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[29056] 夏の怪談。一話完結形式
Name: 茨城の住人◆7cb90403 ID:751ff757
Date: 2011/07/28 05:47
 



 今から話すのは、私が大学で知り合った友人の体験した恐ろしい話です。





 【バスルーム】




 東京の大学に通うためにど田舎から上京してきた俺は、偶然に不動産屋で見つけた格安のアパートを借りることになった。アパートは家具の一通り揃ったレオパレスだったんだが、これが安い安い。相場の半値だった。当時の俺はその理由を特に聞きもせず、すぐ近くに電車が通っていたから、その騒音分家賃が下がっているんだろうと決めつけてたんだな。で、そのアパートで生活を始めてから一か月が経って。その頃学校での生活にも慣れてきた俺には、ふとした時に鏡で見る自分の顔が、別人のものになったかのような錯覚に陥る現象が起こっていたんだ。初めは一人暮らしを始めてから、実家にいたときとは全く異なる食生活を送っていたから、そんな環境の変化によって顔の形が変わってきてしまったのだろうと楽観的に捉えていたんだが、五月のゴールデンウィークになって帰省した時、家に帰ってドアを開けた俺に母親が言ったんだ。「あんた誰や?」ってな。俺は母親が冗談でそんなことを言っているのだと思ってそのまま家に上がろうとしたんだが、母親は「入ってくるな!」と本当に俺のことが誰だか分からないといったようなリアクションをした。ここで俺は母親に「何言ってるん?」と声をかけたんだわ。そしたら、母親は「あれ?○○の声やね。近頃目が悪くなったのかもしれない」って自分の調子がおかしいみたいだって言って、その日は寝込んじまった。母親が寝て少しして親父が帰ってくると、親父もまた母親と同じようなリアクションをして、俺のことを誰?と言いやがる。さすがに気持ち悪くなった俺は、寝不足で目蓋とかにクマができていて、それで両親が他人と間違えるほどに俺の顔の印象が変わっちまったのかと思って毎日早寝早起きをしてみたりした。でも、寝不足が原因では無かったらしく、結局ゴールデンウィーク中には両親の反応は変わらなかった。んで、きまずいゴールデンウィークを過ごして実家からアパートに帰った俺は、実家での精神的な疲れを癒すために久しぶりにシャワーだけじゃなく湯船に浸かろうと浴槽に水を溜めたんだ。

 湯船を掃除してから、浴槽に備え付けの蛇口を捻ってお湯を溜めるんだが、この時に妙なもんを見つけた。すごく長い髪の毛だ。俺の髪よりも二十センチくらい長かったと思う。俺は入居してから浴槽の蛇口を回したりしていなかったから、前の入居者の髪の毛が抜けて蛇口に偶然引っかかっていたくらいにしか考えていなかったと思う。
 異変が起きたのは俺が身体を洗い終えて浴槽に入った時だった。その時の俺は久しぶりの風呂だったせいか、浴槽のお湯熱いなーって思って冷水でお湯を少し冷まそうかなと思っていたんだ。でも唐突に視界の端で何かが通り過ぎたんだ。びっくりした俺はしばらくキョロキョロしたんだが、その日はそれから何事もなかった。その日は、な。一週間が経って、そんな視界の端で何かが通り過ぎただなんてことを忘れてしまった頃。また、それが起こった。今度は、湯船に浸かっていた時ではなく、ただたんにシャワーを浴びている時だった。背後に何かの気配を感じて軽く振り返ったんだ。すると、風呂場の曇りドアに外側からべッタリと人の手が押し付けられていた。俺はそれを見た瞬間に悲鳴を出しそうになった。手の数は二つで、俺がビビッて固まっている間、そいつはうねうねと踊りを踊るかのようにうねっていた。でも、何かの手が見えたのは俺が硬直してからただの三分間で、俺は後からあれは金縛りか幻か何かの一種だと考えるようにした。てーか、そう考えないとシャワー浴びれなかった。夏場だったから一日でも入らないと臭くなるし。次の日からは、その曇りドアにおかしいものも映らなかったからな。だが、それも三日間の短い話で、三日後に、今度は足のようなものが曇りドアの天井付近に不自然にうねうねしているのを俺は見つけてしまった。それからは毎日だった。足や手だけじゃなく、女の髪の毛の塊みたいなもの、白い和服のようなもの。とにかく色々だった。しかも、その曇りドアに変なものを見る頻度とその時間はどんどん増えていった。もうね、俺は正直そんなことにも慣れてしまったんだと思う。あまりにも何度も起きるし、実害はなかったから。そのうち、シャワーを浴びれば見えるのは当たり前、日によっては、その怪現象が一時間も続く日があっても耐えることができるようになっていた。でも、さすがの俺もそんな状態(手や足が曇りドアでうねうねいったり、女の顔がこちらを覗き込んでいる)なのに、その最中に曇りドアを開ける気にはなれなかった。

 それで、そのことを俺は友人のA君(ここでは実名を伏せてA君と呼ばせてもらいます)に何気なく喋ったんだ。そうしたら、A君の顔は突然真っ青になった。聞くところによると、そいつはA君の故郷では有名な霊で、その名をのろろけさんというらしい。のろのけっていうのは、呪い、と鈍いってのが掛かった名前で、ノロまな呪いということらしい。大まかに俺がA君から聞いたのろのけさんについての教えは三つ。一つ、のろのけさんに呪われた人間はのろのけさんにジワジワと身体を乗っ取られる。一つ、のろのけさんが現れているときに風呂場の扉を開けてはならない。一つ、のろのけさんは身体をばらばらにされて死んだ人間の怨嗟が集合して現れた怨霊である。俺は、その話を聞いて呼吸が止まったかのように感じた。俺は昨日の内にのろのけさんの足と頭を同時に見ていたからだ。そういえば、最初の頃はのろのけさんの身体が曇りドアに写る時、のろのけさんの身体の一部分の数は一度現れるにつき一か所だったのが、その頃はもう二か所が常になっていた。俺はA君の故郷でそうしたのろのけさんのような霊に詳しいお坊さん紹介してもらい、大学の授業を休講してそのお坊さんのいるお寺に駆け込んだ。お寺に入るなり、お坊さんは俺の姿を見ると怒ったように「どうしてここまで放っておいた!」と怒鳴った。すぐさま俺はお坊さんにお祓いをしてもらった。しかし、こののろのけさんというのは、すぐに祓えるような霊ではないらしく。俺はその日から三週間もの間、お寺でじっと念仏を唱え、お坊さんにお祓いをしてもらうという生活を送った。俺はお坊さんのおかげで霊は祓うことができたが、こうしてお祓いをしてもらった今思うのは、俺の顔を見て両親が俺のことが誰だか分からなかったり、どんどんのろのけさんを見る頻度と時間が長くなったのは、やはり俺がのろのけさんのことを放置したことにより、少しずつ俺とのろのけさんが入れ替わり始めていたからなのだと思う。あれからはもう、俺はのろのけさんを見たことはないが、いまでも俺は風呂に入る時ついつい曇りドアにのろのけさんの手がベッタリと張り付いていないかを確認してしまうのだ。


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