の姉さんに立ち上がりながらハンカチを渡し、指先から糸のように細い触手を無数に吐き出す。
その触手を近衛詠春の石像に向け伸ばし、全身が見えなくなるまでひたすらに巻きつける。
近衛詠春の石像が俺の細い触手にぐるぐる巻きにされ、糸の塊の様になった所で、一気に同化、中身の石像は消え失せ、周りには石像を取り込んだ糸のように細い触手が残る。
結果として新聞紙とコップのマジックの様に、石像を覆っていた触手がその場にふぁさ、という音とともに崩れ落ちる。

「なんだか宴会芸に使えそうよね、それ」

「今度の千歳さんの誕生日の余興はこれかな」

取り込んだ近衛詠春の脳から身体動作の記憶を検索、検索、検索、検索……、検索終了。
武術『京都神鳴流』の動作、技情報を取得完了。
取得した動作を戦闘時動作のパターンに組み込み開始、完了。
続いて魔術関連の記憶を検索、検索、検索終了。
魔術関連データベースの最適化完了まで、3、2、1、最適化完了。

「────、──ん」

「だいじょうぶ? 眠くない?」

「──うん、完璧。大した情報量じゃないからそれほど負担はかかって無いよ」

魔力の扱い方も氣の使い方も大分前に習得しているから、今回取り込んだ情報は少ない。
近衛詠春の身体は特に強い訳でもないのでそのままカロリーに変換かな。

「呪術関連の知識が思ったより多くないから、適当に術者を取り込んで保管しよう」

「その辺に転がってる巫女さんに触手を捻じ込むわけね、お姉ちゃんなんだか胸が熱くなってきたわ……!」

姉さんがじゅるりと舌舐めずりをし、口元をさっき俺が渡したハンカチで拭った。あのハンカチは後で洗う前に回収しよう。
しかし、姉さんの発想はおかしい。いくら全員ハンコで作った様に同じ顔の美人揃いの巫女とはいえ、相手は石像なのだ。
どうやってエロい事をすればいいかさっぱり分からな相手にどうやって興奮すればいいというのか。

「石像に欲情する趣味は無いなぁ」

「あれ、でもアストレイには興奮するのよね、ソースは美鳥ちゃんだけど」

「当たり前じゃないか、姉さんは可笑しな人だなぁ」

好きなロボットを目の前にして興奮しない男は居ない。極々自然な話ではないか。
因みに碌な使い方をしなかったがラフトクランズもヴォルレントも嫌いでは無かったんだよなぁ。
敵として戦っていた頃は一方的にぶっ壊してばっかりだったし、手に入った頃にはボウライダーに愛着が湧いていたし、掛け替えのない俺アストレイを手に入れていた。
まぁ、フーさんの戦いぶりがかっこよかったのでそれなりに満足したけど。

「え、あれ、可笑しいのはお姉ちゃんの方なの?」

「ははは」

姉さんは結構ボケボケなところもあるが、そこがまたチャーミングなのである。
そんな感じで下らない事を話しながら、無人の神社の中を巫女姿の石像を取り込んで歩きまわり、ついでに金になりそうな貴金属類を物色。
あらかた火事場泥棒も終った所で、姉さんが別行動を取る事になった。面倒な増援が来ないように根回しをするらしい。
手にはいつか見たトリップ作業用の魔法の杖、これからおじゃ魔女的ダンスと共にトリップ専用の作業服に着替えるのだろう。
渡すなら今しかない。

「姉さん、その変身ちょっと待った」

杖を構えて今にも踊り出しそうな姉さんが動きをピタリと止め、こちらに振り替える。

「え、なに、もしかして変身プロセスをゆっくり見たいの? 当然一瞬全裸になるけど」

「それはもちろん見たいけど、ちょっと姉さんに渡したい物があるんだ」

そう言い、俺は亜空間から一着の衣装を取り出す。
俺が手に持ったその衣装を見ると、姉さんは目をくわ、と見開いた。
そこにあるべきでない存在を見つけてしまったような、驚愕と疑惑と困惑の感情をないまぜにしたような、そんな今まで見た事も無いような姉さんの表情に、俺は内心でガッツポーズを決めた。
これは只驚いている訳じゃない、その証拠に、姉さんの目がきらきらと輝いている。

「う、美しい……、ハッ!」

姉さんの口から賞賛の言葉が零れ落ちる。
無意識のうちにその言葉を呟いたのか、姉さんが先ほどよりは軽いが確かな驚愕の表情で口元を押さえている。
写真に撮って『うそ、私の年収低すぎ……!』とか落書きしたくなる程の表情だ。

「姉さんの為に、夜なべして完成させたんだ。多分ネギま世界レギュの姉さんの戦闘になら耐えられる筈だから」

「卓也ちゃんたら、もう、お姉ちゃんにそんな、気を使わなくてもいいのに……」

姉さんが眼尻に僅かに浮かんだ涙を指で拭い、俺の差し出した衣装を両手で大事そうに受け取る。
姉さんは受け取った衣装を両手でぎゅう、と抱きしめ、次いで俺に向き直り、まっすぐな瞳を向ける。

「今日はこれから別行動だから、お姉ちゃんのこの服での活躍を見せてあげられないけど」

「うん、元の世界に帰ったら、その服でお散歩デートしよう」

互いに見つめあい、とびきりの笑顔で頷き合う。
これ以上の言葉は不要。あとはさっさとこの世界を片付けて、元の世界に帰るだけ。
姉さんは後ろを向き、改めて、威風堂々と、それでいて一シーン一シーンが目視出来る速度で変身シーンを再開した。

―――――――――――――――――――

変身を終え、更に二段変身で俺の用意した衣装に着替えた姉さんが何処かに転位するのを見送り、俺は神社の境内に移動する。

「そういえば、ああいう鬼と戦うのはこれでようやく二回目か」

魔法関係の世界は、最初のトリップ以来だ。
奇しくもあの時と同じくネギま世界だが、相手の強さは桁違い。

「あの烏族の人は、燃やした時にちゃんと生き物の身体が蒸発する臭いを出していたが」

一応生き物に分類されるのだろうか、漫画だとリョウメンスクナは凍結粉砕だったからいまいち死に様からどういう存在かを想像し難い。
仮に生き物と同じような構造だと考えて、返り血を考慮、する必要は無いか。
どうせ何を作っても完全防水だ、返り血程度で誤作動を起こしたりはしない。

掌から、腕から、肩から、只管に触手を生やし、無数の触手を隙間なく境内に敷き詰める。
広げる過程で編み込まれ、シンプルな絨毯の様になった触手から、俺はリョウメンスクナと戦うのに相応しい機体を生み出す。
鬼神に対抗するならこいつしか居ないだろう、だが、サイズが違い過ぎるので拡大コピー、更に、ただ単に倒すのが目的ではないので、それに合わせて各種武装も変更する。
元の約二倍ほどにも巨大化されたその機体の頭部に乗り込み、脚元に広がった触手の絨毯から更に追加装甲を作り出し、被せる。
ややサイズが合わず、動きも制限されるが構わない。正体を隠す追加装甲は戦闘中に敵の攻撃で剥がれおちるのがお約束なのだ。
触手の絨毯を乗りこんだ機体に拾わせてマントの様に纏わせる。

「サウザンドマスターですら封印しかできない超存在、か。インフレ起こした今のネギまだと雑魚臭いけど」

でもまぁ、設定上はとても強い魔法や何や関連の不思議系超存在、凄い妖怪みたいな分類ではあるが、名目上は神の一種ですらある。
取り込んで損には決してならないだろう。
触手のマントに隠された、真紅の翼を翻し、俺は一路リョウメンスクナの封印されている祭壇へと飛び立った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

S県麻帆良市、麻帆良学園上空。
地の喧騒も届かぬ空の果て、雲の上。月の光に照らされて、一人の女性が佇んでいる。
黒を基調とし、随所にアクセントとして白と赤があしらわれた和風のゴシックドレスを着たその人影は、口元に緩い笑みを浮かべ、眼下の学園都市を見降ろしていた。
いや、見降ろしてすらいない。眼中に入ってすらいない。
彼女はひとえに、自らの衣装を見つめ、撫で、感慨に浸っている。

「ふふ、卓也ちゃんたら、もうこんな物まで作れるようになったのね」

ドレスを触り、怪しげな、優しげですらある笑みを浮かべる女性の名は鳴無句刻。四桁を超え五桁に迫る異世界トリップを超え、今なお成長と強化を繰り返す超常の存在。
彼女の着る衣服、世間的には和ゴスと分類されるそれは、ある非業の天才の残した異端の技術と、姉である句刻を思う卓也の情念が生み出した、この世のもの成らざる装束。

「和ゴス、ふふふ、和ゴスだわ。これ以上無い程に、これ以外無い程に」

真の存在たる和ゴス。
無窮の和ゴス道を超え、衣服を超越し衣服の概念を覆し、遂にこの世に生まれ落ちた最も古く、最も新しき和ゴス。
真っ直ぐでありながら捻じれ狂い、縫い目の一つ一つに無限の並行宇宙を内包した、鳴無卓也の姉、鳴無句刻の身体を包み込む事だけを考え、無数の宇宙を生贄に作られた窮極にして再果ての和ゴス。
和ゴス、和ゴス、和ゴス!
あらゆる異世界、平行世界、無限/無量/無窮の宇宙から、無限/無尽/無垢の和ゴスを集めてもこれ以上の物が存在しえない、同等のものすら製造され得ない、唯一最強の和ゴスである。

「今の卓也ちゃんには、同じものは作れないでしょうね」

偶然と必然が合わさり、乱れ狂った時間と空間の捻じれが呼び起した鳴無卓也の未来の可能性。
時間の流れを歪めた状態での長時間の単純作業によりトランス状態になった鳴無卓也の脳に舞い込んだ、何時かの、何処かの、和ゴスを極めた鳴無卓也の力が生み出した到達点の一つ。
傍目にはとてもデザインの優れた和ゴスにしか見えないだろうが、特殊な感覚を得た者から見れば、これ以上無い程の和ゴス。
それを、自分の為に弟が作り出したという事に、鳴無美鳥は酷く感動していた。
流れるままに涙を零し、感情のままに笑い、その果てに、酷く落ち着いた心で持って眼下の学園都市に視線を移す。
ゆるゆると緩むに任せた笑みを、締まりの無い涙線を、鋭く引き絞る。
鋭利な刃物のような、切り裂く凶器としての力がそのまま美しさに直結するような、あらゆるものを切り裂き、破滅させる笑みを浮かべ、

「今、私、すっごく機嫌がいいの。そんな顔、してるでしょう?」

片手に、杖を構える。
優しげですらある、慈しみの感情すら感じられるような動作で持って、学園都市に向けられる魔法の杖。
杖を構え、静かに、誰にも聞かれぬままに宣言する。

「だから」

杖の先端には、あらゆるものを癒し、休める為の癒しの力。

「今回は、楽に終わらせてあげる」

あらゆるものを、永遠の安らぎへと誘う力が宿っていた。

「大回復」

―――――――――――――――――――

「な、なんだこれは!?」

麻帆良学園の学園長室『だった』場所で、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは酷く狼狽していた。
京都に居るサウザンドマスターの息子からの救援要請に応える為、一時的に呪いの精霊を誤魔化す術式を成立させる為に、学園長室に訪れていた。
しかし、術式を組み立てている最中に突如、彼女を除く周囲のあらゆるモノ、生物非生物を含むすべての存在が一瞬にして成長し、老化し、風化して消えうせたのだ。
辺りは一面、学園施設と学園内の生き物のなれの果てである真っ白い塵の荒野。
白、白、白、余りにも無垢で、生き物の生み出す穢れの存在しない純白の世界。何もかもが終わりを告げた、静寂なる世界の終点。
そして、そこに佇む自らの『十五歳程度まで成長した肉体』を見て、彼女は何が起こったのか、一瞬にして把握してしまった。
そう、『麻帆良学園都市は大規模大威力の過剰回復魔法を受けた』という、馬鹿馬鹿しい結論に。
だが認めるしかない。今の自分に起きている現象、おそらくこれは過剰な回復力を注ぎこまれたことにより、不死という概念すら超越して肉体が成長させられてしまったのだ。
不労にして不死である真祖の肉体が数年分成長する程の回復力を注ぎこまれ、有限の命しか持たない存在達は、自分が何かされた自覚を得る前に一生分の成長を終え、塵と化して消えた。
それが、そんな余りにも馬鹿馬鹿しい事実が、今ここで生きている異常事態の真相なのだ。
そして、はたと気付く。

「茶々丸、チャチャゼロ!」

二人の従者の名を呼ぶが、当然の様に返事はない。
二人、いや、二体の従者は主の様に何もしなくても永遠を生きられるような都合のいい存在ではない。
非生物であるため寿命は存在しないが、無機物であるが故に主のメンテナンス無しでは正常に存在し続ける事は難しい。
当然、今の回復魔法でもって、周りの建物と同じく物体としての寿命を使い切り、塵と化して消滅したと考えるのが妥当だろう。

「茶々丸、チャチャゼロ」

だが、認められない。
本当なら自らの手で修復を繰り返し、未来永劫共にある筈だった、自らの従者が、

「茶々丸、チャチャゼロ……」

こんな、馬鹿げた理由で、

「茶々、まる」

自分を置いて、消えてしまうなどという事が、

「チャチャ、ゼロ──!」

有り得て良い筈が、無いのだから。

―――――――――――――――――――

学園からの救援であるエヴァンジェリンを京都に来させない為に学園長を老衰で殺害しようとした句刻は、眼下の純白の塵の丘を見て、自らの魔法が失敗してしまった事に気が付いた。

「あら、あらあらあら」

口に手を当てて大仰に驚く。
常のトリップならばしない失敗、常のトリップならばしないオーバーリアクション。
要するに、簡単な大魔法すら失敗し、そんな些細な失敗に心を動かしてしまう程、句刻の心は浮ついていたのだ。
愛する弟の手作りプレゼントを着ての初の作業、彼女の精神を高揚させ、過剰に魔力を使わせてしまうには十分過ぎる出来事だった。
そして、この失敗談は弟との話の種になるだろう。弟はどんなリアクションをするだろうか、姉さんでもそんな失敗をするんだなと驚くか、プレゼントをそんなに喜んでくれたのかと喜ぶか。
元の世界で留守番をしている妹的な存在ならば遠慮なく腹を抱えて爆笑するだろう。こちらを指差しながら笑い転げるだろう。
少々気恥かしいが、それはそれで自分と弟の間には無かったリアクションであり、新鮮で良いと思う。
自らの失敗談を語り、それを誰かに笑い話にしてもらう、それは基本的に孤独であるトリッパーという人種にとって、得難い幸福なのである。

「っ────ぁ────ぁぁああああっっ!」

そして、このちょっとしたアトラクションもまた、句刻にとっては土産話の一つにしかならない。
足首まで伸びた美しい絹の様な金髪をなびかせ、空気を爆裂させながら迫る十代半ば程度の外見の少女に笑いかける。

「貴様が、貴様がぁぁぁぁぁああああぁぁ!!!」

そんな句刻の笑みとは対照的に、金髪の少女──エヴァンジェリンはその美しい相貌を般若の如く怒りに歪め、咽喉は張り裂けんばかりに怒りの感情を声へと変換する。

「どうしたの、子猫ちゃん。そんなこわぁい顔をしていると、可愛い顔が台無しよ」

杖をだらりを下げ、優雅さすら感じさせる口調で問いかける。
その軽口に答えず、エヴァンジェリンはその手の先に生み出された半透明の刀身を句刻の心臓目掛け突きつけられる。
エクスキューショナーソード、その刀身に触れたあらゆる物体を強制的に相転移させる極低温の刃。
学園が消滅した事で学園結界から解き放たれ、登校地獄の呪いも消滅し、成長分だけ魔力も向上し、全盛期を遥かに上回る魔力で持って生み出された絶対攻撃の刃。
今までのエヴァンジェリンの人生では無かった、これ以上の速度と力で振るわれた事の無い文字通りの渾身の一撃は、何の変哲も無いように見える句刻の服に触れた瞬間、薄いガラス板の様にあっさりと砕け散り、素の魔力へと還元されてしまう。

「な、が、ぐぅぅううっ」

必殺の意思を持って放たれた攻撃を防がれるでもなく無効化された。
怒りと驚愕で我を忘れそうになったエヴァンジェリンは、感情に呑み込まれる寸前、自らの唇を噛み切り、痛みと血の味によって正気を保つ。
あれほどの大規模魔法を使う、あれほど常識はずれな都市破壊攻撃の使い手がそんなに容易く殺されてくれる筈も無い。
そう思いなおし、従者を殺された怒りを全精神力を投入して押さえつけ、情報を引き出す為にエヴァンジェリンが頭を巡らせ始めたところで、句刻の方が口を開いた。

「そんな温い、情報量の少ない、存在の薄い攻撃が、この卓也ちゃんの愛の詰まった和ゴスを傷つけられると思ったの? ふふ、控えめに言って貴女、馬鹿じゃないかしら」

泰然とした笑み。
句刻のその表情を憎らしげに睨みつけながら、エヴァンジェリンは思考を巡らせる。
全盛期の力を取り戻した自分の目を持ってしても、あの女の着る衣服が何故自分の攻撃を防げたのかが理解できない。
いや、どことなく理由は分かる。あのドレスは、見たままの印象では測りきれない。蟻の視点では人間の世界を理解できない様な、存在としての規模が余りにも巨大すぎる。
何処かの国には神木とリンクした聖剣が存在し、その聖剣を砕く為には神木を砕くのと同等の力が必要だと言うが、あれも似たようなものなのだろう。
余りに巨大すぎるが故に、違和感を覚える事すらできない。そして、そんな物に身を包んでいるせいか目の前の女の実力も測りきれない。

「でも、仕方がない事よね。貴女達と私達じゃあ、存在の密度が違うもの」

「存在の、密度、だと?」

「ふふ、うふふふ、あは、は」

くるくると、ドレスの端を摘まみ上げながらくるくるとその場でステップを踏み踊り回り始める句刻。
気のふれたような句刻の振る舞いに、エヴァンジェリンは嫌悪や疑惑ではなく、身を震わせるような恐怖の感情を得る。
喚起された感情を、湧きあがる恐怖を、従者を殺された怒りで持って無理矢理に押しつぶし、震える脚を押さえつける。
ガチガチと打ち鳴らされる歯を食いしばり、相手に聴こえない様に詠唱を開始する。

「ト・シュンボライオン・ディアー・コネートー・モイ・へー・クリュスタリネー・バシレイア……」

自らの使える魔法の中では最大の威力を誇るこれならば、あるいはあのドレスの防御を抜き、ダメージを与える事ができるかもしれない。
女子供は殺さないなどという自分の信念は、この敵を前にしたら何の意味も持たない。この必殺の一撃を持ってしても、殺せるかどうかは望み薄なのだ。

「エピゲネーテートー・タイオーニオン・エレボス・ハイオーニオ・クリュスタレ!!」

句刻が笑いの表情のまま氷漬けにされる。
氷属性の高等呪文、『えいえんのひょうが』は150フィート四方の広範囲をほぼ絶対零度にし凍結させる。
だがこれでは終わらない、まだエヴァンジェリンを支配する恐怖の感情は消え失せていない。

「パーサイス・ゾーサイス・トン・イソン・タナトン・ホス・アタラクシア・コズミケー・カタストロフェー!」

『えいえんのひょうが』で凍結した敵を粉砕する追加呪文、『おわるせかい』が炸裂する。
砕け散る氷柱、だが、エヴァンジェリンはまだその身を恐怖に侵されたまま。
未だ、敵は健在である事を、吸血鬼としての本能が告げていた。
そのエヴァンジェリンの背後に、巨大な、余りにも巨大な気配。

「其は安らぎ也、ね」

振り返る間もなく、首を鷲掴みにされた。
エヴァンジェリンの首を掴む、たおやかな手指。傷一つ、汚れ一つ無い和風のゴシックドレスを身に纏った鳴無句刻の姿が、圧倒的な存在感を従えそこに存在していた。
自らの首を優しく掴むその手が、首の骨に半ばまで食い込んだ肉食獣の牙である様な錯覚を覚え、エヴァンジェリンの戦意は跡形も無く砕け散り、消えた。
積んだ。もはや、どうする事も出来ない。600年の戦闘経験が告げている、自らの命を狙いにきた身の程知らず達、命を投げ捨てた雑兵と同じ立場に、自分は遂に立たされてしまったのだと。
自分の番が来てしまったのだ、自分の立場が変わったのだ。命を奪う側から、命を奪われる側に。
不死の身体を押しつけられ、もはや永久にやってくる筈の無かった人生の終焉。
かちかちと歯が打ち鳴らされ、内腿を生暖かい物が伝う感触。腹の底が重く、冷たい何かを詰め込まれた様な怖気を振るう感覚。
この時、エヴァンジェリンは恐怖に、絶望に支配された。
これが、これが、これが死の恐怖!
ぶるぶると雨に濡れた子犬の様に身を震わすエヴァンジェリンに、句刻の慈愛すら満ちた微笑みが向けられる。

「私、最高に機嫌がいいのよね。だから」

首を掴む手から流れ込む膨大な回復魔法の魔力。
不死者すら成長させる圧倒的な癒しの力が与える快楽に、エヴァンジェリンはその身を仰け反らせる。
脳が、記憶が、心が、真っ白に塗り替えられていく。
六百年の孤独が、その果てに見た光が、絶望が、怒りが、何もかも塗りつぶされて消えていく。

「──────────っ!」

声の形を成さない絶叫。
そして、身体に始まる異変。
エヴァンジェリンの身体がどんどん成熟し、凹凸のある成人女性の姿に、色気のある熟年女性に。
成長を続ける、吸血鬼にならなければ辿ったであろうその成長の道筋を、不死となった筈の身体がなぞる。

「だから、これで貴女の旅は御仕舞にしてあげる。だってほら、私、今凄く優しいから」

六百年ぶりの成長、その余りの快楽に、エヴァンジェリンは気付かない。
自らの身体が成長を終え、老化を始めたという事実に。
瑞々しい肢体は見る間に枯れ木のようにやせ細り、絶世の美貌は皺くちゃの老婆の姿に変って行く。
それこそが正常。運命を歪められたエヴァンジェリンの、本来あるべきだった、人間としての死への道程。
エヴァンジェリンの、魔法世界を恐怖に陥れる吸血鬼の真祖『だった』老婆の口から、とぎれとぎれに擦れた声が漏れる。

「わ、たしは、死ぬ、のか」

「ええ、貴女のお話はここで終わり。長旅は疲れたでしょう?」

エヴァンジェリンの、一人の老婆の、暗い、暗い瞳から、涙が、

「ああ、そう、だ、な。少し、疲れた」

「ええ、だから、お休みなさい」

零れ落ちた。

「あ、ぁ、おや、すみ、なさい、『──』」

聞き取れないようなささやかな声量で誰かの名前を呼び、静かに眼を閉じる。
同時に、ふっ、と。エヴァンジェリンの身体から力が抜ける。
流し続けられる回復魔法により、その遺体がどんどんと風化していく。
六百年の歳月を駆け抜けた吸血鬼の、余りにも呆気ない最後。
後には、他の人間のなれの果てと変わらない、白い塵が残るだけ。

「夢はただ、夢と散り逝くのみ、ね。どこの誰ともしれないオリ主もどきのダッチワイフになるよりは上等な終わりじゃない?」

手に付いた塵を叩き落とし、白い荒野に一瞥もくれず、リョウメンスクナの封印された祭壇へ向け転移した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

リョウメンスクナが封印されている祭壇での戦闘は、既に一つの区切りを迎えようとしていた。
大量に召喚されていた妖怪達は3-Aからの増援の獅子奮迅の活躍によりその数を見る間に減らされ、今回の事件の首謀者である天ヶ崎千草の共犯者である神鳴流剣士の月詠と犬神使いの小太郎も足止めされ封殺されている。
そして、大鬼神リョウメンスクナの封印を解く為の魔力タンクとして浚われていた近衛このかは、自らの秘密、忌み嫌われる純白の翼を持つ烏族と人間のハーフである事を明かした桜咲刹那によって救出された。

ネギ達の戦力を考えれば十分過ぎる戦果であったが、それもここまでが限界。
近衛このか救出に桜咲刹那を送り込む為、天ヶ崎千草に雇われていた西洋魔術師である白髪の少年を足止めしていたネギとアスナ、その二人の奮闘ぶりを脇から見ていたカモミール・アルベールはそれを痛感していた。
この場において最大の火力を持つネギの最高威力の魔法は、リョウメンスクナの肌に傷一つ付ける事無く散らされ、更には今目の前に居る白髪の少年にすら、ネギとアスナの連携で一発当てるのに成功した程度、しかも当然の様にダメージは入っていない。

「や、やったの……?」

拳を振り抜いたネギに、恐る恐る声をかけるアスナ。
度重なるギリギリの戦闘、その果てにこのかは救出され、今まで一度も攻撃が届かなかった敵に対して初めて攻撃が通った事による、ここまでやったんだからなんとかなるかな、という思いから出た言葉。
だが、まだ何も終わってはいない。ネギに頬を殴り抜かれた白髪の少年がゆっくりと振り返る。

「……身体に直接攻撃を入れられたのは……初めてだよ」

アスナの魔力完全無効化能力により障壁を破られたからとはいえ、彼からしてみれば現時点では格下も良いところのネギに直接身体に攻撃を入れられたのは予想外であり、屈辱の極みだったのである。

「ネギ・スプリングフィールド」
ネギに向け、白髪の少年が完全に振り返り、拳を打ち出す。
ボッ、という空気の壁を突き破る音とともにネギに迫る。魔力の切れた今のネギが喰らえば、一撃で身体を貫通し、拳の進路上に存在していたネギの身体の内容物を吹き飛ばし撒き散らす痛烈な一撃。

「ネギッ!!」

今まさに力を使い果たしたネギはその攻撃に対応できない。
そばにいるアスナも同じく力を使い果たし、そしてこの距離では全快状態であってもフォローは間に合わない。
奮闘空しく、ネギの命運はここで尽きてしまうのか。

「っ!」

だが、白髪の少年の拳がネギに届く事は無かった。
拳を止め、慌てた様子で白髪の少年が何かを避ける様に後ろに飛び退ったのだ。
だが、そんな白髪の少年を、轟音と共に飛来した巨大な赤い壁の様な物が打ちすえ斬り飛ばしていった。
赤い、いや、紅い壁のように見えた何かは白髪の少年を吹き飛ばすと、そのままの勢いでまた空の彼方へと飛んで行く。

「な、なにあれ。エヴァちゃん、じゃないわよね」

真祖の吸血鬼といえど巨大化はできない。
そして、その紅い壁が徐々に速度を落とし、空のある一点で静止、巨大な人影の背にドッキングする。
紅い壁のような物の正体は、巨大な悪魔の様なフォルムの翼だったのだ。
そして、自分達の目の前を通り過ぎていった時の翼のサイズを考えれば、あの巨大な人影の尋常では無い大きさである事が理解できる。
その人影が、見る見るうちに大きくなっていく。

「え、え、えぇぇぇぇええぇぇ!!」

その巨人のシルエットに、その場で成り行きを見守っていた全ての者が戦闘や作業を中断して驚愕する。

『聞こえますか、麻帆良からの救援の代理で来ました、魔法協会の方から来た救援の者です。これより大鬼神リョウメンスクナの討伐を開始します。現地の皆様は至急祭壇から離れ、泉の湖の端まで避難してください』

その巨人からであろう念話の内容すら理解できない。
それ程に意外過ぎる、いや、ある意味では妥当過ぎるのに、どこをどう好意的に解釈しても無理がある救援。
背に赤い翼があるという差異を除けば、その姿は紛れも無く──

「エヴァちゃんが巨大化してパンチパーマに!」

「ちげーよ姐さん、ありゃ日本の筋者だよ!」

いや違う、イメチェンしたエヴァでもなけれな、巨大ヤクザでもない。
裸体に死体から剥ぎ取った衣服を継ぎ接ぎして作られた糞掃衣と呼ばれる布を巻き付け、頭はマーラの誘惑に打ち勝つための、長大な髪の毛一本一本を渦巻き状にして巻きつけた螺髪。
あらゆる煩悩を消し去り、遍く全ての人類を解脱へと導く聖人。
人々が想いを馳せ、人でと物資を集めて作られたその似姿。

「だ、大仏!?」

そう、全高50メートルはありそうな、巨大な大仏。
背には紅い翼を生やし、手には仏教とは欠片の関係性も見出せない実用一辺倒の飾り気の無い両刃の剣を携えた大仏が、皆の注目が集まる中、完全に封印から逃れた大鬼神の目の前に着地。衝撃で津波が起きる。
同時、落下の勢いのままに振り下ろされた大仏の手の中の剣がリョウメンスクナの腕の一本を切り落とす。

「──、────!」

空気を、水面を震わせる。
そのリョウメンスクナの絶叫と共に乗せられた霊的、物質的な攻撃力を秘めた波動が、対峙する巨大仏像へと直撃する。
その破滅的な神氣を備えた波動は、千年以上もの間祀られ、信仰の力により霊的強度の高められた銅と、その力を阻害しないために選ばれたオーガニック的に正しいアンチボディの体組織で形成された複合装甲を、一撃でヒビだらけにしてしまった。
動くたびに装甲が剥がれ落ち、見るからに動きの鈍った大仏に、事の成り行きを混乱しつつも見守っていた天ヶ崎千草が冷や汗を拭いながら高笑いを始める。

「フ、フフフ、アーッハッハッハ! 空から大仏なんて何事かと思たけど、こけおどしもいいとゴビェ」

高笑いを始めた天ヶ崎千草を、大仏の殻を突き破り飛びだした黒金の拳が叩き潰す。
タイヤに潰された田圃道のカエルの様な天ヶ崎千草の死体は、拳の発する熱により一瞬にして水分を蒸発させられカラカラに干上がり、その拳が発する謎の振動により粉々に砕け、空にばら撒かれた。

術者を失い、文字通り完全に解き放たれたリョウメンスクナ。
無敵ともいえる大鬼神が、その大仏を突き破り産まれてきたモノを相手に、『一歩後退した』
気押されているのだ、京都の街を恐怖のどん底に陥れた悪の化身が、偉大な魔法使いであるナギ・スプリングフィールドですら封印するしかなかったリョウメンスクナが。

大仏の顔が割れ、隙間からその真の姿が垣間見える
対峙するモノを睨みつける鋭すぎる黄の眼差し、自らの位を現すような銀の冠。
胸にはその背に負う翼にも似た紅い胸当て、全身は悪魔の如き禍々しいフォルムの漆黒。
禍々しく、それでいて何処か神々しさすら備える巨人。
しかし、リョウメンスクナと同じく見る者に畏怖の感情を湧き立たせるそれは、大仏ともリョウメンスクナとも明らかに違う存在。

「あ、あれは……」

「わー、かっこええなぁ。あれもせっちゃんのお友達なん?」

念話による警告を受け、泉の淵まで飛んでいた桜咲刹那が唖然とし、それに抱きかかえられている近衛このかが無邪気に喜ぶ。

「ありえません、あんなサイズのあんなものが、あんな機敏に動くなんて、いやそうではなく、そもそも存在自体があり得ません!」

「西洋魔術師の連中はあんなもん隠してたんか! 西洋魔術師もなかなかやるなぁ!」

「あれも魔法とかいうものに関係しているのでござろうが、それにしては余りにもダイナミックなデザインでござるな」

泉の隣の林で事の成り行きを見守っていた三人、未だ世界の裏側と表側の中間に居る綾瀬夕映が混乱し、犬神小太郎は年相応の子供らしくキラキラと目を輝かせ、長瀬楓は呆れながらも違和感を感じ、この世界に存在しない真実の欠片を言い当てる。

「最近の技術は凄い物だな、超ならばああいった物も作れるのか?」

「アイヤー、日本の自衛隊はこっそりロボ作てるいうのはホントだったアルか!」

「あの太刀筋、ちょぉっと手合わせしてみたいですけど、あんなおっきいの相手にしたら、ウチ、ウチ、壊れてしまいますぅ♪」

天ヶ崎千草が死んだ事により召喚されていた敵が帰ってしまい、手持無沙汰になった龍宮真名が静かに感嘆の声を上げ、古菲は間違った日本への偏見を披露し、月詠は勝手に妄想を巡らせていやんいやんと身を捻じっている。

「すごいの来ちゃった……」

「うわ、うわぁ! カモ君! アスナさん! やっぱり日本にはあるんじゃないですかほらぁ!」

疲労困憊で祭壇から逃げる事の出来なかった二人と一匹、突っ込む気力すら湧かないアスナと、そんなアスナと肩の上でふるふると身を震わせるカモに向けて興奮気味に騒ぎながら大仏の中身を指差すネギ。
そして、しばらく身を震わせ──突っ込みを入れる為に体力を振り絞っていたカモが、今信の突っ込みを、腹の底から解き放つ。

「それ、巨大ロボットじゃねぇかあぁぁっ!」

―――――――――――――――――――

「その通り!」

聞こえていたとも、大仏アーマーのせいで碌に視界が確保できなかったが、地上の連中のリアクションは大気の振動を拾って全て把握していたのだ。
この世界が誰かの妄想で、俺がここには居ない主人公になれなかった誰かの代わりなら、原作キャラであるあいつらの大きいリアクションを狙いに行くのは至極当然の話だろう。
地上の連中のリアクションに大きく頷き、気を取り直して目の前の二面四臂の巨人に向き直る。

「お初にお目にかかる、剣と魔法の世界の鬼神よ。機械巨人と破壊光線の世界から、鉄の魔神を束ねる皇帝がまかり越したぞ!」

外部へのマイクはオフにしてあるので俺のこの声は聞こえないだろう。
だが相手は仮にも神の称号を冠する存在。眼前に居る俺の目的を解する事が出来ないとは思え無い。
が、とも、ご、とも聞こえるリョウメンスクナの叫び声を伴う拳打。
手に構えたカイザーブレードの腹で受け、しかし叫びの破壊力は砕けかけの大仏アーマーを、粉微塵に粉砕した。
余波で下の本来の装甲すらビリビリと震えるが、こちらにダメージは入らない。
まともな殴り合いで打ち負ける程、超合金ニューZα製の装甲は軟な作りをしていないのだ。
完全に砕け散った大仏アーマーの下から現れた姿に、更に地上のギャラリーが湧き発つのが分かる。
全高50メートル程まで巨大化させたマジンカイザー、その威容が露わになったのだ。巨大ロボットの存在しない世界の人間が驚かない筈が無い。
カイザーブレードを拳で抑えるリョウメンスクナの腕に、光子力ビームを放つ。
焦げ目こそ付いているが、熔けも貫通もしない。
今使っているこのマジンカイザー50は20段フル改造、俺のパイロットステータスも射撃値は悪くない筈なのに、ダメージは殆ど入っていない。
この世界では魔力だの氣だのの不思議パワーが優遇されているだけあって、中々ダメージは入らないらしい。
だが、それがいい。そうでなくては取り込み甲斐が無い。
腕を焦がされ、怯んだ様に後ろに下がるリョウメンスクナ。
ダメージはそれほどでもないが、それでもこんな機械と鉄の塊にダメージを貰うとは思っていなかったか。
しいていうなら煙草の火を押し付けられた大型肉食獣の様なもの、次の瞬間には怒り狂って襲い掛かってくる。
だが、だがその怒りこそが侮り、驕り。
表の技術は、表の存在は自分達に敵わないという、この世界のありとあらゆる裏の存在が潜在的に心に持っているどうにも拭いがたい偏見のコレクション。
肩からもう一本のカイザーブレードを取り出し、構える。
先ほど取り込んだ京都神鳴流を使えば楽勝だろう、大仏から取り込んだ神氣を限界まで高めれば楽勝だろう、次元連結システムで似たような不思議エネルギーをどこからか取り寄せれば楽勝だろう。
俺はこの大鬼神を殺し切る超常の力を幾つも備えている。やろうと思えば一撃で殺し切る事も可能だ。同じ土俵で戦って圧倒するなど造作も無い。
だが、気が変わった。
こんな獣同然の木偶の坊にまで嘗められるなんて、オリジナルの持ち主にも申し訳が立たない。
コイツは機械の力で、科学の力で、完膚なきまでに叩き潰す。
お前らが裏の世界の力には裏の世界の力で無ければ対抗できないなんて考えているなら、まずはその幻想をぶち殺す!
気合を入れよう、頭には甲児の被っていたモノと同じ、趣味の悪いデザインのヘルメット。
口調も合わせる。この魔神を駆るならば、丁寧な言葉使いなどしてはいられない。

「相手が大鬼神ってんなら、こっちは神にも悪魔にもなれる魔神皇帝様だ! 兜家秘伝の科学力を受けてみやがれ!」

息を吸う。腹の底に力を溜め、声にはドスを効かせ、あらん限り声量で叫ぶ。

「マジーン、ゴー!」

俺の発した伝統的な掛声と共に、京都は封印の地で、二大巨人の決闘が始まった。

―――――――――――――――――――

巨大化したマジンカイザーとリョウメンスクナが向かい合う。
マジンカイザーはカイザーブレードの二刀流。だが、何かしらの武術の構えを取っている訳では無く、ただただ相手の攻撃に備え、何時でも斬りかかれる様に、という二つの事しか考えていない我流の構え、邪道の剣。
オリジナルのマジンカイザーを操る兜甲児も、何かしらの剣術を納めていた訳では無く、似たような我流の使い手だった。
だが、コピーカイザーのパイロット、鳴無卓也の構えは違う。
彼の剣理、それを支えるのは剣術、剣を振るい人を切る技術を極めた男、剣術家『蘊・奥』が生涯を掛けて磨き上げてきた操刀技術の集大成。
蘊・奥の死体の脳から取り出した剣術理論が、そのまま生かされているのだ。
それは刀が剣に、一刀が二刀に変わったとしても適用される。
その中から、一番重要である基礎の基礎、刃筋を立て、まっすぐに振るという部分を残し、その他の体捌きは流派東方不敗なども合わせ、卓也の戦闘理論に合わせて原形を留めないアレンジを加えられた上での我流なのだ。
剣の扱いを知らない者の我流と、剣を理解した上での我流、この違いは大きい。
無論、そこまでの技術があればただの力任せの戦いしか出来ない木偶の坊相手ならば一瞬で蹴りが付く。
しかし、動けない。
卓也の操るマジンカイザーは、リョウメンスクナを前にして、アストレイ世界最高の剣術理論を持ちながら、攻めあぐねている。

(隙が、無い)

対峙するリョウメンスクナ、腕を切り落とされ、四本の腕は三本となり、しかしその手はもはや無手ではなかった。
その三本の腕にはそれぞれ、鉾、斧、錫杖が握られ、そしてそのどれもが達人級の使い手の空気を纏っている。
飛騨の山中に潜むまつろわぬもの、大鬼神リョウメンスクナ。
その正体は、かつて飛騨の国に文化を、人々には知恵をもたらし、かの地で暴れまわっていた悪龍を討ち滅ぼした大英雄である。
本来のリョウメンスクナは知恵無く暴れまわる化け物では無く、真に知性を持ち、神性を纏った神の一柱なのだ。
時の朝廷により鬼の烙印を押され、その無念により陰の氣に取り込まれていたリョウメンスクナは、封印から完全に解き放たれ、術者を失うと同時にその感情に任せて暴れまわる筈であった。
しかし、突如目の前に現れた自らと変わらぬ体躯を持つ鋼の魔、その驚異を前に、自己防衛の為にかつて振るった武術の理を一時的に取り戻したのである。
この時点で、原作の様に結界でもって封じ込め、大魔術で一撃、などという勝利は望めない。
結界弾はかの大鬼神に届くまでも無くその身から発される神気により込められた術式を崩壊させ、大魔術はその手に持つ斧に構成を叩き切られ、或いは錫杖を振るい放たれる術により無効化させられる。
事ここに及んで、リョウメンスクナと戦う事が出来るのは、同じ体躯を持つこのマジンカイザーだけとなったのだ。

じり、と双方が一歩足を横に踏み出すと、足下にある水面に大きく波が生まれる。
その波が湖の端に辿り着き、返す波がマジンカイザーとリョウメンスクナの脚に衝突し、崩れる。
同時、弾ける様に二体の距離が詰まる。
マジンカイザーは向けられる鉾の先端を弾き絡め取り、振り下ろされる斧の一撃を真っ向から受け止める。
大質量の斧による振り下ろしの一撃を受け、ズシ、とその場に沈み込むマジンカイザー。
だが、リョウメンスクナの攻撃はそれだけでは終わらない。
リョウメンスクナは残る一本の腕に錫杖を構え、人間には発音し得ない神性言語による口結を唱える。
かつて悪龍を滅ぼす際に使われた、今なお受け継がれる陰陽術よりも更に古い、神々のみが扱う原初の魔法。
原始的な構成でありながら人間の脳では理解する事すら叶わない程の緻密さを備えたそれが、大鬼神の有り余る魔力──神氣を込められ、一撃必殺の威力を備えた攻性魔法を作り上げる。
矛と斧は相手を押さえつける為だけに使われる、捕縛用の武装に過ぎないのだ。
リョウメンスクナの本命は相手を抑えてからの大威力術法攻撃。
四本の腕、二面の顔は西洋魔術師における魔法使いと従者の関係を一人でこなす為のギミックなのである。
錫杖を中心に空間を軋ませる大神氣が収束する。
フル改造のマジンカイザーといえども、直撃すればただでは済まない。神の称号に相応しい人智を超えた大魔術。
しかし、それは本来の性能を完全に発揮しているとは言い難い。
リョウメンスクナは本来、二面『四』臂の大鬼神なのだ。
本来なら存在していた筈の四本目の腕、術の発動を補助するもう一本の六角の杖は、腕ごと切り飛ばされて手元に存在しない。
自然、術の発動は遅くなり、隙は大きくなり、マジンカイザーがその状態から抜け出す事も容易になる。
ガシャ、という金属の重なる音、マジンカイザーの口元が開く。
カイザーブレードが封じられているのならば、それ以外の武器を使えばいいだけの話。
ルストトルネード、超酸性の液体を含む竜巻が、術を発動寸前のリョウメンスクナにぶち当る。
光子力ビームとは比べ物にならない威力、しかも光線では無く強酸、身を焼かれ溶かされ、尚身体の表面に残る酸性の液体にもがき苦しみ、思わず詠唱を中断してしまう。
爆音を立て、双方の武器が地面に落ちる。
リョウメンスクナはその身体に走る激痛から、マジンカイザーはその武器が最早使いものにならない事を理解しているが故に。
湖に落ちた斧、鉾、錫杖、カイザーブレードは、ルストトルネードによりボロボロに錆び、数合打ち合うまでも無く折れ砕ける程に強度を落としてしまっているのが目に見えて理解せきる。
当然、そんな攻撃を至近距離で放ったマジンカイザーも無事では済まない、前面の装甲を醜く爛れさせ、深紅のブレストプレートは跡形も無く融け崩れてしまっている。
この状態ではファイヤーブラスターも撃てなければ、真のカイザーブレードも抜き放つ事ができない。
決め手に欠けるのだ。神を人の力で打ち砕くには、科学の力で打ち破るには、一撃必殺の決め技が必要不可欠。
だがマジンカイザーは、マジンカイザーのコックピットに居る鳴無卓也は、

「これだ、この状態、この状況が凄く良い!」

にやり、と、口元に笑みを浮かべていた。
マジンカイザーの腹部、本来ならばギガントミサイルの搭載されている箇所が開き、内部構造をさらけ出す。
それは、マジンガーの系譜とは全く別の理論で構成された機械群。
光子力エネルギーを操る魔神とは異なる、超電磁エネルギーで動く巨人の力。

「超電磁ぃ、タ・ツ・マ・キィィィィィィィッッッ!!!!」

その在り得ざる機械より生み出される、電磁力の嵐。
常人ならば近づいただけで体内電流を乱され即死必至の竜巻、未だ酸の齎す激痛にもがいていたリョウメンスクナは、呆気なく巻き込まれ、その身体を張りつけにされる。
如何に神性を帯びていたとしても、この世界に物質として存在している限り逃れる事の出来ない物理法則。
自らを固定する磁界から逃れようと足掻くリョウメンスクナを前に、マジンカイザーがその両手を合わせ、超電磁ギムレット──クリスタルカッターへと変形させ、身体全体を回転させ始める。

「超電磁ぃぃぃ……」

そう、このマジンカイザーは只単にマジンカイザーを巨大化させた訳ではない、
衆人環視の中、戦闘中に、力のほとんどを残したリョウメンスクナを自らに取り込む為の武装を搭載した、魔改造を施されたマジンカイザー。
『超電磁ロボ・マジンカイザー』なのである。

「スピィィィィィィィィィ──」

強力な磁界に磔にされたリョウメンスクナの腹に、マジンカイザーの超電磁スピンが炸裂!
しかし、一撃では貫通しない。
封印からも術者による制御からも抜け出し、真の力を取り戻した大鬼神の皮膚は、肉体は、その表面を徐々に削られながら、しかし完全に貫かれる事も無く堪えている。
ギギ、という、骨を筋肉を軋ませる音を鳴らしながら、リョウメンスクナの両腕が磁界から逃れ、自らの腹部を削る超電磁ギムレットを両手で無理矢理に押さえつける。
回転するダイヤモンドの刃に掌を切り刻まれながらも、しかし徐々にスピンの速度が落ちる様を見て、リョウメンスクナの口元が吊りあがる。
この攻撃を防ぎきれば、この鉄の人形に打つ手は無くなる。そんな余裕の感情を滲ませた笑み。
それが、苦痛に歪められた。

「────────ッ!!??」

ダイヤモンドカッターを掴んでいた掌が、手が、一瞬で血と肉の霞みに変えられたのだ。
マジンカイザーの超電磁スピンの回転速度が一気に跳ね上がり、手を、腕を次々と削り卸して、遂に腹部を突き破る。
この両者の戦闘を極々間近で見れる者があったなら、削られたリョウメンスクナの肉体が回転運動を続けるマジンカイザーに吸い寄せられている事に気付く事ができただろう。
そして、マジンカイザーのボディに接触すると同時に、早送りの様にその動きを速めた事も。

「この超電磁スピンもフル改造済みの威力だったのだが、流石は大鬼神だな。でも俺は、科学の力はもっと、もっと、もっと! 更に高みに存在しているっっっ!!」

そう、今のマジンカイザーは、通常の時間とは別の時間の流れの上で活動している。
クロックアップ、それこそが、超電磁スピンの回転速度上昇の種だったのだ。

「では改めて。超・で・ん・じぃぃ……」

加速した時間の中で、マジンカイザーの生み出す回転の力が、貫通したリョウメンスクナを体内から引き裂き、巻き込むようにしてその残骸を取り込んでいく。
臓を、骨格を、筋肉を血管を神経を脳髄を、まとめて引き裂かれ呑みこまれていくリョウメンスクナ。

「スピィィィィィィィィンッ!」

突き抜けた。
後にはリョウメンスクナのガワ、姿形だけの残りかす、抜けガラだけが残される。
満身創痍で、しかしどこか神々しい氣を纏ったマジンカイザー、そのコックピットの中で、

「クロック・オーバー」

戦闘の完全終了が告げられた。

―――――――――――――――――――

祭壇の上空、リョウメンスクナが弾け飛び、キラキラと輝く粒子が舞い落ちる。
リョウメンスクナの抜け殻に残されていた神氣のカス、その最後の煌めきである。
その煌めきが、リョウメンスクナを撃破したロボットを照らす。

「た、倒しちゃった」

その鋼鉄の威容を、上着を無くし胸元を手で隠したままのアスナは複雑な表情で見上げていた。
担任のネギが赴任してきてから数か月、魔法の存在を知ってからの生活は無茶苦茶で余りにも現実離れしていたが、この巨大ロボットに比べればまだしも現実的だ。
先のリョウメンスクナの戦闘、だれが魔法関係の事件の締めに『巨大怪獣とそれを倒す巨大ロボット』などという無茶苦茶な落ちを持ってくるなどと考えるだろうか。
そして、あの白髪の少年を倒した事に関しても。
あれだけ苦戦した相手が、一撃で叩き潰されてしまった。巨大ロボットの攻撃だから仕方ないと言えば仕方ないけど、それにしてもあんまりな決着だ。

「すごい、すごいけど、凄いのはわかるんだけど……」

こちとらあの少年に二回も脱がされたのだ、『こんな物があるなら最初からこれを出してれば良かったじゃないの』などと考えてしまうのは仕方の無い事ではないか。
勝利に喜べばいいのか、余りにも余りな、荒唐無稽なデウス・エクス・マキナにどう反応すればいいか迷っているアスナを横目に、ネギはその目を輝かせて巨大ロボットを見上げていた。
先ほどまでの疲労は何処へやら、いや、興奮のあまり精神が肉体を一時的に凌駕しているだけだろう。
それほどまでに、『英雄』という存在に憧れる少年にとって今の光景は衝撃的だったのだ。
傷だらけで、しかしあの圧倒的な大鬼神を、悪のシンボルを打倒した正義のシンボル。
みんなのあこがれ、でも、物語の中にしか登場しないとたかをくくっていたスーパーロボット、実在した、正義の味方!

「兄貴、見てくだせぇ!」

ネギの肩の上に乗っていたオコジョ妖精、カモがその短い前足でロボットの頭部を指差す。
頭部近くに浮かぶ女性、手に杖を持っている事から魔法使いだろう事は分かるが、細かい表情までは見て取れない。
頭部のコックピットらしき部分が開き、中からヘルメットを被った男性が現れると、その女性が勢いよく抱きついた。
ロボットのパイロットの恋人だろうか、熱烈な抱擁である。
女性に抱きつかれた男性がコックピットから身を乗り出し、空中へ身を投げ出す。
ゆっくりとした落下、魔法で速度を調節しているのだろう。

「降りてきやすぜ」

「ど、どうしようカモ君、僕、スーパーロボットのパイロットに会うのなんて初めてだよ。なんて挨拶すればいいんだろう」

「いや、そんなのに会った事のあるヤツそうそう居ないから」

慌てふためくネギに、額に特大の汗を浮かべて呆れるアスナ。
二人の目の前に、巨大ロボットのパイロットと、その恋人らしき女性が降り立つ。
手にいかにもといった風のヘルメットを下げたパイロット、まだ二十代前半程度の、全体的に素朴な作りの顔つきで、しかし眼差しは異様に鋭い男性。
手には部分部分機械化された魔法の杖を下げ、和風のドレスを着た同じく二十代前半程度の、おっとりとした顔つきの女性。
なるほど、と思わず納得してしまう程のプレッシャーを備えた二人に、思わずネギもアスナもカモも姿勢を正してしまう。
そんな二人と一匹の態度を気にした風も無く、パイロットの男が軽く手を上げ、ネギとアスナを準番に指差していく。

「ええと、そっちのちっこいのがネギ・スプリングフィールドで、そっちのトップレスの娘」

男は言葉を途中で区切り、羽織っていたジャケットをアスナに投げ渡した。

「あ、ありがとうございます」

ジャケットを受け取り、自分の格好を自覚して赤面、急いで着こんでから頭を下げるアスナ。
そんなアスナに手をぱたぱたと振る男性。

「いやいや構わん構わん。で、お前さんが神楽坂明日菜でいいんだよな」

「ぷっ」

「え、はい。私が神楽坂明日菜ですけど」

男性の隣で女性が面白がるような表情で噴き出した事に疑問を感じつつ、しっかりと返答するアスナ。
そんな畏まった風のアスナとネギに、男性がその両手を差し出した。

「噂は聞いている。西洋魔法使い期待のホープと、その従者。お会いできて光栄だ」

「えぇ!? あの、その、僕はそんな大した者じゃあ……」

「私だって、巻き込まれて必死でやって来ただけで、そこまで言われる様な事は何も……」

謙遜しつつ、しかし差し出された手を受け取らない訳にも行かず、ネギはおずおずと、アスナはぶっきらぼうに、『二人同時に男性と握手を交わす』
そして、ネギとアスナ、二人の意識は、この世から永遠に消滅した。

―――――――――――――――――――

地面に落ちたジャケットを拾い、羽織りなおし、掌をじっと見つめる。

「ふむ」

ネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜、二人を取り込んだ両手を数度握り締め、二人から取り込んだ有益になりそうな能力を検索する。
ネギは成長率が半端無く、魔力も馬鹿みたいに多いし、噂に聞き及ぶチート能力『開発力』が中々に魅力的だ。
神楽坂明日菜は色々不明な点こそあるものの、魔力完全無効化能力はとても魅力的だし、黄昏のなんちゃらの記憶を掘り出せば『咸卦法』とやらの使い方も引き出すことができるだろう優良物件だ。
更に先ほどマジンカイザー50越しに取り込んだリョウメンスクナ、これも凄い。なにより、これで神様系の属性をも取り込んだ事になる。神秘がどうとか言う連中にも対抗できる可能性が上がってきた。
ネギま世界の、と注釈は付くとはいえ京都観光を楽しんだ上にこれほど見事にパワーアップを済ませる事が出来るとは、いやはや姉さんの提案は素晴らしい。
とか内心でさりげなく姉さんを褒め称えているにも関わらず、姉さんは隣でまだ腹を抱えて笑っている。

「何、俺何かおかしい事した?」

立ったまま自分の膝を叩き、引きつけを起こしたかと思うほど笑い続けている姉さん。
やっとの事で笑いが薄れてきたのか、笑い顔の涙目でこちらを見ながら途切れ途切れに口を開いた。

「だ、だって卓也ちゃん、あの喋り方、ぷふぅぅー! なに、あれカッコいいの? カッコいいベテランパイロットってあんな喋り方するものなの?」

「癖なの、あれはロボ乗ってる時のキャラ作りなの!」

実際、普段の自分を知っている姉さんの目の前であの喋り方をするのは結構恥ずかしいのだが、こうもあからさまに笑われると余計に恥ずかしい。
思えばこんな感じの喋り方で洗脳メメメ辺りを誑し込んだのだと考えるとうわぁァぁもうだめだぁぁぁぁあ!!
なに、なんなの、主人公の兄貴分で料理が上手でヒロイン一人掻っ攫うとかどこのオリ主人公なの!? 安全確保の為とは言え何やってんの俺!?
俺は恥ずかしさのあまり、姉さんは笑いのツボを刺激された為に、全くベクトルの違う理由でその場で転がりまわる。
暫く恥ずかしさを消す為に転げまわり、少し落ち着いた頃、遠目に此方を見ていた桜咲刹那と、3-Aからの助っ人組が異変に気付きこちらに近く姿が見えた。
此方の状況を完全に把握したら間違いなく戦闘になるだろう。
だが、そうはならない。

「ひぃ、ひぃ、もう駄目お姉ちゃん死んじゃう、って、あら、もうタイムリミットみたいね」

まだ笑いのツボから逃れていないらしい姉さんが呟き、次いで俺と姉さんを包み込むように空間が輝きを帯び始める。
買い物途中の電車で見た不自然な光。この粗雑な作りものの世界と元の世界を繋ぐゲート。
リョウメンスクナを倒したことによるクリアか、それとも主人公二人を消してしまった事によるゲームオーバーか。
どちらにしても、あと一分もしないうちに俺と姉さんはこの世界から消え失せる。
残った連中が何を思おうが、正直な話知った事ではないのである。

「あ、美鳥のお土産、買うの忘れてた」

一応、関西呪術協会に向かう途中で八橋とかキーホルダーとかペナントとかは買ったが、姉さんの暴れ鹿の角みたいな受け狙いのジョークお土産を買っていない。
そんな俺の言葉に、姉さんは笑顔で答える。

「美鳥ちゃんは、卓也ちゃんのお土産なら鹿の糞でも喜ぶから大丈夫じゃない」

「それは余りにもおざなりすぐるでしょう……」

最近偶に姉さんが酷い。
今この場で何か、土産になりそうなものは……、あった。
白いオコジョがずりずりと引きずって逃げようとしている土産物候補を拾い上げ、オコジョを指でつまみ上げ適当な方向に投げ飛ばす。
姉さんに向き直り、その土産物を見せ確認する。

「これ、京都土産になるかは分からないけど、トリップ土産には良くない?」

姉さんは首を捻り、数度唸った後頷いた。

「うーん、正直、家の物置に何本か同じのが転がってるんだけど、いいんじゃないかしら。卓也ちゃんが拾って来たって意味ではダブりでは無い訳だし」

「よぉっし、お土産完了!」

これで心おきなく帰れるというものだ。
その場からマジンカイザーを遠隔操作で塵に変化させ、姉さんと帰った後の事を話し合いながら帰還待ちをしていると、後ろから怒気のような感情の流れが感じられた。
振り向くと、さきほど放り投げた白いオコジョ──カモがこちらを睨みつけている。

「よくも、よくも兄貴と姐さんを! てめぇらは、てめぇらは、いったい何モンだ!」

姉さんと顔を見合わせる。
改めてそんな事を聞かれるとは思わなかった。

「俺たちか? そうだな、俺達は──」

感覚的には帰還まであと二十秒も無いし、あのセリフしかありえないだろう。

「通りすがりの、押し込み強盗(トリッパー)、かな」

「覚えておかなくて構わないわよ。もうここのお宝は必要ないから、ね」

姉さんのセリフが終わり、眼を焼かんばかりの光が溢れる。
トリップ終了の合図、あるいは元の世界へのゲートが開いた証。
その光景を見ながら、あの世界での最後の言葉について少しだけ考える。
そう、俺や姉さんの様なトリッパーを他の何かに例えるなら、押し込み強盗か通り魔の様なもの。
姉さんが言っていたトレジャーハンター、遺跡荒らしという自称も頷ける。
その世界に深く関わらず、やりたい事だけやって帰って行く俺達トリッパーなんて、所詮はそんなものだ。
トリッパーが通り過ぎる物語は、けっして英雄(ヒーロー)の物語にはなりえない。
残されるのは、無残に荒らされた、あるいは綺麗に整理整頓された世界だけ。
そんな者を深く記憶に残す必要はないし、少しでも気を許す方が間違いなのだ。

因みに、元の世界に帰った後、トリップした時と同じ場所に放り出された為に川に落ちたり、駅がある処までずぶ濡れの服を着たまま徒歩で移動する羽目になったり、数日家を開けたら美鳥が寂しさのあまりぐずぐずと泣いていた為に宥めるのに時間がかかったのは、完璧に余談である。




おしまい
―――――――――――――――――――

気付けばこれまで書いた話の中でも最長の48600字オーバーの読み切り短編、『ネギま最後の日! 京都観光地獄編』な感じの第二十九話をお届けしました。

ネギま? ほとんど原作キャラが登場しない上に原作主人公二人とも死んでるじゃねえか! と、憤っているそこのあなた!
ごめんなさいとは言いません、だってこの話の主要素はネギまではなく、以下の三つだからです。

・其の一『主人公を姉といちゃつかせたい』
これは簡単ですね。そもそもこの作品自体が世のロリ、妹偏重の気風に逆らってお姉ちゃんの魅力を描きたい、という所にあるので。
拙いなりに姉と主人公のいちゃつきを掛けて満足満足ぅ。
・其の二『京都に行きたい』
凄く行きたいんです京都。
でも自分が住んでいる場所からだと遠いので、ネットや旅行カタログを眺めながら文章に起こし、主人公達に代わりに京都を堪能してもらいました。
所々描写が薄いのは資料の少なさゆえですから勘弁するか自分に京都行きの新幹線のチケットをください。
京都に行きたい、死ぬまでに一度でいいから行ってみたい。
・其の三『身も蓋も無い展開をしつつ、トリップの設定を説明したかった』
ブラスレ編は中途半端に、スパロボ編はストーリー仕立てで来たので、こんな感じのただただ主人公達が遊んで、原作キャラ達がその割りを食う話が書きたかった訳ですね。
この物語では、トリップ先の世界はそれこそネズミや猫の子供のようにぽこぽこと量産されているわけですね。その分出来損ないも多い訳ですが。

まぁつまり、第二話あとがきで書いた、もし書いてもこんな感じだよー、的なネギま読み切り編のアレンジバージョン。
原作キャラにフラグ立てるかも、みたいな有り得ない期待を寄せていた人、ざぁんねぇんでしたぁ(ギアスのロイドさん風に)
すいません、本編見て無いくせにPSPごとロストカラーズ買ってプレイしてたら、なんかロイドさんの粘っこい喋りにハマってしまって……。

以下、自問自答の代わりに本編で不明瞭な部分の設定晒し。


・『ネギまの世界』
今回の話の舞台。
実のところ、本編内で姉が語ったような不出来な世界では無く、それなりに設定の詰められた極めて現実に近い世界。
この世界の欠点は、スクナ戦でエヴァンジェリンが出撃出来ない事。麻帆良襲撃は無駄足だった訳ですね。
実はこの世界のオリ主になれなかった存在がフェイトもスクナも倒してTUEEEポする予定だったり。
微妙にアスナが畏まっていたのもそのため。ロボで無く生身で倒すと好感度が一気に跳ね上がりフラグが楽に立つようになる予定だったのです。
・『元オリ主』
実は生きている。
原作知識有りの現実からの転生体という設定のオリ主だったが、付加された能力のお陰で原作にはかすりもせず、それなりに満ち足りた生活を送っている。
その能力は【厄介事完全回避能力】とでも言うべき代物であり、本来ならばこの能力を用いて原作のトラブルを尽く片付けていく予定だったが、原作の事件にかかわる事自体が厄介事であるためストーリーに関われず物語が破綻、晴れて主人公から脱落した。
主人公の姉が麻帆良を塵と化した修学旅行三日目は、大学のゼミの研究旅行で友人や恋人ともども県外に逃れていた為に死なずに済んだ。
言うなれば、常時不幸に対してのみ発動するラッキーマン体質。
戦闘能力は高く、ありとあらゆるモノを投げ飛ばす程度の異能を持っている。
登校地獄の呪いやリョウメンスクナや千の雷や雷天ネギなど、速度的にも威力的に物質的にも本来触れる事すら出来ない存在すら投げる事が出来、戦闘があれば当て身投げ無双が出来る筈だった。
当然、そういった厄介事を完全にスルーできてしまうので使いどころは欠片も存在しない。
多分、今現在この世界で一番幸せ。
・『真・リョウメンスクナ』
術者が制御している時は術者の技量に合わせて弱体化しているんだよ!
とか、
実は遥か昔に悪神として封印された時に善の属性を封じられて知性を失ってた分パワーダウンしてたんだよ!
みたいな弁護がしたかった。
1600年前に一国で神様なんてしてた超存在が、たかだか600歳の吸血鬼なんぞに殺されるとか絶対弱体化しているんだからね!みたいな変な意地が具現化した二次創作的設定魔改造。
魔改造の果てにちっさい踏み台からおっきい踏み台に進化した。
実は法術メインのインテリ派。
・『宿に予約を入れていた一般人・千草・麻帆良の皆さん・ネギ・アスナ』
犠牲になったのだ、古くから続く犠牲、その犠牲の犠牲にな……。
・『白髪の少年』
フェイトは、粉微塵になって、死んだ。
などという事実は無く、エンディングまでに肉体を再生できなかっただけ。
ネギが居なくなった為、何事も無く計画を発動させる事ができる。
※八月二十九日追記
と、思ったら計画の要らしいアスナが主人公に食われた為難しいかもしれない。
代案くらいは用意していそう。
・『農作業を手伝うフーさん』
カプセル怪獣。
普段着は軍服からふりふりレースのドレスへ変更。
主人公が四人分のご飯を作るつもりが無い為、作業終了後すぐに再び取り込まれる。
レギュラー化の予定は一切無い。
・『和ゴス』
発音的にショゴスに似ているが反逆したりはしない。
色々と大仰な説明が付いているが、別に邪神が封じ込まれている訳でも無ければ輝いている訳でもない。
その正体は、クロックアップで過剰に時間が加速され、どこか違う、何時か辿り着くかもしれない主人公の和ゴス職人としての可能性を拾い上げて作られたコズミックホラー設定な衣装。
でも姉のトリップ作業着である魔女見習いっぽい服には性能的に一歩も二歩も及ばない。
帰還後にサポAIにも同じような物が譲渡されるが、こちらは至って一般的な和ゴス服。
ただし、それでも異端の技術が用いられた窮極の和ゴスである事には変わりないため結構高性能。
醤油をこぼしてもカレーうどんのつゆを零してもシミにならない。丸洗いOK。雑に丸めておいても皺にならない。色落ちしない。糸がほつれない。縮まない。
頼れる主婦の味方である。
・『大仏アーマー』
バーコードファイターと仏ゾーン、どちらのアーマーを思い浮かべてもいい。
自由とはそういうものだ!
バーコードバトラー全五巻、仏ゾーン全三巻、全国の古本屋にて好評発売中。
自分も男の桜ちゃんが好きです。むしろ男だからこそ逆に興奮するのです。
携帯で読み取るバーコードを見て『バイオバーコードだ!』とか思った事のあるそこの彼方はきっと自分と同期の桜。ふたなりは滅び小学五年生男子妊娠が始まるのです。
あとユンボル始まりましたね。ウルティモともども今度こそ打ち切りにならずに完結して欲しいものです。
プリンセスゲンバーとかプリンセスダンスタンとかマジ勘弁な。
・『マジンカイザー50』
オリジナルより20メートルほど大きくなったマジンカイザー。
光子力エネルギーを一度超電磁エネルギーへと変換してから使用している為、オリジナルよりも馬力は落ちる。
取り込むのに必要なさそうな武装、ファイヤーブラスターと真・カイザーブレードは最初からオミットされていたため、ブレストプレートが溶けても戦闘行動に支障が出ない。
超電磁竜巻が耳からでなく腹から出るのはアレンジの時に主人公が思いついた一捻り。
リョウメンスクナを取り込む上で一番重要な機能であった為、剥き出しの耳では無くギガントミサイルの格納されていた頑丈なスペースに収納されることになった。
大仏アーマーが壊れるとこの形態になるため、一度だけ撃墜される事が可能。
・『名前が出てないけど調べると何処か分かる京都の名店』
京都行きたい。京都で美味しいもの食べたい。
京都行きたい。
・『トリップ土産』
なんか頑丈な木の杖。落ちてた物を拾ってそのままお土産にした。
魔法発動体ではあるらしいが、サポAIも主人公も身体そのものを発動体にできる為あまり実用性はない。が、主人公が持ち帰った土産である為にサポAI自身は結構喜んだらしい。
現在はサポAIの手により解体され、主軸は物干し竿に、サイドの出っ張りは孫の手に改造されている。
喜ばれてはいるが、サポAI的にはいかにもなペナントや安っぽいキーホルダー、生八橋の下あたりの扱い。
・『生八橋』
食べたい。
因みに主人公はチョコ派、姉はカスタード派、サポAIは抹茶派である。


とかなんとか書いている内に50000字をオーバーしてしまったので、今回はこれでおしまいです。他にもネタを紛れ込ませてあるので間違い探し的な楽しみ方をして貰えると嬉しいかもしれません。
それではでは、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想などなど、心よりお待ちしております。






予定は未定で例によって見切り発車な上に他作品へのトリップになる可能性をも秘めた第三部予告。


「踊り続ける様に、土を掘り、地下へ潜る。
見えぬ叫びと共に、このショベル、全て込めて」
地上のいざこざ何のその、目指せこの世の不思議の秘密。
言うなれば原作放置ルート、互いに頼り、互いにかばい合い、互いに助け合う。
一人が二人の為に、二人が一人の為に。だからこそトリップ先で生きられる。
兄妹は恋人、兄妹は家族。
──嘘を言うな!
情欲に歪んだ暗い瞳がせせら笑う。
あたしも、あたしも、あたしもっ! だからこそ、お兄さんの為に死ねっ!

次回、第三部プロローグ兼第一話

『蘇生騎』

お米サイダーは実際に売られていたが、芋サイダーは未知の味。
お楽しみに。








なお、この予告編の内容は本編とあまり関係有りません。ざぁんねぇんでしたぁ。



[14434] 第三十話「新たなトリップと救済計画」
Name: ここち◆92520f4f ID:bbe4acae
Date: 2010/08/27 11:36
季節は夏、普段は人気の無い山に無謀にもキャンプに向かう他所者の家族連れがそのまま戻って来なかったり、隣町にバイクを走らせてみれば平日昼間だというのにジャリ、もとい、クソ、もとい、うざ、もとい、無駄に活力に満ち溢れた子供達があちこちに溢れ返る時季。
そんな暑い季節、農家を営む人々、つまり俺を含む村の大多数を占める人々にとってはどういう時期か。答えは簡単、収穫の季節である。
無論、春だろうが冬だろうが秋だろうが大体年中収穫の季節ではある。
だが家で育てている野菜の大半は夏に収穫される野菜であり、更に言えば夏はあらゆる生き物の活動が活発になる時期でもあり、他の季節に比べて雑草の処理にやたらと手間がかかるのだ。
除草剤をまけばいいじゃないかと言われそうだが、総合的に見て俺と美鳥が超人的な身体能力で草むしりをやった方が時間はかからないので、節約の為にも除草剤の使用は控えている。
ささっと朝日が昇る前に作業を終えて、昼間に休憩の間に少しづつ残りの作業をするのが、日差しがきつくやる気が削がれるこの季節のお約束である。
日差し程度で体力を奪われるのかと言えば、当然奪われる。命を狙われている訳でもないのに、普段から身体を人間離れさせておくのは良くないのだとか。
まぁ、普段から楽をしていては人生も楽しくなくなってしまうだろう。
焼けつくような日差しから室内に逃れ、クーラーの恩恵に与る快感、安心感。日差しの熱さ(誤字ではない)を感じなければ味わう事は出来ないのだ。
話しを戻そう。つまり、今この季節は紛れも無く収穫の季節であり、農家にとってはかなり忙しい季節なのだ。
当然そこにある人手は家族でも使う。自分の指示に従う他人であるならなおさらだ。

「こっちの収穫は終わりましたわよ」

「アイヨー。おにーさーん、こっちは収穫しなくていいのー?」

「そっちはまだ小さいからしばらく放置。二三日もすればいい感じの大きさに育つから、帰って来てから収穫しよう」

今日も今日とて昼間から野菜の収穫、書き置きを残しておいたから、姉さんももうしばらくすればお弁当を持ってきてくれるだろう。
基本的に姉さんは夜更かしした次の日には昼ごろまで自然に眠りっぱなしだし、何も残さずに俺と美鳥だけで作業をすると、ハブられたと思って半日程いじけ続けるので、昼飯をお弁当にして持ってきてもらうという事で協同感を演出しているのだ。
上半身に熊とも鼠ともつかない可愛らしい怪生物、ボン太君のアップリケの縫いつけられた作業着(手作りらしい)を着、下には花柄のモンペ(近所の御婆さんのお下がりらしい)を穿いたフーさんが別々に積み上げられた野菜の山を指差し、こちらに顔を向けた。

「これらはどうして分けられていますの?」

「小さい方の山は家で食う分ですよ。形の悪いのが多いでしょう?」

「なるほど、形が悪くとも、味に変わりが無ければ美味しく頂けるわけですわね」

こちらのフーさん、今回は予想外の豊作で収穫に人手が必要であった為、臨時で俺の中から再出撃してもらっている。
今回は、というか、春の時も収穫の時に出て来ていた気がするし、時たま美鳥がバイト先のレジに立っている時に話し相手になっているらしい。
一応フーさんの死体と記憶情報は美鳥の中にも存在しているのだが、暇な時の話し相手として呼び出す、いや、蘇らせるのはいかがなものだろうか。
自宅に招いたりこそしていないものの、美鳥が集め無さそうでフーさんが気に入りそうなアイテムが美鳥の自室に飾られているのはその報酬なのだろう。
お陰で近所の人達に顔が知れてしまい、今ではフーさんの立場は『農業体験のついでに遊びに来る外人さん』というものになっている。
……実際、髪の毛の色があれで無ければフーさんの顔かたちは十分日本人で通るのだが、染めているという事にするとお年寄り受けが悪くなるので、日本人の血の入ったハーフかクォーターの人という設定にしてあるのだとか。

「見た目の美しさがどうなるかは些か気にはなりますけれど」

しかしフーさん、ただの可愛いもの好きの戦争狂かと思いきや、テーブルマナーなどにもそれなりに詳しく、食事のあれやこれやについても少々口うるさい。
もっとも、食事のマナーはフューリーの故郷での礼儀作法であって、そもそもフューリーが居ないこの世界の日本ではまるで役には立たない。
しかし、美的感覚は地球人と似たようなものらしく、

「まぁまぁ、別にフーさんが食うわけじゃねえから気にすんなって」

「それ、フォローになってませんわよね」

「フォローしてねぇし。当たり前じゃん」

「事実だしな」

農作業をフーさんに手伝わせる事は既に姉さんに伝えているが、それでも三人分のご飯や弁当を四人で分けるのは気に食わない。
姉さんの手料理を食べさせるには、俺のフーさんの対する友情度や愛情度や信頼度が足りないのである。
そんな事を考えていると、携帯にメールが届いた。姉さんからだ。
これからお弁当を持ってこちらに来るから、手を洗って待っていてね、といった内容だ。
俺は携帯を閉じ、フーさんに向き直る。

「そんな訳で、今回もお疲れ様でした。次は秋口に呼ぶかもしれないので、それまでお元気で」

俺の言葉にフーさんは人差し指を顎に当て、困ったような顔で首を軽く捻る。

「構いませんけど、私、貴方に取り込まれている間は死んでいるのですから、『お元気で』はおかしくありませんか?」

「たまに美鳥の相手をしている時くらいは元気でいてください、という事ですよ。この間、何か落ち込んでいたでしょう?」

言葉を終えると同時、手から触手を打ち出しフーさんの腹部に深々と突き刺す。
人払いは済んでいるし、念のために新しく作った端末に周囲を見張らせているので目撃者は居ない。
この場面を見られて『ひ、人殺し!』みたいな言われない罪を着せられるつもりは更々無いのだ。

「いえ、あれは──」

フーさんが何か言い終わるよりも早く、触手に取り込んでしまった。
美鳥に顔を向ける。何度かフーさんと雑談していた美鳥ならフーさんが何を言いたかったのか分かるかもしれない。
美鳥はきししと意地悪そうに笑い答えた。

「ありゃあれだよ、原作のスパロボJで自分の出番がすっげぇ少なかった事を知って落ち込んでただけ」

「ああなるほど、原作だと何度も出てこないもんなあの人」

そういう出番とか目だったかどうかを気にしている当たり、それほど純粋に戦争狂という訳でもないのか。
出番が少ないだけで、俺達が介入した時と同じように裏ではあれこれ手を回していたはずなのだが、意外にナイーブ人なのかもしれない。
軍手を脱ぎ、美鳥と一緒にタンクから出した水で手を洗いながら、フーさんの未だ隠れたままの趣味や正確に関する勝手な憶測を語らい、姉さんが来るまでの時間を潰した。

―――――――――――――――――――

そんなこんなでお昼ご飯の時間である。
ビニールシートを広げてパラソルで日差しを除け、外でみんなでわいわい食べるという事でお弁当の作りはピクニックっぽい内容である。
大量のおにぎり、味付け濃いめのから揚げ、胡瓜の浅漬けに、甘ぁい卵焼き、そして水筒にはキンキンに冷えた麦茶。
男らしい、というより、小学校の運動会の様な潔い内容である。栄養バランスは夕食で補えばいい! という激情が伝わって来るようだ。
おにぎりは昨日日本昔話を視た美鳥のリクエストでやたらデカく作られており、一つに付きご飯一合は使われているだろう。
具は無しで、薄めに塩がついている程度、他のオカズにとてもよくマッチする。
生姜や大蒜などで豪快に下味の付けられた唐揚げ、これもデカイ、握りこぶしの半分くらいある。
箸でつまみ齧ると外の衣はガリっと気合いの入った歯応えで、中の肉は柔らかく肉汁がじゅわっと溢れる。とにかく食べると力の湧いてくる味だ。
そして箸休めに胡瓜の浅漬け、これは縦に半分に切られた胡瓜を四センチ程の長さ毎に切ってあり、それほど塩気も無いのでこれを合間に挟むと唐揚げの油っぽさが流れ、さらに良く箸が進む。
塩辛い味に飽きてきたら卵焼きの出番だ。
お弁当に入れるという事でとろっとしてはいないが、それでも中身はしっとりとした舌触りで、砂糖と卵の甘さが優しく舌を癒してくれる。
一気に喰らい尽くし、〆は麦茶で流し込む。氷を入れ薄まる事を考え濃いめに入れてある麦茶は、食事が終わる頃になると温度と濃さが絶妙なバランスになっているのだ。
紙コップに入った麦茶をごくごくと飲み干し、溜息。

「満腹寺……!」

思わずして何時でも傍に居る素敵な誰かのその名を思い出さざるを得ない。
虚無に満ちた腹の内部空間が食欲の幸福に満たされ、一瞬にして意識が涅槃へと導かれる。
どこまでも白い空間に、荘厳な作りの柱が延々並び立っている。
外を見れば一面黄金色に輝く大豊作の小麦畑。
風にそよぐ黄金の稲穂の中を、呆けた古狸が若い変化の術の使えない狸を率いて踊り念仏の教祖に収まっている。
これが、ヴァルハラ……!
キツネやタヌキはともかく、変化のできないウサギやイタチは自力で姿を消せるのか。
消せる、消せるのだ。
ミラージュコロイドを搭載したイタチやウサギのサイボーグアニマルが自らの力で姿を消し、地上人の手の届かない地下世界、ラで始まりギアスで終わる感じの異世界に独立国家を建設した!
数十年ぶりに地上に戻ったキングサコミズ(捨てペットが野性化したフェレット、元の名はU-乃君)は人間文化にすっかり迎合した狸達に憤怒の情を覚え、砲撃とお話(戦意が無くなるまで繰り返し殴り倒してから耳元に怒鳴りつける感じのニュアンス)を司る邪神ナノルクルスの力を持って地上に破壊と混乱をまき散らそうと計画する!

「この羽根は、俺だ! 子供の頃の、俺達だ!」

俺の脳内にて絶賛放映中止中!

「卓也ちゃん、ごちそうさまは?」

「ごちそうさまでした」

トリップしていないのに脳内だけトリップしていたらしい。姉さんの笑顔で正気に戻った。
昔から笑顔で迫る姉さんには逆らえた例が無いのである。
しかし、こういう時の姉さんの有無を言わさない迫力、ゾクゾクするねぇ。

「さすがお姉さん、お兄さんの操縦がうまいなー、あこがれちゃうなー」

もっちゃもっちゃとおにぎりを咀嚼している美鳥が尊敬の眼差しを姉さんに向ける。
口を閉じおにぎり食べながらあそこまで普通に話せるのは、肉体の一部をスケイルモーターとスピーカーを融合させた特殊な発声器官として用いているからなのだとか。
その証拠に、今美鳥の首筋には細かい鱗のような物が薄く生えており、なんだか竜人属性無いのに少しドキドキしてしまう。
この鱗っぽい器官を指先でフェザータッチすると、擽ったそうにして逃げようとするから、最近は俺も姉さんも美鳥の首筋の鱗に夢中なのである。
お陰で最近は飯時以外は美鳥の笑い声というか嬌声が家の中を響き続けている。
そこまでされてその鱗っぽい副発声器官を引っ込めないあたり、本当は美鳥も俺と姉さんに触って欲しいのだろう。乙女心は不思議に満ちているらしい。
流石は生まれながらの総受け属性持ち。最近は俺と姉さんが意図的に鱗っぽい器官に触れないでいると、さりげなく此方に首筋を覗かせて、何気ない風を装いながらも頬をうっすらと染め、期待に満ちた視線をちらちらと送ってくるのだ。
趣味的過ぎて無駄な技術と思うなかれ、こういう技術の積み重ねが何時か素晴らしい新技術に生まれ変わるかもしれないのだ。
それに、こうして行われる家族の団らんというのは、姉さんと俺だけの家では中々出来なかった。姉さんもかなり乗り気なようで、最近は何故か融合する事も破壊する事も出来ない不思議拘束具を探している。
倉庫に上半身を突っ込んでその形のいい尻を振ってまるで此方を誘っているような姉さんを見ると、美鳥総受けで俺と姉さんの全力攻めというのも悪くないと思えてくるから不思議だ。

「うふふ、それほどでもないわ」

余裕の笑みで尊敬の言葉を受け取りながら、美鳥の口の周りに付いている米粒を取ってやり、空に放り投げる。
都合良く通りかかった小鳥がすれ違いざまに投げられた米粒を咥え何処かに飛んで行く。
このように姉さんの行動をフォローするかの如く時たま現れる小動物は姉さんのトリッパーっぽい特殊能力の一つ『何故か無意味に小動物に好かれる』が発動しているのだろう。
どこぞの下界にバカンスに来た聖人の片割れの如く、事あるごとに野生の獣が姉さんのフォローに現れないのは基本的に人徳で動物が寄ってくる訳では無いからなのだろう。
その証拠に、一見様の獣は姉さんから距離を取って観察を始める。
が、姉さんがその遠巻きにしている獣にニコリと微笑めば飼いならされた犬並みの忠誠心を得てくれる。
この世界の人間には効かないが、人間よりもやや精神耐性の少ない野生の動物や、トリップ先の現実よりも情報量が少なく構造も単純な登場人物達ならばその気になればいくらでも懐柔できるらしい。
噂に聞くニコポ、いや、ある種の洗脳というべきか。
俺がナノマシンを一服盛るという手間を掛けて行うそれを、姉さんは表情筋ひとつ動かすだけで完了してしまうのである。
全力で懐柔しようという意思を込めて微笑めば、姉さんの視界の中に居る全ての存在を洗脳できるという話も聞いている。
並みのニコポではない。通常のニコポは相手にその微笑みを見せなければ発動しないというのに、姉さんのニコポはその微笑みを向けられた、という事実が存在すればそれでポされてしまうのだ。
洗脳、いや、○○ポ一つとっても俺とまるで格が違う。
訓練付けて貰っている時に強化ジェネシスで火傷一つ負わなかったり、何の防御も無く核ミサイルの絨毯爆撃からの分身してのブラスターボルテッカ連打、数十体に分身した状態から絶え間なく放たれる烈メイオウと相転移砲を喰らいながら服(普段着にエプロンだけの私服)に汚れ一つ付いていないどころかスカート一つ捲れない時点で気付くべきなのだろうが、それでも凄いものは凄い。
早く俺も一人前のトリッパーになって姉さんを安心させたいものだ。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

午後、農具を畑の脇の小屋に置き、収穫した野菜を持ち帰ったらお仕事は終了。
この時期に日が真上にある時間帯にわざわざ働く農家はMかモグリさんだけ、殆どの農家は日が昇る前にきつい作業を終わらせて、日が出ている間はそれほど苦にならない軽い作業をこなすのだ。
そんな訳で、居間でクーラーをガンガンに効かせてのんべんだらり。
いや、ただただゴロゴロと転がっている訳では無い。

「こうやってただ寝っ転がっているようで、今の俺から溢れる清浄なゴッドパワーがマイナスイオンもビックリな空気清浄効果を」

「溢れる、っていうか、漏れる、っていうか、滲んでいるっていうか……」

「しょっべぇごっどぱわぁ(笑)っすね」

そう、四月頃のネギま世界で取り込んだ大鬼神リョウメンスクナ、その力の源である神氣をどうにかしようとしていたのである。
不思議な事にこの神氣、直接相対した時の数万分の一も取り込めていないのである。
……まぁ、取り込んだ時点で大分弱っていたし、あの超電磁スピンを両手で押さえ込むのに神氣を割いていたせいで、取り込む頃には残りカス程度の神氣しか残っていなかったと考えるのが妥当なのだろう。

「まぁ、そもそもリョウメンスクナなんて神様としてはマイナーどころか頭に『元』が付いちゃうような妖怪もどきでしか無いもの。あれは神様系のとっかかりには丁度いいけど、あれから奪った神性だけで戦い抜いて行けるほどトリッパーの世界は甘くないわよ」

チョコチップ入りのスーパーカップを穿っていた木べらをふるふると前後に振りながらの姉さんの注意。
トリッパーの世界ではリョウメンスクナの神性も新ダンジョンの初期装備レベルの扱いらしい。

「ぬーべーにもゲゲゲにもうしとらにも出て無かったしなー」

美鳥がバイト先から買ってきた心霊現象カードを開けながら投げやりに言う。
ネギま世界トリップ後のアップデートで神氣を手に入れた事により霊体を知覚、接触できる様になったので、ホラー系のネタが多い季節の内に幽霊の類を触ってみたいのだとか。
今は心霊写真を見ながら、幽霊の当たり判定の割り出し作業をするのがマイブームらしい。

「お前のマイナーとメジャーの基準は分かるようで分からんなぁ」

うしとら基準だと下手な神様より九尾の狐の方が強そうだぞ。
しかし、姉さんの話ももっともだ。日本に転がっている神様というのは、妖怪とかの化け物との違いが曖昧なのだ。
地方の山の中にある古い社などの一部は、現代では妖怪として知られているような連中もいる。
逆に、妖怪もある程度の信仰を集めれば何時の間にか神様に格上げされていたような時代、あるいは世界観もあるのだとか。
その理屈で言えば、リョウメンスクナにあれほどの神性が残っていたのは奇跡と言ってもいい。
何しろ彼(彼女?)は悪神、というか、化け物の一種として討たれ、もはや信者など地元の飛騨含め、この世界のどこにも存在しない。
討たれてから千六百年の間しっかり封印されたことにより逆に力の消耗を抑え、大鬼『神』という冠を載せられる事で信仰とは逆属性のエネルギーを得る事が出来たのかもしれない。

「エネルギー密度として考えると、大仏の指先とか腹の一部とかの方が凄かったりするのがまた。あと台座」

起き上がり座布団に座り、神氣をリョウメンスクナの物から大仏の物に切り替える。
途端、先ほどまでの全身を薄らぼんやりとした神氣から、身体の極々一部と、俺の座る座布団に荘厳な気配が宿る。

「おお、お兄さんの座布団からさっきまでのお兄さんとは比べ物にならない程のゴッドオーラが」

「ふふふ、凄かろう」

この状態で何かしらの敷物に乗っていれば、ゴッドパワーとかアガペー的なあれによって、特殊な装置や能力無しで『光って浮く』程度の事が可能になるのだ。

「あんまりやると座布団が使命を帯びたような気合入ったデザインになるから止めてね?」

「うん」

俺の属性的にチクタクマンとかギアとか鈴の音が聞こえる長距離ビームライフル装備MSの下のアレみたいな座布団になりそうで期待度がウナギ登りだが、座り心地は悪そうなので神氣を抑える。
溜息。
最近は本業である農作が忙しかったとはいえ、せっかく手に入れた力の修練を怠ったのでは何時まで経っても強くなれない。
確かに、神鳴流はマスターした。ネギま最新刊までのネギが覚える魔法も闇の魔法の習得が前提となる物以外はすべて習得したし、咸卦法も、まぁ使いどころが無いが一応完璧にマスターした。
だが今さらそんな小技を覚えた所で大した戦力アップには繋がらないのだ。
必要なのは、今まで手に入れてきた力『科学の力』とはある意味で対極に存在する『神の力』だ。
神の力、神秘の力と言い換えてもいい。
自然発生したその力は、人類が英知を結集して作り上げ、金の力をつぎ込んで可能な限りの改造を施した科学の巨人をあっさり上回りかねない理不尽の塊。
トリップという理不尽、トリップ先に潜んでいる理不尽、トリップ先に待ち構える理不尽。
それらを踏み越え呑みこみ喰らい尽くす事の出来る、大理不尽の力、それを手に入れなければならないのだ。
考えこんでいると、頭をてしっ、と掌で軽く叩かれた。いつの間にか少し俯き気味になっていたらしい。
顔を上げる。姉さんが頭を叩いたのとは別の手でサムズアップしていた。

「だいじょうぶ! 卓也ちゃんのそんな悩みも、お姉ちゃんと美鳥ちゃんが選んだ次のトリップ先に行けばいっぺんに解決できちゃうんだから!」

バチコーンと効果音が飛び出そうな程美事なウインク、惚れた。既に惚れているけど、子供の頃から惹かれていたけど。
しかし、サムズアップ。
あの姉さんが、古代ローマにおいて『満足できる・納得できる』行動をした者にのみ与えられたと言われる仕草をするとは。
今度のトリップ先はかなり満足できそうな予感がする。

「それに今回は美鳥ちゃんの気合の入り方が違うから、かなりいい感じのトリップになると思うの。ほら、最近美鳥ちゃん特訓部屋に入り浸る時があるじゃない」

「あぁー、言われてみれば、なんか特訓部屋で髪色金に変えた分身と組手してたような」

しかも分身体は一人称を『あたし』から『あて』に変える徹底ぶり。能力も仮想敵と同じ程度の物に固定して。
毎回最終的に金髪の分身がズタズタのバラバラになって終わるんだよなあの組手。組手っていうか、なんか儀式じみている様な気もするが。
確かに、ズタズタになった自分の分身のグシャグシャになった金髪を掴み上げ首を切り落とし、生首を天に掲げてプレデター張りの雄叫びを上げる美鳥からは今迄に無い迫力を感じた。
あの気合いの入れようと来たら。今回のトリップ、一波乱起こりそうな予感もするぜ……。

「なになに何の話ー? なんか褒められてる気配がしたような気がするんだけどー」

重量感のある巨大なボウルと三本のスプーンを持った美鳥がこちらに早足に駆けてきた。
普段はこんな無邪気な美鳥が、自分とまったく同じ顔の分身を初期の筋肉マンの残虐超人も真っ青な残虐ファイトでズタズタにできるのだ。
全く持って頼もしい限りである。

「美鳥ちゃんはいい子だねー、って話をしていた所、ねー?」

「うん、美鳥は便利な奴だなぁと」

「うへへ、褒められてもこのボウルの中のゼリーが増殖するだけだぜ? DG細胞で」

がんばれドモンくんとは懐かしい。ていうか便利な奴も褒め言葉に入るのか……。
結局DGゼリーはそれぞれ5リットルほど食べた辺りで飽きが来てしまい、更にゼリーの増殖速度が加速し収集が付かなくなってしまったので、姉さんがどこからか引っ張ってきた宙に浮かぶ楕円形の銀のゲートに廃棄した。
なんでも形成されかけていたトリップ先の世界で、修理したてっぽいノートパソコンを抱えたツンツン頭の少年を追いかけていた設定魔改造召喚ゲートらしい。
ファーストキス(メロン味)から始まる一人と、多分30リットルくらいの恋?のヒストリー。
運命にかけられたのは魔法というよりも呪いの類だろう、召喚ゲートをくぐって現れたのが一分毎に2~5倍程に膨れ上がるプルプルした何かとか絶対に話が破綻するしな。
せめて食用になる際に封印された自己進化機能が復活してくれれば話は違うのだろうが……。

―――――――――――――――――――

ゼリーを召喚ゲートに流し込み、それからまたゆったりとした時間が流れる。
何だかんだであれだけ大量のゼリーを食べたからみんなお腹がいっぱいになってしまっていたので、夕飯はいつもよりも遅めの時間に食べ、消化がいい感じに終わった辺りでトリップの説明開始。
俺と美鳥は脇に荷物の詰められた鞄を置き正座で待機、姉さんは学帽にメガネに白衣、手には指示棒の説明スタイル。
前回の説明時は在庫の切れていた白衣を隣町の駅前にある白衣専門店で購入しておいたので、今回は完全無欠のフル装備である。
姉さんはフレームの小さいメガネ(伊達)を中指でくいっと持ち上げる。

「それでは、これから卓也ちゃんと美鳥ちゃんをトリップさせるわけだけど、その前にお姉ちゃんから言っておく事があります」

「うん」

「あいあい」

頷く俺と美鳥に、姉さんの指示棒が突きつけられる。

「二人とも、ちょっと悪事働き過ぎだと思うの」

「え?」

「ハハッ」

思わず聞き返してしまった。姉さんを指差しながら千葉ニーランドの黒ネズミっぽい裏声で短く笑った美鳥の頭は消し飛んで即座に再生を始めた。
『悪事を働き過ぎ』
何かの暗号かとも思ったが、姉さんはそんな回りくどい真似は嫌いなので恐らくそのままの意味だ。
多分前回のスパロボJ世界へのトリップでの事を言っているのだろうが、あれは多分に不可抗力という物を含んでいた訳で、決して好き好んで悪事を働いていた訳では無いのである。
姉さんは指示棒の先をくるくると回しながら続ける。

「確かにトリップ先の連中の生き死にだの幸不幸だの、そんな物は卓也ちゃんや美鳥ちゃんやお姉ちゃん達の人生になんら影響を及ぼさないわ。でもこれからの人生でたくさんトリップをする以上、いろんなやり方を覚えてもいいと思うの。同じことばっかりやってても飽きちゃう訳だし」

なるほど、確かに一理ある。
俺のこれまでのトリップは、何の先導も無い初心者トリッパーならばまずしないような選択の連続だ。
初心に帰って、訳も無く原作に介入するべきかしないべきか悩む素振りをしたり、苦心の末にストーリーに介入する決心をしたふりをしたり、とりあえず巨大な組織に対しては無闇にアンチ的な素振りで行動したりすべきなのかもしれない。
無意味に尊大な態度で相手を無駄に貶めて大した理由も無く自己正当化してみるのも捨てがたい。

「はいせんせー! それって例えば、やっぱり死ぬはずだったネームドキャラとか生き残らせてみたりすればいいんですかぁー?」

頭部の再生が完了した美鳥が元気よく手を上げると、姉さんは我が意を得たりとばかりに大きく頷く。

「そ、まさにそんな感じね。そこで! 今回は原作では死ぬ筈だったネームドキャラを最低で『三人』救って貰います!」

「おお! いかにもトリッパーっぽい!」

俺の感嘆の声に姉さんはえっへんと得意げに胸を張りふんぞり返る。
強調される胸部、白衣を押し上げる胸!
ああ、今気付いたけど、白衣の下は普通のシャツとかじゃなくてワイシャツだと尚いいかもしれない。
姉さんの胸のサイズならほんの少しサイズの小さなワイシャツを着てくれればボタンとその周りの布の張りつめ具合が姉さんの魅力を更に引き出してくれるに違いない。
帰ってきたらワイシャツを用意して進言してみよう。
そんな事を考えていると、ふんぞり返っていた姉さんが元の姿勢に戻り、背後から一つの箱を取り出した。

「しかも今回のトリップ先はこれ、この通り死人がぞろぞろ出てくるから三人救うとかタイミングを選べば楽勝なの。トリップ自体はもう回数こなしてるのに典型的なトリップは初めてな卓也ちゃんにはぴったりね」

黒の筆字で雄々しくタイトルの書かれた木の箱、通販で予約を入れてまで手に入れた初回限定版である。
もう半年以上前にクリアしてしまったが、それでもその斬新な好感度システムと主人公の様々な変顔が記憶に残る名作である。
しかしなるほど、確かにこの作品ならやたら強い上に現役で信仰を集めまくり、しかもそれ自体に意思は無いから吸収も容易なとても都合の良いターゲットが居る。
それ以外にも特殊な剣術槍術、あるいは合戦礼法など魅惑の技術が盛り沢山。
しかも銃砲火器などの軍事技術はさして発展していないので、後々軍の基地を巡って兵器の収集をする手間が必要無いのだ。

「ふふふ、この作品は卓也ちゃんのお気に入りだから、向こうで何をすればいいかは理解していると思うから説明は省くわね。念のため言っておくけど、今回はスパロボ世界の時みたいに戸籍や身分が用意してある訳じゃないから、そこら辺は美鳥ちゃんと創意工夫すること」

「オッケー姉さん、俺、きっと立派な神様になって帰ってくるよ」

立ち上がり、姉さんとがっしりと抱きしめ合う。
たっぷり10分ほどくっ付いたままでいると、隣から視線を感じた、美鳥だ。
ぼけーっと口を開けた間抜け面でこちらを眺めていた美鳥は、俺の視線に気づくと目を輝かせながら期待の視線を向けつつ聞いてきた。

「キスしないの? ねぇねぇキスとかしないの?」

それに、姉さんが更に俺を抱き寄せながら答える。

「ふふふ、卓也ちゃんとお姉ちゃんは心で繋がっているから大丈夫なの、心で繋がってるからね!」

「おぉー、あたしはてっきり最近連日連夜肉体面で繋がりっぱなしだったから控えているのかと」

「歯に衣着せないねお前も」

互いに腕を放し、再び木箱に向き合う。
姉さんが軽く指示棒を振ると、木箱の表面におなじみとは言えないまでもこれまで二度お世話になった異世界転移魔法陣が現れる。
魔法陣に美鳥が駆け寄り、一度姉さんに振り替える。

「お姉さん、お土産は岡部の髑髏の杯でいいよね?」

「ええ、あとお姉ちゃんお酒駄目だから芋サイダーもよろしくね」

「よっしゃぁ任されたからケースで買ってくる! 行ってきます!」

美鳥が魔法陣に向かって頭からダイブ、俺は姉さんに向き直る。
姉さんは俺の視線を受け、少しだけ頬を染めそっぽを向きながらしどろもどろに応える。

「だって、ね? あの世界はそんなに行った事無いし、試しに飲んでみた芋サイダーが斬新で結構美味しかったけど自分で行くほどの物ではないし、ね?」

「うん、じゃあ俺も土産は芋サイダーでいい?」

背中を物凄い力で叩かれた。
少し前の俺であれば、平手から背に伝わる破壊エネルギーが肉体を駆け巡り細胞の一片に至るまで粉微塵に破裂させていたことだろう。
たたらを踏み、荷物を抱える様にして背中から魔法陣に接触、手を振り抜いた姉さんの姿。

「卓也ちゃんは、とりあえず自分の強化を第一に考える事。春先のネギまの時とは違って、今回はそっちがメインなんだから……」

呆れたような口調で、照れを含みつつもしょうがないなぁとでも言いたげな表情でこちらを見送る姉さん。
それでも、呆れつつも優しげな笑みで、こちらに手を振る。

「いってらっしゃい、土産話、楽しみにしてるわね」

後頭部から魔法陣の中に落ちる。
海の様な、宇宙の様な、何か不思議な物に満ちた空間。
最下級の上に元が付くようなものとはいえ神の視点を手に入れた今なら分かる。
この空間に満ちる不思議な何か、宇宙の元であり宇宙のなれの果てであり、ありとあらゆる可能性を秘めた空間と時間其の物のプール。
なるほど、こんな物を間に挟んでいる以上、元の世界と作品世界の行き来は並みの術理ではなし得まい。
根本的に、作品世界内部とは世界の理論が違うのだ。格が違うのだ。密度が違うのだ。
何の媒介も無く作品世界の存在がここを通りぬけようものなら、一瞬にして押しつぶされこの『宇宙の元』に還元されてしまうだろう。
空間に満ちるそれらに見惚れていた俺の手を、小さくやわらかな手が握り締める。
美鳥の手だ。
しかし、その美鳥もまた、ある一点を凝視して固まっていた。
遥かに下、作品世界への入口。
入口から、俺達を誘うように歌が聞こえる。

《生命よこの賛歌を聞け笑い疲れた怨嗟を重ねて》
《生命よこの祈りを聞け怒りおののく喜びを枕に》

頭にじくじくと響き渡る歌声、精神汚染波。
人の様で人で無い、生きているようで生きていない、そんな俺達だからこそこうして呑気に聞いていられる魔性の音色。
美鳥がこちらの手を更に強く握りしめた。
美鳥の表情は、今、喜悦に歪んでいる。

「いい、歌、だね」

「ああ」

正直、歌詞の内容はさっぱりと理解できない。
だが、この歌に乗せられた思い、これには少しだけ共感できる様な気がする。
最も、俺は既に手に入れている側なのでそんなおこがましい事を口にできる訳が無いのだが。
歌を聞いている内に入口が近づいてきた。
それほど高度は無く、青く節のある植物が生い茂っている。
てっとり早く言って竹林の中で、そこには何かで伐採された跡の様な広場、周りには伐採された竹が散乱している。

「今までのパターンから考えて、物語序盤に出るんだよな」

「いひ、最初からいきなり救済イベント発生の予感じゃね?」

鴨が羽根を毟られ臓を取り除かれ血抜きをされた状態でネギを刺され鍋に入れられて目の前に転がっている、といった処か。
目標を取り込みに向かう前に、一発人助けをしてからこの世界での活動を始めるとしよう。
俺と美鳥はゆっくりと、物音ひとつ立てる事無くその世界へと突入した。




つづく
―――――――――――――――――――

プロローグと第一話は分離します。
だって統合すると姉の出番がますます少なくなってしまうから……。
そんな第三部プロローグをお送りしました。

多分第三部は三話から五話程度の中できっちり納められると思います。思い付いたネタが少ないので。
ノリ的にはストーリー仕立ての第二部よりは本筋放置の第一部のノリに近い感じで。
大々的にストーリーの乗りこみはしないけど、時たまストーリーの一部に顔を突っ込んで少しだけ原作から筋を逸らす感じで行こうと思ってます。
やや一部寄りのハイブリッドと考えて頂ければ幸いです。
あ、でも暗闇星人さんが変顔で奇声を上げるシーンはちゃんとあるのでご安心ください。
なにしろ救済物ですから。

そんな訳で、第三部のテーマは『死者の数を少なくする』です。理由は本編で姉が言った通りマンネリ回避。
なんかこう、べたべたー、って感じの救済物を書けたらなぁと思うとります。
死人多いからチャンスは沢山ありますから、拾う肉には困らないという事で。

そんなべたべたを目指す第三部第一話である三十一話は、原作だと死にっぱなしの人が生き返って決め台詞言って悪人を倒す感じのありがちな話になります。
多分本題はしっかり書いても一万字前後で終わっちゃうから、暗躍する主人公達のやり取りで分量少し水増しかも。できるだけ早めに出せればいいなと考えております。

それでゅわ、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。



[14434] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」
Name: ここち◆92520f4f ID:bbe4acae
Date: 2010/09/03 19:22
彼は破壊を求めたわけでは無い。
彼の精神構造はそこまで未熟ではなかった。
あくまでそれは、真の願いが叶えられないものであるが故の代償行為。
彼が欲したのは、おそらくは永遠と呼ばれるもの。
しかし、当然の事ながら彼にそれは与えられなかった。
誰も永遠を生きる事は無い。
古くから歌われる世界の真実に逆らう事は出来ない。
真に麗しく、真に美しきものこそが、なによりも早く滅びへと突き落とされる。
ならばせめてと、自らの手でそれを壊した。
幼稚だったわけでは無い。
真綿で圧殺されるような緩やかな絶望の中、知恵と心を巡らせた彼は、彼自身が最も忌み嫌う世界の一部に自ら組み込まれた。
つまるところ、どうしようも無いほどの、弱虫だっただけか。

―――――――――――――――――――

最悪な目覚めとは、いったいどのような目覚めの事を言うのであろうか。
とある少年は『寝ている最中に足を攣り、その痛みによって目覚める事』だという。
細かい説明を端折り要点のみを掻い摘んで言えば、『爽やかであるべき一日の始まりに、痛みに足を引き攣らせている自分を発見する』という部分に集約されるらしい。
なるほどそれは酷い目覚めだ。少なくとも日常生活の中でそのような目覚めを得たのであれば、そこに何かしらのプラス感情を得る事は不可能だろう。
さて、では『悪夢からの目覚め』というのは最悪な目覚めと言えるだろうか。
一般的な意見を言えば、それは決して悪い目覚めではない。最悪どころか安堵の感情でみたされるのではないだろうか。
少なくとも、目覚めた後に待ち構える現実が、その悪夢よりもましなものであったのならば。

人里離れた山奥の、更に地下深くに存在する大空洞。そこに、幹から枝、葉に至るまで余さず鉄色の鱗に覆われた怪植物が存在している。
怪植物、いや、より正確に言うならば植物の機能を有した怪生物の生態を模した微小機械の塊。
その幹に相当する箇所に、ほぼ球形の瘤が盛り上がっていた。
その瘤が、びきんと音を立て罅割れ、砕ける。
砕けた瘤の中から、輝きを帯びた透明な緩い膿の様な液体がぞるぞると流れ出し、次いで、襟の紅く染まった学生服を着た少女が姿を現す。
満たされていた液体の生み出す浮力により立たせられていた少女は、流れだした液体の水溜りの中に膝をつき倒れこむ。

「う、っげ、お、ぇぇええぇぇぇ」

水溜りに膝をつき手を付き四つん這いのまま、目からは苦悶による涙を流しながら、その口からはびちゃびちゃと、腹の中を満たしていた液体を吐き出す。
今まで決して口にした事の無いような味のそのやや粘性を持った液体は、彼女の胃や肺までを余さず埋め尽くしていたのである。
だが、彼女がその液体を、内臓がひっくり返るような勢いで吐き出しているのはそのせいでは無い。
肩の上、丁度『首の半ば』程で栗色の髪を切り揃えられたその少女は、腹の中から吐き出す物が無くなると同時、何かを確認するように自らの首に掌を当て、指でなぞり、何かの痕を探り出す。
蒼褪めるという表現では生温い、蒼白な顔は恐怖に歪み、歯はガチガチと打ち鳴らされ、傷一つ無い自らの首を確認すると、その場にへたり込んだ。
首に傷痕一つ無い。それはおかしい。
それは、現実と矛盾しているのだ。

「わ、わた、わたし、は」

覚えている。
首を撥ね飛ばされ、地面から逆さまに見た世界を。
意識が途絶える瞬間、確かに見たのだ。
月を天に仰ぎ、『首の無い自分の身体』と、黄銅色の鎧武者の姿を。
思い出す。
一瞬で首を撥ね飛ばされるから痛みは無い、死んだ事にも気がつかないなんて嘘っぱちだ。
思い出す。
あの瞬間、竹林の中で、わたしは確かに感じたのだ。
思い出す。
首の皮を裂き、筋を断ち、神経を貫き、首に侵入してきた刃金の感触を。

「死ん、で……!」

思い出し、何も入っていない腹から再び何かを吐き出しそうになり口元に手をやろうとすると──

「そう、君は確かに死んでいた」

唐突に、頭上から声が掛けられた。
重々しいようでいてどこまでも軽薄で、相手の事を思いやるように軽んじているような不思議な声。
そして、どこか逆らえない雰囲気を滲ませた、頭に、身体の芯に沁み入る様な声。
顔を上げ、声の主の姿を探す。

「だがしかし、一度死んだ君は、俺の手によって黄泉帰った」

声が反響してどこから聞こえてくるのか分からない。
それにこの場所は光が少なく、声の発信源を見つける事が出来たとしてもその姿を目に入れる事は出来ないだろう。
落胆する。
何故だか、いや、命を救って貰ったから当然か、自分はこの声の主に向き合い、礼の言葉を告げたかったのだ。
いや、正直に言おう。
わたしは、この声の主に、頭を垂れて跪きたい。
産まれてこのかた、このような感情を抱いた事は一度たりとも無いというのに、この感情に、気持ちに、疑問を持つ事すら出来ない自分が居る。

「それもただの人間としてでは無い。君は生まれ変わった。生半可な武者にも負けない、無敵の戦士として」

そう、そうだ。
暗闇? 反響? だからなんだ。今のわたしは、そんな物で目を晦ませたりはしない。
よくよく眼を凝らせば、当然の様に闇の中をはっきりと見渡す事が出来る。
音が、空気の振動がどこを何回跳ね返り耳元に届いているかが理解出来る。
主が、自らの『』がどこに居るのかなど、五感に頼るまでも無く理解し終えている!

「テッカマン・ブラスレイターとして!」

顔を上げる。
見える、見えるのだ。
この暗闇の中で、尚暗く、しかし目を焼く程に、黒い太陽の様に眩く光り輝いている!
常人の目には映らぬ域にある波長の光で、この暗闇を照らしている!
此方を見下ろす、その姿を!
それは人で、それは山で、そのどちらでも無く、一言で言い表すならば──

「あ、あぁぁ」

赤子の漏らすような、嗚咽。
ぼろぼろと、見上げる瞳から涙が零れる。
共鳴により、少女の全身に紅い光のラインが走り、その全身を異形の身体へと組み替えていく。
血液中に流れるナノマシン、ペイルホースが汗腺を通じて皮膚上に排出され、空気に触れ崩壊を始める前に互いに結合し、人間の肉体を鋼で鎧う。
体内のペイルホースは筋組織、神経系、心肺との融合を初め、脆く脆弱な肉体を宇宙空間ですら活動可能な強靭な肉体へと作り替えていく。
肉体の組み換えが終わり、ドレスを纏った道化師の様なシルエットを持つ異形、ブラスレイターのタイプ29『アスタロト』へと変じた少女が、跪き、祈りを捧げる様な敬虔さを持って、呟く。

「かみ、さま」

悪夢から目覚めた現実もまた悪夢。
しかし、それを悪夢だと認識しなければ、それは存外に心地よい目覚めなのかもしれない。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「ふむ」

再び誰も居なくなった大空洞の中、奇妙な男が一人佇んでいた。
その男は腰から下を金属質の木の幹の様なものにめり込ませ、溶け込むようにしてそこに存在していた。
この大空洞、ここから更に地下へと根を伸ばす巨大な力の塊、それを統括する頭脳として男は組み込まれている。
いや、それも少し違う。巨大な力の中に組み込まれているようでいてその実、その男が主体となってその巨大な力をゆっくりと取り込んでいるのだ。
男は今さっき少女が吐き出された怪植物の残骸を手から伸ばした触手で手繰り寄せながら、少女の消えた天井の穴を見つめて、ぽつりと呟いた。

「あれは、ちょっとキモいな、狂信的過ぎる。やっぱり即席は駄目か」

手繰り寄せた怪植物、総DG細胞造りのラダム樹、テックシステムを弄びながら、下半身を力の塊、金神魔王尊と融合させた男、鳴無卓也は考える。
ラースエイレムで真改の時間を停止させ、首を切断されて死んでいた少女の死体を死亡直後に手に入れ、作中の教授の言葉と次元連結システムのレーダーによって得た情報を元にこの場所にたどり着き、少女の蘇生及び強化を始めたのがトリップ初日。
二日目に魔王尊との融合を開始、完全な取り込みこそ完了していないが一応支配下に置いたのでテストとして、少女を改造中のテックシステムに魔王編ラストで空から降り注いだ光の雨、劒冑の基となる魔王尊の身体の一部を組み込んだ。
そうして三日目の昼に復活した少女、その身体に、命の一部を分け与えられたのが原因と見られる刷り込み染みた崇拝の感情。
それが、死した肉体をブラスレイターとして、テッカマンとして、生体甲冑(リビングアーマー)として修復された少女に与えられた新しい感情だった。

「でもまぁ、これで一人目の救済完了、と」

触手がテックシステムを締め付けると、ガラスの割れる様な音と共にテックシステムが砕け散る。
即興での改造故か、金神の力に耐えきれなかったか、はたまた初期フォーマットから戦闘用テッカマンへのフォーマットまでを僅かに二日弱にまで短縮したが故の負荷故か、テックシステムはその強度を著しく下げていた。
砕けたテックシステムの破片がどろりと液状化し、地面に吸い込まれていく。
死者蘇生に金神の力を付加した場合のデータを回収する為、地下に根を張る卓也の、金神の一部へと還元されたのだ。
地下空洞の地面が、壁面がざわめき、蠢く壁面、地面に無数の顔面が浮かぶ。
苦悶する顔、苦悩する顔、怒りに歪む顔、喜びに染まる顔、慈悲深い仏の様な顔に、無慈悲な悪魔の様な顔。
それらは全て、金神と融合する男、鳴無卓也と全く同じ顔をしていた。
下半身を金神と融合させた卓也が口を開く。

「まだ掛かるか」

大空洞にびっしりと浮かぶ卓也の顔面の幾つかが、下半身を融合させた卓也にぎょろりと眼球を動かし視線を向ける。

「まだまだ」

「今のデータのお陰で半日伸びる」

「救済はおまけだから後廻しにすればいいものを」

「だが脇役を救いたいという理屈は分からんでもない、一回戦敗退とかマジ憐れ」

「生体甲冑でデモニアックでテッカマンとか、データとしては面白いしな」

「まだまだ改良の余地がある。要研究」

「芋サイダー飲みたい」

不機嫌そうに、デレながら、楽しそうに、飽きながら、顔面は口々に言葉を放つ。
これらの顔面もまた全て鳴無卓也、いや、正確にはその複製。
デビルガンダムの自己増殖機能を復活させ作りだした総勢600を超える自己の複製を自らと同時に金神へと埋め込み、金神という巨大な力の塊を御し取り込む為の補助装置としているのである。
埋め込まれた複製、あるいは分体の大半は半ば融合の完了した金神の力を効率良く振るう為の肉体の最適化の為に眠りに付いており、残りの喋る顔面は言わば余裕を持って金神を制御する為の補助装置なのである。
金神を通してこれらの分体は本体と繋がっている為、これらの分体の意見も言わば表に出ない鳴無卓也の本音の一部であり、こうして時たま会話を通して何か見落としが無いかを確認しているのだ。
分体の意見を聞いた本体がぽんと手を打ち頷く。

「そういえばちょっと気になるな、芋サイダー」

「そういうと思って買ってきたよー」

鳴無卓也の声とは異なる、鈴の音の様な少女の声。
何の前触れも無く大空洞の中に現れた少女に、部屋中の視線が一斉に向けられる。
だが、少女はその視線に怯まない。
オリジナルを含め、これほど多くの鳴無卓也の視線に晒されるというのは、少女──鳴無美鳥にとっては堪らなく心地好い状態だからだ。
ワープによりこの地下空洞に現れた美鳥は地面に浮き出る複製卓也の顔を踏まないように宙に浮かび、上半身だけは人の形を保っているオリジナルの卓也にふわふわと近づくと、肩から下げていたクーラーボックスの中から紙パックを取り出す。

「はい、お姉さんのお土産の分確保してきたから、そのついでに」

「いい仕事だ。後で俺の妹をファックしてもいいぞ」

「このやりとりは前もしたような気がするねぇ」

「初期美鳥×今の美鳥とかバリエーション増えたからノーカンだ」

紙パックを受け取った卓也の隣、触手の束の上に美鳥が腰掛ける。
二人並び、紙パックにストローを突き刺し、じゅるじゅると啜り始める。
ちびりちびりと飲みながら、うんうんなるほどと頷き何かに納得している卓也の隣、美鳥が空になった紙パックを畳みながら天井の一点を見つめている。

「これは意外と……、どうした」

「んぁ、あの天井の穴、何?」

地下空洞の天井部、地上へと繋がる細い穴が開いていた。
この金神を取り込むための地下空洞は基本的に鳴無卓也と鳴無美鳥の出入り以外は考慮されていない為、完全に地上とは隔絶されており、空気の通り道すら存在しない。
が、今現在地下空洞の天井には人が丁度一人通れるかどうかという程度の広さの地上への通り道が形成されていた。

「あぁ、あの娘を殺した武者の正体と事情、その武者が今誰を狙っているかを教えたらクラッシュイントルードで飛びだそうとしたから、こっちから出口を作ってやったんだ」

「メメメとかの比じゃないレベルで洗脳されてんだろうに、美しい友情だねぇ。戦闘法は刷り込んであんだっけ?」

「テッカマン同士の戦闘理論と、村正本編で術理解説の人が出てきたシーンのは殆ど、ついでに覚えている限りの劒冑の陰義と、卵を植え付けられた劒冑への対処法。あと──」

「あと?」

言葉を区切った卓也に、美鳥が先を促す。
卓也は天井に空いた穴を見つめながら、ニヤリと笑みを浮かべた。

「決め台詞も、しっかりと組みこんでおいた」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

日も沈み、夕暮れを過ぎ夜に差し掛かった時刻、鎌倉の街路を二人の男女が早足で並び歩いている。

「で、どうするの? これから」

ややくすんだ紅い髪を肩の辺りまで伸ばした学生服の少女、来栖野小夏は隣を歩く同じ学校の学生服を着こんだ少年に尋ねる。
三日前の夜に行方不明になった二人の(ここに居ないもう一人を入れて三人の)友人である飾馬律の探索についてである。
探索二日目にして見つけた手がかり、自分達と同じく行方不明となった飾馬律の探索を行っている警察署属員である湊斗景明の言によれば、この事件には世間を騒がせる大虐殺犯である武者、銀星号が関わっている。
自分達はそれでも飾馬律の捜索を続けたいが、彼はそれは自分の職務であり、学生の身分である自分達は危険を伴う友人の探索よりも、自分の生命安全を優先すべきだと言う。
大人であるという事実をかさに着て上から押し付ける様に物を言うのであればはねつける事も出来たかもしれないが、湊斗景明の態度はどこまでも誠実で、それを言い聞かせる瞳がどこまでも静穏であった。
行方不明の友人の捜索、決して途中で投げ出せるような事態ではないが、安易に無視出来るような言葉でもないのである。

「決まってんだろ。湊斗さんの言ってることは正しい。だが生憎と、おれたちは正しい事を受け入れられないガキンチョだ」

しかし、そんな道理も気にせず学生服の少年、新田雄飛は鼻息も荒く宣言する。
確かにあの人の言う事は正しい。危険な探索を続けて家族に迷惑を掛けるのはいけない事だし、身よりの無い自分を引き取ってくれた来栖野のおじさんおばさんに迷惑をかける訳にもいかないだろう。
だが、自分達の友人が誘拐組織に浚われているかもしれない、武者に襲われているかもしれないと言うのに、そんな道理で納得して探索を中断することなどできはしない。

「馬鹿なものは馬鹿なんだから仕方ない!」

「うわ、開き直った。タチ悪」

そう、馬鹿はしつこくてタチが悪いものなのだ。諦めて貰うしか無い。

「リツは探し続けるぞ。できれば湊斗さんを探し出して強引にでも協力したい。おれらが無闇に動き回るよりはその方が効率的だ」

「コバンザメみたいな活動方針ね」

「それでわたしが公衆便所に全裸で繋がれて『精液便所膣射精無料』なんて身体に書かれているのを見つけるのを期待してティッシュ持参で探しまわるのね! もう、そこまでいやらしいと弁護士だって付けられませんわ!」

やや呆れを含んだ小夏の言葉に、唐突にもう一つの声が加わる。
甲高く脳を突き抜けるような響き、お嬢様染みた口調に、しかしその口調が究極的にそぐわない脳が腐食しそうな内容の発言。

「えっ」

小夏と夕陽が慌てて声の方向に振り返ると、そこには探していた相手、行方不明になっていた友人である飾馬律が立っていた。
恐る恐る、雄飛が問いかける。

「えっと、リツ?だよな」

行方不明になっていた友人がひょっこりと戻ってきた事に懐疑的になっていた事もあるが、それ以外にも思わず本人かどうかの確認をしてしまった理由はある。
先ずは服装、失踪した当時は制服だった筈だが今は私服だ。
だがまぁこれはいい、夜遊びをする上で補導されないように着替えを用意しておくなんて事は度々あることだろう。
だが、目の前に居る飾馬律は自分達が知る飾馬律とは決定的に違う点がある。髪の長さだ。
背中の肩甲骨の辺りまで伸ばされていた飾馬律自慢の美しい栗色の髪は、肩に届かない程のショートカットになっていたのだ。
度々自慢していた髪を切った事、その理由を遠まわしに訪ねたつもりだったが、彼女は雄飛の言葉をストレートに誰何の言葉と受け取り返答を返す。

「あぁら、数日顔を合わせないだけで顔を忘れられるなんて、ここ数日の雄飛さんの頭の中ではわたし、いったいどんな白目剥いて涎鼻水垂らしまくったアヘ顔で再生されていたのかしら! 妄想と現実の区別をつける為にもちゃんと暇を見て右手の上下運動に励みなさい!」

顎から頬にかけて手の甲を当て、優雅に高笑いを始める飾馬律。
天下の往来で発せられるべきでない品性下劣な発言の数々に、雄飛と小夏は心の底から納得する。

「この口から洩れる今にも発禁喰らいそうな毒電波、間違いなくリツね」

「うへぇ……」

小夏は数日ぶりに聞く友人の元気な怪音波に腕を組み感慨深く頷き、雄飛は二日前に自分が想像したのとほぼ変わりない壮健な彼女の発言に、全身の筋肉の脱力によってげんなりとした自分の感情を表現した。

―――――――――――――――――――

「遠出した帰りに近道を通ったら、崖から転げて動けなかったねぇ」

「へぇー、じゃあ怪我が治るまでその男の人の所で休ませて貰ってたんだ」

「ええ、髪もその時に引っかけて切れてしまってバランスが悪くなってしまいましたから、思いきって短くしてみましたの」

夜の街路を三人並んで歩きながら、雄飛と小夏の二人は律がここ三日何処で何をしていたかの説明を受けていた。
結論から言えば、六波羅の人身販売も銀星号も律の行方不明になった原因とは欠片も関係が無かった。
両親との喧嘩の憂さを晴らす為に派手に夜遊びをしていたら、市街から離れた山道で不慮の事故で怪我を負ってしまい、通りがかった親切な通行人の方に助けて貰ったのだという。

「夜遊びしてたのに山で怪我したとか、まず設定からして無理があると思う」

「リツ、何か隠してない?」

鎌倉の町の中の遊び場、夜遊びが出来そうな場所と律の家の間には数日動けなくなるような怪我が出来そうな山道など皆無に等しく、どんなひねくれ方をしたとしても夜遊びの帰りにそんな場所を通る事はありえない。
当然のごとく雄飛と小夏の二人は律を問い質すが、律はのらりくらりと二人の追及をかわし続け、別れ際に改めて二人に向き直り、常ではありえない程の素直な笑みを浮かべ。

「とはいえ、雄飛さんも小夏さんも、あと忠保さんもそこまで心配してくれていたというのは、ええ、ありがたい話ですわ」

そんな律をまじまじと見詰め、ついで二人が口を開く。
心底相手を気遣っている表情と労わる様な口調で。

「リツ、お前本当に怪我大丈夫なのか? 頭とか」

「明日改めて病院に行った方がいいと思うの。ほら、脳の怪我は後遺症が残り易いって言うし」

「……お二人が普段わたしの事をどういう目で見ているのか、よぉーくわかりました」

頭痛を堪える様な険しい表情で、咽喉から絞り出すように言葉を紡いだ律は、深々と溜息を吐いた。

―――――――――――――――――――

雄飛と小夏の二人と別れ、明かりの少ない街路を歩く少女を、暗い眼差しが見つめている。
武者。
暗雲に覆われ月の見え無い夜の闇の中、民家の天井に屹立し、感情の窺い知れない視線を飾馬律の背中に送っている。
武者、あるいは竜騎兵。
鋼鉄の香りを漂わせ、超常の力を仕手に与える生きた鎧、劒冑を纏い空を駆ける戦場を支配する魔神。
黄銅の甲鉄に身を包んだ魔神が、遠ざかり曲がり角の向こうに姿を消した少女を見つめる。
武者が脚を踏み出す。
鋼の重量を持つ武者の一歩はしかし、簡素で堅牢性に欠ける質素な作りの民家の屋根を揺らす事も無くその身を風と化す。
曲がり角の更に向こうへ、音も無く着地、少女の姿を確認する。
少女の自宅へは未だ遠く、脇路は無く、この通りは空き家が多い。その事を踏まえ、武者は改めて少女の姿を探す。
居ない。慌てたように辺りを見渡す。
居た。しかし街路ではない。

「ごきげんよう、鈴川先生」

民家の屋根。先回りした自分よりも更に先、この住宅街の中で一番の高さを誇る木造建築の一軒家。
自らの存在を誇示するように、少女──飾馬律が自信に満ちた、攻撃的ですらある笑みを浮かべ、腕を組み武者を見下ろしている。

「レディの帰宅を尾行するなんて、品行方正な教師の鑑である先生らしくもありませんわね」

心臓が一つ鼓動を打つよりも早く自分を殺害可能な超力を備えた武者を前にして、飾馬律は何一つ身構える事も無く、気の合う友人と世間話をするかの如き自然体。
まるで、そう振舞う事こそが正しく自然なのだと言わんばかりの威風堂々とした振る舞い。
笑みを深め、まるで舞台の上の演者が決められた台詞を、何度も繰り返し練習した台詞を口にするように、一息分の間を置き、再び武者に向け言葉を紡ぐ。

「わたしに、何か御用でも?」

武者が、無意識の内に一歩後退りをした。
未知なる者への恐怖、超常の力を与える甲鉄を身に纏った武者が、華奢ですらある生身の少女へ向けるには相応しくない感情。

「何故だ、何故」

それを自覚する事も出来ず、武者──飾馬律の担任でもある教職公務員、鈴川令法は、湧き立つ惑いの感情を漏らす。
そう、何故。何故この自分の教え子である、教え子であった少女が自分の目の前に存在しているのか。
この少女は、確かに自分の手で、美しいままに終わらせた筈なのに!

「何故? ふふ、わたしを殺し、あまつさえわたしの友人の命すら狙っておきながら、何故と!」

飾馬律が怒りの表情で袖を払うように腕を一振りすると、袖口から一振りのナイフ飛び出し掌の中に収まる。
柄に小さなクリスタルの嵌め込まれた両刃の短剣。
夜闇の中、律の全身に紅い光のラインが走る。
光のラインが光量を増し全身を覆い尽くしたかと思えば、すでにそこに栗毛の少女の姿は無く、全身を金属質のドレスで鎧った道化師のような異形が存在していた。

「む、武者!?」

自らの劒冑、井上真改の中で鈴川は目を剥いた。
そう、無理矢理に常識に当てはめて考えれば、目の前で自分の教え子が変じた異形は、劒冑を纏った竜騎兵に他ならない。
だが何故、美しいままに、腐らぬ内に殺した教え子が、何故蘇り、何故武者に!
惑いは鈴川から正常な判断力を奪う。武者を前にしながら、即座に逃げるという行動を頭から抜け落ちさせる。
あるいはそれは、一度殺した相手だからこその油断か。

「そう、わたしは黄泉帰った。自らの仇を討つ為に、友を付け狙う悪逆非道の輩を討つ為に」

朗々と、唱える様に宣言し、掌の中のナイフをくるりと回し天に掲げる。
ナイフに埋め込まれたクリスタルを中心に、幻影のようにナイフを包み込む一回り大きいクリスタルが浮かび上がる。
雲が割れ、欠けた月が少女の変じた鋼の道化師を照らす。

「テックセッタァーッ!」

月に照らされたクリスタル──システムボックスから少女の身体にディゼノイドが供給され、体内に充填されたテクスニウムと反応、既に形成されたペイルホース製の外骨格の上に更に強靭な外骨格を形成。
体内に供給されたディゼノイドは更に神経系へと影響を及ぼし、人知を超えた反応速度を与える。
そして、システムボックスに内蔵された光=物質変換機能が二重の外骨格に鍛造雷弾すら耐えうるアーマーと、理論上無限に加速が可能な高機動バーニアを組み込む。
要塞の如き堅牢な防御と戦闘機を遥かに上回る高機動性、ブラスレイターの筋力と回復力、そして金神の神通力を分け与えられた、この世界唯一の『宇宙の騎士』
これがっ! これがっ! これがテッカマン・ブラスレイターだ!
そいつに触れることは、死を意味する!

「さぁ」

少女から道化師に、道化師から騎士へ変じた飾馬律は、眼下で呆ける武者、井上真改の仕手である鈴川令法に向け両手を広げ、身体を横に向け、堂々と片腕を掲げ、銃で射抜く様に指差す。

「あなたの罪を、数えなさい!」

―――――――――――――――――――

騎航する──逃げる様に。
周囲の住人に気取られぬようになどという考えは既に頭には無く、周囲の頑強さに欠ける建築物を破壊する勢いでの急発進。
停止状態から一瞬にして合当理を臨界稼働へ、最短時間で最大推力を確保する、甲鉄の事を考えない無謀な飛翔。
月が照らす蒼黒い夜空を、黄銅の武者が一条の光の矢となって駆け抜ける。
頑健さが売りである真改の甲鉄あってこそ成功したその飛翔はしかし、追いかける様に飛翔する赤い悪魔の様なシルエットの武者を引き離す事が出来ない。

《敵機、二〇〇度上方。距離二四〇。来襲》

真改の統御機能(OS)が無機質な声でこちらに追い縋る武者の位置を知らせる。
そう、迫ってきているのだ。美しいままに、腐る前にその生を終えた筈の教え子が、武者の力を得て自分の事を追い詰めようとしている。
ぞわりと、背筋が凍える。
得体の知れない感情が湧きたち、迫る武者から只管に逃げようと更に合当理を吹かす。
計器類を確認する。高度九百弱、速度はもう八百に迫る。
好奇心から騎航性能を確かめた時に迫る速度、それでもまだ足りない。
加速は続けている、だがこれ以上の速度を出した事が無い、ここから更に加速して甲鉄が持つだろうか。
もう少し性能の上限を調べ体得しておくべきだったかと今更ながらに思う。
だが同時に思う。誰がこんな事態を予測できただろうかと。
自分が死を与え終わらせた相手が、武者となって自分を殺しに来るなど!
振り返りもせずにひた駆ける。このまま逃げ続ければ関東防空圏を踏み越える事態になりかねないが、そんな事を考える余裕は無い。

《尻追い戦(ドッグファイト)なんて、武者にあるまじき行為、猪突戦こそ武者の誉れではありませんの? ──まぁ、わたしは尻追い戦の方が好みですけれど》

兜の内側に敵機の、飾馬の囁きかける様な声が響き、即座。
首筋に冷たい感触、冷えた鉄器を押し付けられるような肌のざわめき。
肉の内から熱が逃げる寒気。
横転、急降下!

「がぁっ!?」

肩口に激しい衝撃。
衝撃は骨を突き抜け肺に達し、こちらの呼吸を阻害する。
肺をローラーにかけられ潰され続けるようなものだ。
劒冑の機能が肺に代わり無理矢理に脳に酸素を送り込み、ようやく思考を纏める事ができた。
劒冑に問う。

「なんだ、やられたのか、何を!?」

《左肩部甲鉄に裂傷、騎航、戦闘に支障無し。敵機の攻撃は甲鉄を砲弾として撃ち出したものと思われる》

「甲鉄を、砲弾として!?」

劒冑を纏い、甲鉄と肉体を融合させる武者にとって、甲鉄とは文字通りの意味で自らの身体の一部。
文字通りの意味で身を削って打ち出される砲弾。一撃毎に身を引きちぎられる苦痛を味わう両刃の刃。
なるほど、武者の甲鉄であれば、同じく武者の甲鉄を破る事も可能だろう。実に理に叶った攻撃だ。
しかも破損箇所の状態から見るにそれは敵を撃ち貫く形を取らず、わざわざ刃の形を取って斬り抉る形を取っている。
かつて自分が首を切り落とした少女が、自分の首を狙って。
何故!? 私はただ、美しいものを、美しいままに留めておきたかっただけなのに。
なぜその美しいものが、自分の命を狙う!
美しいままに終わらせてやったのに、その友人までも美しいままに終わらせてやろうというのに! 美しいままに終わらせてやった恩も忘れて!
……そうだ、まだ、まだ大丈夫だ。
飾馬は友人を助けに来た。蘇ってまで、武者の力を得てまで、美しい友情のあるがままに。
飾馬は、やはり美しいまま。ならば、汚れる前に、美しいままに再び終わりを与えてやらねば。
我が身に課した責務の為に、この手で再び、救いを与えてやらねば!

「真改、敵機の性能で分かった事はあるか」

《敵機は無手にして火砲を持ち、しかしこちらを遥かに上回る機動性を誇る。軽装甲の一撃離脱型と思われる》

対するこちらは重装甲の汎用白兵戦型。
正面切っての斬り合い有利!
旋回し、こちらを見下ろす形で追う紅い武者──飾馬に向き合う。

《距離四〇〇。闘牛形》

「美しき諸々の為に、飾馬、穢れを知り腐る前に、お前も、ここでえぇぇぇぇぇ!」

太刀を振り被り、天目掛け直進する。
合当理を吹かし、最大加速──!

「っっっ!」

衝撃。
天の一点にある風間を視界に入れ、加速を入れて斬りかかろうと思い立った瞬間、木の葉のように吹き飛ばされた。
遅れて体内を駆け巡る冷気と熱気。
鉄の刃の冷たさに、身体から抜け出る血潮の熱さが、痛覚よりも早く正確に身に受けた打撃の深さを知らせる。

《左肩部甲鉄に深刻な損傷。内部骨格に致命的な損傷》

左腕が上がらない。劒冑の守りのお陰か激痛に悩まされるといった事が無いのだけが慰めか。
だが、あれはなんだ。
一撃離脱型とはいえ、武者の強化された視覚で捉えられないどころか『目に映らない』などという事があり得るのか!?

《高度の劣勢、という理屈だけではありませんのよ? それに、理解を深める時間も与えて差し上げません》

「げっ、うごっ」

普段通りを装いながら、隠しきれない冷徹な口調と、奥底から滲み出る様な憤怒の感情の籠った飾馬の声を聞きながら、見えない斬撃に打撃に射撃に滅多打ちにされる。
一つの痛みが丁度弱まるのを見計らったかのようなタイミングで打ち込まれる追加の打撃に意識が朦朧とする。
一撃一撃が酷く冷たく、容赦なく鋭く、感情を叩きつけられている様に重い。
脳を揺さぶられる、血液を流し過ぎ、酸素を脳に送れず、思考ははっきりとした形に纏まらない。
ただ、やはり頭に浮かぶのは『何故』の一言に尽きた。
自分はただ、美しいものを美しいままに終わらせたいだけだというのに。
この腐敗した醜いものの地平に、美しい関係を持つ教え子たちを置き去りにしたくなかっただけだというのに。
美しいものを、この醜い世界から逃がしてやろうとしただけだというのに。
何故、何故自分は──!

「何故、何故、何故だぁぁぁっ!!」

攻撃が途絶え、湧きたつ怒りにより意識がクリアになる。
全身を鎧い交わる劒冑、この身そのものでもある甲鉄へ伸びる神経に感覚を尖らせる。
血と肉と神経と、魂の合一した甲鉄の中、心中に蠢く力の奔流を知覚し認識し掌握する。
呪句(コマンド)の詠唱を持て解放。

「狂意操!」

体内の血流を体液を操作し、戦闘に不要な器官への血流を封じ、戦闘に必要な最低限のパーツだけを残す。
脳へ血液が行き渡り、筋肉に張りが蘇る。
陰義。
古来から伝わる製法により鍛えられた真打劒冑の中でも極上の品だけが操る、世の法則を書き換える異能の術理。
これを自らの身体に行使する事により戦闘に耐えうる身体を取り戻した。
だが、これでは終わらない。終える事は出来ない。
目の前で、殺人という罪を犯し穢れようとしている美しい教え子を救う為に!
力を、もっと、もっと力を!

「曲輪来々包囲狂暮葉紅々刳々刃」

頭に自然に呪句が浮かび上がる。
丹田で──横隔膜の下で──存在していない子宮の中で、有り得ない胎児が、胎児のようなバケモノが、カイブツが暴れ狂う。
泣き叫び我が身を食い破らんとする幻、胎児のイメージを映す力の顕れ。
非実在のカイブツの胎児、誰の目にも映らない妄想の塊。
しかし、その妄想が引き起こす腹を内側から食い破る幻痛が、確かにそこに力が存在する証!
呪句により指向性を与えられた力を収束し硬度を付与し速度を付与し鋭さを与え、眼下でこちらに救いを求める様に見上げる教え子に向け、叩きつける!

「白華欄丹燦禍羅!」

河川から海から噴き上がる水流に呆気なく呑み込まれる武者──飾馬。
あらゆる液体を操る真改の陰義によって生み出された水龍の如き濁流が、死の国の使者の如き様相へ変じた教え子を飲み込んでいった。
飾馬の劒冑は機動性を極端に上げた劒冑、装甲はさして厚くは無い筈。
深海の如き水圧を持った高圧、巨大質量の塊に襲われて無事で済む筈が無い。
友人の命を助けんと蘇った美しき友情の持ち主は、その感情を汚される前に、戦いの中で燃え尽きて死んでいったのだ。

「あぁ、何故、美しいものから散っていかねばならないのか……」

友の為に死の国から蘇った彼女の友情は、何にも代えがたい程の美しさを誇っていた。
だが、その美しさが汚れる前に終わらせるには、戦い殺すという選択しか有り得なかったのだと思う。
しかし、そのお陰で彼女はその熱く美しい友情を胸に秘めたまま散り、思いは永遠になる。
彼女の三人への友誼は美しいままに。

《──否、散ってはいない。方位一五〇度下方、距離三〇〇〇。敵影確認》

「何!?」

信じ難い報告に目を剥き示された方向を見やると、そこには確かに紅い悪魔の様な武者の姿、装甲した飾馬律の姿が。

「あれを受けて無事だというのか!?」

《敵機は我が白華欄丹の直撃を受ける前に磁力による防壁を展開、その効果により致命打を避けた模様》

「磁力による防壁……、つまり磁力操作が飾馬の劒冑の陰義なのか」

《そう推定するのが妥当である》

劒冑の甲鉄を貫く砲弾を撃ち出し、眼に映らない程の速度で駆け、極めつけに陰義すら操る以上、飾馬の劒冑もまた大業物に匹敵する真打劒冑である事は間違いが無い。
いったい何処の誰が飾馬を蘇らせ、更に劒冑など分け与えたのか……。
いや、そんな事を考える時では無い。
如何に防壁で致命傷を防いだとはいえ相手は軽量高機動、無傷で居られる筈が無い。
正面を向いての相対、突撃は砲撃により迎撃される危険があり、あの高機動であれば未だ此方の剣戟を避けきる余裕を残している可能性もある。
白華欄丹で畳みかける!
体内でうねる力を引き寄せ掴み取り、収束──

「あ──?」

できない。
それだけでなく、視界は色を失い、音が遠くに聞こえる。
姿勢が崩れ、速度が落ち、身体から、熱が消える。
寒い、寒い、──寒い!

「真改、なんだこれは、真改!」

《────》

答えは無く、ノイズ染みた雑音だけが僅かに耳に届く。

《あらあら、もう限界が来てしまったようですわね》

兜の中に教え子の声が響く。

「飾馬!これはなんだ、限界とはどういう意味だ!」

一瞬だけ飾馬の劒冑の陰義の作用かとも思ったが、磁力を利用してこの様な状態を作り出せるとは思え無かった。
眼下、色を失った光景の中で、教え子の変じた武者が手に弓の様な、槍の様な武器を携え、呆れた様な仕草で肩を竦める。

《わたしも教えられた程度の事しか知らないのですけれど、それは多分、熱量欠乏と呼ばれる症状ですわ》

「熱量欠乏!?」

叫ぶと同時、ガクンという衝撃と共に下がり続けていた高度が止まる。
何事かと確認してみれば仕掛けは簡単、『飾馬の劒冑の手首から伸ばされた細い糸が自分をからめ取り、もう一方の糸の端が海底に繋がっている』だけのこと。
先ほど白華欄丹を喰らい海に落ちた時に海底に設置していたのだろう。
いや、まて、それはつまり、あそこで白華欄丹を喰らう事すら予定の内という事か?

《劒冑は仕手に超人的な身体能力、騎航能力、超感覚、生命保護、そして陰義を使う時、全ての行動において必ず仕手の熱量を消費するのだとか》

ぴんと張られた糸に捕まった私へ、飾馬は手に提げた弓、槍の矛先を向ける。

《当然、攻撃を受け続けて無理な再生を繰り返したり、限界を超えた大規模な陰義を使うなどの無茶な戦闘を続ければそれだけ熱量の消費も激しくなり、身体に蓄えてある熱量を使いきれば──》

槍を構えた飾馬が、手首から伸びた糸を指先で爪弾くと、だらしなく身体が揺らされる。
身じろぎする事すら出来ない。

《劒冑の機能は停止、仕手の身体もまともに動かない、という事ですわね。聞きかじりの話で申し訳ありませんが》

そんな、そんな事は聞いていない。
酷い、知らなかったのに、こんな事になるまで、誰も教えてくれなかったのに!

―――――――――――――――――――

「最後に二つ言っておく事があります。まず一つ、わたしに与えられた陰義は磁力操作ではなく、超光速粒子制御。呪いの劒冑なぞと混同されては堪りませんわ」

超光速粒子、すなわちタキオン粒子と一般的には呼ばれる未発見の粒子を制御することによる固有時間制御(クロックアップ)による超高速戦闘と、簡易型の電磁障壁。
甲鉄を飛ばしたと思われていた砲弾は、金神の影響を受けたペイルホースの光弾に波動化されたタキオン粒子を被せて貫通性と誘導性を与えたモノ。
磁力制御とはまた異なる、しかし別方向に優れた超常の力。
金神の力により強引に陰義として組み込まれた、超常の力で再現される超科学。

「そしてもう一つ」

慈悲無く、淡々と、しかし誇るように、憤りを晴らす様に、テックランサーを構えた律が最早逃げる事すら不可能になった鈴川に告げる。

「穢れ、腐れた程度で無くなる程、わたし達の絆は弱くはありませんの。泥に塗れても、世界の厳しさに挫けても、わたし達が仲間で、楽しくやっていたという事実は曲がらない。だから──」

槍の様に構えられたテックランサーに、レンズ状の発射孔の付いたプレートが展開され、何かをチャージする音と共に光を帯びる。
光──フェルミオン粒子が唸りを上げてプレート、テックランサー付属型の発射孔へ収束し──

「醜いものを見たくないなら、一人で何処へなりと消え失せなさいな!」

解放される!

「ボオォル、テッカアァァァァッッ!!!」

―――――――――――――――――――

青い光が迫る。
分かる、私ですら理解できる。
あの破壊的な光の奔流を、真改の甲鉄は──無双無敵の防壁は──決して防ぎ止める事は出来ない。
身体が震える。恐怖に竦み上がる。真改はこの攻撃を防ぐ事が出来ず、仮に身体を動かす事が出来たとしても、『私が』避ける事が出来ない。避けるという行為を許容できない。
そうだ。理解できた。
美しいものを留めたいというのは崇高な使命などではなかった。
美しいものに変って欲しくないというのは、単なる私の我儘に過ぎなかったのだ。
いくら私が愚鈍でも分かる。
救った筈の美しいものに否定されては、認めない訳にはいかない。
私は美しいものに救いを求めていても、美しいものは、救いなど求めてはいなかった。
美しいものは、こんなにも力強く在る事ができるのだから。

《いかで……我が……こころの月を……あらは……して……》

「やみに……まどえる……ひとを……てら…………さ…………」

―――――――――――――――――――

爆音。
対消滅により文字通り跡形も無く消滅した鈴川令法──真改。
自分を一度殺した相手、友人の想い人であり自分の担任の教師でもあった者の死に、飾馬律は一瞬だけ想いを馳せ、次の瞬間には全身から力を抜き、深く、深く溜息を吐いた。
新たな命と共に力を与えて貰った。戦う為の知識も与えて貰った。事実として、自分を殺した武者を相手に苦戦する事無く一方的な勝利を掴めた。
だが、それでも生まれて初めての殺し合いというのは、精神的に『くる』ものがあったのも確かだ。
自分を殺した相手という事、更に愉快な友人たちまでもつけ狙っていたという事で怒りにまかせて戦う事は出来た。
怒りにまかせて戦っている間は良かった。頭の中が綺麗に整理整頓され、戦うのに最適な心が動いていた様な、そんな錯覚を覚えるほど綺麗に戦えたと思う。
だが、もう一度同じ事を他の武者相手にやれ、と言われれば間違いなく首を横に振るだろう。こんな事はもうこりごりだ。
腕を振り、海底に引っかけていたテックワイヤーを回収する。
ワイヤーを巻き取る最中に、刀の柄の様なものが引っ掛かっていた。
ちょっとした短刀程の長さもある黒塗りの柄、赤く簡素(シンプル)な作りの柄巻きに、黄金色の蜘蛛の彫物。
多分、これが植え付けられていた銀星号の卵の核、なのだと思う。頭に植え付けて貰った記憶が確かであれば。
『かみさま』に渡すにしても持ち主に返すにしても、取り敢えず暫くはわたし預かりという事で良いだろう。
刀の柄を手に、ランサーを収納してからテックセットを解除する。
このブラスレイター形体での飛行は武者の合当理の様に爆音が響かないから静かに行動する事が出来る、ひっそりと誰にも見つからない様に着陸するには絶好の能力。
拾った柄もどうにかするべきだけど、それはまた明日。
今日はもう家に帰ろう。
雄飛さんや小夏さん、忠保さんも大分心配していた、両親も気を揉んでいる筈。
きっと延々と説教を食らう羽目になるだろうけど、それもまた一興。
親の説教が聴けるのも生きていればこそ、なんて、悟った事を言うつもりは無いけれど、今は何故だか誰もかれも、日常の中の何もかもが恋しくてしょうがない。
未だ熱の残る頭でぼんやりとそんな事を考えながら、手に野太刀の柄を携えた飾馬律は、そのままふらふらと自分の殺された竹林へと降りていった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

昨日見たリツは幻覚か白昼夢かと悩みもしたのだが、リツのやつは結局あっさりと翌日の昼休みに登校してきた。
欠席に続いて大幅な遅刻、もう意味も無く早く登校してリーダー風を吹かせるつもりは無いのだろうか。
小夏も忠保も昨日までのシリアスな雰囲気は何処へやら、何事も無く小粋な(あるいは俺や忠保を貶める形式の腐食性の強い下劣な内容の)冗句が飛び交う何時もの光景が戻ってきた。
そんな何時もの光景の中、何時もと違う事があるとすれば、リツに続いて担任の鈴川が無断欠勤をした事だろうか。
とはいえ、リツと違いこちらは成人し職を持つ立派な大人、何かしらの事情でやむなくという事もあるだろうし、水泳部顧問として立派な肉体を持つ鈴川がそうそう危険な目に合う事も無いだろう。
鈴川の家には電話の類は存在しなかった筈だし、もしかしたら急病で寝込んでしまい、学校に連絡をする事ができなかっただけなのかもしれない。
……つい昨日までは友人が行方不明になって取り乱しておきながら薄情な、と思われるかもしれないが、いくら治安が悪いからと言ってたかだか一度の無断欠勤で生徒が教師の安否に頭を悩ませるのは筋が違うのだから仕方が無い。
もし万が一鈴川が何事かの事件に巻き込まれているのならともかく、ただ単に病気で寝込んでいるだけなのだとすれば、俺達が、というよりも、脳味噌を納豆菌へと変化させた約一名が押し掛けるのは間違いなく迷惑極まりなく、病状を悪化させかねない。
そう三人がかりで小夏を説き伏せ、それでも完全に説得しきる事の出来なかった俺達は、丁度良く巷の行方不明事件を調査している知人の警察の人に相談する事になった。

―――――――――――――――――――

午後の授業が終わり、放課後。俺達はあっさりと湊斗さんを発見した。
周囲の明度ががくんと下がる様な、空気が重々しさを持たされているような、そんなあの人特有の悪目立ちする空気のお陰である。
なんとなく息苦しくなるような空気を追っていたら三十分で見つけてしまった。

「……。自分に近づくのは危険だと、簡潔に御説明したはずです、が」

湊斗さんは口をへの字に曲げ困ったような此方を諌める様な表情で口を開き、口元に柔らかい笑みを浮かべる。
明るさとも快活さとも無縁の、やはり本人の雰囲気そのままの暗さのある笑みだけど、間違いなく心底リツの無事に安堵を感じてくれている笑みだ。

「そちらの方は、飾馬律さんですね? 行方不明の疑いがあるとの事でしたが、御無事だったようで何よりです」

リツを含めた行方不明者の調査をしていた以上は、内一人が行方不明事件とは何も関係無かったのなら無駄脚を踏まされたと憤っても可笑しくないのに、純粋にリツの無事を喜んでくれている。
そんな湊斗さんに向け、リツが腰を折り深々と頭を下げた。

「お手数掛けさせてしまったようで、申し訳ありません」

ぺこりと頭を下げるリツ。
普段から礼儀正しくあり警察関係者、お巡りさんなどの覚えをよくしておけば、夜道で見かけられたとしても『あの礼儀正しい娘に限ってまさかそんな』という理由で見間違いで済まされる可能性が増えると言っていたが、それとはまた別の、ちゃんと誠意の籠った礼に見えた。
こういう場面でお姉さん風を吹かされるのは気恥かしくてたまらないのだが、俺達が迷惑をかけたという理由以外にも、自分を探す手間をかけさせてしまって申し訳ない、という理由があるだろうと分かってしまう為、下手に茶々を入れる事も出来ない。

「お気になさらず、これも職務の一環ですので」

「ありがとうございます。それで、その職務のお話なのですけど──」

―――――――――――――――――――

「──なるほど、飾馬さんと入れ違いに、担任の教諭の方が行方不明に」

「あ、いえ、まだ行方不明と決まった訳では無くて、ええと」

納得顔で頷く湊斗さんに小夏が慌てて訂正を入れる。

「まぁただの無断欠勤なんですけど、最近物騒な噂ばかり耳にしますからね。万が一のことを考えて先にお知らせしておいた方がいいかと思いまして」

しどろもどろの小夏を遮り忠保がフォローを入れる。
いくらこう不吉な事が連続して起きているからと言って、鈴川の自宅を訪ねて本当に病欠かどうか調べてください、などと言える筈も無い。

「いえ、丁度こちらも調査に行き詰まっていた処です。情報提供、痛み入ります」

相変わらず本心からの言葉か社交辞令かは分からないが、やはり誠実な人だ。
リツが戻った以上無理やり付いて行って調査に協力させて貰おうとまでは思わないけど、何か俺達で力になれる事があればその時は恩を返したいと、そんな事を思った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

新田雄飛、来栖野小夏、稲城忠保、飾馬律の四人組と別れてから数時間後、日も沈みかけた夕暮れの中、湊斗景明は鎌倉の街を独り歩いていた。
いや、独りではない。
歩く景明を、巨大な朱の色の肌を持つ蜘蛛が民家の壁を屋根を伝い追いかける。
身の丈6、7尺にも及び、人を抱え込めるほどの長く頑強な節足に、酒樽ほどもありそうな胴体。
甲鉄の肌を持つ大蜘蛛、善悪相殺の呪を宿した劒冑、三世右衛門村正の独立形体。
景明が細く人気の無い路地に入ると、その大蜘蛛は姿を現し、景明に声をかける。

《今日も進展無し、ね》

「いや、そうでもない。昨日の時点で寄生体を見つける事ができた。その寄生体の消滅も」

逆に言えば、銀星号の卵の寄生体が鎌倉に存在『した』ということしか分かっていないのだが、それでも何も無いよりはましと言えるだろう。
寄生体自体には精神汚染能力が存在していないので、村正以外の劒冑でも対処が可能、故に自分以外の武者に討伐される可能性も無いではないのだ。
あの武者が自分たちではなく学生を目標としていた事から考えても、早期に討伐されたのは悪い事ではない。
問題があるとすれば、

《野太刀の破片を回収出来なかったのは痛いわね》

「ああ……」

銀星号に砕かれ、卵の核として組み込まれた自分達の野太刀の破片。
黄銅色の武者との交戦後、不利を感じ撤退した村正は直接その戦闘を見る事は無かった。
銀星号の波動を感じ取る事ができる村正といえども、卵から分離した野太刀の破片を探し当てるのは至難の業なのだ。
今日は行方不明者の捜査と共に、鎌倉中を歩き回り野太刀の破片を探したのだが、結局見つける事は出来なかった。

《まぁ、少なくとも孵化する可能性が無くなった訳だから──》

台詞を途中で切り、村正が音も無く跳び民家と民家の間に隠れる。
村正が隠れてから数秒、人の通る事の少ない路地に一人の少女が足を踏み入れた。
艶のある栗色の髪を短く纏めた活発そうな少女。飾馬律。
彼女は昼間友人とともに景明と相対した時とは違い学校の制服ではなく、少しだけ大人びた印象の私服を身に纏っている。
夕陽を背に現れた少女の表情は景明からははっきりと確認できなかったが、その表情が不敵な笑みであるように見えた。

「……学生の夜間の外出は禁止されている筈ですが」

「ええ、存じておりますわ。でも、昨日の帰り道で落とし物を拾ったのを思い出してしまいましたの。元の持ち主が今も必死で探しているかと思うと、居ても立ってもいられなくて」

そう告げる律の手には、何か細長い物が入った巾着が下げられていた。

「なるほど、では、自分の方でお預かり致しましょう」

「ええ、確かにお預けします」

律は景明に歩み寄り、その手に巾着を渡すとくるりと踵を返し、元来た道を歩き始めた。
律が路地から出るか出ないかという所で、村正の金打声が景明の耳孔を突き抜け脳を揺さぶる。

《御堂、それ、野太刀の破片!》

「何?」

そんな馬鹿な事が、とは思わず景明が受け取った巾着袋を開けると、そこには確かに銀星号に七つに砕かれ奪われていた自分の野太刀の破片、柄が入っていた。
景明は律の背に視線を向け、しかし何と問うべきか迷った。
少女、飾馬律は落し物を拾ったと言っていた。
昨夜の寄生体と謎の武者の戦いをこの目で確認した訳では無いので自分達はその戦闘が何処で行われていたか知らない。
それが下に陸地のある場所で行われていたのならば、確かに彼女がこの破片を拾う可能性が無いでは無い。
だがそれなら、いくら昼間に会ったとはいえ、近場に居る警官ではなくわざわざ自分の事を探してまでこれを届けたのは何の為か。
それも友人三人から聞いた評判から判断したという可能性もあれば、身近にいる警官に良い感情を持っていないが為に自分に渡したとも考えられる。
様々な思考を巡らせている景明に、今まさに路地から表通りに出ようとしていた律が振り返った。
夕陽をバックに、煌めくような眩い笑みを浮かべ、揃えた中指と人差し指を米神に当て、その指先を緩い弧を描きながら振るう。

「アデュウ」

「……ッ……」

息を呑む。
そんな景明を置き、飾馬律は鎌倉の喧騒の中に融ける様に消えていった。
その後ろ姿を、呆っとした、あるいはハッとした表情で見送る景明に、建物の隙間に隠れた村正が恐る恐る金打声をかける。

《御堂、なんで感動してるの……?》

その言葉に我に返った景明は二度三度頭を振り、そして眩いものを見る様な眼はそのままに答える。

「いい、台詞だ……」

《………………御堂、解っているでしょうけど、私達が誰かに好意を抱くという事は》

「いや、そうではない」

呆れの様な感情が混じった沈黙の後に告げられた村正の言葉を遮り、

「本当に、いい台詞だと思っただけ、だ」

どこか遠い眼をした景明は、鎌倉の街に向け、ぼそりと呟いた。




続く

―――――――――――――――――――

戦闘パートはオマケでむしろ戦闘前の口上を言わせたいが為の第三部第一話をお送りしました。あとタキシードとかヒットマンリボンズアルマークとか。

戦闘パートはオマケなので読みとばしても今後の展開に一切支障ありません。
むしろ第三部は一話完結で後の話を引き摺らないのでこの話を読みとばしても次の話を問題無く読める新設設計。
でも、竹林で救済なのに原作を知っている人が誰一人律を救済候補に挙げなかった事に驚愕を禁じ得ないです。
いや、人気無いですけど、救済する相手としては妥当じゃないですか……。
まぁこれ以降間違いなく出番は無いですけども。
最後の最後まで再生首ちょんぱの必殺技をボルテッカで通すかライダーシューティングにするかで迷いはした訳ですよ。
あとは変身シーンのエフェクトでコスモスの花びらを舞わせたりしたかったんですが、構造的に金神パワーでもテックシステムでもペイルホースでも説明がつかなかったので諦めました。
デザイン的にはテッカマンデッドとエビルを掛け合せて女性っぽいラインを合わせた様なテッカマンになりますが想像できなくてもあまり問題はありません。髪の毛が伸びたら地球製テッカマンぽく髪が靡いて、とかありますが特につかいません。
しかしこれで一挙に雄飛の命と忠保の目と小夏の四肢と律の命を救った訳ですね。
この介入行動により雄飛が獅子吼に捕まって大鳥の当主として奉りあげられたり、そこで雄飛が獅子吼に稽古をつけて貰って大鳥家当主に代々伝わる劒冑を装着して奈良原ぽくない正調の英雄編とかが始まったり、
改造された律が鎌倉というか日本の危機に立ちあがって進駐軍の横須賀艦隊の日本上陸をボルテッカ無双で阻止したりといったサイドストーリーがあるかもしれませんが、当然後に引き摺らないので書きません。
行間に挟まっていると思うので読みたい方は心眼で読んでみればいいと思います。

しかし、第一話からいきなり原作を知らない人たちからしてみればわけ・わか・らん♪な内容でしたね。シリアス一辺倒ですし。
そもそも今回のトリップ先が年齢制限ありの作品なのもあれですよね。
もし、『この作品しらねぇよバーヤ!』という方がいらっしゃったら申し訳ありません。
多分第四部は年齢制限無い作品にトリップすると思うのでそこまでだらだらと斜め読みしていただければ。
いや、原作知ってる人からも、こんなの俺の知ってる○○じゃねぇ!みたいな事を言われそうですが、そこは皆様改善の為のアドバイスを頂ければ。
しかし次回は大丈夫! 次回はコメディというかいつも通りのグダグダなノリで主人公とサポAIが死ぬ筈だった幼き命を救ったり悪人をサクッと一人蒸発させたりします。
大体あれですよ、色々外道だのレーベンとエーデルを足して割らないだの言われてますけど、さりげなく介入して原作で死んでいる人たちを救うなんてこの主人公第一部でそりゃもうさくさくヤッてしまっている訳で、救済なんておてのものー!ってな訳ですとも。
あとは適当に可哀想な人に心にもない上っ面だけの慰めの言葉をかければいい感じにベタベタの救済物になると思います!テンプレ的に考えて。

さっさと次話を書き始めたいので自問自答コーナーはお休みです、何か不明な点があれば感想欄にどうぞ。

へば、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。



次回、
『金神様とリョウメンスクナは誰が何と言おうと冷やしたぬきが大好物』
『暗闇星人、他人の善意の行動で犠牲者を少なく出来た事に喜び顔芸をしながら喉が張り裂けんばかりに絶叫』
の二本立てでお送りします。お楽しみに。



[14434] 第三十二話「現状確認と超善行」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2010/09/25 09:51
────ジュースの話をしよう。
ジュースとは100パーセント果汁或いは野菜汁で構築され、添加物などを使用せずに製造されなければならない。
糖類は入れてもいいと告げられた。
食塩を入れても許されると。
その言葉に、頷いた。
果汁100パーセント未満の煮え切らなさ、そして不自然さを知っていた。
だから屈した。
決断をした。
…………しかし。
やはりそれは、間違った決断ではなかったか。
糖類を入れてもいいなら、保存料を入れてもいいと熱弁を振るうべきではなかったか。
食塩を入れてもいいなら、他の素材も入れるよう、勧めるべきではなかったか。
何故それができなかったのか。
味の安全性を放棄してしまったのか。
────罪はここにある。
────敵はそこにある。

そう。
ここにある。

“これは美味しくない”
“美味しくはできない”
“この飲料はまともに飲んではならない”
“あなたは──”
“飲み物ではなく、罰ゲームとして。
この飲料を広めてあげて”
“約束して……”

―――――――――――――――――――

「──ってのが、ν下僕の店のおばちゃんが聞いた世間様の評判なんだと、この芋サイダー」

「サイダーな時点で添加物バリバリでジュースじゃないにしても、それ言った奴はマジで敵だな」

じゅわじゅわぶちぶちと音を立てて泡を生み出す白濁したゲル状の飲料をすすりながら憤慨する。
口に入れた瞬間のゼラチンの分量を間違えた崩れかけのゼリーの様な奇怪な食感。
やもすれば口の中で小さな虫の卵が孵化し続けている様にも感じられる弾け方の炭酸。
極めつけは、どこをどう間違えたのか、大量生産の安いスイートポテトをそのまま液状化させているような、素朴と言えば聞こえはいいが結局のところ雑過ぎる甘味。
全てが全て未知の感覚で、余りにもショッキングな味である。炭酸飲料の革命と言ってもいい。
しいて名前を付けるならば、ふるふるシェイカー芋味。馬鹿にしている訳では無い。
元の世界でも戦っていけるレベルの飲料だ。
多分500mlボトルが三本で百円とか、そんな感じの販売方式で長く百円ショップの売り上げに貢献できるだろう事はもはや明白。

「まぁ、日常的に飲み続けたいかと聞かれれば絶対に首を横に振る自信があるが」

呑み終わった紙パックを折りたたみごみ箱に入れる。もう暫く飲む必要は無いな。

「たまーに味を忘れた頃にうっかり呑む分には悪くないかもねー」

そう言う美鳥が新たに鞄から取り出した紙パックは一つ。
ただ独つ。
新しき味覚の境地を切り開いた飲料が、そこにある。
だから。
飲むべきはただ、このサイダーのみ。
心底、覚悟して。
心底、感謝して。
そのストローを突き刺す。
完全な貫通を行う。
伸ばされたストローは紙パックのストロー差し込み口を破壊する。

──故に。
絶対の戒律(ルール)が、発動した。

「ほらほらお兄さん紙パックに炭酸飲料なんか詰めるから結構な勢いでねちょねちょした白濁色の液体がストローを逆流するはめに……!」

「何度見てもノイローゼになりそうな光景だな。ていうかそれはお前開けたんだからお前が飲めよ?」

「え?」

「『え?』じゃない」

ストローからどぴゅりごぼりと飛び出し、あっという間に紙パックをぶっかけ状態にした机の上の芋サイダーを押し付け合う俺達の前に、ゴンッと割れかねない勢いでお冷の入ったコップが置かれる。

「お客さま」

顔を上げればそこには笑顔のウェイトレスさん。
未だ学校に通っていてもおかしくない年齢にも見える、綺麗というよりは可愛らしいといった印象の小柄なお嬢さんだ。
童顔から高校生程度に見られるが来年には成人する年齢で、今は実家の飲食店を継ぐ為にウェイトレスをしながら厨房の方でも修行を続けているらしい。
明るく活発で気立ても良く、ちょろちょろと厨房とテーブルの間を行ったり来たりする姿は小動物的な愛らしさを秘めており、若い男性客には度々声をかけられるこの店自慢の看板娘なのだとか。
その看板娘さんの笑顔、若干米神やら口の端がヒクヒクと引き攣っているが顔面の筋力トレーニングでもしているのだろうか。

「お客様、ご注文は、お決まりでしょうか」

一言一言区切るように力強く問われる注文。心なしか怒気を孕んでいるような。
なるほど、よくよく考えてみればこの店に入ってから一時間以上、注文もせずに安く仕入れた芋サイダーをすすりながら駄弁っていたような気がする。
いくら昼のピークを過ぎた時間で碌に客が居ないとはいえ、これではただの迷惑な客だろう。
特に心惹かれるメニューが存在しないので『水』とか『キャベツの千切り』とかを注文してお茶を濁してもいいのだが、それをやると若い店員さんはブチ切れて怒りのハイパーモードに突入してしまう事はスパロボ世界で実験済みである。
俺と美鳥は会話の場所を確保する為に、大人しく適当な料理を注文する事にした。

―――――――――――――――――――

互いに向き合い食事を摂る。
何時ぞやのスパロボ世界の基地近くの食堂と違いさほど通っている訳でもなく、店員がいきなり隣に座ろうとしてこないので落ち着いて食事をする事ができるのはいいのだが、いかんせんメニューが少ない。
食料規制と併せて布かれた食糧増産計画で普及した玄米と芋類のおかげで幾つか生き残れたメニューもあるが、それでも置いてあるメニューは大半にバツの書かれた侘びしいラインナップとなっている。

「芋サイダーと大学芋ってのは、ちょっと凄過ぎる組み合わせだな……」

「玄米カレー少し食うか?」

「うぃ、ありがと」

大学芋の盛られた美鳥の皿に、俺が注文した肉が気持ち程度に入っている芋と豆の玄米カレーをよそってやりつつ考える。
今の大和は六波羅幕府の布いた食糧規制政策によって、外食産業が華やかに活動できる程の余裕が無い。
鎌倉の市街を歩いても軒並み暖簾を下ろして休業中の店ばかりで俺達が少し飯を入れていくような場所がなかなか見つからないのだ。
無論、俺達の食事は殆ど形だけのものなので無理に食べる必要はないので、ここで言うちょっと飯入れていく場所とは、これからの予定を立てる為に適当に話し合いのできる場所を指す。
金神を取り込んでいた地下でやればいいじゃないかと言われるかもしれない、だが待って欲しい、それは健全な人間の行い足り得るだろうか。
そもそもおめぇら人間じゃねぇっ! などというくだらない岩の妖精染みた揚げ足取りはこの際放置して話を進める。
まともな精神の持ち主であれば周りに土しかないような場所に一週間以上缶詰めして、さてようやく外に出られるという段になって、話合いをしたいからまた暫くここに詰めようねー。などと言われ、首を縦に振る事が可能であろうか。
答えは否。あの地下空洞は割と娯楽に溢れたフューリーの母艦でもなければ、それなりに面白い情報が大量に蓄えられている火星極冠遺跡でもない訳で、そうそう長い間閉じこもって居たい所では無いのだ。
恐らくこういった感情以外にも、地下から外に出たがっていた金神の原始的な本能が中途半端に俺の精神に影響を及ぼしているのだろう。
不景気、というか、わざわざメニューの大半が現在休止中な食堂に飯時を過ぎた時間に入ってくる客も居ないが、念のために何時ものように認識阻害の結界を張っている。
こうすれば、厨房で椅子に座ってぼんやりしている店員の娘さんには話の内容は聞かれないし、いきなり別の客が滑り込んできても内容を知る事は出来ない。

「うー、口の中が芋しかないよう」

「芋に芋を重ねる馬鹿が居るか、素直に玄米系のメニューを頼まんからだ」

舌を出し顔を顰めた美鳥にさりげなく複製した缶のお茶を渡すと、美鳥は緩慢な動作でプルタブを開け啜るように茶を口に含み、数度濯いだ後に呑み込んだ。

「なんか玄米メインだと自然食臭くてさあ、気取ってるみたいで気に食わないんだよねー」

「今現在のこの国の情勢だと玄米出すのが普通だし、ここは元ヒッピーがやってる店でもなければテーブルもぺとぺとしてないからな?」

むしろこの時代だと人工の調味料の方が貴重なのではなかろうか。
そんな俺の言葉を聞いた美鳥が傍らに置いた鞄から小冊子を取り出し、パラパラとページを捲る。

「えーと、お兄さんの今の発言で『賢しらにトリップ先の世界情勢を語る』はクリアー、わーいおめでとー」

「お、当たり引いたか」

美鳥が取り出した小冊子は姉さん自作の旅のしおり。
この小冊子には、一般的なトリッパーがトリップ先で行う行動について纏められており、この冊子の通りに行動していけば姉さんの言う初級トリッパーっぽい行動をトレースする事が可能な優れものなのである。
美鳥に習い鞄から旅のしおりを取り出し、空になった食器を脇に除け、机の上に広げる。
外に出たいというのは俺と取り込んだ金神の記憶の残りカスが理由だが、話合いはこの旅のしおりにある項目にチェックを付ける為なのだ。
ぺらりぺらりと旅のしおりのページを捲り、目的のページを開く。
そこには初心者にも分かり易い簡易な説明文で、初級トリッパーの基本的な行動方針が書かれている。
やれ『死ぬ筈だった原作キャラを助ける』だの、『主人公が倒す筈だった敵を横取りする』だの、『原作で誰ともくっつかなかったキャラを篭絡する』だの。

「あ、このページのネタ、全部スパロボ世界でコンプリートしてるね」

「なんという事だ。何の指導も受けずに知らぬ間に初級トリッパーに相応しい行動を取っていたとは、帰ったら姉さんに報告せねば」

しかも既に図らずもこの世界の中ですら二つコンプリートしてしまっている。
ええと、再生怪人飾馬律が装甲教師をぶっぱしたから連鎖的に新田雄飛が助かって、結果的に洗脳したから飾馬律は篭絡できたものとして扱えるから、

「いやでも解釈次第では敵を横取りしたのは飾馬律で、新田雄飛が生きているのも飾馬が勝手に鈴川を殺したからとも言える訳で」

「どっちもお兄さんがあの下僕を改造しなけりゃ起きなかったことじゃん。はいはいこの三つはしゅーりょー」

「ぬう」

なんとなく不満が残る結果である。
ここで言う『死ぬ筈だった原作キャラを助ける』って、リリカルな世界で言えばプレシアだのリィンフォースだのを持前のチート能力で無理やり救済!って感じのネタで、『主人公が倒す筈だった敵を横取りする』ってのも、ネギま的に言えば空気を読まずにヘルマン(ゲルトマニアではない悪魔)をスライスする感じのネタだろうに。
これ、結果的に成功してるけど、『物は試しで作ってみた使い魔が原作のトラブルを勝手に解決してました』みたいな話なんだよなぁ。
飾馬律は死んでるのを蘇生したから該当するかは微妙だし、ううむ。

「そんなに不満なら後で自分で改めてこの項目のネタをやればいいじゃん、別に二度同じネタをやっちゃいけないなんて言われて無いんだし」

「う、ん、そうだな、迷えるラム肉は大量に転がっている訳だし」

ここがあまり救いの無い世界で良かった。中途半端に救いのある世界だと救済もクソも無いからな。世界規模の不幸のお陰で今日も今日とて飯が美味い。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たる的方針で、適当に不幸そうでかつ不幸をまき散らしそうな奴の後ろにへばりついていれば勝手に救いを求める連中が見つかるだろう。

「じゃー気を取り直してチェックを続けるよーう」

「おいさ。で、肝心の次のページのネタは『意味も無く現状の確認をする』か」

成程、これは盲点だったかもしれない。
トリップして介入行動を取ろうとする連中は、トリップ先の連中には無いアドバンテージ、原作知識をとろうとする。
スパロボ世界で俺と美鳥がやった事だが、これはこの項目を見なければ自覚する事すらできなかったかもしれない。
何しろ、この世界で取り込むべき第一目標はすでに取り込んでしまったので、あとはエンディングまで適当に見たことあるキャラに似ている人を救って行けばいいかなと緩く考えていたのだ。
もし今後確認するにしてもせいぜいストーリーの進行具合程度のものだろう。

「んー、これはここで適当に振り返っておけばコンプリートだよね」

「だな。思いつく限りの、介入とか救済活動に必要そうな情報を書きだして一通り目を通せば十分だろ」

鞄に突っ込んだ手からレポート用紙の束を複製し、一枚剥がしてテーブルの上に置く。
シャーペンを手にした美鳥が向かいの席から俺の隣の席に移動し、俺達は思いつく限りの重要なネタを書きこみ始めた。

―――――――――――――――――――

主人公とラスボスについて
・主人公『湊斗景明』は普通の家で普通の育てられ方をした善人。
・『湊斗景明』は呪いの劒冑『三世村正』を装甲し、各地で全滅事件を引き起こしている『銀星号』を追っている。
・『銀星号』を追う中、『湊斗景明』は『善悪相殺』の呪いにより望まぬ殺人を繰り返す。
・十銭玉を三枚縦に積み重ねる事が出来る。
・『銀星号』の正体は呪いの劒冑『二世村正』を装甲した『湊斗光』
・『湊斗光』は『湊斗景明』の妹であり、鉱毒病に罹り闘病生活の内に精神を破壊されている。
・現在の『湊斗光』は夢遊病のような状態で動き回っている夢で、『湊斗光』の願いを叶える事だけを考えている。
・『銀星号』である『湊斗光』はその命を削って力にしているので、放っておいても衰弱して死ぬ。
・十銭玉を縦に十枚積み重ねる事が出来る。

呪いの劒冑『二世村正』と『三世村正』について
・悪(敵)を殺すと善(味方)も殺さねばならなくなる『善悪相殺』という戒律が設定されている。
・『二世村正』は引辰制御、つまりとてつもなく応用が利く重力操作能力を備える高機動格闘型。『三世村正』のお母さんに当たる。
・『三世村正』は磁流制御、そのまま磁力を操作する能力を持つ汎用白兵戦型。『二世村正』の娘に当たる。
・双方ともに人間の精神を支配する『精神汚染波』を操る事が可能。
・『精神汚染波』は劒冑を纏った武者には効かないが、『精神汚染波』の結晶である『卵』を植え付ける事で汚染が可能。
・『精神汚染波』の塊である『卵』を植え付けられた武者は、『卵』の孵化と同時に『卵』を生み出したものと同じものに変質する。
・『二世村正』『三世村正』共に隠しコマンドに『褐色美人への擬人化』『足コキ』を備えている。

救済するならかなり重要なネタ
・第四章までのゲストキャラは大体全員死ぬ。三章で一人行方不明扱いだけど怪我の具合から考えるに後々死んでる。
・江の島の景観バランスがキックにより破壊される。江の島丼を食べたいなら阻止するべき。

更に姉さんの言に寄れば、ストーリー分岐のある作品世界の場合、特別な場合を除いて真エンディングへ向かうのだとか。
その条件を当てはめると、今トリップしている世界は魔王編を経由して悪鬼編へと進み、最終的には武帝が誕生するルートになるのだろう。
そう考えると、以下の事が分かる。

魔王編と悪鬼編の場合
・ネームドユニットはヒロイン二人と稲城忠保と来栖野小夏、署長と陛下、雪車町一蔵を除いて大体死ぬ。
・このルートのみ『銀星号』が『金神』を取り込む事でパワーアップ、衰弱死しなくなる。

つまり、魔王編に入った時点で適当に誰を救っても大体救済という事になるのだ。
村正のインストールされたPCは複製を作り出せるので何時何処で誰が死ぬかはカンニングが可能だし、これはかなり好条件だろう。
更に魔王編に向かうのならオマケでこんな事も書くことができる。

魔王編に入らないと分からない足利茶々丸についての裏情報
・堀越公方竜軍中将『足利茶々丸』は『湊斗光』大好きで『湊斗景明』にベタ惚れ。
・『足利茶々丸』は人と劒冑のハーフ『生体甲冑』である為、自らの仕手、しかも自分を道具の様にして扱ってくれるような仕手を必要としている。
・『生体甲冑』の特殊な感覚により其処ら中の音を拾ってしまい、そこら中から他人の声を拾ってしまい、更に地下で外に出たい外に出たいと騒ぐ金神の叫びにも日頃から悩まされている。
・割と破滅願望持ち。

―――――――――――――――――――

「と、こんな所だな」

ずらずらと本編のネタばれ文章が補足のメモと共に箇条書きされたレポート用紙を手に取り頷く。
これだけ振り返れば『意味も無く現状の確認をする』はクリアしたと考えてもいいだろう。

「雑魚様に触れてない辺り割と穴がある気がするけど、大体振り返るべきところは振り返れた感じだねー」

レポート用紙を覗きこむ美鳥が片手で手元のしおりにチェックを入れる。
これで合計四つの項目にチェックを入れる事が出来たわけだが、この初級トリッパーの行動方針チェックシート、全ての項目をクリアーする必要はない。
これはあくまでもメジャーなトリップ先、すなわちそこら辺の人が脳内で二次創作を思いつく程の人気作にトリップした場合の行動方針であり、マイナー作、一般的ではない作品へのトリップでは達成できない行動もあるからだ。
例えばそう、エロゲギャルゲの筈なのに男女比率で圧倒的に男の比重が多く、しかも片手で数えて指が余るほど少ない女性キャラは揃いも揃って超地雷持ちのヤンデレ属性、みたいな作品にトリップした人間にこの旅のしおりを渡したとしよう。
そんなトリッパーに『原作レギュラーのネームドキャラでハーレム作る』みたいな項目を制覇させる事は出来るだろうか。
あれやこれやとチート能力の多いトリッパーの力でなんとか数少ない女性キャラを全員陥落したとしても、その後に待ち受けるのは本当の地獄だ。

「そういった理由で、次のページの『適当に説教かます』は不可と」

「だね、この世界だと説教には公開凌辱か足コキが必要になってくるし、保留でいいっしょ」

文字通り体で分からせる必要が出てくる辺り、この世界の連中は偏屈である。
暫くチェックできる項目は無いようなので、気を取り直して箇条書きされた情報に目を通す。

「しかし、適当に書き連ねた割には情報の整理に役立ちそうなメモになったな」

「うん、この世界に来てから死人一人蘇らせただけなのに、もう大分前提条件が変わってきてるのがよく分かるよ」

先ず銀星号、湊斗光はこのままだと神と合体する事が出来ないので衰弱死する。
次に足利茶々丸、もう金神は完全に俺が取り込んでしまったので、聞こえるのは周囲の人の声だけ、毎夜気が狂いそうな騒音に悩まされる事は無くなった筈だ。たぶん。
更に第一章で死ぬ予定だった飾馬律と新田雄飛が生き残った事により、ここには書かれていないでっかい中尉の動向も大きく様変わりするだろう。

「んぅ、今回のお兄さんの強化は終わったから、あとは救済の方に力を入れてみるにしても、あちこち手を出せる場所が多くて迷っちゃうね」

「各章ごとのゲストを一人づつ生き残らせるだけでも目標人数は十分達成できるのだよな。ゲストは複数人数居るから多少助け損ねても問題無いし」

姉さんから託された宿題は三人の命を救う事だが、それ以外に何かやってはいけないという事も無いだろう。
折角救済という大きな目的がある訳だし、エンディングを迎えるまでの時間潰しとしてそれに沿う形で何かしてみるのもいいかもしれない。

「少なくともまだ第三章は始まって無い、か。第二部はどうだ」

レポート用紙を折りたたみつつ美鳥に問う。
つい先日、というよりも今日ようやく完全融合を終わらせる事が出来たところだから、外の出来事とかさっぱり分からないのである。
美鳥が芋サイダーを買い占めた時に店番の飾馬律から貰った昨日の新聞によれば、大和初の装甲競技国内統一選手権までまだ暫くの時間があるのだとか。
更に言えば、新聞には未だ会津猪苗代で始まった岡部頼綱の反乱は未だ治まっておらず、六波羅も戦の真っ最中との事。
昨日の夜に再プレイして確認した所によると、第二章では岡部の乱の最中に長坂右京が赤い武者、つまり村正と装甲した景明との戦闘の後に増援を要請したという童心坊の発言もある。
つまり、少なくとも未だ第三章は始まっていない。
今から急げば第二部の犠牲者、ふきとふなの褐色長耳姉妹の命を救って姉さんの宿題完全コンプも夢では無いのだ。

「あー、少なくともあの村の全体的に細長くて髭面の安い悪党面の代官がどうこうなった感じは無かったよ、まだ強制労働やってたし。あれが良く似た別の悪党だってんなら話は別だけど」

「あんな絵に描いたような悪党面がそう何人も居てたまるか、いや、たまりそうだが」

俺は金神の強大なエネルギーを次元連結システムのちょっとした応用で見つけて即座に融合を開始してしまったが、何度も地下空洞と外を行き来していた美鳥は金神が地下に眠っていた山の周辺の様子を良く知っている。
遠目で確認した程度だが、ゲームの立ち絵の顔がそのまま人相描きとして使える程度には似た人物が偉そうに踏ん反り返り、村の住人に穴掘りをさせていた光景を何度も確認しているらしい。
そもそもあんな辺鄙な土地の山を村の住人を借り出してまで発掘作業させるような酔狂な輩はそうそう居ないだろうから、この小悪党面の代官は第二部ボスの長坂右京で間違い無い。

「じゃ、一旦関東拘置所を覗いて暗闇星人の所在を確認して、それからあの山に向かうって事で」

美鳥が伝票を手に立ち上がる。
さりげなく手には未開封の芋サイダー、おそらくあの店員さんにチップと称して押し付けるつもりなのだろう。
認識阻害を掛けながら渡せば、芋サイダーを渡された事に疑問を持つ事など不可能なのだ。たとえどんなに不味くても受け取らざるを得ない。

「ああ、あと冷やしたぬきを出す店を探しながら、鎌倉観光を挟みつつ、決して走らず、急いで歩いて行こう」

俺も椅子を引き立ち上がる。
褐色長耳姉妹の救済も重要だが、この時期に冷やしたぬきを出す馬鹿な店に一言文句を言いに行かなければならない。
冷やしたぬきというのは、カンカン照りのお天道様の下で食ってこその値打ちのものなのだ。
それを流行りものだからといって、こんな秋も半ばを過ぎた寒い季節に店に並べて悦に浸るなど、天が許してもこの俺が許さない。神的立場から見ても絶対に許さないよ!
そんな馬鹿な商売をするから冷やしたぬき否定派がつけ上がると理解できない奴は、俺が直々に熱くしてやるぜ。

「うん、ついでに装甲競技をやるサーキットを見学してから、そして早くダークエルフっぽい外見のエロシーンが無いのが悔やまれる姉妹を助けにいかなきゃな」

財布からお金を取り出し、無気力極まりない表情で店内を眺めていた店員さんの元に歩み寄る。
途中忍び込んだ金持ちそうな家で複製したお陰でこの時代の通貨は大体複製可能、迷惑を掛けてしまったお詫びに本当にチップをあげるのもいいかもしれない。
店員に少し多めに食事の代金を払い、俺達は助けを求める子羊の元へと向かい始めた。
徒歩で。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そして市街を散策し、途中にバス移動を挟みつつ第二章の舞台となる鎌倉近郊の寒村へと足を踏み入れた時、俺達は少しばかり自分達が出遅れ気味である事を自覚した。

「村の人達、鉱山に居ないね」

「つうか、村に居たっていう六派羅の連中の姿もまるで見えないな」

装甲競技のグッズ(皇路操の等身大ポスターや有名チームの競技用劒冑のフィギュアなど)や鎌倉土産(ペナントや根性の文字が入った置物など)が詰め込まれた紙バックを両手に提げた俺達の前を、冷たい一陣の風が吹き抜けていく。
おかしい、確かに多少鎌倉の街で冷やしうどんをやっている店の店長の全身の関節を外して身長を伸ばしてあげて、しばらくは店を営業出来ないようにしてやったりもした。
美鳥の意見を聞いて行ったサーキットではレースこそ行われてはいなかったものの、競馬場や競輪場競艇場の如く売店に人気レーサーや人気の劒冑のフィギュア、人形、ポスターなどが並べられており、思わず色々と手に取ってじっくり確認しつつ結局大量に買い込んでしまったりもした。
少しはしゃぎ過ぎたので適当にホテルに入って一泊して、翌日そのまま貸し衣装を美鳥に着せたり脱がせたり着せたり脱がせたり着せたり剥いだりで追加で二日目を丸一日潰したりもした。
ふと思い立ってミラコロ状態で猪苗代湖上空まで飛んで、美鳥と二人並んで芋サイダーをすすりながら竜騎兵が入り乱れる戦場を見学して三日目を見事に消費したりもした。
四日目、今度こそこの村に向かおうとバス停を探していたら登校中の飾馬律に見つかり、お礼だの神への捧げものがどうだの世間話だのをする事になり、それを目撃した他の三人に飾馬律が語った偽の事情を話したら三人からお礼を言われたりなんだりで時間を潰されたりもした。
更にああだこうだと久々の外出と鎌倉観光を思う存分楽しんでいる内に、合計で一週間ほど経過していた。
しかし、たかだかその程度の予定のずれで、ここまで見事に第二部導入部を見逃すなどという偶然があり得るのだろうか。

「これは間違いなくレジデント・オブ・サンの陰謀……!」

「実写版だと宇宙人に浚われたキバヤシが超能力を身に付けたりすんだよな。あんまり覚えてないけど似せようという努力の跡すら見えない配役だった気がする」

まぁ、当然ながら謎の組織が裏で手を回している訳では無く、俺達が鎌倉観光を思いっきり楽しんでいる間にストーリーが進行してしまっただけの話なのだが。

「いや、諦めるにはまだ早い。村は滅んでいないし、銀星号が来ていないなら最低でも長坂右京は生きている筈だ。まだ挽回できるレベル、だと、思いたい、なぁ、と」

「すっげぇあやふやでふわふわ意見じゃん、ていうかそれもう意見つうか希望じゃんお兄さんの」

「あーあー聞こえないー。つーかここはがっかり美人か代官のどっちかを殺せれば自動で一人は救えるからいいだろうが。難易度的には第三章と第四章のネームドゲストキャラ救済のが楽なんだからここは失敗しても問題無いんだよ」

ジト目の美鳥の追及を手で耳を塞いでかわす。
救済相手の母数が多いから多少の救済失敗は許容されてしかるべきなのだ。別に善意の行為では無い訳だし。
俺は土産物の入った紙袋をラースエイレムで固定し、スパロボ世界で使用した黒ボウライダーなどが格納されている異次元空間に収納すると、周囲の空間に意識を伸ばした。
スパロボ世界に一年以上滞在する事で、俺は携帯機スパロボの俯瞰型マップを脳内に描き、建物の向こうで息を潜めている敵の位置までも確実に把握する事が可能となっている。
そのマップに更に金神の能力を付加する事により、金神の新陳代謝で本体から剥離した身体の一部、それを鉄の鎧、鍛冶師の肉体と混ぜ込んで生み出した分体とも子孫とも呼べる劒冑の所在地を如実に俺に伝えてくれるのだ。

「なんか見えた?」

意識を辺りに広げている俺に美鳥が問いかける。
今回は金神を取り込んで直ぐ活動を始めたので、美鳥には未だ金神の性質は含まれていないのである。

「ん。川のほとりに、半壊の数打ちが一領。山の中に装甲済みの数打ち一領と、装甲済みの真打ちの欠片。少し離れた空で真打ちが二領、片方の真打ちと同型の劒冑が二領……」

因みに脳内マップ表示では青軍の反応二つに赤軍の反応四つ、俺達の位置に黄軍のユニットが二つで写っている。
……確かに善悪相殺なんて七面倒臭い呪いの持ち主の味方になぞなりたいとは思え無いが、その場合俺達を青表示にするべきでは無いだろうか。
俺達が黄軍で表示される辺りには、不慣れな金神の感覚では察する事の出来ない世界の悪意的なものを連想せざるを得ない。
多分無貌で燃える様な眼が三つある神様の仕業だと思うので、その内頑張って殴れる程度には神様としての格を上げておきたいものだ。
いや、必ずしも殴る必要は無いのか、展開次第では味方になる可能性もある訳だし、黒髪美人の時におっぱいにビンタを入れる程度で済ませるのが穏便でいいかもしれない。
もしも黒人アナゴ声だったら指輪を全部駄菓子屋のプラ指輪に入れ替えるとか。黒人メガネメイドならアイスを全部わさびアイスにすり替えるとか。

「つまり、最後の戦闘シーンには間に合ったと見て良いわけだ」

「む、山の中でひっそりと陰義を使い続けているのが羽黒山と湯殿山で間違いないだろ」

パッとマップを見たところ、青い表示の村正が月山に滅多打ちにされているところから見ても、まだ戦闘開始からそれほど時間は経っていない筈。
俺は身体の内部構造を組み替えながら全身から煙の様にナノマシンを噴き出し、ブラスレイターと同じ変身プロセスを経て簡易式等身大戦闘形体へと移行する。
基本的にブラスレイターかつテッカマンブラスレイターであるというだけの簡易な戦闘形体だが、俺の肉体は今まで取り込んできた機械の能力を強化状態で使用する事が可能。
更に生身でDG細胞汚染済みガンダムファイターを遥かに上回る身体能力を備え、俺自身の戦闘経験、流派東方不敗の体術、蘊・温爺さんの剣術、あとついでに京都で手に入れたなんたら流の術理を振るう事も出来る。
というか、いざとなればいくらでも装備や能力の組み換えは出来るから、あくまでも戦闘形体は形だけのものとも言える。
主人公にしか倒せないラスボス補正を備えるラスボスだとか、滅多なことでは死なない主人公補正持ち主人公相手でなければ俺に負けはそうそう有り得ないのだ。
……ここの主人公は主人公補正とかほぼ皆無どころか結構な確率で死ぬので戦う時には殺さないように注意が必要だし、下手をすればこちらが殺されかねない激強いラスボス補正持ちがこの村に近づいている事も考えれば決して油断は出来ない。
念のために村には近付かず、月山か代官を殺したら村から離れた場所に逃げるのが一番だろう。

「美鳥、お前は川のほとりの雪車町の数打ちを回収したら一旦鎌倉まで戻って、こないだ泊まった駅前ホテルの予約とっとけ」

「あいあい。お兄さんは?」

「月山と村正の方が位置的に近い。村正がステルスの秘密に気付く前に即効で月山沈めてくる」

ステルスに気付いてから月山の撃墜までは速攻だ。
二度続けて自分以外の誰かに野太刀の欠片を回収されれば、第三勢力の存在を疑い始めさせてしまうかもしれない。
それに代官との戦闘前には一条さんのフラグイベントが発生する。
正直、臓を武器にする女性との親密な付き合いなど御免被りたいし、あの娘は悪党センサーとか内臓してそうだから正直近寄りたくない。
例え長いスカーフの片方がパンツに入っちゃってスカートがめくれ上がっていたとしても、忠告する事無く素通りする程度には関わりたくないのだ。
掌の章印から十分の一程度にスケールダウンした太刀型、いや長さ的には大太刀型というか、そんなグランドスラムの複製を作り出し、美鳥へ一度振り返る。

「そこまで武装しなくてもいいんじゃないか?」

美鳥はブラスレイター形体への変身を済ませ、前に俺が作ってやったシステムボックスを手で弄んでいた。
夕日に照らされ紅く光るクリスタルを、美鳥のデモナイズしても尚細い指が柔らかい手つきで撫ぜる。
もう美鳥も自力でクリスタルを形成できるはずなのだが、あのクリスタルやクリスタルの生み出すアーマーとブースターのデザインが余程気に入ったのだろうか。

「いいじゃん、羽黒山と湯殿山はあたしが食ってもいいんでしょ?」

「後で統合な」

言い捨て、重力を中和。
ふわりと宙に浮かびブースターを吹かす。停止状態から一瞬で超音速へ、周囲の木を衝撃波で薙ぎ倒し空へ駆け上がる。
刀の振り方モノの斬り方モノの怪の斬り潰し方は知っていても、空中剣術なぞテッカマンの知識以外では聞きかじりでしか知らない。剣劇なんて面倒臭い真似はせず、一撃で片を付けよう。
一瞬にして地球の重力を振り切り、大気の層を全開で突き抜け、更に加速加速加速。
宇宙の真空の冷たさと衝突する暗黒物質を全身に感じ、地球を背に駆ける。
加速を続け、ようやく『天に』青い地球を仰ぎ、地に足を付ける。
かつてしばしの塒として用い、頼もしい元仲間達と力をぶつけ合った思い出の場所、月の大地を踏みしめ、しかし加速は止まらない。
一分かけずに月面へと到達する程の速度を、エネルギーをしっかりと脚にとどめ、更に月を蹴り跳び上がる。
本来なら月すら貫通、あるいは砕きかねない速度。しかし、足を付いた月面は砂一つ浮かび上がらず、反作用の力を純粋に速度に積み重ねる。
ディゼノイドとペイルホースにより限界まで加速された神経を、更に違う流れの時間へと移動させる。
それでも速い。理論上は無限に加速が可能なブースターで月⇔地球間往復の距離を加速に費やしたのだから速いのは当たり前。
まだ見えない、いや、見えた。見えざる敵に翻弄される赤い劒冑。
その周囲を飛びまわる、金神の欠片、劒冑の反応、月山従三位、丸見えだ。
サイトロンによる未来予測、未来位置予測完了、相対速度合わせ。
ブースターを切り重力推進に切り替え、手に提げたグランドスラムを両手で上段に構え、そのままぐるりと前転。
超々高空からの降下突撃、加速によりエネルギーを高めつつ接敵し、前転により打ち下ろしの太刀に威力を乗せる荒技。

「見様見真似、吉野御流合戦礼法“月片”が崩し──」

太刀を持って繰り出して初めて気付いたが、昔の戦隊ロボットの必殺剣と動作及び理屈が同じ馬鹿げた術技。

「魔剣」

しかし、威力はこの世界のラスボスが幾度となく証明している!

「天座失墜──────小彗星!」

―――――――――――――――――――

「なっ──」

「何、あれ……」

巨大な、盆地。いや、クレーター。
つい先刻までいくつもの山に囲まれていた土地が、跡形も無く更地になっている。
完全な円形ではなく、一方向に向けて楕円に伸びたクレーターが眼下に存在している。
小さな村程度ならそのまま収まってしまいそうな巨大なクレーター。
村正は、村正を装甲する湊斗景明は、直前まで自分が一方的に攻撃を受け続ける絶対的な劣勢に立たされていた事も忘れて、呆然とそのクレーターを見つめていた。
何者かから絶対的な命令を下されたかのような錯覚を受ける程の強制力が、その光景から目を離させない。
景明は、未だ土煙を上げ続けるクレーターの中心部から目を離す事無く、自らの劒冑に問いかけを送った。

「村正、これは」

《──、み────っ──》

が、帰って来たのは村正の声ではない。
いや、村正の声こそ混じってはいるが、強すぎるノイズに上書きされ意味を持った形を作れずにいる。
そして、そのノイズを更に上書きする様に、聞いた事の無い声が響く。

《──い─、──する─だった──────》

ノイズを混じりのその声は、変声機を通したかのような、劒冑の金打声の様な何処か金属的な響きを持つ男の声だった。
その声色に似合った落ち着き払った口調に、人間臭さがにじみ出すどこか芝居がかっている様でもあり、この状況を面白がっているようにも感じられる音程。
ごう、と、一際大きな風が吹き、クレーターの中心部を覆っていた土煙が晴れる。
晴れた土煙の向こうに立つ姿を目に入れ、

「────あ──」

息が、止まる。
夕陽を浴び紅く染まる甲鉄は、しかしその色を留める事無く絶えず複雑にその色彩を変化させている。
単純に堅牢さを追求した劒冑では決して出す事の敵わない繊細さを備えているようでいて、しかしその輪郭は決してそれが芸術品の類ではないという現実を叩きつけてくる。
いや、果たしてそれは劒冑(ツルギ)なのか、同じ響きを持つ剣(ツルギ)に等しく攻撃的でありながら、それは景明の知るどのような劒冑とも共通項を見出す事が出来なかった。
渦の様な、河川図の様な、邪神を地に降ろす魔法陣の様な、複雑怪奇にして精緻、神聖にして冒涜的な紋様が全身に刻まれたそれは、兵器であり武器である劒冑とは一線を画した存在である様に見える。
見える? いや、感じるのだ。
村正の全甲鉄を震わす金打声が、様々な光を放つ装甲、しかして余りにも【虚ろな相貌、燦然と炎え滾る三つの眼】が、それが異質でしかない事を知らせて──

《──『』──》

─────────ペタリと、何かが張り付けられる音が聞こえた─────────

──いや、ともかくその奇怪な劒冑を纏った武者は、身の丈よりも大分長い野太刀を傍らの地面に突き刺し、その手に拉げた鉄の塊を持ち首を傾げている。
拉げ、土埃に塗れてはいるものの、それは紛れも無く先ほどまで相対していた風魔小太郎の劒冑の欠片。
爆散するよりも早く弾き飛ばされた事で、残った劒冑の破片は未だその命を留めていた様だが、一度大きく震えると粉々に砕け散り小さな欠片を残した。
鍔、村正の失われた野太刀の欠片だ。
しばし手の中で野太刀の鍔を弄んでいた武者は、その鍔を一度深く手に握りこむと、村正を装甲した景明に視線すら向けず、無造作な動きで軽く放り投げた。
軽く放り投げられた野太刀の鍔は、劒冑の騎航能力無くして届かない空の高みにいる景明の手に過たず収まった。

「…………」

何かを言うべきだと思い、何を言うべきかが思いつけない。
鍔を受け取った。こちらの窮地を救ったのも恐らくあの武者なのだろう事も理解できる。
だが、あの武者に関わろう、という気を持つ事が出来ない。
無関心でいる事を強要されている様な不可思議な感覚に、しかし疑問を感じる事もまた不可能。
天と地に分かたれ、両者を決定的なずれが更に隔てる。
沈黙を破ったのは、空から降ってきたと思われる所属不明の武者。
先の呟きよりもノイズの幾分少なくなった声。しかしその言葉もまた景明に向けられたものでは無い、中に融ける呟き。
余りにも軽い口調、小遣いの数を数える様な気安い声音。

《減速にやや難あり、と。いやはや、どうしてこうして本家程巧くはいかん》

地面に突き刺していた野太刀を引き抜き肩に担ぐと、その武者は空を飛ぶ景明に視線を向け、今度こそただの呟きで無い言葉を告げた。

《呆けている暇があるなら急いだ方がいいですよ。急げばまだ間に合うかもしれませんし、ね?》

言われ、慌てて坑道の方角に振り向く。
そう、風魔小太郎との激戦に気を取られていたが、今現在坑道では弥源太老が代官と戦っている。
呆けている時間など無い、一刻も早く山に向かわなければ。

「村正!」

先ほどから一言も発さない自らの劒冑に呼びかける。
先ほどまでのノイズは、初めから存在しなかったかのように綺麗に消えている。
数瞬の空白を挟み、村正の声が返ってきた。

《──ごめんなさい、急に意識が》

「構わん、今は坑道へ急ぐ」

《ええ》

合当理を吹かし山へ向かう寸前に一度振り返ると、そこに武者の姿は影も形も存在せず、ただただ巨大なクレーターだけが残されている。
その事に村正も景明も疑問を抱く事無く、一直線に弥源太と代官の居る坑道へと騎航を開始した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

急ぎ坑道へと向かった景明と村正を待ちうけていたのは、一眼で致命傷と分かる刃傷を負った弥源太とそれを庇う綾弥一条、それに斬り掛らんとする六派羅代官長坂右京。
既に息絶えた弥源太はその場に置き、綾弥一条を救出、すぐさま舞い戻り、劒冑に植え付けられた『卵』が孵化寸前だった代官を陰義による一撃で殺害し、この村での村正と景明の戦闘行動は終了。
三世村正の仕手である湊斗景明は、恩義を感じていた弥源太を殺した憎い仇、六派羅代官の長坂右京を殺害した。
悪の命を一つ断ち切った。

「……」

幾度も修繕を繰り返した跡の見える、古い百姓家の中、手には太刀を提げた赤い劒冑の武者が立ち尽くしている。
くうくうと安らかな寝息を立てる蝦夷の少女ふき、その妹である幼子のふな。
布団を並べて眠る二人の少女の前で、しばし逡巡するようなそぶりを見せ、

「──」

太刀を逆手に持ち換えて、その切っ先を幼子──ふなの心臓の上に向ける。
赤い武者──景明の脳裏に、この百姓家に匿われていた数日の間の出来事が駆け巡る。
凶刃に倒れ、治療を受けた際に、幾度となくお話しをせがまれた。
鎌倉の町の事を聞かれ、その人の多さに歓声を上げて喜ぶ姿が瞼の裏に蘇り──

「……ッ」

突き降ろす。
赤い花が、一輪。
咲いた。
老人と孫の三人が暮らす平和な家。
蝦夷の家族が暮らす平和だった家に、今はもう、一人だけ。
幼い孫は弥源太老人の後を追わされ、残る孫は頼れる相手も無く一人取り残される。
立ち尽くし、静かに大輪の赤い花を見つめる。

《御堂》

「……大丈夫だ。俺は狂ってなどいない。狂いなどしない。そんなところには逃げない」

《そう。でも、違う。まだ終わってない》

「……?」

「……けふっ。こほっ、けふっ、けふっ!」

心の臓を突かれたふなが目覚め、血の混じった咳を苦しげに始めた。

「!!」

息を呑みたじろぐ景明に、その声にどこか責める様な色を含んだ村正が言葉を重ねる。

「見当を見誤ったようね。……顔を直視したく無かったのでしょうけど、首を刎ねていれば良かったのよ」

「……う……あ……」

咽喉が引き攣っているような、悲鳴の一歩手前の様な音を漏らし、脚を一歩、後ろに、

「そのお陰で、あの子は苦しんでいる」

下げる事すら出来ない。
善悪相殺の呪が、もう一人の確実な犠牲を望み、その脚を縛りつける。
顔を逸らす事も出来ない。
目の前で、ふなが苦しみ悶えている。
血の咳を吐き、貫かれた胸を掻き毟るように身を捩り、その度に、肌蹴たチョコレート色の肌に刻まれた刃傷から、とくりとくりと赤い血が溢れ、

「けほっ、えほっ、えぇっ……ねーや……いたいよ……ねーやぁ……じっちゃ……」

苦しむ。助けを求める。

「ひ……ひっ、ひぃ……」

劒冑の甲鉄の下で、景明の顔が醜く歪む。
自らの罪を目の前に曝け出され見せ付けられる恐怖に、如何し様も無く。
目を逸らす事すら無く。

「早くしなさい!」

村正の叱咤。
このまま出血多量で死んでしまえば、善悪相殺としてカウントされず犠牲者を増やしてしまうからか、それとも、早く苦しみを断ち切ってやれという事か。

「ひ……あぁ……」

どちらにしても、やらなければいけない事に変わりは無い。
やらないという選択肢は存在しない。
村正の呪いが、景明の意思が、劒冑を動かす。
太刀を振りかぶる。
痛みに苦しみ喘ぐ幼子の顔を確と見定めて──
目が、合った。

「!!」

「えほっ、けほっ! にーや……!」

しかし、痛みで混乱し、自分がどのような状況に置かれているかすら理解できないふなは、目の前で太刀を振り上げる武者に、手を伸ばす。
涙でグシャグシャに濡れた顔を、潤む眼を向け、無垢なままに助けを求める。

「たすけて……にーや……にーやぁ……」

その一言毎に血を吐き、しかし力の限り縋り付く。

「いたいよぉ……にーやぁぁ…………」

「あ……ひぃ……ッ」

その願いに、湧き出る声を耐えきれず、

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ!!」

刃を、振り下ろした。
苦しみも痛みも縋りも願いも、呆気なく刎ね飛ばされた。
ごろり、と転がり、しかしその不完全な球形故に長くは転がらず、止まる。
残ったのは、蹴飛ばされた掛け布団を被り、びく、びく、と痙攣を続ける小さな身体。
それもやがては動きを止め、二度と苦しみに悶える事は無い。
そして、何時の間にか目を覚まし、呆然と赤い武者を見上げる、ふき。
呆然と、いや、恐怖に歪み、怒りに歪み、悲しみに歪み、しかし疑問に満ちた表情。

「お武家、さま……」

何故殺したと叫ぼうとし、だが恐怖に凍り付き喉はうまく動かず、声は正確に形を成さない。
怒りの表情でありながら眼には恐怖からか悲しみからか涙が浮かび、気丈に振舞おうにも座る蒲団からは暖かな湯気とアンモニア臭が漂い。
しかし、その視線は複雑に混濁した感情を含んだまま、決して赤い武者から逸らさない。
罪人への糾弾。
しかし、その視線に射抜かれても、もはや景明は何も返さない。
叫ぶでも弁明を並べるでもなく、村正と景明は静かにその場を立ち去った。

―――――――――――――――――――

その光景を、隣の部屋から覗き見していた雪車町一蔵は、自分がやはりまだ夢を見ているのではないかと感じていた。
余りにも現実味の無い光景。
代官と風魔小太郎を殺してきたと思しき警察の武者が、泣き喚きながら、守る対象であった筈の蝦夷の娘の片割れを殺し、何処かへと去っていった。

(へ、へ……ひでえ、夢……)

余りにも道理が通らない。荒唐無稽な悪夢。
結局のところ、誰ひとりとして救われていない。
警察の武者の行いは、その武者本人すら納得せぬままに、意味も無く人を殺して終わり。
後にはただ、何も残されていない蝦夷の少女が一人。

(こいつがもし、夢じゃァなかったら……)

泣き腫らした目で、妹の半分を膝の上に抱えた蝦夷の少女が、ぼんやりと窓から差し込む月の光を眺めている。
表情にはもはや怒りも無く、虚ろで、どこかを見ているようで見ていない。
ただただ、膝の上の妹の頭を撫で、髪の毛を梳いている。
その光景を見つめていた雪車町の耳が、カシ、カシ、と、軽い金属のぶつかり合う音を捉えた。
遠くから響く金属質の足音。武者の様な重く重ねられた金属鎧の音ではないそれが、どんどんとこの民家へ近づいて来ているのだ。
その足音が、戸の前で立ち止まる。

「ふ、ふ、ふ。これはこれは、まったくまったく、見事に如何にか成ってしまって!」

戸は開けられる事無く、しかし蝦夷の少女の目の前にはいつの間にか怪しげな人影が悠然と佇んでいた。
映画のフィルムのコマ落としの様に唐突に屋内に侵入した人影。
武者。それも先の侵入の手妻から推察するに何らかの陰義を持つ真打ち。
月の光を浴び白銀に輝き、その白銀から目まぐるしく色彩の変化する虹色の光彩を放つ不可思議な材質の甲鉄。
装甲の表面には古代人の描いた線画の如き紋様が刻まれ、ある種の宗教の偶像の様でもある。
通常の武者に比べ、数打ちと比較しても痩身と言ってもいいほどそのシルエットは人間の物に近く、しかし壊れる姿を想像する事すら出来ない。
壊れる、破損するという概念を何処かに置いてきたかの如き佇まい。
少女の顎を指先でつまみ持ち上げ、まじまじと顔を覗きこみながらの呟きは劒冑の統御機構の様な機械的な響きの声。
しかしその声はどこまでも自然体で軽薄で泰然として愉悦に満ちた、如何し様も無い程の人間臭さを含んでいる。

「ううん、これはまさしく救われない終わり方だ。このままでは少女は復讐に取りつかれ、新たな悪鬼へと変じてしまうやもしれん」

芝居がかった口調のセリフと共に少女の顎からぱっと手を離した武者が、背に手を廻し身の丈を超える程の長さの長大な杖を取り出した。
機械の臓を引きずり出し繋ぎ合せて作られた鉄と油の匂いを持つ杖。
蜂巣砲(ガトリングガン)にも似たシルエットを持つそれを武者特有の剛力で軽々と振り回し、武者はその杖の先端を蝦夷の少女に向けた。
人差し指を引っ掛けている引き金を絞ると杖の先端に魔法陣が現れ、カメラのフラッシュの様に弾けて消える。
泣き疲れ、怒りに引き攣り、そのどちらもが付き果てた虚の表情で月を眺めていた少女が、その場で浮き上がる程に身を撥ね、しばしの硬直の後にくたりとその場に倒れこんだ。
つい先刻、妹が斬り殺される寸前までと同じ、安らかな寝息を立てている。

(……どうしたもんですかねぇ……)

一部始終を目撃していた雪車町一蔵は、先程の警察の武者の凶行を目にした時に湧き発った暗く熱を帯びた感情とはまた別の、戸惑いにも似た感情を目の前の光景に感じていた。
いや、それはまさしく戸惑いの感情なのだろう。
突如現れた武者の行動全てが彼の理解の範疇を超えていたのだ。
いや、玉虫色の武者は未だ目の前ではよく分からない行動を続けている。
巨大な機械杖を背中に背負い直し(背負った時点で既に背後に杖の形は見てとれなくなっている)、血が飛び散り放題の室内へ人差し指を向けくるりくるりと指先を廻し始めた。

「くるわ、くるくる」

その呪句と指の動きに呼応する様に全身に刻まれた紋様がうっすらと光を放ち初め、室内に飛び散った血液が浮き上がり指先に集まり、その血の塊がぶくぶくと泡を噴き出し、小さなビー玉程にまで凝縮されてしまった。
最早先ほどの凶行を知らせるのは蝦夷の幼子の死体と、室内に充満する濃厚な血の香のみ。
そして武者は大きな鞄を取り出すと、その鞄の中に蝦夷の幼子の体を寝かせ、その身体の首の上に、姉が取り落とした頭部を乗せ、

(おいおいおい……)

ここまでくれば、何をどうやっているかは分からなくとも、何をしようとしているかは筋者の雪車町には簡単に察しが付く。
証拠隠滅。
ここで行われた事を、無かった事にしようとしているのだ、あの武者は。
ただ凶行の痕跡を消した程度では隠ぺいのしようも無い、恐らくあの先ほどの杖による一撃、それが自分を除く唯一の目撃者である蝦夷の姉妹の姉への何らかの処置だったのだろう。

(いやいや、何が起こっているやら……)

だが、そこまで察する事が出来たとしても、自分では今何かをする事も出来ない。
何か出来たとしても、自らの身の危険を顧みずに行えるほど、雪車町一蔵という男には義侠心の様なものは備わっていなかった。
目の前の不可思議な武者にも確かに興味をそそられる。この武者は恐らく、心底自分の今の行動に満足し、全力でこの行動を楽しんでいる。
誰も彼もが今日を生きるのに全力なこの時代には珍しい、楽しむためだけに楽しむ、真面目に不真面目な行い。
珍しく興味も引かれるが、しかし、雪車町の心を占めていたのはやはり先の赤い武者、警察の武者の行いへの疑問だ。
最早夢だったなどとは思えない。
あの武者が証拠を消した、という事実が、あの光景により真実味を与えていた。
赤い武者へと思いを馳せる雪車町に、

「善悪相殺」

唐突に機械の響きを含む声が掛けられる。

(!!)

布団に蝦夷の姉妹の姉を横たえ、鞄にその妹の死体と衣類全般と布団などを詰め終えた武者の視線が、障子戸の隙間から覗く雪車町の視線と重なっていた。
気取られた、いや、当然と言えば当然か。もはや意識は完全に覚醒し、驚きのあまり気配は駄々漏れ。
それ以前の問題として、目撃者へ何らかの『処理』を行っていた武者が、この家の中の探査を怠る筈も無い。
今の自分には劒冑は無く、逃げようとした瞬間にあの武者に捕捉されて終わり。
ここはどうにかこうにか口八丁で乗り切らねば、などと考えている内に、

「村正と善悪相殺で調べてみな。ちょっと劒冑に詳しい坊さんにでも聞いてみれば一発だ」

いつの間にか武者が構えていた杖、そこから発せられる光に、呆気なく呑み込まれた。

―――――――――――――――――――

鞄を背負い、すやすやと眠るふきに掛け布団を掛け直し戸に振り替える。
片手で構えた魔法の杖を一度、二度振り折りたたみ、背後の異空間へと収納する。
前この杖でガンスピンの練習したら暴発して酷い事になって姉さんに怒られたから、今現在では派手なアクションも挟まずにこうして地味に格納する事にしている。
まぁ、そもそもこの杖を使わなければいけない時は見せる相手が居ないから、そこまで恰好を付ける必要は無いからいいのだけど。

「うむ」

何はともあれ正義完了。
こうして姉のふきは無事生き残り、目の前で憧れの感情を抱いていた人による妹の斬首ショーを見せつけられて精神面で不安があったが、それもさっきの魔法でフォロー出来たと見ても良い筈。
明日の朝からは祖父の事も妹の事も綺麗さっぱり忘れて、一人でも何の不自然も感じずに暮らす事が出来る筈だ。
ここに生き残りが居る事を知れば銀星号事件唯一の生き残りという事で何時か参考人として呼ばれるかもしれないが、そんなところまでアフターケアをする義理も無いだろう。
そもそも雪車町を鎌倉の適当な空家の中に転送したのだって過剰なアフターサービスなのだ。理屈の上で言えば、あの後雪車町に浚われて景明いじめの材料に使われても救済完了したから気にしない!ってやっても良かった訳だし。
そんな訳で、今後この娘がどうなろうと、取り敢えずはこのタイミングで死ぬという運命は変えるのに成功した訳だから、間違いなく救済完了。
俺の脳内シゴック先生も盛大にお喜びになられているし、これで姉さんの宿題もあと一人救済すれば終わり。
残りの時間は適当に原作の修羅場を眺めたり、思いついた救済系トリッパーっぽい行動を試してみるのもいいだろう。

「ふふん。なんだ、簡単じゃないか」

「今、すっげぇ失敗フラグが立った気がすんだけど」

いつの間にか屋内に侵入していた美鳥の突っ込みも何のその。
そもそも次の救済では特に変身したり斥侯を作り出したりする必要すらないのだから失敗も糞も無いのである。
適当に札束ビンタかまして趣味の悪い金翼クルスをきゅっとしてどかんしてやれば呆気なく三人目を救う事が出来るのだ。
後々の第四章での救済も楽と言えば楽なのだが、こういうのは早いうちにやっておけば後は遊び放題、夏休みの宿題と同じなのである。
戸を両手で開け放ち、後ろ手に戸を閉めると同時にテックセットとデモナイズを解除する。
金神の力が侵食したお陰か、全身を覆っていたアーマーは砕け散る様にして解除され、その破片は輝く塵となり風に融けて消えた。
金神パワーで新機能盛り沢山、色々と実験してみたいが、今はそれよりも、

「さぁ、ホテルに戻って夕食だ! なんでも好きなもの頼んでいいぞ!」

「やったねお兄さん! 明日はホームランだ!」

ふなのつまった鞄を背負い直し、月に照らされた夜道を、鎌倉へ向けて歩く。
銀星号との遭遇も避けられて、見事に人一人の命を救って、今日ほど御目出度い日もあまりあるまい。
ああ、善行を積むのって、気分がいいなぁ!




続く
―――――――――――――――――――

本当はこの後、鎌倉市内でこそこそと買い物をするふきと景明が出くわして、以前と変わらぬ態度で『お武家さまー』とかひょこひょこ張り付いて景明くんの精神を傷めつけたり、
別パターンでは人間二人分の記憶とそれに関連する人格を形成する記憶を主人公の手で雑に消去されたせいでワールドエンブリオのロストリバウンド的に廃人状態になったふなが署長の計らいで秘密裏に信用のおける病院に収容されて景明と再会、
辛うじて覚えていた『お武家さま』から連想ゲーム的にふなとじっちゃまとの日常を断片的に思い出して、虚空を掴みながら『もう──(ふなの記憶消されてるから名前部分は空白)ったら、お武家さまにまた迷惑かけて……』とか虚ろな目で呟いて景明くんの精神を傷めつける展開が入るんですが。
そんな文章を書く技量とガッツが足りないので、省略に省略を重ねた第三十二話をお届けします。

まぁ、あれです。
書きたいシーン優先で話を進めたは良いものの、実際そのシーンが近づくとそのシーンにつなげるまでが大変で挫折して、それ以外のネタで話を進めてしまったりするのは、SS書いてれば良くある事だと思うのですよ。
ええ、当然説明した二つのシーン、最終的には景明君が精神的に追い詰められて変顔で絶叫するシーンが入る訳です。結果的に半分嘘予告に。
いい感じにそこにつなげるシーンを思いついたらさりげなく追加する可能性も無きにしも非ずという事で。最後のシーンに直で追加しても不具合は発生しないと思いますし。
もともと自分はそういうストーリー仕立てとか苦手なところあるので、仕方無いですね。何が得意なのかと言われると返事に困りますが。

でも実際、直接的に責められないとか、自分を罰するべき相手が自分の犯した罪を丸ごと忘れ去っているって、結構精神的にクル物があるとおもうのですよ。
しかも何事も無かったかのように慕われるとか、割と拷問じゃないですか、自罰的な思考の景明さん的には。
とかなんとか言い訳をするなら実際にそのシーン書けって話なんですけどねー。
本当に、湊斗景明さんのもがき苦しむシーンとか絶叫とか期待してくださっていた方には申し訳ない事をしたなと反省しております。

久しぶりに、突っ込まれる前に自力で突っ込むこぅなぁ。

Q、刀を持ってるのに天座失墜・小彗星?
A、主人公がそれ以外に思いつかなかった的な。月片そのままって訳でも無いですし。あくまでも崩し。

Q、月山相手にオーバーキルじゃないの?
A、主人公の趣味です。あと地上に出られた金神のテンションにやや引っ張られている的な。

Q、三つ眼が通る! 唐突な。
A、検閲されました。本格的外宇宙からの驚異な神を取り込む事で一つ上のオトコへ……!

Q、ふな、何故殺たし。
A、二択だし。ぎりぎり同じくらいの好感度だったから割と選択出来たけど、ふきなら一人でもどうにか生きて行けそうな雰囲気だったから。

こんなところですかね。
ところで、大鳥香奈枝ってどこら辺からが景明さんを疑ってのストーキングでしたっけ。
復讐編のセーブデータをやり直しても、そこら辺の詳細がいまいち分からないのですが、もしかして雄飛の事が無くてもスパイとして景明について行ったりします?
ゲーム本編のこの辺で詳しく解説してるぜ、などのアドバイスお待ちしております。
なお情報無しの場合、香奈枝さんは雄飛さんを巡るお家騒動で妹や許婚の部下とてんやわんや的な理由で欠席となります。
居なくても割と進行に支障ないですし。

ではいつも通り、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。





☆気分次第で変更と化ありありの次回予告。
ある日、唐突に地下から響く怪物の雄叫びが聞こえなくなり、浅い眠りながらも安眠する事が出来る様になった足利茶々丸。
しかし、ある日を境に怪物の雄叫びとはまた異なる音に悩まされる事となる。
起床時間の訪れと共に優しく語りかける謎の声。
「キンタ、キンタや、起きなさい、キンタや」
「あてはキンタじゃねぇぇぇぇっっ!!」
睡眠の妨げにはならず、しかし笑ってはいけないシリアスな場面をピンポイントで狙い笑いを取りに来る幻聴は、とうとう視界の隅に獅子吼×童心の濃密なBL幻覚を映し始める。
未来科学で合成された濃密な二人の絡み映像、突如恐ろしいまでの健康体へと変化した湊斗光の肉体。
彼女ははたして、無事に湊斗景明と運命の出会いを遂げる事が出来るのか。

次回、
「文明堂のカステラは何処へ消えた?」
お楽しみに。



[14434] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2010/09/25 11:06
もぞ、と布団を引き剥がし、小柄な少女が身を起こす。
しばしばと眠たげに瞬く吊り目がちの眼、首を傾げると同時に肩からさらさらと零れるやや癖のある金髪。乱れた髪から覗く耳は僅かに尖り、その少女に流れる蝦夷の血を控えめに主張している。
蝦夷。劒冑を鍛えるのに適した強靭な身体とやや短い寿命、褐色の肌に尖った耳を持つ大和先住民族。
一般的な大和人とは余りにも異なるその姿は差別の対象ともなり易く、全体ですら僅かな蝦夷達は大和でも貧しい生活を強いられる事が多い。
肌の色こそ大和人のそれではあるが、髪に隠されたその耳の形から察しのいい者は直ぐに彼女が蝦夷と大和人とのハーフである事に気付くだろう。
が、少女の寝室でもあるその部屋の調度品。それら一つ一つに残らず格調高さが見てとれる。
現在の大和の情勢から見て、大会社の社長か軍の高官でも無ければ使う事の出来ない高価な部屋。

「………………」

少女は身を起こし、しばし呆ける。
十数年味わう事の出来なかった、安眠という生物的には無防備になるその隙。
しかし、脳が破壊されんばかりの騒音に悩まされる事無く安寧に意識を沈める事が出来る幸福を、少女は目覚め切っていない脳で噛みしめていた。
立ちあがらず、布団の中で上体を起こした姿勢のまま外に視線を送る。
日は未だ昇り切っておらず、人々の声も遠い。
単純にこの時間帯に声を出している人間が少ないというのもあるが、それを差し引いても聞こえてくる声は何処かフィルタを通した様にはっきりとしない。
スイッチを入れる様に聴覚を研ぎ澄ませる。聞こえてくる声は朝餉の仕込みをする厨房の声、朝錬をする兵の掛声、丁度交代する警備の声。
昼夜問わず厳重な警備によって守られている普陀楽城は決して人の声が絶える事も無く、その会話内容に聞き苦しい内容が混じる事も多々ある。
が、それを差し引いても、この朝は少女にとって心地よい目覚めであった。
過剰な騒音に悩まされる事も無く眠りに着き、目覚める。
たったそれだけの事が、彼女にとっては堪らなく喜ばしい事実である事を知る者は少ない。
布団の上で身じろぎ一つせず、山の向こうから登る朝日をぼんやりと見つめる少女の名は茶々丸。
堀越公方竜軍中将、足利茶々丸である。

―――――――――――――――――――

あまり想像できないかもしれないが、足利茶々丸の朝は一般的な軍人と比べても格段に早い。
周囲数キロから十数キロ半径の人間が起床し言葉を発して活動を開始するのとほぼ同じタイミングで起き出す彼女は、まず十数分程睡眠の余韻に浸り、その余韻を味わい終えると即座に一日の活動を始める。
冷たい水で顔を洗い、自らの兵の朝の鍛練を見回り、昨日から持ち越した自分にしか処理できない書類の整理など、朝餉が出来上がる前に一通りの雑務を終わらせてしまう。
四公方の中ではちゃらんぽらんとした態度と何を考えているか分からない言動、遊び半分に生きているような性格、かと思えば時に身内すらあっさりと始末してのける容赦の無さからあまり評価されていないが、公方としてこなさなければいけない最低限の職務は迅速かつ積極的に処理している。
これは別に隠れた努力が好き、という訳でもなく、まともに眠る事も出来ずに起きている時間を有効活用していたかつての生活リズムが残っているだけなのだ。
基本的に公方としての職務は他にできる事の無い早朝に済ませ、昼から深夜にかけてはその日に発生した仕事、それを抜け出してのさぼり、更にさぼりの時間と偽っての悪巧みに利用されている。
いや、もう職務に関する事以外では悪巧みはあまりしていない。
悪巧み──緑龍会の最終目的である神降ろし、そしてその神の力を全て銀星号に取り込ませるという茶々丸の目的。
それらはもはや何の意味も持たない。何しろ、降ろすべき神はもはやこの世に存在しないからだ。
大和帝国相模玉縄、普陀楽城から地球中心部へ向けて一一五キロ。
今ではそこに神は存在していない。神の収まっていた場所は只の空洞、あるいは何の意味も無い詰め物が収められている。
何故、そんな事が分かるのか。その神が居ない事の証明を誰がなし得ると言うのか。
……実の所を言えば、神はそこに居ないだけで、確実に存在している。
知性無き、虫以下の意味の無い力の塊ではなく、人並み以上の知恵を、運用する理由を、欲を、希望を得て、地上へと解き放たれているのだ!

「なーんつって」

執務室に運び込まれた朝餉を前に、茶々丸は力なくケケケと哂った。
余りにも馬鹿馬鹿しい、ゴシップを中心に取り扱う新聞ですら、こんな記事を通そうとしたなら編集長が受け取った記事を丸めて頭を叩いて持ち込んだ社員に叩き返されるだろう陳腐な煽り文句。
人気の無い地方紙の連載小説だってもう少しまともなネタを取り扱うだろう。
そんな馬鹿げた話が、ニュアンスは違えど間違いなく現実に起こっているのだから笑えない。笑うしかない。

「どうかなさいましたか?」

朝餉を運びこんできた部下が茶々丸の突然の台詞に疑問符を浮かべる。

「んにゃ、なんでもねー。下がっていいよ」

それに茶々丸は手をひらひらと振り誤魔化し部屋から退出するように促す。
静々と頭を下げて執務室から退室する部下を見送り、箸を手に取り、思考を再開する。
神は解き放たれた。怪物として人に暴かれる事も無く、世間で騒ぎを起こす事も無く。
いや、正確に言えば騒ぎは起こしている。
鎌倉で起こった学生連続誘拐事件の犯人を殺害したのはその尖兵で、古河の領地で起こった銀星号事件の一部と目されていた、山間部に突如出現した巨大なクレーターはその神自身が手を下したものなのだとか。
結局前者は行方不明者の箱詰めされた腐乱死体が見つかっただけで犯人は不明のまま迷宮入り、後者は茶々丸自身が誰かに知らせた訳でも無いのでそのまま銀星号事件の一部として扱われている。
伊豆國は堀越御所に居る銀星号本人──湊斗光の元に出向いて確認してみたのだが、確かに本人はやっていない、という事らしい。

『劒冑とも生物とも機械とも付かず、それでいて強大な力の持ち主は近くに居た気がするな』

とは光の劒冑、二世村正の言だ。
因みにその時、光は理性を剥ぎ取られて思いのままに争い合う村人たちに夢中であった為、一瞬で現れ何処かに去っていった謎の反応の事は知らなかったらしい。
それも可笑しな話だとは思う。それだけの武を持つ武者(神らしいが)が相手ともなれば、喜び勇んで戦いに向かいそうなイメージがあるのだが。
そこら辺も、あの暴力的なまでに強大な神の力を効率的に運用すればどうにか小細工が出来てしまうのかもしれない。
──何故、ここまで地上に出た神の動向に詳しいのか。理由は実に単純。

《うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁっぁ!!!!!!》

「うおっ!」

味噌汁を啜っていた茶々丸の脳内に、突如として年若い少女の絶叫が木霊する。
その声を茶々丸以外の人間、あるいは人間以外の知性体が耳にしたのなら、それが茶々丸の声に非常に酷似している事に気が付いただろう。
完全に同じでは無く、少し違うのについつい聞き間違えてしまう様な、しかししっかり聞けば別人だと分かる絶妙なそっくりさん声。
ここ最近の茶々丸には、馴れたくも無いのに聞き慣れてしまった声だ。

「あち、あちちち」

しかしそんな声に構う余裕も無い。思わず取りこぼした味噌汁のお椀から飲みかけの味噌汁が零れ、軍服の胸元から腹にかけてを濡らしてしまっているのだ。
このまま軍議に出席しようものなら、罵倒を通り越して失笑を買いかねない程の醜態。
飯を食べ終わったなら風呂を浴びなければいけないと思い、茶々丸は眉を寄せて顔を顰める。

「糞ったれが、んだよ朝っぱらからギャアギャア騒ぎやがってぇ……」

ドスの利いた、しかし声量的に誰にも届かない様な呟き。やや涙声でもあるか。
しかし、その呟きに応える声が二つ。金打声にも似た響きの、茶々丸の脳内に響く声だ。

《おはようキンタ君、朝っぱらから家の妹が騒がしくてすまんね。俺も妹も反省はしないが形だけの謝罪、つまりは真に遺憾であるという言葉を慎んで送らせて貰う次第だよキンタ君。Oh! キンタ君!》

《……うぇぇぇう、おはようドMルスキー。こんな朝も早くから執務室に缶詰で朝食もそこでとか、ワーカホリックの真似事で真正の被虐嗜好を満たそうとするその欲望の権化ぶりは、まあ尊敬しないでもないぜー》

「あてはキンタでもドMでもねぇぇぇ! つーか、てめぇらが毎朝毎朝このタイミングで喋くりだすからこんなとこに引き籠ってんですが!? 多少なりともそこら辺に反省の色を見せるとかねぇのか!!」

外に声が漏れない程度の囁き声で喉が張り裂けんばかりに絶叫するという曲芸じみた真似をする茶々丸への脳内音声の返答は、余りにも無情極まりない内容だった。

《はん…………せ、い? ……おいィ美鳥、この金田は一体何を言っているんだ?》

《あの日、まぁ具体的に言っちゃうと生理が重くて気が立ってるんじゃねえかなと推測する次第だけども。でもそのリアクションはないわー》

《生理か、うん、ナプキン要るか? 姉さん愛用の横漏れしない羽根着きで寝相が悪くても夜安心なヤツのコピーが余ってるから、今なら格安で提供してもいいぞ。郵送するけど着払いの制度とかもう存在してたっけか》

《適当に窓から投げ込むとかでいいじゃん。恐怖新聞的にガシャーンって》

《六波羅の警備を乗り越えて更に窓ガラスを突き破り毎夜届けられる生理用品か、そりゃ毎度百日寿命も縮むわ》

「うっがぁぁぁぁぁぁーーー!!」

茶々丸はとうとうその場で頭を抱え叫び出す。
そんな主を、部屋の外に控えていた従僕は、何事かは分からないが何時も何時も大変であらせられるなぁと、のんびりと心配するのであった。
族が忍び込んだわけでは無い事は前回突入した時に確認済みで、一々入ってくんなとのお叱りも受けていた部下は、茶々丸様特有の何らかの精神的な持病の一種であると解釈し、深刻には受け取らない様にしていたのだ。
……つまるところ、この早朝に送られてくる怪電波、これが最近の茶々丸の悩みの種であり、日常の一部。

《あ、これ一応は神の言葉な訳だし、天声神言吾とか命名すると訴えられそうでいい感じかも?》

《後半が微妙に改変してある辺りは保険な訳だぁね。ノレパン的な》

《人から神変換で天声神語は誰か絶対やってそうだしなぁ。ナイアさんのバリエーションとかが新聞社に勤めてたら絶対そんなコーナー持ってるだろうし》

「どやかましいわぁぁぁーーーーーっ!」

堀越公方竜軍中将、足利茶々丸。六派羅百万騎の一翼を預かる武人。
最近の彼女の一日は、大体の場合こんな感じで始まる。

―――――――――――――――――――

足利茶々丸が所有する、この怪電波の発信源、神(兄)と神(妹)についての情報はあまり多くは無い。

《んでさー、辰気操作の練習だーとか言い出したお兄さんがあたしに見せた夢が何か分かる?》

「辰気で夢操れるってのがそもそも初耳なんすけど、そこは説明なし?」

《出来ないと思う?》

「あー……、うん、別に可笑しくはねぇか。やろうと思えば出来そうだ」

兄妹である事、更に兄妹で神としての力はあまり違わず、最大出力で兄が優れ、技のバリエーションでは妹が優れている事。
妹の方は『みどり』という呼び名を持っている事と、両者ともに普段は完全に人型であり、劒冑の探知能力を持ってしても見抜く事は不可能らしいという事。

《うん。でな、最初はいい感じの夢だったんよ。お兄さんがこう、人気の無い路地裏でいきなりあたしの服の中に手を突っ込んで『なんだ、もう興奮してたのか』とかいいながらそりゃもう、ええ、こんな所でそんなことまでぇ? みたいな感じでエロく進んでてさぁ》

「その夢の内容で『いい感じ』とか、まじ救えねード変態が居たもんですよ」

地球を一秒間に十回滅亡させる超絶パワー(自己申告なので真実かは定かではない)を持っているらしい事。
力を求めてこの地球にやって来たけど、開始早々に標的を手に入れてしまって割と暇を持て余している事。

《いやおめーも似た様な趣味じゃん。好きな人が出来たらそりゃもう道具の様に扱って欲しい系のドMルスキーなエロ願望持ちになるって》

「無いね、好きな相手が出来てもそんな事にゃあぜってーならねー。純情派なあてを手前みてぇな変態と一緒にすんな」

元々はあの地下の神とは欠片も関係が無かったが、所在を知っていてそのパワーが魅力的だった為に取り込んだだけである事。

《じゃーもしそうなったらドMは下の剃毛な。パイパンである事を存分に詰られてゾクゾクするがいいわ……! で話を進めるけど、路地裏で三回戦くらいやった後にラブホに担ぎ込まれる訳よ》

「手前はどんだけあてを変態にしたいんだよ……。らぶほ、は、あれか、えろい宿か」

そして、遠隔地にある劒冑の機能をある程度制御できる、という事だ。
今現在、茶々丸の聴覚に薄くフィルターが掛けられているのはその応用らしい。
劒冑に含まれる金神の粒子を遠隔操作する事で、劒冑が持つ『超』能力を制御する事が出来るのだとか。

《そそ、しかも休憩じゃなくて宿泊だからさー、もうどんな一晩かけてどんな事をされてしまうのかー!とか興奮する訳よ。分かるだろ?》

「わかんね。つうかもう止めね? まだ日も昇ったばっかなのに、何が悲しゅうて女二人で猥談せにゃならんのよ」

なるほど、と茶々丸は納得した。ウォルフ教授の書いた論文が正しいとするならば、劒冑の持つ異能は全て金神の欠片が原泉という事になる。
その欠片の持ち主ともなれば、本来想定していないだろうこの以上聴覚を封じる事も可能だろう。

《やめてもいいけど、残りの話は夜中寝る前にきっちり聞いて貰うよ?》

「わかった、わかったから続き」

金神の叫びを止めてくれた事と、煩わしい騒音を遠ざけてくれた事、この二つに関してのみ、茶々丸は心底からこの神を名乗る二人に感謝していた。

《うんうん、聞きたいならそういう素直な態度が必要だよねー。でな、連れ込まれた先、ムードのある部屋に連れ込まれて、妖しげな器具に身体を固定される訳よ。なんかまぶたもあけっぱなしにできる感じの器具までつけられてドキドキワクワク、もう心の中で観客総立ち拍手喝采》

(こいつ、何種類の異常性癖を……やはり変態……)

例え朝っぱらから数時間に渡ってこの神(妹)の無駄話の相手をさせられたとしても、騒音に襲われない安らかな眠りは何にも代えがたい幸福なのである。

《で、固定されたと思ったら、奥の部屋からお姉さん登場。あたしはあえなくお兄さんとお姉さんのピロゥトーク付きのラブラブチュッチュでストロベリィな遺伝詞交換(セッション)を被り付きで見せつけられた訳よ。数時間に渡って》

「うっわ、それは流石に……」

ここ最近の怪電波(妹)の内容から充分察する事が出来る程に、この神(妹)は兄の事を慕っている。当然家族愛含みつつの性的な意味で。
それは確かに使い潰してほしいとか愛して欲しいとか求めて欲しいとか、そんな複雑に歪んだ内容ではあるが、不純物の無い純粋な好意である事は間違いない。
茶々丸は話の内容から更に姉が居る事を脳内に密かにメモしながらも、神(妹)に密かに同情の念を抱いた。

《で、最終的にお姉さんとお兄さんが『美鳥ちゃんをハブるのも可哀想ねぇ』とか『日頃の苦労を労ったりもするべきかな』とか言い出して》

「ふんふん、それでそれで?」

話しの雲行きが怪しくなっても、半分右から左へと聞き流している茶々丸は気付かずに相槌を返してしまう。

《で、あたしに掛けられた拘束を一部分だけ解いた上で二人がかりで持ち上げられてー、前にはそそり立つお兄さんのオべリスクが、そしてなんと後ろにはお姉さんの股間から生えた不思議な巨大マツタケが宛がわれ──》

「ああうんもういい。それ以上は聞きたくない。つうか手前の兄貴はそんな夢をピンポイントで見せるのが趣味か! 遺伝か、遺伝する変態なのか!?」

《んにゃ、あくまでも夢の操作は練習だから、あたし好みのエロい夢を見せるってイメージで操ってただけで内容は知らないんだと。で、最終的になんかもう色々堪らんくなって、今朝の悲鳴に繋がるわけよ》

「あーはいはい素晴らしい夢オチでございますねー」

余りにもくだらな過ぎる電波に、茶々丸はぶくぶくと泡を作りながら湯船へと身を沈めていく。
現在茶々丸は味噌汁臭くなった服を洗濯に出し風呂場を貸切、朝風呂を浴びていた。
今日の仕事で他の公方に合う予定は無いが、そもそも身体から味噌の匂いを漂わせながらでは仕事をする気も起きない。唯でさえ仕事は気が乗らないというのに、だ。
完全に湯船に沈み込み、水の中から大浴場の天井を眺めながら、茶々丸は根気よく送られてくる電波を話半分に聞き流す。
このくだらない電波には稀に重要な情報が隠されていたり、唐突に真面目な本題に入ったりするから、完全に聞き流す訳にはいかないのだ。
事実、この電波の中で茶々丸は周囲の声を遠ざける術を得て、地下に眠る神の結末を知り、大鳥家の此方が知らない現状までもを知る事に成功している。
成功しているが、割合的には無駄話99パーセントに1パーセントの重要な話といった割合なので、場合によっては数日ひたすら意味の無い駄弁りで終わる事もある。
そういう事態があり得るからこそ、この電波に対して集中力を割き続ける、というのは至難の業なのだ。
もっとも、特に知略も腹の探り合いも必要としない無駄話を盗み聞きの心配も無く出来る、という意味で言えば、この怪電波も茶々丸にとっては一種の息抜きと言えるのかも知れない。
無論、本人にその自覚は無いが。

《あ、そーそー、御姫様のその後の容体はどんな感じー?》

「……っぷぁ。そーだなー、ほぼ寝たきりだってのに健康体、ってのもおかしな話だけど、単純に肉体面で見れば健康極まりないよ。最近は『熟睡してる』時間の方が格段に長いのに『起きてる』時の状態も悪くないし」

ここからはやや真面目な話だろうと予想した茶々丸は、ざぷ、と湯船から浮かび上がり姿勢を正した。

《ふむりふむり、お兄さんの処置もいい感じに効果が出てるみたいだね》

そう、伊豆の堀越御所に匿っている御姫、『銀星号』湊斗光の肉体の衰弱を解決してしまったのも、今電波を送ってきている連中の片割れ、今はどうしてか会話に参加していない兄の方の仕業なのだという。
湊斗光が『起きている』時期を狙って堀越御所に誰にも気付かれずに侵入、堂々と湊斗光の寝所に忍び込み、湊斗光の劒冑『二世村正』に気取られる事無く湊斗光と接触、本人の承諾を取る事も無く勝手に治療を施し、何か面白い品は無いかとあちこち物色した末に、やはり武者にすら見つかる事無く帰っていったのだという。
滅茶苦茶である。むしろ明らかに犯罪であり、ひっ捕えられても文句は言えない。
いや、仮にも厳重な警備が張られている堀越御所にほいほい侵入して何事も無く帰ってこれてしまうという事実が、この自称神達がそれなり以上の能力の持ち主である事の証明となっているのだが。
それでもこの電波の送り手が神、少なくともあの地下の化け物に手を出して、易々と手に入れてしまえるだけの怪物である事を認めたくないと思ってしまうのは、この自称神兄妹の会話の俗物っぽさが原因だろう、と考えていた。
正直、身元も不確かな連中なぞにいいようにからかわれるのは癪で仕方が無い。
が、他の音が遠ざかった代わりにこの電波だけはどうやっても遮断できず、軍議の最中まで垂れ流し、ピンポイントで笑いを取りに来るので無視する事もできないのだ。

「つーか、処置って何したんだよ。御姫の身体には特に手術の後も薬物反応も無いってのに、あの回復っぷりは異常過ぎて逆に不安になるってもんですよ?」

《あーっと、お兄さんが言うには──》

《ガウ・ラに積まれていた医療用ナノマシンを参考に、ペイルホースの機能を完全に肉体の健康維持と不備解消に充てた。キンタ──タイガーピアス君の耳で探れなかったのは、最大限の機能を最小時間で発揮させる為にナノマシン自体の寿命が短くなっていたから、だな。自己増殖する暇も無く寿命を終えたナノマシンの残骸は、たぶん汗腺から揮発する汗と同時に排出されたかなんかしたのだろ》

《あ、おかえりー》

「うおっ」

唐突に会話に加わったもう一人の声に驚き、つるっと尻を滑らせ湯船に頭から潜りなおしてしまう。
何の準備も心構えも出来ていない状態でも沈没であった為に、鼻の奥と肺に水が入り、げほげほと無様に咽る茶々丸。
が、咽ながらも電波の内容について考えてみる。
余りにも唐突に始まった長い解説、明らかに茶々丸が知らない単語が含まれていることを鑑みても、その説明の内容は重要なヒントだ。
咽て咳きこみながらも頭を使って思考を巡らせる。
ナノマシン、ナノサイズのマシンの略語で、意味合いとしては微小機械と解釈すれば──

「……もしかして、聖骸断片(らぴす・さぎー)?」

聖骸断片、地下に眠る金神の肉体の欠片。
劒冑の異能を生み出す力の源でもあり、濃度の差こそあれ世界中の水に微量ではあるが含まれているモノ。
その物質は目に見えぬ粒子一つ一つが力を持ち、巨大な塊を得れば不死に近い肉体すら手に入れる事が出来ると言われている。
機械、という表現は相応しくないかもしれないが、茶々丸の知識の中ではそれが一番正解に近い答えだった。

《神の正体を知ってた割にはその呼び方なのなー》

「他に呼び方も何もねーしな。で、どうよ」

そもそも金神の名前自体はそれなりに広く知られていても、それが実在する事やその肉体の一部が劒冑に超常の力を与えているなどという仮説は一般には知られていない。
極々一部のオカルト好きが収集した昔話の中に怪しげな夢の金属、或いは秘薬の類として伝承が残っている程度の話なのだ。
が、それを使った治療だと仮定するならば、やはり湊斗光の生命安全は保障されていない。

《惜しい、とは言えないな、その答えでは落第点だ。今回投与したのは純粋に科学技術、医療技術の粋を集めてちょちょいと捏造したただの医薬品の様な物なので、湊斗光が金属の水晶に変わってしまう、などという事は起こり得ないから安心するといい》

「医療技術に科学技術ねぇ……」

金神を取り込んだ、というのなら聖骸断片を無闇に使用した人間の末路を知っていてもおかしくは無い。
しかし、純粋な科学、医療技術ときたものだ。一応、堀越公方としての権力とコネを存分に使って最新最高の医療技術をつぎ込んで延命してようやく『あれ』だったのだが。
情けないやら、馬鹿馬鹿しいやら。いや、こいつらの能力については深く考えるだけ無駄だと割り切るべきなのかもしれない。
茶々丸はそう考えながら再び身体から力を抜き、頬の辺りまでゆったりと湯船に沈み込む。

「あぁ、そーだ。なぁ妹の方、結局御姫の容体を聞いたのは経過を知る為って訳じゃねーな? なんか面白い見世物でもあんだろ」

警戒するでもなく気を抜いた喋り方。
少なくとも湊斗光を害する存在ではないと理解しているからだ。殺すのが目的ならそもそも健康体に戻す必要はない。
そもそもこいつらが治療を施した理由こそ分からない(本人たちは『救済』の一環だと言っていたが、こんな連中が純粋な善意で人助けをするとは思えないのでブラフだろうと茶々丸は考えている)のだが、それこそ詮索しても意味が無い。
だが、少なくとも茶々丸お抱えの医師達の診断によれば、湊斗光は文字通りこれ以上無い程の健康体だ。
特に治療の類を施さなくても、そこらの健康体の人間よりも長生きできると医師全員に太鼓判を押させるほど。
当然銀星号として活動すればするほど体力は削られ寿命も短くなっていくのだろうが、それにしてもあと数回の活動が限界だった銀星号は、大和を滅ぼし尽くして残りの大陸全て制覇する事すら可能なのではないかという程の残り時間が与えられた事になる。
今すぐどうこうという話ではない以上焦る必要も無い。
お前達の警備、守りなど無駄だ、何時でも御姫もお前も殺せるぞ。というパフォーマンスをしておいて、こちらに何らかの協力を取り付けさせるのかもと考えたが、恐らくそれも無い。
まず純粋に能力の差だ。こいつらならば何かしらの目的を果たす時に、殆ど力技で解決してしまえるので協力できるところがない。
あるいは堀越公方としての、もしくは緑龍会の会員である足利茶々丸としての人脈を使いたい、という可能性も無いでは無いが、その可能性は限りなく低いだろう。
こいつらは基本的に、自分で行動したその結果を求めている。
誰かの力を借りてなどという婉曲な真似は好まない、というのでは無く、面白いイベントは特等席で見るのが信条なのだろう。
エンターテイナーかトリックスター気取り、さもなければ気まぐれで究極的に自分勝手な愉快犯。
面白そうだ、と思ったなら行動に移し、知りあいにその面白さを分けてやろう、などというお節介を焼き出す事もある迷惑型。
今すぐ起こりうる分かり易い害が無ければ、気を張るだけ無駄なのだ。

《もち。つうかこれはお兄さんの御誘いでもあるんだけど、ちょっと見逃せないイベントがあるからその誘いかな》

「なになに、また獅子吼が面白い事にでもなっ、っぷはははっ、ちょ、思い出し、あはははははっ!」

前回こいつらが電波で寄こした光景はそうそう忘れられるものではない。まさか大鳥の正当な跡取りを迎えに行った獅子吼が、国外に追放された大鳥の娘とあんな事になるとは……。
その余りにも不出来で喜劇的な飯事の様な光景を思い出し、茶々丸は問いかけを中断し、脚をばたつかせお湯をばしゃばしゃと跳ねさせながら腹を抱えて笑いだした。

《今回は前回のジョーク映像みたいな内容ではないぞ。今度、国内統一規格の大和グランプリが行われるのは知っているな?》

「そりゃ当然、鎌倉サーキットでやるあれなら特等席を取ってあるよ」

装甲競技の国内統一規格の大和グランプリ、このレースの優勝者と競技用劒冑は大和国内最速の栄誉を得る事となり、大和の装甲競技史上に永遠に名を残す事となるだろう一大イベントだ。
茶々丸自身も個人的に作らせた競技用劒冑を所有している。タムラのサンダーボルトの改造騎である上位騎、その名も『恐怖の運び屋』。
タムラの方で何だかんだあって採用されなかったが、そんないざこざが無ければ今度の大和グランプリでサーキットを騎航る筈だったのだ。
が、逆にそれが茶々丸をワクワクさせても居た。自分が作らせた自信作を蹴ってまでレースに出る機体とは如何程の物なのか。

「アプティマの最終型を持ってくるっていう翔京もだけど、一番の注目はタムラかな。こっちも面白い新型を出してくるかもしんないし」

その茶々丸の意見に同意する様に、いやそれだけでは無く、純粋に本心からの喜悦を含んだ神(兄)の声が脳に響く。

《ああ、タムラの新型な、あれは……、うん、いい、堪らない。見逃がしたら一生後悔するレベルで》

「……へぇ、そんな声も出せるんだ」

心の底から感動している様子の声に驚く茶々丸。
これまでこの兄の方からこういった生の強い感情を含んだ声を聞いたことが無かったからだ。
何を話すにしても軽々しい、というか、行動全てが娯楽混じりで、何もかもが時間潰しのお試しである様な雰囲気すらあった。
が、今の声は違う。芸術作品を前に涙を流している様な、如何し様も無く溢れ出す強い感情を感じる、不思議な艶やかさすら含んだ声。

《俺の声なぞどうでもいいんだよ。あの脳味噌裏返ってるとしか思えない造形美、機能美……、うん、他に何の用事が出来ても見に来るべきそうすべき》

「何の脈絡も無く唐突に英国が大和を制圧しようと攻めてきても?」

《そしたら連中の大陸ごとマッハで消し炭にしてやるから、来い。是非御姫も連れて》

とんでもない程の興奮ぶりである。これは、とんでも無い物にお目にかかれるかもしれない。
と、そこまで考えた所で違和感に気付いた。
何故、自分ですらその実態を掴めなかったタムラの新型をそこまで賛美する事が出来るのか。
自然に流していたが、そんな物はこの段階ではタムラの関係者くらいしか見る事は出来ないだろう。

《あー、言いたい事は分かるから先に言っておくけど、今お兄さん、タムラのスポンサーやってんだ》

「ははぁん、なるなる。それで一足先に新型の性能を確認した訳か」

もはや資金の出所だとか、唐突な投資にタムラから怪しまれなかったか、などと問い詰めるつもりはない。
そういうものなのだろうと割り切った上で感心してしまう、この連中の面白いものを見つけ出す嗅覚の様なものに。

《競技用劒冑としては明らかに異端だけどな、あれはそう、速度という概念を三次元化したとでも言えばいいのか、ああもどかしい、言葉じゃ説明しきれん。当日は絶対来い、絶対だからな!》

《ついでにキンタの運命の人もサーキットに観戦しに来る筈だから、しっかりおめかしして来いよー》

ぶつん、と、脳味噌の中に強制的に送られてきていた電波が途切れ、頭の中が急に静かになる。
此方の都合を考えない一方的な電波ではあるが、この殆ど何も聞こえない静寂は少しだけ違和感があった。楽過ぎるのだ。
茶々丸は自らの聴覚に被せられたフィルタを完全に取り除き、外から流れてくる忌々しい膨大な雑音に浸りながら考える。
今日は特に面白いイベントも無く、岡部の乱の事後処理で書類仕事が溜まっているだろう。
流石に普陀楽の中では堂々と仕事をさぼってぐうたら出来る訳もないので、昼間から真面目に仕事をするしかない。
が、楽しみも出来た。今度の大和グランプリは嵐が巻き起こるらしい。
御姫の音を聞いた感じでも、大和グランプリの日には外出が可能な筈だ。
形容し難い程の能力を秘めたタムラの新型、御姫との外出、運命の人。

「ま、せいぜい楽しみにしとくかな」

にふふと不敵笑みを浮かべた茶々丸は大きく伸びをし、書類整理で固まっていた身体をほぐし始めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「はぁ、ふぅ……、み、操ちゃん、こっちもよろしく頼むよ」

「……は、はい……」

あまり清潔さを感じさせない弛んだ身体を剥き出しにし、自らの恥部を晒す中年男性が、手にごつごつとした棒を持ち扇情的な衣装に身を包んだ少女に急かす様に声を掛ける。
その中年男性──タムラの競技用劒冑部門へと資金援助を行っている会社の幹部役員の注文に、少女──皇路操は戸惑いながらも応える。
日常の中でもレースの中でも手にする事も無く、一般的に女性は好んで手にしない、性的な意味合いをも持つ棒。
恐る恐るそれを握る皇路操の手は緊張と嫌悪に軽く震えながら、決して取り落とす事も無く丁寧に扱う。
嫌悪の情とはまた別に、その行為に慣れてしまっている自分に居る事に気付く。
その行為に馴れ、やもすれば少なからぬ興奮も覚え始めてしまっている自分を自覚する事も無く、
彼女はその手に持った黒い棒──黒塗りの鞭を力強く握り、天高く振り上げ、中年男性の汚れた臀部に向けて、勢いよく振り下ろした。

「あ、あお、おほぉぉぉぉぉぉおおおっっっ」

革製の鞭が人間の柔らかい肌を打つ強い音が、暗い部屋に響き渡る。
顔を恍惚に醜く歪めた中年男性を見下ろす、扇情的な衣装──赤い本革のボンテージ衣装に身を包んだ皇路操は、困惑の表情の中に嫌悪の表情を滲ませている。
その表情を見た、鞭を振り下ろされたのとは別の中年男性達は息も荒く我先にと更なる注文を始めた。

「あぁ、操ちゃ、操様! わたくし共にもお情けを!」

「罵ってください!もっと、もっと踏み躙って!」

「鞭を、恥知らずな家畜に鞭を!」

周りを囲んでいた、両手両足を拘束具で固定された中年男性達──いずれもタムラに資金援助を行っている会社の役員達である──を一瞥し、しかし内から密かに溢れ出る嗜虐の快感に任せ、皇路操はそれらの注文一つ一つを丁寧にこなしていった。

―――――――――――――――――――

その光景を少し離れた位置から見ている皇路卓は、どんな顔をしていいか分からないといった複雑な表情のまま、妹に鞭で叩かれ恍惚の表情で悶える援助者達と、鞭を振るう腕に何処か義務以外の熱がこもり始めている妹を眺めていた。

「…………いや、うん。もともとこいつらの事など人間とは思っていない、し。家畜の世話をすれば汚れるのも当たりま──」

「ほら、犬が人間の言葉を喋っちゃ、だめ!」

「キャインキャインっ!」

「あ、あひ、あ、あひぃぃぃぃぃぃっっ!!」

「なに、を打たれて、喜んでる、の!」

「ワンっ! ワオォォ……!」

自分を誤魔化す様に口の中だけでぼそぼそと言い訳の様に言葉を紡ぐ皇路卓の前で、無情にも彼の妹は仄かに息を荒げながら、興奮気味に繰り返し鞭を振り下ろす。
その鞭に打たれる旅に援助者達は身を捩り濁った嬌声を上げる。
頬を染め地べたに身を横たえる援助者達をヒールで足蹴にし踏み躙る彼の妹は、振るう一撃毎にその興奮の表情をよりあからさまな物へと変えていった。

「…………」

「現実見よう、な!」

顔を片手で覆い、ともすれば妹に身体を売らせていた頃よりも余程苦しげな苦悩の表情の皇路卓。
その肩を手で軽く叩き、元気付ける様に話しかける男が一人。
一言で表現するならば、それは怪しい男だった。
爽やかさを演出しようとでもしているのか短く刈られた黒髪と、縁の丸いサングラスが異様な程に良く似合う、うさんくさいニヤケ顔。
パリッとしたスーツは人身販売の元締め、身なりの良いインテリヤクザ、百歩譲っても詐欺師にしか見えず、男の怪しさを強烈に助長している。
あえて無理矢理に既存の職業を当てはめようと思うのなら訪問販売員だろうか。
勿論扱う商品は幸せの壺と金が溜まる財布、存在しない金塊の所有権を売る場合もあるかもしれない。
現在まともに職務をこなさない警察でも、この男を見かけたなら即座に捕まえて職務質問を開始してしまい、もし取り逃がしたならば全国指名手配程度の事はしかねない程の怪しさを全身から噴き出している。
百年に一人の逸材と言っても過言では無い程の不審者。
だが肩を叩かれた当の皇路卓の視線は、彼がこの場に居る事が自然であるかの如きものであった。

「ああ、鳴無さんですか……」

疲れた顔色のまま、しかし柔らかい笑みを浮かべるその様は、資金援助を行っている会社の役員に向けるものとは比べ物にならない程の親しげな感情を含んでいた。
いや、親しげな感情、と一言で切って捨てるにはその感情は複雑過ぎた。
そもそも彼、怪しげな謎の男こと鳴無卓也と皇路卓の出会いは、資金援助を乞うていた会社の役員が、何時もの如く皇路操の身体を味わおうとやってきたその夜の事だ。
何故か会社の会長ではなく、彼、鳴無卓也に率いられてやってきた援助者達。
彼等が挨拶もそこそこに何時もの様に服を脱ぎ棄て、皇路操にのしかからんとするものかと考えていた。それを仕方が無い事だとも。
が、それが間違いであると即座に思い知る。
何時もの様に下卑た笑みを浮かべた援助者達は、その表情を崩さぬままに、地べたにひれ伏し、一般的には受け入れ難い特殊な性癖を一斉に自ら暴露し始めたのだ。
曰く、『娘程の若い女子に罵られたい』『美少女に踏まれたい』『詰られるだけで堅くなってしまう』などなどなど……。
そして、その援助者達の希望に応える内に、どんどんと内なる性癖が露わになっていく皇路操。

「お前の懸念も分からんではないが、むしろこの『営業』が始まってから、徐々にだがタイムが縮み始めているんだ。悪いことばかりでもない」

「ええ、そう、ですね。ははは……」

弱々しく頷く皇路卓。
少なくとも、この男が現れてから妹に掛ける負担が少なくなったのも事実で、少ない労力でより多額の資金援助を得られるようになったのも事実なのだ。
資金援助だけでは無い。開発中のアベンジは鳴無の齎した謎の新素材のお陰で更に速度を増す事に成功した。ユーツ鋼も目では無い程の圧倒的に優れた重量比強度。
更に言うならば、当然皇路卓にとっては認めがたい事実でもあったが、この営業を始めてから、いや、より正確に事実のみを語るのであれば、皇路操がこの営業にやりがいを感じ始める様になってから、明らかに彼女の騎航には迷いが無く攻撃的な物へと進化を遂げ始めている。
そして余分な機能を完全に排除し、今度こそ何の雑念も無く『速度』のみを追求した真アベンジを彼女が装甲する事により、間違いなく現状世界最速の装甲騎手が誕生する。
世界最速。国内グランプリ優勝間違いなし、世界への道は約束されたようなもの。
そう考えればあの『営業』で操の凶暴性、闘争心を掻きたてる事ができるのなら、世界への道を進む為ならば、些細な事ではないか。

「本当に、感謝しています。これで僕達は世界への道を歩む事が出来る」

「いやいや、本当は此方からもっと新しい技術を提供する予定だったのですがね。予想外に『逆襲』の構造が極まり切っていたせいか、装甲材程度しか提供できず」

「いや、貴方が居なければ、ここまで余裕を持って調整する事も出来なかった」

役員達の豹変、援助金の大幅な増額は明らかに彼が現れてから起きた事であり、貴重な鋼材の無償提供は会社すら挟まない本人からの直接提供だ。
特に以前に妹に強制させていた労働が無くなったのは大きい、あれが無いお陰で健康管理の面でも調整が行い易くなったのだから。
感謝してもしきれないとはこの様な場合の事を言うのだろう。
……ここまで考えた皇路卓の思考の中に、都合良く何もかもを調達してくれた鳴無卓也を疑うという思考は存在しない。
思えば皇路卓もタムラの他の社員も、驚くほどあっさりと、何一つ疑う事無く受け入れてしまっていた。
あまつさえ、もしもの時の為に切り札として用意していたアベンジのギミックすら見破られ、熱心な説得の末にそのギミックを排除してしまった。
普通なら技術や情報を盗みに来た、或いは妨害工作を仕掛けに来たスパイ(スパイと仮定するならばそれはそれでずさん過ぎる所もあるのだが)だと疑うべきなのに、どうしてかそう疑う事もできない。

「しかし、何故ここまで僕達への援助を? 返せるものなど、何一つ無いというのに」

初めて抱いた疑いすら援助に関する事のみ。鳴無卓也という男の、この怪しげな男の素性を疑う事すら出来ていない。
皇路卓もその他のタムラのスタッフも、一人残らず『認識を阻害』されている様な奇妙な状況。
鳴無卓也は味方である、という強い認識を抱いた上での疑問。
その何処かずれた疑問に、皇路操と資金援助を行っている会社の役員が楽しんでいる光景を嫌そうな眼で眺めていた鳴無卓也は、皇路操へと振り返り、満面の笑みを浮かべた。
常人が見たなら何を売りつけられるか身構える程の不審な笑み、しかし、皇路親子を含むタムラスタッフには何故か爽やかな好青年の笑みに見える表情。
人差し指だけを立てた右手を顔の横にまで上げ、ち、ち、ち、と数度振り、

「それは、秘密です」

あっさりとはぐらかした。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「ネコミミぃっ!」

にゃーん! と巨大な立体映像の擬音を背負った美鳥が高らかに叫ぶ。
その言葉通り頭にはご丁寧にカチューシャに偽装した黒猫猫耳が生やされ、そのまま臨気か激気でも放出しそうな気合いの入った猫ポーズと猫アクション(たぶん威嚇する感じのポーズ)を決めている。
因みに髪型を少し弄って顔の横の人間耳を隠す辺り含めて完璧。
更に尻にはスカートの上に留められたアクセサリーに偽装して、尻から衣服を貫通して生やされた黒猫尻尾を完備。
全身の骨格に獣っぽさが無いと興奮出来ないケモ属性の重篤患者はともかく、耳尻尾で満足できる軽度のケモ属性持ちに対しての効果はバツ牛ンだろう。

「あざとい」

動いて見えても問題無い厚手の黒タイツを穿いた状態でのスカート、全身ケモ耳尻尾のカラーに合わせた黒中心の小悪魔系コーディネイト。
可愛さアピール狙ってる猫手に招き猫アクションと、決してどや顔にはならない完全な顔面の筋肉制御能力による可愛こぶった表情。
見る者に与える心理的影響まで考慮された完全な猫耳娘っぷりである。
だがもう一度言う。

「あざといぞ、美鳥。それはあざとい」

「二度、三度も繰り返し罵倒された!?」

表情の制御を手放し驚愕の表情を形作る美鳥の顔面。
表情一つ崩れるだけで猫娘としてのバランスが崩れ、ただのかなり可愛いだけでやはりイタいコスプレイヤーの如き印象にまで落ち付いてしまう、
そのままガックリと膝を折り、地面に両手両膝を付き挫折のポーズへと移行する。

「ううぅっ、旅のしおりの『美女、美少女と見れば好きでも無いのに褒めまくってフラグを立てる』をコンプリートして貰おうってぇあたしの気持ちが、お兄さんには伝わらないと言うのか……」

「あー、あれって実際現実でやると空気読めて無い認定喰らうよな」

普通一般的なラブコメで、出会って間もない場面で相手の事を見て『う、美しい』とか『すっげえ綺麗』とか『天使みたい』とか言うキャラは、その褒められたキャラに一目ぼれして変態的(あるいは良い意味で馬鹿な)半ストーカーキャラとして定着するモノだと思うのだが。
しかし、そんな一般的な作品の常識にとらわれないのがトリップ先の世界の常識らしく、主人公補正さえあれば適当に褒めるだけで、『き、綺麗だなんて、からかわないでください!』でポッである。
あれは何ポと表現すればいいのか……、褒めポ? いや、古い表現だが褒め殺しでいいのか?

「まーそーだよねー。何処の誰とは言わないけど、超マンモス校に在籍しているやや頭の悪いアルビノ手羽先貧乳レズ女剣士とか、なんで翼を褒められただけで惚れるのよ、っと」

何事も無かったかのように猫の様に身軽な動きで立ち上がった美鳥が、ぷひゅうと呆れ気味な鼻息を噴き出す。
そう、相手の優れた肉体的特徴を褒める行為は必ずしも好感を得られる訳でも無いのである。

「言ってみれば、自分の巨乳にコンプレックスを持っている女性の胸を『母性溢れる良い乳ですね』とか褒めるようなもんだしなぁ」

「ちょっと違うと思うけどまぁいいか。でもそれ以前にお嬢様との和解以前は何言っても地雷臭いけどね」

「地雷か。面倒臭いな」

「ねー」

よくよく考えてみれば、今まで長期に渡って付き合いのあったトリップ先の人間は、ほぼ男女問わずそういった面倒の少ないまともな性格の人間ばかりだった気がする。
精神的にストレスを溜めに来るキャラなどは、ラブコメにトリップした場合に多くなるらしいが、スパロボJはラブコメに分類されないのだろうか。
思い出すに、鈍感な統夜がテニアの遠回しなアプローチをスルーし続けて、その度に脛を蹴られたり臍を曲げられたりといったラブコメアクションがあった気がするのだが。
……そういえば結局どっちとくっ付いたんだろうか統夜は。ラストバトルのサブパイはヒロインで固定だったと思うおぼろげな記憶があるからやっぱりカティアか?
出撃回数も圧倒的だったものなぁ、テニアもメメメも可愛いのに勿体ない。ギャルゲ主人公ならハーレムルート選べよと。一人奪っちゃったけども。
思考が逸れた。話を本題に戻さなければ。

「で、結局なんでそんなわざとらしい記号的で頽廃的で非文明的で思考停止した駄目萌え要素を自分に組み込もうとしたんだ。これで語尾に『にゃん』とか付いていたら間違いなくグランドスラムで念入りにバラバラにした上で時間固定して相転移させていたところだったぞ?」

「えぇと、お兄さんはケモ属性に恨みでもあるの?」

「恨みが無いとでも思っているのか……! という冗談はともかくとして、それぐらいあざとくて見ていて痛々しかったんだよ」

「うん、これには海より深い理由があってだね」

腕を組み難しい顔でうんうん唸り出す美鳥、どうにかして猫耳の理由を説明しようと考えているのだろう。
考えこみ過ぎて人間大の縮尺まで拡大されていた尻尾は最早原形を留めず伸長を続け、うねり絡まり合い、立体パズルの様になってしまった。
それでも耳だけは猫耳のまま、髪の毛に伏せられながらも時折ぴくぴくと動き、美鳥の感情の働きを露わにしている。
あざとい。
未だかつて人に話した事は無いが、俺は美少女にくっ付いている獣耳だの翼だの、分かり易い異形系萌えパーツを見ると、どうしようもなく引き千切りたくなって仕方が無いのだ。
もしも先日のネギま世界で翼展開済み手羽先女と出会っていたのなら、間違いなく手動でパージさせていた自信がある。
が、流石に何の失敗も間違いも犯していない身内、しかも仮にも妹的存在でもある美鳥の身体を溢れる衝動に任せて破壊する訳にはいかないのだ。
そう、そんな不躾な真似は、できる訳が──

「……散々あざといとかどうとか言っといて、なんで耳に触るかなぁ。いいけど、気持ちいけど」

「いやあえて弁解するが、これは本能を司る右脳主体の行動を理性の左脳が割と倫理的に許されるレベルにまで抑えた末の結果で、けっして俺の本心からの行動ではない訳であるからして」

そのまま指先で耳をホールドし、数分間無言で弄繰り回して玩ぶ。
この猫耳の感触ときたら、手の中で軟骨がしゃっきりぽん、いやコリコリと踊っているかのようじゃないか!
こんなうずうずする猫耳を、この手で引き抜いてやれないだなんて、引き千切る事が出来ないなんて残酷過ぎる。
なんちゅうもん生やしてくれるんや美鳥はん……。

「あ、頭が沸騰しちゃいそうだよぉ……!」

醒めた。一発で醒めた。
やはりというかテンプレというか、神経の通っている猫耳をコリコリと刺激され、そのもどかしい感覚に興奮し始めたようだ。
顔を赤らめて息を荒げている美鳥の猫耳から手を離す。

「あぅ、止めちゃうの……?」

潤んだ瞳で物欲しげに此方の掌を見つめる美鳥の、普段は愛らしいと思い抱きしめる程度の事はしても可笑しくない表情を見ても俺の心は揺らがない。
そういうのは猫耳外してからやってくれ。あざとい。

―――――――――――――――――――

俺と美鳥、二人分の足音を鳴らし階段を登りながら、話を最初の辺りまで巻き戻す。
美鳥は民族衣装とかを好んで集めはしても、変に制服を着たりして属性を付けたそうとした事は無かった。
なんでも自分はすでに『妹属性』と『献身属性』を保有しているので、『ナース』だの『女子高生』などの余分な属性を後付けで付加するのは積載量オーバーになり、見てるだけで胃が重くなってしまう可能性が高くなるのだとか。
そんなこいつが今更ケモ属性などという分かり易い代わりに独創性も糞も無いインスタント個性に手を出すからには何か意味がある筈なのだ。

「で、結局なんで猫耳なんだよ」

俺の後ろから着いて来ている美鳥(既に猫耳と猫尻尾は消滅させた)が、あぁ、と思い出したように口を開いた。
どうにも猫耳尻尾を諦めきれないのか、その口調もどこか不承不承といった感がにじみ出ている。

「だってさ、今日はなんかキャラ被ってる奴がここに来るじゃん。もうパクリ呼ばわりとかは諦めるにしても、お兄さんが見間違わない為にも、何かしらの差別化を図って置きたい訳よ」

「ふん、何を言い出すのかと思えば、そんな馬鹿な事を考えていたのか?」

「馬鹿な事と一言で言いきられるのは、流石のあたしも納得いかないなぁ」

不満そうな美鳥の反駁を聞きながら階段を上り続け、かつ、と足音を鳴らし立ち止まる。
階段はここで終わり、目の前には場内に密かに作った秘密の通路へと繋がっている扉が一つ。
ここを出た後にまでああだこうだと言いたくないし、人前で猫耳を生やされても面倒だ、ここできっぱりと言い含めておく事にしよう。
唇を尖らせてぶちぶち愚痴をこぼしている美鳥に振り返り、ややしゃがみ込んで視線を合わせる。
相手を説得する時は上から見下すように言葉をぶつけてはいけないとかなんとか。

「元の世界でもそろそろ丸一年、トリップ中の体感時間も合わせれば足かけ三年以上、毎日毎日顔を突き合わせて生活しているんだぞ? 今更美鳥と他の誰かを見間違える訳がなかろうが」

そう、確かに容姿も口調も声も似てはいるが、たかだかそれだけの事で美鳥と他の誰かを見間違うなど有り得ない。
俺と美鳥は一応数か月にわたりドイツの廃協会で数か月共同生活を送り、一年以上同じ戦場を駆け抜け、一つの機体のコックピットの中で数日を過ごした事もある。
元の世界でも居間でテレビをぼーっと眺めている時の独特の仕草も知っているし、村の商店のバイトでもどんな周期で気を抜いているかも把握している。
稀に俺か姉さんと同じ布団で寝る時も、寝付くまではぎゅうと強めに抱きついているのに、眠りにつくと控えめに袖や上着の裾を指先で掴むだけになるなど、本質的な所では一歩引いてしまう所があるのも知っている。
俺と姉さんの間にあるモノ程では無いにしても、そんじょそこらの他人が割って入れない程度の絆は存在しているのだ。

「あ、っと、うん」

俺の言葉にぽかんと口を開け、十数秒程の間を置いてから間抜けな返事を返す美鳥。
もにょもにょと何事か呟いて頭の中を整理しているのか、大口開けた間抜けヅラが次第にニヤケ顔に変わり始めた。

「うん、うん、そっかぁ」

にひひ、と少しだけ照れている様な笑顔の美鳥。
とりあえず納得はしてくれただろう。美鳥は自分を過大評価も過小評価もしない上に察しも良い、俺の言わんとするところは察してくれる筈だ。

「わかったならさっさと行くぞ。念のために関係者用の証明証も皇路さんから貰ってるけど、今日はあくまでも観客として楽しむんだからな」

「ん! 良い席とらにゃ勿体ないしね!」

嬉しそうに此方の手を取り、俺に先んじて扉に手をかけた美鳥を見ながら思う。
正直、万が一見分けがつかなかったら、一度偽物と本物の両方取り込んで、それから改めて本物の美鳥だけを作りなおしてしまえば万事解決してしまうのだ。
そして、俺がそんな身も蓋も無い解決法を考えている事をぶっちゃけてしまったら、美鳥がどんなリアクションをするか大変興味深い訳で……。

「ゾクゾクするねぇ」

「ねー」

此方の考えている事を知ってか知らずか、ドアノブに鍵を差し込む美鳥は無邪気に相槌を返してきた。
もし知った上でこのリアクションだとするなら、ますます頼りになる妹ポジションである。
まぁ、どれほど頼りになっても猫耳だけは絶対に許さないけどな。

―――――――――――――――――――

さて、ここ数日の塒として利用させて貰っている秘密の地下室だが、地上部分はれっきとした公共施設である。
鎌倉郊外に存在する国内最大級の装甲競技場、鎌倉サーキット場。
何だかんだで認識阻害魔法やブラスレイターとしての幻覚能力を応用した催眠術等を駆使してタムラレーシングチームへまんまと潜り込んだ俺と美鳥。
皇路操と皇路卓を救済する為にここ最近は色々とあちこちに手まわしをしたり、『逆襲』の最終調整を手伝ってみたりとしてきた訳だが、今日この日に至ってはもう俺と美鳥に出来る事など殆ど無い。
速攻でタムラに潜り込んで工作する為にスタッフ全員に催眠を強く掛けたお陰で証明証も手に入ったが、これを使うような事態にはならないだろうし、できればなって欲しくは無い。
気を取り直し熱気に包まれ始めたサーキット、一般客の座る観客席を見回すが、やはりどの座席も空いておらず、通路も大量の立ち見客で埋め尽くされている。

「ま、立ち見ってのもこういう場所だといいもんだけどな」

一番上の観客席の後ろの通路の壁にもたれかかりながら、売店で買っておいたカレーを食べる。
肉と玉ねぎなどの具材少なめのいかにもな売店カレーだが、このご時世に売店で売っている食べ物に過度の期待はするだけ無駄というものだろう。
福神漬けが下品にならない程度にたっぷりと乗っかっているのは評価できるが。

「あいや、一応座席の確保についてはそれなりの宛てがあるんだけど」

美鳥はもしょもしょとパサ付いた焼きそばを啜りながら周囲の観客席をきょろきょろと見渡している。

「予約できるような席はないだろ、この時代のサーキット場なんかに」

その手の知識は豊富ではないが、座席を買うのではなく入場料を支払ったら後はご自由に早い者勝ち、というのがこういうレース系イベントの定番だと思ったが違うのだろうか。

「違う違う、今日このレースを見に来るって言うからさ、ついでに二人分の座席確保をお願いしてた訳よ」

「ふぅん」

まぁ別に座った方が良く見える訳でもないのでどうでもいいが。
その席を取っている筈の人物を探しに行った美鳥を見送り、先割れスプーンをカレールーに沈んだウインナーに突き刺しながら、改めてコースへと目を向ける。
コース上を疾走する機影は一つ残らず競技用劒冑であり、どの劒冑を取り込んだとしても、俺の性能向上に欠片の役にも立たないだろう。
が、それよりも目を向けたいのはこれが劒冑を使った競争であるという事だろう。
パワードスーツでレースをするという発想は、劒冑よりも早い存在を知っている俺からしても斬新で興味深い。
実際問題、これまでに訪れたブラスレイター世界、スパロボJ世界、ついでにネギま世界で似た様な事を始めようとしてもここまで広まる事はありえないだろう。
なにしろ非効率的だ。人型の物をレースとして成り立たせる程の速さで飛ばす技術が存在しているならば、より航空力学的に正しい形状のものを競争させる方がいい。飛行機とか。
実際、スパロボ世界の技術力なら似た様な事が可能かもしれないが、そうなると今度はガンダムファイトとジョグレス進化してモーターボールの様な、より暴力的で刺激的な競技へと早変わりするだろう。
劒冑こそが最速であり、飛行機などが存在しないこの世界だからこその競技。
すこぶる魅力的である。

「あれ、貴方はもしかして」

「うん?」

コース上に広がる光景を眺めながら悦に浸っていると、唐突に横から声を掛けられた。
茶髪に糸目、やや高い背が特徴の多分高校生くらいだろうと思われる少年が少し驚いた表情でこちらに視線をよこしている。
そう、高校生くらいのこの少年、しかしこの少年が見ため通りの高校生ではなく、なおかつ間違いなく十八歳以上である事を俺は知っている。

「メディ倫審査済みだしな」

「相変わらずいい電波拾ってますねぇ」

このいきなり屈託のない笑顔で不躾な発言をしている少年の名は稲城忠保。装甲競技の選手を目指す、どこにでもいる普通の学生さんである。
本来この少年、担任教師に目を潰された上、達磨にされた好きな人を無理矢理アレさせられてしまった挙句に三世村正の陰義の応用で磁力線センサーを組み込まれたりする割と可哀想な運命を持っていたりする。
が、それも俺が何となく試しに生き返らせてしまった飾馬律の大活躍によって見事救われ、この世界では何事も無かった様に平穏な日々を過ごしているらしい。

「あぁ、今日も勿論アンテナ三本ガン立ちだ。もう少し、気持ち程度に追加で褒め称えていいぞ」

「いえ、慎んでお断りします」

真顔ですげなく断られた。この少年意外とセメントである。

「皮肉を言われてるんですよー、と伝えるべきか、強気な癖に微妙に謙虚な部分に反応するべきかひっじょーに判断に困るリアクションね」

そしてこの赤毛で背丈のやや低い高校生ぐらいでしかし決して十八歳未満でなく高校生でも無い少女が来栖野小夏。
今でこそ五体満足であるが、本来ならばダルマ経由で全身義体のバトルサイボーグへ改造されハニー原人たちとダイナミックなアリスゲームを繰り広げる茨の道を歩む少女である。
彼女をモデルにした超合金は関節部に磁石を内蔵している為遊びの幅が広いのが特徴であるが、迂闊に砂場に持って行って遊ぶと関節部を砂鉄がコーティングしてしまい、涙目でそれを取り除く羽目になる上級者向けの玩具でもある。
因みに少し前までは同居していた幼馴染の少年を関節技で起こすのを日課としていたが、その少年が近所の空き家を借り、親戚のお兄さん(面長)とお姉さん(でっかい)と同居を始めてからはその日課も行えず、寂しい思いをしているらしい。
俺が思うにそのお兄さんとお姉さんが一つ屋根の下でありながら殺し合いに発展していないのはその少年のお陰だと思うので、この少女には今後ともぜひ寂しい思いを続けて欲しい。
この二人とは再生飾馬律を通して少しだけ面識があるだけだが、町やどこかで会えば世間話をする程度には交流があるのだ。

「しかし奇遇ですね。鳴無さんも装甲競技に興味が?」

「一応ここ最近で一番注目を集めてるイベントだし、個人的に見届けておきたいチームもあるからな。装甲競技の熱烈なファン、って訳じゃあ無い。俺はあくまでもにわかだ、にわかファン」

「胸張って自分の事にわかって言う人も珍しいですけどねー……」

実際そんなもんだ。何度も見ていればその内武器使用許可のハードな展開を望みだしたりする事は目に見えている訳だし。
この装甲競技もその内数打ちの性能が向上するにつれ、モーターボールの様な戦闘主体の競技が派生で生まれる可能性だってある訳だし。
と、ここまで会話してようやく気付いたが、新田雄飛と飾馬律が居ない。
何時もの仲良し四人組での活動では無いのだろうか。

「今日はレースにかこつけてのデートか何か?」

「あっれ、もしかして僕たちそんな関係に見えちゃいます? いやぁまいったなぁ!」

「断じて違います。リツは空いてる席が無いか探しに行ってるんです。で、雄飛はこれ」

頭を掻きながら照れたようにハハハと笑う稲城を華麗にスルーし説明を被せる来栖野。仲が良いなぁ。
これ、と言われて指差されたその先には、真白に燃え尽きた新田雄飛が壁にへばりついて休憩していた。
連日の親戚のお兄さん(暗闇星人の生き別れの兄という裏設定があるらしい)とお姉さん(瞼を開けるとそれまで蓄積していた小宇宙が爆発するらしい)のギスギス空間に耐えたり身体を鍛えたりとで疲れが溜まっているのであろう。
今も周囲の人ゴミに紛れて人の良さそうな執事服姿の老婦人が隠れていたり、さりげなく六派羅の武者がこちらをセンサーで監視していたりするのもその延長だろう事は容易く理解できる。
そんな体力的にも精神的にも可哀想な少年は放置するとして、残りの一人である飾馬律だ。

「席探すっても、見ての通りのあり様だぞ?」

座席に座っている人数よりも立ち見客の方が多い程に大量の客が来ているというのに、今更空いている席を探すなんて無謀にも程がある。
そんな事をするくらいならいっそのこと、自分で折りたたみの椅子でも持ち込んだ方が余程ましというものだろう。椅子の持ち込みが可能かどうかは知らないが。
……むしろ問題なのは、この人混みを力尽くで掻き分けて座席を確保するだけの馬力が、今の飾馬律には間違いなく存在しているという事。
騒ぎになってレースが中止になるなんて事は無いにしても、せっかくの現代最速の競技用劒冑の晴れ舞台、可笑しな空気は作りたくない。
まぁ、変身した後ならともかく、平時においては無闇に好戦的になる様な調整は施していないから、いきなり座っている客を除ける様な真似はしないと思うが……。

「わたし達もそう言ったんですけど、人との約束もあるからって聞かなくて──あ」

「うん?──い」

──う、とは続けずに二人の視線の先へ顔を向ける。そこには人ごみの中に生まれた小さなエアポケット。
中心には見知った顔が二つ。
さっき人を探しに行った美鳥と、席を探しに行っていたらしい飾馬律である。

「うっわー、なんか見るからに険悪というか」

「既に肉体的にもぶつかり合ってるわね……」

そう、二人から放たれる闘気に当てられて周囲の観客が一歩下がる事により生まれる空白の中で、美鳥と飾馬がそこらのチンピラの如く方をぶつけ合って牽制し合っている。
爽やか極まりない満面の笑顔で、だ。正直近寄りがたい。
近寄り難いが、とりあえず音声を拾って実際にどんな理由で戯れ合いが始まったか程度は把握しておこう。
耳に搭載された高性能集音装置を起動し周囲の音を全て拾い、ピンポイントであの二人の出す音声のみを抽出──来た来た。

『なんで席の一つも取れませんかねぇこのデコ助が』

『あらあらサーキットの真下に住んでおいて人に席の確保を頼むなんて、流石に筋が通らないのでは無いかしら』

あはははは、とか、おほほほほ、とかの乾いた笑い声の後に、勢いよく肩と肩をぶつけ合う。
ドゴッ、と、とても年若い少女達の肉体が出したとは思えない音が周囲に響き渡る。
周囲の観客が更に後ろに退いた。空白地帯の直径はこれで3メートル。

『おいおいおい、それとこれとは話が別だろーが。頼まれて承諾した癖に失敗するとか、とんだ恩知らずが居たもんですよ』

『わたしが恩を受けたのは貴女の兄であってあなたではありませんのよ? そこのところ、ちゃんと弁えて下さらないと』

ゴツッ、ゴツッ、ゴッゴッゴッゴッゴ!
連続で角材を叩きつけ合う様な音が響き渡る。

『言うじゃねぇか、ゾンビ如きが』

『貴女程ではありませんわ、金魚の糞さん』

ミシィッ、という音が聞こえた。二人の足元にプレッシャーで亀裂が走っている。
闘気は膨れ上がっているが、双方ともに殺傷攻撃を繰り出す程のレベルでは無いらしい。
美鳥の身体は未だ戦闘形体へ移行していないし、飾馬の方はクリスタルを取り出す気配も無い。
いや、飾馬に渡したクリスタルはナイフとくっ付いてるから取り出すと騒ぎになるし、美鳥の方もこの程度の相手通常形体で楽勝だぜクハハ、みたいな考えがあるのかもしれないが。
なにやら貴賓席の方、黒髪ロングの深窓の令嬢っぽい人がチラチラと興味深そうに視線を送っているが、それも今直ぐどうこうというレベルの物では無い。
結論、放置しても問題なし。

『ケツから手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせ──』

『その命、神に返しなさ──』

集音装置を停止すると二人の声が途絶え、耳にサーキット場の喧騒が戻ってくる。
視線を二人から外すと、真顔の稲城と来栖野がこちらの様子を窺う様に顔を覗き込んでいたのに気が付いた。

「あれ、鳴無さんの妹さんですよね。どうしよう、止めるそぶりを見せておいた方が良いのかしら……。と葛藤しておけば言い訳は立つわよね」

「事情はなぁんとなく理解できるから、できれば止めた方がいいかなーなんて思わないでも無いです。と証言していたと記録しておいてください、後々の為に」

白々しい二人からの二票、燃え尽きた新田の無効票一。
あちらのグループは過半数超えで見捨てるで決定らしい。
俺も正直、高校生っぽい学生の仲良しグループの中に割って入るのは心苦しいので、美鳥の頼んでおいた席は無い方がいい。
利害は一致。顔を見合わせ頷き合う。

「じゃ、俺はこっちの方でレースを見るから」

「ええ、お元気で」

「さよーならー」

稲城と来栖野と二人に引き摺られている新田のグループと互いに手を振り合い、未だ戯れ合っている二人を置いてそれぞれ反対方向に遠ざかって行った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

警備員にしょっ引かれた美鳥がどうにかこうにか身分証が無い事を誤魔化して戻ってきた頃には、本予選は終わってしまった。
既にコース上に競技用劒冑の姿は無く、間もなくサーキット場もその門を閉ざす時間。
俺と美鳥は強化型ミラコロで姿を消し、サーキット場の外延部に立ちぞろぞろと名残惜しげに家路につく観客達を見下ろしていた。

「凄い熱気だねぇ」

「それだけ衝撃的だったって事だろ」

サーキット場から出た観客達の足は皆一様に遅い。まるでこのサーキットから離れる事に名残惜しさを感じているかのようだ。
だがそれも仕方の無い事だろう。
世界を制覇した横森鍛造のスーパーハウンド、その記録を容易く塗り替えた怪物、翔京兵商のウルティマシュールの出現が原因、という訳でもなく。
他に類を見ない強烈な個性を備えたタムラのアベンジ、その暴力的とも言える加速に魅せられた、という事でも無く。
いや、タムラのアベンジが原因である、という所は当たっているか。
観客を沸かせ、今なお熱を持たせている理由、それは──

「出ちゃったもんね、新記録。いや、理論上その程度の速度は余裕で出るのは分かってたけどさぁ」

「ああ、まさか何の出し惜しみのせずに初日でぶっちぎるとは思わなかった」

正式な記録なのかどうかは分からないが、作中で皇路操と皇路卓が固執していたコースレコード。
一分二五秒一三。
世界最速の男が叩きだした鎌倉サーキットでのこの記録に、なんと二秒以上の差を付けての記録更新。
明日の本選を待たずにタムラの優勝確定、世界へと羽ばたく皇路操、みたいな雰囲気になってしまったのだ。
無論、今日はあくまでも予選のようなものである訳で、当然明日の本選でこそ真の勝者が決まる。
予測不能のアクシデントもあるだろう、不幸な事故、運の悪い位置取りでアベンジの騎航が妨害される可能性もあるだろう。
運悪くウルティマシュールとアベンジが共にクラッシュし、大番狂わせが起こる可能性だって無い訳では無い。
少なくとも、眼下の観客達の一部はそう信じている。
そんな事態にはなり得ないというのに、だ。

「ああぁぁ」

そのまま後ろに倒れこむ。
観客の熱気に当てられて上がっていた体温に、秋の寒さを孕んだコンクリートの冷たさが心地いい。
熱が地面に奪われ、俺の精神状態と同じレベルにまで体温を調節する。

「……もう帰ろうかな」

「気持ちは分からないでもないけどさ、もうチョイ頑張ろうよ」

俺の頭を持ち上げ太腿の上に乗せた美鳥が、そんな事を言いながら髪の毛を撫でつけてくる。
……撫で方が少し姉さんに似てきたか、変な因子ばかり受け継ぐ。
身体を横に向け、困った顔でこちらを宥める美鳥から視線をずらす。

「頑張った結果がこれだろうがよ」

そう、今回の皇路兄妹救済計画には、それなりに力を入れたつもりだったのだ。
そもそも皇路卓が殺されたのは、レース中に行われた犯罪が原因である。
ならばそんな犯罪行為を行わなくとも済むようにと、調整中のアベンジの改造に一役買った。
騎手の体調をどうにかする為に枕営業を止めさせ、更にはレースで重要であるらしい攻撃性を増す為に軽い精神改造も施して、より先鋭的な騎航が出来る様に仕向けた。
はっきり言おう。アベンジは少なくともこの大会中に負ける事も、傷が付く事すらあり得ない仕上がりになっている。なってしまっている。
勝って当然。負けるのに努力が必要な程の力を持っているのだ。

「なんだろな、改造前とか改造中はアベンジの恐ろしいまでの思想を持った構造にワクワクしてた気がするんだよ」

「ん」

美鳥は相槌を返しつつも俺の頭を撫で続けている。
髪の間を抜ける指が心地よい。

「美鳥。お前、あのアベンジと皇路操のセットが明日のレースで勝って、感動出来るか?」

「んー……。あたしは無理かな、今のあそこにゃドラマが無いし」

苦笑いのニュアンスを含んだ美鳥の声。
裏事情を知らず、皇路卓が独力であそこまでの劒冑を作ったのだと思えたなら、純粋にその技術力に感動する事も出来たのだろう。
が、そこに俺が手出しをしてしまった事で全てが台無しになってしまった。
何と言うのだろう、人が一生懸命レベル上げ頑張っていたRPGのセーブデータでチートを使ってしまったような、そんな罪悪感。
彼等に純粋に速度を求める様に助言(思考誘導)しておいて、せっかくより純粋になった彼等の気持を汚してしまった。

「スパロボの時は、こんな気分には成らんかったのになぁ……」

「スパロボは公式で全滅プレイなんてチートがあるからじゃないかな」

「んんんん……」

そう、なんだかんだでスパロボは改造してナンボ、といった気風のあるゲームであり世界だった。
この世界は違うのだ。いや、俺がこの作品を気に入っているからこその感情なのかもしれないが。
これなら単純に皇路卓が斬られるシーンで割って入って、卵をチョッパった上で素直に二人とも逮捕されるように動くべきでは無かったか。
せめて鏡面化の機構を除去させて、内部構造を破損しにくくするだけにとどめるべきでは無かったか。

「なんかもう、『美しくありませんわぁ』って感じだなぁ」

何処となく二回目のトリップで出会った人工知能に鼻で笑われた気がした。
この世界ではありえない鋼材を与えるのは、流石に物語として美しくないというか。

「どうする? あたしは元からそれほど興味無いし、お兄さんが乗り気でないなら明日の本戦は見なくてもいいけど」

美鳥が気遣わしげに提案してきたが、レースを見ないからと言ってここを離れるのも問題がある。
皇路卓から報酬として貰っておいた銀星号の卵、これを明日一杯まではこのサーキット内に置いておかないと、明日のポリスチームの援護が無くなってしまう。
いや、援護が無くても今のアベンジなら余裕か。

「仕方ない、明日の本選は地下室で適当にDVDでも見て時間を潰して遣り過ごそう」

「うぃ。気晴らしも兼ねて、大画面で派手なの観ようね」

「ん」

お出かけ用に取り込んでおいたのが幾つかある筈だし、遅めに起きて二クールアニメを全話視聴すれば確実にレースは終わっているだろう。
卵はレース終了を見計らって砕いて、中の野太刀の破片だけ所長宅にでも投げ込んでおくのが無難か。
俺は美鳥の膝枕に顔を埋めたまま、今も熱気を放出し続けている観客を冷めた目で眺め続けた。

―――――――――――――――――――

翌日の大和グランプリ本戦、他チームの破壊工作を見事な機転で乗り切ったタムラレーシングワークスは、レース中の妨害を装甲材の強度に任せたラフファイトで乗り切り、呆気なく初代大和グランプリ王者の座を獲得した。
その翌日、俺はサイトロンの運んできた未来の情報を夢で見た。
その比類なき加速性と初期のホットボルトをも上回る頑強さを備えたモンスターマシンは、後年まで装甲競技の世界で長く語り草にされたのだとか。
皇路操とタムラレーシングワークスも見事に世界へと羽ばたいたらしいのだが、俺はそれ以上先を見る事は無かった。
今までサイトロンの運んできた未来の中では、最高に見所の無い予知だった。




つづく
―――――――――――――――――――

突如現れた美人の義姉候補とその元許婚との同居を始めた新田雄飛。
昼は日常を守る為に鎌倉の学校に通い、夜は大鳥の家を纏める為の英才教育と武者としての肉体造り。
しかも義理の姉候補とその許婚はどうしてかやたらと仲が悪くて家の中の空気は最悪!
肉体、精神共に疲労困憊の彼の元に、また新しい美少女が押し掛けてきて……。

次回、装甲当主ゆうヒ!
「今度は許婚!? 魅惑の姉妹どんぶり」
お楽しみに。

―――――――――――――――――――

──という、ウソ予告が成り立つようなストーリーが本筋とは関係無い所で発生している可能性も無いではないのです。暴走編的はっちゃけが必要になりそうですが。
無論、そんな事が起きていると断言できる訳ではありません。可能性が0でないというだけで。
ええ、現実的に考えてあの二人が雄飛さんが居るからと言ってまともに和解できる筈が無いとは思うのですが、香奈枝さんの過去回想で見れる若かりし頃の獅子吼の純情台詞(声も立ち絵も無い)に胸を撃たれたのが原因ですね。
今では名前変更できるゲームでは名前を大鳥獅子吼にする程大好きです。
爽やかで社交的な獅子吼、みんなのまとめ役獅子吼、文化祭で女装させられてしまう獅子吼……。
たまりません。
そんなこんなで第三十三話をお届けしました。

ラストで主人公が妙にナイーブになっているのは、まぁ作中で主人公が独白した内容で大体合ってます。
しいて言うなら、それなりに現実的な格闘技漫画にネギまの気の概念を持ち込んでしまった全てだいなし、みたいな残念な気持ちになっている訳です。
余計なことしたせいで詰まんない勝負になったなぁとか、そんな要らん気をもんでしまう程度には主人公は村正のこのエピソードがお気に入りだった、そう考えて頂ければ。
これまでの主人公の非道とか考えると間違いなく共感は出来ないでしょうけどもねー。


以下自問自答のコーナー。

Q、茶々丸の生活リズム。職務に対する態度。
A、作者の妄想です。原作で特に言及されてませんでしたよね?

Q、アベンジの改修?
A、スーパーロボットの装甲材って、まともに考えると超軽量ってレベルじゃないんですよね。水に浮く事もしばしば。

Q、今更そんな理由でナイーブになられても。
A、ナイーブ(笑)って感じですので、寝て起きたらすっぱり気持ちが切り替わってると思います。


多分次か次の次辺りで第三部はラストになると思います。
スパロボ編が無駄に長かったから、という理由では無く、特に書くネタが無くなったからというのが本当のところ。
次回で終わったらほぼ第一部と同じ長さですしねー。

では、誤字脱字の指摘や分かり難い文章の改善案や設定の矛盾や一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。



[14434] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/02/04 21:28
第一回大和グランプリから暫し。
時間は深夜。場所は鎌倉市内、鎌倉警察署署長宅、寝室にて。

《最近、妙な視線を感じるの》

「……」

頭の中に響く自らの劒冑、三世村正の金打声に、湊斗景明は沈黙を持って返答した。
くだらない話題故に返答の価値を見出せず、無視の形を取った訳では無い。非常に返答に窮する話題だった為だ。
最近妙な視線を感じる。
人間であればそのままの意味で捉えてしまっても問題は無いのだろう。不審者から視線を向けられている、誰かに尾行されている、色々と理由はあれど、原因は言葉通りのものであると考えて良い。
だがこの言葉を言ったのが劒冑の制御機構であれば話は大きく違ってくる。村正ともなればなおさらだ。
村正は隠密行動において他の劒冑から頭一つ以上抜きんでた性能を誇る。
その村正に視線を向け続ける事が出来るともなれば、それは当然武者や劒冑の探査が可能である武者か、独立形体での単独行動が可能な真打の仕業である可能性が高い。
が、当然その様な話であれば『最近妙な視線を感じる』などという周りくどい言い方をする必要はない、はっきりと『他の劒冑に捕捉された』とでも言えば済む話だ。
つまるところ、三世村正はこう言いたいのだ。
探査に引っかかった訳でも隠業に失敗した訳でもないが、それでも誰かに見られている気がする、と。

《覚えが無い訳じゃないでしょう》

「……ああ」

そう、三世村正に向けられているという視線に、景明は心当たりがあった。
いや、明確に誰の視線であるか推測が出来る程ではないが、そういった視線を向け、しかし自分たちに尻尾を掴ませない存在と幾度となくすれ違っているのだ。
連続行方不明事件を調査中に、自分たちに先んじて寄生体を潰し、野太刀の柄をそのままに消えた謎の真紅の武者。
姿を見せない風魔小太郎を一撃の元に叩き潰し、自分たちに野太刀の鍔を投げ渡した、複雑な光を放つ特異な装甲を持った謎の武者。
そして、自分達が全貌を掴む前にサーキット場のどこかにあった卵を砕き、村正にも気取られずに翌日の夜に景明の枕元に置いて行った謎の人物。
七つに砕かれた野太刀の欠片を含む卵の内、既に三つまでもが自分たち以外の武者によって破壊されているのだ。
単純に、極限まで好意的に捉えて考えてみれば、善意の協力者であると考えるのが妥当だろう。
だがこれまでの自分達の行いを考えれば、その様な都合の良い存在が自然と現れる訳が無い事だろうという事は湊斗景明も三世村正も自覚する所であった。

「俺達の先回りをしている連中と視線の主が同じであるとは断定できない、が──」

《少なくとも、現時点で私達を害するつもりは無い、か》

敵では無い、とは断定できない。恨まれる筋合いは少なく見積もってもこれまで殺してきた人数の倍以上あると考えて良い。
が、復讐者であるならば、サーキット場でその相手が手に入れた野太刀の刀身の欠片を景明の元に届ける際に殺さないのは不自然過ぎる。
現時点では敵か味方か、第三勢力か見極める事すら難しいのである。
しかもその敵は、卵に寄生された武者を倒した時に現れる野太刀の欠片が村正のものである事を知り、自分と村正の関係を知り、自分達の所在も知っているという事になる。
所在も正体も知られている以上、この署長宅をこれ以上拠点にして活動するのは危険かもしれない。
景明は新しい拠点を用意する事が可能か考えながら眠りに付き、村正は今も見られている様な気味の悪さを感じながら一日を終える事となった。

―――――――――――――――――――

鎌倉市内のホテルの一室、ネズミや雀、虫などを軽く改造して作った端末越しに、俺と美鳥は真紅の甲鉄を持つ大蜘蛛、三世村正を眺めていた。
ソファの上、何故か正座で目を瞑り端末から送られてくる蜘蛛正の映像をじっくりと鑑賞する。美鳥に至ってはカーペットの上で全裸ネクタイで正座である。

「いいなぁ、蜘蛛正」

「蜘蛛正いいよねぇ」

小動物視点だと視力の関係であまり鮮明な映像を手に入れる事は出来ないのだが、脳改造や肉体改造を施す段階で既に視力の辺りも弄っているので、かなり鮮明な村正──蜘蛛正の姿を見る事が出来る。
今も屋外で探索を続ける蜘蛛正を、上空からは鳥型の端末が、地上からはネズミ型蛇型ゴキブリ型ネコ型犬型の端末が、さりげない動作でしかし全身を舐め回すかの如き執拗さで持って観察している。

「……ごくり」

「……じゅるり」

頭胸部最前に配された頭部、の何処か愛嬌のあるギザギザ口、その真下から生える鋭角円錐状の突起物に、脚と見紛う程の大きめな鋏角。
頭部よりもやや幅の狭い胸部の天側には小さな窪みがあり、ここにふななどの小さい子を乗せる事が可能なのだろう。
付属肢は自然界の蜘蛛に比べシンプルな作りであり、どちらかと言えば古い工業機械の内部パーツを伝統工芸風にアレンジした様にも見え、その付属肢の下に格納された武者形体時の肩当てが逆に生物的な複雑さ、余分さを演出している。
合当理を内部に搭載した腹部は樽の様な丸みを帯びながら、曲線と直線をどちらも含む自然界には在り得ない外骨格。
自然の蜘蛛ならば糸疣や生殖器、肛門などもあの腹部に存在する筈なのだが、やはり蜘蛛正もそれらに値するパーツがあそこに存在しているのだろうか。

「おにいさん、あたしアレ欲しい」

「俺も欲しいけど涙を呑んで我慢しよう、そして創作活動に励もう」

俺は美鳥の素直な欲望を肯定しつつもやんわりと流す。
俺達はもはや蜘蛛正の魅力的なボディラインにメロメロ、昼夜を忘れてその造形美に見蕩れ、ある程度形状を記憶しては独自に小型の複製を作り動かして遊んだり自律回路を組み込んで動かしてみたり簡単な知性を分け与えて互いに遊ばせてみたり金神の欠片を与えて簡易な劒冑にしてみたり時たま味を確かめてみたり脱走をその愛らしさから度々見逃がしてしまったりして、その欲求を発散していた。
だが、美鳥はそれでも飽き足らず、できる事ならば蜘蛛正オリジナルのボディを弄びたいらしい。
正直、できる事ならば俺もそれが理想的であると思う。

「やだやだやーだー! 蜘蛛正の糸疣をマイナスドライバーでぐりぐりしたいー!」

「こらこら、キャラ崩壊も劒冑虐待もやめなさい。せめてアルコールで湿らした脱脂綿とか棉棒で優しく内部形状を確かめるべきだろう」

もはや端末との通信を切り、全裸ネクタイのままでカーペットの上で手足をばたつかせる美鳥。
美鳥がここまで何かを欲しがり駄々を捏ねるのは珍しいので、日頃の働きに報いる為にもどうにかしてやりたいし俺も合当理や糸疣をいじいじしたいというのが本音ではある。
だがしかし、それには結構な問題がある。
別に主人公を丸腰にするのは気が引けるとか、俺は景明×村正にどちらかと言えば大歓迎であるとか、そんな理由ではもちろんない。

「大体、善悪相殺の呪い持ちの劒冑とか、愛玩用以外に明らかに使い道が無いだろうが」

そう、これまでに数打と古めの真打を取り込み、現在最速の競技用劒冑の構造をコピーしたからこそ断言できるが、もはや俺が劒冑を取り込む事で得られるうま味紳士──もとい旨味は無いに等しい。
それほど試してはいないが、作中で出てくる陰義は全て金神の力で再現が可能であるし、肉体強化に関してもそれほど目覚ましい効果が得られる訳でもない。
挙句、もしも善悪相殺の呪などという面倒臭い縛りが生まれたらまともに戦う事も不可能になってしまうだろう。
善悪相殺の戒律が呪いでは無いだのなんだの説明はあるが、何だかんだで人やら人以外やらをこれからも殺す可能性がある以上、そんなリスキーな真似は不可能と言っても良い。
そんな俺の説得に、美鳥はカーペットの上に胡坐をかき、頬をふくらませ唇を尖らせた不機嫌顔で反論してきた。

「だからぁ、適当にひっ捕まえて遊んだら記憶をちょちょいのちょいして持ち主に返せばいいじゃん。壊すわけじゃないんだし」

……余りにもヤクザ臭すぎる。俺は額に手を当て天を仰いだ。
昔そこら辺のモラルの有無を説いたアンチ魔法使いSSを読んだ気がしたが、万が一もう一度ネギま世界に行ってもそこら辺を言及する事が出来なくなってしまいかねない暴論である。
いや、正直なところを言えば、記憶を云々脳味噌を云々思考形態を云々する事に関しては俺も人の事を言えた立場では無い上に、モラルがどうこうにも余り興味が無いのだが、これを承認してもいいものだろうか。
成るべく早く結論を出した方がいいだろう。何しろ今回のトリップでのメインターゲットは手に入っている、つまりここから帰還までの時間はオマケの様なもの。
美鳥は俺の補助を優先する必要が無く、他の目的があれば完全な自由意思で動くことが可能なのだ。放置したら勝手に村正を持ってきかねない。
仮に蜘蛛正──村正を奪取、あるいは一定時間自由にするとして、これからのエピソードで村正を浚って大丈夫な話は存在しただろうか。
……あった。あっさりとそのエピソードを思い出した俺は、カーペットの上で座り込んでむくれている美鳥に向き合い、そのエピソードが始まるまでは村正に下手に手出ししない様に言い聞かせた。

―――――――――――――――――――

さて、どうにかこうにか説得されてくれて、ついでに服もちゃんと着てくれた美鳥と、大学ノートと旅のしおりをテーブルの上に乗せて向かい合う。
大学ノートにはとりあえず村正を再プレイしてチェックした大まかなイベントの発生時系列が記されており、旅のしおりは相変わらず初心者トリッパー行動チェックのページが開かれている。
以前と明らかに違うのは、チェック用ページの最後のページ、一つだけカラーで太字の項目にチェックが入れられている事だろう。
その項目名は『原作登場ネームドキャラの命を三つ救う』、つまり姉さんの出した宿題だ。
これまでに俺達は『新田雄飛』『ふき』『皇路卓』の確実に失われる筈の命を繋ぎ、もしかしたら失われるかもしれずこのルートだと確実に失われていた筈の『皇路操』と、一度死んだ『飾馬律』を蘇らせた。
更に言えば、本来レース中の事故で死ぬ筈だった『来馬豪』の命もさりげなく救っていたりもする。
死んでから生き返らせた奴や死なない可能性もあった奴や立ち絵が装甲時の物しか無い奴も含めれば、何と当初の予定の二倍の六人の命を救っているのである。
これはもう、完全に初心者的トリッパーと言い切っても良いのではあるまいか。
救済方法も『死んでるのを生き返らせる→ついでに戦闘能力強化』とか『資金提供とか暗躍』みたいなテンプレを踏んでいる辺りも完璧。
だからどうしたという訳では無い。帰ったら姉さんが『よくやったわね卓也ちゃん、これで立派なトリッパー初心者の仲間入りよ』とか言いながら撫で撫で褒め褒めしてくれるのが心底楽しみなだけである。
それはともかく、一つの問題が発生した。

「まぁまぁまぁ、そんな訳でどうにかこうにかお姉さんの宿題は完了したわけですがぁ、まぁだまだ帰れそうにありませーん」

机の上に上半身をだらしなく伸ばした美鳥が、やる気無さげに現状を端的に説明した。

「まぁ、正直途中失敗する事とか考えてたり、金神の取り込みにもう少し時間が必要だと思ってたもんな、トリップの前は」

そう、金神を驚くべき短期間で取り込んでしまい、最初の方から万全の態勢で救済活動とかに励んだお陰で、予定よりも数週間早く全ての目標を達成してしまったのだ。
本来なら第一章には間に合わず『飾馬律』『新田雄飛』は救済失敗、第二章時点にも微妙に間に合わず『ふき』『ふな』死亡、第三章で漸く皇路兄妹を救済して二人、第四章で漁師のガキを救えれば丁度三人、程度の考えだったらしい、旅のしおりによれば。
大学ノートに書かれた予定表と照らし合わせると、帰還可能になる時機までそれなりに暇な時間が出来てしまっているのだ。

「たぶん魔王編の途中くらいで帰れると思うんだけど、それまでは自由時間という名の暇つぶしをしなければならんのです」

「つっても俺、一月二月程度なら適当に時間潰せるぞ」

スパロボJ世界終盤のガ・ウラ内部缶詰期間の事を考えれば、その程度の時間は余裕で消化できる。
勿論あの時とは違い娯楽だけで時間を潰すつもりはない。
姉さんに格闘系技術の効率的な修業方法を教えて貰ったから、その修行に時間を充てるのも良いか。組手の相手は元の世界と同じく美鳥が居るから何も問題は無い。
美鳥は姉さんから受け継いだ因子の中に格闘術が多く含まれているから、今まで行った事の無い世界の技をこっそり教えて貰う事も出来るかもしれないし。
元の世界で美鳥から教わろうとすると、姉さんが怒るんだよなぁ。カンニングはいけません的なノリで。
ぶっちゃけ、流派東方不敗の技も刀の扱い方も、取り込んだ二人の脳味噌からカンニングしている様なものなのだが。
……ついでに言えば、『あれ』の開発の為に色々と知識を詰め込ませたい。

「うん、あたしもその程度なら余裕だけどさ、もうちょいこう、トリップ中にしか出来ない事とかで時間を潰すべきじゃないかな」

机から身を起こした美鳥の言葉の内容に思考を巡らす。
トリップ中にしか出来ないこと。
ここが剣術上等の村正世界である事を考えれば、やはりここでしか味わえない剣術理論の取り込みだろうか。

「吉野御流なら、今度湊斗光が起きている時を見計らって脳味噌からデータだけ取り込む事も可能だな。六派羅柳生とかも最終ルートだとバルトロメオさんが居るから直接取り込めるし」

銀星号は所在が割れているからいいとして、バルトロメオはどうやって見つければいいのだろう。やはり普陀楽かとも思うが確証が無い。
まったく、あれだけ強いなら専用の真打の一つや二つ持っててくれてもいいだろうに、生身で直接面識の無い人物とか、探すのが面倒臭過ぎる。
いざとなればどうにかして茶々丸から聞き出すのがベターかもしれないが、何を取引材料にするべきか……。

「いやそういう物騒なのでなくて」

ぱたぱたと手を横に振る美鳥の表情は苦笑い。
どうやら殺伐とした世界観のせいで思考が少し攻撃的になっていたらしい。
正直俺も蘊奥爺さんの剣術で充分だと思っているので余り気乗りしていなかったのでありがたい。
何しろ実体剣でビームを斬れる剣術で、しかも場合によっては生身でMSを叩き斬れる様になるのだ。
もしも全盛期のスパロボJ世界の蘊奥爺さんが村正世界に来たら、生身でもそれなり以上の活躍が出来てしまいそうではないか。
しかし、それではトリップ中にしか出来ない事とは一体何の事なのか。

「元の世界だとさ、何だかんだで毎日細々仕事があるじゃん?」

美鳥の言う通り、農家なんて仕事をしていると一年中休む暇はほとんどない。
季節によっては殆どやることが無いなんてところもあるが、家はそれなりに手広く育てているので比較的仕事が無い時期でも毎日細々とした仕事があり、家を空ける事はそうそう出来ない。
偶に休めても連日休むと畑が荒れるし、せいぜい隣町に繰り出して買い物をするとか、日雇いのバイトをするとか山で猟をする程度の事で精一杯。
ワープするなり空飛ぶなりすれば日帰りで日本中どこでも行けるのだが、元の世界でそういう非現実的挙動は控える様に姉さんに堅く言いつけられているのでそれも不可能。
と、ここまで考えて、美鳥の言いたいことが理解できた。

「あぁ、つまりどっかに旅行に行きたい、と」

そう、逆にトリップ中であればワープしようが空飛ぼうが乗用車で『歩道が空いているではないか』とかやろうが誰も文句を言わない。
更に日帰りではなく五泊六日とかそんな海外パックツアーみたいなそれなりの日数を使う事も、時間的には十分可能なのである。

「そうそれ! で、ついでにチョロチョロッと原作イベントとか見て、ついでに旅のしおりのチェックを埋めていければなーって考えてるわけよ」

我が意を得たりと頷きながら、旅のしおりと大学ノートを興奮気味にばしばし掌で叩く美鳥。
そんな美鳥の微笑ましい挙動を眺めながら、顎に手を当て考える。
よくよく考えてみれば、スパロボ世界から元の世界に戻って以来、旅行どころか隣の県にすら行っていない。
俺や姉さんにとってはそれで当り前な訳だが、これまでの人生の半分近くをスパロボ世界で暮らし、あちこち移動して過ごすのが当たり前になっている美鳥にとっては少し窮屈なのかもしれない。
正直、帰還するまでひたすら鎌倉に缶詰で修業三昧設計三昧というのも案外きつそうだし、ここは一つ美鳥の提案に乗ってみるのも面白い。
どうせ美鳥の事だ、行き先はもう目星を付けているのだろう。

「で、結局何処に行きたいんだ?」

俺は鼻息も荒く此方を見つめる美鳥に、行きたい場所を聞くことにした。
美鳥は目をキラキラと輝かせ、椅子から立ち上がりながら大きな声で宣言する。

「江ノ島丼!」

「せめて丼を抜け」

食品名が返ってきた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

江ノ島に存在する幕府直轄の漁業研究所。
秘密裏に危険性の高い兵器の開発をしているというそこに送られた調査員が消息を絶った。
調査員が最後に寄こした報告は只一言。
『銀色の化け物を見た』
更に江ノ島周辺で起こっている連続失踪事件。
これらを関連付けて、六派羅幕府が非人道的な兵器実験を行っている、あるいは非確認虐殺犯『銀星号』の関与が疑われ、迅速な調査が必要とされている。
が、現時点での大和には調査行動に適した人材が多いとは言えず、進駐軍総司令部は大和国内務省警察局に対して協力を要請した。
──という建前の下、何らかの罠が張り巡らされている可能性は高い。
八幡宮の戦力である赤い武者──湊斗景明の存在を嗅ぎつけ、戦力を削る為に罠を張っているのか。
それとも、湊斗景明──赤い武者の存在そのものが疎ましい理由があり、直接的に排除しようとしているのか。
確実に何らかの罠があると理解した上で、湊斗景明とその付添達は江ノ島調査の協力要請を受けた。
『銀色の化け物』
事件の裏に銀星号が潜んでいる可能性を、彼は無視する事ができない。
自らの妹でもある銀星号を自らの手で討伐しなければならない、と考える彼にとっては、例えそれが罠であったとしても、銀星号の手掛かりのかけらでも手に入るのならば行かない理由は存在しないのである。
そして、そんな景明の使命感とは異なるものの、この任務に対してやはり並々ならぬ熱意を持って当たっている少女が一人。

「そうですか、ありがとうございます」

小柄と言っても良い背丈に凹凸の少ない身体、短く切り揃えられた藍を含む黒髪、可憐で幼くも見える顔立ちに、その造形に対して獰猛さを秘めたまっすぐな瞳。
人の溢れ返る浜茶屋で『銀色の化け物』や『連続失踪事件』について、一人一人聞きこんでいるこの少女の名は綾弥一条。
とある事件の折に村正を装甲した景明に命を救われ、それ以来部下として景明と共に銀星号事件の調査を行っている。
義務感では無く、平和を脅かす銀星号を一刻も早く討伐しなければないらない、六派羅の支配を何とかしなければいけないという正義感で持て動く彼女は、普段見せないような営業スマイルの様なものを浮かべ、丁寧に聞きこみを行っていた。
が、如何に丁寧な聞きこみを行っていたとしても、聞きこんでいる対象が必要な情報を持っていなければ、その努力が報われる事は無い。

(ここまで、碌な情報は無し、か……)

全く無い、という訳では無い。
無責任な憶測を垂れ流す観光客はともかく、聞き込みに対する地元民の嫌そうな、聞いて欲しく無さそうな反応を見る限り、間違いなく何かが起こっている。
そして、聞き込みをしているのは自分だけでは無い。自分が有力な情報を得られなかったとしても、他の三人が手がかりを見つけているかもしれない。
だが、たとえそうであっても、彼女は何かしらの有力な情報を欲し、それを手に入れられない自分に不甲斐無さを感じていた。

(仕方ないか、そろそろ合流場所に戻って──)

一向に有力な情報の集まらない聞き込みを切り上げ、ひと先ず景明や進駐軍大尉と合流しようと思い立った綾弥の視界に、奇妙な光景が映った。
いや、映ったというのは適切では無いかもしれない。
彼女の感性が、綾弥一条という人間を形成する重要な何かが、捨て置けない何かの気配を察知したとでも言えば良いか。
ともあれ、彼女の理屈では説明のしようの無い感覚、それに従うままに顔を上げた綾弥の視線の先、観光客の賑わう浜茶屋の中では違和感を覚える様な光景が存在した。
浜茶屋の隅、きっかり六畳分ほどのスペースを、たった二人の男女が悠々と独占し、周りの喧騒などどこ吹く風でのんびりと飲み物を啜っているのだ。
合い席上等で客を詰め込むほどではないが間違いなく人がにぎわい入れ替わりの激しいこの店内、急かされるでもなく、そこに何時までも居座っているのが当たり前とでも言いたげな雰囲気。
全体的に穏やかな作りの顔に似つかわしくないほど目つきが鋭く、がっしりとした体形の男。その逞しい体つきは肉体労働者の証か。
同じくやや吊り目がち、鍛えているのか、しなやかな体躯の少女。こちらはどことなく先日サーキット場で見かけた金髪の少女に似ている気がする。
顔面の細かい造詣、髪の毛の癖などから見るに兄弟だろうか。如何にも観光客といった雰囲気の服装。
彼等は暫く楽しげにだらだらと雑談を続けていたが、自分達を呆っと見つめる綾弥を確認すると、楽しげな緩い表情から、何かに驚いたような表情へと顔を変化させた。
二人組の片割れ、妹に見える少女が綾弥を指差し、兄と思しき男に向かって何かを喚き出す。

「ほら! ほら! やっぱ旧スク水じゃないじゃん! 邪悪、邪悪だよこれは!」

それ見た事かとでも言いたげな少女の言葉に、男の方は綾弥を訝しげに見つめた後、溜息を吐きながら首を振る。

「馬鹿、あれでいいんだよ。そもそも学校とは言っても、全員十八歳以上の学生が通う学校なんだ。18歳以上の女性がスク水を着ている方が可笑しい」

「何を言ってるんだあんたらは」

こめかみを引き攣らせ、思わず素で突っ込みを入れてしまう綾弥。
先ほどまでの聞きこみ専用の人当たりの良い態度とはかけ離れた態度に、しかし少女も男も気にした風も無い。
男も少女も気を取り直したように綾弥に向き合い、話を聞く態勢に入った。
この二人以外の店の中の客には全員聞き込みを終えている。その聞きこみの光景を見ていて、自分が聞き込みをしている事は分かっているのだろう。
そう綾弥は自分の中で結論付け、改めて本題に入った。
当然、何も知らずに観光に来ている人達に『銀色の化け物について何か知らないか』などと聞ける訳も無い。
質問の内容は当然、江ノ島周辺の異常気象についての物となる。
今現在の綾弥の服装は、先ほど少女が指摘した通り学生用の水着、それの上からジャケットを軽く引っかけているだけ。
秋も終わりに近い季節でありながらこの服装、しかしそれを不自然だと指摘する者は存在しない。この服装がこの場では正しいからだ。
江ノ島周辺の温度は、夏日などという区分では分けられない程の猛烈な暑さに包まれている。
この異常気象の原因は一切不明、という事になっている。
原因が分かっても、誰もそれを口に出して言う勇気が無い、というのが本当のところなのだが。
それらについて二人に尋ねた時、正直なところ、綾弥はあまり期待していなかった。
見たところ地元民ではないようだし、観光客の証言はどれも根拠の無い憶測ばかり、今回も情報とも呼べないような噂話を一つ追加して終わりだろう、と。
が、その二人組が観光の最中に目撃したという内容は、根拠の無い話と断じるには余りにも具体的過ぎた。

江ノ島から流れる、海が煮え立つ程の暖流。
深夜に警備の薄くなる長磯。
何かに群がるように溢れ返る魚の群れ。
そして、唸り声を上げる銀色の化け物。

最後の最後で当たりを引いたのだ。
綾弥は『何一つ疑う事無くその証言を信じ』、意気揚々と合流地点へと向かった。
……景明が全く同じ情報を持ってきて、自分の聞きこみが無意味なものとなった事に項垂れるのは、実に数分後の出来事である。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

深夜、江ノ島、灯台へと続く道。
一般に知られる美しい景観が売りの江ノ島とは違うが、外周では過剰なまでに生い茂っていた植物が、島内部へと進むにつれて枯れていく様は中々に類を見ない光景であり、これはこれで面白い景色となっている。
そんな光景に包まれた山道を、ザクザクと足音を立てて地面を蹴りながら、周囲の景色を楽しみながらゆっくりと歩く。

「いやぁ、まさか認識阻害の結界を無視するとはねぇ」

俺も美鳥もスパロボ版ECSを起動し、不可視状態で山道を歩きながらの雑談。
会話は通信機を使っての小声でのものなので、余程近くに武者が居なければ気取られようも無い。
そして肝心の会話内容は昼間の浜茶屋での出来事。というよりも、一条さんについての話だ。

「やっぱ普通じゃないよなぁ。流石メインヒロイン兼ラスボスなだけの事はあるよ」

真っ二つになっても戦い続けた上で、結局主人公を殺してエンディングまで生き残る辺り、大尉よりも扱いは上と考えるべきなのだろうか。
それとも、やはり一条の名を持つ者は違うということなのだろうか。
作中ではそんなシチュエーションは無かったが、やはり直径六キロを吹き飛ばす爆発で無傷の装甲にダメージを与える攻撃で、眼に見える程派手な外傷が残らない長野県警の一条さんの様な人間離れした肉体強度を備えていたのか。
それだと電磁抜刀で切断できるか微妙だが、そこが真っ二つにされても生きていた理由なのかもしれない。
斬れたのは顔の表面だけで実は頭蓋骨は切断できていなかった、とか。

「だよねぇ。なんか変なセンサーでも搭載されてんじゃないかな、あの女」

「正義印の悪党センサーとかか?」

「んー、まぁ、あの時の会話内容もあれだったしねぇ。しかも、普通の会話してる時は見事に認識阻害に引っかかって、最後のこっちの証言もあっさり信じさせられた、と」

「なんか、マジで搭載されてそうで怖いな悪党センサー。これだからどこか突き抜けた人は……」

くだらない会話を続けながらも足は止めない。
先ほど子供ばかりが乗っている小さな漁船が、俺達と入れ替わりに現れた六派羅の兵に捕まっていたので時間は稼げているだろうが、できる事なら早いうちに灯台へと到着しておきたい。
明日の夜は少しばかり騒がしくなるので、できるなら今日の内に済ませておきたいのだ。

「で、昼間の会話の続きなんだけどさ」

「ああ」

昼間の会話──綾弥一条の登場により中断された話。
その内容は、『あれ』の開発具合である。

「結局、これまでに手に入れた劒冑作りのノウハウだけじゃ作れないんだよね」

「うむ、あれから色々考えたんだが、どうにもこうにもデータが足りない」

作成中の『あれ』──専用の劒冑。
金神の力を制御するに至って気付いたのだが、やはり何かしらの道具か技術でそのエネルギーを収束させた方が、陰義もどきの超能力を使う上では効率的なのだ。
俺の力はこういった科学技術とは無関係な能力を増幅するには向かないので、既存の技術で可能な限り強化しておきたい。
理想としては、陰義を使える程のポテンシャルを誇りながら、陰義自体は持たない劒冑。
鋼材は最高の素材が幾らでも思い付く。足りなければ複製すればいいし、金神の一部と合成して組成を作り替えても良い。
そして劒冑を鍛える鍛冶師、劒冑を構成する上で水の次に重要な生体部品。これは鍛冶師としての技術のみを頭に蓄えた、雑念を持たない純粋無垢な質の良いもの。
そう、物を知らない蝦夷の幼い子供であれば素晴らしい。
幸いにして、というか、事前にちょっとした実験をするつもりで鍛冶師の『材料』を拾って、そのまま確保してある。
蘇生し、劒冑を打つのに必要な体格へと急成長させ、不必要な記憶を消し去り、これまで手に入れた鍛冶技術も頭に刷り込んである。そんじょそこらのクローンで作る数打ちとは訳が違う。
江ノ島に来る前に一度試しにその鍛冶師の複製に作らせた劒冑は、大業物と言って差し支えない程の劒冑になった。
陰義を使用可能なポテンシャルでありながら、しかし一切の陰義を持たない大業物。
陰義を、『超』能力を仕手に依存する、仕手である俺や美鳥の中の金神の力に指向性を与え易くする銃身。
が、肝心の劒冑そのものの作りに不満が残るのだ。

「これまで手に入れた劒冑、参考にするには今一つだったもんねぇ」

真打ちは羽黒山、湯殿山の二領だけ。数打ちも六派羅のやや型遅れの代物で、おまけとばかりに競技用劒冑のアベンジ。
数打ちを除いて、碌に曲がらない劒冑ばかり。設計思想にアベンジの加速性を取り込もうとしたのもいけない。
あれでは劒冑というより、人間型のライフル弾だ。
電人ファウストにそんな感じのが居た気がするが、ぶっちゃけ用途としては同じものに分類されてしまうだろう。
どうせ造るのであれば、きちんと双輪懸の出来る劒冑にしたい。実際に双輪懸をするかは別にしても、だ。

「正直、真改さんとか手に入ってればもう少し早く完成したと思うが」

まぁなんだかんだ思いつくのだが、專用の劒冑を作るという企画自体思いつきである以上、後悔しても仕方ない。
大阪正宗がダメでも、それに匹敵するどころか変な部分で突き抜けている本家様のデータを手に入れればいい。

「ま、それで完成させたら上は目指せなかった訳だしさ。より良いサンプルで最高の劒冑を作れると考えれば」

「そういう事、と」

ザク、と乾いた土を踏みしめる。
林の中の山道を抜け、海岸の灯台へ到着した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

海岸の灯台の中、びゅうびゅうと吹く風に、壁に立て掛けられた鎧櫃の蓋ががたがたと音を立てて揺れている。
丁寧に掃除されている訳でもないコンクリート敷きの地面には砂やほこりが降り積もり、その上には二種類の材質のガラクタが転がっている。
片方は、上半分が粉々になった鎧櫃の破片、その周囲には木片がばら撒かれている。
そして、もう一つ。鎧櫃と壁の間に落ちている、巨大なカミキリムシの玩具の様な、大小様々な金属の塊。
蒼く鈍い輝きを秘めた金属の節足。
その上に無造作に置かれた、複眼から光を失った頭部。
そこには、全身を罅割れさせ、バラバラになった真打劒冑の姿があった。

「なんてこった……、こりゃあ、こりゃあ……正宗さんの死体だ!」

美鳥はもはや見回りの兵士に聞こえないように配慮する様子も無く、叫んだ。
俺は声も出さずに、もはや金神の粒子の欠片も感じられないその金属の山をながら立ち尽くす。
数十秒か数分か、しばらく正宗さんの残骸を眺めた後、大げさに騒ぐ美鳥に視線を移す。

「で、なんか釈明はあるか?」

俺の言葉に、美鳥は両腕を組んで暫く考えこみ、そっぽを向きつつ口を開いた。

「後悔はしていないが反省はしている。すまなかったな、許してくれ」

絶対に許さないので脳天にチョップを入れておいた。ごぎゅ、という音と共に首の骨が拉げ、美鳥の鼻の下までが胴体に陥没する。
人体の構造を模倣しつつ素材だけを単純に超合金に入れ替えると、こうして強い力を加えると間接部分から破損する。
無論、そういった構造的な欠陥も、例えば生物的特徴を持つアンチボディの構造を参考にすれば解決する。
もっとも、戦闘時はそもそも人間とはかけ離れた内部構造をしている場合が多いので弱点には成り得ない。
俺も美鳥もナノマシンのようなものの集合体だ。
俺達の身体は極端に言えば力学的に理想的な構造の粘土の塊であり、打撃、斬撃などの物理的な攻撃は致命傷になり得ない。
つまりこれは暴力では無く、家族的肉体言語による触れ合いツッコミ編なのである。

「ふご、むご……!」

何やら不満げな視線を送ってきているが未だ口が胴体に埋まりっぱなしなので抗議の声を上げる事すら出来ない。
腕をぱたぱた振って暴れてるが、何を言いたいのかはさっぱり分からない。
暫く放置して眺めていると、両手で頭を鷲掴み力任せに上に持ち上げて、ぎゅぼ、という音と共に胴体から首を引き抜いた。
顔の骨格も皮膚も破損した様子はなく、首に巻き込まれて乱れた襟元を正しながら、恨めしげな視線を寄越してくる。

「あのタイミングでボケたあたしも悪いとは思うけどさ、仮にも見目麗しい可憐な美少女たるあたしにあの仕打ちは無いんじゃない? さっきのビジュアルは発禁モノだったよ?」

「姉さんに似て可愛いのは認めるが、自分で言っちゃあ御仕舞だろうが」

「もう、お兄さんはつれないなぁ」

ぷぅ、と頬を膨らます美鳥から、地面に無残にもその屍を晒している正宗さんに視線を移す。
どう見ても劒冑の機能は残っていない鉄屑にしか見えないが念のため、もう一度だけ金神の感覚で全部のパーツを確認してみる。
…………やはり何の反応も無い。完全に御臨終である。

「お前なぁ……」

ジト目を美鳥に向け、首を横に振る。
俺達の目的はあくまでも正宗の鍛冶鍛造技術であり、正宗を破壊する意図は欠片も存在していない。
ぶっちゃけその記憶を探るにしても、機械的な存在に近い金属生命体の亜種である劒冑は俺達に対してかなり好意的になる。技術を聞き出す程度の事は朝飯前の筈だ。
それが、どこをどう間違えればこんな、内部から崩壊させるような事態になるというのか。
俺と美鳥だと、どちらかと言えば美鳥の方が口がうまいので美鳥に任せて外で見張っていたのだが、仕事の分担を間違えたか。

「いや、大丈夫だって。発狂して死ぬ前に鍛冶技術の記憶は引っこ抜いておいたから」

俺の視線に美鳥は慌てるでもなく手をひらひらと振りながら半笑い。
でもそうか、もう必要な情報は手に入れていたのか。それならボケるよりも先にそれを言って欲しかったのだが。
しかし、さっきの美鳥のセリフの中で気になった部分がある。

「なんで発狂させた? 俺の印象だと適当に正義を掲げた感じの言葉で誘導すれば口を割りそうだと思うんだが」

「いやぁ、それが以外と頭が固くてさぁ。ちょおっと頭を柔らかくして貰おうと思って英雄編のエピソードをちょちょいと改造して幻覚で追体験させたら、うーうー唸りだして」

ぼん、と言いながら握りこぶしを開く美鳥。
なるほど、おそらくはその魔改造英雄編では、一条さんが正宗の自壊を止められない展開なのだろう。
で、信念が間違っていたのかとか、我の正義は云々とかで崩壊寸前の精神から無理矢理鍛冶鍛造関連の記憶を引きずり出した事で、精神の拠り所である正義と鍛冶師であるという誇りを失い、完全に崩壊してしまった訳だ。
自我の薄くない劒冑の欠陥だな。何かしらの強い目的のある劒冑だと、それが果たせない、もしくはそれと反する状態になったとき、その甲鉄を維持できなくなる。
自我が薄くなるのは金属生命体に変化する上での副作用の様なものの筈だが、それが劒冑の統御機能としては最適な状態なのかもしれない。
うん、この事を踏まえて、完成品の俺達の劒冑からは統御機能は除去してしまおう。どうせ邪魔になるだけだし。

「で、これはどうしようか。あたしはこのまま放置して帰ってもいいと思うけど」

美鳥は正宗に対して、もうほとんど興味を失っているらしい。
必要なデータを全て手に入れているからというのもあるのだろうが、元からこういう暑苦しく偏執的なタイプの人格とは相性が悪いのだろう。
このまま正宗が死んだままだと、江ノ島から抜けだしたGHQの兵隊が市民やら警察の人達やらを虐殺してしまい、それを止めにいった一条さんも当たり前に死ぬ。
昼間に立ち寄った浜茶屋に江ノ島丼が無かった。その浜茶屋も店主ごと潰されるだろう。
あんな品揃えの悪い浜茶屋の店主など無残に殺されてしまえ、という美鳥の内心も分からないでは無いのだが。

「ふむ」

目の前の元真打劒冑、現鉄屑の正宗を前に、考える。
正味の話、もう正宗に利用価値は存在しない。
俺達に必要だったのは正宗の鍛冶鍛造技術だけであり、純粋な戦闘能力には価値を見出していないのだ。
七つのからくりは奇抜と言えば奇抜だが、それもあくまでもこの村正世界での話。
現在判明しているからくりにしても、その全てを元から持っていた技術で再現可能であり、態々修復して手に入れる必要性は薄い、というか、欠片も存在しない。
が、しかし。それはあくまでも実利的な部分での話だ。

「これはあくまでも趣味の問題なのだが」

「うん」

「臓を武器に戦う女の子、というのは、それなりにエンターテイメント性が高くて素晴らしい」

見世物としては十分の出来ではないかと思う。リョナ好きには堪らないだろう。
それに、下手にここで菊池署長やら一条さんやらが死ぬと面倒な事になる。
こういった分岐のある世界は、何事も無ければトゥルーエンドとかに向かうように出来ているが、それはあくまでも『何もしなかった場合』の話だ。
物語の重要な小道具である正宗が退場した場合、全くの別ルートに入る可能性もある、というか間違いなく別ルートに入ってしまうだろう。
そうなれば魔王編には辿り着けず、動けない蜘蛛正を好き勝手弄ばせるという美鳥との約束も反故になってしまう。

「どうにかして直したいってのはわかったけど、どうすんの?」

「ああ、まずは正宗の記憶をこっちに寄こせ」

美鳥の声に頷きながら、掌から触手を伸ばし、灯台の内部に張り巡らせる。
触手に覆われた室内の時間を、タキオン操作で加速。一分が数週間にもなる程の強加速。これで時間制限は無いも同然。
次は肉と鋼の混じった触手で埋め尽くされた室内に、劒冑を鍛造するのに必要な器具を次々と複製する。
通常の刀や鎧の鍛造に必要な器具はグレイブヤードのから回収したデータからでっち上げ、そこに湯殿山や羽黒山から取り込んだ舞草鍛冶の記憶を元にアレンジ。
しかし、この施設では恐らく元の正宗にはとても及ばない不出来な劒冑しか作れないだろう。
そこで正宗の記憶が必要になってくる。

「んー、打ち直すなら打ち直すで良いんだけどさ、流石に人格まではどうしようも無いよ? 手に入ったのはあくまでも鍛冶鍛造関連の記憶だけなんだし。代用品を使うにしても『あれ』を統御機能に使うのは流石に違和感あるし」

俺の手を取り、手と手を融合させて正宗の鍛造技術のデータを転送しながら首を傾げる美鳥。
確かに、俺と美鳥専用の劒冑を作らせる予定の鍛冶師は、統御機構にするには色々と不都合がある。
元より俺達専用の劒冑が完成したら、装甲状態で内側から取り込む予定であった為、統御機能については特に考えて無かったのだ。
俺達が統御機構の仕事を自分で負担するので問題は無いのだが、並みの人間では統御機能無しで劒冑を扱うのは難しいどころの話では無いだろう。

「何を言っている。俺達には、まだ頼りになる強い味方、便利な手駒が居るじゃないか」

そう、ロボットでの戦闘から農作の手伝い、美鳥の暇つぶしのお供までなんでもお任せのあの人!

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そんな訳で、脳内に鍛冶師としての知識を詰め込んだ助っ人を作成して、劒冑の打ち直しを始めて、時の加速した灯台の中では数週間が経過した。
思った通りというか何というか、予想通り、自分が劒冑の一部になる事に何の抵抗も示さなかった。
普通の人間、しかもこの世界の鍛冶師でも無い人間だったのならば普通は生きたまま武器の一部になるなんて事は拒絶して当然だろう。
だが、この人は違う。
世に戦乱の嵐吹き荒れ、内外に敵を抱え込むこの国。劒冑に生まれ変われば普通に生きるよりもよほど多くの心躍る戦いに挑める。
ただそれだけの理由で、頼むまでも無く現状を理解して自分から劒冑になってくれるらしい。
流石、俺が見込んだだけの事はある。オーブで拾っておいた甲斐があったというものだろう。

「ふふふふ、血沸き肉躍る、とはこの事ですわね」

まだ見ぬ戦いへの期待から悦びに蕩けた笑みで、鎖で天井から吊るされた少しだけ正宗に似た意匠の鎧を嬉々として炉に降ろす助っ人──フー=ルー・ムールー。
炉の発する熱さから既に上着は脱ぎ棄てており、上半身は肉体にぴったりと張り付くスポーツブラの親戚のようなフューリー独特のボディスーツ。
引き締まった筋肉が眩しい戦士の腕に珠の汗が浮かぶ。体を鍛えている女性は新陳代謝が活発であるが故に肌が綺麗だと言うが、それは異星人でも変わるところでは無いらしい。
フーさんの脱ぎ捨てたフューリー聖騎士団の上着を抱えた美鳥は、そんなフーさんを呆れた表情で見守っている。
いや、美鳥だけではなく、実際に頼んだ俺も今のフーさんの喜びっぷりには少々呆れている
ここまでノリノリで劒冑を打つ鍛冶師というのは、この世界に存在するのだろうか。
しかも、劒冑になっても良い理由が完全に自分の趣味である。
鍛冶師が劒冑の統御機能として組み込まれる際、炭素生命から金属生命へと進化する副作用として自発的な意思が弱くなる、というのが公式の設定であるが、間違いなくフーさんは仕手を戦に進んで駆りだそうとする迷惑極まりない統御機能になるのだろう。
……基本的に本編の重要な劒冑の大半がそんな感じじゃあないか、とか言ってはいけない。物語の主人公の周りには個性の度合いが変態的な連中が集まるのが様式美なのである。

くだらない事を考えている間に、作業の工程は最終段階に突入する。
滑車の鎖をフーさんが力を入れて引っ張ると、ガラガラと言う音と共に赤熱した鎧が炉から引き上げられる。
少しだけ正宗に似た意匠と言った通り、正宗っぽいパーツは余りにも少ない。というより、メカっぽい。明らかに劒冑のデザインでは無い。
何処となくフューリーの機体に似ている。武者ラフトクランズ、いや、ヴォルレントか?どちらにも似ている様でいて、もう少し鈍重そうなイメージのシルエット。
ここまでアレンジしておきながらも一応劒冑としての体裁は保っているようで、種別としてはオリジナルの正宗と同じ重拡装甲(おうぎづくり)に分類されるだろう。
からくりの性能はかなり大人しくなっているが、甲鉄の隙間にはそれを補って有り余る程の大量の火器が覗いている。
刀自体はオリジナルの正宗の物より格段に刀身が短く、より取り回し易い長さに摺り上げられ、完全に予備の武装か、懐に潜り込まれた時のことしか考えていない補助武装扱いだ。
露骨なまでの遠距離仕様。はっきり言ってこの世界の通常の武者には相性の悪い劒冑だ。
だがこの劒冑、良くも悪くもフーさん色に染め上げられている。

「随分と趣味的ですね」

俺の言葉に、フーさんが炉から引き上げた鎧から、真っ赤に焼けた籠手を素手で持ち上げながら振り向く。
じうじうと音を立てて焼け焦げるフーさんの手。文字通りの身を焼く熱にもフーさんに怯んだ様子は欠片も存在しない。
確かにスパロボ世界で回収して蘇らせた時点で多少の改造は施したが、決して痛覚が完全に無くなる様な調整をした訳でもない。
彼女の顔には相変わらず艶然とした笑みが浮かんでいる。
両腕に籠手を装着し、自らの腕が焼け焦げる匂いを嗅ぎながら、フーさんはその籠手を誇る様に此方に見せ付ける。

「素敵なヨロイでしょう?」

フーさんはそう呟きながら、嬉しそうな、懐かしむような視線を吊り揚げられた鎧に向ける。

「うん、いいと思うよ。見るからに強そうじゃん」

美鳥はその劒冑になる鎧を見て、面白がる様に称賛する。
強そう、というか、ゴツゴツしていて堅そうなイメージ。移動要塞というか空中砲台というか、とにかくフーさんのイメージには合っていない様な気もする。
いや、仮にも空を飛んで銃で戦う訳だからフーさんらしいといえばらしいのか? 感じた違和感は細身のラフトクランズのイメージが強いせいか。

「何か、思い入れでも?」

フーさんは次々と赤く燃える鎧を身に纏いながら答える。

「フューリーの本星で内戦をしてた頃、まだひよっこだった頃にお世話になった機体ですわ。これに乗ってた頃は私、被撃墜数ゼロでしたのよ?」

なるほど、一応ゲンを担いではいるらしい。
ラフトクランズの時はパイロット歴数か月の実験体に撃墜されたものな。
疑問も晴れたので、俺はフーさんに最後の指示を出しておく事にした。

「いいですか、これから人相の悪い筋者がここに来ますが、彼に求められても決して装甲しないでください。その鎧、その劒冑、貴女を使うのは──」

「学生服を着た気の強そうな女の子、ね。ええ、ええ。仮にも主の命令ですもの、しっかりとやらせて頂きますわ」

ひらひらとフーさんが手を動かす度に、鎧の隙間から黒い何かが零れ堕ちる。
精神的な部分がどうあれ、そろそろフーさんの身体の方が持たないだろう。
赤熱した籠手が、ゆっくりと兜を持ち上げ、フーさんは兜を被った。
被ると同時に顔面が焼かれた筈だから声を出す事も出来ないのだろう、フーさんが道を開ける様に美鳥に手を振り指示する。
美鳥が頷きもせずに退くと、その向こうには地面を掘って作られた簡易プールと、なみなみと注がれた光輝く水。
半透明金属になるかならないかのギリギリの濃度にまで調節された金神の水だ。
ここに鎧を纏った鍛冶師が入る事で金属生命体へと生まれ変わり、金神の子、劒冑がこの世に生まれ落ちるのである。

がしゃ、がしゃ、がしゃ、と、ゆっくりと金神の水のプールに向かって歩く鎧、フーさん。
一歩一歩が重そうで、これまでの戦いを思い出しているようで、これからの戦いを想う様で。
その冗談みたいな在り方に、平和とは縁の無い欲求に、血生臭い生き様に、決して似つかわしくない穏やかな歩み。

「じゃあね」

「良い戦いに恵まれるといいな」

美鳥と俺の言葉に、軽く片手を上げて応え、金神の水に足を踏み入れる。
じゅわ、と立ち込める蒸気の向こうへと消える、鎧とも機動兵器とも付かない独特なシルエット。
それが、俺と美鳥の見たフ=ルー・ムールーの最後の姿だった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「しかし、あれが最後のフーさんとは思えない。この世に戦争がある限り、きっとまた、第三第四のフーさんが俺達の前に現れないとも限らないのだ」

第一のフーさんはスパロボJ世界で死んでいるのでさっき劒冑になった彼女は第二のフーさんなのである。
さらばフーさんⅡ。貴女の事は忘れないと思う。多分。

「次は米の収穫の頃に見れそうだぁねー」

美鳥の言葉に頷く。人手はあって困る物では無い、今年はそれなりに豊作気味なのだ。
いい加減、人力じゃない稲刈り機買わないとな……。

「で、これからどーしよぉぉぉー、お、お、お」

折り曲げた座布団を背に敷して背骨を伸ばす美鳥。身体を撥ねさせてぼきぼき音を鳴らして遊んでいる。
そう、ここはすでに灯台でも江ノ島でも無い、何の変哲も無い質素な和室である。
無事に正宗もどきをでっちあげた俺と美鳥は続いて木箱をでっち上げ、その中に劒冑へと変じたフーさんを押し込み、室内にまき散らされた木片や、打ち直す上で使わなかったオリジナル正宗の残骸(9割程残っていた)を掃除し、クロックアップを解除して灯台から脱出。
無間方処の咒法でひたすら迷わせていた雪車町さんを解放し、何事も無かったかのように江ノ島を脱出、民宿に泊まってくつろぎタイムへと突入したのだった。
開け放たれた窓からは江ノ島が見えるが、それ以外は特に見るべきものが無い安宿だ。
ここ意外に営業している宿が無かったからここにせざるを得なかったというのが理由だが、食べモノもその他必要な道具も全て複製できるので不自由は無い。

「ん、んー」

ジンジャーエールの瓶を傾けコップに注ぎ、ストローで啜りながら生返事を返す。
正宗の技術を手に入れたから、改めて俺達専用の劒冑造りを始めるのもいいかと思うのだが、どうにもこうにも欲が出た。
先刻見たフーさんの劒冑、偽正宗を思い出す。
現行の劒冑の技術だけでは無い、フーさんはフューリーの技術を鍛冶師の技術で再現し劒冑に応用した。
あの劒冑、見た目を似せただけではない。心鉄の近くには原始的な作りのオルゴンエクストラクタが内蔵されており、仕手の熱量の他に僅かながらオルゴンエネルギーを利用する事も可能な筈だ。
そのエネルギーを利用すれば、あの偽正宗は仕手が無くとも自律稼働が可能だろう。
……更に言えば、フーさんの肉体にはデモナイズ出来ない程度の量ではあるが蘇生専用のペイルホースが含まれている。
フーさんの事だ、仕手が死んだら肉体を操る為に躊躇無く投与して蘇生するだろう。
エネルギー効率に優れ、即死した仕手を蘇生させる事すら、その身体を乗っ取って戦い続ける事の出来る劒冑。
少し妖甲臭いが、フューリーの技術と俺から分けた技術だけでもここまでの劒冑が作れるのだ。
ならば、もう少しだけ他の劒冑のデータを集めるのも良いのではないか。
で、サンプルにしたい劒冑といえば真っ先にあれが思いつく。

「銀星号、二世村正ってさ」

「んー?」

美鳥は相変わらず座布団を背中に敷いたまま寝転んでいる。
が、相槌を打っているところから一応話を聞いているようなので注意はしない。話を続ける。

「重拡装甲だっけ、単鋭装甲(やじりづくり)だっけ」

「えー、っと」

ごろんと転がりうつ伏せになった美鳥が掌からにょきにょきと一冊の本を複製する。
装甲悪鬼村正ビジュアルファンブックだ。
中身の表紙は和風でカッコいいが、外側のカバーは少し恥ずかしいデザインなので、実家暮らしの人は親兄弟の目に触れない場所に保管しておくのが妥当かもしれない書物である。
カバーを乱雑に外し、ページをぺらぺらと捲る美鳥。
後半の劒冑のページを開いているところからして、劒冑の特集ページを参照しているのだろう。

「んー、どっちでもないね。分類不能って事でいいんじゃないかな」

「ん、手間かけさせたな」

「いやいや」

ふむ、村正一門の劒冑を取り込むのは御免被りたいが、どちらの形式にも分類できない二世村正の構造自体は気になる。
そういえば、キンタ、堀越公方足利茶々丸も劒冑としては生体甲冑という分類で、重拡装甲でも単鋭装甲でも無かった気がする。
この世界で最初に改造した風間も、便宜上生体甲冑とはしているが、あれはただ単にテッカマン・ブラスレイターに金神の欠片を与えただけ。
あの時は生体甲冑だと思っていたが、よくよく考えてみれば甲冑、劒冑の要素は欠片も存在していない。
では、実際の生体甲冑とは如何なる存在であるのか。
劒冑というものをファンブックの記載を元に考えれば、鎧を纏った人間が金神の水によって生まれ変わった不完全な金属生命体だと定義できる。
通常、普通の人間が金属生命体に生まれ変わった場合、生体的原動力の殆どを失い、自発的意思も薄れてしまう。
これが、鍛冶師の生まれ変わりと言っても良い真打劒冑が自らの主を求めて自発的に動き回らない理由である。
しかし、生体甲冑である虎徹、足利茶々丸は人間としての生活を自発的に行っている。
このように虎徹が茶々丸として自立稼働する事が可能なのは、虎徹が打たれた当時に母親の子宮の中に存在していた茶々丸の生命体としての自発的意思と生体的原動力が、そのままの形で虎徹に組み込まれているからなのだろう。
茶々丸が劒冑の造形に深いのも、無意識レベルの部分で虎徹を打った鍛冶師、つまり茶々丸の母親の極僅かに残された記憶や自発的意思との融合を果たしているからに他ならないと言ってもいい。
そう考えれば、彼女を安直に劒冑と人間の相の子、と表現するのは短絡的ですらある。
仕手と劒冑と統御機能、彼女はたった一人で三位一体を果たしている。どこぞのマザコン騎士かぶれなどよりも余程効率的ではないか!
そして、甲鉄を欺瞞して人間形体になっている村正とは違い、彼女は人間としての機能を確実に有している。
その事を踏まえて考えれば、彼女は劒冑以上に金神の正当にして正常な子孫、地球上で初めて生まれた完全な金属生命体、いや、金属生命体の機能を完全に有した半金属生命体と言っても良い!
そう、生まれながらの半金属生命体、半分が金属、半分が機械……ウォーズマン? いや金属生命だからドラゴンパーティーか。
危ない、盛大に思考が逸れた。
まぁともかく、そういった生体甲冑、金属生命体という特異性を抜きにしても、劒冑として茶々丸、真打劒冑、二十八代目虎徹入道興永の構造はとても興味深いものがある。
結縁して仕手に装甲された状態での統御機能が茶々丸である事から、恐らく鍛造技術を手に入れる事は不可能だろう。
が、その構造を外側からスキャンする程度の事なら十分に可能だ。
高レベルで纏まった性能、レーサークルス、ウルティマシュールに迫る真打ち劒冑としては破格の旋回性能。
よくよく見なおしてみると分かるのだが、この虎徹の合当理の母衣(ほろ)、他の劒冑の母衣とは違う機械的な構造こそが秘密だと思うのだが、それを確認する為に時間を費やすのは十分に価値のある時間の使い方だろう。

「銀星号と、できれば虎徹の構造も見ておきたいな」

「伊豆の堀越御所で張ってればどっちも見れるんじゃない? 虎徹は、まぁここまで散々銀星号の治療で貸しを押し付けてるし、変形時の苦痛を和らげられれば見せる程度の事はしてくれんじゃないかなぁ」

「それが妥当だとは思う、思うのだが、できれば銀星号の戦闘中のデータを採取したい。辰気障壁を解いた本気モードでのデータ、それも相対する敵としての視点からの物を」

俺の言葉に、美鳥は驚いたような表情で勢いよく起き上がる。
美鳥は俺の顔を真剣な眼差しで見つめたまま口を開く。

「お兄さん、正気?」

「せめて本気と言え」

だが、美鳥の言いたい事は良く分かる。
スパロボJ世界で、俺は主人公達を遥かに上回る戦力を持ちながら、最後は通常であれば致命傷と言っても過言では無い攻撃を受けてしまった。
『主人公は最後には必ず勝利する』
これは、スパロボの様なヒロイックな作品では当たり前に主人公に備わっている自動発動型の特殊能力、主人公補正だ。
連中から盗み出した技術で完全に圧倒するという俺、ラスボスの勝利条件は満たされる事無く、鳴無卓也を殺害するという連中の、主人公の勝利条件は数多くの偶然が重なる事で、形だけとはいえ達成されてしまった。
多くの批評、二次創作内部で論われるこの主人公補正。恐ろしいところは、俺の行動、思考すら部分的にこの補正によって捻じ曲げられていたという所にある。
もし俺の掲げる勝利条件が単純な主人公達の殲滅であったならば、開始と同時にクロックアップ発動、最大攻撃力の武装に精神コマンド全部掛けで呆気なく決着が付いていただろう。
あるいは、ボウライダーのブレードを電動鋸型に差し替えた時、旧ブレードを消滅させていたのなら、ベルゼルート改をそのまま放置せずに回収していたのならば。
更に言えば、オーブ戦の時に相手に合わせずさっさとアル=ヴァンを殺害しておいたなら、派手な戦いをせず、史実通りの順番でフューリーが襲来していたなら。
言いだしたなら切りがない程に、主人公に立ちふさがるラスボスには、着々と敗北条件を満たす為の修正が加えられていると言ってもいい。

「正気を疑いたくもなるよ。いーい? ここは、ニトロ+作品の世界、中ボス風味の獅子吼の戦闘ですら大量の死亡エンドが存在するんだよ? 『主人公補正』は存在しないか、極々薄くしか存在してない。あたしの言いたい事、お兄さんも分かるでしょ?」

「一応な」

──そう、逆にこういった暗く、選択肢一つで平気で主人公がぽんぽん死ぬ世界の場合、全く逆の属性の補正が存在する。
『ラスボスは主人公以外には殺されない』
悪の組織の大首領は、仮面ライダーにしか倒せない。軍隊警察は役に立たない。主人公を引っ張ってきた最強のなんたらとかそんな設定持ちの兄貴分がラスボスには手も足も出ない。
これらの原因の一つとして挙げられるのがラスボス補正である。
単純な技量、才のきらめきでは湊斗光に匹敵する今川雷蝶の手に寄り、英雄編で銀星号は母衣に傷を付けられ、しかも復讐編ではあっさりと鍛造雷弾で死んでしまう。
が、銀星号がラスボスとして据えられている魔王編では、このどちらもなされていない。
このルートでは、ラスボスとしての力を十二分に発揮し、ラスボスとしての威容を示している。
更に言えば、古代の封印などで弱体化している筈の魔王が最盛期の力を取り戻しているとかも、ラスボスを強くする為のラスボス補正である。
俺は今回のトリップの副題である救済活動の一環として、気まぐれに湊斗光の肉体の治療を行った。
恐らく俺のこの行動もラスボス補正、肉体的に超健康体である銀星号の現在の戦闘能力、推して知るべしという処か。

「別に俺もラスボスを倒してみよう、なんて思ってる訳じゃない。蹴りだのなんだのは置いておくとしても、ブラックホール攻撃は防げるか分からないしな」

一応、不屈を使えば最小限のダメージで防げる筈だが、それでもこういった世界でのラスボス補正持ちとかと全力で戦うのは危険である。
しかも相手は善悪相殺の呪持ち、倒してから死体を取り込むのも危険であり、危険を冒して最後まで戦うのは割に合わない。

「引き際は弁えているから心配するな」

例えば英雄編。
雷蝶は辰気障壁を貫き銀星号の甲鉄(はだ)に傷を付けたにも関わらずブラックホール攻撃──飢餓虚空魔王星を使われずに敗北した。
八幡宮上空での二世村正対三世村正の戦いから考えるに、景明以外の相手であれば、あの段階ではそれほど力を行使する事は無い。
俺の狙いはあくまでも銀星号の劒冑としての構造の理解だけが目的であるが故に
その程度の推測は美鳥も可能な筈だが、どうにも心配であるらしい。
真剣な眼差しの瞳は少しだけ潤み、両手は俺の両腕の裾をぎゅうと力強く握りしめている。

「でも、うぅ、どう説得すれば」

「なぁに心配するな、俺は不可能を可能にする男だからして、帰ったら一緒に何処かに買い物にでも行こう。そうだ、銀星号のデータを収集したらお祝いに何か豪勢な食事でも取るか。ステーキとかパスタとかパインサラダとか。デザートにはパインケーキもいいな」

「やーめーろーよーぅ! それ全部死亡フラグじゃんかよー!」

涙目でこちらの胸をぽかぽかと殴りつけてくる美鳥。
ふふふ、相変わらず愛いやつだ、姉さん程では無いが。姉さんと猫を除けば、これほど愛らしい生き物はそうそう存在すまい。
涙目で俺を止めようとする美鳥をからかいつつ、俺は銀星号との戦いに思いをはせた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

江ノ島の上空、通常の劒冑では到達する事の不可能な超高高度にそれは存在していた。
銀。白銀。流星。
大和を騒がせる銀色の魔物、二世村正と湊斗光は、空の彼方、天上の月を目指すように騎航していた。
何の事は無い、先の江ノ島の戦闘の余韻を残したまま、昂りに任せるままに空を駆けているだけ。
多くの戦いを経て、心を削る殺人を重ね、しかし心を折らずに自らに迫る最愛の肉親、湊斗景明の姿に、戯れる様な戦いに心を躍らせた。
戦い終え、しかし未だ持って身体に、胸に残る熱が消えない。
有り体に言ってしまえば、彼女は戦いへの欲求を持て余していたのだ。
不作法、不器用な騎士(クルセイダー)との戦いを経て、景明とぶつかり合った。
己を求め我武者羅に突き進む様は湊斗光を高ぶらせたが、しかし未だその力未熟、昂奮の熱量を使い切るには遠く及ばなかった。
故に、白銀の星は夜闇を切り裂き、駆ける。

《御堂》

「何か」

唐突に響く二世村正の声にそっけなく答え、

《『何か』が近付いておる》

「うむ、ああいや──」

騎航(あし)を止める。
呼び止められた時点で気が付いた。何か、そう、他の何にも形容し難い何かが近付いている。
いや、少しだけ違う。村正の言葉は間違っている。

「おれ達が近付いていたらしい」

そう。それは最初からそこにあり、距離が近付く事で初めて此方から補足する事が出来たのだ。
天に座す、ヒトガタ。
月を背に負うその姿は奇しくも銀星号と同じく銀。
いや、それも正しくない。ヒトガタを覆う甲鉄は、虹色の光輝を放つ刃金色。
劒冑という存在を模した歪なヨロイには、ペルーはパンパ=コロラダやパンパ=インヘニオの地上絵を彷彿とさせる紋様が刻まれている。
劒冑ではない、武者でもない。恐らくは人ですら無い。
何者とも知れぬ奇怪なヒトガタ。
だが、はっきりとしている事が二つ。

「淑女に舞を申し込むならば、名を名乗るのが礼儀であろう?」

ガシャ、と、鋼が打ち合う音と共に刀を構えるヒトガタに、返事を期待するでもなく声を掛けながら、構える。
ヒトガタの型は無形。唯刀を手にだらりと下げ、しかし間違いなく臨戦の型であると分かる。
目の前の存在は、自分との戦いを望んでいる。強く、強く闘争を望んでいる。

《……一手、馳走》

期待していなかった返事に、湊斗光は装甲の下で僅かに目を見開く。
手に下げられていた刀が構えられると同時、目の前の虹色の輝きを持つ刃金の甲鉄がギュルギュルと金属を捻じ曲げる様な音を立て変色する。
刃金色から変じた甲鉄は、夜の闇を吸いこんだ様な黒。
光沢の無いその甲鉄は二世村正の知識にあるどの鋼材にも似ず、しかし湊斗光に強い確信を抱かせていた。
強い。その闘志に違わぬ力強さを秘めている、このヒトガタは。
間違いなく、この疼きを止める事が可能なのだ!

「いざ、来ませい!」

銀の流星と、黒い人型。
未だ人類の手の届かぬ地球と宇宙の境界線で、二つの強大な力が激突した。




続く

―――――――――――――――――――

正宗さん、死亡確認!
装甲大義正宗は開始前に終了、次回より装甲戦鬼フー=ルーをお届けします。
そんな感じで相変わらず説明臭い第三十四話をお届けします。

あ、因みに次回の冒頭、戦闘から始まるかどうかは決まっていません。
次回で一応第三部村正世界は最終回になりますが、オチの関係上湊斗光は死なせる事ができませんので、戦闘描写をわざわざ挟む必要性があまりないのです。
でも多分気が向いたら戦闘シーン書くかもしれません、レイディバグを力技で攻略するシーンとか浮かんだんで断片的になるかもだけど。

以下、自問自答。
Q、端末?
A、古い魔法使いの使い魔的なイメージ。ブラスレイター化して弾丸の様に飛びながら敵の肉を食い破ったりする肉食ゴキブリとかそんなバリエーションもあるかも。
Q、專用の劒冑?鍛冶師?
A、金神パワーを更に繊細に制御する為の鎧とかそんな言い訳でパワーアップ。鍛冶師は複線回収したいから。小さい子の方が物覚え良いって言うよね?
Q、正宗ェ……
A、ギセイ!
Q、さよならフーさん……
A、次は多分三人目だから。代えが利くから身体張りますよ。
Q、フーさんのひよっこの頃の機体。
A、毎度おなじみオリ設定。あんまり大きくない泥臭い火砲支援型の咽る系パワードスーツだったとかそんな妄想。本篇に関わらないのでスルーしても何の支障も無い。

相変わらず突っ込みどころ満載の第三部も次回でラスト。
名残惜しくもありますが今回はこれでお別れ。それでは誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想などなど、心よりお待ちしております。

次回、装甲悪鬼村正編、最終話。
「いいことしたなぁ」
お楽しみに。



[14434] 第三十五話「救済と善悪相殺」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2010/10/22 11:14
双輪懸。
武者と武者の空中戦の事を言い、この言葉はそのままこの太刀打ちの作法の形を現している。
空中で打ち合う武者二騎の軌道を現して8字戦、またはチェインファイトなどとも呼ばれるこの戦いは、分厚い武者の甲鉄を切り裂き、劒冑の仕手にダメージを与える為の闘法である。
分厚い武者の甲鉄を切り裂く為には武者一騎の力では足りず、相対する武者の力をも利用する必要がある。
逃げる敵に追いすがるドッグファイトでは劒冑を切り裂くだけの力を得る事が出来ず、自然、その形式は顔と顔を合わせたブルファイトとなるのだ。
更に空中という縦方向へも広い戦闘領域を利用する為、位置エネルギーの奪い合い、高所の取り合いが重要視される。
顔を突き合わせた高所の取り合い。
上昇速度など諸々の点でより高い位置を手に入れた武者は、低い位置から迫る武者目掛け下降しながら迫り、重力の力、すなわち位置エネルギーをプラスした威力の高い一撃を繰り出す事が可能。高度優勢。
低い位置から切り上げる武者は、重力に逆らいながら高位の武者目掛け上昇、重力の力の分だけ威力を減衰した一撃で相対しなければならない。高度劣勢。
この優劣は一撃が交差した後も引き継がれる。
高所から重力の後押しを受けた武者はその勢いを利用して素早く上昇し、低い位置から上昇した武者は速度を取り戻す為に下降しなければならない。
すると駆け降りた武者は下から上へ向かう輪を描き、駆け上がった武者は上から下へ向かう輪を描く。
この軌道の形を持って双輪懸と言う。
低位置から上昇した武者が劣勢から逃れる為にこの形を崩す事もあるが、基本的に武者が太刀を交える時はほぼ間違いなくこの形になる。

が、この双輪懸という空中戦の形式、ある条件を満たした武者同士の戦いにおいては適用され得ない。
大前提としてこの双輪懸と言う作法は、戦闘領域に充分な重力が発生している場合のみを想定しているのだ。
例えば、衛星軌道上付近まで戦闘領域を移動する事が可能であれば双輪懸の高度の優劣はほぼその意味を失い、宇宙空間にまで移動すればそもそも高度、重力という二つの概念自体が意味の無い物となる。
あるいは、これはそうそう満たせる条件では無いが、相対する二騎の武者が共に重力を操る術を持っていた場合。
出力の問題もあるが、仮に地上から上昇する際に、上に向けて10Gほどの重力を掛けてやれば十分過ぎる程のエネルギーを得る事が可能である。
更に、互いの力を利用する為のブルファイトという条件。
これはもっと簡単。単純に、相手の装甲を破れるだけの力が存在すれば、ドッグファイトで後ろから斬り伏せても何ら問題は無いのである。
例えば単純な剛力以外でも、先に説明した重力を操る術、陰義を持っていたならばこれも容易く成し得るだろう。

今行われている戦いは、それら双輪懸が意味を成さなくなる条件が、一つ残らず揃った戦いであった。
衛星軌道を超え、完全に重力の頚木から解き放たれた黒と銀の武者が、続け様に交差する。
その交差に、双輪、8、チェインに例えられる軌道など影も形も見当たらない。
息吐く暇も無い交差、激突、離脱、交差、激突、離脱の繰り返しにのみ、辛うじてその影が見てとれる程度か。
銀の影が描く、線に近い美しい楕円の軌道。
黒の影が描く、線に近い超鋭角の歪な軌道。
一度の交差で数手の攻防が繰り返され、離れ、次の瞬間にはまた交差している。
正調の武者の戦いではない。武者では成し得ない異常、超常の極み。
だがそれは、紛れも無く武と武のぶつかり合い。
極低温、無重力の決闘場。
未だかつてこの世界の人類の到達し得ない、頂上決戦、いや、超常血戦であった。

―――――――――――――――――――

交差時に掌の一撃を受けた。物理的ダメージの一切を無効化する筈の甲鉄を突き抜け衝撃が走る。
だが、それはダメージになり得ない。
戦闘時の俺の肉体に生物的な記号は含まれず、内臓、骨格などへ衝撃を与える事が目的の打撃は一切の意味を持たない。
衝撃によって生まれた人型という造形の歪みを修正し、方向転換。
慣性の法則を力技でねじ伏せ真逆に反転。
正面、数千の間を持って相対する銀の影も丁度此方へ振り向き終えたところだ。
敵機に向け加速。
機械的重力制御装置、及び高機動バーニアによる加速を持ってして、その距離を一息の半の半の半程で詰め切る。
詰め切るまでの刹那に接近中の対敵の動きから分析、予測する。
右掌から中段蹴り、左肘の流れか?
対処行動を思案中に割り込み。

《右掌は完全にフェイント、早いタイミングで蹴り、肘の直ぐ後に手刀》

「ん」

短く返し、接敵。
ほぼ予想通り。掌を避け、蹴りをいなし、肘を太刀で受け、そのままの流れで手刀を潰す。
当たった、が、潰せない。力を流される。
すれ違いざまに数度打たれた。速度が乗っていない、無視。
再加速、離脱。
戦闘続行可能。戦闘続行、敵機の観測は順調。
現状での敵機の状態を確認。

「どうだ?」

《まだ駄目、辰気障壁を解く気配が無い》

融合し統合した美鳥(右手ではない)の声に、だろうなと呟く。
受けた腕にも太刀にも、銀星号の甲鉄(はだ)に触れた感触が無い。
感じたのはラムダドライバ、ディストーションフィールドを初めとする力場系の障壁に通ずる気色悪い手応え。
動きも『鈍い』としか言いようが無い。俺がまだ付いていけている。
仮にも楽々主人公を殺し得るラスボスを相手に、俺が余力を持ち、あと二段三段の変身強化を残しているのは不自然。
敵は加減をしている。加減されている。
それを不快とは思わない。当然ですらある。
ドモンも言っていた。俺も認めた。鳴無卓也はファイターに非ず。
それが全力を出さずに戦っている以上、ファイター、戦士、武者であるあちらも全力を出す理由は存在しない。
手加減上等だが、それでは意味が無い。手加減したまま、障壁を張ったままの鈍い銀星号のデータでは役に立たない。
……できればこの世界準拠、剣戟舞踏で相手をしたかったが。

《配慮は無用っしょ。銀星号も無手、ここで意地張って刀に拘る理由も無いよ》

「そうか?」

《そーだよ。それに、刀を使わない武者なんて本編中でも腐るほど居るじゃん》

「なるほど」

加速する戦闘速度から更に乖離した速度の思考と議論、決定。
装備と闘法を決闘仕様から戦争仕様へと移行を開始。
大太刀、グランドスラムレプリカを体内に分解、格納。
肩部に可動式ウェポンラック、重力加速式速射砲二門形成完了。
右腕超電磁電動鋸、左腕レーザーダガー発信装置形成完了。
高機動バーニア変形開始、高機動メガブースター×4への変形完了。
移行完了。動作チェック、完了。
現時点で最も扱いに慣れた装備、魔改造ボウライダーの武装。
フーさんではないがゲンも担いでいる。この武装で撃墜された事は無く、部隊での撃墜数トップであった期間はとても長い。
振り返る。銀の影とは万程の距離が開いている。
近付かない。俺は肩のウェポンラックに据えられた速射砲、その砲口を敵機に向け、明後日の方向に加速しながら砲弾を打ち出した。

―――――――――――――――――――

黒いヒトガタの戦闘法が変わった。
先ほどまでの典型的な武者の戦いではない。
先ほどまでのヒトガタは、その性能こそ突き抜けたものがあったが、戦い方自体は通常の武者のそれと同じ種類のものだった。
接近し、切り結び、離れる。
太刀と素手の間合いの違いこそあれ、互いに接近しなければ打ち合う事の出来ないという道理。
それを、今の黒いヒトガタは極々有り触れた手妻でもって覆している。
射撃。
六派羅やGHQの数打ちが共に刀や剣と共に帯びている物と同質の遠距離武装でもって、間合いの外から狙い打ちにしている。
通常、武者同士の戦いにおいてその手の武装が有効打と成り得る事はありえない。
純粋に火力、威力、速力、貫通力が、劒冑の甲鉄を貫くのに不足しているのだ。
それらの武装は牽制か、さもなければ劒冑以外の通常兵器に用いられるものと相場が決まっている。
劒冑に向かってそれら火器を使ったとしても、甲鉄を貫けない、回避される、刀で切り落とされる、弾丸を掴み取られるなどといった結果しか齎さない。
が、このヒトガタの放つ弾丸は、それら全ての行動を許さない偉力を備えていた。
絶え間なく吐き出される材質不明の弾丸、砲弾を紙一重で回避し続ける。
すり抜ける様に砲弾が脇を通り過ぎて行く度に、甲鉄を覆う辰気障壁が外側へ向けて引き寄せられる感覚を得る。
あの砲弾に引き寄せられているのだ。
空間を歪ませる程の弾速だからこそ起こり得る現象。
避けるしか無い。直撃すれば、いままで破られた事の無い、無敵を誇っていた辰気の盾は濡れた薄紙の様に食い破られる。
指打ちで弾き返すなどもっての外、弾くよりも早く指が飛ぶ。
威力は高いが、ギリギリで回避できる。いや、回避させられ、誘導されている。
近付く事が出来ない。
幾度か弾幕をくぐり抜け接近出来た物の、その度に両腕の奇怪な刀剣で迎撃された。
待ち構えていたかのような見事なタイミングの一太刀で辰気障壁を破られ、騎航に支障無い程度ではあるものの、甲鉄の裂傷を刻まれてしまう始末。
ヒトガタは弾幕の隙間の行きつく先、到達するまでの時間を完璧に把握し、それに合わせて太刀を振るうだけでいい。
つまるところ、遠距離でも近距離でもヒトガタの掌の上。
劣勢だ。

「ふふっ」

その事実に、湊斗光が微笑む。
気が付けば数万を放され、しかし、互いに動く事無く向き合っている。
眼前には、芥子粒の様な人型。
宇宙の真空の中で尚唸り声を上げる鋸の様な剣、光輝く短剣。
変形を繰り返し複雑な機動を作り出す合当理の両脇には、現行のどの劒冑の甲鉄すら抜く事が可能な砲。
武士とは思えぬ異形の武装。
しかし、その戦いは先までの太刀を使った戦いの時よりも、より人間らしさを含んでいる。
余分なもの、ではない。獣のそれとは違う、極めて論理的に正しい知恵のある闘法。
武者の闘いではない。
人間の戦いであった。
そして、目の前のヒトガタは、
己が肩の砲、二門を、
自らの両腕で引き剥がした。

「……」

見守る。
ヒトガタは自らから引き剥がした砲を両腕の剣でもって真っ二つに断ち割る。
盾が意味の無いものである事を示し、速度で勝る事を示し、それらの理を『捨てた』
鋸と融け合った腕を伸ばし、掌を上に、指を揃え、手まねき。

《来いよ、銀星号。辰気障壁(たて)なんて捨てて掛かって来い!》

金打声が響く。人の声だ。人間の感情の籠った、力を漲らせた戦士の声。
それに驚くで無く、応じる。
本気で掛かってこいとの求めに、望みの全力を持って返礼する。

「いざ」

仕切り直し、ここからが正真正銘の真剣勝負。
互いに加減も様子見も出し惜しみも無し。
これが、これこそが100%の銀星号(ムラマサ・ヒカル)
甲鉄の仮面の下、柳眉を立てた獰猛な、如何し様も無い程の喜悦に歪んだ攻撃的な笑みを浮かべ、

「尋常に」

辰気障壁を、

「勝負!」

解除した。

―――――――――――――――――――

銀星号の障壁が消えた瞬間、周囲のタキオン粒子の流れが変わった。
クロックアップ。
倍率は七万五千倍と言ったところか、周囲のタキオン粒子濃度から考えて、現在瞬時に俺の意識の外で切りかえられる最大倍率。
常識的な強さの相手であればこの倍率での戦闘は不可能、ワンサイドゲームに持ち込んだと言える。
が、今現在この世界の湊斗景明の周囲は間違いなく魔王編かその派生へと繋がる道に進んでいる。
俺の目の前に居る対敵は、間違い無くこの世界のラスボスなのだ。油断は禁物。
天体の運行が、太陽のフレアが、ありとあらゆる周囲の動きが緩慢に停止し、

《正面、拳!》

芥子粒程のサイズに見えた銀星号が消え、次の瞬間には眼と鼻の先に、白銀の鋼拳が迫っていた。

「うおぉっ!?」

電動鋸型ブレードを機動させた状態でその拳を受ける。
回転する刃によって拳の甲鉄が僅かに削れ、拳打は外側に逸らされ、間一髪のところで直撃を避ける。
いや、当たってはいる。腕から生やしたブレードが、根元から拉げ掛けているのだ。
ダメージを受け流し損ねた。
身体が傾ぐ。
しかし、体勢を整えている暇は無いらしい。

《左後ろ、下、蹴り!》

崩れた体制が功を奏した。
指示を受けている間にも打たれた衝撃で上下が逆さまに成りかけ、左上からの蹴りが迫る。
レーザーダガーを最大出力で展開、合わせる様に打ち返すと、高出力で力場すら形成しているレーザーの刃を蹴り抜き、左腕が関節部から螺子曲がる。
砕けた腕を再構築、身体構造を更に強靭な物に作り替え、短距離ワープを繰り返しかく乱。
が、何故だかそのことごとくを先読みされ、その度に寸での処で切り払う。
一打毎に並みの武者ならレンジ猫の如く弾けるだろう衝撃。
距離を開け、最大限まで時間を加速する。
現在の倍率十一万五千倍。
それでも純粋な速度で追い付けるかどうかは謎。こちらを追い詰める様に銀星号の速度も上がっていく。
距離を連続ワープで稼ぎながら、思考。

「あいつ、あんなに速かったのか」

無想、夢想剣だからこその肉体を顧みない超加速。
それとも鉱毒病でもがき苦しんでいる間に、人間の持つ第六感を超えた第七の感覚にでも目覚めてしまっていたのか。
良く良く考えずとも、この倍率の俺から見て通常倍率の銀星号があの速度だとすれば、リアルに光速を超えていても可笑しくは無い。
鉱毒病が治って暫く、廃人の様な状態でいたのは六感全てを封じられたのと同じ状況だったからか。
理屈で言えば、五感を失っておらずとも、それらを認識する為の第六感、自我に値すると言ってもいい部分が消えてしまえば至れないでもない、と思う。当然普通なら有り得ないのでラスボス補正込みでの話ではあるが。
これに追随できる心甲一致の三世村正はどんな超性能なのだろう。

《たぶん、あれが二世村正と『健康体の湊斗光』の心甲一致なんじゃない?》

なるほど、魔王編ラストバトルでは金神を取り込んで超出力になっていたが、それで身体が健康になった訳では無い。
あれは治療法としては無理矢理に過ぎる、言うなれば病人の身体に無理矢理大量のエネルギーを注ぎこんで誤魔化しただけ。
穴の空いた桶に、零れる以上の量の水を注ぎ続ける様なものだ。
だが、現在の湊斗光の肉体は、紛れも無く健康体。一切の不備の無い肉体、体力の下で運用される引辰制御の陰義。
流石にリアル光速を超えた訳ではないのだろう。恐らく、やっている事は結果としては俺のクロックアップと同じ。
重力の違う場所では時間の流れが異なる、という現象を超過剰にして行使される加速。
完全に違う時間の流れに乗る俺が参考にしたクロックアップとは違い、物理的な破壊力も加味される可能性はとても高い。
元来の超速度も相まって、おそらく地上でこの加速を行えばそれだけで周囲の地殻が捲れ上がるだろう破壊力を伴った加速性能。
まぁ、それも多分引辰制御の応用でどうにでも出来てしまうのだろうが……。

「自業自得か」

ちょっとした思いつきとはいえ、まさかあの時の治療がここで仇になるとは。

《善因には善果があるもんだと思ったんだけどね》

「悪果があったなら悪因だったんだろうよ」

悪因には悪果があるなら、やはりこの世界にとって湊斗光の肉体の治療、というのは悪行なのだろうか。
だが、これはこれで良い状況だとも言える。
現在の銀星号の騎航、ギリギリ観測して纏まったデータに出来る程度には、最大戦速時の銀星号の甲鉄の動きのサンプルが集まってきているのだ。
あと数合打ち合う事が出来れば──

《! 重力波、来るよ!》

思考を中断、迫る空間歪み目掛けて、振り向き様にグラビティブラストを放ち、相殺する。
接近していた重力波の正体は、おそらく指向性をもった辰気の波動。
銀星号の陰義を応用した術技の一つ『瘴熱疾走・火隕星(ブレイジング・ストリーム)』

《おれを前にしてお喋りとは、随分と余裕があるのだな》

距離にして、約3万。
俺にしても銀星号にしても、一息も掛からないで必殺の一撃を叩きこめる位置。
ふわり、と、銀星号が距離を開けた。助走距離を作り出している。
月をバックに、銀色の女王蟻の劒冑が舞う。
目の前には月をバックにした銀星号。
振り返ると、障壁を張った銀星号と打ち合っていた時よりも大きくなった蒼い地球の姿。

「美鳥」

《うん、あたし達も銀星号も、とっくに地球の重力に捕まってるよ》

なるほど、先に速射砲で誘導し続けたことへの意趣返しか。
短距離ワープの移動先も巧妙に誘導されていた、という訳だ。
敵騎の現時点での最強攻撃、飢餓虚空・魔王星は恐らく俺に対して向けられない。
俺自身試した事は無いが、おそらく敵騎の目から見たら、俺の重力制御能力をもってすれば放たれた魔王星の影響を無効化出来ると踏んだのだろう。
火隕星も先ほど打ち消した。通常の手ではダメージにもならない。
これで、銀星号の決め技は唯一つにまで絞られた。

《天座失墜──》

目の前で、こちらに近づきながら前転を始める銀星号の姿。
全身の甲鉄が流動し、打点である足先に集中していく様まではっきりと見てとれる。
相手が鈍い訳でもない、俺が早い訳でもない。
感覚だけが加速している。回避し得ない攻撃を前に、全感覚が加速し、振り下ろされる死神の鎌を鮮明に瞳に映し出す。
この勝負、俺達の──

《小彗星!》

勝ちだ!

―――――――――――――――――――

空気の壁を、空間を割り砕きながら、天から地へと駆け──
ヒトガタを、貫いた、蹴り砕いた。
弾き飛び、胴体から破裂するヒトガタ。
硝子の割れる様な涼しげな音が鳴り響く。
違和感。
感触が、軽すぎる。
ヒトガタの先ほどまでの強度ではありえない、薄氷を踏み抜くような脆い感触。
そして、砕け散ったヒトガタの破片が、村正の甲鉄に纏わりつき、融ける様にして甲鉄一つ一つに広がっていく。

「村正?」

《陰義、ではないな。これは──》

黒鉄の粉の様であったそれは、溶けるにつれ色を失い、遂には黄金色の水晶となり、銀星号の心鉄を除く全甲鉄を覆い尽くす。
だが、その不可思議な現象を置き、二世村正は驚愕した。

《これは……聖骸断片(らぴす・さぎー)だと!?》

かつて異国より渡ってきた賢者、浦夢より齎され、村正一門の劒冑に含まれている特殊な素材。
劒冑に比類なき異能を与える生きた金属、この世に二つと無い筈のもの、神の断片。
驚愕する村正を捨て置き、湊斗光は空を見上げる。
何故、確実に止めを刺した手応えは無かったが、確かに標的を貫きはしたのに。
相手を薄氷と間違う程の威力が出たからかもしれないではないか。それだけの力を込めもした。
馬鹿馬鹿しい。胴体を貫いたからと言って、相手が死ぬとは限らない。
自分達以外に引辰を操る者が居た。
障壁を張った状態でとはいえ追い込まれもした。
全速全開の状態でも、尚喰らい付いてきもした。
それが、最後の一手に対し、何の返し技も行わなかった。
月を背に立ち留まり、背を向け距離を取り、十分な準備の間を与えたにも関わらず。
で、あるならば。

「それが、貴様らの狙いであったか!」

裂迫の気合と共に全身から破壊的な辰気の波動を放ち、甲鉄に纏わりつく黄金の水晶を弾き飛ばす。
再び微細な粒子と化したそれらは、胴体の半ばより上下に分断されたヒトガタの傍らに集まると、大気中の塵を取り込みながら、一つの形へと纏まっていく。
大人を一人余裕で抱える事が出来る程の、巨大な女王蟻。
心鉄の存在を感じる事は出来ない。劒冑ではない筈だが、それは本物の女王蟻の如くギチギチと顎、足を蠢かせ、羽根を震わせている。
二世村正の独立形体に瓜二つの、生きた彫像。
材料の問題か、それとも何かしらの不可思議な力でも作用したのか、その色は透けた金からオリジナルの銀、赤、藍、蒼、茶、緑、と目まぐるしく色を変え、ヒトガタと同じ、宇宙の暗黒を染み込ませた黒色に染まり、分断されたヒトガタ、その両方に吸い込まれていった。

《いかにも、いかにも、いぃかにもぉ!》

もはや、最初の不気味なまでに寡黙な、返事も返さなかった謎のヒトガタとは思えない程の、悦びに満ちた男の叫び声。
恐らくは分断されたヒトガタの上半身から。

《騙して悪いけど、これが目的なんでねぇ!》

分断された下半身から響く、悪いとは欠片も思ってい無さそうな、鈴の音の如き少女の声。
分断され、二つに分かれたヒトガタは、それぞれ質量保存の法則を無視しながら別々の形へと変形を始める。
上半身はやや筋肉質な成人男性に。
下半身は小柄ながらも鍛えられた少女に。
顔の細かな造形、髪質などの共通点から、おそらく兄妹か親子。
そんな二人には、造形以外に二つの共通点があった。
まず、気配。
先ほどまで対峙していたヒトガタと全く同じ、人とも武者とも劒冑とも器物とも神仏とも取れぬ奇怪な気配。
人の姿のまま生身で浮かんでいる事から考えれば、それは別段可笑しな事では無い。
しかしてもう一つの共通点、表情。これはおかしい。
二人は揃って、『してやったり』といった笑みを浮かべているのだ。
武器も無く、装甲を解いた状態で、しかしその表情は何故浮かべられているのか。
二人が、動く。
いつの間にか、二人の周囲には無数の金属の破片が飛び交っていた。

「鬼に逢うては鬼を斬る」

腕を伸ばし、朗々と口結を唱える。
銀星号、湊斗光にも二世村正にも、馴染み深い言葉の羅列。動き。
幾度となく繰り返し取った構え。
幾度となく繰り返し唱えた口上。

「仏に逢うては仏を斬る」

腕を引き、再び前に突き出す。
二世村正の装甲ノ構。
二世村正の誓約の口上。

「ツルギの理、ここに在り!」

オリジナル、二世村正からすれば間違いなく、偽物であると看破できる。
偽りの構え、偽りの誓約であり、生まれるものもまた偽物。
劒冑の紛い物を纏った、人間の紛い物。
だが、だがしかし。
そこには確かに、二世村正の武者形体が、三騎、存在していた。

―――――――――――――――――――

やった、やってやった。
手に入れた。銀星号、二世村正の甲鉄形状。
引辰制御(グラビトン・コントロール)、重力を操り空を駆ける事において最大効率を発揮できる構造。
最大限に加速した、引辰制御能力を体術に最大限使用した状態でのデータを手に入れた、理解した、取り込まずに。
呪い。善悪相殺の制約は、付加されていない。
成功。俺達の、作戦勝ちだ!

「なるほど、つまり貴様等は銀星号(おれたち)ではなく」

《冑(あ)の方に用向きがあった、という事か》

「それだけじゃあ、無いんだなぁ」

未だ臨戦態勢を解かない銀星号に向け、人差し指をちちち、と振りながら答える。
もう後は届かない距離まで逃げるだけだ。勝利条件を満たした以上、こんなインチキくさいラスボス補正持ちと戦ってはいられない。
美鳥は黙々と安全そう、かつこのラスボスがこれない様な場所の割り出しを行っている。
こうなれば逃げるだけなら打たれるより早く可能なので、答えられる事には全て応えておく。

「一応、医者の真似事をした以上、患者の経過は確認しておきたくてね」

《ふむ、やはりなれらはあの時の》

「ええ、あの折は挨拶もせずご無礼を」

堀越御所に忍び込んだ時、二世村正だけはこちらに反応する事に成功していた。
存在している事に気付いてもそれに対処不能だった事を考えれば術に引っかかっていたと言っても過言では無いのだが、真打すら混じっていた警備の武者が一人も反応する事すら出来なかった事を考えれば上等な探査能力だろう。

「なんと、怪しげな妖物の類かと思えば、俺の身体を『直した』医者であったか」

感心したような響きの湊斗光の声。
治したではなく、直したという響きが彼女の直感の鋭さを窺わせる。

「礼を言おう。医者殿のお陰で、おれは万事不備も無く天下に武の法を敷く事が出来る」

「いやいや。礼なんて要らないので、構えを解いては頂けませんかね」

礼を言いつつ拳を打ち込める姿勢を崩さないとかシュール過ぎる。
治療への礼に込められた真摯さと、こちらに向ける攻撃的な意思の強さが同等とか、知ってはいたけど頭おかしいだろうこの人。頭おかしいのは知ってたけど。

「それはならん」

「なぜ?」

俺の切り返しに湊斗光、銀星号は一先ず構えを解き、顎に手を当て考える。

「医者殿の目的は、村正の構造を調べる事。違い無いな?」

「確かにそれが一番の目的ですかね」

「つまり、医者殿は自らの目的を達成した。この光を相手に勝利したと言ってもいい」

顎から手を除け、再び構えを取る。

「負けっ放しは気分が悪い、と?」

「しかり。天に立つ銀の星はこの光ただ一人。神の座に至る為にも敗北は許されぬ身故、許せ」

「ふむむ。許せと言われてしまえば」

と、ここまでの会話で充分に時間を稼ぐ事に成功した。
ので、装甲を解く。再び生身で滞空。空気が薄い。
此方の行動に警戒した銀星号が構え直し、こちらもそれに対抗する様に構えを取る。
右手の握りこぶしから親指を上げてサムズアップ。
その右腕を肘から緩く曲げ、前に突き出し、
親指を立てた拳を喉の高さまで持ち上げる。
右腕の力こぶの辺りに左手を軽く乗せ、
身体を右に傾ける。

「許さない、絶対に許さないよ! 絶対にだ!」

必勝の構え──許されざる構え!
俺の背後には今、金神エフェクトとしてマケドニアの国旗が輝かしくもはためいている事だろう。
そう、俺は成長している。
大鬼神を超え、金神魔王尊を超え、現人神、いや、アラジン神として!
ならば、この事態をやり過ごせない筈が無い。

「ならば如何する!」

突撃しながらの銀星号の問い。どうあっても逃がす気は無いんやな。
しかしこの構えを取ったからには、許せと言われても絶対に許さない。
逃がせないと言われたからには確実に逃げ切るのみ!

「美鳥ぃっ!」

「ほい来たぁ!」

今の今まで背後で空間を弄っていた美鳥を呼び寄せ、装甲を解いた美鳥の身体を片腕で抱き寄せる。
そんな俺と美鳥の身体を、銀星号の拳が、『何の抵抗も無くすり抜ける』
空間の位相をずらした。もはや通常空間の存在とは互いに物理的干渉はほぼ不可能。
だが油断は出来ない。引辰制御と重力制御は似て非なるもの、ラスボス補正も併せて鑑みれば、次の瞬間にも引辰制御の応用で打撃可能になる可能性は非常に高い。

「逃げるか!」

「違うな、これを一般的に戦略的撤退という」

「あえて言うなら逃げるが勝ち、つまりはあたし達の二勝目だ!」

俺と美鳥は捨て台詞を残し、即座にその場から転位した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

奉刀参拝の行われていた八幡宮で銀星号が大虐殺を行い、湊斗景明と三世村正相手に初めて飢餓虚空・魔王星を使った翌日。
伊豆、堀越御所。

「──と言うのが、先日のあらましな訳だ」

簡素ながらそこかしこの造りに匠の技が見てとれる和室にて、茶をすすりながらの説明を終えた。
美鳥は説明に参加するでもなくその場に寝そべり、せんべいをがじがじと齧りながらLOのバックナンバーを読み耽っている。
先ほどまでは運び込まれた蜘蛛正を弄り倒していたが、全身隈なく弄り倒した挙句に『リアクションが無いと詰まらない』という理由で中断。
残りは人間形体に偽装が不可能でかつリアクションが可能なレベルまで回復した後に行うつもりらしい。

「はーい質問しつもーん」

目の前の金髪美鳥もどき──堀越公方、足利茶々丸が手を上げる。
口調こそ緩いものだが、その顔面は何かを堪える様にひくひくと引き攣っている。

「あては、『なんでおめーらがここに居んだよ!』という突っ込みから始めたと思うんだけど、なんで御姫との決闘に話がずれてんだよ!」

途中までは穏やかに問い詰めようと堪えていたのだろうが最後の最後で怒り爆発。
互いに声だけは幾度となく交わしているのだが、顔を合わせるのは初めてだと言うのにこの態度。
声だけでこちらの事を見抜いたのは予想通りとはいえ流石だが、何をいきなり憤っているのか。
カルシウムを積極的に摂取するべきだと思う。牛乳とか小魚とか。
頭から蒸気を噴き出す勢いで怒鳴り始めた堀越公方を落ち着かせる為に茶請けを渡す。

「慌てるな、言った通りここまでが先日の話、つまりまだ話の途中だ。ひとまずカステラでも食って落ち着け」

切り分けたカステラを皿に乗せ差し出す。

「あ、どうも。──って、これあてがとっといた文明堂のカステラじゃねぇか! 無い無いと思ったら手前らかよ! なんで勝手に食ってんの!?」

「ふぅむ」

茶を啜る。一息。

「隠し場所を見つけて貰って来たに決まっているだろうに。君は馬鹿か」

「うわぁ今すぐ殺してぇコイツ」

ふるふると拳を震わせる堀越公方は落ち着くまで置いておくとしよう。
一応、御所の全員に強力な認識阻害と記憶操作で、『俺と美鳥がここに居るのが当たり前』といった風に思わせ、堂々と家探しをさせてもらったのだが、このカステラを除いて大したものは見つからなかった。
あわよくば仕手の居ない真打劒冑でも無いかなとか思ったのだが、残念無念。
カステラは、一応物々交換という事で値段÷10の数だけ美味い棒を置いてきたから問題ないだろう。
文明開化の味を思う様味わうが良いさ。

「あぁ、もういいや。で?」

「うむ、さっきの話を聞いて貰った上で、今現在の湊斗光の容体、どう思う?」

「…………なるほどな。だから改めて、って事か」

結局のところ、湊斗光は戦う度にその生命力を削り続けている事に何ら変わりない。
確かに、俺がこっそり投与した医療用ナノマシンで湊斗光は過剰なまでに健康体になりはした。
が、それに伴い、今度は銀星号として活動を重ねる内に『仕手が健康体である事を考慮したペース配分』を覚えてしまったのだ。
ただ飛んで汚染波をばら撒き、そこらの数打武者を相手に無双する程度なら問題無いが、辰気障壁を解除してそれなり以上の性能の武者相手に全力で戦った場合、加速度的に湊斗光の身体は衰弱していく事となる。
特に少し前のVS俺in美鳥の時に至っては、本来想定していない我流のクロックアップなどを行った為に、更に余分に熱量を消費していた筈だ。
二年前より衰弱している、とまではいかないだろうが、間違いなく前回の戦いで数年分の寿命を消費したと見て間違いないだろう。

「大体あれだ。奉刀参拝の時の排水溝脱出ゲーム、俺がこっそりサポートして無ければ全員纏めて吸い込まれてスパゲッティみたいになっていたんだ。命を救った代金として考えれば数日の滞在位妥当なもんだろう」

「え、それマジ?」

「マジも大マジだ」

その吸引力と来たら、以前の銀星号のそれが年代物の中古手持ち掃除機だとすれば、今の銀星号の放つそれは吸引力の変わらないただ一つの掃除機のスペシャルチューンだと考えてもらえば良い。
あれの直撃を受けたら、鋼鉄の厚さが五段階評価で五の付いた真打武者でも一溜まりも無い。
そうなると三世村正は暗闇星人と共にスクラップになってしまい、蜘蛛正を美鳥に弄らせる事が出来なくなってしまうので、重力制御でどうにかこうにか威力をある程度相殺した。
完全に打ち消すつもりは無かったにしても、威力を多少減衰させるだけでもそれなり以上に手間取った事から考えるに、八幡宮を中心に半径数キロ程度の土地が土埃舞う荒野になった程度で済んだのは幸運だったと言えよう。
今後数十年は重力異常で草木の生えない不毛の土地になってしまったが、周囲の物を吸いこみながら巨大化して、最終的に地球を丸ごと飲み込んだりするよりは余程マシだろう。
……ふと思ったのだが、もしかしなくても署長はすでにあの時点で死んでしまったのではあるまいか。望遠鏡で覗ける位置だとすれば十分過ぎる程に射程内だし。
とはいえ、蜘蛛正を弄れる位置に入りこめた時点で署長の役目は終了している。深く気にしない事にしよう。

「サポートっても、あの時点ではあの場所に居なかったんだろ?」

首を傾げる公方に頷きを返す。

「遠隔地から中継点を経由しての重力操作だな。銀星号が常に制御しているのならともかく、あの技は一度放たれたら銀星号の制御下には存在しない。あのサイズの辰気の渦なら多少減衰させる程度はどうにでもなる」

「何その超人技。遠隔引辰制御って時点で只事じゃないし、どうにでもなるとか言ってられる技じゃねーじゃん」

「超人技じゃなくて神技な。ああ、一応言っておくけど、そこらの死にたそうな人間を誘拐して美系に改造して超能力付与して異世界に転送とか、それ系の神様じゃあ無いからな?」

「余計に訳分からんわ」

大体、結果として視覚情報として入ってくるのは三次元のイケメンが三次元の美少女相手にあれやこれやハーレム作ったりイチャイチャしたりするリア充生活だ。
何処をどう間違えればそんな不快極まりない物を楽しめるというのか。ああいうのは映像を想像し難い文字媒体か二次元であるからこそ見世物に成り得るのである。
そういう娯楽を楽しめる様になるのはリア充になるか、さもなければその世界を二次元に変換して観測可能な能力を手に入れてからではなかろうか。
そんな訳のわからない見世物よりは、ゲーセンのセガのロボゲーでもプレイしている方が有意義に時間を潰せるだろう。
スパロボ世界のチートを使ったリアルバトルでは味わえないあのもどかしさと安心感、癖になるゲームである。
思わずPSPのソフト新品一本分程の金額を一日で使い切ってしまうのも仕方が無い事だろう。後々姉さんにこっぴどく怒られたので最近は自重しているが。

「ま、そんな訳で、湊斗光が起きるまで治療は出来ないから、しばらくここの隅っこを貸して貰うので、悪しからず」

「どんだけ図々しいんだよおめーら……」

疲れた様に項垂れ、カステラを頬張る公方。
そう、ここで項垂れるだけで強く追い出そうと行動に出ないのが、既に俺の術中に嵌まっている証拠なのである。
俺や美鳥に限らず、トリッパー全般が多用するらしい認識阻害や記憶操作の魔法。
この魔法、不思議な事にこの生体甲冑の少女には非常に効果が薄いのである。
まぁ、一発で思考回路を作り替える汚染波が利かない時点で予想してしかるべきなのだが、それではゆっくりと蜘蛛正を弄繰り回す事が出来ない。
そこで、金神を取り込んでから定期的に送っていた怪電波を利用し、徐々に俺達という存在に慣れさせたのだ。
認識阻害魔法の効果が薄いのであれば、薄い効果で充分に効き目が出る程に違和感が無い状態まで持って行けばいい。
正直な話、スパロボJ世界で使用したナノポマシンを使えば一撃なのだろうが、元々が不憫な者に追い打ちをかける様に不憫な思いをさせるのはほんの少しだけ気が引けるのだ。
第一、万が一また投与する量をとちってメメメの様な状態になったら目も当てられない。
ああいう事故は一度で充分だと学習済みなのである。こいつ不憫な上に金髪だから特に縁起悪いし。

「ま、次に湊斗光が目覚めたら勝手に治療しておくし、飯も女中さんが持ってきてくれる事になっているから、特に俺達にはお構いなく」

「あ、あるぇー? あてん家、何時の間にか乗っ取られてね?」

公方はなにやら首をかしげているが、これはむしろ当然の結果と言ってもいい。
以前忍び込んだ時に聞いたのだが、基本的に堀越公方、竜軍中将の足利茶々丸には腹心という者が存在せず、何か命令を出す時も理由を話す事が少ないらしい。
この少女に付き従う者は、基本的に茶々丸を恐れ、盲従し、命令の意味を深く考えずに付き従う者が多い。
そういう人物でなければ部下に心を開かないこの少女には付いて行かないし、付いて行けないのである。
そんな訳で、ここの連中の頭を弄るのは実に簡単だった。
普段よりも軽い認識阻害の魔法に加え、『鳴無卓也と鳴無美鳥は足利茶々丸の個人的な客である』という単純なキーワードを与えてやるだけ。
ここであえて『友人』ではなく『客』とする事で、後は勝手にそれぞれが自分の中で納得してくれるのである。
人の事を言えた義理で無いにしても、友達の類は少なさそうだしな。
と、ここで寝そべってせんべい、雪の宿を齧っていた美鳥がいやらしい顔つきで口を挟んだ。

「そそ、あたしたちは勝手にやってっから、愛しい仕手候補さんの寝顔でも覗きに行ってみたら?」

「ど、どうしてお兄さんが仕手候補って証拠だよぅ……」

因みに平静を装いつつも最後の最後でどもってこの世界には存在しないサブカル言語になっているが、ここで堀越公方が顔を赤くしながら言っているお兄さんは暗闇星人、湊斗景明の事である。
第一章の被害者がゼロであるこの世界では稲城忠保は三世村正との会話を行わず、洗脳された暗闇星人を説得する内容を三世村正が手に入れられない可能性が高い為、きちんと茶々丸ルートに入る可能性があるのだ。
応援してやりたい所ではあるのだが、現状湊斗光は超健康体。衰弱死の可能性は極めて低く、予想寿命は百にも迫る。戦力的に考えて下手をしなくても湊斗景明よりも長生きする可能性が高い。
つまり説得の可能不可能云々を論じる以前に、精神汚染をした後ですら堀越公方は湊斗景明を仲間に引き入れる事が出来ない可能性が高いのである。
重ね重ね、不憫な奴だ。

「なんか今、すっげぇ不愉快な感情を向けられている気がする」

表情に出したつもりは無かったのだが、経験上相手の感情を読み取る術には長けているのだろう。不快そうなしかめっ面を此方に向けてくる堀越公方。
そんなに見つめられても、正直困る。不憫さがこっちにまでうつりそうなのであっち向いて欲しい。

「富士山、綺麗だなぁ」

「なー」

一々弁解するのも面倒だし、正当な評価なので美鳥と共にそっぽを向いてはぐらかしておいた。
曇りなので富士山は影も形も見えないが。

「て、め、え、ら……!」

余計に怒りを買った様だが気にしない。劒冑として仕手を得た状態での戦闘シーンも存在しない上に個別ルートが超短いなんてのは不憫以外の何物でもないのだから。
どうしても暗闇星人を仕手に欲しいのであれば、大和に平和が戻った後にでも暴走編の如く他のヒロインとキャットファイトして決着をつければいいと思う。
正直本編後にそんなほのぼのイベントを発生させる事が出来るかと言えばまず不可能だと思うのだが、どうせ夢見るだけならタダ、気にしてはいけないのである。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

奉刀参拝から三日後、眠りから目覚め、御所内を案内された後の湊斗景明は、酷く思い悩んでいた
二年もの間追い続けていた銀星号──妹、湊斗光との再会に。
村正の、善悪相殺の制約を知っていて、それを利用して義母を、湊斗統を殺させたという光。
身命を賭した一撃で、届いたと確信した。そしてそれは自惚れであった。
真の力を発揮した銀星号の圧倒的な力の差を見せつけられ、叩き伏せられ、この地で再開をし、ゆっくりと向かい合うに至って、気付いた。

(統様に、似てきた)

そう、二年ぶりにその姿をまじまじと見つめ、怒りに任せ掴み掛ろうと躍りかかり、投げられる段になって、不覚にも唖然としてしまったのだ。
投げられる瞬間に確かに感じた、二年分の成長とはとても信じられない程熟れた、妹の肢体。
自らの内の獣を揺さぶる、女の色香。
部屋へ戻る道を歩きながら、自らの手が確かめる様に虚空に妹の肉体のラインを描きだした辺りで正気に戻り、景明は雑念を取り払う様に首を横に振った。
自分は何を考えていたのか。相手は銀星号、災厄と言っても良い大量殺人の下手人であり、狂っているとはいえ、自分の──

《え、ちょ、何よ貴方達、こら、やめ、キャァァァァァァァァァッッッ!》

全方位に向けての叫び声、絹を裂くような女性の悲鳴を聞き、思考を中断する。。
ただの悲鳴ではない。金打声での悲鳴、村正の悲鳴だ。

(村正、如何した!)

突然の叫びに自らの劒冑へと問いかける。が、返事が無い。
油断していた。ここは仮にも六派羅の四公方の御膝元だというのに、休眠中の劒冑を置いて外出など。
急ぎ、木張りの廊下を駆ける。
幾つかの角を曲がり、自分が寝かせられていた部屋に近づいた景明は、ガタガタという物音と共に、不穏な会話を耳にした。

「……正さんの身体は俺達に弄ばれる為に死蔵されていたんですものね」

《いつもの力が出せれば、こんな奴ら……!》

「良かったじゃねーか、甲鉄のダメージのせいに出来て」

村正の金打声と、聞き覚えの無い男性と少女との声。
身動きの取れない村正が襲われている。その事実を認識した時、景明の心に言い知れぬ感情が湧き立った。
障子を勢い良く開き、

「村正! ……村正?」

その光景に、首を傾げる。
確かに村正が、少女と成人男性に襲われている。
独立形体の巨大な蜘蛛の村正が、と、注釈をつけなければならないが。

「生蜘蛛正様の生合当理の寸法を測らせて頂いてもよろしいでしょうか」

目つきの鋭い屈強な体つきの成人男性が、巨大な蜘蛛の腹部、村正の合当理の辺りにメジャーやその他良く分からない計測器の様な物を当て、あれやこれやとメモを取っている。
よろしいでしょうか、と聞きながら勝手に寸法を測り始めている辺り、聞いてみただけで寸法を取る事は決定済みだったのだろう。

《そ、そんなそこらの雑貨屋で売ってそうな安物の計器なんかで……》

安物の計器で測られると何か不都合な点でもあるのか、村正は独立形体の蜘蛛の形のまま、金属の節足をビクンビクンと、もといガシャンガシャンと震わせている。
何故か声に艶があるように聞こえるのは気のせいだろうか。
と、合当理の後ろ側に取りついて何やら弄り回していた少女が顔を上げた。

「生蜘蛛正の生鋼糸ゲーット!」

《んんんんんんんんんん!》

少女は鋼糸の束を手に巻きつけ、全身で喜びを表現しながら歓声を上げた。その表情は達成感に満ち溢れている。
どうやら村正は未だ完全には回復していないのか、身体に纏わりつく二人を押しのける事すら出来ないのだろう。鋼糸を無理やり引き抜かれて声を殺した嬌声を上げている。
気持ち良いのだろうかという疑問を押しのけ、景明は自分の劒冑から離れて貰う為、村正にとりつく二人に声をかけた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

さてさて、もう弄るところが無いのではないかというほど蜘蛛正を弄り倒し、美鳥は鋼糸まで手に入れ、俺は磁気制御に最適な三世村正の甲鉄の形状までもを事細かに記録し、ほくほく気分で借りている客間に戻り眠りに付き、堀越御所の事件から四日目の朝を迎えた。
公方が暗闇星人の布団から出たであろうタイミングを見計らって、毎度おなじみの早朝電波で朝の挨拶。
途中美鳥の『さくやはおたのしみでしたね』という発言に、今までに無い程のうろたえっぷりを見せた公方を微笑ましく思いながらもからかいを入れ、公方の堪忍袋の緒が切れる直前で電波を打ち切った。
打ち切ってから思い出したのだが、作中では金神や他の音が遠ざかるから、という理由で一緒に寝る事をせがんでいた筈なのだ。
既にそれら騒音被害から解放されている公方は一体ぜんたいどのような言葉で添い寝を通したのか、実に興味深い。
朝食を終え、女中さんが膳を下げるのを見送り、しばらく客間で寛ぐ。
ゴロゴロと文字通り部屋の高級な畳の上を転がった挙句に俺の膝を枕にして脱力している美鳥が、何とはなしに口を開いた。

「おにーさーん、今日は何か予定あったっけー?」

「ふむ、午前中は庭で景明と三世村正チームが無我の練習中に我らが鬼畜坊主と遭遇。午後は庭に湊斗光が現れるから、部屋に閉じこもってるか何処かに外出した方がいいな。あぁ、そういえば夜には黒瀬童子が忍び込んでくるか」

黒瀬童子の劒冑もかっこいいし、厄介な制約も無いから取り込んでみるのも良いかもしれない。
銀星号、『湊斗光』の治療は明日の夕方でもいいか。一応親族が来ているなら説明入れてからの方が問題無いだろうし。
そんな俺の説明に、ふぅん、と気の無い返事を返し、太ももに顔を擦り付けてマーキングを始めた美鳥。
マーキングを初めて数分、存分に頬ずりしたり涎が付かない程度に膝を甘噛みしていた美鳥が突如ガバリと身を起こした。
寸前までのマタタビを嗅いだ猫も顔負けのだらしない表情は一変し、その顔は青褪めている。

「わ、忘れてた……」

「何を?」

俺の問いに振り向いた美鳥の目には涙すら浮かんでいる。

「お姉さんのお土産、頼まれてた、髑髏の、盃」

「あー、そういえばそんなのもあったな」

俺への頼みごとでは無いのですっかり忘れていた。
今日古河公方が来るから、もう既に公開凌辱ショーは終了済み。
作中で描写されたのは英雄編だけだが、そのシーンの前後からは髑髏の杯の行方は知ることが出来ない。今から探して発見するのは難しいだろう。
多分姉さんは杯よりも芋サイダーの方をメインに据えているのだろうから、俺の強化の手伝いをしていたと言えば許される可能性は非常に高い。
高いが、仮に姉さんが許しても美鳥は結構後々まで気にしてしまうだろう。
とはいえ、俺達にとってみればそこまで焦る必要の無い話でもある。

「六派羅に忍び込んで、ボソンジャンプで一日ずつ遡って能舞台が開かれている日に移動すればいいじゃないか」

「あ」

俺の提案に、ガタガタと震える体をピタリと止め、顔色を見る見る元のカラーリングに戻す美鳥。
いくら人間の生体活動が擬態とはいえ、器用な奴だ。

「今回は俺達の関係無い場所での出来事だからタイムパラドックスを気にする必要も無い。しかも、だ」

以前にタイムスケジュールや細々とした情報を纏めた大学ノートを取り出し、開く。
分岐した後、どのルートでも起こるであろう共通イベントのメモ。

「英雄編、一条さんと暗闇星人が普陀楽に忍び込む少し前の普陀楽での四公方の会話で、八幡宮事件について言及されている。そして、今日堀越御所にやってくる古河公方は既にエロシーンを消化済み」

「今日は八幡宮排水溝事件から四日目、英雄編でエロシーンは潜入三日目の夕方だから……」

大学ノートを見ながら呟く美鳥に頷きを返す。

「能舞台のタイムスケジュールが英雄編通りなら、昨日の夕方辺りが妥当な筈だ。といっても、これはあくまでも無理矢理当てはめた場合の話だけどな」

能舞台で岡部桜子が古河公方に鬼畜エロされてしまった、というのは魔王編でもちらほらと情報が出ているが、それが八幡宮事件の後の事か前の事かが分からない。
流石に大ボスが生きている内にその息子の懸想する相手に手を出したりはしないと思うが。
とはいえ、そう何度も時を遡る事は無い筈だ。

「その時期には何故か普陀楽に大鳥獅子吼もケバ太も居ないからな、同太貫を取り込んできても良いぞ」

忘れがちだが、俺と美鳥の身体は電撃や炎などのエネルギー攻撃にすこぶる強い(何故、どうやってというのは美鳥も知らないらしい。ごく一般的な健常者が『右手を上げる方法を説明する』のと同じ程度には説明するのが難しいのだとか)。
仮に初手で陰義を使われたとしても充分に耐えきれるし、全てエネルギーとして吸収する事が可能だろう。
騎航速度、旋回性に劣る同太貫であれば、槍の間合いに入らずに遠距離から攻め続け弱らせるか、更に身も蓋も無い方法だが、ラースエイレムでステイシスさせてしまうのもありだ。
まぁ、同太貫は独立形体こそ可愛らしくて魅力的だが如何せんこれと言って欲しい機能が存在しない。
これはあくまでもおまけの様なものだ。美鳥もどちらかと言えば機能的に優れない劒冑よりも公開凌辱ショーの方の見物の方が好みだろうし。


「あ、お兄さんは付いて来てくれないんだ」

「そもそも髑髏の杯とか言い出したのはお前であって姉さんではないからな。俺は俺なりの土産物を用意するから、まぁ頑張って来い」

ボソンジャンプの準備の為かその場から立ち上がった美鳥に、投げやりで適当なエールを送る。

「お兄さんのいけずー。いいもんいいもん、お兄さんには『岡部桜子公開凌辱──兄と父の死骸の目の前で──』が撮影出来ても貸してあげないもんねー!」

「いらんがな」

アッカンベーしたままボソンジャンプした美鳥を見送りながら、俺はボース粒子の残る虚空に向けて虚しく突っ込みを入れるのであった。

―――――――――――――――――――

さて、美鳥にはああ言ったが、この世界独特でかつ面白そうな土産物は中々思いつかない。
例えば、金神の欠片を練り込んで鍛造する甲鉄製姉さんフィギュア(辰気の大渦に呑み込まれても壊れない)……二度ネタの上に金属生命体として目覚めかねない。
某禁書の如く姉さんの力の欠片とか受信したら手が付けられなさそうだ。これは没。
いっそ村正世界であるというこだわりを捨て、普通に土産物の饅頭を買うというのもありかも知れないが、そうすると逆に選択肢が多くなり過ぎて選別が難しい。
もう少し後の時代、六派羅とかGHQとかの全てが過去のお話になった後なら六派羅饅頭とか、四公方をモデルにしたゆるキャラのぬいぐるみとかもあり得たのかもしれないが。
普陀楽城をモチーフにした『ふだらくん』とか、適当にデフォルメした猫やら犬の頭に城の屋根と、背中には対空砲のミニチュア、尻尾の先に二頭身の六派羅制式数打竜騎兵の『りゅーくん』を付ければ誰がどう見ても普陀楽城モチーフにしか見えないだろう。

「うぅむ」

……これは意外と行けるかもしれない。ユキチの匂いすらする話だ。
更に考えてみれば、村正に登場する劒冑の独立形体はマスコットにし易い。布と綿を用意して、本編に独立形体の登場する全ての劒冑のぬいぐるみを作ってみてはどうだろうか。
グレイブヤードの無駄知識群にも、流石にぬいぐるみ造りの知識は存在しないし、俺自身ぬいぐるみを作った事は無い。
が、地球に行きたがっていた火星地下コロニーの少女の記憶の中にぬいぐるみ作成に関する知識が存在している。
取りこむ際に少しばかり快感覚のオーバーフロウで頭がイカレてしまっているが、ぬいぐるみ造りに関しては身体が覚えているレベルでしっかりとデータが残っているのでなんら問題は無い。
そして、ただの劒冑のぬいぐるみというのも良いかもしれないが、やはり劒冑を模すからには劒冑のような機能も欲しい。
こう、誓約の口上を告げると布と綿が分解して着ぐるみになるとか。
人型に当て嵌め難いのが多いから、デフォルメされた劒冑の独立形体から顔と手足を出す感じのデザインで纏めるとして。
想像してみよう。例えば、姉さんが蜘蛛正やら蟻正、あるいは亀太貫やらの着ぐるみを着た場合。

「……悪くない」

悪くないではないか、この構想……。
姉さんの様な妙齢の女性が、そんな一昔前の子供番組かバラエティに出てくる低予算マスコットみたいな恰好をする。
そして照れる姉さん! もじもじする姉さん! しかも着ぐるみで!
恐ろしい、これ程までに自分の才能を恐れた事が未だかつてあっただろうか。嫌、無い。
想像するだけでニヤケてしまう。
構想は纏まった。全ての劒冑をモデルにすると確実にかさばるので、最初に蟻正を作って、それからより完成度を高めた蜘蛛正を作る事にしよう。
布と綿と糸をどうやって溶鉱炉に燃やさずに突っ込むかとか、バートリーを参考にしたかったが所在も戦闘能力も知れないおばあちゃんには関わりたくない。
大体あれだ、装甲時の衣装の変化の仕方から考えるに、エロシーンでのあの大人パンツを老婆の状態でも穿いているという事は確実。
この衝撃の事実を考えれば別の意味でも近付きたくない。むしろ怖い、関わりたくない。
まぁ、高熱に耐えうる繊維なら幾つか心当たりが無いでもないし、試作を繰り返して最終的に一つ完成すればいい。
そうだな、試作を作るに当たっては、やっぱりあれに打たせるのが一番だろう。
着ぐるみならタッパを伸ばしてやる必要も無いから作るのが楽だ。

「よいしょ、っと」

目の前の畳を引っぺがし、その下の木の床をこじ開け、土の地面に触手を突き刺す。
土の中に潜った触手を分岐させ、周囲の土を取り込みつつ金属製の外枠を作り小さめの部屋を一つ作り出す。
簡易な炉と水を溜めておける風呂桶の様なものだけの簡単な設備。
更に、火に入れても金属と同じように赤熱するだけで燃えない不思議な布、糸、綿と、裁縫道具と机。
大体完成した所で、一旦地下鍛冶場に降りて内部構造を確認する。

「ふむ」

焼き入れの時の蒸気を逃がすのに煙突が必要になるな。後で蒸気を出しても良い場所が無いか女中さんから聞き出してみよう。
続いて鍛冶師。ぬいぐるみにフーさんというのもあれなので、この世界で拾ったあれを材料にする。
掌から人間の子供が入りそうなサイズの、パンパンに膨らんだ鞄を作り出す。
地面に落とすと、巨大な肉の塊が落ちた様な重々しい音が響いた。
鞄のチャックを開き、中からハンドボール程のサイズの肉と骨の塊──子供の頭部を取り出す。
さらさらとした銀髪とチョコレート色の肌の幼い少女の死に顔は苦悶に歪んでいる。
後頭部、頭蓋骨に守られていない隙間から細い触手を突き刺し、脳の記憶を改ざんする。
自分が何処で何をしていて、どういった最後を遂げたかという記憶を消し、鍛冶師の記憶、ぬいぐるみ造りの記憶、作るべきものの記憶、俺への服従心を植え付け、第一段階完了。
頭部を脇にどけ、鞄の中から首の無い少女の身体を取り出す。
心臓を鋭い刃物で破壊されており、その他内臓、脊椎にもダメージが入っている。
患部にこれまた細い触手を突き刺し、傷口を埋める様にUG細胞を埋め込み、機能を取り戻した処でUG細胞の働きを抑える。
首の切断面以外の損傷を修復した身体を壁に立てかけ、その上に先ほど脳味噌を改造した生首を乗せ、切断面をUG細胞で作られた糸でつなぎ合わせる。
最後に、UG細胞で直接蘇らせると凶暴化する可能性があるので、首のUG細胞も活動を休止させ、デモニアック化出来ない様に調整したペイルホースを打ち込んで──

「ん、うに……、おはよー!」

「うん、おはよう」

完成。
民族衣装を着た見た目は年齢一桁の銀髪褐色肌の少女が、苦悶の表情から寝ぼけたような表情に変わり、次の瞬間に目をカッと見開きその場から跳ねる様に跳び起きた。
通常、自分の死の記憶やら以前の生活などの記憶と現状との齟齬から、召喚酔いならぬ蘇生酔いとでも言うべき状態になるのだが、記憶をあらかじめ弄ってやればこんなものだ。
蘇生するまでに下準備を終えてしまえば、後は指令を下すだけ。
言ってしまえば料理と一緒で、下ごしらえの段階で手を抜かなければ料理自体にはそれほど手間もかからないのである。

「さぁ、ぬいぐるみ鍛冶師試作一号よ! ここにある素材を用いて、着ぐるみ型劒冑試作一号『にせいむらまさちゃん』の作成に取り掛かるのだ!」

「はーい!」

俺の命令に、針と糸と布を手に笑顔で応える褐色幼女を残し、俺は女中さんに煙が出ても大丈夫な場所を教えて貰いに行く事にした。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

湊斗景明が堀越御所に運び込まれてから二日目の夜。
堀越御所から少し離れた人気の無い道を静かに、しかし風の如く掛ける人影があった。
普陀楽に軟禁されていた姉を公衆の面前で辱めた古河公方を追い、堀越御所に忍び込んでいた黒瀬童子。
侵入していた事を気取られ怪我を負い、隠れこんだ部屋の一時的な主である湊斗景明と三世村正の手を借り、この武者の警備の無い離れた小道まで連れ出してもらったのだ。

(何時か、恩を返せればいいが……)

どういった意図があったにせよ、あそこで騒ぎを起こさず、更に脱出の手引きまでしてくれたあの二人に、黒瀬童子は感謝の念を抱いていた。
最も、堀越御所で居候をしながら六派羅側の人間では無いというからには、それなりに複雑な身の上なのだろうし、その恩を返す機会には恵まれる事はそうそう無いだろうとも考えていたのだが。

「……っ」

足を止める。
周囲は暗く、月明かりだけが森の木々を抜けて地面を照らす夜道。
辛うじて人の通れる程度のその獣道に、一人の男が佇んでいた。
黒いスーツにサングラス、張り付いたようなというには余りにも胡散臭さの深さが強すぎるニヤケ顔。
そんな不審な男が、エンジン音の代わりに軽いモーターの様な音だけを鳴らす自動二輪に跨っている。
まるで、黒瀬童子を待ち構えていたかの如く。
身構え、このままやり過ごせるかどうか考える時間は直ぐに終わった。
結縁した劒冑からの警告があったのだ、あの自動二輪は劒冑である、と。
そして、まるでその劒冑の金打声が聞こえたかのように、胡散臭い男は黒瀬童子の潜む藪のへ顔を向け、にぃ、と口の端を歪ませ、

「──」

此方には聞こえない声量で何事か──恐らくは誓約の向上──を呟き、装甲した。
男の跨っていた自動二輪がバラバラに、いや、粉々に砕け、それが瞬時に男の肉体と結合、装甲する。
一瞬で装甲した男はしかし、未だ姿を見せぬ黒瀬童子に襲いかかるでも無く、しかし黒瀬童子が潜む茂みから目を離さない。
逆に、黒の瀬童子もその武者から目を離す事が出来ないでいた。
自動二輪という現代の作であろう事が分かり切っている、数打の劒冑で間違いないと思えるそれの装甲時の姿は、異様、という一言に尽きた。
例えば真打劒冑には重拡装甲、単鋭装甲といった括りがあり、その外見的特徴からある程度の性能を知る事が可能である。
逆に数打ち劒冑は量産性を高め、多くの武者で一つの劒冑を使い回せるよう、あるいは一つの劒冑が壊れた時に他の劒冑と変えても違和感無く戦えるよう、ある程度個性を潰した汎用的な造りになっている。
目の前の数打と思しき劒冑も、この例に漏れず個性を潰した作りではあった。
では何をもってこの劒冑を異様とするか。
この劒冑、重拡や単鋭という個性どころか、これが劒冑である、という個性までもを潰しているのだ。
武者や竜騎兵と形容するにはそのシルエットは余りにものっぺりとしている。
頭がある。首がある。胴体があり、手足が生えている。そしてそれらパーツに大雑把に粘土を張り付け表面を慣らした塑像の様な装甲が覆っている。
ただそれだけ。母衣も合当理も存在せず、空を飛ぶのかさえ怪しい。
おぼろげな人影の様な武者。影絵の武者だ。
影絵の武者が身を揺らす。塑像の様であった装甲が波立つ様に蠢く。
手には何時の間に大太刀を握りしめ、黒瀬童子の居る茂みに切っ先を向けている。
その切っ先が、黒瀬童子を挑発するように揺れている。
考える。
『あれ』がどのような武者、どの様な劒冑であったとしても、こちらが捕捉されている以上、生身では逃げる事すら容易では無い。
この場で装甲し、茂みの中から不意打ち。これも問題外。既に居場所が割れているのに奇襲も何もあったものでは無い。
茂みから獣道へと踏み出し、影絵の武者と対峙する黒瀬童子。
武者は大太刀を手に下げ、黒瀬童子が装甲するのを待っている。
それに不審を覚えながら、しかし劒冑から伏兵などの存在が居ない事を知らされている黒瀬童子は堂々と装甲ノ構を取り、誓約の口上を唱え、装甲した。
あっさりと、何の妨害も無く装甲を済ませる事が出来てしまった事に戸惑いながら、黒瀬童子は口を開き、未知の相手へと問いかけを行う。

「……追っ手か?」

「物取りです」

あっさりとした返答に甲鉄の下で眉を顰める。
先程の二人とのやりとりの時に自分が言った台詞であったからだ。この武者はどの時点から自分の事を見ていたのか。
刀を構え、油断無く相対する武者を観察しながら考える。
六派羅の追手であれば自分の身分を偽る必要はない。そもそもこの受け答えが発生する訳が無い。
で、あるならば、この武者の目的や如何に──?
兎角、この武者は自らの目的を明かすつもりは無く、ここを何事も無く通すつもりも無いらしい。
大上段に刀を構えた武者に対し、刀を下に構え、一歩踏み込む。
地摺りの青眼、下段の刀をプレッシャーに、がら空きの頭部を誘いに使い、踏み込んできた相手に斬り降ろされるよりも早く、下段から跳ね上げた切っ先でもって喉や胸に刺し貫く技法。
影絵の武者が、黒瀬童子に踏み込み太刀を振り降ろす。
その胸に、黒瀬童子の刀の切っ先が呆気なく突き込まれた。
影絵の武者の背から、黒瀬童子の突き出した刃の切っ先が見える。
教科書に乗せる事が可能な程の理想的な絵図。
勝った。
そう確信した黒瀬童子は、その確信を抱いたまま、この世から消滅した。

―――――――――――――――――――

特殊な能力無し、凄く強い訳でも無く、素晴らしい戦術を持っている訳でも無い。
黒瀬童子はつまりそんな程度の武者。凡百では無いが、特別と言える何かを持っている訳では無い。
剣術の腕は上の下か中の上程度、真打のお陰でまぁまぁ強いというだけの武者。
良くある凡人系主人公の如き、岩に齧り付いてでも生き残り、最終的には勝利を掴むといった命の煌めきを持っている訳でも無い。
戦って得られる物は何もない。

「そんなのと、まともに戦う、訳が無い」

字余り。季語が無いから川柳だな。
俺は身体の前面、胸部から腹部辺りから生えている、『食べ掛け』の黒瀬童子を身体の中にずぶずぶと押し込みながら考える。
俺や美鳥、版権で言えばアプトムなどもそうだが、何らかの対策を備えていないのであれば、融合捕食能力を備えた相手との白兵戦は鬼門だと言える。
特に俺と美鳥は、取り込むだけならほぼ一瞬で取り込むことが出来るのだ。
先ほどの様に、不用意に突っ込んでくるのはアウト、刀を突き刺して、そのまま放置したのも論外。
突き刺さった刀を通して融合し腕の制御を奪い取り、刀を離せない状況を作り出されてしまえば、あとはゆっくり捕食するだけ。
挙句、黒瀬童子は俺に刀を突き立てた時点で勝利を確信していた。俺を未知の存在だと感じながら、だ。
首を撥ねれば勝利というのが武者戦の基本ではあるが、相手が未知の劒冑であれば少しぐらい警戒するべきではないか。
世の中には仕手が真っ二つに両断されても戦闘を続行する劒冑も存在していたし、この世界にこの間生まれた劒冑は仕手を木偶人形にしてでも延々戦い続ける異能を持っているのだ。
敵を殺そうと思ったらきちんとバラバラに引き裂いて心臓と脳を潰して、脳チップのような記憶媒体が無いか調べてみるのが基本だろう。
世の中には爆発する船から飛び降りて、どう見ても船のスクリューに巻き込まれていたのに、次の巻では何事も無かったかのように再登場する敵役だって存在するのだ。
しかも理由が『便利な自動回復アイテムがあってな』
その理屈でいくと、死んだのを確認した後に怪しげな装飾品は全て引っぺがす必要も出てくるか。
とにかく、胸を貫けば死ぬだろうなどと、ホントに状況判断が甘いと言わざるを得ない。
──無論、刃が即座に対象から離れる斬撃ではなく、突きが来る様に構えで誘いもした訳だが。

「せっかくの真打劒冑も宝の持ち腐れだったな」

とはいえ、この劒冑から得られる情報も黒瀬童子の能力も、俺にさしたる力を与える事は無い。
劒冑は業物ではあるが陰義を持つ程のものでは無く、黒瀬童子の剣術知識、運用理論もたかが知れている。
なんとなく取り込んで見たものの、俺も間違いなくこの劒冑のデータを持ち腐れるだろう。
ふむ、そう考えると全く意味の無い外出でも無かったか。

「人のふり見て我がふり直せ、だな」

敵にはしっかりと止めを、最後まで油断しない。
これを守っていれば、スパロボJ世界では勝利を手にしていた可能性も高い。
手に入れた宝を持ち腐らせるのは俺も同じ。
俺も、一歩か十歩か百歩か、何かを踏み違えれば黒瀬童子と同じ様にあっさりと人生に幕を下ろしてしまう。
そんな当たり前の様で忘れがちな大切な事を彼は身を持って──

「ぁふ」

欠伸。
長々と考え過ぎていたせいもあるが、取り込んだ黒瀬童子とその劒冑のデータの最適化でほんの少しだけ眠気が襲ってきたのだ。
全体容量からして極々僅かな変更なので欠伸程度だが、もう今夜は殆どする事が無い。
そろそろ美鳥も帰ってきている頃だろうし、丁度いいのでさっさと眠ってしまおう。
俺は除装した劒冑、環状リニアモータードライブ式バイク型劒冑に跨り、堀越御所への道を走りだした。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

魘され飛び起き、『寝れば寝る程疲れる気がする』などと呟き、その疲れからか再びあっさりと眠りに付いた湊斗景明は、慣れ親しんだ何時も通りの悪夢に苛まれていた。
自分の手によって殺された人たちの夢。
自らの手で破壊した銀星号の卵の数の、丁度二倍の犠牲者。
老いた老人、満足に動けない身体の子供、新聞記者。
何の罪も無く自分に殺された。自分が殺した相手。殺されたと訴える被害者。
笑顔で自分がどのように殺されたかを誇らしげに語ったかと思えば、怒りに醜く歪んだ顔で悪鬼と叫びつけてくる。
自分が殺した人々。卵の寄生体となった相手すら混じる。
暴き立てる事も出来ず、幻として現れる事しか出来ない死者の群れ、湊斗景明罪の顕現。
一人足りとも忘れた事は無い。忘れる筈が無い。
だが、居ない、足りない。
葛藤の果てに、一人残されては生きていく事も適うまいと、選んで殺してしまった幼子の姿。
何処にも居ない。姿を思い浮かべる事すら出来ない。
鮮明に記憶していた筈の、蝦夷の少女の姿を、その死に様を。

《…に…ゃぁ》

声が聞こえる。蝦夷の少女の声だ。
だが、憎悪が滲むでもなく、皮肉の様に自らの死を説明するでも無い。

《にぃや……》

虚ろな声。

《にぃやぁ……》

唯その発音を喉が、口が覚えているから繰り返すだけの、見せかけの感情すら乗らない声。
それは心の無い、獣の鳴き声、虫の咆哮。
姿を探す。探さなければならない。身体すら自由にならぬ夢の中で湊斗景明は声の元を辿る。

《にぃぃやあぁ……》

声が途切れる事はない。声の元を辿るのは容易い。
だが、途切れる事無く繰り返されるその声は、自分の手すら見る事の叶わぬ夢の暗闇の中、そこかしこから聞こえてくる。
しかし諦める事無く探索を続け、何処に響くとも知れぬ反響の中から、やっとの思いでその声の主の姿を見つけ出した。
地面に横たわっていると思しきその声の主の身体を持ち上げる。
それは、今まで見たどのような死に様よりも奇怪で、グロテスクなものであった。
切り離された筈の首は半ばまで繋がっている。
だが、その断面から漏れだす物は何か。
綿と、血。
縫い包みに用いられる様なその綿はうっすらと光輝を帯び、血は水銀を混ぜたかのような、重金属工場の廃液の様なおぞましい色合い。
一糸纏わぬその肢体は所々焼け爛れ、無事な個所はそのチョコレート色の肌と同じ布に覆われている。
いや違う、布に覆われている訳では無い。肌が布になっているのだ。
持ち上げた腕に返る感触は、所々に縫い包みの柔らかさ、肉と骨の硬さが乱雑に入り乱れている。
人間と縫い包みの合いの子。
人を模して、しかし人とは確実に違う物として造られた人形に対する、悪意に満ちた戯画(カリカチュア)
人ですら無い、死人ですら無い何かが、自らを抱え上げる者を見上げ、微笑んでいる。

《にぃや、にぃやぁ、にぃぁ、にぃやぁぁぁぁぁぁ》

壊れかけのラジオの如く、唯只管に鳴き声を上げる。感情すら乗らない声を繰り返す。
いや、違う。
この声は、喜びの感情に満ち溢れているのだ。
何の理由も無く、この状況、自らの状態に対して疑問すら持たず、喜びの感情だけで持って声を上げ続ける。
唯一つの感情しか持たない。唯一つの言葉しか発さない。
それはつまり、無感情で無言なのと同じなのではないか。
言葉にはやはり意味など無い。
唯、最後に残った言葉に、最後に残された感情を乗せて、表現しているのだ。
縫い包みと人の混じった、今にも胴体から千切れ落ちそうな頭、その頭に張り付いた顔が、湊斗景明を見つめる。
眦を緩やかに下げ、口は歪んだ半月。
貼り付く様な、しかし楔の様に少女に打ち込まれた強い感情。
天使の如き慈愛に満ちた、優しげな微笑。

「あ、ぅあぁぁ……」

自らの内から溢れる、表現するのもおぞましい感情に突き動かされ、抱え上げていた蝦夷の少女『だったもの』を取り落とす。
ごしゃ、ぼす、という人と縫い包みの出す二つの音が、夢の中に響き渡る。
見通す事の出来なかった暗闇に、光が生まれる。

《にぃや》

《にいや》

《に、ぁ……》

光源は、死体。
無数の、数えきれない程の少女の死体から溢れた極彩色の血液が、肉と代わりに詰められた綿の、骨の代わりに埋め込まれた鋼の光を反射して光源を生み出しているのだ。
死を弄ばれ、生の価値を踏みにじられた少女の馴れの果て。
夢の中、起きれば忘れる薄い思考の中で、湊斗景明ははっきりと確信した。
自分が殺したから。

「……っひ、」

自分に殺され、捨て置かれ。

「ひあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

彼女は今も、苦しむ事すら出来ずに、死に続けているのだ。

―――――――――――――――――――

俺の触手が最後の失敗作の心鉄を砕くと同時、堀越御所のどこかから恐怖にひきつった男性の絶叫が聞こえてきた。
この低めの声質は……、暗闇星人か。

「お兄さん、そっちは終わった?」

背から生やした数本の触手に、様々な種類の劒冑のぬいぐるみを突き刺した美鳥がこちら。

「討ち漏らしは無いぞ。ちゃんと一つ残らず心鉄を貫いて殺してある」

「いやー、まさか試作とはいえ、一つ残らずまともに完成しないなんてねー」

「完成はしただろう。求める所とは違かったが」

俺が作ろうとしたのは、あくまでも装甲して着ぐるみになるヌイグルミの劒冑であって、持ち主が眠ったのを見計らって勝手に外に飛び出て動き回る呪いの人形ではない。
朝から作っていたヌイグルミ型劒冑には欠陥があった。
部分的な記憶消去のせいで劒冑になった後も子供らしさが残ってしまい、遊ぶ、という劒冑にもヌイグルミにもあるまじき行為を始めるらしい。
しかも動かすのが鉄の塊ではなく繊維の塊であるせいか、少ない熱量で長時間の自律行動が可能とあって、動きだしたヌイグルミ達はてんでんばらばらに、しかもかなりの距離を移動してしまう。
最終的に部屋に飾られる可能性の高いトリップ記念のお土産としては、余りにも相応しくない機能だ。

「しかも一丁前に陰義まで使うし」

ヌイグルミ達に発現した異能、陰義のお陰で全ての劒冑を捕まえる頃には丑三つ時を軽くオーバーしてしまった。
小賢しくも精神同調と幻覚を操って俺を惑わしに掛かってきたのだ。
もっとも、それも俺の身体の一部から湧き出る力であるが故に、あっさりと明後日の方向に弾き返せたのだが。
そんな感じで一つ一つは然したる脅威にはならないのだが、断続的に放たれる様々な種類の陰義によって妨害を受け、当初は破壊せずに生け捕りを狙っていた俺達はかなり翻弄されてしまったのだ。

「動いて陰義まで使うとか、保管に手間が掛かって仕方が無い。真打形式じゃなくて数打と同じ感じで行くしかないか?」

安っぽい物にはしたくないし、色々な意味で『心の籠った』お土産にしたかったが、不便に土産を贈るよりは余程ましだろう。

「それが妥当かもねー。つか、他には代案は無いの?」

突き刺した触手からヌイグルミを取り込んで始末している美鳥の何気ない問いに、心鉄を貫かれた二世村正型のヌイグルミを掌で押し潰しながら、しばし考える。
圧縮されたぬいぐるみはテガタイトの如き金属板に変化した。その硬質な手触りを感じながら答える。

「オリジナル正宗さんの欠片をモチーフにした、独立形体が菜箸の劒冑風ミトンとか」

ヌイグルミの材料は結局金神の水で金属繊維に変質させた普通の布と綿なのだが、金属繊維であるという性質上、束ねればそれなり以上の強度を誇る。
このヌイグルミ劒冑造りの副産物を使えば、独立形体と装甲時の強度、手触りに変化を付ける事も可能な筈なのだ。
熱が伝わり難い金属で長めに作って、ミトン装甲時には繊維状に分解して質量を誤魔化す。
デザインも正宗さんの腕をイメージしつつもポップでキュートなデザインに仕上げ直せばいい感じの一品になるだろう。
俺の答えに、美鳥は信じられないとでも言いたげな表情。

「革命的だわそれ。農家止めて発明家になった方が人生得するレベルで」

「そんな馬鹿な」

褒められて悪い気はしないが、間違ってもそんな博打染みた職には就労したくない。
美鳥に裏拳気味の突っ込みを入れながらも、俺は菜箸の長さ太さ重さ、ミトンの厚みと断熱性についての計算を始めるのであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

夜が明けて、堀越御所滞在五日目。
失敗作のヌイグルミ型劒冑の捕獲を終え、客室に戻り布団に入ったのは午前四時で、現在時刻は午前九時。
もうここで手に入る物は何もないので、親族の許可を得て銀星号、いや、『湊斗光』の最終治療を行い、今日の夜にはここを出て行く事になるだろう。
折角の最終日、この時間帯は銀星号も活動していないので、庭にテーブルと椅子と日傘を用意して優雅に朝食をとる事にした。
堀越御所に来てから本格的な和食ばかりだったので、洋風やら邪道やらを味わおうという魂胆もあったのだが……。

「おかしいな」

「それはこの高級旅館の庭園みたいな見事な庭にテーブルとイスと日傘のティータイムセットの組み合わせ? それともお兄さんが手に持ってるチャーハンサンドイッチが?」

俺の手の中のサンドイッチを嫌そうに半目で見つめる美鳥。
そんなに駄目だろうかチャーハンサンドイッチ。お好み焼きをオカズにするのがありならチャーハンを具材にするのもありだと思うのだが。
むしろ、お好み焼きをオカズにするのがありなら当然タコ焼きもオカズに入ってしかるべきではないか。
そもそもアラブの方では米はルッズ、ロッズなどと呼ばれ、野菜の一種として扱われているのだ。
つまり、このチャーハンサンドイッチは分類すれば野菜サンドと同種の扱いが可能なのである。
そもそも、食パンに目玉焼きやベーコンと一緒に蒲焼さん太郎やわさびのり太郎を挟んで美味そうに食べ、マグカップに移したブタ麺をスープ代わりにする美鳥に食に関してどうこう言われるのは心底納得いかない。
納得いかないが、家で食事を取るとあまり派手に外道食いは出来ないので、元の世界に戻るまでの我慢とツッコミを抑える。

「違う、そうじゃなくて、あれだ」

庭の一角を食べ掛けのサンドイッチで指し示す。
そこには一組の男女が、一本の木に身体を向け微動だにせず構えている。
二人の目の前の木の枝には極々一般的な椋鳥が羽根を休めていた。

「あん? ……あぁ、やっぱり続けてんだ」

美鳥は興味の無さそうな視線を二人にいや、無想という境地を目指す湊斗景明に向けている。
美鳥にとってこの状況は想定外の出来事では無く、しかし余りにも意外性が無く詰まらないイベントなのだろう。
目指す事が無駄な夢想を目指している。つまり、無我を目指せという助言は受けていない事になる。
古河公方と出会っていないのだ、ここのこいつらは。

「同太貫は手に入った訳か」

「んー」

ブタ麺を片手でずるずると啜りながら、テーブルの上に置かれた美鳥の掌から金属の塊が湧き出しある一つの形に収束する。
直径五センチ程の甲鉄の甲羅を背負った小さな亀。
甲羅を下にしてテーブルの上に落としたその亀をフォークで突きまわしながら、美鳥はブタ麺のスープを喉に流し込み、マグカップをテーブルに置いた。

「けぷっ。……独立形体の亀を先に取り込んじまったし、騒がれるのも面倒だからハゲにはラースエイレム使ったから戦いにもならんかったよ。正直、ああいう烏賊臭いおっさんは取り込みたくないんだけどねー」

「乙女な意見だな」

まぁ、確かにちんこ臭いおっさん取り込むよりは、綺麗な女の子や見ていて目の保養になるイケメンの方が取り込むのに抵抗は少ないが。

「乙女だよ」

語尾にダブリューが付きそうな半笑いの美鳥の一言にあいまいな笑みを返す。
まぁ、乙女の定義自体が曖昧な訳だし、結婚していない歳の若い女、という意味で言えば確かに乙女だとも言える。
こういうのは自称した者勝ちだろうと無理矢理納得してしまおう。本人も逆で言ってる節があるし。

「普陀楽には簡単な受け答えができる肉人形を置いてきたから、今日一日くらいはばれないんじゃないかな」

となると、サーキットへ遊びに行くイベントは無し。
つまり、今日は湊斗景明、三世村正、足利茶々丸の予定が丸一日空いてしまっている訳だ。ついでに言えば、銀星号も夜半過ぎまで目覚めない。

「丁度いい、三時のおやつを食べたら、湊斗光の治療を始めよう」

「親族への許可がどうたらってのはいいの?」

「ああ、よくよく考えたら、俺達のできる治療って、事情を知らない奴が見たら何がなんだか分からないだろうしな。治療の終わった患者に引き合わせるだけでいいだろう」

肉体の治療は注射一本分のナノマシンで終わるにしても、精神の治療となると何かの宗教か冗談の類にしか見えないのだ。

「ふー、ん。お兄さんって、姉でも無ければ手駒でもない女の子にそこまで手を尽くせるんだ。ちょっと意外かも」

「今回のテーマが初心者救済トリッパーだし、それほど手間は掛からんからな」

街中でゴミが落ちていれば拾ってごみ箱に入れる。
横断歩道を渡ろうとしている老人がいたら、急ぎの用事が無く、気が向いたなら手を貸してあげる。
話し相手の社会の窓が開いていたら、少し時間をおいてから指摘してあげる。
相手はそれで助かり、俺は少しばかりの満足感を得る事が出来る。
これはその程度のお話なのだ。世の中助け合いが肝心なのである。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「で、どこに連れて行くつもりなのよ」

自分たちを先導し屋敷の中を進む少女に、仕手の修業を邪魔されて不機嫌そうな三世村正が声を掛ける。
銀星号を倒す、殺す為に必要な状態、無我の境地に至る為の試行錯誤の途中、堀越御所の主である少女足利茶々丸に呼び出されたのである。

「あても呼び出された側なんだ、内容なんて知るかよ」

呼びかけられ、振り向く事も無く応える茶々丸も負けず劣らず不機嫌さ隠すつもりも無い荒い口調。
彼女もまた、執務の最中に唐突に呼びかけられ、二人を連れてくるように指示されただけなのである。

「でも、」

ふと、歩みを止めずに顎に手をあて考え込む素振りを見せる茶々丸。
立ち止まり顔を上げ、湊斗景明の顔を真剣なまなざしで見つめながら、ゆっくりと口を開く。

「たぶん、お兄さんと、御姫に関わることだと思う」

「自分と……、光に?」

「ん」

景明に頷きを返しまた歩き出した茶々丸は、自分と景明と村正を呼び出した者達の事を説明する。
といっても、全てを話す訳では無い。
自称神で、神と呼んでも問題無い程の異能を持っている、などという話は今回の呼び出しとは関係無いからだ。
自然、彼等が医者紛いのボランティアである事、彼等が口にした胡散臭い活動方針、湊斗光が銀星号である事を理解しながら、死に瀕していた彼女の肉体を完全に癒し切ってしまったという部分だけを説明する事になった。
それらの内容を説明する上で、銀星号として力を振るう度に湊斗光が衰弱していくことも、景明と村正に明かされた。
一通りの説明を受けた所で、村正は激昂した。

「なんで、なんでそいつらはそんな……!」

「救えそうだから救った、だとよ」

「何よそれ! 頭おかしいんじゃないの!?」

「うっせ、あてが連中の残り正気度なんぞ知るか。あてが知ってるのは、患者の善悪に関わらず治療するとか、医は仁術とか、そんな良性の言葉とは無縁の連中だって事くらいだ」

心底嫌そうな茶々丸の口調に、村正は違和感を覚える。
言葉の内容からも、彼女がその連中を信用していない事は明らかだ。

「……貴女、なんでそんな連中を招き入れたの?」

ここ二日の滞在で村正には分かった事がある。
彼女は時折意味深な事を言い行動も破天荒ではあるが、決して頭は悪く無く、警戒心も強い。
そんな彼女が、得体の知れない、人格すら信用できる処の少ない人物を自らのテリトリーに招き入れるのだろうか。

「あいつらが勝手に押しかけてきて、勝手に治療してただけだ。……あいつら以外に、治療が出来る医者も居なかったからな。腕『だけ』は確かなんだよ、あの連中」

言葉尻に舌打ちを入れた茶々丸の言葉を最後に、全員の言葉が無くなる。
無言のまま廊下を歩き、曲がり角を数度曲がり、一つの部屋の前に辿り着く。
三人の呼び出された場所、湊斗光に与えられた部屋。
まだ日が明るい時間だからか部屋の明かりはついていない。
が、中からは話し声が聞こえる。
茶々丸の手が添えられ、静かに障子戸が開かれた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

さてさて、無事に湊斗光の治療を終え、『正気を取り戻した湊斗光』との対面を果たした暗闇星人──湊斗景明の表情は、僅かばかりの苦悩や葛藤を湛えつつも、やはり安堵の度合いの大きなものであった。
ここまでくれば後は葛藤の後に訪れるであろう決断、『銀星号の罪を暴き立てず、湊斗光と静かに暮らす』という選択肢を待つだけで一山幾らのハッピーエンドの完成である。
『殺すしかない悪人を改心させ、生き残らせる』
旅のしおりに書かれていた項目も一つ埋まり、何よりさりげなく湊斗景明の妹である湊斗光を救いたそうにしていた、俺の妹ポジションにあたる美鳥の喜ぶ顔も見れ、姉さんへのとびきりの明るい土産話も出来て万々歳。
だというのに、だ。

「なんでそんな不服そうなんですか貴様等は」

「あんま恩知らずだと。ここら辺にエロ触手植物の種ばら撒くよ?」

湊斗光と湊斗景明だけが残された部屋から出てすぐ、俺と美鳥は少し離れた部屋に連れ込まれた。
目の前の二人の女性の内の一人の手によって、だ。
しかもその女性、此方の胸倉を掴み、射殺さんばかりの視線を向けてきている。

「なんで、じゃねぇ」

ギリ、と歯を食いしばる音。
此方の胸倉を掴み上げている女性、足利茶々丸は、砕けんばかりに食いしばった歯の隙間から擦れた声で疑問を発する。
とはいえ、言いたい事は分かる。何故こんなに激昂しているのかも。

「御姫が自分の事を覚えていないのが、そんなに不服かな?」

「悪ぃか」

衝撃的な出会いを経て、本来の目的から逸れ始めた今でも、足利茶々丸は湊斗光、銀星号に好意を抱いている。
その相手が自分の事を忘れているとなっては、怒るのも仕方が無いといえるだろう。

「悪くは無いな。悪くは無いが、俺に当たるのはお門違いというものだろうよ」

「っ、テメェ……そりゃ、どういう事だよ」

俺の言葉に反応し、胸倉を掴み上げる手に更に力が込められる。
そのまま生体甲冑の怪力で持ち上げられそうになったので、手を払いのけて襟を正す。
純粋な組打ちの実力なら負けるが、堀越公方の肉体の半分は俺、金神の身体から派生した金属生命体、握力を少し緩めさせる程度なら造作も無い。

「足利茶々丸の事を知っているのは、湊斗光であって湊斗光ではない」

「!」

「故に、正気に戻った湊斗光が足利茶々丸を知らない、というのは至極当たり前の結果じゃあないか」

息を呑み、こちらから視線を逸らす堀越公方。
その外見に似合わぬ剛力は萎え、しなしなと萎れた花の様にその場で脱力して崩れ落ちてしまう。
まぁ、唐突に親しい友人が記憶喪失も同然の状態になったと思えばこうなるのも仕方が無いか。
と、ここまで黙っていた三世村正が一歩前に出た。

「ちょっとまって」

片手を上げて、少し控えめな声量。
心なしか俺とも美鳥とも距離を取っているのは一昨日の甲鉄測定が後を引いているのか。
いくら目的を持って鍛えられた劒冑だとしても、恥じらいや恐怖まで残すのはやり過ぎではなかろうか。
いや、そもそも普通の鍛冶師にはそこら辺の感情量の残し具合は調節できないんだったか。

「正直言って訳が分からないわ。湊斗光は銀星号としての記憶を失っているし、二世(かかさま)との繋がりも感じられない。……貴方達は一体何をしたの?」

なるほど、確かに銀星号がどのような理屈で動いているか、という説明を受けていない状態では、唐突に湊斗光が記憶喪失になったように見えるだろう。
二世村正は仕手である湊斗光との繋がりが治療の邪魔になるので、仕手と劒冑のつながりを断つ為に、ステイシスさせた上で少しばかり未来に送らせて貰った。
まぁ二世に関する説明は適当にはぐらかすにしても、湊斗光の状態と銀星号の正体程度は説明しておくとしよう。
俺が口を開き、説明を開始しようとしたところで障子戸が開き、陰鬱な雰囲気を背負った男が部屋に入ってきた。

「自分にも説明していただけますか」

暗闇星人──長いので以下景明──だ。
今朝方見た時も少しばかりやつれていたが、今見ると更に影がさして見える。
今回の治療の結果、間違いなく彼の中で激しい葛藤があったのだろう。
常識的に考えて自動発動型の読心能力は不便なので欲しくないが、こういう時にちょろっと人の心を覗いてみたくなるのは人情というものではなかろうか。

「勿論、今では唯一残った湊斗光の血縁者ですからね。えぇ、えぇ、治療内容の説明くらいはさせて貰います」

「……」

さりげなぁく、『あたしゃぜぇんぶ知っておりますよ』アピールをしたのに、リアクションが無いのは寂しいなぁ。
とはいえ、この人に派手なリアクションとか苛烈な感情表現とか求めるのは酷か。
返事をするでもなく俯いて押し黙ってしまったのが精いっぱいのリアクションだと思う事にしよう。

「といっても、答えられる事は少ないんですけどね。しいて言うなら、『頭のイカレていた湊斗光が正気に戻った』としか説明のしようが無い訳ですよ」

「だから、どうやってそれをやったって言うの!」

「精神病の治療ってのは少しばかり手順が複雑でしてね、詳しい方法を説明する訳にはいきませんが、彼女の心を砕いた原因、鉱毒病を患っていた時の記憶、その大半を消させて頂きました」

「記憶を……?」

びくびくしながらも此方に迫ろうとして来る村正を掌で押しとどめつつの説明に、景明が何事か考え込む素振りをした。
何を考えているかは大体分かるので、説明を続ける。

「そもそも人の人格というのは、それまでの生涯で得た知識、そして記憶を元に形作られています。二年前に鉱毒病の治療を終えた直後の湊斗光は、闘病生活中の激痛に精神を蝕まれ頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回された状態だった訳です」

「そんで、まともにモノも考えれんような状態で汚染波を操る二世と接触、ハッピーバースデー銀星号。で、あたしとお兄さんは、頭がぐちゃぐちゃになっている原因である苦痛の記憶を、鉱毒病に罹った数日後辺りまで消して、きちんと思考できる状態にした訳さ」

ここまでの証言に、俺も美鳥も一切の虚偽は無い。
湊斗光の人格が崩壊した原因は間違いなく鉱毒病であるし、銀星号が生まれたタイミングにも間違いは無い。
記憶消去による人格の再構成も完璧である。
何一つ嘘は無いのだ。何しろ今の俺達は超善良なトリッパーであるが故に。嘘など吐ける筈も無い。
そして、湊斗光が正気に戻っている事は、なによりも言葉を交わした景明達こそが自覚している、疑うべき所は無い。

「では、光は」

「ええ、『正気に戻った湊斗光は』もう銀星号には成り得ません」

震える声の景明の問いに鷹揚に頷いておく。
が、その表情は隠しきれない複雑な感情に歪んでいる。
当然だ、如何に正気での事では無かったとしても、銀星号は大量殺戮を犯している。
正気に戻ったから罪が帳消し、とはいかないのが難しい所だ。
何しろ、今現在の湊斗光の頭の中には殺人の記憶が存在しないのだ。自分の罪を自覚する事すら出来ない。
何も知らない湊斗光を、一体だれが裁く事が出来るというのか。
とはいえ、それを悩むのも決断するのも目の前の男と、この世界の法だ。俺が考える事じゃあ無い。
存分に悩んだ後で、自分なりに納得いく結論を出して貰う他無いだろう。

「……それで、かかさま、二世村正は何処にやったのよ」

今の今まで黙っていた村正が口を開いた。
ここまでの出来事は湊斗景明と湊斗光の間に関する話だったので口を挟めなかったのだろう。

「結縁したままだと色々と治療に不都合でしたからね、少しばかり隔離させて貰ってますよ」

「じゃあ、」

「二世の破壊を目的とする貴女に引き渡したいのは山々ですが、今ここに連れてくると、浅い眠りに付いた湊斗光の身体を乗っ取られる可能性があるので、今日の夜にでも引き渡しますよ。『湊斗光が熟睡した頃』に、ね」

「……なんでも知ってるのね」

片手で収まる程の数の人間しか知らない事実を容易く口にした俺に、三世村正は目を細めて警戒心剥き出し。
心地よい、実に良い視線と態度だ。
この、何故かなんでも知ってる怪しいキャラはスパロボJ世界であんまりやれなかったから、ちょっと未練があったんだよな。
本当は鉄也だの隼人だのに疑われるポジションに収まりたかったんだが、鉄也はプロじゃなくて勇者だったし、隼人はそもそもゲッター未参戦だったから諦めた訳だが。
そんなこんなで、湊斗光の治療は終了だ。
後は荷物を纏めて地下室を埋め立ててここから出て行くだけだな。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そして、夜が降りてくる。
月に照らされた堀越御所の廊下を、鳴無卓也と鳴無美鳥が歩いている。
湊斗光の治療を終え、もはや得るべきもの無しと判断した二人は、最後の仕上げを行いこの堀越御所から脱出、帰還までの時間を適当に潰すつもりなのだ。
二人の手には土産物の紙袋と大きめの旅行鞄、背には鎧櫃にも似た巨大な箱。
強化型通信遮断装置、仕手と劒冑の金打声だけでなく、結ばれた縁すら断ちきっておく事が可能な一品。
廊下をしばし歩き、立ち止まる。
立ち止まった卓也は、目の前の女性、湊斗光──いや、湊斗光の夢と笑顔で向き合う。

「こんばんは。良い夜ですね」

「こんばんは。うむ、新たな門出に相応しい、美しい夜だ」

挨拶もそこそこに、卓也は背に負った強化型通信遮断装置を廊下に下ろし、蓋の留め金を外す。
途端、蓋を開けて飛び出す銀色の劒冑、二世村正。
定位置である湊斗光の隣に、壊れた心から生まれた湊斗光の夢に寄り添う銀色の女王蟻。
何を問うでも無い。この状態は予測は出来ずとも予想は出来たから。
だから、余計な事は言わない。

「これだけは言っておきますが、このまま天下布武の為に戦い続けた場合、貴方の命は保証できません」

真剣さはない。
牛乳は身体に良い、そんな辺り前の事を説明するような口調。

「命の保証された戦いなど、在りはせぬ」

笑み、当たり前の様に、辺り前の答えが返される。

「そうですね」

「うむ」

無言。
これ以上話す事は無い。
天を仰ぐ湊斗光のような誰かはそのまま何時もの様に装甲ノ構を取り、何時もの様に誓約の口上を唱え、何時もの様に、天下に武の法を敷きに飛び立っていった。
その後ろ姿を数秒眺めた後、卓也と美鳥は再び歩き出した。
廊下を歩き、通りすがった女中や警備の兵とあいさつを交わし、玄関へと歩き続ける。
玄関から出、堀越御所の敷地から出てすぐ、また足を止める。
卓也と美鳥の目の前に立つのは、苦々しい表情の女性、足利茶々丸。

「結局、手前らは何がしたかったんだよ」

「分かりませんか?」

「分かってたまっか。これじゃ、お兄さんが、不憫過ぎる……」

俯き、唇を噛む茶々丸。握りこぶしは心なしか小刻みに震えている。
そう、卓也と美鳥は湊斗光の精神を立ち直らせはしたが、それで銀星号が消え失せる訳では無い。
銀星号は壊れた湊斗光の心が見る夢。だが、それは一夜毎に消える儚い夢ではない。
夢のメカニズムは未だ持って完全には解明されていない。例えば、長い間継続した内容の夢を見続けていたのなら、どうなるか。
……銀星号は、既に壊れた人格に残された願いの発露ではない。
湊斗光という少女の一側面、普段表には出ない別の面を現す、確固たる人格となり果てていたのである。
かつて心を壊された少女の欠片、少女が表に出してはいけないと思っている部分を司る別人格。

「一番可哀想なのは湊斗光だ。そこんとこ履き違えるなよ」

吐き捨てる様な美鳥の言葉。
結局のところこの世界、装甲悪鬼村正という大和の中の一部分を切り取ったお話の中で一番目立たず、悲惨な目に会ったのは湊斗光だ。
鉱毒病に侵され心を失い、自分の最も隠したい望みだけが独り歩きして、最終的には大量殺戮犯。
最後の最後で望みが叶ったから報われた、という話ではない。
あくまでも、それは銀星号、ムラマサ・ヒカルの願いなのだ。
銀星号は世界で一番純粋な湊斗光である。しかし、純粋でないからこその人間、不純物を織り交ぜて出来上がるのが人間なのだ。
例えば純粋な人格、思考を司る器官である脳を頭蓋から取り出して指差し、『これがあなたの本当の姿です』というのは普通に考えてありえない暴論である。
本心以外も持った、真実を呑みこみ、自らを押し殺し、娘ではなく妹であろうとした本当の湊斗光には、一切の救いが無いのだ。
初心者的救済をテーマとした今回のトリップ、卓也が最終的に救うべき対象だと彼女に中りをつけたのは至極当然の帰結だろう。
これから、湊斗景明は選択を強いられる。
起きている時の湊斗光を良しとして、銀星号を見逃すか。
眠っている時の銀星号を悪しとして、蘇った湊斗光諸共殺害するか。
湊斗景明にとって、究極的な善悪相殺。嘘の無い真の決着。
そして、湊斗光の虚偽と真実、どちらが生き残るか。
ようやく全てが対等な状態で、湊斗光と銀星号の戦いが始まる。

「用事はそれだけか?」

「……あぁ、もう手前らには何の用もねぇ。どこへなりと消えちまえ」

卓也の問い掛けに、茶々丸は悪態をつきながら不承不承頷く。
そんな茶々丸の横を会釈しながら通り過ぎる卓也と美鳥。
山道へと進む卓也と美鳥、その後ろ姿を見送り、茶々丸は自らの御所へと歩き出す。
門を潜り、屋敷に入る直前、空を振り仰ぐ。
月の昇りきった空、夜の闇を、白銀と深紅の流星が切り裂いていた。





おしまい。
―――――――――――――――――――

呪、完結。
ここまでの第一部第二部が最終回全編しっとり系だった事を考えると、バトルパートと堀越御所に入った辺りで一旦切って、最終回は治療の説明とラストシーンだけで良かったかもしれない第三十五話こと装甲悪鬼村正編最終回をお届けしました。エピローグはありません。
どこかのラノベ作法を教えてくれるサイトを斜め読みしていたら、物語は竜頭蛇尾で終わらせるべし、みたいな事を書いてあったからそれに従ってみた、訳では無いのですが、地味な終わり方ですね。
でも正直な話、普通に暗闇星人さんを絶望させて絶叫させるよりは、想像の余地を残しておいた方が興奮できるとおもうのですよ。
まぁ、毎度毎度最終回というかエピローグでは読者の方々の期待は裏切っていると思うのですが、ラストは静かに閉めるのはこのSSのお約束でもあるので。
明らかに投げっぱなしじゃねーか、とか言われると言い訳ができないんですけどねー。
ノリとしてはやや第一部に近いノリで纏まりつつ、所々に第二部のノリを入れることが出来たと思うのですが、そこんとこどうでしょう。
まぁ、第一部は読んで無いぜー、って人が多い感じなので返事は期待できないのでしょうが。

実のところ、この村正編はかなり雑な作りです。
プロットとかはやたら大雑把な骨組だけで、入りと中とオチしか決まって無いような状態での見切り発車同然。
治療説明のシーンを書いたり消したりしてる内に半月以上経過しちゃっているわで、反省点の多いお話になってしまいました。
正直、最初のバトルパートとかは二日程度で書き上がったんですけどねー、なかなかうまくいかないもんです。

自問自答コーナーは、あってもなくても同じ気がしてきたので省略。
疑問質問突込等ありましたら感想板までお越しください。


☆アンケート★
第二部まとめみたいな、主人公達の行動で運命を捻じ曲げられた人たちのその後とか、簡易な設定集とか、読みたいと思います?
正直、どいつがどうなってるかとか、ご想像の通りだと思うので、間違いなく蛇足になると思うのですが。
そこら辺可能な限りご意見下さい。


それでは、誤字脱字の指摘、文章構造の改善案、設定の矛盾に対する突っ込み、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもモールスでもいいので、作品を読んでみての感想などなど、心よりお待ちしております。









次回予告

「うー、ラノベラノベ」

今ラノベを求めて古本屋へ人並な速度で走る俺は農業を営むごく一般的な成人男性。
強いて違う所を上げるとすれば、ガチシスコンで姉以外にはあまり興味が湧かないってことカナー。
名前は鳴無卓也。
そんなわけで隣町で新しく発見した古めかしい造りの古本屋にやって来たのだ。
店内でラノベを確保し怪しげな奇書を物色し、ふと顔を上げると、何時の間にか目の前に、おっぱいが今にも溢れだしそうなスーツとスラックスに身を包んだ、黒髪と白い肌が眩しい、

「何かお探しものでも?」

《燦然と炎える三つ目》の女性が俺の顔を覗き込んでいた。

「ウホッ! いい混沌」




次回、原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを、第四部序章。

『(無限螺旋、)やらないか』

引き継ぎあり、超やりこみ式ループ世界編開幕!
おたのしみに。



[14434] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2010/11/18 05:27
強化ECSを展開、周囲の大気を操り俺の身体が発する音を消し、慎重に奇怪なフォルムの建造物の間を縫う様に移動する。
地に足は着いていない。周囲の大気を誤魔化せても、地面から伝わる振動で察知される可能性が高いからだ。
無論、今更普通の振動センサーや達人級の使い手に察知されるような雑な足運びをする訳も無いのだが、それでも消しきれない、通常では察知しきれないレベルの振動は残ってしまう。
そして、今の相手は間違いなくその振動をしっかりと察知しきれてしまう強敵。
石版からメモリースティック、あるいは人類ではそれが記録媒体だと理解する事すら出来ない様な奇怪な形式の図書、果てはUMDまで納められた本棚の影に潜み、脳内にマップを思い浮かべる。

(堂々としたものだ)

スパロボ式俯瞰マップ。
これは通常、物理法則いや、世界法則にしたがっている程度の相手にしか通用しない。
全く異なる法則を持った世界を十や二十程度体験した相手であれば、あっさりとこのマップから抜ける手だてを思いついてしまうだろう。
が、敵は真正直にこのマップに映り続けている。
時折ふらりふらりと気まぐれに移動を繰り返してはいるものの、標的がマップから姿を消す事は無い。
打てるものなら打ってみろ、当てられるものなら当ててみろという余裕があるのだろう。
確かにこの戦いの主旨はそれだ。
俺の攻撃を届かせる事が出来るか、今現在の俺の最大級の攻撃を撃ち込み、その実際の威力を確かめる。
その為、基本的に敵は此方の攻撃を回避しないし防御もしない。
その上、敵は戦闘形体ですらない。サンレッドで言えばTシャツ装備であり、バトルスーツの着用すら行っていない。
対する俺は強化型ブラスターテッカマン形体、強化型次元連結システム起動済み、金神の力も全開放、クロックアップ済み。並の主人公補正持ちやラスボス補正持ちならば力技で潰し切れる超本気モード。
が、しかし。この状態ですら俺はあの敵にダメージを与える自信が無い。それだけの覆し難い実力の差が、俺とあの敵の間には横たわっているのだ。

御釈迦様と孫悟空、などというレベルですらない。
この思考すら読まれている、完全に予想されている可能性だってある。
当然、読心術を使う相手への防御手段として、この思考を含め、俺の脳内の思考は全て火星遺跡とガウ・ラのメインコンピュータの演算能力を駆使し複雑な暗号化が行われており、金神の持つ超能により思考防壁も形成している。
が、それらの手妻とは関係無い部分で俺の思考は読まれる可能性があるのだ。
そして、俺が繰り出すであろう攻撃を予測した上で防御する必要が無いと考えている。
力の差を考えれば仕方が無いのかもしれないが、少しばかり悔しいものがあるのも確かだ。
多くの(他人の)犠牲の元、屍を踏み越え喰らい(無許可)ながら今日まで自分を強化してきているのだ。
これでも少なからぬ矜持という物が無いとはっきり言いきるには難しいのではないかと頭の隅をよぎる程度には存在しているかもしれない。
どうにかして、少しでもいいからダメージを与えてみたい。

そこで翻って考える。俺の最大威力の攻撃とは何か。
候補その一、プラズマ火球。
基本装備であるプラズマ発生装置は、俺がバージョンアップする毎にその性能を上げている。無限熱量とまではいかないまでも、洒落抜きで太陽の中心核程度の温度のプラズマ球を連射する事が可能だ。
余り捻りの無い攻撃ではあるが、それ故に単純な威力に優れ、何より初期装備であるが故の高い信頼性がある。
候補その二、烈メイオウ攻撃。
原子を破壊し消滅させる問答無用の大量破壊攻撃。処刑用BGMがどこからか流れてきかねない超威力。本編中で防がれた事は一度も無い。
このフィールドでも異次元との連結は問題無く可能であり、全方位攻撃なのである程度接近した状態からならば確実に当てて行く事ができる。
候補その三、ブラックホール攻撃。
マイクロブラックホールによる高重力の渦と、ブラックホール蒸発によるガンマ線バーストの二段構えの攻撃。

これら三つの攻撃の内、俺は三つ目を担当する手はずになっている。
マップを確認、光を屈折させて敵の位置を視認する。やはり移動していないし何かしらの防御を行おうとしてもいない。
再びマップを確認する。
マップのほぼ中心に位置する赤いマーカーと、それから少し距離を置いて赤いマーカーを囲い込む、俺を含んだ青いマーカー、クロックアップで最大倍率まで加速し、全ての精神コマンドを発動した、完全戦闘モードの俺の集団。気力は一人残らず150。
一人残らず美鳥と完全融合し、文字通りの全力全開。
一人一人の俺が常に思考を同期する事によりこれ以上無い程の完璧な連携が可能なのだ。
……もっとも、間違いなく防御も回避もしないような敵相手には無意味な連携なのだが。

一番手、敵の固定を担当する俺が突撃、少しだけ遅れてプラズマ火球担当の数人の俺が追う。
固定担当がランダム転移を挟みながら接近し、敵の手首足首の辺りに何かを噴き付けると、噴きつけられた空間が黒ずみ、空間に固定される。
超高重力による限定的な時間停止、金神の超能を科学の力で制御する事によって初めて成功する技の一つ。部分的に時間の流れが止まり固定されている為、無理に動こうとすれば固定された部分が切断されるというオマケ付き。
ラースエイレムの様に、時間停止中でも破壊可能という訳のわからない止め方では無く、時間停止している部分は理論上破壊する事が不可能だが、その分強度は折り紙つき。
しかしこの時間停止というある意味では絶対の枷も一瞬の時間稼ぎにしかならない。経験上、この敵は時間も空間も因果律も無視しようと思えば幾らでも無視出来る。
それでも僅かばかりの時間稼ぎには成り得た。敵は少しだけ目を見開き驚きの感情を顕わにしている。
そして、その驚きの表情を薄い笑みに変え、離脱しようとしていた固定担当の俺に『時間の静止した空間を引き裂きながら』掌を伸ばす。
固定担当はその掌から逃れる事が出来ず、掌が触れた瞬間、ナノマシンの一欠けも残さず爆散、消滅した。
今の俺ではあの敵が繰り出す戯れの様な一撃にすら耐えきれない。どのような攻撃だったのかも知覚不能。
不屈と愛の中のひらめきを抜いたなら、覚醒にも似た技能を用いて精神コマンドを掛け直す前に三度攻撃したか。
……正直、そんな小難しい理屈抜きでただそれらの守りを力技で貫いた、という可能性が一番高い。
が、これも想定内だ。固定担当を爆散させた敵は、既に五人のプラズマ火球担当俺に囲まれている。
直径二メートル程の小型太陽が合計五つ、敵の身体に叩き込まれる。
自分で生み出した複数のプラズマ火球の熱の余波を受け、しかし不屈とひらめきの効果で無傷の五人の俺。その後方に控える数十のメイオウ攻撃担当俺。
しかし、後方に退避途中のプラズマ火球担当五人が一瞬で縮退し消滅した。何らかの特殊能力を使った訳では無い、おそらくは握撃の一種だろう。
ブラスターテッカマンより数倍頑丈な俺を空間ごと握り潰す程の握撃。余波でメイオウ攻撃担当が半分に減った。
残った半分の俺が時間差烈メイオウを発動する。フィールドが原子消滅の光に包まれる。
全方位攻撃なので余波が来た。ひらめきで回避、続いてきた第二波を不屈でしのぎ、精神コマンドを掛け直しながら突撃する。
突撃の最中に追い抜いたメイオウ攻撃担当は残らず息絶えている。これは本当に死因が分からない。事細かに描写しようとすればSAN値ががっつり減りそうな有様だ。
SAN値-9程度の頭の狂った天才彫刻家が作り出した前衛芸術の様な自分の死体を見て、これまでのトリップの情景が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

燃える村を遠くに望む山中で腕を切断され覚醒、初めての殺し合い、砕かれる身体と再生する身体の立てる音、鳥肉の焼ける臭い、砲撃で吹き飛ばされ、欠損を埋める為に魔物の肉を取り込み、姉さんに抱きしめられた。

廃教会を改装したねぐら、食事の席のジョセフの仏頂面、バイト中のエロゲショップにこっそりと入店してきたマレク少年、ゴミ捨て場でPCのジャンクを漁っていたヨハン少年、布団に潜り込んでいた初期美鳥、無改造ボウライダー、赤い地球。

目を離した隙に他の二人のナノマシン入りお菓子を半分ずづ食べていたメメメ、車田飛びして頭から地面に直撃するサイサイシー、MSのジャンク、葎の仮面コレクション、美鳥バージョンアップ版(変更点:とにかく強くなった)、途中まで弟分だった統夜、報われ無さそうな薬用石鹸、お菓子をねだるメメメ、こっそりふりふりドレスを試着するフーさん、俺の攻撃で砕け散るスーパーロボット軍団、黒いボウライダーのコックピットにブレードを突き立てた統夜の少しだけ辛そうな表情。

駅弁、ラブホ、鰻の雑炊、鹿の群れ、三十三間堂チキンレース、和ゴス姉さんの太ももと尻のライン、なんか妙に強かったリョウメンスクナ、少し畏まったツインテのおさる、白くて細長い卑猥な生き物。

死体蘇生、金神との接触、何時の間にか解決してる装甲教師事件、白濁した芋臭い炭酸飲料、見様見真似天座失墜(偽)、死体回収、早朝ろくはらじお、魔改造、フーさんとの別れ、ラスボスとのガチバトル、文明堂のカステラ、蜘蛛正のおしり、治療、正気を取り戻した素の湊斗光。

最後に、少しだけ成長したラスボス臭い衣装を着こんだロン毛のメメメが笑顔でおいでおいでしている光景が浮かんだ。
何故かメメメが川の向こうに居たり、川原で子供が石を積み上げているとか、不思議な幻覚だ。深く考えない方がいいだろう。
十三階段を全力で駆け上がる死刑囚の心地。
ランダムワープを繰り返し、敵の懐に潜り込み、接触するかしないかといった距離へ。

「この距離ならバリアは張れないな!」

無論、ここまで敵はバリアどころか防御すらしていない。いわゆる強がりである。
敵の腹部──エプロンのポケットに接触した拳から肘までを構成するナノマシンを切り離し、一つ残らず重力崩壊させ、素早く位相の違う空間に逃げ込む。
物理干渉が不可能な位置から、元居たフィールドの光景を覗きこむ。
一瞬黒い渦で満たされた後、爆発。
何処の宇宙のものとも知れない本棚や書物は頑丈な物を覗き消滅し、後にはほとんど何も無い更地のみ。
敵の姿は見えない。

「やったか?」

ダメージは入らなくとも、回避行動を取らせる事ができたなら大躍進で──

「残念、それはやってないフラグよ」

背後から響く声、敵だ。
即座に振り向いた俺の目に飛び込んだのは、指打ち──デコピンの形を取る細くしなやかな指と、傷一つ無い敵──姉さんの笑顔。
次の瞬間、姉さんのデコピンにより、俺の頭は綺麗に吹き飛ばされた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「もう少し行けたんじゃない?」

「無茶言わないでよ姉さん……」

「あれが現状できる最大攻撃だと思うけどなぁ」

殆ど更地になった訓練室を出て、美鳥と分離してシャワーを浴び、昼食を採りながらの反省会。
姉さんはあと一歩で身体に届いたと言うが、そもそも姉さんの着ていたセーターやスカート、エプロンに至るまでかすり傷一つ付いていないというのが、今の俺と姉さんの実力差を如実に物語っている。
いや、全くダメージが無い訳では無い。俺には見分けが付かなかったが、腕二本を犠牲にしたマイクロブラックホール・クラスターの直撃を受けて、エプロンのポケットの糸が少し解れたらしい。
……言われてみれば、少しだけ端の方の糸が切れている気がするが、言われなければ気付かない程度のダメージだろう。しかも姉さんの本体ではなく、姉さんが着ているだけの普通の服だし。

「むー、でもお姉ちゃん、攻撃法とかもうちょっと工夫できたと思うの。最後の〆にしても、もう少し広範囲にばら撒くとか」

「そりゃ、普通にMB(マイクロブラックホール)の高重力か蒸発時の爆発でダメージが入る敵ならね。姉さん相手に単発のMB弾を撃ち込むとか、牽制にもならないし」

「分体数人丸ごとMBの材料にすればまた違ったかもしんないけど、お姉さんの防御力考えれば焼け石に水ってやつかな?」

流石に、糸が解れた程度のダメージをエプロンのボタンが一つ取れた程度のダメージにする為にそこまで力を振り絞る気にはならない。
これまでのトリップ先を散々食い物踏み台にして強くなっている筈なのだが、どうにも姉さんには指先すら引っかからないのが現状だ。
大分下を作ってきたつもりだが、上を見れば切りが無い、と。
が、そんな俺と美鳥の現実的な意見に、姉さんはサツマイモの天ぷらを摘まんだ箸先を左右にちちち、と揺らし否定する。

「二人とも、そんなネガティブな考えじゃだめよ? かけた水で砕ける焼け石だってあるわ」

「むぐ」

そんな返し方をされるとは思わなかったが、咀嚼している最中なので言い返す事ができない。
だが考えてもみて欲しい、ここで言う石は姉さんであり、水は俺の攻撃である。
力の差からそれぞれのサイズと量を考えれば、焼け石は山ほどもあるサイズのヒヒイロカネで、かけられる水の量はせいぜい子供用の象さん如雨露程度だろう。
こういう時に助け船を出すべき美鳥はにやけ顔で蕎麦を啜りながら俺と姉さんを眺めている。こっち見んな。
最近の姉さんは少し厳しい気がする。そりゃ、模擬選のラストは目標のレベルを下げてしまったけど、敵の強大さを考えればそれは仕方の無い事ではなかろうか。
姉さんは自分の火力と装甲と速度と諸々のステータスの異常さについて少しだけ考えなおすべきだと少し思う。
俺が口の中の物をつゆで流し込むのを見計らって、姉さんの追撃。

「大体、神様属性を手に入れたら作る予定だった奉仕種族とか眷属とかの話はどうなったの?」

「いや、それは──」

答え難い質問だ。目を逸らしつつ、平静を保つためにもう一口つゆを呑む。
うん美味い。美味いけど、少し物足りないな。卵と大根おろしでも入れてみるか。

「奉仕種族の材料の管理を任せた眷属候補に顔を会わせ辛いんだと思うけど、気にし過ぎじゃないかなーってあたしは愚考する次第だよ」

「ごふッ!」

現実逃避の最中に美鳥が俺の代わりに答えてしまった。
驚きで胃から逆流した麺つゆが気管に入った、咽る。

「え、その眷属候補ってあれ? 卓也ちゃんが薬盛って餌付けして飼い慣らして誑し込んで騙して使い捨てた金髪の女の子?」

「イエェェス、金髪淫乱巨乳の三大要素が盛り込まれたみんなの○ナペット。あ、一応材料管理と秘密の演算とか任されてるから捨てた訳じゃないと思う」

「ぶっ」

会話の内容の酷さに鼻から勢いよく蕎麦が一本飛び出た。少し痛い。
姉さんの言葉はともかくとして、美鳥の意見は頷けない。
金髪巨乳はともかく、淫乱だったかは確認していないし、そもそもみんなのという枕詞を付けるにはメメメの薄いエロ本に対する普及率は、同シリーズの銀髪クマパンや自爆機能付きダッチワイフに比べかなり低い。
専門で描いているマニアックな所を除けば、精々がスー○ーボ○ッボ大戦とかぐらいではなかろうか。残り三ページです。
無論これは自分で調べた訳では無く、スパロボ世界から帰ってきてすぐの頃に美鳥が調べて俺に見せてきたのだが、美鳥の調査能力から考えてもそれほど間違ったデータでもないはずだ。
咽に咽まくって復旧できずにいる俺を見て、姉さんが口元に手を当ててにやにやと嫌らしい笑みを浮かべている。

「え、あれ、もしかしてもしかして、卓也ちゃん照れてる? やっだもう女の子洗脳して肉奴隷とかトリッパー的に見たら若気の至りで済む話なのに、卓也ちゃんかわいー」

フォローしつつからかっているが、それはぶっちゃけトリッパー的に見ても黒歴史確定という事ではなかろうか。
姉さんの笑みを小憎らしいと思ったのは産まれて初めてかもしれない。
でも可愛い、可愛いのが小憎らしい愛らしいこのアンビバレンツな感情をどうしてくれよう。
しばらく咽たままでいると、美鳥が背中を擦り出してくれた。

「お兄さん、一回身体の中を全部潰して再構成すれば一瞬で復旧できるよ」

言われて気付く。戦闘時ならともかく日常の中だとやはり人間臭い失敗をしてしまう。
まぁ、それがなくなったらいよいよまともな社会生活が送れるか怪しいので、好ましいといえば好ましいのだが。
体内を再構成し、息を整える。
動揺してはいけない。俺がしたのは洗脳と餌付けまでで、あそこまで懐いたのは想定外の出来事、もちろん意図的に誑し込んだ訳では無いし、あそこまで便利に使うつもりもなかったのだから。
そもそも最初の予定ではあれ以降ナデシコの連中と接触する予定は無かったのだ。洗脳メメメの意思をはっきりと聞いたのもガウ・ラの中が初めて。
ほら、俺がハッキリと悪い事をしたのは洗脳と経歴詐称と裏切りとかつての仲間殺しと、あとは違法コピーなどの細々とした小事だけじゃないか。
それをなんだ、姉さんも美鳥も、まるで俺が18禁調教SLGの主人公張りの鬼畜エロス男の様な言い方で、曲解も甚だしい。
俺は融合捕食的な意味で女の子を食べた事は二、三度ある(死体含む)が、性的な意味で食べたのは姉さんと美鳥だけだ!

「ふふふ、卓也ちゃんが何を考えてるかなんて、お姉ちゃんには丸っとお見通しよ。あえて突っ込まないけど」

「うん、突っ込み入れると話がループするからここまでにするべきだぁね」

「俺としてもここで話題を変える事に関してはどちらかと言えば大賛成」

正直な話、メメメと材料どもは全力で放置しておきたい問題でもある。
肉体をサイトロンに適合させるのに使われたナノマシンを除いても、メメメの脳内に残留するナノマシンは俺への好意を増幅させ続けるには十分な量なのだ。
そして下手をすれば、ナノマシンが脳の構造そのものを完全に改造しているかもしれない。
そうするとどうなるか。ナノマシンに依らず、脳の一部に組み込まれた機能により、只管に俺への好印象が増幅され続け、最終的にどうなってしまうのか。
……再びあの世界にトリップした時、姉さんの言を信じるならば、あの世界では二、三年程度の時間が流れているらしい。
ヤンデレている程度ならまだ可愛い方だろう。もし仮に、思考が正常なまま好意が増幅され続けているなら、
いや、想像すると現実になるというし、この思考は無しだ。

―――――――――――――――――――

昼食を終え、三人で食器を洗い、再び居間でくつろぐ。
俺は朝の早い時間帯に仕事を終えたので時間は有り余っているし、美鳥はバイト先が臨時休業である為に暇を持て余し、姉さんはいつも通り一日中自宅警備。
三人ともてんでバラバラに好き勝手時間を潰しながら、居間のそれぞれの定位置でリラックスしていた。
暫く何をするでもなくテレビを眺めていると、カーペットの上で座布団を折り曲げ枕にして寝転び漫画を読んでいた美鳥が口を開く。

「そーいやさー、今日の訓練室は一体どこがモチーフだったん?」

「あ、それは俺も思った。図書館が舞台になる作品?」

なんかそんな作品があった気もするが、俺は話に聞いただけで読んだ事が無い。
原作知識を用いて事を有利に運んでパワーアップする以上、メインで活動する俺か美鳥が知っている作品であるべきだと思うのだが。
ああ、そういえば最近流行りの東方でも図書館がステージになる事があったか。
だがあの作品は設定に自由度があり過ぎるせいで、酷い時は自重しない黒歴史設定U-1ですらまともな戦いにならない場合があるらしいし。
かと言って変に自重した設定だと今度は取り込む旨味が無い。
……正気度や魂を削ったりしないライトファンタジー系の魔法なら、ネギを取り込んだから魔導書さえ手に入ればどうにでも習得できるし、こっそり図書館に忍び込む程度なら面白そうだが。

「んーん、一応次のトリップ先で出てくる場所だけど、実際にあそこで戦う事は無いと思うわ」

ソファにだらしなく伸びながらノートPCを弄っていた姉さんがモニタから目を離さずに応える。

「なんでそんな場所をステージに?」

今までは一応戦場になりそうな場所を舞台に片端から練習した。
が、それでも戦場になる可能性の低い場所は、これこれこういう地形よ、という説明だけで済ませていたのだ。
俺の問いに、やっとモニタから目を離した姉さんが瞼を閉じ、目元を指でほぐしながら答える。

「いっつもビル街とか採石場とか地下大空洞とか密林とか市街地だと飽きるでしょ? 卓也ちゃんも美鳥ちゃんももう地形適正は全部Sになったも同然だし、気分転換よ気分転換」

「ふーん」

そういうものだと納得しておこう。経験しておくに越した事は無いのは間違いない。
考えてみれば、物陰に息を潜めて隠れて戦うなんてシチュエーション自体希少だった訳だし、いい経験だ。

「で、結局その戦場にならない図書館はどこよ?」

「えっと確か、プレアデス星団の──」

姉さんが美鳥の問いに答えようとしたところで電話が鳴った。
こんな真昼間に掛かってくる電話と言えば保険か宗教か通販か不動産関係と相場は決まっているが、流石に無視する訳にもいかない。
姉さんはソファ、美鳥はテーブルを挟んで向かい側、ソファの対面にはテレビがある。
俺から見て姉さんの座るソファは右手側、テレビは左手側。
姉さんの座るソファから見て、電話はテレビの左側に設置されている。
ここでクエスチョン、一番早く受話器をとれる位置に座っているのは誰でしょう。
※ヒント、俺から見て左側から喧しい音が響き続けています。

「と、考えている間にも23秒が過ぎてしまった」

無論、この二十三秒の間に受話器を取る為に動こうとした者は俺含め一人も居ない。

「これで切らねぇんだから気合入ってる勧誘だよなー」

既に美鳥の中ではこの電話の主は勧誘で確定してしまっているらしい。

「卓也ちゃん、よろしく」

「うぃ、むしゅ」

ムシューは男性への敬称だったかと思ったが、細かい事なので気にしないでおく。
斜め後ろに手を伸ばし受話器を上げる。
そしてすかさず落とす。

「間違い電話という事にしておこう。この家の没交渉ぶりは皆も良く知っているだろうし」

「さすがお兄さん、凄い決断だ……。だけど、嫌いじゃないわ!」

「まぁ、これでキレる相手なら知り合いに欲しくないわね。心は猪苗代湖の如く広く持たなきゃ」

三つの心が一つになった瞬間である。
今の俺達なら間違いなく研究チーム以上戦闘チーム未満の戦闘能力を発揮できる筈だ(当社比)。
でもゲッター線の意思だけは勘弁な。

「で、プレアデス星団のどこ?」

「そうそう、一言でプレアデス星団って言っても結構広いし」

少し目の良い人間でも、肉眼で25程度の恒星が確認できるプレアデス星団。当然実際の数はそれ以上だし、その恒星の数倍の惑星が存在するのだ。
正確な場所を知りたいとは言わないが、せめてどの恒星の第何惑星か程度の情報は欲しい。
戦う予定が無いとは言うが、予定は未定が世の理。座標を覚えておけば万が一の事態にも対処しやすい。

「だいじょぶだいじょぶ、ちゃんと恒星の名前も覚えてるんだから。確か、セラ──」

と、雑談を再開して直ぐに再び電話が鳴りだした。
即切りされても再び掛け直してくる辺り、この電話の主は少々粘着質なのかもしれない。
仕方ないのできちんと応対してみる事にする。

「はい鳴無ですが」

「あ、卓也君? ウチよウチー、ひっしぶりー」

女性としてはやや低めで渋みのある声でありながら、声質に実にマッチしないどこか脳天から声を出して居る様な印象を与える明るく軽い口調。

「なんだ、チトセさんか」

独逸人ハーフの千歳・アルベルトさん。
そういえばそうだ。新聞配達のバイトと実家の農作業の手伝いと同人活動で日々を過ごしているこの人も、この時間帯に暇を持て余している内の一人だ。
姉さんの同級生で、俺と姉さんの両親が生きていた頃から家ぐるみでの付き合いがある。
この人は朝早くに新聞配達を終え、そのまま畑で農作業をし、この時間帯はまだ眠っていてもおかしくない筈なのだが、一体どういう風の吹きまわしだろうか。

「なんだって、相っ変わらずひっどいリアクションね。句刻からの頼まれごとで徹夜までしたってのに、ウチってば報われないなー悲しいなー」

「姉さんの?」

「そ。てな訳で、ウチ、いま、すっごく眠たいから、結果だけ言うから伝言の方、よろしくー、っね」

チトセさんが受話器の向こうで何らかのポーズをとった事だけは感知できた。
少なくとも『ねっ☆』ではなく『っね』である事から溝ノ口発の真っ赤なヒーローが関係していない事だけは理解できたがあえて突っ込まない。
徹夜明けの人間特有の変なハイテンションはスルーするのが一番単純かつ現実的な対処法なのだ。

「じゃあ伝言いくよー、『一晩で現実来訪型デモベ最強オリ主成長SSなんて作れる訳無いだろこのダラズがっ』って、事で、おっやすみーっ」

ガチャンと一方的に電話が切られた。
この人も相変わらずのマイペースである、電話を一度一瞬で切られた事に関しても完全にスルーだったし。

「千歳から?」

「ん、『一晩で現実来訪型デモベ最強オリ主成長SSなんて作れる訳無いだろこのダラズがっ。て、事で、おっやすみーっ』だって」

しかし、頼まれる方も頼まれる方だが、姉さんはなんで態々チトセさんにこんな無茶な頼みごとをしたのだろうか。
チトセさんは安直なエロ本だけではなく、即売会では珍しい純粋文字媒体の同人誌、つまり小説でも頑張っている職人だ。
ジャンルはオリジナルSFから二次創作まで手広く扱っており、それらはコアな層からの熱烈な支持を得ているのだとか。
プロットを練りに練って、一話作るのに数百の推敲を重ねるというその凝り性ぶりから来る話の作りこみは精妙の一言、同人ゲーのシナリオを担当したりもすれば、一時期は有名作家のゴーストライターを務めていた事があるとか無いとかいう噂すらあるほどだ。
そして姉さんがそんな彼女に出した依頼の内容を鑑みる。
最強でありながら成長可能で、クトゥルフ神話体系御馴染の精神的な部分の問題を解決でき、しかもその主人公を現実から持って来なければならない。
無茶だ。現実にそんな人間が居るとしたら、俺や姉さんや美鳥、あるいはまだ見ぬ他のトリッパーでも連れてこない事にはどうにもならない。
きっと身寄りの無い苦学生とか、まだ病院に収容されていない精神病患者とか、そこら辺をどうにか加工して主人公に仕立て上げようと四苦八苦した筈だ。
……当然、凝り性なチトセさんが一晩でそんな無茶なSSを書き上げる事が出来る訳も無く、どうにかしてプロットを纏めようとして敢え無く破たんしたのだろう。
姉さんも酷なお願いをするモノだ。後で何かしら労いの品を送らせて貰おう。

「何その馬鹿みたいなお願い。ていうか、千歳さんはなんでそんなあっさり承ったわけ?」

呆れた様な美鳥の問いに、姉さんがノートPCを閉じながら、不敵な笑みを浮かべて応える。

「これまでの掛けポーカーやら掛け桃鉄のツケを全部チャラにしてあげるって言ったら一発よ一発。さ、卓也ちゃん、美鳥ちゃん。出掛ける準備をしてね? 軽い身支度程度でいいから」

電源を落としたノートPCを小脇に抱え立ち上がる姉さん。
余りにも前後の脈絡が無いその言葉に、俺は思わず問い返した。

「出掛けるって、いったい何処に?」

「『狩り』に行こうと思うの……、一緒に来てくれる?」

久しぶりの姉さんの上目使いのお願いに、俺は無言で頷く事しか出来なかった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

『狩り(ハンティング)に行こう!』

と、改造学帽を被った真顔の美鳥が、題字の様な物が描かれたスケッチブックを胸のあたりに掲げている。
因みに現在地は隣町の路地裏、ここまで珍しく大人しくしていたと思ったらこれだよ。

「……何してんだ美鳥、また頭が可笑しくなったか?」

「美鳥ちゃんの頭は基本的に常時可笑しいと思うけど」

「二人が何を言っているか分からないけど、今あたしが虐められてんのだけは理解できる。……で、この店で狩りをするの?」

スケッチブックを鞄の中に戻し学帽を投げ捨て、何事も無かったかのように目の前の店に向き直る美鳥。
俺達は今、隣町の駅前の路地裏、少し前までは本当に古い小さなビルと安いアパートしか無かった筈の場所に突如として現れた怪しげな店の前に居る。
怪しげだ。何しろ、先日まで工事していた気配すら無かったというのに忽然と現れ、しかも建物自体にそれなりの年季が入っているのだ。
が、まぁそれ自体は別に説明できない事も無い。最近は古い家屋から外壁を持ってきて新築の素材に使い事もあるというし。この店もその類なのだろう。
窓から内装を覗き見るに、おそらくは昔ながらの古本屋だろうか、古びてはいるものの妙に迫力のある雰囲気を醸し出すハードカバーが数多く陳列されている。
なるほど、こういう品を扱うのであれば、店の外見にもそれなりにハッタリを効かせたいというのも頷ける。
しかし、しかし、だ。

「姉さん」

「なぁに?」

「ここでトレジャー(レアなエロ本)をハンティング(物色)するのは少しばかりハイリスクローリターンというか」

見つかっても70年代アイドルのグラビアとかそんな、別の意味でのトレジャーしか手に入らないような気がする。
もしかしたら設置されているかもしれない投げ売りコーナーには旬の過ぎた芸能人の出演するAV程度は置いてあるかもしれないが、そのトレジャーには欠片たりとも用は無い。

「?」

可愛らしく小首を傾げられてしまった。
しまった、ボケが通じないせいで俺にダメージが反射してきた。
美鳥が肩を慰める様に叩いて同情の視線を向けてきた。お前はいいやつだ……、一緒にトレジャー探そうな。
気を取り直して、再び姉さんにここに来た理由を問いかける。

「結局、ここで何をハンティングするのさ」

「それはぁ、次のトリップの、そ・ざ・い♪」

パチンという音(幻聴)と共に、姉さんのウインクからハート(幻覚)が放たれ、避ける間もなく心臓を射抜かれた。
とんでもない不意打ち、俺は思わず『トリップ先は決まってたのに、その原作を持っていなかったのかよ』という突っ込みを中断してしまった。

―――――――――――――――――――

怪しげな古本屋に入店し、姉さんと俺達は別行動をとる事になった。
俺達も付いて行こうとしたのだが、どうにもその獲物を手に入れるには姉さんの単独行動の方がやり易いのだとか。
姉さんと別れてから暫く店内を歩き数分の時間が過ぎた頃、美鳥が本棚の中の本を何冊か引っ張りだしながら口を開いた。

「実際問題さぁ、ここにトリップ先に相応しいような作品が置いてあると思う?」

「さて、正直な話、無いとも言い切れなくなってきた、とは思うが」

「だね」

この古本屋、怪しげなのは外装だけでは無い。
外から計測した店舗の大きさに比べて、店の内部空間が『異常に広大に』なっているのだ。
外見の印象よりもずっと中が広い、などという生易しい話ではない。この内部空間を収めきれる店ともなれば、ここら一体の雑居ビルを一纏めに撤去しなければ建設する事など不可能だろう。
常人の目では、思ったより広い程度の印象しか得られないだろうが間違いない。
何よりも、試しに放ったネズミベースの隠密強化端末から情報が送られて来ない。
ネズミ捕りに引っかかるような間抜けでも無い。知能もそれなりに強化しているし、非感染型のペイルホースで強化もしてある。
トリップ先でならともかく、元の世界ではそうそう遅れをとる様な軟な作りはしていない筈なのだが。

「お兄さん、これ」

美鳥が本棚から取り出した数冊の本を差し出してきた。
その内の一冊を手に取る。

「学研の『魔導書ネクロノミコン完全版』か」

極々一般的な装丁のハードカバー、この町の図書館にも置いてあるし、本屋でも見かけた覚えがある。
昔、ニトロの切り開いたクトゥルフ神話の新境地を目撃した後に、興味本位で探した事もある。
そして更に二冊手渡された。ページを開き、内容を流し読む。

「これは」

「ん、こっちは『ソロモンの大いなる鍵』に『ソロモンの小鍵』、両方とも出版社が学研になってるけど」

内容を確認し終えてから本を返し、頷く。
ルルイエ異本同封のネクロノミコン完全版を除き、美鳥の言った二冊は、学研から出版された事実が存在しない。
しかもこの渡された三冊は共に、大真面目に魔術に関する理論を解説している。
有り得ないのだ。俺は以前に図書館で学研版ネクロノミコンを読んだ事があるが、間違いなくこの様なマニア向けを通り越してジョークアイテムにしかならなそうな、それでいてジョークとして扱うに真に迫り過ぎている内容では無かった。
そしてなにより、この三冊の雰囲気。霊的視覚で見ればはっきりと分かる、この暗色の気配。
精霊として活動する程の格ではないが、間違いなく『本物の』魔導書。
この世界では有り得ない存在。

「『何かお探し物でも?』」

唐突に、背後から声を掛けられる。
外観を維持したまま完全戦闘形体に移行し振り向くと、そこにはメガネをかけた、背の高い美人が居た。
胸元が大きく開いた扇情的なデザインのスーツに、形の良い足を強調する細いスラックス。
顔には妖しげな笑みを浮かべ、片手には簡素な造りの冊子を開いている。

「『はは、僕の悪い癖でね。ちょっとばかし無節操に集め過ぎちゃって』」

後頭部の高い位置で髪を纏めたその女性は、台本でも読んでいるような芝居がかった口調で言葉を重ねる。
いや、これは文字通りお芝居なのだろう。
女性が手に持っている冊子の──台本の表紙には『無限螺旋──来訪者【】の旅行記』というタイトルが記されている。

「『この中から目的の本を探すのは大変だろ。協力するよ……っと失礼。挨拶がまだだったね。僕はこの店の店長で、名前は……』」

「ナイアルラトホテップ……!」

……つまり、これも強制トリップの形なのだろう。
ゼロ魔なら光る鏡、型月なら第二魔法、リリカルなら次元漂流、汎用で光に包まれてやラベンダーの香りを嗅いで、などなどなど。
ここで捕まれば、俺達は呆気なくこの人が管理している世界に飛ばされてしまう。それも姉さんの庇護も無く、神殺しも割と当たり前に行われるインフレ上等な世界に、だ。
抵抗、できるのだろうか。
姉さん程の力があれば別だろうが、俺はまだ強制トリップの前兆すら掴めず、何時の間にかトリップしているという体たらく。
しかも相手は神の一柱。俺も一応神に数えられる存在を取り込んではいるものの、あれは力だけは強いものの、優れた智慧など望むべくも無い力の塊。
神の力を応用し、こういう搦め手の相手に対抗する手段も考えてはいるモノの、まだまだ未完成でこの場で使えるようなモノでも無い。
次元連結システムで逃走は、できない。他次元との連結に失敗してしまう。何度試しても変わらない。
ここは封鎖されている。今の俺と美鳥ではどうしようもない理屈を持って。

「……いけない、いけないな。まだ僕の科白の途中だっていうのに割り込むだなんて。あんまりせっかちだと、女の子に嫌われちゃうよ?」

手元の台本を閉じ、額に白く長い指を当て、やれやれと頭を振る女性店主姿の混沌。
その妖しい美貌に笑みを湛え、ゆっくりとこちらに手を伸ばしてくる。

「まぁ、いいか。何しろ僕らはこれから、ここから、長い、とても長ぁい付き合いになるんだ」

逃げられない。いや、目の前のコレから逃れても意味が無いのだ。
先ほどまでは、どこまで歩いても確実に窓の外が確認できたのに、何時の間にか四方が何所までも続く長い通路と本棚になっており、自分達がどこから来たのかすら分からない。
マップも機能しない。当然だ。ここは既に敵の腹の中。いや、ここにはそもそも時間や空間の概念が存在するのかすら怪しい。
美鳥が此方の手をぎゅうと握っている。強く握り返した。

「向こうに着いてから、ゆっくりと」

俺と美鳥に向け伸びる手、その向こうに見える、ただただ憎らしいだけの笑みを浮かべる顔が──

「ゆっくりと、どうするつもり?」

その背後から伸びてきた手に頭部を掴まれ、ぼきごきと音を立てて、180度ほど回転した。
首を有り得ない角度に捻じ曲げられた混沌はギクリと身体を強張らせる。
あくまでも仮の姿である以上、あの姿をどう破壊されても問題無い筈の這い寄る混沌、ナイアルラトホテップが、だ。
バシッ、という、精電気が弾ける様な音が響くと、首を捻じ曲げたままのナイアルラトホテップが、どさりと身体をくず折れ倒れこむ。
同時、空間のねじれが消え去り、異常な雰囲気の古本屋は何も無い廃墟へと様変わりしていた。
薄暗い廃墟の中、ナイアルラトホテップの首を捻じ曲げた女性──姉さんは埃を払う様に手をぽんぽんと叩き、倒れこむナイアルラトホテップの身体をサッカーボールでも蹴る様に足蹴にする。
肉を叩く重い音。見降ろす姉さんの視線は物理的な作用すら及ぼしそうな絶対零度の冷たさを湛えていた。

「私の卓也ちゃんをどうにかしようなんて、身の程を知りなさい、この膨れ女が」

(胸が)膨れ女って、誰が上手い事を言えと。
しかし姉さん、ベリークール……。思わず俺のキャン玉がきゅんと引き締まる。思わずして新境地に目覚め掛けてしまう所だった
まぁ、何はともあれ、

「助かったぁ……」

美鳥ともどもその場にへたり込む。

「加齢臭がきつかったぁ……」

先ほどまではシリアスに特攻仕掛けてしまいそうだった美鳥もボケる余裕を取り戻したようだ。

「卓也ちゃん、あとついでに美鳥ちゃんも、だいじょぶだった?」

「いや、本当に危ないところだったよ。姉さんが来てくれなかったら一体どうなっていた事やら」

姉さんの差しのべてきた手を借り立ち上がり応える。
少なくとも容易に時間を巻き戻されて消滅なんて自体には成り得ないにしても、何の準備も無しに超危険世界にトリップさせられる所だったのは間違いないだろう。
単純に魔導書の力で戦う程度の魔術師になら対抗できるが、デウスマキナや向こうのそれなりに格のある神威や怪威と戦う事になれば苦戦は必至、下手に照夫様辺りに目をつけられたらリアル人生オワタの大螺旋に陥るところだ。

「ほら、美鳥ちゃんも」

「うー、腰が抜けた……」

「腰が無くても気合いで立つのよ。浮きなさい、さぁ!」

「そんな無茶な」

姉さんが美鳥に立ち上がる様に促している。姉さん割と美鳥にはスパルタなところがあるなぁ。
未だに俺の手を掴んだままの美鳥が、ぐちぐち言いながらも俺の手を支えに立ち上がり手を離し、尻に付いた土埃を掃い始めた。
そういえば、美鳥が取り出した三冊は、未だ消滅せずに美鳥の足もとに落ちたままだ。
少し屈み、地面に落ちた三冊を拾い上げる。
やはり間違いない、古本屋は消えた筈なのに、この三冊は依然として本物の魔導書として存在している。
いや、本物といってもそれなりに出来の良い写本レベルの代物なのだろうが、この世界で出版されるジョークアイテム的な魔導書ではないというか、しいて言うなら、実用本としての魔導書。
怪し過ぎる。これまで数度のトリップで、ここまでおあつらえ向きに力の方から俺の方に近づいてきた事があっただろうか。
何の代償も無く力を与える典型的な神様トリップでもあるまいに。

「卓也ちゃん、それはまだ見ちゃだめ」

試しに最初のページから少しだけ順々に読んでみようとした処で、姉さんから待ったがかかった。

「? 今さら魔導書を読んだ程度で俺のSAN値は下がらないと思うけど」

一応は俺もラダムや遺跡やアンチボディ、更には金神の取り込みで大幅な精神の拡張・強化が行われている。
常人では知った瞬間発狂する知識も、見た瞬間目を抉り出してしまう様な醜悪邪悪な邪神の姿も、俺の精神に及ぼす影響は少ない。
金神の原始的な精神を取り込む事により気付いたのだが、ラダムの知識には邪神の様な超存在の知識も断片的にではあるが含まれているし、火星の遺跡にも少なからぬ記述が存在していた。
取り込んだアンチボディの本能はナイアを見た瞬間に足を竦ませつつも抗戦の構えを取ろうとしていた。
……いや、これらの知識や反応がスパロボ世界にクトゥルフ的コズミックホラーが存在していた証明にはならない。これらの知識や反応は金神を取り込み、外宇宙からの超存在という要素を加えられた事により追加された設定なのかもしれない。
分類の出来ない断片的な知識の中から、そういう存在であると無理矢理に解釈できないでも無い物をこじつけているだけなのかもしれない。
それはともかく、金神自体どちらかと言えば魔導書に記述として記される側なのである。
魔導書に記される様な邪神が、魔導書を読んで発狂するだろうか、答えは否だ。
だが姉さんは首を横に振る。

「それがどこから出てきた物か、まさかもう忘れちゃったの?」

「あ」

そうだ。これはナイアルラトホテップが俺と美鳥を何らかの手段でトリップさせる為に作りだした小道具の一つ。

「実はそれもナイアルラトホテップの一体だ、なんて事もあり得るでしょ?」

「あー、そのまんまトゥーソードもどきである可能性もあるのか」

「あたし達だと、寝返ったりしてくれなさそうだしねー」

あれは擬態していたナイアルラトホテップも思わず答えてしまう様な眩しいものだったからこそ起こった出来事であり、何の補正も無い俺達が起こし得る奇跡ではない。
補正云々以前に、混沌すら憧れてしまうような黄金の精神を備えていないのがいけないのだろうが。

「俺達が寝返る事ならあり得るけどな」

俺達の興味が向くのは種族や主義主張や邪悪か正義かではなく、新しい力。
どっちに何が現れるか未知数であれば、どっちに所属していても裏切る十分に可能性はある。
姉さんは俺の拾い上げた三冊を取り上げ、肩から下げていた鞄の中に仕舞い込んでしまった。

「そんな訳で、これもお姉ちゃんが預かっておくね」

「これ『も』?」

他に何か持っているのだろうか。
そういえば、ここでトリップの素材を手に入れるとかどうとか言っていたが、それ関連の本か何かだろうか。
邪神の持ち物に入る書物なんて、どんな作品であれ碌でも無い世界な気もするが……。
いや、あのデザインのナイアルラトホテップの持ち物ってことは作中作とかに分類されるのだろうか。
少しだけ廃墟と化した店内を見回す。何か拾っておいて特になる様なものは残っていないものだろうか。記述の断片とかでも構わないのだが。

「あれ、お姉さんも何かここで──」

俺と同じ疑問を感じたのか、俺が口にしなかった疑問を言いかけ、美鳥が硬直する。
何事かと思い振り返り、美鳥の視線を追うと──

「な、な」

「なんかはみ出てるじゃないかーっ!」

先ほど三冊の魔導書をしまい込んだ姉さんの鞄から、スラックスに包まれた形の良い足が、ずるりとはみ出ていた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結局、鞄から脚をはみ出させたままでは電車に乗れないという理由で、帰りの道のりは空間転位での移動となった。
隣町の廃墟の中から家の玄関まで直接移動し、靴を脱いで一旦それぞれの自室に戻り、再び居間に集合する事に。
部屋着に着替える為に自室に戻る途中の俺と美鳥に、姉さんが声を掛けた。

『これからトリップするから、二人ともぱぱっと準備済ませちゃってね?』

表情こそ春の日差しを連想させる眩い笑顔だったが、肩から提げたバックからは相変わらずだらしなく痙攣し続ける脚が覗いていた。シュールだ。
部屋に戻り、すっかり見慣れた旅行鞄にお気に入りの着替えなどを詰め込み、部屋中の娯楽作品を身体に一旦取り込み吐き出し、オリジナルを元の位置に戻す。
ついでに軽く部屋の掃除を済ませ、机の中に隠しておいたドーナツを食べて片付ける。
部屋を出る直前、ふと思い立ってここ最近の俺の記憶のバックアップを残しておく事にした。
今度のトリップは長丁場になりそうだし、こっちでの生活やら知り合いやらを忘れてしまうのはまず過ぎる。
脳チップ型のメモリーカードを机の上に置き、俺は慣れ親しんだ自分の部屋にしばしの別れを告げた。

―――――――――――――――――――

旅行鞄を持って居間に向かうと、既に先に用意を済ませていた美鳥と、今までのトリップで見た魔女っ娘服ではない、落ち付いた服装の姉さんが居た。
一般的に女性の方が外出の準備には手間取る物なのだというが、どうやら姉さんも美鳥も例外に分類されるらしい。

「それじゃあ、今回の説明を始めるね」

俺が到着したのを確認した姉さんは、鞄から生えた脚の足首を掴み、ずるりと引きずり出した。
中から現れたのは、やはりというかそれ以外あり得ないというか、当然の如く古本屋の女店主ナイアさんモードのナイアルラトホテップ。
白目を剥いた首は180度螺子曲がり、服は所々破れ、全身から焦げくさい臭いが漂っている。
正直な話、これが邪神の一種でなければ確実に死んでいると思いこんでしまいそうな姿。

「今回のトリップは、どちらかと言えば強制トリップに分類されるの」

「そりゃそうだ」

「思いっきり作品内のキャラクタが出てきちゃってるもんね」

姉さんの言葉に頷く俺と美鳥。
姉さんが能動的に何処かの世界に送る場合、作品世界の要素は基本的にこの世界に現れる事が出来ない。
姉さんの力でトリップする場合は、媒介となる本やゲームソフト、DVDやブルーレイなどの完成した世界の中に直接出向く形になる。
逆に強制トリップの際に送られる世界は、外から人を招き入れる為に、少なからず外の世界、つまりは今のこの世界に干渉する力を持つのだ。
先に思い浮かべた召喚のゲート、次元振、もしくは今目の前に転がされている様な、世界を渡る設定の超存在でもいい。
これらの、外から何かを招き入れようとする動きが出来るのは、不完全でパーツの足りない未完成の作品のみであるという。
それはそうだ。既にそれ自体で完成している完結作品が、外からの不確定要素を必要とする筈が無いのだから。
が、そうすると疑問がわき出てくる。
全能殺しやら常時全能攻防やらが当たり前の姉さんですら、ある程度の力ある世界の強制トリップから逃れるのにはかなりの労力を必要とするし、全ての力を出し切っても絶対に逃れる事が出来るとは言い切れない。
それが強制トリップの恐ろしいところなのだ。
だというのに何故、今回はこうも簡単にトリップの原因を仕留める事が出来たのだろうか。
俺の疑問を見透かしたように姉さんが口を開く。

「そうね。でも、今回のトリップは今までのトリップとは訳が違うわ。これは──物語の冒頭に胡散臭い神様が現れる系のトリップよ!」

「なん……だと……!」

姉さんの衝撃発言に、美鳥の顔面が一気にオサレ色に染まってしまった。
だが、そう言われてみればここまでの全ての事に納得がいく。

「なるほど、訳の分からない古本屋内の広大な空間は神様がいる真っ白な空間、ナイアさんのあの口調は俗っぽい神様のフランクな口調、三冊の魔導書は神様が何故かくれる他作品の力、それぞれのメタファーという事か……」

しかも姿形は自由自在なので老人から幼女、長身痩躯の黒い肌の男にも物理学者にも成れる。
力をくれるのも狂言回しとしての悪ふざけか、さもなければアザトース宇宙を開放する為の何かの布石と考えれば違和感も無い。

「ふふふ、卓也ちゃんも大分察しが良くなってきたじゃない。お姉ちゃんもなんだか鼻が高いわ」

「伊達にトリッパーになってからそろそろ一周年じゃあないよ」

思えば去年の今頃、姉さんの魔女見習服もどきを見たのが全ての始まりだった訳で、そう思うと感慨深いものがある。
体感時間では一周年どころの話では無い程の時間が流れてしまっているのだがそこはご愛敬。
ああ、そういえば、この世界での美鳥の一歳の誕生日が近付いてきた訳か。スケジュール的に祝えそうにないなぁ。

「まぁ、あの魔導書はやっぱり長期的に見て持ち主の正気を奪って行く機能があったんだけど、それも与える神がこれだという事を加味すれば、むしろ軽すぎる対価ね」

「もともとそういう分類のアイテムだしねー」

内容が真に迫ったものであればあるほど強力かつ持ち主を強く蝕む様にできてるしな。
いや、それでもやはり晴れない疑問が一つあった。

「でも姉さん、なんで強制トリップの始まる古本屋の場所を知っていたの?」

そう、あの時俺達は、姉さんのハンティングに行く発現を受けてわざわざ隣町にまで足を運んだのだ。
しかも迷う事無くあの古本屋に辿り着く事が出来た。
実際に強制トリップが始まる前に、そこまでの情報を手に入れる事が出来るものなのだろうか。

「それはね、僕らの世界を作らせたのが、君のお姉さんだからだよ」

と、先ほどまで目を覚ます気配すら無く倒れていたナイアルラトホテップが起きあがり、何事も無かったかのように自然に会話に割り込んできた。
なるほど、姉さんが一撃で沈める事が出来たのは、何故か何の力も無いトリッパーに良いように暴力を振るわれる神様という概念の応用。
そして、ぼこぼこにされた筈の神が何事も無くトリップの説明を再開するのもそのまま。
……それをするのが、ひげを蓄えた爺さんやらロリっ娘ではなくナイアルラトホテップだというだけで裏を勘ぐってしまうのは俺の警戒心が正常に働いている証拠だろう。
むしろここで裏を勘ぐらないのは余程の自信家、いや過信家か、さもなければ邪神信奉の気がある変人に違いない。
しかし、姉さんが作らせたとは──なるほど。

「チトセさんの言ってたあれか」

「だぁいせいかぁい。君には賞品としてネクロノミコン新訳の文庫版をあげよう」

「あ、どうも」

ナイアルラトホテップが胸の谷間から取り出した文庫本を受け取る。
文庫本に残る人肌の生暖かさが微妙な気分にさせてくれるが、美鳥が憎々しげな視線であの谷間を睨みつけているので、リアクションは控える事にした。
少し中身をパラパラと確認してみる。先の三冊に比べて内容が薄い、わざとライトな乗りにしているというか、初心者向けの参考書の様なものなのだろう。
まぁ、参考書というには少しばかり信用できるのか怪し過ぎる内容が多いのだが、初めて魔導書のオーナーになる人向けだと考えれば悪くは無いのかもしれない。
……巻末のおまけページに恋占いが乗っていたのは見なかった事にする。

「そう、千歳にわざと作品として完成させる事の出来ない、それでいてお姉ちゃん達、というか卓也ちゃんの修業に都合のいい設定の未完作品いや、未開始作品を作らせる。極々身近な知り合いから生まれ、トリップ前の導入部だけをあらかじめ教えて貰っていれば、強制トリップといえども出がかりを抑える事は十分に可能なの」

つまり今回のトリップ、強制トリップでありながら、一から十まで姉さんの『計画通り……!』という訳だ。

「しっかしあれだよね、ここまで壮絶にネタばれされて置いて、よくもまぁナイアルラトホテップさんも平静でいられるよなー」

「そこはそれ、僕らは元々──つまり、君等の言う原作でも一人残らずうたかたの夢だからね。今さら『君達は人の妄想から生まれた代物だ』なんて言われても、だからどうしたって話になっちゃうわけさ」

美鳥の呆れを含んだ声に、ナイアルラトホテップは肩を大仰に竦めて応えてみせる。
この神のノリ、何だかんだで仲良くなれそうな気もするが、それは一先ず置いておいて、姉さんに向き直る。
ここまで聞いて最初に浮かんだ疑問は全て解決したが、今度は新しい疑問が浮かび上がってきたのだ。

「姉さん、なんでわざわざそんな面倒臭い手順を踏んでまで強制トリップに拘ったの?」

そう、家にはデモンべインはアニメ版のDVDと漫画版を除き、小説とゲーム版、市販されているビジュアルファンブックまで全て揃っているのだ。わざわざ強制トリップが起こる様に仕込む必要はあまり無い。
仮に今家にあるデモベ関連グッズを全ての新品でそろえたとしても三万円にも届かない筈。
因みに、姉さんがチャラにしたチトセさんの借金は二十五万六千八百三十一円、明らかに金の問題でもない。
姉さんはいつの間にか手に持っていた教鞭の先を天に向けくるくるとまわし、悪戯っぽい表情で唇に人差し指を当て、内緒のジェスチャー。

「それは、行ってみてのお楽しみ♪」

そしてもはやテンプレと化したこのやり取り一つで、俺はあっさりと誤魔化されてしまうのであった。

―――――――――――――――――――

なんやかんやと三人で戸締りや冷蔵庫の中の賞味期限、忘れ物のチェックなどを済ませた所で、部屋の中が暗くなる。
暗視が利かない所を見るに単純に部屋を暗くした訳では無く、そういう設定のステージなのだと推測できる。
ガシャンという音、天上からスポットライトの光が降り、胸の開いたスーツにスラックスの女性を照らし出す。
スポットライトの光源の高さ、照らされた脚元の木製の床を見るに、もう既にトリップは始まっているのだろう。

「さてさて、卒爾ながらここからは僕が君達のナビゲートをさせて貰うよ。はい拍手ー」

スポットライトに照らされた女性、ナイアルラトホテップ(以下ニャルさん)の合図とともに、三人分のぺちぺちぺちと気の無い音の拍手の音が鳴り響く。
広い観客席(音の反響からの推測でしかないが)に座る俺と姉さんと美鳥に満足げにお辞儀をするニャルさん。

「紳士淑女の皆様、お待たせいたしました。それでは始めましょう。始まる事すら出来なかった物語、可能性すら与えられなかった物語。御代は観てのお帰りだよ」

おどけた口調のニャルさんが、片方の腕をステージ中央に向け伸ばす。

―――――――――――――――――――

登場人物

ヒーロー:不在
ヒロイン:不在
ともだち:不在
ライバル:不在

ナレーション:□□□□□□□□□□(友情出演)

観客:鳴無 卓也(招待客)
   鳴無 句刻(スペシャルゲスト)
   鳴無 美鳥(児童割引)

―――――――――――――――――――

ステージ全体が証明で照らされる。
が、そこには見事に全て空席のキャストの席があるだけ。
ステージ端のニャ、ナレーションが大仰な素振りでかくんとこけてみせた。

「失礼、どうやら、演者は全員ボイコットのご様子」

客席、俺達以外の場所から失笑。
再び照明が消え、舞台は暗闇に包まれる。

「でもご安心を、今日は代役の皆さんをお招きしております」

―――――――――――――――――――

登場人物

旅人:鳴無 卓也(代役)
恋人:鳴無 句刻(代役)
従者:鳴無 美鳥(代役)

ナレーション:□□□□□□□□□□(友情出演)

観客:誰も居ない(沢山居る)

―――――――――――――――――――

気が付けば、観客席では無く、照明に照らされるステージの上、出演者の席に座っている。
眩しい、照明に照らされたステージなんて高校のクラス対抗合唱大会以来だ。照明の熱で喉が渇く。
目の前の長机の上には、花束、水の入ったグラス、そして台本。
水を一口だけ口に含み、台本を開く。
内容は実にシンプルな全編アドリブの無限軌道自由形。
知識利用救済型や精神改造ハーレム型に比べれば得意種目だ。
隣の姉さんと美鳥を脇目で覗くと、誰も居ない観客席に居座るNO BODY達に笑顔で手を振っている。愛想笑い、営業スマイルと言い換えてもいい。
試しに客席に向け会釈。

『──────!!!』

客席が湧いた。
万雷の拍手と滝の様な歓声。いい演出だと感心してしまう。
しばし間を置き、客席が静寂を取り戻すと舞台暗転、俺達三人にスポットライト。

「従者には主を。恋人には恋人を。欠員には代役を。では旅人には? 旅人には何が必要?」

ナレーションにスポットライト。
大仰な素振りで叫ぶ。

「そうだ!『世界』だ! 旅をする為の『世界』が必要なのだ!」

舞台が明るく、目が焼ける程の光に包まれ、ここでは無い何処かへと切り替わる。
──それが、これまでで一番長い、気の長くなる様な時間を掛けた小旅行の始まりだった。





続く
―――――――――――――――――――

メメメは可愛いなぁ。可愛いから、もうずっと放置でいいよね?
そんな作者と主人公の心情が明らかになる第四部プロローグな第三十六話をお届けしました。

あ、でも一応主人公がメメメを迎えに行くシーンは思い付いているんです。必要なのはあくまでもメメメではなく奉仕種族の材料なんですが。
問題があるとすれば、これまで思いついたシーンをそのままに書く事に成功した試しが無いという事くらいで、ええ。
一応忘れないようにメモしておくんですが、話が進むにつれて整合性とか取ろうとして立ち消えたり、そこに至るまでに思いついた要素を足されて見る影も無い程変更されたりするのがお約束なんです。

次回からのお話に関係無いキャラの話ばかりというのもあれなので、こっそり続けている『次回トリップ先の明言は早くともその部のプロローグのあとがきから』というマイルールにのっとり、ここに宣言します。
斬魔大聖デモンべイン編、始まります。
ええ、手元にPS2が無いのでPC版ですとも。
別に触手凌辱シーンとか断片屈伏シーンとかはXXXじゃなくても書けるんだって事を証明してみせようと思います。嘘ですが。
でもここで嘘ですがといって触手シーンと3P屈伏シーンとか書いたらこの嘘が嘘という事になってしまうので、未定でお願いします。
設定資料集はうまくいけば台風が日本列島を抜けた頃に取りに行ける。小説外伝は三冊とも手元にある。
ほらほら、この機神胎動、207ページの端っこが折れて変形している。伸ばすとはみ出る変形機能!
それらを駆使しつつ、本編スルールート、原作主人公達に張り付いて行動する本編見てるだけ(場合によってはいろいろ盗む)ルートとかやって行こうと思います。
とりあえず、暫くはエンディングなんて欠片も見えない修行編と出会い編が続きますので、のんびりまったり進行で行きましょう。
因みに、真っ先に登場するのはミスカトニック大学の皆さんかもしれません。ストーリーの流れ的に考えて。
だから魔導探偵とロリ古本コンビの出番は恐ろしく遠いです。ざぁんねんでしたぁ(ねっちょりとした口調で)
西? 秘密です。でもきっとわかりあえる。ひとはわかりあえるいきものなのだから……。

もう何度繰り返したか確認するのが面倒臭い自問自答コーナー。

Q、ナイアルラトホテップの扱いが軽くね?
A、導入だけなのでご勘弁を。主人公達の世界では作品世界の存在は極端に性能が低下する設定が忘れ去られていそうだけど存在するのです。

今回は一個だけ。
色々穴だらけというか、なんじゃそりゃ見たいな設定ばかり説明していた回なので、これは突っ込まざるを得ない、みたいな部分があれば感想で。
今回は導入だからそういう事でもなければ特に書く感想とか無いでしょうし。
なにせ今回の話の流れ、
模擬戦ぼろ負け→昼食反省会→第一種接近遭遇→お持ち帰りぃ→いざトリップへ!
だけですしねぇ。薄い薄い。
まぁ、次回以降に濃くなるかどうかは未知数なんですけどね。

ではいつも通り、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くてもナアカル語でも機械言語でも血液言語でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。



[14434] 第三十七話「大混沌時代と大学生」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/01/23 15:33
がばりと上体を起こし、周囲の光景を確認する。
部屋が広い。姉さんと一緒に使用している寝室はそれなりの広さがあるが、この部屋はそれと比べても二回り以上広く作られている気がする。
部屋の内装も実家のものとは異なり、ホームドラマかホラー映画で見た事のある様な洋風のデザイン。
半開きのカーテンからは光が洩れ、夜が明けて朝日が昇った事を教えてくれている。
ベッドから降り、壁掛けのアナログ時計の針を確認。時刻は朝の五時、普段に比べて一時間ほど遅い起床時間だ。
だがそれも仕方が無い。何しろ今の俺には世話をする畑が無く、朝早起きをしてもこうして、

「くふふ……」

幸せそうな寝顔の姉さんの頬をツンツンする事に時間を費やす事しかできないのだから。
いや、費やす事しか出来ない、というのは聞こえが悪いか。
むしろ俺としてはこの眠っている姉さんのほっぺたやら鼻先やらぷにぷにした唇やらを思う存分ツンツンつついて愛でる事に関しては一切不満は無い。
最高級のシルクの様にきめ細やかな肌の感触を指先で感じ、押す、戻すの感触だけで天国への階段を駆け上りかねない多好感を俺に与えてくれる頬の弾力。
高すぎず、かといって潰れている訳でも無い絶妙な形の鼻ときたら、この鼻を見た瞬間ハイアイアイ諸島の鼻足類全てが瞬時に求愛行動を始めかねないほどだ。
……時系列的にハイアイアイ諸島は教授ミサイルで消滅している筈だが海に逃れた残党が居るかもしれない。見つけ次第核ミサイルの嵐で消し飛ばしておくべきだろう。

「……まんほー……わっふ……ぅ……すぅ」

無論、アトミッククエイクの使用を心に誓う間中ですら俺の視線は姉さんから欠片も逸れていない。
今の俺の精密動作性はスタープラチナすら遥かにしのぎ、眼球は正確に唇の動きを追尾し、視覚情報を送られた脳は微細な唇の震えの周期から唇の端から垂れる涎の成分まで記録し続けている。
早起きは三文の得というのは安すぎるというのは既に数十回以上繰り返した思考ではあるが、この動画データや涎の成分表に繰り返し目を通す事により、俺の中で不思議な物の何もかもがふつふつと煮えたぎり強い粘性を持ち時折ごぽごぽと泡立つ虹色の溶解液が──

「お兄さん」

「うひゃ」

自らの思考に没入している最中に唐突に背後から伸ばされた手に肩を叩かれ、反射的に背中から刀の様に鋭い触手を無数に生やしてしまった。
しかもそれなり以上に勢いよく。背後で空気の壁を突破する破裂音が聞こえたから間違いない。

「ぐぇ」

潰される瞬間のカエルの断末魔の様な声と、わざとらしい、しかし真に迫った人体への刺突音。若干水っぽい音がするのが特徴である。
突き刺さった触手を伝って生暖かい血潮が背中に伝わる。
慌てて触手を引っ込めると、背中にぐったりと脱力した身体が倒れこんできた。
ひっこめられた触手に引っ張られる様に背中に衝突した小さな身体は、そのまま力無くずるずるとその場に倒れこむ。
これは不味い。何が不味いって、

「お気に入りのパジャマだったのに……」

「そっち!?」

何やら驚く声が聞こえてくるが無視。
元の世界の今年初め頃、スパロボ世界から戻ってきた後の俺の誕生日に姉さんが買ってくれたプレゼントだったのに……。
ポップな絵柄の螺子や歯車が散りばめられた藍色ベースの紳士用パジャマ。こんな珍奇なデザインの大人用パジャマなんてそこらじゃ間違いなく売って無い。
しかもこれは姉さんのプレゼントで、コピーは取ってあるけど、今着ていたのは一着しか無いオリジナル。

「ああ、一体俺はどうしたら」

「このリアクション、あたしはパジャマ未満か。やべぇ、なんか今リアルに死にたくなってきた」

背後から精神的に虫の息っぽい声が聞こえてくるがそんな事は知った事じゃないのである。

―――――――――――――――――――

結局、姉さんが起きる前に美鳥に手伝わせて血のしみ抜きと開いた穴の縫合を行って事なきを得た。
血やワインなどのしみ抜き技術は例によって例の如くグレイブヤードから収集した知識で補い、見事しみ一つ残さず血の跡を除去する事に成功。
幸い背中に空いた穴は物凄い鋭さの触手で貫いたものである為損傷が少なく、切断された布の両端の繊維を解し繋ぎ直すことで簡単に修復出来た。
これも日頃の行いの良さと、日々こっそりと磨き上げてきたナノテクのおかげ。

「ほらほら見たまえ美鳥、米粒の表面に電詞都市上下巻の内容をすべて書き写してみたんだ。並の人間だと電子顕微鏡が無ければ読むどころか文字だと気付く事すら不可能な神技だぞ。お詫びのしるしにプレゼントだ」

「いやいやお兄さん、いくらあたしが簡単な女だからってそんな小道具如きで──挿絵SUGEEEEE!」

このように、街中でタイトスカートを引きずり降ろされたヒロインの挿絵によって、穴だらけになった血みどろの美鳥の機嫌を直す事など造作もありません。
因みに書き写した時点でこの米粒の時間を静止させたので、素手で触っても文字が消えたりはしない優れもの。指から油脂が付いて読めなくなるけどな。
そんなこんなで機嫌を直した美鳥と共にジャージに着替え、姉さんを起こさない様に(先ほどの騒ぎを考えれば今さらではあるが)静かに部屋を出る。
正直もう三十分だけでも姉さんの寝顔を愛でておきたかったが、もうそんな感じではなくなってしまった。
部屋を出、廊下を歩き、玄関を開ける。
そこは普段の田舎町特有の光景──ではなく、ごくごくありふれたアパートメントの階段と、空家となっている隣室の玄関。
階段をしばらく登り続け、屋上へと続く扉を開ける。
空は白み始め、雑多に建てられたやけに古臭いデザインのレンガ式のビル群を照らしている。
古臭いなどと形容してはみたものの、実の所を言えばこれらの建物のデザインは少しばかり気に入っている。
現在の、元の世界の無駄の無いデザインも機能的で悪くはないのだが、ここの建物は外壁にそれなりの装飾が施されており、なんというか、古い映画に出て来そうな風景を作り出しているのだ。
もっともこれらの町の景観、建物の作りもそれなりに意味のある形状ではあるのだが、そこら辺は住んでいる人たちからしてみれば自覚のしようも無い事ではある。
まぁ、そんな無粋な効能を置いておくにしても、異国の街並みというのは滅多な事では県外にすら出ない俺にとってみれば新鮮さをもたらしてくれる。
ブラスレ世界の未来ドイツや、スパロボ世界で時たま下船した時に見かけた様々な国の街並みもいい思い出だ。

「んーっ、いい妖気。希望の朝だな」

朝日を身体に浴び、大きく伸びをして身体をほぐす。
新しい朝の到来、喜びに胸を開き青空にメガスマッシャーならぬサイボルテッカを放ちたくなるのも当然と言える。
ラジオの声は聞こえないが、何処からともなく奇怪な鳥の声が聞こえた。
きっと馬面の鶏でも鳴いているのだろう。この街ではよくある事だ。

「怪奇指数は1700手前くらいかな?」

俺と同じく、いやむしろより本格的に柔軟体操を始めている美鳥が答える。
ここしばらくの怪奇指数の平均をやや下回る数値、異常な字祷子振動も確認できない。
外部からの怪異の侵入を抑える構造の為に、内から湧き出るモノの濃度が高くなるこの街にしてはすこぶる健康的な数字。
総合的に見て穏やかな1日だと断言できる。怪異の発生率も低くなるだろう。

「獲物とルールは?」

「飛び道具無しで槍か剣か刀、ボディは中程度のガンダムファイターレベルに抑えて、派手な音をまき散らさない様に注意しておけばいいと思うよ」

「時間が時間だしな」

人間大のグランドスラムレプリカを構え、槍を構えた美鳥と対峙する。
ゆっくりと音速を超えない程度の速度で身体を動かし、槍と刀で打ち合い、一つ一つの動作をしっかりと確認。
達人の脳を取り込む事により、劣化しない剣術拳術槍術を扱う事が出来る俺達だが、繰り返し実戦を積み、または組手で敵の思考を読む練習をする事により、それらの技術をより高いレベルに押し上げる事が出来る。
この訓練もその一環だ。暫くは取り込んだり身体から無闇に何かを生やしたりも迂闊に出来ない為、こうやって人間の身体を維持したまま行使できる戦闘術の研鑽を行っている。
実際、流派東方不敗や蘊奥爺さんの剣術は、大学の課外授業でとても役に立っているのだ。
他にも神鳴流は派手で魔術にも見える為に使用する機会は極端に少ないのだが、例えば原作のアリスンの行使した原始的な魔術の一種と偽れば、念動力共々割と目零しが利くのでそれなりに使う機会が増えてきている。

「今日は何コマ目からだっけ」

美鳥が槍を捻り、穂先が無数に分裂したかの様に見えるほどの回転を生み出す。
実際に分裂している訳では無いし、常人ならばともかく神経系だけはテッカマンやブラスレイター並みに加速している俺達からすれば、対処できない速度ではない。
身を捻り、当たる穂先のみ刀で受け流し回避。
受けた刀がそのまま絡め取られ天に弾き飛ばされた。

「午前中は、2コマ目からだからまだまだ時間の余裕がある」

刀を無くした手に袖口から取り出した小刀を構え、美鳥の首に斬りかかりながら答える。
午前中の講義は考古学の講義だが、よくよく内容を考えてみるとこれもCCDに対抗するうえでは必要な知識であると知れて面白い。

「午後の講義は、あぁ、そういえば戻ってきてたんだっけ」

槍の柄で小刀を防ぐ美鳥。小刀を受けた柄は削れもしない。
割と強度がある。螻蛄首はやたらしなる癖に、石突き側の柄はやたらと頑丈だ。
そのまま尖った石突きを顔面目掛けて滑らせてきた。

「戻ってくるのは半年ぶりらしいぞ。こんだけ長期の学術調査は久しぶりらしいけど」

「忙しい人だよねぇ。なんか、一年の九割くらいは学術調査とかに出てる気がする」

空いた片腕を硬化させて払いのける。
見た目も内部構造もあまり変化していないので、初歩的な魔術の一種と誤魔化せるのでこの手もあり。
槍の強度がテックランサー並みであったとしても、尖った石突きではなくその少しだけ後ろの柄を払えばダメージにはならない。

「世界有数のホラーハンターだし時間が無いのは仕方が無い。偶に講義が聴けるだけでも十分実になるだろ」

「ま、学生引き連れての長期の学術調査なんてそうそうやるもんでもなし、これから暫くは先生の講義が聴けるかな?」

「しばらくって、一か月くらいか?」

「一週間居ればましな方だと思うよ」

が、石突きの一撃を横から受けた腕が千切れ跳んだ。
何故、と疑問に思うよりも早く、槍の両端30センチ程の空間が歪んで見える事に気付く。
ディストーションフィールドを一瞬だけ爆発的な出力で展開させ、空間諸共螺子切ったのだ。

「ずりぃ」

「へへへ、ばれなきゃイカサマとは言わんのよ」

確かに、飛び道具でも無ければ派手な音を立てる訳でも無いディストーションフィールドはルールに違反している訳では無い。
実地での研修がある講義を取っている連中にも担当教授にも、俺達は少しだけ魔術を齧っただけの機械兵器大好きな武術エスパーという胡散臭い役処で通しているのでこういった攻撃もありと言えばありになる。
とはいえ、理屈で幾ら正しくとも納得できないのが人間である。

「どうする? 降参する?」

「いや、こうする」

螺子切られ、美鳥の背後に落ちた片腕に命令を送る。
最後の命令を受け取った腕が風船を割る様な音とともに破裂し、白濁したゲル状物質になり美鳥を背中から包み込む。
背後から掛かり全面まで覆ったゲル状物質は瞬時に硬化、美鳥の動きを一瞬だけ停止させた。

「そっちのがずるい!」

「いや、これは実は隠し設定で、斬り落とされた方の腕は自爆装置付きの多機能義腕だったのだ。いやーすっかりわすれていたまいったまいった」

という設定にしておけば問題無かろう。
再び残った方の腕に小刀を形成し、唯一露出している顔面目掛け突き込む。
美鳥が怪力で硬化したゲルを砕いて脱出を図るも、こちらの方が早い。
が、脳髄を抉り出す為に目を狙い付き込んだ小刀は、美鳥の目から照射された高出力のレーザーによって蒸発させられてしまった。
構わず柄を握りこんだまま顔面を殴り抜ける。
吹っ飛んだ美鳥は空中で姿勢を正し綺麗に着地。ばきばきと拘束を砕きながら眼を光らせ不敵に笑う。

「ふふふふふ、実はあたしの眼はレーザーとか出る高性能義眼だったのさ。驚いた?」

「うわぁびっくり。……ところで、実は俺は全身義体のバトルサイボーグだったって知ってたか?」

言いながら既に身体は神属性抜きの完全戦闘形体に移行している。
人間っぽいのは見た目だけ、蜂蜜酒服用者には一発で見抜かれてしまうだろう。
が、実は身体の中に刻まれた魔術文字によって生身の身体と機械の身体を入れ替えているのですとか言い訳すればどうにか通せるかもしれない。天使王的な意味で。
もっとも、その言い訳をする以上は魔術なり科学なりで構造を説明するべきなのだろうが……。

「わー、そりゃ知らなかったよー。……じゃあ、あたしのボディは怪我をする度に機械に置き換えられて、今じゃ下手な巨大ロボットよりも戦闘能力があるとかは?」

「驚きの新事実だな」

美鳥の内部構造が組みかえられた。
一人でどんなスーパーロボット軍団を相手取るつもりなのかと聞きたくなるような詰め込み具合。
当然、人間っぽいのは見た目だけとなっている。見る人が見れば一発だろう。
が、これも俺と同じ理由で無理やり押しとおす事が可能かもしれない。

「ふふふ」

「へへへ」

笑い合う。美鳥の目はマジだ。俺の視線はどうだろうか。
いや、もはや視線がどうとか意味の無い事か。
ここからは力こそが全て、破壊力こそ正義。
訴える事があるなら拳に乗せて伝えるべし。
アパートメントの屋上で、二つの超破壊力が音も無く激突した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

その後三時間程激闘が続き、互いに遠い昔のご先祖様に外なる神々の血筋が紛れ込んでおり、ピンチになると先祖がえりを起こして金神パワーが炸裂するという設定を二人同時に出す寸前に、起きてきた姉さんの手によって強制的に中断された。
俺と美鳥は部屋に連れ戻された後、正座させられた上で姉さんに説教されている。

「いい? ここでは、というより、少なくとも今の二人はきっちりと決まった設定があるの。多分先生方の内の何人かは既に二人の内部構造も把握しているから、そんな隠し設定は追加しちゃだめ。少なくとも人目がある時は人間らしい身体を維持したままで居るのよ?」

つまり、あくまでも構造と素材は人間の範疇を大きく超える事ができないということになる。
これまで手に入れた不思議生物の中で最も人間に構造が近く、見破られても問題無い生き物と言えば、やはり最初に頭に浮かぶのはガンダムファイターだろう。
遠い未来、人間という種族単位での遺伝子組み換えや、医療や軍事を中心に広く普及したナノマシンによる突然変異、あるいは宇宙へ進出したことによるニュータイプにも似た自然発生的な進化の果て、種族的に強くなったとかそんな隠し設定があると噂のガンダムファイター。
公式設定かどうかは知らないが、ぱっと見の特徴は人間から外れておらず、遺伝子的にも人と猿ほど離れていないし、しかも生身でそこら辺のパワードスーツ装着済みのヒーロー張りに強い。
強いのだが、この世界でどこまで通用するかは不明である。

「それだとせいぜいキックで高層ビル切断とかしかできないんだけど」

「水の上の木の葉に立つとか、布で20メートル級のMSを破壊するのがやっとだよねぇ」

実際、DG細胞による強化を行わない通常物理攻撃でも〈深きものども(ディープワンズ)〉程度なら楽に撃ち抜けるが、時たま現れる魔導書持ち相手では苦戦こそしないものの少しだけつっかえてしまう。
そういった連中には通常の物理攻撃が通り難く、何かしらの技を併用しなければ一撃で仕留める事が難しいのだ。
魔術的に肉体を強化、あるいは改造している連中の強さはかなりのものであり、魔術的な結界も精神コマンド抜きで貫くのは難易度が高い。
此方も魔術的な攻撃で対抗するのが一番手っ取り早いのだろうが、そこら辺の技術は絶賛勉強中なので下手に運用する事ができない。
これまでの自主的な現地調査、あるいは野外での実践講義などでは運良く、あるいは運悪く遭遇しなかったが、それら人間以外の魔術師がもし、もしも鬼械神などを呼び出せるだけの位階に上り詰めた魔術師であったなら致命的である。
それこそ監督役で教授が一緒に居てくれる実践講義であればどうにかなるが、もしも俺と美鳥だけで行く、講義以外の時はどうすればいいのか。
生憎と、俺の魂の籠らない形だけの石破天驚拳で鬼械神の装甲を抜けると思うほど自惚れても居ないのだ。なんちゃって剣術の神鳴流に至っては言わずもがな。
日緋色金やオリハルコンを実際に殴りつけた事がある訳ではないが、そこまで容易い硬さでもあるまい。
いや、そもそも高密度の魔術情報の実体化した存在である鬼械神を破壊しようと思うのなら、物理攻撃よりも魔術的なクラッキングの方が現実的ではある。
破壊ロボのドリルでデモンべイン赤が破壊される場合も極々稀にあるが、あれは神智をも超える予測不能の基地外力を保持している者だけが成せる技。
更に言えば、デモンべイン赤も鬼械神の出来損ないであるデモンべインをモデルにしている為、純粋強度に関しては怪しい部分があるのも確かな話だ。
結論から言って、俺は未だ広大な情報体としての力をも合わせ持つ紛い物でない神の力以外を持って鬼械神と戦う術を持たないのである。
いや、直撃辺りを使えば物理攻撃で高密度情報自体に損傷を与えられるかもしれないが、何の保険も無しに試してみたいとは思えないのだ。
が、そんな俺達の不満そうな顔を見て、姉さんは溜息を吐きながら首を横に振る。

「二人とも、お姉ちゃんの話ちゃんと聞いてた? 人間の体裁を取るのはあくまでも人目がある所での話。今の身分が危うくなるのを避けるのが目的なんだから」

「あ、じゃあ目撃者が一人もいない状況なら、テックセットもデモナイズも機体の召喚も超許される訳だ」

「えと、目撃者を確実に消せる状況なら装甲も変神も15身合体も6段変形もして大丈夫、であってるよね?」

「そういう事。それじゃあ注意はこれまでにして、朝ごはん食べちゃおっか」

―――――――――――――――――――

朝食はいつも通りの和食だった。
実在するアメリカでも日本人向けの米や納豆、味噌醤油などを扱う店が存在するが、この街ではそういった専門店を探すまでも無く普通のスーパーで米が売られている。
続編で一度だけ使われた元ヒロイン候補の一人の立ち絵にご飯の入った茶碗とお箸を持った物が存在している事から予想はしていたが、中々に侮れない品揃えである。
流石は世界の中心とまで呼ばれる大都市、大黄金時代にして大混乱時代にして大暗黒時代との煽りは伊達では無い。

「相変わらず、ここのニュースは大味なネタばっかりねぇ……」

ソファに座った姉さんが新聞に軽く目を通し、畳んでテーブルの上に放り投げ、もう一欠片も関心が無いといったそぶりでソファに倒れこむ。
姉さんはデモベ世界も数回来た事があるので、この手の記事には辟易しているのだろう。
それでも一応毎日目を通すのは記事内容の多少のぶれに期待して、という訳でも無く、内容から原作開始時期を割り出す為であるらしい。
放り投げられた新聞──アーカムアドヴァタイザーを拾い上げ広げ、一応全ページの端から端まで数秒で目を通し、折りたたんでそのまま後ろに放り投げる。

「端から端まで全部特ダネ記事しか載って無いてのも難儀な話ではあるよね」

ブラックロッジの起こす事件、数年前から騒ぎになり始めた破壊ロボによる街への被害に、それを食い止める白い機械天使、魔術的な淀みから生まれた怪異についての細々とした注意事項。
面白いと言えば面白いのだが、もう少し落ち着いた記事を読みたいと思うのは極々当たり前の感情ではないだろうか。元の世界で取っていた地元の地方紙のほのぼのとした内容が堪らなく懐かしい。
怪奇指数の予報程度しか心を落ち着かせる記事が無いのは如何なものだろうか。

「もっとこう、地元出身の少しだけ有名なヨボヨボの作家さんのインタビューとかあればいいのになー」

放り投げた新聞を空中でキャッチし、内容を確認した美鳥がそのままクシャクシャに丸めてごみ箱に放り投げながらぼやく。
コイツはさりげなく新聞の隅っこにある読者投稿の俳句コーナーとかイラストコーナーなども愛読しているので、こういう大味なだけの新聞はお気に召さないらしい。

「あふ……。卓也ちゃん、美鳥ちゃん、今日は何時頃に帰ってこれるんだっけ?」

ソファにごろんと寝そべってしまった姉さんが、半分瞼が閉じた寝ぼけ眼でこちらを見つめながら問うてくる。
この世界に来てからは普段に増してやる事が無くなってしまった姉さんは、俺と美鳥の起床時間に合わせようと何時もよりも二時間以上早い朝八時頃には起きる様にしているらしい。
因みに昨夜の就寝時間は十一時半。一日十一時間眠って初めて全力が出せるとまで豪語する姉さんにこの時間の活動は厳しいのだろう。
これから再び寝なおし、昼を少し過ぎた辺りで漸く本格的に活動を始める筈だ。
まぁ、活動といっても特にこれといってやる事は無いので、市街地を散策して夕飯のおかずの材料を買い付けてくるとかその程度らしいが。

「午後に音速先生の講義が三コマ連続だから、六時くらいかな」

基本的に実地での学術調査にばかり目が行きがちだが、あの教授だって調査に出向けない学生の為に、または調査に連れて行けない未熟な学生の為に大人しく大学の構内で教鞭を振るう時もある。
あの人の場合ディスカッションは調査対象を目の前にした段階で行わせる為、部屋の中で大人しく講義をする時は、基礎的な魔術理論や基本的な怪異の生体についての知識をみっちりと詰め込ませる。
あくまでも学内で行われる講義は予習的なものであり、実践的な知識を手に入れようと思うなら力を付けて学術調査に付いて行くしかない。
そうする事によって、上を目指そう、怪異に対抗する術を得ようとする学生は自然と努力を重ねる事になる、という訳だ。
因みにこの人、黒板の前で魔術理論を教える時でもグラサンに上半身裸コートだ。
しかし、あの人はそもそも入学式の挨拶でもあの格好で壇上に立っているし、もう入学式から数か月ほど経過している為、服装について突っ込みを入れる人は少ない。
極々稀に痴女みたいな服装の幼女を侍らせて構内を歩いている姿を目撃されていたりもするのだが、その事に関して突っ込みを入れる事の出来る度胸の持ち主が殆ど存在しない事もあり、あまり広まってはいない。
とまれ、彼の先生に関する悪い風聞というものは、大体においてその魔術師としての優秀さ、そして奇抜なファッションセンスによりかき消される運命にあるらしい。

「音速丸先生……?」

「黄色いのは襤褸布だけだよ。コートの裾は羽根っぽいけど」

「丸くも無いねー。空飛ぶし筋肉ムキムキではあるけど」

瞼が落ちかけた眠たげな表情で小首を傾げる姉さんに俺と美鳥の突っ込みが入る。その人は多分ブラックロッジに居ると思う、頭領でなく地球皇帝としてだが。
こことは別の螺旋で敵としても味方としても飽きるほど相対したと言っていた気がするのだが、これは本格的に眠たくなっているのか、それとも本気で忘れかけているか。
いや、そもそも定着させるつもりも無いあだ名で呼んだのが悪かったのかもしれないが。
ソファの上でウトウトと船を漕ぎ出した姉さんに、ベッドから持ってきた毛布を掛け、ノートや参考書、筆記用具の入った鞄を手に取る。

「じゃ姉さん、そろそろ俺達は大学行くから、出掛ける時は戸締りを忘れないでね」

返事の代わりに、瞼が閉じ掛かった姉さんが毛布から腕を出し俺を手招きした。
招かれるままにしゃがみ込み、姉さんの声を聞き取ろうと顔を近づける。

「ん」

片腕で首を絡め取られ、唇が触れあう。
ちぅ、と、吸う様な啄ばむ様な一瞬の口づけ。

「いってらっしゃい。勉強頑張ってね♪」

「ん、いってきます」

そのまま眠ってしまった姉さんに毛布を掛け直し、美鳥を伴い部屋を出て鍵を閉める。
階段を降り、アパートから出る直前、黙々と着いてきている美鳥に言葉を掛ける。

「今の俺なら鬼械神の模造品を生身アッパーで吹き飛ばせる気がする」

イベント戦闘扱いになるのだろうけども。
全身に活力が満ち溢れている。今なら巨大化やロボを使用せずにリョウメンスクナとか一撃で粉砕できるわ……。
安い男と言う無かれ。トリップ先であるにも関わらず、毎朝の様に姉さんから行ってらっしゃいのキスを貰えるという事実が俺にもたらす幸福を正確に測れるものは存在しないのだから。

「キスでパワーアップとか安易だよね。プラーナの量に変化はないよ」

「そうか」

素気無く返されてしまった。俺達の様な身体でプラーナは存在し得るのだろうかという疑問はあるが、美鳥はこの話題に触れたくないらしいので会話を切る。
気を取り直し、人通りの多い街を歩き、街の中心にある巨大な時計塔へと足を進める。
あの時計塔は街のどこからでも見えて、しかも大学のど真ん中に建っている為に目印にするには丁度いい。
歩きながら街を見る。昼前の中途半端な時間だというのに、多くの人で賑わい活気に満ち溢れている。
が、それは今歩いている表通りに関してだけ。一度街の裏側に入り込んでしまえば、活動時間も弁えない悪党共がこの瞬間にも悪事を働いているのだ。
それなりの大きさのビルが一夜にして瓦礫の山と化していた、なんてのは日常茶飯事、人死にだってそう少なくはない。避難誘導だって完璧とは言えないのだ。
ビルが砕け、人が死ぬ。この街──アーカムシティではよくある事だ。
そう、ここはアーカムシティ。
大黄金時代にして大混乱時代にして大暗黒時代の、世界有数の大都市であり、邪神の企みの中心であり、無限螺旋のメインステージであり、今回のトリップにおける俺達の活動拠点である。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

午前の講義を終え、あたしとお兄さんは一旦大学の敷地から離れ、他の学生の少ない食堂へと足を運んでいた。
普段ならお姉さんがお兄さんとあたしの分の弁当を作ってくれるのだけれど、今日はあたしとお兄さんの取っ組み合いを止めて説教するのに時間を掛けてしまったせいで、お姉さんは弁当を作るのを忘れてしまったのだ。
まぁ、毎朝毎朝お姉さんにお弁当を作ってもらう、というのは気が引けるし、金の流れを考えなくても良い以上は外食もし放題な訳で、こういう日が合ってもいいんじゃないかなとあたしは思っている。

「ラム肉うめぇ」

何より、真昼間からジンギスカン定食を頼み熱々の肉を頬張る。この幸せはお姉さんの手作りをお兄さんと一緒に食べるのとはまた違った贅沢じゃあないか。

「こらこら美鳥、羊肉ばかり食べてないで鳥肉も食べなさい。そしてその羊肉を少しよこしなさい、鳥肉つまり唐揚げを少しあげるから」

などと言いながら瞬く間に焼けた肉を数枚掻っ攫い、やたら巨大な唐揚げをごろりとこちらの受け皿に乗せていくお兄さん。
野菜を食えなんて無粋な事は言わない。野菜は普段飽きるほど食っているし、自慢ではあるけれど家の畑の野菜は栄養価も味もそこらの野菜とは比べ物にならない程優秀なので、他所の野菜は研究用に少し食べる程度に収めているのだ。
それにこの定食屋の売りは野菜などでは無く新鮮な肉と米。
いや、肉と米で言えば明らかに肉優勢であり、肉の中でも更にラム肉は群を抜いた美味さだ。
なんでもこの定食屋、ニグラス亭の店主が直々に育てている特殊な種類の食用羊であるらしいのだ。
店主が言うには『我が子……の様に育ててきた羊達を潰して店に出すのは気が引けたが、お客さんにより満足満足ぅして貰う為に決心した』らしい。
素晴らしい心がけだと思う。尊敬に値する人だ。正に神と言って差支えないと思う。
これは羊肉では無く山羊肉だ。なんて言い出す両サイドの髪の毛が白い老美食家風の男が現れたりもするが、度々現れるところからしてツンデレなんだろう。
因みに、あの美食家風の人は意図的に山羊肉を注文しており、ジンギスカン定食を注文した時に出てくる肉はちゃんとしたラム肉なので安心して欲しい。
そんなとりとめも無い事を考えつつ、お兄さんから貰った唐揚げに箸を突き刺す。
ここの唐揚げは、とにかくやたらと量が多い事でも有名なんだとか。
あたしの皿にはソフトボールサイズの唐揚げが乗せられたわけだけども、お兄さんの皿にはこのサイズの唐揚げがトーテムポールの如くうず高く積み重ねられていた。
材料の鳥(南極だか北極だかの巨大な白ペンギン)がかなりの大きさらしく、原価が馬鹿みたいに安いため、値段相応の量を盛ろうとするとこんな馬鹿げた盛り方にならざるを得ないらしい。
最も、お兄さんは出てきた唐揚げの八割をステイシス状態にした上で、物置代わりの異空間に放り込んでいる為、この場で完食する訳じゃあ無い。
極々稀に、夜中まで魔導書の内容を復習する時などに夜食として摘まむ為に保存してるのだ。
夜中に食べる、揚げたてカリカリジューシーな唐揚げ。これがまたジャンキーで堪らないのだとお兄さんは言う。パンに挟んでかぶりつくのも素敵だとも言っていた。
まったくもって同感である。健康面を考慮しなければ、これに異論を唱えられる人間はそうそう居ない。
箸に常には無い異常な重さを与える肉の塊に、がぶりと齧りつく。

「味が濃すぎね?」

これでは唐揚げというよりも竜田揚げの様な気がする。
常人がこれを全部食べたら塩分過多で血管破裂して死ぬんじゃないだろうか。

「労働者向けだから塩分多めなんだよ。大体、脂身ばっかりのペンギンをここまで見事な唐揚げに仕立てる事が出来ている時点で──」

お兄さんの言葉を遮り、ゴト、という音が響く。あたしとお兄さんの使用しているテーブルに、新たに食事の乗った盆が載せられている。
盆を持つ手はゴツイ初老の男の手、その隣には人間の少女に擬態しつつもそれなりに目が良ければ見分けがつく精霊が一人立っている。

「午後の講義は君達も取っていたと思うのだが、こんな所で食事をしていて間に合うのかね?」

「昼の時間に焼き肉なんて、少し時間に余裕を持ち過ぎているよね、ダディ」

顔を上げるとそこには、黒い肌にサングラス、上半身は素肌コートのオシャレダンディと、痴女の様な姿の大学ノートが、馴れ馴れしく合い席しようと椅子を引いている所だった。
向かいの席に座るお兄さんはさりげなく座席をずらしオシャレが座り易いようにしている。
お兄さんは基本的に、自分に物を教えてくれる相手にはそれなりに礼儀を払うのだそうな。
その割りには口調は軽いし、礼儀を払うというのも自己申告だから甚だ怪しいものだけれど。

「俺らは近道通れるから充分間に合いますよ、シュリュズベリィ先生」

そう、断りも無しに相席する事になったこの二人こそ、盲目の賢人、ラバン・シュリュズベリィ教授と、彼の著書であるセラエノ断章の精霊ハヅキその人である。

―――――――――――――――――――

シュリュズベリィの目の前で、大学での教え子でもある東洋人の二人組、鳴無兄妹の片割れである妹の美鳥がパタパタと手を横に振る。

「もうそろそろ食べ終わるし、時間的にはよゆーよゆー」

様々な意味を含むジェスチャーではあるが、今回は心配される程の事でも無い、という意味合いだったのだろう。
兄である鳴無卓也の皿に乗っかっていた唐揚げはもうあと一つを残すところであり、妹である鳴無美鳥の皿の上にはあと数切れのラム肉が残るのみ。
確かに二人とも食事自体は終わりかけている。

「でもミドリもタクヤもこの後デザートでしょ?」

魔導書の精霊であるハヅキがクスリと笑いながら指摘した。
この二人の兄妹の甘味好きはミスカトニックの一部では語り草である。
講義と講義の合間など、時間に余裕が出来ると緑茶を啜りながら饅頭を齧っていたり、昼食の時間の食堂で、片手で文庫本を開き流し読みしながらもう片方の手がフォークでミルクレープを突いていたなんてのはよくよく目撃されている。
……しかも、クレープを突きながら開いている文庫本が、少なからず力のある魔導書だというのだから、色々な意味で陰秘学科の学生から目を付けられるのは仕方の無い事だろう。
魔術に対して態勢の無い人間の前で魔導書を開くなどと憤慨する者もいるにはいるが、多少霊視能力の強い学生なら彼等が魔導書を読む際にさりげなく視線避けの魔術を行使している事に気が付く。

「ああ、最近公園に店を出しているドーナツ屋が絶品でなぁ。この街でフレンチクルーラーが食えるのはあそこだけなのだよ」

「午後の講義、二人は遅刻だってさ、ダディ」

「おいおいおい、もう講義室にはもしもの時の為の代返用の影武者と講義内容の録画機材を送り込んでんだからそういう事を言うなよモロパン」

が、租借された米飯を呑みこみながら嬉しそうに露店の話をしたり、講師の前で堂々と不正を宣言する姿からは、その様な抜け目の無さは見て取る事は出来ない。
不真面目の様でいて勤勉、しかし長期の学術調査という名の特別講義には顔を出さず、カリキュラムの途中でありながら自前の魔導書を所持し、既に魔導書が無くとも初歩的な魔術行使も可能。
シュリュズベリィは、そんな不可思議な二人との初めて対面した事件へと思いを馳せた。
そう、あれは二年と少し前、ミスカトニック大学の講師としての学術調査では無く、一人の邪神狩人として世界中を飛び回っていた頃の事。
東洋のとある島国の一角で密かに活動を続けている〈深きものども〉の活動拠点に、現在行方不明とされているルルイエ異本が存在するという情報を受けた。
数日の調査の後にその拠点の所在地を発見し、準備を整え即座に襲撃を仕掛けた彼は、自分とは別の『先客』を発見する事になる。
〈深きものども〉の無残な死体が溢れ返る神殿の中、奪取したと思われるルルイエ異本らしき魔導書を祭壇の上で読み耽っていた東洋人の二人組。
それが、目の前でドーナツ談義と講義の出席欠席についての議論を同時進行している鳴無兄妹だった。

(あの時は、何処ぞの魔術結社のエージェントかと思ったモノだが)

苦笑する。
あの時点でのこの兄弟の魔術に関する知識は素人に産毛が生えかけ、程度の極々僅かな代物であり、魔術結社に所属するどころか、未だ粗悪な写本で勉強を始めたばかりだったのだ。
それをよりにもよって魔導書を奪取しにきた魔術結社のエージェントと間違える辺り、人を見る目が(眼球は無いが)狂っていたのかもしれない。
もっとも、事前に環状列石を爆破処理していた事からしてそれなりに知識がある物と思ってしまった事や、原形を留めぬ物も多い〈深きものども〉の死体の山からして、何らかの攻撃的な魔術を行使できると勘違いしてしまったのも原因である為、一概にこの勘違いを笑う事は出来ないのだが。

「シュリュズベリィ先生?」

いつの間にか食事を終えていたらしい鳴無卓也が不審そうに声を掛けてきた。どうやら少し思考に没頭していたらしい。
声の距離からして近すぎない距離から顔を覗き込んでいるのだろう。
食事の席に着いて食事もせずに黙りこみ、唐突に苦笑いを始めたなら不審がられるのも仕方が無い。

「いやすまん。少し考え事をしていたものでね」

「ふぅん。まぁ、それならそれでいいのですが」

そう言い、再び椅子に座り込む鳴無卓也。
手提げ鞄の中から紙製の小箱を取り出し、更にその中から何かを取り出すと、むしゃりむしゃりと齧りつき始めた。
……臭いから知れるそれの正体はドーナツだった。買いに行くまでも無く少量確保していたらしい。

「ともかく、今日の講義には出席した方が君達の為だ」

「それはまたどうして。出席日数は余裕で足りていると思うんですけど」

「そういう問題ではないさ。いや、そういう問題も含んでいるが、勿体ぶる必要も無いか……」

勿体ぶるではないが、口調を濁すシュリュズベリィ。

「ダディ、その喋り方はもう勿体ぶってるようなもんだと思うよ?」

いつの間にか鳴無美鳥との会話を終えたハヅキに指摘されるシュリュズベリィ。

「うむ、しかしだなレディ、これは本人に伝えて置くべきだとは思うのだが、果たしてこの二人にこれを伝えて良いものか迷う気持ちも確かにあるのだよ」

直接シュリュズベリィが、この二人の生活態度というべきか、人格面の問題というのはそれなりに目につくものがある。
二人とも普段はそれなりに目上の人間に対して礼儀も出来ているのだが、ふとした事で奇行に走りたがる節があるのだ。
バイクに魔術理論に基づいた回路を組み込むことで空を『走らせて』そのまま時計塔に激突させたり、というような程度の問題行動はこの二年の間で数えるほどしか行ってはいないが、それでも小さな事を指摘しだしたら切りが無いほどだ。
いや、そういったミスカトニック大学では研究する者の少ない魔術応用科学に手を出し、しかも入学してからたった二年でそれなり以上の成果を上げている二人だからこそ許可が出てしまったと考えるべきか。

「そんなに勿体ぶられると気になって夜も眠れないので割と鼾や寝言が煩いらしいあたしは講義に枕を持参します」

「気になって気になってモーガン君に譲る予定だった試作型魔導ライフルの暴発の危険性が上がるのは俺の心証を受けての事だと推測されます」

「そういう事を言うからこそ伝えたくなくなるのだと理解して欲しいのだがね」

額に片手を当て頭を振るシュリュズベリィ。
この二人のもっとも問題がある部分は、実際に今言った事をやるほど愚かでも無い辺りなのかもしれない。
奇行に走りながらも適度に常識も抑えているからこそ、何だかんだと問題を起こしながらもミスカトニック大学に二年も在籍し続けて居られるのだろう。
してはいけない事と、してもどうにか許される事のラインの見極めが絶妙なのだ、この二人は。
今回の事も、その見極めに期待するしかないのだろう。ここで伝え無くとも誰かが伝える事になる、どうせ偶にしか大学に顔を見せない自分がやっておくのが適当だ。
シュリュズベリィはそう自分を納得させた。

「二年前に君達が回収した『ルルイエ異本』の写本の閲覧許可が下りた。──下手に講義をサボって許可が撤回されても詰まらないだろう?」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「今更閲覧許可出されてもねぇ」

退屈そうに頬杖を突く美鳥を対面に置き、ミスカトニック秘密図書館にて、机の上に乗せた古い和装の書物を開く。一ページ目から開き、次々とページを捲り内容を確認する。
内容は、クトゥルフを初めとした海関連の邪神、あるいはその眷属に関する記述に、それらを召喚する手順に呪文が主な内容。
ムーやルルイエに関する記述も見られるが、これはそのまま読むよりも教授が既に執筆しているだろう『ルルイエ異本を基にした後期原始人の神話の型の研究』を見せて貰う方が理解しやすいだろう。

「暇ならアーミティッジ博士の所でお茶でも飲んでくればいいものを」

俺は写本から目を離す事無く美鳥に言う。
美鳥はその造形から、実際に想定している外見年齢よりも五、六歳若く見られる為、口さえ開かなければご老人受けが非常に良い。
頼み込むまでも無く、唐突に押しかけてもお茶と安いお茶菓子程度なら出してもてなしてくれるだろう。

「爺さんうたた寝してたから無理」

「ああ、もう夕方になると眠くなるくらいお爺ちゃんになっちゃってるんだなぁ」

入室する時はしゃきっとしていた気がするのだが、名うての魔術師とはいえ、やはり寄る年波には勝てない、という事か。
……そういえば、シュリュズベリィ先生もそれなりに歳いってた気がするのだが、肉体改造でも施しているのだろうか。
まぁ、学術調査の度に鬼械神召喚してるのに死ぬ気配が一切無い辺り、既に肉体的に人間止めてる可能性も無いでは無いのだろうけども。

「それ、読み返す意味あるの?」

「ある訳が無いだろう」

暇そうに脚をぶらぶらさせ始めた美鳥に即答する。
魚人どもを鏖にし、魔導書を確保した時点で既に取り込んでしまっている。内容は一字一句間違いなく記憶しているし、全く同じものを複製するのも容易い。
しかし肝心の内容に付いては重要な部分に抜けや誤植が多く、斬魔や機神で出てきた原本の様にダゴンを呼び出したり、飛翔のように鬼械神を呼び出す事も出来ない。
まともに機能する記述はノーデンスの護符やヒュプノの指輪の作成法程度、安らがぬ死者の記述からアフリートやジーンなどを再現出来るかとも思えたが、アルアジフのナイトゴーントの断片の様に容易に再現する事は難しいだろう。
重要で、よりSAN値を削る内容になるにつれて記述の正確さが失われているのだ。

「もしこれを自由に使って良い、とか言われても困るだけだな」

精々、ガルムを元にして再現しようとして失敗したハンティングホラーの劣化コピー、あれに組み込んで水上バイクならぬ水中バイクを作れるくらいか。
それにしたって水中活動ならアンチボディの要素を加えれば魔術を加えるまでも無く水中での活動は可能だし、実用性は皆無と言ってもいい。
……そも、ルルイエ異本の『日本語版』という時点で胡散臭さ爆発の代物な癖に、ここまで利用価値が無いというのはどういう事だろうか。
姉さんの見立てでは、買い取られる前の中国語版の写しの写しか何かじゃないか、という話。
無論、多少なりとも力のある魔導書である以上、有ると無いとでは段違いだというのは理解しているのだが、一度取り込んでいる以上俺と美鳥の中には魔導書の能力も含まれており、わざわざこの魔導書を持ち戦うメリットが存在しないのだ。

「ま、これのお陰でミスカトニックに入り易かった、と言ってやっても良い訳だし、実用品としての価値まで求めるのは贅沢なのかもね」

「そういう事だ。あと五分ほどで終わるからそれまで大人しくしてろよ」

「あいー」

美鳥の返事を聞きながら、意識を目の前の写本──ではなく、脚元から伸ばした蜘蛛の糸よりも細い触手に集中。
触手が周囲の本棚の全ての魔導書の前に到達、魔導書に接触すると同時、無数に分岐を開始する。
目には見えない程細い無数の触手が魔導書の中に潜り込む。
如何に細くとも完全に本を覆い尽くしてしまえば、密度の高すぎる蜘蛛の巣の様に目に見えてしまうからだ。
故に、触手が潜り込むのは魔導書の中、表紙の下からになる。
様々な材質の表紙を除き、触手は一つ一つ確実に魔導書の中身だけを取り込んでいく。
内容を取り込んだ触手は、今度は内側から魔導書の表紙を取り込み始める。
魔導書はその記述だけでなく、表紙の素材、記号、あるいは皺ひとつに至るまでに意味が隠されている偏執的な造りの物も存在するらしい。
じっくりと内容を吟味する。取り込んだ魔導書のデータと実物を比較、取り込まれる時点で内容が変質する、などという事も起きないらしい。
本棚に収納できない書物、巻物や竹簡、粘土板に宝石板、植物の葉を束ねた物も存在しているが、これは今回は諦めた方がいいだろう。アーミティッジ博士の寝室もとい、研究室に近い場所に保管されているから、触手を向けたら気取られる可能性も無いでは無い。
取りこんだ魔導書の中に鬼械神を呼べるほどの書は無いが、まだ魔導に関する知識が浅い俺には役に立つ程度には集まった。
これらの魔導書の複製をどうにかこうにか組み合わせれば、鬼械神の出来損ないまではいかないまでも、鬼械神にダメージを与える事が可能な武装程度なら造れてしまうかもしれない。
内容も実に興味深い物で満たされている。姉さんが先に眠ってしまったら徹夜で読みふけるのも悪くないか。
魔導書を覆っていた触手の材質を、全て酸素に作り替える。
唯の空気の一部と化した触手達は俺の制御を離れ、一瞬だけ図書館内部に微風を産み出して消滅した。
仮に腕利きのサイコメトラーがこの場に調査に現れたとしても、俺が何かやったとは理解する事はできないだろう。
こうして、俺はまんまと秘密図書館の一角から大量の魔導書の記述の写しを持ち出す事に成功し、証拠は何一つ残らない。

「ここの警備って、入ってからはほとんどザルを通り越して枠みたいなもんだよな」

「いやぁ、入るまでも大分ザルだと思うよ? 怪しげな邪神ハーフとか正面から入れちゃうし」

ウェイトリーのことかー! いやでも、あれって不法侵入じゃなかったっけ?
そのお陰でこうして入学二年目程度であっさりと入れてしまったのだから、礼を言うならともかく文句を言うのは筋違いなのだが。

「せめて入口の警備はもう少し厳重にすべきだろう。次元をずらして異界にするとか、どっちかって言えば侵入者達の方が得意なジャンルなんだし」

「物理的、科学的な強度はひたすら普通の木製扉のまんまだしねぇ」

現代の図書館の如くチップを張り付ける、とまでは言わないが。せめて図書館の入口の扉とかもどうにかした方が良いと思う。普通のドアだったし。
異界に隔離、とか言いつつ、ずらす先の異界は何時も同じ座標にあるから、もしかすれば次元連結システムのちょっとした応用で侵入してしまう事も可能なのかもしれない。
せめて、俺が一人前の魔術師として成長しきり、秘密図書館の魔導書を全て取り込み終えるまでは陥落してもらっては困るのだ。

「それ以外の警備方法も、やはり連中にとってはザルも同然になってしまうのだよ」

口を覆い隠す程の立派な白髭を蓄え、しかし頭部には両サイドと後方を残し毛髪の存在しない、それでもなお力強さを感じさせるスーツ姿の老人が会話に割り込んできた。
ミスカトニック秘密図書館の館長、ヘンリー・アーミティッジ博士その人であった。

―――――――――――――――――――

アーミティッジの中でのこの東洋人の学生二人は、将来有望な魔術師の卵であり、同時に要注意学生リストで常に上位に君臨する程の問題児でもあった。
二人の成績は上位に食い込む程であり、魔導書を読み解いても正気が削れる気配すら感じられない程の人間離れした精神力。それでいて、その外道の知識に対して嫌悪感を感じる事の出来るモラルを持ち合わせている。
外道の知識に溺れることない、極めて健全で、しかも実力のある魔術師になれる資質があるという事になる。
が、同時に得た知識を利用しようという点においてはそこらの犯罪組織も顔負けな程の積極性を持ち合わせてもおり、その成果は度々校舎の一部に少なくない被害をもたらしていた。
ガテン系の作業着で自分達が破壊した校舎を修復する姿も度々目撃されており、その風景に学生たちが馴染み始める程度には懲りずに実験を繰り返している。
壊れた校舎も破壊した本人たちの手によって一時間もしない内に修復されてしまうので、問題にする暇も無いのだとか。

「すいません、でもあの扉、多分少し力入れて蹴ったら粉砕できる気がして……」

「あたしも、なんだか一ラウンドじゃなく一秒で粉々に出来るような扉は不安で……」

二人の言葉を聞き、アーミティッジは溜息を吐く。

「扉には防御魔術が付与されておるし、分かり難いだけで、それ以外の警備方法も用意してある」

その程度の魔術、感知できない程この二人の霊感は悪くない筈。
いや、シュリュズベリィ博士から聞いた話では、この二人の膂力はそこらの邪神眷属を遥かにしのぐとの事だ。
鋼鉄を遥かにしのぐ強度の扉も、自分達の前ではそこらの木製扉と変わらない、とでも言いたいのだろうかこの二人は。

「そういうもんですかねぇ」

「それに、その侵入者をどうにかするのも私の仕事だ」

アーミティッジとて、そこらの木端魔術師では届かない程の位階に到達している魔術師。
しかもいざとなれば他の教授や陰秘学科の学生達も力を貸してくれる。ダンウィッチの怪もそのお陰でどうにかなったのだから。

「じーさんが守ってんなら、ここの守りも安泰だぁねぇ」

けらけらと笑いながら椅子を傾けていた鳴無妹が、そのまま椅子を引き立ち上がる。
見れば鳴無兄の方も既に魔導書を閉じ立ち上がっていた。

「もういいのかね?」

彼等兄妹が秘密図書館に入ってからまだ三十分も経っていない。
彼等が回収した写本の閲覧許可、などと言ってはいるが、その他の魔導書の閲覧を禁じられている訳でも無いのだ。

「姉さんに、六時頃に帰るって言ってしまいましたので」

「ああ、それなら仕方が無い。早く帰って安心させてあげるといい」

因みに、鳴無兄妹には更に上に一人姉がおり、鳴無兄は姉にべったりである事も一部では有名な話だ。
弁当を届けにきた鳴無姉と鳴無卓也が構内のベンチで弁当をあーんして貰っていたとか、その隣で鳴無美鳥が一人で煤けていたとか。
毎夜鳴無家から鳴無姉と鳴無卓也の苦しげなうめき声とギシギシ軋むベッドのスプリング音が聞こえるの……だとか、それが終わると鳴無美鳥の啜り泣く声が聞こえるだとか。
何処までが真実かはアーミティッジには分からなかったが、少なくともこの兄妹が姉をとても大事にしている事は理解できていた。
時刻は午後六時十分。あと二十分もここに留まっていたなら妹の方はともかく兄の方は時計塔を破壊してでも姉の元に向かうに違いない。
引き留めるのは得策では無いし、わざわざ引き留める理由も無い。

「あ、そうだ」

写本を本棚に戻し、入口から出て行かんとした鳴無兄が脚を止め、妹もそれに習う。

「俺達以外にも日本人の学生が居るって聞いたことがあるんですけど」

彼等以外の学生というと……、そうか、彼の事か。
アーミティッジは得心した。如何に同郷の出とは言え、学年も違えば当然顔を合わせる機会も少なくなってくる。
目の前の二人とは違った意味で優秀な学生だった彼は、単位をとりこぼす事も無いので下の学年の講義は受けない。
目の前の兄妹にしても、学ぶ時は基礎からしっかり学んで行く為、上の学年の講義など聴きに行く事も無い。
今度タイミングがあったら二人に彼を紹介してみるのもいいかとアーミティッジは考えた。
彼はこの二人に比べればまだ素行もまともな方だ、良い方に感化してくれるかもしれない。

「大十字九郎の事か。彼も優秀でな、今は三回生だから実習が多いが、魔術で分からないところがあればアドバイスをして貰うといい」

「え?」

「え?」

アーミティッジの言葉を聞いた二人の表情は、およそ一切の二人の知り合いが見た事も無いような、奇怪な呆け顔だった。

「え?」

兄妹どちらが発したかも分からない疑問符に、答える声は未だ無く。
ただ冒涜的なフルートの音だけが、何処かの宇宙に響いていた。





続く
―――――――――――――――――――

プロローグと一話の間で何の説明も無く二年以上時間を経過させるなんて暴挙が許されるのは、ケータイ小説かチラ裏だけ!
な感じで、何時の間にか主人公とサポAIがミスカトニック大学に入学して夢のキャンパスライフを送っている間にも姉は自宅警備に励む何時もより短めな第三十七話をお届けしました。

いや、最初は二年も飛ばすつもりは無かったんですよ、でもこれぐらい時間経過させないと話の進行速度がナメクジレベルになってしまうから……。
まぁ、後書きでうだうだ言い訳するのも見苦しいですよね。
ぶっちゃけ、この第四部は平気でン十年ン百年時間が飛ぶ可能性が多々あります。
分かり辛い所とか、ハヅキの尻描写が無い事に関する不満だとか、そこら辺はぜひ感想にでも送って頂けたなら有り難いです。

以下、自問自答ですらない謎の提示的な手記。
・アーカムにフレンチクルーラーを持ちこめる存在とは如何に。
・学術調査ではない邪神狩り活動とは如何に。
・ミスカトニック入学とは如何に。
・原作主人公の存在を二年間気にも留めなかった主人公達。
・「え?」

こんなところですかね。
いろいろ言いたい事はあるけれど、それは次のお話の中で、という事にしておきます。

それでは、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても記述の一部が削除されても誤訳でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。







何故か無事に進級している原作主人公に疑問を抱く主人公。
『姉さん、俺達は何か、とんでも無い勘違いをしているのかもしれない』
『きっと軍産複合体かレジデントオブサンかリトルグレイの仕業ね。あ、卓也ちゃんならナノマシンのネタは解決出来ちゃうのか』
のらりくらりとしらばっくれる姉に留守番を頼み、彼はサポAIと共に都市の地下に潜る。
大都市の地下に眠るのは失われたメモリーか、できそこないのザ・ビッグか。
いや違う。
それは、未だ生まれえぬ人類の守護者にして、打たれ始めたばかりの魔を断つ剣。

次回

「神の作為に挑む者たち──魔を断つ剣は未だ有らず」

お楽しみに。



[14434] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」
Name: ここち◆92520f4f ID:c798043f
Date: 2011/01/23 15:38
―――――――――――――――――――
○月○日(本日晴天、怪奇指数低め)

『今日は色々あったので、体感時間で3、4年ぶりに日記をつけてみる事にした』
『しかし、以前貰った日記帳をそのまま再利用しているのだが、今改めて見るにこの日記帳の表紙、力ある魔導書の表紙では無いだろうか』
『とはいえ、魔導書で重要なのは正確な記述にあり』
『表紙も目次も奥付も精霊も言わばおまけの様なものなので気にしない方向で話を進める事にしよう』
『今日は衝撃の事実が発覚した。なんと、大十字九郎が三回生に進級しているのである』
『が、しかしである』
『魔導書閲覧でドロップアウトしない大十字九郎だと? 原作前からのスタートか!』
『などと言い出すのは少し早合点が過ぎる。まだ慌てるような時間じゃない』
『もしかしたら、魔道探偵にならずに邪神の箱庭を打ち崩す感じのシナリオかもしれないではないか』
『なにしろここは二次創作の世界、しかも創造主はあのひねくれたシナリオを描かせたら東北の同人業界では右に出る者が居ないかもしれない千歳さんだ』
『あの人なら『大学生だって、平和を守れるんだ!』とか大十字に言わせる程度の憎い演出を──』
『するだろうか。ううむ、思わず『──』までしっかり書き込んでしまう程疑わしい』
『ジャガイモ嫌いで根性性根が螺旋階段の如く曲がりに曲った捻くれ者のあの人が?』
『捻くれ者過ぎて三十路処女を守り抜き、友達以上恋人未満なんていう甘酸っぱそうな関係の相手を三十越えてまで維持し続けているあの人が?』
『そんな関係の相手まできっちり義理堅かったが為に、『恋人は魔法使い』なんて状況のあの人が?』
『声優ネタ? スパロボで『~と~の声って似てるよな』的なネタが出る度にケケケ笑いで嘲笑を送るあの人が?』
『有り得ない』
『いや、あくまでもここはあの人が作ろうとして失敗して放棄した世界だから、絶対に無いとは言えないか。猿とタイプライターとシェイクスピアのあれと同じ理屈で』
『ともかく、まだこの世界が無限螺旋最終周でないという証拠は揃っていない!』
『ので、姉さんに意見を聞いてみようと思う。』
『確か姉さんはこの世界で幾度となく強くてニューゲームするはめになったと言っていたし、似た様な状況は体験済みな筈、この疑問の解決法を知っているだろう』

追記
『帰り道ドーナツ屋に寄ったが、フレンチクルーラーは売り切れていた』
『自分で複製を作って食うのと買って食うのでは大幅に気分が違ってくるのだが、まだあそこの店員に強気に出られる程の力は持っていないので、明日の生産分に唾付けさせて貰って大人しく帰って来た』
『明日は講義に遅刻してでも昼休みの内に確保しておこう』
―――――――――――――――――――

「──という訳で、今が無限螺旋の何時頃か、分かり易い目安って無い」

「うふふ」

頬に手を当て首を傾げる姉さん。
頭にあらあらとか付けないだけましではあるが、そのリアクションでは何一つ質問の答えになっていない。
いや、姉さんの事だから、その程度のヒントは自力で見つけなさい、という事なのかもしれない。何しろ姉さん、俺のパワーアップに関してはスパルタカスの如き容赦の無さを見せてくるのだ。
どのスパルタか。勿論阿蘇山脈に鎮座するアナボリック・アカデミー形式の厳しさである。
欲しい物は自らの力で奪い取れ! これこそがトリッパーの絶対的不文律であるらしい。ジャージも能力も自らの力で手に入れてこそ。
実際、俺を即座に強化しようと思っていたのならば、姉さんのコレクションの中から適当に二三力を取り込めば良かった訳であるし、それをさせてくれなかった辺り、この法則にも意味があるのだろう。
確かに幾度かのトリップを乗り越えた時点でそれなりに戦闘経験を積む事も、補正の脅威を肌で感じ取る事も出来た。
つまり、力を手に入れるのも情報を集めるのも、その過程を自分で経験する事が重要なのである、という事。
パッケージングされた力や知識では不足なのだ。

「お兄さんも理屈は理解して実感してるし、ヒントくらいはあってもいいんじゃないかなぁ」

流石美鳥だ、何度姉さんに粉砕されても俺にフォローを入れてくれる。
これでナコト射本読みながらで無ければグンと信頼度が上がってたところなんだがなぁ。
いや、数限りないループの中ではそういう展開も無いでは無いだろうけど、だからって読み返してどうなるもんでも無いだろうに。
というか、暇があればエロ本か魔導書しか開いて無い気がするのは気のせいだろうか。

「まぁ、ヒントはともかくとして、展開次第じゃあ大十字以外に膜破られるアルアジフも出てくるんだよね」

「アルルート自体滅多に通らないだろうしな。大半は姫さんルートにしても、ほぼ置いてけぼりか」

数えられる程度しか無い展開ではあるけど、ライカさんルートだと次の周の大導師のママはライカさんなんだよな。
バランス調整の為に態とライカさんルートに誘導される大十字とかも居るんだろう。大導師を弱体化させる為に。
大導師がトラペゾ覚えてからは差が開き続けるだけになっちゃうだろうし、そういう処置も増えるのではあるまいか。

「クリアまでは絶対に負け続ける運命だもの。あ、でも憎しみが裏返ってヤンデレちゃうエセルドレーダは珍しくないの。序盤後期から中盤にかけて起こり易いイベントだから、録画機材とか用意しておくと面白いかも。終盤でからかって遊ぶのに最適ね」

「ふむ、続けて」

成るほど、流石にエロ本娘は出てこないだろうが、それ以外の再現は十分にあり得るといいう事か。
撮影機材は、うむ、ナデシコの監視カメラは精度が極上だったな。

「いやそれは気になるけど、今はヒントくれヒント」

話が脱線し過ぎた。恐るべしナコト射本、まさに外道の書と呼ぶにふさわしく、魔性の知識の集大成と言っても過言では無い。
万が一精霊化でも起こしたら危険すぎる代物である。あれ一冊からふたなりエセルドレーダ、ふたなりアルアジフ、ふたなりアナザーブラッドが生まれえる可能性を秘めているのだから。あとエンジンバイブ椅子とか。
美鳥にはあの薄い本は出しっぱなしにせず、読み終わったらしっかりと分解して塵に返すように言い含めておかなければ。

「ヒント、ヒントねぇ」

こめかみに指を当て、軽く考えるしぐさの姉さん。
しかしすぐさま何かを思いついたのか、手をパンと叩いて表情を明るくする。

「無限螺旋ってね、結局はループしてるから、一定期間の結果が常に書き変わっている様なもので、実際は一度しか起きていないの」

「伯林最終巻後の先生とヘイゼルみたいなもん?」

ヘイゼルの五行を取るか風水を取るかという選択による本人の資質と行動の変化によって、常に歴史が塗り替えられ続けている。
大十字九郎の選択、行動によって常に歴史と次の大十字九郎が変質を起こし続け、その結果歴史が少しずつ変化を繰り返す。
少し違うだろうが、まぁ似た様なものだと解釈できないでもないだろう。

「そう。でもね、この無限螺旋には最初から最後までの時間経過を体感している存在が、三つだけ存在するの。……って、これもう答えよね」

無限螺旋という物、その構造はこうだ。

①大十字九郎がブラックロッジとの闘争とか、姫さんライカさんアルさんとの恋愛やら何やらをする。
②闘争の果て、時空を超えながらの大導師との一騎討ちに敗北、過去の地球に漂着する。
③死にかけの覇道鋼造と出会い、成り変わる。
④飛ばされた先で生まれる大十字九郎は、過去に漂着した一周前の大十字九郎と同時に存在するという矛盾を解決する為に、僅かながら一周前の大十字九郎とは違う存在に変質する。
⑤変質した大十字九郎が、一周前とは違う選択を繰り返しながら①に戻る。

新たに生まれる大十字九郎は少し以前の大十字九郎とは変質している為、ブラックロッジとの戦い方から誰と恋仲になるかまで少しずつ変わり、歴史が変化する。
勿論、そこに至るまでの人生でも経験や人格に細かな違いが生まれる為、魔術師としての資質もほんの少しだけ変化する事となる。
ニャルさんはこの変質を利用して、大十字九郎を人間側代表、白の王に仕立て上げようとしている訳だ。
ここで重要なのは①~⑤の全てを経験し続けている存在。これの状態を観測する事によって、今現在が幾度目の繰り返しかを類推する事が可能となる。
真っ先に思い浮かぶのは大導師とナコト写本だろう。彼は一週に一度死に、即座に母親の腹を突き破り転生、大十字と戦い、共に過去の地球へと落ちる。
転生後も記憶は引き継がれるので、実質閉じたループの中をひたすら生き続けていると考えて良い。
が、当然ながら今の俺は善良な一般市民であるし、大導師に疑いを持たれて身を危険にさらしたくないので確認に行く事は出来ない。
大十字九郎はそも最後には覇道鋼造として確実に大導師に殺害されてしまう為ループしていないので除外。
最後に残った、今の俺でも安全に確認できるもの、それは、大十字九郎と共に過去の地球に漂着した──

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

巨大な地下トンネルを歩く。
鉄骨、コンクリート、などで建造された人工的、近代的な作りのトンネルだ。
現在地はアーカムシティ地下数百メートルの、覇道財閥の地下秘密基地の格納庫へと通じる道。
俯瞰マップでは暫くこのトンネルが続くが、行きつく先には恐ろしく広い空間が存在しているし、機体ではなくマップのコマ状態のデモンべインらしきものも見える。
適当に地下の巨大な空洞を探り当ててワープしたが、まさか一発で当たりを引くとは……。
おとめ座ならぬみずがめ座の身でありながらセンチメンタリズムな運命を感じてしまうではないか。

「ねーねーおにーさーん、やっぱり止めとこーよー」

身体をアーマー付きのライダースーツとジャケットで、顔をフルフェイスヘルメットで隠した美鳥が、ぶーぶー文句を垂れる。
文句を言いつつもしっかりと着いて来てくれている辺りはありがたいが、どうしてこうも反対されなければいけないのか。

「少し確認しに行って、ついでに新機能を手に入れに行くだけだから危険も無い。何か予定でもあったか?」

予定も何も、現在時刻は日付が変わった少し経った辺りであり、学友の類も極端に少ない俺達は尚の事予定が入っている訳も無いのだが。
もしも警備員の類が居たとしても、俺も美鳥も顔を隠しているし、地上の適当な位置に即座にワープする事ができるから脚がつく事も無い。
原作の描写を信じれば覇道財閥の地下秘密基地の警備には魔術師の類は存在せず、デモンべインの格納庫にもこのトンネルにも、何故かまともな警備システムが存在しないのだ。
正直な話、下手をしなくともスパロボ世界にトリップする前の俺でも侵入できた可能性は高い程のザル警備。美鳥に心配されるような危険は何もない筈。

「だってさぁ、ここで確認しても確認しなくてもやる事は変わんないじゃん」

「そりゃそうだけどな」

よくよく考えればこの世界は姉さんが俺を鍛える為に用意した世界。
千歳さんに注文を付ける時にある程度の修業期間を確保する為に、何回かループできそうな設定も言い含めておいたと考えれば別段ループのどの時期に降り立っていたとしてもおかしくは無い。
そもそも、どの時期に降り立つのかすら不安定な強制トリップ(作為的な物ではあるが)で、原作直前にこれたと考えるのがおかしいのである。
ある程度の魔導書を手に入れてしまっている以上、魔術の修業に関しては元の世界に帰ってからでも十分に可能であるし、正直な話、人間の魔導師に擬態した状態でなければ鬼械神の召喚も魔導書さえ手に入ってしまえばどうにでもなる筈。
この世界がループの終焉間近であってもループの初期であっても、只管に修行というか強化に明け暮れる日々である事は変わらないのだ。
まぁ、仮に変則的な最終周であったとしたら、何処かのタイミングでアルアジフなりなんなり、鬼械神を召喚できる魔導書を殺してでも奪い取る必要があるのだが……。

「お姉さんの口ぶりからして、絶対最終周じゃないだろうし、どうせよく分からない理屈であたし達もループに巻き込まれる様に出来てるだろうし」

「あの勿体ぶりからして、絶対姉さん俺の反応楽しんでたしな」

そも千歳さんに出された注文はあくまでもデモンべインの二次創作、デモンべインも大十字もアルアジフも存在しないアフター物を始める筈も無い。
あの人ならそこまでするならオリジナル物を書くに決まっている。デモベ二次と言われたからには、原作の裏や脇を通る様なストーリーを作ろうと考える。
描写されるのが無限に書き換えられる一定期間内であれば、存在しないそれ以降の時間に進む事は不可能であり、デモンべインが門の向こうに消えて暫くすれば、描写の存在するループ内に戻されると考えるのが普通だろう。
なにしろこの世界は現実来訪型の主人公を入れる筈だった世界なのだ、強化する予定の主人公には時間の余裕を持たせるに違いない。
そして一周以上余裕があるのなら、次の週の初めにインスマンスに行ってルルイエ異本の原典を掠め取ってくればいい。
人間に擬態した状態ならともかく、鬼神と金神の力を使用すれば逆十字から未契約の魔導書を強奪する程度の事は可能な筈。
この世界の創造主の作るストーリー傾向からして一桁程度のループで済むとは思わないので、そこまで焦る必要は無いが。

「だがな美鳥、万が一の事態に備えて、機械技術と魔導技術のハーフであるデモンべインを手に入れておきたい、ってのは極々自然な発想だろう」

これまでの二年と少しはこの世界の魔術に関しての習熟に力を入れていたが、曲がりなりにも自力での魔術の行使、魔導応用科学の実践が行えるだけの知識も手に入れた。
そんな今だからこそ、もう少し即物的でぱぱっと見栄えがして、何よりも憧れの巨大ロボットの一つであるデモンべインを手に入れたいと思うのは当然の発想ではないか。
デモンべインの心とかも考慮に入れるとどうなるか分からないが、機械とのハーフであればデモンペインを動かすが如く、機械的に俺の力で無理矢理に動かす事が可能。
いや、そのままの複製を作り出して使う必要すらない。機械的に作られた鬼械神の構造と、日緋色金や武装さえ手に入れてしまえば、あとは好き勝手改造した俺専用の鬼械神もどきを作ってしまえる。

「いや、お兄さんの身体的に相性がいいから、取り込むのは反対じゃないけど……」

美鳥は言葉尻を濁し、うんうんと唸り始める。
こいつは言いたい事ははっきりと言うタイプなのだが、今回は嫌に歯切れが悪い。

「なにはともあれ、姉さんの許可も貰ってるんだ。ああだこうだ言うのは、実物を目の前にしてからでも十分だろう」

「引き返した方がいいと思うなぁ。いや、勘なんだけども」

俺は未だぶつぶつ続ける美鳥を引き連れ、通路の奥へと歩みを続けた。

―――――――――――――――――――

靴音を響かせながら、冷え冷えとした薄暗がりのトンネルの中を進み続けると、前方から僅かに差し込む光が見えた。
トンネルの出口だ。俯瞰マップでも、ここから一気に広い空間になっている。
実際にマップでとてつもなく広大な空間だと分かっていても、実際に足を踏み入れるとそのスケールの大きさに驚かされた。
……こんな感じの誇張したナレーションを頭に思い浮かべながら、重たい脚を動かし先導するお兄さんの背中を追う。
そう、誇張している。確かに広いと言えば広いが、広さで言えばコンバトラーやボルテス、ゼオライマーやダンクーガが待機している状態のナデシコの格納庫も似た様な広さだった。
未だにあの不可思議な空間は忘れられない。なにせそういった巨大な機体が存在していない状態、エステバリスだけが格納されている状態の時はエステバリスに合わせた広さの格納庫だったからだ。
スパロボ世界では『そういう風に出来てる』と言われてしまえばそれで御仕舞なのだけど、何時かあの謎も解明してお兄さんに知らせてあげたいな。

「どうした、ぼっとして」

そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、お兄さんが心配そうに、多分心配そうにあたしの顔を覗き込んで来ていた。
ヘルメットは透視で抜いているにしても、せっかくお兄さんと顔を近づけているというのにシチュエーションとしては少し奇怪過ぎる。
何故なら今のお兄さんは顔じゅうに包帯を巻き、記憶を失った都市の狂った新聞記者と同じ方法で顔を隠しているからだ。あの頭のとんがりは包帯に織り込んだ細い触手が支えているらしい。
流石にお兄さんは顔芸はしないけど、どうせ顔を突き合わせるなら素顔の時の方がお兄さんの顔を近くで見れていい気分になれただろうに。
この世界に来てからはお姉さんが何時もいるから、あたしの出番が殆ど無いのだ。たまには使ってくれないと蜘蛛の巣が張ってしまう。

「大丈夫、うん、少し考え事してただけだから」

「そか、あと少しだけど、気乗りしないなら俺の中に入っててもいいからな」

呑みこんで、あたしのバルザイの偃月刀……じゃない。
入れるよりむしろ入れて欲しい、あたしは誘い受けなんだ! でもない。
お兄さんの気遣いは嬉しいけど、ここまで来て何の収穫も無いってのは流石にシャレにならない。
魔導合金もプラモも買ってないけど、3Dモデルのデモンべインは結構好きな部類のデザインなんだ。毒を食らうなら皿までというし、せっかくだから見物していこう。

「いや、せっかくだから見てく」

「そうか、うんそうだよな、ここまで来たなら見ておきたいよな!」

何やら一言一言の間にどんどんお兄さんの興奮度が上がっている。
この興奮ぶりはブラスレイター世界で初めて十メートル級の巨大ロボであるボウライダーを見た時と似ていないでもない。
心なしか歯並びが異様に綺麗になり、口角を上げてだんだんと狂喜染みた笑顔になり始めている様な。
こんな真実を求めてやまなそうな素敵なスマイルも、嫌いじゃないわ!
そう思ってしまう程感情をむき出しにしたイイ笑顔だ。
そんなアメコミ風笑顔のまま、お兄さんは屈伸運動を始め、

「ここまで自分を勿体つける意味でも徒歩で来たけど、もう我慢ならんわ!」

跳んだ。前方、見え始めていたデモンベインらしき巨大な人型に向けた大跳躍。
着地予想地点はデモンベインの胸部コックピットの真上辺り。
……やっぱりおかしい。デモンべインは仮にも人類の切り札とも言える人造鬼械神、ここまで警備が杜撰なのはどういう事なのか。
いやでも、原作でも主人公達は何事も無く縦穴から侵入してトンネルを抜けてデモンべインに到達したし、実際地上からさっき通ったトンネルへの入り口もそうそう探せるものでも無いから問題ないのかな?
嫌な予感は消えていない。サイトロンがビジョンを運んで来ている訳でも無いのに。

―――――――――――――――――――

その物体を、一体どの様に表現するべきだろうか。
何らかの意思を持って鍛えられた鋼鉄、小さな山ほどもある鉄の塊。
全高50メートルはありそうな鋼の人型、機械の巨人。
分厚い鋼板を張り合わせ作られたかのような腕、大きく盾が張り出した脚部、堅牢さを誇示する様なボディライン。
人型二足歩行の機動兵器として見た場合、合格点をはじき出していると言ってもいい。あくまでも、ただの機動兵器であるならば。

「これが、デモンべイン……?」

唖然とする。その力強い威容にではなく、その造りの粗雑さに。
之を持って鬼械神の出来損ないと言えるのだろうか、この程度の出来で、鬼械神の出来損ないを名乗ってもいいのだろうか。
一目視ただけで理解出来てしまう程に粗悪な作りの魔術回路、しかも、その回路すら満足に全身に組み込まれている訳でも無い。
いや、粗悪、粗雑という言葉ですらこの有様を表現するには言葉が足りない。
融合同化して確認したところ、構造的に成立していない魔術回路がそのまま組み込まれている箇所すら存在する。
これでは魔導書を搭載したとしてもまともに立って歩けるかすら怪しい。ましてや戦闘機動など不可能に近い。
機械技術と魔導技術が互いの欠点を、欠陥を補いきれていない。
『不完全』なのだ! この鬼械神の『なり損ない』は!
これが、これが本当にデモンべインなのか!?
同化を解き、怒りと憤りに任せて拳をデモンべインの胸部装甲に叩きつける。
轟音、拳を中心に半径二メートル程が纏めて凹んだ。亀裂も無数に走っている。
無意識に神氣を込めていたとしても脆過ぎる。なんだそれは、それで鬼械神と戦うつもりなのか。魔導合金ヒヒイロカネの強度はその程度の物なのか。
これが、こんな物が、本当にデモンべインなのか。魔を断つ剣なのか。地獄の戦鬼も恐れる戦機なのか。

「お兄さん、落ち着いて」

「俺は十分落ち付いている」

この言葉を吐く奴は大体落ち付いていないと相場が決まっているが、俺は本当に落ち着いている。落ち付いて冷静にこのポンコツならぬジャンクを文字通りの鉄屑に変える手順を考える事が出来る。

「いいから落ち付いてって、の!」

ごづ、という鈍い音。包帯と髪と皮膚と頭蓋を貫き美鳥の手刀が脳髄に当たる部分をかき回す。
実際にそこが脳味噌の機能を果たしている訳ではないが、頭だと自覚できる部分に冷たい手が差し込まれる事によって、熱されていた思考が徐々に温度を落とす。
……最適化されていく。デモンべインの、デモンべインに届かない鬼械神もどきの、始まったばかりのデモンべインのデータを、ゆっくりと俺の身体に馴染ませていく。
処理しきれなかった情報を、確実に堅実に纏めて整理する。
手刀を引き抜きながら、美鳥が気遣わしげに声を掛けてきた。

「落ち着いた?」

「ああ、すまん。ちょっと興奮してた」

「いいよ。こういうのがあたしの仕事だもんね」

ヘルメット越しでも美鳥が苦笑しているのが分かる。
一瞬で巨大な情報体を取り込む事で思考が機能不全を起こしていたらしい。最近は取り込む時も時間をかけていたから眠くもならなければこういう事態にも成らなかったのだが、油断していた。
そう、確かにまともに動くかどうかすら怪しいものだが、確かにこのデモンべイン?には鬼械神に匹敵する量の情報が含まれている。
レムリアインパクトも、撃てば確実に暴発するレベルではあるものの実装されているし、断鎖術式も回数制限を設ければ運用できなくも無いレベルの物が搭載されている。
……こんな物を実戦で使うのか? 命懸けどころか確実に自爆技になるぞ。

「銀鍵守護神機関は、一応完成しているんだな」

武装がここまで不完全なのに心臓部のみほぼ完成しているのは、鬼械神を召喚可能な魔導書を使用する事を前提にしているからなのだろう。
鬼械神本体の代用品としてデモンべインを使用し、武装のみを流用する事により、魔術師の命を削る事無く鬼械神級の戦力を運用できる、というコンセプトか。
実際に使用する魔導書がアルアジフか機械語写本固定であれば、ぶっちゃけ柔らかいアイオーンの様な使い心地になる筈だ。

「マナウス神像も、特にデモンべインが無くても存在してるアーティファクトだからね」

ここで重要となるのはマナウス神像ではなく、内蔵されている無限の心臓である。
無限の心臓はヨグ・ソトースの影の一形態であり、例えばアイオーン等に内蔵されているアルハザードのランプと似た性質を持ちながら、異界への門を開き、事実上無限のエネルギーを得ることができる『呪術的アーティファクト』である。
大規模な儀式魔術の中核となり、周囲の空間構造を変化させる性質をもつのだという。
そう、アル・アジフに記述が存在し、これを用いた儀式魔術が行われている程度には、アーティファクトとしてメジャーな存在なのだ。
となれば、過去の事件の記憶を持ちながら過去へと降り立った大十字九郎=覇道鋼造の手にかかれば、どこかの魔術結社が起こした大規模な儀式を事前に防ぎ心臓を奪取、デモンべインに搭載することも可能。
何週目かの覇道鋼造がその魔術結社のイベントを潰した場合、次の週の大十字九郎はその魔術結社の起こした事件を知ることは出来ないだろうし、この心臓だけは連綿とループの中で受け継がれ続けているのかもしれない。
もっとも、獅子の心臓を手に入れた覇道鋼造に話を聞かない限り、どこまで行っても憶測にしかならないわけだが。

「獅子の心臓が無きゃデモンべインである必要が無いしね。術者を殺さないからこその人造鬼械神な訳だし」

「それもそうか」

術者の魂を削らないからこそ、人間の魔術師が使える鬼械神な訳だし。
これまでの周でどうにかこうにか心臓部をでっちあげるまでのノウハウが確立され、ここから武装が充実していくのだろう。
何しろ、アルアジフを魔導書に据える事で武装はどうとでもなってしまうのだ。
大十字九郎が大学生のままであれば、武装に関しては秘密図書館から写本を借りてくればバルザイの偃月刀程度なら作り出せるだろうし。
アルアジフの断章を秘密図書館からの魔導書貸出で補填してしまえる以上、武装の強化はどうしても後回しになり易いのかもしれない。
そう考えれば、この不完全な魔術兵装にも説明が付く。
恐らく、これから何周何十周、何百周何千ものループを繰り返してく内に、じわじわと完成に近付いて行くのだろう。
そう、まだまだ、この無限螺旋は続いて行くのだから。

「やっぱり、ループ初期かあ」

デモンべインの胸部に倒れこむ。空は見えない。なんだか一気に草臥れてしまった気がする。
人間とは時間感覚が段違いの神様ハーフである大導師ですら絶望する様な長い永い時間を、こんなネットもコンビニもヨドバシもアフタヌーンも存在しない世界で過ごさなければならないとは。携帯機スパロボの新作とかプレイ出来るの何十億年先なのか。
こんな長期トリップになるなら、元の世界のレンタルビデオ屋でこっそり店中のDVDやらVHSやら取り込んでおけばよかった。
頭に巻き付けていた包帯も外す。しゅるしゅると身体に巻き込まれていく包帯。
まったく馬鹿馬鹿しい。仮にここで正体が割れたからと言ってなんだというのか。
正体が割れてしまったなら、次の周になるまで身を潜めていれば良い。時間だけは腐るほどあるのだ。
いや、身を潜める必要すら無い。覇道鋼造の存在しない覇道財閥など、ある程度の力を持つ魔術師にとってはどうというものでも無い烏合の衆同然。今の俺でも軽く一捻り出来てしまう。
そうだ、いっそここでひと暴れしてしまうのも良いかもしれない。覇道瑠璃を触手でウネウネぬちょぬちょと遊ぶのも面白いか。原作には存在しない令嬢触手凌辱ルート始まるよー。
そしてその現場を撮影して保管、数周後にブラックマーケットで写真集にしてあちこちにばら撒く。ううん、今から姫さんの悲鳴が聞こえるようだ。
実の所を言えば、俺は女性の悲鳴はあまり好きではない。しかしナアカルコードを送信する為には声を出せなければいけないから、咽喉を潰す訳にもいかないし。
いや、そもそも数あるループの中ではティベリウスにあえなく凌辱される姫さんも居るのかもしれない。それならそれで触手エロのプロに任せるのが一番か。やはり凌辱ならメカ触手よりもグロ肉触手だろう純愛的に考えて……。
遊ぶのではなく実益を追うなら、教会に居る魔術の才能溢れる少女を捕食するのもいいかもしれない。成長すれば一角の魔術師として大成できる可能性を秘めているなら、取り込んで損は無いだろう。
いやいや、面白そうで、かつ実益に繋がるレクリエーションはやっぱり本格的魔術師&鬼械神を召喚できる格の高い魔導書の取り込みだろう。
今身近に一人居るし、無限螺旋には深く関わらないから取り込んだ能力を活用しても怪しまれ難い。
そもそも一回取り込んだところで次の周には何の影響も無いのだから、遠慮する必要はないだろう。そしたら何食わぬ顔で学術調査に同行してダブル鬼神召喚とかやってしまおう。
でも今の段階で鬼械神とガチンコして、魔術師の肉体も魔導書も残せるように手加減して戦うなんて器用な真似は出来ないか。
暫くは講義を受け続けて、そうだな、偶には学術調査にも同行するべきか。鬼械神を使った先生の正確な実力も測っておきたいし。

「お兄さん、悪い顔になってるよ」

いつの間にかヘルメットを脱ぎ、俺の横に寝転がっていた美鳥がクスリと笑いながら指摘してきた。
口元に手を当て確認。両端が見事に吊りあがり顔芸寸前である。言われた通りの悪い顔だ。

「悪い事考えてるからな」

まぁ、悪いことしても次の周では無かった事になるのだし、ループしないモノは適当に玩具扱いにしてしまっても問題無いだろう。
玩具、というよりは実益のある餌を探す方が優先事項なのだけど。

「水射すようで悪いけどさ、その悪事がタイタスにばれたら事だよ。次の周では覇道鋼造になるんだから」

「む」

そうか、何か実行に移すなら、覇道鋼造と大十字九郎の知れるところで事件を起こして正体バレを起こす訳にもいかないのか。
次の周でしつこく記憶していたら、ミスカトニックに入学するどころかアーカムに拠点を構える事すら難しくなってしまうものな。
そうと決まれば話は早い。

「明日は一コマ目から講義入ってたよな」

「休むの?」

「長い長い時の円環の中では、たかだか一日の講義をサボった所で大したことは無いの、だ!」

背の下のデモンべイン、その殴って凹ましてしまった装甲に触手を突き刺し補修。
寝転んだ姿勢のまま美鳥を抱き寄せ、そのまま姉さんの待つ自宅の朝方へとボソンジャンプ。
こんなタイムスケジュールを気にしない大胆な運用法が可能になるのも無限螺旋ならではだろう。
良く良く考えれば時間が無限にあるなら、何時間姉さんとイチャイチャしてても、ついでに美鳥を突いて可愛がっても何の問題も無くなるのだ。
何周何十周何百周何千周何万何億何兆周もしてる内に飽きてくるだろうけど、飽きるのはその時の俺の仕事、今の俺の仕事はほぼ無限にある時間で生の喜びを謳歌する事ではないか。
そう考えるとなんだか気分が良くなってきたぞ!
ジャンプアウトした先にはエプロンを着て目玉焼きを焼いている姉さんの後ろ姿。そして尻。
ここで唐突にネタバレ、姉さん超可愛い。そしてまロい。
やべぇ愛らしい!グゥゥんレィトォ!(褐色ではなくコーンフロスト)

「おはよう姉さん!」

「おかえり卓也ちゃん。ご飯にする? ライスにする? それともお・こ・め?」

見返り美人だ。何時もより二割増で美人に見える。
振り向き厨と呼ぶ無かれ、キャラの頭身がそれなりに高いアニメのオープニングでは必ずと言って良いほど振り向くカットが用意されている。
つまり振りかえるというアクションは人を美しく見せる効果があるのだ!

「もちろんルッズ!目玉焼きには醤油で!」

黄身が半熟とろとろの目玉焼きを熱々ご飯に乗せ、黄身を少し潰してご飯に染み込ませて醤油を垂らす。これぞ至高。
そんな素晴らしい朝食を、姉さんとそして美鳥と共に飽きるほど迎える事が出来るとは。
ああ、なんと清々しい。世界が晴れ渡って見える。俺はいったい何をうだうだと悩んでいたのか。
この瞬間なら身体からではなく魔力を練り合わせて魔銃の一丁や二丁程度合成できてしまいそうだ。
そうか、そうだったのか。時間と空間の関係は、こんなにも簡単な事だったのか……。
見える、俺にも、俺にも字祷子宇宙の構造が、手に取るように!

「お姉さん。お兄さんの頭、じゃない、様子がおかしいんだけどどうしよう」

「絶望が一回りして開き直ってる最中だし、朝ごはん食べればクールダウンするんじゃない?」

何か聞こえた気がするが何も問題ない。後でログを読み直せば済むだけの話。
さあ、まずは朝食を食べよう。食べたら影武者を大学に送り出し、姉さんと昼寝した後に皆で市街を散策だ。
時間は腐るほどある。どうせ目いっぱい講義に出ても卒業する前にループに巻き込まれる可能性の方が高いのだから、気まぐれに講義をサボるぐらい許されるに違いない。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

今現在の私、フールー・ムールーにとって、目覚めとは蘇生であり、死の否定である。
ラースエイレムによるステイシスとは違う永遠の死。
フューリーでは真の死、などと呼ばれる事もあったそれは、今や私にとっては夢を見ない睡眠の様なものとしてのみ存在している。
私は目覚める度何かしらの役目を与えられ、その役目を終えると同時に眠りに着く。
勿論、ここで言う眠りとは比喩表現であり、実際はその度に殺害され、生命活動を終えている事になる。
大概、その役目は今の主の妹君の話し相手であり、数分から数時間程度で私の役割は終わってしまう。
会話が終わる、というより、妹君の言いたいことが終わると、私は妹君から放たれる鋭い触手により心臓を射抜かれ、瞬時に絶命する。
数分から数時間の生を終える度、私の記憶は逐一回収され、次の私へと受け継がれる。
極々稀に今の主自身が呼び出す事もあるが、この時に課せられる役目は大概長時間にわたる活動が必要な場合が多く、最短で数時間、最長で数か月程の間活動する事が可能。
最初に蘇生された時、フューリア聖騎士団のまとめ役として振るまえと言われ、異形と化した部下と共に、地球圏最強の機動兵器軍団と死闘を繰り広げた。
二年程前に呼び出された私は、生きたまま焼けた鉄を身に纏い、遂にフールー・ムールーとは全く異なる存在へと生まれ変わった。
この二つを挙げれば、主から与えられる役目は大きなものに見えるかもしれない。
が、実際はその殆どが雑務、ありていに言えば農作業の手伝いに、山小屋の様な場所での売り子が殆ど。
詰まる所、私を、私達フューリーを滅ぼした今の主は、その生の大半を戦闘も何もない日常の中で過ごしているという事になる。
私を打ち負かした機動兵器軍団を、一方的に壊滅に追いやった主は、一年の大半を畑を耕して暮らしているのだという。
自分達を殺した戦士は、その実、元はどこにでもいる地方の農民なのだ。
嗚呼、あぁ、なんという馬鹿馬鹿しい話か! なんと痛快な話か!
ここまで来ると、流石に呆れも怒りも通り越して笑うしかないではないか。
何処をどう言い繕ったとしても、私は闘争の末に敗れ、屈し、彼の軍門に下ってしまったのだ。
私は、『戦わせてやる』という言葉に釣られ、悪魔の契約書にサインを押してしまった。
もう後戻りはできない。

「そんな訳で、今日は一日影武者よろしくお願いしますね。あ、これお駄賃です」

例え主が一日掛けて街をふらつきたいから、という理由で大学を休み、代返と講義の内容の記録を頼まれたとしても、今の私は断る事など出来ない。
決して、帰りに雑貨屋に寄ってこの貰ったお小遣いでぬいぐるみを買おうなどと思ってうきうきしてはいない。断る事が出来ないから仕方なく向かうのだ。雑貨屋には寄るが。
私はフールー・ムールー。
フューリア聖騎士団元幹部の、フールー・ムールー。
何処にでも居る、戦争と可愛いものが大好きな標準的な成人女性だ。

―――――――――――――――――――

録画機材とレコーダーが講義の内容を記録し続ける脇で、私は以前から妹君に頼み込んでいたとあるカタログを眺めていた。
何の事は無い、極々ありふれたヌイグルミの通販カタログ。
私に課せられた使命は講義の記録と代返であり、それを共に済ませてしまった今、一日が終わり眠りに着く(殺害される)までの時間は貴重な自由時間。
正直な話、講義の内容が全く気にならないと言えば嘘になる。今の主に拾われた世界、私の住んでいた世界にはこの様な技術は全くと言っていいほど存在しなかった。
この技術を兵器に導入したら、戦争はどの様な様相を見せてくれるだろうか。そう考えると期待に胸が膨らんで仕方が無い。
いや、胸が膨らむ、というのは禁句か。
以前妹君の前でこの言葉を発した時は、憎しみの籠った眼差しで胸を睨まれてしまった。
実際ある程度の大きさの胸は戦いにおいては邪魔になるし、可愛らしい服を着る事も出来なくなるのであまり喜ばしくも無いのだけれど、やはりそういった感想は持たざる者からすれば余裕の表れに聞こえるらしい。
私の胸も巨乳という分類には入らないものの、この星でロリータファッションと呼ばれている可愛らしい服には似合わない程度には大きさがある。
装飾で可愛らしく見せるファッションは、自己主張が激しい身体のラインには合わないというのが私の持論なのだ。
現に今着ているフリルやコットン、リボンのあしらわれた白基調のワンピースもそう。
小悪魔系リボンロリータ、などと言われるこの服の最大の特徴である筈の胸部中央のリボンは、両サイドを固めるレースを押し上げている私の胸に存在感を奪われてしまい、魅力を引き出す事が出来ずにいる。
そういった意味では、元の世界で見たまだ胸の膨らみがささやかだった妹君は特にそういった衣装が似合いそうだったのだけれど、これを言ったら今回の私が生きていられる時間は加速度的に短くなりそうなので口にはしない。
難しいものだ。そこまで卑下する程貧相な身体をしている訳では無い筈なのだけれど。
少々脱線が過ぎた。話を戻そう。
私がこうやって講義に顔を出せるのは、あくまでも主と妹君の代理としてである以上、全ての講義を受ける事が可能になる訳ではない、というのが理由の一つ。
そしてもう一つ、自分で受ける必要が無いというのが一番大きな理由。

「この内容、他の講師の講義でやりましたわね」

口から思わず呟きが漏れる。
私自身は見ていない筈の講義の内容が、何故か頭の中にしっかりと残っている。
授業内容は何の態勢も無い一般人が見聞きすると気分が悪くなり、最悪心に病を負ってしまう様な内容である為か、蘇生される段階である程度の耐性と共に知識が刷り込まれているらしい。
つまり私自身がここで講義の内容に耳を傾けなくとも、主や妹君が真面目に学習を続ける限り、自然と私の頭の中にも知識が蓄積されていくのだ。
そういうからくりがあるのであれば、私の貴重な生きていられる時間を費やす必要も無い。
ついでに言えば自分はあくまでも騎士、戦士であり、新たな技術を兵器に導入する為の知識など持ち合わせていない。
鎧──劒冑は辛うじて打てるが、ああいった強化服での戦闘は本来の戦闘スタイルとは遠いので除外させて貰う
つまるところ、私はこの講義の内容を理解できても、頭の中で魔術兵装を組み込んだラフトクランズを乗り回す程度の事しか出来ないのである。
そんな空想も面白そうではあるけれど、どちらかと言えばもう少し現実に即した、例えばこの二十ドル台のぬいぐるみなんかはサイズも丁度良いしデザインも悪くない。

「問題があるとすれば」

サンプルの写真と実物のギャップはどれほどのものか、という事だ。
この時代の写真や印刷の技術も悪くは無いが、このサンプルにのみ気合いが入っているという可能性は捨てきれない。
知性体とは良くも悪くも相手を騙す能力に長けているのだ。産まれた星が違えども、それは多くの知性体に共通する特徴である事は間違いない。
以前買ったネズミとタコを混ぜた様なクリーチャーのぬいぐるみは、サンプルと実物の間に突撃銃を構えた兵士がずらりと並んだ国境線が存在している様なあり様で酷くがっかりした覚えがある。
結局あのヌイグルミも妹君に頼んで保管して貰っているけれど、もう手に取って抱きしめる事は無いと確信している。
私に与えられる時間は少ない。その時間を、どれだけ有効に使う事が出来るか。
これからも、ヌイグルミを抱きしめる程度の時間は限りなく与えられるだろう。だが、今の、今日産まれた私には今日という日しか存在しない。
サイトロンは私に闘争のビジョンを運んでこない。今回の私は一度も戦う事無くこの命を終えるのだ。
ならば私は潔く、愛らしいものを愛でる事にのみ意識を裂く。
あと二時間もしない内に今日の講義は終了するから、日が高い内に大学を出て街に出かけよう。
カタログとのにらめっこにも飽きてきた所だ。店頭で思う存分抱き心地を確かめながら、今の私にとっての、最初で最後のヌイグルミを見つけに行こう──

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「まぁ、明らかに姿形すら真似るつもりが無い影武者でも出席扱いにしてくれる辺り、俺達への信頼の篤さが分かる、というか」

夕刻、居間の空きスペースに置かれた椅子の上に設置された猿型ロボットのヌイグルミを前に、殺害しながら取り込んだ今日のフーさんのログを確認しながら呟く。
街の雑貨屋に都合良くボン太君のヌイグルミでも置いているかとも思ったが、やはり品揃えはニトロ世界準拠であるらしい。
いや、今回のフーさんの形見となってしまったヌイグルミのカタログを斜め読みする限りでは必ずしもニトロ世界に関連する商品ばかりという訳でも無いのだけど、まさかピンポイントでこういったグッズを手に入れてくるとは。

「この白い供物の竜のヌイグルミとか結構迫力あると思わない?」

「俺はどっちかって言うとこの肉の塊に目玉と触手が生えた怪物のヌイグルミの放つ異様なプレッシャーの方が気になるな」

「お兄さんもお姉さんも、なんでまともな商品に目を向けないの?」

趣味である。どっちも純愛系だし。
因みに、どちらも子供が抱えたら引きずってしまう程の巨大サイズであり、共に米ドルでギリギリ三桁台に踏みとどまる程の高級品である。
もう少しで四桁台に乗ろうかというこの値段で大特価だというのだから、ヌイグルミの値段というのは侮れない。
……結局、ヌイグルミの劒冑は失敗作に終わってしまったが、普通にヌイグルミを作って売ったら売れるかもしれないな。こういうのは何処に話をつければいいのだろうか。
しかし、フーさんも大分便利になってきたものだ。最初の頃は機動兵器の操縦と裁縫以外は稲作すらまともにこなせない戦馬鹿だったのに、今では代返からお買いものまでこなす万能パシリ。
ここらで一つ思う存分戦える戦場とかを提供してあげるのもいいかもしれない。

―――――――――――――――――――

○月×日(数日前から怪奇指数がウナギ登り)

『なのに、魑魅魍魎の一つも湧いて出ないとはどういう事だろうか』
『学術調査に出発する前の最後の講義だからとシュリュズベリィ先生が構外実習を慣行してくれたというのに、結局怪しげな人影すら見る事が出来なかった』
『そもそも街の妖気の質は殆ど変っていないというのに、怪奇指数だけが上がっているのだ』
『強大な力を秘めたアーティファクトが運び込まれた場合はこんな空気になるものだと姉さんは言っていた』
『が、秘密図書館周りにはそれらしき動きは無かった。つまりはミスカトニックとは関わりの無い所で怪しげなアーティファクトが運び込まれているのだ』
『この街でそんな大それた真似をする様な組織は二つしか思い当たらないが、覇道鋼造の居なくなった覇道財閥がそんなアーティファクトを手に入れられる筈も無い』
『そしてブラックロッジであったならば、街がいつも通りというのは不気味過ぎる。調子づいた下っ端が暴れる程度の事件すら起こっていない以上、ブラックロッジの仕業だとは考えにくい』
『これは明らかに何かの前触れだと思われるので、対魔術師用の兵装の用意だけしておこう』

追記
『シュリュズベリィ先生は講義が終わると同時、直ぐにアーカムシティから離れて行った』
『アーカムの怪奇指数の上昇に合わせるかのように、世界各地で様々な魔術結社や邪神眷属群の活動が活発になり始めているらしい』
『他にも、旧神を崇める過激な魔術結社が現れたとかで、その組織の実態調査もやらなければならないとか』
『何時もよりも格段に危険な調査になる為、今回の学術調査には学生は同行させられないのだとかで、単身バイアクヘーに乗って旅立っていった』
『多分、これで俺が初めて師事したシュリュズベリィ先生とは完全にお別れ』
『一瞬で空の彼方に消えていったバイアクヘーに手を振りながら、次に出会うシュリュズベリィ先生とも良き師弟関係になれればいいな、と思った』

追記の追記
『放課後、魔導書の閲覧許可をかさに着て秘密図書館に突撃し、美鳥と一緒に魔導書を並べてドミノを作って遊んでいたらアーミティッジ教授にげんこつを喰らった』
『だが、俺の頭蓋骨は平時でもテッカマンのアーマー程度には強靭に作られているのだ』
『殴った教授の拳からは木のひび割れる様な嫌な音がしたのだが、こういった場合でも慰謝料を払うべきなのだろうか』
『帰り際、手に包帯を巻いたアーミティッジ館長から、紹介したい人が居るからまた明日来なさいと言われた』
『そんな何処の馬の骨とも知らない人を紹介する暇があるなら、もう少し奥の方まで秘密図書館に踏み込ませて欲しい。今は何よりも新しい知識が欲しいのだ』

―――――――――――――――――――

と、いうような内容の日記を昨日書いた覚えがある訳だが。
前言を撤回するべきか、それともやはり魔導書の探索の方が有意義だったかは分からないが、これはこれで面白い出会いだと思う。

「あんたらが鳴無兄妹か、噂だけは聞いてたよ」

今日の講義が終わり、ようやっと立ち入りの許可が出た秘密図書館の前回よりも少しだけ奥の区画で、相も変わらず鬼械神を召喚できる程では無い位階の魔導書を漁っていた。
カモフラージュの為にまともに魔導書を手に取って机の上で読む予定だった俺達の目の前に現れたのがこの男だ。
上背もあり、服の上からでも分かる筋骨逞しい造形の肉体。
しかし、その見た目に反して体捌き自体は多少実践馴れこそしているものの戦闘術を本格的に習ったものではない。
顔面の造詣は、まぁ美系と呼ばれてもいい程度には整っており、目立つ特徴が無いのが特徴と言えば特徴。
更に服装に関しては、何処に売っているんだと聞きたくなるような不思議なカッティングの施されたワイシャツにスラックス。そして臍出しのシャツ。
言わずと知れた原作主人公──を生み出す為に無数に消費される、シャイニングトラペゾヘドロンに至れない魔術師兼大学生の大十字九郎だ。
……原作本編中に女装が似合うという描写があったが、肩の骨格からして男性である事は誤魔化せそうに無いと思うのだが、そこは覇道財閥独自のメイクアップ法で誤魔化せたりするのだろうか。

「奇遇ですね、大十字先輩。俺も先輩の噂は少しだけ聞いてますよ」

「へぇ、俺も有名になったもんだ」

鼻を指でこすり、少しだけ照れくさそうにしている大十字。少なからず自分が有名人である、という自覚はあるらしい。
まぁ、一部の人間は彼が覇道鋼造からの支援を受けている事を知っているだろうし、そうでなくとも魔術師としては才能に恵まれ努力も欠かさない。
いわゆる一つの優等生、という奴に分類される。しかもルックスは当然イケメンだ。注目されない方がおかしい。
……下手にドロップアウトして探偵になんてならなければ、人生勝ち組なのになぁ。

「あー噂ね、知ってる知ってる。あれだろ、ちんこが腕より太くて長いと評判の大十字だろ」

美鳥が、『マジで引くわ……』的に両掌を大十字に向けて手首から先を振りながら後ずさる。
他にも噂結構あったのに、そこピンポイントで選ぶのかよ。俺も真っ先にそれが浮かんだけど。

「えぇぇぇ、そっち!? どっからんな噂が流れたんだよ! ていうか、女の子がちんことか言っちゃいけません!」

コイツらちんこちんこ煩いわぁ。
まだ、精液が濃すぎて噛み過ぎたガムみたいな色だとかそんな噂が流れていないだけましじゃないか。

「美鳥、図書館でちんこちんこ言わない。先輩も、右のポケットに何突っ込んでるんですか、いやらしい」

流石自重の無かった頃のニトロ砲、収納しきれずにサイドに押し込められておるわ。
ぶっちゃけ常人に突っ込んだら間違いなく裂けると思うのだが、どういった相手を標的にしているのだろうか。
もういっそ、牛とか馬とかページモンスターとか改造人間とか魔導書の精霊とか、頑丈な人外系専用カノンにしておけばいいと思う。
いや、外から弱点の場所が丸分かりであるという部分を指摘した方がいいのだろうか。ザクのパイプ的な意味で。
数回はティトゥスにパイプカットされてショック死する大十字九郎とか居てもおかしくない気がするし。
……想像したらキャン玉がキュンッてなった、この想像はここまでにしておこう。

「いや、ポケットに突っ込んでんのは財布だから。ああもう、アーミティッジの爺さんの言ってた通りか……」

大十字は俺と美鳥のボケを聞いて、頭痛を堪える様に片手を額のあたりに当て、頭を振る。
しかし、財布か。
頭の中に俯瞰マップを開き、味方ユニット扱いの大十字の項目を選ぶ。パイロットのステータス確認……、やはり、技能欄に『貧乏』が存在しない。
分かっていたが、今度こそ確実にここがループ最終章ではない事を改めて確信した。
大十字九郎がトラペゾヘドロンを呼び出すには、『貧乏』技能が必須なのだ。姉さんが言っていたから間違いない。
姉さんは深く言及していなかったが、やはり貧乏にありがちな欠食状態が自然と断食による神経の鋭敏化を行い、それが魔術師としての爆発的な成長に繋がっていたのだと考えれば。
むむむ、つまり大十字を経済的に追い込めば、ループの終焉も近付く可能性が高くなるのか。
ううむ、高値で売りこめる道具は腐るほどあるが、いかんせんセールストークには自信が無い。
直売所で野菜とか売る時は売れなくても持ち帰って自分達で食えば良かったから、売り込む様な事はしなかったし。
そういう実用的なスキルを持っている一般人は取り込む機会が無かったし、そういう技能はグレイブヤードにも流れていなかったからな。
経済的に追い詰めるのは、そういう技能が手に入ってからで十分だろう。
そう思い、改めて俺は自己紹介をする事にした。他人からの評判だけでこちらの人格を決められるのはあまり嬉しい事では無い。
『大十字九郎』とは長い付き合いになるのだから、多少なりともまともな面を見せておいてもマイナスにはならないだろう。

「冗談はこれくらいにして、会えて光栄です、大十字九郎先輩。俺は鳴無卓也、こっちは妹の美鳥」

「自分で言う前に言われちまったけど、あたしが鳴無美鳥な。コンクリートジャングルを駆け抜け損ねた女とは一味も二味も違うから間違えんなよ?」

俺に促され、美鳥も名乗りを上げる。
駆け抜け損ねたのは俺達のせいでもあるんだけどな、金神取り込んだ挙句に患者も治しちまったせいで魔王編始まらないし。

「本っ当に聞いてた通りだなお前ら。俺が三年の大十字九郎。つっても、互いに名前だけは知ってたみたいだから、今更な名乗りだけどな」

―――――――――――――――――――

噂で聞いていたよりもまともな性格をしている。
それが、鳴無兄妹に対して九郎が抱いた印象だった。
第一印象こそ酷かったものの、或いは第一印象が悪かったからこそ、それ以降のまともな会話が深く印象に残った。
何しろ共に祖国日本から渡米してきた身であり、他の学友たちとの会話では共感を得られない様な話も多分に交わす事が出来るのだ。
スーパーに米も醤油も味噌も置いてあって助かっただとか、異様に日本的な文化が流入しており違和感なく生活出来て便利だとか、それでいて聞いた事も無い様な異国の文化が混ぜられているから見ていて飽きないだとか。
ブラックロッジの破壊ロボに関する驚きこそ何故か共感出来なかったが(鳴無兄曰く、錬金術が復活した現代、ああいった巨大ロボが群雄割拠する時代は何時来ても可笑しくないのだとか)、どことなく故郷を懐かしく感じる会話。
そう、この時点で九郎は鳴無兄妹に対する警戒心を殆ど失っていたのだ。

「へぇー、じゃあ二人とも既に本持ちなのか」

ミスカトニックからの帰り道、三人は往来では言い難い内容はぼかしながらも、互いの大学での学習状況などを世間話程度に交換しあっていた。
別段おかしな事では無い。決定的な単語や心を蝕む外道の知識を直接口に出さなければ、周りからは良く分からない会話にしか聞こえないからだ。

「本と言っても、さして位階の高い書でもありません。探せばそこそこある様なもんですよ」

そう言いながら卓也が鞄から取り出したのは一冊の文庫本。
それこそが、卓也と美鳥の持つ魔導書、偉大なる魔導書アル・アジフを祖に持つ近代魔導書、新約ネクロノミコン文庫版であり、二人が用いる魔術の源泉とも言える。
最も卓也が言った様に、基本的なアーティファクトの製造法以外は解釈が意図的に歪められているせいでまともに機能しない、言わば劣化複製品とでも言うべき代物だ。

「いやいや、普通に考えて見た目完全にただの文庫本の書なんて、そうそうそこらじゃ見かけないだろ」

魔導書というものは基本的に読んだ人間の精神や魂を蝕む性質を持つ為、写本を作るのが非常に難しい。
出来の良い写本を一冊作るのに数十人、数百人単位で犠牲者が出る事もざらであり、犠牲者を出さない様に作れば作るほど原本からの写し間違いや抜けが多くなり、粗悪な物が出来上がる。
確かにその内容の粗雑さから見れば、そこらの好事家がふとした拍子に何冊か所持してしまってもおかしくない程度の位階ではある。
だがこの魔導書は文庫本なのだ。そう、文庫本を作るに当たって、一体何人の人間が魔導書の内容に目を通す事になるのか。

「これがどんなに珍しくたってさぁ、魔導書としての機能はほとんど無いも同然、信頼できる様な内容でもないから教科書にも不向き。もうチョイまともな魔導書が欲しい、ってのがあたし達の本音だよ」

「そう言うな美鳥。こんな本でも魔導書は魔導書、あると無いとじゃ天と地ほどの差が出るし、足りない部分や間違っている部分は後々加筆修正していけばいいだけの話だ」

不満そうな表情でひらひらと手に持った文庫本で天を仰ぐ美鳥とそれを宥めつつも危険な発言をする卓也を、九郎は微笑ましげな視線を送る。
何だかんだ不満を言いつつも、この二人からはカルト宗教に嵌まる力を求める魔術師にありがちな焦りが無い。
学内で良く耳にする二人の実験や暴走も彼らなりの試行錯誤であり、まだまだあの魔導書には利用価値があると考えているからこそなのだろう。
彼等も口にはしないが、今のところは手持ちのもので満足している、というのが本当の所なのだろう。

「大体、俺達は本と契約済みなのよりも、大十字先輩が本持ちじゃない事の方がおかしいじゃないですか」

「一応、優秀な成績を収めた上に、二年に上がって直ぐに魔導書の閲覧許可は出たんだろ?」

後輩の着実な歩みに感心する九郎に、今度は逆に鳴無兄妹からの問いかけが行われた。

「あー、それは良く言われる。でもなぁ」

そっぽを向き、ガリガリと頭を掻く九郎。
沈みかけの夕日、街を赤く染める日の光に目を細めながら、九郎はぼそりと呟いた。

「なんつぅか、『違う』んだよ」

三年に上がるまでの間に、あるいは三年に上がってから、講義を行う上で必要に駆られて幾つかの魔導書を使用した事はある。
二年の時、初めての魔導書閲覧で怪異に襲われた時、アーミティッジと共にそれを撃退する為にネクロノミコンの写本と契約した事もある。
だが、それらと契約を結び、魔術を行使しても、大十字九郎に齎されるのは堪らない違和感だけだった。
何かが違う。これは自分の求めている物では無い。
そういった何処から出てくるのか理解できない感情が、三年に上がって徐々に実習に出る回数も増えてきて尚、九郎に魔導書との本格的な契約を乗り気にさせずにいた。

「へぇ」

「ほぉ」

「いや、そんな目で見るなよ頼むから。自分でも理由になって無いって分かってんだから」

興味深そうに、或いは面白そうに自分を見つめる二人の視線に、九郎は堪らず両手を上げて降参のポーズを取る。
この自分のわがままで担当教授やアーミティッジに多大な苦労を掛けている事を考えれば、おおっぴらに出来る話でもない。
だが、鳴無兄弟はその瞳に好奇心を含ませつつも、やはり真剣な瞳で九郎を見続ける。

「いやいや、魔術師の勘程重要な要素も無い。もしかしたらその内、先輩が心の底から『これだ!』と確信が持てるような魔導書の方から現れるかもしれませんよ?」

「もしかしたらそりゃ、かの死霊秘法かもしらんぜ?」

「はは、そりゃいいや。そうなったら俺は死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)か!」

周囲の人影も少なくなり、もはや魔術関係の単語もおおっぴらに口にしつつ、話の内容は荒唐無稽。
違和感一つで魔導書との契約を躊躇う自分が、死霊秘法の主になるなんて、一つ下の後輩たちは面白いことを言うものだと。
夕暮れ、長い影を引きずり歩きながら、九郎は腹を抱えて笑っていた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

さて、あの後暫くして別々の帰り道になったので大十字とは離れる事になった訳だが。

「パンツだ」

天上に輝く月をバックに、大開脚でのパンモロショットを頂いてしまった。
天上に、とは言っても真上を通って行った訳では無い。パンツの精霊は実際には一つ二つ向こうの通りのビルの上を走り抜けている。
度重なる融合同化を繰り返した俺の視力は、数キロ先のパンツの繊維に含まれた洗剤の残りカスすら視認可能なのだ。
たかだか数百メートルも離れていない場所の逆光パンツなど、視力検査で一番上のCマークの穴の方向を30センチ離れた場所から見る程度の難易度でしかない。
薄い緑色のぴったりくっきり筋が見えるパンツ。その薄布からも薄布に包まれた肉の薄い尻にも濃密な魔術の気配を感じる事が出来る。幼女のパンツなど見ても欠片も嬉しくは無いが。
まさかアロハ座長も、自分が喰い殺される事も厭わずに書き遺した邪神へ対する防衛知識の集大成が、ロリ臭い幼女になって通行人にパンツ晒す事になるとは夢にも思うまいよ。

「メインヒロインだけあって、申し訳程度にだけど穿いているんだよねぇ」

「ああ、エロシーンの無いハヅキは穿いて無いもんな」

勿論、どんな角度から見ても申し訳程度に垂れた布が運命的に隠してくれるので、教授の大学ノートは間違いなくKENZENである事は言うまでも無い。
そんな事を考えていると、一つ二つ離れた通りを覆面にストライプ柄のスーツを着込んだ集団がジープで爆走していったが、これはまぁどうでもいい。
大排気量のバイクのエンジンから生まれる爆音とギターの生み出す怪音が聞こえてきたが、今のところは関わり合いになるつもりはないので聞こえなかった事にする。

「追え、追うのであぁーるっ! 全ては我らが『ブラックロッ──」

ドップラー効果でドンドン低音になっていき最終的に聞こえなくなったたくみ声など、当然の事ながら俺の耳には聞こえないのである。
……そうなんだよな、脳味噌攪拌機できぶんがよくなる薬と一緒にかき混ぜたみたいな発現しか出来ない様でいて、それなりにまともに部下に指示も出せるんだよなぁ。
ま、空耳の正気度など俺の知った事では無いので置いておくとして。

「あっちって、大十字の居る方角だよな」

「まぁ、アーカムにやって来たあれの行きつく先なんてそれ以外にあり得ないし、仕方無いんじゃない?」

何処となく作為を感じる展開だ。
あの魔導書と魔術師が極々自然に出会う様になるまでに、何回這い寄るアレの干渉を受けたのだろうかと邪推してしまう。
極々初期のループだというのはデモンべインの状態でなんとなく確信していたつもりだけど、スムーズにスタートを切れる程度にはもう下地は整っているらしい。
ループ初期中盤、みたいな感じなのだろうか。

「ま、なにはともあれこれでようやくデモンベインの初戦闘が始まる訳だけど、どうする? 見物に行く?」

「少し待て」

懐から携帯電話を取り出し、自宅に居る筈の姉さんにかける。
因みにこの携帯電話、コミュニケやら機動兵器の通信機やら遺跡中枢の技術やらが詰め込まれている為、中継器が無くとも直で地球⇔冥王星間程度の距離なら一発で繋がる優れもの。
これがあることにより、携帯電話が普及していないこの時代でも、姉さんが起きてさえいれば何時でも姉さんとの声での何気ない日常会話を楽しむ事が可能なのだ。
可能なのだ。
可能なのだ!

『もしもし卓也ちゃん? お夕飯のリクエストならもう締めきっちゃってるから、何かあるなら明日以降のお楽しみにしてね』

「いや、今日は特にリクエストは無いからいいよ」

『そう? あ、今日はメンチカツだから早めに帰ってきてね』

「うんわかった。そろそろ戻るけど、買ってくる物とかある?」

『んー、だいじょぶ。あ、美鳥ちゃんにもあんまり買い食いとかさせちゃだめよ?』

「わかってる、それじゃ」

『ん、気を付けてね』

通話を止め、携帯を懐に戻し、美鳥に振り返る。

「急ぐぞ美鳥、早く帰らないとメンチカツの衣がしんなりしてしまう……!」

自分でも珍しいと思う真剣な口調に、美鳥の表情も自然にキリリと引き締まる。
これまでのどんな戦いでも見せた事の無いシリアスな表情だ。

「そりゃやべぇ。巨大ロボットにうつつを抜かしている場合じゃねぇやね」

いつかの銀星号戦を彷彿とさせるスピード勝負だ。急がなければ何もかもが手遅れになってしまう。
俺と美鳥は熱々カリカリジューシーなメンチカツを食べる為、即座にその場からボソンジャンプで離脱した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

鳴無兄弟が帰宅し、姉弟妹で楽しく夕餉のひと時を過ごしているのと同時刻。
帰宅途中の大十字九郎は突如空から降ってきた謎の少女、魔導書『死霊秘法(ネクロノミコン)』のオリジナル、アル・アジフとの契約を済ませ、アル・アジフを追っていた魔術結社ブラックロッジの追撃を辛くも退けていた。
見習いとはいえ優秀な魔術師の卵である九郎はアル・アジフが魔術の障壁で銃弾を防いだ時点で魔導書の精霊である事を見抜いていたが、それがネクロノミコンのオリジナルであるとは思いもよらず、困惑を隠せずにいた。
何しろ写本ですらミスカトニック秘密図書館では最も位階の高い魔導書として分類されるのだ。
現にその写本を求めて通常時は異空間に隔離されている筈の秘密図書館に侵入した怪異すら存在するほどであり、更に質の悪い写本を相対して戦う羽目になった時は生きた心地がしなかった。
そんな物のオリジナルとの契約ともなれば、まともな教育を受けた魔術師としては恐れ多いというよりは恐ろしい、と感じてしまうのはまともな感性を残している以上当然のことだと言える。
九郎はこのループの終着点に居る最後の大十字九郎よりも上手くマギウススタイルでの戦闘をこなしながらも、より頑なに共に闘う事を拒んでいた。

「ブラックロッジと戦わなきゃいかん理由も、なんとなくはわかる。でもな、なんで魔術師って言っても駆けだしのペーペーでしかない俺なんだよ」

「運命だな」

腕を組みふんぞり返るSDアルの尊大な態度に頭を抱える九郎。かの大魔導書の精霊がこんな無茶苦茶な性格をしているなどと想像できる者は居るのだろうか。
魔導書の精霊というのは、数度だけ見た事のあるシュリュズベリィ先生の魔導書の様な、口数の少ないクールなモノが大半だとイメージしていたのだが、思いっきり当てが外れてしまった。

「即答かよ。とにかく、これからミスカトニックにいってしかるべき相手を……?」

言葉を尻すぼみに途切れさせ、九郎はあらぬ方向に耳を傾ける。
その一動作の間に既に聴覚に神経を集中させる必要も無い程に音は大きくなっていく。
いや、音だけではない。

「地響きか、こっちに近づいて来ておるな」

地面が揺れ、アスファルトのかけらやマシンガンの薬莢がカタカタと震えているのだ。
そしてその揺れはどんどんと大きくなっていく。まるで、超巨大な重量物が自分たちを目指して歩いて来ているような。
そこまで考えて、九郎は青ざめた。
この街でそんな現象を起こせるものと言ったらそれ以外存在せず、そして、今の自分達はそれが近づいてくる理由がある。
アーカムシティに引っ越してきてから三年以上の九郎に、それを理解できない筈は無かった。

「やべぇ……」

地響きと共に聞こえてくる逃げ惑う人々の悲鳴、絶え間なく響く爆音、銃声、光線の発射音。
爆砕されたビル、立ち上る煙の陰から見えるその姿。
途方も無く巨大な、40メートルはあろうかというドラム缶の様な寸胴なボディ、その上端には無数の短い砲。
胴体の下には、安定性こそありそうだがまともに歩けるとは思えないのに、何故か高速で自らの身体を運ぶ短足。
子供の玩具の様に簡単な作りの腕がドラム缶型の胴体から四つ生え、その先端には冗談の様な大きさのドリルと銃。
そして銃腕の上に申し訳程度に添えられた、それ以外のどのパーツとも均整の取れていないミニサイズの鉄拳。
子供向けのブリキの玩具をそのまま巨大化させた様な、人を小馬鹿にする為に作られたとしか思えないシルエット。
だが何の冗談か、その巨大な物体は、装甲車や戦車の放つ砲弾を容易くはじき、しかもその装甲には傷一つ付けられていない。

「なんだ、あの瓦落多は」

「ブラックロッジの破壊ロボだ! つうかお前、この状況でなんだってそんなに余裕なんだよ!」

いくらマギウススタイルとなる事で魔術師としての格が上がったとはいえ、あれほど巨大なロボットを相手取って戦えるようになった訳では無い。
慌てふためく九郎に、アルはフフン、と不敵に鼻を鳴らして笑う。

「あの様な屑鉄、今の我らにとっては取るに足らんわ」

アルの叫びと共に、九郎の身体を包んでいた漆黒のボディスーツの翼が解け、無数の紙片となった。
紙片──アル・アジフの頁の断片は複雑な紋様や魔術文字列を目まぐるしく表示しながら、戸惑いの表情を浮かべたままの九郎の周囲を円形に囲む。
そして、解けたページの幾つかが纏まり、九郎の手の中に一振りの剣を掴ませる。
バルザイの偃月刀。魔法の杖としても機能する呪術具。
手にした九郎には、その杖と周囲の魔導書のページのリンクを知覚する事ができた。

「これは……」

九郎にも理解出来た。これから何が起こるのかを、どの様にすればいいのかを。
これは『詠唱形態』、魔導書が力を発揮するのに最も適した形体だ。
そして今まさに展開されている術式こそ、魔道の窮みに達した者のみが使う事が許されるという、神を召喚、使役する為のものである事を。

「呼べ、九郎! 我らの剣の、その名を!」

その術式とは『機神召喚』、魔導書『アルアジフ』の最大最強の奥義であり──

「来いっ!『アイオーン』」

最強の鬼械神、『アイオーン』を召喚する為の、この世界でただ一つ、『アル・アジフ』にしか記されていない機械の神の記述である。





続く
―――――――――――――――――――

『この周の九郎がデモンベインで戦うと思った素直な心の持ち主の人、正直に手を上げて。先生も他の人も目をつむっていますから。ね?』
優しく生徒に語りかける、当然の様にブラウスの胸元を肌蹴させた口元に黒子のあるいやらしい程セクシーな女教師。
しかし、生徒の大半と教師の目は間違いなくうっすらとしかし確実にあけられているであろう事はもはや言うまでも無い。
そんな感じで、デモンベインがただの高価なパーツを使った置物扱いの第三十八話をお届けしました。

本当はラスト、場面転換して主人公達の食卓、街中に放った端末から送られてくる映像で一連の流れを(映像と音声の受信機をテレビに接続して)見て、主人公とサポAIが食っていたメンチカツを噴き出し、姉がにやりと笑ってエンド。みたいな感じで書こうかとも思ったんですが、これで引くのもいいかなと思ったのでやめました。
カッコいいですよねアイオーン。
因みにこの九郎ちゃんは暫くアイオーンに乗りますが、別段アイオーンの戦闘シーンみたいなのは書きません。
二話も掛けて話の中では数日しか経過して居なかったここまでの鬱憤を晴らすかのように、次回は話が恐ろしい勢いで飛びます。
シャンタクもビックリ仰天の速度で飛びます。速度が文化と言ってる人も腰を抜かす速度で飛びます。
ほのぼのラブコメ漫画を読んでいた筈なのに、途中の巻を一冊だけ飛ばしたら主人公もヒロインも全身咽るデザインのサイボーグになって地下帝国でレジスタンスやってたレベルで飛びます。
嘘です、義経の八艘飛び程度だと思います。日記無双でかなり跳びます。
詳細は以下次号、という事で。

因みに自分、仕事の時間帯変更の関係で更新速度がやや遅くなります。
二か月に四話程度のペースだったのが、三か月に五話程度のペースに落ちると思って頂ければ間違いないと思いますがご容赦を。

以下、ただ次話に流れ、疑問を全て継続する自問自答コーナー。

Q、このデモンベインは動くの? どうやって戦うの?
A、動きません。詳細は次の話。
Q、なんでタイミングよくシュリュズベリィ先生は忙しくなるの?
A、陰謀です。理由は次号。
Q、どうして未熟な魔術師の九郎がアイオーンを呼べるの?
A、陰謀です。ネェクストコナンズヒーントゥ!『三十九話参照』

疑問を全て諦めずに次の話を読むと謎が解けるかもしれません。
正し華厳の滝の滝壺に潜ったりすると、通報されてお縄になるので良い子も悪い子も真似をしてはいけません。
若さゆえの勢いで許されるなんて事はそうそう無いのです。
ラッキーアイテムは恋人をうっかり焼き殺してしまったパーカー男の後ろ姿の一言。
関東圏に住んでいるなら、関西圏にお引越しすると気分転換ができて良いでしょう。

そのような塩梅で、今回のお話はここまで。
誤字脱字に文章の改善案、設定の矛盾への突っ込みにその他諸々のアドバイス、
そしてなにより作品を読んでみての感想、短くとも長くとも、短くも長くも無くとも、心よりお待ちしております。



[14434] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/01/23 15:46
さて、今日はここしばらくの間ですっかり御馴染の場所となったミスカトニック秘密図書館にやってきた訳であるが。

「今日は、魔導書閲覧以外に目的がある訳ですよ館長」

「そうかそうか、わしも今日はこれを用意してきた所だから丁度よかった」

そう言いながら笑顔のアーミティッジ博士が手首のスナップ一つで袖から取り出したのは、ある程度まとまったサイズの金属の粒と、細かな粉末の入っている細長い革袋だった。
袋自体も霊的な加工が施されているから内容物の詳細がいまひとつ分かり難いが、多分邪神眷属とかに使う武装では無かろうか。
革の表面に刻まれた紋章から察するに、中身の金属はヒヒイロカネ程では無いにしてもそれなりに値の張る魔導合金で、粉末はイブン・カズイの粉薬か。
なるほど、これなら殴る対象が物質的な肉体を持たなくともぶん殴る事が出来る。
なめした革自体もかなり頑丈そうだし、万が一敗れても靴下か何かに中身を詰め変えれば即座に戦闘を再開できる。
霊的存在相手に粉振りまく魔術以外の方法でどうやって戦うのかと思っていたが、こんな即物的な武装もちゃんと所持していたんだなぁ。
この世界ならHPL御大の必殺武器、祖父ホイップルの形見の仕込み杖(メイドインジャパン)とかも間違いなく魔術兵装の類に成り果てているに違いない。

「あたしそれ知ってる、ブラックジャックって言うんだよな。さすがミスカトニック三銃士の一人、そういう原始的な武装も似合うぜジジイ」

「ほっほっほ」

美鳥の言葉を受けて笑っているが、眼がまるで笑っていないのはどういう事か。
だが今日は大十字で遊ぶ予定なので、正直な話アーミティッジ博士とじゃれている暇は無いのだ。

「とりあえず、今日は魔導書で遊んだりしませんから、それはひと先ず置いてください。真面目な相談があるんです」

居住いを正し真剣な表情になった俺を見て、アーミティッジ博士もまたただならぬ自体である事を悟ったのか、〈深きものども〉の頭蓋程度なら容易く陥没させる事が出来てしまいそうな凶悪な革袋を机の上に置き、俺の話を聞く態勢になってくれた。

「お前達がワシに相談なぞ、明日は空から何が降ってくるかわかったものではないな」

「んー……、正直な話、あたしらもどうしたもんか迷っててさ。こういう事はあいつに何かと世話焼いてる爺さんに聞くのが一番かなって」

「あいつ?」

美鳥の、少なくとも学内では一度もした事の無い真剣な、或いは苦悩に満ちた表情に、驚きと訝しみを混ぜこぜにしたような顔になるアーミティッジ博士。
俺はそんなアーミティッジ博士に、懐から取り出した一枚の写真を差し出した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

魔導書『アル・アジフ』との契約、そして初の鬼械神招喚と破壊ロボとの戦闘から一夜明け、大十字九郎は受ける予定だった講義を全て自主休講し、ミスカトニック秘密図書館へと足を運んでいた。
偶然にも(あるいは運命的に)契約を交わしてしまったとはいえ、こんな秘密図書館の魔導書が霞んで見える様な貴重な、危険な代物を自分一人の裁量でどうこうして言い訳が無い。
本当なら、似た様な魔導書を持っているらしいシュリュズベリィ先生にでも預けたかったが、当のシュリュズベリィ先生は魔導書と出会った日の午前の内にアーカムを飛び出し、本業である邪神狩人としての活動に精を出しているので、そもそも接触する事すら出来ない。
一先ず思い付く限りでは一番安全な場所、ミスカトニック大学秘密図書館に預け、今後の事はアーミティッジの爺さんにでも丸投げしてしまおう、などと考えていたのだ。
道中、何を言うでもなく当然の様に魔導書が勝手について来てくれたのは行幸だったかもしれない。
昨夜、破壊ロボをあっさりと粉砕した後、魔導書と魔術師は一心同体、などと言いながら勝手に付いてきた時は辟易したモノだが、こういう時もしっかり付いて来るなら話は早い。
ここまで相性の良い魔導書も初めてだし、ここまで誰かに熱烈に求められたのも初めてだが、未だカリキュラムの全てを収めたとは言えない見習い魔術師である自分には、ブラックロッジとの闘争の日々というのは些か荷が勝ちすぎる。
少々の名残惜しさと申し訳なさこそあるが、生命安全を脅かされるよりは遥かに良い。

(そんな事を、ここに来るまでの道中で考えていた気がする)

椅子に荒縄で縛りつけられた上、取調室にある様な電灯を目の前に、大十字九郎はぼんやりと頭に思い浮かべた。
今現在の状況から考えれば、余りにも楽観的だったろうか。いや、一体どこのどんな人間が、どんな優れた預言者がこの様な事態を予見できただろうか。
まさか、図書館のドアノブに高圧電流が流されていたとは、未だ魔術師として未熟な自分にはどうしようも──

「──って、魔術関係ねぇ!」

モロに科学的、物理的なトラップだ。魔術による探査が可能かは全く持って不明である。
椅子に縛られながらも現状に対して突っ込みを入れる九郎に、机を挟んで対面に座る鳴無卓也は、片手はハンケチで涙を拭く仕草を取りながら、もう片方の手で卓上ライトを掴み、九郎の顔面すれすれの辺りに近づけ、いや、押しつける。

「熱、あっつぅ!」

「先輩、俺達と先輩が出会ったのはつい昨日ですが、先輩後輩の信頼関係は最早ゲージ振り切っている物とみなし、嬉々として、もとい、心を鬼にして言わせて貰います──自首してください」

そして、ハンケチを畳みポケットの中に仕舞い込み、九郎の瞳を真っ直ぐに見据えて言い切った。

「お前それ絶対楽しんでるだろ、なぁ?!」

「言い訳はここでは聞きたくありません」

電球の生み出す熱と光に顔を焼かれながらも懸命に声を荒げる九郎に、卓也は悲しげに首を振りながら一枚の写真を取り出して見せる。
それは、どう見ても未成年どころか初潮が来ているかどうかも怪しい、しかも露出の多い衣服を着た幼女を自宅に連れ込む九郎の写真。
実際は来るなと言っても無理矢理ついて来て、しかし名のある魔導書をそこら辺に放置する訳にもいかないから自室に連れ込んだという、ミスカトニック陰秘学科の学生としては常識的とも言える処置。
が、どういった作為なのか、写真のアングル、光源の位置、微妙なピンボケなどがうまい具合に合わさり、九郎の顔はにやにやと嫌らしい笑みを浮かべている様に、幼女──魔導書『アル・アジフ』の精霊の表情は頬を染め俯き加減にもじもじしている様にしか見えない。

「だから、それを今から説明しようと──」

図書館に訪れ、少女が魔導書の精霊である事すら説明できずにいた九郎は、ここぞとばかりに弁明しようとする。
が、その言葉が聞こえていないのか、卓也は顎に手を当て目を瞑り、どこか遠くへと空想の翼を広げ始めていた。

「そう、言い訳するなら法廷で、しかし決して聞き入れられる事の無い被告人の主張、被害者から告げられる心当たりがあったり無かったりする証言に心をえぐられながら、それでも被告はこう叫び続ける『それでも俺は(まだ)ヤッて無い』大丈夫、未遂ならまだ罪も軽い筈だから……プ」

「こんないたいけな少女に、しかも初めての相手にあんな凶器を突っ込もうとしてる時点で超万死に値するけどなー。拡張工事無しで貫通式とかマジ引くわ懲役確定だろ……ククク」

「ご、ごしゅじんさまぁ。そんなの入れられたら壊れちゃいますぅ……ニヤリ」

自分以外の三人の邪悪な笑みに、九郎は椅子に縛りつけられながらも暴れ出した。

「あ、手前らそれが本性だな!? どいつもこいつも人を陥れて貶めてそんなに楽しいか! 助けて弁護士さん、弁護士さぁぁぁん!!」

――――――――――――――――――――

暫く暴れる大十字をからかい続けていたが、ミスカトニック大学の偉い人達との話を付けてきたアーミティッジ博士の登場で事態は収束した。
実のところ、大十字に対しては部屋に幼女を連れ込んだ下衆野郎(ペドフィリア)として対処したが、アーミティッジ博士には俺の知り得る処、つまり彼女が魔導書である事や、大十字と契約を済ませてしまっていることなどを一通り説明しておいたのだ。
一応、発覚した時にトラブルにならないように、街のあちこちに俺が使い魔(という名目の端末)を放っている事自体は大学側に届け出を済ませているので、現場を偶然使い魔が見ていた、という事であっさりと証言は受け入れられた。
その事を知らされたアーミティッジ博士は、即座にミスカトニック大学の偉いさん方と集まり、伝説の魔導書であるアル・アジフと大十字九郎に対する処遇などを話し合いに行っていたのだ。
アーミティッジ博士が大十字相手に弾劾裁判ごっこをしていた俺と美鳥の頭に躊躇無くブラックジャックを勢い良く振り下ろし、しかし振り抜いた時点で革袋の中の金属粒の方が残らず拉げたのを確認した時の唖然とした表情は見物だったが、流石にこれ以上の無茶は不信感を増幅させてしまうかもしれないので自重しようと思う。
縄を解かれ、椅子から自由になった大十字は縄の食い込んだ痕を擦りながら俺と美鳥をジト目で睨んで来た。

「お前ら、事情を知ってるのにああいう悪ふざけはするのはどうよ?」

「あれは場を和ませる為のジョークだろ。それに魔導書の方は乗り気だったじゃん」

肩を竦めあっさりと返す美鳥。
まぁ、こういった細かなイベントをこなしたり、後々にウェストが合流するまでの間に魔導兵器などを融通したりして強く印象に残せれば、次周で覇道鋼造になった時に色々と融通してくれるんじゃないかなという目論見がある訳だ。
良い思い出よりも、こういう馬鹿騒ぎで多少ダメージを与えたりする方が印象には残るだろう。
仲良くしたいかどうかはともかくとして、資金提供などで成長を促したら得になりそうだ、とか成熟したこいつに思い出の中で評価される程度の関係を築いて行きたいと思っている。
けっして、ギャルゲ主人公的突発的不条理に逢う大十字を見世物にしたいという理由だけでは無いのだ。

「大体、そんな魔導書が出張ってきている時点で、これから悪ふざけが出来なくなってくるのは予想付きますし、ね」

「む……」

俺の言葉に、大十字は不満そうにしながらも黙り込む。
魔術的闘争の苛烈さは陰秘学科の生徒であれば誰しも知るところであり、シュリュズベリィ先生の教え子であればその実感はより深い物となる。
今回のトラブルに関わるつもりが無くとも、仮に完全にアル・アジフとの契約を断ったとしても否応無しに巻き込まれてしまう可能性が高い事も理解している筈だ。この周のこいつは、最終周のこいつとは似ても似つかないレベルの優等生なのだから。
騒動を回すのはアーカムに根を張る一大魔術結社である『ブラックロッジ』であり、騒動の中心に存在するのはかの偉大なる魔導書『ネクロノミコン』のオリジナルである『アル・アジフ』
アーカムを飛び出して、国外に逃げおおせたとしても間違いなく被害は飛び火する。
事態が進めば、こんな馬鹿騒ぎをする暇すら無くなってしまうだろう事も、容易に想像できるのだろう。
俺はそんな大十字から、白いドレスの様な服装の少女──魔導書の精霊、アル・アジフへと向き直る。

「お会いできて光栄です、アル・アジフ。あなたの娘さんにはお世話になってます」

「ふん……。娘、という程近縁でも無いようだがな」

「違いねぇ」

鼻を鳴らしながら娘、という言葉を否定するアル・アジフに美鳥が同意を返し、俺も無言で頷いた。
何しろ俺と美鳥の魔導書である『ネクロノミコン新釈』はオリジナルからの写しでは当然無いし、内容も写本の写本の写本程度の精度しか無く、しかも入手経路はニャルさんからのプレゼント。
姉さんにもチェックを入れて貰って、さほど危険なギミックは仕込まれていないからと使い続けているが、出所が出所だけに機械語写本とはまた違った方向で一番遠い位置にあるのは間違いない。
しかも字祷子を弄れる程度の位階に達し、更に秘密図書館に出入りできるようになってからは所々の余白に新たな記述を追加しているので、オリジナルとの共通点は殆ど無くなっていると言っても過言では無い。
娘というよりは、遠縁の親戚の娘。しかも全身ピアスにタトゥーに拡張にヤク漬けのハード調教済みと言った方が正しい表現だろう。
まぁ、俺と美鳥が入れる区画にあった魔導書はそれほど位階の高いものでは無いので、魔改造を施しても一流の魔導書の足もとにも届かない訳だが。
鼻を鳴らす仕草がどことなく不満げなのは、自分の遠縁の子孫がそこまで滅茶苦茶に改造されている事に対する憤りと、しかし魔導書としては整合性を保っており、無碍に扱われている訳でも無い事も理解できてしまったからだろうか。

「……そろそろ話を始めてもいいかね?」

必殺(たぶん必殺を狙っているんだと予測される)のイブン・カズイの粉薬入りブラックジャックがノーダメージだった事の衝撃から立ち直ったアーミティッジ博士。
その言葉に反応し、難しい顔をしながら黙っていた大十字が顔を上げた。

「あ、すんません騒いじまって。……結局、今回の件はどういった扱いに?」

「ふん、教師風情にどうこうできるほど、妾とこやつの相性は生半可なものでは無いぞ」

踏ん反り返り不敵な笑みを浮かべるアル・アジフ。
本人別に気にしてないだろうけど、胸張っても胸部に膨らみを確認できないってのは寂寥感を感じてしまうな。
まぁ、ループの中で少しづつ差異のあるアル・アジフの事だから、某フィギュア版の如くむちむちボディな場合もあり得るのかもしれないが。
それはともかく、今はアル・アジフの処遇だ。俺は結論を告げようとしているアーミティッジ博士に視線を向けた。
アーミティッジ博士は別段その結論を俺や美鳥に知られても構わないと考えているのか、俺達全員を見回した上で重々しく口を開いた。

「うむ、色々と協議をした結果の結論なのだが──」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ビジネス街の只中にポツンと存在しているこの公園は、平日昼は近隣の会社に勤めるビジネスマン達が昼食を取るのにも利用され、憩いの場として人気が高い。
が、ビジネスマンに好まれる反面、この街に暮らす子供達にはあまり利用される事は無い。
問題は立地だ。周囲をビル街に囲まれ、車通りも多いここは、学生が学校帰りに寄るには遠く、未就学児童を連れた親が通うにはあまりに危険。
また、どういった訳か避難用シェルターへのアクセスも不便で、どんなに近くのシェルターに逃げ込もうとしても六分は必要になってしまう。
街の何処に居ても三分以内にシェルター入口に到達できるのが個性の一つであるアーカムにおいては異例の立地となっているのだ。
その為、ビジネスマンがキリキリ働いている時間帯、具体的には昼休み周辺の時間帯を除けば、この公園はお年寄りが散歩を楽しむ程度で、非常に閑散としている。

「ふぅ……」

ベンチに座り込み、空を仰ぐ。
高層ビルが立ち並ぶ時代ハズレなビジネス街のど真ん中に存在しているだけあって、ここから見える空の形は酷く歪だ。
霊的視覚を展開し凝視すれば分かる事だが、歪んでいるのはビルが邪魔で空が見渡せない、というだけの話では無い。
覇道邸に仕掛けられた結界の余剰エネルギーが街を覆い、外敵を近づけない構造にしている訳だが、その結界を生み出す為のエネルギーはアーカムシティに住まう人々が吐き出し、流動させる生命エネルギーを風水的な都市構造によって増幅したもの。
人が多く集い、活発的に活動している土地は吐き出すエネルギーも多く、それを結界に取り込む為にやや空間に歪みが発生してしまっているのだ。
それなり以上の魔術師であれば、この綻びを魔術で突いて結界の構造を反転、結界が張られ独立した状態にある覇道邸を丸裸に出来る可能性だってある。
覇道財閥が配管一つにまで手を加えて作られた筈のアーカムに、なぜそのような欠陥が存在しているのか。
答えは簡単、そういった都市開発の魔術方面での指揮を執っていた覇道鋼造が、数年前に死去しているからだ。
因みにこの覇道鋼造の死亡時期、瑠璃ルートはいまいち印象が薄いのだがかなりのズレがある。
そう、これまでの全てのループでそうだったかはともかく、少なくとも今回の覇道鋼造=前回の大十字九郎は原作よりも遥かに早死にしているのだ。
そんな事を考えながら、眺め続けていると目が悪くなりそうな違和感のある青空を眺めていると、甘い砂糖の臭いが鼻に付いた。
臭いの元を探る為に視線を元の公園に降ろすと、目の前にはある程度の重みがある内容物を包んだ茶色い紙袋が差し出されていた。

「おまたせしましたー!はい、ご注文の品です」

「ああ、ありがとうございます」

濃い褐色の肌を、ミスドの制服に似ているようで似ていない衣装に身を包んだ活発そうな少女から、この時代ではココでしか手に入らない素晴らしい栄養物を受け取り代金を渡す。
このアラブ人と日本人のハーフの少女こそこの公園に居を構えるドーナツ屋台、ミスクアマカス・ドーナツの店長兼店員、名を新原トテプ(にいはら とてぷ)という。
知る限りにおいて俺達を除き、唯一フレンチクルーラーをこの時代に生み出す事の出来る、何の変哲も無い、
そう、
『何の変哲も無い何処にでも居る少女』
である。ツッコンではいけない、あらゆる作品に登場するコレは大抵の場合極度のかまってちゃんかつ愉快犯で、人のリアクションを楽しむ傾向があるからだ。
今回はこの設定で通すつもりらしいので、この少女である間は真実この少女以外の何物でも無いのだ。理論として見事に成立しているのでツッコミどころなど欠片も存在しないのである。
いいじゃあないか、どうせ次の周では黒人神父だったり科学者だったりハーレムの主だったりするのだから。こんな時だってあるに決まっている。
売るのはアイスとかじゃないの、とか、そんなツッコミをしたらそれこそこの少女の思うがままというか、正直アイスよりはドーナツの方が、ドーナツよりはミルフィーユやミルクレープの方が好きだからドーナツよりケーキ売れよとか、そんな野暮な事は言いっこなしだ。

「もう、そういう堅い口調はやめて下さいよ。なんでドーナツ屋の店員ごときに敬語なんですか」

ぷぅ、と頬を膨らませながら、極々自然な動きでベンチの隣に座る新原さん。
その距離を詰める様な動きと丁寧な様でいて親しくして欲しそうな口調が、煩わしく感じないからこそ煩わしい。

「じゃあその顔と体型と口調と声色も止めてくださいよ」

濃い褐色の肌に黒髪、エキゾチックな雰囲気漂うアラブ美人。いや、設定年齢からすれば美少女か。
しかし、アラブ風なのはその肌の色と髪色だけで、顔形はむしろ日本人寄りの白人風。
その艶やかな黒髪を編み込みバレッタで頭の後ろに纏め、眼はくりくりと可愛らしさをアピールしている。
顔の造詣は美しいというよりも可愛らしいというのに、その首から下は出るところが出て細い所は細い、俗に言うエロい身体。
色違いのメルア・メルナ・メイア──黒いメメメとしか言いようの無い姿なのだ、この少女の外見は。
大体、仮にも自分よりも上位に居る神に対して失礼な態度は取りたくないのだ。

「あれ? でもこの姿だとそれなりに気を使ってくれますよね」

顎に人差し指を当てながら小首を傾げる新原さんの仕草は、どうしようもなくメメメの姿とダブる。
が、内に潜む悪意を考えると、とてもではないが似ているなどとは言えたものでは無い。
この不思議がる様な仕草にしても、外面こそ真似ているものの、滲み出る此方をからかおうという意地の悪い感情を隠しきれていない。
口の端や目の端の下り加減に皮肉の意図が含まれているのは明らかである。
そして、隠そうと思えば隠せるそれらの違和感をあくまでも出しっぱなしにしている事が気に食わない。
つまるところ、遊ばれているのだ。

「習慣づいてるだけです。その姿は別に好きでも嫌いでもありません」

「むぅ……」

趣味が悪いったらない。俺は金髪は嫌いだが、メメメの髪は金髪でこそだと思っているし、わざわざこの姿を取っていること自体、俺への悪意と言えるだろう。
宇宙的な悪意、純粋な悪意は愛にも似る。だからこそ、その姿を見る度、言葉を交わす度に感じるデジャビュに俺は一抹の懐かしさと不可解な苛立ちを覚える。
そして、苛立ちを紛らわすためにもドーナツを、甘味を食べなければならない。
甘味は心の隙間を埋める事が出来る、と言ったのは何年前のアフタヌーン連載だったか。
やたら白い絵柄の漫画で、終番で主人公の母親が手の骨の関節を外して縄抜けしていた事だけは記憶にあるのだが、まあいい。
一抱えほどもある袋を開け、その中から標準サイズの袋を取り出し、更にその袋を開けて中からドーナツを取り出す。
フレンチクルーラーにチョコクリームフレンチ、エンゼルクリームにダブルチョコレートに……、
うわぁ、なんだか凄い事になっちゃったぞ。

「あれ、妹さんは呼ばないんですか?」

「ええ、あいつを呼ぶ前にフレンチクルーラーは食べておこうかなと」

こういう場合に限って、あいつは言う事を聞かないからな……、俺の分のフレンチクルーラーどころか、姉さんへのお土産分にまで手を伸ばしかねない。
まぁ、それも仕方が無いか。この世界に来てから美鳥が姉さんにうっかり殺害される回数が極端に減っているし、そこら辺の畏れみたいなのを忘れかけてしまっているのかもしれない。
それ以外は、よくやってるんじゃないかな、と時折ツンデレてしまう程度には有能なので、そこまで叱りつける事でも無いのだが。
フレンチクルーラーを食い終るまで、美鳥には引き続き公園の野生動物との戯れを続けて貰うとしよう。
そして、手に持ったドーナツに、齧りつく。

「……うん、うん」

感慨深い。沁み渡る様な、蕩ける様な、それでいてしっかりと形の崩れていない甘味。
心に喜びの感情が溢れ出す耐えがたい開放感。
しっとりとした舌触りのフレンチクルーラー、オーソドックスなデザインながら中のクリームが優しいエンゼルクリーム。
しっとり感こそ少なくなっているものの、そこにチョコとクリームが合わさる事で食感と味にアクセントを付け加えるチョコクリームフレンチ、息継ぎには微妙な食感のダブルチョコ。
そう、ストレスが堪るからこそ、ストレスから解放された時の喜びを感じる事が出来るのだ。

「ふふふ、本当に甘い物が好きなんですね」

「習慣ですよ、習慣。百年そこそこが寿命の人間にとって、半年間続けた習慣ってのはなかなか抜けないものなんです」

そう考える事が出来るからこそ、わざわざこの人(いや、神か)の所に来てドーナツを食える。
どうにもこの人、大十字九郎にも大導師にも深く接触せず、俺の精神に負荷を与えに来ている節があるのだ。
それがどのような意図の元に行われているのか、何か壮大かつ遠大な計画を練っているのかもしれないし、ほんの少しの気まぐれかもしれない、上手くいかない大十字九郎育成計画の息抜きの余興かもしれない。邪神ならぬ身の俺では真実を知る由も無い。
ならせめて、逆に少しでもいいから利用してやろう、という気になるのは極々自然な流れではないか。
だからこそ、あからさまにメメメの笑い声をトレースした様な含み笑いで甘味を語るこの少女に追い払う為の行動を起こさないのである。
一々喋り方が似ているところとか、見覚えのある妙に幸せそうな笑顔とかが癪に触れば触るほど、俺が感じるドーナツの旨味は増していくのだから。

―――――――――――――――――――

うっかり美鳥の分のドーナツを半分平らげたあたりで、俺はようやく今日ここを訪ねた理由を思い出した。
いや、どちらがメインかと聞かれれば、甘味の補給が日課になっている以上ドーナツ購入がメイン行事なのだが、メインで無い方の用事も一応知的好奇心を満たす為には重要な要件なので、どちらかをおろそかにして良いという訳でも無い。
俺はドーナツの複製を紙袋の中に押し込み、ドーナツ屋台をほったらかしにして未だベンチに座って、胡散臭い程に邪気の無い(恐らく邪気の代わりに純度の高い宇宙的悪意が含まれているのだろう)笑顔でこちらを眺め続けている新原さんに声を掛けた。

「新原さん」

「はい? あ、愛の告白ならオーケーしかねますよ。あなたのお姉さんに釘を刺されてますからね、『卓也ちゃんに変なちょっかいかけたら、即座に無限と一回だけぶち殺してあげる』って」

新原さんが居なくなると、大導師が戦う理由とか無くなっちゃって無限螺旋終わるのでは無かろうか。
まだ修行の途中だから、ここで世界が救われてしまうと少し困る。
いや、それはともかく。

「いや、俺があなたに好意を抱くとかまず確実に天地が引っくり返ろうが字祷子が目覚めようが有り得ないからいいんですけど」

そも字祷子が目覚めたら新原さんも消滅するのだが、仮に消滅して思い出の中だけの存在になったとしても、懐かしさを感じる事はあっても恋する事は確実に有り得ないという意味できっぱりと言っておく。

「それはそれで混沌(オトメ)心が傷つきますねぇ……」

響きは『おとめ』だったのに、間違いなく関係無い漢字が割り振られてる事だけは分かった。
新原さんの顔が悲しげな表情を作るが、それが本気で無い事は丸分かりだ。
何故なら彼女(本来性別は無い筈だが、今はアラブハーフの少女なので便宜上『彼女』とする)が本気で入れ込むのは、この世界のアザトースを開放できる可能性を秘めた二人の王だけで、その他の人間にはそれほど愛着を持つ筈が無い
どのような形であれ、彼女の玩具足り得るのはあの二人だけなのだ。

「大十字九郎って、毎度毎度あんな流れなんですか?」

大十字九郎と魔導書『アル・アジフ』の精霊が出会い、ミスカトニック大学側の対応が決まってから数日が経ち、ふとそんな疑問が頭をよぎったのだ。

「そうですよー。ほら、あの年頃の男の子は、街角でぶつかった女の子には厳しい対応が取れないって言うし」

「ミスカトニックの決定も?」

あの日、ミスカトニック大学の偉い人たちが出した結論。
それは、大十字九郎にそのままアル・アジフのマスターで居続けて貰う事だった。
しかも、アル・アジフの所有権はそのまま大十字九郎預かりという、正直危機管理どうなっているの、と聞きたくなるようなおまけ付き。

「ああ、ミスカトニックは昔からそんな感じですよ。秘密図書館から盗み出された訳でも無い野良魔導書で、契約者は模範的な自分の所の学生ですからね。取り上げる法的根拠も無いですし」

「いいんですかそれは」

「いいみたいですよ。どうせ、陰秘学科の生徒なんて真っ当な所に勤めようと思ったらミスカトニックか覇道に関係ある場所にしか就職できませんから」

「なるほ、ど……?」

納得していいのだろうか。そんな不確かな首輪で確保していると思える物なのか。
この世界に直接繋がらないらしい小説版の話で恐縮だが、陰秘学科ならずとも外部の魔術結社に就職する博士とかも存在する。
それにはっきり言って、真っ当な教育を受けたからと言って真っ当な人間に育たないのが魔術という分野だ。
魔術の研鑽の行き過ぎたものならば、わざわざ行動の制限される真っ当な職場で無く、違法行為を繰り返す悪の魔術結社に憧れてしまう場合もあると思うのだが。
まぁ、ニャ、新原さんが知り得ること全てを教えてくれるなんて思っても居ない。
ここはひとつ、ミスカトニックの偉い人の中にも他のコレが紛れていると考えておけば、さほど問題は無いか。
原作でも、それなりに戦えるだろうにクトゥルー召喚後も一切手出ししてこない様な組織だし、手が入っていないと考える方がおかしい。対抗できる魔術師が居ないって可能性も捨てきれないが。

「あたしも少し聞いておきたい事があるんだけど」

と、どうにかこうにか自分を納得させたところで、草むらに潜り込んでアーカムシティ特有の昆虫や小動物の採集していた美鳥が戻ってきた。
ここで採集された虫や小動物は少々の改造を施された上で再び街に解き放たれ、俺と美鳥の目と耳の代わりを務める。
元から街に存在していたものであれば余程奇怪な変化を遂げ無い限り見咎められないため、直接俺が死体を複製して造り出した端末よりも魔術師に発見される可能性が低い。
街に元から存在するモノを加工して使う為、端末をばら撒き過ぎて生態系が壊れる事も無く、そういった生物の分布を調査する方面からの露見も少なくなる。
魔道に通ずる者が多く隠れ潜むアーカムで無ければ、ここまで面倒な手間をかける必要は無いのだが……。

「ふふふ、美鳥さんの言いたい事は解ってますよ。ですが安心してください、このボディはモデルとなった人物のフレームをそのまま利用しているので、スリーサイズもそのままなのです……!」

「あんなスパロボよりギャルゲ向きの非ぃ現実的ィなスリーサイズなんてどうでもいい通り越してこの世から消滅すればいいよ」

「なんでお前はそこまで人のスリーサイズに攻撃的なんだ」

胸のサイズを割り増す程度なら幾らでも出来る筈なのだが。

「お兄さん、例え創作物とはいえ、天然であのサイズは女の敵だ……! じゃなくてほら、お兄さんも疑問に思ってたじゃん、アイオーンの事」

「あぁー」

思わず間の抜けた声を出してしまったが、確かにそれも聞いておくべきかもしれない。
機神招喚は最大級の奥義とされる魔術であり、何かしらの下駄を履かせでもしない限り、魔術初めて三年目の駆けだし魔術師が使える様な魔術では決してない。
俺が文章のみで知る大十字九郎以外のマスターオブネクロノミコンにしてもその身を人間のまま機神招喚に成功しているが、片方は確実に命を削り続け、もう片方はアリスンと同じかそれ以上の魔術の素養持ちの上、ナイアルラトホテップ自身の手によって存在を強化されている。
如何に魔導書の精霊の補助付きとはいえ、あんなに簡単に、一発で成功させていいものなのだろうか。

「ああ、九郎君の話ですか。凄いでしょう、あそこまで持って行くのにもう何百回ループさせてきたか。無限螺旋道場で鍛えられただけの事はあると思いません?」

えっへん、と自信満々に胸を張る新原さん。
ううむ、この態度が縁起か演技で無いかはともかくとして、現状分かっている事実とこのセリフから幾つかの事が分かる。
ここしばらくの、少なくとも数百周分の大十字九郎はその変質の方向性を意図的に調整され、純粋に魔術師としての伸びしろを強化され続けているのだ。
人間側の魔術師、白の王に相応しい力を手に入れさせるための下地作りか、それともトラペゾヘドロンを使わせる為には大導師と同じく魔術師として成長させるのが最善と考えたのか。
……よくよく考えてみれば、だ。大十字九郎が一つのループの中で『魔術師・大十字九郎』として活動する期間は極めて短い。
大学入学と同時に魔術を学び始めたとして、大導師との戦いの果てに過去の地球に落ちるまでの期間は五年にも満たない。
トラペゾヘドロンを大十字九郎に召喚させようと考えるのなら、何の下積みも無い状態からたったの三~五年程度で魔術師として大成させなければならない。
アル・アジフが白の王、大十字九郎のパートナーとして選ばれたのも恐らくはその為だ。
術者の技能を補助し底上げするマギウススタイルは、限られた期間しか魔術師として技能を磨けないという状況にはとても相応しい。
更に言ってしまえば、この数年を終えてしまえばトラペゾヘドロンを召喚できる可能性が無くなる以上、魂を削られて早死にしても惜しくは無い。
この世界の覇道鋼造が早死にしているのもそのためだ。下手をすれば、大導師に挑むまでも無く老衰で死亡してしまっている可能性だってある。
それに、ここは無限螺旋。この育成方法が失敗だったとしても、また数百、数千、数万、数億のループを使って新たな方向に育てれば良い。
変質による素質の変化は微々たるものでも、そのループで起きるイベントをあれこれ変化させればある程度の調整はできる。
気の長い話だが、彼女には時間制限などという物が存在しないのだ。こういう方法での育成も、ありと言えばありなのかもしれない。
そんな訳で、大十字九郎は魔術を学び始めて僅か三年で機神招喚が可能な魔術師になるだけの素質を持たされていた、というのがこの話のオチであるらしい。

「でも、最初から無敵モードなんて、話としてドラマが無いよね」

「アンチクロスには流石に苦戦するだろうけど、破壊ロボの立場はまるで無いよな」

「ドラマ、ですか。それは、まだまだ先のお話です」

最後にヒントを与えてみようと向かい合い『ネー♪』と意見を合わせる俺と美鳥に、新原さんは不敵な、モデルとなったメメメなら絶対にしないような、蟲惑的な笑みを浮かべた。
そう、この段階で大十字九郎が覚醒しないのもまた、彼女の思い描く計画の一部に過ぎないのらしい。
俺は、これから無数に積み立てられる大十字九郎の敗北と、俺と姉さんと美鳥の長く永く続くであろうこの世界でのトリップ生活の事を考え、溜息を吐いた。

―――――――――――――――――――

×月×日(アイオーン大敗北!)

『推奨BGMは『哀哭せよ。所詮、我等は神ならざる身』か『絶望に灼ける剣』と言った所であろうか、それはもう見事な負けっぷりであった』
『まぁ、所詮今回の大十字九郎はこれからのループで無限に出現する大十字九郎の中でも最も格下! とまではいかないものの、ループを終える可能性は限りなく望み薄な個体だったので予定調和だろう』
『とりあえず、アイオーンの敗北に至るまでの話から始めなければなるまいが、俺の身の回りは殆どいつも通りだったので大十字九郎とアル・アジフ周辺のあらすじを語っておこう』
『実のところ、主無しでリベルレギスと戦ったアイオーンではあるが、その実、戦闘の余波で抜け落ちたアル・アジフの記述は極々僅かだった』
『その為イベントらしいイベントと言えば、ほぼページに関わり合いにならないものばかり』
『ついでに言えば、覇道財閥も大十字九郎には殆ど接触していない。御蔭でインスマンスの海水浴イベントは教授抜きのミスカトニック大学学術調査班(死亡フラグ持ち)との学術調査にすり変わってしまった』
『ページモンスター絡みで起きたイベントと言えば、ニトクリスの鏡イベントに、バルザイの偃月刀イベント程度』
『これは狂言回しの仕込みでは無く、ループする度に少しずつ生まれるブレの様なものであるらしく、しかも大十字自身がそれなりに使える魔術師であった為か、強化イベントにもならずにあっさり消化されてしまった』
『そう、ほぼ一方的に有利な戦闘しか経験せずに、遂にブラックロッジが最終計画を発動させてしまったのだ』
『この世界、微妙に覇道財閥の戦力が低いせいか、ブラックロッジの襲撃事件も起きず、最終計画発動までに大十字が見たのはウェスパシアヌスのみ』
『割と調子に乗っていた大十字は、大導師をフルボッコしたアンチクロスにぺしゃんこにのされてしまいましたとさ』
『ちなみに、今回は好感度低めのアルルートといったところだったのか、大十字こそ無事であるものの、アル・アジフは魔導書としては『死んで』いる』
『如何にエンネアイベントが起きず、大十字のコンディションが悪く無いからと言って、遥かに格が上の魔術師数人を相手にして被害が魔導書の精霊一匹だけで済む辺り、未だ至れぬ大十字九郎といえども簡単には死なせてくれないらしい』
『とはいえ、新原さん(端末越しに見たところ、覇道財閥が用意した避難所でドーナツを売っていた。街の高い所から大十字を観察して嘲笑ったりはしないらしい)の表情も気が抜けているから、ここまでの展開はほぼテンプレ、しかもここからは消化試合的な意味合いが多分に含まれているのだろう』
『が、しかし、だ。この世界の成り立ちを、この世界の元となった原作を知る者からすれば、ここからが本番と言っても差支えない』
『アル・アジフは力を失ってはいるものの、魔術を使用する為の演算装置としては十分に機能する』
『大十字九郎もパートナーが死んでいるものの、魔術師としての技能が失われた訳ではない』
『そして、この世界には、この街の地下にはまだ、あれが存在する。アイオーンと比べれば、瓦落多どころか鉄屑と呼んでも差支えない様な不出来な代物ではある』
『アイオーンが大業物とするならば、数打ちにすら劣るかもしれない。まともに刃も付けられていないかもしれない。棒切れ同然かもしれない』
『しかし、魔を断つ剣は、確実にそこに存在しているのだ』

―――――――――――――――――――

大十字九郎は、もはや完全に異次元に引き籠っているミスカトニック秘密図書館の中、只管に弾丸の加工と秘薬の生成に明け暮れていた。
逆十字達の鬼械神に吹き飛ばされる直前、魔導書『アル・アジフ』の精霊が身を呈して庇い、最後の力を振り絞り、自分達の知り得る限り一番安全と思える場所へと主を転移させたのだ。
大導師マスターテリオンとの決戦、逆十字達の裏切りによる大導師の死、そして、逆十字全員を相手取った戦いによって、九郎の駆る鬼械神『アイオーン』はもはや修復不可能なレベルまで記述を欠損。
同時に、魔術師として無くてはならないパートナー、魔導書の『アル・アジフ』も霊的構造に致命的な打撃を受けた状態で魔術を行使したお陰で全魔力を消失、実質死亡したも同然。
九郎は、ブラックロッジと戦えるだけの力を失ってしまっている。

「……」

弾頭と薬莢を外し火薬を取り出し、秘密図書館に貯蔵されていたイブン・カズイの粉薬を火薬と混ぜ弾丸に封入し直していく。
弾丸が一マガジン分揃う度に、弾丸に一つ一つ魔術文字を刻んでいく。
刻む文字はそれぞれ『The minions of Cthugha』『Wendigo the Blackwood』
刻み終えた弾丸をマガジンに押し込み、丸ごと洗礼儀式を施す。
それが終わると、また新たに弾丸を取り出し、先ほどと同じ工程を繰り返す。
あの日、街中に突如現れた逆十字の鬼械神二体を迎撃する為にアイオーンを呼び戦っている最中、何者かから託された赤と銀の魔銃、その弾薬を生成しているのだ。
鬼械神と同系列の魔導理論で構築された魔銃は、魔導書を失った状態の九郎であっても扱える強力な武装。
弾丸は鳴無兄弟が秘密図書館に持ち込んだ試作魔導銃の中に50AEと460RUGERを使用するタイプの物があった為、掃いて捨てるほど存在している。
そう、九郎はパートナーと愛機を失って尚、戦いをやめるつもりはないのだ。

「そう根を詰めんなって」

机に向かい、弾丸を加工し続けている九郎の目の前に、湯気の立つ暖かそうなコーヒーの入ったマグカップが置かれた。
九郎が顔を上げると、そこにはマグカップが乗っていたであろう盆を持った鳴無美鳥の姿があった。

「ああ、美鳥か。わりぃな、気ぃ使わせちまって」

加工の済んだ弾丸をまた一つテーブルの上に置き、マグカップを手に取りながら九郎は美鳥の姿を見上げた。
彼女も着の身着のままここにかけ込んだのか、何時も学内で見かける時に比べてラフな格好だ。
が、避難シェルターではなく秘密図書館にかけ込んで来ているという事は、彼女もまたブラックロッジとの闘争に関わるつもりなのだろう。
止めるつもりはない。ミスカトニック大学も一時期ブラックロッジと積極的敵対関係にあった頃があったらしいし、なにより、魔導書の補正を抜きにした単純な戦闘能力において、彼女が自分を遥かに上回る事を知っていたからだ。
もしもアルと相性の良い魔術師が自分の様に手広く魔術を扱える半端な秀才ではなく、彼女の様に戦う力において優れるものであったなら、あの様な無様は晒さず、アイオーンも失わず、アルを殺さなくても済んだのではないか。
そんな事を一瞬考え、九郎は頭を振る。

(馬鹿な事を)

それは、その思考はこれまでの戦いを、アルとの日々を否定する考えだ。
アルが死んでしまったのは自分が未熟だったのが原因であり、他の相応しい誰かがマスターにならなかったから、などという理由では断じてない。
そも彼等は既に魔導書と契約済みであり、その魔導書を不足と断じながらも、今の自分たちの身の丈に合っていると納得し愛用していた筈だ。
仮に相性が良くても素直に契約し直すとは思えない。

「弾薬と薬は足りてるか? まぁ、足りないなんて言われても困るけどな」

「いや、大丈夫。というより、過剰な位だな」

自分の分の飲み物に口を付けながらの美鳥の問いに、九郎は傍らに積まれた大量の弾薬と粉薬を横目で見ながら頷いた。
咄嗟に口にした言葉は半分は嘘で、半分は本音。
相手は一人一人でも純粋な実力でマギウススタイルの九郎を圧倒する達人級(アデプトクラス)の魔術師が六人に、無数の破壊ロボ軍団。
更にはそれらを倒した上でクトゥルーすらどうにかしなければならないのだから、弾薬はいくらあっても十分という事は無い。
が、しかし、魔導書を失い充分に魔術を行使できない今現在の九郎では、大量の弾薬を隠し持つ事は至難の技であり、持つ量によっては動きを制限されかねない。
そして、用意できた弾丸と粉薬はとてもではないがまともな人間では抱えきれない量。
ガンショップに行けば購入できる弾丸はともかく、これほどのイブン・カズイの粉薬を誰が用意していたのか。
アーミティッジが使うにしては量が余りにも過剰だ。生徒が実習で作ったものにしては質が均一過ぎる。
それはまるで、未来の完全機械式工場で大量生産したかのよう。

「まぁ、アーカムがこんな事になって無くても新しく用意するのは難しかったかもね。特に二百年物の墳墓の塵なんて、それこそ歴史の浅いこの街じゃ探すのだって難しいってお兄さんがぼやいてたし」

九郎が弾薬を加工しているのとは別の机に腰掛け、大量に積まれていた鉛の小筥の一つを膝の上に乗せ、眼を細め、愛しむように小筥の淵を指でなぞる。
これ以上無いほど穏やかな、優しげな笑み。
彼女がこの表情をする時は必ずと言って良いほど一人の人物の事を思い浮かべている事を、九郎は短い付き合いながらも自然と察していた。

「これは、卓……お兄さんが?」

この表情をしている彼女に対し、彼女の兄を名前で呼ぶ事は何故か躊躇われた。
そんな九郎に視線すら向けず、美鳥はくすくすと笑う。

「そうだよー、もしもの時の為に、って。アーカムじゃ二百年ものなんて望むべくも無いから、休みの日に少し海外に旅行ついでに墓荒らし」

そこまでやらなくてもねー、などと言いながらも笑い続ける美鳥。
そんな彼女の言葉を聞き、ふと一つ思い出した。

「た……、じゃない」

「良いよ別に、名前で呼んでも。どうせメメメや統夜も、それどころか石鹸やグリニャンすら名前で呼んでたんだ、今更一人二人名前で呼ぶ奴が増えるくらい」

美鳥の口から出た名前も気になったが、今はそれよりも聞きたい事があった。

「卓也はどうしたんだ? 美鳥ちゃんがここに居るって事は、あいつもここに居るんだろ」

九郎の知る限り、この兄妹は一日中行動を共にしている様に見える。
それになにより、彼女一人を戦わせて自分一人シェルターに隠れ潜む様な性格はしていない筈だ。
悪ふざけが過ぎる事もあるが、それでも彼等は一本の筋が通った人間であり、戦うべき時は戦う戦士であり、邪悪に抵抗する魔術師なのだ。
その九郎の言葉に、美鳥は呆れた風に肩をすくめて見せた。

「その様子じゃ、『ここ』に飛ばされてきた錯乱状態のあんたを大人しくさせてくれたのがお兄さんだってのは、すっかり忘れてるみたいだね」

「え、あ……言われてみればそんな気も」

そうだ、命からがら秘密図書館に転送され、精霊としての身体を維持できなくなったアルのページを掻き集めながら泣きわめいていたら、頭に何か、硬いものを押し付けられて……。

「先に言っておくけど、あの場合はお兄さんの判断は間違っていなかった。あのままの精神状態じゃ、準備も整えずにあの空中要塞に突撃しかねなかっただろうし」

そして、次に目が覚めた時には、不思議な程に落ち付いていた。
起きてすぐに現状を確認し、武装の用意を始める事が可能になる程には。
アルを失い怒り狂っていたのに、あれほど悲しかったのに、心は驚く程に静けさを取り戻していたのだ。
一度頭の状態をリセットしてしまえば正常な魔術行使が可能な精神状態に持って行けるのは魔術師としての性、というものなのだろうか。
荒ぶる感情を抑えるのでも沈めるのでも無く、乗りこなす。
魔術師としての先天的な才能に優れた九郎ならではの心のあり方だった。

「それは分かってる。でも、あいつは結局何処で何をしてるんだ?」

「それ」

やはり九郎の方を見もせずに、小筥を持った手の人差し指で九郎が傍らに抱えたアラベスク模様に黒檀装丁の大冊を指し示す。

「ダミーなんだけど、気付いてたか?」

「え」

慌て、傍らの魔導書を開き確認する。
が、書の材質、形状、記述の一文字に至るまで、何一つおかしな所は存在しない。
アル・アジフが精霊として生存していた時に後学の為に何度か魔導書形体になってもらい内容を熟読しているので間違いない。
いや、一部記述は破損しているが、これは先の逆十字との戦闘が原因だろう。
だが、それを除けば間違いなくこれはアル・アジフに見える。

「精霊付きだと上手くいかない、いや、精霊がまともに写させてくれないから上手くいかないけど、魔導書としての『力』を失ってればそんなもんだ。言い忘れてたけど、お兄さんは複製──写本造りに関してはこの世界で右に出る者が殆どいない程度には腕利きなんだよ」

淡々と、新聞記事でも読み上げる様な淡白な口調の美鳥に、九郎はガタリと音を立てて乱暴に立ち上がり、胸倉に掴みかかる。

「てめぇ……、どういう心算だ」

何故自分からアル・アジフを引き離したのか、何故勝手に写本と入れ替えたのか、何故それを今まで言わなかったのか。
何故という言葉を力に換え──ねじ伏せられる。
胸倉を掴む九郎の腕は、鉄をも螺子切る美鳥の怪力により、ギリギリと音を立てて引き剥がされ、逆に捻じり上げられた。

「どういうつもり? そりゃこっちの台詞だね」

「何?」

捻じり上げられた腕を持ち上げられ、顔と顔が触れ合う様な距離に近づけられ、視線が交錯し、九郎は漸く美鳥の表情を目の当たりにする。

「いいから聞け、大十字。魔導書の複製なんてな、普通はそうそう上手くいくもんじゃねぇんだ。『力ある魔導書』ってのはそういうもので、それが楽にできる今のあれはただの紙束だ」

「違う! アルは……」

反駁しようとし、美鳥の視線に含まれた異常なまでの力に、熱に押し黙る。
眼差しに込められた温度は金属の様に冷え冷えとし、口を開く度に吐き出される言葉は、血を吐きながら紡がれる亡者の呪詛染みている。
伝わるのは鉛の様に重い説得力。

「聞け、大十字九郎。魔導書の精霊ってのは、何の意味も無く存在している訳じゃない。魔導書の精霊は総じて術者の補助が目的で、精霊の人格は引き易い形に作られた銃のトリガーみたいなもんで、人間と同じに扱う、食事を共にする、感情を交わし合う、全て余分だ」

「……」

反論の言葉はある。
だが、それを自分が彼女に言った所で、何の意味も無いのではないか。
この言葉は、どうしてでも最後まで邪魔してはいけない気がする。
そんな思いに囚われ、九郎は口を開く事が出来ない。

「いいか、魔術師大十字九郎。何もその余分が全て悪い事だって言ってんじゃねぇよ。だがな、今のあれは何の力も無い紙束で、吊るしていっても唯の重りにしかなんねぇ。それを戦場に持ち込むのはきっと『本人』だって望んじゃいない。壊れた銃を持って戦うのは、ただの感傷だ」

怒鳴るでも無い、声を荒げるでも無い、誰かに言い聞かせる様な静かな言葉。
しばしの沈黙、それを破ったのは美鳥では無く九郎だった。

「ただの感傷が、悪いってのかよ……」

冷え切った鉄の様な視線に真っ向から睨み返しながらの、絞り出す様な声。
そう、力を失ったアル・アジフが戦いの場において何の役にも立たないなんて事は、それまで戦いを共にしてきた九郎が一番よく理解している。
魔導書は魔術師に力を与えるが、今のアル・アジフでは魔刃鍛造すら難しいだろう。
下手をすれば、秘密図書館の中から適当な魔導書を持って行った方がよほど役に立つ。
今現在、アル・アジフを連れて、持って行く事に関して、戦略的アドバンテージは存在しない。
だが、それを理解してなお、九郎にはアル・アジフと、彼女と別れて戦うという選択肢は存在していない。
当然だ、相棒を置いて戦場に出掛けることなど出来よう筈も無い。
少なくとも、九郎はそう考えていた。

「悪いね、ただの感傷なら。感傷は抱いてるだけならただの荷物だ」

にべも無く断じる美鳥。
言うだけ言って満足したのか、美鳥はようやく九郎の腕を解放した。
捻じり上げられ腕を放された九郎は美鳥を睨みつける。
彼女もまた、インスマスや大学などで幾度となくアル・アジフと顔を合わせていた筈だ。
だというのに、この割り切った態度はどうだろう。
ある意味では正しい言葉で、魔術師としては正常かもしれない。邪神狩人の候補としてなら間違った判断ではないかもしれない。
だが、それを置いても彼女の態度は冷たく、硬過ぎる。
睨みつける九郎の視線を受け取らず鼻で笑い、美鳥は顎をしゃくり一つの扉を指し示した。

「でもな、感傷は使い方じゃ心の拠り所になるし、振り回せば人を傷つける武器にもなる。
──付いて来な、面白いもんを見せてやるから」

―――――――――――――――――――

図書館と一言で言っても、その内部には様々な区域が存在する。
ここは本来なら利用客は立ち入り禁止の部屋。
破損した、あるいは経年劣化で崩れてきた本などを修復する為の作業を行う部屋だ。
そんな部屋の中──

「本っ当に──申し訳ないっ!」

俺は傍らに立つ美鳥の後頭部を陥没寸前まで握りしめ、無理矢理に頭を下げさせる。
頭を下げる相手は、戦いに敗れ魔導書を失い、やや憔悴した風の大十字。
単純作業の繰り返しで頭の中が少なからず整理されたからなのか、ここに来た直後に比べれば見違えるほど落ち付いて見える。
が、それでもパートナーを失った直後である事にはなんら変わらない以上、無神経にあれやこれやと言い聞かせるのは配慮が無いにもほどがある。

「なんだよー。あたし嘘も出鱈目も間違った事も言って無いじゃ凄く痛い痛い痛いごめんマジで反省してるからその手を放して」

「じゃ美鳥ちゃん、心からの謝罪一発どうぞ」

人間を忠実に模した肉体、その頭部の皮膚や毛細血管を手指から伝わる圧力で破壊され涙目で苦痛を訴える美鳥に、姉さんがチャンスを与える。
俺に後頭部を掴まれながら頭を上げた美鳥は、半笑いの表情で明後日の方向を向きながら口を開く。

「ちっうるせーな……反省してまーっ、ぎっゃ」

握りつぶした。
手指の間に引きちぎられ血塗れの毛髪と頭皮が残り、爪の間には削れた骨が覗き、美鳥が頭を抱えながら地面をのたうちまわる度に図書館の地面に血痕が染み込んでいく。
この世には言って良いジョークと悪いジョークが存在する。
もちろん今のは駄目な例だ。良い子は決してマネしてはいけない。

「いや、それはもういいから、っつうかやり過ぎだマジで」

大十字は俺の仕置きの過激さにドン引きしているが、少なくともさっきまでの無駄に消沈した態度で居られるよりは余程いい。
俺の説明でもたもたと時間を取る訳にはいかないのだから、聞く側にはそれなりに気合いを入れて欲しい。

「っと、あんたは? ミスカトニックの関係者じゃないよな、たぶん」

「今回は自己紹介をしている暇は無いから端的に言うと、卓也ちゃんの姉です」

「あ、俺は大十字九郎、弟さん達には何時もお世話になってます」

姉さんに気付いた大十字は早速姉さんに挨拶を仕掛けた。
姉さん自身も自分の存在感に細工を施しているので、関係者に見つかっても何故秘密図書館に部外者が入り込んでいるかという疑問は一切思い浮かばないらしい。
お陰で大十字も特に違和感を持たずに会釈している。その視線にも態度にも特におかしな所は無く、不自然なまでに局部を追っているとか鼻の下が伸びているとかも無いようで一安心だ。
まぁ、この時点でアルルートに入り気味風だから姉さんに性的欲求を抱く事は無いと思うが、仮に粉かけようとしたら──

「大事な大事な孫娘を犯し尽くしてから、イハ=ントレイの魚共の餌にしてやる……」

勿論次のループで。或いは両親が襲われる現場に遭遇するように仕向けてティベリウスの玩具にするのもありだろうか。
知っていたのに止められなかった、とか、知っていたこと以外も想定しておくべきだった、とか思わせてやりたい所存。

「え、何、何か今やたらえぐい事言わなかったか!?」

む、少しだけ声に出てしまったようだ。
だがまぁ、今はそんなどうでもいい事の弁明をしている暇は無い。何しろ人を待たせているのだ。

「ともかく、大十字先輩は健康体の様ですので、話を進めさせて貰いますね」

「スルー!? いや、もういい話を進めてくれ、疲れてきた……」

「諦めんなよ……諦めんなよそこでぇ!むぐ」

「美鳥ちゃん、話が進まないからここからは突っ込み無しよ」

何かを諦めた様な表情の大十字や、クトゥグアやその眷属とは別系統の炎の精を召喚しようとして姉さんに口を塞がれる美鳥(完全回復済み)は華麗にスルー。
俺は雑多に工具の並んだ作業机の上から一冊の本を手に取り、大十字に差し出した。
アラベスク模様に黒檀装丁の大冊、一見すると大十字が今も抱えているアル・アジフのレプリカにそっくりだが、こちらは少しだけ異なる点が存在する。
それは、書が纏う『力』の有無。

「これは、アル、か?」

恐る恐る差し出された魔導書を手に取った大十字。
やはりというか、当然の様に見抜いてきた。だが、半分正解で半分外れといったところだ。

「大半はそうですね。一応、そう、一応は破損した記述も修復してあります。同じ素材の紙を用意して、それにラテン語版からの再翻訳版の記述を書き込み、無事な記述にも魔力を流し込みながら上書きを施し、一旦表紙から何からばらして組み直させて貰いました」

「でも、アル・アジフの精霊までどうにかできた訳じゃないわ。肉体的には完全に健康体だけど、脳味噌は致命的に破壊されて人格は取り戻せない、記憶の類も当然無い、そんな相手を以前と同一人物であると言い切れるなら、それもアル・アジフと言えるのでしょうね」

俺と姉さんの説明が聞こえているのかいないのか、大十字は渡されたアル・アジフ(リペア版)を大事そうに抱きしめ目を閉じ俯き、直ぐに表情を改めた。
さっきまでのどこか疲弊した様子は微塵も感じられない、戦う戦士の表情。

「ありがとう、御蔭でまだ俺は戦う事が出来る」

──いや、正直感謝したいのはこっちの方な訳だが。
何しろ、一部記述に破損ありとはいえオリジナルのネクロノミコン、アル・アジフを一度取り込むことができた。
更に混乱に乗じてアーミティッジ博士から、オリジナルの修復の為にネクロノミコン・ラテン語写本の閲覧許可を貰い、こちらも取り込む事に成功した。
合わせればほぼ完全なネクロノミコンとして扱う事が出来る。
まさかこんな早い段階でオリジナルのネクロノミコンとラテン語版を手に入れる事が出来るとは思わなかった。
安全な場所として、どこよりも先にこのミスカトニック秘密図書館を思い浮かべてくれたアル・アジフには感謝してもしきれない。
あの日あの時、今後の流れを特等席で眺める為にと秘密図書館に立てこもる準備をしていなければこの幸運はありえなかったのだから。
そんな考えはおくびにも出さずに、真剣な表情を作り大十字に釘をさしておく。

「先輩、分かっていると思いますが、今まで先輩がアイオーンを召喚し、喧嘩殺法とはいえそれなり以上に戦えてきたのはアル・アジフが誇るマギウススタイルの特性のお陰です。そして、そのアル・アジフ改修版で機神召喚を行おうとすれば……」

「呼ぶだけなら七回、戦闘機動なら、どんだけ多く見積もっても三回が限度、ってところか?」

遺跡中枢の機能を使用して可能な限りシミュレートした上での数値を、事も無げに口にする大十字。
魔術師としての力量云々ではなく、何度か試そうとした上での実感込みの彼なりの予測値といったところだろう。

「ええ、この際だからはっきりと断言させて貰いますが、このまま戦えば、間違いなく先輩はそこらの路地裏の野犬の如く無駄に無意味に野垂れ死にます。打倒逆十字? 寝言は夜、布団に入って目を閉じてからお願いしますといった感じですね」

「……前々から思ってたけどお前、人の嫌がる事言う時やたら嬉しそうな顔するよな」

「気のせい、英語で言うとウッドスピリッツですよ。……とはいえ、友達とまでは言えないまでもそれなりに付き合いのある先輩後輩である貴方を死なせるのは、少しばかり忍びない」

どれぐらい忍びないかと言えば、引っ越し先の近所の人に引っ越し蕎麦を渡したら何故か世界がバグってバグってバグってハニー。好感度はマックス固定。
それから毎日の様に美味しい手料理を振舞われたり、朝も健康な時間帯に優しく電話で起こされたりしてしまうが、その隣人は同性でなおかつインスマス顔(しかもエルダータイプ)であった時位には忍びない。
そんな訳で、彼にはどうにかしてループが成立する程度には長生きして貰おう。
懐から封蝋の施された封筒を取り出し、投げ渡す。
投げ渡された封筒をしげしげと眺めていた大十字は、封蝋の形を見て驚愕する。

「これは……覇道財閥の印じゃねえか!」

「コミッショナーがお呼びです、ってか」

竜虎乱舞のデッドコピーでも強いしカッコいいんだけどな、デッドリーレイブ。
墓ギースばっかりメジャーになったけど、野心溢るる若ギース様だってカリスマでは負けていないと思う。
しかし美鳥よ、それだけだとどんなボケをしているのか理解できる人はそうそう居ないと思うぞ。実際呼び出しているのは覇道のトップなんだから。

「そこに向かってください。召喚回数に関する問題は、たぶんそこで初めて解決する筈です」

クトゥルーが召喚される少し前に、ミスカトニック大学に届けられたものだ。
一度取り込んでから内容を把握している。内容は、簡単に言えばこう。
『ブラックロッジを打倒する為の秘密兵器あります。凄腕の魔術師と魔導書求む』
といった旨が書かれている訳だが、その実、よくよく読めばある一人の学生にのみ拘っている風の文章。
そう、そうなのだ。ようやく、ようやく『アレ』が姿を現す時。

「たぶんに筈ねぇ。魔術師の勘には意味があるもんなんだろうけど」

俺の内心の興奮を知らず、手紙の内容を見た大十字はがりがりと頭を掻きながら唸る。

「ま、今は考えても仕方がねえか。……本当に、何からなにまで助かった、ありがとう」

「ええ、頑張ってください」

「長生きしろよ」

「ウチの卓也ちゃんの事、忘れないでね」

俺達に背を向け、作業室から出て行く大十字の後ろ姿に、俺達は別れの言葉を送る。
姉さんだけ転校生に送る言葉染みているが、大した問題じゃない。
大十字九郎、君の運命は動きだしている。もう止められない。君は走り続けるしかない。何時か宇宙の中心に立つ、その時まで。

「さて」

さしあたって俺達がするべき事はなんだろうか。
先ずは魔導書の改造だな。身体に取り込んだままでも十分に機能する筈だが、一度文庫版の方に記述を纏めて日本語に編纂し直す。
それから、取り込んだ記述の効力の確認。特に鬼械神関連の記述は特に念入りに微に入り細に解析させて貰わなければなるまい。
大十字がアル・アジフと共に転移してきてからそれなりの時間が経過し、取り込んだアル・アジフの最適化も済んでいる。
取りこんだ時点で魔術師と契約するだけの力すら残っていなかったのでそのままの運用は難しいが、二年間愛用している文庫版に記述を移植する事で俺との相性は調整済みなので何ら問題ない。

「となると、やっぱりこっそりと一ステージ分だけでも戦っておきたいな」

術や武装の試し打ちにはうってつけの標的がそこら辺にゴロゴロ転がっているこの状況、試すなという方がおかしくは無いか。
しかも敵はすべて80メートル級の超巨大ロボであり、これまでのトリップでも相対した事の無いサイズの敵だ。
これまではゼオライマー級か超電磁級、さもなければダンクーガ級が人型としては最大で、それ以上の大きさとなると大体人型からは外れていた。
全くの未知のサイズの敵、これまでのミスカトニックでの二年間の積み重ねを試す絶好の機会だと言える。
ついでにロボも出してみるのも良いかもしれない。なにしろスパロボ世界での最終決戦以降は殆ど動かしていない、埃をかぶる事は無いにしても、偶には昔を懐かしむ気持も大切にするべきだろう。
それになにより、ロボに乗って戦うなり、変身して戦うなりすればそれだけで正体を隠す事が出来る。
記述に関しても、他の魔導書に同じ記述を別の観点から考察して書いたものだってそれなりにある筈だから何とでも言い訳は効く。
魔銃は、ううん、アレンジは間に合わないから、今回は武装の魔術兵装への転換実験という事で古いものを使うとしようか。

「お姉ちゃんも少し運動したい気分かも」

「ああ、最近運動不足でお腹に肉が付いたとかなん」

美鳥は台詞を言いきる前に正中線から真っ二つになった。
俺は左右に綺麗に倒れた美鳥に構わず、姉さんの手を両手で握り、出来得る限りの熱視線で姉さんの瞳を見つめながらフォローを入れることにした。

「姉さん、俺、姉さんの下腹に少し付いた肉の丁度いい柔らかさとか、甘噛みするのにもってこいだから大好きだよ」

「決めた、お姉ちゃん絶対痩せる。今日痩せるすぐ痩せる。だから卓也ちゃんもそんな変態ちっくなセリフを決め顔で言うのは止めて歯を輝かせるのも止めて……!」

姉さんは嫌々をする様に頭を振る。
いや、本当に好きなんだけどね、変に痩せているよりは肉感的で良いと思うし。
行為の後に、少し熱を帯びて汗ばんだ肌の吸い付くような感じとか、口の中でしゃっきりぽんと踊って舌にも唇にも嬉しい感触なのだ。
でも女性からすれば、やはり理解され難い物なのかもしれない。

「姉さんとか、運動するレベルで戦ったらアザトースが眠りから覚めて宇宙ヤバくない? ねぇ?」

「うん、お兄さんだけで破壊ロボ軍団だけなら一時間掛けずに全滅しちゃいそうだし、あたしは後ろに引っ込んでるにしてもさ」

「お前結構シンメトリーだな」

分断された左右の身体からそれぞれ再生を果たした美鳥が、双子キャラにありがちな、互いの両手を合わせて頬を近づける双子耽美描写で、俺の試し打ちと姉さんの運動の同時進行の問題点を指摘してきた。

「お姉ちゃんはあれ付けるから大丈夫よ、あれ、ええと、『呪霊錠』とかそんなのの凄い版」

呪霊錠と言っても、そのまんま幽白に出てきた術ではない。なんでも、姉さんが覚えていない程昔にトリップ先で編み出した自分強化用、あるいは超手加減用の術であるらしい。
回数制限無し、霊的な呪縛だけでなく、肉体、魔力、気、その他諸々のあらゆる不思議パワーを極限まで制限する事が可能。
この術を使えば、手加減するでもなく、今現在の俺の完全戦闘形体と本気で(少なくとも気分的には本気で)戦って互角レベルまで戦闘能力を落とせる優れもの。
が、姉さんはこの術の使用を本気で嫌っていた筈だ。

「大丈夫? それ以上パワーアップして、鍛錬の時にうっかり完全消滅とかさせられるのは俺も流石に嫌だよ?」

そう、押さえつけたまま戦えば戦う程、呪霊錠を解いた後、ただでさえ恐ろしいレベルにある姉さんの戦闘能力が加速度的に上昇してしまうのだ。
原作で例えれば、霊界探偵なりたての主人公が一気に魔族として覚醒した後、しかも先祖に身体を乗っ取られた時レベルまで強くなると考えて貰えれば間違いない。
姉さんからすれば誤差に含んで片付けてしまってもいいパワーアップかもしれないが、稽古付けて貰う側としては正直気が気でない。

「たぶんだいじょぶ、力の制御能力も制限できるように改良したから」

つまり、上昇した力に合わせて制御能力も上昇する様になる訳だ。
無茶苦茶だが、まぁ姉さんはそこらのチートトリッパーに出来る事なら大概余裕だっていうし、仕方無いか……。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

アウグトゥストゥスによって腹部をナイフで刺され瀕死の重傷のドクターウェストを抱えたまま追っ手を振り切り、格納庫から量産型の破壊ロボを盗み出しどうにかこうにか夢幻心母からの脱出を果たしたエルザ。
しかし、そこからが難儀の始まりだった。
エルザの乗った破壊ロボを、無数の量産型破壊ロボが追いかけて来ている。
追手の量産型が放つバルカンを、ミサイルを、破壊ビームを華麗なテクニックで交わし続け、反撃。
簡易AI制御の量産型とは比べ物にならない精度で放たれる攻撃はまさに百発百中、次々と量産型を撃墜していく。
が、余りにも多勢に無勢、敵の数は一向に減る気配が無い。
倒しても倒しても減らない破壊ロボの群れを相手に、エルザの破壊ロボは徐々に、しかし確実に追い詰められる。

「こなくそおぉぉぉロボぉっ!」

狂気の科学力により生み出され、人並み以上の人間味を備えたエルザの超AIが熱を持ち、処理速度が徐々に落ち始める。
人間で言う所の焦りの感情だ。
破壊ロボに限らず、ある時期からのドクターウェストの発明品の大半は、六弦式生命電気発生器の生み出すオルゴンエナジーによりで事実上半永久的に稼働する。
が、それだけで戦いぬける程ロボットというものは単純なものでも無いし、弾薬などに至っては極々正常な量(せいぜいアーカムを焦土に変える程度)しか積みこむ事が出来ない。
このままでは、追い詰められて、博士諸共破壊されてしまう。
それだけは何を置いても避けるべきだと、自己と創造主の消滅を恐れるエルザの優秀なAIが、この時ばかりは逆に撃墜される可能性を高めてしまっていたのだ。
ミサイル、バルカンを打ちつくし、ビームは砲身が焼き付く寸前。
反撃が止んだのを好機と見た量産型達が、エルザの乗る破壊ロボに一斉に取りつこうとした、その時である。

「ロ、ロボっ?」

四方を取り囲んでいた量産型が、一体残らずその動きを停止した。
空中に、ブースターを全力で吹かしながら、全身するでもなく静止している。
エルザの駆る量産型破壊ロボのカメラアイでは捉えきれなかったが、魔術的素養の高いもの、或いはある程度の位階に達した魔術師であればそのからくりを理解する事が出来ただろう。知覚する事が出来ただろう。
量産型達を縛りつける、蜘蛛の糸の存在を。
或いは、ここに多くの魔術に精通する者が、或いはその存在の記述を持つアル・アジフ本人であれば、真実その術の原理を一言、こう言ったか。
『アトラック=ナチャによる捕縛術式』
アトラック=ナチャ、ヴーアミタドレス山の地底に広がる底なしの深淵に巣を張り巡らせる蜘蛛の神。
蜘蛛神の糸の如く敵を捉え、決して放さない驚異の捕縛魔術。
破壊ロボのカメラがとらえずとも、破壊ロボに搭載されている魔力レーダーに映る反応からそれを理解したエルザは一瞬前まで焦りに満ちていた顔を喜色に染めた。

「ダーリン! 生きていたロボ!?」

アル・アジフにも記述が載るこの神の力を借りた捕縛術は、生身の戦闘、そして、アイオーンを使用した巨大戦においても大十字九郎が多用した術である。
少なくとも、破壊ロボに通じる規模でこの術を行使できる存在を、エルザはマスターオブネクロノミコンである九郎以外に思い浮かべる事は出来なかった。

「──」

返事は無い、いや、無言の否定が帰る。
迫る量産型から逃れ余裕の生まれたエルザは、捕縛されている量産型の絡まり具合と、アトラックナチャの糸が放つ僅かな魔力を頼りに、初めて術者の姿を目撃した。
そこに居たのはアイオーン、ではない。
それは、小さな、これまでアーカムで戦いを繰り広げてきた存在達に比べれば余りにも小さすぎる、二十メートルにも満たない小型のロボット。
そのシルエットは、人体の構造を模倣しようとして、しかし機能性を追い求める内に僅かに骨格が人間の規格から外れてしまってる。
人に似ているが故にそのずれが致命的な違和感となり、見る者の精神に不安定さを与えるフォルム。
頭部は、それこそ人のそれとはかけ離れた、逆三角の、鳥の嘴をデフォルメした様なシンプルなデザイン。
辛うじて人と同じ数に見えるツインアイは、額に位置する所に埋め込まれたレーザー発振機の様なものと揃いの、灼えるような赤色。
ただ、その体色のみはエルザの見知ったアイオーンに通じる、宇宙の漆黒を吸い込ませた漆黒。
その暗い人型が、片手を量産型の群れに向け佇んでいる。
掌に煌めくのは、隠蔽しきれなかった捕縛術式の糸が放つ光か。
伸ばされた糸は無数に分岐し、迫る量産型を次々と捕縛していく。
塊がある程度にまで大きくなった所で、エルザの第六感回路に電流が煌めく。
慌て、目の前の量産型の塊との距離を大きく開ける。
幾条もの閃光が走り抜けた。
暗い人型のもう一方の手から放たれた科学的光学兵器と魔力レーザーが、正確に破壊ロボの制御装置のみを撃ち抜き、機能を停止させていく。
その魔力レーザーはエルザの固有武装である『我、埋葬にあたわず』にも似ているが、やはりそれから放たれる魔力反応も彼女のログに記録されている物と類似している。
大十字九郎がつい最近、アイオーン備え付けの魔銃に依らず制御に成功した二つの記述の片方と同種の反応を示している。
科学式の光学兵器にも似た様な機能が存在しているのか、二種の光線は曲がりくねりながら量産型を打ち抜き、照射を終える。
機能を停止した数十の量産型が地面に落下する。が、もちろんそれで追撃が止む訳では無い。
更に夢幻心母から吐き出される量産型。
まともに相手をしていては切りが無い。
──ここはこの謎の機体に任せて、自分だけでも離脱するべきでは無いか。その様な考えがエルザの頭に浮かぶ。
目の前の機体は勝手に自分達を助けるような行動を取っているだけで、別にこちらがそれに合わせて味方だと判断してやる必要も無い。見捨てても痛くも痒くもないのだ。
だが、何処に逃げるか。
ここからの離脱も急務ではあるが、同時に逃げた先でドクターの『修理』も行わなければならない。
基本的に戦闘用に開発されたエルザは、腹部を刺された人間を治療するのに必要なデータはインプットされていないし、これから無人の書店に向かってデータを集めるには、絶対的に時間が足りない。
その時、エルザの駆る量産型に向け、一つの座標データと共に一文が送られてきた。

「『大十字九郎を頼れ』って、ダーリンが生きてるロボか!?」

送信者は、目の前で未だ量産型の駆逐を続けている機体。
外部スピーカーからのエルザの問いに答えず、鳥の嘴の様な頭をしゃくり、指定した座標の方角を示した。
その仕草に頷き、エルザは迷うことなく一目散に指定の座標に向けて軌道を変えた。
背後では、黒い人型が、自分の四倍以上も大きい巨大ロボの群れを、同じく自らの身の丈を遥かに超える長大なバルザイの偃月刀を無数に展開し、翻弄している。
エルザが、ドクターウエストが覇道財閥の基地に向かう。奇しくもその座標は、デモンべインの格納庫に直結する秘密通路の縦穴。
役者は揃う。様々な作為に導かれ、物語はまた一歩動き出す。
折られ続ける運命を背負わされた魔を断つ剣が、何時か真に魔を断つ剣となる為に。
戦い続け負け続け、何時か宇宙の中心で、呪われた円環を断ち斬るその日まで。
エルザの乗った量産型の背を見つめる黒い人型──ボウライダーのツインアイと額のレンズの輝きが、怪しく揺らめいていた。



続く

―――――――――――――――――――

話、超進みましたよ。
だってだって、原作で描写された共通ルートは全部日記で飛ばしましたし、エンネアイベント無しで暴君でデートしてないところ以外は姫さんルートって事で通して省略したし。
真っ当なSSなら、『そこ飛ばすとか訳分からん』みたいな苦情が出るレベルで紅王現象を巻き起こした筈です。
なのになんで、なんで一週目が終わらないんだ……!
そんなジレンマと戦いつつ、第三十九話をお届けしました。

いや、めちゃくちゃ話は進んでいるんですよ、第四部に入ってからの作中時間の経過具合は半端では無いのです。スパロボ世界とか軽くオーバーしてしまうレベルで。
ほら、源書も出来の良いラテン語版もあれやこれやと言い訳しつつ取り込んで、終いには記述もちゃっかり使用して第四部初戦闘までこなしてますよ。
ええ、これを後何百何千何万回繰り返して、ようやく第四部が終わる訳です。
総話数がとんでもないことになりそうですね。なんだか、今なら大導師と奇妙なシンパシィを感じてしまうかもしれません。

嘘です、次回の冒頭でデモンべインの起動方法とかやって、姉の初めてのまともな戦闘シーンとかやって、それで一週目は終わりです。
え? 逆十字とか暴君とか大導師殿との戦闘シーン?
毎度、毎ループぶん書けと? 最終的に負けると分かっている戦いを? 延々と?
無いですわー。
そんな訳で、一週目が終わったら二週目、三週目、四週目、五周目とひたすら教授の実戦民族学の学術調査の模様とかをダイジェストでお送りします。
苦情は感想板にでもお願いします。
逆十字のセラエノ断章以外の魔導書の精霊全部出してレギュラーにしろ、みたいな無茶な要望は聞くだけで受け付けない感じに留めますが、日記で主人公が言及している部分で気になる所があるので描写しろとか、その程度なら受け付ける可能性があります。

自問自答、こう、な?
Q、これでいいのかミスカトニック大学。
A、別に、人と契約した魔導書を取り上げるほど無粋では無いというか、魔導書の方にも魔術師を選ぶ機能があるので、野良犬の交尾の様な行きずりの契約も許容してくれます。
Q、新原さんって誰だよ。オリキャラか。
A、誰なんでしょうか。次回以降はドーナツ買い食いするシーン以外出てこない使い捨てキャラなので気にする必要はありません。
こんなのレギュラー化するなら、何ら脈絡も目的意識も無しにメメメを連れて来てドーナツ屋やらせる方がまだしもましですしね。
でも同じ系列で出すなら、やっぱりアラブ風の外見になると思います。
自分、ナイアさんの外見は例外的な物と捉えているので……。
いや、新原さんとは関係無い話ですけどね。
Q、魔導書の補修ってどうよ。できるなら原作でもやってね?
A、原作に至る前の大学生大十字九郎はやってたかもしれないじゃないですか、やだー!

今回の所はそんな感じです。
誤字脱字に文章の改善案、設定の矛盾への突っ込みにその他諸々のアドバイス、
そしてなにより作品を読んでみての感想、短くとも長くとも、短くも長くも無くとも、心よりお待ちしております。




[14434] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/01/16 12:20
鳴無兄妹を経由して渡された招待状を手に、初めて覇道財閥の秘密基地に訪れた九郎は、地下深くに隠された秘密格納庫に眠る人造鬼械神、デモンベインとの邂逅を果たす。
覇道財閥現総帥覇道瑠璃の依頼とは、ミスカトニックの学生の中では一番に腕が立ち、なおかつこれまで鬼械神の真作に乗って戦ってきた九郎に、このデモンべインで戦って貰う事だったのだ。
鬼械神の理論を踏襲しながらも、不自然なまでに不備、不足の存在するデモンベインに初めは不信の眼差しを向ける九郎であったが、試しにコックピットに乗り込み、その内部構造を魔術で解析したところ、ある事実に気が付いた。
そう、デモンべインなる人造鬼械神は、驚く程に構造がアイオーンに似ていたのだ。
そして、再開された破壊ロボの攻撃に、九郎は不完全な人造鬼械神で出撃する事となる。

―――――――――――――――――――

コックピットに備え付けられた操縦席に座り、地上へ向けて上昇を続けるデモンベインの中、九郎は先程覇道の若き総帥に言われた言葉を思い出していた。

『私の祖父である覇道鋼造は、デモンベインを動かすには優れた魔導書と優れた魔術師だけでは足りないと言っておりました』
『デモンベインを動かすには、三位一体を成した魔術師でなければならない、と』
『そして、初めてこれに乗る魔術師はこの言葉の意味を理解できるだろうとも』
『……突然呼び出しした挙句に、この様な事を言われても困惑されてしまうかもしれませんね』
『本当に、そのロボットが戦えるのかは私達にも分かりません。構造の解析を行ってきた技術者達は、どうあがいてもこのままでは一歩歩く事すら困難だと言っておりました』
『ですが、祖父が、あの覇道鋼造が、本当に無駄な事にこれほどの手間をかけるとは、私には信じられないのです』
『大十字さん、デモンベインの事、どうかよろしくお願いいたします』

アーカムシティを、いや、世界の半分を統べるとも言われている覇道財閥の現総帥である少女が、しがない学生であり、魔術師としても未ださほど位階の高くない自分に頭を下げた。
覇道の名を出して招待してきたが、権力をかさにきて命令をした訳では無い。依頼料も支払われるが、金に物を言わせて依頼してきた訳でも無い。
それは、街を自らの力で守る事の出来ない少女の、切実なる願い。
身の縮まる様な思いとはこの事を言うのであろう。
何しろ、九郎自身はこの人造鬼械神、デモンベインのある秘密を理解した瞬間、とんでもない拾い物をした、程度に考えていたのだ。
これを使えば、まともに機神召喚を行うよりも遥かに負担を少なく戦う事が出来る。
だが、あそこまで真摯な態度で頼まれたのであれば、少しばかり考えを改めるべきだろう。

「頼んだぜ、デモンベイン。お前には俺の相棒を預けてるんだからな」

九郎は自分の足の間、操縦席の下に備え付けられた機械を掌でぽんぽんと叩く。
その機械からは無数のコードがコックピット内部の到る所に伸ばされ、中央には一冊の本が添えられている。
力の殆どを失ったアル・アジフの魔導書形態。
術者を能動的にサポートする程の力は失ってしまったが、ラテン語版からの逆翻訳移植などにより僅かに力を取り戻し、術者からの命令を受け取り受動的にサポートする程度の力は取り戻している。
九郎は気付いていた。この機械は魔導書を制御する為の装置なのだ。いや、魔導書の機能を最低限に抑える装置と言い換えた方が適切か。
この機械に組み込まれた魔導書は記載されている術式の半分以上をデモンベインの機体制御に向ける為、その力を十全に発揮する事が出来ない。
そう、魔導書に記された術を使用しても、それらの魔術が不完全にしか発動しないのだ。

「アル……」

目を瞑り、命を賭して自分を助けてくれた相棒の事を思う。
未熟な自分に今一度、力を貸して欲しい。
いや、借りる。ブラックロッジを討ち、お前の仇を取るまでは何度でも力を貸して貰う。
嫌だとは言わせない。死んでいるから嫌だとは言えないだろうが、それは死んでいる方が悪い。
文句があるなら化けてでも表れてみろ、そうしたら首元引っ掴んででも力を貸して貰う。
始まりは偶然、しかし、一方的に巻きこんだのはあちらの方。一人だけ先に抜けるなんて誰が許してやるものか。
たかだか『死んだ程度』で逃れられると思ったら大間違いだ。
何故なら俺達は、死が二人を『別つとも』途絶える事の無い強い絆で結ばれた、相棒。
故に、

「地獄の底まで、付き合って貰うぜ!」

目の前の、アル・アジフの装填された機械に、逆手に持ったバルザイの偃月刀を突き立てる。
振り降ろされた刃は機械を破壊せず、溶け込むように融合、内部に搭載されたアル・アジフと、そこから更にデモンベインへとリンクする。
機械に封じられたアル・アジフのページは舞わず、しかし周囲に設置されたモニタや機械類が唸りを上げ、光を点す。
変則的詠唱形態へと移行したバルザイの偃月刀の柄を握り、モニタを見つめる。
無残にも破壊されたアーカムの街並みと、未だ無秩序に破壊活動を繰り返す無数の量産型破壊ロボ。
その鈍重な玩具の様なデザインとは裏腹に、破壊ロボ達は軍隊でも相手をする事が不可能な程の力を備えている。
対するこちらは、まともに動くかどうかも怪しい、継ぎ接ぎだらけの鬼械神の紛い物。
だが構わない、足りない部分があるのならこちらで補ってやればいい。

『召喚回数に関する問題は、たぶんそこで初めて解決する筈です』

ふと、秘密図書館での会話を思い出す。
あいつはこの事を知っていたのだろうか。あの場所にこの機体がある事を、この機体を見て何を思いつくのかを、あいつは直感だけで予見していたのだろうか。
予見していたのか、知っていたのか、それとも、あの時に自分に会えば誰であれあの言葉を口にしたのか。
勘か作意か運命か、どちらにしても、今は目の前のポンコツ共をジャンクにするだけだ。
偃月刀を通しリンクしたアル・アジフの記述にアクセス。
制御に取られ、穴だらけになった記述に魔力を流し込み、もはや御馴染となった大魔術を、初めて誰の補助も無く発動させる!

「機神、召喚!」

力量の足りない術者の、不完全な記述による鬼械神の召喚。
生み出されるのはいくつものパーツが欠損した鬼械神のなり損ない。
腕は欠け、脚は脚足らず、心臓たるアルハザードのランプに至ってはパーツの一欠けすら召喚できていない。
満足に人型すら構成出来ていない、未完の鬼械神。
そして、それらのパーツは過たずデモンベインの不足部分に合致、結合される。
断絶されていたデモンベインの全身の回路が、『数十年ぶりに』完全に接続された。

【That is not dead which can eternal lie(久遠に臥したるもの死する事なく)】

【And with strange aeons even death may die(怪異なる永劫の内には死すら終焉を迎えん)】

燃える街を映し出すモニターに、誓約の言葉が流れて消える。
デモンベインを構成材料に召喚された、機械技術と魔術の混ざり合った異形の鬼械神が、完全戦闘形体への移行に成功したのだ。
偃月刀を通し、デモンベインの動きを確認する。

「アイオーンよりは鈍いが、やれない程じゃねえな」

武装を確認──頭部備えつけのバルカン以外、デモンベインの武装は間違いなくあてにならない、魔術兵装はほぼ自力で使用できない。
対する敵は地上だけでなく空中にも存在している。
シャンタクもまともに使用出来ない今、空の敵に対して使える手は限られている。

「アトラック=ナチャ!」

デモンベインの頭部より光輝く蜘蛛の糸が伸び、空高くより爆弾を落とし続ける量産型破壊ロボに巻き付く。

「どおりゃぁぁああっ!」

デモンベインは自らの頭部より伸びたアトラック=ナチャの糸の束を鷲掴み、全力で地面を蹴ると同時に、力任せに手繰り寄せる。
操縦者の意を汲んだのか、未完成状態のまま搭載され、安全装置の掛けられた断鎖術式が限定解放され、重力を操りデモンベインの重量を半減させた。
アトラック=ナチャに絡め取られた量産型目掛け、デモンベインは砲弾の如く宙を跳ぶ。
この間僅か三秒。しかし、量産型に搭載されたAIが異常に気付くのには十分な時間であった。
自分を足掛かりに飛ぼうとするデモンベイン目掛け、量産型がビームを照射、直撃。
いや、ビームが打ち抜いたデモンベインがガラスの様に砕け散る。
ニトクリスの鏡による幻影だ。
目標を見失い、周囲を見回す量産型の頭をデモンベインが踏み抜く。
九郎は量産型に察知される前にデモンベインの幻影を作り出し、自らは空中に鍛造し滞空させたバルザイの偃月刀を足場に更にジャンプ、一気に高度を稼いだのである。
一見、この方法であれば空中を無限にジャンプする事が可能であるように見える。
が、この移動法には重大な欠点が存在する。
まず、デモンベイン自身の重量を軽減した状態でしかこの移動法は行えず、自然と未完成状態の断鎖術式に頼らなければならないという不安定さ。
そして、術者である九郎に掛かる負担の問題だ。

「はあっ、はぁっ、はっ、は」

魔術師としては未熟な九郎が、不完全ながらも鬼械神を召喚しながら、移動の度にバルザイの偃月刀を鍛造し、更には敵の攻撃を逃れる為にはニトクリスの鏡を使用しなければならない。
仮にバルザイの偃月刀を使い捨てずに再利用するにしても、今度は偃月刀を手元に呼び戻すために力を使わなければならないのだ。

「このっ」

手元に呼び戻したバルザイの偃月刀で周囲の量産型から迫るミサイルの雨をたたき落とし、時には展開し盾にしながら、確実に一機一機斬り伏せていく。
だが、予想外に消耗が激しい。
十機、二十機、三十機と落としていく度に九郎の息は上がり、疲労は溜まり、魂は削られていく。

「どうせなら、先生の蜂蜜酒もくすねておけば良かったかな」

半分本気の冗談を口にし、疲労により萎え始めた闘志を振るい立たせる九郎。
シュリュズベリィ先生が生身の人間のまま鬼械神を自在に操り続けていられるのは、あの黄金の蜂蜜酒に秘密があるという噂を聞いた事があったのだ。
学術調査中ならそれほど研究室に大量に置いていないにしても、少なからず貯蔵していた筈だ。戦うつもりなら何故持って来なかったのか。
今さら思い付いても使用の無い事を考えながら、次々と量産型の上を跳び移りながら切りつけ、殴り潰し、蹴り壊していく。
身体や魂に掛かる負担を考えなければ、単純作業と言ってもいい程に慣れてきた所で、いや、慣れてきたからこその油断が生まれた。

「うお」

次の足場にするつもりで跳んだ先の量産型が、踏み台になる直前で自爆した。
自分達が足場にされている事を、量産型のAIが理解し始めたのだ。
空中で突如足場を失い、バランスを崩すデモンベイン。
同時に、同士撃ちを避ける為に控えめに抑えられていた周囲の量産型から、雨霰とミサイルやバルカン、ビームの嵐が降り注ぐ。

「んなもんで、やられてたまるか!」

弾数の関係で出し惜しみしていた唯一まともに機能するらしいバルカンを使用し、迫りくるミサイルを撃ち落とす。
が、ビームとバルカンはどうにもならない。
足場にした偃月刀を呼び戻す時間も、鍛造し直す時間も無い。
どうにかして受けるダメージを最低限にせんと、九郎はデモンベイン身をよじらせ、気付く。
デモンベイン目掛け攻撃を続ける量産型に混じり、一機だけ、別の動きをしている量産型の姿。
他のほぼ無傷の量産型とは違い、全身いたるところにダメージを負ったその量産型は、デモンベイン目掛け一直線に飛びながら、手を差し出している。
すれ違いざまに手を取り合いそのまま離脱、間一髪のところで量産型の集中砲火から逃れた。
他の量産型とは一線を画した動き、九郎はその傷だらけの量産型の動きに見覚えがあった。

「エルザか!」

「ダーリン、助けに来たロボ!」

外部スピーカーから聞こえる、語尾がロボットっぽい少女の声。
ブラックロッジが誇る狂気の天才、ドクターウエストによって生み出された人造人間エルザ。
かつてアイオーンに乗って戦っていた頃、破壊ロボのパイロットとして幾度となく相対し、時には苦戦を強いられた相手。
そう、彼女はドクターウエストの部下であり、つまりはブラックロッジなのだ。

「どういうつもりだ、なんでお前らが手を貸す!」

すかさず追撃を仕掛けてくる他の量産型の群れ。
機体性能に差が無く、ダメージと荷物であるデモンベインの重量分だけハンデがある為、追う者と追われる者の距離は見る間に詰められていく。
更に、量産型達はエルザの乗る量産型にも容赦なくミサイルやバルカン、ビームを放っている為、回避の度に更に距離は縮められる。
六百、五百、四百と短くなる距離にエルザの量産型はデモンベインを、

「手を貸すから、博士を助けて欲しいロボ! 助けてくれるなら、幾らでも協力するロボ!」

迫る量産型の上方へ、力の限り放り投げた。
──内臓がひっくり返る様な浮遊感を感じながら、九郎はエルザの言葉の内容を考える。
助けて欲しい、あのキ○○イ科学者を。
どういった経緯なのかは分からないが、悲痛な、切羽詰まったエルザの口調には真剣味が感じられた。
平気で自分の創造主をトンファーで殴打して頭蓋を陥没させるような娘がここまで慌てている以上、本気で急がなければならないような事態なのだろう。
改めて見れば、エルザの破壊ロボは他の量産型から攻撃を受けている。
恐らく、逆十字の造反とマスターテリオンの死を切掛けにブラックロッジの中でも色々とごたごたがあったのだろう。
ドクターウエストも悪党ではあったが、逆十字の様な邪悪さは持ち合わせていない。
仲間割れ、いや、破壊ロボの量産型が完成した時点でブラックロッジ内部でのドクターウエストの役目が終わり、切られたか。
ともかくこの状況で無碍に断る必要も無いし、見捨ててどこかで野垂れ死にされるのも後味が悪い。

「良いぜ、一時休戦だ。話はこいつらを潰してから聞いてやる」

量産型の群れの真上に到達した九郎は頭部のバルカンから砲弾をばら撒きながら、先ほど置き去りにしていたバルザイの偃月刀を呼び戻し、更にもう一本偃月刀を鍛造。
一方を展開しブーメランのように真下の量産型の群れに投げ込み、遠隔操作で纏めて数体両断。
そして、迫る偃月刀をギリギリのところで回避した量産型を、

「ありがとうダーリン、愛してるロボ!」

エルザの乗る量産型のビームが貫いた。
二機の連携で次々と量産型の破壊ロボがスクラップと化していく。
量産型の数が半分を切ろうかという所で、デモンベインが地面へと着地。
空からの援護があるのならば無理に空で戦う必要も無いと踏んだのだ。
投擲した偃月刀をキャッチし、残りの量産型へと視線を向けた、その時。

「──────ッ!?」

「ロボ!?」

大地が振動している。
地下に大量の水が流れている様な、巨大な蛇がのたうっている様な、そんな重低音が鳴り響く。
轟音と共に、大地を突き破って高層ビルを超える高さの巨大な水柱が天を突いた。
それも一つではない。
二、三、四、五、六本もの水柱が円環状に並び立ち、その輪の中に魔法陣が輝く。
目を焼く魔法陣の輝きが増すにつれ、水柱の噴射の勢いも増す。
強大な魔力が渦を巻き、膨大な密度の情報が急速に収束し始める。
天に噴き上がる水柱が捻子曲がりながらも交り合い、一本の巨大な渦を形成する。
爆砕。
魔術的高密度情報体が渦を媒介に顕現化し、巨大な質量を伴い現実に実体を結ぶ。

「ゲェハハハハハハハハハハハハッ!」

鉄の塊の様な無骨で剛健なシルエットが、圧倒的な存在感を放ちながら威圧するように聳え立つそれは、刃金を持って作られた神の模造品。
──クラーケン。
ブラックロッジの幹部、逆十字の一人、カリグラの招喚する鬼械神。
デモンベインから微弱なアル・アジフとアイオーンの気配を感じ取った逆十字が送り込んだ刺客。
機械の身体にアイオーンの不完全な身体を継ぎ足してようやく動いているデモンベインでは、勝てる道理の無い相手。

「エルザァッ!」

大蛇の如く迫るクラーケンの両腕をバルザイの偃月刀で切り払い、アトラック=ナチャをエルザの破壊ロボ目掛け展開する。

「了解ロボ!」

エルザは自らの機体目掛けて飛んでくるアトラック=ナチャの糸を掴み取り、急上昇しながら腕の可動範囲ギリギリまで一気に糸を掴んだ腕を振り上げた。
宙を舞い、エルザの破壊ロボを死角から狙っていた量産型の頭を踏みつぶし着地。
量産型破壊ロボ五十機余りと逆十字の操る鬼械神を相手取り、不完全な鬼械神一体と、弾薬の付きかけている量産型破壊ロボ一機のみ。
それでも、九郎の闘志は衰えを見せない。

「やぁってやるぜぇ!」

コックピットの中、操縦桿代わりの偃月刀の柄を握りながら、獰猛に歯を剥き笑う。
戦闘は新たな局面を迎え、九郎の精神もまた、新たな高みへと登らんとしていた。

―――――――――――――――――――

アトリーム月 暴徒鎮圧装置日(いやぁ、クラーケンは強敵でしたね)

『強敵だったかはともかく、デモンベインはそれなりに苦戦していた』
『マギウススタイルの補助なしでバルザイの偃月刀とか鍛造するから防御魔術とか使えるのかと思ったら別にそんな事は無かったらしい』
『お陰で今回のデモンベインと来たら避けないわ脆いわで、それはもう見ていられない有様だった』
『クラーケンのコックピットを偃月刀で叩き潰したのは大十字のデモンベインだったが、間違いなくあの勝利はエルザの飛行型破壊ロボのお陰だ』
『というか、エルザの破壊ロボの中には腹部を負傷したドクターウエストが乗っていた筈なのだが、大丈夫だったのだろうか』
『まぁ、あっちこっちで腹部を刺されるのはドクターウエスト唯一の死亡フラグと言われているが、少なくとも原作では三人のヒロインのどのルートでも死んでいない。つまりは死ぬ死ぬ詐欺用の偽装フラグ』
『どうせ今頃勝手に病室から抜け出して、機能的に不完全な上に、クラーケンとの戦闘でズタボロのデモンベインを勝手に修復しながら『毎日牛乳飲んでるからな!』とか、地元の酪農家の爺さんみたいな事を言ってピンシャンしているに決まっている』
『……と、ここまで書いて気が付いたのだが、一度相手の身を案じた後に『なぁに、どうせ元気に○○しているに決まっている』みたいな発言は、相手側に押しつける形の呪術的死亡フラグではなかろうか』
『どう転んでも大十字は次のループに落とされるにしても、できる事ならドクターにはデモンベインの魔術武装、断鎖術式とか昇華呪法とか、その辺の改良とかもして欲しいというのが本音』
『まぁ、それも次のループでドクターが無事に覇道財閥に辿りつけるように手を回せばいいだけの話で、そこまで気にかける様な問題でもない』
『しかしなんというか、この世界がループしている、という事を理解しているせいか、少しばかり心に余裕を持ち過ぎている気がする』
『これが姉さんの言う、幾らでも代えが利く相手に対する心の持ち方、というものなのだろうか』
『だとすれば、俺はまた一歩姉さんに近づいた事になる。実に喜ばしい限りだ』
『さて、栄えあるデモンベイン世界第一週目のイベントも、残すところあと二つか三つくらい。気合いを入れ直して頑張ろう!』

―――――――――――――――――――

アーカムシティ地下、デモンベイン秘密格納庫。
小型の作業ロボットが覇道財閥の秘密兵器であるデモンべインの上を忙しなく動き回っている。
量産型破壊ロボや鬼械神クラーケンとの戦闘を経てスクラップ同然になったデモンベイン。
しかし、その身体に刻まれた傷は、既にその大半を修復されつつある。
高速稼働する作業機械群を眺めながら、九郎は感嘆の溜め息を漏らした。

「本当に、良くここまで直せるもんだ……それも二日で」

九郎の搭乗していた鬼械神アイオーンであればそもそも自己修復機能(メリクリウス・システマ)によってそのまま放置しておくだけでも直ってしまう。
が、このデモンベインは違う。
一部に魔導技術を組み込んでいるとはいえ、その身体は通常物質を建材に使用した機械人形。
単純に考えてみよう。50メートル級のロボットを建造するのに、一体如何程の労力、時間が必要になるのか。
一般的な50メートル級の高層ビルですら、完成までにかなりの時間を要するのだ。

「ふはははは! 当然であーる! 我輩をそこらのとりたてて見るべき所の無い平凡な科学者と一括りにできると思ったら大間違いである! そう、我輩が、我輩こそが神に選ばれし真の大、天、才! ドォォォ、グボォフッ!」

ミシィ、ブチブチブチ、パキン、という余り耳にしたくない生理的嫌悪感を覚える危険な音を立て、車椅子に乗ったドクターウエストの腹部にトンファーが減り込んだ。
ドクターウエストは顔からじっとりと冷や汗をかき、ボディスーツの上から巻かれている包帯は真っ赤に染まり、眼の焦点はふらふらと揺れまるで定まる気配が無い。

「博士、あんまり騒ぐと傷が開くロボ」

「いや、むしろ今ので悪化したんじゃねえか?」

片手にトンファーを構えたまま、腹を抱えて呻く事すら出来ずにいるドクターウエストを気遣うエルザに冷静に突っ込みを入れる九郎。
このロボっ娘、これがボケでも殺意を持っている訳でも無く、本気でドクターウエストを気遣った上での行動だから恐ろしい。
勝手にデモンベインを弄られて文句を言いたそうにしていたメカニック担当のメイド(覇道財閥でデモンベインに関わっているメイドは何故か善人ミニスカメイドである)、チアキですらハンマーを抱えたまま硬直している。
が、傷が開いたにもかかわらず医者を呼ぶ素振りすら無いところからして、ドクターウエストへの気遣いは存在していないらしい。
手に持っていた白木の杭でも仕込んでありそうな凶悪なデザインのハンマーを地面に下ろし(柄から手は放していないが)、ドクターウエストへと質問、いや、尋問を始めた。

「そんで、人様の庭に勝手にあんなもん解き放って、一体どういうつもりやこの○○○○犯罪者が」

「あ、あんなもん、とはなんとも酷い言われようであるな」

腹部から血を滲ませたドクターウエストが、傷口を手で押さえて痛みを堪えつつも顔を上げ、チアキの言葉に不満を漏らす。
チアキの言うあんなもん、とは、今現在デモンベインを高速で修理している作業機械群の事だ。
本来、デモンベインの修復はあの様な自動機械を大量に使用するモノではなく、その殆どが整備員頼りのものであった。
というのも、今現在の覇道財閥の持つ科学力では完全無人、完全自動の修理機械などというものは構築できないのだ。

「大体、もしも我輩がトイ・リアニメーターを用意していなければどれだけ修理に時間がかかったと思っておるのだ。これだから凡人は困るのである」

「うぐっ」

ドクターウエストの反論に言葉を詰まらせるチアキ。
ここでドクターウエストが口にしたトイ・リアニメーターとは、チアキの言う『あんなもん』こと、デモンベインに大量に取り付いている修復作業を続けている作業機械の事だ。
これは本来、アイオーンとの度重なる戦闘の度にバラバラのジャンクになってしまう破壊ロボの修復の為に作り出された機械であるらしい。
破壊されても破壊されても次の日には何事も無かったかのように街で暴れまわっている事も多い破壊ロボの秘密は、この完全自動の修理ロボの活躍が合ってこそのものだという。
簡単な治療を終えたドクターウエストは病室を抜け出し、エルザからこれまでの経緯を聞き出し、即座にこのトイ・リアニメーターを作る自動機械を作る自動機械を作る自動機械を作る自動機械を作り出した。
三十センチ程しか無いトイ・リアニメーターを作る自動機械を作る自動機械を作る自動機械を作る自動機械は、一時間でトイ・リアニメーターを作る自動機械を作る自動機械を作る自動機械(四十センチ)を五体造り、
トイ・リアニメーターを作る自動機械を作る自動機械を作る自動機械(四十センチ)は、一時間にトイ・リアニメーターを作る自動機械を作る自動機械(五十センチ)を五体造り、
トイ・リアニメーターを作る自動機械を作る自動機械(五十センチ)は、一時間にトイ・リアニメーターを作る自動機械(六十センチ)を五体造り、
トイ・リアニメーターを作る自動機械(六十センチ)は、一時間にトイ・リアニメーターを五体造り出した。
こうして四時間あまりで最終的に生み出された六百二十五体のトイ・リアニメーターの自壊も辞さない超過駆動により、デモンベインは通常では有り得ない速度で修復されたのである。
なお、修理途中で破損したトイ・リアニメーターは、周囲の無事なトイ・リアニメーターにより一分と掛からずに完全修復されるため、減り過ぎて修復速度が落ちる、という事も無いのだとか。

「ふぅん、それでもなおいちゃもん付けてくる、という事は、ん? あれか、凡人故に感じずにはいられない天才たる、世紀の大・天・才! たるこのドクターウエストへの嫉妬であるか?
なぁに気にするなメガネを付けた凡人、むしろ凡人眼鏡よ。凡人たる貴様がいかに努力を重ねても辿り着けなかった境地に我輩が片手間に辿り着けてしまうのも、まぁ言ってみれば埋めがたい歴然とした才能の差であるが故に。
つまりこれは貴様が悪いのでは無く、我輩の溢れんばかりの才能こそが、凡人眼鏡が欠片も得ることが叶わぬ神の愛を一手に独占してしまっている我輩の神秘の頭脳こそが元凶なのだ。嗚呼! 天才であるが故に凡人眼鏡に嫉妬の念を抱かせるという罪を犯さざるを得ないこの頭脳を! 我輩は憎む!嗚呼、ああ! 許しておくれ、平凡な凡人眼鏡──!」

遂には車椅子から立ち上がり、歯茎が剥き出しになるほど大口を開け涙も鼻水も涎も垂れ流しの笑い顔で凡人眼鏡──チアキを指差し笑いながら謝罪(?)するドクターウエスト。

「だ、だ、だ、誰が凡人眼鏡やこの超犯罪級○○○○ィ! 盛大に人をコケにしながら自己陶酔かぁ! 殺す、死ね、百ペン死んで詫びぃ入りゃれぇぇぇぇぇぇ!!」

「うわぁぁぁ! 凡人眼鏡が乱心したあぁぁぁぁぁっ!」

「平凡過ぎて頭がおかしくなったロボね」

「天丼をするなぁぁぁぁ!!」

激昂し、顔を真っ赤にしながら一度降ろしたハンマーを振りかぶるチアキと、腹の怪我など無かったかのように元気に走り回るドクターウエストとエルザの追いかけっこを尻目に、九郎は修復されたデモンベインを見上げた。
──実の所を言えば、ドクターウエストが無事にデモンベインの格納庫に辿り着き、修理をする事が出来たのは九郎の進言を聞き入れた覇道瑠璃の手引きのお陰である。
鬼械神にも匹敵する巨大ロボを建造できる組織などそうそう存在しないため、覇道財閥、ひいては地下秘密基地が狙われるのは時間の問題。
敵が攻めてくる前に最大戦力であるデモンベインを修復出来なければ、抵抗する間もなく壊滅させられてしまう。
そこに来たのが、ブラックロッジを追い出されたドクターウエストである。
祖父、覇道鋼造が死んで以降、覇道財閥の総帥としてアーカムシティを何年も取り仕切ってきた瑠璃は、ドクターウエストの頭脳は敵に回しては危険だが、味方につける事が出来ればそれなりに役に立つだろうと当たりを踏んでいたのだ。
そこに、九郎からの進言があった。ドクターウエストにデモンベインを任せてみてはどうか、と。
瑠璃とはまた違った理由からではあるが、九郎もドクターウエストの科学力に対する期待を抱いていた。
まだ九郎がアイオーンを駆って戦っていた頃、ドクターウエストはアイオーンに似せた破壊ロボを作り上げた事がある。
ドクターウエストが作り上げた偽アイオーン、スーパーウエスト無敵ロボ28號DX──通称『AEOM』……アイオーム。
それまでの科学技術一辺倒だった破壊ロボとは違い、アイオーンのみならず逆十字や大導師の鬼械神から観測したデータを基に、ドクターウエストが用いる事の出来る最大限の魔導技術を駆使して作られたそれは、アイオーンを一度ならず二度三度に渡り苦しめた。
そう、ドクターウエストは覇道財閥よりも先に、機械で作られた人造鬼械神、或いは準鬼械神とでもいうべきマシンを、より高い完成度で作り上げていたのである。
万が一、今の量産型破壊ロボが従来のドクターウエストの破壊ロボではなく、アイオームをモデルに作られていたら。
そんな事を考えると、九郎は背中に冷や汗を掻いてしまう程だ。
もっとも、魔導技術をふんだんに利用したアイオームはコストの問題で量産が効かないという問題点がある為、九郎の想像は完全な杞憂なのだが。
とはいえ、御蔭でデモンベインは完全修復どころドクターウエストの手により更に改修を加えられ、不安定過ぎて使えなかった魔術兵装もほぼ使用可能になり、シャンタクを召喚展開出来ないまでも空中を駆け抜ける事が出来る様になった。
空を飛ぶというよりは空中ジャンプを続けて跳び続けると言った方が正しい無様な動きではあるが、それでも一々足場を製造しながら戦うよりは余程安定している。
これで、デモンベインは更に強くなった。
だが、それでも戦いぬく事が出来るかは未知数だ。
カリグラはどうにか倒せたが、そのせいで逆十字は本腰を入れてくるだろう。
隙を突くような戦いはもう通用しない。エルザの破壊ロボはクラーケンとの戦いで大破してしまっているので、今度はまた一人。戦術の幅はさらに狭められる。
アルとアイオーンを失った自分に勝てる見込みがほとんどない事を、九郎は自覚していた。
だが、

「アル……」

それでも、戦い抜かなければならない。
九郎は手の中の魔導書を強く握りしめる。
アルが死んだのは自分が不甲斐無かったせいだ。だから、大十字九郎は戦い続けなければならない。
ツケはきっちりと払わなければならないのだ。最後の最後まで戦い抜く。
もう二度と、この街の大切な人達を死なせたりはしない。
九郎がそう心に堅く誓った時、周囲の照明が赤く点灯し、けたたましいアラームの音が鳴り響く。
襲撃、この状況で現れる敵と言えば、ブラックロッジしかありえない。
通信機から聞こえる声は基地内への逆十字の侵入を知らせている。
生身の逆十字が侵入してきている。その知らせに九郎の背筋に冷たい物が走った。
相手が生身で、鬼械神を運用できない場所での戦いとなれば鬼械神による戦力差の誤魔化しが利かない。純粋に魔術師、戦闘者としての差が現れるだろう。
持ち得る限りの手を使わなければ、倒すどころか一矢報いる事すら危うい。
九郎は手持ちの武装と弾薬を確認しながら、エルザと共に基地内部、侵入者の居る辺りへと駆けだし始めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「とまぁ、そんな感じのやり取りが行われているとか居ないとか」

現在地、無人の荒野と化したニューヨークの一画、人気の無い崩れかけた廃ビルの一室。
姉さんが遠隔透視能力(日本語吹き替えあり、副音声で状況や心理状態の説明あり、予告あり、映画泥棒CMあり、NG集あり)で覗き見た状況を、懇切丁寧に解説してくれていた。
因みに、この辺り一帯に展開されていた陸戦用量産型破壊ロボは姉さんが運動がてらアメリカ軍毎纏めて蹂躙してしまっている為、少なくとも俺達の探査範囲には俺達以外の胴体反応は存在していないのだ。

「ドクターは腹刺されても平常運転やね」

「全パートでギャグ補正が利くってのは強みだよなぁ」

ドラゴンボールとこち亀の公式コラボ漫画でもフリーザ様が両津さんを殺せなかったし、その補正の強大さが良く分かると思う。
まぁ、主人公補正やラスボス補正同様、持ち主を取り込んでも手に入らない能力だからどうしようも無いのだが。

「で、どうするの? この周はロリコン御用達ルートだから糞餓鬼の死体も手に入らないから、手に入る物はあんまりないと思うけど」

「ううん、どうしようか」

姉さんの言うとおり、これが金髪シスタールートであればぐちゃぐちゃになったクラウディウスの死体と精霊の出ないセラエノ断章とかが手に入る場面なのだが。
しかし残念な事にこの周の大十字はものの見事に下衆野郎(ペドフィリア)と化してしまい真に遺憾である。
デモンベインが本当の意味で完成して、なおかつ最初からアイオーンが無いような状況が固定されたなら姫さんルートがメインになるのだろうが、それまでは余程の事が無い限り大十字は性的な意味で社会不適合者であり続けるしかない。
デモンベインの断鎖術式もいい感じに完成しつつあるようだが、どうせ次の週に改造持ち越しだろうからわざわざこのタイミングで取り込みに行く理由も薄い。
というか、流石にこの状況下で以前と同じようなザル、いやさ枠警備であるとは思えない。

「アル・アジフの復活劇辺りはドラマティックだから見ておきたいけど、アーカムシティにはまだ俺の端末が残っている訳で」

○○○○補正でドクターウエストにひっつかまりそうだから、覇道財閥保有の地下基地に潜入させていた分は街に放っている。
一応ブラスレイター化出来る個体も残してあるけど、流石に鬼械神を融合して取り込めるほど出鱈目な残像、もとい出鱈目な強化が施されている訳でも無い。
あれはあくまでも機械に対する優位性しか持ち合わせていない。というか、そんな真似ができるならとっくの昔に俺がやっているし、そこまでできる様にしたならそれは強化ではなく別機能の組み込みだろう。

「卓也ちゃんが煮え切らない感じなので、美鳥ちゃんは何か意見ある?」

悩んでいると姉さんは美鳥の方に矛先を向けた。
が、美鳥もあまり現状のアーカムシティに興味が湧かないのか、というか、別の物に気を取られて姉さんの言葉が右から左に抜けて行っているようだ。
気絶した大十字から取り上げた魔銃の複製を腕と融合させ、嬉しそうに変形した銃身を撫で回している。

「ふっへっへ、見ての通り、接ぎ目すら無い美しいフォルムだろ?」

「まぁ、接ぎ目も埋めてるしな、腕の肉で」

表面のモールドに沿う様にして埋め込まれた血管がドクドクと脈打って(演出なので特に何が流れている訳でも無いらしい)いて中々にキモカッコいい。
もうチョイどうにか出来なかったのかと聞きたくなるようなグロテスクな混ざり方だ。
ああいう生体兵器っぽいフォルムも悪くは無いが、せっかく大量に複製が作れるんだから、いやでもまだ構造を完全に理解した訳でも無いのに過剰な魔改造は、ううむ。

「んー、じゃあ美鳥ちゃんは試し撃ちがしたいの?」

「いや、この魔銃の美しい構造があたしの身体と混じり合っている様をもうしばらく眺めてたい。試し撃ちは次周にでも外装を誤魔化して教授の課外授業でやればいいかなーなんて」

課外授業よりも先に、日本各地の邪神眷属群の拠点を潰しながらスカウト待ちしてる間に充分試す機会はあると思うが。
最初はミスカトニックと縁もゆかりも無いから、まずシュリュズベリィ先生と遭遇する所から始めなきゃならん訳だし。
次周も日本語写本のあったあの遺跡で張ってれば間違いないかなぁ。他にも奇怪な遺跡はあちこちにあったし、そこら辺も虱潰しにしていってもいいかもしれない。
しかし、シュリュズベリィ先生か、今頃どうしてるんだろうあの人。
アーカムに戻ってこないって事は何処かの国で破壊ロボから街を守る感じのイベントでもこなしているのだろうか。
どうにかこうにか合流出来ても、南極での決戦でゲスト参戦するくらいか?
そうだな、南極でちょっと戦ってみるのも悪くないかな。ダゴンは邪神の中でも割と組みしやすい部類だろうし。
まだ人間の魔術師に擬態したままでの機神招喚は難しいけど、魔銃の技術を武装に応用すればボウライダーでもどうにかなるだろう。
というか、本当にどうにかなるのか調べておいて損は無い筈だ。
いざ魔銃や魔術でないと戦えない相手を目の前にした時に『理論上は可能でしたが、実際は色々と問題がありました』では話にならない。

「そういうお姉さんはこれからやる事あるの?」

「お姉ちゃんはちょっと目隠ししたままラブプラスのデータ改造したら、三つのセーブデータが統合されて修羅場なのよ。今さっき寧々さんの瞳からハイライトが消えた所だわ……!」

「美鳥も姉さんもちょっと待った。その話は実に興味深いけど、まずは俺の話を聞いてくれ」

とりあえずの方針は決まった。
姉さんのラブプラス変則プレイを後ろから見て、美鳥と一緒に魔銃の構造にうっとりした後から、ワープは使わずにゆっくりと南極へ向けて移動を開始しよう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

俺が普段から適当にばら撒いている端末は、スパロボJ世界で望める最高精度のカメラや集音装置などが小型化された上で組み込まれており、そこらの映画やドキュメンタリー顔負けの映像、音声を俺に届けてくれる優れ物。
状況によっては各種センサーなどが内蔵されることになるが、そういう状況の場合は直接出向くか美鳥に行かせるかした方が早いのであまり使用する事は無い。
何が言いたいかと言えば、カメラやセンサーが付いていても、50メートル級の巨大ロボのコックピット内部のあれやこれやは正確には伝わらないという事だ。
大十字とアル・アジフの復活の夫婦漫才こそ外部スピーカーから駄々漏れだった為に聞く事が出来たが、それも正直期待していた程面白いものでもなかった。

「まぁ、あの二人の漫才が見れる場面はあと一つあるはずだし、感じ感じ」

ブラスレイターの飛行能力でゆっくりと移動してきたが、ようやく目的地が見えてきた。
南緯四十七度九分、西経百二十六度四十三分の辺りに存在する、クトゥルーが収める海底都市ルルイエ。
最近では宇宙人向けのアミューズメント施設になっている場合もあるらしいが、人間サイドでボケが合っても、邪神側は一片の隙もなくコズミックホラー全開なこの世界では浮上したが最後、マジでシャレにならない絶滅エンドしか訪れない危険な都市。
その直上の水面に顔を出す、夢幻心母に融合したクトゥルー。
まだまだマップ換算にして三十コマはありそうなのに、やたらと濃い存在感のお陰でここからでもはっきりと見る事が出来る。
サイズだけならオルファンの方が巨大だが、こっちの方がシャレにならない程危険だという事は見た瞬間に理解できる。
あんなにわさわさと触手生やすとかマジで正気を疑わざるを得ない。身体から生える触手はもっと効率的な器官であるべきだ。
反省させる意味も込めて、あの触手群は念入りに微に入り際に粉砕させていただこう。

「じゃ、行ってきます」

振り返り、空飛ぶ大型サイクロン式掃除機に跨った姉さんと美鳥に片手を上げる。

「卓也ちゃん、ファイトだよ!」

「お兄さん、魔道兵装の試験を重点的にお願い」

姉さんは運動に飽きて魔法でカロリーを消費しダイエットに成功したため、美鳥は完全融合状態では無い俺の戦闘力の確認のため、ダゴンや破壊ロボや触手の攻撃が届き難い距離から見学だ。
正直あり難い。姉さんは呪霊錠が限界を迎えてパワーアップしたばかりだから、この海域ごとクトゥルーを殲滅しかねないし、美鳥に外から俺の戦い方を分析して貰うのは面白い。
前方に向き直る。目に映るのは次々と交戦状態に突入している軍艦、戦闘機。
今の所破壊ロボ相手にどうにかこうにか踏ん張っている様だが、ソナーには巨大な影が映り込んでいる。
ダゴンが交戦可能域にまで近付きつつあるのだ。
丁度いい、破壊ロボ相手だと魔道兵装を使うまでも無いから、標的にするには最適だろう。
掌を天に向け、空間自体を握り潰す様にして拳を作り、叫ぶ。

「顕在化(マテリアライズ)!」

そこに存在していないという現実を、そこに存在しているという事実で塗りつぶす。
空間が裏返る様にして、巨大な機械の鎧が俺を中心に現れる。
俺の身体を組み込み具現化した力の塊、黒いボウライダー。
魔術戦闘を主眼に置いてあるため、最初から『魔法の杖』を機体そのものに組み込んであるデモベ世界使用。
取り込んだ魔導書の記述から、戦闘用に再構築した術式を呼び出し、腕と一体化しプラズマ発生装置と魔銃の構造も組み込まれた『魔法の杖』へと装填。
精神コマンドを全て使用し、胃の中に直接非常食の中身を生成しSPを回復しながら、俺はダゴンの群れへ向けて吶喊した。

―――――――――――――――――――

《大十字! 無駄弾を撃つな!》

「え?」

「なんだ?」

機神招喚により南極の海に現れたデモンベイン、そのコックピットの中に居た九郎とアルは、クトゥグアの神獣弾を撃つ直前に掛けられた声に、一瞬動きを止めた。
そのデモンベインの上を、小さな影が通り過ぎる。
人型、そう、破壊ロボとは全く違う、人型のロボットが翼も無く空を駆けているのだ。
サイズは破壊ロボに比べて小さいデモンベインと比べても半分も無い小兵。
その小型のロボットが、杖と砲と銃の混じり合った暗い青に染められた腕を海魔の群れへと向け──

《ファイルロード・フサッグァ!》

青い稲妻とそれに追随する無数の火球が放たれ、海ごと、海魔の群れの五分の一程を蒸発させた。
青味がかった稲妻に導かれ、火球一つ一つが核をも上回る熱量を持って焼き尽くし、しかし、海魔や深きものども、破壊ロボ以外には一切被害を与えていない。

「クトゥグアの眷属、炎の精達の長フサッグァか。九郎、どうやらあの砲、こちらの魔銃と似た理論で動いているようだぞ」

それに、下級神性の神獣弾か……面白い真似をする。という、興味深そうなニュアンスを含むアルの言葉も九郎の耳には届かない。
口調こそこれまで聞いてきたモノとは全く違う粗雑なモノだが、あのロボットからと思しき通信から聞こえてきたのは聞き覚えのある、いやさ、聞き間違えようの無い声だ。
それに、魔術を使う時のあの独特な口結。

「お前、卓也か!」

その大十字の声に応える様に、先行している人型ロボットが振り返り、砲と一体化した腕を片方だけ持ち上げた。

《新兵器の実験ついでに、露払いをしに来てあげましたよ!》

そう言い、今度はもう片方の腕、ほのかに青白く発光している灰色の腕を海魔の群れに付き付ける。
銀とは言えない不浄の灰色に染め上げられたその腕に内臓されている巨大な回転弾倉が、ガギンと音を立てて回転し──

《ファイルロード・アフーム=ザー!》

極低温の冷気を帯びた灰色の炎が、海面に顔を出した海魔を舐めつくした。
青白い輝きを帯びた灰色の炎の周囲を、周囲の大気中の成分で作られた結晶が火の粉の様に綺羅綺羅と輝く。
ダイヤモンド・ダスト現象を起こしながら、容赦なく灰色の炎が燃え上がり、吹き荒れる波諸共にダゴンの群れを凍結させる。
アフーム=ザー。クトゥグアの眷属であり、ハイパーボリア大陸の北部を氷河で覆った神性である。

「クトゥグアとイタクァの模倣を、クトゥグアの眷属だけで済ませたか。あやつ、思ったよりもやるではないか」

「はは、すっげぇの」

九郎は、後輩の思わぬ力に驚きと歓喜を隠せずにいた。
以前から邪神眷属や高位の魔術師にも通用する武装を開発していたが、まさかあんな、巨大ロボットまで自作していたとは。
しかも、ブラックロッジと戦うとは言っていたが、この場面でこんな形で助太刀に来てくれるとは。
しかし、あのロボットは一体何処で? 材料はどこから? 誰にも気付かれずに作り上げていたのか?

《雑魚程度ならこちらで処理できますから、先輩はクトゥルーを!》

尽きぬ疑問が頭を駆け巡り、しかしその当の後輩の言葉によって九郎は正気を取り戻した。

《ヘーイそこな怪しげなロボット! 我輩を差し置いて我が宿敵の花道造りなど十年百年一億光年早く、行き過ぎて一周巻き戻り貴様にとっては明日の出来事であり一日遅いであるぞ!》

《あ、あの時の黒い恩ロボットロボ。ヤッホー、元気してたロボか?》

後方からはドクターウエストとエルザの駆る量産型破壊ロボの改良版が迫り、レーザーを放ち次々と破壊ロボを撃ち落としている。
ようやく追い付いてきた覇道艦隊旗艦ノーデンスからの援護射撃も間隔を短くし始めている。
ノーデンスから通信が入った。

《大十字さん、あの黒いロボットは?》

通信から聞こえた声は覇道財閥総帥、覇道瑠璃のもの。
突如として現れた謎の機体が敵なのか味方なのか判断しかねている所で、九郎との面識ありという事を聞き、素性を訊ねようとしているのだ。

「あいつは学校の後輩で、多分味方だ。撃墜しないで貰えると助かる」

この状況で偽物が出てくる意味は薄い。
そして、あの後輩なら資材の問題さえ解決できればああいった発明も不可能ではないだろう。
それに、あれほどの火力があるならダゴンや破壊ロボを攻撃して信用を得るのではなく、直接艦隊にあの火力を叩きこめばいいだけの話になる。

《撃墜しようにもできないでしょうが……、分かりました。ここは連合艦隊と後輩さんに任せて、一刻も早くクトゥルーを》

「いや、それは」

危険だ、と、一瞬反駁しかけ、ちらりと戦場を、もっと言えば後輩を見直す。

《ファイルロード・フサッグァ!ファイルロード・フサッグァ!ファイルロード・フサッグァ!ファイルロード・フサッグァ!ファイルロード・フサッグァ!ファイルロード・フサッグァ!フサッグァ、フサッグァ、フサッフサッフサッ、フサフサフサフサフサフサフサフサ! 申し訳程度にアフーム・ザー!》

日頃毒を吐く時もあれど、基本的に外面だけは品行方正を売りにしていた後輩は、海の水を干上がらせる勢いで火砲を連射していた。
ものっくそ楽しそうに。
連合艦隊が添え物にしか見えない、八面六臂の大活躍だ。

《ええ、と……、ぐ、幸運を(グッドラック)》

「あ、うん、そちらこそ」

心なしか気不味そうな口調の覇道財閥の総帥にあいまいに返事を返し、デモンベインはクトゥルーの頭頂部、剥き出しの夢幻心母へ向けて飛び立った。
『たぶんあいつ一人で大丈夫なんじゃないかな』
その一言が言えずに、九郎はコックピットの中で静かに肩を落とした。

―――――――――――――――――――

「ふむふむ」

デモンベインを送り出してから数分、無尽蔵のエネルギーと人間を遥かに超える圧倒的演算能力による強引なお兄さんの魔術行使も、大分洗練され始めてきている。
一度クトゥグアを召喚しようとしてうっかり身体の半分を消し炭にされ掛かっていた時はどうなる事かと思ったけど、一つ二つランクを落とした神性の記述ならまともに操れるかな。
戦況は……、原作ほど悪くは無いけど相変わらず戦闘機も軍艦もボンボン落とされ続けてるか。
ま、戦闘機やら軍艦やらが戦ってる所に援護射撃をしている訳では無い上、敵もクトゥルーと夢幻心母を落とさない限り無尽蔵に湧いてくるから当然かな。

「美鳥ちゃん美鳥ちゃん」

「何? 修羅場をくぐり抜けた? やっぱりリンコ落ち?大穴で寧々さん?」

「んーん、みんな死んだ。そうじゃなくて、そっちはもう撮らなくてもいいと思うの。卓也ちゃん、他の所に行くみたいだし」

「え?」

言われた直後ボウライダーはオートパイロットに切り替わり、ひたすらホーミングレーザーを打つだけの簡単なお仕事を始めて、ボウライダー内部からからお兄さんの反応が消え、直ぐ別の場所に現れた。
そこは海面、いや、お兄さんが散々アフーム・ザーを放った事で生まれた巨大な流氷か。
不自然に亀裂が走ったその流氷から、巨大な海魔や破壊ロボ、戦闘機やお兄さんのボウライダーよりも更に小さい、背に翼を負った白い影が飛び立っていくのが見えた。

「メタトロンね」

そう、アイオーンが現れるまで、たった一人でアーカムシティを守っていた正義の味方。
その正体は、極々稀に大十字を社会不適合者(ペドフィリア)の道から引きずり上げる事の出来る稀有な魅力を持った金髪巨乳眼鏡シスター。
この周がアル・アジフルートだとして、ここでメタトロンが出てくる場面と言えば……。
考えていると、メタトロンが飛び立った流氷目掛け、ダゴンの一匹がダイブしてきた。
恐らく、メタトロンに殺されたもう一人の改造人間から放たれる死肉の匂いを嗅ぎつけてきたのだろう。
あれには殆ど人間のパーツなど残って無いだろうに、浅ましい事だ。あれじゃ神と言ってもそこらの野犬か何かと変わらない。
内心で畜生同然のダゴンを見下していると、流氷を砕きながら再び海の中に沈み込もうとしたダゴンの動きが止まり、破裂した。
破裂、というのも言葉が足りないか。爆砕とか、粉砕とか、緑色の汚らしい血液が派手にばら撒かれたせいで大喝采とはいかないけども。

「卓也ちゃん、荒れてるわね」

お姉さんは、眉をハの字にして困ったような表情で頬に片手を当て、ダゴンの血溜まりと化した水面を眺めている。
お姉さんはお兄さんとのリンクがある訳でも無いのに、あれをやったのがお兄さんだと理解し、お兄さんの精神状態まで言い当てて見せた。
流石、あたしの年齢の数倍姉弟やってるだけの事はある。

「お姉さんは、あんな感じのお兄さんを見たことは?」

さっきのダゴンを粉砕した力、念動力は、これまでのどの場面で使われた念動力よりも遥かに爆発力の高い力だった。
魔術師としての術理を学んだ事によってお兄さんの念動力も威力を増したとはいえ、平時ではここまでの出力は望めない。
感情の爆発、違う、巨大な熱を含む感情のうねりを、機械の様に正確ではなく機械そのものと言っていいお兄さんの理性が制御し、もっとも単純な破壊の力へと精錬した。
だけど、ここまで強いお兄さんの感情は見た事が無いと思う。
単純な喜怒哀楽では示しきれない複雑な感情。少なくとも喜んでも楽しんでもないけど、怒っているのでも悲しんでいるのでも無い。

「卓也ちゃんが高校生の時、しばらくあんな感じだった事があったのよ。友達がお姉さんと酷い喧嘩したとかでね。卓也ちゃん、変な所で感情移入し始めたりする癖に、人様の家庭の問題には下手に口出ししないのが礼儀だって思ってるから」

「そうだね、伊佐美姉弟の時も、身体張っても説教とかはしなかったし」

不要な感情ではないけど、間違いなく何の意味も持たない感傷。
だけど、お兄さんはそれでいいのかもしれない。お兄さんに、そういった心の余裕(ヒマ)がある限り、お兄さんは人間で在り続ける事ができるのだから。

―――――――――――――――――――

重油や緑色の血液、肉片やスクラップが緩慢な速度で降ってくる深く、しかし海底には届かない深さの海中。
流線形と鋭角の混ざり合った、甲冑の様なパワードスーツの様な銀の人型が、同じく人のシルエットを残しながら機械的な要素を含んだ人型を抱えていた。
銀の人型は、自らの腕の中の黒い人型を仮面の中の瞳に映し、微動だにしない。
抱えられている黒い人型は一眼で致命傷と分かる傷を負っており、顔を覆う仮面は半ばから割れ砕け、覗く瞳はこの世の何者をも映していない。

「………………」

どちらも、一言も言葉を発さない。しかし、どこか圧迫感のある静寂。
海中において無防備な彼等を狙い近付く海魔は、彼等を取り囲む強大な念動の力によって尽く粉砕され、その静寂を侵す事すらできない。
音も無く、事態は進展する。
銀の人型から伸びる無数の触手が、黒い人型の姿を隠す様に巻き込み、飲み込む。
触手に包まれた黒い人型の脚が、腕が、胴が、次々と消えて、いや、取り込まれていく。
もはや胸から上しか残っていない黒い人型、その割れた仮面から覗く、ざんばらに切り揃えられた髪が海のうねりに靡き、触手の動きが止まる。
割れた仮面から覗く、穏やかな表情の青年の顔の上を、銀色の手が瞼を閉じさせる様に通り過ぎる。
手が離れた時には既に割れた仮面は無く、割れる前の物と何一つ変わらない、どこまでも黒く、暗い、顔の無い仮面が乗せられていた。
そうして、今度こそ、黒い人型は完全に触手の中に取り込まれ、銀の人型の一部と化した。
もはや何も抱きかかえていない両腕を、掌を見つめ、一度拳を作り、ぽつりと呟く。

「勝って生き残ったのはメタトロンで、負けて死んだのはサンダルフォン。それだけの話だな」

もはやここには用は無いとでも言うかの様に振り返り、浮上を始める。
周囲の荒れ狂う念動力は次第に静まり始め、しかし決して完全には消え去らない。
迫る海魔を念動力で磨り潰しながら浮上し、海面に辿り着く寸前、静かに、しかし強い感情を秘めた言葉が漏れる。

「また、いずれ」

誰に向かうでも無い言葉は微かな音の呟きであったにも関わらず、戦場の爆音にもかき消される事なく、確かに南極の海に響いた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

マスターテリオンを追ってあの門の向こうに行ったら、二度とこの世界には戻れない。
今確かにある俺の総てを、これまで積み重ねてきた諸々を捨てなければならない。
それで迷わない筈は無かった。
アルは一晩だけ、俺に考える時間を与えてくれた。
だが、たった一晩という時間は総てと決別するには短過ぎて、決意を鈍らせない為には長すぎる時間だ。
だけど、それでも──

「珍しく暗い顔をしていますね、先輩」

「え、……卓也? どうしてここに」

肩を叩かれ振り返ると、そこには大学の後輩の一人、鳴無卓也が居た。

「一応、さっきの戦闘ではそれなりに活躍しましたから、先輩の証言のお陰で武装解除しただけで乗せて貰えましたよ」

「武装解除って……いいのか?」

「ええ、渡したのはダミーですからね。どうせ、渡した処で内容を検分できるわけでもありませんし」

「お前なぁ……」

確かに、魔導書を渡した処で、その内容を正気を失わずに確認できる様な人員が居なければ、その魔導書が本物であると確認する事は出来ない。
まぁ、艦隊を丸ごと殲滅できるような戦力を持っている相手が罠にかけてまで欲しがる様なものがこの船に積まれていないからこそなんだろう。
だからと言って、天下の覇道財閥相手に偽物掴ませて堂々と船に乗り込むとは、相変わらず何処か頭のネジが吹っ飛んでいるとしか思えない後輩だ。
卓也は俺の隣に立ち、手すりに寄りかかり海を眺め始めた。とことんマイペースな男だ。

「……で、何しに来たんだよ」

「最後に同郷の先輩の面を拝みに来たんですよ、これでお別れでしょうから」

「っ」

後輩のあけすけなもの言いに、息を詰まらせた。

「俺は、まだ行くなんて」

「言わなくても、心に決めたって顔に書いてますから。丸分かりですよ?」

「~~~~っっっ」

海の方を向いたままの後輩の、何時もは柔和な顔の造りのバランスを壊している鋭い目つきが、緩く眦を下げているのを見て、俺はガリガリと頭を掻いて唸るしかできない。
見透かされている。こいつの妹もやたらと観察力に優れていたが、どうしてこう内面を簡単に見透かされてしまうのか。
天を仰ぎ溜息を付き、海に背を向けて手すりに背を預ける。
互いに顔は見ない。見てもどうせこいつはニヤケているだけだろうし、こいつはこいつで見なくても分かる、程度に考えているに決まっている。
少し、数十秒か数分ほどの沈黙を挟み、海を見たままの卓也が口を開いた。

「ホントの所を言えばですね」

「ああ」

「もっとこう、何か気の利いた事を言おうと思った訳ですよ。でも、今までの行いがロウじゃなくてカオス方面に傾いてるから、いい言葉が浮かばなくて」

「いいよ、別に。つうか自覚があるなら直せ」

後輩の思わぬ言葉に、苦笑しながら首を横に振る。
なんだかんだ言いつつも、この慇懃無礼を絵に描いたような後輩なりに気を使っていたという事に何処か嬉しさを感じている。
それに、一人で無ければ意地も張れるから、今を失う恐怖に震えずに済む。
今は、それだけでも十分にありがたい。

「さて」

卓也が手すりから離れ、背を向けた。

「行くのか?」

「これ以上居ても湿っぽくは成れませんからね。先輩も、アル・アジフの所にいってみればいいと思いますよ。多分、格納庫に向かってる所かと」

「ああ、サンキュ」

「いえいえ。それじゃ、運が良ければまた何時かお会いしましょう」

振り返りもせずに片手をひらひらと振って元来た道を歩いて行く卓也を見送り、俺は格納庫へと向かう事にした。
──そこで、一人で勝手に出撃しようとしていたアルと出くわし、互いの意思を確かめ合う事になるのだが、それはまた別の話だ。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

昼の少し前、拝礼者も居ない時間帯を見計らい、教会の戸を叩く。
ここはアーカムの隅にひっそりと佇む孤児院を兼ねた教会。
とはいえ、ここで聖職者といえば神父ではなくシスターただ一人、しかも、そのシスターもモグリであり正式なシスターではない。
そもそも洗礼を受けたかどうかすら怪しい訳だが、それは気にする必要も無い些細な事だ。
俺だって廃教会を改造してねぐらに使っていた時期があるのだし、ここのシスターの事情を鑑みれば身分を偽るのも仕方の無い事だ。
決して、弟を持つ姉、という属性故に甘くなっている訳では無い。

「居ないみたいね」

「ガキ連れて炊き出しにでも出てるんじゃねーの?」

「そうか、困ったな」

デモンベインが扉の向こうに消えて、扉自体も消えうせてから、既に数日の時が経過している。
アーカムシティは壊滅状態ではあるものの、他に行き場の無い人々は荒地同然のこの土地に残り、仮設住宅や奇跡的に残っていた建物に住まい、復興作業を行っているらしい。
らしいというのは、姉さんから聞いた他のデモベ二次創作世界での話だからだ。
とはいえ、アーカムシティもまともな街ではない。帰る故郷を持たない人も多く、あの混沌とした活気を気に入り、元のアーカムに戻そうと考える人が多いのは変わらない筈だ。

「姉さん、時間は大丈夫?」

「……駄目ね、あと二分も無いわ」

あと二分。それが、俺達がこの一週目の時間に存在できる制限時間。
普通の作品として成り立っているループもの二次創作ならあって当たり前のループの原理だが、俺達が今居るこの世界にはそんな物は存在しない。
大十字や大導師のループと同じ理論では、外から来たトリッパーはループできない。
最初に主人公は現実来訪型と条件を付けられて造られたこの世界は、例によって例の如くそのループの理論を構築する事ができなかった。
まぁ、元々ループものをあまり書かない千歳さんにそんな物を注文する方がお門違いなのだけど、そのお陰で俺達は『特に何の原理も無くループ』する事ができる。
そして、そのループのタイミングは例によって例の如く姉さんの超感覚で正確に測る事が可能なのだ。
だから、昼頃まで余裕があると聞いた時、部屋の整理を済ませた上でここに来たのだが。

「ポストに突っ込んどいたら? 盗まれるようなもんでも無し」

「それもなんだかなぁ」

できれば、これは直接シスターさんに渡したい。というか、渡さなければならない。
やっぱり何処かの仮設住宅に移動したのだろうか、この教会も屋根とか壊れて雨風しのげそうに無いし。

「あのー、どうかなさいました?」

端末にでも教会を張らせておけばよかったかと考えだした処で、後ろからおっとりとした女性の声が掛かった。
振り返ると、そこには豊満な身体をシスター服に包んだ金髪の女性。この教会のシスター、ライカ・クルセイドだ。
良いタイミングだ。が、あと一分と少ししかない、手短に済ませてしまおう。

「すいませんシスター、これ無縁仏の様なものでして、といっても髪の毛一房と遺品が一つだけなんですが、そちらで供養していただけませんか?」

無縁仏とか供養とか、あきらかにキリスト教ではなく仏教臭いけど、他の言い回しが咄嗟に出てこなかったから仕方が無い。

「ええ、こちらで丁重に供養させて貰いますから、ご安心くださいな」

笑顔で受け取ってくれた。ここら辺インチキシスターだからそういった部分で緩いのかもしれない。

「ありがとうございます。では俺達はこれで」

姉さんと美鳥と共に、その場をそそくさと離れ、復興作業中の市民を避けながら人気の無い場所に移動する。
見られた処で何か困る訳では無いのだが、転位の瞬間を見られない様に人目を避けるのはもはや癖の様なものだ。

「卓也ちゃん」

道すがら、姉さんが俺に物言いたげな視線を送ってきた。
間違いなく、さっきの遺品の事だろう。トリップ百戦錬磨の姉さんからすれば、随分と無駄な行為に見えたかもしれない。

「魔導ダイナモのお礼みたいなものだから、次の周からはやらないよ」

「んーん、卓也ちゃんはまだ十回もトリップしていないもの。そういうのも、悪くないってお姉ちゃん思うな。そういう顔、してるでしょう?」

確かにそういう顔をしている。つまりは意外な事に許してくれた訳だ。
まぁ、トリップ先の人間に感情移入してはいけないと直接言われた訳でも無いし、注意されると思ったのは過敏だったかな。
姉さんもトリップ始めた頃は普通に友情とか育んでいたみたいだし。トリッパーにも友情はあるんだー! といった感じなのだろう。

「お姉さんから見たら、お兄さんもあたしも、まだまだ登り始めたばかりだからなー」

「ああ、このトリップ坂をな……」

「ミカン食べたいな」

さて、次の周では、もう少し頑張ってカリキュラム受けてみようか。学術調査に積極的に同行するのも悪くない。
何しろ時間だけは無駄に大量にある。修行と並行してマンネリ回避の手段も色々と講じておかなければ。

―――――――――――――――――――

クトゥルーの砲撃の余波で荒れ果てた教会に、仮設住宅で生活するのに必要な日用品などを取りに戻ってきたライカは、唐突な依頼に困惑していた。

「なんだったのかしら、あの三人組……」

割り当てられた仮設住宅の中で、東洋系の、多分九郎と同じ日本人の三人組から渡された箱を前に首をひねる。
思わずここまで持ってきてしまったが、どちらにしろあの教会の周辺には墓地が存在していない。
箱の中身が危険物で無い事を確認した上で、今回の事件の被害者の内の一人として集合墓地に入れられる事になるだろう。
自分が頼まれたモノだし、他の神父さんシスターさん達は他の死者の埋葬や祈りなどで忙しい。正規のシスターでない自分も、こういった作業をおこなうべきだろう。
そう思い、ライカは机の上に置かれた箱の蓋を空け、

「え──」

目を見開いた。
箱の中に収められていた遺品は、仮面。
自らの変身する戦士、メタトロンと同じデザインの、しかし漆黒に染まり、ひび割れて欠けた仮面。
メタトロンと対になる黒の戦士、サンダルフォンの仮面だ。
そして、仮面を被せられ隠れていた、一房の髪の毛。
ごわごわとして男っぽい、茶色の、ライカ・クルセイドの弟、リューガ・クルセイドの遺髪。
箱の中から、仮面と髪の毛を取り出し、胸に抱きかかえる。
仮面と髪を取り出された空き箱の中に、ぽたり、ぽたりと、

「お休みなさい、リューガ」

涙が落ちた。





【二周目に続く】
―――――――――――――――――――

ループ初期設定だから、色々と想像で補うしかない部分は独自設定
色々とツッコミどころが多いデモベ編一週目終了の第四十話をお届けしました。

尚、ラストのシスター・ライカが目を見開く辺りから機神飛翔のエンディングから、いとうかなこで『Roar』でも掛けて頂くと曲の雰囲気に誤魔化されていい感じの場面に見えるかもしれません。

今回のあらすじテレビくん十三月号風。
壊(こわ)されたアイオーン(あいおーん)に変(か)わる新(あら)たな戦士(せんし)、デモンベイン(でもんべいん)!
アイオーン(あいおーん)のパーツ(ぱーつ)と合体(がったい)して戦(たたか)うんだ!
デモンベイン(でもんべいん)の必殺技(ひっさつわざ)が炸裂(さくれつ)、敵(てき)のデウスマキナ(でうすまきな)はいちころだ!
つまり、テレビ版とは展開が違う幼年雑誌のやたら振り仮名の多い解説漫画でも読むような、広い心でお楽しみください。

以下、突っ込まれそうな部分を自問自答。
Q、姫さんがデモンベインに関して事務的過ぎない?
A、原作よりも遥かに早い段階で覇道鋼造が死に、デモンベインについて祖父本人からではなく人づてで知らされた事、原作よりも長い期間覇道の総帥をやっているので原作よりも人間的に熟成している事などが原因。
Q、原作との時間のズレ。
A、時間と空間とが通常空間とは隔絶された秘密図書館の中では、外での半日が二日三日に伸びたりしてもいいじゃあないですか。設定少ないし。
Q、クラーケンが破壊されてからクラウディウスの襲撃まで時間掛かり過ぎじゃね?
A、今回、というか、ここまで覇道財閥に殆ど出番が無いので、デモンベインの場所を探すのにも時間がかかったとかで勘弁。
Q、黒いボウライダー?
A、まだ完全には鬼械神が召喚できないので。
Q、ファイルロード!
A、フサッグァ・ナパーム! みたいな武器名とくっつけて感じで使おうかと思ったけど、ほんの少しだけ冷静になって止めた。ファイナルアタックするかは未定。
機械的に記述を管理してそれを読みこむ形で使うとか何とか、あるいはCDかDVDに焼いた魔導書をサポAIの口に突っ込んで鬼械神召喚とか。
本編で説明するかは未定。

ようやく、ようやく一週目が終わった……。次からは容赦なく飛ばせる。飛ばせるんだ。
二周目以降はダブりイベントはやりません。何かしらの差異が無ければ描写する意味も無いと思うので。
二周目はほんの少しだけ日本で創作者の思考のノイズ説明とか、大学への入学方法の違いだとかやってから、只管に学術調査同行編。
後々の展開の為に、シュリュズベリィ先生とかハヅキとかの好感度稼ぎまくりです、お楽しみに。

今回もそんな感じでお別れのお時間。
誤字脱字に文章の改善案、設定の矛盾への突っ込みにその他諸々のアドバイス、
そしてなにより作品を読んでみての感想、短くとも長くとも、短くも長くも無くとも、心よりお待ちしております。



[14434] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/01/21 01:00
────そして、目を覚ます。
唐突な目覚め。なにしろ眠りについた記憶も無いのに、俺はパジャマを着た状態で布団に潜り込んでいたのだ。
これを持って唐突な目覚めとしなければ一体他の何が唐突な目覚めと言えるだろうか、いや言えない。反語。
今は無きミスター塩沢を偲びつつ、上体を起き上がらせ部屋を見回す。分厚いカーテンが朝の陽ざしを遮り室内は薄暗いが、それでも部屋の内装は良く見える。
そこに見えたのは二年半かけて親しんだ洋風のアパートの一室、ではなく、どこか元の世界の実家を思わせる様な、日本では極々一般的な中途半端な広さの個室。
二次創作デモンベイン世界における鳴無家、その二階に位置する俺の部屋である。

「くぁ……」

欠伸をしつつ立ち上がり背を伸ばし、布団を畳む。
不思議な事に布団はつい昨日干したばかりであるかのようにフサフサ、もといフカフカである為、畳んで押入れに入れておくだけでいい。
伸ばした触手で押し入れを開け布団を放り込み、朝日の光を遮っていたカーテンを開く。
窓から見える外の風景も、電信柱が木製である事、千歳さんの家や駐在さんの交番が無い、むしろこの家以外に民家も道路も畑も無い事を除けば大体元の世界と一致している。

「って、どこが一致してるんだそれは」

しいて言うなら空と空気と大地がある事だろうか。
どうにも人生初逆行という事で脳味噌が混乱しているらしい。
本来のスペックを全て出し切ればこの現象、しいて命名するならそう、逆行酔い(逆行後一ターン行動不可となる)にかかる事も無いのだが。
だがこれも人間らしさを忘れない為には必要な事だし、このもどかしい感覚も嫌いではない。
何はともあれ、無事に何事も無く栄えある二周目初起床を済ませる事に成功したのだ。
ここは堂々と二周目初洗顔と二周目初歯磨きと二周目初朝風呂を済ませ、二周目初朝ごはんをみんなで頂く事にしよう。
俺は朝風呂を浴びる為に下着を持ち、洗面所へ向けて移動を開始した。

―――――――――――――――――――

洗面所に行くと、パジャマ姿の美鳥が顔を洗っている所だった。

「おはよー」

「おはよー」

軽く挨拶を交わし、洗面所が塞がっているのでまず風呂に入ろうとした俺の視界に飛び込んできたのは、洗濯かごに入れられた女性モノの下着だった。
ブラのサイズを見て、タオルで顔を拭いている美鳥の胸元を見て、再びブラを見る。
──サイズ的に見て、間違いなく美鳥の物では無い。
だが、ここで姉さんの下着であると考えるのは早計である。
何しろこの世界は這い寄る人のテリトリー、ここで何の脈絡もなく新原さんや銀髪あほ毛美少女や黒髪胸元どばーんな美女が風呂から登場し『やあ、何を隠そう私です』などとのたまい始める可能性も無いではないのだ。
いや、それならまだしも、万が一風呂場から出てきたのが地球皇帝であったのならば恐ろしい事態になりかねない。彼は這い寄る人の一形態である為、唐突にここに現れないとは言い切れない。
魔術師は通常、魔導書が無ければ殆どただの人になり下がってしまうという、テッカマンと似た様な存在だ。
が、しかし。逆十字程の魔術師ともなれば魔導書を物理的に持ち運ぶ必要はなく、空間を切り裂いて取り出したり、光の粒が集まって魔導書になったりとカッコいいエフェクトでもって魔導書を召喚できてしまうのだ。
するとどうなるか。俺は朝っぱらから全裸の黒人神父と向き合い戦わなければならないのである。
何しろこの最悪の予想が当たっていた場合、バリトンヴォイスの黒人神父はその衣装の下に、大きめのブラジャーを装着しているという事になる。
そして、胸元に手を当てながら『守られている感じがしますね』と爽やかな笑みで決め台詞。白くキラリと輝く歯。
恐ろしい話だ。もしそうなら俺の心と世界の平和の為に戦わなければならない。
勝てるかどうかではなく、戦わなければならないからこそ戦うのだ。戦わなければならないからこそ戦いは産まれるのだ。
勝つか負けるかはともかく、真っ先にブラジャーは事象の地平の彼方へと消えて貰う事になるだろう。
そもそも家に上がりこんでいて欲しくないし、姉さんがいる時点で家には上がれないと思うのだが、万が一という事もある。
ここまで考えるのに僅か千ミリ秒。
生唾を飲み込み、俺は遂に意を決して、風呂場に向けて確認の声を放つ。

「姉さーん、そこに居るのー?」

「ここに居るよー」

風呂場から姉さんの間延びした声が返ってきた。
良かった、本当に良かった……!
その場でフローリングに膝を付き、この世界では間違いなく天に居ないであろう善性の神に向け、感謝の祈りを捧げる。
やはり平穏はここにあった。青い鳥は何時だってスタート地点裏手に存在するのだ。
スターと地点からすこし下がると崖から落ちてゲームオーバーになる様なファミコン初期の某横スクロール格闘アクションの様な罠こそが希少であり、通常出発点に存在するのは無上の平穏と無償の温もりなのである。
となれば、これから俺はいかなる行動をとるべきか。
まず気付いたのだが、洗顔と入浴では顔を洗うという行為がダブってしまう。
美鳥は既に顔をタオルで拭き終えている為、風呂に入る代わりに顔を洗うだけで済ませるのも一つの手だろう。
だが待って欲しい。あの風呂場には今、姉さんが入浴している。
そう、あの曇りガラス一枚の向こうには、眩しい眩しい夢があるのだ。
常日頃から姉さんの裸体を見る機会は多くあるが、姉さんがこの時間帯に起きて朝風呂を浴びているというのははっきりと異常事態だ。
その珍しさときたら、しいて言うなら惑星大直列だとかグランドクロスだかが並行する数億の異世界で同時に発生する程に珍しい。
いや、少し言い過ぎだが、とにかく珍しい事態なのだ。
そして、家の風呂は換気扇もあるが窓もある。
ほんのり暗く、しかし窓から差し込む朝の柔らかな日差しが、入浴中の姉さんを照らす。
──素晴らしい。入らない訳にはいかないだろう。
姉さんは一度風呂に入るとそれなりに長い時間湯船に浸かっている為、今から俺が途中入場しても十分な時間一緒に風呂に入る事が出来るだろう。
全く、二周目開始早々こんな望外の幸運に恵まれるとは、一体何処の冒険が挑戦を連れてきたのだろうか。
ともかく、これで洗顔と入浴のどちらを取るか、という問題は解決した。
風呂が俺を呼んでいる。そしてそこには産まれたままの姿の夢の様な姉さんが居るのだ。
ここで風呂に入るという選択肢の他にも、確かに正解はいっぱいあるだろう。
だが、俺はここで姉さんと風呂に入る、という以外の選択肢は存在しない物として扱って構わないだろうと考えている。

「美鳥も一緒に入るか?」

俺は瞬時に服を脱ぎ棄て、何故かジト目の美鳥に向けて一応の確認を取った。

「……この数秒の間にお兄さんの脳内でどんな会議が開かれていたかはなんとなーく予想が付くけど、風呂桶のサイズを考えて遠慮しとく」

―――――――――――――――――――

何事もなくごくごく一般的な風呂場での姉弟の触れ合いを楽しんだ後、朝食。
二周目最初の朝食は大量のコロッケ、すなわち、いっぱいコロッケで幕を開けた。
冷蔵庫の中に、昨晩造られたとおぼしきコロッケのタネが大量に放置されていたからだ。

「一体、俺達がトリップする前に誰がこのコロッケを仕込んでおいたのか解き明かす必要があると思う。思うけど」

「不思議ともっともっと食べたくなるね」

朝から揚げ物、というのもいかがなものかと思っていたが、これなら毎朝食べても飽きないかもしれない。
何処となく昔食べた事のある味の様な気もするが。

「たぶん、千歳のイメージのせいね」

「なひて?」

姉さんの答えに、美鳥がコロッケを加えたままで問い返す。

「千歳はいっつも家にジャガイモを置いて行くでしょ? そうすると、千歳の中には『いっつもジャガイモ押しつけてるから、常日頃からジャガイモを余らせているに違いない』って思いこみが生まれるの」

「ふむふむ」

「で、そういった細かな思い込みが千歳の頭の中で構成されたこの世界に混入していて、この世界にあるこの家と関連付けが行われた、と考えるのが一番自然ね」

なるほど、無意識レベルでの思考が二次創作世界を構成する材料に使われる訳か。

「じゃあ、ジャガイモが残らずコロッケのタネになっていたのはー?」

「千歳の好物だから、かな」

「そこはあやふやなのか」

まぁ、千歳さんがルー濃い目の辛口カレー以外でまともに美味しく食べられる唯一のジャガイモ料理だし、カレー以上にジャガイモを大量消費できる料理なので仕方が無いといえないでもない。
大皿の上に乗っていたコロッケを一つ箸で摘まみ、齧る。
ジャガイモの割合は市販のコロッケに比べて少なめで、ミックスベジタブルや玉ねぎ、ひき肉などの分量が多いのも間違いなく千歳さんの好みによるものだろう。
言われてみれば、昔千歳さんの家で食べた事がある味のような気もする。
無意識レベルでの思考がストーリーとは関係無いこういった造りこみの部分に反映されるのなら、この世界のアーカム以外の土地は千歳さんの趣味や偏見によって構築されているに違いない。
……まさか、地球のあちこちではアーカムに関わりない部分でガンダムファイトが行われていたりするのだろうか。
いや、宇宙にコロニーを作って移住するにはこの世界は人間に厳し過ぎるし、デモンベインの二次創作と姉さんが注文したからには流石にそういった露骨なクロスオーバーはおこなわれていないだろう。
とはいえ、ストーリーに絡まない部分では他作品からのクロスオーバーキャラにしか見えないキャラが紛れている程度の事は考えられる。
一週目で欲しい物が結構手に入って余裕があるし、二周目はそういったレアなキャラを探してみるのも面白いかもしれない。

―――――――――――――――――――

さて、無事に何の脈絡もなくループに成功し、この世界にトリップした時と同じ日に戻ってきた訳であるが、今直ぐにアーカムに渡りミスカトニックに入学できる訳では無い。
陰秘学科は外に対してどころか、同じ大学の生徒にすら秘されている為、入学願書を送って試験を受けたら即入学とはいかない。
前の周の大十字九郎=覇道鋼造の推薦で入学できる大十字九郎はともかくとして、基本的に陰秘学科に入学する連中というのは邪神眷属や魔術結社絡みの事件に巻き込まれてどうにか切り抜けたか、自ら世界の裏側を知る機会を得たかの二択となる。
変則的な例では、考古学の実習中にうっかり邪神眷属の神殿に踏み入ってしまったから転科しただとか、不可思議な遺体の解剖実習中に、うっかり死体から変容した怪異と遭遇、どうにかこうにか切り抜けてから転科こそしないものの関わり始めた、なんて話もある。
とりあえずの戸籍こそあるものの、海外の学校に対するコネなぞ欠片も持ち合わせていない俺達が陰秘学科に入ろうと思うならば、積極的に各地の邪神眷属の拠点を潰して回りながらミスカトニックからの接触を待つか、さもなければ偶然学術調査中の教授とエンカウントするのを待ちながら暴れまわるしかない。
が、それも前の周までの話に過ぎない。
今の俺達はトリッパー兼逆行者、トリッパー兼『逆行者』なのだ。
それはもう、原作知識があっても普通は知り得ない様な事だって、前の周で体験済みである為に知っている。
俺達は前回と同じく、例の神殿に教授が来るタイミングを見計らって暴れれば良いだけだ。

「まぁ、教授があの神殿に踏み込むまで一月くらい時間がある訳だが」

「あのルルイエ異本の写本程度なら完全に制御できるから、わざわざ取りに行くうま味も少ないんだけどねー」

「美鳥ちゃん、『うまあじ』じゃなくて『うまみ』ね」

「えぇ? だってとしあき達が」

「喰いタンでも読めば自然と読み方が分かると思うけどな」

うまみー! とは叫んでも、うまあじー! とは叫ばないのが普通だ。いや、普通はどちらも叫ばないが。

「無理やり話を戻すけど、前とは別のルートで行けばいいんじゃない? お姉ちゃんね、前すごくパチモノ臭い魔術師を見つけたの。エア魔導書を使う姉弟なんだけど、その姉の方が人間にしては恐ろしく腕っ節が強くて──」

「鳴無さーん、郵便でーす!」

気を取り直した姉さんの提案が、郵便屋さんの威勢の良い掛け声で遮られた。
遠ざかるバイクの排気音を聞きながら、三人揃って玄関の方を向き、首を傾げる。
前周のログを漁ってみても、このタイミングで、というか、この家を出てアーカムに移住するまでの短い間、一度たりとも客人や郵便物が来た記録は無い。
思い当たる節があるとすれば……

「あみあみだろうか」

「バレモンかしら」

「メロンブックスも捨てきれないね」

全員心当たりがあるようだが、少なくともここは元の世界では無いので注文の品が届く訳が無い。
そして、少なくともこの世界においてこの時代のこの付近は未開拓にも程がある森の中だ。
並大抵の相手であれば、郵便物を届けようという気にもならない。というか、無事にあの郵便屋さんが辿りつけたこと自体が奇跡と言ってもいい。
一体、どこの酔狂な輩が何を送りつけて来たのやら……。

―――――――――――――――――――

郵便受けにねじ込まれていたのは、二つの分厚い封筒だった。
大判の、それこそ設定資料集が余裕で収まってしまう程の大きさの封筒の宛名は、『鳴無卓也』と『鳴無美鳥』の二つ。
少なくとも爆発物でも魔術的なアーティファクトでも無いのは確認済み。
いや、むしろ既に開封済みなのだが、その中身が問題なのだ。
美鳥がおもむろに封筒の中身を取り出し、内容を読み上げた。

「『捕大作』」

「もっともらしい表情で大ウソを吐くな」

まともに読み上げ無かったので自分で内容を確認する。
封筒の中身はミスカトニック大学の入学願書一式と、一通の手紙。
手紙の内容は、いくつかの条件を呑めば学費免除、更に生活費付きでウチの大学に入学できますが如何か、という様な内容であった。
差出人はミスカトニック大学の学長だが、話の裏にもう会えない元先輩の影が見え隠れしてしまうのもご愛敬。

「卓也ちゃん、どうするの? せっかくだから誘いに乗ってみる?」

「うぅん」

正直な話、気のりしない。
こういう話が出てくるとい事は、元先輩が少なからず俺の有用性の様なものを見出して援助してくれるという事なのだろう。
実際、俺がした事と言えば、手を出さなくてもいいところで手を出して、自分が居なければどうなっていたかとか思わせただけに過ぎない。
何しろ、俺が居なかったこれまでのループでもどうにかこうにか最終決戦に持ち込めている筈、いやむしろ、全ての元凶である黒幕の目的が達成されるまでは、どう足掻いたところでリタイアすら許されない。
そう、先輩、大十字に対するフォローというものは、実はトリッパーはする必要性が皆無なのだ。
やはり姉さんから聞いた言葉の通り、トリッパーはトリップ先の存在にとって、何より先に天上の神に似たものであるらしい。
第一に歓喜を語るに良い、第二に不平を訴えるに良い、第三に、居ても居なくても良い。
現実定住型トリッパーにこのジョークを言うとドッカンドッカン湧かせる事が出来るというのは姉さんの言だったか。閑話休題。
さらに言えばこの話、俺にもあまりメリットが無い。

「正直な話、秘密図書館にはあんまり用事が無い。あそこの虎の子のラテン語版はもう持ってるし」

「それに、こういう特別待遇で入学すると舐められたりするものねぇ」

「前回は最初からシュリュズベリィせんせのお墨付き貰ってたからねー、戦闘だけは」

そう、前回はそれが大きかったのか、ある程度の実力が無ければ参加も許されないような学術調査に何度か誘われた事があるのだ。断ったが。
だが姉さんのいう通り、そういったイベントも無しで特別扱いで入学したりすれば、学術調査に誘われる事も無くなってしまう可能性が高い。
極上の魔導書の記述が手に入った今、俺達が身に付けるべきは魔導書の実践的な運用理論だ。
そして、それを学ぶのに最も適した教師はシュリュズベリィ先生を置いて他には居ない。
俺は二つの封筒を手に取り、中身の願書と手紙ごと真二つに引き裂く。
更にその真二つに裂かれた封筒二つを重ね、もう一度引き裂き、最後にプラズマジェットで燃やした後にマイクロブラックホールに放り込み消滅させた。

「遠くアメリカからやって来た書類は、配達事故で俺達の所には届かなかった、という事で。姉さん、超人姉弟の話の続きをお願い」

「つうか、この世界で妖怪変化の類と共存なんてできそうに無いけど、そこら辺の思想とかはどうなってんの?」

「うん、その姉弟は揃って魔術による肉体改造をしてるんだけど──」

―――――――――――――――――――

◆月◆日(激動の一か月終了!)

『二周目開始からの一月は、それなりに慌ただしい物となった』
『大学からの誘いの手紙を見なかった事にして、一周目のとは違うルートで日本の怪しげな遺跡を攻略しつつ、未知の魔導書やアーティファクトを手に入れていく事になったのだが、一周目とはまた違った様々な困難が俺達を待ち受けていたのだ』
『出発から三週間ほどした頃には、姉さんの言っていた魔術師の姉弟も確認した。この世界で妖怪に該当する存在のエグさから色々と嫌な予感はしていたのだが、その嫌な予感は杞憂に終わった』
『今なら凄腕の魔術師という姉さんの言にも頷ける。その姉弟は心も体も人間の範疇から外れており、そのお陰で人間の魔術師では越えられないハードルも軽々と乗り越えられてしまうのである』
『しかし、外道の術により超人と化した姉弟ではあるが、彼等は時折現れる怪異などから檀家の人々を守り抜く正義超人だったのだ』
『なお、モデルとなったと思われる姉弟は弟の死により姉のみが超人と化していたが、この世界では姉弟揃って超人と化していた』
『と、いうのも、弟はただ死んだ訳ではなく、この世界特有の術式を組み込んだ即身仏になっていたらしい。ティベリウスの様な発酵系の不死ではなく、乾物系の不死を得る為の儀式だったのだとか』
『が、姉はそれを知らされておらず、超絶的な魔術の腕前を持つ弟ですら死んでしまうのだと恐怖を感じ、弟とは別の方法で自らの身体を不死身の超人へと変じさせたのだ』
『そんな美女と乾物の姉弟魔術師とは、不幸なすれ違いにより最初は敵対関係になってしまい、空飛ぶ船型鬼械神VS魔術理論搭載ボウライダー黒のデスマッチが開始された』
『しかし、そこはVSもののお約束(戦隊モノのVS物とか、真ゲッターとネオゲッターとか)、直ぐに共通の敵がやってきて、戦いの中で和解する事に成功した』
『巨大な下級邪神との戦いを経て、最後には超人姉弟のお手製残虐ラーメン(材料は麺のみドイツ製らしい。すごくおいしい)をみんなで食べてスタッフロールとエンディング』
『スタッフロールが流れる脇で、別れた後の俺達と超人姉弟の日常とかが流れに流れ……』
『気が付くと、一周目にシュリュズベリィ先生と出会った神殿付近の港町へと辿り着いていた』
『しかも、シュリュズベリィ先生が件の神殿に現れる二日前に』
『これにはさしもの水瓶座の俺もセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられない』
『たとえ、すっかり忘れそうになっていた『トリッパーは対策を施さない限りイベントに引き寄せられるの法則』のお陰であるにしても、だ』
『前回俺と美鳥が神殿に蔓延る〈深きものども〉へ、大好きな殲滅戦を仕掛けたのは三時のおやつを食べ、三人で大きなベッドでゴロゴロ昼寝をした後、つまり夕飯前くらいの時間だった』
『が、少なからぬ世界のぶれによって、シュリュズベリィ先生の来訪が早まったり遅くなったりする可能性も無いではない』
『今日の所は早めに眠って、明日は朝ごはんを食べたらすぐ仕度を整えて出発、何時間かかけてゆっくりと〈深きものども〉を皆殺しにしに行こう』

―――――――――――――――――――

そんな訳で、始まりの朝である。
仮にもここは近場に海系の邪神の神殿がある港町である為、インスマンスの如き魚面の住人達が夜中に仕掛けてきたりもした。
しかし昨日日記を書き終えた時点で既にこの宿屋の住人は分子レベルで分解された後にトイレに流されている。
厨房も厨房に繋がる食堂も綺麗にリフォームされており、怪しげな宗教に嵌まっているだろう魚面の料理人や他の客はもう居ない。

「今お兄さんが、『お陰で俺は、安ホテルの朝にも関わらず姉さんの手料理に舌鼓を打つという至福の時を迎える事が出来たのだ』とか考えている気がする……」

「人の心を読むのはマジやめろよお前」

因みに、俺の表情筋や身体を覆うオーラの揺らめき、これまでの俺の言動パターンのデータベースからの類推によるサトリごっこが美鳥の最近の密かな趣味であるらしい。
言動のサンプルが無い初対面の相手の心を完璧に読み取れる様になるのがひと先ずの目標であるとか。
あえて読心系の能力を開発するのではなく、莫大なシミュレートなどの科学的な手法で結果を出す、という辺りに拘りがあるらしい。

「朝から家族間コミュニケーションが活発なのは良いけど、出撃の準備はできたの? 造り出した武器や防具は、装備しないと意味が無いからね?」

「大丈夫だよ姉さん、俺達の身体は全身これ狂気、もとい凶器。つまり武器腕とか武器内臓胴体とかだから」

両腕ブレードとかかなり伊達や酔狂の武器だと思う。
因みに、姉さんも最近は改造ラブプラスの修羅場編(三人分のクリアデータを作らずとも、恋人にするまでの過程で幾度も修羅場が発生する特別仕様)を、主人公のコンテニュー無しで生き残らせる方法を模索している。
ちなみに、ゲームのデータを改造してもセーブデータを改造しない、主人公有利な設定を作らないのが拘りなのだとか。

「一応、今回は野良魔術師設定で押して行こうと思うから。魔導書に、バルザイも持った」

「魔銃使っていいかな。クトゥグア二丁で火力無双か、イタクァ二丁で誘導弾無双したいなー」

「だめよ、美鳥ちゃん。あんな大層な魔術理論を使ってる癖に使用者がインスタント魔術師でも発動する様な武器使ってたら腕が落ちるわ」

「ちぇー」

一応、その場で生成する以外の武装を皆でチェックしつつ、考える。
これから何度ループするか正確な所は分からないが、今がループ三桁台である事は確認済みなので、原作通りの最後に突き進むのだとすれば、あと最低でも二千回以上はループしなければならない事になる。
これからも同じ期間をループし続けるのだとしたら、ざっと四千年以上はこの世界に居なければならないという訳だ。
カブのイサキの続きが気になるのに、それを見る事が出来るのはずうっと先の事。
元の世界から持ってきた娯楽ではとてもではないが暇な時間を潰す事はできない。ひたすら魔術の研鑽に時間を費やしたとしても限度があるだろう。
もしかしたらその内、生き足掻く人間の営みを見て滑稽だとか言って娯楽にしてしまう時期が来てしまうのだろうか。
そんな世に飽いたラスボスみたいな事を口走るのは御免被りたいので、俺も新たな趣味に目覚めてみるのもいいかもしれない。
……リリアン編みとか、どうだろうか。止め方知らないから何時までも続けられるし、作った分は異次元に放り込んでおけばいい。
とりあえずの目標は鬼械神が着れる巨大セーター作成で、次に地球人全員で一緒に首に巻ける長さのマフラーとか……。

「卓也ちゃん、大丈夫?」

ミレニアム単位で飽きない趣味の構想を練っていると、何時の間にか姉さんが心配そうに顔を覗き込んでいた。

「あ、うん。大丈夫大丈夫。ちょっと毛糸について考えてただけだから」

「いやいや、ダンジョンアタック前に毛糸に思いを馳せる理由がわかんねぇし。マジで大丈夫なん?」

「大丈夫よ」

美鳥の疑わしげな声に、俺では無く何故か姉さんが答えた。
そんな姉さんと顔を合わせ力強く頷き合い、いぶかしげな美鳥に笑いかけ、窓の外を見る。
魚面の住人がのそのそと働く陰気な街。だが、日の光が照らす海は一時的に真夏の様な照り返しを見せていた。

「そう、大丈夫。なにせ俺達」

待ってるから、大好きな殲滅戦が待ってるから──

「トリッパーですから」

「上手く纏めたつもりでも第二部はでねぇよ」

「第一部完の文字は編集部が勝手に入れたものなのよね、たしか」

別に構わない。バスケと言えば俺の中ではボンボンでやってたやたら頭身低い子供が主役のバスケ漫画だし。
タイトル覚えてないけどな。

「それじゃ、はい」

コントが一区切りついた処で、姉さんが俺と美鳥に布でくるまれた箱状の──端的に言って弁当を渡してきた。
弁当箱の中身は食べる寸前まで見ないという曲げることのできない大宇宙の法則に乗っ取り透視こそしないが、包みの中には弁当だけではなく小さな包みが入れられているのに気が付く。
重量的にみて焼き菓子か何かだろうと思われる。

「とりあえずお昼の分に、簡単なのだけど三時のおやつも入れておいたから」

「つまり、夕飯までには帰って来いってこと?」

「ん。卓也ちゃんが帰ってくるまでお姉ちゃん夕飯食べるまで待ってるからね?」

そう言われては遅くなる訳にはいくまい。一人飯も悪くないと思うが、できれば家族が揃っている時は団欒を楽しむべきだと思うし。
とりあえず、シュリュズベリィ先生が五時頃までに神殿に来なかったら、この周はミスカトニックでの勉強は諦めよう。
間に合ったら、適当にミスカトニックに入れる様に未熟な魔術師的アクションで気を引いてみるという事で。

「じゃ、いってらっしゃい」

「うん、いってきます」

「ます!」

姉さんに見送られ、美鳥を伴い、俺は神殿のある沖合の孤島を目指した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

小さな島の地下に建造されたその神殿は、本来祀る神とは縁も所縁もない神道系の建築物──神社を置き、その存在を巧妙に隠していた。
いや、その神社は只のカモフラージュの飾りではなく、餌の役目も果たしていたのだ。
表側の神社目当てにやってきた異教の輩を捕え、神への供物としてささげ、またある時は繁殖の際の苗床として利用する。
その餌場としての機能こそが、邪神狩人ラバン・シュリュズベリィがこの神殿の所在を掴む切っ掛けとなったのは当然と言えば当然の結果だった。
ルルイエ異本が日本の何処かに存在しているかもしれないという情報だけを頼りに各地を転々としていたシュリュズベリィは、怪しげな漁港と行方不明者が多い神社の噂を聞きつけ、遂に秘密の地下神殿を発見する。
しかし、そこで待ち構えていた光景は、彼の想像とは少し違うものであった。

―――――――――――――――――――

整備された地下洞窟の闇の中、サングラスと掛けた一体の蛙と魚を掛け合せた様な顔の類人猿がしゃがみ込み、周囲に倒れている別の魚人の身体に触れている。

「ダディ、ここにも死体しかないよ」

そのサングラスの魚人の懐から、年若い、いや、幼さを残す少女のくぐもった声が響く。

「ああ、分かっているとも、レディ」

それに頷きながら、サングラスの魚人は立ち上がる。
明かり一つ無い洞穴の中を見渡しサングラスを外すと、自らの首元に指を差し込み、顔の皮をずるりと剥ぎ取った。
いや、その顔の皮は精巧に作られたマスクであり、首から下にも似た様な材質のボディスーツを着ているだけの様だ。
ひゅる、と一陣の風が吹き、身体を覆っていたスーツが微塵に切り刻まれ、遂に全身が露わになる。
壮年を通り越し、初老の域に足を掛けた老人。しかし、その全身からは覇気と、警戒心がにじみ出ている。

「どうやら、私達よりも早くここに辿り着いた、『同業者』が居るらしい」

老人──邪神狩人ラバン・シュリュズベリィが見渡した洞穴の奥に通じる道には、無数の〈深きものども〉の死体が延々と積み重ねられていた。
シュリュズベリィの懐から無数の紙の束が噴き出し、一人の少女の姿を形どる。

「同類であるかはわからないけどね」

魔導書『セラエノ断章』の精霊ハヅキが、いくつかの死体を視界に入れてから呟く。
通路に横たわる無数の死体、その状態から、殺害方法は斬殺と撲殺の二種類である事は分かる。
斬殺死体は、切断面が炭化、もしくは凍結しており、魔力の残滓も見てとれる。
恐らくは何らかの魔術的アーティファクトで殺害されたのだろう。
問題は撲殺死体の方だった。
こちらの死体には、一切の魔術的痕跡が残っていないのだ。
それだけではない。殴打された個所の反対側が吹き飛び、内容物の尽くを噴出させている。
そして、いくつかの原形をとどめている死体には、人間の物と思われる拳の跡が存在した。
粉砕された部位は構造的に脆い部分もあれば、頭蓋、心臓の上の胸骨など、高い強度を誇る部位もあった。
これらの死体から分かる侵入者の特徴を纏めるとすれば、こうなる。
魔術を使える、もしくは魔術的なアーティファクトを使いこなせる知恵を持ち、更にはなんら魔術的な要素を含まない単純な殴打で頑強な〈深きものども〉の肉体を力任せに粉砕せしめる、人間の様な手を持つ何か。

「やれやれ、これなら〈深きものども〉の魔術師が待ち構えている方がまだ分かり易いな」

撲殺死体からは、死体が元から持つ水妖の気しか感じる事は出来なかった。
何処かの軍隊が軍用パワードスーツの開発に着手したという話も聞いた事があるが、それならば打撃部分を人間の拳型にする理由も無い。

「ダディ、こいつら」

「ああ、どうやら、殺されてからまだ時間はそれほど経っていないらしい」

つまり、この奥にはまだ、〈深きものども〉を惨殺した未知の存在が居座っている可能性が高い。
シュリュズベリィはその事に対し気を引き締める様にサングラスを掛け直すと、ハヅキを伴い、ゆったりとした歩調で歩き出す。

「先客と出会ったらどうするの?」

一歩後ろを歩く魔導書の上目使いの問いかけに、老賢者は肩を竦めて答えた。

「まずは話が通じる相手かどうか、だな」

こつりこつりと足音を立てて歩く彼等を止められる生者は、この洞穴の通路には存在しない。
常の学術調査ではありえない状況に少なからぬ緊張と、未知の出来事への知識欲を刺激されながら、シュリュズベリィは洞穴──神殿の最奥部へと足を進めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

〈深きものども〉をのんびり歩きながら片端から片付け、もとい散らかしながら神殿の奥地に辿り着いた俺達が見た光景は、やはり二年と少し前に見た物と全く変わらない光景だった。
ダゴンを模したと思しき石像を天に、その下には生贄を捧げるなどの様とに用いられるのであろう祭壇。
そしてその中間程に位置する神棚の様な場所に安置されていた、最早複製を作り出すまでもなく一文字一句逃さずに暗記済みのルルイエ異本日本語写本。
インスマンス近くの神殿の様に、祭壇に続く巨大な階段状のピラミッドがある訳では無く、広間といっても小学校の体育館ほどあるかないか程度の広さしかない。
が、階段の代わりとでも言う様に円環状に置かれた石柱は、何かを召喚する、もしくは何処かへ繋がる門を作成する為の、魔術的に正しい配置にある。
あちらこちらに落ちている骨は〈深きものども〉のものとは違う、極々一般的な構造の人骨。
恐らくは旅行中に拉致され、〈深きものども〉の子供を孕まされた観光客の女性だろう。
あとは、少し前まで暴れていた〈深きものども〉のバラバラ死体。
ここにはそれしか無い。この光景を見たのは二度目だが、本当に直ぐに飽きてしまう光景だ。

「分かっていた事だけどさ、ここの連中ってすっげぇ時化てるよね」

愚痴をこぼす美鳥はうんざりした様な顔で、切り飛ばした〈深きものども〉の肉片がこべりつくバルザイの偃月刀を、魔力を込めながら一振りする。
すると、偃月刀に込められた灼熱の魔術が起動し、強度の問題で通常の金属では得られない様な熱を帯びた刀身が、こべりついた肉片や血液を灰にしてしまう。
そして、脚元に転がる〈深きものども〉の死体を、綺麗になった偃月刀の先端でいじり始めた。
最初の内は〈深きものども〉の身体の構造をフューチャーだー! とか、理解不能のハイテンションで綺麗にパーツを腑分けしていたのだが、それも三体四体と捌いている内に飽きてきたらしい。
もう美鳥は手持無沙汰の時に髪の毛の先を弄る程度の感覚で〈深きものども〉の死体に刃を付きたて切り裂き、その感触のみを楽しんでいる。

「景気がいい連中なら、態々こんなアメリカ視点で辺境の島国に流れてこないだろ」

日本語写本の出来からして大陸経由か海路だろうし、元の生息地域から考えればとんでもない長旅だったに違いない。
俺は美鳥をぼうっと眺めながら適当に答えた。
先ほどまでは無尽蔵なのではないかと疑いたくなるほど湧きだしていた〈深きものども〉はぴたりとその姿を消し、何処へともなく消えていってしまった。
小説版的な展開だとすればここでクトゥルーの捕食用触手が現れてくれてもいいのだが、連中が消えて十分程経過してもそんな気配は微塵も無い。
せめてあのダゴンの石像をよりしろにしてダゴン君が出てきてくれてもいいのだが、残念な事にあの儀式をここの粗悪な劣化コピーのルルイエ異本で再現するのは至難の業だ。
そうでなくとも、シュリュズベリィ先生が早く来てくれてもいいと思うのだが、いったいどこで道草を食っているのやら。

「だいたいなにあの環状石柱、並びも石のサイズも成分も無茶苦茶、おまえら奉仕種族の癖にまともに『門』も作れねぇのかよっていう」

死体を突いていた美鳥のいちゃもんは遂に神殿内部の呪術用具にまで及びだした。
唯でさえ地域間の情報の流れが速く正確になるにつれて真っ先に淘汰されそうな連中にそんな期待をしても、などとは俺も思えない。
それだけ、ここの神殿としての価値は低い。邪神を崇めている形跡はあるが、それが身を結んだ事は無いのではなかろうか。
精々、観光客を拉致して自分達の子供を産ませたり、意味もなく祭壇の上でそれっぽい生贄の儀式『ごっこ』に精をだした程度か。

「だな。シュリュズベリィ先生辺りが見たら鼻で笑うんじゃないか?」

俺達も二年程度の短い時間とはいえ、ミスカトニックの陰秘学科に在籍していた事のある魔術師だ。
更に言えば、他に研究者の居なかった魔導応用科学を研究していたから贔屓されていた可能性を加味したって、秘密図書館にある程度自由に出入りさせて貰える程度には良い成績を維持していた。
この世界の目玉とも言える鬼械神を召喚出来ない様な有象無象とはいえ、力ある魔導書の類は山ほど読んだ。常人なら千度頭が狂って死んでも可笑しくない量だ。
完全な機神招喚ができる日を夢見て、邪神の召喚の術式に目を通した事もあるし、姉さんの監修の元で幾度か実験した事もある。
その経験から言えば──

「まずは」

並び立つ石柱目掛け、バルザイの偃月刀を投擲する。
ギャオ、と音を立てて飛んで行った偃月刀は、狙い違わず俺の狙っていた数本の石柱を切り倒した。
ブーメランのように戻ってきた偃月刀をキャッチし、剪定前よりも幾分こざっぱりした環状石柱を指差す。

「あの材質のまま行くなら、あの辺は真っ先に切除するべきだろう」

「うーん、でも深海にゲートを開く目的から考えればこうじゃない?」

美鳥が自前の偃月刀を投擲せずに、投げやり気味に振り回す。
振るわれた偃月刀の軌跡の延長線上に、電撃を纏った巨大な斬撃が走り、進路上の数本の石柱を砕き、そのまま神殿内部の壁に激突した。
神鳴流決戦奥義の収束版の余波で、不安定な神殿内部がぐらぐらと揺れ、天上からはぱらぱらと細かい水滴や石が落ちてくる。
当たった所で痛くも痒くもないが、服がぬれるのは気分が悪いので、偃月刀を傘に変化させて頭上に広げる。

「ほら、石柱だけじゃなくて、地面に引いたラインのお陰で門を開くという意図が強調された」

同じくちゃっかり偃月刀を傘に変化させた美鳥が環状石柱を指差す。その表情は何処か得意げですらある。
だが、俺とて大学での二年間を無為に過ごしてきた訳では無い。
美鳥のこの改造には荒がある。

「ラインも良いが石柱を潰し過ぎだ。ここまで簡略化したら、開門するのにそれなりの魔術師が必要になるだろうが」

効率だけを見た設計だから、門を開けるのが誰であるかをまるで考えていない。
ここの施設を利用するのが魚どもである以上、まともに頭を使わせるのは問題外なのだ。

「元の材料だけで考えるならこんなもんじゃねーの?」

「いや、そもそもここまで大規模改修するなら」

念動力で神殿内部の壁を崩し、適当なサイズまで崩したら風の刃でカッティング。
増幅の意味を込めた魔術文字を透かし込みで入れ、出力を抑えたレーザーで魔力を通り易くする為の風穴を開ける。
この工程を数度繰り返し、環状石柱の中に割り込ませた。

「ほら、ここまで弄ってやれば、最悪魔導書の内容の意味を理解できなくても発動できる」

新たに手を加えられた環状石柱を見た美鳥は渋い顔をしている。
苦虫を77回咀嚼させられています、みたいな顔だ。

「何そのどや顔。大体、新たに材料追加していいなら──」

―――――――――――――――――――

──そして、数度の改造が繰り返された。
辛うじて残った『追加素材は神殿内部のものだけ』という暗黙のルールに従い、神殿の内壁、祭壇、ダゴン像、更には人間や〈深きものども〉の死体までが超空間ゲートの材料に使用され、神殿内部は最初の面影を影も形も残してはいない。

「いやー、いい設計した」

「劇的なビフォーとアフターの差が美しいよね」

美鳥と互いの健闘をたたえ合う。
そう、神殿内部の何もかもを犠牲にし、遂に俺達は太平洋深海へのゲートを完全な物に仕上げる事に成功したのだ!
まぁ、新米ではないけど未だ達人級にまでは届かない魔術師の設計である為、クトゥルフの全身を招喚できる様なサイズでは無いが。
しかしこの大きさのゲートなら、間違いなく捕食用の触手程度なら十本近く通れるだけの大きさになっていることだろう。
このゲートの凄い所は最終的に僅か数分の間にこの状態に持って来られたことと、クトゥルフさんの気分次第で全自動でゲートを開いてくれるところか。
しいて言うなら、かつて教授が攻め落としたペルー大峡谷に存在する物と同じレベルにまでは持って行けた筈だ。
これ以上の改良を望むのなら、三、四周ほどかけて本格的に招喚魔術の修行や研究を行わなければならないだろう。

「それはともかく」

「うん」

「これ、なんで改良始めたんだっけ」

「余りにも出来が悪かったから、ついつい修正を始めちゃったんだよね。お兄さんが」

「そうか、許せ」

「たとえこの世の誰が許さなくても、あたしはお兄さんを許すよ。姉に誓って」

「ありがとう、お前は最高の相棒だ。ところで美鳥、神殿の内部が水浸しになりつつある」

「そりゃ、もうゲートは開いてるから当たり前やね」

ここまで繋がったゲートから入り込んできた〈深きものども〉のエルダーとか普通の魚とかを眺めながらの淡々とした会話。
お互い、何だかんだで改良された環状石柱に視線は釘付けだ。
まぁ、見なくとも鼻を使わなくとも、互いに冷や汗を掻いていることだけは察する事が出来る。
のそのそと未だ地面に引っかかって動けないエルダーを、ゲートから飛び出した蛇の顎の様な物が噛み砕いた瞬間、俺達の心は一つになった。

「逃げよう」

「うん」

入学の鍵となるルルイエ異本の写本だけは忘れずに、一目散にその場から逃げだした。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

シュリュズベリィは思う。今回ばかりは生徒を置いて一人で来て正解だったと。
数分の間に幾度となく神殿の奥から破壊音が響いたかと思えば、決壊したダムのように水があふれ出し、おぞましい水妖の気があふれ出し始めた。
数年前に生徒を連れて来た時も似た様な状況に陥った事はあるが、今回は調査では無く魔導書の探索なのだ。
危険だからと引き返すわけにもいかず、かといって生徒全員を守る事も難しい。

「やれやれ、先客が何事か起こしてしまったかな?」

言いつつ、既に膝上程にまで達した水の上を、風に乗り滑るように駆ける。
こう狭くてはバイアクヘーも使えず、機神召喚も洞穴を利用したこの神殿を崩落させる危険があるので使用できない。
もどかしいが、奥にあるだろう魔導書を確保しなければならない以上あまり無茶は出来ない。
結果、普段あまり用いる事の無い生身での飛行魔術を使用して移動しているのだ。

「ダディ、何か近付いて来る」

シュリュズベリィの飛翔を補助する為に魔導書形態に戻り懐にしまわれていたハヅキが声を上げた。
その声にシュリュズベリィが顔を上げると、成るほど、確かに人型の何かが全力疾走している様な動きで近付いて──出口の方に向かって走っているのが分かる。
典型的な、それこそ秘境を攻める探検隊の様な格好の二人組は、その背に魔力を帯びた刀剣を背負い、大きい方の人影が手に持っている年季の入った本からは微弱ながらも水妖の気が感じられる。
目標の魔導書、ルルイエ異本だ。そのプレッシャーの微弱さから察するに、出来の悪い写本だろうか。
更によくよく観察すると、彼等は『水の上を何のトリックも無しに走り抜けて』いる事に気が付いた。魔力の欠片も行使されていないのだ。
魔術も使わずにこの非常識、素手で〈深きものども〉を手並みに通じるところがある。まず間違いなく彼等が先客だろう。
一瞬、この水妖の気もこの二人組のせいかと思ったが、件の魔導書から感じられる気配は余りにも弱い。ここまでの術を行使できる様な上等なものでは無いだろう。
魔導書を持ち出した時に発動するトラップか。もしくは、あの二人組にどうにかされた元の魔導書の持ち主が殺される前に最後の賭けに出たか。
もっとも、直接事情を聞かない限りはどこまで行っても予測にしかならないのだが。
あっという間にすれ違い出口の方面へと向かって行く二人組に、シュリュズベリィは空気の足場を蹴り方向転換。
二人組の全力疾走も並みの車を遥かに超える速度が出ているが、水面という悪い足場である為か一定の速度が出ていない。

「問題は無い!! 十五キロメートルまでならば!!!」

二人組の大きい方、目つきの鋭い青年が美しい短距離走者のフォームで走りながら、自らを鼓舞するかの如く叫ぶ。

「やめろよーう、この状況で負けフラグを立てるのはやめろよーう」

二人組の小さい方、青年と似た様な目つきの少女が平坦な口調で青年を非難する。
割と余裕がありそうな二人組に追い付くのに、シュリュズベリィの足で十秒も必要無い。
先ずは挨拶。それから、この状況と彼等がどのように関わっているのか。そして、この事態を切り抜けたら、あの魔導書を渡して貰う為の交渉だ。
シュリュズベリィは簡単に現状を問う為の幾つかの言葉を頭に思い浮かべ、二人組の背に声をかけた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「ダディ?」

肩を揺すられ、自らの魔導書──ハヅキの声を耳にしたところで、シュリュズベリィは漸く自らがまどろみの中に居た事に気が付いた。
椅子から起きあがり、サングラスを掛け直す。

「……む、すまんね。どうやら眠ってしまっていたようだ」

ここは極東の〈深きものども〉が潜む神殿ではなく、覇道財閥からシュリュズベリィの学術調査隊に『動く拠点』として貸し出された巨大空母の一室。
学生の現時点での習熟具合を考慮し、なおかつ早急に手を入れなければならない怪しげな遺跡を一通り周り、半年ぶりにアーカムシティへと帰還している最中であり、決して迫るクトゥルフの捕食手から逃げている最中ではない。

「疲れてる?」

「問題児の『お守』も大変という事さ、レディ」

心なしか心配そうな雰囲気のハヅキの頭に掌を乗せ、口元に濃い苦笑を浮かべる。

「でも、居なければ居ないでもっと疲れるんだよね」

「そうだ、レディ。彼等は問題児でもあるが、そこらの学生よりは確実に優秀でもある」

だからこそ、最低限目の届く所に置いておき、なおかつ生徒には荷が重く、自分も手が離せない時は彼等に任せる場面も多くなるのだ。
彼等が何か起こさないか目を光らせる労力と、彼等が居る事で省かれる労力は差し引きで考えれば決して悪い方には傾かない。
ミスカトニック大学陰秘学科の学術調査において、彼等の存在感は良い意味でも悪い意味でも強い。

(しかし、あの二人も出会った頃に比べれば随分とましになったものだ)

先ほど見ていた夢を思い出す。
二年と少し前まで独学で魔術を学び、実践と修行の為に〈深きものども〉の巣穴にたった二人で突撃していた鳴無兄妹。
その危ういまでの行動力を危惧し、何時かの科学者の若者の様な道に走らぬ様にとミスカトニックに半ば囲い込む様に招き入れた。
彼等が一度大学側から招待を推薦を受けていた事は後で知ったが、知らぬ内に確保する事が出来たのは幸運と言っても差支えないだろう。
彼等のもともとの能力を見極めた後は、人類側の抵抗者としての心構えを説き、彼等の長所を伸ばす為に積極的に学術調査に同行させてもいる。
そのお陰かどうかは知らないが、彼等にもそれなりの協調性の様なものが見え始めてきたのだ。
これから三年、四年と学年が上がり後輩が出来れば、その傾向はさらに強くなるだろう。
自らが教え、導いた教え子の成長を想い、シュリュズベリィは、

「そうそう、タクヤとミドリからの伝言、『そろそろ姉さんが近付いてきたから早退します』『お兄さんがアネルギー切れ起こしそうだから付き添いで一緒に早びけー』だって」

「またか……」

シュリュズベリィは額に手を当て、深く溜息をついた。
アーカムが近付いて来ているとはいえ、まだ陸地が目視出来る距離でも無い。
まぁ、彼等──ではなく、鳴無卓也の姉に対する超感覚は今更としても、この海のど真ん中から彼等はどうやってアーカムに向かったのか。
搭載していた上陸艇を使用した、というならまだいいが、それは早く姉に会いたいと思っている彼が選ぶ筈もない選択肢だ。
同じ理由で海面を走って行ったという選択も無い。
では、以前開発し学術調査中も改良を続けていた魔導バイクか。
バイアクヘーには速度で及ばないまでも、シャンタク鳥の記述を搭載し、並みの戦闘機を軽々と凌駕する速度と圧倒的なコーナーリングに定評のあるあれならば、彼等も満足のいく速度が出せるだろう。
学術調査の役に立つからと乗せて、実際に幾度となく他の学生の命を救いもしたが、もしかすればこの時の為だけに積みこまれた可能性もある。
まぁ、色々問題はあるものの要領も良いし、空飛ぶバイクが見つかって騒ぎになる様な事も無い筈だ。
とはいえ、アーカムに戻ったからと言って現地解散とはいかないのがこの学術調査であり、許可も無く早退されるのは少々困る。

「大丈夫だよ、ダディ。なんだかんだで二人ともレポートは欠かさず提出するんだから」

「そうだな、そう考えれば、勤勉な生徒だと言えるか」

ただ少しだけ、そう、ほんの少しだけ家族愛が深すぎるだけで、それを除けば善性の人間なのだ。
だが、他の学生達の手前、何のペナルティも無しとはいかない。
シュリュズベリィは窓の外、アーカムの方角に顔を向けながら、早退した二人への罰を考え始めた。

―――――――――――――――――――

○月×日(特に書く事は無いかも)

『月日はクラッシュイントルードの様に流れ、二周目も終盤。これまで色々な事があった』
『シュリュズベリィ先生の紹介でミスカトニック大学に入学した直後は、破り捨てた入学願書について色々と聞かれ』
『同じ学年の気のいい連中と飯を食いに行き、気の良くない連中を酒に酔った勢いに見せかけて酒瓶で殴り倒し』
『講義では率先してディスカッションに混ざり、魔導書で理屈が分からない部分をシュリュズベリィ先生に質問し、学術調査では思う存分身体を振りまわして奉仕種族を嬲殺しにし尽くした』
『もっとも、最初は加減もせずにミンチにしていたせいで『これでは標本も作れないし解剖も出来ないだろう』とシュリュズベリィ先生に苦笑いされてしまったのだが、今となってはそれもいい思い出だと思う』
『こうして二周目を通しての活動で分かった事がある』
『それは、魔術師は魔導書以外から教わる事は余りにも少ない、という事だ』
『当たり前と言えば当たり前だが、これは思いもよらない盲点だった』
『なまじミスカトニック大学という教育機関がある為に、師を得て学ぶ物と考えてしまう』
『しかし、だ。この世界、デモンベインの世界における魔術という物には決まり切った絶対のルールが存在しない』
『このデモンベイン世界の魔術は世界のルールを書き換え改竄する。つまり、元からあったルールも新しいルールで上書き出来てしまうのだ』
『しいて例えるなら、小学生が鬼ごっこなどで行う『バーリア! もう触れませーん』『バリア無効ですー、はい触った。今触ったよこれー』みたいなやり取りを超高度な域で行っていると考えればいい』
『休み時間が終わって教師が教室に入場すると何もかもおじゃんになる=アザトースが目覚めると何もかもおじゃんになる。とか考えると更に分かり易い。正に諸行無常』
『……言い過ぎか。まぁそんな訳で、魔術を使う魔術師同士の戦いは、ゲームのネット対戦で互いにリアルタイムで改造コードを新たに打ち込みながら対戦している様なものだと考えれば分かり易い』
『ともかく、このミスカトニックで学べるのは魔術においてほんの触りの部分だけであり、それなりの位階に上ろうと思ったなら魔導書から自力で学びとるしかない』
『今しばらく、あと二、三周くらいは機神召喚の現場を観察する為にもミスカトニックに入学させて貰うつもりだが、それ以降は自力で魔術の研鑽を行うのが効率的だろう』
『我ながら気の長い話だ。その度に学術調査の為に姉さんと数カ月単位で離ればなれになるのも正直言って辛い』
『しかも、平気で二、三周とか言ってるけど、今までのトリップ先の世界で過ごした時間を遥かにオーバーしているんだよな』
『姉さんが同じ世界に居るからホームシックはありえないにしても、向こうの知り合いを思い出してふと寂しくなったりするのだろうか。イメージしてみよう』
『……すまない、隣町に住まう高校時代の同級生の横田君。君に塵骸魔京を貸せる日は、俺の主観時間で最低でもミレニアムが四回ほど訪れた後になってしまう。7で動くかは分からないし、古いOSの安いPCは用意できただろうか』
『大学卒業後に見事大手企業に入社し上京した葉山君。餞別として渡した、お姉ちゃんに命令されて眠れないCD、大事にしてくれているだろうか。きっと気に入ってくれるだろう、彼はMだった筈だし』
『隣の県に引っ越した我が同士、俺と同じく法に触れるレベルの近親好きの鈴木さん。君はもうお兄さんに押し倒して貰えただろうか、それとも押し倒せただろうか』
『なるほど、即座に思いつくだけでもこれだけ出てくるか。もうこの世界に来てから四年の月日が経過したというのに』
『意外と長期のトリップでもどうにかなるのかもしれない。心おきなく修行に励ませて貰うとしよう』

―――――――――――――――――――

そう、暫くはじっくりと学術調査で撃墜数を稼ぎながらの修業の日々になる筈だった。
しかし、現実はどうだ。今俺が居るのはどこだ。
そう、ミスカトニック大学秘密図書館だ。ぶっちゃけ、もうほとんど見る所の無い場所だ。

「つうか、まだ魔導書の閲覧許可も貰ってない気がするんだが、なんで司書代理なんだ?」

しかも、破損の激しい魔導書の修復作業まで任されるというのはどういう事だろうか。
俺達、今周は素性の知れない野良魔術師上がりの学生だよ? 書を持ち出されるとか、悪用されるとか思わないの?
つうか、仮にも力ある魔導書の癖に紙魚に食われてるんじゃあ無いよお前ら。紙魚もこんなもん食うんじゃないよ。
変な方向(エロゲヒロイン的な意味で)に突然変異起こしても知らんぞ。そうなる前に駆除するが。

「一応、一度は大学の方から招待されているしねぇ。援助を頼みこむ時に、何か言い含めてたんじゃないの? ほら、複製作ったり修復できるって知られちゃってるし」

俺の隣で作業をこなす美鳥が気だるげに答えた。
流石に、一度取り込んで内容も完全に記憶している様な魔導書を、只管分解して破損部分を継ぎ足して組み直す作業は堪える物があるのだろう。
俺はそんな美鳥の推理に納得しかけ、首を振る。

「……いや、その理屈はおかしい。あの時点で魔導書の修復が出来たからって、入学する前からそういう事が出来たとは思われないだろ」

「だからぁ、そういう方面の素質があるって思われてるんじゃないかって話ぃ」

組み立て直した魔導書の背表紙をばしばしと叩きながら、美鳥の言葉はしりすぼみだ。
いや、そうなるのも頷ける。この作業、正直言ってかなりだるい。
これが読み物として優秀な本であればまだいいのだが、残念な事にここにある魔導書は全て手元にあり、この二年で読破済み。
更に言えば、修復が必要な魔導書は記述の信頼性が低く、既に完全制御が可能なレベルの魔導書ばかり。読みなおす事で得られる物も少ない。
豆を皿から皿に移すだけの刑と本をひたすら写し続ける刑の小話があったが、これは本が関わっているにも関わらず豆系の罰則だろう。

「素質ねぇ……。そんな訳のわからんもんの為に、俺の貴重な放課後の時間が削られるのは納得いかんなぁ」

大十字九郎が覇道鋼造になった時点で、世界は幾度となくループしているものだと気が付いているのだ。
ならば、放っておいても鳴無兄妹はミスカトニックに来るものと思うだろう。
いや、そう考えればそもそも入学させる為に学長に推薦書を書かせる必要も無いのだ。
やはり完全に何もかもがループしているとは思え無かったのだろうか。

「早く帰って、姉さんとちゅっちゅしたいなぁ……」

天下の秘密図書館も二十四時間営業という訳では無いので、一応は定時になれば帰れる筈だ。
だが、今の時刻は四時少し前。今日の講義が午後一番の講義で終わって、それから一時間半程が経過した事になる。
これで利用者が来ればびしっとできるのだが、生憎と秘密図書館は並大抵の生徒では入る事は叶わない。
何しろ、ミスカトニック大学の中でも限られた人数しか居ない陰秘学科、その中で更に成績優秀なものにしか秘密図書館での魔導書閲覧の許可は下りない。
それこそ、そこらの大学、さもなければミスカトニックの秘密ではない図書館の方の様に、時間が出来たからちょっと寄って行こうか、なんて気軽に立ち寄れる場所ではない。
よって、俺達は今外出中のアーミティッジ博士からの言いつけを守り、宛がわれた魔導書の修復を黙々と続けなければならない。
そして、俺は修復する魔導書が無くなり、机の上に倒れこむ。
ここからはもうただ暇なだけの時間が始まる。取り込んである娯楽の品を取り出してもいいのだが、未だ美鳥はのんびりと魔導書を修復している最中だ。
別に何時までにやっておけというノルマがある訳でも無いが、手伝ってやるべきか。

「ん?」

「んーん」

また一冊の本を仕上げ終った美鳥が、俺の視線に気付き疑問符を浮かべ、俺はそれに首を横に振って『気にするな』と答える。
首を傾げながらも魔導書の修復を再開した美鳥の横顔を、久しぶりにじっくりと観察する。
こうして美鳥の顔だけを見つめるのは何時ぶりだろうか。
幾度かのアップデートを越え、やや成長が遅い高校一年生程度にまで身体を成長させた美鳥。
幼さから抜け出しそうで、やはりどこかあどけない印象を残す目鼻立ちは、しかし確実に女性としての形を主張し始めている。
うっすらと色づく頬に、形の良い耳、ふっくらとした唇、切れ長の眼、毛の生え際からうなじへかけてのきめ細やかな肌。
姉さんに似ている、という一言だけでは表現しきれなくなってきたその造形は、それでも何故か俺の心を擽るものを持っている気がする。
視線を手元に移す。昔は子供の手と一言で言い表せていた手指は細くしなやかに。本を分解する一つ一つの動きは、観察すればするほど艶かしさを見出せる。

「? なに?」

気が付けば俺は立ち上がり、図書館の出入り口の方、いや、美鳥の方へと歩き出していた。
作業スペースを確保する為に椅子一つ分を開けて座っていたのだが、それではだめだ。

「あれ、あたし何か間違ってた?」

すぐ隣の席に座った俺に、まさか自分の作業手順が間違っていたのではないかと慌てる美鳥。
わたわたと手元の分解された魔導書のパーツをひっくり返す姿は、やはり愛らしく──

「いや、そうじゃない」

そうだ、そんな事は問題では無い。
この距離でなければ、美鳥の身体に手が届かないから、俺は距離を詰めたのだ。

―――――――――――――――――――

「へぁ?」

お兄さんからの想定外の接触に、あたしは思わず間抜けな声を上げてしまった。
任された分の修復のノルマをこなして時間を余らせていたお兄さんが、隣に座ったと思ったら、脇の下に両手を廻し、一息にあたしを膝の上に移動させてしまったのだ。

「お、おにいさん?」

あたしの声に答えず、お兄さんは脇に差し込んだ手を滑らせ、あたしの身体に這わせる。
右手はお腹に、左手は胸に。
身体のラインを確かめる様に手で、指先で、服に皺も出来ないほどの柔らかな手つきで、お兄さんはあたしの身体をなぞっていく。
鳩尾からか肋骨に移る手。その指に少し力が加わり、薄い肉に覆われた肋骨を一本一本確かめながら、下に降りて行く。
左手は胸のふくらみに宛がわれ、やわ、やわと、柔らかさを確かめる様に指を押し込んでくる。

「んぅ……」

もどかしい手付きに、思わず身を捩じらせる。
でもお兄さんの腕の中に、膝の上に居るこの体勢から、あたしは積極的に逃げるという考えを持つ事は出来ない。
こうして全身でお兄さんの体温を感じるのは、随分と久しぶりな気がする。
お腹に移動した手が、シャツを捲り潜り込んできた。
じっとりと汗ばんだ肌を、お兄さんの指先が触れるか触れないかの微妙なタッチで撫ぜる度、あたしは電流でも流されたかのように身を撥ねる。
お兄さんの手に触れた個所が、熱い。焼けた鉄を押し付けてもこうはならないだろう。
それでも、お兄さんの手は決定的な場所には決して触れず、執拗に、優しさすら感じる手つきで、あたしの身体に熱だけを籠らせていく。
何分、十何分、何十分? 何時までも終わらないんじゃないかと思えるほど、時間が長く感じる。

「っ……は、ぁ」

吐息が漏れる。呼吸なんて必要ないのに、息が苦しい。
酸素なんて必要ないのに、酸素が頭に回っていない人間みたいに、頭がぼうっとする。
耳元で、しゅる、という、小さな紐が擦れ合う様な音が聞こえたと思ったら、髪を掻き分けられた。
お兄さんの触手だ。うなじに触れる先端の感触がこそばゆい。
この触手で、何をされてしまうのだろうか。どこに触れて貰えるのだろうか。
何本も何本も束ねられたこれを入れられて、子宮の中を掻き混ぜられてしまうのだろうか。
細長いこれをお尻につぷつぷと出し入れされるのも好きだ。くにくにくにくに弄られて、開きっ放しになったら、指で更に広げておねだりしたくなってしまう。
エロゲとかで勉強して、とびっきり下品な惨めでいやらしい挨拶を考えてきたのに、きっとうまく言えなくて、舌っ足らずにしかお願いできないかもしれない。
お兄さんの事だから、いじわるして聞こえないふりとかしてくれるから、そしたら行動で示そう。
お尻を指で弄くりながら、口だけでお兄さんのを気持ちよくしてあげるんだ。
臭いも味も無くなるまでしゃぶったら、いっぱいいっぱい出してくれるかな。頭を掴んで、おもちゃみたいに扱ってくれるかな。
それでそれで、お腹の中がちゃぷちゃぷ言うまで呑ませてもらえたらいいな。

「え、へぇ……」

お兄さんが、あたしを徹底的に玩具にして遊んでくれる。
そう考えただけで、あたしはもうとろとろになっている。
今すぐ、あたしのお尻の下で堅くなってるのを入れられても大丈夫なくらい、いや、入れられたらきっと駄目になるくらい、それくらい準備万端。
でも、お兄さんは相変わらず大事なところには触れてくれなくて、

「ゃ……ぁ」

掻き分けられた髪の毛の下、うなじに、耳に、何度も何度も優しくキスを落としてくれる。
それが終わると、掻き分けられた髪に顔を埋め、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いできた。
大丈夫かな、さっきからずっとカビ臭い古本ばっかり弄っていたから、埃っぽくなってないかな。
いや、そんなことよりも大事なことがある。
それを伝えたいのに、あたしはお兄さんのなでなでと、これまでの妄想でもう呂律が回らなくなる処まで来ていた。

「お、おにぃ、さ」

身を捻りお兄さんに顔を向け、声を出そうとしても、途切れ途切れにしか言葉にならない。
目が霞んで、口の端からはだらしなく涎が垂れてしまっている。
そんな、下品極まりない表情をしているのに、あたしを見るお兄さんの顔は優しい。

「どうした?」

囁く様な問いと共に、胸から手を放し、あたしの口元から垂れる涎を指で拭い、半開きの口をこじ開けて指を侵入させる。
あたしは思わず、口の中に入ってきたお兄さんの指に舌を絡めた。
汗でほんの少しだけ塩辛い指を何度も、舌全体で包み、しゃぶりあげ、すする。
直ぐに塩辛さは抜け、お兄さんの指の、肌の味が口の中に広がる。
お兄さんも指を動かし、爪で舌を掻くように擽る。

「ふぅ、ふぅ……」

嫌だ、これじゃ、こんなのじゃ、満足できない。
こんなのは、やさしすぎる。
あたしは、あたしはもっと、

「どうして欲しい?」

「ふぇ……?」

口の中から、指が引き抜かれた。
ふやけた指に付着したあたしの唾液が、つぅ、と銀色に輝くアーチを作る。
そのいやらしい輝きに喉を鳴らし、息を整える。
お兄さんの手の動きも止まっている。落ち付かせるだけの間を貰い、慎重に考える。
どうすれば、もっと『して』貰えるのかを。

「お、お兄さんは、どうし、ひあぁああ!」

唐突に、胸を強く絞りあげられた。
握りつぶされるのではないかという程の力で、胸の肉を掌で潰され絞られ、先端を人差し指と親指で千切れそうな程捻り上げられる。

「──っ、────っ!」

突然の、待ちに待った、不意打ち気味の強い刺激に、お腹の底から熱い何かがせりあがって、声が出せない。
パンツの中で、ぷし、ぷし、と音を立てて暖かい液体が噴き出したのが分かる。
もうぐしゃぐしゃだったけど、これでズボンまで駄目になった。
濡れたズボンで帰らなきゃならないのかな。ぞくぞくする。

「なぁ美鳥、もう一回だけ教えてくれ。どうして欲しい? 何をして欲しい?」

「あ、あぅ……」

とびきり意地の悪い顔でお兄さんが笑っている。
お兄さんの指が頬に触れ、何かを拭う。いつの間にか涙をこぼしていたらしい。
優しい。でも、あたしが答えに迷っていると、お尻にぐり、と、硬く、熱いモノを押し付けてくる。
ぐり、ぐりと押し付けられる度に、ズボンの中がぐちゃぐちゃと音を立てて、こんなの、生殺しだ。
ごくりと唾を呑む。
言えば、して、貰えるんだ。

「お、お兄さんの……で、あたしの、ここ」

腰をくねらせ、場所を教える。

「いっぱい、虐め──」

「おーい、アーミティッジの爺さーん、居るかー?」

入口の両開きのドアが立てる大仰な音と間の抜けた呼び声。

「なんだ、居ないのか? 不用心だな……」

小さな呟きも静かな図書館の中だとよく響く。
こんなんで大丈夫なのか、警備とかしなくていいのか、そんな呟きもはっきりと聞こえてくる。

「……まぁ、次の機会ということで」

お兄さんは苦笑と共にあたしをホールドしていた腕を外し、隣に座らせ直した。
さっきまでの桃色の空気は綺麗に吹き飛び、あたしの中の熱が消えていく。
いや、熱は違う形で残っている。
脳をじりじりと焼く炎が燃えている。
でも、燃え盛るだけじゃない。あたしの中の冷静な部分が、その熱に指向性を持たせている。
理性で感情を乗りこなし、昂る魂を魔力と融合させ、精錬、精製する。
そう、これこそ魔術、これこそ力の顕れだ。

「そうか……」

あたしは乱れた着衣を瞬時に直し、声の主の居る方へと歩き出す。
右手に剣を、左手には魔導書を、瞬時に生成する。
今まで生きてきた中で最速かもしれない。
でも、いまはどうでもいい。
そうだ、いまかんがえるべきは、そんなことじゃあない。
そうだろう?

「これが、怒り……、か……!」

大十字、九郎!

―――――――――――――――――――

○月○日(あなたは大十字のニトロ砲を輪切りにしてもいいし、切れ目を入れて縦に裂いてもいい)

『無論、事件に発展しても自己責任であり、俺は何一つ責任を負う事は出来ない』
『あの日は大変だった。美鳥が半べそ掻きながら大十字に切りかかり、今後の展開に必要ない部分を切り落とそうとしたのだ』
『流石に出会いがしらに自分と息子を泣き別れにさせた相手は印象が悪いだろうと思い、ギリギリの所で止めに入っておいた』
『……美鳥の剣を受けた俺のグランドスラムレプリカ(魔術理論応用版)が一瞬にして腐食し、ぼろぼろの刀身から何故か蛆やら毒百足やら何やらがわらわらと湧きだしたあたり、美鳥の本気さ加減が窺えると思う』
『後で思いついたのだが、あそこはあのまま斬らせてやっても良かったのかもしれない』
『あんな腐食性の高い魔術を使われたら、生身の人間なんて生きたままグズグズのゾンビに成り果てて一巻の終わりだ』
『そうなれば、いつもにこにこ大十字のことを観察できる位置に這い寄っている何者かが時間を巻き戻して、文字通り『無かったこと』にしてくれた筈だ。そうでもしないと無限螺旋終わらないし』
『まだ『ド・マリニ―の時計』を本格機動した事も無かったし、手本となる本格的邪神パワーを見せつけて貰うのもいいだろうと思うのだが、それはしっかりと魔術の基礎を固め、大十字を斬り損ねた時に敵にまわりそうな教授をどうにか出来るようになってからでいいだろう』
『今回は少しばかり暴力的な出会いになってしまったが、どうにかこうにかそれなりに友好的な位置に立てたと思うので、巻き起こる騒動をポップコーンでも食べながら見物させて貰う事にしよう』

追記
『帰り道でも美鳥がぐずぐず泣いていたので、姉さんと一緒に一晩かけて慰めてやった』
『三人でのプレイは初めてだったが、面白い具合に美鳥が総受けに収まる事で何もかもうまく行ったのは、予想通りと言えば予想通りだろう』
『いかに家族とはいえ不純かとも思ったが、何時も俺とする時は出さない様なSっぷりを美鳥相手に遺憾なく発揮する姉さんも素敵だったので気にしないでおく事にする』

追記の追記
『三人でエロい事してる間に、大十字は初の巨大ロボット戦を体験し終えてしまったらしい』
『今回も初期機体はアイオーンとの事だ。先は長いようなので気楽に行こう』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

南極近海、デモンベイン専用輸送艦。

「あー……」

俺は口に煙管を咥え、うろんな目つきで空に佇む巨大な門を眺める。
声と共に二酸化炭素を吐き出し、酸素を取り込むために息を吸い、ついでに煙管も吸う。
苦い煙の味、ではなく、すーすーとしたハッカの味が口いっぱいに広がる。

「これ、ラベンダー詰めたらいけるかな……」

どうでもいい事を呟きながら、先ほど全工程が終わった二周目の事を思い出す。
思い出す、思い出す、思い出──
ええと、ほら、なんかあったよ、一周目との違い。学術調査以外で。
さっきは大十字に気の利いた事が言えない代わりに芋サイダーやったし、それ以外にも、ええと。

「アイオームかっこよかったなぁ」

顔以外は。
前回は何だかんだで楽勝だろうとあんまり巨大戦は見て無かったから、かぶりつきで見るのはこれが初めてだったんだよな。
アイオーンの偽物に、奪った記述やらそこら辺から盗み出した魔導書やらで魔導兵装も使いこなせるとか、デモンペインよりも厄介なんじゃないだろうか。
正直、二周目の感想はこれに尽きる。というより、それ以外に特に印象に残った場面が無い。
ダゴンとか破壊ロボとかは一周目の時点で楽勝だったから特に修行の成果が出せた訳でも無いし、イベントも一周目で見た様なのばっかりだから新鮮味に欠けるし。
そもそも、アル・アジフが来てからは魔術の修行もシュリュズベリィ先生が居ないから魔導書を読みながらの復習しかできなかった。
しいて収穫を挙げるとすれば、姉さんとの夜のあれこれに更にバリエーションが増えた事だろうか。
美鳥という第三者が居る事により新鮮味が増したというか、これから増えて行きそうな特殊プレイとか想像すると自然と心が春色夢気分というか。
見られながらという新たなシチュエーションで姉さんが恥ずかしがるのもいい感じだ。
なんかもう其れだけで千周くらいは持ちこたえられそうな予感がする。

「はぁ……」

そこまで考えて、溜息。
懐に忍ばせていた文庫魔導書を取り出し、ぱらぱらと内容を流し読みする。
暗唱できるどころか、何ページの何文字目は何? と聞かれても完璧に答えられる自信がある。
内容もしっかりと理解している。一つ一つしっかりと人に教える事が出来る自信もある。
なのに、機神招喚が上手く発動しない。
魔導書が悪い訳でもない筈だ。
実際、他の記述はほぼ全て完全に制御できるし、姉さんはこれのコピーで500メートル級の神々しいアイオーンを鼻歌混じりにダース単位で招喚してみせた。
そこまで非常識な真似ができる様になりたいとは言わないが、そろそろまともに招喚できるようになってもいいんじゃないか?
特にアイオーンとか、才能無くても命を削れば招喚できるのが売りだと思うのだが。
本当にもう、合計で四年以上も修行してるのに召喚出来ないとか、一周目と二周目とはなんだったのか。

「いいや、帰ろ帰ろ」

姉さんと美鳥を掃除機の上に待たせっぱなしだし、これ以上ここに居て何か得る物がある訳でも無い。
先は長い。それこそ、この四年間が霞んで見えるくらいの時間がある。
もう六年、五周目まではミスカトニックで、シュリュズベリィ先生の元で頑張ろう。
それでも駄目だった場合は……、その時に考えるという事で。




三周目以降へ続く
―――――――――――――――――――

よく来たな、読者の人達……、待っていたぞ。
読者の人達よ……読み終えた後になるが一つ言っておく事がある。
貴方達はこのSSの作者がややエロいシーンを書くには何かしらの理由や設定のこじつけが必要だと思っているかもしれないが、別に無くても書く。
そして本番のシーンは投稿するとXXX板行きになってしまうので、本編から切り離してPCの秘密フォルダに格納しておいた。
後はこのどうでもいい後書きを読んでうっへりしたり読み飛ばしたりするだけだな、ははは……。

そんな感じで、ダッシュで二周目を終えた第四十一話をお届けしました。
別に打ち切りになる訳ではないので誤解の無きよう。

最近気が付いたんですけど、自分二週くらいかけて一話書くじゃないですか。
するとですね、前半書いてた時に『あーこれどうするかな。いいや、後書きで補足するから書いちゃえ』みたいな事を考えていた筈なのに、書き終える頃にはすっかり忘れてるんですよ。
今回も例によって例の如くです。
なんか前半の内容で言っておくべきことがあった気がするんですが、すっかり忘れてしまいました。
で、二、三話くらい経って読み直して『あ、これ説明しなきゃだめじゃん』みたいな気分になるんです。
でも偶に思い出せない場合もあるので、何か疑問があったらどしどし指摘お願いします。

保険としての自問自答。
Q、最後らへん、主人公とサポAIは図書館の中で何をしている?
A、絢爛舞踏祭スレを参考にして考えるならば、あれは間違いなくポーカーです。
Q、なんで主人公は唐突にサポAIに手を出したの?
A、なんとなく。早急にお姉ちゃん分を補給する必要があったので手元の予備で済ませたとか、最近かまってやれなかったから開いた時間でとか、むらむらしてついついとか、理由はご想像にお任せします。どれを選んでも酷いのは気のせい。
Q、エロくないね。描写がワンパターン。
A、エロ好きだけど苦手です。直接描写無しルールで更に難易度増してるし。
Q、シュリュズベリィ先生とかハヅキとかとの交流は?
A、どうせ三周目四週目五周目と同じ事やるから省きました。ミスカトニック大学初期修行編ラスト、多分次か次の次の話でやると思います。
Q、ラスト、いきなり南極戦後だけど、飛ばし過ぎじゃね?
A、むしろ飛ばさなさすぎだと思います。下手するとスパロボJ編以上の長丁場になりかねません。一度読んだ部分は高速スキップを計画的に利用しましょう。

しかし我ながら思うのですが、相変わらず原作キャラの影が薄いSSですよね。
どうにかしてシュリュズベリィ先生とかもっと喋らせたいんですが、実は彼のキャラが掴み切れないというか。
ハヅキも同じく。公式でのキャラ露出が少ないというか、生徒相手に講義以外の時にどう喋るかとか分からないというか。
色々ありますが、頑張りますのでできれば見捨てないで下さいませ。

ああ、それにしても、隠語連発伏せ字ぼかし無しのエロ話書きたい。
もちろんサポAI総受け主人公と姉のダブル超ドS責めでボロボロ泣きながらおねだりする感じの。
皆さん覚えてますか? もともとサポAIはエロシーンを書く時の汚れ役も兼任していたことを。
まぁ、健全SS書いてる作者がXXX作品に手を出すのは死亡フラグなので意地でも直接描写はしませんが。

今回もそんな感じで。
誤字脱字に文章の改善案、設定の矛盾への突っ込みにその他諸々のアドバイス、
そしてなにより作品を読んでみての感想、短くとも長くとも、短くも長くも無くとも、心よりお待ちしております。

次回予告は予定の変更により検閲されました。悪しからず。



[14434] 第四十二話「研究と停滞」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/02/04 23:48
○月○日(四周目開始。引き継ぎありのゲームなら、そろそろ味方が強くなり過ぎてヌルゲーになり始める頃じゃないだろうか)

『三周目も何事もなく経過し、もうこの世界に来て六年の月日が経った。六年、長い様で短い様で、やっぱりそれなりに長い時間だ』
『未だに機神招喚が上手く発動しないが、ミスカトニックに入るまでのテンプレが出来上がりつつあるのは間違いないと思う』
『とりあえず、シュリュズベリィ先生の学術調査に積極的に参加する為にはやはり現場でのスカウト待ちが一番手っ取り早い』
『三周目は二周目の様にうっかりゲートを繋げてクトゥルーの触手と生身で追いかけっこするをする事もなく、一周目をもう少し余裕を持ったやり方でトレース出来た』
『そこからの流れも、もはや俺の中ではテンプレと化しつつある』
『四年間続けてきた大学の連中との共闘、四年間見続けてきたシュリュズベリィ先生の戦い、四年間見続けてきたハヅキちゃんの臀部、四年間で見慣れつつある幾つかの邪神眷属群の拠点』
『三周目を終えて何故四年なのかと言えば、一周目は何だかんだで学術調査にはほとんど同行しなかったからだ』
『だが正直な話、このままひたすら学術調査に同行する意味があるのかは疑問だ』
『一周目は確かに収穫があった。秘密図書館の中身を片端から取り込み、科学と魔術の融合を研究し実験し、遂にはアイオーンを除くアル・アジフの記述は一つ残らず手に入れ、ラテン語版のネクロノミコンを取り込むことでその不足分も補う事ができた』
『デモンベインはこの時点で不完全だったが、オリハルコンに並ぶ硬度を持つ魔導合金ヒヒイロカネを取り込むことにより、俺や俺の作り出す機体の耐魔術防御力も生半可な物では無くなった』
『さらに言えば、魔導書の記述の制御もこの時点でほぼやり終えてしまっている』
『二年と少し前、二周目の途中の日記にも書いたが、学術調査での修行よりも、独自の研鑽の方が伸びがいいのかも知れない』
『勿論、一周目の時点で取り込んでしまえる物は取り込んでしまっているので、二周目以降の伸びが少なく見えるのは仕方が無いのかもしれない』
『だが実際、魔術の実践的な行使における様々な問題点を、俺は人間態のままでもクリアしてしまえるので、デモンベイン世界の魔術に対する適性はかなり高いのは間違い無いのだ』
『……というよりも、現実からのトリッパーにとって、デモンベイン世界の魔術はSAN値の問題さえ解決してしまえばかなり相性がいいらしい』
『なんでも、トリッパーが以前トリップした世界の魔法やスキルなどの技能を、新たなトリップ先の世界設定を無視して使用できるのも、このデモンベイン世界の魔術と似た理屈であるかららしい』
『精霊の居ない、というか、精霊が存在したとしてもまともな精霊は生き残ってい無さそうなデモンベイン世界でネギまの魔法が普通に使えたりするのはそのお陰であるらしい』
『トリッパーは自らの一部と化した他の世界の法則を用いて、トリップ先の異世界のルールを無意識に浸食する』
『終わりのクロニクルの『概念』の様なものと考えても説明が付くのだとか』
『だからこそ、そういった物の侵食を受けにくい現実世界ではトリッパーは弱体化を余儀なくされるらしい。閑話休題』
『ともかく、もうこの四年間でシュリュズベリィ先生の機神招喚の観測データは十二分に取れているし、この四周目は息抜きも兼ねて、アーカムに腰を据えてじっくりと魔術の修業に専念する事にしよう』

―――――――――――――――――――

×月▲日(ただいま修行中!)

『……というタイトルのエロゲがあった事をご存じだろうか。いや、俺はこの日記を誰に向けているつもりなのだろうか』
『それとはまったく関係なく修行の日々である。それはもう、只管ミスカトニック大学の敷地内で実験をしたり、実践の為にブラックロッジの縄張りの外の弱小魔術結社を潰したり』
『一度だけ、念のためにもう一度だけシュリュズベリィ先生の学術調査について行ったのだが、当然のごとく収穫は無かった』
『これなら今後は大十字、もとい、覇道鋼造の後押しを素直に受けて入学した方が楽かもしれない』
『大学にしっかりと腰を据えての学習は四年ぶりだ。一周目よりも知識も魔術の腕も伸びているので、かなり早い段階で秘密図書館に入り込む事が出来た』
『まぁ、秘密図書館の魔導書は漁り尽くしてしまっているが、秘密図書館はアーミティッジ博士以外ほとんど人が居ないので静かに魔術理論を練り続けるのには最適だ』
『家にいると、息が詰まる度に姉さんとの触れ合いに気をとられてしまう。俺はそういう面で意志薄弱で我慢弱いので、自戒の意味も込めて午後五時までは秘密図書館で美鳥と共に魔術理論の勉強を行う事にしている』
『さらに言えば、前の週までは大十字と出会うタイミングが原作っぽい展開の開始時期であったが、今周はもう二年に上がる前に大十字とのエンカウントを済ませている』
『何だかんだで三周目までは漫才やら世間話しかしなかったが、いざ魔術師見習い同士として語り合ってみると、これがなかなかどうして理知的で面白い意見も多く聞ける』
『大十字は俺と美鳥の知識量と検索速度に関心していたが、そんな物は精霊付きの魔導書さえあればどうにでもなってしまう』
『この世界の魔術師としてはやはり大十字の方がポテンシャルは遥かに高いのだろう。何だかんだ言っても、邪神に直々に人類側代表として選ばれているだけのことはあるというものだ』
『実際、あと数カ月もしない内にアイオーンを招喚できてしまうのだから、この時点でそれなり以上に実力があるのは当然と言えば当然なのだろう』
『そう、あと数カ月の内に、また大十字は分岐殆どなしBADエンド確定のバトル展開に巻き込まれる』
『息抜きも兼ねて少しくらい手を出しても良いかもしれないが、息抜きに戦うには破壊ロボの相手は悪目立ちし過ぎる。この時点で悪目立ちしてブラックロッジに睨まれたくはない』
『というか、大導師どのには絶対に睨まれたくはない。他の誰に睨まれても大導師どのに睨まれるのは勘弁して欲しい』
『次の周に記憶を引き継ぐ系の人に睨まれるとかマジで無い。しかも、大導師どのの実力だと普通に殺されかねない』
『どうしたってフラストレーションは溜まる。大学と家の往復が嫌だという訳でも無いが、久しぶりに思いっきり全力で暴れたい』
『もう、次の周の大十字に対する印象操作の為のダゴンと量産型破壊ロボの殲滅作業は飽きたのだ。他の敵と戦ってみたい』
『大導師どのと大十字が見て無い範囲で大暴れしたいけど、その頃には手頃な敵は残っていない』
『行き詰っている。機神招喚の研究も進まない。どこかで大きな息抜きを行いたいものだ』

―――――――――――――――――――
□月■日(実験、検証、また実験)

『相も変らぬ繰り返し繰り返し実験と検証を重ねたる日々』
『最近は鬼械神というものについて考え直すため、様々な方向からアプローチを続けている』
『今日は実用性を無視し、只管に複雑で無意味に巨大な神の力の塊で実験してみた』
『DG細胞の自己進化機能を付与した金属生命体としての金神の身体に、リョウメンスクナの属性を与えた人造の神形』
『これを真次元連結システムでより上位の次元へと移行させ、その次元に適応した形に進化させる』
『そして、その神形自身に自らの影を三次元に投射させ、自発的に鬼械神を三次元に顕現させる事が出来れば成功』
『……という構想だったのだが、思った通りにはいかなかった』
『まぁ、正直絶対に上手くいくとは思っていなかったからあまりショックではない。難易度的には二次元のキャラを三次元に実体化させるよりも数十倍難しいから仕方が無い』
『高位次元に送る途中でこちらから認識する事が出来なくなった神形は、姉さんが処理してくれたらしい。姉さんの手を借りるのは不本意だが、この処理については仕方が無いと思っている』
『上手くいけば、自力での異世界トリップの足掛かりにもなるかと思ったのだが、そこまで美味しい話では無かったか』
『だが、いくつかのデータは取れた。無駄にはならない筈、と、思いたい』

―――――――――――――――――――

■月▽日(別解釈)

『高次元の存在の影という公式解釈以外に、記述がそのまま鬼械神となるという説も存在している』
『かのネクロノミコンの源書、アル・アジフには圧縮言語を用いて人間の人生を数行の文字列に変換して留めておく機能が存在している』
『ならば、更に高圧に圧縮された言語であれば、巨大ロボを一冊の本、数十ページの中に格納する事は不可能ではないだろう、という理論らしい』
『確かに、取り込んだアル・アジフの中には歴代の主の人生が圧縮言語で記録されていた』
『内容も確認済みだ。アル・アジフから見た主の人生である為不足こそ多いが、それでも解凍してじっくりと読めば面白い人生も多い』
『欲望の赴くままに力を振るうエドガー型や復讐に身を焦がすアズラット型は大概話に起承転結が付く事が多く、結末が全てデッドエンドである事を除けば物語としてそれなりの水準ではあると思う』
『これにより、最低限の箇条書きではなく、読み物として機能する程度には連続性のある情報を圧縮できるのはこれで証明された』
『が、それでもロボットを記述として本に押し込める程の圧縮率ではない』
『そもそもこの方法では、呼び出された鬼械神は高度な情報の塊どころか、すかすかのハリボテ同然の木偶人形になりかねない』
『というか、実際にそんな感じになった』
『一冊の本にロボットを記述に変換して押し込む事は可能だが、それで呼び出されるのは普通の巨大ロボットでしかなかったのだ』
『異次元を利用しない、持ち運びに便利な『折りたたみ式巨大ロボット』とでも形容するべきものが生まれた訳だが、これは鬼械神とは全くの別物だろう』
『これはこれで何かに使えるかもしれない。が、機神招喚の研究には関係無いか』

―――――――――――――――――――
◎月●日(基本に立ち返る)

『堅実な努力こそが一番の近道である。という言葉に少しだけ希望を見出し、正攻法での機神招喚の理論をまとめ直す事にした』
『レポートにまとめ、姉さんにチェックして貰い、シュリュズベリィ先生に目を通して貰い発禁を喰らい、完成』
『よくよく考えると、ここまで難易度の高い魔術理論を文章に纏めたのは初めてかもしれない』
『美鳥の提案で、このレポートにまとめられた理論がどこまで正しいか実験してみる事になった』
『いろいろ考えた結果、ミスカトニックの学生を使うのは問題があると思ったので、使い捨てが出来る便利な人を使う事に』
『本人も喜んで承諾してくれた。前々から魔術に興味があったらしい』
『世界初のフューリーの魔術師が生まれる瞬間をこの目で確認できるかもしれない』

―――――――――――――――――――
◎月◎日(一応の成功)

『たった一人の多くの犠牲により、遂に俺の構築した理論の正しさが証明された』
『このデータは俺にいよいよもって鬼械神をもたらしてくれる。彼女には感謝してもしきれない』
『お礼として、今度呼び出す時はちんこ生やして褐色幼女をプレゼントしよう。ちんこ生やした褐色幼女でもいいかもしれない』
『彼女には性的な意味では手を付けたことが無いから、攻めなのか受けなのか分からない。両方用意するのが確実か』
『ありがとう、善意の協力者カプセル下僕Fさん(Hさんかな、アルファベットでどう書くのか分からない)貴女の事は忘れない』
『だって、まだまだ貴女には利用価値がありあまっているから』

―――――――――――――――――――
◎月▲日(今のぼくには理解できない)

『無理だった。理論は完全な筈なのに』
『脈絡が無い失敗、ではない事は理解できる。ただそれだけ』
『頭がおかしくなりそうだ。決して元からおかしい訳では無い』
『もちろん、おかしいのは世界の方だ! などと喚き出す程不安定になっている訳でも無い』
『でも今は駄目だ。少し間を置いて、それから』

―――――――――――――――――――

◆月×日(研究が進むのと成果が上がるのは全くの別問題)

『ここらで一つ纏めよう』
『鬼械神とは巨大な情報の集まりであり、本体は異次元に存在する』
『現実世界で見える巨大なロボットの姿は、異次元に存在する本体に対し影の様な存在でしかなく、それこそが鬼械神と通常の巨大ロボットを分ける大きな違い』
『シュリュズベリィ博士と糞餓鬼の鬼械神の違いもそこから来ている』
『例えば一つの彫刻から影絵を作る時、どの角度から光を当てるか、どの程度の光量を当てるか、光源は一つでいいのか、見える影をどのような形であると認識するか』
『それらの違いこそが呼び出される鬼械神の違いであり、同じ魔導書でも呼び出す術者によって姿を変えるからくり』
『だからこそ、鬼械神に決まり切った姿は存在しない。同じ姿、同じ名前、同じ性能の鬼械神が違う術者によって呼び出される事はまず無い』
『分かりやすい例は二種類のアイオーン、ロードビヤーキーとアンブロシウスか』
『理屈は簡単だ。いや、確かに難しい部類の術ではあるが、小達人(アデプタス・マイナー)にまで到達していれば割と簡単に発動できる』
『実際、理論は完璧だ。分かり易く纏めたレポートがシュリュズベリィ先生に差し止めを喰らい、説教を受けてしまう程には』
『俺の書いたレポートを最後まで『発狂せずに』熟読できれば、小達人に届かない魔術師ですら鬼械神を招喚できてしまうだろうとお墨付きを貰った』
『無論、未熟な魔術師が発動すれば、一度の招喚か数分の戦闘で魂を燃やしつくす事は確実らしいが、命を引き換えにする程度で鬼械神を召喚できてしまうのであれば、悪の魔術結社は大喜びだろう』
『そんな物を世に出す訳にはいかないと、俺の書いたレポートは秘密図書館に封じられてしまった』
『よくよく考えれば、これが俺の書いた初めての魔導書という事になるのだろうか』
『先生の魔導書が大学ノートで、その教え子の俺の魔導書はレポート用紙の束にパンチで穴を開け紐で綴じたもの。これもある意味運命か』
『だが、そんな物に意味は無い。どうせ二年と少しで終わるループだ。次の周ではそんな事実は跡形もなくなる以上、喜ぶ理由もない』
『大事なのは、俺の構築した理論は、姉さんの様な規格外のチーターではない、実際に機神招喚を行える地に足のついたレベルの魔術師から見ても間違いの無いものだという評価が貰えた事だ』
『……一つ、シュリュズベリィ先生は勘違いをしている。実際問題、発狂しようがなんだろうが、生きた状態で読み切らせて記憶させてしまえば鬼械神は呼び出せる』
『先生に見せる前、姉さんの生成した異空間で実証実験としてフーさんにやらせてみたから間違いない』
『達人級寸前まで強化できる処をあえて理論者(セオリカス)程度に抑えて造り出したフーさんは、たった91回目の蘇生で鬼械神の招喚に成功した』
『さらに、魂がすり減り切り死ぬまでの間に何と十三分もの戦闘機動を繰り広げて見せ、俺のラスボス仕様ボウライダーと互角に渡り合ってみせたのだ』
『正直フーさんは戦闘中に興奮すると死狂い状態になるので発狂しようがしまいが戦い方に違いなんて殆どない。正気を失った程度で戦い方を忘れるほど軟な戦狂いではないのだ』
『しかし、機神招喚成功時の糞便やら諸々の体液やら内臓やらを穴という穴から撒き散らしながらのエンジョイ&エキサイティングっぷりからして、読み終えた頃には殆ど正気は残っていなかったと考えてもいいだろう』
『お墨付きを貰い、実験も成功、理論は完璧だ』
『なのに、何故。何故俺は未だに機神招喚を成功させられないのだろう』
『俺の鬼械神は、俺の神は何処にいるのだろうか』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「我が信仰は何処、ってか」

大学を休み、平日の昼間から街をぶらついている様な男が口にしていい台詞ではないのだろうな、と、そんな事を考える。
別に、信仰が必要な訳ではない。いや、邪神を信仰する事でその神に関する魔術を扱いやすくなる、という傾向は確かに存在する。
分かり易い所で言えば逆十字の糞餓鬼だろう。シュリュズベリィ先生も言った通り、あれはハスターの奴隷同然だ。
だが、それが原因では無い事は明らかだ。
アル・アジフの起源が何処であるかは分からないが、少なくとも前の周から流れ着いたアル・アジフを写して新たにネクロノミコンの原典となるアル・アジフを書いたアルハザードは、基本的にどの邪神も崇拝していなかった筈。
邪悪と戦う事を目的とした書の主が邪神崇拝者では意味が無い。
アイオーンを、ネクロノミコンを起点に呼び出される鬼械神は、どの神の属性も持たない。
構成としてはバランスタイプであり、どんな術者であっても命を削ればそれなり以上に戦える癖の無い鬼械神。
実際、他の魔導書で呼ぶ鬼械神よりも格段に招喚の条件は緩く、難易度も低い筈だ。

「ああもう、やめやめ」

頭を振り、堂々巡りになりそうな思考を頭の外に逃がす。
こうして大学を休んでぶらついているのは、姉さんと美鳥に『最近根を詰め過ぎてるから、気分転換した方がいいんじゃない?』と言われたからだ。
だというのに、街を歩きながらまでこんな事を考えていたんじゃ全く意味が無い。
とはいえ、街をぶらついたところで何か新しい発見がある訳でも無い。
これならどこか静かな場所でゆっくり読書でもした方がまだ気分転換になる。
勿論読むのは魔術とは関係無い普通の本、ラノベ辺りが適当だろうか。
しかし、今日は美鳥に代返を頼んで大学を休んでいる手前、秘密図書館にも秘密で無い図書館にも行き難い。
この時代には漫画喫茶がある訳でも無いし、公園には新原さんが居るから行きたくない。
どこか適当に、静かで豊かで、救われる感じの場所があればいいんだが……。
露店で幾つかフルーツと菓子を買い、アーカムのエアスポットを求めてのそのそと歩く。
辺りを歩く人々の足並みは早く、煩わしい。イライラする。
ここでは何もかもが過剰だ。速度も、人の多さも、騒ぎも、余りにも無駄が多すぎる。
いっそ何処かの路地裏にでも入って、適当なヤクザビルの中身を潰して静かなスペースに改装してしまおうか。
ブラックロッジと関わりの無い組織もそう無いだろうが、少し休憩する位なら痕跡を残さずに消える程度の事は可能だ。

「ん?」

短時間の間にビルの中身を綺麗に掃除する手順を考えていたら、何時の間にか大きな通りから外れていた。
そして、目の前にはかつてブラスレイター世界で住んでいた廃教会を彷彿とさせる(それも失礼な話ではあるが)質素なつくりの教会。
アーカムといえどもやはりアメリカ、適当に歩いているだけでもそれなりに教会を見つける事が出来る。
しかもこの教会、今までアーカムで見かけた中では一番繁盛していなさそうだ。雰囲気的に。
なんというか、まず風水的に駄目だ。これでは信者が集まる筈が無い。金回りも決して良くは無いだろう。
何処となく暖かな雰囲気はあるから人は住んでいるだろうが、なんかもう、全体的に幸が薄そうで仕方が無い。
如何にも、たらいまわしにされた孤児の行きつく先ですよ。みたいな空気が滲み出ている。
ここなら間違いなく他の礼拝客も居ないと確信できるし、シスターか神父か知らないが、熱心な説教も行われていないだろう。
パイプオルガンとか以ての外、あったとしても質に入れられているのは確定的に明らか。
これは、いい場所を見つけたかもしれない。
人の居ない教会なら、長椅子に寝転がってラノベを読んでも文句は言われないだろう。
俺は買い物袋を抱えたまま、ふらふらとその教会へと近づいて行った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「ただいまー」

「お、おかえりー……」

「お帰りなさい……」

「……」

買い物を終え、教会に戻ってきたライカ・クルセイドは、遠くから聞こえる子供達の声に小さな違和感を感じていた。
何時もならばお腹を空かせて待っている子供達は、ライカの帰宅と同時にじゃれる様にしてライカに纏わりつき始める。
ここに来るまでは碌に大人に甘える事が出来なかった子供達は、最近来たばかりの一人を除いてライカにべったりなのだ。
落ち付きを持つよりも元気さが優先される年頃だから、それ自体は好ましい事ではある。
だというのに、今はその子供達がひっそりと息を殺している。
恐怖を感じているのではない。困惑から来る沈黙だろう。

「あらあら、今日は皆どうしちゃったのかし、ら?」

ライカは自分から子供達の方に近づき、声をかけようとし、不審な、見慣れないものを見つけた。
普通ならば礼拝に訪れた人々が座る、しかし滅多に礼拝客が訪れないこの教会では子供達の遊び道具と化している長椅子で一人の男が本を読んでいるのだ。
年齢はライカの友人である九郎と同じに見える。
どこにでもいる大学生風の服装に、素朴で優しげな造りの顔つき、そしてその印象を台無しにしかねない鋭い目付き。
一見して何処にでも居る大学生の様だが、その身に纏う雰囲気はどこか暗く、重い。
ここが教会である事から考えて、何か懺悔でもしに来たのかもと一瞬考えたライカではあったが、その男の両脇に積まれた大量の娯楽小説を見てそれは無いかと思いなおした。

「ライカ姉ちゃん、これ」

そう言いつつ、金髪に褐色の肌の少年、ジョージが様々な重そうな紙袋を重そうに差し出した。
紙袋から顔を覗かせるのはお菓子に果物、何に使うのか分からない玩具の様なものと脈絡が無い。

「あのお兄ちゃんがくれたんだけど」

「それ、やるから、二時間くらい静かにしてろ、って……」

コリンとアリスンの言葉に、なんだそれは、と、ライカも心の中で困惑する。
態々こんな入り組んだ場所にある小さな教会に来て、子供たちにこれほど大量に物を与えてまで要求するのが『静かにしている事』とは。
これで何かやましい事をしているというのなら分かるのだが、それなら子供達が真っ先にそれを伝えてくれるだろう。
ライカは意を決し、黙々と本を読み続ける男へ向け歩み寄り、声をかけた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結果だけ言えば、俺はどうにもトリッパーとしての本分を果たそうとしていたらしい。
度重なる実験と検証、実証まで済ませた理論を用いてすら機神招喚が成功しない事に、俺は自分で想像していたよりも深くショックを受けていたのかもしれない。
イベント事を避けるという心構えすら消えうせてしまう程にショックを受けていたお陰で、俺は見事に原作主要人物の住まう教会へと引き寄せられていたのだ。
人は皆運命の奴隷とはよく言ったものだが、トリッパーはやはり物語の奴隷なのだろうか。
あの姉さんですら強制トリップに抗う事はせず、最短でトリップを終わらせる事を目指した戦法をとるのだ。この考え方もあながち間違いでも無いのかもしれない。

「ふむふむ、つまりあなたは大学の勉強が上手くいかなくて落ち込んでいた、と」

「ええ、まぁ、大体そんな感じですね」

目の前の金髪眼鏡のシスターを見ると、つくづくそう思う。

「……すいません、いきなり子供たちに『静かにしろ』なんて言って」

そう言い、シスターに軽く頭を下げる。
どうにも気が立っていた、というのも、この落ち込んだ精神状態では可笑しな話ではあるが。
とにかく静かな場所を確保したい、というのが自分の中で最優先だったせいか、少しばかり強引に荷物を押し付けて、買収のような形になってしまった、
いや、ここが懐かしさを感じるボロ教会でなく、町の廃ビルやらただの孤児院であれば、お菓子を与えるのではなく、煩い子供など『適当に片付けて』しまっていたであろう事を考えれば、ここで悪いことをしたなどと考えるのは変な話なのだが。
そんな内心に気付かず、シスターはころころと笑って手を振った。

「いいんですよ、ここは教会、祈りの場ならもう少し静かでもいいくらいなんですから」

と、目の前のシスターは言っているので、深くは気にしない事にする。
なんとなく、ゲームのストーリーから推測できる内面から考えれば、静か過ぎると陰鬱な気分になってド壺に嵌まって抜け出せなくなりそうなこの人は明るい雰囲気の方が好きそうではあるが、本人がそう言っているのならそういう事にしておくのが礼儀だろう。
しかしどうにも、金髪巨乳とは引き合わせがよろしくない気がする。
何と言っても、金髪で、巨乳で、おっとり天然系(擬態である可能性が非常に高いが)という三つの要素が揃っているのだ。
寄りにも寄ってオフの日に出会う原作登場人物がピンポイントでこの人とは。何か、こう、金髪持ちの女性に因縁染みたモノを感じてしまうのは仕方の無いことだろう。
折角ドーナツも控えて新原さんも避けているというのに、邪神ですら感知できない宇宙意思の様なものでも働いているのだろうか。
しかし、この宇宙の意思と言えば字祷子か、さもなければ千歳さんのどちらかという事になる。
千歳さんは金髪巨乳に思い入れは無いと思うし、多分字祷子の仕業だろう。
新説・字祷子は金髪巨乳萌え。
これは新しい。これを発表すればクトゥルフ神話学会に一大センセーションが巻き起こるのは間違いない。
個人的には迷惑極まりない話だが、個人の性的な指向は自由であるべきなので許容するしかあるまい。
ま、俺は黒髪至上主義だから金髪とか訳分からんが。

「? どうかしました?」

金髪のシスターが首を傾げる。
じっと見つめながら考え事をしていたせいで不審に思われたかもしれない。
そろそろ時刻は昼になるし、どこかに飯も食いに行きたい。
ここはひとつ、誤魔化しつつも会話を不自然なく打ち切れる様な言葉で答えよう。

「ああいや、ええと……シスターは、弟さんとか、居ます?」

「──っ」

シスターが顔をこわばらせ、息を呑んだ音がハッキリと聞こえた。
ぶっちゃけ、このシスター──ライカ・クルセイドにこの話題は鬼門だ。
何だかんだと擁護する事も出来るかもしれないが、実際にライカさんが弟を刺し、そして弟を見捨ててその場から逃げだしてしまったのは事実。
この話題を出せば、自然とライカさんの口は重く途切れ途切れになり、普段の優しげなお姉ちゃんキャラの仮面はひび割れていく。
気不味くなればあとはしめたモノ。沈黙に耐えかねた様にしてこの場からそそくさと離れる事が出来るのだ。

「あ、あの、なんで、そう思ったんですか?」

「いや、面倒見が良さそうだし、俺の姉さんも世話焼きなところがあるから。まぁ、そういうところがうちの姉さんのいいところですけど」

当然、家の姉さんの方が数無量大数倍素晴らしい姉だが。

「そう、ですか。良いですよね、姉弟って」

俺が姉を持つ弟であり、姉との仲が良好である事を察したのか、辛そうな中に何処か羨ましそうな感情を含んだ笑顔を浮かべるライカさん。
なんかもう、このまま攻め続ければ変身して何処かに逃げだすんじゃないかと思うほど辛そうな表情だ。

「ええ、いいものです。貴女も、弟さんが居るのなら大事にしてあげてくださいね」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

あの後ひたすら仲の良い弟と姉の話、まぁつまりは姉さんと俺の日常生活の話で、ライカさんの地雷の上でブロードウェイで一山当てられる程の超高速タップダンスを小一時間踊り続けた。
無理矢理に浮かべた笑顔が崩れる寸前の、泣きだしそうな表情のライカさんと別れ教会から脱出。
時間を潰すのにちょうどいい教会から出て行く羽目になった俺は、気分を変える為にも食堂に向かう事にした。
ラノベを読みながら食べるつもりだった果物とお菓子は餓鬼三人を黙らせるのに使ってしまったので、昼飯を食べていない事に気が付いたのだ。
利用するのはもちろんニグラス亭。一周目ではかなりお世話になったが、二周目以降は学術調査などでアーカムを離れている時期が長かったため殆ど行く事が出来ず、この周に至っては初めての来店だ。
昼のピークの時間を過ぎていた為か、客は珍しい事に俺しか居ない。

「────」

「ええ、お久しぶりです」

相変わらず無口な店主だが、なにを言わんとしているのかはだいたい分かる。

「────」

「そうですね、じゃあ、唐揚げ定食って今できます?」

オーダー表を手にした店主の問いに、俺はパッと思いついたメニューを注文した。
だが、俺の注文に店主はどこか呆れた顔をしている。

「────」

なるほど、店主の言い分ももっともだ。
ここのメインはジンギスカン定食で、それ以外のメニューも大体山羊か羊が主菜。
それを無視して毎度毎度唐揚げ定食ばかり頼んでいたら、なんでこの店に来ているんだと思われても仕方が無い。

「あはは、こればっかりですいません。他のメニューも美味しそうだとは思うんですけど、ついつい頼んじゃうんですよね。シュブさんの作る唐揚げ美味しいから」

「────」

「いやいや、俺、外食で世事は言わないって決めてるんです。美味しいですよシュブさんの料理。シュブさんをお嫁さんに貰える人は幸せ者でしょうねぇ」

「────、────」

店主は顔を赤くし、触手の様なアホ毛の様な触手的な何かを犬の尻尾の様にぱたぱたと機嫌良さそうに振り回しながら、ぱこぱこと蹄の様の様な蹄を靴を鳴らしつつ、オーダー片手に厨房の方へと戻って行く。
多分に全人類に冷笑的な部分がある店主だが、どうにも褒め殺しに弱いらしい。
崇拝される事はあっても、賛美される事には慣れていないのだとか。
それにこの姿の時は人間的な感情に振り回されてしまうのだとも前の周で言っていた気がする。意味はいまひとつ理解しかねるが。
何やら会話の中に見逃してはいけない矛盾点を見つけた様な気がしたが、店主との心温まるやり取りに癒された俺にとっては些細な事。
ああ、久しぶりのペンギン肉の唐揚げ、早くじっくりと味わいたいものだ。

―――――――――――――――――――

昼飯を食べ終え、しばし公園で眠り、俺はミスカトニックの時計塔の上で夕陽を眺めている。
美鳥が一緒に帰るかと誘ってきたが、今は少しだけ一人で居たい気分なので断り、姉さんにも少し遅くなると電話を入れておいた。
高層ビルが立ち並ぶ街並みが赤く染まる。
血染めの街、と形容できないでもないが、将来的に本当に血に染まってしまうのでジョークとしてはあまり上等ではないか。
いや、この世界がその段階まで進むのかは分からないし、そもそもそのイベントが起きない世界である可能性だってある。
この世界は平行世界肯定派だし、創造主は千歳さん。続編の物語に続かない世界だったとかそんな裏設定も上等だろう。
まぁ、順当に行けばエンディング辺りで退場出来る俺からすれば関係の無い話だ。
ひゅる、と風が吹き、遠くのビルの屋上のアンテナに括りつけられたハンカチがたなびいた。
誰か狙撃でもするのだろうか、点々と斜め下に向かって様々な布が括りつけられている。
ビル街の中ではそれら目印の布が風に揺れ、空では雲がゆっくりと形を変えている。

「いい風が吹くなぁ……」

尻彦が最後に感じた風もこんな気持ちの良い風だったのだろうか。
夕暮れ時のやや冷たくなり始めた風に乗って、程良く淀んだ妖気が運ばれてくる。
スナイパーの風への苛立ちを滲ませた舌うち、マーケットの賑わい、寂れたビルの地下から聞こえてくる大量の男女が入り混じった嬌声、明日の約束をして別れる子供達の声。
それらが入り混じった混沌とした声が聞こえる。
ここにはどんな物もあり、ここに無いものはどこにもない。そんな事を妄想してしまう程に、何もかもに溢れ返った街。
長く暮らすには此処ほど良い場所も無いだろう。

「こんな所にいたのか」

渋みのある男性の声、というか、ここ八年で元の世界のサブカルで触れるよりも長時間聴き続けている人の声。
珍しくアーカムに戻り、久しぶりにアーカムで魔術の講義を教えているシュリュズベリィ先生だ。
呆れの感情を含んだその声は、内容から察するに俺の事を探していたらしい。

「ここからだと街が一望できますから」

振り返らずに返事を返す。
態々この人に探されるような事をした覚えは無いのだが、何故こんな所に居るのだろうか。
普通この時間は生徒のレポートに目を通しているか、他の陰秘学科の先生がたと色々と話し合っていたと思ったが。

「優雅だね、講義サボった癖に」

「普段は真面目にしてるからいいんですよ、偶の自主休講くらい」

セラエノ断章の精霊、ハヅキにひらひらと手を振りながら答える。
そう、今回四周目の俺は二周目三周目とは違い、学術調査は控えめにして大学での講義を重点的に受けている。
取った講義は一度たりとも休んでいないという見事な出席率だし、お茶を濁す為に提出した魔導工学のレポートも軒並み高い評価を貰っている。
ついでに、これは先生にもその魔導書にも言えないが、今日の講義に限ってはもう三度ほど受けているので内容は完全に把握している。
今までの周でも、シュリュズベリィ先生が大学で講義をする時は欠かさず出席していたし、他の講義もその流れで全部出席しているのだ。
ログを年単位で巻き戻して講義の内容を読み返すまでもなく、今日の講義で教えられる事は一つ残らず知識として吸収済み。
だが、そんな事情を知らなければただサボっただけの様に見えてしまうのだろう。
ふと、一つだけ、シュリュズベリィ先生が俺の事を探しに来るそれっぽい理由を思い出す。
というよりも、今日までそればかり考えていた。
俺は先生の真意を確かめるため、振り返り先生の顔を見ながら告げる。

「もしかして、俺がヤケ起こしてあのレポートをばら撒いたりするとか思ってました?」

やもすれば、こちらの可能性の方が高いかもしれない。
完成させ提出した時に先生はレポートの内容を確認しているし、俺がそのレポートの手順通りに魔術を行使しても機神召喚が発動しない事も、一度相談しに行ったから知っている。
目元をサングラスで隠された先生の表情は読みにくい。
先生の傍らには手の届く範囲にハヅキが佇んでいる。何時でも魔導書を用いた本格的な魔術を行使する事が出来るだろう。
もっとも、ハヅキが出ている時は大体このポジションなので、考え過ぎという事もあるかもしれないが。
一つだけ、眼に見えて先生の感情を想像できる部分がある。
口元、未だ髭に覆われていないその真一文字に結ばれた口元だけは、如実に先生の感情を表している。
この歳に似合わず明朗快活な老教授は、非常に珍しい事に返答に窮しているらしい。
本当に珍しい事だ。何だかんだで八年半ほどか? それほどこの人の教え子をしていて、初めて見る表情かもしれない。
新しい発見に、俺は思わず表情をほころばせてしまう。

「鳴無卓也君、君は──」

「大丈夫ですよ、先生」

何かを言おうとした先生を遮り、俺は夕日も沈みかけて暗くなり始めた街並みへ振り返る。
まだ、まだ四周目だ。少なく見積もってもこれまでの千倍の時間が俺の目の前には横たわっている。
この見慣れた街並みだって、まだまだ知らない事が山ほどある。
あの駅の近くの店は不定期にしか開店していないから、気にはなっているけどまだ一度も入った事が無い。そもそも何屋さんかすら分からないのが現状だ。
あのニグラス亭と反対側になる定食屋、店の表側は小汚いのに、裏手のゴミ捨て場は綺麗に整頓されている。場の見栄えではなく、食品や生ゴミの管理に重点を置いているのだろう。
あのアパートのあの部屋のベランダには何時も古めかしい軍服と軍帽、何やら魔術臭いマークの入った手袋が吊されている。誰か古い作品からクロスオーバーしているのだろうか。
まだある、まだまだある、まだまだまだある。
知らない事はたくさんある。見落としている物がたくさんある。
理論は完璧だった。足りないものは無かった。
だけど本当にそれを証明する事はできない。何しろ俺は、まだ全ての可能性を試した訳では無いからだ。
もしかしたら、俺の方にも問題があるのかもしれない。
ある朝トイレでこけて頭を打った衝撃で脳髄に電流が走り、唐突に車型タイムマシンの基礎理論が頭に思い浮かぶと共に機神招喚が出来る様になるかもしれない。
ある昼下がりに、食後のデザートに林檎を切っている最中に、細長く切られたリンゴの皮から宇宙の真理を見つけ機神招喚が出来るようになるかもしれない。
ある夜下がりに姉さんの中で果てた瞬間、恍惚の中で次々と素晴らしい魔術の新発見をして、ついでに機神招喚も出来る様になるかもしれない。
レポートは完全で完璧だが、更に向上させて完璧を超えてさらに分かり易く、お求めやすい形の内容に仕上げる事ができる。
まだまだ魔術の研鑽を初めて十年にも満たない。魔術師としての位階はまだまだ上げる事ができる。

「俺はまだ登り始めたばかりですから、この魔術坂を……!」

―――――――――――――――――――

(言葉の意味は分からないが、凄い自信だ)

両手を広げ、アーカムの街を迎え入れる様なポーズをとった自らの教え子を見て、シュリュズベリィ安堵と共に胸を撫で下ろした。
実の所を言えば、卓也の言葉はシュリュズベリィがここに居る理由を半ば以上当てていた。
シュリュズベリィは、卓也の精神状態を不安に思っていたのだ。
きっかけは、鳴無卓也の提出した機神招喚に関するレポート。
驚く程に纏まり、しかし情報に含まれる毒を薄める意図が欠片も無い簡潔な説明、そして容赦の無い直接的な描写。
僅か数十ページに満たないレポートに詰め込まれた機神招喚に関する革命的な理論。
それは科学、魔術の両面から考察に考察を重ね、魔術の秘奥の一つと名高い機神招喚の術式に一つの完全な答えを導き出していた。
その文章に指をあて、乾いたインクの感触を頼りに読んだシュリュズベリィは舌を巻き、眼球の存在しない目に鱗が詰め込まれてぼろぼろと零れ堕ちていく様な感動を覚え、背筋に怖気を走らせ、頭をふら付かせた。
常日頃から魔術に触れ、自身も並大抵では無い魔導書を執筆し所持し行使しているシュリュズベリィが、その余りにも冒涜的過ぎる内容に眩暈を覚えたのだ。
そして、次の瞬間に真っ先に思った事がある。
このレポートを、いや、この『魔導書』を世に出してはいけない、と。

(あんなものを書いたから、精神的にも危険な処まできているかと思ったが)

常人ならぬ魔術師であるシュリュズベリィですら心を情報の毒に侵されそうになる程の危険な文章の羅列、禍々しいほど理路整然として隙の無い魔術理論。
あのレポートを読み切れた時点で正気で生きていられたなら、確かにどんな素人でも機神招喚が行えるようになるだろう。
だが、あのレポートを読んで無事でいられるとしたら、それは機神招喚を行える位階の魔術師のみ。
それ程の位階に上り詰めた魔術師であるならば、あのレポートはそれほど重要でも無いだろう。後押し位にはなるかもしれないが。
だが、未だ位階の低い魔術師に読ませたらどうなるだろうか。
それこそ、どこぞの魔術結社にあのレポートが渡ったとしたら、下位の魔術師にあれを読ませ、鉄砲玉にする程度のことはしてのけるか。
シュリュズベリィは思う。あれはまともな行いに利用できない。
だから、そんな物を書き上げ、あまつさえその理論を実践した、などと言われた時にはシュリュズベリィは心臓が止まる思いだった。
思い返してみれば馬鹿馬鹿しい心配だ。何しろ、あのレポートを書き上げた本人がそのレポートを読んだと聞き、正気を失ってしまったのではないかなどと考えていたのだから。
結果として、彼の機神招喚は失敗に終わった。
術式にも術者にも何の致命的な欠陥がある訳でも無い謎の失敗。
鳴無卓也は落ち込んでいたが、それで良かったのかもしれないともシュリュズベリィは考えていた。
機神招喚を完全に物にした場合、彼が次に何を作るのか、あの猛毒の情報でいったい何を現すのか。
それを知るのが今しばらく後になるのであれば、それは世界の平和の為にも喜ばしいことだろう。

―――――――――――――――――――

そう、シュリュズベリィの心配は杞憂となる。
ガス抜きにより一時的に精神の均衡を取り戻した鳴無卓也は何事もなく旅立つシュリュズベリィを見送り、数ヵ月後に姿を晦ますまで何一つ事件を起こさなかった。
南極でクトゥルーと人類の総力戦が行われた時に、鬼械神とも破壊ロボとも異なる技術体系の巨大ロボットに乗って現れたという話をシュリュズベリィが覇道財閥から聞いたのは、何もかもが終わって数か月の時が流れてからの事だった。
ブラックロッジが壊滅し、南極の上空に現れた時空の門に大十字九郎が消え、鳴無卓也とその家族も姿を消し、壊滅状態のアーカムシティに戻ってきたシュリュズベリィ。
今彼は、秘密図書館に収蔵された一つのレポートを手に、思索を巡らせている。
そのレポートの表紙には、そっけない文字でこう記されている。

『機神夢想論』

シュリュズベリィから見ても、よく纏まった内容に見える。
機神招喚へ至るまでの様々なアプローチから、生きて招喚を行える様になる為の肉体と精神の改造法、理解が足りない術者の為の招喚補助アーティファクトの製造法に、これ以上無い程に細やかな手順が説明された機神招喚の術式。
シュリュズベリィが目を通した時点ではまだ銘も入っていなかったレポート。
今現在付けられているタイトルは、その理論を用いても自らは機神に至れなかったが故の皮肉か。
数度目を通す事によりその情報の毒に馴れたことで、シュリュズベリィはそのレポートに記された理論に一つの違和感を覚えていた。
そう、違和感なのだ。理論に間違いがある訳では無い。抜けがある訳でも無い。
ただこのレポートに記された機神招喚の理論は、自らが行使する機神招喚とは、何か、致命的な部分で違いがある。
シュリュズベリィは思う。自らの教え子はこの違和感を知覚していたのだろうか、と。
それとも、無意識であるが故に自覚できなかったのか。
肉体の反射を意識ではどうにもできない様に。自分の見た夢の内容を正確に把握できない様に。

「夢想、か」

それで良かったのかもしれない。
何処かへと消えた教え子の事を頭に思い浮かべ、彼はそう断定した。
もし、もしも彼がこの理論に沿って機神招喚を遂げていたら、何か恐ろしい事が起きたかもしれない。
漠然とした予感ではある。だが、その予感が当たっているか外れているか、もはや調べる事はできないだろう。
彼の教え子は、二度とこの秘密図書館に訪れる事は無く、自分の前に姿を現す事も無い。
そんな確信を抱きつつ、レポートを本棚の中に戻し、シュリュズベリィはその場から歩き出す。
久しぶりのアーカム、久しぶりのミスカトニックだが、今はのんびりとしている暇は無い。
拠点となるミスカトニックはアーカムという守りを失い丸裸、迫る脅威を払うのはシュリュズベリィの役目だ。
消えた教え子の心配はしない。
信じられない程に生き汚い彼等の事だ、きっと何処かでなんとかやっている。そう確信している。
何故なら彼等は、シュリュズベリィの自慢の教え子だからだ。
秘密図書館から外に出て、自らの魔導書を精霊化させるシュリュズベリィ。

「行くぞ、レディ!」

「オッケー、ダディ」

荒野と化したアーカムの空を、音を置き去りにして老魔術師が騎航る。
老魔術師──シュリュズベリィは、サングラスに隠された彫りの深い顔を歪ませ、不敵な笑みを浮かべた。






五周目に続く
―――――――――――――――――――

三分の一が主人公の日記で、しかも前の話とこの話の間に丸々三周目が収まっているという驚きの第四十二話をお届けしました。

ここで唐突に一部登場人物紹介

『フー=ルー・ムールー』
愛称であるフーさんが固定されつつある女傑。
製造される段階で刻み込まれる魔術の知識や肉体の構成物によって、新参入者から小達人に少し足りない程度までの間で魔術師の位階を与えられる様になった。
今回の話で死ぬ気で頑張れば鬼械神を招喚出来るようになったが、召喚した時点で戦闘後の死亡が確定する。
主人公作成のレポートを読む→発狂して死ぬ→主人公に取り込まれる→記憶を引き継いだ新しい個体が複製される→再びレポートを読む
のループを幾度となくというか91回ほど繰り返した挙句のパワーアップである。
発狂ついでに嬉ション属性とスカトロ属性が付いた。どこら辺の需要を見込んでいるかは不明。どこに向かっているかも不明。

『ニグラス亭の店主』
本名不明。『シュブさん』の呼び名は愛称であるらしい。
獣耳よりも獣角こそがアピールポイントであるが、本作品ではうっかり神様とロマンスに陥ったりはしない。
周毎に姿形が変わっているらしいが、それはあくまでも物の見方の違いでしかなく、本質的には同一人物。
褒め殺しに弱いというハーレム物ではありがちな落としやすいキャラ設定を持っているが、本作品では一切使用されない死に設定となっている。
この世界の大物との間に大量に子供が居たりするが、本筋の人物、団体、ストーリー、宗教、邪神とは一切関わりが無い事を明記せねばならない。
安らぎの店ニグラス亭は年中殆ど休まず営業中である。

『ラバン・シュリュズベリィ』
ミスカトニックの講師にして世界有数の邪神ハンター。
本作における主人公の恩師。
主人公の機神招喚理論はその半分程がこの人の術式発動を見て集めたデータで成り立っている。
次と次の話でもメインになる予定。


もう一週間かけてあと何千字か追加する予定でしたが、わりと綺麗に纏まったので一旦切ります。
何時も隔週みたいな速度ですけど、偶には文章短くして週刊でもいいですよね。
予告の内容が全く本編に入っていないどころか姉もサポAIも出てこないのは、この後に入る筈だったエピソードをそのまま次の話に持って行くから。
お陰で次の話も今回と同じ程度の長さに纏まってしまうかもしれません。
そんな訳で、次の話と併せて初めて真四十二話となる訳です。
実質、次の次がミスカトニック学生編の山場と考えてくれてもいいと思います。

そんな訳で、今回はゆらゆらと波の様に揺れる諸行無常な自問自答コーナーはお休みです。

今回もそんな感じで。
誤字脱字に文章の改善案、設定の矛盾への突っ込みにその他諸々のアドバイス、
そしてなにより作品を読んでみての感想、短くとも長くとも、短くも長くも無くとも、心よりお待ちしております。



[14434] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/02/20 17:13
「ん……」

心地よいまどろみの中にいた私は、カーテンの隙間から入り込んでくる光によって意識を覚醒させる。
何時もならここで二度寝三度寝四度寝と続けたくなる所だけれど、今日は十二分に睡眠をとったからか寝覚めが良く最高に気分がいい。
目を数度瞬かせてから目覚まし時計の所在を探し諦め、改めて私を目覚めさせた光を確認する。
窓の外から差し込んでくる光は茜色で、今日という一日が終わろうとしている事を知らせていた。
いくら私が朝に弱いからと言って、夜に眠って次の日の夕方まで長々と眠り続ける事はそうそう無い。あってもせいぜい月に一度か二度程度だ。
じゃあ、なぜこんな時間まで眠っていたか。
その答えを私が一々口にする必要はないと思う。
察しの良い人であれば、私が今布団の中で一糸纏わぬ姿である事と、私に抱きつくようにして眠り続けている愛しい弟──卓也ちゃんを見れば一発で理解してくれる筈だ。
今日も今日とて、私と卓也ちゃんは極々自然に互いを求め合い、睦み合い、貪り合って、互いに疲れ切った頃に自然に就寝した。
体力はお互いに常人並みにまで落としている。そうでなければ、私と卓也ちゃんは比喩抜きでこの世が終わるまで繋がりっぱなしになってしまう。
そうでなくても、最近の卓也ちゃんの求めは激しい。
理由は何となくわかる。今卓也ちゃんは精神的に非常に参っているのだ。
自覚こそ無いだろうけど、ループという環境はそれなり以上に精神に負担を強いる。
自らの知った顔、友人知人が暫く経過すると他人になってしまい、以前に構築した関係がリセットされる。
これは気にしないでいるつもりでも、記憶の方が混乱してしまい人間で言えば脳に非常に大きな負荷が掛かる。知り合いが他人になるというのは心の問題じゃなく、脳機能の面でも問題があるのだ。
でも、並みのトリッパーならこの時点でやさぐれるか十四歳ど真ん中病にかかって対人関係でヒッキーになってしまったりするところだけど、その点卓也ちゃんは何も問題ない。
様々な高性能コンピューター(中枢含む火星極冠遺跡、諸々のスーパーロボットの制御装置、デモンベインの初期人工知能とか)や超存在の頭脳(数十の雑兵悪魔に始まり、リョウメンスクナ、金神など)を取り込んだ卓也ちゃんであれば、その程度のエラーを吐いても何の問題もなく稼働できる。
じゃあ、何で卓也ちゃんはこんなに参っているのか。

「うーん、うーん……アイオーンちゃんマジ永遠……」

苦しそうに寝言を言いながら胸元に顔を埋めてくる卓也ちゃんの頭をあやす様に撫でつける。
ここ最近の卓也ちゃんの寝言は大体こんな感じで、鬼械神に関する夢でうなされているのだと一発で分かる内容ばかり。
『レガシーオブゴールドを懐中時計に改造したい』『ロードビヤーキ―が許されるのは男性向けエロCG集に何故か受け側で出演させされる糞餓鬼まで』『クラーケン(コスト1000)』『皇餓アストレイのあれ再開希望』『サイクラノーシュ残機×3』『ベルゼルートと名前が似ててややこしいから宇宙バルサン』『ネームレスワンぺろぺろ』
挙げ出したらきりが無い程、毎日毎日そんな寝言を吐きながらうなされている。
無理もない。卓也ちゃんのこれまでのパワーアップ方法を考えれば、よくもここまで長期に渡って努力出来たモノだとも思う。
トリッパーとして考えれば、十年にも満たない努力というのは時間としても少なく、まだまだ努力が足りないと思われるかもしれない。
でも、考えてもみて欲しい。卓也ちゃんはこの世界に来てからの四周、八年もの間魔術の研鑽を積み重ねてきた。
八年やそこらで、なんて軽く思ったらいけない。
実生活で八年もかけて研究し、実用化に成功し、しかし自分は何故かそれをうまく使いこなせない。それがどれほどの虚無感を生み出すか。
……私は、何で卓也ちゃんが機神招喚を成功させられずにいるのかを理解している。
でも、それを教える訳にはいかない。それは、自分で気付いて初めて価値が出るものだから。そうして初めて身に付くものだから。

「う、ん……、……おはよう、姉さん」

卓也ちゃんが眠たそうに眼をこすりながら、それでも笑いながらおはようと言ってくれた。
どんなに精神的に参っていても、私と話すときは精いっぱいの笑顔で元気そうに振舞う。
私を心配させないために。やっぱり、どんなに成長しても、卓也ちゃんは卓也ちゃんだ。
私の、大切な大切な、世界で一人だけの愛しい弟。

「うん、おはよう、卓也ちゃん。あのね、お姉ちゃん、一つ提案があるの」

「何? 何か面白いこと?」

だから、私は少しだけ後押しをして、何時もの様に見守ろう。
弟の成長を見守る事、それが姉の役目なのだから。

―――――――――――――――――――

×月×日(息抜き!)

『デモンベイン世界での生活も五周目を迎え、もうそろそろ十周年』
『しかし俺は五周目を始めた当初、目出度いを通り越して、僕は憂鬱だよハレルヤ……みたいな気分になっていた』
『なんだか前の周の途中でシュリュズベリィ先生に俺はまだまだ大丈夫的な事を言っていた気がするのだが、よくよく考えなくてもあまり大丈夫ではない』
『なにしろあの機神招喚に関するレポートを書く上で、俺は持ち得る限りの知識を総動員したのだ』
『正直、現時点で手に入れられる魔導書はすべて取り込んでしまっている以上、あの理論は先には進めようがない』
『しかし、未だ持って逆十字辺りならともかく、大導師どの辺りとやり合ってどうにか出来る自信(せめて確実に逃げられるようになりたい)も無い以上、下手に魔術結社から強奪、なんて真似もできない』
『八方手詰まりの状態で始める五周目、十周年なのに何一つめでたくない』
『しかし、そんな俺の精神状態を一発で見抜いたのか、姉さんがある提案をしてきてくれた』
『デモンベイン世界に来てから姉さんが俺の強化方針に口を出してくれるのは初めてだったが、その内容は俺にとっては新鮮なものだった』
『細かい部分を省いて要約すると、今までは力の強化にばかり拘っていたけど、ここらで一つそこら辺の事を忘れて、ひたすら非生産的な行為に明け暮れてみてはどうか、というものだ』
『なるほど、確かにそれは面白そうだ。何の意味もない辺り特にやりがいがある。これがいわゆる、真面目に不真面目というものだろう』
『今周はスタートしてから三週間ほどを姉さんとのひたすらただれた生活で消費してしまったが、ここらでしっかりとふざける為にもミスカトニックへの入学の手続きを行わなければなるまい』

追記
『姉さんとのプレイの一環で、人間体から変化出来ないようにしてエロい薬打ってボンテージで拘束してヌメヌメした触手の中に放置しておいた美鳥の事をすっかり忘れていた』
『何だかんだで二週間も放置していたせいか、すこし知能に支障をきたしていたので再構築する羽目に』
『少しばかり面倒臭いが、四六時中エロい事しか考えてない美鳥では助手として使えないので仕方が無い』
『まぁ、デモンベイン世界にきてからアップデートしていなかったし、丁度いいと考えるべきか』

追記の追記
『美鳥の出した様々な液体を掃除するのに手駒としてフーさんを複製した』
『が、前回初めて鬼械神での戦闘を経験した余韻に浸っているのか、恍惚の表情で立ったままアンモニア臭のする液体を漏らし始めた』
『今度からフーさんを複製する時はオシメをデフォルトで装備させておくべきかもしれない』

―――――――――――――――――――

「おにーさん、ダイナモ頂戴」

素直に大学からの招待を受け、正々堂々とアーカムに乗り込み、ミスカトニックに入学してから数か月。
一日の全ての講義を終え、夕食後のくつろぎタイム中に美鳥が不思議な事を言い出した。
ダイナモとはつまり、サンダルフォンから取り込んだ装置、魔導ダイナモの事だろう。
実際にそんな名前なのかは知らないが、魔力の素粒子である字祷子を取り込んで循環させ力に変えるダイナモである以上、俺には他の名前は思いつかない。
大体、いい感じじゃないか、魔導ダイナモ。如何にもそれっぽい名前で。

「いいけど、何に使うんだ? つうか、前回のアップデートの時点でお前の中に内蔵されてたと思うんだが」

「そうよ美鳥ちゃん。このあいだ変神見せてくれたじゃない。あれでも十分かっこよかったわよ?」

美鳥が変神する、カラーリングに迷った結果いいのが思い浮かばず結局女性版サンダルフォン(微妙にデザインが違うので黒いメタトロンにはならない)みたいな感じになった真黒な姿の機械天使。
まぁ、変身してもメタトロン程胸が強調されたデザインにならないのは、ベースがサンダルフォンである事と、美鳥のインパクトの少ない並前後平均乳に問題があるので仕方が無いにしても。
天地の構えもかっこよかったなぁ。自分で変身するのもいいけど、やっぱり変身後の姿をじっくり眺めるなら自分以外を変身した方がいいと再確認できたし。

「いあいあ、じゃない、いやいや、あくまでもこれは儀式的なもんだから」

「儀式ねぇ」

とりあえず、全身にくまなく組み込んだサンダルフォン形式だとかさばるので、もっとエネルギー生成機能を高効率化した小型のダイナモを掌の上に生成する。
魔術系の技術である為に強化しても一割増程度かと思いきや、これは機械的な構造を持っているのでかなりの倍率の強化が施されている。
これ一つで小さな町程度の電力なら余裕で賄えてしまうほどのモノだが、美鳥に搭載しているものはその全身に合わせたものである為、これよりもよほど高性能になっている。
あくまでも儀式的なものであるというのならこの程度のものでも構わないだろう。

「あ、渡す前にお姉さんの方に一回渡して」

「ふんふん、それでお姉ちゃんはこれで何をすればいいの?」

「うん、それを今度はあたしに渡してくれればうれしいなぁ」

俺が作り出したダイナモが、俺から姉さんに、姉さんから美鳥に手渡される。
美鳥はそれを手に取り頷くと、口の中に放り込んでごくりと飲み込み取り込んでしまった。
既に取り込んだモノを取り込み直しただけなので、眠くなったり発情したりはしない。

「……で、結局今のやり取りにどんな意味が?」

「いや、これで『兄貴に貰ったダイナモがある!』とか『姉貴に貰ったダイナモがある!』とか言いながらピンチの状況から抜け出せるフラグが立つかなぁと」

「あぁ、確かに真空地獄車ってネーミング、結構野蛮でカッコいいわよね」

「きりもみシュートってネーミングも割と直情的だよな」

美鳥も姉さんも俺も意外とライダー好きだけど、俺達ってどちらかと言えば退治される側じゃないか?
そんなどうでもいい考えが思い浮かんだが、姉さんが一度ディケイド劇場版の世界をぶち壊しにしていた事を思い出し、俺はツッコミを放棄した。

―――――――――――――――――――

◆月●日(作ったバイクで走りだせ、行き先も、わからぬまま)

『入学してから半年程が経過して、俺と美鳥もそれなりに実績を積み重ね、学術調査などに使われる武装の作成を頼まれたりする様になった』
『今回の依頼はミスカトニック大学図書館特殊資料整理室の人から頼まれて、移動速度が速過ぎて追えない怪異に対する追跡手段としてバイクを作成』
『報酬はシュリュズベリィ先生の学術調査への同行許可だ。怪異相手に無双したり同級生どもを助けたりして遊ぶ為にはうってつけ!』
『そんなこんなで突貫作業で一台作成。ハンティングホラーほどではないが、並みの怪異から初期のマギウススタイル大十字程度なら一発で轢殺可能な素晴らしい作品が仕上がった』
『デザインは、ブラスレイターコンセプトワークスの四十三ページ下段と言えば分かり易い。変形は出来ないが大体そんな感じだ』
『実の所を言えばあの試作バイクはその構造上、どんなに頑張っても曲がるというアクションを行えないのだが、まぁライフル一丁で邪神の子供に立ち向かおうという勇者なら気合いでコーナーリングもどうにかできるだろう』

―――――――――――――――――――
◆月×日(だからヘルメットをかぶれと言ったのに)

『モーガン君は犠牲になったのだ……。曲がれないバイクの犠牲にな』
『少しばかり全身の骨が拉げて内臓飛び出していたから、アーミティッジ博士に見つかる前に開発中の新薬で修理しておいた』
『この新薬こそ医療用ナノマシンとUG細胞と詫びと黄金の蜂蜜酒を組み合わせて造り出した全く新しい人体蘇生薬!』
『蘇生したモーガン君は暫くの間レントゲン要らずの透視人間になったってさ』
『その後、モーガン君は傷一つ無く直したのに、アーミティッジ博士に脳天をぶん殴られた。何故だ』
『でもアーミティッジ博士も人を殴ると自分が痛い(強度の違い的な意味で)という事を理解して貰えたと思うので気にしない事にする。五代は何時もこんな痛みと共に闘ってるんだぞ、と』

追記
『で、でたー! アーミティッジ博士の伝家の宝刀、聖別されし魔術的ブラックジャックだぁぁ!』
『中身の金属球が全部拉げたので弁償した』
『正直、自分の頭に振り下ろされた凶器の修理代を出すとかマジで非生産的だと思う』

―――――――――――――――――――
◆月◎日(非生産的な生産再開!)

『ライフル片手にバイクにまたがったモーガン君にも非があるけど、曲がれないバイクにも責任の一割程度はあると思うので作りなおし』
『今度は九〇式をベースにしたモノバイクを作ってみた。性能は大人しめに抑えたけど、いざとなれば空を飛べるから別にいいよね』
『アメ公共の変身の掛け声とか知らないから、口結は全部ドラゴンナイト風に『カァメンライドゥッ』で統一して、予備も含めて説明書と共に五台程納入完了』
『一晩かけてノリノリで書いたお手製説明書を読んだウォーラン米が泡吹いてぶっ倒れた』
『数打劒冑を金神側から見た見解を含む抒情的な説明書だったが、前衛的過ぎて読んだ人の脳が耐えきれないらしい』
『五周目初執筆の魔導書はバイクの説明書である(笑)。いや笑えないがな』
『分かり易く事細かに解説すると魔導書になってしまうらしいので、百円電卓の説明書みたいな一枚の紙にシンプルにまとめた』
『今、アーカムシティの路地裏の平和は六派羅制式採用の劒冑が守っているとかいないとか』
『あの人達は基本的にブラックロッジに絡まないらしいから安心だね!』

―――――――――――――――――――
■月●日(劒冑ではしゃいでたアーミティッジ博士がぎっくり腰で倒れた。爺ェ……)

『一回、劒冑の力が破壊ロボに通用するか聞かれたが、流石に数打でそれは無理があると否定しておいた』
『辰気操作とかを組み込んだ真打ならどうにかなるかもしれないが、むさくるしいおっさんの為にフーさんや貴重なロリ蝦夷を消費したくない』
『それに、フーさんや蝦夷はいくらでも代えが利くけど、クロックアップした鍛冶場を作るのは俺なのだ。面倒臭くてかなわない』
『代わりに破壊ロボを一発で破壊できる(追加効果・街も吹き飛ぶ)廃墟弾を作ろうかと言ったら、何故かシュリュズベリィ先生に納品する事になった』
『俺は学生であって便利屋じゃない!とか非生産的な抗議をして満足したので十発程納品した』
『置き場が無い上に整備も出来ないらしいので、覇道財閥からレンタルしている空母預かりになるらしい。メンテナンスフリーにしておくべきだったかな』

―――――――――――――――――――
▲月▼日(そろそろ二年に進級ってところで)

『シュリュズベリィ先生が学術調査に連れてってくれるらしい。美鳥とハイタッチして喜びをあらわにし、みんなから苦笑をもらった』
『やったねたえちゃん、邪神眷属側の犠牲者が増えるよ!』
『姉さんがお祝いに御馳走を作ってくれた。アーカム・トルム肉のステーキだとかなんだとか』
『美味いぜ美味いぜ美味くて死ぬぜ。食って生まれた有り余る体力は姉さんとのプロレスごっこで消費した』
『キスの度に何時もとは違う肉の味がした。ペロッ……これは、ステーキ!』
『まぐわいながら何時もの味に戻るまでキスをした。やっぱり姉さんの舌の粘膜は激美味い』
『ストレートにそう言ったら頭を小突かれて割れた。愛が痛い』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

邪神、と言われて、真っ先に思い浮かべるモノはなんだろうか。
特定の邪神を崇拝せず、なおかつ魔術に明るい人種が真っ先に思い浮かべる邪神は、最もその眷属を含む類型に出会う可能性の高いものである事が多い。
何故なら、最も遭遇する可能性の高いモノこそが、最も直接的な危険性の高いものだからだ。
では、最も接近遭遇しやすい、邪神に連なるモノとは何だろうか。

「うりゃ」

それは和製の雰囲気を持つ、刃の分厚い太刀に唐竹割にされた蛙や魚を類人猿型に引き伸ばした様な化け物、すなわち〈深きものども〉である。
地球の大半を覆い尽くす海を住み家とし、海辺の港町などを隠れ蓑にして活動する彼等は、生まれて十数年から数十年程度であれば人間に紛れて生活する事も不可能では(『上手く』紛れる事が出来るかは置いておくにしても)ない。
この様に、活動範囲の広い彼等は、一般人含む人間ともっとも出会う確率の高い種族であると言っても過言では無い。
そしてその遭遇率の高さは、魔術を持って怪奇に立ち向かうミスカトニック大学陰秘学科の学生や教授にとっても例外ではない。
更に言えば、ミスカトニック大学の学術調査はシュリュズベリィ教授の鬼械神の運用の為、投下用の爆弾を搭載する空母が必要となる。
この覇道財閥から貸し出された空母を現地への足とする為、必然的に空母で近くまで向かえる場所が調査の場所になり、結果として海の者、〈深きものども〉の相手をする回数が多くなるのだ。

「た、助かった。ありがとう!」

「いえいえ、どう致しまして」

半分に分割した〈深きものども〉に捕まりそうだった青年──ミスカトニックの院生──からの礼にお座成りな返事をしながら、卓也は再び太刀を横薙ぎに振るう。
弱点である鰓を、その上の頑強な鱗ごと叩き切り、刃に血が纏わりつくよりも早く振り抜く。
斬り裂く段階で刃を差し入れる角度を調節し、返り血が掛からないように死体の倒れる向きを調節する。
卓也はそれを無感動に眺め、場を仕切り直す様に一度太刀を振るった。
その刃が決して届かぬ程度の距離を置き、〈深きものども〉が卓也を取り囲んでいる。
いや、取り囲んでいる訳では無い。近づこうとして、しかしその剣気に本能的な部分を無意識に刺激され、脚を止めてしまうのだ。

「ふぅん」

自らを取り囲む〈深きものども〉の取る距離に感心した様に鼻を鳴らし、卓也は明後日の方向に首を曲げ呼びかける。

「せんせぇー! あなたの生徒が化け物に囲まれて大ピンチなんですが、何か思うところは無いんですかねぇ?」

その呼びかけに、群がる〈深きものども〉を蹴散らしつつ他の生徒の面倒も見ていた先生──シュリュズベリィ教授は、不敵な笑みを浮かべた。

「そうだね、君や君の妹の相手をさせられる彼等には同情を禁じ得ない、と言ったところか」

「嘘でもいいから、ご自分の生徒を心配する素振りくらい見せて下さいな」

卓也は肩をすくめ、太刀を構える手とは反対の手を懐に潜りこませ、一冊の文庫本を取り出した。
一見何処にでもある文庫本だが、それは通常の書物ではありえない程の濃密な『気配』を溢れださせている。
ぱらぱらと片手で捲るその文庫本のページには多くの書き込みがあり、白い部分が殆ど存在しないあり様である。

「仕方ない、助けもあてにならないし、ささっと片付けようか」

その文庫本のタイトルは『ネクロノミコン新訳』ネクロノミコンの祖であるアル・アジフの、最も新しい子孫とも言える魔導書だ。
魔導書から質量を持つ程に濃密な魔力が溢れ出し、術式の型に乗っ取り世界の法則を捻じ曲げる。
何が起こるか理解できないまでも、何かが起こる前に阻止しようと〈深きものども〉が本能からの制止を振り切り突撃し──
あっさりと、全ての〈深きものども〉は殲滅された。

―――――――――――――――――――

さて、無事に魚人の群れを殲滅し、あたし達は覇道財閥から貸し出された空母の中、食堂でご飯を食べている。
流石はニトロ世界というかなんというか、やはり主食となるのはパンでは無くライス、すなわち米食で、なんと週に一度はカレーも出る。
別段海軍でも何でもないのだけど、このカレーを出される日を基準にして週の感覚を忘れないようにしているらしい。
生体機能としてではない、文字通りの体内時計を備えるあたしとお兄さん的にはそういった気遣いは無用なのだけれど、週一で美味しいカレーにありつけるのは本当にうれしい。
学術調査とは言っても、実際に邪神眷属群などの活動拠点を潰したり、持ち主の居なくなった拠点の調査を行う時間よりも、やはり移動の時間の方が長くなってしまうのだから、移動中の嗜好品はあって困るものでも無い。
あたしは、船と言えば一年近く乗り続けていたナデシコが印象深いのだけど、普通に海の上を進む船というのは、移動にかなりの時間を必要とする。
だからこそ、こういった移動中のメンバーのメンタル面でのケアは重要になる。
このカレーには、そういった船員や学生達の精神面を安定させる効果も含まれているのだろう。

「ねぇ、ミドリ、まだ?」

「まだまだ」

あたしはそんな事を考えつつ、中腰でこちらに臀部を向けているハヅキに、先ほどから何度も繰り返している返事を返した。
突きだされたパンツを穿いているようで穿いているのかどうかいまいち分かり難い尻肉を見つめ、手に持ったカレーからスプーンで一口分カレーライスを掬い、口に運ぶ。
うん、美味い。ナデシコよりもヨコハマ基地近くの食堂を思い出す味だ。
素朴というか、ガテン系っぽいがっちり系の盛りというか。
そして、ハヅキの尻を見る。
丸い。と一言で言いきるには惜しい尻だと思う。
ハヅキの背丈というか、外見の年齢は育ちの悪い小学校高学年程度だと思うのだけど、尻から太腿にかけての肉の着き方は何と言うか、ニトロクオリティというのだろうか。
お兄さんが言うには、バージョンアップを重ねる前の初期のあたしの身体もこんな感じだったらしい。
もしそれが本当なら、もうチョイ押せ押せで行けばお兄さんもぐっと来てくれたのではないだろうかとハヅキのエロさを称えるふりをしつつ自画自賛してしまいそうになってしまう。
つまり、いい尻だ。なんでこの娘にはエロパートが存在しないのだろうか。
細マッチョ老人と幼女の組み合わせがニッチ過ぎるからだろうか。もったいない。
あたしにレズビアンの気は無いけど、この尻が無茶苦茶にもみしだかれたり何度も何度も掌でぺしんぺしんと叩かれて真っ赤に腫れ上がる所なんて、想像するだに素晴らしい光景じゃないだろうかと愚考するしだいだ。
仮にアクセサリーを付けて貰うとしたら、取っ手の所がハートマークになったアナルパールを限界まで差し込んでしまうべきだと思う。
んで、異物感に身を捩じらせる度に尻穴から覗く小さなハートマークがぷらぷらと揺れる。
最高じゃなイカ……。いざとなれば触手をうならせても構わないと思わないでもない。
そんな想像をすると、それはもう食が進むの何の。スプーンが皿と口の間を何度も何度も行ったり来たりしても仕方が無い事じゃなイカ。

「うぅ、ミドリ、もう勘弁してよ。カレー食べ終わるまでじゃないの?」

「ちょっと待て、今いいところなんだから」

頬を朱に染め、困ったように眉をはの字にさせたハヅキの歎願なんて聞こえない。
だけど、もうそろそろカレーも底を尽きる。興奮に任せてついつい食べる速度を上げてしまったのがいけなかったのか。
仕方が無いので、あたしは懐の魔導書から、ある術式を起動させた。

―――――――――――――――――――

比喩表現では無く、文字通りの意味でハヅキちゃんの尻をオカズにしてカレーを食べている美鳥から少し距離を置き、俺とシュリュズベリィ博士は食後のコーヒーを啜っていた。

「君の妹は、なんというか、本能に忠実だね」

「そこはマジで申し訳ない」

仮にもハヅキは魔導書の精霊、しかも実体化にはシュリュズベリィ先生の魔力に依存するらしいのだが、美鳥はハヅキちゃんの尻を眺め続ける為、特殊な魔術装置を用いて自分から実体化に必要な魔力を送っている。
そもそも、美鳥が一方的にハヅキに尻を差し出させているのも、先日の戦闘でシュリュズベリィ先生が手を貸してくれなかったからであり、そもそもクトゥルーの戸口となる超空間ゲートを潰す作業をしていたから、別段美鳥自身は苦労していなければ助けも必要として居なかった。
が、何故か数分に渡る美鳥の熱烈な説得により、シュリュズベリィ先生ではなく、何故かその魔導書がペナルティを追い、美鳥が一方的に得をするような形になっていた。
魔術の研鑽にばかり目が行っていて気付かなかったけれど、ミスカトニック大学での九年にも及ぶ学生生活で、言葉に説得力を乗せる力も身に付いていたらしい。
思い返せば前の週のラスト、南極大決戦でも一周目よりもスムーズに援軍に加わる事が出来たし、そのお陰で最終決戦直前のデモンベインを取り込む事も出来た。
更に言えば、姉さんも最近はマンネリ回避の為の少しだけ特殊なプレイにも恥ずかしそうにもじもじしながら控えめにこくりと頷いて『そういうの、馴れて無いから、卓也ちゃんがリードしてね』とかうあわあああああ姉さん可愛いいやっほぉぉぉぉぉぉぉおおおおうっ!

「大丈夫かね?」

「俺の頭は何時になく絶好調ですが、何か?」

学術調査に出る前日の姉さんとの一夜の回想を経て翼を得た俺の妄想は力を押し上げる螺旋も使わず空へ、空へ!
見事に大気圏を突破した俺の妄想は、宇宙空間のダークマターを蹴りその反動で更に加速。
只管に宇宙空間を駆け抜け、遂には作中で唯一と言っていい程にレアな名前付きの宇宙からの侵略兵器を相手取り涙目になりながらも必死で戦い続ける世にも珍しいツインテ凸ツンデレCVパクロミのヒロインの変身する宇宙戦争の英雄のなれの果ての顔の脇辺りに到着。
『見てる。俺も見てる。姉さんも見てる。君は何のためにここに居る!』
無論、俺と姉さんの茶飲み話のネタにする為に居る事は間違いない。あれほどまったりと落ち付いて見られるSF?も珍しい。リメンバー九十年代NHKアニメ。あーのそらをふふーふふーん。
姉さんが行った事があるのはアニメ版の方だけらしいが、やはりおでんパンは美味しくないらしい。
因みに、姉さんが珍しく空気を読んでストーリーに手出ししてショートカットさせなかった貴重な作品でもあるとか。

「いや、鼻血の事なのだが」

なるほど、この鼻から垂れる熱く赤い液体を、どうやら先生は鼻血であると誤認してしまっているらしい。
だが、それは勘違いも甚だしい。これはもっと抒情的で夢(ロマン)に溢れた物なのだ。

「先生、これは鼻血ではなく、愛です。俺の姉さんへの堪え切れない愛が、俺の肉体という未だもって卑小なる器から零れ落ちているのです。赤は情熱の赤なのです」

「ふむ、気の毒な教え子には腕利きの精神科医か脳外科医を紹介したいと思うのだが、どうかね?」

「俺、人間の精神を弄繰り回す事に関してはそこらの町医者より余程回数こなした自信がありますよ。脳味噌はインプラント系のが得意なんで、外科手術はあんまり経験無いですけど」

魔術耐性の無いスパロボJ世界だと認識阻害無双しまくりだったし。
フーさんも魔術要素入れて発狂してから、治るまでは何度も作り替えて失敗して殺して取り込んで作り替えての連続だったし。
ああ、でもインプラント系も回数こなしてないな。メメメはオーバードーズだったし、飾馬のはインプラントしたって言うより間違って混入したってのが正確だしな。
ううむ、そう考えると人間の脳味噌、いや、人間の肉体ってのはかなり研究し甲斐がありそうじゃないか。
幸いにして、超人系なら死にたての東方不敗の死体も作り出せるし、常人でもアーカムなら身寄りも無く戸籍も無い人間なんて幾らでもいるし。

「……毎度思うのだが、君達は何故わざわざミスカトニックに入学を?」

「二年に上がる段になって、いや、もう二年生か。二年生になってまでそんな事を問われるとは思いませんでした」

実際、そういった疑問を持たれるのも仕方が無いと思う。
今までなら魔術の研鑽の為に、と即答する事も可能だったかもしれないが、生憎とこの周の俺達はそこまで建設的な理由で入学した訳では無い。
科学と魔術の融合がどうのと活動しては居るが、それも今までの流れで続けているだけの事。
しかも、これまでの周で学んだ事を吐き出しているだけなので、実質大学では魔道機械を弄るか講義を聞いて何度も同じテーマで書いたレポートを提出するだけ。
今回の俺達は、ミスカトニックで何一つ益を得ていない。

「何、実際に君達の腕前の程を見て、改めて疑問に思ってね」

ちらりと、シュリュズベリィ先生が美鳥とハヅキの方に目(目?)を向ける。
カレー一杯を食べ終える寸前だった美鳥が、まるでビデオの巻き戻しの様に口からカレーライスをスプーンで掻きだし、皿に盛りつけていく。
何も人間ポンプの真似事をしている訳では無い。あれはアル・アジフから取り込んだ記述の一つ、『ド・マリニーの時計』による時間逆行魔術。
戦闘で使えるレベルかどうかはともかく、こういった日常の一コマで使える程度には制御できるようになった術式の一つだ。
ハヅキちゃんが魔力が動く気配を察知して振り向き、美鳥に対して憤慨しているが、美鳥は何事か言いながら、どこ吹く風といった具合に受け流している。
カレー一杯を食べ終えるまでハヅキの尻を鑑賞し続けていいという約束だったが、カレーを反芻してはいけないというルールも存在してないとでも言っているのだろう。
シュリュズベリィ先生は、美鳥がカレーを吐き出しているという事実を完全にスルーし、今発動した魔術にのみ着目している。この人も大概だよな……。

「あれほどの魔術を行使できるのであれば、ミスカトニックではあまり学ぶことが無いのではないか?」

「そりゃ、見解の相違ってやつ、でも無いですね。ええ、実際問題、俺も美鳥も今後ミスカトニックを出るまでに、何か有益な知識を得られるとは思って無いです」

何しろ、今周は自己の強化は忘れてひたすら遊び倒すと決めているのだから。
本当なら海に最高濃度の金神エキスを垂れ流して劒冑技術の発展を促したりしてもよかったのだけど、たったの二年でそれをやるのは無理があるので諦めた。
この世界はもうジェット戦闘機があるから、劒冑じゃ空の王者にはなれないしな。
俺の返答に、シュリュズベリィ先生は手に持ったコーヒーカップを揺らし、思案顔になる。

「ううむ、では何故ミスカトニックに? 言ってはなんだが、ここはあくまでも知識を得て学ぶ場所だ。魔術の研鑽を積むのであれば、独学の方が上手く行く事だってある」

そんなシュリュズベリィ先生の言葉に、その言葉の内容に、俺は思わず顔をほころばせてしまう。
あぁ、この人は俺達の事を本気で案じてくれている。声に込められた感情が分かる。伊達に九年以上この人の生徒をやっていない。
俺達がミスカトニックで無駄な時間を過ごしているのではないかと心配してくれている。
一年中世界を飛び回っている様な人だけど、それでもこの人は立派に教師として成立している。

「長い長ぁい人生、寄り道だって必要でしょう。それに、ミスカトニックには恩師の様子を見に来てるようなもので、入学して講義を受けているのはおまけの様なものですよ」

「恩師? 君達の魔術の師がミスカトニックに居るのか」

俺はシュリュズベリィ先生の問いに、手に持ったコーヒーカップに注がれた液体(もちろんミルメークのコーヒー味だ)の揺れる様を見ながら、少しだけ考える。
薄茶色の液体の水面には、これまでのループでの回想シーンが映し出されそうな気分。

「ええ。もっとも、あちらは俺達の事を覚えておられないでしょうけどね。それでも、俺達が一端の魔術師に指が届きそうな場所に来られたのもその恩師のお陰ですから、遠くから一目だけでも、と」

遠くも無いし、覚えていないというのも語弊があるが、意味合い的には変わらないだろう。
これまでの四周でのシュリュズベリィ先生はそれぞれ別人としてあつかうべきだし、目の前の五周目のシュリュズベリィ先生と混同するのも間違っている。
だが俺と美鳥にとって、それが何回目のシュリュズベリィ先生であったとしても、魔術方面での恩師である事に変わりは無いのだ。

「ふむ」

「……なんです?」

これまでの周のシュリュズベリィ先生の事を思い出していると、今の周のシュリュズベリィ先生が興味深そうな顔、というより、面白そうなでこちらを見つめて(目は無いが)いた。

「いやなに、君達にそこまで言わせるのであれば、余程優れた魔術師なのだろうが──」

「ぶっ、く、あははは」

シュリュズベリィ先生の言葉に、俺は思わず噴出し、次いで耐えがたい衝動に駆られ、のけぞって笑ってしまった。
知らないから仕方が無いとはいえ、この人の口からここまで直接的な自画自賛が聴けるとは!
多分、シュリュズベリィ先生は『ミスカトニックにそこまでの魔術師が居たか?』という疑問を覚えているのだろうが、駄目だ、笑える。
これは偶然にしても出来過ぎている。堪えられない、笑い過ぎて涙が出てきた。

「……おかしな事を言ったつもりはないのだが、もしや、実践的な魔術師ではないのか?」

「ひぃ、ひぃ、あー、いや、モロに実戦派の人ですよ。俺が知る限りの話ですけども地球上の魔術師の中でもバリバリ最強NO……、2か3か4位にはランクインできそうなレベルで」

どうにか笑いが収まってきた頃に、一応の訂正を入れておく。
ミスカトニックでそんな条件に当てはまる講師はそうそう居ないのだけど、まぁ、そこら辺は深く追求してくるほど無粋な人じゃあ無いだろう。
今回はミスカトニックからの招待を受けての正面からの入学だし、身元を怪しまれる様な事もしていないしな。

その後、美鳥がハヅキちゃんの尻を視姦するのに飽きるまで、俺とシュリュズベリィ先生は他愛の無い話を続けた。
学術調査を終えた後だから見る事の出来る、平和な一コマである。
―――――――――――――――――――

▽月▲日(お前は虎だ!虎になるのだ!)

『虎にはなれんが、バクゥやラゴウにならなれないでもない。変わり種じゃ見せ場も無く死んだDG細胞改造ラフトクランズ赤とかもあったか』
『しかしここで言う虎とは物言わぬ四足の獣の事では無く、白いマットのジャングルを縦横無尽に駆け巡る虎仮面の事だ』
『まぁ、何が言いたいかと言えば、偶には慈善事業なんていう非生産的な行為に耽るのも悪くは無いじゃないか、という話だ』
『もちろん、ブラックロッジに目を付けられたくないので、アーカムシティの街中に突如としてちびっこランドを建設する訳にはいかないのだが、恵まれないジャリガキの頭に金塊落としてやる程度の事はやぶさかじゃないというか』
『色々と手続きが面倒なので、適当にメダル状に加工した純度ほぼ百パーセントの金貨三十枚をユダ張りに教会の中に投げ込んでおいた』
『罪悪感と負い目とおっぱいが服着て歩いている様なあそこのシスターなら、あの金で人生狂うなんて事も無く上手く活用してくれるに違いない』
『本当はあそこの魔術の素養に優れた少女は食べておきたい(捕食的な意味で)が、今周は出来る限り非生産的な行為に明け暮れると決めているので諦めよう』
『今回あの教会に入り浸ってガキやシスターと微妙に親交を深めたのは、あくまでも寂れた教会で子供と遊ぶという非生産的な行為が目的なのだから』
『べ、べつに折笠声の褐色肌の子供が邪神の分霊じゃないかって疑って、確認のために通い詰めた訳じゃないんだからね!』
『でも、米屋さんの乱入ありおままごとを教え込む事に成功したのは間違いなく生産的な行為だと思う。不倫の子や修羅場を生産する的な意味で』
『あのガキどもが成長するまで見届けられたら、成長し女になった女の子を取り合う昔からの親友の二人の熱い友情的なパートも見れたんだろうになぁ』
『悔しいから女の子ナノポして『一人の幼馴染の女の子を無二の友人と取り合っていたら、今まで女の子とのイベントなんて欠片もクリアしていなさそうな年上の男性に横から寝盗られた』というトラウマ経験をさせてやろうかなぁ』
『ロリコンとか非生産的だけど非生産的なのが今のテーマだし、どうせループすれば無かった事になるから、ポさせるだけなら面白いかな。姉さんと美鳥に相談してみよう』

―――――――――――――――――――

唐突だが、アーカムシティにおける鳴無句刻は、極々普通の主婦という事で通っている。
別に自分でそういう設定を付け加えた訳では無く、普段の立ち振る舞いや言動、街の市場で見かける人々が勝手にそう判断しているのだ。
金遣いが荒い訳では無く、一般的な家庭が消費する分だけ食材や生活必需品を買う姿や、時折同年代の男性と腕を組んで歩いている姿から、新婚夫婦か何かと思われている。
しかし、その同年代の男性が彼女の実の弟である事を知るものからすれば、彼女への評価はがらりと変わる。
実の弟とそこまで親密に振舞い、それに何ら不自然さを感じていない所から、彼女は重度のブラザーコンプレックス持ちの、いわゆる残念な美人という評価になり、敬遠するようになる。
最も、ここはあらゆるものが集まる街、アーカム。
彼女のその特殊な性癖を知りつつ、しかし避ける事無く知人としての付き合いを続ける者も多い。

「あらあらまぁまぁ、じゃあ、弟さんも妹さんも暫くはアーカムに?」

孤児院を兼ねた教会でシスターをしている、ライカ・クルセイドは、その奇特な人間の一人だ。
様々な事情で唯一の肉親である弟と敵対し、周囲の知人たちにも弟が居る事を知らせていない彼女は、弟、姉と弟という類の会話に対し非常にストレスを感じてしまう。
だが不思議な事に、鳴無句刻との会話においてはそういったストレスを感じずに居られるのだ。
……もっとも、それは異世界からの来訪者、いわゆるトリッパーである鳴無句刻の持つ多くの特性の内の一つである『悩みを感じなくなる雰囲気』『異様に癒される雰囲気』に無意識の内に絡め取られているからなのだが。
これはその世界において重要な役割を背負い得る、業子力学で言う『強いカルマ値を持つ人物』に対して強く作用する力である為、極一般的な人生を送る人々にはあまり効果が無いのだが、それは今のところ関係の無い話だろう。
そんな訳で、ライカはかつての自分と弟──リューガ・クルセイドの関係を鳴無句刻と鳴無卓也に重ね、彼等の楽しげな日常の話を聞く事を最近の楽しみとしていた。
夕食の材料を買いにきた返り、同じ理由で市場に来ていた鳴無句刻とばったり出会い、今日も今日とて世間話と共に彼女とその弟、ついでに妹の話を聞いていたのだ。

「どっちかって言うと、今回の学術調査の方がイレギュラーだったもの。これ以降はずっと大学と家の往復ね」

そして、ライカと話す句刻も多少の硬さはあるものの、彼女との会話を楽しみにしていた。
何しろ、トリッパーとしてここと同種の世界に来た事は幾度もあるが、今回は弟と一緒なのだ。
唯一人でひたすらに無限にも思える様なループを繰り返すのでは無く、最愛の弟との生活を何時までも続けて居られる。
その生活の中で感じた幸せを弟や妹以外にも話したいという欲求は、トリップ先の住人に対し諦めにも似た感情を持っている彼女をして、通りすがりのシスターとの会話を求めさせる程のものであった。

「ふふ、これからまた、弟さんとの甘い生活の話を聞けるのねー」

「それを何気なく受け流せるあなたって、以外と大物なのかしら……」

ライカはさりげなくスルーしているが、姉弟での生活を甘い生活、と言い切るのは一般的な価値観ではありえない。
句刻はそんなライカを懐が深いのか余り何も考えていないのか、表面上からは読み取れない彼女の本質に首をかしげる。

「じゃあ、私はこれから夕食作らなきゃだから、またね」

止めていた脚を動かし、家族の待つアパートに帰ろうとする句刻。
そんな彼女の背に、ライカは声をかけた。

「句刻さん、弟さんに、『ありがとう』って伝えておいて!」

句刻はその言葉に振り向かず、肩越しに手をひらひらと振って了承する。
背を向け、ライカの側から見えない句刻の表情は、
嘲笑の形に歪んでいた。

―――――――――――――――――――

□月◆日(大学で二年の時を過ごしたという事は)

『入学から考えれば、その時点で三年生な訳である』
『いや、まだこの周では二年生な訳だけども、一応これはメモしておくべきかと思っただけで特に意味は無い』
『ともかく、俺達はミスカトニックに入学するまでの微妙な空き時間を合わせても、合計で二年と少しでループする』
『で、その中でまともに講義を受けると、自然と二年までのカリキュラムしか消化できないという事になる』
『そこで前の周までの俺は、ある程度三年四年の講義にも顔を出して、単位にはならなくとも講義の内容を学習していた』
『といっても、本当に講義室の後ろの方で大人しく講義を聞いていただけなのだが、これは中々為になった』
『今周は非生産的な周にすると決めているので積極的に上の学年の講義を聴きに行く必要もないと思っていたのだが、よくよく考えると一度聞いて完全に記憶している講義を改めて聴きに行くというのは非常に非生産的な行為ではなかろうか』
『どうせ上の学年の講義をこっそり聞きに行くだけだから講師の人には質問もできない』
『それを踏まえた上で、真面目に講義の内容や講師の発言を一字一句聞き逃さずにノートに写し、後で見直しても分かり易いノートを構築する。後で見直す必要もないのに、だ』
『素晴らしい無駄……。美鳥は嫌がるかもしれないが、こんな非生産的な行為であればやってみる価値はあるだろう』

―――――――――――――――――――

五周目を初めて、もう一年と半年程になるか。
こうしてみると感慨深いものだと思う。何しろ、端数を切り捨ててももうすぐこの世界に来てから十年の時が流れようとしているのだから。
大学の講義にしてもそうだ。陰秘学科の講義は一通り受けたし、その内容も全て把握している。
だが、俺が把握していたのはあくまでも講義の内容だけであり、講義に出席している同じ学科の連中の顔まで全て覚えている訳では無い。
更に言えば、出席する学生が依然と全く同じ席に座るとも限らないのだ。
カオス理論だったか量子論的揺らぎだったか、ラプラスの魔が存在出来ないとか、つまりはそういう理由らしい。
そんな訳で、以前も受けていた記憶のある講義に、前の周まででは居なかった筈の大十字が現れ、遅れてきた大十字が俺の隣に座り、図々しくもノート見せてくれ、などとのたまい、同郷という事で話が弾んで、帰り路を共にしてしまうのも仕方が無いことなのである。
前の周でこいつから得られる発想は絞り出し尽くしたから積極的に交友を深める必然性は無いに等しいのだけど、この周は非生産的な行動をしていくと決めたから仕方が無い。

「……って訳よ」

「アハハハハハハハ! つ、佃煮じゃあるまいにっ、ぶはははははは」

まぁ、笑いの壺もなんとなく抑えているから、こうして思いっきり笑わせられるのも気分がいい。
ブラックロッジとの魔術闘争に巻き込まれない程度の適度な距離を保ちつつ、知り合い以上友人未満の関係を続けてみよう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ミスカトニック大学での講義が無く、資料整理室からの依頼も一切無い休日。
俺と姉さん、そして美鳥は、アーカムから遠く離れた、元はアボリジニの集落があったと思しき土地に居た。
この五周目は息抜きの為に非生産的な事を重点的に行おうという方針を定めはしたが、それでも多少魔術の研鑽を積んだりはするのだ。
機神招喚の練習は断固として休憩中なので、姉さんの提案で今までどうにも上手くいかなかった術式の練習をする事に。
勿論、大学の方に許可は取っていないので、後をつけられていないかを姉さんに確認して貰い、監視の目が無い事を確認した上での実験だ。
時刻は夕暮れ時、列石は用意してあるし、太陽の位置も完璧、イヘーの護符も準備万端。

「イア・シュブ=ニグラス。大いなる黒山羊よ、我は汝を召喚する者なり」

その場に跪きながら、詩句の読み上げを続ける。

「汝の僕の叫びに応えたまえ、力ある言葉を知るものよ」

片手でヴーアの印を結び、更に詩句の読み上げを続けながら考える。
この術式も今までまともに発動した試しが無い。
そもそもシュブ=ニグラスを信奉している訳では無いから仕方が無いし、この術式が必要になる事もそうそう無いから別に構わない。
だがこれも招喚の術式である事に間違いはない。この術式を上手く発動出来たら、オーストラリアに白くて大きな家を建てたんだ♪
などというたわけたことを抜かす変態を握り潰す勢いで喜べる。
何しろ、この世界でも有数の力を持つ神の招喚だ。
成功させる事ができれば、そこらの魔術結社なら幹部になれる程の位階には登れたという証明になる。
そうすれば、今後の修業の難易度もいろいろと考えやすくなるだろう。

「我は印を結び、言葉を発して、扉を開ける者なり」

キシュの印を結び、詩句の読み上げを続けながらも、俺は脳味噌のどこかで『こういうのを取らぬ狸のなんとやら、って言うんだよな』などと冷静に考えていた。
今回も、以前この術式を発動しようとした時と同じような感覚を得ている。

「ザリアトナトミクス、ヤンナ、エティナムス、ハイラス、ファベレロン、フベントロンティ、ブラゾ、タブラソル、ニサウァルフ=シュブ=ニグラス」

燃える炭の中に薫香を投げいれ、ブラエスの記号を刻み、力ある言葉を述べながら、俺はこの術式がまた失敗するのだろうなと奇妙な確信を得ていた。
この第六感に触れる巨大な力の感触が、今までの失敗の兆しだ。

「ガボツ・メムブロト」

そして、招喚の術式を完成させた。
この術式が成功していれば、俺の目の前には吠え猛る千匹の角あるものどもが現れる筈、なのだが、

「────」

目の前には、デフォルメされた可愛らしい山羊が大量にプリントされたパジャマを着て、今まさにパジャマのズボンを脱いでいる途中のニグラス亭の店主、シュブさんが現れていた。
捻じれた角の様な物が隙間から見える髪の毛は寝ぐせでぼさぼさ、眼もどこか眠たげで、しょぼしょぼと瞬きしながらこちらの事をぼんやりと見つめている。
そういえば、最近疲れ気味だから今日は店を休むとか言っていた気がするし、今時間まで眠っていたのだろうか。
そんな事を考えていると、後ろで儀式を見守っていた姉さんが、俺の方をポンと叩きながら言った。

「凄いわ、今の卓也ちゃん、まるでラブコメの主人公みたいよ」

「いつの間にか統夜のギャルゲ主人公属性に感染してたのかもなー」

姉さん、正直この世界だとラブはラブでもラブクラフトになるから勘弁して欲しい。
美鳥、それは幾らなんでも発病に時間がかかり過ぎだ。
そんな事を内心で思いつつ、俺は高速で思考を巡らせた。
いかなる理由からか、シュブ=ニグラスの招喚術式は失敗し、手違いからシュブさんが呼び出されてしまった。
愛称は似ているが、仮にも多くの邪神を産み落としている大手の邪神と大衆食堂の店主を間違えるとは何事だろう俺。
これでこの周にシュブさんを招喚してしまったのは都合三回目、一度目は閉店後にお風呂に入っていた所を浴槽ごと、二度目は就寝中の所をベッドごとだった事を考えれば、余計な付属品が付いていないだけ術の精度は上がっていると考えて良いのだろうか。
しかし今はそんな事は問題ではない。
仮にも妙齢の女性を、しかも着替えの最中に外に放り出してしまったのだ。

「────、────?」

見れば、シュブさんも寝ぼけていた頭が回り始めたのか、眼を驚きで丸くし、パクパクと口を開け締めしながら、どんどん顔を赤く染め始めている。
──さて、一般的な成人男子はこの様な場合、一体どの様に対処するのだろう。
パッと見、俺の置かれている状況はギャルゲエロゲではありがちなシチュエーションだろう。
違いがあるとすれば、部屋のドアをノックも無しに空けたか、招喚術式の失敗で呼び出してしまったか、それと、俺が思春期の男子学生ではなく、成人し、農家として収入を得ている一端の社会人であるという点だ。
前者は、どちらの場合であっても俺が一方的に悪くなってしまう。ここは後々平謝りするしかない。
だが、後者は違う。思春期の男子学生であれば慌てふためくところであろうが、俺はこれでも二十代半ば、もっと落ち着いた対応を取る事ができる。
どもったり失言したりする様な未熟者ではないのだ。
遠き元の世界の天で見守るお父さんお母さん、見ていてください、誇ってください。
貴方達の息子は、こういった難儀な状況すら軽々と乗り越えて行ける立派な男になったのだと──!

「シュブさん」

「──ッ、───」

涙目になりこちらをぷるぷると震える指先で指差しているシュブさん。
俺は宥める様に、意識して落ち付いた声色を作り、シュブさんの格好を見て咄嗟に頭に思い浮かんだ言葉を口にした。

「パジャマ着る時は、できればパンツ穿いた方がいいで──」

「────────────────────────ッッッッ!!!!!!!!!」

思ったより毛深くないシュブさんのシュブさん(比喩表現)をちらりと見ながらの一言は、シュブさんの咆哮の様な悲鳴とともに放たれた一撃により、言いきる前に中断された。

―――――――――――――――――――
○月■日(俺が保有するラブコメ主人公と同じ能力は、一瞬で怪我が治る回復能力だけだ)

『鈍感なども含まれないのか、などと言われてしまいそうだが、俺は人からの好意に気付かないのではなく、気付いても気にしない、もしくは気付いても不必要なら無視するだけなのでなんら問題は無い』
『それはともかく酷い目にあった……。まさかシュブさんのアッパーカットが人体を成層圏近くまで打ち上げる程の超威力を持ち合わせていたとは』
『あそこで殴られたのが俺だからよかったモノを、並みの人間なら打ち上げられる前に身体が衝撃で破裂していたところだ』
『邪神を招喚しようと思ったらこれだよ。なんかもう、あの術式は成功させる自信が無いし、金輪際使わないようにしよう』
『しかし、あの状況での正しい対応はボケる事で間違いないと思うが、女性に対してパンツの有無の指摘は少々不躾だったかもしれない』
『でも、何だかんだで許してくれたのはありがたい。あれで気不味くなってニグラス亭出入り禁止とかなったら軽くノイローゼになるところだった』
『なにやら胸元に飾っておいたイヘーの護符をちらちらと見ながらの不承不承の許しだったような気がするけど、まさかオシャレアクセに免じての許しという訳でもあるまい』
『それにしても、その後シュブさんが姉さんが何故か用意していた服に着替え、姉さんのリクエストによって店が休みであるにも関わらず食事を御馳走してくれたのは一体どういう事なのだろう』
『姉さんが夕食を作る労力を消費せずに済んだのはありがたいが、姉さんは何かシュブさんの弱みでも握っているのだろうか』
『姉さんは終始これ見よがしにイヘーの護符を見せびらかしていたし、何か護符に対して嫌な思い出でもあるのかもしれない』
『いや、逆にイヘーの護符が欲しくて欲しくて堪らないシュブさんに、姉さんが『これが欲しければ、分かってるわよね? ん?』みたいな事を言い含めていたという可能性もあるか』
『ともあれ、休日はシュブさんも交えてこの集落後で魔術の特訓とキャンプをして過ごす事に決まりそうだ』
『明日はシュブさんも秘蔵の山羊肉と秘伝のバーベキューソースを提供してくれるらしい。いい休日になりそうな予感がする』

追記
『ふと気付いたのだが、姉さんがここまで作品世界内の人に懇意にするのは珍しいのではなかろうか』
『今日も何事かをシュブさんに耳打ちしていたし、もしかしたら何か秘密があるのだろうか』
『実はニャル様の分身の一つとかいうオチだったら流石に意外性が無さ過ぎるし、隠れた凄腕魔術師なのかもしれない』
『そこら辺の事を姉さんに尋ねたら、『あの店主とは親しくしておくといいかもね』と言っていた』
『俺に若妻属性は無いと断ったら、友人としての付き合いでも十分御利益があるとかどうとか、なんのこっちゃ』
『親しくするならニグラス亭に姉さんも一緒に来ればいいのにとは思ったが、山羊肉は好き嫌いが分かれる味だから仕方が無いか』

―――――――――――――――――――

○月○日(ループ系の世界では)

『時報、という概念が存在する』
『例えばデモンベインと同じようなファンタジー作品から挙げるとすれば、真っ先にフリーのカメラマンが思い浮かぶだろう』
『幾度ループを重ねてもほぼ同時刻に発動するイベントの事を指してそう呼ぶ訳だけども、この世界では一体何が時報なのだろう』
『ループに囚われている大十字辺りが時報に相応しい行動を取ってくれるかと思われがちだが、実際一番変化があるのは大十字だ』
『なにしろ、一度ループする度に確実に前回の大十字とは違う存在に変化するのだから、毎度毎度同じ行動を同じタイミングで取るとも限らない』
『同じ理由で記憶を引き継ぐ大導師どのとその犬、毎度毎度前回の周の書き写しによって生まれ直している可能性のあるアル・アジフも却下、デモンベインは自発的に行動しないのでこれも省く』
『時報に適した存在とはつまり、ループを重ねても変化の無い存在、つまり無限螺旋から離れた位置にいる人になる』
『何が言いたいかと言えば、そろそろ毎度おなじみシュリュズベリィ先生がアーカムから旅立つ』
『船では無くバイアクヘーで直接移動する本気モードだった為にいままでまともに見送れなかったが、今回のループではもう一度会えたらいいなと思っているので、まともに見送る予定だ』
『今までの四周で、シュリュズベリィ先生が何時何処でバイアクヘーを招喚して旅立つのかは確認済みなので、都合が合えば大十字も誘ってやろう』

―――――――――――――――――――

ある日の夕暮れ時、邪神狩人であるラバン・シュリュズベリィは自らの魔導書が変じる飛翔機バイアクヘーに乗り、太平洋の上空を駆け抜けていた。
ミスカトニック大学への短期の滞在期間を終え、再び世界中の邪神眷属や奉仕種族、悪の魔術結社の拠点への攻撃を開始に行く為に。
一年の大半を戦いに明け暮れ、時に大学で後進の育成に力を注ぐ、それがシュリュズベリィのライフワークだからだ。
時に後進の育成と邪神眷属の拠点へのアタックを同時にこなすため、自らの教え子を同行させる事があるが、今回は単独での戦いになる。
ブラックロッジの台頭により活動を活発化させてきたより強大な勢力との戦いにおいて、未だ一端の魔術師に届かない教え子たちを連れて行くのはシュリュズベリィにとっても教え子たちにとっても危険だからだ。
今までに学生達と向かった邪神眷属の拠点とは訳が違う。魔術師ラバン・シュリュズベリィが周囲への被害を考えずに、完全な状態で戦える様でなければ対抗が難しい者たちを相手取る事になる。
だというのに、だ。

「今回は学生の同行は許可していないのだが、どこまで付いてくる気かね」

そう言い放ち、それなりの高度を飛翔するバイアクヘーに『並走する』一台のバイク、その搭乗者に対して、シュリュズベリィは額に手を当てて溜息を吐く。
物理法則を無視し、空中を踏みしめて疾走するバイクに乗っているのは、彼の教え子の鳴無卓也だ。

「いやいや、恩師であるシュリュズベリィ先生の見送り位させてくれてもいいじゃないですか」

「恩師は別にいるのでは?」

「今俺の目の前に居る先生も、俺にとっては恩師という事ですよ」

「君が私から何か学べていたのなら、有意義な講義が出来ていたようで何よりだ」

シュリュズベリィは教え子の言葉に、密かに安堵していた。
この無茶な教え子の事だから、同行させてくれ、などと言い出すのではないかと少し心配だったのだ。
通常の学術調査を基準に考えれば戦力的には申し分無いが、回る予定の遺跡や神殿、拠点の内のいくつかには、鬼械神が無ければ厳しい場所も存在している。
機神招喚が可能な位階に達していないまでも、この歳でここまでと感心してしまう程の位階には達しているこの教え子を連れて行く事は、シュリュズベリィにとっては躊躇われる事なのだ。

「本当は大十字とか美鳥とかも見送りに来れたらと思ったんですが、このバイク一人乗りなんですよね。ヘルメットも人数分ありませんでしたし、二ケツするのもはばかられますし、代表で餞別をば」

そんなシュリュズベリィの内心を知ってか知らずか、卓也(ノーヘル)はバイクのタンデムに乗せていた鞄の中から小さなビニールパックを取り出した。
並みの戦闘機よりも早く飛んでいるにも関わらず、そのビニールパックに包まれた赤い果物は風圧で潰れる気配も無い。

「実家で作ってる苺で、『シュリュズ・ベリー』と言う品種です。良かったら休憩のときにでもハヅキちゃんと食べて下さい」

「もしかしなくてもそれを言う為だけに来ただろう」

自らと似た名前の果物を受け取り苦笑するシュリュズベリィは、教え子の乗るバイクが少しづつバイアクヘーから離れている事に気が付いた。
空を掛ける二台のマシンが離れると、途端に轟々と叩きつけられる風の音により聴覚が封じられる。

「それだけじゃないんですけど、言うべきか言わざるべきか……」

しかし、空気では無く、空間の字祷素を震わせる発声法により放たれた卓也の声は、確実にシュリュズベリィの耳に届いた。
珍しく言い淀む教え子に、シュリュズベリィは鷹揚に頷きながら先を促す。

「言ってみたまえ、次に大学に戻れるのは何時になるかわからんのだからね」

ぐんぐんと離れていくバイクと飛翔機。
バイクに跨った卓也はしばし考え込むような表情を浮かべ、軽い、軽い口調で尋ねた。

「もしも、もしもの話なんですが、もし先生の教え子が魔術を使って悪の道に走ったりしたら、先生は止めに来てくれますか?」

「ふむ、私の教え子からそういう者は出て欲しくないというのが本音だが……」

教え子の、物の例えを口にした程度の軽い口調の中に含まれる僅かに試すような響きを、シュリュズベリィは聞き逃さなかった。
その上で、獰猛な笑みを浮かべ力強く頷く。

「万が一そのような真似をする学生が出たのなら、この世の果てからでも駆けつけよう。教師としての責任を果たす為に」

シュリュズベリィのその返答を受け、卓也は口元に深い笑みを浮かべ、バイクを倒す様に進路を変え、バイアクヘーから離れた。
互いの姿が豆粒ほどのサイズに見える距離にまで離れた頃、シュリュズベリィの耳に卓也の声が響く。

「その答えが聞けたなら来た甲斐がありました! シュリュズベリィ先生、『またお会いしましょう』!」

一気に離れ、地平線の彼方へ飛んで行くバイクを見送る。
苺の入ったビニールパックを手に卓也の消えた方角に顔を向けていたシュリュズベリィに、今まで黙っていたハヅキが声をかけた。

「ダディ、タクヤはなんであんな質問したのかな」

「さて、私としてはあの質問に意味が無い事を祈るばかりだよ、レディ」

予感とも言えないような不明瞭なもやもやとした感覚を胸に仕舞い込み、シュリュズベリィはバイアクヘーの進路を最初の目的地へと向け直した。

―――――――――――――――――――

○月×日(時の歯車、裁きの刃!)

『やっぱりアイオーンはカッコいいなぁ』
『大十字が召喚するとアズラットのアイオーンよりもヒロイックな見た目になるんだけど、それはそれでありな気がする』
『なんというか、ほんの少しだけデモンベインに似ているというか、膝アーマーと鶏冠の無いデモンベインというか、ぶっちゃけて言えばアズラッドのアイオーンのマイナーチェンジっぽい感じだ』
『そもそもアイオーンの3Dモデル自体デモンベインを元に作られているらしいから仕方が無いと言えば仕方が無い』
『今回もかぶりつきで見たけど、細部がまんま原作のデモンベインなんだよな……』
『今はデモンベイン自体が毎周毎周未完成状態だから分かり難いけど、今後どんどん完成度が上がるにつれてさらにアイオーンとデモンベインの姿は似てくるだろう』
『何が言いたいかと言えば、今回もようやく大十字とアル・アジフが出会った訳だ』
『我ながら毎度毎度、二年近くも良く待てるものだと感心してしまう』
『しかし色々とブラックロッジ側のあれこれやら大十字のカリキュラムの消化具合とかあるから、何処にどう介入してもスケジュールを早める事が出来ない』
『ボソンジャンプでの長間隔での時間移動は字祷子宇宙の物理法則との兼ね合いが悪く不安定だから、わざわざそんな事の為に使いたくないし、ここは素直に諦めるしかない』
『でもその内魔術の修業をあらかた終えたら、金神式の力技時間移動でヒヤヒヤドキンチョのモーグタン☆してみるのも悪くないかな』
『運が良ければ『覇道鋼造のデモンベイン修復の歴史』みたいな時代に辿り着けるかもしれないし、人類以前の偉大なる先史文明と接触を図れるかもしれない』

―――――――――――――――――――
○月▲日(消化期間)

『ギャルゲの共通パートの様な、大分見慣れて見飽き初めてきた日々を過ごす』
『今回は非生産的な事を楽しむため、今までにやった事の無い行動をとってみたりもした』
『まず初めに、ニトクリスの鏡イベントが起きなかったので一肌脱ぎ、ナノポで洗脳済みのアリスンに命じて他のジョージ、コリンと共に三人でお医者さんごっこをさせてみた』
『アリスン攻めでたじたじの少年二人、というのも愉快な光景かと思ったが、あの年頃の少年たちはむしろ何かされるよりも何かしたい傾向があるので、アリスン患者役、ジョージとコリンが医者役になった』
『恥ずかしげに服の裾をまくりあげ、パンツも幼い胸の膨らみも曝け出すアリスンに、理由も分からずそんなアリスンに興奮を隠しきれないジョージとコリンの二人』
『白い肌にうっすらと浮かぶあばら、なだらかな胸の膨らみに、桜色の小さなぽっち』
『息を荒げ、一度ごくりと唾を呑みこみ、ふるふると緊張に震える指先を伸ばす少年二人』
『恥ずかしげに顔を背け、こちらに視線を寄越してきたアリスン(洗脳済み)に微笑みかけると、安心したように微笑み、再び少年二人に淫靡に誘う女郎の様な表情を向けるアリスン(洗脳済み)』
『無論、決定的な何かが起こる前に世界意思によりシスターライカが登場して御破算になった』
『まぁ、途中までの映像は手に入ったし、その内写真集にして出版して時間を潰そうかな』

追記
『なお、教会に住まう少年少女は全員十八歳以上であるだろう事をここに明記しておく』
『メディ倫様マジぱねぇ』

―――――――――――――――――――
×月×日(テリオン様マジ時報)

『大導師様、マジで記憶持ち越してるのか?』
『一周目から死ぬタイミングが全く変わらないし、逆十字の反逆に対する驚き方も変わって無い』
『いや、原作でも迫真の演技だったけど、それに輪をかけて驚いている様な、悔しがっている様な』
『なんかのフラグかもしれないが、今は目先に迫った五周目メインイベントが楽しみなのでこの思考は保留しておこう』

―――――――――――――――――――
……………………

…………

……

「汝(なれ)、そこで何をしておる」

覇道財閥所有のデモンベイン専用輸送艦『タカラブネ』の格納庫。
デモンベインのコックピットの中で少しだけ小細工をしていた俺に、アル・アジフの不機嫌そうな声が掛けられた。

「何って、最終調整」

さっきまでは西博士の改造講座をがっつり見物していたのだが、本格的にデモンベインがドラム缶に改造されそうだったので、チアキさんと共に西博士とエルザを簀巻きにしたお陰で中断。
更に毎度おなじみ南極大決戦でのボウライダー無双によってそれなりの信頼を獲得、ソフト面も弄れるという事で、チアキさんが西達を見張っている間にデモンベインの調整を任せて貰っているのだ。
ナノポを使うまでもなく、ネギま魔法でも多少好意的になって貰う程度の事は容易い。
まぁ、デモベ世界の魔術に対する耐性も無さそうだったけど、身体への悪影響の少なさから考えればネギま世界の魔術だって捨てたものじゃない。
お陰で、次のループへの仕込みもこうして堂々と行う事が出来るというものだ。

「どけ」

「どきません。せめて大十字先輩が来るまで待っていたらどうです?」

因みに、下で西やらチアキさんやら他の整備員さんやらが吹き飛ばされたのは確認している。
俺が魔術で吹き飛ばされないのは、魔導書単体の攻撃魔術よりも、俺の発動する魔術障壁の方が頑強だと、今までの交流でアル・アジフ自信が理解しているからだろう。
それはそうだ、何しろ厳密には人間でない俺は魂がすり減る心配をしなくていい上に、持っている魔導書はアル・アジフの記述を全て備え、なおかつ様々な魔導書の記述を移植して統合したハイスペックなゲテモノ魔導書。
どれくらいゲテモノかと言えば、仮に魔導書の精霊が出現した場合、瞬時にモザイクが掛かってR-18とR-18Gのタグが付けられてしまう程のゲテモノぶりである。
なんというか、複乳複根複玉で全身ピアスの薬漬けのダルマ(グロい意味で)みたいなのが出てきても正直驚けない程のゲテモノ。
そろそろ全記述を圧縮言語に置き換えなければ、全ページの白い部分が消えてしまう程の情報量のそれを起点に作る障壁は、並みの魔導書に刻まれた防御魔術の記述とは訳が違う。
そんな俺をコックピットから退かせる事は、今のアル・アジフには事実上不可能と言っていい。
それを理解しているのか、アル・アジフはなんとか俺を説得しようと口を開いた。

「頼む、妾(わらわ)を行かせてくれ。これ以上、ここから先に九郎を巻き込む訳にはいかんのだ……」

苦しげな、苦々しげな、悲しさを含んだ絞り出すような懇願。
そんなアル・アジフの声をBGMに、俺は黙々と作業をこなす。
どうせなにがどうなろうと、アル・アジフだけが門をくぐるという結末は用意されていないのだ。
そんな戯言につきあう暇は無いし、今は初めてのデモンベインへの介入で忙しい。
……やっぱりデモンベインに覚えさせておくのが一番手っ取り早いけど、確実性を求めて紙媒体にしておくのも一つの手か。

「汝、聞こえて居らぬのか!」

「聞く価値が無いと思っただけですよ。アルさんだって、大十字の気持ちは知っているんでしょうに」

傍らに置いておいた鞄の中から取り出すそぶりをしつつ、死角に入った手の中にA4の大学ノートを作り出し、それに必要な情報を高速で書きだしていく。
大十字の気持ち、と言われて言葉に詰まるアル・アジフに、俺は高速でペンを動かしながら言葉を重ねる。

「魔術師の扱う魔導書は生涯一冊、なんて決まりは存在していないんですが、俺の中では大十字先輩の魔導書と言えばあなたなんです。貴女が居なくなった後の大十字先輩など想像もつきません」

俺の言葉に、アル・アジフは首を横に振りながら弱々しく応える。

「もはやそういう次元の問題では無い。あの門の向こうは、人間が立ち入れるような甘い戦場ではない。妾は、そんなところに九郎を連れて行きたくはないのだ。頼む…底を退いてくれ」

ふむ、レムリアインパクトの記述は、ノートに纏めるには少し文章量が大きすぎるな。
断鎖術式とか、全身の構造とかなら簡単なんだが……。
仕方が無い、再現可能そうな部分だけ残して、残りはデモンベインに覚えていて貰おう。
俺はノートを閉じ、振り返り、ボールペンを弱々しく頭を下げていたアル・アジフに付き付けた。

「貴女こそ思い違いをしている」

「汝も魔術師のはしくれなら、いや、汝程の位階の魔術師であれば、あの門がいかに危険な代物か理解できない筈が無い」

「理解していますよ。あの門の事も、その先の事も、この勝負の結末も、次に始まる再戦の事も、その再戦の結末も、また始まる日々の事も、その時の今の先輩の事も、新しい大十字先輩の事も」

面倒臭い古本である。
普段押せ押せの実力行使に出てばかりの癖に、こういう場面になるとグダグダと喚き始める。
普段からもっと口車の使い方を勉強するべきだろう。もう生きている間にはかなわない事だろうが。

「なんだ、汝は、汝は一体何を言っておる」

俺の言葉に面白いほどうろたえるアル・アジフ。
因みに、大十字は美鳥の誘導により格納庫に向かっている。あと数分もしない内にここに到着するだろう。
どうせアルアジフはループで持ち越しが不可能、ここで色々と謎の人物っぽく振舞っても問題はあるまい。

「良いですか、これから貴女方は──」

「おっと、これ以上は流石に見逃せないかな」

瞬間、世界のあらゆるものが静止した。
まるで、読み進めていた小説に栞を挟んで一旦休みを入れるかの如く。
身体の構造が切り替わる。
こういった、世界規模のデバック機能とでもいうべき能力は、存在としての基幹が世界の外にあるトリッパーならほぼ確実に対処できてしまうのだ。
困惑の表情のまま固まっているアル・アジフと俺の間に、白く、可愛らしい猫の様なヌイグルミの様な姿の獣が降り立った。

「ダメだよ。これ以降の情報を与えたら検閲の対象にしちゃうからね」

白い体毛に覆われ、赤い目をした猫。
その頭部側面に手の様な羽根の様な耳の様なものが生え、その先端は桃色の体毛に包まれ、その謎の器官の半ばには金色のリングがはめられている。
イメチェンだろうか、喋っても口が一切動かない所とか、全体のデザインが魔法少女物にマスコットとして出られそうな程可愛らしいだけに不気味極まりない。
恐らく新原さんの累計のバリエーションであろうその獣に、俺は肩を竦めて見せる。

「正直、あそこで俺が何か言うよりも早く、大十字のセリフで遮られたと思いますがね」

デモンベインのコックピットから覗く格納庫の入口には、丁度格納庫に辿り着いたと思しき大十字の影が見えた。

「それでも、さ。用心するに越したことは無いし、君もこれから始めるメインイベント前に変なトラブルは起こしたくないだろ?」

灼える様に赤い瞳の白い獣の口調はあくまでも明るく爽やか。
俺は、そんなケモ──めんどいから仮にQBとしておく、何故QBかは知らない──QBに対し、いくつかの技術の覚書が記されたノートを振ってみせる。

「こっちは見逃してくれますか?」

「うん、そっちは僕としても歓迎かな。君達の世界の記録だと、それがある方がゴールに近付き易くなるんだろ?」

「それはもちろん」

「なら歓迎するよ。じゃあ、くれぐれも、変な事は言わないようにね」

QB(仮)は去り際に少しだけ時計を逆回しに回し、その場から霞の様に消えてしまった。
静止していた世界が動きだし、目の前のアル・アジフが口を開く。

「汝も魔術師のはしくれなら、いや、汝程の位階の魔術師であれば、あの門がいかに危険な代物か理解できない筈が無い」

ああ、つまり先を知ってる云々からして最早抵触していたのか。
意外と厳しい検閲作業に精を出すQBに感心してしまう。
当たり障りの無い答えを口にしながら、占領していたコックピットから立ち上がる。

「俺が分かるのは、これから貴女と大十字先輩の塗れ場が始まりそうって事だけですよ。大十字先輩が来たら退きますんで、後はごゆっくり」

―――――――――――――――――――
……………………

…………

……

いつの間にか朝陽は東の地平より頭を現し、黎明の空は澄んだ白に染め上げられていく。
何処までも透明で新鮮な大気の中を、朝の輝きにその装甲を煌めかせるデモンベインが、鋼の翼をはためかせて駆け昇っていた。
日の輝きですら照らす事の出来ない超狂気を内包する、ヨグ=ソトースの門を開き、その向こうへと消えるデモンベイン。
その雄姿を、クトゥルフとの総力戦を生き残った艦隊の者全てが見送っていた。

「……行きましたわね」

デモンベイン専用輸送艦『タカラブネ』、そのブリッジでは、デモンベインが突入すると同時にヨグ=ソトースの門が消滅するのを確認し、覇道財閥の若き総帥、覇道瑠璃が、疲労と安堵から溜息を吐いていた。
祖父から託されたデモンベインは、その祖父の遺言通りに見事に邪神の脅威を打ち払い、見事に世界の平和を守ったのだ。
多大なる戦果だ。だが、その戦果に辿り着くまでには長い長い道のりがあった。
祖父である覇道鋼造がそれを建造するまでの長い長い年月とは比べ物にならないにしても、覇道瑠璃もまた、デモンベインの操縦者に相応しい実力と精神の持ち主を探し当てるまでの相当の労力をつぎ込んでいる。
……実際のところ、覇道瑠璃には両親や祖父の記憶はあまりない。
両親は幼い時分にブラックロッジの逆十字の手に掛かり亡くしているし、祖父もそれを追う様に老衰で死んでしまっている。
だが、教育係も兼ねていた前執事長から祖父の偉大さと功績は飽きる程に教えられ、自らも統治者としての教育を受ける事で、祖父の偉大さは理解出来るようになった。
その祖父から託されたデモンベインの操縦者探しと、覇道財閥の総帥という自分の役目。
アーカムはこれから復興作業に取り掛からねばならないだろうが、それでも先ずは一段落。
端的に言って、瑠璃は重い重い肩の荷が下りた様な感覚を得ていたのだ。

「貴方にも、何とお礼すれば良いものか」

瑠璃はブリッジに備え付けられたモニターに映る、目元以外は穏やかな顔の造りの青年に声を掛けた。

「いいえぇ、こちらも大学の先輩の手助けに来ただけですので、お気になさらず」

あくまでも慇懃な態度を崩さない青年の名は、鳴無卓也。
大十字九郎や彼の師であるラバン・シュリュズベリィの様に鬼械神を招喚することこそ出来ないものの、彼自身優れた魔術師であり、魔道工学の実践者でもある。
南極での決戦に、自作の機動兵器を駆り突如として助太刀に現れた彼は、それまでに目立つ功績こそ無いものの、九郎と同じミスカトニックの学生である事が既に大学へと問い合わせて判明している。
デモンベインの援護をし、ダゴンや〈深きものども〉に襲われて沈みかけていた多くの戦艦を救い、更にはデモンベインの最終調整にまで手を貸した彼は、デモンベインと大十字九郎程では無かったが、艦隊の人間たちからは感謝の念を向けられていた。

「ここまで助けられて、そういう訳にも行きません。と、言いきれないのが悲しいところですわね……」

実際、覇道財閥には余裕が無い。
ブラックロッジの齎した破壊の傷痕は、邪神の脅威が一時的に去った今ですら、生々しく世界に痕跡を残しているのである。
これから拠点であるアーカムを中心に立て直していくにしても、全世界の被災地に救援を送るのを怠る訳にもいかない。
そんな状況で、復興よりも先に急遽現れた助っ人である彼に、どれだけの報酬を渡す事が出来るかと言えば、首をひねらざるを得ないのだ。

「んー、じゃあ、ですね。少しばかりお願いがあるのですが、それが報酬という事で如何でしょう」

「ええ、出来得る限りの範囲でお応えしましょう」

少しばかり困ったような顔で一瞬だけ考えた卓也は、画面の中でぴんと人差し指を立て、瑠璃はそれに対し、表面上はにこやかに対応する。
ここまでの対応から考えるに、そう無理難題を吹っ掛けられる事も無いだろう。

「ありがとうございます! じゃあ、──貴方達、全員纏めて、滅びてください」

「……え?」

卓也の言葉を、その言葉の内容を、一瞬理解しかね、瑠璃は首を可愛らしく傾げる。
その思考が一巡、二巡、三巡し、言葉の意味を理解するよりも早く、覇道瑠璃は、人類の総戦力とも言える艦隊は、文字通りの意味でこの世界から消滅した。

―――――――――――――――――――

ボウライダーと融合し、荒れ狂う海原を見下ろし、対照的に晴れ渡る空を見上げる。
強化型次元連結システムから発動したメイオウ攻撃により、周囲数十キロから数百キロ程の範囲を纏めて消滅させたのだ。
射程内部の海水、海底は消滅し、海底の更に奥底に眠る地下の火山が噴出し、そこに周囲から海水が流れ込む事により、海は煮えたぎりながらうねり狂う。
空は単純だ。空を覆っていた雲や大気を消滅させた事により、空から降り注ぐ太陽を遮るものが無くなっただけの話。
だが、単純に空が晴れ渡った訳では無い。
ここら一体の大気もまた消滅している為、周囲から猛烈な勢いで大気が流入してきている。
その為、並みの台風では味わえないような猛烈な強風が吹き荒れているのだ。
壮大な光景だ、まるで神話の一ページの様な、自然の偉大さを教えてくれる景色。

「さぁ」

ボウライダーの手から、足から、背から、頭から、腹から、ありとあらゆる場所から、無数の人型が溢れ出す。
適応確立0パーセント、感染すると同時に本能のままに動くだけの獣になる悪性の人体改造ナノマシンを満載した、機械天使『テッカマン・ブラスレイター』の群、群、群。
蝗の如く溢れ出し、世界中にばら蒔かれる異形。
億にも上る程の数を吐き出した処で一息。

「地球最後の日だ!」





続く
―――――――――――――――――――

姉との朝チュンだったり、姉弟妹の戯れだったり、ミスカトニック武者軍団だったり、ハヅキの臀部だったり、シュリュズベリィ先生との和やかな会話だったり、原作キャラと珍しく会話する姉だったり、オリキャラとのお約束的使い捨てラブ(クラフト)コメだったり、シュリュズベリィ先生との再会の約束だったり、僕と契約して、魔法少女になろうよ! だったりした第四十三話をお届けしました。

もうチョイ日常面での描写とかを練習するべきかなぁとは思うのですが、どうにも上手くいきませんでしたね。まぁそこら辺は要練習という事で。
そんな訳で、今回は日常回です。ええ、今回は日常回です。大事な事なので二度言いました。
稚拙ながらも地元の人々とか恩師とかとの交流に重点を置いて書いてみたのですが、如何だったでしょうか。
本当はネス警部とかストーン君とか出したかったんですけど、武装警察と絡むネタとかいまいち思いつかなかったんですよね。
パロネタとかも少なめでしたし、地味な話ですいません。

しかし、誰が予想できたでしょうか。無限螺旋を舞台にしながら、七話も掛けて未だに十年ほどしか作中時間が経過していないなどと。
次回は全編バトルパートなので話は進みませんが、一応次回でミスカトニック大学編は一区切り、次の次からは大学以外での活動をメインに行いつつ、微妙にリクエストがあったような気がするキャラに焦点を当ててみたりする可能性を追求する所存です。
作中時間の紅王症候群の発症率は、それから一気に加速すると思います。
もう平気で十周二十周、いや、二百周とかバンバン飛ばして行きますよ!

自問自答コーナーは、次回を早く書きたいので今回も省略です。なんか疑問があったら感想板にでもお願いします。

それでは、今回はここまでです。
誤字脱字に文章の改善案、設定の矛盾への突っ込みにその他諸々のアドバイス、疑問質問、ばっちこいです。
そしてなにより大切な、作品を読んでみての感想、短くとも長くとも、短くも長くも無くとも、心よりお待ちしております。


次回、第四十四話

「機械の神」

お楽しみに。



[14434] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/03/04 01:14
────かつての大十字九郎にして、現在の覇道鋼造はその日、時折書類の整理などの為に籠らなければならず、不本意ながら見慣れてしまった執務室の中、座りなれた椅子の上で、机の上に置かれた一冊の古びた本と睨み合っていた。
古い本、いや、ノートか。
大凡二十年程の時の経過を経験したであろうそのノートだが、実のところ、そのノートを作っている会社はまだこの世に存在していない。
これから暫く後に創設者が生まれる様な、元の大十字九郎にとっては馴染み深い文具会社。
今の世には存在していない筈のものである。
九郎──鋼造は、そのノートを手に取り、開く。
最初のページを捲り、眼を見開き、更にページを捲り続ける。まだ歳でも無いのに震える指先で、捲り捲り捲り続ける。
記されている内容は──デモンベインの設計図、いや、ここまで来ると改修案と言ってもいい。
魔術理論を必要としない部分は徹底的に機械化された、デモンベインをほぼ完全に機械化する為の改修案。
断鎖術式を組み込んだ儀式機械の設計図は、ドクターウエストの手が入った後の物を書きだした物だろうか。
現代の技術レベルで再現出来ない部分も、時折書き込まれた注釈を元にすれば、十年もせずに実用化レベルまで持って行ける可能性が高い。
この設計図通りに回収したデモンベインを修復──いや、改造できれば、機神招喚が出来ずとも、鬼械神を操る技量があれば、単独で戦闘機動が可能になる。
前回初めて乗った時の様な継ぎ接ぎで、アイオーンの残骸による補填が必要な出来損ないではない、不足の無い、完全なデモンベイン。
完成すればアルアジフを失った自分でもまだ正面切って戦えるかもしれない。
その可能性に、鋼造のページを捲る手は早くなる。

「む、これは……」

興奮気味にノートを捲っていた鋼造は、最後のページが設計図や術式ではなく、何の変哲もない手紙の様な文面である事に気が付いた。
手紙の様な文面ではあるが、誰が書いたか、というような事は記されていない。
しかし、鋼造にはその文字の筆跡に見覚えがあった。
かつて大十字九郎としてミスカトニックで学生をしていた頃に、後輩とのディスカッションの時、幾度となく見た、几帳面そうな程整った形の文字。

―――――――――――――――――――

『いやいや、必要最低限の内容を纏めただけなのに、最後の一ページしか自由になるスペースが確保できないとは思いませんでしたよ』
『お久しぶり、になるのでしょうか。もしかしたら意外にも、落着直後にそれを読んでいるのかもしれませんね』
『万が一、これをヨグ=ソトースの門に突入する前に読んでいるなら、少し後まで読むのは控えた方がいいでしょう』
『いいですか、いいですね? ここからは先輩がマスターテリオンに負け、アリゾナに墜落した後にこのノートを発見した事を前提に書きますよ? 次の行からですからね?』
『──さて、このノートには俺の知る限りのデモンベインのデータ、更に完全機械化の為の改修案に加え、ドクターウエストの手が加わり完成度の高くなった断鎖術式と魔術儀式代行装置の設計図を先輩の理系向きとはとてもでは無いけど言い切れない頭脳でも理解出来る様に分かり易く書いています』
『先輩は数十年の時を重ね世界を急速に発展させていくことでしょうから、必要な技術も機材も苦労こそすれどうにか工面できる筈です』
『何故俺が、先輩が今そこに居る事を知っているかなどの疑問もあるかもしれません。黙って送り出した事も謝ります』
『ですが、先輩は何よりも先に、この無限に続く円環を断ち切らねばなりません』
『……『無限に続く円環』とか『断ち切らねばなりません』とか書くと、ものすっごい十四歳病っぽいですよね』
『まぁ、言い廻しの聞こえ方なんてどうでもいい事ですね。聞き流して、もとい、読み流してください』
『ともかく、今は何よりもデモンベインの完成に力を注いでください』
『アイオーンでは勝てません。アイオーンとのハイブリッドのデモンベインでも勝てません』
『いいですか、これだけは覚えておいてください』
『リベルレギスを打倒し得るのはデモンベインのみで、マスターテリオンを打倒しうるのもまた大十字九郎のみ』
『これは絶対の法則ではありません。デモンベインにも大十字九郎にも、リベルレギスとマスターテリオンを打倒し得る極々僅かな可能性があるだけに過ぎません』
『絶対では無い、微かな可能性でしかありません。ですが、人類が未来を取り戻すにはそれしか道は残されていないのです』
『先輩が去った後の世界の事、思い出して不安に思う事もあるでしょうが、俺に任せておいてください』
『だから、覇道鋼造として頑張ってください。走り続けてください』
『何時か大十字九郎が宇宙の中心に辿り着く事を、貴方の後輩は遠い未来で祈っています』

―――――――――――――――――――

手紙の内容に目を通し終えた鋼造は、暫くぶりに思い出したかつての後輩の割と失礼な言動に苦笑し、次いで内容に渋面を浮かべた。
有り得ない事ではない。この円環のからくりを、自分とマスターテリオン以外が知り得ているなどという事は、理論的に有り得ない。
だが、知っている人物から教えて貰う事は出来るだろう。そうでなければありえない。
恐らく、自分の前の覇道鋼造が、何らかの理由であの後輩に自分の知り得る限りの情報を伝えていたのだ。
思い返してみれば、あの時後輩が乗ってきたロボットには、デモンベインの操る魔銃と似た様な理論が用いられていた。
そもそも、教授からの評判を聞いた限りでは、入学時点で大学で学ぶことが無い程に魔術師としても技術者としても成熟していたという。
異様に高い戦闘力も、有事の際にと覇道鋼造から鍛える様に指示を受けていたと考えれば頷けない事も無い。
彼等の不可解なまでに優れた能力は、全て前の自分が彼等を幼少の時から鍛える様に仕向けていたからだと考えれば解決してしまうのだ。
そう、つまり、自分以外の誰かにこの世界の過酷な運命を背負わせてしまっていたのだ。
そして、これから自分もそうしてしまう可能性がある。
彼等は自分と接する時は、何時もこの事を考えていたのだろうか。
で、あるならば、彼等の朗らかな姿も、全て仮面に過ぎなかったのだろうか。
『元』大十字九郎は、覇道鋼造は考える。
仮面に隠されていない彼等の本当の姿は、一体どの様なものだったのか、と。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「あははははははっははあっはははははははははっはははははははははははっっっ!!」

機械天使化したテッカマン・ブラスレイターからの視覚情報と聴覚情報を受信し、地上の光景を目の当たりにしながら、卓也は身を仰け反らせて笑っていた。
街が、人が、燃えて、砕け続けている。
逃げ惑う人々の群れに向け、数体の端末が武器を向け、拳を握りこみ、胸部に搭載されたレーザー砲を展開し、無意味なまでに高められた威力を開放する。
次の瞬間、人型は跡形もなく消滅した。
だが神経速度が人間に比して遥かに早い卓也からすれば、その人々が死ぬまでの瞬間は数秒にも数十秒にも数分にも引き伸ばされて見える。
雑兵どもが卓也の意思を組んで、威力を放つ寸前に、数秒だけ勿体ぶっているからだろうか、本来なら人間には決して反応する事の出来ない、テッカマンやブラスレイターや機械天使、その他諸々の技術や生体が盛り込まれた怪物の攻撃の瞬間、逃げ惑う人々の内の数人が振り返り、その顔を恐怖に歪めている。
その顔面に、振り返りもせずに逃げ続ける背に、人間に向けるには過剰な程の破壊力が叩きこまれる。
光弾が頭蓋を砕き脳漿を宙空にぶちまけ、拳圧が柔らかい人体を破裂させ肉も臓も無い程に磨り潰し、熱線砲がそれら全てを綺麗に蒸発させる。
いや、綺麗に蒸発させた、というのは語弊がある。
高効率魔導ダイナモにより威力を高められ、逃げる群衆を突き抜け、向こうビルを数本倒壊させた正拳突きの威力は、肉片や血液を余りにも広範囲に飛び散らせてしまっていたのだ。
ばら撒かれた人間の破片が、男に手を引かれ、少し離れた所を手に赤子を抱えて必死で逃げていた女性の顔に、べしゃりと音を立てて付着する。
自らの顔に降りかかった物の正体に数秒掛けて気が付いた女性は、咽喉よ裂けよとばかりに絶叫を上げ、男の手を振り切り、先刻まで大事そうに腕に抱えていた赤子を放り捨て、明後日の方角に向けて走り出す。
女性を呼びとめようと叫ぶ男性の頭が、機械的な装甲に包まれた手に鷲掴みにされ、握り潰されて、その場にどさりと崩れ落ちた。
投げ捨てられ地面に強く身体を打ちつけ、泣き声を上げる事すら出来ずにいた赤子が金属の脚に踏みつぶされ、半ば分断された身体でカエルの様な潰れた断末魔の悲鳴を上げ、絶命した。
女性は、自らが連れ添ったであろう存在の死にも構わず、只管に前に向けて逃げ続けている。
だから気付けない。頭を握り潰された男が、重要な内臓をあらかた踏みにじられた赤子が、身体を鉄の被膜に覆われながら再び立ち上がるのを。
見れば、街中では殺されながらも原形を留めていた死体が、次々と異形へと姿を変えながら立ち上がっている。
デモナイズだ。通常であれば最低限人間として活動し得る器官が残っていなければ発生しないデモナイズが、人間としての重要器官を幾つも失った状態で起こっている。
卓也がペイルホースとDG細胞を掛け合せて改悪したナノマシンの機能の一つ、人体不完全蘇生機能。
それは正常に作動し、脳髄を失った男にはナノマシンが集合し疑似脳を生成し、心肺を潰された赤子にはナノマシンが作り出した代替装置で補った。
だが、それはその二人を元の姿で生き返らせた訳では無い。
頭を潰された男は、潰された頭蓋の中に納められた疑似脳をぬらぬらと光らせ、踏みつぶされた赤子は潰された腹の上に、剥き出しの臓物の様な代替装置をぶらぶらと吊り下げている。
その姿は、やもすれば街を襲った機械天使よりも余程おぞましい異形。
この場にそれを観察するモノが居れば、この男と赤子のなれの果てに似た存在が、廃墟を通り越して更地になりつつある街のいたる所に現れている事に気が付くだろう。
機械天使達に殺され、しかし僅かでも人の原形を残していた者達は、機械天使達が常にばら撒き続けているナノマシンにより、その身を出来の悪い前衛芸術の様な姿へと変えられてしまう。
身体の蘇生、いや、再構成を終えた男と赤子の背を突き破り、体内から機械の羽根が押し出された。
確かめる様に光の粒子を放出しながら翼を打ち鳴らし、前へ、自分たちを置いて逃げ続けている女に向けて低く飛翔する。
男は僅かに残った脳漿の中からナノマシンが組み上げた男の生前の記憶から、赤子はナノマシンに統制されながらも未だ働き続けている本能から、逃げ惑う女の事を求めている。
つがいとしての女を、母としての女を、その身を異形に変えても求めているのだ。
数百メートル先を走っていた女を、羽根を生やした親子は半秒も掛からずに追い抜き、取りつく。

「ジぃ、るうゥぅぅぅぅ」

鼻から上の無い異形が、かつての愛しい人への行為の残滓か、服を丁寧に脱がそうと女の服に手を掛ける。
しかし、鉄に覆われ、獣の様な鋭い爪のある手は、女の肌を傷つけながらその服を切り裂いて行く。

「まんま、マぁんマ、まぁまぁぁぁ……」

背に身の丈の倍以上の長大な羽根を生やした赤子の異形が、母の愛を求める様に、剥き出しにされた胸にすがり、乳を食もうと口を寄せる。
だが、既に赤子のそれを遥かに超える力と生え揃った牙を持つその口は、母の乳に牙を付きたて、貪る様に柔らかな肉を引きちぎっている。

「いや、嫌よ、来ないで、いや、いたい、いたいの、おねがいだからやめて、食べちゃわないで、いひ、ぎぃ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

女は恐怖に顔を歪ませ、首を激しく振りながら叫び声を上げる。
だが、それはこの状況ではとても危険な行為だ。
女の叫び声を聞きつけて、周囲で思い思いに共食いを繰り返していた『元』街の住人達が、どこかしら欠損した身体を揺らしながら近づいてくる。
母体であるボウライダーから生み出され完全に制御された機械天使とは異なり、ナノマシン感染で生み出された異形は力こそ機械天使に遠く及ばないものの、人間の、いや、生き物としての本能や欲望を色濃く残している。
そんな彼等にとって、ナノマシンに未だ感染せず人の形を保ったままのこの女は、恰好の獲物なのだ。
女の叫び声が、群がる異形の群れの立てる様々な、重く濡れた布を引き裂くような、肉を噛み千切り咀嚼する様な音に掻き消されていく。
その光景から、崩れたビルの下敷きになった少年が身を震わせながら目を背ける。
空にも、地にも、まともに生きている人間がいない。
居るのは何もかもを壊すだけの、悪魔染みた機械天使、怪物達のみ。
現実の何もかもから逃れたくて、しかし瓦礫の下敷きになって潰れた脚から伝わる痛みで、現実へと強制的に引き戻される。
身体から血液が流れ出し、音も目の前の光景も遠くになり始めた時、生き残りの女に群がっていた怪物達が、轟音と共に吹き飛ばされた。
きゅらきゅらと響く無限軌道の音。生き残りの軍人たちが応戦を始めたのだ。
薄れ行く意識の中、少年は思った。軍人さんがきてくれた、あの化け物たちをやっつけてくれるんだ。
そう、無邪気に信じながら、少年は静かにその命を途絶えさせた。
少年の亡骸が、鋼の被膜に覆われていく、ナノマシンに感染し、デモナイズしていく。
少年の身体に居付いたナノマシンは、生前の少年の意を確かに汲み取る。
少年の変じた異形は、目の前の救いと力の象徴である戦車へと、獣そのものの動きで駆け戦車の外壁に取り付き、浸み込むように融合を開始。
先の砲撃で吹き飛んだ筈の怪物達は、何事も無かったかの如く立ち上がり、街の破壊を再開している。
少年の記憶の残滓が、確かに目の前の怪物達へと殺意を向ける。
少年の身と意思の残骸が融け込んだ戦車が、怪物達に向け狂ったように砲撃を繰り返し、轢き潰そうと前進を初め、しかし、呆気なく巨大な金属の脚に踏みつぶされた。
脚、そう、脚だ。まるでドラム缶の様な円筒形の脚が、直径六十メートルはありそうな金属の柱が、怪物も異形も何もかもを踏みつぶしている。
あまりにも巨大なそれは、元を正せばブラックロッジが世界中に解き放った量産型破壊ロボ。
各地でどうにか殲滅されたそれらの残骸に、無数の怪物や異形が融合し、積み重なり、円筒形を組み合わせた雑な造形の人型へと姿を変えたのだ。
全高六百メートルを超える鉄の巨人が、崩れかけた廃墟の街を踏み砕いて行く。
鉄の巨人の体中から、怪物と異形が湧きだす。
踏みつぶされたと思われたそれらは、足裏から融合し、巨人の身体を伝って再び空へと放たれる。
炎に包まれ、建物は砕け折れ、破壊を撒き散らす天使と人のなれの果てである異形が空を覆い尽くし、巨人が大地を踏み躙る。
文字通りの地獄絵図、即物的な終末の戯画。
そして、この光景は、世界中の到る所で繰り広げられている。
人知を超えた邪神の脅威を乗り越えた世界は、誰もが思い描ける有り触れた破壊の力で、滅びの結末へと加速していく。
人類の歴史が終わる。生き物の歴史が途絶える。何もかもが踏み躙られ、誰もが大切な物を失い、奪われ、呆気なく死んでいく。

「あ、は、は、は! どうです、先輩! 貴方の守った世界が! 跡形も無く壊され! 貴方が堪らなく愛おしく感じていた世界が! 如何し様も無い程に汚されていますよ! は、はは、あ、ははははははははははははははははははは!」

異邦人は終末の光景の中、笑う。
狂ったように、子供のように、無邪気に笑い声を上げる。
一片の悪意も交らぬ、純粋な喜の感情を基点に生まれる笑い声は、眼下の光景と相まって悪夢めいた響きすら感じられる。
世界を滅ぼさんとする者の姿とは、大十字九郎の知らない鳴無卓也の一側面とは、おおむねこのようなものであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

南極から螺旋を描きながら、リンゴの皮を剥く様に人類とその他生物を建築物ごと皆殺しにし初めてから五時間程が経過。
解き放った端末の群れを、時折核兵器と大型フェルミオンミサイルの絨毯爆撃を楽しみながら追いかけ続けた。
一撃毎に地形が変わる様な超破壊力をむやみやたらと吐き出し、時には端末の群れを一部薙ぎ払い続け、思う存分に破壊の限りを尽くす。

「ちょっと休憩かな」

一時的に落ち着いた、いわゆる賢者モードに突入した俺は一息吐き、デモベ世界仕様の黒いボウライダーとの融合を解き、コックピットから這い出てそのまま肩の上に座り込む。
絶妙な重力制御能力により、不安定な姿勢の人型兵器の肩の上であるにも関わらず、俺は自宅の居間で座布団に座るのと同じようにリラックスする事が出来た。
ヤクルトを作り出し、細いストローを刺し、中身を啜りながら考える。
『世界に破壊と混乱を!』
みたいなノリで行こうと思ったのだが、破壊力が強すぎると思った程に混乱が起きないらしい。
もっとこう、東京タワーに迫るゴジラの如く現場のアナウンサーが決死の放送をしてくれるものと思って核やフェルミオンミサイルばら撒きながらラジオまでチェックしていたのだが。
しかし残念なことに、ラジオ放送どころか避難警報が出るよりも早く、端末どもが下りた街の住人は尽く殺されてしまった様だ。
ま、あの端末を破壊するには最低でも魔力ガン決めの偃月刀クラスの威力が必要になるし、魔術を応用しない攻撃では核の直撃でもダメージを与える事すら不可能だから、仕方が無いと言えば仕方が無い。
意外と抵抗勢力の少ないデモベ世界、白と黒の王二人やブラックロッジの逆十字が居ない今、人類の力は所詮この程度のものだろう。
でもまぁ、別に世界中の戦力が結集して俺の所に来る、なんて事を期待した訳でも無い。
そもそも南極でのクトゥルフとの決戦にしても、世界中の邪神狩人が一人も参戦していなかったのだ。
『あの』人の良いシュリュズベリィ先生ですら、あの決戦をスルーした。
十年この世界に居て気が付いた事なのだが、人類が総力を結集しても勝利するのは難しい様な敵、邪神が居るというのに、ここの人類は力を合わせる事が出来ずにいる。
集まりが悪いというか、チームワークがなっていないのだ。
だがそれでいい。俺が今の人類に、地球の生命に求めているのはドラマ性ではない。
俺が振るう破壊力、暴力の矛先になってくれれば何も文句は無い。
二年前、俺が不貞腐れて『五周目はひたすら姉さんと美鳥とで爛れた生活を送ろうかなぁ』とか考えていた時、姉さんは言った。

『卓也ちゃん、暴力はいいわよー暴力は』

あの日、姉さんの告げた言葉は、俺にとっては革新的な一言だった。
思い返してみれば、俺は今までひたすら強くなる事を主題に据えて行動してきた。
ブラスレイター世界でもそうだ。元の生活を忘れない為にバイトこそしていたが、それ以外は下級デモニアック狩りで戦闘訓練に明け暮れた。
スパロボ世界でもそうだ。部隊での信用を勝ち取る為に最前線で戦い続けたが、それにしても味方からの警戒心を薄れさせるための行為でしかなく、最後の主人公達との決戦も、主人公補正に勝てるのかという疑問を解消する為の実験であり、挑戦だった。
ネギま世界ではどちらかと言えばデートがメインだったが、スクナとの戦いも如何に違和感なく取り込めるかを考えて、一撃で粉砕する事はしなかった。
村正世界も言わずもがなだろう。暗躍メインだった上、俺が出張ったまともな戦闘は一度きり、しかもラスボスの劒冑の構造を知る為の戦いであり、これも強くなる為に必要だったからに過ぎない。
そう、俺は力を振るう時、相手側にとって迷惑千万な理由だろうがなんだろうが、とにかく何かしらの理由があった。
純粋に暴力を暴力として楽しむ為に力を振るった事が殆どないのだ。
初めて聞いた時は少しばかり非文化的な行為だと思ったが──

「いい、いいなぁ、これ」

呟き、自分でも顔が緩んでいるのが分かる。
楽しい。この極々単純な破壊という行いが楽しくて仕方が無い。
腕を振り、出力を中程に絞ったプラズマジェットで目の前の地球上の光景とは思えない荒野をなぎ払う。
単純な熱エネルギーの奔流によって、融けてガラス状に成りかけていた眼下の地表が蒸発し、有毒なガスを発生させる。
割れた大地からはマグマが噴き出し、既に取り返しのつかない程荒れていた大地が、噴出した溶岩に覆われていく。
面白いほど簡単だ。少し時間をかければ、これだけで地球を両断できそうな気さえする。
いや、人間大の俺の身体から発するだけでこれなら、ある程度のサイズまで巨大化させたプラズマ発生装置なら数分と掛からずに地球を両断出来るだろう。
そう、取り込む相手が消滅しない様に気を使って、精神コマンドにも無いてかげんをしなければいけない、なんて事も無い。
メイオウ攻撃、相転移砲、ジェネシス、マイクロブラックホールなどの即死級攻撃を躊躇う必要もない。
魔術の要素を取り込んだ新武装、神獣弾などの単純に威力の高いだけの武装も気兼ねなく使える。
そして、それらを全て駆使したところで届かないかもしれない相手が居る。

「先生、はやく、はやく来て下さいよ。はやくはやくはやくはやく、早く来ないと──」

待ち遠しい。いくつ街を潰しても、大陸を消し飛ばしても。
海の水を全て最高濃度の金神の水に浸食させても。
大陸プレートを念入りに砕いてもこの期待感に届かない。

「地球、ほんとうに滅んじゃいますよ?」

滅ぼすのが目的だけど、今それをするのはもったいない。せめて先生と全力で戦ってからにしないと。
クトゥルフが現れても帰って来ない先生でも、地球上に俺以外の人類の敵が居なくなればきっと来てくれる。邪神を狩る者として、邪悪に立ち向かう者として。
大導師も大十字も逆十字も存在しない今、多分、地球上の何もかもを破壊する上で一番の脅威になるのは先生だ。
それに、何もかもを意味も無く破壊するのであれば、先生との信頼関係もぶち壊しにしなければ。
積み木の遊びは積み木で城を作って終わりじゃあ無い。積み上げた積み木を、完膚なきまでに崩し切る処までが積み木遊びなのだ。
積み上げるのも打ち崩すのも真剣に取り組まなければ。

「……そういえば、アーカムはどうなっているかな」

そこまで考えて、俺は割と交流がある知り合いの多いアーカムの事を思い出した。
復興作業自体は南極決戦の前から行われていたと思ったが、今どれくらい生き残りがいるのだろう。
少し遠回りでゆっくり移動させているとはいえ、解き放った端末どもはそろそろアーカムに到着する時間だ。
実際問題、機神招喚が出来る実力を持ちながら隠れ潜む隠者系魔術師でも他所の街に居なければ、アーカムは世界で最大規模の魔術的な防衛能力を持っていると言っても過言では無い。
街の構造、結界こそ破壊されているし、覇道にも殆ど力が残されていないとはいえ、真っ当に学べる場所としては魔術の最高学府と言っていいミスカトニック大学。
しかもその中でも腕利きの集まる特殊整理室には、金神スペシャルチューンの数打も納入している。
彼等もシュリュズベリィ先生には劣るものの、攻撃的な魔術を行使する事は不可能では無い。
劒冑の力と併せて戦えば、半日程度なら端末を退けながら逃げ続ける事も出来ないでも無い、かもしれない。
そして、あの街には一足先に帰ったシスターが、メタトロンが居る。
正直な話、メタトロンの性能では複数の端末を相手にするのは難しい。
あの端末には数倍に増幅されたサンダルフォンの魔導ダイナモと魔術的倍力機構が搭載され、ベースになっているのはブラスレイター化したテッカマン。
解毒機能のお陰で改悪ペイルホースに感染する恐れこそ無いけど、まともに戦える程スペックは拮抗していない。
だが、戦闘機能を設定する際に様々な戦闘動作、行動選択パターンを作り上げる為の試行錯誤の末、端末の内の何割かはサンダルフォンの頭脳を材料に使用している。
使用した脳細胞の量や記憶の断片数から考えて、激情が溢れ出す程に人間性を発揮できる訳ではないが、シスター、あるいはメタトロンを見た瞬間、何らかの誤作動を起こす可能性は否定できない。
シスターがサンダルフォンの記憶の残骸に『どのような形で求められるか』までは正確に予測できないが、かなりの数が足止めを喰らい破壊活動を中断してしまうのは間違いない。
軍警察は……お察し下さいってやつか。
ともかく、アーカムはもう数時間は無事である可能性が高い。
滅ぼす前にお世話になった人達やそれなりに仲の良かった人達と別れの挨拶をするのも一興だろう。
端末に任せっきりってのも悪くないが、せめて知り合い程度は俺が直接挨拶に行くのがすじ公国ってものだろう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

かつて世界の中心とまで言われていたアーカムシティは、今や見る影もない程にその姿を崩されていた。
幾重にも聳え立っていた高層ビルは折られ砕かれ潰され、道は捲れ上がり枯れた土を剥き出しにされ、その土ですら圧縮された字祷子の不浄さに耐えきれず毒を吐きだす。
街に生きる人々は空から舞い降りた機械の天使達に殺され、その死体は異形へと姿を変え、かつての隣人たちを嬲り、かつての友人の肉を食み、かつての恋人の血を啜る。
空は金属にも似た不気味な輝きを帯びた分厚い雲に覆われ、そこから降り注ぐ光の雨を浴びた生物は残らず水晶質の金属の彫像へと姿を変え、生き残りの人間は刻一刻と数を減らしていく。
僅かに存在していた力ある者達がそれらの災害を食い止めようと奔走するも、一人としてそれを成し得る者は居らず、極々限られた範囲を守る事にのみ辛うじて成功していた。

ミスカトニック大学、時計塔付近。
ただ与えられたコマンドに従い建築物を破壊せんとする機械天使達が、街で一番の高さを誇る建築物に群がっていた。
それらの時計塔への接近を拒むように、無骨な鎧武者達が空を舞い、力を振るっている。
劒冑だ。異世界における日本──大和の六派羅幕府制式採用数打劒冑、九〇式竜騎兵。
五体の武者は、手に刀では無く思い思いの武装を持ち、数で圧倒する機械天使達を抑え込んでいた。
手に持つ武装は長銃や機関銃、機殻剣に杭打ち機などの現代兵器が殆ど。
だが、それらは通常の兵器では無い。実用段階にまで到達した魔導兵器だ。
引き金が引かれる度、敵に刃が、杭の先端が触れる度、眩い魔力光を迸らせ、主力戦車の砲撃すら通さない機械天使達の身体を貫いて行く。

「まったく、これでは切りがありませんね」

白くペイントされた九〇式が、古めかしいデザインの長銃に新たな弾薬を詰め込みながらぼやく。
ミスカトニック図書館特殊資料整理室のメンバーの一人、フランシス・モーガンだ。
迫りくる拳圧やレーザーを避けながら手に提げた試作魔導ライフルで近付いてくる機械天使の頭をまた一つ撃ち抜き、舌打ちをする。
本当に切りが無い。これがただの畜生の様な化け物であれば、モーガンもその他の資料整理室のメンバーも防衛戦などしていないだろう。
だが、この機械天使達は図書館の魔術的な守りをこじ開ける力を、魔術を極めて高度なレベルで行使する技量を備えていた。
如何に表向き存在している時計塔を壊されようと、時間と空間の異なる場所に存在する真の図書館には何の影響も無い。
だが、アーカムの空を埋め尽くすこの機械天使達は、ずれた時空に存在する図書館こそを破壊しようとしているのだ。
今、秘密図書館はその蔵書をまた別の場所に移し、中に避難民を匿っている。
時計塔に仕込まれたド・マリニーの時計による時間操作で秒刻みにずれた空間を作り出す事により、生き残り数百名が逃げ込めるスペースを作ったのだ。
たったの数百名だが、この世界の終りの様な光景を作り出した怪異から人々を守らなければならない。
モーガンはそう考え、必死で致死性の弾幕を避けながら、一匹ずつ確実に機械天使を撃ち落としていく。
後輩である兄妹の手により山のように造られていた弾薬も底を突き始めた時、機械天使達の動きに変化が起きた。

「引いて行く……?」

それまで愚直に秘密図書館目掛けて進んでいた群が、ゆっくりと後退を始めたのだ。

「やったか?」

ミスカトニック大学の敷地内から次々と消えていく機械天使達に機関銃を向けながら、ウォーラン・ライスが呟く。
その前で機殻剣を下げた劒冑が自分達の勝利を確信しガッツポーズを取っていた。
正義感と空中戦の腕を見込まれて特殊資料整理室にスカウトされた、空軍への従軍経験もある新人だ。

「はは、これだけ墜としてやれば、天使ばかりの部隊ってのも流石に──うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

その新人が、巨大な掌に叩き潰された。

「柿崎ぃ!」

ライスの呼びかけにも答えない。
新人を叩き落とした巨大な鋼の掌には、潰れた金属と、スパゲッティの上に掛かっていそうなミートソースがへばりついている。
即死だ。あれほどの質量に勢いよく叩きつけられたのだ、如何に劒冑の守りがあるとはいえ、ここまで原形を留めていない有様ではどうしようもない。

「あ、あれは……」

だが、手に巨大な鈍器──モーニングスターを構えた九〇式の仕手、ヘンリー・アーミティッジが驚愕したのはそこでは無い。
その巨大な掌は只の鉄の塊ではない。只の巨大ロボットではない。
情報だ。巨大で、人間の感覚では捉えきる事の出来ない、超高密度情報体。

「デウス……マキナ……」

そう、それは紛れもなく鬼械神だった。
武装もなく、翼も無く、しかし頑強な四肢を備えた人型。
この世ならざる次元から映し出された情報の影。
その鬼械神が、解けるように消滅する。
中からは、生命エネルギーを絞り尽くされた抜け殻の様な在り様の機械天使が零れ落ち、地面に落ちて砕け散る。
それを見届けた、ミスカトニック大学の敷地内から引いた──いや、ミスカトニックを包囲する機械天使の群れの一部が、一歩前に前進する。
四方八方から、三匹ずつのグループを作った機械天使達は、どれも手に二冊の本を構えている。
一冊のタイトルは『機神夢想論』、本というよりもレポート用紙の束に見える。
そして、もう一冊の装丁とタイトルを見た、その場にいる全ての人間が目を見張る。

「あ、『死霊秘法(アル・アジフ)』だと!?」

かつて陰秘学科の主席の学生が偶然に手に入れ主となったそれが、機械天使達の手の中に、福数冊存在している。
有り得ない。有り得ない筈なのに、それを見た瞬間に感じてしまった。あの全てが、真実本物の死霊秘法なのだと。
そんな特殊資料整理室の面々の驚きを他所に、機械天使達は次々とページを開き、機械的な音声で詠唱を開始する。

《永劫》
《時の歯車、裁きの刃》
《久遠の果てより来る虚無》
《永劫》
《汝より逃れ得るものはなく》
《汝が触れしものは死すらも死せん》

機械的な詠唱に応じる様に、機械天使達の持つ死霊秘法のページが宙を舞い、球天を模る様に整然と整列し、立体型魔法陣を形成する。
魔法の杖代わりとなる偃月刀は必要無い。彼等機械天使達の極僅かに残された生身の肉体。
そこに刻まれた遺伝子情報こそが、詠唱補助の術式に書き換えられている。
機械天使達は、術者であると同時に招喚補助のアーティファクトでもあるのだ。
それぞれ三冊の死霊秘法から展開したページが、ちかちかと機械的に明滅しながら魔術文字に力を流し、魔法陣内部の空間の性質を作り替え──
衝撃波。実在と非実在の揺らぎの中間に存在する巨大な影が顕現する。
確かな厚みを、質量を、存在感を伴って現れる、闇色の機神。
最強と謳われた死霊秘法本来の鬼械神『アイオーン』
死霊秘法に記された術式の中で最大最強を誇る奥義は、魂すら存在があやふやな人型の機械の塊の行使によって成立し得る、極々有り触れたプログラムへと堕されたのだ。

「う、うあ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「いかん、早まるな!」

時計塔を、自分達を取り囲む巨大な質量を伴う超情報体の齎す神氣に当てられ、もう一人の新人が杭打ち機を構えて特攻を仕掛ける。
試作型魔導杭打ち機。高層ビルを一撃で粉微塵にする程の威力を持つそれを、未だ操縦者を機神の魂へと招き入れていないアイオーンが展開する防禦結界へと突き立て、躊躇うことなく引き金を引く。引き続ける。
攻撃的魔術文字の刻まれた薬莢に包まれた、イブン・カズイの粉薬を混ぜ込まれた火薬が炸裂し、結界へと貫通力を叩きつける。
だが、術者の搭乗までを保護する結界は小揺るぎもしない。

《アイオーン》

アイオーンの胸元に、光輝く魔法陣が浮かび上がり、機械天使達を取り込んでいく。
そう、取り込んでいる。術者を自らの魂に導くのでは無く、自らのパーツとして組み込む為に。
三匹の招喚者が、魔法陣に取り込まれながら融合し、人の形を失って行く。
鬼械神を制御する為だけの形態、『頭脳形態』へとその姿を変じさせている。
複雑な、限りなく四次元構造に近い三次元構造体へと変形を完了した機械天使達が、光に包まれながら、機神の魂──コックピットへと完全に組み込まれた。
操縦者を、頭脳を取り込んだアイオーンが小さく拳を突き出す。
ただそれだけの動作で、杭打ち機を持った竜騎兵は血飛沫すら残さず大気の一部に還元された。

「これは、流石にまずいかもしれませんね」

モーガンは劒冑の甲鉄の下で冷や汗を垂らす。
唯でさえ、数に押されて押し切られるのが時間の問題だったというのに、ここにきて鬼械神、しかも死霊秘法から呼び出されるアイオーンが、計四機。
守りきれる自信が無いどころの話では無い。

「だが、どうにかせねばなるまい」

しかし、この逆境にあってなお、アーミティッジは諦めない。
手に提げていたモーニングスターを構えなおす。

「当然ですな。それが、この街で怪奇事件に関わった者としての務めというものでしょう」

機関銃を構えたライスが、震える事も無く、四方を囲むアイオーンの内一機に向き直る。
具体的な方策は無い。だが、ここで諦める事は出来ない。諦める事に意味は無い。ここで諦めたら全てが終わってしまう。
モーガンはともすれば全速力で逃げだしそうになる程の恐怖を押さえつけ、ライフルの残弾を確認する。
……やはり絶望的だ。鬼械神どころか、鬼械神の後ろに控える機械天使の包囲すら破れそうにない。
しかし、逃げるという選択肢は残されていないのだ。いや、逃げる先すらこの地球に残っているか怪しい。
死にに行く訳では無い。生きる為に、立ち向かわなければならない。

「では、行きましょう!」

アーミティッジ、モーガン、ライスの動きに合わせる様に、漆黒の鬼械神が空手の様な構えを取る。
取り囲む数千の機械天使達が、その多彩な武装を展開する。
人類と蹂躙者達の、威力と威力がぶつかり合い────現実に即した、極々有り触れた結末が訪れた。
それは戦い敗れた戦士達だけに限った話では無い。
時計塔に匿われていた民間人は引きずり出され、一人一人、様々な手法によって、その命の輝きを吹き消された。
今、この地球上で、人の命と祈り程軽いモノは存在しない。
あらゆる痕跡を巨神と天使に踏み荒らされ、遂にミスカトニックは完全に陥落した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「あちゃ、一足遅かったか」

額にぺし、と掌を当て、俺は瓦礫の山と化したミスカトニック大学を見下ろしていた。
機械天使から受信していたログで資料整理室の彼等がどんな決意をし、どんな最後を迎えたかまでしっかりと確認したが、できる事ならもう少し手間を掛けてあげたかった。
匿われていた民間人も一人残らず死んでいるし、もうここでやれる事は無いな。
ボウライダー頭を軽く蹴り、もう一つの心当たりへと向かわせる。
ゆったりと滑空している様な速度で空を旋回すると、空から地上を蹂躙していた端末が道を空ける。
いや、道を開けさせなければ通れない。目的地に向かうにつれて、空を覆う端末の密度が上がっているのだ。
密度が濃くなっている辺りに向かって移動すればいい話と思われるかもしれないが、こうも密集していてはどこが濃いも薄いも無い。
ここ二年で幾度となく通っていなければ道に迷っていた所だ。

「ふむ」

一分もかからずに目的地に到着し、俺はボウライダーを着陸させ、肩から飛び降りた。
邪魔な端末に少し脇に退くように思考を飛ばし、周囲を観察する。
そこは、元は教会だったのだろうか、殆ど枠だけになっている窓には色の着いたガラス片が僅かにはめ込まれ、一番高いところには十字架であったと思しき物体が掲げられている。
だが、それだけだ。ここがどこであるか、どの様な用途を持った建築物であったかを示すものはそれだけしか残されていない。
座標データとの一致が無ければ、ここが元はシスター──ライカ・クルセイドの孤児院兼教会であったなどとは信じられないだろう。
敷地内には無数の端末が犇めき合い、与えられた命令をこなすでもなく、何か、白い何かに向かって、我先にと群がっている。
何処となく、学生時代に学校の帰りに見た、ハトの死体を啄ばむカラスの群れを思い起こさせる光景だ。
白い何かに近付くに従って、俺の『其処を除け』というコマンドは利きが鈍くなってきている。
お情けで脳髄を少しだけパーツとして組み込んだのだが、思ったよりも人格の欠片が残っていたのだろう。
客観的に見て、素晴らしい姉弟愛だと思う。尊敬に値する。
そう考えれば、この元教会の中に溢れる濃厚過ぎる栗の花の匂いもさして気にならない。

「りゅ、が、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、りゅうが、りゅうがあぁ……」

うわ言の様に弟の名と謝罪の言葉を吐き出し続ける銀髪のシスター、ライカ・クルセイド。
メタトロンとしての装甲は半ば以上砕け、手足も所々曲がってはいけない方向に折れ曲がっている。
彼女の弟だったモノの残骸達が腰を打ちつける度、がくがくと身体を人形のように揺らして、弟だったモノ達が白濁を吐き出す度に、身体をびくびくと痙攣させる。
謝罪を繰り返す口に捻じ込まれた。頬の肉越しに、舌がうねっているのが分かる。少しして、ごくりごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
どういった経緯か、彼女には抵抗する気概は芥子粒程も残されていないらしい。
彼女に群がる端末達は、その顔面を覆う装甲を部分的に除装し、素体を構成する人間の一人、リューガ・クルセイドの顔で、朗らかに笑っている。
狂気に浸された笑顔ではない、どこまで純真で、無垢で、とても死んでいるなどとは思えない笑顔だ。
そんな顔のまま、何を言うでもなく、シスターの身体を貪っている。
別段おかしな事では無い。完全機械化されたサンダルフォンの身体であるならばともかく、テッカマンもブラスレイターも金神の子供も、すべからく性欲を持ち合わせている。
その欲に、リューガの欠片に含まれていた『自分の知らない姉が怖い』という部分が重なり合い、知らない部分を無くそうとしているに過ぎない。
今でこそこの様な形でその思いが発現しているが、この教会に群がっている端末(リューガの部分を多く残された個体達だ)がこれと同じ事を終えたなら、次に来るのは食欲当たりだろう。
変則的な形ではあるが、これも一種の求め愛。やや姉側が受動的過ぎるきらいもあるが、そこは弟を刺殺して逃げ出した分の清算とでも考えれば何も問題は無い。

「残り少ない時間だけど、お幸せに」

ここがこうなっているのは大方予測済みだからいいとして、ここにはもう三人程居てくれていると思うのだが。
運悪く難民キャンプの方に出てたなら即死だろうが、その可能性は探してから考えよう。
シスターに夢中で破壊活動を行っていないせいか、いかにも人が隠れられそうな場所が幾つも残っている。
恐らく殺されてはいない筈だし、殺されているのであればレーダーには引っ掛からない。
レーダーは使わずに居住区を一部屋一部屋探して回る。
居ない。クローゼットの中、ベッドの下、大時計の中、風呂桶の中……。
一通り室内を探し終え、外に回る。順番待ちの端末の列を押しのけ、井戸の近くの地面の土を引っぺがす。
見つけた、地下室だ。ここは物置代わりに使っていたが、子供が三人隠れるには十分なスペースが確保されていた記憶がある。
端末どもを地下室内から見えない位置まで下がらせ、扉を開く。

「おっと」

扉を開いた瞬間、顔目掛けて尖った木の棒が付き出された。
折れて物置に仕舞われていたスコップの柄だろうそれを手に襲いかかって来たのは、金髪に褐色の肌の活発そうな少年、ジョージだった。
スローどころか止まって見える凶器の一撃を掴み取り、後ろ手に地下室への扉を閉めながら侵入する。

「落ち着けジョージ、俺だ」

言い聞かせるも、数秒返事が無い。
いや、返事が出来ないのだろう。外の端末が出す足音に紛れて、しかしガチガチと歯を打ち鳴らす音がしっかりと俺の耳には聞こえている。

「よし、よし、よく頑張った」

十秒、二十秒と掛けて背を撫でて落ち付かせてやると、ジョージが涙を目に浮かべながらも歯を打ち鳴らすのを止め、袖で涙を拭い出した。

「たっ、タクヤ? 助けに来てくれたの!?」

奥からアリスンを背に庇いながら近づいてきたコリンが、恐怖に青ざめた顔に、僅かに希望の色を表した。
恐らく、空が端末に覆われた時点でシスターに地下室に隠れている様に言われたのだろう。
ここは造りこそ頑丈だが、防音ではない。街の破壊される音、逃げ惑う人達の悲鳴、果てはシスターの上げたであろう嬌声まで聞こえてきた筈。
そんな絶望的な状況の中で地下室にどれだけ閉じこもっていたのか。そこに助けが来たのであれば、どれだけ安堵するか、想像に難くない。

「いや、積み木を崩しに来た」

「え? びゃっ」

撫でていたジョージの背から、死なないまでも筋肉と神経を焼かれて身体が動かせ無くなる程度の電流を流し、瞼を開いたままで固定し、そっと、アリスンとコリンの姿が見える位置に横たえる。

「な、何してるんだよ、卓也、ジョージに何を……」

喜色に染まりかけていたコリンの顔から一瞬で血の気が引き、蒼白になった。
アリスンは……なるほど、ナノポが良く効いているらしい。何が起こったか理解しながら、それ自体にはあまり反応していないようだ。
ぽう、っと蕩けた表情でこちらの事を見つめている。白目を剥いて倒れているジョージの姿は認識していないかのようなリアクション。
感情制御用ナノマシンの過剰投与患者の末期症状だ。
何をされても好感に、強烈な快感へと変換され、終いには対象者へのまともなコミュニケーションすら不可能な状態に陥る。
常日頃からぼうっとしているアリスンだからこそ不審に思われなかったのだろうが、そうでなければまともに生活する事すら危うい状態だ。

「おいで、アリスン」

「ひゃい……」

ろれつが回っていない。熱に浮かされたように焦点の合っていない瞳は、端から涙を零れさせながらも此方に釘付けだ。
ふらふらと覚束ない足取りで近付いてくるアリスン。
歩く度、太ももを伝い流れてきた透明な液体が、ぱたぱたと足元に垂れていく。

「まって、いかないで、行っちゃだめだ、アリスン!」

コリンは必死でアリスンを呼びとめるが、その声がコリンのものだと認識出来ているかは怪しいものだ。
呼び声に振り返る事も無く歩き続け、遂に俺の元に辿り着くアリスン。
倒れこむように抱きついてきたアリスンの僅かに着崩れた服の上から、無遠慮に身体を弄る。
弄りながら、コリンとジョージがどうするかを見定める。

「あぅ、ぅぅぅ、ふ、ぐぅぅぅぁぁ♪」

獣の唸り声の様な声を上げながら、身体を二度、三度と痙攣させるアリスン。
そんなアリスンを見ても、身体の自由を奪われていない筈のコリンは何もしない。
アリスンを奪い返すでも無く、返せと叫ぶでも無く、唯アリスンの猥らな姿から目を逸らさない。
ジョージは、動けない筈の身体をずりずりと蠢かせ、それだけで人一人くらいならば殺せそうな殺意を込めた視線を向けている。
うん、これだ、この視線が心地いい。何もできずにただ本能に流される情欲の視線と、裏切り者を見る視線。
純真無垢なこの子供たちにこの視線をさせる為だけに、この二年間こいつらと遊んでいたんだ。
ずっと続くものと思っていた友人と少しだけ親しい女の子との生活。それを壊された時の少年たちの心の歪曲!
いや、これだけでも二年間非生産的な行いを続けてきた甲斐があった。
これ以外の、特殊資料整理室とかシスターとかもいろいろと積み上げてきたけど無駄になってしまったし、一つだけでも回収できてよかった。
二年間の活動が完全に水の泡になったら悲しいものな。

「さて、せっかく二年もかけてアリスンを意識するように思考誘導してやったんだし、じっくり見学するように」

アリスンの身体に身体に触手を這わせる。
服の上から身体を緩く締め付け、身体のラインを強調させ、服の中に入れた触手で見えないからこそ感じるエロスを再現。
少し立ち方を調節して、ジョージからもコリンからもアリスンの晴れ姿が見える位置に移動する。
思えば触手で姉さんと美鳥以外の人間にエロい事をするのは火星の難民の女の子以来か。
とはいえ、あくまでもこれは前菜、メインディッシュまでの時間潰しでしか無い。
適当なところで切り上げて、先生の出迎えの準備をしなければ。
俺は先生をどのような形で出迎えるかという事と、このデモンべイン世界では、原作に登場するキャラは全て十八歳以上であるという事実を頭にしっかりと思い浮かべながら、アリスンの下半身を包む薄布の中に触手を滑り込ませた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

白銀の雲に覆われた空を、全長五十メートルはあろうかという巨大な機械の鳥が、大気を引き裂きながら飛翔する。
音よりも早く、現行のあらゆる航空機に勝る速度で駆ける機械の鳥、いや、魔導書『セラエノ断章』によって呼び出される鬼械神、アンブロシウス。
アンブロシウスはその身をエーテルの波に乗せ、現世の物理法則を振り切り、しかしその速度を上げる事が出来ていない。
それはこの白銀の雲、土妖の気を帯びた金属粒子を含む霧を防ぐ事に注力せざるを得ないからだ。
この白銀の霧に触れた生物はたちどころに有機的属性を奪われ、水晶質の金属で身体を構成された新生物へとその身を作り変えられてしまう。
そして、この霧は恐るべきことに金属質と融合し、内部に浸透する。
その為、アンブロシウスの操者である老魔術師、ラバン・シュリュズベリィもまた、自らの身を守る為に、アンブロシウスを結界で包み込んだままでいなければならない。
そうでもしなければ、地球上の空を覆い尽くしているこの銀色の雲は忽ちの内にシュリュズベリィの身体を侵し、人間という規格から逸脱させてしまうからだ。

『ダディ、まだ来るよ』

セラエノ断章の精霊、ハヅキが平坦な口調で追跡者の存在をシュリュズベリィに知らせる。

「やれやれ、街中の国道でもあるまいに、速度制限などするからこうなる」

アンブロシウスのコックピットの中でシュリュズベリィは肩を竦めながら、アンブロシウスと同調した視覚を用いて背後に迫る追手の姿を確認する。
迫るのはその身を黒金に覆った鬼械神、いや、果たしてそれを鬼械神と断言していいものだろうか。
剥き出しのフレームに、最低限の格闘戦を想定しているであろう最低限度の外装と、継ぎ接ぎだらけの飛行ユニット。
気配から察するに、恐らくはネクロノミコンの系譜から召喚される鬼械神なのだろう。
鬼械神を招喚できる程に正確な記述の魔導書が、彼の教え子たる大十字の持つオリジナルと、ミスカトニックの図書館に収蔵されているラテン語版以外に存在している事は確かに驚きだ。
だが、呼び出され使役されている鬼械神の状態から予測できる術者の技量は恐ろしく低い。
魔術師としての位階は小達人に一歩も二歩も及ばないだろう。
だが、未熟者が招喚したにしては、余りにも現界時間が長すぎる。
余りにもアンバランスな鬼械神。しかし、シュリュズベリィはそのカラクリを少なからず理解していた。
突如として世界中に現れた、アーカムのメタトロンとサンダルフォンにも似た機械天使の群れ。
滞在先で相対したそれらが十数体集まり結合し、機神招喚の術式を発動したのを、シュリュズベリィはその光を写さない目でしかと確認していたのだ。
複数のAI、もしくは、機械天使の『材料』とされた人間の脳を繋げて処理能力を高め、複数の魂を燃料電池代わりにする事により、むりやり継戦時間を延長しているのだろうと、シュリュズベリィは推理していた。

「学ぶ意欲の無い生徒への講義は気が進まないが、やむを得ないな」

飛行形体(エーテルライダー)から人型に変形し、両手に握った大鎌を横薙ぎに振るい、風の神性であるハスターの魔力を帯びたカマイタチを放つ。
空を断つ魔刃、それを不完全な形のアイオーンは身を傾け逸らし、両腕に籠手の様に施された装甲で防ぐ。
オリハルコン製の装甲が、刃筋を立てられずに打ち込まれたカマイタチによって僅かながら削られたが、それでもなお機械天使達の駆るアイオーンは怯まずアンブロシウスに追いすがる様に加速を続ける。
決死の特攻にしか見えないそれを、シュリュズベリィの駆るアンブロシウスは冷徹に迎撃する。
時折飛行形体に変形し距離を取り、迫るアイオーンへとカマイタチを、気象攻撃を重ね、着実にダメージを与えていく。
数度の迎撃の末、アイオーンは呆気なくその身を崩壊させ、しかし、間を置かず新たなアイオーンが現れ、シュリュズベリィを追いたてる。

『ダディ、こいつらおかしい。ぜんぜん攻撃してこない』

アンブロシウスを追いたてるアイオーンには、遠距離用の武装は搭載されていない。
しかしある程度の距離まで接近されると肉弾戦に持ち込まれる為に迎撃していたのだが、余りにも呆気なさすぎるのである。
銀色の雲に対して障壁を張り続けている為に速度を落とさざるを得ないアンブロシウス相手であれば、少し無理をすれば懐に潜り込めないでも無い。
が、今まで墜とされたアイオーンは全て只管に追いかけてくるだけで、積極的に懐に潜り込もうとしてこないのだ。

「……どうやら誘い込まれていたらしい。くるぞ、レディ」

追いかけて来ていたアイオーンはいつの間にか消え失せ、機械天使の追撃も無い。
霧はいつの間にか晴れ渡り、空の雲は一部分だけぽっかりと口を開けて、場違いなまでに明るい真昼の太陽の姿を垣間見せている。
眼下には機械天使に破壊されるまでも無く、以前より既に焦土と化していた土地、『十三番閉鎖区画』。多くの人々の間では『焼野』という名が広がっている重度魔力汚染地帯。
その空と大地の間に、ポツンと一つの人影が佇んでいる。
アンブロシウスに比べれば小さな、しかし人間と比べれば巨大な人影。
どこかアンブロシウスにも似た、人間には似つかず、しかし歪ながら人間を模したと思しき黒い人型。

『アレが黒幕?』

「少なくとも、事態の何割かはあれが原因だろう。見たまえ、土妖の気に満ちている」

一見して殆ど魔術を使用していない機械人形のように見えるが、その両腕の砲には鬼械神にも通じる魔術理論が見て取れ、その身の端々からは下級の邪神を凌ぐほどの土妖の気、いや、土の神氣が溢れ出している。
純粋物質によって構成されているそれの全身に神経の様に神氣の通り道が張り巡らされており、しかし機械的な雰囲気を持つ霊質により黒い人型は限りなく鬼械神に近い位置へと到達している。
そして、その黒い人型の放つ土の神氣は白銀の霧が持つ土妖の気と同質の気配を有している。
少なくとも、白銀の霧とこの人型の間には何らかの因果関係があると見て間違いないだろうとシュリュズベリィは予測していた。
そして、機械天使達はその白銀の霧の中を侵される事も無く自由に飛び交う事が出来ている。
人型とこの二つとの関係性を否定する事は難しいだろう。

『来るよ!』

黒い人型が生き物の様な滑らかさを持って動き出す。
その手に提げた二門の砲に魔力光が宿り、しかしその砲口から吹き消されたかのように消え、次の瞬間にはアンブロシウスが衝撃に揺らぐ。

「ぐっ……!」

魔術構造内部の仮想コックピットの中で、シュリュズベリィが呻く。
感染魔術的連携状態にあるシュリュズベリィは、後頭部に頭蓋を割りかねない強い衝撃を感じていた。
幻痛である為に一瞬目がくらむ程度で済んだが、この場で生まれる一瞬の隙は大きい。
眼前に迫ったアンブロシウスの半分にも満たないサイズの黒い人型が、その身を前転させる様に廻しアンブロシウスの頭部、バイアクヘーへと踵を振り下ろす。
だが、それを大人しく食らうアンブロシウスではない。迫る踵を後ろに向かって全速力で離脱する事で回避し体勢を立て直す。

『ちょっと狭いね』

黒い人型を中心に旋回しながらぼやくハヅキ。
おびき出されたフィールドは白銀の雲も機械天使も無く整えられてはいる物の、アンブロシウスの本来の戦法である一撃離脱を行うには少しばかり範囲が限られ過ぎている。
空に上るのも手の内だが、それは余りにもあからさまな誘いだ。

「そう言うなレディ、ぼやいた処でどうなるものでも──」

シュリュズベリィが全ての言葉を吐き出し切るよりも早く、戦場を囲っていた白銀の霧が一斉に晴れた。
まるでハヅキのぼやきを聴き、アンブロシウスを戦い易くする為とでも言う様なタイミングだ。

『もしかして、舐められてる?』

ハヅキの疑問に答える様に、黒い人型が動く。
霧が晴れた事により広がったフィールドの中心で、黒い人型は砲と一体化した腕を組み、手首だけを曲げ、アンブロシウスに対して手招き。

「『かかって来い』か。これはまたあからさまな挑発だな」

だが、迂闊に手を出せる相手ではない。
先ほどの一撃、恐らくは超次元的に空間と空間を連結させ、砲口から放たれる筈の攻撃を直接着弾地点へと転送したのだろう。
それはつまり、発射から着弾までのタイムラグをほぼゼロにできるという事。こちらは常に動き回り狙いを定めさせてはいけないという条件が追加されている事になる。
更に言えば、周囲の白銀の霧もあの人影が操っている以上、この広いフィールドも常に広さを保たれているとは考えられない。
迂闊にフィールドの広さを利用した体当たりを使用するのも命取りである。

『でも、ダディは行くんでしょ?』

「そうだレディ、ここで行かねば進めない」

完全な高機動形態ではいざという時の対処が不可能である為、アンブロシウスは人型を保ち、手の大鎌を握り直す。
多発型飛翔魔術機関群にシュリュズベリィの魔力が流れ込み、その出力を倍増させ、環状の雲を噴き散らしながら人型に接近。

「吹け、ヒアデスの風!」

すれ違いながら、大鎌より魔風の刃が放たれる。
人型はそれを防御結界と腕でガードしようとし、結界ごと腕を叩き切られた。

『ダディ、こいつ凄く脆い』

「鬼械神にダメージを与えられるだけで破格なのだ、防御にまで手が回られてはかなわんよ」

人型の分かり易い欠点に、ハヅキとシュリュズベリィは軽口を言い合う。
結界越しでもこれほどに容易くダメージを入れる事が出来るのであれば、遣る事は簡単だ。
只管攻撃を回避しながら、只管攻撃を当てていくだけでいい。
人型は切断された腕を掲げ、困ったように、あるいは困惑した様に首を傾げている。
余りにも簡単に防御を抜かれたせいで戸惑っているのだろうか。だが、それはシュリュズベリィにからしてみれば致命的な隙になる。

「さぁ、講義の時間だ」

今までの木偶とは違い、この人型からは確かな意思を感じ取る事が出来る。早く片付けて搭乗者を引きずり出し、この事態を収拾させなければならない。
シュリュズベリィは、現状もっとも早く目の前の人型を倒し得る攻撃法を考え、それを実行する。

『いつでも行けるよ、ダディ!』

「御淑やかに頼むぞ、レディ」

アンブロシウスの霊燃機関にありったけのスペースミードが注がれ、多発型飛翔魔術機関群の出力が臨界を超える。
大鎌は霊質に覆われあらゆるものを切り裂く魔刃と化し、凶殺の魔爪に囚われた眼前の敵は只細切れにされるしかない。

「戯曲『黄衣の王』!」

シュリュズベリィの雄々しい宣言と共に、アンブロシウスが突撃を開始し──
その動きが、ほんの一瞬だけ完全に停止する。
アンブロシウスだけではない。周囲の大気も、汚染された大地も、汚染された土地に適応した元小動物である醜悪なミュータントも、フィールドの中に居る何もかもが、まるで時間を止められたかのようにその場で動きを止めた。
多発型飛翔魔術機関群から吹き出る字祷子も、噴出された瞬間のまま、字祷子の一粒に至るまで、完全にその場で動きを止めている。
例外はただ一つ、滑る様にアンブロシウスの突進する軌道から外れた黒い人型ただ一機。
半秒にも満たない停止を終え、止められた時が動き出し、あらゆるものの動きが再開される。
目標を見失ったアンブロシウスの初撃は空しく空を切り、フィールドの端まで突進し、ようやくその身を反転させ人型を視界に入れ直した。

『ダディ、今のって『ド・マリニーの時計』?』

ハヅキは以前シュリュズベリィの教え子である鳴無美鳥が発動していた魔術の事を思い出し、先の不可思議な停止現象の原因に当たりを付けた。
源書であるアル・アジフを除けば極々一部のネクロノミコンにしか正確な記述が存在して無いと言われている希少な魔術だが、あの人型が機械天使達の大ボスだとすればおかしな話では無い。
だが、シュリュズベリィは自らの魔導書の推理に首を横に振った。

「いや、それなら私達が止められた時点で、『止められた』と自覚する事は難しい筈だ」

正確に言えば、今の時間停止にしてもシュリュズベリィとハヅキは正確に知覚出来た訳では無い。
魔術とは異なる何らかの技法を持って行われたその疑似時間停止とでもいうべき状態で止めきれなかった霊子の揺らぎを、黄金の蜂蜜酒で拡大された知覚能力がかすかに感じ取っていたのだ。
更に言えば、アンブロシウスの本体はこの次元では無く、ここよりも十数は上の次元に存在している。
その為、アンブロシウスを構成する物質の内、外界に干渉する為に三次元まで落とされた部位は動きを止めても、外からも中からも知覚できず、なおかつシュリュズベリィの意思が届かない人間で言う不随意筋に当たる内部機関の幾つかがその状態を記憶していた。
原因不明の、しかし対抗するのは難しくない術理に思考を巡らせる間もなく、黒い人型が反撃を開始し、攻撃の後の隙を見せたアンブロシウスは回避の体勢に入る。

《流石はシュリュズベリィ先生、何の対策も無しにラースエイレムを一瞬でレジストするなんて流石です!》

白銀で囲まれたフィールドに、機械的に増幅された声が響く。驚きに、更にその喜びを上回る歓喜に震える声、叫び。
シュリュズベリィの声でもハヅキの声でも無い。
その声はアンブロシウスと相対する黒い人型の動きと連動している。
何ら攻撃的意図を垣間見る事すら出来ない動き。
最早焼野全体を覆い尽くしている広大なフィールドを縦横無尽に飛び回りながら、驚きに仰け反り、喜びに両手を広げ天を仰ぐ黒い人型。
だが、それらの動きに合わせて絶え間なく破壊力が行使され続けている。
炎弾が氷線が消滅波が断続的にアンブロシウス目掛け、未来位置目掛け、駄目押しの様に狙いを定めず吐き出され続け、アンブロシウスはそれを避け続ける。
微かな光を放つ糸がアンブロシウスの行く手を阻み、靄の様な糸の塊が追いかけ、それらの全てをシュリュズベリィのアンブロシウスは大鎌を風を雷を爆弾を駆使し打ち払う。

「これは……!」

シュリュズベリィは驚愕する。
黒い人型の圧倒的な攻撃密度に、ではない。
この程度の攻撃であれば、並みの鬼械神であれば如何様にも捌く事が出来るので驚愕には値しない。
アンブロシウスが、黒い人型の攻撃の隙間に生まれた僅かな活路に向け稲妻を放つ。
途端、何も存在していなかった筈の空間が燃え盛った。
更に、あらぬ方向からその炎が燃える隙間に禍々しい光が照射された。
不可視の糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、攻めの間隙を縫い接近しようとする敵を捕え、致命の一撃を意識の向いていない方向からの一撃で仕留める。
これまでの動くアンブロシウスを追う攻撃ではなく、アンブロシウスを誘導し固定してからの攻撃。
先ほどの術と、この戦法。シュリュズベリィの疑惑は膨れ上がる。

「まさか、君か、君なのか!」

『ダディ?』

眼を持たず、しかし霊視においては魔導書の精霊に勝り、長年の経験により人並み外れた観察力、洞察力を備えたシュリュズベリィだからこそ気が付く事ができた。
それが、自らの良く知る人物が『学術調査の折に多用していた』戦法だという事を。

《そうです、そうですよ! 俺です、俺なんですよ先生!》

アンブロシウスから距離を取り只管に動き回り飛び道具を乱射するだけだった黒い人型が、突如としてその動きを変える。
両腕の方からの次元連結攻撃すら止め、何の小細工も無しに、アンブロシウスの懐目掛けて弾丸の如く飛び込んでくる。
その速度はアンブロシウスからすれば余りにも緩慢だ。
だというのに、シュリュズベリィはそれを避ける事すらせず、正面から迎え撃つ。

《貴方を恩師と仰ぐ者です。貴方の薫陶を受けた者です。紛れもない、貴方に憧れる教え子の一人!》

アンブロシウスが大鎌で何かを受け止める。
それは、黒い人型の手から手品のように現れた一刀、東洋の刀にも似たシルエットを併せ持つ、アレンジの施されたバルザイの偃月刀。
その全長は二十メートル強、それはアンブロシウスの半分も無い黒い人型が持つには余りにも長大。
そして、アンブロシウスと打ち合うには、黒い人型は余りにも非力だ。

「君の言っていた悪事とはこれか、この有様か!」

二十メートル弱と五十メートル弱の巨人による、大鎌と大太刀の鍔迫り合いは決して拮抗しえない。
アンブロシウスの大鎌に押され、黒い人型は後ろに押し込まれる形になり、偃月刀の刃には大鎌の刃が減り込み、両断せんと更に押し付けられる。
鬼械神の、いや、魔術師の攻防において押し合いの状態での拮抗はありえない。
両手が武器で塞がれても魔術が使えなくなる訳では無いからだ。
アンブロシウスも気象魔術による攻撃を続けてはいるが、黒い人型も負けじと天候を操作し妨害する。
だが、これも拮抗しえない。黒い人型の天候制御はアンブロシウスの気象魔術を僅かに減衰させるのが限界。
黒い人型の装甲が削られ、フレームが、内燃機関が、コックピットの中、パイロットの姿が剥き出しにされる。

「この有様! この有様というのは──」

黒い人型が偃月刀を放棄し、全身を引き裂かれているとは思えない軽やかな動きで後退する。
同時、フィールドの外の光景を遮っていた白銀の霧が晴れ渡り、空と焼野だけではない、アーカムシティ全体の光景をシュリュズベリィの眼前に叩きつける。
いや、それはかつてアーカムシティがあった光景と言うのがより正しい表現か。
機械天使に、鋼を纏った動く死体に、鉄の大巨人に、鬼械神に喰らい尽くされ、蹂躙され尽した荒野が広がっている。
覇道財閥の屋敷も、時計塔も、駅も、大学も、ビルも民家も店も人も木々も生き物も無機物も何もかも奪われ果てたかつての世界の中心の成れの果て。
その光景を背に、切り刻まれなお動き続ける黒い人型のコックピットの中、

「こぉんな、有り様の事ですか?」

鳴無卓也は、歯を剥き出しに、さも愉快そうに笑っていた。

―――――――――――――――――――

アンブロシウス・エーテルライダー形態の突撃を受け、鳴無卓也の乗る黒い人型、ボウライダーが木の葉のように宙を舞う。
いや、エーテルライダー自体の突撃は辛うじて回避に成功している。
卓也の身体に組み込まれた異世界のルール、精神コマンドの恩恵によるものだ。
アンブロシウスの攻撃が何処に来るか、どう身を動かせば避ける事が可能かを『ひらめき』続け、しかしダメージを完全に無くす事に失敗し続けている。
物理法則を超え光の速度に近づいたエーテルライダーの撒き散らす高密度の魔力を伴った衝撃波が、空間毎ボウライダーを砕かんとしているからだ。

「アーカムを破壊したのは君か」

《その通り》

エーテルライダーの仮想コックピットでシュリュズベリィが叫び、剥き出しのコックピットで卓也が答える。
エーテルライダーの先端、嘴ならぬ剣の鋭さを備える鋭角が、再生中のボウライダーの片腕を両断。
ボウライダーは腕を引き裂かれた衝撃で更に明後日の方向に吹き飛ばされる。

「世界中に銀の霧を散布したのも君か、機械の兵隊を操っているのも君なのか!」

《それも私だ。そう、紛れもなく、この俺の仕業ですとも!》

だが、次の瞬間にはボウライダーの腕は再生を始めている。
鬼械神に搭載されたメリクリウスシステム(自己修復機能)ではない、純科学の結晶であるナノマシンによる再生能力。
再生した腕には、赤と銀の混ざったようなカラーリングの長大な砲身が備えられていた。撃発。龍の雄叫びの様な音と共に、砲口から太陽の如き輝きが無数に吐き出され、様々な軌道を描きながらアンブロシウスへと迫る。

「何故この様な真似をする。何が君をそこまで駆り立てる。世界を滅ぼす程の思いとは何だ。君の願いは何だ! 私に見抜けなかった君の欲望は!」

叫び、アンブロシウスが天に大鎌を掲げる。
それにより生み出された高密度の魔力の竜巻が追尾炎弾を尽く巻き込み、爆発させた。
爆発の衝撃により、ボウライダーとアンブロシウスの間の距離が更に開く。
アンブロシウスと対峙するボウライダーは、既にその全身の修復を終えている。
だが、アンブロシウスは追撃を行わない。
向かい合った状態からの打合いであれば、機動力に劣る小兵のボウライダーといえどもアンブロシウスの攻撃に容易く対処でき、逆にボウライダーの攻撃もアンブロシウスに通用しない。
睨み合い。しかし、そこには問いを放つ者と答えを返さんとする者が居る。
これは問答だ。この世界、この時代、この惑星で最後に残った一組の教師と教え子の、世界最後の個人面談。
ボウライダーのコックピットの中、卓也は静かに答える。

《ロマン、ですね》

ざぁ、と、風が荒地と化したアーカムの土を巻き上げる。
砂に巻かれ、その輪郭を暈したボウライダーは、砲の無い片手を軽く曲げる。

《気に入らない相手を打ん殴り、いい女(姉さん)を独り占めして、でかいマシンをかっ飛ばす》

ボウライダーは拳を握り、天に掲げる。

《男のロマンとは、すなわち環境破壊! ……という事らしいんです。姉さんから聞いた話なんですけどね》

掲げた拳がへろへろと力を失い、両腕を広げて肩を竦める。
卓也のその言葉を聞き、アンブロシウスの中でシュリュズベリィは怒りに身を震わせる。
アンブロシウスの手がシュリュズベリィの感情に合わせて力強く大鎌の柄を握り締める。

「其れだけの為に、たったそれだけの為に、ここまでの惨事を引き起こしたのか!」

《正直、俺もこれは流石に暴論だと思いますよ。でも──》

肩の高さまで掲げられていた両手を握り、拳を作るボウライダー。
拳が完全に形作られると同時、カチン、とスイッチを入れる様な音が連続して鳴り響き、眼下のアーカムシティ跡地が綺麗に整地された。
いや、荒れ果てていた表面が、人間の形作った文明の痕が一瞬で削り取られ、この世界から消滅したのだ。

《窮極の漢の夢(ロマン)、独力での惑星破壊には、正直な話、興味が尽きません》

ボウライダーを中心に、文明の跡が、大地が、地球がその身を削られて質量を失って行く。
空間が歪む。ボウライダーの周囲に、ブラックホールにも似た重力の渦が幾つも現れては消えていく。
その異常事態にアンブロシウスが魔刃を、魔風を、魔雷をボウライダーに向けて放っても、ボウライダーに届く前に超重力の坩堝に巻き込まれ押しつぶされ消えていく。
いや、その防護も完全では無い。幾つかの出力の高い魔術は疑似ブラックホールに巻き込まれるよりも早くボウライダーに到達し、その身を削り始めている。
手足を、胴を削られながら、それと拮抗する速度で再生するボウライダーの中で、卓也は憧憬と僅かな嫉妬の入り混じった視線をアンブロシウスに向けていた。

《……やはり貴方は凄い。いや、この世界の魔術師なら誰しもがここまで上り詰める可能性を秘めているという事でしょうか》

ボウライダーを中心に、巨大な、アンブロシウスにも匹敵する巨大な影が映し出される。
その輪郭は、アンブロシウスよりもボウライダーよりも、より完全な人型に近い姿をしている。

《この力を使うのは何時になるか、こんな偽物ではない、本当の神の力を振るえるように成るのは何時になるか、そんな事をずっと考えていました》

だが完全な人型ではない。
城壁の様な、いや、馬上槍の様な鋭角が両足と両腕に突き出している。
頭部には鶏冠の様な突起と、風に靡く鬣の様な細いビームの束。

《でも、未完の紛い物でも、この力があって良かったと、今はそう思えます》

白い城塞の様なその姿がボウライダーを取り込むように、上書きする様に現世に顕現する。
空間を破裂させながら実体化を完了した、50メートル程の巨人。
その装甲が、上書きされたボウライダーに浸食されたかの如く、白濁の如き灰色を経て、光沢の無い黒色に染め上げられる。
黒い巨人の背に、鱗を噛みあわせた様な質感の、棘の様に鋭角な翼が広がる。
ぎちぎち、ぎちぎちと音を立て、巨人の身体が、デモンベインの複製が変形を繰り返し、その在り方を捻じ曲げる。

《これが、今の俺の全力全開。さぁ先生、これがこの地球最後の決戦です》

超重力の渦が蒸発し、変形を完了したデモンベインの姿を現す。
それは人類の白亜の守護神で無く、最も新しい神でも無い。
禍々しい瘴気の色に染め上げられた、人の世に終りを告げる悪魔そのもの。

《────いい戦いにしましょう》

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

更地と化したアーカムの上空で、先生の大鎌と俺の偃月刀が轟音を立てて激突する。
がちがちと音を立てて大鎌と偃月刀が拮抗する。拮抗している。
当然の事だ。何しろ先ほどとは前提条件が違う。先ほどの打ち合いは、文字通り子供と大人の喧嘩の様なものだった。
外見のサイズが倍以上違い、その存在密度は五つ六つ程桁が違っていたのだ。
魔術の最大の奥義と言っても過言では無い機神招喚によって呼び出された鬼械神たる先生のアンブロシウスと、これまでの世界で手に入れてきた技術を全てとこの世界で蓄えた魔導兵装と魔術の知識を注ぎ込んだ『だけ』のボウライダーでは、比べる事すらおこがましい。
アンブロシウスを最新の戦車や戦闘機だとすれば、俺はカツ専用オマルに乗って銀玉鉄砲の代わりに密造トカレフを構えている様なものだった。
だが今は違う。曲がりなりにも、人造の紛い物とはいえ鬼械神に乗っているお陰か、それとも内燃機関として組み込まれている獅子の心臓のお陰か、先の打合いでは数合持たずに叩き切られそうになった偃月刀もちゃんと凶器としての役割を果たしている。
昂揚感がある、様な気もするが、少しばかり複雑だ。

「今回の先生には言っていませんでしたね」

《何の事だ!?》

偃月刀を握る手に更に力を込めさせ大鎌を弾き飛ばす。
格闘戦が出来ないでは無いが、アンブロシウスの本領では無いのだろう、デモンベインをベースに改造して鬼械神もどき──ペイルライダーを構成する機械部分が強化されているせいもあるが、力比べでは勝っているらしい。

「俺ね、こういう鬼械神『もどき』を作れる程度の技術は持っているし、鬼械神サイズの魔導兵装を無手で錬金する事も出来るんです。こんな風に、ね!」

ペイルライダーの偃月刀を構えていない手に白銀の魔銃を錬金し、更に俺の周りに十数丁同じ魔銃を錬金、手の中でトリガーを、周囲の魔銃は遠隔で引き金を引き、込められた魔弾を一斉に解き放つ。
自動追尾の魔術の込められた魔弾は、直線的に曲線的に正面から視界の隅から死角から、弾速を調整し時間差も付けてありとあらゆる角度からアンブロシウスを貫かんと疾走する。

《なるほど、整理室の武装を作るだけの事はあるという訳か。だが!》

アンブロシウスは魔弾の尽くを大鎌で魔術の構成毎切り落とし、結界で威力の減衰した弾丸はハスターの風で吹き散らし無力化する。

《どうやら君は、『鬼械神同士の戦い』には慣れていないらしい》

「ええ、『鬼械神との戦い』は、正真正銘経験がありません。何しろ──」

切り落とされた魔弾の材質を変換させ、瞬時に小型のテッカマンへと変じさせる。
子供程の大きさのテッカマンはアンブロシウスの周囲へと浮かび上がり、互いにボルテッカを打ち合い対消滅を起こす。
強烈な衝撃波がアンブロシウスを襲うも、その飛行速度を落とすどころか体勢を崩す事すら叶わない。
だが目くらましにはなった。俺はシャンタクと両足の断鎖術式を起動させ、アンブロシウスに追いすがる。

《なるほど、君は鬼械神を招喚する事が出来ないのか》

背を向け距離を取りながら、アンブロシウスは突進するこちらを迎撃しようと気象魔術を放ってくる。
俺はそれを防御魔術を張り、更にペイルライダーを分身させ、防御魔術を張らせた上で盾にして前進を続ける。
数百の距離を縮めるまでに分身の九割が微塵に砕かれ、更にその分身の欠片から分身を作り出し盾にして残りの数百を削り、偃月刀、偃月刀がギリギリで届かない距離にまで到達。

「その通り、俺は魂さえ削れば機神招喚が出来る理論まで打ちたて立証し──しかし、どうしても機神招喚を成功させる事が出来ずにいるのです」

未完成のデモンベインに、魔銃を解析してでっち上げた魔術的回路を増設し、魔術の要素が不必要な部分は徹底的に機械化した。
だが、それでもこれは鬼械神足り得ない。鬼械神に似せた、魔術理論を搭載したロボットに過ぎないのだ。
鬼械神がレプリカで、デモンベインがガラクタであるなら、俺のペイルライダーは魂の宿らない木偶にしかなれない。

「十年、十年の時を掛けて魔術の腕を磨きました。短いと思われるかもしれませんが、俺の持つアドバンテージを考えればこの半分の時間で機神招喚に辿り着けなければおかしいのです。分かりますか?」

偃月刀に『伸長』の魔術を施し、残りの距離を無理矢理に詰めアンブロシウスに切りかかる。
振り下ろした刃に、アンブロシウスの多発型飛翔魔術機関群にめり込んだと思った瞬間、アンブロシウスの姿が霞の様に掻き消えた。
デコイ? 今までの学術調査でも見た事の無い機能だ。

《それは自惚れではないのか? 魔術の深淵とは十年やそこらで覗き切る事の出来る底の浅いものではない。特に、君のように安易に邪神に尻を振る負け犬には!》

「あぐぅっ!」

コックピットが揺れ、半ば融合同化しているペイルライダーから危険信号を苦痛という形で受信。
背後のシャンタクが片方切り落とされ、背骨に当たるフレームを切り裂かれた。
切り裂かれた翼と背のダメージの入り方から、あらゆるセンサーの反応を元に未来位置を予測し、原子消滅エネルギー波を、疑似マイクロブラックホールを目暗撃ち。
だが、そのどれもが一撃足りともアンブロシウスを捉えきる事が出来ない。
特殊なステルスでも、レーダーが撹乱されている訳でも無い。
純粋に、アンブロシウスの速度に俺が追いつけていないのだ。
既にアンブロシウスが目の前に現れた時点で俺はクロックアップをしているというのに、それでもアンブロシウスは、シュリュズベリィ先生はただただ『速い』。
魔術師にとって物理法則、ユークリッド幾何学、既存のあらゆる法則は破る為に存在しているというが、何の説明も無くあっさりと光の速度を超えられるのは恐ろしい物がある。
断鎖術式で複雑に空中を跳ねまわりながらシャンタクの再構成をしていると、何時の間にか偃月刀を握っていた腕が切り落とされていた。

《それが、それが君がこの世を滅ぼそうとする、本当の理由か?》

もはや残像を追う事すら出来ない超光速にまで加速したシュリュズベリィ先生のアンブロシウスが、沈み始めた太陽を背に、大鎌を俺とペイルライダーに向けている。
目の前で止まっている筈なのに、必中を掛けても当てられる気がしない。
静止状態でありながら、あのアンブロシウスは超光速を維持している。
魔術機関内部に流れる字祷子が、常に超光速で循環する事により、トップギアを保ったまま外見上は静止していられるのだ。
此方の必殺の攻撃は、科学、魔術に限らず、全て無効化されてしまう。
膂力にのみ勝るが、大胆でありながらも慎重な先生はもう正面からの接近戦を仕掛けてきたりはしない。
此方から仕掛けるなんてもっての他。先ず、正面に速度を落としたアンブロシウスを入れることすら出来ない。

「…………八つ当たり、いや、気晴らしのつもりだったんですけどね。どうせ滅びる運命にある訳だし、一度や二度なら俺が滅ぼしても構わないだろう、と」

大導師に当たらなければ、ナイアルラトホテップに玩具にされなければ。
そんな甘い考えで動いて、暴れまわって、こんな場所で、先生に討たれそうになっている。

《そんな理由で、人が滅ぼされていい訳が無い。鳴無君、君が奪っていい命は、この世界には一つとてありはしなかった》

「だけど、何もかも奪ってやりました。人類も滅んでいますよ。俺が保証します」

少なくとも目の前には人類の男と魔導書の精霊が居るか。
だが仮に繁殖が成功しても半人半書が溢れ返る世界には成り得ないだろう。
俺が滅ぼしたのは目につく場所だけ。海底や地底には手を出していない以上、新たな人類が生まれるよりも早く、他の支配種族が現れる公算の方が高い。

《……かもしれん。だが、だからこそ、これだけは、教師としての務めは果たそう》

先生の静かな宣言と共に、アンブロシウスが大鎌を、死鎌(デスサイズ)を振りかぶる。
最初の様子見を兼ねた『遅い』突進ではない。

《──風は虚ろな空を行く!》

正真正銘、最速の一撃が、俺の命を刈り取らんと振るわれる。
ペイルライダーの半身が切り刻まれた。

《声は絶えよ、歌は消えよ!》

目にも止まらぬ、ではない。目にも映らない一撃。いや、一撃であったかすら分からない。
回避行動が間に合わない。防御が間に合わない。再生が間に合わない。
ペイルライダーはその身を余さず字祷子に還元され、残るはコックピットと融合した俺だけ。
どうする、ボソンジャンプ? 転位? 発動が間に合わない、あの一撃を堪え切れる自信が無い、次の瞬間、俺という存在は光を超えた速度という究極の一端にある暴力により消滅する。

《涙は──》

消える? つまり、俺はこの場で死ぬという事か。
なんで? 悪事を働いて、その裁きを受けるからだ。
どうなる? 鳴無卓也は二度と現れない。
姉さんは? たぶん、悲しむ。

(ちがう……)

姉さんとの約束を違えてはいけない。
【鳴無卓也は、どの様な事があっても、鳴無句刻と共に生きなければならない】
どんな悪事を働いたとしても、姉さんを泣かせる事だけはしてはいけない。
【物語を食い潰す事をしても、物語に食い潰されてはならない】
悪事の報いは、ルールよりも弱い者こそが受ける。
故に、
【あらゆる因果を蹂躙し】

《流れぬまま涸れ果てよ!》

鳴無卓也は継続する。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

アンブロシウスの大鎌が、鬼械神もどきのコックピットごと、鳴無卓也を切り刻み、塵すら残さずにこの世から消滅する。
一度の交差の度に繰り出される大鎌の斬撃回数は13桁にも及び、一度触れたモノはその原型どころか、存在したという事実すらこの世に残す事は出来ない。

「カルコサの夢を抱いて眠れ……」

仮想コックピットの中で、シュリュズベリィは眼球の無い虚ろな眼を瞼で覆い隠す。
終った。教え子の期待通りに、魔道により成された悪事の報いは、その師が刈り取り収める事に成功した。
鳴無卓也の悩みは、浅はかなものであった。シュリュズベリィはそう考える。
なまじ優秀であるが故に自らを特別な存在と思いこみ、小さな躓きに心を乱し、時にこの様な凶行に走らせる。
その果てには、常に何も残らない。今回は極めつけだ。
何しろ本人だけでなく、人類の文明そのものが消えかけている。

『ダディ……、これからどうしようか』

ハヅキが静かに、僅かに気落ちしている様な、迷いを帯びた声でシュリュズベリィに語りかける。
そう、これからどうするべきか。
白銀の霧も、機械天使も、まるで全て幻であったかのように姿を消してしまった。
だが、卓也の言葉が真実であったとするならばそれもまるで救いにならない。
殺される対象である人類や、破壊すべき対象である文明が既に存在しないのであれば、それらを害するモノが居ても居なくても変わりは無いからだ。

「まだだ。まだ、生き残りが何処かに居るかもしれない」

だが、ほんの僅かな可能性であっても無視する事はできない。
人類が滅んだというのは卓也の勘違いであり、どこかにまだ生き残りの人間が居るかもしれない。
もし居るのであれば、これからは協力して生きていくべきだろう。
いや、生き残りが居ると仮定していなければ、シュリュズベリィの心が耐えられないのかもしれない。
如何に優れた邪神狩人だとしても、地球上に生き残った人類が自分ただ一人という事実は膝を折らせるには十分な重みとなる。

「行くぞ、レディ。先ずは北半球から当たってみよう」

『オッケー、ダディ。どこまででも付いて行くよ!』

ハヅキが出来得る限りの明るい声で応え、シュリュズベリィが僅かにその顔に力を取り戻し、無理矢理に不敵な笑みを浮かべる。
日の沈む地平線目掛け飛び立とうとアンブロシウスがその身をひるがえし──
突如、世界が鳴動する。
大地が、ではなく、空間が、世界そのものが唸りを、悲鳴を上げる。
茜色に染め上げられていたアンブロシウスが、暗い影に覆われる。

『ダディ!』

「こ、これは……!」

アンブロシウスの眼前に、機械が寄り集まって造られた巨大な壁が聳え立っていた。
いや、壁に見えたそれは、大地に拳を突き立てた巨大な腕。
拳だけでアンブロシウスを上回る、天を衝く巨大な機械人形。
いや、機械人形ではない。
その巨人は、あらゆる機械を統べる王。
あらゆる機械に崇められる、レプリカでは無い真の神。
正真正銘の『機械神』が、あらゆる命の静止した地球に轟臨したのだ──

―――――――――――――――――――

地球の空を、大地を覆い尽くす機械巨神の姿を遥か彼方の次元より見つめる者達が居る。

「あれが、お兄さんの鬼械神……」

その一人の名は鳴無美鳥。
異世界よりやってきた三人の小旅行者(トリッパー)の内の一人であり、鳴無卓也の身体のサポートAIである。
本来、主である卓也と同質の能力を持っている筈の彼女は、彼女の主が呼び出した存在を目の当たりにして、得体の知れない感情に言葉を失っている。
その感情の名は畏怖と言い、自らの死すら恐れない彼女が本来必要としないもの。
だが今、彼女は無性にあの機械巨神に対して跪き頭を垂れたい衝動に駆られていた。
そんな彼女に見向きもせず、機械巨神に柔らかな笑みを向ける一人の女性が居る。

「ようやく、ようやく一皮剥けたわね、卓也ちゃん」

機械巨神に対し、生まれたばかりの赤子を祝福する母親の如く、慈愛に満ち溢れた笑みを浮かべる女性の名は鳴無句刻。
鳴無卓也の身体を改造した張本人であり、三人がトリップする主原因でもある彼女は、自らの弟がついに一つの段階を踏み越えた事に、無上の喜びを感じていた。
──鳴無句刻は、鳴無卓也が機神招喚を成功させられない理由を理解していた。
卓也の編み出した理論は、確かにこの世界の魔術理論からして抜けの無い完璧なものであった。
自らの位置する次元より高位の次元にアクセスし、鬼械神の元となる超存在の影を映し出す最大呪法。
それは確かに本来機神招喚を発動すらさせられない未熟な魔術師に機神招喚を扱わせる事が可能だった。
だが、それはあくまでもこの世界の魔術師、あるいはこの世界の住人と同列の存在から見た場合の完璧なのだ。
鬼械神は、人間の存在する次元よりも高位の次元に存在する神の影を映し出す魔術。
だがトリッパーの本来存在する次元は、物語の設定上の上位次元よりも遥か上に存在している。
当たり前の話だ。物語の上で如何に全知全能であったとしても、物語の外、現実に存在するどのようなものにも干渉する事はできない。
トリッパーの上位次元に、神は存在し得ないのだ。
もしもトリッパーが、物語上の上位次元にアクセスしようと思ったなら、必要なのは上を見上げる事では無く──

「その世界のあらゆるものを、『自分より下にあって当然』と思える、相手を見下す認識こそが、トリッパーの力の基礎」

死の間際に置かれ、因果応報、倫理などのあらゆるものを捨て置き、踏みにじってでも生き延びたいというその感情。
相手を同列に認識し踏みにじり、その上で自分たちこそが上だと決めつけ相手を貶め確信し踏み抜く心こそが、機神招喚を成功させる鍵だったのだ。
これは人に教えられるだけでは身に付かない。自らが実感し、心の奥底から求めなければ手に入れる事の出来ない境地。

「こうなれば、結果はもう決まったようなものね」

句刻は、アンブロシウスに覆いかぶさる様に掌を向ける機械巨神に、卓也が降ろした『あらゆる鬼械神の本体』に熱いまなざしを向ける。
我が弟ながら、そんな俺設定ロボットを呼び出すなんて、成長が楽しみで仕方が無い。
句刻はそんな事を考えながら、膝をがくがくと震わせている美鳥の膝の裏に、軽く膝蹴りを放った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

今まで感じた事の無い様な、比喩を抜きにそう信じられる全能感に酔いしれながら、俺は初めて招喚した鬼械神の手を動かす。
目の前には掌に収まる程のサイズの機械の小鳥、シュリュズベリィ先生の駆るアンブロシウスが、呆然と中に浮かんでいる。
ああ、そうだ。
今、俺がこうして機神招喚に成功したのは、何もかもこの人のお陰なのだ。
基礎しか知らなかった魔術、その知識を深めてくれたのはこの人だ。
まともに使えるようになった魔術、その実戦での研鑽の場を与えてくれたのはこの人だ。
悩んでいるとき、真摯に相談に乗ってくれたのはこの人だ。
打ちたてた機神召喚の理論をしっかりと理解した上で、禁書指定する程に評価してくれたのもこの人だ。

「ああ、先生、シュリュズベリィ先生。俺は貴方に何とお礼を言えばいいのか」

そして、鬼械神を呼び出す為のきっかけをくれたのも、間違いなくこの人なのだ。
手を動かし、距離を取ろうとするアンブロシウスを捕まえる。
速度は先程の全速のまま。しかしこの鬼械神と重なった俺には、アンブロシウスのこれからとる動きが手に取る様にわかり、その速度も緩慢にすら見える。
いや、それだけじゃない。
シュリュズベリィ先生の操縦で距離を取ろうとしたアンブロシウスが、操者の意思に反して鬼械神(おれ)の掌に近寄ってきているのだ。
面白い。この身体になってから制御するまで動物からは尽く逃げられていたのに、この機械の鳥は面白い程に鬼械神(おれ)に懐いている。
アンブロシウスを潰さないように慎重に握りしめながら、俺は声に出さずにアンブロシウスに礼を言う。
ありがとう、アンブロシウス。
これで、ゆっくりと先生にお礼を言う事が出来るよ。

「先生、貴方のお陰なんです。こうして、初めて機神招喚の真実に辿りつけたのは、貴方が居なければ成しえなかった事なんです」

昂る感情に、力を抑えきれない。
アンブロシウスを握る手に力が籠り、小さな機械の小鳥が金属の擦れる様な悲鳴を上げる。
アンブロシウス越しに、コックピットの中の先生の姿が垣間見えた。
その顔は驚愕の色に染め上げられている。

《君はまさか、いや、お前は──!》

どうして驚いておられるのです、先生。
俺の顔(ひたい)に、なにか面白いものでも付いているのですか?
残念ですけど、彼女は今回は性別不明の獣ですよ。

「ありがとう、我が恩師! ありがとう、ありがとう、ありがとう!!」

掌の中で、アンブロシウスがその身を細分化させ、俺の操る鬼械神(おれ)へと身を捧げる様に同化していく。
アンブロシウスに組み込まれていたハヅキちゃんが悲鳴をあげている。
アンブロシウスに閉じ込められたシュリュズベリィ先生が絶叫している。
やがてその二つの声は小さくなり、俺の身体に綺麗に組み込まれた。
これからあの二人は文字通り、永遠に俺の中で生き続けるのだ。

「──さて」

感慨に耽る暇は無い。
あと半刻もしない内に、俺と、どこかで見守っている姉さんと美鳥は次のループに入らなければならない。
その前に、宣言通りにこの星を蹴り砕いてしまう事にしよう。
俺は鬼械神を空に飛ばしながら、次のループから何をしようかと頭を巡らせ始めた。






ミスカトニック大学編、終わり。
自由探索編へと続く
―――――――――――――――――――

このありがとうを、貴方に届けたい。
そんな主人公の恩師への感謝の念が溢れ出して破裂した第四十四話をお届けしました。

ネタは少ないはシリアス続きだわで片っ苦しい回に思われるかもしれませんが、自分は書いてて凄い楽しかったです。
もうそれだけで大分満足。
そして主人公のマイ鬼械神ちゃん、ハッピバースデイッ!!とか手作りメカケーキ持って社長風に言ってみたりなんだり。
もう欲望だだもれですからね、社長ともQBとも仲良くなれる主人公が理想です。
なんかもう書いてて訳分からんな感じですが、いつかまどか世界に行ってQBとコンビを組ませて魔法少女を量産したくなる位大好きですよQB。
これ以上書くと本気で訳が分からないよ(笑)とかいわれそうなので、無理矢理何時もの流れに戻そうと思います。

すごく久しぶりに感じる、イカ自問自答コーナー。
Q,鬼械神が招喚できなかった理由って?
A,つまり本編の姉の説明を参照の事。トリッパーが作品世界のキャラを同列に見る必要はなく、シャーレの中の微生物を見るかの如き精神が寛容なのだそうです。ブーイングが歓声の代わりですよ。
Q, 第四十二話「研究と停滞」でシュリュズベリィ先生の言っていた違和感、結局何の説明も無くね?
A,まず一つ目は、無意識に上位次元を見下し気味に書かれていたという事と、呼び出す対象がアイオーンでもアンブロシウスでもなく『鬼械神そのもの』だったという二つの点が違和感。
機械系との相性の良さが『鬼械神』という概念を直接招喚するという考えに至ってしまったとかそんなん。
全ての鬼械神が一つの原型からとか云々は完全に独自設定だから間違っても信じない様にすべし。
Q,アリスンが!貴重なアリスンが!
A,作者の中では常に触手が大ブーム。後寝盗りとか少し静かなブーム。

そんなこんなで、デモンべイン編第一章『大学生鳴無卓也の学習』はここまで。
上のタイトル今即興で考えたんで、別に次の章の名前とかも決まっておりません。
少しおまけ的な蟲師っぽい日本編とか、しれっと再びミスカトニックに潜り込んで学生やってにやにやするシーンとか挟んだら新章開始します。

ではでは今回もここまでです。
誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。





アンケです。よかったらお答えください。
今後の話の順番に影響が出るかもしれません。

Q,ロリとギャランドゥ、どっちが好き?
△やっぱ俺、ロリコンだったみたいでさ。 あいつの綺麗な体知っちまったら、中学生以上なんか薄汚くて抱く気にもなれねぇんだよ、ババァ!!
▲お早う、お兄ちゃん。

なお、アンケ結果は展開の順番に影響を及ぼすかもしれませんが、書ける方から先に書いて行くので必ずしも反映はされませんのでご了承ください。




[14434] 第四十五話「続くループと増える回数」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/04/19 19:17
とある大都会の、とある大学、その中にある、一般の学生には解放されていない、とある図書館での一コマ。

「ふぅ……」

半分眠っているのではないかと思えるほど瞼を落とし、うっすらと開いた瞳で手元の本に視線を落とす青年。
平時であれば余りにも鋭い、いや、余りにもガラの悪い鋭さを持った、見る者に悪印象を与えるその目は閉じられる寸前の如く細められ、まるで老衰で安らかに死ぬ寸前の猫か、満腹の余り眠る寸前の犬の様な印象を与えている。
そんな彼を、訝しげに見つめる紳士然とした老人が一人。
彼の名はヘンリー・アーミティッジ。このとある大都会、アーカムシティのとある大学──ミスカトニック大学の、陰秘学科の学生の内でも一部の者しか入る事を許可されない秘密図書館の主だ。
ミスカトニック秘密図書館には世界中から様々な魔導書、アーティファクトなどの魔術的危険物が集められており、危険物の管理、及び、危険物の収集や管理が行える人材を育てるのが、アーカムシティに居を構えるミスカトニック大学の陰秘学科の役割の一つである。
彼の視線の先に居る青年は、その陰秘学科に一年前に推薦で入学した学生である。
青年の名を、鳴無卓也という。
陰秘学科の中では入学前から温めていたと思われる科学と魔導の融合技術を駆使し、各講座の講師からの覚えもいい。
だが、本来ならば二年に上がったばかりの彼がこの秘密図書館への入室を許可されるのは異例の事だ。
彼の一つ上の学年にもやはり一年で秘密図書館での魔導書閲覧許可を貰った学生も居るには居る。
だが、アーミティッジの目の前の彼はその一つ上の学生とは違い、飛び抜けて優秀という訳でも無い。
それでも一般の学生より実力は確かにあるのだが、それでも一年そこらで秘密図書館に入れる程に飛び抜けている訳では無い。
彼が秘密図書館に入室出来た理由、それは彼が今視線を落としている一冊の本が原因となっている。
『機神夢想論』
魔術における一つの極みとも言える超高難易度魔術に、機神招喚という物が存在する。
高位次元に存在する機械の神の影を現実に映し出し思うがままに使役するという、神降ろしに分類される魔術の中では最高峰に分類されると言っても過言では無い魔術。
『機神夢想論』は、魔術の世界に入門したばかりの碌に技術の無い者でも機神招喚を扱う事が出来る様になるという、破格の魔導書なのだ。
足りない技術を補う為のアーティファクトの作成方法から、機神招喚を行う上で最適な身体、魂への成長方法などが載せられている。
勿論、如何に補助アーティファクトを作れてもそれは未熟な魔術師でも作れる簡易な物でしか無く、当然、術者の技術不足分は『一度の招喚で確実に致死レベルまで魂が摩耗する』という代償によって補われる。
だが、本来機神招喚とは魔術の才に優れた者が幾年もの修行を重ねた上で初めて至れる境地なのだ。
通常であれば如何に才に優れようとも、機神招喚の記述が存在する魔導書を持っているだけの魔術の初心者が機神招喚を行える訳が無い。
だが、この魔導書は、その道理を覆してしまう。
たった一つの命を燃料として差し出す。たったそれだけの代償で最高位の魔術を成功させてしまえるのだ。
これが万が一邪悪な魔術結社──たとえばブラックロッジ──に渡ったとするならば、町中でブラックロッジの手下による、命を顧みない『鬼械神テロ』とでも言うべき事態が多発する可能性は十分にある。
鳴無卓也は、そんな危険物を二年に上がる直前の講義で、『妹と共に一年で研究したテーマを纏めたレポート』として、担当の教師に提出したのだ。
勿論、レポートは即座に禁書指定を受け、危険な魔導書として秘密図書館に移送、即刻その他の危険な魔導書と共に封印される事となった。
封印とは言っても魔導書自体には力は殆ど存在しないため、秘密図書館の中でもやや浅い所に収蔵されているそれを、陰秘学科の一部講師を除き、閲覧を許可されている唯一の学生。
それが、『機神夢想論』を執筆した学生、鳴無卓也とその妹、鳴無美鳥。
一年の時点で魔導書を執筆できるだけの知識量を持った彼等が、また唐突に危険な魔導書を書き始め無い様に、再教育を施すべきだとして秘密図書館に居る間はアーミティッジが面倒をみる事になったのだ。
……その他にも、優秀な魔術師の孵化寸前の卵である彼等を逃がさない為、ミスカトニックの蔵書の量を見せて大学に括りつけておきたい、という部分もあるらしいが、問題はそこでは無い。

「鳴無美鳥君、君の兄はどうしてこう、あそこまで無気力で居られるのかね?」

司書の座る受付から少し離れ、鳴無卓也の座る席からも少し離れた所で、クッキーを摘まみながら大学ノートにひたすら何かを書き連ねている少女──鳴無美鳥に向かい、アーミティッジは声を潜めて話しかけた。
美鳥はちらりと視線を逸らし、また溜息を吐きながら魔導書のページを捲る兄に視線を送りながら、クッキーを食べる手を止め、顎に手を当てて答えた。

「あたし達の故郷に、賢者モードって言葉があるんだけど、ジジイは聞いた事あるか?」

「……いや、初耳だな」

そもそも、英語と日本語が混じり合った言葉を一つの単語として扱う日本語は少なからず魔術的だ、などと思いはするが、それだけだ。
アーミティッジも多国語に精通し、日本語も不自由しない程度には理解しているので日本語の意味を翻訳して考えてみたが、言葉通りの意味しか浮かばない。
そんなアーミティッジに対し、美鳥はくるくると手に持ったペンの先を教鞭の様にくるくると廻しながら答えた。

「人間、年単位で時間とか労力やらを掛けた仕事とか、そういう大きな事を終えた後って、今まで力を注いできた対象が無くなって、それまでがつがつしてたのが変に悟りきった様になる事があるじゃん。お兄さんはそれだね。時々思い出したようにあんな感じになるんよ」

「なるほど」

アーミティッジは美鳥の答えに得心した様に頷いた。
年単位で時間を掛けた仕事、というよりも、年単位で研究をつづけた物の集大成を完成させてしまったからこそ、指導の必要が欠片も見受けられない程に落ち付いてしまっているのだろう。
冷静になって考えてみれば、あれだけの理論を一年やそこらで打ち立てる事は不可能。
入学前から研究を重ね、ミスカトニックに入ってからの研究でそれを完成させたと考えるのが自然だ。
恐らく、鳴無兄妹もまさか入学一年目で長年の研究を纏める事になるとは思いもしなかったのだろう。
四年かけて纏めるつもりだった理論を一年で纏めてしまったため、意欲を向ける先が無くなり、あの無気力状態に陥ってしまった。
大学側の想定していた『再教育』は、ああいった危険な理論をそこら辺の講義のレポートとしてぽんぽん出さないように、変に野心を持たない様に、という方向性だった。
だが、これでは逆にあの無気力状態から復帰させる事こそが第一の様な気さえしてくる。

「彼にやる気を出させるには、どうするべきだろうか」

「んー……ま、お兄さんもそんな長々と引っ張る性格じゃないし、次に力を注ぐテーマなり目標なりを見つけるのを気長に待てばいいと思うよ。学校以外じゃまともに動いてるしね」

そう気楽に言い放ち、また美鳥はノートにペンを走らせ始める。
ノートに描かれているのは、日本に存在する城の絵と設計図。
どうやら、卓也程では無いにしても、美鳥も現時点で魔術に対する興味が薄れているらしい。
アーミティッジはこの二人の学生の扱いを考え、こっそりと溜息を吐いた。

―――――――――――――――――――

○月○日(世はなべて事も無し)

『俺の大気圏外からの前回り踵落としにより、人類が根絶やしになった地球は、比喩表現ではない文字通りの意味で粉々になった』
『俺の鬼械神は送還した上で、人間サイズの戦闘形体に戻った上での事だ』
『もちろん、それ以前の段階で多少熔断して切れ目を入れてしまっていたし、質量も少なからず減っていたが、それでも単独での惑星破壊に成功した、というのは間違いでは無い』
『念願の機神招喚にも成功し、単独での惑星破壊も成し遂げ、かなり上機嫌だった事を覚えている』
『俺は、人々が逃げ惑う様を覚えているし、燃え尽きた人類文明の跡を、抵抗者達の必死の反撃を、俺に裏切られた先生の叫びを、俺に取り込まれる寸前の先生の驚愕を覚えている』
『大気圏外から見た、あらゆる生き物の命が途絶えた地球の姿も、身体が光を超える感覚も、脚先に触れた地球が砕ける感触も、地球のあった宙域覆った多量の塵の見苦しさも、間違いなく記憶している』
『だが、それらの事実を証明する物は、この世界には存在しない』
『姉さんも俺の行いを見ていたし、美鳥だって姉さんの隣で見物していた。俺自身、映像データに起こせと言われればフルハイビジョンで千ミリ秒も掛けずに用意できる』
『しかし、今現在確かに地球は健在だし、人類は今も地球のあちこちで減ったり増えたりを繰り返しつつも、滅亡なんてしていない』
『赤子と旦那を見捨てて逃げた女も、見捨てられて殺されて化け物に成ってしまった男と赤子も、喧嘩したり仲直りしたり破局したりしつつも生き続けている』
『死に際にあこがれの戦車に希望を見出した少年だって、今は何の変哲も無い学生生活や奉公人生活を送っているだろう』
『端末どもに引きちぎられ砕かれ焼かれたあらゆるものが、今はそんな事実は存在していない物として平和に暮らしている』
『シスターライカは、今も教会で孤児たちの面倒を見ながら、明るい表情の下で度々鬱々しているだろう』
『三人の孤児は前回ほどでは無いにしても仲好くに孤児院で生活している筈だ。NTRも触手も未経験の綺麗な心と身体で』
『特殊資料整理室の面々は遠めに見かけた位だが、裸白衣もインディーも館長も元気にしている』
『この間は、この六周目で初めてシュリュズベリィ先生と出会った』
『学術調査や何やらでそれなりに親交を深めた時の親しげな視線でも無く、裏切り者の敵対者としての厳しい視線でも無い』
『入学一年目にして危険な魔導書を執筆した学生を見極めようとしている、探る様な、しかし好奇心や期待の多く含まれた視線』
『あの地球が燃え尽きた日、互いを喰らい合う為の熾烈なやり取りなど無かったかのような、極々有り触れた感情』
『今の俺は、スペック的にはシュリュズベリィ先生の一割増程効率よく、一割増の威力で、一割だけ早く魔術を行使できる』
『シュリュズベリィ先生の持っている知識は残らず記憶しているし、セラエノ断章の複製も可能』
『そして、鬼械神を、俺だけの、俺が機神招喚を行使して初めて招喚できる鬼械神を所有している』
『これだけが、あの終末の光景を引き起こしたという、確かな証拠だ』
『得た物は大きい。俺がトリッパー達の機神招喚の真実に辿りつけたのも、ああいった行動を起こしたからこそだと確信している』
『爽快感はあった。はっきり言って罪悪感はかなり薄い。今さら悔い改めた訳でも無い』
『元の世界では間違っても出来ない行為だし、普段は何より先に能力の向上のみを求めている以上、あそこまで単純に破壊力だけを行使する機会もそうそう無いので、いい経験にはなった』
『だが、なんなんだろう。今のこの慌ただしくも平穏な何時も通りの世界は、俺の行為が、全て夢幻だったとでも言いたげに流れていく』
『変質した大十字九郎によって作られる、無限の平行世界とでも言うべき異なる結末』
『確かに、俺はその中の一つの未来を完膚なきまでに破壊した。続く筈だった人類の未来を消滅させた』
『無かった事になった訳では無い。だが、俺は二度とあの滅びた地球に辿り着く事は無い』
『似せた結末を用意する事は簡単だが、あの世界を垣間見る事は不可能』
『それがどうしたと言われればそれまでなのだが、俺の頭からは一年の時が流れてもこの考えが離れてくれない』
『いや、これは考えなのだろうか。あそこまでやっておいて、というか、あそこまでやったからこそ、俺の中にはもやもやとした何かが蟠っている』
『つまるところ、ループするというのはこういう事なのだろう』

―――――――――――――――――――

大学の講義を終え、俺は美鳥と別行動を取っていた。
何の事は無いただの気まぐれ、少しばかり街を見て回って、何か面白そうなものがあったら姉さんや美鳥へのお土産にする。
今がループ初期であるという証なのか、実はこのアーカムシティは一周毎に極々僅かながら以前よりも成長を続けている。
これは何もおかしな事では無い。何しろ、今はまだ無限螺旋が始まってから一千周もしていない。
最初の大十字が金の鉱脈と、僅かながらの近代史の記憶を頼りに世界に誇る覇道財閥を築きあげ、更にその有名な覇道財閥の偉業を記憶した大十字が過去に遡り、記憶していた覇道の功績に沿って世界を成長させていき、カンニングでできた余裕で新たな事業を起こす。
覇道財閥が有名に、強大になればなるほど次の大十字の中の覇道財閥の知識は多くなり、覇道鋼造になった時にカンニングできる量が増え、生まれた余裕で前の周よりも更に覇道財閥は成長する。
そういった面で見れば、この世界、特にこのアーカムシティは、引き継ぎ無しでプレイヤーのリアルプレイングスキルだけが上がり続けるシムシティの様なもの。
そうして、この極僅ずつの成長こそが、アーカムシティの結界の綻びや淀みの整理に繋がり、街の成長から見てとれる前の周との分かり易い相違だ。
……などと偉そうに考えてみるが、俺自身このからくりに気が付けたのはここ一年でじっくり街を見て回る様になってからの事だったりする。
それもこれも、この世界にトリップしてからずっと追い求めてきた機神招喚を完成させられたからこそだろう。
現時点での努力目標が無いので、それ以外のどうでもいい部分に意識が向いて、見落としていた様々な物を見つける事が出来るようになっているのだと思う。

「平和だなぁ……」

いや、間違いなく世界は今も現在進行形で邪悪に狙われているのだけど、少なくとも俺の周りは平和だ。
基本的に下手に治安の悪い区域に出向かなければブラックロッジに関わる様な出来事には巻き込まれないし、表通りで発生するブラックロッジ絡みのイベントはビジュアルからなにからド派手な巨大戦ばかりなので、回避が容易い。
というより、破壊ロボ出現からメタトロン出現、破壊ロボ撃破までの流れが迅速過ぎて、余程の下手を打たなければ巻き込まれる事が無いのだ。
アル・アジフが現れるまではまだまだ掛かるし、大十字九郎との合流前であればさらにブラックロッジの表立った活動は少ない。

「この平和、前はちょっとヤンチャしちゃったけど、割かし大切だったんだな」

前の周は最初から、二年もかけて壊す為に大切に日々を過ごしたけど、そのまま平穏に暮らしていくというのも悪くない生活なのかもしれない。
まぁあれはあれで面白かったが、ループ後の虚無感が何とも言えな過ぎて頻繁にやろうとは思えない。
でも地球割りは爽快だったし、気が向いたらまたやろう。人類を滅ぼすという工程を抜けば一瞬で終わるし。
他の空いている惑星とかでもいいかな。火星は基本的に無人の筈だし丁度いい。
無人、だよな? 月みたいに変に高度な文明持った連中とか居ないよな?
まぁともかく、今はこの本気で何もする事の無い平穏こそを満喫しようと思っている。
今のこの平穏を侵すものがあれば、気まぐれに戦ってみてもいいくらいだ。

「俺、この平和を守ってみせるよ。だから…………早く乱れろよ、平和」

「──────」

人の多い市場を眺めながらそんな事を呟いていたら、突っ込みの言葉と共に後頭部を細長い棒状の何かでスコンと叩かれた。
叩かれた後頭部を擦りながら振り向くと、今回の周では一度も行っていない、大衆食堂『ニグラス亭』の店主であるシュブさんが、買い物袋とフランスパンを持って呆れた表情で立っていた。
現在の時刻、ニグラス亭は準備中の筈だけど、あと数時間もしない内に安くて美味くて量の多い夕飯を求めた労働者が大挙して押し寄せると思うのだが、一体こんな場所で何をしているのだろうか。

「──? ──────、────?」

「え? ええ、講義が終わったので、珍品か美味しいおやつでも無いかと探していたんです」

「────」

「ですね。新原さんの屋台、終わっちゃいましたから」

元新原さんの現QBさんは、今はドーナツとは全く関係無い営業マンになっている。
なんでも、今は怪しげな石だか種だか卵だかを黒く染めて、それを魔法少女という名の改造人間に回収させる事業に取り組んでいるとかいないとか。
魔法少女になる素質を秘めた女の子の願いを叶える代わりに、魂を物質化させて肉体面での強化を図るとか云々。
今は才能溢れる少女に契約を結ばせる為に西へ東へ奔走しているとかいないとか。
本当に、黒の王と白の王はどうしたんだと問い質したい。
まぁ、ドーナツ屋やっているよりは余程それらしい仕事なんじゃないだろうか。
そんな事を考えていると、シュブさんが手に提げていた買い物袋を押し付ける様に手渡してきた。

「────、──」

「はぁ、荷物持ちをしろとは、また唐突ですね」

一度シュブさんも交えてキャンプ、というか、バーベキューをした事はあるが、そこまで親しい中でも無かった筈だ。
それを言い出したら、召喚失敗でお風呂シュブさんとかスヤスヤシュブさんとかシュブさんの思ったより毛深くないシュブさん(比喩表現)とか、親しくないのに見たのかと言われそうだが。
いや、だからこそ、それらの失態を清算する為にも手を貸せ、という事なのかもしれない。
俺の疑問の声に、シュブさんは片手に持ったフランスパンを掌で叩きながらツンとした態度で答えた。

「────────。────、────?」

「あー……そりゃすいません。そこら辺の事は考えていませんでした」

どうやら、自分の店をアーカム毎真っ平らにされたのが割とご立腹らしい。
言われてみれば、アーカムを焼き払った時点でニグラス亭も消滅してしまったのだよなぁ。
前もって姉さんが知らせていたから家の中の私物は全部実家に移しておいたらしいが、それでも家と店を一度潰してしまったというのは事実な訳だし。
本当なら怒られて当然の所を、荷物持ち程度で許してくれるというのなら、喜んで付き合うべきだろう。

「で、何を買いに行くんです?」

「────」

「ラム肉ですか。……なんか一瞬、共食いという言葉が頭に」

「──、────」

「いやいや、そりゃラム肉が山羊じゃなくて羊肉だってのは知っていますけどね、でも正直どっちも食べ慣れてないから違いが今一分かり難いというか」

そんなこんなで、その日はシュブさんの買い物に付き合って放課後の時間を潰してしまった。
が、シュブさんの機嫌も直ったし、シュブさんの紹介で割と良い食材の揃っている店も知る事が出来たので良しとしておく。

―――――――――――――――――――

■月×日(量子論的な揺らぎが云々)

『ラプラスの魔は存在できないとかどうとか、そんな感じの結論を出してくれたありがたぁいお話だったと思う』
『サイトロンの予知もいまいち完全な未来予測ではない以上俺は否定する材料を持ち合わせていないのだけど、この世界で似た理論を立てようとしたら字祷子論的揺らぎがどうこうって言い変えなきゃならんわけか』
『今までのループ、と言ってもまだ六周目な訳だが、その中でも少なからぬ変化というか、誤差の様なものは存在していた』
『一番顕著に表れていたのは大十字が関わる事件の数々、というか、ぶっちゃけ対峙する事となるページモンスターだろう』
『ニトクリスの鏡イベントが起きずにジョージ、コリンのアリスンに対する感情が軟化しないまま終わった事もあれば、原作通りに鏡イベントを起こして仲良くなる場合もあった』
『だが、今回の変化は極めつけだろう』
『今は二年に上がって数か月、この時期にはシュリュズベリィ先生が帰ってきて、実戦民族学ではない座学を教えてくれるのが恒例だった』
『だが、未だ持ってシュリュズベリィ先生は帰ってきていない』
『なんでも、海外での単独活動中に八月党とかいう怪しげな魔術結社にいちゃもんをつけられて、今現在は身を隠しつつ党員の駆除活動を行っている最中らしい』
『八月党。今までのループの中ではついぞ名前も出てこなかった連中で、しかも原作世界で活躍し始めるのはED後、出典はシナリオの人のブログだかHPの日記が初出だった筈』
『この時期にはシュリュズベリィ先生と関わりはあまり無かったと思うのだが、一体どうなっているのか』
『というより、旧神が云々言う教義だから現時点ではそこまで熱心な信奉者は居ないと思ったのだけども』
『しかも、連中との魔術闘争のお陰で、後一年は帰れる見込みが無いらしい』
『一年。アルアジフが到着する直前までアーカムに滞在していた今までのループとは確実に違う流れだ』
『何かが変わろうとしているのか、それとも、これもまたイベントの僅かな揺らぎでしかないのか』
『機神招喚に成功して以来、ずっとまったりしていたが、俺もこれをきっかけに動き出してみるのもいいかもしれない』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

作品世界にトリップしている最中の時間の中、最も多い割合を占めるのは、物語の進行とは欠片も関係無い日常生活である。
多くの事件やトラブルが存在する物語の中ですら、人々はごく普通の人生を続けなければならない。
当然の話だ。SFであれファンタジーであれ、そこに暮らす人無くして世界は成り立たず、トラブルに巻き込まれていない間は、例えその世界のモデルとなった作品の中心人物ですらごくありふれた生活を送っている。
人はパンのみにて生きるに非ず。そして、キャラもイベントの中においてのみ生きている訳では無い。
例え物語上の登場人物であったとしても、極めて緻密に形成された世界の中においては、飯も食えば風呂にも入り糞もする。

「……昔の話ですが」

糞をする、とまで考え、俺はふとある事を思い出し、目の前で日替わり定食を貪っている大十字に、パンケーキタワーをフォークでつんつんと突いて揺らしながら語りかける。

「あん?」

「信奉するアイドルを指して『○○ちゃんはうんこなんてしない!』なんて言う連中が居たじゃないですか」

それこそ、巷のアイドルに親衛隊だのファンクラブだのが当たり前の様に存在し、そのファン同士で敵対アイドルのつぶし合いまで行われていた時代の話だ。

「あぁー……、居たな。今も居るんじゃないか? 絶滅危惧種だとは思うけど。ていうか飯食ってる最中にうんことか言うなよ」

大十字は心なしか嫌そうな顔をしながら、それでも食欲は衰えないのか、小鉢の中の納豆に醤油を掛けてかき混ぜ始める。
かき混ぜられまくった納豆は、ビジュアル的にカレーよりもうんこの話と相性が悪いと思うのだが、そこは気にならないのだろうか。

「まぁ最後まで聞けよ先輩。……んで、そのアイドルを文字通りの偶像(アイドル)にしていた連中ってのは滅んで、今は割と人間として見始めているでしょう」

元の世界での話だが、部分部分ニャル様の差し金で時代を先取りした文化が存在するこの世界でも似た様なものだ。
これはどちらかと言えば事務所やメディア側の『アイドルの売り方』の変遷によるものだから先取りした所で意味は無い筈なのだが、それを言ったらアイスクリームを先取りした意味も分からなくなるので深く考える必要はない。
邪神の、それも世界を文字通り回している様な規模の邪神の考えなど、完全に理解するのは難しい。

「まぁ、色々とニュースで取り上げられることも多いからな。完全な偶像にするのは無理があるんだろ」

「そうですね、昔ならファンが激減する様なスキャンダラスな内容だった筈のアイドルのリアル私生活だって、今じゃ祭りの如く騒ぐ為のネタの様に扱われるようになりました」

其処を考えると元の世界で女性声優に熱を上げるタイプの人々は、二十年か三十年程昔の文化をなぞっている様なものだろう。
処女じゃないとか男とデートしたとかで大炎上する様は、昔のアイドルの親衛隊の姿とダブって見えると姉さんが言っていた。
だが、重要なのはそこでは無い。
問題なのは、アイドルのそういった人間であるという側面を受け入れつつ、尚熱狂し続ける人々の方だ。

「悪い事じゃないだろ、それは。結局何が言いたいんだ?」

納豆ごはんを口の中に掻き込み、味噌汁に手を伸ばす気楽そうな大十字。
俺はそれに、パンケーキタワーをフォークに流し込んだ斬鉄の意味を込めた気の力で縦に切り裂きながら答える。

「つまりですね。旧来の熱狂的アイドルファンの『○○ちゃんはうんこしない!』という主張と、現在の熱狂的アイドルファンの『○○ちゃんのうんこなら是非食べてみたい』という主張。俗世に受け入れられにくいのはどちらの方なのだろうかと、疑問に思ってしまう訳ですよ。俺は」

切り裂かれたパンケーキタワーは綺麗な断面を見せ、その素晴らしい積層構造を披露してくれた。
そう、積層構造なのだ。ここのパンケーキタワーは交互に少しだけ食感の違うパンケーキを重ねる事により揺れに対する柔軟性を持たせ、より高い塔を建設する事に成功している。
それでいて、交互に積み重なったパンケーキはその食感の違いが見事にマッチし、味じたいにも不自然さは無い。
このタワーを考案したシェフ(学食のおばさん。バタ臭い顔のアメ公だが腕は確か)、まさに天才……。

「……お前さ、本当に、人が飯食ってるって事を考えて発言しろよな」

大十字が納豆ごはんを掻き込む端を止め、ジト目を向けてくる。
ああ、消化不良だと豆系が混じったりはするからな。イメージしてしまったのだろう。
別に俺はイメージを押し付けられるつもりはないので気にしないが。

「俺だって食っていますよ。デザートですが」

パンケーキ、美味しいです。
メープルシロップとアイス、美味しいです。
お茶、美味しいです。

「そりゃパンケーキなら連想する事もないだろ。大体、お前ら兄妹は先輩に対する礼儀が──」

礼儀とか言い出したよこの大十字。今回はやや硬めに変質したようだ。
すっかり思考が逸れてしまったので、大十字の説教を脳内でフィルタリング。
かないみかボイスに変換された説教をBGMに、俺はうんこの方に逸れていた思考を修正する。
作中人物達がストーリーとは関係無い日常の諸々とこなしている以上、何かしらの変化があったとして、それが実際に表に現れるにはそれなり以上の時間を必要とする、という事だ。
日記には先生の行動の変化が何かのきっかけになるのではないか、と思っていたが、やはりその変化が現れる大分前にその変化を促す何かしらのイレギュラーがあり、そのイレギュラーにも原因がある。
蝶の羽ばたきが遠い街で嵐を起こすには、そこに至るまでのいくつもの要素が存在しなければならない。
業子力学によらずとも幾度も提唱されてきた事だ。
世界への影響力の違いにより、投げられた小石の齎す結末は変わる。
放物線を描き何事も無く地面に落着するか、近所の雷親父の家のガラス窓を突き破るか、空を飛ぶ鳥を貫き撃墜するか。
転がりに転がり、最終的には大国を滅ぼす事の出来る小石だって存在する。物語を軸に存在する作品世界であればなおさらだ。
だが、そういった大規模な、遠大な結果を生み出す事が出来たとしても、それにはやはり、結果を出すまでの時間と言う物が必要不可欠なのだ。
更に言えば、その結果が俺に関わりのあるものだとは限らない。
基本的に、トリッパーは回避しようとしない限り原作のイベント、もしくはオリジナルのイベントなどに関わり易くなる修正が掛けられているが、それもあくまで基本的な話。
事に捻くれ者の千歳さんの作った世界ならなおさらだ。あの人なら平気で主人公の知らない場所でサイドストーリーが始まって終わるなんて事は当然のごとくやりかねない。
最も、穴埋め要員であるトリッパーである俺達が入り込んだ事で、どれほど千歳さんの生み出した世界に変化を与えているか分からない以上、全てをあの人の作品傾向から推察する事は難しいのだが。
ともかく、新たな変化が訪れるか否かが確認できない以上、俺は独自に時間を潰す為の何かを考えなければならない。
真っ先に思い浮かぶのは、機神招喚によって呼び出した機械巨神の制御訓練か。
やはり、大導師さまから隠れながら活動し、なおかつあの力を必要な時に使おうと思ったなら、あのサイズは大きすぎる。
訓練でどうにか出来ればいいのだが……。

「おい、ちゃんと聞いてるか?」

額を押され、目線を大十字に向けさせられた。
俺の額を手で押した大十字が、いぶかしげな表情で俺の顔を覗き込み問いかけてきた。
かないみかボイスで。

「ぶっ」

思わずパンケーキを噴き出す所だった。このイケメン顔でこの声は危険すぎる。
俺は脳内のフィルタリングを取り去り、改めて大十字の説教に耳を傾け直した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「なぁんて、事を話した事もありましたねぇ」

「だから、なんで最後の最後で思い出す話がそれなんだお前は!」

何時ものように異界へと続く門を浮かべている南極の空を見上げながらの俺のふつくしきおもひで語りに、大十字が突っ込みを入れる。
当然、頭に振り下ろされそうだった平手は直撃する前に受け止めた。
如何に優れた魔術師とはいえ、生身の人間のツッコミをうっかり受けてしまう程、俺の性能は低くない。

「いいじゃないですか、俺、湿っぽいお別れって少し苦手なんですよ」

また数ヵ月後には初めましてをするというのに、真面目にお別れなんてしていられない。
それに俺の前科から考えて、なんかうっかり敵対フラグとかも立てちゃいそうだし。
『何故、お前がそんなところに居る!』
『フフフ……、メタルジェノサイダー……、フフフ……』
みたいな感じで。違うか。
正直、圧倒的にスペックで上回っているのに勝利条件をもぎ取られたこととかを考えると、最終的に此方を圧倒的なスペックで上回る上に補正も十分付いていそうな大十字とは敵対したくない。
というか、現時点では大十字は死ぬ度に巻き戻されてコイン一個入れられるから、理論上完全勝利は不可能なのだ。マジで連コインとか後ろの客に迷惑だろニャルさん。
ああ、違うぞニャルさん! それはギャラリーじゃなくて順番待ちの次のお客さんだから! 手を振っても挑発にしかならないから! はやくクリアーしてあげて!
そんな事を脳内で考えていた事には欠片も気付いていない大十字が、呆れたような表情で自らの額に手を当て、溜息を吐く。

「まったく、お前は最後までそんな感じか」

「別に、死にに行く訳じゃないんでしょう?」

負けに行くだけだし、その後は何だかんだで三十か四十年くらい生き存える事が出来る筈だ。
まぁ、邪神との戦いに身を投じた挙句、最終的には若かりし頃の機神招喚の後遺症で衰弱死という微妙な人生になるけど、死ぬよりはナンボかましだろう。
というか、もうこれで大十字を見送るのは六度目なのだ。
正直な話、一々気の利いた見送りをするつもりにはあまりなれない。
むしろここまで南極での決戦イベントで皆勤賞を取っている事を評価してもらっても良いくらいだ。
一応、気の利いた見送りは出来なくても別れの言葉は毎度毎度告げているしな。
そんな俺の態度に、大十字が少し考えこむような表情をし、口を開く。

「……なぁ、これから俺はあの門をくぐって、異世界に行く事になる。多分、いや、確実にこの時代の地球には戻れない」

「戻ってくることが絶対にあり得ない訳では無いですけどね」

過去、未来、異星、異次元を経由する事になるが、最終的にはどうあがいても数十年前の地球に落ちる事になる。
いわゆる読者視点、神の視点から言えば、大十字九郎は二度と戻って来れないどころか、確実に地球の近い年代には戻って来れるのだが。
しかし、それはあくまでも神視点であり、この世界の住人の視点では無い。
やはりというかなんというか、大十字は俺の希望的観測(あるいはニャル様による絶望的筋書き)に、寂しそうな顔で頭を振る。

「それでも、多分戻って来れないと思う。だから、ここからの地球の事は──」

ううむ。
ここまでの六周、全ての大十字はやや優等生気味であり赤貧でない事を除けば、ほぼ原作の大十字と変わらない性格だった。
だが、今回の大十字はやや思慮深い性格なのだろう。これからの、デモンベインを失った後の世界の事にも気を掛けている。
……正直、この世界がまかり間違って魔導探偵になる前にループを終わらせるシナリオだったとしても、ループを終わらせる大十字は間違いなくこの大十字では無いと確信してしまった。
下手に思慮深いが故に、何も考えずに前に進む力においてはこれまでの大十字に一歩も二歩も劣っているのだ。
ここで地球に、親しい何もかもと別れる事を恐れるのではなく、よりにもよって世界の平和について頭を悩ませるとか、負けフラグにも程がある。
とはいえ、それを本人に対して告げるのも違うだろう。
何しろ、これから大十字は散々世の中のあれやこれやに打ちのめされながら覇道を行き、しかし戦いの中では無く、衰弱と戦いながら静かにこの世を去らなければならない。
大十字九郎としての最後の戦いぐらい、安心して戦場に出向かせてやるのが情けというものだ。
俺は僅か一ミリ秒で思考を終え、大十字を安心させられる内容をでっち上げ、大十字の言葉を遮る様に口を開いた。

「確かに、ブラックロッジが潰えたとはいえ、世界にはまだ悪い魔術結社も人類に敵対的な邪神も溢れています。────ですが」

うん、今のですがの前の間は、確実に『────』が表示される絶妙の間だった。
そんなどうでもいい事を考えながら、俺は次に用意していた言葉を口にする。

「人類はそれほど軟ではありません。シュリュズベリィ先生だっています。シュリュズベリィ先生以外にも、人類側で鬼械神を召喚できる程の魔術師はそれなりに居ます。破壊ロボの残骸を回収して、魔術理論を応用してデモンベインもどきを作って人類側の防衛力にする国も出てくるでしょう」

確か公式でもそんな事が言われていた筈だ。
これ以降の時代、世は魔術と科学が入り乱れ、戦場には機械と魔術の巨人が溢れ返る。
スーパーロボット大戦をもっと絶望的にした様な世界が訪れるのだ。少なくとも、人類が簡単に滅ぼされる、という事は無くなるだろう。
ま、それでも強めの邪神が本気出したりしたら一瞬なのは変わらないが。
それに、今回は試しに世界を滅ぼすつもりも無い。
少なくとも俺が滅ぼすという可能性が低い分、間違いなくこの世界の今後は暗くない筈だ。

「だから先輩。後ろの事は心配せず、思う存分戦ってください」

「……そっか、そうだな」

先輩の憂鬱そうな表情が、僅かに明るさを取り戻す。
まだ憂いが抜けきっていないけど、これ以上はアルアジフの仕事だろう。
精々少女の綺麗な身体で心を癒すがいいさ。

―――――――――――――――――――
○月○日(繰り返し、繰り返し)

『もしかしたら次こそは何か面白い劇的な変化が現れるかもしれないと、ループを繰り返す毎に考えていた』
『もちろん、街を見渡せば少なからぬ変化が見て取れる』
『それは前回の大十字の持つ歴史系の知識の引き継ぎによって起こる発展でもあれば、変質した新たな大十字の行動であったり、世界そのものの揺らぎが引き起こす誤差であったりと様々だ』
『だが、やはり六周目以降、この十二周目に至るまでに、只管にそういった誤差を慰めにするというのは些か不健康な気もする訳だ』
『もちろん、姉さんや美鳥が居るお陰で私生活に不満は全くないが、能力的な伸びを考えると自己強化という面では不満が残るのも確かな事実になる』
『取り込んだシュリュズベリィ先生の記憶に依らない魔術の研鑽にも余念は無いが、それでも伸び率が地味でパッとしないのもまた事実』
『まともに成長が確認できている部分もあるにはあるが、それは余りにも巨大過ぎて使い辛い機械巨神の制御法にのみ現れていると行っても過言では無い』
『サイズ、能力共に夢幻心母と融合したクトゥルーと余裕で殴り合いが出来るレベルに達してはいるが、そこまで派手に動くと、母体の中の大導師殿に気取られる可能性も出てくる』
『悩ましい話だ。力を使う場が欲しい訳ではないが、力の伸びを確認する場に恵まれないのは少しイライラする』

追記
『機神招喚に関する追加の修業、研究の必要が出てきた』
『やはり世界は広い、というか、トリッパー業界は余りにも広大だ』
『たかだか鬼械神の原形程度では、並みのロボット相手に遅れをとる可能性だってある』
『その事を教えてくれた姉さんには感謝してもしきれない』
―――――――――――――――――――

初招喚から十四年程の時を経て、度重なる修行の果て、遂に俺は機械巨神の完全制御に成功した。
これでもう何も怖くない。シュリュズベリィ先生を踊り食いした事に関しても、後悔なんてある訳無い。
世界法則を捻じ曲げる術のあるこの世界では奇跡も魔法もあり放題。
思えば、機械巨神ともなんとなく夢の中であったような気さえしてくる。正にこの出会いは運命だったと言っても過言では無いだろう。
つまり、思いっきり調子に乗っていたのだろう。
今の俺なら、ラスボス補正も超えて大導師さま辺りも殺せるんじゃないかって。
だから、姉さんが俺との模擬選で『お姉ちゃんもロボットを召喚して戦ってみるね』と言ったとき、それはとても嬉しいなと思った。
姉さんが魔法の杖ではない、あまり得意科目では無いロボット限定とはいえ、俺との模擬選で武器を装備してくれるなんて、俺も成長してきたんだなぁ、と。

「俺って、ほんとバカ……」

目の前の、俺の操る機械巨神からすれば小人の様なサイズのカラフルなロボットに、姉さんは乗っている。
だが、その動きは余りにも鈍い。
というか、動かない。移動する際も手足を動かしたりせず、直立不動のままでスライドするかの様に動く。
いや、動く必要が無いのか。
その巨大な山の如き安定感、仏教における不動明王をイメージさせるその姿は、見る者の心理的影響すら考慮して設計されているのかもしれない。
俺の機械巨神は、そのマシンの放つ余りにも圧倒的な威圧感に、まるで戦闘シーンへ作画枚数を裂くつもりがないのではないかと思ってしまう程に動けなくなっていた。
いや、既にダメージの面でもまともに動く事は出来なくなってしまっている。
今でも思い出す。胸部の『G』のマークから放たれる、安い絵具色のコマ数の少ない怪光線が直撃した瞬間のあの理不尽なダメージに、次の攻撃を回避不能にされてしまう俺の機械巨神なのだ。
そんなダメージ、絶対おかしいよ……。

「卓也ちゃん、これで止めよ!」

通信越しに、姉さんが珍しく声を張り上げている。武器を使うのは久しぶりだから気合いが入っているのかもしれない。
そろそろけりをつけてしまおう。
いつの間にか、姉さんの駆るマシンが、途中の動画をケチったかの様に剣を振り上げている。
振り上げているというより、胴を横から狙う様なポージングだ。そのまま身体を動かさないと機械巨神を切り裂く事はできない。
いや、そんな、あの一枚絵をスライドさせる様な動きはなんだ! 横に! 横に!

「ファイナルゴッドマーズ!(効果:相手は死ぬ)」

姉さんの操る剣を構えたロボット──カラフルな配色のゴッドマーズが、繰り返し横にスライドする。
理不尽なまでの必勝バンクに組み込まれながら、俺は思った。
いつか、無敵のレオパルドン流剣術に、本当に向き合えますか、と……。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「分かっているとは思うけど、というか、さっき思いっきり理解して貰えたと思うけど、如何に鬼械神の原形とかいう凄い痛い機体でも、勝てない相手には勝てないの」

「うん、すっごい良くわかった」

「見てる方がぞっとするような理解のさせ方だったねー」

字祷子宇宙とはずれた次元に作られた訓練用亜空間の中、反省会用に設えられた教室の様な場所で、椅子に座って姉さんの指導を受けている。
元の世界で学生をしていた頃に座っていた様な木と金属パイプで作られた机と椅子に座り、色々なロボットがデフォルメされて描かれたホワイトボードに目を向ける。
姉さんや美鳥が描いたであろうそれらのロボットは、例え機械巨神の力をフルに用いたとしても勝てないタイプのロボットだ。
例えばゲッペラー様、ドリルで天を衝く赤いやつ、アマテラスが乗ってたりする黄金のMH、レオパルドン、そして姉さんがさっき使っていたゴッドマーズだ。

「火と火で炎になるロボットとか、その母艦の子孫の地球より大きな集合体の統御ユニットとかは?」

「単純物理系とか、簡単な構造の物理法則改変系なら問題じゃないでしょ?」

「なるほど」

ある程度の位階に達した魔術師の鬼械神戦において超光速戦闘は必須科目であり、宇宙、時空などが戦闘の余波で壊れない程度の規模の戦いであればどうとでも対処できてしまう。
物理法則を書き換えるのは魔術で既に可能なので特に問題にはならない。
もっとも、どちらも純粋科学の結晶であるので、取り込む事に成功すればオリジナルの十数倍程度の能力は軽く望める。
デモンベイン世界に来てからはやたらと魔術に傾倒し続けているし、その内真っ当な科学技術の塊を取り込みに行きたいものだ。

「一話収録後に着ぐるみが盗まれたせいで恐ろしい程に掛かってる補正で勝つとかそもそもパイロットが全能とか、その辺のイカれた相手はともかくとして、やっぱり能力に幅を持たせる事も勝利の鍵だと思うの。そんな訳で、卓也ちゃんには更に今の力を使いこなして貰うわね。美鳥ちゃん」

「あぁーい」

姉さんの指示により、美鳥が様々なメカの書かれたホワイトボードをひっくり返す。
裏面に描かれていたのは──、ヒステリーなエドロポリスできっと待ってる必殺ヒーロー、尻尾の生えたメタル忍者(宅配ピザ屋)だった。
ピザと一緒に正義もお届けしてくれるらしいが、困った。
正直な話、俺はこの作品の事を殆ど知らない。
猫で忍者でピザ屋で、しかも当時の流行の最先端であるデフォルメ系メカという美味しいとこ取りをしていた記憶はあるのだが、いかんせん放送当時の俺が幼すぎた。
というより、これ放送してた時俺は物心付いていたのだろうか。実はテレビ放送ではなくVHSに偶然録画されていた映像を見て覚えた節がある。
何気にタツノコだったと思うのだが、間違いなくタツノコファイトに出られない様な印象しか無い
そもそも俺は、猿、犬、雉がメタリックなアーマーになって桃太郎と合体するアレとか、心の刃を大空に振りかざしたり眉間が煌めくメカ武芸伝の方を好んでいた気がする。
もしかしなくても、父さん母さんが生きていて俺がこの不思議ボディに改造される前の話だ。ログを辿る事すら不可能な時代の話。
正直、リアクションに困る。
これでまだ某レイバーとかならテレビ版OVA版劇場版漫画版サントラと揃っているからそれなりに語る事も出来るのだが……。

「お姉さん、落書きしたちゃんと消しておこうよ……」

「ご、ごめんごめん。あ、これは関係無いからちょっと待っててね?」

呆れた風の美鳥が姉さんに突っ込みを入れて、姉さんが慌ててホワイトボードに描かれた絵を消している。
何時もとは立場が逆だが、美鳥も変にボケると即死するという事を覚えたからだろうか、すっかり突っ込みも板に付いてきた気がする。
数秒でホワイトボードを綺麗にした姉さんは、改めて文字や図を書き連ね、ホワイトボードが八割方埋まった所で振り向き、こほんと咳をして仕切り直した。

「結局のところ、卓也ちゃんはあのでっかいのを十四年位掛けて完全に制御した訳だけど、機神招喚の術式はただ単に鬼械神を呼び出す以外にも様々な可能性があるの」

学帽にモノクル、スーツに白衣の姉さんが教鞭でホワイトボードの一角を指し示す。
其処には数本の横線で仕切られ、上には上位次元を現しているだろうデフォルメされた機械巨神、下には現在の次元を現しているだろう様々な鬼械神。

「上位次元に存在する鬼械神の元となる何か。これが原作や他の二次創作でどう扱われているかは分からないけど、少なくとも、この世界では極僅かな例外を除く殆どの鬼械神はたった一つのオリジナルから三次元に落とされた影という扱いになっているわよね?」

「はい質問。極僅かな例外って、どの鬼械神の事?」

なんとなく予想は付いているが、曖昧な予測を正解として自分の中に置いておくのは危険なので、聞ける時に聞いてしまうのが吉だろう。
姉さんはその質問を予測していたのか、更にホワイトボードの一角を教鞭で叩きながら答えた。

「いい質問ね。なんとなく予測は付いていると思うけど、例外となる鬼械神は二つ。デモンベインとリベルレギスよ」

教鞭の先端で指し示されたそこには、二頭身と三頭身の中間位にデフォルメされたスパロボドット絵風のデモンベインとリベルレギス。
だが、双方ともに完全には描かれておらず、人間で言う心臓部分は内部構造が嫌に精密に描かれている。分解でもした事があるのだろうか。
そして、その内部構造の中心には機械装置に包まれた怪しげなオブジェが搭載されている。
デモンベインの獅子の心臓と、リベルレギスの無限の心臓だ。

「なるほど、体内に別の神の一形態を内蔵しているから、単純にオリジナルの影、というう訳でも無いって事か」

「そゆこと。体内にヨグ・ソトースの影の一形態を備えたリベルレギスとデモンベインは、エネルギー供給源も思考も心臓に多く依存していて、オリジナルの影であるボディから独立しているお陰で、アンブロシウスの時みたいに手なずける事は出来ないんだってさ」

俺の言葉に頷きながら、今度は美鳥が補足を入れてきた。
そう、デモンベインもリベルレギスも、力の差こそあれ、その力の源はヨグ・ソトースの影を通して異界から無限に供給される力を利用している。
それこそが紛い物の鬼械神であるデモンベインが本物の鬼械神に対抗できる理由であり、リベルレギスが心臓無しでも稼働できる理由なのだ。
小説版の軍神強襲において、大導師さまの駆るリベルレギスはその心臓をデモンベインに貸与し、ツインドライブモードのデモンベインと動力源無しで渡り合った。
これは大導師の異端さを表してもいるが、本来のリベルレギスが心臓無しでも稼働可能である事を示している。
仮にも一々鬼械神として招喚されているリベルレギスに、鬼械神とは関係無い物が混じっているなどという事があり得るのか、などと思われるかもしれない。
しかし、現実として原作の外伝小説である機神胎動にて、リベルレギスに搭載されていない状態の無限の心臓──リベルレギスの動力源が、ブラックロッジとはあまり関係無い魔術結社(ほぼ個人の様なものだが)の手中に収められていた。
つまり、リベルレギスの超常の強さの秘訣は、大導師殿の種属値、三位一体、ナコト写本の魔導書としての優秀さの他に、リベルレギス本来の動力の他に追加で動力を積んでいる所にあるのだろう。
こう考えれば、軍神強襲でツインドライブデモンベインとハートレスリベルレギスの能力が拮抗していたのも説明が付く。
神とのハーフという基礎からして優秀な魔術師の大導師殿と、その優秀な魔導書によって呼び出されるリベルレギスは、追加の動力が無くとも鬼械神の中で頂点に立てる程のスペックを持っているのだろう。
そう考えれば、できそこないの鬼械神であるデモンベインに強力な動力を二つ積んで強化してようやく互角というのも頷ける話だ。
何しろ、搭乗しているのは覇道鋼造──既に負けの確定した大十字九郎。
ループするまでの間にトラペゾヘドロンに目覚める必要がある為、大十字の魔術師としてのピークは大学三から四年程に調節されており、敗北してループした後は、如何に研鑽を積んで知識量を増やし修行を重ねたとしても、全盛期の魔術への適正には遠く及ばない。

「卓也ちゃんも一応獅子の心臓を持っているけど、それだけじゃリベルレギスには勝てないし、そもそもデモンベインとは敵対する旨味が無いわ。変な思いつきで戦ったりしちゃダメよ?」

「まぁ、巨大化は負けフラグとも言うしね。つうか、そもそもあの二人に喧嘩を売るつもりは無いし」

正直、大導師殿と大十字、この二人と敵対するつもりはさらさらないのでここは素直に頷いておく。

「うん、美鳥ちゃんからのこれまでの世界での行動の報告とか聞くと、ちょっと調子に乗ってやりかねないかなーなんて思ってたけど、やるつもりが無いならいいの」

「お兄さんちょっとその辺前科多すぎだもんね」

「失敬な」

ラスボスと敵対したのは銀星号の時一度だけだし、それ以外の時はラスボスなんてかすりもしなかったぞ。
スパロボ世界のラスボス機体は俺の中に息衝いてるから敵対した訳じゃないし。
スクナも踏み台専用の中ボスだからカウントされないし。
ブラスレ世界じゃ裸足の王子様どころかその部下のマグロさんと俺の下僕が戦った程度だ。

「話を戻すわね。──つまり何が言いたいかって言えば、出自や構造からして特殊なリベルレギスとか、そもそも正確には鬼械神ですらないデモンベインはともかくとして、それ以外の鬼械神はすべて、あの機械巨神から派生させる事が可能な筈なの」

「んー……、なる、ほど?」

理屈は分かる。何となく実感もしている。
招喚した機械巨神は、本来三次元に存在出来ない上位次元の存在である為か、見る角度一つとっても不自然な程に全く別の姿に見えるのだ。
動く度に全身を構成する螺子に歯車やその他様々な機械部品が複雑怪奇に噛み合って動くせいで、大まかなフォルムは変わっていない様でその姿は常に変化を続けているせいもあるのだろう。
だが、この見え方というのが機神招喚を行う術者の見る鬼械神へのイメージであるのならば納得もいく。
術者の位階、主に用いる術式の種類、属性、そして契約した魔導書の違いにより、現世に映し出される姿を決定付けている。
そう考えれば、オリジナル、原形である機械巨神をそのまま呼び出すというのは如何にも効率が悪い。
いや、別に招喚するのに何らかのリスクが必要と言う訳でも無いし、制限時間がある訳でも無い。機械の神と俺の身体の相性はやはり抜群だ。
効率が悪いというのは、相手の強さに応じた力加減の問題だ。
例えば敵がシュリュズベリィ先生程の実力の持ち主であれば、デモンベインをトリプルドライブにしたりブラスレイターの能力で融合強化したりしても、最終的には基礎スペックで圧倒されてしまう。ボウライダーは言わずもがな。
そこで、俺が一定以上の位階にある魔術師の招喚する鬼械神に対してどのような対処をすればいいかと言えば、機械巨神しか手は無い。
相手が逆十字一人辺りなら、
無限の心臓トリプルドライブで蛇口三つ分のパワー!
とか、
四連断鎖術式からのアトランティスクラッシャー!
とか、
自爆覚悟の諸手螺旋もとい諸手レムリアインパクト!
とか、
周囲に無数の魔銃を錬金してのトリガァァ、ハッピィィィィ!
とかやって楽に押し切れると思うが、仮に相手がタッグやトリオを組んできたら、もうそこで全高一キロを超える機械巨人の出番が始まる。
丁度いい、目立たないノーマルサイズの鬼械神を招喚出来れば一番いい。
いいのだが……

「俺、招喚すると勝手に機械巨神が出てくるんだけど」

そう、俺の初招喚の相手があらゆる鬼械神のアーキタイプとでも言うべき存在であった為か、俺の中の鬼械神のイメージはそれで固まり切っている。
アル・アジフのコピーを使って召喚してみても、精々ほんのりアイオーンっぽいシルエットになるだけで、呼び出されるのは相変わらず超巨大サイズの機械巨神。
『機械の』神である為か俺との相性が抜群で、俺が手を抜いて召喚しても召喚される側が常に全力全開になってしまうのだ。

「大丈夫! こんな事もあろうかと、手加減招喚の練習に必要な道具はすべて揃えてあるの。美鳥ちゃん、例のモノを」

姉さんがパチンと指を鳴らし、何時の間にか教室の外に移動していた美鳥が、ドアをガラガラと開けて何か荷車の様なものを引きながら入室してくる。

「あいあいあい持ってきたよー」

美鳥が引く荷車の上に四角い檻の様なものが乗せられ、それには分厚い布が被せられている。
バラエティー番組であれば、あの中に入っているのは某ドM属性をもつ芸人か、リアクション芸人を動かす為の猛獣が入れられているところだろう。
ただ、ここ二十年少しで鍛えに鍛えられた俺の霊視能力はあの中にある物が何であるかを薄々勘付かせていた。

「ああ、確かにそれなら上手く招喚できないかもしれない。俺、嫌われてるし」

何しろ、俺はあの布の中のモノの主を生きたまま喰らってしまっているのだ。
しかも、もうこの世界でその事実を確認する事は不可能に近いが、俺が一度世界を滅ぼしている事も知っているのだ。
印象は最悪、まともに協力する気にもならない筈。

「なぁんだ、やっぱりわかっちゃうのね」

「だから言ったじゃん。こんな檻まで用意してサプライズする意味は無いって。鎖でいいよ鎖で」

がっくりと肩を落とす姉さんと、やれやれと首を振りながら無造作に布を取り払う美鳥。
中に居たのは予想通り、俺が五周目に取り込んだ魔導書、セラエノ断章の精霊であるハヅキちゃん。
こうして五周目の彼女と会うのは、かれこれ十三年程ぶりだろうか。
当時は地球を滅ぼした事やらダディ──シュリュズベリィ先生を殺した事やらを非難され、挙句攻撃魔術まで使われて会話にならなかったので敢え無く消滅して貰った。
その時以来、記述は既に他の魔導書に写した後である為複製する機会も無かったのだが……。

「なんか、妙に大人しくない?」

檻越しに目の前で掌を振ってみるが、欠片も反応を示さない。
ウンともスンとも言わないという表現がこれほど似合う人型の存在も初めて見る。
記憶を弄ったのかもと思ったが、仮に元の状態で接したとしてもここまで反応は薄く無い筈だ。
俺の疑問に、姉さんが難しい顔でうんうん唸りながら答える。

「んと、美鳥ちゃんに複製して貰って魔力を流して擬人化して貰ったは良いんだけど、少しきゃんきゃん煩くて、ちょっと大人しくなって貰おうかなー、なんて思って、いろいろやってみたのよ」

「いろいろって?」

俺の更なる問いに、何故か美鳥が胸を張って自慢げに答えた。

「お姉さんが直々に魔導書を使って、大規模精神改造をしてくれたんだ。すごかったよー。後であたしを取り込む時に見れるだろうけど。お姉さんって機械類もそれなりに扱えるんだね」

「まぁ、魔法で呼び出したアーティファクトで似たようなのがいっぱいあるし、それ位はね」

姉さんがそれを自慢するでもなく流し、檻の鍵を開け、ハヅキちゃんの両脇に手を差し入れ持ち上げる。
だらんと身体を弛緩させ成すがままのハヅキちゃん。
姉さんは、そのままハヅキちゃんを俺に手渡してきた。

「とりあえず、人格はほとんど残って無いけど最低限卓也ちゃんへの恨みつらみは残ってるから。その状態でシュリュズベリィ先生の能力でアンブロシウスの招喚を成功させるのが最初のノルマね」

「わかった。……ていうかコレ、まともに動くの?」

俺に抱えられたハヅキちゃんは反応が無いとかそんなレベルでは無く、周囲の物を認識出来ているかどうかも怪しいレベルなのだが。
記述があれば精霊など居ても居なくても同じとはいえ、これでは精霊化させない状態で練習した方がいいのではないか。

「別に動かなくてもいいと思うけど、どうしても動かしたければこれの電源を入れて音を聞かせてあげて」

そういいながら、姉さんが細長い何かを手渡してくる。

「……マブチモーター?」

船やら潜水艦の耐水プラモなどに搭載して遊べるタイプの物。
モーター音がそれなりに響くが、逆にそれが『電動である』という事を強調していて楽しいという意見があるこれで、どうやってハヅキちゃんを動かせばいいのだろうか。

「ダメならもっと直接的に、あのマッサージチェアに座らせればいいと思うよ!」

美鳥の指し示す方向、反省会教室の隅っこに設置された、他称マッサージチェア。
頑丈そうな椅子の下に、モーターではなくやたらゴツイエンジンが搭載されている。
そして、どういった用途であろうか、座る場所の少し前に、なんというか、巨大な張り型が超雄々しく突き出している。
コメントに困る。
しかし、ここで黙り込んでは話が進まない。意を決して美鳥に問いかける。

「なあ、あれってどう見てもバイ──」

「マッサージチェアだよ」

「いやでも」

「あたしお手製のマッサージチェアだもんね。お兄さんとお姉さんが二人っきりでプロレスごっこしてる時、あたし一人であのマッサージチェアで癒されてるし。製作者が言うからには絶対にマッサージチェアだし」

「とりあえずハンカチ貸すから涙拭けよ」

うっかり衝撃の事実を聞き出してしまったが、その事は後回しだ。
貸したハンカチで鼻を噛んでいる美鳥をひと先ず置いておき、俺は手の中にハヅキちゃんを抱えたまま、姉さんの方に振り返る。

「姉さん、どんな魔導書を使って精神改造したの?」

「なことしゃほん」

「いや、もうちょい漢字が分かり易い発音で」

「だから、なことしゃほん。全六巻の」

デジタル言語版を入れれば七巻になる筈だが。
とりあえず、意地でも漢字に変換するつもりはないらしい。
姉さんはこう見えてたまに頑固なところもあるから、こうなったらもうお手上げだろう。
ふと、手渡されたマブチモーターの電源を入れ、ハヅキちゃんの耳元に近づけてみる。
スイッチを入れた途端びくりと身体を震わせたかと思えば、かちかちと歯を小刻みに打ち鳴らしながらぶつぶつと何事か口走り始めた。
『電源いれちゃやだ』だの『もう気持ち良くなりたくない』だの『ダディのじゃないのに』だの『ダディのより凄い』だの、ていうか、シュリュズベリィ先生ェ……。
白い肌を紅潮させうっすらと汗すら流し始めたハヅキちゃんから姉さんたちに視線を戻す。

「これ、適当に攻撃して精霊化出来なくしちゃだめかな」

アルアジフルートの精霊死亡版アルアジフとか、ライカルートのスリープモードナコト写本みたいに。

「それを すてるなんて とんでもない!」

美鳥うるせぇ黙れ。

「卓也ちゃんの術式を妨害してくる魔導書じゃないと意味が無いじゃない。因みに実体化の魔力はお姉ちゃんから電源取ってるから、生半可な攻撃じゃ本形態には戻らないと思うの」

姉さんからの供給を上回る攻撃力となると、維持できなくなるより先に魔導書本体が消滅する。
俺は反省会教室の窓から見える偽物の空を仰ぎ、五周目までのシュリュズベリィ先生を思う。
なんか俺、ロリに興味無いのに、寝盗ったみたいでごめんなさい。
大空に笑顔でサムズアップする先生の姿を幻視しながら、俺は機神招喚の修業スケジュールを頭の中で組み立て始めた。

―――――――――――――――――――

▲月◎日(トリップ中の時間の流れ)

『基本的に、トリッパーはトリップ中の時間は年齢に加算しなくてもいいというのが通例らしい』
『なにしろ、トリップ先の世界で寿命を迎えて死ぬどころか、老化を体験した者すら居ないというのだから、これは当然の流れなのだろう』
『さらに言えば、これは精神面での成長にも似た事が言えるらしい』
『偶に見る原作数百年前に転生、あるいはトリップする作品において主人公が年相応の人格を獲得し得ないのと似た様なものだというのが主流の考えなのだとか』
『力を振るうのに必要な、あるいは相手の精神攻撃、脳神経や魂への直接干渉を防ぐための精神力は時間経過によって手に入れられても、トリッパーの本来の性格が消え去る程に老成する事は無い』
『齢数百の人間がどんなメンタリティを獲得するか、現実においてそれを試す事は人間の寿命の関係でまず不可能だが、やはりリアル文献における仙人の様になるのが最も近いのだろうか』
『生まれる事の出来なかった、あるいは物語に適応する事の出来なかった元オリ主候補の隙間埋めとして呼ばれるのがトリッパーであれば、これは当然の事なのかもしれない』
『この世の全てに飽いていて、自発的には何も行動を起こさず、『原作きゃら? へぇ、美味しいの?』みたいな活力の無い性格では、物語の穴を埋めるも何もない』
『思えば、俺も姉さんも本来求められるそれとは異なるにせよ、最終的には物語の重要部分を掻き回しているという面では、物語への積極性を持っているという事になる』
『姉さんであれば迅速な元の世界への帰還のため、俺であれば優れた力を取り込むため、どちらにせよ、物語の中心部に向かわざるを得ない様になっている』
『うまく出来ているものだと思うが、それならば、この世界に来てから何度かなった、行動の指針が無く、どう動いていいか分からない状況というのは一体なんなのだろうか』
『トリッパーは成長しても反省はしない。学習しても改心はしない』
『この特性が今の状況と噛みあう時、今度こそ何かが始まればいいなというのが、ここ最近の俺の希望だ』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

雨は、夕方から突如として振り始めた。
家を出て大学に向かった朝方、空は雲一つなく晴れ渡り眩しい日差しが射していたので、殆どの人にとっては完全な不意打ちだっただろう。
ラジオの朝の天気予報でも一日晴れで降水確率はゼロパーセントだったし、新聞の周冠天気図でも雨の気配は無かった。
その辺りの事を考えれば、常日頃から鞄に折りたたみ傘を忍ばせている人か、会社や学校に置き傘をしている人でも無ければ、今日のこの雨には対応できなかっただろう。

「そこら辺踏まえて感謝の言葉をどうぞ」

「改めて言われると少し恩着せがましい気もするけど、ま、素直に助かったよ。サンキュー」

苦笑しながらも感謝の言葉を素直に口に出す大十字と、俺を挟んで大十字の反対側に陣取って歩いている美鳥。
全員陰秘学科でもそれなりに上位をキープし続け、出身も同じ日本なだけあって、ミスカトニックに入学して積極的に講義を受けていれば俺も美鳥も直ぐに大十字とはそれなりにつるむ関係にはなれてしまう。
この適度な距離感を大十字と構築するのも、ここ三十二周までの間で二十三回目だろうか。
思えば七周前とかは大変だった。まさか大十字含むメインキャラが全員TSするとは思わなかったから、親しくなる為の距離造りが大変だった。
あそこで下手な美男だったりすると大十字とフラグでも立っていたのかもしれないが、そういうイベントは一切なく、幾つかの殴り合いイベントを経て親友になったりしたのもいい思い出だ。
しかし、やっぱり転生で元の性別に戻った大導師殿やナコト写本に負けた後エロい事されたりしたのだろうか。
なにせニトロ砲のサイズがそのまま胸のサイズに変換された様な身体だったし、顔つきも元々女っぽかったからなぁ。
直後のループでは覇道鋼造女性説がまことしやかに囁かれてたけど、胸とかどうやってかくしてたのやら。

「前々から思ってたけど、サンキューとか少しアメリカかぶれし過ぎじゃね?」

「そうかぁ? 三年以上もアメリカに住んでればこれ位は普通だろ」

「まぁ先輩は朝食にサラダとトースト、熱々のブラックコーヒーとか並べてそれが絵になるタイプだから、仕方無いね……」

落ちぶれていない時の大十字は、イケメンは何やっても様になるという言葉の見本の様な奴だから、少しくらいアメリカかぶれを起こした処で非難のしようもない。
そんな俺達の言葉に、大十字は憮然とした表情で首を振り抗議の声を上げる。

「いやでも、米って結構するだろ。炊くのに時間も掛かるし」

確かに、毎食毎食日本食を食べようとしたら、如何にアーカムといえどもそれなりに金が掛かる。
パンなら切ってトーストして数分で用意できるが、米は研いで水図って入れて、電気炊飯器が無ければ更に火の加減まで見なければならない。
俺達の家には元の世界で使っていたモノと同じ家電がそのまま持ち込まれているのでそういった苦労は存在しないが、一般的な時間の無い学生が米をメインにするのはアメリカでは難しいのかもしれない。
原作の様に落ちぶれていないにしても、大十字だって贅沢ができるほど生活費の援助を受けている訳でも無い。
やはりどこででも作られている小麦でできたパンの方が安価で入手も楽、忙しい学生の朝には打って付けなのだろう。
思えばこいつ、学食で飯を食べる時は結構な比率で和食を選んでいる。
前に大十字の家に遊びに行った時、冷蔵庫の中に味噌と醤油が存在したので、休日には時間を掛けて白米を炊いて和食を楽しんだりもするのかもしれない。
遠く故郷を離れても、やはり日本人は醤油や味噌の香りを忘れる事が出来ないのだ。
今度家で漬けているたくあんでも差し入れてやるべきなのかもしれない。

「だからって、毎度毎度シスターのとこに飯食いに行くってのもどうかと思うけどなー」

「うっ……。そりゃ、迷惑かけてるかもしれないけど……」

美鳥のケケケ笑いと共に発せられた指摘に、大十字がそっぽを向きながら思わず言葉を詰まらせる。
どういった訳か、シスターライカの教会では洋食と並んで和食が多く食卓に並ぶ事が多い。
米も決して安い訳では無い筈なのだが、どこからともなく振り込まれる援助金のお陰で選択の幅が増え、子供達の身体の為に栄養学的にも優れている米飯が出される比率が増えたのだとか。
その援助金の出所を知っている俺は、大十字に対して弧を描き細めた眼を向ける。

「アレ長、もとい、あしながおじさん兼食にも困る貧乏学生も良いけど、それだけじゃ女性は落とせないと思いますよ」

「うぅっ!」

「バイトしてまで資金援助も良いけど、学業をおろそかにはすんなよなー」

「ぐはっ……」

俺と美鳥の連携攻撃に、遂に大十字が胸元を抑えて後ろによろめく。
そう、アメリカかぶれといえば、今周の大十字はその中でも特に強くアメリカかぶれだろう。
何しろこの大十字、シスターライカを狙ってアプローチを繰り返しているのだ。
金髪巨乳眼鏡好きとか、余りにも大艦巨砲主義過ぎるというか、趣味嗜好が過剰にアメリカナイズドされ過ぎているのではないだろうか。

『ふん、あのような小娘の何処が良いのやら、妾には到底理解できそうも無い』

ここで大十字の鞄の中から空気では無くエーテルを震わせる特殊な声が響く。
雨に濡れたくないからと書の形に戻って鞄の中に潜り込んでいた大十字の魔導書、アルアジフだ。
因みに、今周の大十字はアメリカ的火力主義なので、アルアジフのつつましやかでなだらかな起伏に乏しい偏平なスマートかつフラットなスーパーライトボディには全然欲情できないらしい。
今周の大十字のメンタリティが最終決戦時に現れれば、ニャルさんのわがままボディの誘惑に耐えきれずバッドエンドルートに直行すること請け合いだろう。

「分かり易い場所にあると思うけどな、いいところ。例えば胸とか、あと胸とか」

更に言えば胸とか、眼鏡とかな。金髪は知らん。地毛は銀髪の筈だし。

「案外と、具合がいいとかそんな話じゃねーの? ひひっ」

それは少し発想がチンピラ過ぎるだろうと突っ込みたかったが、これは薄くなりがちなキャラを濃くしての事故アピール(んにあらず、デッキ事故とかと似たニュアンスだと思う)なので憐れみと諦めを込めてスルー。
だが、俺と美鳥の下品な発言に対し、少しばかり力を取り戻した風の大十字がよろめきながらも反論する。

「だから、そういう外見的な魅力だけじゃなくてだなぁ。こう、偶に見せる憂いを帯びた表情とか、優しさとか、そっちを挙げるだろ普通」

いい賛辞だ、感動的だな。だが無意味だ。
この惚気はかなりの真実度ですよぉ? ここまで照れる事もなく相手の良い所を上げられるなんて大した惚れっぷりだ。
自罰的思考でのネガティブスパイラルのふとした表出に、素顔を隠すための誰にでも向ける基本表情の如き笑顔は確かにS心を刺激されて魅力的ですよねとか言ったら間違いなく激昂しそうではあるな。
まぁ、どれもこれも大十字が無事にライカルートに入れれば知る事の出来る事だろうし、俺が言う必要も無いか。

「だったら、好感度稼ぎの為に人形劇の術式でも覚えてみます?」

「ああ、あれ子供たちに大受けだったよな。どうなってんだあれ」

前の前の休みの日、近所の他の孤児院の子供達も集めて俺と美鳥と姉さんで人形劇を行ってみせたのだが、これが思いの外受けた事を思い出したのか、大十字が興味津津と言った表情で訪ねてきた。

『やめておけ、お主の力量では寿命を縮めるだけだ』

「大げさだなアルは。なにもそこまで難易度が高い訳でも無いだろ。人形を動かすだけだし、念動の応用か何かじゃないのか?」

だが、ここでアルアジフの静止が掛かる。やはり止めたか。
パッと見は魔術師でも分からない様に隠ぺいしてあるのだが、魔導書の精霊から見れば一目瞭然なのだろう。

『うつけ。よいか九朗、あの人形劇は『機神招喚』の変形、規模こそ小さいが、あの劇に登場した人形はすべて鬼械神だ』

「…………マジで?」

アルアジフの言葉を聞き、数秒天を仰ぎ考え、顔を下ろして俺と美鳥を見ながら尋ねる大十字。その瞳には猜疑の色が浮かんでいる。
俺と美鳥を疑っている訳では無く、アルアジフの言葉の真偽を疑っているのだろう。

「マジす」

「マージ・マジ・マジーロだね」

変身するなという突っ込みを投げ捨てながら頷く。
二十周前の十二周目で姉さんに言われたとおり、俺は通常の魔術の修業にくわえ、更に並行して機神招喚の応用術式の訓練を行い続けている。
最初はシュリュズベリィ先生の能力を応用してアンブロシウスを招喚する所から始め、アルアジフコピーを利用したアイオーンの召喚とだんだん幅を広げ、今では二十センチの人形サイズまで小型化した鬼械神を召喚可能になった。
小型化に成功した辺りから武装の暗器化に加え、表面を陶器に近い材質で覆い人の顔を、ベルゼビュートの如く布を纏わせ衣服とする事で、見た目は只のお人形にしか見えないレベルまで辿り着く事が出来た。
これを発展させてヴァルシオーネR張りの巨大メカ娘ロボを作ったり、知能を搭載して本当に神様属性を持った武装神姫とか呼び出せるようになるのが、今後の目標だったりする。
……本当はアイオーンとかアンブロシウスとか以外の鬼械神も呼び出して訓練できればいいのだが、形状や性能を変化させる事はできても、全く思想、系統の違う鬼械神を呼び出すには、キーアイテムとしてそれ専用の魔導書が必要となってくるらしい。
だが、現状でも最初の頃に比べれば十分過ぎる程に鬼械神の運用の柔軟性は上がっているので、しばらくは小技を鍛える事で我慢しよう。
そんな事を考えていたら、大十字の鞄から傘が雨を弾く範囲に収まる控えめさで頁が舞い、大十字に寄り添うようにして人の形を形成する。

「鳴無、貴様等兄妹がどの様な形で修業をしても構わんが、妾の主に無茶な修行を勧めてくれるな」

人の形を取ったアルアジフが、じろりと俺の事を睨みつけてきた。

「貴様等と違って、我が主は『まともな人間』だ。一緒に修行して壊されては困る」

敵意という程でも無いが、その視線には明らかな警戒が浮かんでいる。
此方が悪意を持っている訳では無い事は理解している様だが、それでも主(敬って居なくても主は主だということだろう)を戦闘以外で無闇に危険に晒すのは本意ではないのだろう。
唯でさえ機神招喚は只の人間の魔術師が用いるのは代償の大きな術式だ。
大十字はその余りの相性の良さに気付いていないかもしれないが、やはりアイオーンを招喚する度に極々僅かながら魂は削れ、回数を重ねれば当然死に至る可能性だってある。
破壊ロボや偽アイオーン、逆十字などと戦う時以外で無闇に機神招喚を発動させたくないからこそのこの態度だと思えば、可愛いとすら思える。小さすぎて守備範囲外だが。
いや、むしろボール球どころか投げる前からメディ倫や児ポ法辺りの影響でボークか無効試合か。

「おいアル、言い過ぎだ」

「あいた!」

腕を組み、こちらを睨み続けているアルアジフの頭を大十字がぱこんと叩き、アルアジフが叩かれた箇所を両手で撫で擦りながら警戒むんむんの表情を涙目に変えた。
そんなアルアジフを尻目に、大十字が苦笑いしながら片手を手刀の形にして頭を軽く下げる。

「わりぃな。アルも悪気があって言ってる訳じゃないから、あんま気にしないでくれ」

「いいですよー。それに、わざわざそんな小ネタで好感度を上げなくとも、今度の休日にデートに誘えたんでしょう?」

「おう! 念願叶って初デートだ!」

──だが、そうなる様に誘導したのも、何を隠そうこの私だ。
人形劇で一般的な演目に混ぜて仲睦まじい姉弟が仲違して最終的に戦場で相討ちになる悲劇物とか混ぜてメンタルを弱らせ、大十字がそれをさりげなく慰める事が出来るように子供達の視線を人形劇に釘付けにもしていた。
ふふふ、思いのほか貴様等の誘導は容易かったぞ。何しろ娯楽の少ない孤児院の事、ジョージもコリンもアリスンも、他の孤児院の子供達もかなり夢中になってくれたからな。

「いいか大十字、女性をデートに誘えたからってあせったらダメだぜ? ホテルは最低でも三回目のデートの時に、さりげなく休憩をとる形で入らないと警戒されるからな。ほら、餞別にこのマップをやろう」

「ありがてぇ、って、これラブホにしかマーク付いてねぇじゃねえか!」

「男は獣だからな。どうしても我慢できなくなったらそこに書いてあるラブホにかけ込むのがお勧め。そして全身のポケットを探ってみな」

「いつの間にかいやらしいゴム風船が大量に……!」

「ふふふ、これで多い日も安心だなぁ大十字。シスターは孤児院の子供たちだけでも大変なんだから、今焦ってにんっしんさせたらいかんぜ?」

美鳥と大十字のアホなやり取りを眺めつつ、考える。
これで今週の大十字の嗜好も合わせれば、確実にライカルートに突入するだろう。
暴君が瀕死の重傷を負い、胎児を引き抜かれた上で死体を放置されるのはライカルートだけ。
無名祭祀書の行方が分からなくなるのもこのルートだけ。
つまり、この二つを安全に確保しようと思ったなら、何千何万のループの中で三十二度位しか訪れないライカルートに狙いをつけるしかない。
大十字の嗜好がオールマイティからボイン派になる機会はそれだけ少ない。
逆を言えば、俺の目論見通りライカルートに突入してくれれば、一気にシュリュズベリィ先生をも上回る位階にいそうな魔術師の死体と、優秀な魔導書を一気に取り込むことが出来る。

「先輩先輩、とりあえずこの流行りの甘味店が網羅されたマップを上げますから、美鳥のそれも大人しく受け取ってくださいな。ほらほら和スイーツの店もありますよ」

「いくらライカさんの気が引ける店を教えて貰っても、全身にコンドームを忍ばせたままデートなんてできるかこの日暮里出身!」

俺は期待に胸を膨らませながら、一度も日暮里に行った事が無いのに日暮里出身扱いされたことへのツッコミを行う為、ハリセン型バルザイの偃月刀の錬金を行うのであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ざあざあ、ざあざあ、と、空から絶え間なく落ちる雨が街を濡らす。
降りしきる雨の中を、襤褸を纏った少女が、とぼとぼとあてどなく歩く。
傘をさし、もしくは傘をささずに街の人波が、少女には嫌に遠くに感じられた。
当然の話だ。何しろ、彼女にはそれらの近くに居た記憶が無い。
もしかしたら、ここではない何処か、今では無い何時かにそんな場所で生きていた事もあったのかもしれない。
だが、ここの、今の自分にはそんな記憶、どこを探しても存在しないことを、少女は嫌という程に理解していた。
侵されている。犯されている。冒されている。
世界はどうしようもない程に、邪悪で強大な神の掌の中。
足掻いて足掻いて足掻きぬいて、でも、どこまで行っても、どこにだって辿り着けない。
また、この汚された世界で、一人、歩き続けている。
逃れようの無い、飽きる程に繰り返されている終わりに向けて、止める事の出来ない前進を続けている。
袋小路に当たるのでは無く、出口の無い迷路で彷徨い続けている。
少女の瞳に浮かぶのは、諦観と絶望。
これまで自らの身に起きた禍を忘れることなく、これから自らの身に降り注ぐ禍の大凡を知り得るからこその感情。
だが、ならばなぜ少女は意味も無く、あてどなく彷徨うのか。
それは、世界の真実の一端を知る少女にすら知り得ない、有り得ない存在を感じた為。
災厄の詰まった箱に最後に残されたこの世で最も恐ろしい概念を彼女が有していないからこそ、未知という可能性に縋ってしまう。
これから産み落とす忌まわしき黒の王でもない。
未だ邪悪に力及ばない白の王でもない。
自らの知り得ない、全くの事前情報の無い、イレギュラー。
そんな者が『居るかもしれない』と感じた。唯それだけの理由で、彼女は持てる力の全てを用い、逃げだしてきた。
いや、逃げだすのは何時もの事か。
そんな事を考え、少女は毎度自らが行っているであろう行動を嘲笑う。
これまでの自分も、もしかしたら幾度か似た様な理由で逃げだした事があるのかもしれない。
在るかどうかも分からない、希望に縋って。

「あっ」

ぬかるみに足を取られ、その場にベシャリと倒れ伏す。
雨に濡れ、更には襤褸諸共泥まみれになりながら、少女は起きあがる気配を見せない。
倒れたまま、顔を伏せたまま、その小さな身体を小刻みに震わせる。
起き上がるでなく、身体を転がして仰向けになる少女。

「……は、ははは、はは」

笑っている。疲れた老人の様な、夢破れた芸術家の様な、疲労感と自らへの呆れに満ちた笑い声。
顔に付いた泥が雨で流され、泥水を口の中に運ぶ。
土の味を舌に感じながら、尚少女は笑い続ける。ビルに区切られ、直線に囲われた曇天を仰ぎながら、降り注ぐ雨を受け入れながら。
如何し様も無い循環に組み込まれながら、在りもしない希望に縋って、何もかもどうにもならないと分かっていながら、それでも足掻くのを止められない。
自らの余りにも滑稽な振る舞いに、少女はただただ笑い続ける。
笑い続ける少女の目の端から次々と雨が流れて落ち続けている。
頬を伝う雨よりも温度のある液体の感触に、これまで知らず繰り返してきたかもしれない自分の行動に、少女の心はかき乱される。

「もし、そこの人」

ふと、少女に声が掛けられる。
人混みの喧騒もかき消す程の雨音も、自らの喉から発せられる笑い声も、何処からか響く邪神の嘲笑ですら遮る事の出来ない、不思議と良く通る男性の声。
少女の目が見開かれ、声の元へと視線を走らせる。
声の主は、傘をさした男だった。
背後にしかめつらをした少女を従え、近付いてくる。
雨に打たれていた自分の上に傘がかかるまで近付いてきた男。
全体的に朴訥な造形の顔に、全体の調和を崩す鋭い眼の、大十字九郎と同じ東洋人種。
そして何より、少女が知らない、少女に知る事の出来ない、見たことも無い、消す事も出来ない、居ない筈の魔術師。

「こんな所で寝ていると、風邪をひいてしまいますよ」

居るかもしれず、しかし居ないだろうと自ら結論付け嗤っていたイレギュラー。
完全な外来人(イレギュラー)である鳴無卓也と、最凶にして最悪の称号を冠する反逆の逆十字(アンチクロス)、暴君の初めての邂逅は、こうして果たされる事となった。




続く
―――――――――――――――――――

※ネロ=暴君はその死亡タイミングと、完全にループしている訳では無い(ライカルートでのニャル様の発言とそれに対するリアクション参照)という欠陥により、主人公の第四十三話ラストから第四十四話ラストまでの行いを知りません。
※他にも、なんでエンネア、というか暴君が主人公に興味を持ったか、という理由はあるんですが、そういう重要な設定は本編中に語らないと意味が無いじゃないですか、やだー!

これを最初に書いておかないと怒られそうな気がしたので。
正直批判除けとか邪道だと思うんですけど、この辺は書いておかないと次回までにその辺かなり突っ込まれそうな気がしたので念のため。
救う救わないはネタばれになるから書けませんけどもねー。

気を取り直して、日常シーンと修行シーンと処刑シーンしかない大人しめで、しかしちゃっかり二十七周進んだ第四十五話をお届けしました。

このSSはほのぼの無惨を目指している為、前回の様な派手な戦闘話とかは実はメインでは無いのですよ。
こっそり技術を盗み出したり、捕食したりするのがメインの目的である為、当然のごとく原作イベントからは積極的に離れて行きます。
安全そうな期間を見計らって力を手に入れに行くのが基本コンセプトですので。
本来ならブラスレ編並みのすれ違いっぷりになる予定だった事を考えれば、今でも十分原作イベントに関わっているんですよね。
なので、暴君との戦闘シーンとか期待されると、正直、その、困るます。
戦闘とか止めて、みんなでロボットでも食べようぜ! あと能力者とか。
捕食相手の都合は基本的に見て見ぬふりですが、そんな主人公で良ければ今後ともよろしくお願いします。

さて、次回はアンケ結果を取り入れるという、当SSでは異例とも言える斬新な決定により、別に挟まなくても困らなかったロリルート──エンネア編です。
ギャランドゥ編を希望してくれた僅かな人、ご安心ください。あっちは強制ルートなので後から必ず通ります。
アカシックレコードにアクセスする事すら可能な暴君ですら知らない、完全な未知の存在であるトリッパー、鳴無家。
そんな鳴無家の長男に、ひょんな事から拾われた暴君は、彼等の家で一体何を体験するのか──
とか書くと予告編みたいですよね。ハートフルに行ければいいなと思います。


そんな訳で、珍しく感想板で疑問質問が出ていたのでここぞとばかりに疑問解決コーナー。

Q,機械巨神のサイズって?
A,ややガタイの良い知り合いのあんちゃんに協力して貰って、ペットショップで小鳥を優しく握って貰った結果、大体1300メートルくらいでいいんじゃないかって思えました。
所詮距離も時間も心の迷いが生み出す幻に過ぎませんので、大体そんな感じのサイズだと思ってもらえれば。
Q,アリスンは取り込んだの?
A,あくまでも積み木崩しが目的だったので、アリスンは寝取り後にジョージやコリン共々機械天使達の群れに放り込まれました。
幼女だから手加減される、優遇される時代など存在しません。
Q,教授とハヅキは下僕になるの?
A,なりません。優れた魔術師にはナノポするよりも早く異変に気付かれてしまう為洗脳も出来ないし、ハヅキはそもそも精霊なのでその手の洗脳術は効かず、双方から世界の敵と認識されているので複製しても敵意むんむんです。
フーさんが協力的なのはあくまでも戦場とファンシーを提供してくれる主人公サイドに旨味があるからにすぎません。帰る場所も目的も無いですしね。
そもそも生きたまま取り込んでるからそのまま複製を作り出せません。
作れるのはシュリュズベリィ先生と同じ位階の知識と技を持たされたデモニアック程度でしょうか。
雑兵が一斉にアンブロシウスを招喚してガガみたいに超光速で体当たりとか、衝撃波で地球が大ピンチですね。助けてピンチクラッシャー!


そんなこんなで、今回もお別れのお時間です。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイスなどを初めとするアドバイス全般、Gジェネワールドでのマンダラガンダム最短作成法、
そして、長くても短くてもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。




[14434] 第四十六話「拾い者と外来者」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/03/16 02:16
立ち込める湯気で見通しの悪くなった浴室に、どこか呆れた様な少女の声が響く。

「汚物に溢れた街でも、塵の一つ一つを拾う行為は無駄では無いって言うけどさぁ。やっぱ程度によるわけよ」

一切抵抗する素振りも見せずに身体を石鹸の泡で覆われ洗われている癖のある赤毛の少女──暴君に対して、先端の跳ねた黒の長髪の少女──美鳥は自らの持論を展開し続ける。

「もち、倫理面での話じゃなくて、単純に収支面での話な。例えば小銭を拾うとするだろ? これが十円百円ならまだしも、一円だと実は拾う意味がねえんだ。なんでかわかっか?」

「…………」

面倒臭そうな表情で自らの頭を洗う美鳥の、しかし丁寧で優しい指の感触に身を任せながら、暴君は呆っとした表情で美鳥の言葉に頷くでも先を促すでもなくただ耳を傾ける。
目の前のイレギュラーの一人が、一体どういった人物であるかを見極めんとしているのだ。

「身体をかがめて落ちた一円玉を拾うのには、一円で接種できる以上のカロリーが必要になる。だから、単純に考えて一円玉を拾うのはマイナスって訳な。まぁ、これは一部の国に限った、ていうか日本に限定した極端な話なんだけど」

逃げ出した先で拾って貰いはしたが、それでもこのイレギュラー達がまともな、悪意を持った神の側ではなく、人類側の存在であるかどうか、暴君の得た少なすぎる情報では判断できなかった。
一見して、身体の魔力の流れに不自然なところもあるが、それは魔術に関わるものであれば何処かで確実に自らに施すごく普通の肉体改造術によるものでしかない。
何より不思議な事に、このイレギュラー達からは、魔術師達が持つ独特の闇の臭いが感じられないのだ。
これを不思議な事だととるか、それとも不自然な事と取るか、鳴無宅に連れて来られて一時間もしていない暴君には、判断の材料が少な過ぎた。
雨の中、襤褸を纏った自分を拾い、気を使って同性である妹に身体を洗わせるという行為は善人の様でもあるが、同じ手口を使い信用を得ようとする人売りはこの街の裏路地に入れば幾らでもいる。
暴君の良く知る邪神にしても、人間の中に紛れた場合、ここぞという場面以外では人畜無害な性格を演じる事が多い。
対象への優しさは、それだけでは信用する為の物差しにはなり得ない。
そう、悪魔は優しいのだ。
そんな事を考えながら、暴君は自らの頭を洗い終え、シャワーで流し始めた美鳥を見上げようとして、頭を押さえつけられた。

「リアクションが在るのは嬉しいけどよ、流す時くらいは顔下げとけって」

勢いよく流れる熱めの湯の温度に驚き、僅かに身を震わせる暴君に構わず、美鳥は言葉を続けた。

「まぁ、何でもかんでもメリットデメリットのプラスマイナスで考えろとは、流石に言えないんだ。お兄さんはお兄さんである限り、何処まで行っても鳴無卓也という人間でしか居られないしね」

当たり前っちゃ当たり前だけどなー、と気楽そうに呟く美鳥。
暴君の頭の泡は全て流され、美鳥の手によって今度は身体に石鹸を塗付けられていく。

「メリットとデメリットだけで判断すりゃ、あの場でお兄さんが手前を拾ったのは、なんてーかな、本人の前で言うのは憚られるって建前は置いておくとして」

石鹸の塗りつけられた暴君の肌を、美鳥の細い指が揉むように、磨くように、石鹸を擦り込む。
暴君の喉元から当てられた手が、胸にまで下りずに肩に流れ、つぅ、と上腕から肘までを滑り、所々に刻まれた傷痕を、刺激しない程度になぞる。
指先は遂に手首の鎖の痕に到達、何事も無かったかのように通り過ぎ、指と指をからみ合わせる様にして手の先まで丹念に洗って行く。

「デメリットの方が大きいのは目に見えてんだよ。ま、時折こんな不合理な行動を起こすのも、やっぱりお兄さんの面白い所でもあるし、これはこれでありっちゃありなんだけど」

絡めた指先を解き、片手で手首を保持したまま、もう片方の手で胸全体を掌で柔らかく捏ねる様に洗い、そのまま掌を鳩尾、下腹部へと下にスライドさせ、デリケートな部分へと滑らせる。
腿を撫ぜ上げ、スリットに指を浅く差し込んで洗う美鳥の手の動きは優しく、しかしどこか有無を言わさぬ強さをも表していた。

「お兄さんが『人間』である以上、心の余裕(ヒマ)から不合理な判断をするのも間違いじゃない。でも──」

手首を捕まえていた手を放し、その手で顎から口までを洗いながら、美鳥は暴君の耳元に口を寄せ、底冷えする程の優しさすら感じる口調で、小さく呟く。

「手前の存在が、お兄さんに害になるってんなら、お兄さんの意に背いてでも、消えて貰う事になる」

その警告に、暴君は無表情のまま、内心でかすかに微笑む。
少なくとも目の前の美鳥という名の少女は、自分を騙す事よりも先に自らの兄の身を案じて見せた。
其処に込められた思いは、自らを洗う手に一瞬だけ籠った致死威力の魔術の気配から、嘘偽りの無い本音だと知る事ができた。
勿論、それがそのまま鳴無家がどちら側であるか、真実自分を終わらせる、呪われた運命から解き放ってくれる存在であるという証明には成り得ない。
だが、彼女は兄に嫌われる事を厭わず兄の身を案じるという、家族の絆を見せた。
ただただ優しさを見せ自分を信用させるだけでは無く、家族の身を案じ、嫌われ者役を買って忠告し、家族の危険を減らしに掛かってきた。
それは少なくとも、彼女に計算だけではない情が存在しているという事だ。
暴君は美鳥に身体を洗われながら、美鳥からは見えない角度で、口元に小さく笑みを浮かべた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

身体を洗い終え、美鳥と共に風呂から上がった暴君を待っていたのは、間に合わせの服の選択だった。
選択といっても、その幅は非常に少ない。パジャマか、ジャージの二択。
まだこのイレギュラー達にどのように反応するか決めかねている暴君はどちらを選ぶでもなく動かなかった為、付き添っていた美鳥が勝手にジャージを着せていく。
身体を拭き着替えを終えた暴君と美鳥は居間へ移動し、そこで完全に汚れを落とされた襤褸を手に首を捻っていた男に声を掛けられた。

「なんだ、結局ジャージにしたのか」

男の言葉に、美鳥は肩をすくめて答える。

「こいつ、下手に見目麗しいから、中途半端に可愛いデザインだと服の方が負けちまうんだよ。ダサい小豆ジャージのがよっぽど相性がいいって」

「そうか、キャラプリパジャマじゃ駄目か……」

男は少し寂しげに呟くと、気を取り直して暴君に顔を向け直す。
愛想笑いの様な曖昧な笑みを浮かべた、やや申し訳なさそうな表情。

「まぁ、暫くはそれで我慢してくれ。そのサイズの服が存在したのが奇跡に近いんだ」

暴君は自分を連れてきた男の言葉に、心の中で頷いた。
何しろ間に合わせなので仕方が無い。唐突に自分を拾ったのであれば、衣服を用意している方がおかしいのだから。
暴君は、せっかくブラックロッジを抜け出して着る衣服がこれかという、オシャレへの僅かな不満を抱いている内心をおくびにも出さず、目の前の男を観察する。
目の前の目つきの悪い男──卓也は、机の上に広げられた型紙と、元は暴君が着ていた襤褸切れを洗った物を見比べながら、口元に手を当てて思案顔でぶつぶつと何事かを呟いている。
暴君程の年頃の少女の着ていた衣服を握りしめ、真面目な顔で考え込む姿は一見して変人であり、一度見返しても怪しげであり、つまり、暴君からすれば、何処にでも居る一般的な人間にしか見えなかった。
パッと見の印象では、とても魔術に関わる人間には見えない。
顔つき、というよりも目つきこそ厳しいが、魔導理論を捏ねまわすよりは畑で鍬を振るっている方が似合う風貌ですらある。
良く言って素朴な顔つき、悪く言えば、地味。
位階が上がれば上がるほど、人間的に見て好ましくない方向に個性が突出する魔術師という生き物に分類するのであれば、まだ入門したての初心者といった感じか。
だが、彼等が字祷子宇宙の外からの来訪者なのだとすれば、見た目から判断できる印象だけではどれほどの力を持ち合わせているか判断するのは難しい。

「お姉さんは?」

「台所。今日はカレーだから、カレー鍋ぐりぐりかき混ぜてる所だ」

今現在はそれ以外に見るべきところも無い。ここが戦いの場では無い以上、彼等の力を推し量るのは難しい。
今現在の彼等の振る舞いは恐らく(暴君自身はそれを体験した事が無いので確信は持てない)ごく一般的な家庭のそれで、不審な点や怪しげな点は殆ど見当たらない。

「卓也ちゃん、美鳥ちゃん、付け合わせは何がいい?」

台所から声が響き、エプロンを着た女性がタオルで手を拭きながら現れる。
彼女が彼等の言う姉なのだろうと暴君はあたりを付け、一見して不審過ぎる程に不審な点が無いことを確認、警戒を強めようとし、
【彼女は危険ではない】
暴君の頭に一瞬でその事項だけが書き加えられた。
暴君はその女性は害が無いと確信し、視線を向けた事を悟られない内に目を逸らす。

「あ、俺は福神漬け」

「ラッキョウ、は小型爆弾で、水は人食いの液状生物なんだっけ。レーズンでお願い」

「なんだっけそれ、美鳥ちゃんそのデータはどこから?」

「セガサターンかなんかのソフトかな。お姉さんの記憶の中でもかなり薄れ気味の記憶だよ」

「どっちかって言うと卓也ちゃんの方が好んでプレイしてた気がするけど、なんとなく覚えがあるような……」

「宇宙軍艦日暮里だっけか、何もかも皆懐かしい」

三人姉兄妹(きょうだい)による、和気藹々とした雑談が繰り広げられている。
極々一般的な人間の振る舞い、普通の生活の情景。
暴君にとって、憧れがあるかどうかはともかく、間違いなく縁遠い世界。
それはある種異常な事なのだ。
なにしろ、普段の彼等がどうあれ、今日は襤褸切れを纏い、全身に傷を負った少女を拾って来ている。
そんな事があれば、控えめに言っても、少なからず家の中の空気は変わる。
控えめに言わなければ、少女が虐待を受けているだろうという事に気が付けた時点で、家の中の空気は最高に重くなる。
だがその異常を兄妹のやり取りを、複雑な感情の入り混じった瞳で見つめる暴君は気付く事ができない。

「で、お嬢さんは何にする?」

会話の内容を耳で拾わず、その暖かい光景だけを見つめていた暴君に、卓也が声を掛ける。
逡巡する。なにしろ、暴君はカレーにかけるトッピングで何が美味しいかなど知らない。
いや、何より、現時点で彼等の出す食べ物を口にしていいものか、という不安がある。
イレギュラーを目指して脱走したはいいが、いざ出会ってみると、何をするにしても躊躇ってしまう。
何しろ、少なくとも記憶している限りでは初めてのイレギュラー。どれくらいの距離で、どれくらいの力で接すればいいか、暴君は測りかねているのだ。
暴君が卓也への答えに迷っている間に、姉と呼ばれていた女性が軽く噴き出した。
何事かとちらと暴君が姉──句刻に視線を向けると、彼女は腹に手を当て、膝を叩いて苦しそうに笑っていた。

「お、おじょ、お嬢さんって、お嬢さんって卓也ちゃん、それ何キャラ……? だめ、笑う……!」

何がツボに入ったのか、句刻は腹を抱えたままソファーに倒れ込み笑い転げる。
それに卓也が不満そうな視線を向け、そんな彼等を見て美鳥がやれやれと肩を竦め、暴君に向き直った。

「悪い、ちょっと色々不便だから、名前だけでも教えてくんねぇ?」

名前、そうだ、彼等の名前はここに連れてこられるまでに教えられたが、自分は彼等に名前を教えてすらいない。
名前を問われ、ブラックロッジでの立場をも現す暴君という渾名と、それを象徴するようなネロと言う忌まわしい名前が真っ先に暴君の頭に浮かび、急ぎそれをかき消す。
彼等がその名の意味を知っているかは知らないが万が一の事もある。
それに、もしかしたら自分に希望を齎してくれるかもしれない彼等に、そんな不吉な名前を背負って立つ訳にはいかない。
偽名でも駄目だ。それでは彼等が善き存在だった時に礼を欠く事になってしまう。
暴君の頭の中に、名乗るべき名の候補が幾つか浮かんでは消え、一つ、心にすとんと落ちる響きが残った。
由来を考えればこれも、自らがおぞましい実験の果てに生まれた怪物である事を示す名前かもしれない。
だが、この名前には、希望がある。
目の前のイレギュラー達とも違う、この世界を本当に終わらせる事の出来るかもしれない希望。
その一字と、遠い昔に、暴君の名を押し付けられた時に使わなくなったナンバリングを掛けた、洒落の利いた名前だ。
皮肉も利いていて、しかしそれだけでは終わらず、偽名とも言えない、ここで名乗るのに相応しい名前。
彼等の前に居る自分にだけ与えられる、理想と希望を模った仮面の名前。

「…………エンネア」

反逆のアンチクロスではない。最凶のアンチクロスでもなく、もう一人のマスターテリオンでもない。
暴君とは違う。世界の外からの来客を迎える、ただの少女としてのエンネア。
その名前を、エンネアは僅かに笑みを浮かべながら答えた。

―――――――――――――――――――

儚げに微笑む暴君──エンネアに対し、換えの衣服をワイシャツで済ませ無かった理由はと言えば、まず原作の大十字と俺との経済状況の違い、次に来るのは慎重さの違いだろう。
経済状況に関しては特に言うまでも無い事ではあるが、二年と少し程度であれば、市場を気にせずに貴金属を売り払って金を作る事は容易く、万が一を見越して幾つか余裕を持たせて来客用に寝間着や布団を用意する程度の備えは当然している。
次に慎重さ。これは大十字に限った話では無いのだが、大体のラブコメものの王道として、主人公はヒロインから被った被害から学習しない。
部屋に入る時はノックしない。もしくはノックしても返事が返ってくる前にドアを開けてしまう。そして身体は勝手にシャワー室へ向かうのだ。
これらの部分的な学習能力の欠如とも取れる現象は、もちろん主人公とヒロインの間にイベントを起こす為の神の手によるもの。
何しろラブコメだ。着替え中の、もしくはシャワー中のヒロインをだして読者サービスの一つもしなければ人気はガタ落ち、終いには打ち切られて後書きで電波な捨て台詞を吐いて業界から抹殺されてしまう。
大概のラブコメ主人公は痛みを知らない子供も心を無くした大人も別に嫌いでは無い(遠回しなデレではない)と思うので、バイバイとか言って一年半以上姿を晦ます必要もその後結局行方不明になる必要も無いのだ。
まぁ、もはや人気取りや読者サービスよりも先に、様式美だからという理由でそれらのイベントを起こすところもあるが。
打ちきりの心配の無いジャンルでは、主にサービスシーンや様式美が主な理由となるだろう。
大十字とアルアジフが同時に存在する場面での様式美と言えば、アルアジフの所業で大十字が何か不幸な目に合うという処だろうか。
ここで思い出してほしいのが、大十字が常日頃からアルアジフに受けている仕打ちである。
例えば初めてシスターライカの孤児院兼教会に訪れた時、もしくは初めてミスカトニック秘密図書館に訪れた時だ。
アルアジフはこの二つのシチュエーションで、先に周りが誤解したという部分があるにせよ、まるで性犯罪者にでもしたいかの様に振舞っている。
これは頑なな主を柔らかくする為の彼女なりのコミュニケーションなのかもしれないが、ここで重要になってくるのはそんな彼女が、主が拾ってきた年端もいかない少女に着せる服を、どういった基準で選択するかという事だ。
アルアジフは服すらも身体の一部である為に予備の衣服という物を持っておらず、選択肢は主である大十字のクローゼットの中の僅かな衣服に限られる。
当然、露出の多く、万が一突然の来客に目撃された時でもとっさに主に濡れ衣を着せられ、しかしある程度の説明で誤解を解く事のできる絶妙なラインに存在する『男物の大きめのワイシャツ』を選ぶであろう事は想像に難くない。

「エンネアちゃんか」

名前に特に思う所は無いので軽くスルー。
思考を再開する。
アルアジフが、主へのサービスと嫌がらせと手抜きを兼ねてワイシャツを選ぶ事は、誰でも予想できる。
ならば、ならば、だ。やはり大十字も、『アルアジフがエンネアにワイシャツを着せる事を予測していた』可能性が非常に高い。
例えば着替えを用意するに当たって、普通の長袖のシャツに、裾を折りたたんだズボンとかでも構わなかった訳だ。
ワイシャツを着させるのと、普通のシャツを着させるのには労力の面においてさしたる違いは無い。
アルアジフも稀に主を貶めようとする場面こそあるが、基本的に常識に則った常識的なお願いであれば聞く程度の常識は持ち合わせている。
大十字は、アルアジフがエンネアにワイシャツをはおらせるだけだろう事を予測しながら、着せる衣服を指定しなかった。
しかし、大十字はアルアジフがエンネアにワイシャツだけを着せた事に驚きの感情を得ている。
つまり、大十字九郎は自分でも自覚できていない無意識のレベルで、エンネアの扇情的な裸ワイシャツを見たいと願っていたんだよ!!!!1!

『な、なんだってーΩΩΩ!!!』

《おっと、宇宙人に怪しげなインプラントをされたり軍産複合体製の怪しげなナノマシンを投与されたりした可哀想な被害者達を全員ほったらかしにするミステリー捜査班の悪口はそこまでよ》

俺の体内に知能部分のみを構築した美鳥の驚きの声と、暴君の魔術の腕でも察知できないスーパー☆テレパシーで脳に直接語りかけてくる姉さんの突っ込み。
ついでに言っておけば、大十字の様に先を見越した上でついうっかりアルアジフに衣服のチョイスを任せてしまうのと違い、あらかじめパジャマとジャージという比較的健全な衣服を渡す事で美鳥にボケの間を与えない辺りが俺の慎重さという訳だ。
大体、ワイシャツを着せている以上裸では無い。だからあのスタイルは『裸ワイシャツ』ではなく『素肌ワイシャツ』と呼ぶべきだろうに、わけがわからないよ。

『それはそれとしてさ、なんでわざわざ拾って来たん? 外に出てる方のあたしが風呂場でくまなく精密検査したけど、あのガキ、間違いなく暴君だぜ?』

同期している外の美鳥からの情報を分析し終え、エンネアの正体に確信を抱いた美鳥が不満そうな思考を発した。
全身隈なく、と言ったが、そうなるとやはり子宮の内部もスキャンして確認したのだろうか。

《そっちは美鳥ちゃんじゃ不安だからお姉ちゃんがやっておいたけど、……もう『居る』わね、次の大導師》

気付かれて無い?

《それはもちろん。この作業だって何度も何度もやった覚えがあるしね。今さら失敗なんてするわけ無いじゃない》

『それ実は失敗フラグじゃね?』

確かに。
まぁ、いかな大導師殿とはいえ、未だこのループの大導師殿が生存している以上、そう強烈な自我や外界への知覚能力は芽生えていないだろう。
……正直、これも実は全てお見通しフラグに変えられそうだから怖いんだよなぁ。
大体、作中の活躍シーンだけでは大導師殿が出来ることと出来ない事の境界が見えてこないのがいけない。
宇宙を破壊したりできるのに、ニャルさんの時計には一切抵抗できずに巻き戻されたりするし。
そもそもニャルさんだって本来ただの使いっぱしりの筈なのに、妙に格の高い神様みたいな扱いになっているし。
いや、神様の中の使いっぱしりって事は、それだけ色々と便利な能力を持っている証拠なんだろうけども。

『おにいさーん、あたしの質問に答えてよーうシカトとかマジでいじけるぞーあたしはー』

《はいはい、美鳥ちゃんには後でおやつ多めにあげるからいじけないで、ね?》

『わぁい! で、今日のおやつは?』

《ワリチョップ》

『…………自分で買うからいいっす』

なめんなよワリチョップ。最近のチロルの製品の中ではかなりのヒットだろ。
ていうかデモベ世界に売って無いぞワリチョップ。
いくらデモベ世界で半世紀ちょい過ごしたからってそこんとこ忘れるとか、美鳥最近だらしねぇな。

『いや、あたし、複製作れるし……』

あぁ、そう。仕方ないね……。

『ていうか、そろそろ内緒話はやめた方がいいんじゃね? あんまり黙り込んでると怪しまれるし』

並では無い速さで思考を伝え合っているので、実際は俺が『エンネアちゃんか』と言ってから二秒も経っていないのだが、ここで暴君──エンネアを拾ってきた理由を説明しようと思ったら通常時間で三十秒は掛かる。
ここは一旦家族間の会話を中断し、エンネアを食卓に移動させるのを優先させた方がいいだろう。

《長くなるって事は、深い理由があったりするの?》

いや、拾ってきた理由を考えながら説明するとしたらそれぐらい必要って話。
まともな理由とか正当性を考えようと思ったら倍かかるよ。

『つまり、何の考えも無いのかよ!』

落ち付け、飯を食い終えてみんなが寝静まるまでには良い理由を考えておくから。
姉さんもそれでいいよね?

《こういう突発的なイベントにも冷静に対処できるようになってこそのトリッパーだしね。大丈夫、この状況も、転がし方次第で確実にプラスに繋がるから》

姉さんマジでべリィクール……流石ベテランと言わざるを得ない。
意識を内から外に向けしゃがみ込み、改めてエンネア(小豆色ジャージ装備)に視線の高さを合わせて話しかける。

「エンネアちゃん、ご飯食べられるかい?」

俺の対外的年下向けのお兄さん口調に、やはり姉さんが身体を震わせて笑いをこらえているが、俺は割と大真面目なので軽くスルー。
いや、俺も正直最後の『~かい?』は要らないんじゃないかって思うけども、これがあると無いとでは大分印象が違う。と思う。
エンネアは俺の言葉に、濁った瞳に一瞬だけ知性の輝きを垣間見せながら逡巡する。
ともすれば見逃してしまいかねない僅かな表情の変化だが、完全に見た映像を解析に掛かっている俺からすれば分かりやす過ぎる変化。
これは、決してそこらのストリートチルドレンや変態金持ち爺のペットが出せる輝きではない。
相対する未知なる存在の本質を見抜こうとする、魔術師の瞳だ。
恐らくエンネアが俺達の、というより、俺の目の前に現れたのも偶然ではあるまい。
エンネアは、俺達がトリッパーという世界にとって最大級のイレギュラーであるという事実の一端を理解している。
その上で、俺達に害意があるかないかを見極めんとしているのだ。
そう、これはシュリュズベリィ先生の学術調査に付いて行った時、俺と美鳥が『中に何が入っているか分からないびっくりたこ焼き』を学生諸君に振舞った時に見た覚えがある。
まぁ、結局あのたこ焼きの中身は全て〈深きものども〉の死骸から採取した食べられそうな部位だった訳だが。
あの時はシュリュズベリィ先生が『観察眼を養ういい訓練になる』とか言って見逃してくれたんだよな。
で、シュリュズベリィ先生が俺と美鳥の悪戯に気が付けたのは、俺と美鳥の雰囲気から僅かな悪意を感じ取っていたからなのだとか。

「……うん」

エンネアは小さく返事をしながら、しかし確かに頷いて見せた。
これは、一応は信用された、と考えて良いのだろう。
今の俺はエンネアをどうこうするどころか、どうしてエンネアを拾ってきたかという理由すら存在しない。
子宮ごと胎児を抉られた死体と、持ち主の居なくなった魔導書を失敬しようと思ってはいるが、それは別に今生きているエンネアをどうこうしようという訳では無いから、悪意とはみなされないのだろう。
俺が何をしなくとも、目の前の少女は勝手に死に、極々稀に優秀な魔術師の死体と魔導書を提供してくれる。
持ち主の無くなった『落し物』を二つ、後は腐るだけの肉の塊と使い手が居なければ何もできない紙束を拾う事は悪だろうか。
勿論、悪では無い。リサイクルと考えれば、一般的には善性の行動だとすら言える。
地球に優しく、街を美しく保つトリッパー。我ながら善人だと思う。
そんな俺から悪意を汲み取る事は、いかな最強のアンチクロスといえど不可能と言ってもいい。
……などという、ちょっとしたジョークは置いておくにしても、だ。
俺の生理機能は、あくまでも俺の身体を構成するナノマシン風の物体が人間の俺に擬態する上での一つの機能に過ぎない。
つまり、俺の外見から汲み取れる情報は幾らでも偽装し放題な訳で、そこから俺の本心を見抜こうとするのは、文字通り不可能なのだ。

「よっしゃ飯飯。お姉さん、カレーに乗っける揚げ物とか無いの?」

美鳥がエンネアの手を引き、食卓に向けて歩きながら姉さんに問いかける姿を見ながら思う。
確かにエンネアを拾った事に理由は無い。
何しろ、俺はエンネアを最初見た時、唯の頭の可哀想なストリートチルドレンが死にかけているか、金持ちの変態爺辺りの玩具が逃げ出して世の中に絶望しながら死にかけているのだと思ったのだ。
暴君を拾ったのだと自覚していなければ、そもそも暴君を拾う理由など持ちようが無い。
俺はあくまでも、ここ最近珍しいイベントが見当たらなくなってきたから、ここらで不確定要素を取り入れる為に子供を拾っただけの事。
仮に、あの場に居たのが段ボールに入れられた子猫や子犬であっても拾っただろう。
子供一人かペット一匹を入れた新たな生活が、厄ネタ持ちのにんっしんっ魔術師(子宮内に次の大導師殿在中)を入れた新たな生活に変わっただけ。
最近妙に爛れた生活になり気味なったが、ここらで一つ新しい風が入ってくるのであれば、暴君やエンネアの一人や二人どうってことは無い。

「最近、ずっと揚げ物ばっかりだったから、乗せ物は焼き野菜とかのヘルシー系だけだよ。卓也ちゃんもそれでいい?」

「カレーライスにカレーコロッケは男の浪漫だと思ってるよ、俺は。カツは甘え」

「ん、知ってる。でも今日の所は焼きナスで我慢してね?」

とはいえ、それで大導師に目を付けられる可能性が高くなるのも事実。
正直、トラペゾ無しの舐めプ大導師殿相手であればどうにかまともに対抗可能なレベルまで来ているから、さして気にする必要はあまりないと思う。
美鳥の念には念を入れるという考えも理解できてしまうが、一度拾ったのを放り出すのも気が引ける。
とりあえず今は夕飯を食べながら、大導師殿との接触を避けつつ、エンネアの最後を看取る方法と、美鳥を納得させられるエンネアを拾った理由を考える事にしよう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「……」

一夜明け、暴君──エンネアは、今まで感じた事の無い不可思議な感覚の中で目を覚ました。
人類の中では最高とも言っていい魔術への順応性により、アカシックレコードへのアクセスすら可能なエンネアは、世界の一部を書き換える力を持つ代わりに、この世界のどうしようもない部分を誰よりも理解している。
この世界は全て邪神の掌の中。足掻いて足掻いて足掻きぬいても、耳に聞こえるのは宇宙的悪意を秘めた嘲笑ばかり。
目に映る、耳に聞こえる、五感に触れる何もかもが自分を、世界を陥れ弄ぶ邪神の作為に充ち溢れているようにすら思えた。
暴君に、最凶のアンチクロスに、心の安らぐ時間は無い。
エンネアの世界は絶望と諦観に満たされていた。
だというのに、

「おはよう、良く眠れたみたいね」

思考を寸断される。
布団から上体だけを起こしていたエンネアが声のする方に顔を向けながら身体を身構え、何時でも魔術を発動できる態勢に移行。
脳内にどういった態度で対処するべきかという考えと、致死性の攻撃力を持つ攻撃術式と鬼械神の一撃も防げる防御術式を思い浮かべながら、声の主の顔を確認する。
イレギュラーの内の一人、鳴無句刻。
エンネアは、声の主が彼女である事を確認し、【彼女は危険では無いので警戒する必要はない】と頭の中の術式を霧散させた。
だが、それでもエンネアは視線を句刻から離さない。
【危険ではないし、警戒する必要もない】が、それでも目の前の女性との距離の測り方を決めかねていたのだ。
弟が唐突に拾ってきた浮浪者の少女を快く引き入れ、衣服も食事も与える。
通常ならば、とんでも無い善人か、超分厚い猫を被った奴隷商人のどちらか迷う事ができるのだが、いかんせん目の前の女性はイレギュラーの一人なのだ。
どういった考えで彼等が動いているか分からない以上、【彼女は危険ではない】が、彼等の善悪は未だ定められない。
目の前の句刻ではなく、イレギュラーの一人として、信用を置く事は出来ない。
そんなエンネアに、パジャマを着たままベッドから抜け出した句刻はクスリと微笑む。

「涎、垂れてるわよ?」

「……あわっ」

句刻からの思わぬ指摘に、顔を赤くしながら口元を拭うエンネア。
そんなエンネアを横目に句刻は窓の前まで移動し、両手で一気にカーテンを開け放つ。

「今日は快晴ね。お洗濯ものが良く乾きそう」

目を細め嬉しそうに呟く句刻の肩越しに窓から差し込む光は白く、既に日がかなり高くまで登っている事をエンネアに自覚させた。
そして、エンネアはその事に奇妙な感動を覚える。
時間が経つのも忘れて熟睡していた。
つまり、悪夢に魘されるでもなく、邪神の嘲笑に耳を塞ぐでも無く、絶望も諦観も、何もかもが幻であったかの様に、普通の少女の様に、無防備に眠れてしまったのだ。
安らぎ、ではあるが、正確には違う。
ここには世界を脅かす悪意が届いていない。
安心できる何かが存在しているのではなく、精神を脅かす何もかもが存在しない。
仮に邪神などの一切が存在しない宇宙があったとしたなら、こういった平凡な空間なのだろう。
ここはまるで異世界の様だ。

「エンネアちゃん」

「あ、うん。じゃ、なかった違うくてええと」

ぼうっと呆け居てたところに声をかけられ、思わず素で返しそうになるエンネア。
そんなエンネアを見て、句刻は眉をハの字にし困ったような顔で、頬に掌を当てて溜息を吐く。

「別に隠さなくても、普段通りの口調でいいのに」

ここで、本来ならエンネアは句刻に対して『何故自分の何時もの口調を知っているのか』問い詰めなければならない。
だが、【彼女が危険ではない】と考えるエンネアは、その思考を句刻への警戒から切り離した部分に到達させて、問い返す。
真剣なエンネアの眼差しは、まっすぐに句刻の瞳を捉える。

「……なんで、エンネアの事、何も聞かないの?」

到達した新たな問いは、純粋な疑問だ。
自分を拾ってきた卓也ならば分かる。
彼が最初に自分を連れてきた以上、それがどのような物であれ何かしらの理由は存在するだろうし、後々何らかの形で自分の知る所になるのだろう。
美鳥の行動方針も、風呂で身体を洗われている時に確信した。
あれは基本的に卓也の安全確保を最優先で動き、次いで卓也の補佐を行おうとしているから、基本的には卓也の行動に従っているだけなのだろう。
兄と妹という二人の間柄を考えれば奇妙な繋がりだが、そういった兄妹も居るには居るのだろう。
だが、目の前の女性、二人の姉である句刻は違う。
卓也と美鳥のどちらの行動にも口を挟むでなく、かといって只管に二人の行動に追従する訳でも無い。
行動方針が見えない句刻の、自分に対する余りにも自然体過ぎる態度は、エンネアの目には酷く奇妙な物に映っていた。
だが、そんなエンネアの疑問を笑い飛ばす様に、句刻は即答した。

「だって、卓也ちゃんが自分で思い付いて拾って来たんだもん、無碍にする筈が無いじゃない」

「危ないかもしれないよ? いきなり飛びかかって、殴りかかるかも」

何かしたか認識する間もなく、魔術によりこの世から消滅する可能性もある。
だが、そんなエンネアの内心を見透かすかのような、自身に満ちた笑みを浮かべ、ち、ち、ち、と舌を鳴らしながら人差し指を振る。

「そういう全てに対処する度量が無いと、弟の姉なんてできやしないわ。姉って、そういうモノよ」

句刻の言葉に、エンネアは目を丸くして驚く。
基本的に夢幻心母に監禁されているエンネアではあるが、それでもその優れた知覚能力は夢幻心母内部の声であればある程度拾う事が可能なのだ。
エンネアとて、普通の世界の何もかもを知らない訳では無い。
姉と弟、妹。家族という間柄は互いに助け合う暖かい関係だと言われているのは知っている。
が、夢幻心母の内部で耳に入る姉という立場にいる者、自分の先輩に当たるムーンチャイルド計画の四号は、弟を刺殺した後に、錯乱してその場から逃げだしたのだという。
夢幻心母の中で耳にした姉という立場の者の行動と、句刻の言う姉の在り方は、余りにも異なっていた。
言葉だけで、実際に何か起きたら即座に見捨てるかもしれない。
だが、本当にそうだろうか。
口先だけと言い切るには、句刻の表情は確かな自信に充ち溢れている。
イレギュラーの一人なだけあって、この恐ろ【無害そうな】────何の力も持って無さそうな女性も何かしらの能力を持っているのだろうか。

「ほらほら、アーカムの朝は忙しいものと相場が決まってるの。ぼっとしないで急ぐ急ぐ。」

考えこんでいたエンネアは、何時の間にか近付いていた句刻に肩を捕まえられ、部屋のドアの方へと振り向かされる。

「わ、わ、ちょっ、ちょっと待ってって!」

後ろから掌で柔らかく肩をホールドされ、後ろから押されるように前に足を進めてしまい、慌てふためくエンネア。
エンネアの静止の声も聞かず、句刻は片手を肩から放しドアを開け放つ。
そのまま洗面所まで連れて行かれ、抵抗する間も与えられず顔を濡れタオルで拭われ、二枚のタオルを手渡される。
一連の行動の余りの速度に目を白黒させて混乱していたエンネアに、顔を拭き終りパジャマから普段着に着替えた句刻がエプロンをかけながら、人差し指で天井を指差し早口で指示を出す。

「卓也ちゃんと美鳥ちゃんが屋上に居ると思うから、エンネアちゃん、呼んできておいて。そろそろ朝ごはんだから戻って来なさいって」

「な、なんでエンネアが!?」

反逆者として捕えられていたとはいえ、ブラックロッジでの序列で言えば二番目、またその力から誰かに指図をされる事も殆ど無いエンネアは抗議の声を上げる。

「あぁ、蒼褪めたんまとぉ~♪」

が、当の句刻はそのまま歌を口ずさみながら朝食の準備を始めている。
エンネアの声はまるで聞こえていない様だ。

「ああ、もうっ」

エンネアは台所から視線を外し、玄関に向けて歩み始める。
どちらにしろ、彼等が信用に値すると思ったなら家事の手伝い程度の事はするつもりだったのだ。
だが、エンネアの見たところ、この家の家事全般は句刻の手一つで賄えており、手を入れるところが見当たらない。
そもそも、イレギュラーの存在を感知して衝動的に脱走してみたものの、肝心のイレギュラーに出会えたらどうするか、などと言う事は欠片も考えていなかった。
いつの間にか用意されていた靴をはき、玄関を開ける。
階段を登りながら、エンネアは今思いついたこの事実について思考を巡らせる。
彼等はイレギュラーだ。
少なくとも、自分の知る範囲(アカシックレコードに記されている範囲という事)では彼等の素性を知る事は出来なかったし、エンネアに取っても、もう一人の自分にとってもイレギュラーである事は間違いない。
だが、だから、彼等に何を期待しているのだろうか。
何もかもを掌で転がす邪神ですら把握しきれない何者かを見て満足したかったのか。
未だ持って自分の本心すら捉えきれないが、それが一番もっともらしい答えだろう。
まかり間違っても、彼等にこの無限の螺旋を終わらせてほしい、などと期待している訳では無い。
それを成そうと思ったのなら、まず彼等に邪神以上の力が備わっていなければならない。
そして、そんな力を持っているのだとすれば、彼等は神という事になってしまう。
少なくとも、エンネアの目から見た彼等は、それ程の存在には見えなかった。
それに、エンネアは善い神様の存在に憧れこそすれ、その存在を信じようという気は微塵も持ち合わせていない。
彼等が神なのだとすれば、この世界の邪神に招かれた、異なる世界の邪神だという方が余程自然な発想になってしまう。
昨日拾われてから今朝までの短い時間で見た光景、彼等の団らん風景はこの世界でも極々有り触れているものだった。
彼等が邪神や悪神の類であるなどと、思いたくはない。
階段を登り切り、屋上へと続く扉を前に立ち止まり、エンネアは自嘲する。
彼等が信用できるか、善き存在であるか悪しき存在であるかは分からない。
だが、彼等の団らんの温かさに触れたエンネアは、既に心のどこかで『信用したい』と考え始めているのだ。
たったの一日、いや半日、いやいや、実時間に換算すれば数時間の交流で、そう思ってしまっている自分の警戒心の無さに、エンネアは笑うしかない。

「……大丈夫、まだ、まだ時間はあるもんね」

完全に記憶している訳では無い。
が、覚えている限りでは、自分が再び捕えられるまで、あと一週間はある。
一週間。
それだけあれば、彼等をしっかりと見極める事は難しくは無い。
扉の向こうからは金属のぶつかり合う音、風を斬る音が絶え間なく聞こえてくる。
おそらく、卓也と美鳥が組手をしているのだろう。彼等が魔術と同時に武術を嗜むのは昨夜の夕食の時の会話を聞き理解している。
一度自分の両頬を掌でぱしんと叩き気持ちをリセット、できる限りの明るい笑顔を作り、屋上へと続く扉を開け放った。

―――――――――――――――――――

「卓也ー! 美鳥ー! そろそろ朝ごはんだから降りてきてー!」

「む」

「お」

鋸と大鎌での押し合いになり、懐から魔銃を取り出そうとしたところで、屋上の入口から脳天を突き抜ける様な馬鹿に明るい声が掛けられ、俺は思わず手を止めて振り向いた。
隙を見せたかとも思ったが、美鳥も俺から目を放し、入口の声の主に視線を向けている。
その片手は俺と同じく懐に差し込まれ、優美ささえ感じられる銀色の銃身を持つ回転拳銃を握り締めているが、その理由が俺と同じく先程の拮抗を破る為かは分からない。
美鳥は表面上は平静を保っているが、いや、平静を保っているというのが最早普通では無い。
内心を隠すために、先ほどまでの模擬戦で見せた喜色や興奮は失せ、平時と同じ様な表情をしているのだ。
俺も美鳥も表情を読み取られると不味い時を除き、戦闘時は沸き立つ感情に相応しい表情をするのだが、今の美鳥は表情と内心の齟齬が酷い。
もし今エンネアが何かしらの敵対行動の予備動作でも取ろうものなら、美鳥は懐から魔銃を抜く動作すら省略し、服越しに放たれる魔弾でもってエンネアの頭部を吹き飛ばすだろう。
……幾らなんでも警戒し過ぎではないだろうか。
昨日の夕暮れ時に拾ってから夜に姉さんの部屋で眠るまでの間は、様子見なのか借りてきた猫の様だったが、今のエンネアは今にも人受けの良さそうな明るい人格を演じている。
いや、演じているのかあれが素なのかは知らないが、少なくとも多少なりともああいう態度で臨んでもいいと踏んだのだろうから、即座に敵に回る事は無いだろう。
大体にして、俺、姉さん、美鳥には、エンネア──暴君の最大の攻撃であるアカシックレコード書き換えによる意味消滅は通用しない。
通常の、正面からのぶつかり合いになるなら、特に警戒するべき敵とも言えないと言うのが正直な所だ。
まぁ、俺のこういう隙を守る役目も持っている以上、俺が警戒し過ぎと思う程に美鳥が警戒するのは当前のことと言えば当前なのだが、過剰に心配されているようでこそばゆい。

「美鳥、今それは必要無い」

美鳥の大鎌と押し合っていた鋸を引き、懐に入れていた手を抜いて空の手を見せる。

「ん……お兄さんが、そういうなら」

表情はそのまま、口も動かさずに不承不承と言った口調のまま、懐から空の手を抜き、大鎌を引く美鳥。
そのまま大鎌を二、三度振るって消し、表情を改める。
これでいい。とりあえず、今の所は暴君と事を構えるのではなく、エンネアを混ぜて生活を送るのが目的なのだ。
鋸を二度ほど振るい、そのまま美鳥と同じように消す。
消すと言っても、俺も美鳥も何も本当に大鎌や鋸を消した訳では無く、オサレアクションに紛れて屋上の柵の外に高速で投げ捨てているだけ。
魔術的な方法で消す事も可能ではあるし、もちろん普段通り科学(むしろ次元連結システムのちょっとした応用)で異空間に格納する事も可能だ。
だがこういった破損の少ない刃物を捨てると、肉屋のパリーさん、浮浪者のジャックさん、紳士のポチョムキンさんが後々お礼と称してお歳暮をくれたりするので、最近は特別な理由が無い場合は使い終わった刃物は全て投げ捨てる事にしている。
偶に下の方から水っぽい音と悲鳴が聞こえる事もあるが、事件に発展した事は無いので問題は無い。閑話休題。
やる気無さげに背を曲げて歩く美鳥を引き連れ、屋上の入口に居るエンネアの前に立ち、その姿を見据える。
相変わらずの小豆ジャージだが、眼に生気が宿り表情も溌剌としているお陰でまるで別人に見える。
とはいえ、それで即座に彼女が暴君ネロ=エンネアである事に気が付ける者は居ないだろう。
何せアーカムの住人はかなり雑多であり、赤毛で癖毛の少女など、探すまでもなく街中を歩いていればかなり見かける事がある。
一言で言えば、この世界では割と見かける白人種の美少女、なのだが……

「? なになに、エンネアの顔に何かついてる?」

俺の視線に、エンネアが可愛らしく小首を傾げる。
俺はその姿を目に入れ、一度瞼を閉じ、明後日の方向を向いて再び目を開ける。
朝日というには登り過ぎた太陽の光に目を細めながら、慎重に言葉を選ぶ。
ごく短い期間ながら、彼女とはこれから家族ぐるみで共同生活を送るのだ。悪い印象は抱かれないに越したことは無い。
さりげなく、さりげなく、小さな声でぼそりと呟いて、この思考を終える事にしよう。

「白人系美少女にダッサイ小豆ジャージって、ちょっとニッチ過ぎるだろう……」

何処の層を狙っているか理解しかねる組み合わせだ。
いったい誰がパジャマとジャージの二択なんていう組み合わせ失敗フラグを立てたのやら。

「お前が言うな」「お前が言うな」

俺の呟きに、目の前のエンネアと後ろの美鳥が肘から先を横に振り抜きながら、全く同時に突っ込みを入れる。
こいつら、以外と仲良くなるかもしれない。
そんな事を考えながら、俺はこれから目の前の少女が死ぬまでの生活へ、期待に胸を膨らませた。
―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「今日は午後からだっけ、大学」

「四限目と五限目しか無いから、家でるのは午後からやね」

「ちょっと家の手伝いが出来ると思うけど、何かやる事ある?」

この時期はシュリュズベリィ先生がいないから、碌な講義が無いんだよな。
まぁ、そのシュリュズベリィ先生の講義にしても、もう何十回も同じ内容を聞いているのだけど。
受けるなら出す意見によって違うリアクションが返ってくるディスカッションが多い講義の方がまだバリエーションに富んでいて楽しい気がする。
逆に只管に講師の話を聞き続ける講義はもう受ける気力も湧かないのだが。

「んー、お掃除は終わっちゃってるし、洗濯物と買い物くらいかな。あ、トイレットペーパーの特売があるから、それ手伝ってくれる?」

姉さんは台所、居間、それぞれの部屋に通じる廊下を見て首をかしげた後、トイレを見て両の掌をぱんと打ち合わせた。

「んー」

「わかった」

返事はしたものの、まだスーパー、というより、ショッピングモールが開店するまで二時間ほども時間がある。
折角の空き時間なので、姉さんにくっ付いて居たいとも思うのだが、流石に人目がある所でべたべたするのは俺も恥ずかしい。
というより、ここ十数年で気付いたのだが、姉さんは基本的に作中キャラに恥ずかしいシーンを見られた場合、解決方法が余りにも物騒なのだ。
そんな訳で、なるべく殺したくない相手の前では姉さんといちゃいちゃし辛いのである。
頬を赤らめながら『何を見ているの、笑うな!』とか激昂しながら一見ファンシーな魔法の杖を振りかざす姿は非常に国粋主義的(マホウショウジョバンザイと読む)ではある。
が、しかし。
今、所在無さげに立ち尽くしているエンネアは、その癒しを少しの間だけ我慢してでも保持するにふさわしい価値を持つレア存在である。
何しろ、最終ルートの魔道探偵の所に向かうエンネアを除き、他のルートでは大概暴君の姿のまま大十字の所に直行し、一乙するか、さもなければ再び囚われ大十字と大したイベントを起こすまでも無く出産して死ぬ。
こうして暴君がエンネアとして存在する、という状況は、実はマスターオブネクロロリコンが金髪巨乳派になる確率よりも断然低い確率でしか起こらないのだ。
しかも、俺達の存在を感知してあちらから接触を図ろうとしたと考えればレア度は更に上がる。
ただ……

「な、何?」

俺の視線に、少しだけたじろぐエンネア。

「いや、今朝やたら明るかった割に、今は借りてきた猫のように大人しいな、と」

そう、この場に居るエンネア、やたら大人しいというか、行動がやや消極的なのだ。
別に原作の大十字の様に好かれている訳では無いから飛び付かれたりする訳は無いにしても。
例えばそう、服装の面にも文句を付けていい気がする。
確かにジャージは部屋着にするにも家事をするにも運動するにも便利な代物ではある。
しかし、御洒落の面で言えば、少なくとも今エンネアの来ている小豆ジャージは落第点だろう。
正直、あの小豆ジャージを違和感無く着こなせるのは熱血隼人先生以外では、某レインボウリバースな板の目隠れ巨乳ジャージの先輩程度しか思い当たらない。
それ以外で小豆ジャージを着用する人々と言えば、デモンパラサイトリプレイなどで変身後に服が使えなくなる連中くらいか。
それにしたって一番安い衣服だからという理由で用意されているに過ぎず、着用者達にも決して好意的に迎えられていた訳では無い。
それほどまでに小豆ジャージとは、難易度が高い衣服であり、ジャージ初心者には向かない装備なのだ。
そんな俺の疑問にエンネアの代わりに答えるかの様に、窓際で寝転びながらラノベを読んでいる(シリーズ全編読み終える度にストーリーに関する記憶を封印する事で、何度でも新鮮な感覚で読む事ができる)美鳥が、ごろんと身体を横に倒しながら。

「余りにもやる事が無さ過ぎて、何か要求するのも気が引けるんじゃねーのー?」

「あぁー……、納得」

確かに、原作での大十字家とは違い、家はやる事が無い。
家事の類は俺も姉さんも美鳥も一通り精通しているし、各自で分担したり、週毎に(周毎ではない)役割を入れ替えている為、掃除がされていないとか、ご飯がまともに作られていないとか、洗濯物を溜めこむとかが余りない。
時折美鳥が洗濯当番の時に俺のパンツが消えたりするが、それにしたって美鳥に直接返す様に言えばかぴかぴの状態になってはいるものの返ってくるので問題ない。
人のパンツをなんだと思っているのかは知らないが、俺も洗濯当番の時に姉さんの下着を手に思わず想像の翼をはためかせてしまう時があるので、仕方が無いものなのだろう。
これで姉さんが美鳥の下着に何事かしていれば見事な循環が完成するのだが、別にそれは必要な循環では無いので無い方がいい。
ともかく、はっきり言ってしまえば、この家ではエンネアのする事は何もないのである。
更に言えば、原作の大十字がやられた、誘拐拉致監禁されて云々言いふらす、というのは、俺達のご近所との良好な関係によって実行不可能。
つまり、エンネアは今、八方手詰まりの状態なのだ。
もう少し、傍若無人な所を露わにして好き勝手するかもと思ったのだが、姉さんの持つ力を本能的に感じ取り、無茶な行動が出来ないでいるのだろうか。

「じゃ、エンネアちゃんにはゴミ捨てお願いしようかな」

そうすれば、代わりに何か主張出来るでしょう、と言外に告げる姉さん。
因みに家のアパートは、階段を降りてすぐ隣にゴミ捨て場があるので、移動距離は数十メートルにも満たない。
出るゴミも極端に少ないため、ゴミ捨てに掛かる労力は無いに等しい。
対価として何かを得ようとするには、余りにも軽すぎる労働。
だが、

「わかった! そういう事ならエンネアに任せておいてよ!」

ここに来て初めて『何か』する事が出来るとあって、エンネアの表情は割と輝いて見える。
そんな表情をした少女に無粋な指摘など出来る訳も無く、俺は手元のアーカム・アドヴァタイザーへと視線を落とす。
トップニュースを飾るのはもちろん『治安警察及びブラックロッジ構成員78名死亡』というスキャンダラスなニュースだ。

「昨日未明、18番区画にて『ブラックロッジ』構成員78名が殺されているのが発見された。治安警察では裏社会の構想に巻き込まれたものとして……」

見飽きたニュースなので、途中で新聞を閉じて放り投げる。
何しろ通算で三十回ほど見た記事であり、この記事程内容の代わり難い記事も存在しないからだ。
この構成員の78という数字は恐らくブラックロッジがエンネアの追撃に即座に出せる限界の数だったのだろう。
この数字が変わった事は無い。殺害状況も同じなら、事件が起きた区画も同じ。
正直、ドクターウエストを見習ってほしい。
彼はこれまでのループの中、一度たりとも破壊ロボに同じ名前を付けた事が無く、そのバリエーションには目を見張るものがある。
まぁ、何かしらの目的や衝動に任せて逃走する暴君にエンターテイメント性を求めるのは酷なのだろうが。
ともあれ、このタイミングで起きる事件も何時も通り。
今回のイレギュラーな出来事は、エンネアが俺達と接触したことくらい。
背筋を伸ばし思いっきり仰け反り、窓の外に視線を送る。
昨晩の雨が嘘のように雲一つない空に、サンサンと太陽の光が降り注いでいる。

「今日はいい天気だ。こんな日はなんだかいい事しちゃいそう」

小規模な悪の組織でも一方的に蹂躙したら、善行って事になるのかな?
そんな事を考えられる程度には、今日もアーカムは平和です。






続く
―――――――――――――――――――

御覧の通り生きています。心配していた方が居るかは自信がありませんが。
福島県在住ですが、海から遠い中通り(そういう分け方があるんです。ニコニコ大百科あたり見てくれれば理解しやすいと思います)なので比較的被害は少なかった訳ですね。
あとは水道が復旧して更に原発が落ち着いてくれれば本当に一息吐けるのですが、どっちも難しそうです。
こんな時期にこんなアレなSS上げるのは不謹慎かとも思いましたが、このSSが僅かなりとも娯楽として心を慰める事が出来ればと思い、投稿する事にします。
作中の主人公の外道な思考については、フィクションという事でなんとか流して頂ければ幸いです。

前置きが長くなりましたが、久しぶりに時間の流れが超遅い第四十六話をお届けしました。
なんとこの話、半日程度しか時間が経過していないという、遠大な無限螺旋物としては酷く冒涜的な構造。
とはいえ、偶には作中時間をまともに戻さないと感覚がずれてしまいますから、仕方無いですね。
エンネアがジャージだったり、明るい猫の様な性格が垣間見え無かったりして違和感たっぷりかもしれませんが、そこは以下自問自答コーナー。

Q,こんなの俺のエンネアじゃないやい!
A,エンネアって、基本的に尽くすタイプな訳ですが、つまるところ好意の対象となる相手が居ない、もしくは自分が手を出せる場所が無い場合、途端に何もできなくなる所があると思うんですよ。基本的に諦念を抱いている訳で。
あれです、ダメな男に惹かれるタイプ? しっかり者とは相性がよろしくないという事で。
主人公達を見極めていないので、距離を測っている最中とも言えます。


なんか書き忘れた事があったら追記するかもしれませんが、今回はこんなところで。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイスなどを初めとするアドバイス全般、そして、長くても短くてもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。



[14434] 第四十七話「居候と一週間」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/04/19 20:16
エンネアが来てから一日程が経過した。

「経過したんですよ、先輩」

「いや、唐突にそんな事を言われてもな」

隣に歩く、同じ講義を受けて途中まで一緒に帰る途中の大十字に、既に大事な所を全て省いて端的に説明する。
だがリアクションは芳しくない。これだからラブコメ主人公は鈍くていけないのだ。
スパロボJ世界のフリーマン氏の察して貰う必要の無い処まできっちり察してくれる恐ろしいまでの洞察力を百分の一程度でいいから見習ってほしい。
百分の一以上は見習ってほしくは無いが。こっちの正体までどこからともなく察しそうだし。
そこまで考え、困ったような顔の大十字の顔を見る。見る。見る。

「な、何だよ?」

至近からの俺の視線を受け、大十字は身を仰け反らせるようにして距離を取りつつ、更に聞き返す。
俺はそんな大十字から視線を外し、眼を伏せ頭を振る。

「いや、よくよく考えると、察しの良い先輩というのもいまいち想像が付かないなぁと」

それは多分大十字の様で大十字で無いでも少し大十字なイトケンだろう。
案外タイショーくんあたりかもしれない。

「お前今日に限った事じゃないけど偶にやたら失礼だよな」

大十字が半眼で恨めしげな視線を送ってくるのが分かるが、失礼な態度になってしまうのも仕方が無い。
先輩を敬う心は全て敬語に現れているので、態度と対応は自然とそんな感じになってしまうのだから。
そもそもループ中の時間を計算に入れれば間違いなく大十字の死んだ親御さんたちよりも歳上だし、体面上の先輩後輩関係以外ではあまり敬う理由が存在しない。
いや待てよ? そうなると、数度無限螺旋に呑み込まれた事のある姉さんは──
これ以上考えるのは危険だ。この思考は原則禁止とする。
まぁ姉さんはたとえ干からびても腐ってもエーテル体になっても可愛いけどな!

「……お主の兄は相変わらずだからいいとして、結局何が経過したのだ?」

「んー、昨日帰り道で浮浪者のメスガキをお兄さんが拾ってから一日経過したって話」

―――――――――――――――――――

卓也がストリートチルドレンの少女を拾った。
その美鳥の言葉を耳にし、アルは数秒だけ頭の中でその内容を転がし、

「くぅ、我が主の悪癖がとうとう後輩にまで伝染を……!」

拳を握りしめ悔しげに歯を食い縛りながら歯の隙間から声を絞り出す。

「お前は、どうしてそう、何もかも、俺のせいにしたがる!」

そのアルのわざとらしい動きに、九郎は拳をぎりぎりと握りしめ、血涙を流しながらツッコミを入れた。
そんなショートコントを繰り広げる九郎とアルに、美鳥は呆れた様な口調で待ったをかける。

「……本当に、そんな事が起こると思う?」

言いながら美鳥が親指で指し示すのは、虚空に向けて姉の胸部の膨らみをμメートルレベルの緻密さで両手を使って表現する卓也の姿。
虚空にエア姉胸の三次元図を描きながら、口からは延々と姉の胸にうずもれた時に感じる柔らかさ温かさ香りなどを、もはや何かの術式なのではないかと疑いたくなる程の複雑な暗号化が施され、通常の言語では三日三晩かけても言葉にしきれない程の超圧縮言語で宇宙的なメロディに乗せて唄っている。
人の多い通りで歌っていたら、通行人の半数が泡を吹いて倒れかねない程の常軌を逸した暴力的ですらある情報量と汚染率。
もちろん泡を吹いて倒れなかったもう半分は漏れなくSAN値直葬ルート。銃を携帯していればすぐさま口に咥え出すだろう。
無論、人通りの多い表通りであれば自重したのだろうが、ここが人の通らない裏道である為か、卓也の姉語りは止まる所を知らない。
そんな卓也の奇行に、九郎とアルは極々自然な動きで耳を塞ぎながら、生暖かい視線を美鳥に送りつつ、頷く。

「ま、ジョークみたいなもんだろ。アルも反省してるから止めてくれ」

「うむすまぬ、妾が間違っていた。十二分に反省したので、いい加減止めさせるがいい」

「理解してくれたならいいよ、ちょい待て」

九郎とアルの懇願を聞き入れた美鳥が卓也の耳元で何事か囁くと、卓也は虚空を彷徨わせていた手を止め、超圧縮暗号言語による歌唱を止めた。
こほんとわざとらしく咳をして、真顔で九郎とアルに向き直る。

「申し訳ありません、取り乱しました」

「いいよ別に。それで、拾って来た子供がどうかしたのか?」

馴れからか気にした風も無い九郎の問いに、卓也は両腕を組み、俯いて少しだけ思考。
顔を上げ、困った様な表情で口を開いた。

「いや、どうもしないんですよ」

「はぁ?」

「どういう事だ、そりゃ」

アルは呆れ顔で頭に疑問符を浮かべ、九郎は困惑した表情で問いを返す。
そんな二人の態度にさもありなんといった表情で頷く美鳥を見もせず、卓也はぴんと立てた人差し指をくるくると廻す。

「いや、訳ありそうな子供を拾って、しかもそれが女の子な訳でしょう? そうなると、大十字先輩みたいに女の子に理不尽な目に遭わされるのが自然じゃないですか」

「なるほ、あたっ」

「加害者が先に納得すんな。……いいじゃねぇか別に、何事も無いんならそれで」

得心したといった風の顔で頷くアルの後頭部を掌でぺしりと叩いた九郎。その口調には呆れと非難の色が含まれている。
当然と言えば当然だ。彼の後輩は、彼が後輩自身に語った苦労話と同じ体験をしてみたいと言っているも同然なのだから。
そして、この場合に起こるトラブルは、少女の我儘に端を発するものばかりとは限らない。
拾って来たのが正真正銘何の変哲も無いストリートチルドレンであれば問題は無いが、仮に何処かの人身販売組織や悪趣味な金持の元から逃げてきた被害者の類であれば、起こるトラブルは周りにも被害を及ぼしかねない。

「いや、ま、それを言われちゃ御終いなんですけども、ううむ」

九郎の言葉に頷きながら、未だ納得しきれていない風の卓也は、身体全体を捻りながら唸り続ける。
──常に常識的でありながら、時折突発的に不謹慎なことを言い出し、社会的な道徳観念から外れた行動を容易く取るこの後輩の事を、九郎は少しばかり持て余していた。
それが唯単に不道徳であったり考えなしの行動であれば、同郷の出であるという事を加味しても、見切りをつける事ができるだろう。
だがこの後輩の場合、それらの道理に反した行動が、最終的には何処かで何かしらの理屈と繋がる。故に、九郎はこの後輩を悪とも善とも断じる事が出来ない。
この話題にしても、拾ってきた子供を孤児院に預けるべきでは無いか、という方向に話を持って行く事もできないではない。
だが、この後輩はその浮浪者の少女を何故拾ったのかという理由すら明かしていない。
少女は、何者かに追われており、孤児院では守り切れないと踏んでいるのではないか。そう考える事もできる。
警察に届け出るにしても警察組織も全てが清潔である訳でも無く、一部はマフィアに鼻薬を嗅がされている事も多く、迂闊に少女を預ける訳にもいかないと考えているかもしれない。
そもそも孤児院も警察も、少女が正真正銘普通の孤児だからといって簡単に受け入れてくれる訳でも無い。
そんな事をしていたら、忽ち警察署も街の孤児院もパンクしてしまう。
先の言葉にしても、拾った少女に関する何かしらの情報を得て居て、その情報と少女の行動が噛み合わない事に対する疑問かもしれない。
とかく、この後輩は最後までその行動にどのような意味があるか、読み取る事が難しいのだ。
そんな九郎の思考には気付きもしないのか、卓也は空を見上げて溜息を吐いた。

「子供なんて、大人に迷惑かけるのが仕事だと思うんですけどねぇ」

「これ、まともな事言ってるようだけど意味はかなり違うから、そこんとこ注意な」

「日常の中にエンターテイメントを求めて何が悪いんだよ」

「それだけでガキ拾ってたら、ちびっこランドどころか海馬ランドが幾つあっても敷地が足りんくなるやん」

軽口の様に言い合いを始めた卓也と美鳥を見て、九郎は自然とアルへと視線を移す。
『処置なし』とでも言いたげな表情で肩を竦める、冷めた表情のアル。
九郎は、せめてこの奇妙な後輩に拾われた子供が心身ともに疲れない生活を送れるよう、何処に居るかも分からない神様に向け、投げやり気味に祈りを捧げた。

―――――――――――――――――――

▲月●日(猫を飼った事は無いが)

『高校時代、隣町の空き地で猫に餌付けをする事があった』
『大体の場合、姉さんがふらりと何処かに姿を晦ました時、家に帰っても誰もいないという状況の寂しさをふと想像し、寄り道したくなった時だったか』
『数日から数週と言うブレこそ在ったものの、二日ほどは確実に家に姉さんが居ない為、学校に行く前に家の台所から煮干しやちくわを持ち出し、高校から家に帰る為の電車が出る駅までの間の空き地で時間を潰そうとしたのだ』
『餌をやる、とは言うが、俺の場合は本当に餌を与えるだけで、猫に触るどころか近付く事すらしなかった』
『俺がそれと自覚して制御しない限り、俺の身体からは動物が好ましくないと感じる電磁波が垂れ流しにされている為、俺が近くにいると猫達が餌に近寄れないからだ』
『割と、むしろ大いに可愛らしい野生動物たちに近寄れないという悲しみと、それでも与える餌は食べて貰えるという事実への微かな喜びを感じながら遠巻きに猫を見つめていた事はよく覚えている』
『そんな俺に、極々僅かながら接近を試みようとしていた猫が居た事も』
『俺の発する電磁波を感じ取れない程に神経が鈍いのか、それとも餌をくれる人間に良い印象を与えようとした賢い猫なのかは分からない』
『だが、これだけは言える』
『警戒して遠くにいた動物が、こちらに歩み寄ってくれるというのは、心温まる体験なのだと』
『大十字とライカさんのデートまで、あと五日ほど』
『それまでに、エンネアが少なからず警戒を解き、こちらに歩み寄ってくれたのなら』

―――――――――――――――――――

レーダーに感あり。
書きかけの日記を閉じ、手に持っていたペンを机の上に置き背後の反応に向けて振り返る。
が、居ない。
そこに居たのに居なかった、とでも言うのだろうか。
レーダーに映っていた筈の熱源はいつの間にか消え失せ、否、振り向いた俺の更に後ろに居る。

「ええと、『最後の滞在日と言う事で、記念すべき初めての巨大ロボであるボウライダーに乗って夜間飛行を敢行した』」

居る、というか、読んでる。エンネア(しかし小豆ジャージ)だ。
手には適当なページが開かれた俺の日記。

「『優れた科学技術を持っているのに、何故か微妙に現代よりも古い街並み。かと思えば近未来そのものと言っても良い風景が違和感なく混在している』」

朗々とスパロボJ世界から帰ってきて最初の、スパロボ世界最終日の日記を読み上げるエンネア。

「『戦争が終わり半年、物資もまぁまぁ民間に流通し始めているせいか、夜だと言うのに街には活気が溢れていた。無くしたモノを忘れず、しかし前を向く強さを持ち合わせているのだろう』」

その表情を見る限り、人のプライベートを許可も無く覗き見ることへの後ろめたさとか、そういった心遣いとは無縁のようだ。
まさか今朝方まであそこまでおどおどというか、大人しいというか、知らない親戚のおじさんおばさん達に囲まれた人見知りする病気がちな少女みたいなキャラで通して置いて、このタイミングでそんな堂々と人の日記を読むとは思わなかった。
と、いうよりも、だ。

「『相良軍曹と千鳥さんの住んでいるアパートを見かけたが、どちらもカーテンが閉じられていた。翌日が学校だから早めに休んだのか、などとは思うまい。どうせ深夜テレビを見ているとか、深夜テレビを見ている千鳥さんを見ているだとかだろう』」

「エンネアちゃん」

「『あの二人の行動はおおむね予測通りだが、同じマンションに薬用石鹸が入居しているのは少しだけ意外だった。パジャマ姿でペットボトルのウーロン茶持ってベランダで何をし』なぁに?」

俺の声に、エンネアが日記の朗読を止めて、少しだけ俺の方に小首を傾げながら向き直る。
小豆ジャージで無ければ、そして俺が前の周までの大十字の様な特殊性癖を持っていたなら、心を奪われていたかもしれない可愛らしさだ。
まぁ、万が一俺が大十字の如き精神病に罹ったのであれば、真っ先に美鳥は初期形体で再構成され、蝦夷のロリ(ただし実年齢18歳以上)が蘇生され毒牙に掛かっているだろう。
そしてロリフーさんを凌辱し尽くしてダブルピース撮影後、最終的には魔法の力でロリ化した姉さんの元に帰る……!
愛の力である事は言うまでも無い。
個人的に調教系とか鬼畜系の主人公がひよって何もかも許された挙句に被害者と和解してハッピーエンドとか今一好きではないが、俺の心の棚はセラエノの図書館にも匹敵する数と耐久性を持ち合わせているので問題ない。
やっぱ愛だろ、愛。

「何で勝手に人の日記読んでるの、とかは今さらどうでもいいとして」

あまりよくは無いが、今読まれている所からは致命的な事は書いていない筈だ。
スパロボ世界初期の美鳥と初めて致した時の日記とか読まれたらあの光景がフラッシュバックしてしまい取り乱すかもしれないが。

「いいならもう少し読んでいい?『何かの感情に浸り切っているのだけは遠目にも理解できた。月に向かってペットボトルのウーロン茶を掲げるオシャレアクション。それで決め顔とかされても、正直、その、困る。リアクションに』」

「……読んでいいけど、内容、理解出来てる?」

俺の日記帳には姉さんの不思議力(ふしぎぢから)による理解を妨害する効力が備えられている為、書き手である俺か、姉さんと俺の因子を併せ持つ美鳥、術者であり超越者の姉さんにしか内容を理解する事はできないはずなのだ。

「『いい世界だったが、過ぎ去ってみればあっというまだった。月にメメメを置き去りにしてしまったが、トリップ先から一々生身の人間を拾ってきたら家の空き部屋が幾つあっても足りないし、仕方が無』んー……、さっぱり。言葉にして読めるけど、文字に直せないし、意味も理解できないね」

そう言いながら日記をパタンと閉じ、机の上に置きながら、エンネアは俺の顔をのぞき込む。
紫色の瞳に、まじまじと、瞳の奥を覗き込まれている。
ガラス玉の様な、という表現は失礼だが、こちらを覗きこむエンネアの瞳からはそんな印象を受ける。
石言葉から考えればアメジストも相応しいのかもしれないが、まぁ、正直、愛も慈しみも今のエンネアには重い気がする。
色の付いたガラス。
透明感があり、どこまでも透き通って見える様でいて、その深い所はガラスそのものの色で覆い隠されている。

「……ねえ、不思議に思わない? なんでエンネアはこれが読めるのか」

「不思議ではないね。理解できない構造になってはいるけど、ただ音に直して口で言うだけなら、意味を理解する必要も無いし、『理解できない』というルールには抵触しない。理屈の上では不可能じゃない。写しにもその効果が出るし、読める事自体はさして問題にならないんだ。意味が理解出来なければ、どんな情報も無害だよ」

瞳の色はエンネアの心そのものだ。
深くガラスに包まれた場所もエンネアの心なら、それを覆い隠すガラスもエンネアの心そのもの。
全てを曝け出すには遠く、見て貰わなくていいと諦めるには、その囲いは透け過ぎている。
もしもエンネアの覗き込んでいる瞳が俺のものでは無く大十字のものであったのなら、エンネアは何かしらの救いを得る事が出来たのだろう。
小さく、くりっとした、しかし、どこまでも深く、奥底を除き込めないガラス玉。
大十字であれば、この意味深なだけで無価値なガラス玉を、価値あるアメジストに変えられたのだろう。
それは別にいい。
エンネアの本質がどうであれ、こういう展開は今までの生活では無かった流れ。
新鮮だ。この一触即発の、正解以外を選んだら即死する様な緊迫感。

「エンネアは、貴方達の事を知らない……」

瞳を逸らさぬまま、それがさもおかしい、不自然な事であるかのように呟く。
俺達がそういうものだとは知らなかったのか、それとも知った上で、それでも違和感を拭えないのか。
私は貴方達を知らない。私はなぜ貴方達を知らないの? と。
問う訳にも行くまい、何故なら、

「普通はそういうものだよ。この街でも、世界中のどこに行ったとしてもね」

だから、これから知っていけばいい。
──とか、言う奴もいるのだろう。例えば今時間は風呂場を魔導書に占領されている巨根苦学生とか。
だが、別に無理に互いを知る必要は無いのではないか、と、そう思ってしまうのだ。
エンネアは俺達の事を知らない。しかしその一方で俺達はエンネアの事情や性格の一部を知っている。
しかし、それは今のエンネアではない、赤貧探偵に拾われて懐いたエンネアであり、今のエンネアと重なる点は殆ど見られない。
暴君としての無邪気な邪悪さもなりを潜めており、俺達の持つ知識では今のエンネアへの対処法は構築できない。
でも、昨日の夕食の時や今朝の朝食の時に比べればエンネアも大分喋る様になった。
共通の話題こそ無いが、なんとなく適当に世間話をする程度の事は不可能では無い。
仲を深めるのには、確かに互いの事を知らなければならないだろう。
だが、会話をするだけなら、ただ一緒に居るだけならば、極端な話、相手の名前すら必須という訳では無い。
犬の様に群れるか、猫の様に集まるか。
一回こっきりの、一周どころか一週続くかも分からない共同生活であれば、やはり猫の様であって欲しいと思う。
長く続けられないのなら、とびきり太く短く、生命エネルギーを発して欲しい。
そうでないと、拾った意味があんまりないし。
俺の内心を知ってか知らずか、エンネアは先程の覗きこむ様な視線では無く、しかしまじまじと俺の目を見つめている。

「聞けば、教えてくれる?」

おずおずと、控えめに訪ねるエンネア(可愛らしい仕草でも格好は小豆ジャージ)に、俺は力強く頷く。

「聞かれなければ答えようがないね」

聞かれない部分には答えないけどな。わざわざ聞かれない部分まで答えるのは蛇足だろうから、簡略化して答えるのがいいか。
俺ってば親切過ぎる……。今度姉さんに褒めて貰おう。
そんな事を考えていると、何事かを決心したかのような表情で、エンネアが口を開く。

「貴方は、誰?」

問いの内容は、酷く曖昧なものであった。
その能力と出自から誰かに何かを問う事に慣れていないのかもしれない。
或いは、決定的な回答を無意識のうちに避けているのか。
なら、こちらも少し謎を残すような答えを出すのが礼儀だろう。

「俺は、鳴無卓也。鳴無句刻の弟で、鳴無美鳥の兄。よろしく、エンネアちゃん」

改めての自己紹介。
会話の中から俺達の名前を知った様だが、やはり名乗るという行為には意味がある。
その証拠に、エンネアは何度か口の中で小さく名前を反芻し、

「うん、よろしく、卓也」

はにかむ様な笑顔を浮かべた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

まぁ、名前を教えるという事は大事な事ではあるが、それで何かが劇的に変化する訳でも無い。
多少なりともエンネアが大人しくなくなったとはいえ、それでも好意を向ける先である魔導探偵大十字九郎が居ない以上、原作ほどはっちゃけた事をし出す訳でも無い。

「むぐぐ……美味しい」

姉さん手作り肉じゃがを頬張り、少しだけ悔しそうに唸り声を上げるエンネア。

「うふふ」

そして、それを眺めながら笑う姉さん。
好意を向ける相手がおらずとも、エンネアは家の家事を手伝おうとしたが、やはりというか何と言うか、姉さんの手料理よりも美味しく作る自信は無いようだ。
姉さんの料理の腕が一流ホテルのシェフ並み、という訳では勿論ないが、ベテラントリッパー的には、『手料理を作ると、なぜか料理に対して評価厳し目のキャラからも高い評価を受ける』などという現象は基本中の基本らしい。

「まぁ気にすんな。お姉さんは何だかんだで高校生の頃から家事全般こなしてんだしさ」

肉じゃがの糸こんにゃくばかりを箸に絡めて持って行く美鳥が投げやり気味にエンネアを慰める。

「慰めるのはいいけど、それは今朝にとろふわオムレツで度肝を抜いた挙句に得意げにどや顔した奴の吐いていい台詞じゃないな。あと、汁が染み込むからって糸こんばっか持っていくな」

嵩増しも兼ねているんだから、それが無くなると一気にしょんぼりボリュームになってしまうだろうが。
だが、糸こんどころか肉じゃがの器を持ち上げご飯に汁まで掛け始めた美鳥は、俺の言葉に対して気にした風も無い。
美味いのは分かるが、もう少しだけでいいから丁寧に食って欲しいなどと考えていると、エンネアがジト目を俺に向けて、ぽつりと呟く。

「卓也の作ったお吸い物、凄く、凄く美味しかったよ」

「それほどでもない」

基本的に、和食は出汁さえどうにか出来ればそれなりの味はキープできるからな。
美味しい出汁さえ作れれば、それを作る過程でどのような変化を加えても許される。
俺の汁物の出汁の取り方は、あと108式存在するぞ。

「うぅ~……」

唸りだしてしまった。
美味しいと言っていたのに、なぜそんな頭を抱えてしまうのか。
君達はいつもそうだね。事実をありのままに言うと、決まって同じ反応をする。
わけがわからないよ。どうして料理に拘りがあるタイプの人は、そんなに出汁の取り方に拘るんだい?

「卓也ちゃん、料理する時、出汁パックで作るしねぇ……」

焼きサバから僅かな小骨を箸で取り除いていた姉さんの苦笑付きの台詞に、俺は首をひねる。

「あれ、中身は全部オリジナルだし。パックの素材にしても完全無味無臭だから既製品とは出来が違うよ?」

この出汁パックの袋に使われている紙も、勿論グレイブヤードに追いやられた製紙メーカーの異端児が生み出した技術だ。
小物系技術であそこ以上に役に立つデータベースはこれまでのトリップでは見つけられていない。

「確かに中身は別物だけど、あれに味で負けるとビジュアル的にレトルトに負けたみたいで結構へこむんだって」

「むしろ便利じゃないか」

ていうか、美鳥も料理する時結構使ってるし。
調合する為に中身の材料の比率もメモってるし、パックごと取り込んでいるから面倒臭い時は複製を作って間に合わせてもいい。
完成品の汁物も作り出せると言えば作り出せるのだが、ビジュアル的にな……。
指先とか掌から味噌汁やお吸い物とか出したとして、姉さんにそれを呑んでもらうとか想像するだけでやたら興奮す、もとい、あまり飲みたいものでは無いだろう。

「うー、うー!」

「うーうー言うのをやめなさい」

エンネアが箸をぶんぶん振りまわして唸り出したので、軽く注意。
料理の腕を披露できなかっただけで、情けない。
それでもデモンベイン本編触手凌辱担当の一人ですか。
あ、そっか、そうなると今周はライカさんが触手担当なのか。
五周目の姉×無数の弟は動画残してあるけど、これはどうやって録画するべきだろうか。

「うっうー☆」

「うるせぇもやしぶつけんぞ」

美鳥が便乗して楽しげに腕を振り回し始めた。
どれだけ高速で腕を振っても茶碗の中の味噌汁とご飯が零れ無いのは素晴らしいが、とりあえず買っておいたもやしのパックを振りかざして威嚇しておく。

「食べ物を粗末にしたらだめよ? あと鳴き声全面禁止ね」

美鳥とエンネアともども、姉さんに窘められてしまった。
そうだよな、モヤシは麻婆もやしにするつもりで買っておいたんだもんな。投げちゃだめだ投げちゃ。
そんな訳で、エンネアに向き直り、場を〆る言葉を告げる。

「別に無理に家事を手伝う必要も無いんだよ?」

「拾って貰っておいて、食べて寝るだけなんて、エンネアは淑女だからそんな不義理な真似はできないの! いいもん、掃除と洗濯で名誉返上してやるもんね!」

汚名挽回してどうするというのか。
やけくそ気味にご飯を掻き込むエンネアに生暖かい視線を送りつつ、俺は今踏み抜かれた失敗フラグが成立する確信を得ていた。

―――――――――――――――――――

エンネア奮闘記其の一。洗濯編。

美鳥が分別された汚れ物をメカニカルな箱に放り込み、スイッチを入れる。
御近所に優しくない物々しい音もしなければ、わざわざ手洗いする必要も無い。
これで電気代は従来機の三分の一、洗浄力は三倍(当社比)
その機械を前に、主婦たちはただただ洗濯にかける時間を減らしていくという。
慈悲深さすら感じるその圧倒的性能の持ち主、その名も──

「見ろ。これが人類を導く、斜めドラム全自動洗濯機(節水、節電使用、)だ!」

「手、手を出す隙が無い……」

現代の洗濯において、衣服のタグを見て選別する作業を終えたなら、あとは使用者の腕にはよる汚れの落ち方の優劣は存在しない。
記憶を頼りにデモンベイン世界で作り上げた全自動洗濯機に片手を置き、無意味に煽りカメラで威圧感を演出する美鳥と、全自動洗濯機でジョー(顎)に強烈な一撃を喰らったボクサーの如く、がくりと膝を付くエンネア。
ここ(洗面所)で、エンネアに出来る事は、何一つ存在しない。

試合結果
エンネア●―○全自動洗濯機
決まり手
圧倒的科学力

―――――――――――――――――――

エンネア細腕繁盛記。掃除編。

「いいかいエンネアちゃん、部屋の角は丸く掃く。これさえあれば、その程度の知識でも十分に掃除(たたかう)事ができる」

エンネアを前に、掃除機の説明をしていた卓也が、遂に掃除機のスイッチをオンにした。

《サイクロンッ!》

合成音による機動音が雄々しく鳴り響き、コーン型の円筒内部で激しい空気の渦が発生する。
通常、サイクロン式の掃除機の吸引仕事量は紙パック掃除機の三分の一とされている。
これは吸引力の低下が起こり難い事と相殺されるのだが、このサイクロン掃除機は吸引仕事量も並みの紙パック式掃除機を上回るスペック。
スイッチの入ったアップライト型掃除機を手に、エンネアが恐る恐る部屋の隅、箪笥の隙間などを掃除していく。

「わ、わ、凄い吸引力だよ!?」

「ダイソン社の製品(隣町の電器屋でコピーして造り出した複製)をベースにしたスペシャルチューン、我が家の切り札(ジョーカー)だから、安心して掃除するといい」

「う、うん」

手渡された掃除機の驚異の出力に驚きながら、おっかなびっくり部屋の隅を掃除していくエンネア。
最初こそその出力と排気される空気の綺麗さに驚いていたが、次第にその顔は苦渋の表情へと移行していく。

「これ、エンネアじゃなくても、十分だよね……」

サイクロン式掃除機という切り札(ジョーカー)を手に、エンネアはコツすら必要の無い単純作業と化した掃除を、のっそりと続けるしかなかった。

試合結果
エンネア●―○サイクロン式スティック掃除機
決まり手
コーン型内部に生じる真空状態、歯車的塵嵐の小宇宙

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「で、結局買い物全般が一番無難なお手伝いだ、と」

エンネアを拾ってから三日が経過し、その間にエンネアはいくつもの家事を断念してきた。
何しろ我が家にはこの時代にはあるかどうかも分からないような文明の英知、家電三種の神器が揃っており、俺、姉さん、美鳥だけでも十分に家を回していける。
既に当番が決められている所に割り込むからにはそれなりの成果を上げなければならない。
だというのに、自動化の進んだ我が家では、誰がその仕事をやってもさして効率は上がらない。

「だって、これしかお手伝いできそうな事が残ってないんだもん。覇道財閥じゃあるまいし、全自動の掃除ロボまで出てくるなんて、そんなの絶対おかしいよ」

トイレットペーパーとティッシュペーパーを抱え、不機嫌そうに頬を膨らませるエンネア。
因みにこの全自動掃除ロボ、ルンバの改造品──ではなく、もちろんトイ・リアニメーターの改造品である。
ボディを徹底的に薄型にしている為面影は殆ど無いが、十機ほど縦に積み重ねるとオリジナルのトイ・リアニメーターの姿になり、連結合体する事によりメカの整備も可能となる。
普段は足元をウロチョロされていらいらするので倉庫で埃を被っているが、仕事を次々に奪われるエンネアのリアクションが面白いので久しぶりに活躍しているのだ。
しかし、仕事を奪われるエンネアの落胆っぷりは見ていて中々に清々しい。
そこまで考え、俺は食材の満載された袋を手にしたまま、顎に手を当てる。

「なんなら、荷物持ちもしてくれる科学的買い物お手伝いロボというのもあるけど」

「やめて、もう本当にこれ以上エンネアから仕事を奪わないで」

エンネアが俺の服の裾をギリギリと音が鳴る程に握りしめ、強く、しかし抑揚の無い声で訴える。
目が笑っていない。このままここで正体バレしてボンテージに変身しかねない程のマジ顔だ。
しかし、不思議だ。
俺も美鳥も姉さんも、別にエンネアに家の手伝いを強要している訳では無い。
ここ三日ほどは姉さんがやや早めに起きて直々にエンネアに俺と美鳥を呼んでこさせているが、あれにしても最初から時間を決めての組手なので、呼ばれるまでも無く朝食には余裕で間に合う。

「なぁエンネアちゃん、何度も言うけど、別に無理に何か手伝いをする必要は無いんだよ? 小間使いにするつもりで拾った訳では無いんだし」

俺の言葉に、エンネアは服の裾から手を放し歩みを遅め、俯く。
見えない表情、エンネアは静かに口を開いた。

「だって、それじゃ、エンネアは、どうしていいか、わかんないもん……」

ぽつりぽつりと途切れ途切れに、力無く言葉を出し切り、エンネアは遂にその場に立ち止まってしまった。
前にも思った事だが、今のエンネアには好意を向ける明確な対象が存在しない。
大十字ならばとも思うのだが、どうやら全てのループの大十字がことごとくエンネアに気に入られている訳でも無いらしい。
原作の貧乏探偵大十字九郎はそのからっとした性格から好まれたが、それ以外の時は魔銃を渡す事すらあまりしない。
これらのデータは周回毎のエンネアの行動を振り返るまでも無く、作中のニャルさんとの会話を振り返るだけで揃う単純なものだ。
だが、これまでのループの中でも幾度となく繰り返された大十字のマイナーチェンジを目の当たりにしてきた俺としては、常に大十字に惚れるのであれば、惚れる側もマイナーチェンジをしなければならないだろうと言う確信を抱いている。
その証拠に、これまでのループの中でも、全ての大十字がアルアジフとくっ付いた訳でも無い。
誰とくっ付くでも無く、アルアジフとも善きパートナーのまま最終決戦を迎えた大十字もそれなりに居る。
つまり、エンネアはどのループでも大十字を重要視するが、ライクではないラブになる可能性はまちまちなのである。
そうなると、エンネアはエンネアにならず暴君のまま大十字に戦いを挑み、大十字にその素顔を晒す事すら無く覇道瑠璃ルート準拠の死に様を晒す。
曲りなりにもエンネアが救済を得るには、やはりどこかで誰かに素顔を晒す必要があるのだ。
そして、エンネアが素の飾らない自分を見せる相手となれば、それはやはり好意を持ち、心を許した相手でしか無い。
エンネアは原作にて自分の事を『尽くす女』と言っていたが、あれはつまり『尽くすからここに居てもいいよね?』という代価の先払い。
産まれからして非道な魔術結社の研究施設であるエンネアは、どこかで自分が存在し続ける、その場にとどまり続けるには何かしらの役に立っていなければならない、と考える節がある。
大方、エンネア──暴君が生まれるまでに、ナンバリングすらされていない実験体が多く使い捨てられていて、その末路をエンネアが記憶しているとかそんな感じなのかもしれない。
そもそも、シスターライカ含むムーンチャイルドの研究結果だけで、エンネア程の魔術師が生み出せると考えるのがおかしい。
シスターライカ達を初期ロットと考え、最終系であるナンバーⅨ事エンネアが完成するまでに幾度も実験が繰り返されていたと考えるのが自然だ。
そうでなくとも、実力第一の実験施設では、自分の有用性を示すのが一番の生き残りの方法。
その生き残ってきた生の経験がある方法と、アカシックレコードにアクセスして手に入れた情報を組み合わせて、エンネアの『自分は尽くす女、お買い得で、重宝ですよ』というアピールは産まれている。
故に好意を持った相手にはとことん尽くす。
そして今、エンネアは意味も無く拾われ、俺と姉さん──と美鳥の温かい家庭に拾われ、この状況に対して少なからぬ居心地の良さを感じている。
しかし、自分が何故拾われたか分からない。
自分の何が拾われ、家庭の温度を分けてくれる理由になっているか分からないエンネアは、とりあえず家事を手伝う事によって『エンネアはこんなに家事も出来る偉い子ですよ、居ると役に立ちますよ』というアピールをする。
無論、エンネアとてそういった生活が長く続くものでは無いと知っている。
だが、限られた時間の中、少しでも好きな相手との時間を、暖かい家庭に触れる時間を長引かせる為に、エンネアの無意識は自らを『好いた男には尽くし、厄介になっている家では手伝いをする淑女』と定義し、その様に振舞う。
そこに、好いた相手がいれば擦り寄って媚、甘えるという、完全に自分の欲求に従う行動が付加され、何もする事が無い時はその行動にシフトする。
だが、今はそうもいかない。
何しろ、『好いた男のそばに居たい』と『暖かい家庭の空気に触れていたい』というのは、全くベクトルの異なる欲求だ。
前者であれば、先の通りの『すり寄って甘える』などの行為により、より欲求を満たす事ができる。
何しろ、相手である大十字は男だ。美少女であるエンネアがすり寄るだけでもそれはかなりの奉仕行動に繋がる。
だが、後者の場合はそうもいかない。
家庭の雰囲気に包まれている間は幸せだが、エンネア自身は何も俺達の家にプラスを(あくまでもエンネアから見た結論であるが)齎さない。
手伝う家事が無い時、エンネアは一方的に幸せを享受、貪るだけの役立たずであり、相手からは不要な存在になり下がっていると言ってもいい。
勿論、俺がエンネアに求めているものからすれば、それは大きな勘違いなのだが、エンネアからすればそう考えてしまうのも仕方が無い。
自分は、何かしなければ全くそこに居る権利すら無い、と考えてしまう。
エンネアはその明るい振る舞いからは想像も出来ない程、その思考はマイナス方向に傾き易い。
好意を向ける異性=相互のメリットとデメリットがある程度釣り合う相手というのは、エンネアにとって、気兼ね無く寄りかかる事の出来る、精神安定剤なのだ。

「ああ、もう……」

頭をがりがりと掻き毟る。
ここまでマイナス思考に陥り易い人間と言うのも、元の世界とトリップ先の作品世界のどちらの経験を顧みてもそうそう居ない。
その為、効果的な対処法は何一つ思い浮かばない。
思いつかないので、振り向き、俯いたまま足を止めているエンネアの手を奪い、ゆっくりと先導して歩くように促す。

「エンネアちゃん」

「うん……」

引き摺られるように歩きながら、それでもエンネアは返事をした。
周りの、俺の声が聞こえているなら話は早い。
エンネアが何故家に連れて来られたか分からないなら、教えられる部分だけでも教えて、自分がそこに居るだけで十分に意味のある存在である事を教えてやろう。
まったく、面倒な。
姉さんや美鳥との生活の中では決して味わう事の無かった厄介事だ。
新鮮過ぎて清涼感が鼻から突き抜けてしまう処ではないか。
エンネアめ、本当に拾って得した感じだ、全面的にありがとう。これからあと半週も無いけど、改めてよろしくお願いしたいものだ。
―――――――――――――――――――

「俺達はね、実はこの字祷子宇宙の人間では無いんだ」

この卓也の言葉から始まった、彼等の秘密。
それはエンネアにとって半分は予想通りのものであり、半分はエンネアにとって、全くの未知の物語であった。
あらゆる物語が世界を内包する、高位の世界から彼等は来たのだという。
彼等は度々その世界に取り込まれ、世界の不備を調節する役目を与えられているのだという。
『トリッパー(小旅行者)』という名を与えられた彼等は、いくつもの世界を渡り、その世界の混乱を収束へと導いて行った。
そして、本来この世界に存在していた筈のキーマンが動けなくなった為、この世界にも彼等が訪れた。
世界を外から観測する彼等は、この世界がループしているという事を知っている。
覚悟を決めて入ってみたはいいものの、実際に幾度もループさせられるのは精神的に疲れるという事。
恩師との死に別れ、再会した恩師の初対面の相手に向ける表情へのやるせない気持ち。
エンネアには、それはとても尊い事だと感じられた。
自分はこのループから抜け出す為に必死で生き足掻き、時には何の罪も無い人々を平気で巻き込んでいるというのに、自ら率先してこのループに加わるなど、想像もできないお人よし。
馬鹿だけど、彼等は善き馬鹿だ。好ましい相手だ。頼れるか分からないが、頼っても良い相手なのだ。
そこまで考えて、エンネアは自らの手を掴み、前に進ませる手を強く握り、立ち止まる。

「エンネアの事も、知っているんだよね。……なんで?」

エンネアが暴君である事を知って、何故拾ったのか。
拾ったにしても、何故普通の少女として扱うのか。
そのエンネアの問いに、卓也は一瞬だけ何かを考える様に黙り込む。
前を歩く卓也の表情を、エンネアは見る事ができない。
酷く遠くに聞こえる雑踏の喧騒をBGMに、歩き続ける。

「これまで何度も繰り返してきて、エンネアちゃんと会ったのは、あれが初めてだったんだ」

「え」

エンネアは一瞬、卓也の言葉を理解出来なかった。
耳に入った情報を纏めきれていないエンネアに構わず、卓也は言葉を続ける。

「最初の周は、先輩から又聞きしただけだった。それ以降はたまに戦闘を少しだけ見る事があった。多少の誤差はあっても、時期も同じ、エンネアちゃんが先輩に突っかかって街を壊すという流れは変わらなかった」

「……」

エンネアは答えない。答える事ができない。
だが、エンネアは気が付いていた。
卓也が今言おうとしている事は、自らが望み、しかし、有り得ないだろうと諦めていた事。
自らが望んでやまない、最後の希望。

「もしかしたら、もしかしたらだけど、これで、このループも終わるのかもしれない」

―――――――――――――――――――

▲月□日(ものは言い様)

『先日の買い物以来、エンネアは明るくなった』
『明るくなったついでに、やたらと行動がアクティブになり、家の中を思う存分騒がしてくれている』
『今までのどこか遠慮がちな態度は何処へ行ったと聞きたくなるような無遠慮な日常への侵略ぶり』
『美鳥と共にゲーム対決、魔術師の超演算能力を生かして超高速テトリス対決、ドカポン対決で熱い血潮を燃やしてみたり、果敢にも姉さんの料理を手伝ってみたり、お姉さんの不機嫌にならない程度の時間に目覚まし代わりに働いてみたり』
『……流石に、俺の風呂にまで侵入しようとしてきたのには閉口したが、身体にタオルを巻いていたので許す事にした』
『別にあの小ささの子供に欲情する様な(あの年頃、ではない。この作品に登場するキャラ、つまり原作で見た事のある人物はすべて十八歳以上であると言っている!)特殊で可哀想な性癖は持っていない』
『が、あのペドい外見の少女と一緒に風呂に入ったという事実が発生すると、後々何かしらの冤罪を掛けられかねないのだ』
『大十字でもあるまいに、欲情する事も難しいような平坦な肉体(アルアジフよりは凹凸があるらしいが、ドングリの背比べというものだろう)を見た程度で豚箱送りとかマジであり得ない』
『その点、一緒に風呂に入ったがエンネアは身体にタオルを巻いていた、と言えれば、俺の普段の常識的な行動と言動、社会的な信用からして言い訳が立つ』
『ともかく、エンネアが家に新たな風を齎したのは間違いない』
『明るい雰囲気が、ではなく、これから死ぬと分かっているのに、それを理解した上でとびきり明るく、この上なく楽しそうに、力の限り生命エネルギーを発散するあの痛ましい姿の方だ』
『俺も姉さんも美鳥もああいった振る舞いをする状況にはなるつもりはないし、だれがなったとしても、俺か姉さんか美鳥は必ず悲しみに沈んでしまう』
『そういった意味で、エンネアの振る舞いは実にグッドだ』
『なにしろ俺達にとって、エンネアの死は完全に他人事であり、幾度となく繰り返されるイベントの一つに過ぎない』
『純粋に、今まで見た事の無い振る舞いを楽しむ事ができるのは、ループにおける退屈を紛らわすには最適だろう』
『スパロボ世界ではDボウイの妹辺りがそのポジションだったのかもしれないが、彼女はまぁまぁ大人しかった上に美鳥が直してしまったのでノーカン』
『最終決戦でDボウイとの合体攻撃がうざったかったので、巨大テックランサーで打ち上げ、諸共壁にめり込んだ状態で変身が解除されるまで殴りつけてやったが、どうせ生きているだろう』
『ブラスレ世界にネギま世界ではそもそもさほど原作キャラと殆ど関わっていないからノーカン』
『辛うじて引っ掛かりそうなのは、村正世界の銀星号だろうか』
『……無い、無いな。治療したから生命力に溢れている上に、死ぬ可能性は限りなく低い。そもそも無理して明るく振舞うとかでは間違いなく無い』
『ともかく、エンネアが俺の期待に応えてくれたのは間違いない』
『エンネアは死ぬ。間違い無く死ぬ。そして、その日は着々と迫って来ている』
『だからこそ、何か一つ、礼と餞別の意味を込めた贈り物をしよう』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

エンネアが家に来てから六日目、日曜を明日に控え、街にはここぞとばかりに居酒屋やバーに掛け込む社会人や大学生で溢れるサタデーナイト。
街のあちこちで吐瀉物が電信柱に向けてフィーバーされ始める夜更け。

「ねぇねぇ! 明日! みんなで遊びに行こうよ!」

「いいぜ」

「いいわよ」

「何も問題ないね」

エンネアの唐突な提案に、俺達三人は一も二も無く頷き、エンネアが大げさにその場で跳び上がり全身で喜びを表現する。

「やったーー! さっすが、話がわっかるぅっ!」

しかし遊びに行くと言っても、一体全体何処に行けばいいのやら。
言ってはなんだが、この街には大規模なアミューズメント施設は存在しない。
カラオケもゲーセンも遊園地も無い。
ウィンドウショッピングくらいしか思いつかないが、それを遊びに行くと言っていいものだろうか。
あ、そういえば映画館はあるんだったな。出番が無いからすっかり忘れていた。
外装がやたら現代チックで周囲のアンティークな雰囲気の建物からは浮いていたが、アパートの一つ一つにまで怪しげな悪魔っぽい彫刻があるという謎センスに比べれば大分ましな造りだった筈だ。

「たぶん映画館には行くんだろうけど、今は何を上映してんの?」

「卓也ちゃん?」

美鳥と姉さんの疑問に答える為、映画館の前を通りかかった時に見た看板を思い出す。
極々普通の古めかしい内容の映画に紛れて、何故か一本だけニトロ作品がアレンジされて上映されているのがあそこのお約束だった筈だが、確か今月は……。
なんと、三本の内二本がニトロ系列ではないか。
俺は美鳥と姉さんに顔を向け答えようとして、エンネアに顔を向け直す。
休みの日だから最初から何処かに出掛けるつもりではあったが、少なくとも現時点で一番に外出を提案したのはエンネアだ。
エンネアに選んでもらうのが一番だろう。

「エンネアちゃん、火の鳥風グロ純愛とメカ主人公によるハートフル学園ラブコメ、どっちがいい?」

もう一つは……ジャズ・シンガー?
同時上映のニトロ作品は全編フルトーキーなのだが、この場合はどういう扱いになってしまうのだろうか。
まぁ、ここはニトロ世界なのだから、ニトロ作品が優遇されるのは仕方が無いのかもしれない。

「んー、映画ってどれくらい時間かかる?」

「この二つは大体二時間くらいかな」

この時代の映画作品ならもう少し上映時間にばらつきがあると思うのだが、この二つは時代背景からしておかしいから例外なのかもしれない。

「んとね、んーとね、エンネアは──」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結局、朝一番に上映が始まる学園ラブコメを見る事になった。
映画の出来自体は……、まぁまぁだった、としか言いようが無い。
そもそも総プレイ時間が数十時間とか百何十時間とかのアドベンチャーゲームを二時間の映画に纏めようと言うのがおかしいのだ。
だが屈指の名エンドとも言える遥香エンドを持ってきたのは評価してやらんでもない。
でもなぁ、取り調べにカツ丼の代わりにカツサンドとか、アメリカ人に理解できる文化なのだろうか。

「たくやー、余韻に浸ってないで美鳥宥めるの手伝ってよー!」

「うん?」

エンネアの困ったような声に、映画館の入口を振り向く。
と、そこにはパンフや下敷きなどのグッズを大量に確保した美鳥が、エンネアに背中を撫でられながら、姉さんにハンカチを顔に当てられていた。

「おいおい」

映画を見て暫く放心した後に、財布を握り締めてグッズ売り場に飛んで行った時には具合が悪いどころか危ない薬打たれたみたいな危険なオーラを放っていた。
だというのに、美鳥は二人に宥められながら、顔をくしゃくしゃにして泣いているのだ。
ていうか、美鳥がこんな泣き顔するとか初めてではあるまいか。

「どうした美鳥、青い子が居なかった事にされたのがそんなに気に食わなかったのか?」

そんなマニアックな部分に反応するとかちょっと通気取り過ぎるだろう。
ていうか、居なくても話進むから別に居なくてもいいだろう。不人気如き。

「遂に、遂に公式で妹エンドがトゥルーエンドに……! おめでとう、おめでとう遥香ちゃん……!」

コングラッチュレィション……。
でも公式じゃなくて異世界で内容が殆ど語られないようなマイナーな映画としてな。
しかも半ば千歳さんの妄想だし。
地球見捨てて宇宙へ逃亡エンドよりは余程メインヒロイン臭出してると思うけど。

「もー、美鳥は泣き虫だなー」

「うるへー! ハロワで燦然と輝く一番星は軍服遥香(レイポ後バージョン)なんだよ! あれがヒロインで泣かない訳が無いだろぉ!?」

美鳥の背から手を放し苦笑するエンネアに、美鳥が唾を飛ばしながら反論する。

「最萌えは主人公だけどな」

「うん、あの初期の無垢っぷりが堪らないわね」

堂々と女子トイレを盗撮したり、通りすがりのダッチワイフで脱童貞したり、超無垢だな。
まともな所で言えば、OP前の家を出るシーンの『Hello, world』は本作屈指の名言だと思う。
何が言いたいかと言えば、映画って、本当に素晴らしいものですね。

「纏まったところで、次いってみよー!」

エンネアが片手を振り上げ、俺達を置いて行きそうな勢いで映画館から飛び出す。
俺達もそれなりの今日何処を廻るかは考えていたのだが、エンネアの頭の中にも何処を廻るかというスケジュールが組み立てられているのだろう。

―――――――――――――――――――

人の波を器用にすり抜けながら、エンネアはやや丈の長いスカート(お出掛けだからと、美鳥の服を少しだけ仕立て直して借りている)を翻し、くるくると楽しげに駆けまわる。
子供特有の、アクセル踏みっぱなしとでも表現するのが相応しい速度だが、随伴する卓也達は慌てる事も無く、のんびりとした歩みでその速度に追いつき、エンネアから離れない。
映画を見た後は買い物が始まった。
洋服に小物、人形に本、調理器具に健康グッズ、怪しげな部族の伝統工芸品に、この時代にそぐわない技術が用いられたオーパーツ。
大きなショッピングモールから路地裏の小さな店、果ては歩道の脇に敷き物を広げての簡素な露天、眼に付いた端からエンネアは飛び込み、そこに存在する何もかもを味わいつくそうと駆け巡る。
力の限り、時間を一秒も無駄にせず、瞬間瞬間を楽しもうとしている。その何処かに、掛け替えの無い何かを見出そうとするかの様に。
エンネアは三人を引っ張り廻し続けた。
卓也と句刻に服を見て貰いながらのファッションショー、美鳥と共に小物を弄り回し一部をうっかり欠損させて弁償し、公園の屋台で軽い食事をとりながらお喋りに興じ──
そうしている内に日は沈み、空は茜色に染まっていた。
四人は夕食の時間帯に迫り、客を定食屋に取られ人の少なくなった喫茶店で軽い食事と飲み物を頼み、ゆったりと寛いでいる。

「なんか、あんまり減らなかったな」

卓也が自分の財布を覗き込みながら、不思議そうに首を傾げる。

「結局、荷物になる様なものはあんまり買わなかったしね」

句刻は卓也の疑問に答えながら、良く冷えたオレンジジュースをストローで掻きまわし、氷を打ち合わせて音を立てる。

「だね。一番大きな荷物って、美鳥の買った映画のグッズじゃない? ぷぷ、お猿さんのお人形って、美鳥はお子様だなー」

「猿じゃねーよエテコウだよ。原作だとミクラスよりよっぽど役に立ってたイケメンサポートロボなんだかんな?」

メカニカルな猿のヌイグルミをエンネアから庇う様に大事そうに抱える美鳥と、それを指差し口元を押さえ笑うエンネア。
しばし、四人は食事を摘まみながら、購入した品をテーブルに広げて、その一つ一つに関して意見し、笑い合う。
このネタばれ満載のパンフは先に買わなくて良かった、プロジェクター付きの時計はいい買い物だけど精度が気になる。
使うかどうかはわからないけどこのコップは洗うのが面倒臭そうだ、このマグネットは飾りがでか過ぎて邪魔だけど冷蔵庫に貼りつけるアクセントとしては可愛らしい。
このブーズー人形は美鳥が服を裂いちゃったんだよね、いやいやテメェが腕を千切りかけたんだろ、いやいや美鳥が、いやいやお前が、いあいあ。

「しかし、エンネアちゃんは結局一着も買って無いんだな」

品物のチェックを一通り終えた辺りで、卓也がコーラフロートを啜りながら、今気付いたと言わんばかりに呟く。
そう、映画館を出てすぐに入った店で、延々一時間ほども様々な服の試着を繰り返していたにも関わらず、購入した品の中には一着も服が入っていない。
いや、句刻や美鳥が購入した下着やハンカチなどは入っているのだが、エンネアが着る服が一着も入っていないのだ。

「先に自分の分買っちゃった私が言うのもなんだけど、エンネアちゃんは新しい服とか要らなかったの?」

「そうそう、絶対あのパンツとか似合ってただろ(頭に被る的な意味で)。勿体ない」

「一応大目に金は下ろしてたから、遠慮する必要は無かったんだよ?」

そんな三人の言葉に、エンネアは困ったような笑みを浮かべる。

「そりゃ、エンネアも御洒落の一つもしてみたいけど、さ」

──それは夢の様な話。
暗闇を逃れ、光のある夜を迎え、
悪夢を怖れず、温かい寝床に付き、
絶望を忘れ、何事も無く朝が来る事を、当前の様に信じられる。

「これ以上、もう、持ち切れないよ」

温かいごはんを、笑顔の溢れる食卓で食べ、
休みの日に、気の合う友人たちと外に出かけ、
一日中、疲れるまで街中を遊びまわり、
今日は疲れたねと、楽しげに愚痴を零し合う。
──それは、夢見る事すら忘れていた、何処にでもある、楽しい楽しい夢の話だ。

「エンネアは、これでおしまい。そろそろ戻らなきゃ。エンネアじゃないエンネアに」

喫茶店の窓の外、夕焼け色に染まった道路に、隣の喫茶店から一人の人影が飛び出してきた。
対となる白き王、この世界を終わらせられる、運命の人。
見た事の無い光景、見た事の無いシチュエーション、見た事の無い焦りの表情。
その何もかもが、この僅かな救いの日々と、苦痛に満ちた円環の終焉を予感させ、嫌がおうにもエンネアの背を押してくる。
踏み出せ、ここから抜け出せ、全てに終止符を打て。と。
席から立ち上がったエンネアを、引き留める様な声が掛けられる。

「もう少し、欲張りになってもいいと思わない?」

「ん、もう十分。これ以上はエンネアもお腹が破裂しちゃうよ」

溶けかけの氷の入ったコップを揺らしている句刻の声に頷く。
最初に迎えた朝、向けられた笑顔に、暖かい思いが胸に溢れた。
もともと家に居るのが当たり前であるかのようにパシリにされ、されるがままに、そこに居てもいいものと教えられていた。

「急ぎ過ぎても良いこた無いぜ。急がば回れって名セリフを知らないのかよ」

「だいぶゆっくりしてたからね。これ以上は遅刻しちゃう」

冷めたハンバーグをフォークで何度も何度も突き刺している美鳥に、苦笑しながら首を振る。
最初に連れて来られた夜、シャワーをと共に浴びせられた殺気は、その冷たさに反比例する様な、人を大事に思う熱さを教えてくれた。
事あるごとに突っかかって、対等な位置でぶつかり合い、嫌でも自分がここに居る事を知らせてくれた。
そして──

「もう、行くんだね」

真っ直ぐに、逸らされること無く自分を射抜く視線。
その黒い瞳の中に、エンネアは自分の姿を見つけた。
瞳の中のエンネア(じぶん)は、これまで見たことも無いような笑みを浮かべている。
諦めではない。自分のこう考えるのも恥ずかしいのだが、決意を秘め、運命に立ち向かう『人間』の笑みだ。
まるで、これまで自分に立ち向かってきた、あの大学生魔術師の様な。

「ねぇ、卓也」

エンネアは、瞳に映る自分では無く、その瞳の持ち主──卓也の顔を見据える。
あの日、あの運命の日、あの出会いの夜。有り得なかったかもしれないどしゃぶり中、すれ違わなかった奇跡。
手を差し伸べてくれた、何処にでもいそうな、この世のどこにも居なかった人。
希望のありかを教えてくれた人。
最後に、こんなに沢山の思い出を作ってくれた、気紛れな異邦人。

「なんだい?」

「ありがとう──」

店の中に人気が無い、三人の内の誰かが魔法を掛けてくれたのか。
──私を見つけてくれて。
身体を包んでいた借り物の服が解け字祷子へ、魔術師としての装束──拘束着へと変換する。
──私から隠れずに居てくれて。
口枷を構成仕掛けて、止める。
──私の手を引いてくれて。
言葉を告げよう、この温かな日々に、別れでは無い、解放へ向かうだけ。
──だから、さよならの代わりに、この言葉を。

「──行ってくるね!」

エンネア──暴君は、何もかもを振り切る様に店の外へ、大十字九郎目掛け、走りだした。




続く
―――――――――――――――――――

エンネア編、完!
次回、暴君編へと少しだけ続きます。
そんな感じのファイナル→ピリオド詐欺的な嘘は一つも言っていない第四十七話をお届けしました。
実際問題、明確に敵対する相手か明確に好意を向ける相手が居なければ、エンネアの行動ってこんな感じじゃないですかねぇ。
勿論作者の予想と言うか妄想と言うか、作中に炸裂した俺理論によるエンネア限定な訳ですが。
まぁループ初期だとかなんだとか、そもそも完全に原作設定を踏襲する必要の無い二次創作世界観のお陰で幾らでもいい訳が立ちますがね。

ネタもまばらでシリアスという訳でも無い繋ぎ回ですが、繋ぎが無ければパンも蕎麦もボロボロになってしまい残念な気分になってしまう物です。
つまり、SSを書く上で繋ぎ回は必須! カタストロフの為の積み重ねも必須!
次も主人公は戦わないんですけどねー。繋ぎに繋いだ上で暴君と九郎のバトル回です。
戦闘シーンは主人公が少し九郎にちょっかい出す部分以外はほぼ原作通りです。
なので、『エンネア? 暴君? ロリとかワロス三十以上こそ至高』みたいな人は飛ばすのが賢明かもしれません。
一応次のデモベ編○○の章みたいな区切りへの複線でもあるんですが、予測できる人は予測できると思いますしねー。

以下、自問自答コーナーに代わり、主人公が今回どれだけ嘘を『吐いていない』か、簡単に説明させていただきますがかまいませんね!

>あらゆる物語が世界を内包する、高位の世界から彼等は来たのだという
そういう世界観ですしおすし。
>彼等は度々その世界に取り込まれ、世界の不備を調節する役目を与えられているのだという
姉の推論ではあるが、そういう役目を与えられている、という事自体は間違ってはいない。※まっとうに遂行するかはさじ加減次第。
>『トリッパー(小旅行者)』という名を与えられた彼等は、いくつもの世界を渡り、その世界の混乱を収束へと導いて行った
どのような形であれ、とりあえず収束はしている。何もかもまっ平らになっていても収束したと言うのは間違いでは無い。
>そして、本来この世界に存在していた筈のキーマンが動けなくなった為、この世界にも彼等が訪れた
キーマン事オリ主は姉の無理難題によって生まれる前に流産、原因が何かとは言っていないが嘘も言っていない。
>覚悟を決めて入ってみたはいいものの、実際に幾度もループさせられるのは精神的に疲れるという事
何十年と繰り返せば飽きもする=精神的に疲れる。
>恩師との死に別れ、再会した恩師の初対面の相手に向ける表情へのやるせない気持ち
自分が殺した訳だけど、死に分かれである事には変わりない。
>「エンネアの事も、知っているんだよね。……なんで?」
そもそもこの疑問には明確に答えを返していない。

うちの主人公はまっこと正直ものでござるなぁ。
宇宙から来た白い獣程度には正直もの。
ノルマを達成したいのも同じ。

それでは、今回はここまで。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイスなどを初めとするアドバイス全般、そして、長くても短くてもいいので、作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。



[14434] 第四十八話「暴君と新しい日常」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/07/30 01:12
第十四番区郊外と第十三番完全封鎖区域との境界に、幾つも存在する廃墟。
打ち捨てられ、今や主を人から無数の鴉へと換えたその城の最上階。
異様な光景だった。
欠けた天井から覗く暗い室内を更に黒く黒く黒く染める、無数の影。
鴉だ。数百を超える無数の鴉。
暗闇を更に黒く染め、しかし無機質に輝くその瞳だけが、静かに暗闇の中、一点だけに向けられている。
感情の無い視線が交差する中心。
微動だにせぬ鴉に包囲され、無造作に捨て置かれた鉄材に座る拘束衣の囚人と、手足を束縛され、砂埃に塗れた床に転がされたライカ・クルセイドの姿があった。

「あなたは、何者なの?」

鴉の視線に怯える素振りを見せながら、ライカは囚人を真っ直ぐに見据えて訪ねた。
──本来であれば鴉など恐れる事は無いし、この程度の束縛もライカには通用しない。
変身していない状態とはいえ、即座にレーザーブレードを展開する事も可能であり、魔術的に強化された特殊な素材でも無ければ容易く断ち切る事が出来る。
ライカ・クルセイドは悪の魔術結社ブラックロッジから逃げ出した改造人間である。
故に、本来であれば生半可な拘束具ではライカの行動を制限する事はできない。
だが、組織から逃亡中であるライカは、潜伏先を悟られる事を恐れ、他人に正体をばらす事ができない。
更に言えば、目の前の囚人の魔術師としての位階を鑑みれば、例え力をフルに発揮した所で逃げ切る事は出来ない。
ライカはいざという時の為に体力を温存し、助けが来るまでの時間稼ぎの為に、聞いても答えが返ってこない様な問いを発したのだ。
ライカの問いに、囚人はゆっくりと振り返る。
囚人は口を開きかけ、一瞬だけ何かを思う様な仕草を見せた後口を閉じる。
囚人の代わりとでも言うように、周囲を取り囲んでいたカラスたちが口を開き、本来発せられるべきでは無い人語で答える。

「……『暴君』」


「『暴君』?」

予想外に答えが返ってきた事に内心驚いたライカではあったが、それを顔には出さずに鸚鵡返しに聞き直す。

「大体そう呼ばれてる、みんなからはね」

何か、言葉を詰まらせる様な間を置いた後に告げられた名前に、ライカは首を傾げ、囚人──暴君の代弁をする鴉達は僅かに、よくよく注意しなければ分からない程に自嘲の籠った声で肯定した。

「みんなって……」

「『ブラックロッジ』

「──っ!」

「あそこじゃ、そう呼ばれてる」

告げられた名前に、ライカは息を呑んだ。
このアーカムシティにおける、いや、世界中を見ても最大規模と言っていい、悪の魔術結社。
ライカの身体を改造した組織。
つまり──

「あなたも、信徒!?」

「そういう事になっちゃうね。はみ出し者だけど」

ライカは暴君に厳しい視線を向け、ぎっ、と音が鳴る程に噛みしめた歯の隙間から、絞り出す様に声を出す。

「九郎ちゃんを誘き出して、殺すつもりなのね……!」

ライカは、自分でも驚く程に感情が高ぶっているのを感じていた。
かつて日常の象徴であり、しかし今、想う相手となった九郎を殺そうとしている目の前の囚人相手に、今にも手が出そうな程に怒りの感情を震わせている。
だが、そのライカの言葉に肯定は告げられず、鴉の合唱がぴたりと止んだ。

「────違うよ」

「……え?」

暴君が、自らの口から発した言葉に、ライカは思わず間抜けな顔で聞き返してしまう。
九郎を殺すのかという問いに返された、暴君の否定の言葉。
暴君自身の喉から発せられたその声は、暴君の身体付きから想像し得る幼い少女そのままの澄んだ鈴の音の様な音。
その声には、先ほどまでの凶行からは想像も付かない様な、疲労と、淡い期待に満ちた感情が込められている。

「たぶん、テリオンも似たようなものなのかもね。『暴君』もテリオンも、形は違うけど九郎には期待してる。本当はテリオンが先約なんだけど、でも、『暴君』の方が先だった。巡り合わせに感謝しなきゃ」

「……」

意外な程に饒舌な『暴君』に呆気にとられているライカに、『暴君』は口を噤み、再び鴉達が口を開く。
合唱では無い。ライカの目の前の一羽の鴉だけが、ライカの瞳を見つめながら『暴君』の言葉を伝える。

「訳が分からないだろうけど、少なくともシスターに手を出すつもりはないから安心してよ」

酷く真摯な、声色だけで嘘では無いと信じてしまいそうになる言葉にも、ライカは表情を緩めない。
ライカは確かに目の前の魔術師の言葉が信用に足るものだと、奇妙な確信を抱いていた。
『暴君』は、この場所に九郎が来たのなら、後はシスターが逃げても追う事はしないし、人質に使う事もしないだろう。
だが、問題となるのはそこでは無い。

「……駄目よ、だってあなた、九郎ちゃんを巻き込もうとしているもの。そんなの絶対、許せない……」

ライカの憤りとはそこだ。
本来なら関わる必要の無いブラックロッジとの闘争に、目の前の魔術師は九郎を積極的に巻き込もうとしている。
自分とブラックロッジとの因縁は、もはや関係無い。
九郎を死地に追いやる相手だからこそ、ライカ・クルセイドは『暴君』の行動を、何より、今正に九郎を死地に誘う為の餌と成り果てている自分を許容できないのだ。
今にも全身に埋め込まれた魔導回路を機動しかねないライカに、『暴君』は首を横に振る。

「違う。九郎が巻き込まれているんじゃない。いや、九郎が巻き込まれているんなら、『暴君』も、テリオンも、シスターも、この街も、この星も、何もかもが巻き込まれる側なんだ」

鴉の口から放たれる暴君の言葉に、ライカは反応を示さない。
ただ、起動仕掛けていた魔道回路が、遠くからゆっくりと近づいてくる、強大な魔術師の反応を捉え、ライカの波立つ心を押さえつけた。
目の前の『暴君』を含め、アンチクロスと同じレベルの魔術師が三人。
下手に動く事も出来ず、ライカは無力感に苛まれながら、ただ大人しく機会を待つしかない。

「でも、巻き込まれたままじゃだめだ」

そんなライカに背を向け、『暴君』は自らの口で、自分にだけ聞こえる声量で、呟く。

「人は皆、眠れる運命の奴隷、眼が醒めたなら、自分で道を切り開かないと、ね」

二人の居る廃墟に入るまでも無く、近付いて来ていた魔術師達の魔力が高まっていく。
押し潰す様な圧力を伴った水気と、刃物の様に鋭い風気の気配が濃密な物へと変わる。
戦闘が、始まろうとしていた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

暴君に操られ、自らの口から放たれた言葉の意味を考える事すらせず、大十字はマギウス・ウイングを広げ、空へ飛び発っていた。
第十四番区郊外と第十三番完全封鎖区域との境にある一番大きな建物。
九郎はそこを探すまでも無く知っていた。後輩の魔術実験に付き合わされた時に、人気が無く、万が一何か起こったとしても対処しやすいからと度々訪れていたのだ。
車でも三十分も掛からずに辿り着けるような場所で、空を飛べば更に早い。
だが、今の九郎にはその場所にたどり着くまでの時間が、苦痛に感じられる程に長く感じられていた。
仮に、浚われたのがライカ以外の誰かだったとしても、九郎は同じ全速で助けに行っただろう。
だが、浚われたのがライカ・クルセイドであるという事実が、全力で飛翔を続けてもなお遅いと感じさせているのだ。
だが、逆にその速度に危機感を抱いている者も九郎の傍には存在した。

「待て、九郎! 敵は罠を張っている筈だぞ! 事は慎重に進めねば……」

九郎の所有する魔導書、アル・アジフの精霊だ。
彼女は僅かな戦闘から、暴君が達人級(アデプトクラス)の、下手をすればアンチクロスよりも強力な魔術師と考えていた。
思慮無く策無く跳び込んでは、九郎に勝ち目はないと踏んでいたのだ。
だが、九郎は自らの魔導書の精霊の言葉にも耳を貸そうともしない。

「だからってちんたらしてらんねぇだろ! ライカさんの身がかかってんだぞ!?」

いや、貸そうとしていない訳ではないが、その理屈に頷いてゆっくりと準備を整える時間すら惜しいのだ。
偃月刀一本鍛造する間にライカさんがどんな目にあわされるか、策一つ練る間に、もしかしたら取り返しのつかない様な事になっているかもしれない。
事ここにきて、九郎とアルの思考にはずれが生じていた。
九郎は、何をおいてもまずライカの救出を最優先とし、極端に言ってしまえばライカを浚った暴君の能力に関しては一切思慮に入れていない。
まず、助ける為には駆けつけなければならない。故に準備をする時間すら惜しく、その時間を完全なロスと考えている。
アルは、ライカを救出する事を最優先としているが、その目的を達成するには確実に暴君が障害として立ちふさがるものと確信していた。
まず、助ける為には暴君をどうにかしなければならない。故に目的地に付き戦闘が始まるよりも早く、何かしらの対策を手に入れなければならないと考えている。
どちらも間違いでは無い。実際のところ、九郎とアルの両方の考えを両立しうる手段があれば、それが最善だろう。
だが、今現在速度と策を両立させる事は難しい。不可能と言ってもいい。

【……輩、せ……い、せーんぱーい】

不意に、九郎とアルは空を飛翔する自分達の隣から、聞き覚えのある声が響いている事に気が付いた。

「この声は」

「卓也か!」

アル・アジフが一瞬だれの声か記憶を掘り出すのに時間をかけている間に、九郎はその声が付き合いの長い後輩の声である事に気が付いた。
前方への飛翔を止めず顔だけで声の方へと振り返ると、そこには戦闘機と鳥の合いの子の様な、しかしその身体に鱗を生やし、馬の様な顔をした機械の鳥が並走している。
九郎がアイオーンで戦う折に多用し、卓也が飛翔用魔道兵装に組み込んでいる物と同じ、シャンタク鳥の記述を刻み込まれたアーティファクト・クリーチャー。
九郎はそれが、卓也がふとした思いつきから造り出した使い魔の一種である事を記憶に留めていた。

【はい、俺です。非常時なようなので手短に差し入れの説明だけをさせて頂きます。ささっと受け取ってくださいな】

「約に立つんだろうな!?」

言いつつ、九郎は卓也の操る使い魔がぶら下げていた包みを引っ手繰る。
包みを開く九郎の表情は、既に藁にも縋りたいといった表情では無く、心強い武器を扱う戦士の表情へと変化していた。
疑う様な事を言ってはいるが、ここぞと言う時にこの後輩がやたらと都合良く的確なお節介を焼ける事も記憶しているのだ。

【もちろん、姉に誓って。さ、アルさん】

「うむ」

荷物を引き渡し身軽になった使い魔は、アルに向けて淡く輝く文字列を飛ばし、アルはそれをマスコット形体の身体を一部魔導書形態に変化させ受け取る。
言葉で武器の解説をするのでは無く、記述の一つとして一時的に組み込むことにより、魔術兵装の一部としてアルから簡単に参照する事が出来る様になる。
更にアル・アジフから参照できると言う事は、マギウス・スタイルに身を包んだ九郎もまた、瞬時にその武装の情報を取り出し使用する事が可能であり、脳に直接情報を書き込むのと同等の速度で理解する事が可能となるのだ。

「なるほど、銃に刀か」

「あの魔術師に対抗するにはおあつらえ向きだな」

そのアルと九郎の言葉に、機械の使い魔は揃いの良い歯の列にも似たエア・インテークを剥き出しにして、身体を傾ける。

【それだけあれば、十分戦えますでしょう? 待ちかねていると思いますので、しっかり救ってあげて下さい。ではまた、休み明けに大学でお会いしましょう】

風に乗り遠ざかり、九郎達の視界から消えていく使い魔。

「おう!」

後輩の『救ってあげてください』という言葉に力強く頷き、九郎はウイングを羽ばたかせ、目的地へと加速。
爆音が響き、生まれた焦りを今さっき受け取った二丁の銃と一本の刀に手をあて、臨戦態勢になる事で和らげる。
目の前まで迫った目的地の近くから爆音にも似た地響きが届く。
周囲の建物の屋上から無数の鴉が一斉に飛び立ち、烈風が吹き荒れ、逃げ遅れた鴉達の血と羽根と肉片が宙に舞う。

「!? 何が起こっている……?」

「ちぃっ!」

目的地、一番高『かった』崩れかけのビル目掛け、全速力で降下する。
既に根元から崩れ始め、天上、いや、最上階が丸ごと砕け散り落下、地表に降り注ぎ更に微細に砕け続ける音が連続して大十字の耳に聴こえた。
月光に照らされ、瓦礫と粉塵と血風と羽根の中、三つの、いや、四つの人影。
その内の一つ、いや、二つに九郎の視線は釘付けになる。
拘束着の小柄な脱獄囚と、その肩に背負われたブロンドの女性。
暴君と、ライカ。

「ライカさん!」

九郎の叫びに、肩に背負われていたライカが身を捻り顔を上げる。

「九郎ちゃん! ん……っ!」

だが、その身を捻る動きで固定が不安定になったのか、暴君に担ぎ直されて言葉を詰まらせるライカ。
ライカのとりあえずの無事に安堵する暇も無く、九郎はライカを奪い返す為に暴君目掛け、地表スレスレを低空飛行し吶喊。
九郎が暴君とライカの二人にだけ目を奪われている間に、アルはこの場に居るまかり間違っても味方とは思えない連中の分析を行っていた。

「アンチクロスに匹敵する魔術師が現れたと思ったら、更にアデプトクラスが二人追加か。ややこしい事になっておるのう」

暴君では無いアデプトクラスの魔術師の一人は、禍々しい風の気配を纏ったストリート・キッズ風のファッションに身を包んだ少年。
もう一人は大柄な、ガウンとマスクに身を包んだ二メートルに届く筋肉質の巨漢。

「関係ねぇ。邪魔者を全員ぶっ飛ばして、ライカさんを助けるだけだ! アル!」

「お主は単純じゃなぁ……」

主である大十字の言葉に軽く肩を竦めながら、アルは求められるままに、つい先ほど追加された武装を九郎の手の中に顕現させる。

「貰い物だから予備は無い。ぬかるでないぞ」

「おうよ!」

進路を遮る様に魔導器であるヨーヨーを構えて立ちふさがる小柄な魔術師──クラウディウス目掛け、身体にぴったりと張り付けるように手の中に現れた何かを構える九郎。
クラウディウスは一瞬何が来るものかと警戒したが、九郎の手に握られている何かから感じられる魔術的な雰囲気が極々小規模な物であった為、避ける事すらせず、身体を捩じり振り被り、ヨーヨーを射出。

「はぁっ! 即席野郎が何し」

殺人的な威力の込められたそのヨーヨーで、九郎の持つ武器毎迎撃しようとしたのだ。
それは正しい判断だったのだろう。九郎の持つ武装が、真実この世界の論理のよって形作られていたならば、の話だが。

「た、あ、ぁ?」

どちらにしろ、それはIFの話に過ぎない。
常時展開している出力の弱い障壁を容易く切り裂き、九郎の手の中の武装──機械的な意匠の施された刃の無い刀は、一刀のもとにクラウディウスを何処とも知れぬ時間、空間へと追放した。
これこそ、卓也が九郎に託した武装の一つ。BOSON CARRIED TERMINATOR OUTFIT──BCTO(ボクトー)である。
魔術的な効力こそ持っていないが、内臓された複数の超小型オルゴン・エクストラクターとラースエイレム・モジュールによる異世界追放攻撃と、込められた『命中』『直撃』の呪い。
どちらもこの世界には存在しないルールによって構成されており、魔術師にはこの異常性を察知する事は不可能に近い。
振り抜かれたBCTOから、カシュ、という空気が抜ける様な音と共にカートリッジ型に纏められたエクストラクターとモジュールが排出される。
押し出される形で、BCTOの内部で新たなカートリッジが装填された。
込められていたのは科学ではなく魔術の産物。発動するのはバルザイの偃月刀に魔力を込める術式の簡易版。
日緋色金製の刀身が一時的に魔術の威を帯び、

「グォォォォォォォッッッ!!!」

巨漢の魔術師──カリグラのダイナマイトが爆発したかの如き拳圧を受け止める。
迫る拳の弾幕に対して振るわれたBCTOは『必中』の呪いの残滓を受け、過たず命中する。
だが、激情に支配され威力を増したカリグラの拳打を受け流しきれず、九郎は無様に地面に叩きつけられた。

「ヨグモ、クラウディウスヲ!」

拳打の余波で崩れ落ちる足場を転げる九郎に、カリグラの容赦の無い追撃が掛かる。
変わらぬ、いや、繰り出されるたびに破壊力が上がり続ける拳圧を、マギウス・ウイングを地面に叩きつけるように羽ばたかせ体勢を立て直し、後ろに跳び退りながら受け流す。
いや、ただ単に受け流している訳では無い。まっすぐ後ろに逃げるのではなく、僅かながらカリグラを中心に螺旋を描くように下がり、ライカへの距離を詰めているのだ。
上手く行けば直ぐにでもライカの元に辿り着けるルート。上手くいけば。

「ヨグモ、ヨグモヨグモヨグモォォォォッッッ!!」

濁った嗚咽の様な、泣き声にも似た叫び。
カリグラの狙いをつけない乱打は、その一撃一撃が頑強なビルの一角を粉砕してしまう程の威力を秘め、自然と九郎はその拳打の雨から逃れる為、螺旋運動を中止しなければならない。

「埒が明かんな」

「こうなりゃ……」

九郎は構えていたBCTOを逆手に持ち換え、もう片方の手で先程の暴君との戦闘で掠め取った大口径の赤い自動拳銃を抜きかけ、ふと思いついたようにその拳銃を元に戻す。

「使わんのか?」

「ああ、代わりにアレ出してくれ」

「早速か」

赤い自動拳銃を戻し、空となった掌に粒子が集まり、一丁の黒い拳銃を形成する。
いや、果たしてそれを拳銃と言っていいものか。
それは銃身を持たず、代わりに複雑な構造の機械で形作られた刃の無いナイフの様な物が二本、互いに背を向けて並べられている。
だが、九郎はそれがまるで必殺の威力を秘めていると確信しているかのように、躊躇い無く引き金を絞り、

「ステイシス!」

呪句(コマンド)を唱える。

「ゴロズ! ゴロズ、ゴ、ロ、ズ、ゴ──ロ──ズ──……」

銃口ならぬ矛先を向けられたカリグラの拳打が、カリグラ自身の動きが、カリグラの周囲、カリグラの一部と認識される周辺の空気までもが緩やかに減速し、拳圧の弾幕を緩め、十分に避けきれる密度に落ちた。
九郎の呪句と共に目に見えぬ程の密度で解放された、字祷子の性質を含んだオルゴン粒子。
それが照射された対象であるカリグラの周囲で重力変動を起こし、時空に限定的な歪みを生じさせ、時間の流れを極端に減速させる。
これもまた、卓也が九郎に齎した武装の一つである。
かつて恩師であるアデプトクラスの魔術師にあっけなくラースエイレムを解除され、その対策として思いついた、完全時間停止成らぬ時間遅延攻撃。
それを小型モジュール化し、斬りつめたソードライフルへと組み込んだ、対魔術師用の補助兵器。
アルに転送された説明書きには『ド・マリニーの時計とは異なるタイプの時間操作兵器』としか説明されていないが、今の九郎にとって理屈はどうでもいい。
ただ、カリグラの攻撃をくぐり抜け、ライカを抱える暴君の元へと辿り着けるという事こそが、何よりも重要なのだ。
二人の魔術師を出し抜き、重りとなる撃ち終えた拳銃を投げ捨て、再加速しながら距離を詰め暴君へと肉薄。

「九ゥゥぅぅ郎おォォオオおぉォォクゥゥゥゥゥンンっッッッ!!」

仮面に隠されていない口元を引き裂けんばかりに吊り上げ、暴君が拳を振り上げる。

「ずえぇぇぇぇぇぃぃぃりゃあぁぁぁぁぁ!!!!!」

同時、九郎もウイングによる加速を加え、BCTOを握ったままの拳を咆哮と共に突き出す。
空中で激突する拳と拳。太い生木をへし折る様な音と共に、暴君の拳の骨が拉げ、砕けた骨の欠片が肉と皮を引き裂き、小さな拳を内側から破裂させる。
拳だけでは無い。腕の半ばからも骨が飛び出し、肘から先は使いものにならないレベルで破壊される。
単純な腕力であれば勝っている。他の二人には新しい武装も通った。勝機が無い訳では無い。
取り戻せるのだ、ライカ・クルセイドを。
その事実に、九郎は口角を上げ笑った。

―――――――――――――――――――

そして、そんな九郎の健闘に『暴君』は粉砕された腕を庇いながら狂笑を深める。
初めは九郎を怒らせ、力を引き出させる為にシスターを浚ってきた。九郎は怒りによって力を増すタイプだと踏んだからだ。
だが、再び相対してみてその印象は裏切られる。
確かに、九郎はシスターを取り返す為に突っ込んできた。
だが、障害となるアンチクロス二人の内、一人を瞬殺、一人を苦も無く足止めした手並みは、間違いなく冷静な思考を維持している証拠だ。
確かに怒りはあるのだろう。だが、その激しい感情を理性で乗りこなしている。
大十字九郎は、間違い無く魔術師として順調に成長を重ねているのだ。
そして、それだけではない。

「ライカさんは返して貰うぜ!」

髪の毛にアトラック=ナチャの魔力を通し、シスターを奪い返そうとする九郎。
その九郎の手に握られている刀と、投げ捨てられた銃。

(知らない、『暴君』は、『暴君』はあの武器を知る事が出来ない……!)

そう、『暴君』はそれが何であるか、何処から齎された武器であるか理解できない。
例え無名祭祀書に記された最大最凶の禁術を用いアカシックレコードにアクセスしても、その武器に関する情報を得る事は出来ないのだから、当然と言えば当然だろう。
潰された腕を庇うのにシスターから手を放してしまい、なすすべも無くシスターを奪われる『暴君』
だが、九郎をおびき寄せる人質を奪い返されたにも関わらず『暴君』はそれを阻止する素振りすら見せない。
いや、動けないのだ。沸き立つ感情に、潰れた腕を握る手に力が入り、折れ砕け刃物と化した骨に切り裂かれた腕の皮膚を脂肪を神経を筋線維をみちりみちりと握り潰す。
歯を、涙を堪える様に、嗚咽を抑える様に食いしばる。
悲しい訳でも無い。悔しい訳でも無い。
あの武器の出所を、『暴君』は知らない。だが、『暴君』ではない『暴君』ならば──

『もしかしたら、もしかしたらだけど、これで、このループも終わるのかもしれない』

エンネアであれば、あれらの武器が誰の作であるか、容易に想像する事ができる。
痛みを産み出してまで抑え込む感情の名を、歓喜に似て、感謝に近い心の動き。
迂闊に手を出せない筈なのに、こんな周りくどい真似をしてまで『暴君』を、エンネアを解放しようとしてくれているのだ。
その事実を思い、歯を食い縛ったまま、泣き顔になりかけていた口を無理矢理に笑みの形に歪める。

(そこまでしてくれるなら、期待に答えなきゃ、だよね)

カリグラの振るう拳の余波に煽られ、九郎の腕の中に収まる事無く落下したシスターをキャッチしながら、『暴君』は嗤う、いや、笑う。
見れば目の前のカリグラは既に時間停滞をディスペルし、しかしその衝動に任せ、機神招喚の術式を展開。
地を割り噴き出す巨大な水柱が辺り一面を水没させ、カリグラの魔導書『水神クタアト』の機神招喚に適した空間に変換。
巨大な渦に飲み込まれ、同じく流されてきた瓦礫に、千切れかけていた腕を持って行かれる。
隻腕となりながらも荒れ狂う水の中で足掻きながら、『暴君』はそれまで放さない様に捕まえていたシスターから手を放す。
シスターは『暴君』が流れに抗いきれずに離したと思ったのか、振り返りもせずに渦の奥、水底へ向けて潜り始めた。
見ればシスターの頭髪は銀に染まり始め、身体の各所に字祷子が纏わりつき、仮面が、装甲が、背には翼を模したスラスターが展開している。
自らもシスターから、いや、ムーンチャイルド試験体4号『メタトロン』に背を向け濁流を掻き分け、移動を始める『暴君』。
先輩である彼女ならば大丈夫。
そう割り切り、自らの魔導書『無名祭祀書』を呼び戻す。
『暴君』自身から分裂するかの様に現れた、『暴君』と同じ容姿に全く同じ拘束衣を纏った少女。
自意識こそ命令を聞く程度にしか存在しないが、その少女こそ魔導書『無名祭祀書』の精霊。
魔導書の精霊が、弾ける。
人型が爆ぜ、しかし溢れだしたのは血肉では無く無数の紙片、魔導書の頁。
それらのページの半分が水を引き裂きながら螺旋を描き、素顔を晒した『暴君』を中心に球状に広がり、仮想コックピットを形成。
自らを機械の神と術者をリンクさせる為のデバイスと定義し直した無数の頁群。
それは混沌と、しかし整然と打ち立てられた術式に乗っ取り、術式の発動を心待ちにするかの如く、刻まれた魔術文字に光を波立たせる。
もはや水気の排除された仮想コックピットの中、髪から水を滴らせ、一糸纏わぬ姿の『暴君』が、柔らかな笑みを浮かべている。
楽しい、いや、嬉しいのだろうか。自らの心に湧き発つ感情を掴み切れず、しかし『暴君』は尚優しく微笑む。
何もかもが、嫌気が刺し、暗澹たる気分で流れるままに見過ごしてきたこの世の何もかもが、自らの意に沿う様に動き出している。
背中を押されているのだ。見えない手に、感じられる掌の感触に。

「ねぇ、見てる?」

唇を躍らせ、囁く様に、謡う様に、誰へとも付かぬ問いを放つ。
誰へ向けた声か、誰に当てた言葉か。
聞こえるか、聞こえていないかは然したる問題ではないのかもしれない。

「見ていて、聞いていて、覚えていて、忘れないで」

私はここに居て、でも、ここに留まらない。
この呪われた運命を絶ち切って、ここから飛び出してみせる。

「これが、最凶のアンチクロス、『暴君』の!」

名を、呪われた自ら肯定し、邪悪の一極としてこの世に定義する名を叫ぶ。
仮想コックピットと成らなかった魔導書のページが、『暴君』の身体に殺到し、打ちつける様にその身体を覆い隠していく。
貼り付いた紙片が赤く、紅く色付き、紙とは異なる厚みを生み出す。
革の質感を得た紙片は『暴君』の裸身を隠すだけに飽き足らず、その身体を引き千切らんばかりに締め上げる。
ぎちぎち、ぎりぎり、みしみし。
皮膚を捻じり、肉を締め付け、骨を軋ませ、しかし頁は遂に『暴君』の身体を拘束しきれず、屈伏する。
赤い革の手袋に包まれた手を開き、肘から先の無い腕と共に、翼の様に広げる『暴君』。
吊りあがり気味で、どこか猫を思わせるその瞳は決して揺らがない意思を湛え、口はその自信を現す様に笑みを形作る。
全身から、コックピット内部の淡い光を打ち消す暗色の魔力を噴き出し、その勢いで濡れていた髪から水気が飛び、猫の耳にも似た癖のある癖毛を立たせた。
それら秘されていた『暴君』のありのままの素顔を、最後に残っていた頁が覆い隠す。
頭蓋を割る程の締め付けも意に介さず、しかし口元は三日月の如く吊りあがり、亀裂の笑みを作り出す。
魔導書『無名祭祀書』の『詠唱形態』が成立し、後は術式の発動を待つばかり。
渦の上では、クラーケンの攻撃を空を飛び避け続けるアイオーン。

「──最後の、戦いだ!」

喜悦に満ちた叫びと共に、アーカムシティに、異形の機神が舞い降りた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「すいません、この『ミルフィーユ・オー・フレーズ』を一つください」

「────、──、──────」

材料の入荷が来月らしい。
がーんだな、出鼻をくじかれた。

「じゃ、この『ベリーベリークレープ』を」

「─────────、─────────、────────」

そんな、メニューに乗っているのにこれも材料が揃っていないなんて、残酷過ぎる……。
しかしそうか、どうしよう。結局甘い物は数が置いて無い訳だ。
それならパンケーキやミルクレープなんて手もあるだろうが、ただただ甘いだけで飽きがくるし、自分で勝手に果物を追加するのもナンだ……。
かといって、街で鬼械神が巨大戦をしているにも関わらず営業する店なんて、ここ意外に思いつかない。
ここは大人しく軽食をお持ち帰りして、甘味は自力で用意する事にするか。

「じゃ、このハムサンドを三人前ください。持ち帰りで」

後ろで豚肉炒めとライスと豚汁とおしんこを頼んでいた客(舞踏会に出席できそうな蒼白の仮面と、そのままコンクラーベに出場できそうな立派なこしらえの黄色い法衣の様なものを着ている)が、俺のお持ち帰りという言葉に心の中で食い付いた気がしたが、無理も無い。
何しろ、シュブさんがお持ち帰りサービスを始めたのはここ数年の事だ。
一ループにつき二年しかないにも関わらずここ数年とか少しパラドックスな気分だが、ここ数年なのは間違いない。
あの客の高貴な服装、どことなくこの店に似つかわしくない。
恐らくアーケードで飯屋を探している途中で巨大戦が始まり、何処の店も店員が避難してしまって、偶然空いていたこの店に飛び込んできたのだろう。

「────」

「はい、じゃ、これで丁度ですね」

代金を払い、紙袋に入れられた三人分のサンドイッチを受け取り、笑顔で小さく手を振るシュブさんに此方も笑顔で手を振り返しながら店から出る。
巨大戦が行われている第十四番区郊外とは反対側に位置するこの店からでは、人間の耳では戦闘の音が小さな地響き程度に聞こえるくらいだろうか。
細い路地からアパートの上に跳び、数度の跳躍で遠目に巨大戦が見える高いビルの上に降り立つ。

「ただいまー」

「おかえりなさい、甘いのあった?」

「おにーさん遅ーい!」

雨避けに張ったパラソルの下でティータイム用の椅子に座り茶を(紅茶ではなく日本茶である事は言うまでも無い)舐めていた姉さんと美鳥が、机の上に載せられているモニタから目を離し、思い思いの言葉で出迎えてくれた。
俺はテーブルの上にサンドイッチの入った紙袋を置き、首を横に振りながら椅子を引き、力無く腰を降ろす。
力無く腰を降ろすとか自分でも自覚してしまう程度には、俺はショックを受けていたのだ。

「ダメダメだ。ていうか、新メニューの告知しておいて材料入荷してないとかどういうことなの……」

そりゃ、何時もの大衆食堂然とした材料を揃えるのとは訳が違うのかもしれないけど、それならそれでメニューから外しておくとかさぁ……。
項垂れる俺に、紙袋の口を開け、ハムサンドの包みを取り出しながら美鳥が口を開く。

「でもあのメニュー、来月からっしょ? 広告にもそう書いてあったし」

「メニューに載ってたら普通、サプライズか何かで早めに始ったのかと思うだろ?」

特に個人経営の店ならそんなもんだろう。

「まぁまぁ、シュブちゃんも少し申し訳なく思ってオマケしてくれたみたいだし、今日の所はハムサンドを頂こ?」

「オマケ?」

姉さんに窘められながら、俺は紙袋の中を探る。
紙袋の中には、俺と姉さんの分のハムサンドの包みの他に、クリーム色で満たされた透明なカップが、蓋をして入れられていた。
ハムサンドの包みを二つ取り出し、片方を姉さんに手渡し、カップを取り出す。

「プリン?」

「いや──」

美鳥の疑問に、俺は首を振り、カップの蓋をゆっくりと開ける。
今まさにサイトロンが俺に見せたヴィジョンに間違いが無ければ、これは────

「焼きプリンね」

「いや」

姉さんの言葉に首を横に振り、震える手で透明なカップを僅かに天に掲げる。

「焼きプリンさんだ!」

・──焼きプリンさんへの敬意を忘れない。

「……今、概念条文が」

「卓也ちゃんも美鳥ちゃんも終わクロの世界なんて行って無いでしょ? 気のせい気のせい」

「いやでも」

「美鳥ちゃん」

「……あいこぴ」

俺が焼きプリンさんの表面に浮かぶ焦げの見事な具合に感動している間に何かやりとりがあった気がするが、きっと些細な事だろう。
しかしどうだ、この美しいフォルム。見ただけで分かるカラメルの絶妙なカリカリ具合。
コンビニで買えるタイプとは違う、どちらかと言えば、飲み屋で締めに注文すると出てくるタイプに近似しているが、どうにもそれだけでは無いようだ。
次元連結システムの探知能力と、ブラスレイター、テッカマン、金神などの超感覚がプリン本体の蕩ける様で、しかし決して緩すぎない硬度を想像させてくれる。
口に入れた瞬間の食感は、蕩けるというよりも解れる、解けるといったものだろうと推測できるが、それだけに留まらないだろう事は想像に難くない。
さすがシュブさん、見事な造形だ。
オマケ一つにここまで手を尽くすその心遣い、やはり天才……。
この焼きプリンさんは楽しみに取っておくとして、ハムサンドだ。
ハムサンドは、至ってシンプルなものである。
パンはやや厚切りだが、薄茶色の耳まで柔らかく齧り易い。
挟まれているハムも極々普通のハムだが、いわゆる日本の一般的ハムサンドと違って塊と見紛う程大量にハムが挟まっている。スーパーで見かける切れ端が固められたブロックが丸ごと挟まっていると考えれば間違いない。
ハムの間に申し訳程度に挟まれたレタスも萎びておらず瑞々しく輝いている。
どれもこれもシュブさんが厨房で『おいしくなぁれ、おいしくなぁれ』(常人に理解できる言語に直した場合の意訳)と真心をたっぷりと。
一人前にこれが三つ入って日本円換算で約五百円、三人前でも千五百円程度、これは安く感じる。
エンネアと入った店では軽くしか食え無かったから、このボリュームはありがたい。
ハムサンドを一つ手に取りながら、遠めに見える巨大戦に目を向ける。

「クラーケンが」

「跳んだな」

「エンネアちゃん、腰の入ったいいパンチねー」

名無しさん@鬼械神の、身体を捻って力を溜めた拳がクラーケンにクリーンヒット。
原作では木の葉の様に舞うなどと表現されていたが、どちらかと言えばビックバン打法とか、加縫 勇治辺りを彷彿とさせる。
バット、じゃないな、拳の芯で捉えた、タイミングバッチリの一打。
余りにも芯を正確にとらえ過ぎている為、クラーケンは本来前後には曲がらない胴体を一度くの字に折り、回転すらせずにそのままの姿勢で宙を一直線に飛んで行く。
名無しさんの馬力もさることながら、エンネアも良い腕をしている。もしも元の世界で見かけたなら、隣町の草野球チームに推薦するレベルだ。

「あ、帰った」

姉さんの言葉の通り、半壊したクラーケンが水柱に包まれて実体化を解く。
カリグラも一度吹き飛ばされて頭が冷えたのだろうか。

「糞餓鬼さんも居なかったしなぁ」

BCTOの起動も確認したし、数週間後に跳ばされては流石にカリグラの手伝いもできまい。
アルアジフに渡した説明書にも『何処とも何時とも知れぬ場所へ』としか書いていないから、数日後に何処か適当な荒野に放り出しただけだとしても、決して嘘では無い。
というか、

「アイオーンの武装、ロイガーとツァールじゃないか、珍しい」

バルザイの偃月刀と使い道が被り過ぎて、何処で使えばいいか分からない微妙な武装の代表格ではないか。
その扱いの悪さと来たら、使用頻度は途中から乗り換えるデモンベインのバルカンにすら劣るという。
別名、地味なシルバークロス。
大十字の息子さんは好んで使っている様だが、あれは二丁拳銃と格好よくマッチングする武装を考えた上での彼なりのオシャレだろう。
短い間合いで使うって言っても、偃月刀を小さめに鍛造すれば良いだけの話だしな。
そんなPS2移植の際に無理矢理捻じ込まれた武装を手に、今、アイオーンは自分の五倍程の大きさの鬼械神に立ち向かっているのだ。

「普通に偃月刀渡しておけば良かったんじゃないかな」

「かなぁ」

一つ目のハムサンドを食べきり、パン屑の付いていた指を舐めていた美鳥の言葉に、椅子を後ろに傾けながら消極的に同意する。
確かに、どうせエンネアが鬼械神召喚した時点で糞餓鬼もケツ巻くって逃げ出す訳だし、変に高性能な武器を渡す必要は無かったかもしれない。
いや、でもアデプトクラスの魔術師相手にどれくらい科学的武装が通用するかも試してみたかったし……。
あ、実際どれくらい通用したか確認しないと意味無いじゃん。後でカートリッジだけでも回収しないと。

「大丈夫よ、卓也ちゃん。どうせ非武装で突撃させても、ナイアルラトホテップがどうにかしてくれるもの」

「……あー、あー、そういえばそんなルールもあったね」

そう、この無限螺旋の肝となる白と黒二人の王は、輝くトラペゾヘドロンを二人同時に招喚する為に育成されている。
その為、大十字九郎は普通なら死ぬような場面でも、邪神による陰ながらのサポートよって切り抜け、次のループにつながる様になっているのだ。
その為、仮にあそこで大十字が追加武装どころか魔銃を持って居なくとも、持っているのがひのきの棒であっても、最悪全裸であったとしても、ニャルさんの怒涛のリセット&リロード&リトライによって、最悪でも門を潜る処までは辿り着けるのだ。

「ここ十周くらいニャルさんとあんまり関わって無いから忘れる所だったよ」

忘れる、というよりも、ニャルさんの事を考える回数が減り、思い出す理由が無くなっていたのだ。
通常の人間の『忘れる』がリンク切れやページ消滅であるとすれば、俺や美鳥の『忘れる』とは、お気に入りにいれたは良い物の、余り興味を引かれなくなってクリックされる事の無くなったページだと考えればいい。
勿論、どこかしらにニャルさんを想起させるような何かが転がっていれば思い出しもするのだが、ニャルさんの企みに関する何かとは、この十周ほど関わっていない。
精々、新原さんになった時にドーナツを買う時とか、路地裏に行ったらQBの銃殺死体が無数に転がっていた程度。

「ともかく、エンネアちゃんがどれだけ強くても、ここで大十字九郎を殺害する事は事実上不可能ってことね。あむ」

そう気楽に言いながらハムサンドに齧りつく姉さん(ネタばれ・両手でハムサンド持って美味しそうにもぐもぐする姉さん凄く可愛い)を習い、俺も手にしていたハムサンドに手を付ける。
遠くで魔力が収束し、炎の塊の様な物が花火の様にまき散らされた。
見れば、何時の間にかアイオーンはシャンタクを砕かれ墜落、更には手元を赤熱させ、何本か指のもげた腕を名無しさんに向けている。
クトゥグアは、本来とても制御の難しい記述だ。
神を直接招喚している訳では無く、あくまで魔術により神の力を再現している訳だが、それでもシャンタクや双子の卑猥なるもの、そもそも無機物であるバルザイの偃月刀に比べて、その力は非常に膨大である。
同格の神性であるハスターではなく、その下に存在するイタクァと同等にまで力を削られていることからも分かると思うが、その力の再現は最強の魔導書である死霊秘法アル・アジフですら完璧なものでは無い。
態と格を落とし制御しやすくして、そこから更に銃の形をした特別な魔導兵器に一旦封印する事で初めてその力をまともに運用する事が可能となるのだ。
大十字はクトゥグアを切り札的に使用していたが、制御に失敗したのは最初の一度だけだった気がする。
これはもしや、

「ひひっはほはいほひはひはいへ」

「はへ」

ハムサンドを咀嚼しながら、姉さんの言葉に頷き同意する。
恐らく、大十字はエンネアの操る名無しさんを見て、威力を限界までセーブされたクトゥグアでは分が悪いと踏み、魔導銃のリミッターを解除したのだろう。
で、魔導銃の限界までチャージした上で発砲しようとした瞬間、名無しさんの魔術弾によって迎撃され、あえなく制御を失い暴発、魔導銃を失うと共に、アイオーンにも多大なダメージを負う事となった。といったところか。
それにしても、このハムサンドはうまい。これはいいハムだ、実に美味しい。以前食べたのよりずっと美味い……、そんな気がする。
ハムとパンとレタスだけなのに、どこまで食べても飽きないぞ。

「おねーさんもおにーさんも、行儀わるいよ」

眉根を寄せた美鳥に指摘されながらも、俺と姉さんは慌てず騒がず咀嚼し、お茶で流し込む。
これだけの物を味わう事無く腹の中に詰めてしまうのは勿体ない。
御茶を飲み干し、急須から新たにお茶を注いでいると、同じくお茶を飲み干した姉さんがコップの縁を撫でながら口を開く。

「ふぅ、とにかく、どういったハンデがあってもこのルートに突入した大十字九郎がエンネアちゃん──『暴君』を仕留め損ねるなんて事は無いから、安心して観戦してるのが一番なの。わかった?」

「ムムム」

姉さんの言葉に、俺は思わず横山漫画風に唸ってしまった。
そうなると、一週間新しい刺激を与えてくれたエンネアへの恩返しにはならないか。
折角大導師を自分の腹から産む事の無いルートに更に押し込もうと思ったのだが、余計なおせっかいでしか無かったらしい。
俺と姉さんのやり取りに、何か思い出した風の美鳥が口を挟んだ。

「そもそも、エンネア自身に致命打撃つのって大十字じゃなくて金髪巨乳(姉)だよな」

「うわぁ、本当に大十字に武器渡す意味無いのか」

言いながら巨大戦に視線を戻すと、アイオーンが両腕を広げ、その先に二柱の神性を剥き出しで招喚している。
霊圧値が一万、二万、三万と上昇を続け、四万に届こうという所で二柱の神性がその身を分解し、アイオーンの手の中に収まっていく。
改めてみると、大十字は異様にまどろっこしく、恐ろしい程に器用な事をこなしている事が分かる。
即興だから仕方が無いのかもしれないが、あそこまで鮮明に実体化した神性を何の補助も無く因果律レベルで組み替えるなど、モビルスーツのOSを戦闘中に組み替えるどころの話では無い。
ゲゼで戦闘中に新しい機動兵器の概念を発案し、そこら辺のアークエンジェル級の巨大戦艦をステッキ四本だけで改造、完成したのはブラスターテッカマンと互角に戦える魔改造パラディン、みたいなキチガイ染みたややこしさ。もちろん部品は一切余らない。
そこまでするなら、クトゥグアとイタクァの記述を模写、銃器として招喚されるように書きなおした方が余程簡単だし、この無茶な再構成を行った大十字なら逆立ちして片足で皿廻しをしながらでも可能だろう。

「そうだよなぁ、あそこまで即興でイカレた武器作れるなら、俺がわざわざ武器渡す必要も無いよな」

俺は一体何を考えて銃と刀なんて渡したのか。
科学系武器の試験評価以外では、大十字をスーパーウルトラセクシイヒーローに仕立て上げようとした俺の無意識が関与しているのかもしれない。
まったく、おちゃめさんな無意識である。

「でもさ、エンネアもいい面の皮だよな。あんだけ嬉しそうに解放されるとか思ってんのに、実質このルートって珍しいだけであと三十回はある訳だし」

「それを言っちゃあ御仕舞だろう」

美鳥の身も蓋も無い言葉に突っ込みを入れる。

「『いずれ真実が我々を自由にしてくれるだろう。しかし、自由は冷たく、空ろで、人を怯えさせる。嘘はしばしば暖かく、美しい』ってね」

「誰の言葉?」

コップを傾けながらの姉さんの言葉に、美鳥が問いかける。
だが姉さんは肩を竦め、事も無げに言う。

「幾らお姉ちゃんでも、いちいち覚えてないわよ。誰が何を言っていたかなんて、ね」

姉さんはコップを下ろしながら、にやにやと笑いながら俺に視線を送ってきた。

「お礼がしたいなら、耳に優しい嘘とかがいいかもね。トリッパーの原作キャラへの言葉なんて軽くて当たり前だし、ウソを吐くには丁度いいと思うの」

次いで、コップでもってテーブルの下に置かれていた俺の鞄を指し示しながら、

「混ぜる真実もあるし、名案じゃない?」

「気付いていたのか、姉さん」

「誰よりも長くお姉ちゃんしてるんだから、当然じゃない」

俺の言葉に僅かに籠められていた驚きに、姉さんはふふんと鼻を鳴らし、言葉に出来ない程いい感じの胸を張りながら、自身満々に答えた。

「あ、やっぱなんか渡すんだ」

「ああ」

散々生活を引っ掻き回してくれて、しかもこれから更に素晴らしい品を貰う予定なのだ。
せめて一つ二つお礼の品はあってもいいだろう。
姉さんの提案を取り入れるなら、手紙の一つも付けておくのがいいか。

「ところで話は変わるんだけどさ、さっきお姉さんに拾って貰った映像なんだけど、すごいよこれ。エンネアの貴重な変身シーン魔法少女風」

美鳥が話題を切り替える様にテーブルの上のモニターを持ち、椅子を寄せてきた。
モニターに映るのは、水中に魔導書の頁でもって形成された仮想コックピットの内部と、全裸のエンネア。
やたらキラキラと輝くエフェクトと共に魔導書のページを纏い、『暴君』の拘束衣姿へと変じている。
まさか、画面に映らず描写されないプレイヤーからは察知不能な場面だからって、こんな世界観にそぐわないファンシーな変身を行っていたとは。
まぁ、エンネアったら、いけない人!
が、しかし、だ。

「だがな美鳥、エンネアも暴君も十八歳以上なので少女と言っていいかは微妙だぞ?」

なにせ十八歳以上だからなぁ。どこまで行っても魔法少女風でしかない。これで少女と言っていいのはAVのジャンルくらいではなかろうか。
しかしモニタに再生されている変身シーンは評価してやってもいい。

「いいじゃん、どうせ実年齢は分からないんだし」

「そういうものか?」

「そういうもんだよ」

そういうものなのか。
しかし、ページが着色されてから膨らんでレザーになるだけなのに、膨らみ切る度にパキィィンって感じで光が弾けるのは、どこら辺を意識したエフェクトなのだろうか。
このグローブぎちぎちの辺りはややカッコいい系も狙っているのだろうか。
途中までのエフェクトが全部キラキラなのに身体から溢れ出す魔力がやたらドス黒いのは、光と闇が合わさって最強に見えるからか。
流石エンネア、いや、アンチクロス最強と名高い暴君。変身一つとっても奥が深い。
拘束衣は別にマギウススタイルじゃなかった筈とか、その辺の突っ込みは無しにしておいてやろう。

「ていうか、卓也ちゃん、今さっきすごく残酷な事言ったわよね。平たいけど歳は行ってるから成長の見込みは無いとか、合法ロリはリアルで見ると余りにアワレだとか、エンネアちゃん可哀想……」

そう言いながら、姉さんは悲痛な視線をモニタに映るエンネアのなだらかな身体に向ける。
ハンカチを持って眼尻を拭うその腕の動き一つ一つに、豊かな胸がそのボリュームを誇示するかのように変形を繰り返す。
これが、富める者の余裕、優越すら浮かべぬ憐みの目線、もはや、向けられた者の心を貫く、鋭い刃と化している……!

「言って無いよ。捏造甚だしいよ。ていうか合法ロリとすら言って無いよ」

姉さんの言葉に突っ込みを入れると同時に、今の今までモニタを俺の方に向けてにやにやしていた美鳥がガタリと椅子を鳴らし立ち上がり、焦りの見える表情で数度ぱくぱくと口を開き、叫ぶ。

「ごごご、合法ちゃうわ! ……あ、やっべ合法でいいんじゃん、やっぱ今の無しで」

「どうした非合法、そんなに慌てて」

「非合法ちゃん何か言った?」

「ああ、もう駄目だ、メディ倫様にしょっぴかれる……!」

どもりまくってから一旦冷静になりかけた美鳥(現実時間だと満一歳、人間で考えれば当然非合法)をからかいつつ、モニタから視線を放し、再び遠くの巨大戦に視線をやる。
見れば、クトゥグアとイタクァを魔銃へと変換したアイオーンが、半壊したシャンタクとアトラック=ナチャを器用に使い、エンネアの駆る名無しさんの眼前まで跳躍していた。
向けられる銃口、執拗に繰り返し放たれる破壊力の塊と、その度に遠雷の如く響く轟音。
戦闘が、終わろうとしていた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結論から言って、『暴君』と彼女の招喚した鬼械神は死に体であった。

(あ、はは、こりゃ、もう、ダメかな)

感染魔術的連結状態にある鬼械神とその招喚者は、神経を疑似的に同化させているといってもいい。
それは飽くまでも神経面、つまりは感覚的な部分を共有するだけであり、鬼械神のダメージはあくまでも鬼械神のダメージでしかない。
だが、鬼械神同士の戦闘において、唯鬼械神だけがダメージを負う、という事はありえない。
先ず、完全に破壊された場合だ。この場合のダメージは肉体的なダメージではなく、精神、アストラル面での損傷だ。
鬼械神を招喚、維持する為の魔力と言うのは、ごく一部の例外を除き、あくまでも術者自身の魔力に依存する。
故に、招喚、維持している鬼械神を破壊された場合、術者は魔力、魂を著しく減衰させてしまう。
次に、肉体面での損傷。
鬼械神がダメージを負いその身を削られた仮想コックピットを剥き出しにされた場合、やはり内部に存在する術者も命の危険に晒されるのは当たり前の事実だ。
魂魄の代替物として術者を取り込む鬼械神は、基本的に術者と仮想コックピットを一番強固な部分に格納する故に、生半可なダメージでは内部の術者にダメージを与える事は出来ない。
だが、アイオーンがネームレスワンに向けた砲火は、容易くとまではいかないまでも、確実に術者へとダメージを通していた。

「まさか、九郎がここまで、強くなってたなんて……」

『暴君』が薄らと、憧憬すら秘めた眼差しを向ける先、そこに、黒い機神が居た。
銀の輝きを持つ蜘蛛の糸、アトラック=ナチャの捕縛術式をネームレスワンの首筋に巻き付け巻き取りながら、半ば砕けて空を飛ぶことも出来ない筈のシャンタク──飛翔ユニットで加速。
早業だった。魔砲弾による迎撃に掠ることすらせず、一瞬で、文字通り一つ瞬きする間もなく、目の前に九郎のアイオーンはやってきた。
そして、息吐く暇も与えない猛攻。黒と白の二丁の魔銃による絶え間ない鉄の風、雷の火、撃滅する意思の豪雨。
まるで容赦の無いその姿は死神のようで、勇者のようで、

「すごいなぁ……」

『暴君』が、何よりも待ち焦がれていた、救いの、断罪者の姿に見えた。
止む事無く振り続けていた砲撃が、ぴたりと止まる。
弾切れか。だから何だというのだろう。それで目の前の機神が止まるだろうか。
止まる訳が無い。止まる訳が無かった。
魔銃を手に、アイオーンが自らの身体を抱くように、両腕を交差させ身を畳み、魔力を圧縮させ──
解放する。

「あ──、ギ────っっ!」

焼滅呪法。鬼械神アイオーンの心臓、『アルハザードのランプ』の生み出す魔力を圧縮、解放する事により、自らを小型の太陽とするアイオーンの切り札の一つ。
ネームレスワンを、その内部のエンネアを、魔力の灼熱が焦がしていく。
細胞の一つ一つが、焼け、焦げ、塵となり、一歩一歩、確実に死へと追いやっていく。

(でも)

足りない。
太陽に匹敵する熱量を持ってしても、ネームレスワンを、『暴君』を打倒するには、あと一歩足りないのだ。
自己修復機能がネームレスワンの融け砕けた身体を、身体に刻み込まれた術式がエンネアの焼け焦げた肉体を、辛うじてこの世に踏み止まらせる。
焼滅呪法の光と、オリハルコンが蒸発して産まれた金属の雲に姿を紛れさせたまま気配を遮断。
未だネームレスワンに気付かないアイオーンに呪縛弾を放ち、その場から逃げられない様に捕縛した。

「は、はは、は……今のは、効いたなぁ~っ……ほんとに、死ぬかと、思ったよっ」

──でも、それじゃあ、殺せない。だから、

「そんなに……強くなってたなら……」

ネームレスワンの腕を掲げ、その場から動けないアイオーンに照準を合わせる。

「……受け止めて、貰わないと……九郎には……この『暴君』の……絶望を、憎悪を…………そのくらい、してもらわないと……!」

──しっかり、終わらせて、貰わないと。

「これが、最後の術(ラストスペル)……さぁ、九郎は、どうする……?」

術の対象をこの世から消滅させる、いや、無かった事にしてしまう。ネームレスワン最大の術式。
防ぐ方法は簡単だ。ネームレスワンの操者である『暴君』を殺害し、発動前に術式を中断させてしまえばいい。
アイオーンに施した呪縛は、あくまでもアイオーンをその場に留める役割しか果たしていない。
今のネームレスワンと『暴君』の状態では、発動にもかなりの時間が必要になる。
冷静に立ち向かう事が出来れば、大十字九郎は十二分に『暴君』を、殺害し得るのだ。

「術式選択──、────っ!?」

勿体ぶる様に術式の発動を遅らせ、アイオーンの反撃を待っていたネームレスワンの剥き出しの仮想コックピットを、攻撃的魔力を伴う一条の光が貫いた。

「あ、ぁ、ぁあああっっっ!」

身体を熱光線で貫かれながら、『暴君』は光線──ビーム砲の飛んできた方角に身体を向ける。
砕けたビルの合間に、光の翼を背負い、素顔を仮面で隠した白い影。
ムーンチャイルド計画試験体第四号、メタトロン。
ムーンチャイルドの成功作である『暴君』の先輩。
──九郎の、恋人だ。
頭に浮かんだその言葉に、エンネアは訳も無く堪らなく愉快な気分に陥った。
──ああ、だめだ、笑うな、笑う理由も無いだろう、笑うな、なんで、何が可笑しい。
堪えることすら出来ず、咽喉から笑い声が溢れ出す。

「あははははははは!」

アイオーンのコックピットの中の九郎とメタトロンの会話を遮る様に、『暴君』は笑う。
笑ってしまう。訳も分からず、どうしてか、なぜこんなにも笑えるのか。
嬉しいのか、妬ましいのか、滑稽なのか。
自分がどんな感情をもって笑っているのか。それすら分からずに、笑う。
笑い続ける『暴君』を、再び光線が貫いた。

「あ……、ははあは……ははは、あははははっ、はっ、っははははは!」

「──」

メタトロンはその笑い声に反応する事も無く、淡々とエンネアにビーム砲を打ち込んでいく。
貫き、
穿ち、
焼き、
燃やし、
徹底的に『暴君』の存在を否定し続ける。

「お前は──私の手で滅ぼさなければならないのだろうな」

その呟きが、自らの笑い声に掻き消されること無く、確かに『暴君』の耳に届いた。

「は、は」

──そんな事が出来たなら、どんなに楽だったか。
笑い疲れて、それでも、今のメタトロンの言葉は、尚笑える言葉であった。

「それなら、君も」

ネームレスワンの腕に、再び術式を走らせる。
ネームレスワンも『暴君』もかなり回復が進み、先よりも数段早く術式が成立したのだ。

「受け取ってくれるのかい、この、絶望をおぉぉぉぉぉっっっ!」

この世界からメタトロンの存在を否定せんと、意味消滅の呪光が迸り、

「呪文螺旋──神銃形態っ!」

指向性を持って放たれるよりも早く、アイオーン最大の破壊力が、ネームレスワンを呑みこみ、跡形も無く消滅させた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

夕方に曇りだしていた空からは、何時の間にか激しく雨が降り注いでいた。
隙間一つ無い雨雲が、夜空から星と月を、宇宙を奪い去る。
雨が降りしきり煙る街は深海に沈む古代都市のよう。
暗く、静かな路地裏の闇を、囚人は重い足取りで歩く。
千切れた腕を初めとした体中の至る所から止め処なく流れる血は、身体を伝うよりも早く雨に洗われ消える。
血が抜け冷たくなった躰に、炎に焼かれ所々の皮膚が炭化した身体に、容赦なく雨は打ちつけ、体温を根こそぎ奪い、炎の残り香を消していく。
囚人の身体が傾ぎ、水溜りに顔を突っ込むように前のめりに倒れる。
転倒の衝撃で囚人──『暴君』の頭部を覆っていた拘束具が外れ、癖のある赤毛と、猫の様に吊りあがった紫色の瞳が露わになった。
同時に、身体を覆っていた拘束具が解け、その全てが紙の束となり舞い上がる事も無く雨に濡れ地面に落ちる。
顔を覆う物も無く、ボロボロになったセーターとスカートを身に纏った『暴君』は、片方だけ残った、しかし無事とはとても言えない腕に力を込める。
それはまるで意味の無い行動だ。まるで力の入らない腕は、杖の代わりに身体を支える強度すら残っていない。
きし、きし、と、枯れ木の枝を曲げる様な音が響き、折れる直前になって、とうとう腕に欠片程の力も入らなくなり、再び倒れ伏す。
身体が仰向けになる様に、ばしゃ、と、水溜りに盛大に背中から落ちる。
仰向けになり、まず視界に映ったのは、建物の壁に切り刻まれた、黒い、余りにも黒い曇天。
そして、空を覆う雨雲から降り注ぐ数えきれない透明な弾丸、視界を埋め尽くす雨粒。

「強かったなぁ……あいつ……」

ひとりごち、顔をクシャリと歪ませ、笑う。

「それに、結構面白いやつだったなぁ……」

呟きは雨音に掻き消され、しかし思考は止まることなく続いて行く。
大十字九郎。選ばれし者。
神殺しの宿命を背負い、神の世界を、神が世界を取り戻す為の鍵。
神殺しの刃、もしくは、魔を断つ剣。
あれもまた運命の道化に過ぎず、しかし、唯一舞台を台無しにする可能性を秘めた、未熟な大根役者。
デウス・エクス・マキナを起こし得る、細く儚い可能性。
本当の意味での、人類の、地球の切り札。

「あいつなら……本当に、ぶち壊しにできる、かな……」

どうだろうか。一抹の不安が頭を過る。
もしかしたら自分は何か、『致命的な見落とし』をしているかもしれない。
だが、そんな事は、もう自分には関係無い事だ。
これでようやく、終われる。
何時か何処かの名も知れぬ神サマが、鼻歌混じりに書き上げた、便所の落書きの様な三文芝居から、ようやく抜ける事が出来る。
汚辱に塗れた世界よりの解放。
不条理に満ちた運命からの解放。
そう、ようやく、ようやくまともに死ねる。
過去への憎悪も、
未来への恐怖も、
過去の重圧も、
未来の呪縛も、
一切存在しない、死の安息。
────本当に?

「あ……」

雨脚が弱まり、『暴君』の耳に、街の喧騒が届いた。
巨大ロボット同士の戦いが終わり、互いに無事を確かめ合う安堵の声。
馴れた様子でシェルターから飛び出し、再び日常へと戻り始めたアーカムの住人達。
邪悪に、理不尽に打ちのめされる事無く生き続ける人々の生み出す、極めてありふれた光景。
目に、耳に、侵入する。路地裏からは、決して届かない、日の当たる場所。

「う、…………あ、あぁ……、ああ……!」

我知らず、手を伸ばす。

「い、やだ……」

その光景に触れようと、その空間に入ろうと、手に脚に力を入れ、もがく。

「いや……、だ。いやだ、嫌だ……」

倒れ伏した『暴君』の躰は、もはやその位置から動く力すら残していない。
塵と泥の混じった水溜りに濡れ、襤褸切れ同然の服は見るも無残に汚れていく。
声は『暴君』が望む程に空気を震わせる事が出来ない。
『暴君』の何もかもが路地裏の中で完結し、表の世界に届かない。

「嫌だ、違う、嫌なんだ、いや、いや」

『暴君』は、残りの命を燃やし尽くす事も厭わず、足掻く。
もはや腕も脚も動かず、指先がふるふると、死にかけの虫の様に震えるだけ。
それが、『暴君』に残された、自らを主張する力。
暗闇の中でもがくその姿を、普通の世界から見る事は叶わない。

「ぃ──、──────!」

もはや声を出す事も出来ない。
かつて知る事無く憐み、嘲笑い、しかし強く憧れた場所。

──帰らなきゃ、帰らなきゃいけないのに!

奇跡的な巡り合わせで知る事が出来た。混ざる事の出来た世界。
何ていう事も無い、何事も無い、入ろうと思えば入る事の出来る、紛れ込む事の容易な世界。

──あの世界に、『エンネア』の世界に!

其処が今、どこよりも遠くに存在している。

──誰か、誰か、誰か!

目を見開き、涙を鼻水を撒き散らした必死の形相で大通りへ、日常の光景へと手を伸ばす。

──助けて、誰か、気付いてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!

死に物狂いで喉を震わせ、しかし虫の鳴く様な音にしかならない『暴君』──エンネアの叫び。
躰を寒さだけでは無く、怯えの感情により幼子の様に震わせ、声にならない叫びを届かせようと、咽喉を震わせ続ける。
体中が痛い。
息を吸う事が出来ない。
酷く息苦しい。
寒い。寂しい。
目の前の光景が、酷くゆっくりと、色を失っていく。
暗闇の中、あれだけ鮮明に見えていた筈の景色が、光を失っていく。
怖い、死んでしまう事が。
このまま、こんな所で、こんな死に方をしてしまうのが、どれだけ泣き叫んでも止まらない程に、恐ろしい。

──あぁ……

遂に、叫びを発する意思すら、折れる。
頭に浮かぶのは、何故、という疑問。
何故、こんなにもままならないのか。
難しい事を望んでいる訳では無い。
困難な要求をしている訳でも無い。
誰かの迷惑になる訳でも無い。
誰もが望んで、誰もが少なからず叶えている望み。
愛して欲しい訳では無い。そこまで欲張ろうとは思えない。
愛して貰えないなら、こちらから愛し続けてみせる。
抱きしめて欲しい訳でも無い。少しくらいの寒さなら我慢もしてみせる。
抱きしめて貰えないなら、自分から抱きついてもいい。寄り添わせてくれるだけでもいい。
でも、本当は、
そんな贅沢を望んでいるわけではない。
ほんの、ほんのささやかな願いなのだ。
『暴君』は、『ネロ』は、『エンネア』は、僕は、私は──
ただ、

「幸せになりたかっただけなのに……」

何処にも、誰にも届かない、最後の言葉。
誰にも看取られる事無く逝く筈だった孤独な少女。
その言葉が、路地裏に静かに染み込み、

「────その願いは本当に、魂を掛けるに足る望みかな?」

届いた。
酷く優しげなその声に、『暴君』ならぬエンネアは聞き覚えがあった。
だが、それを思い出す事ができない。思いだす為の脳は、酸素を運ぶ血液の不足に寄って急激に死滅を始めている。
誰だったか思い出せない、聞き覚えのある声。
誰だったか思い出せないのに、この声を聞き間違える筈が無いと確信している。
脳では無い、心で理解した。
ブラックロッジから逃げ出し、『暴君』でも『ネロ』でも無くなった自分を、『エンネア』として受け止めてくれた人。
あの日も、こんな雨が降っていた。

「その役を投げ捨ててまで叶えたい願いがあるのなら、俺が手伝ってあげる事もできる」

雨の音は遠く、静かな提案だけが、ゆっくりと耳朶を震わせる。
何時の間にか雨の勢いは和らぎ、しとしとと静かに街を濡らすだけの細雨へと変わっていた。
躰を打つ雨は、声の主の射す木と紙で出来た傘に遮られている。

「君には、その『資格』がある」

区切られた空。
夜空を隠す雲は割れ、真円の月が顔を覗かせている。
既に痛みは無い。痛みを感じる力も無い。

「私は、──────たい」

だが、エンネアの喉は自然と答えを口にし、
傘を持った男は、その言葉に鷹揚に頷いて見せた。

「君のその願い、必ず叶えよう」

エンネアは、その言葉に込められた歓喜の感情を受けながら、躰を弛緩させる。
恐怖はない。この声は、今まで一度たりとも自分に嘘を言わなかったから。
叶うというのなら、確かに自分の望みは叶うのだろう。
もう、何も怖くない。恐れる必要は、無いのだ。
張りつめていた気が緩み、急激に音が、光が遠ざかっていく。
喧噪も、雨音も、自らの鼓動も希薄になるのを感じ、

「──契約完了だ。君が払うべき代償は、たった一つ」

その言葉の続きを耳にする事無く、静かに、意識を闇へと沈めていった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「そう睨むなよ。目も開いてない癖にあたしとやろうってのか?」

「馬鹿、下手なこと言って瞼が開いたらどうするつもりだ」

受けて立つぜ、お姉さんが。と言いながらシャドーボクシングをする美鳥に小声で注意
俺は空中に羊水ごと固定された胎児を中心に、内部から順番に人間のパーツを複製し、組み上げていく。
服装は貸していた女の子向けの服では無く、初めて出会った時に着ていた襤褸切れの複製をそれらしく焼いたり穴を開けたり血を付けたりしてアレンジしたもの。
これでアヌスが胎児を回収して死体を処理しに来たとしても、俺達の存在は察知されずに済む。
エンネアの、というより、暴君の死体の複製を静かに路地裏に横たえる。

「最適化も大分早くなってきたわね」

暴君の複製を作る間持ってて貰った傘を姉さんから受取り、肩を竦める。

「まぁ、エンネアも何だかんだいって人間ベースの魔術師だからね。複雑な機構が無い分、下手なロボットとかに比べればよっぽど楽だ」

実際、昔に取り込んだシュリュズベリィ先生に比べても位階の高い魔術師ではある。
だが極端な話、エンネアの異常性はせいぜいそれ位だ。
人間のDNAパターンに、あとは身体に刻まれた傷痕、魔術的な改造痕に、脳味噌に刻まれた魔術の知識。
情報量はそう多くない。ラダム樹や金神に刻まれていた宇宙の記憶に届くか届かないか程度だろう。

「神様に対する感応性が高かった事を除けば、エンネアも普通の女の子とさしてスペックは変わらなかったんじゃないか? もちろん、無改造での話だけど」

「ま、アヌスに見出されなければ、シスターの所に来る前のアリスンとあんまり変わらない境遇だしね」

流石、まるで見てきたかのように海のものとも山のものとも知れない二次設定をそれらしく言う。
やっぱり、見てきたんだろうなぁ。エンネアの過去とか、千歳さんならどう書くんだろうか。
そんな事を考えつつ姉さんと手を繋ぎ指を絡ませ、死体に背を向け、大通りへと歩き出す。
姉さんの言葉を信じるなら、まだアヌスにも胎児にも大導師にも察知されていない筈だ。
それなら後はここから迅速に立ち去るだけだろう。

「ま、エンネアとの約束はループ直前に果たすのがベストだし、後は平常通りのスケジュールか」

シスターが寝盗られにんっしんっ出産後に赤ん坊による内側からの帝王切開で死ぬのは多分門に入った後だろうし、俺達には関係無い。
後は、ハンティングホラーだろうか。
バイクに使われる技術も気になるけど、やっぱりどうにかして上手い事ナコト写本辺りを手に入れたい。
でも、あれはあくまでも死んだふりだしなぁ。下手に取り込んで大導師殿に目を付けられたくない。
やっぱり地道に他の場所に保管されているナコト写本を探すべきかな。

「これで存分にお姉さんとベタベタできる、と。よく飽きないよね……」

俺と姉さんの後ろに張り付くようにして同じ傘に入った美鳥が不貞腐れる様に言う。
頬を僅かに膨らませた美鳥に、姉さんが口元に手を当てながら笑った。

「ふふふ、美鳥ちゃんも混ぜて欲しいならそう言えばいいのに、ねぇ?」

「姉さんが許可するならやぶさかじゃないぞ、俺は」

「え、デジマ?(RIKISI用語で『それは本当ですか』の意味)」

嬉しそうに俺と姉さんの間から顔を突き出す美鳥。
何はともあれ、無名祭祀書も大達人級の魔術師の身体も手に入って、万々歳だ。
帰ったらジンジャーエールで祝杯を挙げよう。
俺達はエンネアの死体の複製に一瞥もくれず、慌ただしく動き出した表通りへと脚を踏み入れた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

夜が明け、カーテンの隙間から差し込む光に顔を照らされ、少女は目を覚ました。

「ん……」

恐ろしい世界の幕開け、邪悪に侵された世界、邪悪に穢された世界へ向き合う一日の始まり。
だが、世界には、それとは全く縁の無い目覚めもある事を、少女は理解していた。
かつての少女にとっては酷く不可思議で、奇妙な程に救いに満ち溢れた目覚め。
極々当たり前に人々に与えられる、一日で最初の幸福。
睡眠は死に似ていて、しかし目覚めという一点において、死と隔絶している。
目覚めた先を地獄と思うのであれば睡眠は死よりも残酷に映るだろう。
だが、そう思う感情も、生きていればこそ。
目覚めを幸福に感じられるように成ろうと思い続けていれば、自ずと人生は明るく希望に満ちた物に変えられる。
そんな陳腐な言い回しが、人生を楽しく生きる秘訣。

「んぅ……」

布団の中から伸ばした手でカーテンの隙間を閉じ、再びまどろみの中に帰ろうとする少女を妨げるモノは無い。
この家には彼女一人しか居らず、彼女の生活リズムを決めるのは彼女の仕事のスケジュールと睡眠時間の都合だけ。
寝起きでぼんやりとした思考で、少女──エンネアは、それが少しだけ、寂しい事なのだと感じていた。

「…………なんか、朝っぱらから変な事考えちゃった」

エンネアは少しの思考ではっきりと目覚めてしまった自らの脳細胞の優秀さに舌うちしながら、布団から跳び起きる。
身に纏うのはダボダボの男物のワイシャツ。
初任給で買ったお気に入りのパジャマもあるにはあるが、それは洗濯中。
決して、一人の家が寂しいから懐かしい人々を想起させるような物を使って寂しさを紛らわせている訳では無い。
大体、置きっ放しにしてあるという事は使われても文句は無いと取られても仕方がない。
文句があるのなら、直接言いに来ればいいのだ。

「直接……」

ぽつりと呟きながらドアを開け、フローリングの廊下をぺたぺたと素足で歩き、階段を降り、脱衣所へ。
大きいワイシャツを洗濯機に放り込み、洗面所の鏡を見ると、酷くしょぼくれた表情の美少女が映っている。
それはもう、街を歩けばすれ違った男が十人中三十人は振り向く(十人が全員二度見した後に最後にもう一度振り返る)プリティフェイス。
そんな愛らしい顔を曇らせていては、人類にとって致命的な損失だ。
句刻も言っていたではないか。美女、美少女は健康で、更に笑顔でこそ輝くと。
自分に自信が無い美少女なんて、人からは嫌味にしか見えないのだとも言っていた。
それは困る。唯でさえ職場には同性が少ないのだから、さっぱりと友好的な関係を築いて行きたい。
両手で頬をぱしりと叩く。
両頬に走った鋭い痛みが、しょぼくれた表情毎感情を切り替えさせてくれる。
再び鏡を見れば、そこには眼尻から僅かに涙を滲ませ、苦笑に近い笑い顔。
これもまた別の意味で情けない表情だけど、さっきの表情に比べれば百倍マシだ。

「うし、うし」

頷きながら、風呂場への扉を開け放つ。
風呂の湯は冷めているだろうけど、シャワーを浴びて身体を洗っている間に沸かし直せば、髪を洗い終えるのと同じタイミングで温まってくれる。
エンネアは風呂桶の脇にある『トゥインロード』と書かれたスイッチを押した。
浴槽に取り付けられた機械が、洗濯に使って足りなくなっていた水を自動で足しながら、湯を沸かし始める。
コックを捻り、シャワーからお湯を出し、寝汗を掻いていた身体を熱いお湯で清める。
スポンジに石鹸を付けて泡立て、身体の汚れを落としていく。
背中の洗い難い部分は無名祭祀書で分身を作り洗わせ、全身隈なく洗い続ける。
身体を再びシャワーで洗い流し、シャンプーのポンプに手を乗せ、押す。
ポ、ブヒュ、という間抜けな音と共に、途切れ途切れに白濁の液体が溢れ出した。

「ありゃ」

どうやらそろそろ切れてしまうらしい。
仕事帰りにでも買いに行くかと考えながら、エンネアはシャンプーで頭を洗い始めた。
リンスはしない。そんな事をするまでも無く、若さによって髪質はしっかりと保たれるのだ。
若さ万歳、そんな事を言うと職場の同僚には歯ぎしりされるので、表立っては言わないが。

―――――――――――――――――――

「うん、うん。わかってるってばー」

受話器を肩と顎で固定し、料理をしながらの電話。
電話の相手はアメリカ。本当なら国際電話は無いらしいのだけど、そこは驚異の技術力でカバーしてある。
──今更な話ではあるが、今エンネアの住んでいる場所はアメリカではない。
日本という、大十字九郎や鳴無家の故郷に当たる、東の果ての島国。
覇道鋼造の祖国でもあり、その縁でアメリカとはそれなりに交流がある、四季という珍しい季節の変化が見られる国だ。
春は桜、夏にひまわり、秋にはコスモス、冬には枯れた木々に雪の花が咲く、正にエキゾチックジャパンというやつだ。
無駄に自然に囲まれたこの家であれば、その風情は尚強く感じる事が出来る。

「今までだって遅刻した事は無いのに、そこまで言われる筋合いは無いって」

軽口の様に不満を言いながら、焼き上がったトーストを皿に乗せ、その上にフライパンの上から直接ハムエッグを乗せる。
同時に、今や無限の猿定理で製造されるショートストーリーと大量の録画データしか流さないテレビにスイッチが入り、画面に文字が現れる。

『ラピュタトーストの反応を検知、乗せ物を先に食べきると減点1』

はいはいと頷きながらリモコンを操作し、テレビの電源を落とす。
この家を譲り受けてからずっとこの調子なのだが、何が減点されるのかが分からずに一度も逆らった事が無い。
まぁ、大概間違った事は言わないので、無理に逆らう必要も無いのだが。

「ああ、こっちの話こっちの話。……うん、言いたい事は分からないでも無いんだけどね、やっぱりここは離れられないよ」

紙パックの牛乳をコップに注ぎながら、見えてもいないのに首を横に振る。

「うん、うん、そんな心配しなくても大丈夫だって。じゃ、また午後に、大学でね」

相手の返答を待たずに受話器を置き、数秒の間を開けて、溜息。
心配して貰えるのはありがたいのだけど、それでもこう度々同じ内容で連絡を入れられると、少しばかり面倒臭い。
アーカムが大分復興してきているのは分かるけれど、それとここに居る理由はまた別の問題なのだ。
何しろ、ここは特別な場所、エンネアが守ってやらなかったら、いったい誰が守るというのか。
この、卓也と、句刻と、美鳥の居た、日本の家を──

―――――――――――――――――――

ハムエッグの乗ったトーストを齧る。
基本的にサニーサイドアップは黄身が好まれるものだと聞いたが、どんな調味料にも逆らわず味を引き立てる白身こそが真の主役ではないか。
だとすれば、やはり下に敷かれたハムは邪魔者だろう。
何故なら、ハムを敷くとどうしてもハムの味が先に来てしまい、調味料と合わさって白身が生み出すパーフェクトハーモニーが霞んでしまう。
そんな事を考えながら、ぼんやりとテレビを見る。

『食虫植物の価値は消化液で決まる。その中でもモウセンゴケは最強の部類に入る』

テレビに映っているのは、草むらで身を伏せて何者かを待ち伏せる二匹の猫の様な狸の様な愛嬌のある生き物。
自動生成されたショートストーリー動画だが、これは録画データであり、以前も同じ内容の物を見た事があった。
ショートストーリーの生成に失敗した時は、視聴した回数の多い動画からランダムに放送される仕組みらしい。

『お前を食べる為だよー!』

二人組の内、目がぱっちりと開いた方が両手をガバリと上げ襲いかかる様な素振りをし、垂れ目気味の目が細い方が、それに何のリアクションも返さずに黙って見つめ、二人とも何事も無かったかのように元の姿勢に戻る。

「シュールだ……」

思わず呟く。
いや、このシュールさが癖になってしまい、音が無いのが寂しい時にはこのシリーズを流しっぱなしにしたりするのだが。
正直、このシリーズだけで二時間は時間を潰せる。
むしろ毎日二時間はこれで時間を潰している。
となると、実質エンネアの一日は二十二時間になっているのだろうか、この動画のお陰で。
いや、確実に実りのある二時間なので何も困りはしないではないか。
むしろ、この二時間は何もしないでいる二時間の二倍は充実感がある。
となると、エンネアはこの動画のお陰で一日を実質二十六時間とカウントする事が可能なのだ。
やったねエンネアちゃん、時間が増えるよ! 残業の。

「いや、流石に無いか」

『最強最後の強化外骨格! その名も佐久間将軍だーっ!』

トーストの最後の一欠けを口に放り込み、十分に咀嚼した上で牛乳で流し込むと、テレビに違うシリーズの映像が流れ始めた。
これまた傑作なのだけど、これを全て観ようと思ったら間違いなく午後の仕事に間に合わない。
テレビを中断して早めに出発するべきか、時間ギリギリまで見続けるべきか……

「郵便でーす」

リモコンを手に持ったまま悩んでいたら、チャイムの音と共に呼び声が聞こえてきた。
こんな辺鄙な土地に郵便物とは珍しい。
態々呼びかけるという事は、手紙とかはがきとかではなく、大きめの荷物なのだろう。
内容を吟味するには時間がかかるだろうし、とりあえずテレビはつけっぱなしにしておく事にしよう。
エンネアはリモコンをテーブルの上に置き、そのまま玄関へ向かった。

―――――――――――――――――――

エンネアへ

『久しぶり、という表現が正しいのかどうかわからないけど、とりあえず久しぶり』
『最初は時候の挨拶でも入れようかとも思っていたのだけど、そこまで堅苦しい形式で手紙を書くのは恥ずかしいので、これで勘弁して貰えると嬉しい』
『君がこの手紙を読んでいる頃、きっと俺達はこの世界には居ないと思う』
『これを書いている時期が時期だから結果を書く事は出来ないけれど、もしもループが終わったなら俺達が居る必要はないし、ループが続いたとしても、きっとエンネアちゃんのいる時間軸には辿り着けない』
『だからまぁ、色々と言いたい事はあると思うけど、一方的に伝えておくべきことを伝えておきます』
『これが届く時期を考えると、ようやく混乱が収まって、『エンネア』としての生活にも大分慣れてきたんじゃないかな』
『最低限の状況はメモを置いていたから分かると思うけど、ここでもう一度おさらいをしておこうか』
『まず、エンネアちゃんの居るその家。そこは元々俺達の家だから、基本的に自由にして貰って構わない』
『半径五十キロ圏内に店が一軒も無いけど、魔導バイクを置いてあるから移動には困らないと思う。使う時は魔導書をセット、買い物中は鍵を掛けて、魔導書を外すのを忘れずに』
『資金もある程度は置いておくけど、ミスカトニック大学の方に色々と捏造した事情を話しておいたから、机の上の紹介状を持っていけば簡単に雇って貰えるから、気が向いたら顔を出してみるのもいいかもしれないね』
『アーカムがあんな事になって人手が足りてないから、きっと喜んで迎え入れてくれる。俺や美鳥や姉さんの様な常人から見ると、あそこは酷く変態的な人生スタイルの連中ばかりだけど、基本的にはいいやつばかりだから安心して付き合って欲しい』
『ここまでは、もう家中に張り付けておいたメモから知っている内容だね。ここからが本題だ』
『気付いていると思うけど、今のエンネアちゃんの身体は、元のエンネアちゃんの身体じゃあない』
『ついでに言えば、魂の形も完全に元のまま、とは言えない』
『これについては素直に謝るしかない。ごめん。前の身体は余りにも損傷が激し過ぎたし、魂も大分弱っていたから、こういう方法を取るしか無かったんだ』
『字祷子レベルで完全に前の身体を模倣して作っているから見た目にも動かした分にも不自由は無いと思うけど、エンネアちゃん程の魔術師なら、何かしらの違和感を抱いてしまうかもしれない』
『そしてきっと、こうも思う筈だ』
『肉体だけでなく、自らを証明する最たるもの、魂すら別物と化した自分は、本当に以前と同じ自分なのか、と』
『以前の自分と今の自分が別人なら、以前の自分は暗闇から抜け出せずに死に、今の自分は自分が体験した訳でも無い経験と知識に振り回されるお人形』
『エンネアちゃんは世間に対して嘲笑的なのに自罰的な部分もあったから、そう考えてしまうかもしれない』
『確かに、以前のエンネアちゃんと今のエンネアちゃんが同一の個体であるか、それとも別の個体であるかを証明する事は難しい、いや、不可能と言ってもいい』
『でも、それでいいんだと俺は思う』
『人間っていう生き物は、面白いほど単純な理屈で動いている』
『生の始まりは化学反応に過ぎないし、人間存在は記憶情報の影、魂が無くても精神は神経細胞の火花で心を作り出してしまえる』
『イカレた神しか居ないこの世界、人間に祝福や慈悲を与える存在なんて居ない』
『人間は選ばれた生き物でも無ければ、無意味に無条件に愛されて産まれてくる訳でも無い』
『だからこそ、人は自由に生きられる。見ず知らずの何かに頼まれたからではなくて、ただ自らの意思の元、「生きよ」と命じる事ができる』
『きっとそれは、誰に証明されるよりも強い、エンネアちゃんがエンネアちゃんである証になるだろう』
『俺も、姉さんも、美鳥も、エンネアちゃんが何であるか強要するつもりはない』
『救われる事無く死んだ不幸なエンネアの記憶を引き継いだだけの人形か、荒唐無稽な救いの手に拾われた悪運の強いエンネアか』
『ただ、エンネアちゃんがどちらを選ぶにしても、取り敢えず死んでしまうまではしっかりと生きていて欲しい』
『鬱々と落ち込むのも明るく元気でいるのも、生きていればこそ、だからね』
『これから俺達の人生が交わる事は無いと思うけど、お互い交通事故と病気に気を付けて頑張って長生きしよう』

追伸
『初日にエンネアちゃんが着ていた服の様な襤褸切れ、襤褸切れの様な服かな?』
『どうにかして原形を取り戻そうと頑張ったけど、無理だったので、それらしく改造して体裁を整えてみました』
『自信作なので、できれば私服の一着にでも加えて貰えると嬉しいです』

―――――――――――――――――――

手紙を読み終え、机の上に載せられた小包に目をやる。
小包と言っても、カラフルな包装紙に包まれ、黒と赤のリボンをあしらわれたプレゼント使用の物。
包装紙に付いてたセロテープの様なものを剥がすと、中からは一着の服が現れた。
手に取り、広げる。
黒がベースで、しかし所々に白地に赤のラインの入ったフリルが施され、襟首にも同じカラーリングが採用されている。
更に赤のインナーに、太ももを編上げリボンなどで飾ったオーバーニーソックスも入っていた。
シックなカラーリングなのに、しっかりと子供らしさ、女の子らしさも兼ね備えている。
良い服だと思う。思うけれど……

「ここまでするなら、買った方が早いって」

律儀なのか、何かしらの洒落を効かせているつもりなのか。
確かに、手の中の衣服からは、初日に何処からか拾った襤褸切れの繊維が使われている。

「ふふっ」

笑いながら、服に込められた思いを受け取るかの様に抱きしめ、眼を瞑る。
自慢できる一着だ。男からの贈り物だと言えば、同僚の研究員はどう反応するだろうか。
そうだ、今日はこれを着て行こう。アーカムは今日も晴れだし、太平洋上を移動中に雨に出くわしてもバイクに搭載されたバリアで無視できる。
これまではずっと句刻や美鳥のお下がりばかりだったけど、これは正真正銘のエンネアだけの服。
大学で初めて出来た友人に見せびらかしたいし、面白いリアクションも期待できる。
そうと決まったら、テレビを見てるヒマなんて無い。
エンネアは逸る気持ちを抑えきれず、その場で服を脱ぎ棄て、送られてきた新しい服へと着替え始めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

衣服の一番下に入っていたパンプスを履き、書類と筆記用具を入れた鞄を手に持ち、玄関のドアを開ける。
眩しい日差しに目を細めながら鍵を閉め、家の前に止められていた魔導式自動二輪に被せられていたシートを剥がす。
キーを入れる代わりに半透明なプレートに親指を押し当て認証完了。
次に、エンジンに当たる部分に『無名祭祀書』を挿入。ハンドルを握って魔力を流し込む。
途端、唯の金属の塊だったバイクが激しい排気音と共にエーテルを吐き出し、生命の躍動感を獲得する。
こうなれば、後は魔導書を介して考えるだけでその通りに動いてくれる。
精霊任せにしてしまえば、自動二輪ならぬ『完全自動』二輪そのものにも出来るだろう。
一人乗りのバイクなのに横乗りだって問題無くこなす賢いバイク。
だがエンネアは鞄をタイヤの脇のトランクに詰め込むと、極普通にシートに跨った。
ハンドル越しに、鬼械神を操るのと同じ感覚でバイクと疑似的に神経を連結。
後はエンネアが一つ命令を下すだけでバイクは少しだけ地表を走った後に空へと舞い上がり、高度を稼いでからは音速の数十倍の速度でアーカムへと辿り着く。
何時もならそのまま空へと駆け上がる段になって、エンネアはふと家の方を振り返った。
誰もいない、彼等から譲り受けただけの家。
愛着を持つには短く、楽しい日々を思い出させる匂いも多い、複雑な家。
だけど、今日は機嫌がいい。
あの人曰く、自分が何者かを決めるのは自分だけだという。
ならあの家が何であるかも、エンネアが決めてしまってもいいだろう。何しろ今はエンネアの所有物なのだ。
ここは、住人が一人だけの寂しい、でも、確かに安心できる大切な家。
そう定義したのなら、言わなければならない言葉がある。
帰るべき所から飛び出し、戻ってくる約束の言葉。

「行ってきます!」

振り向いた先の玄関に三人の男女の姿を一瞬だけ幻視し、微笑みを浮かべたエンネアとバイクは一瞬にして空の彼方まで駆け上がる。
湿り気の少ない大気、怪奇指数も低く無く高く無く、グレムリンにも出会い難い良いフライト日より。
眼下には緑に覆われた山と川、一部ではピンク色の花を咲かせる桜の木も見える。
遠くには幾つもの山があり、それを超えて平野を超えて、その頃には地表が見えるか見えないか。
海に出る途中に街の様な物が幾つか見えた気がする。仕事が終わったら、偶には日本の街を散策してみるのもいいかもしれない。
──『暴君』の時間は、絶望に満ちた世界と共に終わり、希望の持てる未来が始まった。
見て回りたい物がたくさんある。探したい物も山ほどある。
それらをどうするか考える為に、まずは最初にやりたい事、服を見せびらかして、大学で後進の指導を済ませてしまおう。
新しく始まった『エンネア』の時間も有限で、それでも無駄遣いが利く程度には有り余っているのだから。






エンネア編・完
次のステージへ続く
―――――――――――――――――――

まぁ、記憶を引き継いだ人形が正解なんですけどね。コピーだし。
そんなこんなで嫌に時間が掛かった、主人公が手紙でいけしゃあしゃあと嘘を吐く第四十八話をお届けしました。
最近は二週間に一度のペースを守れていたのに、ここでリズムを狂わせてしまうとは。
それもこれもあれだ、ええと、ほら、武装神姫の新作の予習をしたり、スパロボ新作に胸をときめかせ過ぎてむせてみたり、無駄にGジェネでレベル上げしてたせいですね。
反省はしましたけど後悔はしてませんがね。

では、何時も通り自問自答コーナー

Q,主人公が明らかにこれ以降出てこなさそうな武器を渡したのは?
A,BCTOを振らせたかったダケー。因みに英語の意味は深く追求しないでください。アニメ版も平行世界論で説明が可能なんです。
Q,シリアスが途切れた……。
A,シリアスに耐えきれなかった……。正直、主人公達のシーンの裏の戦闘とか、描写しても格好よくならないんですよ。デモンベインでもそれなりに対抗できたのに、アイオーンなら空を逃げ回ってればどうにでもなっちゃいますし。
Q,胎児は?
A,
①胎児から一番遠い位置でへその緒を切断し、羊水ごと念動力で宙に浮かばせておく。
②頑張って取り込んだエンネアの情報を最適化して、即座に複製を作り、再接続する。
③切断面はネギ驚異の開発力で作り上げた回復魔法でちょちょいのぱっぱ。
④胎児状態なら意外と無力らしい。
証明完了!
Q,エンネアの仕事って?
A,ミスカトニック大学での教授達の補助みたいなの。研究員したり、課外授業で戦闘をサポートしたり。
闇の気配とかそんな事を言い出す人が確実に居そうですが、既にある程度信頼を獲得していた主人公が、『その子は長年ブラックロッジに自らの意に反する研究の手伝いをさせられ、あまつさえ実験動物扱いもされていた可哀想な娘です』的な手紙を渡していた。
Q,三人称と一人称がごっちゃの部分が。
A,そこは使用です。エンネアの一人称ってエンネアでいいんですよね。僕とか私とかあったらたぶん一人称だけに直せるかも。

見落としあるかもしれないんで、他の疑問点とかあったら感想板の方にどうぞ、という事で。
次回、最近ずっとデモベだったんで、少し変則的な裏ワザ使って別作品に寄り道日常編します。
一万字弱くらいで投稿すると思うので次は早いかと。
多分、気が変わらなければ。

ではではでは、今回はここまででおしまいです。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイスなどを初めとするアドバイス全般、そして、長くても短くてもいいので、作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。



[14434] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/05/18 22:20
目の前のカウンターに置かれたゴーヤチャンプルーを箸で突きながら、俺は目の前でフライパンを振るう黒髪の青年に声をかけた。

「なぁ超次くんや」

「なんすか」

「なんで超次くんは童貞なん?」

台詞の途中で飛んできたフライパンをキャッチ。
そのまま店に来る途中で買ってきた新聞紙の上にフライパンを乗せ、カウンターの脇に退避させる。
熱烈な応答ではあるがまるで答えになっていないし、喰い物を粗末にするのは許せない。

「近親野郎にゃ言われたかねぇ」

頬に血管を浮かばせた青年──超次くんは表情と声に怒りを滲ませながら反論? してきた。
正直なところ俺が近親野郎である事は間違いないのだけど、現在の俺は別にその事に関して負い目を持っていない。
世界を渡るトリッパーなどという物になって置きながら近親相姦がどうだのというくだらない決まりに囚われ続ける程、俺の脳は柔軟性に欠けている訳では無いからだ。
ほら、他の法律とかは律儀に守っている訳だし目零し願いたいというか、これは家族愛から来る行動なのでいかんともしがたいというか。

「まぁ落ち付いてくれよ超次くん。これは君の私生活を少なからず知っている人間からすれば、誰しもが辿り着く疑問なんだ」

「……疑問って、どんな」

「君、入間ちゃんと同棲しているだろう。で、毎朝起こして貰っている、と」

入間ちゃんとはこの店、猟犬亭のウェイトレスをしているハイティーンの少女だ。
店長である超次くんと似た種類の特異体質のせいで高校を中退したが、紆余曲折の果てに記憶を失い、同じ学校の同級生だった超次くんと同棲生活をしている線の細い少女。
本来であればこの店も似た体質の客が常に管を巻いているのだが、今は外で美鳥の『遊び』に付き合って貰っており、入間ちゃんもそれを観戦している。
その為、今現在ここに居るのは店長である超次くんと客である俺だけ。
なので、俺は説明の途中で茶々を入れられる事無く、超次くんが童貞である不思議を追求する事が可能なのだ。

「それがどうかしたっつうんですか?」

苛立ちを隠しきれていない超次くんに、俺は腕を組み、少しだけ溜めてから応える。

「毎朝毎朝自分に好意を抱いている薄着の美少女に細く柔らかな手で『大事な所』をやんわりと掴まれながら、耳元で囁くように名前を呼ばれて起こされる。……これでまだ童貞とか、俺はまず君の男性自身が正常に機能しているのかを危惧してしまうのだよ。おけい?」

「俺はそういう方向性にしか考えられないあんたの脳味噌が心配だよ……」

超次くんはフライパンをコンロにおいて、頭を抱えてしまった。
追い打ちをかける様に、手にゴツゴツした塊を持った美鳥が入口のウエスタンドアを蹴り飛ばしてダイナミック入店。
一瞬だけ外に甲殻を残らず粉砕された怪人や、顔に甲の字を付けたマスクマンがボロボロな姿で倒れていた気がするが、この街では多分珍しい光景ではないだろう。

「童貞超人童貞超人! 今日の払いは世にも珍しいこのラフJさんの折れた角でたのまぁ!」

「一銭の価値もねえよ」

「あ、超次くんお会計纏めてで。ラフさんの角で足りるよね」

「だから一銭の価値もねえよ! 現金で払えよ!」

豆知識になるが、ラフさんの甲殻は別にダイヤモンドでは無い。
つくづく役に立たないカニ野郎だ。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

十九世紀終盤、より正確に記すならば189×年十二月二十二日午後一時四十二分。
とある邪神の引き起こした魔術的災害は、世界中に深刻な影響を及ぼした。
世界中で霊感に優れた者達が一斉に発狂し、数万の妊婦が流産、後の半年に渡り、流産した数と同数の畸形児が生まれ、世に生まれ落ちた畸形児達はその多くが成人を迎える事無く息絶えたが、残る小数は長ずるに及び、様々な人外の異能を宿した超人と化した。
この魔術的災害を極東のとある島国では『オルタレイションバースト』と呼び、生まれ落ち生き延びた畸形児──超人、もしくは魔人と呼ばれる者達とは異なる脅威を認識する事となる。

『ノッカーズ』──オルタレイションバーストを契機にこの島国、日本で出没する様になった異形の怪物。
平行世界、パラレルワールドに存在する自らの可能性を掻き集め、自らの姿形を変貌させるある日唐突に力を手に入れるに至った人間。
人々は自らとは異なる存在と化した彼等を恐れ、差別の対象とし排斥せんと動きだした。
『ブースター』──ノッカーズを殲滅する為に、最新の科学、錬金術、魔導工学を駆使して造られた電動服(モータースーツ)。
手に入れた力を悪用するノッカーズに対抗する為という名目で製造されたこの電動服は、その拡張性の高さから様々な分野へと応用される事となる。

その内の一つとなるのが『霊子甲冑』──バッテリーの代わりに蒸気併用霊子機関を搭載し、霊的、もしくは魔術的な怪異との戦闘を目的として造られた人型蒸気との合いの子とでも言うべき兵器だ。
だが、オルタレイションバーストによる混乱を機に活動を開始した、魔導工学を応用していると思われる謎の機械群『魔装機兵』との戦いを主眼に置いて製造されたこの兵器は、霊力の素養に優れた者にしか運用できないという欠点を除いても、多くの問題を抱えた兵器であった。
霊力を循環させやすい特殊合金シルスウス鋼は鉄と鉛の合金であり、その物理的強度は通常兵器に使用される装甲材に比べ遥かに劣り、高度な物理攻撃力を持つ存在相手には運用が難しいのだ。
故に人間同士の戦闘、もしくは、オルタレイションバーストにより綻んだあの世とこの世の『スキマ』を通じて三途の川より現れる『外道衆』との戦闘においては無用の長物と化してしまう。

更に、度重なる怪異との戦闘により向上した技術を狙い欧米から渡来した『カラクリ強盗団』に、邪神とは異なる大系に存在するとも邪神すらその内に含むとも言われている『悪魔』の跳梁跋扈。
強盗団に敢然と立ち向かう謎の少女『鉄腕小町』に、密かに悪魔から街を守る『デビルサマナー』、外道衆から人々を守る『侍戦隊』の活躍により一定の平和は守られていたが、それも表面上の事に過ぎない。
時は二十世紀初頭。大暗黒時代にして大混乱時代、大黄金時代のアーカムの陰に隠れ、日ノ本はかつてない程の大混乱期を迎えていた。

だが、しかし。
これら様々な騒動、事件の種には、一つの共通点が存在した。
それは────
―――――――――――――――――――

「もしかして、狙われてるのって日本じゃなくて東京じゃね?」

「そういうもんなんだよ」

そう、基本的に日本の平和を脅かす脅威は東京周辺を中心に活動する為、それ以外の場所は至って平和なのだ。
しかし、これは仕方の無いことでもある。
例えばノッカーズは地方では人の少なさからどうしても孤立しがちになるが、人の多い東京──帝都に行けば多くの同類を見つける事が出来る。
ブースターを有するBOOTSなども犯罪を起こさず大人しくしているノッカーズ相手であれば無闇に力を振るう様な真似はしない。
結果として、反社会的な思想を持たないノッカーズは多くの仲間が集まる東京に集い身を寄せ合うというのが極ありふれた行動方針となるのだ。
一部、軍に自らの肉体を提供し、最低限生命の安全を保障されたモルモットとして生きていく道を選ぶノッカーズも居るには居るが、それは余程愛国心に溢れた者か、ノッカーズの集団の中でもあぶれてしまった者だけ。

魔装機兵や外道衆が帝都に居るのは当然と言えば当然だ。何しろこいつらの場合、まず人間を害さなければ話が始まらないのだから。
人の多い土地に行かなければならないのはノッカーズと同じだが、こちらはまず最初の行動が人間を害する事にある為、真っ先に霊子甲冑を使う特殊部隊や全身タイツの侍達に蹴散らされる。
で、蹴散らされると目的を達成できないので再び派遣され、また即座に打ち取られる。
それを繰り返していく内に、あと数カ月もしない内に自分達を妨害している存在を脅威として認め、それなりに格の高い存在を送り込んでくる事だろう。

当然、他所の人の少なく、霊的、魔術的に価値の薄い土地に戦力を派遣する事は少なくなり、送られた少数の戦力もそこらでひっそりと危険な実験を繰り返す野良マッドサイエンティストや野良魔術師、正義感溢るる野良モヂカラ使いなどに蹴散らされるのだ。
極々稀に、表が裏に裏が表になっている世にも珍しい一銭硬貨などで野良デビルサマナーの軍門に下る魔装機兵や外道衆のナナシ連中を見かけるが、どちらにしても地方の脅威は少ない訳だ。
カラクリ強盗団は言わずもがな。珍しく貴重なお宝は大体展示品として帝都に集められたりするので地方に出向く理由が無い。

また、地方は地方でナモミハギやアラハバキの力を借りて戦う謎の戦士が現れたなどという噂も耳に入ってくる。
ここで注意して貰いたい事なのだがこの謎の戦士、出典と思われる作品で見た物とは見ための姿が大きく異なる。
数周前に先生に聞いた話なのだが、邪神崇拝者とはまた異なる神氣を纏ってはいるが、見た目はかなり禍々しい鬼の様な姿、もしくは蛇人の様な姿をしているとの事らしい。
恐らくは鬼の様な姿をした方がナモミハギの力の使い手で、蛇人の様な姿をした方がアラハバキの力の使い手なのだろう。
まぁ、俺達の住居のある場所からはかなり離れている土地しか守っていないため、彼等の力の恩恵にあずかれるわけでは無いのだ。

ともかく、トラブルの中心は何時も東京。
地方で危険な事と言えば、邪神崇拝の宗教団体や邪神眷属群の集落に紛れ込んでしまう程度でしかない。
観光するなら東京へ、暮らすなら地方へというのは、この世界の日本をある程度知っている人間であれば誰でも辿り着く結論な訳である。

「かっこよかったわね、あのマシーネンクリーガー。ちょっと性能は酷かったけど、霊力を使うってのは面白い発想だと思うし」

因みにこれは姉さんが霊子甲冑を知らないのではなく、姉さんが普段から霊子甲冑の事をマシーネンクリーガーと呼んでいるだけの話なのだ。
ボトムズ的とも言われる霊子甲冑だが、ずんぐりむっくり体系から見れば遥かにマシーネンクリーガーの方が近い。
ていうか、モチーフなのだから当然と言えば当然か。

「本当に対霊とか対魔とかしか考えて無いから、装甲も武装も純粋にそっち向きだしね」

美鳥が言うように、今現在日本、というか帝都で運用されている霊子甲冑は装甲も武装もはっきり言って通常の戦争向きの作りでは無い。
これなら覇道財閥に保管されていた新型電動服の試作品達の方が遥かに性能面では上だろう。
まぁ、そこら辺は覇道財閥驚異のメカニズムということで全て説明が付いてしまうのだが。

「これで各地の仏閣でパーツを建造中の移動菩薩が完成してれば、間違いなく破壊ロボの侵攻を完全に防げただろうになぁ」

因みに軍部による強化外骨格の開発が行われていないのは姉さんに確認済みだ。
恐らく数十人の強力な法力僧達が力を結集して運用する事となる筈なのだろう。
完成すれば、もし、これほどまでの美味しい素材をそこらの悪の魔術結社に嗅ぎつけられることなく、なおかつ日本政府からの、そして檀家達からの資金提供が完成まで続けば、存在消去ありありのネームレスワンと正面から戦って力技で勝つ程の力を得るだろう。
建造完了まであと十年程の時間が、更に小国を今後百年バブル期並みに豊かにする程の資材と資金が、最後に建造までに延々とビックバン的技術革新を起こし続けるだけの発想力があれば、完成させる事が可能なはずだ。
なお、法力僧の力量は魔術師にして小達人級、それらの能力を束ねる統括体(ブレイン)として限りなく被免達人に限りなく近い大達人級の法力僧が必要となるとのこと。
因みに、それらの必要な人材は全て比叡山辺りに行けば予備まで余裕で手に入るらしい。比叡山すげぇ。

「そいつらがデモンベインの量産機的な物に乗れば移動菩薩とか要らなくね?」

美鳥が汽車に乗る前に購入した冷凍ミカンを袋から取り出しながら言う。

「んー、十九世紀序盤に奈良とかの強豪を残して大半が大破しちゃったみたいだから、難しいんじゃないかしら」

なんでも、日本近海に転位門を広げて現れた謎の海産物系の邪神『九頭龍』に対抗する為、日本中の仏像と力ある法力僧達が駆り出されたのだとか。
魔術師の制御下になく、空腹により自力でゲートをこじ開けて全身を顕現させた邪神の力は南極上空に出現したクトゥルーin夢幻心母の比では無く、その暴虐は苛烈を極めたという。

「廃材は十九世紀中盤に通常兵器の素材にされちゃったしな」

といっても完全な通常兵器では無く、軍部が理想としたのは魔術や霊力、法力的な要素を兼ね備えた、邪神に対抗する為の兵器であった。
九頭龍との戦いにおいて、通常兵器しか持たない軍部は猫の手程の活躍すら出来ずに撤退を余儀なくされ、それ以来邪神や邪神眷属に類するモノに対する警戒心を高め始めたのだ。
が、何故か開発中に空軍、海軍、陸軍がそれぞれ対立を初め開発は難航、というよりも迷走し、今の中途半端にからくり、霊子甲冑、電動服などの技術が入り乱れる魔境と化した。
ともかく、邪神に対抗する兵器を作る為には邪神に実際に対抗出来た物を参考に、そして素材にするのが一番という理屈で軍は大破した仏身の接収を開始。
また、同時期に法力僧の居ない仏閣に存在する仏具もしくは寺そのものを接収し、寺を失った僧達を接収した仏具の量と内包する力を基準にして報酬を用意し破戒させ、新兵器の研究員として雇うなどの政策も行っていたという。
これが後の世に言う廃仏毀釈のおこりであったのは言うまでも無い。

「惜しむらくは、ここの連中を取り込んでも意味が無いってことだよなぁ」

「ここの『設定』はかなり不安定だもの。仕方が無いんじゃない?」

基本的に、この世界はあくまでもデモンべインの二次創作世界である。
創造神たる千歳さんの事だからPC版に繋がりのある小説外伝は全て参考にしていると見て間違いないが、それでもメインの舞台はアメリカはアーカム。
それ以外の部分も何かに使うかもしれないと設定を整理している為、メガゾーン23や舞浜サーバ的な箱庭構造こそ免れているが、やはり明確に話の主軸となっているアーカム程しっかりと作られている訳では無い。
その証明となるのが、先の東京に蔓延るオーバーテクノロジー達だ。

────話はもう一か月ほど前に遡る。
もうミスカトニックで取れる講義の内容を全て暗唱し、理論を応用して魔術式全自動老人介護ヘルパーマシンとかフルカネリ式刺身の盛り合わせにタンポポの花乗せるマシーンとか、
寂しい独り身の学生の為に南極100号(人工知能搭載の超リアルダッチワイフ。初めて採取した精液の持ち主にぞっこんになる刷り込み機能【らめぇ! 子宮があなたの味覚えちゃうのぉシステム(命名、美鳥)】付き)とか、
ついでに低コスト低技術簡単ペーパークラフト人造鬼械神(火にすこぶる弱い)とか余裕で作れる程に学習してしまった俺は、飛び級が余裕である事を理由に、大学に入る時期を少し遅らせ、日本で少しだけ観光をする事にしたのだ。
で、地方民にとっての観光地と言えば東京と京都の二択となる。これは地方民である俺がそう思っているのだから間違いない。
京都はネギま世界に行った時に堪能したし、この時代はやっぱり文明開化の音がぽこじゃか鳴っている東京いわゆる帝都こそがホットスポット。
そう家族会議で決まり、俺達は一月程滞在できるだけの荷物と金銭を持ち、一路帝都へと足を運んだ。

初めてこの世界の帝都に足を踏み入れ、ていうか、東京自体あんまり来た事が無いので、俺の心臓はバクバク音を立てて鼓動を撃ち、昂奮の余り人の群れの中で太陽よりアツいプラズマ火球を乱射してしまいそうな精神状態。
そこに現れ、大正ロマンな情緒溢れる東京駅をぶち壊さんと突撃してきたのが、明らかにPCゲーではなくセガの廻し者にして王子様の最強武装と名高い名作ギャルゲに登場した魔装機兵と、それを追う桜色の霊子甲冑である。

当然、帝都観光の出鼻をくじかれる訳にもいかない俺は徹底的に迎撃した。触手で。
帝都駅周辺に散布した強化ミラコロ粒子を含んだ煙幕により監視の目を欺き、素早く指先から射出した触手をもって魔装機兵と霊子甲冑をまとめて貫き、1n秒で戦闘行動が不可能なレベルにまで絶妙に手加減した上で破壊。
研究の足しになるかと思い、破壊された大量の魔装機兵と霊子甲冑のスクラップ、あと少しだけ霊力の高いパイロットのポニテの少女を亜空間に叩き込み、その場を姉さん、美鳥と共に離脱。
ありていに言ってジャンクをパチって操縦者を拉致った。

その後は無事に帝都をぐるっと見回り、滞在中のねぐらを確保し、意気揚々と確保していたジャンクを好き勝手いじり回した上で取り込んでみたのだが、ここで不思議な事が起こった。
取りこんだ筈の魔装機兵と霊子甲冑の情報が、確認する前に霞の様に俺の中から消えてしまったのだ。
そう、まるで元の世界で姉さんが作ってくれた仮想訓練室の敵の様に。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「言ってみれば、これは千歳の躊躇いの様なものね」

「躊躇い?」

姉さんは俺が取り込まずにデータ取得用に残しておいた残骸の一つを手に取り、指揮棒の様に振りながら俺の疑問に頷いた。

「そ。お姉ちゃんは千歳に『デモンベインのオリ主成長無限螺旋物』を注文した訳だけど、それ以外に細かい指定はしていないってのは覚えているわよね」

そういえばそんな事を言っていた気がする。
不完全な物語を近場で発生させる事で、トリップのタイミングを任意で操り、トリップ後の状況を有利にする事ができるからだとか云々。
で、物語が生まれない様にする為、ある程度の自由度を作者である千歳さんに与え、物語の中に多くの要素を盛り込ませ過ぎることによる物語の破たんを狙い、更に主人公をどうするか思いつかない場合の逃げ道とする事で物語の完成を諦めさせる効果を狙っていたらしい。

「でも、本筋以外は自由裁量権が認められているなら、千歳さん嬉々として設定書の類造りそうなものだけど」

あの人、にやにやしながらFSSの設定本読み漁って1日潰すとか平気でするし。
姉さんは転がされている残骸の脇、柔らかそうな肌色の何かに座りながらち、ち、ち、と手に持った残骸を振る。

「千歳はね、三十路処女の上にあの年頃にはありえないレベルのツンデレで、好きな相手と手を握るだけで顔真っ赤にして蒸気噴出した挙句捨て台詞に『ば、ばーかばーか!うんこ漏らせ!』とか言い出しちゃうような女だけど、妙な所で義理堅いところがあるのよ」

「うんこ漏らせは初耳だけど、つまりどういう事?」

ていうか、三十路処女は1年と少し前まで姉さんも同じだった気がするのだが。
これがあれか、のど元過ぎれば熱さ忘れるってやつか。

「たぶん、あくまでも『デモンベインの二次創作』である事に拘ったんじゃない?」

「実際には明らかにクロスっぽい連中が腐るほど居た訳だけど」

姉さんは手の中の廃材を投げ捨て、椅子にしていた肌色の何かに突き刺さっていたぬらぬらしている触手をぐりぐりと動かしながら考え込む。
肌色の椅子が嬌声にも聞こえる異音を発する。
姉さんはぬらぬらとした触手を椅子に深々と突き刺しながら口を開いた。

「つまり、街に居る他作品っぽい連中が、その葛藤の結果なのよ。実際に物語上描写しないなら、別に日本がこんな状況になっていたもいいんじゃないか。いや、日本にそんな物があるなら、話に多くの矛盾が生じてしまう」

一つ息を吐く。

「だから世界観にそぐわない連中は一つの場所に纏められて、大十字九郎の知る所では無く、覇道鋼造に知覚出来ないタイミングで暴れ始めている。でも、本当にそこに存在させていいものだろうかという葛藤は消えず、あれらの存在を曖昧で希薄なものにしてしまっているのね」

姉さんの手から投げ捨てられた廃材は、最初からそこに存在していなかったかのように消え失せてしまっている。

「矛盾が生じたら街ごと書き換えられて、証拠は残らず消滅してしまう、と」

「矛盾が生じない程度には残るんじゃないかしら。魔装機兵はともかく、霊子甲冑は魔導工学を応用すれば造れないでも無いし、怪異を相手にするには有効だしね」

ノッカーズの連中はそのまま異能力者として残って、ブースターはノッカーズだけじゃなくて怪異相手の任務も割り当てられる様になる。
一番割りを食うのは、多分侍戦隊か。姉さんの理論だと、量産型破壊ロボ襲来時に少なくとも折神は無かった事にされる筈だし。

「ところで卓也ちゃん」

「何? 姉さん」

「さっきからお姉ちゃんが椅子に使ってる娘なんだけど、なんで触手まみれになってるの?」

言われ、姉さんの座っている肌色の物体が初めて人間の少女、というか、拉致ってきた霊子甲冑のパイロットである事に気が付いた。
言われてみれば、何時の間にか服は所々捲りあげられ重要個所を露出し、捲れていない服の下でもぞろぞろと大量の触手が蠢いている。
当然、穴という穴にも触手が侵入し、触手のものとも少女のものとも知れぬ体液で全身べとべとになっていた。
危ない危ない。これで耳と鼻から触手を突っ込まれて少し危険な液体が漏れ出していなければただの触手凌辱になる所だった。
耳と鼻から溢れ出る怪しげな色彩の液体を見れば、常人ならこれで興奮する事は不可能だろう。
リョナ好き? そんな特殊性癖は知らん。

「これはほら、電話してる時にメモ帳に無意識の内に○とか∞とか熊とか魚とか描いてる時あるじゃん」

「それは分かるけど、それと同じレベルの感覚で触手凌辱しちゃうなんて、卓也ちゃんのエッチー」

最高に朗らかな笑顔で、なおかつ両手の人差し指を此方に向けながらそんな事言われても。
ていうかそのジェスチャーは世代毎に浮かぶ言葉がバラバラだと思うのだが。

「おにーさーんおねーさーん、夕飯のチキンカレーでき、うおぉいきなり女の淫臭とお兄さんの媚薬的触手分泌液の臭いが! あたしにもよこすべきそうすべき」

「美鳥ちゃん落ち着いて」

ふむ、身体が勝手にシャワー室にの人はまだ来て無いらしい。
あ、ほじくってた脳味噌から北辰一刀流の情報ゲット。実在する技術はオッケーなのか。
唯一役に立ちそうなデータなので、お礼に18禁液を少し追加投与してあげよう。9リットルでいいよね。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

回想終了。もう二月も前の話である。
本当に他作品の能力は全てダメなのか確かめるため、害の無さそうな所をつまみ食いもしてみたのだが、やはり取り込んだモノはその構成情報を明らかにする前に全て熱量に変換されてしまう。
まぁ、元から観光目的での上京だったのでそれほど惜しいとは感じなかったのが救いと言えば救いだろうか。
むしろ、どれをどのように取り込むか頭を悩ませる必要が無い分だけ、じっくりと観光に明け暮れる事ができたかもしれない。

「ラーメン洞のラーメン、おいしかったよね」

「ああ、あれは中々の強敵だったね。あの中にアンチクロスとか放り込んだら何時間持つかな」

倒すと中身がこぼれるから、戦いながら食べないといけないんだよな。
偃月刀で切ろうとすると偃月刀の方が折れるし、ハスターの魔風は湯気で遮られるし。
科学的アプローチも難しい。メイオウ攻撃はそもそも麺も器も汁も具も何故か表面が削れる程度、おそらく空間圧縮にも似た理論で密度を上昇させているのだろう。
恐るべき密度の麺のコシは歯と歯の間で弾け飛び、麺の縮れ具合はその曲線によって物理攻撃を受け流すだけに留まらず多くの汁を絡め取る絶妙な角度を保っている。
何より理不尽なのはその熱さだ。ハスターの神獣弾を二、三発撃ち込んでからでなければ俺でも舌を火傷してしまうのだから、その熱さたるや並では無い。
相転移砲が僅かにその熱エネルギーを奪う事しか出来ない辺りからも、その存在が如何に科学を舐めているかおわかりになれるだろう。
だが、そういった困難を乗り越えても食べるだけの価値があったのは間違いない。

「美鳥はどこが面白かった?」

「声優じゃない本人ミュージカルかな、あの演技しながら両穴バイブとか胸熱。勝利のポーズがアヘ顔ダブルピースでガン決めってのもマジで歪みねぇよな。あと王子の骨董品店、いい拾いものしちゃったんだよねー」

えへへーと気の抜ける笑い声を出しながら、序盤の冒険の御供である毛抜形太刀を嬉しそうに鞄から引きずりだす美鳥。
某四コマ漫画では剣術少年の手によって木刀の代わりに市営プールに持ち込まれたという曰く付きの刀剣である。

「廃刀令とか大丈夫なのかそれ」

「廃刀令(笑)とか、この状況で何の役に立つのかと」

「むしろ刀でどうにか出来る連中には刀を持ってて貰いたいってのが本音でしょ」

刀でどうにか出来るのって、モヂカラ持ちとかデビルサマナーくらいじゃないか?
帝都を守るミュージカル系の人らは生身だと戦闘力微妙だし。
黄龍の人はもう如月骨董品店で奥さんと仲良く隠居してるっぽいけど、元鬼道衆の人とかが使ったりするのだろうか。
それともやはりあれだ、以外とモヂカラ使いとかデビルサマナーとかが多かったりするのかもしれない。

「卓也ちゃんはどこが面白かった?」

「聖地巡礼かな」

一番の思い出は真神学園の看板の前で記念撮影。控えめに言って最高だった……。
グダグダとか言われてるけど個人的には外法帖も好きだったから、時代の近いこの世界に存在してくれたのは素直に嬉しい。
何、DS移植版? そんなものは無かった。
だいたい開発チームアトラスにぶっこぬかれてる癖に移植しようって方がおかしい。
天香學園の方は所在地が少し分かりにくかったから諦めたが、機会があったらまた訪れたいものだ。
どうせダンジョンアタックだけなら教授の実戦民族学で腐るほどやってきてる訳だし。
大体の邪神眷属って肉体面で糞頑丈だから、威力を加減すれば銃も打ち放題なんだよな。

「続編はポシャったけどなー」

「やめろォ!」

粉バナナ! マーベラスの仕組んだバナナ!
どれだけ待ったと思ってんだよ続編!
ふと思い出して心の寂しさを埋める為にひーちゃんの子孫とか東京中探しちゃったよ!
東京一周した後に辿り着いた骨董屋に居たよ! 忍者と黄龍の器のハーフかよ! 菩薩眼の女じゃないのかよ! いいけど。くのいちの人嫌いじゃないし。セクシーだよね。
落ち着いて考えれば、忍者も黄龍の器も種族じゃないか。

「卓也ちゃん、どうどう」

姉さんに背中を撫でられながら息を整える。
思わず精神の均衡が崩れてしまう所だった。これが機械的な精神制御を俺の魂が上回った結果という事か。
でも、いいんだ。九龍の続編はアトラスからだからまだ希望があるから、そっちに望みを賭けるんだ。
ルイリー先生ルートでも再プレイするかな……。あの人も姉と言えば姉だし。
まぁ俺の姉さんの方がより姉さんだが。
そう、姉さんと言えば、

「そういう姉さんはどこが面白かった?」

「そうそう、あたし達にきいてばっかじゃなくてさ」

「んー……」

俺と美鳥の問いに、姉さんは人差し指を顎に当て、汽車の天井を見上げながら少しだけ考え込む。

「やっぱりこの時代はいろいろ人とか物の流れが面白いし、どこを見ても騒動ばかりで飽きないって言えば飽きないけど、人の往来が多いのは難点よね」

「つまり?」

俺の問いに、姉さんは天井から視線を下ろし、両掌を合わせてはにかみながら答えた。

「まだ着いてないけど、やっぱり何処かに出掛けるよりも家が一番落ち着くかな」

―――――――――――――――――――

○月○日(本日晴天、耕作日和)

『東京観光を終え、毎度の様に送り付けられてきた推薦状を片手に、俺と美鳥は何時も通りミスカトニック大学へと入学を果たした』
『前の周までも完全に入学する日が同じだった訳ではないが、一月以上も遅れて入学したのはこれが初めてだ』
『とはいえ、学力含む能力を見た上での途中編入だった為、前までの周と変わらない学年に入り込む事が出来た』
『ふと思い立ち大十字と同じ学年に入ろうかとも思ったのだが、同郷の出で一つ下の学年、敬語を使って表面上は敬ってくるが肝心な所では慇懃無礼、というキャラは自分でも中々に美味しいポジションだと思うので、現状維持という事にしておいた』
『ループまでの期間が二年間と少しである事を考えれば、ミスカトニックに居る間はこれ以上に美味しいポジションは存在しないと言っていいだろう』
『今更な話だが、毎度毎度同じ学年同じ学習内容では飽きが来てしまうので、この周は少し日常面で変化を取り入れる事にした』
『二十七周前のエンネアとの家族ごっこも面白かったと言えば面白かったのだが、あれは極めてまれなケースなのであてにできない』
『この試みは特に危険な部分も無く、なおかつ元の世界での生活を追体験する事によって、自らの本分を思い出せるいいアイディアだと思う』
『もうそろそろ夜が明ける。ここらで筆を置き、大学に向かう前の一仕事を始める事にしよう』

―――――――――――――――――――

「ほらほらー、きっちりタイムスケジュール守れー、はったらきばちー!」

全高8メートル程の機械大蜘蛛の背に乗った美鳥が、数十ヘクタールはある広大な畑に向け、拡声器で激を飛ばす。
その声に応えた訳では無いだろうが、畑中に散らばっていた無数の人影の速度が目に見えて加速する。
人影は全て裸体を金属で覆った人間で、それぞれ肉体の何処かに無理矢理農機を組み合わせた様な異形と化している、つまりは毎度御馴染下級デモニアックさん達。
融合している農機は全て俺の手作り、というか複製だ。
前に少しだけ奮発して数種類レンタルし、一度取り込んでとりあえず複製を作れるようにしていたのだ。
と言っても、唯の複製では無い。
一度取り込んでどういった理屈でどのような動きをするか、どの様な構造をしているかまで把握している以上、俺の技術レベルに合わせて性能を向上させるのは当たり前の話だろう。
とはいえ、戦闘用のロボや武装を作る訳程単純では無く、いくら技術を注ぎ込んだとしても作業の効率化には限界が来る。
だが、それもまた一興。一つで足りないなら二つで、二つで足りないなら四つで。
一種で足りないなら二種で、二種で足りないなら四種用意する事が出来る。
それは実に喜ばしい。何しろ、思いついても実戦出来なかった幾つかのアイディアを試す絶好の機会に恵まれている訳なのだから。
作品世界のハイテクを農業に応用する!
全裸でベッドに横たわる新技術(ボニータ)! 無視出来るトリッパーなど居る筈も無い。
つまり誰もが思い至るこの誘惑に耐えてきた俺は実に偉いので姉さんに褒められて伸びる権利が与えられているのは言うまでも無い。
勿論、姉さんは別に権利がどうとか考える人では無いが、それでもやはり何の後ろめたさも無く褒められるには、こうしてやる事やって我慢する所は我慢しておくのが一番なのだ。

「そんな何時も心にマイルールを抱えているお兄さんが、未だ寝こけている可能性が高いお姉さんの為に歌います。『熱情の律動』」

美鳥の虚空へ向けての紹介を受け、ビーチパラソルの下の椅子に座ったまま、俺は手にギターを携え、一度だけ大きく深呼吸をし、歌う。

「ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー」

歌う、歌う、我武者羅に歌い続ける。
恐るべき開放感だ。ここがデモベ世界の地元で良かった。これが元の世界であれば、ここまで大きな声で歌ったら何事かと駐在さん辺りが飛んできて、次いで駐在さんからメールを受けた千歳さんがジャージ姿で現れ、最後に朝食の準備を終えた姉さん辺りがゆっくりとやってきて、俺は晒し者同然。
だが、今のここなら違う。
この時代のこの辺りはまだ未開拓も同然、家こそ何故かポツンと建っていたモノの、それを除けば本当に盆地と言うかまるきり山だけ。
俺が鬼械神の新武装でまるっと削って整地しなければ畑とか田圃とかまるで夢物語だったここならば、俺は何の気兼ねも無く大声で歌う事が出来る。
これを聞いてるのはどうせ美鳥と心を持たない最適化された下級デモニアックのみ。
正直、一回だけでもいいからやってみたかった『農地の傍らで熱唱』だが、これが真に愉快愉悦。

「ヒィーィジヤロラルリーロロロー!」

そしてかっこいいギターソロ!
楽器は俺がギター使ってるだけだから歌が無い部分は全部ギターソロになるけど、とりあえずギターソロである事に間違いなんてあるわけ無い。
無心にギターを掻きならす。もはや俺の指とギターは物理法則を超越し、何故か他の楽器の音まで奏で出している。
複数の楽器の音が溢れ出す。しかしどこまで行ってもギターソロ。
そうだ、何の負い目があるだろう。
人は色々と言い訳を探す、
でも、

「おはよう卓也ちゃん、美鳥ちゃん。朝から元気ねぇ」

「おはよう姉さん」

思考と歌と演奏を中断し、姉さんに向き直る。

「────────」

「ああ、シュブさんもおは、よ、う……?」

更に姉さんの隣で曖昧な笑みを浮かべ、朝の挨拶をしてきたシュブさん。
そう、シュブさんだ。
何故貴女はシュブさんなのか。
シュブさんは何故ここに居るのか。

「あ、お姉さんが呼んだんだって。シュブさん居るとなんか豊穣の女神でも訪れたんじゃないかって程豊作になるらしいよ?」

「なるほど、それで」

言われてみれば、ド・マリニーのデジタル時計で加速空間と化した畑、そこで今まさに数か月の時を超えて収穫されているキャベツは昨日種付けから収穫まで行ったキャベツよりも出来が良い気がする。
勿論、完全科学農法かつ農薬の代わりにばら撒いた害虫のみを食い散らかすデモニアック益虫シリーズと、かつて火星の某コロニーに提供した農業用ナノマシンの最新バージョンの恩恵に与っている俺の畑は当然の如く毎度豊作だ。
だが、それにもまして瑞々しく生命力に満ち溢れたあの野菜達の姿はどうだ。
いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。
俺は恐る恐る、姉さんの隣でもじもじそわそわしているシュブさんに問いかけた。

「……見てないよね、聞いてないよね」

「────」

ミタヨー、か。
ふふふ、そう来たか。
心配りの出来るシュブさんなら、ここはあえて何も見なかったふり聞かなかったふりをしてくれるものと踏んでいたのだが。
俺が姉魂(シスコン)でなければ惚れていたかもしれない程の美しいはにかみ顔でそこまで残虐な宣言をしてくるとは。
俺がシュブさんに何となく敵対行動が取り難い、取ってはいけない様な感覚を得ているのを理解した上での事だろうか。
これが世界の選択か……。
だが、俺にも策が無い訳では無い。

「一週間ロハでウェイターするから、この事はダゴン無用という事で」

失礼、神ました。もとい噛みました。脳内モノローグすら間違う程テンパっているのがばれていないだろうか。
とりあえず、当方には何時でも全面降伏の準備があるのだ。

「────!」

が、何故か慌てたように両掌を此方に向け首を振るシュブさん。
まさかこの条件で渋られるとは。
だが、俺は常にとは言わないが二手三手先までなら考える事も無いではない男。
シュブさんの足元にしゃがみ込み、片足を恭しく持ち上げ、蹄の様なデザインの靴を脱がし、清潔感のある白い厚手のハイソックスに手を掛ける。

「分かった、そこまで言うなら、俺の超絶舌テクで、シュブさんの脚を舐めよう……!」

因みに俺はこれで姉さんを達して貰い、荒く熱っぽい吐息を洩らす姉さんに、息も絶え絶えにこれは危険な業だとお墨付きを貰ったこともある。
複数本出す触手に比べ、舌は人間で言う脳に近い位置に存在する為、その動きの精度も段違いなのだ。
魔法少女アイにジブリールを掛けた触手エロスで舞台はうどん工場、残り三ページで全ての言語がみさくら化を起こす程の気持ちよさ、とは姉さんの後に語った言葉である。
万が一オリエントな工業にこの舌の動作ルーチンがデータとして持ち込まれたなら、業界で革命が起こる事は間違いない。
本来なら姉さんと美鳥以外にこの絶技を使うのは不本意なのだが、先の出来事を忘れて貰う為ならば仕方があるまい。
それに、なんかシュブさん良い臭いするしな。清潔な山羊みたいな感じの。舐めるにもそこまで抵抗は無い。生肉舐めるのに比べればナンボもましだろう。

「───、──! ───! ───? ───!!!」

今さら『わかった、黙ってるから止めて!(意訳)』などと言われて信じるとでも思っているのだろうか。
さっきは只働きというお得な報酬で断った癖に、急に心変わりするなど怪しいにも程がある。
そして何気に人の姉に助けを求めないでください。何が『ちょっと句刻! いいの? 弟が今まさに変質者に!!!(意訳)』ですか。
こちとら舐めたくて舐めるんじゃないんですよ!
ていうかなんだその俺の頭を押さえつける未知なる腕力は。
ネームレスワン五百対と押し合いしても馬力で勝てる(理論値)俺の首の膂力を、シュブさんのまさしく細腕繁盛記という名にふさわしい手が押さえつけるなんて、物理法則もなにもあったもんじゃないな。

「ええい埒が明かん。美鳥! シュブさんを後ろから押さえつけろ!」

「ていうか、これ、絶対、目的と、手段が、入れ、替わって、る、よね!!」

背中に取りつこうとして、シュブさんの尻尾の様な触手の様な何かにつかまり振り回される美鳥。
これでシュブさんの戦力は半減だ。
俺はこの状態からあとかなりの数変身を残している。このままパワー勝負になれば、勝つる!

「構わん、いざとなればシュブさんの恥ずかしい写真撮影会に移行するまでだ!」

結局の所は俺の秘密をばらされなければいい訳で、いざとなれば全面降伏を翻して革命を起こしても構わない。
そう考えれば、脚を舐め回されただけでビクンビクンして白目に舌出しするシュブさんの写真あたりを押さえてしまうのも手と言えば手だ。
なんとなく、前にシュブ=ニグラスの召喚術式に使ったイヘーの護符があればどうにでもなる気もするけど、そんなあやふやな直感よりも誠意を見せて弱みを握る方が確実に決まっている。

「──────────!」

「ええい、大人しく俺の誠意を喰らいなさい!」

体内で生成した黄金の蜂蜜酒により格段に上昇した透視能力、更に医学、魔術的見地から推測されるシュブさんの脚部の最も敏感な場所は、
ここだ────!

―――――――――――――――――――

×月×日(俺は悪くねぇ! 先生が、先生がやれって!)

『とでも、堂々と書ける神経をしていればよかったのだが』
『ギター弾きながらの熱唱を見られていたからと言って、あの時の俺は少し錯乱し過ぎていた』
『そう自覚する事が出来たのは、シュブさんの爪先から脹脛半ばまでを舐めつくし、シュブさんが抵抗を止めくたりとその場にへたり込み、紅潮した頬に、呆けたように小さく開いたまま熱い吐息を途切れ途切れにし、熱に浮かされた様な潤んだ眼差しを向け始めた頃だった』
『俺が正気に戻りシュブさんの脚を舐める舌を止めると、シュブさんは物欲しそうな表情でもう止めてしまうのかという旨を告げてきた。──もう片方の足を差し出しながら』
『期待を秘めた視線だったと思う』
『俺は今までになく、また、普通に人生を送り続けていては経験する事も無かったろうその状況に戸惑い、思わず今まで何も言わずに見守っていた姉さんに視線を向けた』
『姉さんの取ったジェスチャーは【ごー、あへっど】、事の続行を示すものだった』
『姉さんからのゴーサインが出たからといって、そのまま続行してしまった俺は、やはり完全に正気に戻ってはいなかったのだろう』
『最近、シュブさんの視線が痛い。突き刺さる様な、触れる者皆焼き尽くす程に熱量を持った蕩ける様な流し目』
『だが、その視線に振り返ると慌てたように手を振りながら何でもないと首を振る』
『気不味いのだ。それはもう気不味くて気不味くて、ニグラス亭の唐揚げ定食大盛りも十割しか喉を通らない。ライスおかわり自由なのに勿体ないったらない』
『しかも、他のお客さんに比べて唐揚げが一つ二つ多かったりするのだがら勿体無さは三倍四倍、いや、十二倍』
『こういうイベントは心に決めた姉さんが居る俺に起きてもどうしようもないのだ』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「……というのが、俺がここでバイトを始めた理由な訳ですよ先輩、ご理解頂けましたか? つまり金に困っている訳では無いのです」

対面でジンギスカン定食を食べ終えた大十字は神妙な顔でひとしきり頷いた後、まっすぐな瞳を俺に向けた。

「なるほど、てっきり苦学生かなんかかと思ってたんだが、飯おごるよりも先に良い弁護士を紹介するべきだったんだな」

あの脚ペロ事件以来、微妙に気不味くなってしまったシュブさんとの関係をどうにか修復する為に俺がとった行動。
それは、やはり最初に提案した只働きだった。
友人知人との関係が気まずくなった時、人がとるべき行動は大体二つに分ける事が可能だ。
一つは一旦距離を置き、互いに冷静になる事。
もう一つが、むしろ距離を縮め、互いに相互理解に励む事だ。

危険度の少ない対処法はもちろん前者なのだが、これは同時に時間を掛けて縮める事に成功した相手との距離を大きくするという危険性も孕んでいる。
前者を安全にとる事が出来るのは、学校、職場などで嫌でも顔を合わせる相手のみ。
そうでもなければ、距離の開いた相手とそれ以降接触するのが難しくなり、関係を元に戻すどころか疎遠になる事もあり得る。

その点で言えば、嫌がられる可能性があるにしても繋がりを保ち続ける事の出来る後者の案は、ベストではないがベターな選択と言えるのだ。

まぁ、唯で働かせるのも気が引けるという事で超格安とはいえ給料は出されてしまう事になったのだが、その条件を呑まないとシュブさんが雇ってくれないのだから仕方が無い。
こうしてバイトの時間外に食事をここでとる事で給金はニグラス亭に還元する事でバランスを保とうとしているのだが、やはり関係の修復は遅々として進まない。
そもそも、学生は学業が本分だからって、周に三日しか仕事をさせて貰えないのもいただけない。

「可愛いキラケン、もとい、綺羅星ッ! もとい、可愛い後輩をいきなり犯罪者呼ばわりしないで下さいよ。──シュブさーん! 白玉あんみつチョコ饅頭一つ追加で!」

カウンターの向こうでペット雑誌のトリミング特集ページに釘付けになっているシュブさんに〆のデザートを注文する。
よくよく見れば、ペット雑誌と並んで女性ファッション誌のヘアカタログやらも積まれて、いくつか開かれている。
つまり、こちらの注文も聞こえない程に雑誌に集中しているのだ。
別に厨房で本読むなとは言わないけどさ、食堂のおっちゃんとか客居ない時に本やら新聞やら広げていたりするし。
でも、せめて注文はしっかりと聞いて欲しい。

「シュブさん、シュブ☆さん、シューッブさん♪ 白玉あんみつチョコ饅頭ーおねがいしまーす」

懐から取り出したメガホンでシュブさんに何度か呼びかけ、俺の呼びかけに気付きハッとした表情で雑誌を閉じ慌てて背後に隠し、こくこくと頷きながら了承の旨を伝えてくるシュブさんに満足しつつ、俺は大十字の顔を向け直す。
視線の先には、先ほどとは異なりジト目の大十字。

「なんです? 俺の顔が何か突いてますか」

「それがどういう状況なのかビタイチわかんねぇけど……、ホントに気不味いのか? ていうか何注文してんだよおい」

「気不味いに決まってるじゃないですか、でもデザートともなれば話は変わります。あ、あと金があっても先輩の奢りの時は目いっぱい食べると決めてるんですよ俺」

年上なんて頼ってなんぼの所があるしな。

「そんな訳で、先輩にはこういう場合の対処法とかをご教授願いたい訳ですよ」

俺の言葉に、大十字は困ったように後頭部を掻きながら答えた。

「どういう訳だっつーの。……そりゃ俺だって、同郷のよしみって事でできれば相談に乗ってやりたいけど、そんな状況でアドバイスとか言われてもなぁ」

「先輩は中学高校まで、股間のベイベルカノーネでクラスのマドンナ保健室の先生堅物風紀委員イタズラ生徒会長と、数多くの不沈艦を撃墜してきたと聞きましたが」

「どこ情報だそれ」

「脳内です、俺の」

俺の言葉に、顔の上半分を掌で押さえ、天を仰いで溜息を吐く大十字。
大十字はこんなリアクションをしているが、多分に間違った推測では無いと思うのだ。
大十字が童貞だったという噂は聞かないが、大学入ってからは魔術の修業一辺倒らしいし、女に手を出すなら発情期の中学高校時代だと考えるのは極々自然な話ではないか。
まぁ、そこら辺の細かい女性遍歴もループ毎に微妙に違っているようなのだが。

「まぁ、なんだ。お前が俺をどう見てるかはともかくとして、そんな微妙な状況になった事は一切ないから、まともなアドバイスなんて期待すんなよ?」

顔から手をどけて元の姿勢に戻った大十字は、そう言いながら苦笑した。
何だかんだあって社会不適合者、下衆野郎などの称号を欲しいままにする予定ではあるが、基本的には情に熱く義理堅い男なのだ、この大十字という男は。

「ええ、では、ご指導のほど、よろしくお願いします」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

色々とアドバイスを貰い大十字と別れ、日本に構えた自宅へ帰る為に港へ向けて歩く。
大分話し込んでしまったのか、空には煌々と月が照っていた。
美鳥は姉さんに呼ばれて先に帰ってしまっているが、まぁ移動手段は幾らでもある。
しかし、だ。

「なぁんか、な」

順調過ぎる。
鬼械神を招喚するのに十年掛かった。だが、実際に成果は出た。
最終的にシュリュズベリィ先生とエンネアを取り込んで下駄を履かせているとはいえ、魔術の修業も続けている。まだまだ伸び白は残っている。
勿論、科学面での研鑽だって忘れていない。今手元にある材料だけでもそれなりに応用は効かせられるようにしているつもりだ。

順調なのだ。余りにも順調過ぎる。
順調でない事と言えば、精々シュブさんとの関係がぎこちなくなった事と、農作に応用できる技術の開発程度。
確かに数十のループの中で少なからず伸び悩んだ時期もあった。
だが、それらは何だかんだで根気よく研究や修行を続けたり、アメリカ以外の国の図書館に訪れたりして新たな知識を入れる事で解決してきた。
機神招喚程手こずった事は無かった。どのスランプもせいぜい一、二回のループの中で解決してしまう様なものばかりだった。

改めて考えてみよう。
ここがどこであるか。
俺達をこの世界に招き入れたのは誰か。
俺が一番に危険視していたのは誰か。

姉さんはナイアルラトホテップに釘を刺したが、全ての行動を制限した訳では無い。
本来、ナイアルラトホテップは絡め手を好む。それも、遠大過ぎる程に回りくどい物を。
そこまで考えれば、自ずと答えは見えてくる筈だ。

海へと続く倉庫と倉庫の間の道に足を踏み入れ、ふと、空気が冷たく、重い物に変わった事に気が付いた。
威圧感、だろうか。
恐ろしい程に強大。未だかつて感じた敵のプレッシャーの中では一番と言っても過言では無い、いや、それでも言い足りない程。

「貴公が、鳴無卓也か」

何時の間にか、俺のセンサーにも引っ掛らず、一人の少年が姿を現していた。
華奢、細いというよりも引き締まっているという表現が似合う身体を呪術的な礼服で包みこんだ少年。
男とも女とも付かない中性的な姿。
その顔は頭上より降り注ぐ月光を遮る倉庫の陰に隠され、それでも尚凄絶なまでに美しい(でも姉さんの方が遥かに可愛い)。

事前情報通りの姿。
今まで俺の、あるいは俺達の前に現れなかったのがおかしかったのだ。
だが、だがしかし、なんだろう。
一歩、また一歩と近づいてくる少年から目を逸らさず、俺はその違和感に思いを巡らせる。

「突然だが、貴公のその類稀なる力を、僕の、いや、余の為に振るってはくれまいか」

この空気は、想像して想定していたモノに比べると、温(ぬる)い。

「余は、ブラックロッジの大導師、マスターテリオン」

そして、その黄金の瞳。
宇宙的な暗黒、本能に訴えかける恐怖と言うには、余りにも、

「地球は、狙われている」

その瞳は、邪悪に抗う強い力を秘めていた。

「え、」

「えぇー……?」

思わず喉から零れる、戸惑いの声。
────これが、この無限螺旋のもう一人の主人公との、初めての邂逅だった。






続く
―――――――――――――――――――

日本観光と近代日本史の勉強をして、デモニアック農法を開発した主人公。
いきつけの大衆食堂の店主をぺろぺろして気不味くなって知り合って数か月程の先輩に人間関係の相談。
そして港で臍出し魔術師と出会う。
三行で説明が終わる簡潔な第四十九話をお届けしました。

因みに、例によって例の如く大導師殿はママンが貪られた事を知りません。
それもこれも鳴無句刻って女の仕業なんだ。

最後の主人公の『え、えぇ……?』は、多分こんな表情です。
( ゚д゚)

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゚д゚)

(つд⊂)ゴシゴシ
 _,、_
(;゚Д゚)エ、エェ……?

以下、これが無い方が質問とか疑問とかで感想入るんじゃないかなと思う自問自答コーナー(アレハンドロ)

Q、大導師さま、何で丸いの?死ぬの?
A、ループ初期の設定なんて無いも同然だから好き勝手解釈しまくりだわーい。という、捏造。
ニトロコンプリートにループ初期の設定とか乗ってたらごめんね自分ニトロコンプリート買い損ねたからごめんね。

Q、日本勢の中で、一つだけ大きく時代が外れてるのがある気が……。
A、スパークさんからの指令も多分矢文とか。いざとなれば全部ナイアさんの仕業。

Q、大神さんの嫁が!
A、大神さんは帝都と巴里にハーレム形成してから関係無い所でお見合い結婚がジャスティス。一人二人足りなくてもわかんなくね? 多いし。


それにしても、次は早くなるかもとか言いつつ何時も通りでしたね。
シオニースレに入り浸ってたりしたせいなんですが。
シオニーちゃん好き過ぎて作品世界からシオニーちゃんお持ち帰りしちゃったトリッパーとか出してグダグダなショートを一本書いてしまいたくなるほどでした。
いや、間違いなくシオニーちゃんを調子づかせてから机バンやるだけのSSになるので書きませんが。多分。だってシオニーでシオった~スレと全く同じ内容になりかねないので。
書かないと断言できる自信が無いです。まさに魔性の女シオニーちゃん。

そんな訳で、今回もここまで。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイス、改行のタイミングと数の割合などを初めとするアドバイス全般、そして、長くても短くてもいいので、作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。



[14434] 第五十話「大導師とはじめて物語」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/06/04 12:39
数秒前までのあらすじ。
大十字にスイーツ奢らせて悠々帰宅しようとしたら、見た目がマスターテリオンなペルデュラボー君(口調は少し大導師っぽい)にスカウトされた。──以上。
そして目の前に本編。

「えぇ、と」

地球は狙われている、っていうか、ごめんなさい、こっち来て十年目位に住人フル改造してから蹴り砕きました。
後、スランプ陥った時とか、気分転換にレーザーで溶かしたりメイオウ攻撃で消滅させたり結界無しの打ちっ放しレムリアインパクトで焼きながら押しつぶしつつ汚染したりドリフ流しながらガウ=ラ入りの月を重力レールガンで落としたりして、何回か滅ぼしました。
やばいな、シュブさんには毎回事前に退避して貰うようにお願いしたし、その後にご機嫌伺いの為に何度か食事とショッピングに誘って色々プレゼントしたり、色々とアフターケアしたけど、地球を破壊した事には変わりない。
で、目の前のは地球が狙われている事に危機感を感じてる、つまり地球が大事という事だ。
どうしよう、これ、ばれたらかなり印象悪いよな……。いいか、黙っておこう。
しかし、どう返答するべきだろうか。

正直言って、今目の前に居る大導師マスターテリオン(自称)が相手ならば、間違いなく『殺せる』のだ。
原作の大導師もデモンベインを殴り飛ばせたが、それは未だ気合いの入っていない未熟な魔術師の乗る不出来な鬼械神だからこそであり、生身で鬼械神と戦闘が可能という訳では無い。
更に言えば、目の前の大導師(?)は今まで見てきたどの魔術師よりも確実に強大な力を有してはいるが、原作の描写を元に想定していた能力と比べれば見る影も無い程に力が足りない。
リベルレギスが召喚される前に速攻で決められればまず間違いなく仕留められる。

だが、実際問題既に活動状態にあるマスターテリオンは無限螺旋の流れとは異なるタイミングで殺害しても意味が無い。
何故ならば彼もまた、特別な存在(邪神の加護という名のオートリロード機能付き)だからです。
これらを踏まえて、俺の取り得る選択肢は……、
①殺害する→ニャルさんが巻き戻して無かった事に。無意味。
②逃亡する→待ち伏せされてたって事はヤサも割れてるんじゃなかろうか。報復活動で畑を荒らされそうだから没。
③協力する→これが一番現実的だが、なんかニャルさんの思うつぼ臭くて気に食わない。

「パス1で」

とりあえず保留で済ませておこう。
一旦家に帰って姉さんに相談したいし。

「貴様、折角のマスターの御誘いに……!」

回答を先延ばしにする俺の返答に、大導師(仮)の背後の倉庫の陰に身を潜めていたナコト写本の精霊(?)が、ガタっと音を立てて飛び出してきた。
うん、飛び出してきた。何か、虚空からページがにじみ出してとかそういうエフェクト一切なし。
ていうか、さっきから倉庫の陰から少しはみ出してた。顔を少し出して此方を観察してた。
表情も雰囲気も凄んでいるし、威圧感もかなりのものなのに、子犬臭がするのは何故だろう。

「良いん……、よい、下がれ、エセルドレーダ」

そして、そんなエセルドレーダ(暫定)を掌で制止する大導師(仮)。
一見カリスマ臭漂わせてる風だけど、今明らかに『よい』って言う前に『良いんだ』って言おうとしたよな。
これは、これは、いったい、ええと、なんだろう。俺は白昼夢でも見ているのだろうか。
ドッキリ、でもないよな。
何時の間にかループが終わって息子世代のミスターキシドーの同級生に転生した方のマスターテリオンと会っているとかでもないし。

「ではな。色好い返事を期待している」

傍らにエセルドレーダ(暫定)を寄り添わせた大導師(仮)はそう言い残し、倉庫街の暗闇へと消えて行った。──徒歩で。
俺はしばし大導師(仮)が消えて行った方角を見つめ続け、ゴクリと唾を呑みこむ。

「ど、どういうことなの……」

俺の呟きに答えを返す者は無く、疑問は夜の倉庫街へと静かに溶け込んでいった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

その後、周囲に此方を探る視線の類が無い事を確認した俺は、夜間飛行を楽しむことも無くワープで自宅へと直帰。
そして、まるで大導師マスターテリオンの様な、それでいて本当にマスターテリオンか怪しい人物について、何か心当たりが無いか姉さんに訊ねた。

「なるほど。でもね卓也ちゃん、別に大導師マスターテリオンだって、最初から原作の様なラスボス臭漂うノリな訳でも無いの」

だが俺の戸惑いとは裏腹に、姉さんの返答は『なぁんだそんな事か』とでも言いそうな程にそっけないもの。
姉さんにとってはありふれた展開なのかも知れないが、それでも俺はこういう事態を体感するのは初めてなのだから、こうものんびりされるとやきもきしてしまう。

「そりゃ知ってるけど、それにしても『アレ』がマスターテリオンだとするには、少しなぁ」

「でも、お兄さんはマスターテリオンについてあんまり知らないじゃん」

姉さんの言葉にも納得いかず腕を組んで首を捻っていると、美鳥が突っ込みを入れてきた。
確かに俺はここまでのループで、ブラックロッジの関係者とは殆ど接触を図っていない。

稀に覇道の船でドクターウエストと顔を合わせる事はあるが、そもそもアレとは中々会話がかみ合わず、辛うじて成立する会話はデモンベインの改造案や、科学的に優れた威力を持つ武装や科学的見地から見て素晴らしい効力を発揮する発明品に関する話のみ。
勿論大導師の人間性やその魔術師としての実力の程が話題に上った事は無い。

死体を取り込んだ『暴君』──エンネアの脳味噌の中に残っていた情報にも、大導師の人柄や能力を正確に示す事の出来る記憶は存在していなかった。
如何に記憶が取り出せるとは言っても、それはその記憶を体感したエンネアの知覚し得る範囲内の情報を知る事が出来るというだけの話だ。
『大導師マスターテリオンも邪神の企みを知っていて、解放されたがっている』というエンネアの記憶も残っているが、それは余りにも単純化された推測でしかなく、大導師がその邪神のたくらみに関してどのような感情を抱いていたのかは考えても居なかったらしい。
……何故か取り込んだ時点で大導師への憎悪の様なものはかなり希薄になっていたようなのだが、それならそれで大導師が何を考えて大導師なんてしてるのかとか、考えないものなのかね。
複雑な関係ではあるのだろうけど、仮にも親子な訳だし。

「知らないなら、これから知っていけばいいってのは、ギャルゲエロゲの主人公のセリフだよな」

大十字を差し置いて俺が言う訳にもいかないし。
ていうか、これから知って行こうと思ったら、それすなわちブラックロッジ入社という事になるのではないか。
やだなぁ、なんか臭そうな感じだし、乱交パーティとかしてるんだぜ? いやらしい。
健全な精神と健全な肉体を兼ね備えた俺からすれば、あまり所属したいとは思えない組織だ。
ていうか大導師からの直接スカウトとか、逆十字に陰険にいびられるフラグだろ、常識的に考えて……。

「うぅん、なんだか卓也ちゃんはイマイチあれが大導師マスターテリオンだって信じられないみたいね」

姉さんは頬に手を当て、眉をハの字にして困ったような表情。

「どうにもね。……あれが大導師だとしても、せめてああいう性格になるまでに何があったか分からないと納得いかないかな」

とはいえ、事はそう単純な話ではない。
ああいう性格になるまでに、大導師はかなりの数のループをこなしているのだ。
しかも俺達の様に二年ループではなく、数十年で一周のループを俺達よりも多い回数こなしている。
あの性格に至るまでの経緯を知ろうと思ったら、もう戻る事の出来ない過去のループの内容を知る必要が出てくるのだ。
ボソンジャンプに金神パワー、ド・マリニーの時計と時間を操る方法はいくつか所持しているが、それでは単純に過去に跳ぶ事しかできない。

いや、正確に言えば跳ぶ先は過去と表現するのが正しいのかも分からないのだ。
例えば十周前の南極大決戦に跳ぼうと思ったら、俺の主観時間では単純に二十年と少し前になるが、外から見た場合南極大決戦は未来の出来事になる。
勘違いしている人も多いと思うが、あくまでもデモンべイン世界のループは大十字と大導師を中心に存在しており、それ以外の存在にとっては極々普通の過ぎ去るだけの時間になる。
常に変化を続ける大導師と大十字。過去のループの大導師に会うのは、通常の時間遡航技術では不可能という事になる。
世界を軸に時間を遡るのでは無く、通常の世界の時間の流れとは異なる時間に生きる大導師の時間に合わせて過去に遡る必要があるのだ。

「つまり、お兄さんは照り夫の歴史を、初めてを見に行きたい、と」

何時の間にか、ずんぐりむっくりとした縫い包みに姿を変えている美鳥。

「待ってましたぁ! 今日のテーマは、『大導師マスターテリオンの初めて』ね、それじゃいくわよー」

「行くって何処に、ていうか美鳥の姿は何?!」

状況に付いていけない俺を無視し、姉さんと美鳥(ヌイグルミ)は肘から先を小さく動かし怪しげな踊りを踊り、口からは未知のエネルギーを含んだ呪言を紡ぎだし始める。

「くるくるバビンチョ」

よくよく見ると美鳥の目から見事にハイライトが消えうせている。

「パペッピポ」

姉さんに肉体の支配権を奪われ、魔法を使う為のデバイスとして使用されているのだろうか。

「ひやひやどきんちょの、モーグ、タン!」

ぐにゃぁ、と今の光景が歪み、眼に見える物が三次元から二次元へとその姿を変貌させていき──

―――――――――――――――――――

──気が付くと、肩に美鳥のヌイグルミ(ヌイグルミの美鳥というのが正確だろうか)を乗せた姉さんと共に、いかにも人気が無く、外からの観光客にも恵まれ無さそうな田舎町のど真ん中に突っ立っていた。
当然、眼に映るものは全て二次元、つまり絵の様な感じに見える。

「姉さんは二次元でもかわいいなぁ」

デモベの原作っぽい絵柄だが、どちらかと言えば飛翔の頃の絵柄なのでさほど見苦しくも無いどころかやっぱり姉さん可愛い。
当然、姉さんに顔が似ている美鳥も可愛いのだが、これはまぁ、いいや。

「流石の適応力ね、卓也ちゃん」

「今まさに雑な扱いをされている気がする……! ……なんか知らんが気持ち良くなってきた」

いかんぞ美鳥、マゾとかサドとかで安易にキャラ付けすると、余計に影が薄くなり扱いも雑になると相場がきまっているのだからして。
とりあえず虐めておけばいい虐めさせておけばいいなんて安易な発想は金やすりで寿命を削り取るがごとし、だ。
それはともかく、

「姉さん、ここは?」

「ループ開始前の19××年のアメリカはアーカムシティね」

「アーカムシティ? ここが?」

あの大都会、世界の中心、アーカムシティ?
この、海岸の使われて無さそうな港と、少し大きめの大学くらいしか見所の無さそうな街が?

「アーカムシティって、本当ならこんな感じなのよ? ああいう大都会に変化したアーカムの方が珍しいんだから」

どや顔もかわいい姉さんの肩の上で、ぬいぐるみと化した美鳥がるるぶマサチューセッツ特集号のページを捲りながら、ふむふむと頷いている。
ていうか、髪型とか衣服とか抜きに考えると、どう見てもピンク色の豚かモグラの出来損ないにしか見えないなこれ。百歩譲って桃色の獏か?
あの顔面のふくらみは鼻なのか口なのか。それすら判別できない奇妙奇天烈な肉体構造。
ヌイグルミに肉体の構造も糞も無いだろうけど。

「文献にもこれと言って見どころが書かれて無いね。産業みたいなのも無いみたいだし、本当に大学がある街でしかないっていうか……、お兄さん、なんであたしの鼻を揉んでるの?」

説明を続ける美鳥の鼻っぽい部分を揉んでいると、美鳥が鼻声で疑問符を頭の上に浮かべた。
やはり鼻だったか、鼻が六割、上唇が一割、口と鼻が一体化した器官が三割程度の確率だと思ったのだが、読みが当たったな。

「嫌だったか?」

「せめてもっと情感を込めてねぶる様に揉みしだいて貰えるかな」

はかはかと息を荒げ出した美鳥のぬいぐるみから手を放し、再び姉さんに向き直る。

「ここがアーカムってことはわかったけど、ここと大導師に何の関係が?」

「そうね、まずはあそこ」

姉さんが指差した先には、ミスカトニック大学の正門前の広場が存在していた。
よくよく見ればミスカトニック大学の時計塔も、なんら魔術的ギミックが仕込まれていない極々平凡な時計塔になっているのだが、問題はそこでは無い。

「なんか集まりがあるみたいだね」

広場には十数人程の集団、いや、見物人まで集めれば倍の数十人ほどだろうか。
演説台替わりの木箱の上に立ち、金髪の美少年が何やら演説を行っている。
内容は……、巧妙に暗号化されありふれた学生活動の様に聞こえるが、魔術に対する啓蒙活動とでも言えばいいのだろうか。
魔術の実践的な修行や研究をもっと積極的に行っていくべきであり、今の大学側のやり方では直ぐに限界が来る、的な事を身ぶり手ぶりも加えて熱弁している。

因みに、この暗号化を解けない人間が聞けば、彼は延々情熱的に長葱に宿る霊的脅威に関して演説を行っているように聞こえるだろう。
群衆の外側に陣取っている人々や、聞き流しながら通り過ぎる人達は皆一様に苦笑いを堪えている。
きっと、『こいつどんだけネギに付いて語るつもりだよ』みたいな感じなのだろう。

「なんか、こういう光景は逆に新鮮だね。俺が通っている時点だと魔術の積極的な実践研究とか、あそこまでおおっぴらに主張できないし」

そういう主張するのはブラックロッジの信徒と相場が決まっているし、下手に大学で言おうものなら疑いの目を向けられかねない。
元の世界では高校どまりで大学にはいかなかったけど、現実の大学でもああいう学生の演説みたいなのは余り行われていないらしい。
まぁそこは日本人の気質的な部分もあるのだろうけど、ああいう、いかにも学ぶ事を目的に大学に来ました的な若者の迸るパッションっていうのだろうか、憧れる物がある。

「そうね、ここまでなら、その感想で済むんだけど、ね」

クスリと笑いながら、姉さんは演説を続ける少年と周囲の群衆に好奇の視線を向けている。

「何が始まるんだい、お姉さん?」

なんかこのヌイグルミ美鳥、声の抑揚が激しいんだよなぁ。
わざとらしいって言うか、大げさというか。二頭身前後しか無いのにやたらぐにぐに動くし。

そんな事を考えている内に、金髪の少年の演説がそろそろクライマックスに入ろうとしている。
金髪の少年も自分の言葉と理論に大分酔っているようで、熱に浮かされた様な表情で演説を〆に掛かっている。

「魔術のあるべき姿、魔術の真理は唯机に座して理論を組み立てるだけでは到底辿り着く事はできない!」

良い事言うなぁ。

「魔術の真実とは法の言葉、そして、法の言葉とはすなわち意思そのもの!」

法の言葉とは意思である、か。
魔術は意思を持って法則を書き換える術な訳だから、これもある意味では一番魔術をシンプルに表す言葉になるか。
でも、結局その言葉だけなら座学で教われちゃうんだよな。教える側はそれなりに実践を積み重ねた魔術師な訳だし。
ああでも、ここが極々初期の、まだ覇道鋼造によって手を加えられていないアーカムのミスカトニックだと考えると、そこまで優秀な魔術師は所属していないのか?
シュリュズベリィ先生とアーミティッジ博士は元からここに所属していたにしても、それ以外の陰秘学科教授は外からスカウトされてきたのが大半だし。
陰秘学科の人数にも寄るけど、そういう教えを聞いた事の無い学生もいるのだろうか。

「法の言葉は意思(テレマ)なり!」

「法の言葉は意思(テレマ)なり!」

「法の言葉は意思(テレマ)なり!」

なんか暗号を解読出来てた連中は揃いも揃って金髪の青年の迫力に当てられて熱狂してるし、本当に教育は行き届いていないのかもなぁ。
大体、意味を理解するのはともかくとして言い方が悪い。
その騒ぎ方じゃ、どこぞの魔術結社まんまだっつうの。
せめて周囲の意味が解ってない連中とかに気付かれない程度に騒げよ、ドン引きしてるだろうが。

「……あれ?」

ていうか、中心に居る金髪の少年、どっかで見たことがある気がする。
具体的に言うと、機神飛翔のクリア後の特典CGみたいなので。

「えー、この信仰に基づいて正しい秩序について考えを深めたい、という方は、ぜひ放課後のサークル活動にご参加くださーい!」

やはりさっきの少年の言葉が〆だったようで、青年を取り巻く側では無く、青年の傍に立っていたどことなく高貴な風貌の白衣を着たアラブ系の少年が、木で作られた簡素な看板を担ぎ、見物客にチラシを配布している。
白塗りの木の看板にポップな字体でカラフルに描かれた文字。

『魔術研究サークル【ブラックロッジ】、ただいま部員募集中!!』

「ば……」

ばんなそかな。

―――――――――――――――――――

魔術研究サークルとか、きっぱりと魔術って言っちゃってるし。
葱の霊的脅威とか、カモフラの意味がまるで無い!

「ふふふ、これこそが、第一周目、まだ無限螺旋が始まる前のブラックロッジと、大導師マスターテリオンの最初の姿、という訳よ」

驚いた? ねえねえ驚いた?
そんな悪戯っぽい表情も素敵な姉さんに、しかし俺は未だに混乱から脱する事が出来ない。

「ばんなそかな!」

もっとこう、黒の王っていう位だから、生まれた時から俺最強、人類マジ皆殺し五秒前メーンみたいな感じじゃ無いのか?
こう、長生きし過ぎて擦り切れる前の大導師って、超ノリノリな悪の帝王的な感じを想像していたのだけど。
え、何あの好青年。如何にも優等生ですみたいな雰囲気なのに、しかしそれでいて嫌味なところが無く同じサークルの連中からは気軽に友人関係を築かれてるし。
ていうか、魔術一辺倒の少し嫌味孤高入りかかった大十字(今の所二十周に一回くらいそんな感じのが出てくる。魔術戦闘でぼこると治る)の初期状態よりよっぽど大学に馴染んでるじゃないか。
え、白の王ホントにそれでいいの? 初期状態でダークサイドのトップにライトサイドのステータスで劣るとかヤバくね?

「人に歴史あり、ってやつよねぇ……」

あと、今気付いたけどこれ姉さん扮するお姉さんと美鳥扮するヌイグルミ、役割が逆じゃね?
いまいち美鳥がヌイグルミになった意図が分からない……。

「ここからは少し何も無い平和な時間だから、ターニングポイントまで早送りするね」

そう姉さんが言うと、背景がまるでVHSの早送りの如くノイズ混じりに加速し、瞬く間に太陽と月が数百回入れ替わり──

―――――――――――――――――――

数秒も経たない内に、俺達はアーカムシティの外れ、今では使われていない廃港の倉庫街の屋根の上に立っていた。
一見人気が無いように見えるが、闇に紛れる様に黒い衣装に身を包んだ集団が、倉庫街のあちこちを徘徊している。
何かを探す様に徘徊する集団は、皆一様に手に武器や魔導書を持ち、衣装や肉体の一部などに旧神の印(エルダーサイン)を刻んでいる。

「あれって、もしかしなくても八月党の連中だよね」

ヌイグルミの美鳥が姉さんに訊ねる。だからビジュアル的にそこは逆だろうと。

「こんなしなびた村でもああいう連中は居るもんなんだね。狙いは陰秘学科の学生かな?」

確か、旧神以外を頼りに発動する魔術を使用する連中は全員邪神信奉者だから浄化してよし、みたいな教義だった筈だし、未熟な陰秘学科の学生とかいいカモなんだろう。
実際、元の時代みたいにアーカムシティに霊的、魔術的結界が張られていなければ、ブラックロッジの様な大手悪の魔術結社が暴れていなければ、彼等のアーカムでの活動もより活発な物になっていた筈だ。
まぁ、あの時代ではまだ旧神の名を借りた邪神の加護も無かったから、そこまで力が無いってのも原因なのかもしれないが。
彼等が力を振るえるのは、彼等が旧神と信じている邪神の加護があってこそであり、その加護は邪神の都合のよい、信徒たちを何かしらの企みの為に動かそうという時だけなのだ。
アーカムシティの外に居る八月党が、シュリュズベリィ先生自ら動かなければならない程に力を得ているのも、無限螺旋にシュリュズベリィ先生を関わらせる事に旨味を感じられなくなった邪神の企みが原因であるらしい。

で、話は今眼下で何者かを追い立てている八月党へと戻る。
普段の彼等の装備というのは、前述の理由によって魔術的に見て余り力を得る事の出来ないハリボテ同然の物だ。
が、今の彼等の武装、もしくは身体能力は、正に超人の域に達していると言っていい。
多分、今ここに集まっている連中全員で連携を組めば逆十字一人くらいなら相手取れるのではないか、という程度には全能力を底上げされている。
アレだけの能力を持ってして邪神が彼等に追い立てさせている獲物とは、一体何処の何者なのか。

「じゃ、ちょっと事情を聞いてみよっか。すいませーん、ちょっといいですかー?」

俺の思考をナチュラルに読み取った姉さんが、屋根から飛び降りて忙しそうに駆けまわる八月党の党員に話しかける。
姉さんだけを行かせるのも忍びないので、俺と美鳥も同じく飛び降り、姉さんの隣に立つ。
大きな声で呼びかけられたにも関わらず、周りの八月党員は気付く気配も無く、呼びかけられた党員だけが姉さんと俺達に振り返った。

「なんだ貴様ら、貴様らも汚らわしい邪神の信徒か!」

やはりいきなり屋根の上から飛び降りてくるというのは不審者に見られても仕方の無い搭乗の仕方なのだろう。
魔導書に魔力を迸らせ手にした歪な造形のナイフを突き付ける党員に、誤解を解く為にも俺と美鳥は努めて冷静に答える。

「とんでもない、家は先祖代々葬式の時と除夜の鐘の時と盆はブッディストだよ。クリスマスはキリスト教で、元旦は神道系になるが。あと姉弟姦推奨の宗教とかあれば籍だけ置いてやらないでもない」

「あたしはヌーディスト寄りのブッディストかな。それ以外はお兄さんと大体同じ感じで。ついでに近親在りのゾロアスター教も割と好みかも」

俺と美鳥の真っ当な返答に、何故か八月党の党員は警戒心を強めたのか、魔導書と肉体に施された術式に更に魔力を走らせ、臨戦態勢に移ろうとしている。
そんな党員の人を制するかの様に、最後に自己紹介を取っておいた姉さんが懐から何か、手帳の様なものを開いて突きつけた。

「時空警察所属の鳴無句刻よ。少し事情を窺ってもいいかしら」

姉さん、それはいきなり番組が違う……!
だが、姉さんの差し出した手帳をまじまじと見つめた党員は武器を納め、疲れた様な緊張が解けた様な表情で溜息を吐いた。

「時空警察の方でしたか。驚かさないでください」

納得しちゃうのか、手帳凄いですね。
少しだけ振り向いてそれほどでも無いと手をひらひら振り、姉さんは再び党員へと向き直る。

「貴方達八月党は、ここで一体何の捕り物をしているのかしら」

姉さんの質問に、党員は少しだけ躊躇した後、何か忌々しい、汚らしいものでも吐き出すかの様な表情で情報を口にした。

「魔導書ですよ、魔導書。なんでも、ミスカトニックに収蔵されていた力ある魔導書が何者かの手によって持ち出されて、その盗人を殺して魔導書が自力で逃げ回っているとかで」

「魔導書っていうのは?」

「世界最古の魔導書、『ナコト写本』だって話ですよ。私はみちゃいませんがね」

もう行っていいか? と続ける党員に軽く礼を言い、姉さんは俺と美鳥に振り返った。

「仄長いおっさんとか、ナレーションの人がいればもっと簡単なんだけど、ここはお姉ちゃんが担当するね」

―――――――――――――――――――

後の魔術結社ブラックロッジの大導師マスターテリオン──今はミスカトニック大学の一サークルの部長『■■■■■■■』。
元々は何処かの孤児院に預けられていた孤児の一人で、孤児院の院長の厚意で高校まで上げさせて貰えたけど、大学には行かずに就職して孤児院に恩返しをするつもりだったみたい。

しかし、高校卒業を迎えたある日、彼に一つの転機が訪れる。
アメリカのマサチューセッツにある田舎町、そこにぽつんと存在するあまり有名とは言えない大学から招待状が届いたの。
内容は──『とある条件を呑めば、学費、生活費免除で入学が可能で、成績次第では報酬も出る』
これ以上無く怪しい内容だけど、彼はその招待に思わず乗ってしまう。
何故って、手紙の端々に、彼の好奇心を強く揺さぶる内容が散りばめられていたのよ。
勿体ぶる必要も無いから、言っちゃっても良いわよね。
そう、そこには魔術に関わる者でなければ知り得ない様な暗号が多く記されていたの。

何で彼が魔術の知識を持っていたかって?
この世界じゃ、真贋を問わなければ魔術の存在に触れる事はそう難しい事じゃないわ。
で、彼の居た孤児院の院長は、一時期魔術に手を染めようとしていたの。

うん、そう、実際に染めていた訳じゃないわ。
彼は手に入れた内容に欠けのある質の悪い魔導書を繋ぎ合せて、魔術の深淵への第一歩を垣間見て、即座に研究を諦めた。
僅かながらも魔術に手を出そうとして、正気を失わずに戻る事が出来た。
それなりに才もあったんだろうけど、それよりなにより、賢明な人だったんでしょうね。

でも、完全にその道を閉ざす事は出来なかった。
本当にのっぴきならなくなった時に、何かしらの力になるかもと思って、集めた魔導書は破棄せずに、孤児院の倉庫の奥深くに仕舞うだけに留めた。
まぁ、魔術に手を出そうなんて考える人間だもの、どうしてもそういう駄目な所はあるものよ。

当然というか、運命というか、彼は院長の隠した多くの魔導書に目を通す事になる。
その魔導書を読むに至って、学校の同級生のナイ・アルラ(アラブとかエジプトとかからの留学生なんだって)とか、色々と肌が黒かったり無意味に胸が大きい美人とかに誘導されているんだけど、これは後の彼の人生からすれば必須イベントの様なものだから気にしないでいいわ。

……言わなくても分かると思うけど、彼は自分でも驚くほどの速度で魔術に関する知識を深めていくわ。
スポンジが水を吸うように、なんて例えじゃ足りない。
彼は、魔導書に記されていた間違いだらけの記述の中から僅かに存在する真に迫った記述の断片を見つけ出し、それを足がかりに魔導書に記されていない知識まで手に入れた。
そうね、断片の情報がきっかけで、ド忘れしていた記憶を取り戻す様な、とでも言えばいいのかしら。
『様な』じゃなくて、そのものだって事は分かると思うけど。

当然彼は自分の異常にも気が付いたわ。
でも、それ以上に喜びがあった。自分が今まで知らなかった世界の法則、真理が、魔術という物を知れば知る程に解き明かされていく。
でも、院長が隠していた魔導書は数はそれなりにあったけど悪書にも分類できない様な、真に迫った記述の断片すら無い物も多かったし、孤児院自体それほど余裕があった訳じゃないから、新しく魔導書を探す事も出来ずにいた。
当然よね、高校出たら即座に就職して孤児院にお金を入れようって考えてるのに、自分の知的好奇心だけを理由に散財なんてできる訳が無いもの。

──え? いやいや違うのよ責めてる訳じゃなくて、だって卓也ちゃんバイト代の半分はお家に入れてくれてたじゃない。
大体、家はトリップ先から持ってきたお宝を捌けば十分にやっていけたんだし。
お金にまぁまぁ余裕があったのは高校時代にもう知ってたでしょ?
もう……卓也ちゃんはそういう所を気にし過ぎ! 余所は余所、家は家なんだから。
お姉ちゃんは、卓也ちゃんに灰色の青春を送って欲しいなんて思った事は一度も無いんだからね?

えふんっ。ともかく、魔術の研究に手詰まり気味だった彼にとって、ミスカトニックからの招待状、推薦状かな? は、これ以上無い渡りに船だった訳。
成績優秀、容姿端麗、しかも孤児院での生活が活きているからか素行も悪くない超優等生。

え、誰かよりもよっぽど善性が強そう? 人類側の方が向いていそう?
ところが、そうでもないのよね、これが。
善性が強いっていうのは、聖人君子のように清らかであるだけじゃダメなものなの。

心身ともに清廉潔白、優等生の見本みたいなスペックの上に、魔術に対する適性も異様に高い彼は、入学してから一年を待つことなく秘密図書館への入室、そして、魔導書の所持を許された。
でも、彼は秘密図書館で魔導書を読み漁る事はあっても、特定の魔導書をパートナーに選ぶ事は無かったわ。
かのネクロノミコンのラテン語版ですら、彼の求めるレベルではなかった。
フィーリングが違う、と言えばいいのかしら。どこかで聞いた事のある様な理由よね。

秘密図書館の魔導書を読み尽くしても尽き無い知識への欲求、邪神眷属への小規模な実戦はあっても、危険な魔術の実践は許されない大学のカリキュラム。
如何に主席を維持しようとも、研究が大いに評価されようとも、元居た孤児院に仕送りが出来たとしても、

あらゆる事が順調に進んでいたからこそ、彼は鬱屈とした思いを溜めこんでいく事になる。
鬱屈とした思いを発散する為に始めた、位階の高い魔術師でもある教授陣の耳と目を避けながらの魔術研究サークル活動と実践第一主義という魔術への思想の啓蒙も、彼の心を満たすには足りなかった。

この日も、彼はサークル活動で僅かにその心を癒し、少し遠回りをして散歩をしながら家路に着こうとしていた──

―――――――――――――――――――

マサチューセッツ州、アーカム。
海岸沿いの旧倉庫街にて、彼は周囲の暗闇から聞こえる人の出すざわめきを感じ取り、一人ごちる。

「やけに騒がしいな」

彼にとってこの海岸沿いの旧倉庫街は、一人で物思いに耽る時、空の星を観測したい時、無性に月を見たくなった時と、頻繁に足を運ぶお気に入りの場所だった。
漁師達が個人で船を出す以外は利用者の居ない港とそこに続く倉庫街は、一部の時間を除いて波の音と静寂のみが居座り、人の生み出すあらゆる音と縁が無い。

同時に、彼は異変が周囲の人気の多さだけでは無い事に気が付いた。
闇の匂い。魔術に関わる存在の放つ特有の匂いが、立ち並ぶ廃倉庫の一つから微かに漂ってくる。
彼は熟練の魔術師よりもそういった存在に対して鼻が利くので、自分の実力で対処不能なレベルの存在相手であれば、一目散に逃げ出す様にしていた。
廃倉庫から漂う闇の匂いは、普段の彼であれば間違いなく逃げ出す程の濃度のそれだ。
だが、

(何故だろう……)

彼はその匂い、気配に、今まで感じた事の無い懐かしさを覚えていた。
何処か胸を突く、濃厚な花の蜜にも似た瘴気。
意味を持たされた魔力の糸、精神操作の魔術。
彼はその魔術の効能を理解し、無意識の内にディスペルし、しかしその魔術の求めるまま廃倉庫の中に足を踏み入れる。

「そう、こっちにいらっしゃい……」

廃倉庫に踏み込んだ彼が耳にしたのは年若い、いや、幼い少女の、男を誘う様な妖艶な響きを持つ声だった。
その声に誘われるように、彼は一歩一歩、ゆっくりと廃倉庫の奥、声の主の元へと歩み寄る。
廃倉庫の中の暗さにようやく目が慣れ、声の主の姿が目に映る。

其処に居たのは、黒い、夜闇よりも尚黒い少女だった。
墨を流したような黒の長髪に、黒のゴシックドレス。
肌の白さは彼女の持つ黒のイメージを強調する為のアクセントにしかならず、彼女の放つ魔力もまた、闇の色に染まっている。
黒い少女の美貌に浮かぶのは優越、ではない。
その声の調子とは裏腹に、彼女の表情には酷い焦りの色が浮かんでいた。

「君は……」

彼は恐る恐る、憔悴した表情の黒い少女に向けて声を掛けた。
自らの精神操作が通じていない事に少女が表情に驚きの色を見せると同時、廃倉庫の入り口に大量の人影が押し寄せる。
八月党の超人達だ。

「見つけたぞ」

「諦めろ、もはや逃げ道は無い」

「邪神の知識を記した忌むべき書! 魔導書『ナコト写本』!」

「貴様の命運は今日この日、我ら旧神の加護を受けし戦士達の手によって潰えるのだ!」

廃倉庫の中に殺到し、自らの言葉に酔いしれている八月党の党員達。
だが、そんな超人達には目もくれず、彼と黒い少女は互いを見つめあう。

少女は思う。
この少年は何者なのか。
この状況を脱する為だけに、運良く近くを通りかかっていた魔術の素養のありそうな人間を連れてきた筈なのに。
自分の魔術が利かない。精神操作を受け付けない。
魔導書すら持っていないただの人間に、術者が居ないとはいえ、術をディスペルされた。
この少年は、危険だ。
今周囲を取り囲んでいる連中など比べ物にならない程に。
いや、違う。そうでは無い。
私は、もっと違う事を考えている。

彼は思う。
この少女は、魔導書らしい。
この状況で怪しげな集団に囲まれて、それを打破する為だけに自分を誘い込んだだけの、邪悪な存在の筈なのに。
自発的に魔術を使った。精神を操る魔術を躊躇い無く行使した。
術者を持たない魔導書の精霊が、自発的に無関係の人間を、危険な状況に招き入れようとした。
この精霊は、危険だ。
今自分と少女を取り囲んでいる人達と比べても、遥かに。
いや、違う。そうじゃない。
僕は、もっと違う事を考えている。

「貴様、どこから紛れ込んだ!」

「いや、さてはその魔導書に誑かされたか」

「邪神の使途の誘いに乗ったからには、貴様も罰せられるべき大罪人。ここで滅してくれよう!」

手に手に構えた攻撃的アーティファクトに、致死性の魔術を流し込み始めた超人達。
だが、彼と黒い少女はそれらの状況が一切知覚できていない様に見詰め合い、ゆっくりと歩み寄り、距離を縮める。

「貴方は、魔術師、で、いいのかしら」

自分より大分背の高い彼を見上げる少女。
半ば以上分かり切った、しかし格信の持てない言葉を口にしながら少女は思う。
これも自分が言いたいことではない。
いや、自分がしたいのは、こんなもどかしい言葉の交換では無い。

「君は、魔導書かな。いや──」

自分より大分背の低い少女の見上げる視線を、まっすぐに受け止める彼。
口にするまでも無い事だ。
そして、今は言の葉を積み重ねるよりも、余程分かり易く行動で示せる。
彼は、自分を見上げる少女を抱き寄せ、奪い取る様に唇を重ねた。

驚愕に見開かれ、次の瞬間には受け入れる様に瞳を蕩けさせる少女。
彼の金の瞳と少女の黒い瞳が見詰め合い、彼と唇と少女の唇が重なり、二人は自然界には有り得ない眩いばかりの黒い光に包まれる。
月明かりの届かない廃倉庫の中を尚黒く染める閃光が晴れ、彼と少女はようやく唇を離す。
二人の姿は何一つ変わっていない。
だが、二人の関係は決定的に変化し、ある種の完成を迎えていた。
彼は、陶酔の混じった瞳で自らを見つめる少女に向け、囁き掛ける。

「君は、『僕の』魔導書だね」

愛おしむ様な、しかし、絶対的に相手を慮る心の欠けた睦言。
その言葉を受け取る少女も、彼の自らへ持つ感情を、酷くあっさりと、肯定的に受け入れていた。

「イエス、マスター。この身は常に、貴方と共に」

魔力の奔流により抜けた天井より、月光が降り注ぐ。
月明かりが、絶対的な主従関係を結んだ彼と少女を、周りに転がる、魔術の稲妻によって焼き殺された超人達の死体を、優しく照らしていた──。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ううむ、これは、なんとも。
とりあえず、まずはこれだけでも言っておかなければ。

「この物語には原作に登場しないエピソード、設定、独自解釈などが多量に含まれております」

俺の言葉に、ヌイグルミ美鳥が天を見上げ空を指差しながら憤慨する。

「そういう事は前書きに書いておけよ馬鹿!」

千歳さんに言いたいんだろうけど、千歳さんはもうこの世界に関しては匙を投げたあとだからな?
大体、もうこの世界の中に入ってる訳だからクレーム付けても意味無い訳だし。

「言いたい事は分かるけど、何でもかんでも事前にネタばれして貰えるって根性じゃ生きていけないわよ?」

「やだー! 事前にオチ読んで安心できないのやだやだー!!」

じたばたと暴れるヌイグルミ美鳥は姉さんに頭頂部を掴まれて肩の上に置き直される。

「そりゃ、表紙の絵からオサレ系バトルファンタジーかなーとか想像して購入したラノベが超鬱展開ありありだったりするのも、大人の階段を駆け上るには大事なファクターだけどさぁ」

だからって全年齢向けのラノベで『どうだ、好いた男の前で女になった気分は!』とかやられても超困る。
いや、そうではなくて。

「なんか、途中まで原作主人公よりよっぽどヒーロー&ヒロインっぽいと思ったら、契約直前から大導師殿いきなり悪落ちしてるんだけど」

八月党員とか、契約時のどさくさで放たれたアブラハダブラで瞬殺されてるし。
少し前まで過激思想に染まりつつも殺人とか一切した事の無い善良な一般魔術師見習いだったのに。
……これ見て思うけど、禁書の二次創作に出てくるツンデレヒロインって、こういう攻撃を初対面の殺す気も無い相手にぶつけたりするんだよな。
半ば殺す気で掛かってくるネギま二次創作の某狂犬(種族的にはひこうタイプだが)と比べて、どっちを優先的に通報するべきか悩む人間性である。
ま、実際に出会っても脅威レベルは限りなく低いから、別段気にする必要も無いのだが。

「流石に未来のマスターテリオンなだけあって頭の回転も速いし、思い切りいもいいから、周りからは行動が短絡して見えるのよね。今、マスターテリオンはナコト写本に対して『僕の魔導書』って言ったでしょ?」

姉さんの言葉に少しだけ思考を巡らせ、納得する。
ナコト写本といえば、ミスカトニック大学秘密図書館に収蔵されている魔導書の中でも禁忌の品の一つ。
魔術師と魔導書の契約に対してきつい縛りを持たないミスカトニックといえど、首席とはいえ一学生にそんな危険な魔導書を与える筈が無い。
つまり、このままナコト写本との契約を続けようと思ったなら、ミスカトニック大学から離反するしか道は存在しないのだ。
と、そこまで考えて、昔調べたナコト写本に関しての情報を思い出す。

「あれ、でもミスカトニック大学のナコト写本って不完全版じゃなかったっけ?」

ていうか、少なくともミスカトニックにあるナコト写本は不完全な内容の英語版だ。
取りこんで熟読して実践を繰り返した俺が言うんだから間違いない。
まったく、世の中には古本屋の百円投げ売りコーナーで力ある魔導書を手に入れる様な魔術師も居るというのに、どうしてこう主要な図書館には碌な魔導書が存在しないのか。
俺だってアーカムの中の古本屋は全て廻ったし、一冊ぐらいセラエノ断章と同じ程度の位貴重な記述のある魔導書を見つけてもいいだろうに。
日本にも良いのはあったけど、他作品だから何時記述の意味が通じなくなるか分からないのがなぁ。
それ以外の国になると、知らない魔術師が浚ってったか覇道財閥が掻き集めたりしてスカスカだし。

「そこはそれ、裏で手を回している奴がいるから」

姉さんがパチリと指を鳴らすと、月明かりの下で堂々と廃倉庫の間を歩くマスターテリオンの基とナコト写本の精霊という場面が消え、アーカムの大学近くの路地裏に場面が切り替わった。
月明かりが届かない訳ではないが、空き家が多い為か路地裏は全体的に薄暗い印象を与えてくる。

そんな路地裏のど真ん中で、白衣を着た黒人の青年が胸から血を流して倒れている。
前の前のシーン、マスターテリオンの基が大学の広場で演説を行っていた際に、サークルの看板を掲げていた青年だ。
地面に広がる血の量を見るまでも無く、この倒れている青年からは生命反応が感じられない。
死んでいる。と、普通ならそう判断するのだろう。
だが、微かにこの青年から放たれる闇の気配には記憶がある。
俺は倒れている青年の肩に手を置き、揺さぶりながら声を掛ける。

「お客さん、白と黒の王が一周目でいきなりトラペゾ召喚しましたよ」

「マジで!?」

死体に擬態してる場合じゃねぇとばかりに飛び起きる青年。
その顔は最早人間の形をなしておらず、底の知れない闇とそこに浮かび上がる燦然と炎え滾る三つの瞳。
口の様な亀裂を顔面が上下に分断される程嬉しそうに歪めたその表情が、辺りを見回し次第に口元の亀裂をへの字に歪め、炎え滾っていた三つの瞳は泣く寸前の様に揺らめき始める。
遂にはその場に再び寝転がり、三つの瞳から混沌汁を垂れ流しながら地面にのの字を書き始めてしまう。

「なんだ嘘か……」

「一瞬だけでも信じる方がどうかしてるよ」

まぁつまり、この黒人の青年に擬態したニャルさんが今回の件の黒幕なのだろう。

「これが世に言う困った時のニャル任せというやつね。図書館からナコト写本の英語版を持ち出したのもこいつなら、英語版を何処からか持って来た原本と摩り替えたのもこいつ、も一つおまけに、鬱屈としていた彼にサークルの立ち上げを提案したのもこいつよ」

「マジで全部こいつの仕込みかい」

俺達の会話に反応して、少しばかり元気を取り戻した青年が立ち上がり、顔面を黒人の青年の顔に戻しながら、投げやりな態度で口を挟んだ。

「後々殆ど自動化する予定だからこそ、スタート前には多くの仕込みが必要になってくるものなのさ。ま、僕が何をしなくても彼は何処かでマスターテリオンになっていたと思うけど」

肩を竦めるニャルさん。
見た目は完全に黒人の青年なのに、声だけ折笠とか止めて貰えるかな。
そしてところどころ若本が混じるとか止めて貰えるかな。

ここで、そんなニャルさんの声の混沌具合など気にしないヌイグルミ美鳥が、手を上げて抑揚の激しい声で疑問を投げかけた。

「はい質問、確か大導師マスターテリオンって、ヨーグルトソースとネロの間に生まれる邪神ハーフだと思うんだけど、なんでごく普通に日本の孤児院に預けられてたの?」

「ヨグ=ソトースな」

子宮にヨーグルト突っ込んで女が孕むとか、クトゥルフ神話とは全く別ベクトルのミステリーだろうが。
美鳥の問いに、ニャルさんは顎に手を当てて身体を傾げ、唸る。

「うぅん、君達相手なら思う存分ネタばらしが出来るんだけど、今の僕って回想シーンだろう? 明日の朝には死体で発見されて彼の悪落ちの一助になる予定だから、ここを離れられないんだよね」

そう言いつつ、ニャルさんはちらりと姉さんの方を流し見る。
そして、俺はそんなニャルさんの首をハスターの風で切断し、ポンと空に跳んだ頭を魔銃クトゥグアでぶち抜き焼却する。
首の無くなったニャルさんの死体が今度こそ動かなくなり、路地裏に再び倒れ伏す。
両性具有の混沌風情が姉さんに流し眼とか、虫唾が走って思わず攻撃的行動を取らざるを得ない。
だが、クトゥグアを使ったのは少し早まったことをしただろうか。
クトゥグアの砲弾はニャルさんの頭部を燃やしつくしただけでは飽き足らず、貫通して周囲の民家も燃やし始めてしまった。
でもまぁ、回想シーンだし、いっか。

「じゃ、後々そのくだりも軽く説明するから、そろそろ次の場面ね。美鳥ちゃん!」

姉さんの手がヌイグルミ美鳥の尾てい骨の辺りに捻じ込まれ、一瞬だけ美鳥がびくりと跳ねたかと思うと、次の瞬間、美鳥の身体に姉さんから膨大なエネルギーが供給される。
白目を剥いた美鳥が、姉さんの手に操られるように前を指差す様なジェスチャーをし、叫ぶ。

「バビンチョ!」

掛け声とともに美鳥の身体から名状しがたいエネルギーが解放され、世界がぐにゃりと歪み、暗転した。

―――――――――――――――――――


次の場面などと言われても、一体次はどの場面に移るのか。
そんな事を心配している間に再び視界が戻り、早送りかダイジェスト風に次々と場面を映していく。
八月党の襲撃の翌日、路地裏で発見された黒人の青年の遺体は即座に鑑識に回され、以前から大学側に目をつけられていた魔術研究サークルの副部長である事が判明する。
すると直ぐに、青年を殺害したのは、長い間図書館に封印される間に精霊として活動するだけの魔力を失っていたナコト写本では無く、今現在のナコト写本の持ち主であるという噂が流れ始める。
そして、死体には争った形跡も無く、貴重な魔導書を持ったままでも接近を許してしまう程青年に近しい人物の犯行というのが濃厚な線として浮かび上がった。

青年の大学での交友関係が洗い出され、ナコト写本の主となった彼は警察に参考人として呼び出されるもこれを無視。
魔術研究サークル『ブラックロッジ』の部員と共に大学に退学届を付き付けた彼は、煩わしい警察の手から逃れる為、元部員達と共に地下活動を開始した。

活動の内容は大学でのサークル活動と同じ。
しかし、内容はモラルをかなぐり捨ててより過激に。
非合法な実験、非人道的な儀式も当たり前に行われる、真に魔術を極めんとする者だけが集まる組織へと徐々に変貌を遂げていく。
噂を聞き付けた位階の高い魔術師を講師として招き、その活動は更にエスカレートを続ける。

自らの存在への探求心から悪の極致へと走り始めた魔術師の少年と、少年に寄り添い悪の道へと走り続ける魔導書の精霊。
彼等の出会いから、数年。
魔術研究サークル『ブラックロッジ』は、アメリカでは知らない者は居ないとされる程の大組織へと姿を変えた。

その名も、秘密結社『ブラックロッジ』
世界で一番有名な秘密結社の誕生である。


―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そして、ダイジェストが終わると共に目の前に広がった光景に、耳朶を打つ熱狂的な信者達の叫びに、俺は思わず自らの正気度を疑った。
場所は、恐らくは夢幻心母だろうか。
玉座を中心に広がる広大なドーム状の広場に、無数の信者達がひしめき合っている。
信者達の服装は様々だ。
スタンダードな魔術師然としたローブを身に纏った者、黒いスーツを着て、顔を魔術的紋様の刻まれたマスクで覆った者。

有象無象に紛れて、少し位階の高い連中も居る。
白と黒のストライプスーツを身に纏い、歯をむき出しにして笑う口が描かれた工事現場のコーンの様なシルエットのマスクを被った者達。
身体にフィットする黒いスーツに、顔にはサイコロの目を一面ずつ刻んだ覆面で顔を隠した六人組。
黒い五芒星が刻まれた手袋に、日本の軍服を身に纏った長身痩躯、鋭い眼光に尖った顎が特徴的な、やや頬の扱けた男。腰に下げた刀はかなりの業物だろう。
……日本からの参戦も多いようだが、土壇場で消滅したりはしないのだろうか。

だが、問題なのはそこでは無い。
彼等は、広間の中央に居る彼等の王に向け、一心不乱に叫び声を上げている。

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

俺の知る原作であれば一息に言い切られるであろうこの言葉が、ある一点で区切られているのだ。
そして、皆一様に不可思議な動きを行っている。
いや、ここまで来てしまえば、もう玉座を見て皆のお手本となっている人物に視線を移した方がいいのだろう。

玉座の前に立ち、結社の社員達に向けて、彼は何時かの様に熱弁を振るう。
右拳は胸に当て、左手は掌を広げて左斜め下にピンと伸ばされている。指先まで。

「そう、我らこそが、我らだけが世に魔術の真髄を知らしめることが出来る! いや、無知蒙昧な大衆の目を開かせる事は、我らの義務だと言ってもいい!」

その言葉に、いかにも選民思想に溢れていそうな連中が湧き立つ。
だが、玉座を前に演説する彼にとって、この演説は社員達を奮い立たせるだけのおべんちゃらなのだろう。
この言葉に、真実味は無い。

「だからこそ! 我らは成し続けなければならない! 魔術の研鑽を! 未知の探求を! あらゆる道理、道徳を投げ捨て、ただ、目指すのだ!」

そう、これこそが、この結社がここまで大きくなった理由。
それこそ一般市民の犠牲を顧みず魔術の研鑽を望む者にとっても、魔術の研鑽と称して一般市民を食い物にする者にとっても、この教義は都合がいい。
リーダーは強く、普通の国家権力には捕まらない。
そんなリーダーを中心に集まる魔術師達もまた位階の高い魔術師だ。
そんな彼等をバックに付ければ、より派手に、大胆に活動する事が可能となる。
そして、彼の心からの言葉に、共感を覚える者もまた多いのだ。

だが、今はそんな事が問題ではない。
彼は、更に一歩前に踏み出し、社員達の前に己が姿を晒す。

「我らの頭上に、法の言葉を、我らの意思を!」

まず、左腕を肘から曲げ、掌を腰に当てる。

「法の言葉は──」

胸元に当てがっていた拳を開き、右肘を顔の高さまで上げ、手を顔の横に移動。
そして、

「意思(テレマ)なり!」

──ビシィッ、と、横に倒したピースサインを顔の横に広げた。
広げたのだ。
これ以上は無い程の、見事なまでの決めポーズ。

「意思(テレマ)なり!」

「意思(テレマ)なり!」

「意思(テレマ)なり!」

「意思(テレマ)なり!」

そして、次々と同じ動作を行う社員達。
彼等の一糸乱れぬ動作に、俺は思わず視線を逸らした。
こんなのって、こんなのって無いよ……。
あんまりだよ……!

「卓也ちゃん卓也ちゃん」

そんな俺の目の前に回り込んだ姉さんが、左手を腰に当て、右手を顔の横に持って行く。
そして横倒しのピースサイン。

「意思(テレマ)なりっ☆」

キャピルン♪ な感じの表情でやられても。

「やめたげてよぉ!」

これ以上、彼の、いや、大導師の傷口に塩を抉り込む準備をはよして貰えないかな!
あと美鳥、デジカメで撮影するのも出来れば止めてあげて欲しい。
そんなスパロボ世界最先端の機種まで使って致命打レベルの黒歴史を保存しないであげてくれ。

駄目だ、これ以上この光景を見続けたら、俺は回想から覚めた後、まともに大導師の顔を直視できなくなってしまう。
いくら大導師が協力を求めていると言っても、顔を見るなり噴き出したりしたら怒るに決まっている。
ブラックロッジに入るにしろ入らないにしろ、大導師とは敵対しないに越したことは無いのだから、そんな真似をする訳にはいかない。

「そうね、もう美鳥ちゃんも十分記録したみたいだし、ここから大導師が卓也ちゃんの所に現れるまではダイジェストでいくね」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ダイジェストというからには、魔術結社としてのシリアスな側面が流れていく筈。
そう考えていた時期が、俺にもありました……。
いや、間違いなくブラックロッジの活動のダイジェストではあったのだが、その活動内容が問題だったのだ。

まず、流離の魔術師、マスターオブネクロノミコンの大十字九郎との戦い。
アンチクロス的立ち位置に存在する魔術師によって窮地に立たされる大十字九郎。
そこに颯爽と表れて逆十字を撃退、大十字の窮地を救う仮面の男。
御存じ大導師である。
ライバルとなる可能性のある男を部下にみすみす殺させる訳にはいかないという理由で正体を隠して助太刀。
因みに、大十字をライバルだと思うのは、一目見て運命を感じたから。

次に、仮面の男では無くマスターテリオンとしての初登場時。
大導師は普段はしない様なおめかしをして、大十字の前に現れた。
そう、大導師の貴重な地球皇帝装備である。
上半身は素肌にマントだが、マントのお陰で総合的な露出度が変わっていないという不思議使用。
美系であるが故か、頭部に乗せられた王冠がはまり過ぎて怖い。

なんというか、とかく、この大導師ノリノリである。

そんな大十字九郎とブラックロッジの戦いが幾度か繰り広げられた頃のだった。
運良くブラックロッジの下っ端構成員の足取りを追う事に成功した警察と軍が、政府からの特命でブラックロッジの構成員の一斉検挙を行おうとしたのだ。
政府お抱えの魔術師監修の元に捕縛用の魔術が付与された銃弾、魔術的防御力を持たされたプロテクターなど、装備は万全。
アメリカはマサチューセッツの片隅の辺鄙な田舎町。
ブラックロッジの脅威を肌で感じた事のある一部の警察を除き、大半の人員が『こんな田舎のマフィアもどき程度に、ここまで人員を割く必要はないだろう』と苦笑していた。
そんな彼等は、地面を割り砕いて現れた巨大な移動要塞から発せられる怪音波によって、一人残らず人間では無い『何か』に変貌し、全滅。

魔術結社ブラックロッジのアジトにして、最終作戦における要ともなる超弩級移動要塞『夢幻心母』
地面を穿つ為にその天辺に取り付けられた一際巨大な物を含め、地中移動用に無数に取り付けられたドリルが異様な輝きを放つ、たった一機で世界中の軍隊を相手取る事の出来る魔術母艦。
大導師マスターテリオンのミスカトニック大学時代からの盟友にしてライバル、魔術と科学という、相反する題材を扱う空前絶後の大天才、ドクターウエストの技術協力の賜物である。

そして、空気中の字祷子とエーテルを掘り進みながら、夢幻心母は世界中の主要都市を破壊していく。
時には体中にドリルを生やした無数の破壊ロボが、時には下部組織で製造された様々な怪ロボットが、日本から呼び寄せられた魔人の使役する式神が、地上のありとあらゆるモノを破壊していく。
世界中の軍隊が抵抗空しく蹂躙され、抵抗者が居なくなった所で、各地に設置された空間投影装置により、裸マントに王冠を被った大導師マスターテリオンの姿が、世界中に人々の前に晒される。
煽りライトで下から照らされた大導師は、全世界に向けて、第一声を放つ。

『我は魔術結社ブラックロッジの大導師にして、この地球の新たなる支配者、地球皇帝マスターテリオン!』

ここで、両手を広げてマントを広げる。
腰が僅かに捻られているのもポイントである。
……実は大導師本人じゃなくて、憑依オリ主とかじゃないよな。

そして、全世界の魔術師、異能者、正義の味方達に対しての宣戦布告。
正規軍は最早我らに太刀打ちできない。だが貴様等には我らを止るその機会を与えよう。
我らはこれより南極へ向かい、大いなるもの『クトゥルー』を招喚し、世界を滅ぼす。
我らの野望を止めたければ、命の惜しくない者から掛かってくるが良い。

そんな感じで行われた世界中の人類側の魔術師、異能者などへの挑発。
だがこれは、逆十字に位置する構成員にすら知らされていない、マスターテリオンの企みを成功させる為の生贄でしか無かったのだ。

―――――――――――――――――――

夢幻心母の中枢、内部に収まる形で密かに召喚された神の肉。
神の肉に組み込まれた、機械仕掛けの神が居る。
魔導書『無名祭祀書』の鬼械神、ネームレス・ワン。
そのコックピットの中で、今も神にその身を貫かれ、犯され続けている一人の少女の名は『ネロ』。
ブラックロッジが魔術結社となって直ぐに始まった『ムーンチャイルド計画』の唯一の完成系。
そして、そんな彼女を陶酔の表情で見つめる少年が一人。

大導師マスターテリオン。
ミスカトニック大学の時代から数十年かけて、遂に少年は自らの出生の秘密を知る事となった。
マスターテリオンは、彼は、この情景に覚えがある。
そう、今、目の前で神の肉に身と心を犯されている哀れな少女。
この少女の胎の中から、かつての自分は、今の自分と、夢幻心母を見つめていた。
信徒達の熱狂と、邪神の肉が母を繰り返し貫く音を子守唄代わりに、まどろむ意識の中で自分は確かに、未来の自分の姿を目の当たりにしていたのだ。

そう。この邪神召喚計画、『C計画』は水泡に帰する。
夢幻心母を文字通り虹色の水の泡へと変貌させる、より高位の邪神の介入により、ブラックロッジの最終計画は破綻するのだ。
南極に集い、夢幻心母に突入し志半ばで散って行った多くの人類の味方達。
彼等が死体になり果てる場所を調節し、意図的に夢幻心母内部で新たな魔法陣を構築し、召喚されていたクトゥルーを生贄に捧げ、より上位の神を招喚した。
そう、大導師マスターテリオンが自らの出生の秘密を知る為、最後に取った手段。
それこそが、ブラックロッジの企みを潰えさせる重要な鍵となっていたのだ。

──あらゆる時間と空間を支配する外なる神、ヨグ=ソトース。
この邪神は招喚された瞬間に、あらゆる時間、あらゆる空間に偏在するという特性から、
『クトゥルーが孕ませていたと思われていた邪神の巫女となる少女は、既にその更に前に少女の腹の中に自らの種を蒔いていた』
という、タイムスケジュールを完全に無視した結果を生み出したのだ。

そうして彼は、大導師マスターテリオンはこの世に生まれ落ちる。
産まれたばかりでの赤子が、父親から受け継いだ力を不完全な形で発動させ、過去の世界へと自らを跳躍させた。
そして、不完全な時間移動のショックで、彼は自らの持つ異能、邪神と人間のハーフであるという忌まわしい事実を忘却する事になる。

「ふ、ふふ」

何の事は無い。
今まで魔術の知識を恐ろしい速度で習得できていたのは、邪神の子であるが故に最初から持ち得ていた知識が蘇っていただけのこと。
極簡単に人を殺した事を受け入れ、人の道から外れた行いが出来たのも、何もかも、生来の特性を思い出していただけなのだ。
白い物が黒く染まった訳では無い。
自分の色が黒である事を完全に忘れて、白い、清らかなものであると錯覚していただけ。

「は、はははは、はははははははははははははははははっ!」

そう、この神の、邪神の子であるマスターテリオンにとって、この場に悪の悪の組織の大首領として存在するのは、運命だったのだ!
そして、これが運命であったのならば、

「君もまた、僕の運命の人、という事になるのかな? 大十字、九郎!」

振り向いた先に見える、破砕された夢幻心母の隔壁。
其処に居るのは、機械の神とそれを使役する一人の男。
夢幻心母を守るブラックロッジ十五羅漢と、更にそれを束ねる十神将、その中でも優れた者だけが選抜されるという五大頂と、五大頂では足もとにも及ぶ事の出来ない四天王に、変身能力を持たない最も格下の一人を除いた四天王の真の姿である三鬼神を打倒し、遂にここまで辿り着いた怨敵。
最強の魔導書より招喚される鬼械神を駆る流離の魔術師、大十字九郎。
九郎の駆るアイオーンは、頭の上に乗せられたオリハルコン製のカウボーイハットを人差し指で押し上げ、もう片方の手で銀色の魔銃をマスターテリオンに向ける。

引き金を引けば、万が一億が一程度の確率で自分を殺せるかもしれないというのに、大十字九郎は引き金を引こうとしない。

【抜きな、お前の鬼械神(ガン)を】

情けのつもりか? いや違う。これこそが、彼がマスターテリオンの運命の相手である所以。
アウトローな流れモノを気取っても、どこか人に優しく、見捨てる事が出来ない。
自分の獲物が銃なら銃を、刃なら刃を、鬼械神なら鬼械神を使う相手としか戦う事をしない。
黒を気取った白いヤツ。
悪を切り裂く正義の刃。
それこそが、マスターテリオンの対極に存在する者の真の姿。

その事実が、マスターテリオンを高揚させる。
あの日、ネクロノミコンを追跡中に部下が遭遇した流しの魔術師。
一目見た瞬間に感じた運命は、正しく宿命の対決へと連結されたのだ!

「征くぞ、エセルドレーダ!」

マントを翻し、吊るしていたナコト写本に呼びかける。
頁が風に煽られた様に翻り、渦を巻くように纏まり、人の形をとる。
現れた人の形はマスターテリオンに寄り添うように立ち、答える。

「イエス、マスター。何時までも、何処までも」

構築される機神招喚の術式。
現れる最強の鬼械神。

対峙する魔術師と魔術師。
刃を交わし、銃口を向け合う白の王と黒の王。

────これが、これから幾度となく繰り返される最終局面の、最初の光景であった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そうして、今現在の二人の位階からすれば低レベルにも見える激戦の末、大導師と大十字は過去へと跳ぶ。
大十字はアイオーンの残骸と共に砂漠に墜落し、覇道鋼造から金の鉱山の地図を渡され、それと引き換えに故郷の女へと伝言を頼まれる。
辿り着いた街で、自分が数十年前の世界に飛ばされた事を知る大十字は、いずれ現れるマスターテリオンとブラックロッジに対抗する為、頼りない歴史と経済の記憶、そして金の鉱山を元手に、一大組織を結成する。
後のループに言う覇道財閥の誕生だ。

過去に降り立ったもう一人の魔術師、大導師マスターテリオンはこれを境に一時的に歴史の表舞台から姿を消す。
いや、彼もまた暗躍を続けるつもりなのだ。
大十字九郎が覇道鋼造に成り変わり覇道財閥を設立した様に、大導師もまた、後に現れるブラックロッジをより強靭なものとする為、自らの元にかつて集まった信徒達から聞いた情報を頼りに、魔術の腕を磨き、志を共にする仲間を集め始める。
より優れた邪神の子である自分が世界を我がものにするのは当然なのだと。

優れた魔術師としての力を持ち、邪神の子としての力を自覚した彼には、奇妙なカリスマ性が存在した。
人を引き付ける人外の魅力、逆らうなど想像も出来ない圧倒的な力。
そして、彼の元に集えば、今までよりも遥かに安全に魔術の実践と研鑽ができる。
後に人員をブラックロッジに組み込む為に作られた名も無い魔術結社は、瞬く間にその勢力を広げていく。
水面下で徐々に勢力を拡大し続ける魔術結社は、その成長途中で幾度となく大十字九郎──覇道鋼造と熾烈な戦いを繰り広げ、遂に、過去の大導師とナコト写本との出会いの時が訪れた。

だが、ここで大導師にとってもナコト写本にとっても予期せぬ事態が発生した。
時は19××年、本来ならばミスカトニックの秘密図書館から盗み出される筈のナコト写本が盗み出されず、それどころか、過去の大導師すら存在していなかったのだ。

―――――――――――――――――――

「つまり、どういうこと?」

「簡単な話よ。邪神、まぁニャルさんな訳だけど、ニャルさんの手によって弄られた大導師の因果は、通常の因果からは外れてしまった。
今の大導師に、過去の世界で孤児院に拾われミスカトニックに入学する、という過程は存在しない。
産まれる寸前の彼が能力の暴走で過去に飛ばされるという因果は、ヨグ=ソトースの門で大導師マスターテリオンが過去に降り立つという因果に上書きされて消滅したの。
だから、生まれた瞬間から大導師マスターテリオンへと成長するまでの過程は完全に短絡される」

なるほど、これがニャルさんの言っていた工程の自動化ってやつか。
後はネロが邪神に犯されて子供を孕むという因果さえ流れに組み込んでしまえば、黒の王の周りの仕込みはほぼ完成する。
産まれてから大導師になるまでの工程を省略して、即座に完成した大導師が生まれる様にすれば、わざわざ分体を人間に化けさせてあれやこれやと誘導する必要も無い。

「初めてループするまでの時間を無限螺旋に含まないのはそういう意味もある訳だ」

「そ。悪の極致なんて言われる存在に『元ミスカトニックのエリート、優等生で実家に仕送りもしている』なんて設定必要無いものね」

「物語としてあくまでも王道を目指すなら、悪の側に小難しい理屈も改心しそうな背景も必要ない。ニャルさんっぽいと言えばニャルさんっぽいシナリオじゃないかなぁ」

とはいえ、悪の極致として無限螺旋に配置される前にああいう流れが存在したなら、どこかで大導師がふと我に返ってまともになる、なんて事も無いではないのだろう。

「後のループの分は、まぁ無限螺旋前のノリノリぶりから予測できるだろうから、一気に流していくわね」

―――――――――――――――――――

後の流れは、極々有り触れた展開が延々と続いて行く事になった。
原作と全く同じ、という訳ではないが、無限螺旋の中のアーカムは、おおむね未来の知識と金の鉱脈を知る覇道鋼造の手によって魔術的防御能力を備えた大都市へと変貌を遂げる。
当然、拠点となるアーカムが大都市となった以上、人や金を集めるのにも便利になり、ブラックロッジも以前と同じように拠点をアーカムかアーカム近辺に置き、他の都市に移動する事も無くほぼアーカムの中でのみの活動へと切り替わった。

これはアーカムを大都市として成長させ、世界中に被害が拡散しない様にアーカムにブラックロッジの注意をひきつけるという覇道鋼造の目論見通りの結果だった。
更に言えば、ブラックロッジが活動の場をアーカムシティに集中する事により、自らがブラックロッジを追跡しやすくするという利点も存在する。
いや、覇道財閥総帥としての彼では無く、魔術師としての彼としては、そちらの方が本来の目的だったと言ってもいい。
そう、大都市アーカムは何も、完全に人類の安全だけを考えて善意のみで造られた訳では無い。
このアーカムシティ全体が、覇道鋼造と大十字九郎がブラックロッジと戦う為に作られたリングだったのだ。

闘技場、決戦場としての都市改造計画。
これをアーカム計画と名づけ、覇道鋼造は見事にこれに成功する。
世界有数の大都市と化したアーカムシティ。
大暗黒時代にして大黄金時代、大混乱時代でもある世界の中心、文化の最先端とも言われるようになったアーカムには、一般人、富豪、貧民問わず集まり、自らの成功を夢見て精力的に集まり出す。
そして、この周の大十字九郎もその一人であった。

時代的にまだ流しの魔術師として活動し始めたばかりの大十字を、覇道鋼造は自らの財閥のお抱え魔術師として囲い込む事に成功する。
あちこちを彷徨いながらの魔術の研鑽よりも、早いうちから魔術に関する英才教育を施して戦力として強化、自らも共に闘う事で、今度こそブラックロッジの大導師、マスターテリオンを打倒しようと考えていたのだ。

その企みは、確かに成功を収める。
正義の極致としてではなく、あくまでも覇道鋼造として無限螺旋で始まった、無限螺旋が始まる前の大十字九郎。
彼はあくまでもこれ以降に生まれる善性の極致を育成する為の礎でしか無く、邪神の誘導によって自らに肉体と魂の改造を施し、既に人の枠から外れかけていたのだ。
魂の摩耗を気にせず機械語写本によってアイオーンを部分招喚し、デモンベインの原形とも言える鬼械神招喚補助用の機械人形を駆り、大十字と共にブラックロッジと戦い続ける覇道鋼造。

果てしない戦いの果て、遂に大十字九郎と覇道鋼造は二基のアルハザードのランプを搭載した鬼械神を超える超鬼械神、アイオーン・デモンベイン(和訳すると続編のあれと被るので割愛)を召喚。
大導師マスターテリオンの駆る最強の鬼械神、リベルレギスと壮絶な死闘を繰り広げ、覇道鋼造の命と引き換えに悪の大首領マスターテリオンを討ち取った。
恩師である覇道鋼造の死体を抱きしめながら、大十字は男泣きに涙を流す。

『これで、世界は救われた。全て貴方のお陰です……!』

覇道鋼造の招喚していたアイオーンが消滅し、鋼のフレームと融合したアイオーンだけが残される。
そのアイオーンで夢幻心母を脱出しようとした大十字の背を呼びとめる声。
そう、ネロの胎内に存在した胎児が、一つ前の大導師の死をきっかけにして、新たな大導師マスターテリオンとして誕生したのだ。

後は、無限螺旋に入る前と同じ流れだ。
原作では一旦外に出て突入するまでに熟考するのだが、ここの大十字は覇道鋼造によって鍛えられた戦士。
その過程で知り合い、姉弟の様な兄妹の様な関係になった覇道瑠璃へと通信で短く別れの言葉を交わし、即座にヨグ=ソトースの門へと突入する。

次の周、またも同じ砂漠に墜落し、大十字九郎は覇道鋼造として活動を始める。
以前と違う点があるとすれば、まずは前回の覇道鋼造が大々的に活動していたお陰で、今回の大十字の経済、歴史に関する知識が豊富だった点。
これにより、覇道財閥は以前よりも格段に勢力を拡大し、より強力な力でブラックロッジに対抗できるようになった。
次に、この大十字九郎があくまでも生身の人間の魔術師であるという事。
彼は肉体と魂の改造を前回の覇道鋼造に堅く禁じられているので、これ以降も肉体を改造しなかった。
更に、デモンベインの雛型となる鬼械神招喚補助用の機械人形の存在。

そして最後に、前回の大十字九郎から見た覇道鋼造とは僅かにとった戦略が異なるという事。
身近な所に頼れる師が存在すると、ついついその相手に依存しがちになってしまう。
だからこそ、今回の覇道鋼造は大十字九郎に接触しようとはしなかった。
魂の摩耗度の関係で、干渉する事が出来る時代まで生きられなかったのも、原因の一つではあるが。

こうしてこの周より、覇道鋼造は大十字九郎をミスカトニック大学へと導く選択をし続ける事になる。
これで、大十字九郎は変質以外での変化をする機会の大半を失い、ループに置ける基礎を確立した。

―――――――――――――――――――

──だが、大導師マスターテリオンは未だもってループに置ける基本的な流れに乗らずにいた。
例えばこの大十字のミスカトニック大学での学生生活が始まる周、マスターテリオンは前回とは違い、最初から自らを首魁としたブラックロッジを設立する。
力の強さ、カリスマ性を前面に押し出した超強気スカウトを慣行。

しかし、拡大したブラックロッジの勢力に合わせる様に覇道財閥の勢力も拡大しており、また、大学で英才教育を受けたエリート学生大十字に単騎で部下を蹴散らされてしまう。
が、転生による能力と知識の引き継ぎにより以前よりも強力な魔術師と化していた大導師はエリート大十字をぼこぼこにし、ヨグ=ソトースの門を潜り、次のループへ。

そして三周目、四周目、五周目、六周目、十周目、二十周目、四十周目、八十周目とループを重ね、大導師が通算7803回目の大胆な衣装チェンジを行った頃。
とうとう大導師は気が付いた。
明らかにおかしい。
自分は確かに大十字九郎を殺す気で戦っているし、ヨグ=ソトースを呼び出して使役する事で、世界を邪神達が跳梁跋扈する正しい世界に作り替え、その中で人類の支配者として君臨し、いずれは全ての邪神を自らの配下とするという目標をもって活動している。
初めて出会ったころとは違い、もはや大十字九郎は自分が手心を加えるまでも無く自分の部下を打ち果たし、自分を殺しにやってくる。
お互いにお互いを殺し排除するつもりで戦っている。

だというのに、一向に決着が付かない。

覇道鋼造の頑張りと大十字九郎の頑張りと才覚が恐ろしく高まり、完全に敗北しそうになった時もあった。
逆に、唐突に新たな力に目覚め、大十字九郎を容易く退ける程の力の差が生まれた時もあった。
戦力差が歴然としていた時はそう少なくない。
どちらが勝ってもおかしくないどころの話ではない。
どちらかが『勝たなければおかしい』レベルの戦いを繰り広げた事が幾度となくあったのだ。

―――――――――――――――――――

「正直なところを言えばね、『ここまで来てようやくかい?』って気分だったよ」

時間の止まった夢幻心母の中、ナイアルラトホテップの化身の一つである『少女に契約を迫る白い獣』QBが、忌々しげに目の前の一点を睨みつけたまま固まっている大導師の頭の上に乗り、眼を伏せ首を振りながら溜息を吐く。

「彼は最初の状態だとすぐ調子に乗る悪い癖があったし、早い内に、自分が踊らされているだけの道化である事を自覚して欲しかったんだよね。なのに、僕が手を加えてバランスと流れを調節しているのに気が付くのに、まさかあんなに時間が必要になるなんて」

流石の僕も予想外だったなぁ、と呟くQB。

「でも、少し状況を安定させ過ぎていた、っていうのも問題があったのかもしれないと思ってね。しばらく様子を見て、何か、全く新しい不確定要素が必要なんじゃないか、って思ったんだ」

ぴょいんと大導師の頭から飛び降りたQBに、ヌイグルミ美鳥がどこからか取り出した槍でツンツン突きながら指摘する。

「それを思いついたのは大導師がてめーの暗躍に気が付いてからだろ? なんでそんな微妙なタイミングで新しい要素を取り入れようと思ったんだよ」

美鳥の言う事はもっともだ。
デモンベインのパーツの経年劣化や回収具合から察するに、俺達がニャルさんの手引きでこの世界に訪れたのは恐らくは百数十周目辺りと見て間違いない筈だ。

「いや、それ以前の問題として、本当に新しい不確定要素を取り入れる必要はあったのか?」

「そうだね、君達の知っている彼がどういう性格をしているかは知らないけど、今の彼は微妙にループ馴れをし始めたばかりでね。自分の全く知らない突発的なイベントに咄嗟に対処できないんだ」

特に逆十字の裏切りには未だに慣れていないみたいで、まいっちゃうよ。
そんな事をのたまうQBに、なるほどと頷く。

「だから、ニャルさんすら何をしでかすか分からない外の世界の存在を取り入れて、突発的な変化が増える様にしたかった、と」

「そう考えて貰っていいと思うよ」

でも、本当にそうなのかな……。
俺の脳内に疑問が浮かび上がる。そう、囁いたのだ、俺の中のカズィのゴーストが。
コイツは嘘はつかないが本当の事を全て言う訳では無い。
いや、嘘も結構平気で言うか。なんで嘘は言わないとか思ったんだろう。

「気にする必要はないわ、卓也ちゃん。こいつの思惑は何となく予想が付くし」

自身に満ち溢れた笑みの姉さんのその言葉を契機に、再び場面は切り替わる。
背景に映る光景は、俺が初めて南極で大十字の援護を行った時の映像だ。
次々と切り替わる映像。そのどれもが、俺がこの世界にやって来てから大十字やミスカトニック大学に干渉した場面だ。

「お見通し、って訳かい? やっぱり敵わないなぁ、君には」

燃え尽きる地球の光景、天を衝く機械巨神、砕け散る地球。
次いでセミヌードのシュブさん、赤面しながら涙目で皿を投げるシュブさん、壁に突き刺さる皿。
エンネアとの出会い、一週間の共同生活、永遠の別れ。
そして、港での大導師との出会い。

「家畜の状態を把握するのはお手の物、ってね」

作品世界のキャラを家畜扱いとか、姉さんマジ鬼畜可愛い。
でも家、畜産はやってないよね……。

「多重クロス世界に牧場物語が混じってた事があるのよ」

どういうクロスをしたのだろうか。
何時の間にか背景はブラックアウトし、スタッフロールが流れ始めた。
次いで流れ始めるNG集。
大導師とナコト写本が出会った時に、大導師が真正のペドフィリアだったお陰で逃避行、そのまま無限螺旋が始まらないルート。
信徒の前の演説で台詞を噛んでしまい、信徒達から笑われ、顔を赤くして『もう一回、もう一回お願いします』と必死過ぎる大導師。
その大導師の背中を『ドンマイドンマイ』と言いながら慰める嫌にフランクなナコト写本。
大導師を超える魔術師として現れるBFにブラックロッジを乗っ取られるシーン。
ライバルとして戦い続けるうちに何時しか大導師と大十字の間に性別の壁を迂回する真の愛が目覚めたベーコンレタスルート。

地球が燃え尽きる場面、機械巨神のセットに飛び火して監督と大道具と美術監督が泡を吹いて倒れるアクシデント。
セミヌードの筈が下着がずり落ちてフルヌードと化し、マジ泣きしてしまうシュブさん。
投げた皿が壁では無く俺の頭部に直撃、頭部が真っ二つになった俺。
大十字との決戦後、雨が降るシーンなのに空が晴天、助けを求めたら腐っていないティベリウスに助けられるエンネア。

「まぁ僕としては、せっかく彼が自分から新しいことを始めようとしてくれた訳だし、君達にもできれば協力をお願いしたいんだよね」

赤い眼を閉じ、後ろ脚でカシカシと頭を掻くQB。
くそっ、露骨な可愛さアピールしやがって、ケダモノっぽくて可愛いじゃないか。
いや、それはともかく。

「一応、大導師殿がああいうキャラになった理由もわかったし、協力するのもやぶさかじゃないよ、俺は。姉さんはどう思う?」

俺の問いに、姉さんは少しだけ考えるそぶりをしてから、頷く。

「うん、今の卓也ちゃんなら大丈夫じゃないかしら。別に喧嘩を売りに行く訳でも無いんだし。ねえ美鳥ちゃん」

QBの頭を掴んで持ち上げていたヌイグルミ美鳥(顔面のシルエットがホームベースみたいになっている。作画の問題かもしれない)への姉さんの同意を求める声に、美鳥が頷く。

「だね、喧嘩を売りに行く訳じゃないんだし」

「なんで姉さんも美鳥も俺が無闇に人に喧嘩を売るとか考えてんの?」

そんな評価ばかり受けていると、植物動物(衣服に使われている植物繊維を消化する触手系動物的な意味で)の様に心穏やかな俺でも、心荒ぶる時が無きにしも非ずという事を主張しておくべきだろうか。触手で。

「喧嘩売るっていうか、土壇場で裏切るっていうか」

「見えてる釣り針に飛び付く相手に、見える釣針を恐ろしい速度で投げつけてる感じ?」

「失敬な、俺は裏切りとかあんまりしないぞ」

何度も言うが、少なくとも俺が人の期待や仲間を裏切った事は片手の指で足りる回数しかない筈だ。
ブラスレ世界じゃそもそも原作キャラと付き合わない、スパロボ世界でメルアと主人公達にそれぞれ一回ずつ、村正世界も裏切る相手が居ない、ネギま世界では裏切る裏切らない以前に誰の味方でも無かったし、デモベ世界じゃ大十字と先生の信頼を裏切って地球を滅ぼしただけ。
※なお、この場合同じシチュエーションで行われた周違いの裏切りはカウントしないものとする。

「それにしたって何かしら裏切る理由あっての事だし、少なくとも俺に大導師を裏切るメリットは存在していない」

「何となく手伝い始めたから何となく裏切るとか、どうだい?」

こらQBさん、尻尾を?にして可愛さアピールしたって、そんな暴言は看過できませんぞ?

「その可能性は否定できないけど、流石にそれだけの理由で頼ってきた相手を袖にする程非道じゃないつもりだよ」

きっと大導師も、自分のこれまでの覇道が全部、邪神の敷いたレールの上のイベントでしか無い事を知った時、堪らなく恥ずかしくなったに違いない。
その点を踏まえ、後で美鳥から撮影した写真とかコピーさせてもらおう。
あと、視た映像と聞いた音声を組み合わせて、大導師の無限螺旋前の大演説シーンとかブルーレイディスクに永久保存すべきだな。
在る程度気の置けない中になったら上映会だ!

「……やっべ、なんか想像したらだんだん興奮してきた。姉さん早く実写パートに戻ろうず!」

「はいはい」

苦笑する姉さんがぱんぱんと掌を叩くと──

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

呆気ない程に二次元風回想シーンは終了し、普段通りの三次元空間、自宅の居間に戻ってきた。
入りではお決まりの呪文があるのに、出る時は話の総括しか残ってないからあっさりぎみなんだよな。

「ぼくの絵・わたしの絵コーナーは?」

「どうせ全員『意思(テレマ)なり大導師』しか描いてないから省略していいんじゃないか?」

「お姉ちゃんは、意表を突こうと思って」

姉さんが照れながら裏返したスケッチブックには、何故かうどん工場見学に来ているデモンベインの女性組。
絵柄は見事にブロンコ。姉さんもよくよく多芸な人ではないか。

「実は二コマ目以降も……」

「いや、参戦する見込みは薄いからめくらなくていいから」

ほんの少し自慢げに次のページをめくろうとした姉さんを止め、ふと美鳥を振り向く。

「いや、あたしもちょっと捻ろうと思って……」

ネタ被りに恥ずかしそうにしている美鳥の手には、ナコト写本の精霊が両手首を拘束され、悔しそうな表情で監禁されている薄い本が。
タイトルは『エセルハード』、もちろんそんな物は刊行されていない。
自作なのだろう。美鳥の趣味も大概だと思う。

「そこまでメジャーって訳でも無いから」

ていうかそれは書名じゃなくて人名だから。
そんな風に駄目だしをしていたら、姉さんと美鳥がブーイングを始めてしまった。

「じゃあ、そういうお兄さんはどうなのさー」

「そうよ、お姉ちゃんと美鳥ちゃんの絵に文句ばっかり付けて、卓也ちゃんはいったいどんなまともな絵を描いたのよー」

「そこはそれ、俺は飽くまで創作系でいったし。因みにこんなんね」

スパロボ世界の超高級プリンタもビックリな超高精度印刷で刷られたショートノベル付きイラスト集。
内容は、総ふたなり化したデモベヒロイン組に代わる代わる凌辱される女体化大十字と女体化大導師。
大導師は遠目でしか見なかったからあれだが、この女体化大十字は全員TSしていた周で見た大十字をモデルとしている為、かなりの再現率を誇る筈だ。
ていうか、女装させたらこれになるんじゃないだろうか。

「卓也ちゃん、眼糞鼻糞を笑うって知ってる?」

「眼糞と鼻糞ではジャンルが大分違うんじゃないかな」

大事なのはどれだけ絵が美味いか否かでは無く、どれだけ多くの人に受け入れられるかという点だろう。
凌辱系、百合系、リョナ系、純愛系、そんなの人の勝手。
本当にそのジャンルが好きなら、そのジャンルで楽しめる様に頑張るべき

「つまり、五十歩百歩なんだね」

「まぁな」

そんなグダグダなやり取りをしながら、今日も賑やかに夜は更けていった。
明日からは大学生活とバイトに加え、社員としても働かなければならないのだが、今日くらいは思いっきり夜更かししても構わないだろう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

夢幻心母とは、魔術結社ブラックロッジの本拠地にして、大導師マスターテリオンの壮大な計画の鍵となる超巨大建築物、移動要塞である。
ループ初期においてドクターウエストの科学がふんだんに織り交ぜられていたその要塞は、大導師の魔術師としての格が上がり、魔術結社としての質が上がるにつれ科学の要素を排し、それ自体は純粋魔術、もしくは錬金術などを用いた物へと推移していく事となった。
無限螺旋が始まってから何故か強まったドクターウエストの精神異常が原因の一つとも推測されるが、真偽の程は定かでは無い。
内部には千を超え万を超える魔術師を擁し、ドクターウエストの作り出した無数の破壊ロボ、達人級の魔術師であるブラックロッジ達を含めれば、文字通りそのままでも世界を相手取れる程の戦力を有していると言っていい。

「来たか」

「ええ、来ました」

そんな、トップを除いて本気で世界征服なんてものを本気で企んでいる組織の要塞の中。
俺と美鳥は、この世界で最高位の魔術師と相対している。
プレッシャーは、冷静に見ればそれほどでも無い。
敵対している訳でも無い相手に無意識に向けてしまう程度の威圧感であれば、さしたる脅威とは感じられない。
むしろ、これならマナーを弁えずにぎゃいぎゃい騒ぐ一見の迷惑な客に向けるシュブさんのプレッシャーの方が遥かに恐ろしい。
実際に本気で威圧しようと思った時にどうなるかは分からないが、少なくとも今現在の大導師ならば、まだどうにでもなる。
……これから、どうにでもなる相手を、どうにもできないレベルに押し上げる作業もしなければならないのかもしれないが。

「答えを聞かせて貰おう」

この広間の人払いは済んでいる。
間違いなくこの会話を盗み聞いている連中が居る筈だが、聞かれて困る話でもない。

「学業とバイトの方もあるので、常にとはいきませんが、了承しましょう。──ですが」

言葉を切り、つい、と指先で空間をなぞり、異空間を開く。
俺の突然の行動に大導師の傍らに控えていたエセルドレーダが身構えるが、気にしない。
異空間から取り出す、料理の載った皿。

「俺と美鳥の入社に伴い、大導師にはまずこれを献上させて頂きたく」

「それは?」

「鰤大根です」

異空間の中に無菌状態で保温されていた鰤大根は、もう汁を吸って大分味が染みてきている頃合いだ。
僅かに空間全体に掛かる圧力が上がった。
この場に覇道財閥のチアキさんが居たのなら、この瞬間に二百回はオモラシストとしての本領を発揮して脱水症状に罹っている頃合いだろう。
大導師がこちらを威圧しに掛かっているのだ。

「余に、食べよ、と?」

声は出さずに、頷く。
余計な事は言わない。美鳥に皿を手渡す。
歩み寄り、片膝を立てて、鰤大根の乗った皿を差し出す美鳥。
何時の間にか、皿の端には割り箸が載せられていた。
セブンプレミアムである。

「マスター……」

心配そうに大導師を見つめるエセルドレーダ。
さぁ、ブラックロッジの首魁、黄金の獣、大導師マスターテリオンは、どう応える。

「────」

大導師は美鳥の手に乗った皿から箸を取り、パキンと左右に箸を割る。
その大根に迫る箸捌きまで、まるでそうあるべく神が生み出したかの如き自然さ、荘厳さを持って、

「……」

大根を欲し!

「これは……!」

貪り!
そして、

「マ、マスター……」

傍らの鰤まで食い尽くせ!!

「……」

俯き、表情に出さずに内心でガッツポーズをとる。
────これがやりたかった!
いや、本当にそれだけなんだけど。

やがて、鰤大根を無事に完食した大導師が、箸を並べて皿の上に置き直す。
次に、傍らのエセルドレーダの背に手を伸ばし、ビッ、という、紙を裂く音と共にやたら時代を感じさせる紙(一見して魔導書のページっぽい)を一枚手に取り、口元を拭う。

「──大義であった」

そして、けぷっ、とげっぷをしながら決め顔をする大導師。
口元を拭いた紙は再びエセルドレーダの背にあてがわれ、何時の間にか何処かに消え失せていた。
紙を戻されたエセルドレーダは、どこか好きな人のリコーダーを前にした小学生を思わせる頬の染め方をしている。

そんな光景を目の当たりにして、俺は思った。
こいつらとなら、以外とうまくやれるかもしれない。
美鳥もきっとそう思っているに違いない。

満足げに溜息を吐く大導師と、こちらに表情を見られていた事に気が付き睨みつけてくるエセルドレーダに対し、

「俺は、外道トリッパー鳴無卓也。コンゴトモヨロシク……」

深々と、頭を下げたのだった。





続く

―――――――――――――――――――

★ブラックロッジ編はネギま系SSの幼少期編のパクリ!
どれくらいパクリかと言えば、これくらいパクリ。
①原作最強クラスのキャラが未熟な頃に主人公が接触する。
②そんな未熟な相手の過去を垣間見て、相手の気持ちを理解した気分になる。
③色々な思惑から仲間になる。
④多分これから鍛えたりする。
⑤対象はどちらも露出の多い金髪人気キャラ。
★ほらそっくり!嘘だけど!

あくまでも主人公の視点から見たループ初期大導師様の感想だし、今回のデモベ編は二次創作世界で独自設定ありありだから、広い心で行きましょう。
ループ初期やら、ループ前やら、出生の秘密やら、その他諸々、何もかも二次創作世界と言う名の多次元世界解釈によって説明がついてしまうのです。
ニトロコンプリート買ったけど、ループ初期とか欠片も描写されておりませんでした……。
でも探した甲斐はありました。機神大戦が期待できる内容でしたね!
そんなこんなで、記念すべき第五十話をお届けしました。

五十という記念すべき回にも関わらず、堂々と主人公達が来る前の再現シーンが八割という謎構成。
でも世の中には一クール毎に総集編してた作品なんてのもあるわけですし、別段以前にやったシーンを書いてる訳でも無いから問題は無いですよね。
あれ、でも一クール毎に総集編をやるのは普通なのかな……。最近四クールアニメとか見てないからいまいち自信が無い。

毎度御馴染と言いつつやるかやらないかはまちまちな自問自答コーナーは、今回はQとAのAのみ行います。
いいですか、短いから見逃さないで下さいよ?


A,独自設定です。


はい、回答終了です。
でもよくよく考えるとこの回答、二次創作におけるあらゆるQへのAとして成立してしまうのではないでしょうか。
ドラえもん映画のトラブル、ドラえもんが未来道具を様々な理由で使えなくなったとしても、未来からドラミが来れば大丈夫、みたいな。
いわゆる禁じ手の一つですね。
今回はQの数が恐ろしい事になりそうなのでこの様な苦肉の策を取りましたが、次回からはちゃんとやったりやらなかったりすると思います。


☆今週のフラグコーナー☆
今の○○なら殺せる。
→殺せないフラグ
○○が××(必殺技なり武器なり)を出すより早く撃てばどうにかなる。
→相手がクイックドロウの名手フラグ。


ではでは、今回もここまで。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイス、改行のタイミングと数の割合などを初めとするアドバイス全般、そして、長くても短くてもいいので、作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。



次回予告

遂に無限螺旋を破壊する鍵、『トリッパー』を組織に引き入れる事に成功した大導師マスターテリオン。
しかし、実際にトリッパーという存在をどのように用いれば無限螺旋を破れるかが分からない。
思い悩む大導師。そんなある日、仲間に引き入れたトリッパーが、ある重大な情報を持ってきた。

次回、大導師さまレベル1、第五十一話。
『ゾワンゾワン! ブラックロッジ、修行開始』
ブラックロッジ編、始まります。



[14434] 第五十一話「入社と足踏みな時間」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/06/16 00:05
○月×日(ぶらろじっ!)

『入社してから、早い物で数カ月の月日が流れようとしていた』
『仮にも結社で碌を食む以上、俺も美鳥もここで何かしらの仕事をするべきなのだろう』
『が、それはあくまでも碌を食む、つまり、お給料が出るのなら、という話になる』

『勘違いする者は少ないだろうが、あくまでもブラックロッジは怪しげかつ非合法な魔術の実践を行う為の魔術結社である』
『多くの人間が集まり結束する事により、魔術実戦の上で必要になる機材や素材などを集める為の犯罪行為を成功させやすくしているに過ぎない』
『逆に言えば、それらの実践に必要な物を全て自力で集める事が出来る、あるいは集める必要が無ければ、特に活動する必要も無い訳だ』

『何が言いたいのか』
『答えは簡単。──ブラックロッジは、給料が出ないのだ』
『金が必要であれば、同じく資金を必要としている社員を見つけ集い、結社内に保管された武装などを用いて銀行強盗などをするしかない』
『だが、金が必要になった時に一々仲間を集めるのは面倒臭い』
『そこで、ブラックロッジの中で小さな部署が幾つも発生する。資金源となる麻薬を製造する部門、人身売買用の部門、強盗などをする為の部門』
『これら社員達の自主的な経済活動こそが、今日のアーカムにおける『街の犯罪の殆どがブラックロッジと繋がっている』という現実につながる』
『まぁ、これにしたってブラックロッジをアーカムに引き留めておくための覇道鋼造の計画的な都市改造計画と噛み合っている訳だが、今は関係無いので割愛する』

『つまり、金を稼ぐ必要が無ければ、ブラックロッジの社員になったからと言って無闇に犯罪行為に走る必要はないのである』
『まぁ、社員として籍を置き続ける以上、何かしらの成果を上げなければ白い目で見られるのだが、そこはそれ、俺にはこれまでのループでの積み重ねがある』
『定期的にそれらの技術などを放出していけば、極々自然に結社内で好き勝手出来る程度の地位には登れてしまうのだ』
『結果、俺と美鳥が大学とバイトとプライベートな時間の合間を縫ってブラックロッジに来ても、特にする事が無いという結果が生まれる』

『これなら態々ブラックロッジに立ち寄る必要も無いと思うのだが、そうもいかない訳がある』
『呼び出されるのだ、大導師に。しかも定期的に』
『しかも、呼び出されても何か命令されたり任務を依頼される訳でも無く、一通り見つめられて終わりだ』
『時たま質問を受ける時もあるのだが、基本的に大導師は頷くだけ』
『『貴公はどの様な技術を得意としている』や『犯罪行為に対して抵抗は無いのか』とかならまだ分かる。何かしらの任務を振る為の前振りにも思える』
『だが、『昨日の夕飯は何を食べた』に始まり『成人した女性と未成熟な幼児のどちらに魅かれるか』、挙句の果てに『髪を切ったか』という質問』
『はっきり言って、意図を測りかねる』

『因みに髪は定期的に切っている。髪が伸びないようにする事も可能と言えば可能だが、そうすると姉さんに髪の毛を切って貰えない』
『散髪中に姉さんの手が首筋に触れたり、散髪が完了した後に笑顔で『ん、男前になったね!』と言われる為には、常日頃から人間並みの速度で髪の毛を伸ばし続ける、というか、人間の生理現象を見ため上は完全に再現する必要が出てくるのだ』
『つまり、髪を切らないとか訳分からない。そこのところだけは大導師に問いただす必要があるだろう』

『余談だが、美鳥も髪を度々切るが、その時の散髪は姉さんでは無く俺が担当する事になっている』
『理由を問うと、『おにーさんがおねーさんに髪を切って貰うのと同じー』と答えるのだがら、可愛いものだ。まだ甘えたい盛りなのだろう』
『────が、俺が姉さんに対して感じている甘えたいという欲求に比べればまだまだである』
『夢幻心母の内部を散策している最中、ネロを除く全ての逆十字に絡まれたり嫌味を言われたりしていたのを、如何様にして姉さんに膝枕をねだるかという脳内シミュレーションに夢中になり過ぎて全てガン無視してしまう程だ』
『彼らは怒り心頭で大導師に抗議にいったらしいのだが、全員顔を真っ青にして戻ってきたらしい』

『む、つまり、大導師は俺が姉さんに対して抱いている感情、その感情から来る一切の行動に弁護をしてくれる、という事だろうか』
『なんだ、いいやつじゃないか大導師』
『そうなると、ますます俺が髪を切るか切らないかという、知恵の足りない質問をした意図が見えてこないが、まぁ許す』

『なんだかとりとめも無くなって来たので、今日の日記はここまでにしておこう』
『安らかにお休み、ハム太郎。明日はもっといい日になるよね』
『いや、いい日にしてみせるさ。あの青空に浮かぶ、君の笑顔に誓って……』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「なるほど、つまり貴公は、姉君に散髪して貰っている、と」

「は」

ブラックロッジの本拠地であり、この歴史の中では未だ本格稼働した事の無い移動要塞でもある夢幻心母の中心部。
玉座の間にて、二組の男女が向かい合っていた。
片方の男女は、男は玉座に座し肘を付き、傍らに黒い少女を侍らせている。
ブラックロッジの大首領、大導師マスターテリオンと、その魔導書『ナコト写本』の精霊であるエセルドレーダ。

名実ともにブラックロッジのトップに君臨するこの二人に相対するのは、一見何処にでも居そうな青年と少女。
片膝を付き、心の籠らぬ形だけの臣下の礼を取る男と、その後ろで真剣な表情を崩さない様に顔を強張らせている少女。
この二人は大導師マスターテリオン自ら直接スカウトに向かったにも関わらず、魔術結社としての活動には積極的に参加せず、魔術理論や装置などを提供するだけに留めている。
実戦派ではなく研究タイプの魔術師であるとも目される彼等は、自らの立場を『ブラックロッジのスーパーバイザー』として定め、週に一度程の割合で夢幻心母を訪れてはこうして大導師との謁見を行っていた。

「この後に予定はあるか」

「契約済みの平社員達から魔導書に関する相談を受けましたので、連中の身の丈に合うレベルにまで添削と加筆修正を行い、そのまま帰宅させていただきます」

この二人のやりとりも、もはや幾度となく繰り返された馴染の会話でしかない。
予定を聞き、答える。唯それだけの何も可笑しな所の無いやりとり。
二人の傍らにいる二人の少女から見ても、どこか芝居じみている事を除けば、特に見るべきところも無い光景。
ふと、玉座に肘を掛け頬杖を突いていたマスターテリオンが、何かを思い出す様に顔を上げた。

「次に来る時は、鰤大根を用意しておけ」

何気なく、気だるげに言い放たれた言葉に、卓也は下げた頭を微動だにせず、答えた。

「恐れながら大導師殿。────鰤大根は先程も食べられたばかりかと」

ブラックロッジの動かないスーパーバイザー、鳴無卓也。
大導師との謁見の際、彼が必ず鰤大根を用意している事を知る者は、ブラックロッジの中でも殆ど存在しない。

「そうか」

「はい」

マスターテリオンと卓也の言葉を最後に、玉座の間に、耳に残るほど大音量の静寂が鳴り響く。
使用済みの割りばしを大事そうに両手に握りしめたままマスターテリオンを心配そうに見つめるエセルドレーダと、対面する二人から顔を逸らして表情を隠し肩を震わせる鳴無美鳥。
彼女達が何か声を発するよりも早く、マスターテリオンと卓也の姿勢が変わる。
マスターテリオンは再び頬杖を突き、卓也は頭を上げて立ち上がった。

「では、俺はこれで」

「うむ」

背を向け退出する卓也と、それに無言で付き従う美鳥。
玉座の間から消える彼等の背を見送り、

「──……」

マスターテリオンは、ゆっくりと両手で顔を覆い、ガックリとうなだれた。

―――――――――――――――――――

玉座に座り項垂れたマスターテリオンは、今日も今日とて後悔の念に縛られていた。

(今日も聞けなかった)

自らのこれまでの行いが全て邪神の掌の上だった時にも似た様な気分だったが、今回はそれよりも幾分軽い。
だが、繰り返し繰り返し自らを襲う持続性、取ろうと思えば簡単に取れる解決策を取る事が出来ない歯痒さは、その軽さでもってマスターテリオンの心を暗澹たる様相に変えていく。

──トリッパー。
彼等はこの邪神のからくりの中に閉じ込められた世界を破壊する鍵となる、世界の外から来たとされる存在。
あらゆるものが字祷子によって構成されたこの世界において、彼等は唯一その存在を完全に字祷子宇宙から解き放つ事の可能なのだ。
あらゆる世界の法則を捻じ曲げる魔術師、そんな魔術師ですら曲げる事の出来ない宇宙法則すら超越する彼等を仲間に引き入れ、見事邪神の姦計から抜け出す。
それこそが、マスターテリオンが彼等をブラックロッジに招き入れた理由だった。
だが、そんな彼等を仲間に引き入れた後、大導師ははたと気が付いた。

────では、どの様に彼等を使う事で邪神の計略から逃れればいいのだろうか。

(さっぱり分からない……)

彼等の魔術の腕は相当のモノだ。今すぐアンチクロスとして組み込んでも、問題なく活躍してくれるだろう。
だが、トリッパーなる特殊性の高い存在である彼等を何の捻りも無く魔術師として使う事が邪神の計略から逃れる役に立つとは思えない。
生贄、実験材料、大十字九郎の味方として送り込む。
色々と考えたが、彼等の利用法は幾つも思い付くのに、邪神に対抗する一手は何一つ思い浮かばない。
謁見の時もそうだ。いざ彼等と対面する段階になっても毎回何も思い付いていないから、引き留める為に全く関係無い話題まで口にしてしまう。

そこまで考え、マスターテリオンは上体を前に倒し、顔を覆っていた両手で頭を抱えた。

(鰤大根は無いだろう……!)

折角、組織に入れた後も動かし易いように、もう使いたくないカリスマ口調を意識してまで使っているというのに、あれでは食欲旺盛なボケ老人ではないか。
しかもこの要求、以前の邂逅でもした覚えがある。
しかし、彼等がどのような事が出来るか、程度の事は知る事が出来ている訳だし、あながち無意味というわけでもあるまい。
そうとも、特に前回から今回にかけて及んだかのトリッパーの散髪に関する話題は、互いを知る事により信頼感を得るのには最適だった。
そうに違いない。いや、そうとでも思わなければ情けな過ぎて表に出られない。

「マスター」

自分を鼓舞するマスターテリオンの頭を、少女の細い腕が柔らかく抱きしめた。
エセルドレーダが、マスターテリオンの頭を抱きしめているのだ。

「大丈夫です、きっと、マスターなら大丈夫です」

自らの頭を抱きしめる少女の温もりに目を閉じ、思う。
そう、大丈夫。
邪神を破る為の鍵は手に入れた。自分を信じて付き従う信徒達も、何があっても傍らにあり続ける魔導書もある。
もう、寒い事なんて、無いんだ──。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ガタっと派手に音を鳴らし、トランプを持ったままの美鳥が椅子を倒しながら立ち上がった。

「どうしたんすか?」

俺が問うまでも無く、ブラックロッジの覆面を付けた下っ端が手の中のトランプから顔を上げて美鳥に問う。
下っ端の問いに、美鳥は天井を見上げながらの難しい顔。

「……今、ツッコミを入れなきゃいけない場面があった気がする」

「いや、多分場面じゃなくて、思考とか発言とか感情とかじゃないか?」

なんとなく大導師がボケた気がするのだが、気にするだけ時間の無駄だろう。
なんかこの時期の大導師は質問の意図も考えている事も微妙にブレブレで読みようがないし。
なんとなく『それはせめて無限螺旋が終わってからにしろよ』というツッコミが頭に浮かんだ。
が、それに対応するボケが何なのか断定できず、今更ツッコミの為だけに玉座の間に戻るのも億劫過ぎる。

さて、大導師との謁見を終えた俺と美鳥が何処に居るかといえば、逆十字の連中が立ち寄らない位置に存在する、ブラックロッジの下級社員どもが屯する談話室の様な場所だ。
談話室と言っても、そこらの健全な会社の様に和やかな空気が流れている訳でも無い。
何しろ、社は社でも(有)でも無ければ(株)でもなく、天下御免の【秘密結社】。
トランプでの賭け事一つとっても餓死者や魔術儀式の生贄が生まれてしまう程の危険領域である。
しかも、そんな危険行為を行っているにも関わらず、一部の下っ端達は極々自然体で気さくな連中ばかりなのだ。
まぁ、その一部は大半がドクターの元で働いている連中だったりするのだが。
キチの元にはキチ度の大小はともあれ似たようなのが集まる、という事だろう。
そんな堂々としたキチ連中が相手だから、俺もミスカトニックでは出来ない様なお遊びが出来る訳だし、文句を言うつもりは全くない。

「いいから続きしましょうって。もう少しでポイント貯まるんすから俺」

このポイント制度もその内の一つだ。
お使い(違法な品の調達)や勉強などの課題を済ませる度、もしくは俺との何かしらの勝負に勝つ、もしくは惜しい処まで食い下がるなどする度に加算される。
一定以上のポイントを貯めると、ブラックロッジでは考えられない程に安全性が高く、ミスカトニックでは到底許されないレベルのバランスの取れた人体改造を受けられるのだ。
今までそのレベルにまで達した者は居ないが、肉体の改造度が一定を上回った相手には、小型でやや脆い鬼械神を招喚できる魔導書をプレゼントする予定も立ててある。

こういった細かな遊び心を出していく事で先輩だけど下の位置に居る社員の方々との交友関係が広がるだろう。
そう考えて始めた事なのだが、入社から数か月がたった現在、このポイントを貯めて肉体改造を行おうという者は殆ど居ない。
最初の頃はそれこそひっきりなしだったのだが、ある改造例を目にした途端、ぱったりと人の数が減ってしまったのだ。

あれは、そう、数人のグループが全員のポイントをまとめて使用し、合体魔術的な物を使えるようになりたいと言い出したので、
魔術を使用する上で非合理的な人体の構造を片端から取り除いて、最終的に『メカニカルアームの生えたドラム缶に詰め込まれた数人分の液体人間』に改造してやった時だったか。
彼等はあと少しで安全に鬼械神を召喚できる位階に達し、招喚用の魔導書をプレゼントされる筈だったのだ。

だが、彼等は消えてしまった。
改造直後、人の枠から外れたお陰で少し情緒不安定になっていた彼等は、相撲取り十人が全身にローションを塗っておしくらまんじゅうする様な不快極まりない笑い声を上げながら、アーカムの路地裏へと姿を消したのだ。
ブラックロッジに彼の行方を知る者はいない。
仮に逆十字クラスの、アヌスさん辺りなら探し出せそうだが、肉体改造の話は今のところ下っ端にしか伝わっておらず、位階の高い魔術師が探索に出る事はそうそう無いだろう。
彼等の末路を知る下っ端達にしても、液体人間と化した彼等と深い交流を持つ者はいなかったのだろう。

今では、アーカムの路地裏に消えた彼等に言及する者は殆ど居ない。
一時期はニグラス亭でウェイターの面接を受けていたという噂も流れたが、その余りに奇怪過ぎる声では注文を復唱することすら出来ず、敢え無く一時面接でさようならとなった。
覇道財閥に捕えられて標本になったとも、ミスカトニックで保護されて標本になったとも、名も無きドラム缶として何処かの荒野でひたすら押されているとも言われているが、彼等の正確な行方はようとして知れない。

そんな事件の後から、下っ端達は俺達を大きく避ける者と、逆に積極的に近付いてポイントを集め続ける者、近付いて話こそするけれどポイント関連の話は断固拒否する者に分かれて行った。
因みに、今机を囲んでトランプに興じている下っ端は、もはや片手で数えるほどしか居ないポイントを貯めて人体改造を続ける物好きの一人だ。
彼の身体はすでに七十パーセントが科学技術と魔導技術が織り交ぜられた全身義体であり、内蔵武装の多彩さから全方位義体師に分類してもおかしくない程の全距離対応型と化している。
戦闘時はAJかウォーマシンといったロボ好きならたまらずエレクチオンする程のメカメカしい姿に変形するのだが、平常時はその身体を無理矢理ストライプのスーツに包んで正体を隠している。

とりあえず好き勝手暴れたい、欲望を解放したい系の連中には見られない向上心は中々なのだが、いかんせん彼の元々の義体との適合率の低さから、ここから先の改造手術は難航するだろう事が目に見えている。
更に、全身に走らせた魔術回路(マジックサーキット)に、魔導ダイナモから溢れる高濃度の字祷子を走らせるには、彼の身体制御能力は未熟過ぎるのだ。
もしも完全に肉体のスペックを引き出そうと思うのであれば、彼はその肉体を『完全に』捨て去り、脳細胞の一片まで機械に置き換えなければいけないだろう。

だが、そこまでする位なら別に人間を素材にする必要も無い。
これはお遊びではあるが、あくまでも人間をベースにどれほど改造可能か、という実験も兼ねているのだ。
金神水でも使って脳味噌を水晶質金属に作り替えれば多少はましになるかもしれないが、それなら最初から全身を金属生命体に作り替え、そこから手を加えて行った方がよほど面白い仕上がりになる筈だ。
液体人間を作りもしたが、あれはあくまでも人間ベースの液体人間。
仮に金神の眷属として造り直してから液体人間にするのだとしたら、それはそれで面白い素材(劒冑の材料に最適的な意味で)だとは思うのだが。

「さぁ、今日こそはポイント溜めて、死角の少ない複眼に改造するっすよ!」

鼻息も荒くゲームの続きを急かす下っ端に思わず苦笑を向ける。

「君は本当にサイボーグが好きなんだなぁ」

とりあえず、今日の所は軽く捻って、敢闘賞という事で改造に必要なポイントだけくれてやろう。
魔導書と回路の融合は、この下っ端自身の位階が上がってからにするのが上策か。
そう考えながら、俺と美鳥は自分の手札を全てジョーカーへと摩り替えたのだった。

―――――――――――――――――――

×月▲日(吐き気をもよおす邪悪とは!)

『概ね、俺の様な能力取り込み型トリッパーの事を言うのだという』
『というか、トリッパーがオリ主の代行である、という時点でそういった誹りを受けるのは仕方がない事なのだろう』
『基本、本格的二次創作界隈においてオリ主という存在は煙たがられる』
『他人、つまり原作者が作り出した世界(原作)で原作知識にチート能力を使い好き勝手暴れる』
『本来の原作主人公が手に入れる筈だったヒロイン、お宝、技能をかすめ取る。あるいは価値の無い物に引き下げる』
『原作知識という未来を一つも知らない者達を、己の利益、欲望の為にだけ利用する』

『なるほど、それは煙たがられても仕方のない事だ』
『原作知識を持たない、もしくは現実とは欠片も関係無い、その世界生まれという設定のオリ主や、逆チートで不条理なレベルで不幸な目にあって鬱展開鬱人生を送るオリ主というのも存在するが、そういった主人公に関してはスルーされるのが大体の流れだろう』
『原則には必ず例外がある。当然その例外があるという原則にも例外があるが、それはまた置いておく』

『さて、ここで話はがらりと変わるのだが、牛というのは非常に頭の良い動物である』
『知り合いの酪農家の育てている牛達は、育てられている内に人間の言葉の幾つかを覚え、簡単なお願いなら聞いてくれる様になっていた』
『そんな彼等は、ドナドナの如く出荷される段になり、この後に自分がどうなるかを理解している節すらあるのだ』
『同じ厩舎から運び出され、戻ってこなくなった牛の事を覚えているのか、それとも人間の表情から少なからず感情を察しているのか』
『住んでいた場所から運び出され、殺される、もしくは戻ってこれなくなるという事を理解し、悲しむまでの情動すら見せる。なんとも頭の良い動物ではないか』

『だが、そんな彼等が人間の言葉の一部、自分達の利用方法を知るのは、当然ある程度育ってからだ』
『その厩舎で生まれた子牛がそういった知恵を付けるにはどうしても時間が必要になり、当然、生まれた直後は何も知らない無垢な動物でしかない』
『そうすると、酪農家は何も知らない無知なるものを自分達の生活の為という都合で持って利用している、という訳になるのか』

『当然、そんな訳はない。酪農家は牛達が心身ともに健康に生活できるように常に住み家を清潔に保ち、放牧をして適度な運動をさせ、安全で栄養満点な餌を用意し、外敵から守っている』
『清掃する労働力、餌代、厩舎の維持費、などなどなど』
『酪農家のそういった努力が無く、牛が自然に放たれた場合、飼育されていた時に比べてどれだけの苦労を強いられるだろうか』
『彼等は最終的に彼等を自分の糧にする為に、最大限の投資をしている』
『知る、知らないは関係無い。無知は罪ではないが、無知だから許される訳でも無い』
『牛は、生まれた瞬間からその生涯を酪農家に『金で買われて』いるのである』


『ここで、いくつかの商品と某有名通販サイトでの価格を記す』

『ブラスレイターDVD・一枚約五千円。全十二巻セット約六万円』
『スーパーロボット大戦J・中古約二千円』
『装甲悪鬼村正限定生産版・中古約九千円』

『どれも色々な意味で思い入れのある作品であり、全て間違いなく名作だと胸を張って友人に勧める事の出来る素晴らしい作品達』

『さぁ、最後の仕上げだ』
『この作品を構成するのに必要な登場人物、名も無きモブ、建築物、土地、空間、技術、能力』
『その数で、この値段を割ってみよう』
『彼等とそれらは、一体如何程のお値段になっただろうか』

『それらの値段を、『元の世界の人間と何も変わらない』と計算できるのであれば』
『どこか空気の良い高原のサナトリウムで療養するか、定期的に精神病院に通う事をお勧めする』
『どちらも嫌なら、普段の生活で人と接する機会を多く取るべきだろう』

『因みに、俺は上記の作品はすべて発売日に定価で購入している』
『購入しても家に負担をかけないため、睡眠時間を削って副業に明け暮れたのはいい思い出だ』
『この、二十五万六千八百三十一円の世界は、最終的に俺にどれだけの利益をもたらしてくれるのだろうか』
『それが俺には(姉さんの奢りなだけに余計に)気になって仕方がないのだ』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そんなこんなで、初のブラックロッジ社員としての南極決戦を迎えた訳だが。

「永劫(アイオーン)! 時の歯車、裁きの刃。久遠の果てより来る虚無──」

何で俺は、デモンベイン輸送用のデッキの上で、魔導書とバルザイの偃月刀を構えているのか。

「我は勝利を誓う刃金、我は禍風に挑む翼」

そして美鳥も、サングラスはともかく、何故裸コートまで再現したのか。
絶妙な角度のお陰でどんな状況でも大事なところが見えない鉄壁に本当に魔術を使用していないのか。
そんな事を、無数の量産型破壊ロボと量産型ダゴンを見ながら思う。

それもこれも、クトゥルフ招喚まで一切俺にまともな指示を出さなかった大導師が悪い。
お陰でドラム缶の液体人間がドクターウエストの研究所に住み着くわ、全身サイボーグの下っ端が最新式のモータースーツを着た覇道瑠璃と低レベルな戦いを繰り広げるわ。
もう散々である。大体あの下っ端は何故あそこまで全身に火器を搭載した無敵ボディにされておきながらパワードスーツ覇道瑠璃と互角レベルなのか。
液体人間はダンセイニと意気投合して粘性が僅かに増すし、調子に乗ってドラム缶から出ようとして排水溝に流れかけるし。
どうにもこうにも、改造してやったボディを操るのに精神性とかが足りて無さ過ぎるのではないだろうか。
むしろ肉体に精神が引っ張られまくりで、元の人格があるかどうかも怪しい。

他にも他にも、
ドクターウエストが何時も通りのキチなのに、ボスボロット理論を利用した機械工学の話になるとまともな表情になるのも、
大十字九郎がこのループでも何時も通りロリコンでなおかつシスターにもデレデレなのも、
糞餓鬼さんの魔術師としての腕前がどうしても先生に比べると稚拙すぎるのも、
ティベリウスの視線を不快に感じた美鳥がうっかり夢幻心母内部でクトゥグア神獣弾を乱射してしまったのも、
シュブさんが最近バイト後に引き留めて世間話の時間を長めにとる様になったのも、

「永劫! 汝より逃れ得るものはなく、汝が触れしものは死すらも死せん!!」

「無窮の空を超え、霊子(アエテュル)の海を渡り、翔けよ、刃金の翼! 舞い降りよ! アンブロシウス!」

せっかくブラックロッジに在籍してるのを匂わせてやったのに大十字もアルアジフも喰らい付かなかったのも、
美鳥が大事に取っておいたコンビーフを三つ目のネズミに齧られたのも、
一昨日姉さんが好物のタケノコの煮物を寝ぼけて箸を滑らせて落として落ち込んだのも!
あれもこれも、全て!
何もかも、大導師が悪い!

「美鳥、俺は今からMAPWを撃つ。乱れ打つ。避けるか耐えるかしろ。先輩、俺と美鳥で露払いをします。せめてまっすぐ飛んでけば当たらないように撃ちますから、さっさと招喚お願いします」

―――――――――――――――――――

《ファイルロード、クトゥグア・イタクァ、ファイナルアタック!》

融合の過程を無視し召喚されたアイオーンの全高の二倍はある長大な融合砲から、イタクァの追尾性能を持ったクトゥグアが途切れることなく放たれ、南極の海に溢れ返る邪神も空を覆い尽くす破壊ロボも瞬く間に蒸発いや、消滅させていく。
放たれた神氣の炎、その余りの熱と字祷子の密度にダゴンの肉体や破壊ロボのボディを構成する字祷子が耐えきれず、熱に焼かれるという過程を経ず押し潰される様にして最小単位に分解され、招喚されたクトゥグアの炎に取り込まれているのだ。

当然、下級の邪神──ダゴンも破壊ロボも黙ってやられ続けている訳では無い。
遠距離での戦いは分が悪いと思うや否や、即座にアイオーンに対して特攻を開始する。
アイオーンを軽く丸呑みしてしまえるほどの巨体を持つダゴンのダイブアタック。
未だその両手に融合砲を構えるアイオーンは、しかしそのダゴンの突撃にも慌てることなく、ゆったりとした動作でもって融合砲の実体化を解除。
両手は空いたが、次の武装は間に合わない。

《ハスターのおぉ……!》

だが、今まさにアイオーンを呑みこまんとしたダゴンが、突如横合いから飛び込んできた巨大な航空機の体当たりによって、その外殻を粉砕されながら吹き飛ばされた。
航空機、いや、鋼の怪鳥とも言えるそれは、魔導書『セラエノ断章』によって召喚された鬼械神。

《虹色の! 脚! スペシャ、ルゥゥッ!!》

ロードビヤーキーよりもアンブロシウスに似た美鳥の操る鬼械神が吹き飛ばしたダゴン目掛けて亜光速の連続蹴りを放つ。
蹴り足の軌道に合わせる様に生まれた無数のハスターの魔風が死にかけていたダゴン諸共、周囲のダゴンと破壊ロボを粉微塵に切り刻む。
するとどうだろう。字祷子へと分解されたダゴンと破壊ロボの残骸が虹色の輝きを帯びた美しい火花を散らし、まるで祭りの夜の花火の様な光景を作り出したでは無いか。

《へっへーん、どうよ。これが鬼械神ファイターという全く新しいジャンルの象徴的な》

《ファイルロード、ドールドリル──》

七色の花火を背景にポーズを決めるセラエノ断章の鬼械神を掠める様に、鬼械神の指程もある円柱が伸び、花火の後ろから迫っていた破壊ロボとダゴンを貫いた。

《──フルドリライズ!》

アイオーンの手首から伸びていた一本の細い円柱。
螺旋の溝が二本刻まれた、一般的にはツイストドリルと呼ばれる工具の形状をした魔導兵器。
星を貪り喰らう蟲の記述を元に生み出されたそれが、アイオーンの操者である卓也の呪句(コマンド)の詠唱を持ち、その真の力を発現する。
アイオーンの全身の間接の隙間から、数十、数百、数千の粘性の液体にも似た魔力を纏うドリルが現れ、先の魔砲に匹敵する速度で、周囲のダゴンと破壊ロボ、更には上空のクトゥルフの触手にすら突き立てられた。
流石にクトゥルフの触手は完全には削りきれていないが、それでも表面をガリガリと削りながら増殖したドリルは、次々とクトゥルフの触手を捻じり上げていく。
クトゥルフ以外の獲物体内深く潜り込んだドリルは、削り取った破壊ロボのパーツをダゴンの臓を喰らい尽くし、スカスカのスポンジ状になるまで被害者達を喰らい、喰らった養分を元に更にドリルは伸長、次なる獲物を求めて掘削を続ける。

《フェイントかよ、って、うぉっ、ちょっ、お兄、まっ、まっまっ!》

そして、大いに慌てながら奇声を発し、超次元的な軌道の飛行でそれらドリルの追撃をかわし続ける美鳥の鬼械神。
アイオーンの、卓也の味方であることなどお構いなしに追撃してくるドリルに四苦八苦している。

《美鳥、それは仕様上しばらく自動で追尾が続くから、気合い入れて避けろよ》

《理不尽だぁぁぁぁぁ!》

叫びつつ、周囲に展開する死に損ないのダゴンや破壊ロボをハスターの風や蹴り、鎌などで切り裂き続ける光景は、声とは異なり意外と美鳥に余裕がある事を見物人に感じさせていた。
見物人もまた鬼械神、何時の間にか虚数展開カタパルトより招喚された、人造の鬼械神、デモンベイン。
そのデモンベインを操る一人と一冊は、その光景を見ながら困惑していた。

「なんかあいつ、妙に気合い入ってるな」

「気合いが入っているというよりも、行き場の無い怒りをぶつけている様にも見えるが」

呑気な事を言っている彼等も、出撃前はそれなりに気合いが入っていたのだ。
だが、ドクターウエストの監視役として着いてきた筈の二人の後輩が、突如かつての自分達の相棒でもあった鬼械神と大学での恩師や逆十字と同系列の鬼械神を招喚し、今まで見たことも無いような気迫を漲らせながら殲滅戦を始めてしまい、呆気に取られ、気を削がれてしまったのだ。

《先輩》

「お、おう、どうした?」

自動で周囲の獲物の追尾を続けるドリルの隙間をどの様に抜けるか考えていた九郎は、唐突に掛けられた後輩からの呼びかけにうろたえながらも応える。

《あと一分でデモンベインが安全に突入できるだけの余裕が生まれます。そしたら改めて突入を》

「ああ、悪い。じゃねえ、サンキュー」

「そこまでお守をされる云われは無いと思うがな。それほど妾達の力が信用できぬのか?」

不貞腐れ気味のアルアジフに、卓也は努めて平静な口調で答える。

《お二方の力は知っていますけどね。その鬼械神もどきにそれほど慣れてないだろうって事も分からないじゃないのですよ》

「む……」

「こりゃ一本取られたな、アル」

「喧しいわ!」

アイオーンからデモンベインへと乗り換え、体験した実戦の数は片手で数えるほどしか無い。
万全な状態で夢幻心母の中で戦おうと思ったなら、それ以外の戦闘は極力避けるのが適切ではあった。
戦闘中でありながら流れる和やかな雰囲気。

《それと、一つだけ言っておく事があります》

だが、その空気を引き締める様に卓也の言葉に真剣な色が混じる。

《大導師に気を付けて下さい》

「何を言っておる。奴は逆十字に裏切られて──」

《ええ、死にました。ですが、気を付けて下さい》

「??」

頭に無数の疑問符を浮かべるアルアジフ。
対して九郎は、卓也の言葉に表情を引き締める。

「生きているのか? あいつが」

《死んでいます。でも、気を付けて下さい。彼は、貴方の宿敵です》

意味が分からない卓也の言葉。死者が生き返りでもするのだろうか。
だがその卓也の言葉に、九郎は何処かで納得している自分が居るのを自覚していた。
たかだか死んだ程度で、大導師マスターテリオンがどうにかなるのだろうかという不安にも似た疑問。
九郎には卓也の言葉が、その疑問への答えへ続くヒントの様に聞こえた。

《本当はもう少し言っておきたい事もあるんですが、そろそろ突入の準備が整いますね》

卓也の言葉の通り、南極の海と空を覆い尽くしていた破壊ロボとダゴンは一時的にとはいえほぼ殲滅され、増援が届くにはしばしの時間が必要になるだろう。
クトゥルフから伸びる触手もその一部を伸長したドリルに絡め取られ、鬼械神が一体夢幻心母に突入出来る程度に隙間が生まれている。
シャンタクで近付き、アトランティスストライクで外壁を蹴り破れば容易く夢幻心母の内部へと突入する事が可能になる筈だ。

「帰ってから聞くさ」

言いつつ、一対の断鎖術式と背部のシャンタクの調整をし、一瞬で空へと駆け上がる。
前方にはクトゥルフと一体化した夢幻心母。
少し下には、全身からドリルを生やし、更に備えつけのモノとは異なる魔銃を両手に構え、魔力弾でクトゥルフの触手をつるべ打ちにしている鳴無卓也のアイオーン。
夢幻心母を挟んで向かい側の空では、手足の生えた戦闘機の様なフォルムの鳴無美鳥の鬼械神が慣性の法則を無視した軌道で飛び回り、背後から追いすがるクトゥルフの触手とドッグファイトを繰り広げている。
これだけの仲間がいれば、安心して決戦に挑む事が出来る。

「行くぜ、アル!」

「うむ!」

雲を突き破り天高く飛翔したデモンベインは、全身を切り揉み状に回転させ回転の力を加え、アトランティスストライクで外壁を蹴り砕き、夢幻心母の攻略を開始した。
そんなデモンベインを見送るアイオーン。

《悪いね先輩》

その言葉と共に、アイオーンの姿が僅かに歪む。
黒い装甲がぎり、ぎり、がちん、がちん、と音を立てて裏返り、無骨ながらも剣の様に鍛えられた武器としての美しさを失い、内部の機械が剥き出しになったカラクリ細工にも似た姿へ。
内蔵されていたアルハザードのランプはそのパーツ一つ一つを仕掛け箱の様に組み替え、魔導書ネクロノミコンとその著者の意図から、思想から著しく外れた存在へと変貌を遂げる。

《このループでの俺とあんたに》

常の、人類の操り得るアイオーンとは異なるアイオーン。
■■■■■■■・アイオーンが軽く手首を捻る動きに連動して、全身から生えたドリルが字祷子を撒き散らしながら高速で回転を始め、クトゥルフの触手を纏めて切断する。
先ほどまでの拮抗が嘘の様に、豆腐でも切るかの如き気安さでクトゥルフの触手を次々に切断し続け、海上の艦隊に手を出せなくなるまで触手の数を減らす。

《『後で』なんて時間はもう存在しないのさ》

ドリルが引き戻され、触手に掛かり切りになっている間に増えていた破壊ロボとダゴンへ向け、つい、と人差し指を向ける。
指先の酷く軽い魔力が流れ、簡素な術式を発動。
ジジ、ジジというノイズと共に、追加で現れた破壊ロボとダゴンが、まるで最初から存在しなかったかのように消滅していく。
字祷子に分解された訳では無い。
文字通りの意味で『最初からこの世に存在しなかった事にされた』のだ。
その異常な光景に、この場に存在する人間は一人として気付けない。
いや、目の前の光景を見てはいる。しかし、それが何を意味するのか認識する事が出来ずにいる。
常の常識的な判断力を、別に敵が唐突に消えるのは不思議では無く、騒ぐまでの事でも無いという非常識な認識に密かにすり替えられているのだ。
故に、卓也の■■■■■■■・アイオーンと、何時の間にかその背に翼の様にドッキングしていた美鳥の鬼械神が、その場から音も無くレーダーにも掛からず静かに消えようとしている事に気付く事も出来ない。
何の説明も無く協力者がこの場を離れる事も、今の彼等にとっては不思議な事では無いと思えてしまう。

《これからどうするの?》

翼と化した鬼械神の中の美鳥が、兄であり主である卓也に問う。
それに卓也は、攻撃目標が一瞬で激減した事だけを認識でき、ここぞとばかりに攻勢にでる艦隊を見下ろし鼻を鳴らしながら答える。

《今回のループ一回使ってやっとわかった。次はもう少し積極的に大導師に意見を言って行こう。あのザマじゃ、話がいっこうに進まん》

無限に存在するかとも思われた破壊ロボとダゴンは、しかしその残量を調整されたかのように増援の数を減らし、今や完全に人類の艦隊有利。
鬼械神がなくとも拮抗し得るよう作り替えられた戦場。
そのうそ寒い光景を振り返る事も無く、卓也と美鳥の鬼械神はゆっくりと南極を後にした。

―――――――――――――――――――

★月◇日(一人は皆の為に)

『オールフォーワン・ワンフォーオールの精神とはつまるところ、全員がその志に沿った行動を取らない事には成立しない』
『誰か困っている人がいたら手を貸す。それを全員が行う』
『全員がこまめにこういう行動をとり続ければ、みんなが一人の為に行動しているように見える、という訳だ』
『情けは人のためならず、という言葉をより分かり易く行動指針としたのがこの言葉だとも言える』
『手は手で無ければ洗えない。得ようと思ったら、まず与えよ』
『何かを得る為には、自らも相手に対して何かを差し出さなければならない』
『メイトやヨドバシやビレバンやヨーカドーに行ったとしても、財布のひもを緩くしなければ何も買えないのだ』

『思えば前の周、ブラックロッジでの社員生活一周目』
『俺は大導師に何か利益を齎したのだろうか』
『少なくとも俺の視点では、俺は大導師に何も益を齎していない。せいぜい組織を少しひっかきまわした程度で、大導師と大十字の対決構造には欠片も手を入れなかった』
『というか、逆十字にすら碌に接触していない』
『ティベリウスが美鳥にちょっかいを出そうとしていたが、ティベリウスが近付こうとした瞬間に美鳥がクトゥグアを召喚して汚物を消毒しようとする為、ティベリウスは迂闊に美鳥に手を出す事は出来なかったのだ』
『マッチョと糞餓鬼はそもそも面識すら殆どないし、強力若本さんはニャルさんがちょちょいと手を加えて俺に興味を抱かない様に調整されていた』
『アヌスさん辺りは俺の改造手術の噂を少しだけ聞きつけていたが、そもそも彼の改造人間作製技術は巫女を作る過程で生まれた余技であったため、それほど興味を引かなかったらしい。液体人間の噂は耳に入らなかったのだろうか』
『禿げてない天さん(四妖拳的な意味で)はそもそも強い相手を斬れればいいタイプの人なので、あからさまに外様の技術者として振舞っていた俺と美鳥には欠片も興味を示さなかった』
『なんか逆十字はもう一人居た様な気もするが、何時の間にか脱走して死んでいたのでこれはどうでもいい。魔導書も本人も既に所持してるし』

『つまるところ、俺は前回少しばかり消極的過ぎたのだ』
『きっと大導師の事だから何か考えあっての事だろう、と思っていたのだが、それは大きな勘違いだった』
『よくよく考えてみれば、今の大導師は邪神の企みに気付いてからそれほどループを体験していない』
『で、二年ほど前に見せて貰ったブラックロッジはじめて物語を思い出して、大導師の素のキャラを類推してみれば──』

『(>ω・)ゞ☆意思(テレマ)なり!』
『(・ω⊂)余は……地球皇帝マスターテリオン!』

『この二つに尽きるだろう。……駄目だ、何も考えていない様にしか思えない。こんな事の為に日記に一行とはいえ手描きでAAを書く破目になるとは思わなかった』
『何しろ、まだ大導師は絶望してない。最大のイレギュラーと言われるトリッパーを求めていた事からしてもよく分かる。彼もまた試行錯誤を繰り返している最中なのだ』
『ていうか、地球皇帝マスターテリオンの延長線上、しかもすぐ近くに存在しているのだから、そこまでの思慮深さを求めるのが酷なのかもしれない』
『基本的にブラックロッジでの活動、大導師はカリスマと魔術以外は発揮してないからな……』
『これが強すぎる力故の弊害というやつなのだろうか』

『ともかく、思いこみだけで行動すると時間を無駄にするのだとよく理解できた』
『次のループが始まったら、ミスカトニックに行く前にブラックロッジにカチコミ入れて、大導師を問いただす作業から始めなければ』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

その日、大都市アーカムの外れ、『第十三番区角』通称『焼野』の地下にそびえるブラックロッジの本拠地にして移動要塞である夢幻心母は、未だかつて受けた事の無い程の大規模な襲撃を受けていた。
いや、大規模と言っていいものか。
襲撃者の数は、元は二名。
碌な武装も部隊も引き連れずに夢幻心母に侵入してきた無謀な侵入者に対し、当初は下部構成員達の警備部隊が当てられていた。
だが、通常の警察や軍隊では手も足も出ない程には力のある魔術装置で身を固めた構成員達は瞬く間に無力化され、賊の足止めをする事すら出来なかった。

次に、侵入者の強さに興味を持った異形の剣士、逆十字のティトゥスが迎撃に出る事になる。
この時点で、侵入者が三人に増えた。
元の侵入者は二人、二十代かそこらの青年と十代中盤程の少女。
この時点で増えた三人目の侵入者は、三十台程の東洋系の厳しい顔立ちをした剣士。
魔術的に肉体を改造したティトゥスの二刀流に対し、一本きりの刀で持って互角以上に立ち会いを続け、最初の二人の侵入を手助けした。

ティトゥスの次には、侵入者の容姿を聴き、若く可愛らしい少女という事に興味を──もっと突っ込んで言えば性欲を──持った不死の魔術師、逆十字のティベリウスが侵入者を見物に行った。
この時点で、侵入者が四人に増えた。
新たに現れたのは、銃剣に魔導書を携え、背後には群青色のカミキリムシを従えた、緑色の髪をした妙齢の女性。
美しい女性、もしくは可愛らしい少女や少年であれば性欲を抱き、とりあえず犯しにかかるティベリウスが思わずドン引きして逃げまわる程、好戦的な喜悦に歪んだ顔でカミキリムシの変形した鎧を纏い、一方的に追い回した。
追う者と追われる者が逆転している隙に、最初の侵入者二人は夢幻心母の奥へと進む。

最後に、夢幻心母に残っていた逆十字の残り、カリグラとクラウディウスがどんな馬鹿が現れたのかと見物をしに行った。
新たに現れた五人目の侵入者は、彼等の良く知る、マスターテリオンにすら匹敵する、自分たちの遥か上の位階に居る魔術師だった。
赤い拘束具ではなく、シックな黒色の少女服に身を包んだ魔術師は、二丁の魔銃と多彩な魔術により、二人の逆十字を軽々と手玉に取り、猫がネズミを弄って遊ぶ様に暴虐の限りを尽くした。
戦いながらも後ろ手に笑顔で手を振る魔術師に対し軽く手を振り返しながら、二人の侵入者は、夢幻心母の中を進む。

ティトゥスVSまっすぐな振りの剣士。
ティベリウスVS群青色の鎧を纏う戦狂い。
クラウディウス&カリグラVSマスター・オブ・ネームレスカルツ。
恐ろしく長い廊下VSやる事の無い侵入者二人。
夢幻心母の中で繰り広げられる、かつてない規模の大闘争劇。

一番早く決着が付いたのは、長い廊下を相手取っていた二人の侵入者だった。
そして、二人が夢幻心母の中心である玉座の間に到着すると同時、三人目以降の侵入者は、まるで何もかもが幻だったかのようにその姿を消した。

―――――――――――――――――――

ドアを蹴破り、玉座の間に侵入する。
玉座を囲み、大導師を守る様に陣形を組んだ構成員達をテレポートで夢幻心母の外に纏めて放り捨て、ずかずかと玉座に向かって足を進める。

「hey大導師殿、再会祝いに鰤大根一丁お待ちしました」

大十字に感化され、少しだけ挨拶をフランクかつアメリカナイズド。

「…………余が思うに、それは鰤大根ではなく、ブリガンダイン(※1)ではないか?」

※1、十二世紀から十七世紀にかけて製造された、人間の胸部や胴を覆う鎧の一種。地方によって様々な製造バリエーションが存在している。
そこに気が付くとは、やはり天才か……。
前の周では、謁見が始まるととりあえず鰤大根食べ始めてたから、今回も確認せずに齧り付いて、そこからノリツッコミ的にブリガンダインである事に気が付くかと思ったのだが、少なからぬ成長を遂げているようだ。
それが少なからず喜ばしくもある。
前の周ではボケてもこういう突っ込みは中々来なかったのだ。これは大導師も変化を求めていると考えてもいいだろう。

深皿の上に無理やり乗せていたブリガンダインを美鳥に投げ渡し、玉座の間を魔術と科学の両方面から捜査。
盗聴や盗撮、使い魔の類が無い事を確認した上で、話を切り出す。

「大導師殿。もしやあなた、俺達を仲間にした後の事を、何も考えていませんでしたね?」

俺の問いに、大導師の後ろに控えていたエセルドレーダが険しい表情を作り前に出る。
が、大導師に無言で制され、渋々といった表情で後ろに下がり直した。
大導師はしばし目をつむり、天を仰ぐ。
そして顔を下ろし、眼を開ける。

「当然であろう。邪神ですら測り知る事の出来ないイレギュラー。どう扱うかなど、そう直ぐに思いつくことでも無い」

カリスマ顔で言い切りやがったこいつ……!
今すぐここではじめて物語を流したくなる衝動を堪え、溜息を吐く。
俺の溜め息に一々反応してエセルドレーダが睨みつけてくるが、知った事では無い。
もういい。畏まるのも一歩引くのも無しだ。

「そうですね、それは当たり前のことです。貴方は邪神とのハーフで、俺達はトリッパー。どちらも通常の人間からは外れていますが、だからといって邪神の思惑まで理解できる訳では無い」

なので、一旦大導師の言葉に頷いておく。
この事実を互いに認めた上で、その上で互いの考えを知らなければならない。

「話し合いましょう。互いに知る事、知らない事。貴方は邪神の企みから逃れたい。俺は自身の性能を向上させたい。互いの目的を果たす為に、益になる事を」

何をするでもなく飼殺しにされるのはまっぴらごめんだ。
社員として一年近く侵入し、夢幻心母も他の社員の能力の程も大体理解した。
どちらにしろ大導師が大十字と共に成長し、輝くトラペゾヘドロンを召喚しない事には幾ら成長してもこの世界から抜けて元の世界に帰る事も出来ないのだ。
余程のへまをしなければ、今後もブラックロッジで安全に活動を続ける事は難しくも無いだろう。

べ、別に早くDSのスパロボ新作をプレイしたいからこんなこと考えている訳じゃないんだからね!
トリッパー的には原作知識で原作キャラを少し導くのも運命だと思っているだけなんだからね!
ついでにミスカトニックでは手に入らなかった能力も取り込んで、自身の強化に充てたいっていう理由もあるんだから、勘違いしないでよね!

「話し合う、か」

俺の言葉に目を瞑り考えこむ大導師。
数十秒の間を置き、大導師はその瞼を開ける。
開かれた大導師の瞳には、これまでの邂逅では見た事の無い、不安や期待といった人間臭い感情の光が見てとれた。
大導師マスターテリオンになる前の『彼』の瞳に少しだけ似ている。

「余は、貴公らが何を知るかを知らぬ」

「知らないなら聞いて下さい。聞かれなければ教え様もありません」

「貴様──っ!」

とうとうエセルドレーダが俺の無礼に堪え切れず、手に黒い魔力を迸らせながら一歩前に出る。
が、激昂するエセルドレーダを、俺の背後に控えていた美鳥前に出て無言で牽制。
アルアジフ、無名祭祀書、セラエノ断章、その他有象無象の大量の魔導書、極冠遺跡の中枢を含む大量のコンピュータを内包し、『裏技』で更に演算能力を増強した美鳥は、無言の内にエセルドレーダの手の中に収束した魔力を霧散させる。
魔術をディスペルされ、驚愕に顔を歪ませるエセルドレーダ。にやりと笑う美鳥。

「ほう」

エセルドレーダの術をディスペルした美鳥の鮮やか過ぎる手並みに、大導師は軽く眼を見開く。
これで、ある程度は此方が『できる』と踏んだのだろうか、大導師は頬杖を突いていた顔を上げ、こちらに向き直った。

「問おう」

「は」

「かの邪神を制する一手はあるか?」

決定的な、この時点で最も大導師が知りたいだろうと思っていた問い。
それに、はぐらかすではなく遠回りに、必要な行動から知識を与える。

「大十字九郎。かの者への対処に情け容赦をしないことです。常にその時点で出せるだけの力を持ち、しかしギリギリの所で殺さぬように、徹底的に追い詰めるのです。」

「何故だ」

「あれは、叩けば叩くほどより強くなり立ち上がります。そして、貴方はそれに呼応するように力を付ける事が可能なのです」

「これ以上の力を得て何とする」

「邪神を制する、目論見を台無しにする為に、呼び出さなければなりません」

「それは?」

「『輝くトラペゾヘドロン』」

問いに簡潔に答える。

「輝くトラペゾヘドロン(シャイニング・トラペゾヘドロン)……」

大導師は、その言葉を口の中で転がす様に改めて呟く。
思案顔の大導師に、重ねて言葉をぶつける。

「強くなられませ、大導師殿。より高くより強く、遥かな高みを目指すのです。空の果て、星の海を超え、銀河を飛び出し、宇宙の中心に辿り着くその時まで」

跳び付かずにいられない魅力的な餌を吊り、迷える大導師に指針を示す。
そんな俺の事を何処からか見ているネズミが、ちゅう、と愉快気に嗤い声を上げた気がした。




続く
―――――――――――――――――――

>「恐れながら大導師殿。────鰤大根は先程も食べられたばかりかと」
★ここが今回のオチでした。OP前のアバンでオチた感じ★
★大導師が顔を両手で覆って自己嫌悪に陥る辺りでOPが流れ出すとベスト★

以上、予想に反してブラックロッジの名前あり構成員の台詞が一つも無いブラックロッジ編第一周目、全然絶望して無いけど十四歳病から十七歳病に華麗なる成長を遂げた大導師の憂鬱的第五十一話をお届けしました。

ブラックロッジ一周目は冒頭の悩める大導師のグダグダが延々続き、只管ブラックロッジ平社員を改造したりしている内に終わった感じ。
要望あれば二周目以降で似た様な事やって描写する感じで。
無いとは思うけどね要望!


Q&Aを挙げ出したらきりがないので、今回のさらっと流されて以後使われないオリキャラ&オリアイテム紹介。

・ドラム缶に詰め込まれた液体人間
元ブラックロッジの信徒であり、主人公が魔導書を斜め読みしている時に思いついた改造方法の被検体。
人間は自らの肉体と言う檻に閉じ込められた囚人であるという尊敬する人物の言葉を元に、某SFCゲームの設定を元に製造された。
ベースとなる人間が複数人数である事と、全員が魔術師であった事から元ネタよりも性能が高い。
人間らしい情動は失われているが、この状態で修業を重ねれば、鬼械神『御出居』を招喚する事が可能になる程のポテンシャルを秘めている。
奉仕種族として如何にショゴスが優れているか図らずも証明した貴重な失敗作。
最終決戦後も残っているが、人間であった頃の記憶が混濁している為、自分を改造したのが主人公である事は誰にも告げていない。

・身体の七十パーセントを改造された下っ端
最終的に生身のパーツは脳味噌と脊椎だけになったが、そのボディの戦闘能力は極めて高い。
顔面以外は平時はロボット刑事、戦闘時はウォーマシンといった風貌のサイボーグだが、元になった下っ端自体の脳の性能がよろしくないので、今一力を扱いきれていない。
最終決戦前に、逆十字の攻撃から覇道瑠璃を庇って大破する。
顔面は情けない絶火とでも表現するのが一番近い。
ヘタレだが、スペックが異常に高いので死ぬ気で頑張ればメタトロンやサンダルフォンに勝てないでも無い。

・覇道瑠璃の着たモータースーツ
デモンベインを建造できる技術でもって製造された、ダーレスの着ていたモータースーツの正当な後継機。
頑丈で、大きく、力が強く、空を飛ぶ。ただそれだけの機体。
映画版のアイアンモンガーで想像すれば大体合ってる。
可愛らしく華奢な少女がゴツイ機体に乗っていると嫌に興奮する、それだけの理由でこの機体は存在している。

・■■■■■■■・アイオーン
多分後々、大分後に再登場出来る。
無限螺旋の中で、デモンベインに繋がるまでのアイオーンという鬼械神はいかなる役割を持たされていたのかという疑問への、千歳・アルベルトなりの回答。
台詞が殆ど無い彼女の作品作りへの捻くれた情熱を如実に表す存在。
主人公が誰かと戦う羽目にならない限りは使われる予定は無い。
シリアス担当。


こんなところでしょうか。
大導師を情けないキャラにしてしまいましたが、外面は原作っぽい振る舞いをさせ続けるつもりなので、そこら辺はご安心ください。

誤字脱字に文章の改善案、設定の矛盾への突っ込みにその他諸々のアドバイス、そしてなにより作品を読んでみての感想、短くとも長くとも、短くも長くも無くとも、心よりお待ちしております。



[14434] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/07/03 22:10
大暗黒時代にして大混乱時代である大都市アーカムは、その広さに違わぬ様々な姿を持つ。
一面ではさびれた港町があるかと思えば、もう一面では個人所有の飛行場がある。
一面では二束三文で子供が売り買いされている治安の悪い地域があれば、もう一面にはゴミ一つ落ちておらず、軽犯罪の一つも発生しない治安のいい地域も存在する。
この場所は、それらのどの地域にも近く、どの地域からも遠い、絶妙な場所に存在していた。
天を突く様な、とまではいかないまでも、周囲の街並みを一望できる高層建築。
ブラックロッジとの関係は薄いものの、街の筋者が大量に入居している、俗に言うヤクザビルというものだ。
いや、元ヤクザビルというべきか。ブラックロッジに恭順せずに居た筋者達を一掃した怪しい男に安く買いたたかれたそのビルは、今では三人の男女によって使用されている。

「あー……」

一人は、シックな黒色の少女服をハンガーにつるし、小豆色のジャージを着た少女。
椅子に座り、テーブルに肘を立てて頬杖を付き、テレビを見るでもなくぼうっとした表情で眺めている。
元逆十字最強の魔術師ネロ改め、魔法少女エンネア。

「あら、どうかして?」

もう一人は、全身を白のフリルで覆ったロリータワンピに身を包んだ妙齢の女性。
ソファに座り、自らが来ている服と同種の服に、針と糸で細工を施している。
元フューリー聖騎士団の騎士、フー=ルー・ムールー。

「なんじゃ」

最後に一人、藍色の作務衣を着て髪を黒い紐で結い後ろで束ねた齢三十程の男。
部屋の中で更に広い場所にて、一心に刀を振り続けている。
元グレイブヤードの墓守、蘊・奥。

この三人は、いずれも元となった人物その人ではない、理論上、そして事実上誰もオリジナルとの違いを見つける事が不可能な程精巧に造られた複製人間だ。
だが、彼等は複製として造られる過程で、ある程度『製造目的』を達成するのに適した身体に調整されている。
そう、彼等にはすべからく『製造目的』が存在している。

「卓也と美鳥、まだかなぁ」

だが、その製造目的を果たす為だけに彼等は存在している訳では無い。
いや、それ以外の目的があるからこそ、彼等はその製造目的を全うしようと自発的に活動を行っているのだ。
故に、彼等は同じビルに住んではいるものの、普段はそれぞれ別のフロアを使い、日々の生活を行っている。

「そのセリフ、つい五分前も聞きましたわね」

裁縫の手を止めず、フー=ルーがクスクスと笑い声を洩らす。

「今日は大学に行く日じゃと言っておったからな。来るのは日が暮れる頃じゃろ」

蘊・奥は、働き盛りの成人男子といった外見に見合わぬ年寄りじみた言葉使いでエンネアの疑問に答えながら、尚も刀の素振りを止めない。
そんなフー=ルーと蘊・奥の余裕の態度と、それに比べて自分の子供っぽい振る舞いに気恥ずかしさを覚えたのか、エンネアはぷぅ、と頬を膨らませながらベランダの方へと視線を外した。

窓の外から見えるアーカムの光景。
真上に上った太陽が燦々と紫外線を振りまき、忙しそうに道行くサラリーマンの、ゆったりと乳母車を押しながら談笑する母親たちの、大学をサボって公園でハトにパン屑をばら撒いている大学生の皮膚を焼いて行く。
そんな、極ありふれた日常を眺めながら、エンネアは思う。

──みんな紫外線浴び過ぎて熔解しちゃえばいいのに。

勿論、本気でそんな事を思っている訳では無い。
自分は余りにもやる事が無く、テレビを見ながら待ち惚けているというのに、楽しそうに日常を送る連中が少しだけ羨ましいのだ。

それこそ、普段であれば幾らでも時間の潰し様はある。
洗濯して掃除してお布団を干して買い物をして、少しだけ本屋に寄って、雑貨屋で小物を見るだけ見て帰って、ラジオを聴きながらおやつを作って……。
だが、人を待っている状況では下手に外に出掛ける事もできないし、ここは自室でもないので料理の類も出来ない。
これで、待ち人がいつ来るか分かるタイプの人なら良かったのだが、今待っている二人はエンネアの魔術師としての腕を持ってしてもその行動を知り得ぬ特殊な人種なのだ。
そうでなければ、こんな話し合いの時にしか使われない様な部屋に顔を出す理由など無い。
連絡が来たのが昼少し前で、昼食を取ってからすぐにここで待っているというのに、これでは余りにも間抜けすぎる。
時間は限られている。
その限られている時間が以前とは違い格段に長くなったとしても、それでも人の一生は有限なのだ。

「まだかなぁ……」

だから、ついつい口に出して言ってしまう。
その言葉に反応して、フー=ルーが肩を竦める気配をエンネアは感じた。

「先ほどからまだ三分も経っておりませんわよ?」

言われるまでも無い。
さっきのセリフからまだ二分十三秒しか経過していない事なんて自分が一番理解している。
ついでにこの台詞もかれこれ四十二回目だ。
一々カウントしてる自分の律儀さが空しくなりテーブルに突っ伏すと、蘊・奥が素振りを止めて刀の整備に取り掛かった気配を感じる。

「待つ時間はもどかしくもあるが、そのもどかしさを楽しむのも人生じゃろう」

理解できるが、納得はできない。
待つ時間は楽しいが、結局のところもどかしさを感じるのはやはり不快でもあるのだ。
いや、来る事が分かっているという安心感があればこそ、というのも理解はできるのだけれど。
それに、ブラックロッジを襲撃した時以降はずっとこのビルで生活をしていただけだったので、最近は生活リズムも崩れて来ていたのだ。

「うぅ」

ありていに言えば、ねむい。
昨夜はオールナイトアーカムにゲストでH・P・ラブクラフトが出演していたせいで、思わず夜更かししてしまっていたのだ。
しかも、これまでひっそりと送り続けていた葉書がこのタイミングで読まれ、思わず夜明け少し前まではしゃいでしまった。

読まれたのはゲストへの質問。
以前卓也達に教えて貰った『邪神眷属すら殺害できる攻撃力を備えた祖父の形見の仕込杖』の存在の真偽と、常日頃から持ち歩いているのか、という質問だ。
どうせ読まれる事は無いだろうと高をくくって、かなり専門的な魔術用語を多用した質問をしてしまったのだが、H・P・ラブクラフトの見事な応対には感激すると同時に感服してしまった。
噂によると彼はシュブ・ニグラスの信奉者であると言われているし、かの邪神から魔術に関する知識を得ているのかもしれない。
句刻は夜更かしできないから論外として、卓也か美鳥が録音していないものだろうか。
録音していたなら、再生できるプレイヤー毎譲って貰おう。そして永久保存しよう。

ああでも、何の見返りも無しに譲ってくれるだろうか。
頼み込むまでも無く、ちょっとコピーしてくるから待ってて、みたいなノリで貸してくれそうではあるけれど、それは少し、余りにも自分の側にだけメリットがあり過ぎるのではないだろうか。
かといって、今の自分には見返りとして差し出せるようなものも無い。
というか、そもそもこの住居に衣服に生活費など、全て賄って貰っているのだ。
そのうえで、録音したデータと再生機器を譲ってくれ、などと言えるだろうか。

いや、フー=ルーは先日何の臆面も無く『衣装を自作してみるから、教本と材料の費用を用意して下さらない?』とか言っていた様な気もするし、そんな物なのだろうか。
いやいや、蘊お爺ちゃんの刀と衣服、生活用の雑貨は元を正せばお爺ちゃん自身の持ち物だと言っていたし、それ以外に何か貰った時も何処からか金を稼いできては返していた気もする。
同じ境遇の二人は、余りにも極端すぎて参考にはならない。
常識的に考えればお爺ちゃんの方を参考にするべきなのだろうけど、金を稼ぐにしても何処で稼げばいいのだろうか。

「おいーっすぅ、みんな集まってるかよ?」

どの職業にしても、世界から情報を引き出せばエンネアに出来ない事は無い。
が、エンネアの見た目の年齢で雇ってくれる店となると、余り品の良い場所は望めないだろう。
良い所で新聞配達、悪ければ子供を専門に扱う娼館にでも斡旋されかねない。

「あら、思ったよりも早いのですね」

ニグラス亭なる食堂はそこら辺の規制が緩いらしいが、あそこは卓也が働いている。
働いている理由などを間違って聞かれでもしたら、『そんな気を使わなくていいのに』などと言われて、再生機器も音声データも押し付ける様に譲られかねない。
それでは駄目だ。筋が通っていない。美鳥辺りなら『すじ公国が通行規制』とでも表現するほど通らない。どこだよすじ公国って。

「今日は午後の講義は一コマだけでしたからね。蘊・奥さん、身体の調子は如何ですか?」

「ふん、何も問題は無いわ。じゃがここまで若返ると、身体が動き過ぎて違和感があるのう。不思議なものじゃ」

筋、すじ。
そうだ、身体で払う、というのはどうだろうか。
別段異性として好き、という訳でも無いが、邪神や知らない人間に比べればまだしも抵抗は無い。
そもそも腹の中のテリオンを取り除いてくれたのだから、そのお礼に、という理由も付けられないでもない。
自慢になるが、細かな傷を度外視すれば人並み以上の美貌を誇っていると思う。
以前こことは異なる時間で、具体的にはまだテリオンが胎の中に居た頃に一緒にお風呂に入った事はあった。
だがあの時とは異なり、今は胎の中に誰も居ない。
プロポーションは以前の比では無い筈だ、と思う。

「そこら辺は慣れてください、としか。最低値に合わせるよりは効率的でしょうし、下手に脳味噌の方を弄って腕を鈍らせて貰っても困りますしね」

「なんでしたら、私が慣らしの相手をしても──」

「フーさんは部屋の壁貫通させるから却下な」

以前は何だかんだでペタン娘だの膨らみかけだのコメし難いだの美鳥にからかわれるし、バスタオル一枚で背中流してあげたにも関わらず卓也はリアクション薄いし。
句刻に至っては、わざわざ子供用のブラまで買ってくる始末(可愛かったから貰ったけど)だし、鳴無家のみんなは揃いも揃ってエンネアを子供扱いし過ぎていると思う。
こう見えてエンネアは立派な大人だ。
なにしろ最低でも■■歳で──
■■歳で、……■■歳。
ええと、暴君ネロ、■■歳。
最強にして最凶の逆十字、暴君ネロ■■歳!
何処にでも居る女の子、でも実は魔法少女なエンネアは若さと色気香る■■歳♪

…………。
……。
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳、
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳、
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳、
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳、
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳、
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳、
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳、
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳、
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳、
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳、
■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳■■歳!

「前に出したあれが良いかもしれんの。ほれ、『東方不敗の格闘能力と蘊・奥の剣術、湊斗光の脳から写した吉野御流合戦礼法、更にはシュリュズベリィ先生の魔術的能力を備えた数打ちブラスターブラスレイターテッカマンサンダルフォン量産型バージョン28.02(更新内容・肌年齢低下)初回特典金神の大きな欠片入り』とかいう木偶があったじゃろう」

……おかしい。今の年齢思い浮かべただけだよね。なんで検閲されたの?
別に邪神の名前とかでもこの世界の仕組みとかでもhydeの身長でも無いよね。年齢思い浮かべただけだよね。
しかし156。あ、これは大丈夫なんだ。■■歳。
…………いいや、釈然としないけど、これは一旦考えないでおこう。

「ダースで?」

「所詮は魂の籠らぬ木偶、グロスで来い」

「流石スパロボ世界出身は格が違ったなー」

「Gガンをクロスさせたばっかりに……」

ともかく、身体で払う、ってのは一番分かり易いし親睦も深められる。
上手くいけばもっと仲良くなれるし、姉弟間で、なんて不純な状態から抜けさせる事も可能かもしれない。
美男という程でも無いけど不細工という訳でも無いし、気配りも出来る方だし、シスコンさえ直せば恋人の一人や二人頑張れば直ぐにできると思う。
いや、でもそうすると今度は美鳥が更に不憫になるし……。

「エンネアちゃん?」

「え……、ひゃ!?」

肩を叩かれ、初めて卓也と美鳥が部屋に訪れていた事に気が付く。
心配そうに此方の顔をのぞき込む卓也の表情には、心配一割、疑惑一割。
残り八割は自宅で待っている句刻の事でも考えているのだろう。
たった一週間の共同生活では知る事の出来なかった卓也と句刻と美鳥の特殊性癖は、鼻と鼻が触れそうな距離にまで顔の距離を詰められても女性としての危機感を感じる事が無くなるほど強烈なものだ。
だが、それでもこの距離はやはり恥ずかしい。
今考えていた事を読まれていたら、と考えると、顔面の血流が活発になってしまう。

「今後の方針が決まったから、エンネアちゃんからも意見が欲しいんだけど……」

「う、うん、任せてよ」

そうだ、これから卓也達の指示で活動する事になる以上、何か欲しい物があったら正当な報酬として手に入れる事ができる。
何をいきなりトチ狂って身体で返すとか考えているんだエンネアは。
だめだ、余りにも思考が馬鹿すぎて余計に恥ずかしくなってきた。この事について考えるのはまた後にしよう。

―――――――――――――――――――

そんな混乱気味なエンネアの内心を気にすることなく、フー=ルーは手に持っていた造りかけの衣装と裁縫道具を置き、蘊・奥は手入れの途中の刀を傍らにそっと横たえる。
部屋に集まっていた三人が自分達に注目した所で、卓也は掌を二つ叩く。

「では改めて、おはようございます。早速、今回のループで皆さんに手伝って貰う事を発表しようと思うのですが……」

「ですが?」

言葉に詰まった卓也に、フー=ルーが先を促す。
先を促された卓也は、顎に手をやり、眼を瞑り考えこんでいる様な表情で首を傾げる。

「……実のところ、今のところ皆さんに手伝って頂く事がありません」

その言葉に、フー=ルーがソファーから尻を滑らせ、エンネアが椅子から転げ落ちかけ、蘊・奥が深く溜息を吐く。

「それでは、ワシらはもう自由、という事でいいのじゃな?」

「いえいえ、不測の事態に備える意味で、皆さんにはせめて俺達がループするまでの間はこのビルに留まっていただく事になります」

「大体の事を知っているようで、実際は何が起きるか分からない、それがループ。だからこそ面白いって言うしなー」

言いたい事は分からないでもないけど、言い回しが良く分からない、といった風のエンネアは置いてきぼりで、更にフー=ルーが質問を投げかける。

「私達の手が必要無い理由は?」

そのフー=ルーの言葉に、卓也ではなく美鳥が肩を大げさに竦めながら答えた。

「あたし達の挙げたプランなんだけど、元から居る人材に本気出させれば十分こなせるんだってさ」

「まぁ、ここ数十周の大導師はいろいろ手探り中だったみたいですし、仕方が無かったと言えば仕方がないのでしょう」

うんうんと頷きながらの卓也の言葉に、エンネアは一つの疑問を覚えた。
手探り中であるが故に出される事の無かった逆十字含むブラックロッジの真の実力。
その真の実力は、一体何処に対して向けられるのか。
手持ちの情報の少ないエンネアには今一つ思いつかなかったので、大人しく手を上げて訊ねる事にした。

「で、その卓也達が挙げたプランっていうのは、どういうプランなの?」

「よくぞ聞いてくれました!」

そのエンネアの言葉に、我が意を得たりといった風に、卓也は嬉しそうに顔を歪める。
バンッ! と後ろ手に卓也の平手が壁を叩くと、叩かれた壁の一部がぐるりと回転しホワイトボードが姿を現す。
ガチンッ、と力強い金属音と共に再び固定されたホワイトボードには、何時の間に仕込まれていたのか今の一瞬で書かれたのか、このループにおけるブラックロッジ、大導師の活動プランのタイトルが、黒いマジックでデカデカと記されていた。

―――――――――――――――――――

第五十二話
『ありそで無かった大十字九郎精神的虐待周 ~確実に次へと繋がる死なない程度の追い詰め方入門編~』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

夢幻心母内部、部屋の角を不思議な素材を塗りたくる事により滑らかに加工した秘密の部屋。
俺は黒板の脇に立ち、椅子に座る大導師に今後のスケジュールの再確認を行っていた。

「さて大導師殿、こちらの秘密☆スケジュール表によれば、前後二日程のズレはありますれど、あと一週間程でアルアジフがアーカム近辺に現れます」

「うむ」

鷹揚に頷く大導師に、俺は移動式の黒板に張り付けたスケジュール表を教鞭でぺしぺしと叩きながら説明する。
態度こそ理由も無く偉そうで、訳も無く頷くアクションにカリスマが充満しているが、それは些細な問題だ。
大導師が勤勉な学生っぽく眼鏡をかけて(グルグル眼鏡ではなくオシャレメガネだ。学生時代のザーギンぽくもある)いようが、大導師に寄り添えるようにエセルドレーダが椅子と机を限界ギリギリまで寄せていようが、予定の確認には影響しない。

「まず第一段階ですが、何をしなければならないか、覚えておられますか?」

「アルアジフの鬼械神である『アイオーン』の完全破壊であったか」

「はい、良くできました。大導師殿にはニコちゃんバッジを進呈します」

そういい、大導師の机の上に黄色いニコちゃんバッジ(エボリューション仕様なので三つ目)を転送。
曖昧な表情で頷きながら、机の上のバッジを摘まみ上げ、極々自然な流れで傍らのエセルドレーダのカチューシャに安全ピンで留める大導師殿。
そしてとりあえず大導師からのプレゼントであると自己完結したのか、気恥ずかしそうにカチューシャのニコちゃんバッジを指先で撫でるエセルドレーダ。

「しかし鳴無卓也よ、何故アイオーンを破壊する必要がある。あれは術者の力量さえ上がれば、余のリベルレギスに匹敵し得る力を持っているだろう」

「そうですね、でも大導師殿も半ばお気付きとは思いますが、アイオーンをリベルレギスに匹敵し得る位階に上らせる術者など存在しようがありませんし、仮に存在したとしてもアイオーンに乗せる意味もありません」

「何故だ?」

「そもそも、通常の鬼械神をリベルレギスに匹敵させ得る術者であれば、どんな魔導書を用いて鬼械神を呼び出したとしても、大した性能差は生まれないからです。そうですね、図で表しますが……」

そういいながら、黒板を教鞭でココンっ、と二度叩くと、スケジュール表が縮小しながら黒板の隅に押しやられ、空いた黒板のスペースにチョーク風のラインが走り、数体の人型ロボット、そのロボット達の上にラインを引き、曖昧な巨大ロボのシルエットを描く。

「鬼械神は、高位次元に存在するオリジナルの機械の神がこの三次元に落とす影な訳ですが、ここである問題が出てきます。それは、元となる機械の神の姿が余りにもあいまいである、という事です」

黒板に描かれたロボットの上の巨大ロボのシルエットの真ん中にクエスチョンマークが書き足される。
曖昧というよりも、オリジナルの機械の神、という存在自体が余りにも魔術師に対して認識されていないのだ。
機神招喚が魔術において奥儀の一つに数えられるのも、この機神招喚という魔術の曖昧さにある。
機械仕掛けの神を招喚するとはあるが、そもその機械仕掛けの神の姿が知られていないため、具体的なイメージを持ちにくいのだ。
以前、デモベ世界のトリップ初期の頃に書いた魔導書でも、ここが問題点として挙げられる。

他の魔導書とのセット運用が望まれる、機神招喚を行う為だけの魔導書。
これはセットで扱う魔導書によって、機械の神のイメージを補填しているのだ。

「実像のあやふやな機械の神のイメージを補う為に、魔術師はどこから近いイメージを持って来なければならないか」

ここで、うっとりし終えたエセルドレーダが、なるほどといった風の表情で呟く。

「機械の神に近い、高位の邪神のイメージを当てる、という事か」

「大正解、エセルドレーダさんの持ち主である大導師殿に、鼻眼鏡と期限切れの5ガバスが進呈されます」

美鳥の手を経由して大導師に渡される鼻眼鏡と5ガバス。
エセルドレーダの頬に掛かる髪を指先でそっと掻きあげる大導師と、眼を細めるエセルドレーダ。
そんな恍惚の表情に掛けられる鼻眼鏡、ノースリーブの漆黒のドレスの胸元に捻じ込まれるガバス。
そして、ガバスの感触に擽ったそうに身をよじるエセルドレーダ。

「は」

そんなエセルドレーダを見下し、小さく鼻で笑う美鳥。
エセルドレーダはうっとりとしたまま美鳥の表情にも気が付かない。
何も不自然な所は存在していないな。

「機神招喚を立体の断面で説明する理論も存在しますが、別の邪神でイメージを補填する、という工程は影絵で例える方が分かり易いですね」

黒板に、
立体に当てるライトの光量=魔術師としての力量。
ライトの光源=魔術的解釈。
ライトの色=魔導書=魔導書が主に扱う神や怪異の属性。
と、順番に書き連ねられていく。

「水系ならばクラーケンなどの水中系、風系ならロードビヤーキーなどの空力系。が、鬼械神があくまでも機械の神の模造品にそれぞれの邪神のイメージを当てたものである以上、どうしてもオリジナルの機械の神には及ばないし、イメージのモデルとなる邪神にも劣ります──通常であれば」

巨大ロボットとロボット達の間に、デフォルメされたクトゥルフとハスター(まぁ、タコイカっぽいのとトカゲタコっぽい感じか。見た目は正直どっちもどっちだろう)を描き、その下に居たロボット達の姿を、クラーケンとロードビヤーキ―に描き直す。
曖昧な神氣を纏う機械人形は、実像のはっきりとした邪神のイメージをパッチされる事で方向性を定められ、初めて鬼械神として完成する。
そして、それら鬼械神とは別の枠でスパロボOG的中途半端頭身のリベルレギスが描かれ、その中心に空白が生まれ、虹色の泡の集合体の様な物が描かれ──
最後に、リベルレギスの隣に赤黒い血液の塊が描かれる。

「そこまで知っていたか」

意外だったとでも言いたげな表情で呟く大導師に頷きを返す。

「データ上での事ですけどもね。実物を見た訳ではありませんよ。
ともかく大導師殿、リベルレギスは鬼械神ではありますが、半ば、いや、ほぼ神そのものと言っても過言ではありません。
何しろ、高位の外なる神の子である半神の化身が、自らの真の姿とでも言うべき邪神をモデルに招喚し、
挙句の果てに神そのものの一形態を内部にそのまま動力として内蔵しているのです。
これで強く無ければ嘘ですし、神の影絵に過ぎない一般的な鬼械神でどうこう出来るわけもありません。最強の鬼械神と呼ばれるアイオーンでも例外では無いのです」

ていうか正直、これは鬼械神としてカウントするべきかどうかすら怪しい。唯の神でいいじゃんとすら思えてしまう。
これに匹敵するアイオーンを招喚できる術者とはすなわち、半神でありながらアイオーンを招喚する上でモデルとなる邪神であり、なおかつアイオーンに邪神そのものを組み込める存在、という事になる。
真っ当な鬼械神でリベルレギスに対抗しようと思った場合、大導師アナザータイプを一人用意する必要があるのだ。
そんな無茶な配役はこの際捨て置いて、黒板に追加の絵を描く。
二頭身アイオーンと、その上にモデルとなる邪神が不明という事で謎のもじゃもじゃを描き、最後に、リベルレギスと同じ頭身でデモンベインを描く。
デモンベインの中心もやはり空白、だが、内部には機械の檻に囲まれた虹色の泡。
これこそが、デモンベインの強さの一端であり、リベルレギスに対抗できる理由の一つ。

「デモンベインの基礎スペックですが、実際の所、既存のどのような鬼械神にも劣ります」

装甲材である日緋色金は、正規の鬼械神の装甲材であるオリハルコンに匹敵する防御力を誇るが、それでもオリハルコンに比べて魔術によらない物理攻撃を通す可能性が高い。
制御装置となる魔導書が不完全な状態では、はっきり言って鬼械神を破壊できる武装を運用できる、少し頑丈な機械人形でしかない。
だが、それらのデメリットは、術者と魔導書がある程度の位階に達した時点でメリットに化ける。

「が、鬼械神は機械の神の影ではなく、完全にこの世に存在する物質でのみ形作られています。
正真正銘、人類が作り上げた『デウス・エクス・マキナ』であるデモンベインは、作りこそ劣悪ではありますが、まごう事無きオリジナル。
内部の邪神の一形態をどこから持ってきたのか、制御装置はどのようにし手作り上げたか、興味は尽きませんが、それは置いておきましょう」

つまり、

「デモンベインはその他の鬼械神と異なり、オリジナルの影ではなく別に拵えられたオリジナルそのもの。
単なる影に過ぎない故に性能に限界がある通常の鬼械神と異なり、ゆっくりとではありますが、無限に成長を続ける事が可能なのです」

操縦者のスペック差を気合いと根性と運と努力と気合で覆さなければならないという高すぎる壁はあるにしても、他の鬼械神と比べてこの差は大きい。
何しろ、最初からリベルレギスは鬼械神の限界を突破した所に存在している。
限界で必ず成長が止まってしまう鬼械神ではお話にもならない。
デモンベインだけが、いや、デモンベインこそが、真にリベルレギスに対抗し得る鬼械神足り得るのだ。

「そうでなくとも、最初からアルアジフほぼ完全版所持、アイオーンで破壊ロボ戦や逆十字戦なんてシチュエーション、叩かれて伸びる大十字には害悪にしかなりません」

「イージーモードが許されるのは、最初の百ループくらいまでだよねー」

口元に掌を当てた美鳥がキャハハと嗤う。
だが、言っている事に間違いは無いのだ。
今の自分ではどうにもならない、故に、自らの性能を高めようという気概が起きるのだ。
俺も、万が一姉さんが今の様に頭おかしいレベルの強さで叩き潰してくれなければ、
『えー俺もう十分強くなったんだから異世界トリップとかやんなくていいじゃんいちゃいちゃしようようようよう(残響音含む)』
とかのたまいつつ、元の世界で姉さんとただれた生活に突入していた頃だろう。
姉さんという比較対象が無ければ、俺はスパロボ世界が終った辺りで自己の強化に納得していた可能性もある。
強くなったと思ったら別の強キャラにあっさり叩き潰された、とかの方が向上心は湧きあがるものなのだ。

強くなろうと思うなら、目標は高く持たねば。
もっとこう、姉さんに戦闘服である魔法少女服を夜の営み以外で着て貰うとか、こちらの全力攻撃にガードの素振りをさせるとか。
何時の日にか、姉さんの魔法少女服をエロス破り出来るほどの攻撃力を手に入れる、とかでもいいか。
でも全力攻撃とかは勘弁な。消し飛ぶ自信があるから。

「ともかく、大導師殿。絶妙な手加減でアルアジフが自力でアイオーンを招喚できない程度に痛めつけるのはある意味凄いと思いますが、アルアジフがアーカム周辺に来た時点でアイオーンの出番は終わりです。これからは後腐れなく完全破壊してしまってください」

―――――――――――――――――――

一週間前、引き入れたトリッパーの片割れである鳴無卓也が告げた言葉に、僕は自分でも信じられない程の『納得』を覚えていた。
別段、機神招喚の理論が革新的だった、という訳では無い。
どちらかと言えば、魔術師であればその辺りの理論は理屈で考えるのでは無く、魂で理解し、疑問に思う事も無く運用するものだ。
正体を知られていた事に、リベルレギスの強さの秘密を完膚なきまでに解明されたのは驚きだったが、それもそれだけの話。
僕が、余が納得していたのはつまり、『大十字九郎を還付無きまでに痛めつける』という、今現在ミスカトニック大学に通っているあの兄妹の口から出てくる物としては、余りにも残酷な言葉に対してのもの。
余は、■■■■■■■は、ブラックロッジの大導師、マスターテリオンは、その余りにもえげつない行為を、庭先の木にふと停まった綺麗な小鳥の様に気に入ってしまった。

こう、と意識して、
黄金の剣を振り下ろし、漆黒の機神から腕を切り落とし、
超重力の魔弾を射出し、嬲る様にして残った手足を削り、
魔力の稲妻を解き放ち、宇宙(そら)を駆ける翼を焼き、
アイオーンを、役目を終えた鬼械神を、丹念に破壊する。

そうする度に、心のどこかに溜まっていた鬱屈とした感情が癒されていくのを感じているのだ。
我が怨敵、自らと同じく宇宙の果てに登り詰める生贄に選ばれた大十字九郎との戦いでは得られない、暗く重く澱んだ感情。
八つ当たり、というのが正しいのだろうか。
八つ当たり、という程的外れではないだろうが、本当に当たりたい相手に届かないという意味では間違いなく八つ当たりだろう。

だが、意識して完全破壊を目指すと、また一つ、これまででは気が付けなかった事に気が付いた。

──こちらの意識の隙を縫うように、アイオーンの魔銃から魔力砲が、リベルレギスへの直撃コースへと放たれた。
──それを避けるでもなく、軽く張った障壁だけで防ぐ。
──障壁で防ぐ、という一行程の間に、追い詰めていた筈のアイオーンが、やや仕留め難い位置へと移動している。

またこれだ。
アイオーンの末端を破壊する事は出来るのに、魔導書の位置する仮想コックピットへの直撃コースに攻撃が近付くと、ほぼ確実になんらかの要因でこちらの攻撃があらぬ方向へと逸れる。

【まるで肝心の何かをはぐらかされているようで】
【何時か見た白い獣の姿を思い出す】
【蟲の様な無機質な光を宿し、無感情を装う、灼える様に赤い瞳】

ぎろり、と、アイオーンのデュアルアイが赤く輝き、操者の、アルアジフの感情を代弁するかの様な忌々しげな視線をリベルレギスに向けてきた。
……今一瞬、不自然に思考が途切れた。ほぼ間違いなく思考を検閲されたのだろう。
そして、それに今の自分では抗えない事も知っている。
検閲された、という事実を知覚できるようになっているだけでも、初めてアレと接触した時から比べれば大きく前進しているのだ。

──続けざまに放たれ続ける魔力砲を打ち消す様に、ン・カイの闇、超重力を内包する闇の塊が吐き出され、魔力砲を、魔銃を消滅させる。
──辛うじて動いている飛翔ユニットを限界まで動かし必死で逃げるアイオーン。
──しかし、遂には胴体の半分程を消失するという致命傷を喰らい、力を失い、地球へと、
──落ちない。飛翔ユニットが炎を吹き出し、

「なっ!」

それは、余りにも予想外の行動だった。
これまでのループでは、致命傷を負う前に逃げていたアイオーンが、致命傷を負った途端、リベルレギスに突貫してきたのだ。
激突。激しい衝撃がリベルレギスの仮想コックピットを揺らす。
アイオーンはすかさず、奇跡的に残っていた片腕でリベルレギスの身体にしがみつく。
余りにも力強過ぎる。これから消滅する鬼械神とは思えない力。
リベルレギスの装甲が軋みを上げ、腕の絡む背中の装甲に罅を走らせた。

「貴公、余を、道連れにするつもりか!」

アイオーンの操者、アルアジフは答えず、アイオーンはリベルレギスにしがみついたまま飛翔ユニットを稼働させ、バーニアから炎を吹かし続ける。
特攻染みた、自らの死を厭わない戦術。
これまでのアルアジフであれば取らなかった戦法。
余が手加減無く、アイオーンを破壊する、という選択をしたが故に、ここにきてアルアジフのアイオーンを温存する、という選択肢を消してしまったのか!?

リベルレギスとアイオーンが、赤熱を始める。大気圏に突入を始めたのだ。
だが、鬼械神であればさしたるダメージも無くくぐり抜けられる。
アイオーンはこれで完全に破壊されるだろうが、それはあくまでも大破寸前まで破壊し、魔術師が居ないが故に鬼械神の自己修復を始める事すら出来ないからに他ならない。
この特攻に、何の利点も存在しない。
犬死になのだ。
その事実に、頭に血が上りかける。

「血迷ったか、アルアジフ……!」

ループは確実に起こる。
余が、大導師マスターテリオンが存在している、という事は、覇道財閥が存在し魔術的闘争の準備を着々と進めているという事は、つまりはそういう事なのだ。
アルアジフは、間違いなく大十字九郎の元に辿り着き、逆十字の屍を乗り越え、扉の向こうにやってくる。
其処でなければ、時間と空間が規則性を失い、因果が不安定なあの場所でなければ、ループを断ち切る事はできない。
だというのに、その事を知らないアルアジフは、こんな場所で、こんな、

「無駄なあがきを」

顔が、心が歪むのを感じる。
嫉妬、だろうか。奴は、奴等はこの世界の秘密を知らない。
知らないが故に、そこまで無知なままで無様に足掻き続ける事ができる。

「マスター……」

エセルドレーダの声が聞こえる。
だが、そこにいかなる感情が含まれているのか、察してやれるだけの余裕はない。
何時までもしがみつくアイオーンの頭部をリベルレギスの手で鷲掴み、破砕の術式を流し込む。
半分だけ残っていた顔を残らず粉砕し、その反動でアイオーンの腕から力が抜けた。
振りほどく。

──四肢のほぼ全てを失い、残った片腕を、星を掴もうとする様に伸ばすアイオーン。
──手を差し伸べる様にリベルレギスが手を伸ばす。
──表情の無い機械の神。その顔には、
──泣き笑いの様な、複雑な感情が浮かび上がって見えた。

「堕ちろ」

堕ちろ、落ちろ、墜ちて、砕けて、消えてしまえ。
徹底的に、完膚なきまでに、後腐れなく、二度と立ち上がれなくなる様に、二度と目の前に現れない様に。
これから幾度となく繰り返す。
放たれた魔術はしかし、全身で起こる小さな爆発によって落下時の軌道を変化させ続けるアイオーンに、留めの一撃を当てる事ができない。

「……っ、この」

《はーい、オッケーですよ大導師殿。それ以上いけない》

追撃の魔術を放とうとしたところで、待ったの声が掛かる。
リベルレギスの鬼械神としての機能に強制的に介入し、通信を入れてきたのだ。
その通信で、一瞬で頭が冷える。
今、自分は何をしていた?

《こちらでも確認しました。少なくとも、オリジナルのネクロノミコン、アルアジフからのアクセスでアイオーンが招喚される事はもうないでしょう。や、めでたいめでたい》

明るい声で、しかし淡々と事実のみを告げる鳴無卓也。
面白がっているようでいて、物語のあらすじを言い聞かせているようでもある。
アイオーンの破損状態から、記述が破損した事はある程度の魔術師であれば分からないでもない筈だが、違和感を感じる。
『こちらでも確認』とは、どういう意味か。

《大導師殿》

此方の不信を感じ取ったかの様に、鳴無卓也の声が思考を中断する。
どこからかけているかもわからない通信越しの声。

《大導師殿、貴方の前には、実質三つ程の道が存在します》

先ほどの面白がる様な声では無い、酷く真摯な響きで、選択肢を提示する。

一つは、何のヒントも無く、無限に続くこの世界でもがき続ける道。
もう一つは、この無限螺旋の仕掛け人に頭を垂れて、何も考える事無い操り人形として動く道。
最後に、俺達の出すヒントを元にひたすら魔術師としての位階を駆け上り、無限螺旋を破壊する鍵を手に入れる道。

《大導師殿、大導師殿。貴方は、いったい、どれを選びたいですか?》

鍵。
トラペゾヘドロン。
輝くトラペゾヘドロン。
そうだ。
その響き、魂に訴えかけるその響きこそが──

「鳴無卓也」

《は》

通信越しに、鳴無卓也が腰を曲げ、形だけの臣下の礼を取る気配を感じる。

「大十字九郎は、これで強くなるのか」

《貴方様に対抗し得る存在は、彼の三位一体のみ。魔を断つ剣、貴方を殺すための刃は、必ずや大十字九郎とアルアジフの元に届き、貴方の首を達に参りましょう》

慇懃無礼を絵に描いた様な男だ。
だが構わない。この者達がいかなる思惑を秘めていようとも、この繰り返しを抜け出す事が出来るのであれば。
いいだろう。乗ってやろうではないか。
だが心しておくがいい。
貴公の利用している者が、いかなる存在であるか。

知るがいい。知識では無く、実感として、何時の日にか、思いしるがいい。
余は、魔術結社ブラックロッジの大首領。
邪神ヨグ=ソトースと人類最強の魔術師、暴君ネロの産み落とした、宇宙最強の魔術師。
人類では到達できず、邪神ですら届かぬ領域に踏み込み、円環を破壊する──
大導師、マスターテリオンなのだと!

《意思(テレマ)なり☆》

リベルレギスの仮想コックピットから出て決めポーズをとると同時、何かおかしな言葉が聞こえてきた気もするが、気にしない。
声は間違いなく鳴無美鳥のものであったが、アレの妹もアレと同じかそれ以上のレベルでアレなアレなのだから。
気にしないったら気にしないのである。

「では、鳴無卓也よ。次の目標はなんとする」

《あいや、しばらく大導師殿に出張っていただく必要はありませんよ。少しばかり俺の方でも大十字を誘導しますんで》

素の口調に戻った鳴無卓也が言う。
思えば、大十字九郎も哀れなものだ。元を正せばあの流しの魔術師なのだろうが、今のループでは何の変哲も無い魔術師見習いでしかない。
呑気に大学で魔術の勉強をしている大十字は、同郷の出である(そういう設定にしてあるらしい)後輩に、素知らぬ顔で地獄の様な人生へと突き落される。
その後輩が何もしなければ、少なくとも今まで通りのループであったのに、だ。

《それでは、今日の所はこの辺で。暫くは定期報告の感覚も開きますんで、また一月程後に》

ブツリと通信が切れると、おずおずとエセルドレーダが口を開く。

「よろしいのですか、マスター」

「よい。疑わしくはあるが、邪神などに比べればまだ可愛らしいものだ」

少なくとも、今のところ鳴無兄妹は嘘の報告を行っていない。
彼等の言う『輝くトラペゾヘドロン』というキーワードも間違いなく自分の中に存在していた。
彼等の望み、自己の強化というのがどのように行われるか分からないが、それを行う過程でこちらの願いを叶える必要もあるのだろう。

「それに」

そう、彼等は、余とエセルドレーダ、覇道鋼造、ナイアルラトホテップを除き、初めて次のループへと記憶を跨らせる事の出来る存在なのだ。
彼等の振る舞いはいっそ清々しい程に疑わしいが、同時に、彼等を失いたくはない、とも思っている。
彼等はこの周で大十字を叩く事によって、次の周からのアーカムシティの発展度と覇道財閥の対魔術戦闘技術が急激に上昇し、デモンベインの強化も僅かながら施される筈だと言っていた。
この周、いや、これから目的を達成するまでの周は、ループを終わらせる事が目的ではなく、ループを終わらせる周に辿り着く為の繋ぎなのだとも。
彼等はループする事を前提で計画を立て、その事に関して余に相談し、これからの周に関する事も大雑把に説明を仕掛けてきた。
この無限螺旋を実感する存在が、手元に居て、共に無限螺旋を抜ける方法を模索してくれている。

「マスター」

「どうした、エセルドレーダ」

「……いえ、マスターが嬉しそうで、何よりです」

その割には声に不満が滲み出ているが、そんな事は些細な事だ。
アイオーンは既に砕け散り、アルアジフを無事に大十字九郎の居るアーカムへと導いた。
ドクターウエストも嗾けてある。大十字九郎の元にアルアジフが辿り着くのも、大十字九郎とアルアジフがデモンベインを自らの鬼械神にするのも時間の問題と言っていい。

今までのループとは違う。
アイオーンの記述はすでにアルアジフの元には無く、いくつかの記述もアーカムへとばら撒かれた。
計画は順調に進んでいる。

ふと、アーカムの街の光を見下ろす。
あの通信は、鬼械神という存在の特性上、理論上は宇宙の端から端まで届かせる事も可能だ。
だがやはり、彼等はこの街に居る。
大学に通うのにもバイト先に通うのにもブラックロッジに通うのにも、交通の面から考えるとアーカムが最適なのだという。

そう、彼らもまた、この街に、この舞台に上がっているのだ。
端役のふりをして、何もかもを自らの利の傾くままに主役を動かす為に。
螺子とばねと歯車が噛み合い回るこのからくり仕掛けの無限の螺旋に、何処からか放り込まれたイレギュラー。
彼等は一体、何を奪い、何を齎していくのか。

―――――――――――――――――――

☆月◎日(最近)

『姉さんとの触れ合いが少ない気がする』
『実際はほぼ毎日一緒の布団で眠っているし、姉さんの眠気に余裕がある時はいたしてもいる訳だが、どうにもそんな気がしてならない』
『これはひとえに大学とバイトとブラックロッジでの活動時間が原因だと思うのだ』
『俺が思うに、これはトリップという現象に付随する大きなメリットを上手く活用できていないのではないか』
『特に、この世界はループ物という時間だけは有り余るタイプの世界』
『元の世界ではなかなかできなかった、日がな一日姉さんと一緒に居る、という、怠惰極まりない生活も送り放題だというのに』
『大十字は無事アルアジフと合流したし、デモンベインが二人によって強奪されるのも確認した』
『これ以降の指示はすでにしてあるし、俺が出張る必要性は余りにもない』
『ていうか、ブラックロッジとか通勤してる場合じゃないよ日記何て書いてる場合じゃないよ姉さんだよ姉さんだよ』
『姉さんの絹糸の様に滑らかな髪さらさらだよ!』
『シャワー浴びると肌の上で水が玉になる癖にしっとりと指が吸いつくような餅肌だよ姉さん!』
『うおぉなんかテンション上がって来たぜ来たぜ来たぜ! どうよ!? おうよ!』

―――――――――――――――――――

日記を書きながら一人急激にチャージアップした俺は、何時も通りに日記を雑にまとめ、寝室でベッドに横になって寛いでいるであろう姉さんの元に向かった。
勿論ワープもしない。室内は様々な要因からワープ禁止というルールが敷かれている。
はやる気持ちを抑え急ぎ足で、しかし走らない様に廊下を早足に歩き、寝室のドアの前で立ち止まる。

「姉さん、もう寝ちゃった?」

軽くノックをしながら声をかける。
時刻は午後十時半。
最近は日が落ちるのが遅いとはいえ、流石に太陽は完全に沈んでいる時間だ。
姉さんも何だかんだで金曜ロードショーが終わる時間まで起きている事は可能だが、確か今日は九時を少し回った辺りで風呂に入っていた筈。
姉さんはお風呂に入って身体が温まるとかなり急激に眠たくなる体質なので、この時間に既に就寝している可能性も捨てきれない。

「起きてるよぉ」

間延びした眠たそうな声が聞こえてきた。
良かった、まだ起きているようだ。
俺は一言断りを入れてからドアを開け、寝室に足を踏み入れる。
寝室にはベッドに幾つかの本棚、書き物をする為の机などが置いてあり、机とセットになっている椅子とは別にもう一脚椅子が用意してある。
ただ眠るだけの部屋、と言うには語弊があるが、寝室と言う空間は何となく集中力が上がる気がするので、ついつい物を置いてしまうのだ。
部屋の広さからして大分広めに造られているので閉塞感は無い。

「んぅ……、卓也ちゃん、どうしたの?」

姉さんは眠そうな目を擦りながらベッドに腰かけ、珍しくハードカバーの真面目そうな本を読んでいた。

「いや、姉さんに逢いたくなって」

姉さんは俺の答えにクスリと笑い声を漏らし、少しだけ腰を上げて座りなおし、ベッドの横にスペースを作ると、ポンポンとそのスペースを掌で叩いた。
誘われるままに空いたスペースに座る。
肩と肩が触れ合いそうな距離だが、俺が座るのを確認すると、姉さんは再び腰を上げ、距離を詰めてきた。

「卓也ちゃん、結構、甘えんぼさんだよね」

目を細め猫の様な口でにふふと笑う姉さん。ケツみたいな口しやがって、大好きだ。
しかし、男と女の距離は拳二つでいいという言葉を聞いた事があるが、これは毛筋一本入らない密着度。
風呂上がり、というには大分時間が経過してしまっているが、姉さんのたおやかな髪の匂いが香る距離。
世界一安らぐ香りだ。

「何読んでたの?」

安らぐだけでなく、姉さんは実は頭も良い。
今さら大学に行くなんて恥ずかしいと姉さんは言っていたが、トリップ先で腐るほど勉強漬の日々を送っていた事もあるらしく、頭の良さは折り紙つき。
が、今読んでいる本はまともな学術書、という訳でも無いらしい。
今ではすっかり馴染になってしまった暗い気配を本から感じる。

「アレイスター・クロウリーの『法の書』だよ。読んでみる?」

「いいよ、俺にはまだ早そうだし」

というか、姉さんがこういう言い方で進めてくる物は、大概今の俺では扱えないレベルの物だったりするし、取り込もうとしたら直ぐに取り上げられてしまうだろう。

「そう? 意味が分からなくても結構おもしろいのよ?」

「姉さんは理解できてるんでしょ?」

「そりゃ、お姉ちゃんだもん」

姉さんじゃ仕方がないね。
そう思いながら、姉さんの髪を少し、一房だけ摘まみあげる。
絹糸の様に細く艶やかで、摘まんでいる指から少し力を抜くとさらさらと掌から零れ、姉さんの背中にすとんと戻る。
碌に手入れをしている風でも無いのに枝毛一つ無いし、髪の毛を括る時も結構雑な縛り方をしているのに、癖一つ無い。
首筋に顔を寄せ、髪の毛の匂いを嗅ぐ。
ただ髪の毛だけを梳くって嗅ぐのとは違い、姉さんの肌から、汗腺から香る姉さんの汗の匂いがよく分かる。

「くふ、ふふっ」

髪を弄られながらも読み続けていた本をぱたんと閉じ、堪える様な笑い声を上げながらもたれかかる様に体重を預けてくる姉さん。

「くすぐったかった?」

「んーん」

首を振りつつ、姉さんはお返しとばかりに俺の首筋に顔を埋め、くんくんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ返す。
なるほど、姉さんは首を横に振って否定したが、これは肉体的にも心情的にも少々こそばゆい。

「んっ……」

すんすんと匂いを嗅ぎ続ける鼻に髪の毛を掻き分けられ、ぺちゃ、と、姉さんの舌が首に落とされ、ちろちろと肌をなぞる。
水気を含んだ姉さんの熱。肌よりも熱い、内臓に近い箇所の熱。
肌を味わう様に繰り返し繰り返し、姉さんの舌が執拗に首筋を舐め回す。
舌の感触はせいぜいくすぐったい程度なのに、耳元から響く水音のせいで嫌に卑猥な事をしている気分になってくるから不思議だ。

負けじと姉さんの首を舐めてやろうと思ったのだが、この状態では俺の舌は姉さんの首筋に届かない。
仕方がないので、髪を掻き分け、姉さんの耳元に口づけ。
寄せていた姉さんの身体が跳ねる。
が、舌で首筋を舐め続けているからか、声は洩らさなかったようだ。
もう一度耳にキスをしてから、今度は耳を口に含む。
お風呂上がりなだけあって耳垢の欠片も無い清潔な耳。
耳の形を探る様に、口に含んだ耳を軽く噛み、舌で探る。

「は──ちゅ、う、ん……ふ、ぅぅぅ」

俺の舌の動きに合わせる様に、姉さんの舌使いも激しくなり始めた。
ぺちゃぺちゃという水音の合間に、姉さんの荒い吐息も聞こえてくる。
舌で舐め続ける事で声を出さずに済んでいるようだけど、むりやり抑え込もうとして失敗し、徐々に大きく、熱くなる吐息は、逆に酷く劣情を掻きたてられる。

「は、ふ……、ひぅ……」

姉さんの腰に手を回す。
細すぎず、しかし肉が付き過ぎている訳でも無い女性らしい曲線を、パジャマに使われている薄手の木地の上から、廻した腕で、添えた掌で撫で、じっくりと堪能する。
俺の手の動きに逃げるでも無く、しかし積極的に身体を押し付けてくる訳でも無く、姉さんはその細い腕を俺の腰に絡ませ、服の背中の記事をきつく握りしめた。

姉さんの舌は次第に首筋から顎へ口元へと移動し、俺もそれに合わせて口に含んでいた耳を放し、頬へ瞼の上へと舐め、キスをする場所を移していく。
唇と唇が触れるか触れないかという位置で、互いに顔を離す。
微かに汗を滲ませた頬は紅潮し、眠たげだった姉さんの眼は、今では別の理由からとろりと蕩け、情欲を秘めた視線を向けてくる。

「卓也ちゃん、わんちゃんみたい」

「姉さんだって」

笑い合い、この場の雰囲気にそぐわない冗談を言い合う。
だが、やはり冗談だけで吹き飛ぶ様な空気では無い。
抱きしめた姉さんの身体は熱く火照り、パジャマ越しに押し付けられた豊満な胸から伝わる鼓動も早く。

「卓也ちゃん程じゃないもん」

言いながら、姉さんはこちらの背に廻していた手を片方放し、その手を俺の股間に伸ばし、つぅ、ズボン越しに堅く肥大化したモノを指先で優しく撫で上げる。

「堅いし、熱いし……。これで、お姉ちゃんにいろいろしたいんでしょ。それこそ、わんちゃんみたいなカッコで……」

ズボン越しに姉さんの手が、絶妙な力加減で何度も何度もなぞりあげる。
その度に暴発しそうになる欲望を抑え、姉さんの腰に廻した手を、パジャマの下に潜り込ませる。

「うん、したい」

情欲に蕩けた姉さんの瞳を見つめ、パジャマの下に潜り込ませた手を更に下に伸ばす。
指に吸いつく様なきめの細かい肌はしっとりとあせばみ、指が離れるのを拒んでいるかのようだ。
複雑なレース生地の、少し面積の小さいショーツ(ローライズだろうか)の上から、姉さんの薄い茂みを感触だけで探り当て、掌で包み込む。

「姉さんのここも」

パジャマの下の手を動かし、太腿と太腿の間をこじ開け、指先でショーツをずらし、控えめなすぼまりに、半センチだけ指を押し入れる。

「ひゃん」

流石に後ろは不意打ちだったか、姉さんが小さく嬉しそうに悲鳴を上げる。
でも知らない。抵抗も無く、指先だけとはいえこんなあっさり加えておいて、悲鳴も何も無いだろうと思う。
だが深くは刺さず、くにくにと、指先第一関節までだけですぼまりをほぐしていく。

「ここも、全部、俺のものでいっぱいにしたい」

ゆっくりと、丹念に指でほぐすにつれ、しがみついていた姉さんの片腕から力が抜けていく。
しかしそれに反比例するように、俺の股間に当てられた姉さんの指の動きは精緻さを増して行く。
俺の視線を見返す姉さんの視線には、誘う様な怪しい輝きと、期待する様な輝きが混在していた。

「これ? 卓也ちゃんの、これで、いっぱい、いっぱいにするの? お姉ちゃんの中、全部?」

「うん、いっぱいになっても、それでもいっぱいにする。溢れてきても絶対に止めない」

俺の宣言と同時、前から手を廻しすぼまりをほぐしていた手の、ちょうど手首に当たる部分に湿り気を感じる。
唇に柔らかい感触。姉さんの顔がさっきよりも近い。
どうやら不意打ちでキスされてしまったらしい。
唇と唇の間、ちろちろと姉さんの舌が俺の唇を舐めている。
唇を開き招きいれ、姉さんの舌を受け入れる。

「ん、ん、ちゅ」

懸命に舌を動かし、俺の舌を引きずり出し、入れ替わりに舌を口内に侵入させ、口の中を徹底的に舌で舐め尽される。
口の中から、舌の触れていない部分をなくそうとするかの様な積極的な動き。
送り込まれた姉さんの唾液を呑み、姉さんの口の中に唾液を送り返す。
こく、こく、と喉を鳴らし、とても高級なお酒でも飲んでいるかのような恍惚の表情で唾液を飲み干す姉さん。
何度も、何度も、食むように唇を動かし、舌を絡め合う。
数分もそうしていただろうか。姉さんはようやく唇を放した。
離れていく互いの舌と舌に、名残を惜しむように粘つく銀色のアーチが掛かり、途切れる。

「えへへ、卓也ちゃん、そんなにお姉ちゃんが欲しいんだ」

唇を放すと同時に、身体を掴んでいた手も放した姉さんが、両手でニヤつく口元を隠す。
なんだろうか、今日の姉さんは。いつもと比べても更に愛らしく愛おしい。
小悪魔的というか、悪戯っぽいというか。

「なんか、今日の姉さん、何時もよりエッチい?」

「そうだよ、今日のお姉ちゃんは、すっごいエッチなの」

姉さんが両手を俺の首の後ろに廻し、そのまま後ろ向きにベッドに倒れこんだ。
俺の組み敷かれるようにベッドに倒れこんだ姉さん。
腰まで届く長髪は、姉さんの下敷きになる事無くベッドに広がり、汗ばんで透けたパジャマは肌にぴったりと張り付いて非常に扇情的だ。

「お姉ちゃんだってね、卓也ちゃんが欲しくて欲しくて堪らない時、いっぱいあるよ」

夢見る様な瞳で、しかし情欲に潤む瞳で、姉さんが囁く。

「今も?」

「今も」

首に回した腕を引きよせ、もう一度口づける姉さん。
ただ唇と唇を合わせるだけの口付けは数秒で終わり。
首に絡めていた両腕を放し、ベッドに投げ出す。
少しだけ恥ずかしそうに、はにかむように笑う。

「脱がせて」

「うん」

パジャマのボタンを、一つ一つ、ゆっくりと外していく。
姉さんの胸の大きさのせいか、張りつめていたボタンが外れ得る度、プッ、プッ、と、弾ける様な音が部屋に響く。
鳩尾の少しした辺りまでボタンを外した処で、姉さんの豊かな双丘が零れ堕ちる。
今日はブラをつけない気分なのだろう。
俺はパジャマの上着を脱がす作業をそこで終え、パジャマの下に手を掛けた。
姉さんは、きょとん、とした表情で首を傾げる。

「今日は全部脱がさないの?」

「ん、こっちの方がエッチい」

半脱ぎで、他の部分は服で包まれているのに、大事なところが丸出し、というのがいいのだ。
まぁ、気分によっては全部脱いでもらったり、逆に上半身の服には一切手を付けずに、という場合もあるのだが。

「変態さんだ……」

呆れたように、照れを隠す様にそっぽを向く姉さんの表情は、やはり笑みを含んでいる。
姉さんはこういう表情、わかっててやってるもんなぁ。

「姉さんのお陰でね」

「お姉ちゃんは、そんな事教えた覚えはありませーん」

言葉でじゃれながら、姉さんの服を脱がす手は止めない。
パジャマのズボン、腰の部分に手を掛け、するすると下ろしていく。
姉さんが仰向けに寝転がっているお陰でベッドと尻に挟まれた部分で引っ掛かりもするが、姉さんに腰を少し浮かして貰う事で難なく脱がす。
脱がしたパジャマの下を簡単にたたむと、今さっきまで手探りで触っていた姉さんのショーツが目に映る。

「じっとりしてる……」

俺の言葉に、姉さんは真っ赤に染まった顔で、どことなく嬉しそうな声で答えた。

「えへへぇ……。お姉ちゃんはね、卓也ちゃんが欲しくて、ついついそうなっちゃうんだぁ」

次いで、自らの手で、ショーツをずらす。
むわ、と、むせかえる様な姉さんの匂い。
薄い茂みに覆われた姉さんのそこは、受け入れるモノを求める様に卑猥にひく付いている。
頭がくらくらする程濃厚なフェロモン。

「だから、ね?」

姉さんが笑っている。まるで色狂いにでもなったかの様な淫蕩な姉さんの笑み。
半脱ぎで、実の弟に対してそんな姿をさらしてしまう可愛らしい姉さん。
そんな姉さんを、俺は独り占めにできる。他の誰にも渡さなくていい。
その事実に、今更ながらに俺は興奮を抑えきれず、獣の様に姉さんに覆いかぶさった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

僅かに開いたドアの隙間から響く、激しい水音と肉と肉を打ちつけ合う音。
そして、互いを求め合う男女の嬌声。

──姉さん、姉さんッッ!
──あ、あ、たくやちゃ、たくやちゃ、んひ、ひゃうぅ♪

『男』と『女』の顔で肌を重ねる、お兄さんとお姉さん。
あたしは、その光景を一人、暗い廊下から覗き見ている。
フローリングの廊下にへたり込み、息を殺して、見つからない様に。
二人の情交を、食い入るように見つめている。

いや、見つめる事しか出来ずにいる。
今までだって何度も見てきた光景だけど、不意打ち気味に見せられると、どうしても思考が停止してしまう。

──すご、っひ♪ おへその裏、叩かれちゃってる!
──ここだよね、姉さん、ここが大好きなんだよね。ね!
──っ──っ! そう、そうだよ、そこ、卓也ちゃんので、突かれ、駄目に、────っっ!!

普段のお姉さんは、おっとりとしていても、あんな馬鹿みたいに蕩けた声は出さない。
普段のお兄さんは、あんなに興奮して女の身体をむさぼったりもしない。
いっつもいっつも仲が良いけど、あんな、半裸で絡みあって、腰を打ちつけたりはしない。

──う、姉さん、少し、キツイ。
──だって、だってぇ、卓也ちゃんの、おっきいんだもん!

何かを堪えるようなお兄さんの声に続き、艶やかな声で必死に弁解するお姉さんの声。

「は……、ふ……」

何時の間にかあたしは、冷たいフローリングに下着を脱ぎ散らかし、両手を自分の股ぐらに手を突っ込んで、荒く息を吐きだしていた。
ぐちゅ、ぐちゅ、と湿ったソコを指で掻きまわす。
目の前の光景、お姉さんの位置に自分を当てはめた光景を脳内に描き、お兄さんに責められる妄想でもって、自らを慰める。

──でも姉さん、おっきいの好きだよね、放したくないみたいだし。お陰で前にも後ろもにも行けやしない。
──ん、んー、たくやちゃん、いじわるだよぉ……動かしてよぉ……。

でも、足りない。
指を緩急つけて動かしているけど、今入れられたまま動きを止められている姉さんの方がずぅっと気持ちよさそうに見える。
通じ合う愛情が、あそこには間違いなく存在する。

──俺だって動かしたいよ。でも、姉さんから一言、聞きたいかな。
──う、い、言わなきゃ、だめ?
──聞きたいなぁ。駄目かなぁ。
──……たくやちゃんのえっち、ヘンタイ、すけべ、お姉ちゃんは悲しいよぅ。

「ふ……ぐ」

シャツの裾を噛み、声を噛み殺す。
楽しそうに、でも少し我慢している顔でお姉さんをじらしているお兄さんと、そんなお兄さんに屈して、恥ずかしそうにおねだりしようとしているお姉さん。
二人の映っていた視界が歪む。

「う、うぅ」

駄目だ、お兄さんはお姉さんとひさしぶりにしてるんだ、邪魔しちゃだめなんだ。
あたしは、お姉さんが居ない時の代わりだから、間に合わせだから。
お姉さんがいるなら、お兄さんとする必要はないんだ。

「ふ、ぐぅぅぅぅぅ……!」

そうして、動かし続けていた指の刺激で、機械的で独りよがりな絶頂を得る。
掌を見る。人間の分泌液を百パーセント完全に模倣した体液にべっとりと濡れている。
……涙があふれてきた。最低だ……。
なんであたしはこんな所で誰にでも無く言い訳なんてしてるんだろ。
お兄さんとお姉さんの近親プレイ見ながら、なんてするから、少し訳が分からなくなってきた。
お陰で、お姉さんがお兄さんになんてお願いしたかよく聞こえなかったし、最悪だ。

自己嫌悪。
あー、死にたい。ひっそりと誰にも看取られる事無く。
三途の川のほとりでピラミッド建設して、その石室でギター弾きながら永遠にひきこもりたい。
もしくはエッチしたい、お兄さんと。お姉さん程じゃなくていいから愛情込めた感じで。
少しでいいからいちゃついてみたい。
抱きしめて、撫でられて、名前を呼んで、体中、いっぱい触って貰って、キスをして。
あたしだけを見て欲しいなんて言わないけど、あたしだって見て欲しい。

今のあたしは賢者モード。俗に言うモード・ワイズマンに移行している。やべぇかっけぇなこれ。
つまり一通り発散してしまったお陰で酷い虚無感に襲われているのだ。
だから、なんというか、あれだ、今の思考も、今口にする事も、限りなく人間に近い形で生まれ落ちたが故の弊害というか、気の迷いと言うか。

「……さみしい、寂しいよぉ……」

纏まらない思考を口から垂れ流せるのも、口にしても意味の無い言葉を吐けるのも、ただのAIじゃなくて、こんな形で作られたからこそのこだわりの贅沢っていうか。
目からぼろぼろ涙があふれてくるのに、身体だって背中を丸めて縮こまっているのに、平静なAIとしてのあたしが、ぼっちなあたしを見下ろして観察してる。
『あー、やっべ、すっげー脳味噌決まっちゃってるわ。あたしは友達いない中学生か何かか。邪気眼が発動するのか。セカイ系とか始まるのか』
とか、そんな感じで。
納得できても寂しさを消せないお兄さんとお姉さんの妹的あたしと、冷徹にお兄さんをサポートするAIとしてのあたしの思考がごちゃごちゃに混線している。

もう、いいや、部屋に持って寝よう。
ここに居ても、部屋から聞こえてくるお兄さんとお姉さんのラブラブピロートークを聞かせられるだけだろうし。
これ以上自分の心を痛めつけるとかとんだ自虐プレイじゃないか。

あたしはのそのそと起きあがり、廊下に投げ散らかしていたパンツを回収しようと、手探りで足元を探る。
が、見つからない。横着して目を使わなかったからか。
改めて、周囲を見渡す。
寝室からは明かりが漏れ、板張りの廊下は明かり一つ無く、いや、窓から差し込む月光が僅かに窓の下だけを照らしている。
やはり暗い。いや、こんな時にまで視力を人間レベルに抑える必要はないか。
目の構造を作り替え、夜目を利かせる。
だが、無い。パンツがない。

「脱いでからしたのか?」

唐突に、声を掛けられた。
探していた方向とは逆、廊下に座り込んでいるあたしからすると、少しだけ上。
顔を上げると──

「意外と匂わないな」

──お兄さんが、あたしのパンツに顔を近づけ、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいた。
しかも、股間のスラップスティックラブコメディは丸出し、角度的にはメディア倫理審査委員会に喧嘩を売るかの様に冒涜的な角度で天をファックしている。
はっきり言おう。ギンギンだ。

「あ、アワワ……。お兄さんが、お兄さんが変態に……」

※元から変態かもしれない。
いや、あたしの下着で変態行為をしてくれる、というのも複雑怪奇な喜びを感じてしまいそうではあるのだけど。
が、なんとなくこの場から逃げなければならないと思い、パンツも穿かずに四つん這いでお兄さんの反対側の廊下に逃げだす。
いけない、なんだかわからないけど、どこでもいいから、早く逃げなければ。
この世界線、もとい、この夜は危険だ!

「はい、つーかまーえた♪」

お姉さんに回り込まれた!
パジャマの上着は胸元が開きっ放し、下もパジャマを穿いただけで、全体的には着衣の乱れを直しもしていない。
あたしは例によって例の如く、お姉さんの謎パワーによって全能力を封じられ、転位して逃げる事も、武器を出して抵抗する事もできない。

「やぁ、だ! ていうか、なんであたしが捕まえられてるんだよう!」

お姉さんに抱き抱えられあたしにできるのは、せいぜいが脚をじたばたとさせる程度の事だけだ。
あと、あたしを抱きかかえるお姉さんの胸が背中に当たって劣等感が超刺激される。
なんだそりゃ、自慢か余裕か。格闘技術とか継承するくらいなら胸の成長率を因子に入れておけよ!
こう見えてあたしは、自己嫌悪に陥ると途端に面倒臭くなる女だぞ……!

「ん、美鳥だけ仲間外れにするのは流石に気が引けるからな」

あたしのパンツを胸ポケットに入れ直したお兄さんが腕を組んでうんうんと頷きながら答える。

「あたしは! お兄さんとお姉さんの水入らずを邪魔したくなかったんだってば!」

「卓也ちゃんとお姉ちゃんは、これから毎日ゆっくり互いを確認するから、そんな気にしなくてもいいのよ?」

「……ホントに?」

「ほんとほんと」

もしも本当なら、二人の間に混ぜて貰えるって事になる。
お兄さんだけ、って訳じゃないのが釈然としないけど、お姉さんの事も、別に嫌いな訳じゃないし……。
ていうか、

「お姉さん。なんか、さっきから、おっぱいとは別の何かが」

より具体的に表現するなら、ノーパンであるが故にノーガードなあたしの後ろにある狭き門に、おそらく攻城兵器級であろうタンパク質の極太が。
赤熱した鉄杭の様な、姉さんの第二のマジカルステッキが付きつけられている。
絶対絶命だ。
尻が。

「ふふ、まさか美鳥ちゃんにこの台詞を言う日が来るとは思わなかったわ。──当ててんのよ」

天使の様な微笑みと共に言い切られた。

「当てないでよ!」

マジでプレッシャーだよ!
お姉さんの手により、あたしはいつの間にか、子供におしっこをさせるポーズに移行させられている。
もはや退路は無い。
正面のお兄さんが形態を取り出し、ピロリンという間抜けなシャッター音と共に今のあたしとお姉さんを写真に撮る。
お兄さんは写メを確認した後、あたしに向かって爽やかな笑顔と共に親指を立ててサムズアップ。

「今のお前、なんかエロ漫画みたいだぞ」

知ってる。分かってる。
それに古代ギリシャ人の闘士達だって、こんな場面で満足ジェスチャーを使われる事になろうとは思うまい。
まずテレ朝とかヒーロータイムに土下座するべきではないだろうか。
だから、なんていうか、じわじわと接近してこないで欲しい。
そしておもむろに前から抱きかかえないでほしい。嬉しいから。
ついつい騙されそうになるけど、騙されそうになるけど……、ああちくしょう騙されてぇ!

「お兄さんお兄さん、なんであたしは二人がかりで寝室に運ばれようとしてるの」

「それはね、廊下で致すといろいろと問題があるからだよ。掃除も面倒だしね」

そうかそうか。理にかなってるな。
寝室の中に入り、お姉さんが後ろ手でがちゃんとドアを閉める。

「お姉さんお姉さん。前後から、っていうのは百歩譲って、ていうか割と望むところだけど、なんでいつの間にか部屋の中に大量の撮影機材が設置されてるの?」

「それはね、前から後ろから攻められて、体液噴き出しながら乱れ狂う美鳥ちゃんを録画して、後で見直して美鳥ちゃんの痴態で家族の絆を深めるためよ」

なるほどなー。驚くほど剛速球な直球だね。
あたしのエロ動画でどうやって家族に絆が深まるのかは甚だ疑問だけど。
……………………
…………
……
え?

「俺としても美鳥に寂しい思いをさせるのは本意では無いしな。精一杯気持ち良くするから、咽喉が枯れるまで叫んでくれていいぞ。録音もしてるからな」

え?

「あ、因みにお姉ちゃんの股間の魔法のステッキ、卓也ちゃんの最大サイズに合わせてるから。美鳥ちゃんも満足できるだろうし、よがり顔いーっぱい撮ろうね」

え?




え?
―――――――――――――――――――
☆月О日(ラヴ&ピース)

『アメリカンがこれを直訳すると、『正義と力』となる訳だが、やはり愛と平和は素晴らしい』
『あれ以来、大学、アルバイト、ブラックロッジでのそれぞれの活動時間を少しづつ減らし、姉弟の時間と家族の時間を取る様にしている訳だが、一日の充実感がまるで違う』
『傍らに寄り添いあり続けてくれる人がいる、それを毎日確認する事が出来るというのは控えめに言って至上の喜びと言っても良い』
『何と言うのだろうか、人生の絶頂というか、この永遠の絶頂を脅かすものは決して生かしてはおけないというか、そんな感じ』
『因みに絶頂の向こう側へと旅立った美鳥は、俺が作り出した新生鳴無美鳥に取り込まれて生まれ変わった』
『毎度毎度思うのだが、なんで美鳥は三人ですると酷い目にしかあわないのだろうか』

『さて、姉さんと言う掛け替えのない大切な人が俺には居る訳だが、俺以外の人間にも、やはり掛け替えのない大切な人というものは存在する』
『当然、作品世界の人間といえども同じ事だ。彼等と俺達は隔絶されているとはいえ、身体も心もその構造に差異は少ない』
『大切な人がいれば、その少し、あるいは大分下に、それなりに親しい人、などが来る訳で』
『一番大切な人でなくとも、親しい人間が見るも無残な姿にされたら、人は感情を掻き立てられるものだ』
『薄情だなんだと言われる俺でも、千歳さんや駐在さん、横田君、葉山さん、同士鈴木、その他学生時代の友人が不幸な目に遭ったら少なからぬショックを受ける』

『……つまるところ、精神的に追い詰めるには、一度大切なものを多く抱えて貰った方が好都合なのだ』
『大十字は気さくで友人もそれなりに多い。偶に出るエリート気取りで人を見下す外れ大十字でも無ければ人並み以上の数の友人が出来る』
『だが、基本的にミスカトニックの連中はブラックロッジとの闘争には関わらない。大学の教授どもに、未熟なまま危険な場所に踏み込むな、と教えられているからだ』
『デモベ以外のクトゥルフ神話作品では危険に突っ込んで死ぬのがお仕事とも言えるミスカトニックの連中だ、こういう規則というか、思想でも無ければあっという間に定員割れを起こす程死人が続出してしまうのだろう』

『今回の周は、ただ単に大導師と大十字を鍛える為の周ではない』
『まず大十字の親しい人達が、大十字自身の力不足や覇道財閥の準備不足などで尽く不幸な目に逢う』
『その光景を見た大十字は悔しさをばねに努力を重ね、最終決戦までにかなりのレベルアップを遂げる、という訳だ』
『さらにこれには、次の周で覇道鋼造が『同じ過ちは繰り返させん!』的に奮起、覇道財閥がこれまでのループ以上に目覚ましい発展を遂げる可能性が出てくるかも、という目論見もある』
『かといって、全てに絶望して何もかも投げ出されても困るので、途中途中で適度にフォローを入れるつもりではある』
『大十字の幸福度を上げる→落とす→少しだけ持ち上げる→更に突き落す→軽くフォロー→絶望しないレベルで叩きつける様に激しく落とす』
『これらをどの程度の加減で行えばいいか、という実験周でもあるのだ』
『大導師は、基本的に大十字を鍛え上げればそれを少し上回るレベルまで勝手に強化されるので、余り手を打つ必要が無い』

『大十字を付き落とすのは当然ブラックロッジ社員の仕事な訳だが、その仕分けが難しい』
『西博士とは後々共闘して貰わなければいけない訳だし、やはり逆十字安定だろうか』
『糞餓鬼と筋肉ダルマ、ブシドゥーは論外』
『アヌスさんはそういうくだらない事はしそうに無いし、ナイ神父だって大いなる計画を前に小さな作戦には参加しないだろう』

『そうだよな。やっぱティベリウスさんだよな』
『いやぁ俺も本当はこんな事したくないっていうか、よりにもよってティベリウスさんかよーみたいなところはあるっていうか』
『原作じゃ触手レイパーの癖にヒロイン凌辱シーンすら無く、精々パンツに触手擦りつけたり身体に絡ませたりがせいぜいのティベリウスさん(笑)じゃ少し役者不足じゃないかなとか思ってしまう』
『が、ランク的に言えば覇道瑠璃の凌辱に成功した魚人達にすら劣る感じだけど、その実力(触手凌辱的な意味で)は確かなものだ』

『因みに、今ここで思いついたような事を書いているが、このプランは大導師殿にすべて伝えてある』
『俺の方は、ティベリウスさんの初出撃までに大十字と周りの女性たちの親しさを深めておくだけでいい』
『適度な友好関係、或いは淡い恋心が芽生えた所で俺の仕事は終了』
『ティベリウスさんのアグレッシブビーストが断空砲フォーメーションして、夜のハイメガキャノンが炸裂すれば、この作戦は完了、という事になる』
『補正で間に合いそうになるかも知れないが、そこら辺は俺の方で少なからずフォローを入れる事にしよう』

―――――――――――――――――――
……………………

…………

……

ミスカトニック大学で講義を受けた俺は、昼の休憩時間を利用し、美鳥と共に大十字を空き教室に引っ張り込み、強制的に昼食を共にしていた。
窓の外を見れば、グラウンドでは如何にも男臭いラグビー部に混じって陰秘学科の中でも肉体派の連中が、声を張り上げながら身体を動かしている。
弾け飛ぶ汗で呼吸困難になりそうな光景だが、ここミスカトニック大学では珍しい光景でもない。

「ああ、これこれ。ミスカトニックって言えばこれだよな」

「いや、どれだよ」

大十字のツッコミを軽くいなしつつ思う。
ミスカトニック大学、特に陰秘学科には女学生が極点に少ない。
いや、ループ毎の揺らぎによってメンバーも多少変わったりはするし、それで女性メンバーが増える事もあるのだが、それでもやはり男女のバランスは男性に傾いている。

「見るからにホモ臭い空間だもんね」

「講義受けてる時は意外ときにならないんだけどな」

講義中に他の学生の姿形とか気にする意味も無いし。

「ホモ臭いは言いすぎだろ。荒事もあるし、自然と男が増えるのも仕方がないんじゃないか?」

「臍出し男が何か言っているでござる」

「ベーコンレタスバーガー買ってあるけど、喰うかい?」

「服飾のセンスにまで突っ込むなよ、何着ようが人の勝手だろうが。あ、バーガーは貰う。ありがとな」

美鳥にジト目を向け、ベーコンレタスに秘められた意味も知らずに俺から紙包みを受け取る大十字。
執事さんとの一枚絵がある様な潜在的BL野郎なので仕方がないのかもしれない。

「つうか、その可愛らしい弁当は何よ?」

「ああ、まるで『普段はガサツなイメージ持たれてるけど、気になるあの人の為に本気出せばこれ位楽勝! かわいいでしょ!』みたいなオーラを放っているけど、恋人でも出来たのか?」

大十字の手元には、まるで身体を動かす男性の消費カロリーの事など度外視した、いかにも手料理です、といった造りのオカズが詰まった弁当箱。
ハートとかそういう露骨なラブサインは入っていないが、それゆえに端々に見えるタコさんウインナーに兎林檎など、調理した人間の心遣いが良く見てとれる。
ミスカトニックだけで活動し続けている限りは、こんな弁当を作る女性と巡り合う事は出来無さそうだが……。

「あ、ああ、バイト先の人が、毎日店屋モノとか、出来合いの弁当で済ませてるっていったら、『アカンアカン、そんなんばっかやと栄養が偏るで! 今度からウチが作ったる!』とか言ってさ」

あらぬ方角に視線を送りながら、その弁当の製作者と思しき人の口調まで真似て、人差し指で頬をぽりぽりと掻きながら答える大十字。

「ほう」

「ほほう」

にやにやしている美鳥と並び、にやにや笑いながら大十字を見つめる。

(おもらしさんかな)

(ああ、凡人メガネさんだな)

ほぼ間違いないだろう。
因みに、今回の俺達は大十字がブラックロッジとの闘争に巻き込まれたことを教えられていないので、バイト先が覇道財閥である事は知らされていない。
が、大十字に大事な人をいっぱい作らせる計画の為に、クロックアップをラースエイレムとボソンジャンプとド・マリニーの時計を多用して、覇道財閥の秘密基地内に存在する食料品には全て手をいれさせて貰っているのだ。
覇道財閥の秘密基地で活動している人達は今、脳細胞の構造を作り替えられ、大十字に対して極端に好意を抱き易くなっているのだ!
この、
『脳内に侵入し宿主の対象Aへの好感と嫌悪感を操り好感度上昇後に脳細胞ごと作り替え本体は新陳代謝で排出される超微小機械改良型』
略してナノポマシンM型2nd Edition ver.4.73!に、よって!

「なんだよ、やましい所は一切無いぞ。普通にこう、生活面を心配してくれるところがお姉さんっぽいというか、頼りになるのにか弱い面もあるとか、そんな事思って無いからな!」

「分かった、うん、式には呼べ」

「産婦人科を紹介してやろう」

ツンデレ乙というものか。
これはなるほど、傍から見てると無性にムカつく。

「いやいやおまえら絶対誤解してるだろ。ていうか真相知るつもり欠片も無いだろ実は! いいか、俺とあの人はだなぁ!」

壮大な惚気をを始めた大十字の声をフィルタにかけ、まきいづみボイスに変換、華麗に聞き流しながら美鳥と通信で密談。

《確実に釣れたのは一人だけみたいだな》

《この段階じゃ、しゃーなしだろ。要は大十字と接触すればするほど好感度が上がっていく訳だし》

理想としては、原作では蔑まれ気味だった褐色ロリメイドとかでっかいショタコンメイド辺りとも仲良くなって貰った方が、標的が多くなっていい感じなのだが。
ショタコンはともかく、褐色ロリには少なからず脈があるんじゃなかろうか。
この大十字、別に貧乏探偵でもないし、さげすまれる要素も無い。
むしろ天下のミスカトニック大学で素晴らしい成績を収めているから、好感度は上がり易いのでは?

《執事さんの好感度が一番上がってそうな気がする件について》

《あぁー》

言われてみれば、原作からして執事さんからの信頼度は半端無かったし、それに加えてミスカトニックのエリートだ。
魔導書さえあれば機神招喚すら自力でこなしかねない腕利きの、人格面でもそれなりに正義感のある男となれば、未来の旦那様(覇道財閥総帥的な意味で)として見据えても何ら可笑しな所は無い。
元からホモ臭い容姿だしな。

《別に子供作るわけじゃないんだし、かまわんだろう》

《そだね》

ホモになったら軽蔑するけどな。
折角だからシスターライカとかアルアジフ辺りにも確実にフラグを立て続けて欲しいのだが、そこら辺は大十字の性癖とかスケコマシぶりに期待するしかない。
まぁ、なにはともあれ。

「バイトの方も、無理しない程度に頑張れよ」

「その頑張りぶりを見て、更に惚れ直してくれるかもしれんしなー」

「応さ! ……って、だから、あと何回説明すりゃ気が済むんだよお前らは」

「五回」

「二十は堅いね」

頭を抱える大十字を見ながら、思う。
ティベリウスさん無双が始まる前に、悔いが残らないよう、回想シーンだけでも回収しておけよ、と。





続く
―――――――――――――――――――

ポーカーです。
ていうかこのSSに限り、もうポーカーという言葉をスラングとして扱っていい気がしてきました。
それ以外は正直おまけの様なものです。機神招喚の理論も、以前説明した物に、主人公のその後の入手データを加えたものだから、大きな変化はありませんしね。
むしろ今回は如何にしてボール球になる直接的な単語を使わずに描写するかだけを考えていた為、それ以外の所は少しばかりおざなりかもしれません。
ネタが少ないと感想少なくなるってのは過去データから統計取れてるんですけど、まぁ、こういう回もあります。

だって、『姉と主人公の絡みは気持ちが悪いが』みたいな紹介を見かけたから……。
じゃあもっと気持悪くしてやるお! むしろ極限を目指すお!
みたいな意気込みが生まれてしまって……。
何気に姉とのシーンは初描写。気合い入れましたがどうでしたでしょうか。
因みに今回、セーフかアウトかで言ったら、断然セーフでしたね。
XXX版に行く必要なんてない。これくらいなら十分全年齢対応さ!


自問自答。
Q,大導師のキャラがおかしくないか。
A,大導師様は今のところ、半神であるという自尊心に、これまでの事が全て邪神の掌の上であった事に対する恥が半々に混じり合ってる状態です。
当然、人目が無ければポーズだってキメキメです。
Q,大導師殿は主人公の事をどう思っている?
A,とてもSSに出来ぬ! 注釈※にて返答いたす!
※余りにも知り過ぎているから警戒してはいるものの、肉体的には何の変哲も無い魔術師である為に、いざとなれば力づくで排除できるだろうと踏んでいる。
※が、同時に数少ない大導師側のループ体験者である為、結構好意的でもある。
※トラペゾ手に入るまでは逃がさない。
※好感度は意外と高いかもしれない。両刀的な意味で。


次回は待ちに待ったティベリウスたんの初登場ですね。
自分、この話投稿したらティベリウスのカマ言葉とか再確認して、気合い入れて触手ポーカーシーン書くんだ……。
関西弁のポーカーとか、初めて書くなぁ緊張するなぁ。
まぁ、原作からしてメインヒロイン以外では数少ないお漏らし枠だし、問題無いかな。
一応開幕ポーカーにならない程度に、出撃前のティベリウスと主人公の会話シーンとか挟むと思いますので、そこら辺は安心してください。

そんな訳で、今回もここまで。
誤字脱字の指摘、文章の簡単な改善方法、矛盾している設定への突っ込み、その他諸々のアドバイス。
そしてなにより、このSSを読んでみての感想など、心よりお待ちしております。



[14434] 第五十三話「恋慕と凌辱」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/07/08 18:06
×月◇日(ひぎぃ! ぼごぉ)

『たった七文字の文章、しかし、この文字列には人類種の果てしない可能性が秘められている』
『通常、触手を使用して交尾する様な大型動物は存在しない。せいぜい微生物だの植物だのが関の山である』
『で、あるにも関わらず。今現在では多くの人間が触手=エロスという方程式を基本常識として頭に刻み込んでいる』
『サブカルに詳しくない人間ですら、エロゲに登場する様な、やや暗い、しかし様々な色合いと艶やかを通り越してドロドロの粘液に塗れた触手を見た瞬間、酷くいやらしいものであると認識してしまう』
『デビルマンにおける、人間の遺伝子に残された悪魔への恐怖と同じレベルで、触手に対する刷り込みが行われていると言われても、俺はそれに反論する根拠を持たない』

『日本においては、かの天才画家・葛飾北斎が描き、艶本『喜能会之故真通』に掲載された木版画、『蛸と海女』が始めとされる、人間と触手の性的な交合』
『裸体を晒す女性に絡みつき、本来は只の触腕でしかない脚を使用し容赦なく犯す蛸、自らの内で暴れる自由自在にして長大な触手にたまらず乱れる女性』
『人々はその余りにも超自然的な情景に憧れと僅かな畏怖、形だけの嫌悪を示し、しばらく興奮に朦朧とした脳でその存在が現実に有り得るか有り得ないかの判定を行い、現実とはやはり夢の対極に存在するのだと結論付ける』

『現代日本においてもそうだ。様々な法律を乗り越え現代に生き残る風俗店』
『様々なプレイバリューを兼ね備えたその手の店ですら、触手を使用したサービスを取り扱う店は存在しないらしい』
『では、夢と現が混在する魔都秋葉原ではどうか』
『東京に移り住んだ友人の言葉を信じるのであれば、少なくとも今現在、触手が服の下で蠢き、怪しい液体を股間から撒き散らす、眼からハイライトの消えたメイドが歓待してくれる、』
『いわゆる触手寄生調教洗脳メイド喫茶なる店も、また、その派生形すら存在していない』
『存在していたなら、中学からの付き合いである触手マイスターである五十嵐君が黙ってはいないだろう』

『触手は、触手に貫かれて乱れる女性は、現実には存在しない』
『人間の触手に対する飽くなき信仰とはすなわち、実在しない神への信仰に似ている』
『存在しないと理解し、しかし尚その存在を崇めずにはいられない、それこそが触手』

『だが、確かに触手は実在する』
『女を犯す触手は実在する』
『触手は、確かなリアリティを持ち、この世界にあり続けているのだ』






『なお、俺が姉さんとのプレイで用いる触手はその全てが純愛使用であり』
『犯す触手ではなく愛でる触手である事はもはや言葉にする必要も無い事だろう』

『今なら、飲んで安心コラーゲン配合でお肌ツヤツヤ、食物繊維を適度に含んでいる為お通じも良くなる健康淫乱粘液も付いてくる!』
『姉さんには栄養面でのプラス効果しか現れないが、何の耐性も持たない者が接種した日には、それはもう酷い事になる事うけあいである』
『とりあえず人間を模した存在であれば、一滴も垂らせば一瞬で自立駆動を始めてM字開脚始める程度の効果は保障しよう』
『万が一垂らした対象に音声出力機能があるのならば要注意、発禁必至な淫語P音抜きを連発し始めるので、ご使用の際には周囲に人が居ないことを確認した上でご利用願いたい』
『エロいボディのガイノイドとエロい事したいけど、なんかそういう機能付いてないみたいだぜくっそぉぉぉぉぉぉ!』
『みたいなリビドー持て余し気味の思春期の少年よ、今直ぐアクセス!』
―――――――――――――――――――

そんな感じで、どこに向けるでも無いメッセージを日記に書いたので、俺の体内で生成されるものである事を伏せて、ブラックロッジのトップ触手マイスターにお勧めしてみた。

「今すぐアクセス!」

「要らないわよぉそんな無粋な薬ィ」

が、芳しくない返事しか貰えない。
ティベリウスは腐った死体顔に被せた道化の仮面を器用に変形させ、原作の立ち絵では見た事も無いような微妙な表情を表している。
なんというか、関わり合いに成りたくない的な雰囲気がバリバリ伝わってくる表情のお面だ。

「アタシはねぇ、そんな薬に頼らなきゃなんない程自分のテクとモノに自信が無い訳じゃないの」

ヤダヤダと巨大な鉤爪が隠された袖で口元を隠すティベリウス。

「濡れて無いトコに無理やり突っ込んで泣き叫ばせたり、その泣き叫んでた娘(こ)が、白痴みたいなアヘ顔で腰振りだすまでしっぽり犯し抜く過程が楽しいんでしょぉ?」

痛がらせるのはテクがイマイチな証拠では無く、痛がらせるのもティベリウスのテクの一つなのだろう事は想像に難くない。

「気丈な財閥の娘さんが○○○狂いになったり?」

「アラ、何よアンタ、以外と分かってんじゃない」

「分かってないならこんな薬を作ったりもしないと思いますが」

俺の返答に、ティベリウスの仮面が見慣れた黄緑色の喜色を現す仮面へと変わる。

「おほほほほほほ! 言われてみればその通りだわ。アンタもなかなか言うじゃない」

だが機嫌よさそうに談笑しつつも、ティベリウスの視線は落ち付かず、俺の背後や通路の向こう側にちらちらと注がれている。
こんな気を散らされたままではまともに会話も出来ないので、俺はティベリウスさんの心配ごとを一つ取り除いてあげる事にした。

「今日はフーさんも誰も連れてきてませんよ」

……したのだが、俺の返答にティベリウスの仮面は不機嫌も露わな形の物へと変わってしまった。

「な、なによ。アンチクロスであるアタシが、あんなゲテモノ女に芋引いてるとか思っちゃってるワケ?」

芋引いて無いってんなら、忍と同じ声でどもらないでください。
が、ここで馬鹿正直にそんな事を言うつもりはない。
俺は少しだけ考えるそぶりを見せ、くるくると天を指差した人差し指を廻しながら返答を返す。

「いや、俺が思うに、ティベリウス様と装甲フーさんって、結構相性抜群だと思うんですよ。俺も長年フーさんの戦いとか見てますけど、戦闘中にあんな嬉しそうにセックルしてるフーさん初めて見ましたし」

「……アタシが言う台詞じゃないと思うけど、脳味噌に蛆でも湧いてんの?」

「失敬な」

実際、フーさんの劒冑には金神補正でオリジナル正宗と同一の陰義を持たせた訳だが、戦上手のフーさんの手にかかれば正宗七機巧が一つ、割腹・投擲腸管が繰り出す内蔵の種類は格段の増加する。
迫るティベリウスの触手ティンコを、装甲で覆われた下腹部をぶち破り跳び出したフーさんの意思で自在に動く女性性器が見事にキャッチ。
特殊金属でコーティングされたフーさんの輸卵管が、ティベリウスのグロカリ首をがっしりとホールド。
続く卵巣の一撃が見事にティベリウスのグロ陰茎を挟み込み、叩き潰す様に切断した。
これが俗に言う、千切れるほどの締め付け、というものである。

のた打ち回りながらも怒りの赤色面へと仮面を変化させたティベリウスにひるむ事も無く、隠剣・六本骨爪で互いの身体を密着させ、胃と融合した甲鉄が生成する超強酸性の液体を撒き散らす。
ティベリウスも負けじと巨大な鉤爪でもって装甲状態のフーさんの頭を叩き潰さんとした訳だが、ギリギリの所でフーさんのスウェーバックで半ば回避されてしまう。
が、当然上半身もフーさんの肋骨で固定されている訳で、ティベリウスの鉤爪はフーさんの頭部と顔面装甲、胸部装甲、ついでに顔面の半ば程と方胸をごっそりとこそげとってしまう。

……ここまでの状況は後日フーさんを取り込み直した時に知った事なのだが、フーさんはここで軽く二度ほど絶頂に達している。
文字通り、命をと身体を削りながらの死闘。
それこそが、フーさんが協力者として俺達に力を貸す理由。
だからこそ、互いが互いの命を掌の中に握りしめる様なティベリウスとの戦いは、彼女がこれまでの戦いで得る事の無かった『戦闘時の高揚による性的絶頂』へと導くに至ったのだ。

「だいったい、何よあの女、自分から臓全部ひっくり返して、顔が削れてるなんてもんじゃないのよ? 頭蓋骨まで削れて、脳味噌まで零れかけてるのに、あんな、嬉しそうに笑ってくれちゃって、どんな神経してんのよぅ!」

全身のサブイボ(肌は無いと思うが)を沈める為とでも言う様に、鉤爪を内蔵した袖で自らの身体を抱きしめるティベリウス。
恐怖を現す紫色面で震えあがるその姿からは、装甲戦鬼フーさんへの紛れも無い恐怖がありありと見てとれる。
だが、あえて言おう。
お前が言うな。

ともかく、ティベリウスはフーさんの中に存在する、自らの抱く欲望とは異なるベクトルの狂気に触れ、逃げる様に距離を取りながらの戦闘を始めた。
が、そもそもフーさんの得意な戦闘距離は中距離から遠距離。
更に、アップデートが繰り返されたフーさんはシュリュズベリィ先生の無視覚状態での超感覚すら備えている。
当然、ティベリウスが遠距離から魔術による攻撃を繰り返しても、魔術式オルゴンライフルによって悉く迎撃され、結局は只逃げまわる事しか出来なかったらしい。

「とは言っても、ティベリウス様だって本気出してたわけでは無いのでしょう?」

「あったり前じゃない」

機嫌を直し、喜色を現す黄緑色面へと仮面を変化させるティベリウス。
その手の中には、アルアジフやナコト写本には劣るものの、かなりの魔力を内包する魔導書『妖蛆の秘密』が握られている。

「なるほど、無敵の鬼械神が相手なら、フーさんもどうにかなるかもしれませんしね」

「そ。アンタもね、大導師様のお気に入りだからって好き勝手やってると、磨り潰しちゃうわよ?」

冗談めかしたような口調だが、このティベリウス、ヤルと言ったらヤル男だ。
今回は俺も美鳥もそれなりに力を見せているから気易い上司と部下程度の位置で話せている。
しかし、普段はこのおちゃらけたオカマ口調のまま、気に入らない部下なら磨り潰して死姦している所だろう。

因みに、俺が大導師の居る玉座の間に到達した事で消滅する寸前、ティベリウスは紫色面から赤色面へと仮面を変え、確かに機神招喚の術式を発動させ掛けていた。
しかし、もし万が一あそこでティベリウスが機神招喚でベルゼビュートを招喚していたなら、『生身での死闘も出来つつ、本来の畑である巨大戦もこなせる素敵な殿方(殺し合うに最適的な意味で)』として、完全にロックオンされていた事だろう。
戦闘も収まり、数か月の間を置いたから大丈夫だとは思うが、そうでなければ世にも珍しいフー=ルー×ティベリウスという世にも奇妙なカップリングが出来上がっていたかもしれない。
もちろん、×の前と後ろの順番は何一つ間違っていない。
受けティベリウス(激レア・トラペゾの中か飛翔の宣伝ドラマCDでしか目撃された事が無い)ファンには堪らない展開が待ち受けていたかと思うと、あのタイミングで玉座の間に到着した自分を心底褒め倒してやりたくなる。

「以後気を付けさせて頂きます。ああでも、この薬の事は覚えておいてくださいね。少し成分をいじれば、色々と効能にもバリエーションが出せますから」

「そうね、何か面白い遊びでも思い付いたら、考えてあげないでも無いわん」

おーっほっほっほっほ、と、オカマ独特の笑い声を上げながら離れていくティベリウス。
日記の内容からふと触手粘液の販売を思いついて、夢幻心母中探し回っての唐突なセールスだったのだが、以外とまともに対応してくれてビックリ。
女性や可愛らしいショタを触手で精神崩壊するまで凌辱したり死体になった後も延々犯したりする趣味を持っているが、案外気のいい人なのかもしれない。
ご機嫌伺いも兼ねて、今度蝦夷の褐色ロリでも献上してみよう。
―――――――――――――――――――
●月▽日(大十字が不幸になるフラグが立ち続けているのも)

『乾巧の仕業でいいんじゃないかな。ほら、俺って基本的に悪事を働いてない時は善良な一トリッパーな訳だし』
『大体、ヒーロータイプの男に大したイベントも無く最初にくっ付くサブヒロインって、とりあえず不幸になって主人公に戦う決意を固めさせる為に居る様なものだろう』
『そういう意味で言えば、最初に大十字を攻略したのが覇道財閥の中でもそれなりに目立つ三人のメイドだった、というのは都合がいい』
『あの三人からしてそれなりに仲は良い訳だし、大十字とくっ付いた一人が不幸な目に会った時、落ち込んだり怒りに震えたりする大十字を立ち直らせるのには丁度いい』
『ていうか、大十字にブラックロッジへの怒りを蓄積させて、終盤の大十字と次の周で覇道財閥を強化させるのが目的な訳だし、メインヒロインとくっ付く必要すら無い』
『だが、できれば最終的には覇道瑠璃辺りとくっ付いて欲しいなぁ』
『メイド三人は、次の覇道鋼造が雇わずにいれば戦いに巻き込まれないで済むだろうとか考えそうだし』
『そういう意味で言えば、ブラックロッジに対抗する為に覇道財閥を立ち上げるのであれば、確実に闘争の運命から逃れられなくなる覇道の系譜を決意の中核にした方が確実ではある』
『覇道瑠璃がこれまで全周存在していた以上、何だかんだでどの覇道鋼造も、真覇道鋼造の息子を孤児院に入れっぱなしには出来ないという事になる訳だし』
『もうくっ付いている凡人眼鏡さんは確実に生贄にするとして、どうにかして上手い事覇道瑠璃とくっ付けて、その上できっちり失って貰わなければ』
―――――――――――――――――――
●月◆日(途中経過)

『さてさて、大十字がアルアジフと衝撃的な出会いを果たし、断章を探しながらのブラックロッジとの戦いを初めて、もうそれなりの時間が経過した』
『この周で大導師殿が初めてアイオーンを完全破壊した訳だが、それに伴い原作程では無いにしろ、アルアジフからはページが抜け落ちてくれたのだ』
『今のところ、大十字が回収した魔導書の断片は『アトラック=ナチャ』に『バルザイの偃月刀』、更に『ニトクリスの鏡』といったところだったか』
『原作との相違点を挙げるとするならば、やはりイタクァがアルアジフの手元に残っている事だろう』
『まぁ、この違いにしてもさしたる問題ではない。大十字は大学生としてみれば優秀な魔術師見習いではあるが、それでも専用の魔導兵装を使用せずにあのレベルの記述を制御できる訳では無い』
『何だかんだ言って、アルアジフの長年連れ添ってきた鬼械神はアイオーン』
『デモンベインの構造はアイオーンに似てはいる物の、魔導兵装を改竄して使うのにも苦労するし、アイオーンで扱う時よりも難易度は少し上昇する』
『結局のところ、アルアジフの元に記述が揃っていた所で、何のブーストも無い大十字が扱える魔術は変わらない、という事だ』
『苦難こそが人を強く育てるのである』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そんな訳で、俺はアーカムの外れ、リゾート地でも無ければ邪神崇拝者達の巣窟でもない、程良くさびれた採石場にやってきている、
人を強くするのは困難苦難ではあるが、人は自らの手で成長の為に逆境を作る事もまた可能な生き物なのだ。

今回のミッションは大十字の戦力強化の為の修業。
俺と美鳥が制御したクトゥグアで大十字を追い詰め、大十字にはイタクァを持ってクトゥグアの炎を打ち消して防いで貰おうという、極々単純な修行である。
大十字がイタクァを制御できるようになるまではひたすら逃げるだけの修業になるが、ぶっちゃけ殺す気でやるので覚醒は早い筈だ。

神格的に考えればクトゥグアと対になるのはイタクァじゃなくてハスターなんじゃね? などと言う、いかにも資料だけ見て思いました的意見はこの場には無用なのだ。
少なくとも、アルアジフの記述の中ではクトゥグアとイタクァはタメ。それでいいではないか。
元からこの世界のアルアジフの記述とか、追記に追記と検閲と改竄を重ねて信頼性という言葉からはかけ離れているんだから。
閑話休題。

だが、はっきり言って大十字を痛めつけて強くする為だけに、アーカムシティの一般人に迷惑をかけるのは不本意なのだ。
迷惑をかける時は自分の意思で迷惑をかけたいので、大十字を追い詰めるのに最適な、人気の少ない場所を探さなければならない。
そこで、やはり採石場である。

「見ろ先輩、この採石場ならいくら爆発炎上しても暴走凍結しても迷惑がかからないぞ!」

特にあの切り立った崖! 523が今にもゴングチェンジャーで変身して無双を始めてくれそうではないか!
格闘家だから、女性であるメレ相手でも容赦なく顎ぶち抜くからな523、マジで俺流を貫いてる辺りには尊敬の念を抱かざるを得ない。
あ、でもあそこは採石場じゃないか。剥き出しの岩が同じ削れ方をしていたからうっかり見間違えてしまった。
海を出そうにも、海産物系の魔導書は碌なのが無いしな。
ラムダドライバとか使えば、無条件で崖は召喚できるのだが。

「ちょっとまて、既に暴走する事前提か」

相変わらずの臍出しルックの大十字が裏拳気味に突っ込みを入れてくる。
神聖な特訓場でもある採石場にまで臍出しオサレ服で登場とは、その801根性にはまいったぜ……。

「先輩、今日は暴走させない為にここに来てるんだろ? 完全に制御できるようになるまで暴走するのは当たり前じゃないか」

「道理じゃな」

「うぐ……」

俺の言葉に頷く、採石場なのにロリドレスファッションを崩さないアルアジフ。
九朗は本来味方である筈の魔導書が俺に同意した事で、反論の言葉を紡ぐ事も出来ずに口をつぐむ。
そんな大十字の様子に満足したのか、アルアジフはふふんと鼻をならし、改めて岩だらけの周囲を見回す。

「まぁ、妾としては、実際の戦場になる市街地での修行が望ましいと思うのだが」

アルアジフは、実際に戦場になる事は極めて稀な採石場での修行に、些か不満を感じているらしい。
それに美鳥は大げさに驚く素振りを見せる。

「おいおい、市街地であのレベルの記述を暴走させるつもりかよ」

「わかっておる。言ってみただけだ」

美鳥の言葉にも頷くアルアジフ。
今回の修業は言うなれば特別編、俺と美鳥と言う大十字側(大十字達からすればそういう立場に見えるらしい、否定も肯定もしないでおいた)の魔術師が居るが故に可能な修行。
常の大十字とアルアジフが行っている実践的な魔術戦闘の修業とは方向性が異なる為、障害物や群衆の存在は計算に入れる必要も無い。
頷くアルアジフの表情からしても、本気で文句を言っている風ではなく、できればそういうシチュエーションの方が身が入るだろうな、という程度のものだったのだろう。

さて、大十字を、ひいては大十字の親しい人物達を不幸な目にあわせて、大十字のブラックロッジへの怒りを増強するという作戦をこの周では行っている訳だが、だからといって大十字の方に一切手を加えなくていいのかと言えば、そうではない。
大導師殿にアイオーンを破壊させたのはあくまでも今後の流れを整える為であり、大十字を精神的に追い詰める役にはたたない。
精神的に追い詰める最初の一手には、大十字の恋人を使うのは決まっている。
そこで、触手凌辱のエキスパートであるティベリウスを利用する訳ではあるが、ここで一つある問題が浮かび上がる。
大十字がブラックロッジへの怒りを募らせ、なおかつ自分自身と覇道財閥の力不足を嘆くには、ティベリウスが自発的に大十字の親しい人に手を出さなければならないのだ。

もちろん、大導師殿と相談して覇道邸の襲撃ミッションは計画済みだ。
が、まともに覇道邸を襲撃した場合、非戦闘員である大十字の現在の恋人、凡人眼鏡さん(デモンベインで数少ないお漏らし枠)がティベリウスに襲われる可能性は余りにも低い。
大導師殿から命令して襲わせる事も可能ではあるが、それでは意味が無い。
一番理想的なのは『大十字がティベリウスを激怒させ、ティベリウスが報復として大十字の女を誘拐、力及ばず倒れた大十字の目の前で徹底的に凌辱』というプランだ。
が、現在の大十字では間違いなくティベリウスを怒らせる程の戦果はあげられない。
そこで、大十字には調子に乗ったティベリウスに一太刀浴びせ撃退できる程度の力をまず与えなければならない。

大十字に撃退されたティベリウスは『まだ見習いのアマチュア魔術師如きが』と激怒、報復の為に、大十字の最も大切にするものを破壊しにくる筈、という訳だ。
勿論、その為に凡人眼鏡さんの個人的なプロフィールは調査済みであり、何時でもティベリウスに知らせる事が出来る。
ティベリウスの手にかかれば凡人眼鏡さんも回想シーンが出来る程の白痴顔でアヘアヘ喘ぐだけのスクラップになってしまうだろう。
が、それでは大十字の心が折れる可能性もあるので、凡人眼鏡さんの脳味噌にも一手間加えさせて貰う。

「ところで先輩」

「うん?」

「そちらの、いかにも『普段は作業着ばかりだけど、恋人とのピクニックの為に少しおめかし。少し地味過ぎたかもしれないけどカレの視線は釘付けだから、うん、オッケー!』みたいな眼鏡の女性は?」

そう言いながら、大気中を飛ぶ塵に擬態させた俺の肉体の一部を、

「なんやのその人の内心見透かしたみたいな表現」

バスケットを手に此方にジト目を向ける凡人眼鏡さんの口の中に。
一粒でも次元連結システム、重力制御、『ナノマシン生成』などの機能を備えた万能な俺の一部は自律稼働で極々自然に凡人眼鏡さんの口の内部の粘膜に融合。
全身を乗っ取る事無く血管内部に侵入、血液に擬態し、そのまま血流に乗り、脳へ。

「ま、なんの自己紹介もしとらんかったしな。ウチは九郎ちゃんのバイト先で先輩やっとるチアキっちゅうもんや」

ジト目をやめ笑顔を取り繕う凡人眼鏡改めチアキさん。
本来ならもう少し手間がかかる所だったのだが、あっさりしたものだ。
ナノポマシンの効能もほぼ狙い通りのバランスだし、その後の脳改造もスムーズに進んだお陰で、ほぼ体外に排出されている。
今投与したのは、大十字への好感とはあまり関係無い精神の作用を弄る機能を備えたもの。
このナノマシンのお陰で、凡人眼鏡さんはやや貞節で、大十字以外からの誘惑に強い頑強な精神力を得る事になる。

「俺はミスカトニック大学で大十字先輩の後輩やっている鳴無卓也です」

「あたしは、そうだな、謎の食通とでも呼んでもらおうか。鳴無美鳥だよ」

「アンタらの話は九郎ちゃんから聞いとるよ」

美鳥が一瞬心の病を発症し掛けたが、それを華麗にスルーしてくれた。
大人だ。地味だが。
いや、別に魅力的では無いというつもりはないのだがパンチにかける人だと思ってしまうのは仕方が無いのではないだろうか。
なんか、うん、絶妙に外されてボールコースに逸れた外角低めというか。
ストライクゾーンに入るかなーというバッターの甘い期待からの空振り狙いと言うか。
原作的に考えると、ヒロインとしてデザインされた訳では無いから地味という事情があるのかもしれないが。
まぁ姉さんや美鳥と比較すると誰も彼も敬遠球なのは仕方が無いのだが。

「なるほど、ですが、俺も大十字から話は聞いています」

「実はあたしも風の噂に聞いた事があるぜ」

「なるほどなぁ、流石、話に聞いた通りやわ」

頷き合う俺達を見ていた大十字が訝しげな表情を浮かべる。

「……いやまて、チアキにもお前らにもそんなに詳しく話して無いよな」

勿論、大十字からはそれほど情報は仕入れていない。
が、おそらく関西人系列であろうこの眼鏡なら、適当な事を言っても合わせてくれるだろう。

「いやいや、先輩は結構情報洩らしていたぞ? ていうか惚気てただろう」

「え、ほんまに?」

キラキラした瞳で大十字に向き直る眼鏡。
合わせてくれるだろうと思っていたのだが、この眼鏡、少し本気にしている節がある。
まぁ、少なからず惚気られたのは事実ではあるのだが、それにしても自分から口にする事は無かった筈だ。

「そ、そりゃ少しはそういう話もしたけどよ……」

照れ顔でそっぽを向く大十字。
野郎が照れ顔とかあれなので、その内違う周で女装を定着させようと思う。
だが、恋人? が恥ずかしがる姿を見て、眼鏡さんはご満悦の様だ。
更に俺の発言に合わせる様に、美鳥が言葉を割り込ませる。

「確かにこいつ、『チアキはベッドの上で良く漏らす』とか洩らしてたなー」

空気が固まり、笑顔を張り付けた眼鏡さんが大十字の肩に手を置く。

「──九郎ちゃん、後でお話しよか」

「ちょ、誤解、誤解だっ、おい美鳥テメェ!」

「え、あ、ごめん、聞いて無かった。──そして聞くつもりも無い」

別にこの状況は可笑しな事では無い。
ラブコメ的には主人公がするとは思えない様な暴露話、しかし、直前にヒロインが嬉しがる様な話があると、その直後の話の内容には思考力が鈍るものなのだ。
幸せは人を馬鹿にするとはまさにこの事を指していると言っても過言では無い。
そして、話の流れ的に『少し調子に乗るか酒入れるかすれば言いそうだな』程度の疑惑が持てる発言ならばどうなるか。

「ええか九郎ちゃん、いくらここがアメリカ言うてもな、日本人なら少しは慎みを持たな……」

「はい……はい……」

この様に、訥々と大十字に説教する眼鏡さんと、採石場の石だらけの地面に正坐して頷き続ける大十字の出来上がりという訳だ。
時折大十字が『なんでフォローを入れなかったんだよ!』みたいな視線をちらちら送ってくるが、その度に眼鏡に注意されている。
暴力的なヒロインであれば報復として暴力が振るわれてそれで終わりなのだが、少なくともこの眼鏡は恋人に対して無駄に暴力的な人格では無かったらしい。
まあ、逆に延々説教が続くので、理性的なヒロインというのも面倒臭いのかもしれない。

「やれやれ」

アルアジフは、冤罪で説教を受けている主に対し呆れた表情で首を振っている。
どうやら、この周では今現在アルアジフと大十字の間にフラグは立っていないようだ。
やはり最初から覇道財閥に関わる様になれば、自然と覇道瑠璃と親しくなる流れに乗るのかもしれない。
まだ眼鏡さんルートだけど、ハッピーエンドは存在しないしな!

ともあれ、大十字と眼鏡が既にベッドインしていて、それでいて日常でも付き合いがある程度には親しくなっている事は確認できた。
後は予定通り適当にクトゥグアで大十字を追い詰めて、イタクァの制御法の訓練をして今日のイベントは終了という事にしよう。

―――――――――――――――――――

メディ倫月ザル日(通らない方が珍しい)

『見た目と年齢が釣り合わないなんて、現実でもよくある事だし、仕方がないのかもしれない』
『それゆえに、大十字と大導師は容赦なく小学生かそこらにしか見えない魔導書の精霊にトラペゾ挿入するし、クトゥルフはルルイエ異本とエンネアをぬぷぬぷする』
『その行い、正に邪悪!』
『俺だって幼女には手を出した事は無い(ていうか幼女には食指も触手も動かない)というのに、なんという奴らなのか』
『だが、我らが一級触手マイスターであらせられるティベリウスさんは一味も二味も違う』
『彼は画面外や文字の上では名も無き一般人をその触手の餌食にしているが、本編中では触手による本番行為を映像つきで行った事は一切無いのだ!』
『ここで彼の触手レイパーとしての輝かしい戦歴を見てみよう』

『対覇道瑠璃・腸で四肢を拘束しおっぱい剥き出しにして触手見せつける処までは行く→即座に大十字に触手ティンコを切断される』
『対ライカ・クルセイド・触手を絡み付かせおっぱいを剥き出しにさせるところまでは行く→実際に突っ込まれたのはクトゥルフの触手』
『対アリスン・触れる事すら出来ずメタトロンさんに撃退される』

『この錚々たる戦歴、まさに触手の救世主(メシア)と言っても過言では無い』
『彼ならばデモンベインが仮に少年誌で連載されたとしても、その見事なまでの寸止めで規制を喰らう事無く場を盛り上げてくれるだろう』

『そんな全年齢向け触手マイスターであるティベリウスさんは今日も大活躍!』
『……ぶっちゃけ、覇道邸にティトゥスと凸かまして、見事に大十字にぼこられた』
『原作では大導師の命令で呼び戻されるのだが、今回はクトゥグアの炎をイタクァで相殺され、挙句の果てにクトゥグアの記述まで奪還されておめおめと帰って来た』

『当然、未熟な魔術師見習いに反撃を受けて逃げ帰るしか無かったティベリウスは怒り心頭』
『帰って来てから憂さ晴らしに女を浚いに行き、翌日のアーカムに大量に娼婦や女学生の、暴行を受けた痕のある腐乱死体が散乱させていた』
『それでも未だ怒りは収まっていないらしく、今でも時折夢幻心母内部で腐乱した女社員の死体が見つかる程だ』

『ここまでお膳立てが整えば、脳味噌がリアルに腐れているティベリウスを誘導する事など容易い』
『何も知らぬ風を装い、大十字が大切にしている、戦闘能力を持たない恋人の情報を教えてやろう』
『俺はティベリウスに恋人を浚われ触手凌辱されてなすすべなく鬱展開に陥った大十字の負の感情を、全てブラックロッジへの敵愾心へと誘導してやるだけでいい』

『そうする事で、俺は労することなくループ終焉への時間を短縮する事が可能、という訳だ』
『両陣営に居ながらにして、この見事な采配』
『俺ってば、まさに天才ね……※ジャージ忍者漫画基準』

―――――――――――――――――――

と、そんな事が数週間前の日記に書いてあった。
そう、数週間前だ。
日記を書いてから今日までの数週間、色々な事があった。
数日間を置いてティベリウスと接触を図ったにも関わらずまだイライラしていて、いきなり鉤爪で切られそうになったり反撃したりもしたが、どうにかこうにか無事に用件を伝えられたり。
渡した大十字の恋人に関する情報にティベリウスが不敵に笑ったり。
ティベリウスとばかり接触するのは臭いが移りそうだから、下級社員達の集まりで大規模人体改造を行ってサイバーマンを大量生産したり。
ドクターは文句言ってたけど、人間の脳味噌をそのままAIの代わりにする、ってのは結構効率がいいと思うんだけどなぁ。
実際問題、複製能力を使わずに人工知能作ろうと思ったら結構時間掛かるし。
そうそう、常に稼働状態にあるエルザは中々取り込めないから、せめて内部構造を見ようとした事もあったか。
メカポがある事を忘れたせいで『い、いけないロボ、エルザには大十字九郎という心に決めた相手が……。…………少し後ろ向いてて欲しいロボ』みたいな感じになってしまったんだよなぁ。
動力はやっぱりオルゴンエネルギーだったが、ドクターの作品なだけあった見るべきところも多かった。
ていうか、人間に出来る事は大概出来る辺り、ドクターの人造人間へのこだわりがうかがえるっていうか、……高級ダッチワイフ?
ああいう機能搭載しているなら、エルザルートとまでは言わないまでも、エルザのそういうシーンがあってもよかったのにな。

「ほぉら見てみなさいよタクヤちゃん、アタシの触手○○○で大十字の女が腰振ってるワよぉン!」

「ぐっ、ごっ、なん、なんでアンタ、こんな場所に……!」

うん、現実逃避という程では無かったけど、少し意図的に気を逸らしていたかったのは確かかも。

──遡る事数時間前、ミスカトニックでの講義を終え、自宅で姉さんと美鳥と共に夕食を食べ終えた俺は、数日ぶりに夢幻心母に足を運んでいた。
研究室に籠り、液体人間、全身義体のバトルサイボーグ、サイバーマンに次ぐ、新たなるブラックロッジ下っ端改造プランを練ろうとしていたのだ。
今回はそれなりにオープンに高めの地位を大導師に与えられている為、夢幻心母の中に専用の(美鳥と共用ではあるが)の研究室を与えられている。
なお、美鳥はレイトショーで上映されている、心臓の代わりにチクタクチクタクと鼓動を刻む懐中時計を搭載した少年の心温まる異能バトル恋愛アドベンチャー映画を見に行っているので、今日は一人だけでの出社である。

先日シュブさんから頂いた秘蔵の笹団子を賞味しながら、古今東西の文献(元の世界から持ち込んだラノベ他書籍、ゲームにアニメ、ついでにこの世界で手に入れた魔導書類)を斜め読み。
BGMに、爽やかな朝の光景が脳裡に思い浮かぶ様な曲をと思い、装甲悪鬼村正サウンドトラック『邪悪宣言』のDisk2より誼を選択。
ふと脳裡に、肩のあたりで茶色い髪を切りそろえた半金属生命体なブラスレイター・テッカマンの事が思い浮かび、過去のトリップを懐かしむ。
簡易な、というか適当な洗脳のお陰で文字通り神への崇拝レベルまで上がった好感度から来る、無垢過ぎて気持ち悪い程の好意の視線。
そして、そんな少女に生暖かい(赤ん坊のミルク程度だと思う)視線を送る少女の親友達。

結局、湊斗光は父親と添い遂げる事ができたのだろうかとか、そんな事を考えつつ、手は銃夢の旧シリーズのページを捲り、脳裏にはちらちらと玉座の間いっぱいに溢れ返るデッキマンという素敵な光景が浮かび出して、今。
爽やかでインテリ気取りな夜の一時を味わっていたというのに、浚ってきたと思われる眼鏡さんを犯しながらティベリウスが研究室のドアを蹴破り入ってきたのだ。
俺がどんな酷い気分になったのかなんて、今更語るべきことでも無いだろう。

嬉しげに眼鏡さんの中に捻じ込んだ触手を蠕動させているティベリウスに溜息を吐く。

「大十字のイチモツはその触手とサイズ的に見て遜色ありませんからね。あのサイズで慣らしてなきゃ、今頃裂けて泣き喚いてる所でしょう」

「じゃあナニ? 嫌だ何だと言いながらこの女、しっかり感じちゃってるってワケ?」

「だから腰振ってんでしょう。精神って、意外と肉体に勝てないものですよ」

まぁ、今も気丈な態度でいられたり正気を保ち、なおかつ今ここに居るのが俺であるという事を認識できる程度に意識がはっきりしているのは、また別の事が要因なのだが。
採石場でこっそり脳改造用のナノマシンを投与して無ければ、大十字の心に楔を打ち込む前に眼鏡さんが壊れる所だった。
流石俺、先見の明があるな。

「……なぁんかテンション低いわねぇ。何? 今さら罪悪感でも湧いて来た?」

訝しげなティベリウスの声と共に触手が蠢き、それを咥え込んだ眼鏡さんの素肌が剥き出しの下腹部が盛り上がる。
ごぶ、ぶじゅる、と下品な音を立てて眼鏡さんに絡みつく触手が腐臭を発し、身体の芯を貫く肉槍は黄色く濁った白濁の粘液、いや、ゼリー状の腐れた体液を撒き散らす。
胸を含む様々な隠すべき場所の服の生地を引きちぎられた眼鏡さんの身体に、胎内に噴出した濃厚過ぎる体液が、
腕を拘束し、腿を這いずりながら脚をガニ股で開いた状態で固定し、千切れんばかりに胸を縛り挙げ、顔面に擦りつけられた触手によって、肌に刷り込ませるように塗りたくられる。
眼鏡さんの表情は嫌悪感に満ちているが、その表情の奥にはしっかりと情欲が湧き出しているのが見てとれる。
ティベリウスの肉槍が眼鏡さんの胎内に体液を吐き出した瞬間、拘束されていた手足の先端が引きつけを起こした様に痙攣していたのも見間違いではないだろう。

「ここ、俺の研究室ですからね。変に汚されると面倒なんです」

「下っ端の連中にやらせればいいじゃないの」

「こんな量の精液と愛液を? どんな噂が立つかわかったもんじゃないですよ」

「そりゃ悪かったわネェ、おほほほほほほほほ!」

絶対悪いと思って無いなこいつ……。
そんな悪びれた様子も無いティベリウスと俺の会話に、苦悶と屈辱に表情を歪ませたままで眼鏡さんがこちらを睨みつける。

「ウチはぁ……、愛、液なんて、こんな、あ、あ♪」

声も我慢できないなら強がらないで欲しいなぁ。
そもそも、先ほど部屋に入ってきた時点から眼鏡さんの脳内に常駐させている新しい方のナノマシンが、ティベリウスの些細な触手の動きにも反応し、延々と脳内麻薬を分泌しているという情報を送ってきているのだ。
強がりにもなっていないというか、あらかじめ脳改造をしていなかったら、この時点で触手の拘束など必要無い様な精神状態になっていたところだろう。

「随分可愛らしい声でおねだりするんですね」

これがあれだ、挑発してより酷い事をして貰おうという、いわゆる誘い受けなのだろう。
問題があるとすれば、そもそも声を我慢しきれていないので、無理して強がろうとして失敗してしまっているのが丸分かりという事だろうか。

「アラ、この女が気にいったなら、後で使わせてあげてもいいわよ? タクヤちゃんには結構世話になったし、後ろの穴にでも突っ込んでみる?」

げらげらと笑いながらのそのティベリウスの言葉に、顔面に擦りつけられていた触手の放つ強烈な臭いに、頬を上気させながら鼻をひくつかせていた眼鏡さんが俺を睨みつけてきた。
凄むのは別に構わないのだが、せめて半開きの口から触手に向けて伸ばされた舌を戻してからにして貰いたい。無意識だから仕方が無いのだろうけど。
ホント、脳改造様々だな、これは。

「いりませんよ、そんな女。あ、でも大導師様からの命令で色々投薬しとかないといけないんですよ。壊してもいいから殺さないでおいてくださいね」

「しょうがないわねぇ。ま、まだまだ緩くもなって無いから、ガバガバになるまでは生きたまま楽しませてもらいましょ☆」

―――――――――――――――――――
チアキは朦朧とする頭で、九郎の友人であった筈の男と、自らを犯し続ける生きた死体の会話を耳にする。
耳にするだけで、意味を理解できないというのが正直なところだろう。

九郎とのデートの最中、アルが居ない隙を襲撃された。
自らを庇う九郎は逆十字の道化の男にズタズタにされ、自らも道化の男に捉えられ、九郎の前で幾度となく貫かれ、──達してしまった。
愛おしい人の前で無理矢理に貫かれ、挙句、涙を流しながら獣の様に乱れ狂い、愛おしい人が自分にどんな視線を向けているか、想像し、恐怖に思考を震わせ、
大十字の絶叫が夜の街に響き渡り、その声すらどこか遠い物に聞こえ始めた頃、チアキは気を失ってしまった。

再び意識を取り戻した時には既に目の前に九郎の姿は無く、暗い暗い廊下を、腐ったゾンビの肉の槍に貫かれながら運ばれている。
最早抵抗する気力すら湧かず、揺すられるまま、貫かれるまま、脳を白く焼く感覚に身を任せる。

薄れ、馬鹿になり始めた頭でぼんやりと考える。
何がいけなかったのだろうか。夜のデートにアルちゃんを動向させなかった事?
調子にのって、ことある度に九郎ちゃんと身体を重ねた事?
アルちゃんを連れていれば、少なくともこんなにあっさりと捕まる事は無かっただろうか。
九郎ちゃんと身体を重ね続けて慣らしていなければ、こんな死体に犯されて、みっともなく達する事も無かっただろうか。
取りとめも無い考えが頭に浮かんでは、臓を掻きまわされる度に弾ける頭の中の火花がリセットを掛ける。

自分の喉から、狂人の様な笑い声が途切れ途切れに響いているのを自覚した頃、自分は相も変わらず貫かれたまま、不思議な部屋の中に居る事に気が付いた。
一見して何の変哲も無い書斎の様でもあるが、所々に置かれた機材は全くのちぐはぐだ。
大小様々な本の入れられた本棚、卓上ライトの乗せられた机、小型のレコードプレイヤーの様な機械。
チアキの職場でもある覇道財閥でしか見かけない様な鮮明な映像を映す、酷く薄いディスプレイ。
部屋の真ん中には唐突に置かれた手術台、その上には何らかの生物の体液がこべりついたメカニカルアーム。
冷蔵庫が二台、培養液の詰まった巨大なカプセル、薬品棚。
構成するインテリアがおかしければ、部屋の細部すらおかしい。
部屋の隅、角のあるべき場所が全て削られるか埋められたかしたのか、滑らかな曲線を描いている。病的なまでの角度の排斥。

先ほどまでまったくはっきりしなかった思考が、部屋の内装に興味を持ち違和感を感じられる程に鮮明になっている事に気が付いたチアキは、無意味と知りながらも触手と肉槍から逃れようと身を捩じらせる。
だが、当然そんな事で拘束が緩む事も無く、逆にその動きが身体の中の巨大な腐りかけの凶器を強く感じさせてしまう。

「──字のおん──腰振って──」

ゾンビの笑い声、耳鳴りがする、頭が痛む。
貫かれる事で傷ついた身体をこれ以上傷つけない為に脳が麻薬物質を生成し、嫌が応にも遠ざけられていた苦痛が蘇る。
だが、そのお陰でチアキは部屋の中に自分と生きた死体の他に、もう一人人間が居る事に気が付き──目を見開く。
見間違いだろうかと一瞬自らの目を疑う。
だが、間違いない。その部屋の主は、数度会った事のある、九郎の大学の後輩にして友人。

「なん、で」

息も絶え絶えに、絞り出すように吐き出した問いをあっさりと無視し、ブラックロッジの幹部であるゾンビと親しげに話を交わす男。
こんな状態の自分を見ても、部屋が汚される事にだけ眉をひそめ助けようともしない。
まさか、彼は九郎を裏切っていたのか? 騙されていたのか? 虎視眈々と自分達を陥れる瞬間を待ち望んでいたのか?
まさか、まさか、まさか。

チアキは九郎の事を信頼していた。
それは腕利きの魔術師としてだけではなく、男として、人間としての大十字九郎を信頼していたのだ。
そんな彼が、騙されていた? 二年近く付き合いのある大学の後輩に?

九郎はそれなりに気が付くし、鈍くも無い。人を見る目もある。
そんな九郎を、彼は騙せるというのだろうか。
仮に何処かのタイミングでブラックロッジに入り、そこで染まってしまったのだとして、九郎はそれに気が付かないほど鈍感では無い筈だ。
チアキのそんな思考を読んだかの様に、九郎の後輩は笑顔で──初めて顔を合わせた特訓の時と同じ、意地が悪く、しかしそれなりに社交的な笑顔で、言葉を紡ぐ。

「そりゃ、俺が元々ブラックロッジの一員だからでしょうね」

「え……」

「俺は、大十字先輩に出会う前から、ブラックロッジのアドバイザーなんですよ。変わる変わらないの問題じゃなくて、元々の俺を大十字先輩が見誤ってただけなんです。ほら、何もおかしな処は無いでしょう?」

初め、から。
初めから、全て、この男が手を引いていた。
九郎ちゃんが、勘違いをしていただけで。
いけない。知らせないと。
恐らく、この男は自分がどこに務めているかも知っていた。
さも仲間に向ける様な笑顔で、至極簡単に九郎ちゃんを罠にはめる事が出来る位置に、この男は居る。
九郎ちゃん、あかん、この男は、

「そんなぺらぺら教えちゃっていいのぉ?」

「いいんですよ、これで新しい薬を打つ言い訳も立ちますし」

チクリ、と、首筋に鋭い痛みが走り、チアキの覚醒していた意識が急速に闇に落ち始める。

「要は、大十字先輩が見てる前でだけ正気でいればいい訳ですしね。今ここでの記憶もはっきり言って必要ありません」

「うふふ、アンタ、やっぱりこの仕事向いてるわよ」

「褒めても何も……、あ、男性向けの人身販売カタログの新刊なら出ますね。読みます?」

──この男は、危険や──!

―――――――――――――――――――

──チアキと九郎の仲は、お世辞にもドラマティックな出来事から始まった訳では無い。
九郎が覇道財閥でデモンベインのパイロットとして働き始めて、整備の度に話をするようになり、次第に仲良くなっていった。
彼との会話から垣間見える、ミスカトニックのエリートとは思えない雑な食生活。
何だかんだで独り身の時間も長く、人並み以上に自炊も出来るチアキは、ふとした思いつきから九郎に食事を作ってあげる事になった。
そこで初めて九郎が奨学金で学費と生活費をまかなう苦学生である事を知り、二人で食事を取るようになり、彼の両親が共に既に居ない事も知った。

初めは職場の後輩として、次に手のかかる弟の様な存在として。
九郎の事を知る度に、彼の弱さと強さ、優しさを知る度に、チアキは女としての自分が九郎を強く求めている事に気が付かされた。
誘われた訳でも無い。自分から誘って、寝た。抱かれた。
なし崩し的に男女の仲になり、それでも上手くやって行けた。

なんとなくでくっ付いた割には、今まで付き合った(それほど男性経験が豊富という訳でも無いが)男たちに比べても、なんというか、相性が良かった。
本気、だったと思う。
恋人を作った事はあったけど、ここまで誰かを心底好きになったのは、初めて。

(だから、九郎ちゃん。自分を責めんといてな)

自分の身体が、自分の意志とは関係無く、与えられる刺激で獣の様に乱れているのを、チアキは何処か遠い場所でも出来事であるかの様に感じていた。
まるで人ごと、だけど、九郎が見たならどう思うか、なんて事も分かる。
九郎はきっと後悔する。自分とそんな仲にならなければ逆十字に狙われる事も無かったのに、と。
でもそれは違う。

──ウチは、どんな事になっても──

思考を終えるよりも早くチアキの意識が遠のく。
身体に与えられる信号を処理しきれず、脳が自らの機能を守る為に休眠状態に入ろうとしているのだ。
意識を失う寸前チアキの脳裏に浮かんだのは、浚われる自分に手を伸ばす、傷だらけの九郎の姿だった。

―――――――――――――――――――

「アラ、死んじゃった?」

「まだ生きてますって。一応それの脳味噌は手を入れてるのですから、そうそう壊れる事はありません」

少しばかり脳細胞が多めに破壊されてしまったけど、それにしたって最低限大十字が迎えにきた時に、ある程度の発言が出来る程度の知能を残しておくための保護機能に過ぎない。
ティベリウスに犯し続けられるから肉体面での破損はどうしようもないし、この眼鏡さんは後は大十字に楔になる様な言葉を残すという仕事しか残っていない。
ぶっちゃけ、がばがばになっていようが手足が無かろうが、最低限大十字の言葉を聞くか顔が見れて言葉を発する機能が残っていればいい。
……ふむ、ティベリウスのブツがもう少し細ければ眼姦で片目が潰れる可能性もあったのだろうけど、中々難しい。
頭部は少し深めに刺すだけで脳味噌にダメージが届くからなぁ。
顔面が見るからに『汚されただけ』というのはインパクトに欠けるが、仕方が無いか。

「では、俺は大十字の方を少しばかり見に行って来ますので、くれぐれも殺さない様にお願いしますね」

「どうしようかしらねぇ、うっかり殺しちゃうかもよぉン?」

ブッ刺してるだけで死ぬって、どんだけ激しいプレイをするつもりなのか。
ともあれ、ティベリウスが言うとかなりシャレでは済まされない真実味がある。
しかし、それなりに高い地位に居るとはいえ、逆十字程一目で分かる優れた部分が無い俺が幾らいった処で、ティベリウスはそのうっかりに気を付ける事をしないだろう。
大導師殿の命令だぞと脅しつけても良いのだが、虎の威を駆るなんとやらみたいであまりそういうのはやりたくない。

──ここで話は変わるのだが、魔導書『妖蛆の秘密』に記載された魔術で不死を手に入れた魔術師が、いったいどんな理屈で再生するか知っているだろうか。
基本的に、『妖蛆の秘密』の魔術から生まれた不死の魔術師は、例えレムリアインパクトを喰らったとしても死ぬ事は無い。
完全に消滅しても、大気からわき出した怨念や邪気などを起点に通常空間に現れた『妖蛆の秘密』が、瞬く間に肉体を再生させてしまうのだ。

そう、『妖蛆の秘密』が、完全消滅した術者を再生している。
『妖蛆の秘密』と契約した魔術師はその肉体は端末に過ぎず、むしろ魔導書の方が本体と言ってもいい。
普通の魔術師も魔導書を奪われると殆ど無力な存在になり下がってしまうが、それでもここまで致命的なレベルでの弱点ではない。
原作でもこの点は明確な弱点として表現され、肉体再生途中のティベリウスは、魔導書を草履電話に燃やされて驚くほど呆気ない最後を遂げる。
魔導書を燃やされ、破壊されると、術者は消滅する。

ここで確かめたいのだが、実のところ『妖蛆の秘密』には魔術師に不死の肉体を与える様な術式は存在しない。
ビヤーキ―や山羊の子や星の精などを召喚したり、薬の作成法や幾つかの神との接触方法が主な記述である。
ではどの様にして魔術師は不死を得ているのか。
そう、【精神転移】に【ゾンビの作成】である。
術者は自らの精神を魔導書に転位させ、改めて自らの肉体をゾンビへと改造し、共感魔術などを用いて使役する。
これこそが、『妖蛆の秘密』の持ち主の不死性の正体。

魔術師から魔力を供給されなければ、如何に魔導書が優れていても単独での魔術行使は難しい。
故に、魔術行使が可能な程のゾンビを作成し、それを魔導書本体に精神を転位させた魔術師が操る事で、いかにも普通の魔術師と魔導書の関係であると見せかけているのだ。
常に本体は亜空間に潜んでいる為、ゾンビの肉体が完全消滅しても痛くも痒くも(共感魔術を使用しているから、実害はないが感覚だけはあるが)ない。

では、仮に無防備な魔導書本体に手を加える事ができたならどうだろう。
仮に、数週間前にブチギレティベリウスと交戦した時、うっかり生身でレムリアインパクトを放ってしまい、ゾンビの肉体を消滅させてしまっていたなら。
ゾンビ作成を行う為に元の空間に姿を現した『妖蛆の秘密』を取り込んでいたとしたら?
魔導書に転位された術者の精神という記述を、俺がある程度都合良く書き直していたとしたらどうする?
生身でレムリアインパクトなんていう反則も、逆十字を瞬殺する力も、都合の悪い全てをティベリウスの記憶から抹消した上で、更に何もしないと思うだろうか。

「《大導師殿の命令》ですから、ホントのホントに殺さないで下さいね? あ、眼と耳は最低でも残しておいてくださいね。片方だけでいいんで」

「分かってるワよぉ、ぶっちゃけ大十字九郎の女だって事を除けばそれほどいい女って訳でも無いのよねぇこの女。壊すより先に飽きちゃいソ」

「飽きたら、適当な触手の中にでも突っ込んでおいてください。殺さず、捨てるなっていう《大導師殿の命令》がありますから」

当然、エーデル准将張りに細工済みなのは言うまでも無い。
まぁ、いきなり人が変わったように俺の言う事を聞き出したら怪しまれるから、不自然の無いように《大導師殿の命令》という言葉をバインド・スペルに設定してはいる。
それでも少し不自然な感じがするから、あんまり使いたくはないのだが。

「あ、そうだ。もし今後大十字とか覇道財閥とかと出くわしても、俺がブラックロッジの社員だって言わないでくださいね。《大導師殿の命令》で、スパイごっこをさせられてるので」

「アンタも大変ねぇ。少しは息抜きしたら? ほら、こっち貸してあげるから、ネ?」

だから、眼鏡さんをひっくり返して尻をこっちに向けさせないでくださいって。
眼鏡さんも、理性飛んでるからって『あなうー、あなうー』とか寝言で言わない!
バインド・スペルを使うまでも無く割と気を使ってくれるティベリウスと、大十字関連以外ではもはやただの痴女にまで堕ちた眼鏡さんに背を向け、俺はそそくさと研究室を後にした。

研究室を後にし、廊下を進みながら考える。
いくらデートとはいえ、街で逆十字が暴れればアルアジフが気が付かない筈が無い。
しかし、アルアジフの誇るマギウススタイルも完全では無い、大十字の怪我が深ければ、延命や治療に専念せざるを得ない。
治療に専念したとすればティベリウスを追いかける事は不可能。
眼鏡さんを浚った直後のティベリウスを追いかける事が出来なければ、この夢幻心母の場所を知る事すら出来ない。
先ずは、敵の場所も知らずに恋人を迎えに行こうとする大十字を諌める作業から始めなければならないかな。

―――――――――――――――――――

魔界天使月4日(へぶんりぃえんじぇりっくらぶ)

『へろう大十字先輩、君がこの日記を読む事は無いだろうから、ここできっちり色々言っておこう』
『誰に見せる日記でも無いのに誰かに向けている様な文体になるのも、恥ずかしい日記を書く上では乗り越えなければいけない壁だからね』
『こう見えてもう日記を書き始めて軽く一世紀以上経過しているんだ。届かない手紙でも書くつもりで書かせて貰うよ』

『俺の用意した眼鏡──チアキさんとのミラクルな日々は存分に楽しんで貰えたかな?』
『仮に俺がネタばらしをしたとしても、先輩からは心からのありがとうは貰えないだろうね』
『なにしろ先輩は神を殺す側だ。ありがとうを言うならその楽しい日々自体に言うんだろう?』

『タイミングが良かったお陰で夏の海にも行けただろうし、駅前での待ち合わせで遅れて仲良くけんかもして貰えた事だろう』
『君は天使みたいな彼女(あくまでも先輩視点での話な)との天国の様な日々を無くさない様に心に誓っていただろう』

『先輩は普段の行動は意地汚いところもあるけど、心と心のやり取りには誠実な人だ。これでも百年近く先輩を見続けてきたんだからよくわかるよ』
『先輩もチアキさんも互いに初めての人って訳では無いけれど、二人にとっては互いは最初で最後の恋の相手みたいなものだろう』
『彼女の笑顔を守ろうと、笑顔に指きりとかしたかな?』
『照れくさく思っても、やろうと思ったら確実にやる男だからね、先輩は』

『どこかで満たされないとか云々常日頃から、それこそムカつくエリートになってもヒッピーになってもミュージシャンになってもTSしても言う様な先輩だけど、チアキさんといちゃついている時は間違いなく満たされていたんだろう?』
『幾つもの未来を、可能性を持つ先輩だけど、心を誘導されての繋がりだけど』
『少なくとも今周の先輩にとって、そんな気持ちになれる誰かは彼女が最初で最後』
『先輩の知らない所で、刻一刻と残り時間は減っているけど、先輩と彼女の間にはたくさんの『たからもの』が増えて行ったよね』
『それは人が生きていく上で、掛け替えのない、光輝く素晴らしいものだ』

『大切な時間、大切な日々、大切な女性、大切な人』
『美しい思い出、思い描いた幸せな未来』
『互いが互いを思い合う心、人の心の光!』




『もう、だいぶ溜めこんだろう?』
『そろそろ還元しても良い頃合いだと思うんだ』
『本当は今周だけでも最低二人、とか思っていたんだけど、やっぱり先輩は義理堅いから』
『何の変哲も無い出会いだったけど、先輩にとっては掛け替えのない大切な人だったみたいだし』
『砕け散った、砕け散る彼女との間に生まれた何もかもを糧に、先輩はまた一歩無限螺旋の果てに近付く事ができる』
『これは最初から決められていた事なんだ』
『俺が幸福を貸し付けて、それを倍にして返して貰う』
『最終的に先輩は損してるからウィンウィンとは言えないけど、妥当な取引じゃないかな』

『でも大丈夫! 本当に何もかもが無くなる訳じゃない』
『先輩の心を守る為に、チアキさんには心のよりどころを残して貰う』
『きっと、積み上げてきた幸福に比べたら微々たるものかもしれないけど、先輩は強い人だから、それで死ぬまでやっていけるよね』

『今回はサービスとして、早めに手を貸し始めて、夢幻心母への突入も少しだけ深いところまで手伝ってあげよう』
『口が軽そうな似非紳士も先に片付けておきたいし、気に病む事は無いよ!』

『そうそう、次の周では先輩が誰とくっ付くか、姉さん達と賭けもしてるんだけど、どうなるんだろうね』
『今の方式だと眼鏡さん固定みたいなものだから、少しバランスを弄るかも』
『できれば、今回よりもより深い仲になれる相手とくっ付いて欲しいかな』
『なに、俺が裏方に回らなくてもきっちり幸福と不幸が訪れる様になるまでは、先輩のフォローも続けるつもりだから安心していい』
『心おきなく、恋人との最後の逢瀬を楽しむといいよ』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

『ウチ、九郎ちゃんに逢えて、幸せやったで。だから……、そんな顔、せんといて』

『でも、俺、俺がしっかりしてれば、俺がチアキと、恋人じゃなかったら、こんな事には……!』

夢幻心母に突入するよりも早いタイミングで、ティベリウスはあっさりと大十字に殺害された。
今回はメインヒロイン三人ではなく眼鏡の人とくっ付いていた為か、アルアジフもほぼ無事、デモンベインも中破程で済む戦闘面でのイージーモードだったのだ。
大導師殿が裏切られ、その直後の駄目押しのカリグラの襲撃。
カリグラとクラーケンは大十字とデモンベインによってあっという間に破壊され乙。
激昂したクラウディウスは俺の事を口走りそうだったので、より早い魔風で切り刻み、ひるんだ所でネームレス・ワンの力で乙。
ティトゥスは変わらず執事さんをぼっこして帰還。

で、肝心のティベリウスは、なんと眼鏡さん持参で登場したのだ。
当然ながら下半身は繋がりっぱなし、眼鏡さんも既に触手で拘束されるどころか、自分からティベリウスの身体に足を絡ませていた。
其処に現れた大十字は、そんな二人を見て一瞬で激昂。
並みの逆十字がヤムチャ状態になる程の速度で持って肉槍やら腸やらを切り裂き見事眼鏡さんを救出。
身体を貫く異物を取り除かれ、更に大十字を確認した事で、眼鏡さんの脳内のナノマシンが活動を再開。一時的に正気に戻した。

涙ながらに大十字に謝る眼鏡さんと、そんな眼鏡さんに謝り返す大十字。
自分の存在を無視して二人の世界を始めた大十字と眼鏡さんが気に食わなかったのか、ティベリウスは機神招喚。
コックピットに眼鏡さんを同伴させたデモンベインと戦いながら、眼鏡さんが自分に犯されみっともなくアヘ顔を晒していたのかを嬉々として説明。
が、逆にそれが大十字の怒りの心を研ぎ澄ませ、あらゆる兵装を先読みされて迎撃され、レムリアインパクトで決め。

今は、ティベリウスに犯され続けた事で身体がゾンビ化を始めている事にアルアジフが気付き、最後の別れという事で、大十字と眼鏡さんを二人きりにさせてあげている。
周囲に敵が居ないかを美鳥に確認させているし、アルアジフ自身も何かあったら即座に大十字の元に駆けつける事が出来る距離に控えている。
今回の失策に付いて、アルアジフもアルアジフなりに反省してるのだろう。

そうして俺は、大十字と眼鏡さんが二人きりで最後の時を過ごしている部屋の内部を盗聴してるのだ。

『それは……ちゃうよ。ウチは、九郎ちゃんとあえて、ホンマにうれしかった。……一緒に居れて、たのしかった』

『チアキ……!』

子供をあやす様に酷く優しげなチアキの声と、今にも泣き出しそうな大十字の声だけが、あの部屋の中に響いている。
鼓動の音も二つ。いや、片方は今にも止まりそうな程に弱々しく、その弱々しい鼓動すら薄くなっていく。
その代わりとでも言う様に、片方の身体からうっすらと瘴気が立ち上り始めているではないか。

『……なぁ』

『……うん』

ゾンビ化の兆候が表れ始めている。
あと数分もしない内に、眼鏡さんは完全に意識を失い、文字通りの生きた屍と化してしまうだろう。
後に残るのは、ただ腐り続けるだけの、眼鏡さんの形をした肉の塊だ。
もちろん、そんな事も含めて大十字と眼鏡さんには伝えてある。
どうするべきかは伝えていないが。

『一緒に居てくれて、ありがとな』

『ああ……』

カチ、と、金属音。
撃鉄が上げられたのだろう。
声として認識出来るか出来ないか、小さな笑い声。

『九郎ちゃん、大好き』

破裂音。

空気の詰まった紙袋を叩き潰した様な音が響き、
部屋の中の鼓動の片方が、完全に音を失った。
増え始めた瘴気が霧散していく。

沈黙。

鼓動だけが響いている。
十秒、一分、更に数分、沈黙が続く。

『…………俺も、俺も……チアキ……!』

言葉にならない、相手も居ない告白。
その言葉を境に、部屋の中の沈黙は、大十字の抑え込む様な嗚咽の音に塗りつぶされた。












次のループへ続く。
―――――――――――――――――――

ティベリウスとの心温まる交流を書こうとして失敗。
後に大十字と凡人眼鏡さんカップルとの交流を書こうとして失敗。
更に予告した触手ポーカーシーンを書こうとして失敗。
日記を邪悪に書こうとして失敗。
非劇エンドを描こうとして失敗。
そんな第五十三話をお送りいたしました。

言い訳しますけど、ティベリウスのカマ口調が激烈に難しい事に気が付いてしまったんですねぇ。
テンション高いから普通に会話させるのも難しいし、テンションが落ち付いてるのってキレる前だったりするし。
触手ポーカーシーンは何やっても表現の面でアウトにならざるを得ないし。
あ、でも精液愛液肉槍はセーフですよね。どれも普通にエロ以外でも使われる言葉ですし。

そもそもシリアスな話を書こうとすると途端に説明部分が長くなって、ネタもコメディも挟めなくなって手も足も出ません。
今回のネタの量の少なさは異常ですよ奥さん。
このネタの少なさでは、感想を書くのは難しいでしょう。
何度も言いますけど、シリアス回ってコメし難いですもんね……。

自問自答で今回の触手ポーカーシーンが全年齢である理由を書こうかとも思ったけど、別に直接的な単語は精液愛液だけですし、犯すとかはいまどき普通にラノベでつかわれてますものね。
肉槍? 主人公だって触手を槍の様に敵に突き刺したりしますよ?
エロい単語に聞こえたなら、それは貴方の心がエロいだけです。


★自問自答の代わりに、アンケート☆
最近シリアスばっかりなので、全体的に力抜ける感じの話を書いてゆるっとしたいのですが、少しばかり問題があります。

Q、大十字虐待中だけど、前にこそっと通り過ぎた全原作キャラTS周、改めてやっていいですか?

あ、もちろん大十字の虐待強化は続けます。
通り過ぎたTS周を話にするんじゃなくて、この後の展開で新たにTS周が訪れる的な感じです。
昨日仕事中に、『TSさせたからこそ出来る追い詰め方もあるよなぁ』とか、領収書とか整理してる最中に思い浮かんだので。
ていうか、『TSさせないと出来ない』と言った方が正しいというかなんというか。

★ショタアルとショタエセルのポークビッツとか、書いてもいいのよ?
☆半ズボン若旦那覇道瑠璃とか誰得だよ……。

みたいな感じで、肯定なら★、否定なら☆でご協力願いたいです。
いや、アンケの集計しながら次の話書き始めるので、アンケ結果が完全に反映されるとは限らないのですが、参考までに聞いておきたいというか。
第一話か第二話のあとがきで『TSやらない』とか言っちゃってますから、TS嫌いって人も居ると思いますし。

そんなこんなで、今回はさして盛り上がる事も無くここまでで終了です。
当SSでは誤字脱字の指摘、文章の簡単な改善方法、矛盾している設定への突っ込み、その他諸々のアドバイス、そしてなにより、このSSを読んでみての感想など、心よりお待ちしております。

※木端メイドにエンディング名とか不要だと思ったので消しました。



[14434] 第五十四話「進化と馴れ」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/07/13 00:48
ティベリウスの腐ったイカ臭い肉の塔にうっとりとした表情で頬擦りする稲田比呂乃を見て、俺は積年の疑問を考えていた。
それは、『何故多くのニトロ作品には姿形は違えど、稲田比呂乃が存在しているのか』という問いである。
簡単に見えて、奥の深い問題だ。
『スタッフの遊び心だ』などと、当たり障りない答えを口にして悦に浸る人間もいるが、
それは思考停止に他ならず、知性の敗北以外のなにものでもない。
『スターシステム』という表現のスタイルが存在する。
漫画、アニメなどにおいて、同一の作者や監督、制作スタジオなどが同じデザインのキャラクターを俳優の様に扱い、異なる作品の様々な役割で登場させるというシステムだ。
つまり、他のニトロプラス作品の登場する稲田比呂乃と、今目の前で俺直々の洗脳を受け、
ティベリウスに心からの愛情を注ぎ奉仕している稲田比呂乃が同じデザインをしていれば、この稲田比呂乃は他作品からのデザインと名前流用という事になるはずなのだ。
目の前で、フーさんが用意したフリルを多用し布面積も多いにも関わらず大事なところは徹底的に『隠れていない』魔改造メイド服を着た稲田比呂乃は、ニトロ作品共有稲田比呂乃か否か。
それは、他のニトロ世界で採取した稲田比呂乃の肉体構造と比較してみれば分かる。

※他のニトロ作品は装甲悪鬼の世界だけだが、トリップ終了までの放浪期間中、パンピー(トリッパー専門用語・取り込んだり仲間に入れる必要のない、平凡なスペックの作品世界住人の事)を襲っていた所を発見。
※暇つぶしに強襲して俺と美鳥の触手でぐずぐずになるまで玩具にした覚えがある。

―――――――――――――――――――

そんな訳で。

「ティベリウス様、ちょっと俺と美鳥にもヤらせてもらっていいですか?」

駄目ならバインド・スペル使うけど。
ていうか、スパZから名前取ったけど、バインド・スペルって普通に名無しさんの術式に存在してるなぁ。
特に珍しい言葉使ってる訳でも無いから、名前の被りとかしょうがないんだけどな。

「アラ、アンタが姉と妹以外に興味持つなんて、意外ねぇ」

言いつつ、ティベリウスは拒否をするどころか、少し腐れた腸で稲田比呂乃の身体をからめ取り、俺と美鳥の方に尻を向けさせた。
何だかんだでブラックロッジルートに入ってからええと、まだ百周は行ってないけど、結構な時間付き合いがあるしな。
ティベリウスが此方の事を毎度忘れても、こちらはティベリウスの最短攻略法を知っている。
美鳥ともどもティベリウスと同じく触手凌辱のエキスパートである事を伝え、そこらの奇麗どころをタイミングを見計らって献上すれば、この程度の仲になるのは用意なのである。

「お兄さんは、ただ犯すだけなら必要とあればお姉さん以外ともするよー。…………劇薬入りのトゲトゲ触手で壊す事前提だけど」

カットジーンズのジッパーから、成人男性の二の腕程もある触手を生やした美鳥が、俺に流し目を送りながら言う。
ティベリウスもその美鳥に習い、俺の方をにやにやと眺めている。
こっちみんな。

「そういうのは、その掘削ドリルみたいな触手を納めてから言えよ。どこを削るつもりだ」

美鳥の生やした触手は、亀の頭で例えられている部分に無数の棘を生やし、突っ込んだだけで普通の女性ならショック死しかねない代物である。
しかもミンチドリルか乖離剣かという程に、溝の刻まれたパイプ部分が互い違いに回転している。
お前は一体どんな化け物の相手をするつもりなのか。

「そういうお兄さんは何で少年誌対応みたいな柔らかめで表面とぅるっとぅるの触手生やしてんの? カマトトぶってんの」

「必要になれば内部で変形させて枝分かれもさせるし、肉体計測用だからこれでいいんだよ。十分実用に耐える」

言いながら、突っ込む前に美鳥の頬をぺちぺちと触手の先端で叩く。
当然色はホワイトカラー。ベタ塗りもトーンも必要無い作業効率に優しい週刊誌向けの触手でもあるのだ。

「あ、あ、あ……、ちょ、ちょっとまっておにいさん、そんなのずるいよぉ……」

俺の触手を非難する小生意気な表情から一転、ぺちゃぺちゃと飛び散る触手液を舌で舐め取りながら恍惚の表情の美鳥。
だが、そんな美鳥の股間の触手は美鳥の興奮に合わせる様にパイプ部分のスピナーの回転速度を加速させ、隙間から白い煙を吐き出している。
摩擦と熱によって、触手に染み込んでいた美鳥の触手液が蒸発し始めているのだ。

「あんたたち、ホントに仲がいいわねぇ……」

ティベリウスの呆れる様な声。
蒸発しても触手液の効果が損なわれる事は無く、蒸気を吸った稲田比呂乃は、こちらに向けた尻を振り、受け入れ体制は万全とでもいうかの様にパクパクと二つの穴を開閉している。
試しに計測用触手を一本、後ろの穴に先端だけ押し付けてみた。
ひくひくと動く後ろの穴は通常ではありえない程の蠕動で、まるでそれ自体が吸引力を持っているかのように俺の触手を呑みこんでいく。

「っ──────、っっっっ♪」

ティベリウスのモノを舐めながら喉を震わせ、声にならない嬌声を上げ、全身を痙攣させる。
まるで母の母乳を求める赤子の如く触手を吸い上げる後ろの穴。
更に、痙攣に合わせる様にティベリウスのモノを舐める舌使いも激しくなり、蓮コラの様なグロいそれに何度も何度も愛おしげにキスをする。
口に咥えようとして、サイズの違いから僅かにしょんぼりとした表情を見せもしたが、それでも奉仕を休めるつもりはないようだ。

「あーん、いい吸いつきネ☆ ──ォホっ!」

稲田比呂乃の奉仕に、ティベリウスのモノから濁った白と黄色の中間の色合いの粘液が噴出。
稲田比呂乃はその、最初のゲル状だった頃から比べると大分薄くなった粘液を、まるで美酒でも味わうかのように恭しく口に含み、うっとりとした表情でこくり、こくりと喉を鳴らしながら飲み干していく。
ゲルと粘液の水溜りで四つん這いのままの彼女の頭を掴み直したティベリウスが、改めて残った粘液を吸いださせる為に、口にモノの先端を無理矢理に押しつける。
稲田比呂乃は押し付けられたモノを、じゃれついてくる小動物でも相手にするかの様に掌で撫でまわし、ちゅうちゅうと音をたてながら改めて吸い付く様にキスを再開した。

「仲良し兄妹ですから。美鳥、まずはこっちの触手で全身の形状とか、筋肉の付き方とか、内臓の状態とかを調べるから、美鳥はその後な」

「ふぅ……、ん、ふぅ…………仕方ないね。これ、突っ込んだら間違いなくぶっ壊れるだろし」

―――――――――――――――――――

全身隈なく触手で探ってみたところ、装甲悪鬼世界の稲田比呂乃とはあまり共通点を見つけられなかった。
よってこのデモベ世界の稲田比呂乃は、少なくとも装甲悪鬼世界の稲田比呂乃と同一人物では無いと言える。

「ほらほら見て見てお兄さんにティべやん。ケツから口まで触手貫通ぅー☆」

「いいアヘ顔ダブルピースだ。感動的だな」

「……でも、殺しちゃ意味が無いんじゃなかったの? 大導師サマの命令で」

「あ」

美鳥に渡してから二時間、心停止から一時間ほど経過していたが、ド・マリニーの時計で何事も無く復活した。
見聞を広めるには、時には犠牲が付きものである。
少なくとも、アヘ顔ダブルピースの死後硬直とか、普通に生きていたらとても見られるものではないだろう。
直接見ると、別の意味で見られたものではないが。

なお、装甲悪鬼の稲田比呂乃の方が、ティベリウスさん辺りにとっては使い心地はいいと推測できる。
武者の騎航を行うには水泳などにも似た全身運動が必要になるので、必然的に肉体の造りが引き締まり、締め付けが柔軟かつ引き締まった具合になるのだろう。
献上品に使えそうだし、生きたまま取り込まず、せめて首から下だけでも殺してから取り込めば良かったかな、と思った。

―――――――――――――――――――
◆月◇日(パターン入った)

『ブラックロッジに入社して一周目は、何を成すでもなくループを迎えた』
『二周目からは積極的に手を加えていく事になり、手始めにアイオーンの完全破壊を大導師に進言した』
『思えば、大導師が確実にアイオーンを破壊できるようになったのは五周目を数えた頃だったか』
『なまじアイオーンの性能が高く、大導師が未熟で、なおかつある程度の補正が入るので、上手いやり方を見つけなければ、どうしても一定の確率でアイオーンは残ってしまうのだ』
『だが、もはや大導師は術者なしのアイオーンの完全な攻略法を身に付けたので、この点は最早問題無い』

『次に、大十字の心を折れる限界まで痛めつける系のスケジュールも確立したと言っていい』
『何パターンかのナノポマシンが必要ではあるが、その使い分けによって大十字がどの女とくっ付くかも既に理解している』
『先日の稲田比呂乃は攻略こそ難しいが、大十字との仲を引き裂いた場合の大十字の成長率で言えば、他のナノポマシンさえ盛ればチョロい三人のメイドとさして変わらない』
『百周近い試行錯誤の内、タイミングをずらしながらの出会いのパターンやらイベントの違いやらによる微細な変化を観測してみたが、得られた物はそんなデータだけ』
『一応、レア率で言えばシスターライカよりははるかにましだが、わざわざ狙ってくっつける程のものでも無いだろう』

『ここ百周程(いろいろ寄り道もしたので曖昧になってる)で、アーカムシティは大きく様変わりした』
『ブラックロッジに入る前までのアーカムシティが地方都市に見えるほど、とまではいかないが、眼に見えて巨大で堅牢な都市に変化を始めているのだ』
『覇道財閥の地下秘密基地の防衛力も、ハイスクールのロッカールームレベルから、駅のコインロッカー程度の物に進化していると思う』

『ここまで自動化すれば、後は暫く分のナノポマシンを用意しておけば、俺がブラックロッジやミスカトニックに居る必要も無いだろう』
『というか、わざわざメイドを狙わなくとも、大十字とくっ付いた覇道瑠璃を確実に破滅させる方法も確立しているので、ナノポマシンも余り必要では無くなってしまった』
『やっぱり、二百年近く大十字を鍛える事ばかり考えてると効率が違う』
『メイドとくっつけて破滅させた場合の伸び率の計測の片手間だったのに、その計測結果すら不必要になってしまった。』
『ここ最近は実験や大十字の強化ばかりしていたし、おろそかになり始めていた自己の強化を、ここらで再開してみようと思う』

―――――――――――――――――――

「そのような訳で、お暇を頂きたいのです」

夢幻心母の中心、毎度おなじみ玉座の間にて、大導師にお伺いを立てる。
御伺いを立てるとか言いつつ、もう俺の中では暇を貰って自己の強化を再開する事は決まった事だ。
いざとなれば大十字を戦力的に只管甘やかし、ここ暫く分の強化を無かった事にするぞと脅しをかけて無理矢理にでも抜けさせて貰う。
というか、大導師は別に反対はしないだろう。
元々、俺と大導師との間で相互に利益が上がるからこそ協力関係が成り立つ訳だし。
……俺、利益あったかなぁ。ずっと下っ端改造したり、ティベリウスが浚ってきたメイドの洗脳ばっかりしてた気がする。
やっぱ、ここは先延ばしにしてた自己強化を最優先だな。

「……貴公がブラックロッジに入団して、今回でどれほどの長さになるか」

椅子に座り、髪の毛を弄りながらこちらに虚ろな視線を向ける大導師。
発言の意図が分からないが、問われたからには何か意味があるのだろう。
……いや、本気で何の意味も無い時もあるが。
この大導師偶に唐突にボケるし。天然入ってるし。

「正確に数えていた訳ではありませんが、二百年前後程ではないかと」

ブラックロッジに即座に入社した事もあれば、ミスカトニックで一年ほど過ごした後に大導師に直接スカウトされた周もある。
二年と半年かそこらでループ、それを役百周だから、大体その程度。
正確な数値も出るのだが、大導師は正確な数値が知りたい訳でも無い筈だ。

「二百年……、常人ならば長き時と思えるか。──だが、余や貴公達の様に永き時を生きる存在にとっては、瞬きの様な時間だ」

「いや正直結構長かったですよ。社員改造してメイドを洗脳して凌辱するだけみたいなものでしたし」

「瞬きはあそこまで長くないだろ常考」

大導師のあんまりと言えばあんまりな発言に、思わず少しだけ素の口調で本音を漏らす俺と美鳥。
大導師は何だかんだで馴れているのかも知れないが、俺と美鳥はこれまでデモベ世界でまっとうに自己強化を図っていた時間の倍以上の時間を過ごしてきたのだ。
しかも、自己の強化とは余りにも関係の無い方向で、だ。
何が悲しくて覇道のメイドなぞ犯さなきゃならんかったのか、もうメイドは暫くご勘弁、って気分になるのも仕方が無い事だろう。
そういう意味で言えば、大十字が彼女を作るまでの時間は割と息抜きタイムだったなぁ。
鉄男スーツとか鉄猿スーツとかサンダルフォンスーツとか再現できたし、意味の無い趣味の時間だったにしても、こっちの方がいくらか実りがあるし趣味にも合う。

「はぁ……」

俺と美鳥の大導師への突っ込みを聞き、エセルドレーダが深々と溜息を吐く。
最初の頃であれば、先ほどの突っ込みの時点でエセルドレーダがガタッと音を立てながら立ち上がり此方を睨みつけてきた事だろう。
だが見て欲しい、このエセルドレーダの表情。
親愛が無いのは当然にしても、こめかみに指を当て、呆れても物も言えない、という雰囲気剥き出し、注意する素振りすら見せないではないか!
これが好感度上昇の結果ってやつだよな。
初期なら今頃美鳥か俺がエセルドレーダの魔術発動前にディスペルしてドヤァ……してた筈だし。

美鳥と共に、ブラックロッジ内部(大導師とエセルドレーダ限定)からの評価の上昇率を考えにやにやと笑う。
と、次の瞬間、我々は衝撃的な光景を目撃する事となる。

「ふ……」

だ、大導師が微笑を……!
何時も気だるげな表情か、決め顔である亀裂の様な笑みしか見せなかった大導師が!

「少なくとも、余にとっては瞬く間に過ぎた時間だった、という事だ」

「それは、どの様な、意味で」

俺の問いに答えず、大導師が椅子から腰を上げ、ゆっくりと此方に、もっと言うなら片膝を付いている俺と美鳥の内、明らかに俺の方へ向けて近付いて来ている。
五メートル、四メートル、三メートル、二メートル、一メートル。
ぜ、零メットール……。これ以上はロックバスターでも破壊できない。
やたら近い。この大導師はパーソナル・スペースという概念を知らないのだろうか。
一メートル未満、五十センチ以上といったところだろうか。
大導師が手を伸ばせば即座に届く距離。
俺は決して伸ばそうとは思わないが。

「理解できぬか?」

「は……」

今の状況を整理しよう。
大導師どのは俺から見て六十センチ程前方に立ち、頬笑みを絶やさぬままプレッシャーをかけてきている。
キーワードは、『距離』『微笑み』『プレッシャー』の三つか。
ここから導き出される答えは……。

《ガチホモの臭いがするよ! するよ!》

(うるせぇ)

美鳥がにわかに興奮している。
確かに、立ち膝の俺から見ると立っている大導師の股間が眼前に来る訳ではあるが、大導師も『なぁ……、スケベしようや……』などと言いたい訳ではあるまい。
そんな事を言われた日には俺は全てのエネルギーを燃焼させ尽くしてでも、大導師と母体であるネロ、予備のシスターライカを殺害し、一気にこの無限螺旋を脱出しなければならなくなる。
それはともかく、正解は、威圧感か。

「お強くなられました。初めてお会いした時とは見違える様です」

初期の似非プレッシャーに比べれば格段の成長だろう。
だが、まだまだ威圧感だけで動けなくなる程でも無い。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、大導師は少しだけ笑みの表情を強くする。

「貴公の指導の賜物だ。貴公の言う通り、大十字が強くなればなるほど、余は高みへと上り詰める事ができた」

その言葉と共に、こちらの伸ばされた大導師の手が、俺の、顎に、添えら、

「気が向いたなら、時には顔を見せに来るがよい。貴公は、余にとって──」

「はい気が向いたらまた参加させていただきますそれでは失礼しますまたあう日まで!」

れる前に、美鳥の手を引っ掴み、立ち膝の姿勢のまま後方に瞬動で退避。
そのまま超速で別れの挨拶を済ませ、短距離ワープと長距離ワープを繰り返して夢幻心母から退避した。

―――――――――――――――――――

通常の魔術師では覗き見る事すら困難な亜空間を経由し、ミスカトニック大学の時計塔の上に降り立ち、一息。

「まさか、俺がIKE-MENの耽美アクションに巻き込まれそうになるとは……」

美少年に顎を摘ままれて上を向かされるとか、流石に怖気が走る。
ていうか、背筋が汗でびっしょりだ。キモくて。
顔が綺麗な分、ああいう距離に来られるとキモさが乗算されて、正直勘弁願いたい。

「うぅん、あのまま放置したらどうなったか見てみたかった様な気もするし、よりにもよって男にお兄さんの唇が奪われるような事態にならなくて良かった気もする……」

俺に手を握られたままの美鳥が、片手で悩ましげに顔半分を隠し懊悩している。

「見たかった様なほっとした様な、このアンビバレンツな感情を、あたしはどう解消すればいいんだ。教えてお兄さん!」

「死ねばいいと思うよ」

割とマジで。

「ま、冗談はともかくとして。せっかくミスカトニックに来たんだし、先生達とゼミの連中にも挨拶していかない?」

冗談にしては真に迫った興奮ぶりだったが、JIHIとKANNYOの心で見逃してやる事にした。
もう一週間もしない内にアルアジフがアーカムに現れ、大十字とエンゲージ。
もう休学届は提出しているが、別れの挨拶くらいはしても罰は当たらないだろう。

―――――――――――――――――――

「そんな訳で、少しばかり休学です」

「なんつうか、お前らは毎度毎度やる事成す事唐突だよなぁ」

午後の講義が終わった大十字と、大学近くのカフェテラスで軽食を食べながら顔を付き合わせる。

「毎度毎度と言いますけど、俺ってそれほど唐突に何か始めたりはしてないですよ?」

大体、何かやらかすのはループ初期でかなりやり尽くしてしまった感がある。
そもそも、ループ自体がそろそろ二百周に届きそうなのだ。
無限螺旋という音の響きと、原作で大導師が味わった永劫とも感じられる時間の牢獄とは比べ物にならないかもしれないが、単純に二倍して四百年近くこのループに身を置いている計算になるのだ。
正直な話、最近の俺と美鳥はミスカトニックではかなりの優等生で通っている、と思う。
勿論、突発的に発明品や新理論を思いついて実践する時もあるが、それにしても極々稀。

「ありゃ、そうだったか。……でもなぁ」

大十字は俺の言葉に首をひねり、何かを思い出そうとするかの様に考え込む。

「うーん……、言われてみれば、お前らは確かに大体何時もエセ優等生してたっけか」

エセって何だよ。

「でもなぁ、何か、お前らにはかなりの回数悩まされたというか、トラブルに巻き込まれたというか、そんな気もするんだよ」

コーヒーをスプーンでかき混ぜ、苦笑いを浮かべながら、可笑しいか? という大十字の言葉に、俺は少しだけ思考を巡らせる。

有り得ない話では無い、と思う。
この世界は基本的に、大十字と大導師が過去に遡る度に作り替えられ、幾つもの平行世界を生み出している。
それだけであれば、ループを抜け切っていない大十字が平行世界の記憶を呼び起される事は無い筈だ。

だが、この世界にはとびきりの異物として、俺と姉さん、美鳥というトリッパーが存在している。
基本的に俺達は、千歳さんの作り出した二次創作であるこの世界の不備を基点にしてループしている。
タイムトラベルというのも違う。何と説明するべきか、

『オリジナル主人公は無限螺旋で気の遠くなるような時間をかけて成長する』
『オリジナル主人公は無限螺旋を大導師やエセルドレーダ、デモンベインの様に能力引き継ぎで巡り続ける』
『先の二つの設定が存在しているが、どうやってオリジナル主人公がループするかは設定されていない』
『が、先の二つの設定は確定しているので、オリジナル主人公は理由が無くとも確実にループする』

で、設定不備の為に生まれる事の出来なかった主人公の代わりに、トリッパーである俺達がこの世界にやってきた。
当然オリジナル主人公の代わりである俺達は、オリジナル主人公を演じ切る為に『理屈は無いがループする』というルールに従って、訳も無くループしているのだ。

「まっさかー。前世であたしらに迷惑掛けられたとかじゃあるまいにー」

「だよなぁ」

けらけらと笑い飛ばす美鳥に、どこか困った風に後頭部を掻きながら頷く大十字。
だが、今の大十字の仮説というか、冗談は、決して笑い飛ばせるものではない。
『よく分からないけどループしている』という状態は、『どのような理屈でループしていてもいい』と言い換える事もできる。
つまり、俺達は単純に能力を引き継いでゲーム的にループしているとも言えるし、あいとゆうきのおとぎばなしの如く、時間の遅れている平行世界に記憶と状態をコピペしているとも言える。
つまり、なんでもありな状態になっていると言い換えてもいい。

で、そんな状態の中、俺は毎周毎周、飽きもせずにミスカトニックに通い、大十字とそれなりにつるんできたのだ。
ブラックロッジ関連で表立って味方に付いた事は無いが、ヒーロー物に付きものの博士的に新装備を与えた事もあれば、特訓に付き合ってやったこともある。
実戦民族学の講義で手助けした事もあれば、レポートを手伝ってあげた事もある。
となると当然、ゼミの連中と悪乗りして大十字を女装させたり、服着たまま海にダイブさせたり、盗んだバイクに括りつけて共に風になったり、新兵器や新薬の被験者にしたり、うっかり大十字の自宅を吹き飛ばしたりもした訳だ。

軽く二、三十周ほど触手凌辱した程度の付き合いであるメイドどもならばともかく、大十字であれば、これまでのループ、つまり書き換えられて存在しなかった事にされた平行世界の出来事の記憶が流入していてもおかしくは無い。
……当然、そんな事態はそうそう起きる筈も無いし、それこそ記憶の流入的な事が起きるのも、大十字の時間がこの無限螺旋の中で完結しているからこそだとも言えるのだが。
他に記憶を引き継いでいそうな存在といえば、こちらがループしている事を既に知っている連中ばかりだから、警戒には値しない。と、思う。
ぶっちゃけ、ニャルさんが本気で何か企んだとして、どう防ぐかなんて思いつかないしな。

「でも、そっか、寂しくなるな」

少しだけ、大十字の顔が暗くなる。
別にこの周の大十字は鼻に付くエリート様で、碌に友人の一人もいないぼっちという訳では無い。
が、それでも大学に同郷の人間は俺と美鳥くらいしか居ない。
俺達視点からあまり絡んでいない様に見えても、他の学生と比べて親密さはそれなりに育っているのだ。

大十字が忙しい時にはトーストとコーヒーで済ますアメリカかぶれの糞オサレ臍出し野郎である事に嘆きを覚え、思わず食事を振る舞いに行ってやる事もある。
二年半で無理矢理にアメリカかぶれを解消させようと尽力した周もあったか。
あの時は最終的に私服が和服になったのだが、驚くほど似合わなかったなぁ……。

「一年もしない内に戻ってきますよ。先輩の卒業論文も読んでみたいですしね」

まぁ、ループを抜け出すには基本大十字がドロップアウトしないといけないし、俺達はどっちにしろ二年半くらいの間隔でループするから、卒論なんて読みようが無いのだけど。

「そーそー、あたしらだってそんなしみったれた顔で送り出されたくないしさー」

笑え笑えー、と言いながら、大十字の両頬を掴んで無理矢理笑顔の形に整える美鳥。

「いて、ちょ、こらやめ……、おい卓也も見てないで止めろって」

「後輩の悪戯くらい多めに見て下さいよ。翻訳手伝ってあげたでしょう?」

「ありゃ、手伝ったんじゃなくて乗っ取ったつうんだよ。途中から完全に独自解釈全開だったろうが」

やっとの事で美鳥の手から頬を開放された大十字が、草臥れた様にツッコミを入れた。
そのまま大きく後ろに仰け反り、ぐでっと背もたれに身を預ける。
まだ大十字もアルアジフと契約していないし、話すにしても内容としてはこの程度。
どうせループすれば無くなる関係ではあるが、裏話ばかりでプレッシャーを無視するのも面倒臭い大導師との会話に比べれば、これも息抜きの一種だろう。
今回の強化が終わったら、強化の為の虐待とか関係なく、久しぶりに何の変哲も無い大学の先輩後輩として付き合うのも悪くないかもしれない。

―――――――――――――――――――

暫く大十字と談笑し、家に帰る前にニグラス亭へと足を運ぶ。

「ここをトリに持ってくるあたり、お兄さんは無意識の内に色々な事を把握し過ぎだよね」

「何を言っているか、俺にはさっぱりわからんね」

ニグラス亭とシュブさんは、今までのループで大十字と同じレベル、いや、下手をすればそれ以上の付き合いの長さと深さを誇る場所と相手だ。
家に帰り、自己強化を始める前に最後に挨拶をするとすればここ以外はありえないだろう。

「先生にはなんも無いの?」

「アーミティッジの爺様に、シュリュズベリィ先生宛てでちゃんと餞別を渡しておいたぞ」

サングラスの代わりになりそうなものとして、スパロボJ世界で手に入れた葎の仮面コレクションから、クルーゼやネオの仮面に良く似たモデルの物を選別して渡しておいた。
あのサングラスも戦闘で良く外れるからな。MSの戦闘でもそうそう外れないあの珍妙な仮面であれば、きっとシュリュズベリィ先生も気に入ってくれる筈だ。デザイン以外は。

因みに、アーミティッジの爺様には日緋色金の金属球をブラックジャックが三つ四つ作れる程渡しておいた。
これで面倒臭い学生が現れた時でも、容赦なく脳天をかち割る事が可能になる事だろう。
一番高くつく様に見えるが、結局はどちらも複製なのでどちらもタダ。

そうこうしている内に、ニグラス亭の前に到着した。
ブラックロッジに所属してからも通い続けていたが、生活時間帯が異なる為か、この店でドクターとはち合わせた事は無い。
というか、ドクターがニグラス亭の事を知っているか知っていないかはループ毎に異なる様で、少なくともこの周はドクターはニグラス亭の存在を認知していない。
まぁ、変な所を見られないという点ではあり難いのだが。

「じゃ、あたしは外で待ってるね」

美鳥が繋いでいた手を解き、隣のビルの非常階段に腰掛ける。

「お前は挨拶してかないのか?」

「あたしは大導師への挨拶もお兄さんに任せる程の女だよ?」

少なくともそれは平均的な胸を張って言う所では無いな。
少なくとも二百年かけて欠片も成長しない平凡な隆起の胸を張る所では無いな。
大事な事なので二回思ったが、念のため口にも出して言っておく。

「揉んでも大きくならないものな……」

基本的にこの町、大きいか小さいかのどちらかしか居ないから、美鳥の様な平均胸は希少だ。
希少価値などと言う言葉は、少なからずそのマイノリティに価値を見出せる者が居なければ欠片も説得力が無いという事をよく教えてくれる、良い街だと思う。

「あたしを言葉と心の両面から嬲り者にする暇があるなら、早く挨拶しに行って欲しいなぁ」

あと、嬲り者にするなら肉体的にも嬲ってよ。という美鳥の言葉を華麗にスルーしつつ、ニグラス亭へ。
扉の前には準備中の意味を含む、人類とは意思の疎通が困難な、外宇宙に存在する未知の文明が使っていそうな文字が筆書きで書かれた看板が吊るされていた。
が、当然ニグラス亭限定燃える炎の熱血アルバイターである俺は、気にすることなく合鍵を使い扉を開け入店。
ニグラス亭とそこに連なるシュブさんの自宅の扉に関しては、バイト開始から五十周ほどした頃にシュブさんから残らず合い鍵を渡されているので、自由に出入りできる。

……しかし、シュブさんももう少し警戒心を持った方がいいと思うのだが、どうだろうか。
俺が雇い主を毒牙にかける様な恩知らずの狼野郎であったなら、今頃シュブさんの寝室の鍵を最大限に利用し、R-18でダンツィドゥムァ的展開になっていた可能性だってあるというのに。
信用されていると思えば、決して悪い気分では無いのだけど。

「シュブさーん」

店内を見渡しながら、どこかに居る筈のシュブさんに声をかける。
食材は昨日の内に大量に買い込んで、特製冷蔵庫に突っ込んでいた筈なので、少なくとも食材の買い出しではないだろう。
店内にシュブさんが居ない事を確認し、カウンターの後ろに回り込む。
シュブさんの自宅は、ニグラス亭内部と直結している為、自宅との間のドアの鍵があれば、容易に侵入が可能なのだ。

「おじゃましまーす。シュブさーん、居ないんですかー?」

ここで、良くあるギャルゲエロゲの迂闊で粗忽な主人公共であれば、意味も無く腹の調子を崩してトイレに向かい、鍵を掛けずに用を足していたシュブさんとバッタリ、とか、
身体が勝手にシャワー室に向かった挙句、着替え中のシュブさんとバッタリ、などという、訴えられたらかなりの確率で敗訴するだろう状況を生み出すのだろう。
だが、俺は違う。

「ここは、居間かシュブさんの自室に向かうのが安牌か」

勿論、部屋に入る時はノック、しばらく間を置いて返事が返ってくるのを待ってから開けるのだって忘れない。
先ずは居間。ノックをして声をかけ、十秒ほど待ってからドアを開ける。
部屋の中は、極々一般的な何処にでもある居間だ。
しいて普通とは異なる点を挙げるなら、ここに住んでいる人はまめな人なのだなと一目で分かる整頓具合か。
いや違う、何と言えばいいのか、埃が被っている訳では無いが、頻繁に整理されている訳ではなさそうだ。
使用頻度が低いというのだろうか。シュブさんはあまりこの部屋を使用しないらしい。
その証拠に、以前お邪魔した時と、部屋の内装の位置がまるきり変わっていない。
俺が定位置から退かしたクッションが、俺が退かした位置から殆ど移動していない。
本気で、来客時にしか使用しない可能性もあるか。
ともかく、ここにシュブさんは居ないのは確認できた。
部屋を出て扉を閉め、廊下を歩く。

決して広々としている訳でも無駄に長い訳でも無いが、壁には所々精霊崇拝などに用いられる器具に、なんとも言えない、肉の塊から触手を生やした何かのレリーフが刻まれた石板などが飾られていた。
……時折、高度に魔術的な意味を含む霊装までもが飾られている。
常々思う事なのだが、やはりシュブさんは謎の多い女性だ。
女は謎や秘密を纏って美しくなるというが、彼女もその例に漏れないのだろう。
もしも姉さんが居なければ、俺も少なからず彼女に惹かれていたかもしれない。
まぁ、姉さんが居なければ、この世界は存在すらしていないし、俺だっている筈も無いのだが。

廊下の先にある一番奥の部屋、シュブさんの私室の前に立ち、ドアをコンコンと軽く叩く。

「──」

誰何の声も無く、入室を促される。

「おじゃましてます」

「────」

いらっしゃい、か。
今日はどうしたの、でもなく、何か用事があるのかという問いでもなく、お茶でもしていかない? という誘いでもない。
ああいや、お茶というか、飲み物は用意されている。
テーブルにはお茶受けのケーキに、謎の白い液体。
シュブさんの目の前にワンセット、向かいには、シュブさんが以前俺用に買っておいたというクッションが置かれ、その前にもワンセット。

「────、──────?」

着席と、休憩を勧められる。
ニュアンス的には、話を始める前にお茶でもしない? みたいな感じか。
ニュアンスが正確に捉えきれているかが少し不安だ。
なんだか今日のシュブさんは、何時もよりも訛りが強い。

「では、失礼して」

一言断りを入れてからクッションに腰を下ろし、白い液体の入ったカップを手に取り、口に運ぶ。
温度は、熱くも無く冷たくも無く。人肌よりも少し高め、しぼりたての牛乳がこの程度の温度だったか。
温めのそれを、ゴクゴクと呑むのではなく、一口だけ口に含み味を口の中でしっかりと確かめる。
濃厚ではないが複雑で、どこか霊薬にも似ている。
乳製品の様だが、物としては少し前に日本で旅の魔術師(蟲に関わる仕事を専門にしているらしい)から一口だけ譲って貰った光酒(こうき)にも似た性質がある様に思える。
不思議な味わいだ。今まで口にしてきた飲み物の中では味わった事の無い感覚だと思う。
生き物ではなく、あらゆる生き物に含まれる命そのものを取り込んでいる様な……。

「──」

「ええ、美味しいです。でも、いや、本当に美味しい……。シュブさん、これは一体……」

一瞬、その余りに複雑で豊か、神秘性すら感じる味わいに、ここに来た目的も忘れシュブさんに問う。

「────」

俺の感嘆の表情と言葉に、シュブさんは僅かに嬉しそうにはにかみながら、白い液体の正体を教えてくれた。

「特殊な山羊のミルクでしたか。いや、これなら毎日飲んでいたいものですね」

「──、────……」

俺の言葉を聞き、シュブさんは顔を耳まで赤く染め、机の上に自分の分のカップを置き、もじもじと両手の指先を遊ばせ初めてしまう。
何やら、俺がこの特殊な山羊のミルクを気に入った事がとても嬉しいとの事らしい。
続いて、ケーキにも手を伸ばす。
レアチーズケーキだ。だが、店に一時期出していたモノとは異なり、少しだけオシャレっぽさが抜けた素朴なデザインに落ち付いている。

「────、──」

「なるほど、先ほどの山羊のミルクを使って」

実に興味深い。
こういう時で無ければ、どのような山羊からとれるミルクなのかを問いただしたいし、このレアチーズケーキも一度取り込んでから複製して何度も食べたいところなのだが。

「───」

「や、それはありがたい」

勿体なくて手を出しあぐねていたら、シュブさんが後で土産用に包んでくれるらしい。
心おきなくケーキをフォークで切断し、ちびりちびりと食べる。
美味しいし、先の山羊のミルクの味を殺さない絶妙に素材の味を生かしたケーキ。
何故かシュブさんは嬉しそうに此方の事を見つめているが、まぁ、食堂を経営している以上、自分の作った物を美味しく食べて貰えるというのは普通に嬉しいものなのだろう。
そんな感じで、シュブさんに見つめられながらも不思議な味わいのレアチーズケーキは食べ終えた。

―――――――――――――――――――

すっかり落ち付いた(元から落ち付いていなかった訳ではないが)所で、本題に入る。
と言っても、話す内容はこれまでとほぼ同じ、少しばかり度に出るからとか、そんな感じの理由ではぐらかして終了。

「────」

終了、の、筈だったのだが。
何故か速攻でばれた。

「何故、嘘だと?」

ばれる要素は無い筈だ。
確かにこの周では唐突な行いはしていないが、それでもシュブさんとは長い付き合いだ。

「──────、──────────」

シュブさんが言うには、俺は普段はそれなりに冷静な癖に、時たま錯乱しているのではないかと思うほど唐突な行動を取るらしい。
だが、それを差し引いて考えても、このタイミングで世界を見て回る、というのは違和感があるのだそうな。
未だに、畑仕事を応援に行った時に足を舌でじっくりねっとり舐められた事を根に持っているとも言っている。
ああいや、あれは違う周だ。
違う周であれば過去とは言えないし、そもそもシュブさんがループ前の記憶を引き継ぐ理由が──

「──」

思考を遮る様に、溜息を吐かれた。
まるで出来の悪い生徒を受け持ち困っている教師か、やんちゃな子供の行動に頭を抱える保母さんか、練習を始めたばかりの後輩の覚えの悪さに苦労する先輩か。
だが、呆れ以外の感情も伝わってくる。


──そう、伝わる。霊薬でトランス状態になった訳でも無いのに、俺の魂とシュブさんの魂が滲む様にその一部を重ね合わせている。

「────、」

滲んでいる
部屋の中に、シュブさんと俺が居て、でも、境界線が曖
昧で部屋の中、

か違う、外の内で

「──、」

ぐにゃ
り、と、  歪む俺、おと無た
くやを形成する記憶知識自我情報の影
が、形
 火花 
       虹

「───、───」


を失

たらし
かたち    かた
 べ

  泡

ノ ズィ  な






仮留め
目の前には不
鮮明な景色が
映り込みそこ
には食い荒ら
された大地と
人類から数え
て五番目の地
球の支配者で
ある彼等の迎
える文明最後
の光景だ邪神
崇拝ではない
極度に存在と
して尖り続け
ていた彼等は
既に邪神を制
御しえるのだ
と思いこむと
いう邪神の計
略により見事
追ってはいけ
ない科の外殻
表面の輪郭を
目で追う彼等
は半数がかの
山羊の蹄を持
つ大いなる神
の生贄にすら
ならず魂を砕
かれその一部
に還元される
というのは栄
誉ある事なの
だと教えられ
てきここは室
内で目の前に
は本性を現し
たシュブ・■
■■■胸元を
はだけ白濁の
生温かい液体
を器に注ぐ姿
は慈愛とはか
け離れた宇宙
的なまでの役
割分担の失敗
であ旅に出お
土産何が尋ね
彼女の配役果
日が来ない事
をいまだに半
ば確信させて
くれたらしい
蟲が飛ぶ空で
虹色のシャボ
が泡立つたび


「『あのミルクは美味しかった?』」


【再起動します】
―――――――――――――――――――

──っと、一瞬眩暈を起こしていたらしい。
ええと、なんだっけ、出されたものの味を聞かれたんだったか。

「ええ、あんな良い物を御馳走になってしまって」

「────」

修行の旅にでるなら、精を付けておかないと、か。
毎度毎度、シュブさんには世話になりっぱなしだ。

「────────?」

「そう、ですね。結構長い事空けると思います」

なにしろ、取り込む相手の規模が違う。
月一つ取り込んだ事もあったが、それと比べるのも馬鹿馬鹿しくなるスケールなのだ。
百年や千年では効かないだろう。
俺のループが二年半として数百から数千周掛かってもおかしくは無い。
流石に長くなる理由までは話せないが、シュブさんはどうにか納得してくれた。

「───、─────」

ああ、もうそんな時間か。
何時の間にか数時間が経過し、窓から見えるアーカムの空は茜色に染まっていた。
ちくたくちくたくと時を刻む壁掛け時計は、すでに時刻が五時に迫っている事を教えてくれる。
どうにも、シュブさんとの会話が弾んでしまったらしい。
何を話していたかは、あまりにも会話の内容がくだらなさ過ぎて覚えていないが。
シュブさんもそろそろ夕方の営業を始めなければいけない頃合いだろう。
今日はバイトの日では無いし、邪魔にならない様に帰らなければ。

「じゃあ、俺はこれでお暇させていただきます。ケーキと山羊のミルク、ごちそうさまでした」

その場から立ち上がり部屋を出て、食堂の中まで歩き、途中で厨房に立ち寄ったシュブさんからケーキの入った紙の箱を渡される。

「今日はお邪魔しました。戻ってきたら、またバイトさせてください」

シュブさんの自宅からニグラス亭に出て、店の入り口から出る直前に、シュブさんに頭を下げる。
罪滅ぼし的な意味で初めたバイトではあるが、このバイトは生活に張りを出すのには持ってこいの仕事だと思う。
頭を上げ、入口のドアを開けて外に出る俺に、シュブさんは軽く手を振りながら口を開いた。

「────────ね」

少しだけ、ほんの少しだけ、はっきりと通常の言語として聞き取れた部分がある。
『無理はしないでね』
見目に違わない、綺麗な声。
あんな綺麗な声なら、普段からもっと普通に喋ればいいのに。
向かいのビルの非常階段に腰を下ろしてアイスキャンディを舐めている美鳥に歩み寄りながら、俺はそんな事を考えていた。

―――――――――――――――――――

×月×日(憎悪の空より来りて)

『という言葉に始まるデモンベインの招喚呪文だが、結局のところあれは虚数展開カタパルトの遠隔操作用の術式でしかない』
『覇道鋼造も小説版で使用していた口結ではあるが、あの呪句自体にはさして魔術的な要素が含まれている訳では無い』
『一般的な術者の機神招喚時の口結がどんなものかと言えば、これもまた千差万別』
『普通の言語で招喚する連中は大概正気度の高い、いわゆる人間寄りの連中だけ』
『大概はふんぐるいとかむぐるうなふとか、そんなありきたりな呪文で呼び出される』
『かと思えば大した詠唱も無く、ヒーローものストーリー中盤変身シーンの如く省略される事もしばしば』
『ある程度の腕さえあれば、それこそ詠唱する必要すらないというのが定説だ』
『翻って、俺はどうか』
『喜ばしい事に、俺は招喚に詠唱を必要としない程度の位階に届いているらしい』

『だが、実の所を言えば前々から不思議でならなかった』
『何故、一々招喚するというプロセスを踏まなければならないのか』
『それは余分でしかない』
『可逆変身機構を備えた改造人間にも通じる無駄な一手間』
『隙を無くすと言うのであれば、鬼械神を招喚するのではなく、鬼械神に匹敵する力を術者が直接手に入れた方が良いに決まっているのだ』

『この日の為に、俺は大十字やブラックロッジの闘争には欠片も気を向けず、只管に精神と肉体を安定させ続けてきた』
『何かを取り込むために、ここまで準備を整えたのはこれが初めてかもしれない』
『遂に計画は最終段階に移行した』
『成功したら、しばらく何も考えずに普通に生活してみよう』
『大十字辺りとは、積極的に友人関係を築くのもいいかもしれない』

―――――――――――――――――――

太陽系、第三惑星、地球。
そこはかつて水と緑に包まれ、無数の生き物たちがその生を謳歌していた。
暗黒の宇宙の中にあって、希望と奇跡に溢れた星。

「成功、したの?」

「勿論よ」

だが、今の地球には、奇跡や希望と謳われた様々な超自然的構造物は存在していない。
水は涸れ緑は失せ、生き物に至ってはたったの一人しか存在していなかった。
大地に至ってはその全てがガラス質に覆われ、いや、地球と呼ばれた惑星は、一つの欠けも無い超巨大なガラス玉に生まれ変わっている。
辛うじて、空だけは青い。

遥か遠くの地平線の彼方まで延々続くなだらかなガラス質の荒野。
その一点に、巨大な足跡が存在した。
ガラス質を貫き、横幅十数キロ、深さも数キロ程にも達しようかという、巨人の足跡。

今なお崩落を続けているガラス質の穴の上、宙に浮かぶ二人の人影。
良く似た容姿の女が二人。
百人見れば百人が彼女達の事を姉妹か何かと思う事だろう。

「なんか、前よりよっぽど大きく無かった?」

冷や汗を浮かべる、蒼褪めた表情の吊り目がちの少女。
ぷかぷかと重力を無視して浮かぶ彼女は、もう一人の女性に襟首を後ろから掴まれたまま呟く。

「二百年近く足踏みしてたけど、それでも修行をしてなかった訳じゃないもの。液体人間作製とかは、魔術を理解するなら中々勉強になるしね」

少女の襟首を掴み牽引する手の持ち主。
おっとりとした口調で目の前の巨大な穴を見下ろしながら喋る、垂れ目気味の女性。

「どゆこと?」

「理解してきてるってこと」

二人は澄み切った大気の中をふわりと飛び、巨大なガラス質の球体と化した地球から見る見るうちに離れていく。
遠ざかるガラスの大地を振り返りもせず、女性は少女の襟首を掴んでいない方の手を、勢いよく虚空に突き刺す。
この宇宙の初めから終わりまでに発せられるあらゆる音に似ない破砕音と共に、空間が引き攣れ、割れた。

時空の法則が乱れ、一瞬にしてガラス質の地球はどろりと融け、周囲の正常な引力に従い周囲の惑星へと零れ堕ちていく。
零れ堕ちる瞬間にも変質は続き、融けたガラスが他の惑星に衝突するよりも早く、風化、字祷素へと還元される。

地球を完全に消滅させたのは異世界の法則だ。
女性の引き寄せた、数百次元にも達する超高次元から漏れ出した僅かな情報が、地球という惑星の正気を失わせたのである。
時間、空間などという概念、時間を無視するという概念すら超越した異界の果て。

「さて、ここを経由すれば、直ぐにでも最適化の完了した卓也ちゃんの元に辿り着けるんだけ、ど……」

何時の間にか、女性の手に襟首を掴まれていた少女の姿が消えていた。
いや、確かに居るには居る。
その姿は酷くコンパクトに、三センチ四方の超立方体へと姿を変じさせているが。

「死ななかっただけ成長してる、ってことよね。偉い偉い♪」

女性は僅かに嬉しそうな表情で、掌の中の超立方体を指先で数度撫でる。
女性程に高位次元への肉体、精神的耐性の無い少女は、自らを非ユークリッド幾何学的に可能な限り高次元な存在へと擬態させ、その命を繋いだのである。
こうでもしなければ少女は置き去りにされ、たった一人で数百年、数千年の時を過ごさなければ行けなくなる。少女は必死だったのだ。

「それじゃ、先回りして、おめでとうパーティーの準備をしておかないとね」

掌の中の超立方体少女を肩から提げたバッグの中に放り込むと、女性は空間に生まれた次元の断層をまるで濡れた手で薄紙でも破るかの様な気易さで広げ、神智すら超越する超高次元へとその身を躍らせた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

──あれから、どれほどの時間が過ぎたのだろう。
カップ麺の完成を待たされていた様でもあり、惑星が生まれてから死ぬまでをじっくりと観察させられた様でもある。
俺はコレを取り込みながら、絶えず変化を続けていた気もするし、永遠不変を体現していた気もする。

だが、理解出来た事が幾つもある。
これと同一になる事が無ければ、この事実に気が付くのにどれほどの時間を要したか。
時間、空間。
その無限の広がりと最果てを見た。
理解した。はっきりと。
そうだ、こんな事は、単純な事なのだ。
時間と空間と俺の関係は、こんなにも簡単なことだったのだ!

身体が軽い。
腕を一振りするごとに、何もかもが新しく生まれ変わったかの様な爽快感を与えてくれる。

伸ばした爪先が銀河系の誕生した頃の時間を蹴り飛ばし、それによって歪んだそれ以降の時間を脚が、胴が、顔が、無理矢理に押し戻し矯正する。

時間の概念が崩壊し、途中で途切れた切り株の様な平行世界に腰掛け、逆行者か何かが絶えず歴史を書き換え続ける不安定な平行世界を背もたれにして、身体を解す。
蠢く世界線がまるでマッサージチェアの様なうねりを再現している。

全身のコリを取る様に動かし続け、俺の身体はみるみる内に縮んでいく。
超次元的に折畳まれていく体。
時間にしてマイナス七時間と十九分と五十八秒を掛け、何時の間にか何時かの元の俺の姿へと戻っていた。

「さぁ、次は逆招喚だ……」

三次元的な時間の流れに逆らわずに喋るのも久しぶりな気がする。
あれ、でもつい最近だったような。
少し前に身体のどこかが元の次元の時間に触れたのかもしれない。
思い浮かべるまでも無く、身体には逆招喚の術式がスタンバイしている。
最適化中も容赦なく招喚されていたからな。
世の中の魔術師は揃いも揃って、俺の事をバキュームカーとでも勘違いしているのではないだろうか。
だが、そのお陰で招喚関連の術式もはや反射レベルで発動可能。

最後に、普通の魔術師が招喚できなくなると色々問題があるので、ぷりっと軽く取り込んだモノの複製を作り出し邪魔にならない位置に投げ捨てておく。
これで、ここでやれる事はやり尽くした。
やる事を全てやり切ってしまったからか、緊張感が消し飛んでしまった。

でもそれでいい。
帰ったら、姉さんにご飯を作って貰おう。
ジャガイモと大根のお味噌汁が飲みたい。
筑前煮もいいかな、ループした直後なら二日目の朝に裏山でタケノコが楽に取れるし。
タケノコを手に入れるなら、タケノコご飯も捨てがたい。
いっしょに買い物にも行こう。

そんな事を頭に思い浮かべながら、俺は元の次元へと滑り落ちる様に戻って行った。

―――――――――――――――――――
○月◎日(あれから一年──)

『などと言うモノローグは良くあるが、この日記とはまったく無縁のものだ』
『さて、結果だけを言うのであれば、俺の能力は以前の俺とは比べ物にならない程に強化され』
『以前ブラックロッジとミスカトニック、ニグラス亭の三つの場所に身を寄せていた周から数えて、実に千百十二周ほど経過している、らしい』
『らしい、というのも、姉さんも時間が一定で流れない次元をショートカットしてこのループに現れたため、正確な経過時間は記録していなかったのだ』
『一桁台まで言い当てているという事はほぼ数に間違いは無い筈だし、そこまで経過したなら一桁二桁の誤差とか気にする意味も無いだろう』

『あの仄かに忌まわしい記憶は今も俺の中で息衝いている』
『だが、千周も経過すれば流石に大導師殿だって俺の事は記憶から薄れている筈』
『正直ブラックロッジ側から大導師の為に出来る事とか全部言い切った感じがするし』
『もう下手打って大導師の好感度が無闇に上がる様な事にはなりはすまい』
『汁見のエシュターではないのだから、同性に告白されたり過剰なスキンシップで喜んだりはしないのだ。エシュターも喜んではいなかったが』
『まったく、ベーコンレタスはイケメン同士、大十字あたりをひっ捕まえてやってろっての』

―――――――――――――――――――

そんなこんなで、久しぶりのアーカムシティに、久しぶりの夢幻心母である。
別にブラックロッジよりも先にミスカトニックに行っても良かったのだが、前の周に居なかったお陰で覇道鋼造からの推薦状が無い。
ミスカトニックに入るにはしばらく後に遺跡にやってくるシュリュズベリィ先生と接触する必要があるので、あちらは暫く保留させて貰う事にした。
因みに、美鳥は再構築した肉体にまだ馴染めていないのでお留守番だ。
留守番と言えば、個人的にははじめてのおるすばんを思い出す。

あれはそう、中学の頃であったか。
思春期特有のもやもやを解消する為に、親戚のおじさんから貰った小遣いを握りしめ、俺は十八歳以上は立ち入り禁止のゲームコーナーに足を運んでいた。
狙いはもちろん姉系のゲーム。
実姉とのエンディングがあるゲームであればなお良しと狙いを定めていた俺は、パソゲコーナーで思わぬ人物と鉢合わせる事になった。
そう、クラスでは品行方正な人格者で通っている委員長(♀)の年上の幼馴染の高校生(♂)が、その手に二本の大きくかさばるパッケージを手に取り、苦しげに呻いていたのだ。
当然、困っている人を放っておく訳には行かないし、何やら面白嫌らしい葛藤の香りがしたので、俺は躊躇う事も無くその高校生に声をかけた。
彼が手にしていたゲームこそ、後に『はじるす』と呼ばれる事になる、典型的な幼子を標的にしたロリエロゲ。
そして、もう一つのゲームは、妹萌え勢力の中で静かに持て囃されていた『Natural』の続編、『Natural2 -DUO-』という、これまたよくある妹エロゲ。
彼の葛藤はこうだ。

『僕はロリコンであると同時に、妹萌えでもある。でも、この二つの属性は相性がいい様でいて、決して堅実な組み合わせであるとは言い難い』
『僕はね、妹分とロリ分を補給する時、できる限りそれらの供給元を分けて考えるべきだと思っているんだ』
『でも、ロリと妹が組み合わさった時に稀に産まれる美しいハーモニーは、その矜持を曲げるに値する価値があるとも思っている』
『……こんな事を言うと、君には笑われるかもしれないね』

笑いはしなかったが、ゲームショップのパソゲコーナーで妹的存在である委員長のクラスメイトである俺と言う中学生相手に真顔で語る事では無かったと思う。
笑いはしなかった。が、心の中で『これからは街で見かけても話しかけないようにしよう』と思ったのはここだけの話だ。
そんな彼の葛藤を断ち切る為、俺はある秘策を──

「む」

そこまで考えて、おかしな事に気が付いた。
先ほどまでの回想シーンの最中も、勿論侵入者を排除する為にブラックロッジの下級社員達が命がけで俺を食い止めに掛かって来ていた。
当然、俺はそれらの襲撃をさして意識することなく流れ作業的に処理していった。
魔術や科学的武装を使用するまでも無く、袖口から伸ばした金属触手を鞭の如く操り、群がる下級社員を死なない程度にホムーランしてきた訳だが、どうにも様子がおかしい。

ぶちのめした時の感触に、やたらと女性の物が多いのだ。
勿論、ブラックロッジにも女性社員は存在する。数が少ない訳でも無い。
疑うなら、原作の大導師がエセルドレーダに股間のトラペゾをぶち込むシーンの少し前を確認して頂きたい。
ブラックロッジの定める法はただ一つ、法の言葉は意思なり。そこに男も女も魔術的な役割意外に変わりは無い。
が、やはり男女の比率で言えば圧倒的に男性の方が多く、こういう場面で女性社員が出張ってくる確率は、チョコボールの銀のエンゼル程度でしかない。

改めて、通路の壁に打ちつけられて呻いている下級社員達を確認する。
スーツを着て、マスクを装着し、帽子を被っていても一目瞭然。
彼等、いや、彼女達の大半は間違いなく女性。
耳の集音率を上げてうめき声を拾っても、やはり間違いなく女性の声ばかりが聞こえてくる。

……何故だろうか。俺の中の第七勘辺りが警戒を促している。
こんな状況、少なくともブラックロッジに来てからは体験した事は無かった筈だ。

身体を、外から察知できないレベルで隠蔽しつつフルスペックに。
これで仮にブラックロッジの社員が一人残らずアズラッドのアイオーンレベルの鬼械神を招喚して一斉に襲い掛かってきても蹴散らせる。
俺は強い、とは言わない。が、決して弱い訳では無いのだ。
勝てない相手も居るだろうが、負けない戦いならば幾らでも手はある。
新生鳴無卓也は、文字通り世界が敵に回っても戦い抜ける男!

「ここが大導師のハウス、感じる、大導師の強大な魔力を……」

死屍累々と気絶した下級社員達があちこちに倒れている廊下を背に、玉座の間への扉を前に気合いを入れ直す。
先手必勝。
時間を開けてしまった事への詫びとして、俺が姉さんの手料理以外で心底リスペクトしている食べ物を用意してある。
その名も高き『萩の月』、至高の甘味である。
チョコレートタイプの『萩の調』も存在しているが、内部のクリームの独特の風味を味わうのであれば断然ノーマルな『萩の月』だろう。
元の世界で取り込み、いざという時の為に取っておいた、俺の切り札(ジョーカー)。
この夢のパスポートを持ってすれば、如何に大導師が危険な変化を起こしていても、何の問題も無く元の関係に戻る事が出来るだろう。

玉座の間に大導師殿が居る事も俯瞰マップで確認している。
俺がこの周では何処に所属していないからか、大導師のアイコンは黄色。
何故かステータスが見られないが、四桁のループで別ユニットと認識されるレベルにまで進化したのだろう。

入室したらまず、可能な限り爽やかに挨拶。
お久しぶりです、お元気でしたかなどの挨拶を織り交ぜつつ、その後の自体の推移を一旦尋ね、最後にお土産を渡す。
それが駄目なら、リベルレギスの招喚を妨害しつつアーカム巻き込む形でぶっぱ、あとはひたすら逃げ続ける。
非の打ちどころの無い、完璧な計画だ。

意を決して、『萩の月』の入った紙袋を手に、玉座の間へと続く両開きの扉を開ける。
玉座の間には、見たところ誰も居ない様に見える。
少なくとも物陰に身を潜める輩も、亜空間から覗き見ている輩もいない。
広々とした空間には所々魔術的な装飾が施されているが、今は照明が着いていないのか全体的に薄暗い。
暗闇、暗黒。
その中にぽつんと一点、金色の輝きを湛えた闇が存在していた。
その金色の闇は、以前に俺が見た時と同じく玉座に座り、漆黒のドレスを着た幼子を足元に侍らせ、気だるげに椅子の肘かけに頬杖を突いている。

遠目に一見して、何の変哲も無いブラックロッジの大首領、大導師マスターテリオンと、その魔導書『ナコト写本』の精霊、エセルドレーダ。

──そう、遠めに一見して。
人間の視力であれば、その誤解を受ける事ができたのだろう。
何しろ、辛うじて彼等だけが暗闇の中にうっすらと見える様な状態なのだ。
だが、困った事に、俺の視力は果てしなく優れている。
『鷹の目』?『千里眼』?
馬鹿を言ってはいけない。せめて宇宙基準で喋ってくれ。
そんな視力では、宇宙万国ビックリ人間ショーでは書類審査で落とされてしまう。
俺なら決勝戦辺りまでなら進める。決勝戦の試合内容は、広がり続ける宇宙の外が見えるか否か。
つまり、それ程の俺の視力を持ってすれば、この闇はスパロボの謎キャラの顔の上に掛かった影ほどにも障害にならないという事だ。

「久しいな、鳴無卓也よ」

大導師の『薄紅色の唇』から、『迦陵頻伽にも似た声』が男を誘う娼婦の様な響きを伴い、零れ堕ちる。
決して、風の魔装機神に乗っていそうなイケメン声ではない。

「この永き螺旋の世界において、あれほどまでに誰かと共にあり、あまつさえ、再会の約束を果たす事さえできようとは」

その美声を発するのは、人外染みた美しさを持つ、中性的な容姿、金髪金眼の──

「とても、とても長い間、考えてきた。この喜びを、『感謝』を、どう貴公と分かち合うべきか」

──美少女!
その、余りにも余り過ぎる、テンプレートな状況に、俺は入室前に考えていた口上を全て頭の中から放り投げてしまっていた。

「そんな時だ。余は、再びこの身体に生まれ付いた」

この身体、という言葉と共に、大導師の手が自らの首から鎖骨、胸へと輪郭をなぞる様に降りて行く。
伝統のニトロ砲の代わりとでも言う様に、巨大な山脈と化したその胸、強調する様にその膨らみを撫で降ろし、僅かに見える下乳から剥き出しの腹部、下腹部へと指先が当てられる。
見せつける様なアクション。なんとあの服装は、女性大導師が着ても様になるデザインだったのだ。

「この礼をする時、貴公らの世界でなんと言うか、余は知っている」

まだあどけなさの残るその美しい顔に妖しい笑みを浮かべ、真っ赤な舌がちろりと唇を舐める。
……そうか、そうだったのか。
首元から、下腹部までを指先で撫で降ろす様な、あの動作、
あれは、『ファスナーを降ろす動作の模倣』!

「────やらないか」

うほっ、いい女……!

「やらないよ」

金髪女は苦手なんだ。
玉座をベンチ代りにする大導師(♀)に突っ込みながら、俺は今ここに逆十字の連中が居ない事を、公園でドーナッツを売っているのとは別の神様に感謝した。





続く
―――――――――――――――――――
稲田比呂乃の凌辱? 訳の分からないシリアス? いつの間にか地球滅亡? 意味も無い最強描写?
そんな物はこの話の飾りだ!
わしが真に願って止まぬものはただ一つ!
TSしたデモベ男衆と主人公による、ギャルゲ的展開そのものだ!

つまるところその何もかもがTS回の前振りに過ぎない第五十四話をお届けしました。
そして、即座に次の話を作りたいので、自問自答に代わり本編とは全く関係無い豆知識を一つ!


今日の豆知識
【シュブ・ニグラスの乳は非常に優れた特質を持つらしい】


本編の内容とは欠片も関係無いけどね!
搾りたてはきっと美味しいんだろうね!

そんな訳で誤字脱字の指摘に即座にできる文章の改善案や矛盾している設定への突っ込みに諸々諸々のアドバイス、
そしてなにより、このSSを読んでみての感想など、心からお待ちしております。







久々の予告
世界全体で起こったTSにより、片端からキャラ崩壊を起こしている逆十字。
精神の平和を守るため、TSしてもキャラが変わりそうにない人々を目指し、主人公は久しぶりにミスカトニック大学に入り浸る。
アーミティッジ御婆ちゃんの作る美味しいクロケットをサポAIと仲良く摘まみながら、主人公はミスカトニックで見かけた一つの癒しと向き合う。
女として生まれても何故か変わらぬファッションセンスに、初期のエリート気取りっぷり、叩き潰された後のサバサバとした気易さ。
男であった頃と変わる所の少ない彼女の存在は、主人公の心に平穏を齎していた。

第五十五話
『ミスカトニックの才女』

夏の日差しが暑いから、ラブコメ始めます。



[14434] 第五十五話「看病と休業」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3
Date: 2011/07/30 09:05
「大導師が、逆十字が、大十字が女!?
トリッパー鳴無卓也が目にしたのは、良く知る誰もが全員性転換した世界だった。
夢幻心母で、町角で、大学で、アパートで、近親野郎な彼の奇妙な日々が始まる!
結社&学園ラブ(クラフト)コメディー、堂々開幕!!」

句刻の持ち出した拘束具によってグルグル巻きにされ、更にベッドに縛り付けられた美鳥。
身体の自由を制限されたまま激しくその身を痙攣させて白目ブリッジ状態で吐き出し続けられるメタな言葉を聞きながら、句刻は湯呑を片手に薄い笑みを浮かべていた。

「ふふふ、遂にお姉ちゃんも『この泥棒猫』とか言えちゃう訳ね。楽しみだわぁ……」

拘束具に包まれて皿に乗せられた海老フライの様になった美鳥を眺めながら、うっとりと呟く句刻。
彼女とて、決して他の女に弟を盗られたい訳では無い。
句刻にとって、弟である卓也は心の拠り所であり、身も心も許す唯一の男性。
今のところ、どんな女性が現れたとしても譲るつもりはない。

が、それはそれ、これはこれ。
弟の『男』としての成長を喜ぶ心も、決して無い訳では無いのだ。
一度、他の世界に惚れさせた女の子を置いてきたと聞いた時は勿体ないと思ったものだが、この世界観なら、女の子の押しの強さ次第では押し倒される可能性も無視できない。
アレで、猫被ってる時は恐ろしい程に紳士だったりする。
しかも被り方も半端なものではない。流石お姉ちゃんの弟と褒め千切ってあげたくなるレベル。

しいて言うなら、心の底から楽しく会話している最中に、表情も感情も変える事無く談笑する相手の首を切断できる感じだろうか。
むしろ、談笑しつつ解体し続けるレベルかもしれない。傍から見ていたら、一瞬何が起きたか分からない様な自然さ。
あの猫被りなら、下手をすれば一人二人無意識のうちに惚れさせる事もあるかもしれない。
確率的には逆十字とかありだと思う。メンタリティ的に近しい部分が無い訳では無いし。
大十字九郎もあり得ない話ではない。何しろ、人の一生分以上の時間を友人として繰り返しているのだ。
うっかり男の時と同じように気さくかつそれなりに距離感測れた感じで接していればフフフ……。

「でもねでもね、もしそんな事になってもきっと卓也ちゃんはお姉ちゃんの元に絶対戻ってきてくれるからすっごい安心っていうかね聞いてるの美鳥ちゃんでも聞かれるのは少し恥ずかしいていう! て、い、うっ!」

きゃー! と奇声を上げ、片手を頬に添えていやんいやんと身をよじりながら、句刻は手に持った急須に入れられた熱々のお茶を未だ痙攣し続ける美鳥の口の中に注ぎ込む。

「あろろろろあろあごぼぼおぼっぼぼぼおぼぼぼぼぼぼ」

ネズミを見た直後のドラえもんの如く瞳孔を目まぐるしく変化させ続ける美鳥は、口に注がれる熱々のお茶に熱がることすらせず、口から意味不明な言葉を紡ぎ続ける。
鳴無句刻の興奮と鳴無美鳥の能力最適化は、まだ始まったばかりである。

―――――――――――――――――――

ふと思い出すのは、村正世界で出会った、一人の一途な少女。
愛の戦士、すなわちラブ・ウォーリアーであった彼女は、金属鎧に守られた人体を一瞬で炭化させる振動波攻撃を、武術家としての技量のみでもって捌いてみせた。
彼女を習い、手に流れる血流を操り一瞬だけ超高速で振動させる。
血管、筋肉に神経、皮膚を血液が生み出した震動波が貫通し、見事に萩の月を構成する素材に含まれる水分子を振動させた。
掌の上に置かれたそれは黒い炭になる事も無く、ほかほかと湯気を立てて美味しそう。

「卓也」

美しい声に名を呼ばれる。
膝にエセルドレーダ(以前と同じコスなので、もしかしたらTSしていないのかもしれない)を侍らせた大導師、マスターテリオン──の、女性体。

「笑っているのか」

彼女の言葉に、俺は初めて自分の口角が上がっている事に気が付いた。
俺は温まったそれを中皿に置きつつ、答える。

「ええ、きっと笑っていたのでしょう」

『徹し』による波で掌の上の対象物の水分子を振動させ、適度に熱を発生させる。
あの少女──湊斗光に出会わなければ、俺はきっとこの饅頭を温めるのに、マイクロウェーブを利用した魔術や電子レンジを用いていただろう。
ゲームでプレイするだけでは味わえない、仮にも拳を交えたからこそ得られた物もある。
自覚できていなかった成長も存在する、という事だ。

「そうか」

大導師マスターテリオン女性体──長いな、テリーだと男性名だし、照子でいいか。
照子(仮)も笑っている。亀裂の様な、というには穏やかな感情や包容力を感じさせる、いわゆる魅力的な笑みだ。
ていうかやっぱ照子は無い、大導師という事でいいだろう。元からテリオンとは呼んでいなかった訳だし。

「何か嬉しい事でも?」

そう言いつつも、大導師の目の前に皿を置く。
暖められたソレ──萩の月は内部のカスタードが柔らかくなり、口辺りもまろやかになる。
──らしい。ソースは不明、ネットか何処かで聞いた覚えがある程度だが、わざわざ試してみたいとは思わない。
俺はもちろん温めず、むしろ僅かに冷やして食べる。
冷凍系の技術は科学方面だとあまり所有していないので、単純に気を冷気に変換して掌の上の萩の月を冷やす。
凍らない程度に熱が奪われた所で自分の分の皿の上に置く。

「いや。……だが卓也、君は何か、楽しい事を思い出しているのだろう?」

大導師の探る様な問いに、俺は椅子に座りながら答えた。

「ええ、そうですね。楽しいと言えば楽しかったと思います」

実際戦っている時は、手の内を晒せば晒す程に銀星号が強化されてく気がして気が気じゃなかったような気もするが、思い出す分には楽しい思い出の一つなのだろう。
それにあれだ、互いの勝敗の条件を銀星号に開示していなかったからとはいえ、あの時点でのスペックで勝ちを取れたのも美味しい。

「貴公は余のゆ……」

大導師は言葉を一旦切り、顎に指先を当て、そっぽを向いて少しだけ間を置き、言葉を続ける。

「……そう、恩人。なにしろ恩人の事、恩を返すあてはなくなってしまったが、貴公が嬉しいのであれば、余も嬉しく思う」

「そういうものですか」

「そういうものだ」

言うなり、大導師は皿の上に置かれた萩の月を手に取る。
話している内に少しだけ表面の生地から熱が消えたそれを半分に割り、湯気の立つクリームが見える断面を上にして、クリームが零れ無いように口に入れた。
未だ冷めきらないクリームの熱に、大導師ははふはふと口の中で萩の月の半分を転がす。
生身でクトゥグアの炎に耐えそうな体質の癖に、口の中に入れたクリームの熱さに目を白黒させている。

……なにこれ可愛い。
カリスマはネロの胎の中にでも落としてきたのだろうか。
そうすると、回収できるのは次に産まれる時だから、元の性別に戻ると同時に取り戻せる筈なので、予定調和なのかもしれない。
だが、カリスマの大小を置いておくにしても、所作に現れる感情からはそれなりに余裕が垣間見える。

「なんだか、今回の大導師殿は随分と余裕があるみたいですね」

俺の言葉に、大導師は細めた眼の眦を下げ、もぐもぐと咀嚼していた萩の月を冷たーいミルクを口に流し込み最後まで味わい、飲み込む。

「ぷぅ」

大導師の口の端に残っていた食べカスを、脚元のエセルドレーダがハンカチ風の紙切れを伸ばし、拭き取る。
……この動作、仮に今のエセルドレーダが男性だとすると、結構危険な行為だよな。
美女である主の口を自らの身体の一部で拭い、それを大事そうに補完する女装美少年……。
いや、まだ全員がTSしたと確証が持てた訳では無い。
ブラックロッジのシリアス分を補完する為にも、俺の心の中ではエセルドレーダさんは何時までも少女のままで居て貰う事にしよう。
因みに、椅子に座った大導師の目の前に机が存在している為、俺からはエセルドレーダの姿が見えない。
なので、先ほどの一連のアクション、机から突如細い腕が『にゅっ』と伸びてきて大導師の口元を拭うという、なんともシュールな絵柄に見えている。

…………シリアス! シリアスは何処か!

「それを言うなら、貴公こそ」

現状を客観的に見た場合の余りにもブラックロッジとは思えない光景に若干錯乱しかけていた俺は、大導師の言葉に正気を取り戻し、首を傾げる。

「俺が?」

「口調が柔らかくなっているであろう?」

「あぁー……」

そういえばそうだ。
パワーアップのお陰で、大導師が俺を完全に滅する事はほぼ不可能になった。
無理に忠誠心的な部分を見せて媚を売る必要も無いので、無意識の内に軽い外行き程度の口調で喋っていたのだろう。
これまでの事を考えると、やはり直した方がいいのだろうか。

「よい。余も元々、そこまで貴公に堅苦しい態度を強要したかった訳でも無い」

心を読んだかの様に先回りして、心なしか楽しげに呟く大導師。
やはり、今回の大導師には余裕が見られる。
……そうか、同じ理由なのか。

「大導師殿も、成長した訳ですか」

「うむ。解放の日はそう遠くはないだろう」

ぶっちゃけ、トラペゾ手に入れてからが本番な気もするけど、こんなに嬉しそうにしてる大導師に告げるのは酷だよね。
運が良ければ、万が一億が一のそのまた溝の一の更に不可思議が一程度の確率で、大導師単体でニャルさんを打倒してループを断ち切れるかもしれない訳だし。

これから、この希望に溢れた大導師がどのように擦り切れていくのかは分からないが、今が充実しているなら、挫折するまではせめて温かく観察しておく事にしよう。
そんな事を考えながら、冷やした萩の月を手に取り、齧り付く。
冷やしておいた萩の月は甘く、そして何時の間にか、元の温度を取り戻していた。

―――――――――――――――――――

○月■日(TSといえば)

『昔のエロゲで、男性のエージェントが薬を飲んで美少女化、女子高に潜入して事件を調査する、という感じのゲームが存在した』
『実際にプレイした訳では無いのだが、絵柄がやたらとブギーポップの挿絵に似ていた事は記憶している。良くも悪くも自由な時代だったのだろう』

『だが、今回はそれとはまったく関係無い』
『なにしろ男女の性別が後天的に変化するタイプではなく、世界丸ごと産まれたときから性別が逆転しているのだ』
『思うに、この一つ前のループの大十字は酷く混乱したのではないだろうか』
『なにしろ、マスターテリオンと全く同質の魔力を持つ少女が生まれ、あろうことか大導師マスターテリオン本人であると自称するのだ』
『一つ前の大十字は困惑しただろうが、少なくとも、性別が変化したことによる本人達の混乱みたいなものが無い事は幸いだろう』

『そもそもループの事実を知らなかった大十字ならばともかく、俺は今までのループで出会った彼等は彼女達になり、彼女達は彼等になっているだけだという事を知っている』
『どうせ今回も初めましてになる以上、相手の性別が今までとは真逆である事に気を付けておけば、かなり無難に話を進める事が出来る筈だ』
『……まぁ、TSした逆十字の面々を近場で見るのはこれがほぼ初めてになるので、連中のインパクトの強さにも気を付けておくとこにしよう』

―――――――――――――――――――

俺がブラックロッジに入社して、そろそろ二週間程が経過する。
幸運な事なのかどうなのか、平社員以上逆十字未満程度の地位を与えられた俺は、未だもって逆十字の連中とは接近遭遇を済ませていない。
このまま会わずに済ますのもありかもしれないが、正直なところ、怖いもの見たさという感情も確かにあるのだ。
だが、怖いもの見たさとか好奇心だけで動くのは、いくら力を付けても危険な行為である事は変わりようがないらしい。
先日夢幻心母で遭遇したTSドクターウエストとの会話は、好奇心だけが先走り、出会った時にどう対処するかという考えをおろそかにしてしまい、悪い結果を出してしまった。

「はぁ……」

アーカムのストリートを歩きながら思う。
ドクターには悪い事をしてしまったかもしれない。
自己紹介の時点では、お前それちょっと線が細くなって美系っぷりが耽美系に向いて胸が膨らんだだけじゃないかって程の変わりない●●●●っぷりを発揮してくれていた。
が、こんな●●●●なふるまいをしている美人な女性が、エロい事も出来るけど自分に強制的に従う訳では無いという微妙な人間性を内包した『美少年ロボット』を製造するのだと思うと、
どうしても、どうしてもあの●●●●が、部下にはそれなりに慕われるけど私生活ではまともに友達も恋人も作れない、自宅に帰ると飼ってる犬とかに仕事の愚痴を子供っぽい口調で打ち明ける可哀想なOLさんに見えて、
俺は、ドクターとまともに向きあう事も出来ず、僅かに顔の向きを逸らしながら憐み全開の表情で『なんていうか、頑張ってくださいね』と、自己紹介をする前に激励の言葉を送ってしまったのだ。

『そんな、そんな可哀想な物を見る視線を、この大天才に向けてはいけないのであーる!』

などと言いながら涙目で破壊ロボのある方に向け走り出し、そのままヤケクソ気味に破壊活動を始めてしまったのだ。
ここから数ブロックも離れていない場所に突如として出現した破壊ロボ。
だが、今現在歩いているこのストリートには殆ど被害が無い。
毎度の恒例行事として現れた『アーカムシティの黒い天使』が、必殺の烈風正拳突きでもって一撃で破壊ロボを粉砕してしまったのだ。
正拳突きと言う割にアッパーな上、カットインで無駄に乳揺れを起こすのは最近の風潮に合わせたものだろう。

因みに、ドクターとはそれ以降会っていない。
ドクターの研究室に入る前に呼び止めてくれた下っ端に、
『ドクのメンタルが今までとは異なるベクトルで不安定になっているので、原因臭い貴方は帰って下さい』
とか言われて追い返されてしまった。あの下っ端中々にセメントである。
こういう時、仲の良い女性グループというのは団結が強い。

西博士の部下もブラックロッジの中では灰汁が強い方に分類されるので、悪評をばら撒かれてブラックロッジに居辛くなる訳ではないが、それでも溜まり場の一つをこの周では使えないというのも気が滅入る。
が、こういった状況というか、あの●●●●がメンタルにダメージを受けている、という恐るべき事態は俺の想定の外にあるものだ。
もしかしたら、彼女はあの●●●●のTSした存在ではない良く似た別人、もしくは小説版のシリアスもできる●●●●が紛れ込んでTSした存在である可能性もある。
良く似た別人説はなかり信憑性がある。
あの●●●●は続編の構想において、自らと非常によく似たメンタリティの○○○○達と運命的な出会いを果たし、『放課後パートタイム』なるバンドを結成する運命にある。
一足早くメンバーの内の誰かが紛れ込み、TSした事によりずれた運命によってドクターウエストを名乗る事になっていても不思議では無いではないか。

「街並みも少し雰囲気変わってるか……?」

だが、今はドクターが本人かどうかは実はどうでもいい。
ミスカトニック入学の為に必要なシュリュズベリィ先生との出会いはあと二週間少しで訪れる。
実のところ、あの遺跡でルルイエ異本の写本を手に入れてから入学までにはそれなりにややこしい手続きが発生する為、しばらく自由に行動できる時間が減少する様になっているのだ。
写本の最低限の調査、安全性の確認、その写本を手に入れた俺と美鳥の身元の確認、精神的に問題があるかどうか、最低限の筆記試験による知能テストなどなどなど……。
この面倒な手続きが発生するか否かは、一つ前のループの大十字の神経質さ、慎重さなどが深く関わってくる。
が、何しろこのループで覇道鋼造となった大十字は、大導師がTSする瞬間を目撃しているのだ。
不確定要素があるかないかには神経質にならざるを得ないだろうし、面倒な手続きは確実に発生すると考えていい。

で、そうなると、今の内にこれからまたお世話になる場所や人には先に挨拶をしておかないと、仲を深めるだけの時間が確保できなくなる可能性も出てくる。
特にシュブさん。
彼女には大規模自己強化の前に激励を受け、山羊のミルクとチーズケーキを御馳走になり、無理はしないようにと心配も掛けてしまった。
ブラックロッジでのあれこれが一通り済み、あとは逆十字との接近遭遇を残すのみ、みたいな事になった今、シュブさんへの無事の知らせはかなり優先度の高いミッションと言える。

勿論、俺の主観時間でもかなり久しぶりである為、差し入れと言うか、お土産のようなものも持参している。
ここ二週間、家の亜空間畑でこっそりと栽培していたナノテクメロン。
実はメロンを本格的にした事は無かったので試行錯誤の連続ではあったが、加速空間内部で十数世代にも渡る品種改良が施されたこれはかなりの自信作。
思い返せば、ここに至るまでに多くの失敗、挫折がこのメロンに寄り添っていた……。
第一世代の、まともに甘くならなかった失敗メロン、第七世代の害虫や害獣を自ら捕食する自己防衛機能付きメロン、第十三世代の、数十のメロンが寄り集まって知的活動を開始し、自らを神と自称し始めるゴッドメロン。
様々な失敗を乗り越え、このナノテクメロン正式採用版がリリースされた。
彼女には散々お世話になっているし、ぜひともこのメロンを美味しく頂いて欲しい。
が、しかし。

「無いな」

この周、少なくとも、性別を確認した事があり、なおかつ顔と名前が一致している人間は今のところ全て性別が反転している。
その為なのか、街に存在する店舗、ビルの細部の造形などが微妙に通常のループの時と変化しており、ニグラス亭を探すのは難しかった。
ビルの設計者や注文主の性別が変わった事による細かなレイアウトや外装の違いが如実に表れているお陰で、大まかな配置はともかく、細々とした部分が色々とズレているのだ。
結局、頭の中で以前の周におけるアーカムシティ全体の立体図とこの周のアーカムの立体図を重ね合わせて、どうにかこうにか辿り着いた訳なのだが……。

「場所で言えば、間違いなくここなんだが……」

本来ニグラス亭が存在している筈の場所には、見慣れた定食屋は影も形も存在していない。
代わりに、寂れた路地に相応しい、ほんのり古臭く、その代わりに無駄に頑丈そうな質素な造りの家が存在している。
表札は存在していない。
玄関の戸は一見して木材のようではあるが、端々の細胞に魔術的な作用で変質した跡が見られる。
これで確信が持てた。
ここにはまだシュブさんが暮らしている。
呼び鈴を数度鳴らし、一分程待つ。
出てこない。呼び鈴が壊れている可能性を考慮して、ドアを強めにノック。

……出てこない。
いや、出てこない事は何もおかしな事では無い筈だ。
何らかの理由でニグラス亭を経営していないにしても、シュブさんにも日々の生活がある。
何処か別の所で働いているかもしれないし、日用品や食材の買い出しに出かける事もあるだろう。
それこそ、友人と遊びに行っている可能性もあるし、普通に昼寝している可能性だってあるのだ。

だが、何故だろう。
こんな、何でも無い事の筈なのに嫌な予感が、胸騒ぎがする。
胸騒ぎがする、というだけで、俺のセンサーは何も異常を感知できていない。
シュブさんの家の中がマップに映らないが、シュブさんの家やニグラス亭では稀にある事なので異常とは言えない。
周辺に脅威は存在しない。それは俺の全スペックが保障している。
でも、

「魔術師の勘って、結構信頼性高いんだよな……」

呟きながらポケットの中に手を突っ込み、亜空間から鍵束を取り出す。
家の鍵に倉庫の鍵に自転車の鍵に機動兵器の起動キーに……、あった。
シュブさんの家の鍵。
迷い無く鍵穴に鍵を差し込み、回す。
がちゃりと音を立て鍵が開いた。
今更だが、少なくとも鍵は元から掛かっていたようで、ほんの少しだけ安心する。

玄関を開ける。
木の癖に霞の様であり、粘性を持つ重金属の様でもあるドア。
獣の唸り声にも似た低い音を立てながら開くドアの隙間に身体を潜り込ませ、内部に侵入。
バッグに入れたメロンがドアに挟まりそうになるが、メロンはドアの挟撃に対しハイパーアーマーを発動、自力でドアを弾き返し無傷。
完全に内部への侵入が完了すると、ドアはひとりでに締まり、鍵がかかる。
オートロックだ。機械的な仕組みは見当たらないが。

家の中のレイアウトはあまり変わっていない。
が、人の住んでいる気配は無い。
いや、シュブさんが住んでいる気配は間違いなくするのだが、人間が住んで産まれる生活感では無い。
廊下を歩くと、以前には見られなかった微妙な位置に傷が出来てるのが良く分かる。
傷の深さ、位置共に、シュブさんが生活する上では付けようの無い位置に多くの傷が刻まれている。
山羊の蹄でもぶつけたらこんな形の傷ができるかもしれない。
フローリングの床には、何かどろりとした粘液がいたるところにこべりついており、掃除された気配も無い。
乾き始めた粘液の跡から類推するに、人間の背丈よりも僅かに高い所からゆっくりと滴り落ちた物が殆ど。

一瞬、シュブさんを陰から偏愛していた男性が押し入り、とても性的な状況に追い込まれているのではないかとも思ったが、どうやらそうではないようだ。
腐りきり黒ずんだ精液の様に見えなくも無いこの粘液だが、僅かにシュブさんの気を感じる。
壁にべっとりと垂れていた粘液に指を突っ込み、にちゃにちゃしたそれを指先で弄ぶ。
成分的には、地球上に存在しないものも含まれているが……、これは恐らくシュブさんの唾液か何かだろう。
ほんの少しだけ、シュブさんの超ロックンロールなソロ活動(性的な意味で)で撒き散らされたそっち系の液体かとも思ったのだが、違っていたようで一安心。

廊下全体、目視できる範囲をスキャンし、廊下に残った粘液の中から新鮮な物をランク付け。
当然と言えば当然なのだが、シュブさんの自室の方に近付くにつれ、新鮮な粘液が零れている。
窓から飛び出したりしない限り、シュブさんはここに居る筈だ。

そして、シュブさんの自室の前。
幾度となく、という程では無いけれど、それなりの回数をこなした動作でもって、シュブさんの自室のドアをノックする。

「シュブさん、俺です。バイトの卓也です」

因みに、シュブさんは俺と姉さんと美鳥の事をそれぞれ下の名前で呼ぶ。
三人ともそれなりに付き合いがある為、名字で呼ぶとややこしい事になるからだ。
もっとも、名前を呼ばれてもその名前がまともな音域で聞こえた事は数えるほどしかないのだが。

十秒、二十秒、三十秒。
返事はない。眠っているのだろうか。
常識的に考えれば、ここは大人しく帰るべきなのだろうが、嫌な予感は消えていない。
ただ眠っているだけだとか、息を潜めてソロ活動していた、なんて落ちもあり得るかもしれない。
それはそれで構わない。つまりシュブさんの安全はその時点で保証されているからだ。
そんな場面に侵入してしまったならシュブさんの俺に対する信頼は地の底にまで落ちてしまうだろうが、シュブさんが無事ならばその程度の事は許容可能。

意を決し、ゆっくりとドアを開ける。
部屋の内部は至る所にヘドロの様に濁り切った粘液がへばりつき、反対側の壁を見る事すら困難な程、濃密に霧の様な何かが立ち込めていた。
有毒ガス、ではない。というより、単純な気体ではない。
この部屋に立ちこめる濃密な雲の様なこれは、一種の生態的な特徴を備えている。
単純に言って、生きているのだ。
だが、唯の霧状生物とも言い切れない。
視界を遮る雲状のそれらは、部屋のあちこちで明滅する切れかけの電灯の如く、不安定に寄り集まり、良く分からない肉塊を形成している。
ほつれた毛糸程の細さの触手に、捩じれた短い山羊の脚、粘液を垂れ流す口にも似た穴。

「シュブさん!」

慌てて、俺は部屋に立ちこめる雲状のシュブさんを抱き寄せ、圧縮する。
部屋に立ちこめる雲を二本の腕で抱きしめる、というとかなり概念的な行動に見えるかもしれないが、この程度の事はある程度の実力を身に付けた神性ならば属性問わず可能な行動だろう。
俺の腕の中に圧縮されたシュブさんは、雲と触手と肉塊の中間の様な姿で弱々しく呻き声をあげる。

『──見な───で』

目や耳、触覚の役割を併せ持つのだろう無数の細い触手を俺から背け、恥ずかしげに大気中のエーテルを震わせて呟くシュブさん。
攻撃能力を備え、獲物を引っかける為の反しの付いたやや力強いフォルムの触手を、こちらを押し退ける様にべしべしと叩きつけている。
だが、その触手の力も弱々しい。
普段のシュブさんならネームレスワンが一撃でオーバーキルされる程度の力は出る筈だが、今の力では精々デモンベインが大破する程度。
俺の身体相手では子供が軽く叩く程度にしかダメージは通らない。
そんな事を考えている間にも、シュブさんの非生物的に捩子曲がった口から、ごぼごぼと粘液を飛び散らせながら苦しげに咳き込む。

「そんな状態で何言ってんですか」

俺は抱き寄せた雲触手肉塊シュブさん(形の悪い焼く前のハンバーグに絶妙なバランスで悪趣味な色合いの綿飴を混ぜ、そこから蕎麦を生やし更に生焼けの目玉焼きを乗せた感じ)を持ち上げる。
これでシュブさんが人型であったら、多分御姫様抱っこになっているだろう抱きあげ方。

『や──恥ず──いから──』

羞恥心から抵抗を続けるシュブさんの声が、普段よりもはっきりと声として認識できる。
空気では無くエーテルを介しているからだろうか。
だが、何時もよりも良く聞こえるからこそ、声からですらシュブさんの不調が感じられる。
声に張りが無く、普段の溌剌とした雰囲気は垣間見る事すら出来ない。

「駄目です。だってシュブさん、あんな部屋一杯に広がっていたのにベッドに戻れて無かったじゃないですか」

『──uyyyyrrrrrrr■■■■■────』

顔に当たる部分と思われる雲状部分を赤化させたシュブさんの恨めしげな唸り声を無視し、ベッドの前へと移動する。
部屋自体はそう広くも無いのだが、どうにも空間が不安定である為かベッドへの距離が遠い。
シュブさんはささやかな抵抗としてじたばたと短い脚で蹴りを入れつつ、しかし数本の触手は俺の服の胸元をぎゅ、と掴んで離さない。
尖った蹄が俺の服を引き裂く前に、どうにかベッドにたどり着ければいいのだが……。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結論から言って、シュブさんは軽い体調不良だった。
数十年前、丁度アリゾナにデモンベインとリベルレギスが落着したと同時期から徐々に体調が崩れ始め、人型を保てなくなり始めたらしい。
その他、熱、鼻水、粘膜の炎症、触手の先のしびれ、蹄の付いた足の肉離れなどが併発。
こんな体調では食堂を経営する訳にも行かず、店は一時的に店舗ごと撤去、療養に時間を費やそうとしているのだとか。
因みに、この街の病院では無く、一度里帰りして地元のかかりつけの病院で薬を大量に貰って来たらしい。
特殊な体質の人はこういう時に不便なのだ。俺にも少しだけ覚えがある。

「で、治りかけた気がしたから少し外出して買い物とかしていたら、一気に全部ぶり返してきた、と」

「────」

顔っぽく蠢く雲部分のすぐ下まで布団を掛け、『こくり』と弱々しく一度だけ頷くシュブさん。
どうやら、本人も多少調子に乗り過ぎていたという自覚はあるらしい。
そりゃ、寝てる間に思いついた新メニューの材料揃えに市場に行って、知り合いの作家の新刊を買いに本屋に行って、気になる新作映画見に映画館行って、その直ぐ次の日に体調崩せば、余程の馬鹿でも無ければ反省するだろう。

溜息を吐きながらも、持参したメロンを取り出し、その場で適当なサイズにカッティング。
斬り方にも気を付けている為に汁は零れていないが、シュブさんがこぼした粘液的なよだれがあちこちでシミになっているので、今更気にする必要はなかったかもしれない。
皿に盛りつけフォークを刺し、ちらちらと此方に触手を向けるシュブさんに差し出す。

「食べられますか?」

「──」

シュブさんは触手の連なりと化した顔をふるふると横に振る。
先ほどベッドに運ぶまでの抵抗で体力を使い果たしてしまったのだろうか。
仕方が無いので、小さくカットされたメロンに刺さったフォークを手に、メロンをシュブさんの口元、へと……。
ええい、口はどこだ。触手しか無いじゃないか。
と、思ったら、触手のざわめきの中に恐らく口と思われる部分を発見した。
宇宙の深遠にも繋がっていそうな、漆黒の闇を湛えた口内。

「シュブさん、ほら、口開けてください。『あーん』です」

「────」

収束し掛けていた顔面を赤熱した雲に徐々に変化させつつも、触手の隙間に見える小さな口を開け俺の突き出したメロンを口に運ぶシュブさん。
金属製のミミズが大量発生した中に突っ込んだらしそうな、妙にがりがりザリザリと硬質な咀嚼音。

「美味しいですか?」

「─ん……」

頷きと共に聞こえた肯定の言葉は、前半が聞き取れなかったのか一文字だけの頷きだったのか。
にちゃぁ、と、粘液染みたシュブさんの唾液と共に引き抜かれたフォークは溶解しつつも削り取られ、既にフォークとしての機能を半ば失っているように見える。
唾液を飛ばす様に軽くフォークを振り、シャコン、と小気味良い音と共にフォークの先端が再構築。
次のメロンに突き刺し、シュブさんの口の前に持って行く。

「次は、メロンだけ食べて下さいね」

俺の言葉に、難しそうな表情でどうにか頷くシュブさん。

──結局、シュブさんがカットしたメロンをお腹いっぱい食べるまでに、フォークは八回程の再構築を余儀なくされたのだった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

家に戻り、床の上でぐったりしてる美鳥を横目に、余ったメロンを姉さんと処理。

「で、シュブちゃんは入院するって?」

「うん、二年半もすれば治るから、それまでは大人しくしてるってさ」

なんでも、ここ最近急にホルモンバランスが崩れたせいで、全体のバランスが維持できなくなったとかどうとか。
魔術研鑽の片手間に蓄えている医療関係の知識では、ホルモンバランスが崩れた程度で人の容から逸脱するとか聞いた事も無い。
が、まぁあのシュブさんの事だから、触手や肉塊や霧の塊になるなんて事は珍しいことでも無い。ループ初期ではちょくちょくあんな感じの姿だった周もあった訳だし。
人と異なる体質だと、下手な病院には掛かれないものなぁ……。

「自宅療養じゃ駄目なの?」

メロンの房の根元に親指を当て、開く様にして綺麗に真っ二つにカット、皿に片方を置いてスプーンで中の種を取り除きながら姉さんが首を傾げる。
俺としても、ニグラス亭がまる二年使えないのは不便でならないからそうして欲しかったのだが。

「自宅療養だと、変な治り方してふたなりっ娘になるかもしれないから、ちゃんと検査を受けたいんだって」

別に、俺はシュブさんがふたなりだろうが何だろうが、元気にニグラス亭を切り盛りしてくれれば何も文句はないのだが、そういうのは他人では無く本人の気持ち次第だろう。
治りかけの所ではしゃいだだけであそこまで病状が悪化するなら、やはり本人にも気付けないレベルで疲労が溜まっていた可能性もある。
バイトと間食のあてが無くなってしまったのは辛いが、シュブさんも働き詰めだった訳だし、これを機にしっかりと休んで貰うのも悪くはないのかもしれない。

「美鳥は?」

ふと思いつき、床に倒れ伏したままの美鳥を横目に見ながら問う。
超立方体状態で姉さんのポケットに入れられていた美鳥を取り込み、今回の強化で手に入れた能力や諸々を組み込んで再構築してからかれこれ二週間あまり。
最初に少しトラブルはあったものの、既に美鳥の最適化は完了している。
シュブさんの所に挨拶に行く時には、出歩く元気は無かったものの、ここまで微動だにしない程ぐったりはしていなかったと思うのだが。

俺の問いに、姉さんはメロンにスプーンを突き立て球状に刳り貫く作業を止め、答える。

「えっとね、身体を成らす為に、卓也ちゃんがシュブちゃんの所に挨拶に行って少ししてから、散歩に行ったの」

「うん」

「そしたら、街で武装警察の二人に会って。ほら、性転換してるじゃない?」

「してるね」

「女武装警察の二人のバストが」

「わかった。この話題はやめにしておこう」

床に倒れている美鳥の顔の辺りから、塩っぽい臭いの透明な液体が流れ出している。
ついでに啜り泣きもセットで聞こえて、心なしか美鳥の肩も震えている。
これ以上詮索しないのも武士の情けだ。

「でも、そっか。シュブちゃんとこは二年半お預けかぁ……」

半分になったメロンを抱え込み、姉さんがしみじみと呟く。

「姉さんが作品世界の存在に気を掛けるなんて珍しいよね」

「嫉妬しちゃう?」

まさか。
首を横に振り、考えながら答える。

「姉さんなら、そうする意味があるんじゃないかなとは思ってるよ」

そうする意味、シュブさんかシュブさんの周辺に何かがある可能性。
俺はそれに付いて深く考える事が出来ない。
しない、でも、気が向かない、でもない。
文字通りの意味で、俺は何故かシュブさんに対して思考が鈍り、不自然なまでに鈍感になる。
シュブさんの事を別の場所で話している時でも無ければ、自分の思考が不自然に鈍っている事にすら気付けない。
そして、思考の鈍りに気付けてもそれを直さなければと思えない。危機感を抱くべき事柄では無いと思ってしまうのだ。
真相に近づこうという気さえ起せないのだから、これに関しては考えるだけ無駄だろう。

「無い訳じゃないけど、それでなくても、あそこのジンギスカン定食は美味しいでしょ?」

姉さんがほんの少しうっとりとした表情で空を仰ぐ。
確かに、ニグラス亭のジンギスカン定食は絶品だ。味もそうだが、まず見た目のインパクトも凄い。
ジンギスカン鍋に乗せられた羊肉がじゅうじゅうと激しく音を立てながら煙を吹く様は、初見ならば間違いなく心奪われる光景だ。
肉汁とタレが浸み、ほんのり焦げの入った野菜もかなり量があり、肉ばかりで飽きるという事も無い。

「俺は、唐揚げ定食の方が好きかなぁ」

対して、唐揚げ定食は決してニグラス亭における人気メニューという訳でも無いが、その豪快な盛りに一目置く客は決して少なくはない。
脂身ばかりで食べるところが少ないと言われがちなペンギンではあるが、何故か唐揚げになる段階ではそれなりに筋肉も詰まった肉質に変化しており、ジューシーなだけでなく鶏肉の確かな歯ごたえも存在しているのだ。
他の常連客(黒い神父だとか銀髪の少女だとか褐色肌のメイドだとか白い獣だとか、他にも豪奢な黄色の法衣を来た仮面の男とか、頭の両脇が白髪の美食家とか、作家業を兼業する大食い探偵とか)が言うには、ある時期を境に唐揚げの作り方が絶えず変化し続ける様になったのだとか。
俺も、味やら食感が良くなったり悪くなったりしているのは気になった。
初期の頃に比べて薄目の味に変化しており、タレに付け込んだのではなく、塩と酒をメインに適度な量のスパイスでの味付けに変化しているのだ。
そのお陰か、サッカーボール程という異常なサイズからは想像も出来ない程に食べやすく、しかも食べ応えもあるので、バイト以外で行けば必ず食べると行っても過言では無い程食べ続けている。
シュブさんも店を出す以上は商売人だ。メニューの改善には一手間も二手間もかけているに違いない。

「あたし、あの店はレアチーズケーキと山羊ミルクを本格導入すべきだと思う」

先ほどまで殆ど動かなかった美鳥も手を上げながら主張する。
声が僅かにかすれているが、気にしないで挙げるのが優しさというものだろう。

美鳥が言うレアチーズケーキと山羊ミルクとは、もちろん以前にシュブさん宅で頂いた物の事。
一時期店に出していた、形と味と風味と栄養価と値段を整えただけのものではなく、霊質的にも優れた効用がありそうな気がする程の美味しさを誇っている。
地球人類の持ち得る言葉では形容しがたい味なので詳しく説明は出来ないのだが、これがまたべらぼうに美味い。
が、これを作るとシュブさんの肉体の一部がもやもやして熱を帯び、まともに仕事をする気が無くなってしまうので、大量に作るのは難しいと聞いた。
美鳥としては残念だろうが、シュブさんの体調の良い時に行けば他の客には内緒で作ってくれるらしいので、その時にでもお土産に持ってきてやろう。

とまれ、何のかんの言って、姉さんも俺も美鳥も、ニグラス亭の、シュブさんの作る食堂飯にそれなり以上に惹かれているのだ。

「ま、お姉ちゃん的には、無いなら無いでいいんだけど」

「お姉さん出不精だもんね」

確かに、買い物とか、時たまふらりと散歩にも行くけど、毎日って訳でもないしな。
あんまり積極的に出歩くとその世界に飽きるのが速くなるからじゃないかと推測しているのだけど。

「とにかく、最低でも二年半はニグラス亭に行けない訳だし、他に美味しい店探すのもいいんじゃないかな。この一周は、強化とか関係無くまったり過ごすんでしょ?」

姉さんの言葉に頷く。
ニグラス亭を見つけ通い出してから、もう飛ばしたループを抜かして考えても数百年近く経過している。
他の店に行かなかった訳でも無いが、そういった店に入るのは待ち合わせまでの時間潰しだったり、何か注文したにしても特に味を気にせずに流し込んでしまう場合が多かった。
ここらでニグラス亭の留守に代わりを務められる店を探すのも、マンネリ回避の上では重要だろう。

「二年半も時間がある訳だし、そんなに急ぐ必要も無いと思うけどね」

「ミスカトニックに入学してからでも十分間に合うわな」

あと二週間もあるが、一度日本に戻ってルルイエ異本不完全写本の安置してある遺跡の場所を確認して、シュリュズベリィ先生との邂逅に備えよう。
皿の上に残ったナノテクメロンの皮が自発的にティッシュで水気を取りゴミ箱に向けてジャンプする姿を眺めながら、俺はどうやって新たなアーカムの隠れた名店を探しだすか、そんな事ばかりを考えていた。





続く
―――――――――――――――――――

第五十五話でした!
今回は五十六話とセットなので後書きは短めで。


シンプルな自問自答コーナー。

Q,大導師さまの『ゆ』?
A,照れ屋さんなんですよ、きっと。

Q,シュブさんが!
A,なんか感想で人気が出てきたみたいなので、あざとく看病イベント。見ての通り産まれたままの全裸です。サービスカットだね!TS周では病欠。

Q,ナノテクメロン?
A,ナノマシン技術の粋を結集した無敵のメロン。強くてかっこよくておいしい。いわゆる、『ぼくがかんがえたさいきょうのめろん』
以下ステータス。
攻撃力・あまり自発的に動かない。自己防衛の為なら蔦を使って機械獣を絞め殺せる。並の害獣なら真っ二つに千切れる。
防御力・すごいがんじょう。二刀流のカイザーブレードなら耐えきる。ダメージを受ける度に更に甘くなる。
敏捷性・おそろしく速い。フリーダム以上テッカマン未満。食べられた後は素早くゴミ箱に移動する事ができる。
糖度数・素晴らしい甘み。味皇の脳味噌が爆発して、秋山ジャンが悔しそうに敗因として語り出す。
香り・グルメ界に迷い込んだかと錯覚する程の豊潤な香り。気の弱い者なら失神する。
見た目・アールスフェボリットにも通ずるデザインの美しいマスクメロン。表面の網目の様なエナジーラインは地球の龍脈と似た配置になっているかもしれない。任意で手足が生える。
性格・生みの親である主人公に忠誠を誓う寡黙な紳士。通常なら並みの刃物では傷一つ付かないが、食べられるべきだと思った相手には自ら身を開き実を差し出すという。
繁殖力・ほぼ無し、頂点は常に一種のみ。種は余程肥沃な土地で無ければ芽も出さない。ナノテク畑(文字通りの畑的な意味で)専用と言ってもいい。


次回予告と内容が一致してないって?
五十六話は早めに投稿するのでそれで許して下さい。
まぁ次回は次回でTS回の使い捨てメインヒロインは触り程度にしか触れないけどな!

そんな訳で今回もここまで。
当SSでは、誤字脱字の指摘に即座にできる文章の改善案や矛盾している設定への突っ込みに諸々諸々のアドバイス、そしてなにより、このSSを読んでみての感想など、心からお待ちしております。









犬も歩けば棒に当たる。
名探偵は殺人事件の発生率を上げ、悪党はヒーローを招喚する。
トリッパーはどうか。
トリッパーはイベントに当たる。そして原作キャラに当たる。
原作に出てこない場所だからと油断は禁物。
原作キャラだって、買い食いくらいしているのだ。

次回
『ラーメンと風神少女』
お楽しみに。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
9.07276105881