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阪大など、中性子ビームの強度を50倍以上に増強するスーパーミラーを開発

2011/07/25

    大阪大学(阪大) 大学院工学研究科の山村和也 准教授と日本原子力研究開発機構(JAEA) J-PARCセンターの曽山和彦 セクションリーダーらの研究グループは、中性子ビームを高効率で集光させることができる楕円面スーパーミラーの開発に成功した。同ミラーを用いることで、単位面積あたりの中性子ビームの照射強度が、ミラーを使用しない時と比較して50倍以上に増加するという。同成果は、チェコ・プラハで開催された中性子散乱に関する国際学会「ECN 2011」で発表された。

    中性子は、水素などの軽元素原子の位置や磁気の分布など、X線では得ることのできない物性を知るために利用されている。これまでの中性子ビームは、主に原子炉中性子源から供給されてきたが、それで得られる中性子ビームの強度は低く、詳細な物性を調べるには不十分であった。

    2008年に完成したJ-PARCの中性子ビームは、従来の原子炉由来のものよりピーク強度で100倍の強度を持っており、この中性子ビームを高性能な集光ミラーで絞り、単位面積あたりの強度をさらに上げることで、これまで知ることができなかった物性を調べることが可能となるが、中性子を集光するには、(1)全反射ミラーやスーパーミラーによる反射、(2)物質界面での屈折、(3)磁場のいずれかを利用する方法が挙げられる。これらのうち、(2)は中性子の吸収・散乱による損失が大きいという欠点があるほか、中性子の磁気は小さいため、(3)の方法では十分に集光できない。そのため、効率的に中性子ビームを集光するには、世界的にもスーパーミラーが使われている。しかし、スーパーミラーの高性能化には、高精度な非球面基板の作製技術やミラーの剥離など多くの課題があり、理想的な集光ミラーの実現には至っていなかった。

    阪大の山村准教授らのグループは2004年に、石英を非接触で加工する技術である「数値制御ローカルウエットエッチング(NC-LWE)法」を開発。これにより、石英基板をナノメートルレベルの精度で、任意の形状に加工することを可能とした。

    また、日本原子力研究開発機構の曽山セクションリーダーらのグループでは、大型基板への成膜が可能な、大型中性子スーパーミラー成膜用イオンビームスパッタ成膜装置を開発しており、同装置を用いることで、数千層からなるニッケル炭素とチタン(NiC/Ti)の多層膜を形成し、世界最高クラスの臨界角を有する高反射率中性子スーパーミラーの作製に成功。2009年度より、科学技術振興機構(JST)のプログラムとして、両者の技術を融合し、世界最高性能の中性子集光ミラーの開発に取り組んできた。

    これまで、中性子を集光するには、平面基板の上にニッケルとチタンの多層膜を作ったものを用いていた。この基板を中性子集光ミラーとして機能させるには、設置する時に基板を曲げて、集光に適した曲面を作製する必要があるが、これでは十分な精度で目的の曲面を作ることが困難であった。今回開発された技術では、集光に必要な形状の基板をあらかじめ作製し、その上にスーパーミラーを形成するため、集光ミラーの角度と位置を中性子ビームの進行方向に対して調整するだけで、従来行われてきた集光法に比べて、より効率的に中性子強度を増加することができるようになるという。

    図1 曲面スーパーミラーによる中性子集光の概念図。今回開発した高精度曲面スーパーミラーを用いた場合(青)と、従来の機械的に曲げて曲面を作ったミラーを用いた場合(赤)、それぞれについて中性子ビームの軌跡を模式的に表した図。青色で示されている高精度曲面スーパーミラーを用いた場合は、従来法(赤)と比較して試料や検出器の上で効率よく集光していることが分かる。集光効率が優れているので、単位面積あたりに照射できる中性子の量を飛躍的に増大することが可能

    しかし集光に必要な曲面を持つ集光ミラーを作製する課題として、第一に従来法で石英を加工すると、加工表面が変質して強度が落ちてしまい、加工表面に多層膜を形成しても変質した石英ごと剥がれてしまう問題があった。今回の手法では加工する際に石英基板の表面が変質しないため多層膜が剥がれることはない。また、従来法では基板上に形成された多層膜の質として、ニッケルとチタンの多層膜のそれぞれの膜の境目にきれいな界面が得られなかったが、今回はニッケルの代わりにニッケル炭素を使うことで、それぞれの膜の間にきれいな界面が得られ、質のよい多層膜を実現した。

    今回開発されたミラーは、まず長さ400mmの石英基板を数値制御ローカルウエットエッチングと精密研磨技術で加工し、形状誤差が0.5μm以下、表面の粗さ0.2nm以下の楕円面基板を作製した。この石英基板の上にイオンビームスパッタ法で1200層からなるニッケル炭素とチタン(NiC/Ti)の多層膜を形成すると、スーパーミラーが完成する。こうして得られたスーパーミラーの角度と位置を、中性子ビームの進行方向に対して簡単に調整するだけで、微小集光された大強度の中性子ビームを得ることができるようになった。

    実際に作製されたミラーの集光性能をJ-PARCのビームライン(NOBORU)を用いて、幅0.1mmの光源スリットから拡がりながら出る中性子ビームを等倍で集光するミラーを用いて反射させ、最も収束する位置のビーム幅を測定したところ、光源スリットの幅とほぼ同じ半値幅0.128mmを得たという。

    図2 J-PARCにおける長尺楕円面集光スーパーミラーの集光性能評価の様子。写真奥のスリットから中性子ビームが出るが、そのままでは中性子ビームは発散する。中性子ビームの進行方向に対して適切な位置・角度で設置された、長さ400mmの楕円面ミラーを用い、水平方向(横方向)に集光することが可能

    図3 集光光学系のレイアウト。スリットから出た中性子ビームを、楕円面スーパーミラーを用いて集光する。この場合、スーパーミラーは焦点距離が1050mm。ミラーを用いない場合、スリットから出た中性子ビームが発散するため、単位面積あたりの照射強度は低下する。一方、今回開発したミラーを用いると発散していた中性子ビームが再び集光するので、単位面積あたりの照射強度が上がる

    また、今回開発した集光ミラーを用いると、集光ミラーを使用しない場合と比較して52倍のビーム強度を達成できることも確認された。この結果、同ミラーは、世界最高クラスの集光性能を達成し、従来の集光ミラーを用いることで、中性子ビーム強度を従来比で一桁以上向上させることが可能となった。

    図4 イメージングプレートで計測した中性子ビームの集光プロファイル。A-A'断面(a:非集光時)とB-B'断面(b:集光時)における中性子ビームの強度分布を3次元的に表す。(b)では集光ビームの半値幅として0.128mmが得られた。これは、光源のスリット幅である0.1mmに近い値であり、集光性能の高さを示す。また、ピーク強度は非集光時と比べて52倍を達成した

    同中性子集光技術は、中性子ビームの集光効率を向上させるが、集光の過程で中性子ビームの持つ波長が変わることもないため、例えば、J-PARCに建設中の反射率計に今回開発したミラーを組み込むことにより50倍以上の性能向上が期待できるという。これは、記憶素子上の磁気ドメインが成長する過程や生体膜の構造など、これまでは実際に観察することができなかった研究を可能とするものとなるほか、水素原子はX線ではほとんど観測できないが、中性子ビームでは観測が可能であるため、粉末回折装置に組み込むと、水を含む物質の物性を、より精密に測定することが可能となるという。特に高温高圧下の含水物質の物性は、地球・惑星深部の構造と類似していると思われるため、今回の成果が惑星深部についての研究の進展にも寄与することが期待されるという。

    なお、研究グループでは現在、同技術をさまざまな中性子計測システムに応用することを目指し、高い集光性能はそのままでサイズを小さくした多重ミラー素子や、回転楕円体ミラーを組み合わせてより強力に中性子ビームを集光する2次元集光素子の開発に取り組んでいるという。


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