SHOGO KAWATA | 河田将吾 | Architect
各メディアでしばしば取り上げられる独創性と遊び心に満ちた”ウルトラテクノロジスト集団”チームラボのオフィス。この空間の設計を手がけたのは、個人で建築設計事務所を主宰しながら、チームラボとともに立ち上げた「チームラボオフィス」でオフィス空間の新しい形を提案している建築家・河田将吾だ。インターネット空間が持つ特有の概念をリアルな空間作りに取り込み、従来の建築とは一線を画した「変化する空間」作りをモットーとする新進建築家に話を聞いた。
Text:原田優輝
建築に興味を持ったきっかけを教えてください。
高校卒業の時期に、漠然と建築かなと思ったんです。特に憧れていた建築家などがいたわけでもなかったのですが、普段から「駅前の銅像はこっちを向いていた方がいい」とか、「道路の色はもっと違う方がいい」とか思ったりしていたし、理系だったこともあり、なんとなく建築系の仕事に就くのかなと思っていました。それで、建築科のある大学に進んだのですが、いざ入ってみると、やっぱり周りのみんなは建築家のことなんかをよく知っているわけです。でも、僕はあまりそういうことを知らなかったし、みんなが出していたコンペとかにもあまり興味が持てなくて…(笑)。
当時はどんなことに興味を持っていたのですか?
自分の友達や仲間のために、何かのきっかけになるものを作るということはスゴく好きでした。それをするために建築というのはスゴく効果のある手段だと感じていたのですが、大学の建築科で学ぶようなことは何か違うような気がしたんです。そんな感じだったので、自分はあまり建築向きじゃないのかなとも思い始めていたのですが、その頃に友人と大学の裏山にカフェを作ったんですね。それが本当に楽しくて。これが自分の原点だと思います。
学生時代に作ったカフェ「noir」。
どんなカフェを作ったのですか?
真っ黒の壁に囲まれた空間に光の棒をたくさん立てて、そこにテーブルや椅子を並べたんです。光の棒は点滅するのですが、当時はプログラムでやれることが限られていたこともあって、DJ役のような人がカフェの外部の音を聞いて、それをアレンジして手動で光を点滅させるという訳のわからないことをやったんです(笑)。でも、この柱があるからお客さん同士の面白い関係性ができました。もちろん逆に、柱を邪魔だと思う人もいたんですけど、そういう反応も含めて、自分が作ったものが多くの人たちのコミュニケーションの道具になるということがとても面白かった。その時に、たまたまこのカフェに来てくれたあるご夫婦から声をかけてもらったことがきっかけで、別の建築の仕事を手がけることになったりもしたんです。
学生の頃から仕事をするようになったのですか?
その仕事を頼まれた時はまだ大学3年の頃でした。そのおかげで就職活動ができなくて(笑)、気づいたら卒業設計をやらなきゃいけない時期になっていて…。未来への手立てが何もないうちに卒業してしまったんです(笑)。その後、建築事務所でアルバイトをやってみたり、とにかくフラフラしていました。ちょうどその頃に、大学でカフェを作ったときのメンバーが、外為どっとコムという会社と仕事をしていた縁で、オフィスの改装を手がけることができたんです。それで仕方なく独立をして、この仕事を見てくれた人が、チームラボを紹介してくれて、そこでつながりが生まれて、今に至るという流れなんです。
外為どっとコム
2009年には、「チームラボオフィス」を設立し、オフィス空間の新しいあり方を提案されていますが、もともとチームラボとはどのような関係から始まったのですか?
最初に代表の猪子(寿之)さんと話したときは、全然意見が合わなかったんです(笑)。僕は一応建築家なので、動かないもの/変わらないものを作ってきたわけで、それを作りたいという思いがあり、猪子さんはまったくの逆でした。ある時、明日も同じトップページだったらつまらないでしょって言われて、空間もたしかに毎日変化したら面白いなと感じ、漠然と何かやれるんじゃないかと思いました。それで、最初はチームラボのオフィスを改装しようと提案したんですが、猪子さんにキッパリ断られて(笑)。でも、絶対面白くなると思っていたから、勝手に作ったものを納品したりしていたんです。それがだんだん面白がられて、何かやろうということになり、まずはチームラボのオフィスの空間作りを始めたんです。
河田さんの専門である建築と、チームラボの専門であるインターネットやWebの世界の関係性はどのようなものとお考えですか?
建築は当然、リアル空間に存在するものなので3次元のものです。Webは基本的には、正面性がなく、あらゆる場所から入ることができて、いつでもどこにでもいける構造だと思います。物理世界に存在する建築では今のとこは多次元は不可能ですが、その多次元的なWebの世界と、3次元の建築をうまくリンクさせることで、新しい空間の成り立ちが存在しないかと考えています。
チームラボ
(左)「めもですく」、(右) 「世界がひとつの世界時計」
そうした現在のインターネットやWebの方法論を空間にも活かすということが、現在河田さんが実践されている仕事ということですよね。
はい。最近、pixivの移転に伴って、新オフィスの空間作りをしたのですが、このときもWebサイトをそのまま形にするということを考えました。「いまこの瞬間」というものがどういう状況にあって、それが今後どう変化していくのかということを、空間で体感できるような形にしたかったんです。「いまこの瞬間」ということを考えたときに、僕たちは現実世界以外でも、常にPCや携帯でインターネットとつながっているという状況があります。それぞれが色々なWebサービス上にアカウントを持っていて、色んな形のコミュニケーションを取っている。そのなかで、自分が今立っている空間だけを取り出して何かを体感させるというのは難しくなってきていると思うんです。そういう状況を最も体現しているのが、pixivのようなWebサービスを作っている会社だと思うんです。だからこそ、それを空間で体感できるものにしたいなと。
具体的にはどういう形になったのですか?
エントランスの壁に3000枚の絵馬を敷き詰めたんです。pixivのユーザーはpixivのことがあまりに好きすぎて、オフィスに遊びに来ちゃう人までいるらしいんです。でも、オフィスに来ても当然そこにpixivのサイトがあるわけではないし、知り合いもいないわけです(笑)。でも、以前のオフィスでは、せっかく来てくれたからということで、色紙を渡して、そこに絵を描いてもらったりしていたみたいなんですね。それがオフィスに飾られていたのを見てスゴく感動しました。pixivがやった大きなことというのは、西洋文化の流入とともにアイデンティティと深く関わるようになってしまった「絵を描く」という行為のハードルを一気に下げて、自分が好きなものやキャラクターをただ描けばいいと言ったことなんですよね。それと同じことをオフィスでも体感できる空間ということを考えました。そこで、実際にpixivをやっている人たちと話をしてみたのですが、共通していたことは、自分の絵を多くの人にはあまり見せたがらないということでした。みんな決まって「そんなに(絵が)上手くないから」と言うんです。でも、pixivの目指しているのは、お絵描きをもっと楽しくする、ということなので、オフィスでも、絵を書くことが楽しくなる仕組みを取り入れたくて、いろいろ考えていた時に、日本には、どんな絵でも気軽に描いて残しておける場所があると、絵馬を思いつきました。自分の願いを書いて奉納するという習慣があるから、「そんなに上手くないから」という言いわけが必要ないんです。この絵馬を使えば、pixivを訪れた人たちが、自分では上手いと思っていないかもしれない絵を、自然に残していけるようになるんじゃないかと。
pixiv
Pixivとのコラボレーションで生まれたイラスト付きの家具「ピクカグ」。
この絵馬は取り外すことができるのですか?
壁に鉄板を入れていて、絵馬の裏には磁石が付いているので簡単に取り外すことができます。ここに来た人が取り外して描いて、また貼って帰っていくんです。そうやってユーザーが絵馬を増やすことで、空間を変えていくことができるんです。実際に設置してみると、pixivのユーザーではない顧客の人とかも絵馬を描いて帰ってくれるんですね。もし絵馬ではなく色紙やキャンパスだったら、こういうことは起こらなかったと思います。先ほどの話ともつながりますが、インターネットの世界では変わっていくことが正義なんです。トップページが毎日変化するように、空間も常に変わっていくことが面白い。いかにユーザーが参加して変化させていけるプラットフォームを作れるかということに興味があります。
この仕事のほかにも、オフィスの内装や空間づくりを手がけることが多いですね。
そうですね。チームラボのオフィスをつくってから口コミでいろいろな会社からお声がけ頂くようになって、せっかくなので、会社にしようということでチームラボオフィスをつくりました。僕たちが考えるオフィスは、情報化社会のためのオフィスです。今のオフィスは、インターネットが普及する前の空間の作り方がされていると思います。情報化社会になってみんなPCを使っているし、ワークスタイルは明らかに変わっています。そのなかで新しいビジネスをしていくためには、例えば、閉じられた空間にするのではなく、情報の風通しを常に意識する必要があるし、そのためには壁はなるべく作らない方がいいし、レイアウトも簡単に変えられるようにしておいた方がいい。時にはオフィスで、主観的な意見が出た方がいいし、間違えた意見が言える空間がよい。そして身体的であるべきだし、ネットワークとオフィス空間をリンクさせるべき。チームラボオフィスとしてやる仕事については、こういう考えに基づいて、情報化社会のための新しいオフィス空間のつくり方を色んな会社に提供させて頂いています。
「チームラボハンガー」など、最新テクノロジーを活かした新しい試みにも積極的にチャレンジしていますね。
ネットワークが発達して、インターネットサービスも成熟し、「Make:Tokyo」などからもわかるように、ある程度ロボットも手軽につくれるようになってきている現在は、物理世界の中にバーチャル世界があるというより、バーチャル世界の中に物理世界がある様に感じることがあります。そのため、iPhoneに代表されるような、ソフトウェアが起点となってハードウェアの形が決まっていくようなものが増えていると思います。これからは空間でも同じことが言えるようになると思っています。例えば、先日六本木ヒルズでリーボックと作ったカフェでは、触れることで色が変わる「チームラボボール」や、ハンガーをラックから取ることでその商品のヴィジュアルが投影される「チームラボハンガー」などを空間に置いて、リーボックというブランドを表現する空間を作りました。この時は、テクノロジーをどのように体感してもらうかというところをもとに、空間を作っていくというアプローチをしました。
Reebok café
チームラボハンガー at TDW
チームラボオフィス以外の仕事では、どのようなことをやられているのですか?
デジタルと無関係な空間も作っていますよ(笑)。情報というのは、地球の裏側に一瞬で到達するものと、近くにいるからこそ伝わるものというのがあると思うんです。そのどちらも面白いし、それぞれにできることがあって、それは空間作りにも言えることなんです。先日、台東区・蔵前に、カキモリというショップを作ったのですが、これはこの場所だからできることを追求した仕事です。もともとは文房具屋を作りたいという依頼だったのですが、立地的にも時代的にもなかなか難しいと感じたので、空間の提案だけではなく、コンテンツも含めて、ここでしかできない体験ができるお店というのを提案しました。それで、100種類近い紙の中からお客さんそれぞれが選んだ紙でノートが作れる店舗にし、空間もコンテンツにリンクしたデザインにしました。お店ができることで、周りに紙問屋さんが多かったこともあり、色々と協力してくれる紙問屋さんや工房も出てきました。「近所だから手伝うよ」というノリは、インターネットではなかなか構築できない関係性ですよね。逆に、こういう仕事も情報化社会だからこそ、面白い仕事だと思います。
カキモリ
最後に、今後の予定として決まっているものがあれば教えてください。
カオス*ラウンジの人たちと一緒に、ホテルのリノベーションを進めています。現在のホテルというのは、西洋主義的/資本主義的ラグジュアリーの塊だと思うんです。でも、そういうところとは違う部分にラグジュアリーを感じる人もたくさんいるはずなんです。例えば、各部屋がカオス*ラウンジの作家たちの絵に囲まれていたり、Twitterやニコニコ動画なんかと連動したガジェットが置いてあって、それでコミュニケーションができたり、普段インターネットで親しんでいるものを、ホテルというフィルターを通して体験できる空間が作れたらいいかなと考えています。あと、部屋の宿泊料の一部が、その部屋の絵を描いた作家に支払われるような仕組みなんかも考えています。3月に蒲田でオープンする予定です。それと、チームラボの大きな展覧会が4月に台湾で、4月までには都内3カ所で展示があるので、そこの会場構成をやります。他にも、チームラボ上海のオフィス移転、チームラボ東京のオフィス移転が控えていたり、「チームラボハンガー」がリアル店舗に導入されるなど、デジタルとリアルがゴチャ混ぜな感じで進んでいます。
Artwork:藤城嘘
Artwork:梅沢和木