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[28308] 【ネタ】紅い館の見習いメイド
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/16 21:33
 東方文花帖の紅魔館の求人を見て思いついたネタを投稿。
 以下注意点。

1、オリ主もの。紅霧異変後から
2、戦闘は無し。
3、複数能力持ち
4、プロット無しの見切り発車
 それでもいい方はどうぞ。

 にじファンにも投稿しています。



[28308]
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/06/11 21:51
 紅い霧が幻想郷を覆った異変から数ヶ月。
 そろそろ冬に入るかという時期に、私は紅い霧の異変を起こしたと言われている吸血鬼が住まう紅い館にやってきていた。
 能力持ちとは言え、ただの人間に過ぎない私が、何故吸血鬼の館に来ているかといえば、それは極有り触れた理由だ。

 就職。

 私も今年で十六。寺子屋を卒業し、だらだらと家庭菜園を作って四年ほど暮らしていたのだが、ただ先月問題が起きたのだ。
 家が火事。全焼。服もなく、財産もなく、そして仕事もなくなった。
 私の自慢の家庭菜園も紅蓮の炎で焼け死に(栄養分はたっぷり残っていそうだが。焼畑農業ってそんな感じだと思う。俄か知識だけど)、家で営んでいた雑貨屋も商品が全てなくなった。
 人里の皆さん及びせんせーからの援助で一家四人飢えて死ぬようなことはなかったが、一刻も早く立ち直らなければならない。
 家の建て直し、借金及び商品の入荷、援助金の断り(借金するのに援助金受け取るのはねぇ)、更に食い扶持の確保。
 両親だけが働いて何とかなる状態ではあるが、しかし私も働いたほうが立ち直りは速いだろう。
 そんなわけで、来るもの拒まず去るもの追わずというのが噂になっている紅い館に来ているのだ。
 ここの、めいど長さんは雑貨品……主に銀製の刃物などを買っていくことが多かったから、少しだけ面識がある。あっちが覚えているかは知らないけれど。
 さて、そろそろ居眠りをしている門番さんに声をかけてみよう。いきなり来たものだから今日は無理かもしれないけれど。
「あの~」
 ちゃいな服を着ている女の人の方を揺さぶり、起床を促す。全然床についてないけど。
「はいっ! 居眠りなんてしませんよ、全然! ええ、してませんとも!」
 流石に苦しいと思うのだけど。
 見れば分かるし。あとよだれ。よだれ垂れてる。
「あ……? 咲夜さんじゃない?」
「あの、私ここで働きたいんですけど」
 よだれを拭きながらこちらを見据える女の人に、単刀直入に言ってみる。
「働く……ですか?」
「はい」
「……ここでですか?」
「ここでです」
 そう答えると、女の人は信じられないといった表情になる。
 何かいけなかったのだろうか?
「あの、何かいけなかったのでしょうか?」
「あ、いえいえ。そういう訳ではなく、少し驚いたもので。吸血鬼の住まう館で働きたいなんて人は初めて見ましたから」
 あー……確かに珍しいんだろう。吸血鬼(に限った事ではないが)は人に害を及ぼすと言われている。この館の吸血鬼はそんなことしないらしいけど。でも、人間にとっては畏怖の象徴であることに変わりない。
 確かに、吸血鬼は怖い。しかし、しかしだ。怖いからといって働かなければ、家族に迷惑をかけるのだ。それだけは避けたい。
 四年間も家で仕事の手伝いもせず寄生虫のように暮らしていたんだから。
「えと、それで私はどうすれば……」
「ん~そうですね。ちょっと上司を呼んできますので、そちらに話を聞いてもらってもいいですか? 何分、私では雇う雇わないを決める権限はありませんから」
「はい、分かりました」
「では。っと、その格好で待っててもらうのは忍びないですね」
 女の人はそういうと、何処からともなく厚手の上着を取り出した。
 そしてそれを手渡してくれる。
「それ着て、待っていてください」
「でも」
「いいんですよ。遠慮しなくても」
 そこまで言うと女の人は館の中に入っていった。
 ……そんなに寒そうな格好をしていただろうか? 薄手のしゃつとずぼんでも意外と暖かいものだけど。
 ま、いいや。とりあえず厚意には甘えておこう。見た目どおりに暖かそうだし。



 どれくらい経ったか。
 館の周りを遊びながら警護していた妖精をぼんやりと見ながら、私は門に背もたれていた。
 妖精は実に楽しそうである。
 子供くらいの大きさから、手の平サイズまで。皆それぞれが笑顔で遊んでいる。
 妖精は群れを作らないと聞いたことがあるが……仕事仲間や友人は作れるみたいだ。ちょっと驚き。
「お待たせしました」
 不意に頭上から声が聞こえた。
 先ほどの女の人とはまた違った声。
 慌てて立ち上がり、声のしたほうを向くと、そこにはめいど服を着た銀髪の女性がいた。
 少し高めの身長、蒼い瞳、顔の両サイドには三つ編みが下げられている。
 黒いわんぴーすに、白いえぷろんどれすを着けている。すかーとはかなり短く、下手をすれば下着が見えてしまうんじゃないだろうか。
 この人こそ、我が雑貨屋に度々訪れていためいど長さんである。
「あら、貴方は雑貨屋の……」
「は、はい。夜空天満(よぞらてんま)です」
 少しばかり緊張してどもってしまった。悪印象を与えてなければいいけど……。
「私は十六夜咲夜。紅魔館で働きたいそうだけど……本当かしら?」
「はい」
「そう、ならついてきて。ここで働くに値するか見定めるから」
 見定める……面接試験ということだろうか?
 四年前に寺子屋でそんな試験が聞いたことがある。というか、練習もしたけれど。
 えっと、ハッキリと喋って、自分の考えをしっかりと伝えて、分からないことには分かりませんって正直に言うんだよね。
 ……よし、大丈夫。私ならやれる。




 内装までもが紅い館のある一室。
 そこで私は十六夜さんと机を挟んで向かい合いながら座っていた。
 貸してもらった上着は、既に返却してある。
「まず、年齢を教えてくれるかしら」
「十五です。今年十六になります」
 私は十二月の三日生まれだ。
 一、二、三と並んでいるのが特徴。
「では、能力の有無」
「『浄化する程度の能力』と『珍しいものを拾う程度の能力』を持っています」
 浄化とは、身体の中の毒素を無害なものにしたり、猛毒などを解毒したりする能力だそうだ。
 もっとも、私の力不足で、効果範囲は自分自身のみらしいけど。
 何故語尾が伝聞形なのかというと、私もせんせーに聞いたからに過ぎない。
 もう一つの珍しいものを拾うというのも、そのまんまだ。
 金属だったり、小銭だったり。または外の世界から流れ着いた道具だったり。
 加工できそうなものは家で加工し商品に。出来そうにないものは香霖堂というところに売りに行ってもらう。
「珍しいわね。能力が二つもあるなんて」
「よく言われます」
 能力は基本的に一人一つ。更に言えば、特別な人間や妖怪でもない限り能力を持つことがない。
 私の何が特別なのか全く分からないが、しかし能力を持っているということは何か秀でていることがあるのだろう。自分ではよく分からないけれど。
「次、料理の腕は? 掃除や洗濯とかも出来るかしら?」
「料理は、母親仕込みの家庭料理なら。掃除は大の得意……ですが、このような洋館は初めてですので、少し不安があります。洗濯も同様です」
 はて。今更だが敬語はこれでいいのだろうか? 下手な敬語は返って知性を疑わせるというが……。
 まぁ、ここまで来てしまったのだ。後には引けまい。
「そう……。訓練すれば、あるいは……。じゃあ、次。特技は?」
「裁縫です。自宅では服の解れなどを直していました」
 性格には直させられた。
 まぁ、暇つぶしになったから良かったけど。
「次は……これが最後ね。貴方はどうして、この館で働こうと思ったのかしら?」
 どうしてって。
 正直に言ってしまえば、住み込みのこの館で働いてくれと懇願されたからだ。両親に。
 食い扶持が減って金が入るなら万々歳ということらしい。
 私としても、力仕事はまず出来ないし、甘味どころやうどん屋の従業員は向いていない気がした。細工屋は、美的感覚が手のつけられないほど酷い私が働いても邪魔になるだけであろう。雑貨屋は、私の家の他にもあるのだが、そこは働き手をそこまで必要としていない。
 よって、両親が何処からか聞いてきたこの館の噂話……つまるところ来るもの拒まず去るもの追わずが私にとって程よい仕事だったためにここに来たのだ。
「あー、いや。質問を変えるわ。貴方は悪魔のすむこの館で、働く覚悟があるのかしら?」
 正直に話すと、十六夜さんは真面目な顔でそう聞いてきた。
 正直言って、吸血鬼は怖い。血を吸われて自分も吸血鬼になってしまうかもしれないし。
 しかし、だからといって働かない訳にもいかない。怖いという個人の感情で、困っている家族を助けられないのは、私が嫌なのだ。
 そんな建前は置いておいて私はこう答えた。
「給金が、貰えるのなら」
 ……いや、本当に。私は給金が貰えるのなら何処でだって働いてやるよ。働かせていただきますよ。
「給金?」
「はい」
 十六夜さんは目を瞬かせる。
 そして、プッと少し吹き出した。
 何かおかしなことでも言っただろうか?
「いや、ごめんなさいね。今までそんなこと言った人間はいなかったものだから……ク、クク」
 つぼにでも嵌ったのか、笑いを堪える十六夜さん。
 ふぅむ。かなりおかしなことを言ってしまったみたいだ。
「ク、クク。合格よ、合格。まぁ、妖精メイドよりは役に立ちそうだったから最初から雇うつもりだったけど。あー……久しぶりに笑ったわね」
 おお、何故かは分からないが雇ってもらえたようだ。
「あ、でも少し問題があるわね……付いてきてくれるかしら」
「分かりました」
 問題。なんだろう。そういえば吸血鬼が住んでるんだよね。
 それは、確かに問題になるだろうなぁ。
 もう、人間からしても吸血鬼からしても『馬鹿だろ』と罵倒されるようなことをしてるんだよね、私……。
 しかしこれも給金の為。やるしかないのだよ。
「道すがら、仕事の説明をしておくわ」
「はい」
「制服は貸与、食事は三食つき。昼寝休日有給はなしよ」
「分かりました」
 昼寝はともかく、休日有給なしか……。結構辛いかもしれない。
「その分、給金はしっかり払うから安心しなさい」
「ええ。貰わなきゃ仕事しませんよ」
「そうなったらクビにするだけね」
「あわわわ。勘弁してください」
 給金が貰えないと私は……私は……!
 ま、まぁしっかり働けばいいだけだよね。そうだよね。
「それで、貴方にやってもらうのは主に掃除ね。洗濯は洗い方が特殊なものとかあるし、料理は西洋料理は作ったことがないでしょ?」
「はい。ぱすたくらいですね……」
 せんせーに教えられて、ついでに材料も貰ったから作ってみたことがある。
 塩湯でして、別に作ったそーすと絡めるだけだったから意外と簡単だった。お手軽料理。
 もっとも、私が作ったのは一番簡単なもので、難しいのは他にあるらしいのだけど。
「それと、館内にいる妖精メイドたちの統括ね。少しずつでいいから、指示を出せるようになりなさい」
「はい。分かりました」
「それと……。そうそう。お嬢様のところに行く前に着替えなきゃね」
 着替え……。十六夜さんの着ているめいど服とやらだろうか?
 洋服はあまり着たことがないから、まさしく未知の領域。
「こっちに来て、採寸するから」
「はい」
 とある部屋に連れて行かれ、そしてめじゃーと呼ばれるものを取り出す十六夜さん。
「脱いでくれるかしら?」
「えっと、全部ですか?」
「下着姿になってくれればいいわ」
 流石に全裸ではなかった。
 言われたとおりに下着姿となる。今身に着けているのはぶらじゃーとしょーつだけ。
 胸は小さいから、下着は要らないような気がするのだが……。母さんに着用を義務付けられたのでしょうがなく着けている。
 十六夜さんは慣れた手つきで、胸囲、腹囲など、俗に言うすりーさいずを図って行く。
 何だか少し恥ずかしい。
「大体平均ってところかしら。身長は私より頭一つ分小さいくらいだから……。これくらいかしら」
 十六夜さんの姿が一瞬掻き消え、次の瞬間にはめいど服を手に持っていた。
 瞬間移動と言うものだろうか? そういえばこの間見かけた博麗の巫女が同じようなことをやっていたなぁ。
「着てみて」
「ええと、どうやって着れば……?」
 十六夜さんの手を借りて何とかめいど服を着る。
 さいずはピッタリなのだが、どうにも着られている感が拭えない。
「あ、すかーとが長い……」
 私と十六夜さんの服を見比べると、私の方がすかーとの丈が長い。くるぶし辺りまである。
 対して十六夜さんのものは、太もも辺りまで。膝の少し上くらいだ。
「私のが短いのよ。こちらの方が、動きやすいからね」
 確かに。長いより短い方が動きやすそうだ。下着が見えてしまいそうだが。
「さ、行きましょうか。気づいているだろうけど、お嬢様に会ってもらうわ」
「お嬢様、ですか?」
「そう。永遠に紅い幼き月。レミリア・スカーレット様よ」



[28308] 2
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/06/15 20:09
 部屋に入った瞬間、呑み込まれた。
 ただの小娘である私にも、それくらいは理解できた。
 色素の薄い髪、桃色を基調とした服、身長は低く、まるで十にも満たない子供のようだ。
 しかし。背中にある身長よりも大きな蝙蝠の羽が人間ではないことを如実に語っている。
 吸血鬼。
 以前拾った外の世界の本では、化物、怪物、人外、夜族、物の怪、異形、不死の王とも記述されていた。
 それらを読んだときも思ったが、これは格が……いや、最早存在している次元が違う。
 彼女は私よりも、上の次元にいる。
 何て、圧倒的。
「ソレが、新しいメイド?」
「はい。見習いですが」
 凄い。
 思わず尊敬の言葉が小さく漏れる。
 十六夜さんは、こんな規格外な存在を前にして、臆することなく話していられる。
 それが、従者。それが、めいど。それくらい出来なければ、やっていけないのか。
「ふぅん? なるほどね。クク、面白そうじゃない。いいわ、面倒を見てやりなさい」
「はい。お嬢様」
「……ああ。いいこと思いついた。咲夜、ある程度使えるようになったらフランの専属メイドにしなさい」
「それは……」
「命令よ。ある程度使えるようになってからでいいわ」
「……分かりました」
 えっと、何? どういうこと? 何の話?
 呆気に取られすぎて何を話していたのかさっぱり聞いていなかったんだけど……。
「貴女、名前は?」
「あ、えっと、夜空天満といいます」
「そう。私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の現当主で、貴女の雇い主……つまりは主人になるわ」
 そしてにっこりと、誰もが見惚れるような笑顔を見せる吸血鬼……ご主人様。
「え、えと、よろしくお願いします!」
 勢いよく頭を下げる。
「そんなに畏まらなくていいわ。今日から咲夜から様々なことを学んで、役にたってちょうだい」
「は、はい! 頑張ります!」
 えと、ご主人様から頑張れって言われたんだよね? きっとそうだよね。
 ……頑張らなくちゃ。
「じゃあ、下がっていいわよ」
「失礼します」
「失礼しますっ」
 今まで黙っていた十六夜さんがそういい、お辞儀をしてから部屋を出る。
 私も見よう見まねでそれを行い、十六夜さんの後について行く。
 部屋から出て少し。ふぅっと息を吐き、肩の力を抜く。
「コラ。気を抜かないの。紅魔館のメイドは完璧で瀟洒でいなければならないのよ」
「は、はい」
 そこを十六夜さんに見咎められる。
 瀟洒……どういう意味だろうか? 後で調べておこう。
「とりあえず、今日は掃除の説明だけしておくわ」
「はい」
「掃除は基本的に午前中に終わらせること。特別な手順を踏むものは私がやるから、貴女は妖精メイドたちに指示を出して床にモップがけ、窓拭き、トイレ掃除をしてもらうわ。
 余裕が出来たら、私の仕事も手伝ってちょうだい。後は……そうそう。晴れの日は窓拭きをしたらカーテンを閉めておいて、夜になったら開けること」
 それはつまり、日光が入ってきたらダメということか。
 吸血鬼だもんね。日の光を浴びると灰になっちゃうんだよね。
「あの、午後は?」
「そうね。ついでに説明しておきましょうか。午後はお嬢様の相手や、食器、食材の買出しね。お嬢様が起きている場合、三時にはティータイムがあるからそのつもりで。買出しに行くときは美鈴を連れて行きなさい。人間の貴女には持ちきれない量だから」
 美鈴さん……あの門番さんのことだろうか。
 あの人も、人間じゃないのか。少しビックリ。
「夜はお嬢様の相手よ。血を吸われることがあるかもしれないけど、死んだりはしないから安心して。……そうそう。この館の地下は図書館になっているのだけど、そこにはお客様がいるの。くれぐれも粗相のないように」
「はい。分かりました」
 お客様……どんな人だろうか? いや、人じゃないかもしれないけれど。
 それと、血を吸われるのかもしれないのか……やっぱり、痛いのだろうか? 吸血鬼になってしまったり。
「一つ、言い忘れていたことだけど」
「何でしょうか?」
「お嬢様の機嫌を損ねたら、貴方の運命が途絶えるわよ」
 ……? えっと、何が言いたいのだろうか?
 運命が途絶える。運命は物事の決まった道のようなものであって、それが途絶えてしまう。
 つまり、死?
 …………。
「肝に銘じておきます」
「そうしてちょうだい」
 うう~、怖い怖い。嫌だよ、死ぬことになるなんて。
「手遅れかもしれないけどね」
「え?」
「何でもないわ。さ、今日はもういいから部屋で大人しくしておきなさい。明日に備えてしっかり休むこと」
「はい」
「部屋は妖精メイドに案内させるから、しばらくここで待ってて。私は仕事に戻るから」
 言い終わると、十六夜さんの姿が消える。
 ふぅっと、肩の力をもう一度抜く。気疲れしてしまった。
「言い忘れてたわ」
「うわぁ!?」
 と、いきなり十六夜さんが現れた。いなくなったと思っていたので物凄くビックリ。胃が飛び出るかと思った。
「私のことは、メイド長と呼ぶように」
「分かりました。めいど長。……それだけですか?」
「ええ、それだけよ。じゃあ、また明日。頑張ってちょうだいね」
「はい。頑張ります」
「スグに死なれては寝覚めが悪いものね」
「え?」
 最後にボソッと呟かれた言葉は聞き取れなかった。
 確認しようと聞き返すが、既にめいど長はそこにはいない。
 一体、何を呟いたのだろうか?




 妖精めいどに案内されて、これから生活の拠点となる部屋へ。
「うわぁ……何にもない」
 あるのはべっどと、くろーぜっとと小さなてーぶる。
 見事に殺風景である。
 だが、私物の持込はOKらしいので(今の私には存在しないが)、適当に持ち込んでみよう。
 午後の買出しに行くときに、何か拾えればいいなぁ。
「できれば、煙草がいいな」
 外の世界の。せんせーによれば外の世界の煙草は有害性が高いらしい。外の世界のものに限ったことではないが。
 しかし、そこは私の能力で解決。いくら吸っても健康に害を与えることはない。
「お酒もあればなおよし」
 これは日本酒でも洋酒でもいい。出来れば高級で美味しいもの。
 でも、幻想郷に外のお酒が来ることって少ないんだよなぁ。外の世界でもお酒は重要なものなのだろう。
 ……そういえば、この館にはお酒があるのだろうか? あるのなら、飲んでみたい。ブドウ酒とかないかな。
「つまみもあれば最高だよね!」
 ちーずとか、かしゅーなっつとか、スルメとか。シイタケの傘に肉を詰めて油で焼いたものでもいいなぁ。
 洋食のつまみとかはどんなものがあるんだろうか? 先にあげたちーずとかはありそうだが……。
「おっと、いけないいけない。涎で汚すところだった」
 まだ一日しか着ていないのに汚すのは嫌だ。
 汚すという言葉で思い出したけれど、お風呂は何処にあるのだろうか?
 一日に一回くらいは体を洗浄したいのだけど……出来ないなら仕方がないかなぁ。
「明日めいど長に聞いてみよう」
 呟いてべっどに飛び込む。すんごいふかふか。とろけそう。
「こんなところで寝たら起きれなくなりそう」
 冗談抜きでふかふかに包まれて昇天しそうだ。天に昇るような心地とはまさにこのことだろう。
 ゆーっくりと魂が抜け出ていきそう。
 ……それでもいい気がしてきた。
「ってよくないよくない」
 一瞬変な考えが頭によぎり、それを打ち払うかのように体を起こす。
 流石に仕事が始まる前に昇天するのはだめだ。だめだめだ。せめて一ヶ月は仕事しないと。それなら過労って言い訳できるかもしれないし。
「いやいや、言い訳したら駄目だよ」
 自分で自分の思考に突っ込み。我ながら独り言が多い。傍から見たら気持ち悪いことこの上ないだろう。
「そういえば……月給幾らなんだろう?」
 そもそも月給なのだろうか? 果たして幾らもらえるのやら。
 まぁ、頑張れば頑張った分だけ、給金は上がるだろうけど。
 ……上がるよね?
 上がる、ということにしておこう。うん、思い込みって大切だ。
「月給と言えば、お父さんやお母さんはどうしてるんだろう?」
 母は寺子屋の手伝い、父は妖怪の山へ柴刈りに行っているらしい。
 妖怪の山に柴刈りへ行くという発想がおかしい気がする。訃報が届かないことを願う。
 ……私といい、お父さんといい、何て命知らずな家系だろうか。
 というか、何で私は月給で両親のことを思い出したのだろう? 我がことながら不思議でならない。
「あに様は……無職か?」
 おそらく、無職だろう。いわゆるにーと。奴は私以上に穀潰しだった。
「アレ? 穀潰し二人抱えながらも普通に暮らせていたってことは、お父さんとお母さん凄い頑張ってた?」
 もしそうだとしたら申し訳ない。あわせる顔がなくなってしまいそうだ。物理的になくなるかもしれないけど。
 頑張って働くかぁ。両親の老後も面倒見れるくらいにお金稼がないと。
「……クビにされないよう頑張ろう」
 我ながら小さな目標だった。


 あとがき
 こんな感じで主人公に死亡フラグを立てながらぐだぐだやっていきますのでよろしくお願いします。



[28308] 3
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/06/19 22:25
 起床。
 布団が宙に浮くくらい勢いよく体を起こし、べっどから飛び出る。
 そしてそこで一時停止。
「今……何時?」
 呟き、窓のかーてんを勢いよく開け放つ。
 ……日が昇りきっていない。また、やってしまったようだ。
「この癖どうにかならないかなぁ?」
 私には日の出の前に起きてしまうという癖がある。
 早起きは三文の得というし、健康にはいいのだろうけど、時間が余りすぎるのだ。
 それに、夜更かしした日の朝は辛い。
「まぁ、寝坊するよりかいいか」
 そういうことにしておこう。
 さ、新しいめいど服に着替えなくては。昨日は着ていためいど服のまま眠ってしまったし。
「皺ついちゃったけど、大丈夫かな?」
 取れるから問題ない、といいな。
 弁償になったら……その時考えよう。
 今は着替えて、お仕事しますか。



「あら、早いのね」
「おはようございます、めいど長」
 着替えてから部屋を出ると、丁度めいど長と出会った。
 早いって……。めいど長はそれよりも早いわけだよね。
 私より早く起きて仕事してるわけだし。
「はい、おはよう。今日はお嬢様が眠っているから朝ごはんを食べてから仕事に入りなさい。従者用の食堂があるから、手近な妖精にでも聞いて行ってきなさい」
「了解です」
「それじゃ、また後で」
 それだけ言うとめいど長は一瞬にして姿を消す。昨日から何度も見ているが、どうやっているのか全く分からない。
 一流めいどへの道はかなり長いようだ。
「地道に頑張ればいいかな」
 まぁ、一流めいどを目指しているつもりはないんだけど。
「しかし手近な妖精……」
 ぐるりと周りを見回すが、妖精めいどはおらず紅い壁や天井ばかり。
 食堂へたどり着くのは時間がかかりそうだ。



 三時間ほどかけて食堂へ到達。
 妖精たちがわんさかいて、皆小さかった。
 そんな中に、妖精たちより背の高い私が紛れ込むものだから目立って仕方がない。
 気にしないけど。気にしてたらやっていけないよね、きっと。
「ご飯くださーい」
 そういえば、誰がご飯を作っているのだろうか?
 妖精が作っているとは思えないんだけど……まさか、めいど長?
 いやいや、流石にそれはないよね。そうだとしたら何百食を作ってることになるだろうし。
「何を考えてるんですかぁ?」
 と、めいど長の仕事量を考えていると、声がかかった。
 見ればめいど服を着た子供くらいの背丈の妖精が、手にご飯の乗ったとれいを持って現れた。
「いや、ご飯は誰が作ってるのかな、と」
「うん? 新人さんですかぁ?」
「ええ、まぁ」
 新人も新人。妖精も新人になるのか気になるが、聞くのはまた今度にしておこう。
「ご飯はですねぇ、自分で作るんですよぅ」
「自分で、ですか」
「ですぅ。メイド長もご飯作る時間がないんでしょうねぇ。いてもいなくても変わらない妖精のご飯を作る時間があるとは思えませんしぃ」
 なるほど。自分で作って食堂で食べるのか。
 いわゆる、せるふさーびす?
 というか、いてもいなくても同じって。
「同じなのですよぅ。私たちは自分の洗濯と食事の準備と掃除くらいしか出来ませんからぁ」
 アレ? そんな集団の指示を任された私って案外役立たず?
「時折侵入者の撃退を任されることもありますがぁ、十中八九失敗しますねぇ」
 侵入者がいるの? 嫌だなぁ。戦えない私には逃げることしか出来ないのに。
「というわけでぇ、貴女の分ですよぅ」
 どういうわけなのかは全く分からないが、妖精さんがとれいを差し出してくる。
「私の、ですか?」
「ですよぅ。明日からは自分で作ってくださいねぇ?」
「ありがとうございます」
「どういたしましてぇ」
 とれいを受け取る。久々に誰かの手料理を食べる気がする。
 三日前に母の味噌汁と白米食べたけど。
「それじゃあぁ、私はこれでぇ」
 妖精さんは右手を上げ、そして立ち去ろうとする。
「あ、待ってください」
「? 何かぁ?」
 呼び止めると妖精さんは、疑問顔でこちらを向く。
「名前、教えてくれます?」
 そう聞くと、妖精さんはキョトンとした顔になった。
 何かおかしなことでも言ってしまったのだろうか? 昨日から同じ心配ばかりしている気がする。
「妖精には名前がないんですよぅ。特別な力を持っていない限りぃ、固有名詞を持つことはありません」
 そうなのか……。特別な力……湖にいる氷精みたいなのか。
 あんなのが、特別ねぇ……だらしなく無防備に湖で寝てたりする氷精が。
 よく分からないものだなぁ。
「私は夜空天満です」
「はいぃ、ではぁ、また後でぇ」
 別れを告げて食堂の席に着く。
 妖精さんが作ってくれた料理は、西洋料理だった。
 ぱんとすーぷと、野菜のさらだ。
 大変美味でした。





 掃除。
 それは即ち、館に害なす汚れどもを一片たりとも絶滅する行為。
「というわけで頑張りましょー」
 もっぷを右手に、雑巾を左手に、足元にばけつを置いて左手を握っておーと上に伸ばす。
 それを見ていた妖精……大体数百人くらいが私の真似をしてくれた。なんていい子達なの!
「それじゃあ、窓掃除組みは水拭きとわいぱーに分かれて、水拭き組みはぶらしも持ってね。水拭き組みは窓を水拭きしてからぶらしでぶらっしんぐして、わいぱー組みはぶらっしんぐが終わった窓を丁寧に拭くこと」
『はーい!』
 元気がいいね。妖精たちは。子供みたい……って子供だね、妖精は。
「次はかーぺっと組み。かーぺっとろーらーでゴロゴローっとやっちゃって。廊下組みはもっぷで同じようにやってね」
『はい!』
 うん。素晴らしいね。やる気があるのはいいことだ。まぁ、一生懸命やれば遊ぶ時間が増えるよって言ったら簡単にやる気出したけど。
 ちなみに。今妖精たちが使っている器具はめいど長が用意したもの。魔法の森の道具店で買ってきたんだって。
 ……結構最新のものっぽいのに、どうして幻想入りしたんだろうか? 不思議。
「次は厠組み。ぶらしでこすって来てねー。その次はお風呂。お風呂は、お湯で全体を洗い流してから、冷たい水で洗い流してね。その後わいぱーで水を切ること」
『了解!』
 おお、格好いい。どこで了解なんて言葉覚えたんだろう。
 ……しかし、仕事に移るのが速いなぁ。そんなに遊びたいのだろうか? 遊びたいんだろうなぁ。
「さて、私はきっちんのお掃除かな」
 終わったらお菓子でも作っておいてあげよう。何百食も作るのは大変だけど。
 まぁ、白玉餡蜜くらいだったら、大丈夫……かな。




 日が真上を通り過ぎたころ。
「もう掃除が終わったの!?」
 掃除の終了をめいど長に伝えに行くと、目を見開いて驚かれた。
「終わりましたけど……どうかしたんですか?」
「い、いや、予想外だったものだから……。どうやったのかしら」
「掃除終わったら館の外に出て遊んでいいですよーって言ったら凄いやる気出してくれました」
「そんなことで……」
 思ったんだけど、ここの妖精は外にいる妖精よりも賢い気がする。結構合理的な思考をしているんじゃないかな。
「洗濯はどうしたの?」
「水を出せる妖精たちに手洗いしてもらって、風を出せる妖精たちに乾かしてもらいました」
 まぁ、洗濯の支持は出していなかったんだけど。めいど長にも言われてなかったし。
 能力とまではいかないけれど、そういうちょっとしたことができる固体もいるみたい。
 自然の具現だからだろう。阿求ちゃんがそんなことを幻想郷縁起に書いてた気がする。
「……そう、報告ありがとう。少し休憩してから、美鈴を連れて人里へ買出しに行ってきてくれる? これ、買うもののリストよ」
「分かりました」
 差し出されためもを受け取る。
 休憩……殆ど働いていないから、十分くらいしたら行こうかな。




「あの、美鈴さん。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。こう見えても私は妖怪ですからね~」
 それにしても米三俵は持ちすぎだと思うのだけど。
 他にも野菜とか、調味料とかもあるのに。
「ところでいいんですか? 家族に会っていかなくて」
「昨日の今日ですから大丈夫ですよ。会いに行ってもやることありませんし」
「ならいいんですが」
 おやつ時。私は美鈴さんと人里へ来ていた。
 目的は買出し。殆ど買い終えて、後は帰るだけである。
「そういえば、どうして火事になったんです?」
「えーっと、恥ずかしながら寝煙草です。父の」
 私が拾ってきたものを勝手に吸いやがったんだよね。しかもうとうとしながら。
 火はゆっくりと広がって、気づけば時既に遅し。逃げるだけしか出来なかったとさ。ふざけんな。
 ……まぁ、何で煙草の火が木造の家屋に燃え移ったのかは謎だけど。今度せんせーに聞いてみよう。
「煙草ですか。珍しいですね」
「そういったものを拾うのが私の能力ですから」
 意外と重宝してる。たまにはずれもあるけれど。
「美鈴さんは煙草とか吸います?」
「私……というか紅魔館に住んでいるものは基本的に吸いませんね。お嬢様が嫌いですから」
 そうなんだ。じゃあ、吸うときは気をつけないと。
「体に悪い、というより、血液が不味くなってしまうからでしょうけどね」
「不健康ってことですか?」
「噛み砕いて言えばそうですね」
 確かに、吸血鬼にしたら不味いものを飲むより美味しいものを飲みたいだろう。
 飲むかどうかは別として。
「美味しいものは健全な肉体に宿る。そんな認識でいてくだされば結構ですね」
「分かりました」
 そこまで言って、会話がなくなる。
 出会って一日二日だから話題がないのだ。あっても会話が続かない。
 先ほどまでは、買い物のことで会話が繋がっていたからいいものの。
「ん?」
「どうかしました?」
 不意に美鈴さんが立ち止まる。
 そしてくるりと首を回し、真横を見る。
 つられてそちらを見れば、そこには見知った人物が。
「けーね先生?」
 寺子屋の先生、里の守護者、歴史の編纂者と色々やっている人物だ。
 純粋な人間ではないのだけど。
 そんな人がこちらへ駆けてきている。何か用事だろうか?
「知り合いですか?」
「寺子屋の先生です。よくお世話になりました」
 そう説明すると、美鈴さんは少し考え込んだ。
「……なら、少し話をしてきたらどうです? 私は先に戻って説明しておくので」
「いいん、でしょうか?」
「大丈夫ですよ~。咲夜さんは意外と優しいんですよ」
 意外と、なの? 確かに近寄りがたい雰囲気を出してはいるものの、優しい人だと思うんだけど。
「では、私はこれで。ああ、夕飯までには帰ってきてくださいね」
「分かりました。甘えさせていただきます」
 しかし、けーね先生はどうしたんだろうか?
 何か急ぎの用事でもあるのかな?



 あとがき

 今回は紅魔館での仕事やら買出しやら。妖精さんの口調が面倒くさかったから、彼女の出番はもうないかも。
 ちなみに、せんせーとけーね先生は違う人。

 次回の更新は来月の中ごろかな。



[28308] 4
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/06/28 19:27
「何処に行っていたんだ?」
 寺子屋で教鞭を取っている上白沢慧音先生は、私の両肩をがっしりと掴み、静かだが凄みのある声で尋ねてきた。
「えと、仕事ですけど……」
 凄い迫力に思わず声が小さくなってしまう。
 相変わらずけーね先生は苦手というか、なんというか。とにかく説教されそうな雰囲気と頭突きは嫌いだ。
「仕事? 仕事ってお金を稼ぐアレか?」
 驚いた表情で再度尋ねてくるけーね先生。
 お金を稼ぐ仕事以外にどんな仕事があるのだろうか? ……せんせーが言ってたじゅーるとか、そういうの?
「仕事、かぁ……。あの紅い館でか?」
「そうですけど、聞いてませんでした? 父さんか母さんに」
 説明しておいてくれるとか言っていたのだが。
 まぁ、説明がだったアレかもしれない。
「居待さんは遠くへ行ったと、無月さんはしばらく帰ってこないと言っていたな」
 我が両親ながら適当すぎる説明だった。
 もうちょっと具体的な説明が出来たのではないか。兄に説明させなかったのは感謝したいが。
「それで、仕事はちゃんとやってるのか?」
「やってますよ。少なくとも、自分ではやれてると思います」
 他人から見たら駄目駄目かもしれないけれど。
 でも、本当に駄目ならば指摘か叱りかが入るだろう。
「そうか。自己満足で終わらないようにするんだぞ?」
「承知してます」
 自分なりに頑張って行けば……これも自己満足かな。
 でも頑張らないと他人にも満足してもらえないから……やっぱり自分なりに頑張ればいいかな。
「ああ、そうそう。家庭菜園のことなんだが」
「どうかしましたか? すべて燃え尽きたはずなんですけど」
「いや、なんというか、変なものが生えてきていてな」
 変なもの? 何か植えたっけ……。
 植物の種に、青いひし形の石に、栄養剤として丸いふらすこに入った薬に赤い石。意外と埋めてるなぁ。
「とりあえず、見に行ってみるか?」
「はい」
 何が生えてるんだろう。楽しみだ。



「……なんですか、これ?」
 自分の家庭菜園ながら、そう呟いてしまう。
 私の家庭菜園跡に生えていたのは、人の形をした植物。全長一めーとるほどで、緑色の体に白っぽい顔。黄緑色の髪の毛らしきものの上には赤い花が乗っている。
 ――訂正、何か歩き出した。
「え、あの。アレって動いてるんですよね?」
「……ああ、動いてるな」
 俗に言うまんどらごらだろうか? 引っこ抜いたときに出す声を聞くと死んでしまうという。
「あ、何か寄って来た」
 植物はこちらを確認すると実に嬉しそうにこちらへ走り寄って来て、私に飛びついてくる。結構重い。
「……育てるのか?」
「育てられるんでしょうか、これは……」
 植物は私に絡みつき、頬擦りをしている。本当に何なんだろうかこの植物は。
「ふむ。何らかの魔法生物っぽいから育てられるんじゃないか? それに、お前が働いている館には魔女が住んでいると聞く。試しに聞いてみたらどうだ?」
 魔法生物。どこに魔法生物化する要素があったんだろうか? 心当たりがありすぎるのだけど。
「とりあえず、持ち帰って聞いてみます」
「気をつけてな。危なくなったらすぐ帰って来るんだぞ」
 心配しすぎですよ。けーね先生。あの館って意外と優しい人が多いんですよ?
 さぁて、それじゃあこの植物をどうにかしますかね。



 右手に絡みつきぶら下がっている植物を揺らしながら館に戻る。
 その間も植物は実に嬉しそうだったが、途中で気持ち悪くなったのか黄緑色の液体を出していた。
 液体は私にはかからなかったものの、地面に触れると周囲の植物が枯れてしまった。
 私は一体何を埋めて何を誕生させてしまったのだろうか? 過去に戻って確認したいくらいだ。
「美鈴さーん」
「あ、お帰りなさ……い?」
 館の門のところに立っていた美鈴さんに声をかける。
 やはりというか、予想通りというか。美鈴さんは私の右手を見て変な表情になる。
「あの、何ですか、それは」
「亡き私の家庭菜園跡に住み着いた不思議植物です。……飼っていいと思います?」
「……私にそんな権限はないんですよね……。この館を切り盛りしてるのは咲夜さんですから、生き物? を飼うには咲夜さんに頼み込むしかないでしょうね」
「そうですか」
 まぁ、予想していた通りだけど。
 でも、めいど長は許可を出してくれるだろうか? 何か見るからに怪しい植物だし。
 無理そうだなぁ。食費とかはかからなさそうだけど。植物だし。
「ひとまず、聞いてみるのがいいんじゃないでしょうか?」
「そうしてみます」
 左手で小さく手を振り門を後にする。
 植物が庭のお花畑を興味深そうに見ている。が、どこか優越感に浸ったような感じなのは何故だろうか。
 ……それ以前に、この植物の眼は何処にあるのだろうか? 芽は分かりやすいのだけど。
「ただいま戻りました」
 誰もいない館にそう告げる。妖精たちは外に遊びに行ったようだ。
「さて。めいど長は……って先に土落としておかないと」
 入ったばかりなのに館の外に出て、植物に付着している土を払い落とす。というか自分で落としてくれた。今更ながら何この植物不思議すぎる。
 完全に土が落ちたのを確認し、再度館の中へ。
 紅い廊下をふらふら歩き、めいど長を探す。見つからないかもしれないけれど。
「……ちょっと待った」
 と、思ったら何処からともなく現れためいど長の方から声をかけてきた。おそらくというか、確実に植物が目に留まったのだろう。
 まぁ、部下の右腕に正体不明の不思議植物が絡みついてたら呼び止めるよね。
「何を、拾ってきたの?」
「見ての通り植物です」
 右腕から引っぺがし、両手で掲げてみせる。
 植物は右手らしきものを上に挙げ、挨拶のようなことをしてみせた。
 そしてめいど長の表情は表現しがたい微妙な表情に。
「飼っていいですか?」
「……元の場所に置いてきなさい」
「そんなっ」
 何て大げさに驚いてはみたけれど、当然の反応である。
 ……うん。正体不明の謎植物を飼いたいと思う私が変人なのだろう。
「いい? 生き物を飼うというのはね、相応の責任がついて回るの。水遣り、肥料、ストレスの問題、もしかしたら死なせてしまうかもしれないという一つの未来。貴方が世話を怠れば、それは容易に訪れるわ。そして、二度とは戻らない」
 何か、真面目な話に。
 何故に?
「貴方はそのとき、責任が取れるのかしら?」
 ……真面目な話っぽいから真剣に答えると、答えは否、だ。
 正直言ってただの植物を枯らしたことは幾度となくある。だがそれは生きているが、人間とは、動物とは違った生きている、だ。
 そして今この場にいる植物はただの植物ではない。見るからに生きているし、意志も感じられる。知能もあるのかもしれない。
 そんな存在を、死なせられるわけがない。
 『命』を奪ってしまうことは、私には出来ない。
 罪の意識に苛まれることは、私には不可能だ。きっと死なせても罪の意識を感じないのだろう。
 少しは感じるのかもしれないが、それもすぐに薄れる。
 何故なら私は――
「あんまり苛めるのはどうかと思うわよ。咲夜」
 と、そこで誰かの声が響いた。
「パチュリー様……。あまり人聞きの悪いことを言わないでください」
「でも事実でしょう? それと、そこのメイド。その植物を貸しなさい」
 声の主は紫色の女性だった。
 紫色の髪に、紫色の衣服。例外として病的なまでに白い肌。
 ……何故だか不健康、という言葉が思い浮かぶのだけど。
 女性はこちらに歩み寄り、私の両手に納まっている植物に目を向けながら自身の右手を差し出してきた。
「えと、どうぞ」
 少し植物が震えたような気がするが、気に留めず右手に植物を乗せる。
「へぇ……これは……」
「パチュリー様が出てくるほど、珍しいものなんですか?」
「珍しいというか、新種の植物ね。珍種とも言えるけど」
 めいど長が女性の隣から植物を覗き込む。
 植物は二人がかりで観察され、思わずたじろいでいるような、そんな仕草を見せた。
「これは何の花かしら?」
 女性が赤い花びらに触れる。ゆっくりと広げ、花の中心をより見やすくする。
「これは、雌しべかしら? 咲夜、地下に戻るから後で紅茶を持ってきてくれるかしら?」
「了解しました」
 女性は観察をそこまでにし、めいど長に指示を出す。
 めいど長に指示を出せるなんて何者なのだろうか。めいど長も敬語を使っていたし。
「それと、そこのメイドは一緒に来なさい。貴方のものなんでしょう? これは」
 そんなことを考えていると、声がかかった。
「あ、はい。分かりました」
 既に歩き出している女性に返事をし、めいど長に一応連絡を入れて追いかける。
 さてはて。何の用件なのだろうか?



[28308] 5
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/22 14:20
 あたり一面に広がる本、本、本。
 本がこの空間を支配しているような不思議な感じのする場所。
 大図書館。パチュリー・ノーレッジと名乗った紫色の女性は、ここをそう呼んだ。
「さて。この植物は何処で?」
 図書館の何処かに置かれた机と椅子。パチュリーさん……様は座りながらこちらに尋ねてくる。
「えっと。火事で全焼した家の家庭菜園跡からです」
「家庭菜園? 貴方が作っていたの?」
「はい」
 あくまでも、趣味の領域だったが。
 ……となると、私は趣味で謎の植物を生み出すような人間ということになるのだろうか?
「でも、火事で全焼したってことは家庭菜園も焼け落ちたのよね?」
「はい」
 どうやって育ったんだろうか。火事があったのは先月のこと。植物が育つ時間は十分にあるものの、種も何も植えていないのだ。
 焼け落ちた植物が再生して謎の植物になったわけでもないだろうし。
「……種がないのに成長した? ありえない。何らかの外的要因があったとしても大元が存在しないのであれば変化は訪れない……」
 パチュリー様がぶつぶつと呟いていると、パチュリー様の手に収まっていた植物がうねうねと動き出す。
 スルスルとツタを伸ばし、何かを探している様子だった。
「何かしら? というかこれは知能があるの?」
「一応、あるみたいです。人里の守護者は魔法生物っぽいとか」
「確かに魔力は感じられるけど……。それだけじゃないわね。霊力と、僅かに妖力も感じられるわね」
 そう会話している間に、ツタは探し物を見つけたようだった。
 ツタは机の上に転がっていた筆記用具を器用に持ち上げ、そして紙を所望する。
「……紙? 小悪魔、紙を持ってきなさい!」
 植物を机に置き、パチュリー様の比較的大きな声が響き渡る。
 植物は机の上で伸びをし、首をぐるぐると回す。何だか人間臭い。
「パチュリー様」
 新しい声がした。
 出所を見ると、赤い髪に蝙蝠のような羽をもった女性がいた。
 女性はパチュリー様に紙を渡して、一礼。そして何処かへ飛んでいった。
「何を書くのかしら?」
 机の上に置かれた紙に、植物はサラサラと何かを書き始める。
 文字……ではなく、絵のようだ。
 ひし形の石と赤い石、そして丸いふらすこ、西洋剣の鞘っぽいものに古ぼけた石器。それらを紙の左側に書いて中央に足し合わせる記号……+を描き、右側に何らかの植物を書いていく。
 左側のって私が家庭菜園に埋めたものだよね。アレが原因だったの?
 そんなことを考えているうちに全てを書き終わったのか、植物は紙をバシバシと叩き、次に胸を叩く。
「つまり、貴方は色んなものを肥料として育った植物だということ?」
 植物の頭が縦に振られる。
 ……今度から珍しいものを見つけても安易に埋めないようにしよう。
 そう心に誓った。
「でも、待ちなさい。火事はどうやって乗り切ったのかしら? それとも火事の後に生まれたのかしら?」
 パチュリー様の問いに、植物は紙を裏返してまた書き始める。
 今度はすぐに書き終わった。
 炎と、沢山の植物が+で結ばれ、=で灰とこの謎の植物が描かれている。
「貴方は灰になっても再生する?」
 今度は横に振った。
「……あなたは、灰になった植物が固まって生まれた?」
 今度は縦に。
 えーっと。つまりこの謎の植物は、私が育てていた植物全てが合わさった植物だということか。
「なるほど。肥料の中に生命力の増加、または肉体の再生を司るものがあったのね。灰になった植物をそれらがつなぎ合わせることで貴方という新種の植物が生まれた。そういうことね」
 またも縦に振る。
 だんだんと理解できなくなってきたが、パチュリー様が理解しているのならそれでいいか。知りたくなったら教えてもらえばいいのだし。
「もう一つ質問。その肥料となったものはどうやって入手したの?」
「あ、私が拾ってきたんですよー」
 竹林とか、魔法の森とか。人里から離れれば結構落ちてるものだ。
「いや、待ちなさい。そんなもの拾えるわけないでしょう。そんな簡単に拾えたら人間と妖怪のパワーバランスが簡単に崩れてしまうわ」
「でも、拾ったのは事実ですし。……やっぱり能力ですかね」
 あの能力は少し、違うのかなーなんて思ったりする。珍しいものを拾えるのは、ただ単に運がいいだけなのかもしれないし。
「能力?」
「『珍しいものを拾う程度の能力』ってのを持ってます。後、『浄化する程度の能力』というのも」
「……たしかに、その能力なら拾えるかもしれないわね。それが事実なら、だけど」
「事実ですよ?」
 信じてもらえないかもしれないけれど。
「ふぅん。ま、いいわ。今度珍しいものを拾ったら私のところに持ってきなさい。それと、この植物二、三日預かるわよ」
「了解です。あんまり傷つけないでくださいね? 花の妖怪さんに怒られちゃいますから」
 そこまで言って、話が終わる。
 一礼して回れ右、上の館に戻るための階段へとまっすぐに歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 貴方、花の妖怪って……」
 が、歩き出す前にパチュリー様に呼び止められた。
 花の妖怪さんについて聞きたいのだろうか?
「花の妖怪さんは、よく人里に来るんですよ? 後、山とは正反対の方向にある太陽の畑ってところに住んでるんです。私が家庭菜園を始めたのは花の妖怪さんのマネをしてみてですね、意外と楽しかったからってのが理由なんです」
「え、ちょっ、本当に待って」
 ? 一体何を待てというのだろうか。
「……まず、貴方とフラワーマスターが知り合いなのはいいわ。彼女は人里の花屋にも出没するらしいし。でも、貴方よく生きてるわね。フラワーマスターなら、菜園を火事にあわせたってだけで憤慨物だと思うのだけど」
「花の妖怪さんは怒ったりしないですよ?」
「え?」
「え?」
 ……え? どういうこと?
「貴方の言う、花の妖怪ってどんな姿をしているの?」
「明るい服に、何時も日傘を持ち歩いてますね」
「……その花の妖怪に対する、貴方の印象は?」
「あんまり笑わないけど、優しい人です。怒ったりもしないですし」
「分ったわ。貴方ちょっと脳に何かが出来てるのよ。それか視神経の異常。精密検査してあげるからこっちに来なさい」
「え、酷くないですかそれ!?」
 それに精密検査? ならせんせーのところで定期的に受けてるから大丈夫です!
「せんせー?」
「えと、色々教えてくれる人です。先生みたいだったから、せんせーです。名前は……教えちゃ駄目って言われてます」
 よく分らないけれど、私とせんせーが会うのも駄目なことらしい。
「どんな精密検査をしてくれたの?」
「体の中が透けて見えたり写真ですよ」
「……そう。やっぱり頭が」
「違います!」
 流石に酷すぎますよ、それは!
「もうっ……。いいですか? 上に戻っても」
「あ、ええ……。やっぱり精密検査受けていかない?」
「遠慮しておきます」
 最後にもう一度礼をして、階段へと向かう。
 全くもう。幾らなんでも失礼すぎるよ。
 私は嘘はあんまり吐かないんだから!
 ……あんまり、だけど。



[28308] 6
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/07 21:52
 後悔は何時だって後からやってくる。
 後悔しないと、するわけないと思っていても、後からやってくる。
「何て……ことを……」
 紅い廊下に両手をつき、嘆く。
 目の前には惨劇が広がっており、もう二度と戻ってこないことを物語っている。
「どうして、あのとき……」
 最早遅い。全ては終わっているのだ。
 そう。数十秒前に。たった数十秒で、終わってしまったのだ。
 床を叩く。握った拳に痛みが走るが、何度も何度も叩き続ける。
 が、腕を振り上げたところで誰かに手首を握られる。
「もう止めなさい。何にもならないわ」
「めいど長……」
 めいど長は、困惑を瞳に宿しこちらを見ていた。
「止めないでください。これは」
「そんなに自分を責めないの」
 めいど長は慰めるように言葉を発する。
「ですが」
「また作ってあげるから」
 その言葉で、腕から力が抜ける。
「でも、どうしてそこまで?」
「何が、です?」
「……どうしてケーキ一つであそこまで悲しめるのかしら?」
「西洋菓子は貴重なんですよっ!」
 目の前には、白い残骸が広がっていた。



 ことの発端は数十分前。
 図書館から館へと戻ってきた私は、とくに仕事をするわけでもなくぶらぶらと館内を徘徊していた。
 そして何処からか甘い匂いが漂ってきて、それに誘われるまま移動するとめいど長が西洋菓子を作っていたというわけだ。
 完成を待つこと数十分。よほど物欲しそうに見えたのか、けーき一切れを頂戴した。人間用だから大丈夫だとかなんとか。
 そして、きっちんで食べるのもアレなのでどこかいいところはないか探しているときに、悲劇は起きた。
 何もないところで蹴躓き、そしてけーきは宙を舞った。
 出来上がった残骸、擦りむいた膝。鼻も打ったようでひりひりする。
「けーきがぁぁぁ……」
「そこまで落ち込まなくとも……」
 いや、だって本当に西洋菓子って貴重だし……。
 人里では基本的に和菓子だし。あんまり華やかなのとかないし。何故か甘さ控えめだし。
「無糖は敵だー」
「いきなり何を言い出しているの?」
「女の子にとって糖分は化粧の次に大切ですよね!」
「いや、知らないけど。それに、私は甘いものとかあんまり……」
 なんと。でも何か納得。格好いい女の人は苦手そうだよね、甘いもの。
 ちなみに、無糖だけでなくのんかろりーとかろりー半分も敵。外の世界で流行ってるらしいけど。人間にとって大切なのはえねるぎーだよえねるぎー。
「……いや、燃料?」
「本当に何を言っているの? あまりにも悲しすぎて頭がおかしくなった?」
 酷い! でも今日二人に頭おかしくないか聞かれたなぁ。もしかして本当におかしいのかも。兄も母も父も何かしらおかしいしなぁ。
「めいど長はどう思います? 私ってやっぱり頭がおかしいのでしょうか?」
「私に聞かれてもねぇ……」
 それもそうか。聞かれても困るだけだよね。おかしいなんて面と向かって言えるわけがないし。
「そういえば、さっき貴方無糖が敵と言ったけど……太るわよ?」
「あ、自分太らない体質らしいので」
「へ?」
 なんだったけな。人体に有害なもの(例えば毒やあるこーる、にこちん、たーる、しゃぶ)や、有害ではないが取りすぎると有害なものになるもの(例えば脂肪分とか)を無害なもの、または足りていない栄養素に変換することで常に一定の体系を維持できるとか。
 よって、余分な糖分などは別のものに変換しているので太りません。
 これ、私の『浄化する程度の能力』の一端ね。せんせーは私の能力に、悪いものから良いものへと変換することから浄化の名前を着けたのだとか。
「羨ましいわね……」
「その代わり十八くらいで成長が止まっちゃうらしいです。老化もしないとか」
 これは穢れがどうのとか、難しい話だったから覚えてない。
「だから、その分胸の成長が……」
 断崖絶壁ではないが、せめてあともうちょっと欲しい。
 大きいのも苦労するらしいが、欲しいものは欲しいのだ。
「胸は諦めなさい。ところで。貴方、家族は知っているのかしら、その能力を」
「知ってますよ。そこら辺はひと悶着あったんですが、一昨年解決しました」
 家族会議を重ねた結果、ひとまず家族として一緒にいようとの結論が出されました。まぁ、先のことはまだ分らないしね。
「そう……」
 私の話を聞いて考え込むめいど長。
 私はけーきの残骸処理。上らへんだけでも食べられないかな。
「……っと。そろそろ時間って食べようとしない」
 流石に見咎められた。
 やっぱり犬食いは止めた方がいいね。
「はい。すいません。……時間って何です?」
「決まってるじゃない。日没のよ」
 そして窓の外を見る。
 確かに、日が西へ沈み暗くなってきている。
「さ、お嬢様を起こさなくちゃ。ここからが、大切な仕事よ」



 今日見たご主人様は昨日よりも小さく感じた。
 もちろん、縮んだりというわけではなく、そんな感じがする、というだけなのだが。
 何だろう……。昨日はあんなにも強大に感じたのに、今は普通だ。
「へぇ……咲夜、何かした?」
「いえ。特に何もしておりませんが」
 どこか感心した様子のご主人様と、首を傾げているめいど長。
 何かやってしまったのだろうか? 果てしなく不安だ。
「どう? 紅魔館での仕事は」
「あ、えと。ちょっと大変ですけど、やっていけそうです」
「そう。それはよかったわ。明日からも頑張って頂戴ね?」
「はい」
 そこで下がってよしと言われたので、一礼して部屋を出る。
 廊下を少し進んだところで、ふと思う。
 私、ご主人様の部屋にいた意味はあったのだろうか? 声をかけられたから、ないとは言えないのだけど……でも、そもそもめいど長だけでもいい気がする。
 廊下で立ち止まり、少し考えてみたが答えは出ず。
 考えても答えが出ないのなら考えてる意味はない。何していいか分らないけれど仕事に戻ろう。
「一つ搗いてはダイコクさま~、二つ搗いてはダイコクさま~」
 せんせーのところにいた兎たちが時折歌っている歌を口ずさみながらぶらぶらと館を歩く。
 一日ぶらぶらしてばっかりだと思いつつ、足は自然と図書館へと向かっていた。
 植物のことが気にかかる。生み出してしまったのは私だから、育成の義務はあるだろう。
「百八十柱の……なんだっけ」
 確かダイコクさまと百八十の子供のために餅を搗こうって歌だから……。
「あ、百八十柱の御子のため、だ」
 同じ節を繰り返しながら階段を下る。
 二、三度繰り返したころにようやく図書館へとたどり着き、扉をゆっくりと開ける。
「パチュリー……様?」
「何かしら?」
「ひゃうっ!?」
「……そんなに驚かれると傷つくのだけど」
「だ、だったらいきなり現れないでくださいよう!」
 めいど長といい、ここの館は一瞬で移動する人ばかりだ。仕組みは謎。
「ふむ……。で、何しにきたのかしら? やっぱり精密検査?」
「違いますよ。あの植物はどうなってるかと思いまして」
「ああ、アレ。アレなら今頃土に埋まってるんじゃないかしら? 明日のために光合成でもするんじゃないかしら」
「夜なのにですか?」
 光合成は日光がなければ出来ないのじゃなかったか。
 夜型の植物?
「月光で光合成するのよ。月光と大気中に存在する魔力を取り込み、自身の生命力に変える。便宜上光合成と呼んでいるけれど、もっと別の名前を考えた方がいいかしら……」
 うん。よく分らない。もっとじっくりゆっくり時間をかけて覚えたいところだ。
 しかし、名前か。あの植物に名前を決めてあげなければいけないな。
 何時までも植物って呼ばれるのは嫌だろうし。
「どんなのがいいと思います? 名前」
「あの植物の? ……花子」
「安直すぎません? それは」
 もっと、こう心をくすぐるような素敵な名前はないものか。
「貴方も考えなさいよ。……っと、少し下がって」
 急に真面目な顔になったので三歩ほど下がる。
 パチュリー様の周囲に、宙に浮く本が集まり何らかの陣を空に描く。
 臨戦態勢とでも言うべきか。
「……来たわね」
 パチュリー様が呟くと、黒い服に白いえぷろんどれす、黒いとんがり帽子を着用した金髪の少女が、何処からともなく現れた。
 箒に跨り空を飛んでいる。
「よう、パチュリー。また借りに来た……ぜ?」
 その少女は帽子を片手で押さえながらそう言った。
 途中、こちらを視界に納めてから段々と尻すぼみになっていったが。
 いやしかし。
「久しぶりだね、魔理沙ちゃん」
「天満……か?」
 人生分らないものだ。
 数年前人里を離れた幼馴染と、職場で再会できるなんて。
 本当に、分らないものだ。



[28308] 7
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/11 21:22
 私と彼女……霧雨魔理沙ちゃんが友達になったのは、意外と非凡な出来事だった。
 いや、まぁそう言ってしまうと大げさになってしまうのだけど。
 理由を先に述べてしまえば、魔理沙ちゃんと私はズレていたのだ。
 他の子供たちと、少しズレていた。
 その原因は、能力の有無や家族、居候などによる価値観の差で、その差は小さく大きかった。
 私は皆の中にいなかったし、魔理沙ちゃんは皆の一歩先にいた。
 排されたわけではなく、自分から離れているのだけど。
 いやはや。今思い出すと恥ずかしくて穴に入りたくなるのだが、私は皆を見下していたのだ。
 無意識に、自分以外の子供は自分に劣っていると。
 魔理沙ちゃんは、唯一対等だと認識できる存在だった。
 だから、友達になった。遊ぼうと声をかけて、魔理沙ちゃんもいいよと頷いた。
 それから、魔理沙ちゃんとは毎日のように遊んだ。それは数年間変わることのないことだった。私が寺子屋に入っても、続いていた。
 が、ある日。その関係は終わりを告げる。
 魔理沙ちゃんは、忽然と人里から姿を消した。
 予兆はあったのかもしれない。誰にも内緒で計画していたのかもしれない。あるいは一時の感情に任せてのことかもしれない。
 魔理沙ちゃんは、私の、そして自身の家族の前からも姿を消したのだ。
 以来、魔理沙ちゃんとは顔をあわせていなかった。
 まさか、こんなところで再会するとは。


「改めて、久しぶり」
「……ああ、久しぶりだな」
 図書館に置かれた机。置かれた紅茶と茶菓子は私が用意したものだ。
 めいど長には当然劣るが、しかしそれなりに上手く淹れれたと思う。自惚れかな?
 ちなみにパチュリー様は何処かへふらふらと飛んでいった。感動の再会は邪魔するものじゃないらしい。
 はて。何が感動なのか。確かに再会ではあるものの、言ってしまえばたかが友達との再会である。それに幻想郷は狭いから、いつか会えると思っていたし。
 ……死んでいたかもしれない、ということはあるのだけど。
「天満は、どうしてここにいるんだ?」
 魔理沙ちゃんが紅茶を口に運びながらそう口を開いた。
 まだ熱かったのか、一度口に含めようとしてフーフーと冷まし始めた。
 その光景が何処か懐かしくて、思わず笑みがこぼれる。
「家が火事になってね。お金が足りないから私も働こうと思って。それに、家でゴロゴロしてるのも飽きたし。それと、まだ猫舌なんだ」
「まだってなんだよ。まだって。治るものじゃないだろう」
「そうかな?」
「そうだよ」
 でも、慣れればいいと思うんだけど。熱い冷たいって要は慣れでしょ、慣れ。
 ……猫舌だから、慣れないのか。苦手なものを進んでやろうとは思わないだろうし。
「魔理沙ちゃんは、何処に行ってたの?」
「何処って、魔法の森だよ。あそこなら人が近づかないしな」
 ああ、茸の沢山生えた。
 あそこは一度行ったことがあるのだが、里の人に聞いていた話とは全然違った印象を受けた。
 茸の胞子が体に悪いか何とか。普通に澄んだ空気だったんだけどなぁ。
「……聞かないのか?」
「何を?」
「どうして、姿を消したのか」
「気になるけど、まぁ改めて聞くことでもないし。また会えたから、今はそれでいいかなぁって」
 魔理沙ちゃんも、人に聞かれたくはないだろう。話してくれるというのなら聞くけれど。
「そうか」
「そうだよ」
 決まったやり取り。数年経とうと、変わりがない。
 何か、いいなぁ。こういうの。変わらない関係って言うか、変わっているけど変わらないものというか。
「そういえば。魔理沙ちゃんは何しに来たの?」
「本を借りに来たんだよ。珍しい本を」
「ちゃんと返さなきゃ駄目だよ?」
「……善処する」
 そこは頷こうよ魔理沙ちゃん。
 と、よもやま話に花を咲かせ、三十分ほど。
 そろそろ仕事に戻った方がいいだろう。やることないから仕事と言えるか分らないけれど。
「それじゃ、私は仕事に戻るね」
「ん、じゃあ私もそろそろ帰るよ」
 椅子から立ち上がり、箒に跨り空を飛ぶ魔理沙ちゃん。
 空が飛べるってのはどんな気分なのだろうか?
「気持ちいいぜ。風が心地よくて、見えないものが見える気がする」
 見えないものが、見える。気分転換にいいということだろうか。
「……ま、そんな感じだぜ」
「む。何故そんな呆れたような表情に」
「いや。変わってないと思っただけだ」
 失礼な。一応変わっているよ。身長とか、年齢とか。胸は変わっていると信じたい。
「あ、本借りていくんじゃないの?」
「また今度にするよ。興が削がれた」
「そっか。じゃ、またね」
「ああ。またな」
 大きく手を振り、魔理沙ちゃんを見送る。
 さて、片付けないと。
「魔理沙とはどういう関係なの?」
「ひゅっ!?」
 かっぷやら何やらをとれいに乗せ、いざ戻ろうというときに背後から声がした。
「だから、意外と傷つくのよ?」
「だったらいきなり現れないでくださいよう!」
 さっきといい、今といい。何故狙ったかのように背後へ現れるんだろうか。
「で、どんな関係なの?」
「幼馴染ですよ? 私の唯一の友達です」
「唯一の? 驚いたわね。貴方友達は多そうなのだけれど」
 あんまり驚いているようには見えないんだけれど。
 友達が少ないのは、能力の所為……と言ってしまえば責任転嫁なのだけど。要因ではある。
「選民思想の、自分第一主義ですからねー……」
「貴方が? とてもそうには見えないわ」
「自分でそう思ってるだけですよ。他人を見下しているところがありましたし」
 幼いころの話だ。けれど、それが友達が出来ない理由でもある。
 どうしてだか、どうやって会話したり遊べばいいのか分らないのだ。
 引け目というか負い目というか。勝手に背負っているだけだが。
 それに、恥ずかしくなるし。見下していた自分が思い起こされ、穴に突入したくなる。
「ありましたし……ということは今はそうでもないのね。それはどうして?」
「能力が安定してきたから、らしいですよ」
 拾う方ではなく、浄化する方の能力が。
「能力……? ああ。『浄化する程度の能力』かしら」
「そうです。この能力は負と、行き過ぎた正をただの正に変換する能力なんですが、幼いころはそれが変に発動してたらしく」
「ふぅん? それが貴方の価値観に関係があるの?」
 あるんじゃないだろうか。せんせーは無駄なことをあまり言わないし。
 私が理解していないだけで、きっと関係があるのだろう。
「負と、行き過ぎた正をただの正に戻す……。それの効果範囲は?」
「自分だけ、じゃないでしょうか。そこら辺は詳しく教えてもらっていないのですよ」
 というより教えてくれない。何度か聞いたのだが、頑なに教えてくれなかった。
 何か理由があるのだろうけど……。見当もつかない。
「せんせーにかしら」
「はい」
 頷く。せんせーの呟きの断片からは、能力の進化とか、効果範囲の増大とか。いろいろ読み取れたけどてんで理解できなかった。
「負を正に。過正を正に。浄化するという名前から推測して毒物関係や精神汚染なども対象に含まれる……? いや、ちょっと待ってよ。負を正に。過正を正にってことは……。もし感情と他人も効果範囲内に入っているのなら」
 ありゃ。考え込んじゃった。
 ひとまず話は終わりということだろう。
 とれいを持ち直し、ぶつぶつと呟くパチュリー様に一声かけてから階段へと歩み始める。
 聞こえていないだろうけど……声かけてあるから大丈夫だよね。



[28308] 8
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/13 20:12
 正真正銘仕事がなくなって自室。
 なんとなくべっどに座って足をぶらぶらとさせているものの、見事にやることがない。
「……寝よう」
 ポテンと寝転び、もぞもぞと布団を被る。
 めいど服のままだが、まぁ、大丈夫だろう。寝巻きは今度買いに行けばいい。
「あー……。でもいいのあるかなぁ」
 無駄なことをつらつらと考えすぎて寝るのが遅くなったのであった。



 その頃。紅魔館の一室では吸血鬼、レミリア・スカーレットとその従者、十六夜咲夜が会話を繰り広げていた。
 話の種となっているのは夜空天満のこと。紅魔館に就職に来た変人である。
「――不可解?」
「はい。夜空天満は間違いなく無害な人間で、弾幕すらまともに出せず、出来ることと言ったら掃除や簡単な料理程度」
「それで?」
「なのですが。彼女は、妖精を従えているのです。驚くことに、妖精に指示を出し、短時間で紅魔館の掃除を完了させています」
 妖精は総じて悪戯好きで、そして頭が弱い。
 例外はいるものの、複雑な仕事などは出来ないし、すぐに遊んでしまうのが妖精だ。
 それが、一人の人間の指示だけで紅魔館の掃除をこなすようになる。
「へぇ? あの子は何か能力を持っていたりするのかしら」
「『珍しいものを拾う程度の能力』と『浄化する程度の能力』を持っていると聞いています。彼女の自己申告ですが」
「嘘を吐いている可能性は?」
「ありません」
 即答だった。
 そんな咲夜に、レミリアは怪訝な表情を見せる。
 ……咲夜は出会って一日二日の人間をここまで信用するだろうか?
 そんな疑念がレミリアの脳裏に浮かぶ。
「根拠は?」
「ありません。……不思議なことに、彼女を疑うということが出来ないでいるのです」
「理由は……分らないのね?」
「はい」
 疑うことが出来ない。それはきっと何かの力が働いているのだろう。
 人間、誰かを疑うことなんて日常茶飯事であるし、しかも天満と咲夜は出会って一日二日程度の時間しかたっていないのだ。
 だというのに、疑えないということは何かの力が働いているとしか思えない。
 天満が第三の能力を隠しているか、気付いていないのか。もしくは咲夜自身が変わっているのか。
「……面白い人間ね。あの子は。私の気当たりも軽く受け流していたし」
 気当たりとはつまり、蛇に睨まれた蛙である。
 天敵を前にして体が硬直してしまうような、そんな状態を引き起こすのだ。ただそこにいるだけで。
「昨日はそんなことなかったんだけどねぇ」
「……昨日と今日で何かしらの変化があったと?」
「そうとしか考えられないでしょう?」
 確かに、と咲夜は頷く。
 一晩で人はそんなに変わらないが、しかし一晩でも結構変わってしまうものだ。
「だとしたら、どんな変化が……」
「確かめてみる?」
 咲夜が呟くと同時、部屋の扉が開き紫色の女性……パチュリー・ノーレッジが入ってくる。
「確かめる、ですか?」
「そう。分らないのなら確かめればいいだけよ。きっとあの子の能力は……」
 パチュリーは一つの仮説を話し始める。
 それは所々不確かではあるものの、充分納得のいくものだった。
「もしそれが本当なら、随分と変な子を雇ったんですね……」
「いいじゃない。きっと退屈しないわ」
「それじゃあ、早速明日からやってみましょうか。流石に寝てるところにやるのは忍びないわ」
 紅魔館に入った新しい人間の影響は、様々なところで出てきている。
 それが良いものなのか、悪いものなのか。今はまだ、誰も知らない。



[28308] 9
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/22 14:20
 私が紅魔館に勤め始めてから一週間。
 仕事にも慣れてきて、ただでさえ多かった空き時間が更に多くなり困っている今日この頃。
 めいど長の仕事を手伝うという選択肢もあったけれど、しかし足手まといになりそうなので止めておいた。
 瞬間移動する人の手伝いは出来ないよ。うん。
 そして、朝昼晩と三回ほど図書館に行くことを義務付けられた。
 理由はさっぱり分らないのだが、行く度に珍しいお茶やお菓子を出してくれるから不満はない。ただ、時折物凄く不味いものだったりするけれど。
 あ、あと三回に一回はパチュリー様が変な覆面をしてて、小悪魔さんは身悶えてる。
 パチュリー様はコホー、コホーって。小悪魔さんはバタバタと。
 何かの儀式だろうか。気になるけど聞けずにいる。ちょっと怖い。
「悪魔の召喚とか……?」
 漏れ出た声に、植物が反応する。首を傾げ、ツタでペチペチと叩いてくる。
「何でもないよー」
 そう言って水をかける。植物が口っぽいところを開き、そこから水を取り込んでいく。
 実に人間臭い。
「私のせいなんだけど。……ところで、ここら一体の草花の成長が速いのは君のお陰?」
 今いる場所は館の庭。美鈴さんが管理しているというお花畑の一角。
 他の場所が綺麗に揃って咲いているのに対し、今いる場所は他よりも成長している。
 しすぎている、とも言える。
「大体、一めーとると半分くらい?」
 私の身長より少し小さいくらい。雑草でさえもここまで伸びている。
 原因は植物が埋まっていたからなんだろうけど。
 こくこくと頷く植物は、誇らしそうに胸を張っている。うん。成長が速いのはいいと思うけど、これは流石に自重して欲しいね?
 そう告げると、植物は頭の花を少し萎らせ、がっくりとしていた。少し罪悪感が。
 そこでふと思い出す。
「ねぇねぇ。名前欲しい?」
 聞くと植物は喜色満面で頷く。顔がどこかはイマイチ分りづらいのだけど。
 名前。名前……植草ちゃん? 我ながらこれは酷いね。
 ぷらんとちゃんとか……駄目だ。イマイチ上手く発音できない横文字は駄目だ。練習しないと。
 頭の花が赤いから……紅花? でもこの間生え変わったときに緑色だったし……。
 植物、草木、草花。……あ、草花と書いてソウカとか。名は体を表すって言うし。
「よし、じゃあ君はソウカちゃんだ」
「…………sjkolouhekgta?」
「うん」
 …………喋った!?
 え、ちょ、ええええぇぇぇえ?
「…………sdehkuaieblpepltkotmmedenhuacvilpyawo?」
 いや喋ってるよ割と長い台詞!
「パチュリー様ぁぁぁぁあああああ! 植物が喋りましたぁぁぁあああ!」
 ソウカを抱きかかえ地下へと急ぐ。
 その際、ソウカはくねくねと赤くなりながらうねっていたんだけど、何ゆえ?



 地下。大図書館にてパチュリー様にソウカを調べてもらう。
「……ふむ」
「何か分りました?」
「クドいようだけど。貴方の頭が」
「おかしくないです!」
 何故事あるごとにそう言うんだパチュリー様は。
「んー……。貴方の頭がおかしいのでなければ、特に異常はないわね。強いて言えば植物の魔力が澄んで……」
 そこまで言うと、何やらごそごそと色んな器具を取り出し始めた。
「まさか、ね。魔力の波長が変わるなんてことは…………あったみたいね。こんなに大きく変わるなんて異常だわ。何か原因が」
「……そこで何故私を?」
 知らないよ? 私は何も知らないよ?
 と、そこでソウカに動きがあった。
 ぬるぬると蜜を垂れ流し、パチュリー様の手から抜け出す。
 そして
「……wahutadbsinusilengukaresilpta」
 と、先ほどよりも流暢に喋った。何故先ほどは隠そうとしたのか。
「何を言っているのか分らないわ。英語か日本語で話しなさい」
 いやいや。それは流石に無理でしょう。植物が何かを話しているというだけでも驚きなのに日本語話したら私の腰が抜けますよ。
「……nikohodenyego?」
「私たちが使っている言葉よ。というか貴方、どうやって発声を……ああ、魔力による空気振動ね。ならそっちを解析したほうが速いかしら」
 専門的な話に。これはやることがなさそうだ。
 上に戻ってめいど長にお菓子でもねだってみようか。今日は青とか虹色とか、毒々しい色をしていないお菓子が食べたい。
 美味しいんだけど、口に入れるまでが大変なんだよね。見た目で怖気づくというか。
「ああ、天満。戻るのならこれを飲んでいきなさい」
「……なんですか、これ?」
 手渡されたのは丸いふらすこに入った無色透明の液体。
「……栄養ドリンク」
「何ですか今の間は。凄い不安なんですけど」
「大丈夫よ。体にいいものが沢山入ってるから」
「そうなんですか? ならいいですけど」
 言って、ふらすこの中身を飲み干す。かぼちゃの味がした。
「…………互いに作用しあってかなり体に悪いものになってるけどね」
「何か言いました?」
「何も言ってないわ」
 でも、何かボソッっと聞こえた気が……。
「植物の声よ」
「でもそれとはまた違った感じが」
 別にいいんだけど。気のせいなら気のせいで。
 でも、何故か何かの危険に晒されていたような気がするんだけど。これも気のせいかな?



 あとがき
 本来なら8、9はまとめてあったのですが、キリが悪かったので分けて投稿。なので何時もより短め。
 ソウカの言語は規則性があるので解読してみるのもいいかもしれません。
 ただ、図書館に行く前と図書館に行った後では、少し規則性が変化していますけど。



[28308] 10
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/22 14:20
「hikasihenolaidysirenedsgayeilpkacdnawoeaqru」
 大図書館。そこの主パチュリー・ノーレッジは目の前の植物が発する魔力の振動を解析していた。
 植物……彼女の飼い主である夜空天満はソウカと呼んだが、ソウカが言ったのを解読するとこうなる。
『菱の石願い叶える』
 願いとはどのようなものか。何処まで叶うのか。何故叶うのか。
 パチュリーは喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。
 今は解読に集中しなければならない。そう自身に言い聞かせソウカの言葉に耳を傾ける。
「adekaloineiawsimwtahemabusixaifenozakaqetadwmalpri」
『赤い石魂の塊』
 そこでパチュリーはストップをかけた。
 そしてすぐさま、調べものに取り掛かる。
 願いを叶える菱形の石。魂を材料とした赤い石。
 何処かで、何かで、見たような気がする。
 魔法を応用し、図書館内部にある本の錬金術関連、過去の遺産関連を探し出し、小悪魔に持ってこさせる。
 数十数百と存在する本。
 パチュリーは一冊に一分以上の時間をかけず、しかし見落としのないよう細かく読んでいく。
 そして。
「……見つけた。宝石の種とサヴァンズストーン。どちらも空想上の物。……いや、だからこそ幻想郷に?」
 幻想郷は忘れられたものが集う。パチュリーも、パチュリーの友人の吸血鬼だってそうだ。
 彼女たち個人が忘れられたわけではなく、種族(魔法使いや吸血鬼)を人々が否定、信じなくなり、このままでは消滅してしまうから幻想郷に来た。
 もっとも、彼女たちの出身国周辺にも幻想郷と似たような場所があった。幻想郷へ来たのは吸血鬼の友人の気まぐれに過ぎない。
 さて。では幻想郷に似たような地域があるにも関わらず、西洋の遺物である二つの石が幻想郷へ来たのは何故だろうか?
「誰かが呼び寄せた……? それとも私たちが幻想入りしたときにその可能性を持ち込んだ?」
 考え込むパチュリーに、ソウカがぺたぺたとツタで腕を叩く。
「aswni」
『兄』
「兄?」
 解析したパチュリーが聞き返すと、ソウカはコクリと頷く。
 兄。はて、身近なところで兄がいる人物はいただろうか。パチュリーはそこまで考え、そして思い当たる。
「天満……!」
 全ての元凶は天満にあった。そしてその家族に。
「一体全体。どんな家よ夜空家は」
 パチュリーの予測としては、きっと普通ではないだろうというものだった。



「んー。何でまたお兄ちゃんを……」
 紅魔館を出て人里へと向かう。
 めいど長から仕事として出されたのは、我が愚兄を図書館まで連れて行くことだった。
 何故かは分らないけど。
「でも、どうしよっか。お兄ちゃん何処にいるか分からないから」
 いや、呼び寄せる方法は一つだけある。あるのだが、羞恥心が犠牲になるので最終手段。
「地道に探すしかないかな」
 あの人が行きそうなのは人里、妖怪の山、それと魔法の森くらいかな。
 じゃあ、まずは人里へ行ってみよう。



 人里。
 団子貰ったりかんざし貰ったりけーね先生に兄の居場所知らないか尋ねたり扇子貰ったりしていると、魔理沙ちゃんが現れた。
「……何やってるんだ?」
「兄を探して三千里?」
 三千里もないだろうけど。
 魔理沙ちゃんに団子(みたらし)を差し出しながら、兄の姿を見ていないか聞いてみる。
「あの人なら、一年に一回くらいうちに来て色々と語っていくな」
「色々?」
「天満の可愛さとか、そこら辺をずーっと一晩中」
「愚兄がすいません」
 別にいいさ。そういって魔理沙ちゃんは笑みをこぼす。なんと心の広い。
 というか、一年に一回も魔理沙ちゃんの家に行ってたの? あの人。私はまだ一回も行ったことがないのに!
「それと、天満の生まれてから今までの成長が記録されているアルバムが数冊あるんだが、いるか?」
「いる。そして焼却……はしないけど厳重に保管する」
 流石に焼いてしまうのは可哀そうだ。向こうも好意でやってくれているんだし。
 でも、何時の間に作ったのだろうか? 写真とかは河童さんの技術がないと作れないのに。
 そこら辺考えても仕方がないか。
「じゃあ、今すぐ取りに行くか。後ろ乗れるか?」
「抱きつけば何とか」
 魔理沙ちゃんが何処からか取り出した箒に跨る。その後ろで同じように跨り、振り落とされないよう魔理沙ちゃんの腰に腕を回ししっかりと固定する。
「よし、しっかり捕まってろよ」
 浮遊感が体を包み、そして景色が流れる。どうやら空を飛ぶことに箒はいらないっぽい。
 魔理沙ちゃんが使いやすいから使っているだけなんだろう。
「そういえば、魔理沙ちゃん」
「どうした? あんまり喋ると舌噛むぞ」
 警告に頷き、そして本題に入る。
「どうして、人里にいたの? もしかして霧雨道具店に」
「違うよ。ただ立ち寄っただけだ」
 むう。全部言い切る前に答えるのは駄目だと思うよ。礼儀的に。
「もう勘当されてるんだ。あの人たちとは関係ないよ」
「そうかな? 家族って関係は案外切れないものだよ?」
 ずっとずっと繋がってる。縁は簡単に切れたりはしないんだよ。
「そうか? まぁ、今回は本当に立ち寄っただけなんだが」
「そうだよ」
 そして無言。特に話すことがなくなってしまった。
 話したいことは沢山あったけれど、しかしこうしてみると話すほどでもないというか。
「ありがとな」
「ん? 何が?」
 どんな話をしようと頭を捻っていたところ、魔理沙ちゃんからの急な言葉。
「いや、心配してくれたんだろう?」
「そりゃ、まぁ心配しますよ。家庭の事情だからあんまり口は出さないけど」
「ああ。だからありがとうだ。これは私の、私と家族の問題だからな。天満は心配だけしてくれれば、それでいい」
 心配だけって。少しくらい手伝わせてくれてもいいのに。
「でも、やっぱりこれは私たちだけで解決しなきゃいけない問題だ。だから、天満は心配だけしてくれればいいよ。私も頑張るからさ」
「……うん」
 頷くと同時、魔法の森が見えてきた。
 茸の胞子が充満した森。そこに魔理沙ちゃんの家が存在する。
 どんな家なんだろう? 紅魔館より大きかったりしないよね?

 あとがき
 夜空家の皆様の出演予定は今のところありません。兄はちょっと存在を感じさせるだけ。



[28308] 11
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/17 22:08
「きたな……散らかってるね」
 初めてくる魔理沙ちゃんの家。
 想像通りというか、いめーじ通りというか散らかっていた。
「今汚いって言いかけたな? 別にいいけど。ちょっと待っててくれよ」
 そういうと、ごそごそとあるばむを探し始める魔理沙ちゃん。
 その間私は、失礼ながらも色々と物色し始めることにした。
 トカゲの干からびたものや、まだら色の茸。如何にも魔法使いが持っていそうなものばかりだ。
「あれ? 確かこの辺に置いておいたはず……」
 あー……うん。頑張れ魔理沙ちゃん。よくあることだよ。
 探しつかれて探すのを止めた頃にひょっこり出てくるかもしれないけど。
「天満。もう少し時間くれ」
「いいよー」
 さて。あるばむ探しは意外と長期化しそうだ。
 と、なると暇になっちゃうな。物色するのはいいけど、油虫とか出てきたら嫌だし。
「……ん? これ、もしかしてお兄ちゃんが残してった?」
「ん? おー、それか。二、三年前に置いてったぞ」
 見つけたものはキラキラと輝く結晶。
 大きさは握りこぶしほどで、重さは箸と同じくらい。
「ふぉとにっく純結晶……だっけ?」
「そんな名前だったか。使い方がイマイチ分らないんだよな、それ」
 そこはお兄ちゃんに聞いてもらわないと。
 私も一回説明されたことがあるけど、理解できなかったんだよね。
 光そのものを記録媒体に出来る云々。せんせーなら理解できそう。
「それも持ってくか? 私にはいらないものだし……っと、あったあった」
 ほれ、と投げ渡される数冊の本。
 開けば幼い頃から数ヶ月前までの私の写真が納められている。
「よくも、まぁ、集めたもので」
 どれだけの労力をつぎ込んだのだか。というより数ヶ月前のお風呂の写真があるのはどういうことだ。
 盗撮? 盗撮なの?
「天満の兄なら真正面から撮ってそうだがな」
「否定できないね」
 あの人なら姿を消すとか、普通にやりそうだし。
「まぁ、姿を消すくらいなら風呂場に堂々と入ってくるかな」
「一回それで揉めたことあるよな。子供の頃」
 ああ……。いきなり入ってきたのに驚いて大切な部分を蹴り上げたときね。
 不能になったらどうしてくれるとか文句言われたけど。当時は全く理解してなかったけど、別に不能になっても良かったんじゃないかと今は思う。
「そもそも女装して男の人誘惑してるんだから不能になってもいいと思うんだよ」
「子供を残さないといけないから、どうしても必要らしいぞ? 男色だけど、子孫は残さないといけないとか」
 変な義務感。そんなので子供作ったって嬉しくないだろうに。
 ……ま、変なのは何時ものことか。我が家は変人の家系だし。
「それじゃ、そろそろ帰るね」
「ん。また今度図書館行くから」
 あるばむと結晶を持ち、物を踏まないよう出口へ向かう。
「図書館といえば、本はちゃんと返さないと駄目だよ?」
「努力する」
 個人的にはどちらでもいいんだけど、立場的に言っておいたほうがいいよね。めいどなんだし。
「じゃ、ばいばーい」
 小さく手を振り歩き出す。
 魔理沙ちゃんも小さく手を振ってくれていて、少し懐かしい気持ちになった。
「さて。兄探しでも続けますか」



 思いつく限り、兄がいる場所を回ったのだが、結局見つからなかった。
 捜索は早々に打ち切り、紅魔館に戻ってくると、頭にこぶを作った美鈴さんが立っていた。
 痛そうである。
「どうかしたんですか?」
「あ、天満さん。ちょっと、変な人に殴られまして」
「変な人?」
「ええ。突然現れて『メガネッコナッコォー!』とか叫んで襲い掛かってきまして」
 ……アレ? 心当たりが物凄いあるんだけど。
「それって、白髪で赤い目をした私と同じくらいの身長で、女物の浴衣着てました?」
「ええ。まさしくその通りです。よく分りましたね」
「それ、私の兄です」
「え゛?」
 美鈴さんが固まる。そんなに衝撃的なことだろうか?
「あ、あの……失礼ですが、あの非常識の塊が……?」
「まぁ、同じ女の人の股から出てきましたよ」
 そう返すと表現が生々しいです、と美鈴さん。
 と、いうか非常識の塊というなら両親のほうが相応しいんじゃないだろうか。
 妖怪の山に柴狩りに行くくらいだし。
「それで、兄は何処へ?」
「今先ほど帰られましたよ? パチュリー様とお話して、すぐに」
 パチュリー様とお話。何だ、入れ違いになったのか。
 というか、何の話をしに来たんだろう。パチュリー様は用があったんだろうけど、お兄ちゃんにはあったんだろうか?
 ま、パチュリー様に話を聞いてみればいいか。
「それじゃあ、私はこれで」
「はい。それでは」
 美鈴さんに別れを告げて図書館へと向かう。
「碌な用事じゃなさそうだけどね」



 薄暗く、かび臭い図書館。
 パチュリーは、ソウカを前にして頭を抱えていた。
 原因は、先ほどまで図書館にいた天満の兄。
 見た目は完全に女性だったが、本人の男だと言っていたから男で間違いないだろう。
「はぁ……幾つか謎は解けたけど、あの子に関してはまだ何も分らないのよね」
 解けたのはソウカについて。
 天満に関して分ったことは殆どなし。
「分っているのは、まだ他人への影響が少ないということ」
 パチュリーが天満に行ったのは、毒物投与、惚れ薬、毒ガスなど。
 死なない程度に加減してあったとはいえ、天満はそのこと如くを無効化していた。
「アロマテラピーでもやってれば癒し効果とか着きそうよね」
 パチュリーの見立てでは、天満の能力は進化する。否、今なお進化し続けていると考えている。
 咲夜は、天満が不老なのは栄養が常に満ち足りているからだと聞いたらしいが、まさかそんなはずはない。
 確かに、老化は遅くなるだろうが、なくなることはない。
 だから、天満が老化しないのはもっと別の理由。
「穢れの浄化、かしら」
 分らない。天満のいうせんせーとやらと話が出来れば、何か分ることがあるかもしれないが。
「尽きない謎。研究対象として、これほどいいものはないわね」
 パチュリーは笑う。一人の研究者として、喜びの笑みを。
「頑張りなさい、人間。儚く消えるか、このまま居つくか。行動しだい……」
 パチュリーとしては、このまま居ついてもらいたい限りであるが。


 あとがき
 咲夜とレミリアの影が薄いけど大丈夫か? 大丈夫じゃない、問題だ。
 ということで、次回は咲夜さんが出ます。

 フォトニック純結晶出したのは思いつき。エクストラやったらだしたくなったんだ……。



[28308] 12
Name: 音楽記号◆0dc267b3 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/18 17:09
 図書館へと向かっていると、めいど長が何やら悩んでいる姿が見受けられた。
 廊下の片隅で、どうかしたんだろうか?
「どうかしました? めいど長」
「ああ、天満……。いえ、さっき帰られたお客様なんだけど、どこかで見た覚えがあるのよ。白髪赤目の女の人」
「それ多分私の兄ですけど……どこかで出会ってるんですか?」
 尋ねると、めいど長は首を振った。
「分らないのよ。幻想郷で会ったわけではないと思うけれど……。そうなると、外にいた頃出会ってるってことになるし」
 他人の空似じゃないだろうか。たぶんだけど、お兄ちゃんは外の世界に出たことがないだろうし。
「白髪赤目の人なんて滅多にいないわよ」
 めいど長、鏡、鏡。まぁ、めいど長は銀髪で、たまに瞳が赤くなるだけだしなぁ。
「何処で会ったのかしら……? 会ってなくとも、何かで見た覚えが……」
「あるばむとかでですか?」
 こんなの。と、手に持ったあるばむを掲げ聞いてみる。
 めいど長は数秒考え込み、ポン、と手の平を打った。
「そう、アルバムよアルバム。かなり昔の。カメラがない時代の人物画とか載ってるやつ」
 ……それに、うちの兄が? いやいや。幾らなんでも他人だろう。
「名前は確か……ノーレッジだったわね。ノーレッジ・ナイトスカイ」
 何か、偶然にしては作為的な名前だね?
 英語はあんまり知らないけど、けれど少しくらいは分る。
 夜とか、空とか。それくらいの単語なら知っている。
「……のーれっじってパチュリー様の苗字ですけど、どんな意味なんですか?」
「知識って意味よ」
 ……偶然じゃないかも。だとすると、お兄ちゃんは両親より年上ということになるんだけど……。
 もしかして血のつながりがなかったりするのだろうか? まぁ、なかったところで何が変わるというわけじゃないんだけど。
「そういえば、兄って言ったわね。貴方の言葉を信じるとして、何故女装しているのかは置いておくけど……。貴方の兄の名前は?」
「知識です。夜空知識」
 今年二十歳になる、はず。
 よく考えると物心ついた時からずっと女装し続けるって凄いよね。両親がそうさせてたのかもしれないけど。
「……天満。貴方の家系は一体どうなっているの?」
「……たぶん、凄いことに」
 少なくともどうかなっていないことはないだろう。
 祖父母とか、いればもう少しよく分ったかもしれない。けど、いないのは仕方ないよね。弟、妹が欲しいとねだったことはあるけど、祖父母は流石に……。
「パチュリー様に聞いてみようかしら。直接話したのはあの人だけですし」
「図書館、行きます?」
「そうしようかしら」
 では、お茶菓子持って行ってみましょう。



「何かと思えば、夜空知識とノーレッジ・ナイトスカイについて? 長くなるから今度でいいかしら?」
 図書館を訪れ、兄こと夜空知識とノーレッジ・ナイトスカイについて何か知っているか尋ねたところ、そんな返答があった。
「パチュリー様。時間ならたっぷりとありますわ」
「そういえばそうだったわね。……というか、夜空知識についてなら天満の方が知っているんじゃない?」
「いえ、まったく」
 知ってるのは身長体重と、あとは食の好みか。生ものが駄目で魚と肉も駄目。基本野菜食べてるけど、そのさいまーがりんをよく使う。
 とらんす脂肪酸たっぷりだよ! ばたーは嫌いらしい。よく分らん。
「はぁ……面倒くさいわね。というか、何で説明してないのよアイツは」
「あの人と知り合いなんですか?」
「知り合いというか、五十年ほど前に色々あったのよ」
 五十年前……この時点で色々分ることが出てくるね。
「一応言っておくけど、今日ここに来たアレの年齢は、二十歳かそこらであってるわよ。あー……詳しくはアイツが話すのを待ってなさい」
 五十年前の知り合いなのに、二十歳。時間旅行でもしたのかな。それとも……輪廻転生?
 いや、でも転生って凄い時間かかるんだよね。阿求ちゃん言ってたし。
 三十年では到底無理だと思うんだけど……。
「全部話してくれるまで待ってなさい。天満が二十歳になるまでには話すそうだから」
 じゃあ、あと四年か。長いのか短いのか……。
 あ、違う。もう少しで誕生日だから約三年だ。
「パチュリー様。ノーレッジ・ナイトスカイは」
「大体分ってるでしょうけど、夜空知識と同一人物よ」
 何年生きてるのさ、お兄ちゃん。少なくとも百年は生きてるよね?
「はい。この話はここで終わり。天満、これ上げるから部屋で焚いてみなさい」
 手渡されるお香。物凄く毒々しい色をしている。紫と白と黒とピンクが混じり合っているような、そんな色。
 何のお香なんだろう……葬式とかに使うものではないだろうけど。
「それと、これも飲んでいきなさい」
 今度はふらすこに入った青い液体。こっちは何か普通。
 前回のものよりも普通だったので、すんなりと口に運ぶ。
 一息に飲み干し、ふらすこから口を離すと、どこからかシャキーンと擬音が響いた。
 ……特に変わったところはないんだけど。
「パチュリー様、今の擬音って」
「気にしないで。ふむ、回復系も効果なし。疲れていないからかしら? メモメモ。あ、咲夜、ここに書いてあるの取り揃えてくれる?」
「了解しました。……多いですね」
「そりゃ、殆ど薬になっちゃうからね」
 いや、ところで今の薬は何を目的として作られたもので?
「回復薬よ。疲労から死にかけまでそれ一本で治るやつ。植物の栄養剤として使用することも可」
「今回はあっさり教えてくれるんですね」
「前回までのは教えられないものだからね」
 え? 教えられないような用途で発明されたものを私は飲まされてたの?
 ……何も異常ないからいいけど。
「さ、天満も早く仕事に戻りなさい。咲夜はもう行っちゃったわよ?」
「相変わらず速いですねー……」
「完全で瀟洒を自称するだけあるってことよ」
 それは少し違うような気がする。
 瞬間移動の根本的な解決になってないし。
 仕事に関係ないことだから、別にどうでもいいんだけどね。



[28308] 13
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/22 14:16
「フォトニック純結晶、ね。手に入れることは出来ないと思ってたけど、まさかあの子から貰えるとはね……。まぁ、この大きさじゃあ予測演算なんて一つの道筋くらいしか出来ないだろうから、あんまり意味はないんだけど」
「……choladamoi?」
「ん? これが欲しいの? 貴方が持ってても何の役に立たないと思うけど……。ま、研究に使うわけじゃないからあげるわ」
「……akorimxgadeto」
「どういたしまして」




 私は植物である。名前はソウカ。
 宝石の種とサヴァンズストーンと妖精郷の加護で命を得ている。
 ついでに言うなら、他にも色々なものが混じっているのだが……それは別にいいだろう。
 今は、先ほど貰った純結晶を接続させている。もちろん、自分に。
 理由はいろいろとあるのだが、今の演算機能では足りないというのが一番だろう。
 純結晶をつなげば、演算し切れなかった未来を演算することが出来る。
 ……演算したところで、未来を変えれるわけではないのだが。
 それでも、やる価値はあるだろう。知っているのといないのでは、心構えに差が出る。心なんて上等なものが果たして自分に備わっているのかという疑問は置いておく。
「……deswkivata」
 呟く。まともに人語が喋れないのが恨めしい。意思の伝達は可能だが、しかし言葉を交わしてみたいのだ。何もせずに、自然体で。
「……kahuineshi」
 サヴァンズストーンの材料となった人魂と、宝石の種の膨大な魔力を用意。妖精郷の加護で自身を覆い、やっていることが誰かにバレないようにする。
 シュルシュルと、体中が成長を始める。ツタは加護の中を這い回り、葉は光を閉ざす。
 暗闇の中、時間の流れが遅くなったように感じた。
 予測演算を始める。
 魔力を回路にし、ブチブチと焼ききれる思考回路を人魂の持つエネルギーで強制的に再生していく。
「…………」
 いたい。イタイ。痛い。
 全身を焼かれたときよりも強い痛みが全身を襲う。
 声は出ない。元々魔力を振動させ出していた音だ。魔力の大半を使用している今、声が出るはずもない。
 見えてくる。
 紅い館。暗闇の地下。首を押さえる少女とうずくまる吸血鬼。
 聞こえるのは嗚咽と笑いと泣き声と怒号。喜怒哀楽全てを混ぜ合わせたような音。
 動く。少女が吸血鬼へと歩み寄り右手を伸ばし――
 ――右腕が宙を舞った。
 少女が吹き飛ぶ。その行方を確認しようと更に演算を進め、そしてヒビが入る。
 ピキピキと身体から異音が聞こえ、流れる魔力量が急激に減る。
 痛みは強くなり、限りある人魂も減るスピードが増す。
 これ以上は危険だ。そう判断し、演算を止める。
 魔力はある。人魂も残っている。が、生存するに必要な分だけである。
 ――足りない。
 もっと魔力が必要だ。せめて紫の魔女を超える量が。
 でないと、きっと今の未来は変えられないだろう。一つの予測でしかないが、たった今私が演算した所為でその未来が訪れる可能性が高い。
 ああ、しかし。
 あの人は何故あんなにも危ういのか。



 夜。人里で貰った安酒を一人で飲んでいると、どうしたのかソウカが部屋に訪れた。
 トテトテとまっすぐこちらに歩み寄り、そして右腕に巻きつく。
 発見した当初から右腕に巻きついているが、居心地がいいのだろうか?
「そうだ。ソウカはさ、お酒飲める?」
 首を横に振る。どうやら飲めないらしい。むぅ、不思議生物なのにそこは普通なようだ。
「残念。じゃあ、歌でも歌う?」
 頷く。んー……あの歌でいいかなぁ。
「咲~いた~。咲~い~た~。たーげっとぉの花が」
 そこまで歌うとソウカがびくりと反応した。何事?
 気にしなくていいか。何か思うところでもあったのだろう。
「並んだ~。並んだ~。ア~カ~黒服~白装束~。どの花見てもいぇーふー!」
「うるさいわよ、天満」
「はい、すいませんめいど長」
 怒られた。少し声が大きかったようだ。
「歌は駄目かぁ……」
 呟くと、右腕にあった重さが消える。
 眼を向ければソウカが心なしか困ったような仕草をしていた。
 はて? 何かおかしなところでもあったのだろうか? 父さんから教わった歌なんだけど……。
 …………ま、いいや。おかしなことがあるのは何時も通りだ。
「ソウカはやりたいこととかある?」
 聞く。ソウカは少し戸惑うような仕草を見せ、小さく、
「……zusattodeifasshojuni」
 呟いた。
「ん、分った」
 ソウカを抱きかかえ、残っていた酒を飲み干しべっどへ移動。
 わたわたとソウカが暴れるが、逃がさないように捕まえ、布団に潜り込む。
「ずっとは無理だけど、なるべく一緒にいてあげる」
 観念したのかソウカの動きが止まる。
 それを確認してから、ゆっくりと瞼を閉じる。
 出来るなら、ソウカが消えないように。



 あとがき
 露骨に死亡フラグを立てました。

 番外編としてまどか☆マギカのクロスでもやろうかと妄想したけど、天満の能力的に何の面白みも無くなるので断念。



[28308] 14
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/23 23:53
 十二月半ば。私の誕生日も過ぎ、正月を迎える準備に奔走する今日この頃。
 ちなみに魔理沙ちゃんからぷれぜんとを貰った。二の腕の半ばほどまである紅いぐろーぶ。
 どうしてそんなに長くしたのか聞いてみたい、けど、最近は寒くなってきたからか館に来ることが少ない。
 冬は皆引きこもるんだよねー。ソウカも冬眠みたいなことしてるし。よく枯れないね? 枯れて欲しいわけじゃないけど。
 さて、与太話はここまでにして。今現在、結構な大役を任されております。いや、任されることになっています、かな。
 何と、今日の夜からご主人様の妹様に仕えることになりました!
 ……どんな人、じゃなくて吸血鬼か知らないんだけど。
 めいど長は詳しく教えてくれない。きっと仕える中で知っていけということなんだろう。たぶん。
 しかし……夜まで何していようか。
 最近は掃除とかあんまり時間かからないんだよね。妖精たちもよく手伝ってくれるし、上手になっていってるし。
 洗濯なんかも基本的に自分ひとりの分だけだし、食事も同様。買出しは寒いから一週間に一回まとめてする。
 とんでもない量になるから美鈴さんとめいど長と三人で人里に行っている。視線が凄いよ。
 図書館には毎日行っているものの、毎度のことながら変なものを飲まされる。ので、出来るだけ一日の終わりに行くようにした。
 長々と言っているが、要約すると『暇』。
「……あ、久しぶりにせんせーのところに行こう」
 思い立ったが吉日。自室を出てめいど長を探す。
 お昼時だから食堂にいるだろう。手早く許可を貰って日が落ちるまでに帰ってこようっと。



 めいど長に外出の許可を取り、迷いの竹林を訪れる。
 迷いの、とついている割に迷うことは滅多にないのだが。とりあえずこの先にせんせーは住んでいる。ついでにウサギとお姫様も。
「もこーさん今日はいないみたいだね」
 よしよし、好都合。もこーさんはいい人だけどせんせーのところに行かせてくれないから困りものだ。理由教えてくれないし。
 なんとなーくは分るんだけどね。きっとお姫様と何かあるんだろう。
「なまむぎなまごめなまたまご~」
 早口言葉を言いながら竹林を歩く。早口言葉の意味はない。
「隣の客はよく客食う柿だ~。しんしゅんしゃんそんしょー!」
 早口言葉って意外と意味が分らないよね。遊びだから意味なんて要らないんだろうけど。
「さよなら三角また来て四角~ってこれは違うね」
 他に何か早口言葉あったっけ。
「隣の竹垣に竹立てかけた。であってるかな? あ、あと坊主が屏風に上手に坊主の絵をかいたってのもあるね」
 意外と種類が多い。赤巻紙黄巻紙青巻紙もそうだよね。巻紙って何さ。
 そんな感じでブツブツと一人で呟きながら進むと、和風の家屋に到着する。
 適当なところで靴を脱ぎ中に入る。そしてせんせーの部屋へまっすぐ向かう。
「あ、優ちゃん。久しぶりー」
 その途中、見慣れたウサ耳の少女を発見する。赤い瞳に特徴的な服。鈴仙・優曇華院・イナバちゃんである。
「……なんでいるのよ」
 優ちゃんはこちらを確認すると顔をしかめた。久しぶりに会った友達の対応としてそれはないんじゃないかな。
「というか、どうしたのその服。最近来なかったのと関係あるの?」
 優ちゃんがめいど服を指差して言う。
「え、何? 最近来なかったから寂しかった?」
「そんなんじゃないわよ! どうしたらそんな風に解釈できるのよ」
 んー……からかうため? それと少しの願望。
「真面目に答えると、就職したんだよ」
「……就職? アンタが?」
「あ、その反応ひどーい」
 そんなに意外だろうか? 自立して生きていけるかはともかく、十分働いていてもおかしくない年齢だと思うんだけど。十七歳にもなったし。
「紅魔館っていう、吸血鬼の住む館でめいどとして働いてるんだよ」
「吸血鬼って……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ? みんな優しいもん」
 そう返すと祐ちゃんは小さく「そういうことじゃなくて……」と呟いた。
 はて、どういうことだろうか?
「まぁ、上手くやれてるならいいわ。それで、今日は何しに来たの?」
「遊びに来ました」
「仕事しなさいよ」
「暇が出来ちゃったの」
 あと、せんせーに聞きたいこととか。
「師匠に聞きたいこと?」
「うん。植物のこととか」
 ぶっちゃけてソウカのこと。最近元気がないから栄養剤でも貰っていこうかと。
「ふぅん。なら先に済ませちゃいましょうか。ついてきなさい」
「別に一人でも大丈夫だよ?」
 何度も来てるわけだし。ある程度の造りは把握してる。
 今更迷うことはない、はず。
「私も師匠に用事があるのよ」
「どんな?」
「秘密」
 秘密なら仕方がない。ここは我慢しよう。
 ……でも、後でせんせーに聞いてみよう。どんな話をしていたのか。
 私はちゃんと言ったのに、言わないのってずるいよね。



 あとがき
 ずるいというより天満が勝手に喋っただけですけどね。

 最近アーマード・コアラストレイヴンに嵌ってます。素人の癖に。
 ただいま二週目。ゲリュオンの火力に惚れました。


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