暑中記念ハルキョン小説短編 夜の学校で肝試し! ~七不思議より気になる謎~
夏休みのある日の夜の事。
俺達SOS団の団員達は我らがSOS団団長涼宮ハルヒに呼びつけられ北高校の校門に集められていた。
SOS団とはハルヒが作った宇宙人、未来人、超能力者を探し出して一緒に遊ぶと言うのが目的である部活だ。
宇宙から飛来したヒューマノイドインタフェイスである長門。
未来からやって来た朝比奈さん。
特殊な状況で超能力を使える古泉。
お望みのメンバーが集まったのに当のハルヒ本人は気がついちゃいない。
そして最近のSOS団はシーズンごとの行事をしめやかに行う団へと変化しつつある。
俺はハルヒから電話の呼び出しを受けてすぐに家から飛び出したのだが、すでにSOS団の他のメンバーは到着していた。
「遅い!」
ハルヒはいつものように俺に人差し指を突き立てて来やがった。
「今度はキョンのおごりだからね!」
やれやれ、次回は競争に参加する権利も無しかよ。
んで、ハルヒは俺達をわざわざ呼び出して何をするつもりだ?
いや、所持品に懐中電灯が含まれている時点で見当はついているがな。
面倒な事にならない事を祈るだけだ。
「それでは、みんな集まった所で始めるわよ!」
「始めるって何をだ?」
「肝試しよ!」
「ぴえええっ!」
俺の質問に答えたハルヒの言葉を聞いて朝比奈さんが悲鳴を上げた。
朝比奈さんはこう言う話が大の苦手なのだ。
未来でも幽霊の正体は解明されていないようだ。
「なんとこの学校にはね、七不思議がある事が判明したの!」
ハルヒは古い冊子を抱えていた。
表紙には文芸部と書かれている。
どうやら昔の文芸部が書いた雑誌のようだ。
俺はハルヒに聞こえないような小さな声で長門に尋ねる。
「おい、ハルヒにあの雑誌を渡したのはお前か?」
「そう」
「どうしてそんな厄介な事をしたんだよ」
おかげで俺の平穏な夏休みが奪われちまったじゃないか。
「涼宮ハルヒが望んだ事」
長門は表情一つ変えずつぶやいた。
これはとりつく島も無いな。
すると俺を慰めるように古泉が近づいて声を掛けて来る。
「まあ、我々は涼宮さんの精神安定剤なのですから」
「そんな事言って、ハルヒが幽霊や超常現象を目撃などしてみろ、世界の安定が崩れてしまうだろう」
「そうならないように、頑張りましょう」
世界の命運を左右する事をそんなに軽々しく言うな。
「そこ、何をこそこそと話しているのよ! 私語は慎みなさい!」
俺と長門と古泉が顔を突き合わせて話していると、ハルヒが怒鳴った。
ハルヒが決めた肝試しのルールはこうだ。
何とハルヒは昼間のうちに七不思議に関わる場所をチェックポイントとして将棋の駒を置いていたらしい。
いきなり駒が失くなった将棋部の連中には俺が後で謝っておこう。
チェックポイントに着いた証明として、置かれた将棋の駒を持ち帰る。
さて、チーム分けのくじ引きだ。
もし、朝比奈さんと一緒の組になるのなら全力で守って差し上げなければなるまい。
長門か古泉と同じ組なら、裏方でハルヒを超常現象から興味をそらす役目に集中し易い。
しかし、くじの結果は俺にとって最悪のものだった。
ハルヒと同じ組。
さらに2人きりかよ!
うわっ、ハルヒが滅茶苦茶不機嫌な顔をしてやがる!
長門、古泉、これはどういう事なんだよ。
お前らの仕業か?
俺は2人をにらみつけたが、長門は無反応だし、古泉はいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべながら首を振ってやがる。
「では、僕達の組が先に出発ですね」
そう言って古泉、長門、朝比奈さんの組は校舎へと姿を消した。
俺達は15分経ってから校舎へと入る段取りになっている。
自然と校門でハルヒと2人きりになる。
すると、ハルヒは今までのハイテンションとは打って変わった神妙な顔になって黙り込んだ。
俺はハルヒのこんな表情を1度だけ見た事がある。
それは七夕が近づいた部室での事だった。
あの時ハルヒは思い出し憂鬱だと言っていたが、肝試しを前にそんな事があるのか?
「時間だ、そろそろ行くぞハルヒ」
俺がこっちを見ようとしないハルヒの背中に声を掛けると、ハルヒは飛び上がって驚いた。
「そ、そう? 遅れずに付いて来るのよ!」
ハルヒは上ずった声でそう言うと、ズカズカと中へと校舎の中へと入って行ってしまった。
何をそんなに緊張しているんだ、ハルヒらしくも無い。
俺達が最初に目指すべき場所は、音楽室だ。
どこの学校でも語り継がれる定番の勝手に鳴るピアノってやつだ。
どうせ、誰かの聞き間違いかなんかだろう。
しかし、廊下を歩いていた俺は驚いた。
ピアノを弾く音がかすかに聞こえて来る。
「ねえ、何か音が聞こえない?」
ハルヒが超常現象を信じてしまえばそれが現実の物となってしまう。
「いやいや、気のせいだろう」
俺は全力で否定したい気分になり、激しく首を横に振った。
だが音楽室に近づくにつれて音は鮮明になって行く。
ハルヒは目を輝かせて俺に話し掛ける。
「ほら、やっぱり居たんだわ! 悲劇の天才少女ピアニストの霊が!」
「まだ居ると決まったわけじゃないだろう」
ハルヒは反論する俺の言葉を無視して俺の手を引っ張り、音楽室へと猛ダッシュを始めた。
「待てっ、ハルヒっ!」
俺の制止する叫び声も空しく、ハルヒは音楽室のドアを開けてしまった。
すると音楽室の蓋の閉じたピアノの上に、CDプレイヤーが乗っていた。
スピーカーからは録音されたピアノの演奏音が聞こえて来る。
「どうやら、部活をやっていた連中のイタズラみたいだな」
俺は超常現象で無くて心底ホッとしてため息を吐いた。
思わず体の力が抜けて俺は膝を折った。
「何よ、このくだらないオチは!」
ハルヒは怒りの全てをぶつけるかのようにそのCDプレイヤーをつかんで振り回した。
おいおい、壊すなよ、それは高すぎて俺には弁償できないからな。
しばらく暴れ回った後、ハルヒはCDプレイヤーを勢い良く床に叩きつけた。
強い衝撃を受けたが、幸い壊れてはいないようだ。
「こうなったら、次行くわよ!」
ハルヒは俺に人差し指を突き付けてそう宣言した。
全く、前向きなやつだな。
だが、俺はハルヒのこの性格に逆に救われた事に気が付いた。
ハルヒがこのイタズラに対して本気で怒ってしまえば閉鎖空間が発生し、古泉達の『機関』は大変な事になるに違いない。
しかし、古泉達から連絡が無いのは今の所ハルヒは限界に来て居ないって事か。
俺はハルヒの機嫌を損ねないように急いでハルヒについて行った。
次の七不思議は、夜に光を放つプールだそうだ。
ハルヒの考えによれば、地球を侵略しに来たエイリアンがプールの水槽に卵を産み、それが夜に発光して好奇心を持った人間をおびきだすのだと言う。
じゃあ昼間はどうなっているんだ? などとツッコミ満載の内容だが、俺の話なんぞ聞いちゃいねえ。
「ほら、今プールが光ったわ!」
俺もハルヒに続いて校舎の窓からプールをのぞき込んだ。
信じたくないが俺にもプールの水面が光ったように見えた。
やべえ、今度こそ本物のエイリアンか?
「早く行くわよ、ぐずぐずしていると逃げられちゃう!」
「嫌だ、俺はエイリアンに食われたくない!」
目を輝かせて俺の手を引くハルヒに俺は抵抗したが、ハルヒの力は思いの外強かった。
「もしかして、友好的なエイリアンかもしれないじゃない」
友好的なエイリアンがこっそりと夜の学校で卵を産んだりするか。
「きっとシャイなのよ」
俺はハルヒとバカな会話を繰り広げながらついにプールサイドまで来てしまった。
プールは静かで誰の気配も無い。
しかし、本当にエイリアンの卵なんかがあったらプールに近づくのはやはり危険だ。
長門、古泉、朝比奈さん、どこかで見ているならハルヒの体を取り押さえるのを手伝ってくれ!
プールサイドでハルヒと押し問答をしていた俺の目に、懐中電灯の明かりが飛びこんで来る。
「やぱい見回りだ、隠れろ!」
俺はハルヒを手近な物陰へと連れ込んで身を伏せて隠れた。
懐中電灯を片手に歩いて来るのは我がクラスの担任、岡部教諭だった。
岡部教諭は真面目な性格なのか、プールの水面まで照らして誰か居ないか調べていらっしゃる。
早く立ち去ってくれないか俺は必死に祈っていた。
夜の学校にハルヒと2人きりで居る所など見られたら誤解されて親の所にまで連絡が行きそうだ。
「なるほど、解ったわ!」
岡部教諭が立ち去った後、ハルヒは嬉しそうな顔になって俺の前で声を上げた。
「何が解ったんだ」
「光るプールの謎よ! きっと見回りの教師が懐中電灯でプールの水面を照らしているのを見て、誰かがプールが光っていると勘違いしたのよ!」
「あーそうだな、さすがはハルヒだ」
じゃあさっき校舎の窓から目撃したプールの光は何だったんだ、岡部がいくら真面目と言っても短期間に2度もプールに見回りに来るとは思えん。
それに地球を侵略しに来たエイリアン説はどうなったんだ?
ツッコミどころは満載だったが、ハルヒが勝手に納得して居るんだ、やぶを突いて蛇を出す事も無い。
「次は、涙を流す銅像の話だったな」
俺はハルヒの気が変わらないうちに、次の七不思議に向かった。
これもどうせ誰かのイタズラかなんかだろう。
そう思っていたのだが、俺は銅像を見てとても驚いた。
なんと、銅像が青い色の涙を流しているように見えたからだ。
しかし、ハルヒは俺に得意げに説明を始める。
「何よキョン、こんな事で驚いているの?」
「だって、ウワサの通り銅像が涙を流しているじゃないか」
「これはね、酸性雨が銅像を溶かしたのよ」
「酸性雨だと?」
「そう、それが銅と化学反応を起こして青くなるわけ、化学の授業で習ったでしょう?」
「いや、さっぱり覚えていないが」
俺がそう答えると、ハルヒはあきれたようにため息をつく。
「授業中に居眠りなんかしているからよ」
お前だって俺の後ろの席で寝ているじゃないか。
「あたしは解っているから良いのよ。それより、SOS団から落第者を出すわけにはいかないんだから、しっかりしなさいよね!」
「解った、さあ次のチェックポイントに行こうぜ!」
俺は話題を反らすためにハルヒの腕を引っ張って銅像を後にした。
その後俺とハルヒは残りの七不思議の場所を回ったが、どれもイタズラや勘違いだと解った。
探索を終えて校門に戻ると、長門と朝比奈さん、古泉の3人が俺達を待っていた。
「どうでした涼宮さん、七不思議の方は?」
「どれもこれも、ちっともたいした事じゃ無かったわ」
「そうですか、でも肝試しができてよかったじゃないですか」
「まあ、そうね」
俺は古泉の言葉に満足したように笑うハルヒに驚いた。
七不思議が全部空振りだったんだぞ、悔しくは無いのか?
「それじゃ今日はこれで解散するけど、明日の市内探検では今日見つけられなかった分を取り返すからね!」
「おい、ハルヒ……」
「あっ、キョンは明日はおごり決定だから!」
俺が口を挟む間も無く笑顔のハルヒは姿を消してしまった。
「では、僕達も帰りましょうか」
古泉の言葉に長門と朝比奈さんもうなずき、ぼう然と立っている俺から離れて歩き出した。
「おい古泉、なんだこの終わり方は? どうしてハルヒはああも簡単に七不思議を諦めて帰って行ったんだ?」
俺は古泉に問い詰めたい事がたくさんあった。
15分先に出発した古泉達でないと出来ない事が色々あったからだ。
「全ては、涼宮さんが望んだ通りに事が運んだのですよ」
「どういう事だ、お前らは何かやったのか?」
「別に、何もしていませんよ。お疲れさまでした」
「キョンくん、また明日」
それ以上俺の質問には答えず、手を振って去って行く古泉と朝比奈さん、そしていつの間にか姿が消えている長門。
心の中はモヤモヤとした思いでいっぱいだ。
あー、俺の閉鎖空間を誰か消してはくれないのかね。
結局、この夜の真実は伏せられたままだった。
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