もし、自分の言うことを何でも聞くロボットが居たら、君はどうする?
明日の仕事を代わってもらう?買い物や家事を代わりにやってもらう?
ノーノー、その命令はちょっと繊細すぎる。今の君じゃあそんな高度なロボットは作れないよ。
え、じゃあどうすれば作れるようになるかって?
ふーむ、君の隣人が君よりも高度な技術を持っているから、彼に教えてもらったら?
え?教えてくれない?
そうかい、それじゃ奪っちゃいなよ。君のほうがロボットの数が多いから、戦えば勝てるよ。
いやぁ便利な世の中になったもんだね。先人達は核兵器なんていう破壊しか能がない武器に縋っていたらしいけど、やっぱり戦争は略奪がなきゃだめだよね。
だから戦争が起きなかったんだね。略奪がなきゃ、やる意味ないもの。
え、なんだい大きな声だして。とんでもない?自分にはそんなことできないって?ふーん、そうなの。
ところで君にはもうひとり隣人が居て、彼は君よりたくさんロボットを持ってるんだ。で、君に戦争を仕掛けようとしてるみたいだけど、さぁ、君はどうする?
―――――――地球連邦盟主・ジョナサン・ホワイトの著書「ロボット世界大戦」冒頭から抜粋。
○
昼下がりである。
20世紀のイタリアを思わせる街並みが、晴天の下に広がっている。
平時なら人通りのある街路も、活気のある広場も、今日に限っては無人のまま静まり返っている。
住人達はみな、街の外へ避難していた。街の下に爆弾が埋まっていることを知ったので。
そうして無人だった街に、1人の難民が入ってきた。
本来ならば許されないことである。市民権のない人間が連邦本土に入ろうとすれば、たちまちロボット達につまみ出されるだろう。
だが彼は今、この街の領主に雇われている。爆弾処理のためにやってきた彼を咎める者はいない。
走具と呼ばれる黒いパワードスーツの上から泥色のコートを纏い、夏の日差しを浴びる石版路を足音も立てずに歩く。
フードに隠されたフルフェイスのメットが、周囲を伺うように時折左右に揺れる。
やがて彼は広場で立ちどまると、通信回線を開いた。
「ここだ」
『その噴水の下?』
「そうだ。この真下に入り口がある」
噴水の淵を蹴りながら彼はそう言った。
大きさは小ぶりな池ほどもあり、中心には石像が立っている。半裸の女性をかたどったそれの足元から周囲に水が注いでいる。
『待って、それはクライブのお気に入りなの。今どかすから』
「……あんたが領主の奥さん?旦那はどうした?」
『ええ、妻のリザよ。夫の代わりに案内するわ。よろしく、雄一郎」
クライブと呼ばれた男が街の領主である。
契約の話は既に終わっているので、案内は誰でも差し支えない。ああ、と返事をして雄一郎は空を見上げた。
上空を旋回している空母から、黒い霧のような、イナゴの群れのようなものが降ってくる。
連邦の力を象徴する存在、ナノマシン「ジパーツ」である。
付近にエネルギー供給源が必要という弱点はあるが、それでも彼らが持つ圧倒的な労働力は人間の地位を大きく低下させた。
「この街並みも彼の趣味かい。北米なのにヨーロッパ建築とはね。作るのに何日くらいかかった?」
『エネルギーが潤沢にあるなら1日でしょうね』
「そうだろうな。で、どれくらい?」
『あなた、私をナメてない?街がどれくらいの力を持っているか。漏らすほどバカそうな声してる?』
「これは失礼、滅相もございません」
吹き付ける砂嵐のような音を立てながら、ジパーツは周囲の地面ごとくりぬいて噴水を動かしていく。
やがて彼らが上空に引き上げていくと、噴水があった場所にはくぼ地ができていた。底には土の地面が見える。
雄一郎はそこに降り立って、外套の中から小型ロボットを取り出した。頭にドリルを備えたイモリのようなそれが地中へと潜っていく。
『雄一郎』
「なんだ」
『……ええと』
「おい、どうした」
『気をつけて。なるべく急いで帰ってきてね』
「は?」
雄一郎は言葉に込められた意味を探った。それこそ裏の裏まで考えたが、何も思いつかなかった。自分の身を案じているようにさえ聞こえる。傭兵として仕事を請けることはあるが、本来自分は連邦人にとってお尋ね者だ。仕事をこなしたらすぐ死ね、と言われるなら解るが、個人的に心配されるような謂れはないはずだった。
「旦那と間違えたか?」
『違うわよ。待ってる間不安だから。待つのは嫌いなの』
「さいですか」
もう一度慎重に言葉の意味するところを考えたが、警戒を呼び起こすようなものは見つからなかった。
そうしているうちにイモリが地中から帰還した。彼と情報のやり取りをする。
「掘り返してもいいそうだ。円筒状の穴を掘ってそこに螺旋階段を下ろしてくれ」
『ええ、解ったわ』
リザはそういって、ジパーツに注文通りの作業を命じた。