ー「忍になった男」ー
ある男の話をしよう。
彼は幼い頃の事故により寝たきりの生活を送っていた。
ISから流入する技術も苦しみを和らげるだけで根本的な解決にならず、体はベットに沈んだままだ。
もっぱら彼の楽しみは本を読むこと、彼の部屋は書庫と言ってもいいくらいに本だらけであった。
時折痛む体に悩まされつつ静かで退屈な毎日が続いていた。
そんな時に彼は親からある相談を持ちかけられる。
前に受けたVR治療法、その新しいモデルが提案されたというのだ。
「外に出れない息子のためにせめてその感覚だけでも感じてほしい」という、
彼のことを思う親が持ってきた話だった。
彼自身、VR治療法は嫌いでは無かったが,
それはやって行けば行くほど偽物だと感じてしまうお粗末なものだった。
結局、前回のVR治療法は功を奏さず1ヶ月も持たずに効果なしと診断され終了になったのだ。
しかし、新しいVR治療法は違うと親がやけに興奮していたのが印象的であった。
親が言うには安全のためまず自分で試してみたのだそうだ。
そして、装着しVR世界に降り立った時、たしかに現実と同じ草原を感じることが出来たんだと言っていた。
その時は、約2時間、夫婦で装着してVR世界の草原で久しぶりのデートを楽しんだと惚気られた。
少し考えさせて欲しいと彼は言った。
それを聞くとゆっくり考えなさいと言って親が部屋を後にした。
彼は昔のことを思い出す家族で行ったあの草原のことを今でも記憶鮮やかに残っている草の上を走る感覚、
転んだ時に感じた草と土の軟らかい匂い、あの感覚をまた味わうことが出来るのだろうか……。
彼は、1夜の間それを考え続けていた。
次の日、彼は新しいVR治療法を受けることにしたことを親に伝える。
数日後、医療関係者を伴ってクロム社の交渉役を名乗る者が現れた。
オーメルと名乗った交渉役は、この新しいVR治療法の利点や注意点などを話し、ある契約を持ち掛けてきた。
このVR装置は、まだ寝たきりの方には使用されたことが無く、彼が一番最初の被験者となるらしくデータ取りをさせてほしいと言う事。
また、それに関しての万全のフォロー及びVR装置のレンタル料を優遇するということだった。
あまりにも上手すぎる話に彼は耳を疑ったが、オーメルは前回の時の迷惑料だと思って欲しいと言った。
オーメル曰く「クロム社はお客様の夢を実現する手助けをするのが役割」らしいが彼はそんな標語聞いたことなかった。
ふと、オーメルが周りを見回して言った。
「忍者が好きなんですね」と。
そう彼は生粋の忍者好きだった。
彼の部屋には忍者に関する小説から解説本、漫画までずらりと並べられていたのだ。
彼はオーメルに対して「NINJAじゃなく忍ですよ」と返した。
それは彼がよく言う口癖のような物だった。
彼の忍者好きは半ば憧れのようなものだった。
自由の利かない自分の体がもし動くのならば跳び回りたいと思っていた。
それは不自由な体への決別、自由な体への憧れ。
その自由な体を限界まで鍛えた集団『忍』に憧れるもの当然のことだった。
TVで見るISのようなパワードスーツなんていらない。
ただただ自由に翔けまわれる身体が欲しかった。
彼がそんなことを思い返しているとオーメルはこう言った。
「その夢叶えたくありませんか?」と。
その時の声はとてつもなく胡散臭かったと後に彼が親に話したと言う。
契約は成り、部屋にVR装置が備え付けられた。
今回の装置はそんなに大掛かりなものは必要無く、搬入されたのはヘッドセットと大きめのタワー型PCだけだった。
むしろ、医療班の持ち込んだ計器のほうが部屋を圧迫している。
そしてなぜかオンライン仕様のVR装置。
オーメルが気を利かしてオンラインゲームを付属してくれたらしい。
会費はこっち持ちだったが……。
VR装置レンタル料及びオンラインゲーム、回線料1月コミコミプランで15000円の超優遇だったらしい。
そのオンラインゲームの名前は『ライド・オン』、本当なら部屋料込みで1時間2000円のゲームなんだそうだ。
それだけ彼のデータに価値があるということだろう。
ちなみ言っておくと彼の親は資産家で家自体も結構デカイ、なんでも息子を治すために様々なことに手を出していたらこうなったと言っていた。
弟と妹もいるが、どちらもクロム社で働いているためこの頃は顔を合わしていない。
頭も良く性格も悪くない2人だったが……またにぶっ飛んだことをやらかすのが玉に瑕だった。
余談ではあるがこの『ライド・オン』のクレジットに2人の名前があったりする。
その日の内に準備は終わった。
動かなくなった手足にセンサーが付けられサイコダイブ時の反応を記録するとのことだ。
彼の頭にヘッドセットが被される。
いい夢を。
それが被せた医療班からの言葉だった。
彼は今草原に立っている……風がそよぐ、草が囁く。
たしかにそこは記憶の草原があった。
草の感触、匂いまで……。
味はしなかったが。
それから彼の楽しみの1つに1日5時間のVR治療が加わった。
最初の内は、草原などで走り回った。
ジャンプも寝転がることも立ち上がることも出来た。
それは彼にとって仮想空間のことであったとしても嬉しいことであった。
1ヶ月くらいするとデータは十分に取れたのか、医療班の人がゲーム中での手足の反応を取って置きたいと伝えられた。
とりあえず明日からと言われた彼は取り扱い説明書を読んでいた。
ゲームをあまり知らない彼だったが、どうやら多人数対戦型のFPSオンラインゲームということは解った。
まあ彼にとってそんなことは些細なことだった。
使用キャラクターの中に忍者がいたのだから。
『忍術』という『魔法』を使うなんちゃって忍者だったが、興味を持つには十分だった。
医療班も彼の選択に賛成した。
サイコダイブ時の激しい運動が患者にどのような影響を与えるか調べたいところだったと言う。
いつものようにヘッドセットを被されるといつもの草原に出た。
そこに浮かぶ『ライド・オン』の立て札……彼がその立て札に触ると横にワープゲートのようなものが出来た。
彼がおもむろに入っていくと次に受付のような場所に出た。
取扱説明書によればここでジョブなどを設定できるらしい。
受付のようなカウンターに浮かんでいる『ライド・オン』の表示に手を触れる。
すると昔のSFに出てくるサイバー空間のような場所に飛ばされた。
目の前には、様々な表示が浮かんでいる。
騎士、魔法使い、オートマタ、獣人、エルフ、……そして忍者。
なんとも節操の無い選択肢が並んでいた。
勿論彼は忍者一択だった。
彼は初心者演習を受け、忍者としてトレーニング中であった。
感覚は、やはり味覚だけ感じない。
ゲーム上食べる物がないというのも関係してるのかもしれないが彼にとっては些細なことだ。
その日、彼は初心者演習を出ることは無かった。
理由は簡単な事、彼は忍に関しては妥協しなかった。
だから動きをマスターするまで戦闘に出るつもりは無かった、彼の中にある『忍』の動きを実現させるために。
日々5時間、彼は戦闘に出れば忍術をほぼ使わず、ステータス強化のパッシブスキルばかりを取ったガチ戦闘型と成っていた。
彼はとことん自分の理想である忍らしさを追求していった。
拠点制圧ならば誰にも気付かれず制圧し。
チーム制圧ならば闇討ちし。
フラッグ戦ならば敵から追撃されている味方を助け。
チームデスマッチならば、最後まで生き残った。
それでもって戦績も良いのだから誰も文句は言えない。
彼が自分勝手な戦いをして味方を巻き込んでいれば責めることも出来たのであろうが、
彼は味方のフォローをしつつ、勝利に貢献していた。
ある者が包囲されていれば包囲出来ないくらいに敵を減らしたり、
攻撃でピンチになっている者を変わり身で助けたりもしていた。
袋叩きに遭いそうになった味方を姿を見せずに助けるなど日常茶飯事だった。
それを見た海外ユーザーが、本物が紛れ込んでいると騒いだこともあった。
彼は只管に忍であろうとした。
彼がランカーに入りかけたある日、医療班から面白いデータが取れたという話を聞かされた。
もしかしたら君は立てるようになるかもしれないとも。
詳しい話は良くわからなかったが、すでに神経の代行が始まっているとのことだった。
それを聞いた彼の親が喜んだのは言うまでもなく、彼もまた喜んだ。
それが可能性であろうとも。
データをほぼ取り終えた頃、『ライド・オン』で参加する戦闘を選択していると運営からメールが届いた。
おもむろに開いて見ると「忍者になりたくありませんか?」と書かれ、最後にオーメルの名が記されていた。
あの胡散臭い交渉役からの意味不明な手紙だった。
それでも彼は即返信する。
「なりたい」と。
そこに迷いなんてものはなかった。
その後すぐ、向こうからメールが送られてる。
そこには1文だけ書かれていた。
「その夢、承りました」
後日、クロム社の交渉役であるオーメルが自宅に訪れ、プロジェクト『武装神姫』について語り、
素体のモニターになって欲しいと誘われた。
その素体とはTYPE:忍者型フブキと言われ、素体の雛形とされるものだった。
彼はもちろん、『くノ一』という女の忍のことも知っている。
忍になれない女忍、それは上忍や中忍などの階級にとらわれない『くノ一』という項目に所属する者。
オーメルが言うには、貴方の操作技術、行動を見て一番モニタに適切であると判断しましたとのことだった。
さらに続けるオーメル。
「また、貴方のゲーム中でのプレイ姿勢に熱を上げた方が上層部や技術部におられまして、招待してほしいとまで言われてしまったのですよ」
と少し困った顔で言ってた。
親しくなった医療班が言うには、素体へのサイコダイブにより神経が活性化されるかもしれないという。
また彼の親は、心配であるが自分の人生であるから判断は任せるとのことだった。
彼は、夢を見ることに決める。
クロム社と彼の契約は再度成った。
あの契約から1週間後モニター用の素体と対面したその日、彼は久々に本物の地を蹴った……。
走る、翔ける、跳ぶ。
ゲーム以上の感覚がそこにはあった。
でもやはり、味はしなかった。
彼がモニターになって早くも半月が経った。
モニターも増え、動きも大分熟れた頃、ある企画が開催される。
それはモニター同士による障害物レースだった。
この試験場では、軍事用アスレチックから自然の林まで用意されている。
それを最大限まで有効活用したレースを行うということだ。
レース当日、彼は1分のハンデを付けられてレースが始まる。
他の者たちが先に出発していく中、彼は腕を組み瞑想してスタートの合図を待つ。
スタートの合図と共に彼は風と成った。
前傾姿勢を更に水平に近付け、腕を振らず胴体を動かさない。
いわゆる『忍者走り』と武装パーツにある重力制御装置を活用し、コースを半分しないうちにトップに躍り出た。
水走り、壁走り、壁のぼり、2段跳び、彼が忍として目指したものがここにあった。
土を蹴り彼は走る。
枝を蹴り彼は翔ける。
忍として彼は駆け抜けたのだ。
このレースの模様はプロジェクト発表の時に使われるほどその姿は輝き美しい物だった。
また、この映像は武装神姫のPVにも使用されている。
彼の病状であるが回復の兆しを見せていた。
その年に開催された第1回クロム社主催大会では会場に車椅子であったが行けるほど回復していた。
大会では新型との対決で僅差で敗北したが準優勝を勝ち取り、特別賞を受賞している。
なお優勝者の名前は『ハスラーワン』、素体は『NB』と言った。
彼はその後の大会でも新型に引けを取ることなく好成績を残していく。
クロム社のバックアップがあるとは言え、その結果は素晴らしいものだった。
しかし、その日々も終わりに近付くマヒが心臓すら侵し始めたのだ。
いくら手足が動くようになったとしても心臓がやられてしまえば御終いである。
医療班も手を尽くしたが原因は不明。
解ったことは心臓自体が急速に弱り始めていることだった。
余命半月を言い渡された彼の元に再度、オーメルが現れた。
もしかしたら生き残れるかもしれない。
そんな甘い言葉でオーメルは提案をしてきた。
ある研究員の研究が成功し、クロム社がその再現に成功したという話から切り出された。
それはナノマシンを使った脳髄の移植手術のようなもので、生身では耐えられず義体か素体での生活を余儀なくされる。
また副作用があり、記憶の混乱がみられるということだった。
彼の選択は……。
火葬場で彼であった者が焼かれていく。
そこにはその様子をカメラアイで見ているフブキの姿があった。
オーメルに着いてきた彼女は、彼の愛機だった素体だと説明された。
終始無言だった彼女は悲しみにくれる彼の両親に会釈してオーメルと共に静かに去っていった。
月下のビル屋上に1体の武装神姫が佇んでいる。
その姿は、TYPE:忍者型フブキであり、その製造番号はNo.00。
彼がサイコダイブしていた素体であった。
そしてクロム社がDr.Kの残した特別処置技術を再現した素体でもある。
彼女の名前はイブキ。
生前の名は忘れ、代わりに忍の心得と技術が残された。
クロム社諜報実動部門、実動隊長。
それが彼女の肩書き。
任務達成率98%を誇り、類稀なる諜報及び戦闘技術を持つ彼女を人は敬意を表してこう呼ぶ。
『上忍 イブキ』と。
彼女は武装パーツを展開し、夜の空に飛び込むとその姿は闇に溶けていく。
彼女の時間はまだ明けない。
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リーグ戦のときに出てきたイブキさんの話。
外伝なのでさらっと終わらしてみる。
ISの出番なかったよ……orz