子供の頃、俺は一週間だけ母の実家で過ごした。
祖父ちゃんはもうかなり歳を喰っていたはずなのに、それを感じさせないくらい元気だった。
それもそのはずだ。祖父ちゃんは日がな一日中家でのんびりと過ごす老人ではなかった。
あの日は確か夏で茹だるように暑い日だったことを覚えている。家の中でダラダラとテレビを見ていた俺に祖父ちゃんは「お前、暇だったらついてくるか?」なんで尋ねてきた。
「面倒くさい」と言って断ったが、祖父ちゃんは半ば強引に俺のことを外へ連れ出した。
母さんの実家は海の近くにあった。祖父ちゃんが俺のことを連れ出したのはもう夕方で、空はオレンジ色に光って暮れていた。オレンジ色の光は海をも照らしてきらきらと輝いていた。
「なあ、こんな時間にどこ行くんだよ」
俺はアニメの再放送が見たくてテレビの前に居座っていた。それと祖父ちゃんが俺に見せようとしている物が釣り合うなんて到底思えなかった。
「まあそう言うな、面白いものを見せてやる」
こんな歳でバイクを乗りこなす祖父ちゃんの技術には心底感銘を受けた。祖父ちゃんのスーパーカブ90は唸りを上げて海沿いの道を走る。
だがしかし、俺は祖父ちゃんの後ろではなく、横につけられた段ボールのような荷台に詰め込まれていた。不安定で風が凄くて、酷く心配だった。
俺の代わりに後部座席に腰を下ろしていたのは訳の分からない荷物の山だった。
「祖父ちゃん、それなんなのさ」
「これか、これはな、商売道具だ」
「商売道具? これから何か売りに行くの?」
「売りに行く、ってわけでもないけどな。ただの自己満足だ」
「自己満足なのに商売なの?」
「そうだ」
結局よく分からなかった。
祖父ちゃんのスーパーカブ90が辿り付いたのは無人の公園だった。俺だってあまり公園では遊ばない。昔も今も公園で遊ぶような子供は少なかった。塾とか、お稽古とか、そういうガリ勉思考の親が増えてきたからだろう。
俺は公園の目新しさに一瞬目を輝かせた。が、それ以上に祖父ちゃんがここへ来た意図が分からなかった。
「祖父ちゃん、こんなところで何すんのさ」
ブランコに立ち乗りしながら俺は祖父ちゃんに尋ねた。
「まあ焦るな、今に分かる」
荷物の紐を解きながら祖父ちゃんはそう言った。
程なくして、
「あ、今日も来てたんだ叔父ちゃん」
無人だったはずの公園に子供が集まってくる。
え? と、俺はブランコを漕いでいた体を止めた。驚きが二つほどあったからだ。一つは公園で遊ぶようなやつがまだこれだけ沢山いたということ。もう一つは――みんな祖父ちゃんを目的に集まってきていることだった。
「おうおう、よく来たな、ガキども」
「今日もやってくれるの? あれ」
「ああ、だがその前に駄菓子を買っていくんだぞ」
「うん、分かってるよ」
そうしてみんな、ポケットから小銭を取り出して祖父ちゃんから駄菓子を買っていく。俺は祖父ちゃんがこれから何をしようとしているのか全く分からなかった。
「おい、誠」
俺の名前を、祖父ちゃんが呼ぶ。その声に俺はようやくハッとした。
「え、な、何だよ」
「ほれ、今日はサービスだ」
そう言って、祖父ちゃんは俺にうまい棒を投げつけてきた。慌ててそれを掴むが、掴んだ衝撃で粉々になってしまった。
「いや、これって……」
「それ食って、座って見てろ」
「えー? 叔父さんずるいよ、ぼくにもサービスしてよ」
「あれは孫なんだ。今日は勘弁してくれや」
まさか公園まで来て駄菓子を売りに来たのだろうか。俺はそんなことを、思っていた。
「さあ、始めるぞ」
駄菓子を売り終わったのか、祖父ちゃんがそう言うと子供たちは我先にと祖父ちゃんの前に座り始めた。
荷台の紐が完全に解かれて中身がその姿を現す。
「紙芝居『桃太郎』、始まり始まりー」
何のことはない。
祖父ちゃんはただのボケ老人ではなく、一人の紙芝居師だった。