2011年7月24日10時29分
スタジオジブリのアニメ「コクリコ坂から」が公開中だ。東京五輪を翌年に控えた1963年の横浜を舞台に、高校生たちの青春を描く。「ゲド戦記」の宮崎吾朗監督が父・宮崎駿の企画を映像化した。
ヒロイン松崎海は、丘の上の下宿屋を切り盛りする高校2年生。戦死した船乗りの父のために、毎朝、海に向かって信号旗を揚げる。この旗を海上から眺めている少年がいる。風間俊。海と同じ高校の3年生だ。映画は、俊と海の淡い恋を軸に展開する。
ここ数年、日本人の中に昭和30年代への郷愁が広がっている。67年生まれの宮崎監督は「あの頃は良かったと単純に描くのは嫌でした」という。
「63年ごろから日本が変わり始め、その道を進んで今、行き詰まってしまった。おまけに、当時の高校生と言えば、鈴木敏夫プロデューサーら団塊の世代ですからね。単純に良かったなんて言えません」と笑う。
「ただ、63年はぎりぎり時代劇として描ける」と言う。「五輪以降だと自分が知る生々しい世界になり、80年代になるともう恥ずかしくて描けない。63年は現代ともつながる一方で、戦争の時代との結びつきが強い。時代劇の持つ普遍的な視点で描くことが出来た」
海の声は長澤まさみ。無愛想な少女を可愛く表現している。「最初は明るく元気な女の子として演じていたが、うまく行かなくて」と宮崎監督。「媚(こ)びを売っているように聞こえたんです。だから『人によく思われたいという話し方はやめて、もっと素の感じで』とお願いしました。すると、ちょっとつっけんどんで、いい雰囲気になりました」
第1作「ゲド戦記」は興行収入76.5億円。他の会社なら大ヒットだが、スタジオジブリでは普通の成績。しかも宮崎駿、高畑勲という巨匠がいる。若い監督は好きなことを出来たのだろうか。
「プロデューサーには、もっとやりたいことをやれと言われ、アイデアを絞り出されました。父たちの世代は厳しい戦争体験を持っていて、描きたいこと、描くべきことを強烈に持っている。しかし私たちはずっとそこそこ豊かに暮らしてきた。やりたいことと言うと、自分の内面ばかりに関心が行く。だから、絞られた方がいいものが出来るのかなと思います」
これは宮崎吾朗監督一人の問題ではない。今の日本社会を動かしている世代に共通する思いではないだろうか。(石飛徳樹)