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[28384] 【習作・連載】台本どおりリリカルなのは The MOVIE 1st【なのは二次】
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/07/24 01:39
【作者より】
 執筆中のSF小説、締め切りが近いと思ったらまだ余裕がありました。
 なので、思わずこっちを更新しちゃいましたw

【あらすじ】
「私、アンナ・クアンタ、九歳です。実は、とある世界で起こった一つの事件を映画化することが決まったんですけれど、なんと私がその映画に出演するんです! すごいでしょ? 皆さん、完成したら是非見てくださいね!」
 劇場版リリカルなのはの撮影風景をお送りする、ホンワカ(?)物語です。


【備考】
 この作品は、にじファンにも投稿しています。



[28384] シーン01 見えない未来、最初の出会い
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/06/16 07:57
○クランクイン

 こんにちは。私、アンナ・クアンタって言います。九歳です。
 突然ですけれど、私は今、あるところにいます。
 目の前にはとてもたくさんのカメラがあって、フラッシュをピカピカ光らせるので眩しくて目が痛いです。でも、だからと言って目を細めていると、私が笑っていると勘違いした記者さんが余計にカメラをパシャパシャするんですよ。これじゃあ、いつ目を開ければいいのか分かりません。
 では、私が一体何処にいるのかを教えちゃいますね。
 実は今、私は記者会見というものに出席しているんです。
 一体何の記者会見なのかと言うと。
「監督にお伺いします。作品に出演する主要登場人物には子供が多いようですが、子役の選出には苦労されましたか?」
 実は私、今、映画の製作発表の場に出席しているんです。
 何で私が出席しているのかと言うと、なんと、私がこの映画に出演させていただくからなんです!
 出演が決まった時はすごく嬉しかったです。事務所の社長さんとマネージャーさん、それにママも一緒になって飛び跳ねて喜んじゃいました。
 しかも、物語の中でも結構重要な役を演じるんですよ。すごいでしょ。
「そうですねぇ。出演希望者を募ったところ、本当にたくさんのご応募をいただきました。その中から、この作品の魅力を最大限に引き出してくれるだろうと、私が確信を持てるくらいの子達を選んだつもりですからね。そりゃあ大変でしたよ」
 監督が得意気にそう言うものだから、記者の皆さんも胸をドキドキワクワクさせています。皆口を大きく開けて驚いちゃってるんだから。
「では! その選ばれた子供達の中でも監督が特に注目している子はいますか!?」
 監督が腕を組みながら「うーん」と唸っています。迷っているのかな?
 でも、きっと監督の答えは決まっているんだろうな。
 だってこの映画の主演を務める子は、テレビに映らない日がないくらいに人気のある天才子役、リュッカちゃんなんだから。
「そうですねぇ…………もちろん、皆それぞれ良いものを持っているんですが、その中でも強いて挙げるならば…………」
 私の隣に座っているリュッカちゃんが目を輝かせています。
 こうして隣で見ていると、やっぱりリュッカちゃんは可愛いなぁ。さすがは主演を務めるだけのことはあるなぁって思っちゃいます。
 彼女の名前が呼ばれたら、私も拍手でお祝いしてあげようっと!
「アンナ・クアンタ……彼女ですかね」
 …………え?
 カメラのフラッシュがさっきよりもいっぱい集まってきて、私は思わず目をぎゅっと閉じちゃいました。
 眩しいです。目の前に何も見えません。
 そんな時、突然耳元でリュッカちゃんの声が聞こえました。
「おめでとう、アンナちゃん! せっかく期待されてるんだから、せいぜい良い演技を期待してるわねぇ……ふふふっ」
 鳥肌が立ちました。
 監督は一体何で私の名前を口にしたのでしょうか。私なんて今まで一度も主役を演じたことがないのに。
 その時、私の爪先を誰かが踏みつけてきました。
 痛い! 思わず歯を食いしばっちゃいます。
 しかもそのタイミングで、さっきよりもたくさんのカメラが向けられたから、もう全然目を開けられません。
「良い笑顔だ! こっち向いて!」
「その満面の笑みは監督の期待に応えているんですね!?」
 全然違います! 誰かが私の足を踏みつけて、グリグリグリグリしてくるんです!
「アンナちゃん! 何か一言お願いします!」
「いっ…………たい!」
 その時、また聞こえたのはリュッカちゃんの声。
「アンナちゃん、ほらほら、ちゃんと自己紹介しないと……ねー」
 いたたたたたたたっ!
 私は痛みから一刻も早く逃れたくて、大きな声で一生懸命自己紹介をしました。
「フェッ……!」
「フェ?」
「フェイト・テスタロッサ役をやらせていただきますっ! アンナ・クアンタですっ! 足いててててて足手まといにならないように頑張りますっ!」
 会見場に拍手とシャッターを切る音が響き渡ると、私はようやく苦痛から解放されました。
 何だか、映画の撮影が無事に終わるのかどうか不安になってきましたが、大丈夫なんでしょうか?
 『魔法少女リリカルなのはThe MOVIE 1st』の撮影、はじまります。



○上下関係

 というわけで、とうとう映画がクランクインしました。
 私、今まで大きな役を貰ったことがなくて、今回の大役がとっても嬉しいんです。
 でも、大きな役でも小さな役でも、そんなに違いはないのかもしれないな。
 どんな役でも作品の中ではとても大切で、あってもなくてもいいなんていう役は存在しないんだから。作品は、重要な大役から細かなちょい役、エキストラまで含めて、全てが合わさって素敵な仕上がりになるんだもんね。
 だから今までどおり。初心を大切にして、頑張っていかないと!
「あら、フェイトちゃん」
 あ、向こうからリュッカちゃんが近づいて来ました。
 やっぱり他の出演者さんに会ったら、きちんとご挨拶しないとね。
「リュッカちゃんこんにちは。これから映画の撮影が始まっていくけど、よろしくね!」
 歳が近いのもあって、彼女とは仲良く出来るといいなって思います。だからにっこり微笑んでご挨拶。
 と、思ったのに。
「違うでしょう? フェイトちゃん?」
 いったぁい! ほっぺがつねられてる!
「監督の方針をお忘れかしら? 良い映画は、製作スタッフやフィルムに映らない部分などの全てが作品の世界に染まってこそ作られるもの。そのためにも私達役者だって、クランクアップするまでの間は撮影時間外でもそれぞれの役名で呼び合っていきましょうって、お話があったでしょう?」
 そ、そうでした。私は彼女のことを、役名で呼んであげないといけないんだった。
「ごめんなさい、なのはちゃん!」
「だから違うでしょう?」
 ほっぺの激痛が更に強まっていきます! どうしてまだ許してもらえないの!?
 痛みで涙が浮かんでくる中、私は考えてみました。すると、一つのことに気が付いたのです。
 そうだった。劇中では、フェイトはなのはのことを呼び捨てにするんだった。
「なのは、ごめんなさぁい!」
「“様”が付いてねえだりゃおんどりゃああっ!」
 なのは様!? 
「にゃのひゃしゃまごみぇんにゃしゃーいっ!」
「ふんっ」
 ようやく解放されました。
 ほっぺたが取れちゃいそうで本当に痛かったし、怖かったです。両手で顔を挟んでみると、右のほっぺたがとても熱くって、でも形がちゃんとあって安心しました。
「フェイトちゃん、監督に期待されてるからってたるんでるんじゃないの?」
 そんなことありません。私は初心を大切にしていこうって思っていたところなんです。
「役者を嘗めてるんでしょ?」
 そんなことありません。私は役者を一生のお仕事にしたいって思っているくらいなんです。
「ってか私を嘗めてるんでしょ?」
 滅相もございません。私めはなのは様と仲良くなれたらなって勝手ながら思っている次第でございます。
「いい? 私はあなたと違って天才子役なのよ? 才能が違うの」
「恐れ入ります」
「いいわ。じゃあ、テストをしてあげましょう。私があなたの役者としての力を試してあげる」
 テスト? 一体どんなことをするんだろう? 
 もしかしてなのは様が演技指導をしてくれるのかな。それだと本当に嬉しいな。だって私は、いっぱい勉強して素敵な女優さんになりたいもの。
 ちょっとドキドキするけれどワクワクもしている私は、「こっちに来て」というなのは様についていきました。
 撮影機材を念入りにチェックするスタッフさん達の間を進み、監督と脚本家さんが真剣な面持ちで打ち合わせをしている横を歩き、「影を踏まないでくれる?」となのは様に怒られながら、私は現場の隅っこに連れてこられました。
 なのは様はもうすぐ撮影が始まるということで、衣装を着ています。真っ白なワンピースタイプの学校制服に身を包んでいて、胸元の赤いリボンがちょっとオシャレです。髪を頭の上で二箇所、ツインテールに結わいている姿が可愛らしくて、なんだか羨ましいな。
 思わず見惚れていると、なのは様が厳しく言いました。
「ちょっと! 集中しなさいよ!」
「あ、はい! ごめんなさい!」
「台本は持ってきてるわね? じゃあいくわよ」
 なのは様が台本を捲りながら、ページ数を指定しました。
 私は急いでそのページを開くと、そこは私とプレシアママが『時の庭園』と呼ばれる場所でお話をするシーンでした。
 ここは結構シリアスなシーンで、ジュエルシードという魔法の石とケーキをママのところに持って帰った私は、ママに怒られておしおきをされてしまうのです。
 まだこのシーンの撮影はずっと先の予定らしいけれど、鞭で叩かれたりプレシアママに怒られたりすることを考えると、今からちょっと震えちゃいそうです。
 プレシアママを演じるレイランさんはベテラン女優さんで、私が目標としている人でもあります。
 プレシアママは、制作発表会見後にちょっとお話してみたらとても優しい人でした。それに衣装合わせの時、劇中で着るセクシーなバリアジャケットを身に着けたプレシアママはすっごく綺麗でした。
 しかも、私が顔を真っ赤にしながら見惚れていると、胸がほっとするような声で「似合う?」と言って微笑んでくれたんです。
 そんなプレシアママに怒られるシーン。正直に言うと、実はあまりイメージが湧かないんです。
 だから、こうしてなのは様が予行練習をしてくれるんだと思うと、やっぱり嬉しいな。
「じゃあ私がフェイトちゃんのママ役をやるからね」
「はい! お願いします!」
 緊張が全身を駆け抜けていきます。
 ううー! 頑張らなくちゃっ!
 そしていよいよ始まります。
 なのは様の表情が、氷のように冷たくなっていきました。
「…………なのに、こんなに時間を掛けて、たった三つ?」
 遂にきました。プレシアママが、フェイトの持ち帰ったジュエルシードの数に怒る場面です。
 トーンの下がったなのは様の声。足元からじわりじわりと冷たさが伝わってくる感じがして、思わず体を強張らせちゃいます。
 なのは様すごい。やっぱりすごい。周囲の雰囲気が、本当に暗くなっていく感じがする。
「ん? それは?」
 私はケーキの入った箱を持っているつもりになって、体の前で両拳を握りました。
 そして、小刻みに震わせます。
 それからゆっくりと、それを胸元の高さまで持ち上げて。
「あの……母さんに…………」
「なんだとっ!? でぇりゃあぁぁぁっ!」
 その時、顔の横になのは様の平手打ちが飛び込んできました。
 気持ちがいいくらいに乾いた音が鳴り、さっきつねられて真っ赤になっていた私の頬が再び痛み出します。
「え!? 本当に打つの!?」
「あたりまえでしょう! 演技指導を何だと思っているの!?」
 さすがはなのは様。稽古も本番も変わりはないということなんだ。でも確か、そこで叩くのは頬じゃないはずなんだけど……。
 だけどせっかく稽古をつけてもらってるんだし、応えなくちゃ!
「もう一度お願いします!」
「その意気やよし! 何発でも叩き込んでやるわ!」
 そして、怒涛の猛特訓が始まりました。
 私となのは様は同じシーンを何度も何度も繰り返し、同じ台詞を何度も何度も繰り返し、しまいには「台詞はもういいや」と言って平手打ちを何度も何度も繰り返し。
 なのは様の手の平が限界を迎えたころ、ようやくそのシーンの稽古は終了しました。
 息を切らしたなのは様は、額の汗を拭いながら言いました。
「だいぶよくなったわ」
 なのは様に褒められた? やったぁ! 
「あ、ありがとうございます!」
「よし、次は鞭のシーンいくわよ」
「ええっ!?」
 なのは様が小道具の鞭を持ってきました。
 まさか本当にやるの? マジで? ガチで?
 ちょっとなのは様、台本をよく見て。そこのシーンは、確かにSEでは鞭で叩かれている様子だと分かるけれど、実際に叩かれているシーンは無いはずだよ。叩かれ終わったシーンまで、アルフが登場するシーンのはずだよ。
 本当に叩くの?
「そりゃあ!」
「いたぁーい!」
 突然飛んできた紫色の鞭が、私のお尻を叩きました。
 すごく痛いです!
「痛いよ、なのは様!」
「違うでしょう!」
「え?」
「鞭で叩かれたら、イヤァーンとかアハァーンって、気持ち良さそうに言うのよ!」
「ええ!? だって台本には、“鞭で叩かれるSEに合わせて悲鳴”って書いてあるのに!?」
 でも、なのは様は譲りません。
「何を言っているのよ、アドリブに決まってるでしょう! 台本どおりにしか出来ませんなんて、そんな半端なことで役者が務まると思っているの!?」
 そ、そうか! これはアドリブなんだ!
 私は勘違いをしていたみたいです。確かになのは様の言う通り、台本どおりにしか出来ない役者でも困ります。登場人物の心情を読み取り、その気持ちを自分の体で表現しなくてはいけないのだから、時には台本に書かれていない気持ちを読み取ることだって必要なんです。
 世界を作るのは台本じゃない。私達役者自身が、物語の世界を体現しないといけないんです。
 きっとなのは様の言うアドリブも、天才子役と呼ばれる彼女が、この台本から読み取った世界なんです。
 だったら、やっぱり応えなくちゃ!
「ずありゃあっ!」
「アハァッフ!」
「それえぇ!」
「いやあぁっん!」
「これがいいんかぁ!?」
「はぁい! もっとお願いします!」
「これならどうだぁ!」
「いい! いいです、すごく!」
 熱の入った、凄く良い演技指導です。
 これで、少しは素敵な女優さんに近づけたでしょうか?



○使い魔

 なのは様との稽古が終わった後、私はヒリヒリするお尻を擦りながら、出演者控え室に向かいました。
 控え室と言っても、今日は屋外での撮影なので、現場の一角にテントが張ってあるだけの控え室なんですけど。
 鞭で叩かれながらいっぱい声を出したので、すっかり喉が渇いてしまいました。控え室にあるお茶でも飲もうと、テントの下にやって来ると、
「おお、フェイトじゃないか」
 そこには頭の横にぴょこんとした三角耳を生やしている、アルフがいました。
 アルフは私のことを見るなり、腰から生えている尻尾を振って近づいてきました。
 アルフという役は、フェイトの仲間として登場する狼の使い魔です。実はこの控え室にいるアルフも、本物の使い魔なんですよ。しかも狼。この映画への出演は、選ばれるべくして選ばれた、まさにうってつけの役なんです。
「アルフは今日撮影があるの?」
「ううん、無いよ。でも、現場の雰囲気を掴んどこうかなって思ったからさ」
 おお、偉いです。さすが、副業とは言え役者をやっているだけのことはあります。
 映画の中では、アルフはフェイトのことが大好きで、プレシアママに虐められるフェイトをいつも気遣ってくれるんです。
 でも、こちらのアルフだって映画の中以外でもすごく良い子で、仲良くしてくれるんです。人間の姿をしている時は背も大きくて、体つきだって大人の女性なのに、中身はまだまだ子供っぽくて、何だか歳が近く感じちゃう。可愛いお友達なんです。
「ねえねえフェイト」
「なあに?」
「これあげる。おいしいよ」
 そう言ってアルフが差し出してきたのは、一粒のペットフードでした。
「ありがとう!」
 こうして時々、自分のおやつを分けてくれます。
 今では本物のフェイトとアルフみたいに仲良しなんですよ。と言っても、本物のフェイトとアルフには会ったことがないんですけどね。
 制作発表会見の日、アルフのマスターさんにも会ったことがあるんですけど、その時に聞いた話では、マスターさんは時空管理局の局員さんだと言っていました。そして、マスターさんは次元航行部隊というところに所属していて、時々本物のフェイトさんを見ることもあるんだそうです。私も会ってみたいなぁ。
 と、そんなことを考えていたら、一つだけ気になっていたことを思い出しました。
「そういえばアルフ、訊きたいことがあるんだけど」
「んん?」
 アルフはペットフードの袋を小脇に抱えながら、ほっぺたいっぱいにペットフードを詰め込んでいました。
「制作発表会見の時、マスターさんがアルフを迎えに来たでしょう?」
「そうだったっけね」
「その時、アルフってば会見場の中にいたのに、マスターさんの車が建物の駐車場に入ったのを言い当てたじゃない?」
 そうなんです。
 制作発表会見の会場が設置されたのは、とあるホテルの披露宴会場だったんですけど、そこで会見が終わった後に一息ついていたら、アルフが突然「迎えが来たな」と言って、ホテルの駐車場に向かったんです。気になった私が後を追いかけてみたら、なんとそこにはアルフのマスターさんがいました。
 何で分かったんだろうと、ずっと疑問に思っていた謎なんです。もしかしたら、アルフは狼だから匂いとかで分かったのかな?
「あれはどうやって分かったの?」
 そう訊くと、アルフの口からは聞き慣れない言葉が飛び出て来ました。
「そりゃあ『念話』だよ。念話でマスターが話しかけてきたからさ」
「『念話』って?」
 私が首を傾げると、アルフも首を傾げながら言いました。
「えーっとね…………声じゃない声って言えば分かるかな? 口を使わなくても、思ったことが相手に伝わるんだ」
「ええ! すごい!」
「たぶん映画の中でも使うシーンがあると思うけどね。魔導師とかはよく使ってるよ。それと、魔導師じゃなくても資質のある人には声が伝わったりするものさ」
 そう言ったアルフは、いきなり目を閉じてじっと固まってしまいました。
 何をしているのだろうと、私がアルフの目をじっと見ていると。
 ――どうだい? あたしの声が聞こえるかい?――
 あ、すごい! 突然頭の中に響いてきたアルフの声に、私はとても驚きました。
 こちらから声を送るのは出来ないみたいだけれど、アルフの念話を聞くことなら、私にも出来るみたいです。
 ということは、私にも魔導師としての資質があるんだ。そのことに気が付くと、私が演じる人、魔導師であるフェイト・テスタロッサに、今まで以上の愛着、と言うか親近感みたいなものを持てるような気がします。
 念話が面白くて、私はアルフにいろいろと話しかけてもらいました。
 アルフってば冗談話が大好きで、アルフの念話を聞いているとお腹がとても痛くなります。笑い声が止まりません。
「ちょっと、何をそんなに笑っているの?」
 私が涙目になりながらお腹を抱えていると、そこに撮影を終えたなのは様がやってきました。
「あ、なのは様」
 ――ん? ねえねえフェイト、何で“なのは様”なんだよ?――
 目の前からなのは様に話しかけられ、頭の中にはアルフの声が響いて。
 この初めて体験する不思議な感覚に、私は頭が混乱してしまいそうです。
「ちょっとフェイトちゃん?」
「あ、ちょっと待ってねなのは様」
 ――だから何で“なのは様”なんだよ!?――
「私には教えられないの?」
「後で説明するから待ってってば!」
「な、何でそんな強気なのよ? 私にそんな態度をとってもいいの? 先輩なのよ!?」
「今のは違うの! 私はちゃんとなのは様には敬意をもって」
 ――もしかしてフェイトって、なのはの使い魔だったのか?――
「んなわけないでしょう!?」
「えっ!? 敬意はっ!?」
 ――じゃあフェイトもどっかに三角耳があるんだな?――
「あるわけないでしょっ!」
「ちょ……! フェイトちゃん! どういうこと!?」
「え? なのは様、違うの! 今のは」
 ――なあなあ、何の動物なんだよ?――
「ちょっとフェイトちゃん! 私のことを何だと思ってるの!?」
 ――ネコ?――
「ネコ?」
「え、ネコ?」
 ――キツネか?――
「キツネってそんな!」
「キツネ!?」
 ――意表を突いてイノシシか――
「イノシシ!?」
「はぁあっ!? 私がイノシシ!?」
 見ると、なのは様が肩を震えさせていました。
 怖いです。なんか禍々しいものが出ています。
 ああ、私、ちゃんとやっていけるのでしょうか?
 こんな風に映画の撮影が続いていくのかと思うと、とても不安な気がしてきました。

 To be continued.



[28384] シーン02 いま、起きていること 成すべきこと
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/06/29 23:57
○優しい彼

 白いバリアジャケットに身を包んだツインテールの彼女が、私に真っ直ぐな視線を送ってきます。
 その目から伝わる感情は、驚きと、僅かな怯えと、強い警戒心。
 そんな彼女の目を見て、私は硬い表情で睨みつけました。
「あの…………あなたもそれ、ジュエルシードを探してるの?」
 目の前にいる彼女が発した言葉を聞いても、私は一切表情を崩さないまま、視線を更に鋭くしました。
 そして右腕を前に。手に握った戦斧を、彼女に向けます。
「それ以上近づかないで」
「いや、あの…………」
 拒絶の言葉を発すると、怯えと警戒心を強めたような顔で、しかし、それでも擦り寄ろうとする子猫のような切ない表情で、彼女は言いました。
「お話したいだけなの。あなたも魔法使いなの? とか……なんでジュエルシードを? とか」
 そう言った彼女が、少しだけ近づいて来ました。
 それ以上近づくな。そんな思いを込めて、あるいは何かを決意して、私は顔を顰めます。
「はいカットォ!」
 突然の声と同時に、甲高い音が聞こえました。どうやらカチンコが鳴らされたようです。
「オッケー! なのはちゃん、フェイトちゃん、良かったよー!」
 やった! オッケーが出ました! 両拳を胸の前に引き寄せて、思わずガッツポーズをとっちゃいます。
 なのは様と初めて出会うシーンの撮影は、なんと一発オッケーです。
 黒いレオタードの上に重ねたヒラヒラのミニスカートを揺らし、私は小さく飛び跳ねました。戦斧型のデバイス、バルディッシュを握り締めながら、顔がにやけていることも分かります。
 ちゃんと上手にフェイトを演じることが出来たかな? 
 確認したくてうずうずしていると、
「フェイトちゃん、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃない?」
 ペンチのようなものにほっぺを挟まれる感覚。体が自然と身悶えます。
「にゃにょひゃしゃみゃー!?」
「一発オッケーくらい当たり前よ! 私が出演するシーンなんだから!」
 私のほっぺを挟んでいたのは、なのは様の指でした。力、強すぎます。
 そんな、なのは様が抓る力を更に強めた時でした。
「やあ、二人とも撮影の方はどう?」
 そこにやってきたのは、一人の男の子でした。
 ハーフパンツと半袖シャツの上に重ね着た前掛けには不思議な文様が描かれていて、あまり大きくないその体にはマントが羽織られています。クリーム色のブーツで近づいてくる中性的な顔立ちの彼の名は。
「ユーノ君!」
 私となのは様の声が重なりました。
 私達の声を聞いてにっこりと微笑んでくれたユーノ君は、こちらに歩み寄って来ました。
「ねえねえ聞いてほしいの! 私達、さっきの撮影は一発でオッケーをもらえたのよ!」
 と、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねて言うののは、なのは様。
「そうなのかい? すごいなぁ、僕なんか昨日が初めての撮影だったんだけど、NGを出しちゃったよ」
 恥ずかしそうに笑うユーノ君。
 そんな彼の顔を見て、なのは様が頬を赤らめながら言いました。
「そんなの気にすることないよ。私だってNGを出しちゃったらどうしようって」
 あれ? だってさっき。
「すっごくドキドキしちゃって…………一発でオッケーがもらえるなんて、何だか信じられなくてぇ」
 ええっ! さっきは当たり前だって言ってたのに!
「順調だったんだね」
 なのは様の豹変振りに驚いていると、ユーノ君が私に話しかけてきました。
 真正面から見るユーノ君はかっこいいです。なのは様に負けないくらい人気のある子役だし、当然かな。だけどそれを鼻にかけることもなく、誰にでも優しく接してくれるんです。
 そんなユーノ君が私の演技の具合を尋ねています。
 本当だったら胸を張って、「上手に出来たよ」って言いたいところだけれど、さっきもなのは様に言われちゃった通り、これくらいで浮かれてしまってはいけないのかなと思います。
 やっぱり謙虚な姿勢が大事かな。
「うん、上手く出来たみたいだったけど…………満足するにはまだ足りないかなって」
 何だか言っていて恥ずかしくなっちゃいました。
 私が少しだけ俯くようにしながら微笑むと、突然なのは様の声が聞こえてきました。
「あはは……フェイトちゃん手厳しいなぁ。ごめんね、私、浮かれちゃってたみたい」
 えっ!?
「やっぱり私の演技じゃ、フェイトちゃんの足を引っ張っちゃってるかな。次は頑張るね」
 なのは様!? なんでそんな切なそうな目をしているの!?
 右手を口元に寄せたなのは様が、少しだけ細めた目でユーノ君に視線を送りました。
 だから、なんで涙目なの!?
「僕はそんなことないと思うよ。昨日もなのはの演技について監督が話していたんだけど、すごく上手だって褒めていたから」
「えー、そんなことないと思うけど…………そうかな?」
 そして浮かぶ、なのは様の嬉しそうな顔。
「なのは様! さっきと言ってることが!」
「なのは“様”?」
 私の声に、ユーノ君が反応しました。
「やだぁ、フェイトちゃんったら。私のことは“なのは”でしょ? それに、“ユーノ君”って呼ぶのは私の役目。フェイトちゃんは呼び捨てにするんじゃない」
 今度はくすくすと笑い声を漏らしながら、なのは様が優しい声で言いました。
 うう、確かに彼のことを呼び捨てにするのがフェイト。自分のミスが何だか恥ずかしくって、とっても頬が熱くて、汗も出てきて、何も言えない!
 すると、まだ笑っているなのは様を背にして、ユーノ君が相変わらずの微笑を浮かべたまま優しく言いました。
「フェイト、僕のことを呼んでみて」
「え?」
 何だか、そんな台詞がさらりと言えるユーノ君って。
「“ユーノ”、だよ。さあ」
「…………ユ、ユーノ」
 笑みを強めた彼は、大きく頷きました。
 嘲笑なんかじゃない。呆れているわけでもない。ただ彼は、そっと私のミスを正してくれました。
 私の気持ちを読んだのかな。恥ずかしくて何も言えなかった私から、声を誘い出してくれました。
 本当に優しい。
「じゃあもう一度、言ってみて」
「ユーノ…………」
「最後にもう一回」
「ユーノ!」
 声はしっかり出たけれど、恥ずかしさは更に増して、私はすぐに深く俯いてしまいました。
 そんな時、ユーノ君の手がそっと私の頭に乗っかりました。
 何? どうしたの?
「よく出来ました」
 そう言ってユーノ君が頭を撫でてくれました。
 何だか、とっても胸がドキドキします。顔が真っ赤になっていることが自分でも分かる。 
 不思議なドキドキに戸惑っていると、なんだかもの凄く鋭い視線を感じました。
 はっとして顔を上げると、微笑むユーノ君の背後から、鬼のような形相で私を覗き見るなのは様がいました。
 こ、怖いです! 何だか悪魔のような!
 背後のなのは様に気が付かないまま、ユーノ君が更に言いました。
「じゃあ今度は、“なのは”って言ってみて」
「いや! 今はちょっと!」
 や、やばいです。魔界の王という言葉がぴったりなほどに顔を歪ませたなのは様が、声無き声を発しています。
「ダメだよフェイト。きちんと直しておこう、ね!」
 そんなことを言うユーノ君の背後から、なのは様の声が、口からではなく目から届いてきます。
 私はその声を、耳ではなく心で聞きました。
 ――呼び捨てに出来るもんならしてみろよ――
「さあ、フェイト!」
「な、なのは様!」
「うーん、違うよ。恥ずかしがらずに、さあ」
「なのは様! なのは様!」
「フェイト? ちゃんと言おうね。さん、はい」
「なのは様っ! バンザイ! なのは様っ! バンザイ!」
 地獄のような時間が、しばらく続きました。



○主役は彼女

 ユーノ君とフェイトちゃんの二人と別れてから、私は休憩をとるために控え室へやってきた。
 それにしてもさっきのフェイトちゃんったら何? ユーノ君に色目なんか使っちゃって! ああいう見え透いた下心をよくも私の目の前で出せたもんだわ!
 ユーノ君もユーノ君よ。なんでフェイトちゃんの頭なんか撫でるのかしら。
 もう、イライラしちゃう!
 休憩室の椅子に座った私は、手元にある湯飲みを取って、乱暴にお茶を注いだ。勢い余ってお茶が零れたものだから、余計にイライラしちゃう。
「もう! 一体なんだってのよ!?」
 拳をテーブルに叩きつけると、
「クククッ……静かにしてちょうだい」
 突然小さな声が聞こえた。
 どこから聞こえたのかが分からなくて、私は思わず肩を跳ねさせた。
「だ、誰!?」
「ひどいね……クックックッ。ここにいるのに」
 嫌な声。か細くて陰湿な雰囲気のする女性の声が、私の隣から届いた。
「エ、エイミィさん! いつからそこに!?」
「やっぱりひどい。ずっといたんだよ」
 そう言いながら、やっぱり不気味な含み笑いは絶やさないエイミィさん。
 私はこの人が苦手だ。掴みどころが無いと言うか、何を考えているのかがよく分からないからだ。
 と言うより、正直に言って怖い。
「きょ、今日はクロノ君とのシーンを撮影するんでしょ? 終わったんですか?」
「なのはちゃん……“クロノ”って名前さぁ、なんだか邪悪なイメージがするなって思わない? ククククッ…………こわぁーい」
 お前が怖い。
「腹黒いからクロノなのかな? それとも暗黒社会とか闇の執務官とか、そんな意味が込められているからクロノなのかな? …………もしかしたら映画の黒幕だったりしてね。ククククッ」
 付き合いきれない。そう思った私は、席を立って彼女に背を向けた。
「じゃあ、撮影頑張ってくださいね」
 早くこんなところから離れないと、彼女の纏う陰鬱な空気が移ってしまいそうだ。
 私が歩き出すと、その足を彼女の声が引き止めた。
「なのはちゃん…………フェイトちゃんのことが嫌いなの?」
 な、何をいきなり言い出すのかしら?
「フェイトちゃん可愛いし、演技も上手だし、監督にも期待されてるもんね……クククッ…………なのはちゃんにしてみたら面白くないのかなぁって」
「そ、そんな! 何を言うんですか!?」
「隠したって無駄だよ…………あたしには全部視えているからね」
 視えているって、まさかこの人、そんなにあちこち歩き回って陰から覗き見ているのかしら?
「覗き見なんてしてないよ…………夢になのはちゃん達が出てきて、全部視えちゃうんだよ」
 人間じゃねえ!
 鳥肌の立った体を抱き締めながら、私は震えた。
 夢で見るって何? しかも心を読まれた? この人一体何者?
 それに、私にそんなことを言ってどうしようってつもりなのかしら。まさか私を揺するつもりなのかな? でも、私のやっている意地悪なんて遊び程度の軽いもののはず。そんな罰を受けなくちゃいけないようなことなんてしてないのに。
「別に揺するつもりも罰するつもりもないから、安心してね……ククククッ」
 また読んだよ! 安心できねえよ!
 たぶん私の顔は真っ青になっているんじゃないかと思う。だって血の気が引いているのが分かるもの。
「なのはちゃんさぁ」
「は……はいっ!」
 思わず声が震える。
「占ってあげるよ。この映画の行く末」
「え?」
「なのはちゃんが主演なんだから、この映画の行く末はなのはちゃんの今後に掛かっているとも言えるんじゃないかな? …………だからさ、クククッ…………占ってあげるよ」
 そう言って彼女は、ポケットから一枚のコインを取り出した。
「表が出たら吉。裏だったら凶」
「え! 二択!?」
 なんでそんな極端な結果しか出ないの!?
 私の言葉を無視した彼女は、コインを私の目の前でちらつかせた。
 赤褐色のコインがそこにあった。一面側にはドクロの絵柄。その反対側にはクモの絵柄。
 それ、裏表あるの? どっちも悪くね?
 エイミィさんがコインを投げると、空中でくるくると回転したコインはすぐに落下してきて、エイミィさんの手の甲に乗った。
 それを素早くもう片方の手で押さえるエイミィさん。
 ただのコイン投げ。それなのに、何故か彼女が投げると妙な雰囲気が漂う。
 まるでその一投で本当に運命が決まってしまうような。そう思わせるだけの不気味さが、彼女にはあった。
 キャッチしたコインの表裏を確かめたエイミィさんは、さっきまでの含み笑いとは違う、口角を耳に届きそうなくらいまで吊り上げた笑顔で、にんまりと微笑んで言った。
「…………きっと、なのはちゃんにとってもいい映画になると思うよ」
「そ、そう?」
「良かったね…………クックックックッ」
 彼女の笑いのせいで、あまり良いようには思えない。
「フェイトちゃんとも、きっと上手くいくよ」
 なんでそこでフェイトちゃんの名前が?
 背筋が凍るような空気に呑まれてしまっていたから何も言い返せないけれど、フェイトちゃんの名前を出されたのは気に食わなかった。
 確かに私はフェイトちゃんが嫌い。
 監督に期待されていたのも気に食わないし、演技が上手なのも生意気。ユーノ君にデレデレしているのも許せないし、性格が良いのも腹が立つ。
 そんな私がフェイトちゃんと上手くいく?
 それがエイミィさんの見た私の未来だと言うのなら、きっとそれはハズレだ。
 この映画の脚本は最後まで読んだから、作品の結末は知っている。
 でも、現実の私達は映画のようにいくはずがないし、そうならないことを私は願ってさえいるのだ。
「エイミィさん、残念ですけど、その占いはハズレですよ」
 私はエイミィさんに今度こそ背を向けてから、休憩室を後にした。
 エイミィさんが言っていたように、映画の行く末は私に掛かっているだろう。
 だって私は主役なんだから。
 そう、全ては私次第。どんなに素敵な脚本であろうと、名監督であろうと、共演者が素晴らしかろうと、私の心の中にある台本どおりでなければいけないの。
 そしてその台本には、私とフェイトちゃんが上手くいく展開なんて無い。
 私は、この映画に対する気持ちを改めて思い直した。

 To be continued.



[28384] シーン03 譲れない願い 向き合いたい想い
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/07/17 20:13
○暑苦しいあの人

 夕暮れの陽射しが差し込む場所。古びたコンテナが積み重ねられたそこは、煙突から立ち込める黒い煙や地面から巻き上がる埃のせいで、決して綺麗とは言えません。
 そんな中、私となのは様は距離を置いた場所にそれぞれ立ちながら、じっと睨みあっています。
 私達の二人の手にはデバイスが握られていて、周囲に漂う雰囲気はまさに一触即発。
 これは、私となのは様がお互いに譲れない気持ちを秘めたまま、ぶつかり合おうとするワンシーン。
 目尻を吊り上げると、なのは様も同じように睨み返してきました。
 なのは様の、いいえ、高町なのはの抱く譲れない想いとフェイトに対する気持ちが、よく伝わってきます。
「…………私が勝ったら、お話……聞かせてくれる?」
 なのは様の台詞。
 そしてそれに対するフェイトの答えは、沈黙。
 その沈黙を合図とし、あるいは返事とし、なのは様がデバイスを構え直してその身を突進させてきました。
 フェイト、あなたも受けて立たなくちゃ。
 私も戦斧型デバイスを振りかぶって駆け出していきます。
 そして両者の間合いがどんどん詰まっていった瞬間。
「ちょっと待てよぉっ!」
 私達の間に、黒いバリアジャケットを身に纏った少年が一人、立ちはだかりました。
「お前達が今ぶつかろうとしている相手、間違っていませんか? 本当に目の前の奴で間違いじゃないんですか? …………違ぁう! 違うだろう! 特にフェイト! お前がぶつかるべき相手は悲しい母と、明るい未来を塞ぐ“現実”言う名の壁じゃないのかよぉ!」
「はいカットォ!」
 そこでカチンコが鳴らされ、撮影はストップ。
 監督さん達の方に視線を向ければ、撮影が止められた理由はすぐに分かりました。
「クロノ君! 台詞が違うよ! こんな早い段階で二人に核心を突く様なこと言うわけないでしょ!」
「何!? そうだったのか!? …………ちっくしょぉー! この俺の登場シーンだと言うから、気合い入れてアドリブを挟んじまったよ!」
 そう言って自分のミスに対して大袈裟なリアクションを取っているのは、クロノ君です。NGを出したと分かった瞬間、両手で頭を挟み、のたまう様にしながら顔を顰めています。
 ああ、あんなに暴れると衣装が汚れちゃいそう。
「監督ぅ! 今のシーン、もう一度やらせてくれ! 今こそバシッとビシッと決めて見せっからよ!」
 その、何と言うか…………クロノ君がいると、現場がやたらと賑やかになります。
「フェイト、悪かったな、俺のせいでNGシーンにしちまってよ。今度こそ上手くやるからよ!」
 そう言ってクロノ君が不敵に微笑むのを見ると、彼の逞しさと言うか図太さと言うか、そういったものが感じられます。
 私が苦笑いを浮かべながら頷くと、クロノ君が今度はなのは様に顔を向けて、同じように一言。
「なのはも悪いな、申し訳ない! 次こそ決めて、観客共をガッツリと泣かせてやるからよ!」
 そんなことを言う彼に対してなのは様は。
「バカじゃないの!? ここは泣かすシーンじゃないし、クロノ君はもっとクールなキャラなのよ! ってかアンタうるさい!」
 なのは様から直球ど真ん中のダメだしです。
「クールだって?」
 鼻で笑うクロノ君。そして彼は言いました。
「なのは、お前はアイスクリームを目の前にしたら、どうする?」
「え? そんなの食べるに決まってるでしょう?」
「その通りだな…………俺は、そんなアイスクリームのようになりたいんだよ。いつまでも冷たいままで大事にされるくらいなら、熱く溶かされてドロドロになって消え去りたい。そしてそいつに笑顔を与えてやりたい」
「そんなの他所でやれ! ここでは“クロノ・ハラオウン”を演じなさいって言ってんのよ!」
「…………誰もが知っている姿になって、それで皆をホッとさせたいんですか? そんなものよりも、誰もが知らない姿を晒して、それで皆をアッと言わせたいとは思いませんか?」
「はぁあ!? バカかおめー!」
 なのは様、言葉が汚いです。
「映画ってのはなぁ、インパクトなんだよ! ビッグバンなんだよ! どでかい衝撃一発で、観客達の胸の中に無いものを作り出してやるのが映画の醍醐味なんだよぉっ!」
 クロノ君はどうやら熱ぅーい役が大好きみたいで、熱血漢を演じることに役者人生を賭けていると言ってもいいぐらいです。
 それに彼はアドリブが大好きで、いろいろなところで彼なりの熱い台詞を入れてきます。それ故に、NGシーンが一番多いのも彼の特徴です。
 そんな彼がこの映画において“クロノ・ハラオウン”という役を与えられたのは、神様の悪戯としか思えません。
 本物のクロノ君とは全く反対の人だと思うんだけどなぁ。
「じゃあテイク2いくよー!」
 あ、撮影が始まっちゃう! 
 私は再びなのは様と向き直って、演技を始めました。
 もちろん、撮影はなのは様との衝突直前シーンから。
「私が勝ったら、お話、聞かせてくれる?」
 なのは様の台詞に対して私が無言でいると、彼女の視線が私の視線とぶつかり合いました。
 よし、タイミングを合わせて。
 今だ!
 私となのは様がお互いのデバイスを構えて突進していきます。
 すると、その中央にはクロノ君の姿が…………無い!?
「あれ!?」
「えっ!?」
 私となのは様は突進を止めて立ち尽くしてしまいました。見合わせた顔は、お互いに口をぽっかりと開けた間抜け顔。
 何で? クロノ君がここで割って入らないといけないのに。
 私となのは様が同時に視線を動かすと、少し離れたところでコンテナに背を預けているクロノ君の姿が目に入りました。
 私達ばかりか、スタッフの皆さんも固まってしまい、現場が一気に静かになります。
「ク、クロノ君……?」
 なのは様が声を震わせながら一歩前に進み出ると、不敵に微笑んだクロノ君が、口を開きました。
「さあ、続けろよ」
「何を?」
「そんなお互いのことを気遣ったような目でぶつかり合うんじゃなくって、もっと熱くなるんだよ! もっともっと血を滾らせて熱くなるんだよぉっ!」
「…………は?」
「全力全開でぶつかり合うつもりなら、ワガママになったっていいんだよ! 自分勝手でもいいんだよ! そうやって周りが見えなくなるくらいに熱くならなきゃ、全力全開なんて出ないんだからさぁ! だからもっと熱くなれよおおぉぉぉぉっ!」
「はいカーット!」
 カチンコの音が響き渡った瞬間、クロノ君が駆け出して私達に微笑みかけました。
「うっし! 次のシーンも頑張っていこうぜ!」
 え、何その挨拶。まさかあれでオッケーが出るとでも?
 さすがに私も驚きを隠せません。今のはどう考えてもNGのはずです。
 案の定、休憩所でお茶を飲もうとしたクロノ君に監督が近づいていくと、しばらくしてからクロノ君が不思議そうな顔で戻ってきました。
 彼の不可解そうなその表情を見て、私には彼の言いたいことがすぐに分かりました。
「監督が、撮り直しだって」
「あたりめーだろ」
 やっぱり。なのは様につっこまれても、彼は全く気付いていないみたい。
「おかしいな。事情を知らない風な台詞に変えたつもりなんだけど」
 いや、それよりも台本どおりにやってほしいんだけどな。
 当然ながら、テイク3の始まりです。
 やっぱり撮り始めはここから。
「私が勝ったら、お話聞かせてくれる?」
 睨みあう二人がデバイスを構え、そして見合いながら駆け出した時。
「そこまでだぁ!」
「はっ!?」
 片膝を立てた姿勢から、ゆっくりと立ち上がるクロノ君。
 そして、彼は言う。
「…………時空管理局、執務官、クロノ・ハラオウンだ」
 うん! いい調子です! 
 台本どおり、クロノ君が名乗りを終えました。
 このまま順調にいけば、次こそオッケーが貰えるはずです。
 私達が動けないでいると、私となのは様の顔を交互に見やりながら、クロノ君が厳しい視線で続けます。
「さて……事情を聞かせてもらおうか」
 やった! 台詞もばっちりです! 
 ようやくこのシーンの撮影が終わりそうな予感が!
「だが、たとえその事情が何であろうと、俺はお前を応援してやるよ!」
 …………ん?
「執務官という立場上はお前達の前に立ち塞がらなくちゃいけないが、それでも心の奥では応援してやるよ!」
 なのは様の肩が震えています。
 やばい、きれるかも。
「お前達の障害となってやるからさ。お前らはそんな“俺”と言う名の障害を乗り越えるぐらい頑張れ頑張れ! 出来る出来る出来るさ! ネバーギブアップなのは! スタンダァーップフェイトッ!」
 その後、なのは様の握るレイジングハートがクロノ君の鳩尾にクリーンヒットして、クロノ君が起き上がれなくなってしまったため、結局このシーンの撮影は別の日になりました。



○吐く母
 クロノ君には本当に困ったものだ。あんな子が何で役者やってるのかしら? よく務まるものだわ。
 私は目の前に背を向けて立っているクロノ君を睨みつけた。
 でも今日は、悪いことばかりでもない。
 なんと隣にはユーノ君。邪魔者のフェイトちゃんだっていない。
 そう、今日はユーノ君と一緒に撮影の日なのだ。
「なのは、どうしたの?」
「え?」
「ちょっと顔が怖いよ」
 私が慌てて笑顔を作ると、ユーノ君は首を傾げながらも視線を前に向けた。
 危ない危ない。クロノ君に対する怒りがうっかり顔に表れていたみたいだ。
 私は緊張を解くように頬を軽くマッサージしてから、ユーノ君と同じように視線を前に向けた。
 今から始まる撮影は、次元航行艦アースラの中でリンディ提督と初対面するシーン。
 見てなさい。完璧な演技をして、監督やユーノ君の関心を一気に集めてやるんだから。
 カメラが回り始めた。撮り始めは、とある一室の中から。クロノ君を先頭にして、私とユーノ君が部屋の入り口を潜ったところから始まった。
 部屋の中に私達を導いたクロノ君が、静かな声で一言だけ言う。
「どうぞ」
 台本どおりの台詞と演技。やれば出来るんじゃねえかよ。
 怒りを密かに抱きながら、私とユー君は室内を眺めました。
 部屋の中には綺麗な桃色の花を咲かせた木があり、風情を感じさせる珍しい造りの池があり、赤い傘の下、赤い絨毯が敷き詰められた場所に、一人の女性が正座をしていた。
 彼女こそがリンディ・ハラオウン。クロノ君の母親役で、ベテラン女優さんだからスムーズな撮影進行が期待できる。
 ようやく気持ちにゆとりが出来るというものだ。
 撮影シーンは変わって、私とユーノ君とリンディさんの三人による、会話のシーンが始まった。あ、一応このシーンにはクロノ君もいる。ほとんど台詞が無いから良かったけど。
「私達管理局や保護組織が、正しく管理していなければならない品物…………あなた達が探しているジュエルシード――――」
 そこまで言ったリンディさんが、取っ手のないカップに入ったお茶を一口だけ飲んでから、唇を少し舐めた。
 さすがはベテラン女優の演技。台本どおりの完璧な演技だわ。
「――――あれは次元干渉型のエネルギー結晶体。流し込まれた魔力を媒体として、次元震を引き起こすことがある危険物」
 そう言いながら、リンディさんは小瓶の中から角砂糖を摘み、それを飲みかけのお茶の中に落とした。
 ここで私は小さく驚く。肩を動かし、目を見開いて小声を零した。
 すると、背後からクロノ君の声が聞こえた。
「君とあの子がぶつかった際の、振動と爆発。あれが次元震だよ」
 だから何で普通に演技できるんだよコイツ。
「たった一つのジュエルシードでも、あれだけの威力があるんだ。複数個集まって動かした時のエネルギーは、計り知れない」
 最初からそういう演技をしろってんだよテメエ。
「大規模次元震やその上の災害。次元断層が起これば、世界の一つや二つ、簡単に消滅してしまうわ」
 続いてリンディさんは、お茶にミルクを入れ始めた。
「そんな事態は防がなきゃ」
 リンディさんが湯飲みを手にして口元に持っていく間、私とユーノ君はじっと彼女を見た。
 湯飲みが傾けられ、リンディさんの口内にお茶が含まれた瞬間。
「ぶふぉっ!」
「うわっ!」
「きゃあ!」
「きたねえ!」
 リンディさんが吐いた。霧となった緑の液体が、リンディさんの苦しそうな表情から勢いよく噴出されたのだ。
 それから口を押さえたリンディさんは咳き込み、目に涙を浮かべていた。
 一体どうしたの?
「ちょっと! これ本物の砂糖とミルクじゃないのよ!」
 すると、現場にいる助監督が言った。
「え? そりゃあそうですけど」
「こんな甘ったるいもん飲めるかぁ! こういうのは普通でん粉とかで見せかけとくもんじゃないの!?」
「いやあ、監督がなるべく事実に基づきたいって言うから」
「ふざけんじゃないわよ! リンディ提督は本当にこんなの飲んでたの!?」
「取材もしたんで間違いありませんよ」
 リンディさんがハンカチで舌を拭いていた。
 あれ、やっぱり不味いんだ。
「テイク2いきまーす」
「くっそー! 太ってボディーライン崩れたら、訴えてやるんだから!」
 そして撮影が再開された。
 リンディさんとクロノ君によるロストロギアの説明がなされ、シーンはいよいよ例のお茶の場面に。
 リンディさんの両手がゆっくりと湯飲みを持ち上げると、何故だかその手は少し震えていました。
 そして、一口。
「ヴぁふぅっ!」
 やっぱり飲めない! これは厳しそうだわ!
 むせるリンディさんを見る私とユーノ君は、何も言葉を投げかけられないまま、じっとしていました。
 すると、クロノ君が近づいて来ました。
「リンディ提督」
「な、何かしら?」
「苦しいだろうなぁ。すっごい辛いっていうあんたの気持ち、よく伝わってくるよ。何で私ばっかりこんな目に遭うんだって、そう言いたいのもすごく分かるよ」
 どうでもいいが、俳優として大ベテランの彼女に対してもこの男はこうなのか。
「だからここでもう一回やろうぜ。もう一回経験すれば、今の苦しみや辛さってのは自分の中の当たり前になる。そうなれば、もう怖いもんは無いぜ!」
「もう一回飲むの? …………ウゴォッフ!」
 鬼か、こいつは。
 しかし、リンディさんにも意地があったのだろう。彼女はリタイアすることなく、その後も撮影はやり直された。
 何度飲んでも、彼女の中でお茶の苦しみや辛さが当たり前になる様子はない。
 けれど、撮り直し十三回目にして、リンディさんが遂に吐かなくなった。
 すごい! 女優魂!
 お茶を一口飲んだ後、彼女は最後の台詞を言い放つと、にっこりと微笑んだ。
「はいカットォ! オッケー」
 その言葉がスタジオ内に響き渡った瞬間、リンディさんはグッタリと倒れてしまった。
「リンディさん!?」
 駆け寄ると、彼女は口の端から緑色の液体を垂らしたまま、満足そうに微笑んだ。
「やってやったわよ。ふふふぅ…………うっぷ、くるしい」
 それでも、彼女の表情から満足そうな笑みが消えることは無かった。
 彼女はやっぱりすごいわ。本物の女優だわ。
 あなたは、もうこれ以上無いくらいの働きをしたのよ。誇っていいわ。
 私とユーノ君がリンディさんを介抱していると、クロノ君も嬉しそうに微笑みながら言った。
「すげえいいものを見せてもらったぜ! 感動したよ! リンディ提督!」
「あ、ありがとう…………でも、もう今年は甘いものなんて食べたくないわ」
「いやあ、本当に役者としての格の違いを見せてもらったぜ。負けてられないな…………よし! 今のシーン、俺自身の演技が納得出来ないから、もう一回撮り直そうぜ!」
「え?」
 そう言ってクロノ君がスタッフ達の方に走っていった。
 あいつに火がつくと、いつまで経ってもオッケーが出ないのに。
 本当にあいつは鬼かと思った。

 To be continued.



[28384] シーン04 出逢いは、戦い。
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/07/24 01:38
○コンビ

「よっしゃ! すずか、タイミングはバッチシ頭に入った!?」
 アリサちゃんが気合に満ちた目で私を見てくる。同時に作った握り拳には、おそらく彼女なりの、ネタに対する自信が込められているんやろう。
「うん、入ったけど…………これ、ホンマにやるん?」
「当たり前やねーか! あたし達が何を目指しているのか、まさか忘れてしまんちゃうんか?」
 忘れたわけではない。いや、それ以前に、私は彼女と同じものは目指していない。
 きっかけは、私がアリサちゃんにとある映像データを見せてしまったことが原因やった。
 私の祖母は昔、第九十七管理外世界に暮らしていた。そして祖母は、故郷の文化である『マンザイ』というものが好きらしい。
 祖母がこの世界にやって来る時、故郷をいつでも思い出せるようにと持ってきたものがある。その内の一つが、祖母の好きなマンザイというものを記録した映像データ。
 それは先日のことやった。同じ芸能事務所に所属しているアリサちゃんと私は仲が良いので、同じ映画に出演出来ると決まった時は大盛り上がりやった。そしてあまりにも盛り上がり過ぎて、その日は彼女を家に招いてパーティーを開いた。
 その時に、ついつい見せてしまったのや。祖母が好きだと言うマンザイの映像を。
 そしたらアリサちゃん、マンザイがめっちゃ気に入ったみたいで、何度も何度も同じマンザイを見よる。翌日に事務所で芝居の練習をする時も、「演技よりもマンザイの練習しよ!」と言って、ツッコミの動きを練習しよる。どうやらその手の動きは、毎日千本稽古をしとるらしい。
 極めつけは、こないだのことや。
 私と顔を合わせた途端にでっかい声で、これまたでっかい夢を言いよったんや。
「二人でお笑い界の天下をとっちゃろーって約束したこと、忘れたかー!?」
「アリサちゃん、やっぱり私そんな約束した覚えないねんけど…………」
 彼女の夢はいつの間にか、私と彼女、二人の夢になっとった。
 これはアカン。そんな夢はアカン。
 私はごっつぅええ女になって、ええ芝居をして、ええ女優さんになりたいねん。そんでもってええ男捕まえてセレブになりたいねん。えらい高いソファーに座りながら右手に酒を持って、「こっちに来なさい」って、執事呼んどるんかペット呼んどるんか分からんような身分になりたいねん。
 アリサちゃんのことは好きやけど、アリサちゃんと同じ夢を追いかけることは出来ん。
 たとえ大事な友人の頼みでも、その夢に賛同することだけは許せんのや。
「ちょっとすずか!? あたしとの約束を忘れちゃったでっか!? ホンマでっか!?」
 ってか、さっきから彼女が使っている間違った関西弁が許せんわ。
 私かてばあちゃんの喋りを聞いて育ったからこんな喋り方なわけで、ばあちゃん以外の人と関西弁で話したことなんてない。だからあまり偉そうなことも言えんけれど。
「あたし達二人なら絶対にお笑い界の天下を取れるって! あたしがツッコミ! すずかがボケ! あたしのキレのあるツッコミを見せたりますでっかよ!」
「タリマスデッカヨってなんやねん!」
 私の喋りを付け焼刃で覚えているだけのアリサちゃん。もういい加減普通に喋ってくれへんやろうか。
「とにかく、ネタあわせしねんとアカンでまんがねん」
 もうそれ何語やねん。
「ほないくぜよー。まずはこのネタでござるでよ」
 だからそれ何語やねん!
 私とアリサちゃんは、楽屋のちゃぶ台に上って二人並んだ。
「はいどーもどーもーはじめましてー」
 手拍子とピースを交互に出しながら、アリサちゃんが明るく微笑んだ。
 しゃーない。少しだけ付き合ってやるか。そんでアリサちゃんの気が済んだら、今度こそ芝居の練習や。
「どうも皆さんこんにちはでっかー」
 こいつ、「でっか」って言いたいだけやろ。
「巷で噂のデラベッピン、月村すずかでございますぅー」
「へぇー…………そしてあたしが、アリサ・エクセリオンですぅ。はい拍手ー!」
 え、「へぇー」ってなんやねん! 食いつけよ! ツッコミやろが!
 しかし、アリサちゃんは気にすることなく両手を銃に見立てて客席を狙い撃った。
「お前のハートにエクセリオンバスター!」
 まさかそれギャグ? 持ちネタ? ウケるのそれ?
「いやー、最近暑くなってきましたよねぇ。すずかさんは暑さ対策、何かしでかしてるん?」
 お前ツッコミやろ? ボケるなや。
「そらぁしてますけどねー。でもいくら暑いからってだらしない格好は出来ないでしょう? だから」
「ぶふっくくくくっ!」
 え、今は笑うところちゃうで。ってかお前が笑うなや。
「どうされましたの? アリサさん?」
「デラベッピンって自分で言いよったプッククククク!」
 今食いつくなよ! しかもお前が考えたネタだよ!
「あたしって天才や」
 ネタ中やで! 自画自賛するなや!
「笑っとらんで、ツッコまなあかんよ!」
 本気で怒りそうになりながら言うと、彼女が言った。
「おおきに!」
 ちげえよ!
「もう、ネタの続きいくで…………だらしない格好は出来んから、上半身はピシッと着こなして、下はパンツ一丁で町に出ましてん」
「え、いつ?」
「ネタ中や! ツッコめ!」
「え!? ネタ中にパンツ出したの?」
「そうやないって!」
「何度くらい?」
「回数はどうでもええ! “なんでやねん”ってツッコまなアカンって!」
「何度やねん!?」
「だから回数はどうでもええねん!」
 こいつ、おちょくっとるんか!?
 本当にマンザイがしたいんか!?
 人のこと弄んどるんちゃうか!?
 たとえ二人の夢が違うものでも、アリサちゃんがお笑いで天下を取りたいと言った時の目は本気やった。
 私はその目の光を信じていたのに。
 こいつときたら!
「アリサちゃん! そんな半端な覚悟じゃ、天下どころか誰一人笑わせることなんて出来ないで!」
 その時。
「クククククククククッ…………」
「ええ!?」
 私ともアリサちゃんとも違う笑い声。
 視線を楽屋の中で走らせたけれど、どこにも人の姿はない。
 しかし、確かに笑い声は聞こえてくる。
 どういうことや? 一体この部屋に、私達以外の誰がおるっちゅーんや?
 もう一度耳を澄まして声の聞こえる場所を探ると、それは私達の足元から聞こえとった。
 ゆっくりと視線を降ろしてみると、
「ひぃっ!?」
 私達の上っているちゃぶ台の真正面に、茶を啜りながら私達を見上げて笑っとるエイミィさんがおった。
 私達は同時に悲鳴を上げてちゃぶ台から転げ落ちると、それから痛みすらも忘れて、壁まで全速力で後退していった。
「い、い、いつからそこにおったん!?」
「すずかぁーっ! お助けたもーれぇぇぇっ!」
 だからそれ何語やねん!
「ククククッ…………ひどいなぁ。最初からずっといたんだけど」
 マジで!? おっかないわ!
「私は好きだなぁ、二人のネタ……クククククッ」
「お、おおきに……」
「また見せてね…………ところで、二人ともそろそろ出番だよ」
 そう言ったエイミィさんは音もなく立ち上がり、滑るようにして楽屋を出て行った。足裏にタイヤでも付いとるんやろうか。摺り足の音さえしない。
 アカン。完全に腰が抜けてしもうた。
 私はエイミィさんの出て行った扉をじっと見たまま、固まってしまった。
 すると、アリサちゃんが震えた声で話しかけてきた。
「す、すずか……台本、まだ覚えてないよね。さ、撮影始まっちゃうよ?」
 こんな状態で撮影なんて出来るか。



○きっかけ

 今日の撮影は、私とすずかちゃんとアリサちゃんが学校で会話をするシーン。時の庭園から逃げてきたアルフに再会する直前のところだ。
 私とすずかちゃんとアリサちゃんの三人は、小学校の教室の中で、小さな机を囲むようにして席に着いていた。
 今は休み時間。
 私が魔法使いになったことで、少しだけギスギスしてしまった私達三人はようやく仲直りをして、お喋りをしているのだ。
「そっか。また行かなくちゃいけないんだ」
 アリサちゃんの問い掛けに、私は頷いて答えた。
「うん」
「大変だねぇ」
 心配そうなすずかちゃんの声が返ってくる。
 二人に対してもう一度、私は頷いて返事をした。
 しかし、元気のない姿を見せるわけにはいかないと、無理矢理気持ちを切り替えるように両拳を小さく掲げて、私は微笑んで見せた。
「でも、だいじょうぶ!」
 私の元気は二人を安心させるためのもの。そんな思惑はきっと二人にも見透かされているのかもしれない。
 それでも、私の強がりを良心的に汲み取ってくれようとしているのだろう。すずかちゃんが明るく訊いてきた。
「放課後は? 一緒に遊べる?」
 アリサちゃんはまだ無言だけれど、私の答えにきっと期待しているんだ。
 だから私は、笑みを強めて彼女の喜ぶ返事をした。
「うん、だいじょうぶ!」
 その答えを聞き、アリサちゃんが視線を逸らしながら言った。
「じゃあ、ウチに来れば? 新しいゲームもあるし……」
 内心では嬉しいんだろう。本当に頬が赤く染まるような、見事な照れ隠し。
 良かった。このシーンは問題なくオッケーが出そう。
 そう思いながら、私は台詞を続けた。
「わぁ! 本当!?」
 よしよし、台本どおり。
 そして、アリサちゃんが何かに気が付いたように、次の台詞を発した。
「あぁ……そう言えばね。夕べ、怪我している犬を拾ったの」
「犬ぅ?」
「うん。すごい大型で、毛色がオレンジで、見たことない種類」
 このシーンの撮影が終わったら、またフェイトちゃんでもからかいに行こうかな?
 あの子ったら、たまに私がいじめてあげないとすぐ調子に乗るんだもの。
 さあ、今日はどんな嫌がらせをしてやろうか。今から楽しみだわぁ。
「おでこにねぇ、こう……」
 そう言いながらアリサちゃんが前髪を捲った瞬間、
「…………は?」
 思わず声を発してしまった。
 だってアリサちゃんの前髪の下には、『次のネタが楽しみだよ』って書いてあるんだもの。
「アリサちゃん、それなに?」
「え?」
 私が指差すと、すずかちゃんが突然悲鳴を上げて震えだした。
「ひ、ひやぁあぁぁっ! エイミィさんやぁ!」
 続いて、鏡で自分の額を確認したアリサちゃんまでもが、悲鳴を上げてスタジオから走り去っていってしまった。
 何事かしら?
「あの、撮影は?」
 一応スタッフさんに訊いてはみたものの、答えは解っていた。
 なんてことかしら。これじゃあ撮影が進まないじゃない。
「原因はエイミィさんか」
 私はスタジオを抜け出し、楽屋へと向かっていった。
 エイミィさんには一回ガツンと言ってやらないとダメかもしれないわ。
 口論になるのも厭わない覚悟で、私は足音を廊下に響かせながら進んでいった。
 すると、向こうからフェイトちゃんがやってきた。しかも随分と機嫌が良さそうじゃないのよ。
「ちょっとフェイトちゃん?」
「あ、なのは様こんにちは! 撮影は終わったの?」
 私がフェイトちゃんのほっぺたをおもいっきり抓ると、彼女は涙目になりながらヒーヒー言い出した。いい気味だわ。
 ところで、あのエイミィさんは私も苦手なのよね。ちょうどいいからフェイトちゃんも連れて行こうかしら。嫌なことは全部この子に言わせれば、私には害もないだろうし。
「フェイトちゃん、ちょっと私ときてくれる?」
「いひゃいよー! にゃのひゃしゃみゃー!」
「お返事は?」
「ひゃいいぃぃいっ!」
 よし、手駒ゲット。
「ところで、何だかご機嫌ね。何かあったの?」 
 フェイトちゃんのほっぺたを放すと、彼女は頬を擦りながら言った。
「あ、えっとね、さっきユーノが台本の読み合わせを手伝ってくれたの」
 ユーノ君とですって? もう一回抓っとこう。
 私はフェイトちゃんとフェイトちゃんの泣き声を引き連れながら、再び楽屋に向かっていった。
 そして辿り着いた扉の前。扉の向こうには、この後撮影を控えているエイミィさんがいるはず。
 まずは念入りに打ち合わせをしておかないと。
「フェイトちゃん、今から私が言うことをよく聞いて覚えてね」
「ん? 何をするの?」
「あなたは考える必要なんてないの。ただ私の言う通りにすればいいわ」
「え、なんだか不安なんだけど…………」
「私は台本よ。あなたは台本どおりに演じればいいの」
「もしかして、演技指導?」
「もちろんよ」
「わぁ! じゃあ頑張るね!」
 ちょろい女だわ。
 私は彼女に台詞の全てを伝えた。その台詞の内容はと言うと、エイミィさんに対する撮影の邪魔をするなというきついお説教と、日頃の鬱憤を晴らすためにと織り交ぜた、ちょっと他人には聞かせられないような暴言。
 ふふふっ。これでエイミィさんがどんな顔をするのか、そしてフェイトちゃんがどんな目に遭うのか、二つも楽しみなことが待っているわ。
 こういうのを一石二鳥って言うのかしら?
 私はフェイトちゃんを扉の前に立たせたまま、ドアノブを掴んで扉を開く準備に入った。フェイトちゃんには、扉が開くのと同時に大声で台詞を叫びなさいと伝えてあるから、いよいよ私の計画がスタートするわ。
「じゃあいくわよ、フェイトちゃん!」
「はい! 頑張ります!」
 そして扉を勢いよく押し開いた瞬間。
「なのはちゃぁん!」
「ぎゃああああぁぁぁっ!」
 真っ暗な部屋の中、開いた扉の前に立っていたのは、耳元まで口角を吊り上げたエイミィさんだった。
「ククククッ…………そういうのは、一石二鳥とは言わないんだよぉ」
 改めて人間じゃねえ!
 扉が開かれた時、エイミィさんの顔をモロに見てしまったフェイトちゃんが、声を上げることも出来ないまま泣いていた。こりゃあトラウマになるかも。
 作戦は失敗だ。諦めて退散しようと私が背中を向けると、フェイトちゃんが私の足首に縋りつきながらまだ無言で泣いていた。
 仕方がない。連れて帰るか。
 その時。
「なのはちゃん、フェイトちゃん」
 エイミィさんに呼び止められた。
「な、何ですか?」
 文句でも言われるのかしら。
「この後二人のところに良いお話がくるから、断らずに受けたほうがいいよ……クククッ」
 良いお話? 何かしら?
 私は足から全然離れようとしないフェイトちゃんを引きずって、廊下を再び歩き出した。ってか重い。
 スタジオに戻ろうと進むと、向こう側から助監督が小走りでやって来た。
「あ、いたいた! 二人とも、ちょっといいかな!?」
「はい?」
「実はね、そろそろ二人には戦闘シーンの方もやってもらうことになっているんだけど」
 そう言えば、予定では来週から戦闘シーンの撮影が始まるんだっけ。
「戦闘シーンの演技をより良いものにするためにも、時空管理局の施設で研修を受けてみたらどうかなって」
 な、なんですって?
「実はね、管理局の支部が訓練施設の貸し出しを許可してくれたんだ。滅多に経験できることでもないし、どう? 行ってみない?」
 驚いた。本物の管理局施設に入れるなんて、本当に滅多にないことだ。
 答えはもちろん。
「是非行かせてください!」
「よかったぁ! フェイトちゃんはどう…………って、どうしたの? フェイトちゃん」
 フェイトちゃんは私の足にしがみ付いたまま、いつの間にか白目を剥いて気絶していた。
 何て言ったらいいのかしら。これはいつもの嫌がらせなんかを忘れてしまうくらいに、それこそ本心から思っているんだけど、さすがに気の毒だったわ。
「フェイトちゃん?」
「だ、大丈夫です! 彼女ッたら、嬉し過ぎて言葉もないみたい!」
 私は助監督と一緒になって、スタジオ内の廊下に笑い声を響かせた。

 To be continued.


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