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[28977] 【ネタ】ルーチェ隊長はトラブルと出会ったようです【転生者はトラブルと出会ったようです 三次創作】
Name: 槍◆bb75c6ca ID:0df82b4f
Date: 2011/07/24 00:41
 本作はとらハSS投稿掲示板で連載されておられる、さざみー様製作『転生者はトラブルと出会ったようです』の三次創作SSになります。

 このSSは『転生者はトラブルと出会ったようです』を読んだ作者こと槍が、その完成度、キャラクターの素晴らしさに感銘を受けすぎて『三次書きたい!』と思いつめ、無謀にも許可をとりにいったところなんと承認いただけたことで書き連ねましたものであります。

 それゆえ、いくつかの注意点があります。
 ・このSSは転生トラブル本編と一切関係がありません。
 ・続きものではなく、それぞれの転生トラブルキャラクターにスポットを当てた短編集になっております。
 ・槍の作ったオリジナルキャラクターがでます。
 ・作者が作者なので、内容はかなり壊れギャグとなっております。
 ・何人かがキャラ崩壊の恐れがあります。
 ・他人が書いた転生トラブルなんて読みたくない、認めない。壊れギャグなんてまじ簡便、といった読者様も当然いらっしゃると思いますので、上記の注意点に1つでも嫌悪感を感じたらご注意願います。

 全5話ほどになりますが、どうかお付き合いのほどをよろしくお願いします。
 さざみー様に、全身全霊の感謝を。本当にありがとうございます!



[28977] 『ルーチェ隊長は恋愛でトラブったようです』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:0df82b4f
Date: 2011/07/24 17:05
 まったく困った。本当に困った。
 すっかりと自分に馴染んだ3097隊のデスクの上に、べたぁと蕩けたマシュマロのように彼女は上半身を沈めている。
 その手には、情報化した現代には珍しい“手紙”を握って。

「どうしましょうか……これ……」

 ちらり、と顔をずらして彼女は手紙を見つめる。
 その手紙はとても可愛らしい便箋で、女の子などが好きそうな、そういう構成をしていた。
 そこに書かれた文字もまた、丸く優しいタッチなものだから、この手紙の送り主は“女性”だというのは安易に想像出来るだろう。

「……本当に、どうしよう……」

 くるくると手紙を手の中で器用に回す。



 困っていた。それはもう盛大に彼女は困っていた。
 『親愛なるルーチェ・バインダ様へ』、との一文で始まる“ラブレター”に、困り果てていた。



   『ルーチェ隊長は恋愛でトラブったようです』



 ルーチェ・パインダ、12歳。性別は女性、むしろ女性でなければなんだというのか。
 街中で歩いていればその姿を見たものは男女問わず振り返ると言っても過言ではない美貌。
 年齢相応の幼い外見を残しながら、しかし大人の女性特有の雰囲気を併せ持つその顔は高価な芸術品すら価値を無くす。
 その腰まで靡(なび)く美しい黒髪は天然産の黒真珠が足を生やして逃げ出し、健康的な身体に反するかのような白き肌は白米が嫉妬を始めて黒く染まるだろう。

 触れればか弱い花の如く折れてしまいそうな華奢な体。しかしその外見に反して体は鍛え上げられていているという奇跡。
 胸を見れば自己を主張しつつも御しとやかな二つの胸腔が膨らんでおり、その絶景の価値はどんな広大な“自然”が相手だろうと敵うまい。
 あと6年経ったら押し倒したいぐらいの美少女、というか今すぐにでも押し倒してしまいたいと犯罪の意識すら生み出すこと間違いなし。

 そんなルーチェではあるが、彼女は誰にも話せない秘密があった。それは“男だった前世”を持っているということ。
 何の因果か彼女は一度“死んで”、目を覚ませばこの体の持ち主としてミッドチルダと呼ばれる“異世界”のスラム街に居たのだ。
 いや、異世界というには若干の語弊がある。なぜならその世界は、前世で見ていた“アニメの中にある世界”なのだから。

 その後、何だかんだで沢山のことがあって、大変なことや悲しいことも多かったけれど、それでも愛する家族を得て、幸せに、とはいかないかもしれないが悪くない人生を送っているのが彼女の現状である。



 ――話は変わるが、彼女は“ストロベリー”が嫌いである。ストロベリーといっても飲み物ではなく、ストロベリーのような“恋愛”が嫌いなのだ。
 彼女は美しい女性であり、はっきり言えばモテる。それはもうモテる。彼女の所属する組織『時空管理局』にはファンクラブまであるのだから。

 彼女が選ぼうと思えば相手などよりどりみどりである――“男”ならば。
 先も話したが、ルーチェは前世で男だった記憶を持っている。それが問題だった。

 見た目は麗しい少女であったとしても、中身は男の記憶と感情を持っている彼女が“男相手”に恋愛を出来るだろうか?
 ――そう、出来ないのである。ルーチェはその記憶を持つが故に“男相手”に“恋愛”が出来ないのだ。

 それだというのに彼女の“女”の部分は、ふと見せる男の仕草に心臓を高鳴らせることがあり、その度に吐き気を感じながら自己嫌悪に陥った。
 だったら“女相手”に恋愛をすればいいだけの話かもしれない。だが、世の中そんな百合百合した都合のいい相手など居ないのである。
 もしかすればいるかもしれないが、彼女は今までそんな存在に出会ったことがない。というよりも、女を好きになろうとすれば今度はルーチェの“女”の部分が反応して拒絶反応を起こしてしまうという負のスパイラル。

 そんなこんなで、彼女はしたくても出来なかった。恋愛が。重要であるからしてもう一度いわせてもらうが、“したくても出来ない”のだ。故に、彼女はストロベリーで甘ったるい青春まっしぐらな恋愛が嫌いである。大っ嫌いだ。

 街中で中睦まじそうに手を繋ぐカップルが居れば心中で恨み事を呟き続けることなど日常茶飯事。
 部下が合コンやデートに行こうと休暇を求めようなら急ぎでない仕事をどっさりと与える。
 さらにその部下のデート現場に出くわしてしまえばもう大変。内心ぶち切れ状態で邪魔しにかかるという徹底ぶり。

 しかしながら、彼女が色恋沙汰を邪魔すると何故か以前よりカップルの仲が良くなってしまうという愛のキューピッド現象に悩まされるのだが。



 と、ここまで説明して、話を彼女の現状に戻すとしよう。
 ことの始まりは自身が隊長を勤めるミッドチルダ首都航空3097隊の部署に出勤して、いつものデスクに座った瞬間だ。
 机の上に見慣れない封筒が置かれていた。送り主の名前は載っていない、彼女の宛名だけが書かれた封筒である。

 怪しく感じつつも封を開けて中を除いてみると、可愛らしい一枚の便箋が入っていた。
 その便箋の内容を読んで、驚いた。心臓が飛び出るかと思うほどの衝撃だ。彼女は自身でも不測の事態には狼狽してしまうという性分をわかっていたが、そうでなくとも誰でも驚くだろう。

 なぜなら、それはラブレターだったのだから。しかも“同性”からの恋文である。内容は以下の通りだ。

 『貴女を一目見た瞬間に、貴女以外のことを考えられなくなりました。
  人をこれほど好きになることなど初めてで、しかもそれが同性だというから自分でも驚いています。
  想いは募り、ついには仕事が手につかなくなるほど、貴女が愛しい。
  今夜、貴女に直接会って話したいことがあります――時間はいつでもいい、クラナガンの景色を一望できる○○公園で待っています。
  貴女が多忙な身であることは十分に承知しています。そして、こんな手紙を出す私を気持ち悪いとお思いかもしれません。
  それでも、来ていただけると、話を聞いていただけるとを信じて、私はいつまでも待っています――。

                                    ネオン・クライスより』

 どこをどう読んでもラブレター。縦読みも斜め読みもない、完全なる恋文。
 ルーチェを愛していると、そしてその想いを伝えたいと、ずっと待っていると。
 なんと甘酸っぱい内容なのだろうか。これほどベタなラブレターなど漫画の中にしか存在しないと思っていたが、まさか自分が受け取ることになろうとは。
 人生何が起こるかわからないものだなぁ、と転生などというとんでも現象の経験を棚に上げて彼女は隊長室の天井を見上げた。

「……罠、でしょうか?」

 ふと、ある可能性が脳を過ぎる。これが罠だとしたらどうだろう。常日頃真面目に隊長業を勤めているつもりではあるが、こと恋愛が関係すれば仕事を押し付けてでも邪魔をしている彼女である。
 そんな彼女を、部下――あるいはそれに準じる誰かが仕返しをしようとしているのでは。意気揚々と現場に向かったら『やーい引っかかったー、ルーチェ隊長のおばかさん』と書かれたプラカードを持った部下がいたとしたら彼女の秘められた真の能力を開放し目に映るすべてのものを破壊しかねない――。

 とそこまで考えて、頭を振った。彼女の魔導士としての力を知っている部下からすればそれがいかなる自殺行為だというのは考えつくことだろう。さらに言ってしまえば、何だかんだで信頼している部下達に、そんな酷いことをするものなどいない、と信じたいのだ。
 本当にそんなことをされればいかな彼女であろうと実家に帰って引きこもる自信がある。

「行くべきか……行かないべきか……」

 もしも行ったとしたらどうなるのだろう、と彼女は真剣に考える。本当にネオン・クライスという女性が待っていたとして。
 その女性が自分を愛していると告白したとする。そして告白されたら、自分はどうする? 男も愛せない、女も愛せないこんな自分が見も知りもしない相手に“はい”といえるか?

 しかし、行かなかったとしたら、彼女は手紙の文面通り待ち続けるかもしれない。
 日が暮れても、夜が明けても、ずっとずっと待ち続けるかもしれない。こんな自分を信じ続けて。

「……私が夜勤や急な任務が入ったらってことを考えてないですよね」

 幸いにも、本日は急ぐ仕事もなければ大変な仕事もない。というか、珍しく定時で帰れる日が今日だ。
 帰れるといっても、彼女には“上”から与えられた秘密裏の仕事があるけれど。
 これをネオンという女性は知っていて机に手紙をおいたのだろうか。だとすればなかなか用意周到である。

 ……というか、本当にネオン・クライスとは誰なのだろうか、とルーチェは頭を捻る。文面からして女性のようではあるが、ネオン・クライスなんて名前は聞いたことがない。一目惚れというからにはお互いに面識がないことになるのだから当然だが。

 何を始めるにしても、まず情報が足りない。公園で待っているといっても公園には沢山の人で賑わっているかもしれないのだ。
 その中の人々に1人づつ『私に手紙をくれたネオン・クライスさんですか?』と聞くわけにもいかない。せめて髪型や身長くらいは――。

 そう考え続けていると、不意にドアからノックの音がした。二度三度叩かれて、その後に『隊長、いますか?』と声が上がる。

「――っ!? え、ええ!」

 咄嗟にラブレターをデスクの中に仕舞いこみ、そう答えると『失礼します』との掛け声と共に、1人の青年が入室する。

「先日の事件の報告書が出来上がったので持って来ました」

「ご苦労様です、ティーダ准空尉。では確認させてもらいます」

 報告書らしきディスクを片手にやって来たのはティーダ・ランスターだった。
 オレンジ色の短髪が目を引く好青年といったところだろうか。ルーチェは提出されたディスクをパソコンに読み込ませ、その中の報告書を眺める。そして不備がないことを確認しコンソールを操作し始めた。

「問題はないようですから、このまま受理します」

「ありがとうございます。ではこれから市内の見回りがあるので、失礼しますね」

「はい――あっ、ちょっといいですかティーダ准空尉」

「ん? なんでしょう」

 部屋を出ようとしていた足を止め、ティーダは振り向く。

「たいしたことではないのですが……貴方はネオン・クライスという人物を知っていますか?」

 手紙の送り主、ネオン・クライス。ルーチェはその名前を知らなかったが、顔の広いティーダなら何か知っているかもしれないと思って駄目元でそう尋ねてみる。
 するとその予想は的中したようで、しばらく考え込んでいたティーダは『ああ!』と思い出したように語り始めた。

「ネオン・クライス――首都防衛隊の救護班の一員ですよ」

「防衛隊の救護班」

 優秀な魔導士は海に大量に引き抜かれてるとはいえ、守りの要である首都防衛隊に配属されているとなると、ネオン・クライスはなかなか優秀な人物のようだ。
 ルーチェはさらにこの機会を逃すものかと彼女についての情報を収集する。

「年齢や容姿はわかりますか?」

「一度書類を届けに本部にいった時に会話したことがあるだけなんで、詳しい年齢とかは知らないですけど20歳前後ってところじゃないですか。
 容姿、といわれると……眼鏡をかけた美人ですね。まあ顔よりもまず赤色のロングストレートが目立ってるんで、まずはそこが目がいっちゃうんですけど」

「20歳前後で眼鏡に赤髪のロングストレート……ふむふむ」

 それらの情報があれば間違えることはないだろう。
 ミッドは人種の幅が大きい為に様々な髪色や肌色が存在するが、20歳くらいの赤髪でロングストレートと解りやすいポイントがあれば公園で待っているという彼女を見つけるのは容易だ。

「彼女がどうかしたんですか?」

 さきほどからオウム返しを繰り返すルーチェを不振に思ったのか、ティーダはそう聞き返した。
 ぎくっ、とルーチェは身体を震わせつつ、当たり障りのない回答を迅速に考える。
 ラブレターを貰いました、などと馬鹿正直に答えればなにを言われるかわかったものじゃない。

「……いえ、近々――知り合うことになるかもしれないので」



 その後、ルーチェは隊員や知人にネオン・クライスのことを聞いて回って、それなりに彼女の人柄が掴め始めていた。
 曰く、彼女は魔導士としての才能はあまりないのだが、首都防衛隊の救護班に配属されたのは“優秀な医者”としての技量を評価されたらしい。

 とある有名な医学校を主席で卒業、その後は管理局に医師として入隊。
 容姿はティーダが美人というようにモデル顔負けに整っており、人柄も良好で男女とわず人気があるようだ。
 エリートを鼻にかけることもなく、悪い噂は一切聞かないどころか好評価がほとんど。
 それらを聞いて、医者は医者でもどこぞの変態医者とは180度違うのだなとルーチェは思った。

 ふと時計をみれば、時刻はすでに18時を回っている。隊員は夜勤のものを残しほとんど帰宅。
 ルーチェもまた仕事を終え、あとは帰るだけだ。時計を呆けるように眺め、長針がカチッと音を上げると、彼女は決意したように立ち上がる。

「――行きますか」

 壁にかけた管理局の上着を取り、彼女は隊長室を出る。
 ルーチェの向かう先は愛する家族がいる自宅ではなく、手紙をくれた“彼女”の元へ。



 ■■■



 手紙にクラナガンの景色を一望出来ると書かれていたように、確かにその高台に位置する公園から見下ろす光景は壮観だった。
 すでに日は沈みかけ、暗闇に溶け込もうとする街中に溢れる無数の光。自分達が守らなければならない、大切なもの。

 すでに公園に人気はなく、風に揺られるブランコの音がするだけだ。そんな公園のベンチの上に、1人の女性が座っていた。
 流れるような赤い髪を靡かせ、知性的に思わせる眼鏡が非常に似合っている。

 だが、服装は少し変。いや、ここが“研究室”や“医療室”というなどこもおかしくはないのだが、“白衣”だ。
 まるで生まれたときから着ていたというように似合っている彼女の白衣姿ではあるけれど、この公園にはあまりにも異質。
 どこかの病院から抜け出したのか? とでも思わざる終えない。

 そして、そんな彼女に近づく人影があった。その人影はゆったりとした面持ちで彼女に近づき、少しだけ上ずった声で――。

「お待たせ、しました」

 そういった。がばっと勢いよく顔をあげる白衣の彼女は、その声の持ち主を認識したと同時にかああぁと頬を染め上げる。

「ネオン・クライスさん――でしょうか?」

「はっ、はい! ルーチェ隊長……! まさか本当に来ていただけるなんてっ!」

 咄嗟に立ち上がり敬礼するネオン。現在はプライベートであり、本来なら敬礼はやらなくていい。
 だが彼女はそれすらもわからないほどに緊張しているのかパニックに陥っているのか、とても忙しない。
 大の大人が子供に向かってあたふたと慌てる様子に可笑しくなって、思わず「ふふっ」と微笑みを零すルーチェ。

「あうぅ……」

 それがよっぽど恥ずかしかったさきほどよりも、彼女の綺麗な赤髪よりも彼女の顔は真っ赤に熟す。
 これではどちらが子供でどちらが大人かわかったものではないが、ルーチェにとっては可愛い人だな、とプラス評価だった。

「――それで、お話とは……」

「……そ、その……手紙を拝見していただけたのなら……御察しのことと思いますが……」

 まるで恋する乙女のような表情で、ちらちらとルーチェの顔を見るネオン。

(――ああ、やっぱり)

 ここに来て、ルーチェは確信する。やはり彼女は今日この場所で私に告白するつもりなのだ、と。
 万が一にも世間話がしたいだけではないかということもあったかもしれないが、この反応をみるに可能性は零だろう。

 ルーチェは恋愛が嫌いで恋愛が出来ないといっても朴念仁ではない。ここまであらかさまな反応をされれば想像はつく。
 というかこれで何もわからなかったそれはもう病気レベルだ。

 ごくっ、とネオンの固唾を呑む音が聞こえた。小さく身体も震えている。

「わ、私……ネオン・クライスは……あ、貴女のことが……好きです!」

 きっとその一言に、ネオンは全身全霊の勇気を振り絞ったのだろう。
 日が暮れた2人きりのこの空間に響いたその言葉は、ミッドの夜景が祝福するように光を洩らすその世界で轟いたその言葉は――確かに“愛の告白”だった。

「――――」

 その告白に対する“答え”は、ここに来る前に用意している。
 ルーチェがここに来たのは、おそらく自分に告白をする為に呼んだ彼女の告白を――“断る”為なのだから。

 彼女自身、好きと言われるのは嬉しいし、ありがたいとも思う。
 しかし――やっぱりというべきか、こうして彼女を見ても“恋愛感情”が浮かばない。
 彼女は世間一般に見ても可愛いのだろう。主観的に見てもそうだ、これほどの美人はそうはいない。好意に価するとはこのことか。

 それでも――ルーチェは“駄目”だった。付き合う付き合わない以前の問題で――目の前の美人と幸せな関係を築く“未来”すら想像が出来ない。

 あるいは、深愛なる友人としてなら共に過ごせる未来もあるだろう。

 あるいは、深愛なる同僚としてなら共に過ごせる未来もあるだろう。

 けれど――親愛なる恋人として共に過ごす未来は、見出せない。

 男としてこの体があったなら、全力で彼女を愛せたかもしれないというのに。女としてこの体がある限り、全力で彼女を愛せない。

 だから、ルーチェは断ろうと思った。彼女の思いを断ち切り、踏みにじり――自分への想いなど一時の過ちと、忘れて欲しいが為に。
 ああ、なんという甘酸っぱいストロベリーなのだろうか、とルーチェは心の中で小さな涙という雫を零す。

「ですから――――私と、私と!」

 その先は言わなくとも、ルーチェは十二分に承知している。
 だから、タイミングを合わせる。間を取るでもなく、彼女の台詞を遮るのでもなく、コンマ1秒のタイミングで――用意していた断りの台詞を告げる為に。

 ネオンの顔はすでに熟した林檎やトマトなど比べようもないほど。体の震えは頂点に達し、おそらくは緊張も同じだろう。
 それでも、彼女は決心を決めて、ルーチェの瞳を真っ直ぐに向けて――その言葉を、言い放った。






「解剖を前提にお付き合いしてください!」






 そのありきたりで、けれども永遠に廃れないであろう王道の告白を聞いて、ルーチェは答えた。

「ごめんなさい、私はまだ幼く貴女の気持ちに答えるこ――――え?」

 聞き間違えた? とルーチェは一瞬思った。うん、おかしい。“前提にお付き合いしてください”というのは普通の告白だった。
 しかし、“前提にお付き合いしてください”の前に彼女は――解剖、解剖といったか?

 聞き間違いではない、彼女は確かにそういった。普通そこは“結婚”ではないのだろうか。
 いや、女同士で結婚というのも元々おかしいのだけれど、しかしここミッドチルダにおいては同性カップルは実のところ珍しくなかったりするのだけれど。

 だとすれば――言い間違い? いや、もはや言い間違いにおいて他にないだろう。甚だ“結婚”と“解剖”をどう言い間違えるのか疑問だがこの際おいておくべきだ。

「あ、あの……」

 思わず言葉に詰まるルーチェ。そんな彼女の様子に何かを察したのか、ネオンは「す、すみません!」と両手をあたふたと振り始めた。

「さ、さっきのは……実は、嘘というか、ジョークというか……」

 ――わぉ、Nice joke。

 思わずアメリカンテイストな口調で心中に呟くルーチェ。いや、どこらへんがナイスなジョークだったのかはさておき、どうやら先ほどのは彼女なりの医者ジョークだったらしい。
 こんなシリアスな場面で、もっとも大事な場面で、そんなジョークを口にする彼女に若干引きながらも、ルーチェはなんとか彼女と向き合い続けた。

「こ、今度こそ……私の本当の気持ちを……いいますね……」

 ごくり、とネオンの、あるいはルーチェの、もしかすれば2人の固唾を呑む音が聞こえて――再びネオンは大声でその本心を解き放つ。






「お付き合いを建前に解剖させてください!」





 ――わぉ、Nice boat。



 ■■■



 ネオン・クライスは、物心ついた時から“自分は変わっている”と理解していた。
 どう変わっているかといえば――人間の“外面”には一切興味を持つことがなく、“内面”にしか興味を示せないことだ。

 “人間は生まれたときから服を着ていない”という言葉がある。しかし彼女はそれを聞く度にこう思うのだ。

『変なの。人間は“皮膚”という“服”を着て生まれてくるのに』

 たとえば美麗なアイドルがいたとして、誰かが『あの人は綺麗な顔をしてるよね』と言った。
 けれどネオンは顔の綺麗さなどどうでもいい。彼女にとって人間の“良し悪し”とは“内面”なのだ。
 “いかに綺麗な内臓”をしているかが、ネオンにとっての“美しさ”のただ1つの基準において他ならない。

『あのアイドルはどんな内臓をしているのだろうか。綺麗な内臓だったらファンになってもいいかな、でも食生活とか悪そうだし、色が駄目そうだ』

 人間は顔より性格、内面が大事。ネオンはその言葉のまんまを地でいく少女だった。
 むろん、ネオンはそんなことでしか人間を判断できない自分は頭がおかしいとも理解していたし、気持ち悪いとも思っていた。

 思ってはいたが、そんな自分を変えることは出来なかったし、変えようともしなかった。
 別に内臓が好きというどうしようもない性分があったとしても誰にも迷惑をかけることもないのだから、と。

 そんな彼女に“医者”という職業はまさに転職だった。何せ合法的に人間の“中”が見れるのだ。
 しかも手術が成功すれば感謝もされるしお金も貰える。

 ああ、なんというすばらしい職業なのだろうか、医者とは。
 時空管理局に入ったのも、テロや犯罪者との戦いで外科手術が必要なくらいの負傷をする局員が多いだろう、と思ってのこと。
 むろん多少なりとも平和を愛する心もあるし正義を守る意思もある。現状に満足していた、たとえこのまま人間の内臓しか愛せず、孤独のまま死んでいくのも悪くないと思っていたくらいだ。



 しかし――彼女は見てしまった。出会ってしまった。奇跡というほかないほどに美しい“内面”を持つ人物に。



 時空管理局員には年に一度、精密検査を受ける義務がある。ルーチェも類に漏れず、数ヶ月前に検査を受けた。
 そのカルテや資料を、ネオンは目にした。そして彼女は一瞬にして、恋に落ちることとなる。

 最初は、そのレントゲンの、あるいはX線の、もしくは発達したミッドの科学力で映し出されたカラー写真を見るだけでよかった。それだけで彼女の心は満たされた。
 けれど、一日、一週間、一ヶ月と立つうちに、どうしても我慢が出来なくなったのだ。

『見たい――見てみたい。実際に、この手で! ルーチェ隊長の“中”が見てみたい! むしろ……欲しい!』

 もはや完全に思考が殺人鬼、あるいはサイコ野郎のそれである。
 しかし彼女は止まれない。もうどうにも止まれない。早速ルーチェにこの想いを伝えるべく手紙を書いて――今に至るわけだった。






「そんなわけで解剖させてください!」

「どんなわけでそうなるんですか!? というかさっきのジョークって“解剖を前提にお付き合いしてください”の“前提にお付き合いしてください”の部分がジョークだったんですか!? そこは一番ジョークにしたら駄目な部分ですよ!?」

「す、すいません。本音をいきなり言ったら引かれるかと……」

「いきなりいわれないでもドン引きですよ!?」

 じりじりと迫るネオン。じりじりと離れるルーチェ。
 さきほどのストロベリー空間はどこえやら、2人の間に流れるのはもはや濃厚たる殺気と恐怖だけ。

「ルーチェ隊長は初めてですよね、こういうこと……優しく、優しくします!」

「おおよそ大抵の人が始めてですよこんな経験!? そんな優しさいりません!」

「翌日体重が少し軽くなるだけですから!」

「少しじゃないですよね!? 絶対少しの域じゃないですよねそれ!? 死にますから! 内臓取られたら死にますから!」

「私をなんだと思ってるんですか! 内臓の1つや2つなくなったところで死なないように施術できるすべは述べ642通りはあります!」

「別のことに活かしてくださいよそれ!? じ、自分の職業を大声でいってみなさい! この行為がその職業に対してどれだけ冒涜的な所業なのかわかります!」

「内臓を眺めたり切ったりする仕事です!」

「誰かこいつから医師免許を剥奪しろ!」

「ほら! あれですよ! 私に内臓を提供していただければ宴会とかで“内臓が無いぞう”って普段なら軽く流されるギャグもリアリティが出て笑えます!」

「少なくともそんなリアリティのあるギャグで笑いがとれる仲間を持った覚えはありません!」

「あ、ひょっとして手術痕が残ることを心配しているんですか? 大丈夫です!
 自慢じゃありませんが私の手術の腕は、かの“オルブライト一族”に引けを取らないという評価を貰っているんですよ! 手術痕なんて顕微鏡で眺めてもわからないように出来る自信があります!」

「くそっ、この世界の医者は変態しかいないんですか!? いや、あっちは人を傷つけないだけ全然いい!」

「私だってルーチェ隊長を傷つけようなんて思ってません! このオペをするには不衛生な状況下において血の一滴も出さず内臓を抜き取ることができますから!」

「なんですかその卓越した殺人能力は!?」

「オヤジはもっとうまく盗むんですけど!」

「貴女の実家は伝説の暗殺一家なんですか!?」

「えへへ、るーちぇたいちょー、るーちぇたいちょー」

「いきなり舌足らずな甘声をだすなああああぁ!」

「るーちぇたいちょー☆」

「語尾に記号をつけるな!」

「ルーチェ隊長! 貴女の全てを愛してます!」

 ネオンが腕を勢いよく下げる。白衣の袖から響く金属音と共に彼女の指の間に出現したのは無数の“手術道具”。

 メス。

 剪刀。

 鑷子。

 鉗子。

 針。

 持針器。

 鉤。

 開創器。

 注射器。

 ぞっと一気に顔を青ざめるルーチェは愛機であるアームドデバイス・ロードスターを展開し地面を蹴る。
 逃げろ。逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。
 頭の中に緊急サイレンを響かせながら、ルーチェは心の底から叫んだ。叫ばずにはいられなかった。



「助けて次元世界のお巡りさあああああああああぁん!」



 彼女達のキャッキャウフフな命賭けの“おっかけっこ”は――翌日の日が昇るまで続くこととなる。



 ■■■



 後日談として、その後の詳細をここに語ろう。
 簡単に言えば、ルーチェ・パインダは内臓を盗られることもなく、無事である。

 数時間にも及ぶデッドチェイスを目撃した市民から管理局へと連絡が入り、十数名の駆けつけた局員によってネオンは取り押さえられ、現在は留置所で頭を冷やしているらしい。
 留置所に入れられたくらいで頭が冷えるかは疑問であるが、後日傷害未遂などの罪状で裁判が開かれるようなのでそこで彼女にはどうにか更正して欲しいといまだに恐怖を忘れられないルーチェは心の底からそう思った。

 ルーチェほどの人物が念話も戦うことも忘れて逃げに没頭したほどなのだ。その恐怖たるや筆舌にしがたいほどだろう。
 現在も部隊の隊長室にてぶるぶると震えている。しかし――どうやらその震えは恐怖だけではないようだ。



『あ、ヴァンくんほっぺにクリームついてるよ? ……えいっ』

『うわっ!? ちょ、なのは!』



 ごぎゃ、と特注の合金製マグカップが捻り曲がった。
 大の男でも潰すのが大変そうな、というか屈強なボディビルダーが挑戦したところで形すら変えることのない強度を誇ったマグカップが、なんとも無残な姿に。

「ふ、ふふっ。こっちは……こっちはストロベリーな恋愛どころかホラー映画よりも酷い恐怖体験をしていたというのに……!」

 彼女の“眼”に映るのは、休暇をとって地球の高町邸へと遊びにいっている部下が可愛い少女といちゃつき合う姿だ。

「絶対、絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対! 破局させてやるんだからー!」

 げーはっはっはっは、っとどす黒い奇妙な笑い声が隊長室に木霊する。






「また隊長が壊れてるよ」

「今回はそっとしておいてやろうぜ」

「ああ、そうだな。大変だったもんな、隊長……」

 それを聞いた隊員達は精一杯の生暖かい目で、隊長室のドアを見守っていた。
 時空管理局ミッドチルダ本局首都航空3097隊は、1人を除き今日も平和なのだった。


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