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[28979] (習作)竜の住む国(エセファンタジー)
Name: 妄想男◆8fb82927 ID:58e5b8e6
Date: 2011/07/24 01:34
はじめまして、妄想男と申します。
なんとなく、竜、ファンタジーと考えついた物をつらつらと書いてみました。

ROM専でSSを書くのは初めてですが、どうかよろしくお願いします。

ちなみに冒頭のバイクの下りはあまり意味がなかったりします。
これ書く直前にキリンを読んだのでなんとなく書いて見ただけだったり…。



[28979] 第一話
Name: 妄想男◆8fb82927 ID:58e5b8e6
Date: 2011/07/24 01:35
―峠に爆音が響き渡る―
Rのキツい上りのカーブ、ジーンズに装着したプロテクターを擦りながら一台のバイクが凄まじい速度で駆け抜けていく。
峠道を行ったり来たり、一度も止まること無く、一定の区間を走り続ける。
一般人には理解しがたいその行為、一般人…というのもおかしな事か、彼もまた一般人なのだ。ただの社会人、ただの男、ただのバイク乗り。
目前にカーブが迫る。無表情のまま、左足でペダルを2回、トントンと踏み込む。タコメーターの針が一気に跳ね上がると同時にそれに応じた量だけアクセルを開ける。
ステップに強く力を込め、車体の左側に加重を目一杯かけてカーブを抜けていく。
確かに、普通に見れば自殺行為なのだろう。慣れた道とはいえ、動物が出てくるかもしれない。対向車がハミ出してくるかもしれない。公道はサーキットではない。何が起きるかはわからないのだ。
何が彼をここまでの速度で走らせるのか、対戦相手がいる訳ではない。一昔前ならともかく、今や世間では完全に『悪』と見なされた峠小僧たちはもういない。
金が貰える訳でもない。誰かに自慢する訳でもない。褒めて欲しい訳でもない。
ただ、がむしゃらにアクセルを開け、バイクを制御する。ただただ速く、数秒前の自分よりも速く。
きっかけは父親だった。昔の写真を見せながら、いつもとは違う笑顔を見せる父親を見て、彼は昔からバイクにあこがれていた。
「……ふぅっ」
一旦止まり、時計を見る。もう正午を過ぎていた。
「おぉ…昼飯だ」
腹はあまり減っていなかったが、彼は時間で飯を食べる派だった。どうでもいい話ではあるが。
鼻歌を歌いながらリュックサックからコンビニで買ったおにぎりと麦茶を取り出す。まだ暑い時期ではないが、おにぎりも麦茶も生暖かくなっていた。
「んーもう2,3往復して帰るか」
Kの文字の入った250ccのバイクに跨り、また何かを求めるように走り出す。
若気の至り、という訳ではないが、彼は自分は『道路の染み』となるなど思いもしなかった……。
「…っ!」
走り出し、彼が自分で決めたルートを2往復したころだった。対向車の軽トラックが曲がりきれずガードレールに接触、横転し彼の進路を遮った。
バイクという機械を操りだして3年、普通に乗るだけでなく必要以上に訓練した彼は対向車が少しくらいはみ出して来る程度なら避ける自信はあった。だが、これは…。
彼が最期に見たのは頭から血を流しながら目を見開いた初老のドライバー、白い車体、そして、ガードレール。
彼の体は投げ出され、ガードレールを越えて崖下へと消えた。
こうして、21歳、彼女無し、うだつのあがらない社会人だった佐々木良太の人生は終了した。


そう、『この世界』では。


「んっ?」
目を覚ます。良太は草原に大の字で寝ていた。
「あ…れ? 俺……」
頭に手を当て、ハッと気づく。ヘルメットが無い。
「…あれ、脱いだのか? っていうか、どこも痛くない……」
あの一瞬、痛みは感じなかった。当たり所がよかったのかとも考えたが、そんなはずは無い。確かに落下していく自分も認識していた。
上半身だけ起こし、全身をチェックする。ヘルメットはしていないが、頭にタオルを巻いている。血は出ていない。
「手…足、折れて無いな」
ナックルガードがついたメッシュグローブ、膝パッドが入ったジーンズ、そしてダブルタイプのレザージャケット。どこも破れていない。
「あっれぇ……」
立ち上がってみても異常は無い。考えれば考えるほど訳が分からない。
「ってーかここ、どこだよ」
そう、さっきまで自分は郊外の峠道を走っていたはずだ。今自分がいる場所は遠くに山は見えるが、多少の隆起があるずいぶんと見渡しのいい平原。峠道を走り崖から落下した自分がいるはずが無い。
ポケットからガムを出し、口に入れる。ハーブミントの味が口内に広がり頭がすっきりする、が、やっぱり訳がわからない。
「アレか、今俺は実は救急車で運ばれてて、夢でも見てるとか……あ、会社どうしよ…」
なんとも暢気な話ではある。というより、ここまではっきり考え事ができる夢などあるだろうか。
「とりあえず、ちょっと歩いてみようかな」
何事にも前向きな彼はとりあえず周囲を散策してみる事にした。
彼は気づいてはいない、ここでの行動は『元いた場所』の数倍、自分のこれからに関わる選択肢となることを…。

―草原、良太に近い場所―
「はぁっはぁ…!」
少女が草原を駆ける。走る速度は並の成人男性よりも速い。すばやいというよりも脚力の問題か、その小さな体では信じられないスピードで走っている。何かから逃げるように。
「いたぞー! はやく! こっちだ!」
幌のついていない馬車に乗った3人の男、格好は『その世界』の一般的な格好だが、手には棍棒、鎌、弓矢。その3人とは別に1人、鉄製の胸当てや籠手、肩に大きな剣を下げている。
少女の足は確かに速かったが、馬には勝てず、目の前に回りこまれた。
「気をつけろ! 近づきすぎるなよ!」
禿た男が少女から目を逸らさずに仲間に注意を促す。目の前の少女はまだ10歳にも満たないだろう。そんな少女に全員が敵意と恐怖を抱いた視線を浴びせていた。
「…おい、どいてろ」
「いえ、先生はお待ちください。我々でどうにもならない場合の約束です」
鎧を纏った一際背の高い男の言葉に少々細身の男が答える。
「…好きにしろ。ただし、手を出さなくともある程度の金は貰うぞ」
舌打ちしながら馬車の傍まで鎧の男が下がる。その他の男はジリジリと間を詰める。
「…いや、ぃゃ…私、なんにもしてないよぅ…」
「同情ひこうったってそうはいかねぇぞ化物…!」
懇願する少女に男たちは尚も恐怖を浮かべたままジリジリと近づいていく、だが、空気の読めない青年もその場に近づきつつあった。
「おぉっなにこれ馬車? お、お兄さんなにそれ、本物ですか? その鎧! あっ! 剣まで!」
間抜けな声にちらっと横を見る鎧の男、足音からこの青年、さっきから近場をうろうろしていた良太の存在には気づいていたが、こんな間抜けな問いをしてくるとは思っていなかった。
「なんか用か?」
「あ、いえ…なんか人が集まってたんで……なにやってるんです?」
「…取り込み中だ」
投げやりな鎧の男の返答に一瞬たじろぐが、元々好奇心の塊のような人間は止まらない。
どうせ夢なら楽しんでしまおうと開き直ったのか、良太は興味津々に馬と鎧の男の間を行ったり来たりする。
「な、なんだお前、どこから来た!」
「うちの村のヤツじゃねぇな? 何者だ!」
鎌を持った男と弓を持った男が良太へと向き直り、敵意をあらわに問いかける。
「え、ちょっ! なんですか!?」
「こっちが質問してんだ! 何者だ! 何の用だ!?」
男達が良太に気が向いたその一瞬、少女が男達の影から飛び出し良太の後ろに隠れる。
「おっ?」
「あっ、おい! お前、そいつの仲間か!?」
「だったら容赦しねぇ! おい、逃がすなよ! 囲め!」
あっという間に3人に囲まれた良太、いよいよただ事じゃない雰囲気に気づく、というよりも男達の手に持った武器を見てようやく気づいた。この人達はヤバい。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! なんですか仲間って! っていうかこの子が何かしたんですか?」
「何言ってんだ! そいつは人間なんかじゃない! 竜だ! 災いをもたらす神だ!」
「子供のうちに殺しておかねぇと! うちの村じゃずっと昔っからの言い伝えなんだ!」
怯える少女を背中に庇った良太に男達の敵意は更に強いものとなった。それに対して良太の表情はまた間抜けなものになる。
「竜? 災い? なに言って…」
「いいからその子を差し出せ! 殺して、山に捨てなきゃなんねぇ!」
「いやいや……どうしようか…」
ジリジリと間合いを詰めてくる男達、喧嘩をしたこと無い訳では無いが、鎌や棍棒を持った大人を制するほどの能力は良太には無い。当然だ、ただの一般人なのだから。
「ちょっと待ってくださいよ!」
「うるせぇ! 逃げられる前に! 仲間を呼ばれる前にやっちまえ!」
叫びながら男が走りより棍棒を振り下ろす。
「ひっ!」
短く叫びながら少女を庇うように飛びのく良太。鈍い音と共に地面に小さな小さな窪みができる。
「マ、マジかよこいつ…!」
「うぁらぁっ!」
尻餅をついた良太に男がまた棍棒を振り下ろす。
「うひぃ!」
「んなっ!?」
完全に躊躇無く振り下ろした棍棒を良太の素手ががっちりとつかむ。
「えっ?」
「くっ…離せぇ! なんて力だコイツ!」
男がギャーギャー喚きながら両手で棍棒を引っ手繰ろうとしているが、別に力を入れてる訳ではない。何度目の間抜け面だろうか。だが、なんとなく理解できてきた。
「あ、そうだわ。俺の夢だもんな」
手を離す。反動で無様に尻餅をついた男の顔面に蹴りを叩き込んだ。
「ひっ…ぎぃ! 鼻が…鼻がァ!」
鼻血を撒き散らしながら蹴られた男がのた打ち回る。あまり喧嘩慣れしていない良太にとってはそれは決して気持ちのいい光景ではなかった。
続いて、鎌を持った男が怯えた声を出しながらめちゃくちゃに鎌を振りながら突進してくる。冷静になった良太はとりあえず鎌を手で止め、これまた顔面に拳をめり込ませた。
「おぉ、すげぇ…グラップラー俺って感じ?」
武器を持った大の男を一撃で戦闘不能にした自分に驚きを隠しきれない。鎌を止めた時もなんの衝撃も感じなかったし、ちょっと集中して見たらまるで止まっているようだった。
「すごい! お兄ちゃんすごい!」
「え? へへっ…すげぇな俺!」
「テメェ! 動くな!」
調子こきまくりの良太に弓を持った男が狙いを定めて叫ぶ。恐怖で手が震えている。素人の良太でもあれは当たらないと直感した。
「ちょっと落ち着いてください。とりあえず話し合いませんか?」
「化物め……!」
男が弓を引き絞る。当たらないだろうとは思ってもやはり少し怖い。後ろの少女に当たっても問題だ。一瞬良太がたじろぐ。
「おい、まぁまて、ここからは俺の仕事だ」
「先生……はい、お願いします…!」
鎧の男が割って入った。肩に下げた剣を抜く。人一人くらいは真っ二つに出来そうな大きな剣だ。
「お前…本当にナニモンだ? 動きはまるっきり素人だが……」
「素人ですよ……でも、今はスーパーマンかも?」
ビビりながらも『ここが自分の夢』と思い込んでいる良太はドヤ顔で答える。鎧の男は真剣な顔をしたまま眉も動かさない。
「そうか…まぁ、とりあえずお前をぶっ殺してその子を村に渡すのが俺の仕事らしいんでな。悪く思うなよ」
「うっ…!」
一閃、さっきの男が振った鎌や棍棒とは比較にならないスピードで横薙ぎの一撃を繰り出す。間一髪、腰を屈めて避ける良太。
「潜った…? 人間の反射神経じゃねぇな」
「い、いや…無理だろコレ!」
驚いたのは両方だった。鎧の男が驚いたのは、必殺と思えた速度で胸辺りを狙った横薙ぎを、降り始めた後に屈んで避ける反射神経と動体視力。確かに人間のソレではない。
そして、良太が驚いたのは明らかに人を殺すことに躊躇の無い一撃、さっきの棍棒や鎌とはレベルが違う。直感で感じた。この人は人を殺した経験がある。
「いつまで逃げ切れるか。まぁ武器もねぇんじゃたかが知れてるな」
「うっ……ちょ、ま…」
言い終わる前に一閃、二閃。肩口から斜めへ抜ける袈裟切り、良太が下がって避けた瞬間に体を回転させ、横薙ぎの剣撃。それも屈んで避ける良太。
避けれてはいるが、後ろに少女を庇っているのは忘れてはいない。いつかは追い詰められるだろう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいって! マジで!」
「テメェがそこをどいてその子を差し出すってんならいつでも止めてやるよ」
「今更そんなことできんでしょうよ!」
剣撃を避けた際に掴んだ砂を鎧の男の顔面に投げつける。目潰し作戦だ。
「うっ!」
「よっしゃ! おい、えーっと…」
その後の事を考えてなかった。
「お兄ちゃん!」
少女が良太のズボンを引っ張る、妙に力が強い気がしたが、それどころではなかった。
「と、とりあえず!」
「とりあえず?」
「逃げるんだよォォォー! ほら、行くぞ!」
少女を脇に抱える。予想通りとても軽く感じる。いくら小柄な女の子とはいえ、おぶさるのではなく小脇に抱えての全力疾走など、鍛えていない良太にできる訳がないのに、だ。
それだけじゃない。走るのも異様に速いし息切れもほとんど感じない。
「だっはははっ! 夢様様だなオイ!」
「あっちー! あの山! 私の家があるよ!」
「よし来た!」
子供一人抱えているとは思えない速度で逃げていく良太、さっきの戦いを見て弓を持った男は完全に自分には無理と追うのを止めていた。



―どこかの山奥―
良太と少女は森を歩いていた。少女は山を歩きなれているようですいすい進んでいく。対して良太は、まったく息が切れないが歩きなれていないため、情けないことだが少女に続く形になっていた。
「んー、まずは名前からだな。名前、なんてーの?」
「ルーニァだよっ」
良太の問いに元気よく答える少女、白磁の肌に紺碧の瞳、鮮やかなセミロングの金髪。はっきり言って、可愛い。育てば美人になるだろう。
「そりゃ、外人だよなぁ。日本語うめぇ…」
「ニホンゴ?」
言ってから気づく、そういえばここは自分の夢だった。言葉の壁なんて政治家の謝罪並みに薄いだろう。
「お兄ちゃんは? どこから来たの?」
「うん? おぉ、佐々木良太って言うんだ。どこから来た…か、どこからだろ?」
どこから来たのか、というより、どうなるのかわからんというのが本音だろう。目が覚めれば病院……仕事先や親の事を考えると目を覚ますのが怖いような気がする。
「ササキリョウタ……」
「リョウタでいいよ」
ふと足を止め、こっちを向いた女の子になるべく優しくそう返す。
ロリコンでは無いが、子供好きだ。ついでに言うと美人に優しい。モテないが。
「リョウタ、助けてくれてありがとう」
「ん…あぁ、どういたしまして、かな」
ジッと見つめながらかみ締めるように言うルーニァの姿に一瞬圧倒されるリョウタ。一瞬だが、何かここから先は聞いてはいけないような気がした。
少女はまた歩き始め、リョウタが追従する。
「リョウタはいい人だねっ」
「んー、そうだな」
いい人と言われて悪い気のする人間はいない。どっちかというとリョウタは褒められたいタイプだった。というよりも単純なので人の言葉で気持ちが左右されやすい…か、自分の半分以下の背丈の少女にこう言われただけで少しいい気になっていた・。
「リョウタは……人間さん?」
「え? そりゃ……人間だろ? そんなこと聞いて……」
ルーニァは違うのか、そう聞こうとして言葉を飲み込む。あの男達の怯えた目、化物と、竜だと叫び殺そうと武器を振り回しながら突っ込んできた……あれは尋常じゃあない。
「…いや」
そう、これは夢なのだ。多分この子がヒロイン的な重症を追った自分の見ている夢。
そうでなければありえないだろう。さっきの戦いでもそうだが、今ももう随分話しながら歩いている。大きな岩をよじ登ったり、自分の背丈ほどもある草を払いながら獣道を歩いている。会話をしながらこんなに自分が歩けるわけが無い。
「ところで、家があるってこんな山奥にか? ルーニァは耳が尖ってないけどエルフとかそんな感じ?」
「ううん、私は…」
再度ルーニァが足を止める。くるりとリョウタに向き直り、不安そうな声で一言。
「…リョウタは、私が竜って言っても怒らない? 追いかけたりしない?」
「んー…本当に竜って言われてもな。追いかけてどうすんだ?」
信じる信じないは別とする。これは自分が見ている夢と思い込んでいるからだ。そもそも、目の前の少女が竜というのも無理がある。尻尾も羽も無けりゃうろこも無いのだから。
だが、さっきから見ているとこのルーニァと言う少女はやけに力が強く身軽なようだ。邪魔な倒木を、太さそれほど無いとはいえ、はよっこらしょといった感じで持ち上げて潜ったり、自分の頭より高い場所に手をかけて簡単によじ登っていく。
「ルーニァが竜だとしても、なんであの人達は追いかけて来たんだ?」
「わかんないよ……」
「…そっか」
怖かったんだろう。大の男4人に馬まで使って追いかけられたのだ。急にシュンとしてしまった。
「あー……もうすぐつくのか?」
「うん…あ、あそこ!」
ルーニァが指を指す場所には茂みに人一人通れる穴が開いていた。ルーニァはそこに躊躇無く入っていく。
「家…ねぇ……おっ?」
続いて入って見ると、ただの茂みに見えたが、どういうことかはわからないが地下に向かって少し傾斜になって人が一人通れるトンネルが出来ている。
壁は岩だったり土だったり、木の根が見えていたりするがなぜか崩れるという不安感は一切無かった。
「おもしろ……って、あれっ」
リョウタが周りに見とれているとルーニァはいつの間にかいなくなってしまった。
一本道なのでそのまま足早に進んで見ると、すぐに開けた場所に出た。
周りを見ると、壁が木の肌で出来ている。木造の家ではない。まったく加工した痕跡が無い気が壁になっている。
信じられないことだが、リョウタは巨大な樹の中にいるのだと理解した。リョウタの目の前には巨大な白い岩が横たわり、真上を見上げると吹き抜けになっているらしく日差しが眩しい。
「…すげぇ……」
現実では絶対に見ることの出来ない風景、完全に呆けて見とれていた。同時に自分が予想以上にメルヘンチックな心の持ち主ということにも驚いていたが。
「おかあさんっ! ただいま!」
「ん? あ、ルーニァ」
見るとルーニァが岩に抱きついている。岩に見えたがこれは家か。こんなところに住みたい…そう思ったところでリョウタの思考は完全に停止する。
「う…そだろ……本当に…」
岩では無い。岩肌ではない。鱗がある。
「……竜、だって?」
「おかえりなさい、ルーニァ…無事でよかった。ありがとう、リョウタよ。貴方は思った通りの人でした」
今日、リョウタの価値観は180度変わる事になる。平凡な人生の終わりでもあり、非凡な人生の幕開けだった。




[28979] 第二話
Name: 妄想男◆8fb82927 ID:58e5b8e6
Date: 2011/07/25 14:04
「さて…どこから説明しましょうか。失礼…まずは私の頭のほうにまわってくれませんか?」

白い巨大な物体、いや、生物か。真っ白な鱗に背には金の体毛が見える。漫画やゲームではいろいろな姿のドラゴンを見るが。この竜は巨大なトカゲのような体系をしていた。
リョウタは言われた通りに頭側を探して前にまわりこんだ。大人が手を開いたほどの大きさの瞳がリョウタをじっと見つめる。

「あの…」
「いいのです。まだ理解できないでしょう。貴方達は自分が信じていなかったモノを受け入れるのが苦手ですから…」

確かに、目の前に超巨大なトカゲのような生物がいて人語をしゃべっている事が理解できない。というよりも理解することを拒絶していると言った所か、リョウタの知る現実とはかけ離れ過ぎている。

「ゆっくりでいいのですよ。一言一言を噛み砕きながらよく聞いてください」
赤子をあやす様に、竜は優しくリョウタに語りかける。語りかけるというのは少し違うか、テレパシーのようなモノだろうか。竜の口は動いていなかった。
「まず……私は、もう余命幾許もありません」

ポツリと呟く、その目はどこか悲しげに見えた。ルーニァも俯き、少し下がって地面に座る。

「貴方達人間には、想像出来ないほど長い時を生きてきました。が、やはり私も生物として土に還るのが世の理のようです」
「……」

リョウタが来てからずっと伏せていた頭を空に向け、ふぅ、と溜息を吐く竜。

「私は良いのです。十分長生きしましたから……ですが、生まれてまだ50年も経っていないルーニァを置いていくのが不便で……」
「ご、50?」
「今年で48歳だよー」

思わずリョウタの顔が引きつる。見た目ではどう見ても10歳に達しない女の子だ。いやそれが竜の常識なのかもしれないが…。

「貴方達の感覚から言えばまだ幼少期ですね。生まれたばかりの竜は、私のような姿をしていますが、40年ほど経つと人にの姿となり、その後50年、人間の姿で成長するのです。それからは人にも竜にもなれる存在として落ち着きます」
「ひ、一粒で二度おいしい感覚?」

冗談を言う余裕などなかったが、本気でそう思ったのだから仕方がない。
ふっ、と呆れたような笑みを見せた竜はまたポツりポツリと語りだす。

「ともかく、あと50年以上ルーニァは人の姿のままなのです。貴方も感じているとは思いますが、竜がとる人の姿…仮に竜人としますか。竜人は身体能力では人を完全に上回っています」
「あぁ、それはなんとなく…」

ルーニァの足の速さ、腕力、思い当たる節はここに来るための移動だけでいくつもある。
だが、ふと気がついたことがある。リョウタはとりあえずその質問は飲み込んだ。まだ質問をするには情報が足りなさ過ぎる。
しかし一つだけ、これがただの夢じゃないことだけは薄々気付きはじめていた。

「貴方自身にも、思い当たる節はあるのではないでしょうか……自分の能力に、何か違和感などを…」
「そうだ…俺があんな、武器を持った大人相手に立ち回れるなんてありえないですよ……これって」

竜が目を細める。

「貴方には謝らなくてはなりません。感謝の言葉の前にそれを言うべきでしたが……まずは説明をしなければ理解できないと思いまして」

嫌な汗がリョウタの背筋を這う。これは夢ではない。それを頭の中で拒否し続けるが、このリアリティをどう説明すると言うのか。

「ルーニァ、少し奥で休んできなさい。これからする話は貴方が聞かなくてもよい話です」
「…はぁい」

渋々ルーニァは壁に開いた穴の奥へと姿を消す。リョウタのほうへ向いて、心配そうな視線を送ったが、それに答える余裕は無くなっていた。
自分の心臓の音が聞こえる。夢でそんな体験はあるか? 腕に鳥肌が立つのを感じる。そんな感覚が夢でわかるか?

「貴方は、既に、死んでいるのです。そこにいる貴方は私が創った……竜人なのですよ。佐々木良太」
「……そんな」

後頭部を思いっきり殴られたような感覚、死んだ? 誰が? 俺が?
じゃあここにいるのはなんだ。創った? 竜人? 生まれたのではないのか? そんな馬鹿な話があるものか。今ここで、グルグルと脳みそをフル回転させて情報処理をしようとしているのは誰だ。

「私はルーニァを麓にある人間の村に送り出しました。私がここで息絶えた後の生活を考えれば、人里で静かに暮らせるのが望ましいと考えたからです」

続く言葉はリョウタの耳には入ってこない。ずっと頭の中で自分が死んだ事とここに存在する理由を考え続けていた。

「…少し休憩しましょうか」
「い、いや…ちょっと待ってくれ。俺のことについてもう少し詳しく…」
「そうですね。では、もう少し詳しく話しましょう。貴方は事故によって身体を無くしました」

ふっと足元から力が抜ける。死ぬのが怖いなど思っても見なかった。バイクに乗っている時は何も考えず、ただ速さだけを求めていた。
誰が死んだ後に貴方は死にましたなどと言われることを想像するだろうか。ただ即死するならそっちのほうがよっぽど楽に思える。
その場にしゃがみ込んだリョウタに、竜は言葉を続ける。

「うまくは言えませんが、魂というのは確かに存在します。ただ、普通死して魂だけになった存在は、そのまま世界に同期し消え行くだけです。私は貴方の魂をそこから拾い上げた」
「……」

漠然と理解する。霊能力者じゃあるまいし、すべてを理解するのは無理だ。だが、なんとなくは分かる。

「魂をここに運び、私の毛と鱗、そして寿命を縮める事にはなりましたが、少しばかりの『力』を使い、貴方の肉体を『再現』しました」
「再現……復元じゃあないのか」
「復元で人間を作ってもは、役に立ちませんからね。貴方を呼んだのは、ルーニァに危険が迫ったからです」

バッサリと切り捨てる。確かに、リョウタが普通の青年なら最初の時点でルーニァと共にあの場で死んでいただろう。しかし、魂というのがどの程度リョウタを形成しているかは不明だが、とにかく今ここにいる肉体はリョウタの形をしたリョウタでは無いモノなのだ。それを頭で理解し、身体で拒絶している。貰い物の身体で。

「すみません。貴方達人間の死に対する概念は、私とは異なるモノなので……このことによって貴方に責められるのも覚悟しています」
「責められるのを覚悟して、ルーニァが危ないから俺を創って守らせようと…虫のいい話じゃあないですかね」

リョウタはその場に座り込み、責める様な視線を送る。心底憎い訳ではない。言い方を帰れば死の淵から蘇らせてくれたのだ。しかしリョウタの、人間の思考回路でさっさと飲み込めるような事態ではない。

「……もし、俺がここで断ればどうなるんですか?」
「なにもありません。ルーニァは独りになり、貴方は見知らぬ世界で新しい人生を歩むことになるでしょうね。貴方を創ったのが私の罪なら、その償いは貴方の新しい人生と言ってもいいでしょう」

淡々と竜は語る。要は好きにしろという訳だ。
額に手を当てリョウタは俯く、てっきり消されるとでも思っていた。一つの都合で人一人『創って』しまう存在だ。消すのも造作ないことだろうと。
いっそそれなら、恨みながらでも渋々とこの巨大な存在の命令に従っただろう。だが、自由にしろと言われては選択しなければならない。
だが、実際に竜にはほとんど力が残されていなかった。純白の鱗には神々しさはあれど、力強さは伝わってこない。会話の度に動かす表情もどこか気だるげだ。

「卑怯なのでしょうが、貴方を選んだのはそれなりに理由があってのことです……そこは誤解無きよう…」
「……話を変えませんか。この世界で、あんたたち竜はどういう位置づけなのか……教えてください」

まずは情報収集、そして整理だ。この一生をかける命令を受ける受けないは即答できる物ではなかった。
ルーニァはファーストコンタクトの時点で追われていた。殺意を持って追いかけられる経験など、一般人であるリョウタにあるはずもない。明らかに異常事態だ。

「この世界には、数多くの『竜』が生息しています。彼らは姿形、寿命、能力……すべてバラバラで、人間に認知されている竜の大半は何らかの神とされています」
「その神の子供だろ? なんで追いかけられていたんだ?」

神とは畏れられ、敬われ、祀られるモノ。宗派はあれど、それは共通しているものだ。リョウタは無信教者だが、神社によれば賽銭を入れるしクリスマスにはお祝いもする。
実在する存在が神ならば宗派も何もないだろう。それが何も知らないリョウタの感想だ。

「神、というのはいろいろいるものです。邪神、疫病神……人に対し悪いものと決め付けられれば人はそれを排除しようとかかるもの……それができない場合はおとなしくしていますが、ルーニァに対しては排除しようという選択を取ったのでしょうね」
「…あんた達はその……邪神とかって分類に入るのか?」

俯き額に手を当てたままの姿勢で会話していたリョウタがハッと顔を上げる。それに対して竜は何か寂しげな表情を見せながら首を横に振る。

「それを決めるのは貴方達人間です。私がここで行っていたのは、この付近の天候や地質の管理……恩を着せる訳ではありませんが、あの村の長い歴史の中、私があの村を救った事は2度や3度ではありません。作物の豊作不作も私の意のままです。その上であの村は長い長い歴史を紡いできました」
「じゃあなんで……」
「物事は捉え方で180度変わる物。例えば私が、大きな災害を未然に防いでいたとしましょう。村の人間はそんなことなど知る由もありません。しかし、村の長い歴史の中、私の事は確かに伝えられているのです」

大きな災害を未然に防ぐとする。それは知らなかった人にとって、防いだというよりは起こらなかった事、縁の下の力持ちは縁の下に入らないと見つからないのだ。
大きな災害を防ぐにはそれ相応の力を要する。手を抜くところでは手を抜かなければいけない。竜は全ての力を人間に使うために生まれた訳では無いのだ。
その結果、小さな災害……と言っても、小さな小さな人間達には大きな災害となりえるか、竜が見過ごしたそれをいつしか人間は『竜の怒り』として認識するようになっていった。

「ここしばらくは私の力も弱まり、人間の村にまで及ばなくなっています。そこでルーニァが竜の子と知った人間達は竜を排除しにかかったんでしょうね」
「知らないとはいえ……変な話だ」
「私もあの子には自分が竜の子と主張しないよう注意したのですが……なぜ気づかれてしまったのでしょうか…」

48歳と言ったが、人の知識は人の形態で備わるモノ。ルーニァはまだほんの8歳ほどの知識しかない。何かの拍子でしゃべってしまったとしても不思議ではなかった。

「村に来て、家の天井から落ちて大怪我した子供の怪我を治したり、焚き火をしている老人に薪だと言ってドデカい丸太をもってこりゃあ馬鹿でも疑うさ。人間じゃねぇってな」

ハッとリョウタが立ち上がり、後ろを向く。いつの間に近くまで来ていたのか、先程完全にまいたと思っていた鎧の男がそこに立っていた。既に剣は抜いている。

「怪我を治した? っていうか滅茶苦茶自己主張してるじゃないですか…」
「竜の特徴として、人間を遥かに上回る魔力を備えています。あの歳で人の傷を完全に治すほどの魔術を使えば魔術師としてよほどの天才か……人ならざる者だと思われても不思議ではありませんね。まぁ…確かに私は竜だと言わないように言っただけでしたが…」

多少罰が悪そうに竜が答える。率先して人と違うことをしたら注目されるというものだ。
魔術、また一つリョウタの頭を混乱させる話が出てきた。人一人創るのだから今更不思議な話ではないのだが…。
一歩、鎧の男は竜とリョウタに近づく。

「魔術だけならまだしも、自分の身長よりデカい薪を軽々と持ってきちゃ誰だって驚くさ。まぁあのお譲ちゃんは喜んでほしくてやったのかもしんねぇけどな……ま、平民ってのは恩を仇で返すのが好きなのさ」

また一歩、リョウタは警戒しながら同じ歩数だけ後ろへと下がる。
さっきは目潰しして逃げ延びたが、おそらく、素手で敵う相手では無いだろう。戦いのことに関しては素人だが、それは感じていた。

「おい、テメェはどっちの味方をするんだい」
「どっち……って」
「利用されそうになってるだけなんだろ? 詳しい事ぁ理解できねぇがとにかくお前はこのまま自由になるか一生をあの譲ちゃんの面倒を見るかって話だろ」

確かに、とリョウタはさっきの話を思い出す。強制はされない。ルーニァを見捨てれば、自分はこのまま、勝手の知らないとはいえ、新しい土地で新しい人生を始められる。
ルーニァを助ければ、少なくともあの竜の少女を迎え入れてくれる棲家を探す事になる。もちろんそのまま放置も出来ないだろう。最低でもしっかり自分で物事を判断できるようになるまで面倒を見る必要が出てくる。

「……俺は…」

竜を見る。頭を伏せ、竜はリョウタをじっと見返すだけだった。

「…通るぜ、あの奥でいいんだな」

鎧の男は竜を気にしてはいない。敵意も脅威も感じていなかった。リョウタを創りだしたのは本当に緊急事態の事だったのだろう。もう侵入者を排除する力さえ残っていなかった。
一歩、また一歩と鎧の男はルーニァのいる部屋への道を進む。
そうだ、忘れて逃げてしまえばいいのだ。小脇に抱えて逃げた時、軽かったあの少女を、殺意を持った男の視線を避け、自分の後ろに隠れた小さな少女を、自分が竜と言った時の、不安そうな目をした少女を…。

「俺は……」






気づけば、リョウタは、足元の石を拾い上げ、思いっきり振りかぶって鎧の男に向かって投げつけていた。




「っ…!」
肩の、肩甲骨辺りに直撃し、男は呻きながら膝をつく。人よりも強い肉体を持つ、創られた竜人が目いっぱいの力を込めて投げつけた石礫は投げた本人の予想を上回る威力を有していた。

「見捨てられる訳ねぇだろバカヤロー! 先がどうなるとかわかんないけど……ここで逃げたら絶対後悔する!」
「テンメェ…!」

竜は、満足そうに微笑んだ。これこそが竜がリョウタを選んだ理由だった。性格、一言でそう片付けてもいい。だが、敢えて言うのなら、たとえ自分の置かれた状況が理解できなくとも、自分のやるべきこと、そして自分のやりたいことを決めれる心を持っていた。
たとえ自分の半生があの少女のために消費されることになろうとも、そんな先の事はどうでもいい。今、助けてあげたいから行動する。それが竜がリョウタを選んだ理由だった。

「アンタはそれでいいのかよ! さっき恩を仇でって言ってたじゃないか! あの子を逃がしてもいいって思ってんじゃないのかよ!」

敵意をあらわに男がこちらへと向きをかえ、歩を進める。握りなおした剣は確かに殺意を発していた。

「俺は金をもらえればそれでいいのさ。傭兵稼業は金と信用だからな…」
「それだけかよ! あんなに小さいんだぞ!」
「同情はするさ……だが、仕事だからな」

無駄の無い挙動で繰り出される必殺の剣撃、紙一重で避ける。さっきとは状況が違う。リョウタは自分が強化された事を知った。どの程度までできるのかはわからないが、素人の自分でも、それなりに戦える事を知った。
覚悟も出来た。守りたいと決めることも出来た。後は、そう、戦うための術のみ。

(リョウタ、あれが見えますか)
「んっ?」

さっきの頭に響くテレパシーと違う、直感的に自分のみに回線を絞ったテレパシーだと気づく。
あれと言われてもと思ったが、一瞬、脳裏に竜が見ているらしい光景が映る。
少し盛り上がった土に大きな剣らしきモノが刺さっている。どうやらそれを手にとれというらしい。

「い、いやっ、デカいだろあれ」
(貴方にあるのは身体能力と竜人であるということだけ、ならばそのアドバンテージを活かす戦いをするのです)

一理ある。が、剣を手に取るというのがそういうことだろうか。相手は少なくとも、リョウタのいた世界の剣道を齧った程度の人間くらいなら瞬殺する程度の腕はあるだろう。まだ腕や頭が飛んでいないのはひとえにこの反射神経、動体視力のおかげだった。

「っつっても迷ってる暇は、っとぉ!」

後ろに飛びのいて上段から振り下ろした攻撃を避ける。迷っている時間は無い。

(一瞬ですが、私が時間を稼ぎます)

言うが早いか鎧の男の目の前に小さな、無数の火の粉が現れる。気づいた瞬間にはそれらは集まり、バレーボールほどの火球となって鎧の男に直撃した。
「クソっ!」
竜の巨体からしたらほんの小さな力だったのだろう。だが、人間からすれば十分な攻撃だ。
鎧の男の動きが止まった瞬間に、リョウタは全力で剣の場所まで走る。走った本人も驚くほどのスピードだった。

「これ…抜けるんかよ……」

近くまで来て驚いた。抜けば自分の背丈ほどはありそうだ。分厚く、幅も広い。人間が振り回すのだとしたら相当な力自慢で無い限り不可能だろう。
しかし、今の自分はスーパーマン、そう思い込むことにしたリョウタはとにかく剣の柄を握り。思いっきり引き抜いてみた。

「ぬぉわっ!?」

すっぽ抜けた。軽い、見た目からは想像できないほどしっくり来るのだ。握った柄は手に吸い付くようにフィットする。

(貴方は私が創った竜人です。その剣は昔、ドワーフがこの地を訪れた時に私の爪から作ったモノ、どんなに体重が重い人も自分の腕を度を越えて重いと思う人はいません。それは貴方の腕の一部なのです)

力を抜いて剣を地面に立ててみると勢いよくめり込んだ。つまり、実際にこの剣は重いらしい。だが、リョウタは重みを感じない、むしろ程よいフィット感を感じる。
これなら、剣を知っていなくとも、ただ振り回すだけで相当な脅威になるだろう。
体勢を立て直した鎧の男が剣を振るう。だが、リョウタは避けず、その手に持った巨大な剣で防御する。

「そんなデケェのを扱えるのか……つくづく化け物だな…」
「よし! 今度はこっちの番ってね!」

必要以上に振りかぶり、リョウタが上段から振り下ろす。バレバレのその挙動は鎧の男を間合いの外に逃がすことになったが、攻撃の効果は即座に現れた。

「で、でたらめだ…」

攻撃は外れてしまったが、挙動以外はむしろ完璧と言えた。その剣は重さとリョウタの腕力が合わさり、剣で金を稼いできた鎧の男以上の速さで目標地点に振り下ろされ、直撃した地面は爆ぜるように抉れた。
人に当たればどう考えても即死の一撃だ。

「…こりゃちょっとは加減しないと……」

必要以上の衝撃は剣を傷める事になる。今の所、この剣はリョウタの重要なアドバンテージ、ハイ折れましたじゃ話にならない。

「さて…どうしますか。このまま引き下がるなら見逃します」
「急に強気になりやがって……言っただろうがよォー…傭兵稼業は信用と金が命、相手がちっと強いからって逃げてたんじゃ務まらねぇんだ!」

男が剣の握り方を変える。速度を重視した先程までの攻撃ではなく、今度の一撃は先程までより数段重くなっていた。
だが、逆に言うならば切り返しの速さは遅くなっている。今のリョウタに見切ることは容易かった。幅広の剣で余裕を持って捌く。

「シィッ!」
「…っ!」

右上段からの袈裟切り、斜めに剣を構えたリョウタによって受け流された瞬間に体を捻りもう一閃。重い剣撃の後、そのままの勢いから出す追い討ち、鎧の男はこれで何人もの同業者や山賊などを葬ってきた。
しかしその一閃はリョウタには届かなかった。今の攻撃はファーストコンタクトで既に見ている。あの時は今ほど気迫の篭った一撃では無かったが。
横なぎに繰り出された一撃を剣で受け止め、リョウタもその場で一回転、剣を反転させ、峰打ちで鎧の男を横なぎにする。
「ぐっ!」
リョウタがその場で回転した瞬間、剣を剣で受け止めるよう防御の姿勢に入った鎧の男だが、あっけなく剣はへし折れ、超重量の物体でぶん殴られた鎧の男は壁際まで吹き飛んだ。

「おぉ……すっげぇ…」

自分のしたことが未だに信じられない。漫画でしか見ることの無い剣の達人を相手に、これまた漫画でしか見ることの無い巨大な剣で打勝つなどと。こちらへ来てから、リョウタの頭のキャパシティを超えることばかりだ。

「ぐ…カハっ!」
「だ、大丈夫…ですか? ってのもおかしいかな……」

鎧の男の左腕はあらぬ方向へ曲がっている。恐らく肋骨も数本折れているだろう。額に脂汗をかき、口の端から血を流している。

「や、やりすぎたかな……いやでも殺されそうだった訳だし……」

さっきぶん殴った男達とは違う。放っておけば明らかに死に至る傷を負わせてしまった。言うまでも無く初めてのことである。

「リョウタ! どいて!」
「うぉ!? ル、ルーニァ?」

ルーニァが男の傍らにしゃがみ込み、傷口に手を当てる。
目を閉じ、なにやら聞き取れないがブツブツと呟くと、ルーニァの手のひらから淡い緑色の光が出てきて鎧の男の体を包み込む。

「…痛みが……」
「治癒ってやつか…でも、ルーニァ……」

リョウタが身構える。ルーニァの治癒の力がどれほどのものかは知らないが、もし動けるほどに回復したらまた襲い掛かってくる可能性があるからだ。
それならばルーニァの治療を止めればいい、確かにその通りだが、ルーニァを止めるという選択肢はリョウタには無かった。

「喧嘩はしちゃ駄目だよ……こんなことしたら痛いよ」
「いや、でもソイツは…」
「この人はあの村の人と違うもん。やりたくてやってる訳じゃないって、わかるから…」
「………」

金のため、確かにそうだ。戦争や山賊狩りで生きて帰ってくるのは決して高い確率ではない。剣で金を稼ぐことを選んだとはいえ、鎧の男も一人の人間だ。リスクを考えれば今回の依頼は必ず成功させておく必要もあった。
人が生きるためにほかの動物を食べるのを許されるのなら、こういった商売の人間がほかの人間を仕事内で殺すのは、動物を食べるのと同じことではないか。
怪我の程度から見ると、意外なほど早く治療は終わった。男は立ち上がり、折れた剣をその場に捨てた。

「……どうするんです? まだやるっていうのなら…」
「リョウタ…」

剣を地面に刺したまま、ジッと睨みを利かせる。ルーニァはリョウタの服の端を握っていた。これ以上やってはいけないということだろうか。

「…武器がよ。折れちまった」
「え、あ…すんません…」

ふっと鼻で笑って鎧の男はリョウタを見る。その目に既に敵意は無かった。
どかっと座り込みルーニァをジッと見る。いきなり見つめられて照れたのだろうか、ルーニァはリョウタの後ろに隠れてしまった。

「謝ることじゃねぇだろ。ったく、大損だぜ……武器は無くすわ、金は入らんわ…いらねぇ借りまで作っちまった」
「…アンタ」
「借りは作らない主義だ。今回は見逃してやる…ただし、それはその譲ちゃんに対しての借りだ。お前の借りはまたいつか返す」

腕の具合を確かめるように2、3回振り、どこも痛くないことを確認して男が立ち上がる。
元々気の乗らない仕事だった。金の為に背に腹変えられないと思っていたが、敗れたのならまぁ納得もいく。

「お前、これからどうするんだ」
「これから…」

ここまでしておいてさすがにはいサヨナラもないだろう。リョウタの心は決まっていたが、面と向かって聞かれると少し困る。
金も知識も無い。水道もガスも電気も無い世界。よく考えればここでルーニァを見捨てる選択をしても結局困ったのではないか。

「その事ですが…私も伊達に長生きしてはいません。大昔の貢物の中には貴方の助けになるものもある筈です。とりあえず、金銭の問題は解決するでしょう」
「おい、やっぱ貸し借りの話は無し。ちょっと詳しく聞かせろ」
「えぇ~…せっかくちょっとカッコいい感じだったのに…」

見栄えなんかよりも金だと男は語る。ここまで行くとむしろ清清しい。
竜が自分の尻尾を持ち上げると、ここに来た時のような穴が開いていた。

「おぉっ宝石?」
「こりゃ高く売れるな。とりあえず資金面はこれで十分だろ」

今までの貢物がやや乱雑にまとめてあった。ゴテゴテな装飾の剣や斧は多少錆びが浮いていたが、宝石や金などの類はまだ売れば金になるだろう。
この世界の通貨は知らないリョウタだが、これを売ればとりあえず当面の生活費は大丈夫そうだ。

「ま、剣の弁償代くらいは戴いていくかな」
「いや…アレはアンタが……ま、いいけどさ」

鎧の男は自分の腰から下げた袋に目一杯宝石を詰め込む。持ち主である竜が何も言わない以上、リョウタが咎められる事ではない。
ルーニァも真似して自分の部屋からもってきた袋に宝石や金を詰め込んでいた。

「いいんですか? 貰ってっても」
「その傭兵はともかく、貴方には必要でしょう。私にはもう必要ありませんから」

そういうことなら金はありすぎて困る事は無い。リョウタもルーニァの部屋から皮袋を持ってきてありったけの宝石を詰め込む。

「おいおい、欲張りすぎると換金する時に苦労するぞ。お前らみたいな若造がこれだけの宝石を持ってたら怪しまれる」

鎧の男が満足そうに腰に下げた袋を叩きながら忠告する。すっかり味方面だ。

「まだ皮袋ありますけど?」
「ん、そうか? まぁ別の町で小分けにして換金すりゃあいいか」
「や、分けるとは……」

リョウタから皮袋を引ったくりまた宝石を詰め始める男、呆れながらもこれだけ素直に、業突張りに行動できればさぞ気持ちいいだろうなと少し羨ましくなったりもした。





「さてと、とりあえず準備はこれでいいかな」
「うんっ」
ルーニァは白いワンピースから旅用に丈夫で身軽な服に着替え、リョウタは鞘に納まった大剣を背負って肩からいくつかの皮袋を下げている。
ちなみに、鎧の男は詰め込めるだけの宝石をもってさっさとこの場を去った。宝石の見返りはこの地を村人に知らせない事だそうだ。

「行ってきます。おかあさん」
「えぇ……気をつけるのですよ。貴方達の無事を祈っています…」

竜の顔に抱きつくルーニァ、目を瞑り、なすがままにされる竜。
リョウタは『向こう』に残してきた家族の事を思い出した。だが、今の自分はもう家族には二度と会えまい。そう思うと少し悲しくもあるが、それもまたこの現実を受け入れるための諦めにもなる。

「リョウタ、貴方には何度礼を言っても、何度詫びても足りません」
「いえ…形はどうあれ、俺がここで生きてるのはアンタのおかげですから……」

最初は驚いたが、結局自分は助けられたのだ。そう思うとやっぱり感謝はするべきなのだろう。

「普通、もっと余裕を持って竜の子は産まれるものです。ルーニァがこのような時期に生まれたのは単なる偶然なのか、意味があることなのか……それはわかりませんが、貴方達二人には辛い思いをさせますね…」

早くして親を亡くすルーニァ、勝手の分からない世界で少女を守りながら住む場所を探すリョウタ。確かに大変な事だろう。

「さぁ、もうお行きなさい。私の命も持って数日でしょう……私の死に目をルーニァに見せたくはありません」
「……うん」

ルーニァは悲しそうに頷く、リョウタはかける言葉も見つからなかった。そういえば、祖父母もまだ亡くなっていない。家族の中で自分が一番先に死んだかと思うとなんとも親不孝な事だと気分が滅入る。

「それじゃ行くか」
「うんっ」

ルーニァの手を引いて来た道を戻る。あの巨大な樹から出て、少し歩いたところで振り返ると最初に入って今出てきた穴は無くなっていた。


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