「ドラえも~~~~ん!!!」
すべてはこの少年、野比のび太の涙混じりの絶叫から始まる。
足音も荒く階段を駆け上がると、自室へと飛び込むように入り込んだ。
「聞いてよ聞いてよ!! スネ夫とジャイアンがさぁ、アーサー王なんてただの伝説でそんなのいる訳ないって! それにしずかちゃんも……ってあれ? なんだ、いないのか」
無人の六畳一間を見た途端落ち着いたのか、頬を掻き掻き、一人ごちるのび太。
事の起こりは数十分前、空き地での事。
いつもの四人でワイワイ話していた時、ふとした事からアーサー王伝説の話題が上った。
騎士の代名詞であり、いつの日か死から目覚めるとされる最強の剣士、アーサー王。
頭が致命的に残念なのび太でも、アーサー王だけはよく知っていた。
信じられないかもしれないが、伝記だって昔読破している。
「それで、アーサー王はねぇ……」
ここぞとばかりにうんちくをたれるのび太に対し、仲間の一人であるスネ夫が突如噛みついてきた。
「でもアーサー王って結局は架空の人物だよ。元になった人物が二人いて、それをモチーフに描かれたんじゃないかっていう説が今のところ有力だね」
「なんだそうなのか。あーあ、つまんねえの」
スネ夫の言葉に仲間の一人、ガキ大将のジャイアン(本名、剛田武)が座っていた土管に仰向けに寝転び、盛大に欠伸をする。
のび太はそれが信じられず、必死になって言葉を並べ立てる。
「そ、そんな事ないよ! アーサー王は実在してるよ! お墓だってイギリスにあるんだろ!?」
「のび太さん。お墓があるからって、その人がいたって証明にはならないのよ。遺品やお骨なんかがあれば別だけど、それが見つかったって話は今のところないみたいだし」
「し、しずかちゃんまで……!?」
仲間の一人である紅一点、源しずかの否定の言葉で固まるのび太。
確かにお墓があってもそれは存在の証明にはならない、厳密には。
勝手に誰かが建てて、それをアーサー王のお墓だと言ってしまえばそれまでだからだ。
『鰯の頭も信心』という言葉をのび太が知っているかどうかは知らないが、いや間違いなく知らないだろうが、世間でそう認知されていても実は偽物でした、という事も十分にあり得る。
「ううううう……! わかった! 見てろよ! アーサー王が実在の人物だって事、証明してやるからな!!」
敬愛するアーサー王の存在を否定され、怒りでブルブル震えていたのび太は、突如ビシッと指を突き付けて啖呵を切ると空き地を飛び出し、一目散に家へと駆け戻る。
空き地に取り残された三人は、普段ののび太からは想像もつかないようなその態度にしばらく呆然としていた。
―――ここで話は冒頭へと戻る。
「いなんじゃしょうがないか。よし! 今から“タイムマシン”でアーサー王の生きていた時代に行ってみよう! あ、でもアーサー王の時代って戦争してたんだよな……絶対危険だぞ。うーん……そうだ! ドラえもんには悪いけど、念のために“スペアポケット”を借りて行こう」
パチンと指を鳴らしてそう言うと押入れの戸を開き、何やらゴソゴソとしていたのび太だったが、やがて突っ込んでいた上半身を引っこ抜くとおもむろに右手をポケットに突っ込む。
そして戸を閉めると方向転換、サッと机の引き出しを開け、玄関から持ってきていた靴を履くとその中に身を投げ入れた。
22世紀からやってきたネコ型ロボットの親友、ドラえもんの所持品である“タイムマシン”はのび太の机の引き出しにセットされているのだ。
「よし、着地成功! さてと、アーサー王の時代は何年前だったかな……あれ? なんだろう、なんか変な感じがするな」
四角い板に機械が乗っかったような形の“タイムマシン”に飛び乗ったのび太。
計器を操作する傍ら、ふと疑問を感じて視線を上げる。
何かが……違う。
いや、どこがどう違うとははっきりと言えないのだが……やっぱり普段の雰囲気とは違っているのだ。
そこはかとなくイヤな気配が漂う……のだがそこは良くも悪くものび太である。
「ま、いっか! ……うん、よし! セット完了! それじゃ、アーサー王の時代のイギリスへ、出発~!!」
深く考えないまま思考を打ち切りデータを入力、発進スイッチをポチッとな。
『エイエイオー!』と腕を振り上げ、時空間の大海原へと漕ぎ出してしまった。
唐突だが、ここに一枚の紙切れがある。
丁寧に折りたたまれたこの紙切れ、中には何か文字が書き込まれている。
そして……これはなんとのび太の机の隅に置かれているのだ。
中にはこう書かれている。
『のび太君へ
ちょっとドラ焼きを買いに行ってきます。
あとタイムマシンはぜったい使わないように。
どういうわけか時空乱流が発生していて、まともに時空間航行出来ないんだ。
さっきタイムパトロールから連絡がきたからホントの話だよ。
わかったね!
ドラえもんより』
果たしてのび太は漢字をすべて読めるのか!?
……どうかはさておいて、とにかくのび太はこれを見る事なく、時空の海へと旅立ってしまったのだ。
もう少し目立つところにメモが置かれていたら、せめて紙切れが折りたたまれていなかったら。
結果は自ずと違ってきていただろう。
だが自分の考えに集中するあまり、メモの存在にも危険の匂いにも気付かずのび太は自分から飛び込んでいってしまった。
―――――運命という名の、血と涙の雨が荒れ狂う生死を賭けた大航海へと。