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2011年 お盆記念LAS小説短編 僕らは幸せになれない ~鈴原トウジの遺言~
長かった使徒と人類の戦いもついに最終局面。
使徒の精神攻撃を受け、伏せっていた状態から復活を遂げたアスカの乗る弐号機は、エヴァ量産機相手に善戦をしていた。
しかし、直前の戦略自衛隊との戦いでアンビリカルケーブルを切断された弐号機の内部電源は無情にも切れてしまった。
アスカにピンチが訪れる。
だが、アスカの窮地を救ったのは遅れてやってきたシンジの初号機だった。
弐号機を取り囲んでいたエヴァ量産機は初号機によって倒されて行った。
そして、初号機は圧倒的な強さを見せてエヴァ量産機に勝利した。
ここにゼーレの野望は完全に潰えたのだ。
作戦の失敗を知った戦略自衛隊もネルフから撤退し、日本政府もネルフへの侵攻命令を撤回した。
信頼を失ったキール議長率いるゼーレ執行部はゼーレのスポンサーから見放されたのだ。
ゼーレがネルフからMAGIを奪う事すら叶わなかった事を知ると、日本政府はネルフを味方に引き入れる事を考えたのだった。
これによりネルフの危機も去り、生き残ったネルフの職員達は歓声を上げた。
発令所に居た冬月達も安心してため息をついた。
死んでしまったネルフの職員達の事を考えると素直に喜べないのは確かであったが。
戦いを終えた初号機と弐号機はそのまま戦場に立ち尽くしていた。
ネルフの発令所から戦いの終わりを告げる通信が入るとエントリープラグに居たシンジとアスカは少し安心したが、まだ警戒を緩めるわけにはいかなかった。
量産機がまた復活してしまうかもしれないし、戦略自衛隊がまた自分を襲って来るかもしれないと思うと油断は出来ない。
本当に安全になったと確信するまで初号機は弐号機を守るように立ち続けていた。



エントリープラグから出たシンジとアスカは車に乗せられ、並んで後部座席へと座った。
緊張の糸が切れた2人にどっと疲れが押し寄せる。
そして、シンジはアスカがそっと自分の手を握って来た事に驚いた。
シンジは目を丸くして隣に座るアスカの方に顔を向けると、アスカは満ち足りたような穏やかな笑顔でシンジを見つめ返した。
すると、シンジも微笑んでアスカの手をしっかりと握り返した。
シンジはアスカに謝りたい事はたくさんあったが、アスカの表情を見てシンジは自分は許されたのかもしれないと思った。
アスカもシンジに対して感謝したい事がたくさんあったが、シンジの表情を見て自分の思いは伝わったのだと思った。
もう2人の間に言葉は不要だった。
アスカとシンジは互いの手の感触の温もりを感じながら、ゆっくりと目を閉じて眠りに着いた……。



車で政府関係の建物に案内されたアスカとシンジは、そこで冬月から話を聞かされた。
これから病院で精密検査を受けた後、アスカとシンジはエヴァンゲリオンパイロットの任務から解放され自由の身となれると。
話を聞いたアスカとシンジはとても喜んだ。
これからはエヴァに縛られる事の無い平穏な生活を送れるのだ。
それは、使徒との戦いに疲れた2人にとって願いだった。
第3新東京市を襲った使徒の戦禍により、今まで暮らしていたコンフォート17での生活が困難になったアスカとシンジは、第2新東京市のマンションの部屋で新しい生活を始める事になった。
アスカは別に一緒で構わないと言っていたのだが、厳しい保護者である冬月と伊吹マヤの方針によって、アスカとシンジの住居は別々とされた。
夏休みが終わった後、アスカとシンジは第2新東京市の中学校に転入する段取りになっている。
アスカはこれから新しく始まる平凡な中学生としての生活に胸をときめかせていた。
シンジに素直に気持ちを伝えられたのだから、これからは”少し”シンジに優しくしてあげよう。
もちろん、自分の優位性は譲るつもりはないけれど。
アスカはすっかり普通の少女、恋に夢見る乙女となっていた。
アスカが自分の部屋の時計を見ると、時間は夕方。
そうだ、今日はシンジと一緒に夕食を作ってみようと言ってみよう。
自分が料理を始めると言ったらシンジは驚くけど、喜んでくれると思う。
そして、2人で買い物に行って、包丁を初めて握る自分の手をシンジが持って教えてくれたり……。
アスカは自分とシンジがおそろいのエプロンを付けている所まで妄想を膨らませていた。
エヴァンゲリオンのパイロットだった時は、そんな事は考えても見なかったのに。
しかし、アスカはこんな平和ボケしている自分も悪くは無いなと思っていた。
そんな妄想を抱えながらアスカはシンジの部屋へたどり着いた。
アスカがシンジの部屋のインターホンを押しても返事が無い。
おかしいと思ったアスカがシンジの部屋のドアノブに手を掛けると、ドアには鍵が掛かっていなかった。
シンジが鍵を掛けないで外出するなんて珍しい事だ。
きっと近所に行っているのだろうと、アスカはシンジの部屋の中で待つ事にした。
部屋の中で自分が待っていれば、シンジは驚くに違いない。
アスカはその時のシンジの驚いた顔を想像して笑った。
しかし、テーブルの上に置かれたシンジの書き置きを見ると、アスカは顔を青くした。

******

僕はトウジを殺して生き延びたんだ。
だから、僕らは幸せになれない、いや、幸せになってはいけないんだ。
さようなら、アスカ。

******

「どうして!? やっとアタシはシンジと普通の生活が出来ると思ったのに!」

アスカは半狂乱になってシンジの書き置きを丸めた。

「アタシを置いてどこに行っちゃったのよ……」

アスカの目から滝のような涙が流れた。
そして、アスカは自分の携帯電話を取り出すと、ネルフの関係者よりも先にヒカリの家へと電話を掛けた。
シンジの失踪にはトウジが関係していると思ったからだ。
エヴァ参号機が使徒に乗っ取られ、トウジが命を落とした事件からアスカもヒカリと連絡を取る事はしていなかった。
トウジの死によってアスカもヒカリと顔を合わせ辛かったのだ。
しかし今のアスカにはそのような事は関係無かった。
それほどシンジを取り戻そうと必死だったのだ。

「はい、洞木です」
「ヒカリ?」
「アスカ?」

家の電話に掛かって来た相手がアスカだと知ったヒカリは、電話を切って逃げてしまいたい衝動に駆られた。
しかし、次に聞こえて来たアスカの叫びがヒカリを思い止まらせた。

「鈴原が、シンジを連れて行っちゃったのよ! お願いヒカリ、鈴原にシンジを返してって頼んでよ!」
「えっ、それってどう言う意味なの? 落ち着いて、アスカ!」

アスカの支離滅裂な言葉、涙声、そして何よりもトウジの名前が出て来た事にヒカリは驚いた。
そして、アスカからシンジの書き置きの内容を聞いたヒカリはアスカに謝る。

「ごめんなさいアスカ、私がもっと早く勇気を出して会っていれば碇君もアスカも苦しませずに済んだのに……」
「それってどういう事よ!? 教えてヒカリ!」

電話の向こうのアスカはかなり興奮してしまっているようだ。
ヒカリはアスカに落ち着くように説得した後、保護者であるマヤ立ち会いの元、アスカの部屋で会って話す約束をした。

「それでヒカリ、シンジとアタシに伝えるべきだった事って何?」

アスカの部屋を訪れたヒカリは、久しぶりの再会を喜ぶ間もなく、暗い顔をしたアスカに質問をされた。
落ち着いてはいるが、それだけアスカはシンジの失踪にショックを受けているのだとヒカリは感じた。

「伊吹さん、これをアスカに見せて構わないですよね?」
「ええ」

マヤに確認を取ってから、ヒカリは数通の手紙をアスカに見せた。

「これは……鈴原の遺書なのよ」
「えっ……」

ヒカリの言葉を聞いたアスカは伏せていた顔を上げて驚いた。
そして食い入るようにトウジの書いた手紙を読む。
マヤとヒカリはそんなアスカの姿を読み終わるまでじっと見守っていた。

「まさか、鈴原がこんな事を思っていたなんて……」

トウジの手紙を一気に読み終えたアスカは深いため息をついた。

「ごめんなさい、私がもっと早くに鈴原からの手紙を碇君に見せていればこんな事にはならなかったのに。勇気が無かった私が全て悪いのよ!」

ヒカリはアスカに向かって土下座をして謝った。
しかし、アスカはそんなヒカリの体を持ち上げると抱きしめて、耳元で優しく囁く。

「もう謝らないで、アタシはヒカリを責めてなんかいないわ。だってヒカリはアタシの親友だから」
「ご、ごめんなさいアスカ」
「言うべき言葉が違うでしょ?」
「ありがとう……」

2人の少女が抱き合う姿を、マヤはまぶしそうに見つめていた。

「でも、鈴原の手紙の内容をどうやってシンジに伝えればいいの……?」

アスカは困った顔でそうつぶやいた。
シンジは自分の意思で姿を消したのだ。
だからと言って、指名手配をすると言うのは乱暴な手段のように思えた。

「そうだ、私に良い考えがあるわ!」

何かを思い付いたのか、マヤはそう言って指を鳴らした。
マヤのアイディアは、テレビやラジオ、新聞やインターネットなどのマスメディアを通じてトウジの遺書を公開する方法だった。
シンジがどんな場所に身を隠しているのかはわからない。
しかし、宿泊施設などに居ればきっとシンジの目に触れるはず。
アスカとヒカリもマヤのアイディアに賛成し、マスコミもマヤの要請に協力した。
そして、トウジの書いた遺書はTVのアナウンサーやラジオのパーソナリティによって朗読されたのだった。
新聞の紙面にも遺書の全文が載せられた。

******

何を書いたらいいんだろう、俺はいきなりネルフの人に遺書を書くように勧められて驚いている。
話している時は関西弁だけど、書く時は標準語の方がいいと言われた。
まあ、くだらない前置きは後にして、俺が遺書を書く事になったのは、エヴァンゲリオンのパイロットに選ばれたからだ。
碇や惣流達は拒否したみたいだけど、俺は死んでから他の人に俺がどんな気持だったんだろうかとかいろいろ憶測されるのは嫌だ。
それに、遺書を書いたのはまだ碇や委員長……いや、ヒカリに伝えたりない事があるからだ。
直接言うのは凄く恥ずかしいから、こうして手紙にしてしか伝えられないけどな。
碇、もし俺が使徒と戦って命を落とす事があっても、自分を責める事は止めろ。
自分の幸福を捨てれば、俺への償いになるなんて勘違いするな。
俺は碇の不幸な面なんて見たってちっとも嬉しくない。
それよりも、俺の分まで一生懸命生きて夢を追い続けろ。
そして、惣流と幸せにな。
隠さなくてもいい、俺から見ればお前と惣流がお互い気になっているのは解ってる。
ヒカリ、あの日の帰り道に俺達はお互い素直になろうって約束したよな。
俺はいつからヒカリを委員長と呼ぶようになったんだろうな。
小さい頃は名前で呼び合っていたのにな。
ヒカリにちょっかいを出してたのは、やっぱりヒカリの事が気になっていたんだ、許してくれ。
今度学校に登校した時、昼飯はパンじゃ無くてヒカリの弁当が食べられるのが楽しみだ。
それと、俺が居なくなってもずっと湿っぽい顔してんな。
俺はヒカリが笑っている顔が好きなんだからな。
碇だけでなくヒカリにも言うけどな、好きな相手が不幸な面をしてても俺はぜんぜん嬉しくない。
たまに俺の事を思い出してくれるだけでいいんだ。

******

この放送の効果があったのか、シンジは翌日の夕方、アスカが待っているシンジの部屋へ姿を現した。
インターホンのカメラで、シンジの姿を見たアスカは嬉しさに飛び上がってドアを開けてシンジを迎え入れる。

「……ただいま」
「おかえり!」

照れ臭そうに顔を赤くして立っているシンジの胸に笑顔のアスカが飛び込む。
シンジとアスカは夕陽の差す玄関で固く抱き合った……。



トウジの手紙の内容が公共の電波や新聞などを使って発表された事は、シンジ以外の人々にも影響を与えたのだった。
戦略自衛隊の侵攻の際に生き残ったネルフの職員。
そのネルフの職員を殺めてしまった戦略自衛隊の隊員。
そして、セカンドインパクトの惨劇を体験した多くの人々。
彼らの中にはシンジのように、そして加持のように、自分に不幸を強いて人生を送っていた者も多数居たのだ。
放送を聞いた彼らは再び希望を持つ事になり、その事はまた美談としてメディアを通じて報じられた。

「僕は勘違いをして、アスカも不幸に巻き込んでしまう所だったんだね、本当にごめん」

シンジがアスカに謝ると、アスカは首を横に振って否定した。

「シンジ、それを言うならアタシも同じ立場よ、だってアタシがエヴァに乗って戦えていれば、ファーストを助ける事が出来たのかもしれないしさ……」
「でも、アスカは使徒の攻撃を受けて病気になっていたから仕方が無いじゃないか!」
「それは違うわ、アタシがああなってしまったのはくだらない意地で撤退を渋ったせい。アタシがもっと強い心を持っていれば、あの使徒にも適切に対処する事が出来たのよ」
「そんな事を言ったら切りが無いじゃないか」
「そう、だから鈴原も言ってる通り、塞ぎこんでしまうのはもう止めましょうよ」

アスカはそう言って精一杯の笑顔を作ってシンジに笑いかけた。

「そうだね、悲しくても笑顔になろう」

シンジもアスカに笑顔を返して見つめるのだった。



そしてお盆の時期になったアスカとシンジは、ミサトが葬られた墓地へに墓参りに行く事にした。
戦略自衛隊の侵攻により多くのネルフの職員が亡くなったので、1人1人の遺体を区別する事は難しかった。
だから墓石は形式的な物であるが、アスカとシンジはそこにミサトの魂が眠っていると考えた。
アスカとシンジは花束をそれぞれ1つずつ持っていた。
1つはミサトの分、もう1つは加持の分だった。
加持はきっとミサトの近くへと帰っている、そう信じたかったのだ。

「僕はトウジの言葉を聞く事が出来て良かったけど、加持さんはずっと悩んでいたんだね」

シンジは悲しそうな目をして、最後に会った時の加持の言葉を思い出した。

「謝ろうと思っても、相手が居ないって言うのは辛い事よね」
「うん、許してもらえているのか判らないのは不安だよ」

アスカがつぶやいた言葉に、シンジもうなずいた。
再びアスカの側に戻った時、シンジは黙っていた加持との最後の会話の事をアスカに話した。
シンジは今のアスカなら受け止められると思って加持の子供の頃の辛い体験を明かしたのだ。

「本当、加持さんもミサトも大馬鹿よ! 幸せにならないのが償いだなんて。アタシはそんな馬鹿な大人になんか……なりたくないんだから」

アスカはそう言うと、ミサトの墓石に水を乱暴に掛けた。
それがアスカなりの供養なのだろう。
そしてアスカとシンジは墓に向かって手を合わせてしばらくの間黙とうをした。

「また来年会いに来ます、ミサトさん、加持さん」
「じゃあね」

シンジとアスカは生きているミサトと加持に話し掛けるように笑顔であいさつをして墓地を立ち去って行った。
そして新学期が始まってアスカとシンジは新しい中学校のクラスで元気に自己紹介をする。
その姿は過去の罪に悩むエヴァンゲリオンパイロットの顔では無い。
それは完全にどこにでもいる普通の中年生の少年少女の笑顔だった。
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