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教育(学ぶ・育む)

【教科書を考える】

歴史教育、戸惑う教師

2011年07月28日

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社会科教師自作のプリントが貼られたノート。子どもたちの知識定着を図るため、教師は知恵を絞る=横浜市内

 横浜市では昨年から8区の公立中学校で、自由社の歴史教科書を使っている。既存の教科書を「自虐史観」とする「新しい歴史教科書をつくる会」が主導した教科書の内容に、戸惑う教師たちがいる。

■資料補足し教材工夫

 昨年4月。1学期が始まる直前、40代の男性教諭は自由社の歴史教科書を初めて手にし、強い違和感を覚えた。日本神話のコラムが大量に載っていたからだ。「生徒が神話と歴史的事実を混同しないだろうか」。同時に、太平洋戦争を「大東亜戦争」と強調するなど「価値観の押しつけでは」とも感じた。

 授業を始めると、戸惑いはさらに強まった。5〜6世紀に大陸から移り住んだ「渡来人」を「帰化人」と黒字太字で表現するなど、語句や史料の使い方も、これまでに使った教科書とかなり違う。それに加えて、写真の裏焼きや単純な事実関係の間違いも他の教科書と比べて多かった。

 他社の教科書で必ず学ぶ内容も抜け落ちていた。江戸時代は「平和と安定」の時代とされ、重い年貢に苦しむ農民たちの実態がほとんど描かれない。生徒たちには、一揆などで用いられた「傘(からかさ)連判状」の資料を示して、武士による支配と団結して対抗した農民のことを説明した。「欧州の市民革命や産業革命の項目でも、民衆の状況の説明が非常に少ない」と話す。

 授業で自作プリントを配るなど、この男性教諭のように補足説明に工夫を凝らす教師は多い。50代の女性教諭は教員仲間で作った研究資料2種類と以前教えていた歴史教科書を参照しながら、自由社版を読み込む。ざっと読んだだけでは気づかないこともあるからだ。「以前よりも、教材研究に多くの時間を取られるようになった」と話す。

 市教委は昨年4月、各校長に「採択した教科書を必ず使用しなければならない」と通知した。「現場に無言の圧力になっている」と困惑する教師は多い。

■問題意識 世代で差

 自由社の歴史教科書の特色は、検定が不要な「教師用指導書」ではさらに強調される。例えば「アメリカと戦争が始まったことを知った国民の多くはどう思ったか」という3択問題。正解は「スカッ、と晴れやかな気分になった」で、「怒った」と「悲しんだ」は不正解となる。「破竹の進撃」をした東南アジアでの日本軍の占領で「一般住民を数多く処刑した」は「×」だ。

 長年にわたって社会科を担当した市立中学校の元校長は「『スカッ、と晴れやか』以外を誤りとするのは、多面的な見方を育てるという教育の目標と対極にある」と批判する。

 だが、こうした問題意識は若い世代を中心に希薄になっている。40代の男性教諭は、教科書や指導書を手にした教育実習の男子大学生から「どこが間違っているんですか。わかりやすくていいじゃないですか」と言われた。この指導書を職員室の机の上に常備している教師もいるという。

 教師の意識の変化には、教科書採択制度が変わったことも影を落とす。横浜市では以前、採択に学校現場の意見を反映させる「学校票」があった。教師たちは採択前に市内数カ所で開かれる教科書展示会に行き、教科書を読み比べて検討。地域性なども考慮して希望する教科書を挙げていた。

 だが、2001年に「学校票」は廃止。代わりに各区校長会が検討し、報告することになったが、それも05年には廃止された。

 「多くの教員が展示会に行かなくなり、教科書を話題にすることもなくなった」と、ある男性教諭は嘆く。

■現場の声が届かない

 横浜国大付属横浜中学校(横浜市南区)は、教師たちが内容を検討した上で使用する教科書を決める。

 社会科担当の30代の男性教諭は「そもそも教科書は記述がまとまりすぎ、使いにくい」と話す。「歴史授業の本質は、どんな視点を基軸にして過去を判断するかを考えさせる点にある。権力者の記録である『史実』の裏側も示すために、副教材のプリント作りは欠かせない」

 そんな教諭の授業に、若い同僚や教育実習生が「歴史って面白いんですね」と、今更のように感心するという。「いろいろな視点から見る訓練をしてないんだ、と痛感する。世の中全体が一方向へと流される危険なムードの今、教室はいろんな意見が自由にぶつかりあう場でありたい」

 公立中学で使う教科書の選択に、現場の声が反映されない仕組みには疑問を感じている。「学校は公共とは何かを教える場。保護者ら周囲の大人や社会全体が、教科書をめぐって学校現場で起きていることに関心を持ってほしい」

(星井麻紀、織井優佳)

 約120人の弁護士が所属する自由法曹団神奈川支部は27日、「歴史や憲法の見方があまりに一面的」として、自由社と育鵬社の中学歴史・公民教科書を採択しないように、横浜市教育委員会に要望した。過去の採択に際し、教育委員の無記名投票が拡大していることについても「密室性、不透明性が増す」と批判、透明で公正な手続きをとるように求めた。

 歴史学研究会(委員長=池享・一橋大学大学院教授)など歴史関連の4団体も「育鵬社版・自由社版教科書は子どもたちに渡せない」とする緊急アピールを共同で発表した。

 アピールでは、近代の戦争を日本の正当化に終始する自国中心の記述にとどまっているなどと批判した。 

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