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クローズアップ2011:原発賠償2法案成立へ 負担分担先送り 「国の責任」玉虫色

 ◇くすぶる東電破綻

 東京電力福島第1原発事故の損害賠償支援の枠組みを定めた原子力損害賠償支援機構法案と原子力損害賠償仮払い法案の修正案が28日、衆院本会議で可決され、成立する見通しとなり、被災者への賠償支払いには一定のめどがついた。ただ、機構法案の修正案は国の責任を明記したが、最終的な賠償負担をどう分担するかの問題は先送りされ、玉虫色の決着となった。肉牛の放射性セシウム汚染問題が拡大するなど、東電の賠償負担がどこまで膨らむかも読めず、東電の苦境は続きそうだ。【立山清也、和田憲二、宮島寛】

 機構法案成立の見通しがついたことで、東電幹部は「“即死”する事態は免れた」と胸をなでおろした。経済産業省幹部も「とりあえず賠償問題を乗り切れる」と語った。東電は9月にも資産売却など6000億円規模のリストラ策の詳細を策定するが、巨額の損害賠償を到底まかなえず、国の支援がなければ、損害賠償に備えた引当金で東電は債務超過に陥って、存続が危うくなるためだ。

 機構法案の修正協議は「国の責任」の位置づけが焦点となった。政府案は賠償責任を「一義的に東電」としたが、野党の主張を受け入れ、修正案は「国は原子力政策を推進してきた責任を負っている」と明記。機構への国の資金支援について、政府案は「電力の安定供給に支障をきたす場合」に限ったが、修正案は支障が生じなくても支援できる項目を盛り込んだ。

 ただ、「国の資金支援は、法案で定めた交付国債と機構向け融資への政府保証以外は現時点で想定していない」(政府筋)といい、どういう形で国が「責任」を果たすかは不透明だ。原子力損害賠償法は国の責任を明記しておらず、修正案は同法の見直しも盛り込んだが、方向性は明示されていない。

 一方、法案修正に伴う付帯決議は、「東電を債務超過にさせない」とした閣議決定の見直しも盛り込んだ。修正協議で「東電は破綻させ、株主なども含めて公正に賠償負担を負わせるべきだ」との強硬論に配慮したもので、賠償にめどがついた時点で東電を法的整理し、株主には減資、取引金融機関には債権放棄で責任を問う可能性を残した形だ。修正案は株主などに「協力」を求める項目も加えた。

 修正案は22日に与野党が合意したが、市場はこれを嫌気し、東電株は27日まで4日続落。28日こそ前日比21円高の452円に反発したが、SMBC日興証券の河田剛国際市場分析部長は「減資などのリスクが再認識された」と指摘する。

 東電に対し硬軟織り交ぜた姿勢で臨んだ修正案だが、仮に法的整理に踏み切ると、東電の場合、被災者への損害賠償より社債保有者への資金償還が優先される規定になっている。被災者救済にしわ寄せが生じかねないが、修正協議は打開策を示さなかった。

 さらに、東電以外の電力会社が機構に拠出する負担金の扱いを巡っては、福島第1原発事故の賠償支援にも充てることに野党が反発したため、電力各社で負担金を個別管理した上で、賠償支援の一時的な「立て替え払い」に応じることになった。これで東電に賠償負担が集中する事態は当面避けられた形だが、将来的に東電が他社の立て替え分を払う仕組みのため、東電の経営不安がくすぶることに変わりはない。

 このため、電力業界では「目先の破綻回避のための法案」との受け止め方が出ている。東電も「とりあえず生き延びることができた」というのが本音だ。

 ◇汚染牛で賠償額拡大

 東電の損害賠償を巡っては、文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が8月5日にも賠償範囲の全体像を示す中間指針を固め、東電は指針に沿って支払いを進める。政府は交付国債と政府保証枠で計4兆円の賠償に対応する構えだが、肉牛の放射性セシウム汚染問題が浮上するなど賠償額がどこまで拡大するかは予断を許さない。

 汚染牛問題は福島県だけでなく周辺県に拡大し、収束の見通しも立たない。全国に流通する汚染牛の処分には、買い取りなどに10億~20億円程度の費用がかかるとみられる。また、国は宮城、山形、秋田、新潟各県で汚染の疑いのある牛の全頭検査の費用負担も検討。出荷された汚染疑いのある16道県の肉牛約3000頭の追跡調査も続いているが、どこが費用を負担するかは決まっていない。

 紛争審査会は29日、農林水産省から汚染牛問題の報告を受け、賠償指針への反映の検討に着手。海江田万里経済産業相は23日、政府の汚染牛買い取り費用を東電に負担要請する考えを表明した。

 東電は福島第1原発周辺の避難住民や、農水産業者らを対象に、当面の生活資金や営業被害を補償する仮払いを進め、28日時点の支払額は約638億円に及ぶ。ただ、「原発事故で収入の道が断たれた」と被害者・団体の東電への賠償要求が途切れることはない。紛争審査会の中間指針で賠償範囲に一定のめどがつくとはいえ、「原発事故の影響は甚大だ。賠償額がいくらになるのか想像もできない」(東電幹部)という。

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 ■ことば

 ◇原子力損害賠償支援機構

 政府や原発を持つ電力会社が出資して設立し、東京電力福島第1原発事故の賠償支援の枠組みの柱となる。政府は機構に対し、必要な時にいつでも換金できる「交付国債」を付与するほか、金融機関の融資に保証を与え、機構の資金調達を支援。機構は調達した資金で東電を支援する。東電は機構の資金支援を長期間かけて返済する。

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 ◆東電の賠償を巡る今後の動き(予定)◆

   8月上旬 賠償支援機構法案成立

     5日 原子力損害賠償紛争審査会が賠償範囲などの中間指針を策定

   9月上旬 賠償支援機構発足

     下旬 東電の資産を査定する政府の経営・財務調査委員会が報告書策定

        東電が6000億円規模のリストラ策の詳細を策定

12年1月   福島第1原発の冷温停止完了

12年夏    原子力損害賠償法の見直し

毎日新聞 2011年7月29日 東京朝刊

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